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金融市場激変への対応急務

一橋大学大学院経営管理研究科客員教授  兼グローバル金融規制研究フォーラム代表  前金融庁総合政策局長  佐々木 清隆 氏

――金融庁は先般、検査・監督方針を大きく見直した…。
 佐々木 私が総括審議官だった時代から金融検査・監督の見直しに取り組み、見直しに合わせて組織も変えてきたが、まだまだ課題は残っており、途上段階にある。また、金融機関側も金融庁以上に変わり切れておらず、金融庁としてはマインドセットやコミュニケーションのあり方も含めて金融機関に変化を求めている。とはいえ、金融機関の変化の遅れは金融機関だけの責任ではない。検査マニュアルを含めた金融危機以降20年間の金融行政の結果が澱(おり)として溜まっていることに起因している。20年間で染み付いてきたものがある。変わることはそう簡単ではない。

――20年間の澱(おり)とは…。
 佐々木 20年前の金融危機、不良債権問題が生じていたなかで発足した金融監督庁は、公正で、透明で、事後チェック型で、ルールベースの検査監督機関として非常に厳しい姿勢を金融機関に示していた。検査マニュアルがその代表のようなものだ。検査マニュアルの策定に関与した立場でもある私としても、あの当時はあのやり方が正しかったと言える。しかし、20年の月日が経過する間にどんどん時代は変化し、金融行政が追いつけなくなっていった。そのためにも検査マニュアルを廃止するなどの金融庁の改革が必要だった。同様に、金融機関においても当時、部長や課長だった方々が今、経営者となっているが、そういった経営者の方々は当時の不良債権処理や銀行再編も含めてこれまでずっと金融庁とやり取りを続けてきた。20年間という期間は長く、すぐに切り替われるものではない。

――金融行政が追いつかなくなったと…。
 佐々木 金融の世界だけではなく、非金融の世界で起きていることが急速に拡大し、その拡大とともにリスクも高まってきている。非金融の世界で新しく起きている問題はこれまでの金融の世界とは問題の性質が異なり、また対応の仕方も異なる。私自身も退官する前の2年間は暗号資産の検査・監督を総括していたが、例えば、金融業界の人々は言葉が通じるし、行政対応も知っている。これに対し、暗号資産業界の人々は言葉がなかなか通じないし、理解もされないし行政対応も難しい。非金融の世界における金融庁の監督対象は、イノベーションやデジタライゼーションに伴う新しいビジネスであり、ときにはグローバルでも展開するプレイヤー達だ。このため、マインドセットが異なるほか、金融庁の権限が及ばない範囲も出てくる。最近話題になっているフェイスブックのリブラも然りだ。

――非金融のリスクに対応することが必要になったと…。
 佐々木 退官する直前に様々な問題が浮上してきたが、リブラのほかには、かんぽ生命の不適切販売問題、セブンペイの不正利用問題だった。日本郵政グループのモニタリングを1年間担当していた立場から言うと、かんぽ生命の問題はある意味古い、昭和、平成の問題であり、今までもあったような古典的な問題だということができる。半面、リブラの問題はイノベーションから生まれてきたまったく新しい、令和の問題だということができる。他方、セブンペイの問題も同様にデジタライゼーションから生まれてきた新しい問題だ。ただ、2段階認証を知らなかった、あるいは対応が間に合わなかったなど、セブンペイで起きていた事象は、割と古典的なガバナンス、内部統制の問題だとうことができる。暗号資産においても起きていた問題はイノベーションの問題ではなく、内部統制の欠如、ガバナンス不在、経営者の認識不足などイノベーションとは関係のない古典的な問題だった。古典的な問題、最先端の問題、一見最先端に見えても根本原因は古典的な問題など、問題の種類が多様化している。加えてグローバルに発展する問題も出ているなど、金融庁にとっても、世界中の金融当局にとっても対応は複雑化してきている。

――検査と監督を一体化されたが、その狙いは実現できているのか…。
 佐々木 まだまだ途上だとは思う。20年以上前の金融監督庁が発足する際、私が検査部に在籍していたときから、私は検査と監督は一体化すべきと考えていた。なぜならば検査も監督も、金融機関の実態を把握し、問題があれば改善を求めるという同じ目的を持っているためだ。その目的を達成するための手段としてオフサイト(聞き取り調査)とオンサイト(立ち入り検査)がある。当然、オンサイトの方がより詳しく検証できるが、時間とコストがかかる。そのためにオフサイトも当然必要だった。ただ、オフサイトもオンサイトも手段が違うだけで目的は同じだ。20年前に金融監督庁が設置される際に、検査・監督はオンとオフが一体であるグローバルスタンダードとは異なる形になってしまった。しかし、私の整理では監督と検査はともに同じ方向を向いており、監督の一つの手段として検査がある。ところが、金融監督庁ができる以前の監督というのは金融機関にやや甘いところがあった半面、検査は厳しく、つまり監督と検査は見ている方向が違ったために分けられていた。この体制は日本特有で、本来グローバルスタンダードにおける監督というのは検査を含む概念だ。但し、不良債権の検査の際に、「検査はレントゲン写真だ」と当時の五味検査部長の言葉が代表するように、時代状況としては仕方がなく、金融行政に対する信任を回復するという意味では、検査と監督を分けることはやむを得なかった。

