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会計監査制度は課題が山積

日本公認会計士協会  会長  手塚 正彦 氏

――7月に新たに会長に就任した。取り組みたい課題は…。
 手塚 公認会計士業界の重要な課題として、まずは会計監査のあり方に関する改革が挙げられる。2015年に日本を代表する企業による重大な不正会計が明らかとなったことを契機として、日本の監査制度の整備は相当進んできたと考えられるが、海外に目を移すと、たとえば、イギリスでは4大監査法人による寡占状態の解消や非監査業務の分離など監査を巡る見直しの議論が続いている。アメリカでは、会計の専門家が、GEによる巨額損失隠しの疑いを報告書として公開した。これが事実であれば、アメリカでも監査制度の見直しに対する議論が起こる可能性がある。会計監査のあり方については、このような国際的な動向も踏まえて考える必要がある。次に、会計基準や監査の基準設定との関わりが挙げられる。会計ビッグバン以前は、日本公認会計士協会(以下、「協会」という)が会計基準の設定主体としての役割を実質的に担っていた。2001年に財務会計基準機構が設立されてからは、同機構の企業会計基準委員会が会計基準を設定しているが、協会が設定にどのように関わるかは引き続き大きな課題だ。これに対し、監査の基準は会計士協会が実務指針を策定している。日本の監査基準についても、会計基準と同様に国際監査基準とのコンバージェンスが進み、事実上、国際監査基準の新設や改訂があると、それを国内に取り入れることになるが、国際監査基準がかなり詳細なものとなるなかで、日本の実情を念頭に置きながら、新設や改訂のプロセスに、協会として深く関わっていくことが必要であると考えている。これらの他にも、企業情報開示の変革への適応、企業活動の変化及び技術革新への適応、公認会計士業務に対する社会からのニーズの充足及び急速な会員数の増加と会員の多様化への適応を課題と認識しており、現在、具体的な取組について検討を進めている。

――企業開示はより詳細化が進んでいる…。
 手塚 日本の会計基準については、資本市場のグローバル化に合わせた共通のものさしが必要となることから、国際会計基準との調和化が進められてきた。国際会計基準は、IFRS(International Financial Reporting Standards)という名称が示すとおり、会計処理に関する基準を取り扱うだけではなく、注記等による財務情報の開示に関しても詳細に定めている。しかし、企業側や監査人にとっての負担を考えると、費用と投資家等に対する便益の観点から、現在定められている開示項目について見直す必要がないかどうか議論すべきだろう。また、企業情報開示の変革への適応も業界の課題だ。我が国では、統合報告書を作成する企業が増え続けているが、有価証券報告書の開示も、特に財務諸表以外の部分において拡充されていることについて、監査人は大いに注目すべきである。従来開示されてきた財務情報だけでは企業の価値を測ることが難しくなっており、今後の企業情報開示は、統合報告書のような非財務情報も含めたより包括的なものに変化していくことが予想される。監査人には、これまで以上に、企業経営全般に対する理解が求められるのではないか。

――会計士に対するニーズが拡大し、多様化している…。
 手塚 拡大する会計士業務に対する社会からのニーズに的確に対応することも重要な課題と認識している。株式会社だけでなく、農協や社会福祉法人、医療法人など、公益に深く関わる事業体に対する監査制度が相次いで導入されている。これらの監査対象の所在は、日本全国に広がっている。したがって、地域における監査体制を強化する必要があり、各地の中小監査法人や独立開業した会計士が重要な担い手となると考えている。このような監査ニーズに対応できるよう、協会の本部と、地域を取りまとめる16の地域会とが連携して、地域の会計士を支援していく必要があると考えている。また、急速な会員数の増加と多様化にも対応する必要がある。公認会計士の登録者数は、8月末で約3万1500人と、2000年頃に比べ約2・3倍となっている。これとは別に、公認会計士試験合格者も6000人以上いる。現在、公認会計士登録者の半数以上は監査法人に勤めておらず、監査を主たる業務としていない会員も数多い。さらに、こうした会員が手掛ける業務も、2000年頃と比べると格段に多様化している。協会として、監査を主たる業務としない会員をどのようにサポートするかは重要な課題となる。

