金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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Information

――台湾の総統選挙では民進党の頼氏が当選した…。

 貞岡 台湾の総統選挙は有権者の総意がきちんと現れたように思う。台湾で民主政権が始まったのは比較的新しく、総統の直接選挙が導入されたのは1996年だ。それ以前の台湾では、蔣介石率いる国民党の長期一党独裁で、自由な政党活動も出来ない弾圧政治が行われていた。その蔣介石氏の死後、国民党党首として実質的に跡を継いだのは息子の蔣経国氏だ。そして、蔣経国氏が自分の死の間際に後を託したのが、李登輝氏だった。李登輝氏は世界の時流に沿った民主政治を推進していた。そして1996年に台湾で初めて行われた総統直接選挙で李登輝氏は国民から民主的に選ばれた。彼は国民党出身でありながら、考え方としては民進党に近かった。そして、李登輝氏の後は民進党の陳水扁氏、国民党の馬英九氏、民進党の蔡英文氏と2期ずつの政権交代が続いていた。それが今回、頼氏が選ばれた事で、民進党が3期目の政権を担うことになった。

――台湾の現状と、国民の民進党に対する意識は…。

 貞岡 今の台湾は経済面などを見ても必ずしも好調とは言えず、そのため、有権者の不満も高い。しかも、民進党は2期目を終える中で政治腐敗や汚職の声が聞かれるようになってきたため、今回の総統選で国民が民進党離れを起こすのではないかという見方が強かった。しかし、中国が香港の民主化努力を力で抑え込んできた実態や、民主活動家でカナダに亡命を試みた周庭さんを執拗に追いかけ厳罰に取り締まろうとする姿を見て、台湾国民は「外交防衛上、台湾の政治にきちんと責任を持ってくれる総統は、やはり民進党だ」という判断をしたのだろう。ただ一方で、議会は民進党が少数党に転落したため、ねじれ現象が起きている。

――ねじれ現象が今後の台湾に及ぼす影響は…。

 貞岡 5月に発足する新しい民進党政権の党首となる頼氏は、かつて独立色を全面に表す血気盛んな若者だった。もともと内科医だった頼氏は1996年に中国から台湾海峡にミサイルを撃ち込まれたことをきっかけに政治家になる事を決心した。それほど頼氏は反中であり、そのため、現状維持を望む台湾国民の支持を得られるかどうか不明だった。今回の得票率も約4割と、前回蔡氏の得票率約7割から大幅に低下している。このような状態でかろうじて当選した頼氏が反中を全面に出すような政治を行えば、中国から足元をすくわれる可能性もある。米国もこの点を懸念しており、だからこそ総統選決定直後に「米国は台湾の独立を認めない」と宣言しバランスを取った訳だ。また、副総統候補である民進党の簫美琴氏は米国人の母親を持つハーフで語学も堪能という事から、今後の台湾と米国の関係がさらに密接なものになっていくのではないかとも考えられており、それを脅威とする中国からの何かしらの嫌がらせや圧力がかけられる可能性もある。台湾の総統と議会の関係がねじれ現象にある中では、例えば中国や米国から議会に対して何かしらの工作が行われ、外国等に対する重要決議が阻まれるといった事も考えられる。そういった事態を防ぐために、議会で少数党の民進党は、キャスティングボードを握っている第3党の民衆党と組む必要があろう。

――議会運営がより重要になると…。

 貞岡 今、中国が台湾に対して軍事侵攻することは国際的な立場を考えてもリスクが高い。そのため、今回の台湾総統選でねじれ現象が起きたことを利用して、中国はそういった議会工作などのシナリオを色々考えて、実行に移そうとしている段階なのではないか。米国の試算によると2027年には中国の軍事力は米軍を抜くと考えられているが、今の中国の軍事力は米国よりも劣っており、核兵器の数も米国が5000発以上保有しているのに対し中国は500発程度と一桁も違う。もしかしたら、核兵器の数の問題だけでなく、今の段階では中国軍の中にも習近平氏の意に従わない人物もいるのかもしれない。実際に外相や国防省が解任され、その部下の幹部たちも次々と辞めている。その理由を中国側は「腐敗」と報じているが、実際にはそういった人物たちが少なからずいることで、習近平氏が思うように軍を動かせないのかもしれない。そういった中国国内の軍事状況と台湾国内の政治状況がある中で、お互いにもう少し時間を置くことで平和的な解決策がみつかるのではないかと考えている節もあるのではないか。

――一方で米国は、ウクライナやパレスチナに続き、イエメンに対しても攻撃するなど、戦争ばかり行っている…。

 貞岡 米国が現在進行中の戦争に関わっている国や、その可能性がある地域は他にもあるが、私が見る限り、米国が今一番懸念している国は朝鮮半島だろう。例えば中国が台湾に全面侵攻しても、それは他国の話として知らぬ振りも出来るが、北朝鮮が韓国に奇襲をかければ、在韓米軍を置いている米国は自動的に戦争に巻き込まれてしまう。一方で台湾有事を日本有事と言っているのも、米国はいざという時には中国と台湾の戦争には関わらないという意思表示なのかもしれない。そして、そういう米国の態度は、仮に次期米大統領選挙でトランプ氏が当選したとしても変わらないだろう。中国は確かに米国にとって脅威な存在ではあるが、それは、経済面で米国の労働者を守るために中国を抑えるというスタンスだ。中国と台湾が戦争を起こしたとして、米国の国土や経済が脅かされるわけではないのに、仲裁程度はするとしても、わざわざ台湾を舞台に米軍を出すようなことはしないだろう。

――米国が今一番の脅威と考えている北朝鮮は、今後どのような行動を起こすのか…。

 貞岡 北朝鮮は、現在のように韓国を明らかに敵とみなすような発言をしているうちはまだ安心感がある。本当に二国間の関係が悪化した時には、北朝鮮は奇襲をかけてくる筈だ。突然、南北和解のような話題を持ち出した時の方が、用心しなくてはいけない。ただ、中国やソ連と違って北朝鮮の情報は外に漏れない分、考えが読めない。だからこそ、北朝鮮は一番怖い。そういった意味でも、日本は中国と台湾の問題よりも、北朝鮮の動きについてもう少し警戒した方が良いだろう。

――日本の外交や防衛も、もう少し深読みして外国の本当の狙いを考える必要がある…。

 貞岡 今回の能登半島地震で米国軍は能登半島に支援を行ってくれている。その第一目的は被害者支援であり人道目的だが、軍隊であるからには有事や戦争の事を常に考えている筈だ。つまり、今回の人道支援には別の目的もある。それは、石川県や能登半島周辺の地形や海岸線状況の把握だ。もし北朝鮮が暴発した時に、北朝鮮に近いこの辺りの地域で何が起こるのか、その時に米軍は何をすべきか、そういった事を常に考えていると思う。能登半島地震では自衛隊の基地も少なく、救助の遅れが目立っているが、日本も「軍隊」というものがそういった側面を有しているということをきちんと理解したうえで、自国の防衛をどのような形にしていくべきかという事を、もっとしっかりと考える必要がある。

――世界各地で戦争が起こっている現状を勘案すると、第三次大戦が起こらない保障はない…。

 貞岡 北朝鮮が暴発するリスク加え、燻り続けている台湾リスクや最近ではベネズエラとその隣国のガイアナとの紛争リスクも警戒しなければならない。ベネズエラが最近発見されたガイアナの石油利権を狙っているためで、ひとまず落ち着いてはいるが再び戦火を交えないとも限らない。また、移民や難民の問題から、世界が外国人の排斥運動や法律の無視といった極端な右傾化を強めており、穏健な政権が維持でき難くなっていることも戦争の火種のひとつだ。さらに、米国大統領選挙では、AI作成による偽情報が大量に流れるなど何の情報が真実なのか分からなくなってきている事も世界の平和を危うくしている。偽情報を契機に国同士の緊張が高まりかねないためだ。こうした世界の地政学的リスクの高まりにしっかりと目を凝らし、わが国の外交、軍事、政治、経済とも強化・運営していく必要があろう。[B]

――NTTグループ全体のファイナンスを統括されている…。

 伊藤 NTTファイナンスはNTT(9432)グループ各社のファイナンス事業、アカウンティング事業、料金請求などを行うビリング事業を担っている。NTTファイナンスの祖業はリース事業であり、大型の通信機器の一般企業への普及にあわせてリース需要が増したことへの対応が始まりで、航空機リースなどを含めたリース全般を行っていたが、NTT、NTTファイナンス、東京センチュリー(8439)の3社が合弁で立ち上げたNTT・TCリースに分社化した。ファイナンスについては、当社の高い調達力を背景に、NTTグループ各社が個別に資金調達するよりも有利な条件で調達できるようにしており、これによりスケールメリットも実現でき、人材も効率よく回せるようにしている。NTTグループの財務系統の効率化は続けているが、もともと担っていた人材の高齢化などで人材不足が顕在化していたなかで何とか収めていると言う方が正しく、人材リソース自体はまだ足りず、組織改善の余地は大いにあると思っている。

――組織としての課題は…。

 伊藤 さまざまなリソースを最適化していくことが必要だ。23年には財務系のシステムをリニューアルしたが、まだグループ全社に導入できていないので、そのカバー率を上げていく。アカウンティングの集約はもっとできる余地があると思う。また、人材リソースの充実も必要で、財務人材を自前で育てていくほか、経験者採用を進めることも行い、さまざまなキャリアを持つ社員を充実させていきたい。その点、NTTグループの将来の財務系を担う人材をNTTファイナンスでまとめて新卒採用し、各社の財務の主要なポジションに配置して教育し財務のプロフェッショナルを育成する取り組みを始めたところだ。

――御社は社債やCP市場での存在感が大きいが、調達における考え方は…。

 伊藤 NTTファイナンスでの調達を拡大してから8年ほどが経過し、調達業務はかなりこなれてきたと思う。今年の5月にNTTグループとして中期経営計画を発表したが、グリーンエネルギーやIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想といった革新的技術を用いたサービス提供を本格的に進めていくなど、グループ全体としては成長分野への投資拡大をしたいと考えており、資金需要は旺盛だ。中期経営計画では23年から27年の5年間で成長分野に8兆円を投資すると掲げており、それに向けていかに効率的に調達するかが当社の使命だ。このほか、調達資金は事業への投資をメインに据えているものの、事業とのシナジーを考えて余剰資金の一部をコーポレートベンチャーキャピタルとして投資運用に取り組んでいる。社債での調達年限は3~10年が多く、超長期は選択肢にないわけではないが、現状では発行していない。考え方としては、CPで当面の資金繰りを行いながら長期資金の調達のタイミングを図っているイメージだ。2020年にドコモに対するTOBを行った際に約4.3兆円を要したため、元々4~5兆円で推移していた有利子負債が跳ね上がった。当面はブリッジローンでつないだが、20年に国内債で1兆円、国外債で1兆円強を調達し、有利子負債の水準はかなり増えている。ドコモのTOBを行ったことで当社の直間比率は、7~8割が間接金融だった状況から直接金融が増え、直接金融と間接金融が半々程度になっている。

――わが国の社債市場の課題は…。

 伊藤 NTTグループはグローバルでM&Aを行っているが、キャッシュフローは円貨が主流なので、国内市場で調達できるに越したことはないが、現状の国内社債市場にはグループの資金需要を満たす規模感がまだまだないと感じる。ドコモのTOBの際も相当部分は海外市場で調達し円転して充当しており、一概に規模が適切かどうかは言いかねるが、一般的にGDPの規模から言えば国内社債市場は小さい。少なくとも1度に1~2兆円を調達できるような市場のポテンシャルがあってもおかしくはない。

――今年は日銀の利上げが予想される…。

 伊藤 これまでの日本の大規模緩和などの金融環境は普通の環境ではなかったと思うが、だからこそドコモのTOB資金を集めることができた面もある。大規模緩和が終了し、マーケットが不安定となった場合に対応するため、特定の金融機関に依存しない体制を整えることも重要だ。日銀の政策次第でCP市場も不安定となる可能性もあるため、複数の金融機関との関係を構築しているほか、海外の金融機関との関係構築も含めて短期の調達のあり方を考えていきたい。ここ最近はUSCPの発行も行った。人数は少ないが海外にも拠点を持っていて、国内外の情報や現地でリレーションがなかった外銀との関係を構築していきたい。今後の市場については、欧米の金利低下と、日銀の政策修正を見比べながら調達していく方針だ。

――エクイティファイナンスやMBOによる非上場化といった選択肢は…。

 伊藤 どちらもNTTグループとしては現時点では現実的ではない。現在は、持ち株会社のNTTが上場会社、NTTファイナンスやドコモはNTTの100%子会社になっている。今議論されているNTT法の改正がどうなるか分からないが、仮にNTTグループが完全に自由になっても、MBOで非上場化するのは自分たちの意思だけでは難しい面がある。また、株の発行はNTT法上、かなり煩雑なプロセスが求められる。2000年12月に1度増資を行った実績はあるものの、現行法では国の認可事項であるため、勝手に増資することができない。NTT法の改正でそういった制約から離れればエクイティファイナンスも選択肢に上がるだろう。

――今後の展望は…。

 伊藤 現在はNTTグループ全体として成長にかじを切っている段階で、それをファイナンス面から支えるのが当社の使命だ。目下の有利子負債の円滑なリファイナンスに向けて、資金調達手段の多様化や複数の金融機関との関係構築に臨みたい。今後の成長投資については、かなり先行投資が重なるのでグループの財務面を懸念される方はいるかもしれないが、将来のリターンを得るためには必要な投資だと考えており、ご理解いただきたい。[B][N]

――実質賃金が20カ月下落し続けているにも関わらず、岸田政権はたった4万円の定額減税を打ち出した…。

 高橋 岸田総理大臣は、総理就任後2年程は財務省の話によく耳を傾けていたが、最近は自我が芽生えてきたようだ。所得税減税についても、最初の頃は岸田総理自身はあまり考えていなかったようだが、安倍派の萩生田氏や世耕氏からのプレッシャーもあって口走ってしまったという様な感じだ。ただ、そこで財務省の顔を立てるかのように旧大蔵省出身で岸田総理のいとこでもある宮澤洋一議員を減税対策の担当に置いた。しかし、減税の実施時期が2024年6月にずれ込んだところを見ると、岸田総理は宮澤氏からもはしごを外されてしまったのではないか。というのも、今回の減税策は先の臨時国会で「今年度の税収の上振れを使って還元する」という形で昨年の年末調整までに間に合わせれば、それなりに良い政策だった。しかも、その方法は補正予算案提出の際に税法改正すればよいだけという、比較的簡単なものだった。しかし、宮澤氏や周囲からはそのような説明をするアドバイスがなかったのだろう。結果として、それが24年の通常国会へと先送りになり、減税の実施時期が遅れてしまった。これは、減税に反対する財務省の嫌がらせだとしか思えない。

――財務省は常に「財政健全化」が第一だ。しかし、現実はGDPが伸びず、実質賃金は下がり、借金だけが増えている…。

 高橋 経済成長を促すアベノミクスは、実際のところ効き過ぎといえる程の結果を残し、税収は増加した。その路線を継続している岸田政権の経済政策は、ある意味、成功している方だと言えよう。今年度の名目GDPも4.4%と伸びている。実質賃金については後からついてくるものであり、そのうちに上がっていくだろう。ただ、岸田総理に少し自我が芽生えて減税を唱えだした時に、財務省を制御できずに、減税が24年度へと繰り越してしまったことは、経済政策として失敗だった。あの時に財務省と対峙してでも年末調整に減税を組み込むことが出来れば、もしかしたら岸田政権の今後は違う展開になっていたかもしれない。年末から速やかに減税政策が実施されるのと、その半年後から遅れて実施される減税では、その効果は全く違う。岸田総理としてはいとこである宮澤氏に何とかして欲しかったのだろうが、そこまで甘くない。慌てて安倍派外しで盛り返しを図ろうとしたが、もはや財務省に見限られた岸田政権は長くは続かない。すでに予算管理内閣になっている岸田政権は、年始の能登半島地震が起きたことで、地震・予算管理内閣となり、他の新規政策など全く出来ないだろう。

――岸田政権が長くは続かないとなると、次の内閣は一体誰が率いていくのか…。

 高橋 財務省としては大宏池会、つまり岸田派と麻生派、そして茂木氏の中で回したいという意図があると思う。その中でも総理大臣を狙える可能性が一番高いのは、財務省の言う事をよく聞く鈴木俊一現財務大臣か加藤勝信氏ではないか。鈴木俊一氏は、現在、岸田派から麻生派に移っており、大宏池会のメンバーの中では打ってつけだ。ちなみに父親の鈴木善幸氏も宏池会出身の総理大臣経験者だ。もちろん、これは財務省の考えであり、政治の中ではまた違う動きになる可能性は大いにある。鈴木俊一氏では選挙の顔にならないという人がいたり、自民党から反対する声が出てくるかもしれない。ただ、今は野党勢力が弱いため、選挙の顔にならなくても多少は大丈夫なのではないか。

――いつになれば政府が財務省を従えて、健全な経済政策が出来るようになるのか…。

 高橋 安倍元総理のような人物が出てこない限り難しいだろう。ただ、安倍元総理が長く舵を取っていた分、今度は財務省が大きな顔をする番だという流れもあるのかもしれない。そして、また、それではいけないという声が大きくなった時に、再び安倍元総理のような人物が出てくる。そういった事の繰り返しではないか。安倍氏の遺志を継ぎたいと立ち上げた日本保守党や、高市早苗氏を担ぐような動きもあるようだが、日本保守党に至っては、立ち上げて間もなく国会議員が一人もいない現状では、大樹に育つにはまだ時間がかかる。参議院選ならまだしも小選挙区の衆議院選挙では最初の数人すら当選させるのは大変な事だ。高市氏については、総裁選に出る事は出来ても自民党の過半数を取ることは難しいだろう。今、総裁選を行えば国会議員だけの票集めになる。そうすると、やはり大きな派閥で票数を持っている人が勝つことになる。安倍派が分裂する可能性がない中で、無派閥の高市氏が総理大臣になるのは簡単な事ではない。ただし、政治資金問題は、無派閥・クリーン・女性の高市氏に有利に働く可能性もある。

――岸田総理は中国寄りで、それが支持率にも影響を及ぼしていると言われているが、今後の対中政策は…。

 高橋 松野元官房長官の後を継いだ林芳正現官房長官は、日中友好議員連盟の会長を務めていた人物だ。外務大臣就任時に米国からの懸念を受けて議員連盟の会長を辞任したものの、当然、中国との友好関係は重要視している。さらに今後、麻生派と岸田派が手を組み次の政権を動かしていくとなると、媚中外交が引き続き行われていく事は間違いないだろう。ここで、台湾有事が起きてくるとどうなるか。恐らく中国は日本の事など何も考えることなく行動し、台湾有事は日本有事になるだろう。その時に、媚中として振舞っていた日本を、米国が助けてくれる事はない。米国は、今、イスラエルに注力しているため、ウクライナからも手を引き、台湾有事にも手を貸すことは無いと思われる。その分、台湾は日本に頼ってくるはずだ。ここで唯一の対抗軸は安倍派だったのだが、その勢力も名声も朽ち果てている。もちろん、安倍派がこのまま黙っているとは思わないが、安倍元総理の自民党時代のように中国にも財務省にも強いような政治勢力は今後1~2年は出てこないだろう。安倍派の解体は対中政策にとっても財務省対策においても痛い話だが、それを岸田総理はやろうとしている。そして、野党の中にも有望株は見当たらない。維新の会は万博の対応に追われ、公明党も自民党を批判し始め、池田大作氏が死去したらすぐに中国に支持を仰ぎに行ったような政党だ。つまり、反中・反財務省派の考えの人たちにとって、今の日本にはどこにも希望がなく、日本の見通しは暗い。しかし、これもアベノミクスの反動と捉える事が出来るだろう。捲土重来し、数年後には新しい政権による、反中・反財務省の考えを持った新しい日本が作られると期待している。[B]

――新年からNISAが恒久化された…。

 岳野 「貯蓄から投資へ」という家計の資産形成支援はこれまでもさまざまな施策が講じられてきた。金融ビッグバンで投信の銀行窓販が解禁され、投信が大きく普及すると期待されたが、さほど伸びなかった。また、金融所得課税の軽減税率(20%から10%)の適用が長らく続いたが、それでも投資家は増えなかった。こうした取組みの上に、14年に英国のISAを参考としたNISA(少額投資非課税制度;積立期間5年)が時限制度として始まった。さらに長期・積立・分散投資という基礎的な資産形成の手法を日本で浸透させるため、18年につみたてNISA制度(積立期間20年)が時限制度として創設され、20~40歳台の資産形成層を中心に大きな評価を得て普及し始めた。証券業界として抜本的拡充・恒久化を要望してきたところ、昨年末の税制改正大綱で実現した。

――大きな前進だ…。

 岳野 国民の資産形成に関して歴史的な前進であると思っている。昨年末に策定された資産所得倍増プランでは、投資経験者を現行の1700万人から3400万人へ、NISAの累積投資額を28兆円から56兆円へそれぞれ倍増を目指している。米国は1980年代に社会保障の目的で確定拠出年金制度(以下「DC」)である401KやIRAを導入・発展させたことにより国民のほぼ半数が加入し、長期・積立・分散投資による基礎的な資産形成が定着した。我が国でも01年にDCが導入された。もっと利用しやすい制度で広く普及していれば、我が国でもDCを契機とした長期・積立・分散投資の定着、「貯蓄から投資へ」が進んでいた可能性はあったが、残念ながら実態はそうならなかった。今年の公的年金の財政検証に併せて企業型DCと個人型確定拠出年金(iDeCo)の改革が行われる。ただ成果が出るにはまだ時間がかかる見通しである。証券業界としては「日本にはNISAがあるさ」という思いであり、NISAによる中間層の資産所得倍増に向けた取り組みを支援することを進めていきたいと考えている。

――課題は…。

 岳野 やはりネックとなるのは国民の皆様の意識、金融リテラシーではないかと思う。成人の7割程度が「投資は必要ない」と考えていることが機会損失につながっていることを看過してはならないと思う。「デフレの時代は預金で運用しておけばよかった」と言われているが、デフレ下においても例えば日経225に連動する投信に積立投資をしていれば、積立預金よりも高いリターンを得ることができた。具体的な試算を申し上げれば1990年1月から2022年12月まで日経平均株価に連動する投資信託に毎月1万円の積立投資をしていれば2022年末で総積立金額(397万円)に対し時価評価額は684万円と7割程度の含み益が得られた。一方、同額を定期預金で積み立てると複利で運用しても元本(397万円)に対し415万円と、わずか5%程度のリターンしか得られなかった。こうした実績をエビデンスとして、長期・積立・分散投資は、基礎的な資産形成手法として有効であることを国民の皆様にご理解いただき、資産形成に関する行動変容を促していきたい。

――金融経済教育の公的機関が創設される…。

 岳野 日証協は金商法の規定に基づき中立・公正な立場から資産形成に関する金融経済教育に取り組んで来たが、どうしても裏側にビジネスがついていると見られがちで、普及にも限界を感じていた。また、他の団体等も分散して金融教育に取り組んでいたので、集約して統合メリット(特に規模の拡大)を追求する余地があった。教育は外部経済効果があり本来、公的な仕事であることから、関係団体を統合してより公的な金融経済教育機関を設立する合理性があった。そこで22年7月の「資産所得倍増プランに対する提言」において、英国の公的機関であるMaPSに習って、資産形成に関する公的な機関の設立を提言した。昨秋の臨時国会で、金融経済教育推進機構(以下「機構」)の設立を含む法案が成立した。機構は金融広報中央委員会の機能を移管・承継し、認可法人として来春に設立され、来夏から本格稼働する予定と聞いている。日証協は金融経済教育事業を移管し大口の資金協力もする予定である。社会人向けに重要なのは職域と地域における取組みである。大企業に限らず全国300万社の中小企業に至るまで職域でファイナンシャル・ウェルネスの取り組みの重要性をご理解いただき、職域単位で基礎的な金融経済教育を提供していくことが重要だと考えている。また、地域においても市町村レベルで家計の健康診断のような取組みを推進していくことが望まれる。金融広報中央委員会の調査では、金融経済教育を受けたことがある人は7%程度で推移している。機構には成人の3割?5割は基礎的な金融経済教育を受けたと答える水準まで高めていただきたい。このため、機構は業務運営にあたり明確なKPIを定めて、PDCAサイクルを回しながらその達成に邁進していただく必要があり、日証協としても機構を支援しながらモニタリングもしていくつもりだ。

――株主資本主義に対する批判が絶えないが…。

 岳野 証券会社は、資本市場の仲介業者として、資本主義の重要な担い手の一部であると認識しており、資本主義の再構築の議論には積極的に参加していきたい。これまでも、格差の実態分析や、株主資本主義からステークホルダー資本主義へといったテーマに関し、政策討議資料(「格差の国際比較と資産形成の課題について」「ステークホルダー資本主義―企業の付加価値分配と新しい資本主義」など)を公表して関係者と対話を進めているところである。上場企業は過去最高レベルの利益を達成している中、賃金が増えず配当金ばかり増えている現象について、その原因が株主資本主義にあるとする見方は、日本企業の収益構造を法人企業統計などで丁寧に見てみれば、基本的には当たらないことがわかる。人件費は国内事業の売上高に連動して安定的に支払われている。伸びないのは国内事業の売上高が低迷していることが原因である。一方、配当金の増加は当期純利益の増加に連動している。プラザ合意以降の行き過ぎた円高局面から、その後の貿易摩擦やサプライチェーンのグローバル展開等の影響もあり、企業は生産拠点を海外に移している。ここで海外の従業員が稼いだ収益が投資収益として営業外利益に計上され、当期純利益が積み上がっている。日本のように企業が生産拠点をこれほどまで海外に移して「投資立国」化している国は無い。

――日本企業の利益のかなりの部分は海外の従業員によるものだと…。

 岳野 国内事業を活性化させて賃上げを可能とすることは重要だが、海外投資収益については、国内の従業員に賃金として支払うことが難しいのであれば、従業員に譲渡制限付きの株式を報酬として支払うという分配の方法がありうるのではないか。これにより従業員は配当所得と退職時の株式売却収入という資産所得が得られる。投資立国化している現在の我が国企業の収益構造を的確に踏まえ、成長と分配(賃上げ及び資産所得倍増)の好循環に向けた取り組みを構築していく必要がある。これが新しい資本主義のひとつの方向ではないか。

――新しい資本主義の考え方や資本主義の再構築の目指すところは…。

 岳野 ステークホルダー資本主義について言うと、企業は、株主のみならず、従業員、取引先、地域とさまざまなステークホルダーを重視し、社会的な存在として行動していくことが重要であるとされている。そうした方向で突き詰めて考えていけば、本当に大事なステークホルダーは国民であり、個人株主であるということになるのではないか。つまり、松下幸之助翁の「一億総株主化の理想」が望ましい姿だということになる。他方、世界における資本主義の見直しの議論は、かつてのアナルコサンディカリズムのように協同組合的な世界を志向する。「エレファントカーブ」で知られる格差問題の専門家ミラノヴィッチ氏は、「資本の所有の分散」によって格差の拡大を防止できるとして、「中間層と金持ちが受け取る収益を平等 にしたいなら、要はもっと株や債券を持つよう中間層を促す必要がある」としている。日本において「資本の所有の分散」を実現するための具体策が、NISAの抜本的な拡充・恒久化であり、株式報酬等の利活用促進である。 こうしてみてくると、「三方良し」の伝統がある日本発の「一億総株主化の理想」と世界の格差問題の専門家の言う「資本所有の分散」は、同じようなひとつの世界を目指していると思われる。個人的には、これが資本主義の再構築の方向だと考えている。[B][X]

