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Information

――国際的な知見を行政に応用されている…。

 岸本 昨年の7月に杉並区長に就任する前は、オランダとベルギーにそれぞれ約10年ずつ住み、国際的な財団でキャリアを積み上げてきた。これまでの区長は都議会議員や都庁の元職員、元副区長など、何かしら行政に関わっている方が多かったが、やはり人的なネットワークや知識など、行政や人の動かし方を知っておられ、それは大きな強みだと思う。私にはそういった行政での経験がない代わりに、おそらく他の方が持ってないものを持っている。国際的な知見や経験を含め、今までの政治はあまりそういったことを求められなかったが、杉並区民はそれしか持っていない区長を選んだ。そこには新しいリーダーシップへの期待があると思うし、逆に心配も多くあると思うが、私は期待をやはり信頼に変えていくしかないと考えている。日本社会の停滞感は否めない。国際的な変動に対する日本社会の沈黙感や変わらない感は強く、賃金が上がらないだけではなく、国際感覚の低さが今回のサミットで可視化された。新しい社会に対応して行くための人材育成を、国の生き残りを賭けて行わなければならないと思っている。

――杉並区では、区民の意見を予算編成の一部に反映させる参加型予算の制度を始められている…。

 岸本 行政における問題意識として、国民が50%近い税負担をしているにもかかわらず、支払ったものがどこで使われ、どこまで自分たちに返ってきているか、その意思決定に参画できている感覚がものすごく薄くなってしまっている。区や都、国家予算の何億円、何兆円といったレベルでは国民の感覚として分からなくなっている。杉並区でも今年度の予算は一般会計2107億円で、介護保険や国民健康保険などを加えれば3270億円になり、この規模の予算に興味を持つのは難しいと思う。参加型予算では、例えば社会福祉や学校、まちづくりなど身近なお金の使い道を考えるきっかけになることを狙っている。自分たちの払っているお金について知る権利があるし、行政がいくら周知を行っても、それを受け取る側はなかなか把握することが難しい。ただ、実際に自分がそれに参加すれば、「一般会計予算とは何だろう」「一般会計じゃない予算があるのだろうか」と疑問も湧いてくる。特に若者たちに参加して欲しい。選挙に行くだけではなくて、地方自治に主体的に関わっていく人を育てていかないと、地方自治は先細りしていくという危機感を持っている。

――財源はどこから手当てするのか…。

 岸本 初年度に関しては、国税として徴収し各市町村に配っている森林環境譲与税を杉並区で積み立てた基金が6000万円程度あり、この基金の使いみちを23年度にインターネットなどを通じて提案を募集し、ネット投票などで提案を絞り込み、24年度予算案に盛り込むことを考えている。区長に就任し、参加型予算をやりたいと言ってもネックだったのは財源で、区の職員が編み出してくれたアイディアだ。森林環境贈与税は森林整備を促進する施策に充てるために国から譲与されるものだが、都心で森林整備というのも使い道がなかなか難しい。今回に関しては、森林整備という制限のなかで、試験的に区民からアイディアを出してもらって使い道を決めてもらうことにした。初年度の参加型予算は森林整備と使い道が限られてしまうが、住民参加のシステムをまず作ってみて、制度をスタートさせたかった。将来的には、財源を工夫して用途を広げていきたい。一方、地方自治には議会があり、予算は議会の議決に基づき成立するものなので、区議会での賛否両論は当然想定される。ただ、これは割合の問題だと考えていて、杉並区の一般会計予算が2000億円あるなかで、0.1%にも満たない額を、まさに市民教育とか主権者教育に使おうという趣旨であって、これは区政にとってプラスだと強調したい。住民は収入の半分近くを行政システムに支払っており、その使い道を決め、支払った金額に見合った利益を受ける権利を持っているはずだ。

――海外での経験を踏まえて、日本の自治体で改善すべき点は…。

 岸本 議会改革は本当に重要なテーマだと考えている。日本は地方議会の投票率の低さが際立っており、今回の統一地方選では50%を切ってしまった。もっと主権者教育を行って、特に20代の若者に地方自治に興味を持ってもらい、投票率を上げる必要があると思う。地方議員のなり手不足も問題だ。その背景には、それなりに忙しいのに給料が安く、魅力が感じられないことがある。DXなどの活用で議会も効率的に運営できるはずで、副業を認めたうえで議会は夜に開催するなど、議員の負担を減らすことは必要だ。杉並区では新任の区議が増え、区長も新任なのでそれぞれ未知数な部分も多いが、もちろん議会改革は歓迎するし、私は行政として頑張っていきたい。

――人口減少については…。

 岸本 杉並区の人口は微増傾向にあるので、人口減少は当面は大きなテーマではない。どちらかというと人口増加に対応する問題解決が求められている。もちろん人口増減に関係なくやらなければならないが、子育て世代への支援や住宅の確保、学校教育の充実など基礎自治体として当然やるべきことで、これに対する緊張感は常に持っている。杉並区では、前区長の取り組みもあって保育所の待機児童はゼロを達成している。むしろたくさん作った区の保育所に空きができ始めている。これについては、これまではフルタイムの共働きの家庭のための保育に区の予算を充てていたが、現在、さまざまな働き方や修学する親にも保育が必要だと考えている。社会全体で子どもを育てていくという考えが重要で、そのための社会インフラを整備する必要がある。

――区長としての課題は…。

 岸本 課題でもあり、区長の仕事としてワクワクするのはまちづくりだ。東京23区ではどの区も大きな再開発を進めており、タワーマンションを建てて富裕層に住んでもらい、入ってくる住民税で区役所の建て替えなどをする手法が使われているが、杉並区はそういうものは似合わないだろう。身の丈に合ったレトロ感が好きで杉並区に住んでいる人が多いと思う。歴史や文化を重んじ、身の丈サイズのレトロ感を活かしながら、防災やまちづくりを進めていくという、新しいチャレンジだ。杉並区の隣には吉祥寺があり、中央線を使えば新宿も近い。ショッピングモールや映画館は杉並区の周りに山のようにあるなかで、杉並区では他の価値観を追求していく一つのモデルケースを目指している。ただ、大規模な再開発を行わないと国からの補助や企業の設備投資資金など、官民の資金が入ってこなくなってしまうが、そうではなくともまちの発展はできるということを区民の人達と一緒に考えていき、ある意味では最先端の都市に、それでいて身の丈にあったレトロ感を重んじていきたい。

――国への要望事項は…。

 岸本 まずは、いわゆる「ボートマッチ」を行政が行えるような仕組みづくりだ。これはオンライン上で「性の多様性についてどう思いますか?」といった質問に答えていくと自分の考えに近い候補者を表示してくれるサービスで、有権者への情報提供の一つの手段だ。国政や県知事選では新聞社などが行っている。杉並区の選挙管理委員会では、今回の区議選で70人近く立候補者がいたため有権者がどの候補者を選べば良いのか分からなくなってしまっている恐れがあったため、選挙啓発の一環としてボートマッチを行おうとしたが、結果として公職選挙法に違反する恐れもあるとの総務省の見解が示されたので選挙管理委員会が中止を決定した。一方、海外では、オランダやドイツの総務省に当たる省庁で、「市民の政治参加」というセクションがあるが、そこが中心となってボートマッチの仕組みを20年以上前に作り、各自治体が選挙に応じてデータを更新し、有権者に提供している。欧州では若者を含めて70%から80%の投票率に達しているなか、杉並区の区議選では20代の投票率が20%台となっていて、これは危機的な水準だ。こうした政治を続けてきた結果、日本が停滞してきたことを考えれば、地方自治でもボートマッチの仕組みを利用し、積極的な政治への参加を促せるようにすべきだ。自治体がやろうとしてもできないのだから、国として自治体が利用できるシステムを作って欲しい。また、非正規の公務員、つまり会計年度任用職員の処遇を上げて欲しい。元々は非常勤職員の処遇改善を目的に始まった制度であり、杉並区でも力を入れているが、総務省における自治法の改正により、これまでの課題であった勤勉手当の支給が地方自治体でも可能となったのは前進だが、この制度によりワーキングプアを全国的に作り出してしまっているのではないか。会計年度任用職員は、例えば保育や図書館などの公的施設で活用されているが、労働時間の短いパートタイマー的な勤務が主で、しかも女性が圧倒的に多い。これだけで生活するのは非常にきついのではないかと思う。経団連が長らく正規から非正規に置き換えていくことをやってきて、この結果が今の日本なので、総務省には国を挙げて処遇改善に繋がる方策をもっと考えて頂きたい。[B][N]

――個人投資家の株式保有比率低下の原因と対策は…。

 中島 個人投資家の株式保有比率は低下しているが、保有残高自体が減っている訳ではなく、海外投資家や日銀のETF買いが増え、また個人投資家も投資信託経由での購入が増えており、結果として個人投資家の保有比率が低下している。こうした状況の中で、政府は資産所得倍増プランを策定し、NISAの恒久化および抜本的拡充を決定した。NISAの利用推進は、個人投資家の株式保有比率低下への対策にもなると考えている。

――金融経済教育を推進する組織も新設する…。

 中島 いざ投資しようというときにどうすればいいのかわからない、自身に相応しい投資商品がわからないといった状況では安定的に資産を増やしていくことは難しい。そうした課題へ対応するため、金融経済教育推進機構という法人をつくり、国として本格的に真正面から金融教育に取り組もうとしている。機構の運営の詳細は、まだ決定していない。ただ、我々としてはできるだけ民間のリソースを活用したいと考えている。法案の審議状況などを見ながら今後具体的な内容をよく考えていきたい。

――株式市場においても経済安全保障に対する警戒感が高まっている…。

 中島 日本市場のことを考えれば、海外投資家を含めて幅広く、多様な参加者がいて、厚みを持ち、厚みがあることによって市場の安定が図られるべきで、グローバルに開かれた市場としていく方向に変わりはない。ただ、経済安全保障の観点は重要だ。外為法において出資規制が強化され、海外投資家が日本株を買う場合で、問題となりそうな場合はこの法律で対応することが基本的となる。今後も法律という透明な形で対応すべきだと考えている。外為法の規制見直しにあたっては、経済安全保障と海外投資家にとって魅力ある市場の両立に向けて、金融関係者の意見も踏まえながら議論を行い、いまの仕組みがつくられている。金融庁も経済安全保障に対する問題意識は高い。一方で、我々に経済安保の知見が十分にあるとは言えないため、政府として専門家などが地政学的リスクを分析しており、そうした点について金融庁も政府の一員としてコミュニケーションをとりながら取り組んでいる。今後制度開始が予定されている経済安全保障推進法では、「金融」が重要インフラのひとつに挙げられており、例えば、有事の際に銀行の勘定系システムが停止してしまうと日本の金融システム全体に影響を与える恐れがある。このため、勘定系システムなどの基幹システムをつくる際に、経済安保の観点からチェックをするなどの対応が想定されている。

――台湾有事に伴う中国リスクを開示すべきではないか…。

 中島 有価証券報告書では会社が有しているリスクをきちんと開示することを求めており、すでに特定国で売上高または有形資産が全体の10%以上ある場合については開示を求めている。また10%未満だとしても投資家にとって必要であれば開示するよう促している。中国や台湾とビジネスをしなければ収益を逃すことにもなるため、ビジネスをしているがリスクをきちんと認識しており、有事が発生すれば対応できる旨を含めて開示することが、投資家にとって重要だと考えている。形式基準については未来永劫変わらないということはなく、常に投資家にとって必要なものを考え、どれを義務付け、どれを任意とするのか不断に見直していくに尽きる。現時点における海外に関する開示体制はそれなりに十分だと考えている。

――市場国際化の遅れの要因である所得税の高さを埋める手立ては…。

 中島 日本のように経済規模がある程度大きい国が、タックスヘイブンの国のように税率引き下げで投資を呼び込むというのは考え難い。このため、日本の場合は、市場としての魅力を高めることで投資を呼び込むことが重要であるという考えから、コーポレートガバナンス改革などに取り組んでいる。ややもすると日本企業は内部留保を貯めがちであるが、収益を上げるための投資を行うようになれば海外投資家の関心は高まる。またサステナブル・ファイナンスにおけるアジアのハブとする方策も考えられる。グリーンや脱炭素に向けた移行などにおいては多額の資金が必要となっており、つまり金融が必要とされる段階に入ってきている。また日本には地球環境に有用な技術がそれなりにあり、人材もいる。さらには資金もある。そうした要素を組み合わせれば、日本がグリーンの国際金融センターとなり、アジアにおけるプレゼンスを高めることも可能だ。例えば、昨年、日本取引所グループに設置されたESG債情報プラットフォームにおいて、単に日本の債券だけではなく、アジアの債券も閲覧できるようにするなど情報を拡充すれば、魅力的な家計金融資産というメリットもある日本に世界中から人や資金が集まることが期待される。

――社債市場が余り発展していない…。

 中島 金融庁が社債発行にブレーキをかけているということはまったくない。昨年の金融審議会でも社債市場の活性化に向けた議論を行った。制度的には法的な義務を負うことになる社債管理者をだれが担当するのかという、社債管理の担い手確保の問題があるだろう。ただ、日本でなぜ社債発行が活発化しないのか。企業にとってメリットがあれば社債を発行するだろうし、メリットがなければ銀行借り入れとするだろう。企業サイドから発行ニーズはあるが発行できないという声があれば対応しなければならないが、日本は歴史的に銀行の借入金利が低く、社債の方が手間・コストがかかると言われている。海外のように元から金利が乗っている世界とは異なることから社債発行のニーズが高まらない。しかし、いつまでたっても鶏と卵の話では仕方がない。企業の資金調達手段の多様化の観点からは株と銀行借り入れに社債発行を加えることができ、また投資家サイドにとっても国債以外のフィックストインカムの投資先となるため、社債市場に厚みを持たせる必要はある。投資家による社債の評価に必要な情報が開示されることも重要だ。社債権者となる投資家には、担保も含め銀行が発行会社に対する融資にどのような条件をつけているのかが見えない。その点、見える化によって投資判断にあたって不利にならないようにすることなどについて、金融審議会での議論などを通じて推し進めている。現状発行がないBB格については、金利が乗ればリスクを取れる投資家は出てくるだろう。しかし金利が乗らなければ投資家にメリットがなく、投資家がつかない。これも鶏と卵の話だが、投資家層を厚くし、リスクをとって高利回り社債を求める投資家の存在も必要である。

――欧米の金融不安に起因する見直しの必要性は…。

 中島 現時点で日本において変えようと考えている金融規制はない。やみくもに規制を変えるのではなく、いま何が起きているかをきちんと整理し、どのような原因で破綻なり、経営不安が起きたのかを見極めたうえで、必要であれば手直しをしていく。まずは現状の金融システム不安を沈め、その教訓をどう生かしていくかが重要だ。日本の地銀は全体感で言えば、資本が厚く、有価証券において海外金利上昇に伴う含み損はあるものの、株高による含み益がある。ただ個別行でまちまちでもあるため、個別に有価証券リスクの管理態勢の整備を求めている。日本の銀行が破綻するとは考えていない。しかし、リーマンショックのように、世界景気が大きく落ち込めば、日本の金融機関も影響を受ける。今後の世界の経済動向や金利動向に対する関心は高く、それらが金融機関にどのように影響を与えるかを注意深く見ていかなければならない。[B][X]

――米中の外交対応の報道を見ていると、最近は中国のプレゼンスが目立つ…。

 貞岡 米中関係を考える際には、現時点の状況だけを見ていると近視眼的になりがちだ。「木を見て森を見ず」とならないために、「トゥキディデスの罠」を下敷きに考えたい。トゥキディデスの罠とは、新興国と覇権国が対立した場合にしばしば戦争に至るという現象を指す。2017年に、グレアム・アリソンハーバード大学教授が著書で紹介した。トゥキディデスはスパルタとアテネによるペロポネソス戦争の歴史を研究した古代ギリシャの歴史学者で、アリソン氏はその人にちなんで現象を名付けた。同氏が率いるチームの研究によれば、過去500年の大国同士の争い16件のうち、12件つまり75%が戦争に至ったという。戦争になった最近の例でいえば、第一次・第二次世界大戦だ。第一次世界大戦は新興国ドイツが覇権国だった英国に挑戦し、敗戦した。第二次世界大戦はドイツと日本が米国に挑戦して負けた。また逆に言えば、4件だけは平和的に解決されている。一つの例は冷戦だ。旧ソ連は覇権国の米国に挑戦したが、冷戦構造によって封じ込められ、自然に衰退した。もう1つの例は、第一次世界大戦後の英国から米国への覇権の移り変わりだ。英国は第一次世界大戦に勝利したものの疲れ果て、加えてワシントン海軍軍縮条約によって海軍の主力艦の総トン数を制限された。その結果、覇権国の地位がイギリスから米国に平和的に移ったと歴史家は見ている。この研究に照らして現在の米中関係を考えると、覇権国に当たるのは米国だ。米国は、第一次世界対戦後から第二次世界大戦を経て現在に至るまで軍事大国で、世界一のGDPがあり、基軸通貨体制もある。国際秩序はこれまで軍事力、経済力を持つ米国を中心にして回ってきた。そこに力をつけてきた中国が挑戦しようとしているという図だ。米国には大国思想が、中国には中華思想がある。ともに自分たちが世界の中心だという意識だ。どうしても、覇権国対挑戦国として、対立の要素が非常に多い。

――今後、米国と中国のどちらが勝つのか…。

 貞岡 米国も問題を抱えている。最大の問題は「分断」だ。ただ、米国は建国当初からいろいろな考え方、出身の人々が集まった、まさに「合衆国」であり、南北戦争という最も大きな分断を乗り越えて現在の大国になっている。米国はバラバラになっても敵があればまとまる国でもあり、私は分断については心配していない。2つ目に人口減少だ。しかし、米国には移民が流入しており、社会の新陳代謝が促されている。加えて、軍事力も世界一を保っている。一方、中国はどうか。問題の1つは共産主義体制だ。共産主義では経済は回せない。いずれひずみが大きくなり、それ以上の経済発展はしないという段階がくる。人口減少も経済に打撃を与える。さらに、最大の問題は、現在の中国が習近平国家主席の独裁体制ということだ。共産党体制においても集団指導体制を取っていれば正しい方向に進む可能性が高くなるが、いまの中国の体制では指導者が「右向け右」と言えば皆が右を向く。米国にもいろいろな問題はあるが、民主主義の下、選挙で指導者を選び、その過程を自由なマスコミが批判する環境がある。やはりその点も米国が強い理由だ。

――米国は中国に対し半導体輸出を規制し、世界的な西側包囲網によって中国経済は孤立しつつある。中国はこれからどうするのか…。

 貞岡 中国のとる道は3通り考えられる。「負けました、これからは国際社会の優等生となります」と譲歩して意見表明する。もしくは、抵抗は続けるが軍事的手段は取らない。この場合、デカップリングによって中国経済は縮小し、貿易マーケットも減っていくことでジリ貧になる。3つ目は、「このままやっていても将来的に米国との競争で負けていくしかない」ということで、米国に牙をむくという選択だ。現在の米国は、ウクライナ侵攻を見ていても分かるように、できるだけ戦争はしないという方針をとっているが、例外がある。米国はやられたら必ずやり返す。習近平がまかり間違ってグアムやハワイ、ロサンゼルスにミサイルを撃てば絶対に反撃があり、それが第三次世界大戦になるだろう。戦争にならないとして、指導者がかつての鄧小平のように「ここは喧嘩をせず、世界と仲良くやってお金をしっかり稼ぎましょう」と言える人物に代われば、世界は平和になるが、中国は世界第2の地位に甘んじることになるだろう。それが中長期的に見た米中関係だと考える。

――台湾侵攻などのリスクは…。

 貞岡 リスクはある。ただ、結論から言えば、台湾が平和的に統一されればもちろん、武力によって統一されたとしても、米中関係はそれほど傷つかない。まず、習近平は平和統一の可能性を最大限探るだろう。軍事力を使うにしても、台湾の周囲の海上封鎖など、被害を出さずに軍事力を示し、それによって台湾に選択肢を与えるという体をとるだろう。そうした場合、台湾の民衆がどう反応するか。香港を見れば、19年の大規模デモ以降、中国が1国2制度50年の約束を破って次々と本土化を図っており、香港国家安全維持法に押さえつけられた結果、今は抗議の声がほとんど聞こえてこない。台湾でも、「統一されてもしばらくの間は本土とは違う体制ですよ」「従来と同じように商売してもいいですよ、自由に行動していいですよ」という条件を与えられたら、「戦争するよりはいいじゃないか」と受け入れる世論が出てくる可能性も高い。そうなれば、台湾国民が「抵抗していない」のに米国や日本は介入なんてできない。そのストーリーを習近平は最後まで諦めないだろう。もしストーリーが成立せずに武力侵攻に至るとしても、台湾の地形を考えると簡単ではない。台湾は周囲を海に囲まれ、中央に巨大な山脈が背骨のごとく走っているため、なかなか上陸できる場所がない。台湾が抵抗すれば、中国が相当な被害を出さないと成功しない。また、米国が介入するとすれば、台湾に部隊を派遣せず、後方支援で終わらせる可能性が高い。米国自身が攻撃されれば話が変わるが、習近平はしないだろう。結局のところ、いわゆる米中の全面対決にはならないのではないか。

――中国国内の格差問題や経済問題によって中国で内乱が起きる可能性もある…。

 貞岡 ひとえに今後の中国の経済発展しだい、共産党が14億人の民を食わせられるかどうかだ。万が一、地震などの天災や経済政策の失敗で多くの中国国民が「飢える」ということになれば、中国の過去の歴史同様に、内乱の可能性は高まる。一方で、過去の歴史になかった要素として、技術の発達によって人々を監視する技術が飛躍的に進歩している。人々の間でまたたく間に情報が伝播するという面もあるが、IT技術の進歩がどのように中国の今後の安定に寄与するかは不透明だ。

――中国の外交的プレゼンスは長期的に見ればたいしたことはないのか…。

 貞岡 現在、和平外交で得点を稼いでいるような面もある。一方で、中国大使の発言では、駐フランス大使による旧ソ連諸国の主権を疑問視する発言や駐日大使の台湾情勢をめぐる脅迫的な発言などが表面化している。一方では和平に重きを置くというポーズを取りながらも、文字通り「衣の下から鎧が見える」様相だ。そのような状況には、専門家だけでなく西側諸国の大衆も、「中国は信用ならない国だ」と感じているのが実情ではないか。中国がウクライナの和平に成功すれば、短期的に得点が稼げるかもしれないが、その他の中国の覇権主義的な「悪い」評判、行動はなかなか消えない。1つ良いことをなしたからといって、残りの99をなかったことにするのは難しい。そうしたことを勘案すると、中国が米国に代わり世界のリーダーとなるのは遠い将来のことではないか。[B][L]

――世界中でデジタル通貨の開発競争が巻き起こっているが、その結果、基軸通貨ドルが脅かされるとの懸念もある…。

 山岡 デジタル通貨について現在多くの国が調査研究をしているが、その隠れた思惑として通貨間の競争激化が意識されている。とりわけ、中国のデジタル人民元への政治側の警戒感は根強い。主要国の中で先駆けてデジタル通貨の調査研究を進める中国について、各国の政治サイドでは「国際通貨の主導権を握ろうとしているのではないか」という懸念が目立つ。もちろん、各国とも中国警戒論をデジタル通貨の調査研究の表向きの理由にしているわけではなく、公式には「デジタル技術で金融インフラの利便性を高める」という目的を掲げている。ただ、先進国ほど中央銀行によるデジタル通貨の発行は難しい問題を抱える。発達した銀行システムを持つ先進国で中央銀行が自らデジタル通貨を発行すれば、民間銀行の預金を奪うかもしれない。中央銀行が個人や企業に直接貸出を行うのは不得手であるため、民間銀行の貸出や資金仲介を縮小させ、効率的な資源配分を損なう可能性があるからだ。

――先行している中国での運用の結果は…。

 山岡 中国は2014年にデジタル人民元の調査研究を始め、中国の人々が実際にデジタル人民元を使う試験運用の段階まで至っている。しかし、アリババのアリペイやテンセントのWeChatペイを凌駕して使われる状況にはなっていない。アリペイやWeChatペイのアプリは、買い物や各種チケットの予約など、中国の人々の生活を全面的にサポートしているが、中央銀行が自らのデジタル通貨に直接、このような多様な商用サービスを付けることは難しい。このため中国の人々にとっては、やはりアリペイやWeChatペイの方が便利だという評価が多い。これは、自律的に発達を遂げた民間のデジタル決済インフラを中央銀行デジタル通貨が凌駕することは適当でないうえ、現実にも難しいことを示唆しており、他国にとっても有益な情報だ。このことを踏まえ、デジタル人民元が人民元自体の国際的プレゼンス向上に顕著に寄与するわけではないだろうという冷静な見方も、最近では出てきている。

――なぜ中国はデジタル通貨を発行したがっているのか…。

 山岡 中国当局から見れば、アリペイやWeChatペイを運営する民間企業が国内の支払決済インフラを占拠することは由々しき事態だ。中国当局としても、アリババやテンセントが民間企業としてある程度成長することは歓迎するし、自由な経済活動を尊重しているというアピールにもなる。しかし、これらの民間企業が中国共産党より強大になることは歓迎していない。とりわけ近年、中国はアリババやテンセントといった巨大ハイテク企業に強い規制をかけるようになっている。したがって、デジタル人民元の隠れた目的としても、アリペイやWeChatペイへの牽制という趣旨はあるだろう。同時に、中国当局は最近、デジタル人民元が実現しても、これはあくまで民間の決済インフラの補完であるという説明ぶりに変えてきている。このことも他国にとって有益な情報だ。欧米や日本も、決済インフラの主役は民間であり、仮に中央銀行デジタル通貨が実現するとしても、それはあくまで民間との協力のもとで発行されるというスタンスを、一段と明確にしている。

――デジタル通貨発展の方向性は…。

 山岡 現時点で中央銀行デジタル通貨に期待される役割としては2つが考えられる。一つはライフラインとしての小口デジタル決済サービスだ。例えばスウェーデンは、国土は広いが人口は少なく、現金の流通にはコストがかかる。日本のように全国どこでもATMがあるわけではなく、人々が現金を入手するのは大変だ。そうした中、少額の支払い用の、現金代わりのデジタル通貨を中央銀行が自ら供給すべきではないかという問題意識が、検討の背景にある。また、銀行口座もクレジットカードも持たない人々に、社会インフラとしてのデジタル通貨を提供すべきではないかとの議論もある。もっとも、途上国や新興国は別として、このようなニーズが先進国でどの程度あるのかは分からない。もう一つはその対極であり、銀行間決済やクロスボーダー決済の利便性を高める、ホールセール決済手段としてのデジタル通貨だ。クロスボーダー送金にはコルレスバンクを介して何日かかかることが多いが、中央銀行デジタル通貨の整備を各国で進めることで、クロスボーダーを含めた大口決済の利便性を高められないかなどが論点となっている。ただ、各中央銀行は既にRTGS(Real-Time Gross Settlement、即時グロス決済)を構築している。例えば、日銀の日銀ネット、欧州のTARGET2、米国のFedNowなどだ。中央銀行デジタル通貨が、これら既存のシステムを超える価値をどの程度創出できるのかが論点となる。また、決済の利便性向上に向けて、日銀ネットなど既存のRTGSの改良を通じて実現できることもたくさんあるだろう。

――関連する技術としてブロックチェーンの活用が進んでいる…。

 山岡 ブロックチェーンを本気で決済手段に活用していくならば、やはり決済手段の価値の安定が求められる。これらの技術を使って短期的に儲けようとする人々は仮想通貨に飛びつきやすかった。発行にコストのかからない仮想通貨なら、1円でも買ってくれる人がいれば発行者はシニョレッジ(通貨発行益)で儲かる。ただ、このような仮想通貨は価値の変動が激しく、決済手段には使えない。また、近年注目を集めたNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)も、残念ながらこれまで投機目的として注目され過ぎてしまった。さらに「NFTの決済にはブロックチェーンを使う仮想通貨が便利」と喧伝されがちで、そうなると、投資対象も決済手段もリスクが大き過ぎ、一般の人々が入りにくいマーケットになってしまった。しかし最近では、投機色の強い市場で多くの事件が起こり、各国が市場健全化の意識を強く持つようになっている。例えば米国では、「ステーブル」をうたいながら実際には価値安定化の枠組みが十分でないステーブルコインについて、規制を強化する動きがある。これらを通じて過度に投機的な動きが淘汰されれば、金融市場として、ブロックチェーンが適切に活用される良い方向に向かっていくと思う。ブロックチェーンは、従来は取引対象化が容易ではなかった権利や価値を新たに取引対象にできる可能性を広げており、この技術を活用する上では、デジタルアセットを巡る制度設計が重要になってくる。

――日本で中央銀行デジタル通貨が実現するための課題は…。

 山岡 まず、現在の日本銀行法の枠組みの下で発行できるのかどうか自体が論点だ。例えば、決済の利便性の観点から、デジタル通貨は1円単位で支払えないと意味がない。日本銀行法では日本銀行は「銀行券を発行する」とあるが、銀行券の現在の最低金額は1000円であり、中央銀行債務を一般向けに1円単位で発行しようとすれば、何らかの法律・政令の改正が必要となる可能性がある。さらに、サイバー攻撃への対策も重要だ。ハッカーは大規模なシステムをハッキングすることにプライドを見出すので、中央銀行デジタル通貨はサイバー攻撃の標的になりやすい。また、現金はプライバシー保護の点では良くできたシステムで、千円の銀行券は「1000円」という価値情報しか持たないため、発行者である日銀も「誰が何を買ったか」は分からない。ところが、中央銀行デジタル通貨の設計次第では、中央銀行がそうした情報まで把握できる可能性がある。中国がデジタル通貨の実験を始めた際には脱税防止が目的の一つに掲げられており、利用者の情報の把握が暗に想定されている。日本でも今後同様の論点が生じる可能性があり、当局がデジタル通貨を通じて人々の日常取引の情報を把握することをどこまで許容するかが議論となり得る。

