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Information

――8月25日に「未承認国家と覇権なき世界」(NHK出版)という本を出された…。

 廣瀬 この本は、未承認国家について包括的に述べると共に、いくつかの事例を紹介しているが、未承認国家のレトリックが利用されたロシアによるウクライナのクリミア編入や、9月5日に停戦が発効したとはいえ、未だに混乱が続くウクライナ東部が未承認国家化する可能性が否定できないことなど、現在のロシアとウクライナの問題についてもカバーしている。これらを含む未承認国家が今後どうなっていくのか、先行研究や自身の経験をもとにいくつかのシナリオを提示しているが、クリミアに関しては、少なくとも当面はロシアに編入されたままになると予測している。その理由はいくつかあるが、最も大きいのは国際社会の暗黙の承認であると思われる。国際社会は、ウクライナ東部に対するロシアへの制裁は次々に発動させているが、クリミアに関して発動されたロシアへの制裁は非常に軽微だった。つまり、国際社会はクリミアの今の状態を消極的ながら受け入れている感がある。特にドイツやフランス、イギリスといった欧州の大国がロシアと緊密な関係にあり、これらの国が今年3月にクリミアがロシアに編入される時に目を瞑ったという経緯をみても、加えて、ある意味ウクライナと同じ立場にある旧ソ連諸国のベラルーシとアルメニアが編入を支持したことから考えても、短期的にはクリミアがウクライナに戻る可能性は低そうだ。ただ、ウクライナでインタビューをすると、多くの知識人が最低3~4年はかかるが、クリミアは必ずウクライナに戻ると強く語るのが印象的だった。

――ウクライナ東部については…。

 廣瀬 ウクライナ東部に関しては、停戦協定が締結されたとはいえ、暫く揉めると見ている。ウクライナ東部は炭鉱や重工業で栄え、ソ連、そしてロシアの軍事産業も支えてきた戦略的な意義が高い工業地域であり、これまでロシアと親密な関係を築いてきた。そして、ウクライナ東部の住民は、他の地域と比べてロシア人比率が高く、ウクライナ人であっても当地住民の多くはロシア語を使用してきたこともあり、ロシアはこの地域をまるで自国の一部のようにして持ちつ持たれつの関係を維持してきた。そして、その東部がウクライナ全体の経済を支えてきた。だが、ウクライナ危機により、東部でウクライナの主権が及ぶ地域は現在、かなり少なくなってきている。このような状況の中で、ロシアのプーチン大統領は当初、ウクライナの連邦化を要求したが、現在は東部が準国家的な地位を確保すること、つまり高レベルでの自治やロシア語の使用権が保証されることはもちろん、ロシアの経済圏に入ることなどまで見据えた将来像を描いている。停戦が発効しても、散発的に武力対立が続く現在、ポロシェンコ大統領はウクライナの一体性を守るという至上命題とロシアの脅威のなかで苦悩をしている。

――ウクライナの実情は…。

 廣瀬 先月末に一週間程ウクライナに調査出張に出掛けた。8月24日のウクライナ独立記念日にも、首都キエフで軍事パレードを見たり大統領の演説を聞いたりし、ウクライナ人のナショナリズム、そして統一国家を守り抜く強い意志を痛いほどに感じた。だが、キエフのみならず、ウクライナ西部や南部でも現地調査し、各地でインタビューなどをする中で、ウクライナの未熟さを肌で感じざるを得なかった。たとえば、現地の知識人に今の状況を聞くと、「ロシアが悪い」、「欧米が支援をしてくれなかったのが悪い」という答えが非常に多かった。ウクライナの近年の経済状況は極めて深刻で、現在、IMFなどの支援を受けてもなお、経済展望は非常に暗い状況にあるが、今後どうするのかと聞いても「欧米が助けてくれる」という答えが多く、また、ウクライナの軍拡を強く訴えるポロシェンコ大統領の下で、果たしてその費用はどうするのかと聞くと「欧米やIMFが出してくれるだろう」という答えが多いという状況だった。国家統一を強く願っていながら、独立自尊の精神は感じられなかった。実は、今回の出張中に西ウクライナのリヴィウで、全ての現金とクレジットカード入りの財布を掏られてしまい、警察に丸一日お世話になるという貴重な体験をしたのだが、そこには次から次へとスリの被害者がやってきた。彼らは皆一様に「残念なことだけど、そういう国だから」とあきらめ口調で言う。その時、私はウクライナではスリが当たり前の現象として捉えられているのだと悟り、ある意味、外国からの支援に頼ろうとする姿勢も当然なのではないかと感じてしまった。ウクライナを「マフィア国家」だと称する政治学者は少なくないが、今回、その意味がよく分かった気がする。まさに身銭をきって学んだことだ。

――ロシアがウクライナにこれほど固執する理由は…。

 廣瀬 プーチン大統領は昔から「ソ連解体は史上最大の失敗だ」と言い続けている人物だが、だからといって、今や主権国家になっている旧ソ連の国々を再び統合させてソ連を復活させるような荒唐無稽なことは考えていないと思う。ただ、それに準じる形でロシア主導による経済共同体構想を着々と進めており、すでに隣国ベラルーシとカザフスタンとは関税同盟を結んでいる。実はこの共同体の中に、シャムの双子とまで言われるほどロシアとの共通性が強いウクライナを入れたかった。歴史的に見ても、ソ連解体後にウクライナの現在の国境が出来るまでは、ウクライナはロシアの一部だと考えられてきた。ロシア人はウクライナがまるでロシアの一部であるかのように「マロ・ロシア(小ロシア)と呼んできた経緯もある。このため、ソ連の根幹を成していたスラブ系民族のロシア、ベラルーシ、ウクライナの3国がすべて関税同盟に入らなければソ連の面影はなくなり、現在進められている関税同盟は全く体を成さないことにもなるからだ。しかし、ウクライナの多数は欧州側を向いてしまった。

――ウクライナが分割されるということはないのか…。

 廣瀬 ソ連解体直後ならともかく、その後、独立・ウクライナとして試行錯誤して国民統合を目指してきた中で、今更ウクライナを分割するようなことなど、今のウクライナ人は許さないだろう。さらに昨年末から現在に至る危機の中でウクライナ人のナショナリズムの高まりはピークに達しており、ウクライナの統一を守るという強い意志が至る所で叫ばれている。このような中では、国を分断するような事はなおさら考えられない。とはいえ、統一国家の維持を掲げながらも、ウクライナにおいて独立自尊の気概が感じられないのも事実だ。ソ連時代は無料で、そしてソ連解体後もロシアから安価でガスを購入してきたウクライナでは、効率や節約という概念が乏しく、一つの製品を作るのに他国の3倍の電力を使うほど経済効率が悪く、それが現在のウクライナ経済の悪化や環境汚染につながっていることは常に指摘されてきた。ロシアがウクライナに対するガスの供給を止め、今後の供給は「前払い制」をとるという措置をとったのも、52.44億ドル分ものウクライナのガス料金の未払い(2014年5月末までの累計額)があることが原因だ。ウクライナはもちろん、欧米もロシアのウクライナへのガスの供給姿勢を激しく批判しているが、ロシアの主張も当然といえば当然であろう。

――ロシアが一番守りたいものは…。

 廣瀬 歴史的認識を守り抜くことや、ロシア系住民の保護など、複合的な背景があって今回のロシア対ウクライナの緊張状態が勃発したわけだが、それらに加え、ロシアの行動の大きな動機として、ロシアが、NATOの基地がウクライナに設置されることを何としても阻止したかったことがあるだろう。クリミア半島南西部に位置するセヴァストポリの軍港とロシア軍黒海艦隊は何としても守る必要があった。1954年に当時のソ連共産党第一書記であったフルシチョフがウクライナに割譲するまで、ロシア帝国ならびにソ連のロシア連邦共和国の一部だったクリミア半島を取り戻す事はロシア人の悲願であり、その証拠に今年3月のクリミア奪還によってプーチン大統領の支持率は一気に上がった。一方で、ウクライナ東部を編入する考えはロシアにはないと言って良いだろう。ロシアはソチ五輪に9兆円とも言われる大金を費やしたが、それに匹敵する費用がクリミア編入にかかると言われている。何故なら、外国だった地域をロシアの一部とするわけであるから、インフラを全て作り直す必要があると共に、当地住民がロシアに住むことを幸せに思えるよう、ウクライナ時代よりもより充実した社会保障や年金などを保証していく必要があるからだ。そして、同じ事をロシアがウクライナ東部に施す余裕は全くないと言われている。現在、東部では停戦が合意されているものの、今後の東部の地位についての交渉はかなりの難しいものとなるであろう。準国家的な地位を目指す親ロシア派の主張を、統一ウクライナを目指すウクライナ政府が容易に受け入れるとは考えにくい。交渉が決裂すれば、このまま現状が「凍結」されてしまい、ウクライナの東部が未承認国家になってしまうという結末も無きにしもあらずだ。未承認国家については冒頭で紹介した著書に詳しく記しているが、ウクライナ東部で8月半ばまで指揮を執っていた人物が、旧ソ連の未承認国家である沿ドニエストルの未承認国家化に尽力した、地域を「独立」させるプロだったことも気になるところである。ウクライナ東部が他の旧ソ連の未承認国家と同様に主権が及ばないような国になってしまえば、解決はさらに難しくなっていくだろう。現状では、今後の展望はなかなか読めない。(了)

――日本国内の洋画商として最も長い歴史をもつ日動画廊。現在に至るまでの経緯は…。

 長谷川 私は長谷川家七代目にあたる。一代目は茨城県笠間城主の御殿医だったが、五代目の祖先が体の医者より精神の医者になりたいと牧師の道を選び、各地を転々として布教活動を行い、有り金も使い果たしてしまった。お金もない中で、六代目の私の父も一旦は牧師の道を選んだそうだが、結局2年ほどで嫌になって牧師を辞めることを決めた。そんな時に、丁度、父の親友から「弟が芸大で洋画を学んでいる。これからは洋画の時代が来るだろう。洋画を売る仕事をやらないか」と言われたのが、父がこの仕事を始めるきっかけだったそうだ。父は、ほぼ無一文の状態で親友の弟仲間の絵を持ち歩き、牧師時代に布教活動をしていた横浜海岸教会に行ったり、そこで知り合った人に紹介してもらって、昔あった田園調布の遊園地・多摩川園で展覧会を開いたりした。そうするうちにたくさんの資産家達と知り合い、銀座の画廊を持つまでになった。創業して88年。銀座に来て86年だ。

