金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

Information

――チェック・トランケーションについて…。

 河野 今から約13年前、日本で新たな小切手の管理システムとなるチェック・トランケーションの導入についての議論が行われた。手形交換業務を電子化することで、小切手の支払い処理を迅速化かつ能率化させ、事務負担を減らし決済リスクをきちんと管理するためだ。そして平成14年3月に全国銀行協会は「チェック・トランケーション導入に関する基本方針」を出した。しかしその後、1年もたたないうちに日本でチェック・トランケーション導入に関する議論は凍結されてしまった。一方、海外ではもともと小切手の文化が発達していたこともあり、世界各国で導入が進んだ。現在最も取扱高が大きいのは米国で、次にフランスだ。さらに中国、インド、香港、シンガポールといった東南アジアでも導入されている。

――日本では小切手の利用自体が少ないが、導入費用はどのくらいかかるのか…。

 河野 確かに日本における小切手の利用は減少傾向にあるが、それでも多額の資金を扱う場合など一定量の小切手は使われており、それが完全になくなることはない。1枚あたりの処理コストはむしろ上がっているとみるべきだ。導入費用は13年前の試算では5年間で約190億円だったが、今では通信費も随分と安くなっているため、初期コストは驚くほど下がっている。何よりも海外で小切手を頻繁に利用している人にとって、日本でも同様に安心して小切手を使える環境があれば非常に便利であり、それは日本の国益を担うことにもなる。日本国内だけでの取扱高を見るのではなく、国際的な視点を持って決済システムの全体像を見ていくべきだろう。

――世界ではあたりまえのシステムが、日本には無いということか…。

 河野 国際商取引法を論じる組織であるUNCITRAL(国際連合国際商取引委員会)では、日本の電子債権の法律が孤立しかねないとうことで一時期議論になったようだが、そもそも電子債権は当時の日本の官僚が独自路線を貫いたことで今に至っている。しかし、世界各国で導入されているチェック・トランケーションを日本がいつまでも放置していることに対して私は大変危機感を持っている。サービスの種類によっては独自性が重要視される場合もあるが、決済システムは他国と同じように使えるようにすることで価値が著しく高まる。スタンダードがある中で独自性にこだわる意味が私にはわからない。世界の潮流を視野に入れて、さらに良いものを作り上げるという発想がもっとあってもよいのではないか。

――世界の潮流から離れれば、日本はますますガラパゴス化してしまう…。

 河野 小切手か現金か、あるいはカードかといった支払い方法は、金額の多寡にもよると思うが、基本的には状況によって使い分けるものだ。小切手については本当に信用出来る人からでなければ受け取れないものであり、ある程度の知り合い同士の間で利用されることが多い。海外では公共料金を小切手で支払うケースが殆どだが、彼らは請求書の金額をきちんと自分で確認したうえで支払う。チェック・トランケーションで迅速な電子処理がなされ、小切手を受け取った人や会社がすぐに現金化できるようになれば、小切手の利便性はさらに高まる。日本の技術をチェック・トランケーションに組み込めば、受け取った小切手が正当かどうかをその場で確認することも可能だ。クレジットカードではセキュリティー面が心配だという人もいると思うが、小切手はその場で1枚ごとに紙に金額を記入して相手に渡すので、万一トラブルが起きたときも損害を限定できる。また海外で馴染みのある支払手段が日本でも使えるのであれば、外国人旅行者はさらに増えるのではないか。

――日本では、色々なところで電子マネー化がすすんでいるが…。

 河野 確かに電子マネーも便利ではあるが、これまでの商慣習を生かしつつ無理なく効率化を実現出来るよう利用者のことを考えたサービス、デジタルと紙の良さを融合させる金融サービスの研究開発は必要であり、人間の感性にあった新しいサービスを探っていくことは重要だ。ただ、公共料金や税金がコンビニで簡単に支払うことが出来るようになったことに象徴されるように、今の日本では決済の分野で銀行のパフォーマンスが下がっており、このことに対する銀行の危機意識は乏しい。ちなみに決済業務にコンビニが参入できた理由はレジで使うバーコードを読み取る機器を援用できたことにあり、銀行はバーコード対応のための投資を渋ってきた。NTTデータがアジア諸国の金融機関とATMで相互接続するという検討を始めたが、そんな中で果たして銀行が小切手のためにどこまで注力できるのかは微妙なところだ。

――日本でチェック・トランケーションを普及させるには…。

 河野 第一に考えられるのは全銀協が12年前の検討凍結を解除し、議論を再開させることだ。12年前は銀行の不良債権や投資余力不足といった問題があったが、今はむしろ2020年の東京オリンピックを控えて導入には絶好の時期だ。米国では9.11が、フランスではユーロ通貨の導入がチェック・トランケーションを導入する大きなきっかけとなった。日本では東京オリンピックがチェック・トランケーション導入の起爆剤になることは間違いない。銀行同士の様々な思惑や利益相反といった問題が原因で話が進まないのであれば、チェック・トランケーションの重要性を認識する金融機関なり地域が主導して導入し、そこから徐々に広めていけばよい。窓口を多く持つ銀行が小切手を取り扱えるようにしたり、ATMやスマートフォンで小切手を処理できるハードウェアを作ることで、日本でもチェック・トランケーションは普及していくと思う。

――導入から実用化にあたっての問題点は…。

 河野 仮に導入が決まっても実用化までに3年はかかる。すでに導入している国をみると、誰がどのように主導していくかといった問題もあったようだ。ちなみに米国ではベンダーもメーカーも銀行も一緒になって決済システムに取り組む第3セクター的な組織が存在し、この仕組みによって独立性を保ちながら先進的なことが出来るようになっている。一方で、日本では本来主導権を担うはずの全銀協のトップが1年ごとに変わる慣行となっており、長期的な戦略が描ける体制ではない。チェック・トランケーションという仕組みは小切手や手形だけでなく商品券や地域通貨にも応用できる。また、小切手という支払手段にもまだまだ多くの魅力が秘められている。小切手に本体価格と消費税価格を別々に記入することで納税を効率化したり、或いは、小切手に広告を表示したりと、小切手の利用法については新しいアイデアがたくさんある。数十億円の投資はグローバル化のためにも経済成長を促す金融インフラ高度化の観点からも決して損はないと思う。(了)

――外務省の経済外交担当大使として、これまで経済連携協定(EPA)交渉に携わっていらした…。

 横田 EPAでは、関税撤廃だけでなく、サービス貿易の自由化、更には投資、政府調達、競争政策、知的財産権、持続可能な開発など経済全般を対象とし、日本では伝統的な関税撤廃を主体とする自由貿易協定(FTA)と区別するために経済連携協定(EPA)と称している。日本は、現在8本のEPAを交渉中で、私はそのうちの対EU、カナダ、モンゴル、コロンビアの4国(地域)を担当していた。コロンビアと交渉する理由をよく聞かれたが、相手国側からの要請があったこともともかく、意外と日本では知られていないが、コロンビアは南米でブラジルに次ぎ人口が大きく、一時期麻薬カルテルなどでイメージが悪かったが今や高い経済的潜在性と安定した投資環境を持つ国だ。また、太平洋同盟の一員として開放経済を推進している中で、日本はその同盟の残りのメキシコ、ペルー、チリとは既にEPAを結んでいる。

――対EUとの交渉におけるポイントは…。

 横田 EUとの交渉を開始するのには約3年という長い期間を要した。EU側が消極的だったためだが、その理由は、日本との比較で総じてEUの関税率が高い中で、関税撤廃交渉をすれば譲るものがそれだけ大きい一方、日本市場は確かに関税率は低いかもしれないが様々の非関税「障壁」によって守られているので、関税撤廃をしても対日輸出は伸びないのでバランスのとれた交渉にならないと見ていたからだ。例えば自動車に関しては、EU側は10%、テレビの関税は14%も課しているが、日本は両方とも0%だ。結局EU側は、特にEUの対日輸出を妨げていると考えた非関税措置などについて日本側が一定の対応をすることを条件に交渉開始に応じたわけだが、そのような調整やEUという多国間の組織の内部決定に要する時間などもあり時間がかかった。日本側としては、既に述べた高い関税を撤廃してもらうことに強い関心があるとともに、日本企業がEU内でビジネスをして行くに当たって直面する様々な障害を取り除いていくことを目標としている。他方、EU側も非関税措置だけに関心があるのではなく、日本が依然維持している高関税の撤廃に強い関心を有している。

――新興国の成長スピードは驚くほど速い…。

 横田 確かに、ここ数年先進国経済は余り元気がない中、世界経済の重心が新興国へとシフトしていると言われている。我々の繁栄を守っていくためには先進国同士が連携をもっと緊密化し、共通の利益を推進していく必要があると思う。例えば自動車の基準に関して日欧は国際的な基準作りに協力しているが、そのような努力を強化していけば、異なる基準による市場の分断化を防ぐことができると思う。EUは、自らが作成した基準を世界に広めていくというマインドが特に強く、日本としても利害が一致する分野では強い味方になり得るだろう。

――ひとつの交渉を締結させるには、どのくらいの期間が必要なのか…。

 横田 一つの国との交渉をまとめるには一般的には数年と、かなり長い期間を要する。ちなみに私が担当していた4国(地域)は、すべて昨年或いは一昨年から始めた比較的新しい交渉だが、すべての品目(日本は9000以上に分類している)について関税率や原産地規則を交渉しなければならず、相手国(地域)の貿易に絡む国内法制の勉強なども含めて膨大な作業量を必要とする。それが実際の経済的利益にはねかえるため、お互いの利害の調整は非常に難しい。日本側では交渉分野によっては関係省庁が多数に及ぶため、交渉にかかわる人数は多い時には一国につき70~80人規模になることもある。当然相手国(地域)との交渉に当たっては関係省庁と綿密な調整が行われ、日本政府としての一致した立場で臨んでいる。

――関税については、戦後、GATT交渉が何度も行われ、特に先進国の平均関税率は随分と下がってきたが…。

 横田 GATTとしての最後の自由化交渉がウルグアイラウンドだったが、そこでは関税の引き下げだけでなく、サービス貿易への規律の拡大、ルールと言われる貿易に関する様々の規律について既存のものの精緻化や作成が行われ、WTOという国際機関の設立が合意された。関税同盟と自由貿易地域に分類される地域貿易協定は、GATT時代の当初からあったが、ウルグアイラウンドの最中から特に自由貿易地域の数が急速に増え、今では約380もの協定が効力を有している。日本は、長い間GATT・WTOの下でのMFN(最恵国待遇)とNT(内国民待遇)を柱とする多角的貿易体制を重んじ、それに対する例外である「特定国を優遇するための地域貿易協定」を初めて結んだのも、90年代初頭と、他国に比べて遅かった。しかし、一方ではほとんどの国(地域)がEPAのネットワークを構築しつつあり、日本が競争上不利になることもあることや、ドーハラウンドと呼ばれる多角的貿易自由化交渉が遅々として進まないこと等から、現在ではEPA交渉に力を入れている。もちろん、日本として、また他のEPAに力を入れている国々(地域)も、それはあくまでもWTO全体としての貿易自由化を補完するべきものという位置づけが忘れ去られてはいけないと思っている。

――地域貿易協定がWTO違反となる基準は…。

 横田 WTO協定(1994年のGATT)には数値的な基準が示されておらず、自由貿易地域は「実質上のすべての貿易」について関税等の制限が廃止されていなければならないと定められているにすぎない。これまでGATT・WTOにおいてこの基準の明確化の努力が行われたが、なかなか数値的基準までは到達しておらず、地域貿易協定委員会で各協定を審査することを通じて、基準に関する共通の理解を持つような試みも成功しているとは言い難い。但し、先進国としてはWTO違反と言われないように自由化率の高い協定を目指す責任があると考えており、最近ではますます求められる自由化率が高まっているようだ。

――EPA交渉の目的は…。

 横田 EPA交渉は、相手国間との貿易などに関して一般のWTO加盟国に対するよりも有利な条件を与え合うことでお互いの経済を活性化することを目的としている。因果関係を本当の意味で証明するのはなかなか困難だが、これまでの経験ではEPAが結ばれた相手国(地域)との貿易、投資は、締結と相前後して大幅に伸びている例が多い。現在世界的に経済の分野においても熾烈な競争が行われていると認識しており、その中で、日本経済が競争力を高め、順調に発展していくためのひとつの手段として、政府としても重要な国々(地域)と経済連携協定を交渉していくことにしている。また、民主主義とか基本的人権の尊重とか価値観の近い国々(地域)との間で経済関係を緊密化することは単に経済分野にとどまらない意義を有するとも考えている。

――EPAとTPPの摺り合わせなどは…。

 横田 もちろんTPPもEPAの一つであり、同様の分野について同様の交渉をしているため、お互いに影響し合うものだ。特にTPPに参加している国と平行して二国間のEPA交渉を行っている場合には直接的な影響がある。TPPが一気に進めばそれにつられてEPA交渉が進むこともあるだろうし、逆にTPPが前進しない場合、それでは二国間を先に進めようという機運が生じることもあり得る。そういった意味で、すべての交渉の間での情報交換はまめに行っている。いずれにせよ、日本は今、国益をしっかり守る中で互恵的な合意を目指して交渉を行っているところだ。(了)

――中江さんは、今後の我が国の防衛の在り方についての基本指針となる「防衛計画の大綱」について、平成22年に策定された大綱には、防衛事務次官として、昨年12月に策定された新しい大綱には、官邸の有識者会議のメンバーとして関わられた。政権交代ということもあったのだろうが、新しい防衛大綱策定の背景はどのようなものか…。

 中江 まず何と言っても、前回の防衛大綱策定時からこの3年の間に、我が国を取り巻く安全保障環境が一段と厳しくなったことがある。中国は、公表ベースで見ても、この10年間で約4倍、我が国の2倍を超える高い国防費を背景に、軍事力を広範かつ急速に強化してきた。特にミサイル戦力や海・空軍の近代化を進め、周辺地域への他国の軍事力の接近・展開を阻止するいわゆるA2/AD(anti-access/area-denial)能力の強化に取り組んでいるとみられる。しかも、その軍事力や国防政策に関する透明性を欠いている。加えて、中国は、東シナ海や南シナ海等の海空域における活動を急速に拡大・活発化し、国際秩序への挑戦とも受け取られるような、力による現状変更の試みとみられる対応を示している。とりわけ、我が国の尖閣諸島付近の領海への断続的な侵入や領海侵犯を行ったり、独自の主張に基づく「防空識別区」を設定し、公海上空の飛行の自由を妨げるような動きを見せている。また、北朝鮮は、金正恩体制となっても軍事重視の体制は変わらず、朝鮮半島における軍事的な挑発行為や我が国に対するものも含め挑発的な言動を繰り返している。特に、核・ミサイルの開発を進め、弾道ミサイルの長射程化や高精度化を進展させるとともに、核兵器の小型化や弾道ミサイルへの搭載に取り組んでいるようだ。新大綱では、このような北朝鮮の状況を、政府の公式文書としては初めてだと思うが、我が国の安全に対する「重大かつ差し迫った脅威」と、深刻な表現を用いている。このように我が国周辺の安全保障環境が一層厳しくなったことに加えて、我が国は東日本大震災を経験した。自衛隊は、人命救助や被災者支援、原子力事故対応に懸命に頑張ったが、他方で、自衛隊を含む政府全体として、多くの教訓・反省事項が残った。以上、申し上げたようなことを、今後の防衛の在り方や防衛力整備に反映させる必要性が高まったということが言えると思う。

――新防衛大綱のポイントは何か。前の大綱から変わった点は…。

 中江 前大綱の防衛の在り方に関する基本的な考え方・方向を大きく変えるものではないと私自身は思うが、一つの大きな特徴は、我が国で初めて国家安全保障の基本方針として策定した「国家安全保障戦略」を踏まえて、それと同時に新しい防衛大綱が作られたことだろう。外交と防衛が国の安全保障のいわば車の両輪だが、両者を戦略的に体系的にしっかりと連携させようというものだ。その具体的な内容だが、安保戦略、防衛大綱の両方において、各種事態への「シームレスな対応」という表現が随所に見られ、ひとつのキーワードになっている。昨今の我が国周辺において、平時でも有事でもないグレーゾーンの事態が増加していることや、大規模自然災害の懸念・リスクが高まっていることが背景にある。このような各種事態の推移にシームレスに対応するために、政府機関のみならず、自治体や民間部門とも連携を深め、政府全体として国全体として総合的な防衛体制を構築することの重要性が打ち出されている。実際に、尖閣周辺を巡る事態については、海保と自衛隊等の緊密な連携が不可欠だし、東日本大震災においては、関係省庁、関係機関同士の間、自治体や民間部門との間の連携・協力がいかに重要かを私自身、痛感した。サイバー攻撃への対応も民間部門を含めたオールジャパンでの取り組みが必要なことは言うまでもないだろう。我が国の防衛の中核を担う自衛隊の防衛体制の整備については、「統合機動防衛力」というコンセプトを打ち出した。これは、前大綱の「動的防衛力」の概念を質・量ともに発展させたものだ。尖閣諸島を含めた南西諸島の守りの強化に力点を置いて、陸・海・空の各自衛隊が一体となった統合運用力を高め、必要な部隊を速やかに展開する機動力を強化するというものだ。そのために、具体的には、我が国周辺海空域の警戒監視能力や輸送力の強化を図ることとし、我が国では初の無人偵察機の導入や早期警戒機の増強、オスプレイの導入が決まった。また、島しょへの侵攻があった場合に、速やかに上陸・奪回・確保するための水陸作戦能力を持った水陸機動団という部隊を新たに編成することとしている。そして島しょ防衛の前提として、海・空における優勢を確保することの重要性も今度の大綱では明記されている。

――「重大かつ差し迫った脅威」である北朝鮮の弾道ミサイルへの対応については…。

 中江 我が国の弾道ミサイル防衛は、情報収集を含め、日米間の緊密な協力の下に、第一段階として、海上のイージス艦からSM3というミサイルによって大気圏外で迎撃し、第二段階として、地上から、ペトリオットPAC3によって、大気圏内で迎撃するという多層防衛システムになっている。今回の大綱を踏まえ、この弾道ミサイル防衛システムの機能を持ったイージス艦の数を6隻から8隻に増強することとなった。また、現在、日米間で、迎撃ミサイルの能力向上を図るための共同研究開発を平成29年の完成に向けて行われている。

――この関連で敵の弾道ミサイルの基地を我が国が攻撃する能力を保有すべきとの議論があるが、大綱ではどのように取り扱われたのか…。

 中江 敵基地を攻撃することは、我が国を守るために他に手段がない場合には、憲法上、許容されると解釈されているし、専守防衛という考え方とも矛盾するものではない。現在、自衛隊はこの敵基地を攻撃する能力は保有していない。日米同盟の下で、自衛隊が「楯」、米軍が「矛」の関係にあり、いやゆる打撃力、反撃力は米軍の役割だ。ただ、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威が高まる中で、抑止力向上の観点からも、我が国もそのような能力を持つべきだとの議論があり、自民党の提言の中にも盛り込まれている。この問題は、日米の役割分担を始め、様々な角度からの検討が必要であり、容易に結論の出る話ではない。防衛大綱では、必ずしも明示的ではないが、今後の検討課題と読めるような扱いになっている。

――これまで伺ってきた防衛力整備にはお金も時間もかかる。毎年約10%増のペースで国防費を増強している中国に追いつけない、おっしゃるような安全保障環境の悪化に対応していくのは難しいのではないのか…。

 中江 確かに、これまでお話したような防衛力の整備には相当の年数がかかる。防衛費も来年度予算や今後5年間の中期防衛力整備計画でそれなりの増額が認められたが、厳しい財政状況の下で、大幅に増やせる状況にはない。したがって、防衛力整備について、選択と集中ということが一層、求められることになろう。新大綱で示されているように、冷戦型と言われる戦車や火砲は思い切って削減し、他方で南西諸島の防衛の強化や大規模自然災害の対応に資する分野には、資源を重点的に投入するといったことがより必要となってこよう。それと、厳しい安全保障環境にあって、我が国一国では我が国の平和と安全を確保することはできない。やはり日米同盟が我が国の安全保障の基軸であり、我が国のみならずアジア太平洋地域の平和と安全にとって不可欠だ。東日本大震災のトモダチ作戦で見せてくれた米軍の支援に、多くの国民が米国がいかに信頼できる頼りになるパートナーであるかを感じられたことと思う。この日米同盟をさらに強化し、弾道ミサイル防衛やサイバー、海洋、宇宙、大規模自然災害など幅広い分野に渡って、具体的な防衛協力を進展させることが重要だ。新大綱にもこういった趣旨のことが盛り込まれている。さらに、我が国と韓国や豪州、インド、アセアン諸国等との国々と二国間、多国間の安全保障協力、防衛協力を進めていくことも大事だ。特に、韓国との協力関係を強化し、日米韓の三ヶ国間で緊密な防衛協力関係を構築することが、東アジアの平和と安定の鍵となる。そういう意味で、現在の日韓関係を憂慮している。是非、両国の関係ができるだけ早く改善に向かっていくことを願っている。大綱でも指摘しているが、中国との対話や防衛交流も大事だ。対話を通じて、互いの信頼関係を醸成していく、そして中国が地域の平和と安定のために責任ある建設的な役割を果たしていく、軍事の透明性を向上させることを促す努力を続けることが必要だ。加えて、海上等で不測の事態が発生するのを回避・防止するためのメカニズムの構築が急がれる。

――武器輸出3原則の見直しについては、大綱ではどうなったのか…。

 中江 佐藤内閣、三木内閣以来、長く堅持されてきた武器輸出3原則については、野田内閣のときに、米国以外の国との間でも装備品の国際共同開発・生産が一定の条件の下で認められるなど、一つの新しい段階に入ったと思うが、第三国移転について我が国の事前同意を条件とするといった厳格な要件を課していることで、具体的な案件がなかなか進まないという面もあった。今回の安保戦略や大綱では、移転を禁止する場合の明確化、移転を認めうる場合の限定及び厳格審査、第三国移転にかかる適正管理の確保といった点に留意しながら、「新たな安全保障環境に適合する明確な原則を定める」としている。具体的な見直しの内容については、これから政府与党の間で検討されていくものと思う。(了)

――食品の放射能基準は1.1ベクレル/kgに改めるべきだと主張なさっているが…。

 小若 我々は2012年2月からチェルノブイリ原発事故が起きたウクライナを4回調査して、放射能汚染が少ないとされている地域で、食品汚染が1kg当たり1.1ベクレル以上になると、頭痛や鼻血が出ることをつきとめた。それは国際学会でも発表している。最初に調査した村は汚染地に隣接していたが、空間線量は0.015マイクロシーベルト/時程度で、我が事務所のあるさいたま市と同レベルだった。日本のメディアで取り上げられたことのない村だが、その村の小学校の子どもたちの半数以上が、頭が痛かったり、足が痛かったりすると言う。我々は何とかしてあげたいと思って、その意を伝えると、「子どもたちを1~2週間、南の地域に保養に行かせて欲しい」という答えが返ってきた。彼らはそれが一番いいと思っているが、2週間で痛みが消えるはずはないし、保養から戻れば、痛みは再発してしまうので、私は、痛みを治す基礎原理を見つけようと思った。

――どのようにして調査したのか…

 小若 まず、原発事故の直前に生まれた26歳の女性を70日間、はるか南の非汚染地域に保養に出してみた。すると、45日目まで痛みは変わらなかったのに、それから痛みが少なくなり、73日目に我われの前に現れて、「ほら、どこも痛くないのよ」と笑顔で言った。その後、彼女は、心臓病のニトログリセリンも持ち歩かなくなっていて、首都キエフに移り住んで結婚し、今年1月には赤ちゃんが産まれる予定だ。農村の住民は、国から300坪の畑と60坪の家庭菜園がついた家を与えられているが、現金所得は月に1万5000円ぐらいしかない。それで、森に入ってキノコを採ったり、川で釣った魚を食べたりして、自給自足の生活をしている。そこで次は、放射能値の高いキノコと、川魚を食べることをやめてもらい、その代わりに肉と牛乳を提供して、子どもと大人の健康がどうなるかを調べる5カ月のプロジェクトを行った。すると、頭痛や足痛があった80人のほぼすべてが改善し、痛みが消えた人も出てきた。その後もキノコと川魚を食べないでいると、さまざまな病気が治ってしまった。

――キノコに含まれる放射線量はやはり高いのか…。

 小若 チェルノブイリ原発から200㎞ほど南の「非汚染地域」で、森に入ってキノコを採り、検査に出すと1kg当たり210ベクレル。その他の食品は10ベクレル未満の「不検出」だった。それで、キノコを止めてもらえば何とかなるのではと思ったわけだ。80人中2人の子には、「奇跡が起こった」といわれることが起きた。7歳から脚が曲がり始め、肢体不自由児になって学校に行けなくなっていた10歳の男の子と、生まれつき乾燥したサメ肌で酷かった12歳の女の子には、会ったときに、化学調味料の一切入っていない出汁の粉末を1kg渡し、女の子には超高純度ワセリンも渡して帰国した。それから、1カ月後に食事改善プロジェクトを始め、調査期間が終わる半年後に行ってみると、男の子の脚はわずかだが良くなっていた。そこで、こんにゃく体操とも呼ばれていた「野口体操」で体を30分ほどゆすると、まっすぐに歩けるようになって、家族はあっけにとられた後、大喜びした。生まれつきで治らないはずだったサメ肌の女の子の肌は、ピカピカの美人に変わって友人もできていて、家族は「奇跡が起きた」と言った。

――1.1ベクレル/kgという値はどのように算定した結果なのか…。

 小若 食事改善プロジェクトと並行して、村人が食べる食事に含まれるセシウム137の量を調査していたが、なかなか数字がつかめなかった。最初は、1kg当たり10ベクレルまでしか測れない検査器で調べたが、1つも数値が出なかった。次は、別の検査機関で1.8ベクレルまで調べたが、37食品のすべてが不検出だった。奇跡的に良くなった子が2人いる村では、このような低線量の食事を摂りながら、ときどき200ベクレルのキノコや、10ベクレルほどの川魚を食べていたのだ。そんなときに訪ねたのが、放射能汚染が一番少ない地域にあった村だ。環境汚染もない地域の学校で、16人の子どもに足が痛いかどうかを質問すると、1人しか手を挙げなかった。次に、頭痛がするかどうかを聞くと、ほとんどの子が手を挙げた。よく鼻血が出る子も、よく風邪を引く子も半数以上いた。この村の子が食べている1日分の食事を村長さんから提供してもらい、それを精密に検査して数値を出したのが1kg当たり1.1ベクレルだ。日本は、一般食品について100ベクレルまでは安全だとする基準を作っているが、このような甘い基準では、すでに福島で「痛み」の出た被害者が出ているかもしれない。頭が痛い、足が痛い、鼻血が出る、風邪をひきやすいといった症状を、本人も医師も放射能の影響としては診ていないので、見逃している可能性がある。放射能の被害調査は、特定集団の死亡統計の死因を調べて、ガン、心臓疾患がどのくらいいるかを分析するのが普通だからだ。痛みの被害調査には、国から費用を出さないから誰も調べていない。ウクライナでも調べていないから、我々がカンパを集めて行った調査が世界で初めてだと思われる。

――日本の100ベクレル基準を1ベクレルに変更するべきだと思うが…。

 小若 福島は難しいかもしれないが、その他の地域では割りと簡単に規制できると思う。東京で出回っている食品の99%以上は1ベクレルを下回っているからだ。基準を変えないのは、稀に1ベクレルを上回るような食品が出た時にマスコミが騒ぐので、政府がそのバッシングを受けたくないからだ。放射能を溜めやすいと言われるキノコだけは、スーパーで買えば10ベクレル程度のものがいくらでもあるが、1ベクレル規制にすれば、キノコ業者は放射能で汚染されていない外材の木屑を使って育てるから、あっという間にセシウム137は検出されなくなる。やり方はいくらでもあるのだ。日本政府は風評被害を恐れて1.1ベクレルで健康被害が出たという結果を無視しているが、そのような判断は、将来の被害を拡大させる事になる。

――全ての子どもを福島から疎開させるべきだと言う指摘もあるが…。

 小若 私は、福島でも汚染レベルが特に高くなければ、住むことは可能だと思っている。ただ、水と食品は外部から調達すべきで、その基準も1ベクレル以下にすべきだ。また、子どもは外出時にマスクを付ける必要があるだろう。また、50歳か60歳を過ぎれば放射能の影響はほとんど受けないという定説があるが、私の実際の経験からこれは間違いということも分かった。9月にウクライナの高汚染地域を訪ねた時に、各家庭で季節のキノコをどんぶり一杯ぐらい盛って、我々をもてなしてくれた。内心は恐いなあと思ったが、団長として断ることは出来ないと思い、積極的に食べたのだが、半年後に体のあちこちが痛くなり、私は酷い目にあった。この地域の食品検査の年次報告書を手に入れ、通訳に訳してもらうと、キノコの汚染は1kg当たり最大7万5千ベクレル。基準は500ベクレルだが、基準違反率は57%だった。私はジョギングが趣味なのに、半年後には足の筋肉が痛くて走れなくなり、変な感じの痛みが2カ月ほど続いた。その後に、ふっと痛みが和らぎ、暫く経ってまた2~3週間程度痛みが続く状態が続いて、ようやく回復してきたところだ。キノコを食べた50代の男性は4カ月後、60代の私は6カ月後、70代の女性は8カ月後に体調の悪さがピークになり、私と同じような痛みを体験している。その理由は、筋肉細胞の遺伝子が傷つくと、その細胞が分裂するときに細胞死が起きるからで、影響が出るまでに時間がかかるのだ。歳をとってやっと歩いている人が、放射能で筋肉細胞を少しでも失うと、歩けなくなる。筋肉への悪影響は、歳をとった人の方が大きくなる。だから、老人は、放射能をとっても大丈夫というのは、ガンでは通用しても、健康全般を考えると間違いだと言える。(了)

