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Information

――国際金融の観点から日銀のQQE(量的・質的金融緩和策)について思う事は…。
 大田 日本から大量にお金が漏れていて、それが海外で利用されている。現在の日銀のQQEに伴うマネーサプライ拡大にもかかわらず、日本国内に借り手はなく、ここ20年程、基本的に不動産投資以外は資金需要が無い状況が続いている。そこで余った資金が国際金融への投資として流れると、結局、日本のGDPとは関係ないところでお金が回ることになる。実際にこの10年間、日本企業は中国をはじめアジアへの投資を活発化させる一方で、日本への投資はあまり行っていない。また、実体経済において外国人が日本に投資することも殆どない。例えばM&Aで外資系ファンドが投資をしたとしても、それは利益を出してすぐに売却するための一時的な投資でしかなく、そうすると必然的に、日本のマネタリーベース(MB)を増やしても民間金融機関を含むM2は増えないという事になる。

――そもそも、日銀の2%インフレ目標に無理がある…。
 大田 金融緩和を始めた時に日銀が示した2年以内の2%インフレの達成目標は、厳密な理論のもとに導き出した数字ではなく、気分に働きかけるためのものだったのは言うまでもない。私は独自にBayesian VAR(ベイジアン自己回帰)モデルを使って2008年9月から2019年12月までの色々な指数の変化を分析してみた。先ず、上記モデルに基づく国債利回り、コールレート、MBを変数として含む分散分解で銀行貸出におけるMB寄与度をみると、リーマンショック後の2008年9月からQQEが始まる前の2013年3月までのMB寄与度は23.4%、特にQOE(包括金融緩和)が行われた2010年10月から2013年3月までのMB寄与度が55.3%と高水準を示していることがわかる。これに対し、QQEが始まった2013年4月から2019年12月までのMB寄与度はわずか4.6%となっている。 つまり、本来は銀行貸出の増加を期待して大量にマネーサプライを増やしても、実際にはほとんど影響していなかったという事だ。いくらお金を増やしても借り手がなく、それが資産運用のノウハウを持たないようなところへ流れていてはどうしようもない。2016年からのマイナス金利の影響で、今はメガバンクですら手数料収入や預金保管料を高くするといった苦肉の策をとっている。国債も日銀が買い取ってしまい、銀行は本来の役目を果たすことが出来ていない。アベノミクスのQQEはそういう悪影響を与えているということだ。

――貸し出すところ自体が少ないのであれば、その分金利を増やして稼がなければならないのに、マイナス金利となっていては銀行も動きようがない…。
 大田 2014年10月に米国FRBがQE3(量的金融緩和第3弾)を止めた後、日銀はQQE第2弾、即ちさらなる金融緩和の拡大を打ち出した。当時、QQE発動前の景気や金融政策についてマスコミは「白川日銀総裁時代は円高で企業経営が苦しくなり、すべての措置は意味がなかった」と報じているが、私は国債の平均金利とコールレートへの市場への影響は、むしろ白川総裁時代のほうがましだったと思う。上記の分析では為替相場には金融緩和は比較的有効に機能したと考えられるが、QQE開始前2012年後半の白川総裁時代に円高となっていたのは、ユーロ危機時に安全資産である円にシフトしたからという理由が大きい。そして、安倍政権がQQEを開始した2013年4月にはユーロ危機がピークアウトし、資金は円からドル・ユーロに戻ったため円安になったが、実はQQE開始前からすでに円安への影響はあった。また、QQE初期には株価にも若干の影響があったと考えられる。ただ、今の日本の株式市場はほぼ外国人が保有しており、海外の景気に左右されている。銀行のポートフォリオも円高になれば株価を下げるといったような調整をしており、特にこの数年はそういった逆相関がかなり目立っている。

――総じて言えば、今よりも白川総裁時代の金融政策の方が良かったということか…。
 大田 2008年頃まで銀行貸出量は増加していたが、当時のMBは増えておらず両者の関係性は低い事がわかる。実際にグレンジャー因果性検定を使って調べてみると、白川総裁時代には、日銀当座預金と鉱工業生産や実質生産の間には有意に因果性があるという結果が出ているが、QQE時代には日銀当座預金以外への因果性はほとんど無いという結果が出ている。インパルス応答関数でも同様の結果だ。そして、2008年から2013年までの累積残高をみると、やはりMBが鉱工業生産に与える影響はそれなりにあり、銀行貸出は有意に影響を与えているが、QQE時代に入ると、MBも日銀当座預金もM2ベースも、鉱工業生産に対してほぼ影響がないという事を示している。QQE第2弾の2014年11月以降もほぼ同じだ。私は以前からこうした分析結果を学会で発表しているのだが、他の方々はこのことについて何も触れようとしない。QQEに伴う大量マネーは米国をはじめ海外市場に流れており、米国経済・市場もその恩恵を受けているが、日本国内ではほとんど効果がないことを私の分析で明らかにしている。金融分野の専門家は、どうも国際的観点からの分析が欠けている人が多いようだ。

――金融政策に限界があるとすれば、日本経済復活への解決策は…。
 大田 先ずは、現在の緊縮政策を転換することだ。日本がバブル崩壊後にGDPを成長させることが出来ないのは政策的な問題が大きい。もっと財政政策を転換して、教育費の減免や老朽化したインフラの補修、5G技術への投資など、財源を有効活用できるところはたくさんある。このため、例えば昔の経済企画庁のような組織を復活させ、金融を含め長期的に安定経済成長を達成するような経済プランを作ることが絶対に必要だと思う。また、今の日本では格差が広がり中間層が没落してきている。非正規雇用が増え、普通の世帯でも貯金する余裕がない状態になると、政府が需要を作るしかなく、それは国債発行の増大ということに繋がる。この点、日本の場合はギリシャやアルゼンチンと違って国債の9割が国内で保有されているため、ユーロ危機のような事態に陥る事はあり得ないが、一般論として財政赤字の拡大は良くないという事でなかなか受け入れられていない。しかし、日本の政府債務がこの20年間先進国で最高水準となっているにもかかわらずインフレが起こっていない事を考えると、現政権で行っている緊縮財政方針を転換し、当面は積極的な財政政策を執ることが必要だと思う。

――所得税についてのお考えは…。
 大田 消費増税は低所得層を直撃している。所得格差是正のために、中長期的に所得税の累進化や資産課税を強化して、低所得者の家計消費を拡大させ、GDPの成長率上昇を図るべきだ。これまでの日本の所得分配と経済成長を見ると、高度成長期と言われるオイルショック前までの日本の累進課税制度は、所得の再配分に寄与し消費を拡大させてきた。その後「グローバル化」という理由で法人税の軽減や富裕層優遇措置が行われてきた訳だが、累進性の緩和によって低所得層の負担は増える一方で、しかも、この10年の富裕層の消費はGDP成長率にそれほど寄与していない。富裕層が日本で消費しているとは限らないからだ。だからこそ、年収数億円以上の人に対してはもっと資産課税などを行うべきなのに、日本はこの辺りの層に対する税制が緩く、そのため税金を適正に徴収できていない。そして、その不足分をすべて消費税で補おうとしている。「分配なくして成長なし」だ。資産課税も相続税も、これまで緩和してきたすべてを元に戻さない事には、今後の日本の成長は望めないだろう。(了)

――IMFのご担当は…。
 古澤 IMFでは専務理事の下に副専務理事が4人おり、この4人で仕事を分担している。設立以来IMFのトップの専務理事はヨーロッパ人で、筆頭の副専務理事はアメリカ人、ちなみに世界銀行のトップはアメリカ人というのが慣例である。残りの副専務理事は現在、日本・中国・ブラジルの出身だ。IMFの加盟国は、現在189カ国。副専務理事のうち1人は予算や人事などの内部管理だけを担当しているため、残りの3人で189カ国を分担することになる。筆頭副専務理事はG7やG20に関連する業務も担っているため、担当の国の数は約20カ国程度と比較的少ない。残りの約170カ国を私ともう1人の副専務理事で分担しており、今の私の担当は86カ国。特に地域が特定されているわけではない。IMF協定上、加盟国は年に1回IMFの審査を受けなければならないが、86カ国分の審査をして、その理事会の議長を務める。86カ国のうちIMFが実際に融資している国は20数カ国あるが、そういった国に対しては四半期ごとや半年ごとに理事会で状況を審査した上で融資を実行するため、その理事会の議長も務めなければならない。

――大変な仕事量だ…。
 古澤 IMFの理事会は月水金の週3日で、基本的に1日に複数の議案がある。多いときは1日に4つ、一週間に12の議案の議長をした時はさすがに大変だった。副専務理事になる前に日本代表の理事をやっていたことがあるが、そのときは出資者側のため、日本のスタンスを主張するだけで良い。しかし、議長となると議論をまとめなければならない。加盟189カ国を代表している理事は全部で24人いるが、そのなかには元首相や元中銀総裁、局長レベルでも元大臣などがいて、そういう方々の意見をまとめるのは至難の業だ。幸い、ワシントンでは夜の宴会もほとんどないため、昼は会議をし、夜や週末はひたすら書類を読んで会議に備えるという生活だ。また、IMFは年に2回、春と秋に大きな会議がある。そのときには189カ国の財務大臣と中銀総裁がワシントンに集まる。彼らは皆専務理事と会いたがるが、当然全員と会うわけにはいかない。代わりに副専務理事が対応し、3日間で約30カ国の財務大臣、中銀総裁と個別に面会する。事前にレク資料を読んでいても、次から次へと面会が続くと就任してしばらくはどれがどの国だか混乱した。

――ところで今の世界経済をどのように見ておられるのか…。
 古澤 18年くらいまでは比較的緩やかな回復が見られたが、昨年は、米中貿易摩擦の影響や地政学的な問題、さらに、ドイツの排ガス規制問題やフランスの黄色いベスト運動など、個別国の事情も加わり成長の伸びは減速した。IMFは年に2回世界経済の見通しを公表し、さらにこれを四半期ごとに見直している。昨年10月に出した世界経済見通しを今年の1月に改定しており、それによれば昨年の成長率は2.9%、今年は3.3%、来年は3.4%と少しずつ回復する見通しだ。しかし、これはコロナウイルスの問題が起こる前の話。1月の改定時には米中貿易協議の第一弾の合意や、ブレグジットに伴う不確定性が減るなどといった状況を踏まえ、徐々に良くなるだろうという見通しだった。ただそれでも力強い成長ということにはなっていない。貿易問題もすべて片付いたわけではない。加えて新型コロナウイルスの影響で、今年の成長率は昨年を大きく下回ることになろう。成長率は低い、金利も低い、インフレ率も低い、生産性も低い、という状況となると、力強い成長は見通せない。こういうときはやはり各国が政策で協調しながら世界経済の成長を支えていかなくてはいけない。

――IMFから見て、米中の貿易協議をどう見るか…。
 古澤 IMFはマルチラテラリズム(多国間主義)を堅持する立場だ。元々米政権が中国からの輸入に関税を掛けると言い出したのは、貿易における不均衡を問題視したためだが、不均衡は二国間では解決しない。例えば中国からの輸入に関税を掛けたところで、別の国から輸入することになる。我々は最初から二国間で不均衡を解決することはできない、マルチの場で解決しなければいけないと主張している。米中貿易協議の第一弾の合意は評価できるが、あくまでも貿易戦争を休戦しているような状態でしかない。根本から貿易戦争がなくなるようにしなければいけない。日本はアメリカが抜けてもなおTPPを進めるなど、マルチラテラリズムの重要性をきちんと世界に表明しており、これは非常に評価されている。これだけ力強さに欠けた世界経済を回復軌道に乗せていくには、国際協調が欠かせない。

――IMFは各国に融資することが仕事だが、その立場から見て、一帯一路の評価は。特に受益国の債務との関係ではどうか…。
 古澤 一帯一路政策はインフラなどの資金需要を満たし、地域の連携を深めるという意味では評価できるが、借入国が返済に困難をきたすという状況は避けなければならない。世界的に金利の低い状態が長い期間続き、資金を借りやすい状態にあることから、世界全体の債務残高は188兆ドルにのぼっている。これは世界のGDPの倍以上だ。金利が上昇するなどマーケットの状況が変化した時の影響は絶えず念頭に置いておかなければならない。債務は国によってさまざまで、国が借りているものもあれば、企業が借りているものもある。自国通貨で借りているものもあるし、他国の通貨で借りているものもある。短期で借りているものもあるし、長期で借りているものもある。金融市場の変化に対して債務が持続可能か否かは、このような様々な債務の状況によって異なる。どこに、どれだけの債務があり、どのような状況なのか明らかになっていることをデット・トランスペアランシー(債務の透明性)と言うが、これが確保されていることが重要だ。さまざまなところからさまざまな条件でお金を借り、返せない状況になってからIMFに駆け込んで来られても、IMFのお金は189カ国からお預かりしているもの。IMFの資金がそのまま債務の返済に回ってしまったり、ましてやIMFに返済できなくなったりしてしまうということでは出資者の理解を得ることはできない。そのため、まずは債務を整理してIMFが融資してもきちんと返済できる状態にしてもらわなければならないが、その作業はそれほど簡単ではない。まず国のなかでどこにどれだけ債務があるのか、誰からどういう条件で借りているのか必ずしも明らかでない。明らかになった後で返済を猶予すれば足りるのか、あるいは債務そのものをカットしなければならないのかを判断し、それぞれの債権者と交渉してもらわなければならない。その見通しが立って初めて支援できる状態になる。だからこそIMFは常日頃から債務が持続可能であることの重要性を、資金の借り手と貸し手双方に伝えている。

――IMFの取り組まねばならない課題も最近増えてきた…。
 古澤 昔はIMFといえば通貨や為替、マクロ経済に関する仕事が中心だったが、最近はジェンダーや格差、気候変動、ガバナンスなど、経済に影響を与える様々な分野でのIMFの知見に対する加盟国のニーズも高まっており、そうしたニーズにも対応してきている。例えば女性の労働参加率を高めることにより成長率は高まるし、格差が広がっていると、重要な改革を行うための法案が議会を通らず、結果的に経済成長に悪影響を与える。ガバナンスに問題があると、財政資金が効果的に使われないということになりかねない。こうしたマクロ経済以外の分野についても、各国の審査や融資交渉の過程で必要なアドバイスを行っている。IMFへの期待が変化していくなかで、外部の知識も活用しつつ、他の国際機関とも協調して加盟国のニーズに応えていく必要がある。

――最も重要な課題は…。
 古澤 やはり足元では新型コロナウイルスの影響が拡大するなかで世界経済をどうやって力強い回復軌道にもっていくかだ。さまざまな政策を機動的にかつ各国が協調して実行していく必要がある。IMFには経済への影響を的確に評価分析し、適切な政策を提言し、更に困難に直面する国に対しては支援を行っていくことが求められている。また、貿易分野での協調、格差是正、気候変動といった中長期的な課題についても、国際社会が協調して取り組んでいく必要がある。IMFは引き続き国際協調の下その使命を果たしていきたい。

※本インタビューは20年2月に行われた。

――新型コロナウイルスの対策が遅れ、感染が拡大したことについての見解は…。
 大塚 感染拡大の要因は3つある。まず1つ目が政府の危機管理意識の低さ。中国では、昨年12月30日に正体不明の感染症が発生しているというレポートがネット上に流れ、それがきっかけで事態が明るみに出た。そのときはまだ新型コロナウイルスだとは判明していなかったので、未知の原因による感染症だ。したがって、未知の感染症も対象にする新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法)で十分対応できた。詳しくは後で説明するが、危機管理意識が高ければ、この時点で未知の感染症が日本に入ってくる危険に備え、ただちにそうした事態に対処する法律を探し、その内容に従って対策を取る必要があった。特措法第6条3項によると、新感染症が発生する前の段階、外国において発生した段階、日本で発生した段階と、3段階にわけて政府は対策を定めるよう書かれている。つまり、現行法に沿って、武漢で発生し、日本では未発生という状況で、段階分けした行動計画を立てる法的な義務と責任があった。

――その時点できちんと行動計画を立てていれば、水際対策ができた…。
 大塚 水際対策に加え、本来なら緊急事態宣言もできた。その点に関連し、感染拡大の2点目の要因として、総理及び官邸の遵法意識の低さが挙げられる。本来総理および官邸は、何か起きれば、関連する法律にはどういうものがあり、その法律に基づいてどう対応しなければならないか、ということを考えて行動することが適切な遵法意識であり、当然のことだ。先ほど述べた特措法の第2条1項に新型インフルエンザ等の定義がある。これによれば「感染症法第6条第7項に規定する新型インフルエンザ等感染症及び同条第9項に規定する新感染症(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る。)」であった場合には、政府は特措法に定めてある行動を取らなければならない。そして感染症法第6条9項では、「新感染症」の性質として、人から人に伝染するもの、これまでと病状や治療の結果が異なるもの、重篤になるもの、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれのあるもの、と書いてある。つまり、法律を改正しなくても今回の新型コロナウイルス感染症はこれに十分当てはまる。そして、特措法第3条には「国全体として万全の態勢を整備する責務を有する」とあり、第6条には「新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画(政府行動計画)を定めるものとする」とある。要するに、遵法意識が高ければ、政府行動計画を既に立てておかなければいけなかった。また、第4章の32条に緊急事態措置についても書いてあり、緊急事態宣言もできるようになっている。危機管理意識と遵法意識が低いために、1月の段階で法律に基づいた行動をとっておらず、言わば違法状態が発生していた。遵法意識が低く、法律を十分に理解していないからこそ、新しい法律を作るという話にもなる。それに加え、改正特措法を2月1日に遡及して適用する話も出ており、そのことは、官邸の中にも現行特措法に基づいて行動していないことが違法状態であると気づいている人がいる証左だと思う。一方、今更遡及はおかしいという指摘もあり、現在、遡及条項を外す話も出ている。しかし、遡及条項を外したところで、結果として違法状態が長くなるだけだ。2月1日に遡及すれば違法状態は1月中だけだが、外せば違法状態が2カ月以上になるだけだ。遵法精神に欠け、不作為による違法状態を放置してきた責任は変わらない(編集部注:結局、遡及は行われなかった)。

――要因は、1に危機管理意識の低さ、2に遵法意識の低さ、3つ目は…。
 大塚 3つ目は不合理な外交的配慮だ。いくら国内で学校を休校にしても、国外から新たな感染者が入ってくれば意味がない。遵法意識が高ければ、特措法の政府行動計画の一環として入国制限の話はとっくに出ていたはずだ。なぜそれをやらなかったのかと言えば、外交的な配慮があったのだろうと推測できる。我々は公の党として、感染拡大防止と経済的損失への対策を含め、あらゆることに協力はするが、一方で、現在のような危機的な事態に至ってしまったことについて、危機管理意識の低さ、遵法意識の低さ、不合理な外交的配慮の3点について、総理に十分反省してもらう必要がある。

――新型コロナウイルス感染症拡大の経済的影響は…。
 大塚 ポイントは3つだ。1点目は、感染症拡大に伴う経済的影響は、リーマン・ショックや3.11よりも今回のほうが甚大だということだ。理由はいくつもある。一番大きな理由は、全国津々浦々にイベントの自粛や学校の休校を要請してしまったことだ。3.11の時は甚大な被害は東北地方に限られていた。今回は、自粛要請・休校要請の結果、全国的にイベントキャンセルや休校に伴う親の勤務障害などが発生し、キャンセル料、支払い遅延、労働力不足などの問題などが発生している。経済的な観点でも、現在の特措法の58条には金融債務支払猶予という条項が入っており、それによって今支払いに困っている人たちはとりあえず支払い猶予ができる。しかし、支払う側は支払い猶予ができても、その支払いを受け取らないと経営が厳しくなる事業者もいる。そのため、支払い猶予を認めたうえで、受け取り側にその穴埋め資金を給付することも重要だ。そうした対応を行うと、不適切な申請をする人も発生するかもしれないが、それを是正するのは後からやれば良いことだ。今必要なのは、債務者側の支払い猶予によって損害を受ける債権者側に、政府や公的金融機関が目をつぶって資金を工面するということだ。今回の状況は融資では解決できない。

――優先すべきは影響が大きい人たちの具体的な収入の下支えをすること…。
 大塚 その通りだ。そして2点目はマクロ経済的な話として、3.11のような何万人もの死傷者やリーマン・ショックの時のような内外の企業倒産が発生しているわけではないが、今後のマクロ経済的なインパクト、それに伴う企業・事業者・家計への影響は、3.11やリーマン・ショックを大きく上回るということだ。3.11やリーマン・ショックの時と比べると、中国の世界経済およびサプライチェーンにおける位置付けが格段に大きくなっており、中国での生産や消費の低迷は日本経済にも強烈に影響している。世界的な影響がいつ収束するのかは不透明であり、現時点においても、日本のGDPは3兆円近く、つまり0.6%くらい減少すると予想する。影響が長引けば、約5兆円以上、GDP1%程度以上の成長率への影響は不可避だ。

――株価も世界的に暴落している…。
 大塚 3点目はマーケットへの影響であり、先行きは全く不透明だ。元々昨年から株価には割高感があり、いずれ調整局面が来ることはやむを得なかったが、今回の件はそのきっかけとなってしまった。不透明な環境のなか、アメリカが利下げをし、他国も協調緩和の姿勢を見せているが、現在のマーケットの混乱は金融政策だけで制御できる状況ではない。2点目で述べた実体経済のマイナスをどれだけ財政出動などでカバーできるか、ということが伴わないと、マーケットの本格的回復は難しい。昨年、カーライルグループのルーベルスタイン氏がマスコミインタビューでこれからのマーケットにおけるブラック・スワンについて問われ、「地政学リスク」「政府債務」「パンデミック(感染症大流行)」と回答していた。不幸にもパンデミックが当たってしまったが、実は残りの2つ、地政学リスクと政府債務の問題も日本は両方とも当てはまる。今は財政出動をしなければ実体経済もマーケットも回復しないという非常に厳しい状況に追い込まれているため、財政出動はせざるを得ない。その結果、パンデミックに加え、いよいよ日本の政府債務の問題が本格的にクローズアップされる可能性がある。そうなると、悪い金利上昇、そして日本売りの円安が発生する可能性もあり、先行きが非常に懸念される。今、マーケットにとって良い話は1つもない。

――先行きは、オリンピックへの影響も懸念される…。
 大塚 年末にアテネに行っていたが、そこで偶然アテネオリンピックの負の遺産をたくさん見てきた。オリンピックのために巨大スタジアムをいくつも作ったが、スタジアムはほとんど利用されておらず、負の遺産になっている。さらにそのときの政府債務を過少計上していたことが、09年の政権交代に伴って明らかとなった。それがギリシャショックのきっかけだ。東京オリンピックはどうなるかまだわからないが、仮に東京オリンピックにまで影響が及んだ場合は、その影響や財政に与えるさまざまな事実を包み隠さず整理して共有しないといけない。まずは東京オリンピックがきちんと開かれることを期待しており、それに向けた努力はするが、こればかりはどうなるかわからない。感染症が仮に3月~4月に日本・韓国・中国でピークアウトしたとしても、他の地域で感染症が広がっている状況では、その地域の選手団や観光客を入国させることができない。そういう状況でオリンピックを開くというのは非常に難しい。そうなると、かつてのアテネオリンピック問題、ギリシャ危機も他人事ではなくなる。その点も十分に考え、今後の対応を行わなければならない。

※本インタビューは20年3月5日に行われた。

――何故、麻薬は違法とされているのか…。
 舩田 日本には、医薬品を含めて、使用すると止められなくなる物質について一定のルールで規制するという法律がある。その中で「麻薬及び向精神薬取締法」の中にリストアップされているものを麻薬と呼ぶ。麻薬として代表的な薬物としては、植物のケシを原料とするモルヒネやコカの葉由来のコカインなどが知られている。こうした天然成分由来の薬物に加え、その基本的な化学構造に修飾を加えた合成麻薬も存在する。それが、非常に強力な依存性を有するヘロインや、錠剤麻薬などと称されるMDMAなどだ。同様に、「覚せい剤取締法」という別の法律があり、アンフェタミンやメタンフェタミンが覚醒剤として規制されている。我が国では第二次世界大戦中より覚醒剤であるメタンフェタミンが一般に流通しており、戦後、乱用が大きな問題となった。それに伴い「覚せい剤取締法」が制定された。覚醒剤の依存性は強力で、我が国では現在も、最も乱用されている薬物となっている。

――覚せい剤の症状とは…。
 舩田 覚醒剤依存によって長期間使用するようになると、「覚醒剤精神病」という幻覚や妄想を伴う精神病症状が出ることがある。それによって深刻な健康被害の発生が懸念されている。一方、医療用の麻薬として鎮痛目的でモルヒネを使用する場合は、依存になりにくく、幻覚や妄想を伴う精神病症状は発現し難いため、医薬品としての使用が認められている。しかし、近年、米国ではモルヒネと類似の作用を示すフェンタニルやオキシコドンなどのオピオイド系鎮痛薬(オピオイド)の乱用が拡大しており、「オピオイド・クライシス」と言われる薬物の蔓延が問題となっている。これは、必ずしも生体の痛み症状がない状態で使用するため、薬物依存が問題になると考えられている。

――大麻については…。
 舩田 大麻はもともと日本では身近にあった植物で、麻繊維の原料として長い歴史の中で栽培されてきた。大麻の中にはTHCという幻覚症状や高揚感を引き起こす化学物質が入っているため、特定の部位だけを麻繊維の原料として利用してきた。また、日本固有の大麻は、THC含有量が比較的少ない種類に属するとされており、繊維原料として非常に有用と考えられている。大麻栽培のためには、大麻を規制する「大麻取締法」に従った栽培免許の取得が必要だ。一方、大麻が健康上に与える影響としては、依存性の問題に加え、運動機能や判断能力が低下する点が問題だ。具体的な例は、自動車運転での交通事故で、実際に米国のハイウェイにおける自動車事故の原因の多くは、大麻使用が関わっている。また、大麻使用によって幻覚や妄想を伴う大麻精神病を引き起こす危険性も懸念されている。大麻精神病の発症に対する医学的な評価は必ずしも一致していないが、疑いがある以上、安全ではないと認識する必要があろう。大麻使用は、個人的な健康被害のみならず、他者に被害を与えてしまう危険性がある点で、その取り扱いは注意しなくてはならない。

――それなのに、大麻を解禁するような国も出てきているのは何故か…。
 舩田 世界的に大麻規制が緩和される傾向が強くなっているが、その背景には各国の大麻蔓延状況が関わっていると考えられる。実際に、大麻の規制緩和を進めているカナダや米国(州ごとに規制状況は異なる)での大麻経験率に関する調査では、両国ともに生涯大麻経験率が40%を超えており、厳格な大麻規制の法律と大麻使用状況との乖離が生じている。つまり、大麻使用規制の厳罰化が機能しない状況になっているということだ。そして、それほど大麻が流通した環境にある中では、取締りを強化するよりも、お酒やたばこの様にきちんとしたルールを作ったうえで、年齢制限を施し、嗜好品として使用できるようにした方が、合理的で現実的解決法だと考えられた訳だ。特に大麻使用による健康被害を受け易い青少年には、大麻を使用させないための政策を導入せざるを得ない状況となっていると考えるべきだろう。実際、10代での大麻使用は依存のリスクを高めるとともに認知機能の低下をもたらすとされている。国や地域ごとに細則は異なるが、大麻使用の年齢制限を設定し、若者に大麻を売る行為への罰則は厳格化され、一回の大麻購入量の制限や、使用場所の制限もされている。また、大麻使用後の自動車運転については厳重に禁止されている。そして一般に、公共の場(レストラン、ションピングモール、公園、公道、コンサート会場、職場など)での大麻喫煙は禁止されている。決して、合法や解禁によって、誰もが自由に大麻を使えるようになるという状況ではない。

――大麻を産業利用するために合法化している国もある…。
 舩田 大麻の販売においても、産業経済のために大麻販売を合法化するというケースもある。これまで大麻取引は、違法行為として取り締まりの対象であったため、ブラックマーケットでの売買となっていた。大麻の違法販売により、相当額が反社会的組織などへ流れていると推測される。そこで、法改正をして大麻販売のライセンスを得ることで、正式に嗜好品大麻を販売することができる仕組みを導入する訳だ。大麻販売が合法化されると、大麻販売にかかる税収が見込まれるため、経済効果が期待されている。全く新しい産業として、見かけ上のGDPが引き上げられる。実際、米国の大麻合法化が進んでいる州においては、大麻販売により得られた税収を教育やインフラ整備に当てる政策が取られている。また、この大麻販売により得られた税収が、青少年を対象とした薬物防止教育や、薬物依存症者のための回復施設の拡充へ当てられている点も興味深い事だ。

