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Information

――ロシアとウクライナの問題を、大使ご自身はどのようにご覧になっているのか…。

 ミレフスキ氏 私は外交官として世界が平和であることを望む。ポーランドは123年間にわたり国が消滅した時期もある。第一次世界大戦後に独立を回復するも、第二次世界大戦時には再び国土が分割された。その後、1952年に再び国家主権を復活させたが、その後もソ連との微妙な関係は続き、1989年までその軛(くびき)から離れることはできなかった。分割と統合を繰り返してきたポーランドの300年の歴史の中でこの30年は一番平和な時代だ。それほどポーランドの20世紀は大変だったため、21世紀はこのような歴史を繰り返すことなく、外交という手段で平和を維持していきたいと考えている。国同士で何か問題があった場合は、軍事力ではなく外交に委ねるべきだ。現在のポーランド共和国という民主国家は、他国による支配体制に対抗するポーランド市民の運動によって誕生した。そして1999年にNATOに加盟、2004年EUに加盟を果たした。この2つの世界的組織のおかげでポーランドの経済は安定し、文化的にも発展した。1990年にウクライナと同程度だった経済規模は、今やその3倍にもなっている。かつてポーランド人がドイツやフランスやスペインが発展していくのを見て羨ましがっていた様に、ウクライナ人は今、ポーランドと同じ道を歩みたいと願っている。

――ウクライナに進軍した露プーチン大統領の狙いは…。

 ミレフスキ氏 ソ連時代、ロシア人は世界一巨大な民族と言われていた。そういった背景からプーチン大統領は世界に向けて常に強いロシアを見せなくてはならないという意識を持っている。最も強力な軍隊を持ち、一人の権力者によってその軍隊を自由に動かせるロシア帝国がウクライナを支配しているという事を世界に誇示したいのだ。ロシアは2014年にもクリミア自治共和国とセヴァストポリ特別市をロシア領土に併合した。そして現在の争いでは既に1万8000人以上のウクライナ人が亡くなっている。しかし、ウクライナがEUやNATOに加盟したいと願う気持ちは以前に増して強くなっている。ポーランドもそうだったが、抑圧すればするほど、その国はロシアから逃れて独立したいと願うようになる。プーチン大統領はそれをわかっていない。

――ウクライナがEUやNATOに加盟することに対し、ロシアはそれを拒絶する姿勢を示している…。

 ミレフスキ氏 ポーランドは今年、欧州安全保障協力機構の議長国となっているため、今回の問題に対しても非常に重要な役割を担っている。今、世界が心配しているのは、プーチン大統領の意思ひとつで世界が思い通りになれば、次は中国も同じようなことをしてくるという事だ。そうならないように、世界各国からの監視の目が必要だ。ロシアがウクライナに攻め込んだことで、ロシアは世界中から拒否されるようになる。そして、それはロシアの一般国民に大変な悲劇をもたらすことになる。

――ウクライナからの難民とベラルーシからの難民は質が違う…。

 ミレフスキ氏 ロシアとベラルーシは緊密に結びついている。そして、現在のルカシェンコ政権は国民の支持を得ていない独裁国家だ。1年前には中近東から欧州へ行きたいという人たちをベラルーシまで連れてきて、ポーランドとベラルーシの国境を越えさせようとしたが、それも背後にはロシアが存在していると見られている。当時ポーランドは、ベラルーシの首都ミンスクに在るポーランド大使館が難民を引き受ける事や、ベラルーシに対して緊急の支援物資を送ることを提案したが、ルカシェンコ大統領はそれを拒否した。しかも、国境を越えようとしていた人たちは本当の難民ではなく、移民として豊かな国に行こうとしている人だった。つまり、ルカシェンコ大統領の目的は、難民を救う事ではなく、欧州の秩序を壊していくことだとしか思えない。実は数年前にも、戦争から逃れるために欧州に難民が押し寄せてきて、そこで受け入れた国と受け入れなかった国があったため、欧州に混乱と無秩序が発生してしまったことがある。そういう状況を再び作り出し、欧州を混乱させて分裂させたかったのだろう。ポーランドはベラルーシと国境を接している。春になって、また新たな動きがあるかもしれないと警戒しているところだ。

――ポーランドと米国の関係は…。

 ミレフスキ氏 米国とは常に良好な関係を続けており、一度も悪くなったことは無い。歴史的にみても米国は常にポーランドの安全を保障してくれる国であり、日本と米国の関係性に似ている。エネルギー問題でも米国からのLNG供給は安定的に続いており、さらに先日は米国の会社がポーランドで初の原子炉6基を建設することも決定した。エネルギー資源の調達先を多様化しておくことは、有事の際に大変重要だ。ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」の建設がようやく完了し、ドイツの原発停止が年内に予定されている中で、米国がウクライナ問題で各国にロシアへの経済制裁を呼びかければ、ドイツの国内エネルギー事情はどうなるのか。ウクライナも、長い間ロシアからガス供給を圧力材料として使われており、これまでカザフスタンから輸入していた石炭も、このような状況下でロシアの圧迫によって止められている。このようにエネルギー資源の力によって他国に抑圧を強いるロシアを見ながら、現在NATOに加盟していない北欧のフィンランドやノルウェーもNATOへの加盟を考え始めているようだ。

――日本から見れば、中国がロシアと同じような状況を作りかねないという心配が強い。中国の「一帯一路」についてはどのようにお考えか…。

 ミレフスキ氏 中国と中央ヨーロッパを繋ぐ鉄道が出来れば周辺各国が経済的に発展する可能性は高く、ポーランドにも間接的に良い影響を及ぼすのではないかと期待している。一人の人物が一国を支配する危険性については先述した通りだが、一本の鉄道が遠くの国々へ色々な物資や人を運ぶことは新しい局面が生まれる喜ばしいことだ。ただ、中央ヨーロッパよりもアジアの経済途上国に路線を伸ばした方が、色々な面で中国の存在感を示すことが出来るのではないかとも思う。いずれにしても国を跨ぐ線路を建設するのであれば、それは双方にとってメリットのあるものでなければならない。例えばポーランドにはトヨタの工場があり、そこではポーランド人を雇用してくれたり、新しい技術をもたらしてくれている。他方、中国の「一帯一路構想」が自国だけのメリットを考えて進められているのであれば、それは正しいことではない。そうならないように、世界からの監視の目が常に届いていることが必要だ。

――日本に対して要望は…。

 ミレフスキ氏 ポーランドと日本の国交が樹立されて今年で103年を迎えるが、その間悪い事は一つもない。これまでの歴史上、最も良い関係だと思う。コロナ禍では各国間の交流が思うようにいかず、首脳級レベルの会談もなかなか実現しないが、ポーランドは欧州の中でも最もアジア諸国との相性が良い国だと思う。特に日本とポーランドの価値観は色々な場面で一致しており、ロシアや中国のような強圧的な政策に反対しているところも同じだ。世界経済第3位の日本と、EUの中で現在最も発展スピードの速いポーランドが協力し合うことで、良い結果を生み出せる分野はたくさんある。特にインフラ、貿易、エネルギー関連は大きく期待できる。そして、日本と米国の関係にポーランドが加わり、この3国が強く団結しているような未来になることを望んでいる。(了)

――医療と金融は戦後レジームから脱却していない…。

 野々口 私は、日本の国益に資する政策体系に変えていくことが重要と考えて、パブリックセクターで長年政策立案に携わってきた。例えば、「戦後レジームからの新たな船出」という言葉は、2006年に私が安倍元総理の最初の自民党総裁選公約の案として書いたものだ。塩崎元官房長官というよき理解者を得て、具体的な成果として国家安全保障会議など当時の小池総理補佐官の力を借りて実現したのは本当に良かった。「戦後レジームからの新たな船出」は単に憲法や防衛力の問題だけはない。国民の生命・財産を守るのが国家の役割だ。その意味で生命・財産を守る手段である医療と金融こそが国の実質的な防衛力の柱だが、戦後、吉田ドクトリンのもとで庇護されてきた医療と金融という日本の根幹のエスタブリッシュメント(高学歴かつ高所得)層の戦後レジームからの脱却はまだ道半ばと考えている。

――医療と金融の改革は道半ばだと…。

 野々口 1990年代後半、バブル崩壊で日本の金融システムが世界経済の危機の原因となりかねないと危惧された。私は自民党のトータルプラン特命委員会でデューデリジェンスという手法を導入して、100億円の簿価で担保評価した不動産でも将来キャッシュフローで3億円の価値しかなければ、銀行は資本不足として国有化させるしかないと提案した。いまでは当たり前の考え方だが、当時の日本の金融界はデューデリジェンスという言葉の真の意味すら知らなかった。結局、銀行処理に時間をかけすぎて大きな国民負担を払っただけでなく、地方を含めた金融システム改革の不徹底が、現在に至る30年余りの期待成長を下げる遠因となっている。

――医療もコロナ禍で問題が露呈した…。

 野々口 このように危機の時には、平時のときに先延ばししてきた問題や矛盾が噴出する。コロナ禍における医療崩壊についても全く当てはまる。すでに言い尽くされているが、人口当たり病床数が欧米よりはるかに多い世界一のベッド大国である日本の医療がなぜ逼迫するのか。中小規模の民間病院に医療資源が分散し、慢性期ベッドや稼働できない急性期ベッドが過剰にあって、社会的入院や過剰検査・投薬が許容されるもとで経営が維持されてきたからだ。そうした多くの民間の医療サービス主体はコロナ治療に参画せずむしろ経営は悪化している。14~18世紀に繰り返されたペスト、19世紀のコレラ、20世紀のスペイン風邪とグローバルな感染症危機は100年単位で発生しているが、100年に一度のテールイベントに対するマクロ・ミクロのストレステストを経ぬままに日本の医療は平時の体制を無理やり維持してきた。そして兵站不足で餓死者を出した旧日本軍と同じ図式でPCR検査難民という事象が繰り返された。医療人材も、医師が診療科を自由に標榜できる特異なシステムのもとで、100年の一度の危機にもかかわらず、コロナ禍が2年続いてもワクチン接種以外に本格的な動員体制が整備できなかった。これは、1990年代までの金融界と同じく平和ボケを起こしているためだ。中国やロシアをめぐるグローバルな安全保障環境が大きく変化するもとで、役割が増す日本の有事における医療の出動体制はどうするのか、という喫緊の課題でもある。

――有事に対応できる医療体制になっていない…。

 野々口 私が厚労大臣秘書官のときに、渋谷健司さんや宮田裕章さんにお願いして「2035」という医療の中長期ビジョンを考える大臣の私的諮問機関を作ってもらった。橋本行革以降の社会の急速な変化の中で、質量ともに人的リソースが不足してきた厚労省は気の毒な役所だと考えているが、世論に叩かれないことが組織の最優先課題になり、若手が将来のビジョンを考える余裕をなくしていた。官民から選りすぐった若手のチームが考えたあるべき将来像は、医療の供給体制をインプット重視からアウトカム重視に転換していくことだった。すなわち、これまでは、ベッド代、検査代、投薬代など医療サービスとして何をインプットしたかで、医療費が決められてきた。また、単価は国民皆保険の下で社会主義的な公定価格(診療報酬)が維持されてきた。すなわち、いかに過剰で無駄な医療費かということはさておいて、掛かった費用は仕方がないということを財政当局も消極的に容認するシステムであった。その結果として、急速な高齢化の下で国民医療費が46兆円を超え明らかに財政を圧迫する状況になっている。「2035」の結論としては、望ましい将来像は、インプットではなく医療サービスを施した結果として、病気やケガが回復し健康になったというアウトカムを価格評価して医療費として支払っていくという発想の転換が必要ということだ。健康になったという結果に金を払う。これで医療への投資効率が見えてくる。医療サービス自体の効率化や効果的な治療法の発見にも当然資することになる。例えば、救急搬送された心臓外科の死亡率は都道府県毎に相当異なるが、倒れた場所でアウトカムが異なる現状は是正されるべきだ。また、46兆円かかる国民の健康確保というアウトカムを半分程度の25兆円以下で実現できれば素晴らしいことだ。こうした理想像を見据えた抜本的な政策転換抜きには日本の医療の将来はない。

――治療の結果を評価し医療費に払う仕組みに変えるべきだと…。

 野々口 コロナ禍中の現段階では、今回の教訓を踏まえて何を見直すべきかという議論はまだまだ熟さないだろう。だが、そうした議論は必ず起こる。そのときには、2類か5類か、という表層的な議論で済ませてはならない。船橋洋一さんのコロナ民間臨調が2020年10月に第1波対応の検証を公表したが、掘り下げるべき点はまだまだ多い。100年に一度の危機からの教訓は、次の100年に耐えるものでなければならない。当然のことだが、1990年代の金融界と同じく、当事者である医師会内部からはおそらく漸進的な案しか出てこないかもしれない。現在の医療サービス体系は、小売業で言えば大昔の百貨店と商店街とコメの配給所しかない戦後レジームの状態だ。銀行で言えば護送船団方式に守られていた時代の姿そのままに見える。1990年代後半の金融危機を経て金融界の再編がスタートしたように、コロナ危機の後には大規模から小規模に至る全ての病院機能の再編が本格化するだろうし、しなくてはならない。

――コロナ禍後は病院の再編が起こると…。

 野々口 これまで、厚労省はかかりつけ医という第一次と、第二次、第三次の高度医療に概念整理しようとしてきた。その先にある医療費支払いのアウトカム重視への転換まで見据えたうえで、質量ともに十分な専門医人材の育成と処遇、自由アクセスの見直しとデジタル診療、薬局を含む個人のカルテデータのポータビリティ、感染症ムラやナショナルセンター、大学病院などの組織・予算・人事のガバナンス、さらにゲノム医療の本格展開、グローバルな免許資格の在り方といった根本的な課題を含んだ考察の上で医療提供体制の将来像を描くことが必要だ。かかりつけ医のイメージは、むしろ現在のコンビニやアマゾンのように高度にデジタル化された流通チェーンのような存在になることを想定したほうがよい。しかもコンビニは住民票発行など公的な役割まで果たしており、今後、保健所機能を民間が担っていくことは当然の成り行きだ。また、国が民間病院の再編を命じることはできないとよく言うが、病院経営の方向性はビジネスの原理で動く。過剰投与による金儲けができなくなれば、酒屋はコンビニに転換することが合理的と考えるだろう。そうした業種としての政策誘導を含めたグランドデザインを考えておく必要がある。金融界の歴史をみればわかるが、時間をかければかけるほど(forbearance policy)社会的なコストは大きくなることも理解しておく必要があるだろう。(了)

――リトアニア大使に就任された。現地の印象は…。

 尾崎 リトアニアは歴史をとても大切にする国だ。私は昨年10月にリトアニアに赴任し、その後、様々な行事に参加してきたが、追悼・追憶(Remembrance)と銘打った儀式や行事が本当に多いことに驚いた。最近編集された「リトアニアの歴史」という本には、その前書きに「A nation’s history must be every citizen’s lips, and then the nation will be immortal(英訳版から抜粋)」という昔のリトアニア人の言葉が引用してある。つまり「国民全員によりその国の歴史が語られていれば、その国家は不滅である」ということで、このような読みやすい歴史本を外務省主導で編集した背景となっている。リトアニアはこれまでの歴史の中で二度、地図上から消えてしまった事実がある。一度目は、1795年に、ポーランド王国とリトアニア大公国による同君連合として存在していた国家が、プロシア、オーストリア、ロシアによって分割され、リトアニアがロシア帝国の傘下となったときだ。その後100年以上を経て、ロシア革命後の1918年2月16日に再独立宣言が行われ復活した。二度目は、第2次世界大戦後にバルト三国がソ連領となったときで、リトアニアが二度目の独立回復宣言をおこなったのは、ソ連崩壊間近の1990年3月11日だ。リトアニアでは毎年2月16日と3月11日には厳粛な式典・イベントなどが催される。

――つい30年余り前に独立回復宣言をしたばかりだ…。

 尾崎 ソ連がまだ存続している中での独立回復宣言ということで、例えば日本と米国がリトアニアの独立を認めたのはその翌年の1991年だが、その間もリトアニアはソ連から反撃を受け続けていた。1991年1月13日にはソ連軍の侵攻によってリトアニアの民間人14人が死亡するという大惨事が起き、この日も毎年大掛かりな追悼イベントが行われる。このような歴史的経緯からリトアニアの独立後の至上命題は、EUとNATOに加盟することだった。リトアニアは相当の努力の結果、2004年にEU加盟、同年NATOにも加盟することが出来た。2回目の独立回復からまだ30年ということもあるが、国を動かしているのは若いパワーで、ナウセーダ大統領が57歳、シモニーテ首相が47歳、そして外相のランズベルギス氏は40歳だ。歴史を大事にして過去を忘れることなく、目の前の危機を若い力で前向きに乗り切ろうとする大きな力を感じる。

――「目の前の危機」とは…。

 尾崎 現在のロシアとウクライナの問題は周知のとおりだが、ロシアはウクライナの北に位置するベラルーシにも軍隊を派遣して大規模な演習を行っている。ベラルーシの国境からリトアニアの首都ビリニュスまではわずか約30㎞、リトアニアに限らず、ロシアとダイレクトに国境を接するエストニア、そしてラトビアといったバルト三国の緊張感は相当高まっており、これは独立回復後の最大の危機ともいわれている。プーチン大統領は、ソ連崩壊時に失った領土を再び取り戻したいという考えがあるとされており、何が起こっても不思議はなく、常に有事に備える日々が続いている。また、もう一つのリトアニアの危機は中国との確執だ。昨年秋、台湾はリトアニアに「台湾代表処」という出先機関を開設した。「台湾」という名称を使用した出先機関をリトアニアが認めたことに対する中国の反発は強く、リトアニアで加工・製造された製品の中国への輸出が事実上ストップするという事態が続いているようだ。しかし、リトアニアの若いリーダーたちの意識は高く、以前から望んでいたアジア・パシフィックとのサプライチェーン拡大の流れを、これを機に加速させていこうと前向きに頑張っている。

――何故、リトアニアは敢えて中国を刺激するようなことをしたのか…。

 尾崎 リトアニアと中国との外交の歴史はそれほど長くはなく、リトアニアもかつては中国の「一帯一路」に関連して中国と中東欧17カ国の経済協力枠組み「17+1」の中に名を連ねていた。しかし、この枠組みがリトアニアの経済にあまりメリットのあるものではなかったということと、中国がロシアと親密になってきていること、さらに新疆ウイグル地区や香港における中国の人権問題などが重なり、昨年5月、リトアニアは「17+1」の枠組みから脱退した。そして27カ国が加盟するEUという枠組みで対応するという姿勢を示し、さらに台湾という民主国をサポートしようと関係強化に踏み出した。リトアニアは理不尽な圧力を押し返すパワーがとても強い国だ。もちろん中国との軋轢によって被害を被っている民間企業や財界、また野党からは現政権に対する不満や反発の声もあるが、現政権と政権党の祖国同盟は、現在の毅然としたスタンスを変える事はないだろうといわれている。そして台湾や日本、韓国、シンガポール、オーストラリアといった国々と経済関係を結び、万が一、今後長期にわたって中国との貿易が思うようにいかなくとも問題のない体制を作り上げるべく、その目標に向かって突き進んでいるようだ。

――日本とリトアニアの関係については…。

 尾崎 昨年、日本の外務大臣として15年ぶりに茂木敏充外務大臣(当時)がリトアニアを訪問した。また、2018年には安倍晋三総理大臣(当時)も訪れるなど、日本もバルト三国やバルカン諸国との交流に力を入れ始めている。リトアニアに関しては杉原千畝という存在が大きく、第2次世界大戦中のホロコーストから職を賭してまでユダヤ人を救った日本の外交官杉原はイスラエルのヤド・ヴァシェム(ホロコースト記念館)から「Righteous Among the Nations(諸国民の中の正義の人)」として認められ、リトアニアでも記念碑と桜を植樹した杉原千畝桜公園が作られるなど、大きな歴史の記憶として伝え続けられている。そして、それは日本とリトアニアの大きな絆となっている。他方で、EUにおけるバルト三国の重要性も非常に高まってきている。EUではアドリア海、黒海、バルト海で繋がる12カ国から成る三海域イニシアチブ(Three Seas Initiative)という枠組みで、加盟国の様々な問題に協力して対処する仕組みを作っており、このため、バルト三国の基幹インフラはこの5年~10年間で物凄いスピードで整備されていくことになろう。2030年までに日本がこの地で出来ることは山ほどあると思う。特にポーランドからバルト三国ライン、将来は北欧フィンランドへもつながる鉄道プロジェクトなど、重要な基幹インフラプロジェクトへの参加は日本企業にも大きな競争力があり出番があるはずだ。これらはEUの重要プロジェクトでもある。今後はそういった経済面も視野に入れて、日本とリトアニア、バルト三国の関係を積極的に強化していきたい。

――リトアニアに赴任して、海外から日本を見て気づいた事、そして今後の抱負は…。

 尾崎 今回のコロナ禍での対応として、特にオミクロン株発生以降は、日本の入国管理政策に関して厳しすぎるとの声が上がっている。一部特殊事情を配慮した外国人の入国事例はあるものの、例えば、日本に留学が決定したリトアニアの高校生が、日本に入国することが出来ずに、日本時間に行われる授業をリモートで受けざるを得ず、深夜対応が続き健康に差し障るという事態になっている。日本への留学をあきらめて泣く泣く他の国へ行くという選択をする学生もいるようだ。他の各国大使も同様の問題を抱えている。現状少しずつ改善されつつあるが、日本からは自由に渡航可能であるのに対し、それらの国からの入国は制限されているといった状況に不公平さを感じるとの声もあり、日本の皆さんにはこれら外からの声は是非認識していただきたいところだ。今後の抱負としては、私は前述のように日本とリトアニアが経済面で連携する潜在性は高いと確信しており、何とか具体的な連携に結び付けることができたらと考えている。今年は日本とリトアニアが国交関係を結んだ1922年から100年目のアニバーサリーとなる。是非次の100年のスタートに当たって長期的なビジネス関係を築いていきたい。そのために、リトアニアで展開される電力、鉄道、新エネルギーのプロジェクトが、EU、さらには西側諸国にとって安全保障上の重要なプロジェクトであるということを、日本企業の日本の本社サイドにしっかりと認識してもらえるよう、在京のリトアニア大使館とも連携しつつ活動を加速したい。そして、リトアニアに来て改めて再認識したことだが、米中、米露というビッグパワーの間で板挟みとなっている日本とリトアニア、アジアとEUという地政学上のポジションを再確認し、同じ普遍的価値を共有するアジア・パシフィックとリトアニア、EUが経済上の絆をさらに深めることが、双方の安全保障にとって極めて重要かつ有効であることを、日本企業や日本政府に対して声高に訴えかけていきたいと思う。(了)
(※このインタビュー内容は、個人の意見として述べられたものです)

――皇位継承を弾力化し、女性・女系でも天皇になれるようにすればよいのでは…。

 宍戸 皇位継承をめぐる問題を振り返ると、愛子内親王が生まれたころから、女性天皇あるいは女系天皇を認めないと継承資格を持っている人が少なくなるため、皇位継承が危ぶまれるという議論が政府内でされてきた。その後、悠仁親王が生まれたことや、天皇は男系男子がふさわしいと主張する声が政権内部で高まったことにより、議論が膠着状態になっている。国民に世論調査をすると、女性・女系でも問題ないとする声が相当数ある一方で、政権を担う自民党の岩盤層は絶対に男系男子でなければならないと主張しており、世論の多数との食い違いが起きている。歴史を振り返ると男系男子が原則というのが、男系男子派の論拠の1つだ。推古天皇など女性天皇もいたが、あくまで例外として認められた中継ぎであるため、伝統的に男系男子が継いできた皇室の歴史を破壊して良いのかと主張する男系男子派が多い。現状では、今上天皇がいて、皇位継承順位の第1位は秋篠宮親王、第2位は悠仁親王だ。仮に今上天皇の次に愛子内親王が皇位を継承することとしても、その次に女系である愛子内親王の子どもに皇位継承を認めないとするなら、愛子内親王の系譜は一代で終了し、次に秋篠宮親王、悠仁親王、常陸宮親王、悠仁親王のお子さんが即位していく流れになる。

――上皇が退位できるように、皇室典範に特例を設けた…。

 宍戸 天皇の生前退位は皇室典範に記載がなく、一代に限って認める特例の法律を作って退位を認めた。この生前退位と同じように、憲法上は女性・女系天皇も認められるというのが多くの憲法学者の解釈だ。しかし、法律と同等の皇室典範が憲法に則って男系男子が皇位を継承すると明記しており、皇室典範を改正するかどうかが焦点になっている。上皇の退位を認めるための法律を作ったとき、国会は内閣に対し、検討をしたうえで報告するよう求めた。専門家の会合は、安定的な皇位継承の確保、女性宮家の創設を検討するという目的で始まったが、女性・女系天皇を認めるべきではないとの外部の声もあって、皇族の数を増やす方向に議論の力点が変わってしまった。普通の国民は皇位継承の問題にものすごく関心が高いわけではない一方で、感情や歴史、伝統を重んじる人がこの問題に強い関心がある。政策を決めるうえで国民全員の意見を均等に反映させるのがよいのか、関心が高く、よりこの問題に対して深く考えている人の意見を重視して反映させるのが良いのか。考えを練り上げたうえで、男系男子が良いと結論付けた人もいるし、女性・女系でも問題ないと結論付けた人もいる。そういった真摯な議論のうえで結論付けるべきだが、現在の皇室をめぐる議論はそうなっていない。

――天皇家の存在や皇室離脱のリスクを勘案すると、皇族の人権を尊重した柔軟な制度を作るべきだ…。

 宍戸 まず、離婚や皇族からの離脱は可能で、三笠宮寬仁親王の離脱が問題になったこともある。ただ、実際問題として皇族、特に天皇および皇太子が突然退位ないし皇族を離れることは大問題だ。国民の間では、天皇は、本人の意思ではなく血統で決まり、亡くなるまでずっとやり続けなくてはならないのだという考え方が強かった。そのため、上皇の退位に反対した人も多かった。また、皇族として生まれ大きくなるまで皇位継承に関わる人物として、特別扱いされ育ってきた人が、ある日突然離脱したいと言って納得しない国民が出てくるのは、最近の例を見ても明らかだ。民主主義社会において王族や貴族をどう考えるのかというのは非常に難しい話で、英国でも問題が起きている。たまたま、今までの日本で問題が起きなかっただけで、本当に皇位継承者が少なくなったときにこの問題が深刻化していくのではないか。