――日本版NSC(国家安全保障会議)が創設された。その背景は…。

 谷内 国家安全保障会議はもともと米国にあるのだが、日本にも外交と防衛の司令塔を作るべきだという発想から日本版NSC構想の検討が始まった。外交と防衛はバラバラであってはいけないという考えの下、政府全体としてこの二つを一緒に考えて、総理、副総理、官房長官、外務大臣、防衛大臣の5閣僚の協議で色々な判断を下す。その下には60人程度の国家安全保障局という事務局があり、5人の協議体を支えるというシステムだ。事務局では、長期的な外交防衛戦略に関する政策提言の選択肢を示すなどの作業を行い、危機管理にも関る。例えば、先日アルジェリアで日本企業の従業員が襲われる事件があったが、そういった時の政府の初動対応はNSCで扱われることになろう。

――むしろ、今までそのような会議がなかったことが不思議だ。これまでは外務省と防衛省が連携せずに外交戦略や防衛戦略を立てていたということか…

 谷内 今までは、何かあればそれぞれの省庁が急遽官邸に集まり対策を考えるというやり方で、外務省と防衛省で協議をすることがあっても、権限争いなどもあって、お互いに大事なところは見せないような弊害も無いとは言えなかった。もちろん、関係者はそれなりに一生懸命やってはいたが、もう少し仕事を系統立ててきちんと対応した方が良いのではないかということで日本版NSCが創設されたという訳だ。参考にしたのは主に米国のNSCだが、英国にも3年前に同じようなシステムがつくられ、他の国でもすでに導入されているところもある。実は日本でもNSCの導入議論はかなり昔からされており、第一次安倍政権時代には国会に法案を提出するまで至っていた。その時は安倍首相の健康問題などもあり実現には至らなかったが、そういう経緯もあって、今回の創設にあたっては、その頃よりもさらにしっかりとしたものにしようという想いが詰まっている。

――60人程度の事務局では少し規模が小さいような気もするが…。

 谷内 新しい組織を作る時にいきなり大人数を投入するのは難しい。最初は60人程度で、その後少しずつ増やしていけばよいのではないか。仕事の内容にもよると思うが、米国のNSCでは約170人の政策スタッフと、その他のスタッフ60人程度の合計約230名が働いていると承知している。英国はもっと幅広い仕事内容になるが、人数的には米国に近い。日本では、これまでの省庁間の垣根をなくして政治主導でやっていくことが最初の目標だ。例えば隣国中国によるかなり一方的な海洋進出行動に対して、日本がどのような外交防衛をしていくか、そういった外交・防衛戦略を考えるためにNSCがある。その他にも、陸・海・空・宇宙・サイバー空間というあらゆるところで日本国民の生命と財産の脅威になりうるものが存在し、そういったものにシームレスに対応していくには、外交も防衛もすべてを含めて総合的な視野で考える国家システムが欠かせない。高度成長期にあった日本とは違って、財政も巨額の赤字になっている今、NSCのミッションは目的と手段を十分に検討した上で戦略的に物事を考えていくことだ。

――中国や韓国など隣国との外交についてはどのようにお考えか…。

 谷内 一般的には、国家経済が拡大し、国民の生活水準が上がってくれば、心理的な余裕などから他国に対しても寛容になってくるものだが、今の中国や韓国は過去の思いを再燃させ、日本が未来志向で歩むような提案をしても、例えば韓国からは「歴史を直視すべきだ」という答えが返ってくるような状況だ。しかし、徴用工問題などは1965年の日韓請求権協定で決着がついており、そういったすでに法的に解決しているものに対しても繰り返し賠償を求められているというのが実情だ。日本は両国との関係改善を考えてこれまでに数々の償いをしてきたが、それ対してもその都度ゴールポストを動かされている。日本が従来のような妥協を続けていけば、その要求はさらに膨らんでいくだろう。相手の要求に終わりはないため、もはや外交上の懸案問題に妥協を重ねるだけではいけないという段階に来ている。

――日本がこれ以上は譲れないというところの線を、きちんと引くべきだと…。

 谷内 日本は今まで相手に配慮しすぎてきた面があったが、日本国としては言うべきことをきちんと言う必要がある。日本国としての品性を持って的確に相手の心に日本の意思を届けるためにも、我々はもっと相手国のことを勉強する必要があり、それも広い意味ではNSCの仕事といえるだろう。対中国にしても対韓国にしても、本来ならば両国間で大いに議論を重ねることが重要なのだが、そのような関係すら築けていない現状にあっては、いわゆるオピニオンリーダーが知恵を出し合い、戦略的忍耐心をもって対処していくしかない。「両国間の子々孫々に亘る平和で友好的な関係」という長期的目標の実現のために、今は感情的になって反発したり、必要以上に敵視するようなことはすべきではないだろう。世界に対するアピールの仕方としては、中国や韓国が国の広報活動に巨額の予算を使っている一方で、日本では仕分けなどで予算をどんどん削られている。これは時代に逆行した行為であり、日本も、もっとソフトパワーの部分に資金を投入していく必要があると思っている。

――これまで一年間の安倍政権の外交を振り返って…。

 谷内 安倍首相はこれまでに25カ国を訪問し、130人以上の世界のリーダーと首脳会談をしてきた。これだけアクティブに外交を進めた首相は歴代でもあまりいない。安倍外交を一言で表せば「地球儀を俯瞰する外交」だ。日米同盟を機軸として、グローバルプレイヤーである日本という立場で多角的・戦略的に外交を進めている。特に、海洋国家である日本が海のルールを大切にする国との連携、普遍的に通用する価値観を大切にする国との連携、そして、経済成長に役立つ国との連携強化に力を注ぎ、資源獲得や市場を開拓することで民間企業の世界展開を支援している。ただ、残念ながら隣国である中国と韓国との首脳会談は実現していない。安倍首相は無条件で両手を広げて対話を呼びかけているのだが、例えば中国では尖閣の領土問題が存在することを日本が認めることを条件にしていたり、或いは韓国では慰安婦問題について日本政府が謝罪することを前提にしていたり、会談するための条件が目の前に置かれているのが現状だ。それでは日本としてもなかなか前に進めない。

――これからの安倍外交の行方は…。

 谷内 グローバルな視野を持った外交という今までの路線を維持しながら、中国と韓国の関係改善については常に対話の窓を開け、安易な妥協はせず、戦略的な忍耐心を持って両国に対応していくということになろう。シームレスな抑止力を効果的に発揮するためには海上保安庁や海上自衛隊の強化が重要であり、引き続き日米同盟の深化も肝要だ。さらに、フィリピンやオーストラリア、インド、NATO諸国といった海洋国家同士の連携を深めていくことも大切になってくる。そのためにも、日本経済は強くあらねばならない。だからこそ安倍首相はアベノミクスと称して日本経済の強化に力を注いでいる訳だ。(了)

※12/11取材当時は早稲田大学 日米研究機構 日米研究所教授

――昨年末にうかがった今年の予想は景気好転ということで見事当たったが、新年は…。

 宅森 一時、消費税増税の影響がありもたつくと思うが、景気後退に陥ることはなく持ち直していくという姿を予想している。具体的には、1~3月期に個人消費などの駆け込みでかなり高い成長率となり、その反動で4~6月期にマイナス4%強程度に落ち込むといった感じだ。その後の7~9月期はプラスの数字に戻ると見込んでいるが、それは急激な伸びではなく、年率2%弱程度の緩やかな成長になるとみている。今回、内閣府が発表した7~9月期のGDP成長率と主な項目の数字の中で私が注目したのは、24年度の確報値で設備投資が減少から増加に改定された一方で、公的固定資本形成が速報値の14.9%を大幅に下回り確定値が1.3%となっていたことだ。これは東北の復興活動計画がまだ固まっていなかった影響や人手不足の影響などで、実際には公共投資が出ていなかったことの反映だろう。ただ、今年度は期毎に見ると今年4~6月期と7~9月期は前期比6%台の数字が出ており、前年同期比ではプラス8.1%とプラス19.0%で、明らかに公共投資が伸びており、第2の矢がしっかり出ていることが確認できる。

――そうすると、10~12月期も良い数字になると…。

 宅森 かなり良い数字になると思う。7~9月期の民間最終消費支出はプラス0.2%とわずかしか増加しておらず、そのため7~9月期全体の消費が弱かったという見方をする人もいるが、実際には5月の株価が急激に高騰して最高値をつけた反動で6月の株価が急激に下がり、そこで資産効果の剥落があったと思われる。それがマイナスのゲタとなり7~9月期に影響しただけだ。5月の数字は良すぎたと言える。GDPの実質個人消費と同じような動きをするといわれている消費総合指数を月次で見ても7月、8月、9月とすべて前月比プラスとなっており7~9月の各月の消費は悪くない。ただ、10月は台風が観測史上最多の6つ接近したことと、前半の天候が暑かったため秋物衣類が売れずに数字的には若干下げているが、水準は7~9月を上回る。11月に寒くなったので再び数字も上がってくるだろう。その後、消費税増税実施まで順調に伸びるとして、増税による落ち込みをどう乗り越えていくかがポイントだ。

――政府は消費税増税対策として、来春にもういちど経済対策をやるようだが…。

 宅森 今回の5.5兆円の政府支出でそれなりに下支えできるのではないか。日銀は「増税に併せ再び金融緩和を行う」という見方も多いようだが、年間60兆から70兆円のペース以上にマネタリーベースを増加しなければならないほど悪くなるような環境ではない。むしろ、金融緩和の成果を民間が生かすことが大事だ。ポイントは、民間が設備投資をきちんとやるかどうかであり、これが成長戦略を生かすことになる。いくら規制緩和や設備投資減税などを計画しても、デフレ期には皆、借金を避けたがる経営姿勢を続けてきたものだが、現在は予想物価上昇率が上がってきていてデフレは脱却しようとしており、借金はしやすい環境だ。実質金利が下がっているので、お金を借りても有利になるということを各企業の経営者が認識出来るかどうかがポイントだろう。

――今、お金を借りないと損だというマインドを持つこと、そして、それをうまく生かしていくことが重要だと…。

 宅森 もはや、設備投資のようにお金がかかることはやってはいけないとか、同じ設備投資でもプロセスイノベーションが大事であり、プロダクトイノベーションではないというような時代は終わったと言えよう。需給ギャップが改善しつつある中で、物価が上昇してきたという時代の変化を皆がきちんと認識し、再びプロダクトイノベーションが主流になってくれば、需要がついてくる。そのような流れでアベノミクスの効果を生かしていくことが重要だ。しかし、実は金融の量的・質的緩和など、金融界では常識となっている日銀の金融政策は、世の中的にはあまり知られていない。そのため、ほぼゼロ金利で長らく張り付いている現在の状態でお金を借りる必要性を感じないという人は多い。世論調査でも、ほぼ7割の人達が金融緩和という言葉について「見聞きしたことはあるが、よく知らない」或いは「見聞きしたことがない」と答えており、そのような人達は、今がお金を借りるチャンスだということを理解していないと思う。予想物価上昇率が上がると実質金利は下がるという発想は経済を知っている人でなければ理解できないのかもしれないが、今はまさにそのような政策が行われている。

――金融に関る業界以外の企業や市民レベルでは、まだまだそのような発想に至っていないと…。

 宅森 そのような認識をもう少し持ってもらうために、私は「今年を表す漢字」が「倍」になればよいと願っていた。安倍ノミクスの「倍」、倍返しの「倍」、そしてマネタリーベース倍増の「倍」だ。「倍」という字が選ばれれば、「実は金融政策も、倍なんです」というように、テレビなどで日銀が通貨供給を増やしていることが詳しく解説される展開になっただろう。そうなれば、予想物価上昇率が上がっている今、お金を借りることは有利なのだということが中小企業の経営者などに伝わり、老朽化している設備を新しくしようという気にもなっただろう。さらに、2020年のオリンピックまでの間に民間でも出来ることがたくさんある。例えば64年の東京オリンピック開催が決まった59年に始まったプロレスのワールドリーグ戦は、力道山がオリンピックをヒントに考え出した下火になったプロレスブームを再び上向かせた、プロレス興業における世界初の試みだった。このように、オリンピックをきっかけに色々な広がりが生まれてくることが期待される。

――東京オリンピックの開催までに、世界中の人達に日本の観光地をアピールするという方法もある…。

 宅森 先日は和食がユネスコの無形文化遺産に指定されたが、その他にも、日本の食べ物を題材にしたアニメの影響で、カレーやラーメンなどにも海外から注目が集まっている。日本が誇れるものはその他にもたくさんあり、例えばトイレのウォシュレットは日本独特のものであり、観光客として日本を訪れた外国人は大体それに感動するという。秋葉原などで購入して帰る人もいるそうだ。そういったものが日本の輸出拡大につながれば日本経済にも良い結果をもたらすだろう。

――2年間で2%の物価上昇率は達成できると見ているか…。

  私は2年間で2%の物価上昇率の達成は少々難しいと思っている。日銀の展望レポートにもあるように、需給ギャップと物価上昇率の関係を示すフィリップス曲線の、96年以降から最近までの期間の関係式では物価上昇率=0.27×需給ギャップ+0.3、そして、バブル期を含む83年から95年までの関係式では物価上昇率=0.28×需給ギャップ+1.1となっている。需給ギャップは現在マイナス1.6%だが、日銀の強気見通しが2年間実現すれば約2.5%になる。その2.5%を最近の需給ギャップに当てはめると成長率は1%。それに黒田日銀総裁の大胆な金融緩和の影響による予想物価上昇率の高まりを0.5%程度とみて加味すると1.5%になる。また、バブル期の関係式に当てはめれば1.8%。すべてを考慮して、2%には届かなくとも1.5%は十分ありうるというのが私の考えだ。ESPフォーキャストの調査でも15年度の2%を予想しているのはひとりだけだが、1%台というひとは結構いる。私は1.5%でもよいと思う。2%でなくてはいけない理由があるとすれば、海外の先進国の成長目標がほとんど2%であるため、日本だけが1%といえば円高になってしまうからだ。そこでは対外向けに世界標準と合わせるようなことが重要だろう。

――もう一段の金融緩和がなくとも、このままで1.5%の上昇率は可能だと…。

 宅森 可能だと思う。マーケットでは一段の金融緩和がささやかれているかもしれないが、エコノミストの間で再び金融緩和が行われるというようなコンセンサスはない。現在の金融政策では毎年60~70兆円程度のマネタリーベースの増加を目標としているが、ESPフォーキャストの調査では14年末のマネタリーベース残高270兆円に対して、15年の年末マネタリーベース残高予測の平均値は325.7兆円だった。中には270兆円という言う人もいれば300兆円と答える人もいて、ほとんどの人が一段の金融緩和をしない、あるいは金融引き締めを意味する数字を答えているということだ。ただ、日銀がお金を供給しても当座預金が積み上がっているだけでは意味がない。今、これだけチャンスが広がっていることをきちんと認識して民間が借入れをするようになることが重要だ。それが出来て初めてマネーストックが増加する本当の金融緩和になる。

――経常収支の赤字転換が気になるところだが…。

 宅森 あまり騒がれていないが、実は9月、10月の季節調整値で初めて連続赤字となっている。原発のこともあって、輸入が多くなっているということだろう。さらに1月は例年原数値で貿易赤字になりやすく、今後、また経常収支赤字が話題になってくるのではないか。円安も過度になれば経済に悪影響を及す。さらに消費税の負担増で皆が物を買わなくなり、スタグフレーションになっても困る。現在の円安状況下でも輸出が期待されていたほどは出ていないことは認識しておくべきだろう。為替については15年の3月末までは1ドル100円~110円の間でゆるやかに推移するのが理想なのではないか。変動相場制になって以来、午年は過去すべて円高で、辰巳天井のあとの午年は株価も下がる年が多い。これを来年は逆のパターンにして、初の円安・株高の年にしたいところだ。そのためにも、民間が政府の対応を受けてきちんと前向きな行動をすることが重要だ。

――その他、経済データを見て気になることは…。

 宅森 EPSフォーキャスト調査・12月調査で所定内給与の平均予測を見ると、14年度の予想平均は前年度比プラス0.3%となっており、前の11月に調査した予測値よりも0.1上がっていた。これが実現して賃金が上がってくることを期待したい。また、来年の大河ドラマは「軍師官兵衛」だが、大河ドラマで天下が平定される以前の戦国武将を取り上げた年は視聴率が高く景気も良いというデータがある。例えば、1987年の「独眼竜政宗」や88年の「武田信玄」の時はバブルで、視聴率も40%近くあった。バブル崩壊後で高視聴率だったのは96年に竹中直人が主役を務めた「秀吉」だが、何と今年の「軍師官兵衛」でも黒田官兵衛が仕えた秀吉役を竹中直人が演じる。こういったキャスティングは初めての試みということだ。今の時代には視聴率が20%台を超えれば注目される。そうなると、また日本に元気が出てくるのではないか。(了)

 高橋 私は平成16年4月にスタートした国立大学法人化プロジェクトの中で、国立大学法人の常勤監事として7年間在職し、国立大学法人等監事協議会の会長を2年間務めたが、私が考えている法人化と文部科学省周辺が考えている法人化はその思想・発想においてまったく違っていた。法人化にあたっては、6カ年中期計画として文部科学省と大学法人各部局との間で夥しい数の目標項目が決められるのだが、年度予算との関係からそれらの達成度は年度毎に評価される。そうやって1年毎に右往左往して1期6年が過ぎ去り、現在2期目半ばを迎えている。経常運営費こそ毎年1%カットされているものの、これまでに一体何をやったのかと問われても、そこにはこれはという答えはない。そもそも、法人の構成員自体が法人化の本質が何なのか、6年間でやり遂げるべき事が何なのか解かっていない。そこには「文部科学省がお金を出すから、運営、つまり、やりくりをしてください。経営は必要ないですよ」という暗黙の了解がある。目先の事だけを考えて1年1年をやりくり出来ても、本来の中期目標は何も達成出来ないし、本来の改革が実現するはずがない。

――国立大学法人化にあたっての中長期の目標はどのようなものであるべきか…。

 高橋 法人化の大きな目的は、組織を活性化させるため、個性化・多様化を図るため、財政的な自主・自立のため、そして効率化のためだ。その他にも国際化のためや、そういうことも含めて国際的に魅力的で競争力のある大学にしていくためということが挙げられるが、各大学が置かれている状況やその歴史、環境によって、将来の目標や構想は違ってくる。その目標に近づくための戦略を立て、実現するための戦術を駆使するという明確なアプローチをしなければならないのだが、今の国立大学法人にはそういったアプローチは皆無だ。あったとしても、その目標が達成できたかどうか世間が納得するような検証方法はない。つまり、PDCA(計画→実行→評価→改善)の対応が機能していないということだ。更に言えば、PDCAの思想・発想そのものが依然として異文化になっている。

――何もしなくても文部科学省から税金が支給されるのであれば、改革の必要性は感じない…。

 高橋 結局、国立大学は文部科学省が保有する鳥かごに喩えられる。学長はそのかごの中で鳴いている鳥だ。大枠はすべて文部科学省の意見が尊重され、かごの大きさも同省が決める。大学の評価をする際にも、外国人が何人来たか、世界の大学ランキングの中でどのように上下したかといった相対的なことでの評価ではなく、絶対評価だ。自己満足で独りよがりの絶対評価が何の意味を持つのか私にはわからない。また、人事についても年功序列という今までの流れの中で、なんとなく上に昇ってきているという感じだ。それでは組織の活性化は望めず、法人が社会の変動に対して立ち向かう力もつかないのは当然だ。

――民間企業にはきちんとした会計制度があるが、国立大学法人については…。

 高橋 法人化をスタートするにあたっては、これまで採用してきた単式簿記の現金主義会計、いわゆる大福帳会計をやめて、発生主義の複式簿記を取り入れた。発生主義の財務会計で貸借対照表、損益計算書、キャッシュフローステートメントの3表を年度比較すれば、法人全体の実態がきちんと把握でき、改善しているのかどうかが明らかになるからだ。現金主義の大福帳会計では何も明らかにされない。しかし実際には、大学の担当者が従来からの単年度会計の仕組やカルチャーから抜け出せず、発生主義という発想への転換が出来ていないのが現状であり、悪貨が良貨を駆逐するよい事例だ。現行の財務会計基準は世界で最も理解し難い基準であるが、そのために経営的には床の間の置物となっている。或る財務会計基準においては粉飾まがいの処理がビルトインされており、本来手段であるべき基準が目的化している。そして、この理解し難い財務会計基準について日本公認会計士協会がお墨付きを与えている。それもおかしな話だ。

――役所には、年度予算を使い切るというDNAが刷り込まれている…。

 高橋 過去、現在、将来という時間軸の中で法人の業務が展開されるという動態的な思想・発想が欠落したままで、現在のように静態的な発想に漫然と依存していたのでは、いつになっても経営陣は実態を掌握できない。そして適切なガバナンス・コンプライアンス・アカウンタビリティが保証されないという風土・カルチャーが存続することになる。本来、監査役や経営協議会の外部役員や学長選考会のメンバーなどがきちんとチェックして、おかしなところを問い質していくシステムを確立しなくてはならないのに、そういった制度が適切に機能するためのカルチャーや仕組みは驚くほど進化せず、関係者の意識も依然低いままだ。それは日本の大企業がなかなか社外取締役を採用しきれないという問題と本質的には同じで、ある意味、日本の組織のDNAだと私は思っている。

――しかし、国際化の中では、そういったものをすべて変えていかなくてはならない…。

 高橋 海外の大学などが日本にきてくれれば、それが一番良いのかもしれない。大学教職員も国内のみならず外国との交流をもっともっと盛んにして、これまでにどのようなことを経験し、どのような実績を残したかが次ぎの仕事のメルクマールになるシステムをつくりあげるべきだろう。同時に、年功序列型で非常に細かく決められている大学教職員の給与制度は早く廃止すべきだ。将来年俸制になった場合の退職金の問題などもあり、実現は容易ではないということも承知しているが、法人化までの2期12年があれば何か出来るはずだ。

――米国のアイビーリーグのように寄付制度を充実させることで、優秀な人を輩出した大学がさらに伸びるような仕組みを作り出すという手もある…。

 高橋 アイビーリーグとステートカレッジでは基本的な制度が違うが、確かに日本には寄付文化がなかなか根付かず、お金が大学に集まらないというのは問題だろう。勿論、税制度も重要だが、例えば米国では個人で3000万ドル寄付するような人もいる。その額は別としても、例えばハーバードビジネススクールなどでは学長が学生をどのように育てて社会に送り出すかということについて、社会に対してアピールする力を持っており、年次ごとの卒業生幹事の強力なバックアップもあり、お金を出そうという気にもなる。日本の大学に、「自分の大学をこういう風にしたい。こういった人材を社会に送り出したい」 と世間に向かって堂々とアピールできる学長がどれだけいるだろうか。また、ハーバードビジネススクールでは毎月、成功者の事例や、現在進行中のプロジェクトを魅力的に報告する等情報発信力がタイムリーかつ優れており、それを読んだ学生達がますます自分自身の為に勉学に励み、さらに、その大学で働いている職員も誇りを持って生き生きと仕事をするという好循環が作り出されている。そういった大学をアピールする力は日本が学ぶべきところだと思う。

――国立大学法人化は国民のためのはずなのに、国民のためになっていない…。

 高橋 我々のような民間で経営する人間にとって、時間は非常に重要だ。3年や5年という時間軸で目標を定めて、その達成のために日々努力し、毎年チェックし、修正を重ねて、実現させる。しかし、国立大学法人には時間軸という感覚がほとんど無い。そもそも文部科学省は最初、国立大学法人化を嫌々ながらやっていた。きつい言い方をすれば、国立大学法人は第二の原子力村だ。いままで述べたような状況では国立大学法人化に対する国民の期待に応えることはとても出来ない。文部科学省のある幹部は「10年後、世界大学ランキング100校の中に日本の大学10校を入れたい」と発言していたようだが、一体全体、どのような思慮の下にそういう発言をされたのか。戦略も戦術も無い中でそれは雲を掴むような話だ。

――文部科学省は教育の現場を全く理解していない…。

 高橋 私は実際に現場にいて目にしたことを今回の著書に綴ったが、文部科学省の人達はこういった内容に非常に疎く、学長レベルの人達も理解していない。それは恐ろしいことだ。職員の教育も本来的な意味での進化に乏しく、主要なポストはいつも文部科学省からの「異動官職」で埋められている。法人執行部の片腕となるべきはずの職員の人材育成はこの9年間、不毛の期間だったといっても過言ではないだろう。もっと内外の人材交流を盛んにして、将来、経営をサポート出来るようにしなければ、その大学の存続は危ない。制度的な面における喫緊の課題としては、先ず、学長の権限を強化することだ。さらに、付属病院の財務会計を大学から分離・独立させることも急務だ。変動の激しい付属病院を大学の会計と一緒にしてしまうと、他の部署の財務状況が足を引っ張られる。法人ホールディングカンパニーの下に付属病院の財務会計を分離・独立させるような仕組みが必要だと思う。これには厚生労働省も絡んでくるため難しいのは百も承知だが、それをやらなければ明治維新、第二次世界大戦後に匹敵する第三の改革とは言えない。文部科学省には本来的・本質的な意味での法人化改革が正々粛々と進行するよう、国民の将来のために大局的な指導・監督を行うことが切望されるのであり、既得権を擁護するかのような枝葉末節に拘る現状維持の指導・監督体制は、一刻も早くこれを棄却して欲しい。文部科学省には同省の依頼から拙著「国立大学・法人化の幻想」を届けたが、こうした現場や民間の声に真摯に耳を傾けるべきだろう。(了)

 久保田 私は1970年代末から1990年代央にかけて国際金融政策の中枢である大蔵省国際金融局に一貫して身を置いた。いわば参謀本部に引き続き勤務したということだ。当時、日本は国際金融界の最盛期で、日系銀行のユーロ残高が世界の3分の1を超えていたり、日本企業によるコロンビア・ピクチャーズやロックフェラーセンターの買収なども行われていた。そして日本の金融力が世界のナンバー・ワンになるかもしれないという雰囲気の下で、米国は日本に対して色々な要求を持ち込んだ。その間、私は1984年の「日米円ドル委員会」では財務官室長として、89~90年の「日米構造協議」では大臣官房調査企画課長として、そして93~95年の「日米金融サービス協議」では日本側の議長として日米の金融交渉に携わってきた。この、いわば日米金融戦争の真っただ中に起こっていたことを書き記し、その教訓を世に残したいと考えたからだ。

――「日米構造協議」で日本は10年間に総額430兆円の公共事業を行うことを宣言した…。

 久保田 この交渉はかなり難しかった。米国は「ISバランス論」を持ち出して、わが国の経常収支黒字を削減するために公共事業を拡大せよと主張した。わが国は、対米貿易黒字が相対的に減りつつあること等を主張して抵抗した。結局10年間で430兆円の公共事業をすることを約束することになったが、後日、その背後でわが国の公共事業官庁とそれを支援する政治家の動きが相当程度あったことを知り、大変遺憾に思った。

――国際金融交渉に巧みな英語力は欠かせないと思うが、その他、重要なことは…。

 久保田 日本側の意志を伝える際には、何故そういった結論に至ったかという理由をきちんと英語で述べて相手を説得しなくてはならない。そうして日本に有利な結果に導いていく。そういった点では、私は相当しっかりした交渉をしたと思う。また、基本的に欧州では主張している論理や哲学が重要視され、それに沿わなければ合意に至ることはないが、米国の場合は必ずしもそうではない。先方はとにかく頑張るので当方もとにかく頑張るしかない。もう一つ、米国では業界が満足するかどうかが非常に重要視されるようだ。そういう特徴に着目して上手く交渉をした局もあった。NYに3年間滞在したこの局の担当者は、この業界のことを良く知っていて、「あなた方の業界が現在この法律で酷い目にあっているのか、具体例を示して言って下さい」と先方に迫った。

――この本は、クロスボーダーでの企業間交渉にも役立ちそうだ…。

 久保田 そうだと思う。特に英語について言えば、一般的に米国人は繊細に言葉を選ばない。他方、こちらから言葉で繊細なニュアンスを伝えようとしても伝わらない。「イエス」か「ノー」か、どっちを向いているかがポイントになる。一方で、欧州では厳密に言葉を選んで話をするため、最初の会話だけで、どこまで譲るのか、粘るのかが注意して聴けばわかる。ちなみに私は英国のオックスフォード大学で英語を学んだが、米国の名門大学で学んだ大蔵省の先輩とは、英語での手紙の書き方を巡って意見が対立することがしばしばあった(笑)。今回の著書にはそういったことも盛り込んでいる。当たり障りのない事実だけを残すのではなく、国際金融交渉が行われていた現場で起こっていたドタバタ劇や失敗談もありのままに残している。読者の皆様にはこういう点も含めてこの本を今後のために活用してもらいたい。

