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Information

――JERAは世界最大級の燃料取扱量を誇るエネルギー会社となった…。

 小野田 JERAは2015年に東京電力と中部電力が設立した会社だ。両社の海外発電事業、燃料事業と火力発電事業を2019年までに段階的に統合してきた。日本の約3割の電気をつくる国内最大の発電会社であり、燃料の上流開発から、調達、輸送、受入・貯蔵、発電、電力・ガス販売までの一連のバリューチェーンを確立し、燃料の液化天然ガス(LNG)の取扱量は世界最大規模を誇る会社となった。事業領域をさらに拡大していくためには、グローバルな事業展開が重要だと考えている。グローバルなエネルギー企業としてさらに成長していくことで、JERAの企業価値を向上させていくとともに、国内には安定して安価なエネルギーを供給していく。

――なぜグローバルに事業展開するのか…。

 小野田 JERAはグローバルに展開する事業を通じて、日本のみならず「世界のエネルギー問題に最先端のソリューションを提供する」ことをミッションとしている。その中でも、地球温暖化対策を経営の最重要課題と考えている。火力発電は、日本の電力需要の約8割を支える一方で、国内のCO2排出量の約4割を占めており、脱炭素社会の実現には火力発電からのCO2排出量削減が欠かせない。当社は国内最大の発電会社であり、脱炭素社会の実現を積極的にリードしていく責任がある。2020年10月に2050年におけるCO2排出実質ゼロへの挑戦「JERAゼロエミッション2050」を宣言した。まずは、海外の発電事業で培った知見を活かせる大規模な洋上風力発電を中心に再生可能エネルギーを拡大していくが、再生可能エネルギーだけでは自然条件に左右されてしまう。そこで、燃やしてもCO2を排出しないアンモニアや水素の燃料を導入した「ゼロエミッション火力」で支えていく。この組み合わせによって2050年の脱炭素を目指し、その道筋として「JERAゼロエミッション2050 日本版ロードマップ」を掲げた。

――技術開発にはかなりの資金が必要になると思うが、収益見通しは…。

 小野田 2020年度の燃料費調整制度の期ずれを除いた純利益は約1100億円となっており、2025年度には2000億円の純利益を目標とする計画に対して、予定通りに進んでいる。基本的な収益源は国内の火力発電事業、トレーディングなどの燃料事業、海外発電事業だ。特にトレーディング事業に関しては安定している。国内の電力需要はこれ以上大きくならないため、今後はトレーディング事業や海外発電事業を中心に拡大していくことになる。海外事業については米国やアジアを中心に展開しており、特にアジアにおいてはバングラデシュの発電事業会社サミット・パワー社に出資、参画することで、プラットフォームとして発電事業を展開する戦略を立てている。国内では老朽化した火力発電所があり、それらをリプレースしていくことも一つの課題だ。今は最高効率の火力発電所を新設しており、それらを古い発電所と入れ替えていきながら、火力発電全体の効率化を図っているところだ。原子力発電が思うように稼働できない状況にあり、最近では再生可能エネルギーが組み込まれてきたが、その再生可能エネルギーの調整力を確保するという観点では、火力発電は重要な役割を果たしている。

――現在、一番力を入れていることは…。

 小野田 やはり「JERAゼロエミッション2050」だ。燃やしてもCO2を排出しない「ゼロエミッション火力」であるアンモニアや水素による発電には、技術的な課題も多いが、自ら主体的に脱炭素技術の開発に取り組んでいる。愛知県の碧南火力発電所において、2024年度には大型の火力発電所で世界初となる、燃料の20%をアンモニアで発電する実証を行い、技術を確立していく。アンモニアについては、2024年度に実証実験を始め、2030年までに本格運用を開始。その後、アンモニアの割合を高めていき、2040年代にはアンモニアだけでの発電を目指す。水素については2030年までには実証と技術的な課題の解決に努め、2030年代に本格運用を開始し、その後も水素の割合を高めていく予定だ。

――グローバル企業として海外事業の脱炭素は…。

 小野田 国や地域毎に最適なロードマップを策定することに注力している。これは特にアジア地域を意識しての取り組みだが、その国や地域のエネルギー事情、例えば国を越えての送電網やパイプラインの有無等によって脱炭素へのアプローチは変わってくる。そのため、国ごとのステークホルダーの方々と相談しながら、その国に一番適したやり方でゼロエミッションに向けたロードマップを策定していくことが重要だと考えている。アジアには電力の安定供給が追い付かないほど経済成長している国もある。今後も沢山のエネルギー需要が見込まれるが、それらをすべて再生可能エネルギーで賄うことは難しい。そこでJERAのアプローチである「ゼロエミッション火力」をステークホルダーに提案し、解決策の一つになれば、その国の発展にも寄与することができると思う。共に成長し、共に発展しながら、一緒になってゼロエミッションを実現していきたい。

――ゼロエミッションに向けて国に対して何か要望は…。

 小野田 我々は、アンモニアを主体とした「ゼロエミッション火力」を進めているが、そもそもアンモニアが燃やしてもCO2を出さない燃料だということがあまり認識されていない。特に、欧州では水素しかCO2を出さない燃料として認識されていないため、今後、仮にアンモニアを石炭火力発電所で燃やすことは認めないというようなことになってしまうと、我々がアジアなどとともに解決しようとしている施策が真っ向から否定されることになってしまう。石炭火力発電所へ燃料となるアンモニアを導入し、アジアなどの国々と一緒にCO2削減の取り組みをしていくことを認めてもらうためには、国のバックアップが欠かせない。先日のG7では梶山経済産業大臣がアンモニアなどのゼロエミッションに向けた取り組みを説明して下さり、大変心強かった。アンモニアがCO2削減に役立つという事をもっと世界に広めていただきたい。もちろん、我々自身もしっかりと発信していく。

――最後に、抱負を…。

 小野田 コロナ禍となり、当社でも緊急事態宣言中ではオフィスワークの社員のテレワーク率は8割となった。テレワークは世界とのつながりを近くしてくれる。これに、チームワークをどのように位置づけていくのかが課題となっているが、新しい働き方を模索しながら社員とその家族が幸せになるような会社を目指していきたい。同時に、東南アジアのような国々の発展に貢献できるようなエネルギー供給のお手伝いをする事の喜びを、社員と一緒に分かち合っていきたい。「社会貢献をどのように実現していくか」。社員と一緒に考えながら邁進していきたい。(了)

――鉄道建設・運輸施設整備支援機構の事業の概要は…。

 河内 当機構は、鉄道や船舶による交通ネットワーク整備や、その支援を総合的に実施する独立行政法人だ。主に鉄道施設の建設、船舶の共有建造を行っている。事業のうち鉄道建設事業では「整備新幹線」を建設しており、現在は北海道・北陸・九州の3つの整備新幹線を建設している。また、整備新幹線以外にも多くの都市鉄道を建設してきており、例えばつくばエクスプレスやりんかい線など、これまでに全国3600キロメートル以上の鉄道路線を建設してきた。一方、船舶の共有建造事業では、これまでに約4000隻の船を共有建造し、船主と言う面では日本最大だ。共有建造とは、内航海運事業者(以下「事業者」という)と共同で船舶を建造、当機構と事業者がその船舶を共有し、事業者からの船舶使用料により、当機構が分担した建造費用の弁済を受ける仕組みだ。事業者の多くは中小企業であり、多額の初期投資が必要となる船舶を単独で建造することは難しいため、そのサポートをしている。また、電気推進システムを採用する「スーパーエコシップ(SES)」など環境にやさしい船舶の建造にも取り組んでいる。鉄道や船舶はいわばグリーンインフラであり、欧州でも飛行機から鉄道へ移動手段を転換する動きが見られている。何よりも一度にたくさんの人や物を運ぶことができ、航空機やトラックなどと比べエネルギー効率に優れている。人や物を1キロメートル運ぶ際のCO2排出量を見ると、旅客輸送では鉄道は自家用自動車と比べ8分の1、貨物輸送では鉄道は営業用貨物車と比べ12分の1、船舶は5分の1程度の排出量だ。それだけではなく、鉄道は移動時間の短縮など利便性の向上、特に整備新幹線は地域経済の発展に大きく寄与している。船舶も国内外の貨物物流に多大な貢献をしているほか、離島に住む人々の生活に欠かせない足となっているなど、社会課題を解決するソーシャル性も有している。当機構の事業そのものがSDGsへの貢献を内在している。

――SDGsへの取り組みは…。

 河内 当機構は、基本理念として「明日を担う交通ネットワークづくりに貢献します」を掲げており、国連でSDGs目標が策定されるずっと前から、「環境にやさしい交通」や「人々の生活の向上と経済社会の発展に寄与」することをうたっていた。われわれはSDGsとの親和性が高い組織風土やDNAのもとで、事業活動を行っている。このような事業活動を通じて、温室効果ガスの排出量が少ない、環境にやさしい交通体系の整備に貢献していくだけではなく、建設廃棄物のリサイクルや生物多様性の保全などの環境配慮に関する取り組みも実施している。例えば、整備新幹線の多くのトンネル工事において、ベルトコンベア方式によるトンネル掘削土の運搬を行っており、従来のダンプトラックによるトンネル掘削土の運搬よりCO2排出量が削減されるとともに、トンネル内作業の安全性向上や作業環境の改善に貢献している。このほか、トンネル工事で排出された工事排水について濁水処理設備を設置したり、掘削土についても他の工区の盛土材として流用するなど有効利用に努めている。

――SDGs目標への重点的な取り組みは…。

 河内 国連のSDGs目標については、17あるSDGs目標のうち、現在は5つの目標達成に貢献することを重点的に推し進めている。5つの目標とは、8(働きがいも、経済成長も)、9(産業と技術革新の基盤をつくろう)、11(住み続けられるまちづくりを)、13(気候変動に具体的な対策を)、14(海の豊かさを守ろう)だ。当機構の事業においては、「地球温暖化対策等の推進」、「バリアフリー法に対応した安全で快適なサービスの提供」、「モーダルシフトの推進」、「海洋分野における技術研究開発・新技術の普及促進」などを行っている。2030年のSDGsの目標達成に向け、持続可能でレジリエントな社会の実現に一層貢献していきたい。

――鉄道・運輸機構債はCBIプログラム認証を取得された…。

 河内 当機構の資金調達においては、SDGs債への取り組みが非常に重要と考えている。当機構の事業そのものには環境改善効果のグリーン性と社会課題解決というソーシャル性の双方を有しており、その両方の特徴を持つサステナビリティボンドを2019年度から継続発行している。現在は年4回発行しており、これまで累計で9回発行した。このサステナビリティボンドについて強調したい点は、ただ単に「グリーン」という冠が付いているだけではなく、グリーンの質に対する信頼性をきちんと確保して発行しているということだ。そのために厳格な基準を設ける国際認証機関のCBI(Climate Bonds Initiative)からの認証取得にチャレンジし、アジアで初めてプログラム認証を取得した。このプログラム認証を取得できたということは、今後も質の高いサステナビリティボンドを継続的に発行するという投資家の方への発行体としてのコミットメントだと考えている。今後発行する債券もすべてSDGs債として発行したい。2019年に初めてのサステナビリティボンドの発行を開始してから2年余りが過ぎ、投資家の皆様から累計197件の投資表明という形で多くの賛同をいただいており、非常に心強いサポートをいただいていると感じている。改めてこの場をお借りして御礼申し上げたい。

――鉄道・運輸機構債の発行で注力していることは…。

 河内 IR活動も積極的に行っており、個別のものやセミナーを年間数十件、開催している。去年からは新型コロナの影響を考慮しオンラインでの開催に力を入れた。環境報告書の発行なども行っており、われわれの環境への取り組みを周知している。数多くのIR活動などを通じた情報発信によりCBI認証付きのサステナビリティボンドが評価され、直近の10年債においては地方債と同水準での発行を達成している。また、毎年2月の時点で翌年度の発行計画を公表したり、複数年限の発行を行い年限のバリエーションを持たせていることで、投資家の方が事前に購入計画を立てやすくしたり、様々な投資家のニーズに合致するような発行を心掛けている。

――河内理事長はこの3月に就任された…。

 河内 まず、北陸新幹線の工期遅延などでは、地域の方々をはじめ関係者の皆様に多大なるご迷惑とご心配をおかけし、改めてお詫び申し上げたい。原因としていろいろな要素はあるが、加賀トンネルで地下水が鉱物を含んだ土に接触して膨張する「盤ぶくれ」や、敦賀駅で在来線と整備新幹線の対面乗換方式から上下乗換方式への工法変更があったことへの的確な対応がとれなかったためと考えている。これに関連して当機構における、関係者間の情報共有体制や、本社・支社・現場間の連携に反省すべき点があった。開業時期が決まっている以上、地元の方々の事業や並行在来線の準備などに、多大なご迷惑をおかけしてしまった。当機構として、「業務執行体制の強化」等、地域密着型組織への改善措置に取り組むとともに、関係者とも連携し徹底した組織改革を進めている。組織改革を進めるに当たっては、当機構の「鉄道・船舶を中心とした、安全で安心な環境に優しい交通ネットワークを確実に整備する」というミッションを再確認したうえで、「変えてはいけないもの」と「変えるべきもの」を明確に見極め、「変えるべきもの」は変え、しかも大胆かつ柔軟に変えていくことが当機構として重要であると考えている。直面する課題を解決するために、ルールやマニュアル通りに進めるのではなく、徹底的に考えチャレンジしていく「ミッションドライブ型」の業務展開を進めていきたい。また、「2050年カーボンニュートラル」に向けた気候変動対策への取り組みが世界中で加速しており、日本でも5月25日には地球温暖化対策推進法の一部を改正する法律が国会で可決・成立した。当機構がこの変革の時代のなかで2050年の未来社会の構築に向け、何をなすべきか今まで以上に真剣に考え、事業や取り組みも進化・発展させていくことが求められている。鉄道や船舶は日本が住みよい国であり続けるためにはなくてはならないものであり、交通ネットワークの未来に向け、国民全体の社会資本である交通インフラを支えていくことが当機構の使命だ。鉄道建設や船舶共有建造事業などを通じて、持続可能でレジリエントな社会の実現に貢献するとともに、良質なSDGs債を継続的に発行することを通じてわが国のSDGs債市場の発展・拡大にも貢献する、リーディングカンパニーであり続けたい。

――日本維新の会では、この度「日本大改革プラン」を発表された。その狙いは…。

 馬場 日本は課題が山積しており、根本的な解決策がなければ立ち行かないという事はもはや政治家以外の一般国民でさえ気付いている。自民党は戦後、長らく政権を担当し、これまで何か不都合なことが起これば前例慣例で取り繕うというような事を繰り返してきた。しかし、今回のコロナ禍が決定打となり、このままではいけないという意識が永田町や霞が関以外の国民間に芽生えてきた。政策的な部分でも、抜本的な大改革が行われずにつぎはぎを続けていては、日本は沈んでしまう。また、これまで色々な議論が行われてきたが、スポット的に法律を改正してきたため整合性も取れなくなっている。その辺りをすべてひとつにまとめようと考え抜いた案が、今回、日本維新の会が掲げる「日本大改革プラン」だ。このプランは経済成長と格差社会の解消をコンセプトにしている。税制改革、社会保障改革、成長戦略を三本柱に、パッケージでの抜本改革を行っていくというものだ。

――タイトルはアベノミクスと同じようだが、その中身は…。

 馬場 アベノミクス時の「税と社会保障の一体改革」は、今振り返ると消費税を上げるためだけに作られた理屈であり、何ひとつ一体改革にはなっていなかった。「安心安全の100年プラン」といっても、100年安心なのは制度だけで、国民の生活ではない。実際に100年後の社会制度の目途は全く立っていないままだ。一方、我々の「日本大改革プラン」では一体的な改革を抜本的に行うために、税制のありとあらゆる部分を見直していく。「フローからストックへ」をスローガンに、消費税に関しては、今のコロナ禍が続くようであれば5%に引き下げ、パンデミックが収束したら8%にする。所得税については年収700万円未満を10%、700万円以上を20%の課税率にする。現在の日本は累進課税となっているが、実際には大金持ちになれば課税率は事実上、下がっていく。各種控除などもすべて排除して年収700万円を境に2つのシンプルな形の課税制度を取り入れることで、いわゆる超富裕層からもっと徴収していくという政策だ。同時に法人税や相続税、贈与税に関しても減税していく。

――所得税率も法人税率も下げていくとなると、財源はどこで確保するのか…。

 馬場 税制の改革によって27兆円が生み出される試算となっている。このプランでは相続税や贈与税も廃止していく計画だが、実際に相続税がかかるほどの土地や資産を保有する方々は、例えば相続税対策として故意に借金をしてマンションやテナントビル等を建てている。そうであれば相続税を廃止し、代わりに収益性のある固定資産で、現在の特例措置を廃止して本来の標準税率に近づけていく。それによって10兆円程度の財源は確保される。また、基礎年金や生活保護、児童手当などの社会保障もすべて廃止する。生活保護が必要な方で実際に給付が受けられているのは2~3割程度というのが現状だ。中には偽装離婚などで詐欺申請が行われているようなケースもある。何より今の生活保護制度はチャレンジするための支援になっておらず、生活保護を支給することで勤労意欲を失うというようなことも懸念されている。そうであれば廃止した方が良い。児童手当については微々たる金額だが、対象者が多いため年間2兆円で生活保護費とほぼ同じ金額になっている。こういった制度をすべて廃止して、代わりに国民一人当たり月6万円の最低所得補償(ベーシックインカム)を導入するというのが「日本大改革プラン」の肝だ。複雑極まりない税制措置を国民の皆様に分かりやすいシンプルな税制にすることで、脱法的な節税スキームが排除されるとともに、税務署など非効率な行政コストの削減も期待できる。

――6万円では家賃を払ったら生活できない…。

 馬場 日本の人口は減少方向にあり、公営住宅にも空きが多くなっている。そこで、憲法との兼ね合いもあるが、ベーシックインカム6万円以外の補償として、そういった公営住宅を無料で利用できるようなシステムを作っていく。ベーシックインカムと住居があり、しかもその他で働いて得た収入はそのまま自分のものになる。生活保護費と異なり、収入によってベーシックインカムが減額されることもない。そうなれば、もっと働こうというチャレンジ精神も出てくるだろう。

――ベーシックインカムの財源年間約100兆円を、所得減税や法人減税、社会保障の撤廃だけで本当に捻出できるのか…。

 馬場 今の所得税制度には色々な控除がある。そういった控除をすべてなくして代わりにベーシックインカムの6万円を給付すると考えれば、所得税減税の分は差し引きゼロになる計算だ。さらに言うと、ベーシックインカムの分は課税されないため、例えば年収500万円の人は課税率10%で50万円の所得税が徴収されるが、ベーシックインカムが年間72万円あれば差し引き22万円分手取りが増えることになる。配偶者控除などもなくせば、103万円の壁で無理に仕事量を調整しようというような動きもなくなるだろう。女性の社会進出という意味でもプラスに働くこの「日本大改革プラン」は、日本維新の会が政権政党になれば必ず実現させる公約だ。

――抵抗勢力の想定は…。

 馬場 最大の抵抗勢力は大改革を良しとしない行政組織だろう。この大改革によって、今、行政が手掛けている仕事は大幅に減っていくことになる。例えば、税務署の職員や生活保護の手続きを行っているような部署は大幅に簡素化されるだろう。そういった部分から生み出される財源は約20兆円を見込んでいる。単純な数字に表せば、税制関係で約30兆円、社会保障関係で約30兆円、行財政改革などで約20兆円を見込んでいる。さらに、ベーシックインカムによる可処分所得の増加によってGDPの6割を占める個人消費が刺激され、経済が活性化し、税収増へとつながっていく。それを毎年積み重ねていくことで、右肩上がりの経済成長が期待される。もちろん最初の5年程度は赤字国債の発行が必要かもしれないが、その後はプラスの数字となっていくだろう。

――日本国民の可処分所得は低下している。この現状をきちんと国民に伝えて現状を打破していかなければならない…。

 馬場 例えば大阪府では、維新の会が過半数の議席を預かった時の選挙で「議員数2割カット、議員報酬3割カット」を公約に掲げ、実際に実現させた。それが大阪府民に信頼感を与え、役所で働く公務員にもその本気度が伝わった。その流れで行財政改革が一気に進んだという成功体験がある。国会においては、衆議院議員465人、参議院議員245人、計710人の議員のうち実際に仕事をしているのは50人程度だ。3割程度のカットは可能だろう。日本維新の会が掲げる「税金は国民皆さんからお預かりしているものであり、それを一円も無駄にせずに納税者の皆様にリターンしていく」という政策信念のもと、「日本大改革プラン」を何としても実現させていきたい。この計画を実現させるため、日本維新の会が政権政党になるためには、国民の皆様の一票が欠かせない。歴史を変えるのは民の力だ。(了)

――コロナ禍において証券ビジネスの進め方に変化は…。

 合田 昨年4月に1回目の緊急事態宣言が発令され、世間一般の変化と同様に、従来からの課題であったテレワークが一気に進んだ。東海東京証券では役員も含めてローテーションを組み、出社率7割削減を実現させた。しかし、テレワークインフラがないまま社員の出社を抑えこんだことのダメージは当然大きく、昨年度の第1四半期は東海東京証券単体では赤字となった。ただ、対面でのブローキングビジネスは想像していたほどのダメージはなかった。私はもともと銀行出身なのでストック感覚で物事をとらえる癖がある。コロナショックが起きて相場の動きを見た時も、一瞬、このままで立ち行くのだろうかという不安がよぎったが、証券会社は相場が動くことでビジネスにつながる面が多々ある。役員も含めて社員は逞しく迅速に動いてくれて、非常に頼もしかった。お客様対応で気を遣う面はあったものの、高い流動性の中で相場の雰囲気は悪くなく、本当に落ち込んだのは最初だけだった。今は恒常的なテレワークを前提として不動産などの効率化を具現化しようとしている。コロナ禍が落ち着いた後のために、今、如何に無駄をそぎ落とした筋肉質な体制にしておくかが重要だと考えている。

――証券の対面営業に変化は…。

 合田 証券会社の対面営業は引き続き残っていくだろう。一方で、持株会社である当社としてはデジタル化や他の金融機関との連携を深めたプラットフォームビジネスを進めている。そこで、金融機関や事業法人、IFA(資産アドバイザー)に対してデジタル化を含めた金融サービスを提供することで、顧客基盤を拡大していく予定だ。ブローキングチャネルの多様化はグループ戦略として着々と進めている。それらがどれだけ収益の柱になっていくか、今後に期待している。

――手数料低下の波が広がっていることについては…。

 合田 ネット系証券会社から始まった手数料の低下が他の証券会社にも圧力をかけていることは事実だ。しかし、ネット証券すべてが無料化に進んでいる訳ではないところを見ると、それほど大きなダメージにはならないと見込んでいる。構造的に、ブローカレッジ業務の収益が急激に広がるというようなものでもない。ただ、いざ無料化が当然という世の中になった時に備えて、フローをしっかり獲得できる仕組みを作っておくことは大切だ。例えば仕組債などの商品を内製化するなどして、フローに対する収益性を手数料収入だけに頼らなくて済む体制を整えておかなければならない。そのために、東海東京証券が持つフルラインナップのディーリング部隊が活躍してくれるだろう。色々な面でフローを増やしていくことが一番重要だと考えている。

――証券会社と地方銀行の連携においては囲い込みが進んでいるが、他と差別化を図る戦略は…。

 合田 当社と地方銀行の出資比率4対6の合弁型で、地方銀行の子会社となる証券会社を設立している。我々は証券機能を提供するが、地方銀行側から見て自己還流する形になる事をモットーとしている。それが安心と信頼につながり、当社の強みにもなっている。銀行には銀行のやり方があり、それを乱すことなく、しっかりと迅速に黒字化するように連携していくことが、地方銀行サイドの安心感につながっている。例えば、大手証券のサポートの下で独自に証券会社を立ち上げられたようなところも見てきたが、黒字化に苦戦しているようだ。単独で証券会社を立ち上げられた方々からは、「東海東京のような合弁型でいけば黒字化への立ち上がりが早い」と仰ってくださっているという声も耳にする。今後は提携合弁証券の設立とは異なる形も含め、模索していくことになろう。また、事業法人の中にも、今自分たちが抱える会員・顧客に金融商品を提供したいという思いを持たれているところもある。一昨年、東海東京証券は高木証券と合併したことで、独立系金融アドバイザー(IFA)専門部署を新設することが出来た。そういった部署もフル活用して、事業法人との提携にも注力していきたい。

――ホールセールとリテールのバランスについては…。

 合田 東海東京証券におけるリテールでのブローカレッジが急激に減ることは無いと思っているが、一方で、手数料に関しては徐々に縮まる可能性がある。そのために、IFA部隊や地方銀行等の連携を活用してフローを集め収益を確保していくつもりだ。そのための人材やシステムは整えている。また、ホールセールではIPOをはじめとしたプライマリービジネスの強化に注力していく。すべてはフローを確保するための顧客基盤がしっかりしているという事が鍵となる。そのために、東海東京証券だけでその地盤を広げていくのか、或いは、地方銀行等様々なところに商品を提供しながら他社との連携でその地盤を確保していくのか、そういったところが今後の戦略になっていく。手数料ゼロの動きが広がりを見せる中で、プライベートエクイティやプライベートデッドに注力する証券会社もある。我々としてはまだそこまで注力していないが、しっかりとフローを受け止めてくれる顧客基盤が出来て、将来的に収益を生み出すプロダクトの拡充という意味では、それも良い考えなのではないか。

――高齢者層と資産形成層では資金力が全く違う。それぞれへの対応は…。

 合田 資産形成層へのアプローチとしては、「東海東京デジタルワールド」というデジタル戦略で資産管理アプリをベースに、多様な金融サービスを低コストオペレーション展開しているほか、「MONEQUE(マニーク)」という店舗で、証券、生命保険、住宅ローンへのニーズに対応している。一方で、富裕層向けには「Orque d’or(オルクドール)」というブランドを中心に個別性の高いサービスを提供している。

――フィンテックやオルタナティブ等、超低金利が続く中で今後強化していくことは…。

 合田 フィンテック関連には人材の投入も含めて相当出資しており、実際に「東海東京デジタルワールド」はフィンテックという言葉が広まる前から始動していた。フィンテックで収益を得る仕組みを作るのは確かに難しいが、取り組みとしては積極的に踏み込んでいる。また、オルタナティブについては、一定のグローバルネットワークを通じていくつか独自のファンドを提供できるような環境は整えている。

――ここ数年、外国株にシフトする証券会社が収益を上げている…。

 合田 外国株は、他証券会社への提供等も含めて東海東京証券でかなり扱っており、現在の収益の大きな柱となっている。ただ、1つの商品に偏っていては、変動があった時にお客様のポートフォリオや我々の業績に多大な影響を及ぼしてしまう。国内、海外、株、債券、その他オルタナティブなども加えて、お客様の投資目的に合わせてバランス良く組み合わせていくことが大切だと考えている。その他、最近では不動産や介護など、本来の証券業務とは少し違う分野に進出しているような証券会社もある。我々としては、今のところ証券機能を金融機関や事業法人へ提供することを事業の柱としており、少し離れたところではデジタルツールの提供を行っているくらいだが、富裕層へのサービス提供の延長線として、不動産事業や介護事業を証券に絡めて収益確保の活路を見出すという事も、今後の選択肢としてはあるかもしれない。

――最後に、東海東京FHの新社長としての抱負を…。

 合田 先ずは、これまで進めてきたグループ戦略をしっかりと堅持し、私なりに咀嚼しながらスピードを上げて実現化させ、定着させていくことに尽力したい。私が得意とすることは、展開している戦略を着地させることだと自負している。その強みを活かして、今、目の前に広がっている沢山の施策をしっかりとこの会社に根付かせていきたい。その後、時世に応じた新たな方向性を見つけて広げていくことになろう。その時には、石田前社長(現 会長)のもとでこれまで見てきた発想力豊かな戦略展開を参考に、新社長としてしっかりと業務を進め、成果を上げていくという責務を果たしていきたい。(了)