――その間、戦争もあったと思うが、絵画は大丈夫だったのか…。

 長谷川 当時使われていた焼夷弾は木造の日本家屋を焼くためのものだったため、鉄筋コンクリートで出来ていた銀座のビルの1階には何も被害がなかった。ただ、本郷曙町の自宅にあった絵は残念ながら全滅してしまった。戦争時、私は6歳で長野県野尻湖辺りに疎開し、終戦してすぐの8月17日に父と一緒に東京に戻った。銀座は焼け野原で店も何もない状態だったが、この画廊はかろうじて無事で、しかも、向かいの旧銀座東芝ビルを宿舎としていた連合軍の将校たちが、宿舎用や個人宅用にと、たくさんの絵をこの画廊から買っていってくれた。その数も、静物画100枚、人物画100枚というように大量の注文で、私たちは野尻湖に避難させていた絵画を集めたり、画家に大号令をかけて新たに描いてもらうなどして、何とかその大量注文をこなした。食べるものにも困っていた画家にとっても、当時のこの注文は有り難かったと思う。その後、代替わりが進む中で、いわゆる新興成金と呼ばれる人達が増え、そういった人達が美術品を買い求めた。そして、高度成長期に日本は本当の洋画時代となっていった。

――絵画の値段はどのように推移しているのか…。

 長谷川 バブルというのは世界中必ずどこかで起きているため、外国の絵画の値段はどんどん上がっている。日本のバブル時代と比べて一桁増えている作品もあるくらいだ。日本の絵画についても実力のある作家のものは根強い人気があるのだが、良い作家の作品は美術館などに納まっていることが多く、なかなか世の中には出回らないというのが実情だ。ひとつ確実に言えるのは、良いものさえ持っていれば大丈夫ということだ。若手作家の作品に関しては、その作家を応援するため、或いは純粋にその作品が好きだからといった理由から買う人が多いが、絵画には株や不動産と並ぶ資産運用の手段のひとつとする面もある。絵があることによって空間に広がりが出たり、気持ちに余裕が生まれるといった効果は言うまでもないが、動産である絵画は時価がないため課税もされず、売る時になって初めて値段がつくものだ。そして、良いものさえ持っていれば値段が下がる事もない。ここ最近、当画廊で扱った中で一番高額だった作品は1億円超程度と日本のバブルの時に比べて10分の1ほどに下がっているが、一番良く動く価格帯は700~800万円と、昔の300~400万円だった頃に比べてかなり上がっている。それは、景気が良くなっているというよりも、きちんとした良いものを欲しいと考える人が多くなっていることの表れだと思う。

――日本の絵画マーケットが一番大きかったのはバブル期だと思うが、当時に比べて今の日本のマーケットは…。

 長谷川 バブル期を100とすると、今のマーケットは30~40といったところか。バブル当時の日本では10億円や20億円といった絵画が簡単に売れていて、今とは比べ物にならないというのが正直なところだ。そして、当時10億円や20億円だった作品は今、日本以外の国で倍以上の値段がつけられて売買されている。当時10億円程度だったモネの睡蓮の絵は今では60億円。それが世界の市場だ。今の日本人に簡単に手が出せる値段ではない。しかし、700~800万円程度の絵でしっかりとした良品を持っておけば、それは後に世界のマーケットがきちんと評価してくれる。

――御社は洋画専門だが、日本画との違いや、現代の芸術界の問題点について…。

 長谷川 日本画は保管が大変難しく、その方法を間違えれば一気に値打ちが下がってしまう。その点において洋画の保存方法はそこまで神経質になる必要はない。また、いわゆる伝統絵画である日本画に比べて、洋画には個々様々な画風があり、奇想天外な作品があって面白いと思う。現代の芸術界の問題点としては、インスタレーションのような現代美術の流行によって平面技術が低下していくことを懸念している。一般的には男子学生などがインスタレーションにのめり込む傾向が有り、女性はまじめに頑張っているように感じる。私が社長に就任した時に作った新人コンクール「昭和会」の入選者も、ここ3~4年は女性が多い。女性が力をつけているのは、世界中どの業界も同じのようだ。

――最後に、日本の洋画界についての抱負を…。

 長谷川 画商には、作品を売るという仕事と、次の時代の作家を育てるという使命がある。これは車の両輪のようなものだ。そこで私は若手画家の登竜門となる「昭和会」を50年前に創設し、良い作家を発掘して、その作家の能力を最大限に伸ばすため当社のパリのアトリエに短期滞在させて、そこで完成した作品をパリ画廊で展覧・販売するというシステムも整えた。梅原龍三郎や安井曾太郎のような作家が出てくることを待ち望んでいる。また、鴨居怜は没後5年毎に展覧会を開いているが、没後30年となる来年は東京ステーションギャラリーを皮切りに全国4カ所で展覧会を開く予定だ。すでに没後35年後の話まで出ている。世界的にも有名な藤田嗣治(レオナール・フジタ)や荻須高徳といったレベルの画家をもっと日本から輩出するには、日本政府の後押しも必要だ。各国の日本大使館に日本人が描いた洋画を飾るなど、そういったところから日本の洋画を世界中にアピールしてもらいたい。石造りの建物には日本画よりも洋画が合うことは言うまでもない。かつて日本洋画商協同組合がパリで展覧会を行ったことがあるが、その時の外国からの評価も大変高く、日本の洋画は単なる欧米の物まねではないという評価がほとんどだった。そのような実力を持つ日本の洋画を政府にしっかりと宣伝してもらって、世界に通用する日本人洋画家がたくさん育っていくことを願っている。(了)

――金融情報システムセンター(FISC)の活動について…。

 渡辺 金融機関の経営者を含め、システム関係者の一番の関心事項は、なんといってもサイバー攻撃対応だろう。常に小さな攻撃は行われており、これが大きな事案になれば相当な痛手を負うことになる。そこで、当センターでは昨年6月から有識者を集めてサイバー攻撃対応に関する検討会を開き議論を重ね、今年2月にその報告書を取り纏めて公表している。その内容を簡単に説明すると、今までのサイバー攻撃対応はとにかくウィルスが入ってこないように入り口で遮断することに重点を置いてきたが、もはやそれでは追いつかず、今後は仮にウィルスが入ってきた場合でも対応出来るように多重の防御態勢が必要ということだ。この報告を具体的にどのようなルールにしていくのかを、現在、安全対策専門委員会で検討している。新しい安全対策基準は来年に完成する予定だ。

――サイバー攻撃対応に関する有識者検討会では共同対応機関設立についての議論もあった…。

 渡辺 米国、欧州、及び韓国などには、金融機関同士が相互に協力してサイバー攻撃に対応する金融アイザック(ISAC=Information Sharing and Analysis Center)という機関があり、日本でも同じような共同対応機関を設立したらどうかという議論があった。有識者検討会の報告書では、この設立の仕方に関し、国内に既に存在しているサイバー情報の共有体制等の枠組みを発展させる方法、あるいは新たな組織や枠組みを作り、既存の枠組みと連携、役割分担する方法が考えられると結論付けた。今後、組織構成、費用負担、役割分担や具体的に担う機能・提供サービスについて、関係者の間で更なる実務的な検討が必要になると考えている。

――民間では8月1日付けで「金融ISAC」という社団法人が設立され、現在、会員を募集しているが…。

 渡辺 これは色々な意味で関心を持って見ている。サイバー攻撃を受けるリスクについては、国際的に活動する大手金融機関だけでなく、中小金融機関も相応に狙われる可能性がある。その時のために我々もある程度の準備は必要だ。「金融ISAC」も含めて共同対応機関に関する議論・検討については、様々な整理が必要になると思うが、FISCとしても支援していきたいと考えている。

――コンピュータ技術が進む中で、金融分野は他の分野に比べてクラウドコンピューティングの利用が遅れている…。

 渡辺 重要データを外部環境に保管することによる情報セキュリティの懸念やクラウドサービスの信頼性に対する不安を持つ金融機関が多くみられる。しかし、クラウドコンピューティングを使えば大幅なコスト削減が出来て、日本の金融機関の競争力も高まってくる。実際に使うか使わないかはそれぞれの金融機関の経営判断だが、ビッグデータによる色々な分析や細かいサービスを上手く使いこなせるかどうかで今後の日本の金融界が大きく変化していくということを考えれば、少なくとも使える環境は整えておくべきだろう。当センターでは今年4月から毎月1回、学界、金融業界及びベンダーの有識者を集めて金融機関のクラウド利用に関する検討会を行っている。国立情報学研究所の喜連川優所長を座長に迎え、「金融機関がクラウド技術の特性とリスクを正確に把握した上で、リスクを最小限に抑えつつ、クラウド技術のポテンシャルを最大限に活用していくためにはどうしたらよいか」をテーマに議論しているのだが、ポイントは、リスクを出来るだけ事前に把握して、それに備えたリスク管理や契約管理を適切に実施していれば、残るリスクはそれほど大きくないということだ。考えられるリスクをしっかり議論し、それを踏まえて必要となる留意ポイントを策定する。検討会は引き続きあと2回行われる予定で、その結果を新しい安全対策基準に盛り込んでいくことになる。

――これまで一つだった安全対策基準を、今後は業態別に分けていくということだが…。

 渡辺 FISCは今年で設立30年になるが、これまでの安全対策基準は銀行も証券会社も保険会社もすべてひとつの安全対策基準だった。30年前はそれでもよかったのかもしれないが、今となっては証券会社のトレーディングシステムと銀行の預金管理の決済などがすべて同じ安全対策基準というのはかなり違和感がある。現場の声を聞いても「使いづらい」と言う意見が多くなっている。そこで、銀行と証券と保険の3つに安全対策基準を分ける取り組みを始めた。すでに証券会社用の安全対策基準は試行版が完成しており、現在は保険会社用の安全対策基準を策定中だ。その後ネット銀行に関する検討を行い、業態別編の発刊を来年度予定で取り組む計画だ。

――今後の重要な検討テーマは…。

 渡辺 ITガバナンスの問題だ。当センターでは、これまでハードウェアやソフトウェアに関する安全対策基準づくりには充分に力を注いできたが、半面、それを使っている人間の組織やガバナンスについては充分に行き届いていたとは言えない。技術が急激に発展していく中では仕方が無かった部分もあると思うが、もはやそれだけで良いというような時代は終わった。現在起きている事案の多くは、ITを使っている人間の組織の中にその原因がある。特定のポストの人に権限が集中してしまうことで牽制機能が働かないという問題があるにもかかわらず、どのような組織設計をすれば相互に牽制されて盲点が生じないのか、といったことを充分検討できていない。これらは一般的な会社の例だが、これを金融情報システムに置き換えると、例えば「共同センター」の問題が浮き上がってくる。地銀などが窓口業務の省力化や経費負担を軽減するために利用する「共同センター」には幹事行とベンダーが存在し、その二つにほぼすべてが任せられている。且つ、ベンダーは幹事行よりも内部事情をよく知っている。そうなると、幹事行をはじめとする参加行すべてがベンダーの言いなりになりかねないという状態が生じてしまう。このような状況の中で、何かトラブルがあった場合にそのトラブルの内容が参加行サイドには分からないという事態に発展する可能性がある。このため、今は応急処置的なルール改定に向けた検討を行っているが、この問題に関しては根本的な対策が必要だと考えている。この他にも、システム統合、委託先管理、アジアの安全対策基準の調査などがある。例えば、地銀の再編などを容易に行うためにはシステム統合がスムーズに行われる事が欠かせない。共同センターの問題でもそうだが、委託先をきちんと管理することはトラブル防止のための最大事項だと言えよう。そして、アジアとの関係構築にあたっては、国家間での安全対策基準の差を踏まえて、その対策を行うことが必要になってくるだろう。安全対策基準の低い国からウィルスが持ち込まれたりする可能性もあるからだ。そのための調査・研究には力を入れていくべきだと考えている。

