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「ミンクを捕鯨し生態系の維持を」

八木フィルム
八木 景子 氏

――映画『ビハインド・ザ・コーヴ~捕鯨問題の謎に迫る~』制作のきっかけは…。

 八木 2009年7月に、日本のイルカ漁をテーマにしたアメリカのドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』が公開された。その影響が出たのか、反捕鯨団体の活動は益々活発化し、2014年には国際司法裁判所(ICJ)に提訴された日本の捕鯨が敗訴した。このニュースが大きなきっかけだったと言える。裁判は、日本の南極海で実施していた調査捕鯨が国際捕鯨取締条約に違反するとして、オーストラリアが中止を求めたものだ。ICJは2014年3月、日本の捕鯨が調査目的を達成するために合理的なものだと立証されないとして、日本の主張を退けた。私はこの裁判結果に不可解なものを感じ、元国際捕鯨委員会(IWC)の関係者に経緯を聞くなどして個人的に調べ始めた。そして取材を進めるうちに、捕鯨問題にまつわる理不尽な事柄が多く浮かび上がり、段々と憤りが強くなった結果、この映画を作り上げるに至った。私自身は元々捕鯨関係者ではなく、また映画を製作するにあたって最初から決まったシナリオがあったわけではない。ただこのままでは日本の鯨文化が消え去るのではないか、という危機感を持ったのだ。『ザ・コーヴ』では和歌山県太地町でのイルカ漁を批判的に描いていたが、太地町は、イルカだけでなく昔から鯨の町として栄えた場所でもある。『ザ・コーヴ』では描かれなかった町民たちの穏やかな人柄や素晴らしい景色を伝えたら、人々の誤解が解けるのではと思った。彼らの素顔を撮るため太地町に長期滞在し、そのおかげで地元の人々の普段の姿を撮ることができた。また現地では様々な人にインタビューし、疑問に思ったことは何でも率直に尋ねるうちに、この作品が出来ていった。

――映画制作を通じて、憤りを感じた点とは…。

 八木 国際裁判で調査捕鯨に対する日本の主張が退けられる以前に、IWCによる商業捕鯨モラトリアムが採択されていた。これにより商業捕鯨は停止されたが、日本は再開への働きかけを行わずに、その代わりに南氷洋まで行き費用対効果の悪い調査捕鯨を何十年も続けている点、ここにまず憤りを感じる。また1970年代、高度成長期の日本に対するアメリカの風当たりが強かった頃、アメリカは72年のストックホルムでの国連会議で批判の的として日本の捕鯨を取り上げ、自国のベトナム戦争での枯葉剤作戦への世界からの非難を逃れるためのスケープゴートにされたことを知った。アメリカの強い圧力を背景に商業捕鯨を断念せざるを得ない状況だったと、当事者のIWC代表など関係者から説明を受けた。当時大統領だったレーガン氏といわゆる“ロンヤス関係”にあった中曽根元首相は会食の席で、一度出した異議申し立てを取り下げるように要求されたという話だった。海外諸国が捕鯨に反対する理由は自国の利益のためであり、地球規模で考えた環境や科学に反した結果だ。牛肉など自国の食料品の輸出を推進したい外国政府にとって、日本に商業捕鯨を止めさせることはプラスになる。またマッコウクジラの脳油は温度の変化に強く、ミサイルの潤滑油などに適しているためアメリカで軍事利用されていたこともあり、そういった点で日本の捕鯨に警戒を示す向きもある。さらに日本を提訴したオーストラリアはホエールウォッチングが一つの産業になっている。オーストラリアのメディアは政府と関係が深く、以前国際会議に参加した日本の外交官が反捕鯨家に頭から赤インキを掛けられた事件があったのだが、その人物は後にオーストラリアの環境大臣に就任している。このような他国政府とメディア双方からの発信により、その国の国民のほとんどは、日本の捕鯨が悪であり違法であると誤解し、また捕鯨によって鯨が絶滅すると思っている人も多い。映画『ビハインド・ザ・コーヴ』は取材を通して、昨今の捕鯨問題が科学的根拠ではなく各国の政治的な意図や、現在、問題になっているプロパガンダが原因であることにも焦点を当てている。

――商業捕鯨の停止に至るまでの過程は…。

 八木 1982年にIWCが商業捕鯨の一時停止を決めた際、日本は科学的根拠に欠けているとして異議を申し立てた。これに対し、アメリカは車や電化製品の輸入に対して圧力をかけ異議申し立てを撤回するよう迫ってきたと関係者から聞いていた。アメリカの200海里の権利をエサに交渉が進められた結果、日本は異議申し立てを取り下げたものの、アメリカが当該水域での漁業を認めたのは最初の2、3年だけだったという。つまり、アメリカは日本を陥れたことになる。こういった2枚舌の交渉に日本人は騙され続けている。またIWCの決定を覆すには、加盟国代表の4分の3と多数の賛成票を必要とする点で、商業捕鯨の再開は難しい状況だ。元々IWCは「鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展(持続的利用)を図ること」を目的としていたにもかかわらず、今では捕鯨を停止する方針を採っている。その割に日本は会議費も他の加盟国より多く支払っているのだ。IWCには商業捕鯨が認められている捕鯨国も加入しているが、日本が商業捕鯨を再開すればそれらの国の鯨輸出に差し障りがあるため、必ずしも日本の商業捕鯨に賛成ではない国もある。まさに八方塞がりな状況になっている。反捕鯨活動を行うシー・シェパードの創設者もオーストラリアやオランダなどで活動を展開しているが、過去の戦争から日本に対して複雑な感情を持っている国を中心に展開している部分もある。

