金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「岸田政権の政策は期待薄」

数量政策学者・元財務官僚
高橋 洋一 氏

――岸田政権の最大の問題点は…。

 高橋 問題点だらけだ。先ず、岸田文雄総理大臣自身は財務省と密接な関係にある。親戚内に財務官僚が大勢いて、これだけ多くいると大丈夫かと言わざるを得ない。岸田総理の父親は経産省出身で、叔父は財務官僚を歴任し広島銀行頭取だった岸田俊輔氏。叔母は第78代内閣総理大臣を輩出した宮澤家に嫁いでおり、その子供が自民党参議院議員の宮澤洋一氏だ。つまり宮澤洋一氏と岸田総理はいとこにあたる。また、岸田総理の実の妹二人は、ともに財務官僚に嫁いでいる。岸田総理自身が経済政策を持っている訳でもないとなれば、親族の意見は裏切れないだろう。さらに言えば、最側近となる補佐官の木原誠二氏も村井英樹氏も元財務官僚、経済安全保障担当大臣の小林鷹之氏も同じく元財務官僚だ。それではあまりにも財務省色が強くなるからといって、元経産省事務次官の嶋田隆氏を内閣総理大臣秘書官に据えたのだが、嶋田氏が連れてきたのは経産官僚ばかりで、結局、岸田政権は財務官僚と経産官僚ばかりで固められることになった。そして、政府が史上最大規模の経済対策として財政支出を決定した55.7兆円の内容は、アベノミクスと全く同じ政策を掲げていながら数字だけを膨らませている。例えば「新しい資本主義」のための20兆円も、そのうち10兆円は安倍政権時代と同じような研究ファンドを推進するためのものだ。昨年度政府予算でコロナ対策の使い残しとなる繰越金が30兆円超あるにもかかわらず、補正予算で財政出動される32兆円の財源のうち国債はわずか22兆円。岸田政権が財務省とべったりだという性格がよく表れている。

――矢野財務事務次官については…。

 高橋 今年10月8日に発売した文藝春秋には矢野康治財務事務次官が「日本が財政破綻する」という記事を実名で寄稿した。そもそも、選挙前にあのような記事を一方的に寄稿すること自体が、ある国会議員は選挙妨害といっていた。雑誌に寄稿する前に当事者に話をすべきだったという事は、安倍元首相が指摘している通りだが、記事の内容自体も間違っている。それは、特別会計等については全く触れずに一般会計だけの話をしている事、債務だけに絞って話をしている事であり、あれはまるで会計の知識を全くもたない素人が書いたようなものだ。債務だけを意識していると良い政策は出てこない。しかし、あの記事が出た後、岸田政権は矢野事務次官を擁護した。それが意味するところは、財政を見る時に借金の大きさだけでその状況を見るという事を岸田首相自らが宣言したという事に近い。それは全くの間違いで、本来ならば常に資産と負債のバランスシートで見なくてはならない。普通の企業の財務状況を見るのに負債だけで判断する人はいないだろう。貸付金の相手先企業が信用できるかどうか、そういった所をバランスシートで見るはずだ。そういった考えのない財務事務次官に岸田総理は今でも毎日のようにレクチャーを受けている。これではとんでもない政策になる可能性が大だ。

――グロス国債発行増を増税に結びつけてはいけない…。

 高橋 今回の22兆円の国債発行についてもコロナ増税と関連付けようとしている事自体あり得ない話だ。少なくとも、安倍政権や菅政権では100兆円の国債を発行したが増税の話は一切出なかった。それは、バランスシートを見ていたからだ。100兆円の国債は日本銀行が購入している。日本銀行は政府との連結対象になっているため、政府の連結資産の負債として記載されるので、ネット国債増はない。つまり、日本銀行の資産という事は政府の資産という事であり、日本銀行は政府から利払いを受けることになるが、その金額はそのまま政府に納付金として戻ってくる。そういう連結バランスシートを見ていれば、ネットで国債増とならなければ財政悪化はなく、もちろん増税は必要ないと説明できる。非常に理論的だ。一方で今回の矢野事務次官は負債だけを見ている為、グロスで22兆円分増えたことを奇禍として増税を唱えている。そうすると、経済はさらに悪くなるだろう。本来ならば矢野事務次官の記事が掲載された時に、マスコミがその間違った理論を指摘すべきなのだろうが、マスコミは会計知識がなく、勉強不足からかそういった指摘も出来ず、「財政が危ない」という流言を広める手伝いをしてしまっている。

