金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「成長資金供給で国際規制見直しへ」

金融庁
金融国際審議官
河野 正道 氏

――これまでの国際的な監督当局のテーマは…。

 河野 最も中心的なものは、FSB(金融安定理事会)が取り組んでいる、リーマンショックを受けた金融危機再発防止のための規制改革だ。規制の中身を設計段階で交渉し、まとめることに注力してきた。ただ、それ以外にも幅広いテーマがあり、例えばTPP(環太平洋パートナーシップ)協定には、我々も金融サービス分野で関わってきた。その他、各国との協力で経済活性化を目指すために行ってきたのが、アジアとの協同を目指す枠組みである「アジア金融連携センター」で、アジア各国当局から研究員を招き、研究や交流を進めてきた。センターは各国との信頼強化に加え、日本の金融機関の海外進出、あるいは海外の金融機関の日本進出のハードルを下げることを狙いとしている。

――FSBの残されたテーマは…。

 河野 金融危機を受けた規制改革の見直しはほぼ一段落しつつあるが、今後は規制の実施と、新しい問題への対処の二つがテーマになるだろう。まず実施については、公平な競争条件を維持するため、本来ならば各国が同じタイミングで規制を導入する必要があるが、実際には国によっては期限を守れないこともある。FSBでは、現在参加国が相互に監視しあうピアレビューを行うことで円滑な規制導入を目指しているが、今後もそうした取組みが欠かせない。もう一つは、金融危機の後に表面化したり、従来からのテーマの中で新しく問題になったものへの対処であるが、中でも金融機関のミスコンダクト(不正行為)に関する議論は、幅広いテーマを含む。例えば最近クローズアップされているのは、マネーロンダリング規制強化によって銀行の送金業務に支障が生じるケースだ。もちろんマネーロンダリング対策は必要だが、不正ではない一般市民の正当な送金が阻害されるようなことはあってはならない。そこで現在、必要な手直しを行うため、具体的に規制の何が支障になっているかの検証が行われている。

――その他については…。

 河野 少し意外感があるかもしれないが、我々は気候変動問題にも取り組んでいる。昨年の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)ではパリ協定が採択されたが、そこでは、温暖化によって世界経済に被害が生じることも意識された。その被害を防ぐ上では様々な努力が必要だが、金融にも果たせる役割があると考えており、例えば民間銀行や機関投資家のマネーを、温室効果ガス削減に貢献する分野に誘導することが挙げられる。もちろん、直接当局が介入するのは自由経済にそぐわないので、民間の自主的な取組みによって、ディスクロージャーのあり方が向上し、投資家がそうした取組みを評価して投資を行えるような環境が整っていくことが重要と考えている。FSBのマーク・カーニー議長もこうした環境対策には熱心だ。

――金融規制が成長資金供給を妨げるという批判もある…。

 河野 日本当局もその声は重く受け止めており、国際的議論の場でもそのことを主張している。特に注視しているのは、個別では間違っていない規制でも、他の規制と組み合わさることで全体として過剰な規制効果や意図せざる影響を発生させるケースで、日本としては包括的な規制の影響の調査を行い、必要ならば個別の規制を見直すことも提案していきたい。ただ、規制の議論の流れを変えるには、我々当局だけでは不十分であり、日本の民間金融機関にももっと声を挙げて欲しい。私は現職に就任してから7年経つが、様々な国際金融会議に出席しても、邦銀の代表が一人も参加していないことは珍しくなかった。しかし、日本が国際的な影響力を持つためには官民の協力が不可欠で、民間側から建設的な提言が行われることで、当局としても国際交渉の場でより強い立場で発言できる。バーゼル委員会側でも市中の意見を聞く機会は増やす必要はあるが、現状でも市中協議、ラウンドテーブルやワークショップなど、意見を主張する場はあり、邦銀にもそうした場で思うところを主張して欲しい。ただ、主張の際にはただ反対と訴えるのではなく、どういう規制であればビジネスにとって障害にならないのか、逆にどのような規制であれば銀行業界の信頼向上や安全向上に繋がるのか、考えを提案していただきたい。最終的な交渉は我々の責任だが、民間金融機関の提案を活かし、より望ましい規制策定に貢献することはできるはずだ。