――当時の交渉では日本は米国に勝っていたかもしれないが、バブル崩壊後の日本経済は暗黒の時代が続き、結局、米国に負けてしまったという意見もある…。

 久保田 色々な見方があると思う。局地戦では勝っても大局ではどうなのか、さらには、負けた方が日本のためになったというような見方もあり得る。例えば、コメの関税について言えば、日本の国際交渉力がこれほど強くなければもっと自由化が進んでいただろうという見方もある。或いは、外為管理法では米国が求めた以上に自由化が進んでしまった。これは、他の国内の規制や慣行に手をつけずに国際金融取引だけを自由化してしまったことが背景にあるが、それによってわが国の国際金融センター化が大きく進んだかというとそうでもない。

――御自身が行った日米交渉を振り返って、改めて感じることは…。

 久保田 戦略性においては、米国はとても凄い国である。例えば、昭和12年に日米野球の為にベーブ・ルースなどが来日したが、それに随行した映画のクルーが、その機会に、日本の病院の屋上に上って東京のまわりを撮影して、その映像が昭和16年に始まった太平洋戦争の際に活用されたとされている。爆撃機のパイロットが「あの映像で見たとおり、富士山を目がけて飛行して東京に向った」と述べている。数年前に日米開戦の可能性を予測し、その準備をしていたということだ。

 また米国は、一度やろうと決めたことに関しては皆一体となってシステマティックにかかってくる。「今、これが正しい」と思ったら、過去のこともすべて捨てて一気に方向転換する。そして、その戦略性は大変に緻密だ。例えば、現在のTPP交渉では関税以外に国有企業の問題など様々な議論が行われているが、その論点は米国が円ドル委員会や日米構造協議で言い続けてきたこととほぼ同じだ。一方、日本は戦略性が十分でない。これは大きな欠点だと思う。そして残念な事実として、日本の知的レベルは第二次世界大戦で大幅に下がってしまった。1980年代の後半、宮沢喜一大蔵大臣の下で仕事をした時に「日本にも欧米に対してコンプレックスを持っていない大臣がいたんだなぁ」と感じ、ホッとしたものだ。

――日本では「日本国としてどうあるべきか」という議論があまりされない。これは欧米と大きく違うところだ…。

 久保田 モノを作り出す産業分野では相手との差が明確に目に見えるため、頑張ろうというモチベーションが生まれる。しかし社会科学の彼我の差は見えにくい。社会科学分野での欧米と日本の差は大変大きいように思う。その結果として、一般的に言って社会科学に関しての水準は、それ程高くないのではないか。法律学や経済学、更には社会学で、世界的にこれは大家だという人がどれほどいるだろうか。いずれにしても、一つの国が栄えるかどうかは、色々な分野の総合力にもかかっていよう。その為にも、国の各分野で人と異なった経験をした者が、その経験と感じたことを次の世代の人に伝えることが大切だと思っている。(了)

 米澤 私はこれまで大蔵省(現財務省)日本銀行を通じて35年間、何かしら国債にかかわる仕事をしてきた。その後も大学院の講義で国債について語ってきた。国債というのは発行する側から見れば国の財政赤字を埋めるための借金という財政的な側面があり、一方で購入する側から見れば信用力と流動性を兼ね備えた金融資産が提供されるという金融的な側面がある。自分自身でこの両方の側面を見続けてきた結果、10数年前から、「国債には日本の財政の歴史と金融の歴史が投影されており、国債の歴史を辿ることによって戦後日本の財政金融史がわかってくる」という意識を持ち、少しずつ小さな論文を書き重ねていった。昨年9月にすべての職を退き時間の余裕が出来たところで、それらをまとめ、新たに書き加えるなどして、私の国債史の総集編ともいえるこの本を完成させた。

――大蔵省の仕事で一番記憶に残っていることは…。

 米澤 まず思い浮かぶのは、1985年度の国債整理基金特別会計法の抜本改正だ。短期国債の発行、年度を越えた借換債の前倒し発行、そしてNTT株とJT株を国債整理基金に帰属させ、その売却代金を国債の償還財源に当てるという法律改正は、直接の担当課長だったこともあり一番印象に残っている。もう一つは、国債そのものではなく、歳出予算の話だが、私は文部省の予算を7年の間をあけて主査とその上の主計官として2度にわたり担当した。1975年度予算、主査のときは、普段は比較的変動が少ないはずの文部省予算が35%伸びるという大膨張予算を組まされた。そして、7年経った後の1983年度予算では主計官として、教育立国を誇る我が国としてはおそらく明治の学制発布以来初めてではないかと思われるが、文部省予算を前年比1%、510億円のマイナスとした。諸々の増える要因を呑み込みながらも、臨調答申を忠実に実行した成果だ。同じ文部省の予算で大膨張の灼熱地獄と前年比マイナスという寒帯の双方を実現するという大変珍しい経験をしたのも忘れ難い思い出だ。

――著書の中で一番主張したかったことは…。

 米澤 日本の国の政府債務は現在1000兆円を超え、その内750兆円は国債だ。これほど巨額の国債を発行し、世界一の借金大国になるまでには長い歴史がある。決して一直線にそうなった訳ではなく、何度も「これではいけない」と反省をしながら財政再建努力をしてきた。しかしそれらはことごとく挫折してきた。そして、禁煙に失敗した人が以前よりも酷いヘビースモーカーになるのと同じように、財政も再建努力が挫折すると前より一層悪くなっていった。その足取りを細かくたどってみると、挫折の背景には、常に円高の恐怖があったように思う。まず、1971年のニクソンショックによって円高が進行し、それまで財政硬直化対策として取り組んできた財政再建努力は一瞬にして吹き飛んだ。さらに1985年のプラザ合意では、円高が続く中、日本銀行が金融緩和を続けたことで、その後のバブル景気とバブル崩壊後の金融危機と長期不況をもたらすことになり、未曽有の財政出動を余儀なくされた。結局、日本は外圧や円高の影におびえて財政再建努力が続かなかったという訳だ。

――バブル崩壊後は国債発行のためなら何でもありという状態になってしまった…。

 米澤 国債は民間から資金を吸い上げ、民間資金需要を圧迫する。そのため、かつては「御用金」と忌み嫌われ、国債を増発すると民間との間で摩擦が生じ、それが国債暗黒時代をもたらした歴史もある。しかし、バブル崩壊後はこれだけ国債を増発しても摩擦のかけらもなく、むしろ、国債が無ければ金融機関は他に運用するものが何も無いという状態だ。つまり、民間に日本の富を生み出すようなまともな資金需要が無くなっているということだ。このように財政面でも金融面でも国債に依存しているということは、日本経済の弱体化に他ならない。経済を再活性化させるには、日本の活力を生み出すような新しいものを見つけて、新しい経済構造改革を行うことだ。王道はない。地道な努力を積み重ねるしかない。

――著書には1947年からの国債の歴史が紐解かれている…。

 米澤 戦後、日本が国債を初めて発行したのは1965年度だが、財政法が公布・施行されたのは1947年であり、本書はそこから遡って書き始めている。公布後、一度も改正されていない財政法4条1項には、本文で「国の歳出は公債又は借入金以外の歳入を以って、その財源としなければならない」という非募債主義が記されているが、但し書きとして「公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」とある。つまり、財政法制定当初から、形として残るものの財源については国債、いわゆる建設国債の発行を認めていた。この条項のもと1964年度までは一度も国債を発行することなく貫いていたが、1965年度に初めて国債を発行するに至った。そして、その10年後、ニクソンショックとオイルショックで日本は大不況に陥り、税収不足となったため、給与や社会保障の財源となる国債まで発行しなくてはならなくなった。これは財政法で禁止している「形にならないもの」にあてられている国債だ。

――それが1975度の特例公債法による赤字国債発行…。

 米澤 そうだ。さらにもうひとつ付け加えると、財政法4条1項の但し書きで認められている建設国債は、借り換えをしながら60年で償還すればよいというルールがある。しかし、特例公債は財政法では認められていない国債であり、一時的に赤字を補填するだけの国債と位置づけられていたため、満期にすべて現金償還するというルールだった。しかし、満期が来た1985年度に、償還資金がなかったため、特例公債も借り替えをするようになった。こうしてみると、国債における財政規律は、偶然ながら不思議なことに10年毎に破られていることが分かる。なお、国債市場がこれまでの日本の金融自由化を牽引してきたのは誰もが認めるところだが、皮肉なことに、マーケットやインフラを整備して国債市場の環境が良くなったことによって、国債発行揺籃期に国債発行の行き過ぎを抑制していた市中消化能力の限界が無くなり、国債の歯止めが効かなくなってしまった。

――何故ここまで国債が膨張していったのか。この本でその歴史を知ることが出来る…。

 米澤 国債について、マーケット側から見て細かいことを記した優れた本や、小説のように仕上げた話題本はたくさんある。しかし、時々の政府がどのように考えて現在の国債を形作っていったのかについて詳細に書かれた本はほとんど無いと思う。私が非常に若く感受性が豊かな頃に揺籃期の国債をつぶさに見てきた鮮烈な記憶からスタートして、何故ここまで国債が膨張していったのか、その時々の財政運営スタンスと、その背景にある政治経済状況、さらに根本的には世相の移り変わりなどを探って、それらを重ね合わせ、国債が膨張していった歴史を解説したつもりだ。読み出したらきっと面白いと思っていただけることだろう。この書が、後輩はじめ世の中の方々に何がしかのお役に立てることを願う。(了)

――米国がTPPに期待していることは…。

 カトウ 今の米国における一番の課題は雇用問題であり、オバマ政権はTPPを雇用拡大のために進めようとしている。一方で、日本人が一番問題にするのは農業問題だと思うが、米国が日本の農産物関税の自由化を迫っているというのは、少なくとも最大プライオリテイーではない。実は米国の全世界に向けた輸出量の中で畜産を含めた農産物の占める割合は4.72%と少なく、農業に携わる人口も全雇用の3.05%と非常に少ない。さらに農業の場合は製造業と違って、生産量を3割増したところで同割合の雇用が追従するわけでもない。このように、輸出が拡大したところで新たな雇用が生み出せないようなものは、米国にとって大したメリットは無い。そうであれば、農業については日本が自分たちの主張を通して新たなTPPの枠組みを主導していけばよい。このため、今の日本の農産物を守るということと、TPPに参加することは両立する。そしてそのために、日本はもっと交渉の詰め方を研究すべきだ。

――それでは、米国がTPPで最も重要だと考えている項目は…。

 カトウ 一番は知的財産だ。例えば映画や医薬品など、米国では物自体の価格ではなく、そのライセンス料で稼いでいるため、知的財産をもっと大切にするような仕組みを世界中できちんと整えたいと考えている。日本では、米国が日本郵政の貯金を狙っているのではないかと心配する声もあるが、それは全く馬鹿げた議論だ。貯金がどうなるかは株主が決めることであり米国が決めることではない。ちなみに株主のレベルは全世界において完全なグローバル体制になっており、日本にもすでに沢山の外国人投資家がいる。日本郵政の株式が公開されれば当然に外国人株主が生まれる。日本に来る波は外国人取締役だろう。波の源は新自由主義思想が生んだ事業経営のグローバル化現象でありこれは不可避的なものだ。とくに政府系企業の業界では外国企業の参入が難しいということもあり、例えばそこでTPP協定が絡んでくると、参入障壁という観点から、WTO (世界貿易機関) ルートで日本政府が訴えられるような事態も考えられる。

――いわゆる「投資家対国家の紛争解決(ISDS)」というものか…。

 カトウ 例えば、外国企業がTPP協定に基づいて日本で事業を始めたとする。その後政府規制の変化によって、外国事業者のビジネス運営が妨げられたと考えられる場合に、その外国企業は自分たちが不利益を被ったとして日本政府を訴えることが出来る。それがISDSだ。そういったことを心配して、日本ではTPPの中にISDS条項は入れないと頑なになっている人もいるが、ISDS条項はTPP条約で初めて導入されるものではなく、日本がこれまでに締結してきた貿易協定の中にも入っている。むしろ、TPPにはベトナムやマレーシアなど新興国も加盟するため、万が一、紛争になった場合に国際スタンダードに則った仲裁に任せる仕組みがあった方が日本企業にとっても良いのではないか。その仲裁が正式な裁判官によるものではないことを問題視する向きもあるが、フェアな仲裁が出来るのであれば肩書きにこだわる必要はないと私は思う。この関連で日本政府は紛争対応の専門家チームを今から準備することが急務だ。

――その他、金融界がTPPによって受ける影響は…。

 カトウ 米国金融界では、リーマンショック後に米国でドットフランク法(ウォール街改革および消費者保護法)が制定されるなど規制が強化される中で、同法の要であるマクロプルーデンシャル措置(金融システムの安定性の維持に焦点を当てる規制・監督)をTPPにも組み込むかどうかが議論されている。大まかなところ学者対実業界の議論だ。同措置がTPPに盛り込まれると各国の規制権限は強化され、例えば海外からの短期資本の流出によって多大な影響を被ったアジア通貨危機のようなことも起こりにくくなり、ある面では安定が期待されるだろう。しかし米国実業界側から見ると、同業界の海外投資決断が衰えるという側面がある。同措置についての米国の考えは、基本的に同業界が反対し、ガイトナー前財務長官もバーナンキFRB議長も同業界よりの姿勢だ。ドットフランク法の見直し論さえ浮上している。あまり規制したくないと考えているのが今の米国だ。

――TPPでは、基本的に認められないものだけを列挙する「ネガティブ・リスト」方式での協定になるため、国境を越えて色々な金融サービスが比較的自由に海外から入ってくることが考えられる…。

 カトウ ネガティブ・リストに載っていないものは何をやっても良いというのがTPPだ。投資、越境サービス、金融サービスについて一体的に眺めると、FDI(直接投資)はもちろんのこと、知財(特許権、著作権)などのありとあらゆる経済価値が投資の中身となる。一つの例として、米国事業者は、日本に営業拠点を構えることなく日本に対して様々な金融サービスを行うことが出来るようになる。その結果として、ネット社会の中で海外からの詐欺に巻き込まれることを心配する声もあるが、それに対してはまず自分の判断能力を上げることと、そのためのセーフティネットを確立させるなどすればよいだけの話だ。それよりも、実際にどのような金融サービスが日本に入ってくるのかが気になるところだろう。私が知っているだけでも、米国にあって日本にない金融サービスはたくさんある。例えばスチューデントローンといういわゆる奨学金制度は、米国では政府が保証人となり金融サービス事業者が学生に対して奨学金を貸し付ける仕組みとなっている。そういった金融サービスが日本に導入されれば、私は日本のGDPにも貢献してくると思う。学生はあるだけのお金をすべて使ってくれるからだ。日本の金融界の中には、そういった様々な越境サービスに自分たちが負けてしまうかもしれないと不安を抱いている人もいるようだ。

――外為介入を禁止する条項がTPPに盛り込まれる可能性もあるということだが…。

 カトウ 米通商代表部(USTR)のフロマン代表は「通貨の問題は2国間交渉で行う」という姿勢を見せていたり、米国政府も通貨の問題はTPPに入れない方がよいという考えを見せているが、米国議会では超党派で435人中260人の過半数がTPPに通貨問題も組み込んだ方が良いと考えており、上院でも100人中60人が導入に賛成している。私が考えるに、最終的には米国政府の言うように通貨条項は入れないことになるのだと思う。また、この条項について米国が二重基準を用いるのではないかという声も聞くが、関税と違ってその心配はない。通貨問題は貿易面のみでなく、米国国債の海外販売戦略にもリンクしている。例えば対ドル関係で人民元、あるいは日本円が高ければ高いほど米国国債が売れやすくなるという面がみられる。通貨問題はこのように裏表という面で見ることも必要だ。

――全体としてのTPPについて、さまざまな懸念がみられるが…。

 カトウ 私は今回訪日し、限られた範囲ではあるが政・学・官・産の方々と話し合った。そこでは関税に関わる聖域5品目問題が過大に取り上げられ、投資、金融サービスというような経済の動脈の部分が語られていない。これは非常に残念だ。また、TPA(米国政府の貿易促進権限)という手続き面の問題が過剰に懸念されており、米国政府は無権限でTPP交渉を進めているとまで言われている。これも部分を見て全体を見ない例になる。米国憲法をご覧になればわかると思うが、TPP協定を仕上げるにはTPAがなくても良い。TPAがあったほうが議会の承認が得られやすいというだけの話だ。さらに、日本ならびに米国の一部には、TPPは中国を経済的に封じ込める手段と叫ぶ論者がいるが、この論法は情緒的であり論理的ではない。TPPは将来の中国の参加に備えた協定であると読むべきだ。米国のグランドビジョンは、TPPに参加しないと貿易を含めた経済全体、さらには国際安全保障面で十分な国際活動ができなくなる体制を構築しようとしている。最後に一点加えるならば、国の競争力がなければTPP上の敗者になるということだ。競争力の骨幹はモノ貿易であり、新たなイノベーションで新製品を出しそれを特許権などで保護していく必要がある。その土台は各国のR&D(研究開発)体制に依存する。実は米国では2011年から政府主導の画期的な製造業構想が始まっている。これが本格的に浮上すると米国の競争力は飛躍しTPPへの依存度がその分だけ減ることに注目してほしい。日本も見倣っていただきたい。TPPを語る際には、その裏面、背面を充分に押さえておくべきだ。 (了)

――現在のアベノミクスの効果について…。

 高橋 金融政策、財政政策、成長政策の3つの政策の中で、金融政策の効果が本格的に現れてくるのは2年程先、財政政策は1年以内だ。つまり、今年4月に始めた金融政策の効果は現時点でまだ4分の1程度しか現れていない。そのレベルで言えば道は外れていないと思う。また、財政政策については今年1月に10兆円の補正予算を組み、4月からはその効果も出ていたが、今回の予算は5兆円と、1月より5兆円のマイナスになるため、消費税増税もあり、来年度の成長率は下がるだろう。これについてはかなり懸念している。そして、3つめの成長戦略だが、これはまだ殆ど出来ていない状態で、今度の法案を見てもあまり効果は期待出来そうもないものばかりだ。さらに法案が成立しても、実施までには大体2年程度かかり、その効果が見られるのはさらにその3年後からだ。

――成長戦略の効果が目に見えてくるのは、成長の矢を放ってから5年後だと…。

 高橋 しかも、仮に50本の成長の矢を放ったとして、効果を表すのはそのうちの1~2本程度だ。当たりにくく、かつ、即効性も無い。このようなリスクのある成長戦略の矢について、ビジネスの経験もない財務省の役人に相談したところでわかるはずがない。役人は自分でリスクを負って矢を放つようなことはしない。もちろん当たった経験も無いから、「当たらない」というだけだ。しかし、数を放てば矢は必ず当たる。そして、一本でも当たった矢を東京オリンピックまで繋げていけば、7年間程度の景気拡大はそれほど難しいことではない。ただ、来年の消費税増税で景気が落ちる可能性もあり、そこで失墜してしまうと、もうその先はない。

――日本には600兆円の政府資産があるということだが…。

 高橋 私の著書「日本は世界1位の政府資産大国(講談社+α新書)」にも詳しく書いたが、バランスシートで日本国政府を見ると、確かに負債は1000兆円あるが、資産も650兆円程ある。これほど大きな資産を持っている国は他に無い。資産の多くは金融資産であり、特殊法人に対する貸付金、出資金、有価証券だ。日本には大きな借金があって財政が大変なのであれば、普通の場合は売られるはずだろう。特殊法人への貸出は不良債権になっていると思う人もいるが、実は役人の天下り先である特殊法人にはたくさんの補助金がつけられているため、不良債権にはなっていない。それなのに役人は、1000兆円の負債を税金で返して、650兆円の資産は自分たちの天下り先として取っておこうとしている。とんでもない話だ。財政再建が大変なのであれば、とにかくその650兆円の資産をできるだけ売ることだ。そして、特殊法人への出資金を売るということは、民営化するということだ。

――消費税増税の必要性については…。

 高橋 つまり、巷で言われているほど日本の財政は悪くないということだ。日本の資産と負債の差は350兆円の差でGDPと同程度、米国と似たようなものだ。ここで日本と米国の財政再建方法を比べると、米国では、先ず経済成長することを考える。経済成長すれば税収も上がり、債務は無くなるという理論だ。そして、経済成長が上手く行かなかった場合にコスト削減を行い、最後に増税を考える。一方で日本の財務省はそういった経済の常識が理解出来ないため、すぐに増税と言う。そして増税を宣言すると各省庁から予算要求が山のようにきて、予算上の歳出は膨らんでいくことになる。その点、小泉総理大臣時代は「増税しない」と宣言していたため、歳出要求がこなかった。一方で為替を安くするなどの金融政策を行って景気を良くしたため、結果として増収となって、財政再建ができた訳だ。

――増税すれば財政が再建されるというのは間違っていると…。

 高橋 リーマンショックや3.11の後、日本の財政は100兆円近くにまで膨らみ、その後も縮小していない。その理由は増税を宣言したからだ。各省庁が予算要求する際に「増税するならお金はあるだろう」という意識が働けば、予算が減ることはない。これは当たり前のことで、本当に馬鹿げたやり方だ。これに対して、小泉元総理時代にプライマリーバランスが28兆円の赤字から2兆円の赤字まで、26兆円、つまり消費税8%分も改善した時は、トップの小泉元総理が「増税をしない」と宣言し、当時経済財政担当大臣だった竹中氏が予算のシーリングを決めた。さらに私が日銀などに働きかけて量的緩和など金融政策を行い、それによって法人税収が大幅に上がった。時々、本当に歳出が大変な時もあったが、そんな時にこそ埋蔵金の出番だ。そうして結果的に上手く財政再建が出来た。しかし、この一連のやり方は財務省が出したアイデアではないため、彼らは気に食わず、この方法を無視している状態だ。

――財務省は、埋蔵金はないと言っていたが…。

 高橋 あれは嘘であることが、その後、次々と明らかになった。私は2001~2005年までの5年間で40兆円の埋蔵金を捻出した。今年1月に出された10兆円の景気対策予算も、その内の8兆円は埋蔵金だ。民主党に「埋蔵金はない」と言わせておきながら、自民党は早速埋蔵金を使っている。もちろん、埋蔵金があるから増税の必要が無いというほどのものではないが、あと15兆円程度はあり、多少苦しくなってきた時に一時金として使えるのは事実だ。問題がある時にお金がないからといって対策費を渋るのではなく、あるものをすべて使って対策した方がはるかに良い。そして、増税して景気対策するよりも、埋蔵金を使って景気対策したほうが、国民に迷惑をかけることもない。

――米国などでは景気対策として減税したりするが、日本で法人税を下げるような案は…。

 高橋 法人税減税を国際競争力という観点で語る人は多いが、それはあまり正しくない。フリードマンの二重課税の理論でも述べられているが、個人所得税をきちんと徴収していれば、法人税は本来必要のないものだ。これは極めて真っ当な理論なのだが、日本では個人の税金における補足率が高くないため、仕方なく法人税を取っている。少なくとも他の国と同程度の補足をして、法人税を下げるべきだろう。さらに歳入庁や個人番号があれば、法人税だけでなく相続税も必要なくなる。

――マイナンバー制度は導入されたが…。

 高橋 マイナンバー制度だけでは十分とはいえない。悪質な会社が社員の年金を横領していたという事件はよく聞く話だが、それは当時の社会保険庁が源泉徴収をきちんとチェックしていないからだ。実際に「消えた年金」の5000万人分の7~8割は厚生年金で、結局その責任は誰にも問われず、個人の年金が減額されることになる。社会保険庁がきちんと会社を訪問してチェックしていれば、こういった事件は未然に防げたはずだ。もし会社訪問が難しくても、法人税調査と源泉徴収の給料天引きを照らし合わせれば、不正をしているかどうかは簡単にわかる。実際に税務署は法人税や所得税の調査の時に企業が年金を払っているかどうかは大体わかっているのだが、所管外のため何も言わないでいる。そのような状況を打破するためにも、国税庁と現日本年金機構を合併して歳入庁を設立し、マイナンバー制度を作れば、約10兆円の社会保険料の徴収漏れが入ってくることも可能だろう。政府は社会保険料が足りないから消費税を増税すると言っているが、10兆円が入ってくれば、今回の消費税増税の必要はない筈だ。こういったことを、先ずやるべきだと思う。

――日本には歳入庁がなく、マイナンバー制度が徹底していないため、どんぶり勘定になっていると…。

 高橋 どんぶりなら入るだけまだマシだ。今の状態はザルで、取りこぼしてしまっている。社会保険料の法的な位置づけは税金と同じで、支払わなければ、正確に言えば脱税になる訳だ。さらに、そもそも一度税金として吸い上げた保険料を、個人に代わって国が運用するということもおかしな話だ。例えば、厚生労働省が現在の年金運用先として選んでいる信託銀行のリストの中から、国民個人が自分の年金を預ける信託銀行、保険会社、投資顧問を選ぶという仕組みがあっても良いと思う。受け取りの段階では厚生労働省によるきちんとした管理が必要だが、配分については必ずしも厚生労働省が行う必要はない。国民が保険料を納入する際に運用する金融機関に番号をつけて、国民がそれを選べば、それは十分可能であり、かつ、合理的だ。

――日本年金機構をなくして借金をすべて返済し、ゼロから始めた方が良いのではないか…。

 高橋 そういう案もあるが、ただ、高齢化の時に多少積立金があったほうがよいという議論もある。そう考えると、今の制度を維持したまま、日本年金機構の代わりに国民が信託銀行、保険会社、投資顧問を選べるようにした方が簡単だと思う。私は、増税を未来永劫しない方がいいと言っている訳ではない。ただ、現在のロジックのように消費税を上げるのが社会保障のためだというのであれば、歳入庁をつくってきちんと徴収した方が良い。徴収漏れをそのままにしていれば、「消えた年金」のような問題が再び起きる可能性もあるだろう。(了)

――パラオ大使として…。

 貞岡 パラオは1994年に独立した新しい国だ。そのためパラオの日本大使館は1999年に出来たのだが、設立当初はフィジー大使がパラオ大使を兼任していた。赤道を超えてはるか遠くのフィジーに駐在する日本大使は他のいくつかの小国の大使も兼任しており、任期中にフィジー以外の国を訪れるのは着任時の挨拶の時の一回だけだった。それではいけないということで、民主党政権に変わる前の自民党政権時代にパラオ常駐の大使を設置するための予算が計上され、2010年1月に私が初代の常駐パラオ大使となった。

――大変だったことは…。

 貞岡 基本的にパラオは親日なのだが、私がパラオ大使だった頃のパラオ大統領は歴代の大統領とは少し違いそこまで好意的ではなく、そのため日本にとって好ましくない事件も起こした。代表的な例はパラオ政府とシーシェパードとの協定締結だ。この協定はパラオの排他的経済水域における台湾などの違法操業漁船の取り締まりをシーシェパードに依頼するというものだったが、協定締結の日がちょうど2011年3月11日の東日本大震災が起きた日だったため、日本のメディアで大きく取り上げられることはなかった。しかし、それによって日本の捕鯨調査船の活動を妨害しているシーシェパードの活動拠点が日本の近くに出来る恐れのあるもので、これは大変深刻な問題だった。結局、私はパラオ大統領と直談判し、2カ月かけてなんとかその協定を破棄させた。また、パラオ住民が日本政府を裁判に訴えるという事件もあった。内容は、戦前に日本が行ったパラオでの鉱山開発により、地面に大きな穴が開いたことに対する損害賠償と原状回復を求めるものだったが、これは戦後の賠償問題として他の国同様に政府間同士ですでに解決している問題だ。そのため通常は政府が住民を説明して納得させるものなのだが、当時の大統領は住民の動きを抑えるような行動はしなかった。結局、一審、控訴審とも日本側の勝利となったが、裁判が終了するまでには一年半という年月がかかった。パラオでは昨年末に4年に一度の大統領選挙が行われ、現在は再び親日派の大統領が就任したため、当面、日本との関係は安泰だと思われるが、油断はできない。

――なぜ、前パラオ大統領は日本に対して好意的ではなかったのか…。

 貞岡 パラオは小さな国であるため、どうしても外国からの支援に頼らざるを得ない。そのため、前パラオ大統領は就任当初の2009年、立て続けに日本を2回も訪れてODAの要請をした。しかし日本側の反応は思わしいものではなく、対応はかなりお粗末なものだったようだ。そこで彼は日本に愛想を尽かし、その他の支援国である米国や台湾と仲良くするようになった。特に台湾には肩入れしていた。日本にとってのせめてもの救いは、パラオが日本の代わりに選んだ相手が台湾であり、中国ではなかったことだ。確かにパラオは人口も少なく、天然資源が眠っているわけでもない。日本にとって表面的な経済的メリットは少ないように思われるが、実際の重要性に比べてパラオはかなり過小評価されている。

――パラオの実際の重要性とは…。

 貞岡 先ず、九州南東岸沖~日本最南端の沖ノ鳥島~パラオを結ぶ「九州・パラオ海嶺」という地形があり、そこでパラオが沖ノ鳥島を「島」だと認識してくれていることは極めて重要なポイントだ。ご存知のように中国や韓国は沖ノ鳥島を島とは認めず「岩」だとし、そのため日本が沖ノ鳥島を基点とする排他的経済水域(EEZ)の主張を認めない。これは国連でも延々と会議を続けている問題だ。一方の当事国であるパラオは今のところ中国との外交関係を持っていないこともあり、沖ノ鳥島を「島」だと認めてくれているが、例えば中国の影響を受けて「岩である」などと主張し始めるようにでもなれば、沖ノ鳥島のEEZを巡る日本の国際的立場はかなり弱まることになる。沖ノ鳥島のEEZの面積は約40万k㎡という日本の陸地よりも大きなものだ。中国はそういったことをきちんと理解しており、沖ノ鳥島を基点とする日本のEEZの存在の重要な鍵を握っているパラオが、太平洋の中にある色々な国の中でも、とりわけ中国にとって重要な駒となり得る国と考えており、そのため、何とかしてパラオを中国の影響下に置きたいと考えている。