――日本にとって脱炭素への対応が重要視されるなかで、注目される全固体電池とは…。

 家本 EUでは、グリーンディールにおいて、2050年にカーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出ゼロ)目標を設定し、日本でもグリーン成長戦略が策定され、2050年のカーボンニュートラルに向けて政策立案された。こうした脱炭素の流れのなかで、化石燃料重視から再生可能エネルギー重視に代わっていくことが想定されているが、他方、電力使用量はこれから急速に増加することが想定されている。家庭でもオール電化などが進み、企業でもAI、DXなどで、電力需要は増加していく。そうなると、日々どれだけ発電・配電できるかに焦点が当てられるが、これからは発電・配電だけでなく蓄電の面も考える必要がある。日本の蓄電では、日本ガイシがNAS電池という定置型の大規模電池を実用化している。日本ガイシは元来セラミック系の会社であるが、セラミックは特殊加工によって大きな蓄電力を持つ。日本で定置型の電池が注目されたのは2011年の東日本大震災後であり、大震災によって電力基盤が消滅し、その後の復興のなかで、東北地方の自治体・企業から定置型の大規模電池の要請が出てきた。

――定置型の蓄電池が車載用バッテリーへと進化しつつある…。

 家本 東北地方での定置型の大型蓄電池を改良し小型化するなかで、小型機器用蓄電池の開発も進んでいった。また、日本ガイシなど数社は、小型の蓄電池が実用化できるならば車載用も可能ではないかということで車載用バッテリーの研究も進めた。これが全固体電池のセラミック版で、その後、研究・投資を重ねて車載用全固体電池の開発へ進みつつある。現在、バッテリー製造・部材関係の会社が集まり研究を重ね、実験室レベルでは、車載用バッテリーはほぼ完成しつつある。実験室レベルでは、現在車載用バッテリーの中核であるリチウムイオン電池に対抗できるものとなっているが、全固体電池向けのセラミックの特殊薬品加工は、コストがかかるものであり。それをいかに車載型に向けて小型化し、蓄電・放電密度を高め、低廉化することができるかが勝負となる。

――水素、リチウムイオンに続き全固体電池という選択肢が現れたと…。

 家本 数年前にトヨタ、パナソニックを始めとする数社が全固体電池で1つのグループを作った。このグループは、水素利用の蓄電池も開発をする、リチウムイオン電池も開発する、しかし、車載用バッテリーでの勝負は全固体電池だという方針を明確に意識している。全固体電池は不燃性であり、車載用として製品価格が低廉化すれば、需要は必ず広がる。リチウムイオン電池にはどうしても爆発・燃焼の可能性が残り、電解質を不燃性のものに変えようとすると蓄電・放電能力が下がり実用化に適しない。他方、リチウムイオン電池の開発・製造に関しては、東アジアの中・韓メーカーが低価格化、高品質化で大きく先行しているため、数年前排ガス規制の件で不祥事を起こし、企業イメージが大きく傷ついたドイツのフォルクス・ワーゲン(VW)はこれに飛びつき、車載用バッテリーとしてリチウムイオン電池に絞ったEV戦略を展開している。VWの新しい経営陣は中国メーカーが製造するリチウムイオン電池に社運を託すかのようにEV開発に邁進している。また、日系グループは、水素利用蓄電池と全固体電池の開発を行う一方で、リチウムイオン電池については、中・韓メーカーと競争できる生産拠点を新たに設置することは厳しいと考えている。全固体電池の研究については、国内の大学・研究機関では、実用化へ向けて大幅な進展が見られるため、これら研究を日系グループがしっかり支援する体制を創り上げている。

――水素自動車を開発しているトヨタも全固体電池を重要視していると…。

 家本 トヨタ、パナソニックら日系グループによる全固体電池の開発に関しては、EUがこれを支援対象プロジェクトに取り込むか、検討が進んでいる。製造した車載用全固体電池の3分の1程度をEU域内メーカーに供給するならば莫大な補助金を出すという話も聞えてくる。これが実現に至れば、トヨタ、パナソニックらは、資金面での問題を大幅にクリアすることができるとともに、日本オリジナルな開発・製造を維持・確保することができる。こうした状況を見ているVW、米テスラ、中・韓の完成車メーカーなどは、EU域内を来るべき主戦場として新たなバッテリー戦略に踏み込んできた。過去にはメガサプライヤーが関与してくることはあったが、完成車メーカーが全面的に全固体電池の開発・製造に関与することはこれまでには見られなかった。VWは、EUの欧州委員会に対して関与を求めて、盛んにアクセスしているが、今のところ欧州委員会は、当初の計画通り全固体電池完成品の3分の1をEU域内へ供給するならば補助金を出すという考え方を変えてはいない。

――EUに続いて、中国、韓国も参戦してきている…。

 家本 一方、欧州系各社は、全固体電池に関して実績を積んでいる企業がEU域内にはなく、その立ち遅れを痛感していた。このため、欧州委員会は、2017年に欧州バッテリー同盟(EBA)を創設し、立ち遅れの急速な回復を目指した。EBAは、エアバスを過去の成功事例として産業間・企業間の連携協力を構想した。エアバスには、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア各国の関連企業が集まり、各国の企業が統一プログラムを作り、旅客用航空機の開発・製造に成功したという実績がある。EBAは、次世代電池についても一次原料の調達から完成品、応用品、リユース・リサイクルといった局面まで一貫した連携協力プログラムを作る構想だ。VWは、EUから制裁を受けたためこれまでのところEBAには入っていないが、これも数年のうちに見直しとなる可能性がある。VWは、リチウムイオンに関しては中・韓メーカーに依存をすると決めたが、全固体電池に関しては、日本がどう出るか、EBAがどのように日系数社を取り込むかをにらむ戦略をとっている。場合によっては、EBAへの加盟を申請する、あるいは自社と中・韓メーカーで開発するという選択肢も残している。

――全固体電池の実用化競争となっている…。

 家本 VWは、スウェーデンのノースボルトという会社と手を組んだ。ノースボルトは、2016年にスウェーデンの中小規模の電池部材企業を集めて設立された。そもそも、スウェーデンなど北欧では、寒冷な気候のため、日本でのようにスイッチを入れたらすぐエンジン・スタートできるようなことは難しいことから、スイッチを入れたら車載電池に貯めていた電力で一旦エンジンを暖めてからスタートさせるという仕組みを用いている。VWは、EBAの動向を横目に、中・韓メーカーと連携しながら、ノースボルトと連携して自社グループで開発・製造ができないかを見ている。このような次世代の全固体電池をめぐる国家間・企業間の競争を、欧米では一般に「Battery War(バッテリー戦争)」と呼び、その行方に注目が集まっている。日本では、メディアを含め認識がそれほど高まっているとは言えないが、これは、その主戦場が今のところEU域内であるためだ。しかし、主戦場が日本や東アジアに移る可能性は十分にある。トヨタが次世代の蓄電池プログラムに1600億円拠出すると報道されたが、この背景にはこうした「バッテリー戦争」があると思われる。

――今後のEUの狙いは…。

 家本 各国でバッテリーをめぐる競争が熾烈になっているが、地球的な意味で重要な問題とは、バッテリー及び部材・部品について品質基準が統一されていないことだ。このため、EUが狙っていることは、車載用バッテリーのイノベーションの主体になること、バッテリー及び部材等の基準統一の主体になることだ。現在は日・中・韓の手を借りているが、エアバス構想に基づいてEU域内で開発・製造を行い、バッテリー及び部材等の基準として統一した品質や材質の基準を作ることで、次世代電池の市場の主体となることを画策している。リチウムイオン電池については東アジア各国に大きく譲ってはいるが、次世代の全固体電池については、レギュレーション主体となり、EU主導でルール作りを画策している。日本の財務省や経産省は、これまで以上にヨーロッパ・シフトを進め、こうした動きに働き掛けるべきだ。具体的には実験室レベルでのEUと日本の連携協力チームを作るべきだ。実験室レベルでのすそ野を広げるとともに、EU独自の構想にも学ぶ必要がある。(了)

――大和グループの投資部門を統括されている。投資部門の投資額は…。

 赤井 大まかに言って3400億円だ。私が直接統括をしている未公開株、金銭債権、不動産に投資をする大和PIパートナーズで1400億円ほど、ベンチャー投資をする大和企業投資で運用中のファンドの合計額が800億円ほどある。それに加えて子会社として管理をしている大和エナジー・インフラは太陽光等の再生可能エネルギーや内外のインフラ関連投資を行っており、1200億円ほどの投資額がある。

――一口に投資部門と言っても色々な投資をされている…。

 赤井 もともとはベンチャー投資を行っていて、以前は上場もしてNIFと呼ばれていた大和企業投資と金銭債権投資を行っていた大和PIがそれぞれ独自に業務拡大を行ってきたと理解している。その後、それぞれの会社が国内や海外の未公開株投資に活動領域を広げていったが、所謂PE(Private Equity)投資と言われる未公開株式投資部門は統合した。また、もともと太陽光発電に投資していた大和PIの部門を大和エナジー・インフラとして独立させて、インフラ投資専門の会社を設立している。ブラックストーンやKKR等の海外のトップファンドは、PE投資、ベンチャー投資、不良債権投資、インフラ投資、不動産投資をそれぞれ専門のファンドを立ち上げて網羅しているが、我々も規模こそ違うが多彩な投資ポートフォリオを組んでいる。これは他の国内ファンドにはない特徴だと考えていて、ノウハウの共有に限って言っても、エクイティと債権を両方理解出来る人材はスペシャルシチュエーションでは貴重だし、そもそも色々な投資スタイルを経験すること自体が能力を高めていくので部門間の人事交流は結構活発に行っている。

――ベンチャーファンドに対する考え方は…。

 赤井 ベンチャーファンドは先ずしっかりLP(Limited Partner)から出資を募ることが必要だ。また、通常ファンドの運用期間は10年なので長期的な視点が必要となる。LPからファンドの出資を募るにはファンドのトラックレコードと投資を実行するキャピタリストの能力をいかに投資家に訴求していくかがポイントだ。昔はファンドの出資金を集める人とファンドで投資をする人が分かれていたが、今は投資家がキャピタリストと直接対話をしてファンドへの出資を判断するようになっている。ベンチャーファンドに関しては過去銀行と別れたあとに一度仕切り直しをした状態から初めており、基幹となるファンドがやっと2号ファンドとして投資を始めている。基幹ファンドの中でユニークなのは日台バイオファンドで、現在2号ファンドの募集中だが、すでに140億円程度集まっている。これは日本と台湾の創薬ベンチャーのみに出資をするファンドで、我が国でこの手のものでは最大規模だと自負している。

――PE投資について…。

 赤井 未公開企業に投資をするPE投資は事業承継や大企業のカーブアウト案件に投資をしている。また、アジアの未公開企業にも出資をしている。国内で12社程度出資しているが、今はポートフォリオを構築している過程だ。来年ぐらいからいくつかエグジットをしていく。エグジットはIPOを想定しているものが多い。これは公開ノウハウの蓄積があるグループのメリットが生きていると思う。コロナの影響を受けているポートフォリオ企業もあるが、逆に企業体質強化をする良い機会だと捉えている。また、バリューアップの為、ロールアップ(同業会社の買収)も行っている投資先もあり、ポートフォリオ企業同士でシナジーを生かすスキームも考えている。PE投資はアップサイドを狙えるビジネスだと思っている。

――バルク投資はかなり業歴が長いと聞くが…。

 赤井 金銭債権投資は、金融機関の不良債権に投資するバルク投資とスペシャルシチュエーションの債権や不動産に投資をしている。バルク投資は業界の草分け的存在であり、リーダー的存在だとも自負している。メガバンクと地銀を中心に、全国の金融機関のほとんどと取引がある。また、子会社に債権の回収実務をするサービサーを持っており効率的な債権回収が出来ている。ここは安定的な収益が上がる。

――今後特に力を入れたい分野は…。

 赤井 今後特に未公開株式投資に力を入れていきたい。前任の投資銀行本部長の時に未公開企業に投資をするプライベートエクイティマーケットが伸びていることは認識をしていたが、実際にこちらで投資委員会にどんどん持ちこまれる案件を見てその成長を肌で感じている。特に事業承継等で対象企業がカタカナや英語に苦手意識を持たれる方も多く、「大和」というブランドはお客様に信頼感と安心感を与えるものだと感じている。全国に跨るグループのネットワークも生かしてマーケットの成長を捉えて魅力的な案件を発掘していきたい。

――今後の課題と抱負は…。

 赤井 投資部門であるから投資収益を追求するのが使命だ。ここには徹底的に拘りたい。また、投資した金額に対するリターンの意識ももっと高めていく。その為により投資のサイクルを循環させていくことは必要だ。そして、投資規模をより拡大して国内で活躍しているトップティアのファンドと肩を並べたい。より規模を拡大してリターンを追求していくにはベンチャーファンド以外でもファンド化をしていく必要がある。PE投資は成長分野だと位置づけて積極的に取り組みたい。事業承継や企業のカーブアウト等社会問題の解決や企業の成長に資する投資を行っていく。また、ポストコロナで金融機関の不良債権処理に関しても役割を果たしていきたい。さらに、ベンチャー投資先には将来の楽しみな投資先が多数あり、社会にインパクトのある有力公開企業を育てていきたい。この点、海外投資に関しては現地での知見とネットワークを持つパートナーと組むことも考えている。すでに、中国とベトナムでは現地の有力パートナーと組んで実際にファンド運営を行っている。グループのアジア戦略に資するパートナーを探していきたい。(了)

――地政学的リスクというとやはり、アメリカが世界の警官役をやめたため、中国とアメリカの対立を受け、太平洋はどうなるのかというのが日本人の関心事だ…。

  「地政学的リスク」という言葉は、テロや紛争によって資源価格に変動が生じ経済に影響を与えるなど、世界のどこかで発生する特定の事件が多くの地域、分野を揺るがす現象に発展する場合に特化され使われている。しかし、そもそも「地政学」は、カール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』(1833年)を発端に、チャールズ・ダーウィンが『進化論』において「弱肉強食・適者生存」をうたい、ヨーロッパにおいて覇権に関心が高まった「戦争の世紀」の理論だ。この時代の地理学者、ドイツのフリードリヒ・ラッツェルと、スウェーデンのルドルフ・チェーレンが、地理学と政治学の融合である地政学の概念を生み出した。ラッツェルは、著書『人類地理学』(1891年)において政治地理学の重要性を説き、「国家有機体論」を講演したのが1899年だ。そしてチェーレンに至りGeopolitik(ゲオポリティーク)の言葉が誕生する。

――地政学には長い歴史があると…。

  そしてその後、いわゆる、地政学的論考を世に出したのが、イギリスの地理学者であり、国会議員であり、オックスフォード大学の初代地理学院総裁であったハルフォード・マッキンダーだ。マッキンダーは、イギリス政府に対して、軍事強国のドイツやロシアがユーラシア大陸外縁へ進出して来ると説き、「英国人の頭の中には地球儀という植民地地図があり、ドイツ人の頭の中には戦争地図が描かれている。ドイツの中・高校地理学教育は帝国主義を助長している。ドイツは、生存圏に執着しその拡大を図ろうとするであろう」と例を挙げ警鐘を鳴らした(『民主主義の理想と現実』1919年)。これが地政学的思考だ。マッキンダーは、約100年前に地政学的リスクを説いた。しかしイギリスは、この警告を採り上げなかった。ドイツやロシアは、既に日露戦争や第1次世界大戦時にマッキンダーが説くように、ユーラシア大陸の中心部から外洋に向けて勢力を延伸していた。日英同盟締結の頃(1902年)、イギリスは南アフリカでズール戦争(1879年)とボーア戦争(1880年)を戦い、勝ったものの国力の疲弊を招き、国威である7つの海の支配にかげりを見せることになった。

――英国は地政学的リスクを軽視して国も傾いたと…。

  この弱り目のイギリスを見ていたのがアメリカの海洋戦略家アルフレッド・セイヤー・マハンだ。1890年、アメリカでは国勢調査が行われ、北米大陸を席捲した節目に当たる年、マハンは、イギリス海軍が海洋の覇者となった歴史を克明に追究し、『海上権力史論』を著した。当時、アメリカ海軍次官、後のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトは、この著作を書評で絶賛した。マハンは、今まで北米大陸のインディアンを排除するために戦って来たが、これからアメリカは海に出ていくべきだとルーズベルトに提言した。ルーズベルトとそのブレインは、マハンに戦略思考をさせ、アメリカの太平洋展開政策を実行に移した。1898年、アメリカは米西戦争に勝利、メキシコ湾やカリブ海を制海し、スペインの植民地フィリピンを奪い、さらにハワイを併合した。その結果、アメリカが太平洋の覇者となるための障害は日本だけになる。当時日本は、日露戦争に勝って強国と見なされていた。日露戦争は、ルーズベルトが間に入ってポーツマス条約を結び、日本の勝利で終戦した。ところがマハンは、日本の勝利は「まぐれ」と酷評した。マハンは、ロシアのバルチック艦隊が日本海に入るまで、日英同盟によりイギリス支配下の港への寄港を断られ、満足な給養・補給ができず乗組員が疲れ果てていたことなどが日本に僥倖をもたらし、ロシアの敗戦は日本が強かったからではないとした。マハンは、イギリスの海洋覇権の衰退、そしてアメリカへの覇権禅譲のシナリオを前提にアメリカ海軍の世界最強化を考え、中国を味方につけ、パナマ運河の権利を獲得、覇権の足掛かりを確かにする戦略を献策した。ワシントンの南に位置するノーフォークにアメリカ海軍本拠地がある。海軍は、南下してパナマ運河を通り太平洋に出られるようになった。マハンの提言から約50年、アメリカには、日本を排除する正当な理由がなかった。しかし、日本の真珠湾奇襲は、アメリカに日本をたたく正当性を与えた。アメリカは日米戦争に勝利し、太平洋の覇権を不動にした。それが太平洋の地政学であり、地政学を覇権のための戦略論とするゆえんでもある。

――地政学を背景に米国は太平洋の覇権に成功した…。

  さらに大規模な覇権戦略は、全ての地政学理論を昇華したアドルフ・ヒトラーの第2次世界大戦だ。ヒトラーはミュンヘンで第1次世界大戦後のドイツ凋落を招いたベルリン政府に対して一揆を起こしたが仲間に裏切られて失敗、刑務所に入れられる。再起を図るヒトラーは、オペラ歌手に指導を受けて演説を磨き、その弁舌で刑務所の役人を味方につけてしまう。その頃ミュンヘン大学にルドルフ・へスが在学していた。へスの師がカール・ハウスホーファーというドイツの地政学者であった。ヘスはハウスホーファーをヒトラーに紹介し、刑務所を度々訪れた。ハウスホーファーの地政学理論の中にパン・アジアという大東亜共栄圏のもとになった概念がある。ハウスホーファーは世界を6つのブロックに分けた。これをパン・リージョンと言う。汎パシフィック、汎アメリカ、汎アジア、汎ロシア、汎ヨーロッパ、汎アフリカにそれぞれ覇者を作る。この頂点にヒトラーが居るという考えだ。ハウスホーファーは、少佐の頃在日ドイツ大使館勤務だったので、明治天皇、後には近衛文麿、松岡洋右、大島浩らと出会い親密な関係を築いている。ハウスホーファーは、この立場を利用して、後に松岡をヒトラーに引き合わせ、日独枢軸同盟を持ちかける。ハウスホーファーは、在日中作成した論文において、日本が大東亜共栄圏の覇者になるよう論じている。これが日本の大東亜地政学の原点だ。日本では、第2次世界大戦敗戦後、覇権を握る理論である地政学が禁止されることになった。

――日本では地政学が禁止されたと…。

  第2次世界大戦まで、単純化した戦争の目的は、勝って国土を拡張し莫大な国益を得ることだった。他方で敗戦の損失は計り知れない。第1次世界大戦敗戦国ドイツが勝利国に賠償した例は、1,600トン以上の船舶全て、純金4.7万トン超相当賠償金、対フランスだけでも馬3万頭超、牛9万頭超、石炭700万トンを10年間などだ。ヒトラーは、この賠償に無策のベルリン政府に腹を立てる。さらにドイツの困窮に世界恐慌が拍車をかけた。ヒトラーの怒りはミュンヘンの刑務所入所中に、後の親衛隊大佐エミール・モーリスやヘスに口述筆記させた『わが闘争』(1926年)に反映された。ヒトラーの地政学的思考に満ちた「東方政策」にとっては、十字軍派遣時代、東方へ進出するドイツ騎士団が建設した純血のゲルマン人植民都市、旧東プロイセンのケーニヒスブルグこそ前進拠点に相応しかった。この東方政策には、先住民族に対して学問を禁止し、医療を制限するなど、徹底してゲルマン、アーリアの純血保護がうたわれている。現在、ケーニヒスブルグはカリーニングラードと名を変えたロシアの飛び地領だ。そしてヒトラーの東方政策を真似たのはスターリンだ。ウクライナの優れた軍事組織であったコサックは、ソ連邦前縁の国境警備に就けられ、コサックが出たあとにロシア人が入植した。その結果、東ウクライナではロシア語人口が80%に及んでいる。スターリンの植民政策成功はプーチンが継承し、その成果を東ウクライナ及びクリミア併合に結びつけた。そして中国もじわじわ同様の地政戦略を進めている。

――中国は太平洋をアメリカと半分ずつ分け合うという長期戦略を推進している…。

  現在、ロシアが中国に持ちかけているのは、北極海航路の開拓でロシアが中国に協力するというものだ。北極海航路のメリットは、北東アジアからヨーロッパへの航海日数の短縮だ。所要時間の短縮は燃料節減に寄与する。そうなると日本海が中国船の往来で混雑する。当然、地域の安全保障に変化が生ずるから日本の「地政学的リスク対応政策」への反映は必至だ。中国の「一帯一路」の上位にある戦略は「中国の夢(チャイニーズドリーム)」だ。習近平主席は、アメリカでD・トランプ前大統領との会談時「中国の夢」を語った。この「夢」は、陸と海に中国古代の栄華を再興する新たなシルクロードに加えて北極海に氷のシルクロードを構築して、中国が「交易路」の支配を実現する構想だ。太平洋にはまだ道が無い。日本列島を東西に置く逆さ地図で見ると、カムチャッカから日本列島、台湾を連ねシンガポールに至るまで、大陸国家は、列島線によって太平洋への進出路を封鎖されている。太平洋に進出する中国の宮古水道通峡は公海だから問題ないが、有事想定では不自由が増大する。長期の航海には寄港地を確保して安全・補給・給養・整備の便宜を万全にしなければならない。中国は、イギリスの海洋覇権全盛時代に「真珠の首飾り」と呼ぶ寄港地が鎖状に存在した例に倣い、小国港湾の整備を金銭・技術・労務面で支援し、返済できなければ港湾の権利をわが物にしているようだ。そのプロジェクトは南太平洋まで延伸している。加えて、中国が黄海、東シナ海、南シナ海から太平洋、北極海へ出て行くには無害航行・安全が保障されなければならない。宮古水道の自由航行が認められても、沖縄に米軍が駐留しているから脅威だ。このため、尖閣が中国のものになれば風穴が空くため、尖閣を実効支配した暁には、強力な軍事基地が建設されるだろう。そして北極海、太平洋ともに無害航行ができるようになれば、中国の「夢」実現に大きく弾みがつく。これがチャイニーズドリームの地政学的戦略だ。(了)

――先ず、「こども食堂」とは…。

 湯浅 殆どの「こども食堂」は年齢を限定せず、地域の交流拠点として広がっている。よく誤解されがちなのだが、経済的に本当に貧しくて食事が食べられないような子どもたちのための食堂という訳ではなく、子ども達の保護者や地域の高齢者などみんなが集う、いわゆる昔の「子ども会」のような場だ。今の日本は過疎化が進み、地域内のつながりが寂しくなってきた。地域の活性化のためには、「こども食堂」のように皆が自由に集まれる場が必要であり、実際に「こども食堂」が全国的に広がってきているのは、地域のつながりの希薄化を少しでも盛り返そうと思う人たちが多くなってきていることの現れだと思う。今、全国に4960カ所の「こども食堂」が存在する。これは全国に存在する4000カ所の児童館を超えた数であり、この4年間で16倍と爆発的に増えている。我々「むすびえ」では、2025年までに全国2万カ所ある小学校の区域すべてに「こども食堂」を設置することを目指している。

――「こども食堂」はどのように運営されているのか…。

 湯浅 運営者は基本的に民間ボランティアであるため、曜日も時間帯もそれぞれの都合で運営されている。先述したように、その多くが貧困の子どもの為の食堂という訳ではないため、例えば80~90歳代の一人暮らしの高齢者が一緒に食事をし、その後、買物の手伝いまでするようなところもある。一緒に食事をすると、気づくことがたくさんある。そして、それぞれが置かれた環境を理解して自分に出来ることをやろうと考える。そういった意味で、ある種の貧困対策にもなっていると思う。食料を扱うため、保健所への届け出は必要だが、それ以外の市役所などへの登録は必要なく、国の管理下にある訳でもない。先述した4960カ所という「こども食堂」の数も、我々が調べたうえでの数字だ。

――例えば、実際に自分が「こども食堂」を利用したい、或いは開催したいと考えた時には、どうすればよいのか…。

 湯浅 我々「むすびえ」に連絡をくだされば、近くの子ども食堂を紹介する。そこで現場を見ていただければ、運営方法がわかるだろう。その方法を参考に、実際にご自分で開催すればよく、こういった取り組みに関わる企業も出てきた。例えば「ファミリーマート」や「串カツ田中」、スーパーでは「イオン」や「マルエツ」などは、食品の売れ残りを減少させるため、或いは地域にファンを作るため、事業として「こども食堂」との連携を始めている。その他、金融機関でも「こども食堂」への支援の輪が広がっている。

――金融業界でも、様々な形で「こども食堂」への支援が始まっていると…。

 湯浅 例えば鹿児島銀行は2年前、創業140周年記念行事として「こども食堂」への応援事業を行った。その後も、市内の市場で規格外の農作物を購入して「こども食堂」に分配するといった形で支援を続けている。また、少し変わった形での支援としては、野村證券の健康保険組合が、社員の健康管理のためのスマートウォークキャンペーン参加を通じて「こども食堂」に寄付をするといった例もある。鹿児島銀行や野村證券に限らず、そういった支援活動は広がってきており、我々「むすびえ」では、企業からアドバイスを求められた時にこういった実例を紹介して、その企業にとって一番やりやすい方法で、かつ社員にとってもメリットのある方法を一緒に考え、企画していくというサポートを行っている。

――「こども食堂」が始まったきっかけと、今後の展望について…。

 湯浅 9年前、大田区の八百屋さんが初めて「こども食堂」というのれんを掲げた。これが、いわば「1号店」だ。それが良い取り組みだと周りから評価されて、自然と広まっていった。本店や支店、フランチャイズといったような関係は全くなく、皆がそれぞれ勝手に取り組んでいる。それを「むすびえ」も勝手に応援しているというような形だが、我々が究極的に目指すのは、住民自治だ。今は自治体の活動が停滞し、自治会の役員も出来ればやりたくないといった風潮が強い世の中だが、本来、自分たちの地域は自分たちで守っていくべきものだ。財政難や人口減少、少子高齢化といった今の社会において、現代の日本社会を乗り切ることは出来ない。地域の人たちが自発的にこういった交流の場を作ることが、自治を取り戻すための大きなきっかけになると考えている。元総務省事務次官の佐藤文俊氏はこの取り組みを「子どもの貧困対策から始まり地域交流の場へと進化するこども食堂は、自治の原点に立ち返るものだ」と評された。我々もこういった信条で、日本社会の地域の作り直しに貢献していきたい。