――大麻の扱いは、今後どのようになっていくのか…。
 舩田 近年、米国では大麻成分CBDを特定のてんかん疾患(ドラべ症候群およびレノックス・ガストー症候群)の治療薬として使用することが許可された。他の治療薬が存在しないことから認可されたもので、病院の管理下、使用ルールを決めて使用することは問題がないと考えられる。重要な点は大麻吸煙による治療使用ではなく、大麻の有効成分を利用している点であり、成分に着目した医療への応用は用量、用法をコントロールできるため妥当な方法だと思う。引き続き、大麻使用のリスクと有益性を精査しいて行くことが重要であろう。大麻を嗜好品や医療への使用を目論んで合法化している国で、実際にどのような社会問題が起きているかを見てみると、交通事故が多発している事と、若者の大麻使用率がなかなか減少していないという事が明らかになっている。また、大麻食品の取り扱いも可能になったことから、乳幼児が大麻入りチョコレートなどを誤食して救急搬送されるといったケースも増えている。一方、世界的な調査より、最近流通している大麻の特性として、精神作用を示すTHC含有量が増加しており、大麻自体の精神作用が強力になっていることが懸念されている。各国の大麻規制緩和への流れは、大麻使用の安全性が確約された訳ではなく、大麻蔓延の状況や経済状況が関わるものであることを留意すべきであろう。(了)

――米トランプ大統領が示した新中東和平案について、率直に思う事は…。  

シアム あの提案は「和平案」ではなく「戦争案」だ。トランプ大統領の娘婿で大統領上級顧問のジャレッド・クシュナー氏は今回の案に深く関わっており、この件で何度もテレビに出ているが、その中で繰り返し「イスラエルはこれまで一度もパレスチナが国を持つ事を認めてこなかった」と言っている。これは1993年のオスロ和平合意で締結した際の「2国間共存」という和平案ベースを全く無視した発言だ。「2024年にパレスチナは国家として認められる可能性がある」との文言もあるが、あくまでも「possibility(可能性)」に過ぎない。1993年のオスロ合意に従えば、1999年にはパレスチナ国家が出来るはずだったが全く実現していないし、冒頭で述べたクシュナー氏の発言の意味を考えても実現性は甚だ疑わしい。そもそも、1967年の第3次中東戦争の取り決めで、国連加盟の142カ国がパレスチナを国家として東エルサレムを首都にすることを認めている。パレスチナ自身、国連のオブザーバーとしてのメンバーでもある。今回の案がこういった一連の国連決議に則ったものであれば和平の道も開かれるかもしれないが、それらをまったく無視して新たにイスラエルのためだけに作られたような案を信じられる訳がない。

――今回の新中東和平案は、今までの合意や国連決議を全く無視している…。

シアム 提案文書の文言も、これまでの「土地をめぐる紛争(conflict)」から「土地をめぐる争議(dispute)」へと変わり、「土地問題」は「宗教問題」になりユダヤ教、キリスト教、イスラム教の中での争いとなっている。ユダヤもキリストもイスラムも同じくアブラハムを始祖としているのに、何故こんなことが出来るのか私には理解できない。神様は奪うなと仰る。それなのに人の土地を奪って住み続ける人がいる。誰かの家に無理やり押し入り、それが自分の家だと主張できる感覚が私にはわからない。神様は殺すなと仰る。それなのに殺し合いが続いている。私は隣人を殺さないし、隣人を殺せる精神もわからない。我々の願いはオスロ合意で受け入れた22%の土地で平和に暮らすことだ。その一連の流れを全く無視して今回米国が提案したのは8%の土地をパレスチナに与えるというものであり、しかもその土地はまるで穴だらけのスイスチーズのように点在している。これでは土地の繋がりがもてない。国境からも海からも離れたこれらの点在した土地を、いつ、どのように繋げることが出来るのか、それもイスラエル次第という事だ。イスラエルは中東で唯一の民主主義国家であると主張しているが、これのどこが民主的と言えよう。1350万人のパレスチナ人の住む場所を力で占領している。

――米トランプ大統領は、イスラエルがパレスチナを侵略して占領した「入植地」をイスラエルの国土として認めるとしている…。  

シアム 国際人道法会議では、エルサレムなどパレスチナ領内へのユダヤ人入植地はジュネーブ条約違反だと決議している。その他、ウィーン条約や国連決議、国際裁判所の決定全てに違反する今回の案は、本当に酷いものとしか言いようがない。そもそも国土は不動産のように譲渡や売買できるものではない。パレスチナは欧州やアジアやアフリカをつなぐ重要な場所に位置しているため、これまでにも色々な侵略者がやってきた。イスラエルもその一つだ。イスラエル人は「数千年前、自分たちはこの土地にいた。だからこの土地はイスラエルのものだ」と主張し、シオニズムのもとに結束を図り勢力を強めているが、歴史を振り返ればエジプト人もトルコ人もローマ人も過去にはこの土地にいた。昔はイギリスにもローマ人がいたが、だからと言って、今、イギリスをローマ人のものだと主張出来るだろうか。また、イスラエルは「神が我々にこの土地を与えた」と言うが、この土地にはアダムとイブの時代からユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの宗教が関わっていた。一体どの神が、どこに、誰に土地を与えたのか。土地は神様が与えたものだが、その境界線は人間が作り出したものだ。そして、この問題は宗教の問題ではなく、土地の境界線をめぐる争いだ。

――1993年のオスロ合意では、「入植地」に関する取り決めはあったのか…。  

シアム オスロ合意では、1967年の第三次中東戦争で定められた国境を基準にパレスチナに東エルサレムとガザ地区を含む全体の22%、イスラエルには西エルサレムを含む全体の78%の土地を与えるという内容で、我々はそれを受け入れた。国連安保理決議で83件、総会決議で700件以上、すべてがこれを支持していた。しかし、この合意の中に「入植地」に関する規制はなく、イスラエルは当時和平に向けた合意をしたにもかかわらず、ユダヤ人の入植活動を続けた。想像してもらいたい。米国は第二次世界大戦後に日本に進駐軍を置いたが、例えば米国人が、そのまま日本の島に米軍基地を作って居続けたり、米国人が東京にどんどん増え、好き勝手に暮らして、最終的には東京の半分で米国自治政府を作って統治してしまったら。そうなった時に、もともとそこに暮らしていた人たちはどう思うだろうか。「入植地」には何の権限もない。彼らは他の国の人の権利を奪っているだけだ。

――アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなどはトランプ案を支持しているようだが…。  

シアム 米国が怖いのだろう。しかし、アラブ連盟はこの案を拒否すると明確に表明している。トランプ大統領はこの案を世紀のディールだと言うが、ジミー・カーター米元大統領が「この案は国際法を踏みにじる違法なものだ」と言っているように、他の国々も皆この案が国連決議も国際法もすべて無効にしてしまうものだという事を分かっている。仮にこの案を100%支持するという国があれば、その国は国際法を順守しない、混乱を招く国と見なされるだろう。こういった行為が認められれば、世界中の極右勢力に対して、自分たちのやりたいようにやることが出来るという口実を与え、過激なことをしようとしている世界中の人たちにゴーサインを与えることになってしまう。つまり、この案が認められれば、トランプ大統領の支持さえあれば、世界中で何をしても良いという前例を作ることになるということだ。

――新中東和平案に対して、パレスチナではさほど大規模な反対運動は起きておらず、ある程度やむを得ないという風潮だと報道されているが、実際は…。

シアム パレスチナ人が抗議活動等を行わないよう、我々が呼びかけている。パレスチナ人の中には大きな怒りがたまっており、もし、その状態で抗議活動を許してしまえば制御不能になってしまう。その怒りはコロナウィルス以上の脅威をもって世界中に拡散し、イスラム過激派が行っている事よりもさらに酷い混乱を起こすだろう。そうなると、たくさんの命が失われることになる。我々は、怒りに満ちた心ではなく、理性を持った頭を使って今後どうすべきかを考えている。1993年のオスロ合意を振り返ると、調印したのはイスラエルのラビン元首相だった。彼はもともと軍のトップとして多くの戦争を経験し、パレスチナとの戦争にも関わっていたが、調印後に和平反対派のユダヤ人青年に銃撃され、死亡した。そして登場してきたのが過激派のネタニヤフだ。ネタニヤフはシオニストであり、極右勢力とともにユダヤ人が持つ憎しみを煽っている。歴史を見てもほぼ全ての帝国が、国民の憎しみを煽って増幅させることで国を拡大させてきたように、ネタニヤフも権力の座に居続けるために、憎しみの感情を利用している。そして、憎しみを煽られた国民たちは、自分たちの要望を聞き入れてもらうためにネタニヤフを利用している。イスラエルはもはやコントロールの効かない状態だ。憎しみの種を人々の中に見つけ、それを増幅させていくことは非常に簡単だ。反対に、人々の心の中に愛と平和を育てていくのは難しい。

――米国はパレスチナに5兆円規模の援助を行うとしているが、これについての考えは…。  

シアム 先ず、パレスチナやパレスチナに住む人々は売り出し中ではないし、売買できるようなものではない。その資金は他国籍の開発銀行が管理して中東和平のために投資するものだ。仮にトランプ大統領が売買ゲームを好み、土地のために5兆円規模の資金を用意させるというのであれば、我々はお望み通り、そのお金をイスラエルに占領された土地を買い戻すために使うか、或いはトランプ大統領に渡すことにしよう。我々が望むのはパレスチナの人々が平和に穏やかに住むための土地だ。イスラエルに住む人たちの中にも我々と同じように平和に住みたいと願っている人たちがたくさんいると思う。そういった人たちにも同様に手を差し伸べたい。お互いの望みが「平和に生きたい」というものであれば、そのための解決策は「共存していく」ことだ。一つの土地を分かち合って暮らしていく方法を見つけることが、パレスチナ問題を解決する唯一の道だと思う。永遠に力を持ち続ける帝国などないし、今日のイスラエルの軍事力が明日どうなるかもわからない。そんな中で私はいつも「我々は同じ船に乗っている。誰かが船を揺らせば、船は転覆して、皆が死んでしまう」と言っている。世界中の皆がそれを理解した時、平和が訪れるだろう。(了)

――米国は中国に対して産業補助金や国営企業の優遇措置の撤廃を望んでいるが…。
 生田 中国の構造問題といっても、その定義は非常に曖昧だ。トランプ政権は明らかに「中国製造2025」や「走出法」に代表される産業政策をターゲットとしてきたが、こうした産業政策は日本をはじめ多くの国で大なり小なり行われてきた政策でもある。本質的な問題は、中国が「社会主義資本経済」のもとで国のシステムを総動員し、その結果として成功してきたという事、そのようにして成功した中国企業群に対して、自由資本主義国家の企業が対等に競争できなくなってきている事、そして、それを是正させるための有効かつ速攻的な手段が見つからない事だ。これまで先進諸国は、国家資本主義的なやり方で突出した成長を続ける中国に対してあまりにも寛容的な態度を取り続けてきた。唯一WTОルールに基づいて行ってきたことは、ダンピングや産業補助金に対する相殺関税率の算定に際して、中国を非市場経済国家として特別な算定方法を採用してきたことくらいだ。

――中国はいわゆる国家資本主義といわれる…。
 生田 それぞれが現行の国際ルール上で議論の余地なく違反とされるものではない。国家資本主義の政策として経済的に効果が大きいものは、先ず、事実上の統制金利による膨大な過剰利益の蓄積だ。それを利用して特別融資や無制限な公的保証、公的出資、債務減免、デッドエクイティスワップなどの企業優遇措置が行われている。これらの総額は財政資金による企業補助金よりもはるかに大きい。また、中国企業にだけ甘い独禁法の合併規制の運用によって国際的な巨大企業を創出させたり、2重戸籍によって低所得層を温存し、閉鎖的労働市場を存在させることで、産業セクターでの超過利益を蓄積させていることも大きな構造問題だ。さらに、戦略企業に対する公的機関の優先的調達、国家研究機関からの研究者派遣などを組み合わせた助成金措置などもある。今や中国のエリート集団である官僚組織は、どのようにすれば国際的な批判をかわすことが出来るのかまで細かく勉強して、産業政策や国際企業戦略のシナリオを描いている。中国の官僚たちが作成する緻密な国家資本主義のシナリオに勝てる国が、世界中にあるだろうか。中国以上に国際研究や戦略努力をしている国があるとは、私は到底思えない。トランプ大統領は財政資金による企業補助金に焦点を当てて攻めているようだが、中国の優秀な官僚達はその権限手段すら手放すつもりはない。このような国家資本主義による種々のサポートを受けた中国企業群が国際ビジネス市場で優位な立場に立つのは当然であり、その勢いは当面止まらないだろう。

――米中経済戦争の影響を受けて中国経済は減速していくのか…。
 生田 中国経済については、そもそも6%台の成長をしなくてはいけないという幻想を持つこと自体が問題であり、米中経済戦争によって壊滅的な影響があるという訳ではない。ただ、世界的に与える影響は大きいだろう。今後の米中協議の流れにもよるが、第一に、東南アジアで進んできたバリューチェーンの流れを大きく変える契機になる。これまで主に日本・韓国・台湾の企業が主体となって構築してきた東南アジアのバリューチェーンは、今後、資金力・技術力・国家主義的なサポートを持つ中国企業が先導するようになるだろう。中国はアセアンとの関係においても「AFTA(アセアン自由貿易地域)」で成熟度の高いFTAを結んでおり、17世紀から浸透した華僑組織との融合も含めて、中国の東南アジアにおけるバリューチェーン構築の環境は急速に整ってきている。これは「世界の工場」から「世界の投資国」への転換を目指す中国政府にとって悪い流れではない。現在の過剰債務問題が顕在化するとの指摘をする日本の専門家もいるが、貸し手も借り手も国内にいる訳だし、既に述べたように、事実上の統制金利による銀行セクターに入ってくる膨大な利鞘は、過剰債務問題の対応ためにさらに利用可能だ。補助金ではないこの財源は、毎年70兆円程度確保されている。但し、今後も必要性の低い投資を行って国内の債務を積み上げていくのであれば、話は別だ。非常に利用度の低い高速鉄道・高速道路・住む人のほとんどいない高層マンション等をこれからも作っていくというのでは、国がもたない。

――IT産業では、一時は米中の企業同士が融合する動きを見せていたが…。
 生田 今回の米中経済戦争によって、国力の源泉であるITを中心とした先端技術分野でも「融合」ではなく「競争」を意識するモメンタムが生まれたことは否定できない。米中の両陣営がしのぎを削っていく体制が明確になったということだ。この点、一民間企業のファーウェイに対して米国政府が政策手段を総動員しても潰すことが出来なかったのは皆が知るところで、その後もファーウェイは堂々と業績を伸ばしている。そして、これまで半導体分野で85%を米国等から輸入していた中国は、今、急ピッチで国内生産の体制を構築しつつある。中国の資金力・技術力が予想以上に堅固になっていることを、多くの中国の経済人が感じている筈だ。

――米中経済戦争が「一帯一路」の沿線国に与える影響は…。
 生田 中国共産党の幹部や経済人の多くが、米中貿易摩擦によって、米国の経済にコミットしすぎる事へのリスクを学び、一帯一路沿線国への関心をさらに強固にしている。外貨準備も米国国債にばかり偏るのではなく、もっと有用な活用方法があることに気が付いたようだ。実際に、経済戦争が始まって以降、習近平主席・李克強総理の「一帯一路沿線国」にむけたトップ外交は急激に増加しており、中国のメディアは毎週のようにそのニュースを大きく報道している。一帯一路はユーラシア大陸の勢力関係を大きく変えるだろう。ソビエト連邦の崩壊によって生じた覇権の空白地帯にも、中国がいわゆる実効支配という形で強い影響力を及ぼし始め、そこに中国を中核とした安全保障体制(上海条約機構)を敷いている。それらの地域には世界有数の資源国が含まれており、その資源やインフラ権益は次々と中国の手中に収まりつつある。そして、「一帯一路ITシルクロード」という名の下に、沿線国のITインフラは中国標準で塗りつぶされつつある。例えば、貨物列車の運行に付随する運行管理システム・通関システム・荷物の積み下ろし管理システム・人民元による決済システムが中国のIT技術を浸透させるために一体化して導入されている。

――中国は今後、ユーラシア大陸の覇者となっていくのか…。
 生田 中国がWTO(世界貿易機関)に加盟した2001年は、未だロシアのほうが経済的にも軍事的にも圧倒的に強かった。しかし、ソビエト連邦崩壊後のロシアが農業政策に失敗する一方で、中国は農業で大成功し、今や金融的にも、技術的にもこの地域の覇者になりつつある。現在進めている一帯一路構想では、鉄道・道路・港湾・パイプラインが次々と整備されており、物資の輸出入が急速に増大している。人民元の影響力も日に日に大きくなっている。アセアン諸国では、今や英語に加えて中国語も必須になってきているという。今の新型肺炎の急拡大で習近平政権が揺らぎ始めたとの見方もあるようだが、そのような政治の揺らぎは考えられない。仮に新型コロナウィルスへの政府対応に不満があったとしても、政権への批判が許される体制にはなっていない。あれだけ厳しい情報規制や世界最先端の顔認証システムによる治安の維持、これまでの経済成長による国民の満足度などを勘案すると、今後も習近平政権は盤石だろう。むしろ様々な外圧や病疫等に対して、強力な政府が存在することの必要性を人民は感じているのではないか。(了)

――世界の経済は国と国ではなく、都市と都市との戦いとなりつつあるなかで、税制改正による税収減は競争力という点で問題だ…。
 武市 まずこれは、そもそも非常に遺憾だ。偏在是正措置と言われているが、特にこの10年ほどの法人関係の税に関しては、我々からすると不合理な収奪のような形だ。東京都を中心に活動して得た経済活動の対価としての法人二税であり、応益性を無視して関係のない地方に分散させられてしまうというのはどう考えてもおかしい。厳しい都市間競争力についてのご指摘もおっしゃるとおりで、東京はかろうじて、ロンドン、ニューヨーク、パリといった世界の大都市の一角だが、そのなかでいかに東京の力をさらにパワーアップさせていくかが重要だ。森記念財団が都市ランキングというのを出しており、東京は4年ほど前にパリを抜いて、4位から3位になった。ただ、ロンドンはオリンピックの頃にニューヨークを抜いて2位から1位になっている。東京もその1位を目指してやっているが、残念ながら逆に差は開いている。パリは抜いたものの、下からの追い上げが厳しく、そのなかで税収を取られるのは非常に厳しい状況だ。アジアのなかで、東京はかろうじてトップを走っているという位置にあるが、シンガポールや香港、ソウルなどとの競争は激しく、非常に危機感を持っている。そのようななかで、この10年間度重なる税制改正により平年度ベースで年間1兆円程度の減収となってしまっており、これがこの先も続いていく。非常に厳しい状況である。今は5兆円くらいの税収となっているが、税収が増える度に奪われるということを繰り返しており、本来様々な経済活動やインフラ整備への投資に回せるはずの都の税収が失われている。

――オリンピックへの減収の影響は…。
 武市 オリンピック・パラリンピックは、最初に立候補したときから8年半ほど経ち、正式決定してからは6年半ほど経つ。大会開催都市となった場合には相当な金額が必要となるため、正式決定前から基金を貯めている。開催決定前に4000億円ほど、正式決定後、準備が本格化する前にさらに2000億円ほど積み立て、計6000億円ほどの準備をしていたため、まずはそれを直接的な経費に充てて、対応できるようにしている。一方で、会場の建設経費など直接的な経費とは異なる、例えば会場アクセスに必要な道路の整備や、あるいは会場のバリアフリー化や無電柱化など、そういった関連経費も8000億円ほどある。それもオリンピック・パラリンピック以外の基金を含めて手当しつつ、計画的に早めに準備をしながら実際の事業を行っている。

――オリンピックで貧乏になるとか財政が傾くとかそういった懸念はまったくないと…。
 武市 その通りだ。福祉や教育などの水準を切り下げることなく大会を開催する。そこが第一で、第二では、大会の開催によって都の財政が悪化するようなことはないようにする。加えて、もちろん大会は成功させないといけないが、それに掛かる経費はなるべく抑えることを、成功に続いての目標として考えている。今8000億円ある関連経費のところは、ひとまず300億円ほど削減のメドが立っている。さらに本番を迎えるなかで、なるべく抑えることができれば良いと考えている。一方で、大会開催による経済効果は全国で30兆円、そのうち都内では20兆円ほどとされているが、単純な経済効果に加え、さらに大会を1つのきっかけとして民間でもさまざまな開発が進んでいるため、そういった意味で相当な経済の活性化につながっているだろう。

――地方債の発行では、グリーンボンドを先がけて発行しているが、今後の展望は…。
 武市 これまでに3度発行しており、来年度は4度目の発行となる。3年前に初めて発行したときは、日本の自治体としては最初で、民間も含め数例しかないといったなか、我々東京都が手掛けたことでグリーンボンドが広がるきっかけの1つになっていった。市場の皆様にも評価いただいていると思う。そうしたなかで、今は最終需要が7倍近くと機関投資家の方の購入意欲が年々高まっているうえ、投資表明をされる投資家の方も増えており、グリーンボンドの購入を通じて社会貢献したいという投資ニーズに十分応えられていないと感じる。そのため、これまでは200億円発行し、100億円が機関投資家向け、残り100億円は個人向けとしていたが、来年度は機関投資家向けを100億円増やし、総額300億円にする予定だ。個人向けグリーンボンドについては、毎年即日完売というありがたい状況だが、若者の購入が少ないという点がある。このため、今年度は、証券会社の皆様方にも協力していただいて、若者向けのセミナーを、グリーンボンドを発行する直前の11月に開催した。その成果もあって、少しずつ若者の購入は増えてきており、今後さらに増やしていきたい。

――昨年は災害が多く、各自治体からは防災に対する考え方を改めたとの声が聞かれているが、防災に対する財政面の対応は…。
 武市 25年前、阪神淡路大震災があり、さらに9年前に東日本大震災があり、我々は防災イコール震災対策ということで、建物の耐震性の向上や道路の拡幅など、とにかく地震対策をやらなければいけないというのが少し前までの防災対策としての大きな流れだった。しかし、昨年の台風でも川の氾濫による被害が出たように、特にここ2~3年は風水害対策が重要視されている。地震対策は併せて進めていくが、風水害対策にも力を入れるというのが、来年度予算における我々の緊急課題だ。来年度予算案における豪雨災害対策の予算は、昨年度より50億円増やし880億円としている。災害対策で重要なことは、1つは計画的に物事を進めて備えていくこと。例えば水害対策では、今、環状七号線の地下に大きな調節池を造っているが、こういうものの建設は相当時間がかかるため、建物の耐震化や水門の建設なども含め、計画的に対応する必要がある。それと同時に、実際に災害が起きたときにいかに迅速に回復させるか、臨機応変に対応するのか、この2つが重要だと思っている。後者については、昨年秋の台風被害を受けて12月の議会で補正予算を組むなど、迅速な対応を行っている。

――財政面でのもう一つの課題である社会保障については…。
 武市 社会福祉関連の民生費では、今現在1兆円ほどかかっている。それが20年後には1.5兆円になってしまうと推計されており、年平均250億円ほど増加する見込みだ。相当高い確率で予測できているため、我々としてはそういう予測を元に財政を考えていかなければならない。災害については予測しがたい部分が多いが、こういった社会保障関係は予測ができるため、余裕があるときに基金などに貯めておき、将来に備えていく。今基金は2兆円弱あり、当初予算で取り崩す部分もあるが、今回の補正予算案では基金で合計4500億円貯める想定だ。リーマン・ショックのときは税収が1年間で一気に1兆円減ってしまったなど、将来的にいつどうなるかはわからないため、前もった準備が必要だ。企業の業績回復と税収としての回復にはタイムラグがあり、一度大きく落ちるとなかなか回復しない。そういうさまざまなリスク要因を考えると、我々は不交付団体であり地方交付税もなしで財政運営しているため、多めに基金としてストックしておく必要がある。

――今後の目標や抱負があれば…。
 武市 我々財政を担当している者としては、積極的な施策展開を支えつつ、財政の健全性を保つという、この2つを実現させる財政運営を行っていくことが最大のミッションだろう。施策展開については、来年度予算案でいえば、例えば「稼ぐ東京」ということで、つながる東京、「スマート東京」を「東京版Society5.0」として実現させていこうとしている。これに対する予算は、今年度は19億円だが、来年度は158億円と、かなり増やしている。また、小池知事になってから無電柱化を推進しており、来年度予算案では317億円と今年度から10億円増やすなど、積極的な施策展開を財政面から支えている。

 一方で、将来の見通しが不確実な中で、今後社会保障費が大きく増え、防災もさまざまなところに目配りしなければいけないなど、財政需要に対応する必要がある。そのうえで、海外のほかの世界都市と競争していくというミッションもある。東京オリンピック・パラリンピック大会を成功させ、世界一の都市となれるよう財政面で努力していきたい。

――アジア生産性機構(以下、APO)とは…。
 モクタン APOは1961年に政府間協定の締結によって設立された。目的は、生産性の向上を通じてアジア太平洋地域の持続可能な社会経済の発展に貢献することだ。シンクタンクとして工業、農業、サービス、公共部門など多岐に亘る事業分野で政策提言を行っている。現在のAPO加盟国は20か国・地域。そのうち香港は活動を中止しており実質的には19か国が事業に参加している。日本を先頭にアジアを担うシンガポールやタイ、インドネシアなどが中心となり、まるで雁の編隊飛行のような形で活動してきた。

――生産性を向上させるために必要なことは…。
 モクタン APO設立当初、生産性向上のためのキーは労働力であり、現場主義、品質改善といった取り組みを徹底した。それが徐々に知識、経験、経営手法へと変わり、今日では新しい推進力が必要となっている。第4次産業革命でAI、ビッグデータ、5Gといった新しい技術が次々と生まれる中、今後の生産性向上のための推進力は「イノベーション」だ。技術革新をもとにした新しい推進力で我々が現在取り組んでいる事業は、多国間でのプログラムと、国別のニーズに合わせたプログラムの2つに大別される。例えば、多国間プログラムでは知識や経験の共有を通じて国同士で学びあい、国別プログラムでは対象となる国のニーズに合わせて専門家を派遣し、その国の発展を支援するような事業に取り組んでいる。さらに、加盟国の生産性本部同士でお互いの国を視察して政策提言するといったアドバイザリー事業も行っている。

――APOの加盟国は…。
 モクタン 我々は開かれた組織として、国連のESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)に加盟しているという条件を満たしていれば、基本的にはどの国でも加盟することが出来る。実際、現在APOに加盟している国々は多様性に富んでおり、先進国のカテゴリーで言えば、日本、韓国、シンガポール、台湾等。また、発展途上段階にあるモンゴルやネパールも加盟している。太平洋ではフィジー、西側ではイランまで加盟しており、地域的にも広範囲に及ぶ。さらに今、トルコが参加を表明しており、間もなく加盟されることになるだろう。その他にも、ミャンマーが加盟交渉段階にある。

――APOの事業規模は…。
 モクタン 予算は年間約1200万米ドルで、それぞれの加盟国からの分担金で事業が賄われている。プロジェクトの総数は年間約180件で、そのうち多国間プロジェクトが約100件、国別プロジェクトが約80件となっている。日本にある事務局の職員は45名だが、年間約9400人の人たちがプロジェクトに参加してくれている。先述したように、この組織の特徴は多様性であり、その特徴を生かして先進国、発展途上国それぞれの段階に合わせた事業を行っている。例えば、日本やシンガポールでは高齢化社会に直面している一方で、ベトナムやインドネシアには若い労働力が溢れている。今後はこういった全く違うレベルの国々を上手くマッチングできるような事業にも取り組んでいきたい。そのための一番良い方法を考えているところだ。

――今後の課題は…。
 モクタン 今は世界規模での問題が山積している。気候変動、環境汚染といった問題にどのように関り、どのように対応していくかが目下の課題だ。その取り組みの一つとして、各プロジェクトには2015年に国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)を取り入れて事業を展開するようにしている。また、現在、主に生産性向上の活動を支えてくれているのは政府や企業が中心なのだが、もっと若年層、女性起業家や、体の不自由な人など、幅広く参加してもらって包括的な事業を展開していく事で、さらなる生産性の向上を目指せると考えている。3つ目の課題は、どのようにしてAPOを一般の人たちに理解してもらうかということだ。繰り返しになるが、我々が掲げているのは「生産性中心主義」だ。競争力を強化するということではなく、その結果を生み出すための生産性向上に重きを置いていることを周囲に広め、理解してもらうことが、この組織の活動を続けていくうえで非常に重要だと考えている。

