金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

トランプ『和平案』は『戦争案』

パレスチナ国  駐日パレスチナ常駐総代表部 大使  ワリード・アリ・シアム 氏

――米トランプ大統領が示した新中東和平案について、率直に思う事は…。  

シアム あの提案は「和平案」ではなく「戦争案」だ。トランプ大統領の娘婿で大統領上級顧問のジャレッド・クシュナー氏は今回の案に深く関わっており、この件で何度もテレビに出ているが、その中で繰り返し「イスラエルはこれまで一度もパレスチナが国を持つ事を認めてこなかった」と言っている。これは1993年のオスロ和平合意で締結した際の「2国間共存」という和平案ベースを全く無視した発言だ。「2024年にパレスチナは国家として認められる可能性がある」との文言もあるが、あくまでも「possibility(可能性)」に過ぎない。1993年のオスロ合意に従えば、1999年にはパレスチナ国家が出来るはずだったが全く実現していないし、冒頭で述べたクシュナー氏の発言の意味を考えても実現性は甚だ疑わしい。そもそも、1967年の第3次中東戦争の取り決めで、国連加盟の142カ国がパレスチナを国家として東エルサレムを首都にすることを認めている。パレスチナ自身、国連のオブザーバーとしてのメンバーでもある。今回の案がこういった一連の国連決議に則ったものであれば和平の道も開かれるかもしれないが、それらをまったく無視して新たにイスラエルのためだけに作られたような案を信じられる訳がない。

――今回の新中東和平案は、今までの合意や国連決議を全く無視している…。

シアム 提案文書の文言も、これまでの「土地をめぐる紛争(conflict)」から「土地をめぐる争議(dispute)」へと変わり、「土地問題」は「宗教問題」になりユダヤ教、キリスト教、イスラム教の中での争いとなっている。ユダヤもキリストもイスラムも同じくアブラハムを始祖としているのに、何故こんなことが出来るのか私には理解できない。神様は奪うなと仰る。それなのに人の土地を奪って住み続ける人がいる。誰かの家に無理やり押し入り、それが自分の家だと主張できる感覚が私にはわからない。神様は殺すなと仰る。それなのに殺し合いが続いている。私は隣人を殺さないし、隣人を殺せる精神もわからない。我々の願いはオスロ合意で受け入れた22%の土地で平和に暮らすことだ。その一連の流れを全く無視して今回米国が提案したのは8%の土地をパレスチナに与えるというものであり、しかもその土地はまるで穴だらけのスイスチーズのように点在している。これでは土地の繋がりがもてない。国境からも海からも離れたこれらの点在した土地を、いつ、どのように繋げることが出来るのか、それもイスラエル次第という事だ。イスラエルは中東で唯一の民主主義国家であると主張しているが、これのどこが民主的と言えよう。1350万人のパレスチナ人の住む場所を力で占領している。

――米トランプ大統領は、イスラエルがパレスチナを侵略して占領した「入植地」をイスラエルの国土として認めるとしている…。  

シアム 国際人道法会議では、エルサレムなどパレスチナ領内へのユダヤ人入植地はジュネーブ条約違反だと決議している。その他、ウィーン条約や国連決議、国際裁判所の決定全てに違反する今回の案は、本当に酷いものとしか言いようがない。そもそも国土は不動産のように譲渡や売買できるものではない。パレスチナは欧州やアジアやアフリカをつなぐ重要な場所に位置しているため、これまでにも色々な侵略者がやってきた。イスラエルもその一つだ。イスラエル人は「数千年前、自分たちはこの土地にいた。だからこの土地はイスラエルのものだ」と主張し、シオニズムのもとに結束を図り勢力を強めているが、歴史を振り返ればエジプト人もトルコ人もローマ人も過去にはこの土地にいた。昔はイギリスにもローマ人がいたが、だからと言って、今、イギリスをローマ人のものだと主張出来るだろうか。また、イスラエルは「神が我々にこの土地を与えた」と言うが、この土地にはアダムとイブの時代からユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの宗教が関わっていた。一体どの神が、どこに、誰に土地を与えたのか。土地は神様が与えたものだが、その境界線は人間が作り出したものだ。そして、この問題は宗教の問題ではなく、土地の境界線をめぐる争いだ。