――今後、地方会員との関係強化にも取り組んでいくということだが、具体的に…。

 渡辺 これからの金融機関は、ITを使いこなさなければやっていけない。しかし、コンピュータ関係の有識者のほとんどは東京近郊に集中しているため、どうしても地方での知識習得機会のギャップは大きくなっている。こういった背景から、我々が地方で行うセミナーは大変好評で、地銀の経営者からも喜んでもらっている。これまで地方の会員企業からの依頼で出張講演などを行う訪問サービスについては実費をいただいていたが今年7月受付分から無料化したことに加え、地区別に行うセミナーの回数も増やすことにも取り組んでおり、地方の金融機関にもっと当センターを利用してもらいたいと考えている。このような研修を充実させることで人材リソースが確保されれば、何かを独自開発する際にもきっと役立つだろう。差別化に取り組んで成功した銀行だけが生き残っていく時代。FISCの行うIT人材育成を目的とした施策が、地方の金融機関のIT人材の底上げにつながっていけば良いと願っている。(了)

――国際金融行政の当面の課題は…。

 山崎 世界経済は、IMFの『世界経済見通し』で指摘されている通り、緩やかに回復している。しかし、米国内の投資が年初の寒波による落ち込みをカバーするまでには回復していないことや、ユーロ圏では長期的にインフレ率が低下する可能性も指摘されている。世界第三位の経済大国である日本としては、日本経済を再生させることこそ世界経済に対する最大の貢献であるという考えのもと、成長戦略を着実に実施し、デフレからの脱却を確実なものとし、持続的な成長を実現していかねばならない。一方で、米国では金融緩和からの円滑な「出口」に向けた動きが進んでいるが、この出口政策がスムーズに行われるような当局間での国際的な連携もますます重要となると認識している。世界の金融市場が密接に結びついている今、一国の金融政策の変更が他国の経済に瞬時に大きな影響を与えかねないからだ。その他、世界経済のリスクとして、一部の新興国における金融環境の悪化に伴うリスクや、中東情勢やウクライナ情勢などの地政学的リスクがあるが、こういったリスクに備えて国際金融システムのセーフティネットを充実させる取組みも必要だと感じている。

――BRICS開発銀行への日本の対応は…。

 山崎 今年7月15日に開催されたBRICS首脳会議において、「新たな開発銀行」(New Development Bank)の設立が合意されたことは承知しているが、今回の会議では資本金の規模や総裁ポストの順番等が合意されたに過ぎず、具体的な業務やガバナンス構造の詳細は明らかになっていないため、コメントは差し控えたい。ただ、これまで世銀をはじめとする国際機関における開発融資は、質の高いルールと公正なガバナンスのもとで厳格な債務持続性基準に照らして行われてきており、新銀行においてもこうした点が適正に行われることは重要と考えている。世界のインフラ需要は極めて大きなものであり、国際金融機関や民間資金が効率的にそうした資金需要に適切に応えていくことは必要だろう。

――IMF、世界銀行、アジア開発銀行の改革・運営について…。

 山崎 IMFは世界経済の安定に向けた取組み、世界銀行やアジア開発銀行は途上国の持続可能な経済成長を通じた貧困の撲滅に向けた取組みを進めており、各国際機関において、一層効率的・効果的な運営のための検討が進められている。具体的に、IMFはラガルド専務理事の采配の下、リーマンショック後の欧州債務危機の拡大を抑制し、新興国への波及を抑える上で大きな役割を果たし、さらにIMFの正当性、有効性、信頼性を維持・向上させるために、クォータ見直しをはじめとする資金基盤の強化やガバナンス改革に取り組んでいる。世界銀行は昨年12月に最貧国への支援機関であるIDAの資金基盤の拡大に成功し、キム総裁のイニシアティブの下、今年7月に業務戦略や財務戦略の見直しを含めた大規模な組織改編を行っている。また、アジア開発銀行では中尾総裁のリーダーシップの下、アジア地域の旺盛なインフラ資金ニーズに応えて十分な資金を確保するために、低所得国向けのアジア開発基金と中所得国向けの通常資本財源の2つの勘定の統合について検討している。こうした各国際機関の取組みを評価するとともに、我々は今後も積極的に議論に貢献していくつもりだ。

――アジア各国、とりわけアセアンとの金融協力について、現状そして展望は…。

 山崎 アジア通貨危機を契機として始まったASEAN+3における地域金融協力は、経済・金融環境の変化とともに進展してきた。特に地域の金融セーフティネットであるチェンマイ・イニシアティブ(CMIM)は、2000年5月の合意以来発展を続け、リーマンショック後の2009年2月に契約の一本化(マルチ化)に合意し、集団的な意思決定による発動の迅速化が図られた。2010年3月の発効当初1200億ドルだった資金規模は、今年7月に2400億ドルへと倍増。金融危機に至る前に予防的に資金供給が出来るような改訂契約も発効した。2011年4月には、域内経済の監視・分析を行うとともに、CMIMの運用を支援するためのASEAN+3マクロ経済リサーチオフィス(AMRO)もシンガポール法人として設立し、現在は根本所長の下で、AMROを国際機関とすべく組織の充実が図られている。また、90年代後半のアジア通貨危機が「通貨・期間のダブルミスマッチ」、つまり長期の資金需要を短期かつ外貨建ての対外債務に過剰に依存していたことに鑑み、アジアの貯蓄をアジアへの投資に活用するという観点から、2003年8月以来、ASEAN+3域内の現地通貨建て債券市場を育成するアジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)の推進にも力を入れてきた。例えば、信用保証・投資ファシリティ(CGIF)による域内企業の起債への保証や、最近では域内の債券発行の手続きを共通化する取組みも行っている。

――安倍政権は日本とアジア間の関係強化に力を入れている…。

 山崎 安倍政権のそういった姿勢から、ASEAN各国やインドとの二国間金融協力も進展している。特にASEAN5か国(インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア)との二国間通貨スワップ取極の拡充・再締結や進出日系企業による現地通貨建て資金調達の円滑化のための施策には力を入れており、本年1月にはインドとの二国間通貨スワップ取極の拡充も行った。このように、日本とアジア間での多国間と二国間双方の金融協力に力を注ぐことで、アジア地域金融市場の安定化と、進出した日本企業への安定的な資金供給に貢献していきたいと考えている。

――外為特別会計の一部運用見直しについては…。

 山崎 外為特会の保有する外貨資産は、我が国通貨の安定を実現するために必要な外国為替等の売買に備えて保有している。その運用にあたっては、安全性及び流動性に最大限留意しつつ、その範囲内で可能な限り収益性を追求するという方針の下で運用していかなければならない。先般の特別会計法の改正では、証券会社等への債券貸出、運用の外部委託等が可能となったが、我々としては、今後とも外貨資産の運用効率の向上に取り組んでいく。

――欧州における為替の表示レートやLIBORの不正操作と我が国でのあり方について…。

 山崎 LIBOR不正操作疑惑を発端とする金利指標改革への対応として、全国銀行協会は昨年12月に運営見直しに向けた報告書を公表し、当該報告書に基づき今年4月には新たに全銀協TIBOR運営機関を発足させるなど、IOSCO原則を遵守すべく改革を進めている。その結果、今年7月にFSBから公表された主要な金利指標の改革に関する報告書で、TIBORは同原則の遵守に向けて著しい進捗が見られると評価された。財務省としても、TIBORの信頼性の更なる向上に向けた取組みが今後も継続されていくことを期待している。外国為替指標の不正操作疑惑については、FSBが中心となって不正行為のインセンティブを抑制するための改革案を検討しており、本年7月にはWMロイターの算出手法の改善や外為市場の参加者の行動規範等に関する提言を含む市中協議文書が公表された。我々としては、今後もFSBの参加メンバーとして、外国為替指標の信頼性の更なる向上に向けて国際的な議論に積極的に参画していくつもりだ。(了)

――日本でも、ビッグデータの活用が盛んになっている…。

 塚本 例えば、検索エンジンでは世の中に何十億とあるホームページ上の情報すべてを収集し、それを処理しやすいように整理して保存し、検索出来る状態にしている。これもビッグデータのひとつと言える。当社商品のBuzzFinder(バズファインダー)でも基本的には検索エンジンと同じようなことを行っているが、特徴は、ツイートを15分毎のリアルタイムで分析するということだ。ツイッターで呟かれた日本語ツイート全量と国内ブログサイト90%を網羅し、指定したキーワードに関する書き込みを分析して提供している。例えば今、日本では2000万とも言われるツイッター利用者がいて、一日に一億件前後の日本語がツイッター上で呟かれているが、その中で「ドコモ」という言葉をキーワードにして絞ると数万件程度になる。さらに、その言葉をバズファインダーで解析すると、今呟かれているその言葉が、何歳くらいの人によって呟かれたのか、呟いている人は男なのか女なのか、その言葉はネガティブなイメージで呟かれているのか或いはポジティブなイメージなのかに分類することが出来る。そして、その内容や状態によって「ドコモ」が企業としてお客様にお答えしたほうが良いと思われる場合には、コールセンターからその呟きに対して返事をする。これが、今、実際にドコモで行われているビッグデータの活用例だ。

――例えば、製品で何か困った事があった時に何気なくツイッターで呟いたら、意図せずとも、それに対して企業からトラブルサポートの返事が返ってくるということか…。

 塚本 何気ない呟きに対して突然企業から返事が返ってくると皆ビックリするのではないかと思うかもしれないが、これまでの調査では、この返事に対する反応の65%はポジティブ、34%がニュートラル、わずか1%がネガティブという結果だった。ネガティブといっても炎上するようなものではなく、我々からの質問に対する反応が返ってこなかったという程度だ。このようなスピーディな製品サポートは弊社で支援させて頂いている範囲で見ると大抵のお客様に喜ばれている。こういった形での活用など、今や世の中には色々なビッグデータ解析とその活用があり、その内容も規模も本当に様々だ。当社のバズファインダーでは、キーワードとなる言葉が一定の期間でどのように変化しているかを見るトレンド分析、また、その言葉がネガティブな意味で使われているのかポジティブな意味で使われているのかを言語解析するセンチメント分析、そして、男女別や年齢別に分けた属性分析などがあるが、こういった定性データは、従来から活用されている商品の市場占有率や売上高や見込み客数といった定量データと違って、昨今のソーシャルメディアの急発展に伴い急激に膨らんできたものだ。これが、最近になって特にビッグデータが騒がれるようになってきた理由のひとつと言える。

