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無給医や過重労働が事故原因

全国医師ユニオン  代表  植山 直人 氏

――全国医師ユニオンが出来たきっかけは…。
 植山 2004年、福島県の地方の病院で帝王切開手術を受けた産婦が死亡し、2006年に手術を執刀した産婦人科医が逮捕された事件があった。結果的には無罪になったのだが、地域の病院で産婦人科をほぼ一人で守ってくれていた産婦人科医師に手錠がかけられたこの事件は「大野病院事件」と言われ、抗議を起こしたり、産婦人科医をやめたりする医師も出てきたほど衝撃が大きかった。ネットなどでは医師の過重労働を問題視する声も飛び交い、医師の権利がきちんと守られていないと感じる人たちが多くなり始めたことがきっかけとなり、勤務医を対象とした労働組合を立ち上げた。当時、日本には医師の全国的な労働組合はなく、パイロットの労働組合やプロ野球選手会、東京管理職ユニオンを参考にして、10年前の2009年に設立した。

――今、無給医師の問題が大きくなっているが、その背景にあるものは…。
 植山 文部科学省は現在2200人程の無給医がいると発表しているが、実際にはそんな数では済まないだろう。文科省の調査対象は各病院の管理者だ。つまり、労働法違反を行っているかもしれない張本人が本当のことを話すはずがない。他にも精査が必要な人たちは約1300人となっている。将来、教授になるために、博士号を取りに大学院に行っている人や、また、研究者になりたいという人が典型的だ。彼らは大学を卒業して医師免許を取得し、数年間、病院で勤務した後に大学院に行く。しかし、研究ではなく朝から晩まで普通の診療を行うが、給料は発生しない。また、合理的な理由で無給になっていると言われている人達が約3600人もいる。例えば、一般病院で勤務しながら大学に研究に来ているようなケースだ。大学卒業後に民間病院で勤務しているが、専門医を取るために、大学医局との関係で週一~二回は大学で外来診療を行わなくてはいけないという人もいる。中には大学までの通勤に2時間以上かかり、朝から晩まで働くのだが、それに対する交通費も給料も出ない。しかし大学での診療を断れば専門医の資格も取れず、そうなると勤務している病院にいることも出来なくなる。大学側としては「勤務している病院から給料を貰っているのだから無給ではないだろう」という言い分だ。他にも、月200時間前後働いていても10時間程度しか働いていないとされ月3万円ほどしか支払われないケースもある。大学を卒業したばかりの初期臨床研修医でさえ法律で給料や身分が保障されている中で、すでに病院に5~6年勤務している医師が大学院に入った場合の身分や権利・義務も、国としてきちんと定めるべきではないか。

――医師の世界には、旧態依然とした上下関係が続いている…。
 植山 基本的に医者は徒弟制度で、教授が多大な権限を持つ。無給医師問題がここまで大きくなってきていることも、ある意味、究極のパワハラが当たり前に横行している世界で対等に話が出来る環境がないという事が一番の理由だと思う。しかし、きちんと管理されていない大学病院で無給医が診療を行い、仮にそこで医療事故が起きた場合、また、過労死などが起きた場合に、誰がその責任を負うのか。これは労働法違反にも関わってくる問題だ。大学側が無給医はいないと言っていても、そこで研修している医師本人が「私は給料をもらっていません」と言っているケースもある。また、優秀な大学院生がアルバイトで深夜の当直を月に何回も担当して、研究論文もまともに書くことができないという訴えも当ユニオンには寄せられている。

――働き方改革で医師の労働環境も変わったのではないか…。
 植山 一般の仕事に関しては月80時間以上の時間外労働を禁じる法律が出来たが、厚生労働省は、医師だけを例外として通常の2倍まで働くことを認める方向で進んでいる。具体的には月155時間、年間1860時間だ。現在、過労死ラインを超えて働いている医師が約4割、その2倍を超えて働いている医師が約1割、3倍を超えて働いている医師が1.6%もいると言われている。それを認めなければ医療が回らなくなるという理由で、特別に指定された病院は、とりあえず2035年まで過労死ラインの2倍までは働いても良いとするのが厚労省のスタンスだ。ここに無給医のケースも含まれているのかもしれない。ここまで働かなくてはいけない根本的な理由は、日本の医師数が少ない事だ。厚生労働省は、「医師が多いと医療費が増える」として医師数抑制政策をとっており、日本の医師の数はOECD平均よりも3割少ない。だが、医師を少なくしたところで国民の医療に対する需要が変わることはなく、医師だけが過労死ラインを超えて長時間働くことになる。きちんとした医療を提供するためには、医師と看護師の数を増やすことが必要だ。看護師に関しても労働環境が過酷なため、免許は持っていても働いていない人がたくさんいる。

――国家としては財政赤字の中で医療費を抑制しなくてはならない。一方で、医師の数は足りない。解決策はあるのか…。
 植山 意外なことにMRIやCTといった高額機械はOECD平均の3~4倍の数を保有しており、病院数もベッド数も日本は多い。つまり箱モノで高額の診療をしたり、薬をたくさん出すことで診療報酬を稼いでいるということだ。一方で、人件費にお金が回るような仕組みにはなっていない。病院間でカルテを共有して患者の診療の無駄を省くという話もあったが、日本は民間病院に移行しすぎていることもあり、カルテの統一どころか、患者の取り合いで無駄なところがたくさんある。民間病院は効率性やフットワークの軽さは魅力だが、儲かるところしかやらないという傾向も強い。医療政策に関しては多様な考え方があっても良いと思うが、とにかく、最低限の医師数を保障することは必要だ。

――過重労働では、医療事故が起こる可能性も高くなる…。
 植山 日本外科学会が発表した「医療事故の原因」の1位に挙げられるものは、過労疲労が83%だ。16時間連続勤務を行うと急速に集中力が落ちて、飲酒運転で免停になるほど集中力が下がるというデータも出ている。実際に、トラック運転は16時間を超えて運転して事故を起こせば過労運転で道路交通法違反になるし、パイロットは勤務時間が1日11~12時間と決められている。しかし、日本の医師にはそのような決め事がない。米国のように手術前日に緊急対応で寝ていなかった場合、当日手術を受ける患者に対して医師がその旨を告知するようなこともない。こういった点でも日本は本当に遅れている。当ユニオンに寄せられた声をもとに、もっと細かく調査をして、全容解明に努めていきたい。(了)

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