――今後の取り組みは…。

 山岡 私が座長を務めるデジタル通貨フォーラムでは、中央銀行ではなく銀行をはじめとする民間企業が円建てのデジタル通貨を発行するスキームを想定している。このスキームでは、民間銀行預金をそのままブロックチェーン対応にすることや、人々が預けた預金を見合いに民間銀行がデジタル通貨を発行することを考えている。これにより、中央銀行がデジタル通貨を発行する場合に問題となる「民間銀行預金の侵食」を避けられる。また、仮に中央銀行デジタル通貨が発行されても、共存は可能と考えている。デジタル通貨フォーラムは金融機関のほか、メーカーや商社などの一般企業、オブザーバーとして金融庁や日銀なども参加しており、官民一体となって検討を進め、民間デジタル通貨の実現とデジタル技術を通じた社会課題の解決に向けて取り組んでいきたい。[B][N]

――中国の産業政策に日本企業が飲み込まれるリスクが高まっている…。

 宗像 習近平政権は、中華民族の偉大な復興、祖国の完全統一を目標とし、富国強兵を推進している。経済と国防を協調して発展させるという「軍民融合」を国家戦略に格上げし、「中国製造2025」という産業政策を打ち出した。その中で、日本企業が強い部素材、製造設備などが狙われている。日本企業が技術を中国に持ち込むと、その技術が中国の同業に渡り、中国がその分野で市場支配力を高めていく、というパターンがある。例えば、2010年の尖閣諸島沖事件の際、中国はレアアースの対日輸出を制限した。その後、中国は、「レアアースの安定供給を望むなら、磁石の製造を中国で行えばよい」と日本の主要企業を誘致した。磁石材料製造のための技術や製造装置は、武器製造にも用いられうるものであり、「通常兵器の開発、製造若しくは使用に用いられるおそれの強い貨物例」の2及び3に掲載されているが、結果として輸出され、日本企業による中国での生産が始まり、それを機に中国地場企業の競争力が一気に高まっていった。ボトルネックを克服できる技術やサプライチェーンの上流の物資を握る企業は、中国から熱烈に歓迎されている。しかし、実際に足を踏み入れてみると、大局的には技術を奪われていくという構造になっている。在中国欧州商工会議所のレポートでは、最初は「ビジネスクラス」待遇で歓迎され、技術が移転され中国の同業企業が育った後は、「貨物庫」送りになると表現されている。もちろん技術は進歩し、キャッチアップが起きる。ただ、中国の場合は、キャッチアップが政府の財政支援や強制技術移転によって人為的に加速されている。先を走り続けるためには、そういった中国の産業政策の仕組みを理解し、技術の流出を防がなければならない。中国で生産していなくても、ボリュームゾーンで価格競争を仕掛けられ、収益が悪化し先端分野に投資できなくなり、競争から脱落するというパターンもある。高付加価値帯に移ればよいという議論があるが、稼ぐ力を維持するためにはボリュームゾーンで踏みとどまることが大切だ。しかし、中国政府の様々な支援によって、採算度外視の大増産が行われる場合がある。これは、既存の通商ルールでは必ずしも止められないため、同志国と連携して対応する必要がある。

――中国政府は現在、かつて日本の技術だった高性能磁石などの製造技術を自分のものとし、今度は輸出禁止とする方向だ…。

 宗像 最近の中国は、自国の市場や資源・製品に対する外国企業の依存を梃子にして、外国への圧力を高めるという、経済的威圧の動きを強めている。外国に握られているサプライチェーンのチョークポイントは、技術を獲得して自給自足化して克服し、さらには中国が自らチョークポイントを握れるところまで持っていく。この流れは、2018年以降の個別企業向けの半導体輸出規制が引き金となった。2020年には、国内外の双循環によって経済の発展を目指すという戦略を打ち出し、中国がチョークポイントを握ることで外国が対中供給を断絶させる動きに対し強力な反撃力と抑止力を持つという方針を明確にしている。今回の高性能磁石等における製造技術の輸出禁止の動きは、それを実行するものと言える。自給自足化のための政策手段としては、政府調達も使われている。非公開の目録への掲載を条件とするなど、非常に不透明な形で外資を排除している。社長とその配偶者について中国籍であることを求めるなど、属地主義的な国産化にとどまらず属人主義的な要素も見られる。政府調達に加え、広く重要情報インフラ企業の調達で参照される国家標準を改定して、中核部品の国内での設計、開発、生産を要求する動きが出ている。米国は、中国がWTOに加盟した当初、中国が民主化に向かうという期待を持ったが、それは幻想だった。2017年の米国安全保障戦略は、「競争相手を国際制度やグローバルな通商に参加させれば、彼らは善良で信頼できるパートナーになる、という過去20年の政策の前提は間違っていた」としている。

――日本企業はそうした中国の戦略に対して、どのように行動すべきか…。

 宗像 自社の事業が中国から見てどのような位置づけにあるのかを理解することが出発点になる。中国政府が自給自足化を追求している分野では、技術が流出し中国同業が育って用済みになれば、手のひら返しで冷遇されることを覚悟する必要がある。技術情報が断片的に漏洩しても高度なすり合わせによって品質が管理されていて簡単に再現できないものもあり、現地生産を続ける顧客との関係もあり、現地でどこまでの事業活動をするかは各社それぞれの状況に即した経営判断による他ない。先ほど述べた在中国欧州商工会議所のレポートで「エコノミークラス」と言われている自動車のような川下の消費財については、政府の関与が比較的弱い。テスラは、最近、上海にバッテリーを製造する新たなギガファクトリーを建設することを発表した。車両のセンサーが収集するデータのみならず工場の生産管理データも中国企業との合弁のデータセンターに置くことを求められる。中国に置くデータは内容を見られても仕方ないと割り切った上で、中国市場での事業拡大を図っていると思われる。アパレルなども政府の関与は少ないであろう。ただ、過去にも反日運動が高まったことがあり、その種のリスクは織り込む必要がある。昨年10月、米国が、先進半導体関連の対中輸出を事実上禁止する厳しい輸出管理を導入した。日本は、3月末に、高性能半導体の軍事転用防止のため、製造装置23品目(米国の対象品目とは一致しない)を輸出管理の対象に追加する案を発表した。特定国を名指しするものではないが、中国は強く反発した。その数日前には、アステラス製薬の日本人社員が突然拘束された。スパイ活動関与の容疑というが、要件がはっきりしない中で拘束するのは、威圧に他ならない。さらに中国は、反スパイ法を改正し、スパイ行為の定義を「国家機密やインテリジェンス」の違法な取得と提供から「国家機密やインテリジェンスその他国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」の違法な取得と提供に広げ、国防と関わりない産業情報の収集・交換までスパイ行為として罰することができる体制を整えているようであり、中国に駐在する人々が平時からさらされるリスクが格段に高まっている。加えて、仮に中国が台湾を武力で統一しようとした場合には、台湾に駐在する日本人社員やその家族の安全をどう守るか。日米が中国と敵対すれば、中国拠点の日本人社員や資産がどうなるのか。さまざまなシナリオを想定して、どう行動するか平時からしっかりと考えておく必要がある。

――日本では経済安全保障推進法も制定されたが、サプライチェーンについては…。

 宗像 法律によってサプライチェーンの強靭化のための国内投資などに対する支援が行われるが、一定の時間がかかる。着実にやる他ない。一方で、中国がレアアースや磁石製造技術の輸出を規制するようになり、中国に依存していると大変なことになるということが欧州にも浸透しつつある。中国はWTO加盟後世界の投資を集めて急成長したが、投資家の信頼を壊すというオウンゴールをしていることは、日本にとってある意味、大チャンスだ。「日本は世界が信頼できる製造業のハブになる」ということを国是としてアピールし、併せて海外の優秀な人材が日本で働きやすくなる工夫をすればよい。日本は、治安が良く、国民性が穏やかで、食事が美味しく、暮らしやすいが、今はあまりにも安い国になっている。この機会に、個別具体的なプレイヤーを念頭に置いて、どのような政策を行えば産業集積を取り戻せるのかを綿密に検討して実行すれば、日本にとって久しぶりに本格的な成長ストーリーが描けるのではないか。ただしそのためには、顧客目線で考える必要がある。

――日本政府がやるべきことは、お客さん目線になって政策を考える事…。

 宗像 政策は往々にして上から目線で作られがちだが、成功している企業は、自社のビジネスを一旦離れて、顧客が何を考え、どのような生活をして、どのようなモチベーションを持っているかを、顧客目線で考えるところから出発して商品やサービスを構想し、顧客層に試してもらって改良を重ねてから発売し、その後もアップデートを続ける。日本政府も、何をどう変えれば企業が日本に留まりたい、日本に来たいと思うのかをしっかり調査して政策を設計し、一度作った制度も顧客体験の観点からアップデートし続けることが大事だ。米国のインフレ削減法(IRA)は、産業界と緊密に話し合って設計された制度ではないか。非常にドライなグローバル企業に評価してもらうために、周到に政策を設計し、投資のリターンが見込まれる部分に的を絞って、世界との補完関係を考えつつ進めていけば、日本再興のストーリーが描けるだろう。そう思うと、オウンゴールで信頼を失っている中国に感謝の念すら湧いてくる(笑)。今まで成長戦略が難しかったのは、日本がどのような姿を目指すのかが明確ではなかったからではないか。しかし、今は大調整の波が来ている。この機会に観光だけでなく、日本に定住して地域振興に貢献してくれる外国人を増やしていくのもよいのではないか。政府が本気になれば、今まで制約だと思われていたことも克服できる。脱中国の受け皿になってお客さんを呼び込むという明確な目標に向かって、官民一緒になって頑張っていただきたい。[B]

――黒田氏が日銀総裁を退任した。黒田氏が行った大規模緩和、いわゆる黒田バズーカについて改めて評価をしたい…。

 A 黒田バズーカは、いわゆるアベノミクス、安倍元首相が押し進めた経済政策の一つだ。このため、アベノミクスの評価の中で論じられるべきだろう。そのアベノミクスは一言で言えば、太平洋戦争並みの犯罪的とも言える大失敗だ。理由は、国の借金が約2倍の1200兆円に増えたものの、GDPは500兆円台のまま変わらず、また実質賃金は減少してしまった。会社経営に例えれば、会社の負債が2倍に増えたものの、売上は余り変わらず、賃金はむしろ減ってしまったという状況で、経営陣が3回ぐらい総退陣しなければいけない赤字会社の末期症状だ。

――何故そうなったのか…。

3本の矢とも失敗

 B 多くの人が指摘しているのは、アベノミクスが掲げた規制緩和、財政出動、大規模緩和の3本の矢のうち、規制緩和と財政出動は余り行われずに、いわゆる大規模緩和の一本足打法になってしまったというわけだ。しかもその大規模緩和も続け過ぎて、効果よりも副作用が大きくなってしまい、景気促進効果を失ってしまったということだろう。

 C 規制緩和は初めのうちは色々言われていたが、しばらくすると何も言われなくなった。そこは規制緩和により権力が奪われるのを嫌った霞ヶ関の役人の勝利だろう。一方の財政出動の方は、確かに予算規模は膨らんだものの、税収も大幅に増加しており、また、国債費(国債の利子)は大規模緩和により少なく抑えられたままで民間から国へと富が移転する構造が続いている。そしてこれがデフレの要因の一つにもなっている。

 A 税収の増加は、もちろん消費税の引き上げが大きく、これに加えて上場企業のROE推進によるスリム化経営で法人税や配当課税が増加したことも見逃せない。スリム化経営によって、外国人投資家も喜ばせた半面、賃金と設備投資と下請け企業への支払いなどが抑制され、これも消費増税とともにデフレ圧力となった。つまり、財政出動による景気刺激策は実質的には行われていないと言って良い。

大規模緩和の継続で無駄の山

――規制緩和はともかく、財政出動が行われず大規模緩和も緩和効果が無くなっていれば、デフレは治らんわな…。

 B 大規模緩和も初めのうちは効果があったと思うが、続けているうちに副作用ばかり目立って効果が無くなった。副作用の最たるものは、Cが指摘したマイナス金利や長期金利抑制により国債費が抑制された結果、富が国民や企業や金融機関から国へとシフトしたことが一つ。大規模緩和の継続によりいわゆるゾンビ企業が生き残ったことや、財政支出が容易にできることにより財政の無駄使いが巨額となって、官民ともに日本経済を無駄の多い成長できにくい体質にしてしまった。

 C デフレの要因としては、税収の増加やマイナス金利の他に、企業の海外進出やDX化、少子化も挙げられる。海外進出は米国に巨額な貿易黒字を糾弾された結果の対策だが、それにより貿易立国から経常黒字立国に変身したものの、経常黒字による円高と極めて安い輸入製品や海外賃金によるデフレ圧力に晒されることとなった。その意味では円安効果を生むマイナス金利政策は、リーマンショックの後もそうだが、安い製品輸入によるデフレ効果を緩和する一定の役割は果たしたと思う。

完成度低い国際収支立国

 A 問題は、マイナス金利政策やYCC(イールドカーブコントロール)が大幅な経常黒字によるデフレ効果を緩和している間に日本経済を次のステージに引き上げられずに、ズルズルと大規模緩和を続けてしまったことだ。円高をうまく利用した政策、例えば外国人労働者の期間雇用の大規模な解禁や国際金融の抜本的強化策の導入など規制緩和や抜本策が打ち出せずに、それまでの円安・輸出立国政策を変えられなかった。このため、今でも円安により外国人観光客を増やそうなどと言っている。政策立案の発想が40年くらい古い。最もそれには輸出中心の経団連企業の体質に依るところも大きかろう。

――デフレのそもそもの原因は、バブル崩壊後の日銀の金融引き締めの長期化と、バブルと金融不安の再来を恐れ銀行を規制した金融庁の金融監督指針の問題だった…。

 B 日銀の金融引き締めは白川総裁から黒田総裁に変わった時点で緩和に転換し、金融監督指針も既に変わっていて、その2つはさすがにデフレ要因では無くなっている。しかし、黒田バズーカによる大規模緩和は国の膨大な借金作りや経済の非効率化を促進させた。また、金融監督指針が変わったと言っても金融機関が融資体制を変えるには10年タームで時間がかかるし、マイナス金利により体力が衰えている現状では新たな投資も難しい。結局、メガ三行の海外融資や地銀の海外投資を除けば、国内ではDX化などによるコスト削減が中心になる。つまりそれはデフレ経営だ。

減税が出来ないことも問題

 C 日本の財政政策が財政支出ばかりで減税をしないこともデフレ要因の一つだ。財務省は利下げを嫌ったかつての日銀と同様に、減税は「負け」という信念を持っている。それはそれだけなら確かにその通りだが、減税の代わりに財政支出するとなると話は別だ。というのは、日本の場合は一度財政支出を増やすと中央官庁の省利省益から二度と減らすことは出来ず、それが経済の非効率化を促進しかつ財政が非健全化し国民の富をも奪うためだ。また、国民の自由な経済選択が反映される減税と異なり、財政支出は需要を反映しにくく無駄が多いことは経済の教科書にも出ている。コロナ予算はなんと140兆円の規模に膨らみ、かつその半分以上が取ってつけた支出や無駄な支出だと指摘されていることが良い例だ。

――財務省にも問題ありと…。

 A 信念から減税が出来ないだけでなく、予算を査定する主計局の機能ももうボロボロでどんぶり勘定を容認している状況だ。このままでは遠からず円安・国債安のインフレになり、その先は国債の紙屑化だ。このため、主計局の査定能力の抜本強化や会計検査院の大増強、国会の決算機能の野党化などが急務と言えよう。その手前に、一刻も早く国債発行を容易にできる今の大規模緩和を止めさせて、国債金利を正常化することで国債発行に歯止めを掛けさせないと日本国の持続性は危うい。日銀はSDGs債を買うより先にやることがある。

市場と対話できず国債介入残高が増加

 B それと日銀が市場との対話能力をつけることも急務だ。黒田バズーカの最も悪いところは市場との対話を怠り、国債買い入れという力ずくで金利を抑制してきたことだ。その結果、金利が市場機能を失って経済の非効率化に拍車をかけるとともに、500兆円もの国債買い入れ残高を作ってしまった。昨年からの円安とエネルギー価格の高騰によるGDP停滞も、日銀と市場との対話を前提として金利を自由化していればそれほどの円安にはならず、よってGDPのマイナスは防げたであろう。もっとも、円安対応で後手を踏んだのは、日銀の物価見通しが下手くそだということも問題だが。

――まぁ、まだ色々と問題はあるが、とにかく、まずは市場原理を大切にした効率の良い経済に戻し、財政規律を正常化することだな。そうしなければやはり国債は紙屑だ…。[B]

――スタートアップ育成の一環として非上場株式の整備を進められた…。

 森本 証券会社による非上場株式の投資勧誘は、日証協の自主規制規則で一部の取引を除いて原則禁止とされてきた。これはもともと、大蔵省の通達に拠るもので、当時、未公開株の取引で被害が出たため、厳しい規制をとってきた。一方、米国では10年以上前から企業の資金調達は公募よりも私募が多い状況になっており、新興企業が非上場株を使って私募で多額の資金を調達し、多くのユニコーンを輩出している。しかし、米国で自然にそうなった訳ではなく、私募の手続きについての規制緩和が大きく寄与した。オバマ政権時代のJOBS法などが代表例だ。また米国は非上場株式のセカンダリー取引も盛んで、主としてネット上のプラットフォームで取引が行われている。こうした米国の状況を見て、日本は非上場株式の発行・流通を制限しすぎであり、規制緩和して取引を活性化させるべきとの意見が強まってきた。そうしたなか、2020年に政府の規制改革推進会議や成長戦略でこの問題が取り上げられ、政府の方針として成長資金供給のために非上場株の発行・流通の活性化を図ることが示された。それ以来、金融庁と日証協で非上場株取引の制度整備を進めてきたというのがこれまでの経緯だ。

――具体的にどういった制度整備を進めたのか…。

 森本 日証協の規則を緩和し、証券会社が非上場株式の投資勧誘を可能とすることはもちろん必要だが、それだけでは非上場株の取引は実施できない。非上場株式は継続開示を行っていないため情報量が少なく、市場価格がなく、さらにリスクは大きいことから、取引はそうした銘柄でも投資判断ができる、リスクがとれる一定の投資家に限定しなければならない。また、証券会社が投資勧誘する際の具体的なルールや情報提供の方式も決めなければならない。米国においても全く自由に取引している訳ではなく、米国証券取引委員会(SEC)がレギュレーションDなどの規則を定めている。レギュレーションDでは、投資家は自衛力認定投資家という、ある程度の資産があり、投資経験がある、いわゆるセミプロ投資家に限定している。また情報開示は、継続開示に比べればずっと簡素だがフォームDと呼ばれる様式を用いることを求めている。日本においても、以前から金商法上、米国の自衛力認定投資家に相当する特定投資家制度があったがほとんど活用されていなかった。これは、特定投資家が非上場株を取引する際のルールが定められていなかったからだ。そのため、金融審と日証協の懇談会で検討し、特定投資家制度を実際に使えるようにルールを整備していこうということになった。ただし、米国の制度をただ真似するのではなく、日本の実情を踏まえなければならない。実際、日本の新興企業の資金調達環境も変化している。例えば、ベンチャー・キャピタルも以前と比べると活発に投資していて、freee(4478)やラクスル(4384)など何度も私募で資金調達をして成長してから上場する例も出ている。私募調達への証券会社の関与についてニーズを聞くと、レイターステージにおいてはかなり意義があるとの意見や非上場株のセカンダリーマーケットが必要だとの意見を確認し、それらを元に制度設計を行った。

――特定投資家制度をどのように見直したのか…。

 森本 例えば、個人が特定投資家になるためには純資産3億円以上など非常に厳しかったが、金融庁がこの要件をある程度緩和し、例えば、年収1000万円以上で一定の知識経験がある者などとした。また、日証協でフォームDに相当する情報開示である特定証券情報の様式を定め、さらに証券会社が実際に投資勧誘する際のルールを決めて、昨年7月に「特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)」としてスタートした。現在、証券各社は社内の体制整備と案件発掘に取り組んでおり、まもなく第1号が出てくると考えている。J-Shipsでは、非上場株式だけではなく、私募投信も特定投資家に販売可能となることも重要な点だ。従来から証券会社は私募投信を販売してきたが、投資家の数が50人未満という制限があった。J-Shipsでは人数制限がないのでプロ投資家向けの私募投信をより小口の金額で販売することができるようになる。

――特定投資家は国内に現段階で何人程度いるのか…。

 森本 日本国内ではまだ数百人程度に留まっている。一方、米国では1000万人以上とケタが大きく異なる。世界第2位の家計金融資産を有している日本において数百人程度と少ない理由の一つは、これまでは特定投資家になるメリットがなかったからだと考えている。しかし、今後は証券会社が特定投資家向け商品の販売勧誘を行うので、日本の非上場株式に加え、魅力的なオルタナティブ商品を提供していくことが特定投資家増加のカギになると考えている。

――非上場株取引制度の改善に向けた今後の取り組むべき課題は…。

 森本 J-Ships以外でも非上場株式の取引として、株主コミュニティ制度や株式型クラウドファンディングといった制度も従来からある。これらと今説明したJ-Shipsの取引では、例えば特定口座での取り扱いができず、損益通算できないなど税制上の取り扱いは上場株式に比べて不利となっている。このため、非上場株の税制面での取り扱いは、少なくとも上場株式並みにしてもらいたいと要望している。海外では投資家がリスクをとっているからむしろ上場株式よりも税制面で優遇されているのが実情だ。

――IPOやPOでもスタートアップ育成に役立つ改善はあるのか…。

 森本 先般のIPOプロセスの改善策の議論では、当初は専ら公開価格と初値の乖離が注目された。その後、次第にスタートアップの成長を促すためのIPOプロセスの改善という目標が共有されるようになったと思う。具体的には、現在日本では、上場前はベンチャー・キャピタルが、上場時は個人投資家がスタートアップへの主要な投資家となっている。しかし、PEファンドやクロスオーバー投資家といった他の投資家が、上場前及び上場時に参入しないとスタートアップの資金調達が増えないし、上場前後の企業評価の連続性も保てない。そうした観点から、今回のIPOプロセス改善策では、ロードショーの実効性向上やコーナーストーン投資家の慣行定着など上場時に機関投資家の参加を促すような施策を盛り込んでいる。また、従来の日証協の引受規則では、M&Aを資金の使途とする公募増資が行いにくいという問題があった。この点について今般、主幹事証券による資金使途の審査を柔軟化する規則改正を実施することにした。これにより、スタートアップのExit(出口)の一つである上場企業によるM&Aが行いやすくなることを期待している。

――総じてスタートアップへの証券投資を増やすための課題は…。

 森本 スタートアップへの証券投資は、成長性の評価になるので値付けが難しいし、換金性が低く長期投資が求められる。実際には、成長投資を専門とするファンドや機関投資家が資金供給する際の値付けを元に、他のプロ投資家も証券投資する形となる。こうしたやり方は、市場価格があって流動性がある伝統的な証券投資とは大きく異なり、規制面や証券会社の業務面で従来と異なる対応が必要になる。しかし、投資対象を市場で常時取引されていない資産に広げることは、「パブリックからプライベートへ」という証券業務の進化の方向性とも一致している。スタートアップへの証券投資拡大は、岸田内閣の「スタートアップ育成5カ年計画」の重要な柱であり、また投資家、証券業界の為にもなることなので、是非、J-Shipsなど今の取組みに道筋を付けて行きたい。[B][X]

――ロシアのウクライナ侵略以降、欧州では石炭火力発電の利用を再開するなど、脱炭素とは逆の動きが出てきている…。

 小山 ウクライナ危機によって、欧州ではエネルギーの安定供給が根底から揺さぶられることになった。ウクライナ危機前まではロシアから安いエネルギーを手に入れることで、欧州の経済と暮らしは成り立っていた。時々、供給不安の発生など不都合な点があったこともあるが、何とか乗り切ってきた。しかし、ウクライナ危機を受けて欧州のエネルギーに重大な危機が起こり、方針を転換せざるを得なくなった。国民や経済にエネルギーを安定供給することが最優先課題となり、省エネを徹底的に行いつつ、石炭や原子力の活用も進めた。脱炭素目標を掲げてはいるものの、危機対応としては何でもありということは、欧州の全ての国で共通の考えになったと思う。EUのうちドイツは、欧州で脱石炭の動きが出てきたときも国内石炭産業の存在もあって比較的慎重であった。今回の石炭火力の活用も、エネルギー危機対応で使えるものは何でも使うということになったという流れがある。ただ、欧州の政策としては、今は危機対応だから石炭を使っているという認識で、長期的に脱炭素を推進するという旗は全く下ろしていない。

――2050年のカーボンニュートラルの手前となる2030年の目標を後倒しするような動きはあるのか…。

 小山 欧州に関して言えば、その可能性はないと考えている。EUが22年の3月に発表した、「REPowerEU」は、脱ロシアと脱炭素を同時に進める計画だ。これは、もともと予定されていた脱炭素を進め、化石燃料を減らしていけば、結果的にロシア産の化石燃料を使わなくて済むという狙いがある。ただ、再生可能エネルギーへの転換を進めるといっても、すぐにロシアから調達していた化石燃料を買わずに済むわけではない。昨年はウクライナ危機を受けて米国からLNGを大量調達し急場をしのいだが、方向性としては2030年までに可能な限り省エネ・再エネを進め、電力化や水素といった取り組みで脱ロシアと脱炭素を同時に達成することに邁進している。

――欧州では原子力の利用も再び前向きになっている…。

 小山 欧州では一昨年後半ごろから原子力が脚光を浴び始めている。原子力は政治的にセンシティブな問題で、EUでは各国の判断に任せていた。こうしたなか、2021年10月にEU欧州委員会の委員長がEUにとって原子力は必要だと述べたことが注目された。そのもとで欧州では、フランスやイギリスなど原子力を推進する国が増えた。EUは、「REPowerEU」と原子力で脱ロシアと脱炭素を同時に進めるつもりで、大義名分としては脱炭素の推進が脱ロシアにつながるという論理だ。ただし、それが筋書き通りに上手くいくのかどうかについては、様々な課題があるというのが私の見立てだ。脱炭素化への移行のなかでエネルギー価格が大幅に上昇すれば、欧州といえども国民や経済が耐えられるかどうか、が問題になる。EUはウクライナ危機前の2021年10月の時点で、早くもエネルギーに補助金を付けるというそれまでは考えられなかったような手を打った。もともと先進国は途上国のエネルギー補助金を批判していたが、EUが補助金導入を検討し始めたことで日本もガソリン補助金や電気・ガスに補助金を付け始めた。エネルギー価格の高騰に対しては、先進国でさえも脆弱であることがわかる。

――各国が石炭火力に回帰するなか、日本が脱炭素を取り組めば取り組むほど日本経済の競争力が落ちる可能性がある…。

 小山 真水で一からエネルギー転換のコストを積み上げていけば、日本経済にとって負担が大きくなると思うが、日本の場合は、原子力発電の再稼働が可能であるという世界のなかで、ある意味では「特殊なポジション」にある。欧州ではこれから新しい原子力発電設備を建設するが、これには時間もコストも掛かる。これに対し、日本の原子力発電所で再稼働を果たしたのは10基なので、20基以上の今後の再稼働の潜在的な可能性がある。原子力発電所再稼働には規制機関がOKを出し、地元の合意を得る必要があるものの、設備自体は既にあるので、安全性を確保して既存の設備を利用できるようになれば、日本は世界のなかで最も効率的に二酸化炭素を減らしながら電気を安定供給し、電力コストを抑制できる可能性を秘めている。そのため、岸田総理が原子力発電の利活用を進めようとしているのは正しい選択であると考えられる。これから先のエネルギー転換を進め、脱炭素を実行するためには、水素技術やネガティブエミッションなどのイノベーションが必要だが、現段階ではコストが高い。その点でも既存の設備を活かせる原子力発電の利活用は重要だ。

――経済安保面からのコストも考えなければならないなかで、再生可能エネルギーで最善な電源は…。

 小山 再生可能エネルギーのなかで、今後最も期待が集まっているものの一つが洋上風力発電だ。ただし日本の場合、偏西風が安定的に吹いている欧州から比べると風況の面で決して有利な条件とは言えないうえ、海の水深がすぐに深くなる場合が多く、海底に設備を設置する着床式ではなく浮体式を採用することが求められるため結果的にコストが掛かってしまうことも課題だ。地熱発電は安定した電源で風力や太陽光などの不安定さはないが、一番の問題は、熱源の多くが国立公園内にあることに加え、地元の利害と対立してしまうこともある。例えば、地熱発電のために井戸を掘るにあたっては温泉事業関係者の懸念・反対に対応する必要があることのほか、水素技術も2050年のカーボンニュートラルには必須で、2030年の時点である程度エネルギーミックスに組み込まれている必要があり、そのためには現段階からロードマップを描いていく必要がある。コストの大幅な引き下げが必要不可欠なうえ、それでもどうしても相対的に高コストになる点を踏まえ、市場に導入できるような制度・メカニズムを考える必要がある。日本の場合は水素も輸入に頼らざるを得ないため、国際的なサプライチェーンを日本の企業が中心になって構築する必要がある。さらに、水素輸送に関しては、マイナス253度の超低温で液体にして運ぶことが考えられるが技術的ハードルが高く、非常にコストが掛かる。そのため、運ぶときはアンモニアなどで運ぶという選択肢もあり、現在は国際的な技術競争とサプライチェーン構築の競争が行われている段階だ。

――どのエネルギーもどこか欠点がある…。

 小山 CO2を排出せず、国産エネルギーである再生可能エネルギーも完全無欠なエネルギーではない。太陽光や風力など自然由来で不安定なエネルギーの割合が増えれば増えるほど、その不安定さを補うための蓄電池や系統増強などの対応が必要になる。その結果、専門用語で言う「統合コスト」が増大する。これは不安定なエネルギー供給を補って安定的にエネルギー供給を図るためのコストだ。再生可能エネルギーの活用が進み発電コストが下がったとしても、統合コストを勘案するとエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの適切な割合がどこかのポイントで存在すると考えている。統合コストの他にも大きな関心事項は経済安全保障コストだ。再生可能エネルギーや蓄電池、EVなどの製造に必要なレアアースやレアメタルなどいわゆるクリティカルミネラル(稀少鉱物)は今後需給逼迫が予想され、中国など特定供給源への偏在性が存在する。再生可能エネルギー利用が進めば、稀少鉱物問題由来での経済安全保障コストが高まる可能性があり、その点でも再生可能エネルギーの最適な割合を考えていく必要がある。