――日本はここ10年、国債の大量発行を続け、国債残高は約2倍近くに膨張したが、GDPはわずかしか増えず、実質資金に至っては大幅に減少している。これについて思う事は…。

 藤井 それはGDPが成長していないことの必然的帰結であり、GDPが成長していない理由は国債発行規律を設けているからだ。多くの人がそれを理解してないから、国が、財政が混乱している。そもそも、「国債の大量発行を続けている」と言うが、国債発行が全く足りないからこうなっている。これを理解していない人が多いため、これだけ日本の経済が低迷し、挙げ句に財政が悪化している。詳しく説明すると、先ず、成長とはGDPの拡大だ。GDPとは、民需と官需からなるもので、デフレになると民需が減る。つまり、誰も消費も投資もしなくなり、企業の内部留保だけが増えていく。デフレとは需要(民需+官需)に比べ供給が多いことによって生じるものであり、ここで、需要(民需+官需)より多い供給状況の出現→デフレの発生→民需の縮小、という流れになる。この時点で政府が国債発行規律を設けずに「GDPが拡大するまで国債を発行する」(すなわち、需要が供給を上回るまで国債を発行する)というルールを持っていたとすれば、民需が縮小しても官需が拡大できるため、トータルでGDPは拡大するだろう。そしてそうなれば、マクロ経済状況が「デフレ」から「インフレ」へと転換することになる。そうなれば後は自動的に、政府支出を(デフレに陥らないように適宜)縮小させていっても、民需が自動的に拡大していくことになる。つまり、デフレから完全に脱却する事になる。しかし、一定程度の赤字は許容しつつも「GDPが拡大するまでの国債発行はしない」という中途半端な財政規律で財政を運営すれば、GDPは拡大せず、デフレが延々と継続することになる。日本は、1997年以降、こういう中途半端な財政規律を設けるようになった為、下記のグラフにしめされている用に、日本だけ、全く成長できなくなった訳だ。

――政府が国債発行規律を守っていたことが、日本のGDPが成長しない理由だと…。

 藤井 仮に政府がPB黒字化規律を完璧に守っていたら、日本のGDPは横ばいどころかさらに縮小していただろう。しかし、緊縮財政派は、「借金が増えると、将来、日本政府が破綻するかもしれないから、おカネを使わないでおこうと考える人が出てきて、消費が減る」というロジックを持ち出し、「成長が停滞しているのは、借金が増えたからだ」と強弁する。これに対し、下記グラフ(実質消費の推移)からも明らかなように、借金が増えたから消費が低迷したという効果は観察できず、観察できるのは(リーマンショックや東日本大震災に加えて)消費増税をする度に、実質消費が大幅に急落するという事実であり、消費増税によって消費拡大率が下落し続けているという事実だ。つまり、消費税増税が消費を縮小させている。ただし、消費税増税のインパクトは、そうした瞬間的な消費下落だけではない。このグラフに示されている通り、「消費の伸び率」それ自身が大きく下落している。その結果、消費税増税の消費下落効果は、時間が経てば経つほど、累積的に巨大化していくことになる。そして、消費増税が行われたのは、財政規律を守るためであり、国債発行額の抑制のためだ。国債発行額の抑制規律は、消費増税と共に予算カットを促す。それにより、国債発行抑制の規律(1997年に導入された赤字国債発行額の上限規制、後にPB規律)→消費増税と不十分な予算拡大→消費の縮小(=民需)の縮小→需要(民需+官需)より多い供給状況の出現とデフレの発生(1997)→民需の縮小と官需の不十分(中途半端)な拡大→未成長→収入の低迷とGDPの低迷→債務対GDP比の拡大、という流れが起こった。つまり、デフレから脱却できるまでの十分な財政出動(消費減税含む)があれば、官需が十分に増え、デフレが終わり、GDPが拡大し、そして、債務対GDP比が改善していくことになることは、以上の分析結果から明白だ。

――日本の予算執行構造をみると、与党自民党はいわゆる利権政治、中央官庁は「省あって国なし」の状態であり、予算を効率的に使える体制とはとても言い難い。そうした構造である限り、国債を大量に発行していわゆる積極財政を推進しても、非効率的な体制が強まるばかりで、経済成長にとっては逆効果となる可能性が高いのではないか…。

 藤井 「中央官庁は『省あって国なし』の状態であり、予算を効率的に使える体制とはとても言い難い」と言える根拠があるとは思えない。官僚組織には、ダメな所はあるが、いいところもたくさんある。予算に柔軟性がないのは大問題だと思うが、各省庁は、本当はやらなければならないことが山積なのにPB規律等があり、一旦削ってしまうと二度と増やすことが出来ない状況にある。だから各省庁、ならびにその各部局は必死になって現状の予算規模を守ろうと必死になる。結果、予算が硬直化してしまうわけだ。しかし、PB規律がなく予算に柔軟性がでてくれば、そうした各省庁の硬直化した態度も緩和し、特定項目を減額する余裕も出来るだろう。別の言い方をするなら、予算執行構造を問題に「国債を大量に発行していわゆる積極財政を推進しても、非効率的な体制が強まるばかりで、経済成長にとっては逆効果となる可能性が高い」というようなことをいって、国債発行しようとしないから、硬直化しているのではないか。実際に、PB規律がない他の国は硬直化してない。

――民間企業はデフレに対応してコストカットを余儀なくされ、ダウンサイジングが出来るが、国家予算はデフレだからといって逆に拡大する。このため、「本来経済のサイズに合わせコストカットしなければ調和がとれない程に財政が肥大化してしまい、日本経済全体の効率を悪化させる」という意見があるが…。

 藤井 そんな事を言っている人がいて、そういう人が実態的な権力を日本で持っているから、予算が必要な水準にまで拡張できずにデフレが続いており、終わりが見えない。それは、最初の質問にお答えした通りだ。また、デフレ下における日本政府の経済政策について「政府の合理化によって生まれた余剰金を減税という形で還元する」という様な論を唱える人もいるが、この言説の前提はPB黒目標、というものだ。もちろん政府はもっと合理化した方がいいに決まっているが、合理化しなくても、今のままの政府でも減税は出来る。繰り返すがそもそも日本のデフレ現象の原因が、消費税増税とそれを導いた国債規律であることは、上記のデータを見れば誰でも分かる筈だ。

――「ワイズスペンディング」を促すためには、所得税や消費税の減税はもちろん、国家の長期的かつ合理的な経済計画を策定し推進するかつての経済企画庁のような組織と、コストカットのための会計検査院の独立性と体制強化が必要だと思うがいかがか…。

 藤井 それは大いに賛同する。財政規律の王道は、今の日本政府のPB規律のような「緊縮的かつ機械的な国債の総量規制」ではない。「内容の査定」と、「適切な成長を前提とした国債の総量規制」だ。優秀な成長企業は、どこでもそうやっている。かつての財務省(旧大蔵省)は、「内容の査定」に今よりもより多くの労力をかけており、その結果、その能力が高かった。しかし今は、PB規律に拘る余り、「内容の査定」にかける労力は縮減し、その帰結として、査定能力も下落してしまった。これがさらなる「非ワイズスペンディング」状態を導いている。PB規律に過剰に拘ることを辞めれば、財務省の内容の査定能力が向上すると同時に(先に指摘したように)各省庁の予算についての硬直的態度が緩和し柔軟化し、ワイズスペンディングが一段と向上することは明白だ。一方で、PB規律(つまり、「緊縮的かつ機械的な国債の総量規制」)に過剰に拘るのではなく、物価上昇率が2~3%程度、名目成長率が4~5%、実質成長率が2~3%となるような範囲の量の国債発行を目指す「適切な成長を前提とした国債の総量規制」に政府の財政規律を転換すれば、論理必然的にデフレは脱却し、成長することになる。一般に経済学では、そういう財政態度を肯定する理論は「帰納的財政論」と呼ばれるが、この考え方に基づいて国債発行額を調整するわけだ。国債発行額を増やせば、物価上昇率も名目・実質成長率も向上し、国債発行額を減らせば、下落する。この当然の因果律を踏まえつつ、毎年毎年、適正な国債発行額を推定し、その推定に基づいて財政規模を調整するわけだ。今日のPB規律はそうした適切な国債発行額の水準の調整を禁止しており、その結果、デフレ(現状においては、スタグフレーション状況)の継続を導き、貧困、格差が拡大するのみならず、財政健全性が激しく毀損してしまっているのだ。つまり、デフレ脱却、経済成長のみならず財政健全性を確保するため、そして、政府の財政のワイズスペンディング性をより向上させるために、PB規律を解除し、より柔軟な国債発行額の総量規制を図るべきだ。[B]

――日本は米国、インドネシアに次ぐ世界3位の地熱資源量があると言われているが、その開発は進んでいない…。

 高原 地熱エネルギーは天候に左右されることのない安定的で優れた再生エネルギー源だ。しかも、農業や養殖等への副次的な利用方法もある。他方で、地熱エネルギー資源の利用を発展させるためには、温泉事業者を始めとする地域住民の方々の理解を得る必要がある。これは地熱発電に限ったことではなく、原子力発電の開発と同様に、非常に難しい事だ。そのため、地熱開発事業者と地域住民や温泉事業者の方々は、地元の協議会等を通じて、しっかりとコミュニケーションを図りながら進めている。中でも地域住民や温泉事業者が注視しているのはモニタリングだ。水位が下がっていないか、温度が下がっていないかという事について地熱開発事業者は最大の注意を払い、そういったデータを逐次提供している。また、それに伴う地熱発電用の損害賠償保険も発売されている。これは地熱開発に伴う周辺温泉への影響等のリスクを担保するための保険だ。

――地熱開発におけるJOGMECの役割は…。

 高原 我々は各開発ステージにおいて、調査のための助成金や、探査をするための出資、また、発電所の開発や建設資金に関する債務保証等の支援を行っている。また、JOGMEC独自の調査として、昨年度と一昨年度は、特に地熱資源ポテンシャルが高い自然公園内について地質調査を行った。また、今年9月には大分県由布市で地熱シンポジウムを開催した。大分県は日本一の源泉総数と温泉湧出量を誇る温泉地だ。そこに「ハゲタカ」や「マグマ」といったドラマで有名な小説家の真山仁氏を招き、ご挨拶いただいた。地熱利活用の事例や地熱の持つポテンシャルについて各分野で活躍する関係者が議論し、同時にこれからの日本を担う子ども達にも、地熱をより身近に感じてもらうための学びの場も提供した。今年度の地熱資源量調査及び理解促進のための予算は100億円、技術開発予算10億円、国内出資予算が5億円となっている。

――地熱資源は原発22基分の潜在エネルギーがあるとも言われているが…。

 高原 地熱資源ポテンシャルについては、単純計算で原子力の約20基分に相当するポテンシャルがあると言われている。ただ、地熱発電は火力発電や原子力発電と違って、特定の地域に存在し、それを地域住民の方々の理解を得るとともに、共に利用するというものだ。性格自体が違う為、その比較は出来ず、地熱資源ポテンシャルが多く存在するからと言って、安易に開発を進めれば良いという訳にはいかない。先述したが、開発するためには地元の方々の理解が欠かせず、物事を丁寧に進めていく必要がある。さらに、地熱発電所を建設したとして、その1基から出力される発電量は、例えば日本最大の大分八丁原発電所で11万キロワット程度と、原子力発電所の約130万キロワットや火力発電所の約50万キロワットに比べてはるかに少ない。地産地消のエネルギーではあると思うが、1基当たりの発電量が少なく、規模性は大きくない。

――太陽光発電においては、森林を切り崩して自然を破壊し土石流の危険を生み、そのうえ発電量は都会に取られてしまうということで、地元住民の反対が高まっている…。

 高原 そもそも完璧なエネルギー資源というものは存在しない。そのため、太陽光発電と地熱発電のどちらが優れているか、劣っているかという単純な比較や整理は出来ない。太陽光発電は2009年にFIT(固定価格買取制度)に入ったことで爆発的に伸びたが、それは地熱発電には当てはまらない。買取期間が15年と短すぎるからだ。ただ一つ言えるのは、地熱発電は石炭や石油などの化石燃料を使う発電方法に比べるとCO2排出が少ないクリーンエネルギーだ。そのため、環境省もかなり前向きに地熱発電の促進を進めている。同時に調査構想も広げたいところだが、日本のエネルギー事情を鑑みると、原子力発電と同様に将来的にいくつかの不安要素があることも否めない。地熱の良さをとらえながら着実に進めていく事が肝要だ。

――日本で期待される地熱発電所の建設地は…。

 高原 先ずは火山のある場所として、北海道や東北は地熱発電所の建設に適地といえるだろう。或いは九州も良いかもしれない。ただ、JOGMECは基本的に申請されてきたものを受ける側であり、開発地や建設地を決めるのは事業者だ。我々としては、支援面でのメニューを絶やすことなく、これまで溜めたノウハウを反映させながら、一歩一歩、確実に進めていく事が大事だと考えている。地熱開発事業者については、自治体のみならず電力会社や石油開発会社など、様々な事業者があって良いと思う。予算については、地熱理解促進活動などのソフト面についても注力していくつもりだ。発電量については、現在の約60万キロワットの設備容量を2030年までに約150万キロワットまで上げていく事を政府目標に掲げている。そのために、海外の地熱大国から、国内で不足する技術・技能を獲得し、国内の地熱開発に還流させることも重要となってくる。

――JOGMECが今特に注目している資源と、その取り組みについて…。

 高原 エネルギーの安定供給の観点から述べるのであれば、全ての資源の確保は重要だ。一方で、2050年カーボンニュートラル宣言を受けて、JOGMECはエネルギーの安定供給だけではなく、脱炭素に向けた取り組みも求められている。昨年5月にはJOGMEC法の改正により、水素・アンモニア、CCS(二酸化炭素回収・貯留)の出資・債務保証業務、洋上風力の調査業務の機能が追加され、JOGMECがカーボンニュートラルに貢献していくことが明確に示された。石油・天然ガス、石炭といった化石エネルギーも、エネルギートランジションの中では引き続き重要な資源であり、CCS等の脱炭素技術との組み合わせによりネットゼロに組み込まれていくべきものと考えている。最近では、カーボンニュートラル社会実現に欠かせない電気自動車向けバッテリーメタルに必要なコバルトやニッケル、リチウムなどの重要鉱物に対する関心が高まっている。昨年には、JOGMECのリスクマネー支援機能を強化したほか、JOGMEC法改正で国内の選鉱・製錬事業への支援が可能となった。また、重要鉱物に関する助成金事業も開始している。

――今後の抱負は…。

 高原 我々が扱っているのは地熱だけではなく、他の再生エネルギー資源や金属もある。そういったものを組み合わせて、資源の安定供給の確保に努めていく。特に、グリーン市場は新しい環境制度として注目されている。カーボンニュートラルとエネルギーの安定供給をどのようにバランスを取っていくかについて、欧州型や米国型等、考え方は様々あるが、しっかりと整ったモデルはまだない。現在、ロシア・ウクライナ戦争による石油危機が世界中で起きている中で、安くて効率的な供給をどのように組み合わせる事がベストなのかをしっかりと考え、着実に今後の日本の資源供給に反映させていきたい。[B]

――株価がバブル期以来の高値を付けているが、その買い材料は…。

 前田 今年は個人投資家が例年になく活発に動いており、売買高は11月第2週までで年間売買高の過去最高記録を更新した。これは、今まで株を塩漬けにしてきた投資家たちが含み損がなくなったり利益が出たりして売ってしまい、新しく持ち手となった投資家たちも強気になっているためと見ることができる。岸田政権の「資産所得倍増計画」などが作り出したムードも、それらの政策自体はどこまで信じていいか分からない内容だが、影響を与えているだろう。また、一つの見方として、今年4月に米著名投資家のウォーレン・バフェット氏が来日し、日本株への追加投資の検討を表明したことによって、海外投資家の買い越しが発生したと言われている。とはいえ、海外から資金がどっと入ってきているという感覚はまだない。中国株から日本株へのシフトが起きているとする声もあるが、一部の市場関係者のポジショントークだと感じてしまう。80~90年代を振り返ると、当時の世界の機関投資家は「ジャパンデスク」と呼ばれる部署を作り、日本株の専門家を雇って日本企業を分析し、日本株のウエイトをどうするかということを真剣に考えていた。しかし、今となっては日本株の専門家などはいわゆる絶滅危惧種だ。現状、外国人投資家においては「話題になっていたから試しに買ってみよう」という需要が中心なのではないか。

――バフェット氏はなぜ日本に興味があるのか…。

 前田 バフェット氏による日本株投資が初めて明らかになったのは20年8月、日本の5大商社の株を5%ずつ取得したことが公表された時だ。はじめは不思議に思ったが、米国株のリスクをヘッジするために比較的割安でまとめて買える日本株を選んだのだろう。バフェット氏は投資の秘訣を「吸い殻投資」だと表現したことがある。道端に落ちているタバコの吸い殻は多くの人から見向きもされないが、それを拾って吸えば一服の清涼感は味わえる。それが投資の秘訣だとしたうえで、日本株は「吸い殻投資」にも値しないということをかつて彼は言っていたが、「吸い殻投資」くらいには値するようになったのかもしれない。もう一つ考えられる理由は、バフェット氏は金利の安い円で調達してその円で投資し、円安が継続するリスクをヘッジしているため、日本株が高くなればその分だけ儲かることになるということだ。

――バフェット氏は「投資の神様」と呼ばれているが…。

 前田 本屋に行くと「バフェット氏が次に狙う日本株はどれだ」という本がたくさん並んでいる。私にもオファーが来たがお断りしたところ、改めて「バフェット氏という虚像」をテーマに執筆を頼まれ、『バフェット解剖 世界一の投資家は長期投資ではなかった』(宝島社、23年10月10日発売)を書いた。「バフェット氏が買う銘柄を買えばうまくいくんじゃないか」と期待する個人投資家もいると思うが、そうとは限らない。まず、バフェット氏が機関投資家としてこれまで買ってきた200以上の銘柄について、S&P500と比べて勝ち負けを見ると、負けている方が多い。また、同氏が代表を務めるバークシャー・ハサウェイの運用益はほとんどアップルに支えられている。16年の1~3月期に初めて買って以来出資額を拡大し続け、今では累計利益の7~8割を占めており、アップル株を除いた成績は判断しにくい。加えて、バフェット氏は「割安株の長期投資家」としてよく説明されるが、実は1銘柄の平均保有期間は3.8年とそれほど長くない。本当に長期保有している銘柄はコカコーラ、アメリカン・エキスプレス、ムーディーズくらいだ。バフェット氏も普通の投資家のように苦労して成功も失敗も経験してきているというのが、調べれば調べるほど実像として見えてくる。そのような実像をしっかりと見ないといけない。バフェット氏が買ったからと安易に買うのは危うい。そもそも、誰かが買ったから買うというのは投資ではない。あくまでも自分の頭で考えて自分で買うべきだ。

――NISAの制度改正などが注目されているが、日本の株式市場のここ30年のパフォーマンスは極めて良くない…。

  株価は一部大企業の銘柄で上昇したことで全体的に上昇しているように見えるが、まだ低迷している会社の方が多い。89年末に買って今まで持っていたとして、配当込みで利益が出た銘柄は半分足らずと考えられる。半分以上の企業の株は配当を足しても投資元本に届かないだろう。一方で、金融庁は、株式市場が右肩上がりで成長するという前提でNISAをはじめとした制度を組み立てている。それは金融庁のウェブサイトでの説明の仕方にも表れている。例えば、積立投資のシミュレーションのページ(https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/moneyplan_sim/index.html)を見ると、初期設定で利回りが3%と仮定されている。成長率3%というのは今の経済情勢では難しい数字だが、投資に詳しくない人が「投資すれば3%ぐらいは利回りがあるんだ」と誤解しかねない。また、分散投資を勧めるページ(https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/knowledge/basic/index.html)も正確さに欠けている。10年間、3つの資産に分散投資した結果のイメージのグラフが掲載されており、毎年値段が動いても3つ合わせれば元本割れにならずに10年目には儲かっているという数字が書いてあるが、それほど簡単な話ではない。3つの資産のリスクとリターンの関係は株価の変動から計算して数字で表すことができるが、持っていて元本割れにならないという保証はない。どちらの例でも都合のいい数字だけを持ってきている。

――来年1月1日からNISAの非課税投資枠が拡大する…。

 前田 金融教育と制度の整備はセットであり、金融教育については今まで何も行われていないことが問題だ。例えば、金融庁の担当者はセミナーなどで全世界株式型インデックス投信への集中投資を勧めることがあるが、これは適切な説明ではない。全世界株式は「銘柄分散」であって資産分散とは異なるため、貯蓄できるお金をすべて全世界株式型インデックス投信・積立投資に振り向けるのは正しい資産形成とは言い難い。行政官庁として新しい政策の実績を上げたいのだろうが、マクロの数字を動かすことと国民一人一人に資産形成を促すこととは別の話だ。また、そもそも新NISA自体にも問題がある。まず本来、税制は個人のいろいろな資産運用の考え方に対して中立でなければいけないが、現状はそうではない。いろいろな金融資産・商品のうち非課税になるのは株式と株式投信だけで、個人の資産運用にはいろいろな選択肢があるにもかかわらず、課税と非課税の差があると偏りが生まれやすく分散投資しにくい。金融庁には「公平・中立・簡素」という税制の基本をしっかり守ってもらいたい。ほかにも、投信のなかでも非課税の対象にならない投信もあり、ルールが細かすぎることも問題だ。例えば、なぜ新NISAでは毎月分配型投信が枠内で買えないのか。「分配されたらお金を使ってしまって資産形成につながらない」という金融庁の説明は余計なお世話だし、毎月分配型はダメでも、隔月分配型投信ならばOKというのもおかしい。こうした問題点も含め、日経プレミアシリーズから出版した『株式投資2024 新NISAスタート、大転換を読み解く』(日経BP、23年11月10日発売)では、さまざまな角度から個人投資家に知っておいてほしいことを書き込んだ。政府が推進している「貯蓄から投資へ」の政策はいろいろな意味で「偏って」おり、うまくいくのか甚だ疑問だ。

――長年にわたり日本の株式市場のゆがみが指摘されている…。

 前田 40年間、私が見る限り、ずっと同じ議論がなされている。「日本は預貯金大国で、お金が証券市場に入ってこないから活性化しましょう」という話が時々出てくる。活性化するといっても当局には知恵がない。証券業者に知恵を出させてもっともらしい活性化策をまとめるが、それで何かが動いたということはほとんどない。今は証券市場の制度を考える前に、どんどん国民の実質賃金や貯蓄が減ってきていることを直視しなければならない。NISAの制度改正で飛びつける人は大企業に勤める人だけで、「そんなの関係ない。何かやってるらしいね」で終わる人が大半だろう。年間360万円の枠があっても「360万って言ったってどこにあるの?」という話で、証券会社のなかでも制度改正に首をかしげている人が結構いるようだ。制度だけをいじっても仕方がなくて、国自体がもっと成長しなければいけない。また、制度についていえば、個人投資家が機関投資家より不利な仕組みを変える必要がある。例えば、法人は損益通算ができるのになぜ個人はできないのか。財務省は昔のように個人の株での所得と給与所得との損益通算を可能にすることを嫌がっているようだが、株で得をしたときに税金を取られるなら、損が出たときには税制措置をしてもらわないとつじつまが合わない。税制上は企業のほうが勝てる計算になり、個人の参入を締め出しているようなもので、公平性に欠ける。関連して、個人投資家が買えない金融商品が多すぎることも問題だ。物価連動国債や超長期国債、ほとんどの社債は個人には買うことができない。個人投資家は、博打みたいなことをするか、非課税枠ですごく安全なことをするか、どちらかの選択肢しか選べない。こんなことで金融投資教育ができるわけがない。もっと個人に門を開いた税制改正と商品設計が必要だ。[B][L]

――人権侵犯についてのマスメディアの報道では、実際に何が起こっているのかよく分からない…。

 杉田 概略すると、7年前に書いたブログを人権侵犯だと法務局に申立てがあり、人権侵犯の認定が出た。しかし、そのブログは既に削除しているもので、議員当選後の政務官時代に政府の方向性と一部異なる部分があったうえ、差別のつもりはないが傷ついた人がいると聞き、謝罪をしていた。ただ、私が今使っているアメーバブログに掲載している部分は削除できたのだが、それ以前に使っていたLivedoorブログというプラットフォームに掲載していた分はパスワードも忘れていたので記事が消えずに残ってしまい、その記事を探し出して札幌法務局と大阪法務局に申し立てが行われ、各法務局から人権侵犯の認定を受けた。

――人権侵犯の認定を受けた結果どうなるのか…。

 杉田 各法務局が申し立てを受理すると、人権の委員会のような場で審査をして、人権侵犯を認定するかしないかを決める。人権侵犯の認定は、行政処分ではなく行政措置というものなのか、何の法的効力も持たないし私に指導があるわけでもない。人権侵犯という手続き自体がよくわからないもので、私に対するヒアリングすら行われていない。しかも、この手続きはすべて非公開で行われ、判断した人物や判断基準、結果も非公開だ。法務省に問い合わせても、「そういう認定がされたかされていないかも含めて非公開なので、何もお答えできません」という答えしか返ってこない。このため、本来ならば外部に漏れるはずはないのだが、申し立てした人は結果の通知をもらうので、そこからマスコミに流れたのだと思う。マスコミは私が何か罪を犯したかのように人権侵犯の認定について書き立てているが、これは行政処分でも裁判所の判断でもない非公開で行われた手続きなので、私は申し立てについて反論することも名誉棄損で訴えることもできない。

――やはり今の司法にはさまざま問題がある。アイヌ施策への批判については…。

 杉田 政府は来年度のアイヌ施策として、66億円を予算要求している。しかし、わが国ではアイヌの定義すら決まっておらず、予算はアイヌ側の言い分通りで何の検証も行われていない。予算を付けること自体は仕方がないことで、2008年に国会がアイヌは先住民族だと衆参両院の全会一致で決議しており、日本は世界中に対してアイヌは先住民族だと宣言した。日本は国連と人種差別撤廃条約を結んでいて、この条約のなかで先住民族政策について定められており、条約に基づいて観光施設ウポポイを作り、アイヌ民族に対して優遇措置を実施したり、言語を残すために教科書に盛り込んだりしている。本来であれば予算を付ける以上さまざまな角度から検証を行うべきだが、こうした利権や補助金などに対して疑念を申し立てること自体が差別であると言われてしまうので、行政はおろか政治家もこの問題にメスを入れることができていない。

――これでは、「公金チュー」は言い得て妙の表現ではないか…。

 杉田 私はむしろ、補助金をもらっているにもかかわらず、その団体が反日活動をやっているのがおかしいと考えている。貧困女性を救うといって東京都から補助金を受け取っていたColabo(コラボ)という団体が実際にやっていたのも、訪れた女の子を韓国に連れて行って慰安婦デモに加担することや、沖縄の基地に連れて行って座り込みに参加させることなどで、そういった反日活動に私たちの税金がつぎ込まれている実態を正しく認識すべきだ。この点、私はいつも国の体質を表す例として、国勢調査を挙げている。私は市の職員だったとき国勢調査を担当していたが、市で委託する調査員が各家庭を個別訪問すると拒否される場合も多く、拒否された場合の対応について市役所に相談が寄せられた。そこで国に対して「拒否された場合どうしたらよいでしょうか」と質問すると、国からは「日本国に拒否は存在しません」と返ってくる。なぜなら、国勢調査は統計法に基づいて施行されていて、統計法には、拒否すれば罰金か禁固という罰則があるが、日本全国どこを探しても国勢調査を拒否して罰金を科された例はない。そんなことをしていたら警察がいくつあっても足りないので、国はそのことに蓋をして拒否自体を無いことにするのだ。つまり、国も都も不都合なことは見て見ぬふりをしている。

