金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「金融機関として本領発揮の時」

金融庁長官
氷見野 良三 氏

――コロナ禍が長期化する様相となっており、金融機関には不良債権化の懸念が出始めている…。
 氷見野 緊急事態宣言時に比べれば経済は持ち直しているのだとは思うが、今後どのようになって行くかを見通すことは難しい。コロナ禍の長期化の可能性も否定できないとなると、金融機関としても悩みどころだと思うが、顧客に背を向けるという選択は無いのではないか。不良債権が怖いから資金繰りを繋がないということを一旦行うと、地域の中での信頼は二度と取り返せないだろう。今後については、長引くコロナ禍で課題が山積する顧客に対して、経営改善や事業再生支援などに取り組むことが銀行の本来の仕事だ。金融機関としての本領発揮の時であり、それをせずに放って置くことは、結局は信用コスト増にもなってしまうし、金融機関の存在意義も社会に信じてもらえないと思う。コストカットや販路拡大、業種転換、事業承継を支援するなど、様々な工夫を進める上で、政府としても出来るだけのサポートは行っていく。すでに政府系金融機関からは約6兆円の劣後ローン枠が、地域経済活性化支援機構(REVIC)等のファンドからは約6兆円の出資枠が確保されている。そういった選択肢も組み合わせて事業再生に取り組んでもらいたい。

――海外の株主の中には、金融庁の貸出し要請が株主利益に反するという意見もある…。
 氷見野 株主への対応に関して海外の当局は日本当局よりもかなり強権的だ。欧州当局では配当や自社株買いを禁じるなど、経営判断の根幹である資本政策にまで介入して貸出しを行うよう指導している。一方、日本当局の貸出し要請が株主の利益に反するかといえば、そうではないと思う。地元で資金繰りに困っている顧客を見捨てるような地域の金融機関に将来性はなく、そういった企業の在り方を株主が本当に望んでいるだろうか。東証とともに出したコーポレートガバナンスコードの冒頭では、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえたうえで経営者が果断に決断できるような仕組みをコーポレートガバナンスと呼んでいる。また、私は30年前、米国のビジネススクールで学んだが、その時の授業で、マーケティングはもちろん、生産設備、財務、人事全てにおいてカスタマーを最優先することを教わった。会社を儲けさせてくれるのはカスタマーしかいないからだ。アングロサクソン型資本主義か日本型資本主義かというイデオロギー論争に時間を費やすつもりはないが、むしろ大事なのは、株主にも顧客にも中途半端にしか向き合わない甘い資本主義か、株主との関係でも顧客との関係でも妥協を許さない厳しい資本主義かの違いだろう。

――顧客本位が基本であると…。
 氷見野 道徳や説教の類にとどまるのでは本当の顧客本位とは言えない。「売り手よし、買い手よし、世間良し」の近江商人経営が日本型資本主義の例だと言われるが、近江商人は3つをどれもいい加減に甘くするようなことはしないのではないか。例えば、「SDGsに取り組んでいるか」と追及された時に「いえ、うちは営利企業ですから」と答え、「ROEはどうか」と聞かれた時に「いえ、うちは利益のことだけを考えているわけではないので」と逃げたりしないのが本当の三方良しだと思う。

――地方銀行においては、景況感も悪く不良債権の増加も懸念される中、マイナス金利が 長期化するとなると、さらに厳しい経営状況になっていく…
 氷見野 環境が厳しいのは間違いないが、地方銀行には多くの可能性がある。例えば人口減少や高齢化による後継者難など、地域には解決すべき課題が多くある。そして、銀行は今でも人材の宝庫だ。優秀な人が沢山いて、長年培った信頼関係と地域のネットワークがある。そうしたリソースを課題の解決につなげ、さらにそれを収益に結び付けることができれば、いたずらに悲観するべきことはないと思う。

――フィンテックなどIT絡みでの活路について…。
 氷見野 コロナ禍がフィンテックを進めるチャンスになっているが、オンラインやリモート、キャッシュレスだけではフィンテックを十分に活用しているとは言えない。例えば、ご来店頂いたお客様の色々な情報は、大半が行員や店員の頭の中に経験として残るだけで、会社内で共有できる情報はわずかな量だが、コロナ禍によってオンライン上での契約が当たり前の時代になれば、いつどこでログインをして、どの部分に興味を示し、どのタイミングで飽きてログアウトしたのかという情報がすべて残る。顧客の関心事や課題、何が購入のきっかけになったのか、そういった情報にどのような対応をするのかまで可能になるのがフィンテックだ。銀行としても、お金を預かって国債を購入しているだけでは収益につながらない環境では、お客様の役に立つフロンティアを広げざるを得ない。そういった努力を進める上で何か気になる規制などがあれば、それは是非教えてほしい。当庁での手続きや金融機関に残すべき証拠書類などでは印鑑レスや簡素化を進めていく。他にも当庁で明確化した方が良いものについては、しっかりと今の時代に沿った形にしていきたい。

――積年の課題である直接金融市場の拡大について、特に社債市場や投資信託市場は米国に比べて極端に小さく、個人株主保有比率も過去最低を更新しているが…。
 氷見野 コロナ禍の影響を考えた時、まずは資金繰りを繋ぐこと、そして、その先に経営改善や事業再生と続く。事業再生では負債面をどう再構築するか、エクイティをどう発行していくかという事になる。コロナ後の社会で産業構造を転換して新しい社会をつくる必要があるとなれば、資本市場の役割はさらに大きなものになっていく。新しいリスクをとる企業にどう立ち向かっていくのか、それをどう支えていくのかはエクイティの話であり、資本市場が強くないとダイナミックな転換はできない。コロナの後始末に手間取って停滞を続けるのではなく、コロナ収束後に新しい経済を築いて成長していく国になるためには、高い機能を有する資本市場が欠かせない。銀行中心のリスク分担に代わるものが出てこなかったのが、この30年間の日本の停滞の一つの背景にある。それを放置していてはコロナ後の経済も開けない。簡単ではないが、今度こそ何とかせねばならない。

――新長官としての抱負を…。
 氷見野 これまで、遠藤前長官のもとで色々な課題について議論を重ねてきており、今の幹部メンバーは何が優先課題なのか、何をしたいのかという共通認識が出来ている。その方針を引き継ぎ実施していきたい。真面目な行政官が必要な情報を集めて検討した時に、採れる選択肢はそんなに多くない。IMFやFRBなど海外の機関で働いていた若手人材が金融庁に戻り、色々な提言を出している。国際派新長官が無理やり国際色を出さないと国際化しない金融庁では、もはやない。

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