――皇室制度を存続させるためには、より多くの選択肢を用意する必要がある…。

 宍戸 男系男子が必須条件とする見方からは、旧宮家の人を復活させる考えがある。天皇の血筋を持っていて、皇位継承者が不足したとき皇族に戻せば良いとの説だ。ただ、仮に愛子内親王がいながら、突然外から養子として迎えた人に継がせることを国民は納得するのか。もちろん皇室を離れた旧宮家の人達は一般国民であるので、その人たちを皇族の養子となる要件として定めるのは「門地」による差別ではないかという問題もあるし、その人たちの人権もあるため、今から皇室に戻って天皇になってくれと言われても困ってしまうだろう。相当数の国民は皇室典範を変えて愛子内親王が継承するのが自然だと考えているのではないか。仮に養子を取るという話になると旧宮家ばかり取り沙汰されるが、旧宮家はずっと前に皇室を離れ、もはや江戸時代以前に遡らないと天皇の血筋にたどり着かないような人達なので、むしろ昭和天皇の子孫などを迎え入れることも考えられるのではないか。一方、天皇が生前に退位する際に後継者を指名する形にも問題がある。制度上、天皇は一切の政治的権力を持たないという前提なので、自分の後継者を決めることは認められていない。歴史上、上皇や摂関家・幕府の意向で後継を決めたこともあったが、南北朝の乱に発展したこともある。誰かの意思が介入するより皇位継承順位のルールが決まっていた方が内紛などにつながることもなく、継承者も天皇になるための準備をすることができる。このほか、側室制度の復活はこれまでも主張されてきたが、今の日本の世の中としては認めるわけにはいかないとの考えが主流だ。日本について国際社会で説明するときに、「皇室は代々血をつないでいます。普通の世帯は一夫一妻制で、ヨーロッパと何ら変わらないですが、皇室だけは血を守るために一夫多妻制です」となれば、男尊女卑の国という印象を持たせる。

――天皇に求められる役割も変化している…。

 宍戸 歴史上の女性天皇のイメージは、推古天皇のように、皇室のなかで男子が若いときに、政治的な判断力や大物感が必要なときに、一族の長老のような立場の女性が天皇になったというものだろう。しかし現代の天皇は、憲法に定められた儀礼的な国事行為をきっちりこなし、人間として立派な人であれば十分であり、男性か女性かは関係がなくなっている。男女平等の世の中だから女性天皇をというのはいささか短絡的だが、天皇や皇室に何を期待してどういう役割を求めているのかをはっきりさせ、現状を踏まえたうえで前向きな議論をしていくべきだ。

――日本の皇室の問題は他にもある…。

 宍戸 日本の皇室は仕事が増えすぎている。憲法に定められた国事行為だけこなせばいいとは思わないが、災害時に被災地を訪問したり、多くの団体の名誉職を務めたりしている。世の中では、自分が活動するボランティア活動やNPOが大きくなってきたら、次は皇室に見てもらいたい、名誉職で参加してもらいたいという気持ちを持つ人が多い。人々の意識や価値観が多様化しているなかで、世の中すべての人に平等に接しようとすると、上皇のように休み無く年中旅行し、多くの人に会うことになる。もともとそれには無理があったものの、活動を制限すると不平等感は出てしまう。そもそも皇族の数が減っているのだから、そういった皇族の仕事も見直していく必要があるだろう。(了)

――世界最高齢のプログラマーとしてご活躍なさっている…。

 若宮 私は高校卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職して、定年まで勤務していた。パソコンは58歳から独学で習得し、2017年にはゲームアプリ「hinadan(雛壇)」を公開した。それがきっかけで米国アップル社のCEOよりWWDC(世界開発者会議)に特別招待されたり、国連関係のイベント等で講演させていただくなど、次々に新しい世界が広がっていった。現在はデジタル庁デジタル社会構想会議の委員も務めている。世界全体がデジタル化に向かう中で、日本政府もIT社会の実現に向けて進んでいる。そんな中でデジタルに苦手意識を持つ高齢者は多い。しかし、その苦手意識を取り除き、デジタル機器と仲良くなることが出来れば、これからの人生をもっともっとエンジョイできると思う。むしろ、社会のIT化によって一番恩恵を受けるのは我々シニア世代だとも言えよう。私の著書「老いてこそデジタルを。(1万年堂出版)」にも記したが、世の中の進歩に追いつく苦労はいつの世代も同じだ。先入観を持たず、失敗を恐れずに、先ずは触ってみる。そしてデジタルに少しずつ慣れていくことで、自分の人生が広がっていくことを感じてほしい。

――「デジタル田園都市構想実現会議」のメンバーとしても議論されているが、その課題は…。

 若宮 日本政府は今、地方が魅力を発揮することを、都市に負けない利便性と可能性で実現させたいと考えている。私の知人にご主人が定年退職して田舎で農業を始めた方がいて、四国の内陸部でもインターネットの環境を完備して晴耕雨読の生活を楽しんでおられる。このように絵にかいたようなデジタル田園都市ライフとなれば理想的だが、実際にひとつの都市としてスマート農業や遠隔医療、IT防災など、全てをデジタル化した生活圏を作り上げることは、まだ日本では難しい。仮に全てをデジタル化して設備を整えたとしても、それを利用する側の住民にITリテラシーがなければどうしようもない。例えば、高齢となり運転免許証を返納した時に利用できるデマンド型タクシーも、その車を呼び出すためにはスマートフォンを扱わなくてはならない。また、銀行ATMの数が少ない過疎地では毎回銀行に出向いて残高や取引推移を確認することが大変なため、銀行ではインターネットバンキングを進めているが、パソコンやスマートフォンを使いこなしている高齢者はまだまだ少ない。コロナワクチンの予約時にも「スマートフォンは持っているけれど自分では予約が出来ない」という高齢者が沢山いた。さらに、コロナ禍になっても企業のテレワークや学校のオンライン授業はなかなか進まず、コロナは我が国のデジタル化のほころびを見せつけてくれた。

――役所と高齢者のITリテラシーの向上は、喫緊の課題だ…。

 若宮 デジタル庁の調査では70歳以上の2割がまだ固定電話を使っている。その中には「ガラケー」さえ持っていない人もいる。しかし、地震や津波の時に緊急速報や避難指示が送られてくるのはスマートフォンと「ガラケー」だけで、固定電話へは届かない。つまり、固定電話だけを利用している70歳以上の高齢者の中には緊急速報も伝わらず、いざという時に逃げ遅れる可能性が高い。血圧や血糖値、血中酸素濃度などが測定出来て、それを病院と連動させるような機能がついているスマートウォッチも、実際に保有しているのは30歳代くらいが一番多く、且つ、せっかくの連動機能が医療の現場に有効活用されていない。また、政府はマイナポータルで医療保険情報(薬剤情報、特定検診情報、医療費通知情報等)を確認できるサービスを準備中だが、そもそも、日本では病院ごとにカルテの情報が厳重管理されており、病院を移る場合でさえ、そのカルテ情報が患者本人に見せられることは無く、糊付けされた紹介状が新しい病院へと渡されるような慣習となっている。そういった基本的な部分が抜け落ちたままスマート医療やIT防災を始めようとしても、それは容易な事ではない。

――スマートフォン講習会などは最近よく行われているようだが…。

 若宮 総務省は高齢者のデジタル格差を解消すべく、スマートフォンなどのデジタル講習会を開催している。目標は5年間でのべ1000万人の高齢者に講習会に参加してもらう事だ。いずれは自治体ごとにそういった取り組み支援をしていかなければならず、役所にはそのための努力が求められている。例えば、新型コロナワクチン接種証明書アプリの登録がスムーズに進まなかったのは、使用されている用語が一般的には伝わりづらいデジタル言葉や役所言葉が並べられていたからだとも言われている。ITリテラシーがなくても分かるような言葉で丁寧に説明していくという意識が役所には必要だ。私は昨年、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン氏と対談をする機会があったが、タン氏は皆の話をとことん聞いて、誰にでもわかる簡単な言葉で語ることを心掛けていた。一方で日本では、高齢者の気持ちを理解できない若者にデジタル化を任せてしまっている。この点、政府の委員も務めている私が、若者と高齢者の橋渡しの役目を果たすことが非常に重要だと考えている。

――若者と高齢者の橋渡し活動をしていく中で、気づいたことは…。

 若宮 先日、ある老人クラブの会長さんと対面で話をしてきた。私はこのコロナ禍でほとんどの用事はオンラインで済ませているが、老人クラブの方たちはオンラインが出来ない。そのため、この2年間は殆ど活動をしていないという。高齢者が積極的にオンライン活動に取り組む事は大切だと痛感した。高齢者のケアに関して言えば、今後、国の介護保険等を利用した支援は将来的には余り期待はできない。現に民生委員制度も人手が足らず崩壊してきている。海外から介護士を受け入れればよいと考える人もいるが、発展途上国だと思っていた国はすでに発展しており、わざわざ難しい日本語を勉強して日本で介護士になるよりも、自国に沢山の仕事がある。特にIT分野においては、日本は他のアジアの国よりも1周遅れ、いや2周遅れといった感じだ。そういった事実を知らず、日本がアジアでナンバーワンだった時代を引きずったまま今に至っている高齢者は多い。

――国のIT化において、アジアの中で日本がここまで遅れてしまった原因は…。

 若宮 一つの理由は、日本のリーダーと呼ばれる人たちが高齢化したまま指揮を執っている事だ。例えば、日本で小学校の校長というのは大体60歳くらいだが、海外には38歳の校長もいる。また、終身雇用制の日本企業において、特に中年層の中には、とりあえず毎日出社して時間を潰し、定年になったら退職金をもらって辞めるという考えの人が少なからずいるが、日本企業の習慣では就業規則を守り、悪い事をしている訳でもない人を辞めさせるわけにはいかず、そういった社員を雇い続けなければならない。さらに、日本の政治システムを見ると縦割り行政であるため、物事を進めようと思った時に迅速に動くことが出来ない。極めつきは、これまで「よきにはからえ」や「老いては子に従え」といった価値観で生きてきた人たちにとって「情報」というものがそれほど真剣に取り組むべき対象ではないという事だ。スマホの操作方法がわからない時にも、操作方法を教えてもらうのではなく、誰かに代わりにやってもらえばよいといった意識が変わらない限り、デジタルが浸透することは無い。そうなるとデジタル田園都市構想の早期実現は難しい。

――日本は過去にも何度かIT国家を目指した取り組みを行っている。今度こそ実現させなければ日本は本当に危うい状況に陥ってしまう…。

 若宮 時間はかかるかもしれないが、何とか巻き返して高齢者にもデジタルに親しんでもらいたい。この点、エストニアは世界最先端のIT国家だが、私は以前、エストニア元大統領のトーマス・ヘンドリク氏にその秘訣を聞いたことがある。すると彼は「銀行の頭取を集めて協力をお願いした」と答えてくれた。エストニアの冬はマイナス30度にもなるほど寒い国で、車での外出も容易ではない。そのためネットバンキングの潜在的需要は必ずあると考え、ネットバンキングとすべての役所の手続きを同じ手順で操作できるようにしたという。一方で日本の銀行業界はデジタル庁が設置された時にも国に積極的に協力しようという姿勢はあまり見られなかった。デジタル改革は国民全体で進めるべき問題だ。政府任せにせず、国民一人一人が日本にとってデジタル化は必要だという意識を持ち、自身とその周辺を一層IT化させることが、日本のデジタル田園都市構想を実現させる出発点となる。国会議員の中にはデジタル化を掲げても票にならないと仰る先生方もいらっしゃると聞くが、インターネットの橋もかけられないようでは、日本は沈没してしまう。そういった事をきちんと認識し、日本のデジタル化を選挙の公約に掲げてほしいと思う。そのためには、国民が日本のデジタル化に本気になる事が必要だ。(了)

――論文サイト「金融資本市場展望」にマドフ事件の論考を寄せられた…。

 大久保 マドフ事件そのものはある程度知られていると思うが、事件後の米国での処理まではあまり認知されていないと思い、寄稿させていただいた。周知のように、マドフ事件とは、Nasdaq市場の創設などで活躍した米国金融界の大物、バーナード・L・マドフ氏が、高利の運用を行うといって顧客から取引一任を取り付け、国内外の投資家から資金を集めていたが実態は運用しておらず、新規の顧客からの資金を償還に充てていただけのネズミ講式の詐欺事件であった。リーマン証券破綻などの金融危機に際し償還要請に応じきれず遂に破綻し表面化した。運用総額は約650億ドルと称されていたが、運用の実態はなく、「史上最大の詐欺事件」と話題を集めた。実際に投資された額は約170億ドルと言われている。この事件は「The Wizard of Lies」という映画にもなり、この金融詐欺の実態やマドフ一家の家族の崩壊が描かれている。この事件は刑事事件だが、破産事案でもある。破綻後の処理は、日本の投資者保護基金に当たる米国SIPC(証券投資者保護公社)が担当し、破綻処理は現在も続いているが、既に被害に遭った投資額の約7割が投資家に返還されている。投資家からすると、例えば、投資した100が、600になって帰ってくると思っていたものの、70に減ってしまったことになるので、当初は反発もあったようだが、投資した額から考えれば損失は30に収まっており、回収努力としては相当の成果が上がっていると評価されている。

――日本の証券会社が倒産した場合とは違う…。

 大久保 証券会社が倒産した場合、顧客から預かっている有価証券は証券会社の財産ではないので、日本でも米国でも顧客に返還されることが当然だ。証券会社が倒産した場合に顧客の資産が確実に返還できるように、顧客資産が会社財産とは分別されてきちんと管理されていることを前提としているところも日米共通だ。そうすれば、証券会社が倒産しても顧客の資産はきちんと返還されるからだ。しかし、証券会社の倒産に際し顧客資産の分別管理がなされていない場合、顧客は自分の財産の返還が受けられなくなる可能性が高くなる。また、顧客は倒産会社の債権者としての請求権を持っているが、倒産手続には時間がかかる。その場合に投資者保護基金やSIPCは一定限度までの支払を行い、顧客を保護するのが投資者保護基金制度の基本的機能だ。日本と米国とはいくつかの違いがある。この点は論考に書いたが、まず、米国では、SIPCが管財人の費用を出すことができる仕組みになっている。管財人の報酬は倒産会社の残余財産(回収されたものを含む)から充てるのが原則だが、倒産した会社の状況次第で管財人が必要とする費用が払えるかどうか分からない状態では十分な破綻処理ができない可能性があるので、SIPCがそれをカバーできる仕組みになっている。また、米国の倒産法では管財人の権限が強く、会社が顧客資産を不法に移転した場合にそれを顧客財産に取り戻すための否認権の行使が明確に認められている。米国では司法省が没収金を被害者に返還している部分もあるが、マドフ事件の際に7割が返還されたのは倒産法の作用によるところが大きく、管財人は裁判所の判断のもとに、問題発覚前に償還を受けて利益を得ていた人からそれを不当利益として取り戻し、被害者に配当している。投資者保護という言葉は広い意味を持つが、投資者保護基金制度とは、証券会社の不正行為一般により被害を受けたものを補償する制度ではなく、証券会社が破綻したときに分別管理がなされていないときに顧客資産の返還を支援するもので、倒産処理の一環の制度だ。米国の場合はその点が明確であり、米国の証券投資者保護法は、実質的には倒産法の特例だ。そうした点も含めて、米国の仕組みの概略を「金融資本市場展望」に書かせていただいた。

――日本と米国の経験の違いは…。

 大久保 日本の場合は、分別管理規制への対応やその監査が今まで比較的しっかりしていたため、証券会社の破綻の場合に顧客の資産が返ってこなかったというのは、過去23年ほどの間に2件と非常に少なかった。日本の場合、分別管理ができていない場合には厳しい刑事罰がある。また、マドフが不正を始めたのは損失補填がキッカケではないか、という見方があるが、日本では、損失補填禁止規定もあり、証券会社も、また損失補填を要求する顧客も罰せられる制度もある。今後とも分別管理の遵守状況など、基本を良くチェックして行く必要があるだろう。米国の場合は1930年代に一般の倒産法に証券会社の破綻処理の仕組みが盛り込まれた。1960年代になって投資をする人が急増した一方で、証券会社の処理事務が追いつかず、顧客の資産をしっかり管理できないまま倒産する証券会社がたくさん出てきた(Paper Crisisとよばれる)ため、迅速な倒産処理を可能とするように、1970年にSIPCが設立され証券投資者保護法が規定された。1978年には改正が行われ、倒産処理手続がさらに充実された。SIPCは設立以来、330件の処理をしている。

――日本の今後の課題は…。

 大久保 日本の投資者保護基金の役割について理解をしてもらうことが第一だ。いろいろな金融商品があり、どういった商品が補償の対象になり、何が補償の対象にならないのかについて理解を深めていただく必要がある。基金制度は、顧客の判断で資産の価値が低下した場合に補填するものではないのはもちろん、証券会社の不正一般に対して補償する制度でもない。そのような補償をする制度を作ることに賛成する会員会社はいないであろうし、またそうした制度は却って不正行為を増やしてしまうモラルハザードが生じる恐れもある。投資者保護基金制度は、証券会社が破綻した際、顧客資産分別管理に問題があり顧客資産自体がなくなってしまった場合に補償するものだ。第二に、プレイヤーが多様化し、国際化しているので、外国の制度の研究や関係者との意見交換等もさらに充実しないといけない。近年基金の保護対象ではない金融商品や暗号資産などが登場し、このような顧客資産の保護についても議論がありうるが、基金制度があるのは、株式や公社債、投資信託などが国民生活や経済に大きな影響を与える有価証券の投資家の保護のためであり、個人的には、プロの投資家が中心に扱う商品やゲーム感覚で売買するような商品を基金のような形で補償する必要は無いのではないかと思う。こうした新たな金融商品の扱いについても今後議論が進んでいくだろうが、基金制度は加盟する会員会社の負担で維持されているものであり、結局は投資家の負担で賄われるものだ。顧客資産保護には、基金制度以外の方法を探す道もあり得る。顧客資産を預かる会社の倒産にかかる制度を充実して顧客資産返還を優先する方法や信託、民間保険などの活用もあり得る。現状の日本で特に問題が生じているわけではないと思うが、諸外国の例などを参考に研究をすすめ、必要に応じて制度を見直していくのがよいと思う。(了)

――足元の地銀の経営は…。

 柴田 2021年度中間期の決算においては、会員銀行62行のうち、全行が経常利益・中間純利益ともに黒字を確保した。これは、官民一体となった資金繰り支援により倒産が抑えられ、信用コストが前年同期比で40%以上減少したことや、資金利益・役務取引等利益が増加したことによる。通期業績予想は、銀行単体ベースで、業績予想を開示した61行のうち6割超が上方修正となった。ただし、足元、新たな変異株の出現など予断を許さない状況が続いているほか、半導体不足や資源価格を中心とする物価上昇圧力が、原材料や物流価格の上昇というかたちで、企業収益にマイナスの影響を与えており、先行きの懸念材料となっている。

――コロナ融資で不良債権が多くなる可能性もある…。

 柴田 ご指摘の点については、お客さまの経営状態と銀行収益へのインパクトの2つの面を考える必要がある。お客さまの経営状態については、先ほど申し上げたとおり資金繰り支援を通じて、倒産件数が低水準で推移している。今後も、お客さまの経営状態にしっかりと目配りし、資金繰りに支障が生じることのないよう、柔軟かつ適切な資金供給に取り組んでいく。業種を問わず個々の企業が置かれた状況により、回復の度合いは異なるが、まずは、お客さまの本業収益の改善が第一義であり、これをしっかりと支えていきたい。銀行収益へのインパクトについては、各行、現在の経済情勢を踏まえ、それぞれのお客さまの状況をしっかりと把握した上で、予防的なものを含めた引当を実施していると認識している。第6波の懸念も残る中地域経済がコロナ禍前の状況を取り戻すには未だ時間を要すると考えている。引き続き状況を注視していきたい。

――日銀のマイナス金利政策により資金運用にとっては難しい局面が続いている…。

 柴田 金融政策は日銀の専管事項であり、地銀協会長としてコメントすることは適切でないため、個人的見解として回答するが、デフレ的な状況の脱却や、実体経済の下支えという点では、金融緩和の政策効果が相応にあったと考えている。一方、運用環境の悪化という副作用が顕在化していることも事実である。足元、預金が順調に増えている反面、コロナ資金の一巡により貸出金の増加率は鈍化し、銀行の抱える流動性ギャップが拡大している。このため、銀行収益にとって、資金運用の重要性が増している。多くの銀行が、米国債等の運用を行っているが、今後、米国金利が上昇局面にある中で、十分にスプレッドを確保しないと含み損を抱える可能性もあり、これまで以上に市場環境には注意していく必要がある。

――SDGsやDXなど、銀行にさまざまな目標が課せられているが、地銀は何を目指すのか…。

 柴田 地銀各行が置かれた環境や優先的に対応すべき課題はそれぞれ異なるが、共通しているのはどの地銀も根差す地域の成長・発展があってはじめて自らの持続的な成長が実現できるということだ。地域、そしてお取引先をいかに元気にしていくか、ということがわれわれに課せられた重要なテーマであると認識している。SDGsやDXといったテーマは、地域のお取引先にとっても今後避けては通れないテーマであり、知見の共有も含め、お取引先の取り組みをリードしていくことがわれわれ地域金融機関の役割である。地域金融機関のビジネスモデルは、預金を集めて貸出金利の利ざやで稼ぐという伝統的なかたちから、地域のお客さまの課題やニーズに対応したサービスの提供へと大きく変化してきている。

――国も中小企業のM&Aを促進している…。

 柴田 われわれのお取引先の大半を占める中小企業は、経営者の6割以上が70才以上である。このため、円滑に事業承継を行えるよう支援することも、これからの地域の発展には重要であり、その手段のひとつとしてM&Aがある。また、お取引先の経営支援や資金繰り支援を行う中で、解決策として、M&Aを提案することもある。

――地銀の経営では再編が1つのキーワードだ…。

 柴田 再編といっても、統合・提携など様々なかたちがある。今、地銀には地域と自らの持続的な成長を実現するために、創意工夫のもと、ビジネスモデルを変革することが求められている。地銀がビジネスモデルを考えていくなかで、経営資源やノウハウが足りないといった課題が明らかとなったとき、必要に応じて、金融機関同士の経営統合・アライアンスや異業種との連携などを手段として選択するか否かがあると考えている。いずれにせよ、まずは、ビジネスモデルをどう変えていくかが地銀には問われている。近年、地銀においては、デジタル分野に重点的に取り組むところもあれば、地域商社を作って地域活性化に寄与するなど、創意工夫した取り組みが出てきている。一方、資産運用が難しくなるなか、銀行によっては、外部から資産運用の助言を受けたり、外部に運用を委託するなどといった動きも見られる。こうした課題を共有する地銀同士が共同で運用するということは十分に考えられると思う。

――フィンテック業界が盛り上がってきている…。

 柴田 かつてフィンテックという言葉が最初に出てきたときは、銀行界にとって脅威になると言われたこともあったが、今では、フィンテック業界と競合するのではなく、共同で事業を作り上げ、連携していく相手へと認識が変化してきている。フィンテックを活用しながら、地域のお取引先に対し、より付加価値の高いサービスを提供していきたい。各行において、フィンテック事業者とともに、スマートフォンアプリの開発や、APIを通じた情報連携したサービス提供など取り組みが広がってきている。

――金融行政への要望は…。

 柴田 2021年11月22日に改正銀行法が施行され、銀行本体・グループ会社でできる業務範囲が広がった。一方、われわれが従前より提出し続けている規制緩和要望の中で、いくつかまだ実現されていないものは残っている。例として、銀行の保険窓販に係る弊害防止措置、銀証間の情報授受規制、不動産仲介業務といったものがある。こうした点も含め、2021年11月17日、政府に対し2021年度の規制改革・行政改革要望を提出しており、新政権のもとで前向きに検討が進むことを期待している。(了)

――投資信託販売が順調だ。理由は…。

  3~4年ほど前から楽天グループとの連携を強めて、楽天のクレジットカードや楽天ポイントを有効活用できるようにした。それが利用者増加の最大の理由だ。さらにいえば、従来、投資信託を始める人はもともと投資をしているような人が中心だったが、2019年に「老後資金として年金とは別に2000万円が必要」という金融庁の報告書が話題となったことで、世の中の人々が老後資金の必要性を真剣に考え始め、1億を超える楽天会員IDも一気に動き始めたという感じだ。楽天カードを始めとする楽天グループとの連携は、他の証券会社には出来ない我々の強みとなっている。資産形成層の一人当たりの取引額はそれほど大きくないが、人数の効果がある。投資信託の積立利用者は現在約200万人。その約3分の2が40歳以下で、今一番の売れ筋サービスだ。この2年程、コロナ禍でマーケットは不安定だったが、積立というものはあまりマーケットのアップダウンを気にしなくてもよく、短期的なことで動揺する必要もない。専門的なマーケット情報に興味がある訳ではない若者達が、定期的に一定の金額が引き落とされる定期購入商品というような感覚で投信を始めている。もともと日本人はコツコツと積み立てていくようなことが好きな傾向がある。そういった事を踏まえて、当社では投資信託以外にも、米国株の積立を昨年12月に開始した。楽天グループのオンラインサービスはコロナ禍の巣ごもり需要で追い風を受けており、同様に2020年は世界的にオンライン証券が好調だった。家にいて時間的余裕もあり、一旦下がった株価も盛り上がりを見せている中で、これを機に投資を始めようと考える人が多かったのだろう。

――債券や外貨建て商品は…。

  債券に関しては、預金の代替としてある程度確定利回りを求められる商品になり得るため、優良企業の社債を含めた取り扱いを増やしていきたいと考えている。ただ、世の中的にネットを通じた債券販売の認知度がまだ低く、個人向けの社債自体も少ないため、個人向け国債程度にとどまっているというのが現状だ。現在、一番人気があるのは米国株取引で、ここ1年で取引は3倍になっている。特にコロナ禍になってからの米国株の売買はものすごい勢いで伸びており、そのプレーヤーは若年層が多い。日本人は昔からホームカントリーバイアスが強いと言われていたが、グローバルベースでの見方をする若者達にはそれがあまり当てはまらない。当社では米国株を購入する際に円ベースで直接購入することも可能にしているため、為替に対する抵抗感もなく乗り出せているのだろう。米国株は今、完全に世界のマーケットの中心になっている。そして成長企業は米国にあるという中で、今年は米国株の信用取引が日本で解禁される。この辺りは米国株ビジネス拡大のための大きなチャンスになると捉え、今後しっかりと力を入れていきたい。また、つみたてNISAやイデコ等を活用した投資で始めてS&P500インデックスファンドへと流れる若年投資家も多いため、そういった層がさらに幅広いポートフォリオできちんとリスク分散投資出来るように、お客様に有用な投資の考え方や資産形成の方法をアドバイスするようなサービスも考案中だ。そうすることで、我々のサービスをより安心して、より長く利用していただけるだろう。

――IFAビジネスや地域金融機関との連携については…。

  楽天証券では2008年からIFAビジネスを始めており、契約IFAの増加とともにIFA経由の預かり資産もかなり増加している。対象者となるお客様は富裕層が中心となるため、きちんとコンサルティングが出来るIFAの裾野を広げるべく、ファイナンシャル・アドバイザー協会とも連携している。具体的にはライフプランニングをベースにしたアドバイザーの支援活動に注力している。ネット証券にはセールスマンがいないためIFAとの親和性が高い。我々がIFAの要望に応えた商品を揃え、サービスのプラットフォームを提供して、コンプライアンスを強化しながら共存共栄していくというモデルで今後も発展させていきたい。さらに、IFA事業の延長となるBtoBビジネスとして、一部の地域金融機関に仲介業務をお願いし、そのお客様に対し、ライフプランをセットにした金融商品を展開するようなことを行っている。こういった形での連携を、今年は広げていくつもりだ。