――LGBTの問題を含め少数の人の権利を尊重しすぎるあまり、社会が混乱し社会的損失が大きくなっている…。

 杉田 スタンダードを作ることが差別といわれていることが問題だ。スタンダードがあるうえで例外があって、その例外を差別しないようにすることは理解できるが、スタンダードを作ること自体が差別だと言われると何もできなくなる。LGBT理解増進法のようなおかしな法律が出来上がってしまったのは、言葉を選んで話さなければならず、本質の議論ができないことが根本的な要因だ。本質の議論をすることができないので、政策が変な方向にいってしまい、変な社会が出来上がりつつある。また、第三者が客観的に判断できないような事例が増えてきていることも大きい。例えばセクハラで、同じことをAさんとBさんが言っても、本人の受け止め次第によってAさんはOKでBさんはセクハラに該当するようなケースがある。第三者がそういうのを判断することはできない。DVでも、身体的なDVなら傷害の有無で判別ができるが、心理的なDVは第三者から見て判断ができない。パワハラも同じで、今晩あなたは残業をしなさいと命じただけでパワハラと訴えられる可能性があるが、もし裁判を起こされたらと思ったら、会社は社員に対して何も指導ができなくなってしまう。これら全てに共通していることが、第三者が客観的に見て判断ができないことについて、ある一部の人達の権利を広げようとしていて、言ったもん勝ちの社会になってしまっている。

――外国人労働者の問題を含め、少数の利益を過度に尊重するあまり大勢の利益がないがしろにならないよう、日本国を導いていかなければならない…。

 杉田 国家について考えるときにわが国が他国と違う点は、国家は必要ないと訴えるリベラルな人達や愛国心が危ないと思っている人達が存在することだ。むろん多くの国でリベラル勢力はいると思うが、大半は最低限の愛国心を持っていて自国を守ろうと思っており、ちょっと立ち止まって考えることができる。今の日本のままで、まずは日本人の人権を守っていこうと立ち止まって考えることができるか疑問だ。また、マスコミや学校教育が変わっていないので、一層難しい面がある。こうした私の話もテレビや新聞では連日叩かれているが、インターネット上では好意的な見方も広がっている。しかし、未だにNHKのニュースを見て朝日新聞を読んでいる人が国民の多数派だ。テレビは視聴率1%でも100万人が見ているが、例えば政治を扱うYouTubeチャンネルでは1万回再生されれば良い方で、テレビで報道されていることをインターネットで打ち消していくには相当の労力がいる。本来ならば放送法は、1つの事象に対して色々な角度から見て、賛成意見も反対意見も両方採り上げなくてはならないと定めているが、放送法には罰則がなく、守らなくても何も起きない。さらに、日本は意見が一方向に傾きやすい。例えば同性婚を考えると、「私は違うけど困っている人がいるのなら同性同士で愛し合って結婚できるようにしたらいいんじゃないの」と、ふわっとした考えの人が多いだろう。そういう人は同性婚に賛成か反対かで言えば賛成で、したがって賛成が多数派になり、法律が可決される。同性婚なら問題はないかもしれないが、すべてにおいて一部の少数派の権利を守るあまり社会が混乱することにつながりかねず、悪用する人が現れるだろう。今まで蓋をしてきた問題が噴出しているが、何がわが国のためになるのかを正しく見極めていく必要がある。[B][N]

――10月の年次総会でIMFの増資ファイナンスがまとまった…。

 岡村 年次総会開催地にちなんで「マラケシュの奇跡」と呼んでいる。加盟国の利害が錯綜する大変困難な情勢の中で、増資の実現は到底無理と思われていたからだ。IMFのファイナンスを担当するDMDとして私は中立的立場にあったが、IMFにとっても日本にとっても、考え得る限りおそらく最善の結果を得ることができた。本件は、中国の台頭著しい国際社会で日本のプレゼンスを維持するための戦いの最前線で、今何が起こっているかをお伝えする好例であると考えた。

――そもそもクォータとは…。

 岡村 IMFの活動は3本柱で、1つ目は政策助言、2つ目は資金融資、3つ目は能力構築支援だ。このうち中核的なものは資金の融資で、その原資は各加盟国がIMFに払い込んだ資金だ。IMFは世界銀行のような「銀行」ではないので、マーケットから資金を調達して貸し付けるのではなく、加盟国が出し合った資金を相互に融通する仕組みとなっている。各加盟国がIMFに払い込んだ資金のことを、その加盟国が保有する共有持分という意味で「クォータ」と呼んでいる。銀行であればキャピタル(払込資本)だ。このクォータ資金の規模は、約6500億ドル(100兆円程度)だ。加えてIMFは、必要が生じた際に加盟国から資金借入を行う取決めを予め結んでおり、これらを原資として、資金の貸付(相互融通)を行っている。一定のバッファーを確保したうえで、IMF全体の貸出可能な資金の規模は約1兆ドル(150兆円程度)だ。

――IMFはクォータを基礎とする機関といわれるが…。

 岡村 IMFがquota based institutionと言われるのには、大きく3つの意味がある。第一は、クォータ資金が貸付原資の中核をなしているという点だ。ただし、2010年以降クォータの増資が行われていないため、貸付原資に占めるクォータ資金の割合は現在4割程度まで低下してしまっていることに注意が必要だ。第二の意味は、各加盟国がIMFの資金を利用する際の金額や金利などの条件が、自国の「クォータ比何%の金額まで借りられる」、「クォータ比何%までは金利何%」というようにクォータを基準に設定されている点にある。

――クォータシェアがIMFでの発言権にも直結する…。

 岡村 第三の意味は、加盟国にとってさらに重要で、IMFで意思決定をするときの投票権や発言権がクォータシェアを元に決められていることだ。国連のような一国一票ではない。1944年に米国主導でIMFが設立された当時、米国のクォータシェアは35.9%で、70%の特別多数決による重要な意思決定への拒否権を握っていた。米国は、IMF創設以来ずっと、重要な意思決定事項に対する拒否権を持ち続けている。というのは、米国のシェアは現在17.4%だが、加盟や持分変更など重要な意思決定には85%の賛成が必要と、米国単独で拒否権が成立するような仕組みが作られているからだ。

――欧米主導で始まったIMFの中で、日本のこれまでの歩みは…。

 岡村 日本は1952年に旧敗戦国としてIMFに加盟したが、当時のクォータシェアは2.9%で第9位だった。IMFでは原則5年ごとにクォータの規模やシェア配分を見直すが、加盟以来、日本は、クォータは世界経済における比重の変化を反映しなければならないと訴え、欧米からアジアへのクォータシェアの移転をリードしてきた。日本のシェアは、1952年の2.9%からクォータ増資のたびごとに増加して、1990年に5.6%でドイツと同率2位、1998年に6.3%で単独2位となり、今に至っている。

――しかし、最近では日本の経済力は落ちている…。

 岡村 現在の日本のシェアは6.5%で第2位だが、第3位の中国が6.4%と肉薄している。2010年12月の第14次見直しの結果、日本と中国のシェアの差がわずか0.1%になった。これまでの増資では必ずシェアの再配分が行われていたので、次に増資をすれば逆転必至ということだ。既に中国のGDPは日本の4倍に拡大しているので、日中順位の逆転は次回増資で起こって当然のことと考えられていた。そして前回、2019年の第15次見直しでは、クォータ増資は無し(従って日中逆転無し)で、必要な際に加盟国から借入を行う資金枠組みの規模を倍増して対応するという結論で凌いだわけだ。中国がかつての日本のように経済力に見合うクォータシェア増加を求め、対する日本は国際社会での責任を果たすことが先決と、かつて日本からシェアを守っていたヨーロッパの老大国と同様に、シェアを守る立場に立たされている。

――今回の第16次増資の議論の背景は…。

 岡村 2つある。1つ目は、危機の連鎖(コロナ、ウクライナ戦争やそれに起因する食糧危機、気候変動、干ばつや洪水の多発、中東での紛争、等々)により、各国の資金需要が飛躍的に増加していることだ。クォータ増資をして、IMFが機動的に対応できる資金基盤を増やす緊急の必要があった。2つ目は、存在感を増したグローバルサウスが、IMFが旧態依然として先進国の道具であることへの批判を強め、自分たちのための組織を作る方向に動いていることだ。中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が一例だ。

――結局、第16次見直しはどんな結果になったのか…。

 岡村 シェアの変更は行わず、各加盟国が今持っているクォータの金額を比例的に5割増資することを決めた。総会の時点では増資規模は明示せず、11月初めの理事会で5割増資と決定した。現在、12月15日期限で各国総務の投票に付しており、85%の特別多数決で5割比例増資の総務会決議が有効となる。争点だったシェアの再配分については、増資合意を期限内に得るために、今回再配分は行わず「継続協議」で決着した。シェア再配分へのコミットメントを継続し今後の道筋を示すため、どのようなルールでシェア配分をするかのアプローチを25年6月までに決めるという「フォワード・ガイダンス」付きの継続協議だ。シェア再配分の合意期限設定ではなく、シェア再配分の方法論についての合意期限設定であることがポイントだ。IMFのクォータ資金増強の緊急の必要性を優先した現実的で妥当な結論となった。日本にとっても、第2位のランキングを維持したまま、今回大規模な増資を実現して次の増資機会を当分の間先送りできるとしたら、これ以上ない成果だと言える。

――この先はどうなるのか…。

 岡村 経済力からすれば、中国がいずれクォータシェアで第2位になることは、時間の問題であり間違いない。しかしながら、当面、米国では民主党も共和党も「反中」が旗頭で、「中国のクォータシェアの上昇は一切不可」としており、米国は単独で拒否権を持っているため、クォータシェアは変わらない。ただ、米国は、中国の接近への警戒感があるだけで、日中の順位に関心はない。米国が他の争点での譲歩と引き換えに中国のクォータシェア増加を受け入れるという「米中ディール」によって、日本の米国頼みの梯子を外される懸念は、常に十分考えられる。このクォータシェアの問題は、米中のハザマで戦略的ポジションを模索していかざるを得ない日本の課題を象徴的に示す事柄だと考えている。[B][N]

――世界中で茶道ブームが起きている…。

 岡本 私の専門は社会心理学だが、茶道の国際化を推進する「裏千家インターナショナルアソシエーション(UIA)」などで、長年、茶道の外国普及の活動に携わってきた。裏千家には世界に76の支部があり、稽古の段階毎に発行される「許状」は、外国人も日本人も区別なく出されている。さらに、裏千家には、裏千家学園茶道専門学校という学校があり、そこにはずいぶん以前から「みどり会」という奨学金制度があり、2年間住み込みで茶道を学ぶことも出来る。その制度があるおかげで修道課程を終了し、世界77カ所の本部及び支部で活躍されている外国人師匠が約250名いる。

――世界で茶道が広がっている理由は…。

 岡本 海外の方がお茶に興味を持たれる理由は、第一に「味を試してみたい」というところから始まると思う。しかし、「禅」や「陶磁器」といった関係から茶道に入ってこられる人達も多い。そういった方々が奨学金制度を使って2年間の厳しい修行に耐え、世界で活躍出来るほどまでに頑張れる理由は、宗教ではないのに宗教的な意味合いで「自分を律する」という事の魅力ではないか。例えば、仕事をしていて気持ちが乱れている時に、家に帰ってお茶を点てる。そうすると気持ちが落ち着いていく。毎日の稽古で所作を学び、自分を律する感覚を身につけると、それは禅を組むよりも落ち着くことがある。そういう事を教えるのが茶道であり、そういうことを学びたいと思う人が海外にもたくさんいらっしゃるという事だろう。

――海外ではどういった国の方々が茶道に興味を持たれるのか…。

 岡本 どちらかというと、宗教があまり普及していないような国の方々が茶道に熱心になる傾向がある。実際に「みどり会」に入会していらっしゃる方は、アメリカ人、カナダ人、ロシア人などが多い。また、外国人で茶道に興味を持たれる男女の比率は、6:4くらいで男性の方が若干多く、日本人の男女比と逆になっている。日本で茶道を学ぶ方は圧倒的に女性が多いが、そのひとつの要因は第二次世界大戦後に裏千家が奥伝許状の門戸をいち早く女性に開いたという背景がある。茶道を教えることによって生きがいとともに生活の糧を得た女性も多かった。歴史的には、茶道はもともとは千利休から始まった男性の社交の場だった。

――日本の茶道の現状は…。

 岡本 日本では茶道人口が若干減少傾向にある。というのも、茶道はそれなりに時間を要するため、環境的に続けられる人は続くのだが、生活の変化によってその時間が取れなくなり、やめていく人もいる。特に女性の場合は、出産や育児などで忙しくなり、お稽古に来ることが叶わなくなるというケースも多い。日本の伝統文化として中学校や高校で教えているところもあるが、小・中学校の場合は授業時間が1時限45分と短いため、しっかりとした実技を教えるのは難しい。また、学校では、設備の問題や衛生上の問題もあってなかなか実現しにくいようだ。

――茶道の最大の魅力は…。

 岡本 私にとってはなんといっても、海外での「社交術」だった。海外では、茶箱を持ち歩いて、訪問先で茶箱点前を披露するケースも多いのだが、そこで出会った人たちは必ず私の事を覚えていてくれる。そこで広がっていった人脈から、海外との研究協定等を結ぶに至ったというようなケースも多い。海外に限らず、私はお茶を通じてたくさんの友人が出来た。人とのつながりのきっかけを作ってくれる、それが私にとってお茶の最大の魅力だった。

――これまでお書きになった著書の中には、企業のコンプライアンスや心理学に関するものもある。これらが茶道と共通する点は…。

 岡本 もともと、お茶はトップクラスの武将が心を律するためのものだった。武将が活躍する時代は裁判権も司法権も行政権もなく、そういった中で、人々は自分の心が暴走しないように座禅を組んで心を落ち着かせる必要性があった。自分の心が暴走すると誰にも止められないからだ。若い頃の織田信長のように。しかし、常に背後を襲われる可能性のある武将にとって、お寺で身一つで座禅修業をすることは危険極まりない行為だ。それに比べて、城の中で行われるお茶の世界は、社交的な要素もあり安全だった。つまり、武将の生活に適応した心の鍛錬の一つの様式が茶道であり、だからこそ武将の間で広まっていったという訳だ。私の知り合いに、大企業の社長として海外を拠点に活動している男性がいるが、彼はオフィスに立礼のセットを置いて取引先の方や部下にお茶を振る舞っている。そうすることで、自分の心もマネジメント出来ているという。それは企業のトップとしての嗜みとして非常に有用な事だと思う。例えば、会社の社長が社員にお茶を点てて振舞う様な機会があれば、それは、社員にとってモノや金銭を与えられるのとは違った、人と人とのつながりを感じる大切な記憶として残っていくだろう。それが茶道の基本だと思う。

――現在の三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)の関係性と、今後の千家十職の役割について…。

 岡本 三千家の家は昔から同じ区画内にあり、ご近所として仲良くされている。三千家に関わりの深い職方を千家十職といい、茶道具のレベルを維持してきておられるが、今は十職以外にも素晴らしい職人さんたちが活躍されている。適度の競争によって茶道具のレベルが高く維持されているという状態だ。

――茶道文化の今後の展開については…。

 岡本 口伝と言って茶道ではお稽古の際にメモを取る事が許されない。世界各地に茶道を広めていくにあたっても、その習慣が守られてきたために、書かれたものがとくに英語では少なく、その曖昧な状態のまま世界各地に広まっていったという事が多くなっていた。その結果、お点前に地域差が生じてきているという問題が発生し、今はその地域差を是正していくという方向にある。その点において、私が著した「茶道バイリンガル事典(大修館書店)」には、稽古の後に記憶が変容しそうな細かい部分まで英語で記しているため、海外で茶道を学ぶ方々にはすでに重宝されていると聞いている。茶道の理解をより深めていくためにも、是非、役立ててほしい。

――今後の抱負は…。

 岡本 この本を手に取り茶道に関心を持ってくれた海外の方々が、インターネットを通じてお稽古を学べるような環境を作れれば良いと考えている。ただ、お点前の細部は、たとえばテンポなど、その場の客との関係性で決まってくるようなところがある。お稽古としては一定のテンポで進められるとしても、本当のお茶会でのテンポは、その場の所作や空気感によって作り上げられるため、実際の場を経験することは必要不可欠だ。ネットを使ったお稽古でも、ユーチューブのように一方的な動画配信や、マニュアル通りの型に嵌め過ぎた動画だけでは本当の茶道の心を教える事は出来ない。お点前に参列された方々の「早くお茶を飲みたい」、「少し飽きてきてしまった」などといった微妙な心の変化を、その場の空気から読み取り臨機応変に対応していくことが、お茶の醍醐味の一つでもある。そういった事を考慮したうえで、実際にお稽古に来ることが叶わないような人たちにネットでのお稽古の場を提供できるよう、色々と考えを巡らせ、今後も茶道の普及活動に努めていきたい。[B]

――積年の課題である直間比率の見直しについて…。

 栗田 岸田政権が掲げている政策である新しい資本主義が目指す「成長と分配の好循環」の実現に向け、昨年はNISAの抜本的拡充・恒久化を含めた資産所得倍増プランを策定し、「貯蓄から投資へ」を推進している。それに併せて、関連法案の成立・施行を前提に、金融経済教育推進機構を設立し、金融経済教育を進めるほか、顧客本位の業務運営の定着・底上げを通じて顧客の最善の利益を追求することを義務として定める予定である。さらにコーポレートガバナンス改革を実施して企業側において資本コストを意識した経営を求めている。他方で、「資産運用立国」の実現を目指し、資産運用業とアセットオーナーシップの改革を進めている。これらがすべて連なるとインベストメントチェーン全体として、家計の預貯金が投資に振り向き、そうなれば当然直間比率の改善にも寄与することになる。

――資産運用立国は重要だが、現状においては金融庁が投資家保護へ傾斜しているため自由な運用ができないとの声もある…。

 栗田 投資者保護と運用の話はまったく別物で、投資者保護において最も大事なことは投資者の意向に沿った商品を販売できているかどうかだ。低リスク・低リターンの投資をしたいという顧客に対しては当然そうした商品を提供すべきで、そうした顧客に仕組債を販売するから問題となる。一方で、顧客のなかには高リスク・高リターンの投資をしたいという人もいるわけで、そうした顧客にはハイリスク商品、できればハイリスク商品のなかでも手数料が安い商品を売っていただければよい。まして機関投資家であれば、もちろん運用益を求めているわけなので、ある程度リスクがある商品を販売していただいてよい。あくまでも顧客の意向に合わせた商品を販売するということが金融機関の努めだ。しかし、投資経験がない人がハイリスク・ハイリターンの商品が欲しいと言ってきたとしても、そこは少し考えていただき、投資経験を考慮して考え直していただくことももちろん必要だ。

――「金融育成庁」としてのお考えは…。

 栗田 「育成庁」と言っても今は高度経済成長期の通産省のように産業育成をする時代ではないだろう。金融機関が自身の判断でやりたいことを邪魔しない、やりたいことが現行規制に引っかかるようであれば規制緩和を考えるという環境整備を行うことが「育成庁」だと考えている。つまりこれまでの護送船団方式による横並びではなく、自由に業務ができるような環境を整備することが大事だという考えだ。また、例えば、フィンテック業界から、規制の限界がわからないとの問い合わせを受けることがある。こういったサービスを提供する場合、認可が必要なのかどうかなど、できるだけ早期に明確に答えることも育成庁のひとつの役割だと認識している。

――国際的な資本市場の創設も積年の課題だ…。

 栗田 所得税や法人税の減免などいろいろ難しい問題があることは理解しているが、国際的な資本市場としてどういったマーケットを目指すのかが重要な要素だと考えている。例えば、シンガポールのように国の経済を金融で成り立たせるぐらいのレベルで考えるのかと言えばそうではないだろう。日本はいろいろな産業があり、第二次産業も強く、シンガポールとは事情が異なる。金融当局として重要だと考えていることは、海外のさまざまな国の人たちが日本に投資をしたいと思えるマーケットをつくる、そして国内の人も自分たちの資産を運用することによって成果を得られるようなマーケットをつくり、その結果が国際的な資本市場となることだと考えている。海外の人に魅力ある市場だと思っていただくことが重要で、そのために不要な規制を無くし、マーケットの公正性・透明性を確保し、投資先となる企業にがんばっていただくことが大事となる。企業自体に成長性がなければ、投資する魅力は感じられない。成長性のある企業を育てていくことが重要だと考えている。また、国際的な資本市場に関連して、海外企業の上場については、海外企業を日本に上場させるよりも前に、その前の段階として、日本で資金調達しやすい環境を作ることが大事だ。日本の金利は低いにもかかわらず、海外企業による調達が限定的なのは、外資規制が問題となっているわけではなく、日本円を調達しても使う場所がないことが課題だと考えている。海外企業が円を調達し、円を使う場所が必要で、その点、魅力ある市場をつくることが重要となる。魅力ある市場とすれば自然と海外から人が集まり、我が国資本市場の国際化が進展すると考えている。

――社債市場に関する課題は…。

 栗田 社債市場の整備は進めていかなければならない。スタートアップなど信用力が低い企業の資金調達多様化の観点、投資家から見ても投資対象の多様化の観点から低格付け債市場は日本に必要だと考えている。市場整備に当たって重要なことは、一つに社債権者保護だと考える。やはりユニゾホールディングスのデフォルト事例のような事態が発生すれば、危なっかしいイメージがついてしまう。また日本の場合、リスクマネーが少ないことも課題で、リスクマネーを増やすためには、海外の資金を引っ張ってくるほか、国内投資家でもハイリスクが取れる投資家に資金を出してもらえるような魅力的なマーケットにすることを考えていかなければならない。足元では、国内外から資産運用業への新規参入を促進する策として、資産運用特区の創設や新規参入者の運用資金獲得を支援するプログラム(EMP)、規制緩和などを進めていこうと考えている。海外のプレイヤーを呼び込むことは、日本の市場活性化だけではなく、市場整備に寄与するうえ、競争促進による日本のプレイヤーの成長も期待できる。

――その他の課題は…。

 栗田 避けて通れないのはコロナ後の事業者支援だ。コロナが収束して売上が回復している企業は良いが、そうではない企業も多く、また物価高や人材不足で経営が厳しいという声は多い。これまで我々は金融機関にこうした企業の資金繰り支援をお願いしていたが、より抜本的な事業再生支援に取り組んでいただかなければならないと考えている。もう一つ大きな課題は、金融システムの安定性の確保だ。今春の米シリコンバレーバンクやクレディ・スイスの事例を見てみると、マーケットの不安定さが、思わぬところに大きな影響を生じさせている。それがひいては金融システム全体に悪影響を及ぼしかねない。米国においては個別の金融機関の破綻はあったが、幸いなことに金融システム全体が動揺するまでには至らなかった。しかし、SNSであれだけ情報が急激に拡散し、昔と違って預金を引き出すルートがたくさんあり、急激に流動性が抜ける危険性は昔よりも大きくなっている。この教訓を踏まえて金融機関をモニタリングしなければならないと考えている。また、デジタル化の進展への対応やグリーントランスフォーメーションへの対応も中長期的な課題として対応していかなければならない。トランジションファイナンスやインパクトファイナンスは金融的な手法として対応していく。

――春の欧米の銀行混乱では、銀行の資本規制も課題視された…。

 栗田 国際的に議論が始まっており、当然国際的な議論の結果を踏まえて我々も対応しなければならない。ただ、今、思っていることは、個人的見解に近いが、この話を規制でやろうとしてもうまくいかないのではないだろうか。例えば、流動性規制を厳しくして手元流動性を厚くする、資本規制を厳しくしてより自己資本を積み上げてもらう、という意見もあるが、本当にそれで対応できるのだろうか。米国の銀行破綻のように1日に数兆円という単位で資金が流出すればどんなに厳しい規制を講じていたとしても破綻する。規制強化で対応すればいいというほど簡単な話ではない。ではどうすればいいか。金融機関はある程度効率的な経営をしていくなかでもリスク管理はしっかりとやっていただき、それを金融当局がよく監督していくことが大事と考えている。[B][X]

――中国の現状をどうご覧になっているのか…。

 津上 マラソンで例えると、この20年近くは、前半飛ばしすぎて後半に疲れが出てきたという感じだ。2000年~2010年までの中国は、様々な問題を含みながらも、ある意味、理想的な成長を遂げていた。生産関数をみても、生産性の向上や資本投入と労働の投入がバランス良く働き、高い成長率を生み出していた。それは、質の良い成長と言える。振り返ると、2001年にWTOに加盟してから、世界中の工場が中国に殺到し、外資企業が工場建設のための資本投入を進めた。同時に、外資企業は中国に技術と管理方法も持ち込んだ。それによって中国では生産性が大きく向上し、その結果、税収が増えて財政に余裕が出てきた。そして、中国政府はその潤った財政を使い、中国全土に高速道路やコンテナ港などの産業インフラを急速に整備した。さらに、それはまるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、再び生産性の向上、そして更なる資本投入へと繋がっていった。しかし、2010年を過ぎると成長に陰りが出てくる。それは国家成長の流れとして当然の事なのだが、中国政府は、その成長が永遠に続くという思い込みから抜け出せなかった。少しでも成長率が落ちれば、それを補うために借金までして投資を行うという式で徐々に質の悪い成長へと変わっていった。ただ、私はこんなやり方はもっと早くに限界が来ると考えていたのだが、質の悪い成長ながらも、その後中国は10年以上も成長を続けている。それは、中国の懐の深さからくるものなのだろう。

――中国の懐の深さとは…。

 津上 他の国に比べて、中国は政府が支配する経済資源が圧倒的に多い。企業に対しても人事を含めた指令の権限を持っているケースが多く、政府が富と支配力を集中保有し、それが中国の懐の深さに繋がっている。リーマン・ショック後の2009年には約4兆元を使って投資主導の景気刺激策を行い、世界の救世主とも言われた。さらに、その後も工場設備投資、インフラ投資、不動産投資などで大型景気刺激策を続け、この10年程の中国の経済成長の約4割は不動産投資によるものとなった。しかし、不動産投資による経済成長の殆どは有利子負債であり、今後もこのペースで負債残高が膨らみ続けると、資産の質は悪くなり、不良債権のリスクは増大していく。そして、このように無理が顕在化しているにもかかわらず中国政府は奥の手を使わない。そこが一番心配なところだ。

――中国政府の奥の手とは?また、それを使わない理由は…。

 津上 実は中国の中央財政にはまだ余裕がある。地方と中央を分けてみると、地方政府はこれまで、各々の自治体の成長率を上げて自分が出世するために、狂乱投資を続けてきた。たとえ借金漬けになろうとも、土地を売ればなんとかなるだろうという考えがあったからだ。しかし、この数年間で土地を売って財政収入を得るシステムが壊れ始め、地方財政は危機的状態に陥っている。それでも、「何か問題が起きても最後は御上が何とかしてくれる」という考えは強く、もはや借金が返せないゾンビ政府状態になっている今でさえ地方債を発行している。しかも、それはかなり良い条件で消化されている。「最後は中央が保証してくれる」と信じているからだ。一方で、中央政府においては、国債発行残高がGDPの20%と、日本のわずか10分の1のレベルだ。米国が80%、ドイツが100%という状況と比べても非常に優れている事がわかる。このため、崖っぷち状態にある地方政府が、結局、健全財政の中央政府が救ってくれるだろうと考えて、今なお借金を重ね続けているのだが、中央政府は「安易に地方政府を救うとモラルハザードが起きる」と言って財政出動を拒んでいる。