――生産性向上を求めることで、インカムギャップを拡大させる要因にもなると思うが…。
 モクタン 例えば、ベトナムやカンボジアの現在の経済成長率は6~7%と非常に高いのだが、生産性については2カ国ともアジア最低水準だ。一方で、日本やシンガポールの成長率は2%に留まっているものの、特にシンガポールにおける労働生産性指標は大変高く、アジアで断トツの水準を誇っている。経済で高成長を遂げているカンボジアの労働生産性が低い理由は、産業における成長がまだまだ追いついていないからであり、生産性をあげるには労働者のスキルの問題などをきちんと分けて考えなくてはならない。つまり、現在のカンボジアはインカムギャップではなくて生産性のギャップと向き合わなくてはならない段階にあるという事だ。そもそもの生産というパイを大きしなければ、労働者の収入も大きくならない。それが、我々が生産性向上に拘る理由だ。開発をただ応援するのではなく、生産性向上を支援するための取り組みに注力し、そのなかにジェンダーの問題などを包括していくことでギャップを埋めていく。それが「生産性中心主義」という事だ。

――最後に、事務局長としての抱負を…。
 モクタン 来年、APOは設立60周年を迎える。また、2025年に向けた新しいビジョンを策定中だ。次の時代の新たな発展に向けて、組織としてどのようなことが達成できるのか、私としては加盟国と一緒にそのビジョンを作っていきたいと考えている。(了)

――先日の台湾総統選挙について…。
 大野 先日、台湾総統選挙を見に行ってきた。これまでにも何度か行ったことはあるが、今回はかなり落ち着いた雰囲気だったと思う。例えば、以前は各党派で候補者同士を攻撃したり、それぞれの陣営で爆竹を鳴らしたり、派手なパフォーマンスが多かったが、今回は殆どそういったことがなく、非常に静かに各自の政策を語っていた。それは台湾が成熟している証しだ。また、今回の選挙戦では世界中に留学している台湾の若者達が一時帰国して投票した。生まれつき独立派の若者の投票率が非常に高かったことが、蔡英文氏の歴史上最高得票数での当選を後押ししたと言われている。今の台湾の若者は幼少の頃から民主主義的な教育を受け、その思想の中で育っている。もちろん教科書には中国の素晴らしい長江文明や黄河文明、台湾との特別なつながりが記してあり、そういった文化財等に対する中国への憧れもあるのだが、実際に彼らが中国を訪れると、共産党に管理された自由のない社会を目の当たりにしてがっかりし、一気に台湾の結束力が強まるという状況になっている。さらに言えば、蔡氏再選に至る最大の功労者は習近平中国国家主席だという皮肉もある。習近平氏が一国二制度という対香港政策を台湾にも適用させようとしたため、台湾での中国に対する反発が一気に強まり、民主進歩党の蔡氏が当選したという事だ。今日の台湾は明日の香港だ。混迷する香港の現状を見ていた台湾の人たちは、ああはなりたくないと判断したのだろう。

――中国側がこのまま諦めるとは思えない。機を見て、台湾の経済が低迷し始めた時に下支えし、得票を稼ぐという考えなのか…。
 大野 そのような手段をとることは十分に考えられるが、現在の台湾経済は悪くない。中国大陸から台湾への観光客を中国政府が規制したことで台湾経済が落ち込んだかと言えば、中国人がいないことで逆に日本人や東南アジアからの観光客が増えて、その影響はほぼなかった。企業も、外資系企業が中国大陸でどんなに稼いでも中国国外へ資金を持ち出せない仕組みになっているため、中国大陸に根を下ろし過ぎると台湾の利益にはならないということで引き揚げてきている。日本同様に産業空洞化が心配されていた台湾に企業が戻り、むしろ台湾の景気は良くなってきている。もちろん資本主義経済に波はつきものだが、中国に起因する波はそこまで大きくはない。長期的には中国の方が経済的に不利益になるのではないか。中国大陸内の企業資金が外へ持ち出せないとなれば、結局、海外からの投資も減少し、そうすると外国の技術も導入できなくなる。どんなに中国に5Gで有名な会社があったとしても、それは元々日本の富士通の技術だったり、また、中国がアフリカなどで建設提供している高速鉄道車両も、元はといえば東北新幹線などを走る車両をJR東日本から輸入したりライセンス生産したものだ。中国が自国で開発した革新的技術などまだ無く、どこかで中国は行き詰まるはずだ。

――今後の中国の行方は…。
 大野 中国経済について言えば、先日ようやく米中貿易交渉の第一段階の合意に至ったが、それも米トランプ大統領の国内での選挙戦対策のための合意であり、しかも内容的にも米国は制裁関税を課したままで、中国が豚肉や大豆などの米製品の輸入を5割増やすというかなり偏った内容になっている。それでも中国側が合意せざるを得ないのは、国民の食糧を自国内で賄うことが出来ていないからだ。中国にはたくさんの農民がいて、大きな農地がある農業大国だと思われがちだが、実は生産性が非常に低い。ある時期に一気に工業化を進めたことで、農地を潰して工場を建てたり、汚染されたりして農地が使えなくなっている。農民自体が都会へ出稼ぎに来てしまっているという事もある。しかも、中国には前近代的な戸籍制度があり、農村に生まれれば一生農村の身分であり、そういった人たちは、都会へ出て例えば公務員になろうと思っても、その受験資格さえない。民族問題も同様だ。こういった国内の構造的問題が解決できていない中で貿易戦争になっても勝てるわけがない。また、報道の自由がない等、社会制度自体が行き詰っていることも確かで、そういった不満が遅かれ早かれ爆発する可能性は否めない。新型肺炎の蔓延がここまで大規模となり、世界中を席巻しつつあるようになったのも、ひとえに中共政府が情報を小出しにし、コントロールしているからだ。すでに昨年の12月8日あたりで死者がでた、と中国国内のSNSで話題になっていたが、それが年明けから流行るのは政府の対応が遅かったためであり、これも政権の末期症状だと言えよう。そんな状況にあっても、特権階級にある共産党がそれらの問題を解決することは望めない。

――そういった中国と、日本は隣国としてどのように付き合っていくべきなのか…。
 大野 今年はオリンピックイヤーで、中国から日本への観光客は1000万人を超えると言われている。日本はそれで利益を得る所や被害を受ける所それぞれあると思うが、大体中国からの観光客は、すでに日本に住んでいる中国人たちに案内してもらい、そこに人民元が落とされるという、いびつな形での中国依存が今の日本で顕著になっている。もちろん、新たに日本を訪れた中国人が、それまで持っていた日本に対する悪いイメージを変えて親日になってくれるという期待も出来るかもしれないが、そのような思想など、中国共産党の一言で一夜にして変えられる。中国とはそういう国だ。そんな中で安倍総理は習近平国家主席を国賓として招いているが、中国側が言う「中日友好関係」とは、日本が中国の主張を認める事であり、中国の利益を優先する事を意味していることも理解しておくべきだろう。習国家主席の来日に向けて、現在、日中両国で準備している「第5の政治文書」も、今までの4つの政治文書がそうであるように、結局中国に有利になるだけだろう。尖閣諸島についても、ウイグルや香港に対する人権問題についても、何も変わらない。むしろ中国にあまり近づきすぎると、危ない域に入ってしまうことにもなりかねない。

――中国に接近しすぎることを喜ばない人たちがいる…。
 大野 田中角栄元総理が日中国交を回復したタイミングでロッキード疑惑という前代未聞の事件が勃発したことを思い出す。同じように、安倍総理が習国家主席を国賓として招くと発表してから、少し不穏な空気が流れているように感じる。米国から安倍総理のスキャンダルが出てくれば、それは小さなスキャンダルでは済まない。また、先日逮捕された秋元司議員のIR汚職疑惑では中国企業から賄賂が渡されていたというが、例えば中国が日本の国会議員約700人にそれぞれ100万円ずつ渡したとしても、それは中国にとって大したお金ではない。邪推だが、中国がお金を渡している国会議員はまだ他にもたくさんいるのではないか。実際にモンゴルでは、与野党問わずほとんどの議員が中国から賄賂を渡されていたために、国会で中国の進出を止めることが出来なかった。このような、いわゆるチャイナゲートの問題が、これからの日本の政治に繰り返し出てくるのではないか。(了)

――前任のどういったところを継承していくお考えか…。
 大野 上田県政については、時代との絡みで、とても良いときにとても良い方が知事になられたと考えている。日本経済が右肩上がりだった時期が終わり、その後始末をしていたのが上田県政の前の土屋県政。その後安定期に入り、そのなかで上田前知事が仕事をされていた。土屋県政では大きなハコものが作られ、上田県政ではこれらを整理して黒字にした。上田前知事は民間企業の経営感覚を持ち込み、第三セクターや公営企業は徹底的に赤字を解消していった。また、JR東日本の新幹線はすべて埼玉県を通っており、埼玉県は高速道路も縦横無尽に走っている。そのうえ東京都の様に混むわけではなく、県の中央部には海や山もほとんどない。高速道路も含め、交通網はおそらく日本一便利なところだろう。これは我々が持っている資産だ。これを生かして埼玉県は選ばれる県となっている。例えば過去十年間の企業の出入を見ると、最も企業が多く入ってきたのは埼玉県だ。加えて、人口一人あたりの役所の職員人数も埼玉県が日本で最も少ない。そういった改革が上田県政では進ちょくしてきたため、ぜひ受け継いでいきたい。ただそのうえで、これからもっと生産年齢人口が減るなど人手不足が深刻になっていくため、役所の仕事もただ減らせば良いというものではなく、この仕事はITのどこに置き換わるかなど、そういった改革をやらなければならない。

――具体的には…。
 大野 長期的なものと短期的なものとで2つに分けて考えている。短期的なものについては、私が就任後すぐに実施した知事室のペーパーレス化などだ。参議院議員時代、役所から届いた法律関連文書などを議会でも刷っており、これをどちらか一つにするだけで年間12億円のコスト削減となるという現実を目の当たりにした。やはりコスト削減というところでは、IT技術を活用していきたい。知事から始めることでトップダウン式に広げていく。そしてもう一つ、到底一期4年ではやりようがないが、大きな時代の変化に直面するのであれば、長期的にビジョンから変えたいと思っている。これからの時代は、地域のなかで働き手がいなくなる、あるいは高齢者が買い物難民・交通難民になったりする、働きたくてもさすがに1時間電車に揺られて行くのは現実的ではない、あるいは子供を見守らなくてはいけない、といった問題が出てくる。これらを解決するのはコンパクトシティ構想だ。小さなところで職と住が接近すれば、交通難民もいなければ買い物難民もいない。子供も育てやすく、子供を持つ余裕もできる、高齢者もそこで働けるうえ、見守ることもできる。これは何年も前から政府が言っていることだが、なかなか進んでいないのが現状だ。日本人は、老人ホームに入ってもそのまま家を所有するうえ、買うときも中古を買わず、どうせ買うなら新築、という考えになる。そのため町が歯抜けになり、限界集落化する。ゼロにならずに少しだけ残るが、インフラは維持しなければならないため、行政としては最もコストの悪い状態となる。だからこそコンパクトにするべきだ。コンパクトシティというと都心部のほうを考えがちだが、実際は郡部のほうが限界集落化しやすく、よりコンパクトシティ化が重要だ。

――コンパクトシティは実際にはまだまだ課題がある…。
 大野 コンパクトシティがなぜ進まないのかというと、総論賛成各論反対となっているからだ。企業や住人を誘致するには、それぞれにメリットが必要だろう。そこでメリットとして出せるのは、エネルギーだと考えている。産業におけるコストは大きく分けて3つあるが、まず人件費はなかなか減らせない。次に材料費だが、世界で勝負するには日本は原材料の少ない国のため勝負しづらい。そして最後のエネルギーだが、これは昔よりずいぶんと多様化しており、価格を下げられるとすればこのエネルギー分野だと考えている。これに関して、埼玉県には国道122号という道路があるが、この道路沿いの一部には東日本で唯一、高圧のガスパイプラインが2本走っている。このそばに例えば発電所を建てるとする。まずそもそもエネルギーのなかで熱だけは届けられる範囲が決まっているが、家庭のエネルギーの53%は熱で、物作りは80%が熱だ。今は発電の際に生み出される熱は捨てているが、ガスパイプラインのそばに発電所を建てることでこの熱を活用し、安くエネルギーを使用できるというメリットを作りたい。場当たり的にインフラの更新をするのではなく、そういったプランありきで進めていく。また、都会では発電所が有用だが、田舎では、例えば山の方にいくと小水力があるなど、再生可能エネルギー系はやはり郡部の方がより強い。地域ごとに特性が違うため、そこに集中的に投資できるような体制を作りたい。その計画が面白ければ民間企業も入ってくるだろう。それからエネルギーだけではなく、そのなかでITも活用していけば、スマートシティも作れる。我々行政としては、都市部の場合はほとんど民間でできるかもしれないが、郡部ではより行政のサポートが厚くならなければならないかもしれないという部分をしっかり考えていきたい。

――ほかに継承したいものなどは…。
 大野 上田県政から引き継ぎたいもう一つは、高齢者の元気だ。働き手という意味でも重要視しているし、経験という意味からもとても代えがたいものがある。加えて、スポーツ行動率というものがあるが、一日15分以上運動する人たちの割合が埼玉県は全国でもトップクラスに位置する。今は企業と連携して「コバトン健康マイレージ」というものを推進している。これは歩くとポイントが貯まり、そのポイントによってプレゼントが当たるという仕組みだ。定期的な運動で元気に長生きできるとなればそれは良いことであり、さらにスポーツ行動率が高いところは健康保険料の支払いの抑制が期待でき、支える側にとってもプラスの効果が期待できる。このほか、上田前知事はアベノミクスの女性活躍推進の前にウーマノミクスを行っていた。しかし今一度検証してみると、女性が仕事に戻る数が少ないため、これをしっかり戻したい。例えば職業教育などをきちんと施して、女性の社会進出を助ける。さらに言うと、この世代の子供がいる人たちは最も消費性向が高く、子供がいて忙しいため、基本的には地元で使ってくれる。この働く意欲のある人たちがより高い給料をもらうと、埼玉県全体にとってプラスだ。こういったことで、経済と社会対策の両方をやっていきたい。限られた財源で効果を倍増させていく政策を採りたいと考えている。

――どうしてもやらなければならない課題などはどうか…。
 大野 これまでに述べた少子高齢化対策はもちろんやらなければならない。あとは私の就任2週間後に起きた豚コレラの対応だ。さらに1カ月後には台風19号が来て、自分がやりたいことよりやらなければいけないことのほうが多かった。危機管理体制も今見直しており、埼玉県全体の危機管理の在り方は変えていきたいと考えている。埼玉は災害が非常に少ない県で、津波もなく、大きな地震でも比較的土地がしっかりしており、大雪が降る地域も少ない。ただ今回はそれが仇となった。埼玉全域で台風19号の被害が出て、6000軒以上浸水したが、50年以上埼玉県全体に被害が及ぶような災害はなかったため、今いる職員は誰も災害を経験したことがなかった。災害対応のノウハウなどがないなかでどういう形にしていくかが大切で、私は埼玉版FEMA(米国の緊急事態管理庁)という構想を検討している。FEMA自体は何も実行部隊を持っておらず、非常事態のシナリオだけ作り、各省庁と机上演習を行っている。県は元々実行部隊を持っておらず、そういった意味ではFEMAと同じだ。ただ、いざ災害が起きたときにいきなり災害対策本部を作ってどうにかしようとするとか、画一的な年一回の防災訓練で満足するといったことでは問題で、実際地震が起きたときのことを、イレギュラーな事案が起こることも含めて想定していく。

――公債費比率や財政改革についてはいかがか。財政状況をどう見ているのか…。
 大野 上田県政以後、県債の発行額は格段に減ってきている。この流れは続けるべきものだが、問題は政策経費が毎年減ってきていることだ。埼玉県は、ポルトガルやギリシャなどと同じく名目GDPが23兆円ほどあり、他の県より余裕があるように見えるかもしれないが、実際は決してそういうわけではない。実は埼玉県は75歳以上の高齢者の増加率が日本で一番高く、つまり日本で一番少子高齢化のペースが速い。超高齢化を見据えて、収入が少なくなるという前提に立ちながら、行政運営しなければならない。そして、歳入、歳出の両面から見直しを行い、絞れる経費は絞らなくてはいけない。

――短資協会の業務について…。
 三谷 マーケットが縮小していく中で、短資協会の業務も大幅に削減した。一昨年春には、平成7年以降続けてきた「短資取引担保センター」を廃止した。これは、有担保コールの担保として使用する手形等を当協会が預かり、日銀の金庫に保管したうえで、担保の移動を帳簿上の振替で行うというものだったが、マイナス金利下で有担保コール市場が大きく縮小したことなどから、事実上ほとんど使われなくなっていた。また、昨年3月には手形・書類等の受け渡しを協会に集中して行う「共同受渡センター」も廃止した。搬送物量の大幅な減少の結果、短資各社が個別に必要な書類等を受け渡しした方がより合理的と判断したからだ。このように、マーケットの縮小に合わせて非効率となった業務をそぎ落とした結果、私が就任した当時20名以上いた職員は、今では8名にまで減少している。現在のメインの業務は「短資取引約定確認システム」の運営だ。短資市場で約定が成立した際に、その内容を出し手・取り手・短資会社の間で確認するためのシステムを協会が提供しているもので、これもかつてに比べれば件数は5分の1以下に減ってはいるが、それでも一日に平均200件弱を処理している。

――短期金融市場の将来は…。
 三谷 伝統的なコール市場において取引量自体が少なくなっていることは否めないが、短期金融市場そのものが無くなることは考えにくく、形を変えて残っていくだろう。現在、短資会社で一番大きなシェアを占めているのは債券の現先取引だ。マイナス金利下でのシステム上の問題もあり、債券を担保とする有担保コールの大部分が現先市場にシフトしたことによるものだが、一旦そうなった以上は簡単には元に戻らないだろう。実際に、市場関係者の中でもとくに若い人は今の市場に慣れてしまい、何ら不便を感じてはいないと思う。有担保コール市場と無担保コール市場を合計した残高は、かつては40兆円を上回っていた時期もあったが、今では10兆円程度。そのうち8割程度を無担保市場が占めている。無担保コール市場は極めて便利なマーケットであり、リーマン・ショックのような信用不安さえなければ、市場として十分生き残るだろうし、今の超緩和状態が正常化していけばマーケットも再び大きくなっていくと期待出来る。

――世界の局面の変化に伴い、短資会社の業務も変化してきている…。
 三谷 コール市場の仲介手数料中心だった業務が、今では現先取引の鞘取りにシフトしているのは今述べた通りだ。また、短資会社自身の体力がついてきたということもあり、自ら資金を調達して、それを運用するという業務も増えている。預金中心の銀行と違って、短資会社はマーケットからマイナス金利で資金を調達し、極めて薄い鞘ではあってもこれを運用することによって、低水準とは言え安定した収益を確保出来ている。今後、金融機関の合併などが増えると取引量もじわじわと減り、手数料収入を圧迫していくことになるだろう。しかし、その一方で、超緩和状態が正常化し、資金取引が活発化してくれば、それはそれで短資業界にとって歓迎すべきことだ。

――短資会社も証券取引やデリバティブなどを取り入れ、業務を多様化させてきている。今後伸ばしていく業務はどういった部分なのか…。
 三谷 金融そのものが閉塞状態にある中で今ひとつ判断しかねるのだが、例えばフィンテックなどを上手く使いテクニカルな部分でリードしていければと思う。そういったノウハウを持つ内外の業者と業務提携などを行うこともあり得るのかもしれない。ただ、今のところフィンテックを活用してコストを減らせるのは送金業務くらいで、銀行業務以外のところで何が出来るのかはわからない。金融市場がどうなっていくのか不透明な中では、短資業界の将来に向けた展望についても何とも言えないというのが正直なところだ。

――現在のマイナス金利やアベノミクスなどをどのように見ておられるのか…。
 三谷 日銀がいつまで消費者物価の前年比上昇率2%に拘るのだろうかと思っている。もちろん政府との共同声明もあり日銀が独断で動くことは難しいだろうが、そもそも先進各国が物価安定の目途としている前年比上昇率2%という数値には特段の根拠がある訳ではない。もともと物価上昇率2%というのはインフレ抑制の上限値として考えられていたものだ。それが、先進国のインフレが落ち着いてくるにつれ、かつての日本のように一旦デフレになってしまうと金融政策の効果が薄れてそこからなかなか抜け出せなくなるので、そういったことも勘案したうえで多少のゆとりを持たせて2%をそのまま物価目標にしているという経緯がある。国によって物価目標が違えば為替相場にも響く筋合いにあり、主要国で共通の目標を持つということには意味がある。しかし、これだけ先進各国が超緩和政策をとり続けても2%という物価上昇は実現していない。市場関係者の中で、近い将来わが国で2%程度のインフレが定着すると見ている人はほとんどいないだろう。主要国の中央銀行が中心となって、CPIについての分析を深め、今の経済の中での望ましい物価上昇率について改めてある程度のコンセンサスを得たうえで、それをG7等で共通認識としていくことができれば、と思う。

――成長が著しいフィリピンでも成長率6%に対してCPIは1%台だ。先進各国を含め、今の日本で本当にCPI2%が物価安定の目標として妥当なのかを議論する必要がある…。
 三谷 その辺りの認識が世界的に変わっていけば日銀も動きやすくなるのではないか。これまで長い間、経済学ではインフレは怖いものとして扱われ、いかにインフレを抑制するかということに主眼が置かれてきたが、世の中は変化している。学界でも経済の体質がどのように変化しているのかをもっと真剣に考える必要があるのではないか。

――世界的には、金融緩和から財政出動へと舵を切ろうとしている…。
 三谷 金融政策にこれ以上の効果が期待し難いとなれば、次に出てくるのは財政政策だというのはわかりやすい。ただ、財政を一旦出動させれば、そう簡単に逆方向に走ることは出来なくなる。超低金利下では財政で多少無理をしても痛くも痒くもなく、国債のマイナス金利で逆にお金を貰えてしまうともなれば、財政の歯止めは無くなってしまう。それが何かを契機に逆転し始めれば、大変な金利負担が生まれてしまう。今は、雇用環境は良く、景気も低空飛行ながら比較的安定しており、どこまで財政に負荷をかけて追加的な刺激策を講じるべきなのか。これまでも「こんなことを続けていればいずれとんでもないことになる」と警告する人たちがいたのだが、この10年間何も起きていないということで、その説得力は乏しくなっている。しかし、その反動を想像すると怖い。

――政府は他にもまだ経済政策はあると言っているが…。
 三谷 その政策によってどのような副作用が出てくるのか。日本のバブルとその崩壊の時と同じだ。あの時もはっきりとした認識がないままバブルが膨らみ、崩壊後はその影響がどのくらいの大きさか測りかねたまま時間だけが過ぎていった。それから30年、あれほどのことはないだろうし、また経験を通して当時よりは賢くなっているはずだ。実際、日本のバブル崩壊後の経験があったからこそ、世界はリーマン・ショックの時にも迅速に対応することが出来たのだと思う。逆に言えば、経験したことのない初めての事については余程しっかりと考え、チェックしながらやっていかないと、上手くいくかどうかはわからない面がある。経済の基本的な体質が変わっているとすれば尚更であろう。(了)

――憲法改正推進本部の副本部長になられた。憲法改正の状況は…。
 中川 日本の憲法改正の仕組みとして、先ず衆参それぞれの議員の3分の2以上の賛成を得て憲法改正案が発議され、実際に改正が実現するためには、その後の国民投票で過半数の賛成を得ることが必要となる。つまり、国民投票が成功しなければ、英国のブレグジットで目の当たりにしたように、国全体が2分され大変なことになる。英国は結果的にEU離脱への道筋がついたとはいえ、残留すべきと考えているイギリス国民はいまだ多数いて、その混乱ぶりは報道等で知られている通りだ。日本でも憲法改正をめぐって日本国民が分断され、いがみ合うような状況が作られるのは非常に不幸な事だと思うし、そう考えると、国民投票でかなりの数の賛成をいただくことは必要不可欠だと考えている。

――与党が3分の2の勢力を占めているからといって、すぐに憲法改正へと踏み切れる訳ではない…。
 中川 今、衆議院は憲法改正に意欲的な自民・公明・維新で3分の2以上の議席数を占めているが、参議院は違う。昨年7月の参議院選挙でわずかに3分の2を割ってしまった。自民党が憲法改正のたたき台素案としている4テーマはまだ憲法審査会に提出していない。公明党にも日本維新の会にもそれぞれの意見があり、改憲に向けて同じく志を持ってくれている方々との十分な議論を行うことなく3分の2という数字だけを使って強行採決のような形で押し切れば、国民投票に至っては当然のごとく大きな反対運動が起こってくるだろう。そうなれば政局がらみの大混乱となろう。私は、そういう形で進めるべきではないと思っている。政局を離れて真摯な議論をし、国民の理解を得ること。3分の2や過半という数字ではなく、大多数の国民の皆さんの合意をいただくような進め方をしなくてはならない。だからこそ自民党も慎重になっていて、周りからはなかなか進まないように見えるのだろう。

――慎重になるのは仕方ないが、以前よりもさらに後退しているように見える…。
 中川 憲法議論は平成12年に衆参両院に憲法調査会が設置されたことに始まる。それから約5年の調査審議を経て、平成17年にそれぞれの憲法調査会が各院の議長に調査報告書を提出した。当時、衆議院では451時間、参議院では193時間議論したという記録が残っており、議事録を見ても、真面目に、真摯に憲法の議論を行っていることが確認できる。その後、憲法調査特別委員会が設置されて平成19年に憲法改正の国民投票法が制定された。さらに、平成26年に憲法改正国民投票法の改正が行われ、また、現在さらなる改正案を提出しているところであるが、国民投票の手続きは整っている。戦後70年近く憲法改正国民投票法は制定されなかったが、平成12年以降の与野党での真摯な議論の積み重ねが国民投票法の成立につながったと思う。平成26年の国民投票法の改正が行われた時にも、各党からはいろいろな意見が出されたと記憶している。ここまで進んだ憲法論議が、政局とからめて元に戻るようなことがあってはならない。

――平成17年小泉政権時代に、自民党は憲法の全文を改正しようとしていたが…。
 中川 今の憲法は、いわばGHQ主導で作られたものだ。そこで、日本国民の自由な意思が反映されるよう、自分たちの手で憲法を作り上げたいという熱意のもとに、憲法を全面的に見直そうということで議論が進み、平成17年の自民党の新憲法草案の発表に至った。その後、自民党が野党になった平成24年に、もっと自民党らしい憲法改正案を作ろうという事で、平成24年に発表した日本国憲法改正草案が出来上がった。いずれも自分たちで考えた日本国民のための憲法草案だ。ただ、憲法改正の手続きは先述したように、衆参両院それぞれ3分の2の議員の賛成を得て国民投票という流れになっているため、すべての草案を丸ごと国民投票に付すわけにはいかない。そのため、条文毎に分けて改正していくしかないが、現実にはかなり困難なことだと思う。公明党は「改憲」ではなく「加憲」という立場をとっている。そういった事にも配慮して、自民党は先ず、4項目について「条文イメージ(たたき台素案)」を決定し、憲法9条を変えることなく自衛隊を合憲にする規定を明記するという考えを打ち出した訳だ。

――憲法9条の自衛隊問題について…。
 中川 今の中学校の公民の教科書には「自衛隊は憲法9条に反しているのではないかという学説や判例、意見もある」というようなことが記されている。違憲のもとに作られた可能性があると言われている自衛隊の皆さんに対して「国のために頑張ってください」などと言うのは矛盾があり、失礼なことだと思う。そこをしっかりと正して、自衛隊に誇りをもって職務に取り組んでほしいというのが、我々自民党の自衛隊の皆さんに対する思いだ。今回の自民党のたたき台素案では、9条はそのままにして、9条の2として「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する」と加えた。そして、2項に「自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」と明記することにした。9条2項を削除改正して陸海空自衛隊を保持し、自衛権行使の範囲については、安全保障基本法で制約することとし、憲法上の制約は設けずにシビリアンコントロールに関する規定も置くという意見もあったが、今申し上げたたたき台素案に落ち着いた。

――北朝鮮などの脅威や相次ぐ自然災害を勘案すると、国民は自衛隊を憲法で容認することはもはや当然と考えていると思う。このため、論点を自衛隊からシビリアンコントロールへ移すべきであり、これをしっかりさせるためには、憲法に「国民の知る権利」をしっかり明記すべきだと思うが…。
 中川 それは当然の権利だ。ただ、憲法に国民の権利を新たに明記するならば、同時に国民の義務も新たに明記する必要があるとの意見もあり、調整が必要だ。段階的に少しずつ改正を考えている中で、今の国際情勢を考慮した際、先ずは自衛隊を憲法上しっかりと明記し、自衛隊の違憲論を払拭させることが優先順位として高い。長い間、憲法改正はタブーとして扱われ、憲法改正を口にした大臣が批判され、辞職したケースも出たような時代が続いていた。そんな中で平成12年に憲法調査会が発足したのは、本当に画期的なことだった。その流れを止めてはならない。

