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教育に勝る将来投資なし

東洋大学  理事長  安齋 隆 氏

――東洋大学の理事長に就任された…。
 安齋 東洋大学は総合大学であり、その学問領域も多岐に亘る。無いのは医学、薬学、歯学、あとは芸術学部くらいだ。世界の中で生きていくための能力を養う基礎的な教育で、インフラを持ち上げることを重要視しており、1300科目を超える授業を外国語で行っている。海外からの留学生も多く、大学校内の留学生は約1700人だ。現在は、彼ら留学生のための大学キャンパスの整備も進めているが、海外の留学生たちが日本に早くなじめるよう日本の学生たちと一緒に生活できるような寄宿舎も徐々に増やしていきたい。一方で、国際交流やグローバリゼーションを目的とした英語などの外国語教育が盛んになればなるほど心配していることもある。日本人の幼児期から英語教育を始めることによって、子供たちの考え方まで変わってしまうのではないかという思いもある。

――英語教育を進めていく中で懸念もある…。
 安齋 東洋大学の前身は、哲学者井上円了が創立した「私立哲学館」だ。哲学教育を礎に、世界に通用する人材を育てることを目的としているのだが、何かを深く思考する時に、2カ国語で同時に考えることが出来るのかということだ。深く考え、次を予測して、また更に考える。そういうことが哲学だ。万国共通の数字による数学ならば何の弊害もないと思うが、それぞれの国の言語には、一語一語に込められた深い意味が存在し、翻訳をする際にもなかなか適当な言葉が見つからないといったケースはたくさんある。私に関して言えば、深くものを考える時にはつい日本語になってしまう。そうすると、2カ国語で日本語と英語を行ったり来たりしていては深い哲学は難しいのではないか。そうであれば、哲学に関しては、自分が物事をしっかり考えることが出来る言語で、或いは、最初から英語だけに絞って、思考したり論文を書いたりするようにしたほうが良いのではないかとも思う。

――大学も世界的な競争の中で生きていかなくてはならない…。
 安齋 他の産業と同様に、大学も世界的な競争の中で生きていかなくてはならないのが現代だ。今後、世界とのつながりはより大きくなるため、東洋大学に入学してくる学生たちは、かつて我々が過ごしてきたような安穏とした雰囲気の中では生きられなくなってきていることを自身で感じていることだろう。また、現在の少子化時代において企業への就職はそれなりに簡単に出来ると思うが、簡単であるということが、人生において「楽」だということにはならない。就職したからと言って、その企業の将来が保障されているとも限らない。日本は世界でも珍しく100年以上続いている企業が多く、私自身、経営に携わる際には、まず、いかに長く続かせるかを考える。最近ありがちな、株価を上げて会社を売り、そのお金で自分は悠々自適に過ごすなどといった生活は、私の性分としてありえないし、想像もつかないことだ。これから社会にはばたく学生たちにも、常に世の中のために働く人間であってほしいと願う。

――「経営者」として大学を見ると…。
 安齋 経営という視点で大学教育を見ると、ものすごく厳しい。お客様が学生だとすると、毎年4分の1が卒業して変わっていく。新しく入学してくる学生たちは、IoTやAIといった時代の波に乗っており、そのレベルは毎年毎年上がっている。それに対応して、より充実した教育内容を提供できる学校経営でなければ、学生というお客様の評価を得ることは出来ない。また、本学は学納金が主な収入だ。卒業生からの寄付もあるが、寄付金が収入の多くを占める他の大学に比べるとかなり少ない。その学納金の有効な使い方は、第一に、学生の期待を裏切らないような使い方だ。それは、どれだけの卒業生を一部上場企業に就職させたかということでなく、彼ら自身の能力を高め、生きていくうえでの強さをいかに身に付けられたか。本学では、自分で考え行動する力を養う学問を提供していきたいと考えている。

――「コメ文化」は安定的な生活をもたらしたが、その半面、新しいものを生み出す必要性がなく、結果として、日本人には創造する力が育まれていない…。
 安齋 日本の社会では、大きな変化が少なく、むしろ変化がないことを良しとしている節がある。それは、毎年同じ田んぼで米がとれるといったような安心感が育んできた文化なのかもしれない。つまり、アジアのコメ文化は、生活に安定をもたらす一方で、革新的なものを求めにくい文化を育んできたといえよう。しかし、大学も産業も芸術も、全てにおいて言えることとして、変化がなければ革新はない。

――地元で企業誘致のアドバイザーもなさっているようだが、地方の就職状況は…。
 安齋 福島県の故郷でアドバイザリーに携わっているのだが、いくら地方の過疎地に企業を誘致したところで働く人はいないということを実感している。企業誘致をしたからといって、地元で就職しようと考える若者が多くなるという確率は極めて低い。子供たちが選択している今の世の中を簡単に変えることは出来ないし、田舎に企業誘致したからといってその地域の経済が良くなるという保証もどこにもない。そうであれば、自治体が補助金をつけてまで企業誘致をして地域経済の活性化を図るのではなく、地元にいる子供たちの将来のために、教育に力を入れることの方が重要ではないか。何の教育でもよい。その結果、就職を東京でしようが外国でしようが構わないし、むしろ、外国に出て海外の目で日本を見たり、東京という日本の中心から故郷の在り方を見るという経験をした方が、愛国心も愛郷心もより強まるのではないか。選択肢は子供たちにある。強く育ち、どういった場所であれ、その人が自信をもって生きていくことのできるような教育が日本には必要だと思う。そうすれば、世界の人たちと仲良くしていけるだろう。

――世界の目で日本を見ることが必要…。
 安齋 目の前のことや自分のことばかりを考えていては、成長しない。同郷のためだけに生きていても駄目だし、自分が生きている間だけのわずかな幸福のために生きていても駄目だ。仏教的に言えば、「来世を信じて、次の世代のために生きる」とでも言えようか。かつて幕末から明治初期にかけて活躍した長岡藩の藩士小林虎三郎が、その日の食にも苦慮していた時に長岡藩の支藩である三根山藩から米を贈られたが、その米を藩士に分け与えるのではなく、売却して学校設立の費用に充てたという逸話がある。これが「米百俵」の精神だ。将来のための今の辛抱が将来利益となる。この精神を大学でも実践していきたい。(了)

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