――そうしたパラオと日本の関係をより密なものにするためには、どうすべきか…。

 貞岡 第一に、この4年間で、日本からパラオへの青年海外協力隊の数が半分に減っているように、日本の対パラオODAは減少傾向にある。それを反転、或いは、少なくとも現状維持する必要がある。パラオは周りをすべて海に囲われ、人口は1万8千人しかない小さな国だ。自国ですべてをまかなうことなど出来ない。しかし、逆に言えば、この国に対して行うODAは非常に高いコストパフォーマンスが期待できる。第二に、直行便でわずか4時間で行き来できるにもかかわらず、総理はおろか外務大臣も一度もパラオを訪問していない。無理すれば日帰りも可能な国だ。パラオの大統領は日本をよく訪問している。国会で忙しいかも知れないが、このような一方通行は改めるべきだ。ちなみに中国はパラオが独立した当初から、台湾と競って猛烈なアプローチをかけていた。独立当時のパラオの大統領はナカムラ・クニヲという日系人で、彼によると、大統領時代に中国に招待された時、当時の胡錦濤国家主席が盛大なおもてなしで歓迎の意を表してくれたということだ。結局、パラオは99年に台湾と外交関係を結んだが、中国は依然としてあきらめていないし、今後どうなるかもわからない。

――日本の政治家はパラオの重要性をあまり認識していない…。

 貞岡 第一次世界大戦が始まった時、日本はパラオを含む西太平洋地域南洋群島を占領し、その後も国際連盟の委任で30年統治を続けた。そして第二次世界大戦後、パラオは50年、国際連合の信託で米国の統治下となった。独立後も米国に財政支援を受ける一方で、国防と安全保障の権限も委ねており、両国間条約の権利義務として米国はいつでも米軍基地をパラオに置くことが出来る。つまり、西側諸国からみてもパラオは重要な戦略的地域に位置しているということだ。そして、日本と米国がパラオを戦略上重要な国と認識しているのと同様に、中国もパラオの戦略上の重要性を十分に理解している。もし、パラオが中国の影響下に入れば、パラオに中国の軍事拠点が置かれる恐れもあるだろう。このように、西太平洋地域における日本の海洋権益を考える上で、また、安全保障上の問題を考える上で、パラオほど日本にとって重要な国は他にないと思う。

――外務省の仕事は見えにくいが重要だ…。

 貞岡 大使館員の仕事で一番重要なことは、赴任国の政治経済情勢をきちんと分析、理解し、根回し交渉をして両国間にある問題を解決していくことだ。同時に日本の政策や文化についての正確な情報を発信して、各国間の良好な外交関係を地道に築いていかなくてはならない。また、その国に住んでいたり旅行している日本人のためのケアはもちろん、日本企業の支援も行っており、案件によっては大使が企業の経営者と一緒に行動して日本政府の後押しをアピールしたり、商談場所として大使公邸をご利用いただくこともある。各大使館には日本企業支援担当者が窓口として指名されているので是非活用していただきたい。また、最近では大使公邸での食事会もワインだけではなく国酒としての日本酒を振舞い、特に東日本大震災以降は東北3県の日本酒を宣伝しているところだ。その他にも、例えば昨年後半は日本外務省から世界中の日本大使館に対して、尖閣と竹島についての日本政府の考えを徹底的に広めるようにという厳しい指令が出され、その時は実際に新聞や色々なメディアを使ったり、講演会を開いたり、或いは相手国のVIPやメディア関係者に働きかけるなどして、かなり大幅な活動を行った。私もパラオで国内の新聞社2紙に日本政府の基本的立場を掲載してもらった。こういったことはあまり日本のマスコミは報道しないが、このような活動はじわじわと効果を表していると思う。私は前パラオ大使として、パラオの魅力と重要性を、もっともっと日本の皆さんに知ってもらいたい。そのための活動を今後も続けていくつもりだ。(了)

――日本企業へのエクイティ供給機能の強化を唱えておられる…。

 田中 産業革新機構は一つ一つの会社に投資をするという超ミクロの役割を担っているが、ミクロの奥を掘れば掘るほど、マクロ的な問題が浮かび上がってきていると感じている。日本は97~98年に金融機関が相次いで破たんした以降、様々な努力を経て現在のように金融システムの安定が築かれた。世界に冠たるデットの供給機能があることは素晴らしいことだが、一方、日本においてエクイティの絶対的な不足、あるいは、デットに比したエクイティの量が少なすぎることがいろいろな問題を生み出している。企業の最適な資本構成とは何かという問題を通じて、エクイティの供給機能をいかに拡大していくか、日本全体のリターンをどのように高めていくか、今後の成長戦略においてもっと意識されていいのではないか。

――エクイティ供給が少ないことが、いろいろな問題を生み出していると…。

 田中 最初に分かりやすく例を挙げれば、ベンチャーキャピタルにお金が回っていないことで、次世代産業の育成が出来ないでいる。米国のベンチャー企業への出資額が年間2兆円レベルあるのに対して、日本は年間1000億円弱。それらの殆どはゲームやアプリといったIT関係が主体であり、次世代を切り拓くようなテクノロジーやサービスに対する投資は非常に少ない。これだけでは新たな産業の芽は十分育たない。また、次の問題は、多くの上場企業の株主上位5社の出資比率が5%に満たないなど、資本構成の民主化が大変進んだため、経営陣としては株主の主張を背景とするガバナンスの強化や迅速な意思決定がむしろ出来難くなっていることだ。無論、出資の割合が単純に大きければいいというものでもないが、最適な資本構成を背景に経営がスピーディに意思決定出来るということも事実だ。この点、米国で会社に対する出資を背景にした経営権の把握が重要だということをより重視していると感じる一例として、米DELLがガバナンスの強化と意思決定を早めるために非上場化すると発表したことが挙げられる。しかし、日本は上場こそが最終目標という風潮がまだまだ強い。

――資本構成を通じて、ガバナンスの強化と意思決定のスピード化を進めていく必要があると…。

 田中 さらにエクイティの不足に伴う問題点を挙げると、日本の多くの企業は銀行からの借り入れによる資金調達を極めて重視しており、銀行借入が中心になると企業収益の目標目線がどうしても低くなる傾向があることだ。超低金利化の日本では、銀行には2~3%程度の金利を返せば文句を言われない。一方でエクイティによる調達コストは一般的にデットより高いが、そのハードルを達成するためにアップサイドの収益をどれだけ取れるかというインセンティブが働きやすい。企業全体の収益目線を高めるためにも事業計画に基づいたエクイティの供給が重要だ。そして、そのためには企業に対して大きな資本を投入出来る供給者がいることが不可欠だ。

――一方で、銀行側からは貸出先がないという声も聞かれるが…。

 田中 今はキャッシュリッチな会社が多く、資金を借り入れる必要性がないという声もあるが、企業経営にはエクイティ性のある資金によって将来の利益を取り込むという発想がなくてはならない。そして、本当にグローバルに戦うためには多額の設備投資資金が不可欠であり、デットで資金調達するにはデット・エクイティ比率が上限にあるため借り入れができないという企業が少なからず在ることも事実だ。この点、資金ニーズは強いがデット・エクイティ比率が金融機関にとって上限に張り付いているような企業に対してエクイティを供給して財務基盤が強化されれば、貸出も増えていくだろう。実際に我々が手掛けた案件でも、成長資金をしっかりとエクイティで投与したことで銀行の貸出余地が大きくなった例はある。また、そうすることで金融政策の有効性も高まるのではないか。

――現在の金融緩和の下で、きちんとエクイティに供給するプロバイダーがいれば、銀行は貸出幅を拡大することが出来て、マネーも回転してくるということか…。

 田中 エクイティは経常収支にも関連してくる。言うまでも無く、経常収支の黒字はグローバル経済における日本の宝だが、今は経常収支を構成する一つの大きな要素である貿易収支が赤字傾向にあるため、もうひとつの大きな要素である所得収支の黒字幅の維持・拡大をしっかり確保する必要が出てきている。そこで、これまで所得収支の黒字の多くを占めていた海外からの利子収入に加えて、海外からの配当収入を増やすことで経常収支の安定化を図ることが重要になっている。配当収入を得るということは、取りも直さず、海外の企業を買収するということだ。企業の内部留保があるからとか、円高だからという理由だけでなく、マクロ的な視点で、所得収支の黒字を厚くして経常収支の黒字を継続していくために海外の企業を買収するといった考えが、今の日本にとって重要だ。もちろん、貿易で経常収支を増やしていくという姿を変える必要はないが、高齢化社会を迎え、労働力が低下していく中で、一定程度は海外経済に貢献しながら所得を還流させ、資本のストックで食べていくことも考えていかなくてはならない。このように、日本に表面化している色々な問題の共通の背景には、エクイティ不足という原因がある。私は、エクイティを充実させることで、資金が回りリターンが向上していくという良い流れを作り出していきたい。

――エクイティを増やす良いアイデアは…。

 田中 リーマンショック以降、欧米では投資銀行の役割が変化し、プライベートエクイティ・ファンド(PE)は業務を多様化して、エクイティ並びにデットの供給機能として存在感をより高めてきている。あるいは、グローバルにはソブリンウェルスファンドの存在も際立っている。米国のPE上位社や、現在の政府系ファンドで最も規模の大きいアラブ諸国、ノルウェー、シンガポール、中国等の資金規模はトータルで数百兆円。そういう中で、世界有数の経済大国である日本のエクイティプロバイダーは、いくつかのPEやVC、商社や近時の官民ファンド等の資金枠すべてを合計しても10兆円程度で、その規模は海外に比べてあまりにも小さい。それでは日本でエクイティを増やすためにはどうしたらいいか。まずは資金を確保することでエクイティのプレイヤーが活躍できる素地を作ることが必要だ。そして、そのために年金資金の運用を多様化してオルタナティブ投資としてエクイティ投資に一定量を振り向けていくことが、東京キャピタルマーケット全体のリターンを高め、やる気を起こすきっかけになるのではないかと考えている。日本の年金の運用先の70%は国債に回っており、株式投資は10%程度だ。現在、年金積立金管理運用独立行政法人でも年金の資産運用の多様化についての議論が進められており、すでに中間報告時点でオルタナティブ投資も扱うという案が示されていると聞く。私はこれを非常に良い流れだと感じている。

――お金をいくら用意したところで、企業が必要としなければどうしようもないが…。

 田中 我々がこの4年をかけて各企業に接しながら実感するのは、M&Aや資本構成に対する関心が高まってきたことだ。機会があれば是非相談したいし、誰かがその背中を押してくれることも期待している。ただ、誰に相談すればいいか、誰が背中を押してくれるのか、そこには一定の信頼のきずながあるのか、そういったことを重視されている。企業にとって大変重要な決断にあたって誰と組むか、パートナーシップが非常に大きな問題ということだろう。そういう意味でも、年金資金が託すファンド等は民間企業のM&Aの背中を押す信頼のきずなを結べる存在になり得る。一方で年金基金にとっても、年金は自分たちが託したお金によって生み出した経済の成長の果実を、高齢者が受け取るものだと考えれば、成長資金を供与する主体であることを意識してくれるだろう。そういう発想があれば、年金も安全資産だけの運用にはならず、東京キャピタルマーケットのパイの拡大とともに資産の増加が実現するはずだ。(了)

――ロケットの打ち上げが次々と成功している…。

 奥村 JAXAは2003年10月1日に文部科学省宇宙科学研究所(ISAS)と独立行政法人航空宇宙技術研究所(NAL)と特殊法人宇宙開発事業団(NASDA)を統合して設立され、今年で10周年となる。大型の基幹ロケットについて言えば、10年前の統合直後に、一度だけH-IIAロケット6号機の打ち上げ失敗があったが、H-IIA/H-IIB合わせて25回の打ち上げに成功し、その成功率は96%と、米国やソ連、欧州などの先進国レベルである95%を超えた。今年9月14日には固体燃料を使った小型の基幹ロケットであるイプシロンロケット試験機の打ち上げも成功した。また、来年は「はやぶさ2」の打ち上げを予定している。向かうのは「イトカワ」とは違うタイプの小惑星で、そこには水や地球生命の起源につながる有機物の存在が期待されている。そこでサンプルを採取し、帰還するのは東京オリンピック開催年の2020年の予定だ。

――ロケット一基を打ち上げるのに、大体いくら位かかるのか…。

 奥村 イプシロンの前身であるM-Vの打ち上げコストは当時の値段で約75億円、そして今回のイプシロンは約38億円と半値ほどまでコストダウンした。また、用途は違うが、現在の大型基幹ロケットH-IIAは約100億円だったが、来年から着手する新型基幹ロケットH-Ⅲ(仮称)は、その半値の50億円程度で打ち上げられるようにしたいと頑張っている。H-Ⅲの打ち上げも2020年の東京オリンピック開催年の予定となっており、遅らせる訳にはいかないと今から緊張しているところだ(笑)。

――7年後というと随分先のようだが、世界の競争に遅れをとるようなことはないのか…。

 奥村 他の産業と同様、ロケット開発においても各国間で低価格・高品質の競争になっているが、各国が次にどのようなロケットを打ち上げるのかといった情報は積極的に収集し、世界情勢に遅れをとることのないようにしたい。むしろ、イプシロンやH-Ⅲを見ていただければお分かりのように、ロケット開発は一回毎に性能面やコスト面で大幅かつ画期的に改良されるため、細かい検証を重ねるための時間がどうしても必要になる。あまり知られていないが、ロケットに使われる部品数は約100万点もある。自動車の部品数が約3万点であることに比べると、ロケット打ち上げ技術に、いかに広範な産業基盤が必要であるかがわかるだろう。そして、そのためには、日本の優秀な中小企業の皆さんの技術力が欠かせない。

――宇宙関係に携わる民間企業の数は減ってきているようだが…。

 奥村 確かに、この10年間で宇宙関係に携わっている民間企業の数、従業員の数、そして我々の予算はずっと右肩下がりだ。そんな中での我々の悩みは、年に数基しか打ち上げないロケットのための部品を作ってくれる会社に対して、いかにして持続可能な仕事を回していくかだ。今年度は4基のロケット打ち上げを予定しているが、あと1~2基増やして、平均すれば2カ月に1基程度、コンスタントに打ち上げができるようになれば、部品を作ってくださっている中小企業の皆さんにも持続可能な仕事が提供出来る。我々としても、そうしていきたいと考えている。その他、宇宙開発が日本産業を拓くケースとしては、例えば値段の高い宇宙技術のための商品をグレードダウンして一般の商品と見合うようにすれば、今後の製造業に波及していく可能性はあるかもしれない。実際に断熱材を民間利用して商売にしたようなケースはある。ただ、それを我々が主体的にビジネスにすることはない。ロケットは個別の技術ではなく、それがすべて融合してシステムとして動く。つまり、我々の一番の強味は、100万点の製造物を一斉に齟齬なく動かすための総合システムエンジニア力ということだ。JAXAが持つ個別の技術を活かす仕組みについての相談事はすでに民間の製造会社などから受けており、我々としても出来る限りの情報を提供していきたいと考えている。また、発展途上国などでまだ衛星を持たず、自国でロケットを打ち上げることができないような国に、日本の衛星とロケットをセットで提供するようなチャンスは、商業的なものとは別のマーケットとしてあるのではないか。

――日本の宇宙関係につけられている予算は…。

 奥村 日本政府が宇宙関係につけた今年度の予算は約3000億円で、そのうちJAXAが独自に使えるお金は約1800億円だ。残りの1200億円は内閣府や気象庁などが独自に打ち上げる情報収集衛星や気象衛星などに使われており、そのためのロケット打ち上げ技術はすでに民間企業に移管されている。JAXAが必要としているのはあくまでも開発のための予算だ。しかし、この1800億円という数字は、米航空宇宙局(NASA)の10分の1、欧州宇宙機関(ESA)の3分の1と、はるかに少ない。それでも国際的レベルに達しているということで諸外国からは大変評価されており、我々としても、日本ほど効率的に、予定通りに、高い技術力で開発し続けている国は他にないと思っている。日本の多くの製造業が凋落して来ている中で、宇宙開発は世界レベルに到達する技術を有している。それも他国と比べて格段に少ない予算でだ。そういうものを頑張って作り出している技術者たちの士気が崩れないように、きちんと予算を確保して、これまで以上に画期的な宇宙開発を進めていきたい。

――そもそも、ロケットの打ち上げは何のために行っているのか…。

 奥村 基本的には政策目的である部分が大きい。もちろん、通信衛星や放送衛星など一部商用になっているものはあるが、そのために打ち上げられる静止衛星は今後もせいぜい全世界に年間約30基程度で、それが急激に増えていくようなことはないと考えている。衛星は一度打ち上げれば15年程度長持ちし、あとは置き換え需要程度しか必要ないからだ。ただ、上空100kmを超えて領空規制がなくなれば、衛星ですべてを見下ろせるため、各国はこぞって衛星を持ちたがる。そんな中で日本政府は今年1月に新たな「宇宙基本計画」を策定し、JAXAの新たなる役割と機能を「政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関」と定義した。その基本方針は「宇宙利用の拡大」と「自律性の確保」というものだ。ここでは、自国の力で衛星を打ち上げる技術がなければどうしようもない。この二つの基本方針の下に置かれた「安全保障・防災」「産業振興」「宇宙科学等のフロンティア」を実現するために、まずは自国の力で衛星を打ち上げることが必要であり、それが目的だ。

――宇宙ステーションを日本独自で作るような計画は…。

 奥村 それはないと思う。現在の国際宇宙ステーション(ISS)はNASAが主なスポンサーだが、毎年数千億円という莫大なお金を投じて運営している。日本も、JAXAにつけられた予算1800億円の中から、毎年400億円を使っている。この中では、H-IIBロケットと宇宙船「こうのとり」でISSへ物資を運ぶという参加国間の役割分担のための費用が大きな割合を占めている。この負担は非常に大きいが、きちんと通信ができているか、内部の空調が正常に動いているかなど、24時間365日、しっかりと地上で監視し続けるためにも、それなりの体制とコストは必要だ。そういったものを単独で持つことは今の日本では考えられない。宇宙開発は単純に費用対効果を測ることが出来ない世界であるため、どうしても政治判断が強くなる。日本が有人宇宙船を持たないのも、それを国民の税金を使ってまでやる意味がないと判断しているからだ。もちろんJAXA内部には宇宙観光旅行用のロケットを作りたいと考えている人間もいるが、ロケットに1人乗せて数分間無重力飛行するだけで何千万円。しかも安全性の保証はなくすべて自己責任となれば、それを国民の税金を使って作るという可能性は極めて低い。ファンドなどを作って商業的にやるようなことは可能だろう。

――情報管理に関しては…。

 奥村 昨年と今年始めに立て続けにウィルス付メールが送られてきたり、不正アクセスがあったりと、攻撃を受けているのは確かだ。これに関しては、抜本的対策と当面対策に分けて体制を強化している。それ以前に、例えばロケットに関する情報は最機密事項として一定の人物しかアクセスできないようにするなど、情報の重要度合いに分けて別管理している。とはいえ、どういったことをしても万全ということはないという意識で、外部からのアクセスに関しては常に神経を尖らせている。今の時代、情報をいかに管理するかは最重要課題だと認識し、社内でもしっかり検討しているところだ。

――将来の夢は…。

 奥村 より遠く、より長く宇宙にいられる技術を日本が先導して作りたい。今、米オバマ政権は2030年代の火星有人周回飛行計画を掲げているが、それを実現するためにも食料問題や放射線の影響問題など、クリアすべき課題がたくさんある。そういった問題を解決するにあたって我々が他国に先駆けて主導権をとることで、JAXAの国際的なプレゼンスを確保していきたい。今年9月にISSへの物資補給というミッションを完遂した「こうのとり」も、地上約400kmの上空で、新幹線の100倍の速さにあたる時速2万8000kmで動くISSと平行に動きながら、ぶつかることなく見事にドッキングさせた。これは日本がこれまでに培ったランデブー技術を駆使して開発した非常に高度なシステムで、すでに米国に売れており、国際的にも高く評価されている。ISSのように莫大な費用がかかるようなものは自前では作れないが、こういったキラリと光る技術を作っていくことで、我々の存在感をアピールしていきたい。宇宙開発は、大きな政策目標であるとともに、国民を元気にするものだ。ロケットや衛星から波及する大きな価値をもっと汲み取っていただき、相応の予算につなげてもらいたいと願っている。(了)

――中東に興味を持たれたきっかけは…。

 酒井 学生の頃に、イラン革命やソ連のアフガニスタン侵攻など、国際的に中東が舞台になる事件が相次いでいた。そして、大学で国際関係論を専攻し、中東を学びたいと考えていたところに、アジア経済研究所が中東を専門とした研究員を探しており、幸運にも入ることが出来た。そこでイラク政治についての研究を始めたのが契機だ。イラクは歴史的にも宗教的にも非常に複雑で、かろうじてバランスをとっているような国で、そこで政権を無理やり変えるような戦争にでもなれば、それまでの積み木細工のようなバランスが容易に崩れるだろうということは、当時でも予想できた。欧米の政治家も中東の複雑さは十分認識していたと思う。だからこそ湾岸戦争が始まるまでは、米国も中東となるべく関らないように慎重な姿勢を保っていたのだと思うが、結局、戦争をやってでもアメリカの考え方を世界に広げたくて仕方がない人たちが、世界のバランスのことなどを考えずに戦争に踏み切ってしまったということなのだろう。特に2001年の9.11テロというショックは米国にとってあまりに大きく、アメリカの安全を確保するためには他の国でどれだけ被害が出てもお構いなし、という状況になってしまったということだろう。

――イラク戦争でフセインを倒した結果、独裁政治は危ういという考えの下に、アラブの春が起こった…。

 酒井 アラブの春の場合は、米国との戦争になる前に自分たちの力で民主化させようと考えて行動を起こした。前例のない大規模反政府デモや抗議活動に対して、政権側に対応策がない初期段階では、反対派も平和的な活動で、衝突も激しくなく、チュニジアなどのように容易に政権崩壊に至った。しかし、徐々に政権側に対応策が整ってくると、政権側と反政府側で拮抗状態となり、結局、シリアのように内戦状態が続くことになる。また、エジプトは2011年に大規模な反政府デモを起こして約30年に及ぶムバーラクの独裁政権に終止符を打ち、2012年にムスリム同胞団のムハンマド・ムルシーがエジプト大統領に選出されたが、結局、今年のクーデターで大統領権限を喪失し、同国で初めて民主的に誕生した政権は7月に幕を下ろした。このように、自分たちで何とか民主化しようという波と、それに抵抗する勢力、そして、そういった国に対する国際社会の介入の是非が、暗中模索で試行錯誤しながら続いているのが今の中東だ。

――42年間に及ぶカダフィ政権を崩壊させ、カダフィ本人も死亡したリビアは、今、どうなっているのか…。

 酒井 やはり上手くいっていないようで、昨年は米国領事館で駐リビア大使が殺害されるという事件もあった。選挙に基づいた政治体制の構築が着々と進んではいるのだが、必ずしもそれによって民意がまとめられている訳ではない。何よりも大きな問題は、リビアの場合は、エジプトやチュニジアに比べて政権が崩壊するのに半年ほどかかり、その間内戦状態が続いたため、さまざまな勢力が自分の身を守るために武器を持つようになったことだ。そういった武器がテロ集団に流れ、治安はますます悪くなっている。今年1月にアルジェリアの天然ガス精製プラントで日本企業のビジネスマンも巻き込んだ人質拘束事件があったが、ああいったテロ集団が保有する武器も、恐らくリビアから流れてきたものだと考えられる。

――イラクやエジプトのように中東で独裁政権が倒れると、イスラム勢力が拡大化する…。

 酒井 日本で言えばNGO(非政府組織)的な活動を行っているのが宗教勢力だ。例えば、就職したいのに仕事が見つからないような場合に、モスクに行けばそこのネットワークで仕事を紹介してくれたり、ただで食事を提供してもらえたりする。宗教勢力が集めた寄付金で設立するのは、病院や孤児院などだ。政府が何もしてくれないのであれば、選挙でそうした宗教勢力が強くなるのは当然だろう。もちろん、実際にそういった社会福祉を行っている宗教勢力は過激派組織とは全く違うものであり、投票した人達も過激派組織に投票したつもりなどない。しかし、どの時点でその組織が過激な武力を使う集団とつながりを持つのか、あるいはそれ自体が武力を使うようになるのかは、誰にもわからない。イスラム勢力の拡大については、一般的にイスラム教徒は人口増加率の高い途上国に多く、また、宗教的には産児制限という考え方はあまりそぐわないため、人口が増えているという事実もあるのかもしれない。ただ、人口増による勢力拡大よりも、むしろ民主化によって、それまで抑制されていた言論の自由が解かれ、自己主張を強めているということで勢力が拡大しているように見えるという部分が大きいと思う。

――今後、中東はどうなっていくのか…。

 酒井 米国はイラクからはすでに撤退し、アフガニスタンからは来年撤退を予定している。これ以上、中東に関わりたくないというのは確かだ。一方で、中東には米国に安保を依存していた国も多く、そういった国々が今後どうなっていくのかは、かなり深刻な問題だ。例えば、イランの核開発が本当であれば、サウジアラビアも核兵器に着手すると公言する者も少なくない。先日、イラン革命以来はじめて米国とイラン外相の会談が実現したが、これに対しても、サウジアラビアはかなり焦っているようで、一部には、米国の代わりに中国と良好な関係を築いていこうといった発想も出てきている。米国がイラン側に寄り添った場合、自分たちは中国に布石を置いておこうという発想が出てきても当然だ。このように、米国の傘にいつまでも安住している訳にはいかないという議論が中東の間でも少しずつ強まってきており、米国が相対的に中東でのプレゼンスを低めているのは間違いない。ただ、私は米国がサウジアラビアを見捨てることは無いと思っている。そこまでしたら、もはや米国はグローバルパワーではなくなるからだ。

――そんな中で、日本の立場は…。

 酒井 油田地域はアラビア半島を中心にたくさんあるが、ペルシャ湾岸から産出している石油に依存し、イランとサウジアラビアの間で問題があった時に影響をうけるのは、実はアジアだけだ。そこで日本が独自に海洋ルートを確保することは難しいため、石油輸入量を拡大させている中国や韓国と日本で、その部分において共闘せざるを得ないだろう。これまでは、何かがあれば米国がペルシャ湾に第5艦隊を派遣してきたのだが、万が一、米国がそうした行動をとらなくなった場合に、日本はどうするか、今のうちから備えておく必要がある。また、日本の石油資源をペルシャ湾だけに依存するのは危険だという考えから、ロシアと極東地域の天然ガス基地プロジェクトの合弁事業に取り組む計画もすでに進められている。長期的な視点で、もっとリスクを分散する形にしておくべきだろう。

――最後に、日本の外交についての考えを…。

 酒井 最近は、欧米の食品会社でも、豚肉を使わないなどイスラム法に基づいたハラルフードを取り扱っているところが多く、日本企業も関心を持っている。特にインドネシアやマレーシアなどのイスラム諸国を対象とした輸出市場は、日本企業のビジネス拡大になる。一方で、対中東に対する日本の外交については自衛隊が撤退した後は一息も二息もつきっぱなしで、もうそろそろ本格的に筋を立てて考えた方が良いと思う。今年、安倍総理は中東を2度も訪問し、ビジネス協力を進めていくと宣言されたが、ここで売り込んでいるのは原子力発電であり、石油がある国にとってそれほど魅力的ではないものだ。むしろ、自動車や高性能機械、ゲームといった、中東において極めて人気のある日本ブランドの売り込みに力を入れた方が中東のニーズに合うのではないか。相手国のニーズにあった売込みをする、それが中東に限らず、日本のすべての外交における課題だろう。(了)

――グローバリゼーションと技術革新が急速に進んでいる…。

 安斎 シルクロードの時代から、よその世界のものを欲しがるというのは人間の本能だ。そして今はインターネットの情報化によって、真実を隠すことも、民意を掌握することも難しい時代に入ってきた。企業、従業員、さらには学校さえも世界で競争し、大学に関しては、イエール大学やハーバード大学といった最高級の講義がインターネットで受けられ、資格まで取れる時代だ。こういったグローバル化と技術革新は誰にも止められない。そんな中で金融の世界においては、米国の金融政策に全世界が右往左往している。実際に、米国経済が世界に先駆けて回復していることで、アベノミクスも助けられている。円安に動きがちなのも、米国経済が良くなっているからであり、また、イランがあれだけ米国に擦り寄ってきているのも、米ドルでの最終決済が行われなければ生きていくのが大変だからだ。