――自衛隊の他に憲法で気になる部分は…。
 中川 緊急事態に関する規定がないのも気になるところだ。今の憲法はGHQ占領下で作られたため、当時何か緊急事態があればGHQが面倒を見るという考えがあったのかもしれないが、諸外国の憲法を見ても緊急事態に関する規定がないという国は例がない。また、選挙制度において「合区」の解消も議論されている。参議院では鳥取県と島根県、徳島県と高知県をそれぞれ「合区」して、2つの県で1つの選挙区となった。これは地元では大変に評判が悪く、世論調査でも「各県に一人くらいは議員がいなければ地方の声が反映されない」という意見が多い。最高裁は人口比を考えての判断をするが、やはり参議院では一つの県に最低一人は議員を置くような改正をしたいと考えている。その他、教育の充実のための改正も議論されている。

――今年、憲法改正は実現するのか…。
 中川 それは、この通常国会がどう進むかにかかっている。憲法改正は与野党議員が一緒になって、しっかりと話し合うべき問題だ。皆が同じテーブルで議論出来なければ前に進まない。今年は都知事選もオリンピックもあり、通常国会の延長は難しいだろう。与野党の議員の皆さんが憲法改正について真剣に議論したいと思ってくださらなければ進まない。繰り返しになるが、憲法改正というのは国会が発議し、最後は国民の皆さんの意思によって決まるものだ。国の在り方を皆で議論して、今の社会情勢に適した、国民の皆様に親しんでもらえるようなすばらしい憲法改正が実現できるよう、力を尽くしたい。(了)

――11月に監査役協会の会長に就任された。色々な課題がある中で、先ず、取り組むべき課題は…。
 後藤 ここ数年、ガバナンスの問題が大きく取り上げられているが、会社法改正やコーポレートガバナンス・コードの制定といった大きな改革はすでに行われ、我が国の企業統治改革は大きく進展していると言えよう。我々監査役等も、監査を通じて企業統治を向上させ、会社の持続的成長や中長期的な企業価値の向上に貢献することが求められている。監査をめぐる最近の改革で大きなものは、監査人の監査報告書に「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters)」いわゆるKAMが記載される事になったことや、有価証券報告書等には監査役等を含めた監査の状況の記載が必要となったことが挙げられる。これらの制度改正や新設を踏まえて、日本監査役協会では各種の実務対応等を公表して備え、このような施策がさらに充実したものになるよう、実例の収集や、情報提供にも力を入れていくつもりだ。今後も、各省庁や団体などから色々な指針等が出ると思うが、我々としても、実務的に役立つような政策や提言を行っていきたい。

――ここ20年程、企業の不祥事が絶えないが、監査役等の役割は…。
 後藤 会計をめぐる不祥事が頻発する中で監査役等が果たすべき役割は、不祥事が起こらない体制になっているか監視検証することだ。内部統制体制がきちんと構築運用されているか、トップが率先してガバナンスやコンプライアンスを社内に浸透させるよう取り組んでいるかを、株主総会で選任された監査役等の使命として独立した立場から監視検証し、その企業風土を見極めることが重要だと考えている。この点、当協会では現在、企業不祥事防止をテーマにした研究の場を設けてその報告書を公表したり、不祥事防止をテーマにした研修等を開催している。そういった活動も引き続き行っていくつもりだ。

――取締役から独立した立場をとる監査役への報酬の仕組みはどうなっているのか。また、社外取締役と監査役等の役割分担についてはどうお考えか…。
 後藤 監査役等の選任や報酬についてどのようにしていくかは、引き続き大きな課題となっている。会社法では、株主総会で報酬の総額を決議することになっていたり、個別の報酬については監査役等で協議して決めるという事になっている。その実態面は、しっかりと把握出来ない部分もあるが、協会としてもアンケート調査をするなどして実態の把握に努めている。また、社外取締役と監査役の役割分担についてだが、社外取締役は「監督機能」、すなわち執行側が不適切なことを行わないかの監視も含まれるが、それだけでなく、経営方針や経営者の適格性など、経営についてのアドバイス機能も含まれている。監査役等は、「監査機能」に重点が置かれるが、単なる不祥事等の発見だけでなく、前述の通り、内部統制体制がきちんと構築運用されているかといったことを監視することも求められている。監査役設置会社では、このように社外取締役と監査役の役割が比較的整理しやすいが、監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社の監査等委員は、同時に取締役でもあるので、監査だけを行えば良いという訳にはいかない。実際にそういった制度がある中では、社外取締役として何が期待されているのかが明確であれば、役割分担も自然に収斂してくるのではないか。社外取締役の中には、色々なバックグラウンドを持つ人がいて、その人が何を期待されて選任されたかによって、立場は変わってくる。そういったものが、今後実体化してくる段階に入ってきたのだと感じている。

――昨今のグローバル化の進展に伴い、海外を含めた企業グループの不祥事も多発しているが、その対応は…。
 後藤 子会社、特に海外子会社で不祥事が起きた例は多数あり、グループ全体としての監査活動の重要性は高まっていると認識している。しかし、海外に子会社のある企業をどこまで監査しコントロールするのかは非常に難しい問題だ。監査役等やそのスタッフの数にも限界があり、また、監査役等がチェックできる範囲にも限度がある。そういった面でも、会社の内部統制部門や会計事務所などと連携して、内部監査・監査役監査・会計監査人監査の3者による三様監査の体制を整えることがますます重要になってきていると言えよう。ただ、内部監査部門は企業によって差が大きい。強力な内部監査部門を有する企業もあれば、そこまで整っていないところも多く、社内での位置づけも各社で違うのが実情だ。内部監査部門と監査役等との関係で言えば、日本の一般的な企業の内部監査部門はあくまでも執行側に直属しており、監査役は独任制をとるが、それぞれ独立性を保持しながら連携を図っている。一方、監査等委員は、会社が行う内部統制システムを活用して監査することが出来る仕組みとなっており、その仕組みを利用して、内部監査部門との連携を図っている。いずれにせよ、三様監査の体制を整備することで不祥事防止にも役立つのではないか。

――監査の品質向上のために取り組んでいることは…。
 後藤 日本監査役協会には、現在約7000社強、9000名近くの監査役等に入会いただいており、その数は増加傾向にある。東京を本部とし、大阪、名古屋、福岡に支部をつくり、各地域で監査品質の向上が図られるよう様々な事業を展開している。例えば、年間を通して、知識を習得するための多様な研修会を開いたり、法改正等があった際には立法担当者などによる解説会などを実施している。大きな活動としては年2回の「監査役全国会議」があり、ここでは経営者による講演やシンポジウム等を行っている。1回の会議には約2000人の参加者が集い知見を深める場となっている。その他、会員監査役等の相互交流の場となる情報交換会なども活発に行っている。また、当協会は「役員人材バンク」として、協会登録監査役及びそのOBで社外役員に就任する意思のある方のリストを掲載し、社外役員などを必要とする会社が候補者を検索できる機能もあり、そういった支援も行っている。

――最近の監査役等の風潮をどのように見ておられるのか…。
 後藤 当然のことながら会社によって様々だと思うが、先ず、コーポレートガバナンスにおいては昔とはまるで違う。今の世の中では、コーポレートガバナンス・コードがあり、ガイドラインがあり、多くの会社はそれに適合しなければ市場評価が厳しくなってしまう。その中で監査役等の果たす役割は非常に大きく、また、ガバナンスの改革に応じて監査役等の役割や期待はますます高まっていると感じている。監査役等になる人物は基本的に真面目な人が多く、自分に課せられたミッションを果たすために一生懸命知識を増やす努力をなさるという印象が強い。コーポレートガバナンスの改革がこれからも続いていくと考えられる中で、期待と重責を担う監査役等として活動なさる皆さんを、協会として、今後も色々な形でサポートしていくつもりだ。

――取締役に対する日本の企業の考え方は少しずつ変わり、今では「取締役」が「株主の代表者」と考えられるような風潮になっている。その点、「監査役等」の立ち位置は…。
 後藤 基本的に「監査役等」も株主総会で選ばれるため、「取締役」に対する考え方と変わることはない。不祥事等によって企業価値を棄損しない、或いは、企業価値を向上させるということは、会社のためであると同時に、最終的には株主のためになると考えている。(了)

4/8掲載 筑波大学 名誉教授 遠藤 誉 氏
――米ウォール街の人間はむしろ中国と仲良くしようとしている…。
 遠藤 金融界はグローバルな流れがなければ発展しない。その代表格であるウォール街を牛耳っていたヘンリー・キッシンジャー元国務長官は中国ととても仲が良い。きっかけは、2000年に中国がWTOに加盟する際、当時国務院総理だった朱鎔基(しゅようき)が世界のスタンダードを知るために清華大学経済管理学院に顧問委員会を作り、米財界のトップ達を招き入れたことだった。米国ではキッシンジャー・アソシエイツ(コンサルタント会社)の門をくぐった大財閥が支配力を強めているが、そういった人物達が、当時、キッシンジャーを通して清華大学経済管理学院の顧問委員会へ送り込まれている。その結果、米国と清華大学に強いパイプが出来ているという訳だ。ちなみに、朱鎔基、胡錦涛、習近平らはいずれも清華大学出身であり、今では清華大学の経済管理学院にある顧問委員会は習近平政権の巨大なシンクタンクになっている。米国が中国に対して高関税という形で攻めたとしても、最後は習近平のお膝元にいる金融界や大財閥が動きを見せるだろう。水面下ではすでに手を握っている可能性もある。

――一方で、ハイテクの世界においては、中国は世界中から優秀な人材を集め、人材獲得競争では米国はすでにかなわない状況になりつつある…。
 遠藤 中国の人材のネットワークたるや凄まじい。欧米に留学した300万人から成る中国人博士たちが帰国している。そして、そういった博士たちが、人類が絶対に解読できない量子暗号を搭載した人工衛星「墨子号」を打ち上げることに成功するなど目覚ましい成果を収めている。2018年にはオーストリアとタイアップして「墨子号」を介した量子通信に成功。そして、今年2月14日には「墨子号」打ち上げグループが量子通信成功により米国の科学賞「クリーブランド賞」を受賞。これは米国の科学界も中国の功績を認めたということであり、量子暗号の世界では中国がアメリカよりも一歩進んだことになる。さらに、月の裏側には地球から直接信号を送ることができないので、軟着陸するためには中継通信衛星が必要だが、中国は昨年5月に中継通信衛星「鵲橋(じゃっきょう)号」を打ち上げることにも成功している。月の周りに、引力も斥力も作用しないラグランジュ点と言われる「力が存在しない点」があるが、そこにピンポイントで「鵲橋号」を打ち当てることに成功し、その上で今年1月3日に月の裏側に軟着陸することに成功した。米国はその技術を持っていないため、「鵲橋号」を使用したいと中国に頼んできた。中国はそれを承認したのだが、その瞬間、中国と米国の宇宙での立場が逆転したと言っていいだろう。

――非民主的な国が世界を制覇するというのは歓迎しない…。
 遠藤 唯一我々が出来ることは、中国を民主化させることだろう。民主化させるために手を貸すのであれば良いが、中国にとって世界制覇の手段である「一帯一路」構想には絶対に協力すべきではない。安倍総理は自分が国賓として正式に中国に招かれ、また習近平国家主席を日本に招くというシャトル外交を実現することにより自分の外交力を日本国民にアピールしたいという願望も手伝い、一帯一路への協力を承認した。2017年5月の国際フォーラムで、それまで手掛けていた「インド太平洋戦略」という素晴らしいアイディアを捨てて、一帯一路に協力することを中国側に表明した。一帯一路は他国を借金漬けにして借金を払えなければシーレーンの要衝である港湾を奪うという、中国による軍事戦略であり、かつ途上国に変わって人工衛星を打ち上げメインテナンスも中国がするという、宇宙の実効支配を目指す戦略でもある。また5Gに関して中国側を有利な方向に導き、世界の通信インフラを中国が牛耳ろうというデジタル・シルクロードであるということもできる。日本はその一帯一路に絶対に手を貸すべきではない。

4/22掲載 長崎大学核兵器廃絶研究センター 副センター長 教授 鈴木 達治郎 氏
――不必要な原発を廃炉にすることは可能なのか…。
 鈴木 廃炉費用は引当金として積み立てられているが、本当にその積立金で足りるのかはわからない。従来40年だった引当期間は、福島事故の影響でそれより早い時期に廃炉が決定されるケースが出てきたため、法律改正によって廃炉を決定した後も引き続き積み立てすることが認められた。しかし、処分場もまだ決まっていないため、方法によってはコストが上がる可能性もある。原子力発電所は通常、最初に莫大な設備投資を行い、それを減価償却によって徐々に減らしていく。15年程度で設備費を完済し、その後の費用は運転費だけになる。つまり、電力会社としては古い原子炉ほど経済性が高い。安全性に関しては原子力規制委員会のチェックを受けて、その都度設備投資をすることになるが、その時の投資額と稼働を延長した場合の利益のバランスで廃炉にするかどうかが決まる。結局、これは電力会社の経営の問題だ。

――エネルギー資源の転換について何か良い案はないのか…。
 鈴木 政府目標として原子力依存度を下げる事は掲げられているものの、具体的な政策は導入されていない。自治体としても原子力をやめれば交付金がなくなるといった財政事情があるため脱原発はなかなか難しい。脱炭素、脱原子力を本気で進めるのであれば、実際に原子力依存度を下げていくためのインセンティブが必要だ。再生可能エネルギーのポテンシャルも地道に研究開発を続ければまだまだあるはずだ。他方で、原発を作り続ける理由として核兵器の製造能力を確保するため、という見方もあるようだが、そのような論理では原子力を進める理由としては不適切であり、逆に国際的緊張を生む逆効果をもたらすので私は反対だ。

――核燃料デブリを30~50年間放置にしている間に、トリチウムを除去できるような革新的な技術が発明される可能性はないのか…。
 鈴木 技術革新の可能性はもちろんあるが、今の技術のままでもリスクは十分に低い。ただ、結局のところは地元の方との信頼関係なのだと思う。いくら新しい技術が出来たとしても、その技術を信じられないから今も海洋放出が出来ていない。廃棄物処分の問題も同じだ。技術力だけで解決しようと思っても同じことの繰り返しになるだろう。今回の件については、まずは信頼関係を築くことが必要不可欠であり、そのためにはしっかりとした情報公開を行い、十分に議論することが重要だと思う。

5/7掲載 多摩大学大学院教授 ルール形成戦略研究所所長 國分 俊史 氏
――自民党が提言する国家経済会議(日本版NEC)の創設は、米中デジタル経済冷戦で激化するエコノミック・ステイトクラフトの応酬に日本が翻弄されない安全保障経済政策の司令塔として不可欠だ…。
 國分 私はルール形成戦略の専門家として、常々、ルール形成のトレンドは安全保障経済政策、社会課題、技術革新を起点として捉えることが重要だと提唱している。しかし、日本ではこれまで「経済安全保障=石油のシーレーン確保」という非常に狭い概念であった他、ODAに至っては国連常任理事国入りを目指した友好国作りに主眼が置かれ過ぎてきており、そこには「他国の政策を日本の安全保障環境を改善させる方向へと促しつつ、日本企業の収益機会も増大させる安全保障経済政策」という概念が欠落していた。2014年から運用が開始された国家安全保障会議(NSC)は外務省と防衛省だけの構成で、中期的な安全保障政策の立案、防衛大綱の改定、武力攻撃事態への対応、重大緊急事態への対応が主となっている。NSCにより軍事的脅威に対する日本の安全保障政策のあり方を、他国と機密情報を共有して検討できるようになった点では大きく前進したと言えるが、日本企業の製品やサービス、オペレーションやバリューチェーンの裏に隠されている真の強みを梃子にした「他国に対する安全保障政策への展開を能動的に検討すること」はミッションには含まれていない。こうした前提の下で米中はデジタル経済冷戦に突入した。中国が激化させている経済力を圧力にして、相手国の安全保障政策を自国に有利なものへと変更させるエコノミック・ステイトクラフト(ES)への対抗政策の応酬が続くのが、これからの20年だ。米国はオバマ政権末期から中国のESに対抗するべく、国家経済会議(NEC)において経済制裁の強化策を構想してきた。トランプ政権下で政治任用のポジションの多くを空席にしながらも対米外国投資委員会(CFIUS)、米国輸出管理改革法(ECRA)、輸出管理規則(EAR)、国際武器取引規則(ITAR)の改定が迅速に進んできたのは、超党派による米中デジタル経済冷戦の構想が描かれてきた証左だ。米国は同盟国とこれまで以上に経済制裁の発動を増大していく予定であり、当然、日本に対しても日本独自の効果的な経済制裁の構想を期待してくることが予想される。しかし、日本はこれまで経済制裁を単独で自ら実施してきた歴史がなく、米国の経済制裁に従ってきただけだ。

――日本の利益を守り、平和を維持するためにも、外交の中で特定のポリシーメーカーの思考や行動を変化させるピンポイント型の経済制裁を構想できるような体制が必要だ…。
 國分 経済大国第3位の日本の力でやれる経済制裁はたくさんあるし、それを考えて良いはずだ。対韓国のケースでも事前にいくつも経済制裁案を検討しておき、それを発動するか否かは政治判断で適宜決めれば良い。事前に相手国の議員や官僚など特定の政策決定者に関係する重要な企業や組織を特定しておき、如何にそこに対して効果的な経済制裁プランを検討できているかが重要ということだ。相手国の経済全体にダメージを与えるような経済制裁は戦争リスクを高めることから最終手段にすべきであり、まずはポリシーメーカーの急所に絞って発動することが、国家間の緊張を刺激することなく的確に影響を与える有効な手段となる。私は米国の経済制裁チームと話をする機会もあるが、彼らは「ピンポイントで経済制裁をして相手の考えを正すことによって、戦争など国家間の大きな問題への発展を止める」という意識を明確に持っている。最近の例で言えば、対ロシア制裁に違反したとして中国共産党中央軍事委員会で装備調達を担う装備発展部と、その高官1人を米独自の制裁対象に指定したと発表した。これにより、装備発展部は米国の金融システムから排除され、同部の高官は米国内の資産が凍結されると報道された。このように米国では、どの組織の誰をターゲットにすべきかというデザインが予め明確に描かれている。実は米国は東西冷戦崩壊後に、これからは軍事力ではなく経済力を梃子にした安全保障政策の展開の時代に入ると認識してNECを創設した。そして冷戦終結によって生まれたCIAの余剰キャパシティを使って、世界中の誰に経済制裁を行うことが一番効果的なのかを多面的に分析し、それを今日もアップデートし続けている。そしてエコノミック・ステイトクラフトという中国との経済戦争の本格化に向けて効果的な経済制裁の準備を進めてきている。ゆえに、「自由主義」に対しても日本とは認識が違う。日本では米国の動きを受けて関税引き上げ、数量規制の多用がブロック経済へと回帰させて戦争リスクを高めるという論調一色だ。しかし、こうした不安が生み出すボラティリティによって収益を得る金融ビジネスが巨大なセクターである米国からすれば、世界経済の不透明感の高まりは日本ほど深刻な話にはならない。ましてや自由主義経済論の始祖アダム・スミスが国富論の中で喝破している「国防は経済に優先する」という思想が浸透している米国においては、自由が生み出すバランスの崩壊が国防を脅かすようなら、バランスを取り戻すために一時的な保護主義は当然という前提も埋め込まれている。

7/8掲載 アクアスフィア・水教育研究所 水ジャーナリスト 橋本 淳司 氏
――昔はどこでも無料で飲めていた水が、今はお金がなければ飲めない時代になってきた…。
 橋本 水道経営は厳しい。民営化されようと公営のままであろうと厳しい。今後、水道の持続性が危うい地域が出てくる。水道料金は水源地から蛇口までのコストを利用者数で割り決定されているため小規模集落にとっては高コストになる。将来さらに人口減少が進み、今よりも20倍程度水道料金が高くなるといわれている地域もある。今後そのような地域が増えていくと考えられる中、例えば、宮崎市内のある地区では、既に週に数回給水車が回り、受水タンクに給水を行っている。また、五島列島では雨水を生活水に活用し始めたり、岩手では住民でも簡易に管理できる浄水装置の実証実験を行うなど、自治体ごとの工夫がある。このように、大規模集中型の浄水場から24時間、鉄の管で水を提供するというこれまでの水道システムが終わる可能性が出てきている。

――自然の恵みである雨水を利用する。そのメリットは…。
 橋本 雨水を貯留して活用することは、洪水の脅威を緩和するという部分もある。現在、雨水は下水道に流れて法律上も飲み水には適用できないようになっているが、本来、非常にきれいなものだ。各家庭で貯水槽を作り、家庭排水などとは別にして、きちんと貯めて使うという事を考えたほうが良い。特に東京都内では年間降水量の方が年間水道使用量よりも多く、周辺のダムから高コストの水を持ってくるよりも安く済む。また、今世紀末には東京の気温が屋久島並みになると言われているが、雨水を使うことで都市部の気温上昇を緩和することもできる。逆に言えば、そういったことをやらなければ、気温が上昇してくる中でアスファルトやコンクリートだらけの東京での暮らしは非常に厳しいものになるだろう。

――行政の対応と、水道民営化の問題点について…。
 橋本 昨年、政府は水道法の一部を改正して水道の基盤の強化を打ち出したが、現場を見る限りそれを遂行できる体力はないように思う。行政の担当者がたった一人で水道事業を行っている自治体も多くあり、そもそも、きちんとした水道配管図が作られているところが6割程度しかない。配管図がないと事故が起きた時に修復のしようがないのに4割はそれがないということだ。人と財源はどうしても必要であり、今回の実行プランはその実現可能性をきちんと考えたうえで作られたのか疑問に思う。また、水道事業を民営化する欠点は、自治体に人とノウハウが残らないという事だ。例えば20年や30年の長期契約になれば、自治体側にはその後の事業契約を選択する権限はなくなり、あとは契約更新するだけになるだろう。その企業を買収するような体力もない。そうすると、水は企業のものになり、地域住民のものではなくなる。30年後にどのような街づくりをしていきたいのか、そのプラン作りを、今、しっかりと考えておく必要がある。

10/21掲載 外交戦略研究家 初代パラオ大使 貞岡 義幸 氏
――日本は韓国のプロパガンダに圧倒的に負けている…。
 貞岡 日本と韓国のプロパガンダ(政治宣伝)の違いは、国民性に起因するところが大きい。島国で単一民族である日本には「沈黙は金」、「忖度」、「空気を読む」、「以心伝心」、「阿吽の呼吸」といった諺があり、「言葉で伝えなくてもわかるだろう」という思いや、「自分は正しいことを考えているのだから相手も当然同じような意識を持つはずだ」という考えを持つ人が多い。一方で韓国は、半島国家の宿命で周辺大陸から蹂躙されてきた歴史を持ち、色々な民族と接触する機会も多かったため、自分の考えを明確に表現し、賛同してくれる支持者を出来るだけ多く募ることに長けている。つまり、日本は攻撃的に自分の考えを表明する韓国とは真逆の事を行っている。しかし、世界の世論を取り入れるためには、当然韓国のプロパガンダ手法が有利であり、世界の中で一番重要視される米国の世論でも、団結力の強い韓国系米国人の声が大きく浸透しているのが現状だ。

――日本は今後、どのような形でプロパガンダを進めていくべきか…。
 貞岡 先ず、司令塔には外務省ではなくもっと新しい発想を持った人を据えるべきだ。例えば、経済産業省や国家安全保障局などが中心となって全体計画を作り、実行部隊としては大使館を利用すればよい。また、プロパガンダの手法については、電通や博報堂などコミュニケーションツールの専門知識を持った民間の知恵を借りることも必要だと思う。現状の外務省が作成するプロパガンダの計画は、対象国と日本の現状の問題点、経緯、日本の立場などを小難しく書きあげ、その資料を該当大使館員に渡し、それを受け取った各大使館員が、それぞれ独自の切り口で実行に移すというやり方だ。そのような手法では意図する政策は全く伝わらないし、伝わらなければやる意味はない。さらに言えば、人権問題などに関してはもう少し女性を活用すべきだ。特に慰安婦問題では、河野太郎外務大臣など男性陣よりも、女性の話の方が説得力を持って聞いてもらえると思う。そもそも日本には女性の外交官が少ないが、男性では難しい部分を女性の政治家や評論家に頼ることも必要だ。そういった戦略を日本外交はもっと考えるべきだ。

――宗教や国民性を理解することも、外交には欠かせない…。
 貞岡 世界の中でプロパガンダを行う際には、イスラム、カトリック、プロテスタント、トランプ政権を支える福音派など、各宗派に対するプロパガンダ戦略を考えることも非常に重要だ。それぞれの宗教に的確にアプローチをすることで、庶民の中に自然に浸透していくというケースもある。そもそも日本人でそのような研究をしている人は少ないと思うが、現実には世界は宗教で動いている。宗教をめぐっての戦争も起こっている。政教分離を頑なに唱えるのではなく、世界の中での外交戦略として、宗教を熟慮したうえで作戦を練ることは今後プロパガンダを行う上で非常に重要だ。

――伊藤忠総研代表になるまでの御経歴は…。
 秋山 私は伊藤忠商事入社直後から20年近く営業部で海外プラント案件を担当していた。現在の商社のプラント・ビジネスは事業投資型の比重が増えたが、当時は顧客から受注した発電所やインフラ設備を海外の現場で建設し納入する仕事が中心だった。中東、北アフリカ、東欧等によく出張し、リビアなどは通算2年程滞在した。その後は経営企画や海外総括といった管理系業務も担当し、海外駐在はロンドン2回、ワシントン1回を経験した。ワシントンで情勢分析に携わったことから、帰国後も調査・分析業務を引き続き行っている。

――伊藤忠総研設立の背景には…。
 秋山 最近は商社調査部門による情勢分析や産業調査も従来以上に高度な専門性やグローバルな知見が求められる時代になっている事を実感する。商社には業界や商品のプロや地域の専門家は多数いるが、業界そのものが大きな構造変化をしている現在は、従来と違った軸で業界を跨いだ全体俯瞰も大事になっている。例えば「モビリティ」に関連するビジネスは、自動車業界の取り組みではなく、情報産業、物流、そしてライフスタイル産業などを融合し、新たな次世代社会インフラ作りを視野に入れた横断的取り組みが必要になっている。このような社会の構造変化と同時に、国際情勢も目まぐるしく変わっているのが現在我々を取り巻く環境だ。そこでより感度の鋭いアンテナとなるべく、今年4月に伊藤忠総研として法人化し、商社パーソンの枠にとらわれない様々な分野の専門人材の採用を可能にした。伊藤忠総研の情報や知見が、伊藤忠グループの推進するビジネスに触媒効果をもたらすことを目指したい。

――その点、来年の米国大統領選挙の予想は…。
 秋山 選挙まで1年を切ったが、未だ民主党の統一候補が決まっていないため現段階で予想するのは難しい。逆に言えば、現職トランプ大統領と対決する民主党候補が誰になるかが選挙のポイント。トランプ大統領は、今後も既存の岩盤支持層をより盤石にするための施策に注力するであろう。ことによると弱点の一つであった黒人層支持を取り付けるために、副大統領候補を変えてくる可能性はあるかもしれない。即ち民主党は、反トランプ層と中立・中道層を取り込める候補者でないと勝負できない。候補者レースは、現時点で党内支持率上位のバイデン氏、ウォーレン氏、サンダース氏、ブティジェッジ氏辺りに絞られつつある。この中で言えばサウスベンド市長のブティジェッジ氏が静かな注目株だ。現在37歳の彼が当選すれば、オバマ氏を抜き歴代最年少の米国大統領となる。国政レベルの経験はないが、学歴も十分、軍隊経験もあり、政策も極めて真っ当でバランスが取れている人物とみられる。問題は米国のガラスの天井だ。黒人オバマ前大統領は見事に打ち砕いたが、女性ヒラリー・クリントン元国務長官は残念ながら跳ね返された。LGBTを公表したいわゆるジェンダーマイノリティのブティジェッジ氏を、米国民がどのように評価するのか。前回選挙では「隠れトランプ派」がいたように、口では容認しながら、選挙では投票しない「隠れ反ダイバーシティー派」も存在するだろう。