――政府への要望は…。

 小山 エネルギー安全保障や脱炭素は市場に全てを任せていては解決せず、適切な政策をしっかり実行することが重要だ。今日の世界情勢やエネルギー情勢の下では、国家・政策の役割が大きく、それなしにエネルギーと脱炭素の問題は解決しないし、国内政策だけではなく国際的な政策も大きな役割を持ってくる。今年はG7もあるので、日本政府が日本のことだけではなくて国際エネルギー市場の安定化や脱炭素化でリーダーシップを発揮して欲しいと考えている。[B][N]

――防衛予算の財源として外為特会を使うことになったが…。

 神田 外為特会の運用収益から出てくる剰余金については、内部留保の中長期的な必要水準を確保する観点から3割以上を外為特会利用とすることを基本としながら、外為特会や一般会計の財務状況を勘案して一般会計への繰入額を決定している。令和4年度分については昨年成立した令和4年度予算で見込んでいた剰余金の7割をこれまでと同様のやり方で一般会計の一般財源として活用することとしたうえで、昨年の予算策定時の見込みからの上振れ分を含む残る1.9兆円を一般会計に繰り入れ、追加的に防衛財源として活用することとした。外貨建債券金利上昇や、円安が急激に進行して剰余金の大幅な上振れが見込まれたなかで、24年ぶりのドル売り為替介入によって外為特会の財務状況が大きく改善したことを勘案し、大幅に活用することが可能と判断した。また令和5年度分の方は、剰余金相当額の見込みのなかで、為替・金利の動向を踏まえ、現時点で確実に発生が見込まれる1.2兆円について財源確保法(案)による特別な措置により、通常と異なる進行年度中に前倒しして臨時的に一般会計に繰り入れ、防衛財源に充てることにした。防衛費の臨時的な追加財源をファイナンスすべく、外為特会から合計3.1兆円を確保したわけだ。令和4年度分の一般財源に繰り入れた0.9兆円を合わせ、合計で4兆円を剰余金から繰り入れることになる。市場動向で剰余金が上振れたことに加え、為替介入で財務状況が例外的に大きく改善し、さらに来年度分も先取りした。こうした例外的な条件が重なったことによる金額であることから、来年以降、こんなことを続けていくことはとてもできない。いうまでもなく、国の信用における最後の砦、心臓部は外貨準備だ。政府の財政は世界最悪水準で極めて悪く、投機筋からも狙われているところ、外為特会が健全でなければマーケットから危険視される。従って、我々はその健全性を護らなければならない。今回の繰入額は、その観点からも、私自身が計算に計算を重ね(ストレステスト)、決着に向けた議論を主導して数字を固めた責任を自覚しているが、措置後も日本の外為特会は健全だ。しかし、これはあくまでも異例で臨時的な措置にすぎない。日本の外貨準備高は途上国で輸入の何カ月分と言われているよりも遙かに多いが、他方、一秒で膨大な資金が動くようにマーケットが巨大化しているなか、本当に我が国の通貨価値を護ろうとすれば決して過大ではない。昨秋の英国危機のエピソードが示すように、国は謙虚でなくてはならない。

――金融資本市場における経済安全保障についてどう考えているか…。

 神田 危機意識は極めて高い。ここまで地政学的緊張が高まり、国際秩序が危機的な状況にあるなか、法の支配といった基本的価値、市場経済を守るためにも、市場関係者も目覚めなければならない。ロシアによる不法で不当なウクライナ侵略だけではなく、台湾海峡の問題、さらに北朝鮮がICBM等を庭先に頻繁に打ってきている。こうして地政学的リスクの高まりが切迫感を増すなか、我が国経済が自律性の向上、優位性・不可欠性の確立を通じた経済安全保障の強化がますます重要な課題となっている。財務省としても極めて高いプライオリティをもって取り組んでいる。ルールに基づく開かれたグローバル経済システムの維持を通じた経済の効率性を確保しつつ、経済の強靱性強化を通じた経済安全保障を両立させていこうと考えている。例えば、対内直接投資の審査制度を適宜見直している。19年の外為法改正で国の安全等の観点から指定される一定の業種を営む上場会社の株式を外国企業等が取得する際に必要となる事前届出の閾値を10%から1%に引き下げるとともに、事前届出が必要となる業種を随時追加している。国の安全、公の秩序、公衆の安全などの観点から財務大臣および事業所管大臣が事前に審査を行い、問題があると認められる場合、取引中止の勧告・命令を行うことが可能という、他国同様、市場との関係では例外的に強い財務大臣の権限となっている。更に、G7でも財務トラックでは、経済安全保障を優先課題の一つとして掲げており、サプライチェーンの強靱化、新興・途上国の基幹インフラへの投資、国際決済システムの在り方について議論を深めている。

――実際に買収防衛の効果がでているのか…。

 神田 最も大きいのがデタランス(抑止)だ。実際に取引中止となるリスクに加え、レピュテーションリスク(ネガティブな情報が広まった場合のブランド損失リスク)もある。「外為法に引っかかるのではないか」との懸念が会社の決定に大きな影響を与えている。ノーアクションレターを出しているわけではないが、私への問い合わせは相当に多い。また米国案件に関する問い合わせもある。日本はそれほどではないが、米国の場合、制裁に引っかかると企業として業務の継続性が難しくなるためだ。その点、米国案件では我々は過去にはありえなかったほど米当局と頻繁に相談している。例えば、経済安全保障や制裁、投資審査の実施は米国等と一体になっており、通常のカウンターパートである国際担当次官に加え、制裁や経済安保担当の副長官や次官のラインとも、日々、相談している。昨年の対ロシア制裁のロシア産石油価格上限(プライスキャップ)についても米当局と相当詰めた。ロシアが無謀なことをしているために、むしろ海外当局との一体感が高まっている。また、昔では考えられないが、マーケットが不安定になれば、毎晩のように主要国の金融当局者と電話・ビデオ非公式会議を開催し、金融情勢などの議論を繰り返すという団結した行動が取れるようになっている。今は日本がG7やASEAN+3の議長なので、私が召集することも多い。

――一方で、経常収支が大幅に減っている…。

 神田 21年が22兆円の黒字で、22年が11兆円の黒字と半減しており、そこには構造的な問題が根本にある。日本はモラルハザードを包摂する政策により、成長産業への資源、特に労働力移動を抑制し、国際競争力を高める努力をしていないため、輸出数量が伸びにくい。一方で輸入は、原発稼働が大きく制約されているうえに、エネルギー価格が上昇しており、かつ再生可能エネルギーに限界があるということで、構造的に貿易収支は崩れている。またサービス収支も悪化している。研究開発(R&D)やデジタルサービスがIT化の進展で海外に流出しており、例えば、デジタル広告をクリックすれば自動的に米国に資金が流出する構造となっている。これらを補う資本収支はどうかといえば、十数兆円の出超となっている。要するに日本経済は構造的に大きな問題を抱えており、抜本的な改革をしなければこの先、経常黒字を回復させることは難しい。そのために、日本政府は労働市場改革などに取り組んでいるところであり、加速させていきたい。

――グローバル経済のリスクは…。

 神田 世界経済および国際金融は、中国の景気動向をはじめとする様々な下方リスクを抱えており、これらに迅速かつ適切に対応していかなければならない。インフレーションは需要減に伴うエネルギー価格の下落、各国の金融引き締めによりピークアウトの兆候が見られるものの、引き続きコロナ禍前の水準を上回っており、また上回ることが見込まれているため注意しなければならない。また中国はゼロコロナ政策の急な撤回で回復が見込まれるものの、サプライチェーンの混乱や不動産市場の悪化、それに伴う金融セクターの不安定化といった様々なリスクに注意が必要だ。さらに当然、ロシアによるウクライナにおける侵略戦争の継続、金融市場のタイト化による途上国通貨に対するドル高に伴う債務問題の表面化、先進国での銀行破綻を含む金融不安定も下方リスクだ。こうしたリスクへの対応においてG7議長国として日本が議論を主導していきたい。

――ロシアとウクライナの戦争はなお長引きそうだ…。

 神田 プーチン大統領はウクライナだけではなく人類に対し戦いを挑んでいる。プーチンの侵略はインターナショナルオーダー(国際秩序)以前の話で、基本的人権から始まり、ルール・オブ・ロウ(法の支配)まで全てを破壊している。これは、人類としては負けられない戦いだ。世界は徹底的にロシアを孤立させていく方向にあり、前回のG20財務大臣会合ではロシアと中国がウクライナ侵略の非難声明に反対したことが名指しされた。それには2つの理由があり、責任の所在はロシアと中国にあることを明確化させることと、18対2という数字を世界に見せることにあった。もちろんG20議長国であるインドはコンセンサスを得たステートメントを出したかったが、議長総括になった以上、インドのカウンターパートと私で話し合ったこともあり、こうした着地となった。一方で、そのG20では、全17のパラグラフ(項目)のうち15が全会一致した。債務やデジタル、気候変動、税、金融規制などさまざまな異論ある問題がまとまった。この成果により、まだ世界は救えるという希望において、前回のG20は非常に大事な会合になったと言える。また、15項目のうち債務問題については、初めて中国も署名する形の合意がベンガルールで実現できた。日本が訴えてきた債務問題の深刻性の認識、コモンフレームワークの迅速な実施、中所得国で脆弱な国の債務再編、債務の透明化といった項目について、コンセンサスを得ることができた。具体的にもコモンフレームワークで初めてチャドの債務救済が実現した。なお、スリランカなどにおいてIMFプログラムを動かして債務再編の議論を始めていくうえで、決定事項を遵守するという約束事について、インドやサウジアラビアなど中国以外の国は合意してくれた。スリランカ債務処理も日本財務省が積極的に貢献していく。

――次のG7のテーマは…。

 神田 優先すべきテーマは3つ。1つ目が喫緊の課題である世界的な景気後退リスクやインフレ、対ロシア制裁およびウクライナ支援、債務問題、そして金融安定化に迅速かつ適切に対処することだ。2つ目がより構造的な問題である世界経済の強靱化に向け、気候変動、国際保健、経済安全保障、金融デジタル化、国際課税といった分野に取り組んでいく。3つ目については、長らく私が悩んできたことで、多様な価値を踏まえた経済政策について議論したいということだ。40年近く経済官僚として仕事をしてきたが、正直、今のGDPに限界を感じている。今の世の中はGDPが増えたとしても、格差が拡大していて、多くの人々には幸福でないし、気候変動などの視座を欠き、持続可能な物差しでもないではない。世界中でアンチ・エスタブリッシュメント(反既得権益)の動きが見られ、経済が伸びても大多数の人が没落していく中、社会不安が高まり、至る所でポピュリズムが跋扈し、全体主義体制が広まっている。やはりGDPに過度に着目した経済政策はうまくいっていないのではないか。格差の是正も経済政策の成功であるべきで、また地球環境の観点からサステナビリティも重要だ。人々、特に最もバルナラブル(脆弱)な方が本当に幸せであることが重要だ。このため、単なるGDPで捉えているパイを超え、経済社会の大変容に伴って生まれた様々な価値の重要性を反映したより良い経済政策の実現に向けて各国と議論していきたい。もとより、GDPのヤードスティック(物差し)としての重要な役割は維持すべきだが、その創設期から、公害といった害をカウントし、家庭内労働といった価値を捨象する一方、帰属家賃など試算に頼っている問題を内在してきた。特に、近年、無料のデジタルサービスはGDPにカウントされていないが、国民は大きなベネフィットを得ている。こうしたことについてより多様で総合的に考えていくべきで、少なくとも一つではない物差しではかっていかなければならない。日本は人口が減少しており、物質的なモノを追いかけても限界がある。物量ではなく、精神的なところでも尊敬される国となることも賢明な選択肢だ。これは文化藝術やスポーツであってもいいし、人間性であってもよいとも考えている。[B][X]

――経済安保の要素が重視される時代にあって、現状の資本市場の原点をどう見るか…。

 末永 私が証券会社に入った1985年4月の日経平均株価は1万2000円程度、丁度プラザ合意の年だったこともあり、その年の10月には公定歩合は2.5%になった。外国からの圧力によって円高誘導を合意したもので、結果、公定歩合の水準は長く低位安定が維持された。それは未曽有のバブル経済を誘発し、僅か4年後には日経平均株価は4万円近くまで跳ね上がり、不動産価格はさらにその1~2年後まで上がり続けた。今からしてみれば、そこが日本経済の絶頂期で、ロックフェラービルを三菱地所が買収したことはその象徴的な出来事だった。1989年12月に超タカ派として知られていた三重野氏が新日銀総裁となったことでようやく金融引き締め政策を意識し始めたが、その頃の市場関係者は、少しくらい株価が下落しても再び盛り返すだろうという感覚で、日本の経済の実力を過信していた。しかし、1990年4月に不動産融資の総量規制が施行され、株式市場の息の根は止まった。当時、不動産価格はまだ上がっているにもかかわらず、株価の下落は4月から加速して止まらない。株式市場の先見性は総量規制がいかにバブル経済にとって致命傷かを見せつけた。結局、1万6000円に下落した1992年に、不動産価格はようやく高値を付けて下がり始めた。そして、そこからスタートした銀行の資産が急速に不良債権化していき、1998年には長銀、拓銀、山一証券が次々とデフォルトしていった。この日本経済が弱り切っていた時代に、「新自由主義者」と呼ばれる人たちが、株式手数料の自由化や海外保険事業の参入等、改革と称して日本の金融市場の自由化を進めていった。

――バブルから一転、80年代とは真逆になった90年代に起きた金融・資本市場の変化は…。

 末永 一番の変化は、外国人投資家が購入しなければ日本の株が上がらなくなったという事ことだ。外国人主導の株式市場になったことで、次第に国有財産の放出の際にも外資が絡みグローバルオファリングが始まるようになった。小泉内閣の目玉であった郵政民営化に象徴されるように、政府保有株の放出ではグローバルオファリングが主流となって行った。今や、大型株の増資や売り出しの成否は、外国人がその株を買うかどうかが鍵となる。必然的に主幹事も外国人投資家に太いパイプを持つ外資系証券が座り、日本の証券会社は2番手3番手として、国内個人投資家向け販売担当になってしまった。この暗黒の90年代に始まったことは今でも連綿と続いている。

――日本の投資信託会社の資金運用にも問題があった…。

 末永 80年代までは日本株を普通に買って運用していれば右肩上がりになっていたはずだ。しかし、当時の証券会社は、株式部主導で自己部門が仕入れた株を個人に販売すると言うやり方が主流だった。運用会社は全て証券会社の子会社だったため、親会社の言いなりだ。株式営業で売れ残った株を運用会社が引き取らされることなど、日常茶飯事で、これでは、投信の基準価額が上がるはずがない。一方、外国人投資家は、戦後復興の象徴だったソニーやパナソニックなどの株式を長期保有していた。投資家は基本的に過去の実績や履歴を見て投資する。トラックレコードの良い外資系運用会社に日本株の運用を任せるのは当然の帰結だ。日本株の運用なのに、日本の運用会社ではなく、外国の運用会社の方が信用される。そんな株式市場は、世界で日本くらいのものであろう。これが、日本の資本市場にとって致命傷となった。今や、株主総会が終わると、日本の事業会社のCEOやCFOは海外の投資家をIRで行脚する。日本経済が好調な時に、日本の金融界や経済界、そして日本社会全体が資本市場のことをしっかりと考えて形にしてこなかったツケが回ってきているわけだ。2000年に高い志を持って始まったノムラ日本株戦略ファンドも、販売開始当初の運用総額は1兆円超だったが今では残高500億円くらいになっており、日本の運用会社の復権どころが、更なる没落を招いてしまった。

――外国人主導の株式市場が今でも続いている。これでは経済安保の観点で大変危うい…。

 末永 恐らく、今の日本の運用会社にウォーレンバフェットは現れない。とてつもない個性を野放しにし、それを活かす権限を与えるような風土がないからだ。ただ、今更過去のトラックレコードは上書きできないが、これから作るトラックレコードは作り出せる。優れた日本株運用が、日本の運用会社によってなされ、それが評価として定着すれば、「日本のファンドに買ってもらわなければ株価が上がらない」となる。この点、世界最大の運用残高を持つGPIFは重要だ。あれだけの規模になると、基本、ベンチマーク運用にならざるを得ないが、最近は外国株の比率を少し上げ、海外株のパフォーマンスも取り込んでいる。約150兆円という運用総額の1%でもいいから徹底的に冒険的な運用に割り当て、伝説のマネージャーを育てる器を与えてはいかがであろう。「GPIFの伝説のマネージャーが買う株は上がる」というトラックレコードを作っていく事が大事だ。そうした工夫を重ねれば、外国に支配されたマーケットを日本人の手に戻すことが出来るかもしれない。

――他に「日本市場は日本人が支配する」という仕組みは考えられないか…。

 末永 もう一つ、外国人主導の日本市場を取り戻す方法として「外国人投資家の要求を安易に飲まない」という方法もあるだろう。外国人投資家の言う事を聞かなければ株価が上がらず、株価が上がらなければ経営責任を取らなければならないと言う常識を断ってみてはどうであろう。勿論、そんなことをすれば、一斉に外国人投資家の売りを浴び、株価は暴落するかもしれない。しかし、外国人投資家の価値観とはおよそ相容れない経営で成功している会社もある。信越化学の前社長であった故金川千尋氏は、ROE等の数字や株主の意見などどこ吹く風と言った人物だった。海外グローバル展開の考え方も独特で、人件費が安い中国や新興国ではなく、政情が安定している地域に人を必要としない最新設備の工場を作ればよいという考えだった。結果、在米子会社のシンテックは、塩ビと言うコモディティ化されたプロダクトで、世界最強の競争力を誇っている。これは日本型製造業の一つのモデルだ。今や、日本を代表するソニーという会社でさえ、株式の50%以上を外国人投資家が保有している時代だ。外国人投資家が喜ぶと言う事は、日本企業の成長の果実を外国人に持って行かれることを意味する。それなのに、外国人投資家が増えることを日本の経営者が喜んでいる。これは奇妙な光景だと言う事に我々は気が付かなければならない。

――会社が大きくなっても、日本のGDPには反映されていない…。

 末永 日本企業の経常利益は1990年比4倍になっていて、少なくとも企業ベースで言えば失われた30年はない。問題は日本企業の成長の果実が日本のGDPに貢献していないという構造に欠陥がある。この構造問題がどこから発生してるかを探ると、90年代に行われた金融の自由化が発端だと私は思う。加えて、それ以前の前近代的な経営をしてきた証券業界のツケが重なり、失われた30年が出来たとも言える。コーポレートガバナンス然り、ROE議論然り、金融自由化によってもたらされた株主資本主義の価値観が、それ以前の日本型経済モデルを徹底的に破壊した。足元のSDGsひとつをとっても、例えば日本企業が二酸化炭素排出量を相殺するために購入しているカーボンクレジットが欧米ものであれば、それは欧米の温暖化ガス削減に投資される。何故、名だたる日本企業が日本のJ-クレジットを買わないのか。そういったところもきちんと考えていく必要がある。日本の資本市場を日本経済のために活用するにはどうしたらよいか。しっかりと時間をかけて世界の投資家が信頼する日本株の日本の運用会社を育て、日本企業の外国人投資家から日本人に取り戻す様々な工夫と努力をしていかなければならない。[B]

――中国の農業戦略について…。

 柴田 1959年、中国は建国10年を迎え、英米に追いつくために農作物と鉄鋼製品の増産に注力する大躍進運動を打ち出した。しかし、その際、農業に携わっていた壮年の労働力が鉄生産に駆り出されてしまったため、農村部における農業基盤が崩れてしまった。同じ頃、中国全土を襲った干ばつによる大飢饉で、中国は1959年から1961年にかけて約4000万人もの餓死者を出すことになる。その後、1980年代に入って鄧小平が経済の改革開放を進めることによって中国は「世界の工場」と呼ばれるまでに成長したが、1993年には食糧インフレが起こる。この時にワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン所長は「WHO WILL FEED CHINA(誰が中国を養うのか)」という本を出版している。対して中国は、「中国を養うのは中国だ」と宣言し、それを実現すべく中国の各省内で自給自足を行う政策(省長責任制)を行った。そして1995年に目標としていた食糧生産5億トンを達成する。しかし一方で、それは食糧在庫を増やすことになった。急激に大量生産した農産物の品質は低く、消費者は買いたいと思う良質の食糧は手に入らず、生産者は売りたくても売れないという「売るに困難、買うに困難」の状況を招くことになった。

――中国の農業問題は難問山積だ…。

 柴田 今の中国の課題は「質の良い食糧(特に肉)を食べられるかどうか」だ。一方で中国政府は、仮に中国国内で食糧の供給不足や価格高騰が起きると、国民の不満が募り、共産党政権に対して不信感や怒りが出てくるかもしれないという懸念に敏感になっている。そこで2004年以降、中国はそれまで行っていた農産物の政府による安値買取りによる収奪農業から、農民への直接補助や農業近代化に向けた積極投資といった与える農業政策に切り替えた。そうすることで「農業の生産性低下」「農村の疲弊」「農家所得の低迷」といった3農問題は現在解決に向かっている。ただ、工業化や都市化が一気に進んだことによって、農村部から都市部への人口移動は累計2億7000万人にも上り、さらに今後、中国は日本以上の高齢化社会に見舞われてくることも予想されている。農地の維持や、インフラの未整備、そして高まる食糧生産の拡大など、依然、中国の農業問題は山積している。

――中国の食糧問題は世界の食糧問題に繋がる…。

 柴田 2008年に世界的な食糧危機が起こった。理由は中国の食糧輸入の拡大だと言われている。その時、中国は食糧安全保障戦略として、これまでの「95%国内生産」という政策から「食糧輸入能力を高める」政策へシフトし、実際に、その後10年間で日本を抜き、世界最大の食糧輸入国になった。近年ではロシア・ウクライナ戦争による食糧価格の高騰や、コロナ禍でのサプライチェーンの影響による供給制約、さらにトランプ前大統領時代からの米中貿易摩擦もあり、米国などから大量輸入していた農産物をいつまで購入することが出来るのかという新たな懸念が生まれるなか、2021年末には再び国内生産の拡大=自給力の向上へと食糧安全保障戦略を大転換している。そういった中国の抱える農業問題は、国内市場優先といった形で化学肥料などの輸出制限を強めてくることから、日本の食糧にも影響してくる。

――日本の自給率は約30%。輸入飼料価格を考慮すると実質10%弱とも言われており、中国の食糧危機など何か大きなリスクが起これば日本の食糧事情は危機に陥る…。

 柴田 日本では1995年のWTOスタート以降、グローバリゼーションという流れの中で経済合理性だけを考えれば良いという考え方が続いていた。国際市場にコミットすればするほど、安く安定した価格でいくらでも良質の食糧が手に入るという恵まれた状況にあったからだ。しかし、今の日本は30年間の経済停滞に円安も加わり、食料・農業・農村基本法で定められている「国民に良質な食糧を受容可能な価格で安定的に供給する」という事が難しくなっている。にもかかわらず日本の消費者に危機感がない理由は、日本では食糧市場が「過剰」と「不足」が併存していることにある。国際的に食糧価格が上がっている中でも米の値段は2年連続で前年割れ。一方で小麦やトウモロコシ、大豆、肉、野菜等の輸入量は約3000万トンに及ぶ。これらは「不足」なのだが、消費者にはそうした自覚がない。食料安全保障では「国内生産をベースに輸入と備蓄を組み合わせる」という考え方が基本であったはずなのに、国はもっぱら輸入拡大にだけ注力した。海外の農業と対抗できるように生産性の高い農業をすべきだという考えから、アベノミクス「攻めの農業」では、規模拡大=6次産業化による付加価値=輸出拡大に向け、最先端技術を駆使してスマート農業の導入を推進し、そうした政府の考えに沿った企業経営者が増えていった。その結果、それまで約130万あった農業経営体の数は100万を切るまでに減少した。一部大規模経営は増えているが、それは日本の農地全体からすればほんの一部だ。耕作放棄地や過疎化地域が増え、生産者、農地、農村は悲惨な状況に陥っている。自給率の低下は国内農業基盤の弱体化を表している。そして「農村が持つ多面的な機能」も失われてしまっている。

――「農村が持つ多面的な機能」と「日本の食糧安全」を取り戻すための解決策は…。

 柴田 先ずは、国内資源のフル活用に向け、農地を再利用する取り組みが必要だ。多少コストがかかっても、農業用水や水を涵養するための森林等の農業資源、そして地域経済社会の人材や資源等に国の予算をつけて国内の食糧生産拡大に向けた政策を行い、地域ごとに農業生産体制をしっかりと築きあげれば、多面的農業が実現し、地域社会全体が潤うだろう。生産規模拡大を目指してきた専門農家や、海外の安価な飼料や肥料に頼ってきた畜産農家は今、限界に来ている。そこで、例えば農畜を連携させるなどして地域全体で複合経営していけばよいのではないか。それは地域ごとに適正規模を模索する動きでもあり、畜産規模は縮小するかもしれないが、地域資源をフル活用することになり、ひいては持続的な農業生産にもつながる。地域毎にしっかりと問題を解消しながら進めていく事が、これからの日本には必要だと思う。国内資源をフル活用して、それでも足りないものや必要なものだけを輸入すればよい。また、政府は現在の食糧価格の値上がりを抑えるために生産者などへの補填を行っているが、価格体系全体が上方にシフトしている中で一時的に食糧価格だけを抑えても効果はなく、根本的な解決策になっていない。農業生産を抜本的に見直す前提で政策を作ることが重要だ。そして、そこで初めて医福食農の連携が生きてくる。

――「医福食農」の連携とは、具体的に…。

 柴田 農林水産省は、経済産業省、厚生労働省、産業界と共に、医療・福祉分野と食料・農業分野の連携を推進している。例えば、障害を持つ人や介護が必要な人に食による生活の質の改善や向上を提供するために、機能性食品等を開発・供給したり、その機能食品を開発するために食の素材や漢方薬原料を農業生産したり、或いは農業体験や林業体験など農作業という身体活動を行う事で、健康維持やリハビリに役立てるといった取り組みだ。各業界の垣根を越えて医福食農が連携することで、健康長寿社会の構築が実現可能となるという考えだ。なによりも、国力を上げていくために、「食」と「農」を基盤とした日本の産業基盤自体の立て直しが求められている。[B]

――3月中旬には石垣島に陸上自衛隊の駐屯地が開設される…。

 中山 石垣島の駐屯地には、地対艦・地対空誘導弾を装備した部隊と、それを警備する部隊を併せて約570名、車両が約200台配備される予定だ。政府が南西諸島へ自衛隊の配備を決めてから10年近くが経ち、奄美大島と宮古島、与那国島には配備が進み、石垣島が最後になった。今回の石垣島への配備によって、当初計画していた南西諸島の防衛体制は整った。

――香港およびウクライナと、刻々と地政学的な緊張が高まっている…。

 中山 以前から中国の台湾侵攻を予想する話は出ていたが、中国の香港への圧力強化やロシアのウクライナ侵攻によって現実味が増してきた。中国が直接石垣市に手を出してくることはそれほど考えられないが、中国が台湾に何らかの動きをしてきたとき、台湾から南西諸島に自主的に避難する人が増えると想定している。それが外交上公式なルートでやってくるのであれば市で管理できるが、漁船や民間の船舶などで押し寄せてくると手に負えない状況になってしまう。台湾と与那国島の距離は100キロメートルほど、石垣島や西表島は200キロメートルほどなので、台湾から南西諸島へは民間の船でも航行できる。公式なルートでパスポートを持って入国手続きを済ませれば問題はないが、不法に島中の海岸線に上陸して、いつどこで入ってきたか分からない外国人が大量に上陸すると収拾が付かず、治安悪化につながってしまう。中国のスパイが紛れ込む可能性もある。ウクライナやシリアの避難民の例を見れば明らかだが、石垣島の人口は約5万人であることから、台湾全体の約2300万人を勘案すると、石垣島の人口を遥かに上回る避難民が押し寄せる可能性が十分にある。

――台湾有事の際の対応は…。

 中山 石垣市としてはそのような懸念があることを既に国に伝えていて、南西諸島・石垣島が直接攻められた場合も含めて議論をしている。まずは前段階として、石垣島に台湾からの避難民が押し寄せてきた場合のシミュレーションをして欲しいと政府にお願いしている。台湾から避難民が訪れたときに最も懸念されるのは、避難民に偽装して石垣市に来た工作員が、石垣市から東京、大阪、名古屋、福岡への航空便を通じて、日本国中に散らばってしまうことだ。台湾有事は日本有事と安倍元首相は言っていたが、同じように避難民が石垣島に来ることは、石垣島や南西諸島だけの問題ではなく、日本全体の問題であると思っている。この3月から石垣島には自衛隊の駐屯地が開設するが、それだけではなく国防や安全保障は国全体で考えなければならない。石垣島単体ではなく、国全体でどう守るかという話が必要なので、全国の皆さんが台湾有事や尖閣諸島の問題を自分事としてぜひ考えてほしい。

