東アジア共同体研究所 理事長 鳩山 由紀夫 氏
――安部政権は、桜を見る会の問題や新型肺炎で国内初の死者が出た際に、芸能人の逮捕をメディアに大々的に報道させるなど、ごまかしばかりをやっている感じがある…。
鳩山 絶対的な権力は絶対的に腐敗する。これは世界的にも真実だ。政権がここまで長く続くと、それはさまざまなところで綻びがでる。権力を維持することが目的となり、そのためには国民に対して嘘をついたり隠蔽したり、さらに大きなテーマを出して自分の身の安全を守ったりといったような行動に走りがちだ。政権全体が腐敗してしまっていることは間違いないだろう。本来ならば、こういうときこそ官僚の方々に、「自分たちこそが国民のために働いているのだ」という矜持を見せてもらいたいが、今は彼らが官邸の方向ばかりを向いてしまっているという状況だ。
――政治主導ということで、官僚も官邸のほうを向かざるを得ない状況となっている…。
鳩山 私が首相に在任していた時から内閣人事局構想というのがあったが、それはトップに立つ政治家によって内閣の大方針をしがらみなく決めるという、首相のリーダーシップを高めることを目的としていた。しかし、現状ではその欠陥の方が露呈してしまった。今は、官邸側が官僚の方々を押さえ、自分たちに対して抵抗する人間はすべて排除するという仕組みの様になってしまっている。加えて、小選挙区制度についても、与党内のガバナンスとして自民党のトップが候補者を擁立する権限を一手に握ってしまうようになると、特に長期政権では首相の考えと異なることをメッセージとして出すことは憚られることになってしまう。加えて、司法も官邸忖度をしてしまうと、官邸がオールマイティとなる。善政を成す官邸であれば問題も顕在化しないが、明らかに今はそうではないだろう。
――今は新型コロナの問題にしても、色々な点で安倍首相はコロナの現状を何も知らずに答弁しているだけのような感じがある…。
鳩山 総理が何を言うかということが一番大切であるため、その総理に誰が知恵を入れるかが重要だ。基本的には側近の方たちがいて、その人たちが総理をコントロールしている。今回のこの一連のコロナウイルスの対応策は初動が遅れてしまい、そのミスが致命的になるという展開となっている。初動が遅れたのは、オリンピックをやりたいという、「東京オリンピック至上主義」、「オリンピックファースト」でここまで来たためだ。本来なら、初期の段階から極力多くの人たちに検査をし、大丈夫な人、危ない人、感染している人、きちんと色分けをして隔離をして、そして大丈夫な人たちだけで経済をきちんと運営させるなどすれば、最初の2週間、3週間こそきついかもしれないが、その後は元に戻ることができる。韓国や台湾などもそれで収束してきている。中国もどこまで正確かは不明だが、ピークが越えた状況も見えてきた。相当強い権限で早く手を打ってきちんと検査をさせる、そして感染者の隔離をきちっとさせておけば、ここまでひどい状況にはならなかった。日本の場合はまだこれから増えていくだろう。どこに山が来るのかが見えない状況だ。
――オリンピックが延期になったためようやく検査を増やし、その結果、感染者が急増しているという様相だ…。
鳩山 今はPCRで検査を行っているが、それには時間がかかる。正確さが低くても簡易検査をし、ある程度色分けをしておけば、4月初めには十分ピークを越えている時期になっていたかもしれない。一番足元で困っているのは、おそらく観光業やホテルなどの業種で、経営が危ないという状況が最初の1カ月くらいで済めば良いが、このままでは数ヶ月はかかりそうだ。それは非常に経済を停滞させる。PCR検査はやはり今でもそんなに数がこなせていない。検査の数がこなせるようになれば感染者はさらに増えるだろう。オリンピックファーストの政府も東京もできるだけ検査させないようにしたいという意識があったことに加え、我々一般人も、もし検査で陽性だということになってしまうと2週間隔離させられるということ、そして観光地も同様に一人でも感染者が出たらますます人が来なくなってしまうということで、国も地域も一人一人も、できるだけ感染者を出したくないという意識をそれぞれが持ってしまっていたことが、検査が少ないという状況につながっていったのではないか。
――改正(新型インフルエンザ等)特措法についてのお考えは…。
鳩山 緊急事態法制自体を自分の手で作りたかったという面があったと見ている。こういった緊急事態のときに官邸が大きな権限を持つことで、自分の権力というものを握りしめる心地よさを経験したかったのではないか。我々もある種そういった懸念を感じていた。そういった権力の集中は、賢明な方の元なら良いが、そうでない場合の怖さはある。戦争のようなときは議会を開く余裕がない場合も考え得るが、ウイルスとの戦いのようなときにはやはり議会というものを大事にして、議会のなかで迅速に物事を決めていけるようなシステムに煮詰めていったほうが良いと思う。もちろん賢明なリーダーが大統領的な立場となって振る舞われることも場合によっては必要だろうが、ただ簡単にそういったものが発出されるようになってしまうのは非常に良くないと感じている。とはいえ、今回に関しては、むしろ国民の方が緊急事態宣言を出すよう求めていて、政府側はまだ出す段階にはないと主張し、ぎりぎりの攻防となっていたところを見ると、おそらく安倍首相は自分自身にすべての権限が来ることで、自分の決定でうまくいかなかった場合の責任集中を恐れていたのではないか。
――「アベノマスク」問題では、それが嘲笑の的になると、止める側近がいなかったのか。きちんと状況を判断する材料を持っているのか疑問だ…。