――子供が集まるところには、親や祖父母、地域の高齢者達も集まってくる…。

 湯浅 例えば山口県の某「こども食堂」では、毎回300~400人が集まり地域のお祭りのようになっている。一方で、都会の公園では禁止事項が多く、「静かに過ごしましょう」といった看板まで建てられている。静かさを強いられた環境で子供時代を過ごしてきた若者達に「意欲が足りない」などといっても、それは育ってきた環境がそうさせているのであり、彼らに責任はない。また、今は3世帯同居が減り、子ども達が高齢の方と直に接する機会も減ってきた。高齢になると、立ち上がるのが大変であるという事や、大きな声で話さないと聞こえないという事、そういった極めて大事な人生経験をすることなく育っている子どもが少なくない。「こども食堂」で高齢の方と触れ合う機会を持てば、そういった事も自然と理解できる大人に育っていくのではないか。

――人間にとって大切な食の時間を提供すると同時に、地域の自治活動に貢献している…。

 湯浅 「こども食堂」は誰でも参加できるため、学校と同様に様々な家庭環境を持つ子ども達が集まる。そこで、例えばコロッケを初めて見るという子どもがいれば、次はメンチカツやクリームコロッケを出して食の体験を増やしてあげたり、誕生日にお祝いしてもらったことがない子どもがいれば、ケーキを作って皆で盛大にお誕生日会を開いたり、食事だけでなく、家族旅行に行ったことがないという子どもがいれば、皆で海水浴に行くことを企画する。行政の活動とは少し違う、お互いが家族のような、親戚同士のような繋がりを持つことが出来る。それが「こども食堂」だ。集団で活動を行うため、安心・安全には我々としても細心の注意を払っており、例えば、活動の最中に何かしらの事故が遭った場合に備えて、社会福祉協議会が提供するイベント保険に入ることを推奨したり、そこに加入するための掛け金を助成する制度も作っている。こういった保険料を自治体で助成しているところは少なく、大部分は我々が民間で集めた資金を使用しているというのが実状だ。

――例えば「こども食堂」に寄付をする場合、寄付金控除のような税制は適用されるのか…。

 湯浅 今の日本では、認定NPO法人としての資格があれば税額控除が受けられる。我々は2021年5月12日に「認定」を取得することができたため、当団体への寄付は、寄附金控除が受けられる。高齢化社会が進み、今後、人生の集大成としての社会貢献である遺贈寄付が増えていくと考えられる中で、「こども食堂」はその思いの受け皿候補に値する活動だ。また、現在、学校の家庭科室を地域の人たちに開放して「こども食堂」を行っている学校が全国に40~50カ所ある。学校が地域のプラットフォームになるという事は文科省も推進していることだが、一方で、学校側からすれば誰が構内に入ってくるか心配だという思いもあり、まだまだ少数だ。そういう意味では、「こども食堂」の信用がもう少し高まっていくことも必要なのであろう。我々としては、先ず、民間レベルでの連携を進めて「こども食堂」に対する企業の支援の輪を広げていく。そうすることで、行政的にも開放しやすくなるのではないかと考えている。(了)

――タイの新型コロナへの対応は…。

 シントン タイ王国ではこれまで厳しいコロナ対策を行ってきた。その結果、オーストラリアのシンクタンク、ロウイー研究所が1月末に発表した新型コロナウィルスのパンデミックへの各国対応有効性指数では世界第4位となっている。現在は変異株等の発生があり、数字的には少し悪くなってきているが、それでも4月23日時点の一日感染者数は2070人、累積数は約5万人、死亡者累計100人程度と、タイの全人口が7千万人弱であることを考えれば、他国と比べてかなり低く抑えられていると言える。コロナ対策と併せて、経済回復のための措置も講じている。例えば、公務員の在宅勤務を進め、会議や授業もリモートで行えるようにして人の移動を抑えている。県を跨ぐ移動を禁じている自治体もあり、中央政府と各自治体は緊密な連携を取っている。また、新型コロナ終息の最終的な鍵となるワクチン接種については、中国と英国から2種類のワクチンを輸入し、4月末現在で10万人弱の接種を終えている。

――外国からの入国者について、タイ政府の方針は…。

 シントン 隔離期間については、4月末までは10日間としていたが、変異株の感染者が世界的に増えてきたことを受け、5月1日から14日間としている。タイ政府としては、経済回復という面から各国からの観光客を期待しているが、そこには安全性が欠かせない。この点、日本はワクチン証明書の発行形式が決まってないと聞く。ワクチンが摂取できない人たちへの差別になるかもしれないという理由で証明書の発行に踏み切れないのかもしれないが、今後の経済回復を考えれば、ワクチン接種証明書は必要だ。一方で、コロナ発生から今年4月末時点までの1年半で、すでに1万3千人近くの日本人がタイに渡航しており、そういった方々へのタイ政府からのビザはビジネスでも観光でもすべて発行している。もちろん空港に着いてから一定期間の隔離は必要だが、例えば、ゴルフ目的でいらした方々には隔離中の宿泊施設としてゴルフ場のあるリゾート地を御案内し、PCR検査をして、結果が陰性であればそこで一日中ゴルフが出来るような対応も行っていた。(注:感染拡大防止のため、5月1日よりゴルフ隔離の措置は一時執行を見合わせている)

――日本の外交に期待することは…。

 シントン タイにとって日本は600年以上も前から貿易交流がある重要な国だ。沖縄県の泡盛も実はタイ米から作られている。近代外交の関係としては明治20年、西暦1887年9月26日に締結し、今年9月で134年。外国直接投資も日本は毎年1位、貿易に関しては、近年は中国に次いで2位となっているが、それまでは1位だった。企業登録も1万5000社の日本企業が存在し、約72,000人の日本人がタイ国内に住んでいる。国民同士はお互いの国に好意を抱きながら交流が進み、首脳レベルでの会議や交流も盛んにおこなわれている。外相レベルでも茂木外務大臣はコロナ禍となる直前にタイを訪問されたり、その後も何度も電話会談を重ねている。今後も、アセアンを中心とした国際経済安全保障などについて積極的に日本と協力できればと思う。

――タイの経済政策や資本市場育成策はアセアンの中でも抜きんでている…。

 シントン 従来の安価な労働力を競う産業で戦うことはもはや限界を迎えているため、タイ政府は様々な経済政策を打ち出している。長期的な国家戦略では、EEC(タイ東部経済回廊)という経済特区で次世代の成長分野のためにインフラ投資を行い、最先端技術の誘致を進めることを目指している。同時に、世界各国共通の問題である環境面では、官民連携で推進するBCG(バイオ・循環型・グリーン)経済政策を打ち出している。廃棄物を資源にするというサーキュラーエコノミーは日本の技術が大変参考になるため、そういった面でも日本からのアドバイス協力をお願いしたい。コロナ禍で昨年のタイの経済成長率はマイナス6.1%。今年は今のところプラス2.5~3.5%の成長が見込まれている。世界経済の状況にもよるが、ワクチン接種が進み、貿易等が回復すれば、現在進めている経済刺激策の中で内需の拡大は期待できるだろう。タイに投資している日本企業の中でも、例えば自動車産業や食料品産業などでは回復の兆しが見られ、個人消費は伸びてきている。タイの所得水準もかなり高くなってきており、それが内需の拡大につながっていくと期待している。日本はタイにとってODAでの最大拠出国だったが、その円借款からも卒業目前だ。

――中国との関係についてはどのようにお考えか…。

 シントン 中国か中国以外かというような、2つに1つの選択は出来ない。コロナ禍以前の2019年までのタイへの観光客は、日本からは180万人で、中国は1000万人超という桁違いの数字で、観光面でも中国に頼っているところがある。貿易相手国としても中国は現在第1位であり、タイだけでなくアセアン全体が中国との経済関係を断つことはできない。特に中国は同じアジア地域にあって華僑という歴史的な関係もある。国民の相互利益のために、米国、日本、中国、インドといったすべての国に対して友好関係を築き、調和の取れた外交関係を展開していきたい。アセアンの枠組みの中でも中国との関係は重要だ。その点においては中国とアセアンで協議を重ね、相互の繁栄になるようガイドラインを作っていくことを進めている。東南アジアが米中の対立線上にのぼらないよう、平和的な外交関係を築いていかなくてはならないと感じている。

――タイでは民主化運動が活発になってきている…。

 シントン 現政権のプラユット首相は2014年にクーデターを起こした元陸軍の司令官だった。クーデター後の2017年に公布された新憲法に基づき、2019年に総選挙が行われ、憲法規定として正式にプラユット政権が発足した訳だが、法律の枠組みの中でこの政権になったという事に対して反対している人たちもいる。しかし、国会には野党もいて、国民の反対の声をもとに憲法改定についての話し合いも行われている。タイは民主的な国であるため、デモをやりたければ法律に則って許可を取ればできないことは無い。大きなニュースになっているという事は、それだけ自由にやっている事の証とも言えよう。ただ、法律を超えて他の国民を脅かすような事を行った場合、警察によって取り締まりが行われるのは仕方のないことだ。それも、市民運動を力づくで抑えているという事では全くない。実弾で撃つようなことはなく、段階的に対処しているため、その辺りは、タイ王国が自由に意見を述べられる民主的な国である事の表れだと理解してもらいたい。(了)

――CO2削減の投資が不良債権になる可能性がある…。

 杉山 日本は現在、米国やEUなどと歩調を合わせCO2削減に向けてSDGs債券やグリーン投資を盛んに行っている。さらに日本政府はグリーン成長戦略により2030年に年額90兆円、2050年で年額190兆円といった巨額の経済効果を見込んでいる。たしかにその事業を請け負った事業者や投資した投資家は儲かるものの、その一方で結局電気代を払って負担するのは国民だ。強引な太陽光発電の普及により、今でも年間2.4兆円の再生可能エネルギー賦課金が国民負担になっている。つまり、国民全体で負担するコストであることを経済効果と言っているに過ぎない。また、SDGs債券やグリーン投資に関しては、実際に中国やアメリカがCO2削減を行うかどうかが肝要だ。米国のバイデン大統領は気候変動対策を打ち出しているが、それは実際には米国の議会を通りそうにない。中国も今後5年はCO2排出量を大きく増やす計画だ。さらに地球のミニ氷河期入りや火山の噴火による寒冷化など、地球規模の気候変動リスクもある。いたずらにCO2削減に向けてグリーン投資を行うと、様々なリスクにより大量の不良債権を生み出す恐れがある。

――グリーンバブル崩壊の危機がある…。

 杉山 現在の地球温暖化対策は信憑性の低いシミュレーションに基づいて作られている。地球温暖化についてのシミュレーションでは、気温の計算結果を見ながらパラメータを変えている状態であり、予言能力は乏しい。地球温暖化のメカニズムはかなり複雑で、CO2など温室効果ガスが地球温暖化を引き起こすことがどの程度事実であるかは分からない。地球の歴史では、氷河期など現在よりずっと気温が低かった時代もあったが、5000年前などには気温が現在より高く、関東地方が海の底だった時代もあった。現在発生している気候変動が、どの程度温室効果ガスによってもたらされる温暖化であるのか、太陽の黒点運動や大気・海洋の自然変動など自然の要因によるものなのかはっきりしていない。信憑性の低いシミュレーションに基づき急激な地球温暖化が必ず起こると言う前提で、国は規制や補助金の仕組みを作ってお金を投資している。今年3月になって地球の気温は急降下したが、仮にこのような状況が続いて国の想定したシミュレーションから外れた場合、グリーン投資により活況となった市場は崩壊してしまうだろう。怪しげなシミュレーションに基づいて国が政策をつくっているというのは、まさしくサブプライム問題を思い起こさせる。サブプライム問題でも、本来なら低格付けの住宅ローンを怪しげな計算に基づく格付けで素晴らしい証券化商品に仕立て上げ、結果的に全滅している。SDGs債やグリーン投資もそうしたリスク管理から見直す必要がある。

――そもそも各国の政治はグリーン化に向かっているのか…。

 杉山 世界全体の趨勢として各国がグリーン投資を行いCO2ゼロに向かっているというのは大きな間違いだ。西ヨーロッパのエリートや首脳は気候変動対策に熱心だが、東ヨーロッパは化石燃料への依存度が高く反対している。米国もバイデン大統領や民主党のエリートは熱心に政策の提言や取り組みを行っているが、共和党はそもそも対策自体を支持しない。現在の米国にとって温暖化問題は党派問題なうえに、ニューメキシコなどのエネルギー産出州の民主党議員が造反するので温暖化対策の税や規制の法律は議会を通らない。米国は世界一の産油国かつ産ガス国であり、それで潤っている州が多いことを忘れてはならない。いま巷間で言われるほどに温暖化対策が進まない可能性は高く、これもグリーンバブル崩壊のきっかけになる。

――中国の取り組みについてはどうか…。

 杉山 また、中国も温暖化対策に取り組むといっているけれど、実際の排出量は増加する見込みだ。3月5日に発表された中国の第14次5カ年計画では、2025年までの5年間でGDP当たり18%のCO2排出量を削減するという目標があった。しかしこれは、「GDP当たりの削減」であり、中国のGDP成長が年率5%とすると、2025年の排出量は2020年に比べて10%増大するということになる。中国の排出量は、2020年に124億トンだったものが2025年に136億トンになり、この差12.4億トンは、日本の年間排出量11.9億トンよりも多い。日本がどんなにCO2削減を行おうが、中国は日本の排出量と同じだけ増やすといっているのだ。CO2の問題は中国の問題だということを、日米で共有する必要がある。

――日本のマスメディアは日本が温暖化対策で遅れていると騒ぎ立てている…。

 杉山 日本が遅れているというのは全くの間違いだ。ヨーロッパはCO2排出量削減に熱心に取り組んでいると一般に言われているが、CO2が少ないのはフランスやスウェーデンといった一部の国であって、ヨーロッパ全体で見たら石炭、ガスといった火力発電も利用されており、割合で言ったら日本と変わらない。日本も2019年には全電力の6.2%は原子力、6.7%は太陽光、7.8%は水力で発電されている。原子力はすべて再稼働すれば20%を超える。また、日本の石炭燃焼技術は世界トップクラスで、この技術を世界に輸出していくことも大切だ。

――脱CO2はシリコンやレアアースの世界的シェアを持つ中国を利する…。

 杉山 現在、世界で太陽電池の材料に利用されているシリコンの半分くらいは新疆ウイグル産だ。新疆ウイグル産のシリコンは安いため各国企業が利用している。中国は環境規制がまだ緩く、石炭火力発電を利用できるため電力が安く、シリコンを安く精錬できる。人件費も安く、新疆ウイグルでは強制労働が行われている可能性も疑われていて、海外では既にかなり問題視されている。脱CO2を目指して太陽電池を導入するとしても、強制労働や環境汚染のうえに成り立っている太陽光パネルを利用するのだろうか。他のハイテク技術も同じだ。ハイテク技術にはレアアースが欠かせないが、レアアースは環境規制の緩い国で生産されており、中国本土と中国企業の海外活動で世界の7割に達している。レアアースは日本や米国はもちろん世界中に分布しているが、先進国では環境規制が厳しいためにコストが高すぎて生産されていない。中国からシリコンやレアアースを輸入して太陽光パネルや電気自動車を作ったところで、それを本当に環境に貢献していると言えるのだろうか。

――日本の環境規制については…。

 杉山 日本のエネルギー政策は伝統的に資源エネルギー庁が行っている。日本は資源がなくエネルギーをめぐり第2次世界大戦をやって敗北しているように、日本にとってエネルギー問題は重大だ。資源エネルギー庁はエネルギーの安定供給という原点に返って仕事をやるべきで、エネルギー政策に関しては環境ばかりを重視してはいけない。環境省は環境規制を強くしたいと考え、御用学者のシミュレーションや知見を聞き、脱炭素と騒ぎ立てている。エネルギーに関しては経済産業省の環境政策課などの経産省の環境を担当する部署なども議論に参加し、経済的な知見や安全保障的な観点など、環境と対立する目線からも考えなければならない。

――日本はもっと石油に頼るべきか…。

 杉山 日本は自国の資源を持っていないため、中国が南シナ海に進出してシーレーンが脅かされるなどして、石油が入ってこなくなる可能性もある。一応200日分ほどの石油備蓄はあるが、やはり脆弱であることは否めない。石炭火力発電の利点は、石炭を一定期間貯蓄しておくことができるということだ。また日本の石炭の燃焼技術は世界でもトップクラスだ。LNG(液化天然ガス)は極低温で圧縮しているため、二週間以上保存すると蒸発して減ってしまう。エネルギーの安定供給を考えるとLNGの割合を増やしすぎることは危険だ。また、再生可能エネルギーは一見国産エネルギーのように見えるが、安定的に利用できるのは水力くらいだ。風力や太陽光は、発電量のコントロールができず、電力需給がひっ迫したときや大停電時にはかえってお荷物になる。一方、原子力は燃料を備蓄することができるうえ、一度燃料を積めば1年以上は電力を安定的に生産することができるため、電源としてさらに活用していくべきだ。CO2ゼロに踊らされるのではなく、日本の安定的なエネルギー供給のため、今後も継続して石炭火力発電を続けることは必要だ。(了)

――日本の森林の現状は…。

 皆川 私は高校生の時から山登りが趣味で、よく山の中を歩いていた。そして、その頃から日本には人工林が多すぎるのではという印象があった。戦後の日本経済復興という面において、建築用材や薪や炭といった生活上のエネルギー源は不可欠であり、そのために循環利用するような人工林の整備が求められていたのだと思う。しかし、そのために傾斜が強く、管理が大変な奥地にまで植えられてしまった人工林は、現在では伐採も困難で放置されてしまう。実際に、林業の就業人口も減っている今の時代で、人間が立ち入ることの出来ないような区域の人工林は至る所にある。機械で整備できる区域は単層林にして、より管理をしやすくし、機械が入れないような区域の森林は択伐して複層林にし、徐々に自然環境に適した山に戻していくように分類されていく時代になってきている。この6月に閣議決定される森林・林業基本計画もそのような方向を打ち出すのではないか。

――機械が発達してきたとはいえ、林業の問題は多い…。

 皆川 日本は湿潤な気候であるため、植林した木が育つまでの過程で膨大な手間や費用が掛かる。放置していれば木の成長を妨げるほどの雑草が生えてくるため、下刈りの作業が何年間も必要で、その分、人手やコストがかかってくる。このため、そういった作業を効率化させるために、育ちが早い木の苗の開発も進んでいる。また、もう一つの問題は鳥獣害だ。日本では南アルプスの標高3000mの稜線にまで日本鹿が歩いているほど、シカの生息密度が高い。そして、植え付けて間もない造林木の生長点を食べてしまうため、植え方を変えたり、造林木一つ一つに防護ネットを被せたり、色々対策を講じているが、鳥獣害はなかなかなくならない。柵がない山の中で県を跨いでしまうと駆除活動も難しいため、行政も関与して全国一斉に取り組むべき問題とされ、2014年には「鳥獣保護管理法」で、農林水産業に被害を及ぼしている野生鳥獣の個体数や生息域を適正に管理していくという法律がつくられた。

――いったん山づくりが始まると、その方向性は簡単には変えられないが、一方で木材の需要は50年前の計画とは全く変わってくる…。

 皆川 50年前には森林と温暖化対策との関係など全く考えられてなかったが、今では違う。時間の経過とともに人間の考え方は変化していくということを念頭に、10年、20年先を見通しつつ森林に関する計画には修正をかけていかなくてはならない。もともと日本は森の恵みを享受して生活してきた。世界最古の木造建築物の法隆寺や三内丸山遺跡の櫓、出雲大社等をみてもわかるように木造文化だったのだが、戦後は木造建造物を排除するような動きがあった。空襲で木造建築物が燃え、焼け野原になった記憶が大きく影響しているのだろう。また、戦争資材のために伐採したことで山に木がなかったことも背景にある。しかし、今、再び木の文化が見直され始め、十数年ほど前から、低層の公共建築物は先ず木で建てるという「公共建築物における木材利用促進の法律」が出来た。建築法令の中でも木材が活用しやすくなっており、耐火部材や建て方の開発も進んでいる。そのうちに民間のビルやマンションも木造建築になったり内装の木質化が大いに進むだろう。そうなると、森林の価値も上がってくる。

――木材建造物が増えることで、様々な面で良い影響が出てくる…。

 皆川 木造建築物の第一の特徴は、素材が軽いということだ。また、組み立てるだけで良いので、建築期間が短くて済み、そのため、養生の必要がない。労働力として、今一番問題となっている鉄筋の型枠工もあまりいらない。環境保全という観点から考えても、木は炭酸同化作用で空中に浮遊する二酸化炭素を吸収してくれるため、地球温暖化防止にも大変役立つ。現在、海洋や地中に二酸化炭素を閉じ込めようとすることも考えられており、実際にそういった取り組みが進んでいるが、もっと簡単で分かりやすい方法として、生活の中に木材のストック量が増えていけば、地球に優しい生活を送ることができる。そして木材の利用が増えれば、山も若返ってくる。山が若返れば、山の周りに住む人も増えてくるだろう。昔は山の際に沢山の人が住み、そういった人たちが山の手入れをしていたのだが、木材を海外から輸入するようになってから、多くの人が、外材が届く港のまわりに住むようになった。山に資源があるとなれば、そういった過疎過密の問題の解決にもつながっていくのではないか。一方、木と生活することで人間の健康や精神の安定にも好影響が生ずることが科学的に解明され始めている。私も住んでいるマンションを木材をたくさん利用してスケルトンリフォームしたが、大変快適に暮らしている。

――緑の少ない都市から山間部へ税を移転する緑化税を作るような話もあってよいと思うが、税制的な見地からの提案などは…。

 皆川 昭和60年頃に水源税についての議論があり、かなり揉めたことがあった。山の上流側の人たちとしては水源税を強く求めるが、下流側の人たちにしてみれば、すでに水道料という形で水の使用量は支払っているからそれでよいではないかということで、結局、理解が得られず、実現はしなかった。その後、環境省が中心となり地球環温暖化対策税の話が進み、今は脱炭素社会の実現に向けた炭素税の導入も検討されている。そして、すでに、最近導入された税制として森林環境税がある。これは、住民税の課税対象者約6000万人に対して1人当たり年間1000円を負担してもらうというものだ。課税は令和6年度から始まり、本格化すれば年間600億円が森林のために徴収できることになっている。総務省と農林水産省などが連携して実現した税金として、国民の資産である山を的確に管理していくことが求められている税金だ。

――行政の対応について思うところは…。

 皆川 林野行政は長いスパンで考えて動いているため、急に方針を変えることが出来ないし、急に変えすぎてもいけない。奇をてらうような政策は必要ないが、国土の7割が森林であることを忘れることなく、これからもしっかりと守っていって欲しいと思う。戦後からこれまで目覚ましい経済発展を遂げながらもしっかりと自然環境を守ってきた日本は、現在の新興諸国にとってモデルになるような国だ。それはやはり山の恵みによるものであり、国土の7割の森林を守ってきたという効果は高い。今、山に太陽光パネルを作るといった動きもあるが、せっかく二酸化炭素を吸収してくれる森林を切り倒して、そこに太陽光パネルを作るなど本末転倒だ。使える資源には限界がある。日本の森林を守り、活用するためにはどのような形が一番良いのか、日本の特性を生かした本来の生活の在り方とはどういったものなのか、環境問題を考える中で、国民一人一人がしっかりと答えを出していくことが大事だと思う。(了)

――超低金利下が続いているが、そんな中で御社の運用方法は…。

 小池 4月1日付で、機関投資家向けにマルチ・アセットに特化した提案を行う組織を作った。低金利下において金融機関の運用難が続く中でマルチ・アセット運用に対するニーズは増しており、そのニーズにしっかりと応えるために、より一層力を入れている。全体のポートフォリオを考える中で、適正なリスク管理の中でより良いパフォーマンスを獲得していくことも重要だ。そのためのポートフォリオ分析も含めて、トータルに提案できる部隊となっている。

――SDGs(Sustainable Development Goals)について、その概念をどう捉えるかは事業会社によって様々だ。運用会社としてSDGsをどの様に捉え、どの様に関わっていくのか…。

 小池 SDGsやESGは非常に重要な社会テーマだ。課題の解決を新たなビジネス機会と捉え、それらを適切に経営戦略に反映していくことを投資先企業に求めていくことが我々の責務だと考えている。SDGsやESGへの投資を通じて機関投資家としての社会的使命を全うし投資先企業の価値を高めて、投資家の皆様にはその成果を還元する。その一連の投資の好循環の輪を、太く、大きく作っていきたい。

――金融庁がSDGsの概念を整理しようとしているような今の状況で、それらに関するパフォーマンスは本当に上がっていくのだろうか…。

 小池 確かにSDGsに関連するテーマは非常に広範だ。ただ、世の中の選好の変化や企業の持続可能な成長が重要性を増していく中で、将来のパフォーマンスに違いが出てくることは間違いない。それが何であるかをいち早く先に見つけておくことが重要だと考える。また、そのような資産運用を通じて、投資家や発行体企業側のSDGsの意識が強くなることも、世の中を変えていくための副次的な効果として期待できる。SDGsは、そういった重要なテーマだと捉えて取り組んでいる。

――SDGsに特化した部隊などは…。

 小池 当社はかなり前からESGやSDGsに取り組んでおり、そのためのオペレーションも進んでいる。ただ、SDGsに関連するテーマは広く、例えば既に販売される投資信託などでは商品としての違いが見えにくいというような声も耳にする。我々が考えるESGの定義と目標をしっかりと整理して、効果的に対外的に情報発信するための会議体を新たに作った。そこで、引き続き議論を進めているところだ。

――証券界に今後プライベート・エクイティやプライベート・デットなどのマーケットの拡大に注力していくような流れがあるが、御社の取り組みは…。

 小池 4月1日付で野村HDはインベストメント・マネジメント部門を新設した。当社はこの部門の中で、流動性の高いパブリック資産を多く扱う会社として存在しており、この部分は引き続き変わらない。流動性の低いものに関してはオルタナティブ資産を含め、グループ全体としてもより幅広いサービスとソリューションが提供できるよう体制を整えていく方針だ。注力していくセクターなどについては、グループ内で議論を進めて戦略を立てていくことになろう。それらの戦略に基づき、今後当社でも、プライベート領域への拡大・強化の具体的な取り組みを進めていくことになる。

――AIの時代となりつつあり、運用にもAI技術が取り入れられてくると、人間の力は必要なくなっていくのか…。

 小池 AIを含め先端技術の研究に注力している。日本で大きな注目を集める、ベンチャー企業のPreferred Networksと野村HD及び当社の3社で連携し、AIを使った運用手法の高度化に資する共同研究も進めている。将来的にはAIなどの先端テクノロジーを活用したファンドの設定なども目指している。しかし、だからといって将来的に日本の金融商品すべてがAI運用になり人間の力が必要なくなるようなことはない。そういった技術が使える分野と、人間の力が不可欠な分野の棲み分けが進んでいくのではないか。