――民主党の候補者が混迷を極めている現状を鑑みると、やはりトランプ大統領が優勢と見るべきなのか…。
 秋山 私は決してトランプ大統領が断然優勢とも言えないと見ている。現政権の支持率は岩盤頼りの約40%で、今後更に上回ることは考えられない。普通に考えれば、好調な経済を背景にした現職大統領は圧倒的に有利だが、トランプ大統領はそこまで広範囲に亘る支持を受けていない。民主党の候補者レースはまだ暫く時間がかかるだろう。今回から予備選のやり方が一部変更され、3月3日のスーパーチューズデー(予備選が集中する山場)には、最大の選挙人数を擁するカリフォルニア州の予備選も行われることになった。最近出馬表明した前NY市長のブルームバーグ氏は予備選前半戦を見送り、スーパーチューズデーで一気に勝負をかけるとされる。ブルームバーグ氏は中道路線を打ち出しているので、バイデン氏やブティジェッジ氏と共に中道票を奪い合うことになりかねない。そうなれば票が割れて過激な左派思想を掲げるウォーレン氏やサンダース氏を利することにもなる。今回ほどスーパーチューズデーが注目されることはない。トランプ大統領にしても、ウクライナ疑惑に端を発した大統領弾劾審議もあれば、米中摩擦や様々な外交問題など、色々な難題をさばかねばならない。かかる状況下、民主党候補者レースの見通しが立つまでは、トランプ大統領の有利・不利の判断は難しい。

――民主党が勝利しても共和党が勝利しても、対中政策は変わらず米国の国家戦略として続けていく…。
 秋山 そう思う。これまでワシントンという政治の町で中国脅威論が議論されることはあったが、国民感情としては中国に好感を抱いている割合の方が多かった。それが逆転したのは過去数年くらいの出来事で、特に今年年初の世論調査によると、中国に好感を持たないという人が約6割、好感を持つ人が3割を下回った。また連邦議会における超党派の動きのみならず、産業界、法曹界、安全保障関係者といった多くの層で、関心事項は夫々違うものの、中国に対して「このままでよいのか」という厳しい認識を持っている。国家の重要な目的は、国土と国民の安全を守り、経済を繁栄させることだ。これを両立させるには、科学技術力を向上させ、国民の質と量を高めることが鍵となる。今の中国はまさしくこれを目指している。貿易摩擦は政治の争点であり、ある時点で妥協は成立しうるだろうが、国力争いという意味での米国と中国の対峙は決して簡単に決着はつかず、長期化することになるだろう。

――米中間の貿易については、どこかで手を打ち、終焉を迎える方向にあると…。
 秋山 トランプ大統領も、政策当局者として、また選挙を控えた政治家として、国民の生活に直接影響を及ぼすようなことはしたくないはずだ。従い来年の大統領選挙前には、貿易摩擦の不安は解消されると期待したいが、技術移転や知的財産権といった構造的な問題に対する方向性が見えてこない段階では、トランプ大統領も安易な妥協をしたと国民に思われる訳にはいかないので、簡単に手を握れるものでもないだろう。経済の減速が明らかな中国でも、米中摩擦は国民の不満や不安感を煽るし、香港の混乱や台湾の選挙の行方は、中国の国内政治問題に飛び火しかねない。中国は米国との持久戦を覚悟したとも言われるが、相当苦しい状況が続くので、早く妥協したい気持ちには変わりない。ただ双方を比べると、今は中国の方がやや分が悪いのではないか。

――次の成長市場についてのお考えは…。
 秋山 潜在性で言えばアフリカだろう。ソフト、ハード両面におけるビジネス・インフラが整備されていないので、今すぐに稼げる市場ではないが、逆に10年、20年、30年先を見据えた成長市場という意味ではアフリカへの期待は大きい。一部の国では既にリープフロッグ現象がみられるように、アジア新興国が辿った道筋よりもずっと早いスピードで成長する可能性もある。またインドに関する展望を聞かれることがあるが、外国企業がビジネスを展開するにはまだ時間がかかる。訪れるたびに色々な新しいものに出会えるし、人口規模や民主主義の価値観も含めて、商売をする上で色々な魅力を感じる。しかし国民の考え方は保守的で、政府として思い切った外資導入や、経済を広く開放するような施策を進めることに苦慮している。徐々に法制度も改善されているが、依然として国内優遇は変わらない。例えば製造系であれば、当面はアフリカや中東市場への中継拠点としてインドの工業力、労働力などを活用しながら、更なる協業を模索するといったアプローチが考えられるかもしれない。(了)

――今の農業の問題点についてうかがいたい…。
 山田 先ずは気候の問題がある。現代の国産志向の高まりの中では、輸入農産物が減少して国産品の消費が増えてきつつあったのだが、ここ最近、気候変動による災害を考慮した安定供給という面で、再び輸入農産物が増加する傾向にある。昨年、一昨年は西日本で、今年は千葉で強力な台風による甚大な被害が相次いで起こり、長野では川の氾濫で洪水災害に見舞われるなど、観測史上初と言われる異常気象が続いている。加工業者は国産の原材料を確保するためにかなり苦労し、大きな損失が出ていると聞く。また、今年1月~7月は農産物価格が暴落してしまった。その理由は、災害対策のために農家の皆さんが一生懸命頑張ったことと、今年が暖冬だったことが重なり、結果として豊作になり過ぎてモノが溢れてしまったからだ。10年前に比べて台風の数ははるかに多くなり、災害規模も大きくなってきている。そういった新たな気候に対応できる考え方が今の農業法人には必要になってきている。

――どのような対策が考えられるのか…。
 山田 豊作で価格が暴落するようなことが続けば、農業者や中間業者は、どこかのタイミングで天災が来て、農作物の値段が落ち着いてくれることを願ってしまう。口には出さなくとも、自分の田んぼや畑には被害が及んでほしくないが、どこかで災害が起これば、価格は維持できると考えるからだ。しかし、誰だってそのようなマインドで自分たちの仕事をやりたくはないし、そう考えることは問題だと思う。だからこそ、豊作でも凶作でも対応できるビジネスモデルが必要であり、生産者と販売者と消費者のマインドを繋げることが重要になってくる。この連携を上手く作り上げることが出来れば、例えば、災害が起きた時に原材料価格が暴騰しても、消費者は相応の値段で購入することを納得してくれるだろうし、加工業者が無理やり海外から原材料を調達するようなこともしなくてよくなる。逆に言えば、そのような仕組みを作らない限り、これからも起こり続けるであろう天災に対応できず、農業が滞ってしまうことになる。

――販売者としては価格競争に打ち勝つことに切磋琢磨し、消費者としてはより安いものを購入するという世の中だが、貴社が目指すところは…。
 山田 持続可能な農業だ。「こと京都」も「こと日本」も、日本のネギの商社を目指して設立した会社だ。災害などで被害にあったネギ農家があっても、メンバー内で補完しあえば助けることが出来る。そのような仕組みを作ろうとしている。もっと詳しく言えば、災害で見栄えが悪くなったネギでも、加工食品としての材料であれば全く問題ない。そこで、先ずは食品加工するための工場を京都に作り、来年三月には藤枝市にも工場を作る計画を立てている。日本の西と東に工場拠点を構え、そこから本格稼働していく予定だ。現状、関東を拠点に活動する「こと日本」では、関東野菜や関東ねぎがそのまま流通していて生野菜での出荷が伸びているが、そこで「こと京都」が加工品に力を入れていけば、いざという時にお互いをカバー出来る良い関係が築けるだろう。ネギという一つの商品でこのシステムを作り上げることが出来れば、他の野菜にも応用は可能だ。また、「こと京都」でこのような形でビジネスを行うと同時に、私は日本農業法人協会の会長として、全国から集まった農業従事者のメンバーと一緒になって、国内自給率を上げていくための政策提言などを国に対して行っている。

――直近の政策提言は…。
 山田 農地の集約だ。集積は進んでいるのだが集約は不十分で、今は、例えば田畑300枚がそれぞれバラバラに管理されているような状態だ。集約が進めばITやAIなどを使ったスマート農業も簡単に出来るようになるのだが、田畑が点在している今のような状態ではそれが使えない。国が税制によって何とかしようと思っても、地域によって考え方の違いや田畑の特色があるため一概には進められず、本来ならばそういった所を考慮した上で、きちんと集約されることが望ましい。各農家にも、このままではいけないという認識はあるのだが、どうしても自分の畑だけは手放したくないという思いが強く、集約は困難を極めている。しかし、今後の食料問題を考えた時、また農業従事者の高齢化が進む中では、農地を集約して機械を利用したスマート農業のスタイルが、これからの農業には欠かせない。集約問題さえ解決すれば、労働力や他の問題等も一気に改善していくと思う。

――荒れ果てた耕作放棄地は、今後どのようになっていくのか…。
 山田 昔、作れば売れるといった時代に、無理やり山を切り開いて作ったような農地もあるが、そういった場所は元の山の姿に戻すべきだと思う。土地にも適材適所があり、それを効率よく使えば、今まで通り十分な農作物を確保することは可能だ。そして地元の方々はそれを十分にご存じだ。だからこそ、耕作放棄地に企業が参入する場合は、地元の農家の方々に本当に良い場所を提供して信頼関係を築き、持続的に利益を出すような環境を作ることが重要だと思う。そうしなければすぐに撤退することになるだろう。一度放棄された農地を元に戻すことは大変だ。今のうちから計画を立てて何とかしなくてはならない。

――TPPや日米交渉などに関する問題点は…。
 山田 色々な問題点はあると思うが、ネギやホウレン草といった軟弱野菜においてはそこまで影響を受けることはないし、輸出が容易になるという面をプラスに捉えることもできる。TPPや日米交渉で一番影響を受けると考えられる畜産物でも、例えば日本の和牛の品質は高いため、輸出で利益を得るという事も十分可能だ。国によって農業への保護政策は違い、先日聞いたアメリカの話では、雨の被害で4年間米が出来なかった地域でも農業政策によって4年間の生活を維持できる補助金が出たという。それが良いとか悪いとかいう話は別として、日本においてはそういった補助金より何より、農地を集約して効率化することが一番のコストダウンへと繋がる道だ。それは間違いない。さらに、地域毎に点在する農協と各農家の密度を濃くすることで運命共同体のような関係を築きあげること、そして、農協が提供する資材価格などの見直しを行えば、日本の農業にはもっともっと新しい道が開けてくるだろう。旧来の農協に変わって農業法人が増加してきているが、農協という存在が上手く機能している地域では、農業法人が進出する余地は、もしかしたら、なかったかもしれないとも思う。

――農協のシステムについて…。
 山田 昔の農協のシステムは各農家に種と肥料を販売して各々で育ててもらうというやり方で、当時の物がない時代では、それで出来上がった農産物を高値で売ることが出来た。しかし、その後、農業の技術革新や規模拡大等によって増産されたり、海外からの輸入農産物が増え安い商品を求めた直接取引が始まり、徐々に生産物の値段は下落してきた。生産者は自らの創意工夫で付加価値をつけたり、コスト引下げを行うことを迫られたが、農協は農家の側に立った農業資材価格等の引下げ努力が不十分だった。そういった背景から農協から離れていく生産者が出てきて今に至る。もちろん、地域によっては素晴らしい対応をしている農協もあるため一概には言えないが、生産物の価格が下がった時に、きちんと生産者の事を考えてくれる農協であってほしいと願う。

――農協、農業法人、個人農家という3つの農業形態がある中で、一番将来性があるのは、やはり農業法人なのか…。
 山田 昔のような農協対法人経営という図式は随分と変わり、今では資材の事や労働力問題等も一緒に検討するような関係になっている。また、法人と個人の関係も地域によって様々だ。実際に「こと京都」も小さな農協みたいなもので、ネギ生産者40名ほどのグループで営むネギ専門農協と言える。このように地域毎の特性を活かし、最適な形を見つけられれば良いのではないか。現在、農水省は食料自給率の向上を目的とした食料・農業・農村基本計画の見直しを行っており、来年3月には新たな計画が閣議決定される予定だ。それにむけて、農地集約の他、金融面では災害への対応となる保険制度の見直しといった政策提言を行い、これからの日本の農業を引っ張っていくつもりだ。(了)

――今持たれている一番の問題意識は…。
 湯澤 日本は安全で住みやすく、世界と比べても生活の満足度は高いという雰囲気があるが、そういう認識のまま、バブル崩壊後の失われた2、30年が経ってきてしまったのではないか。私自身は、日本はこのままだと今後もバブル崩壊後の失われた2、30年を繰り返す、あるいはもっと転げ落ちるかもしれない、と心配している。最近海外へ出かけた人たちから「日本の存在感の希薄」や「埋没感」を繰り返し聞かされる。国内でもここ20年で家計消費が1世帯あたり月3万円減ったとか、非正規雇用者中心に年間所得200万円以下が全体の4割近くになったとか、日本経済全体が収縮してゆく気配が濃い。地域創生についても芳しい議論が聞こえない。ふるさと納税というのも一部の自治体にはプラスに働いただろうが、所詮限られたパイを左右に動かす花見酒のやりとりで、地元のきちんとした納税者を逆なでする側面が強い。正しい納税意識から「ものもらい納税」へと市民の意識を変えていいのかという気がする。少子高齢化で否応なく国内経済が縮み指向に傾くわけだから、今は国を挙げて「根こそぎ国際化」でこれからの成長発展を目指すべきだと思う。

――大きいところから小さいところへ所得移転が起きているだけだ…。
 湯澤 これまで日本は、労働コストが安いところを狙って海外に生産拠点を移し、それで一定程度の成功を収めたが、その一方で国内の生産性を上げる設備投資が置いてきぼりになった。国際競争力が低下した。少子高齢化で人口が減っていくなかで、企業に設備投資を促すモチベーションが見当たらず躊躇した事情も分かるものの、結果的には日本の産業基盤が低下した。ただ企業は資金がないわけではなく、450兆円ともいう内部留保を有し、日本は海外純資産では7年連続世界最大の債権国だ。企業は持てる資金を海外でどう活用すべきか、世界経済のみならず社会・文化等を含め大局観と戦略を構想し、実行する内部人材の不足がネックになっているのではないか。

――本来なら日本で作り、それが利益になっていたはずだが、今は海外で作り、その利益が投資収益として上がってきている…。
 湯澤 それが日本の国際化だという雰囲気があるが、これは非常に危ない考え方だ。日本は島国のため、歴史的に見ても、良い物は海外からくるという舶来意識がある。外のものを受け入れるというのが国際化だと、そういう意識が抜けきっていない。例えば、日本の海外ミッションは概ね評判が良くない。質問に次ぐ質問で、ギブアンドテイクではなくテイクアンドテイクで日本のミッションの応対は意味がないと、受け入れる外国側は辟易としている。日本のミッションは聞くだけで、自分たちの問題意識や経験をきちんと表明して意見交換するという態度ではない。特に欧米では「ともに考え、ともに成果を共有する精神」を重視する。日本人は聞きまわるからそれで最先端の技術やシステムを開発できたかというとそうでもない。92年にロスを訪れたミッションから「もうNASA(米航空宇宙局)から学ぶことは何もないです」と聞いた時には驚いた。95年がインターネット元年といわれるが、92年には既にサンタバーバラの某私立高校ではインターネットを導入していたくらいだ。日本のICT、AI分野の立ち遅れを見るにつけ、各社が見る目を持った社内人材をどう育てるかに本腰を入れないと日本の浮揚は先送りになる可能性が高い。

――日本のグローバリズムの在り方や世界平和の考え方などに関して提案型がまったくない…。
 湯澤 提案型といえばインド太平洋戦略とTPP、戦後のヒットはこの二つだけだろう。外交的には日本が期待される役割の一端を漸く果たし始めたという観がある。今、生産性向上への圧力もあり、科学技術や企業の生産技術のイノベーションが叫ばれている。しかし、目下第4次産業革命のただ中にあって、全てが否応なしの変革途上にある。企業の意思決定はもはや下から上がる稟議ベースでは世界で勝負にならない。当研究所発行の世界経済評論8月号で川合麻由美氏は「中東のビジネス・コンタクトの成否はスマホで3分の動画を自社が提供できるかどうかだ」と書いていた。企業だけではなく、教育も外国人と共生するコミュニティーの在り方、そして政策決定も全て「世界における」という意識に裏付けされたものでないと、思いがけないところで齟齬を来して後ろ向きの仕事ばかり増えることになる。世界経済評論の10月号の特集「令和維新経済」はその意味を込めている。世界経済成長の6割は発展途上国が担っているため、こちらに目を向けるべきだ。先進国は技術があるため、その技術革新を発展途上国の経済の発展のためにどういう風に役立たせるかが重要だ。発展途上国にはニーズがごろごろ転がっているが、日本の各地域が蓄積している業際協力、ノウハウ、経験、技術、人、それらを総動員すれば、人口の3分の2といわれる膨大な途上国の方々に益するような新製品が日本からどんどん出せると考えている。待っているだけでは日本の地域は発展しない。地域には高専や大学など知の蓄えがある。この資産を共有して海外のニーズの発掘、協働開発、協働した課題解決に踏み込むビジョンと実行計画を海外に提示して行く積極性が次代の地域と日本を活性化させるだろう。

――日本の学校のように創意工夫、想像力といったことを教えず、ただ正解を暗記させるだけでは新たな政策は創れない…。
 湯澤 その通りで、これでは海外に行っても対抗できない。蓄えた知識で最初の発言はできても、議論になったときには自分の言葉で対応できなくなる。私の考える本当の国際化とは、「国際知」を錬磨して国際力を強化することだ。「国際知」とは何かと言うと、民族によって異なる世界観や人生観など、その多様性のなかに価値を見つけ、それを活用する知見と努力のことだ。知はただ知るだけではなく行動も含む語だ。知識人とは単に物知りを意味しない。知識人は発言し議論できる人を指すが、それと同じだ。知っているだけで意見表明をしないというのは国際知ではない。日本は良いものを持っているが、言語化の訓練に欠けるので損をしている。うまく意見を言えなければ「自分は賛成できない」というだけでも良い。そして国際知を錬磨したうえで国際力を強化していくべきだが、この国際力というのは、違いのなかから今度は共通部分を見つけ出すことだ。共通部分を見つけ出して、それを通じて対話をし、実りあるところまで持って行く力、それが国際力である。日本は改めて国際化のめざすところを再確認して、同時に国際力をつけるという目標を明確に持つ決意が少なくともリーダーに必要だ。曖昧な国際化で「何とかなるだろう」では「もうどうにもならない」。多様性というのはつまり、海外のさまざまな人、国、企業も含めてそれを一緒になって新しいものを作り出すことで、そこまでやらないと日本の経済は右肩上がりにならない。例えば、日本の対外投資と比べた海外の日本に対する対内投資は異常に少なくて6・9%程度と主要国間では最低だ。韓国や欧州など低いところでも30%以上はある。中国に至っては、対内投資と対外投資、どちらも同じくらいだ。国際化と言いながらテイクアンドテイクの精神が染みついており、迎え入れてともに喜ぶという気持ちがない限り、日本経済は自前では発展しない。ジェトロは海外からの投資誘致に頑張っているが、いかんせん日本のビジネス環境は外国企業の期待線を下回る。外国人が働く環境として日本は主要国のなかでほぼ最下位といわれているくらいだ。それにもかかわらず、外国企業の投資受け入れが日本の生命線だという危機感は共有されていないし、総合的なイノベーティブプランが市民レベルにまで響いて来ない。イギリス経済が下り坂になった時、サッチャー首相は一挙に門戸を広げ、海外からの投資を次々と受け入れることで建て直した。日本がこれだけ失われた20年、30年と言われているなか、イギリスの建て直し成功を見ていながら、企業環境のイノベーションが声を大に叫ばれていないのは大変気掛かりだ。

対談
木村 三浩 氏×本紙 島田 一
 島田 今の日本に必要なのは米国からの本当の意味での独立だ。過去の安保闘争時には独立気運が非常に高まっていたが、その後の高度経済成長期を経て、国が豊かになるにつれて、日本の多くの人は、独立を求めることを忘れてしまっている。米国がこれまでのように世界ナンバーワンの地位を維持できるのであれば米国従属でも構わないが、どう見ても今の米国は斜陽局面にあり、このままでは日本も一緒に沈んでしまう。一方で、中国は世界中で勢力を伸ばし、北朝鮮も核ミサイルを持つような時代へと変化している。国民の中には米国従属に疑問の念を抱く人も増えてきている。

 木村 池田勇人政権では所得倍増計画を打ち立て、富国を目的に経済を強くすることに力を入れてきた。そこに独立という目的も包含されていたと思う。そして、実際に高度成長を遂げたところで、ある意味、独立が達成されたと皆が思ったのだろう。しかし、経済と政治は違う。政治面での米国従属という構図は戦後から変わっておらず、特に東西冷戦終了後、日本政府は米国寄りの姿勢をより強化させてきた。そして、最近のトランプ大統領と安倍首相の関係性を見ると、その傾向はますます強くなっている。日本と近隣諸国との間には北朝鮮との拉致未解決問題、中国・韓国との軋轢や価値観の違いなど問題が山積しており、そこで安倍政権としては米国に頼りたいということなのだろうが、米国は米国の問題を抱え、自国の国益に基づいて動いている。ここで日本が取るべき行動は、日本の問題を米国に頼るのではなく、自国で解決するという強さを示すことだ。

 島田 周辺諸国について言えば、中国が南沙諸島を軍事基地化しつつあるが、その先の戦略として南シナ海を支配すれば日本は中東からの石油輸入はもちろん貿易も滞ってしまう。中国は長期的な視点で太平洋の半分を支配する目的で、着々と行動している。このため、我が国もそういう視点をもって、フィリピン、台湾、インドネシアやベトナム等のアセアン諸国と一緒に、南シナ海を守るための軍事協定を結ぶ必要がある。米中覇権争いによって中国経済は当面停滞し国力が低下していく。その間に日本がやるべきことは、アセアン諸国と一緒に対中安全保障網を構築することだ。

 木村 西沙諸島や南沙諸島において中国が領有を主張している島は20を超えている。域内の島の約半数を中国の領有だと宣言され、実効支配されているという現実をしっかり認識しなくてはならない。幸い日本とアセアン諸国は非常に良い関係を保つことが出来ている。今の段階でこれらの地域との外交関係をさらに強化し、一緒に「地政学戦略」のようなものを作り上げるようなことも必要だろう。地域のバランスをどう見るかという情報交換は地域内で頻繁に行うべきだ。また、中国にはウイグルやチベットといった民族問題があるが、そういった所に人を派遣するような事も考えた方が良い。目先の日中関係を損ねるかもしれないが、長い目で見た日本の国益を考えればそういったことも必要だ。同時に、今の香港や台湾がこの先どのような状況になって行くのかも注視すべき問題だ。香港に至っては、中国が敢えて手放し、それによって香港が経済的に疲弊していく様を世界中に知らしめるという戦略を持っているという話もある。台湾については来年4月の台湾総統選挙に相当神経質になっているようだ。そのようなごたごたの中で、安倍政権は来年、習近平国家主席を国賓として迎えようとしている。それが国家百年の大計に沿って行われている戦略であればよいのだが、目先の総選挙対策のためだけであれば、それは天安門事件の後に、中国の国際社会の復帰を日本が手助けした二の舞だ。

 島田 中国は口では日中友好と言いながら、尖閣諸島の件では毎日のように脅しをかけている。そうであれば、日本も香港や台湾を支援するなど二枚舌外交が必要だ。また、安倍政権は北朝鮮の中短距離ミサイル発射について、米トランプ大統領の主張に合わせて問題ない旨の発言をしているが、日本の原子力発電所を狙われたら一体どうするつもりなのか。そういうことを勘案して日本もしっかりとした防衛網を持つことが必要であり、米国産のF35戦闘機を購入するだけではなく、ハヤブサを製造した高度技術を持つ日本の国産ミサイルを早く開発すべきだ。米国が日本を守っている限り日本は軍隊を持たないし創らないという考えのままでは、米国が弱体化した時に狼のように突然中国が日本を占領しにかかるという事をしっかり認識すべきだ。

 木村 トランプ大統領が駐留経費を払わなければ日本から米軍をすべて撤退させると言っていることに対して、「いいですよ。それでは日本は日本国が守ります」くらいのことを言ってほしいものだが、日本政府はその言葉を言えないでいる。ただ、防衛省の中でも心得がある人達は、自分たちで国産の防衛を作り上げなくてはならないという意識は高い。そもそも日本は日米安保条約によって米軍に基地を提供している。「米軍に守ってもらっている」という不平等感も是正しなければ日本は他の外国諸国から見下されてしまう。少なくとも是正していくという決意を示し、実際に行動しなければ、結局いつまでたっても日本は米国の属国だと思われても仕方がない。中国からしてみればむしろ日本が米国軍の配下にいる限りは強い軍隊は持てないと安心しているため、そこで中国に舐められないためにも日本独自での防衛整備は欠かせない。また、中国は米露との中距離核ミサイル協定に入ろうとしないため、日本独自のミサイル防衛構築には正面から反対しにくく、今が好機だ。安全維持装置を他国に任せっぱなしにするのではなく、自分で開発して自国でコントロールする。これが本当の意味での独立国家だ。

 島田 今の防衛力のままでは米国が手を引いた途端に、日本の国土が中国とロシアによって占領され3分割されてしまう可能性すらある。これに対し日本の防衛の専門家はほぼ全員が「米国軍は絶対に撤退しない」と断言しているが、将来における出来事に絶対はあり得ない。戦争の主戦場が従来の局地戦からミサイルや宇宙に変わりつつある中で、高いお金を払ってまで米軍を日本基地に留めておく価値は以前に比べて相当低下している。中東から手を引きつつあるトランプ政権の姿勢や、今後の米国の衰退、兵器技術の発達等を勘案すれば、意外に早く米国軍は日本から撤退するかもしれない。この点、私はJAXAにかなりの規模の予算をつけるべきだと以前から言っている。

 木村 日本の宇宙開発もよくやっていると思うが、他国と比べれば資金力が全く違う。宇宙開発について言えばロシアはかなり進んでいるが、プーチン大統領はいつも「日本には主権がありますか」と言っている。つまり、日本が自主外交出来る国だと思っていないという事だ。北朝鮮や中国も日本の事に関しては米国を納得させればよいと考えている。さらに、韓国が国際条約を勝手に破るのも、米国さえ味方につけておけば日本に対しては何をしてもよいと考えている証拠だ。この点、ロシアとの間でもこう着状態が続いている北方領土問題では、まずはお互いの国がビザなしで北方領土へ行けるようにするなどして、両国間の付き合い方を仕切り直し、平和条約の前段階となる善隣協定を結んでいけばよいのではないか。一方で米国との関係では日本の真の主権を取り戻しながら、ロシアにそのような提案をすれば、ロシア側だって同意するはずだ。もっと言えば、プーチン大統領の後継体制を見据えた戦略を考えておくべきだろう。

 島田 軍隊も国防も外交も1週間ではつくれない。30年、50年、100年と綿密な長期計画を立てて国家の復権を着実に進めていくことが重要だ。その際に必要なのは、先を見通し、創造する力なのだが、今の学校教育では暗記教育ばかりで将来を予測する力が育たない。「過去の事ばかり考えるのではなく、これからの日本には創造教育が必要だ」と日本人が全体的に急速に意識を変えない限り、もはや国は守れない。

 木村 国家百年の大計を考えた時に日本に重要なのは、国民のための食料の安全確保、領土をしっかり守ること。そして、そのための技術を創り出す人材を確保し、的確な教育を施すことだ。少子高齢化を通り過ぎ、無子高齢化となった時代から、再び子供を産み育てる社会を創りあげると同時に、教育のひずみを正していく。もはや、画一的で詰め込みだけの教育や、主権、防衛、食料、人材といった国家を支えていく全てを米国だけに頼ってきた時代ではない。巨像が倒れるのは早い。米国が本当に倒れて動けなくなってしまう前に、独立の志に基づいた国家百年の大計を立てていかなくてはならない。(了)

――現在のチベットの状況は…。
 ラマ 本当にひどい。中国がチベットを侵略し始めてから今に至るまで、チベット自治区内にいるチベット人は、文化や宗教、交通など様々な事において自由がなくなり統制されてしまっている。習近平氏が中国共産党総書記になってからは、さらに厳しくなっている。私が今年チベットに行った時にも、東部カム地方からチベット自治区に入るまでの道のりの中で何度も検問にあった。外国人がチベット自治区内に入ることが難しいのはもちろんだが、チベット人でさえ移動が制限されている。中国共産党は「貧困を撲滅し、すべての人を豊かにする」というスローガンを掲げてチベット人を取り込もうとしているが、実際に行っていることは、チベット人の文化やチベットに対する愛国心を捨てさせ、新たに中国への愛国心を植え込むことだ。それに反抗しようものなら罰せられることになる。私がチベットに行っていた間にも、700人程のチベット人が中国人に連行されて、約10日、中国の愛国教育を受けさせられていた。彼らは高い塀に囲まれた建物の中に連れていかれて、持ち物はすべて没収され、敷物もない床に座らせられ、そこで朝から晩まで中国共産党の教書のようなものを教育されたという。それは拷問で、まるで地獄のようだ。食事もツァンパ(大麦で作ったチベットの主食)しか食べられず、家族がおかずなどの食事を届けに行っても、見張り番の中国人に没収されてしまったそうだ。