――1月末に行った尖閣調査の印象は…。

 中山 尖閣諸島の調査は昨年に引き続き2回目だ。昨年は波が高くて島に近づくことが厳しかったが、今年は天気も穏やかだったので1マイル(約1600メートル)の距離まで接近でき、ドローンも飛ばして調査を行った。調査では、昨年よりも山肌の露出が増えて緑が減少し、自然破壊が進んでしまっていることが分かった。1978年にある政治団体が、万が一尖閣諸島周辺で遭難が発生した場合に備え、食料になるようにとヤギを放したが、そのヤギによる食害が進み、そこに雨が降って土壌が流れてしまったことが原因だ。尖閣諸島にはセンカクモグラやセンカクオトギリなど固有の動植物がいるので、安全保障だけでなく環境保全のための上陸調査が必要だ。また、前回同様、尖閣調査時には中国海警局の船が近づいてきた。前回は尖閣訪問を事前に告知していなかったので、われわれの船の周りに海警局の船が2隻併走し、海上保安庁がわれわれの調査船を守っていた。今回はあらかじめ伝わってしまっていたこともあり、中国海警局の船が前回の倍の4隻迫ってきたが、海上保安庁の船が8隻で、われわれの調査船に一切近づけない状況を作ってくれたので、安心感をもって調査ができた。われわれの調査は自治体としての活動だが、国はストップを掛けたりせずに、海上保安庁を動員して守ってくれたことに意義があると思う。石垣島には海上保安庁の1000トンクラスの巡視船が13隻体制、3000トン、6000トンクラスの船も優先的に配備されており、中国の圧力が強まっているが、日本側の防衛力も強化されている。

――今後の尖閣諸島での取り組みは…。

 中山 今回の調査で尖閣諸島の自然環境がかなり悪くなっていることが分かったため、実際に上陸して詳細な環境調査をしたり、ヤギの捕獲を行ったりする必要がある。戦時中に石垣島から台湾に疎開しようとしたが、米軍の攻撃を受けて尖閣の魚釣島に遭難した方がいる。そこで亡くなった方の慰霊祭を行いたい。また、石垣市中心部にある「登野城(とのしろ)」という住所地と字名が同じであるため、20年に尖閣諸島の字名を「登野城」から「登野城尖閣」に変更したが、「登野城尖閣」であることを示す標識を作ったので、これを置きに行きたい。このほか、戦時中に遭難し尖閣諸島で埋葬されてから遺骨を収集できていない方がおり、その遺骨収集もしたいと思っている。

――石垣市の経済は…。

 中山 経済の中心である観光業はかなり回復してきた。国内からの観光客は昨年の夏ごろから回復し始め、現在はほぼコロナ前の状況になっている。3月8日からは海外からのクルーズ船が寄港し始め、インバウンドの増加が期待できる。国内・海外ともにコロナ前を回復できると考えていて、ここ3年ほどは苦しい状況だったが、ようやく一息ついた。石垣市の新型コロナの新規感染者は1日2~3人程度にとどまっていて、感染対策が上手くいっている。経済安全保障上の観点もあり、石垣市はもともと中国からのお客さんは期待しておらず、欧州や台湾、香港からのお客さんがメインだ。中国では住宅バブル崩壊や経済失速の影響も大きくなっているが、こうしたことから、石垣市の観光業には大きな影響はない。

――今後の課題は…。

 中山 政府にはこれまでも随時空港や港の整備を行ってもらっていたが、石垣空港の滑走路をより長くしてほしいとお願いしている。現在の空港の滑走路は2000メートルで、国内の飛行機なら離着陸できるが、ヨーロッパなどから就航する大型機にとっては少し短い。本当なら3000メートル必要だが、今の敷地面積の範囲内で2800メートルまで整備してほしい。また、石垣港は大型の国際クルーズ船に対応しているが、さらに、富裕層が使用するクルーザーのためのマリーナのようなものを作りたいと思っている。これらは防衛や安全保障関係なく観光業の観点から政府に要望していたが、政府からは南西諸島の港や空港の整備を行うことによって、自衛隊との共同利用が可能になり、万が一の時に市民を逃がすために飛行機や船を運行する拠点となるという話が出てきた。われわれの要望している観光のための滑走路と、政府が想定している防衛のための滑走路で、それぞれの思いがあるが、手段は一致しているので、政府と協力して開発していきたい。尖閣諸島も戦前は人が住んでおり、今も日本人が住んでいれば領土問題に発展しなかったと思う。同様に、南西諸島も日本人が住み続けることが大切で、市民が潤うような政策を考えていきたい。

――台湾との交流については…。

 中山 石垣市は戦前から台湾との交流があり、今や石垣島の特産品となっているパインアップルやマンゴーは台湾からの移住者が持ち込んだものだ。戦後は日本に帰化した方も多く、2世3世と世代を重ね、石垣市のさまざまな分野で活躍している。石垣市は台湾の宜蘭縣蘇澳鎮と姉妹都市を結んでおり、去る2月10日にもコロナ明けを見越してチャーター便での交流を行った。国内観光客の次はインバウンドの観光客が戻ってくることを期待しているが、その主力は台湾だと考えている。石垣島からわずか200キロあまりの場所に2300万人のマーケットがあるので、そこを深掘りしていきたい。国内の他の観光地が中国からの観光客に期待するのとは一線を画す形になるが、これは地理的にも、また経済安全保障上も中国依存は避けたいと思っているためだ。 [B][N]

――日本における「書」の歴史は…。

 丸山 「書」は大きく分けると漢字の書と仮名の書に分けられるが、漢字は中国から伝来した。それがいつ頃なのか正確には不明だが、現存する日本最古の漢字の肉筆書は615年に聖徳太子(574年~622年)が書写したとされる「法華義疏」だと考えられている。また、7~8世紀頃には写経が残されており、その頃すでに漢字が普及していたことがわかるが、平仮名の使用が広まったのは9~10世紀頃のようだ。当時は、例えば「安」や「悪」や「阿」などの漢字を崩したものすべてを「あ」と発音し、「以」や「意」や「伊」の漢字を崩したものをすべて「い」と発音するなど、ひとつの音に対して複数の異なる平仮名の字形があった。また、カタカナについても、例えば「阿」のこざとへんの一部分を取り「ア」としたり、「伊」のにんべんを取って「イ」とするなど、平仮名もカタカナも元は漢字から出来ている。平仮名は平安時代の貴族や教養のある女性が手紙を書いたりするのに用いられ、カタカナについては僧侶が読経する際などに、漢字の脇に読み方を小さく記すために用いられていたようだ。

――歴史上の能筆家とは…。

 丸山 日本人で一番有名なのは空海(774年~835年)だが、平安時代初期の人物なので平仮名の書がない。平安中期になると小野道風(894年~966年)や藤原行成(972年~1027年)などが出てくるが、この二人とも平仮名の書は残っていない。特に行成の平仮名が残されていないのは非常に残念だ。ただ、漢字と仮名の両方を用いて書かれた詩文集「和漢朗詠集」の作品の中に、その漢字が藤原行成のものと非常に似ているものがあるので、そこに書かれた平仮名も藤原行成の平仮名に極めて近いと考える研究者もいる。また、11世紀中頃には平仮名の手本とされる「高野切(こうやぎれ)」が流行した。これは古今和歌集の現存する最古の写本であり、仮名書道の最高峰として書を学ぶ人たちのテキストとなっている。その筆跡は3種に分かれており、第1種と第3種の筆者は諸説あり定かではないが、第2種は源兼行という人の書と推測されている。3種それぞれの筆体に特徴があり、当時の人々は自分の好みのスタイルを習っていたようで、それぞれのグループに追従者がいる。

――鎌倉時代は…。

 丸山 現代アートがクラッシックの美を打ち壊しながら新しいものを生み出してきたように、書の世界でも、どこから見ても整っており一般的に美しいと考えられていた書を打ち破り、一見、何が書かれているのか理解に時間を要するような書が出てくる。それが、鎌倉時代に中国の禅僧が持ち込んだ「墨蹟」だ。茶掛けには、古典的な和歌が掛けられていることもあれば、一筆書きの円相や難解な文字、つまり「墨蹟」の掛け軸もある。室町時代の墨蹟と言えば一休宗純(1394年~1481年)だ。説話のモデルとして有名な一休宗純は色々な書を残しており、その書体は非常に個性的で面白い。

――安土桃山時代は…。

 丸山 安土桃山時代には様々な和歌集から古人の筆跡を集めて切り貼りし、アルバム形式に仕立てる「手鑑」が流行した。一つの作品集をバラバラに切り取って新たなアルバム形式の作品にすることは、完成した美術品を破壊するようなもので残念な行為とも思われるが、意外なことに、これは重要な書物を一カ所に集中保存しその場所が火事になった時に全て消滅してしまうという事態を防ぐのに大いに役立った。「手鑑」が作られたおかげで私たちは今、たくさんの昔の名筆を目にすることが出来るわけだ。ちなみに「手鑑」にはそれぞれの作品についてプロの鑑定家がその筆者を見極めた「極札」が貼られており、これが「極め付き」の語源となっている。その他、巻子本や冊子本にも多くの名筆が残されている。冊子本は両面加工されていることが多く、表裏それぞれに書くことが出来たが、その冊子本を軸にしたければ、一枚の紙を剥がして二本の軸のすることも可能だった。

――江戸時代や明治時代に形成された書流は…。

 丸山 江戸時代は御家流という幕府で公文書に用いられた和様書や、寺子屋などで教える際に用いられた唐様書が流行った。その頃有名だった書家には巻菱湖(1777年~1843年)などがいる。その後、明治時代には楊守敬という中国人の手によって清から大量の文献が運び込まれ、日下部鳴鶴(1838年~1922年)や副島蒼海(1828年~1905年)といった当時の能書家たちを大いに喜ばせた。また、楊守敬ら中国清から来日した書家や学者たちは、文献とともに色々な知識も伝えてくれた。中国からもたらされた拓本などの貴重な文物は東京国立博物館や台東区立書道博物館、三井記念美術館などに沢山残されている。とりわけ三井記念美術館に保存されている虞世南の拓本は、原拓(元となる石碑)がすでに消失しており、天下の孤本と言われる貴重なものだ。

――個人的に一番好きな書家は…。

 丸山 欧陽詢、虞世南とともに中国三大家の一人とされる褚遂良(596年~658年)の字は大変好きだ。彼は唐初期の時代に活躍した人物で、その書風には隷書の雰囲気も混ざっており、少しモダンな書体となっている。日本では藤原行成の書が美しいと感じる。筆者不明だが「高野切」の第1種に書かれている平仮名も素晴らしい。さらに明治時代の人物で「高野切」第3種を徹底的に習いこんだ尾上柴舟(1876年~1957年)についても一言触れたい。書家であるとともに歌人であり、国文学者でもあるという多彩な才能を持ち合わせた彼の書体は、今の人から見れば、少しまとまりすぎて面白みがないという評価もあるが、当時の目で見れば素晴らしいものだったと思う。能書家といわれる人のすべての作品に共通するのは、昔の人が見ても今の人が見ても、美しいと感じられている事だ。書は芸術であり、規範とされる美しさは時代を超えて生き続けるものなのだろう。現代の書展では奇をてらったような書体を目にすることも多いが、古典をしっかりと学んだ書家の文字はどんなに型を崩していても、基礎を叩き込んだ味がどこかに出ているものだ。それは、絵画や音楽の世界と同じだと思う。

――IT化が進む中で、日常で文字を書く機会は減ってきている。書の将来は…。

 丸山 カメラが発明されて写真が世の中に普及しても絵を描く人がいたように、自分で美しい文字を生み出すことに喜びを感じ、造形したいと考える人や、そうやって書かれた文字を鑑賞したいと思う人はいると思う。そういった人たちが書を次の世代に伝えていってくれれば良いのではないか。東京国立博物館の歴史コーナーには平安時代から鎌倉時代の名筆が展示されている。また、東京の有楽町にある出光美術館や上野毛の五島美術館にも素晴らしい書が所蔵されており、時々は展覧会も開催されている。是非、そういったところに足を運んで実際に書に接してみてほしい。一つの芸術として、また自分自身の趣味として、いにしえに思いを馳せながら「書」を楽しんでもらいたい。きっと、新たな発見があるはずだ。[B]

――日本では企業経営にファンドが強い影響を及ぼしている…。

 上村 欧州で言われる「株式会社は株主のもの」というのは、株主が個人や市民であることが前提だ。個人とは、労働者であり消費者であり地域住民であり、すべて血の通った存在だ。株主の属性を問わないで「株式会社は株主のもの」「株主はみな平等」というのは大きな問題だ。コンピューターによる高速売買やヘッジファンドのような、人間の匂いがほぼしないものに人間世界を左右する議決権を与えてはいけない。また、匿名の投資家の議決権行使を認めるべきではないのもカネによる人間支配を認めないためだ。その株主が中国やロシア、北朝鮮といった国家かもしれないし、マネーロンダリングを行っている企業や反社会勢力かもしれない。経営に影響を及ぼすほど議決権を持つ投資家の属性は明らかにすべきだ。

――各国で株主の概念が異なると…。

 上村 例えば欧州では「株主」は人間の集合という概念を持ち、イギリスでは「company」、フランスでは「associe(英:associate)」となる。株主というのは本来、米国での「shareholder」という株を持っているだけの存在ではなく、社員つまり仲間かどうか、共同体の一員かどうかといった概念が重要だ。とりわけ、議決権という人間社会の意思決定のあり方に特に焦点が当たる。配当はshareholderだけでも出資がある以上は原則付与されるが(必ずではない)議決権はassocieに付与される。日本でも、明治時代中期に法典編纂が行われ英仏独の法律を学んでいたころは株主が個人や市民であることを前提とし、株主のことを人間の集まりである社団法人の構成員を意味する「社員」と呼んでいた。社員は「membership」であり、人間の集まりを表現している。ファンドやコンピューターによる高速取引も存在しなかった時代に、株主は「社員」であり、「membership」であり、「company」であり、「associe」であった。日本は、株主を社員と呼ぶことの真の意義を理解できず、平成17年会社法は社団という概念自体を廃棄した。一般社団法人法上の一般社団とは実は英国のcompanyそのものなのだが(英国のcompanyは非営利が原則)、そうした発想の意味を日本人は自分のものにできなかった。いまや日本の株主とはshareの保有者holderでしかないので、カネさえあれば株主になれ、議決権行使の根拠もカネとなった。欧州の感覚では、市民社会の構成員である個人、つまり社会の主権者が株主なので「株主主権」というのだが、この最重要事項を日本が理解できないできたことが今日の外資(または外資の衣を被った日本人)による日本の企業社会の蹂躙(じゅうりん)を許した。ただ米国は2つの価値観が併存していて、国内に対しては大衆や労働者も広く株式を保有する資本家である「people’s capitalism」の概念が発達しているが、国外に対しては経済の覇権戦争を勝ち抜くために、市場で株式を買えれば主権者という観念を強調し、国内と対外とを使い分けるしたたかさを有している。

――海外では個人の株主とファンドが差別化されている…。

 上村 フランスのフロランジュ法は株式を2年以上保有する株主の議決権を2倍にするものだ。これによりファンドの議決権の割合を低下させ、長期にわたって保有する投資家の議決権の割合を上昇させることができる。ファンドが売るべき時に売らず、買うべき時に買わなければ、ファンドは利益を上げられず出資者への受託者責任も果たせないことになるので、ファンドは2年間も同一企業の株を持ち続けられない。そのため、結果的にファンドの議決権は個人株主の2分の1となる。この点、株主平等原則を固守する日本は、日本人株主とファンド株主を平等に扱うのは当たり前と思い続けており、フランスのような差別化は許されないと思いこんできた。英米には株主平等原則はないのだから、呆れたお人よしぶりと言うしかない。日本企業は物言う資格自体が怪しい外資株主やファンドのために経営しているかの様相を呈している。過剰に与えてしまった議決権を背景に、配当や自社株買いの圧力は非常に大きく、日本企業の利益は海外に流出し、労働分配率の向上には回らない。日本の国力低下の大きな要因は、資本主義市場経済の要石をなす企業関係法制の著しい劣化にある。

――岸田政権の新しい資本主義については…。

 上村 「株主という名に値する属性を株主が有しているのかどうか」、「物言う株主にはそもそも本当に物を言う資格があるのかどうか」といった本質を問い直すことが新しい資本主義の原点だと思う。会社法の基本を取り戻すことは、中間市民層のための会社法制という原点に帰ることを意味する。ここを確立するだけでも利益の分配が変わってくる。ファンドは多額の資金を拠出しているのでその属性に問題がなければ、その分の配当を受け取って然るべきだが、議決権を行使できるかできないかは社会のあり方や将来像を左右する問題だ。外資系ファンドや物言う株主、アクティビストの議決権によって世の中が動かされる状況を変えないままに、企業に賃上げを求めることは岸田政権の「新しい資本主義」とはなりえない。岸田首相には本物の「新しい資本主義」の旗を振った首相として歴史に名を残して欲しいと思っている。日本は会社法の劣化が著しいが、規制緩和を言い続けてきた財界と経産省は結局は自分達の首を絞めてきたのではないか。投資ファンドが東芝(6502)を買収しようとしているときに、本来なら会社法によってファンドの介入を撃退できなければならないところ、そこに頼れないために経済産業省や財務省は外為法上の権限強化によって対応しようとした。見方を変えれば、日本は経済産業省を中心に会社法における規制緩和を進めたが、その結果生まれた問題に対処するために、会社法の健全化を図るのではなく、経済産業省の権限を強める形になっているように見える。

――ファンドや外国の言いなりになっていたら日本の安全保障は危ない…。

 上村 会社法はあくまで国内法で、そもそも経済安全保障の要素を持っている。フランスのフロランジュ法のように、ファンドに対して議決権は通常の株主と同等のものは与えないということが大前提になっているうえでの安全保障と、日本のように何もないところからの安全保障ではかなり違うものになってくる。会社法を正しく理解すれば自ずとそれは経済安全保障につながり得る。このほかにも、会社法は「継続企業の前提=Going Concern」が前提にあり、法定資本制度等のサステナブル概念を十分に内包していた。それをサステナブルでない会社法にしてしまってから、盛んにサステナビリティを言う。株主価値の最大化を言ってきたのでパーパスと言う言葉が流行ったりしているが、もともと会社の目的が定款の目的規定の実現に置かれていれば、パーパスなどは当たり前の話を軽く表現しているものにすぎないように見える。日本で最近流行のカタカナ言葉は日本人にとっては目新しいかもしれないが、それらが目新しいと言うこと自体が会社法の理解不足や日本の後進性を象徴している。それらが企業法制の根幹部分の認識を踏まえたものとして認識されて初めて本物となる。

――会社法における喫緊の課題は…。

 上村 戦前から昭和半ばまで、定款で名義書換後6カ月経過しないと議決権が行使できないと定め得る条項を復活させるべきだ。今は普通株式を1単元以上、決算月の権利付き最終日に保有していればたった1日だけの株主でも株主総会に出席できる。昔は株主でないものが議決権を行使するのは原則無効というのが当たり前だった。また、東証が超高速取引を認めておきながら、コーポレート・ガバナンス・コードを推奨することもおかしい。既に株式を売ってしまって株主でない者も議決権を行使できるとされているが、日々変動する株主名簿を工夫することは可能なのではないか。本来発言する権利がある者を把握しようとすることは規制を強化には当たらない。米国の投資家からすれば、日本は自国ではできないことができてしまう珍しい国になっているようにも見える。日本は会社法を本来のあり方に戻していくべきだが、一度緩和しきった世界を味わってしまうと、規制を元に戻すことは規制を強化することに見えてしまう。いきなり全て変える訳にもいかないが、欧米の現時点の水準に一刻も早く追いつくことで、どこにも通用する企業法制の確立を急ぐべきだろう。[B][N]

――金融界の経験に加え、参議院議員、市長を歴任され、大変貴重な経歴をお持ちだ…。

 大久保 金融界にいた頃は、国際金融の知識を通じて日本がなすべき姿をよくわかっていたつもりだった。しかし、参議院議員となり、少なくとも私が関係した金融界は日本全体の半分程度の人の見方しかカバーできてないと気付いた。さらに市長となり、国会議員でも日本全体の上位3分2程度しかカバーできていないと感じた。市長は、地域のさまざまな人々の生活を理解する必要がある。地方自治体は最も国民の生活に身近な行政組織であるゆえだ。日本国憲法では基本的人権が保障され、すべての人が健康で一定以上の生活が保障されている。一定以上の生活を送るための政策が社会保障政策である。生活保護を支給し、障害者・子育て・高齢者支援等、さまざまな市民を支援する。母子家庭などに多い子供の貧困問題への対応をメインに扱うのも市の仕事だ。その中でコロナ禍というある種の自然災害も経験した。自然災害に脆弱である弱い人たち、例えば、休校で給食がなくなったことで満足に栄養を取ることができなくなった生活困窮世帯の子供たち、レストランやバーの営業休止で生計が立てられなった非正規労働者、コロナ禍で経営危機に陥った多くの中小企業の経営者など多くの困難を抱える方々が地域には存在していた。

――日本全体の問題をより広く見た…。

 大久保 米国でインフレが加速し、金利が上昇している。日本でもインフレが加速し、金利を上げていく段階に来ている。その際にトレーダーは、中央銀行プット理論と言われる金利を上げ過ぎれば債券や株が暴落し、金融恐慌になるため米FEDはいつか利上げを止めて利下げをするだろうと考える。しかし、政治家から見ると長期の金融緩和で格差が大きくなりすぎている上に、一般大衆はインフレで食べることができなくなり、社会的な不満が高まるため、例え一部の金融機関が破綻したとしても金利を上げ続けてインフレを抑えることが正義だという発想をする。同じ中央銀行の金融政策でもさまざまな見方が存在するということだ。日銀総裁人事を考えた場合、金融資本市場の安定を見ることは重要で、かつ国債の安定消化は重要だが、大幅なインフレは生活者に直撃するため、ここに対する施策が必要と一般大衆や政治家は考える。このように国民各層や金融システム、国のファイナンスなど様々な対立する事項の中でバランスをとることは非常に大変だと感じる。植田和男新日銀総裁の賢明なる判断に期待したい。

――そうした日本の舵取りは…。

 大久保 基本的には失われた30年の日本経済をどのように底上げすべきかを考えるべきだ。このままでは、国民一人当たりの所得で欧米先進国だけではなく新興国にも抜かれて日本、特に地方の元気がなくなる気がする。それを回避するためには地域を活性化すべきと考えている。久留米市は戦後、ブリヂストンのゴム産業で栄え、ブリヂストンが世界企業になる過程で一次下請け、二次下請けが潤った。このような地域を盛り上げる大きな成功が必要だ。スタートアップ企業を上場させて雇用を生む、もしくはイノベーションを生んでいく。株主および創業者が得た利益をさらに第二世代、第三世代にシードマネーとして提供する。このようなエコシステムを構築することが日本で最も重要だと考えている。IT企業の成功を生んだ米国のシリコンバレーのエコシステム。ボストンは意図的に医療を集積させてバイオテックのエコシステムを作った。日本も意図的にエコシステムを構築していく必要があるだろう。私は現在も久留米市長時代に誘致した30社程度の大学発のスタートアップを支援している。課題としては、岸田政権もそうだが、スタートアップ支援としていろいろな補助金を出しているが、カネ以上に人が足りていない。例えば、スタートアップ企業において「CXO」と呼ばれているCEO経験者やCFO経験者、CSO経験者といった経験豊かな人材が足りていない。その点、私は旧知の銀行頭取経験者に支援を要請してみた。しかし、銀行側が出したい人材とスタートアップが受け入れたい人材が年齢的に合わない。またヘッドハンター経由で人材を呼び込もうとしても大企業ならば合致するが、スタートアップではさまざまな業務をこなさなければならないため合致しない。このため、若いうちに起業して成功した人材が、カネとノウハウを提供していくようなカルチャーをつくらなければエコシステムは完成しないと考えている。また失敗した大多数の起業家や多くの会社関係者の再チャレンジを促し、失敗から学ぶという社会の寛容さを醸成することが重要だ。

――必要な制度は…。

 大久保 エクイティを出してくれる人が必要だ。米国のベンチャー企業と同程度の技術と将来性があっても、日本のベンチャー企業の企業価値は米国企業と比べて100分の1、場合によっては1000分の1しかない。それだけPEファンドの資金力が不足して、また日本の銀行グループがエクイティをださないということだ。また、IPOについても東証の場合申請書類が膨大で、時間や形式的に審査が厳しいという指摘がある。例えば、創薬ベンチャー企業の場合には、日米の格差は大変大きい。米国の場合でも米食品医薬品局(FDA)の臨床試験は厚生労働省(PMDA)同様にフェーズ2、フェーズ3では膨大な資金を要する。創薬ベンチャーはほとんど売上が立っていない状態なので毎年赤字ではあるものの、有力な技術や大きな市場が見込める商品には大手PEファンドが潤沢に資金を提供している。日本の場合、PMDAの治験をFDA並みに早くかつ柔軟にすることに加えて、エクイティを出すPEファンドや金融機関に国を挙げて振興することや、スタートアップの初期段階を支援するアクセレーター、そして出口としてIPOしやすくする環境を金融庁や東証が整備することが必要だ。

――人材不足への対応は…。

 大久保 新卒でスタートアップ企業に就職し、失敗したとしても再起できるようなカルチャーを醸成することが必要だろう。日本はお金を借りた場合、連帯保証かつ担保が必要で、1回会社をつぶせば、家と財産を失ううえ、親族に迷惑を掛ける。そのため優秀な学生の多くは、大企業や官僚を就職先に選んでいた。勿論少しずつ大学を卒業して起業する人や大企業や役所を辞めて起業する人、スタートアップに参加する若者が増えているのは明るいトレンドである。そこに対して金融界の支援も必要である。国会や政府はすでにスタートアップ支援が重要であると認識しており、無担保・連帯保証無しの融資実務の浸透を図っているが、銀行界が積極的に受け入れるまでには至っていない。また金利が高すぎてほとんどのスタートアップではとても利用ができないという課題がある。例えばある企業はかなりの技術力を有しており、黒字化のメドも立っているが、ある大手銀行の貸出金利は短期プライムレート+数パーセントと、破綻懸念先レベルとなっている。破綻懸念のないベンチャー企業はそもそも企業の性質上それほど多くなく、またキャッシュフローが回っており破綻の懸念がないベンチャー企業はそもそも銀行融資を受ける必要もない。技術を有するスタートアップ企業をオールドエコノミー企業と同じようなリスクの見方を銀行がしていれば状況改善は望めないだろう。大手銀行や地域金融機関がエクイティ出資にもっと熱心になれば、上場時の大きなアップサイドを狙えるかもしれない。数十件の投資ポートフォリオで9割が破綻しても残りの1割の株式が平均20倍から30倍になれば投資としては大成功である。しかし投資先の9割も破綻したことに重きを置く減点主義の日本の銀行カルチャーが残っている気がする。それらのこともありエクイティ投資に積極的な銀行や系列PEファンドはまだ極めて少数だ。

――上場が目的という企業が多い…。

 大久保 連続性の欠乏が原因だ。上場したら経営を抜け、株式を売却して終わりという、「上場ゴール」というカルチャーは間違っている。上場する、しないというのは一過程に過ぎないという考えを起業家はもっていただきたい。一方創薬スタートアップの場合バラ色のビジネスモデルでIPOしたが、結局は期待されていた新薬ができなかったとしよう。これは詐欺にあったと切り捨てて、以後創薬スタートアップ投資には手を出すべきではないというのもどうかと思う。創薬スタートアップの成功の確率は非常に低いうえ、新薬認定までに時間とコストがかかる。ただそれだけのリターンが得られる。新薬は医薬品医療機器総合機構(PMDA)で治験に入り、フェーズ1、2、3を経て認定されるが、これには平均10年以上、費用は1000億円以上もかかる。しかし、認定されれば、参入障壁が高いために長期間安定収益が見込めるため企業価値はあがる。また起業家もIPO以外にメガファーマなどに会社を売却するM&Aモデルも出口に考えて、メガファーマが積極的に買いたいような分野の創薬に力を入れるという、好きな研究から金になるものの研究という発想の転換が必要である。

――取引所の問題もある…。

 大久保 やはり発想を変えていく必要がある。地方も含めて日本の取引所をすべて合わせたとしてもニューヨークやロンドンなどと競争するに値しない。日本の上場企業の企業価値も米国ないしは中国よりも低い。こうしたことを認識しながらどうすれば海外投資家にとって魅力ある市場としていくのかを考える必要がある。この点、IPOに対しても長期保有の機関投資家が本気で参加するようなマーケットとしなければならない。日本は新株を幸運に取得できた個人投資家のキャピタルゲイン狙いの短期売買の市場となっている。議員時代に財政投融資委員会で議論したが、証券界としては認めづらいかもしれないが、どうして日本のIPO市場は個人投資家主体になっているのかの理由である。当時指摘したのは、証券会社の優良顧客や他の商品で損をした個人に値上がりが期待できるIPO株を配分して儲けさせるという慣習だ。つまりIPOの公開価格が恒常的に安すぎるということで、売り出し株を放出した起業家や大株主であるエンジェルやPEファンド等からの得べかりし利益の搾取が行われている。この状態が継続するのであれば、プレIPOのマーケットにおいて資金を出す機関投資家は出てこないだろう。売出し価格と上場後一週間の価格の最高値とその後の推移を標準偏差でその間の株式市場全体やさらに長期の市場全体の変動率と比べて分析したら異常なのは明らかだ。また新株の売買量の推移も分析すべきだ。その原因を調べるために、どの証券会社が主幹事の時にその傾向が高いか調べることは簡単にできるはずである。公正なIPO市場にする覚悟として、少なくとも個人投資家への新株配分は100パーセント抽選にするくらいのルールの決定を証券業協会ができないのなら、金融庁や証券取引等監視委員会が実態を検査し、また法令等で整備すべきである。また長期保有の投資家を引き込む税制や市場改革が望まれる。

――IPO市場の改革が課題だと…。

 大久保 新しい資本主義実現会議で岸田首相は、「スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンへと転換して持続可能な経済社会を実現する」と高らかに宣言された。このことを実現するためには、リスクを取って起業し、IPO前にリスクマネーを提供している人たちに報いるような公正で透明性のあるIPO市場改革をするという主務官庁の覚悟がないと総理がいくら旗を振っても日本のスタートアップは育たないことになりはしないかと思う。最後になるが、私はエンジェル投資家ファンドを多くのバイオ研究者や創薬関係者と立上げてエンジェル投資や経営支援をしている。そのような活動の中でオープンイノベーションを行う環境が日本にもできつつあると思っている。大企業の社員でも副業やリモートワークができる環境になり、会社の空き時間にリモートでスタートアップ経営に簡単に参加できるようになった。是非金融プロフェッショナルの皆さんの中から副業でスタートアップを支援するようになることも新しい資本主義を実現することにつながると思っている。[B][X]