――金融庁は顧客本位の業務運営を徹底させるよう促している。御社の取り組みは…。

 小池 顧客本位の取り組みは対象とするお客様によって変わってくる。例えば販売会社に対しては、当社の資産運用商品を投資家の皆様に適切に販売していくために、金融知識やコンサルティングノウハウの提供をサポートする金融リテラシー推進部を作り、対応している。投資家の皆様に商品をしっかり理解していただくためには、それを販売する金融機関の皆様がその商品を理解して納得のいく説明をしていただくことが大前提だ。当社としては、金融機関の皆様により高い金融リテラシーを獲得していただくサポートをすることで、顧客本位に繋がると理解している。また、新設した資産運用研究所では、資産運用に関する情報を発信するためのコンテンツを作成している。研究所というと少しアカデミックに聞こえるかもしれないが、資産運用を始めたいが何をすればよいか分からない、難しそうだ、と思っていらっしゃる方々に、例えば、開発したWebアプリケーションで積立投資を体験してもらう等しながら、なるべく分かりやすく資産運用の重要性をお伝えしている。販売会社様にそれらのコンテンツをご活用いただいたり、当社運営のWEB等で直接コンテンツを届けることも進めている。

――資産形成層と富裕層に対するアプローチのバランスはどのようにお考えか…。

 小池 数年後には中学や高校でも投資教育が行われるという時代の中で、当社としては、そういった若年層に「資産運用が大事だ」という意識を持ってもらうための活動を積極的に進めていく。一方で、日本の金融資産の7割近くは60歳以上の方々が保有しており、人生100年時代といわれる現状において、高齢者向けのわかりやすい研修プログラムも充実させている。世代分けをすることが主眼ではないが、販売会社の皆様のニーズに応えられるよう、高齢者向けと若年層向けで必要とされるそれぞれのサービスを用意している。それらのバランスを定量的にお示しするのは難しいが、日本での金融資産の保有状況や、資産形成層の積み立ては、取り組みを考えるポイントになっている。

――資産運用業界におけるM&Aの展望や、日本の投資信託市場の課題について…。

 小池 海外では資産運用業界のM&Aも活発に行われているが、日本国内ではそのような動きは想定していない。また、日本の投資信託市場がなかなか拡大していないことに対して問題意識は強く持っており、規模拡大のためにしっかりと取り組んでいかなければならないと感じている。そのためには、高品質な商品の提供、投資家の方々の意識や知識を高めていくこと、そして販売会社の皆様にもそこを担っていただくため我々がサポートさせていただくことも必要だ。今、そういったことに対する取り組みをしっかりと行っていることが、将来的な投資信託市場の裾野拡大につながり、我々のビジネスの成功にも繋がっていくと信じている。

――最後に、新社長としての抱負は…。

 小池 当社は、投資信託が登場して日本で最初に設立された運用会社だ。リーディングカンパニーとして、しっかりとアセットマネジメント業界を率いる存在でなければならないという責務を強く抱いている。一方で、資産運用の重要性がまだ世の中に浸透していないことも事実だ。どのように理解を深め、浸透させていくのか、そのために、当社が持てる力を存分に発揮して皆様から選ばれる会社となり、同時に、資産運用そのものが持っている使命をしっかりと広めていくことが出来ればよいと思う。(了)

――宗教に興味をお持ちになったきっかけは。また、「宗教」とは何なのか…。

 島田 私が大学に入学したのは1972年で、学生運動が活発になっていた時代だった。それも影響しているのかもしれない。人間の世界観の根本は、大方、宗教に影響されている。新しい考え方のもとに学生運動が盛り上がるという環境のなかで、宗教学を研究するようになった。日本では、葬式を出すまでは、自分の家がどの宗派に属するのかを知らないことが多い。ところが、人間には常に「死」が待ち構えており、年齢が上がるほど宗教について考えるようになる。自分の親が亡くなり、葬式を出し、喪主を務めるようになって、初めて自分の家の宗旨を知り、それについて考えるようになる人も多い。家の伝統を受け継ぐこと、そして、その信仰に基づく共同体が宗教の基盤だ。

――多くの日本人は宗教にあまり関心がない…。

 島田 日本では、例えば初詣の時に神道と仏教の2つに同時に関わるような機会があったり、キリスト教でもないのに結婚式は教会で挙げるというようなことが普通に行われている。また、日本には地震や洪水などの天災が多く、災害に対して無力感を持つことが多い。そうなると、絶対的な神が存在しているとは考えなくなり、無常感が共有されている。ただ、日本人が宗教を持つ理由として一番大きいのは「仲間意識」だ。もともと人間は一人では生きていけず、コミュニティの中でルールに従って生きていく。その形を与えてくれるのが宗教だ。しかし、現代の日本では、新興宗教はもちろんのこと、既存の神道や仏教もその面では大きく衰退してきている。

――日本の宗教においては、ルールよりも心の安らぎを求めることが中心になっている…。

 島田 日本で新興宗教が増えてきたのは戦後の高度成長期で、信者になった人の多くは、地方から労働力として上京してきた人達だ。低学歴、低収入の人たちが都市の中にコミュニティを作り、不安を共有しながら生活してきた。例えば、同じ信者がいる企業に子弟が入社するような例もあった。しかし、そういった人たちは高齢化し、子供たちは都市に定着しているため、今の時代では、そういった宗教のコミュニティはあまり必要とされなくなった。実際に、この30年で日本の新興宗教団体は3分の1程度まで信者数を減らしている。創価学会でさえ、ごく最近になって衰退の兆しが見えており、公明党の得票数も3年前に比べて20%程度落ちている。今年の都議選、衆議院選でそれがさらにはっきりするだろう。

――宗教には、地域にあった利便的な考え方が根差している…。

 島田 例えばイスラム教が豚肉やアルコールを口にしないのは、中東には昔から豚自体が存在せず、食べる機会などなかったからだ。他方で、利便的な考え方だけで宗教が出来たわけではない。イスラム教というのは商人を通して広がっていったが、商人同士の取引には約束事がなければ成り立たたない。その共通の約束事が、イスラムの「法」だった。つまり、イスラム教に関していえば、利便性というよりも、お互い信頼し合いながら生活していくための「約束事」という面が大きい。イスラム社会を厳しい決まり事のある国だと思うのではなく、その背景を理解していくことは、グローバル化が進む現代においては非常に重要なことだ。また、イスラム教が誕生した中東のアラブの社会は、血の繋がった部族の結束が非常に強い地域だった。そのため、他の部族との争いを起こさせないために「神」という絶対的な存在を信仰し、そのバランスをとっている。同様にユダヤ教も、ユダヤ人が国を失い流浪していた中で「法」を作り、それに従って生きていくことが、「ユダヤ人」として存在していくための指針であり支えとなっていた。そこには、皆が同じようなことを行えば社会は安定するという考え方がある。

――国によって「法律」が存在する。その「法律」と「宗教」がぶつかった時には…。

 島田 イスラム教やユダヤ教の場合は、宗教の法をベースに一般の法律が出来ている。日本のように、他の国の憲法を参考に突然出来上がった法という訳ではない。そういう面で、今、一番「法」と「宗教」がぶつかり合いを見せているのはフランスだ。フランスには、移民として入国してきたイスラム教徒が国民の約10%にまで増え、ルールの違う人たちが多くなってきた。グローバル化の中で対立が起こってくるのは、もはや仕方のないことであり、我々としては、対立を冷静に見ていくしかない。しかし、イスラム教については組織が発達していないことを理解しなければならない。例えば、9.11米同時多発テロ事件は「イスラム教徒のテロ組織の犯行」と報道されているが、そういったグループは組織というほど強固な集団ではない。また、フランスのシャルリー・エブド襲撃事件も「イスラム過激派テロリストの犯行」と言われているが、犯行は二人の兄弟によるもので組織ではない。そもそもイスラム社会において組織や法人というものは認められていない。宗教を考える際には、そういった面もきちんと押さえておかなければならない。

――グローバル化が進む中で、世界的な宗教が出てくる可能性は…。

 島田 基本的に宗教は地域に根差している。キリスト教に関してはヨーロッパへ拡がっていったが、イスラム教は中東に、仏教はアジアに集中しているように、地域によって信仰が受け継がれている為、人類全体を統合するような世界宗教の成立は難しいのではないか。実際に宗教による対立が起こっているのは、宗教の違う地域の境界線上や、ヨーロッパのように大量の移民が流入しているようなところだ。一方で、中国には宗教を国家が管理しようとする中国共産党の方針があるが、中国共産党自体を共産主義というイデオロギーを信奉する宗教と考えれば、これも宗教対立にあてはまる。広大な面積を持ち、様々な民族が存在する中華人民共和国を如何にまとめていくかという点で、中国共産党のイデオロギーは強力なものとなった。毛沢東も、実際の生涯では様々な失敗を犯していながらも、今では神様のように扱われている。現在では、こういった側面を持つ中国を研究するのは、厳しい情報統制が行われているため、相当に困難になってきている。

――格差社会が広がっている米国等、先進国地域の宗教は今後どうなっていくのか…。

 島田 米国ではカトリック派が4分の1、プロテスタント派が4分の1、南部に広がる福音派が4分の1、無宗教が4分の1という構成になっている。昨年の米大統領選でトランプ元大統領が当選できなかったのは、彼の支持層である福音派が少し衰えているからだという声もあったが、宗教は長寿社会には向かないという面もある。実際に米国で信仰率が高い州と平均寿命が短い州の関連データは合致しており、平均寿命が長い州では教会に行く割合が減っている。そして、今回のコロナ禍で米国の平均寿命は前年に比べて1歳短くなり、日本とは6歳違うようになってきた。そうなってくると、米国ではまた信仰に拠り所を求める人たちが増えていくかもしれない。とはいえ、世界一の高齢化社会である日本の宗教の需要は実際に減少し、先進国全体でも宗教は衰退傾向にあるとなると、今後、宗教に代わるものは何になっていくのか。宗教のような心の拠り所を見つけることはなかなか難しい。そう考えると、宗教が無くなる訳ではないにしても、宗教の役割は小さくなり、宗教とのかかわり方にも大きな変化が生まれてくることになるのではないか。(了)

――この程、「ハイブリッド戦争(講談社現代新書)」という本を出版された。このテーマで書こうと思われたきっかけは…。

 廣瀬 もともと出版社の方から「ロシア外交」をテーマにした教科書的な本を書いてほしいという依頼があったのだが、私の研究はあまりオーソドックスではなく、教科書的な内容に仕上げることが非常に難しかったため、ちょっと方向性を変えて、今、ホットな話題であるハイブリッド戦争について書こうと思った。私は2017年~2018年にフィンランドに滞在して在外研究をしていた経験がある。ロシアの脅威に常に晒されながら中立的なスタンスを維持する外交を模索してきたフィンランドは、ハイブリッド戦争の脅威を強く感じている。ロシアが旧ソ連諸国や諸外国に影響力を示すための手段として使ってきたのがハイブリッド戦争であり、特にその手法が際立ったのが2014年のウクライナのクリミア併合と東部ウクライナの危機だった。以後、ロシア周辺国はとりわけハイブリッド戦争を恐れるようになった。そして、ロシアの外側から、ハイブリッド戦争を通じたロシア外交を見ると、ロシア外交の本質が見えてきた。それは、私がこれまで行ってきた研究スタイルそのものだ。

――日本ではハイブリッド戦争といってもまだ耳慣れない人も多いが…。

 廣瀬 従来のような通常兵器だけを使った戦法でなく、例えば、サイバー攻撃やフェイクニュースの拡散なども含めた重層的な戦法を使うようなことをハイブリッド戦争と言う。実際にロシアのハイブリッド戦争の恐ろしさを世界に印象付けたのは、前述の2014年のクリミア併合だったと思う。当時、ロシアは、通常戦争に訴えることなく、代わりに政治技術者や特殊部隊、情報戦などを利用してあっという間にクリミアを併合した。日本政府もそのような戦法を見て、戦争のあり方が変わったとして、ハイブリッド戦争の恐ろしさを身近に感じたと思う。実際に2018年の防衛大綱では、これまで10年に1度だった改定を5年に1度という早いタームに変更し、そこに、新しい脅威への対抗を明記している。例えば、日本はこれまで専守防衛だったが、サイバーという領域になると専守防衛では間に合わない。そこで、日本でもサイバー防衛隊を設置し、ホワイトハッカーを備えて防衛するというような方針を取り入れた。ホワイトハッカーの養成は、東京オリンピックにおける積極的なサイバー対策にもつながっている。

――クリミア併合の時に、ロシアは具体的にどのような事を行ったのか…。

 廣瀬 旧ソ連時代から、ロシアは色々な所に政治技術者、つまり情報工作などで政治的に都合の良い状況を作り出すような人間を送り込んできた。そういった人たちが一般人に紛れ込み、その地の人たちを洗脳して政治的にロシア寄りになるように影響を及ぼしていく。クリミア半島をロシア連邦の領土に加える時も、先ずはそういったところから下準備が始まっていた。2013~2014年にウクライナで起こったユーロマイダン革命で当時のウクライナ大統領だったヤヌコーヴィチ氏が失脚しロシアに亡命すると、ロシアは混乱するクリミアに特殊部隊やコサック(軍事的共同体)を送り込み、クリミアの親露派達を利用しつつ、もともと国際法的にはウクライナの一部であったクリミアをロシアに編入するために都合の良い状況を生み出した。クリミア併合は、表向きは住民投票による住民の総意の結果だという事になっているが、実際には、ロシアへの編入に反対していたクリミアタタール人が投票出来なかったり、ロシア編入に賛成しなければ命の保証がないというような恐怖の中での投票が強いられたり、およそ公平とは言えない選挙だった。

――ロシアの政治技術者は日本にも存在するのか…。

 廣瀬 日本での活動については諜報関係が多いと聞く。私には経験がないので、あくまでも伝聞だが、たとえば大使館に籍を置いていると名乗り、日本の知識人やジャーナリスト、政権担当者に近い人物に接近して、一緒に食事をするような関係を築いていくそうだ。もらった名刺に記されていることは真実ではなく、アポイントの取り方も、いかにもというような怪しい方法で次の約束に繋げると聞いている。しかし、一般の人はそれをスパイだと気づかないケースが多いそうだ。日本人は基本的にそういったところでの危機意識が少ない。身近な脅威を、もう少ししっかりと認識すべきだ。

――ロシアでは反プーチン体制が力をつけてきているようだが…。

 廣瀬 アレクセイ・ナヴァルヌイ氏の毒殺未遂、ドイツでの治療後の逮捕・拷問、そしてナヴァルヌイ支持者が中心となっている反体制運動が大々的に報道されていることで、ロシアの内政が大変なことになっていると考えている日本人は多いようだが、実際のところ、当局がそれほど心配するような事態にはなっていないと思う。そもそも、ナヴァルヌイ氏自身にも少々怪しい側面があり、ロシアで絶大な人気がある訳ではない。もともと異常な程の愛国主義者で、かつては国内の少数民族や移民労働者など外国人を激しく弾圧するような発言もしていた。アムネスティインターナショナルは昨年暗殺未遂に遭ったナヴァルヌイ氏を「良心の囚人」(良心に基づく信念、信仰や人種、性的指向などを理由に、不当に拘束されている人たちのこと)と認定していたが、そういった過去の事実が発覚してからは認定を解除している。もちろんその情報はロシア側から出されたものであり、欧米がロシアの政治操作にまんまとやられたという評価もあるのだが、実際にナヴァルヌイ氏が怪しいと感じているロシア国民は多く、暗殺事件についても6割近い人たちが欧米のデマだと思っているのが実情だ。

――それでは、プーチン政権は現在も変わらず盤石なのか…。

 廣瀬 盤石とまではいかない。ナヴァルヌイ氏がいわゆる「プーチン宮殿」を動画で暴露した時も、それでプーチン大統領を軽蔑したというようなロシア国民はそれほどいなかった。ロシアでは、悪いのはプーチンではなく、プーチンのまわりの役人や政治家だという考えを持つ人が多い。だが、生活が苦しいという実状があるのも事実で、それが一向に良くならないことから、閉塞感や政権への不信感は確かに高まっている。とはいえ、今、プーチン大統領に代わってトップに立てるほどの人物はおらず、野党政治家はもちろん、与党政治家も信用できないとなると、このままでいる方がマシだという程度の気持ちで維持されている「安定」ではないだろうか。

――クリミアを併合した時、プーチン大統領の支持率は急上昇したが、政権を維持するために再びどこかにハイブリッド戦争を仕掛けるという事も考えられるのか…。

 廣瀬 それは判断が難しいところだと思う。これまでロシアは各地に人を遣って情報を掴み、その情報をもとに色々な展開を行ってきた。最初の目立つサイバー攻撃は2007年にエストニアに対して行ったものだった。その効果に味をしめたのか、2008年のロシア・ジョージア戦争では、戦闘と並行してサイバー攻撃や情報戦を展開し、まさにハイブリッド戦争の実践的練習を行ったといえる。だが、それに関しては、国際社会は大きな反応をしなかった。しかし、クリミア併合では、欧米が制裁を発動し、その制裁規模をどんどん拡大していったためロシア経済は大きな打撃を受けた。石油価格の下落もあり、仮にさらなる制裁を受けるとなれば、ロシア経済は深刻な状況に直面するという危機感がある。そのため、よほどのことがなければ、支持率向上のために新たな火種をあえて作るようなことはしないのではないか。ただ、ロシアが世界中にいかに影響力を及ぼしていくかという観点では、引き続きスパイとして他の地に人員を派遣するようなハイブリッド戦争への準備は行われており、最近ではアジアやアフリカなどへの動きも活発になってきている。特にアフリカについては、旧ソ連時代の影響力を取り戻したいという思いもあり、また中国との対抗から、ロシアの積極的な動きが目立つ。また、ロシアの影響圏が脅かされるような展開になれば、ロシアは勢力圏維持のために大きな動きに出る可能性もある。加えて、昨今のコロナ禍ではワクチンによる外交も大規模に進められている。

――ワクチン外交といえば、中国も行っている。現在のロシアと中国の関係は…。

 廣瀬 これまでロシアの勢力圏にあった中央アジアに中国が手を伸ばそうとしていることについて、ロシアは面白くないという思いもあるだろう。しかし、現在の力関係は明らかに中国が上であり、ロシアとしてもそれを認めざるを得ない。そのため、ロシアは多少不満があっても、それを表面に表すことはできない。むしろ、いかに中国に離されないようにしていくかいうようなスタンスで付き合っているところをみると、今はとても良い関係なのではないか。

――ロシアや中国が仕掛けているかもしれないハイブリッド戦争に備えて、日本が出来ることは…。

 廣瀬 昔の手法とは全く変わってきている現代戦を解明していくことが、日本の防衛にとって非常に重要になってきている。昨年はイージスアショアの問題が議論になっていたが、そういった大きな対策だけでなく、無人航空機(UAV)などの小さな兵器も含めて多面的に防衛を考える必要があるだろう。特に、今の日本はサイバー攻撃に対する防衛が脆弱で、どこから攻撃されているのかわからない、或いは攻撃されているのに長年それに気づいていないような状態だ。官民が協力してそういった対策に取り組む必要がある。また、日本人の特徴なのか、フェイクニュースに騙されやすい人が多いという部分においては、もっと国民の情報リテラシーを高めるような教育が必要だ。欧米では情報リテラシーの教育が子供のころから行われている為、特にヨーロッパのメディアリテラシーは高い。一方で、日本の水準は世界に比べて物凄く低く、何が真実なのかを理解する力が弱い。その辺りの教育をきちんとやっていかなければ、例えばフェイクニュースに騙されて親露派の総理大臣を選んでしまうといった事にもなりかねない。それが、まさに2016年の米大統領選だった。情報リテラシー能力を高める事。それが重要だ。(了)

――2002年に造船事業を分離させて以降、業容が大きく変化している…。

 三野 当社が船を造らなくなって約20年、今や社員達も造船事業で日本を率いてきたという時代を知らない人の方が多くなってきた。現在の日立造船をけん引している主力事業の一つは、ごみ焼却発電事業だ。廃棄物を燃やして衛生的に処理し、それをエネルギー資源として発電するごみ焼却発電施設は全世界に納入しており、世界でもトップクラスのシェアを誇っている。

――日立造船のごみ焼却発電施設の特徴は…。

 三野 1965年、大阪の西淀に日本で初めて大型の発電付き焼却施設を納入した。設備の耐久性が高いのが特徴で、この55年間、ごみの性状に合わせて改良を重ね、発電効率の向上に努めてきた。今ではよく耳にする遠隔監視運転も2000年という早い時期から取り組んでおり、競合会社と切磋琢磨しながら技術を磨いてここまでやってきた。国内ではこれまで約500カ所でごみ焼却施設を納めており、今後も安定した更新需要はあるが、大きな成長は見込めない。他方、海外では欧州や中国を中心に約500カ所でごみ焼却施設を納めているが、インドやASEAN地域等では今後ごみ焼却発電施設はますます必要になってくるため、グローバルな展開にも積極的に取り組んでいくつもりだ。会社全体での海外売上比率は、この2~3年は平均して30%弱だが、今後は海外比率の方が増えていくと見込んでいる。

――2011年にはインドに現地法人を設立された…。

 三野 インド現地法人であるHitachi Zosen India Private Limitedは、巨大なインド市場をカバーするとともに、当社がグローバルな事業展開を進めていくうえで重要な拠点になると考えている。どの国も事業を始めて軌道に乗るまで10年はかかる。インドに関して言えば、2016年にごみ焼却発電施設の初号機を納め、昨年ようやく2件目の受注に至った。SDGsやCO2削減という世界的な流れの中で、タイやマレーシアなどでもいくつか案件をいただいており、今後も増えていくことを期待している。世界中で大量に廃棄されるごみが、埋め立てではなく、当社のごみ焼却発電施設によって衛生的に処理されて、エネルギーの利用もできる。グリーンでクリーンな世界の実現に向けて、我々の技術で貢献していきたい。

――メタネーションの技術開発にも意欲的に取り組まれている…。

 三野 メタネーションとは、CO2と水素からメタンガスを生成することだ。回収したCO2を、既存のインフラでも活用できるメタンガスにして再利用する。このような技術こそ今の時代に欠かせないカーボンニュートラルに貢献できるものであり、当社としても引き続きその技術開発に取り組んでいく。さらにいえば、当社は同時に再生可能エネルギーを使った水素発生装置の技術開発にも取り組んでいる。CO2を削減し、ゼロカーボン社会を実現させるために、あらゆる方向から代替エネルギーにつながる技術を展開していく。

――洋上風力発電事業の今後の計画については…。

 三野 洋上風力発電についても、船や浮体構造物を作る技術を持っていたことから始まった。もともと当社は、陸上での風力発電事業を2001年に開始しており、すでに現在、国内3カ所で陸上風力発電所を運営している。それに続くものとして、現在、伊藤忠商事とENEOSと共同で参画する「むつ小川原風力合同会社」では、青森県上北郡六ヶ所村での風力発電事業化を進めているが、日本ではどうしても陸上での設置場所に限りがある。そのため、先ずは沿岸部の着床式、その後浮体式といった形で洋上風力発電を展開することが望まれている。ただ、洋上風力は陸上に比べて非常に規模が大きくなり、莫大な資金もかかってくるため、当社としては、基礎構造物を製作し供給するといったような形で、強みを生かした事業展開を図っていくつもりだ。洋上風力向け浮体基礎についてはNEDOの実証事業として2019年より北九州市沖で稼働している。

――2019年4月に施行された「再エネ海域利用法」によって、国内の洋上風力発電は急速な市場拡大が見込まれている…。

 三野 洋上風力発電と一言でいっても、着床式から浮体式まで様々なタイプの基礎構造物があり、当社はそのそれぞれの構造物を設計、製作する技術を有している。ただ、日本の洋上風力発電は欧州に比べて遅れている。その主な理由として海上権益の問題や送電網や法整備の問題があげられる。また、欧州では安定した偏西風だが、日本の場合は季節により風況が異なる問題もある。そういった問題にしっかりと向き合いながら、安全面での検討もさらに進め、「再エネ海域利用法」の有望な区域と指定されている青森での洋上風力発電を実現させていきたい。

――次世代電池として注目が集まる「全固体リチウムイオン電池」の開発も手掛けている。目指すところは…。

 三野 当社の製品は、真空環境や-40度~+120度の特殊環境で使用を想定したもので、産業機器や宇宙などの特殊用途での展開を検討している。今年2月に発表させていただいたが、先ずはJAXAと共同で宇宙での実証実験を計画している。初めのうちはどうしても製造コストがかかるため、サンプル提供を行いながら色々な使い道を見つけていきたい。

――今後の日立造船はどのような形で進んでいくのか…。

 三野 企業理念である「私達は、技術と誠意で社会に役立つ価値を創造し、豊かな未来に貢献します。」を第一に、クリーンなエネルギーやクリーンな水、環境保全、そして災害に強い街といった、地球と人のための事業に引き続き取り組んでいく。「日立造船」という社名ではあるが、毎年当社に入ってきてくれる新入社員の皆さんは、当社の事業内容をきちんと調べたうえで、こういった分野で何か社会の役に立ちたいという思いで入社される方たちばかりだ。技術立社として、SDGsやグリーン成長戦略といった政策にもしっかりとマッチするような事業を進めていきたい。数字的な目標としては、現在年率3%程度の営業利益率を、先ずは中期経営計画で目標にしている5%以上とすること。そして、2030年には10%にまでに持っていくことだ。きちんと収益をあげて、いつでも次の目標に投資出来るような体制を整えておきたい。(了)

――コロナ禍により、多くの中小企業が大きな影響を受けている。中小企業と一括りに言っても業種は様々だが、その現状は…。

 豊永 人が外出や移動を制限された時に、先ず影響を受けるのは、対面での仕事だ。外食や観光、スポーツクラブ、宿泊施設などから人々の足が遠ざかるようになり、それらの産業に商品を卸しているところまで芋づる式に影響が出てくる。ある調査によると、中小企業の約8割の業績が対前年比マイナスとなっており、プラスの業績になった残り2割は、スーパーマーケットやホームセンターなど、人が家の中で過ごすためのものを売っているところ、或いはそういったところに商品を卸している企業だった。景況調査では、マイナスの業績だった企業の昨年4-6月期の数字はリーマンショック時よりも下回っており、その後、秋にかけてゆっくりと上昇してきたものの、それでも100人中80人が悪いと考えているような状況だ。特に飲食業と宿泊業に関しては100%の企業が景気が悪いと感じている。昨年末の第3の波から、1月の緊急事態宣言を乗り越え、対前年比での景況感はよくなったと思われた時期もあったが、それも一瞬だった。

――先が見通せない中で、中小企業基盤整備機構の取り組みは…。

 豊永 当機構は全国9カ所に地域本部があり、正規職員は約750名だが、コロナ禍の現在は政府からの要請もあり、各地域本部に相談窓口を設置して、普段では行わないような色々な相談も引き受け、フル稼働で対応している。悩みの多くは資金繰りであるため、政府系を含めた金融機関の紹介や、オンラインでの情報提供等を行っている。将来が不安で何をどうすればよいのかわからない状態の時には、しっかりとした情報を届けることが一番だ。そういった取り組みを続け、持続化給付金については420万件、雇用調整助成金は250万件、実質無利子無担保のゼロゼロ融資は200万件の借り入れ件数があった。特にゼロゼロ融資については、当機構は政府から2兆円の予算を受けて利子分を補給している。中小企業は、そうやって何とか資金繰りを回していこうと頑張っているが、年末の倒産件数は増加のきざしを見せており、息切れ感が出てきているというのが現状だ。特に経営者が高齢の場合、従業員に迷惑をかけるくらいなら、今のうちに休業か廃業をしようという考えが出てくるのか、実際、昨年の休廃業件数は一昨年よりも増えている。

――資金面ではひとまず十分な融資体制が整っているようだが、それだけでは景気は戻らない。今後、必要とされることは…。

 豊永 決定的に大事なことは、売上げを増やすことだ。いつ終息するかわからないコロナ禍で、ただ指をくわえて待つのではなく、これまでの商品やサービスの在り方や届け方を変える工夫をして、減った分を少しでも元に戻していく努力をしなければならない。例えば、飲食業では店内で食べるだけでなく、テイクアウトも出来るようにしたり、カフェの内装を間仕切り仕様にしてテレワークに利用出来るようにしたり、人々の生活の変化に対応した新しい形態に柔軟に対応しているところが、実際に売上げを増やすことが出来て、生き残っている。

