未来工学研究所
特別研究員
小泉 悠 氏
――北朝鮮情勢をロシアはどう見ているのか…。
小泉 ロシアの専門家からヒアリングした印象では、実は戦略的な関心は薄いのが実態だ。ロシアも中国と同じように緩衝地帯として北朝鮮に残って欲しいとは思っているが、平壌から6000km以上離れたモスクワと、渤海を挟んで1000kmも離れていない北京とでは危機感が違う。ロシアと北朝鮮が面している国境は20km程度で、また北朝鮮がこれまでロシアの言うことを聞いてきたわけでもないため、ロシアの関心は非常に小さい。ロシアのエネルギーの専門家に聞いてみても、中国に代わってロシアが北朝鮮に燃料を提供することはありえない印象だ。ガスプロムやプーチンのブレーンも、無償のエネルギー供与には否定的だ。これらのことから、今回の北朝鮮情勢の背景にロシアがいるとは考えにくいし、ましてや操っている可能性はないといっていいだろう。そもそもロシアにそんな力はないのが実態だ。
――ではなぜロシアは積極的な動きをみせているのか…。
小泉 北朝鮮問題が世界的な問題となったため、それに関与することで自身の影響力を拡大させることが狙いだろう。これまでのノドンや北極星1号・2号などの弾道ミサイルは日本攻撃用であり、アジア地域に収まる話だったが、今年発射が行われた火星12はグアム、火星14は米本土に届く性能を有する。今や北朝鮮はアジアに留まる問題ではなくなった。そこでロシアとしては北朝鮮問題に関与することで国際的影響力を強め、米国に対する外交カードを有することを狙っている。ただ、逆にいえばロシアは情勢に乗っているだけでもある。ロシアの安全保障の専門家も、朝鮮半島での核戦争発生は望ましくはないものの、東の果ての出来事であるため、そこまで恐ろしくないとの見方を示している。
――北朝鮮が潰れてもロシアはさほど困らない…。
小泉 ロシアの経済分野の有識者からは、むしろ早くなくなって欲しいとの声さえ聞かれている。これは北朝鮮の存在がロシアの東アジア進出の障害になっているためで、もし北朝鮮が崩壊すれば鉄道やパイプラインを韓国の釜山まで伸ばせるとの期待感がある。もちろんロシアでも安全保障分野の有識者からは北朝鮮の持続を望む声が聞かれているが、ウクライナのように軍事力を使ってでも守るというつもりはない。
――ロシアが北朝鮮のミサイル開発を支援しているとの見方もあるが…。
小泉 ロシアが国策としてミサイル開発を支援しているとは考え難い。確かにロシアはこれまで北朝鮮の体制維持を図る立場をとってきたが、一方で核武装・ミサイル武装は許容しない姿勢を示してきた。実際、過去の北朝鮮の核実験に激怒したロシアは全面武器禁輸措置を実施し、2010年から北朝鮮はロシアから兵器を購入できない状況が続いてきた。ロシアが北朝鮮の核武装に反対するのは、同国の核に対抗するために東アジアでの米国の軍事プレゼンスが高まることが予想されるうえ、東アジア各国のミサイル防衛整備が進んでしまうためだ。ロシアは相互確証破壊を揺るがすミサイル防衛に強く反発しており、韓国のTHAAD(ターミナル段階高高度地域防衛)システムや、日本のオフショアイージスシステムの導入が進むのを苦々しく思っているはずだ。
――ではウクライナが支援しているのか…。
小泉 恐らくそういうわけでもない。北朝鮮のミサイルである火星12や火星14に、ウクライナで生産されているエンジン「RD-250」が使用されている疑惑が話題になったが、実は同エンジンは燃焼室が2個、ノズルが2個のダブル型であるのに対し、火星12のものはシングル型で、形状が異なる。ウクライナが1から北朝鮮のためだけにシングル型を設計した可能性が絶対にないとはいえないが、同国にそこまでするメリットはない。「RD-250」は旧ソ連が設計し、ウクライナで製造されたものであるため、おそらく両国企業に工作をしかけた北朝鮮が少しずつ技術を習得したり、技術者を雇用したりして、独自にシングル型を設計したのだろう。
――北朝鮮のミサイルは年内に米国本土に届くか…。