――アジア開発銀行(ADB)のコロナ対応は…。

 浅川 コロナ禍の開始直後、アジアの途上国は自前でコロナ対策の財源を用意できず、その資金をADBにファイナンスして欲しいと要望があった。そこで、2020年4月にADBは新型コロナに対する200億ドルの支援パッケージを発表した。従来のプロジェクト単位での融資でなく、直接国庫の収入になるような融資、緊急財政支援として「CPRO(COVID-19 Pandemic Response Option)」という枠組みを20年4月に作り、これも含めてコロナ対応としてはこれまでに総額約300億ドルの融資を行った。ADBの契約締結額を見ると、2019年は240億ドルだったものが、2020年には316億ドルに跳ね上がっているが、このうち3分の1程度が「CPRO」による融資だ。コロナへの初動対応が落ち着いた2020年12月には、「CPRO」とは別に、「APVAX(Asia Pacific Vaccine Access Facility)」という枠組みを作り、途上国のワクチン調達を支援した。

――コロナ後の新たな課題は…。

 浅川 次の課題は食料問題だ。ロシアのウクライナ侵攻が契機となったが、そもそもコロナによるサプライチェーン分断に加え、コロナ禍から経済が回復するに連れて食料需要が増えたことも背景にある。これに対し昨年9月に、食料安全保障に対応するため2022年から2025年にかけて140億ドルを支援する計画を発表し、「CPRO」と同様の財政支援の枠組みとなる「景気循環対策支援ファシリティ」を強化した。対象国が限定されているので規模は数億ドルを見込んでいる。また、バングラデシュやパキスタン、スリランカなど自国の食料の多くを輸入に頼っている国は、その資金が途絶えてしまうと食料が手に入らなくなってしまう。そのためADBは、民間セクターを対象に短期資金を融通し、貿易金融が途絶えないようにする、「貿易・サプライチェーン金融プログラム」を通じた支援も行なった。

――気候変動問題への対応は…。

 浅川 ADBはアジア太平洋地域の「気候バンク」を目指しており、すべての業務に気候変動対応の要素を取り入れていきたい。21年10月~11月に行われたCOP26の際、ADBはいくつかの大切な意思決定を行った。その1つが、2019~2030年までの間に累計1000億ドルを気候変動対策に使うことを目標に設定したことだ。平均すると年間83億ドル程度だが、これまでの実績は、2019年は65億ドル、2020年は43億ドル、2021年は35億ドルと、新型コロナ対応もあり満たせていない。2022年は67億ドル程度まで回復し、2023年は71億ドル、2024年は75億ドルと数字を積み上げていく予定で、2030年までに累計1000億ドルに達したい。気候変動対策には緩和(Mitigation)と適応(Adaptation)の2種類がある。緩和は今よりも温室効果ガス(GHG)排出が少ない設備やインフラに移行していくこと、適応は避けられない気候変動の影響をできるだけ軽減することだ。緩和の方が取り組みやすい側面があるため資金が流入しやすいが、適応にもっと取り組みたいと考えており、この1,000億ドルのうち、340億ドルは適応に充てることを公表している。また、2021年には、2002年に作ったADBのエネルギー政策を改訂し、新規の石炭火力発電への融資を停止することを決めた。天然ガスや石油への融資については、止めてしまうとアジア経済が立ち行かなくなってしまうので続けるが、融資には厳格な審査基準を設けることにしている。加えて、原子力発電には支援しないことも決めている。これは、原子力発電に反対しているわけではなく、原子力発電はあまりにも巨額の資金が必要であり、他の分野への支援に資金が回らなくなってしまうためだ。

――ロシアとアジアは地理的に近い関係にある…。

 浅川 ロシアのウクライナ侵攻だが、これには直接的な影響と間接的な影響の両面がある。中央アジアやコーカサス地域、モンゴルなどは、ロシアと貿易関係や移民労働者が送金する関係だった。ロシアのウクライナ侵攻によって欧米は経済制裁を行ったが、中央アジアやコーカサス地域のロシア向け輸出はコロナのパンデミック前と比べて50%増となっており、ロシアからの送金額も増えている。直接的な戦争の影響は想定ほど大きくなかったということだ。一方、間接的な影響は、エネルギー価格や食料価格が上がったことで、パキスタンやスリランカ、バングラデッシュなど食料のほとんどを輸入に頼っているようなぜい弱な国への影響は大きい。ただ、先進国や欧州の新興・途上国、ラテンアメリカ・カリブ諸国、サブサハラ・アフリカと比べると、アジア開発途上国のGDP成長率は高く、インフレ率は低い。ロシア侵攻後、アジア開発途上国全体で見ればパフォーマンスは悪くないと思う。世界の成長センターとしてのアジアのプレゼンスは維持されるだろう。ロシアのウクライナ侵攻の影響を受けづらかった要因の1つにコメが挙げられる。ロシアのウクライナ侵攻を受けて価格が上がったのは小麦やとうもろこしで、コメの価格は上がらなかった。コメに関してはアジア途上国でも自給率が高く、在庫も持っているため、他の穀物ほど影響がなかった。ただし、肥料の価格が高止まりしていることには注意が必要で、肥料の生産国であるロシアやベラルーシからの供給が今後減少し始めると、アジアでも食料価格が上昇する可能性がある。

――中国経済は緩やかに減速を続けている…。

 浅川 アジア全体のGDP成長率のなかで一番落ち込みが激しかったのが東アジアで、これは中国の減速が響いている。東アジアは2021年の7.7%成長から2022年には2.9%に落ち込み、2023年も4.0%と緩やかな成長にとどまる見込みだ。中でも中国は2021年に8.1%成長だったが、2022年には3.0%成長となった。昨年は厳しいゼロコロナ政策を取っていたので減速は仕方がないと思うが、今年はゼロコロナ政策の見直しによってどれだけ経済が回復できるか注目しており、ADBでは4.3%成長と見込んでいる。これはアジア諸国の経済にとって好影響だ。ただし、中国経済の構造的な問題として、投資主導型経済から消費主導型経済への移行を進めているが、足元で不動産バブルがはじけ、個人消費がどこまで盛り上がるかは不透明だ。また、中国は先進国入りする前から少子高齢化が始まっており、高齢化に対応した信頼性の高い持続可能な社会保障の導入が求められているが、中国の全国民を対象に制度を設計するのは容易な話ではない。ただ、信頼に足る社会保障制度がない限り、将来の不安から人々は消費より貯蓄を優先するようになり、消費主導の経済を実現することは難しい。こうしたことを考えると、中国が再びもとの高成長に戻るのは難しいのではないか。[B][N]

――国立文化財機構が管轄する国立博物館の現状は…。

 島谷 国が運営する博物館や美術館は色々あるが、独立行政法人国立文化財機構が管轄する国立博物館は東京、京都、奈良、九州の4カ所にある。東京国立博物館は今年で創立150周年を迎え、京都国立博物館や奈良国立博物館も創立120年以上の歴史を持つ。一方で九州国立博物館は開設17年目とその歴史は浅い。もともと国の管轄だった国立博物館が、国立文化財機構という独立行政法人による運営に変わってから、それまで、国の所有物を「見せてやる」という意識だったものが、「見ていただく」という姿勢に変わった。それは利用者側からすれば非常に良いことだと思う。ただ、運営する側の内情をいえば、以前は運営交付金が潤沢にあり、得た収益はすべて国に戻すという仕組みだったものが、独立行政法人となった事で運営交付金はこれまでの8割5分程度となり、残りの1割5分程度は自分たちの経営努力で賄わなければならなくなった。しかも、経営努力の結果としてノルマを上回って収益を上げた場合、その数字が翌年のノルマとなり、交付金はさらに減らされる仕組みになっている。

――九州国立博物館について…。

 島谷 九州国立博物館は福岡県と独立行政法人の共同経営で運営している。その比率は6対4で、職員も同じ割合だ。予算金額は約20億円で、現在の収入は約1億円。これは普通の経営者の感覚からすればあり得ない話だろうが、博物館の仕事は作品を保持して次の世代に伝える事や、展示会、劣化した作品の修復や広報、教育普及などがあり、出費はかなり多い。電気代の値上げなどを転嫁するわけにもいかず、全て予算内でやりくりしなければならない。また、特に九州国立博物館は他の3つの国立博物館に比べて創立から間もなく作品数が少ないため、新しい作品の購入に膨大な予算が必要となっている。東京国立博物館の作品数が12万件で、新規の購入予算が2億円なのに対し、九州国立博物館の作品数は1500件で、新規購入予算の目途は5億円だ。それでも、私が九州国立博物館館長に就任した2015年当時の作品数は500件しかなかったものを、徐々に増やしながら今に至っている。

――作品数は具体的にどのように増やしていくのか…。

 島谷 購入するか、或いは寄贈してもらうという2つの方法がある。購入予算は5億円と限られている為、私の場合は個人的な知り合いなどから寄贈してもらってここまで増やすことが出来た。昨年、九州国立博物館で葛飾北斎展を開催したが、その核となった重要文化財の日新除魔図も、もともとそれを保有していた私の知人が亡くなった時に、ご遺族の方が私と故人が生前懇意にしていたという御縁から、私が館長を務める九州国立博物館に寄贈してくださった。そうやって作品数を増やすことが出来て、博物館に足を運んでくださる方が多くなっていくことは、長年仕事をしていく中での楽しみのひとつだ。

――寄贈には色々な条件があるものだと思うが、トラブルは…。

 島谷 確かに寄贈には色々な条件がつきもので、その条件があまりにも多すぎると扱いが難しく、管理も大変になる。例えば、ご遺族が寄贈品を他の博物館に貸し出しすることを望まず、地元だけでしか見られない様にとお願いされる事がある。そうすると、他の博物館に収蔵されている国宝や重要文化財を借りたい場合に、こちらにある同等の作品を貸与するという条件で借用できる場合があるのだが、こちらから貸し出す作品がなければ、他の博物館の名品を借りるチャンスが少なくなる。遺族として、地元でしか見ることの出来ない希少な作品にしたいという気持ちもわかるが、それが重要な作品であればあるほど、広く博物館同士で行き来させることによって、たくさんの方々に見ていただきたいと思う。そのためにも寄贈の条件は出来るだけ少なくしておくことが重要だ。

――最近の博物館や美術館では、写真撮影が可能なところも多くなってきた…。

 島谷 昔は写真の二次利用を懸念して撮影不可とする博物館が多かったが、最近では宣伝効果を狙って撮影可とする博物館や美術館が増えてきた。これについては、収蔵品はもとより寄託品に関しても、作者の同意があれば撮影ができるようになっている。そうして実際に見に来てくれた人がソーシャルメディアを使って話題にしてくれれば、来館者も増えてくるだろう。特に日本人は人が集まるところに行きたがる傾向が強いため、口コミの力はかなり大きい。余談だが、博物館は初日に人が集まる映画と違って、会期が終わりに近づくにつれて来館者が増えてくる。ゆっくり見たいのならば、展覧会開始から第一週目の平日で、入場できる30分前くらいをおすすめする。

――海外との美術品のやり取りの仕組みは…。

 島谷 展示会のために海外から美術品を借りてくる場合、その作品相応の賃借料を支払う必要があるが、日本美術を海外に貸し出す場合は、殆ど無料だ。それは、日本美術の評価が海外ではまだまだ低いという事実を表している。また、日本における日本美術の評価も、例えば浮世絵や若冲などのように、外国で評価されたものが日本で再評価されるというような流れにある。さらに、日本の絵画や書籍跡は環境の変化に弱く、傷みやすい作品が多いため、一年間の内に展示できる日数が限られている。そういった作品を海外へ持ち出して展示する場合には更に厳重な管理が必要となるため、海外展示会での採算はほぼ見込めないのが現状だ。

――日本の国立博物館の課題は…。

 島谷 先述したように、経営を効率化させて利益を上げ過ぎると予算が減らされてしまうという仕組みや、昔のように運営交付金が潤沢ではないために、必要な修復でさえ先延ばしにしなくてはならない状況など、問題は山積している。光熱費も上昇している中で予算は縮小し続けており、それに対応していくための知恵が必要になってきている。世界の潮流では、国立の美術館や博物館の入館料を無料にして、その代わりに寄付金を募るような国も多いが、日本では常設展でさえ有料だ。修復に関しては、クラウドファンディングで資金を集めればよいのではないかと言う人もいるが、個別の作品の修復に対する資金は集まっても、総合的な修理に対する資金は集めづらい。何より、指定品の修復を担える業者は限られている為、資金が集まったとしても、それが一時的なものであれば業者の手が回らないという状況に陥ってしまう。100年、200年先の国立博物館を見据えた時に、修理業者がコンスタントに作業を続けられる様に、安定した資金が定期的に入ることが重要であり、それが今の大きな課題だ。

――最後に抱負を…。

 島谷 海外の人々にもっと日本美術を知ってもらいたいというのが一番だ。また、日本でも博物館に来る目的を、勉強する為ではなく、楽しんでもらう為に来てもらいたいと考えている。美術館や博物館を、憩いの場や活力を得る場にしてもらいたい。展示物だけではなく建物や庭園を見て、何もすることがない時などに気軽に足を運んでもらいたい。微力ながら、そうなるように少しでも力を発揮できればと思っている。[B]

――昨年12月に和歌山県知事に就任された。県政の課題は…。

 岸本 日本全体が抱えている課題がより色濃く浮き出ているのが、和歌山県のみならず地方自治体の特徴だと思う。少子高齢化や産業競争力の低下、教育水準の低下、公共交通網の整備不十分など、日本が取り組まなければならない課題がそのまま地方自治体の課題として立ちはだかっている。抜本的な解決策を見出すのは難しいが、県独自の政策で少しでも人口減少のスピードを弱めることや、都心とは全く別の価値観で巻き返すことを目指している。和歌山県が東京都を目指す必要はないと思っていて、和歌山県しかない価値観を生み出し、県民の皆さんのプライドを取り戻していきたい。

――少子化対策で歯止めを掛け、人口減少を食い止めるのは喫緊の課題だ…。

 岸本 日本の出生数は1970年代前半には年間200万人を超えていたが、昨年は80万人を切った。また、たとえ今から出生率が上がったとしても人口は減っていくことが予想され、この大きなトレンドを覆すことは不可能に近いだろう。このトレンドが続き、総人口が減少していくことを前提に、和歌山県としてはUターンやIターンを増やしていこうと考えている。とりわけUターンが大切だと思っていて、和歌山県で育った人が進学や就職で県外に出て行ったものの、都会の生活や価値観と合わなかった人達に戻ってきてもらいたい。Iターンも同様だ。令和の時代になり、拝金主義や経済至上主義とは異なった価値観が生まれ、脱炭素などこれ以上の成長を求めない考え方も増えてきている。実際に移住してきている若い人はおり、彼らは東京的な価値観ではなく、自然に触れながら自分たちの生活を送りたい、しかし自己実現をして社会に貢献したいという考えを持っている。彼らの自治体に対する要望としては、移住に対する補助金ではなく、交通網の整備などアクセスを良くしたり、教育水準を向上させたりするなど、自分たちにできないことをやって欲しいという声がある。和歌山の大自然の魅力や住んでいる人の人情など、そういう物に魅力を感じる人に来てもらい、県にしかできない永続的な支援をしていきたい。

――子育て政策については…。

 岸本 子育て政策については総合的な政策を考えていく必要があるが、まずは子育て世代の経済的な負担をどれだけ軽くできるかということだと思う。1期目4年のうちに目標を立てて成果を出したい。まずは、給食費を無料にするにはどうすれば良いかという問題意識を持っている。和歌山県内でも町単位では無料化できている自治体もあるが、財政規模が大きい自治体だと難しい側面がある。呼び水効果を狙って県が補助金を出すことを考えているが、どうやって財源を工面するかが課題だ。そして、ソフト面の応援も必要で、放課後の児童クラブといった働く親が安心して子育てができる環境作りをしたい。とりわけ大切なのは子ども食堂だ。全国的によくあるケースでは、祖父母世代も含め、大学生のボランティアで勉強を教えたり遊んだりする、食堂の枠にとどまらないコミュニティの場だ。親は子育ての心配事なども相談できるような、昔は当たり前にあったコミュニティの場が子ども食堂だ。これを小学校区ごとに1つ設置することが理想で、最初は中学校区で1つ設置することも大変だと思うが、これを進めていきたい。移住してきた人をつなぎ止める一番のポイントは、移住してきた人ともともとあった地元のコミュニティを上手くドッキングしていくことで、子ども食堂を通じて移住者と地元の人とを交わる場も作っていきたい。

――若者の県外への転出はどの県も頭を悩ませている…。

 岸本 転出の原因は2つあり、1つは親の世代の教育だ。親の世代がほとんどの人が和歌山県には働く場所がないと思い込んでしまっていて、自分の子どもを育てるときに「和歌山には働く場所がないからしっかり勉強して都会に行きなさい」と伝え、高校や大学で県外へ送り出してしまう。これでは若い人が戻ってくるはずがない。実際、優良な企業がたくさんある。親の世代の発想を変えることが大切だと思う。もう1つの原因として、どうしても東京や大阪などに比べれば和歌山県には大学が少ないことが挙げられ、大学進学率が50%を超えるなか県外へ出て行く人がいるのはしかたがないと思っている。Uターンとしていつか戻ってきてくれば良いし、県外へ出て行った人が帰りたいと思うような環境を考えたい。私も48歳で和歌山県に戻ってきて、戻ってきたからこそわかる良さがあると改めて感じているところだ。和歌山県庁も35歳まで中途採用をしており、Uターンも多く採用している。

――産業振興についての考えは…。

 岸本 産業振興の話をする前に伝えておきたいのが、今、言ったように既に和歌山県には素晴らしい中小企業がたくさんあるということだ。求人に困っているという声も聞かれていて、人材のミスマッチが起きていると思う。給与水準は東京や大阪の会社に比べて少し低いが、家賃や土地など住居費を考えれば、都会よりずっと良い暮らしができる。和歌山の中小企業に勤めれば、家を建てて車を2台持てて、子どもを学校に通わせられるだろう。とはいえ産業政策は大切で、第一次産業にこれまで以上に力を入れるべきだと思っている。和歌山県はみかんや柿や桃や梅などフルーツの日本有数の生産地だ。第一次産業は個人が脱サラして簡単に取り組めるようなものではないので、法人形式でサラリーマン的に就労ができるようにしたい。次に観光業だ。「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されているし、温泉も多くあり、「アドベンチャーワールド」は日本有数のパンダの飼育・展示施設だ。本州最南端の町である串本町にはロケット発射場もできた。これからは体験型の観光が拡大していくと予想していて、いちご狩りや魚釣りなど、第一次産業と観光が結び付いた産業を推進していく。それから、ワーケーション。実は、ワーケーションの第1号は和歌山県で、今まさに、南紀白浜を中心に、ワーケーションの施設を作ってメッカになりかけている。IT企業はどこでも仕事が出来る。実際に、和歌山に住んで在宅勤務でやっている人もいるので、これをさらに進めたいと思う。南紀白浜空港は羽田空港から1時間で着くので、ぜひ東京からたくさんの人に来てほしい。

――就任1期目の抱負は…。

 岸本 今回の選挙戦のキャッチフレーズは、「和歌山が最高!だと 子どもたちが思う未来を!」だった。実際にこれを実現するのは大変なことで、総合政策を打ち出していくつもりだ。ただ、これには心の持ち方の問題もあって、地方の方は自分のところを卑下する傾向があるが、そんなことはないと出戻りの私は思っている。和歌山県は自然の美しさや文化、歴史、伝統が根付いている土地だ。面白いことに中世の時代の和歌山は決定的な領主がおらず、地域の寺や地主が自治体を作って統治していた。将軍や天皇家などの権威の影響を受けづらかったので、和歌山弁(紀州弁)には敬語がない。強いものに対して許せないという気概があり、残念ながら負けてしまうが織田信長にも豊臣秀吉にも戦いを挑んでいる。こうした和歌山の良さをシェアし、県民の元気を取り戻してもらうような政策を打ち出していきたい。(了)

――全日教連(全日本教職員連盟)について…。

 前田 全日教連(全日本教職員連盟)は、GHQの指示のもと結成された日本初の教職員団体である日教組(日本教職員組合)から分かれて結成した団体だ。日教組というと、教師の労働条件改善のためにストライキや反対運動ばかりを行っているというイメージをおもちの方も多いと思うが、我々はそういった行動に疑問を抱き、「教育は子供のためにあるべき」という思いを強くした教職員たちが集まった団体だ。労働条件よりも子供と向き合う時間を増やそうとする「教育正常化」を目指し、日教組を脱退し結成された全国各地の団体が大同団結して誕生した全日教連は、今年で結成40年を迎える。加盟数は全教職員数の約2%と、日教組の約20%に比べてまだまだ少数派だが、その推移をみると、日教組の会員数が減少の一途を辿っているのに比べて、我々は長い間ほぼ同数を維持している。現在無所属の約7割の教職員をどのように取り込んでいくのかが今の課題だ。

――全日教連が掲げる理念とは…。

 前田 我々の理念は「美しい日本人の心を育てる」というものだ。自己を愛し、人を愛し、自然を愛し、社会を愛し、国を愛する心をもつ。そういう素晴らしい日本人を育てていきたいという強い理念をもち、政治的思想に関係なく、日本の未来を担う子供たちをどのように育てていくかを一番に考えている。全日教連が注力するのは子供たちの教育環境の改善だ。学校現場の声をしっかりと吸い上げて、子供を巻き込まないよう十分配慮しながら、教育環境の整備を国に訴えている。また、教職員の資質能力向上にも力を入れている。例えば、教育環境に関するシンポジウムの開催や各種研修会を実施して、教職員一人一人の能力を伸ばすための活動に取り組んでいる。日教組が教師を「労働者」と位置付けているのに対し、我々は教師を労働者ではなく「教育専門職」と位置づけ、そう呼んでいる。そこが二つの団体の大きな違いだろう。

――今の日本における教育の課題は…。

 前田 教師一人が担当する子供たちの数が多すぎて、一人一人にきちんと目が届かないことだ。一昨年度の法律改正でそれまで40人だった小学校のひとクラス人数は35人に減らしたが、一方で通常学級に在籍する小中学生の約8.8%に学習や行動に困難のある発達障害の可能性があることが文部科学省の調査で分かった。国際化が進む中で日本語を話さない家庭に育った子や学習環境が整っていない家庭の子など、様々な背景を持つ子供たちがいることに加えて、今の教育方針として「個別最適な学び」を提供することも推進されている。学校に求められるものが肥大化し、保護者の期待も大きくなってきている今、35名のクラスに1人の教師ではとても対応できない。さらに社会構造の変化に伴い、学校でも金融教育やICT教育等、様々な分野を教えなくてはならなくなってきた。また、家庭や地域のコミュニティの中で自然と身についてきていたマナー等も今は全て学校が教えなくてはならない。そこに、給食費の徴収や学校内のアンケート調査等、会計や事務のようなことも全てが教師の業務になっている。「教師には夏休みという長期休暇があるのではないか」とお思いの方もいらっしゃるが、夏休みは教師にとっての資質能力を高めるための重要な期間だ。私は小学校社会科を専門教科として県の役員を担っていたが、夏休みになると各地方への出張や、色々なワークショップの企画、テストを作成するなど、かなり忙しくしており、年休の消化さえ難しかった。学校現場でも我々団体としても教師の資質向上のための研修には特に力を入れている。教師自身が毎年毎年ブラッシュアップして、子供たちに教える授業の準備をしっかりとしていくために、ある程度の研修時間は必要だ。その時間を確保するためにも、会計や事務といった仕事は他の人に任せて、教職員が本来行うべき教育指導に専念できるような改善を求めていきたい。

――教育現場ではオンライン授業の導入も進んでいるが…。

 前田 コロナ禍で全国の小中学校には一人一台ずつタブレットが配られるようになり、タブレットを使って沢山のドリル式問題をこなすなど、個別に学習を進める事が出来るようになった。しかし、学校は問題を解くだけではなく、心の成長も育まれる場所だ。他人と関わることで、自分とは違う価値観や考え方を知ることができる。文部科学省ではこれを「協働的な学び」と称し、先述した「個別最適な学び」と一体化させた教育を行うよう学習指導要領に示している。これら二つの学びをどのように組み合わせていくか、そして、子供達たち一人一人の幸せ(Well-being)が実現できる教育環境を整えていくかが、我々の責務だ。子供たちが学校の中でお互いに高め合ったり、支え合ったりしながら成長していくことを学べば、大人になり社会に出てからも、日本を構成する一員として助け合いながら生きていく事が出来るだろう。10年以上前から、子供たちの「生きる力」の育成にも力を入れている。それは物理的な生存というよりも、変化の激しいこれからの社会を生き抜いていくための確かな学力や体力、そして周りと協力する豊かで優しい心を育むことだ。我々全日教連の教職員たちは皆、家庭的に恵まれない子供たちからもすべての可能性を引き出し、一人一人が輝けるような教育をしていきたいと考えている。

――日本の公的教育費については…。

 前田 全日教連は、教育に対する国の責任を憲法に明記し、学校教育のさらなる充実に向けた法整備を進めてほしいという要望書を政府に提出している。というのも、現在の公的教育費の多くは国費ではなく、地方財政措置となる地方交付税で賄われている部分が多いため、使い方は自治体任せとなっている。実際にはそれが道路建設等の別用途に使われている場合があり、本当に教育費に回されていない実情も多く報告されている。教職員の事務仕事の負担を少なくするための統合型校務支援システムも、市区町村によって導入されていたりいなかったりと差があるのは、そのためだ。国が責任をもって未来を担う子供たちを育てるという事が憲法に明記され、教育費がすべて国の負担になれば、色々な法律がきちんと整備されるようになり、何処にいても同じ教育を受けられるようになるだろう。そして地域間格差もなくなってくる。

――日本の教育制度で早期に改善すべき点は…。

 前田 今、教師不足が非常に深刻な問題になっている。我々は、子供のためなら苦労もいとわないと思っているが、一方で、保護者等との関係に苦しむ事も多い。指導上で問題のある子供の保護者との面談のために、夜遅くに生徒の自宅を訪問することもあり、残業時間が過労死ラインまで届くような事例も少なくない。幾度か業務改善は行われているが、子供たちの事を考えるとどうしても削れない仕事は多く、そうなると勤務時間に見合った給与改善が必要になってくる。そうしなければ本当に優秀な人が教師になってくれなくなるからだ。実際に今、教師の採用試験倍率はかなり低下している。我々が政府に働きかけることで、デジタル化の導入と働き方改革、そして給与改善を実現させて教師不足を解消し、子供たちの教育内容をより良いものにしていきたい。「昔に比べて今は子供の数も減ってきているため、文科省に割り当てられる教育財源は減らすべきだ」という声も聞くが、教育現場の実態をよく理解すれば、そうした意見にはたどり着かない。また、教育は国の柱であり、教育こそが国の未来を作る道だ。何よりも率先して国は教育にお金を使ってほしい。同時に、教育費が実際にどのように使われているのかを、きちんとディスクロージャーすることも必要だと考えている。(了)

――新年の目玉政策は…。

 片山 やはり新しい資本主義の目玉である「貯蓄から投資へ」だ。税制改正大綱では、つみたてNISAの年間投資上限額を現行の40万円から120万円と倍増どころではなく3倍増とし、また現行の一般NISA(年間投資上限額は120万円)の役割を引き継ぎ退職金の運用などにも活用可能な成長投資枠(年間投資上限額は240万円)を設け、さらには生涯非課税限度額として1800万円(現行は最大で800万円)を設けた。しかも簿価(取得価額)残高方式管理のため、NISA枠の再利用についても格段に扱いやすくなり、制度恒久化とともに非課税保有期間も無期限となるなど、物凄く大きな拡充とした。税制に係るこのような大きな変更は通常であれば従来財務省主税局が認めてくれなかった。しかし、「貯蓄から投資へ」を推進することで、自分自身で老後資金に向けて計画を立てることができ、世の中の人々に安心感をもたらすことができるうえ、資本主義や成長の果実を国民が得ることもできることから拡充の意義は大きい。

――NISA拡充は国内資本市場に好影響を与える…。

 片山 現在、個人投資家の株式保有比率は16.6%(東証の21年度株主分布状況調査)しかなく、また国民の多くが加入している生命保険の国内株式の運用割合も7%程度、GPIFの国内株式の運用割合も4分の1程度と、成長の果実を得るにはこれではいくらなんでも少な過ぎる。このため、NISAを通じて日本の商品が選ばれる必要がある。もちろん利回りは重要で、また個人投資家の多くが投資しているニューヨーク証券取引所やナスダック証券取引所上場銘柄もよいが、トランジションやグリーン・トランスフォーメーション(GX)に関連する国内株式に投資したい人、日本がSDGsやDXを推進していく力となる投資をしたい人は増えており、こうした声を拾い上げて国内株式へ投資を呼び込んでいく必要がある。例えば、GXリーグ基本構想に賛同した、いわゆるGX銘柄が発行する社債のスプレッドはノンラベルよりも低い。これは、日本でGXが評価されているということだ。今後もGX銘柄をさらに増やすとともに、GX銘柄に投資する投資信託を組成すれば、利回り差があったとしても大義名分があるため、外国投信に勝てる実力を持つことができるだろう。そうすることで東京国際金融都市の再建にもつながる。このため、魅力ある商品を組成していただけるよう投資信託協会などとも連携していきたい。

――金融経済教育の改革も進めていく…。

 片山 金融教育を受けたことがある人が7%(金融広報調査委員会調べ)しかいないという現状では、NISAを拡充したところで活用は限られる。その問題を解決するために金融教育が必要だ。法改正を念頭に徹底していく。今後、金融教育の中心となる組織として金融経済教育推進機構を設立するが、しっかりとした組織とすべく金融調査会を通じて確認していく。年金や保険も含めて生涯を通じて必要な金融の知識が学べ、自己判断できる大人を育てていく。