――ネット証券の競争条件となる手数料については…。

  手数料に関しては創業時代から業界各社が切磋琢磨しながら下げ合ってきた経緯があり、かなり重要な部分と認識しているが、我々としては手数料よりもサービスをきちんとしていくことを重要視している。我々のビジネスがすでに社会基盤となっている今、無理な競争を行ってお客様にご迷惑をおかけするようなことは出来ない。手数料をゼロにすれば当然、他の部分で収益を求めなくてはならないが、それだけの体力が備わっていなければ利益相反も生まれかねない。そのため、手数料に関しては競争状況を見ながら慎重に対応し、あくまでも事業の健全性、安定性はしっかりと確保しながら進めていく考えだ。

――法人業務についての考えは…。

  我々の強みは何と言ってもリテールであり、法人ビジネスはリテールサービスを強化するためのものという位置づけだ。例えば昨年は楽天カードの社債の引き受けを行ったが、それもすべてリテールサービスに結びつくような形で進めている。IPOの引き受けも行ってはいるが主幹事は務めていない。というのも、過度に大量の玉を引き受けて、最後は個人のお客様に無理やり購入を迫るような状況もあり得る。これは利益相反そのもので、一番気を付けるべきところだ。個人のお客様を重視し、適切なキャパシティの中での法人ビジネスを心掛けている。

――暗号資産や新しいデジタル商品の展開は…。

  楽天証券ではデジタル商品は手掛けていないが、楽天グループの中で取り扱っている。例えば暗号資産も楽天ウォレットでサービス提供するなど、eコマースで色々な事業を展開していく為、あらゆる決済通貨をグループ全体で広げていくことが現在の重要課題だ。

――今後の抱負は…。

  ネット証券の成り立ちはデイトレーダーを取り込むことから始まっており、今でもアクティブにトレードを行うデイトレーダーからの収益割合は高いため、この部分のサービスは競争力を上げながらしっかりと大切に続けていく。ただ、顧客基盤が拡大してくると、究極的にはお客様の資産形成にいかに貢献できるかが一番重要だと考えており、その部分でのサポートをしっかりと行い、信頼されるような会社でありたい。それが我々の社会的使命だと考えている。高度成長期時代から、伝統的に対面を中心とする証券会社はどちらかというと高額販売中心のプッシュ型セールスで、今となっては必ずしもお客様本位とは言い切れない部分がある。しかし、ネット証券は創業来営業を持たずお客様のニーズ中心に伴走するようなサービス事業モデルになっている。楽天証券ではネットのプラットフォームをサービス基盤として提供し、広く活用してもらう事で、新しい形の資産形成、資産運用のあり方に貢献していきたい。そして、それがこれから求められる当該分野でのサービス業のあり方だと思っている。(了)

――日本維新の会が躍進している…。

 松井 昨年10月の衆議院選挙で日本維新の会は自民党と立憲民主党の批判票の受け皿となり、議席数を伸ばした。しかし、それでも自民党が単独過半数を獲得していることを考えると、まだ我々の考え方は広がっていないのだと認識している。維新の会は2010年に大阪を変えるために立ち上げた地方の政治集団であり、立ち上げた時のメンバーは殆どが元自民党の地方議員だった。自民党は様々な既得権益の団体が支持母体となっている。一方で我々維新の会は、日本の伝統文化などにおいて保守的な思想を持ちつつも、時代に合わせて国の形を変えなければならないという想いを持っている。

――今の日本で変えなければならない事とは、具体的に…。

 松井 変えるべきは行政の規模と仕組み、そして規制緩和だ。規制があることで新規参入が阻まれている。そのため、新しいチャンスが生まれない。昭和の時代であればアジアの中に日本と競える程の技術を持つ国がなかったため、そのような形でも問題はなかったが、今は違う。アジア各国がそれぞれに力をつけ始め、特に一党独裁で台頭してきた中国は、経済成長のためにありとあらゆる手段を使って世界の富を集めようとしている。日本も新しいビジネスチャンスを作り、世界中の人がチャレンジできるような開かれた国にしていかなければ、この少子高齢化時代において経済力を保つことは出来なくなるだろう。今のままでは、世界に認められるようなポジションからどんどん遠ざかってしまう。

――国のデジタル化においては、既にASEAN諸国からも追い抜かれている…。

 松井 デジタル社会を作るためには情報を管理する必要があるが、日本では個人情報を政府が管理することに対して強いアレルギーがある。しかし、個人を特定しないような形にしてでも政府が個人情報を管理しなければ、役所に余分なマンパワーと経費がかかり、様々な公的サービスを効率化することは難しい。今後の行政の仕事自体も成り立たなくなるだろう。

――財政再建を反映して大阪市債も府債も販売が順調だ。財政再建の秘訣は…。

 松井 当たり前のことだが、「収入の範囲内で予算を組む」ということだ。2008年に橋下徹氏が大阪府知事になった時、大阪府は11年連続赤字で、減債基金の借り入れという禁じ手とも言える財政手法まで行っていた。それまで「役所はつぶれないし、いつか誰かが何とかするだろう、今はどこも景気が悪いから自分の世代ではどうしようもない」というような意識が府庁内には蔓延しており、これを見直すために先ずは職員の意識改革を行った。そして、ドイツでは財政運営の法律があるが、それに倣って大阪では財政運営基本条例を作った。それが「収入の範囲内で予算を組む」という条例だ。

――「収入の範囲内で予算を組む」ために、実際に行った事は…。

 松井 人件費の削減だ。会社の経営と同様、赤字であれば固定費を削らなくてはならない。役所での固定費はほぼ人件費だ。私の大阪府知事時代には約10年間で大阪府庁1万人の職員を7300人まで、つまり約2700人減らした。もちろんそこに警察や教員などは含まれない。そして一番苦しかった時期には給料を平均10%減らして人件費を削減した。役人は大体民間で働いたことのない人たちばかりが集まっており、公務員に指示を与える政治家も7割程度が2世か3世、或いは公務員出身だ。議会を含めて大多数が民間企業で働いた経験がないため、赤字に対する危機感が全くない。これは国政にも言える事であり、それではいつまでたっても財政再建などできない。

――景気が悪化すれば普通の先進国は減税するものだが、日本政府はそういったことを行わずに財政出動ばかりしている。これでは経済が良くなるはずがない…。

 松井 景気回復をさせるためには個人消費を上げるしかない。個人消費意欲がわかないのは消費税が上がっているからだ。この点、コロナ禍ということもあり、日本維新の会では2年間限定で消費税を5%に下げる案を出しているのだが、財務省の抵抗もあって政権側の人たちは首を縦に振らない。政治家というのは、余程の胆力と体力と気力がなければ役所からはお客様として扱われ、官僚に操られてしまう。また、組織を動かしていくためには職員との意思疎通も大切だ。そこで如何にガバナンスを効かせるかが重要になる。国は議院内閣制で大臣も数年で交代する。こういった制度では、財務省のような巨大な組織のガバナンスを効かせることは難しい。このため、国も我々地方自治体の長のように選挙で選ばれるようにすればよいのではないか。そのためには、首相公選制にして任期も決めるような憲法改正が必要だ。

――日本維新の会が掲げるベーシックインカム導入においては、労働者を解雇しやすくするためのものだという意見があるが…。

 松井 先ず、今の日本の制度において簡単に労働者を解雇するようなことは出来ない。日本維新の会が目指しているのは「雇用の流動化」だ。今の社会は企業が終身雇用制を守るために内部留保をため込んでおり、そのため社員の給料が上がらないという構造になっている。それを、業績が良い時には労働者にきちんと還元して、経営が悪化した時には金銭を支払って労働者を解雇できるような仕組みを作らなければ労働力は流動化しない。労働者側からしても、自分には合わない会社に入ってしまったと思っても給料が無くなることを考えるとなかなかその会社を辞めることができないが、流動性があれば代わりの職場を探しやすくなる。そういった部分で滞っていた人材を流動化させるためのベーシックインカムでもある。先ず国が国民に最低補償を先に支払い、それで給料をきちんと稼げた人には、税でお返ししてもらう。そうすることで、労働者側も自分に合った職業を見つけやすくなるというものが我々のベーシックインカムに対する考えだ。

――日本維新の会の対中政策、台湾問題政策そして経済安全保障についての考えは…。

 松井 中国に対しては「戦略的互恵関係の中で毅然とした態度で挑んでいく」というスタンスだ。中国の軍事的脅威に対する備えは日米できちんと作っていくべきであり、ここにも憲法改正が必要だと考えている。日本の経済安全保障は当然強化すべきだ。同盟国である米国の傘下にいる中で中国の覇権主義がさらに広がっていけば、米国の前に日本が被害に遭うだろう。米国が中国よりも力を持っている今のうちに、日本は西側諸国と連携しながら是々非々の態度で挑んでいかなくてはならない。また、台湾問題については当然集団的自衛権の範囲内だと考えている。台湾が香港のようになれば、30年後、例えば日本でも沖縄が同じ道を辿るかもしれない。そうならないために、今からそれを抑える取り組みを行うのは今の我々世代の責任だと思う。(了)

――どのような研究をされているのか…。

 中川 2つに大別される。1つは過去の地球がどのような気候変動を遂げてきたかについて、数千・数万年といった長い時間スケールでの情報を得ること。未来を予測する一番有力なツールは気候シミュレーションといって、仮想空間のなかに地球を再現して、時間を早送りしながら観察する。その仮想空間のなかの地球は、近年の気象観測データに基づいて再現されている。だが気象観測データは、近代的な衛星を用いたデータならここ数十年のものに限られるし、ルネサンス期の学者の走り書きなどまでかき集めても、せいぜい400年分しかない。そこで、現代とは違う大きな気候変動があった時代の情報をシミュレーションに取り込み、正しく再現できるか検証する必要がある。古気候のデータは、この検証に使用できる。もう1つはシミュレーションの中に取り込むいろいろなプロセスや基本的な現象を提示することだ。例えば、氷が融けて海に流れ込む現象が気候変動にとって重要であることが、氷期の研究から判明した。だとすると、融けた水が流れ込むプロセスと海流の動きを組み合わせて計算しないと、長期的な気候変動を正しく計算できないことになる。つまり地質学的な知見が、シミュレーションの設計思想を左右する。私たちはシミュレーションに貢献することを目的にしているわけではないが、この2つが温暖化を考えるうえで、我々が間接的に役に立てることだ。

――福井県の水月湖に注目されている…。

 中川 福井県の水月湖の底には、1年に1枚ずつ溜まっていく綺麗な地層がある。1枚が1ミリ弱しかないが、すべて数えることで、この地層がいつ溜まったものかが高い精度でわかる。従来の地質学の議論は、時間の精度が非常に荒かった。1つの石について、これは何億年プラスマイナス何万年前といったことを平気で言っている。しかし、気候変動を研究する際には、私たちが生きているうち、あるいはせめて、私たちの子ども達が生きているうちに起こる出来事について理解したい。つまり1年とか10年、少なくとも100年くらいの解像度で分析を進める必要がある。従来の地質学は、私たちの生活の時間感覚との間のギャップが大きすぎて、社会学的な問題に対して直接役に立たない場合が多かった。水月湖の1年1枚の地層を分析することは、当時生きていた人間が経験した時間をそのまま分析することにつながる。

――縄文時代は今より4メートルぐらい海が高かったという…。

 中川 海面上昇の幅は地方によってばらつきがあるが、7~8000年前の地球が非常に暖かかったというのは間違いない。いろいろな推定があって数字で言うのは非常に難しいが、縄文時代は1度~数度は暖かかったのではないか。ここ100万年くらいの最近の地球にとって、もっともありふれているのは氷期だ。最近のパターンでは、氷期が続き、10万年に1度だけ、例外的に暖かくなる間氷期が訪れる。これには地球の動きが関係している。地球は太陽の周りを公転しているが、公転する惑星はケプラーの第一法則により、完全な円ではなく楕円の軌道となる。その軌道の形が、宇宙空間に浮かぶある種の輪ゴムだと考えればわかりやすいが、時代によって円に近くなったり、長細くなったりする。輪ゴムが伸びたときが特に重要で、太陽の近くを地球が通過するようになるため暖かくなる。また、地球は公転するだけでなく、自転もしている。自転軸は公転面に対して垂直ではなく、約23.4度傾いている。楕円軌道の公転軌道と、傾いている自転軸を組み合わせて考えると、現代は冬は暖かく夏は涼しい時代である。さらに、傾いて回っている物体はコマに例えられるが、ジャイロ効果で落ち着いていることができず、軸の向きが回転する。地球ほど巨大なコマは、軸の向きが1回転するのにざっくり2万年かかる。2万年で1回転なので、1万年経つと反対側を向く。すると、さっきまで夏だった所が冬になる。太陽から遠い冬なので寒い冬、太陽から近い夏なので暑いになる。夏の暑さは、公転軌道が細長い楕円になり、地球が特に太陽に近づくときにピークになる。すると、それまで9万年かけて溜めた氷が融け出してしまう。ちなみにこうしたリズムを元に考えると、現代は本当なら既に間氷期を抜けて氷期になっているはずだ。

――既に氷期になっていると…。

 中川 最近の100万年間で、間氷期が1万年以上続いたことは1回だけ、5000年以上続いたこともほとんどない。現代の間氷期は不自然に長く続いている。南極の80万年分の氷を採掘して、氷の中に溜まっている当時の大気を抽出すると、当時の大気中の二酸化炭素とメタンの濃度を測ることができる。二酸化炭素およびメタンと、北半球の夏の太陽の明るさはリンクするが、二酸化炭素は最近の8000年だけ過去100万年の法則が当てはまらずにV字回復し、メタンは5000年前からV字回復している。二酸化炭素がV字回復する8000年前は、人間が文明を作るようになって人口が増え、森林伐採が二酸化炭素を固定する能力が低下して、大気中の二酸化炭素が増加した。メタンの増加は、アジアで水田耕作が始まり、人間が人工的に湿地を作ったため、発酵が促進したことが原因と考えられる。メタンと二酸化炭素が増えている原因は人間の活動だ。さらに最近は産業革命以降の分が上乗せされている。世界を氷期に向かわせるメカニズムは現在も動き続けているが、メタンや二酸化炭素の増加などが自然の力に打ち勝ち、本来来るべき氷期を食い止め、さらにお釣りの分で温暖化まで引き起こしている。

――今後の地球の変化は…。

 中川 地球の本来のリズムでは、これから9万年は氷期になるはずだが、温室効果ガスの排出のせいで、今後少なくとも5万年、もしかすると10万年間は氷期が来ないだろうという計算結果も報告されている。地球は4つの安定状態を持っている。まず一番寒い状態がスノーボールアース、全球凍結と言って、赤道から極まですべて凍り付いた状態で安定する。次に氷期の最寒冷期、現代のような間氷期、さらにその次にホットハウスアース、温室地球という状態があり、その代表は恐竜時代だ。恐竜時代になぜ生態系が豊かだったかというと、現在からは想像できないくらい暖かかったためだ。南極にも北極にもひとかけらの氷もなかった。実際にシミュレーションで計算すると、これら4つの安定状態が解として出てくる。問題なのはこれら安定状態の間の移行期だ。安定状態に落ち着こうとする地球と、二酸化炭素の排出や太陽の活動度の変動などの外的要因がせめぎあい、不安定な状態になる。暑い気候にも寒い気候にも人間は対応できるが、不安定な状態が続くということは災害が頻発するということと同義なので、文明にとっては大きな打撃になる。

――氷期でも人間は対応できる…。

 中川 ホモサピエンスの歴史は、20万年から30万年ほどあるが、農耕を営み定住をしている時代は1万年前以降だけだ。それまでは延々と狩猟採集を行っていた。なぜ、1万年前に農耕が始まったかと言うことについて、従来からいろいろな説があった。以前の説では、氷期が終わって温暖になったから農耕が始まったと考えられていた。しかし、初期の農耕は中近東で始まるが、中近東よりも暖かいと推測される赤道直下の地域では農耕が始まっていないため、この説は反証できる。次に気候変動の構造が細かく分かってくると、氷期の終わりに一時的に暖かくなって人口が増えたが、その後に寒冷化が起こったせいで食糧難になり、農耕を始めざるを得なくなったという説が提唱された。もちろん、寒くなって農耕を始める人間がいてもいいと思うが、寒くなったら南に逃げるのが自然だ。気候変動とは別に、この時代に人間が進化を達成して賢くなったと主張する人もいる。だが最近の考古学では、農耕はアフリアや中国、ニューギニア、中南米などで独立に始まったと考えられている。進化という偶然の産物が、わずか数千年の間に、様々な地域で散発的に起こるわけがない。水月湖の分析結果によれば、氷期が終わる時期には気候が不安定な時期と安定な時期が繰り返していた。植物の栽培化や農耕の開始、都市の建設などはいずれも、気候が安定した時代にだけ起こる現象だったことが分かった。気候が一時的に不安定化すると、農耕も放棄されていた。来年の気候が今年の気候と似ている保証がないと農耕は成り立たないため、温度が高いか低いかではなく、気候が安定しているかどうかがカギになったと考えている。

――気候の安定が農耕の始まりだと…。

 中川 今の文明があるのは、間氷期が氷期より暖かいせいではなく、気候が安定しているからだ。シンガポールでもモスクワでも、人間は繁栄した都市を築くことができる。だが、頻発する災害あるいは異常気象に対しては、意外なほどの脆弱性を露呈する。もし今後地球が氷期に向かっていくとするならば、地球は確実に不安定化し、人間にとって危機となるだろう。温暖化も同様に危険だ。南極の氷が全て溶けていた恐竜時代のような状態まで進んでしまえば、ある意味では良いのかもしれないが、人間による温暖化と地球自身が安定な状況に戻ろうとする力がぶつかる過程では、不安定な時代が訪れる可能性が高い。私は温暖化してもかまわないと言っているが、それはあくまで温度が高くても構わないということであって、温暖化の副産物として気候が不安定化するのであれば問題だ。それをテクノロジーによって避けることができるのであれば避けた方が良い。そのため温室効果ガスに関して言えば、やはり削減すべきだと考えている。温室効果ガスを適度に排出し続けることで氷期に対抗し、適度な気温を保ち続けられるだろうと考えるかもしれないが、人間による温暖化と地球本来の寒冷化のプロセスがぶつかり合うことになり、気候が不安定化してしまうリスクがある。気候は変動を続けるのが本来の姿なので、今と似た安定な時代を長引かせたいのであれば、それは簡単なことではない。(了)

――市長を目指した背景は…。

 山中 これまでは研究者として、コロナに関する抗体や治療薬の研究をはじめ、横浜市における医療ビッグデータの分析やがんの治療薬の効果に関する研究など、データを用いてさまざまな医療福祉課題の解決に取り組んできた。そのなかで、横浜市政の状況を見ると、政策決定のプロセスがわかりにくいところがあると感じられる場面があったように受け止めていた。政策の検討から評価といったPDCAサイクルにデータを活かす試みはこれまでもあったが、さらに積極的に行うことで、透明性が高まるのではないか、新しい取り組みができるのではないか、それを行う余地があるのでないかと考えるようになっていった。そういった問題意識から、これまで私が培ってきた経験や専門性を横浜市が直面するさまざまな課題の解決に活かせられるのではないかと考え、一横浜市民として、横浜市の役に立ちたいと思いを抱き、立候補を決意した。

――データを活用して市政を透明化し、市民の声を吸い上げると。何か具体的なお考えは…。

 山中 データをどう活用するのかも重要だが、一方でデータをどうやって作り出すかという視点も重要だ。データを作り出すこと、つまりどういうデータをとれば良いかの判断には、課題に対する知識など現場力が必要だと考えている。課題を発見するためには、まずはどういうデータが必要かを考え、次にデータを集め、そして初めてデータ解析が可能になる。足りていないデータの収集や、あるいはデータの蓄積があっても十分に活用できていない部分があるほか、領域ごとに状況も違うため、これらをきちんと整理したうえで取り組んでいくことが重要だ。これにはまず、各部署の意識の醸成が必要だ。医療は比較的データ活用に取り組んできた分野ではあるが、データ化が進んでいない分野も多くある。課題を抽出して事業を進め、その成果をデータで評価し、次の事業につなげる。その一連の取り組みをシームレスに広げていきたい。

――コロナ対策の取り組みについては…。

 山中 8月に市長就任後、最優先課題として取り組んできた。9月に「横浜市新型コロナウイルス感染症対策 加速化プラン」を発表し、ワクチン接種の加速化と医療提供体制の拡充を進めてきた。ワクチン接種は進ちょくしてきたが、年代別の接種率を見ると、10代から30代までの若者世代の接種率が他の年代よりも低い状況にある。そこで若い世代を中心に、さらに多くの方にワクチン接種を検討していただくため、横浜商工会議所や横浜市商店街総連合会と連携し、まちぐるみで「ワクチンplusキャンペーン」を展開している。キャンペーンを通じて接種に対するインセンティブを提供することで、接種率のさらなる向上を図り、さまざまな理由でワクチンを打つことができない方への感染防止、そして経済との両立につなげていく。また、「第6波」に向けた対策として、12月1日に、軽症、中等症Ⅰの方の早期治療を専門的に行うコロナ専門病院を開設した。陽性患者の病床は、685床(9月1日時点)から、コロナ専門病院も含め826床(12月1日時点)に拡充した。また、医師の診察が必要と判断された自宅療養者の方に、オンライン診療や往診等を行う仕組みを創設するなど、更なる医療提供体制の拡充を進めている。3回目のワクチン接種に向けては、スムーズに予約できるよう改善を図る。いつでも簡単に接種場所と空き情報を市のウェブサイトで検索できるようにし、市で受付する予約枠を増やすとともに、各区役所の相談員を36人から90人に増員し、代行予約にも対応していく。

――国内も徐々に経済が再開してきている…。

 山中 飲食店の人数・利用時間制限や、イベント人数上限が緩和され、感染状況も落ち着いていることから、まちには賑わいも戻りつつある。企業や商店街の方々からは、「緊急事態宣言が解除され、徐々に客足が戻ってきている」といった声や「一見のお客さんは戻りつつあるが、固定客が戻らない」といった声など、さまざまな声が聞かれている。市内経済や観光は回復の兆しが見えつつあるが、長期間のコロナ禍で多くの事業者が厳しい状況にあるというのが現状だ。10月には、昨年12月より一時停止していた、「宿泊旅行商品へのクーポン付与」および「助成付き日帰り旅行商品の企画・販売」により横浜への旅行需要喚起を図る観光キャンペーンを再開した。また、「安全・安心な横浜MICE開催支援助成金」を引き続き実施し、「新しい生活様式」に対応したMICEを開催する主催者を支援することで、市内経済活性化を図る。12月1日からは、レシート記載の利用金額に応じてポイント還元を受けられる「レシ活チャレンジ」(レシートを活用した市内飲食店利用促進事業)を実施し、厳しい経営状況にある飲食店の支援も進めている。今後も、長引くコロナ禍で厳しい状況にある事業者の方々にしっかりと寄り添い、必要な対策をスピーディに進めていく。

――少子高齢化のなか、今後どのように財政運営を行っていくお考えか…。

 山中 少子高齢化による生産年齢人口の減少による税収減や社会保障費の増大は、ほかの自治体と同じく、横浜市においても、財政運営上の大きな課題となっている。横浜市は財政責任条例を策定し、これまでも中期4カ年計画に基づいて、計画的な市債の活用を図りながら一般会計が対応する借入金残高を適切に管理するという目標を設定し、その進ちょく状況を明らかにするなどして、将来世代に過度な負担を残さない持続可能な財政運営に向けて取り組んできた。しかし、昨年度公表した長期財政推計では、財政が危機的な状況にあることが明らかになった。横浜市においても、このまま進めば65年度には収支差がマイナス2166億円になる可能性があり、こういう状況に対応していく必要がある。持続可能な財政運営を進めるため、優先度を見極め、より効果の高い事業に重点化していく。また、今後の市政運営の土台になる中長期の財政ビジョンや、歳出改革や新たな組織改革などを進めるための行政運営ビジョンの策定に着手している。市債活用の方向性を含めた債務管理、それから構造的な収支不足の解消策、適正な公共施設のあり方、こういったことをきちんとビジョンのなかで明らかにし、今後こういう方針で財政運営していくという中長期的な指針にする。容易ではないが、横浜市としても少子高齢化のなかで、新たな課題に対応する財源を確保するため、財政運営にしっかり取り組んでいく。

――市長としての今後の抱負などは…。

 山中 コロナ対策、そして横浜経済の回復の両立が最優先の課題だ。まずはコロナ対策として、ワクチンの3回目接種を円滑かつ着実に実施するとともに、医療提供体制も更に充実させていきたい。同時に、市民・事業者の方々への支援、観光MICEの振興や脱炭素化を軸とする新たなビジネスの創出などで、横浜の活力を生み出す市内経済の力強い回復を後押ししていくことが重要だと考えている。併せて、誰もが自分らしさを発揮し、いきいきと安心して暮らすことができるまちの実現に向け、子育て、教育、医療、介護や福祉分野の政策をさらに充実させていく。デジタル化を推進し、市民サービスの向上や働きやすい環境づくりにつなげていきたい。また、激甚化する自然災害への備えも重要で、引き続き、防災・減災対策、都市基盤の整備も着実に推進する。都心臨海部は横浜港の国際競争力強化、横浜駅周辺やみなとみらい21地区、関内・関外地区などの機能強化を加速させるとともに、郊外部の活性化に向けて、27年の国際園芸博覧会開催の準備などを進めていく。こういったことを通じて、市民の皆様に「住み続けたい」と思っていただける横浜、事業者の皆様から選ばれる横浜を創っていくために、誠心誠意、市政運営に力を尽くしていきたい。(H)

――岸田政権の最大の問題点は…。

 高橋 問題点だらけだ。先ず、岸田文雄総理大臣自身は財務省と密接な関係にある。親戚内に財務官僚が大勢いて、これだけ多くいると大丈夫かと言わざるを得ない。岸田総理の父親は経産省出身で、叔父は財務官僚を歴任し広島銀行頭取だった岸田俊輔氏。叔母は第78代内閣総理大臣を輩出した宮澤家に嫁いでおり、その子供が自民党参議院議員の宮澤洋一氏だ。つまり宮澤洋一氏と岸田総理はいとこにあたる。また、岸田総理の実の妹二人は、ともに財務官僚に嫁いでいる。岸田総理自身が経済政策を持っている訳でもないとなれば、親族の意見は裏切れないだろう。さらに言えば、最側近となる補佐官の木原誠二氏も村井英樹氏も元財務官僚、経済安全保障担当大臣の小林鷹之氏も同じく元財務官僚だ。それではあまりにも財務省色が強くなるからといって、元経産省事務次官の嶋田隆氏を内閣総理大臣秘書官に据えたのだが、嶋田氏が連れてきたのは経産官僚ばかりで、結局、岸田政権は財務官僚と経産官僚ばかりで固められることになった。そして、政府が史上最大規模の経済対策として財政支出を決定した55.7兆円の内容は、アベノミクスと全く同じ政策を掲げていながら数字だけを膨らませている。例えば「新しい資本主義」のための20兆円も、そのうち10兆円は安倍政権時代と同じような研究ファンドを推進するためのものだ。昨年度政府予算でコロナ対策の使い残しとなる繰越金が30兆円超あるにもかかわらず、補正予算で財政出動される32兆円の財源のうち国債はわずか22兆円。岸田政権が財務省とべったりだという性格がよく表れている。