――これまで企業が行っていたお客様へのアンケート調査も、ビッグデータを利用すれば全く違うやり方になってくる…。

 塚本 これまで企業がマーケティングの一環として行ってきたお客様の声を聞くための方法は、例えば年に数回、数百人といった規模でのアンケート調査だった。それが、ビッグデータを使えばもっと簡単に、色々な人達の本音に近い想いを大量に捉えて、それを様々に活用する事が出来るようになる。ただ、日本語は言語解析が難しく、「冷たい」という言葉ひとつ取っても、人に対して使われる時と真夏にアイスを食べる時ではポジティブかネガティブかも違ってくるのだが、このように複雑な言葉を解析するために、我々はNTT研究所が開発した非常に高度な技術を取り入れている。これは検索エンジンにも使われている技術だ。さらに検索エンジンには搭載されていない15分毎のリアルタイム機能も備えている。バズファインダーを利用すれば企業がマーケティングにかける費用を大幅に減らすことも可能だ。すでに150社程度には色々な形でご利用いただいている。また、民間企業だけでなく、官公庁などにも大いに利用していただけるものだと思う。例えば金融関係で言えば、最近のNISAについて国民がどう考えているのかを知りたければ、このバズファインダーに「NISA」と入力すれば簡単に本音を拾い出し、関心を持っている人の年齢や男女比、関心事の内容まで把握することができる。これまでその作業のために使われてきた時間や人件費は確実に減るだろう。何よりこの不特定多数の本音のデータは、閉ざされた空間で現場を知らずに間違った判断をするようなケースを防ぐのに大いに役立つのではないか。

――ソーシャルメディアが普及し、バズファインダーのようなシステムが出来たことで、誰でも簡単にビッグデータが使えるようになってきた…。

 塚本 そして、誰でも使えるビッグデータで、色々な声を自由に聞けるソーシャルリスニングが可能になった。実は先日、我々は慶應義塾大学と共同でデータビジネス創造コンテストを行った。これは、これからのビッグデータ時代に備えた人材育成とビジネスの育成を目的としたもので、約一カ月、参加を希望する高校や大学・大学院に弊社のバズファインダーを貸し出して、独自に決めたテーマで研究発表を行ってもらった。優秀賞に輝いたのは高校生のチームで、研究テーマは「花粉症」。ツイッターやブログでの発言を研究・分析することによって、くしゃみが酷かった翌日には鼻づまり対策を行うべきであること、花粉の種類に分けて予防することが有効であること、男女による薬の使い分けを検討することが必要であること、といった3つの結論を導き出した。驚いたのは、その表彰式に偶然出席していらした大学の先生が、「この結論は大学の臨床実験でかなりの時間と費用をかけて導いた結果とほとんど同じだった」と仰っていたことだ。その後も色々な医療機関から同じような話を聞いたり、医薬品メーカーなどでは、こういった情報を含めた薬の販売推進も考案中ということだ。大学の研究実験や医療品メーカーのマーケティングと同じ様なことを、高校生がバズファインダーを使って一カ月で纏め上げることが出来たのは本当に凄いことだと思う。

――ソーシャルリスニングのパワーは本当に大きい…。

 塚本 当社のバズファインダーのようなシステムを継続的に使うには、どうしても企業の中に体制を敷くことが必要になるため、普及には時間がかかると思うが、ビジネスの可能性は十分広がってきていると思う。例えば先述のコンテストのテーマには「消費税増税に対する消費者の影響を評価する調査」といったものや、「交通渋滞の解消のための誘導調査」などがあったが、こういった分野の裾野は広い。民間企業だけでなく国が行うべきテーマとしても、例えば景気ウォッチャー調査などは、このようなシステムを利用すればもっと簡単に、かつリアルタイムな調査が出来るのではないか。景気が悪くなれば、ツイッター上で「行こうと思っていた高級レストランをキャンセルした」とか、「解雇された」といった呟きが出てきたりする。こういった生の声を拾って分析する「ソーシャル版景気ウォッチャー」ができれば、現在行われている景気ウォッチャー調査とは違った観点から景気動向調査を見ることができると思う。

――御社の将来像は…。

 塚本 欧米においては、消費者の声を聞く新しい手法として既に定着しつつあり、たとえば米国の大手企業の8割前後がソーシャルリスニングを利用しているとするレポートもある。一方で、日本でのソーシャルリスニングの利用はこれから本格化すると思われる。我々は自身でソーシャルリスニングを使って検証したり、150の企業・団体にご提供してその満足度などを伺い、これは確かに役に立つという実感を得ている。まずは、このソーシャルリスニングというパワフルな手法を、是非日本にも普及させていきたい。その次の段階として、ソーシャルリスニングを利用したことで、例えば、会社の売上げが上がったり、お客様への対応がスムーズにできて会社の評判が良くなったりといったようなことで、顧客である企業・団体の経営をより良くしていければよいと考えている。(了)

――一方、戦争自体はパリ不戦条約によって犯罪となった…。

 福田 不戦条約によって戦争は犯罪となった。ここで戦争の質的な転換が起こり、第二次大戦後、ニュルンベルグ裁判、東京裁判その他いろいろな裁判が行われてきたが、戦勝国による一方的な裁判であるとか、罪刑法定主義に反するなどという批判もあった。しかし、12年前にはオランダのハーグに「戦争犯罪」「大量虐殺」「非人道行為」の3つを裁判する常設の国際刑事裁判所も設置され、実際に犯罪行為を行った兵士たちや、現職の大統領も訴追されるようになった。最高刑は終身刑で、現在は日本を含む122カ国が加入している。国際司法機関が、国際法により個人を裁くという点でこれも画期的な意味を持っている。このような変化の中で、「同盟」という言葉の意味も変わった。もはや同盟は戦争に勝つための連合ではなく、お互いの安全を保障するための連携になった。もちろん、国連が自身の部隊を持ち、世界で何か問題があればその部隊が出動して治安を守るということが国連発足当時の理想であったかも知れないが、実際には冷戦時代から、安保理において常任理事国の拒否権行使が認められているというシステムの中で上手く機能しないケースが多く、多国籍軍の派遣などがその次善の策を担っている。そんな今の状況を考えれば、憲法9条が集団的自衛権の行使を制限していないことをはっきりさせておくことは重要だ。重要な問題は、日本が協力しあう相手がどこなのかということだ。私は協力できる相手国は民主主義国家でなければならないと考えている。今から220年近くも前の1795年にエマニュエル・カントという哲学者が書いた「永久平和論」という論文には「民主主義国家同士は戦争をしない」という趣旨のことが書いてある。まさに、日本が協力して安全を保つ相手は民主主義国家以外にない。すべての有権者が平等の投票価値を持つ選挙制度の中で多数を獲得して当選する政治家は、有権者が常に希求する平和を実現するための方策を探求するはずだからだ。非民主主義国と組むような事はあってはならない。

――米国が世界のポリスマンである役割を止めた今、世界では領土拡大の紛争が目立ってきており、もはや日本も集団的自衛権なしでは通れない…。

 福田 2001年9月に起きたいわゆる「9・11事件」の首謀者オサマ・ビン・ラディンは一昨年殺害されて事件は一段落し、またイラク、アフガニスタンなどでは限られた成果しか上げられなかったことなどを受けて、米国は世界のポリスマンの地位から退く考えをはっきりと打ち出してきている。冷戦終了で箍が外れて以来の大きな変化で、第二の箍が外れたということかもしれない。ある意味では、世界は、第二次世界大戦前の「何でもあり」の世界にある程度戻ってしまっているのかもしれない。シリア、ウクライナ、イラクなどで起こっている新しい出来事もこのような変化に対する反応とみることが出来る。我が国は、今回はバブルの中にはおらず、幸か不幸か、中国の南シナ海、東シナ海での行動などもあり、正面から、日本の安全保障の問題に取り組まなければならない状況におかれている。これで集団的自衛権についても真正面から議論出来るようになったのは良かったと思う。ただ、長年にわたり政治家が内閣法制局長官に国会答弁を丸投げしたこと、この20年以上にわたり内閣法制局長官がいわゆる「一体化論」に固執したことによる「付け」は大きい。政府が決めた集団的自衛権に関して現在行われているような議論や様々な事例研究は大変な回り道をしている。日本は安全保障問題にどのように対応していくのか。安全保障とはいつ何が起こるかわからない時のことも考えなければならないのであり、事例研究ばかりしていては駄目だ。

――国民の過半数は集団的自衛権の行使に反対しているが…。

 福田 国民の過半数が集団的自衛権の行使に対して反対しているということを忘れてはならない。そういった国民の意見の一部が法制局長官の間違った答弁に影響されている部分はあるのかもしれないが、「巻き込まれたくない」という国民の感覚は依然として強固であるというのが一番大きな理由であるとすれば、国民を代表する政治家はその願望を実現するためすべての知恵を絞るのが民主主義国家のあるべき姿であり、そうであればこそ、現在の世界で多くの国(総数の6割以上)が民主主義体制の国になっていると言えよう。憲法問題としてではなくとも法律や予算でコントロールするのも良いだろう。しかし、同時に「巻き込まれたくない」という感情はほかの国民にも同様に存在していることを忘れてはならない。外務省が毎年行っている調査の中で、平成25年度「米国における対日世論調査」を見ると、米国国民が今の日米安保条約を維持することに賛成の割合がここ数年で明らかに下がっており、2012年と2013年を比較すると、一般の部では92パーセントから67パーセントに、有識者の部では92パーセントから77パーセントに、それぞれ下降している。このデータが表すように、今の米国には自分たちが日本と近隣諸国間のいざこざ巻き込まれたくないと考えている人が増えているのも確かだ。そういった背景すべてを理解し、きちんと議論して、内閣が先に進めていかなければならない。そして、その内閣は国民の多数が支持するものでなければならない。平和のためには、真に民主的な選挙で選ばれた政治家による文民統制が必要で、その一票には今の日本のような格差があってはならない。投票価値の平等の重要性は私が繰り返し唱えている事であり、すべてはそこに行き着く。

