国際変動研究所理事長
軍事アナリスト
小川 和久 氏
――陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画が停止された…。
小川 今回の陸上イージスの停止は防衛省の怠慢でしかない。もともと山口県と秋田県の演習場内に設置すると決めた時に、ブースターの落下予測地点を含む用地をきちんと測量していれば何の問題も生じなかったのだが、担当者がGoogleEarthなどを使ったいい加減な作業をしたために大きな誤差が生じ、その失態を秋田魁新報にすっぱ抜かれてしまった。さらに、そのための説明会では担当者が居眠りをしており、その醜態がテレビで放映された。河野太郎防衛大臣は様々なデータについて再調査を命じ、その結果、ブースターを用地内に確実に落下させるには、ハード、ソフトの両面を改修する必要があり、そのためには数千億円の費用と10年ほどの期間が必要という結論を前に、計画停止の判断となった。
――しかし、今後の防衛体制をどのように整えていくのか…。
小川 日本が時間もお金もかけず、日米同盟を強化するという前提で執りうる対応策としては、米国からイージス艦の4隻を借り、米海軍出身者で作った民間軍事会社(PMC)でそれを運営するという方法が考えられる。これなら米海軍や海上自衛隊に人員面でしわ寄せがいくことを防げる。2隻は山口県と秋田県の沖に展開し、残りの2隻は予備にして、その周りを海上自衛隊の佐世保地方隊や舞鶴地方隊の護衛艦で警備すればよい。つまり、陸上イージスが撤回された分、イージス艦を補充して防衛体制を整えるということだ。もちろんイージス艦1隻を2000億円と考えると陸上イージスのほうがはるかに安上がりで費用対効果は良い。しかもイージス艦には他の任務もありミサイル防衛にだけ貼り付けるわけにはいかないが、陸上イージスなら2カ所あれば日本列島全域をカバーできるし、施設警備も陸上自衛隊が担当できる。問題は、陸上イージスの値段が日本政府の調達能力の不足から、どんどん高額になっている点だ。過去には60機必要な戦闘ヘリコプター「アパッチ」の価格が一機110億円になり、13機で調達打ち切りとなった。最終の機体は1機二百数十億円。私がボーイングの社長に聞いたところでは、米国陸軍仕様なら38億円、富士重工にライセンス生産させても50億から60億円という事だった。日本の兵器の調達は、交渉能力を備えていない結果、すべて言い値で買わされている。メディアもそれを疑問視した報道をしない。これは嘆かわしい事だ。
――一方で、中国は軍事力を拡大し、北朝鮮は核開発を続けている。日本の防衛の現状は…。
小川 例えば、今、米国のミサイル防衛が4枚の帽子を被っているとすれば、日本はPAC-3とSM-3の2枚しか被っていない。日本はそこに1枚ずつ帽子を増やすのと同じような取り組みが必要だ。また、米国との同盟関係を調整する中で、高度なサイバー攻撃能力を備えるべきだ。インターネットを経由しないスタックスネットのようなコンピューターワームが仕掛けられていてもおかしくない時代だ。何が起こるかわからない。電磁波パルス攻撃でも受ければ東京などは一瞬で大規模停電が発生し、生命維持装置を使う患者などを中心に数万人の犠牲が出るだろう。これは、裏を返せば北朝鮮などに対する敵基地攻撃能力の一環として位置づけることができる。そういった側面から、防衛省では3年前から核爆発を伴わない電磁波パルス兵器の研究を始めている。
――北朝鮮のミサイル発射の真意と、今後の行方は…。
小川 北朝鮮が昨年発射したミサイルは、韓国とのミサイルのバランスを優位に持っていくためであり、日本を狙っている訳ではない。すでに日本全体を標的にしたミサイルは別に持っているが、それはイージス艦の増強で十分対処できるものだ。北朝鮮が増強中の北朝鮮版イスカンデルなどを撃つとしても、それは韓国を狙うものだ。日本で盛り上がっている敵基地攻撃能力の議論は、仮に日本が北朝鮮のミサイル発射装置を攻撃すれば、それが韓国と米国を巻き込む第二次朝鮮戦争の引き金になる点が忘れられている。その能力を米国は日本に持たせるだろうか。日本の政治家は、このような国際関係を踏まえずに、日本対北朝鮮という一対一の関係であるかのような意味不明な議論をしている。外務官僚も防衛官僚も似たようなレベルにあり、日本が自国の平和と安全のために結んだ米国との同盟関係をきちんと使いこなそうとしていない。