――矢野財務事務次官については…。

 高橋 今年10月8日に発売した文藝春秋には矢野康治財務事務次官が「日本が財政破綻する」という記事を実名で寄稿した。そもそも、選挙前にあのような記事を一方的に寄稿すること自体が、ある国会議員は選挙妨害といっていた。雑誌に寄稿する前に当事者に話をすべきだったという事は、安倍元首相が指摘している通りだが、記事の内容自体も間違っている。それは、特別会計等については全く触れずに一般会計だけの話をしている事、債務だけに絞って話をしている事であり、あれはまるで会計の知識を全くもたない素人が書いたようなものだ。債務だけを意識していると良い政策は出てこない。しかし、あの記事が出た後、岸田政権は矢野事務次官を擁護した。それが意味するところは、財政を見る時に借金の大きさだけでその状況を見るという事を岸田首相自らが宣言したという事に近い。それは全くの間違いで、本来ならば常に資産と負債のバランスシートで見なくてはならない。普通の企業の財務状況を見るのに負債だけで判断する人はいないだろう。貸付金の相手先企業が信用できるかどうか、そういった所をバランスシートで見るはずだ。そういった考えのない財務事務次官に岸田総理は今でも毎日のようにレクチャーを受けている。これではとんでもない政策になる可能性が大だ。

――グロス国債発行増を増税に結びつけてはいけない…。

 高橋 今回の22兆円の国債発行についてもコロナ増税と関連付けようとしている事自体あり得ない話だ。少なくとも、安倍政権や菅政権では100兆円の国債を発行したが増税の話は一切出なかった。それは、バランスシートを見ていたからだ。100兆円の国債は日本銀行が購入している。日本銀行は政府との連結対象になっているため、政府の連結資産の負債として記載されるので、ネット国債増はない。つまり、日本銀行の資産という事は政府の資産という事であり、日本銀行は政府から利払いを受けることになるが、その金額はそのまま政府に納付金として戻ってくる。そういう連結バランスシートを見ていれば、ネットで国債増とならなければ財政悪化はなく、もちろん増税は必要ないと説明できる。非常に理論的だ。一方で今回の矢野事務次官は負債だけを見ている為、グロスで22兆円分増えたことを奇禍として増税を唱えている。そうすると、経済はさらに悪くなるだろう。本来ならば矢野事務次官の記事が掲載された時に、マスコミがその間違った理論を指摘すべきなのだろうが、マスコミは会計知識がなく、勉強不足からかそういった指摘も出来ず、「財政が危ない」という流言を広める手伝いをしてしまっている。

――現在のガソリン価格の値上げも減税すれば半分になるはずだ。なぜそういった事をせずに政府は補助金ばかりを出そうとするのか…。

 高橋 減税せずに補助金を出そうとするやり方は経済産業省の問題だ。減税すれば税収が減るため、先ずは経済政策として補助金も減税も同じだと説明し、自分たちが差配しやすいような補助金政策に誘導していく。これは経産官僚主導の典型的な手法だ。しかし補助金制度は消費者に直接の効果が及ばないという点でも政策的に間違っている。そして、そういった手法を許している岸田政権も早くも限界なのではないか。消費税については2019年に安倍元首相が10%まで引き上げた時に「今後10年くらい増税は必要ない」と発言したこともあり、そう簡単には上げられないだろう。ただ、岸田新内閣では金融所得課税の見直しを検討している。さすがに今年末の税制改正大綱には盛り込まれていないが、いとこの宮澤洋一氏が自民党税制調査会長だという事もあり、本気になればいつでも実行できる。いつ引き金を引くかはわからないし、財務省から唆されればすぐに取り掛かるとみている。

――ここ30年間、経済は余り成長していない…。

 高橋 政府のバランスシートの健全化を優先させているということだろう。日本の経営者には借金をすることが悪のような考えを持つ人が多いが、私の考えではもう少し借金を増やして経済のエンジンを吹かしても良かったと思う。借金が増えたところで財政には大した影響はないし、そもそも全体のマネー量が増えない限り名目GDPが伸びる余地は少ない。全体のマネー量が増えないのは、結局のところ積極財政と金融緩和のレベルが低いからだ。そして、そのレベルを上げようとすることに対して反対する人が日本には多すぎる。経団連のトップも矢野事務次官の間違った理論に異を唱えることなく、むしろ支持する姿勢を前面に出している。そういった会計の無知や間違った認識や風潮が一番問題だ。経団連などの経営者の中には自社の財務諸表がきちんと頭の中に入っている人はいないのではないかとさえ思えてくる。先ずはバランスシートを見て話をしてもらいたい。例えば、トヨタという超優良企業が多額の借金をしているからと言って、倒産の危機を唱える人はいないだろう。銀行も預金が借金と考えれば、膨大な借金をしていることになる。それが大変だという議論をする人などどこにいようか。それなのに今の日本の財務事務次官がバランスシートを見ずに資産を無視して借金だけで話をしようとしているとは、本当に信じがたいレベルだ。

――安倍政権で一番悪かった政策は消費税を上げたことではないか…。

 高橋 確かに消費税は国民からお金を吸い上げるものであり、経済を縮小させる。10%に増税した時は財務省が大増税ミッションで法案を組んでしまったため当時の安倍首相もひっくり返すことはできなかったが、結局、政治家には消費増税問題に政治エネルギーを使うだけの余力がない。それほど財務省の力は強い。そして矢野事務次官は今でも毎日のように官邸に出入りして間違ったレクチャーを行っている。岸田首相のモットーは「よく話を聞く」という事らしいが、正しい話を聞かなければどうしようもない。そして話を聞いた後にはきちんとした判断が出来なくてはならない。それが岸田総理に出来るのかと言えば、岸田総理を取り巻く人たちを見る限り私は無理だと思う。

――岸田総理は親中派とも言われているが…。

 高橋 確かに岸田総理の周りが親中派ばかりだというのも問題だ。岸田総理自身が地元広島で「日中友好協会」の会長を務め、鈴木財務大臣は岩手の協会顧問を務めている。さらに林外相は、決まるまで明らかにしないとの外交常識に反し中国からの訪中要請を明かしてしまった。これでは訪日了解サインを出したも同然だ。中国はさぞかし喜んだだろう。そういった関係上、中国テニス選手と元政府高官のスキャンダルで欧米が政治的ボイコットを考えている中にあっても、日本は世界の流れとは違う方向に動いていくかもしれない。人権よりも経済を重視する宏池会の会長が岸田総理であり、宏池会は岸田派だ。特に今は世界的に人権を尊重する世の中になりつつある。それにもかかわらず経済を優先させる外交を貫こうとしても上手くはいかないだろう。残念ながら岸田政権は外交でも期待できないとみている。(了)

――先端生命医科学研究所ではどのような研究を行っているのか…。

 村垣 当研究所の研究分野は大きく2つに分けられる。1つは再生医療だ。欠損した機能を補うため、シート状の細胞シートを用い、細胞や臓器の再生を図る研究を主に行っている。この研究を活用すれば角膜など治療が難しい臓器でも、他の人から移植をするのではなく、自身の口の中の細胞から角膜を培養し移植ができるようになり、さまざまな臓器で臨床研究を行っている。一方、私が所属する先端工学外科分野では外科医学を工学と融合させ、よりクオリティの高い医療を目指し研究を行っており、手術中のMRI撮影やスマート治療室、リアルタイムナビゲーションシステムや手術ロボットなどを開発している。

――研究を始めたきっかけは…。

 村垣 悪性脳腫瘍の治療結果をよくすることを考えた結果、この研究につながった。胃がんなど他のがんであれば全摘出すればどうにか治療することができるが、脳腫瘍の場合脳を全摘出するわけにはいかない。スマート治療室が導入される前の脳腫瘍の手術は、術中に撮影をしないため、取り残すことも多く術後放射線などで治療をしていた。しかし、腫瘍をしっかり摘出しない限り放射線がある程度効いても完全に治ることはない。工学的な支援に加えデジタルトランスフォーメーションなども利用し、執刀医の勘や経験からではなく、DNA情報や画像など客観的な視点から判断する手術を実現し、更にデータが時間的に同期しており、空間的な情報もナビゲーションシステムで組み込んだスマート治療室にたどり着いた。

――スマート治療室とは…。

 村垣 スマート治療室「SCOT(Smart Cyber Operating Theater)」が先端工学外科分野のフラッグシップだ。これは、治療室内のさまざまな医療機器の情報を統合し、執刀医や室内のスタッフのほか治療室外の医師やスタッフとも手術の進行や状況をリアルタイムで共有しながら治療を進めることができるものだ。従来のオペ室は細菌の感染を防ぎながら執刀する「場所」だったが、スマート治療室は部屋自体が1つの医療機器になる。手術中にMRIを撮影し確実に腫瘍が除去できているかどうか検査したり、手術の進ちょくを確認したり、ナビゲーションで操作している場所を確認したりすることが、ネットワークによりすべてリアルタイムにつながり、意思決定が行われる。執刀者はスマート治療室にいるが、外部の指導者にも手術室の状況がすべて表示されている。これまでは手術の意思決定に必要な情報はすべて術野に限られ、執刀医しかそれを確認できなかった。現場の情報というアナログな情報しかないため、そのオペ室にいないと執刀医の支援ができなかった。しかし、スマート治療室では意思決定に必要な情報がデジタルで集約されナビゲーションとともに示されており、これらの情報が映し出される「戦略デスク」と呼ばれるモニターを見ることで、外部から冷静に指示などができる。手術室にいる執刀医は監督兼プレイヤーでなければならなかったが、スマート治療室と戦略デスクによって、監督を外部の指導医が行うことでプレイヤーとして手術に集中できるようになる。

――実用段階での成果はどうか…。

 村垣 結果論として言えば、術後の成績は良好だ。スマート治療室「SCOT」にはいくつかのバージョンがある。手術中にMRIを撮影するクラシックSCOTは既に2023例実施した。ロボット化やAIを搭載したハイパーSCOTは2019年から本格的に稼働し、220例以上の臨床研究を行っている。さらに、スタンダード版やベーシック版については販売を開始し実際に現場で導入されたほか、導入を検討している施設も何カ所かある。従来の術式と比較することは難しいが、東京女子医科大のデータでは、結果論として手術した脳腫瘍について良好な成績を収めている。さらに、全国的に見れば、術後1か月以内に亡くなる可能性は100人手術して2~3人程度だ。これに比べ、スマート治療室の実績は0・05%で、2000人に1人くらいの確率であり、手術中の事故が防げていることが示唆された。これは、手術中にMRIを撮影しその場でそれを確認できることが大きい。今までは手術を終えてからCTやMRIを撮影し、腫瘍が取り切れていないことや術後の出血があることが判明する。終わった後に不備が判明してもこれに対処するのは難しい。スマート治療室のポイントは、今撮影され、今何が起きているか判明し、今対処できるということだ。これで失敗のリスクが極小になる。特に経験の少ない若手の医者は経験しないとうまくならないが、難易度の高い手術でもリスクが減りトラウマにならない。脳腫瘍は見た目で腫瘍と正常な脳組織の判別がしにくいため、スマート治療室の一番良い適用例だ。これは幅広く応用でき、広島大学では骨腫瘍や肝臓がんに、鹿児島大学では小児の鎖肛という肛門が閉鎖する難しい手術への適用を試みている。

――今後の展望は…。

 村垣 NTTなどと協業し、5G通信によりスマート治療室(SCOT)をモバイル化した、モバイルSCOTの2025年の実用化を目指している。これは、モバイル戦略デスクとモバイルスマート治療室の2つのタイプに大別される。「モバイル戦略デスク」は、スマート治療室の情報が集約された戦略デスクが5G通信により遠隔で確認できるようになるものだ。例えば専門医が出張中に緊急オペが始まった場合でも出張先からリモートで支援ができるようになり、世界的に珍しい病気であればその手術をしたことのある世界中の医者からリアルタイムでアドバイスを受けられるようになる。また、「モバイルスマート治療室」は、スマート治療室をトラックなどに搭載し5G通信で遠隔で支援することができるもので、災害救急現場や高度医療が受けられる病院の少ない地方などで活躍するようになるだろう。モバイルスマート治療室は、災害現場で救急救命医が緊急手術をしたものの、脳外科の難しい手術になった場合などに有効だ。もちろん現場の救急救命医が執刀しなければならないが、脳外科の専門ではなく経験もあまりない場合、災害現場から5G通信を行い、大学病院の専門医がリアルタイムで支援を行うことができるようになる。今後はおそらく、病院の機能が減り、手術や注射をしたりする侵襲的な機能以外は淘汰されるだろう。わざわざ病院に行かなくても病院側が来てくれるというのがモバイルスマート治療室の目指す姿だ。

――金融資本市場への要望は…。

 村垣 ぜひ、スマート治療室をはじめとする先端医療研究にも投資してほしい。これは地方創生にもつながる。今は地方でもネットワークがあるので普通の生活は事足りるが、急病になった場合地方に住んでいた時には対応が遅れてしまう。モバイルSCOTが実現すれば地方で高度な医療が行えるようになる。災害救急現場だけでなく平時でも利用できるようになればなおよい。今クラウドファンディングを検討していて、大学とNTTなどと協力していくつもりだ。さらに、がんの新しい治療法の開発について、ベンチャーを立ち上げ資金調達を行っている。これは明治ファルマが実用化した光線力学的療法をさらに進化させた研究だ。光線力学療法とは、患者に、がん細胞だけが集まり光に反応する物質を投与し、その物質に集まったがんに対し特殊な波長の光を当てるとがん細胞を攻撃することができ、その結果健康な神経や組織を残してがん細胞だけが死ぬという方法だ。ただ、光線力学療法は光を使うため、浅いところまでしか届かない。われわれはもっと深いところのがんを焼くために集束超音波を使う治療を開発している。光や超音波でがん細胞を攻撃する方法は手術で切除するのとは違い、物理力なので照射すべき場所を特定して当てるだけで良いため、ロボット的に作業ができる。また、放射線被曝もないため、患者への負担が少ない。この国産の新治療、例えば、集束超音波治療を含めて投資をお願いしたい。

――保険が下りないと導入するのは難しい…。

 村垣 日本では薬とは違い、新規の医療機器には保険が付きにくい。スマート治療室はこのところの盛り上がりでようやくOKとなったが、保険が承認されるまで10年以上掛かった。薬であれば承認されると同時に点数が付くが、MRIは実際にがん細胞を除去するわけではなく、ただ画像を撮影しているだけなので保険の点数が付かず、その後の普及は難しい。国のプロジェクトで研究開発したものに関しては、ゆりかご式に5年程度は保険をつけてもらわないと、開発や実用化が進まない。解決する方法として、ベンチャーキャピタルとともに保険がつくための臨床試験を行うとか、リスク低い健康関連機器として世界に売れる商品に育てていくことなどが考えられる。(了)

――「岐路に立つアジア経済(文眞堂出版)」を出版された。米中対立が鮮明化する中で、日本はどのような立場を取るべきなのか…。

 石川 安全保障面では当然米国と足並みを揃えるべきだが、中国は日本にとって最大の貿易相手国だ。投資額も非常に大きいため、経済面では中国とも上手に付き合っていく必要がある。ASEAN各国も同様に、米国か中国かという選択は避けたいと思って行動している。しかし、中国は南シナ海や尖閣諸島等への海洋進出や、一帯一路構想によってすでに色々な問題を引き起こしている。日本は領域問題では毅然と対応をして一帯一路構想には代替策を出しながら付き合っていくことになろう。日本政府の外交方針である「自由で開かれたインド太平洋」構想も、そういった中国への対抗策を含めて考えられている。

――「自由で開かれたインド太平洋」構想は安倍政権の時に作られた…。

 石川 最初にこの言葉が用いられたのは、2007年、安倍第1次政権の時にインド国会で演説をした時だ。インド洋と太平洋という二つの海が非常に重要だという内容だった。その後、第2次安倍政権時の2016年のアフリカ開発会議で、「FOIP(Free and Open Indo-Pacific)」という言葉を生み出した。発展著しいアジアと潜在力のあるアフリカ、太平洋とインド洋を結び付けて発展させていこうという、日本発の大きな国際戦略構想だ。日本が壮大かつ長期的で他国と連携する国際戦略構想を打ち出したのは、国際貢献という面でも非常に評価されるべきことだったと思う。

――中国は海洋進出や一帯一路に加えて、ワクチン外交等でも覇権姿勢を強めている…。

 石川 中国は習近平政権のもと、建国後100年を迎える2049年までに世界の強国になるという遠大な構想に基づいて長期戦略で動いている。中国製造2025構想もその一環だ。実際に2010年にはGDPで日本を抜いて世界2位となった。当時金融危機で資本主義国が落ち込む中で、中国は着実に経済発展を遂げ、4兆元の投資を行い、世界経済回復のけん引役となった。そして、中国は中国型の経済運営に自信を持つようになり、その後、一帯一路構想や海洋進出へとつなげていく。さらに、大国意識が芽生えて以降は「戦狼外交」とも言われるような、力でねじ伏せる攻撃的な外交を繰り広げている。

――「戦狼外交」を繰り広げる中国に対して、日本が取るべき行動は…。

 石川 これまで世界が築き上げてきた国際秩序を守らない中国に対して、言うべきことは言わなければならない。経済的にも軍事的にも大国となってきた国に対して、日本が単独で発言しても聞き入れないのであれば、国際連携すればよい。米国もバイデン政権になってからは他国と協力して中国に対処していく方針を取っている。中国に対して「対立」ではなく「競争」という言葉を用い、Quad(クアッド)やAUKUS(オーカス)等、国際連携の枠組みの中で中国と対峙し主張すべきことを主張し、直すべきところを直してもらうという考えなのだろう。中国は何かあった際に、2国間でその問題を解決する交渉には圧倒的に自信を持っている。そういう中国に多国間連携で対抗し、同時に中国を国際的な枠組みの中に引き入れて、しっかりと多国間でのルールを守ってもらう事は必要なことだ。

――一方で米国は、TPPにもRCEPにも加入せずアジア太平洋の経済連携構想の中から抜けている…。

 石川 バイデン政権に変わっても米国がTPPに戻らないのは、民主党の支持基盤の問題だ。今の枠組みから労働者保護や環境保護を強めた協定にしなければ復帰しないと言っている。バイデン大統領も来年の中間選挙を控えて、民主党左派に気を配りながら、まずは国内経済を最優先課題とし、通商政策について新しい方向性や政策は出せないという状況なのではないか。

――アジア経済が世界の中心になっていく中で、日本の立ち位置は…。

 石川 色々見方はあると思うが、2050年頃にはアジア経済が世界経済の5割を占めると言われている。日本経済は現在、世界の6%程度、今後中国経済が世界経済の1位に、そしてインド経済がアジアの中で2位に、さらにインドネシアが日本を抜いていくとも予想されている中で、アジアと経済関係を深めていくことは不可欠だ。特にASEANとの関係は重視すべきだろう。南シナ海問題で中国との対立問題もあるASEANは日本との連携が欠かせない。また、日本の強みである自動車産業も、実は中国ではそれほど日本車のシェアが多くない一方で、ASEANでは80%超が日本車であり、特にインドネシアやタイでは90%を超えるほど大きなマーケットとなっている。インドに関しては、これまでも良い関係を築いており、引き続き協力関係を深めていくべきだろう。

――コロナ禍で輸入がストップする経験をしたことで、国外にある製造拠点を再び国内に戻した方が良いのではないかという意見もある…。

 石川 日本は日米摩擦や円高、人件費の高騰といった過去の経緯から、企業がアジアに進出し、国外製造販売を行う今の状況を作り上げた。コロナ禍や米中対立で、サプライチェーンをどのようにしていくかは目下の課題で、見直しが必要であることも確かだが、考えるべき事はサプライチェーンの強靭化だ。重要性が高いものに関しては日本で作るといった事は、健康面や経済面での安全保障としても欠かせない。ただ、サプライチェーンはあくまでも各国の比較優位に基づいて作られている。アジアでも人件費が高い地域とそうでない地域があり、そういった事を無視して全てを日本国内に戻しても経済合理性がなく、持続可能とはいえない。日本回帰と同時に、例えば中国での製造の一部をASEANに移すチャイナプラスワンなどサプライチェーンを多元化する事等の組み合わせで考えていくことが良いのではないか。

――日本の通商政策について思う事は…。

 石川 直面する問題としては中国のCPTPP加盟をどうするか、そして、喫緊かつ中長期的な問題としては経済安全保障の問題がある。アジアについては経済連携が進展しているが、インドがRCEPから離脱したため、インドにも加盟してもらう事が日本の通商政策としても重要となろう。さらに長期的視点で見ればアフリカだ。2050年以降には世界の人口の約半分はアフリカが占めると言われており、マーケットとしての重要性は非常に高い。「自由で開かれたインド太平洋」構想で、当時の安倍首相がアフリカも含めて考えていたというのは長期的には先見の明がある重要な戦略と言えよう。すでに中国も資源開発等においてアフリカへ進出しており、日本も経済連携を含めた関係強化が必要だろう。その他、世界的に大きな問題となっている気候変動問題でも日本にはリーダーシップを取ってもらいたい。CPTPPについては米国の復帰を粘り強く働きかけるとともに中国に勝手な行動をさせないように、高いレベルの自由化とルールを認めさせ「中国に轡をはめる」という考え方で加盟させたら良いのではないか。(了)

――日本の半導体産業はトランジスタから始まった…。

 牧本 半導体産業は、終戦直後の1947年にトランジスタが発明されたことから始まる。トランジスタより前には真空管が使われていたが、トランジスタは真空管より遙かに小さく、より多くの仕事をする。本格的にトランジスタの工業生産が始まったのは1950年代半ばからだが、日本とアメリカではその発展の仕方が随分異なっていた。日本では、真空管を使い今の電子レンジくらいの大きさがあったラジオに代わり、トランジスタを使って弁当箱くらいの小さいラジオが思わぬ大ヒット商品となり、日本の花形輸出商品になった。ラジオの開発に続き、白黒テレビ、カラーテレビ、VTRもトランジスタを使って真空管式より良いものができるようになり、その後ソニーのウォークマンにつながっていく。半導体を使った家電製品は日本の独壇場になり、世界を席巻した。

――米国での発展は…。

 牧本 一方、米国の半導体産業は日本と全く異なり、軍事用として発展した。トランジスタが発明される前、米国ではミサイルやロケットに真空管が使われていたが、この制御システムは大変重いものだった。これをトランジスタに代えることで軽くなって遠くへ飛ばせるようになった。1958年にはトランジスタに続いてIC(集積回路)が発明された。ICは爪の大きさほどで、トランジスタを何百個も搭載することができたので、半導体の主流はICとなって行った。1960年には当時のケネディ大統領がアポロプロジェクトを立ち上げた。これは月に人間を乗せたロケットを打ち上げるプロジェクトで、この有人宇宙船の制御システムとしてICが数多く搭載され、人類は無事に月に降り立った。1960~1970年代においては、米国と日本は家電用と軍事用の違いで住み分けを行っていたため、貿易摩擦などは起こらなかった。しかし、1970年代には米国を中心にコンピュータがICを使う主流の産業になってきた。そして、コンピュータに搭載されるDRAMと呼ばれるメモリを1970年代の半ばころから米国に続き日本も生産し始めるようになった。

――日本の半導体産業が米国を追い抜いた…。

 牧本 DRAMについても最初は米国がリードしていた。最初のDRAMは1Kb(キロビット)で、それが約3年ごとに4Kbになり16Kbになりと、4倍ずつ増える。16Kbまでは米国がリードしていたが、64Kbでは日本が米国を追い抜いた。1981年にフォーチュンという雑誌が、DRAMの分野で日本が米国を追い抜いたことを大々的に取り上げたことをきっかけに米国内で日本に対する警戒感が高まった。半導体産業においてはその初期から米国のシェアが日本を上回っていたが、日本は最先端のDRAMの技術でリードしたため、1986年には半導体全体でも日本が米国を追い抜いた。

――米国は日本の半導体産業を目の敵にし始めた…。

 牧本 それまでトップシェアを誇っていた米国では大騒ぎになり、日本を何とか抑え込まなければならないという世論が生まれた。米国は日本のメモリがダンピングしているのではないかという難癖を付けはじめ、米国の商務省が調査に乗り出した。1985年には日米の政府間協議がはじまり、1986年に日米半導体協定が締結された。この協定の主な内容は2つあり、1つは日本がDRAMのダンピングを行うことのないように日本企業は自由に価格を決めてはならず、米国政府が価格を決定するという取り決めだ。両国の政府が一体となり、日本企業に製品のコストデータの提出を求めた。このとりきめによって、米国や韓国のメーカーは日本のものより少し安い値段を付ければ簡単にシェアを獲得できることになる。2つ目は、日本の半導体市場での外国メーカーのシェアを10%から20%に拡大する取り決めだ。当時の日本には家電製品向けを中心に巨大な半導体マーケットがあったが、日本の半導体メーカーが圧倒的なシェアを保持しており、外国メーカーは10%ほどしかシェアを持っていなかったのだ。明らかに不平等な協定だが、当時の米国と日本の国力の差では、このような理不尽な要求をされてもそれをはねのける力がなかった。同時期に韓国メーカーがDRAMの生産開発を始めていたが、韓国メーカーはDRAMを日本に持っていけば、外国製半導体を購入するノルマで容易に販売できるため、まさに漁夫の利と呼べる状況だった。

――その後協定は解消されたが、日本の半導体は弱体化してしまった…。

 牧本 1996年に日米半導体協定は解消されたが、その後も日本の半導体は弱体化が進んだ。半導体協定が弱体化のきっかけにはなったが、それがすべてではない。その主な原因は1990年代にマーケット構造がアナログ主体からデジタル主体へと変化したことだ。日本が得意としていた民生品(テレビ、ラジオ、VTR)はすべてアナログ製品だが、1990年代にはピークアウトし、デジタル製品のパソコン市場が民生品市場を上回っていった。しかし日本はこのパソコン時代に乗り遅れてしまった。さらに2010年頃からはスマホが半導体市場の中心となったが、スマホの時代にも日本は乗り遅れてしまった。これらを総括すれば半導体分野での日本の戦績は1勝2敗だ。1勝は家電、2敗はパソコンとスマホだ。これが半導体低迷の根本的な原因である。反対にアメリカは2勝1敗となって、今や半導体王国となっている。しかし半導体市場は変化が激しく、今後も新しい展開があると思う。スマホの次にはロボティクスの時代が来ると予想している。日本半導体の復権のためにはロボティクス分野で勝たなければならない。ロボットというと、人間のように2足歩行するものをイメージするかもしれないが、自動運転車やドローンなどもロボットの仲間だ。自動運転車が進化すれば「自動車は人を運ぶロボット」に変わって行くだろう。自動車産業は大きな転換期を迎えるのだ。