――米国の力は、なお偉大だと…。

 安斎 今はドイツやフランスでも英語が飛び交い、中国でも漢字がなくなりそうな勢いで皆が英語を勉強しているほど英語圏は広がってきている。さらに、TPPなどに見られるように、米国は世界のインフラを整えることで、すべてのやり方を米国流に統一している。そのやり方に批判はあるかもしれないが、米国には到底敵わないというのが現実だ。「強いアメリカ」は、「ますます強いアメリカ」になっている。弱みは、米連邦政府の借金がすでに法定上限である約16兆7000億ドルに達し、かつ、日本とは異なり、対外的に世界最大の債務超過国となっているということだが、それでも米国を侮ってはいけない。中国が米国債を1.2兆ドル強保有し、米国を揺さぶっているという見方もあるが、本質的に、中国と米国はお互いを大国として敬意を払っており、絶対に戦争することなどない。そういう中で、日本が「中国包囲網」といった政策を打ち立てるなどおかしな話だ。グローバリゼーションの中で自国に都合のよい国だけを取り込むような方法は、自国の発展の限界を宣言しているようなものだ。

――グローバル化の中で、日本はどう生きていくべきなのか…。

 安斎 今の安倍政権には、高齢者への社会・医療保障だけでなく、将来を担う子どもの教育など国づくりの基本をしっかりと作っていってほしい。また、第3の矢が足りない。円安政策は海外からの観光者にとってはプラスだが、日本で働きたい人にとっては為替で給料が安くなるためマイナスになることから、外国企業を日本に誘致し、日本に雇用を生む環境を作っていくような政策も必要だ。そして、そのためにはもっと規制を緩和しなくてはならない。さらに、国債発行を減らすためには、何が国にとって大事なのかをきちんと把握した上で税の工面を考えることも大切だ。そうしなければ、結局、集めた税金が無駄なところに使われてしまう。そうしたことをすることによって国民の将来不安をなくせば、高齢者のお金も、ただただ貯金して、そのあげくオレオレ詐欺にだまされるというようなことなく、きちんとした経済が成長するところへ流れていく。

――米FOMCの量的緩和縮小の見送りに世界の金融市場は動揺したが、今後の米国の金融政策による日本経済への影響は…。

 安斎 米国の金融政策の変更によって円安が急速に進む可能性もある。そうなると、資源を海外に頼る日本では、貿易赤字の更なる拡大により国際収支も赤字となるだろう。物価も上昇し、今度はそれを抑えるための国内政策が必要になってくる。そして、なにより重要なことは長期金利の上昇であり、それをどのようにリスクヘッジしていくかということだ。だからこそ、黒田日銀総裁は政府に対して消費税増税を促す姿勢を強めて、彼自身の恐さを表現したのだと思う。世界の叡知が集まる自由の国アメリカには、WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)にはじまり、アイルランド人、黒人、アジア系等々とにかく「自分たちで国を作り、自分たちで国を発展させていく」という意識が日本とは比べ物にならないほど高い。中国という大国と喧嘩をしないのも、彼らの本能だ。そういったことを踏まえたうえで、我々日本人も外交していかなくてはならない。狭い日本の中のことばかり考えていては、日本は本当に変わらない。

――まずは、日本国内のお金の流れを変える必要がある…。

 安斎 復興予算で財政支出を膨張させれば景気が良くなったと感じるのは当たり前のことだ。しかし、今は新たな資金需要がない中で経済を保とうとするため、国債発行と財政支出に頼らざるを得ず、本来の「信用供与として融資をすることで企業が動き、経済が活性化する」という流れを作ることが出来ないでいる。さらに現在のアベノミクスのインフレ政策では、日銀が国債の7割を購入しているが、その結果、市中に流れ出る大量の資金の運用先を海外に投資するか、国内で自ら融資先を考えるかといった選択も大きな問題だ。いかにして新しい資金需要を掘り起こすか、それはクロダノミクスの新しい試みであり、現在のような為替の急激な変化の中で、実際に金融機関は四苦八苦している。地方に行けば行くほどそれは大変だ。再び海外のヘッジファンドなどに騙されて、変な運用をしてしまうというようなことを起こす危険性も、ないとは言えない。

――BIS規制がこれだけ厳しいと、なかなかリスクもとれず、お金が行き場を失っている…。

 安斎 バブル崩壊後に自らリスクを取りにいくような人間は、もう銀行にはいなくなってしまった。あれから23年、現在は課長、部長クラスになっているだろう人達に前向きなことをしたという経験がないのは恐ろしいことだ。新しい産業や経済活動が生まれないまま、その間、どんどんクロダノミクスは進んでいくと、猛烈に円安が進み、国債が発行できなくなるという危険性も大いにありうる。円安が進んで海外に出て行った企業が日本に戻ってくるのであれば良いが、そうかんたんには戻ってこない。そこで、企業を国内に戻すために法人税を安くすべきという声もあるが、私は世界の法人税引き下げ競争はそろそろ止めるべきだと思う。成熟国には社会保障や年金が存在し、そこで法人税が入ってこないことには国が破産してしまう。確かに法人税や労働コストの低いところでは企業は儲かる。儲かると配当が増え、役員収入も増える。しかし、日本に残っている従業員はその高収益には貢献していないということで収入は上がらず、国内は全く潤わない。結局、お金をもっている人のところにだけさらにお金が行く仕組みになっており、そうなると、米国と同様に中間所得層が薄くなり、経済の活力が失われ、最後は所得税や消費税という形で個人から税金を取るしかなくなるからだ。とはいえ、日本の場合は先ず、税が複雑すぎてわかりにくく不透明なことで、納税意欲を削いでいるといった問題もある。このため、何々控除などの税の優遇制度を大幅に整理して、極力シンプルにする必要があるだろう。(了)

――米FOMCは量的緩和の縮小見送りを発表した。この動きをどうみるか…。

 中島 従来の失業率の改善だけをみる政策から、経済全般に目を配るという方針への切り替えと見ている。しかし、それ以上に大事なのは米国を取り巻く大きな図柄の変化であろう。シリア問題における外交判断で国際社会に対する信認を落とす結果となり、そのダメージはかなり大きい。ロシアの仲介が無ければ、上げたこぶしを振り下ろすことも出来なかった。私は、そこに日本の潜在的な外交チャンスがあると思っている。というのも、今、世界の首脳の中でロシアのプーチン首相と親密なのは日本の安倍首相とも言え、今後の国際政治力学において日ロの組み合わせは、色々なところで新たなカードになっていく可能性があるからだ。アベノミクスに加えて、安倍首相の政治力、外交力は、今後日本全体のプレゼンスを押し上げていくだろう。

――いよいよ消費増税も決まり、次はTPPに注目が集まるが…。

 中島 日本には特有の被害者意識があり、TPP交渉でも「外圧に負けてしまうのではないか」と考える人は多い。しかし、実際のTPP交渉は米国1カ国対11カ国で、米国も今回の交渉には難儀しているようだ。TPPの基本合意は今年12月までに行われるが、一番厳しい立場に立たされているのはむしろオバマ大統領ともいえよう。一方、中国、韓国の参加は時間的に間に合わず、こうしたパシフィックオーシャン12カ国によるマーケットの創造は、今後長期にわたって大変重要な意味を持とう。

――TPPが日本のプレゼンスを上げるために役立っていると…。

 中島 その通りだ。日本は政治・経済・外交とよい循環に入ってきたのではないか。為替のレベルを例にしても、必ずしも経常収支の大きさや金利差だけで決まる訳でもなく、色々な形の力学で決まっていく。また、マーケットは絶対評価ではなく相対評価が大事であることからも、相対的に見て、経済だけでなく日本の国力そのものが上がってきていることを素直にポジティブに捉えるべきだろう。実際にここ最近、日本株に興味をもつ外国人が大幅に増えてきており、外国人を集めた日本株セミナーも頻繁に行われている。しかも、そこには閣僚級が参加するなど、やや弱いとされてきた発信力も相当向上している。参加した外国人の反応も非常に良く、日本の価値を再認識しているようだ。来年以降は証券税制が現状の10%から20%に戻ることで、年内に利益を出し、来年新たに買い直すというテクニカルな動きもあろうが、大局的には非常にポジティブな流れになっている。

――世界は新たなステージへと向かいつつある…。

 中島 資本主義の大きな流れを見ると、ナポレオン戦争が終わった1815年頃から1929年の世界大恐慌までの古典的資本主義が「キャピタリズム1.0」、1929年から1979年にボルカーが新金融調整方式を導入して金融引き締め政策を断行し、10%以上のインフレを止めるまでの50年間がケインズ政策全盛の「キャピタリズム2.0」。インフレが収まり金利が低く抑えられていた、先のリーマンショックまでの30年間が、新自由主義・マネタリズム中心の「キャピタリズム3.0」の時代だった。そして、我々はすでに「キャピタリズム4.0」へ突入している。そういった時代の変わり目を、我々がいかに敏感に察知して、どう立ち向かうかが重要だと考えている。

――今は各国が市場の失敗を国債の大量発行で補っている。その結果、国債残高は膨大になり、先行きは国債が売られ、長期金利が上昇することになる。そうであれば、お金は株や不動産に流れていかざるを得ない…。

 中島 マーケットの原理は相対的にどう動くかであり、お金は少しでも「安心でパフォーマンスの高い」場所に流れるだけだ。100%良い国など常にどこにも有り得ず、その国の状況が変わればまた別の国へ流れていく。日本に対する悲観論を並べる人も多いが、世界全体が良くて日本だけが財政収支に苦しんで取り残されるというような極端なシナリオは、私は有り得ないと思う。国全体のバランスシートでこれだけの純資産がある国など日本以外に無い。それを背景に世界に存在感を示すことが出来れば、心配することなど無いと思う。また、日本企業のバランスシートもレバレッジがほとんど効いていない。この30年の金融中心の資本主義の最後で起きたリーマンショックの原因は、なんといってもレバレッジだ。お金が無限に使えるという幻想に人間の欲が絡み、このような結果となった。これについては厳しすぎるくらいの規制を敷かなければ人間は再び失敗するということを、日本企業はきちんと学んでいる。ただ、気になるのは、日本には依然として「ものづくり大国」へのこだわりが強いことだ。日本で第二次産業の製造業に従事している人口が24%以下となり、第一次産業の農業が4%、残りの72%はすでにノンマニュファクチュアリングに従事しているが、「日本はものづくりに支えられている」 という風潮が未だに多い。しかし、非製造業分野でも日本は世界から高く評価されており、サービス、鉄道・運輸などのロジスティクス、通信といった業界におけるイノベーションや生産性向上、設備投資の余地はまだまだ大きい。時代が着実にそういった方向に動いていることを考えても、日本は世界の中でユニークなチャンスのある国と言えよう。

――日本企業はキャッシュばかり溜め込み、リスクを取りたがらないという声もあるが…。

 中島 一昨年の東日本大震災やタイの大洪水により、サプライチェーンが寸断される中で、企業が最終的に頼ったものはキャッシュだった。企業経営者は一方で、カンバン方式、リーン方式を徹底して在庫投資を減らしているが、その分、万一の事態に備えキャッシュを増やしている。世界の在庫投資の減少額と手元資金の増加額がほぼ同額になっているといった興味深い海外の報道もある。経営者は決して将来投資に弱気になっている訳ではなく、企業を取り巻くリスクをできるだけ抑えるという、極めて合理的な判断のもとキャッシュを増やしているのだと私は思う。

――ところで今後の金融規制をどう考えるか…。

 中島 金融機関の破たん処理ツールとして、世界中でこれ以上国民の血税にツケを回さないように、従来の「ベイルアウト」方式にかわって「ベイルイン」が注目され始めている。エクイティは無論だが、デットについても税金を使った救済はもはや出来にくくなり、デット保有者も自己責任の下であらかじめ相応のリスクを覚悟した投資を余儀なくされよう。しかし、あまり極端に規制が進むとマーケットメーカーがいなくなり、従来のように潤沢な流動性をマーケットに提供することが難しくなってくるだろう。頭の痛い問題だ。

――来年からNISA(少額投資非課税制度)も始まる。新しい取り組みなどは…。

 中島 NISAの開始に備えて、当社では「クルーズコントロール」と「投資のソムリエ」という新型バランス型ファンドを設定した。我々のビジネスで一番大事なものは長期投資と分散投資だが、資産の中身だけを分散しても、リーマンショックの時はすべてが落ち込んでしまった。商品の中でマーケットの局面に応じ、ダウンサイドのリスクを自らコントロールすることが重要になる。この2つの商品は、統計的なモデルに基づき、商品の中でダウンサイドリスクをマネジメントするものだ。「長期投資、分散投資、かつ、リスクマネジメント附」のこれら商品を、30歳から40歳代の資産形成層の方々に是非提供したいと考えている。(了)

――尖閣諸島における田中・周恩来会談について、外務省が当時の記録を改ざんしていると指摘しているが…。

 矢吹 1972年の第三回首脳会談での田中角栄と周恩来の会話について、日本の外務省が公表した会談記録には、「(田中)尖閣諸島についてどう思うか?私のところに、いろいろ言ってくる人がいる。」「(周)尖閣諸島問題については、今、これを話すのはよくない。石油がでるから、これが問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない。」という一問一答の簡単なものしか残っていないが、対して中国側が作成・公表した資料は三問三答プラス一のさらに詳しい記述で、恐らくこちらが真実だと思われる。当時、会談を記録した外務省の橋本恕中国課長(当時)も、後に二人の会談に中国側の資料と同じような発言があったことを認めている。

――橋本中国課長が記録として残したものと、当時話されていた事実内容は違うと…。

 矢吹 当時の会談では、尖閣諸島のことが一応話題には上ったものの、「それはこれから議論しよう」ということに留まり、結論は出なかったということだ。これについて外務省は、田中・周間で尖閣諸島の問題が議論されなかったのは事実だとしても、それを「棚上げ」ではないという見解を示しているが、それは小役人の弁解としか思えない。読売新聞は79年に「尖閣問題を紛争のタネにするな」という社説で「結局棚上げだ」とする論を出した。何故、外務省はその時に「棚上げではない」と言わなかったのか。結局、白黒つけていないのであれば、この問題についての結論は出ていないということで、それは「棚上げ」に他ならない。

――その後の園田・鄧小平会談については…。

 矢吹 園田・鄧小平会談は、基本的には田中角栄と周恩来間で行った日中共同声明の確認だ。しかし、鄧小平はその時、尖閣諸島問題についての話し合いをすることが難しそうだと感じたのだろう、「次ぎの世代で」という言葉を残した。そして、領土のことは脇に置いて資源をシェアするための共同開発はどうかという案を出してきた。田中・周会談の外務省記録はきちんとしたものは残っていないが、鄧小平が東京で行った記者会見の記録はきちんと残っており、それを読むと、鄧小平の尖閣問題棚上げ論についての認識や、資源の共同開発案についての考えが理解できる。

――日中がお互いに納得できるような良い解決法はないのか…。

 矢吹 お互いに領有権を主張しているのであれば、いつまでたっても決着はつかない。日本では1895年1月に尖閣を日本領土として宣言したと主張しているが、これは単に日本国内で閣議決定しただけであり、国際的に認められた訳ではない。実効支配していることが強みだと言っても、国際法判例においては、しばらくの間、実効的支配が途絶えていただけに、それが必ずしも有利な条件と認められる訳ではない。また、大きな問題は、第二次世界大戦において日本は敗戦国で、中国は戦勝国ということだ。国連における立場は日本よりも中国のほうが強い。日本が05年に常任理事国に入れなかったのも敗戦国だからだ。そんな中で常任理事国に入りたければ、あらかじめ中国や韓国が反対しないように根回しをしておくべきだったのに、当時の小泉政権は靖国問題などで中国と喧嘩してしまった。そういった認識を持って国連を根回ししていこうという人間が日本の外務省にいないということで、これも外務省の失態だ。

――沖縄返還に際しても、蒋介石が米国に対して「尖閣諸島に関しては施政権のみ」とするように働きかけたということだが…。

 矢吹 1943年のカイロ宣言からポツダム宣言までの蒋介石と米国のやり取りを調べると、蒋介石は米国に対して、沖縄の米国統治に尖閣諸島を含めるようにお願いしている。そして72年の沖縄返還の時、米国は「沖縄は返還するが尖閣諸島は別だ」とし、尖閣諸島については台湾にも返還請求権があると記者会見で明言した。そして米ロジャース国務長官は愛知外務大臣に直接「尖閣領土問題について早く台湾と話し合うように」と告げている。愛知外務大臣はそれを受けて何度か台湾側と交渉を試みたようだが、建設的な話し合いにはならなかったようだ。しかも、日本と台湾でそのような話し合いがあったことすら、外務省は否定している。

――米国は台湾に配慮し、尖閣諸島問題については中立の立場をとっている…。

 矢吹 1971年10月20日、沖縄返還を批准する際の米上院議会の公聴会で、ロジャース国務長官は当時の米法律家の最高峰ロバート・スター法律顧問代理から「尖閣諸島の施政権は日本に返還するが、主権の争いに関しては関係当事者が解決すべき事柄であり、米国はいかなる権利も主張しない。」と記された書簡を手に、「尖閣については日本の残存主権から除く」と述べ、米国が中立の立場を貫くことを示した。つまり米国は、台湾も尖閣諸島における領有権を主張する立場にあるということを認めているという訳だ。

――米国は尖閣諸島を日本の領土だとは認めていないと。一方で「尖閣諸島で何かがあれば日米安保条約で日本を支援する」と言っている…。

 矢吹 沖縄返還に際して、米国はもともと日本が持っていた主権に何かを加えたり、取り除いたりすることはしないと言いながらも、台湾が尖閣領有権を主張することを認めている。これは本当におかしなことだが、結局、蒋介石が米国に対してこのような発言をするようにお願いし、米国がそれに答えたということだ。久場島と大正島を米軍の射爆訓練場とし、事実上、米軍が管理することにしたのも台湾への約束の証だ。ちなみに久場島と大正島は米国の訓練場としながら一度も使われていない。沖縄返還条約におけるこの事実は、米国の情報公開によって初めて分かったことだが、日本国会で外務省がそれを否定している。また、日本国民は台湾と米国の間でそういった取引があったということも知らず、尖閣が戻ってきたと思い込んでいる。決定的な問題は、こういったことに対して外務省がこれまで一切抗議などをせず曖昧にしてきたことだ。

――日米安保のガイドラインでは「島嶼の防衛は自衛隊の任務である」とされ、尖閣諸島問題で中国と日本の間でトラブルになっても米国は何もしてくれないというのは本当か…。

 矢吹 安保交渉の範囲内というのは一般論であり、米国は無人島のために今や強大な軍事力をもつ中国と争うつもりなど全くない。また、現在の米国債保有国世界一の中国が、仮に米国債を売るという行動にでも出れば、基軸通貨国としての米国はなくなり、第二次世界大戦後持ち続けてきた世界の憲兵としての米国はその力を失ってしまうだろう。北朝鮮の核問題にしてもその他の問題にしても、米国は、中国を味方にしないまでも中立にしておくことでその立場を保っているということだ。日本としても、米国との良好な関係を続けていきたいのであれば、中国と大きな喧嘩を起こしてはいけない。さらに、日中間で仮に何かがあった場合、米国が守ってくれるなどという甘い考えは、早く捨てるべきだ。

――日米安保条約は、もはや見直すしかない…。

 矢吹 日米安保条約は、日本を縛るためだけのいわゆる「瓶の蓋」だ。実際にニクソン大統領が中国を訪問した時には第七艦隊による台湾海峡のパトロールを止めて、米国が中国に対して敵意がないことを示した。周恩来が久場島と大正島が米国訓練場となっていても何も文句を言わないのも、それによって米国が日本を管理しているという意識があるからだ。それにもかかわらず、今、日米安保の拡大や再強化を唱えている安倍政権は、その40年の歴史を何も勉強していない。また、日本のマスコミは、これだけ日本が都合よく米国にあしらわれていることが明らかになっても、真実を何も書こうとしない。結局、外務省からネタをもらって書いているだけのマスコミは、外務省に不都合なことは書けないということだ。なにより、間違いばかり起こして、さらにどこまでも無責任な外務省は、日本を不幸にするばかりだ。そのような外務省は、もはや、いらないと考えている。(了)

――金融機関のハッキングについて…。

 土屋 ハッキングの世界はすでに大きなブラックマーケットとして成立しており、金融機関も例外なく狙われている。例えば、Aという銀行に一気に大量アクセスを浴びせるような攻撃は1時間10ドル程度で、また、機密情報を抜き出すような攻撃も、安価で簡単に行われている。金融機関は業法に基づき被害情報を金融庁に報告しているようだが、金融庁は情報を外部と共有する権限を持たないため、結局、自分たちで問題を抱えこみ、その情報がサイバー攻撃対策に生かされることもない。となると、日本全体でどれだけ被害にあっているのか分からず、それを民主的に解決していくという方向にはなりにくい。そういった悪循環を改善するには、情報を共有するための法制度が必要だ。例えば上場企業がサイバー攻撃を受けた時には報告する義務を負わせ、その情報を業界内や他業界の中での共有していくことが重要だろう。

――日本のサイバー攻撃対策は他国に比べて遅れていると聞くが…。

 土屋 警察としては現行法制の中でやれることはすべてやっているのではないか。例えば、昨年はパソコンが遠隔操作ウィルスに感染し、誤認逮捕されるという例が相次いだが、その根本的な問題は通信記録が残っていなかったからだ。諸外国には通信記録を残すような法律や慣行があるが、日本にはそれが無いため、通信記録を残すためのコスト負担を重いと感じる中小企業などはデータを次々と消去してしまう。警察としても、通信記録が残っていれば犯人特定が容易になるが、記録が残っていなければ監視カメラなどで犯人を特定するしかない。つまり、日本のサイバー攻撃対策は法制度を変えていくフェーズに入っているということだ。

――国会議員の問題意識は…。

 土屋 日本政府が最初に大きなサイバー攻撃を受けたのは2000年で、当時、内閣官房室には情報セキュリティ対策推進室が設置され、その部署が05年に組織変更をして、内閣官房情報セキュリティーセンターとなった。その後、09年7月に米国と韓国に大規模なサイバー攻撃が行われたことで、日本でもある程度の問題意識は共有されていたが、09年7月は麻生政権の末期であり、翌月8月に政権が民主党に変わり、政治が混乱を極めていたために、日本でサイバー攻撃対策が大きな話題に上ることはなかった。ようやく、政治が落ち着きを見せ始めた12月頃に、当時の平野官房長官の下でサイバー攻撃対策の取り組みを始め、2010年5月に「国民を守る情報セキュリティ戦略」を発表するに至った訳だ。

――日本が最初にサイバー攻撃を受けてから10年。なんとも遅い…。

 土屋 「国民を守る情報セキュリティ戦略」の内容は非常に濃いものに仕上がっていると思う。例えば2010年9月に尖閣諸島問題が勃発した時も、中国国内でのデモンストレーションとともに、オンラインによる日本政府への攻撃命令がたくさん掲示板に書かれ、実際に9月18日に電子メールによる一斉攻撃があったが、政府は戦略に基づき事前にきちんと対応していたため、大きな影響はなかった。しかしその後、2011年3月11日の東日本大震災の約20日後に「昨日の放射線レベルについて」と書かれた添付ファイル付の電子メールがばら撒かれた。それは一般にはまだ広まっていないカスタマイズされたウィルスであったため、多くの情報ソースが被害にあってしまった。今の日本ではこれを防ぐことは難しい。

――民間企業は、社内用と社外用でパソコンをきちんと分けて使えば良いのではないか…。

 土屋 そうともいえない。2010年6月にイランの核施設を標的としたスタックスネットというコンピュータウィルスは、インターネットから隔離されたスタンドアローンの産業用制御システムにも感染し、実害を生じさせると言われている。イランの核開発を止めるために米国とイスラエルが共同で開発したものだったといわれているそのウィルスは、ドイツのシーメンスという会社が使っている制御システムプログラムだけを探して感染するような指令が出されており、普通のウィルスと違ってプログラムのサイズも桁違いに大きく、インパクトも相当なものだ。このような高度な攻撃は、相手がどのようなシステムを使っているのかを事前に調べていなければ不可能で、まさにスパイ活動の一環として行われている。もちろん戦前・戦中の日本では、陸軍中野学校や明石元二郎、福島安正などに見られるように、諜報活動のレベルは低いものではなかった。戦後にスパイ活動が禁止されたことで表に出ないだけで、そういった攻撃を何とかしたいと考えている日本人は沢山いると思う。

――今秋の臨時国会に提出予定の「秘密保全法」に、国民は反対しているという報道もあるが…。

 土屋 「秘密保全法」を作るにあたっては、何が政府にとって重要な秘密なのかを定義する必要がある。例えば、尖閣諸島における中国漁船衝突映像が流出した時、映像を流出させた人が刑法的に問われなかったのは、流出映像が機密事項なのかどうかがはっきりしていなかったからだ。こうしている今でも、至る所で情報を抜き出すためのサイバー攻撃は行われているが、何が秘密情報なのかが定かでないため、実際にサイバー攻撃にあい、国民にとって重要な情報が盗まれていても、「たいしたものは盗まれていません」というばかりで責任感に極めて乏しい。だからこそ、「秘密保全法」を国会で通して、何が秘密なのか、その秘密情報に誰がアクセス出来るのかを決めなくてはならない。もちろん、アクセスが許される人のセキュリティクリアランスが必要なのは言うまでも無い。「それは政府職員に対するプライバシーの侵害だ」という声や、「秘密保全法が出来ることで政府がさらに秘密を増やし、国民の知る権利を阻害する」というような反対の声はあるが、それではサイバーテロ対策は全くすすまない。政府は批判を納得させるような説明をきちんとしていかなければならない。

――確かに、情報が筒抜けの国に、諸外国は重要な情報を提供しようとは思わない…。

 土屋 「秘密保全法」と「セキュリティクリアランス」がないことには、サイバーテロ対策は進まない。また、そこを改善しないことには諸外国との情報交換も進まない。日本では「通信の秘密」が憲法第21条、電気通信事業法第4条に記され、すべての通信内容を一切見てはいけないと定められているが、少なくとも、国外からどのような通信が行われているのか、誰と誰が通信しているのか、どのようなプロトコールを使っているのか程度は見ておく意味がある。米国では、米政府による広範囲な市民監視をCIA元職員が暴露し、大きな問題となったが、あれは範囲が広すぎ、監査体制にも不備があったことが問題だったわけで、諸外国では普通、不正で悪意のある通信は事前に止められるように、ある程度通信内容をチェックしている。日本でも徐々にその方向に動いてはいるが、反対もあるため、例えば民間の通信事業者が顧客から責められないような一定の配慮は必要だろう。

――その他、サイバー攻撃対策における課題は…。

 土屋 防衛省の問題も一つの課題だ。現行の防衛省の法律の解釈では、防衛省が守るのは防衛省と自衛隊のネットワークだけであり、サイバーの世界で国民を守る義務は無いという認識だ。しかし実際には、戦争はむしろサイバーの中で行われている。私はこの部分の自衛隊法を変えるなり、解釈を変える必要があると思う。来年3月までには自衛隊に「サイバー防衛隊(仮)」を設立する予定だが、その規模も約90人と、米国がサイバー防衛にかける人数4000人と比べてはるかに少ない。また、若い人達に大学や専門学校などで情報セキュリティを学ぼうという気概があまりないことも問題だ。それは、大学に研究開発費などがつかないため研究が存分に出来なかったり、就職の間口が狭いというような日本の現状が背景にある。セキュリティ人材のキャリアパスを描くことも必要だろう。(了)

――会長に就任して2カ月経つが、実感は…。

  森 まずは約3万3千人の会員・準会員に、本部の考えを理解してもらうため、14の地域会に対して働きかけをしていきたい。対処すべき課題はいくつかある。公認会計士試験に合格しても就職ができないという、いわゆる未就職者問題は収束に向かっているが、公認会計士試験の受験者数が減っており、今後は受験者数を増やすことが課題となる。未就職者問題に加え、昨今の上場会社の会計不正問題により、監査事務所に対するネガティブな印象をもたれてしまい、公認会計士になることに魅力を感じなくなってしまったのではないかと思う。公認会計士が社会のさまざまな分野で貢献することで、やりがいのある仕事であることを訴え、受験者数を回復させていきたい。

――公認会計士は、資本主義経済にとって必要な割には日本では注目されていない…。

  公認会計士の社会的な認知は広がりつつあるが、まだ十分ではない。公認会計士は、経済の根幹である資本市場の信頼性を確保するという重要な社会的使命を担っているということを社会に理解してもらいたい。この4月より不正リスク対応基準が適用となっているが、これはわれわれに対する社会からの要請と受け止めている。公認会計士が不正リスクに対して正面から向き合っているということを社会にアピールしていきたい。

――不正リスク対応基準のポイントは…。

  金融庁が不正リスク対応基準を策定したことを受け、協会では6月に関連する監査基準委員会報告書等を改正した。これらは2014年3月末の事業年度から適用される。また、金融庁の企業会計審議会監査部会で基準を設定する際に、監査の品質を維持・確保するためには、十分な監査時間を確保する必要があることが議論された。監査時間の確保についても基準の適用とともに、より広く理解されていくことを期待している。このほかには、公認会計士が財務報告の信頼性を見ていく際に、監査現場で職業的懐疑心を発揮することが強調された。財務諸表監査は、依頼人の財務諸表の適正性を証明するという意味で依頼人のためとも言えるが、本来、資本市場の利害関係者のためにも行われるものである。この点は他の専門的職業と比べても特異な業務と言える。財務諸表監査は、資本市場の信頼性という公益に資する業務であり、これを担う公認会計士は、独立性の保持や職業的懐疑心の発揮が求められることになる。

