金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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世界経済回復に向け使命果たす

国際通貨基金  副専務理事  古澤 満宏 氏

――IMFのご担当は…。
 古澤 IMFでは専務理事の下に副専務理事が4人おり、この4人で仕事を分担している。設立以来IMFのトップの専務理事はヨーロッパ人で、筆頭の副専務理事はアメリカ人、ちなみに世界銀行のトップはアメリカ人というのが慣例である。残りの副専務理事は現在、日本・中国・ブラジルの出身だ。IMFの加盟国は、現在189カ国。副専務理事のうち1人は予算や人事などの内部管理だけを担当しているため、残りの3人で189カ国を分担することになる。筆頭副専務理事はG7やG20に関連する業務も担っているため、担当の国の数は約20カ国程度と比較的少ない。残りの約170カ国を私ともう1人の副専務理事で分担しており、今の私の担当は86カ国。特に地域が特定されているわけではない。IMF協定上、加盟国は年に1回IMFの審査を受けなければならないが、86カ国分の審査をして、その理事会の議長を務める。86カ国のうちIMFが実際に融資している国は20数カ国あるが、そういった国に対しては四半期ごとや半年ごとに理事会で状況を審査した上で融資を実行するため、その理事会の議長も務めなければならない。

――大変な仕事量だ…。
 古澤 IMFの理事会は月水金の週3日で、基本的に1日に複数の議案がある。多いときは1日に4つ、一週間に12の議案の議長をした時はさすがに大変だった。副専務理事になる前に日本代表の理事をやっていたことがあるが、そのときは出資者側のため、日本のスタンスを主張するだけで良い。しかし、議長となると議論をまとめなければならない。加盟189カ国を代表している理事は全部で24人いるが、そのなかには元首相や元中銀総裁、局長レベルでも元大臣などがいて、そういう方々の意見をまとめるのは至難の業だ。幸い、ワシントンでは夜の宴会もほとんどないため、昼は会議をし、夜や週末はひたすら書類を読んで会議に備えるという生活だ。また、IMFは年に2回、春と秋に大きな会議がある。そのときには189カ国の財務大臣と中銀総裁がワシントンに集まる。彼らは皆専務理事と会いたがるが、当然全員と会うわけにはいかない。代わりに副専務理事が対応し、3日間で約30カ国の財務大臣、中銀総裁と個別に面会する。事前にレク資料を読んでいても、次から次へと面会が続くと就任してしばらくはどれがどの国だか混乱した。

――ところで今の世界経済をどのように見ておられるのか…。
 古澤 18年くらいまでは比較的緩やかな回復が見られたが、昨年は、米中貿易摩擦の影響や地政学的な問題、さらに、ドイツの排ガス規制問題やフランスの黄色いベスト運動など、個別国の事情も加わり成長の伸びは減速した。IMFは年に2回世界経済の見通しを公表し、さらにこれを四半期ごとに見直している。昨年10月に出した世界経済見通しを今年の1月に改定しており、それによれば昨年の成長率は2.9%、今年は3.3%、来年は3.4%と少しずつ回復する見通しだ。しかし、これはコロナウイルスの問題が起こる前の話。1月の改定時には米中貿易協議の第一弾の合意や、ブレグジットに伴う不確定性が減るなどといった状況を踏まえ、徐々に良くなるだろうという見通しだった。ただそれでも力強い成長ということにはなっていない。貿易問題もすべて片付いたわけではない。加えて新型コロナウイルスの影響で、今年の成長率は昨年を大きく下回ることになろう。成長率は低い、金利も低い、インフレ率も低い、生産性も低い、という状況となると、力強い成長は見通せない。こういうときはやはり各国が政策で協調しながら世界経済の成長を支えていかなくてはいけない。