――日本がロボティクスで勝つためには…。

 牧本 ロボティクスについては、それぞれの企業が研究開発を行い、政府としてもそれなりの施策を打ち出しているが、日本全体として大きな動きになっていない。まずは政府がロボット産業の重要性について国民の理解を得たうえで思い切った振興策を打ち出すべきだ。つまり日本が向かうべき明確な旗印を立てるべきだ。自動車業界には大変革の時代が到来する。足元では電気自動車(EV)の動きが出てきて、テスラや中国の新興の電気自動車メーカーが活躍し、産業構造が変化している。EVの発展形が自動運転車(ロボティクスの仲間)であることは確実だ。ロボティクス分野で勝つためには、半導体の技術開発で先行しなければならない。半導体とロボット産業の相乗効果を生み出すことが極めて重要である。ロボティクスの開発は民間でもやってはいるが、さらに思い切った開発投資が必要であり、国が率先して支援しなければまた日本は取り残されてしまう。今はスピードの速いデジタルの時代だ。日本はかつてアジアのリーダーであったが、今では「世界デジタル競争力」においてシンガポールや香港、台湾、韓国などにも抜かれてしまった。コロナ禍で日本のデジタル技術の遅れが顕在化したように、日本の政府はデジタル時代にフォローできていない。日本政府には、新しい産業をこれから興すという気概を持ち、時代を捉えることが期待される。

――日本政府が台湾の台湾積体電路製造(TSMC)を誘致し、半導体工場の設立が決まった…。

 牧本 台湾のTSMCは他社からの委託を受けて半導体デバイスを製造するファウンドリ企業で、開発済みの製品を生産しているため、サプライチェーンの安定化には貢献し、納入品が途切れる心配は少なくなる。また、半導体の製造装置や材料メーカーといった川上産業にとってはお得意様となるため一定のメリットがある。しかし、日本の半導体問題の本質はマイコンやロジック、メモリなどのデバイス産業が絶滅危ぐ状態にあることであって、TSMCを誘致してもこれを救うことはできない。絶滅危ぐから脱却するには川下産業との連携で新しい半導体市場を制覇しなければならない。それにはこれから本格的に立ち上がるロボティクス市場がもっとも有望な市場だ。官民の総力をあげてこの市場を制覇することが、日本の今後を左右するカギであることは間違いない。(了)

11月上旬、筑摩書房より牧本氏の『日本半導体 復権への道』(ちくま新書)
が発売されました。

――御社が日本M&Aセンターを創立されてから30周年。中小企業のM&Aに対する意識もかなり変わってきている…。

 三宅 これまで大企業のM&Aは様々な形で行われてきたが、中堅・中小企業のM&Aに関してはまだまだ少ない。30年前に我々が創業した当時はM&Aという言葉自体が耳慣れないもので、我々が成功事例を積極的に公表しながら啓発活動を続けてきたことで、段々とイメージも変わってきた。例えば20年程前、後継者不足でM&Aの依頼をされてきた会社経営者にパートナーを見つけ、いざ調印式という日に、その社長が暗い顔をされていた。そこで私が「社長、今日判子を押したら株式代金の数億円が入ってきて連帯保証と担保を全部きれいに整理してもらって、ハッピーリタイアできるのですよ。会社の名前もそのままに残り、従業員も継続雇用されて、相乗効果で会社が大きくなっていく。人生で最高のスタートの日なのに、なぜそんなに暗い顔をしているのですか?」と聞くと、「三宅さんの言うのはその通りです。ただ、もう地元ではゴルフに行けなくなってしまったな」と仰る。それは、世間体が悪い、或いは、後ろめたい気持ちがあって顔向けができないという事だったのだと思う。しかし、そういった考えはこの10年で大きく変わり、今では中小企業の経営者が会社を売却して挨拶回りに行くと、「おめでとう!素晴らしい経営者だね。よくぞ決意した」と声をかけられ、しかも感謝までされるそうだ。今、中小零細企業と呼ばれる会社は約380万社。そのうち245万社の経営者が65歳を超えている。2025年には70歳を超え、事業承継の真っただ中にあるのに、そのうちの127万社に後継者がいない。70歳で後継者がいなければ廃業しかない。そうすると、従業員はもちろん、それまでお付き合いのあった取引先や関連会社まで影響を受けることになる。しかし、それをM&Aで存続させ、さらに相乗効果で会社が大きくなっていけば、皆が喜ぶ。今では、M&Aで会社を残すことを決断した経営者は素晴らしいと評価される成功者であり、称賛と感謝の対象となる時代だ。

――この度、M&A仲介業界の自主規制団体「M&A仲介協会」を設立された…。

 三宅 中小企業のM&Aが果たす社会的役割はかなり大きい。今、後継者のいない127万社のうち60万社は黒字経営であり、そのまま黒字廃業しようとしている。黒字という事は素晴らしい技術力を持っていたり、地元の文化を担っていたり、地元で大いに貢献しているはずだ。その企業が廃業するとなれば、日本の地方は更にさびれてしまい、地方創生とは正反対の動きになってしまう。地方創生無くして日本創生はない。政府は日本の地方創生のために、先述した後継者のいない中小企業127万社全てを救済すべくM&Aをすすめていく方針を立てている。M&A仲介協会を設立したのは、そうした社会的使命に応えるためだ。主なテーマはM&A仲介業界のレベルアップだ。政府は毎年6万社ずつM&Aを行い10年間で60万社を救うという計画を立て、そこに税制優遇と補助金を出している。このため、それだけ大きなマーケットがあるということと、資本も少なくて済むという魅力からM&A業務への新規参入も多くなっている。

――新規参入のM&A仲介業者などが何かトラブルを起こす前に、協会が信頼性を高めていくと…。

 三宅 現在、会計事務所や金融機関などM&Aを手掛けられそうなところは全て中小企業庁に届け出をしており、その数は2200社を超えている。届け出をしていないと中小企業庁が設計している税制優遇や補助金の申請が出来ないからだ。その中で「M&Aブティック」と呼ばれるM&Aの専門サポート集団は500社超もあり、そのうちの大半がこの2年以内に設立されている。当然、そういったところは経験が少ない。一方で、M&Aは非常に難しい仕事であり、医療で言えば心臓外科医のようなものだ。単に頭が良いだけでは駄目で経験が必要となる。豊富な経験をもつ神の手に委ねた方が成功率は高い。逆に言うと、経験が少ないことで事故が起こる可能性があり、そうなると政府が目指している60万社の救済は達成できない。そこで、我々のようなM&Aに長く携わる上場5社が中心となってM&A仲介協会を設立したという訳だ。当面この5社で運営していく予定だが、他にも地銀や信金、そしてM&Aブティックが加盟している。最初の活動としては、これまで日本M&Aセンターと金融財政事情研究会が共同で行ってきた「事業承継・M&Aエキスパート」と「M&Aシニアエキスパート」という資格認定制度を、M&A仲介協会と金融財政事業研究会が引き継ぎ、エキスパート資格保有者4万人弱の方々に対してネットワークの拡充や啓発活動を行っていく。さらに、その教育制度はM&Aブティック全てに提供してM&A業界のレベルアップを図っていく。また、あらゆる情報は加盟各社すべてに提供し、中小企業庁が定めたM&Aガイドラインの順守の仕方についても伝達していく方針だ。

――「自主規制団体」ということで、違反した場合にペナルティを課すようなことは…。

 三宅 ペナルティについては全くの白紙で、さまざまな取り組みを含めて今後、議論していきたい。M&Aガイドラインには、買い手、売り手それぞれに公正な仲介のやり方や、気を付けるべきこと、或いはトラブルの防止等々の方策が記載されている。そのガイドラインに沿って契約書を変更させたり、或いは仕事自体のやり方もそのガイドラインを順守したりして、我々5社が先頭に立って全ブティックに浸透させていくが、すべては中小企業庁と協会が歩調を合わせて二人三脚で進めていく。万が一、経験不足のブティックがトラブルを起こした時の対策として、業界全体に悪い影響を及ぼさないよう、事前に協会が苦情を受け付け、団体の中で注意喚起を行っていく。今回経験豊富な上場5社で協会をスタートさせたのも、先ずは業界団体そのものをレベルの高い組織にしていくためだ。

――当局への要望などは…。

 三宅 中小企業庁が法整備や補助金制度、税制優遇を進めてM&Aのあるべき姿を策定し、それを民間で徹底させて業界をレベルアップさせていく。我々と中小企業庁が車の両輪のような関係となりタッグを組むことで、10年間で中小企業60万社を救済するという体制を整えていく方針だ。とはいえ、中小企業のM&Aが脚光を浴びるようになったのは最近のことであり、まだまだ法整備が出来ていなかったり、今の制度では使い勝手が悪かったりもある。例えば、中小企業であれば株券がどこに保管されているかわからなかったり、株主の一人が亡くなったり、所在不明になったりした時に、大手企業のために作られている会社法では複雑な手続きが必要とされ、中小企業がM&Aを行う際に迅速に動けないことがある。そういった部分の変更は今後も順次行っていく必要がある。一方で、例えば中国の会社が買収を提案してきた時の経済安全保障面について心配する声もあるが、基本的に中小企業のM&A仲介分野では、日本からアセアンへ進出するための買収事例などはあっても、中国企業からの買収やハイエンドの技術を持つ会社をハンドリングするといった事例はない。そのため、経済安保については業界として方針を出すというところまではいっていない。その他、中小企業を円滑にM&Aを実行していくために必要な法整備や税制優遇といった部分での要望はすでに中小企業庁と意見交換しており、そういった情報も業界団体で吸い上げて流していき、中小企業のM&A発展に貢献していきたいと考えている。(了)

――韓国や豪州で潜水艦戦力の強化が進んでいる。アジア周辺国が原子力潜水艦を保有し始めると、日本の防衛が世界的に遅れを取るという心配の声もあるが…。

 清谷 必ずしもそうとは言い切れない。原潜は原子炉を搭載すると船体が大型化する。だが日本周辺の東シナ海や南シナ海は浅いところが多く、且つ、原潜は原子炉の発熱や静粛性という面でも通常型より不利な部分があるため、日本周辺の防衛任務であれば、海上自衛隊が導入開始している長期間潜航可能なリチウム電池搭載の通常動力型潜水艦で十分対応できるだろう。いずれにしても敵地攻撃能力という点で一番生存性が高いのは潜水艦だ。リチウムイオン電池搭載潜水艦にSLBMを積めば、通常弾頭でも大きな抑止力になる。或いは中国が開発しているような対空母用の弾道弾にしてもいい。時代の変化や技術の進歩に合わせた防衛策に変えていく必要はあろう。

――日本国憲法が創られた当時は、地球の裏側まで届く弾道ミサイルなど無かったし、今猛威を振るっているサイバー攻撃など想像もしなかった…。

 清谷 「戦力を保持せず、交戦権を認めない」という憲法に従えば、サイバー戦も戦えない。銀行や空港、公安施設、原子力発電所などがサイバー攻撃を受けても、自衛隊は何も対応できず、襲ってきているのが誰なのかを判別する術もない。事実、自衛隊のサイバー部隊は自衛隊しか守れない。だが敵は弱いところを狙ってくる。サイバー戦というとサイバー空間だけの戦いと思われるが、実は物理的なインフラへのサイバー攻撃も懸念すべき事案だ。我が国には十数箇所のインターネットのアクセスポイント、また同じく海底ケーブル揚陸所がある。揚陸所で大きいのは三重県と千葉県の二箇所だが、ご丁寧に「地下に重要なケーブルが埋設されています」と看板まで出している。これらが攻撃され機能を停止すれば、ネットは止まる。そうなれば銀行や証券の決済や送金などは出せなくなる。当然国民の経済と生活は大混乱となる。

――時代に合わせて、自衛隊の任務内容も変えていかなければならない…。

 清谷 組織の組み換えも必要だ。今の時代、我が国に対して連隊単位の地上部隊を用いて揚陸作戦を行う能力と意図を持つ国はない。唯一の例外は同盟国の米軍だけだ。そう考えると、政府は陸上自衛隊で保有している戦車や火砲を現在の3分の1程度に減らして、その分の予算や人員をサイバーやネットワーク関連に振り向けるべきだ。例えば人工衛星を撃ち落とされるとGPS誘導の機器も使えなくなるといったことも想定した上で、冗長性を確保し、将来の環境変化を見越して限られた防衛予算を何に使うのか、優先順位を決めなくてはならない。残念ながら、日本で軍事や外交はあまり選挙票につながらないという理由から、そういったことに興味のある政治家が少なく、興味があっても実態を知らずに防衛費だけ増やせと叫んでいる政治家が多い。出来もしないのに防衛費を2倍に増やすなどとホラを吹くよりも、既存の予算の組み換えと効率化を図る事を考えるべきだ。今の政治は完全に当事者能力を失っている。

――問題山積なのに日本の防衛システムは旧態依然のままだ。その原因は…。

 清谷 防衛問題での癌は、実は記者クラブだ。防衛に限らず役所の取材機会から他の媒体やフリーランスを排除して密室で当局と馴れ合い癒着している。これは報道のアパルトへイトであり、民主国家ではありえない話だ。癒着の端的な例が防衛予算だ。例えば、第二次安倍政権以来、概算要求の中に「事項要求」という個別政策の予算要求額を明示しない項目ができたが、概ね3000億円というこの事項要求の予算額を入れない数字を、新聞やテレビなどでは「総額」と発表している。また年末に発表される政府予算案と、当年の補正予算案は事実上一体化している。補正予算は本来想定していなかった支出を手当するものだが、防衛省はこれで、本来本予算で調達すべき装備などを要求している。昨年のこのような「お買い物予算」は約3900億円だ。そうすると本年度の防衛予算5兆3422億円は、事実上は実質5兆7289億円となる。記者クラブメディアはこのようなカラクリも説明しない。つまり記者クラブは政府、防衛省とグルになって世論操作のために概算要求金額を過小に見せかけている。

――記者クラブと防衛省の癒着によって、真実が世の中に届かない…。

 清谷 医療問題であれば医者が、法律問題であれば弁護士が発言するし、政治家も彼らから話を聞く機会も多い。しかし、防衛に関しては専門家が少ないため、そのようなセカンドオピニオンが政治家にも国民にも届かない。国防部会の先生方すら、例えば戦車を何両、いつまでに戦力化し、総予算がいくらなのか知らない。にもかかわらず予算を通す。文民統制は機能していない。また日本政府は防衛予算を米国のご機嫌取りのための外交費として使っている。そして、それが長年続いている為、関係者にはおかしいと思う感覚すらなくなっている。米国から物凄い高値で購入したイージス・アショアも、本当に自衛隊に必要な装備なのか、本当に適正な値段なのかを全く考えずに、米国の歓心を買うためだけに購入された。そもそもイージス艦がレーダーを作動させられるのは法規制のために50海里外洋にでてからだ。それを内陸に置いて良いはずがない。やるならば法改正が必要だ。だが国内の世論や地元の受け入れ態勢が整わないのに「お手付き」でSPY7レーダーを発注した。これを今度は無理やり艦載化しようとしている。だが海自は次期イージス艦では米海軍と同じSPY6を採用するだろう。そうなれば2種類のシステムが混在して訓練も兵站も混乱する。またSPY7は他にユーザーがいないために将来まともにアップデートされない、されても極めて高額の開発費を我が国が支払う可能性が高い。使い捨てになる可能性は少なくない。

――コロナ禍では、自衛隊がワクチン接種などで重要な役割を果たしているが…。

 清谷 自衛隊病院の中でエクモを使って高度なコロナ対応が出来るのは、自衛隊中央病院と防衛医大の2つだけだ。その他の自衛隊病院には充実した設備もなく、医官の質も数も低い。護衛艦には海外派遣者以外、医官は一人も乗っていない。最近は少子高齢化の中で、自衛官を目指す人が少なくなってきており、またせっかく入隊しても、いじめや嫌がらせにストレスを感じて、辞めていく人も多い。せっかく採用した人材を辞めないように工夫することも、今後の自衛隊の重要な課題となろう。リクルートも素人の自衛官がやるのではなく専門家に任せるべきで、また、任期制自衛官が任期を終えた後の転職についても、もう少し手厚いサポートが必要なのではないか。退職した人たちや身体や精神に障害を持つ人たちを無人戦闘機のオペレーターとして活用していく人材活用の工夫も必要だろう。

――日本の防衛で強化すべき事は…。

 清谷 自衛隊を縛る法律はあまりにも多い。それを変更すべきだ。小泉内閣ではいざという時の有事法と国民保護法が成立してかなり前進したが、その後の政権では強化されることはなく、多くの自衛隊装備は法的には演習でしか使えないのが現実だ。しかし、例えば道路法の規制には「在日米軍は除く」と書いてある。そこに「自衛隊も」と一言加えることさえ防衛省はやらない。法的な問題に対する政治家の無関心も大きい。特に保守系の政治家は憲法改正さえすれば全てが解決するかのような粗末な議論をするが、憲法を変えても自衛隊を縛る医師法や道交法などの法律を変えない限り問題は解決しない。問題は政治や防衛省にこのような手足を縛るような法律を改正しようという気がないことだ。

――強権発動出来るような仕組みがあったとして、その時の補償は…。

 清谷 例えばドイツでは戦車が演習として個人の畑地を通った場合、その家には補償があった。いざという時の補償とセットで強制力を持った法律を持つ事は必要だ。今回のコロナ禍も我が国が緊急避難的に憲法で保証された自由や私権を制限するような規制はできなかった。これは現行憲法の大きな問題だが、これが殆ど議論すらされなかった。戦争になっても同じことが起きるだろう。戦時や非常時を想定してどのようなことを国民に強制できるのか、その補償はどうするのかを法律として明文化してこそ法治国家だ。その意味では我が国は法治国家ではない。(了)

――関西経済同友会には安全保障委員会が常設されている…。

 鴻池 関西経済同友会の安全保障委員会は、1978年に当時の代表幹事であったダイキンの山田稔氏が、ヨーロッパに安全保障に関する調査団を出し、日本の安全保障を考えることが非常に重要だと痛感したことを起点にスタートした。設立当時の世論は、防衛や自衛隊などに対してアレルギーが色濃く残っており、ベトナム戦争の時も多くの日本人は遠くの国の出来事だと思っていた。しかし、近年では北朝鮮のミサイルや拉致問題が表面化しており、非常に危険な国がわが国の目の前に存在してきている。さらに中国が経済発展を遂げ、覇権主義が大きくなり、香港の弾圧など一国二制度をないがしろにして国際的な公約を自ら破っている。台湾についても中国の核心的利益で必ず併合しなければならないという意識を持っており、遠からず台湾侵攻に踏み切る可能性がある。このように経済と軍事のバランスが崩れつつあるなかで、日本経済は隣国である中国の影響を大きく受けるため、わが国がどのような対応を取っていくべきかについては、経済界としても調査研究をしなければならない。関西経済同友会には幅広い産業分野に属する会員がおり、中国に対する考え方もまちまちだが、思想や主義で決めるのではなく、経済団体として社会の諸課題について調査研究や提言を行っていくことが不可欠だ。

――5月にまとめられた安全保障に関する提言のポイントは…。

 鴻池 提言は、①日米同盟強化のための日米地位協定の見直し、②同盟国やQuadをはじめとした関係諸国との連携強化、③経済安全保障、④サイバーセキュリティ強化――の4つから構成される。まず、日米同盟が日本の安全保障の根幹であるという前提のもと、それをさらに強固なものにしていく必要がある。特に基地問題などで沖縄県に負担が集中し、県民感情がネガティブになっており、早急に改善すべきだ。日米地位協定の見直しでは、わが国の国内法適用や十分な情報開示などを求めるべきで、日米同盟や日米地位協定について国民が自由に話し合える環境を整えることも必要だ。次にQuadのようなある程度緩やかな共同体によって、安全保障上の地位を固めていくことが必要だ。Quadは「自由で開かれたインド太平洋戦略」を象徴するもので、軍事や安全保障にとどまらない多角的で重層的な関係強化をすべきだ。QuadはNATO(北大西洋条約機構)のような軍事的な組織を目指すべきとは考えていない。NATOは集団的安全保障の枠組みで組成されており、日米において軍事的な役割分担は非対称と取り決められているなかで、日本が軍事組織のなかでできることは極めて少ない。

――経済安保については…。

 鴻池 経済の安全保障の観点から産業界の垣根を超えた全日本的な協力体制の構築を求める。新型コロナではサプライチェーンが分断された。過去には尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きた際、レアアースを「人質」に取られたこともあった。一方で、日本国内でも、個人や企業が知らず知らずのうちに日本の国家安全保障に反するような活動をしていることも起こり得る。ある企業は、意図せず北朝鮮でミサイルの開発に使われるような技術を開発しているとして起訴されてしまった。結局誤認逮捕だったものの、そういう問題が現実に起こっている。また日本では、国連による制裁決議履行のための法律が整備されていない。たとえ日本企業が中国や北朝鮮に先端技術を輸出していたとしても、きっちりと把握し防いでいくことは難しい。最後に、サイバーセキュリティの強靭化も必要だ。日本に向けて1日当たり13億回のサイバー攻撃が行われているという。日本の法制度ではこれに対する十分な対応ができない。国家レベルのサイバー攻撃に対し、民間企業では太刀打ちができず、国全体の安全保障を脅かす大規模なサイバー攻撃や重要インフラ施設へのサイバー攻撃に対抗する国家体制は責任の所在も含め、不明確だ。

――中国は「日中友好」といって日本に近付いてきた30年以上前と比べ変貌した…。

 鴻池 当時の日中友好を知っている世代は、覇権主義を前面に出してきた今の中国の価値観の変化に驚いたが、しかし中国共産党はもともと羊の皮を着た狼のようなものだ。世界が中国共産党の本質を見抜けなかったということだ。米中国交正常化当時は、ロシアが軍事大国であり、中国を味方に取り込んでロシアに対抗したが、今やポンペオ国務長官がニクソン大統領の記念図書館の前でわれわれは誤っていたと述べている。中国はその経済発展を背景に軍事力を大幅に増強しており、それが最近の覇権主義を支えている。また、これまで一党独裁だったのが国家主席個人の独裁に変わり、悪名高き文化大革命の再来だとも言われている。そうした体制を今後も続けるのであれば、中国内外の反発が懸念される。

――ASEANやインドに進出先を変えた企業も多いが、日本企業はどうすべきか…。

 鴻池 日本政府も経済界も、中国にかなり深く関係を持っているため、ジレンマがある。中国に投資を行っている企業が今から路線を変更することは現実問題としてかなり難しい。日本企業の中国大陸に対する投資の累計は100兆円規模と巨大で、その資本をすべて引き上げるということは今やできない。つまり、これは100兆円規模の資産を人質に取られていることと同義だ。日本企業は、静かに、かつ徐々に中国から逃げていくことが賢明だ。やむを得ない状況に追い込まれれば別だが、企業から中国に対し何かを表明することは良くない。ただ、現地の日本メーカーは難しい選択を迫られている。早い段階で進出したところは資本の償却が進んでいるが、後に進出したまだ償却が済んでいないメーカーは苦しんでいる。日本企業は今まで、いろいろな形で中国へ進出してきた。初期は安い労働力を利用した製造工場として利用していたが、近年では、品質管理を行うことで優れた製品を製造することができるようになり、日本への逆輸入や現地での販売といった選択肢が増えてきた。さらに中国経済が進歩するにつれて中国現地で販売することを重視する販売市場としての考え方も伸びてきた。しかし、日本企業には中国による技術移転の強要という問題が大きくなってきている。例えば、新幹線メーカーは、日本の製造技術や運航のノウハウを提供しないなら契約をしないと、国絡みで脅しを受けたという。さらに、最初はコスト面から時速200キロメートルの制限速度で製造していたが、途中から時速300キロメートルにするように要求されたと聞く。利用する技術が全く違うし、品質保証もできないと、かたくなにそれを断ったが、日本では考えられないことを強要してくるということがある。中国は日本の技術にも関わらず、それを中国独自の技術だと言って米国に売ることさえあると知る必要がある。

――一方で、米国が衰退しつつあることも懸念材料だ…。

 鴻池 米国の心配をするより日本の心配をした方が良いと思うが、AIなど情報産業は米国がリーダーシップを持っている。経済の主導の仕方が日本とは異なり、米国は全くのフリーハンドで、成長するところをどんどん成長させている。半面、中国は他国や個人の知識や財産を奪い、国の経済成長につなげるというアプローチを取っている。これがどこまで成功するのか。自由がないとクリエイティブな活動ができず、自ずと限界が出てくるだろう。さらに、社会主義・共産主義という価値観は人間の本質とは異なり、世界に受け入れられない。中国はもともと民主主義を経験していない国で、権力者にとってはありがたい。自由という発想がなく、例えばジャック・マー氏など、出る杭は打たれるといった様相だ。中国に対する警戒感が世界中に生まれ、付き合い方を変える国が増えている。中国国内の体制は今のままでもやむを得ないかもしれないが、中国が大国になればなるほど地球社会の一員として世界のルールに従うことが求められる。日本政府や日本人は、自由と平等といった世界的な共通の価値観に歩み寄ることを中国に迫るべきだ。周近平主席は「中国の外交は世界から愛される外交を目指す」と言っていたが、そのためには世界から愛される振る舞いをしなければならない。(了)

――国際貿易投資研究所(ITI)の新理事長となられた…。

 日下 ITIは、水上達三さんの強いリーダーシップの下に日本貿易会に創られた研究所を前身とし、1989年に旧通産省の協力によりジェトロから調査機能の支援を得て、新たに独立した研究所として発足した。産官学を通じた公共の利益のため、学術研究や国際ビジネスに資する様々なテーマに果敢に取り組んでいる。日々刻々と変化する国際情勢を読み解き、我が国を取り巻く世界経済の行方を適確に見極めることは極めて難解な作業だが、企業活動の存続にとっては、内外での活動が直面する様々なリスクの構造を理解し備えることが求められる。私どもの発行する隔月誌「世界経済評論」は、現実の課題の解決策を探求する学識経験者や政策立案者、実業の皆様に広く活用されてきている。いま特に、経済のみならず安全保障・地政学を含めた国際政治や社会文化、先端技術への深い造詣、特に実業を通じた経験など、まさに縦割りを超えて「全体像」を把握しようと心掛けている。これまでもFTAがどう使われ、経済の実態にどう影響を及ぼしているかの調査や中国とどう付き合っていくかの分析などには、実績が有る。

――ご自身のご経歴は…。

 日下 私は旧通商産業省の出身で、「貿易・投資など対外関係」と「エネルギーと環境の分野」を中心に仕事をしてきた。ITIに就任する前は国際経済交流財団(JEF)の会長として、日本の考え方や実態を海外に発信していくために、諸外国の産・官・学との意見交換の場を提供するなど、外国との相互理解を増進するための事業に取り組んでいた。ITIもJEFも私のこれまでの経験が生かせる分野だ。背景となるのは、通産省で自動車課や米州大洋州課の補佐をしていた時の経験だ。1978年頃から日米自動車摩擦と対米交渉があり、米国の通信社、新聞テレビなどで報道される内容が日本側からみれば今で言う「フェイクニュース」だと思っても、国際的な通信社を持たない日本としては、いわゆる誤報による被害が政治、ビジネスで現実のものとなることを経験した。所謂風評被害のようなものだが、そこから、日本も対外発信力と常日頃からのオピニオンリーダー間の交流を強める必要があると考えた。その取り掛かりがJEFだ。JEFでは、ジャパン・スポットライトという英文電子ジャーナルを隔月発行し、米ブルッキングス研究所、英チャタムハウスや独外交評議会などと共同で毎年シンポジウムを開くなど、いま直面している共通の課題にどう取り組むか意見交換してきた。

