クレディ・アグリコル証券
チーフエコノミスト
会田卓司 氏

――税収が支出を上回ることだけが財政黒字だと思っている人が多いが、資金循環上の財政黒字というのは…。
会田 財政を考える場合、地方予算や社会保障基金などもあるため国家予算だけで黒字か赤字かではなく、トータルで見なくてはいけない。このデータは、日銀資金循環統計に表されており、政府セクターに示される資金過不足で余剰があれば黒字、不足していれば赤字となる。その四半期統計に日銀が季節調整をかけたものが、24年10~12月期において統計開始以来、初めて黒字になった。国家予算の10~12月期の財政収支は基調としては相当な勢いで改善している。
――財政が危機的状況にあるという財務省などの主張と異なっている…。
会田 国家予算を見る上での大きな問題点として国債60年償還ルールというものがある。これは国債を60年間で現金償還するという見かけ上の制度で、国債残高の60分の1を毎年国家予算に償還費として計上している。償還額は国債残高の増加に従い増えていくので、償還費を含んだ歳出と税収だけを比べると、その差が大きく開いておりワニの口と呼ばれている。日本では長らくワニの口をどうやって閉じるのかという議論がされてきたが、世界的には国債発行による支出は民間の資産になるというのが一般的な考え方で、国債は永続的に借り換えていくというのがグローバルなやり方だ。国家予算に恒常的に償還費を計上しているのは日本だけだ。そして、国債償還費を除いた歳出と、税収と税外収入に社会保障基金の過不足を合計した政府の収入を比べてみるとワニの口は25年度の予算ではほぼ閉じており、加えて、瞬間的な資金循環の動きを日銀資金循環統計で見ると黒字化したということになる。地方会計は黒字だし、社会保障基金も残高が積み上がってきているため黒字で、国家予算だけで見ると若干の赤字だが、全体で見ると黒字になっている。
――60年償還ルールによって財政赤字が拡大しているように見える…。
会田 日本では60年償還ルールがあるから償還費を歳出に入れているというのが一般的な見方だが、自民党が防衛財源のために増税するのか他の手段があるのかを検討した際、議員に、60年償還ルールを廃止することによって償還費の部分を使えないかという議論を提言してもらい、財務省にも確認してもらった。結果として防衛財源特命委員会における財務省の見解は「60年償還ルールはあくまで公債政策における政府の節度ある姿勢を示すために導入されたものであり、文字どおりの減債、すなわち国債発行残高の減少を目指すものではなかったことを確認」というものだった。つまり税収で返すための制度ではなく、見かけ上、歳出に償還費を入れて財政の節度を示すためだけのものだと認めたわけで、「将来世代の税収で返さなくてはならないから国債発行は丸々将来世代への負担の先送りです」という考え方は間違いだったとわかった。これが大きな変化だ。このため最近、財務省は、国債は借り換えで運営しているが、万が一、借り換えができないときには税収で返さなければいけないので将来世代の負担があるかもしれないという言い方に変えてきた。つまり財政政策における負債に対する政府の考え方がこの数年の議論の中でガラッと変わった。今までは、「財務省は緊縮政策をやっていない。その証拠として財政赤字がずっと続いているし、負債残高も増えている。緊縮だったらこんなことになっていないはずだ」という見方があったが、これも完全に間違いを踏襲した考え方だ。
――つまり、日本の経済政策はデフレ下でも緊縮財政の考えをとっていたと…。
会田 財政収支は民間の経済状況対比で適正な水準が決まってくるので、民間の状態が相当悪ければ財政は赤字になるし、バブル時のように民間の状況が良ければ黒字になる。民間の状況によって政府のあるべき姿が変わるのだから、財政収支だけ見て赤字が続いているからこれは緊縮財政ではないというのはあまりにもミクロ会計的な考え方であり、マクロ的な考え方ではない。企業はマクロ経済では資金を他部門から調達して事業を行うわけだから、マクロでは借り入れ部門だ。マクロ経済では企業貯蓄率は必ずマイナスであるのが通常だが、日本の場合にはバブルが崩壊し97~98年頃には金融危機が起き、貸し渋り貸しはがしも受けて企業が完全に後ろを向いてしまい強烈なコスト削減、リストラをして浮いた資金を借金返済に当てていった。その結果、企業貯蓄率はプラスになっただけではなくGDP比10%に向かって急上昇してしまった。企業の支出の減少が景気を悪くしているのならば、政府は当然支出を増やさなければ、企業は支出をより減少させる必要に迫られ、デフレスパイラルにとどまらず恐慌まで行ってしまうかもしれない。この恐慌を止めるために政府は支出を増やしてきたのでずっと赤字が続いてきたと言えよう。
――デフレ下での消費税引き上げも失敗だった…。
会田 問題は政府が95年の段階ですでに財政危機宣言をしてしまったことだ。なぜ宣言したかについての考え方が二つあって、一つはバブル崩壊から景気対策や一部金融機関への対応で国債を大量に発行し、発行残高が積み上がったので、もう限界だと宣言してしまった。もう一つは97年4月に消費税率を初めて引き上げる計画があり、そこに向かって国民の納得が得られるように財政は危機的だという状況をつくりたかったのではないかという考え方だ。しかし日本経済が本当に苦しくなったのは97~98年頃の金融危機以降で、これ以降、企業貯蓄が跳ね上がったが、政府は既に財政危機宣言をしており、企業の支出の減少に財政赤字の拡大でついていけず、その結果、日本は本格的なデフレに突入した。企業貯蓄率の増加は企業の支出の減少を意味し、財政収支の黒字は政府の支出減少を赤字は支出増加をそれぞれ意味するが、この企業と政府合わせて見てどれくらい支出が強いのかというのがマクロ経済の動きを決める。