――1993年のオスロ合意では、「入植地」に関する取り決めはあったのか…。  

シアム オスロ合意では、1967年の第三次中東戦争で定められた国境を基準にパレスチナに東エルサレムとガザ地区を含む全体の22%、イスラエルには西エルサレムを含む全体の78%の土地を与えるという内容で、我々はそれを受け入れた。国連安保理決議で83件、総会決議で700件以上、すべてがこれを支持していた。しかし、この合意の中に「入植地」に関する規制はなく、イスラエルは当時和平に向けた合意をしたにもかかわらず、ユダヤ人の入植活動を続けた。想像してもらいたい。米国は第二次世界大戦後に日本に進駐軍を置いたが、例えば米国人が、そのまま日本の島に米軍基地を作って居続けたり、米国人が東京にどんどん増え、好き勝手に暮らして、最終的には東京の半分で米国自治政府を作って統治してしまったら。そうなった時に、もともとそこに暮らしていた人たちはどう思うだろうか。「入植地」には何の権限もない。彼らは他の国の人の権利を奪っているだけだ。

――アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなどはトランプ案を支持しているようだが…。  

シアム 米国が怖いのだろう。しかし、アラブ連盟はこの案を拒否すると明確に表明している。トランプ大統領はこの案を世紀のディールだと言うが、ジミー・カーター米元大統領が「この案は国際法を踏みにじる違法なものだ」と言っているように、他の国々も皆この案が国連決議も国際法もすべて無効にしてしまうものだという事を分かっている。仮にこの案を100%支持するという国があれば、その国は国際法を順守しない、混乱を招く国と見なされるだろう。こういった行為が認められれば、世界中の極右勢力に対して、自分たちのやりたいようにやることが出来るという口実を与え、過激なことをしようとしている世界中の人たちにゴーサインを与えることになってしまう。つまり、この案が認められれば、トランプ大統領の支持さえあれば、世界中で何をしても良いという前例を作ることになるということだ。

――新中東和平案に対して、パレスチナではさほど大規模な反対運動は起きておらず、ある程度やむを得ないという風潮だと報道されているが、実際は…。

シアム パレスチナ人が抗議活動等を行わないよう、我々が呼びかけている。パレスチナ人の中には大きな怒りがたまっており、もし、その状態で抗議活動を許してしまえば制御不能になってしまう。その怒りはコロナウィルス以上の脅威をもって世界中に拡散し、イスラム過激派が行っている事よりもさらに酷い混乱を起こすだろう。そうなると、たくさんの命が失われることになる。我々は、怒りに満ちた心ではなく、理性を持った頭を使って今後どうすべきかを考えている。1993年のオスロ合意を振り返ると、調印したのはイスラエルのラビン元首相だった。彼はもともと軍のトップとして多くの戦争を経験し、パレスチナとの戦争にも関わっていたが、調印後に和平反対派のユダヤ人青年に銃撃され、死亡した。そして登場してきたのが過激派のネタニヤフだ。ネタニヤフはシオニストであり、極右勢力とともにユダヤ人が持つ憎しみを煽っている。歴史を見てもほぼ全ての帝国が、国民の憎しみを煽って増幅させることで国を拡大させてきたように、ネタニヤフも権力の座に居続けるために、憎しみの感情を利用している。そして、憎しみを煽られた国民たちは、自分たちの要望を聞き入れてもらうためにネタニヤフを利用している。イスラエルはもはやコントロールの効かない状態だ。憎しみの種を人々の中に見つけ、それを増幅させていくことは非常に簡単だ。反対に、人々の心の中に愛と平和を育てていくのは難しい。

――米国はパレスチナに5兆円規模の援助を行うとしているが、これについての考えは…。  

シアム 先ず、パレスチナやパレスチナに住む人々は売り出し中ではないし、売買できるようなものではない。その資金は他国籍の開発銀行が管理して中東和平のために投資するものだ。仮にトランプ大統領が売買ゲームを好み、土地のために5兆円規模の資金を用意させるというのであれば、我々はお望み通り、そのお金をイスラエルに占領された土地を買い戻すために使うか、或いはトランプ大統領に渡すことにしよう。我々が望むのはパレスチナの人々が平和に穏やかに住むための土地だ。イスラエルに住む人たちの中にも我々と同じように平和に住みたいと願っている人たちがたくさんいると思う。そういった人たちにも同様に手を差し伸べたい。お互いの望みが「平和に生きたい」というものであれば、そのための解決策は「共存していく」ことだ。一つの土地を分かち合って暮らしていく方法を見つけることが、パレスチナ問題を解決する唯一の道だと思う。永遠に力を持ち続ける帝国などないし、今日のイスラエルの軍事力が明日どうなるかもわからない。そんな中で私はいつも「我々は同じ船に乗っている。誰かが船を揺らせば、船は転覆して、皆が死んでしまう」と言っている。世界中の皆がそれを理解した時、平和が訪れるだろう。(了)

(c)2018 株式会社金融ファクシミリ新聞社
▲TOP