――スタートアップ支援については…。

 片山 スタートアップ支援も拡充する。スタートアップへ再投資した場合は譲渡益に課税しないという優遇措置を設けるという一歩踏み込んだ施策を打つことになった。しかし、スタートアップ支援には難しさもある。エンジェル税制はかれこれ40年近く実施しているが、投資拡大につながっていない。つまり税制だけの問題ではないということだ。課題を改めて整理していかなければならない。他方では、NFT(ノンファンジブルトークン)についても本人保有分については証券などと同じように売却時課税とする。このように今回の税制改正では、いいものがたくさんできた。革命的進捗だと考えている。

――デジタル人材育成PT座長としてデジタル人材投資の拡充は…。

 片山 人材投資においては所得税において特定支出控除の条件がよくなる程度に留まっている。今後はDXの研修を受ければ特定支出控除額が広がるぐらいまで税制面での優遇を頑張らなければならない。現状でも東京都が講座を開き、受講者は1000人程度の規模までは拡大しているほか、大手クラウドサービス提供企業との連携を通じ、クラウド化に合わせた人材を開発している。しかし、例えば高卒・文系の女性で研修終了資格取得率5~6割に達するなど、イメージより簡単に資格取得できることを多くの人が知らないため、浸透・活用されていない。また、どういう資格を取ればどういった職に就けるのかというプラットフォームを作りきれていない。国も模索中、企業も模索中であることから国が全体をまとめていく必要がある。他方、デジタル教育が既に実践されている金融機関において、取引先である中小企業370万社に対してデジタル経営を指導してもらいたい。卯年は銀行ないし銀行子会社の専門会社が、こうした事業を新しい収益柱として展開していただくことを考えている。

――防衛費のための増税が決定された…。

 片山 防衛力強化のための財源確保にはとてもびっくりした。総理大臣から「これこれの税目で1兆円調達してほしいので具体的な税率やいつからかを決めてくれ」などあそこまで発言することはこれまでになかったためだ。私自身が防衛関係の主計官だったこともあり、よく承知しているが、防衛予算は伝統的に特定財源ではない。この度、法人税について4~4.5%の新たな付加税を課す方向が税調答申に書かれ、500万円控除とするものの、中堅以上の企業には負担となりかねない。コロナが明け始めているが、例えば大手のホテル・旅館で黒字化した割合は全体の3割に留まっている。これは、放漫経営をしたからではなく、国が移動制限を課したからだ。我々はゼロゼロ融資で支援してきたが、今年に返済のピークが到来するため、再度延長ないし何らかの債務圧縮を含む事業再生をしなければ乗り越えられないと考えている。100%保証の借換保証も新設しているが、大手となれば1億円の借換保証では足りない。一方で、今、事業を売りに出しても買い手は中国資本ぐらいだろう。そうなると彼らはお金はあるが地域と折り合った経営ができるわけではないため、日本中でおかしな状況が生じている。とくに温泉街は地域コミュニティの中にある事が多いことから国民が訝っている。今の世の中を象徴するようなシーンだ。

――景気後退のなかで増税は企業の負担となる…。

 片山 今年、企業はようやく自助努力で黒字転換したものの、まだ繰越欠損が出ているなかで将来は増税になるとなれば、それは怒る。せめてコロナの影響を受けている業種を対象外とすべきだと進言した。他方、宮沢洋一自民党税制調査会長はかつて、法人税収の基本税率を下げるために尽力したものの、尽力して下げた分を内部留保にされてしまったという悔しい思いがおありになる。そのため、今後の検討で内部留保が貯められた大企業に増税をシフトすることはあり得るだろう。内部留保の議論はあったが、今回の課税対象を一律としたのは非常に残念だ。

――DX移行債はどうなるのか…。

 片山 DX移行債の発行が決まり、その財源の一つとして考えているのが、いわゆるカーボントレードで、これは28~30年から始めることを予定している。なぜ時間を要するのか。企業にとって大きな負担となることから、準備に慎重に時間をかける必要があるためだ。カーボントレードについては、米国の動向はわからないが、我々はアジアでやるなら日本基準が権威を持つよう頑張っていきたい。そしてそうなれば、東京国際金融市場の目玉商品にもなり得る。

――最後に抱負を…。

 片山 日本人全体がキャピタルマーケット化することを目指す。国民みんなのお金で日本経済が循環している、という参加意識を持って、株式投資にも誰もが賢く加わっていただける世の中にしていきたい。これまで日本には紙屑にもきちんと値段が付くようなマーケットエコノミーがなかった。この点、電子記帳法やインボイスなどで合理化され、また経営者保証改革も進めることで債権の移転が容易となるほか、債権放棄も容易となっていく流れは良い方向だ。いつまでも過重債務に悩まされずに、早く経営の方向に結論を出して次に進む経済にすることで、日本は静かに革命的に変わるだろう。(了)

――新年は良い年になるかな?

  どうかな。今見えている大きな材料は、国内要因では春の日銀総裁の交代とその金融政策、岸田政権の持続力と秋の自民党総裁選だ。また、海外要因では引き続きロシア・ウクライナ戦争と中国の台湾侵攻の有無、そして米FRBの金融政策だ。これらが絡み合い、どのように金融資本市場が展開するのか、そして新たな材料が出てくるのかも注目される。

 B 確かにここ2~3年は、コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻という予期せぬ巨大な材料が世界経済を大きく動かした。2度あることは3度あるというが、2つのビッグイベントにより世界経済が疲弊しており、かつ東西の分断という要素が今年も続くとあれば、世界大不況や第三次大戦の序章に入ることも考えられる。

 C 新年早々、物騒だな。逆に、コロナ禍がほぼ終了しロシア・ウクライナ戦争がプーチン失脚という形で終了すれば、FRBも金融緩和に舵(かじ)を取ることで株価が年末にかけて暴騰することも期待される。ただ、ロシアとウクライナの終結が痛み分けとなりロシアの領土がさらに増えれば、中国が経済悪化やコロナ対策の失敗から国民の目をそらすために、台湾総統選や自衛隊の増強前に台湾に侵攻する可能性は十分にある。

一気に変えにくい日銀政策

――Cの予想も物騒じゃないか(笑)。

  その前に、新日銀総裁によって金融政策がどのように変わるのかということだが、結論から言うと徐々にしか正常化できない。いわゆるソフトランディングだ。国債残高の巨額さや世界的な景気後退リスクを勘案すると、徐々にしか金利を上げられないためだ。何か革新的な手法があれば別だが、金利が上昇することによる財政負担の圧迫を政府は恐れており、そのため政府は日銀との共同声明を変えて「安定的に2%の物価上昇が実現する」ことで合意したい考えが垣間見られている。

 B アベノミクスだか黒田緩和だか分からないが、金融政策の大失敗だな。年末の「突然」の政策変更による市場の混乱を含め、中央銀行の世界史に残る失敗と言ってもいいんじゃないか。それを明確に表しているのが、アベノミクスの開始からここまで国債は5割近く増えたものの、GDPはほぼ変わっていないし、実質賃金は下がり続けてついに世界で20位以下にまで落ちてしまった。しかし、税収だけはしっかり増えている。江戸時代なら農民一揆だ(笑)。

 C そうした金融政策を徐々にしか変えられないから、この先もしばらくは国債残高の増加や低成長・低賃金が続く可能性が高い。ただ、救いは霞ヶ関や政治家が黒田緩和の問題点にようやく気付き始めていることや、賃金抑制の大きな原因であるROE経営も問題視し始めている。金融庁の銀行監督指針も本紙が問題を指摘してから改正するまで時間がかかったが、金融政策も昨年末にようやく改善の第一段階を歩み始めた。新総裁が一刻も早く金利を自由化・正常化させることを祈る。

 A 金利の正常化が一気にできない理由の1つとして、ゼロゼロ融資が3月に終了することもある。まだコロナ禍から本格回復していないことに加え一気に金利が上がれば倒産も増え、ゼロゼロ融資がかなりの規模で返済不能になる。私はかねて日銀政策を変えるべきだと主張してきたが、今となっては一定期間はゆっくり金利を正常化していくしかない。しかし、それには日銀の市場からの信頼回復が大前提だが。

金融面でも安保リスク

  金利の正常化に一歩踏み出したことで国内要因では少しは楽観視もできようが、海外要因、例えば中国が台湾侵攻と同時に日本国債と日本株と円に巨額の売り仕掛けをしたらどうなるのか。戦費調達の思惑から国債は売られやすく、台湾と中国にある巨額投資の没収懸念から日本株は暴落し、それらの連想から円も売られる。つまりトリプル安に乗じて中国は巨額の売却益を得ることができる。台湾の領土と金融収益の両取りだ。

――そうなった時も日本の政府は想定外だと(笑)。

  笑い事では済まされない。経済安保はようやくその概念が世の中に伝わり始めたが、霞ヶ関の取り組みや経団連の問題意識はまだ相当遅れている。また、金融面における経済安保の意識はさらに低いのが現状だ。本紙は10年以上前から、中国は日本企業の3分の1を支配下に置くとの目標を立てていると警鐘を鳴らしてきたが、多くの経済人は見て見ぬふりをしてきた。

 B 台湾侵攻と国債の売り仕掛けを勘案すると、財務省が防衛費の一定部分を増税で賄うといった姿勢は悪くはない。国債で防衛費を賄えば台湾有事に国債を売り崩しやすくなる。また、埋蔵金の金額を公表することで、売り崩そうとしたら埋蔵金で反対売買をして痛い目に合わせることができる懐刀になる。もっともそういう意識が政府や財務省にあるのかは分からないが(笑)。

「中国産BMW作戦」

  中国が水面下で密かに進めてきたハイブリッド戦略もようやく表面化しつつあり、国民もそれに気付き始めている。中国は日中友好で接近した後に「中国産BMW作戦」などで、日本人に対中防衛意識を極力持たせないように働きかけ将来は属国にしようと狙っている。「中国産BMW」とは、中国によるbusiness=ビジネス仕掛け、Money=金仕掛け、Woman=色仕掛けだ。この3つによって、経済界はもちろん役人や政治家、メディアまで中国に取り込まれており、それが中国に対するさまざまなガードを甘くしている。

 B 日中友好で中国に招かれ会議をした後に、ホテルの部屋に若い女性が現れたという経験をした人は多い。その時、ことに及んで脅迫の材料に使われる写真を撮られてしまったという話も広くささやかれている。今でも政治家の美人秘書が中国人であったり、対中ビジネスで間接的に利益を得ていたり、カジノで賄賂をもらったりしていることが表沙汰になっている。どことは言わんが、大手新聞の3紙は中国の都合の悪い記事は小さく扱い、良いことは大きく書き、大した技術もないのに技術大国と紹介するなどしており、読者の皆さんもよく読むと分かる(笑)。

 A 日本のEEZ内に中国のミサイルが撃ち込まれても文句1つ言わず、また米で危険視されているTikTokを使わせ続けており、マイナンバーカードにも情報漏えいの懸念が絶えない。経済安保面でも、高度な技術を持った未上場企業が中国人が日本で設立した「日本企業」に買収され、その技術を中国に移転するといったケースが問題視されている。

――この国は大丈夫かね…。

  平和憲法の下、70年間余り性善説でやってきたからね。すべての国は国際法やモラルを守るし話せば分かるから軍備はいらないと思っていたら、中国の香港制圧、ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮のミサイル乱発によってそれまでの甘い常識がドテンした。いわゆる「お花畑」は世界の非常識であることを気付かされた。しかし、日本人の意識はまだまだ「お花畑」だ。特に、政治家、官僚、マスコミがひどい。核保有を含め国民の方が問題意識を先に持っている。

 C 中国などからすれば日本の支配層に対する「BMW」が一定の成果を上げているということだろう。しかし、BMWの母国ドイツよりはまだましだ。ドイツは天然ガスをロシアに支配され輸出を中国に握られており、もはや中露なしには身動きが取れなくなっている。メルケル前首相の失政によって経済を東側に握られており、その結果、ウクライナ支援も相当消極的でウクライナやEUからの批判の的だ。日本は50兆円ともいわれる投資残が中国にあるが、経済取引の中心は米国でありエネルギーのロシア依存度も低い。

大きい国内の政策リスク

  中国もリスクだが、国内の経済政策もそれ以上のリスクだ。アベノミクスもそうだったが、わざと日本を弱くする政策をしている。黒田緩和はもとより、脱炭素化を含むバラマキ政策、ROE重視、残業時間の削減、雇用の流動化など海外から言われたことをよく考えずに鵜呑(うの)みにしててしまい、墓穴を掘り続けている。そうした政府・霞ヶ関の姿勢は、バブル崩壊の原因となったいたずらなBIS規制や時価主義、株式の持ち合いの解消の導入などと同じ構図だ。日本経済を悪くしているのは自分の頭で考えない政府・霞ヶ関の権威主義だ。

 A 権威主義というより米国の言いなりだ。世界一の軍事力で日本を守ってくれているから仕方ない面もあるが、30年余り前の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時に日本を弱体化させるべく半導体産業と金融をめちゃめちゃに壊し、特に半導体は力ずくで韓国と台湾に移転させた。日本が米国より強くなっては困る一方で、韓国と台湾の経済が強化されれば、北朝鮮と中国からの脅威の防御壁となる。米国は日本より韓国を贔屓(ひいき)しているといわれるが、米国にしてみれば韓国は北朝鮮と中国に直接対峙しているわけだから当然だ。

 B しかし、バブル当時と違ってもはや日本は世界一ではないし米国を打ち負かす存在でもなく、また、米国の敵は中露であることがはっきりしてきている。むしろ米国はかつての日本にやったことを今の中国とロシアにやっている。このため、もういい加減に自分の頭で自分の国のことをよく考えて、バブル崩壊やアベノミクスの二の舞いは避けないと、今度は二流国どころか三流国に成り下がってしまう。

――霞ヶ関や政治家にその能力はあるのか…。

  微妙だね(笑)。政治家は地元民を通じ国民から聞く能力はあるが、それらを組み合わせてマクロ経済政策を作ることはできない。役人は頭は良いが権威主義であり、市場に目を凝らし現場で何が起きているのか理解する姿勢と能力に乏しいため、トンチンカンな政策を推し進めてしまう。市場と対話せずに500兆円も国債を買い込んでしまった黒田緩和が良い例だし、金融庁にしても未だに直間比率を直せない、いつまでたっても「規制庁」のままだ。

 B 日銀の最大の課題は市場との対話による信頼の回復だ。昨年末のような市場が予測できにくいことをやって市場を敵に回すようでは、お金がいくらあっても足りない。国債残高が増えるばかりだ。日銀のオペを極力行わずに、かつてのように口先だけで市場を誘導すればせいぜい日銀銀保有の国債残高は100兆円で済んだだろう。その意味では新総裁は市場をよく理解している人がふさわしい。となるとやはり日銀プロパーがふさわしいかな。民間人でも良いと思うが、市場をよく知る人ほど黒田緩和の尻拭いはしたくはない(笑)。

 A 金融庁は今回はNISAでよくやった。恒久化や1800万円の枠拡大などとりあえずは満額回答と言って良い。これで、株式の民主化が進み外国人主導相場が抑制され、金融資本市場が経済安保をてこに自国主導型になれば、防衛力の抜本強化とともに日本の安全性が増す。同時に株式投資益によって国民所得が増えるとともに、株式市場の流動化によって市場経済が活発化されればようやくGDPも動き出す。めでたし、めでたしだ。

――本当にそうなるように YCCを含めた市場規制の脱却・市場化元年になれば良いね。また、それには担保制限条項の見直しなど社債市場の活性化も不可欠だ。(B)

――非財務情報は任意とし、開示をしないことの説明を義務付け、投資家の判断に委ねる方式などで企業の開示負担を軽減したらどうか…。

 井藤 確かに企業負担が大きくなっているという声があるのは事実だ。しかし、一方で投資家が投資するうえで様々な情報を必要としているのも事実だ。我々としても企業には情報開示を充実させ、より中長期的に企業価値を高めるためにどうするべきかについて投資家と対話していただきたいと考えている。今年6月の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告では、サステナビリティ情報を充実すべきとの提言がなされ、今般、サステナビリティ情報の記載欄を設けるなどについてのパブリックコメントを終えたところだ。記載欄には人材育成方針や女性管理職比率などについても開示していただくということになるが、事細かに書いてくれというよりも、まずは、経営レベルで企業の中長期的な価値向上の観点からどのような戦略を描いているのかということを踏まえて、方針を示して貰うことが重要ではないかと考えている。こうした中で、企業負担については軽減できるところは合理化しつつ、情報自体の開示の充実は是非とも進めていければと考えている。その半面、チェックリストのような画一的な対応となれば、ボイラープレート(定型的文言、使い回し)化し、負担だけ増えて実が伴わなくなる可能性もある。そうした意味でも企業は自身がどのように取り組んでいるか、投資家にアピールできるようなものをしっかりと開示していただきたいと考えている。様々な開示項目に対し、企業がリスクあるいはチャンスと感じ、取り組んでいるという姿勢、情報を開示していただきたい。記載欄を設けたが中身はあくまでも自由だ。なお、女性管理職比率や男女間賃金格差などについては女性活躍推進法などに基づいて開示が義務付けられている企業について開示対象とするもので、何か追加的に負担を求めているわけではない。また、サステナビリティ情報の虚偽記載への対応や保証のあり方については、世界的にも議論が開始されており、今後検討していく必要がある。ただ、財務情報と異なり、何が間違いかどうか判断し難い。定量的な項目については判断し易いが、定性的な話は判断が難しい。グッドプラクティスや好事例を示しながらより良い情報開示が定着するよう支援していきたい。

――市場間競争の消失による市場機能の低下が問題視されている…。

 井藤 市場間競争が適切に働くことを市場全体として考えていく必要がある。特に現物市場は東京証券取引所の独占に近い状況にあるが、この点、私設取引システム(PTS)が適切に機能し、投資家にとって使い勝手の良い市場になればと考えている。PTSの売買高上限の緩和などについては、投資家の利便性向上の観点から進めていければと考えている。また取引所では取り扱われない非上場株式についても、例えば、今年7月には日本証券業協会で特定投資家向け銘柄制度が整備された。こうしたものを活用することによってスタートアップの資金調達が促進されるような取り組みを考えていきたい。一方で、取引所間の競争も大事だが、PTSの実態が取引所に近付いていくのであれば、価格情報の適切な提供など制度整備も必要となる。米国のようにマーケット開設者間で共通の自主規制機関を持ち、コスト負担するような体制とするところまで一気に行けるとは考えていないが、市場の透明性などについて必要な対応を求めたい。非上場株式については、主として、リスク許容度の高い個人を含む特定投資家(プロ投資家)に投資していただければと考えている。また、商品によってはリスクが非常に高く、またリスクの把握が非常に難しい商品もあり、適合性の原則を踏まえながら進めていくことが必要だと考えている。この点、ポートフォリオ、つまり資産の状況からリスクテイクの許容度を判断していくことも大事だ。例えば、ポートフォリオの相当部分をリスクの高い金融商品で占めるといったことはプロ投資家でもやらないだろう。そうした点をしっかりと確認したうえで市場参加していただくことが大事ではないだろうか。

――金融教育の強化を挙げているが、具体策を伺いたい…。

 井藤 金融教育の推進は資産所得倍増プランの中核のひとつとして、金融審議会の顧客本位タスクフォースにおいても議論が進められ、中立的な立場から金融教育ができる組織として金融経済教育推進機構(仮称)を設立するなどし、官民一体となって戦略的に対応すべきという方向性が示された。これまで日本銀行をはじめ、各業界、個社でも金融教育に取り組んでいた。しかし、国民全体にアプローチしていくためには各者各様で取り組んでいては効率性が良くなく、また販売会社による取組みには販売目当てではないかといった懐疑的な見方もされるなどの課題が指摘されていた。中立的な立場から求められる情報を的確に提供していくためには、まずは、個人の人生を通じたお金のマネジメントがしっかりできるよう、ライフプランに基づいて、あるいはライフステージに応じて、人生を俯瞰してお金の問題がどのように関わってくるのか、貯蓄、投資、年金などを含めて考えていくことが大事だが、こうした広い知識に立脚したうえで個人として知っておくべきことを展開していくなかで、つみたてNISAにも興味を持っていただき、実践していただけるような知識を提供していこうと考えている。また個人は何を買えば良いのかわからない人が多いだろう。この点、顧客の立場に立ったアドバイザーが重要で、「機構」において信頼できるアドバイザーがどういった方々なのかを見える化していく。もちろん顧客のためになるアドバイザーであれば、今回議論の対象としている以外の形態も当然あって良いと考えている。まずはそうした個人にとっての投資の入り口となりえる気軽にアドバイスを求められるようなアドバイザーを育成・支援していく。一方で、リスクプロファイルが高い商品を見分けるためには勉強が必要で、そのコストは一定程度かかる。また社会人で忙しいと勉強する時間もない。デリバティブが組み込まれている商品に対し、リスクを把握し、自身のポートフォリオを考えてどの程度保有できるのかまで考えられる投資家は少ないだろう。金融機関でも判断が難しいPEファンドの投資リスクを把握できる投資家も少ないだろう。「その金融商品のリスクを的確に理解しなければ投資すべきではない」ということも含め、しっかりと情報提供あるいはアドバイスができるように「機構」の体制構築に取り組んでいきたい。また、顧客本位の業務運営において金融機関が顧客の利益を第一に考える体制を構築して貰う。例えば、つみたてNISAを購入したいという顧客に対し、玄人筋が購入するような商品を推奨することはありえない。自分が相手の立場に立ってほんとうにこの商品を選択するのか、という目線を金融機関に持っていただき、顧客のためになるような金融商品を推奨・販売できる体制を整備していただきたい。

――金融経済教育推進機構(仮称)は金融庁が主導していくのか…。

 井藤 関係省庁と連携しつつ、金融庁が主体的に進めていければいいと考えている。先般、学習指導要領で家庭科において金融教育を充実していただいた。家庭科の先生方に協力して頂き、授業推進に向けてディスカッションをするなどいろいろな面で取り組んでおり、そうしたなかで文部科学省や各地の教育委員会にご協力頂いた。この連携をさらに強化していきたいと考えている。ただ、学校の場だけではなく、社会人あるいは退職前の方々など様々なライフステージの方々に対して教育機会、情報提供の機会を提供していきたい。この点、職場における展開も選択肢にあると思う。さらには新しい情報メディアを通じた情報発信も必要となるだろう。

――今年度の行政方針において特に注力している政策は…。

 井藤 やはり貯蓄から資産形成へのシフト、成長と家計への分配の好循環を実現するための資産所得倍増プランに関する事項は極めて大きな意義を持っている。好循環という面では家計、投資家側だけではなく、企業自体が成長しなければならないため、これに資する市場関係の改革を両輪として進めている。企業の成長においてはコーポレートガバナンス改革も引き続き重要な課題だ。今年は3年ごとのスチュワードシップ・コードの見直しの年ではあったが、そのことにとらわれず、チェックリストのような形式的な対応を招きうるものを追加するよりも本質的な面で日本市場を良くするために、海外投資家を含むステークホルダーから幅広く意見を聞く場も設けており、来春を目途にコーポレートガバナンス改革をどのように進めていくかアクションプログラムを取りまとめたい。企業情報の開示についても四半期報告書と決算短信の一本化で企業負担を軽減していくが、より大事なのはサステナビリティ情報などの情報開示を充実していただくこと。この点、人的資本に関する情報を企業がどのように開示するのかは極めて大事な事項で、これは国際的にも気候変動対応については基準作りが進んでいるが、次にどういったことが重要なのかの議論も開始されつつあり、我が国として人的資本に関する情報開示の充実に向けたルール策定などの取り組みについて国際的な意見発信をしていこうと考えている。このほかにも事業成長担保権も重要だ。商取引先や労働者等の債権者の権利のあり方等の課題には対応していく必要があるが、今の金融機関の実務では土地や建物、人的保証なしに、事業性だけを見てリスクテイクしがたいという課題も指摘されていることから、事業性に着目して事業者に伴走するような取組みを十分進めてもらうためにも早く制度化したいと考えている。(了)

11/21掲載 「東京にシリコンバレー創設を」
衆議院議員 自民党経済安全保障推進本部 本部長 甘利 明 氏

――日本も米国などのように新しい技術を生み出していくことが経済安保につながる…。

 甘利 大事なことは、イノベーションが起きる生態系、エコシステムを作ることだ。それには、まずは大学を改革することを考えている。これまでの日本の大学は、自分の研究をマネタイズしてスタートアップ企業につなげていくという発想がなかった。まずは大学を改革して、大学を運営する従来の研究者に加え、経営する人を新たに置き、研究を事業につなげられるようにする。日本の国立86校の年間予算は、合計で1兆1000億円だが、例えばハーバード大学は自身の基金で5兆円を運用しており、日本と他国の研究費の差は歴然だ。そこで私は、東京に世界最大のシリコンバレーを作ろうとしている。そこにグローバルに展開できる大学のキャンパスを誘致し、さらに世界のベンチャーキャピタルや人材が集い、次々にスタートアップがデビューしていく生態系を作ろうとしている。これを今年の骨太方針に盛り込み、3年以内の実現を目指す。先端研究の成果は研究費に左右され、国からの一層の資金支援が必要だが、大学自身も研究産業の一面を自覚し、自身でも稼げるようになるべきだ。

10/17掲載 「3つのメガFTAで経済推進」
九州大学大学院 経済学研究院 清水 一史 氏

――日本はRCEP、CPTPP、IPEFの3つのFTAに加盟している唯一の国だ…。

 清水 まさに、日本はこれら3つをすべて活用することが重要だ。RCEPは東アジアのメガFTAで一番インパクトがある。CPTPPもかなり水準の高いFTAなので積極的に活用する意義がある。IPEFもサプライチェーンの強化やデジタル経済に大きな影響を与え、アジアに米国を引き込むという思惑もある。日本はこれらFTAに積極的に関わり、かつ、日本が相互補完させていくことが大切だ。民間分野でも、日本企業はRCEPの枠組みに大きく関わりがある。RCEP地域に進出している日系企業の輸出の約8割がRCEP域内だ。日系企業にとっても大きな意義があり、同時にRCEPやCPTPPを補完しながら活用するのが重要だ。また、日本はASEANと連携し、かつ支援することが重要だと思う。RCEPはASEANが提案して交渉をリードしてきた。日本が積極的にASEANを支援し、RCEPでASEANが中心に位置し続けることで、中国の影響力が拡大するなかでも、RCEPの中でのバランスがうまく保たれると思う。

10/11掲載 「金融の役目は経済の転換促進」
金融庁 監督局長 伊藤 豊 氏

――コロナや地政学的リスクなどこれまでにない不安定な局面にある…。

 伊藤 コロナは資金繰り支援から始まり、債務過多の事業者への前向きな投資資金の調達やアフターコロナに合うビジネスモデルへの転換支援に変わり、また金利上昇や円安進展で事業環境が大きく変化しているなか、今後のビジネス展開や防衛策も検討していかなければならないが、ここに金融機関の役割がある。一方では、3年間据え置きのゼロゼロ融資の返済が23年の春から本格化するため、返済期限の延長や借り換えなどの対応も必要となる。アフターコロナに向けては、ゾンビ企業を淘汰するということではないが、生産性を上げれば賃金も上がる。コロナを大きなきっかけとして、日本経済の転換点とすることが金融機関の役目だ。

9/20掲載 「国債管理政策を総点検し継承」
財務省 理財局長 齋藤 通雄 氏

――最後に、局長としての抱負を…。

 齋藤 先ずは、今の時点での国債管理政策の総点検を実施しておきたいと考えている。というのは、私は長い間この国債関係に携わりながら、これまでのキャリアを築いてきた。しかし、私の後にこのポジションに就く人物が、私の様な経歴を持っているとは限らない。総点検してまとめ上げたものを、私の時代に実行に移せるかどうかはわからないが、これまで長く国債関係を歩んできたものとして、その経験をしっかりと後任に引き継いでいきたい。それが私の責務だと思っている。(了)

7/11掲載 「脱中国に向け補助金を」
アシスト 代表取締役 平井 宏治 氏

――進出リスクが大きくなっている中国から日本企業が撤退する方法は…。

 平井 法律上は、日本企業が中国から撤退することは可能だが、実際には、撤退すれば、中国に投資した設備類などをすべてタダ同然で置いてくることになる。日本企業にとっては、特別損失を計上することになり、このことが、脱中国が遅れる一因となっている。脱中国を推進するため、脱中国をする企業に中国撤退で生じる損失と同額の補助金を出すべきだ。例えば、1億円の特損が出る企業に、政府が1億円の補助金を出せばよい。2020年、安倍首相(当時)は、中国から撤退する企業に対する補助として、2200億円を準備し、申し込みは1兆7000億円にもなった。同時期に、米国政府が準備した脱中国補助金は5兆5000億円。わが国の経済規模からして、2兆円は準備する必要があった。経済安全保障の観点からは、日本企業の脱中国、国内回帰や、中国から東南アジアへのサプライチェーン変更に補助金を準備し、サプライチェーンの中国外しを進めることが必要だ。上場企業の場合、利害関係者も多く、簡単にサプライチェーンの変更も決められないが、オーナー経営の中堅・中小企業は迅速に撤退を決断できる。有価証券投資などを含めると、中国には既に50兆円規模の日本の資産があるとの見方もある。中国には国防動員法がある。台湾有事や同時に起きる沖縄侵略時、いわゆる有事に、中国政府が日本企業の在中資産を接収できるとする法律だ。中国政府にすれば、日本企業の50兆円の在中資産をタダで中国のものにできるおいしい話だ。ロシアのサハリン2の例を見れば、中国の国防動員法発動リスクを過小評価するべきではない。