――コロナ禍によって、貿易の世界で今起こっていることは…。

 日下 今回のパンデミックも、かつての物の貿易からヒトの往来によって支えられるサービス貿易と直接投資が進んだことにより、従来の経験を超えるスピードでの感染が起こっており、ヒトの移動への反発が目立っている。ウルグアイ・ラウンドによるGATT協定で「サービス取引」が新たに加わったことで、グローバリゼーションが深化し、プロスポーツ選手や芸術家などの海外活動や、海外旅行による消費行動、或いは海外直接投資といった、人の往来によって成り立つ貿易が徐々に増加してきたが、今の新型コロナの感染拡大で、そこにブレーキがかかっている状態だ。これを立て直していくためにどうしていくかが問われている。そもそも、人間とはコミュニティの中で繋がっている事でその存在を認識する生き物だ。顔と顔を向き合わせて話をすることで、良いアイデアや建設的な答えが生まれることが多々ある。人と人との接触で化学反応を起こし、話が発達していくという事は、ビジネスの世界だけでなく政治の世界も同じだ。

――コロナ禍では顔を突き合わせて話をすることが難しいうえに、米中対立が続く中で、日本が取るべき立場は…。

 日下 新型コロナによって、もともと起こっていた構造変化が加速した部分と、違う方向に激しい力が加わった部分とがある。政治にしてもビジネスにしても、ここをしっかり見極めることが競争に勝ち残れるかどうかのポイントとなろう。国際貿易という面でも、「アメリカ・ファースト病」で入院中の米国抜きで、アジアを率いTPPをスタートさせ、中国も含むRCEPもまとめ上げるなど、日本の手腕は高く評価される。米国を発足時メンバーとし第3回会合で中国・台湾・香港の加盟を得たAPECの知恵に象徴されるようにアジアの安定と繁栄にとって、米国と中国は必須のプレーヤーだ。今後も米国を代表する西側諸国と中国とのテクノ冷戦が長期に亘ると見られるが、中国と隣接し、安全保障、経済ともに最大のステークを持つ日本が、長い歴史に裏打ちされた知見を活かし、グローバルな戦い方のルールを決めることに貢献していく絶好の機会であろう。

――戦い方のルールとは…。

 日下 長期にわたる冷戦では、かつてのココム規制のように競い合い戦う分野と、民間として平時のビジネスが安心して出来る分野をしっかりと決める事が重要になってくる。国際的にも、また中国自身としても、後出しでルール変更がなされないよう透明性を持った戦い方のルールを最初から決めておくことも重要だ。資本というものは臆病なものだ。高リスクで予見可能性が低いとなると、投資の手が遠のきグローバルに過少投資となってしまう。そうすると発展途上国は経済が回らなくなり、SDGsの達成など夢のまた夢になる。いずれにしても、アジアの国々はアヘン戦争前の超大国中国と長年付き合ってきており、知恵も有る。この点、日本に必要と思われることは、分野ごとの学際を超えたリスク対応だ。専門家レベルである必要はないが、特に地政学や安全保障といった問題については、それぞれのリスクの構造が今どうなっているのかを見渡せる程度の理解力が今後の政治やビジネスには欠かせない。裏を返せば、専門家がそれぞれに分断されていては、政治でもビジネスでも的確な決断は下せないということだ。

――欧米などでは、既にウィズコロナとしての経済活動が始まっている。日本が取り残されないために今後やるべきことは…。

 日下 米国の国内線エアラインは業績も元に戻ってきている。観光客も復活しているが、主体はビジネス客だ。つまり、コロナで委縮しているのでなく、face to faceのビジネスが再開し、化学反応が起き、新しいビジネス展開に繋がってきている。漸く、日本でも長期に亘った緊急事態宣言が解除されたが、日本国内のプレーヤーの中で心理的後遺症や自粛圧力が残って、ビジネスも政治も「鎖国」或いは国内でも「藩」ごとの引きこもりを続けると、グローバルには直ぐに2~3年遅れに引き離される。商社を始めとする創意とエネルギーに溢れた日本の企業群が「冬眠」から目覚め、蓄えたエネルギーを爆発させてくれることを願っている。(了)

――御社が目指すESGにおける世界のロールモデルとは…。

 奥田 今年2月に新成長戦略「TOP I 2030」を発表した。そこで、目指すべき要素の一つとして掲げたのが、「社会課題解決をリードする企業として世界のロールモデルになる事」だ。我々のESGへの取り組みが世界から評価されて、他社からモデルとしてもらえるような企業を目標としている。世界に通用する革新的な新薬を創ることで、社会と企業双方の持続的成長を実現させたい。我々のような研究開発型の製薬会社にとってESGは必須要素であり、言うまでもなく、病を患う方々やそのご家族を救うことは、社会課題解決への貢献だ。また、政府が2050年カーボンニュートラル宣言をする以前から、当社では2050年までの二酸化炭素排出ゼロ目標を掲げており、2030年までに2019年比60~75%削減することを目指してその取り組みを進めている。地球温暖化防止となる気候変動対策の他、廃棄物ゼロエミッションを実現させるための循環型資源利用や、生物多様性を保全するための有害化学物質削減への取り組みも強化している。環境問題は我々が事業を行う上でのベースとなるものであり、「世界の医療と人々の健康に貢献する」というミッションを実現するためにその配慮は当然欠かせない。さらに、ガバナンスについてもかなり注力し、全社のリスクマネジメントにも真剣に取り組んでいる。そういう事がすべて揃って初めて、革新的な医薬品を提供する製薬会社として世界に貢献できると認識している。

――注力している創薬について…。

 奥田 新薬の創製には10年~15年かかるのが通常で、その道筋には山あり谷ありだ。だからこそ、そのプロセスをしっかり作り上げていくことが何よりも重要になってくる。成功確率を上げるためには研究開発に相応の資源を注ぐ必要があり、計画が順調に進むように色々な手当てを行っている。当社創製による最新の薬は「エンスプリング」という視神経脊髄炎スペクトラム障害の薬だ。創薬の方向性としては、あらかじめ特定の疾患領域を狙うやり方はしていない。創薬や製薬は薬の分子を作り出す技術が重要であり、当社はその技術力に長けているという強みを生かして、テクノロジーと病気の原因になる標的を組み合わせることによって新たなものを生み出す、いわゆる「技術ドリブン」の創薬を続けている。今、注力しているのは中分子医薬品で、今年中には臨床試験が行われる予定だ。当社が取り組む中分子は、低分子医薬品の利点である経口投与が可能で、かつ高分子医薬品である抗体医薬の利点である高い標的特異性を備えることを目指す。

――今年7月19日に抗体カクテル療法「ロナプリーブ点滴静注セット」の特許承認を取得された。抗体カクテルの将来性について…。

 奥田 ロナプリーブは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)による重症化リスクや死亡リスクを70%減少させるもので、医療体制のひっ迫を抑えるためにも社会に貢献できる。こういった緊急事態下において、ロナプリーブの供給量は世界的に限定されている為、中外製薬が日本政府と契約を結び、政府側がロナプリーブを買い上げ、それを無償で医療機関に提供するというスキームになっている。ロナプリーブの利用は、今のところ軽症・中等症の酸素投与を必要としていない患者を対象としているが、今後は、予防のための利用も出来るよう承認申請の準備を進めている。発売して3カ月が過ぎ、供給は順調に進んでいるが、COVID-19の流行状況の見通しは難しく、新たな変異株も次々に現れてきている。ワクチンはすでに色々なものが開発されており、治療薬として経口薬も開発されている。今後も色々な病態に合わせた薬が必要になってくるだろう。

――御社の創薬力への期待がますます高まっている…。

 奥田 米国FDA(米国の食品医薬品局)にブレイクスルー・セラピー制度というものがある。重篤な疾患に対する治療薬の開発と審査の迅速化を目的とするもので、当社は自社創製品に対し9回にわたり同指定を頂いている。これは日本で一番多い数と理解しており、医療に貢献をしていると認めてもらっている証だ。今まさに、世界で中外製薬の創薬力と存在意義が認められてきているように感じている。

――ロシュ社との関係は…。

 奥田 ロシュ社と戦略的アライアンスを開始したのは2002年だ。現在、ロシュ社が中外製薬の株式の約60%を保有しているが、中外製薬が上場を維持して独立経営を貫くという契約のもと、ユニークなビジネスモデルが成立している。当社としてはロシュ社製品の国内独占開発・販売やロシュ社のネットワークを通じた自社製品のグローバル展開が可能になる。そこから得られる安定的な収益や、グローバル展開をロシュに任せることで確保した経営資源を新薬の研究開発に投資している。ロシュ社にとっても革新性の高い当社の創薬品をグローバル市場で販売することが出来る。こういったwin-winの関係が20年近く続いており、今後もこの良好な関係を、新薬開発のためのコラボレーションやデジタル分野での協力といった形で、更に強化させ、シナジー効果を高めていきたいと考えている。継続的に新しい薬が世に出されれば、それが収益となり持続的成長につながっていく。

――コロナ禍対応を含め、薬事行政について日本政府への提言や注文は…。

 奥田 今、新型コロナウィルスによって世界中が混乱しており、そういった中で当社は抗体カクテル療法や開発中の経口治療薬候補品をロシュから導入し、国内で開発・展開している。政府からの薬剤開発に対する補助金制度や、医薬品審査の柔軟な対応など、当局からの支援も大きく、非常に感謝している。ただ、特例承認制度は、医薬品やワクチンが海外ですでに使用されている事を前提とした制度であり、まだどの国でも承認されていない薬剤やワクチンを、日本が海外に先んじて開発していく上では課題があるというのが実状だ。米国などを見ていると、こういったパンデミックが起きる前から、先端技術を開発しているようなバイオベンチャーに支援団体やファンドがついていたり、感染症研究については国からの色々なサポートがある。そういった部分が日本ではまだ機能していない。世界の中で薬を創れる国はそんなに多くない。米国、英国、スイス、そして日本もその数少ない国の一つであることを考えると、将来に向け、日本のアカデミアの優れた基礎研究や製薬会社の技術力が革新的新薬につながるよう、産学官連携やイノベーションへの支援を強化してもよいのではないか。世の中のためになる新薬を待ち望んでいる患者さんに一刻も早く届けたいという思いは政府も我々も同じだ。

――最後に、社長としての抱負を…。

 奥田 ロシュ社との戦略的アライアンスを決断した永山名誉会長、そして、革新的創薬において日本を代表するような企業に育て上げた小坂会長、その二人からバトンを受け継ぎ、この中外製薬を任せられた事は、非常に光栄な事であると同時に重責でもあり、身の引き締まる思いだ。ただ、私のやる事は明確で、ヘルスケア産業のトップイノベーターになることだ。新しい治療を求める患者さんに満足してもらえるように、新たな革新的な医薬品を作り出していくことに尽きる。新薬開発には時間がかかるものだが、短期的にも中期的にも長期的にも期待に応えられるような成長戦略を掲げ、それを着実に実行して期待に応えたい。(了)

――アベノミクスを振り返って…。

 落合 アベノミクスによる金融緩和では、最初の1年は効果があったと思う。しかし、カンフル剤は何本も打つものではない。直前の民主党政権時にカンフル剤を打たな過ぎたことも作用し、アベノミクスで最初に打ったカンフル剤は金融市場に好反応を起こし、一気に経済が伸びた。ただ、その後もカンフル剤を打ち続け、それも効かなくなったところにETF等を大規模に買い入れたことは間違いだった。公的機関が大株主になれば、それは国有化であり、副作用が生じる。国債のように満期があるものならばまだ出口があるが、株式には終わりがなく、売却するためには時価総額を上げるしかない。また、上場企業の競争力を弱める事にもつながってしまった。そういった事を知ってか知らずにか、ETFをなりふり構わず大量に購入し、カンフル剤以外のところをおろそかにしてしまった事がアベノミクス最大の問題だ。さらに、苦し紛れのマイナス金利によって特に貸し出しの利ザヤに頼らざるを得ない地域金融機関は弱り、地方経済にマネーを供給するという本来の役目を果たすことも出来なくなるという状態を引き起こした。マイナス金利をだらだらとやり過ぎたことで、地方の格差を広める結果にもなってしまった。

――国債をこれだけ大量に発行しているのにGDPは大して変わらない…。

 落合 国債を発行する事は否定しないが、発行するならGDPを上げていかないと、借金だけが増えてしまう。それは持続可能な社会ではない。金融緩和によって少しだけデフレ状態から脱したとは言っても、それは消費税増税による物価の消費税分が機械的に数字を押し上げている局面もある。結局、アベノミクスは金融緩和だけの一本足打法で、需要を高めていくような財政政策もできず、大企業の体力がついたわけでもない。そして、第2の矢として消費増税したことで、GDPの6割を占めていた消費にブレーキをかけてしまった。GDP全体が少し大きくなったとしても消費の割合が下がっていれば、国民の福祉には繋がっていない。

――規制緩和についても、どこへ行ったのか…。

 落合 安倍元総理の施政方針演説では特区が肝になっていたが、その特区の使い方が、加計問題など後々のスキャンダルとなった。結局、自分たちの周りの人たちを儲けさせるためだけの特区になっており、ITや再生可能エネルギーといった、国が注力して伸ばすべき今の時代の成長産業をことごとく逃してしまっている。特に、太陽光パネルなどで今一番必要な半導体は、30年前には日本が世界のシェアの半分を持っていたのに、今ではすでに1割程度しかシェアを持っていない。今、日本がこのような状態になっているのは、明らかに自民党の成長戦略の失敗だ。

――仮に立憲民主党が政権を取った場合、どのような金融政策を行うのか…。

 落合 金融政策のカンフル剤を一気に止めることは出来ない。異次元が続き、本来の次元がわからなくなっている中で、突然、量的緩和や金融緩和自体にブレーキをかけるというメッセージは発信すべきではないだろう。しかし、購入する資産に関しては見直す必要がある。大量に購入したETFは、社債や国債等、少なくとも満期があるものを中心に組み替えるべきだ。また、小さな市場REITなどに力を入れるのも、企業にとっては家賃や固定資産税などの負担が大きくなり、利益の上がらない経済環境ができてしまうため、終わりのあるものにシフトしつつ、金融緩和を続けると発信する。そして、アベノミクスで失敗に終わった財政政策と成長戦略に関しては、新たに自民党とは違ったものを打ち出していく。

――消費税については減税の方向性ということだが…。

 落合 今、ミリオネアが増えている一方で、貯蓄ゼロの人も増加している。それは個人消費に火がついていないからだ。そうであれば、消費性向の高い低所得層の人たちの可処分所得を増やしていく必要がある。所得移転はあまり意味がないという経済学者もいるが、今のように富が偏在している状況においては意味のあることだ。貯蓄ゼロの人が20歳代だけでなく60歳代以上のシニア層まで広がっている事実を考えると、シニア層の貧困問題が本格化してくる前までに、若年層の所得を一定程度まで押し上げていかなければならない。全体の税負担をどうしていくかは改めて議論するとして、少なくとも庶民の税金は減らし、富裕層にもう少し負担してもらう仕組みが必要だ。最近では、みなし個人事業主が増えており、巨大企業と個人事業者が契約を交わすような形態が増えてきている。非正規雇用や派遣で働く人たちの賃金と同様に請負単価も引き上げる必要や、社会保障の仕組みを新たに作っていく必要も出てきている。個人を強くしていくためには、労働法制や規制の一部強化も重要だ。

――野党の一つ「日本維新の会」では、ベーシックインカムを取り入れて、解雇を自由にするという政策を打ち出しているが…。

 落合 維新の会が現在掲げているベーシックインカムは80兆円規模であり、一人当たり金額は月6万~10万円とそれほど高くない。皆が満足できない金額を給付するために、ガラス細工のように積み上げている今の社会保障制度をわざわざ壊して大改革し、後戻りできないようにする必要があるだろうか。私が実際に計算してみても、新たな問題が出てくる可能性が大きく、国政を預かるものとしては容易に手を出すことが出来ないことが分かった。そこで立憲民主党では、まずは既存の必要不可欠なサービスを無償に近づけていくほうがよいと考え、「ベーシックサービス」という現物給付の案を考えている。保育所や義務教育等に組み込まれている公的補助の部分を大きくし、教育や福祉サービスを強化していく方針だ。

――為替については、円高に戻すべきだという意見もあるが…。

 落合 今回のコロナ禍で、日本の食料自給率がこれだけ低いにも関わらず物価がそれほど上がっていないことが分かった。それは、日本のサプライチェーンがグローバル化し、且つ複雑化していて、どのような状況にも対応できるようになっているからだ。世界は持ちつ持たれつ協力している。そして、日本ではプラザ合意などを経験したことで、色々な事態を吸収できるマーケットに出来上がっている。円安にしても円高にしても、急激な上下の変化がなければ全体には影響しない。振り返って、旧民主党政権時代の過度な円高は、当時の白川日銀総裁の絞りすぎた金融政策が背景にあったと思う。必要なのは、経済学の固定観念にとらわれすぎない、社会の実態に沿った柔軟性だ。

――中国と米国のデカップリング状態は、政府の経済政策にも日銀の金融政策にも関わってくる…。

 落合 コロナ禍で貿易も大変な中で、米国と中国の貿易額は上がっている。米国に本当に壁を作る気はあるのだろうか。一方で、日本は米国の目を気にしてなのか中国との貿易額は減少している。そう考えると、日本もある程度米国と共同歩調をとりつつ、現実路線を歩んでいくのが良いと思う。ただ、軍事的な問題に関してはしっかりと担保を取っていかなければならない。機密情報は機密情報として、国民間の交流とは切り離して考えていくべきだ。覇権国家同士の争いの中で周辺国がどのように舵取りをしていくかという問題は、長い歴史においても繰り返し起こっている。だからこそ有能なリーダーを選ばなければならない。国同士で複雑な対応をしながら、いかに国民の生活を守っていくのか、それはリーダーの力量にかかってくる。複雑な対応が出来ないようなリーダーを選んでしまうと、米国と中国に翻弄され、国益を損なうことになるだろう。民主的な国際秩序を作っていくには、もっと欧州と組んでいくという事も必要かもしれない。(了)

――日本地熱協会が発足した経緯は…。

 有木 日本で最初の地熱発電が運転開始したのは1966年と、その歴史は古い。1970年代の2度にわたる石油ショックによる石油代替エネルギー政策に後押しされて、地熱発電の事業化や調査・研究開発が行われてきた。その後、停滞する期間があったが、地球温暖化対応や2011年の東日本大震災によるエネルギー政策の見直しをきっかけに再生可能エネルギーの導入拡大の機運が高まり、既存の地熱業界団体を中心に有志が集まり、秩序ある地熱発電事業の普及推進を図ることを目的とし、国への政策要望や会員相互の情報交換を主な活動とする業界団体として、2012年12月に当協会を設立した。現在、正会員77団体、特別会員10団体が加盟している。

――日本は世界第3位の地熱資源ポテンシャルを持つ国であるにもかかわらず、地熱発電が効率的に利用されていないのは、何故か…。

 有木 地熱発電は、地下資源である地熱資源の調査、評価、開発と地上設備の建設を経て運転が開始されるため、長い開発リードタイムを必要とする。また、日本の有望な地熱資源の約8割は国立・国定公園の中にある。そのため、自然環境への影響の懸念、或いは、温泉地が近くにある場合、温泉業に関わる方々は、地熱発電が温泉に悪い影響を及ぼすのではないかという心配を持っている。そういったことに配慮して、調査やモニタリングを行って対応し、多くの地点で地域の方々から受け入れてもらえれば、日本の地熱発電はもっと進んでいくだろう。また現在、地熱開発を進めるためのきちんとした法律が整備されていないことも地熱発電が拡大しない一因だ。地下資源である地熱は、実際に掘削してみなければ発電所建設まで繋がらないこともあるが、我が国には豊富な地熱資源があり、安定的な電源であることに間違いはない。地熱発電を推進する価値は大いにある。

――省庁間の縦割行政が、地熱発電開発が進まないことに影響している…。

 有木 温泉や自然環境を所管しているのは環境省であるが、同時に、環境省では今、再生可能エネルギーを重視する中で地熱発電を加速させるプランの導入を進めている。昨年10月、菅総理が2050年のカーボンニュートラルの実現を宣言したこともあり、再生可能エネルギーである地熱発電を推進するため、自然公園法や温泉法についても、内閣府の規制緩和のタスクフォースに則って緩和する方向で動いている。地熱発電を所管する資源エネルギー庁と環境省が力を合わせて進めていくことを期待している。地熱発電業界としても、温泉と自然環境が大事なことは理解しているので、調査やモニタリングを行いながらしっかりと対策を立てて着実に地熱発電事業を進めていきたい。現場レベルで温泉の方々の理解を得て、自然環境といかに両立させていくかが今後のポイントとなろう。

――熱川のバナナワニ園では、温泉の熱水を二次利用してバナナをはじめ南国植物やワニを育てている。こういった取り組みについて地熱協会の考えは…。

 有木 地域のエネルギーを地域の方々が創意工夫して有効活用するのは、とても良いことだと思う。例えば、温度の高いところは地熱発電に利用し、温度が下がった部分を色々な事業に生かしていくといった事例として、北海道の森地熱発電所では噴出蒸気は発電に利用し、噴出熱水を熱交換して温室栽培を行っている。鹿児島県の霧島国際ホテルでは温泉井の蒸気で地熱発電を行い、熱水でホテル内の浴用や暖房などに利用していた。福島県の土湯温泉バイナリー発電所で発電後の熱水をエビの養殖に活用している。温度帯の違いでカスケード式に利用していくことは、エネルギーの有効利用の観点からも重要なことだ。ただ、こういった個別の事業については、地域の事情に合わせて、自治体を含めた地域の方々と話し合いながら進めていくべきことだと捉えている。というのも、実際に地熱発電所が建設される場所は需要から離れた遠隔地である事が多く、立地条件によって変わってくる。その辺りの問題をどの様に解決していくのかが、こういった取り組みの一つの課題となっている。

――地熱の電力料金が安くなるのであれば、地熱発電の近くに工場等を作るような動きも出てくるのではないか…。

 有木 経済性という点で言えば、地熱発電は石炭火力などと比べて高い。また、発電事業という点では時間と資金の問題があり、地下資源開発の難しさ、系統連系の問題もある。一方で、現在の固定価格買取制度(FIT)では、地熱発電の場合、出力1.5万kW以上の場合26円/kWh、出力1.5万kW未満の場合40円/kWhと設定されており、2012年のFIT施行以来、多くの事業者が参入し、地元の事業者などが既存の温泉を利用して地熱発電に取り掛かるといった動きがあり、小規模な地熱発電所が建設されてきた。これまでは開発リードタイムの短い小規模な地熱発電が先行していたため2030年度の政府目標の150万kWにはまだまだ遠いが、地元の方々の地熱発電事業を通じて、地熱発電に対する人々の理解が深まっていくことを期待している。

――発電機も数が増えれば値段は安くなると思うが…。

 有木 地熱発電は地下から噴出する蒸気を利用する性質のため、タービンも特注になる。小規模事業であればモジュール式で量産型の発電機もあるだろうが、大規模事業となるとなかなかタービンや発電機のコスト削減まで至らない。ただし、世界の地熱発電所のタービンの約7割が三菱パワー、東芝、富士電機という日本のメーカー3社で占めているほど日本の地熱発電技術は優れている。地熱発電は、他の再生可能エネルギー電源と異なり、FIT期間は20年でなくて15年で、その後は市場価格で勝負し、50年以上の実績があることを考えれば、地熱発電のコストは他の再生可能エネルギーに比べても高くはない。地熱発電の認知度はまだまだ低いが、資源エネルギー庁、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とともに広報活動を行っており、認知度を高めて、一般の方々の理解が進み、地熱発電が今後さらに普及していくことを期待している。

――その他、日本政府に対する提言や要望などは…。

 有木 現在、再生可能エネルギーの規制緩和が進められているが、現場レベルで実効性のある規制緩和をお願いしたい。また、地下資源開発ということで、国による先導的な調査についてはその拡充を、また、送電線の整備についても支援をお願いしたい。地熱資源の有望地域は、国立・国定公園内および国有林内であるケースが多いため、掘削、自然公園、国有林野の貸付や使用等に関する許認可手続きの簡素化・ワンストップ化も重要だ。我が国の地熱資源のポテンシャルは2300万kWと言われている。原子力発電が1基100万kWとして、その23基分の潜在エネルギーがあるという事だ。しかも我が国には有望地域が多数あり、50年以上の運転実績を有しており、再生可能エネルギー電源である地熱発電が、今後の日本のエネルギーミックスの中で意味ある電源として有意義な役割を果たしていくと信じている。(了)

――自由貿易が進展する一方で、安全保障の観点から貿易に制限を加える経済安全保障の議論が生まれている…。

 江崎 世界中で自由貿易ができるようになったのは、1995年、GATT(関税および貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドを経てWTO(世界貿易機関)ができてからのことだ。ほんの25年ほど前までは世界的な自由貿易は行われていなかった。第2次世界大戦前のブロック経済の反省から1947年にGATTが制定され、米国主導で自由貿易の議論が進められた。ただ、1949年には共産圏に対してCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)が作られ、東西の間では貿易は制限されていた。1991年にソ連が崩壊し、東側陣営が民主主義を目指すようになったことを受けて、国際的な自由貿易体制構築を目指してWTOが作られた。社会主義を掲げている中国がこのWTOに加盟したのは2001年のことで、わずか20年前のことだ。残念ながら中国はWTOで合意している自由貿易のルールを守らないどころか、逆にWTOのルールにただ乗りして国際的な自由貿易のルールをゆがめている。この状況を改善するために中国との関係を見直すべきだというのが、2017年1月に発足した米国のトランプ共和党政権の考えであり、現在の経済安全保障論議の背景だ。

――グローバル化を進めてきたが、今は中ロによって曲がり角にある…。

 江崎 日本でも例えば、関西の経済界は中国との付き合いが深いが、深いからこそ中国の不公正な貿易慣行に対して頭を悩ませている。具体的には、知的財産権の侵害、強制技術移転、中国共産党員による経営への介入(会社法)、そして中国政府による諜報活動への協力義務をうたった国家情報法の制定などが現実問題として浮上している。