――日米同盟関係を使いこなせる人材が日本のトップにいないとは…。
小川 米国にしてみれば、日本も韓国も重要な価値を持つ同盟国だ。しかし、米国から見た位置づけはまったく違う。日米同盟がなければ、米国は地球の半分の範囲における軍事力の展開能力の80%を失う。日本列島は、米国を東京本社とすれば大阪本社の位置づけにあり、その他の同盟国はイギリスもドイツも韓国も支店か営業所の位置づけだ。そうした現実を防衛省も自衛隊も外務省も知らないし、調査すらしてこなかった。さらに「日本の基地を貸している代わりに守ってもらっている」と言っている人たちは、軍艦と戦闘機が展開しているのが基地だと思っている。しかし、それは出撃機能であり、それを機能させる能力こそ重要だ。日本列島に置かれたロジスティック能力、インテリジェンス能力、出撃能力は米国本土に匹敵するレベルにあり、このような同盟国は日本以外にない。日本の安全保障の選択肢は、このような日米同盟を徹底的に活用するか、武装中立するかしかない。日本が単独で現在と同じ水準の安全を実現しようとすれば、現在の約5倍の防衛費が必要になると試算されている。そう考えると、日米同盟は日本にとって安上がりに世界最高水準の安全を実現するベストの選択であることは間違いない。また、米国にとっての日本の戦略的重要性から見て、日本が言うべきことを言っても米国はノーとは言わないことも忘れてはならない。
――政治家も官僚も、もっとしっかりと米国を活用することで日本の防衛能力を高めるべきだと…。
小川 日米安全保障条約をみても、米国は日本を防衛する義務はあるが、日本が米国を防衛する義務は謳われていない。米国を守れないと肩身が狭いと考える人がいるが、日本に米国防衛の義務がないのは当たり前の話だ。米国は日本とドイツの軍事的自立を恐れ、再軍備の時から自立できない構造の軍事力しか持たせなかった。だから、日本やドイツの軍隊が海を渡って米国を救援してくれるなどとは、考えていない。その代わり、日本は他の国ができない戦略的根拠地としての日本列島を提供し、国防と重ねて自衛隊で守っている。この役割分担は、最も双務的、つまり最も対等に近い同盟国は日本だということを物語っている。日本の官僚や政治家などいわゆる勝ち組と言われる人たちは、大学の教科書に載っていることしか頭にないようで、現実の世界で起きていることを直視する力は弱い。世界を股にかけて日本外交を進めるのであれば、世界に通用する能力を磨かなければならない。
――最後に、中国の覇権主義については…。
小川 中国は建国100周年にあたる2049年までに米国と肩を並べるという目標を掲げて、経済力と軍事力の増強を進めている。空母、ステルス戦闘機、米国の空母を狙う対艦弾道ミサイルなど、自分たちが技術的に可能な部分から着実に進めている。私は人民解放軍の上層部と1987年以来の付き合いがあるが、彼らは米国との差が20年開いているということも、米国にかなわないのは研究開発だという事も認識している。そのように虚勢を張らなくなった中国は、かえって侮りがたい存在になっていることを肝に銘ずべきだろう。米国は今、NCW(ネットワーク中心の戦い)によってあらゆる情報を戦力化することを進めている。人工衛星、航空機、軍艦、陸上の戦車などをネットワークでつないで戦力化し、その分野で中国や他国を圧倒している。また、中国がハイテク化した軍事力を持てば持つほどに、データ中継用の人工衛星の立ち後れは致命的な機能不全を引き起こしかねない。こうした現実を前に、米国の専門家は、2035年まで中国は軍事的に攻めの姿勢には出られないと分析している。しかし、中国が自らの劣勢を認め、背伸びをせず、他方では着実に米国の人工衛星を破壊する能力などを高めていることは、侮れない。安全保障の世界に「安心してよい」という言葉は無い。日本も中国の目に見える動きに振り回されることなく、地に足のついた防衛力整備を進めなければならない。