4/25掲載 「台湾有事の際の難民課題に」
石垣市長 中山 義隆 氏

――ロシアによるウクライナ侵攻に呼応し、新たな中国の動きはあるのか…。

 中山 尖閣に関しては、新たな動きは見られていない。ただ、ロシアのウクライナ侵攻に連動して台湾方面では動きが出てきたようだ。ロシアの要求通りにウクライナ情勢が解決するのを国際社会が認めてしまうと、次は中国が台湾に侵攻していくだろう。そして、台湾侵攻の際には、台湾を挟み撃ちにするため、尖閣諸島が利用されると考えられる。台湾は国土を大きな山が縦断しているので、尖閣諸島から山の東側を、大陸本土から西側を攻撃すると見ている。さらに、侵攻が実際に行われれば、台湾にいる2300万人をこえる人口の多くが漁船などを利用してでも避難民として日本の沖縄県、石垣市へ流れてくることは間違いない。人口5万人の島でそれだけの避難民をどう受け入れられるのか。また、パスポートがない方が入国した場合、中国の工作員が紛れ込んでいても区別がつけられない。石垣市では4年前、台風による光ファイバーケーブル断線により、大規模な通信障害が起きた。石垣島の海底ケーブルは沖縄本島から宮古島などを経由して周りの島々をループ状につないでおり、1本が断線しても別の1本で、最低限の通信はできるようになっているはずだった。ただ、そのときは通信できるはずのケーブルが与那国島の土木工事の事故で切られており、2本のケーブルが切れ、固定電話を含め一切の通信が取れなくなった。これは後からわかったことで、当時は状況がわからなかったので、台風を利用した工作員によるテロの可能性も考えた。結果的には不慮の事故だったが、これが台湾進攻の際に避難民に紛れ込んだ工作員により意図的に行われたら、島外との通信は一切取れなくなり、国家安全保障上の大きな脅威になる。

4/44掲載「輸入物価高が賃金や利潤抑制」
みずほリサーチ&テクノロジーズ理事長 前アジア開発銀行総裁 中尾 武彦 氏

――日本で円安が進んでいることについては…。

 中尾 日本製品を輸出する際に高く売れた方がよいし、外国のものを買うときに購買力が強いほうがよい。極端な円高も困るが、通貨がある程度高い水準にあることは決して悪いことではない。米国もドル安政策を志向したことはない。為替が安ければ海外の企業に日本企業は簡単に買収されてしまう。現在のようにエネルギー価格や資材価格が上昇している時に円安になれば輸入物価はさらに高くなり、いずれCPIに跳ね返ってくる。日銀が目指しているデフレ脱却モデルは、自国の生産の価格が高くなっていく、つまりGDPデフレーターが上がってCPIも上がっていくことを期待している。今は輸入物価が上がる過程でそれが転嫁できずに実質賃金や利潤を抑えるという流れになっており、その結果GDPデフレーターはマイナスの方向に動く。CPIは上がるが、実質的な経済活動には下押しの圧力が加わるので、金融政策のかじ取りは難しい。

3/22掲載 「CO2温暖化説はねつ造」
東京工業大学 地球生命研究所 主任研究者 丸山 茂徳 氏

――IPCCの試算は全くのデタラメだという…。

 丸山 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は大気中の温室効果ガスの増加が温暖化と異常気象を引き起こす原因であると断定しているが、それは誤りだ。IPCCは全球気候モデル(GCM)を使って気候変動を定量的に予測したと言っているが、これはでっちあげである。気候変動に関与する変数は極めて多く、全ての変数を定量化してモデルに組み込むことは不可能だ。そのためIPCCは、過去1300年間の樹木(中緯度だけ)の年輪幅(気温との相関関係)のデータだけを扱った。それらのデータは年代依存の規則性がないことから、彼らは、地球の平均気温は過去1300年間一定だったと見なした。一方、年輪幅以外の各種同位体や花粉学を駆使して、IPCCよりも遥かに精度良く再現してみせた古気候学の常識は、彼らからは明らかに無視されている。IPCCは、自分たちが導き出した、過去の気温は一定であるという話に一致するように、各種の変数を調整した。例えば、過去1300年間のCO₂、CH₄、N₂、H₂Oなどの温暖化ガス、あるいは雲量など寒冷化の要素を気温が一定になるように操作した。その上で、過去約130年間の要素のうち変化しているのはCO₂濃度だけだから、気温が0.8℃上昇したのはCO₂濃度が原因であると説明した。見かけは、たくさんの要素を入れた複雑な気候モデルに見えるが、中身はでたらめだ。これがGCMの実体だ。

1/4掲載 「収入範囲内の予算で財政再建
大阪市長 日本維新の会代表 松井 一郎 氏

――財政再建を反映して大阪市債も府債も販売が順調だ。財政再建の秘訣は…。

 松井 当たり前のことだが、「収入の範囲内で予算を組む」ということだ。2008年に橋下徹氏が大阪府知事になった時、大阪府は11年連続赤字で、減債基金の借り入れという禁じ手とも言える財政手法まで行っていた。それまで「役所はつぶれないし、いつか誰かが何とかするだろう、今はどこも景気が悪いから自分の世代ではどうしようもない」というような意識が府庁内には蔓延しており、これを見直すために先ずは職員の意識改革を行った。そして、ドイツでは財政運営の法律があるが、それに倣って大阪では財政運営基本条例を作った。それが「収入の範囲内で予算を組む」という条例だ。

――衆議院の副議長となられて1年。今の国会の仕組みは…。

 海江田 国会議員が衆参各議院の議長と副議長を選ぶ際には、総理大臣を選ぶ首班指名との時と違い、無記名での投票になる。つまり投票した人の名前を記す必要がなく、そのため満票にならないこともある。しかし、私は満票で副議長の信任を得た。それだけに、国会を運営していくうえで偏った判断をしてはいけないと肝に銘じている。もちろん一議員として自分の意見はしっかりと持ち、表明もするが、何か揉め事があった時には、議長とともに公平な立場で判断していかなければならない。そのために、議長及び副議長は会派を抜けることになる。基本的に、国会はすべての物事が会派によって決められていく。例えば委員長のポストや、どの委員会に入るのかといった事も、すべて会派毎に決められていくのだが、議長と副議長には会派がないため、国会でも質問が出来ない。ただ、基本的な政治活動を行うために党籍は残してあるため、私の政党助成金は党へと入る仕組みになっている。

――この1年で難しい判断に迫られた事は…。

 海江田 今のところはないが、これからどうなるのかは誰にもわからない。この1年で残念だった事は、安倍晋三元総理大臣の国葬の件だ。本来ならば閣議前にでも報告や相談を議長や副議長に行うのが筋なのだが、その事前の相談が全くなかった。吉田茂元総理の時には、国会でその議論がきちんと行われていたからこそスムーズに国葬が執り行われたのだが、今回は事前の相談がなかったために我々としても十分な根回しが出来ず、結局、国会軽視、つまり国民の意思を蔑ろにしたと捉えられ、それが今の与党の支持率低下に繋がってしまった。しかも、閣議決定後の議長への連絡さえなかった。岸田総理が一言でも議長や私に相談してくれれば、葬儀までの流れが円滑にいくよう私としても力を尽くせたと思う。それがこの1年間で一番残念なことだ。

――国会の会期が短すぎる…。

 海江田 今国会の会期は12月10日までだったにも関わらず、11月15日時点でも正確な補正予算案が国会に提出されていなかった。それは参議院選挙直後に3日ほど臨時国会を開き、その後は国葬が終わるまで国会を開かなかったからだ。岸田総理としては国葬の問題がある中で国会を開き、色々な批判を受けるような事態を避けたかったのかもしれない。しかし、物価高や旧統一教会問題等、審議すべきことは山積している。それらを早く片付けて、早めに補正予算を組まなければ来年3月迄の執行期間には間に合わない。これは安倍元総理の時代から感じていた事だが、国会が閉幕している期間が長い。野党が臨時国会の開催を求めても、与党がストップをかけている。昔は与党が国会を開こうとすると、野党が躊躇していたものだが、今は逆になっている。

――臨時国会の招集権は内閣にあるが…。

 海江田 通常国会は年1回、1月に招集することが憲法で定められている。会期は150日間だ。他に解決すべき問題が出てくれば臨時国会の招集を決定するが、招集は内閣が行う以外にも、憲法53条によって「いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その招集を決定しなければならない」と規定されている。しかし、ここには要求から召集までの期間期限が記載されておらず、これが非常に大きな問題になっている。昨年6月には野党が要求した臨時国会の召集を3カ月も引き延ばして9月に閣議決定し、結局10月4日に招集された臨時国会で、与党は衆議院解散と内閣総辞職を宣言し、第2次岸田内閣へとつなげるという事があった。安倍政権時代や菅政権時代にも同様に召集拒否が行われている。今年は特に、コロナ問題やウクライナ問題、物価高騰など世の中で対応しなくてはならないことが沢山ある中で、臨時国会がスムーズに開かれないという様な事はあってはならない。この辺りはきちんと変えなければならないと感じている。

――国会の予算委員会を見ていると、予算とは関係のない議論に時間が費やされている…。

 海江田 予算委員会ではあらゆることについて話をすることが出来る。どういった問題を取り上げるかは政党や個人の判断であり、そこで良識のある判断をしなければ、国民世論に繋がってくることは言うまでもない。また、行政が動くためには予算が必要であり、その予算を獲得するためには一見関係のなさそうな話でも、実は繋がっていることもある。とはいえ、確かに最近は議員の不祥事などを取りあげて、それだけで予算委員会の貴重な時間が無くなり、本当に議論すべき事が出来ていないというのも事実だ。本来、不祥事を起こした議員は自ら政治倫理審査会へ出向いてその経緯を説明し、説明責任が果たせなければ、相応の懲罰を受けなくてはならないのだが、そういった議員を見る事は少ない。だから予算委員会などで追及される事になるのだろうが、それで良いのかという国民の声があるのならば、各党は謙虚にその声に耳を傾けなくてはならない。

――国民の税金が無駄遣いされていないかどうか、国政調査権を使って徹底的に調べる時期に来ているのではないか…。

 海江田 例えば、緊急時に必要とされる予備費が、本来の目的以外に使用されるという事例があるが、この問題点は予算が先に確保され、資金使途については後から報告するだけでよいという形がとられているからだ。こういった点は改善していく必要があろう。衆議院には決算行政監視委員会、参議院には決算委員会があり、それぞれに税金の使い方に対する規律を審議する委員会があるが、特に参議院では、最終的な目標を大臣になることとする議員が多い中、決算機能を強めるような取り組みは手を付けづらいという実態もある。この解決策としては、参議院議員からは大臣を出さない代わりに強大な権限を持って任務にあたってもらう様な仕組みも必要かもしれない。或いは、スウェーデンで始まったオンブズマン制度のように、高い見識を備えた第三者が国会議員になり、財政を監視していくという仕組みも一つの方法としてあろう。また、日本には会計検査院というものがあるが、森友事件の時のように、政権に対する忖度が働くことは否めない。国が政策として考える財政規律や成長率予想には非常に恣意的な面があるからだ。そのため、会計検査院とは別に、もう少し総合的に政策の合理性を検証する独立機関があっても良いのではないか。これだけ財政の借金が積みあがってきている中では、中立的な立場からの視点が欠かせない。

――最後に、抱負を…。

 海江田 通常国会にしても臨時国会にしても、一日も多く国会が開かれて、与党と野党がしっかりと議論できる場が確保されることを願っている。過去には各委員会で自由討議の機会があり、それぞれの意見を述べる場もあったが、今は国会のスケジュールがタイト過ぎて、そういった時間も無くなってきている。十分な議論が出来ないような国会では意味がない。また、米議会ではよく公聴会を行うが、日本では法律を作る時や予算を審議する際に行う程度で、基本的に公聴会はあまり行われない。各政党が勉強会として専門家の意見を聞くことはあっても、それはもともと党の主張に沿った人を選んでいるため、見解の相違にぶつかることはなく、それ以上発展しない。だからこそ委員会として公聴会を開くことは重要だ。違う意見に遭遇した時に、どのように対応し、答弁していくのか。そこに政治家としての資質が現れてくると思う。日本にとって何が一番必要なのか、色々な議論を行うことでより良い形を探っていく、そういった開かれた国会を目指し、国会改革に務めていきたい。(了)

――前職は…。

 平林 前職では国連児童基金(UNICEF)東アジア・太平洋地域事務所でオフィスのあるバンコクから、北朝鮮から先進国を除く太平洋諸国、西はミャンマーまで、アセアン全域を見ていた。また、インドネシア、ベトナム、タイ、アフガニスタン、インドなど、アジアの各地で暮らしてきた経験もある。そのなかで、アセアン諸国がいかに日本にとって大事かということが分かると同時に、日本にとってのアセアンの重要性の高まりに対して、現地での日本のプレゼンスが下がってきていることを感じた。プレゼンスの低下には、より他の選択肢が増えたことや、世界的に日本の影響力が落ちていることなど多くの原因があるだろうが、さまざまな人に話を聞き、日本のこの地域における潜在的な役割の大きさにも気づいた。アセアンは、中国と米国に引き裂かれて結束が揺らいでしまうことを防ぎ、統一性と中心性を保つための信頼できる媒介者としての役割を、日本に期待しているように思う。アセアンは各国がバラバラになると「弱い」かもしれないが、結束していれば「強い」。中国・米国といった大国の影響力は避けられないが、飲み込まれることは避けたいという意見は多い。そのような場面での立ち回りは日本が貢献できるところであろう。また、アセアンのパートナーとしては、日本人が自国の弱みと見ているところを、逆に強みとして生かすことができるのではないか。例えば、民主主義国家のなかでこれほど政治が安定している国もない。また、良く言えば主張を押しつけず、一度コミットすれば継続的に働きかける。そういう意味では、日本が果たせる役割は、大きいものがありそうだ。

――日本アセアンセンターの活動内容は…。

 平林 日本アセアンセンターの活動には投資・貿易・観光・人物交流の4つの柱がある。センターは2021年に設立40周年を迎え、さまざまな改革の提言に呼応して、2022年6月に「再考のための5つの目標、5つの戦略、5つの機会」を掲げた2025年までの中期戦略計画「AJC 5.0」を策定した。その際、4つの柱が何のためにあるのかをかみ砕く、いわゆるコーポレート・ナラティブ(組織戦略についての理解促進のための説明)を作った。まず貿易については、「日本とアセアン諸国との包摂的で強じん、かつ、持続可能な貿易」を進めていく。貿易にはある意味「勝ち負け」があるが、例えば貿易の恩恵を幅広い人々が享受できるように、農業分野などに目を向けていく。また、パンデミックでもサプライチェーンの問題が取り沙汰されたが、貿易自体の強じん化・安定化を目指していく。投資に関しては、利益を上げるだけではなく、社会課題に役に立つ投資を行う。何のために投資するかをより重要視し、人のためになる投資をより促進していく考えだ。また、観光においては、「持続可能かつ責任ある観光」をプロモーションしている。可能な限り地産地消、サービスを提供する業者やホテルも地元のものを利用し、また、環境に優しい施設を積極的に利用する、といった観光の仕方で、できるだけ将来のために観光資源を保護していく。昨今、関連産業も含めて観光産業はアセアン各国で非常に重要な産業だ。インフォーマルセクター(統計の数字上に表れない不安定な就業層)や女性も多く就業しており、幅広い層に恩恵をもたらす。人物交流に関しては、若い世代、特にZ世代を対象とした人物交流を考えている。さまざまな調査で見ると、日アセアンのどちらも、若い世代ほど互いに関心がないと出ている。2022年5月に公開された令和3年度の外務省の海外対日世論調査では、日本より中国を「今後の重要なパートナー」だと思っている人が増えたとある。この結果はおそらく、年々調査対象に新しく入ってくる若い世代に、中国の重要性を感じる人が多いためだと考える。日本とアセアンの若い世代には、さまざまな人同士が触れ合う機会を通して、互いのことを理解してもらいたい。単にお互いの国を訪問するだけでなく、日アセアンの若者の間で、同様の社会課題の解決を考察する機会の提供を考えている。

――日本のプレゼンスを回復する具体策は…。

 平林 やはりソフトパワーは重要だ。アセアンの若者もさまざまな国の製品に触れる機会がある。例えば携帯電話では、アセアンの若者には、iPhone(アイフォーン)よりAndroid(アンドロイド)、特に中国のHuawei(ファーウェイ)社の製品などを、安いうえにカメラなどの性能もかなり良いということで、利用する人が多い。車やバイクを買う層がどんどん減ってきている今、電子機器において中国製品は非常に浸透していて、中国への親和性が高くなることも理解できる。今後のソフトパワーの活用では、今まで通り日本製品を売るというよりは、日本が持つ隠されたソフトパワーを使っていく必要がある。例えば食文化やサッカーチームへの関心は高い。当センターでは日本のプレゼンスが低い理由を探るため、日アセアンの15歳から35歳までの若い世代を対象に調査を実施する予定だが、ポップカルチャーに関しても設問を設ける。調査を通じて全体像を把握し、どの分野により注力するかを考えることが重要だと思う。また、日本の若い世代にはぜひアセアンの力を借りてチャレンジしてもらいたい。アセアンの環境を自身のキャリアのステップアップに活用するという考え方だ。例えば、シンガポールは優秀な人を非常に求めており、ビジネス環境も良い。日本での起業が難しくてもシンガポールで起業し、それからまた日本に帰ってくるということもできる。先日、日本のZ世代と懇談したが、クリエイティブな人々が多い。身の丈に合った仕事をしたいという考え方を持っている人や、起業しても日本から出る考えはなく無理はしたくないという人もいるが、できたらその壁を自分で超えてほしい。壁は自分で作っている。日本の若者にはできるだけ大きく育っていってほしいと思っている。

――日本企業の中国からアセアンへのシフトが本格化してきたという印象も受ける…。

 平林 既にアセアン諸国に日本の投資がシフトしていること自体は間違いない。実際、日本の対外直接投資先は、アメリカは群を抜いて割合が大きいが、今やアセアン域内への投資が2番目になっている(日本貿易振興機構(JETRO)対外直接投資統計)。他方、アセアン地域ではビジネスに絡むルールが必ずしも統一されておらず、投資環境に凹凸があるため、10カ国のうち環境のより良い国に投資先が偏っている。投資状況は国ごとで分かれて三極化しているイメージだ。ミャンマーやブルネイは投資がなかなか増えない。ベトナム、カンボジアは、元々強じんに投資環境を作っていて政策的にも日本企業とのシナジーがあったため、パンデミック期にも増えはしないものの減らなかった。他6カ国、特にシンガポール、ベトナム、マレーシアへの投資は増えている。シンガポールに偏りすぎているので、どのようにしてバランス良く域内の国々に投資するかが今後の課題だ。また、アセアン側から見ると、外国からの投資が急速に増え、日本のプレゼンスが下がってきているという状況だ。アセアン諸国はさまざまな国からの投資を増やしている。トップ10カ国の割合でいえば昔は9割を占めていたところが、今は7割に圧縮されている。世界中の投資家がアセアン諸国を見ていて、投資供与国が多様になっている。アセアン諸国から見ればリスクを分散できるという良さがあるだろう。

――日本のプレゼンスが低下している状況に、日本政府はどのような対策をしたら良いと思うか…。

 平林 今、外務省・経済産業省がそれぞれ専門家委員会や有識者会議を立ち上げており、来年の日本アセアン友好協力50周年に向けて新しい政策提言の方向性を検討している。日本アセアンセンターは間接的・直接的に参加しているが、視点は「アセアンに選ばれる日本になる」ということと考える。アセアンのニーズを踏まえ、日本の強みを良く理解し、どうしたら選んでもらい、互いの利益も追求できるかという視点も重要だ。その関係性は日本の思想・経験が優れている、というような10年前、20年前のあり方とはかなり違うため、さまざまなレベルのアプローチが重要だ。「オールジャパン」で、というのは「オンリージャパン」になりやすく、国外のより広い、かつ多層的な戦略的なパートナーシップを構築する、という視点が見えなくなる。アセアンの意見を聞いたり、他の地域とミドルパワーとして互いに協力したりすることで、アセアンに不可欠なパートナーだと位置づけられるのが望ましい。今、日本は実態としてはアメリカの意向に沿った外交をしているとも指摘されがちだが、アメリカの代理人にはなっていない。アメリカと安全保障では一緒に行動しながら、オーストラリア、韓国、インドなどのアジア・太平洋地域内の競争相手にうまく対処してくれるパートナーだと認識されれば非常に有利だ。また、アセアンのさまざまな課題の解決は、実は日本の課題解決にもなる。対等なパートナーシップというのが非常に大事なキーワードだと考える。対等というのは、お互いに持ちつ持たれつな関係だ。例えば今、日本だけでなく、アセアンの一部の国もだんだんと高齢化している。アセアンの高齢者市場への参入や、日本の高齢化政策をアセアン諸国で導入するなど、お互いの知識を活用することで、さまざまにシナジーがあると考える。私は、今後日本とアセアンが対等であり続けることが、日本がアセアンにとって良いパートナーとして選ばれ、アセアンと日本がともに発展することにつながると信じている。(了)

――コロナ対応で行った緊急支援の成果は…。

  われわれへの期待や資金需要に十分に応えられたと思っている。コロナの影響を受けた日本企業の海外事業を引き続き支援するための「新型コロナ危機対応緊急ウインドウ」は、2020年4月30日に設置してから21年の12月末までに件数は326件に上り、金額は2兆1601億円とかなりの規模になった。JBICは、20、21年度における2年間でも案件はそれぞれ200件を超えて、2兆円を超える承諾を行った。コロナ禍で需要が無くなったり、サプライチェーンが寸断されたりするなどにより、外貨での資金需要が多かったためだ。一方で、「新型コロナ危機対応緊急ウインドウ」には危機対応的なものがあり、民業圧迫の問題もあるため、政府系金融機関による支援が経済に良い影響を与えるのか、1つ1つ見ていく必要がある。海外への融資については、日本の企業・金融機関によるドルなどの外貨の長期にわたる調達には限界があり、日本企業の海外進出先での国際競争力を維持する観点から、民業圧迫の問題はないと考えている。出張先では現地の工場などを見学させていただくが、お話を伺ってみると、海外に進出した企業は国内でもますます元気になっている。地域経済の振興という観点からも、海外進出のための資金調達を支えるべきだ。

――コロナ禍が終わり、企業の資金需要はこれから落ち着くのか…。

  コロナが終わると、資金需要が落ち着くとも考えていたが、依然として我々への資金需要が強いままだ。その背景には、ウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機や食糧危機、本年のヨーロッパの渇水やカリフォルニアで相次ぐ大規模火災などの気候変動問題、日米の金融政策の違いによる円安ドル高などがある。特に、M&Aなど数百億ドル規模の巨大資金に対する需要はあると考えている。過去の大型案件としては、例えばオーストラリアのガス田開発案件や、セブン&アイ・ホールディングス(3382)による米国のSpeedway買収、武田薬品工業(4502)によるアイルランドのShire Plc買収などがあった。これまでは、自分たちで債券発行を行ったり日本の民間金融機関から資金調達したりすることができたが、民間金融機関の調達するドルのスプレッドが拡大し、金利の先行き不透明感から債券への需要も軟調であることから、JBICに対する資金需要がより高まるだろう。

――日本企業のアセアン進出件数が10月に過去最高となった。中国からアセアンの流れが本格化しているのか…。

  以前からアセアンへの投資は中国の人件費向上により活発であったが、中国リスクの高まりも相まって今後も増えていくだろう。中国は、中国共産党の経済政策の問題だけでなく、ロックダウンや停電など物理的な障害や、米中のデカップリングといった地政学的問題もある。より費用がかかってもベトナムなど別の国や地域においてサプライチェーンを整備する、二重に構築する必要が出てきた。ただ、アセアンは未だに人件費が安いが、インフラがまだ未成熟で、現地の規制も複雑な場合がある。そうした中で、住友商事が扱っているベトナムの工場団地はどんどん拡大しており、一つのサプライチェーンの形成をおこなっている。さらに、屋根置きの太陽光パネルなどでサステナビリティを意識しつつ、日本企業の進出に優しい環境づくりが行われている。

――どのような企業が海外進出しているのか…。

  従来はトヨタなど自動車産業のサプライヤーで海外進出する企業が多かったが、最近は医薬品・食料品など、海外進出する業種が広がり、単体で進出する企業が出てきている。件数では半分が自動車関連、電機関連だが、岩手県の焼肉・冷麺店がバンコクに店を開くなど幅広い。特に、インドネシアでリサイクルアスファルト事業を行っている土木・水道施設工事を営む菅原工業(宮城県気仙沼市)は面白い。インドネシアから日本に技能実習生がたくさん来ていたが、帰国後インドネシアで活躍できる場を見つけることが課題だった。また、インドネシアでは、アスファルトを輸入し、高価か品質が低かった。リサイクルアスファルトの技術は日本では標準的だが、途上国では一般的ではない。そのため、インドネシアに投資することで、地球環境にも優しいし、インドネシアからきている実習生の帰国後の働き場所を提供することにも役立ち、かつ、気仙沼の町おこしにも役立つという面白い取り組みだ。

――米中デカップリングの日本に対する影響をどう見るか…。

  米中露の地政学的争いの影響を受け、厳しい状況下であるのは日本だけでなく、ヨーロッパなども同様であることを念頭に置きたい。ドイツなどはロシア産の燃料に依存しながら東ヨーロッパの安い人件費を使って中国に輸出していたが、ロシアのウクライナ侵攻により、そのビジネスモデルは崩れた。同様に韓国も中国との取引があるし、米国も米中貿易摩擦を抱えながら米国企業と中国企業との取引が大きい。このような状況でも米中間の軋轢は減ることはなく、増える一方だ。米国は半導体規制など、自国の産業の利害や自国における雇用は重視する。しかし、保護主義的な政策は問題であり、米国が主導するアジア太平洋経済協力(APEC)や日米豪印のクアッド(QUAD)といった枠組みを活用する必要がある。友好国を含めてどうやってサプライチェーンを作っていくか、サプライチェーン全体を見てどこがより重要か、同盟国で協力して対応していくべきだ。日本の民間企業の対応としては、中国に最終需要がある場合には、中国と取引を続けなければいけない。一方で、米国は機微な技術の中国への流出を制限しているため、日本企業も中国からある程度手を引かなくてはいけないケースもある。そのような中で、米国を含めたサプライチェーンの構築を考えて、日本がその中で重要な役割を果たすことがより重要であり、JBICとしてこれを支援していく。

――日本のサプライチェーンの強化方法については…。

  得意分野を磨いて、グローバルサプライチェーンで日本が不可欠な立場を維持することが重要だ。半導体分野で最も高度な技術を求められるチップ(集積回路)については、日本企業の競争力が高くはないが、それ以外のパワー半導体やセンサーなど日本企業が得意な所はある。半導体の製造工程においても、日本企業はいくつかのところで圧倒的なシェアがある。日本は経済力、技術力の観点から、今も無視できない存在だと思うが、今後も競争力を維持していくことが重要だ。残念ながら、日本企業全体を見ると、うまく行っていない業界も多い。拡張的な財政・金融政策によって民間の競争が働いていないところがあり、市場機能を働かせて、いくつかの優れた企業を強化して、競争力をつけなくてはいけない。

――今年の6月の「株式会社国際協力銀行法施行令の一部を改正する政令」の改正で輸出金融と投資金融の対象を拡大した成果は…。

  政策的に意義がある案件をほとんど取り上げられるようになった。法令上扱いを先進国・途上国に分けており、先進国向けは、一定の政策的意義があって融資を行う分野を政令で指定しているが、6月の改正で、半導体や燃料アンモニアなどのほか、新しい技術・ビジネスに対して幅広く対応できるようになった。先進国で事業を行いたい企業が増えているため、対象を拡大する必要があった。その背景には、洋上風力や海底送電線など再生可能エネルギーの導入が進んでいるヨーロッパでのプロジェクトへの投資がある。米国経済は拡大を続けているため、米国への投資は常に一定の需要がある。最近は米FRBが成長よりも、インフレ抑制を重要視しているため、景気減速の懸念はあるが、それでも米国には投資意欲が強い。特に、8月に成立したインフレーション抑制法で、EVや水素などで補助金や税控除など優遇措置が盛り込まれたことは大きい。また、オーストラリアも今までは石油・ガス・鉄鉱石の資源国だったが、クリティカルメタルやインフラ、水素エネルギーなどへの関心がどんどん増えてきている。この政令改正を通じて先進国における投融資を増やしていく。

――SDGsや経済安保などが話題だ…。

  経済安保関連の案件は既に多くあり、ぜひ相談していただければ嬉しい。SDGsでも、われわれJBICは気候変動、海洋プラスティック問題、その他にも社会的な価値のある課題にどんどん挑戦していきたい。われわれがよく言及しているのは、山形にあるSpiber(スパイバー)株式会社だ。そこでは、微生物発酵を利用したタンパク質素材で糸を作り、それを利用して衣服を生産することで、アニマルフリーかつ化石燃料を使わない取り組みをしている。Spiberが米国に進出する際、JBICは設備投資に関する融資を行った。JBICは、気候変動以外のSDGsの諸課題にも取り組んでおり、これをより多くの企業にPRしていきたい。

――JBICの今後の方針は…。

  今後も、地球環境保全への貢献とサプライチェーンの強靱化、質の高いインフラや海外市場の創出を支援する「グローバル投資強化ファシリティ」で日本企業を支援していく。特に、サプライチェーンを重視する背景には、日本企業の中国リスクに対する意識の強まりがある。トランプ政権時における米中対立は米国がリスク要因だったが、現在は中国の動向が警戒されている。中国は自国内ですべてを賄い、自給自足であろうとしている一方で、習近平主席は、グローバルなサプライチェーンの中国への依存度を高めようとしている。もちろん、日用品など中国が最終消費地である企業は今後も中国で稼ぐ必要があるが、サプライチェーンの途中が中国にあるところは中国だけに頼ることはできない。そこで、アセアンや消費地に近い米国、相対的に物価が安くなった日本など色々なところにサプライチェーンを構築する必要がある。われわれJBICは日本企業のサプライチェーン構築を全面的にバックアップしていく。この点、JBICというと資源や石油化学プラントなど大型案件のイメージが強いが、数千億円規模の大型案件も引き続き行いながら、中堅・中小企業の海外案件も地銀などと協働し推進していきたい。(了)