――売上げを増やすという面で、機構が支援していることは…。

 豊永 例えば、事業所に専門家を派遣して、その事業に合ったサービスの変革アイデアや知恵を提供している。それを実現させるために必要な資金についても、補助金スキームに乗せた提案をしている。商品の販路開拓をするような場合には、人が密にならないようにオンラインなども取り入れたマッチングイベントも提供している。コロナ禍という今の時代に適した形で、販路開拓や資金提供、そして場の提供といった支援を行っている。

――人材育成のサポートとして「中小企業大学校」も開かれている…。

 豊永 当機構では、中小企業の持続的な成長のために、北海道から九州まで全国9カ所に「中小企業大学校」を設置し、経営者や後継者などの方々を対象にした研修メニューを提供している。受講者は年間約2万人弱だが、プログラムが宿泊を伴うということもあり、コロナ禍の昨年4月~6月までの3カ月間は休業せざるを得なくなった。しかし、宿泊施設の感染対策を強化したり、オンライン受講を取り入れるなど、色々な工夫を重ねてこれまでと同じクオリティを保つプログラムの実施を試み、その甲斐あって、休業した3カ月を除けば、徐々に例年とほぼ同じレベルに戻りつつある。コロナ禍でリモート社会へと変化していく現在においては、IT化やオンライン化が加速し、経営者には働き方改革の推進や生産性の向上なども求められている。「中小企業大学校」では、専門の先生方をお呼びして、時代の変化や多様化する経営課題に適応した研修を提供している。中小企業の経営者の皆様には是非役立ててもらいたい。

――中小企業を支援する方々に向けた研修プログラムもある…。

 豊永 「中小企業大学校」では、中小企業経営者だけでなく、商工会議所の指導員や中小企業診断士など中小企業を支援する方々を対象にした、支援スキル向上のための理論及び実践研修プログラムも提供している。事業者に向けて直接指導するものと、事業者に向かい合う信金や商工会議所、中小企業診断士の方々に教育を行うという2方向からのアプローチで中小企業の持続的な成長に貢献している。というのも、戦後は実績のない事業者に融資することが当たり前の時代であり、その後も暫くは実績を見て担保を取り融資するというような時代が続いたが、高度成長期からバブルが弾けると、担保が右肩上がりの時代ではなくなり、むしろ担保が目減りしていく時代に入ってきた。そういった中で融資をしていくためには、事業性評価できちんとしたリスクを取らなくてはならない。つまり与信能力がなければ始まらないということだ。その与信能力を高めるために、当機構を使って習熟してもらえれば良いと考えている。

――今後の抱負は…。

 豊永 昨年から心掛けているのは金融機関とのコラボレーションだ。特に、従来から地域ごとの金融機関との連携は行われているが、全国規模での展開を目指して日本政策金融公庫や商工中金、信金中金との間ではかなり具体的な協力関係を結んでいる。そこから確実な成果を生み出していくために、当機構としてやるべき事業は急速に増えている。例えば最近では、ある事業者に対して日本政策金融公庫が長期資金を融資し、地元の金融機関が短期の運転資金を貸し出し、当機構から専門家を派遣して経営支援するといった3つの仕組みを一括で提供するサービスを始めている。また、各地域金融機関と協力して包括的なサービスを行ったり、個別事業者とのコラボレーションで企業に対するハンズオン支援事業等も行っている。特に、ITやDX、その他BCP(事業継続計画)といった分野でのアドバイスを求める声は多い。大規模地震、豪雨、そして今回のコロナ禍を経験し、「明日は我が身」と考える経営者が多くなったことの表れだろう。そこでキーワードとなるのが「平時から役立つ緊急時対策」だ。在庫品の上限管理や、代替取引先の確保確認など、緊急時の対応を平時から行っておくことで、結果的に普段から無駄をしないという考え方が身についていく。当機構よりもはるかに大きな顧客数を持つ金融機関とのコラボレーションと、多角的な視点からの事業展開で、日本の中小企業の発展に貢献していきたい。(了)

――少子高齢化が進む中、信託機能がさらに重要になってきている…。

 振角 人生100年時代となり少子高齢化が進む中で、60歳以上の国民が保有する金融資産は全体の65%と言われている。その資産を若年層に移転させて経済の活性化を図る事が、金融庁や経団連も一丸となって取り組むべき大きな政策課題となっている。そして、そういったニーズに対応する商品として、例えば「教育資金贈与信託」と「結婚・子育て支援信託」がある。両商品は一定額まで贈与税が非課税になるということもあり、着実に伸びてきている。特に「教育資金贈与信託」については、2020年9月末時点で、契約数(累計)が約23万件、信託財産設定額(累計)が1兆7000億円に拡大しており、最近でも毎年1万件ほど増えている。信託銀行は若い世代にとってはあまり馴染みがないが、この商品を導入することで比較的若い世代が受益者として関りをもち、それが信託銀行にとっても生涯にわたるお付き合いの端緒となると考え、業界としても戦略的に取り組んでいる。

――高齢化社会に対応した商品は…。

 振角 例えば「後見制度支援信託」がある。成年後見制度においては、老齢で脳の認知機能が衰え始めた方などの財産管理を成年後見人が行うが、成年後見人による不正事例が多発したことから、この商品が作られた。成年後見制度を利用する高額な資産を保有している高齢者が、その資金を信託銀行に信託し、生活費や老人ホームに入所するなど資金が必要になった時には、家庭裁判所の指示を経て信託銀行の口座から引き出すというような仕組みで、高齢者の資金を守る商品だ。家庭裁判所としても後見人を監督する立場として、信託銀行が財産管理に関わることで安心できるため、この制度を推進している。2020年9月末時点で受託件数は2万件弱、受託残高は約6100億円となっている。その他、相続の際に個々の家族の事情に応じて柔軟に内容を設定できる「遺言代用信託」も、今の時代のニーズに応えた商品として2020年9月末時点で約18万件とかなり増えてきている。

――その他、今後の社会に必要と思われる信託商品は…。

 振角 やはり、基本的には高齢化社会に対応した商品のニーズが高まっていくと考え、色々と知恵を絞っている。相続のような財産面だけでなく、例えば老人ホームへの紹介業務等、包括的に老後の生活を支援するような信託、或いは代理人が支払いをする場合にスマホを活用したデジタル化対応商品等、各銀行において切磋琢磨しながら考えているところだ。このように、高齢者が保有する資産を、信託機能を使って次世代に繋げていくという政策課題に加えて、例えば、我が国には「地方活性化」という政策課題がある。こういった面でも信託機能が役立てることを考えている。具体的には、森林資源が豊富にある岡山県の小さな村で、老齢化によって林業を続けられなくなった場合に「森林信託」という形にして、森林の所有権を受託して活用していく。受託した森林資源は、間伐材でバイオマス発電をしたり、その発電機能で蓄えた電気を使ってウナギの養殖場を作ったり、信託銀行がそのオーガナイズ機能を担い、村の活性化につなげていく。このように、信託は色々な分野で活躍できる可能性をたくさん秘めているのだが、これまでそういったことに必ずしも手を付けていなかった。地方活性化が政策課題となったことで、我々としても未開拓だったこの部分で色々な提案が出来るようになっているのは嬉しいことだ。

――欧米に比べて日本の信託機能はまだまだ遅れているが、それに追いつくために必要なことは…。

 振角 当協会では、経済面や税制面についての知識を深めるために、専門の先生方を含めた研究会を定期的に行っている。最近の大きなテーマはやはりSDGsに関連したものだ。例えば、最近では、企業のサステナブル経営を強化するインセンティブを与えるためには、業績連動型の役員報酬を与える動きが盛んになっているが、その「業績」の中には、環境負荷の低減にどのように取り組んでいるか、或いは従業員の満足度をどのように高めているかといった、財務諸表には出てこないような部分も加えられつつある。しかし、そうした場合の損金算入が税務当局ではまだ認められていない。一方で、海外ではすでに損金算入が認められている例もあると認識している。この部分が認められると、企業のサステナブル経営を後押し、ひいては企業価値の向上に資するものと考え、信託銀行としてのSDGsへの貢献も期待できるだろう。また、信託銀行は株主名簿管理人として、株主総会の運営も行っているのだが、最近では、株式発行会社からオンラインでの株主総会を望む声も多くなっている。すでに一部オンラインの形態は増えてきているが、海外のように完全オンラインでも出来るように法改正等の準備が行政で行われており、各信託銀行においては、コロナ禍をきっかけに急速に進んでいく新たな形の株主総会へのサポートも、重要な課題として取り組んでいる。

――改めて、政府への要望等は…。

 振角 コロナ禍で停滞した経済を活性化させるために、今の時代に必要とされるSDGsに関連した商品を組み込んで信託業界全体で経済の発展に寄与していこうと考えている。そのためのより良い税制の在り方は欠かせない。先述の役員報酬制度における損金算入の問題等、時代に即した税制体制が早く整うように、我々も引き続き研究会を重ねてしっかりと提言していきたい。また、昨今においてはデジタル化やテレワークが普及していることに伴い、対面営業に重点を置いてきた信託の販売方法にも変化が求められている。この点、公募投信以外の信託商品については、インターネット販売が進んでいない状況にあるため、こういった部分での環境整備の観点から、規制緩和もお願いしたい。時代の流れに沿って規制緩和も迅速に進めていくべきではないか。

――最後に、信託協会としての課題は…。

 振角 昨今の株式市場の堅調さを受けて証券投資信託の残高が順調に積みあがっていることもあり、現在の信託財産総額は約1300兆円強で、4年前の約1000兆円からすでに約3割も増えている。従来型の証券投資信託や年金信託の伸びもあるが、先ほどもお話したように、教育や相続に関連した新商品の新規受託件数も伸びてきている。信託協会に加盟している会社も6年前は52社だったのが、今は75社と23社も増えている。相続の際の信託機能等に着目して、地方銀行がかなり加入してきているほか、新規の信託会社設立も増加している。まだまだ信託制度の普及啓発に努める必要性は強く感じるが、社会経済を支える重要なインフラとして信託の裾野は着実に拡大しつつあるように思う。今後とも信託協会としては、社会のニーズに柔軟に対応するという信託の機能を最大限活用して社会経済に積極的に貢献することにより、我が国経済の持続的発展に努めてまいりたい。(了)

――中国の海警法に対し、現行法に基づき対応するという政府の見解が固まった…。

 佐藤 領海内に不法に侵入してきた船舶には、法律を改正することなく現行法で対応するというのが政府のスタンスだが、私はその対応が十分だとは思っていない。一番良い方法は、例えば「領域警備法」といった法律を制定し、あらかじめ尖閣諸島周辺など範囲を指定したうえで自衛隊を事前展開させておき、何か起こったときに、切れ目なく自衛隊が対応できるようにすべきだ。今回明らかになった政府の見解に基づいて尖閣諸島周辺における対応を考える。例えば、中国の船舶が尖閣諸島に不法に近づき、海上保安庁の船が警告をしたけれど中国の船舶が止まらず、海上保安庁の船舶に向かってきた場合どうなるのか。従来は退去要求などを行ったが従わない船舶に対しては海上保安庁の船舶をぶつけて強制的に進路を変更させる「接舷規制」を行い、それでも止まらない場合は危害を与えない「船体射撃」を行うとされてきた。今回の政府の見解ではさらに、尖閣諸島への上陸強行などの行為に対しては重大な凶悪犯罪として位置付け、「危害射撃」が可能な場合があると説明し、現行法で対応可能だとしている。しかし、侵入してきた船舶が1隻であれば対応できるだろうが、何十隻、何百隻と航行してきた場合はどうなるのだろうか。基本的に島しょ部をめぐっては、攻める方は自由に動くことができ、正面から攻撃するのか、おとりを使うのかなど、さまざまな戦略パターンで攻撃することができる。一方、守る方は、どのように攻めてくるかわからず、あらゆる対策を考えないといけないため、攻める方が有利になりやすい。尖閣諸島周辺において日本と中国で数的にどちらが多いのかというと、漁民では中国は1千万人以上、日本は20万人程度であり、漁民の数だけでもかなわない。また、中国の漁民のなかには海上民兵と呼ばれる、軍の一部が30万人程度紛れており、その数は自衛隊より多い。さらに、武装組織は軍事組織である武装警察に所属しており、軍の一部として行動することができる。司法警察や治安警察といった非軍事組織ではなく、装甲車や攻撃ヘリコプターなどを持つ軍事組織であるため、武装警察が海警の船舶に乗ってやってきたら、数の差、武装力の差があり、海上保安庁や沖縄県警では対応することが難しい。警察がギブアップしてから自衛隊に派遣要請では、間に合わない場合も想定される。

――日本政府は何をやっているんだという国民の声も強まっている…。

 佐藤 私が自民党国防議連の会議で言っているのは、現場にいる陸上自衛隊や海上自衛隊に対して、何かあったら命をかけてやれと言っているが、そもそも政府は現時点でできることを何もやっていないのではないかということだ。例えば、環境省による尖閣諸島での生態調査や遭難した日本人の遺骨の調査、あるいは国交省による現在の古い灯台の建替や無線局の設置などだ。固定資産税の調査も石垣市は税法に基づき行うことができるはずだが総務省はそれを認めていない。政府として今できることを何もしていないということで現場としては不満が溜まっている。何かあったときには海上保安庁や自衛隊が出動するのはもちろんだが、何かある前に有効支配の強化などをするのが先ではないか。

――なぜ日本政府は何もやらないのか…。

 佐藤 日本政府が具体的な行動に出ない背景に、2012年の民主党政権時における尖閣国有化の際のトラウマがあると考えている。当時の石原都知事によって尖閣諸島を東京都が購入しようとした際、中国政府が激しく反発し、日本政府は横やりを入れて国有化した。それに関連して、暴力的な反日デモや日系商店や工場の破壊などが行われた。またそれより前の2010年に尖閣諸島沖で違法に操業する中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突し、中国漁船を確保、船員の身柄を拘束した際にも中国側の反発は激しく、関連は不明とされているがフジタの社員4人が拘束され国家安全機関の取り調べを受ける事件が起きた。日本と中国は地理的にも経済的にも近く、何か事件が発生したら経済制裁を中国から受ける恐れがある。尖閣諸島周辺は現状、日米の戦力の方が多いため、必要以上に波風を立てないようにしているのではないか。しかし、かつて政府の警察組織だった海警局では、共産党中央軍事委員会の指揮下に入れ、トップと3つの管区の長を海軍将校にしたり、船舶の外装や制服を替えたりして武警とともに軍事化が急ピッチで行われている。そのため、日本政府も危機感を持って対応しなければならない。

――中国の狙いは…。

 佐藤 中国は東シナ海だけでなく、南シナ海の領有を視野に入れている可能性がある。なぜ中国が国際法的、一般的に見てもおかしい九段線の主権を主張しているかというと、南シナ海に原子力潜水艦を配備し、米国全土を弾道ミサイルの射程に収めたいためだ。南シナ海は東シナ海に比べ水深が深く、広さも十分にあるため原子力潜水艦を配備しやすい。地上に大陸間弾道ミサイルを配備する方法もあるが、衛星などで探知され、報復されやすいため、米国に探知されにくい潜水艦は戦略上非常に重要だ。そのため、人工埋め立て地の建設や各種インフラ整備を行うなどしてまで九段線というとんでもないところまで領域を主張している。

――日本への影響は…。

 佐藤 日本は消費する原油の9割を南シナ海経由で調達しており、南シナ海が中国の海となれば日本のオイルシーレーンが絶たれる可能性が出てくる。中国が海警法改正の先に考えているのは南シナ海でありオイルシーレーンだ。海警法の改正で中国は管轄海域という言葉を出してきた。管轄海域とは主権下の領海ではなく、草案によると領域・内水・接続水域・大陸棚とあってその他中国の管轄の及ぶ地域とあった。これは大陸棚でない九段線をイメージしていると考えられる。中東と日本を結ぶオイルシーレーンには、何百隻と日本関連船舶が航行しているが、乗組員のほとんどは日本人ではなく外国人船員だ。外国人船員は中国が少し脅すだけで日本の船には乗らなくなり、中東から油が入ってこなくなるとなれば経済にも多大な影響を及ぼす。国交省にこのことを聞くと、迂回(ロンボク海峡ルート)すれば良いと言っているが、迂回すればその分だけ保険料が掛かり、運賃も余計に掛かる。迂回ルートでさえも中国の潜水艦などがそのルート上に姿を見せれば誰も日本に油を運ばなくなってしまう。また、日本は貿易立国で、重量ベースで言えば日本に入ってくる貨物のなかの95%以上は船で入ってきており、飛行機は数パーセントだ。航行の自由は非常に大切で、中国はそれを分かっているから今海洋進出を進めている。アメリカも南シナ海などで軍事演習や航行をして中国をけん制しているが、日本もそれに参加してくれと要求される可能性は高い。

――米国の弱体化や内向き志向が強まってくるなかで、日本はより一層リスク意識を強める必要がある…。

 佐藤 自分の国は自分で守るということを大前提として、そのうえで日米同盟や日米豪印のクアッドなどを考える必要がある。無人島の尖閣諸島防衛に関しては、日本の若者、自衛隊が命をかけていないのにアメリカの若者に血を流せということをアメリカ議会は認めないだろう。日米の安全保障条約は米国の自動的な参戦権を意味するものではなく、議会の賛成が必要となる。トランプ氏が初めてアメリカファーストを言ったのではなく、リーマンショック以降ずっと、なぜ米国が他の世界のために犠牲にならなくてはならないかという考えがたまっていた。大統領選でトランプ氏は敗北したが、この流れは消えておらず、議会選では民主党の左派が伸び、この先も米国はどんどん内向きになっていくだろう。バイデン大統領の政策も、コロナ、経済回復、分断の修復、オバマケア、気候変動対策と国内対策が主要テーマだ。日米同盟もないよりはあった方がいいが、米国頼みというのではなく、もはや日本はさまざまな分野において賢く強くならなければならない。日本は今や韓国や中国にも産業やGDP、サイバーセキュリティ、国防などかつて優れていた分野で負けてしまっている。「憂いあれども備えなし」は政治の無責任といえる。日本は米国頼みの発想から自立し、現実を直視したうえで、上手に強くなる必要がある。(了)

――この度、「福島原発事故10年検証委員会」の座長として、原発事故10年後の検証と教訓を綴った最終報告書をまとめられた…。

 鈴木 「福島原発事故10年検証委員会」は、「原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の後継組織として2019年夏に発足した。今回の報告書は、当時の関係者等約40名にインタビューを行い、事故後10年を迎える今、その教訓が生かされているかどうかを検証することが主な目的だった。この検証を終えて私が一番感じたことは「日本は10年経っても危機に対する根本的な考え方が変わっていない」という事だ。私は今、「新型コロナ対応・民間臨時調査会」の委員も務めているが、丁度そこでも「国家的な危機が起きている中で、日本のガバナンスはどうあるべきか」という議論を行っている。原発事故から10年経ち、再びコロナという未知なる脅威に遭遇し、日本社会がこういった危機にどのように対処するかを実際に考えていく中で、日本の危機管理意識には大きな問題があると感じている。

――原発災害とコロナ禍という2つの国家的危機を同時に比較検証して分かったことは…。

 鈴木 日本人は危機意識が足りないという人もいるが、私はそれよりも、「平時の意識」が強すぎるため、危機的状況になっても危機モードへの切り替えをせずに、平時の状態のまま物事を進めようとすることが問題だと感じている。法律も権限も、国家的危機だからといって何かを変えようとするのではなく、普段の状況からある程度危機に対応した仕組みを作り、その状態で固めているために、本当の危機に瀕した時に押すべき危機モードスイッチをなかなか押そうとしない。そして、ぎりぎりの状態になって漸くスイッチを押すと、すでに手遅れとなっており、至る所でしわ寄せが出てくる。それがまさに原発事故被害が拡大した要因だ。

――危機に対する準備が出来ていないという以前に、危機を予測する力が弱い…。

 鈴木 10年前の原発事故を検証すると、そもそも「原発事故が起こるかもしれない」という前提で備えをするとなれば、「原発が絶対に安全とはいえない」という意味だと取られるかもしれないという変な圧力があり、備えをしたくてもできないという状況があった。つまり、日本では、起こりうる危機のために準備をしないことが平時の安心につながっているということだ。私は報告書の中に「小さな安心のために大きな安全を犠牲にするな」と記したが、日本人は平時に危機のことなど考えたくないため、起こりうる危機から目をそらし、永遠に不幸なことなど起こらないと考えて、その準備をすることすら縁起が悪いとして忌み嫌う風潮がある。これでは、日々の安心は得られても危機時の安全は得られない。

――日本では危機的な状況への準備をすることによるハレーションを危惧して、やるべきことを見過ごしている。それが現在のコロナ禍対応にも当てはまる…。

 鈴木 原発でも人為的なミスは起き得ないとして「もしかしたら」を考えないまま、結局事故が起きた。今回のコロナ騒動もそうだ。これまでにもSARSやMERSといった感染症が世界的に流行したことはあったが、日本は島国ということもあり国内に持ち込まれることはなかったため、水際で止めることが出来ればよいという認識だけで、それ以上の対策を考えることをしなかった。そのため、今回のコロナ禍でPCR検査の不足が起きたり、保健所の能力が限られ、加えて平時と同じような人員と作業量で対応を続けているため、一部の感染症対応の医師だけに過剰な負担がかかっている。例えば、通常PCR検査やワクチン接種を行うためには医師免許が必要だが、危機時で人手が足りないような場合には、きちんと訓練した人が代行出来るというようなシステムに切り替えるといった柔軟性が必要だ。

――危機時の対応モードに素早く切り替えることができない理由は…。

 鈴木 そもそも、日本では権力や政府の役割の位置づけが「悪」のように捉えられている感がある。満州事件以降、軍部が危機を煽ることで勢力を伸ばし、権力を掌握したという過去があり、そのため権力はセーブされるべきものという考えが強い。しかも、それを一言一句法律の中に閉じ込めようとする、非常に強力な法治主義が存在している。原発事故を例にとると、原子力発電所で事故が発生した場合「原子力災害対策特別措置法第15条」のもと危機時の運用に変わると定められている。しかし、その先のガバナンスを具体的にどのようにしていくかは記されていないため、それから先に進むのに非常に時間がかかった。さらに、危機時に政府に権力を集約させると乱用するのではないかという大きな抵抗勢力があり、それも平時から危機時へのスムーズな切り替えの妨げとなっていた。

――過去に縛られ、未知の危機に備えることが出来ない…。

 鈴木 英語のことわざに「将軍は過去の戦争を戦う」とあるが、70年前の戦争経験をもとに現代の世の中で戦おうとしても太刀打ちできないことは明らかだ。これは戦争に限らず、災害や感染症にもつながる。日本では洪水や地震といった災害は比較的頻繁に起こるため、そういった経験をもとに作り上げた対処法はそれなりにしっかりとアップデートされているが、原発事故や今回の感染症のように、一生のうちに起こるか起こらないかという不確実な危機に対しては、先述したように予測する力が弱い。それは、日本人が「確実ではないものに手を出さない」というような気質もあるからかもしれない。しかし、危機というものは大体不確実なところからやってくる。そして、それを想定しない限り、備えは出来ない。

――そういった日本人が、どのようにすれば危機を想定出来るようになるのか…。

 鈴木 なかなか難しい質問だが、先ず一つ、政治的なリーダーシップは不可欠であり、そのリーダーとなる人物が、やっておかなくてはならないことをきちんと認識していることは重要だと思う。私の専門は宇宙政策なのだが、宇宙空間のガバナンス問題を考えるにあたっては、米中対立の狭間で日本に起こりうる事態を考えられるだけ予測して、その備えとして机上練習や、海外との調整の枠組み作りを進めている。色々な可能性やシナリオを想定するのは専門家の責任だ。そして、その声をもとに備えを実現させるためには、政治家や官僚の力が必要となる。物事の決断を下すポジションにある人には、「備えをすること」が「実際にその危機が起こる」と考えるのではなく、「オプションが一つ増える」ことだと考えてほしい。無駄を省くことを第一に考え「備えをしても実際に危機が来なかったらそれが無駄になってしまう」というような超合理的な決断をしていては、危機に対する備えはできない。

――危機に対する備えが無駄だと考える人がトップにいては、備えは出来ない…。

 鈴木 日本社会は極力無駄を排するような傾向がある。例えば、自分が豊かな人生を送りたいと思った時に一番良い方法は、良い会社に入ることであり、そのために良い学校に入る。というように、一直線の人生を歩んでいく。すべてのチェックポイントを通過することで、大きな目的に達するという考えのもと、それ以外の事をすべて無駄だと考える環境の中で育っていく傾向にある。特に、一直線に進み成功し続けて今の地位を得た優秀な官僚のトップに「必要な無駄もある」と言っても、その考え方を理解するのは難しいかもしれない。さらに言えば、「もしかしたら失敗するかもしれない、失敗したらどうするのか」といったセカンドキャリアやフォールバック、或いはセーフティネットという概念も乏しい。しかし、地震や台風被害のように頻繁に起こりうる危機だけでなく、原発事故や感染症や戦争のように極めて不確実な危機に対しても、しっかりと予測し、色々なオプションを作ってリスクヘッジをしていかなければ、いつまでたってもいざという時の危機に迅速な対応が出来ない日本のままだ。トップが「危機に対する備えは決して無駄ではない」という考え方をしっかり持ち、同時に国民皆でこのような考え方を共有していくことが一番大事なことだと思う。(了)

――香港やミャンマー、ロシアなど、力で民主化を抑えるような事件が相次ぎ、世界的に民主化の危機が始まっているようだ…。

 伊東 米国の政治学者サミュエル・P・ハンティントンによれば、19世紀初頭から現在に至るまで、三つの民主化の波が起きた。第三の波といわれる最新の民主化の動きは1974年頃に始まり、2000年代まで続いた。民主化の波が終わると、通常民主化の揺れ戻しの波、つまり独裁化の波が起こる。実際にアフリカ、ラテンアメリカ、アジアなどを中心に2000年代に入ってから独裁化の兆候が目立つようになった。また旧ソ連諸国ではバルト諸国、ウクライナなどを除き独裁政治体制が支配的となっている。EUに加盟しているポーランドやハンガリーでさえ独裁化の傾向が目立っている。

――どういったことがきっかけで、その波は起こるのか…。

 伊東 それについてはいろいろな説があるが、分かりやすいのは政治体制の波はその時代に一番強大である国をモデルとして起きるというものだ。第二次世界大戦後に起こった民主化の波のモデルは米国だったが、その傍らにはソ連のモデルも存在した。東西冷戦中の約40年間にはソ連的な政治体制を目指す国もあったが、米国をモデルとする民主化の波の方が徐々に優勢となった。そして1991年のソ連崩壊後、世界は米国一強になったと思われ、実際に多くの国々が民主化した。しかし、実のところ米国が世界で占めるGDPの割合は第二次世界大戦直後に50%ほどに達したのをピークとして縮小し続け、現在では10%くらいに過ぎなくなっている。もはや米国一強という時代ではなく、米国は軍事的に強力な国であっても、経済的には必ずしも魅力的な国とは言えなくなっている。

――今後、米国の政治体制モデルにとって代わる国は…。

 伊東 米国に代わる国として台頭してきているのはEUだが、EUは27カ国もの集まりであるため、必ずしも政治的にまとまっているわけではなく、軍事的にも米国に頼っているところがある。他方で、中国は経済的にも米国に迫る勢いでGDPは米国を追い抜こうとしている。軍事的にはすでに大国といえよう。何よりも中国自体が他の国にとって政治体制のモデルとなることを目指しており、実際にアフリカ諸国や近隣アジア諸国など、中国モデルに追随する国々が出てきている。