――監査報酬の決め方についての意見は…。

  協会では、会計監査人の報酬は監査役等など、監視機能を担う機関が決定すべきだという主張をこれからも行っていく。今の会社法では、会計監査人の選任とその報酬は、監査役等の監視機関ではなく、執行機関が決定するものとされている。つまり、監査人は会社の経営者が選び、その経営者が報酬を支払うというインセンティブのねじれが問題となっている。今回の法制審議会の見直し要綱では、選任権の問題しか解消されておらず、報酬決定権についてはこれまで通りとなった。

 また、監査の品質を維持することも協会の役目である。監査の品質と監査時間には相関関係があり、会員からは、必要な監査時間を確保したいという声も多い。監査法人も民間企業として経営努力を行い、業務プロセスを改善し、監査の効率化をかなり進めてきている。監査時間の不足から十分な監査が出来ていないということはこれまでもないと思うが、不正リスク対応基準が策定され、一層の品質の確保を求められることから、資本市場の信頼性を確保するためにも、納得できる監査時間を確保できるよう協会としてバックアップしていく。

――国や自治体など会計士を活用する機関をさらに広げるべきだ…。

  投資信託などのファンド監査も含め、より多くの機関などで積極的に公認会計士が活用されていくことが時代の流れではないかと思う。会計士は、会計と監査の専門家として、適正な会計の仕組みを担保していくことが本来の機能であり、組織が行ったことを保証するという観点で公認会計士を有効に活用して欲しい。公会計の分野でも、積極的に貢献したいと思っており、国や地方自治体の会計制度を改善させることは国民全体の利益になる。また、年金資産の消失事案については、金商法の改正等が行われたことにより、AIJ投資顧問の問題が起きた時期よりは状況が改善されているが、年金基金そのものはまだ監査を義務付けられていない。年金資産は国民の大切な資産であり、年金資産の運用を委託する側からすれば、年金基金は監査を受けるべきとの意見も十分説得力を持つ。これについても協会で推進していきたい。

――検査当局との連携は…。

  金商法の規定において、財務書類の適正性の確保に影響を及ぼすおそれがある事実を発見したときには、公認会計士は会社に通知をして適切な措置をとるよう求め、それでも会社が適切な措置をとらず、財務書類の適正性の確保に影響を及ぼすおそれがある場合は、公認会計士は当局に通知を行う制度があるが、実際の件数は少ないと聞いている。公認会計士側から改善を求め、それでも改善がなされなければ、監査役等に情報提供等を行うが、実際には、監査役等に対応を求める前に解決される場合が多い。当局への通知が少ないから問題だということではない。

――金融庁はIFRS(国際会計基準)への当面の対応も公表したが…。

  2011年当時の大臣発言に続き、今回、金融庁の企業会計審議会から公表された「当面の方針」において「IFRSの強制適用の是非等は、まだその判断をすべき状況ではない」と明記されたことで、強制適用の是非判断は一旦白紙となった。今後、早い段階で強制適用の是非やタイムスケジュールの議論が進められ、IFRSの適用が前向きにされることを期待している。

 将来的にはすべての上場企業がIFRSを適用することが望ましいが、現状においては、IFRSの任意適用企業を増加させる取り組みを行うことが現実的である。2011年当時は、IFRSは日本の実情に合わないという意見が根強く、導入準備をしている企業でもIFRSに対する理解があまり進んでいない企業もあったようだが、この2年間で企業の理解は相当進んでいると思う。IFRSの導入に関する方向性は早期に示されなければならない。企業も監査人も教育のための準備期間が必要であることは理解している。

 IFRSの任意適用企業を増加させる取り組みのなかでは、いわゆる日本版IFRSの策定が国際的評価を踏まえながらASBJで検討することも予定されているが、IFRSの任意適用の要件の緩和に注目している。現状では、IFRSを適用している企業は約20社だが、適用の要件が緩和された場合、有報提出会社のうち4,000社程度がIFRSの任意適用が可能となる。適用企業はかなり増えるだろうと予想している。また、適用要件の緩和により、IPO企業もIFRSの任意適用が可能となるので、将来海外進出を考えている企業は、日本基準の過程を踏まずに、最初からIFRSを適用することが可能となるため、さらにIFRSの適用を検討する企業が増加することが見込まれる。

 わが国の経済を再生し、資本市場の魅力を拡大し、海外投資家からの投資を一層呼び込むためには、IFRSの適用は必須であると考えている。

――このほか、税会計と企業会計を統一すべきとの意見もあるが…。

  税については政策的な問題が大きく、海外でも財務報告と税務は分けて考えている。例えば米国のように、税法上、会計よりも早く減価償却ができる制度を導入して設備更新を政策的に進めているケースもある。それぞれの目的が異なる以上、統一すべきものではない。

――最後に、会長として進めていくこと、目指す方向性は…。

  就任と同時期に、公認会計士業界の全体的なイメージを表すタグラインを「Engage in the Public Interest 社会に貢献する公認会計士」と改めた。会計は社会のインフラであり、公認会計士は国家資格が与えられている。公認会計士は、社会及び経済の発展を支えていく存在であり、「公益」に寄与する存在であるという理解であり、公認会計士は、常に社会的な利益を意識しながら活動していくという意味を直接的に表した。以前のタグラインは、「Justice for Fairness 公正を求める心」であり、フェアな判断を常に求められる公認会計士自身にとっては良く理解できる言葉であったが、今回は外部から見てもよりわかりやすいものとした。これまでは大企業の会計監査を主体に業務支援を行ってきたが、社会が成熟すると、企業以外にも様々なコミュニティが出来、会計情報を作成し、監査を受けたいというニーズも大きくなる。NPOなども含めた公的分野・非営利分野の会計制度の導入の支援や、公認会計士で一般企業に就職している、いわゆる「組織内会計士」に対しての支援など、協会が行う支援のすそ野を広げる方針である。また、会計と税務は表裏一体であることから、税務の分野でも支援を行いたい。社会に広く貢献するという点では、協会の組織基盤が十分であるかも検討する必要があると思っている。

 島田 中国と韓国の結びつきが強まり、中韓が共同で日本を敵対視し、自国の領土を広げようとしている。

 木村 中国と韓国は、日本に対する歴史認識問題と領土問題を共有し、現在、日本封じ込め連合の感がある。特に韓国の朴槿惠大統領は、大統領就任の初訪問先を中国とし、中韓で安倍政権の様々な取り組みに対して牽制している。これは明らかに日本への封じ込めであり、歴史認識問題を政治カードとして巧みに使っている。米国での慰安婦像の設置など、米国へも問題を波及させ、一種の被害者意識への同情を誘うとともに、米国から圧力をかけようとするやり口だ。韓国は新自由主義の政策の下、IMFの管理を受けるなど財政破綻をしたことで、同国の未来に希望を持てなくなった者が、米国へ逃亡移住し、自国への忠誠として慰安婦像の設置をしている。このような状況や、根本的な慰安婦問題を解決するための方策を、外交当局はすべての知恵や民間との協力も含め、適切に対応しようとしたのか。どうも日本の外交は後手後手になっているとしか思えない。日本の外交を振り返ってみると、河野談話にしても、村山談話にしても、もっと明確な表現やアピールが必要だった。例えば慰安婦の方々に対して、我が国の戦争目的遂行のため軍人を癒したり、いつ自分も死ぬかわからない戦場に赴いてくれた、ある種の戦友として、申し訳ないとそのご苦労を讃え、敬意を表す言葉を込めるべきであったのではないか。

 島田 日本の外務省のキャリアは言わば御公家のような人が多く、堂々と自国利益を主張することが出来ないことが、領土問題を複雑にしている。中国や韓国も問題だが、それにきちんと言論で対応できない外務省や日本の政治家も問題だ。また、軍隊の慰安婦については、歴史上、どこの国でも難しい問題があるとは思うが、だからといって仕方ないと言って済ませてはいけない。慰安婦が必要ということになると、原爆も必要だったということにもなりかねない。とはいえ、韓国政府の態度は別の意味で問題だ。つまり、慰安婦問題を利用して、領土問題などを有利にしようとしているだけだ。それは、別の意味で慰安婦だった方々に大変に失礼なことをしているということを、日本は正々堂々と、世界に知らしめるような外交をしていかなくてはならない。

 木村 外務省は機密性が高いと言いながら、慣例主義に囚われている。ある種閉鎖的で、省益や自分の立身出世の安泰ばかりを考えている。その分、お国のために「一肌脱ぐ」といった国家意識も希薄だ。昨年の国連総会では中国外交部長の楊潔チが「尖閣列島は日本が日清戦争の結果、盗んだものだ」と発言したが、その時も日本の外交官は答弁権を使って反論するだけで、発言撤回を求めるに至らなかった。国家の不名誉や不適切発言に対して発言撤回を求めないことは、外交官としていかがなものか。適切な対処ではない。TPOが分かっていない。「いちいち反論しては」という大人としての振る舞いも分かるが、ここぞという時はしっかり対応しなくてはならない。それは、他の国々からなめられるからだ。そこでは、日本の外務省のアピール力の無さが、大幅に国益を損ねることに繋がっている。

 島田 尖閣諸島については、日本の領土であると中国に明確に認めさせる代わりに、尖閣諸島領海の石油の掘削権を中国に与えれば良いというのが私の案だ。結局、中国が尖閣諸島を自国領土だと強く主張し始めたのは、その領海にたくさんの石油が埋蔵していると発表された後からだと言われており、つまるところ目的は石油資源ではないか。しかし、今後5年~10年後には太陽光発電も進化し、藻から石油を作るような技術も発達してくるため、近い将来、石油は今ほど重要な資源ではなくなる。だったら今のうちに石油の掘削権を譲り、領土については日本のものだとする。そうやってお互いに妥協しあいながらWIN-WINの関係を築いていくべきだろう。

 木村 ガス田はともかく、領土を譲るわけにはいかない。領土問題はこれまで有耶無耶になっていたが、でははっきりと白黒つけるため、係争地として国際司法裁判所で審理をしたらいいのではないか。絶対に我が国が勝訴する。なぜなら、すでに50年間、日本人だけが実生活を送った歴史があるからだ。最盛時、250人もの日本人が定住していた。中国、台湾はそのような歴史を有していない。とはいえ、野田政権は、尖閣諸島を国有化すると発表し、ウラジオストクで胡錦濤と立ち話をした2日後に国有化してしまった。これは、国内的には個人所有の物件を国が買い取るという所有権の移転問題なのだが、しっかりと時間をかけて説明し、実行すればよかった。ところが、ある種憑りつかれたように国有化してしまった。これは拙速だった。相手のメンツを潰すからだ。最悪のタイミングで、外交オンチも甚だしい。いずれにしても、日中平和友好条約の5原則を踏まえて、改めて日中間での議論がなされるだろう。それがお互いの緊張状態を解きほぐす結果となるかどうかは、現在では分からない。しかし、ガス田を共同で開発するというのは大胆なアイデアだと思う。

 島田 とっくに冷戦が終わり、米国が日本を守る必要もなくなる中で、日本は米国から独立する外交を身につけることに時間がかかっている。国の本当の利益を守ることが出来る、胆力のある人を民間人も含め様々な人の中から選び、外交官として使っていかなければ、国の利益はどんどん損なわれてしまう。外務省に想像力かつ表現力のある良い人材を取り入れ、米国の後ろについて行くばかりでなく、もっと平和憲法を世界に積極的にアピールするような外交を進めていくべきだ。

 木村 憲法については、私は自主憲法を制定すべきだと考えている。その理由は、現憲法は占領軍下で作られたということもあり、国民が自分たちで制定したという意思がまったく感じられないことにある。また、憲法という統治機構上の意味をあまり分かっていないような気がする。日本国民が自分たちで判断して憲法を作るということが重要だ。さらに、今の憲法を守ろうとすると、どうしても日米安全保障条約との不整合性が出てくる。大論争を巻き起こした砂川事件でも分かるように、憲法9条と安保条約の兼ね合いは難しく、裁判所すら見解を放棄してしまっている。さらに、米国にお墨付きをもらうなどとんでもない。結局、現憲法のままでは主権がすべて侵されてしまうことになる。平和主義の裏に米国の占領体制の延長である安保条約があれば、他国からは、日本は米国の言いなりで自立などしていないと思われても仕方が無い。サンフランシスコ講和条約によって独立したはずの日本が、安保条約によって日米関係を継続していくというのはごまかしであり、私はナショナリストとして許しがたい。憲法を変えると同時に安保条約の撤廃も一緒に行うべきだ。

 島田 確かに現憲法は米国から与えられた感が強いが、その価値は非常に高く、それまで封建的だった日本の社会を大きく変えてくれた宝物だと私は思っている。それを上手に利用していくべきだ。国民が憲法を理解していないのは学校教育の問題もある。民主主義がどういったものなのか国民が理解していない限り、霞が関中心の政治になり、民意が反映される政治にはならないため、まずは憲法をきちんと浸透させることで日本に徹底した民主主義を根付かせ、それと同時に平和憲法を維持していくべきだろう。一方で、私は集団的自衛権の行使については反対だ。もし、集団的自衛権を認めた結果、米国の敵が日本も敵とみなし、多数の原子力発電所をミサイルで攻撃すれば、いとも簡単に日本には住めなくなる。そのような危険を招く集団的自衛権など、自殺行為としか思えない。私の考えは、集団的自衛権は持たずに、第七艦隊を米国と共同運営して日本国の防衛を徹底させる。そして、現憲法は維持し、「安保不平等条約」を改正する。安保条約の改正と集団的自衛権の不保持を両立する。

 木村 私も集団的自衛権の行使や容認には反対であり、かつ、日本は日本国民が守るという意識に立って、安保条約は最終的に解消させる方向で第七艦隊も無くすべきだと考えている。国連軍も視野に入れ、日本の軍隊を自前で持ち、米国から自立しながらアラブ、ユーラシア大陸、ロシアも含めた広い意味での世界外交を展開していくべきだ。とくに安全保障では、日米安保条約に代わる「アジア集団安保体制」など、アジア内での緊張を下げるための枠組みを作っていくことも必要だろう。そのためには有識者やそれぞれの国への縁者など、民間人を有効に活用するため外交官に積極登用するとか、何らかのポジションを付与するとか、外交の意思決定を左右しない範囲で活動を認めていくべきである。様々な角度からの大使館業務の弾力性といった外交の柔軟性が必要となってくる。省益とエリート意識による専横は、そろそろ変えていくべきだ。これに振り回されている今の日本の制度では、戦略的な外交は難しい。

 島田 1000兆円もの借金を抱えながら、それでもなお歳出を抑えられない今の日本の体制のままで、憲法を改正して軍隊を公認すれば、軍事産業の餌食となって軍事費が膨大化し、あっという間に借金は2000兆円に向かって増えていくだろう。一方で、米国は戦後50年間、毎年数十兆円規模の巨大な防衛予算をつぎ込んできたが、現在ではオバマ政権が大幅な軍事費削減を行おうとしている。そこで、第七艦隊を日米で共同運営してオバマ政権を軍事費面で助ける一方で、米国の軍隊を最大限に利用すればよいというのが私の案だ。日本の軍事費5兆円弱の中身は殆どが人件費に使われている。そうであれば、例えば陸上自衛隊を半分にして人件費を削減し、その分を第七艦隊への費用に回す。1兆円くらいを日本から資金提供をして共同運営とすれば、日本と米国のお互いにとってメリットになるだろう。テポドンが原発に命中してしまえば、もはや日本の陸上では戦えないのに、何故、日本に陸上自衛隊が13万人も必要なのか私にはわからない。安保条約も含めてそういったことをすべて見直し、しっかりとした同盟関係を再構築すればよいだけの話だ。しかし、今の日本の政治家にはそれが出来ない。それも日本の縦割り行政の弊害の一つだ。

 木村 日本の政治家の質は大きく低下している。ろくに勉強もせず政治が何なのかさえも理解していない政治家が多い。選挙制度にも問題がある。こんな質の悪い政治家よりは、しっかりとした意識を持ち、鍛えられた役人の方がまだ信頼できる面もある。当面の日本が目指すべきは、今後の国際社会の中で我が国がどのような旗を立てて、どのような外交戦略で進めていくか、というメッセージを明確に打ち出すことではないか。そして、ちゃんとした政治家を選んでいくことだ。国民の意識も不平不満だけではだめで、自らが社会への貢献人としての意識を持たなくてはならない。金があるないではなく、「ボロは着てても心は錦」で、それぞれがその処を得るためにどうすればよいかを考えないといけない。また、マスコミなども正しい情報を提供していくことが必要だろう。さらに、きちんと理解出来るよう基礎からの学校教育を行うこと、そして、官僚を上手に動かすことが出来る政治家を育てること。ただ、民主主義でいえば、功罪の中で「民主」というエゴが徹底すると、むしろ決められない政治となり、独裁を生む可能性も出てくる。ただでさえ、日本における選挙投票率は非常に低い。選挙権が、長い歴史の中で国民がようやく勝ち取ったものという意識が無いだけでなく、自らその権利を放棄している人々も多い。これは大きな問題であり、あらゆる方法を用いて国民を政治に参加させるシステムを作らなくてはならない。投票に3回連続で行かないなら、次の1回は没収とか、何らかのペナルティを課すべきだ。それでも国民が政治に無関心なようでは、プラトンの言う「哲人政治」のような、賢人だけが権力を与えられるような国になってしまう恐れも出てくるだろう。衆愚にならないために我々が頑張るしかないだろう。衆愚は権力者が一番喜ぶからだ。

 島田 結局、政治が身近ではないということが一番の問題なのだろう。政治を身近なものとするには、中央集権的なお金の使い方を止めなくてはならない。国と地方の役割分担をもっと明確にして、責任の所在を明らかにし、地方自治体が自分で考えて予算を使えるような仕組みを整えることも必要だ。また、役人は一生役人という制度ではなく、40歳定年にして、役人に民間での経験をつけさせるとともに、役人以外の国民にも役人の経験をさせるといった工夫も必要だと考えている。

 木村 いずれにせよ、今のままでは日本は国力がさらに低下しかねない。新たな政党なり人材を発掘することが急務だが、日本外交について言えば、戦略的な思考を持てる弾力性のある日本外交が必要だろう。(了)

――岡田教授の健康法は…。

 岡田 世間で言われているように、血圧、コレステロール値、血糖値の数値を下げることが長生きにつながる。そこで私は40年以上、週3回以上を目標に簡単なジョギングなどを行っている。運動を長続きさせる秘訣はあまり長時間頑張りすぎないことだ。週150分以上何らかの健康体操を行っている人は長生きだというデータもあり、それがいかなる薬にも勝るということは科学的根拠に基づいた医療、つまりエビデンスとして証明されている。しかし、薬を使わない方が長生きするといったエビデンスが一般に浸透しないのは、薬を売る際に、死亡率については触れず都合のよいデータだけを取り上げて宣伝しているからだ。それが端的に現れたのが、「ディオバン事件」だと思う。こうした事件は欧米などでは日常茶飯事であり、奥には深い社会の闇がある。単に犯人探しをするだけで終わってほしくない問題だ。

――薬漬け、検査漬けの現代医療に疑問を唱えていらっしゃるが、きっかけは…。

 岡田 私はもともと内科医だった。そして研修医の時に、内科的な薬や治療でその症状が良くなったとしても、病気は根本的には治らないと思った。さらに、ベテランといわれる医者の間でも、それぞれ治療法が違うことにも疑問を覚えた。そこで、大学の研究室に入り、海外の文献を読み漁った。当時は私の疑問に答えてくれるような文献は無かったが、1990年頃から、世界中で、薬を飲むことで本当に健康になるのかどうかを調べようという動きが出てきた。私だけでなく、薬の使い方が変だと思う人がたくさん出てきた訳だ。それをきっかけに海外では、極めて大規模で科学的な調査が行われるようになった。

――その頃から海外で行われている薬の調査方法とは…。

 岡田 数千人から数万人単位で調査を行い、調査期間も3年後、5年後まで追跡して結果を確かめるような、極めて大規模なものになった。それまでは数十人程度、せいぜい半年程度のデータでお茶をにごされていたが、それと比べると規模も発想もまったく違う。例えば、薬の効果を調べる調査では、薬を飲むグループと飲まないグループの2つに分けて、スタートから追跡調査をする。人間の心理とは面白いもので、薬を飲んでいると思うだけで治ることもあり、特に血圧については、血圧の薬と言ってパン粉を飲ませても数値が下がるくらいだ。そこで、外見をそっくりにしたプラセボ(偽薬)を本人にわからないように飲ませる。処方箋を書くドクターにも本当のことを教えない。知っているのはコンピューターだけだ。もちろん協力者には事前に了解を取り付けておく。当たり前のことなのだが、これはなかなか出来るものではない。調査の中で私が特に注目したのは、血圧の薬を飲み、血圧の数値が下がって脳卒中による死亡者が減ったとして、果たして将来の全体の死亡率が減るのかどうかを調べるという調査だった。これら、ありったけの文献を読んで分かったことは、飲んで長生きできる薬はひとつもないという結果だった。

――血圧降下剤を飲んで、血圧が下がり、脳卒中が減っても、長生きは出来ない…。

 岡田 同様に、コレステロールを下げる薬を飲みコレステロール数値が下がり、心筋梗塞による死亡者数が減ったとしても、全体の死亡率を見れば、薬を飲んだ方が長生きしている訳ではないという調査結果もある。殆どすべての薬がそうであり、薬によって検査の数値が良くなっても、長生き出来るわけではないということだ。しかし、世の中にはこういった本当のエビデンスが伝わっていない。今、全国の医師の手元にはたくさんの医学専門の雑誌や新聞などが送られてくるが、そこに掲載されている薬の広告には、その薬を飲んで寿命が延びるなどとは一言も記載されておらず、特定の症状の数値がいかに改善されるかが強調して書かれている。そして全国の医師は皆、そういった魅力的な宣伝トークにすっかり騙されてしまっている。

――定期的ながん検診にも反対のようだが、その理由は…。

 岡田 レントゲンによる放射線が体に非常に悪い影響を及ぼすからだ。もちろんレントゲンを使わないがん検診もあり、その場合は検診を受けることで死亡率が上がるようなことはないが、健康な人がむやみに検診を受けて毎年レントゲンをとるようなことには反対している。欧米ではがん検診がどれくらい役に立つかという調査も行われており、その結果は、がん検診を真面目に受けていた人の方が、はるかにがんが増えたというものだった。特に肺がん検診では必ずレントゲンを使うため多かった。また、CTスキャンも放射線量が多いため、健康診断などでCTスキャンを受けることに私は大反対している。がん検診でがんが見つかれば、普通は手術をして、抗がん剤を使う。こういったことも含めて、真面目に検診を受けて、真面目に薬を飲んだ人のほうが早く亡くなっている。これは驚くべき話だが本当だ。

――国が義務づけた検診によってガンが増えるとなれば、国の医療費も無駄だ…。

 岡田 日本は医療費が少ないことがしばしば国会で取り上げられ、政治家も専門家も、もっと医療にお金をつけるべきだと言っているが、過剰な医療は健康被害を増やすだけだ。企業に義務付けられている年一回の健康診断も、血液検査は必要だとしても、健康な人にレントゲン検査を行う必要は無い。もともと病気の人がその原因を知るために行う検査は必要だが、そうでなければ歯のレントゲンさえも出来るだけ断った方が良い。ありとあらゆる放射線はガンの原因だ。医療を行い、なおかつ死亡率が増えるということは、現代医療そのものの効果が問われているということなのだが、誰もそんなことを言わない。これが世の中の仕組みの恐さだ。

――厚生労働省を解体して、病院や薬の分野は経済産業省に任せ、予防医学は新たに「国民省」 のようなものをつくればよいのではないか…。

 岡田 まずはそういったものが必要なのかもしれない。ただ、それもこれも人間のやることだ。暫くすればそこに既得権や利権が絡み、お金が動けば、またよからぬ方向に動くのだろう。医療問題は、原発問題とよく似ていると思う。福島であれだけの大惨事が起こったにもかかわらず、国は何事もなかったかのように原発政策を進めている。医療問題も社会的な構造は全く同じで、権力やお金の構図によって正しい情報が伝わらない。そこには裏事情があり、それを突き止めることがこれからの日本の課題ではないか。(了)

――この度、事務局長となられた…。

 大森 私は90年代半ばから証券市場行政に携わっており、とりわけ金融庁で制度を作る側にいた時には、監視委員会の仕事を増やす役回りだったため、今ここにいるのは因果応報と感じている(笑)。金融商品取引法が施行されて当委員会の検査対象の幅は大きく広がり、最近では、銀行や証券会社などと異なり、到底まともとは言えないような業者に検査に行くことも多く、行ったら経営者がすでに警察に捕まっていたケースもあるくらいだ。人数は、大蔵省から分離した当時の200人体制から大幅に増え、今では本体400人に加え地方財務局340人の計740人となった。霞が関全体で定数削減を行っている中では非常識な増え方かもしれないだけに、まずは、この740人を最適配置していく。

――監視委は、日本の証券市場復活の一役を担っている…。

 大森 日本には投資そのものが定着しておらず、これはある意味不幸なことだ。米国ではブラックマンデー、ITバブル崩壊、リーマンショックなど何度も株式市場の暴落を経験しながら、その度毎に短期間で取り戻し、足元では最高値になっている。要は、株は長く持てば採算がとれるという常識が米国民にあるのだが、日本は80年代末に日経平均で4万円をうかがう、今後我々が生きている間にハイパーインフレにでもならない限り再現しそうに無いほど常軌を逸したバブルを起こし、それが崩壊してしまった。一般国民が参加して手にしたNTT株などがあっという間に5分の1になった苦い経験から、お金はゼロに近い金利でもすべて銀行に預金する意識が国民の中に根付いている。日本国民が証券市場に対し、銀行と比べて恐いとか、自分が公正かつ公平に扱ってもらえるかどうかわからないというような意識があるとすれば、その疑念を払拭していくのが我々の仕事だ。

――当委員会が設立されて以降、不公平を取り締まる体制がかなり充実してきた…。

 大森 例えば、昨年相次いで摘発した増資インサイダーでは、プロ同士の間で隠語めいたやり取りがされており、「ここまでは大丈夫だろう、プロだから以心伝心の情報伝達も許されるだろう」といった感覚の下に行われていた。そのため、事実認定には今までのケースよりさらに踏み込んだ調査が必要であり、案件を構成要件にあてはめて片付けるようなやり方を卒業し、実質的に何が公平なのかを問うようになってきた。「投資は自己責任」を前提に、一般投資家が不正に、不公平に扱われない環境を保証する仕事になってきていると思う。現在は、「うっかりインサイダー」や証券会社の一任取引を指摘して件数稼ぎをするような仕事は姿を消し、「偽計」のような一般条項を使ったファイナンス事案や、先述のようなプロによる公募増資インサイダーなど、踏み込んだ仕事が増えてきた。そのためには実質的な調査力を高めていくことが必要であり、職員にはかなりの資質や根気が必要だ。

――資金力のある会社役員レベルの人達はインサイダー情報に接する機会も多く、それ故にうかつに株に手が出せないという声も聞くが…。

 大森 我々は主観的な因果関係のない摘発は行っていない。立場がインサイダーであるが故にインサイダー情報を知り、公表される前に儲けようとか損を避けようと売買した場合が対象になる。もちろん、その場合は本人にやましい気持ちがある訳で、やましくもないのにインサイダーで摘発されることは、少なくとも今はない。もちろん経済メディアに関わる人たちは毎日膨大なインサイダー情報に接するだろうから、株の売買は控えた方がいいかもしれない。ただ、最近驚いたのは、証券会社が高名な経済学者を招いてセミナーを行なった際に、銀行の参加者が密室で不正にインサイダー情報を得たと疑われたくないと、主催した証券会社の人間を退室させたという報道だ。日本は罪刑法定主義の感覚が厳格で、基本的に真面目な国民が多いため過剰防衛になりがちだが、インサイダー情報を得たと疑われたくないから証券会社の人間と近づかないようにしていたら、健全な証券市場とも言えない。我々の摘発によってそういう過剰防衛を引き起こしているのかもしれないが、あまり制度や執行を厳しくしてしまうと、普通の人間としての付き合いや日常会話もできなくなってしまう。例えば欧州ではジャーナリストは特別厳しい義務付けをしていたり、米国では伝達ルートがどれだけ長くなろうとひたすら主観的因果関係の連鎖で不正を追いかけるなど、各国それぞれの制度があるが、統一されたものは無く、どの国にも絶対的に良いアイデアはない。

――詐欺の刑罰が軽すぎるという話もあるが…。

 大森 確かに金商法違反と詐欺は限りなく近づいているが、詐欺罪の量刑は刑法が決めている。金商法では業者の範囲が広がり、例えば第二種金融取引業のファンドなどでは、到底まともと思えない商品も売られている。それらを検査して性質が悪ければ登録取り消しなどの行政処分を課すのが我々の仕事だ。ただ、それだけではまた名前を変えて新たに登録して悪質な業務を繰り返すため、そのまま詐欺罪として警察に引き渡すようなケースも、昔に比べて多くなってきている。人事面でも、事実上の連携の面でも、我々と警察の関係は強化しており、金商法違反とされる業者が、警察による詐欺罪での摘発を出口とするような形は今後ますます増えてくるだろう。

