金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「DCは金融立国の一丁目一番地」

野村アセットマネジメント
取締役会長
尾﨑 哲 氏

――日本の投資信託残高は米国に比べると格段に小さく、金融資産における個人の株式保有比率は年々過去最低を更新している…。
 尾﨑 日本では個人の株式保有比率の低迷の状況が続いている。松下幸之助さんは1979年に「株式の大衆化で新たな繁栄を」と20年30年後の世界を念頭にピープルズ・キャピタリズムによる個人株主の繁栄を展望した記事をPHPに寄稿したが、40年以上経った現在も実現していない。また公募投資信託の個人保有比率についても同様に減少傾向であり、これらは大きな国家的課題と言えよう。日本の国民金融資産1845兆円のうち、54%の約1000兆円は現預金であり、これは日本の5倍の金融資産を持つ米国の現預金1250兆円とほぼ同じサイズだ。そして投資信託の保有比率が日本は3.4%なのに対して米国は12.3%、株式等保有比率は日本が9.6%に対して米国が32.5%と、米国の家計は日本の約3倍のリスクを取っていることがわかる。そして長くコツコツと投資をしてきた結果、米国では金融資産も投資人口も拡大している。

――日本で直接金融市場が発展せず、資産も増えない理由は…。
 尾﨑 日本ではDC(確定拠出年金)市場が発達していないことが、大きな理由として挙げられる。米国ではDCで初めて投資信託に投資したという人が63%に上ったといわれており、日米の圧倒的な差は、資産形成としてDCを本格的に導入したかどうかによって生じていると言える。日本でDCが導入されたのは20年前だ。来年10月1日の20周年に向けて、例えば拠出限度額を引き上げたり本格的な株式分散ポートフォリオをデフォルト化するなど、DCを欧米並みに本格化させれば、それが証券市場全体の起爆剤になるのは間違いない。現在、日本の企業型DCの拠出額上限は年間66万円、個人型のIDECOが年間82万円弱だ。一方、米国の401kは円換算年間約600万円、英国でも約540万円と、桁が違う。日本は国の年金システムが「主」で、DCを「従」としているが、国家財政・年金財政が厳しいことは周知の事実であり、さらに、世界的な超低金利の継続による運用難と新型コロナによる財政の加速度的な赤字拡大や格差の拡大、また長寿リスク認識の普及から、DCの更なる柔軟化を含むイノベーションと全国民への普及が先進各国とも喫緊の課題となっているのが実態だ。日本も、新型コロナで自助意識もさらに高まっており、DCを本格化して健全な資産形成の流れを作るチャンスだろう。

――DCのポートフォリオは基本的にどのような形になっているのか…。
 尾﨑 企業型DCを例にとれば、通常、DB(企業年金)から移行するが、DCに移行する際に、せっかく分散投資していたDBのポートフォリオが、個人選択を経て平均的に半分程度が預金・保険となってしまっている。DCへの移行で、DBで潜在的に得られるはずだったリターンを得られないようなポートフォリオの内容になるのは、制度の趣旨からしても明らかにおかしい。先進各国ではデフォルトファンドと呼ばれる典型的な分散型のポートフォリオを提供するのは常識となっており、また若年層やアドバイスを受けられない低所得者層への対応としても、いかに分かりやすくシンプルなベストソリューションを提供するかが研究されている。先ほどのサイズの問題に加え、このような投資ポートフォリオの質的な課題を、菅新内閣で行政がさらに縦割りを打破していくことによってブレークスルーしていくことを期待したい。これは、今後の日本が目指す「金融立国」の中心に据えるべき課題だという認識だ。そもそも日本は、資産形成の王道として、分散型ポートフォリオを長期に積み立てていくという投資行動が大変遅れており、DC20周年の制度的本格化を啓蒙することによってキャッチアップを目指すべきだ。