――その結果として、米中のデカップリングが進んでいる…。

 江崎 中国の不公正な貿易慣行を是正するため、トランプ前政権は中国に対して制裁関税を課したことから、米中デカップリング(分離)が進んでいると言われている。だが、デカップリングの方向に進んでいるのはむしろ中国の方だ。習近平政権は2020年に「国内循環」を主体としつつ国内・国際の2つの循環が相互に促進するという「双循環」戦略を打ち出していて、自由主義陣営への依存を減らす方向にシフトしている。このため、中国プラス一帯一路の国々で、中国主導の貿易ルールによる経済圏を作り出そうとしているのではないかという疑念を持たれている。マスメディアでは、あたかも米国が中国を排除しようとしているかのように報じているが、実態は逆だ。日本や米国はこれまで中国に多くの投資をしてきたが、その投資分を回収、または撤退できるように、外資持ち出し規制の改善を要求している。特にトランプ前政権は中国に制裁関税を課したため中国側も譲歩し、2020年1月、米国と中国は経済貿易協定の第1段階に署名した。この協定では、中国でのビジネスの条件として中国が外国企業に技術移転を強要したり、圧力を掛けたりすることを禁止し、中国における知的財産権の保護と執行をすべての主要分野で強化することになった。だが、バイデン政権に変わった今、この経済貿易協定交渉は進展していない。そこでバイデン政権になると、日米豪の3カ国主導でグローバルなサプライチェーンを再編すべく、生産拠点を中国から米国や東南アジアなどへ移し、中国への依存度を減らそうとしている。また、民主党の支持母体が労働組合であることもあってバイデン政権は労働者第一政策を掲げ、グリーン・ニューディール(いわゆる気候変動)などのインフラ投資を増やすことで国内の雇用を拡大しようとしている。

――このほかにもロシアも脅威となってきている…。

 江崎 ロシアは2014年にクリミアを併合するなど、拡張主義的な対外政策を強めてきている。米国は2001年の同時多発テロ事件以降、「テロとの戦い」、つまりイスラム過激派のテロ組織との戦いを最優先にしてきたが、トランプ前政権は国家安全保障戦略を変更し、中国とロシアの方が脅威であると判断した。アフガニスタンからの撤退もこの戦略変更に基づいている。バイデン民主党政権も今年3月3日、「暫定国家安全保障指針」を公表し、引き続き中国とロシアとの競争こそが一番の脅威であると明記している。

――オバマ・バイデン「民主党」政権は中国に対して宥和的な印象がある…。

 江崎 軍事的に言えばオバマ政権はかなり中国に対して宥和的であったし、オバマ政権の副大統領であったバイデン現大統領も中国に対しては宥和的になるのではないかと懸念されている。ただし米国は民主主義の国で、民主党が選挙に勝つためには雇用を拡大しなければならない。中国が知的財産の侵害や、人権や環境を無視した生産活動などによって不当に安い値段で世界のマーケットを奪ってきたことが、トランプ前政権の時代にかなり知られるようになった。そして中国のこうした不正を是正することは、米国の労働者にとっても利益だという合意が生まれている。対する中国側は、自らの不公正な貿易慣行を改善するつもりはないようだ。よって米中の対立は続いていくと見るべきだろう。

――日本はどうするべきか…。

 江崎 大局としては、欧米と連携して自由貿易のルールを尊重する国際秩序を維持・発展させていくことが極めて重要だ。第二次安倍政権以降は自由で開かれたインド太平洋構想を掲げて米国やオーストラリア、インド、アセアン諸国と連携を強化しているが、こうした対外戦略をさらに推進することだ。知的財産の保護や技術流出防止のための国際ルールの構築、具体的にはWTO改革も必要だ。一方、米中対立が続くことを前提に、日本経済をいかに活性化するのか、民間企業の視点に立った政策が望まれる。日本が行うべきことは4つある。まず日本の製造拠点が中国に進出してしまった要因の1つが、円高により輸出産業が圧迫されたことだ。円高はつまり日銀による金融政策のミスだ。第二次安倍政権のもと日銀による金融緩和が始まったが、これを継続することが重要だ。2つ目は、減税政策だ。トランプ前政権は、法人税を35%から21%に下げ、設備投資の拡大を促した。米企業が中国に進出したのは米国の高い法人税を避けたためでもあり、企業を米国に引き戻し、国内投資を増やすためには法人税減税が必要だと考えたためだ。一方、日本は法人税率が低いと思われるかもしれないが、雇用の流動性が低いうえに社会保険料が高いため、企業の負担が大きい。3つ目は、エネルギーに掛かるコストの問題だ。既に米国ではトランプ前政権の際にシェールガス・シェールオイルを含めた環境規制を緩和してエネルギー・コストを下げようとした。日本は電気代などが高く、製造コストを下げる対策が必要だ。4つ目に、規制コストの削減だ。トランプ前政権は規制を1つ増やすなら2つ廃止する「2対1ルール」を作った。一方の日本はと言えば、規制が増え続けている。総務省行政評価局によると、2002年に1万621個であった規制(許認可等)の根拠条項数は2017年には1万5475個と、実に1.5倍も増えている。長引くデフレに加えて、こうした規制の多さ、わずらわしさなどもあって国内の設備投資は伸び悩み、日本企業の多くが輸出などで稼いでもその利益をため込むばかりだ。

――日本は企業に対する規制があまりにも多い…。

 江崎 自民党・新国際秩序創造戦略本部(下村博文本部長、甘利明座長)が2020年12月、「『経済安全保障戦略策定』に向けて」と題する提言をまとめているが、その対策は新規の規制増加と、技術開発に対する補助金の拡大がメインだ。なぜ日本の企業が中国に行かざるを得なかったのか、日本経済がなぜ伸び悩んでいるのか、肝心の分析が不足している。例えば、日本自動車工業会会長でもあるトヨタの豊田章男社長は、消費税増税をやめてくれと何度も言ってきた。消費税を上げる度に国内で自動車が売れなくなり、中国市場を重視せざるを得ないようになった。ある意味、トヨタを中国に追いやったのは日本の消費税増税だとも言えるのだ。しかも日本政府は、軽自動車の税金も増やした。米中対立の狭間で地政学リスクが高まっているなか、経済的な対中依存を低減させようと思うならば、日本政府も金融緩和を維持しつつ、規制緩和と減税を進めて個人消費の拡大と国内経済の活性化を目指すべきだ。(了)

――現在の運用資産残高は…。

 西岡 足元で33兆円を超えてきている。これは我々の運用体制や運用力の強化が評価された喜ばしい結果であり、これからも愚直に一生懸命取り組んでいく。特にリテールに関しては、個人の資産形成のためには「長期の国際分散投資が基本」という思いのもと、それらを構成する一つ一つのファンドのクオリティを高めることに注力している。また、運用する人材については現在約100人の運用人員を配している。平成20年からは新卒で直接、運用を希望する人を採用し始め、優秀な新入社員が継続的に入ってきている。資産運用会社は組織カルチャーが非常に重要であり、仕事に対する探究心や熱意など非常に高い意識を持っている若者達に、まずは当社のプロフェッショナルとしてのカルチャーを共有いただく事を心掛けている。加えて、プロになるために必要不可欠な資格や大学院編入プログラムといったサポートを充実させており、全社一丸となって育てている。

――超低金利状態が続く中での運用法は…。

 西岡 企業年金のように予定利回りがあるものに関しては、確かに運用難の時代だ。そのため、インフラ投資やプライベートエクイティ等で流動性リスクを取ってリターンを受けるといったポートフォリオを組む、或いは、ヘッジファンドでプラスアルファを狙うといった工夫が必要になってきている。ただ、リテールで予定利回りがないものに関しては、エクイティは好調に上昇してきており「運用難」という言葉は当てはまらない。銀行の自己売買などでは長期金利と短期金利の差があれば超低金利でも工夫の余地はあり、資産形成という面で言えば、長期国際分散投資を正しく行っていれば、どんな環境であっても長く保有していれば利益は出てくる。リスク資産にはリスクプレミアムが当然ついてくるものであり、我々としては、短期的には上下するが長期的には価値が上がっていくものに投資し、それらの組み合わせでボラティリティを抑えて、リスクを最小にリターンを最大にするというポートフォリオを提供することを心掛けている。

――国内がここまで超低金利下だと、どうしても海外を向いてしまいがちだが…。

 西岡 他社ではアクティブ運用に関しては海外の運用会社を組み込んで提供しているところもあるが、当社ではローカルとグローバルは自社でやると決めている。スイス株など我々にとってローカルではないものは取り扱わない。かつて運用会社の調査でスコットランドを訪れた時に、エディンバラにしか拠点がなくてもグローバルな運用をしているクオリティの高い運用会社を沢山見てきた。それは運用能力の違いではなく、どのような哲学を持ち、どのようなプロセスを行うのかの違いで実現出来るものだ。そういう意味では、運用は哲学だ。もうひとつ、私は長期運用をする際に重要なことは「約束」だと考えている。そのため、人の能力で成績が変わっていくようなスーパーファンドマネージャー的な運用の仕方はなるべくしないようにしている。人に左右される運用体制では長期になった時にそのコントロールが出来ず、約束も出来ないからだ。儲けるために何でもやるというのは正しく資産形成を行っていく上ではよくないことであり、やれないことはやらないという観点も大事だ。

――SDGsという時代の中で、心掛けていることは…。

 西岡 我々は年金を長く取り扱っているためパッシブ運用が多く、ほぼ全ての上場企業に投資を行っている。そのため、その投資先一つ一つの企業が成長し、結果として市場全体を大きくしていくことが重要であり、当然その責任もあると認識している。そして、当社の責任投資部では、2008年に国際連合が公表したPRI(責任投資原則)にも署名するなど、ESGへの責任投資活動を積極的に推進しており、特にESGファンドやSDGsファンド、インパクト投資といった冠をもつものに関しては一定のガバナンスを入れる方針を掲げている。SDGsウォッシュと揶揄されるファンドも出てくる中で、開示方法などに色々な規則が出来てくることは仕方のない事として、そういった事も踏まえてしっかりと対応し、信頼していただける運用会社を目指していく。

――富裕層と資産形成層に対するアプローチの違いは…。

 西岡 運用会社にとって富裕層が大きな役割を果たしてくれているのは事実だが、本当の意味の富裕層には資産運用だけでは不十分であり、税金や不動産、ローンの話等、様々な機能が必要となってくる。そのため、富裕層についてはグループでの総力戦だ。りそなグループの富裕層ビジネスに関する資産運用機能については我々がしっかりと提供できる体制を敷いている。一方で、他の運用会社があまり手を出さないマスリーテル層に対しても逃げることなく取り組んでいくつもりだ。この層はいかにコストを下げて提供するかが大事であり、そのための議論を重ねている。最近ではAIへの取り組みも重要な課題だ。当社の特徴として社員の15%が理系大学卒ということもあり、昔からAIに近いことに取り組んでいたが、運用は複雑であるため、AIに運用自体を任せるというよりも、企業分析などの付加価値としてAIを活用していく。人材にしてもAIにしても向き不向きがある。運用にも様々な業務があるため、それは適材適所に配置していけばよい。

――その他、取り組むべき課題やそれに対する強化策について…。

 西岡 プライベートアセットは取り組むべき重要な部門だとは思うが、現段階では規制が多く整備が難しい。だからといって、合併や提携といった形で進めるつもりは今のところない。本来、アセットマネジメント会社の合併はそんなに簡単ではなく、中途半端に行ってアセットマネジメント会社として一番大切な資産である「人」が抜けてしまえば、むしろ高い買い物になってしまうからだ。プライベートアセットにしても、我々の強みである小型株の中でその発展形として、また、例えば債券のアクティブファンドがヘッジファンドに広がっていくような、自社運用の発展や拡張という形で実現できればよいと考えている。そこに至るまでには若干時間がかかるかもしれないが、人の力による付加価値の部分は大事にしていきたい。とはいえ、どうしても自分たちでやれないようなところに関しては、徐々に合併や提携といった事も選択肢の一つとして考える必要があるのかもしれない。

――投資信託市場拡大のために、当局への要望などは…。

 西岡 当局は資産形成について力を入れており、この部分ではフォローの風が吹いている。しかし、投資信託の問題は難しい。契約型となる日本の投信では一回契約すると契約内容を変えることができないため、例えば、運用者側が「もう少しアセットクラスを増やせば、さらに良い運用が出来る」と考えたとしても、契約の変更にはかなりのコストがかかり、それを実現することが難しい。むしろ新しいファンドを立ち上げた方が安くなり、そうするとファンドが乱立して、結局、運用会社はそのコストに耐え切れなくなる。これは日本の契約型投信の一番の問題点だ。良いクオリティのものをリーズナブルな価格で提供するという事が大切なのに、それをやろうと思っても出来ない仕組みになっているのならば、そういった問題について細部まできちんと議論をして、改善していくことが必要だ。(了)

――7月に就任され、会長としての問題意識は…。

 森田 まず、今の環境を考えると、マーケット環境は決して悪くなく、貯蓄から資産形成への動きも、本格的ではないが新しい芽のようなものが育ち始めている。良い環境で登板させてもらったと考えているので、しっかり取り組みたい。問題意識として持っていることは4つあり、それぞれ社会課題として明確になってきている。1つ目はSDGsだ。特にカーボンニュートラルの動きは急速に盛り上がっている。力を入れて取り組んでいきたい。2つ目はDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。これらはこのコロナ禍で明確になってきた課題だ。さらに、長年課題となっていて、引き続き取り組んでいかなければならない課題が、国民の資産形成の支援と高齢化社会における金融サービスのあり方だ。

――SDGsについて証券市場として何を取り組んでいくか…。

 森田 とりわけカーボンニュートラルは投資金額が大きく、直接金融が大きな役割を持つ。まずはそういうものが機能するような枠組み作りをしなくてはならない。カーボンニュートラルはあまりにも急に盛り上がってきたので、制度や仕組みが追いついていない。証券業界の仕事は発行会社と投資家を結びつけることだが、発行会社のこれに関する情報開示がばらばらで、投資家の目から見ると比較することが難しいため、整備をしていく必要がある。この分野はこれからもっと盛り上がると考えられ、より整備が立ち後れるものが出るだろう。また、この分野はグローバルで基準が決まっていくので、言うべきことを言っていく必要がある。今後どのような動きに発展していくかは情勢によって変わっていくため、例えば日本ではカーボンプライスの議論はあまりされていないが、これから議論が活発になっていく可能性もある。

――デジタル化はどう影響するか…。

 森田 コロナで在宅勤務が一気に進み、ウェブでのミーティングが当たり前で、顧客とのミーティングでもウェブで行うようになってきている。DXをもう少し後押しすれば、もっとスムーズに物事が流れていく可能性がある。そういう意味では、顧客との証憑(しょうひょう)などの書類をデジタルにシフトしていくのは大切だ。これは顧客だけでなく、監督官庁や税務当局などとのやり取りもデジタル化していけば、顧客の利便性向上と同時に証券会社の業務効率化が進んでいく。このほかにも、在宅勤務やウェブ会議が当たり前になるに連れて、労務問題や評価、コミュニケーションの取り方が変わっていくため、関連した研修なども当協会として行わなければならない。また、マイナンバーは特に証券会社が普及に力を入れてきており、もっとマイナンバーを利用して何かできないかを、DXを推進する際には考えるべきだ。

――ネット証券と従来の総合証券とのバランスは…。

 森田 証券会社は手数料でも動きがあり、棲み分けが進んでいる。証券会社とテクノロジーの融合には3つポイントがある。1つ目は証券会社が持つ取引データがものすごく豊富にあることを生かし、これをビッグデータとしてAIを利用して分析すること。2つ目は、ブロックチェーンなどが普及していくと、流動性がなかった商品に、流動性を付け、小口化が進むようになることだ。不動産への活用などがいい例であろう。3つ目は、顧客の利便性や証券業界の業務効率化にテクノロジーが使われるということだ。この3つがDXに対応した証券会社の動きとして出てくるだろう。

――国民の資産形成は長年の課題だ…。

 森田 国民の資産形成の支援は、当協会の抱える最大の課題で、こだわりを持って取り組んでいる。顧客が業界の取り扱っている商品に対して、安心して中長期的に保持できる環境作りを行っていきたい。決して短期売買を否定しているわけではないが、新しい投資家を迎えるためには、長期間安心して保有できる仕組み作りは大切だ。NISAやつみたてNISA、iDeCo、DCなどの制度で長期間安心して保有してもらうことは重要なことだと思っている。これに関連して大切だと思っていることは金融リテラシーの向上だ。金融教育が中学校や高等学校での学習指導要綱の改訂で拡充され、中学校は今年度から、高校は来年度から実施される。すぐには変わらないと思うが期待している。金融リテラシーの情報提供は、当協会のほかにも証券各社、金融庁、東証、マスコミ各社などさまざまなところで行われているが、より一体となって取り組むことも大切だと思う。

――高齢化社会は拡大していく…。

 森田 高齢化社会のなかでの金融サービスのあり方を考えなければならない。これは非常に難しい問題だが避けては通れないし、これからも資産は高齢者に集まってくる。大切なのは高齢者になったときに証券会社へのニーズはなくなるわけではなく、むしろ悩みは増えていくということだ。お金が続くかという悩みがあり、資産を持っている人は相続の問題が出てくる。そこに経営に携わっている人は事業承継の問題が加わる。金融機関にとって高齢者の問題は、認知力の低下と高齢者の資産形成に関する規制の増加で、少し足が遠のいている部分がある。高齢者への対応は少し特殊で、認知機能の問題にも個人差があり、専門家の人が判断しないと分からない。高齢者の事を理解できる専門家の育成が重要だ。証券会社によっては、自社ではない専門家との連携も必要かもしれない。もう1つのポイントは、高齢者の人が元気なうちに、次の世代との取り決めを行う枠組みをどう作るかということだ。高齢者に対応する枠組みは最初から煩雑に感じることが多くて、もっと簡単にできることもあるのではないかと思う。どうすれば一番効率よくできるのかということを含め研究したい。

――当局への今後の重点要望は…。

 森田 証券会社の要望はこの9月に取りまとめることになっている。まず、以前から要望しているが、一体課税の範囲を拡大することで、デリバティブの損益通算の拡大を要望していきたい。また、有価証券の相続税の評価方法の見直しにも取り組みたい。さらに、税務関係の手続きについて見直しができないかということは考えていきたい。顧客から証券会社に書類を渡す手続きは見直しが進んでいるが、証券会社から税務署に出すときに、顧客からもらった書類をそのまま出せればよいのだが、現状手直しが必要だ。DXなどを活用し、もっとスムーズにデータで渡せれば効率的だ。加えて、NISAの利便性の向上や拡充は常に意識してやっていかなければならない。

――SPACの議論も始まっている…。

 森田 SPAC(特別買収目的会社)によりIPOの選択肢が広がる可能性がある。ただし、SPACには3つクリアしないといけない問題がある。1つ目はスポンサーと投資家の利益相反が起こらないかということだ。2つ目は、スポンサーが空箱を上場させ、買収先を見つけたときに、適切な価格設定ができるかどうかが課題だ。3つ目は、投資家保護が機能するかということだ。SPACをめぐるこれらの課題は、アメリカでもSECが注視している項目だ。日本でも議論していく必要がある。また、非上場株式取引の整備も行わなければならないと思っていて、特定投資家私募制度の整備に向けて議論していきたい。ここでも投資家保護はよく考えなければならないが、3つ課題がある。まずは証券会社がちゃんと非上場のものを審査できるかどうか。そして投資家保護へ向けた整備ができるか。3つ目は非上場企業等の負担にも配慮した制度を設計することだ。現在、プライベートエクイティの規模が大きくなっており、ベンチャーを育てる意味でも大切だ。

――今後必要な取り組みは…。

 森田 カーボンニュートラル、DX、国民の資産形成、高齢化対応の4つの問題意識に対応しようとすると、業界の人材の育成と国内外のステークホルダーとの連携が重要になる。人材の育成は各社で行うことでもあるが、当協会が中心になってやった方が効率が良いこともある。カーボンニュートラル1つとっても、基準は海外でできあがっていくため、海外の協会などステークホルダーとの連携が大切で、国内でも他の団体や関係省庁にも話を通さなければならないこともあるだろう。今までの枠組みを超えて連携を取っていく必要がある。(了)

――御社の事業展開について…。

 小林 祖業である電力用がいしの売り上げは全体の1割以下で、現在の当社の売り上げの約6割は自動車排ガスの浄化用セラミックスが占めている。これは世界でも約5割のシェアを持っている。1970年に米国で制定されたマスキー法から世界的に環境規制が続いていることが、この分野の伸びにつながっている。また、半導体製造装置用のセラミック製部品も半導体需要の増加により売上が拡大している。独自のセラミック技術を生かして社会に貢献するさまざまな製品を展開しているのが特長だ。

――EV(電気自動車)が普及してくると、御社の自動車関連分野の製品需要も減少していくのか…。

 小林 当面の間は自動車関連製品の需要は続いていくが、EVの台頭もあり、内燃機関車は2030年頃にピークを迎えると見ている。今、自動車業界は100年に一度と言われる大きな変革期にある。そのため当社は、本年4月に策定したNGKグループビジョンで2050年に自動車関連製品の需要がゼロになるシナリオを掲げ、2030年にはカーボンニュートラルとデジタル社会関連製品が売り上げの50%、2050年には80%を占めるように事業転換していく。プロフィットセンターである自動車関連事業の収益を新たな成長分野への投資や変革への対応に用いていく。

――EV化が進んだ後の柱はカーボンニュートラルとデジタル…。

 小林 短期的に柱となりうるのはデジタルだろう。今後のITの普及を考えると半導体需要が減少することは考えられない。半導体製造装置のメーカーは日本に数多くあり、それよりも上流の半導体製造装置用の部品メーカーまで考えると業界としての裾野はかなり広い。なかでも我々が手掛ける半導体製造装置用のセラミック製部品は外国企業では殆ど見かけず日本の独壇場だ。この辺りは継続的な拡大基調にあるのではないか。

――もう一つの柱となるカーボンニュートラルについては…。

 小林 カーボンニュートラルの分野は、何を燃料にするかによって勝者となる技術が決まる。水素なのかメタンなのか、e-fuel(イーフューエル)なのか、それが決まるのは2030年以降だろう。そういった状況の中で、当社の開発したCO2分離膜が、日揮グローバルとJOGMECが共同で行っている原油生産時の随伴ガスからのCO2分離回収技術の実証試験に使われている。今後もさまざまな膜技術を開発し、CO2の分離回収・有効利用技術の普及によるCO2排出削減に貢献していく。また、再生エネルギーを使って水を電気分解することで水素を作り出すSOEC(固体酸化物形電気分解セル)技術は今では世界的に知られてきているが、我々はこの技術の開発にすでに20年以上前から取り組んでいる。ようやく時代の流れに沿うようになってきたこれらのカーボンニュートラルに貢献する技術を今後、存分に伸ばしていきたい。

――全固体電池の商品化は…。

 小林 当社が現在、市場に投入しているのは、半固体電池とNAS電池で、全固体電池と亜鉛二次電池を開発中だ。半固体電池は「EnerCera」(エナセラ)という名称で、超薄型で曲げ耐性のあるEnerCera Pouch(パウチ)とコイン型で105℃という高温環境でも使用できるEnerCera Coinの2種類を商品化しており、スマートカードやスマートキー用途で採用されているほか、世界の300社以上でサンプル評価が進んでいる。この辺りは日本企業の強いところであり、今後も伸びていくことを期待している。電池分野は最近、韓国や中国が後発隊として大量の資金を投入し、同等性能の製品を大量生産し世界を制するという流れがあり、自動車用のリチウム電池はその状態だ。そのため当社は、車載以外の電池にも注力していく必要があると考えている。亜鉛二次電池は発火リスクがなく、屋内でも安全に設置できる電池であり、高度な技術が必要で簡単には追従できないため、積極的に世の中に出していきたい。

――電池はあまり利益にならないと聞くが…。

 小林 部材の値段等が最初はどうしても高値になり、量が出なければ儲からない。しかし、量が出る頃になると韓国や中国が出てきてシェアを奪われてしまうという実情がある。当社が世界で初めて実用化したメガワット級の電力貯蔵システム「NAS電池」は、大容量かつ長時間蓄電が可能で15年間フルに充放電しても劣化しないという、世界にも類を見ない特性を持っている。セラミックスがキーパーツで、簡単にまねできる技術ではない。現時点ではまだ大容量の蓄電を利用する場が少ないが、新しい活用方法として、ブロックチェーンを利用して、大きな蓄電量を時間単位に分割して電力を売るという事を考えている。ブロックチェーン技術と電気を一体化させることで、発電の際の燃料ごとに違う値段で売ることも出来るようになるだろう。そうすれば、大容量蓄電池が有効活用出来るようになる。

――新社長としての抱負は…。

 小林 先ずは主に自動車関連と半導体製造装置関連に向けて過去3年間に行った投資を回収し着実に利益を上げ、NGKグループの未来を支える新製品や新規事業を立ち上げていくことが私の責務だ。先述したCO2の分離膜や半固体電池のEnerCeraなどをはじめとして、今後さらにカーボンニュートラルとデジタル関連の新規事業が立ち上がっていくだろう。当社は1919年、日本の近代化を支えるため、輸入品に頼っているがいしを国産化しなければならないという使命から設立された。100年前からSDGs発想で社会に求められる製品を提供してきた。環境関連製品も多く、世の中に貢献できなければ会社としての使命は果たせないと考えている。黒子のように目立たないが、排ガス規制やデジタル社会といった時代の流れに合わせ、産業やインフラを支え、社会課題の解決に取り組むことで事業を拡大してきた。創業以来の精神を大事に、世界の会社とも協業しながらESGを根幹とした新しい技術革新を起こし、社会の流れに応えることの出来る会社として邁進していく。(了)

――日本の現状をどう考えるか…。

 櫻井 昨今の日本国内の政治の状況を見ると、日本の国益第一で行われているわけではないことを感じる。とりわけ公明党を中心に、中国への配慮が強く、その公明党に引っ張られる形で自民党も対中政策において本来のあるべき姿よりずっと融和的になっている。それは日本だけではなく、どこの国も同じで、経済界が目先の利益に引っ張られるあまり、国益が置き去られている。歴史を見ても世界の現況を見てもそのような傾向は強い。一方で経済安全保障という言葉が使われているように、経済も安全保障の観点から見てきちんと戦略を考えないといけない時代になっている。日本の経済界が十分に対応できているか、疑問に思う。世界の現実に対応できていないという意味で、日本の特異性を象徴するのが、例えば日本学術会議だ。日本学術会議に象徴される学術・研究の世界はどう考えても左翼系の人々に中心を握られている。中国問題の専門家は中国政府や共産党に気兼ねをしつつ研究しているというのが色濃く表れている。政界、経済界、学会、言論界においても非常に中国の浸透工作を受けている現状がある。もちろんそうでない部分もあり、政治家も全員が中国に融和的であるとは思わないし、学会や言論界でも全員が親中で言うべきことを言っていないということではないが、全体的な傾向として多くの国民が思っているより遙かに深く中国の勢力に浸透されている状況は否めない。

――5月に『赤い日本』(産経新聞出版)を出版された…。

 櫻井 『赤い日本』は、言論テレビという私が毎週行っているネットで配信するテレビ番組での議論をまとめたもので、書いてあることより実態はさらに厳しいと思う。米国が、中国は新疆ウイグル自治区でジェノサイド(大量虐殺)を行っていると認定したなかで、日本国は国会も政府も非難の声さえ発していない。なぜわが国は中国非難の声を上げられないのか。日本全体が私たちの考える以上に中国共産党の情報工作に浸透されているということ、日本が敗戦後ずっと日本は悪かったんだという自己否定の思想につかっていることなどが要因として考えられる。憲法改正が全くできていないことも含めて、未だに自分の国は自力で守るというコンセンサスが形成されていない危機感を持っている。