――例えば再び戦争が勃発するとしたら、それはどういった状況か…。

 福田 戦争が起きるのは強力な軍隊が勝手な行動をする時か、軍を監督する政治家や政党そのものがおかしくなる時だ。国を率いる政治家が自らが好戦的になることなく、きちんと軍をコントロールして平和を守れば戦争は起きない。日本もドイツもイタリアも、不戦条約を破って第二次世界大戦に突入したが、日本とドイツでは原因が異なる。日本では明治憲法(大日本帝国憲法)第11条に「天皇は陸海軍を統帥す」るという規定があることを根拠として統帥権には政府も帝国議会も全くこれに関与できないという慣習法が確立してしまい、軍は厳密な意味の統帥だけでなく、軍に関係する行政、政治にも発言し、関与するのが例となり、やがて政治の全体を支配することになったのはよく知られている。日本国憲法第9条2項には軍の勝手な行動を禁じるために「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とあるのは、まさにこのようなことを防止するための規定とみることが出来る。他方、ドイツには日本国憲法9条のようなものはないが、その代わりにドイツ基本法21条2項で、政党について「その目的または党員の行動が自由で民主的な基本秩序を侵害もしくは除去し、または、ドイツ連邦共和国の存立を危うくすることを目指すものは、違憲である。違憲の問題については連邦憲法裁判所が決定する」と定めている。ドイツが戦争に走った主たる原因はナチスにあると考えていることが明白だ。私が最高裁判事であった当時、現職のドイツ連邦憲法裁判所裁判官から「ナチスのような政党の再台頭を防ぐことが連邦裁判所の最大の任務である」と聞いたこともある。ちなみに、現在の日本の自衛隊はかつての軍隊とは違って勝手な行動を起すような組織ではなく、自らが戦争を起すような事は考え難い。また、文民統制もよく働いている。憲法の規定を見ても、例えば、天皇は国政に関する権能を有さず、また国事行為についても内閣の助言と承認が必要とされており、自衛隊などの指揮権が戦前とは違い、内閣総理大臣および内閣であることも憲法で確保されている。そして66条には「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」という文民規定がある。さらに言えば、戦前の軍は自分たちに都合の悪い情報を流さないようにしていたが、今は言論の自由や報道の自由が憲法で確保されており、それなりに機能している。大本営発表といったことも無い。常に重要な事は、シビリアン・コントロールに当たる政府が日本の国民多数の支持を得ていることだ。具体的には、政治家が投票価値の平等なすべての有権者の参加する選挙において多数を得た者が選ばれているのかどうかだ。しかし、民主主義をきちんと機能させる役目を持つ日本の司法にはこの点でまだ甘いところがあり、私はそれを一番懸念している。ここを、早くしっかりとしなくてはならない。(了)

――集団的自衛権と憲法の解釈について色々な議論が行われている…。

 福田 そもそも日本国憲法9条は自衛権を制限していない。今の憲法9条は第一次世界大戦後の1928年に締結されたKellogg-Briand Pact(パリ不戦条約)を日本が守らなかったので、最高法規である憲法でそれを確実に守るため規定されたものだ。不戦条約1条は「締結国は国際紛争解決の為戦争に訴ふることを非とし且相互関係に於いて国家の政策の手段としての戦争を放棄することをその各自の人民の名に於いて厳粛に宣言す」と定めており、この条約には1933年現在で日本を含む65カ国が加入した。この条約は、「戦争」を国際法上「戦勝国が敗戦国から巨額の賠償をとる合法的な自力救済措置」から「犯罪行為」に変更するという画期的意義を持ち、その功績により、ケロッグ米国務長官とブリアン仏外相はノーベル平和賞を授与されている。そして、この不戦条約が締結されるに当たり、この条約の定める「戦争の禁止」が自衛権を侵害するのかどうかということが主にラテン・アメリカ諸国などから問題提起されて議論となったが、「戦争の禁止」は「自衛権を否定するものではない」ということで意見の一致をみている。それを受けて今の日本国憲法第9条はつくられている。このことは新憲法制定に際する帝国議会の審議における当時の金森国務大臣の不戦条約への言及ぶりからも十分に推定できる。さらに第二次世界大戦後の1945年に制定された国連憲章の第1章2条4項に定める武力による威嚇又は行使の禁止と第7章51条に定める個別的集団的自衛権についての規定(「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛権の固有の権利を害するものではない」と定める。)が相互に矛盾することなく併記されている。我が国は、1956年に国連に加入しているが、加入に当たり、これらの規定になんらの留保も付しておらず、たとえば国連が執るべきことある安全保障上の義務を国内法の規定を理由に拒否するといったことはできない。法体系も異なり、構成要件も異なるので単純に比較することは適切ではないかもしれないが、国内刑事法で、決闘や仇討といった自力救済は禁止されていても、正当防衛や緊急避難措置が禁止されていないことと対比すると、「戦争の禁止」と「自衛権の存在」の関係が解りやすいかもしれない。もちろん当事者が主張すれば、それがそのまま認められるものでないことは国際法の世界でも同じであって、果たして自衛権の範囲に収まるものであるか否かは国際法上の厳しい評価にさらされることは当然だ。

――憲法を改正しなくても集団的自衛権は持てると…。

 福田 日本政府は、最初から「憲法9条の基本は『パリ不戦条約』の遵守であり、自衛権を否定するものではない。これは国際法上の問題として決着している」と言うべきだった。しかし、面倒な政策論争に巻き込まれることを避けたかった政治家達が、戦争の禁止と自衛権に関する説明を内閣法制局長官などの答弁に任せてしまった。そもそもの間違いはここにある。そして、その時代背景には、東西冷戦という長い対立の時代には相互確証破壊(Mutual Assured Destruction,MAD)戦略などという理論が幅を利かせていたことがある。つまり、対立する米ソ二カ国間で一方が核攻撃を行えば、他方も核攻撃による報復を行い、双方ともに必ず破滅する可能性があるといったことが真剣に議論されていた時代だ。この時代には、集団的自衛権を憲法上行使できないという説明は、「紛争に巻き込まれたくない」という多くの国民の願望を憲法論でカモフラージュして説明できる利点があった。しかし、1990年に冷戦が終結したことで地球を締め付けていた東西冷戦という箍(たが)は消滅し、ソ連の分裂や東西ドイツの統一、中国の急発展など、世界中で色々な事が一斉に起こるようになった。その中で特筆すべきことは冷戦終結の頃にバブルに浮かれていた日本では政治システムも経済システムもすべて日本のシステムが一番優れていると信じ、それを見直すことはせず、むしろそれらを引き続き維持する努力までしたことだ。たとえば、日本の選挙制度で都道府県1人別枠制という投票価値の不平等を増長するような制度を導入してしまったのもその一例だ。これにより日本の代表民主主義制度は従前よりも一層いい加減なものになった。その後、日本の国力が見る影もなく落ちてしまったことは言うまでもない。世界の大変換の中で起こったのが1990年8月のイラクによるクウェート侵略だ。冷戦という箍が無くなったことを示す一種象徴的な出来事だった。そこで日本の集団的自衛権の議論があらためて持ち上がった。その時、なんと内閣法制局長官は冷戦前と同様に、集団的自衛権の行使は憲法上許されないという議論を引き続き用いようとしたのみならず、「武力行使一体化論」を持ち出して、飲水の提供も、医療行為も、戦闘しているような場合には許されないというような説明をするようになった。さらに「それをどうしてもやりたければ憲法を改正しなくてはならない」とまで言うようになってしまった。しかし、繰り返しになるが冷戦時代と冷戦終結後では世界情勢は大きく違ったのだ。イラクのクウェート侵略は、東西冷戦という箍が外れて起こった新しいタイプの国際武力紛争であることは、当初から明らかであったにも拘わらず、内閣法制局は、別の途、つまり国連の行う安全保障行動、それが十分に機能しない現実の中にあっては、多国籍軍の派遣といった措置が取られる中で、日本として何ができるかという議論を封じ込める法理論の構築に勤しんだのだ。本来ならば内閣法制局は、それまでの憲法解釈の限界を率直に認め、そのうえで、政策の問題として、我が国国民の支持できる協力がどのようなものであるかという国会での議論に協力すべきだった。これにより我が国は日本の安全保障はどうあるべきかという問題に正面から向き合うことが出来たはずだ。結局イラクのクウェート侵略で日本がやったことは90億ドル以上の多国籍軍の戦費支払で、助けを求めたクウェートには、その後長い間、感謝されなかった。クウェートでは地面を掘れば石油が出て金(かね)になり、命を助けてもらうことにはならないからだ。

――当時の内閣法制局が、集団的自衛権を憲法上持てないと解釈したこと自体が間違いだった…。

 福田 かつて福田赳夫元総理大臣は国会答弁(1978年)で「憲法論だけでいえば、自衛のためには核兵器も持てる」と言っている。他方、法制局長官の唱える一体化の議論になると「集団的自衛権の行使と紛らわしいような時には飲み水も供給してはならない」ことになる。違和感はないのであろうか?昨年夏までの内閣法制局長官は自分たちのことを法律の番人と言い、集団的自衛権を行使するためには憲法9条を直さなければならないと言い続けた。これはガリレオ裁判ではないが、歴代法王が天動説を唱えてきたから、地動説にしたければ聖書を書き直さなくてはいけないといっているようなものだ。そもそも法制局長官は行政の一部局であり裁判官ではない。内閣法制局は内閣が国会に提出する法案の整合性を審査するための役所だ。「憲法の番人」などということ自体が間違っている。内閣法制局の意見はあくまでも行政の意見であり、憲法に違反するかどうかを審査し判断するのは裁判所だ。違憲審査権が司法にあることは憲法に明文で書いてある。そういうところをどこかで間違えて、憲法を変更しなくてはならないといった議論にしてしまった。このようなつまらない議論で国民の不安感を助長するようなことには何の意味もない。韓国が日本の集団的自衛権行使についてけしからんと言っているのも、実は日本の内閣法制局が「戦争を放棄するという憲法9条を直さないと駄目だ」などとおかしな発言をしていたことが原因ではないだろうか?この責任は誰がいつ取るのであろうか?