――反グローバル化の機運が高まるなか、自国の資源として鯨の食文化を推進すべきだ…。

 八木 鯨は人間が消費する以上に大量に魚を消費しており、鯨を過度に保護することは魚の量を減らすことにも繋がる。そして減ってきた魚を守るとなると、今度は代わりの食糧として牛などの家畜を育てることになる。そうなれば、家畜を育てるための場所を確保するための森林伐採や、家畜から排出される糞やガスが海に流れることになるなど、実は別の大きな環境汚染が既に発生している。西洋ではこのままでは鯨が絶滅するとの認識が広まっているが、そもそも日本は80種類以上ある鯨の中でも生息数が非常に多いミンククジラを主な捕獲対象としていた。そのミンククジラは日本が捕獲量を極めて少なく制限された結果増殖を続けており、えさの競合によって絶滅危惧種に指定されているシロナガスクジラなどの減少につながっているという問題も起きている。

――これらの事実は、一般には伝わってこない…。

 八木 映画の制作を通して知り得たことは一般のメディアではなかなか報道されず、国民に伝わっていないのはおかしいと感じていた。アメリカなどでは鯨を食べることは残虐と言いながら、温度の変化に優れたマッコウクジラの脳油をミサイルなどの潤滑油で人を殺すために使っていたことがあるなど、矛盾している。また、増殖が著しいミンククジラを捕る日本の捕鯨は停止させる一方で、海外では先住民と言われる人々に圧力をかけられない現状があるため、例えばイヌイットには絶滅危惧種に近い鯨の漁も許している。反捕鯨は科学的な根拠があるわけではなく、どの国に対しては強く主張できるかという政治的な背景で動いている面がある。本作を見た人からは、日本に関する事なのに初めて知る事が多かった、もっと日本も発信しなければいけないと思った、などの感想が多く寄せられている。

――日本の国としての問題点は…。

 八木 政府や官僚の世界だけの問題でなく、日本全体で事なかれ主義が主流となっていることに問題があると思っている。映画『ザ・コーヴ』はアカデミー賞など名誉ある賞を受賞しているが、捕鯨手法の一つであるイルカ漁を一方的に批判する内容となっており、世界中に日本の捕鯨は残虐だと喧伝し続けていた。それにもかかわらず、『ビハインド・ザ・コーヴ』まで反証する映画が出てこなかったのが不思議だった。海外で誤ったプロパガンダが横行しているにもかかわらず、日本はたとえ正論であっても表だって主張せず「外交上問題がある」などとして、意見を出さないでいることの方が大きな問題だ。その背景に、アメリカ追従一辺倒の日本の外務省の弱腰姿勢があるのは、誰もが認識している。ただ、腹の中で何を考えているかわからないような政治キャリアが長い人物よりも、ストレートな物言いのトランプ氏がアメリカ大統領に就任したことは、日本が自己主張するよい契機になるかもしれない。また、これまでは捕鯨賛成は日本のナショナリズムというレッテルを貼られていたが、アメリカでこの映画を鑑賞したアメリカ人の多くに、自分達の国のナショナリズムを考えさせられる、という感想が多々あったことは救われる思いだ。

――とはいえ、日本の鯨文化は続いている…。

 八木 鯨は縄文時代から食料とされており、日本では古くから親しまれて来たことが背景にある。戦後の食糧難も鯨肉により救われていたため、日本人と鯨は切っても切り離せない関係にある。また、捕鯨を完全に諦めたら、次は恐らくマグロ漁に規制がかかるだろうとの予想も、細々ながら捕鯨を続ける理由の1つとなっているという見方もある。一方、映画の舞台となった和歌山県太地町のイルカ漁では、鯨類の中でも“イルカ”と呼ばれる種類を捕獲するのだが、イルカは人間から見て理屈抜きに「かわいい」動物だと思ってしまう点があり、反捕鯨の撮影場所としても恰好の場所となるため太地町の住民の中にすら反対意見がある。また食用でない水族館用のイルカを漁協で扱うことにより、大型捕鯨にまでマイナスの影響が及ぶという意見もあり、小型、大型の捕鯨関係者の意見は必ずしも一致していない。それに漁協の既得権に対する不満の声もある。元IWC代表の方は、このシステムを早急に変えなければ、日本の漁業は早晩衰退する、と指摘している。捕鯨賛成、反対以前に根深い問題が多い業界だと感じた。

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