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「予断許さぬ大統領選後の展開」

外交戦略研究家
初代パラオ大使
貞岡 義幸 氏

――今回の米大統領選挙ではジョー・バイデン氏が勝利宣言したが…。
 貞岡 そもそも、バイデン氏の勝利宣言は余り意味がない。テレビ局の発表は各州の選挙管理委員会が発表する数字をベースにして勝敗を判断しているが、通常の投票選挙の流れは、テレビ局が発表する数字をもとに敗者が敗北宣言をし、勝者に電話をして祝意を述べるというものだ。それを踏まえて勝利宣言が行われる。つまり、敗北宣言のない勝利宣言などあり得ない。大統領選任までの正式の手続きは、今回の投票をもとに来月12月8日までに各州が選挙人を決め、その選挙人が12月14日までに誰を次の大統領にするかを投票する。その投票の結果は来年1月6日の新しい連邦議会で開票し、そこで初めて法的に大統領が決定される。このため、バイデン氏が勝利宣言をしたものの、法的にはまだ何の意味も持っていない。トランプ氏が敗北宣言を出さずに法廷闘争に持ち込んでいる限り、今回の決着は相当長引くだろう。

――トランプ氏は選挙結果に対して「不正」を訴えているが、その具体的な根拠は…。
 貞岡 郵便投票の中にはかなりの部分、正式の手続きに沿っていないものがある。例えば、投票用紙を入れる封筒は内袋と外袋があり、2重にして投函しなくてはならないのだが、内袋を捨ててしまっていたり、そういった決まりを知らずに、直接外袋に投票用紙を入れて1重で郵送されているものもある。また、例えば有権者登録がされていないにもかかわらず投票している人がいたり、事前に登録している署名と違うようになっていたり、もしくは、マークシート方式で記したマル印が見えづらくて判然としないといった、いわゆる不正ではないにしても、きちんとした投票手続きに沿ってなされていないものが多くあるということだ。今回の選挙は大統領を決めるだけの選挙ではなく、各州の上下院議員、知事などの選挙に加えて、さまざまな住民投票もすべて同時に行われている。だからこそ煩雑で開票にも時間がかかっていたのだが、そういった曖昧な票をどのように判断するのかは民主党派と共和党派で考え方が違っており、州ごとに分かれている。法廷闘争となった場合には、また混乱をきたし、判決までにはかなりの時間がかかってくるだろう。

――法廷闘争となり、その結論が出たとして、その後の流れは…。
 貞岡 裁判所で結論が出たとしても、憲法上、各州の選挙人は各州の知事と議会で決めることになっており、今、大接戦となったウィスコンシン州、ミシガン州、ペンシルベニア州は、知事は民主党、議会は共和党であるため、州の統一意見を見つけるのは難しい。州の選挙人がぎりぎりまで選ばれなかった例が過去にある。1876年のこの大統領選では、就任式の2日前に、ようやく民主党と共和党が話し合いを行い、次の大統領が決まった。今回、仮に同様な事態になったとしても民主党と共和党の折り合いがどの段階でつくのかわからず、またそこで決着したとしても、トランプ氏が次の大統領の就任式となる日の昼12時までにホワイトハウスをおとなしく出るかどうかも心配されている。

――エスパー国防長官も解任した…。
 貞岡 大統領選後に、トランプ大統領が エスパー国防長官を解任した理由は何なのか。今だになりふり構わず大統領の座に固執する姿勢からすると、外敵を軍事攻撃する目的で、自らの言うことを聞かない長官を解任したということも考えられる。4年後の大統領選をも視野に入れているという報道もあり、外敵を作ることで国内の支持率をさらに高めたいという戦略を捨てきれないのではないか。実際に多くのマスメディアの報道に反し、コロナ下にもかかわらず4年前の当選時よりも多くの7000万票を獲得している。トランプ大統領がこの国民の熱狂的な支持をどのように持っていくのか、バイデン氏が大統領に就任した後の最大の課題でもあろう。

――米国内での暴動にも気を付けなければならない…。
 貞岡 ミスが起こりやすい郵便投票に加え、今回の投票結果が僅差だったため、トランプ氏もトランプ支持者も納得がいかないという思いは強い。そうすると、選挙結果が白黒ついた時点で暴動や混乱が起き、国内での分断がさらに激しさを増す可能性も出てくる。しかし、もともと米国は分断している国だ。州の集まりであるアメリカ合衆国は、建国当初から政府対個人、中央政府対州政府という対立があり、そういった対立が激化したり沈静化したりを繰り返している。例えば、2000年の大統領選では当時の共和党J・W・ブッシュテキサス州知事と民主党アル・ゴア副大統領の対決でフロリダ州の集計結果を巡って対立が起き、結局、最高裁判所の判決によってブッシュ知事の勝利となったが、決着がついても民主党支持者は納得せず、しばらくの間、米国内では分裂が続いていた。それが解消するきっかけとなったのは、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件だ。今回の選挙による分断を再び結束させるものが何かはわからないが、米国はこのように分断と結束を繰り返しながら段々と大国になってきたのだと思う。

――米国の今後の展望は…。
 貞岡 現在、米国が抱えている最大の問題は所得格差であり、先ずはこれを早く直さないことには分断は解決しない。それには全体のパイを大きくして格差を是正しないことには、経済全体の活力も失うことになる。小さいパイを皆で分けるとますます貧しくなる可能性もあり、その舵取りは難しい。外交政策について言えば、バイデン氏が次の大統領になればオバマ外交の再現が始まる。オバマ前大統領時代に自分のレガシーとして行ったものを、トランプ氏が大統領になったことですべて覆されてしまったからだ。ただ、米国第一主義が有権者の中には非常に浸透しているため、TPPへの即参加は難しい。それ以外のパリ協定やイランとの核合意についてはすぐに復帰するだろう。いずれにしても、今回の選挙による分断で、米国が世界のリーダーであるという今の地位を落としていくというような考え方は時期尚早だ。

――米国の空白期間に中国が何らかのアクションを行う懸念も浮上しているが…。
 貞岡 米国内の混乱をより悪化させるために、中国が陰で動いていることは否定できない。対中政策については、米国は民主党、共和党、国民すべてが中国を脅威と思っていることは間違いないため、バイデン氏も口では対中脅威論を唱え、中国に対して強固な姿勢を貫くと言うかもしれない。しかし、実際にどこまでやるかは不明だ。オバマ元大統領が核兵器廃絶を唱えノーベル平和賞を受賞したものの、現実はその間に米国は核兵器を増強させてきたように、きれいごとを言いつつも実態がついていかないという従来の米国の政治家の要素がバイデン氏には強い。実際には中国に舐められ軽んじられる外交になるのではないか。

――米国民主党は以前から軍事力にはあまり力を入れない方針だ。そうなると、日本は自力で軍事・外交力を強化していかなければならない…。
 貞岡 仮にトランプ大統領が法廷闘争の末に勝利し、大統領2期目に入ったとしても、米国大統領には3期目がないことを考えると、トランプ氏は次の選挙のために国民の目を気にする必要がなくなり、場合によっては中国と手を結ぶという可能性も無きにしも非ずだ。日本としては、外交政策で警戒を怠ることなく、どのような事態になろうともそれに対応できるように、日頃からしっかりと情報収集をして、外交、軍事、ともに自立していく必要がある。

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