――地方政府は今、具体的にどのような状況なのか…。

 津上 とにかく借金が膨らみすぎている。財政の苦しい地方政府では、公務員の給与の欠配遅配は日常茶飯事になっている。また、地方政府も物品サービスを購入するのだが、その買い掛けが全く支払われないという事態も起きている。例えば、検査試薬を作っているような会社はコロナ禍で爆発的に売り上げが伸びたと思われているが、実際のところ政府からの支払いが滞っており、会社の財務は危機的状況になっている。民間経済にとっては政府がお金を支払ってくれないという事は大問題だ。このまま中央政府が地方政府を救わなければ、年金にも支障が出てくるようになるだろう。地方政府主導の建設工事においても、建設会社に対価が払われなければ労働者への給与が滞ってしまう。地方の中小金融機関は債務超過に陥っているところがたくさんあり、地方政府がしっかりしないと取り付け騒ぎになる可能性もある。このように社会の安定が動揺するという事態は、習近平政権が最も危惧している事であり、そういう事態に発展しかねないリスクの種を地方政府は孕んでいる。

――それにもかかわらず、中央政府が地方政府を救わない理由は…。

 津上 中国共産党政権は伝統的に均衡財政論者が優勢だ。かつて保守派重鎮の陳雲は「財政というものは収入があって初めて支出が出来る。収入が支出よりも多い状態が理想だ」と主張していた。保守派も今は年間財政赤字がGDPの3%までは許容するが、それでも財政赤字を嫌う意識は残っている。そういう風潮の中で地方財政を救うために中央財政が出動することにストップがかかっているのではないか。また、仮に中央政府が財政出動のために国債を増発するとして、それを中央銀行に引き受けさせることは決してあってはならない禁じ手だという意識が強い。そうなると、国債の発行余地は乏しいという結論になってしまう。彼らは「政府が輪転機を回してお金を擦り始めるようになれば、国民の政府に対する信頼が揺らいで『中央政府は長くはない』とばかりに、資産を国外に移すような行動を招く」と恐れているのだ。中国の国際収支は黒字で、対外純債務も日本と肩を並べる程だ。国債を大量発行しても、海外の投資家に頭を下げることなく国内金融機関で十分消化できる。日本から「中央銀行が国債を引き受けても大丈夫だよ」と助言してあげたいが、中国はリフレ論やMMT論などを「そんなうまい話があるわけないだろう」とハナから信じない。中国政府もそれをやらないことでこれまで国民の信頼を守ってきた。一方、今はそれをやって不動産や地方政府を助けないと大変なことになる恐れが高まってきた。進むも地獄、戻るも地獄という状況だ。

――中国全体のバランスシートは現在どのようになっているのか…。

 津上 IMFによると、中国の政府負債額は2022年現在でGDPと同等程度の120兆元程度だ。中央政府がその2割程度、地方政府が残り8割程度となっている。ただ、政府が関与する企業の負債額が相当大きく、その分を入れると政府債務はGDP100%以内に留まっているとは思えない。地方政府は2016年時点で負債残高36兆元を抱え、それが2022年で106兆元と3倍にまで膨らんだ。コロナ禍での経済下支え支出に加えて、土地収入が激減したからだ。不動産バブルで資産増大を期待した不動産投資は、もはや買い手がいなくなり、販売面積も着工面積も2年前と比べて半分程度に落ちている。また、この10年で国民の住宅ローン負債も膨れ上がったが、最近は資産価値が落ちたと感じて金利の安いローンに乗り換えたり、消費を抑えた行動に走ったり、日本のバブル崩壊時のバランスシート不況と似た現象が表れ始めている。国全体のバランスシートの両側(資産と負債)に潜在的な不良資産と不良債務が膨大な額が積み上がってしまった。現在の中国の長期国債金利はバブル後の今もなお3%近くある。借金を返せないゾンビ企業にも政府が保証することで利払いを助け、借り換えを繰り返させてきたからだ。ゾンビの借り換え需要が旺盛なので金利が高止まりしているのも良くない傾向だ。

――どこか一つの釘が外れれば、中国は一気に崩壊していく可能性があるのか…。

 津上 国債の中央銀行引き受けに踏み切れば、中央財政に問題を先送りする余力がまだまだあるが、それをやらないと、経済社会を支えてきた国民の共産党・政府に対する信頼が揺らいで、その先何が起きるか分からない状態に落ち込む恐れがある。中国中央政府は常々「ブラックスワン」や「灰色のサイ」のような事態に備えないといけないと言ってきたが、そうなってしまいかねない原因を中央政府自らが作っている。例えば、中国恒大集団の問題では不動産代金を支払ったのに未だ物件が引き渡されていない人たちが約80万世帯存在する。債務超過の会社が破産宣告されないのも、この残務処理が済まないうちに死んでもらっては困るからだが、2年前からの最大懸案事項なのに一向に工事が進まない。キャッシュが尽きていて、建設業者に支払うお金もないからだ。運転資金を借りようにも債務超過している会社にお金を貸すような銀行はなく、頼みの地方政府も債務保証ができないほどひどい財政状況にある。ここで中央政府が何もアクションを起こさなければ、「住宅が引き渡されないのにローンを払わされるのは御免だ」とローン支払を拒否する人が大勢出てくるかもしれず、そうなると銀行経営にも大きな影響が及んでくるだろう。残務処理が進まないのは、最後に残る巨額の損失を負担するのは誰なのか、どうやって負担するのかの目処が立たないためだ。最後は中央政府が出ていくしかないと思うが、中央政府はその現実に向き合う勇気がなく踏み切れない。権力集中で、部下が忖度ばかりしている今の習近平国家主席に今の状況がどれだけ伝わっているのかわからないが、疲弊しきった国を救うために禁じ手を破るのか問われている。それが今の中国だ。[B]

――川口市ではクルド人による問題行為が指摘されている。実際にどのような問題が起きているのか…。

 奥ノ木 犯罪に至るものは多くはないが、車の運転が荒いなどの暴走行為、夜間の騒音、ごみの不法投棄や分別マナー違反、コンビニの周りで屯(たむろ)してしまうなど、日本人のマナーから外れている部分が問題になっている。また、クルド系の外国人は集団で行動する傾向が強く、多数のクルド人同士の争いに発展したことがあり、地元の人は不安に思っている面もある。コロナ禍ではクルド人のクラスター発生を危惧して、川口市ではワクチン接種に加え、無料でPCR検査を受けられる体制を整えていたが、クルド人の利用率は想像よりも低かったという問題もあった。外国人は風俗や生活習慣が違うので慣れるまでは仕方ない部分があるが、同じ外国人でも中国や韓国など東洋系の人は日本人と風俗や生活習慣が似ているためか、クルド系の人ほど問題行為が目立っていない。川口市には約4万人の外国人が住んでおり、外国人居住者数で東京都の新宿区と1、2を争う自治体のため、自然と外国人に対する問題意識は強くなる。川口市に外国人が集まる正確な理由はわからないが、東京都に隣接し都心へのアクセスも良好で、都内に比べ土地や家賃に割安感があるためではないか。また、既に川口市に住んでいる知人を頼って新たに居住する外国人が多いことも背景に挙げられると思う。

――仮放免の外国人をめぐって国に要望書を提出された…。

 奥ノ木 クルド人による迷惑行為の根本には、国の仮放免という制度の問題がある。これは、在留資格を失い出入国在留管理庁に収容された外国人が、移動や就労は制限されるものの、収容場から一時的に放免される措置のことだ。しかし、仮放免の状態では就労できないため、税金を納めたり健康保険に加入したりすることができず、結局、不法就労に手を染めることになってしまう。川口市ではこれを問題視し、2020年12月と今年9月の2度、法務大臣へ要望書を提出した。20年12月には、①仮放免者が最低限の生活維持ができるように、身元保証の仕組みの導入など就労を可能にする制度の構築②生活維持が困難な仮放免者の健康保険をはじめ行政サービスの適否の判断──の2点を求めた。さらに、今年9月には前述の2点に加え、不法行為を行う外国人について法に基づき強制送還などの厳格な対処を行うように要望している。つまり、仮放免の外国人による不法行為問題は国の制度が原因であって、本来ならば市が対応する問題ではない。たとえ、仮放免の外国人の子どもであっても学校は受け入れなければならないなど、人道上の義務的な部分が地方に押し付けられているのが現状だ。仮放免者は税金を払っていないとの声もあるが、国が就労を認めない以上、税金を払えないのは当然である。出入国在留管理庁が不法滞在している外国人を捕まえることしか考えていないとすれば、この問題が解決することはない。仮放免として日本に滞在する許可を出すのであれば、彼らが生活する術を考える必要があり、それができないのであれば強制送還などの対応を国は取るべきではないか。

――川口市では外国人に対してどのような対応を行っているのか…。

 奥ノ木 川口市では協働推進課が多文化共生の推進を担当しており、外国人窓口を開設し、市内の外国人への情報提供などを行っている。また防犯対策室では、地域の防犯のために自主的にパトロールする青色パトロール車両の増車や、警察との連携により治安維持に努めている。川口市は外国人が多いため、近い将来は国際課のような部署を作っても良いと考えているところだ。さらに日中協会やクルド人協会といった市民団体が、日本語を教えたり交流事業を開催したりしているが、日中協会と比較してクルド人協会は川口市にまだ馴染めていない印象がある。クルド人協会が他の市民との交流を深めるなど成熟してくれば積極的に応援したいと考えている。また川口市では、教員が土曜日に外国人の子どもに日本語を教える活動を自主的に行っているが、これについても国からの支援は一切ない。

――国際問題に発展する懸念もあると…。

 奥ノ木 クルド人はトルコ政府に迫害されていると主張しているが、トルコは親日国で、日本とトルコは友好関係にあるため、市の立ち位置は非常に難しい。クルド人が集まってお祭りを開催するときなどは、トルコからの独立運動などにつながらないように注意している。

――外国人と共生のあり方についてのお考えは…。

 奥ノ木 まずは、「郷に入っては郷に従え」の通り、日本の生活、風俗、習慣、文化などを、外国人の方には身に着けていただきたい。共生しようと努力する外国人に対しては、市は一生懸命応援したいと思っている。また、いわゆる3Kの仕事など、日本人がやりたがらない仕事を外国人がやってくれている一面もある。そういったことからも、仮放免となっている外国人については、日本人の雇い主やクルド人協会、公的な身分を持った人などの保証により、就労でき、税金を払うことができ、健康保険にも加入できるような監理措置制度を国に整えていただきたい。日本は島国で外国人が陸伝いに訪れる場所ではなかったため、外国人と共生する文化が根付いていないが、仮放免者が生活を維持できない状況をそのままにするのではなく、共生に向けた道筋を考えなければならない。そのため、さまざまな外国人を「新たな人的資源」として掘り起こし、互いに理解・尊重しあえる多文化共生のまちづくりを目指していきたい。[B][N]

――行政のデジタル化の遅れの原因は…。

 牧島 原因は2つあると思っている。まずは、わが国のテクノロジーが進んでいるがゆえに各自治体で独自のシステムを使ってしまい、全国的に統一化・標準化したものができなかったことだ。これだけの技術大国だからこそレガシーシステムが多く存在するので、新しいものを1つ作るという決断ができなかった。それがコロナ禍によって、使用しているシステムの違いから自治体間の調整に時間が掛かるといった課題が顕在化した。これからはガバメントクラウドを中心に自治体のシステム標準化を行うと決めたが、そこには大きな政治的リーダーシップが求められた。しかし、これは地方自治とは全く別の話だ。これまで通り地方創生の創意工夫は各自治体で進めていただくが、システムは別々である必要はないということだ。もう1つは、わが国でデジタル化を進めたり電子政府に移行したりすることへの国民の意識が薄かったことがある。例えば政府の電子化が進んでいるウクライナやエストニア、北欧各国、アジアでは韓国や台湾に比べて、日本は地政学リスクがそれほどないと考えられてきたので、政府を電子化しなければならないという大きな危機感がなかった。ただ、今後わが国が大きな紛争に巻き込まれないという保証はなく、同時に多くの自然災害リスクを持っているので、危機対応として電子政府を用意しておくことは非常に重要だ。

――行政のデジタル化でエストニアのように小さな政府が実現できるのか…。

 牧島 デジタル化によって行政の人員を減らすということを第一の目的にはしていない。これまで多くの自治体の職員や首長とコミュニケーションを図ってきたが、どの自治体においても、デジタル化で削減した人材をどの部門・業務に配置したいのかということを考えるようになっている。さらに、小さな自治体であればあるほど、新規採用職員の募集に困っているという話を聞くようになった。私の地元にある人口1万人程度の町では成人の人数が100人に満たない年があり、若い労働力の不足が顕著だと感じることが多くなった。自治体の採用には色々なパターンがあるし、他の自治体に住む人材を採用しても良いのだが、職員の採用は簡単ではなくなっているという現実問題がある。一方、日本は世界に冠たる高齢社会で、いくらデジタル化が進んでもスマホでは行政手続きが完結できない高齢者も多いと思う。これまでだったら役所に来て何時間も待たされていたところを、デジタル化によって待ち時間を減らすことができるし、一人一人に対応する時間を長く取ることができる。将来的にはコンパクト化が進むかもしれないが、まずは本当に人が向き合うべき場所や人を増やしたいと思っている部署にデジタル化で浮いた人材を配置するといった運用を行いたい。

――マイナンバー制度をめぐって情報漏えいへの国民の不安が高まっている…。

 牧島 個人情報の取り扱いについては、自治体の職員の皆さんを含めてかなり厳しい規律で運用されていると思っている。もちろんマイナンバー制度やマイナ保険証について、ひも付け誤りなど問題があり、国民の皆さんに不安があるということは認識している。しかし、マイナ保険証に関して言えば、ひも付け誤りが発生した現場は保険を提供している保険者であるから、民間企業でも個人情報の取り扱いについて意識してもらう必要が益々高まっている。さらに、マイナポータルで自分の情報が正しいか確認するなど、国民一人一人が責任を持って自分自身の個人情報を管理するという意識も大事だ。また、デジタル庁に対しても改善すべき点があるという指摘を受けているが、デジタル庁のなかでは民間人が3分の1を占めるということもあり、全省庁のなかで最も厳しいコンプライアンスルールを敷いているところだ。

――マイナ保険証のひも付け誤り問題の責任はどこにあるのか…。

 牧島 保険者が行うひも付け業務について、現場の1人1人がどういう仕事をしていたかについて、厚生労働省が総点検を行った。ひも付けの際の個人情報の特定に当たって、マイナンバーと4つの情報(氏名、住所、生年月日、性別)で確認をするという期待していた運用ができていたのが約6割、期待していた運用ができなかったのが3~4割との結果が出た。この3~4割については改善の必要があるし、厚生労働省は対応しなければならない。既に中間報告が出ているし、総点検のフォローアップが行われるだろう。

――マイナンバー制度自体をより国民に周知・啓発する必要がある…。

 牧島 もちろんそうした広報活動を進めていくことは大切だが、既に若い世代を中心にマイナポータルを使いこなしている人は増えてきていると認識している。デジタルネイティブ世代は子育てワンストップサービスをかなり活用し始めているし、会場に行かず確定申告ができるなど納税にも使われ始め、かなり普及が進んできたと思う。日々マイナポータルを使っていれば、自分自身の情報の管理もスムーズにできているだろう。

――その一方で、サイバーセキュリティについては、憲法21条における「通信の秘密」がネックとなっているのではないか…。

 牧島 まず、わが国で導入を進めている電子政府と憲法21条で規定される「通信の秘密」は全く別の話と考えている。導入を進めているガバメントクラウドではマルチクラウドシステムを採用することで、米国でも行っていないようなハイレベルなセキュリティ・レベルが提供される。一方、サイバーセキュリティ対策についてはそれを平時のものとして取り扱うのか、安全保障や防衛という視点で取り扱うのか、様々な論点から議論が重ねられてきた。サイバー攻撃のアクターは国なのか、国にスポンサーされている行為者なのか、テロリストなのか、対象者のアクションは何なのか、どのように無力化させるのか、それぞれ細かく議論しなければならない。これらについては拡大NICS(内閣サイバーセキュリティセンター)と呼ばれる組織を編成するなかでも議論が進められるだろう。

――わが国のサイバーセキュリティを強化するには…。

 牧島 例えば平時で言えば、基本的な考え方として重要インフラ事業者の防御が大きなテーマになる。サイバー攻撃を受けた事案の一つである医療機関の中には初歩的な対策で防御が可能になるものであっても、その対応すらできていないケースがまだ存在している。重要インフラ事業者といっても規模感や想定されるリスクに幅があり、それぞれの事業者ごとに適切な対策を取ってもらうことが大切だ。中小企業のサイバーセキュリティ対策も強化していきたい。また、国際連携や官民連携の強化をしなければならないということも強調しておきたい。サイバー空間には国境があるわけではないし、平時と有事の境目も曖昧だ。このような特徴を踏まえたうえで、民間の人材を活用していく必要があるし、グローバル企業にはその知見を提供してもらいたい。

――これからの課題は…。

 牧島 2025年には大阪・関西万博があるが、開催にあたってサイバー攻撃を受ける可能性があることを意識しなければならない。サイバー防衛では2021年の東京オリンピック・パラリンピックの時の知見が生かされると思う。東京大会はロンドン大会の倍のサイバー攻撃を受けたものの守り切ることができたというのは1つのレガシー・経験として残っており、それに甘んじることなく努力は続けなければならないが、参考にすべき点は多くあるだろう。[B][N]

――前大統領が告発されるような今の米国は、いよいよ曲がり角に来ているのか…。

 ドーク 今までの米国の歴史の中では、今回のトランプ前大統領と同様の問題で告発されるようなことは無かった。現在、米国のメディアでは「トランプ前大統領にはモラルがない」という意見と、「罪のない段階で前大統領を告発する民主党側には道徳心が欠けている」という2つの正義が存在し、それらが真っ向から対立している。個人的には、この告発は不公平であり民主党側にモラルが無いと思う。このように米国内で道徳心がなくなってきている原因の一つは、1960年代に今の民主党のエリートたちのマインドが形成されてきたからだろう。戦後の自由主義の中で、自分の好きな事だけを求めて生きてきた人々は、他人の事をあまり考えなくなり、道徳心も薄くなってきた。つまり、自由と豊かさが、他人を思いやる気持ちを失わせていった。

――道徳心の希薄化を背景に、米国では麻薬や銃などの問題が山積している…。

 ドーク 今の米国には麻薬が蔓延している。にもかかわらず、政府はこの問題に手を付けないばかりか、麻薬合法化という風潮が広まっている。それは、今の民主党の人たちが麻薬を使っているからだろう。かつて、ビル・クリントン元大統領が「麻薬を使っているのか」と質問された時に、「はい。しかし、深くは吸っていない」と答えたことがある。冗談交じりにでもそういう発言が咄嗟に出たのは、裏を返せば、政治家にとって麻薬を使用することはあたりまえの環境があったという事だ。バイデン大統領については定かではないが、バイデン大統領の息子ハンター・バイデン氏はコカインを使用していることで有名だ。実際、彼は麻薬を使用していた事を隠して銃を購入したことで起訴された。このため、今年7月にホワイトハウスでコカインが見つかった事件も、米国民からはそれほど驚くような事ではないように受け止められている。また、米国には中国からフェンタニルという薬物がメキシコ経由で密輸され、21世紀版のアヘン戦争とも言われているが、そのルートを妨げないようにメキシコとの国境を完全封鎖したくないという民主党の意図も感じられる。背景には、自分たち自身が麻薬を使いたい、或いはそこに何かしらの利権があるのかもしれない。

――一方で、外交や経済においては米国一強だ。ロシア対ウクライナ戦争によって武器や食糧、燃料などの輸出も好調に推移し、他国経済を大きく引き離している…。

 ドーク 民主党の中にはロシア対ウクライナ戦争の終焉を望んでいない人もいるだろう。それくらい米国はこの戦争で利益を得ている。しかし同時に、米国国民の生活水準の低下は酷さを増している。麻薬による死者数が年間10万人を超えているのに、そういった事実をメディアは大きく取り上げず、政治家もそこに手を付けようとしない。そもそも、メディアは政権与党に悪い影響を及ぼすような報道をしない。特に麻薬の問題に関しては、政治家と同様にメディアで働く人達自身が麻薬を使いたい為なのかもしれない。問題を大きく取り上げて規制が強まるのは避けたいのだろう。しかし、薬物使用による治安の悪化は大きな問題になっている。さらに言えば、薬物を使用した際の暴力行為の罰則については、おかしな法律の適用が多く、刑罰が軽すぎる。

――米国では、麻薬を使用した際の罰則が軽すぎる…。

 ドーク 米国の法律にはおかしなものが沢山ある。例えば、ある射殺事件において銃を扱った人物が麻薬中毒者や精神病者、或いは前科者や未成年者だった場合には、銃をその本人に販売した人の方が重罪になる場合がある。また、お店に強盗が入った際に店員が銃や刀を使って強盗犯に危害を与えれば、拘置所に収容されるのは、お店を襲った強盗ではなく、店員だ。法律を運用する側のモラルや社会規範がきちんとしていないから、このようなおかしな法的措置が下されることになる。このようなケースが相次いで起こっている米国は、もはや崩壊に向かっていると言わざるを得ない。そして、民主党はこういった現象に対する解決法を見いだせないどころか、むしろ米国の崩壊を加速させている。この米国崩壊の過程を遅らせる事が出来る方法があるとすれば、それはトランプ前大統領が次の選挙で再び大統領になることしかない。共和党は民主党に比べて国民の権利を大切にしているからだ。

――米国では中絶権問題やLGBT問題を巡っても意見が二分化している…。

 ドーク 中絶権問題は、妊娠した女性の権利と同時に、体内にいる胎児の権利もあり、簡単に判断できる問題ではない。また、米国でLGBTは特権少数派と定義されているため不用意に発言すれば起訴されることもあり、LGBTを話題にするには十分に気を付けなくてはならない。一つ言えるのは、今の米国で人々が唱える自由とは、特定の団体のためのものであり、言論の自由も、特定の団体の為のものでしかないという事だ。各々の団体が叫ぶ自由を認めるか認めないか、それが民主党とトランプ前大統領の違いであり、民主党はそれを認め、トランプ前大統領は公共の利益を尊重して認めない。例えば、リベラル勢力による差別是正の流れで、今の米国では非キリスト教徒に配慮して「メリー・クリスマス」とも言えないような風潮にあるが、それを堂々と「メリー・クリスマス」と言おうと唱えたのがトランプ前大統領だ。そして、彼はこのように自由な発言をしたことで何度も告発されている。つまり、今の米国にはトランプ前大統領でさえ個人として政治的に自由に発言する権利が無いということだ。

――言論の自由がなくなれば、民主主義の基盤は壊れてしまう…。

 ドーク 私が日本人研究家アメリカ人として一番言いたいのは、「日本はもはや米国を参考とせずに、自立すべき」という事だ。すでに立派に経済大国として名を馳せ、民主主義国家として一人前に今の国際社会を歩んでいる日本は、もっと自国に誇りを持つべきだろう。また、日本は道徳という社会モラルがしっかりしており、それが麻薬にも反映されている、このため、独自の力で未知の世界に挑んでほしい。それだけの力は備わっているはずだ。もはや崩壊に向かっている米国の真似をしていては駄目だと考えている。[B]

――ソフトバンクグループは日本の資金調達環境を前進させている。その考えや哲学をお伺いしたい…。

 後藤 日本の社債マーケットは、需要と供給が素直に反映されていない状態がずっと続いている。日本ではBBB格程度までしか恐らく起債が難しい一方、海外市場ではBB格、B格どころかC格の起債もある。こうした銘柄は当然利回りが高く、その分リスクも高くなるが、そのリスクを承知の上で買いたいという投資家は多い。これは海外市場だけの話ではなく、こうしたリスクを取ることができる投資家は日本にも潜在的に存在している。しかし、日本はそもそも市場をつくっていないため、参加する機会がない。日本国内の機関投資家マーケットはこうしたリスクを取れる投資家を受け入れない、歪なマーケット構造となっている。そこで、我々はリテール市場に目を向けた。リテール市場はより需給がストレートに反映されているためだ。2023年6月末時点で2,115兆円ある家計の金融資産のうち、半分近くがゼロ金利預金にとどめ置かれ眠っているが、その一部でも社債運用に回ればよい。例えば、我々が発行するシニア債の利回りは発行年限に応じて1~2%ある。私はもともと信託銀行出身で、若い頃は個人顧客の資金運用のために奔走していた。当時は、長期プライムレートが高かったこともあるが、例えば、貸付信託など6~7%の利回りで運用できる商品があった。そうした商品を運用していけば老後に資産運用の果実を得ることができていた。しかし、低金利に伴い運用商品がなくなってきた。そうした高金利商品がなくなってしまったならば我々で作ればいいという思いもあり、20年程度前に個人向け社債の発行を始めた。今では年間5000~8000億円程度の償還と、金融機関並みの大型発行が継続的にできるようになった。このように我々は社債発行について、国民の老後の資産運用に対する思いとともに、日本の歪な債券市場を変えたいという想いがある。

――機関投資家市場の歪さとは…。

 後藤 我々が海外市場で社債を発行すると、一度の起債で概ね数千億円規模の調達が可能だ。しかし、日本で調達しようとすると同様の金額は難しい。その差はどうして生まれるのか。これはファンドマネージャーがプロか会社員かの違いが大きいのではないか。日本のファンドマネージャーの評価は減点主義で、デフォルトなんてもっての他だ。そうすると利回りの50bp、100bpを追求するよりも、より安全な方を選択しがちだ。結果としてハイイールド債を買わずに投資適格債しか買わざるを得ない。これが大きな理由だと考えている。一方、海外でIRロードショーを行っていると、債券投資家やアナリストが、ハイイールド債とされているものの、そのなかで実際にはリスクが低い債券を探していることがよくわかる。なぜかというと、運用で儲けたいと考えているためだ。そのため投資家は非常に熱心に質問してくるし、その分析能力や判断力・決断力がより発揮できる環境にいることがよくわかる。日本では歴史的にハイイールド債市場が放置されてきた。発行体は売れないから出さない。投資家は商品がないから研究する必要がない。証券会社は金融庁に忖度して個人向け債やハイイールド債の発行に消極的にならざるを得ない。欧米並みのそれぞれのリスク・リターンに応じた債券が自由にトレードされる市場が作られるべきだと思うし、我々は市場拡大に貢献しているというささやかな自負を持っている。

――証券会社もリスクを取らない…。

 後藤 金融庁の指導により仕組債問題が証券業界を揺るがしているが、それでも証券会社は仕組債を売り続けた方が良いのではないかと思っている。今回の問題で「仕組み債を売らない」という判断をするのではなく、ルールに則って正しい方法で販売すればいい。投資家の門戸を閉ざしてしまうと機能不全に陥り、違うことを考える人が出て、より間違った方向に進む懸念がある。

――金融庁は投資家保護に傾斜しすぎている…。

 後藤 子供の教育と同じで、部屋の中に入れて鍵を閉めていたら、本当のリスクを理解しないまま大人になってしまう。外に出て、転んで、ケガをして泣くことも大事。投資は自己責任が原則。このままでは日本の個人投資家が育たないのではないか。

――社債市場で今後チャレンジしたいことは…。

 後藤 投資適格級が主流となっている日本の社債市場をどう変えることができるのか。例えば、ファンドマネージャーとして自身の力量をどれだけ世に知らしめることができるかという風に、ファンドマネージャーがポジティブになれる環境づくりを、発行体サイドとして考えていきたい。ただ、買う側のスタンスを我々がどう変えることができるのかについてはまだまだ悩みがある。例えば、我々は豊富な有価証券を有している。その保有有価証券だけに依拠した商品をこれまでにもいろいろ発行している。過去には保有するアリババ株式に依拠したものを含めさまざまな商品を出しているが、国内の投資家の対応には温度差がある。大手機関投資家のなかでもまだまだ議論があるようだ。しかし海外では多くの投資家が関心を持ってくれる。また証券会社においても引受に躊躇するところもある。我々は日本の会社としては、そうした商品において日本の証券会社をシェアアップしていくことが一番大事なのだろうとも考えている。発行体としてはコストが高い海外での調達に比べ、日本円のコストは非常に安いわけだが、残念ながら日本の投資家が海外投資家と同じようなスタンスではない。そういった課題において我々がなにをできるか改めて考えていきたい。