――チベットの若者にも、中国の文化が教え込まれている…。
 ラマ 今、チベットの子供達は18歳になるまでチベット仏教と一切かかわってはならず、かわりに朝から晩まで中国共産党が主導する学校に通わされている。そこでは食事も用意され、ほぼ監禁状態で中国語や中国の歴史など中国愛国教育が行われている。しかも、その学校に行かなければ罰金を払わなくてはならない。結局、中国共産党がチベットの子供達を親から引き離し、徹底的にチベットの文化や宗教や習慣に触れさせないようにしているということだ。また、仏教施設自体も迫害を受けている。例えば、チベット族自治州のバイユ県にあるヤチェン・ガーでは、チベット各地から寺院で修業をするために1万人以上の僧侶や尼僧が集まり、そこで共同生活を行っている。その僧院が中国当局によって強制的に取り壊され、これまでに7000人以上の修行僧らが強制的に退去させられている。チベット高僧達の必死の抵抗によって、現在、一時的に取り壊しや強制退去は停止しているが、中国当局の監視は続いており、この地域の出入りは厳しく管理されている。すでに追放された人たちの多くは、チベット当局に拘留されて、中国共産党による再教育を強いられているという。僧衣も奪われて軍服を着せられ、食事も、仏教徒として殺生した肉を口にしないという僧侶への配慮もなく、無理やり肉や魚を食べさせられているそうだ。そういった監禁教育が3カ月ほど続き、その後家に戻ることになるのだが、すでに名簿登録され中国当局の管理下にあるため勝手に村を出ることなども許されない。

――そのように厳しく管理されている中で、ご自身はなぜこのような事態を把握することが出来たのか…。
 ラマ 私は今では日本国籍を持つ日本国民だ。本来ならばチベット自治区には入ることが出来ないのだが、私がもともと住んでいたカム地方東部は、現在、中国四川省に組み込まれていて、チベット自治区と隣接している。このため、そこには入ることが出来、そこにいれば自ずと情報が入ってくる。普段は日本で生活し、チベットの政治について話をしたり、活動するようなこともなく平和に過ごしているのだが、今年ばかりは私も我慢できないほど、チベットの人たちが迫害を受けていることを知った。今の中国やチベット内では、インターネットによる情報はすべて管理されており、共産党による監視は非常に厳しい。中国共産党側に不都合な情報がネット上に載れば即座に削除され、その情報を流した人物はすぐに特定されて警察に連れていかれる。私の祖父母は、中国が最初にカム地方を侵略に来た時に、拷問されて殺された。何も悪いことはしていない。普通の商人の家で、日々普通に仲良く暮らしていた。ただ一つ、中国共産党の考えには賛同できなかったというだけで、土地も家畜も全て没収され、母親も拷問を受けていた。酷い話だ。

――中国はなぜチベットをそこまで迫害するのか…。
 ラマ 中国共産党は党結成当時から、他の国を侵略して自分たちの土地を広げていくことを目的としているのだと思う。チベットは昔から平和な国で軍隊も持っていなかった。殺生することなく、環境を破壊しないという仏教の教えを守りながら牧畜や農作物を育てながら生活をしていた。そこに、最初は「中国はチベットの発展を支援する」と言いながら中国軍隊が入り込んだ。疑う事を知らないチベット人たちは、その言葉を信じて中国を迎え入れたのだが、結局、途中から牙をむかれ、そうなった時に軍隊によって対抗するような術を持っていなかった。そのため、宗教であるチベット仏教をチベット人の心の拠り所として、中国共産党の圧力にひたすら耐えながら、ひたすら静かにこれまで通りの生活を続けようとしていた。というのも、ダライ・ラマ王の考えが「話し合いによってこの問題を解決する」というものだったからだ。チベット国民はそれに従っている。しかし、中国側は、その宗教を根本からなくしてチベット文化を中国共産党の考えに変え、すべてを中国の支配下に置こうとしている。もはや今のチベット人には宗教の自由も、言論の自由もない。人権がない。このような報道が外国で漏れないようにマスコミの統制も行われている。

――最初に中国がチベットに進出してからすでに何十年も過ぎている。もはや話し合いだけでは前に進まないのではないか…。
 ラマ 中国はすでに世界各国との関係を築いているが、チベットは小さい自治区だ。米国はチベットの味方になってくれているが、他の国々は、残念ながら日本も含めて、チベットの現状について見て見ぬふりをしているところが多いのが現実だ。私は、中国という国が共産党の利益のためだけに、これまで真面目に一生懸命コツコツと生活してきたチベットの人たちに対してこのような人権を無視した暴挙を行っているという事実を、少しでも多くの人達に知ってもらいたい。チベットの人たちは、今、パスポートも没収されて海外に出ることもできない。自分たちで声を発することも出来ない。そんな中で、中国共産党は計画的にチベットの文化や民族を抹殺し、土地を奪おうとしている。中国数千年の歴史の中で行われてきたことは、このような侵略の繰り返しだ。このような実態を世界中の多くの人に知ってもらうことで、何かしらの解決策が見つかれば良いと願っている。(了)

――「地方創生プロジェクト」における地域金融機関との関係性は…。
 北尾 地域金融機関に対するシステム提供の他、今まで地銀では取り扱っていなかったような当社の製品サービス全てを提供するなど、極めて広範囲な提携を進めている。例えば08年に設立したSBIマネープラザでは地域金融機関と共同店舗を運営し、地方顧客に対して多様な金融商品を提案・提供している。現在は8行8店舗だが、順調に拡大しており、増設を進めているところだ。また、SBI生命の団体信用生命保険やSBI損保の保険商品等も提供している。地元密着型の地域金融機関は一つのところに留まっているため、地方経済が衰退していけば、その地域の金融機関も同じように駄目になってしまう。しかし、地域という発想を捨ててインターネットを使い全国展開すれば、そのような問題は解決できる。我々はそのためのツールを提供している。実際に、2007年に住友信託銀行との合弁で設立した住信SBIネット銀行は、現在約5兆2000億円の預金を保有するまでに成長し、地銀との比較でもトップ30位以内に入るほど躍進している。また、証券業界においてもインターネットを利用することでコストを減らすことに成功し、我々は野村証券の23分の1の手数料を実現している。インターネットの力は本当に大きい。

――「顧客中心主義」がSBIグループの最も大切とする考えだと…。
 北尾 我々は設立当初から「いかに顧客に利するか」を標榜してきた。それが定着し、結果として大和証券の口座数を抜くことができた。野村証券の口座数も、この一年程度で抜くことになろう。そうなった状況でも、株式の売買委託手数料についてはもっと引き下げていこうと考えている。また、小口の送金手数料なども限りなくゼロに近づけていきたい。「地方創生プロジェクト」では、その他にも例えばインターネットを利用し、ふるさとローンやふるさと預金を提供する等、まだまだ我々が協力して出来ることはたくさんある。ただ、地域金融機関が個別でこのようなことを行おうとする際に直面する問題が、定期的なシステム更新時に莫大なコストがかかるということだ。そのため、地銀同士が共通のシステムを使ったり、共通化されたプライベートクラウドを利用するというような考えが必要になる。今はそれを進めている。

――全国に存在する地銀をひとまとめにして、第4の銀行を作るというイメージか…。
 北尾 「地方創生プロジェクト」については、先ずは一緒に知恵を出し合って活性化していくという、いわゆる「互助の精神」から始めたものだ。現在のマクロの経営環境では、短期的に見ても、日銀のネガティブ金利政策下では利益が出ず、フィンテックも自前では導入できない。数年後には地銀の6割が赤字になると言われている。経済は衰退し続け、人口減少が続くなかで、生き抜くためには、全国展開してシステムの共有化を図り、我々がもつ運用ノウハウを利用して、協力し合いながら地域活性化を図るしかない。それは、決して我々が経営を牛耳るという訳ではない。各地銀の経済状況や経営方針をみながら、我々もしくは共同持株会社から資本を入れたり、業務提携を行ったり、それぞれに適した対応を行っている。とにかく「みんなで知恵を出し合う一つの共同体を創っていく」というのが私の考えだ。

――例えば「共同持株会社」のケースでは、御社が50%の資本を持つことになるのか…。
 北尾 共同持株会社となれば約50パーセントを当社が持ち、残りの約50%は、地銀の他、メガバンクや海外の投資機関や国内のベンチャー企業からの出資もあろう。長い間、地銀株の持ち合い解消という流れにあったメガバンクだが、中には「この共同体の中に入りたい」と考えるメガバンク経営者も出てきている。或いは、フィンテックのような最先端技術の領域で投資をすすめる我々を見て、メガバンクに焦りや危機感が生じているのかもしれない。例えば送金についていえば、もはや、全銀ネットやSWIFTといった従来からあるシステムに膨大なお金を払い、これだけに依存するような時代ではない。米Ripple(リップル)社の分散型台帳技術(DLT)を用いれば低コストで送金できる。既にRipple社のネットワークには中銀を含む200行以上の銀行が参加している。また、これまでとてつもない時間がかかっていた貿易金融では、米R3社のテクノロジーによってスピーディー、且つ、低コストでのサービスが提供されている。こういった新しい技術に我々はいち早く着目してジョイントベンチャーを作ってきた。基本的に我々がこれまで行ってきたことは、金融機関に友好的で、且つ無駄な時間やコストをセーブできるものだ。もはや、メガバンクといえども我々の事を侮れない状況になってきたのではないか。ただ、我々は現存するメガバンクに対抗するものを創り出していく訳ではなく、あくまでも「互助の精神」という新しいコンセプトのもとに、運命共同体のような意識を持つ第4の銀行連合をつくろうとしているだけだ。そのためにお互いが知恵を出し合い、アライアンスを強化していく。そういう信頼関係を得るために3年の時間を要し、ようやく今、資本関係をもてるようになった。もちろん我々は民間企業であり、公的資金を投入している訳ではない。経済合理性は十分に考えて行動している。

――低迷を続ける投資銀行について思う事は…。
 北尾 リーマン・ショック後、米国では投資銀行が完全になくなった。かつてのゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーの力は急激に衰え、もはや過去のような冒険は出来ず、商業銀行のビジネスに乗り出したり、商業銀行の傘下に入るなどしている。旧インベストメントバンカーがリテールに進出したとしても無理だろう。今のインターネットの世界は「WINNER TAKES ALL」だ。顧客基盤が出来上がっているところとそうでないところでは、顧客獲得コストが全く違ってくる。例えば、沢山のセールスマンや支店を抱える野村証券のような大手は手数料を高くしなければ全てがまわらない。かつてインターネット専業証券として、ジョインベスト証券を作ったものの、損失を出して撤退する結果となった。

――次のステージでは大手との競争に突入していく…。
 北尾 もはやオンライン証券との競争は終わった。次のターゲットは野村證券や大和証券といった大手総合証券会社であり、我々は、これまで培ってきたリテールマーケットを土台にホールセールマーケットに力を入れていく。本来リテールとホールセールは車の両輪だ。これからホールセールの枠を広げていくという希望に満ち溢れている我々に対し、リテールでの顧客を失った大手には厳しい現実が待っているだろう。私はこの20年、パリバショックやリーマン・ショック、地政学リスクなど、世界的に色々な出来事が起きる中で、企業生態系の構築が不況抵抗力を高め、飛躍的な成長を可能にするという考えのもと、利益を生み出す戦略を常に練りながらここまでやってきた。55人からスタートした会社は今や6500人を超え、時価総額は約6000億円にまでになった。さらにこれからの10年は、これまでの20年よりもはるかに成長できると確信している。先日発表したヤフーを傘下に持つZホールディングスとの提携もZフィナンシャルの金融事業の強化に資するだけでなく、我々の顧客基盤をもっともっと強力なものにするためにも役立つだろう。そういったアライアンスはこれからも目白押しに用意している。そうした顧客基盤と最先端の技術をもって、今後も成すべき活動を続けていくつもりだ。(了)

――検査・監督の一体化の進捗状況は…。
 栗田 検査・監督の一体化はすでに進んでいる。特に地銀に対しては、検査の際に金融仲介機能の発揮状況も合わせて見ているなど、オンサイト・オフサイトの一体化は浸透しつつある。また、検査マニュアルの廃止については、これまで別表でやっていた実務の扱いが問題とされていたが、いろいろな方々の意見を取り入れた案についてパブコメを募集しているところで、この結果をもって検査マニュアルを廃止する予定としている。

――一方で、現状の大規模緩和政策が続くと再び不良債権問題が起きる懸念はある…。
 栗田 もちろん信用リスクは気をつけなければならない。我々は銀行に対し、担保に依存するのではなく、目利き力を活かし、財務諸表に現れない企業の将来性などの強みを評価し、貸し出すことが望ましいということを再三申し上げている。これは、無闇矢鱈(むやみやたら)に貸すべきだということではなく、財務諸表の内容が悪く、将来性を見通せない企業には、リスクに応じた金利とする、あるいはリスクに応じた担保を取ればよいという考え方だ。つまり、「ゼロ」か「1」か、という話ではないということだ。バブル期はなんでも貸せという「1」の流れにあり、バブル崩壊後は担保がないと貸さないという「ゼロ」の流れにあったが、現状はそのゼロと1の間で、銀行がよく考えていくことが必要とされている。

――そうはいってもマイナス金利で地銀のビジネスモデルは厳しい…。
 栗田 まさにその通りで、銀行の典型的なビジネスモデルは、預貸の差で稼ぐということなので、預金金利がほとんど下に張り付いて、貸出金利も下がっていると当然、利ざやが減り、銀行業として非常に厳しくなる。そこは間違いない事実だ。とはいえ、厳しい言い方をすれば、泣き言ばかり言っていても仕方がない。当たり前のことだが、企業の経営は常に良い環境の時ばかりではないため、今どうすべきかを経営陣は考えなければならない。やり方としてはいろいろある。経費を削減し、総資金利ざやを取れる形にするというやり方、あるいは融資に付加価値をつけることによって金利を上げるやり方、あるいはその付加価値を独立させて別途手数料をいただくというようなやり方など、この環境下で利益を上げる方法を考えていただく必要がある。どれも容易ではなく、金融機関の方々が大変だというのもよく分かるが、何もしないで泣き言を言っていても仕方がないというのも事実だ。

――他業態をやりたいという声も出てきているが…。
 栗田 いろいろなやり方を模索しているうちに現行の銀行業の厳しい業際制限では上手くいかないところもあるというのは一般論としては理解している。そのため、具体的にどういう必要性があり、どういう業務をやるべきなのかということを言っていただければ検討していくことも吝か(やぶさか)ではない。とはいえ、なんでもやっていいという話でもない。やはり銀行業としてまったく性質が異なるリスクをとってもらっては困る。この点、銀行業にとって何かしら役に立つのでリスクを取るということであれば十分に話は分かる。つまり、なんとなくやりたいというのでは困るという話だ。

――地銀に対するBIS規制を緩和するということは…。
 栗田 それは難しいだろう。国内基準行の自己資本比率規制の水準は4%となっているが、実際はもう少し高く積んでいる。全体的に昨今は、自己資本比率が低下しており、注意しなければならない状況になっていると考えている。自己資本比率は、リーマンショックなど何かしらの悪い状況が発生した際に、一時的に低下することは仕方がなく、そのために積んでいるものだ。ただ、現状は極端に悪い事象もないのに低下基調にあり、むしろ用心すべき局面にある。仮に大きな打撃を受けた際に、最後に防御策となるのは自己資本であるため、的確に備えられているかどうかを常に見ている必要がある。

――地銀再編は合併を含めていろいろな方法がある…。
 栗田 我々が常に言っているのは、経営統合も経営の一つの選択肢であり、また各金融機関の判断であるということに尽きるということだ。そのため、金融機関の選択を否定することはない。規模の経済が働くことからある程度の大きさも必要だ。しかし、それだけが生きる道ではなく、反対に小さくなり、コア業務に集中することも選択肢の一つだ。決断つかずで時間だけが過ぎるというパターンは一番よくない。

――地域ごとに共同運用機関を設けては…。
 栗田 実際問題として、銀行ごとにポートフォリオが異なっているため、一筋縄ではいかない。預貸と有価証券運用を合わせ、全体的としてリスク管理している銀行もあることから、有価証券運用だけを切り出して、委託するというのはなかなか難しいという意見も出ている。ただ、小さい銀行が今のやり方でうまくいっているのかといえば、必ずしもうまくいっているわけではない。ある程度の有志が集まり、共同運用機関を設けるのもいいが、そういったやり方ではなくとも、地銀の運用アドバイザリーなどに任せる、もしくは人を送って勉強させるといったような難易度が低い方法から実施し、その先に共同的な運用機関の必要性を判断したらそれを構築するという段階を踏むことも良いだろう。

――顧客本位の業務運営と利益のバランスについては…。
 栗田 基本的な発想は、顧客本位で営業しなければ結局は顧客に見放され、利益うんぬんよりも存続にかかわってくるということである。顧客本位の対応にはコストがかかるかもしれないが、それにより顧客の信頼を得れば、将来的に金融機関の利益になる。銀行は信用商売であり、信用を失ってはやっていけない。この点、かんぽ生命については、現在、検査、調査中であるため結論がましいことは言い難いが、重大な問題であることには間違いない。同社の場合、まだ仮説にすぎないが、具体的な方策がないのにも関わらず、厳しい目標を課していたことが原因の一つだと考えられる。あるいは過度なインセンティブが原因とも考えられる。いずれにせよ顧客本位という観点からよく検証する必要がある。

――その他の課題は…。
 栗田 いろいろあるが、新しいデジタライゼーションの流れをどう取り込むかも大きな課題だ。この世界は今後数年で大きく変わっていく可能性が高く、それをうまくキャッチアップできなければ非常に辛いことになる。新しいことをやりたいという事業会社は、自分が得意とする分野だけをやればいいのだが、既存の金融機関は今までやってきたことがあり、規模も大きいため中身を入れ替えるというのは非常に大変な作業となる。ただ、それをうまくやっていかなければ時代に乗り遅れ、漂流化しかねない。顕在化しつつある重要な課題であるが、誰も先を読めない中で対応は決して容易ではない。

――STO(セキュリティ・トークン・オファリング)がその一つだと…。
 栗田 STOはまさに目先の話として、法律も成立したし、協会も設立し、自主規制規則も策定していただく流れにある。こういった新しいマーケットがうまく成長していけばいいが、詐欺的な事案など、最初から問題が生じるとよくないため、いろいろ考えてやっていかなければならない。

――日本は韓国のプロパガンダに圧倒的に負けている…。
 貞岡 日本と韓国のプロパガンダ(政治宣伝)の違いは、国民性に起因するところが大きい。島国で単一民族である日本には「沈黙は金」、「忖度」、「空気を読む」、「以心伝心」、「阿吽の呼吸」といった諺があり、「言葉で伝えなくてもわかるだろう」という思いや、「自分は正しいことを考えているのだから相手も当然同じような意識を持つはずだ」という考えを持つ人が多い。一方で韓国は、半島国家の宿命で周辺大陸から蹂躙されてきた歴史を持ち、色々な民族と接触する機会も多かったため、自分の考えを明確に表現し、賛同してくれる支持者を出来るだけ多く募ることに長けている。つまり、日本は攻撃的に自分の考えを表明する韓国とは真逆の事を行っている。しかし、世界の世論を取り入れるためには、当然韓国のプロパガンダ手法が有利であり、世界の中で一番重要視される米国の世論でも、団結力の強い韓国系米国人の声が大きく浸透しているのが現状だ。

――韓国系米国人と日系米国人のプロパガンダの差は…。
 貞岡 第二次世界大戦時の米国では、日本人は収容所に入れられてしまった。そういった歴史のトラウマから、日系人は団体で政治的活動を行うことを避けるようになった。一方で、韓国系米国人の多くは、戦後、日本人や中国人よりも後に米国へ移ったため、すでに固まっているコミュニティーの中で、韓国人同士が団結して自分たちの利益を主張するという意識が強かった。米国の連邦下院議員に「マイク・ホンダ」という人物がいたのだが、彼は日系三世であるにもかかわらず、従軍慰安婦問題の対日謝罪要求決議の代表提案者として主導するなど、長い間反日活動を続けてきた。その背景には、カリフォルニア州でアジア系の票を核としていた彼にとって、団結したがらない日系米国人は票にならず、団結力の強い韓国系米国人の肩を持つようになったという理由がある。そういったところにも、日本と韓国のプロパガンダの違いは影響している。幸い、彼は昨年の中間選挙で落選したため、少しは米国における韓国のプロパガンダの勢いも治まってくるのではないか。そう願う。

――安倍政権は戦後初めて韓国に対する経済制裁を行った。それに対して韓国は反論のプロパガンダ勢力を強めているため、世界的に日本が悪者として扱われる心配もある…。
 貞岡 その心配は大いにある。戦後、連綿と続いた日本外交の特徴は「平和外交で喧嘩をせず、他人の悪口は言わない」というものだ。そのDNAが外務省には根付いているため、そもそも日本の外務省はプロパガンダに向いていない。プロパガンダを行ったとしても、その行動だけで満足して結果までは気にしない。北朝鮮がミサイルを発射した際にも「抗議をした」というアリバイ作りだけに止まっているのが良い例だ。実際に今、外務省が行う外交は専ら日本文化の宣伝だ。茶道や華道、歌舞伎や相撲など、日本の伝統文化を外国に知ってもらうのも確かに重要なことだが、本来ならば、それ以上に政策広報に力を入れ、日本の正当性を外国諸国にしっかりとアピールすべきだ。2017年にサンパウロ、ロサンゼルス、ロンドンの世界3都市に設置した「ジャパン・ハウス」についても、外務省は設立当初、「日本の文化だけでなく政策広報にも力を入れていく」と宣言していたのだが、現在そこで実際に行われているのは相変わらず文化の宣伝だけだ。それが、自分たちが返り血を浴びることのない無難な外交であり、そのようなことを行ってさえいれば良いと考えているのが日本の外務省という事だろう。

――外交機密費の使用が厳しくなったことも影響している…。
 貞岡 2001年に外務省の機密費流用問題が発覚したことをきっかけに、機密費の使途申請や報告義務が非常に厳しくなり、今ではほとんど機密費を使わなくなってしまった。それでは協力者を得ることも、情報を取ることも難しくなってしまう。そういう面では、今の日本外交の幅は以前よりも狭くなってきているのではないか。また、日本では外国とのかかわりにおいて、各省が独自に進めるのではなく、財務省以外はすべて外務省を通す外交一元化政策をとっているため、外務省の仕事は驚くほど多い。時間も人も限られている中で、プロパガンダまで手が回らないというのも正直なところなのかもしれない。

――日本は今後、どのような形でプロパガンダを進めていくべきか…。
 貞岡 先ず、司令塔には外務省ではなくもっと新しい発想を持った人を据えるべきだ。例えば、経済産業省や国家安全保障局などが中心となって全体計画を作り、実行部隊としては大使館を利用すればよい。また、プロパガンダの手法については、電通や博報堂などコミュニケーションツールの専門知識を持った民間の知恵を借りることも必要だと思う。現状の外務省が作成するプロパガンダの計画は、対象国と日本の現状の問題点、経緯、日本の立場などを小難しく書きあげ、その資料を該当大使館員に渡し、それを受け取った各大使館員が、それぞれ独自の切り口で実行に移すというやり方だ。そのような手法では意図する政策は全く伝わらないし、伝わらなければやる意味はない。さらに言えば、人権問題などに関してはもう少し女性を活用すべきだ。特に慰安婦問題では、河野太郎外務大臣など男性陣よりも、女性の話の方が説得力を持って聞いてもらえると思う。そもそも日本には女性の外交官が少ないが、男性では難しい部分を女性の政治家や評論家に頼ることも必要だ。そういった戦略を日本外交はもっと考えるべきだ。

――宗教や国民性を理解することも、外交には欠かせない…。
 貞岡 世界の中でプロパガンダを行う際には、イスラム、カトリック、プロテスタント、トランプ政権を支える福音派など、各宗派に対するプロパガンダ戦略を考えることも非常に重要だ。それぞれの宗教に的確にアプローチをすることで、庶民の中に自然に浸透していくというケースもある。そもそも日本人でそのような研究をしている人は少ないと思うが、現実には世界は宗教で動いている。宗教をめぐっての戦争も起こっている。政教分離を頑なに唱えるのではなく、世界の中での外交戦略として、宗教を熟慮したうえで作戦を練ることは今後プロパガンダを行う上で非常に重要だ。

――このほか、日本のプロパガンダ政策に必要なことは…。
 貞岡 日本政府は国民にもっと本当のことを話すべきだ。例えば先日、世界貿易機関(WTO)で最終判決が下された日本製のバルブをめぐる日韓の通商紛争において、日本政府は日本勝訴という認識のようだが、韓国側は韓国が勝訴したと主張している。そして、日本側は「勝訴したのだからプロパガンダを行う必要はない」という考えに対して、韓国側は「勝訴したのだから、もっとプロパガンダを行う」というように、全く逆の方向に進んでいる。そうすると、世界的にはプロパガンダが上手な「韓国の方が正しい」となってしまう。どちらが勝訴しているのかも含めて、政府は国民に本当のことを話し、さらにマスコミや経済評論家も一丸となって、それに応じたプロパガンダを進めていくことが今の日本には必要だ。残念ながら、今の外務省だけにその重要な任務を負わせるのは難しいのが現状と言えよう。(了)

――環境が厳しい中では工夫が必要だ。御社の戦略は…。
 中田 経営環境が良いと既存のビジネスがそれなりにうまくいくため、新しいことや工夫する意識が希薄になりがちだ。しかし、金融界全般が大きな過渡期で、向かい風が吹いている現在、どのような工夫をしていくかで将来に大きな差が出てくる。当社の戦略は、基本的には伝統的証券ビジネスが柱であるが、その分野での買収は当面行うつもりはない。現在進めているのはいわゆる「ハイブリッド型総合証券グループ」としての新たな価値の提供で、リスクプロファイルが違う業態への進出だ。例えば、2009年に不動産アセット・マネジメントビジネスに参入し、2011年には大和ネクスト銀行を開業した。これは、伝統的証券ビジネスがマーケット環境に左右されてしまうため、その変動率を下げるための事業領域の拡大だ。また、本年度には高齢者向け介護事業を展開するグッドタイムリビング(旧オリックス・リビング)を買収した。同社が保有する施設を当社グループのヘルスケアリートに加えることができれば、不動産リートビジネスの拡大にもつながる。施設を利用する富裕層のお客様に対する相続関連ビジネスでのシナジーも見込まれ、まさに伝統的証券ビジネスを補完する形になっている。昨年度における当社の経常利益は831億円となったが、その内の約18%はリスクプロファイルのために手掛けた新事業領域での利益だ。今後5~10年先までに、伝統的証券ビジネス以外の利益が全体の経常利益の30%程度になるまで伸ばし、マーケット環境に左右されにくいビジネスモデルを作り上げたい。

――日本郵政グループとの協業の検討やクレディセゾン等との資本業務提携については…。
 中田 当社だけではカバーできない顧客基盤をアライアンスによって取り込んでいくことも現在の戦略の一つだ。本年5月に当社グループは、日本郵政グループと資産形成分野における新たな協業の検討に合意した。言うまでもなく日本郵政グループのネットワークは広範で日本最大の顧客基盤を有している。今後、最適なポートフォリオを提案する投資一任サービスの提供を検討している。本年9月に資本提携したクレディセゾンは、グループとして約3,700万人のクレジットカード会員を保有し、20~40歳代の顧客も多い。当社の主力顧客層が60歳代以上で、且つ、当社がカード決済ビジネス領域を保有していないことを考えると、両社のコラボレーションによって得られるメリットは大きい。デジタルネイティブ世代へのアプローチについては、コネクトというスマートフォンに特化した金融サービスを提供する新ブランドにより、今後、取組みを強化していく予定だ。若い世代の人たちがいずれ50歳、60歳代になり、相続や資産継承などで大きな資産を持った時に、大和証券グループという存在を身近に感じてもらえるよう、今のうちからプロモートしている。

――このような金融情勢の中で、取扱商品については…。
 中田 基本的には、資産形成層にはNISAを中心とした積み立て型の投資商品がフィットしていると思う。また、投資信託も業界的には販売が苦戦しているが、当社のコア商品であることに変わりはない。ファンドのテーマは目まぐるしく変わる。特に現在のように日進月歩で変化する世界情勢では、独自で的確に状況を捉えて売買するのは至難の業だ。そうすると、やはり長期的な国際分散投資や、運用のプロがリアロケーションを行うファンドラップ等が適しているのではないか。この点、当社のファンドラップは様々なサービスを先行して用意している。例えば、「ファンドラッププレミアム」ではお客様に相続が発生した場合、返還資産のお受取人をあらかじめ指定しておくことができる「相続時受取人指定サービス」やご家族への生前贈与を確実・簡単に行なうことができる「暦年贈与サービス」などのサービスを付帯している。お客様のニーズに沿ったソリューション型の商品となっており、ご好評をいただいている。このようなオーダーメイド型の投資一任契約は今後さらに拡大していくだろう。

