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米中戦争で一帯一路を強化

日本経済大学  教授  生田 章一 氏

――米国は中国に対して産業補助金や国営企業の優遇措置の撤廃を望んでいるが…。
 生田 中国の構造問題といっても、その定義は非常に曖昧だ。トランプ政権は明らかに「中国製造2025」や「走出法」に代表される産業政策をターゲットとしてきたが、こうした産業政策は日本をはじめ多くの国で大なり小なり行われてきた政策でもある。本質的な問題は、中国が「社会主義資本経済」のもとで国のシステムを総動員し、その結果として成功してきたという事、そのようにして成功した中国企業群に対して、自由資本主義国家の企業が対等に競争できなくなってきている事、そして、それを是正させるための有効かつ速攻的な手段が見つからない事だ。これまで先進諸国は、国家資本主義的なやり方で突出した成長を続ける中国に対してあまりにも寛容的な態度を取り続けてきた。唯一WTОルールに基づいて行ってきたことは、ダンピングや産業補助金に対する相殺関税率の算定に際して、中国を非市場経済国家として特別な算定方法を採用してきたことくらいだ。

――中国はいわゆる国家資本主義といわれる…。
 生田 それぞれが現行の国際ルール上で議論の余地なく違反とされるものではない。国家資本主義の政策として経済的に効果が大きいものは、先ず、事実上の統制金利による膨大な過剰利益の蓄積だ。それを利用して特別融資や無制限な公的保証、公的出資、債務減免、デッドエクイティスワップなどの企業優遇措置が行われている。これらの総額は財政資金による企業補助金よりもはるかに大きい。また、中国企業にだけ甘い独禁法の合併規制の運用によって国際的な巨大企業を創出させたり、2重戸籍によって低所得層を温存し、閉鎖的労働市場を存在させることで、産業セクターでの超過利益を蓄積させていることも大きな構造問題だ。さらに、戦略企業に対する公的機関の優先的調達、国家研究機関からの研究者派遣などを組み合わせた助成金措置などもある。今や中国のエリート集団である官僚組織は、どのようにすれば国際的な批判をかわすことが出来るのかまで細かく勉強して、産業政策や国際企業戦略のシナリオを描いている。中国の官僚たちが作成する緻密な国家資本主義のシナリオに勝てる国が、世界中にあるだろうか。中国以上に国際研究や戦略努力をしている国があるとは、私は到底思えない。トランプ大統領は財政資金による企業補助金に焦点を当てて攻めているようだが、中国の優秀な官僚達はその権限手段すら手放すつもりはない。このような国家資本主義による種々のサポートを受けた中国企業群が国際ビジネス市場で優位な立場に立つのは当然であり、その勢いは当面止まらないだろう。

――米中経済戦争の影響を受けて中国経済は減速していくのか…。
 生田 中国経済については、そもそも6%台の成長をしなくてはいけないという幻想を持つこと自体が問題であり、米中経済戦争によって壊滅的な影響があるという訳ではない。ただ、世界的に与える影響は大きいだろう。今後の米中協議の流れにもよるが、第一に、東南アジアで進んできたバリューチェーンの流れを大きく変える契機になる。これまで主に日本・韓国・台湾の企業が主体となって構築してきた東南アジアのバリューチェーンは、今後、資金力・技術力・国家主義的なサポートを持つ中国企業が先導するようになるだろう。中国はアセアンとの関係においても「AFTA(アセアン自由貿易地域)」で成熟度の高いFTAを結んでおり、17世紀から浸透した華僑組織との融合も含めて、中国の東南アジアにおけるバリューチェーン構築の環境は急速に整ってきている。これは「世界の工場」から「世界の投資国」への転換を目指す中国政府にとって悪い流れではない。現在の過剰債務問題が顕在化するとの指摘をする日本の専門家もいるが、貸し手も借り手も国内にいる訳だし、既に述べたように、事実上の統制金利による銀行セクターに入ってくる膨大な利鞘は、過剰債務問題の対応ためにさらに利用可能だ。補助金ではないこの財源は、毎年70兆円程度確保されている。但し、今後も必要性の低い投資を行って国内の債務を積み上げていくのであれば、話は別だ。非常に利用度の低い高速鉄道・高速道路・住む人のほとんどいない高層マンション等をこれからも作っていくというのでは、国がもたない。

――IT産業では、一時は米中の企業同士が融合する動きを見せていたが…。
 生田 今回の米中経済戦争によって、国力の源泉であるITを中心とした先端技術分野でも「融合」ではなく「競争」を意識するモメンタムが生まれたことは否定できない。米中の両陣営がしのぎを削っていく体制が明確になったということだ。この点、一民間企業のファーウェイに対して米国政府が政策手段を総動員しても潰すことが出来なかったのは皆が知るところで、その後もファーウェイは堂々と業績を伸ばしている。そして、これまで半導体分野で85%を米国等から輸入していた中国は、今、急ピッチで国内生産の体制を構築しつつある。中国の資金力・技術力が予想以上に堅固になっていることを、多くの中国の経済人が感じている筈だ。

――米中経済戦争が「一帯一路」の沿線国に与える影響は…。
 生田 中国共産党の幹部や経済人の多くが、米中貿易摩擦によって、米国の経済にコミットしすぎる事へのリスクを学び、一帯一路沿線国への関心をさらに強固にしている。外貨準備も米国国債にばかり偏るのではなく、もっと有用な活用方法があることに気が付いたようだ。実際に、経済戦争が始まって以降、習近平主席・李克強総理の「一帯一路沿線国」にむけたトップ外交は急激に増加しており、中国のメディアは毎週のようにそのニュースを大きく報道している。一帯一路はユーラシア大陸の勢力関係を大きく変えるだろう。ソビエト連邦の崩壊によって生じた覇権の空白地帯にも、中国がいわゆる実効支配という形で強い影響力を及ぼし始め、そこに中国を中核とした安全保障体制(上海条約機構)を敷いている。それらの地域には世界有数の資源国が含まれており、その資源やインフラ権益は次々と中国の手中に収まりつつある。そして、「一帯一路ITシルクロード」という名の下に、沿線国のITインフラは中国標準で塗りつぶされつつある。例えば、貨物列車の運行に付随する運行管理システム・通関システム・荷物の積み下ろし管理システム・人民元による決済システムが中国のIT技術を浸透させるために一体化して導入されている。

――中国は今後、ユーラシア大陸の覇者となっていくのか…。
 生田 中国がWTO(世界貿易機関)に加盟した2001年は、未だロシアのほうが経済的にも軍事的にも圧倒的に強かった。しかし、ソビエト連邦崩壊後のロシアが農業政策に失敗する一方で、中国は農業で大成功し、今や金融的にも、技術的にもこの地域の覇者になりつつある。現在進めている一帯一路構想では、鉄道・道路・港湾・パイプラインが次々と整備されており、物資の輸出入が急速に増大している。人民元の影響力も日に日に大きくなっている。アセアン諸国では、今や英語に加えて中国語も必須になってきているという。今の新型肺炎の急拡大で習近平政権が揺らぎ始めたとの見方もあるようだが、そのような政治の揺らぎは考えられない。仮に新型コロナウィルスへの政府対応に不満があったとしても、政権への批判が許される体制にはなっていない。あれだけ厳しい情報規制や世界最先端の顔認証システムによる治安の維持、これまでの経済成長による国民の満足度などを勘案すると、今後も習近平政権は盤石だろう。むしろ様々な外圧や病疫等に対して、強力な政府が存在することの必要性を人民は感じているのではないか。(了)

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