その考え方は単純で企業貯蓄率と財政収支を足して、ネットの資金需要というものにすると、企業だけではない政府も合計した、企業と政府を合わせた支出をする力が判断できる。通常これがマイナスになって、そこを起点に経済が回って信用創造でマネーも膨らんで名目GDPなりCPIが持続的に上昇していくというのが普通の資本主義経済のかたちだ。しかし97~98年の金融危機以降の企業貯蓄率上昇に対し政府は財政支出を十分に拡大することができず、ネットの資金需要が減少し続けて2000年前後にゼロ、消滅してしまった。ネットの資金需要が消滅してしまうと、家計に所得がしっかり回らなくなる。そこからコロナ前までほぼぴったりゼロで推移してきており、当然ながら経済は回らず95年から名目GDPは平均525兆円で膨らまなくなって物価も下落し、家計や地方を追い詰めて中間層まで疲弊する状況に至ってしまった。
――金利はゼロ近傍の推移を続けてきた…。
会田 金利を見ると95年の段階から財政は危機なので、いずれ近いうちに金利が急騰するかもしれないから財政再建が急務だと言われ続けていたが、金利は急騰するどころかゼロになってしまった。理由はネットの資金需要がないからだ。誰もお金を必要としない状況であれば、お金の価格である金利は高騰せずにゼロ、消滅したことになる。これが構造的デフレの解釈の仕方だ。しかしコロナ後に状況が一変し、日本経済は突然膨らみ始め、ずっと525兆円平均だった名目GDPは上振れて、24年末に620兆円程度まで膨らんだ。日経平均の時価総額は経済規模に比例するので株価が上昇するのも当然で、日経平均4万円はバブルでもなんでもない。しかし、なぜ経済規模が膨らみ始めたのかをマーケットも日銀も政府もまったく説明できていない。コロナ後、なぜ突然GDPが膨らんだのか。日銀は輸入物価が急上昇して円安にもなったため突然価格転嫁が進み、なにかわからないけど突然変わりましたという見解で、ノルム(規範)が変わったので利上げすると言っているが、分析がまったく足りていない。輸入物価が上昇しても交易条件が悪化すれば名目GPDは下がるので、便乗値上げでもない限りは名目GDPは上がらない。
――コロナ後は名目GDPが上向いた…。
会田 整理の仕方は簡単で、今回のコロナは非常事態だったので止むなく財政が急拡大した。一人当たり10万円を配る、あるいは持続化給付金などで大きく財政が拡大したことでネットの資金需要が一気に拡大した。即ち、政府と企業を合わせた支出をする力が回復したことで、その結果として名目GDPが膨らんだというのが解だ。この膨らみは財政の膨らみによるものだった、そして名目GDPが620兆円に膨らんだ結果、財政はどうなったかというと、瞬間的にではあるかもしれないが黒字になってしまった。そこで政府は初めて財政の切り詰めは財政健全化につながらず、名目GDPの停滞が問題だとわかった。財政を適度に拡大させ名目GDPを拡大させると経済が活性化して税収も入り財政が健全化することが証明された。これが財政が急激に改善してきた理由だ。今後のシナリオとしては名目GDPが持続的に拡大しないのであれば、どの経営者もリストラ、コスト削減を続けざるを得ない。しかし名目GDPが拡大すればビジネスのパイが新たに生まれるので、そこを取りに行くためには設備の拡大など投資をしなくてはいけなくなる。
――まず名目GDPを拡大させるために減税や財政出動をしろと…。
会田 実質GDPについては潜在成長率の問題などもあり難しいが、名目GDPについては減税や財政支出をすれば持続的にプラスに維持しておくことは決して難しくない。名目GDPの拡大を維持せずに企業の後ろ向き姿勢、リストラ姿勢を変革することはできない。コロナでたまたま財政支出を増やしたことで膨らむ力が生まれたが、現在はまたなくなっており、昨年から株価が停滞し、昨年の実質成長率はほぼゼロで家計の消費もマイナス成長だ。そのため、ネットの資金需要をGDP比マイナス5%に誘導したらどうかと提言している。GDP比5%分に相当する約30兆円程度の財政支出が恒常的に足りていないので、防衛費や防災費、消費税減税の財源などとして支出する必要があるというのが一つの大きな考え方だ。政府の負債残高を考えてみても同じことが言える。日本政府の24年7~9月期の負債残高はGDP比239%だが、日本の場合には外貨準備、社会保障基金を含めて相当程度大規模な金融資産があり、金融資産を差し引いた純債務はGDP比95%しかなく、アメリカ(同105%)より少なく、ユーロ圏(同57%)よりは多いといった状況にある。債務の構造は政府だけでは決まらず、企業が膨大な債務残高を保持している状況で政府が債務残高を増やせば当然債務構造は悪化するが、企業部門の純資産(株式を除く)の現状を見るとGDP比16%のプラスとなっている。延々と債務の返済を続けてきた結果、ネット債務が企業部門になくなってしまった。アメリカの企業部門ではマイナス211%、ユーロ圏でもマイナス64%となっており、債務残高がある方が普通だ。債務構造を見る上では企業と政府を足せばよく、日本の純資産は政府のマイナス95%と企業のプラス16%を合わせてGDP比マイナス79%というのが真の姿であり、同様に計算したアメリカのマイナス315%、ユーロ圏のマイナス121%よりも小さい。このことは日本国債マーケットの金利がこれだけ安定している要因でもある。企業部門ではフローで見ても、ストックで見てもネットで借り入れを必要としておらず、政府がフローでもストックでも独占的に借り手となっている状況であり、企業と政府を合わせてみると日本の財政状況は決して悪い状態ではなく、まだまだ財政支出を拡大する余地が残っているという分析結果が導き出せる。[B][HE]