――金融規制が厳しくなったことでコアの投資銀行ビジネスはやりづらくなり、同時にネットによる取引が拡大しているが、その辺りの影響は…。
 中田 リーマン・ショック以降、バランスシートを使ったビジネスについては相当規制が強化されているが、当社は幸い欧米において当該ビジネスをそれほど大きく展開していない。これからもその方向性を変えるつもりはないため、規制強化に対する影響は非常に軽微だ。アンダーライティングのビジネスでは、このような金利環境下で資本コストの高いエクイティによって調達することは少なくなっているが、株主構成を見直すために売り出しを実施する事例はある。一方、デッドファイナンスのビジネスは相当量ある。強化すべきはIPO及びM&Aでのビジネスだ。最近のIPOで日本から出てきたユニコーン企業はメルカリくらいだと言われているが、ポストユニコーンとして期待されている企業は多く存在する。それが実際に上場するかどうかは別の話だが、この2~3年で日本のベンチャー気運が大変盛り上がっているのは事実だ。ベンチャー企業の成長をサポートしてマーケットに送り出し、さらにそのマーケットで成長を加速させていくために付き添っていくことが我々の使命の一つだと考えている。

――御社のM&Aビジネス戦略については…。
 中田 M&Aに関しては、日本だけでなく世界を見ても、今後、恒常的に経営戦略のツールとして存在するものだ。兆円単位のメガディールから数十億円規模のものまで色々ある中で、我々がビジネスとして狙っているのは取引金額5億米ドル以下のミッドキャップにおけるグローバルM&Aであり、そのクラスで世界トップになるべく陣容も大幅に拡大している。そのために、当社では10年前に英クロース・ブラザーズを、また、2年前には米国のセージェントとシグナル・ヒルを買収し、北米、欧州、日本、アジアというM&A4極体制を作り上げた。全世界にバンカーを抱え、グローバルネットワークを有しているが、ミッドキャップを中心に扱う会社の中でこれだけしっかりと世界にネットワークを作っているのは当社だけだと思う。今後もM&Aビジネスを補完するための拠点拡大やバンカーの補強については惜しまず積極的に注力していくつもりだ。ただ、こういった買収や新規ビジネスの結果が出てくるのには時間がかかる。大和ネクスト銀行や不動産アセット・マネジメントビジネスも、今でこそ大きく成長したが、現在に至るまでに約10年かかっている。つまり、現状、先行的な投資をしていても、そのリターンや実績は5年~10年後であることをご理解いただきたい。

――冒頭、リスクプロファイルの展開についてお話しいただいたが、今後、新しく進出しようとお考えの分野は…。
 中田 我々がまだ進出しておらず、且つ、我々のノウハウが生かせる事業領域はたくさんある。また、すでに進出している分野でも、その地域を広げていくやり方もあり、可能性は大きい。ただ、経営資源には限りがあるため、先ずはこれまでにまいた種の芽をしっかりと出すことに注力していきたい。例えば、昨年立ち上げた農業・食に関する子会社大和フード&アグリでは、アグリテック等を利用した大規模、かつ、効率的な農業のビジネスモデルを作り上げている専門家に参画してもらった。今は、熊本県のベビーリーフ栽培会社と提携し、同社が開発した高効率の生産方式でベビーリーフの生産、出荷を始めている。また、九州地方はじめ各地でアグリテックを使った自社による大規模栽培も考えている。時間はかかるが、先を考えれば、安定的な収穫が見込めて確実な販売が出来るようになり、そこでキャッシュフローが回るようになる。そうなれば、我々証券会社としてのノウハウを使い、証券化してファンディングに繋げることも出来るようになるだろう。日本の農業は課題であるとともに、日本の食が世界のキラーコンテンツにもなっている。グループ横断的にSDGsへの取り組みを進めているが、課題解決型の事業をビジネスチャンスにつなげ、時間をかけながら蒔いた種の芽が出てくるのを確認しつつ、常に新領域の開拓も検討していきたい。

――10年後が楽しみだ…。
 中田 今年の日経平均株価は2万円割れからスタートし、現在約1割のパフォーマンスは出ているものの、ボリュームは減少傾向だ。特に今年の4~6月期はアベノミクス以降、個人投資家の売買代金が最低だった。そういう意味でも伝統的証券ビジネスの環境は極めて厳しい。但し、創業以来117年間、伝統的証券ビジネスを続けてきたが、この分野への参入障壁は高く、ここを大事にしていくことは言うまでもない。将来的には、蒔いた種が予想していた以上に大きくなる可能性もあり、大和証券グループが、「日本唯一の伝統的証券ビジネスをコアとしたハイブリッド型総合証券グループ」と言われるようになるかもしれない。大和証券グループでは大和証券を核としたエコシステムを構築していくという事になろう。

――アジアの資本市場については…。
 中田 以前はインドネシアやマレーシアにも拠点を置いていたのだが、現在は撤退し、シンガポールで両国をカバーしている。アジアの拠点は香港とシンガポールを中心に、韓国、オーストラリア、インド、台湾、フィリピン、ミャンマー、中国、タイ、ベトナムにもあるが、資本市場が発展途上で、国によって規則も違い、市場も整備されていないという各国の現状を踏まえると、今の段階では現地の証券会社や金融機関とパートナーシップを組むことがベストな戦略だと考えている。もちろん、世界の状況を見ると、中国を除くアジアの成長率は平均して約5%で、向こう数年間この数字は確実に続くだろう。人口動態から見ても、今後、世界の人口の7割がアジア人とアフリカ人になると言われており、成長していくフィールドであることは間違いない。その成長を少しでも取り込んでいくことは大事だと認識している。(了)

――金融庁は先般、検査・監督方針を大きく見直した…。
 佐々木 私が総括審議官だった時代から金融検査・監督の見直しに取り組み、見直しに合わせて組織も変えてきたが、まだまだ課題は残っており、途上段階にある。また、金融機関側も金融庁以上に変わり切れておらず、金融庁としてはマインドセットやコミュニケーションのあり方も含めて金融機関に変化を求めている。とはいえ、金融機関の変化の遅れは金融機関だけの責任ではない。検査マニュアルを含めた金融危機以降20年間の金融行政の結果が澱(おり)として溜まっていることに起因している。20年間で染み付いてきたものがある。変わることはそう簡単ではない。

――20年間の澱(おり)とは…。
 佐々木 20年前の金融危機、不良債権問題が生じていたなかで発足した金融監督庁は、公正で、透明で、事後チェック型で、ルールベースの検査監督機関として非常に厳しい姿勢を金融機関に示していた。検査マニュアルがその代表のようなものだ。検査マニュアルの策定に関与した立場でもある私としても、あの当時はあのやり方が正しかったと言える。しかし、20年の月日が経過する間にどんどん時代は変化し、金融行政が追いつけなくなっていった。そのためにも検査マニュアルを廃止するなどの金融庁の改革が必要だった。同様に、金融機関においても当時、部長や課長だった方々が今、経営者となっているが、そういった経営者の方々は当時の不良債権処理や銀行再編も含めてこれまでずっと金融庁とやり取りを続けてきた。20年間という期間は長く、すぐに切り替われるものではない。

――金融行政が追いつかなくなったと…。
 佐々木 金融の世界だけではなく、非金融の世界で起きていることが急速に拡大し、その拡大とともにリスクも高まってきている。非金融の世界で新しく起きている問題はこれまでの金融の世界とは問題の性質が異なり、また対応の仕方も異なる。私自身も退官する前の2年間は暗号資産の検査・監督を総括していたが、例えば、金融業界の人々は言葉が通じるし、行政対応も知っている。これに対し、暗号資産業界の人々は言葉がなかなか通じないし、理解もされないし行政対応も難しい。非金融の世界における金融庁の監督対象は、イノベーションやデジタライゼーションに伴う新しいビジネスであり、ときにはグローバルでも展開するプレイヤー達だ。このため、マインドセットが異なるほか、金融庁の権限が及ばない範囲も出てくる。最近話題になっているフェイスブックのリブラも然りだ。

――非金融のリスクに対応することが必要になったと…。
 佐々木 退官する直前に様々な問題が浮上してきたが、リブラのほかには、かんぽ生命の不適切販売問題、セブンペイの不正利用問題だった。日本郵政グループのモニタリングを1年間担当していた立場から言うと、かんぽ生命の問題はある意味古い、昭和、平成の問題であり、今までもあったような古典的な問題だということができる。半面、リブラの問題はイノベーションから生まれてきたまったく新しい、令和の問題だということができる。他方、セブンペイの問題も同様にデジタライゼーションから生まれてきた新しい問題だ。ただ、2段階認証を知らなかった、あるいは対応が間に合わなかったなど、セブンペイで起きていた事象は、割と古典的なガバナンス、内部統制の問題だとうことができる。暗号資産においても起きていた問題はイノベーションの問題ではなく、内部統制の欠如、ガバナンス不在、経営者の認識不足などイノベーションとは関係のない古典的な問題だった。古典的な問題、最先端の問題、一見最先端に見えても根本原因は古典的な問題など、問題の種類が多様化している。加えてグローバルに発展する問題も出ているなど、金融庁にとっても、世界中の金融当局にとっても対応は複雑化してきている。

――検査と監督を一体化されたが、その狙いは実現できているのか…。
 佐々木 まだまだ途上だとは思う。20年以上前の金融監督庁が発足する際、私が検査部に在籍していたときから、私は検査と監督は一体化すべきと考えていた。なぜならば検査も監督も、金融機関の実態を把握し、問題があれば改善を求めるという同じ目的を持っているためだ。その目的を達成するための手段としてオフサイト(聞き取り調査)とオンサイト(立ち入り検査)がある。当然、オンサイトの方がより詳しく検証できるが、時間とコストがかかる。そのためにオフサイトも当然必要だった。ただ、オフサイトもオンサイトも手段が違うだけで目的は同じだ。20年前に金融監督庁が設置される際に、検査・監督はオンとオフが一体であるグローバルスタンダードとは異なる形になってしまった。しかし、私の整理では監督と検査はともに同じ方向を向いており、監督の一つの手段として検査がある。ところが、金融監督庁ができる以前の監督というのは金融機関にやや甘いところがあった半面、検査は厳しく、つまり監督と検査は見ている方向が違ったために分けられていた。この体制は日本特有で、本来グローバルスタンダードにおける監督というのは検査を含む概念だ。但し、不良債権の検査の際に、「検査はレントゲン写真だ」と当時の五味検査部長の言葉が代表するように、時代状況としては仕方がなく、金融行政に対する信任を回復するという意味では、検査と監督を分けることはやむを得なかった。

――非金融のリスクも含め問題が山積している…。
 佐々木 監督対象が広がっており、問題ごとに検査・監督のやり方が異なる部分もあり、どう対応していくかは難しい部分だ。金融庁は銀行、保険会社、証券会社といった業者を監督するという機能と、証券市場、マーケット全体を監視し、ディスクロジャー、コーポレートガバナンスという投資者保護の観点から不正を監視する機能、それから監査法人の監督・検査など、他の国と比べていわゆる一元監督当局となっていることには非常に意味があると思っている。その逆が米国で、銀行監督当局だけでも連邦と州で分かれているし、証券、マーケット、監査法人の監督も別々だ。あるいは欧州では金融機関の健全性を監督する当局と、コンダクト(行為規制)を監視する当局が分かれるツインピークスモデルといわれる監督モデルをとっているところが多い。しかし、例えば、銀行の不良債権問題でも、融資先の企業の問題と直結する、企業の問題はコーポレートガバナスや開示の問題でもあり、企業の監査法人の問題だ。つながっているということがわかると、何処に問題が生じているのかがわかりやすく、リンクしているために一つだけ対処しても意味がなく、全体を監督する必要があるなど、金融庁の一元監督体制は非常に意味を持つものだと考えている。

――体制強化が不可欠だ…。
 佐々木 人はもちろんのこと、権限拡大も必要となっている。暗号資産でさえ2年前に監督対象としたばかりで、非金融における新しいリスクを監督する権限に欠いている。非金融のプレイヤーに対し、20年前であれば事業会社が銀行を創り、ATMをコンビニに設置するといったビジネスモデルに過ぎなかったが、今起きているのは金融ビジネスを通じて入手したデータを、電子商取引などに利活用し、新しいビジネスモデルを創っている。データの価値が大きく変わり、データを制する者が世の中を制するような世の中となり、データをめぐる争いがいろいろなところで生じている。ところがデータというのは金融業界に限ったものではない。最近でも公正取引委員会が指針を出していたが、公正競争という観点でデータの役割が出てきているし、さらにいうと国家安全保障の観点でもデータが重要視されている。そうなればすでに金融庁の所管からはみ出してしまっている。また、人も当然大事だ。例えば証券の世界では、HFT(高頻度取引)が分かる人やデリバティブが分かる人などを採用していたが、今はそれだけではとても間に合わない。暗号資産やブロックチェーン、サイバーセキュリティなど様々な知識が求められている。このほかにも金融庁自身のITの高度化も必要となっている。

――ご自身は検査畑が長かった…。
 佐々木 検査局がのべ10年、監視委員会がのべ7年、それから公認会計士・監査審査会が検査局と併任で4年。金融機関の検査、証券市場の監視、上場企業の開示検査あるいは特別調査など、調査・検査ではのべにすると17年以上経験を積んできたが、ミクロ、個別の調査・検査を通じて、制度全体、マーケット全体の課題が見えてくるようになる。ミクロの問題に含有されるマクロの課題を抽出することはとても大事なことだ。個別の問題を知っていないと、政策などのマクロの問題を議論する場合でも説得力に欠く。海外当局ではポリシー(政策、方針)を議論する際に、個別の事例やエビデンスが裏打ちされた議論ができており、説得力がある。そういう意味ではミクロの経験とマクロの経験の両方を積んでいくことが重要だ。金融庁はどちらかといえばミクロ、個別の検査・監督を中心の仕事としているが、制度的な課題や政策的な方針を考えていくうえでは、それだけでは十分ではなくなってきている。

――日本の金融市場の問題は…。
 佐々木 金融庁の一元監督当局は非常に有効で、世界の当局と比べても優位な立場にあるが、残念ながら金融という面で見たときに、日本の金融機関、日本の金融市場、ひいては日本の非金融分野においてもプレゼンスは世界的にどんどん薄れてしまっている。日本は人口が減少しているとはいえまだまだ大きなマーケットだ。その市場規模に比べると日本の金融のプレゼンスは非常に低い。日本の金融が日本経済に貢献し日本国民を豊かにするという目的を達成する必要があるが、この点、日本のマーケットが国際的にも名誉ある立場になることも重要だ。そのためにも私は監査監督の国際機関のIFIARの本部を東京に招致することに成功したが、こういった国際機関の本部を日本に持ってくるなど、国際社会の中でポジションを高めていく動きが必要だ。

――7月に新たに会長に就任した。取り組みたい課題は…。
 手塚 公認会計士業界の重要な課題として、まずは会計監査のあり方に関する改革が挙げられる。2015年に日本を代表する企業による重大な不正会計が明らかとなったことを契機として、日本の監査制度の整備は相当進んできたと考えられるが、海外に目を移すと、たとえば、イギリスでは4大監査法人による寡占状態の解消や非監査業務の分離など監査を巡る見直しの議論が続いている。アメリカでは、会計の専門家が、GEによる巨額損失隠しの疑いを報告書として公開した。これが事実であれば、アメリカでも監査制度の見直しに対する議論が起こる可能性がある。会計監査のあり方については、このような国際的な動向も踏まえて考える必要がある。次に、会計基準や監査の基準設定との関わりが挙げられる。会計ビッグバン以前は、日本公認会計士協会(以下、「協会」という)が会計基準の設定主体としての役割を実質的に担っていた。2001年に財務会計基準機構が設立されてからは、同機構の企業会計基準委員会が会計基準を設定しているが、協会が設定にどのように関わるかは引き続き大きな課題だ。これに対し、監査の基準は会計士協会が実務指針を策定している。日本の監査基準についても、会計基準と同様に国際監査基準とのコンバージェンスが進み、事実上、国際監査基準の新設や改訂があると、それを国内に取り入れることになるが、国際監査基準がかなり詳細なものとなるなかで、日本の実情を念頭に置きながら、新設や改訂のプロセスに、協会として深く関わっていくことが必要であると考えている。これらの他にも、企業情報開示の変革への適応、企業活動の変化及び技術革新への適応、公認会計士業務に対する社会からのニーズの充足及び急速な会員数の増加と会員の多様化への適応を課題と認識しており、現在、具体的な取組について検討を進めている。

――企業開示はより詳細化が進んでいる…。
 手塚 日本の会計基準については、資本市場のグローバル化に合わせた共通のものさしが必要となることから、国際会計基準との調和化が進められてきた。国際会計基準は、IFRS(International Financial Reporting Standards)という名称が示すとおり、会計処理に関する基準を取り扱うだけではなく、注記等による財務情報の開示に関しても詳細に定めている。しかし、企業側や監査人にとっての負担を考えると、費用と投資家等に対する便益の観点から、現在定められている開示項目について見直す必要がないかどうか議論すべきだろう。また、企業情報開示の変革への適応も業界の課題だ。我が国では、統合報告書を作成する企業が増え続けているが、有価証券報告書の開示も、特に財務諸表以外の部分において拡充されていることについて、監査人は大いに注目すべきである。従来開示されてきた財務情報だけでは企業の価値を測ることが難しくなっており、今後の企業情報開示は、統合報告書のような非財務情報も含めたより包括的なものに変化していくことが予想される。監査人には、これまで以上に、企業経営全般に対する理解が求められるのではないか。

――会計士に対するニーズが拡大し、多様化している…。
 手塚 拡大する会計士業務に対する社会からのニーズに的確に対応することも重要な課題と認識している。株式会社だけでなく、農協や社会福祉法人、医療法人など、公益に深く関わる事業体に対する監査制度が相次いで導入されている。これらの監査対象の所在は、日本全国に広がっている。したがって、地域における監査体制を強化する必要があり、各地の中小監査法人や独立開業した会計士が重要な担い手となると考えている。このような監査ニーズに対応できるよう、協会の本部と、地域を取りまとめる16の地域会とが連携して、地域の会計士を支援していく必要があると考えている。また、急速な会員数の増加と多様化にも対応する必要がある。公認会計士の登録者数は、8月末で約3万1500人と、2000年頃に比べ約2・3倍となっている。これとは別に、公認会計士試験合格者も6000人以上いる。現在、公認会計士登録者の半数以上は監査法人に勤めておらず、監査を主たる業務としていない会員も数多い。さらに、こうした会員が手掛ける業務も、2000年頃と比べると格段に多様化している。協会として、監査を主たる業務としない会員をどのようにサポートするかは重要な課題となる。

――課題が多いなか、目標をどう設定するか…。
 手塚 協会として取り組む戦略目標の1つに「公認会計士に対する信頼の確立」を挙げている。監査人のみならず、会計士に対する社会からの信頼を確立する。また、「ステークホルダー・エンゲージメント」も戦略目標に掲げた。会計基準の設定主体や金融庁、あるいは企業や投資家、学者など様々なステークホルダーとの関係を強化し、協働を促進していく。3つめは、「人財の確保と育成」である。会計監査を取り巻く環境が劇変するなか、これに適応できる人材を確保しなければならない。会計士業界の人材獲得に関しては、10年以上前は主に監査法人間で競争していたが、足元ではコンサルティング会社、一般事業会社など、監査法人以外も競合となっている。「会計士業務に対する社会からの期待の充足」も重要だ。すでに述べたとおり、会計監査に対するニーズが拡大している。これに加えて、監査以外の業務に対するニーズも広がっており、地方では、中小企業支援、事業承継支援等における公認会計士の貢献に対する期待が大きいと聞いている。こうした社会からの期待に対して、協会本部と地域会が一丸となって、プロアクティブに対処していきたいと考えている。このほか、協会自体の「会務運営の生産性・透明性」も向上させる。協会の業務は多岐にわたるとともに、10年前に比べて仕事量も格段に増えている。会員や社会に対する説明責任も重くなっている。協会の運営の生産性と透明性を向上させる必要があり、これからの時代は、「運営」というより、「経営」という視点で協会の活動について見ていく必要があるだろう。

――21年3月期からは監査上の主要な検討事項(KAM)の記載が導入される…。
 手塚 監査人が監査上の主要な検討事項として特定した事項を、監査報告書に新たに記載することになる。監査報告書における監査のプロセスに関する記載が充実することによって、監査の透明性の向上と投資家等に対する情報提供の有用性の向上が期待される。個人的には、こうした情報提供面の向上にとどまらず、これをきっかけとして、企業の事業上のリスク、経営者の事業等に関する将来予測(見積り)の精度、会計処理や開示の適正性、コーポレート・ガバナンスや内部統制の整備・運用状況等について、企業経営者、監査役等と監査人との間のコミュニケーションの過程がより建設的で活発なものになることが重要だと考えている。これが実現すれば、企業と監査人との間の相互理解が深まり、企業情報開示の信頼性を確保するための協力関係も、これまで以上に強固なものになることが期待される。

――不正に対する監査制度の整備は…。
 手塚 不正に対する監査制度の整備に関しては、2011年に発覚した不正会計を契機として、2013年に「監査における不正リスク対応基準」が設けられた。また、2015年に発覚した不正会計を契機として、組織としての監査の品質の確保のために、いわゆる「監査法人のガバナンス・コード」が設けられた。監査に関する制度そのものは相当整ってきたと考えている。また、関係団体との協働も進んでおり、日本監査役協会とは、「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」を公表した。日本監査役協会は、監査役と監査人の連携に関する実務指針も策定している。監査法人のローテーションなど、依然として制度面で検討すべき課題はあるものの、現在の制度や仕組みを、監査の現場で有効に機能させることに注力しなければならないと考えている。企業活動の複雑化、大規模化、グローバル化が進み、また、企業活動に係る膨大なデータがITシステムによって処理されている。このような状況において、監査人としても、監査に関連する膨大な企業のデータを効率的かつ効果的に分析し、高度なリスク判断を可能とするIT環境や分析技術を備えていくことが求められる。この点については、大手の監査法人を中心として、ITインフラの整備やAIも活用した高度な分析技術の導入に注力しており、徐々に効果が出てきていると聞いている。一方で、こうした取り組みを機能させるには、やはり現場の監査人の現場力に負うところが大きいと考えている。監査対象企業の変化によって、監査人が備えるべき能力も変化しており、これまで重視されてきた会計、監査及び税務の知見を有するのみでは十分ではない。個々の監査人としても、監査チームとしても変化に適応しなければならない。ITやデータ分析に関する知見、企業のガバナンス・内部統制・事業・組織構造に関する深い理解、大規模かつグローバル化する監査プロジェクトを遂行するプロジェクト・マネジメント能力、海外も含めた企業関係者とのコミュニケーション能力などが必要とされており、会計士に対する社会からの期待に十分に応えるためのハードルは高い。協会として具体的な支援策を考えるのも重要な課題の1つだ。

――不正会計の防止に向け必要なことは…。
 手塚 協会として、監査の現場力強化に向けた取り組みも行うが、企業側のITインフラが整わなければ、高度なデータの分析技術も十分に効果を発揮できない。また、多くの日本企業の子会社が海外各国で事業展開している現状において、日本の監査法人のグローバルでのグループ監査の力が問われるが、監査を受ける企業が、現地でしっかりとオペレーションできる体制と、親会社において、グループ会社の管理面で必要な情報を適時に入手できる仕組みを整える必要もある。監査を受ける企業と監査人は、企業情報開示の信頼性を確保する上で、いわば車の両輪のようなものであると考えている。双方がともに、それぞれの立場で、企業情報開示の信頼性の向上に向けた努力を継続することが必要だ。

――アジア開発銀行(ADB)の現状は…。  
中尾 私は2013年4月にADB総裁に就任した。就任前年のコミットメントベースでの貸付金額は120億ドル、それが2018年には220億ドルと倍近くに増えている。課題としていた民間向けの貸付も、2012年の18億ドルから現在31億ドルと着実に増えている。貸付業務が着実に伸びている理由の一つは、低所得国向けに低金利貸付やグラント(返済不要の資金)を行っていたアジア開発基金(ADF)の中から、2017年に低金利貸付を切り離して、通常の融資と統合し、低金利貸付にもレバレッジ(債券による資金調達)をかけることにしたことだ。いくら低所得国向け低金利貸付とは言え、貸し倒れは今まで政策的に債務削減を行ったアフガニスタン以外にはなく、銀行として経営していく中では、レバレッジを使わないことは考えにくい。この業務統合によりアジア開発基金の拠出金約350億ドルが通常貸付のための150億ドルの資本に統合され、この大きな資本をもとに低所得国向け、中所得国向けの貸し付け業務を行うことができる。また、現在の貸出残高に対する資本の比率は50%近くにも上るので、当面増資を加盟国に求めなくても業務を大きくしていくことが可能になっている。

――中国が主導するAIIB(アジアインフラ投資銀行)とADBとの兼ね合いは…。  
中尾 2015年にAIIBが正式に発足した後、インフラ資金の重要性への認識はさらに高まっており、ADBもインフラへの融資にも改めて力を入れている。しかし、昨年のAIIBの貸付額が約40億ドルであるのに対して、ADBは約220億ドルと規模にはまだ大きな差がある。また、職員の規模がADBは約3500人であるのに対しAIIBは200人強と少ない。水道や運輸、エネルギーなどのインフラ事業で高度な技術を生かしながらプロジェクトをデザインし、きちんとした調達を行い、メンテナンスまで行き届いた事業を行うには一定のスタッフの数が必要であり、そういった意味でAIIBがADBにとって代わるようなことはないと考えている。

――現在、ADBが手掛けている支援は…。  
中尾 例えばフィリピンでは、マニラと近郊の新都市を結ぶ鉄道の新設や中等教育充実のための支援に力を入れている。また、エネルギー関係ではインドネシアで地熱発電を支援するなど、地球環境に資するインフラ投資も行っている。フィリピン、インドネシア、インドやベトナムにおける資金需要は非常に大きい。ADBの貸付条件はトリプルAでの債券発行による調達コストプラス手数料50ベーシスポイントなので、現地通貨建てにスワップすると、各国の国債による調達に比べてそれほど安いわけではなくなる。それでもADB から借りたいという国が多いのは、「外貨をある程度保有しておくことが安定につながる」という意識もあるからなのだろう。また、ADBでは貸付とともに技術やアイデアの提供も行っている。出来るだけ先進的な技術を使い、他の国の事業での経験を様々に生かし、環境問題にもきちんと配慮している。水温上昇などで生物の多様性を壊さないようにすることもその一つだ。公平な国際調達も助けている。これらのこともADBのサービスの一部であり、その点は高く評価されていると思う。

――中国はいまだにADBや世界銀行から随分と借りているようだが…。  
中尾 すでに成長を遂げている中国への支援は減らす方向にはなってきている。ただ、中国には非常に発展している部分がある一方で、まだ遅れている部分もあり、他国から多くを学びたいという改革志向の意識を持っている人もいる。とりわけ気候変動や環境関連事業など、ADBの資金を使って中国政府主導で地方や国営企業に事業を行わせる手助けをすることは、他国にもプラスの影響があり、まだ意義があると思っている。また、中国は信用度の高い借入国であり、調達コストにスプレッドを乗せて貸すことにより、ADBの予算を賄ったり、他国を助けるための資本蓄積を助けるという面もある。

――ADBの今後の方向性は…。  
中尾 気候変動やジェンダー問題、貧困対策を優先的に考慮し、運輸、エネルギー、水などのそれぞれのインフラという観点だけでなく都市の問題や地方の問題など総合的に目標を定めて進めていく方針だ。また、政府保証なしの民間向け融資も伸ばして、民間の活力をさらに生かしていきたい。公的な借入れは債務が増えていくため、財政的な問題から慎重に考える国が増えている。先述したように、技術の面では出来るだけ先進技術を使い、例えば灌漑であれば日本のJAXAからの支援を受けてサテライトイメージを使用したり、水道事業であれば、どこで水漏れが起きたかなどを瞬時に把握できるスマートメーターを使用したり、道路に関しては安全を高めるために、信号設置や路肩問題、スピード規制などソフト部分も含めて支援していく。また、エネルギー分野では太陽光発電や地熱発電など再生可能エネルギーに力を入れて民間向け貸し付けも含めて支援している。また、太陽光発電の電気を上手く取り入れるためにはそのための送配電が必要となる。高い技術が必要であり、そういった部分でもしっかりと貢献していきたい。さらに、気候変動の影響などで道路などのインフラ資産の消耗が激しくなっており、今後はメンテナンス、ライフサイクルコストなどの視点も重要になってくる。このような点は、大阪のG20サミットで各国が合意された「質の高いインフラのための原則」の中で、債務の持続可能性などと並んで強調されている。