小泉 その可能性は十分にありうる。少なくともブースターについては既にかなりものが完成しているとみていいだろう。不透明なのは、ミサイルに搭載する核爆弾の軽量化にどこまで成功しているかだ。米国の専門家の間でも、本当に火星14をICBMと呼んでいいのかは今も議論が分かれているが、もし500kg程度にまで核爆弾を軽量化できた場合、米国本土まで北朝鮮のミサイルが届くとの見方が強い。水爆はまだ小型化できていなくとも、通常の核爆弾であれば軽量化に成功している可能性もあるだろう。いずれにせよ、ICBM完成に向けたハードルは既に半分は解決済みで、近いうちに北朝鮮は実戦的な核攻撃能力を獲得すると見込まれる。
――それを防ぐことはできるのか…。
小泉 北朝鮮に核を放棄させるのは非常に難しい。春頃までは米国は中国に期待感を持っていたようだが、核武装のような機微な問題で中国が北朝鮮に指図することはできないだろうし、かといって北朝鮮が崩壊するほどの全面禁輸措置を導入することもできない。日本やロシアの専門家は口をそろえて、核兵器が北朝鮮の生き残りのための切り札である以上、誰に何を言われようが、どのような制裁を受けようが、北朝鮮が核を放棄することはありえないと指摘している。中国とロシアは、米国と韓国が合同軍事演習を凍結する代わりに、北朝鮮が核実験やミサイル発射を凍結する「ダブル凍結」を提案しているが、これを北朝鮮が呑む可能性は低い。また、米国としても演習凍結は北朝鮮の体制を事実上保証することになる一方で、北朝鮮の核抑止の有効性を認め、米国の東アジアにおけるコミットメントの信頼性を揺るがすことになるため、中々賛同しにくい。中露はそのことを分かったうえで、自身が平和を希求しているという態度を演出するために提案を行っているのだろう。
――米国はどうするのか…。
小泉 考えられるオプションは、北朝鮮を核保有国として認めるか、軍事力を行使するかのどちらかしかない。しかし1994年の朝鮮半島核危機の際に行われた試算では、米国が攻撃を実施した場合、北朝鮮の反撃で韓国市民60万人が犠牲になると予想されている。これはとてつもない損害であり、米国としても決断は難しいだろう。マティス国防長官は先日、ソウルが危険にさらされない軍事的選択肢も存在すると発言したが、実際にそのような方法があるのかは疑わしい。被害を最小限に抑えるならば、先制攻撃で前線付近の北朝鮮の長距離砲と、金正恩本人、通信・指揮系統を同時に破壊するしかないが、これは一部で核を使うことが前提となり、非常に強い覚悟が必要な選択肢だ。
――第7艦隊ならば北朝鮮を簡単に殲滅できるのでは…。
小泉 確かに第7艦隊の戦力は絶大であり、やろうと思えば数百発の巡航ミサイルを北朝鮮に打ち込むことが可能だ。しかし、巡航ミサイルは広い範囲を制圧するのには適しているが、北朝鮮のように重要インフラを地下に埋設している相手には効果が薄い。地下を攻撃するには爆撃機を北朝鮮上空に派遣し、バンカーバスターのような専用の武器を投下する必要があるが、流石の米国も同時に大量の爆撃機を投入し、北朝鮮が反撃を行う前に全てを殲滅するのは難しい。現実的なオプションは戦術核か、覚悟があるならばICBMを用いることだろう。米国本土から北朝鮮までは30分でICBMが着弾するため、もし北朝鮮のスパイが発射を察知したとしても、金正恩に報告がいく前に全てを終わらせることができる。とはいえ、ICBMを用いた場合、中国やロシア、それに目の前で同胞に核兵器を打ち込まれた韓国の猛反発が予想され、政治的には難しいといわざるをえない。
――米国が北朝鮮の核保有を容認するとどうなるのか…。
小泉 北朝鮮の体制維持にお墨付きを与えるわけではなく、核の存在を前提に、それを抑止できる体制を米国は構築していくだろう。現在、米国では核態勢や弾道ミサイル防衛、国防体制など様々な戦略の見直しを行っている最中だが、米国の専門家と話した印象だと、すでに米国は北朝鮮の核を前提とした戦略を検討している。米国の狙いは、ミサイル防衛を強化し、北朝鮮が虎の子で希少な核兵器を1、2発発射したとしても、それを問題なく処理できる環境を整備することだ。つまり北朝鮮の核保有を容認するというのは、北朝鮮に迎合することではなく、北朝鮮の核戦力を放棄させられないまでも確実に無効化することを意味している。また、米国の戦略家の中には、これからはMissile Defense(ミサイル防衛)ではなく、Missile Defeat(ミサイル打破)の時代だと主張している人もいる。これはミサイルの迎撃能力、ミサイルを発射前に破壊する能力、サイバー攻撃などによって敵国を麻痺させる能力を整備するという3本柱の概念だ。このように、北朝鮮の核を容認するといっても、別に米国が北朝鮮の勝手を許すようになるわけではない。