――課題が多いなか、目標をどう設定するか…。
 手塚 協会として取り組む戦略目標の1つに「公認会計士に対する信頼の確立」を挙げている。監査人のみならず、会計士に対する社会からの信頼を確立する。また、「ステークホルダー・エンゲージメント」も戦略目標に掲げた。会計基準の設定主体や金融庁、あるいは企業や投資家、学者など様々なステークホルダーとの関係を強化し、協働を促進していく。3つめは、「人財の確保と育成」である。会計監査を取り巻く環境が劇変するなか、これに適応できる人材を確保しなければならない。会計士業界の人材獲得に関しては、10年以上前は主に監査法人間で競争していたが、足元ではコンサルティング会社、一般事業会社など、監査法人以外も競合となっている。「会計士業務に対する社会からの期待の充足」も重要だ。すでに述べたとおり、会計監査に対するニーズが拡大している。これに加えて、監査以外の業務に対するニーズも広がっており、地方では、中小企業支援、事業承継支援等における公認会計士の貢献に対する期待が大きいと聞いている。こうした社会からの期待に対して、協会本部と地域会が一丸となって、プロアクティブに対処していきたいと考えている。このほか、協会自体の「会務運営の生産性・透明性」も向上させる。協会の業務は多岐にわたるとともに、10年前に比べて仕事量も格段に増えている。会員や社会に対する説明責任も重くなっている。協会の運営の生産性と透明性を向上させる必要があり、これからの時代は、「運営」というより、「経営」という視点で協会の活動について見ていく必要があるだろう。

――21年3月期からは監査上の主要な検討事項(KAM)の記載が導入される…。
 手塚 監査人が監査上の主要な検討事項として特定した事項を、監査報告書に新たに記載することになる。監査報告書における監査のプロセスに関する記載が充実することによって、監査の透明性の向上と投資家等に対する情報提供の有用性の向上が期待される。個人的には、こうした情報提供面の向上にとどまらず、これをきっかけとして、企業の事業上のリスク、経営者の事業等に関する将来予測(見積り)の精度、会計処理や開示の適正性、コーポレート・ガバナンスや内部統制の整備・運用状況等について、企業経営者、監査役等と監査人との間のコミュニケーションの過程がより建設的で活発なものになることが重要だと考えている。これが実現すれば、企業と監査人との間の相互理解が深まり、企業情報開示の信頼性を確保するための協力関係も、これまで以上に強固なものになることが期待される。

――不正に対する監査制度の整備は…。
 手塚 不正に対する監査制度の整備に関しては、2011年に発覚した不正会計を契機として、2013年に「監査における不正リスク対応基準」が設けられた。また、2015年に発覚した不正会計を契機として、組織としての監査の品質の確保のために、いわゆる「監査法人のガバナンス・コード」が設けられた。監査に関する制度そのものは相当整ってきたと考えている。また、関係団体との協働も進んでおり、日本監査役協会とは、「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」を公表した。日本監査役協会は、監査役と監査人の連携に関する実務指針も策定している。監査法人のローテーションなど、依然として制度面で検討すべき課題はあるものの、現在の制度や仕組みを、監査の現場で有効に機能させることに注力しなければならないと考えている。企業活動の複雑化、大規模化、グローバル化が進み、また、企業活動に係る膨大なデータがITシステムによって処理されている。このような状況において、監査人としても、監査に関連する膨大な企業のデータを効率的かつ効果的に分析し、高度なリスク判断を可能とするIT環境や分析技術を備えていくことが求められる。この点については、大手の監査法人を中心として、ITインフラの整備やAIも活用した高度な分析技術の導入に注力しており、徐々に効果が出てきていると聞いている。一方で、こうした取り組みを機能させるには、やはり現場の監査人の現場力に負うところが大きいと考えている。監査対象企業の変化によって、監査人が備えるべき能力も変化しており、これまで重視されてきた会計、監査及び税務の知見を有するのみでは十分ではない。個々の監査人としても、監査チームとしても変化に適応しなければならない。ITやデータ分析に関する知見、企業のガバナンス・内部統制・事業・組織構造に関する深い理解、大規模かつグローバル化する監査プロジェクトを遂行するプロジェクト・マネジメント能力、海外も含めた企業関係者とのコミュニケーション能力などが必要とされており、会計士に対する社会からの期待に十分に応えるためのハードルは高い。協会として具体的な支援策を考えるのも重要な課題の1つだ。

――不正会計の防止に向け必要なことは…。
 手塚 協会として、監査の現場力強化に向けた取り組みも行うが、企業側のITインフラが整わなければ、高度なデータの分析技術も十分に効果を発揮できない。また、多くの日本企業の子会社が海外各国で事業展開している現状において、日本の監査法人のグローバルでのグループ監査の力が問われるが、監査を受ける企業が、現地でしっかりとオペレーションできる体制と、親会社において、グループ会社の管理面で必要な情報を適時に入手できる仕組みを整える必要もある。監査を受ける企業と監査人は、企業情報開示の信頼性を確保する上で、いわば車の両輪のようなものであると考えている。双方がともに、それぞれの立場で、企業情報開示の信頼性の向上に向けた努力を継続することが必要だ。

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