(次週につづく)

――御著書「日中食品汚染」(文芸春秋発行)を読むと、恐くて何も食べられなくなる…。

 高橋 日本人の中には「中国食品は危ないが日本食品は安全だ」という方が沢山いらっしゃるが、実は日本食品も中国食品と大差ない。私の研究テーマは「日中食品経済の一体化」だが、自然の流れとして食品汚染問題にも関心がある。例えば、中国食材を使って日本で加工されたものや、或いは日本の中にも気づかないところで汚染されている食材もある。また、米国のある加工食品が、実はメキシコから輸入されたもので、それを中国でさらに加工して日本に輸出されるといったケースもある。グローバリゼーションという流れの中で、食品のモジュール化はもはやこれ以上細分化できないほどになっており、それをお互いに輸入・輸出しあって食材を作り上げている。特に今の日本ではスーパーなどでも「中国産」と表記された食材にはあまり手を出されないため、中国産の農産物などの原材料のほとんどは食品加工メーカーや外食産業に渡り、ある食品会社のトマトケチャップには中国を含む複数の国のトマトが使用されていたり、インスタントカップラーメンに添付されている液体スープには、各国で特許を取っているエキスが複数ブレンドされていたりする。市販のコンソメ粉末の原料となる肉エキス・魚介エキス・野菜エキスも、どこで作られたものなのか、本当に安全なものなのか、調べる事は難しい。

――日本の食品表示法にも問題がある…。

 高橋 日本の食品表示制度は非常にわかりづらく、重量で上位3品目までは表示しなくてはならないが4品目以下は表示義務が無い。さらに全体の重量の5%未満のものの表示義務も無い。例えば、1000粒の大豆の中に遺伝子組換大豆が49粒入っていても「遺伝子組み換え大豆不使用」と表示出来る。こういったことを一般消費者はほとんど知らない。これは厚生労働省の食品安全行政の問題だ。食品添加物については、ある期間使用して厚生労働省によって害が無いと認められた指定添加物438種を含めて日本には約800種の食品添加物があるのだが、米国は約3000種、中国は1800種と各国で指定添加物の内容は違い統一化されていない。問題は、外国の添加物に関しては日本の指定から外れた添加物であれば表記されないということだ。これは農薬も同じだ。現在、日本の農薬は約600種、中国には700種。世界中には国際食品規格の策定などを行うコーデックス委員会でも把握しきれないほど沢山の農薬がある。どんなに危険なものが使われていても検査は不可能で、厚生労働省が指定したもの以外の食品添加物や農薬情報が外国から入ってきても検査ができないためわからない。特に液体などに混ぜてしまえば、そこに何が入っているかはまったくわからなくなるため、例えば日本の食卓に欠かせない醤油などでも、重量の5%以内で安い原材料を混ぜて作って嵩を増やすようなことがあるかもしれない。また、海外に製造工場をもつ食品メーカーが、日本で添加物と指定されていないものを使用して、その商品を日本に逆輸入しても、添加物が入っていることはわからない。農林水産省や厚生労働省は日本の食品安全検査制度は完璧だといっているが、実は穴だらけで、海外からたくさんの食品汚染源が日本国内に流れてきている。

――そういった状況に対して、我々はどうすればよいのか…。

 高橋 一番安全なのは、ネギや豚肉など原型のままの食材を購入して自分で調理することだ。現代人が便利さを求めるのに応じて、今、スーパーには加工食品が溢れているが、食品に対する安易な考えは改めて、出来るだけ加工されていない、手作りのものを食べることを心がけて欲しい。それは、いわゆる「おふくろの味」だ。母親の愛が詰まった家庭料理を食べていれば子どもにもそれがちゃんと伝わる。そして、正しい食事によって健康な身体が育っていく。忙しくて毎食手作りは難しいというのであれば、せめて食品の加工度を下げることに気を使うべきだろう。一方で、厚生労働省や農林水産省は、きちんと情報開示をするように業者を指導すべきだ。食品メーカーが原材料すべてを商品に載せるのが難しいというのであれば、ホームページに開示するなり、或いは、5%未満の情報は開示されないことを商品に明記するよう指導するなど、色々と方法はあるはずだ。何より、消費者に美味しくて栄養のあるものを提供するために存在する食品会社が、仮に健康に不安を与えるかもしれない情報があったとして、その不安を除去するような対策を行わないことはおかしい。それを知った上で買うか買わないかは消費者の自由であり、まずは事実を知らせることが重要だ。

――消費者庁がもっとしっかり指導すべきだ…。

 高橋 確かに、食品安全問題はもともと消費者庁の統括だ。しかし、あらゆる法律や通達はすべて食品安全委員会を通すことになっていて、しかも、この委員会の事務局がすべて農林水産省の天下りで、委員よりも事務局が強大な力を持っているため、消費者の声がなかなか届かない。消費者の意見を入れると政策の大義が変わると思っているのだろう。しかし、国民の健康を守るのは国の仕事だ。きちんとした政策体系によって国がもっと安定し、医療費も節約できるかもしれない。この辺りは欧州に学ぶべきだろう。欧州はすべて予防原則で、危ないと思えばすぐに策を打つ。食品添加物についてもEUでは厳しく規制しており、野ざらしなのは日本と中国と米国くらいだ。特に日本人はすべてにおいて、何かが起きてからどうするかを考えるといった状態で、「危ない」と思いながらも放置している。この差は大きい。

――TPP交渉では、日本政府が例外を求めている農産物重要5項目から構成される加工食品が586品目もあるということだが、これらについて…。

 高橋 例えば、コメを原料としたせんべいや、乳製品を原料としたヨーグルトやチーズ、また牛肉を原料としたハムやベーコンといった586の食品モジュール化した加工食品について政府は詳細を明らかにしていない。私はその理由を、食品モジュール化が国際的に進み、「その他」あるいは「その他のその他」などと表記する以外ない名のつかない食材があまりにも多数含まれており明らかにしようにもできないこと、つまり食品モジュール化の進展に世界が追い付いていないこと、また農民の反対は説得できても、これらを製造している国内食品メーカーから反対されればTPP交渉が成立しなくなると政府が考えているからだと思っている。例えば関税が下がることで海外から安いハムやチーズ、或いは氷砂糖やせんべい、エキスなどが輸入され、日本製品に取って代わるようなことになれば国内食品加工会社は猛反発するだろう。もちろんそういった製品の中には安全性が疑わしいものも含まれているだろう。日本の食品安全行政は水際で防ぐ事など出来ない。TPP交渉が成立してしまえば色々なものが入ってくる。その時、自分の身は自分で守るしかない。自分で調理をして加工度を下げていくことが重要ということだ。とはいえ、おなかが空けば何でもいいから食べてしまうのが人間だ。そこに選択肢はない。言い換えれば、豊かな生活になって、初めて、安全な食べ物を食べるという意識が出てくる。だからこそ、「衣食足りて礼節を知る」というように、精神も経済も、国の生活レベル全体を上げていくことが今でも重要なことだ。(了)

――日本の土地制度を輸出するというアイデアをお持ちだが、その経緯は…。

 井上 私はこれまで30数年間不動産鑑定の仕事に携わり、2つのベンチャー企業を起こしてそれなりに稼いできた。77歳を超えた今、これまで培ったものを使って、誰かに、何らかの恩返しをしたいと考えた。それが、日本の土地に関係するあらゆる制度の知恵を新興国に輸出するということだった。そこで、先ずは私の知り合いにこの「誇大妄想」を話して、賛同してくれた方々に相談に乗ってもらいながら、この構想の実現に向けて取り組んでいるところだ。当初、私はこのアイデアを人に話すと失笑を買うだろうと考えていたのだが、予想の外、皆様からは非常に好意的な反応で、しかも真剣に聞いて頂いている。

――新興国に、モノではなく「知恵」を輸出していくと…。

 井上 今、アジア、アフリカを中心とする新興国に対して世界中からあらゆる輸出が行われているが、日本がモノの輸出を行おうとすると、どうしても価格面で中国や韓国に負けてしまう。また、それらの国で生産工場を建てようと思っても土地所有権等に関する法制度が整っていないため、工場進出ができない。教育や技術移転といった、モノではない支援を輸出した方がよいのではないかと考えた。それが3年ほど前の話だ。私がそれまでに培ってきた「知恵」は土地に関するものだが、新興国の土地所有の形態はあやふやであり、日本の登記制度や徴税制度など各種制度を輸出すれば、その国の社会的な仕組みが強固なものとなる。国家の基盤が強化されれば、産業の高度化と雇用の拡大も望めるだろう。また、その「知恵」を輸出すれば、その国の後世に日本の技術制度が脈脈と受け継がれることになる。そうすれば、それらの国々との連携もさらに強化されていくに違いないと思っている。

――土地に関する制度技術とは、具体的にどのようなものか…。

 井上 先ず、土地がどのような地形になっているかを知るためには、地形を確認する必要があり、それを実際の数字に落とし込んでいくための測量技術や、地図を作成していくための技術、さらには、その土地が誰のものなのかを表す登記技術や、登記に必要な司法書士の技術など、様々な制度技術がある。その他にも固定資産税や相続税など土地に関する税制度の技術があれば、その国に恒久的な税金が納められる仕組みが整ってくる。現段階で各国にどの程度の各種制度が導入されているかはきちんと調べてみる必要があるが、恐らく都市計画制度や農地制度など土地利用に関する諸制度や、不動産担保による民間金融機関による融資制度、不動産業や建設業等の契約の仕組みなど、ほとんどの制度が新興国には揃っていないと思う。そこに日本の制度技術を輸出すればアジア等の国は豊かになり、日本の各企業もアジア等への進出が容易になる。そして、その国に対して日本の影響力は半永久的に続くことになるだろう。

――それを実現させるためにはしっかりとした推進団体や財源も必要だが…。

 井上 この構想はまだ漠然としたものであり、実施主体も、活動内容も何も決まっていない。また、このような制度技術は知的財産権で保護されたものではないため、こういった活動でお金を稼ぐのは難しく、調査研究や研修のための費用負担問題も今後の大きな課題となっている。もしかしたら、これから地道に活動を続けて、晴れて輸出対象国第1号が出てくる頃には、私はもうこの世にいないかもしれない(笑)。その辺りが冒頭に「誇大妄想」と言った理由だ。しかし、日本企業がタイやベトナムに進出して、不動産の制度がきちんとしていないために色々なトラブルに巻き込まれたという話は多く、そこで土地制度が整っていれば、日本企業も安心して現地で活動することが出来るだろう。すでに国土交通省の知り合いにもこの構想を話したが、彼も「協力するよ」と言ってくれた。それはリップサービスなのかもしれないが、このような言葉は大変心強い。

――このアイデアは国家レベルの技術提供のように思われるが、過去に日本政府がそのような活動を行った例は…。

 井上 政府はその時々に必要な相手国に対して一定のアプローチを行っている。しかし、そのアプローチは各省バラバラで、関連性があっても他省のことは分からないままだ。さらに、そういった情報公開をあまりオープンにしていないため、私としても、今回取り組もうとしているアイデアに似たようなことで、過去に政府がどのような人達をどの国に派遣し、どのような内容の活動を行ってきたのかという詳細が把握出来ないでいる。その辺りの情報をもう少し詳しく調べていけば、我々が出来る内容ももっと明確になっていくと思う。それと同時に、今はまだ私の個人的な知り合いばかりで進めているこのヒアリングを、もっと専門的な知識を取り込むべく、知らない人たちとの交流も積極的に行って、実現への道を着実に歩んでいきたい。