――これからの時代、アジアでも女性の活躍が重要になってくる…。  
中尾 アジアでは女性が活躍していることが経済発展にも寄与している。ADBでもジェンダー問題に力を入れている。アジアでは、かつて女子の就学年数は短かったが、今では女性の方が就学年数は長い。女性が働く場が増え、女性の教育に投資することに意味が出てきたからだ。そういった変化に対応して、女性に力点を置いた職業教育、女性創業者を助けるマイクロファイナンスを支援しているほか、例えば道路や都市インフラを作る際に女性用のトイレをきちんと整備することなどにも配慮している。また、ADBでは政策の実施を条件に予算支援型の融資をすることもあり、証券市場の発展や中央銀行制度の強化につながる政策を条件に融資をしている。また、公共政策や金融制度などの分野で能力開発の技術支援も行っている。例えば、マネーロンダリングやテロリストファイナンスの対策、税務情報の交換などは国際的な取り組みが行われているが、各国の対応を支援している。ADBの法務局は、ADBの法律問題をアドバイスするだけではなく、各国における民商法、環境法制、ジェンダー法制などの整備も助けている。

――地に足の着いた政策提供でアジアの信頼を得て、ADBがさらに大きくなっていく…。  
中尾 ADBには色々な分野の専門家が集まっており、特にアジアにおいては世銀以上に専門性があり、経験が豊富な分野も多いと言える。財政や金融セクターなどの政策分野でも、アジア危機の経験を踏まえて、地に足の着いた政策提供を行うことが出来る。昔、ADBは「地域に根差したファミリードクターを目指す」と言っていたが、今では立派な「地域総合病院」だ。もちろん日本をはじめとする加盟国の支援も重要だったのだが、初代の渡辺武総裁以来、経済合理性をよく精査して「サウンドバンキング」の原則のもとに貸付を行い、堅実な組織運営をしてきたというのが大きい。いくら政府に対する貸付とは言っても、将来の成長、外貨獲得能力に資するプロジェクトでなければ貸付はしないということだ。政治的に決められた大きなプロジェクトの中には、ホワイトエレファントと呼ばれる、採算性のない、政治家の記念事業のようなものになってしまうものも出てくる。このような事業に貸付をすることは借入国の将来の負担になるし、貸し手であるADBも不良債権を抱えることになりかねない。また「上から目線にならずに、まずは相手の話をよく聞く」ということも渡辺氏の教えだ。各国の当局者も多くの知識を持っているし、問題の所在がよくわかっている。世銀も大事だが、アジア各国を訪問して首脳や大臣に会うたびに、ADBは各国から期待され、好かれていると感じる。最後に、世界的に地政学的な問題が大きくなっているが、ADBには、日本、米国、中国、インド、インドネシアなど多くの国から経営陣、スタッフや理事たちが集まってアジアの開発という共通の目標のために働いている。今後とも、貧困の削減、インフラの整備、教育や保健、ジェンダーなどへの投資、民間セクターの促進、よい政策のアドバイスなどの業務を推進していくとともに、そのような業務や高いレベルの対話を通じてアジアの友好や協力の懸け橋に少しでもなるよう努力していきたい。(了)

――足元の事業の概況はいかがか…。
 木村 当社には、格付事業、投資評価事業、情報サービス事業、編集事業といった4つの部門がある。このうち、収益の6割ほどを格付事業が占めている。日本経済新聞社内に発足したころから数えると42年、日本公社債研究所と日本インベスターサービスが合併してからは21年と、主力はやはり格付事業だ。最近は投資評価事業にも相当力をいれており、その中では年金のコンサルティング事業と、投信事業の2つが大きな割合を占める。今のところ4部門ともに昨年も今年も増収で、事業は順調に拡大している。

――昨今、証券会社は赤字が目立ち、投資銀行部門も過去の分野などと言われる…。
 木村 確かに、証券会社の投資銀行部門はビジネスモデルとしてはきつくなってきている。資本規制で資本を求められ、ROEがあがらない。分母を大きくしなければ資本規制に引っかかり、レバレッジも効かなくなっているため、1990年以降急速に拡大したような伝統的な投資銀行部門は事業が難しくなっている。

 当社の場合は、社債発行額が今年も12、3兆円以上と過去最高水準が続く見通しで、事業環境はよい。そのなかで公募債市場において発行金額の7~8割程度、証券化商品でも7割程度の格付実績を有しており、収入は増加している。加えてさまざまな形のハイブリッド債やESG債などが増えている。しかもM&Aの増加などで、財務体質がどうなるかなどを見込む想定格付けも増えるなど新たなニーズに対応にしていることもプラスに働いている。ESGやSDGsの関連では、昨年から環境省がグリーンボンド発行に関する補助金を出したことが追い風となっている。日本企業が日本市場で最初に環境債を発行したのは16年、野村総研のグリーンボンドで、そのグリーンボンド評価は当社が行った。今年アシックスが日本企業として日本で初のサステナビリティボンドを発行し、これも当社が評価を行った。このように格付会社のなかではこの分野で先陣を切っており、昨年初にはESG推進部を新設した。今後も環境問題や社会課題に対応する資金の流れを作る世界的な動向のなかで格付会社として貢献をしていく。

――SDGs評価の正しさといった観点については…。
 木村 グリーンボンドの評価については5段階評価としているが、最上位評価のものしか発行されていない。発行を検討する段階で当社の評価方法に照らして最上位評価が難しいと考える発行体は格付を求めてこない。化石燃料に強く依存する事業を資金使途とする案件では、たとえそれが環境改善効果を狙ったものだとしても最上位評価は難しい。本来は、最上位評価とはならずとも、環境改善効果を高めることにより上から4番目の評価から3番目に上がったといったような形も評価されるべきだと思っている。一方、社会課題に対応する事業に関するソーシャルボンドの評価やサステナビリティボンドの評価は、環境改善効果のように客観的に優劣を比べることができるのかといった問題がある。これらの債券については、現在当社はランクをつけておらず、国際資本市場協会(ICMA)の原則に合っているかどうかといった点だけのセカンドオピニオンを出しているが、改善工夫の余地はあると思っている。

――劣後債(ハイブリッド債)の資本性評価についてはどうか…。
 木村 ハイブリッド債は超長期、利払い停止条項、劣後性の3つの特徴がある。このほか超長期債でありながら途中でコールがかけられるという特徴も持っている。このような商品性があるから投資家は、30年ほどの年限の債券を5年から10年ほどで償還されると見込み購入することができる。資本性評価の観点からは、コールのタイミングで再びハイブリッド債で借り換えをするなどして資金の長期固定化が図られる仕組みになっていることを確認することが重要だ。発行体はそれで資本性を50%程度認められ、投資家も通常の中期債より高い利回りを取れる。ハイブリッドの世界というのは、その資本性の評価をしっかりやっておかないと、後々問題が出てくるだろう。また、ハイブリッドの調達に関しては、債券だけではなく劣後ローンを利用するケースもある。ローンに対する格付も行い発行体の資金調達ニーズに全面的に対応している。

――社債市場は活発だが、当局に対する要望などは…。
 木村 一番の問題はBB格以下、ハイイールド債に関してだろう。昨年私募でBB格のアイフルが発行し、さらに今年は公募もアイフルが発行しており、BB格台ではこれ1本だ。BBB格で言うと、当社ではBBBプラスとしている東京電力を除くと、金額ベースでは大きな発行はない。アメリカのように、中堅中小企業にも借入ではなく、直接市場で資金調達の道を開いていくためにも、まずはBBB格以下の市場を大きく整備する必要があるが、それにはセカンダリーマーケットがきちんと出来ていないと難しい。ただ、日本ではA格以上ではないと買わない機関投資家・銀行が多いため、BB格以下はほとんど発行ができない。まずは金融資本市場関係者がBBB格の市場を整備するために動く必要があると思う。

――年金情報やファンド情報、このあたりは拡大していきそうなのか…。
 木村 発行部数ではようやく昨年からわずかに増加に転じたくらいだ。年金情報の場合、厚年基金の解散で基金自体が減っている点などが響いている。ファンド情報については、相当投信に特化した形で多様な情報、データなどを提供しているが、最近好評なのは、「現場は何を語るのか」という、記者による覆面調査企画だ。実際に現場がどういう説明でどういう風に何を売っているかという、フィデューシャリー・デューティー(FD、顧客本位の業務運営)について覆面で記者が取材し、それを記事にしている。

 FDについては、ファンド情報とはまったく別に、投資評価事業本部で行っている投信販売会社のFD評価がある。これは、銀行や証券会社などの販売会社は顧客に対してどういう営業方針や販売態勢で販売しているか、きちんと顧客本位でやっているか、ということを25項目にわたってチェックし、SS、S、A、B、Cの5段階で評価している。昨年から今までに24社の評価依頼があり、来年にかけて30社程度が評価を取得すると見込んでいる。顧客本位が徹底され、投信販売改革につながればと思っている。

――これからどんな評価をしていくかについての抱負などは…。
 木村 現在、証券化やプロジェクトファイナンスなどのストラクチャードファイナンス格付も結構伸びている。最近はバーゼル規制に対応して銀行がリスクアセットを減らして、例えばREIT向け債権を証券化するといったような動きが増えている。ESGや投信販売会社FD評価、ファンド評価と、新たな評価事業をこの2~3年で始めたが、今後も企業、金融機関、投資家などのニーズに合わせて評価事業を拡大したい。当社はやはり、依頼者から手数料を得て評価をするビジネスモデルのため、ニーズに応える一方で、中立性や公正性は厳格に行う必要がある。加えて、日経グループを始めメガバンクや地銀などが株主で、資本市場に貢献するために設立した会社であるため、社債や投信、年金など含め、日本の金融資本市場の発展に、格付や評価を通じて貢献できるような形のビジネスをやっていきたいと考えている。

――東洋大学の理事長に就任された…。
 安齋 東洋大学は総合大学であり、その学問領域も多岐に亘る。無いのは医学、薬学、歯学、あとは芸術学部くらいだ。世界の中で生きていくための能力を養う基礎的な教育で、インフラを持ち上げることを重要視しており、1300科目を超える授業を外国語で行っている。海外からの留学生も多く、大学校内の留学生は約1700人だ。現在は、彼ら留学生のための大学キャンパスの整備も進めているが、海外の留学生たちが日本に早くなじめるよう日本の学生たちと一緒に生活できるような寄宿舎も徐々に増やしていきたい。一方で、国際交流やグローバリゼーションを目的とした英語などの外国語教育が盛んになればなるほど心配していることもある。日本人の幼児期から英語教育を始めることによって、子供たちの考え方まで変わってしまうのではないかという思いもある。

――英語教育を進めていく中で懸念もある…。
 安齋 東洋大学の前身は、哲学者井上円了が創立した「私立哲学館」だ。哲学教育を礎に、世界に通用する人材を育てることを目的としているのだが、何かを深く思考する時に、2カ国語で同時に考えることが出来るのかということだ。深く考え、次を予測して、また更に考える。そういうことが哲学だ。万国共通の数字による数学ならば何の弊害もないと思うが、それぞれの国の言語には、一語一語に込められた深い意味が存在し、翻訳をする際にもなかなか適当な言葉が見つからないといったケースはたくさんある。私に関して言えば、深くものを考える時にはつい日本語になってしまう。そうすると、2カ国語で日本語と英語を行ったり来たりしていては深い哲学は難しいのではないか。そうであれば、哲学に関しては、自分が物事をしっかり考えることが出来る言語で、或いは、最初から英語だけに絞って、思考したり論文を書いたりするようにしたほうが良いのではないかとも思う。

――大学も世界的な競争の中で生きていかなくてはならない…。
 安齋 他の産業と同様に、大学も世界的な競争の中で生きていかなくてはならないのが現代だ。今後、世界とのつながりはより大きくなるため、東洋大学に入学してくる学生たちは、かつて我々が過ごしてきたような安穏とした雰囲気の中では生きられなくなってきていることを自身で感じていることだろう。また、現在の少子化時代において企業への就職はそれなりに簡単に出来ると思うが、簡単であるということが、人生において「楽」だということにはならない。就職したからと言って、その企業の将来が保障されているとも限らない。日本は世界でも珍しく100年以上続いている企業が多く、私自身、経営に携わる際には、まず、いかに長く続かせるかを考える。最近ありがちな、株価を上げて会社を売り、そのお金で自分は悠々自適に過ごすなどといった生活は、私の性分としてありえないし、想像もつかないことだ。これから社会にはばたく学生たちにも、常に世の中のために働く人間であってほしいと願う。

――「経営者」として大学を見ると…。
 安齋 経営という視点で大学教育を見ると、ものすごく厳しい。お客様が学生だとすると、毎年4分の1が卒業して変わっていく。新しく入学してくる学生たちは、IoTやAIといった時代の波に乗っており、そのレベルは毎年毎年上がっている。それに対応して、より充実した教育内容を提供できる学校経営でなければ、学生というお客様の評価を得ることは出来ない。また、本学は学納金が主な収入だ。卒業生からの寄付もあるが、寄付金が収入の多くを占める他の大学に比べるとかなり少ない。その学納金の有効な使い方は、第一に、学生の期待を裏切らないような使い方だ。それは、どれだけの卒業生を一部上場企業に就職させたかということでなく、彼ら自身の能力を高め、生きていくうえでの強さをいかに身に付けられたか。本学では、自分で考え行動する力を養う学問を提供していきたいと考えている。

――「コメ文化」は安定的な生活をもたらしたが、その半面、新しいものを生み出す必要性がなく、結果として、日本人には創造する力が育まれていない…。
 安齋 日本の社会では、大きな変化が少なく、むしろ変化がないことを良しとしている節がある。それは、毎年同じ田んぼで米がとれるといったような安心感が育んできた文化なのかもしれない。つまり、アジアのコメ文化は、生活に安定をもたらす一方で、革新的なものを求めにくい文化を育んできたといえよう。しかし、大学も産業も芸術も、全てにおいて言えることとして、変化がなければ革新はない。

――地元で企業誘致のアドバイザーもなさっているようだが、地方の就職状況は…。
 安齋 福島県の故郷でアドバイザリーに携わっているのだが、いくら地方の過疎地に企業を誘致したところで働く人はいないということを実感している。企業誘致をしたからといって、地元で就職しようと考える若者が多くなるという確率は極めて低い。子供たちが選択している今の世の中を簡単に変えることは出来ないし、田舎に企業誘致したからといってその地域の経済が良くなるという保証もどこにもない。そうであれば、自治体が補助金をつけてまで企業誘致をして地域経済の活性化を図るのではなく、地元にいる子供たちの将来のために、教育に力を入れることの方が重要ではないか。何の教育でもよい。その結果、就職を東京でしようが外国でしようが構わないし、むしろ、外国に出て海外の目で日本を見たり、東京という日本の中心から故郷の在り方を見るという経験をした方が、愛国心も愛郷心もより強まるのではないか。選択肢は子供たちにある。強く育ち、どういった場所であれ、その人が自信をもって生きていくことのできるような教育が日本には必要だと思う。そうすれば、世界の人たちと仲良くしていけるだろう。

――世界の目で日本を見ることが必要…。
 安齋 目の前のことや自分のことばかりを考えていては、成長しない。同郷のためだけに生きていても駄目だし、自分が生きている間だけのわずかな幸福のために生きていても駄目だ。仏教的に言えば、「来世を信じて、次の世代のために生きる」とでも言えようか。かつて幕末から明治初期にかけて活躍した長岡藩の藩士小林虎三郎が、その日の食にも苦慮していた時に長岡藩の支藩である三根山藩から米を贈られたが、その米を藩士に分け与えるのではなく、売却して学校設立の費用に充てたという逸話がある。これが「米百俵」の精神だ。将来のための今の辛抱が将来利益となる。この精神を大学でも実践していきたい。(了)

――「国際歴史論戦研究所」とは…。
 山下 私の専門はもともと国際通貨論だったのだが、大学教授として学生たちに経済をなんとか面白く教えようと考え、20人ぐらいのクラスである「基礎ゼミ」の授業に歴史を取り入れて授業を行うようにした。それが歴史との関わりの始まりだ。高校での歴史の授業は明治初頭あたりの事柄までで終わっていたため、ほとんどの大学生が近現代史についての知識が非常に薄かった。そもそも教科書に記載されていることや、テレビやラジオで言われていることも、正しくない情報が多い。その背景にあるのは、GHQ史観だ。義務教育で使われる教材は、戦後、1945~1952年の7年間、GHQの指導の下、米国の統治に都合の良い歴史観に基づき作られたもので、それによって日本国民はいわば完全に「洗脳」されてきたといえる。さらに、「洗脳」された人たちが教育者や政治家、メディアなどに入り込み、今の日本を先導してきており、まだ「洗脳」は続いているということだ。実際に日本の官僚には今でも米国べったりの考えの人が多い。その「洗脳」を解いていくためには、われわれが洗脳の解毒剤を提供していくしかない。

――日本人はGHQ史観による歴史を教え込まれてきた…。
 山下 そうだ。ただ、よく探せば、正しい歴史を語っている本や雑誌はいくつもある。そこで私は、自ら信頼できる本当の歴史情報を探し、その知識を生徒たちに教えていた。すると、半年ほどで、学生たちの歴史に対する考え方が変わってくるのがわかった。効果はあるのである。そういったことを続けているうちに、慰安婦問題など、日本の歴史の事で外国から責められるケースが頻繁に起きるようになってきた。慰安婦問題も、いわゆる「徴用工」問題も、南京問題も、みな、GHQ史観が根底にある。

――国際歴史論戦の活動のきっかけとなったものは…。
 山下 2014年の終わり頃、米マグロウヒル社の歴史教科書問題が起こった。慰安婦問題に関し、とんでもない内容の記述が教科書にあったのだが、これに対し、米国歴史学者からそれを擁護するような声明が出たので、私は、2015年、日本の学者50名の署名を集めて、英文で断固反論した。それ以降、こういったケース対して、英語で反論するような活動を始めることにした。そういった流れから、2018年11月、「国際歴史論戦研究所」(iRICH)を設立した。

――今年7月には軍艦島の元島民の方を連れてジュネーブの国連人権理事会に行かれたそうだが…。
 山下 当研究所の創設目的のひとつは、対国連活動で、委員会などで発言することだ。もうひとつは、国際学会や国際会議で、脱GHQ史観の主張を展開していくこともある。軍艦島の話については、韓国側は日本に強制的に徴用されて酷い環境の中で働かされたと主張しているが、それは全く違う。そのため、本当の史実を発信しようと、国連人権理事会と並行してNGOシンポジウムを開き、元軍艦島島民の坂本道徳さんに当時の実態を詳細に語ってもらおうと考えた。また、韓国人学者で落星臺経済研究所研究委員の李宇衍(イ・ウヨン)さんも登壇してくれて、軍艦島で強制労働が行われていたという主張が歪曲した反日プロパガンダであり、事実ではないということを証明してくれた。

――当時の軍艦島の本当の史実とは…。
 山下 朝鮮半島から軍艦島に来た人たちは、より高い給料を求め、自ら志願して出稼ぎ労働者として日本に来た人たちだ。もう少し詳しく言えば、1回目は、日本からの労働者募集に自ら応募してきた人たち。2回目は、官斡旋による希望者の動員によるもの。そして3回目が、終戦1年前の1944年9月に「徴用工」として動員されてきた人たちだ。その時、初めて「徴用」という言葉を用いて動員したが、これも第二次世界大戦中、朝鮮は日本統治下にあったわけであり、本土の日本人との差別はない。労働先が炭鉱という事でそれなりの苦労はあったと思うが、日本国民とほぼ同様の待遇で、給料も相当高かった。スキルによる賃金格差は当然あったが、同じスキルであれば、日本人と朝鮮からの労働者との間で差はなかった。

――それなのに何故、韓国側は軍艦島で行われていたことを、日本による酷い歴史として訴え始めてしまったのか…。
 山下 きっかけは、故・朴慶植という人の発言によるものだ。1929年に両親とともに来日した人物で、元朝鮮大学校の教授も務めた在日朝鮮人だが、彼が親北朝鮮の立場から、日本と韓国の仲が良くなりすぎることを懸念し、3回にわたる朝鮮人労働者の受け入れを全て「強制連行」だと主張し始めた。1965年、日本と大韓民国との間の基本条約(日韓基本条約)の時だ。日韓関係が正常化すれば北朝鮮は取り残されると考えたのだろう。「徴用工は暴力的に連行され、過酷な環境下で強制労働させられた」などと全く偽りの話をしたのが、この問題の始まりだ。

――軍艦島を明治日本の産業革命遺産の一つとして世界遺産に登録しようとした際にも、韓国側が反対して一悶着あったそうだが…。
 山下 日本は軍艦島を「明治日本の産業革命遺産」の一つとして世界文化遺産に登録しようとしたのだが、それに韓国が反対し、登録の条件としてユネスコ委員会に「軍艦島で強制労働が行われていた」と明記することを求めた。最終的に当時の日本政府の妥協で ”forced to work”という文言が明記されることで登録決定となったが、この言葉をめぐっては日本側と韓国側に大きな解釈の違いがあり、未だ解決には至っていない。当時、日本政府がもっと毅然とした態度をとり「単なる出稼ぎ労働者」としていれば良かったのだが、曖昧に済ませようとしたばかりに、韓国を増長させることになってしまった。韓国側は嘘の話をベースにした漫画や映画(2017年)を作って、あたかもそれが事実であるかのようなイメージを作り上げている。

――日本政府としても、言われっぱなしではなく、きちんとした反論をすべきだ…。
 山下 外務省も安倍政権になってからは、かなり変わってきているようだ。ただ、こういったセンシティブな問題については、外務省本体が表立って反論活動を行う事は難しいので、外務省とは全く関係のない所で我々のような活動を行う部隊を作る必要がある。今年は、日本が世界で初めて、国際社会で人種差別の撤廃を提案してからちょうど100年になる。1919年、パリ講和会議で、国際連盟規約に、それを盛り込むよう提案した。日本は、それ以降も第2次世界大戦が終わるまで、国際社会で人種差別撤廃運動を続けた。そうしたことが実って、戦後、100カ国以上の国々が、植民地から解放され、国家の独立と民族自決を果たした。このような人権人道上素晴らしいことを成し遂げた国は、人類史上ほかにない。これからも我々は、誤った日本批判を正すための活動に力を注いでいきたい。(了)

――先ず、福岡市で開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議の成果は…。
武内 日本は議長国として、高齢化問題や質の高いインフラ投資など、日本らしいテーマを掲げて、狙い通りの有意義な議論が出来たと思う。大きなテーマだった「デジタル課税」については、OECDを中心に議論されてきた「物理的な拠点(恒久的施設)が無くとも売り上げを出した国で適切に課税できるように国際課税原則を見直すこと」と、「国際的な最低税率を定め、軽課税国に利益が移転されている国が課税できるルールを導入すること」という2つの柱を含む長期的解決策の作業計画をG20で承認することが出来た。また、グローバル・インバランス(世界的な経常収支不均衡)については、二国間の貿易収支ではなく、経常収支の背景にある構造的な問題点を是々非々で議論すべきという合意を得ることが出来た。日本がかねてから問題視していた途上国債務の問題も、民間部門を含め貸す側と借りる側それぞれの立場で融資実態をきちんと把握・管理する必要性を議論することが出来た。さらに、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ強化の重要性に関するG20共通理解をコミュニケに盛り込むことが出来たことは、日本が議長国であったことの成果だと思う。10月には議長国として最後のG20がワシントンで開催される。その時はもう一度今回のフォローアップに務めたい。

――Facebookが開発している仮想通貨「リブラ」について…。
武内 G20の1カ月後、7月にフランスのシャンティイで開かれたG7財務大臣・中央銀行総裁会議の主なテーマが「ステーブルコイン」と「国際課税」だった。Facebook等が開発しているステーブルコイン「リブラ」には確かにいい面もあるのではないかと考える。世界中で17億人の成人が銀行口座を持たない状況にあり、例えば、多くの国民が銀行口座を持たないような国では、リブラによる金融サービスへのアクセスがフィナンシャル・インクルージョン(金融包摂)として役に立つだろう。また、海外へ送金する際の高額手数料や時間の煩わしさも無い。しかし、資金洗浄や脱税、金融政策、通貨主権、個人情報保護、競争政策などの問題を放置したまま見切り発車されると、取り返しのつかないことになる。例えば、通貨主権については、政権が安定していない等の理由で自国通貨の信用が低い小国で、国民が自国通貨の代替として「リブラ」を活用するようになった場合、その国のマクロ経済の構造や経済政策の選択肢に重大な制約が課せられることになる。また、小国だけでなく、大国に対しても「リブラ」の通貨バスケットや裏付け資産を通じた国際通貨システムの機能への影響が考えられる。G7では各国大臣が「リブラ」に対し異口同音に警戒感を表明しており、「リブラ」が実施される前に先述のような課題に対処すべきとの合意について議長総括が公表されたが、現在、「リブラ」を含むステーブルコインにおいてどのような問題点があり得るのかG7で調査しているところだ。このような課題に対し、今回、先駆けて議論できたことは重要な成果だったと思う。

――「国際課税」については…。
武内 フランスは先行して、2つの課税対象サービス(プラットフォーム、オンラインターゲット広告)で一定の売上高がある企業を対象に、当該サービスによるフランス国内での収入に3%を課税する制度を導入した。これは国際的な共通ルールが出来るまでの制度だとしている。一方、G20で目指す2020年までの国際ルールの合意にはまだ検討すべき論点が数多くあり、容易ではないだろう。たとえば、課税対象を限定企業にするのか、或いは、企業全体にするのかといった点での規定や、課税権の分配方法や恒久的施設の概念をどう見直すのかといった点についての議論がある。また、2つ目の柱については、法人実効税率の下限を何%にするのかという議論もある。この議論はデジタル課税に限られないが、法人税の引き下げ合戦を避けるという点で有意義な議論だと思う。いずれにしても、国によって大きな損失が出るようなことがないよう、バランスをとる必要がある。

――「リブラ」も「国際課税」も、経済のグローバル化やIT化が進んでいることの象徴だ…。
武内 今の時代はモノ以外のところでお金が回っている。Facebookも会員になること自体はただ同然だが、その結果得られるデータで利益が生じているという事が重要であり、「国際課税」も「リブラ」も、時代の流れによる今ならではの課題と言える。「リブラ」等のステーブルコインにおける課題についてはG7だけでなくG20まで一丸となり知恵を出し合い、「国際課税」についてはBEPS包摂的枠組みに参加している約130国を巻き込んで進めなくてはならない。また、それ以外の問題として、貿易摩擦の中で世界経済がどうなっていくのか、それに伴って為替レートがどのような動きになって行くのか、我々が常日頃から行っていた業務も、米トランプ大統領の登場以前には存在していなかった新しいファクターもあるため、より慎重に見ていかなければならない。

――今年はFATF(金融活動作業部会)による第4次対日相互審査も予定されている…。
武内 日本企業による海外での活動が制限されてしまうことにならないよう、この審査で、日本がきちんとFATF勧告に対応していることを示すことが重要だ。引き続き、金融庁など関係省庁と連携しつつ、大小全ての金融機関をはじめとする特定事業者にも、関連法令等の遵守を図っていくつもりだ。

――段々と保護主義的圧力が強まり、軍事衝突になりかねないことが世界各国で起きている中では、経済安全保障的な考えをもっと強め、建設的に構築していく必要もある…。
武内 それは自国を守るためにイギリスもヨーロッパも米国も普通に行っていることだ。なぜ日本だけやらないのかという話になって当然だろう。相手がどの国であれ、守るべきルールはきちんと守らなくてはならない。基本的には日本への投資はウェルカムなのだが、本来規制されてしかるべきものが、手を変え、品を変え規制を逃れてきては困るため、きちんとしたケアが必要だと考えている。米国などの国家安全保障上の規制を見習いながら、日本としても色々なパターンに対応できる体制を整えていきたい。政令改正のパブリックコメント(8月24日締切)も出しているところだ。一方で、韓国との輸出規制の見直しは輸出管理を厳格にすべきという観点からの措置であり、経済安全保障的な考えからという訳ではない。ルールの網の目が正しいかどうかという話だ。

――これからの抱負は…。
武内 一つの事に気を取られることなく、全体的にまんべんなく目を光らせておくことが大事だと思っているが、それが一番難しい。しかし、このポストに就いた以上、各国と連携しつつ、相手の言い分をきちんと聞きながら、同時に日本の意見をしっかり伝え、建設的な議論をしていきたい。特に気を付けていくことは、例えばG7での話し合いの問題についても、G7以外の国の事まできちんと考えながら、お互いの協力姿勢を確認しあって話を進めていくことだ。色々な国と情報を密に交換しあう事で、お互いが満足できるような解決策が見つかっていくものだと信じている。そういった仕事の進め方を心掛けていきたい。(了)

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