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脱炭素と社会改革に炭素税必要

環境省  総合環境政策統括官  中井 徳太郎 氏

――世界の潮流は、国連が掲げるSDGsやパリ協定等、持続可能な社会に向かっている…。
 中井 SDGs(持続可能な開発目標)を掲げる以前、国連は2015年までに達成すべき目標として、極度の貧困と飢餓の撲滅など、途上国開発のためのMDGs(ミレニアム開発目標)を掲げ、一定の成果を上げてきた。その後「人類が豊かに生存し続けるための基盤となる地球環境は、限界に達している面もある」という報告書をもとに、2015年にSDGsを掲げた。2030年までの国際目標であるSDGsは、海の保全、陸の保全、クリーンウォーター等、地球と調和して経済社会を組み立てていくための17項目が掲げられている。地球全体が危機的状態にある事は気候変動を見れば一目瞭然だ。ここ最近の大雨・洪水も、温室効果ガスが増えていることで引き起こされている可能性が科学的に指摘されている。産業革命から地球の温度が平均約1度上昇している事も客観的事実だ。2015年に採択されたパリ協定では、今後の気温上昇幅をプラス1.5度までに抑える努力を継続することが合意され、今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出と吸収をバランスさせることが求められている。そうしなければ、極地の氷が溶けて、インド洋や太平洋の島々も水没するかもしれない。

――今後のビジネスも変わってくる…。
 中井 2006年、当時の国連事務総長コフィ―・アナン氏は金融業界に対してESG(環境、社会、企業統治)課題を考慮するPRI(責任投資原則)を提唱しているが、その9年後の2015年、エポックメイキングのような形でSDGsの取り組みが始まった。IT革命や技術革新が進む中で、地球という人類が生活するための基盤に目に見えた危機的変化が表れ始めたことで、ようやく本気で経済、社会、金融の仕組みや実状を変えていこうという動きになっている。もはや化石燃料や地下資源を無尽蔵に扱い、大量生産、大量消費、大量廃棄するような時代ではない。世界のビジネスの流れもSDGs達成に向け新たな方向にシフトしつつある。日本では、日本初の脱炭素化・SDGs構想となる「地域循環共生圏」という概念が国の政策として動き始めている。これは、脱炭素で持続可能な経済・社会への移行による、日本の新たな成長戦略だ。

――「地域循環共生圏」とは…。
 中井 再生可能エネルギーも水も食料も観光資源も健康の素も、すべて人間と同じ自然界の一部だ。それら全てが繋がり、そこにITやAIを投下することで、地球の自然環境をこれ以上壊さないようにしながら、その流れの恵みを享受する仕組みをつくりあげる。それが「地域循環共生圏」だ。例えば、地方は過疎化が進んでいると言われているが、多くの森林や、風力や太陽の恵みがある。ここにAIやIoTを活用させれば分散型エネルギーシステムの拡大が期待できる。また、インフラが老朽化しているところや災害対応として、ハードインフラ一辺倒ではなく、敢えて人がいない地域をグリーンインフラとして緩衝地帯や自然公園にして観光地化し、必要時には災害受け入れ場所にするような、新たな形のインフラ整備構想も始まっている。地域の課題を元に必要なものを見つけ出し、従来の社会経済を、ESGという概念を取り込み新たな形でビジネスにしていくのがこれからの時代だ。

――政府を挙げて行う横断型の政策展開となっている…。
 中井 地域内で官民合わせた将来図を描き、それに必要なプロジェクトを担当ごとに進めていく。インフラの部分は民間資金では難しいので税金を投入することになるが、基本的にはこれまでのような、企業が政府の補助金を目当てに要綱に沿った形で本来のニーズと関係ないビジネスを行い、数年経つと必要のないものになってしまうというものではなく、あくまでも「地域循環共生圏」という大きな枠組みの中で、地域に密着したニーズを捉え、そこから新たなビジネスを生み出していくという流れを創り出していく。そのために今年度より実施している「環境で地方を元気にする地域循環共生圏づくりプラットフォーム構築業務」では、35の自治体等における地域の構想・計画の策定等を支援しているが、それぞれに色々なパターンがあるため、先ずは迅速に対応できるようなプラットフォームが必要だ。人、モノ、金、技術、ノウハウをそのプラットフォームに集結させて、本当にやりたいと手を挙げた人がスムーズにそのプロジェクトに参加できる仕組み作りは欠かせない。

――環境省経済課ではこういった動きを金融界に広める活動を行っている…。
 中井 昨年前半にかけて、金融の主要プレーヤーたちを集めてESG金融懇談会を開催した。その提言をもとに、環境省経済課環境金融推進室ではさらなるESG金融の推進に向けた取組を行っている。具体的には、ESG投融資の加速化や普及の支援として、ESG情報開示の促進・基盤整備、また、民間資金の呼び水となる地域低炭素投資促進ファンドによる出資や、グリーンプロジェクトを使途とするグリーンボンドの発行支援など、活動は多岐にわたる。直接金融への企業の環境情報開示の基盤となるESG対話プラットフォームの実証実験を行っている。グリーンボンドの需要は年々高まっており、日本でも発行額が増加している。一方で、間接金融は地域の成長戦略に地銀や信金がしっかりと向き合って資金提供できるような環境作りが必要であり、環境省としては、案件事例を集めて知見を整理するなどプレーヤーとしての立場で関わり、案件ベースと組織ベース両面からのアプローチで地域金融の拡大展開を支援していく。また、地域低炭素投資促進ファンド事業で出資されるグリーンファンドは、リスクマネーを公的ファンドが出資することで、中小・中堅企業への民間投融資を後押しすることになるだろう。現在約200億円を扱うこのファンドの人材には金融機関等から出向してもらい、再生可能エネルギー事業などに関するノウハウを貯めている。このように、旗を振るだけの存在ではなく、地域ニーズに沿って本当に現状を変えていくという意識を持ったプロジェクトが着実に進んでいる。特に滋賀銀行や福岡銀行はESG要素を組み込んだ取組が進んでいるようだ。

――今後の抱負を…。
 中井 脱炭素社会に向けて企業が中長期的なビジネスモデルを転換していくうえで、金融の果たす役割は大きい。ESG金融懇談会提言では、国に今後の社会づくりに対する一貫性ある方針と明確なシグナルを求めており、「カーボンプライシング(炭素価格付け)」の必要性を訴えている。これが、今一番大きな政策課題の一つだ。先細りにある将来の社会保障を維持するために国民に我慢を強いる消費税とは違い、炭素税は社会経済を新しい時代に移行するため、経済の仕組みを変えるための税制だ。仮に炭素税が導入されたことで二酸化炭素の排出がなくなり、その結果としてパリ協定の目標年限である2050年までに炭素税収がなくなったとしても、それは社会のイノベーションにつながる非常に合理的な話であり、財務省としても反対材料はないだろう。金融と税金は本当に大事だ。(了)

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