――ロシアがハイブリッド戦争でクリミアのウクライナを併合し、日本も中国にハイブリッド戦争で侵略される恐れがある…。

 櫻井 既にそのような兆候は出ている。例えば沖縄と尖閣諸島に対して一番効果的なのは、ハイブリッド戦争を仕掛けて軍隊を動かすことなく沖縄を混乱させ、中国のものにしてしまうことだ。これは中国が色々描いているシナリオのうちの1つで、中国はそのような能力を十分に持っている。それに対応するわが国の能力は極めて低い。こうした状況が目の前にあるということを国民は知らなければならない。

――なぜ政府は中国船の尖閣居座りに抗議しないのかという疑問が国民には強い…。

 櫻井 日本国内は今コロナウイルス対策に関心が集中しているし、そのようななかでオリンピックに次いでパラリンピックを開くことがどうなのかという議論も盛んに行われている。もちろんそういった議論も大切だが、もう1つ大切なことは日本国が安全保障上どのような危機的状況に置かれているか認識することだ。国民に広報して情報を提供して、国民と危機感を共有することが大切だ。危機感を共有して初めて、ではどのような対策を取ったらいいのかという議論が生まれてくる。危機感の共有という大きな枠組みが作られていない。

――大新聞など日本のマスコミも中国のハイブリッド戦争の片棒を担いでいる…。

 櫻井 韓国の例でいうと、今の文政権は、マスコミに対する締め付けをやっている。文政権はむしろ、基本的に北朝鮮や中国に融和的で、自分の政権で行ってきたことが韓国の国益にならず、反対に中国と北朝鮮のためになるような政策を行ってきた。そもそも文政権は左翼路線で、その文政権がマスコミを取り締まっているから日本も取り締まるべきだというとそれは違う。日本の問題は、朝日や毎日、東京中日、沖縄タイムズや琉球新報などが、非常に偏った、事実でない報道をしていることだ。これに対して、読者としての国民がきっちり見て判断する必要があるし、メディアウオッチのような組織が国内で育っていくことが求められる。アメリカでは他のメディアがどのような報道をしたか調査し、それが正しかったかどうか判断するNPO法人がある。その人達が果敢に発表していくし、他社からのチェックもあり気が抜けない。日本でも紙媒体は部数が落ちていて、数年以内には影響力はもっと落ちていくと言われている。これに代わりネット媒体における情報提供が進んでいるが、ネット媒体においても左翼的な情報があふれている。日本に強い保守のメディアが育っていないことが心配だ。

――日本経済新聞でも中国リスクを警戒した記事が増えてきた…。

 櫻井 日本経済新聞が親中から反中になったと決めつけるのは間違っている。どの記事がどうなのかという視点で見ることが大切だ。中国に対して友好的かという点以外でも、再生可能エネルギー重視が日本にどういう影響を及ぼすかということも考えるべきだ。再生可能エネルギー重視で全ての問題が片付くわけではない。再生可能エネルギーだけを重視して原子力発電や火力発電を排除していけば、日本の産業は弱体化する。日経新聞は経済を専門とする新聞でありながら、再生可能エネルギーを推進するばかりで、その論調は偏っていると感じる。

――太陽光パネルは原材料の多くが中国産であることなど、SDGsや経済安保の観点から見ると相当疑問が生じる…。

 櫻井 国土面積にどれだけ太陽光パネルが敷き詰められているかを考えると、日本は面積当たりの比率でいうとアメリカや中国より高く、世界一の太陽光パネル設置国だ。日本は国土の7割が森林で、平地がアメリカや中国に比べて非常に少ない。それにもかかわらず国土の割合から見た太陽光パネル設置の度合いが世界一ということは、相当無理をして太陽光パネルを既に敷いている。しかし、小泉進次郎氏などは原発ゼロを目指し、そのうえ、原発20基分に匹敵する太陽光パネルを敷くことを目指し、菅首相は事実上それを応援している。そのことが日本の国土の活用として本当に正しいことなのか、産業政策として、電力政策として正しいのか強い疑問を抱いている。

――中国が覇権国家としての側面を出してきている現状では、長期的な目線で経済戦略を立てる必要がある…。

 櫻井 経済安全保障がどのような意味を持つのかを、経済界も政府ももっと真剣に考えないといけない。また、欧米では経済活動においての人権問題が非常に強く言われているが、これに対し日本は人権に対する配慮が十分になされていないと思う。このような姿勢が通用しないことはユニクロ問題を見れば明らかだ。世界の流れを良く見ながら、その流れを取り込んで日本の国益につなげるには、普遍的な価値観である人権に十分に配慮しなければならない。日本が中国に遠慮してものを言えないという日本独特の時代にそぐわない考え方や姿勢があるが、これを貫くことは、国益に反しているし、時代錯誤も甚だしい。(了)

――大学改革として大野総長が取り組まれている「成長する公共財」の概念とは…。

 大野 我々が提案する「成長する公共財」とは、国から配分される運営費交付金を基礎にしつつも、大学自身で様々な社会的役割を果たす取り組みを行い、正当な対価を得て資金を循環させ、社会発展に資する公共的部分を拡大し生み出していくというものだ。国立大学は、これまで成長できない仕組みの中におかれてきた。今から18年前の2003年に制定された国立大学法人法によって、財務諸表にあるように損益均衡が前提とされた。例えば、老朽化した施設等は国が更新することでスタートした。これを反映して実質的な減価償却や校舎建て替えのための積立もない制度となっている。一方で、この18年間に国の財政には余裕がなくなり、老朽化した校舎があってもそのままだ。大学が自力でなんとかしようと思っても、自力では更新できない制度だ。「成長する公共財」には、公共財としての機能を拡張していくことにより、社会からの信頼を得て、大学自身が施設整備も含めて自分でできることはやる、という意味も含まれている。

――大きな資金循環の中で大学も成長していく…。

 大野 我々が目指しているのは、株主が私有する株式会社とは全く異なる。公共財として、社会が求めている事や、必要としている事に取り組み、その結果として我々自身も成長するということだ。今までそういった大学は少なくとも国立大学にはなかった。そしてこの18年間、日本の国立大学が殆ど成長しなかった間に、ハーバード大学やオックスフォード大学、ケンブリッジ大学といった英米の主要大学、あるいは州立のバークレー校でも、社会とともに価値創造に取り組んだことにより、事業規模がほぼ倍増している。我々はなんとか10%増やしたが、この間、国立大学の運営費交付金は10%減少した。運営費交付金に頼った経営では事業規模は縮小するばかりだ。そういった背景から、我々が率先して社会価値の創造に取り組むことで国内の滞留資金を循環させ、社会と共に大学が成長する仕組みを作っていきたいと考えた。

――撤廃すべき規制については…。

 大野 損益均衡など多岐にわたるが、グローバルという観点から例を挙げよう。東北大学は、入学した学生たちが社会のグローバル化の意味を身をもって実感できる大学になりたいと思っている。しかし、今、学部段階での受入留学生は全体の2%程度で、世界の名だたる大学の15~20%の留学生比率に対して明らかに少ない。その理由は学生定員に関する規制のためだ。厳しく管理された定員数の中に留学生も含めなければならないため、留学生を増やせば東北大学に入学したい日本人を減らす事になる。運営費交付金が措置され、かつ低廉な授業料で教育を提供している国立大学法人が、日本人の入学者数を抑制する訳にはいかない。解決策としては定員の外に優秀な留学生を獲得する仕組みを作ることだ。例えば、留学生の分の運営費交付金を受け取らない代わりに、授業料を大学独自に設定できる仕組みがあれば簡単に実現できる。

――大学も、マーケットとして勝負できるような仕組み作りが必要だ…。

 大野 私たちがやりたいことは、日本人・留学生にかかわらず次の世代を担う学生が育つ環境を提供することだ。そのためには、多くの優秀な留学生をグローバルな競争的環境の中で獲得する必要がある。これは少子高齢化の日本においてプラスになるだろう。しかし、留学生一人にかかる費用は日本人学生よりも多いため、授業料も高く設定せざるを得ない。幸いにして、我々のような研究大学には競争力がある。より大学の実力と特長に磨きをかけ、それを発信していくことが必要だ。政府はグローバルな大学になるために補助金を出している。補助金によって同じ方向にそろえるのも良いが、補助金が切れた後の持続可能性に課題がある。留学生に関する定員や授業料の縛りを緩和して経営の中に組み込むことにより、大学は自らの特長を前面に出した、持続可能で多様な形でグローバルになると考えている。もちろん世界の優秀な学生を集めるためには、大学の魅力を高めなくてはならない。そういう意味では大学ランキング等も重要だ。いずれにせよ規制で縛らない方が良い結果が出るであろう。

――研究支援金が足りないため、日本の研究が遅れているという声もあるが…。

 大野 良い研究だと分かったものに対する研究費はそれなりに出ていると思うが、畑を耕すという基盤的部分は不足している。国立大学が法人化してからしばらく国は運営交付金を減らした。トータルで10%減となったのだが、それが雇用をはじめとする研究基盤に与えた影響は大きい。時間をかけてじっくり研究をしたいという人たちが徐々に大学から減っていった。中国や欧州、新興諸国などでは大学への資金を年3%ほど増やしている。この海外との差は努力だけでは埋めがたい。少子高齢化の中、大学運営費交付金の削減を実行したのは日本と台湾だが、どちらも世界における大学の存在感を失いつつある。似たような流れは企業にもある。定年退職などで社員が減り、財務諸表的には利益が出るような体質になっても、退職した人たちが海外へと向かえば、結局、技術流出に繋がる。国力に対する総合的な考え方が求められている。

――掲げられている大学のグレートリセット構想については…。

 大野 現在、東北大学には教員3000人がいて、教員の教育研究活動を支える職員は800人だ。一方で、世界の主要な研究大学には1人の教員に対しておよそ1人の職員がいる。つまり、世界レベルで見ると東北大学には教員の活動を支えるスタッフが2200人足りない。これを反映して、例えばわが国の大学では、入学試験の監督は教員が行う。これは雇用が「メンバーシップ型」であることを考えると違和感がないかもしれない。しかし、世界と伍する研究大学を自負する本学では、「試験監督に行ってくれ」というのではなく、「世界で一流の研究と教育に集中してくれ」とお願いしたい。そういう「ジョブ型」の組織を作ることがグレートリセットだ。すべての大学が一気にこういった問題を解決することは難しいが、我々が率先して本来あるべき姿の研究大学を作り、学内外や海外から卓越した研究者たちを呼び込むモデルを作っていきたい。それが最終的に標準モデルとなればよいと考えている。また、SRIインターナショナル(旧スタンフォードリサーチインスティチュート)のように独立して研究をすることで対価を得るような「研究開発法人」の構想もある。我々のような研究大学がこういった先進事例に挑戦し、世界で通用する一流の大学を作り上げていくために、規制緩和が必要であると訴えている。

――大学ファンド等との関りは…。

 大野 英米の大学では、大学独自のファンドを設け、運用やペイアウトの方針などを社会に公表しつつ戦略的な経営を展開している。理想はそういったファンドを大学が独自に用意することだが、我々が英米の大学と同等の規模のファンドを作るには50年以上かかってしまう。産学連携収入、寄附等で積み上げたとしても100億円程度であり、兆円レベルのファンドを擁するハーバード大学をはじめとする諸大学とは規模が違い過ぎる。この点、政府の主導で今年、10兆円規模の大学ファンドが創設され、近々運用が開始される。これは日本の研究大学にとって学制改革以来の画期的なことだ。現在4兆5千億円が集まっているが、それを自立した研究大学を育成することに使うのか、各大学にお題を出して配分するのかで、結果は大きく変わる。言えることは、自らの頭で考え自らの資金で経営することができる研究大学を作らなければ、世界の一流大学とは伍していけないということだ。期限を切り、お題を出して応募させるような資金の出し方では、世界と伍する多様な研究大学は育たない。そうなってしまったら大学ファンドの組成に尽力された方々や、そもそも国民に申し訳ないことになる。ぜひこの点に留意いただきたいと切に願っている。

――お金の使い方ひとつで、結果が大きく変わってくる…。

 大野 補助金は重要だが、国から言われたことだけをやっていては、大学が自分で考える力を失ってしまう。そうではなく、実際に世界と伍して研究と教育に取り組んでいる現場の我々が、その状況を的確に判断して、多様な取り組みをすることがもっとも重要なことだ。政府が大学ファンドを作った理由は、真に世界と伍していける研究大学を作りたいからに他ならず、管理された頭のない大学を作りたいからではない。そこには経営の厳しさももちろんある。国立大学でも運営がうまくいかなければそのトップを辞めさせるといったガバナンスも必要だ。東北大学は、世界と伍する研究大学になるために変革を進める。目指すのは「成長する公共財」だ。(了)

――新型コロナウィルス(COVID-19)の感染拡大が止まらない…。

 木村 私たちは2年近く新型コロナウィルスと付き合っている。コロナは風邪のウィルスとしては有名なウィルスで、流行り始めの風邪では15%、ピーク時には35%がコロナウィルスだと言われ、その中に、SARSやMARSといった毒性の強いウィルスがある。今回の新型コロナウィルスは、最初の頃はSARSやMARSのような毒性の強いウィルスだと思われていたが、最近ではそういった系統ではなく、普通の風邪のコロナウィルスだということがわかってきた。ただ、新型であるが故に多くの人は免疫を持っておらず、感染率が高い。それが広がれば一定程度は重症化してしまう。そして、普通の風邪コロナウィルスと同様に高齢者がかかると重症化して死に至る確率も高い。一方で、現在の日本の感染状況はG7の中でもさざ波状態だ。そして、新型コロナによる死亡者はその死因が心筋梗塞であれ、脳血管障害であれ、死亡時に新型コロナに感染していればそこにカウントされるのだが、その数は通常のインフルエンザ並みだ。さらに言えば、米国では新型コロナウィルスでの死亡者数が増え今年の死亡者数が平年より20%多くなっているにもかかわらず、日本の2020年の死亡者数は11年ぶりに例年の約130万人を下回り減少している。

――新型コロナウィルスに対する徹底した防御策が、インフルエンザや他の病気に起因する死亡者数の減少に寄与したという事か…。

 木村 色々な説はあるが、日本はG7の中で新型コロナウィルスの感染者数も死亡者数も桁違いに少ないのは事実だ。それなのに医療ひっ迫を防ぐためにと緊急事態宣言が出されているのは、一部の高齢者や持病を持つ方が重症化した時に医療キャパシティが耐えられないため、人の流れを止めて感染を少なくしようとしている訳だが、日本は160万床という世界でも有数の療床数を持っている。医師数に関しても、それほど極端に少ない訳ではない。そして、イギリスではピーク時に日本の100倍以上の感染者がいたが医療崩壊は起こしていないし、先進国で医療ひっ迫を実際に起こしている国はない。もともとコロナウィルス(RNAウィルス)は風邪のウィルスで変異しやすく、インフルエンザのように変異することで生き延びようとし、変異したからといって致死性が高くなる訳ではない。今、流行り始めているデルタ株も、英国では「主症状は鼻水と頭痛で、10年経てばこの新型コロナウィルスは普通の風邪になる」という論文が出ている。にもかかわらず、日本で医療ひっ迫が起こるとすれば、その原因は新型コロナウィルスがいつまでもインフルエンザ等特別措置法感染症として、エボラ出血熱並みのⅠ類感染症相当に分類されているからだ。感染すれば半分以上が死んでしまうとして濃厚接触者を追って隔離させ、PCR検査で陽性になった人たちを入院させている。こんなやり方ではどの国だって医療ひっ迫を起こしてしまう。

――政府が感染症の分類をⅠ類相当に指定したことが、医療ひっ迫を招いている…。

 木村 Ⅰ類相当という事は、万が一、院内感染が広がれば医療スタッフは休まざるをえなくなり、病院の運営に支障をきたす。風評被害も合わさり大変なことになるため、多くの医療機関が新型コロナウィルスの診療をやりたがらなくなっている。どこの医療機関も新型コロナウィルス罹患者を診たくないのであれば、もはや、くじ引きでコロナ罹患者だけを診る専門病院を作るしかない。公立病院に関しては、そこに当たる確率を高くするという方法もある。病院側の反対にあってそれが出来ないのであれば、菅総理大臣が直接権限を下せる自衛隊中央病院を指定するしかないだろう。いずれにしても、生物学や医学的な新型コロナウィルスの実体と、現在報じられている新型コロナウィルスの脅威があまりにもかけ離れていることが一番の問題だ。なぜⅠ類相当の厳しい分類に置き続けているのか理解しかねるが、穿った見方をすれば、分科会などコロナ禍でクローズアップされて来た人たちの中には、ようやく注目を浴びたこの座を降りたくないと思う人がいたり、或いは、普通の風邪の分類に戻した時に、今までやってきたことの意味を問われて、それにきちんと答える自信がない人たちばかりなのではないか。

――マスメディアは騒ぎ続けるだけで、抜本的な解決法を提示しようとしない…。

 木村 日本では感染者数も死亡者数も抑えられ、かつ大規模な財政出動を行っているのに、GDPは落ち込んだままだ。経済が疲弊していけば失業率も上がり、失業率と完全相関関係にある自殺率も増えてくることになる。新型コロナによる死亡者数は約1万4千人だが、すでに今の自殺者数は2万人超となっており、明らかに多い。にもかかわらず自殺のことは何も報道しない。ここまでGDPが落ち込めば年金も削られてくるだろう。感染を怖がる高齢者の多くは地上波テレビを見て、ウィルスをばらまく元凶は若者達だと思い込み、他の事実を考えようとしないが、こういった事に気づかずにメディアの報道だけに左右されてしまうのは一種のパラノイアだ。メディアに左右される高齢者を少なくしていくために出来ることは、政府やメディアが正しい情報を流し続けることだけだろう。ワクチンの効果について言えば、中長期的な効果はリアルデータが出ていないためわからないが、半年から1年程度の短期的には効果がある。重症化しやすい高齢者の接種率が高まれば、重症化リスクも収まってくる。ただ、基本的に風邪のウィルスであるコロナウィルスは冬に活発化する傾向にあるため、秋冬に再びウィルス感染者が増加し始めた時に、医療ひっ迫だと騒ぎだす人たちが出てくることは考えられる。そうすると、また社会的におかしな状況になる可能性も出てくる。

――今回の新型コロナウィルスでの政府の対応には本当にあきれるばかりだ…。

 木村 流行当初、ハーバードメディカルスクールでは、重症化しやすいのは65歳以上であるため、該当する人たちはリモート診療や宅配を利用した薬の受け取りなど、人と接しないように徹底させた。一方で、日本の医師会は、高齢者は歩かないとストレスになるとして、出歩くことを推奨した。高齢者が毎日クリニックに来てくれなければ自分達のクリニックが干上がってしまうからだ。それに対して政治家も異を唱えず、代わりに若者を悪者に仕立て上げた。本来ならば、重症化しやすい65歳以上が出歩かなくても済むように国が制度を整えるべきなのに、高齢者にクリニックに来てもらうためにデマを流すとは、日本医師連盟が自民党の政治団体であるが故の大失策だと言わざるをえない。本当に怒りがこみ上げる。と同時に、私は今回のコロナ禍で医療の無力さを感じた。結局、コロナ禍でクリニックに行く人たちは減ったが、それで死亡者も減っているという事は、医療機関に行ったところで死亡率は下がらないという事だ。以前、夕張市で大病院が潰れた時に「高齢者が病院に行くことが出来なくなり、死亡率が上がるのではないか」と言われたことがあったが、豈図らんや、死亡率は激減した。つまり、病院に行っても行かなくても死亡率は変わらない。社会保障費の中の医療費を考えなおす良い機会かもしれない。

――日本が先進国としてこのコロナ禍を確実に終息させるために必要なことは…。

 木村 日本はリアルデータを取ることが非常に遅れている。ワクチンの治験にしても大規模治験を行ったことがない。今回のワクチン接種にしても、私は、高齢者に対しては社会を回していくために必要だが、今までの有害事象をみていると、若者に対してはもっと慎重に接種を進めても良いのではないかと思っている。ただ、そういったデータを取るノウハウがなく、解析できる人材もいない。本来ならばデータをもとに話をしなくてはならないのに、日本は思いつきで政策決定が行われていく。エビデンスに基づかない政策決定は極めて非効率的で、最終的に政府を間違った方向に向かわせてしまうリスクがある。緊急事態宣言を2週間と定めるならば、その数字の理由は何なのか、過去の実施によってどれだけ効果があったのか、エビデンスはきちんと国民に知らせるべきであり、そういったデータすら取っていないようでは先進国とは言えない。感情論ではなく冷静なデータを解析することによって導き出される政策決定が、今の日本に求められている。(了) 

筑波大学、ジョンズホプキンズ大学(MPH)卒
米国CDC多施設プロジェクトコーディネイター、厚生労働省統計情報部ICD室長などを務め
2015年より現職。
著書に、「厚生労働省崩壊」(講談社)、「厚労省と新型インフルエンザ」(講談社現代新書)、「新型コロナ、本当のところどれだけ問題なのか」(飛鳥新社)、「ゼロコロナとう病」(産経新聞出版)など。

撮影:上平庸文

――明治安田生命保険相互会社の新社長として課題は…。

 永島 今の時代、デジタル化は不可逆的なものとして進めていくべき課題だ。しかし、私は、最後は人間力が勝負だと思っている。というのは、人工知能(AI)によって作り出されたロボットには「死」がないため、生命保険会社が常に接し、人間として避けることの出来ない「死」という不安に寄り添う事が出来ない。寄り添う事が出来なければ、お客様との絆を深めることは出来ないからだ。デジタルを使いこなすことは勝負の土俵に乗るための前提であり、そのうえで、当社としては人間力で勝負すべく、お客様一人一人の日々変わりゆく要望に誠実に対応できるような体制づくりを心掛けている。

――株式会社化はせずに、「相互会社」としての意義を貫いていく…。

 永島 我々相互会社の保険は、運命共同体として同じ船に乗っていただいている、いわゆる「メンバーシップ型保険」だ。配当請求権もあれば社員投票権もある。「人にいちばんやさしい生命保険会社」を目指し、基本理念である「明治安田フィロソフィー」のもと、相互会社としてのあるべき姿をもう一度見直して、お客様志向の業務運営を徹底していくつもりだ。世の中的にも持続可能性やSDGsが重要視される流れにあって、相互会社的な価値観が再び見直されていくのではないか。

――デジタル化への進め方は…。

 永島 デジタル化することによって仕事が効率化される部分は多々あるが、いわゆるジョブ型雇用ではなく、雇用においても「メンバーシップ型雇用」という形を貫き、明治安田フィロソフィーを体現できる職員を長期的時間軸で育てていく方針だ。もちろんその条件として、職員一人一人の自己変革と自己成長は欠かせない。今年4月には、事務職員約2,000名で構成する「事務サービス・コンシェルジュ」という職務を作った。これまで社内で事務仕事だけに専念していた人たちにも、営業職員と一緒にお客様を直接訪問してもらう機会を作り、そこで一緒に手続きを進めていくような取り組みを行っている。デジタル化により仕事が効率化できた分、一人一人に新しいチャレンジの場を提供することで自己変革・自己成長に繋げていってもらいたい。

――長寿化や少子化という課題について…。

 永島 少子化は世界中の課題であり、それを業績の言い訳にしようとは思っていない。我々としては、いかにお客さまの数を増やし、ご契約者の満足度を高められるかの話だ。今、当社では「健康と地域」を2大テーマに、健康増進や地域活性化に向けた取り組みを進めており、そこでお客様に対して未病、早期発見、重症化予防などに関連した商品サービスの提供や、地域の健康診断に貢献する取り組みを行っている。こういった社会貢献によって、会社の存在や職員が評価を得ることが出来ればよい。長寿化や少子化よりもリスクとして考えられることは、金利リスクだ。2025年から保険の国際資本基準(ICS)が適用され、経済価値ベースの資本規制が導入されることも見据えて、出来るだけ金利リスクは下げておきたいと考えている。

――マイナス金利と量的緩和という状況で運用は厳しいと思うが、対応策は…。

 永島 運用環境が厳しいのは事実だが、その様な中にあって資産運用の重要性が増していることも事実だ。特にマーケットの透明度が以前よりも増している中で、大きな変化のタイミングを機動的に捉えて総合収益を狙う事、そして中長期に成長の場に身を置く事が重要だと考えている。後者について言えば、例えば海外の保険会社への出資や投資、保険会社以外でも海外株式や債券投資は大事にしたい。当社は2015年に米国上場生命保険のスタンコープ社を買収したが、順調に成長している。現在のグループ全体の収益に占める海外保険事業等の割合は約10%で、2027年までに15%以上に引き上げるという計画を立てている。その数値目標に向かって、引き続きマーケットの状況を見ながら絶えず良い機会を窺っているところだ。

――アジア地域への進出についての考え方は…。

 永島 成長の場に身を置くことが大事だという考えのもと、当然、アジアという地域は重要だ。一方で、政治的なリスクがあることは否めない。実際に、2年前にミャンマーに間接出資したのだが、当時は大変平和だったと感じたあの国が、今では混乱を極めている。長い目で見れば、今のミャンマーの混乱が永遠と続く訳ではないと思うが、地政学リスクを注視することも重要だと考えている。

――業務提携やM&Aなど、国内における戦略は…。

 永島 様々な会社で、元請け会社を子会社にしたり、ある部署を分離させて別会社を作ったりといった動きがあるようだが、当社は今のところそういったことは考えていない。生命保険会社と損害保険会社は法令上、別会社にしなくてはいけないという決まりがあるため一緒にすることはできないが、分離させなければならないビジネスが多くある訳ではない。また、中心的チャネルが当社の営業職員であることも変わらない。ただし、従来の営業スタイルのままではなく、コロナ禍を契機に進展著しいデジタル技術の活用等、変革が必要であると捉えている。そして、今国内で注力していることは法人営業部門と個人営業部門の人材の交流だ。例えば、法人部門でお付き合いのある会社の団体保険や団体年金に入っていらした加入者が、定年となり退職された後は一個人になられる。その時に当社の営業職員が、その方が不安に感じられる部分をいち早く汲み取り、スムーズにご案内をできるよう、色々な形での法人と個人の融合を考えている。

――新社長としての抱負を…。

 永島 2020年4月からスタートした10年計画「MY Mutual Way 2030」では10年後に目指す姿を定め、その土台となるサステナブルな社会づくりへの貢献にかかる取り組みを強化している。加えて今年4月からは3カ年プログラム「MY Mutual Way 1期」もスタートした。根岸前社長(現会長)が敷いたこの路線をまっすぐに突き進むことにいささかの揺らぎもない。メンバーシップもそのこだわりのひとつであり、ひとりひとりの「自立した個」を原点にして「明治安田生命フィロソフィー」を体現した活動を、真摯に、誠実に実行していきたい。その結果としてお客様の満足度が高まり、会社のブランド価値があがり、成長の証として処遇もよくなっていくという事が理想の循環だ。ただ、美しい理想の循環を作っても、多くのひとが実感できない世界ではいけない。新しい世界に対応していくために、社会的価値と経済的価値の両方をしっかりと高めていきながら存在感のある会社であり続けなければならない。起点となるのは、「ひとりひとりの心」だ。(了)

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