――IMFから見て、米中の貿易協議をどう見るか…。
 古澤 IMFはマルチラテラリズム(多国間主義)を堅持する立場だ。元々米政権が中国からの輸入に関税を掛けると言い出したのは、貿易における不均衡を問題視したためだが、不均衡は二国間では解決しない。例えば中国からの輸入に関税を掛けたところで、別の国から輸入することになる。我々は最初から二国間で不均衡を解決することはできない、マルチの場で解決しなければいけないと主張している。米中貿易協議の第一弾の合意は評価できるが、あくまでも貿易戦争を休戦しているような状態でしかない。根本から貿易戦争がなくなるようにしなければいけない。日本はアメリカが抜けてもなおTPPを進めるなど、マルチラテラリズムの重要性をきちんと世界に表明しており、これは非常に評価されている。これだけ力強さに欠けた世界経済を回復軌道に乗せていくには、国際協調が欠かせない。

――IMFは各国に融資することが仕事だが、その立場から見て、一帯一路の評価は。特に受益国の債務との関係ではどうか…。
 古澤 一帯一路政策はインフラなどの資金需要を満たし、地域の連携を深めるという意味では評価できるが、借入国が返済に困難をきたすという状況は避けなければならない。世界的に金利の低い状態が長い期間続き、資金を借りやすい状態にあることから、世界全体の債務残高は188兆ドルにのぼっている。これは世界のGDPの倍以上だ。金利が上昇するなどマーケットの状況が変化した時の影響は絶えず念頭に置いておかなければならない。債務は国によってさまざまで、国が借りているものもあれば、企業が借りているものもある。自国通貨で借りているものもあるし、他国の通貨で借りているものもある。短期で借りているものもあるし、長期で借りているものもある。金融市場の変化に対して債務が持続可能か否かは、このような様々な債務の状況によって異なる。どこに、どれだけの債務があり、どのような状況なのか明らかになっていることをデット・トランスペアランシー(債務の透明性)と言うが、これが確保されていることが重要だ。さまざまなところからさまざまな条件でお金を借り、返せない状況になってからIMFに駆け込んで来られても、IMFのお金は189カ国からお預かりしているもの。IMFの資金がそのまま債務の返済に回ってしまったり、ましてやIMFに返済できなくなったりしてしまうということでは出資者の理解を得ることはできない。そのため、まずは債務を整理してIMFが融資してもきちんと返済できる状態にしてもらわなければならないが、その作業はそれほど簡単ではない。まず国のなかでどこにどれだけ債務があるのか、誰からどういう条件で借りているのか必ずしも明らかでない。明らかになった後で返済を猶予すれば足りるのか、あるいは債務そのものをカットしなければならないのかを判断し、それぞれの債権者と交渉してもらわなければならない。その見通しが立って初めて支援できる状態になる。だからこそIMFは常日頃から債務が持続可能であることの重要性を、資金の借り手と貸し手双方に伝えている。

――IMFの取り組まねばならない課題も最近増えてきた…。
 古澤 昔はIMFといえば通貨や為替、マクロ経済に関する仕事が中心だったが、最近はジェンダーや格差、気候変動、ガバナンスなど、経済に影響を与える様々な分野でのIMFの知見に対する加盟国のニーズも高まっており、そうしたニーズにも対応してきている。例えば女性の労働参加率を高めることにより成長率は高まるし、格差が広がっていると、重要な改革を行うための法案が議会を通らず、結果的に経済成長に悪影響を与える。ガバナンスに問題があると、財政資金が効果的に使われないということになりかねない。こうしたマクロ経済以外の分野についても、各国の審査や融資交渉の過程で必要なアドバイスを行っている。IMFへの期待が変化していくなかで、外部の知識も活用しつつ、他の国際機関とも協調して加盟国のニーズに応えていく必要がある。

――最も重要な課題は…。
 古澤 やはり足元では新型コロナウイルスの影響が拡大するなかで世界経済をどうやって力強い回復軌道にもっていくかだ。さまざまな政策を機動的にかつ各国が協調して実行していく必要がある。IMFには経済への影響を的確に評価分析し、適切な政策を提言し、更に困難に直面する国に対しては支援を行っていくことが求められている。また、貿易分野での協調、格差是正、気候変動といった中長期的な課題についても、国際社会が協調して取り組んでいく必要がある。IMFは引き続き国際協調の下その使命を果たしていきたい。

※本インタビューは20年2月に行われた。

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