――金商法の罰則規定をもっと厳しくするような考えは…。

 大森 例えばAIJ投資顧問が起こした事件の場合は、まずは業者としての登録を取り消し、その後、金商法違反の刑事容疑で強制捜査していたが、最終的に警察がそれを詐欺と判断して逮捕し、現在裁判となっている。証券市場での違法行為は、市場から投資家のお金を盗むことだが、一見、暴行や殺人などと違って明白な被害者が見えないため、全体的に日本での経済犯の刑罰は軽い。米国ではインサイダー取引をしただけで懲役に服すことなど普通だが、日本ではめったに実刑になどならないというように、米国などと比べ日本はかなり刑が軽い。

――いい加減なファンドが増えないように、厳しく律する法が必要ではないか…。

 大森 金商法制定以前は、例えばアイドルファンドや映画ファンドなど、収益が極めて不確実な投資商品が何の規制も無く取引されていたため、これらの業者を規制対象として第二種金融取引業者という形で風呂敷を広げて取り込んだ。登録されることで、かえってお墨付きを与えているのではないかという議論もある。だからといって元の無法地帯に戻せばよい訳でもない。我々としては、ろくでもない業者には規模を大きくしないうちに、ひたすらもぐら叩きをしていくしかない。数百億円規模のファンドになるまで資金が集まれば業者の「やり得」 になってしまうため、せめて数十億円規模のうちに止めておく必要がある。そして、悪質な業者は警察に引き渡したり、刑事告発したりする形を続け、悪事が割に合わないと思える流れを確立するとともに、一般国民にはフリーランチなんて世の中には無いんだという常識が浸透すれば、展望なきもぐら叩きにも出口が見えてくるだろう。職員にとっては、銀行や証券会社を相手にするケースに比べると厳しい仕事だが、難しい人間や課題に対峙するほど行政官として強くなるという姿勢で取り組んでいる。

――組織力を高めるために必要なことは…。

 大森 例えばAIJのような事件では確信犯的な嘘つきを見抜く力が必要だ。また、米MRIインターナショナル事件のように外国から日本国民を狙う人間が出てきたら、基本的にはその国の当局と協力して解決していかなければならないため、国境を越えて意思疎通出来る力が必要になる。さらに、オリンパス事件では、世間に流布している情報に的確に反応する力が求められた。このように、組織の一人一人に、嘘を見抜く力、国境を越える力、情報に的確に反応する力が必要なのだが、こういった力はなかなかマニュアルでは養成しにくく、かつ、そういう能力を持つ人材は限られているため、成功体験を皆で共有して全体の底上げを図るしかない。今、我々の組織は丁度そんなフェーズにあると思う。日本国民が、証券市場はきちんとした規律が働いるところなんだと信頼して市場に参加してもらえるように、人材の質的向上を目指し、組織の足腰を強化し、一層の高みを目指したい。(了)

――消費税増税については「景気条項」 が盛り込まれており、増税慎重論もあるようだが…。

 中川 消費税増税についてはすでに昨年8月の三党合意で法律が成立しており、来年4月から8%、再来年10月から10%に上げることが決まっている。ただ、慎重な判断をするという意味で、昨年8月時点では予想しなかったような経済状況の悪化などがあれば見送る場合もあるとしているのが景気条項だ。経済指標などが悪化して、消費税増税を見送るべきだと判断した場合でも、改めて国会に消費税増税法の延期法案を出して国会の議決を経なければならない。つまり、今から白紙状態で増税をするかどうかを安倍総理が判断するということではない。同時に、昨年8月の三党合意による社会保障と税の一体改革法が成立したことにより、マーケットは日本が財政規律を大事にする国だと判断した。日銀が大幅に金融緩和をして大量に国債を買っても、機動的な財政政策として平成24年度の大型補正予算を編成しても、市場はそれを財政規律を崩すものではないとして捉え、そのおかげでアベノミクスは現在順調に進んでいる。にもかかわらず、昨年8月時点に比べて経済指標も明らかに良い今、消費税増税を延期するなどと言い出せば、マーケットは結局、日本は財政規律などどうでも良いと思っている国だとみなすだろう。そうなれば、日本国債の償還確実性に疑問符がつき、国債の売りがはじまり、金利が急騰するというようなシナリオにもなり得る。

――1千兆円の借金を持つ日本がそうなれば大変だ…。

 中川 ギリシャでは一時、国債金利が30%まで上がり、結局その時は国債も発行できなかった。日本もそんな状況に陥れば国家破綻だ。中には「こんなに日本経済は上手くいっているのに破綻なんて有り得ない。それより消費税増税が原因で景気が悪くなったら元も子もない」という意見もあるが、マーケットは危うい均衡を保っている。消費税を8%にあげても増える税収は8兆円。消費税増税を前提にしても、プライマリーバランスの黒字化という目標を実現させるのは難しい。そんな状況であることを理解していれば消費税増税をやめることなど出来ない。今回、延期などすれば、もう消費税増税のチャンスは二度と来ないだろう。小泉政権の安定した時代でも行えなかった消費税増税を、ようやく民主党の野田政権下で決定した。このことは歴史的決断として評価したい。民主党はそのために結局分裂して今回惨敗した。それほど増税問題は日本の政治家にとって大きな犠牲を払うものだ。自民党はその犠牲を民主党に押付けたのに、その自民党が増税をやめるというようなことは、あまりにも酷いことだ。

――景気が良くなれば法人税や所得税が入ってくるため、消費税を上げる必要はないという意見もあるが…。

 中川 景気回復局面では税収弾性値が3~4あるとし、ここで3%の経済成長をすれば税収は9%以上伸びるという説を唱える人もいるが、現在の日本の税収構造は昔とは変わっている。所得税の累進課税が緩和されているため、所得税の税収弾性値は1あるかないかに下がっている。消費税の税収弾性値は殆ど1に近いと思う。さらに法人税のウェイトも下がっており、景気回復局面ではまずは繰越損失が消え、税収増に結びつかないケースもある。そう考えると、なかなか税収弾性値が3~4になるようなことはない。仮にそうなったとしても、現在の税収を40兆円としてその9%は3.6兆円。これは消費税増税分の半分にもならない。さらに毎年の社会保障の自然増が1兆円であることなどを考えると、経済成長だけではとても財政再建をすることが出来ないのは自明の理だ。このように、わが国の財政事情やマーケットを良く分かっている人達は、消費税増税をやらなくてはいけない、やらなければ恐いことになると思っているのだが、特にマーケットをわからない人達は、痛みを伴わない政策、つまりポピュリズムに走っている。ただ、もし消費税増税によって何か打撃を受けるようなことがあるのであれば、それを緩和するように補正予算で手当てをするといったことは必要なのかもしれない。

――消費税を上げると同時に、法人税を20%くらいに下げて海外に逃げ出した企業を国内に戻すべきだという意見もあるが、これについての考えは?…。

 中川 企業が海外に移転すれば、同時に技術も流出し、雇用も失われ、日本経済の衰退につながる。これは法人税の税率だけでなく、人件費の問題、為替レートの問題、電力料金が高いといった問題など、様々な要因による。デフレから脱却し、円安傾向が定着すれば改善されると思うが、一度海外へ逃げ出した企業はそう簡単には国内に戻ることはないだろう。腰を据えた対策が必要であり、早急に法人税を引き下げるのはどうかと思う。日本の法人税は諸外国と比べてそれほど高い状況ではない。むしろ投資減税など成長を促す税制上の措置を考えるべきだ。

――社会保障改革による財政コストの削減は…。

 中川 社会保障の削減については増税以上にやりにくい。社会保障の改革をすることにはみな賛成しているのだが、その先が具体的に進まない。例えば年金の支給開始年齢を遅らせたり、医療費の自己負担を増やすなどと主張すると、弱者に厳しい政府だとして途端に火の手が上がり、その際のマスコミの叩きようは内閣さえ壊してしまうといった展開が容易に想像出来る。国民の合意を丁寧に作り上げて、歳入、歳出ともに改革していくことが求められる。

――規制緩和をしなければ経済成長は難しい…。

 中川 私は、規制の緩和によって経済が成長するかどうかという検証がまだ十分になされていないと思う。例えば薬のインターネット販売にしても、そのことにより地元の薬局が潰れて、地域の絆が薄れ、高齢者はインターネットを使えずに薬も買えない状態になる可能性もあるが、それで良いといえるのか。万が一、インターネットで薬がたくさん売れるようになったとして、それが経済成長といえるのか。私は、それは違うと思う。昔のタクシー業界の規制緩和に見られるように、規制緩和で失敗した例も多く、私は基本的に、既得権益をすべて切り捨てるべきという考えはおかしいと思っている。社会的な規制を厳しくすることで経済発展していくという面もあるだろう。

――TPPでは、混合診療や農業の問題が焦点となっている…。

 中川 混合診療については、経済的余裕のある人だけが先端医療を受けられる社会になってしまう。医療は全国民が貧富の差無く受けられるような平等性を保つべきであり、最先端技術もきちんと保険医療の中に取り入れ、その負担は全国民が等しく分かち合うという社会が理想なのではないか。これは、お金で命が買える時代をどう考えるかというような、国家のあり方に関ってくる問題だ。同様に、農業の問題にしても、どのような人達が農業を支えていくべきなのかという議論もせずに資本主義の論理を闇雲に取り入れるのはいかがなものかというような、国家のあり方の議論になってくると考えている。

――消費税を増税したとして、現在の日本の借金1千兆円が返済される見込みは無いが…。

 中川 消費税増税だけでなく、何をやっても1千兆円の借金を返すことが出来るようになるなど、永久に有り得ないことだ。新規の国債発行をゼロにしたところで返せるはずが無い。プライマリーバランスをゼロにしたところで無理だ。現在の借金1千兆円という残高は、これからも増えていくだろう。せめて全体のGDP比で国家の債務比率を下げていくという努力をしていくしかない。このまま毎年40兆円の国債を発行していけば、10数年後にはさらに500兆円増えて1500兆円の借金となる。それが続けば最後は必ず国家破綻となる。我々としては、行政改革を引き続き行い、無駄な支出の削減に取り組み、さらなる税制改革もし、国家財政における借金の比重を減らしていくということに尽きる。これは政治家の使命であり、永久の課題ではないか。(了)

――TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)についてのお考えは…。

 木村 TPPに限らず、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)や多数国間のFTAの交渉が最近さかんに行われている理由は、過去20年で国際分業の仕方が随分と変わってきたからだ。以前は産業毎に各国で棲み分けが出来ており、原材料と完成品が船などで時間をかけて安く生産国から消費国へと運ばれていた。それが1980年代半ばから、IT技術の発達も手伝い、例えば東アジアでは部品・中間財生産が各国に散らばって完成品に至るまでに色々な国を巡るようになるなど、生産工程・タスク毎の国際分業による貿易が盛んになってきた。さらにスピードと運搬コスト、信頼性が重要視されてきている現在の貿易において、各国間での統一したルール作りが必要になってきた。新興国や途上国としても、政策環境を変えることで投資を呼び込み、経済成長を加速させたい。ただ、国際ルールを作るにしても、それぞれの国がなるべく自国の制度に近いルールにしたいと考えているため、その交渉は容易ではない。日本のTPP参加交渉については、仮に日米間で交渉がまとまれば、それが国際ルールの大部分を占めることになる可能性が高く、日欧FTAやRCEPなどにも影響してくる。複数のルール作りの場に参加することができれば、国際ルール作りにおいて潜在的に有利となる。まさに、日本がTPP交渉に参加する意味はここにある。

――TPP交渉に参加することで、日本が有利な立場になるということか…。

 木村 日本はこれまで、FTA交渉などでも農業の関税を守るために色々なことを行ってきたが、TPPは国際ルール作りの理想の下に、各国が色々な政策調整を行っていくものだ。海外からも、ようやく日本がそのような意識に変わってきていると評価されているのに、ここでまた「農業5品目の関税は譲らない」などと頑固に言い続ければ、それは以前と全く変わらない日本だ。また、混合医療廃止も非熟練労働者受け入れも、TPPにおける日本への要求に含まれる可能性は低い。しかし、日本自身にとってどうすべきなのかはいずれにせよしっかりと議論すべきだ。重要なことは、TPPに限らず、現在行っている貿易関連のルール作りは、新興国と途上国の貿易環境改善に主眼があるということだ。そこを履き違えてはいけない。

――TPP参加が農業に与える影響について…。

 木村 関税やその他の国境措置を撤廃することになるのは明らかだ。そもそも日本の農業は他の国と比べて保護水準が高い。OECD各国の農業への保護水準(生産者支持推計)は平均約20%だが、日本は50%で、しかもその80%以上が関税等の国境措置であるというのは大きな問題だ。TPPをはじめとするFTAでは関税部分が重要な意味を持つため、国境措置があると交渉では非常に不利になる。国境措置をなくして代わりに国内補助金にすることは、TPPでの交渉力を強くするためにどうしても必要だ。論理的にも、関税という国境措置では輸入農産物価格と同時に国内農産品価格も上がるが、関税分を国内補助金として生産者に直接渡せば、輸入農産物は国際価格と同様に安いままで良く、消費者の負担も小さくなる。すべての関税を国内保護に切り替えても、農家への補償は年1兆円以下の支出で済むだろう。しかし、農協等、関税という消費者の目にわからないような保護の方が心地よいと思っている人達は、関税その他の国境措置を守りたいと思っている。

――農産品価格の表示方法に、関税がいくら加算されているかといった情報を付加されると、農協は心地悪い…。

 木村 例えば、小麦は海外価格の約3倍で売られていて、小麦を使った食品もその分だけ高価になっている。消費税が3%上がるということで大騒ぎする日本人がこの値段に不満を言わないのは、関税で値段が何倍にもつりあがっているという事実を知らないからだ。ちなみに、米には約800%の関税がかけられているが、農水省の見解によると内外価格差は実際には200%程度になっており、すでに40%以下になっていると言う研究者もいる。理由は、中国米の値段が上がる一方で、日本米の価格は低下しているからだが、ここで日本政府は、国内米の値段の低下を防ぐために、米を作らなければ補助金をもらえるというおかしな減反政策を行っている。そのための補助金は毎年2000億円で、さらにそれとリンクしている戸別所得補償を加味すれば年間約6000億円が日本の米農家に支払われている。そういったことをすべてやめて、1兆円弱の補償金を直接農家に渡して関税をゼロにすれば、消費者の負担は大幅に下がるのだが、それを一番恐れているのは農協だ。農協は自分たちが米を買い取った時に手数料収入を得ていて、米の価格が下がれば手数料も下がる。それを嫌がっている。

――今ではインターネットなどを使って個人で売る農家も増えてきており、農協の存在価値そのものが段々と低下してきている…。

 木村 もちろん、農業の中でも国境措置がかかっていないところはたくさんある。関税が数%程度しかかかっていない野菜類や果物類、水産物などはすでに国際競争に晒されており、現在の円安から輸出を前向きに考えてきている農家の人たちも出てきている。1ドル80円だったものが1ドル100~120円になれば、当然、輸出競争力は変わる。ちなみに1ドル100円というのは、もともと2008年の水準でそこに戻っただけなのだが、その間日本はインフレ率がマイナスで外国はプラスになっていた。そういう意味で現在の円は実質為替レートで割安になっており、輸出競争力も高まってきている。もう一つ、米の耕作規模と生産性が完全にリンクしていることから、効率性の悪い耕地面積の小さな兼業農家などへの補助を見直す必要もある。農家1軒あたりの農業からの収入は年間約12万円しかないといわれているが、兼業収入と各種補助金受け取りのため、平均的なサラリーマン家計より収入が多い。農家を弱者として保護するという理屈は少々間違っている。いずれにしても、TPPは農業改革を待ってはくれないため、まずは国境措置を撤廃して国内補助金に切り替えることに早く取り組むべきだ。そうすることで、日本は本当にレジームチェンジしたんだと海外に見てもらえる。

――日本のTPP参加には、中国のプレゼンスを抑制するという面もあるのか…。

 木村 中国の中でも改革派と呼ばれる人達は上海機構を作ったり、アセアンとFTAを結んだりと、一生懸命、善隣外交を行ってきた。その努力が2010年以降、大きく損なわれてしまった。彼らがTPP交渉を意図して持ち出してくるのは、中国政治内で善隣外交を盛り返さねばならないと考えているからだ。TPP交渉が進めば日中韓やRCEPの交渉も進むだろう。RCEPには中国もインドも参加しているため、普通の関税を撤廃するだけでもかなり大きな経済効果が期待出来る。そういう意味でも、今の日本はTPP交渉を通じて有利な情報や条件を引き出せる非常に重要なポジションにある。国境措置という前世紀の問題が片付けば、日本のポジショニングは大きく変わってくるだろう。

――米国の本当の狙いは日本の保険市場、とりわけ郵貯の莫大な資金を取り込むことだと言う意見もあるが…。

 木村 郵貯が今後どうなっていくのかはわからないが、個人的には、もともと民営化されるべきだったと思うし、簡保については政府系の保険会社と民間の保険会社の競争の問題と考えるべきだ。重要なのは、米国にとってTPPの一番の目的は日本ではなく、新興国・途上国のための国際ルール作りだということだ。米国があらゆる要求を日本にぶつけてきた日米構造協議とはかなり違う。さらに、先進国の中でも経済制度はそれぞれ違い、TPP加盟国の中でも米国と違う意見を持つ国はある。例えばニュージーランドにはかなり異なる医療制度が存在する。さまざまな分野において交渉していく中で、日本が世界的に見ておかしいところを指摘されたのであれば必要な改革を行い、逆に、理不尽だと思われる要求に対してはきちんとNOと言えば、良いだけだ。細かい交渉対応を考えていくことも必要となってくるが、まず今考えるべきは、外国も感じている日本のレジームチェンジを潰さないようにしていくことだろう。(了)

――社長に就任して約1カ月になるが、現在のFX市場の環境をどう見ているか…。

 松田 店頭FX会社の取引高は6月は月間で532兆円となり、10数年前にFX市場が設立されて以降で最高となった。昨年6月は153兆円だったから、1年で約3.5倍にも拡大している。アベノミクスや日銀の異次元緩和、さらに米FRBや各国の金融政策を巡る色々な思惑によって相場が動くようになった今の状況は、投資家に大きな収益機会をもたらしている。ただ、FX業者の多くは収益的には総じて取引量の伸びほどは潤っていないものと思われる。

――それだけ取引高が膨らみながら収益が上がらない理由は何か…。

 松田 業者間の激しい値下げ競争の影響が尾を引いているからだ。当社はドル円のスプレッド(売値と買値の差)を1銭でご提供しているが、業界では昨年来、安値攻勢による取引獲得を目指して、我々の3分の1以下までスプレッドを縮小する先が増えてきた。このため、各社とも取引量は増えても利鞘の縮小でかなりの程度帳消しになっている面がある。しかも、最近では為替相場の変動が激しくなったことでFX業者のカバー先である金融機関の対応・条件が総じて保守的となっているため、利鞘面ではさらに厳しくなっている面もある。

――そうした値下げ競争の流れは今後も変わらないのか…。

 松田 最近では、昨年来の流れに逆行するかたちで、スプレッドを拡大する業者も出てきており、潮の流れは変わりつつあるのではないかと感じている。何をもって「正常化」というかは難しいが、これまでの動きに「行き過ぎ感」ないし「経済不合理性」が少なからずあったと再認識されているのではないか。当社は行き過ぎたスプレッド縮小競争からはなるべく距離を置いて、市場での実勢や流動性に照らして適正と考えられるスプレッドを提供しつつ、サービスの質全体を向上させることを目指してきた。おかげさまで、ここにきて当社の取引量も、個人、法人いずれについても大きく増加しており、当社の地道でオーソドックスな経営スタイルがお客様に改めて受け入れられたのではないかと思っている。すなわち、当社はセントラル短資という、インターバンク市場で100年余の歴史を持つグループの一員として、豊富な知識、経験、ノウハウ、ネットワークを持つ数多くのプロフェショナルと信頼を有することから、「クオリティFX」の名のもと、質の高いFX取引を提供することを社是としている。

――FXにおける「クオリティ」とは具体的に何を意味するか…。

 松田 ひとつは、取引システムが安定的に稼働しているか、処理速度が十分速いか、パソコンだけでなく携帯、スマートフォン、タブレット等様々な取引ツールで取引できるかといった快適性の問題だ。今はパソコン画面で取引している人のウェイトは2割台に落ちてきており、携帯やスマートフォン等の比率が4~5割まで上がってきている。それに合わせた対応も欠かせない。次にFXのバラエティの豊富さだが、例えば当社は昨年7月に本邦で初めて人民元/円のFXの取り扱いを始めた。当然その後他社も追随してきているので、「次はどんな魅力的な通貨をご提供しようか」と常に考えている。さらに、お客様にご提供するスワップポイント(通貨の金利差等に応じて顧客との間で受取・支払が行われる調整額)についても、どれだけ有利なポイントを還元できるかはFX会社のスキルによって変わってくる。人民元や南アフリカランドといった高金利が魅力の通貨はもとより、多くの通貨について魅力的な条件を提供したい。このように、比較的中長期の外貨投資を目指すお客様にもご満足頂けるサービスの提供にも注力している。この点も他社と比べて際立っている点ではないかと思う。

――格付も取得している…。

 松田 日本格付研究所(JCR)から厳格な審査を受けて、投資適格であるBBBの格付を取得している。同業者の中で格付を取得しているのは3社程度かと思うが、おかげさまでそうした信頼感・安心感からか、各方面から業界の動向、あり方等についてコメントや意見を求められることも多い。信頼をさらに高めるため、ウェブ画面も見やすく使いやすく、かつ内容豊富で正確でタイムリーなものにするよう務めている。こうした点を総合的に見ていただくと、他社とはちょっと違うな、と思っていただけるのではないか。金融以外の業種からFXに入った会社も多い中で、専業のFX業者として今年で創業12年目に入った。動きの激しい当業界では、十分に「老舗」とご認識いただいているのではないかと思う。

――現在、何種類の通貨取引を提供しているのか…。

 松田 当社では現在、24種類の豊富な通貨ペアを取り扱っている。主力の米ドルと円のほか、オーストラリアドルと円、南アフリカランドと円の組み合わせの人気が高い。元々為替レートに関心が高い国民性だが、自身の会社や海外旅行等での経験、知識を総動員して様々なパターンの取引が出来るFXは、若い人にもリタイアされた中高年の方々にも魅力的な知的投資商品だと思う。何より外国為替市場はインサイダー性や相場操縦などからは縁遠い世界であるため、透明性が非常に高い。因みに、同じ外貨商品である外貨預金と比べてみると、扱う通貨の種類はFXの方がはるかに多い。また、仮にFX取引でレバレッジを1倍にすると外貨預金とほぼ同じ商品性となるが、手数料はFXの方が大幅に有利だ。しかもFXでは期間も自由に決められるし、いつでも終了できる。こうした魅力も是非アピールしていきたい。

――日本では、「貯蓄から投資へ」と言われて久しいが、FXとの関係は…。

 松田 金融資産の蓄積・多様化が進み、金融リテラシーが高まる中では、今後も貯蓄から投資への流れが続くことは間違いないだろう。さらに今後、物価が本格的に上昇し始めれば、預金金利の引き上げはどうしても遅れがちになることが予想される。そうした中で、これまでの低金利での預金運用中心でいいのか、という問題意識は個人投資家の間で出てくるだろう。また、株式市場が息を吹き返したのを見て、「貯蓄(貯金)しておくよりも株など(投資)を買う方が魅力」と考える人が多くなってくるのも自然なことだ。実際、株とFXの両方を扱っておられる業者では、相乗的な効果も出ている。

――顧客年齢層は…。

 松田 一番多いのは30~40歳代だが、50歳代以上もかなりおられる。当社では現在、一定の売買プログラム(ストラテジ)に従って機械が自動的に売買してくれる「システムトレード」の拡充に力を入れているが、その使い方をご説明するためのセミナーに、かなりシニアなお客様にもご参加いただいた。幅広い年齢層の方が最新の取引手法に関心を持っていいただいていることを改めて認識した。システムトレードに関しては、1~2年前までは、自分で本を読み、自分でストラテジ(売買プログラム)を組んで、どのようなシグナルを出させるか自分で指示するというように、すべて自分で作るのが一般的な姿だった。今は、優れたストラテジをFX業者に提供する会社がある。当社もイスラエルのトレーデンシーという会社から、世界中のストラテジ・プロバイダー(提供者)が作った様々なストラテジを厳選して提供してもらっている。我々はその中から高いパフォーマンスを上げているものをランキングしてお客様にお示ししている。お客様はさらにそれを自分なりに組み合わせて、独自の「ポートフォリオ」を作ることもできる。

――システムトレードのメリットは…。

 松田 第1に、世界で実績のある多数の優秀なストラテジの中から自分に合ったものを自由に選べること。第2に、パソコンが自動的に24時間トレードしてくれるので、パソコン画面にずっと張り付いている必要がないこと。第3に、例えば買った後、想定外に相場が下がり続けた時など、自分で取引している場合は損切りに踏み切れずに損失が増えてしまうことがあるが、システムトレードではストラテジに沿って売買されるため、こうした事態も防げること。新しいタイプのシステムトレードは、今日本で人気が高まっている。

――世界経済に与える影響も徐々に高まってきている…。

 松田 FX取引の規模は世界でも日本が最大であり、東京市場の外国為替取引の大半がFX取引に絡む取引だと言われている。足元は短期売買が膨らんでいることで押し上げられている面はあるが、FX取引の動向は外為市場関係者全員にとっても極めて大きな関心事だ。市場の整備も不断に求められる。例えば最近では、バイナリーオプション取引の扱いのように商品としての適切性が議論となった案件についても、業界で投機性を弱めるためのルール作りが行われた。新興かつ最新技術を用いる革新的な業界であるがゆえに、今後も色々なアイデア・商品が出てくると思うが、当局、協会、業界関係者が利用者の立場に立ってきちんと適切に議論・判断して、市場の健全性・透明性を維持していくことが、「貯蓄から投資への流れ」をしっかり受けとめていくための前提条件となろう。

――最後に、新社長としての抱負を…。

 松田 FX取引が持つ投資・ヘッジ手段としての有利性や取引の利便性といった魅力をもっとたくさんの方々に知って欲しいと思っている。当社としては、ウェブサイト上の興味深いブログ、コラム等のコンテンツと各種ツールを一層充実させながら、わかりやすい形で市場や取引の魅力を伝えていきたい。それとともに、関係者とも密接に協力しながら世界一の規模の市場の名に恥じないインフラ・ルールを整備していくことで、投資家に新たな地平をご提供していくためのお役に立ちたいと考えている。(了)

――日本証券業協会の会長となられた。目指すところは…。

 稲野 主眼は「活力ある金融資本市場の実現と、投資家の裾野拡大」だ。それを目指すために、当面の課題を「成長戦略への貢献」、「個人投資家の支援」、「金融経済教育の推進」、「証券会社・証券市場の信頼性確保」、「国際化への対応」、「協会運営態勢の強化」という6つのカテゴリーに分類して進めていく。これら6つはそれぞれ関連しているため、同時進行させることが重要だと考えている。例えば「成長戦略への貢献」には、新規・成長企業へのリスクマネー供給の促進・強化が必要だが、リスクマネーを流れやすくするためには、その主要な出し手である「個人投資家の支援」が必要だ。そのための制度的手当てとしてNISA(少額投資非課税制度)を推進していく。同時に、個人投資家にきちんとリスクを取る行動をしてもらうためには「金融経済教育の推進」が欠かせない。多数の個人投資家に一定の金融リテラシーを有してもらい、自立的に判断できる環境を作っていかねばならない。また、未公開株や社債等をかたった詐欺の被害防止に向け、しっかりと広報活動を行い、「証券会社・証券市場の信頼性確保」に努めることも重要だ。このように、すべては連携している。

――金融リテラシーの取り組みについて、具体的に…。

 稲野 本協会の金融・証券教育支援委員会では、より深いテーマにフォーカスして様々な議論を行っており、パンフレットやセミナーなどを増やし、国民各層へのアウトプットを図っている。若年層への金融証券知識の普及に関しては、直接授業に出向いたり、或いは中学校や高等学校の先生に対して金融証券教育を行うための支援なども行っている。学校の先生の知識が充実していなければ生徒にきちんと教えることは出来ないため、このような活動が重要となってくる。学校教育に関しては、学習指導要領にきちんとした形で「金融証券教育」という項目を入れてもらうということが一つの大きなゴールだと考えている。

――自主規制団体の中の自主規制会議について…。

 稲野 日証協の中には自主規制会議というものがあり、外部の方が協会の役員として名を連ねながら自主規制会議を率いている。そこで自主規制に関する最高意思決定がなされる。ここは、証券戦略会議などとは明確な一線が引かれている。それは組織運営上仕方の無いことだ。組織を別にするというような議論も有るが、やはり全体を見た上で物事を進めていかなくてはならない。今の組織形態は上から下から見渡すことが可能であるという点で効率性が高く、私は現在の仕切り方で十分に機能していると思う。

――金融資本市場の発展について、ロビー活動をもう少し強化すべきという意見もある。自主規制団体とは別に、ロビー活動を分離独立させるという考えは…。

 稲野 論理的にはありうるが、実態としてはすべてリンクしているため、全体を総合的に捉えた方が社会的な効率性は高いと思う。それぞれが、全てを勘案しながらそれぞれの観点で物事を考えるということが重要だ。バブル崩壊以降、直接金融の割合がなかなか増えない中で、我々としても、どうしても劇的なものに期待する傾向が強くなりがちだ。もちろん劇的なものは有りうるし、決してそれが悪いことではないのだが、直接金融の資金ルートの拡大には長い時間がかかるということを覚悟しながら、着々とやっていくことが重要だと考えている。今回のアベノミクスでは随分と雰囲気が変わり、多くの人が「株が上がるのは良いことだ」というような言葉を発するようになってきた。それは大変良いことだと思う。株高による資産効果によって消費が刺激されているのも事実だ。