――米国はどちらの道を選ぶのか…。
小泉 各国の専門家でも見方が分かれており、非常に難しいところだ。ロシアの専門家の中には、アメリカは確実に攻撃を実施すると主張しているグループもある。彼らは、現在米国は北朝鮮が戦略的ミスを犯すのを待っている段階と指摘しており、攻撃の大義名分を確保し次第、米国が攻撃を実施すると予想している。ただ、流石に被害が大きくなりすぎるため、攻撃は行わないと予想している専門家も多い。どちらの展開もありえると思うが、攻撃を担う軍人の立場でみると、被害を最小限に抑えて北朝鮮体制を打破するのは非常に困難な作戦となるため、実施したくないのが本音ではないだろうか。
――高まる危機に対抗して日本も核武装するべきか…。
小泉 核兵器は絶対悪ではなく、核保有もオプションの一つだと考える。ただ、現時点では、保有することによるデメリットが大きいとみている。まず日本が核武装した場合、確実に韓国や台湾も核武装し、アジア中が核保有国になり、地域の戦略的安定性が崩壊する。また、核保有のコストで、自衛隊の通常戦力のバランスが崩れる恐れがある。イギリスやフランスは、資金に余裕がないにも関わらず原子力潜水艦や空母を運用しているが、その代償として通常艦隊は資金不足で能力が低下してしまっている。日本は今後、中国という大国と海洋上で向き合う必要があるため、やはり通常の海上戦力を保有しておくことが重要だ。せっかく核抑止は米国が提供してくれているのだから、それを活用しない手はない。日本にできるギリギリの核抑止は、現在のように大量の核物質を保有し、「いざとなれば核兵器を作れる」と周辺国に思わせることではないか。
――核さえ保有できれば通常戦力は不要では…。
小泉 核兵器によって通常戦力は不要になるという考えは冷戦下で一時議論された。初期の米国の「大量報復戦略」がそれだし、ソ連のフルシチョフも同じことを主張していた時期があった。しかし、実際には核兵器で大量報復するハードルの高さから、通常戦力が依然必要だということが分かった。例えば、もし日本が核武装した後に中国が尖閣諸島を占領した場合、北京をいきなり核兵器で吹き飛ばすことが決断できるだろうか。ベトナム戦争でも米国は同じジレンマに見舞われ、結局ハノイに対して核兵器を使用することを決断できなかった。ましてや、北ベトナムを支援していた北京やモスクワを攻撃すれば人類が滅亡するような全面核戦争になってしまう。この教訓から生まれたのが、相手の出方に弾力的に反応する「柔軟反応戦略」という考えだ。具体的には核兵器による反撃は核兵器で攻撃された場合に限り、通常戦力で攻撃された場合は通常戦力で対応するといったものだ。
――日本は核以外の対応を担う必要があると…。
小泉 その通りで、そのためには通常戦力を持つ必要がある。ただ、核の脅威が高まる中で、従来の方針を堅持するだけで十分かという疑念ももっともだ。そこで一部で議論されているのが、非核三原則な部分的な見直しで、具体的には「もちこませず」の部分を緩和し、米軍の核の通過や、持ち込みを認めることが提案されている。一方で、私自身はニュークリアシェアリング(核の共有)については疑問を持っている。欧州で行われたシェアリングは、ソ連の圧倒的な機甲戦力に核で対抗するために生まれたが、当時の欧州と日本とでは大きく状況が異なる。欧州の場合、核の目標であるソ連の機甲戦力は地続きで目の前に展開していたが、日本の場合、目標である北朝鮮は海の向こうで、そこまで核を運搬する能力が現在の自衛隊にはない。運搬を可能にするためには、専用の戦闘爆撃機を用意したうえで、その護衛や、電子戦機、空中給油機といった戦力を整える必要があるが、これには莫大なコストがかかる。そこまでやるぐらいであれば、米国に核の持ち込みを認めたうえでシェアリングは可能性を残すだけでいいのではないか。