――発行体である一方でファンドを運用されている…。

 後藤 我々はソフトバンク・ビジョン・ファンドという十数兆円規模のファンドを運用している。良い時期も悪い時期もあり、そして勉強もしながら、グローバルに存在感を示すことができてきた。よく「ビジョンファンドはなぜ日本の会社に投資しないのか」と尋ねられることがある。我々としては、日本の会社に投資したくないわけがない。日本企業はもっと評価されるべきだ。しかし、残念ながら我々がフォーカスしているAI関連において、ある程度成熟している日本企業はまだまだ少ない。しかしながらここ2年間程度で4社程度投資を行うなど少しずつ増えている。[B][X]

――外為法に抜け穴があると…。

 細川 政府は2019年の外為法改正で株式取得に必要な事前届け出の割合を10%から1%に引き下げた一方で、2020年に事前届け出の免除規定という告示を出した。この背景には、当時、大手新聞が「海外から投資が激減する」と、海外投資家の声と称して実態は外資系証券会社の日本法人の反発を報じたことがある。そうした大キャンペーンに押されて、財務省は事前届け出の免除規制という大きな抜け穴を作ってしまった。この問題が顕在化したのが、2021年に中国のIT大手テンセントが楽天に出資した事件だ。私は、当時テンセントは外為法の免除規定を利用して事前届け出をしていない、これは安全保障上大きな問題だと楽天がテンセントから出資を受けると発表した直後から新聞、雑誌への寄稿で指摘した。すると米国政府もこの件を問題視するようになった。テンセントは米国政府が警戒している相手で、楽天は米国でも事業を始めようとしており、米国からしたら大問題だ。当時、訪米も予定していた菅内閣は慌てて対応策を模索して、事前届け出がなくても事後にモニタリングをして監視するという弥縫策(びほうさく)で、米国に説明して何とか乗り切った。私が問題視しているのは、政府がこの件を乗り切ったからといって、第2,第3の問題が発生したとき、毎回そうした弥縫策で対応するのかということだ。本来ならば、こういった制度の穴をふさぐことこそやるべきことだ。事後のモニタリングで対応できるのならば、どうして事前届け出制を導入しているのか説明がつかないだろう。

――今その外為法改正から3年経った…。

 細川 事前届け出の免除規定を作ってから1年も経たないうちに不備が露呈してしまったが、財務省としては作った制度をすぐ修正するというわけにはいかないのだろう。そのため今日まで来てしまった。そうした中で、NTT法のあり方が議論される。外資規制は外為法で対応するのならば、外為法の抜け穴をふさぐ必要がある。外為法改正から3年が経過し、財務省は法律改正時にも「不断の見直しをする」としているのだから、今がそのタイミングだろう。これから先、自民党では甘利座長のもとでNTT法の見直しを検討することになるが、攻めの経済安全保障の観点からNTTの経営の自由度を拡大するとともに、守りの経済安保も検証する必要がある。さらに、NTTだけでなく通信事業者は電気通信事業法で規制されるが、電気通信事業者として個人情報やデータを握っているのだから、NTT同様に守るべきだろう。もっとも、外資はすべてNGというのは現在の国際化が進んだ世界では無理がある。懸念のある外資を規制し、わが国の安全保障の観点から問題ない外資は受け入れるというのが、外為法の立て付けとなっているはずだ。

――外為法見直しには何が必要か…。

 細川 まずは現行の外為法でどこまで実効性が確保されているかどうかの検証が必要だ。この点、米国やEUは例えば、中国からの買収案件を毎年何件阻止したかを公表している。わが国の財務省が公表しているのは事前届け出の件数だけで、実際に審査を行ったかどうか、その結果どのくらい投資をストップさせたのかが明らかになっておらず、制度の実効性が明らかにされていない。また事前届け出の免除規定のあり方で問題なのは、外為法の事前届け出で免除規定を活用するかどうかは、出資者の判断に委ねられているという点だ。これは性善説に基づいたもので、全く意味をなさないというのは誰の目から見ても明らかだ。関連して、わが国は諜報機関、つまりインテリジェンス機能を持っていない。米国では、外国からの投資を諜報機関が調べ、問題があれば遡ってでも無効にできる強い権限を持っており、投資審査のスキームに諜報機関が組み込まれている。わが国の財務省や地方財務局はインテリジェンス機能を持っておらず、事前届け出でしか情報を把握できない、いわば「事前届け出こそ命」なのだ。その事前届け出を免除してその条件が遵守されているかどうかを財務省はどうやってチェックしているのだろうか。

――財務省は抜け穴を塞げるのか…。

 細川 事前届け出の免除が広がり過ぎることによる抜け穴をふさぐことは不可欠だが、それと同時に、届け出件数が増えることによる現場での負担を軽減するため、業務を合理化していくことも併せて必要だろう。制度に実効性を持たせるためには、外為法の運用にもっとメリハリを持たせるべきだ。財務省では、提出された事前届け出を30日間で審査しなければならないことになっている。現実的にこれはなかなか大変で、財務省では審査書類を提出し直させて、審査期間を事実上長期化させているのが実態だ。これに対して、米国の対米外国投資委員会(CFIUS)では、簡便な45日間で処理できるもの、60日で処理するものと仕分けして2段構えで対処している。また、申請者も審査の結果によって投資が無効になった場合のリスクを背負っているが、そのリスクを避けるため、申請者が事前にCFIUSに情報を提供し、契約を結べば、このリスクが軽減されるという仕組みがある。この仕組みによってCFIUSは企業からの積極的な情報提供を得ることができている。財務省にはこういったことも参考にして知恵を出していって欲しい。

――今後の外資規制のあり方は…。

 細川 制度改正後3年間の検証に加え、米国CFIUSなど他国の制度運用を踏まえて、制度をさらに緻密に練り上げる再設計が必要だ。さらに言えば、現行の外為法では外国の民間金融機関は無条件に事前届け出が免除されている。もちろん国有の金融機関は事前届け出の対象になるが、中国の場合、民間か国有かは関係ない。中国には国家情報法という法律があり、民間企業でも政府から求められたら情報を提供しなければならず、他国の民間企業とは危険度が異なる。楽天に出資したテンセントも、中国当局から情報提供を求められたら情報を出さなければならない。未だに財務省は国有か民間かで分けているが、現在の中国にはその分類が意味をなさない。例えば、英HSBCホールディングスは筆頭株主の中国平安保険から、HSBCのアジア部門を分割せよと、法外な提案を受けた。日本でも外為法の事前届け出の免除規定ができてから、この3年間で色々起きていると考えられる。外為法の見直しでは、財務省の限られた人員のなかで無駄なエネルギーを使わず、阻止しなければいけないものを阻止できるような制度の再設計が求められている。[B][N]

――台湾有事の際に想定されるリスクをどう考えるか…。

 神田 金融市場では株安・円安・債券安のトリプル安となることが想定される。経済的な大混乱が金融市場に波及し、かなり急激かつ大規模な混乱が起こる可能性がある。台湾と中国が交戦状態に入ると、日本の沖縄や九州地方も巻き込まれる可能性が高く、東シナ海のシーレーンが機能不全に陥ることも、日本の経済・金融面に大きな影響を与えると考えている。加えて、最も問題視しているのは在留邦人の問題だ。有事の際に中国や台湾からどうすれば日本に帰国させることができるのかを考えなければならない。ウクライナの場合、陸路で隣国へ避難できたが、中国や台湾から日本に帰国させるには航空機か船が必要で、現状ではかなりの人数を避難させる必要がある。また、輸送を民間が担うのか、自衛隊が担うのか、誰がやるのかも重要だ。今回の福島第一原子力発電所のALPS処理水問題で再認識されたが、中国の意思決定は科学的根拠に基づかない議論のもとで行われている。中国は不当に日本からの水産物の輸入を全面的に停止したが、これによって日本の水産業は最大の輸出相手国を失い、非常に大きな影響を受けている。中国と何らかの結び付きがある産業分野は広範囲に及ぶが、今回のように理不尽な理由で突然ストップされるリスクを踏まえ、サプライチェーンの再構築も考えなければならない。

――経済的な混乱にどう対処するか…。

 神田 もっとも、有事になってからできることはそこまで多くない。日本戦略研究フォーラムが主催する台湾有事のシミュレーションに財務大臣役として参加して感じたのは、台湾有事の際、中国に日本経済や在留邦人を人質に取られないようにするにはどうすれば良いかということを平時のうちから考えなければならないということだ。平時のうちから有事を想定して、どうサプライチェーンを構築していくか、有事の際にどうダメージを抑えるのか、民間企業も含めてわが国全体で考えなければならない。そもそも有事にならないようにする外交努力が前提として必要だが、いざ台湾有事となった場合、非常に早い展開で戦況が進み、経済や金融が混乱することが想定される。中国経済における日本企業のエクスポージャーや中国での生産・取引の在り方が今の規模のままで良いのか、在留邦人をどのように日本に帰国させるのか、有事の際の影響を軽減できるサプライチェーンはどのような姿なのか、考えるべきことは多くあるはずだ。コロナ禍で政府はサプライチェーン構築のために補助金を出し、生産拠点が集中している製品やマスクや医療機器など重要度の高い製品の国内回帰を促したが、経済安全保障という大きな文脈のなかで民間企業を政府が支援し、中国のエクスポージャーを適正水準にしていくことも選択肢として考えられる。

――金融市場では、有事の際にどのように対応するのか…。

 神田 金融市場での備えについても、マーケットなのでなかなか難しい面がある。金融市場では、現物の金利は日銀のコントロール下にある一方で、先物の金利への介入手段を持たず、先物と現物の乖離が発生することは平時でも起こり得るため、この点は日銀もリスクとして認識していると思う。さらに有事の際に、先物も含めて日銀がコントロール可能かどうかを検討するほか、可能ならば日銀がどのように先物市場に関与するのかということを選択肢の一つとして検討しておくことは大切だ。また、有事になる前から政策的な売買の仕掛けと実需によってマーケットが動くリスクは想定される。例えば中国が政治的な意図を持って売りを仕掛けていくリスクや、中国の民間企業や投資家が日本からエクスポージャーを引き上げていく過程で、株や債券が下落するなどだ。その際、政府・日銀は何ができるかが焦点になってくるが、1つは平時から各国の財務省・中央銀行との協調を進めておくことが挙げられる。わが国と志を同じくする国との間で、いざとなったら通貨スワップ協定を発動できるように結んでおくこと、さらに実際に発動する可能性について普段から対話しておくことや、為替が下がっていくような局面で各国の協調介入を行えるように、平時のうちから議論を行っておくべきだ。当然、国連の安全保障理事会はロシアや中国といった常任理事国でもある当事者に対しては機能しないし、IMFなどの枠組みも主要国の通貨が下がるようなケースでは、規模や機能が十分ではない。各国の現行の枠組みで、国際的な金融市場のバックストップが十分かという点については議論すべきだ。

――台湾有事となると、企業への支援、沖縄や九州地方への支援など、金融面での大規模な支援も必要になるが…。

 神田 まずは、大量の流動性を供給するという、日銀がこれまでも行っている危機対応をしっかりやることだ。日銀、財務省、金融庁の連名で緊急措置を発動し、社会不安や金融機関の取り付け騒ぎのようなものは抑えていく必要がある。さらに問題が長期化するような場合は、財政的な手当てが必要になる。経済対策やインフラ整備、在留邦人を退避させるための予算などで10兆円、20兆円といった単位で補正予算を組むとなると、予備費では足りなくなる可能性がある。そうなると急いで国債を発行して調達することになるが、有事にそれだけの国債を誰が引きけるのかが問題だ。日銀が引き受けるには、財政法5条の制約があることに加え、まさに円の急落や金利の急騰など、経済が大混乱に陥る可能性がある。また、円が急落しているなかで戦闘能力を維持し、戦争を継続していくためには外貨建ての国債を発行して外貨を調達する必要も出てくる。1988年以降、外貨建ての国債は発行していないと認識しているが、外貨建ての国債を平時のうちから発行し、ある程度投資家やロードショー先を開拓しておいて、いざというときにしっかりした金額を外貨で確保できるようにする準備も必要ではないか。

――外為特会をもっと利用していくべきではないか…。

 神田 邦銀の外貨資金繰りのために外貨準備を使う場合、国内メガバンクの外貨建てのエクスポージャーは3行それぞれ数十兆円持っており、それらを外貨準備で賄おうとすると外為特会はあっという間になくなってしまう。外貨準備を元に日本が単独で為替介入する場合、昨年の秋にたった3回介入しただけで10兆円減ってしまっているので、急激に円安が進む場面ではあっという間に資金が底を尽きてしまうことになる。このため、私は、外貨準備は為替介入の手段として対外的にアピールしつつも、実際は別の手段でしっかり賄う必要があると考えている。邦銀の外貨資金繰りのためのスワップ協定や外貨建て国債の発行検討など、有事の際の選択肢を確保していくなかで、外為特会が最後のバックストップとする位置付けが良いと思う。

――このほか、台湾有事に備えてわが国ができることは…。

 神田 こうやって台湾有事の話を議論するというのは、戦争に対する備えであることはもちろん、「わが国が有事に対して準備している」「中国が戦争を起こしても日本や米国は思い通りにはならない」と国内外にアピールすること自体が中国の意思決定を妨げ、戦争に対する抑止力になる。これまではタブー視されていた面があったと思うが、国民全体で議論して、準備をしなければならない。また、国際的にも、有事の際にはロシアと同じような経済制裁を行うというコンセンサスを、G7や中央銀行・財務省の会議などで事前に得ておくなど、志を同じくする国、中国の台湾進攻に対して反対する国が結束していると示すことが台湾有事に対する抑止力につながるだろう。[B][N]

――人生120年と言われるように日本人は長生きしている…。

 岸本 私は今年で61歳だ。人生が120年だとすると、残された60年はこれから社会に出る人たちの役に立ちたいと考えている。そのための具体的な行動として、3年前から「常若甲子園」というプログラムを始めた。これは、中学生や高校生が自分の職業人生をみつけるためのキャリア形成のサポートだ。現在の学習指導要領には小中高でキャリア形成できるようにカリキュラムが組まれているが、皆が納得する方法論があるわけではない。そこで、自分の人生の目的を見つけた人がその考えを発表する場となる「常若甲子園」を考案した。一人100秒程度で、自分の人生の目的とそれに向けた具体的な活動を動画で制作し、YouTubeに流すというものだ。それを見て、自分と同じ目的を持つ人や共感する人達が繋がり、その輪が目標に向かう気持ちを後押しするような場になればと考えている。「若常甲子園」は3年前に26人の小学生と高校生で始めた。最初は高校生の参加だけを考えていたが、小学生の推薦が二人あった。また、自分が生きてきた経験を伝えたいという70、80歳代から参加希望があった。大人の参加は、道なき道を歩む高校生の力になると実感している。どんな場所にいるか、どんな教育を受けているか、そういった事は全く関係なく皆に利用して欲しい。自分の将来目標がSNS上で複数の人と繋がり、その色がだんだん濃くなれば、実現の可能性も濃くなってくるだろう。今の時代はインターネットを使って色々な人と繋がることが出来る。自分の職業人生を考える中で、そういったネット技術の利点を大いに利用してもらいたい。

――生成AIなどデジタル技術が人の生き方を変える可能性もある…。

 岸本 『ホモ・デウス』の著者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、2100年の世界を描く中で「100年後の人類は今よりもっとヒューマニタリアンになっている」と綴っている。技術の進歩に伴って人間の生活は変わっていくが、一方で、人間の気持ちはより人道的になっていくという予想だ。仮にそういう可能性があるならば、100年後の日本はどのように技術発展し、その結果どのような暮らしを求めていくのだろうか。そういった興味から、私は町や村に住む方々の暮らしを観察し始めた。驚いたのは、都会で生まれて豊かに育ってきたのに、わざわざ離島や郡部に移住している人が多くいるということだ。「自分はお金を払って欲しいものを自由に買うことができるが、何かを作ることはできない。消費者の身体しかもっていない自分自身にうろたえ、果たして自分は何かを作り出せるのか、或いはそういう生活が出来るのかを試したいから来ている」という答えは都会で生まれ育った人の実感かもしれないと思った。話を聞いた人の中には、大阪大学の物理学博士課程を修了した女性や、東京の有名私立大学を卒業後に外資系金融機関に就職した若者がいた。人々の生活というものは、生まれた場所や親の職業によって違ってくると思うが、そのことに疑問を持つ子供がいるというのは意外な発見だった。少なくとも私はそういった疑問を持たなかったからだ。

――敢えて田舎に移住する人々が続出する現象から考えられることは…。

 岸本 私が住む世田谷区の集合住宅には約100世帯が住んでいるが、知り合いは5世帯もいない。近所と言っても隣に住んでいるだけの関係だ。ゴミ出し日のルールを守らない人や、自転車を自分勝手に置く人もいる。顔の見えない人間関係がもたらすストレスや社会的諸問題は多い。それが町や村への移住を促す要因になっていたり、都会の人たちが自分たちのライフスタイルを考え直すきっかけになっているのかもしれない。顔の見える人間関係を求めるライフスタイルの変化があるとすれば、それは今後の日本にどのような影響をもたらすのだろうか。小さい頃、家族で海水浴に行った。夕焼けを見ながら砂浜で感じた海のにおいは今でも懐かしい思い出だ。「五感を全部使って生きる」中で感じた気持ちはAI(人工知能)を使って文字表現することは難しい。他にも、死んだらどこに行くのか、生まれる前はどこにいたのかといった、目に見えない世界についてAIはどこまで関与できるだろうか。AIが発達していく中で、人間の関心は知識と情報から「感性」へと移っていくのではないか。

――AIの発達によりむしろ感性が重要になると…。

 岸本 IT技術の発達によって、パソコンさえあれば仕事ができるようになった。一方で、だからこそ人と一緒に何かをしたり、人の為に何かをするという事が大切な時代になっているように感じている。今のAIのラーニング機能では人の会話を数時間聞くだけで、その人が言いたいことが大体わかるようになるとも言われており、話す機能の付いたコンピューターが一台あれば一人でも生きていけると思っている人もいるかもしれないが、コンピューターに出来る事は「自分がしてもらいたい事」であり、「自分がしたい事」を決めることが私たちの大事な仕事になる。「自分の好きなことが人の役に立ち、且つ、それで生計がたてられる」というのが理想だろう。私たちの毎日は、何かをしたからお金が貰えるという「稼ぎの時間」としたいこと、しなければならないことをする「仕事の時間」の組み合わせでできている。後者の例は、コンクールへの出展の準備や、高校生の子供の弁当作りだ。好きなことであればうまくいかなくても踏ん張りがきく。「好きだ」という想いと紐づけながら職業人生を歩んでいけば、変化の速いこれからの時代、何かがあった時にも志を持って打開していくことができるのではないか。自分の好きな事や、やりたいこと、自分ごとに惹きつけてキャリア形成を一人ひとりが取り組めるよう学校教育の方法論が求められていると感じている。これから5年ないし10年、AIと人間の役割分担の線は明らかに変化していくだろう。それに伴って小中高校の教育内容は、今後の人間がやるべき事は何なのかを見据えて子供たちの教育方針を考えていかなければならない。ITを教えるということというよりも、個々人の人生のプランニングを助けるという観点だ。

――教育方針を考える現場の状況は…。

 岸本 昨年、全日本教職員連盟のシンポジウムに参加した。テーマは「学校のウェルビーイング」で、教職員や生徒の親、子ども自身のウェルビーイング(満足度)を考えるものだった。その場にいた教職員の雰囲気は「自分たちの幸福度よりも親や子供の満足度を高めたい」という感じだった。すばらしい考えだが、教職員の負担は過重になっており、病気で休む教師の割合も高い。先ずは教職員のウェルビーイングを改善しなければ生徒へのサービスの改善は難しいと感じている。規模の経済が働く部門は小さくなった。隣の人と同じ仕事をするのは人気がない。1000人生徒がいれば人生は全て異なる。しかし学校教育の方針は一つの方向に導き順位づけすることが基本だ。順位づけができないことがたくさんあることを思い出さないといけない。校則にしても犯罪や安全に関わることに絞って良いのではないか。土台にメスを入れてこそ、学習する内容を見直したり、個別最適教育を広げる意義が出てくる。

――これからの抱負は…。

 岸本 「常若甲子園」や、学校教育におけるキャリア形成に加え、お金をかけずに志と知恵で健康と教育の問題を解決することを考え、形にしていきたい。国と地方の財政赤字は、早晩行政サービスを見直すことを迫るだろう。フロントに立つ市町村が教育、医療、福祉を見直さざるを得なくなる。そうなった時に慌てなくてよいように、健康と教育は自分たちのお金と知恵で解決していくという住民自治の考え方に立って民間事業を発展させたいと思っている。同時に、厳しい労働環境にある医療福祉従事者や学校の教職員がゆとりをもって生活できるようになればと思っている。[B]

――日本の半導体産業が弱体化した原因をどう見るか…。

 大塚 日銀で半導体の調査担当をしていた約40年前は、日本が世界の半導体シェアの6割を占めていた最盛期だった。そこから今日の状況に至ってしまった理由はいくつかあるが、そのひとつはバブル崩壊後に「3つの過剰」解消がブームになってしまったことだと思う。1999年の経済白書に盛り込まれた「3つの過剰」の3つとは「債務・設備・雇用」を指す。バブル崩壊後の経済再生を目指していた日本ではこの3つを削ることができる経営者が良い経営者と言われるようになった。しかし、設備を削ったら何もできない、設備を得るには借金も必要だ、最後は何をするにも人材が頼りだが、その3つを削れと号令をかけた日本が成長するはずがない。雇用過剰を解消するために半導体メーカーはエンジニアをリストラしたが、その多くが中国や韓国の半導体メーカーに雇用され、結果的に中国や韓国の技術力向上につながった。その頃、1987年に創業した台湾TSMCの創業者モリス・チャンは「収益を計上する余力があれば、すべて技術開発と人材育成に投入しろ」と指示していた。韓国サムソンの創業者李秉喆(イ・ビョンチョル)は「不景気の時こそ設備投資しろ」として、積極的に半導体設備投資を進めていた。その間、中国では1992年以降、鄧小平が「南巡講話」で改革開放を訴え、安い労働力を売りに中国への投資を呼び掛け、日本企業は競って中国に進出していった。これに対し台湾総統の李登輝は、「戒急用忍」つまり「急がば回れ」という大号令を出し、「重要な産業は大陸に持って行ってはならない。とりわけ半導体産業の国外持ち出しを禁じる」として1995年に対中貿易制限法を制定して自国の産業保護に腐心していた。以上のような経緯を振り返ると、現在の日の丸半導体の低迷は、わが国の政財界の注意力不足、判断ミスと言わざるを得ない。

――半導体分野で戦略的に日本が競争力を確保できる分野を開拓することが急務だ…。

 大塚 半導体製造プロセスにおいて、中流工程のシリコンインゴットの分野は日本とドイツの優位性が維持されている。しかし、さらに上流の原材料の硅石は地球上のどこでも採掘できるにもかかわらず、精錬された高純度シリコンはブラジル、ノルウェー、中国など一部の国がシェアを占めている。それは、精錬して高純度シリコンにする過程で膨大な電力を消費するため、電力料金の安い国が優位ということだ。これについては、生前の安倍元首相に「せっかく中流で優位なのだから、上流で他国に依存するリスクを回避するため、国策として硅石の精錬メーカーに安い電力を供給して国内生産してはどうか」と提言したことがある。また、半導体チップに微細な配線を焼き付けることができるEUV(Extreme UltraViolet:極端紫外線)露光装置はオランダASMLの独壇場であるが、EUVは1986年に日本人が発明した技術だ。また、次の半導体材料のひとつと言われているカーボンナノチューブも日本人が1991年に発明したものだが、今や中国と米国にリードされている。日本は自ら開発したテクノロジーや技術を製品化に活かすことができない体質が根付いてしまったが、これは国の産業政策や企業経営者の問題だ。日本は労働生産性が低いのではなく、政策や経営の生産性が低いと言うべきだろう。究極の半導体材料とも言われる人工ダイヤモンドの実用化が迫っている。この分野でも過去の轍を踏まないように日本のエンジニアや企業の奮闘を期待したい。政策や経営が現場の邪魔をしては、本末転倒だ。

――日本は技術を盗まれることが上手だ(笑)…。

 大塚 世界的には半導体の微細化は限界を迎えており、次は積層化技術が主戦場になる。さらに微細化するといっても2ナノメートルぐらいまでが限界だということはサムスンやインテルも分かっていることだ。日本はベルギーのimec(アイメック)という半導体研究機関と組んで2~3年後に2ナノメートルまでの技術を獲得しようとしているが、ここで注意が必要なのは、imecは逆に日本の積層化技術に注目していることだ。日本にもimecと組むメリットはあるが、imec側にもメリットがあるからこそ日本と組んだということを肝に銘じる必要がある。過去と同じ轍を踏まないように、合意や提携は相手にもメリットがあるから成立するということを念頭に置かなければならない。西側諸国として対中国、対ロシアの価値観を共有しているから協力してくれるというような綺麗ごと、表面的な話ではない。現状では日本の優位性が維持されている積層化技術が流出しないような注意力と戦略的運営が肝要だ。日本が守るべきものは何かということを、政府、産業界が共有し、注意深く他国との提携や協力を進めることが大切だ。

――台湾のTSMCが熊本に半導体工場を建設する…。

 大塚 喜ぶべき話ではあるが、日本が誘致できたTSMCの工場は最先端ではない。半導体集積回路には、ロジック半導体、パワー半導体、センサー半導体など様々なカテゴリーがある。1980年代に日本が半導体業界の中心にいたころは、家電に搭載されるパワー半導体を日本が制覇していた。日本はパワー半導体では現在も優位な立場にあるが、スマホやパソコンのCPUとして使われるロジック半導体では完全に劣後している。4年ほど前、経済産業省に各国メーカーが何ナノメートルまで微細化が実用化されているかを比較図にしてもらったところ、サムスン、インテル、ファーウェイ子会社ハイシリコン等は5ナノメートル前後だったが、その時点で日本は40ナノメートルと桁違いに遅れていた。パワー半導体中心の日本の微細化技術力の相対的地位は現在も変わっていない。日本企業は「半導体は消耗品だから安い国から買えばいい」と考えていたことが災いした。ロジック半導体は産業の生命線を握っている。TSMCは最先端技術を日本には持ち込まず、熊本工場もせいぜい2桁台のナノメートルにとどまるはずだ。台湾は中国対策として製造拠点を世界各地に分散させていく必要があり、その一環として熊本に工場を作った。どの程度の技術を熊本に持ち込むかは、日本との交渉次第だろう。imecの場合と同様、日本固有の技術を適切にブロックしつつ、バーターとして微細化の技術を引き出す必要がある。

――半導体問題に関心を持ったきっかけは…。

 大塚 日銀の新人時代に産業調査を担当した時から関心は維持している。微細化やGPU等の新しい要素は続々と登場しているが、上流から下流までの基本的産業構造は変わっていない。1980年代に当時の半導体メーカーや信越化学等から学ばせてもらった基礎知識は基本的に陳腐化しておらず、現在もその延長線上にある。2010年代に入って意識的にフォローアップしているのは、この分野に関してある程度の知見や土地勘を持たないと産業や経済の先行きを見通せないからだ。岸田政権の評価すべき点は、日本の給料が30年間上がっていないこと、半導体産業を含めた日本の競争力が低下していることを認めた点だ。実質賃金や産業競争力に関して安倍元首相とも国会で議論してきたが、安倍さんは常に総雇用者所得や労働生産性の話に転じていったため、議論は深まらなかった。上述のような半導体の産業構造のことも議論したことがあるが、やはり労働生産性の話に転じていった。労働生産性は「結果」であって「原因」ではない。政策や経営の生産性が高くなければ競争力は維持できない。政策や経営の拙さ故に売上や利益が増えなければ、労働力で除した労働生産性が低下するのは当たり前だ。