――現在のガソリン価格の値上げも減税すれば半分になるはずだ。なぜそういった事をせずに政府は補助金ばかりを出そうとするのか…。

 高橋 減税せずに補助金を出そうとするやり方は経済産業省の問題だ。減税すれば税収が減るため、先ずは経済政策として補助金も減税も同じだと説明し、自分たちが差配しやすいような補助金政策に誘導していく。これは経産官僚主導の典型的な手法だ。しかし補助金制度は消費者に直接の効果が及ばないという点でも政策的に間違っている。そして、そういった手法を許している岸田政権も早くも限界なのではないか。消費税については2019年に安倍元首相が10%まで引き上げた時に「今後10年くらい増税は必要ない」と発言したこともあり、そう簡単には上げられないだろう。ただ、岸田新内閣では金融所得課税の見直しを検討している。さすがに今年末の税制改正大綱には盛り込まれていないが、いとこの宮澤洋一氏が自民党税制調査会長だという事もあり、本気になればいつでも実行できる。いつ引き金を引くかはわからないし、財務省から唆されればすぐに取り掛かるとみている。

――ここ30年間、経済は余り成長していない…。

 高橋 政府のバランスシートの健全化を優先させているということだろう。日本の経営者には借金をすることが悪のような考えを持つ人が多いが、私の考えではもう少し借金を増やして経済のエンジンを吹かしても良かったと思う。借金が増えたところで財政には大した影響はないし、そもそも全体のマネー量が増えない限り名目GDPが伸びる余地は少ない。全体のマネー量が増えないのは、結局のところ積極財政と金融緩和のレベルが低いからだ。そして、そのレベルを上げようとすることに対して反対する人が日本には多すぎる。経団連のトップも矢野事務次官の間違った理論に異を唱えることなく、むしろ支持する姿勢を前面に出している。そういった会計の無知や間違った認識や風潮が一番問題だ。経団連などの経営者の中には自社の財務諸表がきちんと頭の中に入っている人はいないのではないかとさえ思えてくる。先ずはバランスシートを見て話をしてもらいたい。例えば、トヨタという超優良企業が多額の借金をしているからと言って、倒産の危機を唱える人はいないだろう。銀行も預金が借金と考えれば、膨大な借金をしていることになる。それが大変だという議論をする人などどこにいようか。それなのに今の日本の財務事務次官がバランスシートを見ずに資産を無視して借金だけで話をしようとしているとは、本当に信じがたいレベルだ。

――安倍政権で一番悪かった政策は消費税を上げたことではないか…。

 高橋 確かに消費税は国民からお金を吸い上げるものであり、経済を縮小させる。10%に増税した時は財務省が大増税ミッションで法案を組んでしまったため当時の安倍首相もひっくり返すことはできなかったが、結局、政治家には消費増税問題に政治エネルギーを使うだけの余力がない。それほど財務省の力は強い。そして矢野事務次官は今でも毎日のように官邸に出入りして間違ったレクチャーを行っている。岸田首相のモットーは「よく話を聞く」という事らしいが、正しい話を聞かなければどうしようもない。そして話を聞いた後にはきちんとした判断が出来なくてはならない。それが岸田総理に出来るのかと言えば、岸田総理を取り巻く人たちを見る限り私は無理だと思う。

――岸田総理は親中派とも言われているが…。

 高橋 確かに岸田総理の周りが親中派ばかりだというのも問題だ。岸田総理自身が地元広島で「日中友好協会」の会長を務め、鈴木財務大臣は岩手の協会顧問を務めている。さらに林外相は、決まるまで明らかにしないとの外交常識に反し中国からの訪中要請を明かしてしまった。これでは訪日了解サインを出したも同然だ。中国はさぞかし喜んだだろう。そういった関係上、中国テニス選手と元政府高官のスキャンダルで欧米が政治的ボイコットを考えている中にあっても、日本は世界の流れとは違う方向に動いていくかもしれない。人権よりも経済を重視する宏池会の会長が岸田総理であり、宏池会は岸田派だ。特に今は世界的に人権を尊重する世の中になりつつある。それにもかかわらず経済を優先させる外交を貫こうとしても上手くはいかないだろう。残念ながら岸田政権は外交でも期待できないとみている。(了)

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