金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「経済外交の最善の道を模索」

財務官
岡村 健司 氏

――財務省の課題について…。
 岡村 まず、コロナ禍の下での国際的合意形成のための方法論が今日的課題だ。込み入った交渉事をリモートで行うのは非常に難しいと実感している。課題認識の中身に入ると、先ずはコロナ感染拡大の抑制策と経済活動の再開をいかに両立していくのか、特に、需要・供給両面の縮小による実体経済の停滞が長期化せざるを得ない状況にどう向き合うのか、そして、大規模な財政出動や金融緩和の効果と副作用を見据えてどのように舵取りしていくのかが、喫緊の課題だ。今、株価は約30年ぶりの高値圏にある一方で、企業業績は良いところと悪いところに分かれている。流動性供給のためのドル資金の大量供給が重要なセーフティーネットとして機能した一方で、行き場を求める投資資金は豊富にあるといえよう。株価が、足元ではアップダウンしつつも趨勢的な上昇を見せているという事は、コロナ禍ではあっても、将来に対する悲観は強くないことの表れだ。一方、為替は各国通貨の相対的強弱なので、国際的な動きが同方向に連動しがちな株価とは異なる動きとなる。日米欧の金融政策の温度感が揃っている中で安定している現状にあるが、当局としては、急激な変動に備えて常に客観的なリスク認識は欠かせないと考えている。

――コロナ禍で、世界的に政府債務が増えてきている…。
 岡村 日本の政府債務のGDP比率はもともと高く、かねてからプライマリーバランスの黒字化を財政政策上の目標として掲げ、それに向けて努力してきた。今回のコロナ禍では世界的な債務増大が問題となっている。特に途上国債務は、大変深刻な状況だ。コロナ禍以前より、中国は途上国に対して、不透明な条件での貸付や非譲許的な貸付を行ってきており、これは途上国の債務持続可能性の悪化の大きな原因となっている。中でも、中国が行ってきた担保付貸付は、他の先進諸国から「無責任貸付」ともいわれる程で、我々も警戒を強めていた。というのも、担保付貸付は、途上国が債務を返済できなかった場合に、債務の代わりに、例えばその国の港湾運営権など、中国の国家戦略において重要な意義を持つ資産の権益を獲得するものであり、中国のやり方が世界の安全保障に直結するからだ。こういった中国の途上国に対する経済的囲い込み行動を国際社会全体でいかに封じ込めていくかが、これまでにも増して大きな課題となっている。G20で合意した債務支払猶予イニシアティブを実施中だが、将来的には、支払猶予だけでは済まなくなり、更なる債務再編が必要になるケースも出てくるだろう。そこでは、IMFや世界銀行といった国際金融機関からニューマネーを供給する必要が出てくるので、先々は、そうした国際金融機関に対する増資の必要性という話にもつながってくる。

――中国包囲網の一環として外為法も改正されたが…。
 岡村 外為法では、国の安全等の観点から、一部の業種への対内直接投資について、事前届出を義務付けている。今年5月に施行された改正外為法では、届出が必要となる上場会社の株式取得の閾値を10%から1%に引き下げる等の経済安全保障面の懸念への対処を強化した。しかし、それが外国からの投資を過度に抑制することのないよう、一定の基準を順守すれば事前届出を免除するなど、対内直投の促進という原則とバランスをとるような制度設計としている。今はこれを順調に運用していく段階であり、さらに規制を強化する必要があるとは考えていない。投資組合からの投資に関しても適切な手当てを行っており、しっかりと法改正の趣旨に沿って運用していくことに注力している。

――制度を改正したとして、それを監視する体制は…。
 岡村 外為法は、財務省国際局が横串的に、各事業を担当する官庁と共同で所管する仕組みとなっている。審査に当たっては、先ずは各事業を担当する官庁、例えば技術関係であれば経済産業省、情報通信関係であれば総務省といったように、それぞれが担当する分野の責任を持つことになっている。しかし、届出案件に対して安全保障上問題があるかどうかの判断が出来る目利きの人物はそれほど多くおらず、審査体制自体がそれほど強固ではない。経験を蓄積しながら体制を整備している状態だ。

――東京を香港に替わるアジアの金融ハブに据えるという構想について…。
 岡村 アジアにおいて日本の金融ビジネスの地位向上を目指す動きはかねてからあり、政府等でも様々な取組が行われてきた。香港情勢が揺らいでいる今こそチャンスだという声もあるが、それほど単純なことではない。香港市場の発展の経緯をみれば、香港で行われている中国本土向けのビジネスを日本に移すという考えには至らないだろうし、日本の市場が中国化するのであれば、香港にいる欧米系の金融機関の人たちはむしろ日本を敬遠する可能性もあるだろう。あくまでも、香港市場の一部の機能を日本が補完することで、アジアにおいて香港・シンガポール、そして、日本が、それぞれの強みを生かしながら金融ハブ機能を発揮し、日本全体にもプラスになるという方向性を考えている。

――シンガポールのように税率を安くしたり、「金融特区」を作り分離課税を行うようなアイデアは…。
 岡村 アフターコロナの時代において、ビジネス・生活環境の整備はますます重要な要素となってきている。しかし、それだけではなく、金融センターが所在する香港やシンガポールと比べて、特に所得税や相続税の負担を何とか軽減しなければ、リモートワークの環境が整いそれが当たり前の生活になってきた時に、日本を離れて税率の安い海外に移住して仕事をする人たちも出てくるかもしれない。日本を金融センターとして魅力のある国にするために必要な政策を、財務省と金融庁でタッグを組んで考えていきたい。「金融特区」については、それらが政治的な綱引きの材料になってはいけないと考えている。また、国税について、一国の中で異なる税率を設けるのは、公平性の観点から慎重に検討すべきものであり、場合によっては有害税制にもなり得る。もっと現実的なやり方を考えなくてはならないだろう。

――米中対立が悪化して米ソ冷戦時代の二の舞になれば、中国をゲートウェイとするビジネスモデルは通用しなくなる。日本の経済外交の方向性は…。
 岡村 米国の中国に対する基本姿勢は、安全保障の観点を考えると、大統領選の結果にかかわらず、今後も変わらないだろう。しかし、仮に米中融和となった時に、米国に寄り添っていた日本に対する中国の対応は非常に厳しいものとなろう。日本が米国にはしごを外される可能性も否定できない。日本はインドとアセアンに注力すべきという声もあり、その通りと思う一方で、インドもアセアンも、日本と中国を天秤にかけているということは常に考慮に入れておかなければならない。伝統的な米ロ対立の構図の中で米国と同盟する欧州は、米中対立の文脈では第三極の形成を指向しているように見える。そういったこと全てに注意しながら、日本は、今後ともアジアで生きていかなくてはならない。暗中模索ではあるが、諸情勢を冷徹に見通して、最善の道を探していきたい。

▲TOP