――ようやく経済安全保障の議論が一般的になってきた…。

 大塚 半導体以外にも経済安全保障の論点は多岐にわたっているが、ようやく議論できる土壌ができてきた。2014年に国家安全保障局を作ったことは安倍元首相の功績の1つだが、経済班は2020年に設立された。2020年3月、コロナ禍の中で安倍元首相に経済班の対応を質したところ「経済班はまだ作っていない」との答弁が返ってきた。そこで経済班設置の必要性を説き、翌4月に設立された。こうした経緯もあるので、国家安全保障局経済班とは断続的に意見交換しているが、その延長線上で外国人土地取得規制法案も提出した。中国人と中国企業は日本の土地を取得できるのに、日本人と日本企業は中国の土地を取得できないのは相互主義に反する。こうした当たり前の国益の話がようやく真正面からできるようになったことは前進と言える。[B][N]

――「CFO思考」(ダイヤモンド社)という本を著された…。

 徳成 私は過去にペンネームで十数冊の本を書いたが、今回の本は初めて実名で記した。長年、海外駐在も含めグローバルな金融の世界で働いてきた中で、日本社会の弱点として感じたことが金融リテラシーだ。日本には金融リテラシーの義務教育がなく、一般の事業会社では企業に入ってからも教えない。そんな中で、政府の「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、DC年金やつみたてNISAなどを薦められても、普通のビジネスパーソンにはよくわからないだろうと思い、投資や金融リテラシーの本をペンネームで書いてきた。私は三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に新卒入社して運用業務と融資業務を、そして三菱UFJフィナンシャル・グループとメーカーのニコンではCFOとして資金を調達するなど、多様なポジションを経験した。三菱UFJ時代には米国子銀行の取締役も経験し、その中で、日本の財務経理担当役員と欧米流のCFOの違いを大きく感じた。世界には色々なタイプの投資家がいるが、資本市場の歴史が浅い日本ではそういった投資家に対応できるCFOが育っていない。そこで、今回は実名で、日本の伝統的な企業の財務経理担当者に向けて、グローバル基準のCFOを目指して欲しいとこの本を書いた。スタートアップ企業の若手経営者の皆さんも読んでくださっていると知り、日本経済への希望を感じている。

――ニコンのCFOとして就任したのは2020年4月。苦労したことは…。

 徳成 ニコンは過去2度、早期退職を実施したため中間管理職が少ない。そのため、昨年1年間の採用は新卒よりもキャリア採用の方が多く、現在の管理職も約3割はキャリア採用だ。技術者の採用も、これまでのモノを作る技術者よりもデータやソフトウェア関連の知識を持った技術者を多く採用している。こういった変革は現社長の馬立のもとで進められている。私がニコンに入社した1週間後にコロナ禍による緊急事態宣言が出て在宅勤務となったため、部下の顔も覚える暇がなかった。飲み会にも行けずコミュニケーションも図れない中で、会社の状況を把握するのは大変だった。しかし、コロナ禍で売り上げが一気に低下して赤字になったことで、皆の危機意識にスイッチが入り色々なことが進んだ。それはむしろ良かった事だ。

――CFOとしてコロナ禍に進めた事は…。

 徳成 当時は創業103年の歴史の中でも最大の赤字状況にあり、先ずはそれを止血すること、次にビジネスモデルの変革、そして次の成長の種を蒔くことが私の仕事だった。そのような考えのもと、一眼レフからミラーレスにシフトし、ミドル・ハイエンド商品に絞ったことで、スマートフォンに押されて2年連続赤字だったカメラを扱う映像事業は完全に黒字になった。今では稼ぎ頭だ。現代はスマホを使って写真を撮り、それを編集してSNS上に載せる事が誰でもできる。それは裏を返せば映像表現の面白さを誰にでも感じてもらえる環境にあるということだ。そのうちの何割かの人々がスマホに飽き足らず、他の人とは一味違う写真を撮りたいと考え、我々のミドル・ハイエンド商品に興味を持ってもらえれば良い。また、これまで「ニコン製」という完成品に拘っていたものを、部品などのコンポーネント、要は中間製品の生産・販売に注力するよう、新しく事業を立ち上げた。その事業部門は初年度1億円だった利益が一昨年度127億円、昨年度は146億円と急伸した。半導体が稠密化していく中、我々がこれまでに半導体露光装置で培ってきた色々な技術が、半導体関連のメーカーの皆様の悩みに応えることができるのではないかと考えたことが的中した。今は、新しい成長の種となる光の技術を使って、サステナブルな新しい世の中をつくり上げるという成長戦略を立てて取り組んでいるところだ。例えば、レーザーによる様々な金属加工を実現する当社の「光加工機」は、飛行機の表面をサメ肌の形状に加工して空気抵抗を低減し、燃料費及びCO2排出量の削減に貢献出来る。この技術はすでにANAとJALの航空機でテスト採用されている。

――変革を遂げる中で、アクティビストの意見と衝突するようなことは…。

 徳成 広義でのアクティビストとはお付き合いがあるため、当然色々なご意見を頂く。基本的に投資家はそれぞれ違った意見があり、株主配当が良いという人もいれば、株主還元を増やすよりもM&Aに資金を投入した方が良いと考える人もいる。アクティビストといっても議決権行使で通らなければ、その提案は意味がないということをわかっているため、取締役会で納得してもらえるような提案や、他の株主から賛成票が貰えるような、まっとうな提案をしてくるケースも増えているようだ。CFOとしては、フィルターの役を果たし、理不尽な要求には応じないが、会社のためになる提案と考えれば取締役会で議論をするという姿勢が大切だと思う。普通の株主は意見が通らなければ株を売却して終わりだ。不満を持った株主の皆様が何も意見を言わずに黙って離れていってしまうことのほうが実は怖い。

――株主から短期的に利益を求められ、自社株買いに走るような企業もあるが…。

 徳成 当社は自社株買いもしているが、それほど大規模ではなく、中期経営計画でも配分可能原資の約9割は成長戦略のためのM&A、設備投資、R&Dに使い、残りの1割を株主還元に使うと明記している。株価を短期に上げるには株主還元の割合を増やした方が良いのは明らかだが、我々はそうしていない。それを株主の皆様は御理解くださり、評価してくださっている。だからこそ株価も上がってきているのだと感じている。また、こういった我々のスタンスを評価してくださる投資家を選び、株主になってもらえるようお願いしに行くのも私の仕事だ。最近では長期保有が期待できる年金基金やソブリンファンドなどにも会ってもらえるようになってきた。長期安定株主の存在は、他の投資家の方々にとっても安心材料となる。実際に当社の株主にはそのような長期投資家が増えてきており、私はその期待を裏切らないようにこれからも努めていく。

――一般の事業会社のCFOについて思う事は…。

 徳成 CFOになるためには、先ず数字がわかる事が大事で、次にコミュニケーション能力の高さが求められる。欧米やアジアでは女性のCFOも非常に多く、三菱UFJが出資したタイのアユタヤ銀行やインドネシアのバンクダナモンでも女性CFOが活躍していた。日本の女性達にも期待している。また、CFOは業態を変えても活躍できるのも魅力だ。モルガンスタンレーの元CFOはグーグルのCFOとして手腕を振るい、米ゴールドマン・サックスの財務担当者もX(旧ツイッター)に迎え入れられた。GAFAがこれだけ伸びたのは業種を跨いで異動したプロCFOの力だと言っても過言ではないだろう。今、スタートアップで頑張っている日本企業のCFOも、ベンチャーキャピタルとして資金調達に奔走するという、企業として一番大変なところを経験していると思う。そういった人たちがこの本を手に取り、評価してくれているのは、私としても大変喜ばしい。

――取締役と執行役を分離させる方向となっている日本のコーポレートガバナンスについて…。

 徳成 現在のコーポレートガバナンス・コードでは、日本の企業が十分にリスクを取っていないことについて「社外取締役を入れることで健全なリスクテイクを後押しする役割をすべきだ」とされている。しかし、それはなかなか難しいと思う。経営者として成功された大企業の社長や会長が社外取締役となったとしても、彼らはどちらかというと会社が永続することに重きを置いていらっしゃる。監視役としての役割を果たしておられる方に、リスクを取るよう提言する役割を期待する事は無理があると思う。アメリカではBoard3.0が話題となり、PE(プライベート・エイクティ)など長期投資家代表を積極的に取締役会に入れていく事が提言されているが、日本では現実的ではない。日本企業で健全なリスクテイクを進めていくために私が考えるのは、社外取締役として、別の会社でCFOを務めていた人物もしくは証券会社のアナリストなど、資本市場に精通している人や投資家と関わった経験のある人を入れることだ。三菱UFJフィナンシャル・グループでは、必ず他の会社でCFOを経験した人材を社外取締役に招いていた。そうすると社内のCFOと議論をすることが出来る。そうすることで取締役会での資本の使い道に関する議論も活性化する。

――金融機関の若い世代に期待することは…。

 徳成 私の古巣の金融機関のビジネスパーソンには、転職してもその人と仕事をしたいなと思われる人物になっていってほしいと思う。これからは企業サイドも、銀行や証券を金融機関の名前で選ぶのではなく、自分たちの会社の事をずっとサポートしてくれるような人物やチームと付き合っていく時代になるだろう。[B]

――法改正によって総会屋がいなくなり会社を批判できる者がいなくなった今、アクティビスト(物言う株主)は資本市場の健全化のために必要な存在だ…。

 丸木 我々は株主である以上、利潤を目的とする。株価の上昇と配当以外は何も得られない株主にとって、株主価値を上げるために必要な提言は当然の事だ。経営者は、有権者から選ばれた政治家と同様に、株主の利益のために働くということだ。「企業には色々な利害関係者がいて、給料や税金の支払い、社会貢献の問題もあり、株主だけに向くことは出来ない」という意見もあるが、それは間違っている。従業員への給料やボーナス支給、取引先への対価支払いや銀行融資への返済などは債権債務であり、それらを契約に基づいて支払う事は義務だ。しかし、株主は利益が出た時にしか配当が貰えず、損をすれば財産がなくなって終了という立場にある。そのリスクを全て背負っているからこそ、法律は株主に特別な権利を与えている。もちろん、利益を上げる手段として関係者を大切にすることは大事であり、我々は株主価値を上げるために従業員の給料を上げるよう提案をしたこともある。我々の提案をある程度受け入れてもらった結果、我々が投資して売却した会社の株価は、我々が売却した後の方が上がっているケースが殆どだ。それは我々の誇りとしているところだ。

――投資先の見つけ方は…。

 丸木 先ず、本業のキャッシュフローが安定している会社で、なおかつ、現金や有価証券、或いは本業と関係のない不動産などでアセットを持ちすぎている企業だ。そして、コーポレートガバナンスに改善の余地が多いところだ。例えば、天下りなど役員の選び方が不明瞭だったり、役員報酬の決め方が不明確だったり、いまだに買収防衛策があったりといった、改善点が多い会社を選んでいる。基本的に我々はビジネスのオペレーションには口を挟まないが、改善して欲しい事項はしっかりと会社に伝えている。100%その改善要望が通らなくても、ある程度採用してもらえれば、株価が上がってリターンが得られると考えているからだ。しかし、大抵の会社は株主が提案すると条件反射的に反対し、それが出来ない理由を考える。そして、株主の資産を使って助言会社や弁護士等のアドバイザーを雇い、「どうすればこのうるさい株主たちの言いなりにならずに済むのか」という相談をするのだが、大抵のアドバイザーは経営者に気を使ってか、耳の痛いことは言わずにオブラートに包んでしまう。それが、日本の企業統治の改善がなかなか進まない一因となっている。

――豊かな日本を長い間享受してきた人たちが、改革の必要性もその意識もないまま現場のトップから経営者となるケースが日本には多い…。

 丸木 現場では優秀でも、経営者として優秀であるとは限らない。一般的に日本人は勤勉で優秀な人が多いが、トップの人のレベルに関しては欧米や中国の方が高いと感じる。その理由は、日本ではトップとしての訓練がされていない人がトップになっているからだと思う。日本の会社に余剰資産が多い理由も、保有資産がないと何かがあった時に経営者が不安だからだ。経営に自信がないために余分な資産を持ち、資本効率性が悪くなり、そのためROEも低い。経営に自信がないのであれば、自信のある人に経営を変わってもらうべきだ。経営が失敗した時の為に資産を保有しておくのではなく、失敗しないように色々とリスクを考慮しながら経営していくのが本筋だ。株主もそれだけのリスクをとったうえで投資をしているため、経営者がきちんと考えて行動したうえでの失敗に対しては、甘受すべきだ。

――資産が株主にとってプラスになるような、例えば右肩上がりの会社の株式を持つ事については…。

 丸木 会社が保有する他社の株式のリターンで、投資家の期待に応えられる会社はまずない。必ず右肩上がりが続く株式を選別できる眼識を持っていれば別だが、素人では難しいし、仮に利益が出ても法人税が発生する。ROEは税引き後のリターンであり、それが8%以上であることを目標とするならば、日本の上場株式の平均リターンでは届くことはない。我々のような専門家でない限り、それだけのリターンを得る事はまず出来ないだろう。投資している会社が有価証券投資で利益を得ることを期待するよりも、投資家は別途自分で投資信託を買った方が良い。投資家は、その会社の本業で利益が出る事を期待して投資するものだ。企業というものは、本来の事業に必要な投資をして利益を出すことが重要だ。よく「日本の経営者はキャッシュの上に座っている」と言われるが、確かに日本の企業は安全弁を持ち過ぎている。日本は2度にわたる金融不安で、銀行が融資をしてくれないという経験からキャッシュを手放せないということかもしれないが、例えばリーマンショック後の米国で、米国企業が同じような行動をとっているかと言えば、取っていない。これは日本特有の企業行動だ。コロナ時に「日本企業はお金をため込んでいてよかった」という声が上がっていた時でも、私の知り合いの米国人は「そんな無駄なものをもっているからROIC(投下資本利益率)が上がらないのだ」と話していた。

――一方で、経済安保の観点から考えると、例えば黄金株などを持つなど対策を考えておく必要があるのではないか…。

 丸木 例えば、トヨタが持ち合い株を大量に保有しているのは、中国企業からの買収を防ぐためとの説明を聞いたことがある。しかし、「電気通信会社の株式について20%以上は外国人が保有してはならない」という規制があるように、外資から守るべき企業は外為法だけではなく、業種特有の法令で規定するのが王道であり、日本特有の株式持ち合いは止めるべきだ。政策保有の目的は、「株を持っていると取引ができる」ということらしいが、そこには、製品やサービスの質を上げようとするインセンティブが失われる危険性が潜んでいる。また、政策保有株式を持つ相手企業は安定株主だ。その意味するところは「会社の資産を使って取引先の経営者の保身に協力する」ということであり、それが果たして、株式会社の資産の使い方として正しくないのではないかという問題がある。そもそも株を持っているから取引できるというのは「取引という利益を与えている」という点で、会社法120条に違反しているのではないかという考え方もある。さらに、政策保有株式を持つ安定株主は、株式発行会社の総会議案には常に賛成するものだ。そうすると、自社株式を保有する経営者や安定株主を合わせて5%を超えるようなケースでは、議決権行使という面から考えて「共同保有者の大量保有報告制度」を出すべきだと思う。そしてなにより、政策保有株式を持っていると、その株の時価評価で財務状況が変化する。例えば、2000年代の初めは、本業では利益が出ていても政策保有株式が評価損で減益となったり、赤字となるケースもあった。また、株式の含み益は自己資本に入るため、マーケットが強い時は自己資本が膨らみ、マーケットが弱い時には自己資本が縮む。そんな自己資本でROEの目標設定が果たしてできるのかという問題がある。そういった様々な理由から、我々は、政策保有株式は持つべきではないと考えている。

――最近、盛んにSDGsが唱えられているが、株主にとってその位置づけは…。

 丸木 SDGsは、近年は投資家にとってはESGのEとSのことと理解している。ESGは、投資のトレンドとして無視できるものではなくなった。米国では、エネルギー産業そのものの否定に繋がるとの考え方や、例えば、CO2を相殺するのに多額の費用が掛かるとなれば、それは株主にとってはマイナスだという考え方がある。しかし、世界の大勢ではESGの優れた会社に投資しようという動きが強く、ESGに優れた会社に投資しようとする投資家が増えれば、その会社の資本コストは下がり、結果として株価が上がることになる。賛同できないのは、社会貢献と称した「建前だけの寄付」だ。株主としては、本業と関係ないところでの環境・社会貢献は必要ないと思っている。ESGの振りをするためだけに寄付するのは止めるべきだ。寄付したいと考える経営者が個人で寄付すればよい訳であり、株主のお金を使って寄付すべきではない。我々にお金を預けている投資家は米国人が多く、3年程前から「ストラテジックキャピタルのESGポリシーはどうなっているのか」ということを気にし始めている。我々としても具体的に投資先企業に働きかけ、投資家の声に対応するようにしている。例えば、石炭火力発電所への部品供給ビジネスをおこなっている商社にそのビジネスからの撤退を求めたり、パチンコ等のギャンブル業界から手を引くよう提言したり、建設会社には労災事故について調べて再発防止策を徹底するよう求めている。法令違反のみならず社会正義に反すると思われることについても、会社として社会的規範を順守してもらうように働きかけている。ESGのGであるカバナンスの問題も同様だ。それによって我々が投資する会社の企業価値が高まり、株主価値が上がれば良いと考えている。

――御社自身の顧客(投資家)構成について…。

 丸木 8割超が外国人投資家だ。当社は上場企業の経営者に敵対的になる可能性が高く、例えば、日証金の歴代社長に日本銀行出身者が就任し続けていることを問題視して声を上げている。そんなところに金融機関やその運用会社が投資することは簡単ではないかもしれない。また、日本の事業会社の年金基金担当者にグループ企業の株は買わないように相談されても、そういった約束は出来ない。そういった理由から、当社の顧客(投資家)の構成は必然的に海外の投資家が多くなっている。もちろん、日本の機関投資家でも入っていただいているが、それはごく一部だ。裏を返せば、だから生き残っていけているのだと思う。他の日系機関投資家も我々のように企業に対して株主としてはっきりとモノを言うようになったら、我々の存在価値はなくなり、この程度の規模では生き残っていくことが出来なくなる(笑)。

――今後の抱負は…。

 丸木 もちろん、ファンドの規模を大きくし、日本経済がもっと活性化するようなお手伝いが出来るようになりたいという思いはある。ただ、一方で、弊社の投資家の意向として、ファンドのサイズを大きくしてほしくないという要望もある。過去の投資運用会社は、小さいうちは運用成績が良くても規模が大きくなると成績が下がっていくというケースが多かったかららしい。そういった事から、当面はあまり大きくないサイズでパフォーマンスを上げ、ゆくゆくは投資家のご了解を得たうえで徐々に規模を拡大していければ良いと思っている。[B]

――今後の抱負と課題は…。

 山道 我々のミッションは不変であり、公平公正な売買機会の提供と、世界中の投資家や企業に魅力的な市場やサービスを提供することで、豊かな社会の実現に貢献することだ。これを果たしつつ、市場を取り巻く環境の変化に対応し、デジタル化やサステナビリティに関する取り組みなど、これまで取引所の枠組みになかった新しい分野を積極的に開拓し、競争力を向上していこうと考えている。課題は様々あるが、まずは国内外への情報発信を強化していきたい。昨今、日本を取り巻く環境は大きく変化している。ロシアによるウクライナ侵攻、中国によるロシア支援、台湾情勢の悪化など、地政学リスクが高まっている。その一方で日本国内では、今年度の日本企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、名寄せ後の個人投資家の株主数が過去3年間で10%以上増加するなど、過去20数年間では見られなかったインフレマインドへの変化が見られている。我々も「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなどの取り組みを進めているところであり、日本においてこのような「良い変化」が起きていることを、しっかりと国内外の投資家に伝えていかなければならない。

――情報発信の方法は…。

 山道 情報発信については私からはもちろんのこと、様々なところから、いろいろなレベルで発信していかなければならないと考えている。JPXは非常にステークホルダーの多い会社だ。一般的な会社のステークホルダーとしては、株主、従業員、顧客、地域社会などが挙げられるが、我々の場合はそれに加えて、上場会社、国内外の多種多様な証券会社、様々な投資家、規制当局、さらにはマーケットを分析している有識者などもいる。こうした数多くのステークホルダーと意見交換をしながら、ステークホルダー目線なり、ユーザー目線なりを取り入れていくサイクルを構築し、マーケットの変化を捉え、対応していく必要があると考えている。私自身、国内外問わず、コミュニケーションをとっていくが、社員にもいろいろなレベルでコミュニケーションをとってもらうことで、その成果を組織の施策に活かしていきたい。今年1月に東証と大証が合併してJPXが設立してからちょうど10年を迎え、現在は11年目に入ったところだ。過去10年を振り返ると、東証と大証の統合はもちろん、東京商品取引所の統合と総合取引所の実現、市場区分の見直しなど大きな出来事があったが、いずれも順調に進んだと考えている。今後も不変のミッションを果たし続けながら、情報発信の強化やオープンな組織風土の醸成を進めつつ、今後の10年を築いていきたい。

――取引所の統合の目的の一つである競争力向上についてどう考えているのか…。

 山道 取引所ビジネスにおいて、競争力を規定する要素は実は少ない。1つ目は上場している商品の質と量。現物市場であれば上場企業、デリバティブ市場であれば上場している指数・商品先物やオプションなどになる。2つ目は市場に参加する投資家の数と幅。東証は世界でも特に現物市場の流動性が高いと評価されている。どれだけの上げ相場であっても買うことができ、どれだけの下げ相場であっても売ることができる。これを可能にしているのは多様で幅広い投資家層であり、彼らがこの流動性を生んでいる。3つ目がシステム。取引所というのはシステムを中心にしており、ほぼIT企業のようなものだ。従って我々の売買システムが信頼性、堅牢性、利便性で競争力を有しているかどうかが要素となる。4つ目が取引制度や規制が安定的でユーザーフレンドリーであるか否かという点だ。これらのうちで商品の質と量については、上場商品の多様化として、例えば現物市場であればIPOの推進や、アクティブETFなど新しいタイプのETFの上場制度整備など、デリバティブ市場に関しては、最近では日経225マイクロ先物や日経225ミニオプション、短期金利先物などの上場などを行っている。一方で、「資本コストや株価を意識した経営」を企業に要請するなど、投資対象としての上場企業の魅力・質を高めるための取り組みも実施している。

――コーポレート・ガバナンス改革は企業の負担との声も聞かれている…。

 山道 コーポレートガバナンス・コードの導入から8年間が経過し、その間に2度の見直しを行ってきたが、ようやく海外の企業から進展が見られていると評価されてきた。今後も改革を持続していくという意思を持ち続けることが重要と考えている。もちろん負担が大きいとの声も受けており、細則主義に陥らないことが大切だ。5月にG7財務相・中央銀行総裁会議に先立って、金融庁とOECDが共催したG7ハイレベル・コーポレートガバナンス・ラウンドテーブルに参加したが、その時の結論はコーポレート・ガバナンスの要諦は形式ではなく実質であるということであり、実質面の追求は日本だけでなく世界中の課題となっている。一朝一夕で解決できる問題ではないが、今後、どのように実質を追求していくかを考えていかなければならない。実質という意味では、「資本コストや株価を意識した経営」の要請も、単に資本コストを計算し、株価を上昇させればよいという話ではなく、中長期に持続的な成長をどう達成するかが本質だ。要請を行ったのは私の東証社長としての最後の日だったが、「単に自社株買いや増配を求めるものでない」ということをはっきりと記載した。もちろん自社株買いや増配を否定するものではなく、余剰資本を株主に返すのは当然の話だが、今回の要請の趣旨は、研究開発・人的資本への投資、設備投資あるいは事業ポートフォリオの見直しなど中長期的な企業価値の向上に資する方策をまず考えてほしいという点にある。

――企業の内部留保も問題視されている…。

 山道 過去数十年間はデフレ経済だったため、現金を保有することがある意味正しい判断だった。しかし、現状では電力料金値上げや食品価格の上昇、企業レベルでも大企業を中心に賃金上昇が進んでいる。今年度の企業の設備投資計画が過去最高となっているほか、JPXの株主数がこの1年間で13万5000人に倍増したことなどにも表れているように、家計金融資産も株式投資に向かっており、明らかにデフレマインドからインフレマインドに転換してきている。日銀の金融政策次第だが、もし金融政策が変化するとすれば、ある程度のインフレが定着したということ。マーケットは一時的に円高・株安に振れると思うが、その後のマーケットへの影響を考えれば、良いことだろう。

――IPO市場の活性化について…。

 山道 IPOは、新しい経済の担い手であるスタートアップがリスクマネーを調達し、成長するという循環の一部を担っており、連綿と続いていくことが重要となる。我々はIPO活性化に向けて3つの施策を実施している。1つ目が地方におけるIPOエコシステムの構築だ。証券会社や監査法人、IPO経験者などのコミュニティは東京や大阪には存在しているがその他の地域にはあまりない。そこで地方公共団体や地域金融機関、経済団体、大学等と連携して、地域のIPOを目指す人々のためのエコシステム構築を支援している。これまでに全国の地域金融機関11行および1大学と協定を締結し、エコシステム構築に向けた支援活動を行ってきた。こうした取組みの成果もあり、近年では、東京以外の地域から、毎年30社を超える新規上場企業が生まれている。地域経済・雇用の活性化に直結する取り組みであるため今後も精力的に取り組んでいく。2つ目がクロスボーダーIPOで、アジアでのIPOを目指している企業に対して集中的にマーケティングを行っている。クロスボーダーIPOを実現した上場企業は2011年以降の累計で21社だが、水面下では20社程度が東証でのIPOに向けて準備を進めており、毎年3~5社のクロスボーダーIPOが実現できると考えている。アジアの取引所では、シンガポールは流動性に乏しく、セカンダリーでのオファリングが難しく、香港は中国のリスクもあり、敬遠されていることなどもある。そのため、流動性があり、セカンダリーオファリングが可能な東証はアジアにおいて最適とされている。もちろんNASDAQに新規上場したいという企業もいるが、そうした企業においても、東証をインキュベーターとして活用し、成長してからNASDAQに上場するという考えも持つ企業もいる。

――市場区分見直しについては…。

 山道 3つ目が、現在、市場区分見直しに関するフォローアップ会議でテーマに挙がっている、グロース市場の活性化だ。IPO市場の機能強化と上場後の成長に関する方策の2つの面から議論をしている。足元ではグロース市場上場企業の経営者から意見を募集しており、この意見を踏まえて議論を本格化していく。日本にはユニコーンがいないという意見もあるが、我々としては大きく成長してから上場していただいても、小さいうちに上場して、資金調達をして大きく成長していただいてもどちらでも構わない。ただ、日本の場合、レイターステージにおけるリスクマネーの供給者が少ない。そのため、現在の環境下で上場基準を引き上げると、レイターステージの企業が資金調達できなくなり、エコシステムにとってマイナスとなる。英国では年金運用の5%をスタートアップに割り当てるような改革案などの動きがでている。日本も同様にリスクマネーの供給を促進する必要があると考えている。[B][X]