――非金融のリスクも含め問題が山積している…。
 佐々木 監督対象が広がっており、問題ごとに検査・監督のやり方が異なる部分もあり、どう対応していくかは難しい部分だ。金融庁は銀行、保険会社、証券会社といった業者を監督するという機能と、証券市場、マーケット全体を監視し、ディスクロジャー、コーポレートガバナンスという投資者保護の観点から不正を監視する機能、それから監査法人の監督・検査など、他の国と比べていわゆる一元監督当局となっていることには非常に意味があると思っている。その逆が米国で、銀行監督当局だけでも連邦と州で分かれているし、証券、マーケット、監査法人の監督も別々だ。あるいは欧州では金融機関の健全性を監督する当局と、コンダクト(行為規制)を監視する当局が分かれるツインピークスモデルといわれる監督モデルをとっているところが多い。しかし、例えば、銀行の不良債権問題でも、融資先の企業の問題と直結する、企業の問題はコーポレートガバナスや開示の問題でもあり、企業の監査法人の問題だ。つながっているということがわかると、何処に問題が生じているのかがわかりやすく、リンクしているために一つだけ対処しても意味がなく、全体を監督する必要があるなど、金融庁の一元監督体制は非常に意味を持つものだと考えている。

――体制強化が不可欠だ…。
 佐々木 人はもちろんのこと、権限拡大も必要となっている。暗号資産でさえ2年前に監督対象としたばかりで、非金融における新しいリスクを監督する権限に欠いている。非金融のプレイヤーに対し、20年前であれば事業会社が銀行を創り、ATMをコンビニに設置するといったビジネスモデルに過ぎなかったが、今起きているのは金融ビジネスを通じて入手したデータを、電子商取引などに利活用し、新しいビジネスモデルを創っている。データの価値が大きく変わり、データを制する者が世の中を制するような世の中となり、データをめぐる争いがいろいろなところで生じている。ところがデータというのは金融業界に限ったものではない。最近でも公正取引委員会が指針を出していたが、公正競争という観点でデータの役割が出てきているし、さらにいうと国家安全保障の観点でもデータが重要視されている。そうなればすでに金融庁の所管からはみ出してしまっている。また、人も当然大事だ。例えば証券の世界では、HFT(高頻度取引)が分かる人やデリバティブが分かる人などを採用していたが、今はそれだけではとても間に合わない。暗号資産やブロックチェーン、サイバーセキュリティなど様々な知識が求められている。このほかにも金融庁自身のITの高度化も必要となっている。

――ご自身は検査畑が長かった…。
 佐々木 検査局がのべ10年、監視委員会がのべ7年、それから公認会計士・監査審査会が検査局と併任で4年。金融機関の検査、証券市場の監視、上場企業の開示検査あるいは特別調査など、調査・検査ではのべにすると17年以上経験を積んできたが、ミクロ、個別の調査・検査を通じて、制度全体、マーケット全体の課題が見えてくるようになる。ミクロの問題に含有されるマクロの課題を抽出することはとても大事なことだ。個別の問題を知っていないと、政策などのマクロの問題を議論する場合でも説得力に欠く。海外当局ではポリシー(政策、方針)を議論する際に、個別の事例やエビデンスが裏打ちされた議論ができており、説得力がある。そういう意味ではミクロの経験とマクロの経験の両方を積んでいくことが重要だ。金融庁はどちらかといえばミクロ、個別の検査・監督を中心の仕事としているが、制度的な課題や政策的な方針を考えていくうえでは、それだけでは十分ではなくなってきている。

――日本の金融市場の問題は…。
 佐々木 金融庁の一元監督当局は非常に有効で、世界の当局と比べても優位な立場にあるが、残念ながら金融という面で見たときに、日本の金融機関、日本の金融市場、ひいては日本の非金融分野においてもプレゼンスは世界的にどんどん薄れてしまっている。日本は人口が減少しているとはいえまだまだ大きなマーケットだ。その市場規模に比べると日本の金融のプレゼンスは非常に低い。日本の金融が日本経済に貢献し日本国民を豊かにするという目的を達成する必要があるが、この点、日本のマーケットが国際的にも名誉ある立場になることも重要だ。そのためにも私は監査監督の国際機関のIFIARの本部を東京に招致することに成功したが、こういった国際機関の本部を日本に持ってくるなど、国際社会の中でポジションを高めていく動きが必要だ。

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