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豪雨と水道の総合治水が不可欠

アクアスフィア・水教育研究所  水ジャーナリスト  橋本 淳司 氏

――水の問題について研究を始められたきっかけは…。
 橋本 私は群馬県館林市出身。同市は近年、「里沼」が日本遺産に登録されるほどで、小さい頃から水環境の豊かなところに住んでいた。それが、1986年、大学入学とともに上京し、水の味が随分と違う事に驚いた。当時は川の汚染が酷く、水道水は金魚鉢のような匂いがした。そうして、地域による水の味の違いをおもしろいと感じたことがきっかけで、浄水所巡りを始めた。大学生時代には約300件の浄水所に行き、大学卒業後はフランスのミネラルウォーターの採水地をルポルタージュする仕事もした。ただ、その後バングラデシュに行き、ヒ素汚染された水でさえ飲料水や生活水に使わざるを得ない現地の水事情を目にして、もっと水の問題を深く研究して世界に発信しようと考えた。それからかれこれ25年だ。

――この度「水道民営化で水はどうなる(岩波書店)」という本をお書きになったが、一番主張したかったことは…。
 橋本 水道民営化の是非にはそれぞれの意見があると思うが、私は、水というものは最終的に自治の問題だと思っている。世界各地色々なところを見てきたが、水環境をきちんと保全出来ている地域は存続しているし、むやみやたらに水を使ったり周囲の森林を際限なく伐採するような地域は、一時は発展したとしても結局滅びてしまうという歴史がある。ここでもう一度、自分たちが毎日使っている水がどこから来ているのか、どこに流れていくのか、きちんと意識して、街づくりの議論の中に組み入れてほしいというのがこの本の主眼だ。 蛇口の水が何処から来るのか日本の小学生に聞いても、浄水所までは知っていても、そこから先の山や川という答えにはなかなか辿り着かない。しかし、安全な街づくりをしていくためには、そこまでの領域で考える必要がある。世界的に水源が枯渇したり、豪雨災害で街が一夜にして流されるケースが沢山出てきている今、自分たちの町を水中心に見ていくことは、気候クライシスへの対応にもなるだろう。

――水は気候の影響を多大に受ける。そして、水の動向によって地形も変わってくる…。
 橋本 地球レベルの気候変動で、例えば昨年はインダス川の上流、ガンジス川の上流に行ったが、この周辺では雪の降る期間が明らかに短くなっており、そのため雪解けも早くなっている。その影響で作物の種まき時まで水が残っていなかったり、一気に雪が崩れることで今まで雪崩が起きていなかった地域にも雪崩が起きたりしている。気温が高くなると水の動きはダイナミックになる。もともと水が乏しいところはさらに渇水し、もともと水が豊富な地域は上空に蒸気を貯めやすいため、冷たい空気が入ってきた時に大雨になる。今年は40年ぶりに西日本よりも東日本の梅雨入りが早くなったが、40年前当時の東日本では異常な豪雨災害が起きていた。そういう激しい時代がこれから訪れるという事を踏まえて、自分たちの地域で気候がどのように変化しているのか、水がどのように動いているのかを知ることは、今後の町づくりに欠かせない要素になっていくと思う。

――日本は、気候クライシスへの対応が欧米に比べて遅れている…。
 橋本 欧米では森林が山の土砂災害を防いだり、温暖化ガスを吸収するような役目を果たしているという意識が高いため、あまり森林を伐採しないようにしているが、日本ではそういった森林が持つ多面的な機能への関心は薄いようで、先日も森林の伐採を進める法案が成立した。さらに言えば、現在の日本では土地取引が比較的自由に行われており、外国の資本家や企業にも買われている。ここで問題なのは、日本の民法では地下水が土地の付属物と考えられているため、土地の所有者は水のくみ上げが自由ということだ。水道事業が民間企業に買われて余った水を海外に輸出するという水ビジネスの他に、日本の土地を所有した外国企業が工場や農業で水を際限なく使用するという水の使い方も考えられる。そういったことに対して自治体が汲み上げ規制を行うような動きもあるが、自治体の条例程度では法的拘束力が弱い。国として本当に水の問題とその重要性をきちんと考えているのであれば、地下水の活用や保全に関する法整備が必要だ。今後の気候変動も考えて、熱を持った時に蒸発量が多くなる河川水よりも、その8倍の量を持つ地下水の利用法を整えておくことは本当に重要なことだと思う。

――昔はどこでも無料で飲めていた水が、今はお金がなければ飲めない時代になってきた…。
 橋本 水道経営は厳しい。民営化されようと公営のままであろうと厳しい。今後、水道の持続性が危うい地域が出てくる。水道料金は水源地から蛇口までのコストを利用者数で割り決定されているため小規模集落にとっては高コストになる。将来さらに人口減少が進み、今よりも20倍程度水道料金が高くなるといわれている地域もある。今後そのような地域が増えていくと考えられる中、例えば、宮崎市内のある地区では、既に週に数回給水車が回り、受水タンクに給水を行っている。また、五島列島では雨水を生活水に活用し始めたり、岩手では住民でも簡易に管理できる浄水装置の実証実験を行うなど、自治体ごとの工夫がある。このように、大規模集中型の浄水場から24時間、鉄の管で水を提供するというこれまでの水道システムが終わる可能性が出てきている。

――自然の恵みである雨水を利用する。そのメリットは…。
 橋本 雨水を貯留して活用することは、洪水の脅威を緩和するという部分もある。現在、雨水は下水道に流れて法律上も飲み水には適用できないようになっているが、本来、非常にきれいなものだ。各家庭で貯水槽を作り、家庭排水などとは別にして、きちんと貯めて使うという事を考えたほうが良い。特に東京都内では年間降水量の方が年間水道使用量よりも多く、周辺のダムから高コストの水を持ってくるよりも安く済む。また、今世紀末には東京の気温が屋久島並みになると言われているが、雨水を使うことで都市部の気温上昇を緩和することもできる。逆に言えば、そういったことをやらなければ、気温が上昇してくる中でアスファルトやコンクリートだらけの東京での暮らしは非常に厳しいものになるだろう。

――行政の対応と、水道民営化の問題点について…。
 橋本 昨年、政府は水道法の一部を改正して水道の基盤の強化を打ち出したが、現場を見る限りそれを遂行できる体力はないように思う。行政の担当者がたった一人で水道事業を行っている自治体も多くあり、そもそも、きちんとした水道配管図が作られているところが6割程度しかない。配管図がないと事故が起きた時に修復のしようがないのに4割はそれがないということだ。人と財源はどうしても必要であり、今回の実行プランはその実現可能性をきちんと考えたうえで作られたのか疑問に思う。また、水道事業を民営化する欠点は、自治体に人とノウハウが残らないという事だ。例えば20年や30年の長期契約になれば、自治体側にはその後の事業契約を選択する権限はなくなり、あとは契約更新するだけになるだろう。その企業を買収するような体力もない。そうすると、水は企業のものになり、地域住民のものではなくなる。30年後にどのような街づくりをしていきたいのか、そのプラン作りを、今、しっかりと考えておく必要がある。(了)

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