――昨年12月、「東京工業大学つばめ債」(40年サステナビリティボンド、発行額300億円)を発行した…。

  田町キャンパスの借地権を設定し、試算では年45億円の土地活用事業の収入を担保に債券を発行した。使途は主にキャンパスの再開発だ。大学の規模に対して相対的に発行額を大きくできたのは、やはり返せるメドがあるためだろう。東工大は年間約500億円の予算で活動しており、これまではそれ以外の自由にできるお金を持っていなかったが、土地活用事業によって約10パーセントの余裕ができたことによって、長期的な戦略を初めて立てられるようになった。その効果は大きい。

――学部の統廃合については…。

  将来的には、進めていくべきだと考える。長い歴史のなかでは学問の名前も変わるし、講義体系も変わっていく。歴史をさかのぼれば、明治時代の東工大は、窯業など当時の日本の主要産業だった軽工業を支える学問を教えていた。その後、例えば窯業学科なら無機材料分野につながっていった。ただ、それぞれの学科にある基礎的な学問領域をどのように扱うかということは慎重に考えなければいけない。化学をやるなら有機化学と物理化学を勉強しましょう、という点は変わらない。基礎科目と変化していく専門分野とをどのように組み合わせるかというのはとても重要だ。また、現在の技術動向を考えると、少なくとも情報系の教育は強化しないといけない。情報系学科の重要性は理解していても、歴史的な経緯もあって、東工大の情報理工学院はまだかなり小規模だ。そのため情報理工学院の学士課程の定員を現在の90人から130人に増やすよう文科省に申請したところだ。学科再編をしようとした時には、どこの大学も一緒だと思うが、学内の反対意見をどのように変えていくかというのが難しい。また、文科省の定める入学定員と教員数に関するガチガチの規則にもやりにくさを感じている。

――24年度秋をメドに、東京医科歯科大学と統合して「東京科学大学(仮称)」となることを検討している…。

  医学部も色々な学業分野のなかの一つだ。単に医工連携だけをやるために統合するわけではない。自分たちのそれぞれの強みを持ったうえで、人間について色々な分野で考えないといけないという学術的な問題意識に立って統合する。まず、僕ら東工大の側に一つ欠けているのは、人と直接関わるところの知見だ。人を幸せにしたい、人の役に立ちたいとは言いつつも、人と関わりが少ない。例えばヘルスケア機器といってもスマートウオッチや健康診断の機器など色々な機器があるが、僕らが想像だけで作るのではなく実際に医師や現場の人と一緒に作れば、さまざまな齟齬(そご)がなくストレートに進むだろうし、どういうものを作ればいいかというところで工学の知見も生かせるだろう。加えて、医学部との統合によって、新しい産業が生まれる可能性のある場ができると考えている。僕は日本の産業に対して危機意識を持っている。「失われた30年」の間、日本は新しい産業を興してこなかった。工学は製造業とのつながりが深いが、製造業は世界でもあまりGDPが伸びていない。日本は結局製造業しかない。新しい産業を作っていない。そこに強い危機感がある。

――新しい産業とは…。

  医科歯科大は「現場の医療だけで良いのか」という危機感を持っている。目の前の治療を行うことだけが医学というわけではない。例えば、健康長寿を目指そうと思ったら、病気になる前に自分の体のことを知って、未病の段階での対策や、運動や食事も含めたケアをしないといけない。その時、今までの治療だけを行う医師で良いのかということになる。医科歯科大はそれを「明日の医療」と表現していて、僕は「医者いらず」が一つの目標にならないかと考えている。統合議論のなかでは「『コンバージェンスサイエンス』をやります」と説明している。コンバージェンス1.0は第二次世界大戦前後の物理と工学の融合(物理工学)、2.0は21世紀になった時の生物学と工学の融合(生命工学)、3.0は理工学・医歯学・人文社会科学を融合した「総合知」で未知の課題を発見し解決することを指す。僕は、それに合わせて医工連携1.0、2.0、3.0を考えてはどうかと発言している。医工連携1.0はメディカルエレクトロニクス、1.5がオンライン診断やAI診断、2.0が「医者いらず」といったところか。そしていま、「医工連携3.0とは何だろう」を一緒に考えているところだ。

――大学の予算は年々削減されているうえ、当局によりさまざまな規制がある…。

  学術的なことをやるにはある程度の余裕と無駄が必要だ。全部が成功するということはあり得ず、失敗を許容する必要がある。無駄をやろうと思うと予算的にも余裕がないといけない。それをどれだけ僕らが許容できるかだ。許容せずにやろうとすると、「予算は削る、限られた予算のなかでやれ」と規則でがんじがらめにすることになり、それが現状の悪循環を生んでいると見ている。これは受け売りだが、16年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生は、「科学技術を文化に」と基礎研究の重要さを表現した。それだけ余裕を持ちなさいということだと理解している。余裕を持つからこそ新しい科学が生まれる。いま、科学技術は人間の幸せや利便性に直結して役に立つこととして人々に受け止められている。科学技術にかかわる人のなかにも役に立つことやそれによって稼ぐことに価値や嬉しさを感じて満足する人がたくさんいるが、根底から考えれば、役に立つということの前に「文化」でないとだめなのだと思う。そのうえで、文化に対してお金をどれだけ投じることができるかという発想になる。時代をさかのぼって考えると、昔の数学者や物理学者は貴族のお抱えだったという。文化として金銭的に支えられていたからこそ天才がたくさん生まれてきたのかもしれない。極論だが、日本は文化・芸術にお金をかけない。それは教育にお金をかけないということにも通じている。本当に新しいものは、余裕のある美しさから出る。物心両面の余裕をなくしたら新しく生まれるものも生まれない。

――一方で、東工大では大学発ベンチャーや企業との提携の取り組みも行っている…。

  もちろん「役に立つ」側面も重要で、新しい産業を作り出すためにも積極的にやらないといけない。東工大はこれまでに150社を超える企業に「東工大発ベンチャー」の称号を授与してきたが、スタートアップ企業はさらに積極的に増やしていきたい。ただ現在の課題は、どうしても情報系の事業に偏っているということだ。それも重要ではあるが、世の中を根本から変えるような、人間そのものの幸せにつながる技術となると、やはりハードウェアがついてくる必要がある。ハードウェアにかかわるスタートアップは時間がかかり、ぱっと思い付いて一時もてはやされてできるというものではない。ベンチャー企業の育て方も変える必要がある。短い時間軸で回収を目指すのではなく、息の長いスタートアップのつくり方、見守り方を、意識して作っていかなければいけない。また、投資家のすぐに利益を回収しようとする傾向も顧みられるべきだ。特に日本の投資家はすぐにリターンを求める傾向があると聞く。米国にもそういう投資家は多いが、なかには本当の富裕層がいてリターン度外視でお金を出す。そのような投資がないと世の中を変えるようなスタートアップは出てこないのではないかとも思う。息の長い投資が必要だ。

――こういう学校にしたいという目標は…。

  変わり続ける大学にしたい。新しい技術や研究は、それまでの技術や研究を超えることが当たり前だ。同様に、教育者のやりがいは、自分より優れた人間を育てることだ。自分のできないことができる人を育てることができれば、教育者冥利に尽きる。常に新しいことのできる、今いる人ではない新しい人を生み出していけるのは、大学など教育機関であり研究機関だ。ただ、自分より優れた人間を育てるということは、劣等感とジェラシーを感じることでもあり、すごく難しいことだ。学生や研究者、教職員も含めて、自分がコントロールできる人間しか育てられない大学は衰退するしかない。[B][L]

――SBIによる新生銀行のTOBでは少数株主が不利になっている…。

 門多 SBI新生銀行のTOBは、少数株主がTOBに応募しなくても成立する下限なしという非常に特殊なTOBで、その結果、少数株主はTOB価格2800円で強制買取されて閉め出される(「スクイーズアウト」)こととなる。社外取締役などで構成される新生銀行の特別委員会は、下限なしの前提としてTOB価格を3000円以上とすべきとしていたが、なぜか2800円で押し切られた。TOBに応じた株主もかなり少なかった。特別委員会の委員たちは2800円で受けた理由を何も説明していない。これは大問題であり、米国であれば善管注意義務違反として、特別委員会、つまり社外取締役が訴訟を受けると思う。

――真にコンプライアンスの問題だ。訴訟で価格を修正できるのか…。

 門多 日本における訴訟は、「買い取り不当」と叫ぶ米国とは異なり、ファミリーマートのケースで見られたように、裁判所で妥当なTOB価格を「決定」してもらう形となっている。このケースでは、TOB価格2300円に対し、裁判所は2600円と決定した。SBI新生銀行についても同様のケースが想定される。ただし、制度上訴訟に持ち込むには課題が多い。まず株主総会でTOBに反対し、反対票を確実に投じたことを議事録に記載してもらい、その上で裁判所に「決定申立」を貰うという煩雑な手続きが要る。ファミリーマートのケースでは、米国のフレンドリーアクティビストであるRMBキャピタルが「決定申立」をし、TOB価格より高い価格の決定を得た。米国の場合は代表訴訟として株主全員が対象となるが、日本の場合はTOB価格2300円で何も言わずにTOBに応募した人は2600円を貰えない。つまり日本の場合は言った人でなければもらえない。だけれども以前は、TOBに応じなかった少数株主がすべてTOB価格2300円で泣き寝入りだったことを考えれば、今は一応手を挙げれば2600円となり得るため進歩はしている。その点、今回のSBI新生銀行のTOB価格2800円はどうなっていくのか。もちろん裁判所もちゃんとしたプロに価格を算定してもらうはずだ。ブックバリュー(帳簿価格)では4500円を超えているだけに、問題は大きい。

――不服であれば投資家は手を挙げなければならない…。

 門多 今回TOBが成立しなくても下限がないため、スクイーズアウトで、TOBに応じなかった少数株主の株式は強制的に吸い上げられてしまう。公的資金についてはスクイーズアウトの対象としていない。これは公的資金が実質的にTOBの呼びかけ人に就いたからだが、少数株主からすれば公的資金(何年か後に高い株価での買戻しを希望している)と我々と株主の立場として何が違うのか大きな違和感があろう。

――公的資金の賛意が問われる…。

 門多 公的資金はSBI新生銀行の株価が7450円(公的資金完済に必要な株価)ありきとなっているはずだ。株式公開している段階でこの価格は絶対実現できないために、非公開として経営を効率化して7450円に引き上げる戦略と説明されている。まず非公開にしないでも7450円に引き上げられるかどうかを議論することが必要だろう。出なければ現経営陣の怠慢だ。あおぞら銀行とは異なり、新生銀行は借金を株に転換してしまったためにこうした問題が出てきた。背景にはファンド株主の圧力あり、同行は普通株にして頑張って価格を上げて借金を返すというシナリオを選択してしまった。一時期、新生銀行は新しい銀行として成長の期待感はあったが、ビジネスモデルが成功しなかった。今後、どのように7450円にするのか。公的資金もSBI新生銀行も未公開会社になっても説明責任があるが、現段階ではそれも不透明だ。できるだけ早く公的資金を返済したいと主張しているので、テクニカル的には利益剰余金や資本剰余金を活用することでの「返済」を狙うのではないか。ただしこれは禁じ手で、SBI新生銀行の本源的な株主であるSBIホールディングスの株主の利益を損なう(株主平等原則に反する)こととなる。そのために現段階では、安い値段で買い取るTOBを仕掛けたのではないか。このような異例のTOBであれば、会社を解散するとの同じと捉え、ブックバリュー(4500円)を少数株主に配るべきではないか。

――ガバナンスの問題もある…。

 門多 ファミリーマートもSBI新生銀行もワンマン経営者によって特別委員会が押し切られたパターンだ。SBI新生銀行はSBI地銀ホールディングスの傘下で、SBI地銀ホールディングスの代表でもない北尾氏が関与していることはガバナンス上問題だ。また、今後はSBIの機関銀行化(少数事業会社と資本的人的に密接な相互関係を持ち、その企業へ融資を集中させる銀行)の可能性もあり、金融庁は注意すべきだ。これはあおぞら銀行にソフトバンクが参加する際にも議論された問題だ。過去に北尾氏が新生銀行に対し、「株主の立場」で同行とマネックス証券との投信業務提携の横車を押したとの情報もあり、要注意だ。非公開化されると、それが「ブラック・ボックス」となるリスクがある。そもそも決して小さくはない銀行を非公開にしておいて良いのかという金融システム上の問題もあり、これについての金融庁の意見も聞きたい。

――一方で、ガバナンス改革の次のテーマは…。

 門多 次のコーポレートガバナンス・コードの大きなテーマは、取締役会をモニタリングボード(社外取締役を過半数とし経営執行の監督に重点を置く)に移行することだ。米国では典型的なガバナンス形態で、経営執行陣はあくまでも契約で雇われているにすぎず、取締役と執行役は明確に別れている。取締役会にはCEO(最高経営責任者)とCFO(最高財務責任者)や戦略的に重要な執行役員しか出席しない。米国では経営執行陣の人事もモニタリングボードの役割の一つだ。モニタリングボードの下に、監査委員会や指名委員会、指名報酬委員会を置くこととなる。とくに指名委員会は大きな意義を持ち、社外取締役だけで構成し、取締役の指名と経営者の指名(2つのサクセッション・プラン)を行う。日本の場合、会社をよく知るCEOが指名委員会に入らなければ機能しないため入らざる得ない状態となっているが、それでも経営者は交代させられるリスクを常に考えていなければならなくなる。

――社外取締役の人材不足が課題だ…。

 門多 1人で5~6社を兼務している例も見受けられ、最近では特に女性の兼務が目立っている。そのため、いかに人材を育てていくかが重要となる。我々は企業向けの役員研修を実施しているが、社内取締役の研修も始めている。これは従業員から上がった人が、上から言われたことに頷くだけでは取締役として機能しないからだ。一方でそのために社外取締役がいるのだが、その機能が発揮するための人材、資質が重要だ。この点、日本の従来の構造的な問題として、経営委員会や常務会であらかじめ結論を出してしまい、取締役会で新しい議論ができないのが常態であったことが上げられる。経営委員会などで結論を出さずに幅を持たせて、社内取締役にも自由に討議させる場にしないと取締役会の役割は果たせない。結論ありきでは社外取締役も反対し難いためだ。社外取締役のウルトラCは、議題や提案を突き返すことにある。特に企業不正があった企業においてそういった例が見られている。取締役会で判断きる十分な材料やリスクの議論ができていないならば、突き返すのもガバナンス改革の次の課題の一つだ。

――プライム上場企業の女性役員比率を3割とする目標が掲げられた…。

 門多 多様性は女性だけではなく、外国人も入る。日本全体の女性の活性化の観点から、女性役員比率3割が良いと言う人もいるが、まずは執行役員や部長クラスの分母を増やさなければ3割達成は難しい。女性の社外取締役で「3割」を充足するようになると、社内の女性の活性化には直接は役立たない。政府の言うプライム上場企業の「役員」というのは明らかに取締役を指しているが、執行役員や監査役も含めて3割とするのはどうだろうか。まずは数字ありきではなく、実体を充実させていくことが重要だ。

――地域銀行に対するPBR1倍は十分な議論が必要だ…。

 門多 三菱商事がウォーレン・バフェット旋風もありPBR1倍を超えたという。産業セクターごとにPBRのセンター値は異なるのが実状だ。PBRだけではなく、配当利回りなども考える必要があり、投資家はTSR(株価上昇と配当を合わせた株主総利回り)で見ている。ROEや資本効率だけでは、米国でリーマンショック危機が生じたように、短期的な利益の追求を狙い経営者に過度のリスクを取らせる問題がある。ROEを狙うから自社株買いも起こる。それよりは研究開発や設備投資の方が将来の株価を上昇させる。ROE重視で重視で短期思考となったことで米国ではすでに批判されている。また、シリコンバレーバンクのように、ROEが高くても取り付けがくれば終わりだ。私はPBRよりも株主総利回り(TSR)のほうがまだマシだと考えている。特に銀行の場合は、PBRより「信頼、サステナビリティ」をすべてのステークホールダーが重視しているのではないか。企業価値経営においてどのような経営指標を重視するのか、投資家の期待も斟酌し経営者の判断するところであり、ガイドラインなどに惑わされず取締役会、経営者が主体的に決めるべきだ。[B][X]

 島田 安倍総理大臣(当時)の暗殺など日本にテロリズムが再び出現してきているのは、日本の民主主義が機能していないからだとみている。また、その原因は若者を中心に貧富の差が拡大している一方で、メディアが民衆の声をきちんと拾い上げて報道をしないところにある。

 木村 メディアが声を拾い上げなければ、自分で訴えるしかない。安倍元総理大臣銃撃事件の山上徹也被告も、明確な動機のもと、銃を手製するほどの意志を持ち、かなり前から綿密に計画を立てて犯行に及んでいる。行き場のない怒りと押さえきれない思いを抱えて、大胆で非道な犯罪に手を染める若者が目立ってきているのは、やはり政治に問題があるからだろう。最近頻発している強盗事件や窃盗犯罪も、政治がうまく機能していないひとつの事象だ。白昼、人通りの多い銀座での強盗など、その手法はどんどん大胆になっている。しかも、そういった犯罪が、暴力団のような組織ではなく、いわゆる半グレによって行われている。若者の多くがそれだけ追い詰められ、将来への展望もないという事なのだろう。或いは、そういう事をして、日本の政治への不信感を訴えているのかもしれない。

 島田 政治に関して言えば、与党や政権と大手メディアが癒着し、メディアが政治の問題を指摘するという役割を果たしていない。このため、国民は不満がたまる一方で、それがネットの発展と相まって新聞やテレビ離れにつながっている。また、野党もだらしなくて、与党の政策を批判する能力がないに等しい。多くの国民から見ればさほど重要ではないLTGBの問題に相当の時間を割いたり、首相官邸でのパーティー問題を鬼の首を取ったように批判している。このため、今のままでは立憲民主党や共産党は敗けるだろう。

 木村 日本の政治は100年先を見据えたプランニングが出来ておらず、また、大手メディアは政権の広報係になっているだけで、批判もしない。このままでは十数年で日本は地盤沈下してしまうだろう。政治が機能していない今の状況を抜本的に変えるためには、組織を変える必要がある。政権を交代してメディアとの馴れ合いをなくし、役人は民間からリクルートして新しい風を送り込むことだ。ただし、いきなりトップに民間人を置くと、風土や慣習の違いなどもあって、うまく機能しないこともあるため、各省の各局毎に、局長クラスや課長クラスをまとめて10名ほど民間人と入れ替えるといった形をとればよいのではないか。

 島田 行き場のない民意を抱えた人達をどうにかする政治システムがない一方で、今の日本は未だ全体的にみれば豊かであるため、若者や宗教二世などは別にして国民全体の問題意識は国防以外あまり盛り上がっていない。国防は北朝鮮による毎週のようなミサイル実射や中国の覇権主義に加え、ウクライナとロシアの戦争が決定打になり、国民の意識が一気に変わった。

 木村 今、日本の統一地方選挙では約3割が無投票当選となっており、まだ政治に無関心な国民が多い。選挙に行かない自由もあるが、世界には国民への投票を義務づけている国が約30カ国ある。日本も国政選挙に3回行かなかったら何らかの社会ボランティア活動をするといったような合意事項を作るべきではないか。一方で、米国ではバイデン大統領夫人が岸田総理大臣夫人をホワイトハウスへ招待して懇談会を開催するなど、「米国は岸田政権を支える」というメッセージを明確にしている。それも中国への対抗策なのだと思うが、そういった米国の戦略に乗せられて嬉々としているような日本では駄目だ。米国に頼らず自力できちんと立てるように、今のうちに構造改革をしておかなければならない。その体制が構築されないまま、例えばこの先、中国と米国が再び仲良く手を組むような日が来れば、日本は悲惨な状況になってしまう。そういった状況を招かないように政治家にしっかりと立て直してもらいたのだが、なかなか期待できる政治家がいないというのが実状だ。その結果として、「天誅」ということも起きかねない。1932年に起きた血盟団事件、そして同じく5.15事件の再来という可能性もないとは言い切れない。しっかりしないと駄目だ。それが今の日本だ。

 島田 今、日本の株式市場が好調なのは、米国の対中国戦略のために、米国が日本を重用しているからだ。逆に言えば、中国が米国に白旗を上げた時は、30年余り前にソ連が崩壊して日本経済の没落が始まった時のように、一気に転げ落ちていくだろう。つまり、地政学的リスクによる日本買いだ。同時にEUはウ・ロ戦争が長期化し経済が疲弊している。これも日本買いの一つの材料だ。

 木村 そう考えると、中国はほどほどに強権国家として頑張ってくれていた方が、日本としては良いという事か。そうはいっても、例えば、中国が米国に白旗を上げて崩壊したとして、昔の三国時代のように分裂して各々で国を引っ張っていくような体制になれば、それはそれで近隣の日本としては付き合いやすくなるのかもしれない。これは米国にも共通して言える事だと思う。また、人口比率と購買力を考慮して現在のG7とBRICSのGDPを比較してみると、もちろん、まだG7の方が優勢ではあるものの、BRICSも随分と近づいてきている。若さという成長力を考えると、今後BRICSがG7に取って代わることも十分考えられるのではないか。

 島田 とはいえ、軍事的にも経済的にもまだ米国一強であることには間違いない。特に今はウ・ロ戦争で米国は潤っている。シェールオイル、穀物、半導体、武器が絶好調で、このため、消費者物価もなかなか下がらない。一方、欧州ではロシアの石油資源が輸入できないため、スタグフレーションとなり、物価が上昇し、景気がなかなか上向かない。中国に至ってはバブルが崩壊し、見通しは暗い。

 木村 ただ、ロシアの原油は、今、インドや中国、バングラデシュ、パキスタンなどが購入しており、国際社会の制裁は殆ど効いていない。さらに言えば、この経済制裁は米国が決めたものであり、国連が決めたわけではないため、実際に経済制裁を行っているのは日本や米国や欧州の15カ国ぐらいで、残りの国々はロシアと自由貿易を行っている。つまり今のロシアは、かつてソ連が崩壊した時のように資源がなくなり生活が困窮するという可能性はなく、この戦争もあと10年は続きそうだ。兵器が不足している事や、兵士の士気が低下していることで、そろそろ戦争も終焉とみる向きもあるが、西側報道は疑ってみるべきだ。

 島田 クリミア半島は、米国の支持を受けて1910年に日本が朝鮮半島を領有したのと同様に、今度はロシアがウ・ロ戦争の敗戦の末に世界中のブーイングを受けて返還することになるのではないか。また、民間軍事会社ワグネルのプリゴジン氏がプーチン政権に反旗を翻し、それを恐れたプーチン大統領が軍部を盾にプリゴジン氏をベラルーシに追放した。このことは、ロシア政権の内部が一枚岩ではなくなっており、プーチン大統領の独裁制が弱くなってきている表れではないか。

 木村 ただ、米国の中でもキッシンジャー元国務長官や一部の保守派の人たちは、「地政学的にクリミアはソ連時代のロシアの位置にありカフカス人やタタール人と一緒に暮らしていた。東部2州も元はノボロシアという現在のロシアにあった。そこに戻ればよいのではないか」という発言をしている。私も実際にクリミアに行き、その街の雰囲気を見たことがあるが、当時はロシア人が6割、ウクライナ人が2割、その他タタール人が1.5割といった割合で、町の人たちに話を聞くと、「ウクライナの政権下にあった時は、国自体が貧しく、インフラもきちんとしていなかったが、ロシア政権下になってからは町が発展した」という声が多かった。

 島田 プーチン大統領は、ウ・ロ戦争で劣勢が明確になった場合に、戦術核を使うのではないか。責任が転嫁できてプーチン大統領の身の安全性が確保できれば、核使用まではいかないと思うが、ウ・ロ戦争敗戦と内部分裂の結果として政権崩壊の同時リスクが高まれば、戦術核が選択される可能性は十分にある。

 木村 ロシアは明確に核使用ドクトリンを決めている。核攻撃の挑発的行動がロシアに仕掛けられれば、プーチン大統領は戦術核を使う可能性は十分にあるだろう。ただ、それはもちろん、戦闘が続き、例えばロシアがこの戦争に敗北して首都のモスクワ辺りまでウクライナに侵攻されたら、といった仮定の話だ。そもそも、この戦争はウクライナがミンスク合意を反故にしようとしたことから始まっている。それが米国の術中にはまり、今のような状況を作り出している。こういった公正性のなさに一矢報いようとするプーチン大統領は私は立派だと思うし、指導的にも正しい側面があると思う。ゼレンスキー大統領もミンスク合意の形に戻って、かつてのような兄弟国として仲良くしていけばよいと思う。一つ確かなことは、ロシアとウクライナ間では米国の介入による一悶着があり、そこで米国は大儲けしているという事だ。次にアジアで同じようなことが起こった時には、再び米国の金もうけが始まるだろう。[B]

――中国の覇権主義の拡大や、ロシア対ウクライナ戦争での諜報活動を見ていると、日本の安全保障戦略は喫緊の最重要課題だ…。

 稲村 私は警視庁公安部外事課で諸外国のスパイ事件を捜査した経験からスパイ事案への対処を専門としており、民間企業においても情報漏洩事案等の不正調査を担当する経験を有し、官民でスパイ事案を多く取り扱ってきた。その中で、一見、普通の情報漏洩事案に見えても、実は背後に中国共産党が関わっている事案が散見された。例えば、防衛省にある装備を卸している企業に勤めていた元社員が、当該装備の技術情報を持ち出したという事があった。その技術情報は最新のものではなかったものの、現在日本で使われている技術であり、決して流出させてはならないものだ。技術情報を持ち出した元社員は中国の国営メディア関係者と深くつながっていたが、間接的に人民解放軍の影響下にあることも判明した。こういった事案は企業の不祥事に当たるため、企業側から積極的に公にされることはほぼ無く、なかなか表出しない。また別の例では、あるファンドから「特定業種(製造業)の買収を積極的に進める社員がいるため、身辺調査をしてほしい」という依頼を受け、調べていくうちに、その社員は中国共産党の有力者と繋がっていることが判明し、同人の指示のもと、ファンド社員が企業を買収していたという訳だ。その企業を買収した後にそのファンドの人間が役員として送り込まれれば、技術情報にアクセスされる危険が高まる。これらの事案は「合法的な技術流出」となり、捜査機関としても取り締まることは出来ない。こういった手段が民間企業で多く見られるようになっている。

――日本政府は外為法を改正し、日本の安全保障上重要な企業への出資規制を強化したり、企業から従業員への機微技術の提供の一部を管理対象にしているが…。

 稲村 「みなし輸出(非居住者に対する技術提供)」の管理に関して言えば、入り口段階でのスクリーニングだけで、その後の定常的観測=監視はそのノウハウとリソースがなければ難しい。また、最初は潔白な身分で入社ないしは入所した人物に、後に中国人民解放軍や国営企業の人物等が接触し、その指揮下に入るというケースも多々見られる。その根底には中国人の法的な義務として共産党から情報提供を求められれば断れないという国家情報法がある。情報流出を本当に防ぎたいのであれば、対象人物の受け入れ時のスクリーニングと定常的な監視が必要だが、それは権利の問題から徹底できないのが現状だ。この点、宇宙航空研究開発機構(JAXA)では、先端技術の保護や重要物資の供給網確保といった政府の経済安全保障強化を踏まえ、軍事転用可能な技術情報などの流出を防止するため、「宇宙科学研究所」の外国人研究者や学生の受け入れ方針において、中国は一部の特例を除いて排除するほか、ロシアや北朝鮮については例外なく不可と位置づけ、既に運用を始めている。中国の国家情報法や過去の技術窃取状況を見ても、私は正しい策だと思う。また、現在の日中関係、国際情勢を見れば当然の自衛でもある。在日中国人や在日留学生の殆どは善良な中国人だが、一声かけられれば従わざるを得ない状況にあるのは事実だ。