――日本が金融立国として「国際金融センター」の地位を確立するためには…。
 尾﨑 先ずは、個人金融資産1845兆円を、国家的「資源」として再認識し、その「資源」をESG投資などを含め健全な投資を通じて拡大させていく、それが投資ガバナンスを通じて国際貢献にも繋がっていく、という姿だろう。国際金融センターを目指すには、特に自国民である個人金融資産の健全な形成への国家的コミットメントが必須であり、自国民の資産の健全な姿がなければ金融立国とはいえない。トマ・ピケティの2013年の著書「21世紀の資本」で提起された資本収益が所得収益を上回り、格差が拡大していく状態は今日でも世界的に続いているし、今後も続くだろう。これは、現預金中心の日本の個人金融資産にとっては極めて不都合な真実であり、これ以上放置すると、格差はどんどん拡大していくだろう。

――証券の税制上の問題について…。
 尾﨑 今、預金にしても、投資信託や株式等の有価証券にしても、資産を保有している大層は高齢の方々だ。これが日本の不都合な真実その2だ。高齢者による有価証券の保有比率は、60歳以上で70%超を占めており、70歳以上でも40%に上る。これら有価証券は一般に相続で現金化され、従って日本の個人の有価証券投資はどんどん減っていくことになる。それを次の世代に繋げていくような、有価証券を含めた相続税制の在り方を考えることは必要だと思う。それだけ証券市場は危機的状況にある。このような現在ストックとして保有されている金融資産についても、今後フローで積み立てられる金融資産についても、税制は重要である。ただ、投資が文化として発達せずに低迷しているのは、必ずしも税制の問題がネックというわけではなく、寄付を含めて社会、次世代のために積極的に余資を使うという文化の問題も大きく、投資教育はそのような観点も含む幅広い啓蒙が極めて重要だと考える。

――先ずは投資信託で学びをしながら、直接金融に慣れ親しんでいく文化を作る…。
 尾﨑 まずはコアの資産形成を投資信託を使った分散投資で行い、その分散された資産の中の一つ、例えば日本株投資信託のポートフォリオを集中して研究し、その中の投資先企業に投資信託経由ではなく自分でもダイレクトに株式投資をしてみる、そして株主総会に出席するなどを通じて、手触り感のある投資を経験していく、そのような社会貢献を実感できる投資文化を作り上げることも証券市場の活性化には必要だ。かつて渋沢栄一は「一滴一滴が大河になる」と唱え合本主義を掲げた。それを現代グローバル版に言い換えて「日本のお金を少しずつでもよいからSDGsのためのESG投資に」を合言葉に旗を振り、国際貢献をしていくという機運を盛り上げていけば、2030年までに合計すればGPIF並みの巨大な投資信託群が日本にもう一つ現れることになる。日本発の長期分散投資が倍増すれば、自然と日本に人が集まり、国際金融センターになる。日本は自国民ファーストの国際分散投資を活発化させ、いわば国際分散投資の高度化による国際金融センターを目指すべきであり、そこには自ずと人は集まるはずだ。来年のNHK大河ドラマは渋沢栄一でもあり、機運を盛り上げたい。

――日本の国家戦略である金融立国を実現させるためにはDC市場の発展が欠かせない…。
 尾﨑 申し上げたように、日本の国家戦略である金融立国と、個人の資産形成と、世界貢献、全てを実現させるための一丁目一番地はDCを欧米並みに本格展開することだ。戦後、投資信託が再開されて60年で個人保有残高はわずか70兆円。DCの本格化による少額積立に国民全員が注力すればこの額は次の10年で倍に出来る。その資金は世界の分散投資に向けられ、世界貢献と同時にそれなりのリターンも得られるはずだ。単純な計算だが、超高齢の一人世帯を除く日本の約5200万世帯が月2万円ずつをDCを含めて積立てていけば5年で70兆円になる(年率3%程度のGPIFの実績リターンも適用)。一家計当たりの平均給与が月収で36万円なので、月2万円は決して安い金額ではないが、それを1万円にしても10年で今の投資信託のサイズになる。来年のDC20周年を機に、2020年から2030年までの10年間、ESG投資によるSDGsの達成に向かって、日本のDCを本格的に発展させることで、健全な資産形成とそれを通じた世界貢献をすべく、関係者と尽力していきたい。

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