――経済安全保障推進法が5月に成立、8月から段階的に施行されている。政府・自民党としての現在の取り組みは…。

 甘利 現在は、日本の経済活動・市民生活にとって欠かせない品目を選定し、それぞれのサプライチェーンの脆弱性を克服し、いかなる経済安全保障上のリスクに対しても供給不安が起きないようにする作業を行っている。基幹インフラの電気・放送通信・金融・陸海空などの事業運営者に対しても、経済安全保障上のリスクの点検をさせて、扱っている機器が安全保障リスクや緊張関係のある国からの供給ではないか、業務委託先が緊張関係のある国と関与していないかなど、あらゆるリスクを回避することを国から指示している。また、日本にとってのチョークポイントを克服すると同時に、世界にとって日本に依存せざるを得ない品目を探し、技術の構築にも取り組む。日本にしかない技術を持っているということが他国に対する抑止力になる。そのために、JST(科学技術振興機構)とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)に補正予算で2500億円を積み増し総額5000億円とした。とはいえ、経済安全保障推進法は常にアップデートしなければならない。経済安全保障と言う言葉自身が10年前にはなかったもので、当時、私が問題提起をしたときは誰からも理解されなかったが、最近ようやく時代が追いついてきた。

――日本はサイバー防衛でも後れを取っている…。

 甘利 サイバーリスクへの対処は、日本が最も苦手にしているところだ。サイバーセキュリティの世界では、攻撃相手を特定するアトリビューションを行うが、サイバー空間で特定するためには相手側のシステムに入り込まなければならない。そもそも日本では、この行為が不正アクセス防止法違反になる。すぐにでも例外規定を作り、サイバーリスクに対処することが違法にならないようにすることが必要だ。また、各国では、サイバー攻撃を通じて対象国の世論を攻撃国に屈服するように誘導するインフルエンスオペレーションが行われている。しかし、日本国民はサイバー戦争の尖兵として乗せられてしまっていることへの意識も弱く、分かっていても反発する道もない。サイバーの世界は平時と有事の区別がなく、常時有事状態だ。日本も常に他国の攻撃を受けているし、サイバーの世界は物理的な世界とは違い、国境もない。現実世界と同じ専守防衛の概念では全く安全でなく、アクティブディフェンス(攻撃的防御)によって先手を打ち相手の攻撃を止めさせる力が早急に必要だ。

――日本はスパイ防止法がなければ、憲法で通信の傍受も禁止されている。既に憲法9条が形骸化されているといっても無視はできない…。

 甘利 憲法は法律を規定する最高法規だが、時代の変遷に伴って想定しない事態が出てきている。憲法作成時にはサイバーセキュリティという概念はなかった。国際的には、法律が時代を捉えてアップデートしていくのは当たり前のことで、憲法を変えないことを崇める極めて特異な意識が日本を覆い、憲法9条があるから日本は平和だという非科学的な、根拠もないことを言う人がいる。米国でも中国でも日本の通信の傍受をしているのに、日本だけ傍受をしてはいけないというのは、世界の実情が何も分かっていない。世界中の先進国で憲法改正をしていない国は日本だけで、国民もこの点には目を向けたがらないきらいがある。

――その意味でもセキュリティクリアランスも重要となってきた…。

 甘利 セキュリティクリアランスとは、重要な技術開発や重要情報に関係する人を事前に審査し、参加資格を付与する制度だ。もし巨額の投資をして最新技術を開発しようとしても、開発段階で他国に情報が漏れてしまったら、官民の投資が全く徒労に終わってしまう。現在は特定秘密保護法によって、政府の特定秘密に関係する公務員と関連する民間人は制約を受けるが、国際共同研究でもセキュリティクリアランスが求められ、その場合、制度のない日本人は参加することができない。欧米では民間人に対するセキュリティクリアランスが法制度に準拠した仕組みとなっているが、一部のマスコミが個人情報の保護などと煽っており、未だに世界的な常識のレベルに追いついてない。

――一方、コロナ禍では半導体不足が顕在化した。日本の半導体の生産体制をどうしていくのかも、経済安保で重要だ…。

 甘利 DXの浸透で、アナログ社会がデジタル社会に変わり、データ駆動型社会になった。長期的に見ると世界で必要な半導体の量は10倍、100倍に膨らんでいく。半導体は経済安全保障上の重要物資で、半導体というのは世の中を動かす仕組みになり、データ駆動型社会というのは半導体駆動型社会とも言えるだろう。今後の半導体のステージは3ナノの世界が広がっていき2ナノの世界も見えて来る。日本はポスト3ナノに米国の設計能力と日本の製造能力を合わせ、日米協力によって開発に挑戦していく段階だ。日本の強みは材料と製造装置にある。半導体の材料となるシリコンウエハー製品等で、日本は世界シェアの55%を供給している。日本の技術はシリコンウエハーの純度を限りなく100%に高めることができ、日本の材料メーカーはイレブンナイン(99.999999999%)と呼ばれる純度の半導体材料を供給している。これは日本の経済安全保障上、大きな武器であり、これを他国に奪われないようにするほか、生産体制を強化していかなければならない。しかし、既に世界シェアの55%を供給している日本の材料メーカーの体力では、莫大な設備投資をして生産を何倍も膨れ上がらせることは難しい。現在の売上を超える体力以上の投資をしなければならないため、ソブリンファンドを立ち上げ先端技術を持つ企業に出資するのがベストだと考えている。

――日本も米国などのように新しい技術を生み出していくことが経済安保につながる…。

 甘利 大事なことは、イノベーションが起きる生態系、エコシステムを作ることだ。それには、まずは大学を改革することを考えている。これまでの日本の大学は、自分の研究をマネタイズしてスタートアップ企業につなげていくという発想がなかった。まずは大学を改革して、大学を運営する従来の研究者に加え、経営する人を新たに置き、研究を事業につなげられるようにする。日本の国立86校の年間予算は、合計で1兆1000億円だが、例えばハーバード大学は自身の基金で5兆円を運用しており、日本と他国の研究費の差は歴然だ。そこで私は、東京に世界最大のシリコンバレーを作ろうとしている。そこにグローバルに展開できる大学のキャンパスを誘致し、さらに世界のベンチャーキャピタルや人材が集い、次々にスタートアップがデビューしていく生態系を作ろうとしている。これを今年の骨太方針に盛り込み、3年以内の実現を目指す。先端研究の成果は研究費に左右され、国からの一層の資金支援が必要だが、大学自身も研究産業の一面を自覚し、自身でも稼げるようになるべきだ。(了)

――海外に比べ、わが国の賃金だけが上がらない…。

 玉木 わが国の経済政策における最大の課題は賃金が上がらないことで、国民民主党は賃金を何とか上げようということを一貫して主張している。こんなに真面目で一生懸命働いている国民が多いのに実質賃金がマイナスなのは、経済政策に原因がある。緊急経済対策として15兆円ある需要不足の埋め合せを提案しているが、需要が不足しているときにどんな経済政策をやっても無駄だ。価格転嫁の推進が叫ばれているが、需要が不足している時に価格転嫁なんてできるはずがない。供給に対して需要が不足しているときに商品が売れないのは当たり前のことで、常識的に考えたら売れない商品の価格を上げるなんて狂気の沙汰だ。その逆の現象が起こるのが理想的で、欲しい人が多くなればより高いお金を払ってでも買う人が出てくるし、そうなれば価格転嫁もしやすくなる。この考え方のもとで、われわれの考えるベストシナリオは、消費税の減税などによって物価を下げながら可処分所得を保つことだが、現政権ではそれを否定している。その代案はインフレ手当として10万円を給付することだ。物価上昇によって1世帯当たり8万9千円ほど負担が増えているので、10万円でちょうどカバーできる計算だ。2020年にコロナ対策で10万円を配ったときは合わせて13兆円ほどかかったが、それでも15兆円の需要不足を8割以上埋められる。残りの2兆円は公共投資を増やせばよい。

――消費税の減税の具体策は…。

 玉木 われわれが提案している、消費税の一時減税というのは、なにも税収を減らせと言うのではなく、今のままでは過剰な増税になってしまうので、レベニュー・ニュートラル(増減税同額)まで調整しなければならないということだ。イギリスやドイツも消費税に類似する付加価値税を減税した。今後は消費税を設計するときは上下しやすい制度にした方がよい。消費税率は物価と同じと見ることができる。例えば、1000円のサラダオイルが2000円に値上がりした場合、全く同じ商品を購入しているにもかかわらず、1000円の時の消費税は100円だが、2000円の時は税率も何も変えていないのに支払う消費税は200円と倍になる。インフレで物価が2倍になれば、同じ商品を購入したとしても消費税による税収は2倍になるが、物価高に国民が苦しんでいるなかでこれを徴収してもしょうがない。もし、物価高に合わせて賃金が上昇し、税金を払えるだけの能力が国民全体で高まっていれば良いが、負担は増えるのに払える能力が高まっていないときには減税しか道はない。

――円安・物価高はある程度容認し、財政支援を行うことが政府の基本スタンスだ…。

 玉木 経済の好循環の回し方の最初の一回転目をどこで作るかが需要だ。いわゆるトリクルダウンの理論で、規制緩和して法人税を減税するだけでは、企業が潤うばかりで国民には波及していない。やはり単純だが、家計消費の拡大から始めるのが良い。小泉政権以降言われ続けてきた大企業優先のトリクルダウンでは内部留保だけが積み上がり、家計を含めた経済への波及効果はほとんどなかった。今のままでは、景気が悪いのに物価が上昇するスタグフレーションに陥り、1970年代と同じ状況になる。一方、円安で儲かっている人や企業がいることも事実で、一番儲かっているのは国だ。財務省の外国為替資金特別会計(外為特会)は1・3兆ドルものドル資産を持っていて、円安効果で30~40兆円の評価益が出ている。国は円安で得をしたのだから、円安で困窮している人や企業を助けるための財源として使うべきだ。

――一方で、国民は野党の親中姿勢や平和外交に強い疑問を持ち始めている。今の中国をどう考えるか…。

 玉木 中国は引っ越しできない隣人なので、ある程度経済的な関係を維持することは大事だ。私は反中を訴える方のように中国人の国民性や国自体が問題だとは思わないが、3期目続投となった習近平国家主席の動向には注視が必要だ。習近平氏は実際に台湾の武力統一を考えているので、日本の中国投資が凍結されたり、日本のシーレーンである台湾沖のバシー海峡が使えなくなる可能性もある。日本や米国が予想しているより速いペースで中国は台湾に対して統一の圧力を掛けてくると想定されるが、そういったシナリオを考えて党内で議論している。

――国家安全保障については…。

 玉木 政府が国家安全保障戦略と防衛大綱、中期防衛力整備計画の防衛3文書を年内に見直すので、それに対抗できる国民民主党独自の安全保障戦略を、遅くとも12月初めまでにまとめ、それを岸田総理に提言する予定だ。与党が言えないようなこともしっかりと政権に届けていく。今や安全保障に対して現実的な戦略を提示できない政党には、票が入らない時代になってきた。われわれはあくまで現実的な外交、安全保障、エネルギー戦略を打ち出していきたい。

――原発にミサイルが落とされたら核兵器と同じ威力を持つ。これに対する抑止力として核兵器を持つべきではないか…。

 玉木 日本が独自に核兵器を保有するよりも、核抑止が日米で機能するようにすべきだ。現在の核抑止は地上配備型のミサイルではなく、射程が1万2000キロのSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)で担保されている。かつては非核三原則によって米国の核搭載艦が横須賀に寄港するのも問題となったが、私は「持ち込ませず」の定義を整理した方が良いとの考えだ。潜水艦からのSLBMがあれば核抑止は働くので、日米のいざというときの協力関係を築くことが必要で、地域の緊張が高まったときに、日本と米国がどう対応するのか、具体的なオペレーションを詰めて、日本がいつでもスタンバイしているという姿勢を外国に見せることが一番効果的だ。今から独自に核ミサイル開発をしたり、核弾頭を持ったりするのはコストが莫大であるうえ、国際的な批判もあるため、現実的ではないと考えている。

――習近平は台湾を統一した後に尖閣諸島をねらっている…。

 玉木 中国が台湾と同時に尖閣諸島を侵略するシナリオは現実的ではないと考えている。まずは台湾で、その後、尖閣諸島へ侵攻するだろう。台湾防衛について日本がどう対応するのか、日本がどこまで関与するのか、詳細な議論を詰めなければならない。また、尖閣については、海上保安庁の船だけで尖閣周辺の大海原を守るのは限界がきている。中国が過敏に反応するので、海上自衛隊の船を近づけるのは慎重にやった方が良いが、海上保安庁と海上自衛隊が連携を取れるようにすべきだ。米国では沿岸警備隊と海軍が連携できるが、日本には有事の際に防衛大臣が海上保安庁を統制できるとされるが、必要な政令や統制要領も制定されておらず、一度も合同演習をしたことがない。もうひとつの憲法9条とも呼ぶべき海上保安庁法25条では、「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない」と決められている。海上保安庁と海上自衛隊は燃料の融通すらできず、統合運用ができないようになっていて、あまりに時代遅れだ。

――わが国では、憲法21条で通信を傍受できないが、海外からはスパイ工作を受けている…。

 玉木 現在のサイバー防衛は、アクティブサイバーディフェンスといって、こちらから積極的に情報を取りに行かないと効果的なサイバー防衛ができないが、憲法21条に定められた通信の秘密のなかでどこまでこれが認められるのかというのは、憲法審査会のなかで議論する必要がある。これは憲法9条の議論より急ぐべきだ。サイバー空間における情報操作や情報収集はこれからの主戦場になる。ロシアとウクライナの戦争でも、ディスインフォメーション(偽情報)やフェイクニュース、悪意に満ちたプロパガンダなど、情報戦が繰り広げられている。日本がサイバー空間の安全保障を確保するためには、憲法21条を憲法9条並みに解釈改憲することも考えられるが、これも憲法審査会で事前に議論を進めておかなければならない。

――ベーシックインカム制度の導入を提案されている…。

 玉木 ユニバーサル・ベーシックインカムを日本で実施した場合、100兆円くらいかかってしまい、現実的ではないが、対象を限定した3つのベーシックインカムを提案する。1つ目は子どもが生まれた世帯に対するベーシックインカムで、現行の児童手当を拡充し、所得制限をなくし、中学3年生までの給付対象を高校3年生までに延長し、金額も月当たり1万5000円に揃える。これで子どもがいる世帯の基礎的な所得保障を行っていく。2つ目は高齢者向けベーシックインカムで、厚生年金を十分受け取れる人は心配していないが、基礎年金だけの人は満額受け取っても月6万5000円程度に過ぎず、これでは生活ができない。高齢になっても最低限の生活を守る所得保障制度についての議論は必要だ。3つ目は求職者向けのベーシックインカムで、AIやDXによって失業者が増加し、新しい仕事や産業に移動しなければならない人が多く出てくることに対応する。新しい仕事に就くためにはトレーニングが必要で、学び直しや職業訓練を受けること自体は大切なことだが、その間は収入がなくなる。新しい仕事に向けてトレーニングしている間は、一定の所得を保障することで、将来への希望を持つことができるはずだ。これら3つのベーシックインカムであれば10兆円で済む計算で、消費税換算では4%分だ。もちろん消費税だけで賄う必要はないが、消費税であれば3%程度を財源に充てるのが良いのではないか。いざというときのセーフティネットを整備することで、かなり人生に安心できる。子育ての不安と職を失ったときの不安、老後の不安の3つの不安を解消させることで、消費の伸びにつながり、経済が好循環すると考えている。(了)

――縄文時代は世界最古の煮炊き文明だという説も出てきている…。

 山田 縄文時代のイメージは、昔と今ではずいぶん違っている。例えば私が大学在学中の1980年代頃は、縄文時代は1万3000年程前に始まったと教えられてきた。しかし、縄文時代の研究が進むにつれ実際にはもっと早くから始まっていたと考えられるようになり、土器に付着していた煤を年代測定したところ、1万6500年前頃には縄文時代が始まっていたという説も出てきた。土器の年代だけをみると、中国大陸にはより古い年代をしめすものも存在するが、土器の登場は、おそらく同時多発的なものであり、特定の地域から伝播してきたものではないと考えられる。したがって世界最古を争うことに意味は無い。また、文明の定義には都市と文字の存在が不可欠で、縄文文化を文明と呼ぶのは難しいだろう。

――縄文初期時代の土器に煤が付着していたということだが、その頃から煮炊きしていたたのか…。

 山田 日本列島域における1万5000年程前頃の遺跡からは、水が漏れたり、割れたりしない高度な技術を施した煮炊き用の土器が出土するようになる。そして、現在のところ日本で一番古い、青森県大平山元遺跡出土の1万6500年前頃の土器にも、煮炊きした煤の跡が残っている。ただ、この時代は非常に寒く、当時の人々は動物や魚の脂を土器で煮て、それを携帯用の食料にしたり、火の燃料にしたりしていたらしいことが、土器に残存している油脂の分析から明らかにされている。つまり、土器出現当初は、煮炊きといっても我々がイメージするような、肉や野菜を入れて調理するという事ではなかったようだ。

――縄文時代の人々が主に食べていたものは…。

 山田 縄文人にとって最も重要な食料はドングリなどの堅果類で、特にクリだ。クリの実はアク抜きの必要がなく、保存食にもなる。また、昔の線路の枕木がクリの木だったことからわかるように、腐りにくいクリの木は木材としても貴重だった。そのため、縄文人は多くのクリを栽培していたようだ。特に建物の柱にする為には、わざとクリの木を密に植えて、まっすぐ伸びるようにして育てていたなど、クリ林を用途別に管理していた痕跡がある。また、直径1mのクリの木を育てるには200年~250年程が必要だが、当時の縄文人の平均寿命は50年前後であった為、世代を超える長期に亘ってクリの木を管理していた事もわかっている。また、大豆や小豆などの豆類も広く栽培され、食用とされていたらしい。このような植物管理という観点から話をすると、縄文時代の後半には漆器が広く使われるようになったことも注目される。ウルシを精製し、塗料として使う工芸技術は大変高度なものだが、それが約9000年前には完成しており、既に赤と黒の漆塗料を作り出している。これは世界最古と言っていい。また、ウルシは一本の木から少量しか一度には採取できないので、漆器の制作には相当数のウルシの木が必要となる。ウルシの木についても管理、栽培が行われていたことは間違いない。

――縄文時代の社会の様子は…。

 山田 漆器製作などに関しては専門職人がいた可能性もあり、ある程度は分業が行われていたようだ。また、最近では優美な装身具や副葬品を多量に持つ墓も発見されていることから、縄文時代にも質的な上下関係があったと考えられるようになってきている。特に縄文時代後期にあたる4000年程前には、身分的に上位である特別な家系が出てきた可能性が高い。ただ、当時の人口は日本列島全体で最大26万人程度とまだ少なく、上下関係が固定化されるほどの人口数はない。身分の違いといっても「階級社会」ではなく「階層社会」という表現が適している。呪術を行うような人(呪術者)や、薬草の知識がある人(呪医)など、幼少の頃から英才教育を受け、特殊な職掌を担う家系が存在し、それが階層上位にいたという感じだ。但し、このような階層化社会は一時的なもので長続きはしなかったようで、3200年くらい前の縄文時代晩期には、またフラットな社会へと変化したらしい。

――縄文人の移住生活が定住生活へと変わるようになったきっかけは…。

 山田 氷河期が終わり、急激に温暖化が進んだ1万1500年前頃~7000年前頃には、海水面が現在よりも3メートル程上がり、関東地方では今の栃木県栃木市まで海水が入ってきたことがあった。その際に、今まで谷だったところに海水が入り込み小さな湾が形成された。そこでは、クロダイやスズキやボラなどの内湾生の魚類が生息するようになった。また、川が流れ込んでいたところでは、土砂の堆積により砂浜が形成され、そこにアサリやハマグリなどの貝類が生息するようになった。さらに温暖化によって猪や鹿などの中小型動物が多くなり、クリ・クルミ・ドングリといった堅果類が沢山生育するようになる。このような環境変化に縄文人は敏感に反応し、多くの動植物を新たな食料として開発していった。もちろん土器はその際に非常に効果の高いツールとして利用された。土器で煮るという調理方法が登場したことで、植物の毒(アク)を除去できるようになり、少々痛んだ肉や魚も煮込むことによって食べられるようになった。環境が変化し、土器が登場したことで、食料の種類と利用可能量は大きく増加し、人々は食料を探し求めて広範囲に歩き回る必要がなくなった。これが定住生活へと連動していったと考えられている。そして、1万3000年程前には、既にしっかりとした竪穴住居が作られていたことも分かっており、本格的な定住生活も開始されていただろう。

――定住生活が始まる中で、問題となったことや新たに生まれた知恵は…。

 山田 定住生活が本格化すると、ゴミや排せつ物の問題や、食料の問題が出てくる。周辺に食物がなくなって別の場所に食料を探しに行こうとしても、条件の良い別の場所には既に人が居て、そこで生活をしているような状況が出現してくる。大きな災害などがあったとしても、すぐに別の安全な場所へ移動するようなことも出来ない。定住生活をする事で移動生活のメリットを捨てることになった彼らは、それを別の方法で補わなくてはならない。そこで「祈る」というきわめて観念的な方法が発達し、様々な祭祀が行われるようになった。例えば、食料が不安になれば大地の豊穣を祈願したり、子どもが無事生まれるように安産祈願を行ったり、病気やケガがきちんと治るように平癒祈願をしたりといった様々な「祈り」を行うための呪術具として土偶や石棒が発達した。このような「祈り」は、やがて宗教の興隆へとつながっていくことになる。また、ゴミ捨て場や集会所、作業場、トイレなどをどこにするかという土地利用のルールが決められ、初源的な都市計画がつくられた。このような集落は、縄文時代の後半にもなると、黒曜石の採掘、漆器の制作、土器の制作、干し貝の加工、塩の生産などといった、各々の特色を生かして集落ごとに機能分化し、縄文人の生活も一つの集落の中で全てをまかなう自給自足的なものから、必要な物資を集落間で相互に交換することにより生計を立てていく交換経済へとシフトしていったと考えられる。そのため、縄文人は集落と集落のあいだに物流ネットワークを張りめぐらせていった。このネットワーク上では、モノの交換だけでなく、婚姻という形で人的資源の交換も行われ、婚姻と血縁という関係で各集落は結びつき、ネットワークを維持していたのだろう。

――文字や数字が使われていた痕跡は…。

 山田 縄文人は土器の文様に様々な意味を込めていたと考えられるが、文字あるいは文字に相当する記号などは、今のところ見つかっていない。おそらく無かったのではないか。しかし、縄文人が数学的感覚を持っていたことは間違いない。例えば、秋田県鹿角市大湯環状列石からは、列点によって1から6までの数字を表した土版が出土しているし、土器の文様を3分割、5分割、7分割することもしている。このような点は縄文人が数学的なセンスをもっていた証拠だ。

――縄文時代と弥生時代の典型的な違いは…。

 山田 日本の歴史を経済的な観点から区切るとすれば、やはり食料獲得段階と食糧生産段階の境目で大きく分けることができるだろう。日本の歴史において灌漑水田稲作、農耕の登場は画期的だ。水田を作るためには多くの人が関わり合うため、狩猟・採集・漁労といった食料獲得段階とは労働形態が大きく変わってくる。水田が拡大していくとともに、一つの集落だけではなく複数の集落が食糧生産に関わり合いを持つようになる。そこで弥生時代になると縄文時代よりもさらに大きなコミュニティが発達するわけだが、今度は集落間において発生した諸問題を解決する手段として、暴力に訴えるという方法が登場してきた。実際、弥生時代には石でつくられた剣(磨製石剣)で殺された遺体、首をとられてしまった遺体など戦闘による犠牲者が発見されている。恐らく稲作文化の流入とともに、問題解決の方法として闘争・戦争を行うという思想が、日本列島域に入り込んできたのだろう。そういった面から考えても、縄文文化と弥生文化は全く質の異なるものだ。しかしながら、縄文時代に開発された様々な生活技術や精神文化は弥生時代以降にも引き継がれており、現代社会の端々に顔をのぞかせている。その意味では縄文文化は現代社会における基層文化の一つと考えてよいだろう(了)

――新たに会長に就任した。取り組む課題は…。

 茂木 業界として取り組むことは沢山あるが、大きく分けると3つある。まずは監査業務の品質および信頼性向上が挙げられる。2つ目が財務諸表監査以外に果たすべき役割が出てきているという点だ。実際には法定監査を実施している会員は全体の半数程度しかいない。それ以外の会員は、税務を中心としている者やコンサルティング業務を行っている者、そして企業に属して財務諸表を作成する者も最近では増えている。このほかにも監査法人を退職後に社外役員として活躍している者など会員の働き方は多様化している。これからも会計監査を中心としていくことには変わらないが、広がりを見せている財務諸表の周辺分野への対応が社会からも期待されている。また昨今、非財務情報に関する我々への期待も大きくなっている。サステナビリティ情報や気候変動関係情報、人権問題など開示すべき範囲が広がっており、こうした分野も我々が働くべきフィールドだと考えている。我々はこれまでの財務諸表監査を通じ、どのようにしたら社会に信頼してもらえ、企業の役に立てるかの手立てを知っている。そのため、すでに非財務情報の分野でアドバイザリー業務を行っている会員はたくさんいる。

――非財務情報の重要性の高りとともにその人材も必要になってくる…。

 茂木 大きなテーマの3つ目は、公認会計士の確保および人材育成だ。現状、需給の逼迫度合いは以前ほどではないものの、潜在的な需要はもっとあると考えられ、そのためより多くの人材が必要だと考えている。ただ、公認会計士に対して世間はいまだに「数字」というイメージが強い。一方で、非財務情報の取り扱いが増えており、非財務情報を取り扱ううえでは会計的な素養はもちろんのことだが、幅広いビジネスの素養が必要である。また、ITの活用にあたりデータ分析の素養も必要となっている。我々の業界は文系、経営学部や商学部卒が多いが、デジタルを活用し、データ分析による監査が可能な能力も必要となってくる。このため理系人材を増やしていくことが必要となっている。また、女性の活躍も必要だ。現在、女性比率は約16%にとどまっており、諸外国と比較すると低い。しかし、我々の仕事は男女差がなく、女性にとって働きやすい仕事だ。また大手監査法人の女性役員を見ても果たすべき役割にも男女差はないことがわかる。こうした女性が活躍できるフィールドがあることを多くの方に知られていないことが原因だと考えている。女性進出を促すような取り組みも進めていきたい。

――非財務情報に対する期待は大きい…。

 茂木 「会計士はサステナビリティに関する専門家ではない」と言われることがよくある。気候や人権の専門家かと言えばそうではないのかもしれないが、我々は「どういう手続きを踏めば適正であると言えるのか、そのために何をしなければならないのか」ということをよく理解している。この分野の能力開発に向けた努力は必要不可欠で、その努力を続けていかなければならない。またスペシャリストの育成も必要で、場合によってはスペシャリストとの協働も必要となってくるだろう。これまでにも金融商品のプライシングをどうするかについてはクオンツの方々と協働し、退職給付の会計においては年金数理人の方々と協働してきた。サステナビリティにおいても専門化が進んでいけば、こうした形で協働を進めていくのだろうと考えている。

――会計士の不祥事は減っている…。

 茂木 自主規制による検査の結果、監査上の対応が適切ではなかったとして処分につながる事案がないかと言えば、ゼロになったわけではない。社会に大きな影響を与えるような不祥事はなくなってきている。これは各監査法人が監査品質を高めるべく努力した結果だと考えている。一方で海外子会社の問題が目立っている印象を受けるが、当然のことながら、我々は海外子会社を含めた連結財務諸表全体で意見を出しており、海外においても大きな問題が発生するということはあってはならない。しかし、海外の問題が増えているのは、目が届かないということに原因があるだろう。一方で、企業側にも問題がある場合がある。日本国内ではしっかりとした管理体制を作っているが、海外子会社まで管理が行き届いていない場合がある。ただ、監査法人では海外のネットワークファームを活用して監査を行うなど、これについても対応を行っている。

――業務の多様化と利益相反については…。

 茂木 監査と利益相反は過去からずっと大きなテーマだ。ただ現在は利益相反が発生するような業務は倫理規定上受けられないことになっている。このため、利益相反についてはほぼ心配はない。国際会計士倫理基準審議会(IESBA)のルールにおいて定められているため、国際的にも利益相反の懸念はないと考えられる。ただ、倫理の問題はまだまだ広がってくる可能性はある。会計、企業情報開示に求められる事項が増えているためだ。企業は人的リソースを確保することが難しくなり、そうした人材をヘッドハントするようになる。企業で働く公認会計士が増えていることもある。またアウトソースも増えてくるだろう。努力しなければならないことはまだまだ多いが、我々の果たしている役割、我々の関わっていることに対する信頼については大きく進展してきていると感じている。

――制度面での課題は…。

 茂木 今年5月に公認会計士法が改正され、現在、政府令が策定されており、また我々のルールも変えていかなければならない。我々のルールについては年内をめどに骨格を示していけると考えている。法改正により、上場会社監査事務所の登録が法定化され、これによって監査品質の更なる向上が期待される。一方で、制度運用によって監査事務所を強化していかなければならない。監査事務所は民間企業であることから、各社が努力していくというのが基本ではあるものの、業界全体として基盤を強化するため取り組んだ方が効果的で、そうした考えの下、取り組みを進めていく。今後、芳しくない例もでてくるだろう。こうした例に適切な対応を取れるよう、懲戒を含めた仕組みを設けることも重要だと考えている。他方で、金融庁とは社会のニーズに合わせて今後も法改正を議論していく考えで一致している。この点については監査法人制度の見直しも検討すべき事項だと考えている。監査法人は合名会社と同じ規律、つまり重要な意思決定は社員全員一致、ということになっている。監査法人自体は社員5人いれば設立できる一方で、大手監査法人は500人規模となっており、大手監査法人が重要な意思決定を行う際に全会一致が求められるのは現実的ではない。そういった点について見直しを図る必要がある。このほか、公認会計士試験制度についても見直しが必要だ。今後さらに重要となるデジタルの素養を持つ人材を増やしていくために、試験の内容においてもデジタルの能力を求めていくことなどを検討する必要もある。これら社会のニーズに対応し、ますます日本経済にとって重要な役割を果たしていきたい。(了)

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