――協会の組織も350人と大きくなった。今後の組織運営についての考えは…。

 稲野 350人の組織はかなりの大集団であるため、この組織全体が効率的であるか生産的であるかが大きな意味を持ってくる。そのため、それぞれが生産性を上げるためにスキルを磨いたり、ICT(情報活用技術)をバックアップしたりと、それぞれに課題がある。日本の金融資本市場の発展の一翼を支える存在である協会職員、特に若手職員の人達に対してどのような育成を行っていくのかは非常に重要な課題だ。それは私の任期だけで解決する話ではなく、将来に向けた取り組みになるが、優秀な若い職員が入って来れば来るほど人材育成は重要になってくる。

――NISA(小額投資非課税制度)も盛り上がってきているようだ…。

 稲野 非常に手ごたえを感じている。協会のHPに対するアクセス件数もかなりの勢いで増えており、メディアでも、最近は毎日必ずどこかに「NISA」という言葉が登場している。露出度が高まれば浸透度も高まっていくため、我々としても広報宣伝活動には相当力を入れ、制度がスタートするにあたって実務的に齟齬が無いように、あらゆる手立てを講じている。制度自体については将来における拡張化を見据え、制度の柔軟性や利便性を高めるために、色々な発言をしていきたいと考えている。

――今後の税制改正について、協会として望むことは…。

 稲野 現行の金融所得一体課税では、現在10%の軽減税率は平成25年12月末で撤廃され、平成26年1月から20%に上がる。そのタイミングでNISAが導入されるため、NISAの恒久化は是非ともお願いしたい。また、現在最大3年となっている損失繰越期間は、実際の投資家の行動を見たり意見を聞いたりすると、延長されることで利便性が高まり、投資行動がもっとスムーズになるという感触があるため、損失繰越期間を延長する必要もあると思う。もちろん今年度だけではゴールには達しないと思うが、平成28年1月から公社債、公社債投信も含めた損益通算が可能となった後は、金融先物などのデリバティブも含めた損益通算など、金融所得の中での一体課税範囲を広めていくことは、今後の重要なテーマとなろう。金融当局には、全体を考えて、最終的に何が経済を大きくするのかを考えて欲しい。銀行を通じた国債買い付けが国債の安定化やマーケットに寄与している事は言うまでも無い事実だが、仮に個人が最終的な国債の買い手であるならば、直接購入するという姿ももっとあって良いはずだ。銀行システムを通じた個人預金から国債へという資金の流れはあまりにも大きくなり過ぎており、今のままではバランスが悪い。株にお金を流して企業に元気になってもらい、それが税金を生むという流れを作り上げなくてはならない。

――AIJ投資顧問の年金消失事件や、認知症高齢者への詐欺的行為など、証券を巡るトラブルについて…。

 稲野 年金スポンサーにおいては受託者責任が存在していることが非常に重要な観点だ。自らが専門的知識をすべて具備した専門家でなかったとしても、例えば外部専門家を活用するなど様々なやり方はある訳で、果たすべき責任は果たさなくてはならない。「プリマチュアな総合型の厚生年金基金だったからわからなかった」ということではいけない。AIJについて個人的見解で言えば、受託者責任に全く反しており、十分な専門的基盤がないままに事業を営んだ。しかもそれが年金という、背後に多数の受給者、加入者がいる個人のお金だ。それを欺いたということは非常に重い。また、高齢者などの適合性原則の問題については、統一的な解が無いというのが難しいところだ。例えば年齢を目安に、80歳以上は株式等の商品を買い付けてはいけないというような規制を設けるのが果たして良いことなのか。年齢が非常に重要な要素であることには間違いないが、全体的には、年齢が上がるにつれて、資産運用ニーズよりも流動化ニーズの方が出てくる。そういった全体の状況を先ず理解した上で、個別性をどう反映するかは、実際に自分たちのこれまでの経験をもとに様々なことを考えるしかない。親と子の関係をみても、親は子に自らの資産内容を知られたくないというのが世間一般の考えだ。また、常に子が親に同席して何かを約定するというようなことも、嫌がる人が沢山いる。親子関係は複雑で、一律のものなど無い。そのため、協会として、年齢などを基準に統一的に何かを作るようなことは難しい。ただ、そういった事象にどのように対応していくかというような考え方については、きちんと整理していく必要があると認識している。

――自由化により証券各社では手数料などの引き下げ競争が続いてきたが、協会として下限を設けるような考えは…。

 稲野 株式委託手数料は取引所の受託契約準則に規定があるが、協会が下限を設けるようなことは難しい。提供しているサービスの対価を考えれば、他のビジネスでカバーしているから手数料は安くてもよいというようなこともあるが、これまで下げ一方向の手数料も、本来は上げるようなこともあって良いと思う。日本では金融サービスにかかる手数料は安ければ安いほど良いという風になりがちだが、金融サービスには明確な対価が有るはずだ。とはいえ、世の中で行われている比較は、高いものから順に並べたり、安いものから順に並べて、安ければ安いほど良いという風潮にある。私は、金融サービスに対する比較情報はもっとたくさん存在すべきであり、ユーザーがそういったものを参考にしながら決めていくということが、本来あるべき姿だと思う。運用会社を見ても、現在、株のブローカレッジのエージェンシー手数料は10bp以下だ。きちんとしたブローカーで、リサーチも付いて、その数字で果たして採算が取れるのか。手数料水準だけでなく、そこに付帯するサービスを含めて、この辺りはきちんと吟味しなくてはいけないステージに入ってきたと思っている。(了)

――尖閣諸島を巡り日本と中国がそれぞれの見解を表明している…。

 田島 尖閣諸島は、日本が1895年に閣議決定をして、国際法上の無主物先占の法理により、日本の領土となった。その具体的な経緯は、1885年に古賀辰四郎という民間人が明治政府に借地願いを提出したため、明治政府が尖閣諸島に関する詳細な調査を行ない、この島が無人島であり、かつ、国際法上の領有権保有国もいないことを確かめた上で、国際法上の日本の領有権を確保したというものだ。以来、尖閣諸島は日本の領土として現在まで継続しているというのが日本の論理だ。その後76年間は、それに異論を唱える国はどこにもいなかった。しかし、1971年になって、先ず台湾が、続いて中国が尖閣諸島を自国の領土だと主張し始めた。台湾や中国が急にそのような主張をし始めた理由は、1968年に国連極東経済委員会が東シナ海の海底資源調査を行い、尖閣諸島周辺の海底に大量の石油が埋蔵されている可能性が高いということを発表したからだという見方が一般的だ。

――国際法上、尖閣諸島が日本の無主物先占と決定されたのであれば、中国や台湾からは文句をつけられる筋合いは無いと思うが…。

 田島 おっしゃるとおり、文句をつけられる理由は全く無い。中国側の主張は「古来、尖閣は中国のもので、明の時代には外敵を防御するための地域となっていた」とか、「1894年~95年の日清戦争で日本が勝利した際の日清講和条約で、台湾割譲のどさくさに紛れて日本が尖閣諸島を盗み取った」とか、「第二次世界大戦後のサンフランシスコ平和条約で、日本が台湾を放棄した際に尖閣諸島も含まれていた」など、国際法上は根拠にならない理屈を造り挙げている。「昔の地図に載っている」というのであれば、世界中でいろいろな古い国が類似の要求をしたら、大混乱が起きるであろう。日清講和条約でもサンフランシスコ平和条約でも、尖閣諸島の「せ」の字も議論された経緯はない。また、中国は、1943年に米英露中の4カ国が集まり、日本に対して「第一次世界大戦後中国から奪った島や地域は中国に返さねばならない」と求めたカイロ宣言を挙げるが、第2次世界大戦後の日本の領土は、1951年に46カ国が参加して調印したサンフランシスコ平和条約で決定されたのだ。

――サンフランシスコ平和条約では尖閣諸島は日本の領土として認められているのか…。

 田島 1952年のサンフランシスコ平和条約では、琉球諸島を含む南西諸島が米国の施政権の下におかれることが決められ、尖閣諸島は琉球諸島の一部として米国の施政権の下におかれた。1972年に沖縄返還協定が締結され、南西諸島の施政権が日本に返還されたが、米国の施政権の下にあった期間も南西諸島の領有権はずっと日本にあった。例えば、1964年の東京オリンピックのときには、聖火ランナーは沖縄からスタートして九州、四国、本州、北海道と日本全土をまわった。その際ケネデイ米大統領は、「沖縄はもともと日本の領土であり、施政権が早く日本に戻るように期待している」と発言し、沖縄の領有権が日本にあることを認めている。日本側が尖閣諸島の領土問題は存在しないといい続けているのはそういった背景と、歴史の事実があるからだ。さらに、中国は、現在、尖閣諸島が台湾の一部であると主張しているが、1971年以前には、中国も台湾も尖閣諸島は琉球諸島の一部であると公式文書、新聞の解説記事、世界地図などで認めていた事例がたくさんある。

――1972年に日本と中国は国交正常化交渉を行ったが、その過程は…。

 田島 中国側は、1972年の日中国交正常化交渉のとき、また、1978年の日中平和友好条約交渉のときに、尖閣諸島を巡る問題について日中両国間に棚上げの合意があったと主張している。尖閣諸島を中国の領土だと主張し始めたのは、1971年頃の米国在住の華僑達だった。当時、私はNY総領事館に勤務しており、尖閣諸島を巡る討論会にたまたま傍聴に出席した際に、手を上げて反論した経緯がある。1972年の日中国交正常化交渉では、公式記録によれば、田中角栄総理が周恩来総理に対して「尖閣諸島についてどう思うか」と聞いたところ、周恩来総理は「今は話したくない」との返事をしたため、とりたてて棚上げの合意がなされた訳でもなく、そのままで日中共同声明が発表された。1978年の日中平和友好条約交渉の際には、私は外務省の中国課長を務めていたため、直接の責任者の一人として、その交渉についてはよく記憶している。中ソ対立が激しかった当時の中国は、日中平和友好条約を早期に締結したいと考えており、日本にも、長年の懸案事項であった日中平和友好条約を早期に締結すべきであるとの国内世論の高まりがあった。そして交渉が始まろうとしていたときに、100隻を超える中国の漁船が尖閣諸島周辺に進入し領海を侵犯するという事件が発生した。中国側はこの事件を「中央政府が関知しない偶発的な事件である」と釈明したので、事件を収束させ、条約交渉を始めたが、日本国内の慎重派は、尖閣諸島が日本の領土であるとの確約をとれと主張し、それを条約締結の条件とした。

――条約の最終交渉の現場にも参加されたそうだが…。

 田島 最終交渉は7月21日から始まったが、大体の条約内容が固まった8月8日に園田外務大臣が訪中し、外相会談が行われて最終的に交渉が妥結した。続いて鄧小平副総理と園田外務大臣との会談が行われた。鄧小平副総理は「日本と中国との間には2000年の交流がある。色々なこともあったが、それも2000年の交流から見ればほんのわずかな時期であり、歴史的な問題は、今はもう水に流した。現実には尖閣問題や大陸棚の問題などいくつかの問題があるが、今は知恵が無いため、そういったことは脇に置こう」と発言した。そこで園田外務大臣は尖閣問題についてきちんと決着をつけるために、「日本の立場は閣下の御承知の通りである。今後は先のような事件を起さないで欲しい。」と釘を刺した。すると鄧小平副総理は「この問題は、数年、数十年、百年でも脇においておけばよい。次ぎの世代、あるいはその次の世代の知恵に任せる。中国政府としては問題を起こす事は無い。」と明言した。

――園田外務大臣と鄧小平副総理のその時の会談は録音されていないのか…。

 田島 録音は日本側にはない。中国側のことは知らない。園田外務大臣は鄧小平副総理のその言葉を持って日本に帰国し、その報告を受けた福田内閣は、日中平和友好条約への国会の承認を得て批准された。そして、その後の批准書交換式に鄧小平副総理が来日した時も、鄧小平副総理は福田総理に「尖閣の問題は後の世代に任せればよい」と言っていた。さらに、鄧小平副総理が中国の首脳としては初めての記者会見を行った時にも、記者から尖閣問題について問われ、「国交正常化の際も、今回の日中平和友好条約交渉の際も、その問題には触れないことで一致した。一時棚上げしても構わない。」などと答えた。そのような経緯がある中で、昨年、東京都が尖閣諸島を買うと言い出し、船だまり造成などを示唆したので、これには日本政府も驚いた。というのも、それ以前の2008年には中国の公船が日本の領海に侵入し、2010年には中国漁船の海上保安庁の巡視船への衝突事件が起きていたため、ここで再び尖閣諸島問題が前面に出てきて中国との関係が悪化するようなことは政府としては避けたかった。そこで、政府が尖閣諸島を購入し、従来どおり平穏に尖閣諸島を管理することにして、問題を大きくしないようにと考えた訳だ。

――しかし、中国側はそれに対して猛烈な反対抗議を行った…。

 田島 中国は、日本が尖閣諸島の有効支配をさらに強化しようとしていると解釈し、日本政府の尖閣諸島購入に反対した。ここで、尖閣の「国有化」という言葉がプレスで使われたことも問題だった。政府は「購入」という言葉を使っていたが、「国有化」という言葉はいかにも他国所有のものを没収するような印象を与えたと思う。そして、野田首相が中国の胡錦濤主席と会った直後に購入決定の発表をしたことで、中国は反日暴動を起した。中国は、尖閣諸島が中国のものだと世界中に宣伝している。中国人が夫婦喧嘩をする時は、家の外に出て大声でやるのだが、それと同じ方式で、世界中に日本の悪口を言って回っている訳だ。ただ、いわゆる「棚上げ」に合意があったか否かについて見れば、中国側は「尖閣諸島は放って置いてよい。政府として問題を起こすつもりはない」と言った。それは、日本側にとり困る話しではなく、現に日本側が有効支配をしているのであるから、棚上げに合意する筋合いの話ではなく、合意はなかったと言える。

――日本と中国は隣国であり、GDPも世界2位、3位の大国同士だ。このまま仲たがいした状態が続くことは、お互いにとって好ましいはずが無い…。

 田島 私は、「棚上げ」の合意があったか否かという問題は、レトリックの問題であり、真の問題ではなく、双方が友好協力関係を進展させるために、尖閣を巡り、どのような行動を採ってきたかが、真に重要な問題であると思う。日本はこれまで、尖閣諸島を安定的に、平穏に管理し、中国側を刺激しないように努めてきた。しかし、中国は1992年に領海法を制定し、そこで最初に現状維持を破壊した。さらに2008年には中国の公船が日本の領海に侵入し、2010年には漁船衝突事件も起こした。2012年には日本が事を荒立てないように尖閣を購入しようとしたが、中国はそれに反発し、中国国内にある日本企業への暴力行為を許した。こういった中国側の行動は、両国間の友好関係を保つための行為とはいえない。「海洋権益」を誇大に主張したり、「偉大なる中華民族の復興」を唱えたりと、ナショナリズムを高揚させており、まるで帝国主義時代の国の発言のようであり、国際協調時代に生きる大国の発言としてふさわしいものとは思えない。不満が有るのならば、中国側が知恵を出して話し合いを提案すべきなのに、そういったことをせず、威圧や挑発ばかりを行うのはおかしなことだ。ただ、中国側のそういう態度を忍耐強く聞きおいて、成熟国としての日本側が、話し合いの提案をしても良いのではないかと思う。鄧小平副総理が述べたように、日中間には、アジア及び世界の安定と発展にために協力すべき共通課題が山ほどある。すべてにおいて日本が受身になっているというのは問題だ。日本国民が、一丸となり、知恵と能力を絞って、隣国に、世界に対して、積極的に働きかける行動を起してもよいのではないかと思う。(了)

※肩書きはすべて当時のもの。

――ラオス政府の顧問として、どのような活動をされているのか…。

 鈴木 投資セミナーを通じて日本企業の誘致を行っているほか、依頼に応じて原稿などで情報を発信している。投資戦略の立案や法律の草案作成も私の仕事だ。ラオスの投資法や経済特区法は、実際に私がドラフトを書いたものだ。近隣諸国の制度を全て調査したうえで、日本企業の進出を促すことを念頭に作っており、このため日本からの投資の恩典はラオスがアジアで1番だと自負している。これを聞くと驚く人も多いが、カンボジアやミャンマーと比較しても優れていると断言できる。

――ラオスは人口が少ないため、労働者が集まりにくいという問題もある…。

 鈴木 統計を見ると、1990年に350万人しかいかなかった人口は、年2.5%のペースで増加し、2006年には613万人となった。15歳から65歳までの労働人口はそのうちの約43%、289万人だ。推計では今後、人口は年2.2%のペースで増加し、2030年ごろには1000万人を超え、労働人口も毎年のように純増していく。私がラオスに進出している外国企業50社を対象に行った調査に基づくと、2006年から2010年までの5年間では、約10万人の雇用が生まれたのに対して労働人口は約35万人も増加した。これを見る限り、当面は労働コストが大幅に上がる心配はないだろう。タイのタクシン首相が2004年、労働局に登録を行った外国人不法滞在労働者に対して1年間の滞在と就労を認めるとの政令を出したところ、約18万人のラオス人が届け出たとのVoice of America (VOA)の報道もある。雇用機会が多く、賃金の高いタイに外国人労働者が流れている訳で、還元すればラオスは余剰の労働者を抱えているとを意味している。

――ラオスに工場を建てるにはどのようにすればよいのか…。

 鈴木 ラオスの憲法では国家が土地の所有権を有しているが、土地の相続権・使用権・譲渡権が認められており、使用権は買い取って譲渡・貸与することが出来る。具体的には、民間が持っている土地を借りる方法と、政府や県から国有地を借りる2つの方法があり、どちらも実例は豊富だ。今まではジャパンクオリティーの経済特区(SEZ)が無かったため、我々が民間の土地を紹介していたが、日本企業専用の特区がサワンナケートという中部の県に出来たため、日本企業にとって安心して進出しやすくなるに違いない。プノンペンのSEZは2年間で260ヘクタールが完売するほどの人気を博したが、その理由は電力や水道などのインフラが整備され、高い環境水準を日本人マネージャーが責任を持って提供したからだ。これまでラオスは人口の少なさなどから過小評価されており、その水準に合致するSEZがなかった。しかし、ラオスでは電力や水道のコストはアジア一安く、労働争議が皆無のほか、識字率も高い。さらに、南北回廊が完成すれば地理的なネットワークも向上し、各国に対してさらにアクセスしやすくなるため、多くの企業の進出が期待できる。

――ラオスの賃金水準はどの程度か…。

 鈴木 タイでは最低賃金法により、1月あたりの最低賃金が全国一律で300バーツ(約240ドル)となったが、ラオスの最低賃金はまだ約80ドルで3倍程度の差がある。しかし、実際には最低賃金で雇うことは出来ず、諸手当も勘案する必要があるが、その中には賞与や勤続手当、出産手当、教育費など、ラオスで支給されていないものがある。これを間接労務費として加算し、30社にインタビューを行ったところ、タイは1人あたり437ドル、ラオスは102ドルで約4倍の差にもなる。これを活かさない手は無い。

――タイとの賃金の差を生かす方策とは…。

 鈴木 私は地域補完型工業化という国際分散立地を念頭においてビジネスモデルを提案している。ネットワークが繋がってこれからASEAN諸国が1つの市場になっていく際、すでにアッセンブリー工場(最終組み立て工場)があるタイとの住み分けを行うことが重要だ。ワイヤーハーネスを例に挙げれば、部品作成プロセスの前半は高度な技術が必要となりタイや中国でしか出来ないが、後半には比較的単純な作業もある。その後半の過程をラオスやカンボジアに移すと、生産費は安くなる。人件費の上昇により、中小の部品メーカーがタイやベトナムで生産を続けることは難しくなっているが、情報共有や意思疎通の観点からアッセンブリー工場の近くにいる必要がある。そこで、ラオスやカンボジアといった周辺諸国に生産を分散することで、相互に補い合うことが出来るというわけだ。

――しかしその場合、輸送のコストは…。

 鈴木 労働コストに加え、電気代はタイの約半分、地代もほとんどかからない。これを活かせるビジネスモデルが出来れば、カンボジアやラオス、ミャンマーに進出する意味が企業にとって出てくる。縫製産業など人件費の割合が大きいものはどんどん周辺諸国に進出してきている。例えば、タイとラオスの間で往復のコンテナ輸送をした場合、税金を含めてコストは約2000ドル、輸出と輸入をコンテナの片荷で2往復した場合は約3400ドルかかる。先ほどのタイとラオスの賃金差が約330ドルなので、輸送費を人件費の差で割ると、片荷でもたった10人の労働者を移せば賄える計算だ。とあるラオスにある日本企業の例では、月2万ドルの輸送コストに対し、工場では約500名を雇用しており、1カ月あたり約1500万円、12カ月で約1億8000万円、賃金差による節約分が出る計算だ。やり方によっては、かなり大きい金額の儲けとなる。

――投資法については…。

 鈴木 ラオスでは2009年に投資法が、2011年にはSEZ法が出来た。サワン・ジャパンSEZはまだ建設途上だが、今年中に20ヘクタール、来年に200ヘクタールが完成する予定だ。今後はSEZを中心に製造業を展開し、タイで働いている約50万人のラオス人を呼び戻し、雇用できる環境を作りたい。彼らがタイで稼いでいる給与から電気代・水道代、アパート、食費を差し引いたものと、ラオスでもらえる給与の差がもう少し縮まれば、きっと彼らは戻ってくるに違いない。ラオスにおける日本企業の投資は2012年の暦年で25社、合計73億円となり、既に年間60億円からの日本のODAを上回る規模となった。2013年も上半期だけで日本企業によって405億円の投資が行われている。これから開発されるSEZではさらにしっかりした環境が提供できるので、今後も日本からのラオス投資は増えていくと確信している。

――「立憲」とは独裁者や支配者と国民が対峙する大切な言葉だ。しかし、日本では立憲主義とは何なのかを知らない人も多い…。

 伊藤 残念ながら日本では「憲法とは何のためにあるのか」というような立憲教育が皆無に等しい。立憲主義とは、憲法で国家権力を規制し、それによって国民の権利を保障するというものだ。つまり、憲法は国家権力を縛るためにある。現日本国憲法は連合国軍の指令下で押付けられたものだから改憲すべきと言う人もいるが、私は、第二次世界大戦という酷い戦争を経て勝ち取った憲法という意味で、日本人が作った憲法といって良いと思う。最初のたたき台をマッカーサーが作り、それをもとに日本の内閣が色々と修正し、衆参議院で修正し、日本の国民の代表者が議決して作った。その中にはイギリス革命、アメリカ独立宣言、フランス革命といった人類の英知が詰まっている。それを引き継いでいるといっても良いだろう。押付けられたと思っているのは、戦争を主導した旧体制を維持したかった人達だけではないか。国民はむしろこの憲法の制定によって旧体制の日本政府から解放されて有難いと感じたと思う。自民党はその現行憲法に対して改憲草案を作成したが、それについて、「国民が不自由になる自主憲法よりも、国民が自由になれる押付け憲法のほうがましだ」という人もいる。押し付けであろうがなかろうが、最終的には中身ということだ。

――自民党の改憲草案では「国防軍の保持」を主張している。これについては…。

 伊藤 これまでの憲法9条の議論は、平和国家を築いていくために軍隊を持たないという非武装中立論と、国防のためには軍隊がどうしても必要であり、軍隊ではなくとも自衛隊という実力部隊は最低限必要という専守防衛論の争いだった。政府見解は国土防衛のためには戦力ではない自衛隊という実力部隊が必要不可欠とする一方で、護憲派は自衛隊すら解消していく方向にすべきだという議論がなされていた。ところが、今回の自民党の改憲案では専守防衛に徹するのか、あるいはそれを越えて国土防衛・専守防衛とは関係ない軍事行動までとれるようにするのか、という議論になっている。集団的自衛権と国際協力の名の下での武力行使は、現行憲法やこれまでの政府見解では絶対に出来なかったことであり、今回、自民党がこのような改憲草案を出してきたことに対して、国民は特に注意しなくてはならない。

――非武装中立か専守防衛かというこれまでの9条の論点が、今では専守防衛を超えて世界で軍事行動をとるための改正案になっていると…。

 伊藤 自民党案の一番のポイントは、9条2項にある交戦権の否認を削除したことだ。交戦権とは、交戦当事国に何かトラブルがあった時に国際法上認められる様々な権限の事であり、具体的には交戦相手の敵国兵士を殺傷したり、敵の軍事施設を破壊したりすることを言う。現行憲法ではこれを否認しているため、日本の自衛隊は原則人殺しが出来ない。例外的に自分の身が危ない時には正当防衛で撃つことが出来るが、いわゆる国内の警察官や一般市民と同じような立場で出かけている訳だ。しかし、交戦権の否認を削除すれば、原則、敵国兵士を殺すことが許されるようになる。それは、日本の自衛隊の性質を大きく変えるものだ。

――自国を守ることとは関係なく、同盟国を守るためにも戦える「国防軍」を保持するということか…。

 伊藤 尖閣諸島問題や北朝鮮のミサイルから日本を守ってもらうためには国防軍くらい必要だという人がいるが、少なくとも現行憲法と政府見解のもとでの自衛隊と安全保障条約があれば国土防衛は十分完璧と私は考えている。これまでの政府見解では、国土防衛のためであれば小型核兵器すら保有出来る。若干自衛隊法改正の必要はあるかもしれないが、自衛のための必要最小限度の実力といえるのであれば何でも出来る。例えば中国が尖閣諸島に攻めてきた時に中国と日本が戦って相手を殺してしまったとしても、それはあくまでも自衛権の実力行使であり、今の政府見解でも全く問題なく認めると言っているし、防衛白書の中にも、それが集団的自衛権や国際協力の交戦権とは別物だということをはっきりと記してある。さらに、国土防衛のために5兆円近い防衛省予算に加え、在日米軍駐留経費予算を国民は容認している。ところが、今の憲法のままでは出来ないのが集団的自衛権と国際協力のための武力行使であり、これをやりたいというのが今回の自民党による9条改憲草案のポイントだ。

――自衛を目的にした行為であれば、現行憲法とこれまでの政府見解で十分であり、憲法を改正する必要は無いと…。

 伊藤 そういうことだ。また、北朝鮮が米国に向けてミサイルを飛ばしたときに、日本がそれを打ち落とさなければ日米同盟にひびが入るといった議論から集団的自衛権の必要性を説く人もいるが、例えば北朝鮮が米国に対して撃ったミサイルを日本が打ち落とせば、その時点で日本が北朝鮮に対して宣戦布告をしたということになる。そうすると、北朝鮮のミサイルはすべて日本に向かってくるだろう。日本が抱える原発約50基にテポドンやノドンが真上から落ちてきたら、それはSM-3では防げない。それだけでなく、日本が攻撃の標的になれば日本に潜伏している北朝鮮工作員が一気に動き出すかもしれないし、或いはサイバーテロが仕掛けられるかもしれない。米国を守るために、日本国民の生命や財産が危険に晒されるということだ。国際社会は極めて冷徹だ。どの国も自国の国益が一番大事であり、自国民の生命・財産を守ることが第一の任務だ。それが確保されて初めてようやく同盟国を守ることが出来る。同盟国を守るがゆえに日本の国民の生命や財産を危険に晒すといったお人よしの国は世界中どこを見てもない。日本国民はそんなリスクを抱えてまで米国を助ける覚悟はあるのだろうか。そこはきちんと認識しなくてはならない。

――今の日本は戦争など出来る状態ではない。だからこそ、戦争にならないように他国と仲良くしておくというのが、国民の生命・財産を守る最も現実的な方法だ…。

 伊藤 軍隊を持たずに国が守れるのかと言う人もいるが、国民の生命・財産を守るのは軍隊ではない。警察の仕事だ。軍隊は国家の独立と安全を守るものであり、そのためには国民を犠牲にしても構わない。沖縄戦が良い例だ。国民の生命や財産を犠牲にしてまで国や体勢を守るのが軍隊の仕事であり、軍隊を持ったからといって我々国民の生活や財産が守られるものではない。どの国でも、戦争というのはそういうものだ。そして、集団的自衛権を作る目的は米国の要請と、軍需産業の要請という部分が大きく、国民のことを考えている訳では無いということも認識しておくべきだろう。そもそも集団的自衛権というのは第二次世界大戦後、国連憲章を作る際に米国が無理やり作ったものだ。当時、ソ連による南米侵略をなんとしても防ぎたかった米国が、例え安全保障理事会でソ連の拒否権が行使されても軍事行動がとれるように集団的自衛権という概念を押し込んだ。そして米国は、集団的自衛権という名の下に、これまでベトナム戦争、ニカアグラ侵攻、アフガニスタン戦争といった色々な戦争を続けている。集団的自衛権を認めるということは、そういったことに巻き込まれるリスクを我々日本人が抱えるということだ。自国の防衛ならまだしも、無用な他国の戦争に行き、多くの日本人が殺され、新たな敵から日本が攻撃されるようなことがあっても良いのか。日本国民は改憲がもたらすことを十分に考える必要がある。(了)

▲TOP