東京都医師会
会長
尾﨑 治夫 氏
――東京都医師会はPCR検査を受けられる医療機関の拡充を発表した。その狙いは…。
尾﨑 東京都では現在1日平均5000件のPCR検査を実施しており、陽性率は7%。1日当たり都内で350人の感染者が出てもおかしくない計算ではあるが、PCR検査が十分に受けられる先進国の陽性率は2%程度となっている。そこで、日本も陽性率を2~3%に下げるために、今の倍以上のPCR検査を受けられるような体制を整える必要があると考えた。東京都の人口は約1400万人なので、1万人当たり1カ所、つまり1400カ所の診療所に置くことを目指している。1カ所につき10件のPCR検査を見込めば、現在の5000件に加えて1日総計約2万件のPCR検査が可能になる。検査数としては充分だろう。また、今のうちに診療所でPCR検査を受けられる体制を整えておくことで、秋冬にかけて流行りだすインフルエンザとの鑑別診断を容易にする狙いもある。インフルエンザと新型コロナ感染者の両方をしっかりと診療できる体制を整えておくことは重要だ。
――これまでなかなかPCR検査は拡大しなかったが、どのような方法で進めていくのか…。
尾﨑 各地区には医師会があり、例えば世田谷には1100人の医師会員がいる。世田谷区の人口は約90万人なので90カ所の診療所で実施するとして、そこを1100人の医師で診る事はそんなに無謀なことではない。地域毎にある各医師会が、協力してくれる意思を持つ医師会員をまとめて東京都と集合契約を結んでくれれば、PCR検査の体制作りは1~2カ月もあれば完了するだろう。これまでPCR検査は、特別な場合を除いて居住している地区の保健所でしかPCR検査が受けられなかった。保健所がPCR検査を仕切っている理由は、保健所の成り立ちに関係している。元々、保健所も厚生労働省も結核を中心とした感染症を撲滅するために内務省から分離して作られた検査組織だった。そして、感染の可能性のある人たちすべてを保健所で検査し、感染者については徹底して隔離するという昔からのやり方を、政府は今回のコロナ禍でも踏襲しようとしている。しかし、結核と違って新型コロナウイルスは感染力が強く拡がりが速いため、保健所では対応出来ていないのが現実だ。そのため、医療機関で直接PCR検査が実施できるように仕組みを変えなくてはならない。少なくとも、体調の悪い人や、不安を抱えている人には早く検査を受けられるようにした方が良い。今の時代に合わせた保健所の在り方が求められているということを政府はきちんと受け止め、早く変革に取り組むべきだ。
――感染者数の増加は止まらず、経済を止めるわけにもいかない。何か対策案は…。
尾﨑 4月の感染者ピーク時のPCR検査件数は1日当たり多くても300件で、陽性率が40%になる時もあった。当時は検査数自体が少なく、しかも、熱が数日続いて肺炎の影がなければPCR検査を受けられなかったため陽性率は高く、中でも中等症・重症者が多かった。それが今は無症状や軽症の人たちもPCR検査を受けているため、感染者数が増加するのはある意味当たり前だが、初期対応が良くなかったことも今の感染者増加につながっている。第1波の感染拡大の頃、キャバクラやホストクラブなどで集団感染が起きていたことは判明していたが、4月の休業要請の際の協力金が50万円で、そういった店を休業させるには到底足りない金額だったことから、店の経営者は感染者がいることを知りながら休業要請に応じず営業を続けていた。それがくすぶり続け、結局、緊急事態宣言を解除した時に、キャバクラやホストクラブに出入りする若者を通じて周辺の飲食店などへと感染拡大し、さらに市中に広がった。震源地から広がる感染は、震源地を強制的に休業させない限り、拡大を防ぐことは出来ない。きちんとした法律を作り、感染の源と思われるところを補償とともに一斉休業させれば、感染拡大は1~2週間で解決するだろう。そうすれば経済もすぐに戻る。
――新型コロナへの感染を気にして人々が病院に行く事を避けるようになると、病院経営も大変だ。病院に対する政府の支援状況は…。
尾﨑 コロナ患者を診療した場合は、診療報酬が3倍になるといった仕組みや、新型コロナ2次補正予算で病院に対して2000~3000万円が支払われるといった政府の支援があるが、現実はコロナ患者を診療する病院では平均して月9000万円の赤字、コロナ患者を診ていない病院でさえ、やはり月1000万円の赤字となっている。病院経営には莫大なお金がかかるという事を世の中の人たちは理解していない。そこで東京都医師会としては、コロナ発生前の3年間の診療報酬を参考に、例えばその8割程度を補填してもらうといった仕組みを考えてほしいと日本医師会を通じて政府に要望しようと考えている。また、国は中小企業を対象に5割以上の減収となった場合、或いは3カ月平均で3割減収した場合に一定の補助金支援を行っており、それは大病院以外の中・小病院やクリニックにも適用されるのだが、2割減程度だと支援は受けられない。しかも申請手続きには非常に複雑な書類が必要だったり、OSはWindowsでなければならないというような現実があり、Macの使用率が多い医師にとっては、ただでさえ忙しい中に非常に無駄な時間が要されてしまっている。今時、OSの仕様が違うから申請が受け付けられないなど、先進国として見識を欠いた対応ではないか。
――その他、都や国への要望は…。
尾﨑 行政との関係が上手くいっている医師会とそうではない医師会があるが、東京の場合は、都と医師会が車の両輪であるという共通認識を持ち、常に連絡を取り合いながら物事を進めることが出来ていると思う。一方で、実際に東京都が休業要請を出しても、結局そこに強制力はない。宿泊療養や自宅療養の仕組みにしても、大元の仕組みを決めるのは国の役割だ。その国が的確な政策をとっていないという事に対して、言いたいことは沢山ある。もっと本気になって最善の策を考えてほしい。例えばPCR検査にしても、診断治療の一環として行うものと、経済活動を円滑に動かすために実施するものと、一定の地域で感染している人数をはっきりさせるために行う公衆衛生上の検査の3つに分けて、そこに健康保険を適用させるのかどうかも含めて、検査体制をきちんと整えることが重要だと思う。目的に応じたPCR検査を自由に受けられる仕組みを早く作るべきだ。今は高い検査費用も、検査数が多くなれば資本主義原理で安くなっていくだろう。医療の現場では、患者や感染者を救うために日々最適な決断を迫られながら頑張っている。政府にも、もっとスピーディーに、先を見越した政策を実行してもらいたい。その意味で、早く法律を改正してインフルエンザの流行時期の前にしっかりとした体制を整えるべきだ。