金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「国家管理主義が世界標準に」

みずほ証券
金融市場調査部
チーフマーケットエコノミスト
上野 泰也 氏

――コロナウィルスの影響で、4~6月期のGDPは前期比年率で20%以上減少という見方がエコノミストの平均だ…。
 上野 まだ4~6月期が半分ほどしか終わっていない段階で数字を出すのには本来は無理があるのだが、20%前後の落ち込みになってもおかしくない。新型コロナウィルス感染拡大防止のために経済活動の多くをストップしている状況で、景気が悪くならない方がおかしい。ポイントは、落ち込んだ後の景気回復過程だ。有効なワクチンが開発され、それが安価で大量にグローバルに供給されて、抗体保有者が60%以上の集団免疫の状況が出来なければ、その国は安心できる状態にはならないとされている。そうなるまでの間をどのようにマネージしていくのか。イギリスは当初、ウィルスに人々が感染するのを放置して多くの人に免疫をつけさせる手法を選択したが、入院患者や死者が急増して医療崩壊のリスクが出てくるのを放置するわけにはいかず、方針転換した。一方、スウェーデンは現在、高齢者などを除いて積極的な感染防止策をとっていない。その結果、周辺国と比べて死者は圧倒的に多いが、経済成長率の落ち込みは相対的に小さく抑えられている。こうした事例も含め、新型コロナウィルスへの各国の対応を最終的にどう評価するかは、後世の判断に委ねられる。

――今後、経済はどのような形で推移していくと予想されるか…。
 上野 ワクチンの開発・普及には少なくとも1年はかかると言われている。それまでの間、感染拡大防止のために経済にブレーキをかけるのか、時々ブレーキを緩めて経済対策でアクセルを踏むのか、今は各国でその匙加減を模索している。確かなのは、ワクチンが開発されるまでは経済の本格回復はないということだ。回復し始めたとしても、それは極めて緩やかに波を打つ形での回復にとどまろう。また、ワクチンが開発され、今回のウィルスが収束したとしても、その後の社会生活がコロナ危機前と同じものに戻ることはないだろう。今回の件で企業も家庭も行動パターンを変えてきている。さらに進化したウィルスが出てくるリスクも常にあるし、企業はテレワークの推進でコスト削減を進め、家庭ではソーシャルディスタンスを考慮した新しい生活様式を取り入れ始めている。人と近づくことのリスクを痛感してしまった今、人間の価値観や社会事象の断層的変化と、先進国の高齢化が相まって、経済成長力のトレンドは低くなり、数年先まで世界のGDPが元に戻ることはあるまい。

――GDPが回復しなければ、金融機関の不良債権が増えていくのではないか…。
 上野 金融機関の中には今後そのような問題が出てくるところもあるかもしれないが、それが金融システム全体の危機につながることはないだろう。政府や中央銀行は金融機関に対する強力なサポート体制を作り上げており、資本バッファーも厚く積ませている。国の関与が強まるという意味では、経済は社会主義化している面がある。さらに、金融市場は国家管理のもとで動く人工的な色彩を強めている。経済対策として国債を大量に発行したとしても、FEDも日銀も、これを無制限に購入すると宣言している。これは事実上のマネタリゼーションなのだが、新しい危機のもとではやむを得ない策として、各国は容認している。日本ではリーマンショック後、どんなに非伝統的な手法を駆使しても経済や金融が元の状態に戻らないまま、今回のコロナウィルス問題に直面した。そして危機対応が最優先というロジックを前面に出しつつ、本来は考えておかなくてはならない出口戦略は棚上げにして、近視眼的なネット世論などを背景に、目の前の混乱を押さえ込んで表面の安定を確保しようとしている。ある意味、経済政策の限界が露呈したとも言える。中長期的なしっかりした景気回復の展望が開けない中で、国家管理主義が広まり、国債が世界中で大増発され、それを中央銀行が買い取るという構図が続いていく。日本だけでなく米欧でも債券市場は機能麻痺に陥っているのだが、世界標準となりつつあるだけに問題意識は広がりにくい。

――景気が悪い中、国債を増発することで、スタグフレーションを引き起こす可能性は…。
 上野 そうした事態に陥る可能性は全くないと見ている。供給制約よりも需要蒸発の影響の方が、今後も物価状況では影響が大きい。需要が伸び悩む状況はコロナ後も続くだろう。グローバルに需給が緩んでいる状況で、物価が一方的に上がることは考えられない。マスクの販売価格は一時急上昇したが、今では毎日のように値下がりしている。結局、需要に対して最終的には供給過多ということだ。インフレ期待もグローバルに下がってきている。

――米中対決もさらに激しさを増している。リスクシナリオとして、戦争の可能性も視野に入れておくべきなのか…。
 上野 財政赤字が膨張している中で、軍事費を大きく増やすようなことは難しいし、「核の均衡」もある。米中戦争の可能性は乏しいだろう。しかし、米中の対立関係が深刻化しているのは事実で、これは米国の大統領がトランプ氏でなくなったとしても変わらない。コロナウィルス感染拡大は中国のせいだという批判を、米国は強めている。その中で、生産拠点の自国回帰を促したり、5Gでは中国はずしを目論んだりと、一国主義或いは保護主義に向いている。米中関係がどのような形で展開していくかは21世紀の大きなテーマと言えよう。

――反グローバル化の波はますます加速し、GDPの回復も見込めないとなると、未来の姿はどうなっていくのか…。
 上野 サプライチェーンの安定性を確保するために国内生産を進めるという流れはコロナ危機以前からあった。貿易が滞れば世界経済の成長が全体として弱まることは言うまでもない。良し悪しを別にして言えば、財政赤字を気にしないなら、社会保障は手厚くできる。けれども、米国では失業給付金が多すぎるため、復職を拒んでいる人がいることが問題になっている。そうした点も含め、マクロでは先行きを悲観せざるを得ないが、私はミクロに関しては意外に楽観視している。かなり前から「経済成長率イコール人の幸福度」ではないという考え方が広がってきており、賛同できる。国の経済力が落ちたからといって、国民が必ず不幸になるわけではない。日本はここ数十年で、転職や起業を含むさまざまなキャリア設計が可能な状況に大きく変わってきており、ミクロベースの可能性は相当広がったと思う。

――生活パターンの変化に伴い新しい商機や産業が生まれてくる。その辺りの分野が今後の成長力のけん引役となっていく…。
 上野 そこまでの広がりがあるかどうかはわからないが、新たな成長分野が出てくることもあるだろうし、個人の幸福度が満たされるような分野も出てくるだろう。働き方も昔とは全く違ってきている中で、収入面でも、幸福度という面でも、個々人の知恵や努力や運次第で、その格差はさらに大きくなると思う。周囲とよく話題にするのだが、夏でも通気性があって涼しいマスクを発明してグローバルに販売できるようなことができれば、億万長者だ。そういうチャンスが今はたくさん転がっている。昔とは違って、今は大企業に勤めていれば一生安泰だということはなく、先の見えない世の中だが、その代わりに明るいシナリオを自分で描いていくことのできる可能性がはるかに大きくなっている。グローバルにGDPが再び力強く増加していくようなことは考えられないが、だから人々の幸福度が下がっていくということではなく、満足度はむしろ上がっていく可能性があるのではないか。

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