日本証券業協会
副会長
森本 学 氏
――社債取引情報の公表について、この度、対象銘柄の範囲が拡大される…。
森本 社債取引情報の発表は2015年から開始した。これまで発表対象はAA格以上の銘柄に限定していたが、この度、条件付きではあるがAフラット格の銘柄まで公表することになった。最終的には全銘柄公表することを目指しているが、日本では社債市場の規模が小さく参加者が限られているため、マイナスの影響が出ないかどうか状況を見ながら拡大していく必要がある。今回の拡大によって銘柄数がそれほど増える訳ではないが、約7~8%のカバー率向上が見込まれている。もともと日本の社債発行市場はAA格とA格が大半を占め、流通市場においてもこれらの格付け銘柄で半々程度という状況だったが、足元でA格大型銘柄の社債発行が増え始め、全体に占めるAA格以上の割合が低下してきたことが、今回の拡大の背景にある。
――社債等の募集手続の見直しも行っている。相次ぐ規制改正の狙いは…。
森本 社債等の募集手続については、募集の際の需要状況が関係者から見えにくいという当局や業界内からの指摘があり、ワーキンググループで検討を行った。債券の発行条件を決める手法としては、海外では投資家の需要を実名で関係者間で共有するポット方式が主流だが、日本では需要額のみを報告するリテンション方式が定着している。どちらを採用しても良いのだが、今回の改正では、発行体に対して金融機関など主要な投資家の需要・販売情報を実名で伝えるというルールを作った。エクイティでしばらく前から行っているトランスペアレンシー・ルールに似たものだ。市場実勢が把握しやすくなることにより、社債等の市場がよりこなれたものになることを期待している。基本的に、社債取引情報の公表対象の拡大は来年4月からである。また、社債等の募集手続きについては来年1月からの施行を予定しているが、地方債については来年4月から、100億円以下の起債については時期をずらして段階的に適用させていく方針だ。
――日本の社債市場は米国などに比べてまだまだ小規模だ。やるべきことは沢山ある…。
森本 社債市場の活性化は日証協が長い間取り組んでいる課題だ。足元では多少発行が増えてきたが、まだ我々が目指しているような状況ではなく、ボリューム的にあまりにも小さい。これは証券界だけでなく、当局や関係者を巻き込んで構造的問題に取り組まなければ実現しない問題だ。例えば発行体について言えば、米国ではBBB格以下の銘柄が半分以上を占めておりリスクマネーを供給するという市場の役割が果たされているが、日本ではBBB格は1割にも満たない。さらに米国には、日本にはほとんど存在しないハイイールド市場もある。そういったことから、日本ではせっかく低金利になってもリスクマネーが流れないという残念な状況になっている。発行銘柄の多様化は引き続き大きな課題であり、そのため先ずやるべきことは、銀行ローンと社債の実質的な同順位(パリパス)を確保することだ。そこで重要になるのはネガティブプレッジ(担保制限条項)であり、日本は社債間での担保制限条項はついているが、米国では標準である銀行ローンとの間の担保制限条項がついていない。その結果として、日本ではデフォルトすると社債権者の回収率が非常に低くなることから、投資家は低格付社債に投資しにくい状況が続いている。
――日本で社債管理者制度があまり利用されていないことも、社債が流通しない一つの理由だ…。
森本 日本では社債を発行する際、社債管理者制度があまり利用されず、大部分がFA債(社債管理会社不設置債)だ。日本の法律では社債管理者の義務・責任が抽象的にしか規定されていないという事もあるが、例えば発行体のメインバンクが社債管理者になり、融資もしていれば、デフォルトになった時に、果たして、社債権者のために動くのか、自行のローン回収のために動くのかという利益相反の問題も出てくる。そうなると、低格付けのものについてはますます社債管理者制度は使われない。また、もう一つ解決すべき課題は、今の日本の社債市場における投資家層の大半が地銀など預金金融機関や保険会社が占めている事だ。米国では預金金融機関が社債を保有することは殆どなく、代わりに投信、個人、海外投資家が6割を占めている。日本はこの部分が殆どゼロに等しく、そのため持ちきりになり、流通しづらい状況になっている。流通市場が発展しなければ市場調達のメリットは発揮されない。
――社債が投資信託に組み入れられない理由は…。
森本 日本ではFA債が大半だという事の裏返しでもある。投信に組み込むには信用リスク分散のために色々な銘柄を入れたいが、FA債は券面1億円以上であるため、金額が大きすぎる。同様に、個人投資家に対しても1億円以上という規模は大きすぎる。これは、社債管理者制度とリンクしている問題であり、理想的な状態からかなり外れているため、この辺りをもっと良い形に近づけることが出来れば、取引量も増えてくると考えている。
――銀行がもっと弾力的に直接金融を育てるという気持ちにならないものか…。
森本 そろそろ、その辺りも変わってきていると思う。中小企業等は当然、銀行融資が中心だが、大銀行が大企業に貸すことは、最近ではリスク管理が難しいと考えられる様になってきている。バーゼル規制上も、同じ融資でも大企業向けはさらに慎重に評価すべきとなっている。先ずは企業が社債を使って資金調達を行い、その後、色々な手段で金融商品にすることは出来るし、最近では銀行もグループ化し、社債引き受けも大きなビジネスになってきている。大企業の資金調達で社債が増えれば、そういった銀行グループにとってもマイナスではないだろう。制度、慣行的な問題が絡んでいるが、この点については是非、関係者間でそうした機運が醸成される様にしていきたい。基本的に、投信等の金融商品では先ずクレジットものがベースにあり、その上にエクイティ、デリバティブ、オルターナティブなどを加えて商品性を作り上げていくというのが普通だ。しかし、日本はこのベース部分がないため、すぐに外国のものに頼り、そのため、為替リスクが出てきてしまう。これらは、日本の投資家に健全な金融商品を提供する上でも解決すべき問題であり、本腰を入れた取り組みが必要だと考えている。
――一方で、期待を持てる動きも出てきている…。
森本 今、低金利下で社債発行が増えているという事は期待できる動きだ。また、今まで低格付け債が発行されない理由の一つに、機関投資家の投資基準がA格以上になっていることが多かったという背景があるが、GPIF(年金積立金管理運用独立法人)が2年前からBB格までの低格付け債に投資出来るよう基準を緩和するなど、目線は変わってきている。さらに、会社法が改正され、来年から社債管理補助者制度が施行される。この制度は、社債管理の権限や責任がより明確であり、低格付け債にも利用されることが期待されている。社債管理補助者制度は、以前、日証協が任意の制度で作った社債権者補佐人制度がたたき台になっている。我々としては、この時の要綱やひな形を改訂して新制度が利用されるように活動していくつもりだ。また、取引情報の公表の見直しについては、我々としても引き続き可能な範囲でしっかり取り組んでいきたい。ただ、それだけで社債市場の活性化が進む訳ではない。社債市場を巡る構造的問題について、証券界だけでなく、当局や関係者を巻き込んで検討が進むように努力して行きたい。(了)