――中国は、独裁国家だが比較的安定しており、且つ経済成長も遂げている。この中国モデルの波が大きくなれば、今後は西側諸国の民主主義と中国モデルが拮抗していくことになるのか…。

 伊東 基本的に独裁モデルは軍事独裁、政党独裁、個人独裁の三つに分類され、中国は今までのところ政党独裁といえる。政党独裁は政党を作ったり、大衆組織を作ったりするなど民主主義に学んでいる側面もあり、三つのモデルの中では一番長持ちすると言われている。実際に、初めて政党独裁を導入したソ連の独裁政治は72年間続いた。ソ連の場合、第二次世界大戦に勝利し、領土を拡大したという側面が大きいが、中国の場合も第二次世界大戦で日本を破り、国土を統一して大いに国民の支持を集めた。出発時点での経済水準が低く、色々な問題があったものの、中国の政党独裁体制は今年で71年目に突入している。特に鄧小平以降の中国のGDP成長率は年平均10%超が30年以上も続くなど、世界史に例を見ない長期の高度成長を遂げた。それに乗じて指導者の習近平は近年、国家主席、党総書記、党中央軍事委員会主席など国家の枢要な地位を独占し、かつその任期を撤廃するなどして政党独裁を超えて個人独裁の傾向を示し始めている。この政治体制がどれくらい続くか判断が難しいところだが、取りあえずあと10年から20年程度は保つのではないか。その間、西側モデルに対抗できるかどうかは分からないが、一部のアジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国にとっては魅力ある選択肢を示すと思われる。

――一方で、トランプ元大統領による連邦議会襲撃の扇動問題などで、民主主義国家の代表格である米国は揺らいでいるように見えるが…。

 伊東 確かにトランプ大統領末期の混乱によってアメリカの民主主義は動揺したが、民主党のバイデン候補が大統領選挙において幾多の困難にもかかわらず快勝したことによって再び安定を取り戻すだろうと思われる。おそらく暫くはトランプ主義の後遺症が続くだろうが。中国においては力を持ち始めた中産階級が習近平政権に批判的になってくることが考えられる。中国でも急速な経済成長によって中産階級が財産を蓄え、教育水準を高め、海外でも見聞を広めて、自信を深めつつある。彼らが個人独裁を長く許すとは思えない。なんらかのきっかけで政治体制が動揺しはじめるかも知れない。それは経済危機かも知れないし、地方の反乱かも知れないし、外交政策の失敗かも知れない。一番ありそうなのは政権内部で分裂が起きることだろう。ソ連も政権末期にはほぼ無政府状態に陥った。

――14億人という国民をもつ中国の将来の安定を考えると、それぞれの民族に分かれて連邦制度にするやり方が良いのではないかという意見もあるが…。

 伊東 連邦制は封建制となじみが深い国家体制だが、中国は古代の周王朝を除いて封建制を採ったことがない。中国史は中央集権的な国家になるか、或いは分裂して多くの地方政権に分かれて相互に争うかだった。そのため、今後も中国が連邦制を取るだろうと予測するのは難しい。ソ連の連邦制は民族共和国を単位としたもので、連邦制としては珍しいあり方だった。それは異民族が人口の半分を占めるという特殊事情に基づいたもので、民族問題解決の一つの方策だった。しかし、中国では異民族は人口の8%程度を占めるだけで、しかも辺境に位置している。同じ共産党国家として中国もソ連に倣って民族連邦制を採ろうとしたことがあるが、結局は単一制を採用した。統一国家を維持するという意味ではこれは正しい選択だったかも知れない。ソ連では民族政策がかなり成功して、ソ連が解体しかかったとき中央アジアの民族共和国は連邦中央を支持し、国家の統一維持を主張したほどだった。しかし、結局は民族共和国の境界線に沿って分裂してしまった。中国はソ連が崩壊したのを見て、ますます諸民族の自立的傾向を抑え、高度中央集権国家への道を歩もうとしているかのように見える。それはウィグル人やチベット人に対する抑圧的な政策によく現れている。

――中国は敢えて民族的自立を抑圧していると…。

 伊東 国家の分裂か、中央集権国家かという中国史における宿命的な揺れが、現在、後者の方に強く傾いているとすれば、それは日本のような周辺国家にとっても無関心ではいられない。中国はこれまで内陸において領土拡張を行ってきたが、現在では内陸方面ではロシア、カザフスタン、キルギス、インド、ミャンマー、ベトナムなどの既成国家に阻まれて領有権を拡張することができなくなっている。これに対して、海洋方面ではまだその余地があるかのように考えている感じがする。例えば、南シナ海では、これまでベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、インドネシアなどが領有権を主張していた西沙諸島、南沙諸島(スプラトリー諸島)、ミスチーフ礁などに対して自らの領有権を主張し、軍事基地を建設しはじめている。しばらく前からわが尖閣諸島に対しても領有権を主張しはじめた。領土紛争はゼロサムゲームであるため妥協が困難だ。隣国との間でそのような紛争が起きないように、なるべく早めに解決を求めた方がよい。日本は既にロシア、韓国との間に領土紛争を抱えている。幸い、尖閣諸島は無人島であるので、解決のチャンスがあるかも知れないと思ったが、中国は尖閣諸島の次には沖縄に対しても領有権を主張する気配を見せている。したがって、ここは譲ることができないだろう。米国、アジア、太平洋、インド洋諸国と連携して、中国の領土拡張傾向を抑え込むように努力すべきだ。/p>
――今後、民主化後退の波が大きくなれば、アセアン諸国や一帯一路に関わる国々は中国の政治体制の影響をうけ、独裁政治へと舵を切っていくのか…。

 伊東 すでにその動きはある。ベトナム、ラオス、カンボジアはもともと共産党の影響が濃い独裁国家だった。フィリピン、タイは過去に民主化した経験があるが、しばらく前から独裁化の傾向を顕著に見せている。最近のミャンマーの動きも、ある意味ではそうした独裁化の流れに沿ったものと考えてよいだろう。今後、独裁化の傾向は他のアセアン諸国にも及ぶ可能性がある。しかし、アセアンはEUと違い民主主義が加盟の要件とはなっておらず、政治体制とは関係なしに東南アジア諸国すべてを経済的に統合することを狙った地域組織だ。日本も政治体制を問わない外交を行っているので、その点ではあまり大きな問題にぶつからないだろう。ただ、ミャンマーの軍事クーデターについてはわが国では誤解されている側面がある。一般的に中国が背後にいるのではないかと言われているが、必ずしもそうではない。中国はアウン・サン・スーチー国家顧問と良好な関係を保っていた。むしろ軍部との間で距離があったようだ。ミャンマーの軍人は国家の安全保障の観点から中国に対して警戒心をもっているといわれる。中国は古くから雲南省とインド洋の間に通商路を開くことに関心をもっていた。石油パイプラインを開設したが、さらにハイウェイも施設したいと考えている。これに対してミャンマー軍部は首を縦に振らなかったと言われる。確かにここは第二次大戦以来戦略上の要衝だ。ミャンマー軍部はインドと中国に挟まれて選択に苦慮しているのかも知れない。いずれにせよ、軍事独裁は独裁制のタイプとして今日の世界で次第に稀少となる傾向を示している。それは経済発展を阻む恐れがあるし、内部分裂の危険も孕んでいる。すでに外国資本が撤退し始めたと伝えられている。中国からも西側からも支援が得られなければ、軍事政権は孤立してしまうだろう。他方で、アウン・サン・スーチー国家顧問もロヒンギャなど少数民族問題で西側諸国と衝突し、かつての民主化の旗手としての評価には翳りが見えている。そろそろ新しい政治家世代が登場して、民主化の事業を引き継ぐことを期待するべきではないか。(了)

――日本企業の海外投資によくある問題点とは…。

 生田 日本企業が海外投資をすると、デューデリジェンス(DD)の段階では投資先企業から毎年利益が出ることを確認していたものの、毎年10億~20億円の赤字を継続して出し、たまに黒字になるといったことがよくある。また、巨額の損失を計上して撤退するということも毎年何件も報告されている。一般に海外投資で予定通り、またはそれ以上の成果が挙げられているのは3割程度と言われている。私のところに、海外投資で相談に来られた案件は延べ約1000件の案件に達しているが、予定通りに利益が出ないと悩まれている案件が相当数ある。1989年の世界の企業時価総額ランキングで日本企業は上位を席巻していたにもかかわらず、2019年末のランキングでは日本企業は僅かしか見られない。この原因のひとつに日本企業がこうして海外投資で巨額の損失を積み上げてきたことも挙げられるだろう。

――――DD通りに海外投資が成功していない…。

 生田 海外投資においては主に3つの要因が複合的に重なって損失を誘発する場合が非常に多い。まず第1に、DDの時点で存在していた問題がきちんと把握されていなかったことだ。例えば、投資実行後に資金計画が大きくショートすることが判明することがあったり、「のれん代」の過大計上により巨額の追加投資や巨額の減損損失を計上することを余儀なくされたりすることがしばしばある。投資先の企業が主要取引先との間で訴訟等の問題を抱えていること、投資先企業の子会社・孫会社が巨大な簿外債務を抱えていることが把握されないことなど、ほとんどの会社がそうしたことを経験している。第2に、経済、政治情勢などによって経営環境が大きく変動したが、そのような可能性を全く頭に入れていなかったことも挙げられる。例えば、アジア・ロシアの経済危機により各国の金融・物流機能がほぼ完全にストップする、環境規制によって従来型のガソリン自動車・部品の販売が激減する、AFTA、TPP、RCEPなど経済連携協定の締結によって投資先国で関税が撤廃され輸入が急増するなどがある。もちろん予測できない部分もあるが、ある程度はリスクの発生を念頭に置いて、できる限りの対応策を講ずる努力もするべきだ。2~3年先の予測すらできていない企業があまりにも多い。第3に、パートナーリスクによって利益が大きく引き抜かれる状態が継続することである。海外投資をしている多くの日本企業が、パートナーリスクが常に存在していることを理解しておらず、損失を出している実態がある。この原因としては、あまりにも性善説に基づいて、投資先で利益が抜かれていることに気づかないケースが多いことがある。ほとんどのケースでは、帳簿や決算書類において改ざんや粉飾されているわけではなく、表だって問題にはならない為、多くの日本人がこのことに気づいていない。その結果、じわじわと赤字を積み重ね、追加の投資を行うも改善せず、最終的には撤退を余儀なくされるケースがあまりにも多い。

――DDの問題はどこに原因があるのか…。

 生田 日本企業は海外投資を行う際、DDをコンサルタント会社などに任せっきり(丸投げ)にしており、これらのリスクがDDの段階で把握できていない。多くの企業の担当者にDDの段階でどのように問題を把握していたか訊ねても、「DDを行ったコンサルタント会社に聞いてくれ。」と言われて唖然としてしまう。投資企業の責任者自らがDDに関与し、問題の所在をはっきりさせるという責任感が欠けているケースが多い。そのために、DDの段階でそもそも問題があることに気づくことができていない。また、コンサル会社に多額のお金を払っているにもかかわらず、コンサルをうまく使うことができていないことを損失として認識していない担当者も非常に多い。

――海外投資におけるパートナーリスクとは…。

 生田 私が問題と指摘してきたパートナーリスクとは、投資のパートナーによって長期的に継続して利益を抜き取られるリスクのことだ。パートナーは多岐にわたる。合弁企業における現地出資者やオーナー、出資先のCEO、CFOや総務部長、財務部長、ゼネラルマネージャー等の主要な役員、出資先企業の子会社や主要な取引先企業がすべてパートナーだ。日本企業側の投資の割合が大きくなればなるほど、現地の投資先企業が利益を計上し、投資した日本企業に配当として持って帰られてしまうより、パートナーが、自らの関係会社等を利用し利益を抜くことの方にメリットを感じるケースが多くなる。例えば、日本企業がX社という現地企業に投資した際、X社の材料や部品を調達する現地企業(A社)、製品を販売する現地企業(B社)、運送等を委託する現地企業(C社)などの中にパートナー関連企業は数多く存在する。日本の投資企業の関係者は、どれがパートナーの関連企業であるかを知らされることはない。投資先のX社とA~C社で行われる取引は徐々にX社が損になるような契約にされていき、関連企業の利益のかなりの部分がパートナーにキックバックされて蓄積されていくことになる。具体的には、パートナー関連企業A社からの原材料の調達において、本来調達可能な価格より高い価格で原材料を調達する。またB社向けの製品販売では、B社は利ざやを稼いで一般に販売を行う。このほか、運送業務では数多くの委託先のなかにその他のパートナー関連企業C社を紛れ込ませ、通常より高い価格で契約を結び多額の利益を引き抜くことになる。これは、運送のみならず、港での荷揚げや倉庫、会計処理、情報処理システムの構築など多岐にわたる委託業務で利益が抜かれているのが実態だ。投資を行った日本企業の担当者は、パートナー関連企業の存在を知らず、X社とA~C社は適正な価格で契約を結んでいると思い込み、その間に莫大な利益が中抜きされていることに気が付いていない。投資先企業の帳簿書類上は、書類の改ざんはしない形で行われる為、多くの日本企業が書類の監査をするだけで気づくことが出来ないというわけだ。このほか、架空社員、ほとんど仕事をしない形式上の社員を雇ったことにして、その給与相当額をパートナー側が取得するということも、しばしば行われている。

――パートナーによって多くの利益が抜かれている…。

 生田 投資先企業の現地の総務部長、財務部長らが、個人的に利益を抜くケースもあるが、最も深刻で、広般に行われているのは、現地の合弁相手(出資)企業と合弁相手から派遣された総務部長、財務部長等が共謀して利益を抜いているケースだ。今までの経験では、パートナーの手先となる現地の総務部長、財務部長の特徴としては、人当たりがよく非常に有能、語学に堪能で様々な情報を入手できることなどが共通している。見積もりや契約書の作成など仕事はきっちりとやり、現地の言葉と英語、日本語まで話せるケースが一般的だ。日本人はお人好しで性善説に基づいて投資や契約を行うため、騙しやすいというのが一般認識となってしまっている。また日本企業の本社役員には、ASEANやインド、中国など現地でパートナーリスクについてチェックした経験のある人物が少なく、余計な利益が抜かれていることに気づかない…。

――パートナーリスクを防ぐためには…。

 生田 まずはパラシュート投資を避けることだ。お金だけを投資してあとは現地企業にお任せというケースは絶対にダメだ。「パートナーに材料調達・販売を任せているから安心だ。」などと言う海外投資担当者が多いが、まったくの「アホ」である。パートナーのビジネス領域のなかに資金だけを投入することは絶対に避けるべきで、パートナーの庭で事業展開をするといくらでも利益が抜かれてしまう。また、重要な業務は投資先企業やパートナー側に丸投げせず、日本側の社員を関与させる必要がある。さらに、総務部長や財務部長、営業部長などパートナーリスクの手先となりやすいポジションの人は長期にわたって固定せず、日本側の社員を関与させたりローテーションを行ったりするべきだ。また、内部通告制度(投書箱、通報メール窓口の設置)は不可欠だ。日本側の企業でも、商社等を使い、製品販売や部品調達、運送業務などを主導し、パートナー側が行う材料調達額、販売額、サービスの委託額が公正なものであるかを絶えずチェックすることも重要だ。それから、観点は少し異なるが、現地CEO、CFO、CIO等については、人材登用は積極的に進めるべきではあるが、報酬に業績評価給を導入することも重要だ。これがないと現地企業の収益を増加させることへのインセンティブが全くなくなってしまい、利益を抜くことに向かいやすくなる。海外投資にあたっては、日本側企業のビジネス領域でどれだけ主導権を握れるかということが肝要であり、日本側としても「シナジー」として利益を拡大する分野を創造することが大切だ。欧米の投資では、特許料、技術指導料、マーケティング料、商標利用料等で、合弁企業の売上げの何%かを配当とは別に送金させるのが一般であるが、日本企業ではそれをしていない企業があまりにも多い。日本側本社での管理費用、出資資金の金利相当額等も含めて、総合採算を絶えずチェックすべきだ。

――海外投資で成功した企業の特徴は…。

 生田 自動車や商社などの海外投資で一定の成功をおさめている企業は、海外投資に関連する分野を、日本側が関与する形・日本側のビジネス領域を軸にして進めることからぶれることはない。結果として、利益がパートナーによって抜かれない体制も確保している。総合商社では、投資に関連する分野まで含めて自らのビジネス領域で事業を進めており、これをシナジーと呼んでいる。例えば、商社がある天然ガス開発プロジェクトに投資する場合、関連する海上のプラットフォーム、生産プラント、エンジニアリング、メンテナンス、タンカー輸送、情報システム構築、ガス販売マーケティングなど一連の事業のほとんどに、日本側が関与して、そこでも利益を計上している。このモデルで総合商社は海外投資の「勝ち組」として、2000年代に入ってから、巨額の利益を出せるようになった。日本企業が海外投資で成功するためには、問題意識を持った、専門家を養成していかなければならない。日本企業の多くでは、いわゆるエリートと呼ばれる本社や米国本社、欧州本社の勤務ばかりが中心の人物が社内の重要ポジションを占めることが多い。現地会社や工場などで泥まみれの経験がない人物ばかりを役員に据えるのではなく、現地で頑張った人がキャリアパスとして評価されるシステムもなければならないと思う。(了)

――食の安全に関心をお持ちになったきっかけは…。

 神山 数十年前、東京弁護士会の委員会活動で消費者団体との意見交換会を行った時に食品問題を取り扱ってほしいという要請があった。理由は、食品衛生法は読んでも全くわからないからだという。私もその時に改めてしっかりと食品衛生法を読んだのだが、実際に全く不可解であり、その後1981年10月、東京弁護士会は「食品安全基本法」の制定を提言した。それ以降、食の安全問題に取り組んでいる。食品の問題を考えるときに面倒なことは、食品の安全に関する問題は厚生労働省の管轄だが、食品表示法は消費者庁が管轄しているということだ。もともと化学的合成品の食品添加物に関しては、厚生労働大臣が人の健康を損なう恐れのないものとして指定したものに限るという制度だったが、1995年の食品衛生法改正で天然添加物を含むすべての添加物の指定制が導入された。しかし改正付則で、現に流通している天然添加物は「既存添加物名簿」に収載して使用を認めることになった。当時1000品目程あった「天然添加物」のうち489品目が収載されていたが、国会の付帯決議で「早急に安全性を見直す」ということになり、現在では350品目程度にまで減ったが、安全性の審査義務はなく、今なお、これらを使用した食品は日本国内で流通している。ただ、輸出に際しては天然添加物が使用されているという理由で米国等に輸出できないものもある。農水省ではそれらの安全性を証明しようとしているが、なかなか認められないまま今に至っているというのが現状だ。しかし、暫定措置として作られた制度ならば、期限を決めてその既存添加物リストを廃止するなどやり方はあるはずだ。そうすることで、業者としても代替できる他の添加物を探して使うようになるだろうし、外国への輸出も可能になる。曖昧にしていれば、今の状態から抜け出せないままだ。

――消費者庁が管轄する食品表示法にも大きな問題がある…。

 神山 食品添加物の使用状況を消費者に伝えるのは食品表示だが、内閣府が決定した食品表示基準の原則では、使用した添加物は重量順に物質名を表示し、加工の際に使用した添加物が最終段階で残っていなければ表示しなくて良いと定められている。例えば煎餅を作るために工業用の醤油を使い、その醤油に保存添加物が使用されていたとしても、煎餅という加工食品の添加物表示には醤油に使われた保存添加物を表示する義務はない。また、消費者庁次長通知としてたくさんの例外があるのだが、その中でも一番大きな問題は「一括名表示」だ。例えば「調味料(アミノ酸等)」というように、添加物の具体的な物質名が表示されない。日本にはこのような「一括名表示」が14種類もあり、国際的にみても飛び抜けて多い。消費者庁はこの問題について消費者の意向調査を行っているが、その調査方法は、全ての添加物を細かく記したものと、一括名表示でまとめて記したものを並べて消費者に見せ、「どちらが見やすく、わかりやすいか」と設問するというようなやり方だ。当然ながら見やすいのは一括表示だろうが、内容はわかりにくい。設問自体が間違っていると思うのだが、消費者庁はこの調査で「一括表示の方が、見やすくてわかりやすいという回答が多かった」として、一切改善しようとしない。

――一括名表示になることで具体的な添加物名が消費者に示されずに、知らずにアレルギー物質を摂取してしまうというような恐れもある…。

 神山 食品添加物の問題に関しては、この他にも例えば、ゼリーやわらび餅など粘着系の加工食品で、粘着の素となる増粘剤が2種類以上使われれば「増粘多糖類」という表記で良いとする「類別名表記」が認められているが、これでは何が使われているのか全く分からなくなる。香料も同様に、種類があり過ぎるが故に一括りに「香料」と表記されているが、原料によってはアレルゲンになるものもあるだろう。この点、EUでは添加物をすべて番号で表記することで、何かアレルギー反応があった時に原因を突き止める手助けとなっている。私は政府の食品添加物表示検討会にもヒアリングで呼ばれて出席したが、まったく顧みられることはなかった。消費者側委員として出席していた大多数の人の意見は、メーカー側の意見と同じだった。むしろ学校教育で添加物の危険性を教えているのはおかしいという消費者側委員が多数存在した。また、商品名で驚いたのは、「朝採りゆで枝豆」というネーミングの商品が、原料タイ産と記載されていたため調べたところ、タイで朝採った枝豆を茹でて冷凍し、輸送に約2カ月かけて日本で売られているというものだった。今、本当に日本国内で朝採って特急列車に乗せて当日販売している「朝採れ野菜」がたくさんある中で、外国産の「朝採れ」を同じくくりにして良いものか。

――日本の食品表示法が国際的にみても遅れている理由は…。

 神山 食品表示法の基本理念には、「消費者の選択の権利を尊重すること」の他に、「小規模の食品関連事業者の利益に配慮すること」が挙げられている。これによって、何か表示を増やすようなことを求めても、それは小規模業者の利益の妨げになるため実行不可能だということになってしまう。もともと消費者庁食品表示企画課は農林水産省の出向者が多く、生産者側の意向が強く反映されている。牛海綿状脳症(BSE)の問題が起きた時に食品安全委員会が設置されたが、その開設準備室の室長が農林水産省畜産局出身者だったというようなこともある。これは戦犯が自分自身を裁くところを作ったようなものだ。また、吉川貴盛元農林水産大臣が鶏卵会社から現金を授受していたという問題は、国際基準であるバタリーケージ飼いの禁止を日本では例外にしてほしいという陳情だったという背景があるが、ケージによる鶏の飼育に関しては、フンによる不衛生さを防ぐために鶏に殺菌剤や抗生物質を与えるというような酷い状態が続いており、そういったケージ飼いが日本の鶏卵飼育では95%を占めている。しかもそのような状態で産まれてきた卵があたかも自然で放し飼いされているようなネーミングで売られていたりする。自然など何処にもないところで産まれてきた卵なのにおかしな話だ。

――パッケージに「保存料無添加」と書いてある商品でも、本当に無添加ではないと聞く…。

 神山 「保存料無添加」と表示されていて、日持ち向上効果のあるグリシンを使っている商品はよくある。防腐効果と日持ち向上効果がどう違うのか、私には全く同じにしか思えないが、そういった嘘の表示で購買層を広げようとしている商品は多い。コンビニなどで売られているカット野菜もそうだ。次亜塩素酸ナトリウムで殺菌し、栄養成分まで一緒に抜けてしまったものを「新鮮カット野菜」として販売している。これは、加工助剤として製造途中に使用しても最終的に成分として残っていなければ表示をしなくてもよいという制度が背景にあるのではないか。他にも、食の安全・監視市民委員会で編集・出版した「かくれんぼ食品・パートⅡ」には、知らずに食べている添加物についての事例を記載している。今なお日本でまかり通っているおかしな食品表示が少しでも改善されて、国民が安心して食品を口にすることが出来るように、これからも尽力していきたい。(了)

――サステナビリティやSDGsと言われてもわかりにくい…。
 中井 環境省が今取り組んでいるサステナビリティや気候変動危機の話は、人間の体で考えるとわかりやすい。つまり、地球をひとつの生命体とみると、中東地域などで石油エネルギーを無制限に取り出すことは、人間の体で言えば肝臓を酷使しているようなものだ。さらに、肺の機能となるはずの熱帯雨林も伐採してしまい、二酸化炭素を酸素に変えることが出来ないでいる。土地改変を進めることで地表から窒素が大量に流れ出せば、地球の温暖化ばかりか、それが生物の絶滅速度にまで影響していく。一人一人がこういった地球全体での現象を自分自身のことのように感じて、自分が健康になるためにどうすべきかを考える時期に来ているのではないか。ミトコンドリア等の微生物から人間へと繋がり、人間同士の?がりが社会、そして地球を創りだしている。生命系の一つ一つの細胞が脈々と受け継がれていると考えるならば、一つ一つの末端の細胞がしっかりとした本来の生命力を持ち続けることが何よりも重要だ。一人一人が健康になることを感じられるようなコミュニティや組織の在り方のためには、循環と共生というメカニズムが欠かせない。

――今の地球の状態は…。
 中井 産業革命以降、人類の生活様式は非常に発達し、大量生産・大量消費のパラダイムでここまでの都市文明を造り上げてきたが、その過程で地球環境のバランスは非常に悪くなっている。熱帯雨林を切り崩し、化石燃料を取り出し、土に戻らないプラスチック製品を大量に廃棄している。パリ協定では今後の温度上昇を工業化以前の水準から2℃以内に抑える目標とともに、1.5℃以内に抑える努力をすることと、今世紀後半までに世界全体でカーボンニュートラル(温室効果ガスの人為的な排出量と吸収量の均衡)の状況を作り出すことを目指している。その後のIPCC1.5℃特別報告書を受けて、世界は1.5℃目標と2050年までのカーボンニュートラルに向けて舵を切っている。慢性的な病状と付き合いながら根本的な体質改善を目指し、今後30年間で世界の構造を変えて地球を健康体にしていく。

――コロナ禍でデジタル化が進むことが、パラダイムシフトにも役立っていく…。
  中井 今まで大量生産を支えてきた工業パラダイムが、デジタルテクノロジーの進歩によって現実社会とバーチャル空間との融合が当たり前という時代に突入しつつある。これを契機に地域毎の可能性を最大限に引き出すことのできる効率の良い経済社会の仕組みに変わっていくのではないか。例えば、日本の至る所に存在する耕作放棄地を有効活用出来れば、再生可能エネルギーや、地産地消という食の健全化のために役立つだろう。また、スマホやパソコンで酷使した目は、自然の緑を見てリラックスすれば癒されるだろう。デジタル化を活用して効率のよい社会を目指していけば、生命体として本来あるべき血の巡りの良い健康な状態となっていく。

――デジタル化とカーボンニュートラルの一体化で、新しい世界が生まれてくる…。</h6>
 中井 コロナ時代に対応したデジタル化を進めていくという転換期において、環境省では脱炭素社会、循環経済、分散型社会という3つの移行を進めていく方針だ。バブル崩壊以降、失われた20年の中で、地球の病状の悪化を知りつつパラダイムを変えられずにいた。そして第二の幕末ともいわれるような状況の今、経済産業省は供給サイドとしてエネルギー政策やイノベーションの梃入れに力を入れているが、そういったことばかりでは地域分散型の社会は実現しない。そこで環境省が地域や暮らしといったマーケットの需要サイドから社会を見据えて支えていく。この10年が勝負だ。例えば、地産地消型のエネルギーとして地銀や信金と一緒に知恵を出して良い案件を絞り出したり、離島や農山漁村でも地域で再生可能エネルギーを作るような仕組みを考えているところだ。

