投資信託協会
会長
岩崎 俊博 氏
――運用環境は厳しさが続いている…。
岩崎 国内金融機関の資金運用を振り返ると、バブル崩壊以来、円債以外は大変苦しんできた。加えて、昨年にはマイナス金利政策が導入され、経常的な利益を稼ぐことすらも容易ではなくなってきている。こうしたなか、金融機関は投資信託での運用を増やしているが、それらは海外の商品を何らかの形で運用しているものが増加してきた。海外資産での運用はそれぞれの金融機関のポートフォリオの中で取り組まれるものなので、それがリスクの許容範囲内に収まることが望ましい。その点、為替相場の急変で海外の運用資産が大きな影響を受けるという事態は以前はよく見られたが、各社とも近ごろは変動リスクを抑えるよう慎重に取り組んでいるように見える。
――運用環境も厳しいが、金融庁による行政指導も厳しい…。
岩崎 当協会の協会員には様々な規模や種類の業者がおり、これから順次、そうした方々の声を聞いて回ってみたいと考えている。当協会としては、そうした協会員の声を何らかの形で投資家や行政に伝えていくことが大事になるだろう。金融庁が打ち出したフィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)については、欧米では信託法の上にある概念であり、投資信託など金融以外の分野にも波及する。例えば医師と患者の関係もそうだが、利益相反や情報格差がある場合については、顧客に寄り添って適切に対応しなさいというのがもともとの考え方だ。米国ではこれをエリサ法など法律に落とし込んでいき、法に基づいたフィデューシャリー・デューティーという形態に変化していった。日本の投信、投資顧問、投資法人においても基本的な考え方は一緒であり、契約に基づいて顧客への忠実義務を果たしていくことはある意味当たり前だ。顧客本位の業務運営についてより明瞭に姿勢を示すという部分などはいくつか残っているが、運用会社としてはフィデューシャリー・デューティーに取り組んでいない方がおかしいというように考えている。
――フィデューシャリー・デューティーのうち、手数料の開示については…。
岩崎 投資信託では、手数料の開示は目論見書などによりすでに対応済みだ。これをよりわかりやすくする方法が他にないかというと、例えばパーセンテージでの表示がいいか、あるいは実額での表示がいいかなどといったテーマは出てこよう。このような論点について投資家の要望があるならばそれを取り込んでいければよいが、投資家を含めた様々な関係者の意見を集約して対応を決めていくべきだと考えている。
――運用益の悪化に加え、規制改正に対応するコストが膨大になってしまっている…。
岩崎 例えば、投資信託の目論見書を作っている投信会社の立場で申し上げれば、インターネットを利用することで紙の枚数自体は減っているが、作成の手間暇やコストはむしろ大幅に増えている。目論見書の記載内容が簡素化されたとはいいつつも、元々作っていたものを廃止して簡単にしてよいわけではなく、既存の内容を維持したものを作成したうえで、さらに上乗せで簡素化したものを別に作成することが求められるためだ。目論見書についてはまさに開示の問題そのものであり、かなり大きなテーマになるため、さらなる議論が必要になるだろう。
――そうしたことにいたずらにコストをかけるくらいならば、むしろ投資家にきちんと分配すべきではないか…。
岩崎 例えばREITでは、利益の90%は投資家に分配せよという形になっている。利益を内部で抱えている分には税金がかけられないため、分配金という形でこれに課税が出来る状態になるのはある意味で望ましいことだ。ただ、昔から議論が分かれるところで、成長のため分配金を出さずに再び運用に回すという考え方も道理にはかなっている。これはどちらか一方が正しいという種類の話ではなく、双方の考え方を投資家に理解してもらえるようにしていくことが大事なのだろう。また、議決権の行使結果の開示については、米国においてもインデックス運用の場合も議決権行使結果を全て開示すべきという考え方がある。このようにエンゲージメントを進めることは、最大手のバンガードはこれに賛成のようだが、他のインデックスプレイヤーでは「そこまでやる必要があるのか」という意見もあるようだ。米国のように、業者間でも規模の違い、もしくは保有している銘柄群の違いで様々な声が出てくることはある意味当然だ。日本においてこの議論がどのように落ち着くかは、まさにこれからやっていくことだ。スチュワードシップ・コードをきっかけに企業に対するエンゲージメントを深めようとすれば、人や時間を含めその分のコストは増すことになる。比較的小規模の業者はこれに反対するかもしれないが、逆にエンゲージメントを専門にしているような運用会社にとってはウエルカムだろう。これは決して0か1かという話ではないが、あまりに過剰なコストがかかってしまうようであれば、今後の課題と考えている。
――公募投信が残高100兆円の壁を大きく乗り越えて成長いくためには…。
岩崎 バブル全盛期の1989年時点では国内の公募投信の残高は約58兆円だった。現在の残高は約100兆円なので、約1.7倍増えたことになる。ところが、米国では1989年当時の約1兆ドルが約17兆ドルと、実に17倍も伸びている。米国で残高が大幅に増加した理由については様々な見方があるが、大きな要因の1つは401KとIRA(個人退職勘定)といった制度面だろう。米国の投信残高約17兆ドルのうち、401KとIRAでこの4割強を占めている。日本でも確定拠出年金(DC)や、個人型確定拠出年金(iDeCo)、NISAなど、仕組みは整備されてきている。ただ、DC全体の残高約10兆円のうち投資信託は4割強にとどまっており、残高の過半数は預金や保険など元本保証型の商品が占めている。米国では一時的なものを除いて残高が全て成長マネーとして市場に供給される素晴らしい仕組みとなっており、これにより流動性が供給され、かつ市場の安定性が生まれる好循環が出来ている。
――日本でも制度面のさらなる手当てが必要だ…。
岩崎 日本にも401KやIRAのような効果をもたらすような仕組みが出来れば、投資家にもよし、市場にもよしという環境を作ることができ、さらに成長マネーを供給できるのではないかと期待している。米国以外にも、例えば豪州には「スーパーアニュエーション」という1990年台に始まった年金制度があり、豪州の投信市場規模約170兆円のうち約8割を占めている。つまり、豪州の人口は2500万人弱にも関わらず、投信残高は日本を大幅に上回っているというわけだ。スーパーアニュエーションでは年収の9.5%相当を強制天引きされ、これを認定を受けた金融商品に投資する仕組みとなっている。既存のNISAやiDeCoの使い勝手をさらに良くするためにどうすればよいか、我々が幅広い関係者の声を集めつつ、これを当局にもうまく伝えて行きたいと考えている。