――日本の国家安全を考えると、中国人労働者や中国人留学生に対して、重要技術や機密情報を扱う企業で働かせたり学ばせたりするのは問題がある…。

 稲村 日本の国家安全を考えると、国内での研究開発においては中国と分離させておいた方が安全だろう。また、問題は中国で開発や共同研究を行う場合だ。実際に中国側と共同研究を行っている日本のグローバル企業などは多数あるが、そういった会社の一部には危機意識が低く、情報セキュリティもグローバル基準で横断的に管理しているなど、中国特有のリスク事象を想定できていないケースがある。一方で、日本の防衛産業を担う企業では、経営陣の意識が高く、機微技術を扱う事業に関しては他の事業と分離させて人事交流も一切せず、しっかり守りを固める策をとっている。そういった違いは企業のリスク感度によるものだろう。もちろん、国籍だけで判断して排除することは難しいが、警察白書や防衛白書に記載されている対象国は、アジアでは中国、ロシア、北朝鮮の3国であり、この3国と機微技術を扱う場合は、これまでの話を前提にリスク感度を高めて対応を検討しなければならない。

――防衛の観点から、日本の法律が遅れていると感じるところは…。

 稲村 「スパイ防止法を日本で作るべき」という論調があり、それは必須だと思う。今、スパイ行為があった時に捜査機関としては、スパイ防止法のようなスパイ活動を取り締まる法的根拠がないため、法定刑がさほど重くない窃盗や不正競争防止法などの適用を駆使しながら、何とか対応している状況だ。また、スパイ事件の特性上、任意捜査をしていれば察知されて帰国されてしまう可能性が高くなるため、よりハードルの高い強制捜査を目指さなければならないといった実情もある。一方で、経済安全保障という面から見て合法的な技術流出の経路も多く、不正競争防止法や外為法に加えて新たにスパイ防止法を整備しただけでは、合法的技術流出は防ぐことが出来ない。そうであれば、例えば先端技術を扱う企業や研究所にスパイ活動を含む技術流出に関する教育指針を示したり、経済安全保障上のリスクを明示した上で技術流出への対策基準を示すような、包括的に対応できる法律(カウンターインテリジェンスの概念)を作るべきではないか。この点、現在、高市大臣が取り組んでいるセキュリティ・クリアランスは、アクセス権のコントロールという観点から、スパイを機微な情報に触れさせない様にするという取り組みであるとともに、ファイブアイズ(機密情報共有5カ国)と同盟関係を結ぶ上で求められている制度だ。同盟国同士が信頼して情報を共有できる体制にするために、また、国の機密情報を民間の特定人物と共有することで先端技術開発やサイバーセキュリティ能力を向上させるといった、経済安全保障の面で日本を支える制度となる。

――日本のセキュリティ・クリアランスはなかなか進まない。その理由は…。

 稲村 日本人は個人の権利に対してアレルギーを誘発しやすい。また、左派勢力がそのアレルギーを利用して活動を拡大するという構図もある。沖縄の辺野古問題でも、本当に困っている方々に乗じて行き過ぎた活動をする集団・組織がいるのは事実であり、プラカードを掲げて抗議活動を行っている中で、そのプラカードの一部には中国の字体が使われる等、中国の影響力工作が浸透しているという事実もある。ただ、その線引きは難しい。セキュリティ・クリアランスの法制化にあたっては、それが制度化されれば同盟が一歩進むのは明確だ。一方で、企業としては機微技術を扱う人材を採用する際に、個人の思想まで調べる必要が出てくるのか、ということも問題になってくる。そういった企業の難題を解決する策として、私のように特定秘密取扱者として国から認定されている人物を入れ、情報伝達の部署に配置させるやり方もあるのではないか。

――現在の日本企業の経済安保対策への意識は…。

 稲村 日本の大企業に関してはそれなりに感度が高まっていると思うが、横並びではなく、意識の高い企業もあれば、あまり気にしていない企業もある。そこにリソースを割くべきかという問題もあり、先陣を切って進める事は難しいようだ。一方で、中小企業に関しては、予算もリソースも割けないというのが実状だ。優秀な技術を持つ中小企業が中国やロシアのスパイのターゲットになっており、特にニッチトップと言われているような会社は気を付ける必要がある。経産省は技術情報認証管理制度を作り、技術情報流出を防ぐためのチェックリストをクリアした企業に認証を与えているが、そのチェックリストには人の観点からのリスクの言及があまりない。例えば、社員の中に中国政府や中国関係機関の影響下にある人物がいる、といったような項目だ。重要技術を取り扱う企業に対しては、そういった観点からのチェックも行わなければ管理制度も意味のないものになってしまう。

――実際に行われているスパイの具体的な手口とは…。

 稲村 例えば、あるスパイが重要機密情報を持つ企業の社員に道を聞き、それをきっかけに会食する関係にまで発展し、その後、頻繁に会って意見交換を行うようになるというものだ。誰かがそういった事態に気づいて注意をすれば大事になるのは避けられるのだが、それが機密技術情報の流出につながるケースは多い。工作員はターゲットとする人物の通勤経路や家を丹念に調べ、さらに生い立ち、趣味や家庭事情なども調べたうえで、偶然を装い、道を教えてほしいと声をかける。そして、帰宅時などを狙い、しばらく同じ方向に一緒に歩いて世間話が出来るように仕組んでおく。そうして話を合わせながら会食までもっていくという手筈だ。こういった典型的なやり方に騙される日本人は実際に多い。なぜなら、スパイはターゲットとなる人物について調べ尽くしているからだ。スパイはプロ中のプロだ。

――国や地方公共団体など、行政事務を取り扱う組織の経済安全保障対策の意識は…。

 稲村 スパイが先端技術を有する企業の社員や各分野の識者をもつ人物に接触したという話はよく聞くが、政治家もそのターゲットにされやすい。実際に、中国人女性にハニートラップを仕掛けられた国会議員がいることは記憶に新しい。こういった例は、影響力工作の一環として多くみられるところで、難しいのは、それが違法行為ではないという事だ。そして、あまり声高に指摘すると中国を嫌悪する右派とみなされてしまうため、思想の左右の議論に帰結してしまい、カウンターインテリジェンスといった本質の深い議論に至ることが少ない。しかし実際には、魅力的な役職や資金の提供、女性絡みで弱みを握って脅しをかけるといった方法で、機微情報は常に狙われている。今後、これまでの技術情報管理の概念から一歩踏み込み、経済安全保障の観点で情報セキュリティ・技術情報管理のあり方を再考しなければならない。そこには、これまで絵空事のように思われていた「中国によるスパイ」や「国家による合法的手段による技術窃取の手法」もリスクシナリオとして捉えられなければならない。[B]

――4月に大阪市長に就任されたが、市長としての抱負は…。

 横山 まずは2025年の大阪万博が第一で、150カ国を超える国々の英知が集結するイベントを成功させるために尽力していく。万博に向けて大阪の経済を底上げしつつ、それによって安定的な税収を得て、将来世代への投資に回していきたい。万博自体は半年間のイベントでしかないが、これに絡めて市内のまちづくりも進めている。何十年も議論が止まっていた淀川左岸線という高速道路の延伸では、ベイエリアと大阪市街地、京都や奈良に向かう道路と連携する。鉄道でもインバウンドや万博を見据えて、梅田になにわ筋線の新しい駅ができ、新大阪との接続が改善された。万博を主軸に、IR(統合型リゾート施設)も含めたハード面の整理を行っていくつもりだ。ソフト面では再生医療や健康医療など医療産業に力を入れていきたい。財政面では、過去の大型投資による負債の返済が近年は終わりを迎え、大阪市の財政はかなり体力を付けてきた。もちろんこれからも市政改革やコスト削減は行い、市有財産の売却などできることを続けていくつもりだが、成長投資を行う余力が十分にあると考えている。これからは将来世代への投資に舵を切るつもりだ。

――日本維新の会は今回の統一地方選挙でかなり勢力を拡大した…。

 横山 日本維新の会(以下、維新の会)の拠点である大阪では、改革の成果が目に見える形で表れていることが評価されていると思う。まずは精力的に進めていた行財政改革によって大阪市の借金がかなり減少したうえ、天下り団体の改革も進めてきた。また、街づくりへの投資も成果が目に見える形でお届けできていると思う。例えば、大阪市営の地下鉄については駅や車両が汚れているなど評判があまり良くなかったが、維新の会がてこ入れし、車両にディスプレイを付けたり、誰でも使っていただきやすいような綺麗なトイレの整備などを進めた。駅の売店も地下鉄の外郭団体による運営から大手コンビニチェーンに切り替え、売り上げや収入が増加した。

――教育にも投資を進めている…。

 横山 積極的に財政改革を行った分、教育分野への投資に振り向けており、小中学校給食の無償化を実現させた。そもそも大阪市の中学校には給食がなかったが、維新の会でこれをまず実現した後に、今は中学校給食の無償化を実現し、既に無償化できていた小学校とあわせて、義務教育での給食の無償化を達成した。これは子育て世帯には実感いただきやすいところだと思うし、維新の会のメンバーが市長を務める他の市でも順次無償化に向けて動いているところだ。大阪では、吉村大阪府知事と私の公約で掲げた教育の無償化に向けて取り組んでいて、大阪で生まれてから大阪で大学を卒業するまでのすべての教育を無償で受けることができる流れを作りたい。まずは、ゼロ歳から2歳までの保育料の無償化に着手することと、塾と習い事に毎月1万円のクーポンという形で助成することを考えている。大阪で所得の多寡にかかわらず無償で教育を受けられる仕組みを構築し、大阪から新しい教育モデルを日本全国に提案したい。

――大阪市政での課題は…。

 横山 人口問題や高齢化、子どもの貧困といった対策では課題がまだ多い状況にある。現状では大阪市の出生率は依然低下傾向にあり、これには難しさを感じているところで、教育の無償化を進めつつ、例えば働きやすさなど、両親が子供を預けて安心して働ける社会を構築する必要性を感じている。保育所の待機児童は既にゼロになっているが、保育の無償化を行ううえでは、保育士の確保が課題だ。また、児童虐待やヤングケアラー、子どもの貧困など子ども政策で、即座に根本的な解決策を提示することはどれも難しいが、重点的に取り組んでいきたい。一方、大阪市の健康寿命は他の自治体と比べて低く、がん検診の受診率も低い状況になってしまっている。大阪市は面積が狭く、ビルやイベント施設などが集中しているので、市民の運動の機会がなくなってしまっているのではないかと思う。そのため、定期健診の受診や健康寿命増進の取り組みなどを行っている。

――2025年に大阪万博を予定されているが、経済政策については…。

 横山 やはり目玉になっているのは大阪万博で、まずは万博に向けて大阪の経済界と連携し、産業振興につなげていきたい。加えて、大阪は歴史的に医療や製薬関連の産業に強みを持ち、現在は再生医療を主軸に置いていて、こうした医療関連産業の底上げを図っていきたい。再生医療ではこれまではもう治らないと考えられていた病気を治すことができるようになる可能性を秘めていて、大阪に来て病気を治して頂く医療ツーリズムのプランを作っていく。大阪市中心部の中之島には、最先端の未来医療の産業化を推進するために未来医療国際拠点が2024年にオープンする予定で、ここに医療機関と企業、スタートアップ、支援機関が集積する。京都大学のiPS細胞の研究所も入る予定で、大阪市としてもバックアップしていくつもりだ。この点、万博やIRを機にホテルや観光施設、リゾート、国際会議場などの施設ができるので、たくさんの人に大阪を訪れてもらい、先端医療に触れて帰ってもらうというストーリーを描いていきたい。このほか、全国的にインバウンド需要が伸びているなかで観光産業に力を入れていくつもりだ。大阪市の隣の堺市も歴史的な街並みや仁徳天皇両古墳など観光スポットが多く、大阪市から京都や奈良にも行きやすいので、これらが一体となって観光産業に力を入れていこうと考えている。

――金融面での政策は…。

 横山 大阪を第2の国際金融都市にする構想を描いている。わが国の国際的な金融都市は東京の1都市のみで、付随する機能も東京に一極集中してしまっている。他のアジア市場ではシンガポールや香港、韓国・ソウルなどの成長が著しく、中国・上海が何十年とかけて国際金融都市を確立させ、中国が北京、深センなどとあわせて複数の国際金融都市を保有していることと比べると対照的だと思う。大阪でも日本取引所グループ(8697)傘下の大阪取引所が頑張っており、大阪にはIPOセンターという新しいセンター機能を設立した。今後はまだ確定ではないが、大阪府と大阪市で協議して、地方自治体でできる範囲で税制面などでの優遇措置を考えていきたい。吉村知事もその意向を表明している。ただ、これは政策としてのバランスが難しい面もあり、なぜ金融業界だけ優遇するのかといった批判も当然想定されるので、まずは経済界の皆さんの理解を得たいと考えている。大阪は商いの町としての歴史が深く、金融面でも大阪で挑戦や商売がしやすいと言っていただけるようにしたい。[B][N]

――今年1~3月期の実質GDP成長率、第一次速報値は前期比で0.4%のプラスに転じた…。

 宅森 第一次速報時点では2四半期連続のプラスではなかった。(1~3月第二次速報値は7%のプラスに上方修正され、10~12月期もプラスに戻ったため、2四半期連続のプラスになった)。このように今は非常にエコノミスト泣かせの状態だ。昨年10~12月期の実質GDP成長率が、これまでプラスだったにもかかわらず、1~3月期の第一次速報時点では結局マイナスとなった様に、最近の実質GDPは季節調整をかけ直すと細かいところも変わってくる。コロナ禍前の2019年度のピークさえ、4~6月期か7~9月期か、これまでかなり入れ替わった。エコノミストとしては数年遡って考えたうえで総合的に判断することが求められている。コロナ禍での季節調整は難しく、突然の自粛要請やその解除が続き、その波が影響して統計も安定しないというのが実情だ。ただ、日銀が消費者物価指数(コアCPI)の目標を2%と定めて金融政策を行っていることで、マーケットはその他の細かいデータについてはあまり重要視する必要はないとみている感が強い。本当は様々な重要経済指標を過去の修正分も含めて丹念に追うべきだと思うが。

――ロシアとウクライナ戦争の影響は…。

 宅森 ロシアとウクライナ戦争によって原油価格が高騰し、穀物価格などが跳ね上がり、CPIが押し上げられたが、これは供給サイドの問題であり、需要が強くてCPIが上昇している訳ではないため、金融政策が効きにくい。さらに、エネルギー価格については政府対策が実施されることで、上がっているはずの価格が下がる様なこともあり、反動などを含めて予測などが難しい。コロナ禍対策として多額の予算が費やされたが、それらは海外医薬品を購入するために使われるなどしたため、国内の成長にはなかなか寄与していない。国内企業で医薬品を開発製造するというかたちなら違っていたのだろうが、財政支出をしている割にGDPや雇用などが伸びないのはそういった理由がある。

――今後の見通しは…。

  インバウンドが輸出の伸びに繋がっている。外国からの旅行客も、買い物がしやすいという事もあって、引き続き期待できるだろう。加えて、今は円安なので旅行は海外より国内を選ぶ人が多い。また、モノの面をみると、4月の実質輸出入動向は、輸出が1~3月期に比べて3.3%プラス、輸入も2.0%プラスで、モノの外需の寄与度もプラスだ。サービス消費は底堅いだろう。政府の全国旅行支援が終了したとしても、コロナ禍によって自粛を強いられていた人達が外に出ていきたいというマインドは強い。景気ウォッチャー調査の現状水準判断DI3月50.0、4月50.5で17年11、12月以来の2カ月連続で景気判断の分岐点50以上になった。景気が良いと考えている人の方が多く、景気ウォッチャー調査で新型コロナウィルスに関するDIを作成してみると現状判断・先行き判断とも60台という高い数値が続いている。コロナ禍の反動でリベンジ消費などが強く現れると見る人が多くなっているということだ。そうした事から、今年4-6月期のGDPは個人消費回復などが続きプラスになると考えてよいだろう。外需もプラス寄与になりそうだ。7-9月期についてはその反動がどのように出てくるのか、或いは天候要因もあってまだ不明確だが、恐らくは順調に推移するのではないか。

――世界経済を心配する声も多いが…。

  確かに、一番の心配事は世界経済だ。日本経済研究センターのESPフォーキャスト調査でも、21年9月から昨年まではコロナが一番の腰折れ理由だったが、今では「米国の景気悪化」が一番の懸念事項で、次いで「国際金融危機」となっている。すでに金融面での副作用も出てきている。しかし、それはリーマン・ショックの時とは少し違う。リーマン・ショックの時は金融商品を組成している一部がデフォルトし、その商品の価値が全てなくなってしまったが、今回はその商品の価値が下がっただけで、換金すると損が出るものの、例えば大手銀行に組み込まれてしまえば、その商品は資産の一部として残る。日本の金融機関はリスクに対するチェックであるストレステストをきちんと行っているため比較的健全で、そういう面で日本の経済は強いと言えよう。また、最近の米国経済統計では底堅い数値も出ており、アトランタ地区連銀のGDPNOWでも次期四半期で2%程度の経済成長率を予測するなど、米国景気はそこまで悪くない。また、消費者物価指数の昨年5、6月の前月比は、昨年4月の低めの伸び率と違ってかなり高めだったので、今年の5、6月の前年同月比は鈍化しよう。金利についても、ここからさらに1%上げるというのであれば大変だが、あってもあと一回程度であればそれほど急激に景気が失速することもないのではないか。部品不足の影響などを受けていた日本の鉱工業生産指数は、昨年8月をピークに下落基調だったが、1月を底に2月と3月で上昇してきており、今のところ心配することはないだろう。

――7~9月期のポイントは…。

 宅森 海外で悪材料が出ないかどうかがポイントだ。部品不足で落ち込んでいた生産指数が徐々に盛り返し始め、製造業でも戻りの兆しを見せている。9月短観では完全に切り返すだろう。クイック短観で見ても5月の製造業DIは切り上げてきており、非製造業はリベンジ消費もあって強い。そう考えると、海外は不透明ながら国内消費は堅調に上向き始め、7~9月期もプラスとなっていくことが見込まれる。いずれにしても、生産性を上げるためにもDXなどの設備投資は必要だろう。一方で、物価高については色々な価格対策もあり、そろそろ落ち着いてきたという感じだ。景気ウォッチャー調査で「価格or物価」関連現状判断DIの数値を見ても、50を分岐点として昨年12月と今年1月は連続30台という悪い数値だったが、4月は49.9という限りなく50に近くなっている。こうなると、小麦価格の値上げ幅を本来の13.1%から5.8%にする政策はもったいなかったように思われる。特例としてあと千億円程度を出して値上げゼロにしていれば、小麦を使った商品価格も上がることは無く、国内の雰囲気もまた違っていただろう。価格改定による食品の値上げは昨年10月をピークに先々は落ち着いていく事がわかっている。また、円ベースの入着原油価格は遂に4月にマイナスとなり、今後もマイナスが続くことが見込まれている。エネルギー価格が低下すれば半年後の電気料金は下がるだろう。9月に政府の電気価格対策が終了しても、電気代は10月以降も大きくは上がらないということだ。こういう事がわかってくれば、安心感が出てくるのではないか。実質賃金も、エネルギー価格が反映されるようになれば、かなり落ち着きをみせ、むしろプラスになることも考えられよう。

――日本の株式市場は上昇している。国民のマインドにもプラスの影響を及ぼすだろう…。

 宅森 映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は公開3週間続けて興行収入1位となり、歴代の興行収入ランキングでも81位にまで昇ってきた。この映画は、何度失敗しても諦めない心をテーマにしたものだ。そこに、コロナ禍でも諦めずにここまで耐えてきた日本人皆が共感しているのだろう。また、今年4月のプロレスのIWGP世界ヘビー級戦でチャンピオンになったSANADAは、その後のインタビューで「諦めない心を見せることが出来たと思う」と語っていた。野球のWBCで日本が14年ぶりに優勝したのも、諦めずに頑張ってきた結果だ。特にその立役者となった大谷翔平選手は、昨年や一昨年にも増して存在感を強めており、彼の活躍が今の日本人の大きな関心事になっている。彼のホームランと日経平均の動きも連動しているように見えて面白い。「うさぎ年には株価が跳ねる」というジンクスもある。今年はその通りになってきているのではないか。[B]
※インタビューは2023年5月19日時点の内容です

――大和証券グループの投資会社の会長・社長に就任された…。

 小林 われわれを取り巻くさまざまな課題に対して、それを解決する方法は何か、金融の力でできることは何かを考えている。例えば日本社会が直面している高齢化・人口減少問題は、企業の目から見ると事業承継問題として立ち現れる。また国内では、昔からある大企業の多くが成熟期に入り停滞しており、スピンオフ(企業が特定の部門を分離して新会社として独立させること)などによる潜在成長力の向上が課題になっている。世界に目を向けると気候変動問題や環境問題があり、国内外を問わず、さまざまな社会課題がある。そのなかでわれわれが金融の会社として何ができるか。1つは投資によって好影響を与えるということだ。証券会社としての本業である金融仲介業務も重要だが、自己資金の投資や、投資家からの出資によるファンド投資の形でエクイティを使いながら、社会課題の解決に貢献する企業や事業を成長軌道に乗せるというのが狙いだ。

――大和証券グループの投資の特徴は…。

 小林 大和証券グループの投資の1つの特徴は、投資対象のアセットの種類が多いことだ。当グループの投資部門は、大和企業投資、大和PIパートナーズ、大和エナジー・インフラの3社で、中間持株会社の大和インベストメント・マネジメントが3社を束ねるという組織になっている。1つ目に、大和企業投資は、40年以上にわたってベンチャーキャピタル(VC)としてやってきた会社だ。投資額は、40年間では2,300社を超える国内外のベンチャー企業に数千億円規模、現時点ではファンドも入れて約800億円だ。2つ目に、大和PIパートナーズは、国内において事業承継やスピンオフに課題を持つ企業にプライベートエクイティ投資をする会社だ。中堅規模で、成長が踊り場にある企業への投資を行う。人や数字の管理などに問題があるような会社が多いが、われわれがそこにお金だけでなく人やノウハウを投じることによっていっそう成長が可能だと見て投資する。特にわれわれが強いのは財務・資本政策関係のノウハウだ。現時点では、債権や不動産への投資を含め、総額約1400億円投資している。3つ目に、大和エナジー・インフラは、再生可能エネルギーに対する投資を行っている会社だ。太陽光発電、洋上・陸上風力発電、バイオマス発電などに投資している。まさに今、アセットとして右肩上がりの領域だ。その他、インフラ関連の投資では、配電・通信・高速道路等のコアインフラなどにも投資している。総額では約1500億円投資している。

――大和証券グループ本社の中田誠司社長は、証券業以外の事業領域を拡大していく方針だ…。

 小林 中田が「ハイブリッド戦略」と呼んでいるところで、まさに事業ポートフォリオの多様化が進んでいる。例えば、国内における「企業投資」という観点で言えば、大和企業投資と大和PIパートナーズはカニバリゼーション(自社の事業どうしなどで競合すること)しているように見えるかもしれないが、原則として両社において企業の成長ステージごとに投資対象が競合しないようにしており、VCとプライベートエクイティで求められる人材・ノウハウ・経験等も異なる。また、海外については、全世界を見つつもターゲットを絞っている。そのなかでも、いまだ潜在成長率が高い東南アジアのマーケットに注力し、ベンチャー・プライベートエクイティ投資を行っている。大和企業投資は、ベトナム、中国、台湾に独自の活動拠点を持ち、現地での知見とネットワークを持つパートナーと組んで現地の有望な成長企業に投資をしている。また、大和PIパートナーズは、昨年、シンガポールに拠点を設立し、より機動的な投資活動が行える体制を構築した。さらに、大和エナジー・インフラは、代表的な投資先である太陽光発電所の例でいえば、日本以外に欧米でも投資している。投資した再生可能エネルギーの発電所は全世界で34拠点、総発電出力は2098メガワットとなっている。欧米の太陽光発電所に投資するのは、現地の制度が日本より進んでおり、そのノウハウを日本で転用できるためだ。太陽光発電のコストは土地を借りて太陽光パネルを敷くという設備投資にかかり、発電に必要な燃料輸入はないため、電気を売る価格が分かればキャッシュ・フローを読みやすく、金融商品と考え方が近い。あとは運営上のリスクとリターンの問題で、リスクを専門家から学ぶことが重要になってくる。われわれが運営できるようになれば、いずれそれを金融商品にして投資家に売っていきやすくもなる。また、日本より先に価格が変動する仕組みに移行した欧米でのノウハウを知っていると、日本でのプライシングに役立つ。電気を売る価格は、コストの上ぶれを見込み、バッファーを取って設定するのだが、そのゆとりを小さく見積もるほど価格競争力が上がってくる。このように、われわれが資金を回すことによって事業が発展することになるのは、素晴らしく面白い。これから先、気候変動問題や環境問題の下、再生可能エネルギーの導入は日本も避けて通れない。いち早く動き、社会に貢献したい。

――岸田内閣はベンチャー育成に力を入れている…。

 小林 ベンチャー投資に対する日本政府の支援が強化されているのは当然だ。さまざまな問題を解決するのはイノベーションしかなく、イノベーションはベンチャー企業から生まれやすい。いかにベンチャー企業に投資によるリスクマネーを供給するかが重要だが、日本には資金だけでなく人、ノウハウが不足しているのが実情だ。ついこの間、大和企業投資も関わる日台のバイオベンチャーファンドの台湾での投資先を見学したが、医薬品の製造・販売の許可を出す役所である、日本でいう厚労省の施設と、ベンチャービジネスを作り上げるイノベーションセンターが同じ敷地内にあった。同じことを日本でやろうとしたら縦割り行政でそうはいかない。厚労省とベンチャー育成を担当する経産省とでまったく別の動きをするだろう。台湾のような一極集中の政策の強みは「当たれば大きい」ことだ。このため、まだまだ日本には制度などを見直す余地と伸びしろがあるとも考えられる。

――大和インベストメント・マネジメントが上場する選択肢は…。

 小林 ありえる話ではあるが、今は具体的には考えていない。大和証券グループの会社としてのメリットもある。われわれは、同業の独立系投資会社と比べて、決済の確実性と投資における意思決定のスピードを強みとして信頼を得ている。大和証券グループという看板の下で、間違いなく支払うということと、それほど大きな会社ではないため機動力があるということだ。その信頼性との見合いで、われわれに今より力が付いて看板が必要なくなったときは、どちらが良いかという選択肢が出てくるだろう。また、今、投資部門の3社の収益性はほぼ同じレベルだが、一期ごとの収益より長期的な見方が重要だ。その点、外部資金をファンドとして運用する大和企業投資は、管理報酬等により収益が安定している。40年間でそのようなビジネスモデルになったということだ。証券会社には自己資本比率規制があり、自己投資は相当「資本を食う」ためむやみにできない。そのため、ゆくゆくは残りの2社も、投資家から預かった資金をベースに、自分たちも同じ船に乗って投資するというスタイルに向かうのではないかと思う。ビジネスとして安定性が高まり投資額は増えるとすれば、いっそう投資の目利きとリターンを得る力が重要になってくるだろう。

――今後の抱負と課題は…。

 小林 やはり、1つは自己資本比率規制にどう対応するかという点で、キャピタルリサイクリング、つまり保有するアセットを金融商品化・ファンドに売却し、常に資本を回転させるということをいかにスムーズにやっていくかということだ。また、アセットの種類をどう増やしていくかということも大きな課題だ。たくさん種類がある分散されたポートフォリオほど安定するが、一方で成長との兼ね合いもあり、今は今後成長するであろう分野・領域に経営資源を注力している。リスクとリターンの関係を常に考えながら、ポートフォリオを着実に増やしていきたい。[B][L]

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