――脱炭素のために設備投資にコストがかかり過ぎれば既存の企業はなかなか動かないが、分散型社会という今の時代に沿った流れの中で進めていけば、受け入れられ易い…。
 中井 先ずは、「変わらなくてはいけない」というところから始まることが重要だ。そこに新しいメカニズムがあって、新しい経済構造が出来上がる。今、政府は脱炭素を成長戦略に掲げているが、「成長戦略」という言葉では地域の人々には伝わりづらい。それよりも「脱炭素という行動が地方創生や地域活性化につながる」と言った方が伝わりやすいし、協力も得られやすいと思う。また、カーボンプライシングは、菅総理お墨付きの成長に資するものとしてしっかりと取り組んでいく。産業、経済、社会が転換して新しいマーケットを作っていく中で、どのようにこのメカニズムを働かせていくのか、その手法が何なのかといったところを、きちんと道筋を立てて結び付けていく予定だ。

――カーボンニュートラルを実現するまでの具体的なロードマップは…。
 中井 夏までに国・地方脱炭素実現会議による具体的方策がまとめられる。それまでに、今すでに地方から提案されてきている実現可能なアイデアがどのような行程で進み、そこに政府としてどういったサポートが必要なのかといった議論を行っていく。環境省は、国・地方脱炭素実現会議の事務局として作業を進めている。もともと環境省は縦割りではない自由な風土があり、関心のある人や、やる気のある人たちに手を挙げて携わってもらっている。ほかの省庁にはない融通の利くところが環境省の良さでもあろう。もちろん、荷が重い部分もあるが、経済産業省はもちろんのこと、国土交通省や農林水産省等の各省庁としっかりと連携を取りながら進めていく。また、地方の自治体との連携については、その地方毎にカーボンニュートラルに必要な分野は違ってくるため、該当する重要分野を中央ベースではなく現場ベースできちんと見て回れるような仕組みを作ることが必要だと考えている。急速にデジタル化が進む今の世界ではあらゆるものがフラットになっており、昔のように、中央にだけ情報が集まり上意下達というような時代ではない。そういったフラットさを政府全体でもしっかりと生かしていく必要があると認識している。なかなか難しいことだが、今までの政治家とは一味違う柔軟で若いパワーを持つ小泉大臣を筆頭にしっかりと頑張っていきたい。

――「田んぼダム」とは…。

 吉川 「田んぼダム」は「水田を使った水害対策」だ。新潟県村上市で地域の取り組みとして始まった。水田には基本的に畦があり、水が溜められるようになっている。一方、日本の減反政策の影響から1970年代以降は米の生産量を調整するため、水田では大豆など基本的に水に弱いとされる畑作物も栽培できるよう、水田の排水口の径を大きくして迅速に排水できるようにしている。そのため、大雨が降ると水田の水は速やかに排水される。つまり、大規模な洪水時に水田の貯水機能を利用して洪水被害を抑制できると考える事は、このような排水の仕組みでは難しい。一方で、水稲栽培を行っている水田では、大洪水の時にその貯水機能を高めて、河川が溢れないように調整することが可能だ。現在の気候変動による一極集中豪雨や、担い手不足等による水田面積の減少は、洪水被害を拡大させる要因となっているが、「田んぼダム」では雨水を一時的に水田に貯留しゆっくりと排水することによって、排水路や河川のピークをカットすることができる。

――治水ダムと違って、長期間の大規模工事も必要ない…。

 吉川 「田んぼダム」は水田に簡単な装置をつけるだけだ。整備された水田には直径15センチの排水口が設けられているが、その直径を5センチ程度に縮小する。我々のシミュレーションでは、これによって30年に一度の大雨に対して70%の流水ピークをカットすることができるようになる。費用も、断面積のある場所に穴の開いた板を取り付けるだけなので、一ヵ所あたり安ければ300円、高くても7~8千円でつけられる。治水ダム一基に平均400億円ほどかかるとして、300円で田んぼダムを1万カ所作ったとしても300万円だ。もちろん、厳密には治水ダムと田んぼダムの役割は違うため、この二つを比較して述べることはできない。治水ダムは河川の流量を抑えるとともに、ダムよりも上流の森林地帯などから流れてきた雨水も貯留できるが、田んぼダムは内水氾濫に対応するためのものだ。ただ、国土交通省は昨年7月、防災・減災対策総合政策として、政府がこれまで行ってきた河川整備やダム建設などによる川中心の洪水対策から、今後は流域全体で取り組む治水対策へ転換していく方針を発表した。その中でもこの「田んぼダム」は注目されている。

――昨年、愛媛県で建設された治水ダムを大雨によって壊されないよう水を一気に抜いたところ、川下で大災害を引き起こしたという事件が起きてしまった…。

 吉川 ダムの操作は非常に難しい。洪水を抑えるためにはできるだけダムを空っぽにしておくことが望ましいのだが、水を溜めるタイミングを決めるのも人間だ。最近の降雨予想精度はかなり上がってきているとはいえ予想が必ず当たるわけではない。予想した雨量のピークに合わせて水を溜め始めても、それがいっぱいになった後に、別のもう一つのピークが発生すれば、ダム内の水を放流しなくてはならず、さらなる大洪水が引き起こされる。ダムの崩壊を引き起こさないように色々な工夫や予想を行って操作しても、予想が外れればどうしようもない。この点、田んぼダムは排水しながら溜めるので基本的に崩壊することはなく、仮に過剰な湛水によって水田が崩壊したところで,一枚に貯められる水量はたかが知れているので大きな人的被害が起こることは無い。ただ、現在日本にある250万ヘクタールの水田すべてが田んぼダムに適した地ではない。田んぼダムの重要な役割はどれくらい水を溜められるかではなく、どれくらい河川量のピークをカットできるかであり、流域面積に占める水田の面積割合が大きいほど効果は出やすい。その適地を見極めながら実施していく必要がある。

――「田んぼダム」の取り組みに協力してくれた農家に補助金が支給されるような仕組みになれば、農業振興策や地域振興策にもつながる…。

 吉川 「田んぼダム」は、もともと農家のボランティアで始まったが、長期間に渡る活動の継続は難しかった。私は農家にとって何かしらのインセンティブが必要だと考え、以前から国に訴え続けていた。そして今、農林水産省から多面的機能支払交付金を受けられるようになり、その制度を活用して「田んぼダム」の取り組みを進めている。地域ごとに見れば、とても上手く機能しているところもあれば、そうでもないところもある。多面的機能支払交付金は全国的な制度だが、集落単位での活動組織に支払われるため、高齢化がかなり進んでいる地域では、煩雑な作業を強いられる行政の申請書に対応できずに申請できないという集落もあるからだ。そんな中、新潟県見附市は市の65集落全てを一つの組織として、多面的機能支払交付金における「広域協定」を結んで大きな組織で活動を行っている。まとめ役となる事務局の人件費や家賃にも対価を払えるような仕組みを作り、農家の方々が煩雑な作業で頭を煩わすこともない。65の集落の中には高齢化が進み、田んぼの刈払いや畦塗りといった肉体労働作業が難しいという理由で農地を手放す人もいるが、そういったことも事務局に連絡すれば、組織内で調整して助け合うような仕組みを作っている。

――そもそも「田んぼ」は個人の所有物だ。民有地の整備に対して公的なお金を入れることに対して納税者の理解は…。

 吉川 新潟県見附市では、雑草などの刈払い作業が「田んぼダム」の機能を維持するために絶対に必要なことだと考えている。例えば農家が畦の除草のために雑草に市販の除草剤を使って根こそぎ除去すれば、畦の強度が失われる。一方で、刈払い機で草を刈り、畦塗り機で漏水を防ぐための作業を施せば、しっかりとした畦によって水田の貯水機能も高まる。つまり、畦をきちんと維持・管理することは、田んぼダムを維持するための共同作業と見附市は位置づけている。「田んぼダム」の取り組みは今では北海道から九州まで広がっている。新潟県だけで1万5千ヘクタールの「田んぼダム」があるが、新潟県の水田に占める割合は10%程度でまだまだ広がる余地はある。どういった方法でで始めればよいのか、取組みを長期間継続させるためのインセンティブとして、どのように交付金が利用できるのか、様々な組織からサポートを求められている。私たちは「田んぼダム」の全国展開を目指して、普及に向けた活動を行っているところだ。 

――その他、政府への要望などは…。

 吉川 「田んぼダム」は20年に1度あるかないかの大洪水のために維持・管理していくものだ。交付金が出るようになったのはありがたいが、それだけでは普及は難しく、市町村自治体が積極的にその取り組みに関与して維持管理する仕組みの構築が必要であり、その保守点検等の作業にも何かしらのインセンティブがなければ「田んぼダム」は続かない。建設ダムの場合は一度作ってしまえば構造物として比較的維持管理は簡単だが、「田んぼダム」は何千人という農家の方々全員が一致団結して取り組み続けなければならず、そのための合意形成や動機付けをどのようにするかが鍵となる。田んぼダムの先進地である見附市で本格的に取り組みが始まったのは2011年に発生した新潟福島豪雨災害だが、それ以降の10年間に新潟では、それほどの大雨は降っておらず、「田んぼダム」の水害抑制効果を農家や市民が実感する機会はない。だからと言って、この取り組みが投げ出されないように、政府や自治体からは継続的なインセンティブと動機づけの仕組みを維持し、豪雨災害の予防的措置をしっかりと考えてもらいたい。

――証券アナリストを取り巻く環境は大きく変わってきている…。

 新芝 背景には、わが国の企業統治改革や欧州のMiFID2(ミフィッドツー:第2次金融商品市場指令)等の規制改革、AIやビッグデータ等の技術革新、サステナビリティの潮流、そして、コロナ禍の影響等がある。環境変化に伴い、証券アナリストに求められる役割も変化している。現在の証券アナリストには、日進月歩でレベルを上げ、企業価値の「評価」だけでなく、中長期的な企業価値の「向上」への貢献や、企業と投資家の建設的な対話の橋渡し役など、より広範な専門分野において重要な役割を果たすことが期待されている。証券アナリストがインベストメント・チェーンにおいて担う役割は大きい。

――MiFID2の影響について…。

 新芝 2018年1月から欧州で導入されたMiFID2では、投資家保護強化の観点から、調査費用への考え方が大きく変わり、それまで仲介手数料に含まれていた調査費用のコストが分離されることになった。ブローカーの役割も明確になり、証券ビジネスにおいてもリレーションだけではなく、どのような付加価値を提供したかが評価されるような時代になっている。証券アナリスト一人ひとりのレポート等に値段が付くようになり、まさに、証券アナリストの真価が問われている中で、力のある人間にとっては良い時代だ。しかし、一部の活躍しているトップアナリストだけに仕事が集中するようになり、ジュニアアナリストが育ちにくくなるという問題点もある。そのため、日本証券アナリスト協会でも今まで以上に気を配り、各証券会社や資産運用会社等としっかり連携を取って、証券アナリストを育てていく過程を支援していかなければならないと考えている。

――金融庁からは証券アナリストに対する規制が出されているが…。

 新芝 例えばスチュワードシップ・コードやフェア・ディスクロージャー・ルール等の規制はしっかりしたもので、改定も進んでおり、混乱はない。ただ、不公平感の是正という面では、昔インサイダー取引というような言葉もなく早耳情報しかなかった時代から、その早耳情報が違法となり情報が公平に出される一方で、Fintechなどのテクノロジーを駆使した情報収集が効果を生み始め、その進化が加速している時代だ。つまり、どの企業が成長するのか、テクノロジーを使って調査しようと思えば様々なことが出来る。例えば、スーパーの売り上げを調査するために、人工衛星でスーパーの駐車場を見ながら集客数を予測したり、ビッグデータを利用することで買い物情報から売り上げを分析したりすることも可能だろう。このようなやり方でも、結局の狙いはかつて行われていた早耳情報と同じようなものであり、いくら制度的に公平にしようとしても、オルタナティブな情報を知恵比べのような形で追い求めている部分があるということは事実だ。

――協会としてどのように証券アナリストを支援していくのか…。

 新芝 当協会の社会的使命は、広い視野、深い専門知識・分析能力、そして高い倫理観を備え、時代の要請に応える金融・投資のプロフェッショナルを育てていくことだ。そこで、当協会では証券アナリスト資格の教材内容を15年ぶりに改定する。2021年6月にスタート予定の新プログラムでは、SDG sやESG、ロボット運用、行動ファイナンスなどの旬なトピックもカリキュラムに含まれている。また、この間に出てきた新しいコンセプトや概念も組み込まれている。証券アナリストになるためにクリアすべき課題や学習分野は、時代の変化に応じて変わってきている。だからこそ、それらをよりたくさんの人に修得していただくために、実務の視点から教材を作成し、図表や数値例を充実させる等の工夫を凝らして学習しやすいプログラムへと作り直している。eラーニングアプリ等のデジタルツールも積極的に活用して、これからの証券アナリストたちの支援をしていく。

――証券アナリストの資格を持つ人たちの活躍の場が広がってきている…。

 新芝 証券アナリスト資格保有者の現在の所属分布を見てみると、証券会社が2割、信託を含めた銀行系が2割、資産運用会社が2割、そして事業会社が1割5分となっており、最近では事業会社に所属する資格保有者がかなり増えていることがわかる。IR部門や財務部門で活躍したり、社外取締役として専門分野を生かしたり、証券アナリストの概念が昔に比べて多様化しており、業務の幅もかなり広がっている。特に財務部門では、昔のように単にお金の流れを見るというだけでなく、例えば、資本コストという概念を取り入れて経営アドバイスを行うなど、今の時代を生き抜くための高度な専門知識への需要が高まっており、そういった能力を備えた人材が求められている。

――これまでの証券アナリストといえば、いわゆるセルサイドの仕事のイメージが強かったが…。

 新芝 今ではセルサイドだけでなく、バイサイドや銀行、事業会社にも証券アナリスト資格を持つ人は多い。実際に証券アナリストの業務が変わってきている。当協会としても幅広く活躍してもらえるような方向に証券アナリストのイメージを変えていく必要があると考え、2019年4月に証券アナリストの資格称号として「日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA:Certified Member Analyst of the Securities Analysts Association of Japan)」を新たに定め、ロゴマークも新設した。現在、2万7千人強の「CMA」が様々な分野で活躍しており、証券アナリストの質が良い方向に変わってきていることは大事にしたい。そして、これをきっかけに「CMA」という呼称を広めていきたいと考えている。

――最後に、協会の課題と抱負を…。

 新芝 今回、「認定アナリスト(CMA)」という資格称号を改めて制定したのは、証券アナリストを取り巻く環境や求められる役割が変わっているからだ。それと同時に高度化もしている。当協会は、時代の要請に応える金融・投資のプロフェッショナルを育てていくことで、日本経済の発展に寄与することを目的としている。現在、コロナ禍により既存の秩序が根底から揺るがされている。人々の価値観や行動様式は不可逆的に大きく変容し、次の時代へ時計の針が一気に進んだ。当協会でもコロナ禍を奇貨として、スピード感を持って様々な施策を進めていく。当協会のビジョン、ミッション、ストラテジーを明確にし、新しい時代に対応できる証券アナリストを育てていくことに貢献していきたい。

コロナ対策で国民はうんざり

――3たび緊急事態宣言が発令された…。

  一言で言うと多くの国民は「うんざり」と言ったところだ。昨年の春から、「ここが勝負どころだ」、「あと3週間の辛抱」など、政府や専門家と言われる人達の精神論的な発言をマスコミを通じて何度も聞かされ、その度に国民は様々な形の自粛を迫られてきた。しかし、一向にコロナは収束しないばかりか、むしろ酷くなっている。またその間も、GOTOキャンペーンや海外からの渡航が再開された途端に緊急事態宣言と合わせて再び中止されるなど、後手後手、ちぐはぐ、無駄使いの政策が眼に余るようになっている。

  それに新年の緊急事態宣言は、引き続き飲食を目の敵にしている一方で、ライブや映画上映は続けられるなど、人と人との接触を徹底的に避けるという内容にはなっていない。もはやかなりの国民が素直に政府やマスコミの言うことを聞かなくなっていることもあり、ワクチンの接種如何だが、感染拡大がダラダラと5~6月頃までさらに長期化するとの懸念も広まっている。むしろ経済のためなら、思い切ってワクチン接種が予定される2月の中旬ぐらいまで全国一斉に緊急事態宣言を発令した方が良いのではないかという訳だ。

検査体制崩壊の次は医療体制崩壊

――保健所を中心とする検査体制が崩壊している…。

  年末年始の感染者急増により保健所の検査体制が崩壊し、感染者がさらに野放し状態になってきている。本紙4日付の新春記者座談会でも指摘したように、保健所が感染力の弱い結核対応の濃厚接触者の検査に終始した結果、感染者を封じ込めることが出来ず、現状はもはや濃厚接触者の検査すら出来なくなっている。かつその間に、感染拡大の見通しが甘く病床の確保も手緩かったため、今度は医療体制が崩壊の危機に直面し、再度の緊急事態宣言を出さざるを得ない羽目に陥った。

  そもそも濃厚接触者という概念自体が不適切で、感染力の強いコロナなどの場合は接触者すべてを検査する必要があった。また、37.5度が数日間続かなければ検査を受けられず、その間に周りの者に感染させている。そしてその結果、前回20年4月6日の緊急記者座談会の予想通り潜在的な感染者が拡大し、今の感染拡大に至っている。

  その点で、前週に広島県の湯崎知事が発表した、80万人へのPCR検査は画期的だった。というより、むしろ東京都を含めた他の知事が何故今までやらなかったのか不思議だ。

  しかし、今に至っては検査体制以上に、急速に患者が増えていることから、医療体制や病床の確保も機動的かつ弾力的な対応が必要だが、前週までのところ相変わらず保健所中心の体制を変えていない。その犠牲者として自宅待機の感染者が急増しており、症状が急変し自宅で亡くなる人も目立ってきた。

医療法の改正を

――コロナ補正を100兆円規模で組み、かつ日本は人口あたりの病床率が世界一高いというのに、なにをやっとるのかね政府は…。

  日本を含め東アジア諸国では欧米ほどコロナの死亡率が高くないため、インフルエンザなどと同様に多くの診療所や病院でコロナの検査や治療を出来るよう、感染症法の適用や感染症法そのものを改正すべきとの意見が医療関係者から聞かれている。また、感染症法だけでなく医療法を改正し専門外の民間病院に対しても、政府が感染症などの治療を勧告にとどまらず命令ができるようにすべきだ。コロナ感染の急拡大はいわば戦争と同じなので、平時の考えで対応していては手遅れだ。何がなんでも国民を守るという精神から、医者も率先してコロナ対策に当たらないようでは、それこそ大赤字の国民皆保険制度を見直す必要もあろう。

  政府は今、コロナを感染症法の新型インフルエンザ等感染症に指定し、より強い規制が取れるようにしようとしている。また、飲食への罰則だけでなく検査や報告、入院を拒否した場合の罰則も導入するという。それ自体はコロナの感染力の強さや、今後も新たな感染症が生まれる可能性を勘案すると必要不可欠の措置だ。むしろ台湾で成功したように感染者の氏名と行動歴の公表や医薬品の価格統制と配給制、米国のような企業への生産命令、諸外国と同様の夜間外出禁止令などの法的準備も整えておくべきだ。

戦争状態の備え必要

  コロナ対応でも改めて日本の平和ボケがよく出た。なんでも前例踏襲、法律遵守、責任回避、自分大切という悪い役人体質が染み付いており、いざと言うときは超法規的な対応も必要という対応が取れない。そんな姿勢だから、竹島も北方領土も尖閣もズルズルと他国に実効支配されていく。これでは、自衛隊予算を増やしても国は守れまい。日本のどこかが攻撃された時に医者が逃げてしまってはお手上げだ。

  コロナ禍を機会に行政のデジタル化がようやく動き出し、加えて多の国と同様に戦時に備えた医療体制も構築できれば良い。また、スパイ防止法の導入や、世界平和と反日対策のためのプロパガンダの世界的展開など、この期に一気に普通の国としての備えが出来れば「禍転じて福と成す」だ。

  確かに守り神である米国の弱体化が日に日に目立ってきている今、日本が独立国家として自立していかなければ、次は中国の属国になり下がろう。しかし、その一方で首相が平気で嘘をついたり、コロナでも政府に都合の良いデータしか公表しなかったり、マスコミも政府広報の様相が強いなか政府の権力を強めると、太平洋戦争の二の舞になりかねない。国民に正しい情報が届かなければ、政府の間違いを正すことができず、ズルズルと敗戦の道を歩むことになる。このため、政治家の嘘を厳罰にしたり、憲法に情報開示義務を盛り込んだりすることも必要だ。

与党の責任は

  コロナ対応で罰則規定を導入する場合、ここまでコロナ禍を長引かせ巨額の借金を重ねた責任を取って、やはりけじめとして二階幹事長の首を国民に差し出すぐらいのことをする必要があるのではないか。二階幹事長はいわゆる勝負の3週間にもかかわらずGOTOを強行させ「令和の大失敗」を招いた張本人というイメージが強いし、「禁断の老人会食」もやってしまった。このままでは、秋の選挙はボロ負けだ。

――トランプ、ブラジル、スエーデンなどコロナを軽視して経済を重視した政権は支持を失っている。日本の野党に政権遂行能力はないが、高齢のバイデンを選ばざるを得なかった米国と同様に、何かしなければ与党が大きく議席を失うことになるだろうね。

――日本の財政がどうなるのか心配だ…。
 米澤 ただでさえ日本の財政は破綻に瀕しているのに、今年度の3次にわたる補正では、当初予算の年間新規国債発行額の3.5倍を1年で発行することになった。まるでメーターの針が振り切れて飛んだような状態だ。新型コロナウィルスの世界的大流行という100年に1度の異常事態に対処するためやむを得ないという事だろうが、本当にこれが賢い政策なのか検証が必要だ。新型コロナ対策として何より優先されるべきものは感染拡大防止と医療体制の確保・充実だ。そこにはワクチンや特効薬の開発、医療従事者の処遇改善も含まれるが、第3次にわたる補正予算での歳出追加73兆円の内、これらに該当するものは約13%の9.2兆円に過ぎない。こうした中で、昨年末にかけて医療体制にしわ寄せがきて、ここに最も深刻な危機がきている。また、残りの60兆円余は、影響を受ける事業従事者や雇用者への対策、経済全体の落ち込みを緩和するための需要喚起策、将来に向けての経済構造転換・インフラ整備等、色々な名目を付けて多岐にわたっている。これらは緊急性や費用対効果に濃淡があり、本来ならばその濃淡に応じて優先順位をつけ、悪用・乱用防止の制度設計をきめ細かに工夫すべきだ。しかし、残念ながら一連の対策にはそうした吟味がなく、バラマキと声の大きいところを宥めるための安易な支出が多いという感が否めない。

――PCR検査体制が他の先進国に比べて極めて脆弱であるにも関わらず、政府はGoToキャンペーンを実施し、国民の警戒心を緩めて感染を広めるという政策を行った…。
 米澤 今のような状況下での経済対策は、最大の目的である感染拡大の防止に資するか、せめて逆行しないことが求められるのに、医療支援を上回るような規模で計上されたGoToトラベルやGoToイートなどは、感染拡大期にその主要原因である人の移動や集合と会食を補助金付きで奨励するものに他ならず、無駄を通り越して有害なものとなってしまった。また、1次補正での10万円一律給付金は費用対効果の面で拙劣で、故大平正芳総理風に言うならば「イージーゴーイング」な政策だった。さらに、3次補正での「ポストコロナに向けた経済政策の転換・好循環の実現」と「国土強靭化」に至っては、コロナ対策へ便乗した財政法29条(補正予算)違反の駆け込みとしか思えない。73兆円の内、少なく見積もっても半分はこうした有害、無駄、或いは便乗で占められている様に感じられる。

――政府債務残高が1000兆円を超え、GDPの2倍となっているこの状況下で、先行きの国家財政の見通しは暗い…。
 米澤 ただそうは言っても100年に一度の緊急異常事態に対処するためには、本年度採られた予算措置の少なくとも何割かの追加財政出動は不可避だった。まさにこうした時こそ財政出動が必要であり、本来はそれに備えて平時の財政にゆとりを持たせておく必要がある。にもかかわらず、我が国の財政は散々言い尽くされていることながら、令和2年当初の段階ですでに国債残高のGDP比は160%とG7諸国中飛びぬけて最悪になっていた。自著「国債が映す日本経済史」等でも私は再三警鐘を鳴らしてきたが、国民の間に一向に危機感が深刻化しないまま今日に至ってしまっている。財政再建など夢のまた夢だ。ただ、日本はこれだけ財政赤字を垂れ流していながら、アルゼンチンやギリシャのような経済危機にはまだ陥ってはいない。その理由は、一つに国際収支の経常収支が黒字で、国債が日本国内の貯蓄で賄われているからだ。だからと言って財政赤字がいくら大きくても大丈夫という訳ではなく、日本国債の信用が失われ、投資家が国債を買わなくなれば直ちにデフォルトとなるだろう。それは国債の消化が国内だろうが国外だろうが同様であり、現に昭和50年代後半には国債が発行できず休債となったことが8回もあった。新規国債に加えて年間100兆円を超す借換債を発行しなければならない現状は「板子一枚下は地獄」だ。

――地獄はいつ来るかわからない…。
 米澤 さらにもう少し視野を広げると、財政赤字が増え続けていることによる日本経済への悪影響は既に現れている。例えば、若い世代の財布の紐が固く消費が振るわないのは、「年金が貰えなくなる」など国の財政の将来への不安や不信が影響している。また、資金循環の面から見ると、世界に冠たる日本国民の貯蓄は、もしこれが財政赤字に向かわずに国内外の投資に向かっていたならばそれだけ果実を生み、日本国民の富が増えていたはずなのに、果実を生まない財政赤字のファイナンスという不毛な使途に向かっていたためにその機会が失われてしまった。目先の需要喚起のための財政出動を無反省に重ねた結果、中長期的な競争力は失われ、1990年の日本のGDPは米国の2分の1強、中国の8倍だったものが、2018年には米国の4分の1、中国の4割弱にまで低迷してしまった。これが「失われた30年」の真実だ。その意味で財政再建こそが最大の成長戦略であったのに、その成果の出ないうちにコロナに見舞われてしまった。

――今後の起死回生の策は…。
 米澤 プライマリーバランスの均衡化を目指して地道な努力を長く積み重ねていくより他はないだろう。99年小渕内閣の時に08年度とされたプライマリーバランス均衡化目標の達成時期はその後4回先送りされ、18年には25年度とされてはきたものの、この数年、赤字の水準自体は減ってきていた。残念ながら今回それが一気に消し飛ばされてしまったが、コロナ終息後の長期的視野に立って、国民の理解と協力を得て再びその努力を再開し持続するしかない。国民の側からいえば受益と負担の均衡を図るという事になり、歳出削減と国民の負担増をどう組み合わせるかは国民の選択だ。個人的には歳出削減の余地は限られており、抜本対策としては緩やかな負担増しかないと思う。平成元年から33年間の当初予算での歳出増加の内訳を見ると、歳出全体がコロナ予備費を除き44.9兆円増えている中で、社会保障、国債費、交付税が42.7兆円と殆どを占め、その他の経費は防衛費が1.6兆円増えているだけだ。民主党政権時代に鳴り物入りで行った仕分けでもネズミ一匹程度しか出てこなかったことを振り返ると、兆円単位での削減余地は乏しい。そう考えると、やはり大きく切るには社会保障しかないが、その手段は年金国庫負担の引き下げや医療自己負担の引き上げといった負担増に属する方法だろう。国際的にみても日本は大きな政府とは言えない。ただしもちろん、この時期に教育の無償化拡大や35人学級を導入するなど後年度負担の大きい施策は論外だ。一点、消費税に関して付言すると、これまで4次の消費税導入・増税を行ったが、結局見返りの減税や支出が大きく、累計で見れば目に見える寄与はしていない。消費税導入の検討を始めた昭和40年代の税制当局は、日本人の消費税アレルギーが非常に強いという事を想定していなかったのだろう。このため、消費増税一本槍ではなく、そういった国民感情や国情に合わせた負担増の組み合わせを工夫すべきなのではないか。