――日本独自の業態である証券会社の規制は…。

 河野 大手証券は海外では銀行として認識されており、実際に海外で銀行業務を行っている場合があるため、国際合意でも銀行に準じて取り扱われている。実際、昨年金融庁は大手2社を「国内のシステム上重要な銀行(D-SIB)」として指定したが、規制は業務に応じて検討されており、大きな悪影響はないはずだ。ただ、当事者の意見は謙虚に拝聴するつもりであり、何事も実態を踏まえた対応を行っていきたい。

――TPPによって海外の銀行が押し寄せてくる可能性は…。

 河野 実はTPPの合意内容は、むしろ日本勢の海外進出を後押しする内容だと思っている。というのは、1999年のWTO(世界貿易機関)会議の合意で、日本の金融業は既に大きく開放されているからだ。一方、TPPに参加している他の新興国は大幅に金融業に関する規制を撤廃することになったため、日本の金融機関にとって、一つのチャンスが生まれていると思う。TPPで悪質な金融サービスが流入するとの不安感もあるようだが、合意では健全性や投資者保護のための規制は自由化義務の対象外となっており、また海外当局との調査・監督協力も行うため、TPPによる悪影響はないと考えている。

――シャドーバンキングについては…。

 河野 基本的な考え方として、各分野を密接に監視し、リスクをもたらす危険性がある分野については、規制の範囲に含めることで合意している。日本の場合はノンバンク規制に関する議論がかなり進んでいると思っているが、今後も国際基準に沿った見直しは不断に続けなければならないだろう。他国では、例えばアメリカで登録ファンドの規制の見直しが進められており、リスク管理や透明性向上に関するルールの強化が次々に公表されている。FSBでも資産運用業のリスクへの規制対応を検討している最中で、今年中に必要な規制案が発表される予定だ。

――アジア金融連携センターの参加国は…。

 河野 当初は、モンゴル、インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマーを「重点5カ国」と据えていたが、他の国々からも問い合わせがあったことから、現在では特段限定せずにアジア全般からの参加を受け入れている。最近ではラオスやカンボジアといった東南アジア諸国に加え、スリランカやウズベキスタンのような南・中央アジアの国々からも研究員を招聘している。センターは金融庁内に設立されており、外国からの研究員がいつも少なくとも4、5名常駐している。センターを開設したのは一昨年の4月であるため、既に1年半以上続けてきたことになり、これまで9カ国から、30人以上の研究員を受け入れてきた。現在、アフリカ諸国やラテンアメリカからも問い合わせがあるため、4月からは名称を「アジア」から「グローバル」金融連携センターに改称する予定だ。

――今後の課題は…。

 河野 間もなく、金融危機の再発防止を主眼とした金融規制改革は一段落する。それを踏まえた今後の課題は、金融の原点である「実体経済を支える成長資金の供給源」との役割を意識し、規制や監督を見直すことだろう。そのための最初のステップは、規制の複合的影響の評価であり、行きすぎがあれば正していく。もちろん新しい金融リスクの火種になりかねないノンバンクに対しては、規制を強化する必要があるかもしれないが、基本的には成長資金供給に繋がるような金融規制の姿を探っていく方針だ。「アジア」から「グローバル」に発展する連携センターも、成長に資する要素にしていきたいと思っている。今後もアジアが成長していく構図に変わりはなく、世界の成長とともに日本も成長する必要がある。そのための資金供給ができるように、センターを通じて各国当局との交流を強化し、知見を共有していきたい。

――人材教育も重要だ…。

 河野 確かに人材は大きなネックだ。人材は1日2日で育つものではなく、将来を見据えた人材開発研修や、民間との人事交流を計画しなければならない。工夫によっては、「我こそは」と立候補する民間の方に数年働いてもらう形も考えられるだろう。そのほか、会計士や弁護士といった有資格者の登用も有意義だ。そのほか、これは若干私見となるが、専門家としての自覚を持つために、一つの役職への在任期間をもっと長くしてもよいのではないか。現在は2年で異動する人が多い。私は7年目の今になってネットワークを広げ、円滑に仕事ができるようになったぐらいの感覚だ。若いうちは様々な経験が必要だとしても、専門分野をより明確にして人材のレベルアップをする必要がある。高度に専門性が高くなった現在には、昔のようなゼネラリスト像はそぐわないように思える。勿論広い視野も必要で、専門性とバランス感覚をどう調和するかが重要になるだろう。

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