金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「アナリストの役割変化が加速」

日本証券アナリスト協会
会長
新芝 宏之 氏

――新会長に就任された…。

 新芝 何かの巡り合わせだと感じている。今年は山一証券が経営破たんしてから20年目の節目となるが、20年前の「1997年」は、私にとって非常に感慨深い年だ。当時、岡三証券の加藤精一会長が日本証券業協会と日本証券アナリスト協会の会長(当初1年間は会長代行)に就任し、私は政策秘書を務めた。証券不祥事が社会問題化するなか、それまで大手4社の輪番制だった日本証券業協会長職への就任だった。今でも鮮明に覚えているが、加藤会長は周囲から「火中の栗を拾うことになる」と懸念されながらも、皆に推されて、業界への恩返しだという強い思いを持ってのことだった。当時は、山一証券、三洋証券や多数の銀行が相次いで経営破たんするなか、同時に、日本版ビッグバンのもと手数料完全自由化などの制度改革が断行された。わが国金融が崩壊と改革の渦中に放り込まれた激動の時代である。一方でウィンドウズやインターネットの普及が進み始めたのもこの頃だった。振り返れば、旧体制が崩壊し、制度改革と技術革新による新たな時代の幕開けでもあった。あれからちょうど20年が経過したが、欧州のMiFIDⅡ(ミフィッド2:第2次金融商品市場指令)や日米でのフィデューシャリー・デューティーの拡大など、今また、世界的に制度改革の機運が高まっている。同時に技術革新においても当時のインターネットのようにAIが台頭してきている。インターネットが普及し始めた当時、スマートフォンを持つことなど想像できた人がいただろうか。つまり今後20年間も想像以上に変化していく可能性を予感させる。20年前の既視感を覚えるような状況下で今、日本証券アナリスト協会長に就任させていただいたことに不思議な巡り合わせを感じるとともに、業界に恩返しをしていきたいという強い思いを抱いている。

――アナリスト業界が苦境に立たされている…。

 新芝 MiFIDⅡやフェア・ディスクロージャー・ルールは今後、アナリスト業界に大きな変革をもたらすだろう。私が入社した1981年当時は、インサイダー取引という言葉もなかった。早耳情報と言われることもあるが、当時は決算発表の前日に企業を訪問すると、決算内容を見せてもらえるということが珍しいことではなく、それが投資情報の真骨頂であるとの見方すらあった。現在では、当然ながらアナリストはフェア・ディスクロージャーなど様々なルールに則って役割を果たさなければならず、世間ではアナリスト受難の時代だと言わることもある。しかし私はそうは思わない。我々は専門的な分析能力、確固とした職業倫理を持つ金融・投資のプロフェッショナルとして、単に聞いてきた情報を流すだけではなく、企業の価格分析、価格発見に役割を担っていると自負している。つまり、バリュエーションをきちんと見極めることだ。制度改革の一環としてコーポレートガバナンス・コードなどが進められているが、大事なことは、日本経済の中心ともいえる取引所において、企業の本質的な価値を高めることにある。市場のインテグリティ(誠実さ、高潔さ)が保たれているなか、適正価格を計ることも本質的な価値を高めるうえで非常に重要だ。この分析の役割は発足当初からアナリストに課せられた使命であり、今後フェア・ディスクロージャー・ルールが適用されても、価値発見という本質的な役割は変わることはなく、むしろ求められる専門性が高まっていくだろう。そのためにアナリストの質向上を求められているに過ぎない。一方で欧州発の規制が過度な競争を生むことで業界全体を縮小させることにならないかという懸念はある。多様な価値観から企業をプライシングすることで偏りのない適正価格が導き出されると思っている。アナリストの質向上と多様性の存続は、両立されなければならない。

――きちんとした価格発見ができるアナリストを育成するための施策は…。

 新芝 専門的な分析能力、確固とした職業倫理を持つ金融・投資のプロフェッショナルを育成・支援することが使命だと考えている。これを通じ日本の金融・資本市場を強くすると同時に、日本経済の発展にも寄与するものと考えている。時代とともにアナリストの役目も変わってきていることも考慮する必要がある。以前私自身もセクターアナリストだったが、アナリスト総勢2万7千人の中でセクターアナリストは実に千人程度しかいない。アナリスト資格保有者はファンドマネージャーから企業の財務・IR担当、社外取締役まで幅広い業務に従事している。一方業態別では銀行・保険が4割、証券・資産運用が4割、事業会社・弁護士・公認会計士等が2割程度となっている。つまり育成するアナリストのセグメント像をしっかりと把握しておく必要がある。我々はライセンスの提供側として、環境変化に対応した専門性を高めるため、資格取得及び継続学習の強化を図っている。この10月初には資格取得の教育プログラム見直しのためのワーキング・グループを設置した。また、継続学習のために、証券アナリストジャーナルの発刊、年間100回ものセミナー・講演会も実施し、これからの時代に必要不可欠なAIやフィンテックをテーマにした内容も新たに組み入れている。さらに何時でも何処ででも学習できるように、ネット配信など新しい取り組みも検討しているところだ。

――教育や継続学習が重要ということか…。

 新芝 教育や継続学習に加えて世の中に情報発信していくことも重要だと認識している。我々が発行している証券アナリストジャーナルは学術誌レベルとして認められていることから一定以上の存在感はある。加えて、書籍の出版を通じ幅広い情報発信の取り組みも進めている。本年6月に出版した「企業・投資家・証券アナリスト~価値向上のための対話」は、市場のルールが大きく変化しつつあるほか、AIの急速な発達が見込まれる状況下で、証券アナリストがどのように対応すればよいのか、今後のあるべきアナリスト像とは何なのかについて書かれている。本書はアナリストのみならず、企業、投資家の皆さまに幅広く読まれ、企業と投資家が企業価値向上のための建設的な対話を行うための一助となることを望みたい。

――日本のアナリストは組織の一員という位置付けが根強いが…。

 新芝 そこについては今まさに起こっているフェア・ディスクロージャー・ルールが、アナリストの役割の変化を加速させるだろう。今回のアナリストに対する逆風の本質論は、アナリストが出しているレポートの一つひとつに値段が付くことで、情報そのものに価値が生じることにある。アナリストは、さらなる高みを目指せる環境が整うことで、独立する方も増えるだろう。これはアナリスト全体の底上げにつながり、長い眼で見ればプラスに働くのではないか。

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