金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「DXには独自のシステム必要」

慶應義塾大学
大学院
政策・メディア研究科 教授
土屋 大洋 氏

――政府が進めるデジタル庁について思うことは…。
 土屋 例えばハンコを押すためだけに出社するなど全く無駄なことであり、やれることは可能な限り早急に進めるべきだ。もちろんセキュリティをしっかりすることは言うまでもない。日本のデジタル化が遅れていることは20年ほど前から言い続けられていた課題であったが、このコロナ禍によって3カ月足らずで一気に実現への舵が切られた。そういう面だけを見れば良い機会だったと思う。コロナ問題が深刻になり始めたころは自宅で仕事が出来る環境にあった人は少なく、急遽パソコンの購入が増えて一時は手に入らないほどだった。企業のセキュリティレベルに対応したハードやソフトの機器を用意するのも大変だったと思う。そういった部分が今ようやく落ち着いてきたのではないか。そもそも、役所自体がデジタル化しない限り、社会全体のデジタル化が進むはずがない。ただ、私が知っている範囲で言えば、役所で作成された専用の添付ファイルは非常に使いづらい。また、確定申告でe‐TAXを利用しようとした際に、一年に一度のことでマイナンバーカードのパスワードを覚えていなかったりすると、結局役所に足を運ぶことになる。普段からマイナンバーカードを使えるようにして、それだけですべての手続きが出来るようにすればもう少し便利さは増すのではないか。そういう意味でマイナンバーと健康保険証や各種証明書をまとめて一つのカードにするのは良い案だと思う。

――これから本格的にデジタル化によるコスト削減が期待されるのか…。
 土屋 河野行革大臣も頑張っていらっしゃるが、あのポストで大きな役所を動かすことは大変だ。総務省や財務省の協力を仰ぎ、デジタル庁が多くの省庁に散らばるデジタル案件をまとめられるかどうかにかかっている。マイナンバーカードの問題にしても、身分証明書となるカードを一枚にまとめた場合のコスト削減効果をひとつずつ確認しながら、実現させていくしかないのだろう。菅政権はデジタル化を一番の課題としているため、これで失敗すれば政権の命取りになる。しっかり旗を振ってリーダーシップを発揮してもらいたい。

――E-mailなどデジタル通信は常に盗聴や傍受されるリスクと戦わなければならないため、結局2倍のコストが必要になるのではないか…。
 土屋 重要なことはいかに暗号化するかということであり、暗号化しなければアナログでもデジタルでもほとんど変わらず傍受されてしまう。その技術において日本は、NTTや三菱電機などいくつかの会社が暗号開発に取り組んでいるが、一昔前よりも参画する企業が減っている。それは、標準として採用されないからだ。暗号標準を決定する国際団体は、基本的にファイブ・アイズに加盟している国々の政府主導で動いているため、加盟していない日本の企業が正面から立ち向かってもなかなか採用してくれない。また、中国やロシアにとっては米国が解読出来るような暗号を使うはずがなく独自の暗号を使用することも考えられるのだが、独自の暗号は仲間内で使用する分にはよくても国際的には使えない。国際標準に拘らなければ日本にもいくらでも使える技術はあるのだが、それを国際標準にしなければ普及しないとなれば商業化は難しい。

――そうすると、日本もファイブ・アイズへの参加を目指すべきか…。
 土屋 自分たちがいざという時に対応できる暗号は持っておきたい。しかし、ファイブ・アイズに技術を差し出すような企業もあまりないと思う。例えば米政府は米国企業が作った暗号が採用されるほうが望ましく、ファーウェイが作った暗号技術を採用したいとは思っていない。国際的な技術標準を決定する団体の折り合いがどのようにつくのかという問題だけだ。一方で、ワッセナー協約で「有益かつ強力な暗号製品をロシア等には渡さない」という申し合わせがある中で、一定程度の分断は進んでいるため、誰もが使いやすい暗号というものはなかなか出来ないというのが現状だろう。

――日本の公文書等をデジタル化する際には、日本独自の暗号化技術が必要だ…。
 土屋 政府省庁間での連絡や在日外交官とのやり取りでは日本独自の暗号標準の方が機密事項が漏れずによいのだが、それを政府外に出す場合や外国に出す場合は通じなくなることを考えると、色々な暗号を使い分けていくことになるのだろう。安全の基盤となるセキュリティについてはしっかりとやってもらいたいところだが、とりあえず、今の日本政府で行われているデジタル庁に関する議論は効率重視だ。担当の平井大臣はサイバーセキュリティ基本法を作った中心人物であり、そのあたりの意識が全くないわけではないと思うが、サイバーセキュリティを支えるスタッフがどれだけいるかが重要な問題だ。

――デジタル化を支える今のサイバーセキュリティ基本法に足りないものは…。
 土屋 サイバーセキュリティ基本法が制定されてからすでに2回ほど改正しており、今後何か課題があっても、それは軽微な修正で対応できる。また、基本法を細かく変えたところであまり意味はなく、むしろその体制が重要だと思うが、通信の秘密に関する憲法改正が出来ていない以上、サイバーセキュリティのためのインテリジェンス体制はあまり変わることはない。いずれにしても今回設置された日本のデジタル庁はインテリジェンス活動のためではなく、国民皆がパソコンを使うように推進するためだけのものだと思う。例えば閣議をオンラインで行うといった場合には物凄いセキュリティが必要だが、そういうことをやるような雰囲気でもなく、そもそも現在日本で使われているオンラインのプラットフォームはほとんど外国のものであり、日本のソフトウェア会社はこういったツールを提供していない。こういった状況でオンライン閣議など行えるはずがない。インテリジェンス活動を前提としたセキュリティを考えるのであれば、NTT、KDDI、ソフトバンクなどのデジタルシステムを作る会社は、早急にオンラインワークのためのツールを作るべきだ。

――通信会社同士の値下げ競争を促すのではなく、むしろ外国に頼らずに使えるオンラインツールを作り上げるための予算が必要だ…。
 土屋 パナソニックは完全国産のパソコンを製造しているが、それは非常に限定的で値段も高い。安く済ませようと思うとどうしても外国製になってしまう。また、日本メーカーだから安心かといえば、部品が外国で製造されていたらそれもまた不安材料となる。国内で今更パソコンやソフトウェアを作れるかといえばそれも厳しい。しかし、安全を追求するという面も考えて日本独自のシステムをつくらなければ、いつまでたっても外国依存のままだ。同盟国の米国でさえ日本のことを当然傍受しているという前提に立ってやらなければならない。

――至る所でスパイ活動が当たり前に行われていることを前提にセキュリティを備えるとなると、憲法改正が必要になる…。
 土屋 これまでも憲法改正における議論は重ねられてきたが、結局変わらない。スパイ活動のような行為が違法でも合法でもないところで行われているという暗黙の了解があるのであれば、敢えて憲法を変える必要もなく、最低限そういったことに関わる人たちの身分をきちんと守れればよいという認識なのではないか。この点、国家公務員が秘密保持に反した場合の罰則をもう少し厳しくした方がよいという意見もあり、そうできれば良いのだろうが、なかなかそれも進まない。そういった問題を憲法からきちんと整えられるのが安倍政権だと期待していたが、最後はその体力が残っていなかった。それを継ぐ菅新政権に期待したい。

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