12/14掲載「国の管理で中小河川敷が荒廃」
愛媛県農業法人協会 会長 ジェイ・ウィングファーム 代表取締役 牧 秀宣 氏
――水害等への対策費用は国の予算から十分割り当てられているのではないのか…。
  河川の改修費用で国の予算がつくのは目に見えた大きいところだけで、中小河川敷の管理は殆ど出来ていない。昔は中小河川敷の管理はその河川に面した農地を持つ人が管理していたため、しっかり目が行き届いていたのだが、今は河川敷の管理が国のものになったため自治体任せになってしまい、毎日その場所を目にする人がいても、手を出すわけにはいかない。結局、管理の行き届かない河川敷の土手には木が茂り、草が伸び放題で、手を付けられない状態になる。自然のサイクルが壊れたことによる全国の被害は莫大だ。農地においても河川においても、集落という規模で地方自治がしっかりと管理できれば、自然のサイクルが働き、国から莫大な水害対策費用等をもらう必要もなくなると思うのだが、集落を合併させて一つの自治体を大きくしたことで地方の行政管理機能がパンク状態になってしまった。そして、荒れてしまった土地にいくらお金をつぎ込んでも解決できないという悪循環の状況になっている。

12/7掲載 「DXには独自のシステム必要」
慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 教授 土屋 大洋 氏
――デジタル化を支える今のサイバーセキュリティ基本法に足りないものは…。
 土屋 サイバーセキュリティ基本法が制定されてからすでに2回ほど改正しており、今後何か課題があっても、それは軽微な修正で対応できる。また、基本法を細かく変えたところであまり意味はなく、むしろその体制が重要だと思うが、通信の秘密に関する憲法改正が出来ていない以上、サイバーセキュリティのためのインテリジェンス体制はあまり変わることはない。いずれにしても今回設置された日本のデジタル庁はインテリジェンス活動のためではなく、国民皆がパソコンを使うように推進するためだけのものだと思う。例えば閣議をオンラインで行うといった場合には物凄いセキュリティが必要だが、そういうことをやるような雰囲気でもなく、そもそも現在日本で使われているオンラインのプラットフォームはほとんど外国のものであり、日本のソフトウェア会社はこういったツールを提供していない。こういった状況でオンライン閣議など行えるはずがない。インテリジェンス活動を前提としたセキュリティを考えるのであれば、NTT、KDDI、ソフトバンクなどのデジタルシステムを作る会社は、早急にオンラインワークのためのツールを作るべきだ。

――通信会社同士の値下げ競争を促すのではなく、むしろ外国に頼らずに使えるオンラインツールを作り上げるための予算が必要だ…。
 土屋 パナソニックは完全国産のパソコンを製造しているが、それは非常に限定的で値段も高い。安く済ませようと思うとどうしても外国製になってしまう。また、日本メーカーだから安心かといえば、部品が外国で製造されていたらそれもまた不安材料となる。国内で今更パソコンやソフトウェアを作れるかといえばそれも厳しい。しかし、安全を追求するという面も考えて日本独自のシステムをつくらなければ、いつまでたっても外国依存のままだ。同盟国の米国でさえ日本のことを当然傍受しているという前提に立ってやらなければならない。

11/30掲載 「日本自立を、蘇る三島の思想」
一水会 代表 木村 三浩 氏
――米中対立が激化するなかで日本の立ち位置をどう考えるか…。
 木村 日本は米中の利害を調整する緩衝材としての役割が求められる。それには外交において主体性を持つことが必要だ。現在米国は、オーストラリアをはじめとしたインド太平洋諸国で中国を包囲しようとしているが、単に日本がそれに加担するというのはよくない。いわゆる西側諸国やインド太平洋諸国が自由や人権を重んじ、新自由主義的考えを持つことを否定するわけではないが、中国には中国式というものがある。米中の緊張状態は高いものの、日本の外交としては中国の言い分をアメリカに伝え、アメリカの言い分を中国に伝えるようなことをすべきだ。ただアメリカの肩を持つのではなく、日本は主体的に行動することが大切だ。今までそういうことをしてこなかったから、北方領土や拉致問題が一向に解決しなかった。また、今はイスラエルとイランの関係が懸念される。新型コロナで景気が世界中で悪くなっているが、一番簡単に景気をよくする方法として為政者が考えることは戦争をすることだ。イスラエルはスーダン、バーレーンなどと国交を樹立したが、イランはそれに反発している。その結果、第5次中東戦争が始まったら、ホルムズ海峡が封鎖されることになる可能性が高い。そうなった場合困るのは大量の石油を輸入している日本であり、中国だ。また、尖閣諸島をめぐり日中間が戦争状態に突入した時、いつの間にか自国第一主義でアメリカ軍がいなくなってしまっていたということでは困る。つまり、これからはアメリカに頼りきりでなく、主体的に行動できる国家を築いていくことが重要だ。三島烈士が命を賭してまで伝えたかったことは、日本が対外的に国家主権を保持した自立した国になるべきだということだ。

11/24掲載 「中国事業のメリットに疑問」
IPAC 経済安全保障専門家アドバイザー 井形 彬 氏
――日本は米国と中国、両国からの規制の板挟みとなる…。
 井形 例えば、日本で研究開発したものを東南アジアで製造し、欧米に輸出するというやり方と、中国圏だけをターゲットに中国国内で研究開発、製造、販売すべてを行うというやり方を同時並行的にオペレートすることは出来ないことではない。しかし、中国で得た利益を日本に還元できないという規制を中国がとっている限り、日本企業が中国で経済活動をするメリットはどれほどあるだろうか。加えて、中国自身がこれまでの輸出主導から内需主導のデュアルサーキュレーションに国家戦略を変更し、中国製造2025の中で主要産業を国営企業でナンバーワンにする試みが着々と進んでいる。最終的に中国での産業が中国企業で占められてしまうのであれば、今のうちに日本は中国から去ってインドやアセアンに移ることも考えるべきだろう。こうしたことを背景に、最近、私は各大使館から話が聞きたいと言われ意見交換をしているのだが、特に東南アジアの大使館からは日本企業を誘致するための売り込みを受けることも多い。

11/2掲載 「DCは金融立国の一丁目一番地」
野村アセットマネジメント 取締役会長< 尾﨑哲 氏
――日本の国家戦略である金融立国を実現させるためにはDC市場の発展が欠かせない…。
 尾﨑 申し上げたように、日本の国家戦略である金融立国と、個人の資産形成と、世界貢献、全てを実現させるための一丁目一番地はDCを欧米並みに本格展開することだ。戦後、投資信託が再開されて60年で個人保有残高はわずか70兆円。DCの本格化による少額積立に国民全員が注力すればこの額は次の10年で倍に出来る。その資金は世界の分散投資に向けられ、世界貢献と同時にそれなりのリターンも得られるはずだ。単純な計算だが、超高齢の一人世帯を除く日本の約5200万世帯が月2万円ずつをDCを含めて積立てていけば5年で70兆円になる(年率3%程度のGPIFの実績リターンも適用)。一家計当たりの平均給与が月収で36万円なので、月2万円は決して安い金額ではないが、それを1万円にしても10年で今の投資信託のサイズになる。来年のDC20周年を機に、2020年から2030年までの10年間、ESG投資によるSDGsの達成に向かって、日本のDCを本格的に発展させることで、健全な資産形成とそれを通じた世界貢献をすべく、関係者と尽力していきたい。

10/19掲載 「銀行融資と社債の同順位を」
日本証券業協会 副会長 森本 学 氏
――日本の社債市場は米国などに比べてまだまだ小規模だ。やるべきことは沢山ある…。
 森本 社債市場の活性化は日証協が長い間取り組んでいる課題だ。足元では多少発行が増えてきたが、まだ我々が目指しているような状況ではなく、ボリューム的にあまりにも小さい。これは証券界だけでなく、当局や関係者を巻き込んで構造的問題に取り組まなければ実現しない問題だ。例えば発行体について言えば、米国ではBBB格以下の銘柄が半分以上を占めておりリスクマネーを供給するという市場の役割が果たされているが、日本ではBBB格は1割にも満たない。さらに米国には、日本にはほとんど存在しないハイイールド市場もある。そういったことから、日本ではせっかく低金利になってもリスクマネーが流れないという残念な状況になっている。発行銘柄の多様化は引き続き大きな課題であり、そのため先ずやるべきことは、銀行ローンと社債の実質的な同順位(パリパス)を確保することだ。そこで重要になるのはネガティブプレッジ(担保制限条項)であり、日本は社債間での担保制限条項はついているが、米国では標準である銀行ローンとの間の担保制限条項がついていない。その結果として、日本ではデフォルトすると社債権者の回収率が非常に低くなることから、投資家は低格付社債に投資しにくい状況が続いている。

10/12掲載 「21世紀の日英同盟締結を」
衆議院議員 国民民主党 党首 玉木 雄一郎 氏
――中国包囲網ともいえる「アジア版NATO」についての考えは…。
 玉木 中国は引っ越し出来ない隣人だ。彼らが国際秩序のなかで責任ある大国として振る舞うことを期待する。それが日本対中国の一対一の関係では難しいのであれば、多国間で中国に対して然るべき提言を行うような外交が必要だが、私はアジアで軍事同盟的なものを結ぶよりも、「21世紀の日英同盟」を結ぶべきだと考えている。ここで指す「英」は旧英連邦を意味し、インド、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド等すべての旧英連邦の国々を含む。これらの国々と同盟を結ぶことが出来れば、経済を含む安全保障上の問題において、日本が相当大きなポテンシャルを持つことになるだろう。

――南シナ海などで中国が覇権主義を拡大させている中で、日本のシーレーンは守ることが出来るのか…。
 玉木 日本の海上交通路について言えば、日米同盟は地域全体の公共財という役割を果たしているため、それを強固に保つことは必要だ。同時にアセアン周辺諸国の協力も欠かせない。ただ、米国がアジアへのコミットメントを弱めていこうと考えているのであれば、力の空白が出来てしまうため、そうならないように米国をアジアに関与させ続けるという努力を日本はし続けなくてはならない。シーレーン防衛は我が国にとって生命線とも言える。何かがあった時の後方支援の在り方を事前に定めておくことは重要だ。

10/5掲載「経済外交の最善の道を模索」
財務官員 岡村 健司 氏
――米中対立が悪化して米ソ冷戦時代の二の舞になれば、中国をゲートウェイとするビジネスモデルは通用しなくなる。日本の経済外交の方向性は…。
 岡村 米国の中国に対する基本姿勢は、安全保障の観点を考えると、大統領選の結果にかかわらず、今後も変わらないだろう。しかし、仮に米中融和となった時に、米国に寄り添っていた日本に対する中国の対応は非常に厳しいものとなろう。日本が米国にはしごを外される可能性も否定できない。日本はインドとアセアンに注力すべきという声もあり、その通りと思う一方で、インドもアセアンも、日本と中国を天秤にかけているということは常に考慮に入れておかなければならない。伝統的な米ロ対立の構図の中で米国と同盟する欧州は、米中対立の文脈では第三極の形成を指向しているように見える。そういったこと全てに注意しながら、日本は、今後ともアジアで生きていかなくてはならない。暗中模索ではあるが、諸情勢を冷徹に見通して、最善の道を探していきたい。

9/28掲載 「『国消国産』で食料安保を推進」
全国農業協同組合中央会 代表理事会長 中家 徹 氏
――今後の日本の農業への抱負を…。
 中家 5年前、一連の農協改革により農協法が改正されたが、我々JAグループは「農業者の所得増大」、「農業生産の拡大」、「地域の活性化」を基本目標とした創造的自己改革の実践をすすめてきた。組合員の願いを実現するため、これからもJAグループ一体となって自己改革に取り組み続け、日本の農業、農村が元気になるように努めていきたい。また、今回のコロナ禍では食料の輸出規制を行う国が出てくる事態となったが、これを契機に、食料安全保障に関する課題を国民の皆さんにもっと浸透させていきたいと考えている。自国で消費するものは自国で生産するという「国消国産」の重要性を広めていきたい。この他にも、企業がテレワーク等を定着させていく中で、例えば、地方へ移住し、会社員として働きながら農業に取り組む人たちが出てくるというような、東京など大都市からの「一極集中の是正」の流れにも期待している。

9/7掲載 「金融機関として本領発揮の時」
金融庁長官 氷見野 良三 氏
――コロナ禍が長期化する様相となっており、金融機関には不良債権化の懸念が出始めている…。
 氷見野 緊急事態宣言時に比べれば経済は持ち直しているのだとは思うが、今後どのようになって行くかを見通すことは難しい。コロナ禍の長期化の可能性も否定できないとなると、金融機関としても悩みどころだと思うが、顧客に背を向けるという選択は無いのではないか。不良債権が怖いから資金繰りを繋がないということを一旦行うと、地域の中での信頼は二度と取り返せないだろう。今後については、長引くコロナ禍で課題が山積する顧客に対して、経営改善や事業再生支援などに取り組むことが銀行の本来の仕事だ。金融機関としての本領発揮の時であり、それをせずに放って置くことは、結局は信用コスト増にもなってしまうし、金融機関の存在意義も社会に信じてもらえないと思う。コストカットや販路拡大、業種転換、事業承継を支援するなど、様々な工夫を進める上で、政府としても出来るだけのサポートは行っていく。すでに政府系金融機関からは約6兆円の劣後ローン枠が、地域経済活性化支援機構(REVIC)等のファンドからは約6兆円の出資枠が確保されている。そういった選択肢も組み合わせて事業再生に取り組んでもらいたい。

8/31掲載 「対コロナで早急に法改正を」
東京都医師会 会長 尾﨑治夫 氏
――その他、都や国への要望は…。
 尾﨑 行政との関係が上手くいっている医師会とそうではない医師会があるが、東京の場合は、都と医師会が車の両輪であるという共通認識を持ち、常に連絡を取り合いながら物事を進めることが出来ていると思う。一方で、実際に東京都が休業要請を出しても、結局そこに強制力はない。宿泊療養や自宅療養の仕組みにしても、大元の仕組みを決めるのは国の役割だ。その国が的確な政策をとっていないという事に対して、言いたいことは沢山ある。もっと本気になって最善の策を考えてほしい。例えばPCR検査にしても、診断治療の一環として行うものと、経済活動を円滑に動かすために実施するものと、一定の地域で感染している人数をはっきりさせるために行う公衆衛生上の検査の3つに分けて、そこに健康保険を適用させるのかどうかも含めて、検査体制をきちんと整えることが重要だと思う。目的に応じたPCR検査を自由に受けられる仕組みを早く作るべきだ。今は高い検査費用も、検査数が多くなれば資本主義原理で安くなっていくだろう。医療の現場では、患者や感染者を救うために日々最適な決断を迫られながら頑張っている。政府にも、もっとスピーディーに、先を見越した政策を実行してもらいたい。その意味で、早く法律を改正してインフルエンザの流行時期の前にしっかりとした体制を整えるべきだ。

8/24掲載 「日台は共通の価値観を保有」
台北駐日経済文化代表処 代表 謝 長廷 氏
――台湾政府から日本政府に望むことは…。
 謝 台湾と日本は共通の価値観を持っている。それは自由、民主主義、人権、法による支配という価値観だ。これら国際的な普遍価値を共有している事を重視してこれからも友好関係を続けていきたい。また、台湾と日本の国民の間には長い歴史の中で培ったお互いの信頼感がある。それを土台にして、災害時の協力や技術革新の共有など、広い意味でのお互いの安全のために、日本と台湾の間でさらなる交流が生まれることを期待している。そして最後に、日本政府から台湾の国際組織への参加に対する後押しをお願いしたい。特にWHOやCPTPPへの台湾の参加は、日本にとってもメリットがあるはずだ。現在、年間約200万人の日本人が台湾を訪ねている。台湾の貿易に支障が出れば日本にも当然影響があるだろう。台湾がなければ地理的な空白もでてくる。特に日本が主導しているCPTPPにおいては、台湾の加入を強く望んでいる。

7/20掲載 「まず日米同盟の真の理解を」
国際変動研究所理事長 軍事アナリスト 小川 和久 氏
――政治家も官僚も、もっとしっかりと米国を活用することで日本の防衛能力を高めるべきだと…。
小川 日米安全保障条約をみても、米国は日本を防衛する義務はあるが、日本が米国を防衛する義務は謳われていない。米国を守れないと肩身が狭いと考える人がいるが、日本に米国防衛の義務がないのは当たり前の話だ。米国は日本とドイツの軍事的自立を恐れ、再軍備の時から自立できない構造の軍事力しか持たせなかった。だから、日本やドイツの軍隊が海を渡って米国を救援してくれるなどとは、考えていない。その代わり、日本は他の国ができない戦略的根拠地としての日本列島を提供し、国防と重ねて自衛隊で守っている。この役割分担は、最も双務的、つまり最も対等に近い同盟国は日本だということを物語っている。日本の官僚や政治家などいわゆる勝ち組と言われる人たちは、大学の教科書に載っていることしか頭にないようで、現実の世界で起きていることを直視する力は弱い。世界を股にかけて日本外交を進めるのであれば、世界に通用する能力を磨かなければならない。

8/3掲載 「デジタル決済は成長に不可欠」
フューチャー 取締役 山岡 浩巳 氏
――デジタル通貨は、経済社会全体のデジタル化と不可分となる…。
 山岡 FacebookのCEOザッカーバーグ氏は、昨年10月の議会証言でデジタル通貨について中国脅威論を訴えたが、日本として、技術革新が通貨を巡る競争を促す方向に働くこと、そして、決済インフラのデジタル化は「デジタルエコノミーの発展」という大きな政策課題の重要な要素であることを意識し、円の利便性向上に努める必要がある。情報技術革新により、外貨を国内で使うコストも昔に比べて下がっており、信頼度や利便性の劣る通貨はますます、他の通貨との競争に晒されやすくなっている。例えばスウェーデンは、周囲の多くの国々がユーロに移行する中、自国通貨クローナを維持するため、その利便性を高めていくことが、デジタル通貨“e-Krona”の研究を進める一つの動機となっている。日本円は、英ポンドや人民元と、米ドル、ユーロに次ぐ第3の通貨の地位を争う立場にあるわけだが、歴史あるポンドや国の経済規模の大きい人民元との競争の中、日本円を幅広い取引に使い続けてもらうためには、新技術の応用も含め、可能な取り組みを積極的に行っていく必要がある。デジタル技術の活用を通じた決済インフラのイノベーションは、日本におけるデジタルエコノミーの発展や、中長期的にみた経済安全保障にも貢献するものだ。

7/13掲載 「日本の通商戦略は2正面作戦」
杏林大学 名誉教授 国際貿易投資研究所理事 馬田 啓一 氏
――となると、日本の通商戦略はどうあるべきか…。
 馬田 完全に中国を見限るわけにはいかないというのが、企業の本音だ。現実的な対応としては、中国に片足を残したまま、中国以外のところでも生産する「チャイナ・プラス・ワン」と呼ばれる2正面作戦を考えている。米国は中国を締め出すために、関税をかけるだけでなく、中国からの対米投資を規制し、米国のハイテク技術を使って生産した製品を、米国企業だけでなく日本や他国の企業が中国に輸出することも規制している。さらに、中国での現地生産も規制して、米国のハイテク技術の流出を阻止しようとしている。日本としては単独で動くのではなく、各国との国際協調の枠組みの中で米中対立がエスカレートしないようにするのが、日本の通商戦略の課題だ。米国は11月に大統領選挙を控えている。米国経済を持ち直すことが出来なければ、トランプ大統領が再選する可能性はなくなる。現在の支持率は民主党バイデン氏が50%、共和党トランプ大統領が40%程度で、過去にこれほど差がついた大統領選ではすべて現職の大統領が負けている。もちろん、バイデン氏が大統領になったとして、今までの米国の対中戦略がガラッと変わることはない。「このまま中国を好き放題にさせると足をすくわれる」というのが米国のコンセンサスだ。親中派のレッテルがついているが、したたかなバイデン氏は国内の世論を反映して、米中デカップリング(分断)の姿勢を示していくだろう。

――農業を始められて46年。これまでの経緯は…。
  私が就職を考える頃の昭和の時代は「農業などしている場合ではない」という風潮が強かった。皆が勉強をして地元を離れ都会に出て行く中で、当時中学2年生だった私は「このままでは村が空っぽになってしまう」と強い危機感を持ったのを覚えている。そして高校を卒業し、19歳の時に外務省と農林水産省の主催で行われた米国農業研修プロジェクトに参加した。2年ほど米国に滞在して研修を受ける中で、日本の中にある情報は殆どあてにならないと感じた。それまで未知の世界だった米国は、アイダホ州という田舎だったこともあるのか、義理人情に溢れ、私にとって非常に居心地の良いところだった。一方で、私の故郷愛媛県の地元の道後温泉の辺りではどんどん土地開発が進み、農地がなくなっていっていた。同時進行的に農地法が変わって永小作権がなくなり、農地を貸せる制度が出来た。一旦、日本に戻った私が、やはり米国で農業を続けようかと考えていたところに、地元の知り合いが裏作として麦用の畑を貸してくれるという。迷った末、私は日本で農業をやることを決めて農地を借りることにした。結局、日本の農業界ではその後も減反政策など色々なことが起こり、農家が減り、農地が余るようになってきた。そういった農地が私からお願いするまでもなく自然と集まってきて、一人では手に余るようになってきたため、仲間を集めて農業を法人化することを決め、今に至っている。

――ご自身が考える「農業」とは…。
  私としては、自分が生まれた時代の風景を残したいという思いだけだった。自分が小さい頃に見ていた美しい川や田んぼは一体誰が管理していたのかと考えた時、それは農家の方々だった。地元で裏作として栽培されていた麦畑がなくなれば、「麦秋」という言葉も残らない。私は景観維持という観点から、先ず農地を麦畑にすることを決めた。当時、麦は高価なものではなく、周りからはなぜ麦畑を作るのかと不思議がられたが、価格の問題ではない。麦には麦の価値があり、その価値を高めるために麦作経営に取り組んだ。取り掛かる中で、麦は個人で販売できないという事実に直面し、流通を詳しく調べると、当時の麦は補助金政策の一環で政府無制限買入制度となっていた。裸麦というのは世界中でもそう多くない作物で、ネパールやイタリアなど一部の地域に残っている程度だ。私はこの希少価値を利用しない手はないと考え、最初は補助金をもらわず自分で販売することにした。しかし、裸麦は天候に左右されやすい。後に補助金制度を利用するようになり、徐々に規模が拡大してきたところで、リスク分散のために全国展開することを考えた。例えば、四国で不作だった時には九州で豊作になり、九州が不作の時には別の地域で不足分をカバーする。当たり前のことをやってリスク管理をしているだけなのだが、今の農協組織が考えるリスクはお金の面ばかりで、自然災害時のリスク管理についての方向性が見えておらず、連携も取れていない。私はそうこうしながら麦を作り続け、やっとここにきて国産麦が認められ始めてきた。

――しかし、農家は確実に減ってきている…。
  愛媛という地域は平たん地が少なく、1農家当たりの耕作面積も少なく、農地といえば米や麦が主体になる。また、麦の作付けをしていても、実際に裸麦を食べたことがないと言う人は多い。理由は、収穫された麦の大部分は畜産物の飼料として使われたり、醤油、味噌、焼酎の原料となったりして、主食として食卓にのぼることが殆どないからだ。戦後、輸入されてきた米国産の安い小麦を日本国民が買うという仕組みはすでに出来上がっており、わざわざ日本で麦を栽培する必要はないという風潮もあった。しかも外国産の麦は美味しいものではなかった。ようやく今、国産の裸麦を普及させていくことが出来るようになり、「麦は美味しくない」といった昔のイメージを払しょくさせ、皆に「美味しい」と思ってもらえるようになってきた。とはいえ、どんなに私が愛媛県の裸麦が日本一だと言っても、結局それを日本中で知っているのは愛媛県人か、或いは農業関係者だけだ。皆に理解してもらうためには、全国の人に食べてもらわなければ始まらない。また、最近多発している水害の影響でインフラ整備もできなくなっており、生産者も大幅に減少しているというのが現状だ。

――水害等への対策費用は国の予算から十分割り当てられているのではないのか…。
  河川の改修費用で国の予算がつくのは目に見えた大きいところだけで、中小河川敷の管理は殆ど出来ていない。昔は中小河川敷の管理はその河川に面した農地を持つ人が管理していたため、しっかり目が行き届いていたのだが、今は河川敷の管理が国のものになったため自治体任せになってしまい、毎日その場所を目にする人がいても、手を出すわけにはいかない。結局、管理の行き届かない河川敷の土手には木が茂り、草が伸び放題で、手を付けられない状態になる。自然のサイクルが壊れたことによる全国の被害は莫大だ。農地においても河川においても、集落という規模で地方自治がしっかりと管理できれば、自然のサイクルが働き、国から莫大な水害対策費用等をもらう必要もなくなると思うのだが、集落を合併させて一つの自治体を大きくしたことで地方の行政管理機能がパンク状態になってしまった。そして、荒れてしまった土地にいくらお金をつぎ込んでも解決できないという悪循環の状況になっている。

――農業の補助金については…。
  人間の生活に欠かせない食料を守るための補助金はあるべきだと思う。ただ、各機能をしっかりさせるために、補助金の出し方については考える必要がある。例えば、私は入ってきた補助金のすべてを河川の整備や田畑の草刈りといった保障管理費に使用している。生産のために使用するお金は全く残らないが、補助金は国が管理できないところを我々がお金をもらって管理するための当然必要な資金だと考えている。ただ、そのように考える農家はごくわずかで、補助金をもらうことを当然の権利とし、その補助金を使って行うべき義務を果たそうとしない人たちが多くなっている。地域の清掃についてもお金を払って他の人にやってもらい、自分で汗をかくようなことをしなくなった。こういったことが続くと、地域に対する思いや景観の大切さなどを欠片も感じない人たちによって土地や農業が動かされてしまうと懸念している。

――国は農地の集約や大規模農業を進めて経済合理性を追求する方向にあるが…。
  日本の農地を最大限活用するという事であればよいと思うが、経済合理性を求めて集団農業経営を行えば、結局、利益幅を求めて高く売るための行動をするようになる。それが、日本国民の分の食糧を差し置いてまでも輸出して儲かろうという経営になってしまってはならない。輸出するのは悪い事ではないが、先ずは自国の分の食糧をしっかり蓄えたうえで、余ったものを輸出する。欧米などでもそれが基本だ。農業は人間の営みに欠かせない一次産業だが、日本の教育で農業が教えられることはない。そして、例えば昆布の出汁殻が農作物にとって最高の肥料になるといったような無駄のない生活のための情報も、今の時代ではなかなか伝えられなくなっている。こういった世の中に「なんだか少し違う」と感じている若者たちが、昔よりもはるかに便利になった通信機能や輸送機能を活用しながら、健全な自然のサイクルを取り戻してくれることを期待したい。そのために国にお願いしたいことは、農業経験のない若者たちに、実際に様々な田畑や農地を見て体験できる機会を提供することだ。見聞を広めると同時に技術を伝えていく、そういった仕組みをつくらなければ、これからの日本の農業は難しい。私は今、「社団法人アグリフューチャージャパン」という日本農業経営者大学校に参加しているが、50年後を見据えた農業法人の育成の必要性をつくづく感じている。日本人にとって当たり前だと思われている水と緑の景観をこれからも見続けられるように、農業の力を広げていきたい。

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