――例えば、日本が新興国の学校を設立・支援する中で、不動産に関連する諸制度を教えていくというようなアイデアもあるのではないか…。

 井上 確かにそういったやり方もあるかもしれない。ただ、不動産関係で教える事は非常に幅が広いし、実現するには膨大なお金がかかりそうだ。とりあえず、今我々が出来る事は、日本の各省庁が過去にどういった国に、どのような活動を行ったのかという資料を集めて分析することだろう。その情報をもとに国の中に何かひとつの組織が作れないかを検討し、最終的にどういった形で土地制度に関する技術を移転していくのか、今後2年間ほどで具体的な形を作り上げていきたい。最終的には、これまでに各省それぞれで行ってきた新興国への制度輸出や教育輸出をひとつに結び付けて、国家プロジェクトとして推進していくのがベストであり、そうなればよいのだろうが、残念ながら今はまだ私にその力は備わっていない。しかし、ローマ帝国が栄えた理由は欧州や地中海沿岸にローマの制度を輸出して同じ尺度にしたからだと言われているように、日本の不動産の諸制度をアジア等に輸出していけば、日本の制度がアジア等の後世に残っていく。わたしは是非それをやりたい。

――日本の土地に関連する制度は、世界的に見て優れているのか…。

 井上 ヒアリングしたなかには「日本の土地制度はそれほど優秀ではない」という意見もあったが、日本の都市計画に関する制度においては、優れているか否かというよりも、昭和20年代から40年代にかけての高度経済成長期に急激に都市に人口が集中した中で作られた制度であり、そのような国は世界でも日本が初めてだということが重要だ。そこで作られた制度が、今後大きな成長余地を持つ新興国に何らかの役に立つ可能性は大きい。国土利用計画法の規制制度や都市計画法と建築基準制度などについても利用価値は高いと思う。ただ、例えばインドなどでは、すべての土地が国のものである中国やミャンマーとは全く違って、私有財産を侵食することが禁じられている。そのために道路が開設できないといった問題も聞く。そういった各国事情の違いにはきちんと対応していく必要がある。また、今の日本の制度は緻密すぎて使いづらいという声もあるため、30年前くらいの日本の制度をその国に合わせていくといったような工夫も必要かもしれない。実は土地区画整備事業という制度はドイツで始まった。それが今ではドイツ以上に日本で利用されている。そして先日この制度を日本からタイに輸出したところ、すでにタイの国会で決議され、国王陛下の認可も得られているという。このように、現地の人達の様々な声や提案をきちんと反映して、試行錯誤しながら新たな国に根付いていった制度は、他の国でもしっかりと受け継がれていくものになると思っている。(了)

――アセアン各国に、日本産業界にも対応できる「モノづくり大学」を設立する動きが始まっている…。

 土居 すでにタイには泰日工業大学という「モノづくり大学」が設立されており、これが大成功している。成功に至るまでには長い時間がかかったが、重要なことは、このプロジェクトが、かつて日本に留学した人や、日本で研修を受けた人たちの力で進められているということだ。泰日工業大学の設立はタイの元日本留学生などが中心となって、まずは日本語教室から始めて、さらに技術研修、経営研修へと拡大し、その研修費用を貯めて用地となる土地を購入し、さらに資金を増やすために長期的な努力を続けて、大学設立までの基盤を整えていった。もちろん経済産業省の支援やJBICなど日本の政府系金融機関からの支援、民間企業の協力もあるが、それよりも彼ら自身の努力の方が圧倒的に大きい。大学のカリキュラムもすべてタイ人の元日本留学生たちが作った。そうして、今から7年前に泰日工業大学の開校が実現した。それを皮切りに、アセアン各国で過去に日本で一緒に学んだことのある元留学生たちが、「産業人材を育成する大学を自国にもつくりたい」といった意識を強く持ち始めた。

――タイで最初に「モノづくり大学」を作ることになったきっかけは…。

 土居 もともと日本がアセアンに経済進出を始めたばかりの頃、タイでは「日本が行っている経済協力は、アセアンのためではなく日本自身のためではないか」と考える人たちが多く、他の理由も加わって、当時の田中角栄総理大臣がタイを訪問した際には反日の旗が振られるということもあった。そこで、日本は戦前からアジアの日本留学生たちと深い交流を持つ穂積五一という人物をタイに派遣し、反日のリーダーであった元日本留学生たちと話し合いをしてもらった。元日本留学生たちには「タイの産業の底上げのためには日本から学ばなければならない」という認識はあった。しかし、「タイの国造りのためには、自分たちが学んだことを、自分たち自身で活かしたい。その支援であれば受け入れる」と考えていた。そこで日本の経済産業省は、彼らの主体性を尊重し「金は出すが口は出さない」という支援を始めた。例えば、現地ローカル企業の中堅幹部に、品質管理、カイゼン、5Sなどの経営マネジメントなどについて、研修を行う事業を支援した。そういった活動を約30年間続け、最初は日本人講師を呼んで行っていた講義も、すぐにタイ人が講師を務めるようになっていった。こうしてタイにおける産業人材の育成のシステムが出来上がって来たという訳だ。

――「モノづくり大学」の特徴と、今後アセアン各国に広げていく際の問題点は…。

 土居 まず、泰日工業大学では日本語が必須で、自動車産業への期待が大きいというタイ国内のニーズを踏まえて、自動車工学、電気工学や機械工学など工学系が中心となっている。もちろん経営学部や情報学部、国際交流のための文系の学部もある。7年前に開校した大学は3年前から毎年1000人前後の卒業生を輩出し、彼らはタイ国内で引っ張りだこで100%就職して、タイの産業を支えはじめている。泰日工業大学の理事長は、40年前から設立に関わったスポンさんという東京大学工学部電気科の元留学生だが、同時期に東工大に留学していたミャンマーのミン・ウェイさんという人が、タイのスポンさんから大学設立成功の話を聞き、自分もミャンマーの発展に不可欠である産業人材の育成のために、モノづくり大学の設立をめざしたいと考えて、活動を開始している。しかし、日本とタイでは反日運動の解決を契機に偶然にもつながりを生かすことが出来て、日タイ経済協力協会をベースに経済界の人や役人や政治家すべてがつながり、大学を設立するまでに至ったが、ミャンマーをはじめ他のアセアン各国では元日本留学生と日本社会、また元留学生同士の社会的ネットワークが、タイの場合のようには整っていない。それが大きな問題点といえる。そこで我々は、アセアン全体に元日本留学生たちと日本社会との共創のネットワークを作り、「モノづくり大学」を作れるようなプラットフォームが必要と考えて取り組みを始めている。実はこの努力もあったと考えるが、政府は6月24日に「日本再興戦略改訂版」を閣議決定し、「元留学生たち海外人材とのネットワークの構築・強化により共創活動を促進する」という方針を打ち出してくれた。例えばアセアン首脳会議などでこのような問題が取り上げられれば、国や民間企業からの支援も始まるだろう。国のODAもこういったところに回してもらえれば、リベートなど賄賂のようなものに使われずに、無駄も省けて、歴史に残る成果があがると思う。

――ODA予算の使い方を大幅に見直して、新興国の人材育成にもっとお金を使うべきだ…。

 土居 ひとまずその国の政府に使い方を委ねてしまうODAではどうしても無駄が多くなる。将来に責任を持つ事業の担い手が確保できず、フォローアップもないため、利権で食い散らかされてどこかに消えてしまう恐れがある。相手国政府からの要請が前提のODA予算については、各国政府の計画もずさんで、巨大なODA資金は実際には予算の大きさほどにはワークしていない。一方で、タイにおける「モノづくり大学」の設立では、最初からタイ政府の手を借りることなく、全く民間事業として元日本留学生たちが団体を組織し、プランをつくり、実行する人は世代を超えて40年も続いている。このように、将来に向かってたゆみなく進む人たちや企画を支える組織や仕組みを、日本の支援で作ることこそ、これからの日本とアセアンに必要だ。少なくとも今回の「モノづくり大学」支援プロジェクトのためには、政府は従来のODAを削ってでも支援すべきだと思う。

――日本政府と日本企業が一緒になって、アセアン各国から優秀な人材を輩出する流れを作るべきだ…。

 土居 さらに言えば、民間企業には政府を待たずに行動をおこしてもらいたい。大学設立事業は成果が実となって返ってくるのはかなり先になるため、企業にとっての経済的メリットはあまりなく目を背けがちだが、例えばタイで大学を設立する際には、見識ある経済人のトップ、例えば三井銀行の故佐藤喜一郎さんや故小山五郎さんといった方々が元日本留学生たちの志に反応し、約70社の民間企業が会員となる日タイ経済協力協会の設立が実現した。それは彼らの魂に何か響くものがあったからだ。タイに続く大学設立の動きとして、ミャンマーでも「MAJAモノづくりトレーニングセンター(MMTC)」が今年4月に設立され、近い将来の大学設立を目標としているが、それに対して、タイの時と同じように志を感じて支援を始めようとする産業人が出てきている。現在、アセアン諸国を対象とし、官民支援の窓口機能や現地団体とのビジネス交流窓口となる「アジア日本経済協力協会(AJECS)」を設置しようという活動も始まっている。中小企業者でも彼らの志をキチンと理解出来る人がいれば応援してくれる。他国の例では、つい最近、日本の東京大学を卒業した香港財閥Nonald Chao氏が日中両国リーダー育成のために100億円の私財を拠出して基金を立ち上げたりする動きがある。今は世知辛い世の中だが、私は基本的に、日本の経済界で資金的に余裕のある企業は、長期的に考えて日本国家に必要なことに対しては、国に先行してでも支援の姿勢を示すべきだと思う。

――来年にアジアインフラ銀行を設立する中国に劣後する事がないよう、この構想を早期に実現させるべきだ…。

 土居 日本の協力で大学を設立するからには何らかの形で国の支援が必要となるであろうし、民間企業のサポート体制も欠かせない。アセアンワイドでこの活動を応援する体制やネットワークを作り、きちんとしたプラットフォームを作ることが重要になる。その活動を進めていくための組織をどのような形態にしていくのが良いのか、具体的な話はまだ詰めていないが、一番簡単な方法は一般社団法人を作って小規模でもまずスタートすることが必要かもしれない。また、ファンドを作ってそれを呼び水にするというのもひとつのアイデアかもしれない。秋までには何らかの形を作ることが必要と考えているが、先行して活動をすすめているミャンマーの「MAJAモノづくりトレーニングセンター」への支援に関しては、すでにあるボランタリーなミャンマーMAJA支援委員会を拡大しながらきちんとした組織に変えていくことが必要だ。経済界の人達が支援してくれれば国も動いてくれる。そして徐々にファンド設立といった話にでもなればと期待する。話は私が勤める私立大学の話になるが、日本の大学としては国民所得一人当たり10万円にも満たない一般の家庭のアジア留学生を受け入れる事は、学費未払いの可能性もあり決して積極的にはなれないところだ。とはいえ富裕層の家庭には比較的甘えている子が多い。本当にしっかりしているのは貧しい中堅どころの家庭の子どもたちだ。私は近々理事長の名代でミャンマーの某大学と学術・研究協力協定を結ぶためヤンゴンに行くが、本学の理事長はすばらしい決断をしてくれた。それは「ミャンマーに於いては、世界の平和と発展のため、また、これからの日本とミャンマーの関係の増進のために、橋渡し役となる優秀な人材の育成が求められているが、それに貢献するためにミャンマーからの留学生に対し大学の経費を拠出し特別の奨学金を用意して招聘する」という決断だ。そういった子供たちにしっかりと学べる場を提供して、将来の優秀な産業人材になってもらうということで、この大学の方針は、ミャンマーの「モノづくり大学」創設のコンセプトにつながるものであり、政府の閣議決定した方針により、新しい施策が展開されれば、日本とアセアンの結びつきはより強力なものになっていくと確信している。(了)