鳩山 そもそもマスク配布は2カ月前にやるべきことであった。繰り返し使えるのかもしれないが、サージカルマスクなどと異なり、ウイルスを防ぐことに対してあまり効果がないとも言われているなかで、布マスクで良いのかどうかも疑問だ。さらに世帯に何人住んでいるかも把握せず、一律に2枚で良いのか。200億円以上かかるといわれているが、その200億円はもっと有効な使い方があるのではないかとも思う。(その後、配布費用は400億円以上になることが判明した。)本当に迅速にやってもらいたいのは、経済活動がほとんどゼロに等しいくらいになってしまうような観光業などに迅速に手当をすることだ。30万円の給付も住民税を納めていない人などに限定されるから、対象者はさほど多くない。生活保護をもらっている人も収入が減るわけではないため対象外ということだ。さらに、審査に時間が掛かり、実際に支給されるのは早くても5月となると、それまで持たない人も出てくるだろう。どの程度オンライン化できるのかを含め、申請方法や受給方法もはっきりしない。マスクにせよ、30万円の給付にせよ、大きな対コロナ戦略に基づくものと言うよりは、政権の失敗を糊塗するための場当たり的なパフォーマンスにしか見えない。しかも、その内容が信じられないほどにお粗末だ。この緊急事態を乗り切るためには、政府が国民に信用されているか否かが鍵を握っている。政府が何か手を打つたびに国民からため息が漏れる現状はとてもまずい。
――マスメディアも批判をしない…。
鳩山 三権分立が成されていないだけではなく、メディアも学術の世界も皆、政権に忖度するという状況となってしまった。安倍首相はメディアと会食やゴルフなどもしばしばされているようだ。今の政権に限らず、当然権力者はそのようなことをする可能性があるが、メディア側が断るなどの対応を採るべきだ。食事を誘われたときに断らないにしても、自分のポジションを理解し、政権との距離を置いてきちんとものを言えるようなメディアでなければいけない。森加計から始まって、桜を見る会にしろ、本来ならこれら1つだけで政権は終わってなければならなかった。政権が終わるほどの大きなスキャンダルであったにも関わらず、今もなお続いているのはメディアがだらしないことが1つの要因だろう。メディアも政権に対して本当に批判的なメッセージをなかなか出せない状況になっている。しかし、懐柔しようと思う側に対して、我々はお断りしますというくらいの強い精神力を持って振る舞わなければ国民のためのメディアにはなれない。例えば政策が打ち出されたときには、その政策に対して肯定的な部分と否定的な部分と両方をきちんと示して、あなたはどちらに賛成しますかということを問いかけることがメディアの役割だ。そういう意味では、中立性を保てるような新しいメディアを作らなければいけないようにも感じる。
――その点、独裁という意味では、中国も独裁的だが、この政権は維持できるのか…。
鳩山 例えばコロナの問題にしても、昨年末から今年初めの段階で権力集中の悪い面が出たことは確かだろう。しかし、どこまで真実かは現時点ではなんともいえないが、ただ武漢から発生し、武漢の周辺には広がったけれども、中国全体からするとピークを越えて抑えることができてきているという状況は、その後やはり相当に強い権力で人々の行動を抑えたからだと考えている。日本は緊急事態の発令が遅れたため、ピークはさらに先になるだろう。ピークの高さ自体は低いかもしれないが、長く続くということ自体のほうが経済的にはダメージが大きい。一方で、中国の場合は収束に向かって経済が動き始めている。習近平主席は国内で評価されてきているのではないかと感じている。だとすれば、独裁政権だからといって簡単に倒されるというような代物ではないだろう。私は何度か習近平主席にお会いしてお話を伺っており、確かに日本やアメリカよりも強い権限を集中して持っておられると思うが、だからといって国民生活を不幸にしているわけではなく、国民の信頼はそれなりに高いと見える。今回のコロナの問題でも、結果としてプラス評価の流れに国民が導かれていくかもしれない。先日、中国人の方と今年の中国の成長率について議論をし、当然私は今年はマイナス成長だろうと考えていたが、その人はプラス成長を継続するだろうといったことを言っていた。それはそんなに簡単なことではないだろうが、これから失った3カ月を取り戻せるというようなニュアンスで、1国民からそのように推測されるくらい安定している。中国はまだ不満足な生活をしている人もいるため、そういうところにより光を当てた政策を採り、より開発されていかなければならない。20年までに貧困をゼロにするという目標は、新型コロナで実現されづらくなってしまったが、1年後にはできるのではないかという予想もある。コロナ後の習近平体制については様々な見解が示されているが、長期的に安定した政権となる可能性も十分にある。
――日本の外交はどうしていくべきか、ビジョンは…。
鳩山 自民党、特に安倍政権はとにかく対米従属の政策だ。アメリカはオバマ大統領からトランプ大統領に代わり、トランプ大統領はオバマ前大統領の実績をすべて否定しているにもかかわらず、安倍政権は、オバマ政権でもトランプ政権でもそれぞれを支持するという盲目的な政権だ。それはあまりにも節操がなく、自分たちの政権としての信念がない。我が国をどうしていくかというビジョンがあれば、オバマ前大統領とトランプ大統領で政策がまったく異なる場合に、その両方を支持するということは本来起こり得ないことだ。その対米従属政策は、結果として日本国民を必ずしも幸せには導かないだろう。これまでの対米従属ではなくアメリカから自立し、日米中でより正三角形的な距離感を保つことが大事だ。特に経済においては圧倒的にアメリカより中国との交流が深くなってきており、人的な交流においても日中関係は厚みを増してきていた。今後もその日中関係は大事にしていかなければならないし、経済だけではなく政治的な分野においても、十分に関係強化を進めていくべきだ。今の政権は当初よりも日中関係を良好にしていくことに対して積極的ではあるが、それでもやはりアメリカとの距離は近すぎるだろう。
※20年4月6日に行われたインタビュー当時の見解。