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「中山間地域の育成で地方創生」

高知県知事
尾﨑 正直 氏

――「集落活動センター」という地方創生に新たな施策を投じた背景は…。

 尾﨑 高知県が持っている強みとは何かということを考えると、高知県では元来、生産活動の中心は中山間地域にあった。例えば、大阪城築城の際には高知県東部から輸送した良質な杉材が多く使われていたように、歴史的に見ても高知県が栄えたのは林業が盛んな時期だった。このように高知県にはまず林業資源が豊富にあるという強みがある。さらに観光資源では仁淀川や四万十川などの清流があり、また大手旅行雑誌の「地元ならではのおいしい食べ物が多かった」というアンケートでも過去7年中5回日本一となるなど食べ物が美味しいことでも知られている。ではなぜ食べ物が美味しいのか。実はこれも中山間地域の自然・特産が活かされていることに由来する。例えば、馬路村のゆずしぼりやゆずドリンクなどが全国的にも有名だが、これはもともと柚子自体のクオリティが高いが故に、いい加工品が作れるという側面がある。高知県だけではなく日本の地方全体にもいえることだが、各県の県庁所在地は基本的に消費地として、そしてその周辺地域および中山間地域が価値を創造するエリアだった。ところが近年では、外部依存が進行し、価値を創造するこれらのエリアが衰退している。言い換えれば、自分自身の強みを拡大再生産していけるような構造ではなくなったために衰退している。このため、高知県では、本来価値を創造する場所である中山間地域をいかに活性化していくかということが重要と考え、取り組みを進めている。迂遠なようだが、中長期的に成長していくという観点からも極めて重要だと認識している。

――県内産業の育成に重きを置いているということか…。

 尾﨑 我々とは異なって企業誘致戦略というやり方でうまくいく地域もある。例えば、東京などの大都市圏近郊であれば、近いというだけで価値がある。近いけれども田舎で土地も広いというのが価値の源泉となり、そういった場所であれば企業誘致戦略がうまくいくだろう。しかしながら、高知県は必ずしも立地上こうした優位があるとは言えない。このことを踏まえ、我々の価値の源泉はどこにあるのだろうかという問いを突き詰めていけば、やはり中山間地域にたどり着く。我々は、これまで中山間地域に存在する強みそのものを活かすような政策をとってきたが、より中山間地域全体の振興につなげていくため、ネットワークをしっかりと張っていくことが今後は重要となると考え、高知県では3層構造で政策を展開している。第1層目はいわゆる産業成長戦略だ。一次産業の振興を図り、地産外商を進めるもの。例えば、一次産業の関連産業である食品加工分野、自然を活かした観光分野、モノづくりに関しては林業関係の機械関係分野、また防災関連産業などだ。防災関連産業については、台風などの自然災害が多い高知県において、もともと治山治水から始まった技術である。自然との対話の中で生まれ、発展してきたもので、例えば海外における津波対策に応用することも可能だ。こういった分野の産業振興を図っているものの、第1層ではその効果はまだまだ一部に留まっている。

――効果が一部に留まっているとは…。

 尾﨑 産業成長戦略を図っているものの、価値の源泉たる中山間地域が衰退傾向にあることから、一部の都市に食品加工場が集中してしまうなどネットワークが県全体に広がっていかないということ。この問題を解決するため、第2層として、県内各地で地域アクションプラン(全234事業)に取り組んでいる。例えば、地域特産の「うるめいわし」や「ぬた(葉ニンニクをすり潰して酢味噌や砂糖と合わせたタレ)」など各地域の資源を活かし、地産外商につなげられるような加工品を製造している。このような事業を第2層目として実施した結果、政策効果が各市町村まで広がりを見せてきた。

――それでもまだ足りないと…。

 尾﨑 しかし、これでもまだ政策効果の広がりは市町村のなかの中心部に限られている。本当の意味での中山間地域が持つ真の多様な価値を生み出すために、第3層としてこの集落活動センターがある。多くの中山間地域が限界集落となってきて人口減少がどんどん進み、例えば昔は柚子を生産していた、あるいは林業が活発だった地域も、担い手がいなくなってきている。生産効率が悪いと言われているものの、高知県では農業産出額の約8割が中山間地域から生み出されている。こういったところの農業を大切にしなければ、高知県の農業そのものが根本的に衰退してしまう。例えば、土佐のお茶は静岡茶とブレンドされて良いお茶とされているが、これはまさに中山間地域で栽培されているものだ。これらの名産も作り手がいなくなり、中山間地域が持つ高知県の多様性という強みが縮小してきている。この問題を解決するために集落活動センターを広げる取り組みを行っている。集落活動センターは、過疎化が進んでいる複数集落においての活動拠点となるもので、例えば集落活動センター「いしはらの里」では、村民の生活を支える日用品等の販売店舗を自分たちで運営し、また積極的に交流人口を受け入れている。さらに林業の復興にも力を入れており、その一環として林業インターンシップ生を受け入れ、実践的な研修を行うとともに、研修生が宿泊するなどして外貨を獲得している。これは産業成長戦略の一つである林業と集落がリンクすることで、経済効果が集落隅々まで行き渡るようになるという意味も持つ。また、大豊町西峯の集落活動センターでは、コンテナで杉苗を生産している。もともと杉苗を生産する産業は無かったが、周辺地域で効率的な生産が可能な皆伐(対象となる森林区画にある時期をすべて伐採する伐採方法の一つ)を行っており、再造林には苗が必要となるため、その杉苗をハウスで生産するという事業が始まった。このように産業成長戦略や地域アクションプランで実行しようとしている事業の一部を集落活動センターの事業としてリンクさせ、そのネットワークを拡大させることで政策効果を県全体に波及させるという試みを行っている。

――林業では、新たな木材の工法CLTが注目されている…。

 尾﨑 本県の強みである林業資源について、CLT(クロス・ラミネイティド・ティンバー)の普及・拡大によって木材需要が拡大すれば、中山間地域の活性化につながる。やはり中山間地域の主要産業である林業を再活性化させることは、高知県だけでなく、日本全体にとっても非常に重要だと認識している。中山間地域の主産業、中山間地域が最も持っている木材資源を活かしきれるか否かは、日本の国土を活かしきれるか否かに直結する。ただ、林業を本格的に再生させるためには需要をさらに拡大させなければならない。その需要拡大のための切り札がCLTだと考えている。他方で、輸出としての産業化も可能だと見ている。例えば、韓国や台湾などでは環境意識の高まりから木造住宅を増やそうという考えが広がっている。そのなかで、両国は戦後の日本と同様に木が不足しているため、輸出するチャンスは十分あると考えている。林業を高度化し、輸出産業化することは十分可能であり、林業は国策としてもう一段、需要そのものを喚起するような形で重点的に産業育成に取り組んでもらいたい。そう考えている中で、非常に嬉しかったのが、東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場である新国立競技場に隈研吾先生の木をふんだんに使用したデザインが採用されたこと。ご案内のように前回の東京オリンピックでは、国立競技場の建設を契機に鉄とコンクリートの文明が日本に入ってきた。今回の東京オリンピック・パラリンピックでは、新国立競技場の建設を契機に鉄とコンクリートとともに、木がしっかりと共存できる文化が確立されることを期待している。CLTなどの木材需要の拡大に伴って中山間地域が活性化すれば、日本のダイバーシティははるかに進んでいくだろう。

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