――日本の地域金融機関の役割について…。

 渋澤 私は一般個人向けの投信会社を運営しているため、よく全国各地に足を運ぶが、日本は基本的に豊かだ。食べ物も美味しく、生活も安心安全だ。そして家計は870兆円超という現金資産がある。しかし、そこでつくづく感じるのは、その資源が眠ったまま使われていないのは大変にもったいないということだ。このため、私が考える日本の新成長戦略は、日本の現金をいかに利用するかであり、地方に住んでいる人も投資を通じて日本全国或いは世界の成長を地域に取り込むというマインドになってほしいと思っている。しかし実際には、投資をしている人の中にも、投資をすることで世界の成長を自分の懐へ取り込むチケットを手に入れているという感覚を持つ人はほとんどいない。そこで地域金融機関にそういう立場になってもらいたいと期待している。地域金融機関の今のモデルは、お金を集めて、融資を通じ、地域の成長に貢献するというものだが、実際のところは集められたお金の3~4割程度は国債を買っているところもある。銀行規制上ではそれが合理的なのかもしれないが、それではゆうちょ銀行と同じで、国の借金のための仲介業務をやっているにすぎない。

――今は、地域金融機関が国債を買うための金融機関になっている…。

 渋澤 1873年に私の祖先である渋澤栄一が銀行を作った時は、「銀行」という名称もない時代のベンチャービジネスで、渋澤は当時、銀行を「大河のようなものだ」と例えてその存在感を示した。銀行に集まってこないお金は水溜りや滴と変わらず、国民と国を富ます潜在能力があってもそれが活かされなければ大河にはならない。水を集めて流して初めて大河になる。ここで銀行が流すべきものが何かと言えば、成長資金だ。成長資金を世の中に循環させることがもともとの銀行設立の理念のはずなのに、今は3~4割が国の借金のために流れている。それも国の成長のためではなく、国が現状を維持するための資金だ。

――今、日本の銀行の有価証券投資が国債を主に買っている理由は、金融危機があったことで当局の管理が厳しくなりリスクをとれない体質になっているからだ。まずはそこを直す必要がある…。

 渋澤 銀行が一番気にしているのは顧客の利便性ではなく、金融庁が敷いたルールに触れないことだと思うときが多い。金融庁が思っている以上のことを自分たちで課して自縄自縛になり、結果的に不便になった状況を預金者や取引先の顧客に押付けているのではないか。しかし、金融機関はその社会的使命をもう一度思い出し、世の中に成長資金を流していかなければならない。そのためにも、投資家が安心して長期投資できる場所を提供していく必要がある。特に地域金融機関は銀行の社会的使命である「地域に成長資金を循環させる」という意識と同時に地域外からの成長を取り込むことも必要だという認識をもっていただきたい。それは自己勘定の投資でもよいし、あるいは顧客に対して預金だけではなく、「成長」に投資する真っ当な投資信託など提供をしていくといったことだ。もちろん、内容が複雑すぎる毎月分配型の商品などでは、買う側が何を買っているのか理解しないまま、あるいは売っている側も何を売っているのかわからずに、損をした時にきちんとした説明が出来ずに大変なことになるというケースもあるため、普通のきちんとした、わかりやすい投資信託を取り込む必要もある。

――自民党はスーパーリージョナルバンク(広域地域金融機関)を設立する案も出しているが、地域金融機関の大再編については…。

 渋澤 私が地域金融機関の大編成の動きの兆しを感じたのは、地銀の中でも上位の静岡銀行がマネックスグループの筆頭株主になった時だ。それは、静岡銀行が県内だけでなく全国からの成長を取り込むという意思表示だと思った。他の地銀も、ちょっと気になった動きではなかろうか。一方で、同じ地域内で合併してリージョナルバンクを作るといった構想だけに捕らわれなくても良いのではないか。同じ地域内では縄張りの奪い合いになることも考えられる。むしろ、北海道の銀行と沖縄の銀行のように、縄張りが全く違うところの経営統合の方がスムーズで、色々なところでコストダウンになるのではないか。今の時代、距離が遠いからといって連絡面で不自由する事はほぼない。インターネット会議も出来るし、特に日本の交通網は発達しているためどこにでもいける。そうした大きな統合を考えるべきだろう。

――御社の投信の状況は…。

 渋澤 弊社では個人向け直販という形が重要だと思っている。顧客である投資家に直接我々が接点を持ち、どのような方々がどのような想いでお金を預けていらっしゃるのかをきちんと知ることが重要だと考えているからだ。顧客の年齢層で一番多いのは30~40歳代で半分以上を占め、16%が未成年だ。未成年の場合は親が親権者として子ども名義で口座を作り、教育資金など成長して必要になる未来志向のための資金となっている。金額としては大体子どもが毎月1万円弱で大人は2万円程度。最低でも毎月3千円から始められる。毎月の収入の中で1~2万円の余裕があれば、未来の生活のための年金以外のサプリメントという感覚で捉えてもらえればよいだろう。そうすることによって、良質な長期資金が日本の資本市場に循環していくことになる。会社を設立して5年。直販の顧客は毎月順調に増えているが、現在投信残高100億円のうち約半分が機関投資家だ。

――アベノミクスが追い風となっている…。

 渋澤 例えばアベノミクスを期待して昨年12月に株を買った人は、この半年程度はあまり動かなかった。長期的に積み立てをする分には全く問題ないのだが、どちらかというと相場が盛り上がっている時は皆の欲望を刺激するため、スポット買いで高値掴みになる場合が多い。むしろ穏やかな状態の時に「とりあえず積み立てでも始めようか」という感じでスタートした方が、追い風が吹いた時にグッと投資元本が上昇する。そういう意味では昨年末に積立を始めた方は上がっているし、もちろん5年前に始めた人はすべて黒字化している。

――今後の目標は…。

 渋澤 投信での目標は、我々のフラッグシップである「コモンズ30ファンド」を、新しい資金を受け入れなくてよいまでに成長させ、新規の投資家へクローズさせることだ。あとは既存の投資家の積立をお受けしたり、或いは子どもの資金だけを受け入れたり、そういう風になりたいと思っている。コモンズ30ファンドは10代、20代、30代と世代を超えた長い時間軸で事業環境を見た時の企業の「進化」に投資するもので、もうひとつ、昨年末に立ち上げたザ・2020ビジョンというファンドでは、2020年をきっかけに起こりうる企業の「変化」を捉えて投資する。ちなみに2020ビジョンというのはアメリカで「正常視力」という意味だ。立ち上げた時期は昨年末という高値圏の時期だったが、今は年初から6%プラスになっている。全体のマーケットがマイナス5~6%であることを考えると、ファンドマネジャーの糸島孝俊はかなり上手く運用していると言えよう。運用会社として、色々なファンドを設定していくことはこれからも続けていくが、フラッグシップであるファンドをクローズ出来ることが、まずひとつの夢だ。

――個人向け投信を扱う同業他社について…。

 渋澤 セゾン投信の中野氏、レオス・キャピタル・ワークスの藤野氏と私で「草食投資隊」というコラボレーションを4年間続けている。それぞれは競合会社ではあるが、「肉食系」のように奪い合うのではなく、個人の長期投資のパイを大きくしたいという共通の目的の下に共著で出版したり、全国セミナーを一緒に回っている。そういった活動の中で、地方の銀行が「隊員」のファンドを取り扱ってくれるような動きも出てきている。画期的なことは、その導入がトップダウンで決められたのではなく、30代の現場の若手が「これからは毎月分配の投信ではなく、顧客のためになる毎月積み立て型の投信だ」ということで組織を説得してくれたということらしい。我々としても、どうすれば長期投資を日本社会に定着させることが出来るのかをテーマに、今後も現場ベースでの活動をしっかりと続けていきたい。(了)

――自民党・日本経済再生本部が掲げた「日本再生ビジョン」について、金融界ではあまり期待出来ないという声が多いが…。

 塩崎 先月発表した「日本再生ビジョン」は、昨年の「中間提言」を引き継いでいる部分も多いが、今年は自発的に英語に翻訳して広めてくれるような外国人もいる程、比較的評価されていると認識している。政府はこのビジョンから取捨選択して6月下旬に閣議決定する予定だ。取り入れられないものも若干あると思うが、ほとんど取り入れられると思う。目玉はコーポレートガバナンス強化、地域金融の機能強化、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の改革などだ。また、すでに大学のガバナンス改革のための学校教育法改正案など、衆議院本会議を通過しているものもある。これは教授会の在り方を戦後初めて変えることになる大変革命的なことで、教授会が勝手を出来なくなれば日本の高等教育の文化も変わっていくと思う。

――コーポレートガバナンス改革では、株式持ち合いの解消を進めていくということだが、株式が大量に売却されれば市場が混乱するという声もある…。

 塩崎 ドイツでは株式譲渡益課税の廃止などの税制改革もあって、株式持ち合いを劇的に減らした。それで株価が下がったということは起きず、むしろ今のEUの状況にあってもドイツの景気は良い。改革の途中でメルケル首相に政権交代して株式譲渡益課税は復活することになったが、それでも株式の持ち合いは減少を続けている。やはりコーポレートガバナンスが効いていた方が良いということだろう。我々はそのドイツを参考に、昨年から株式持ち合い解消や銀行等の株式保有の禁止を含めた保有制限の強化を提言している。もちろん、そのために株式市場での売却が増加し、株価に影響を及ぼす可能性もあるため、しっかりとした受け皿の枠組み構築も考えている。さらに今回は、それぞれの一定以上の株式の政策保有に関して、開示のみならず、理由説明を求め、実効性を高める仕組みも整えている。

――受け皿の枠組み構築とは、具体的に…。

 塩崎 ひとつは銀行等保有株式取得機構を活用して、機構に株式を買ってもらうことだ。機構は購入したらETFなどに組み入れて売ればよい。やり方はいくらでも考えられる。その他、売却株式の商品性向上の工夫など、詳細は「日本再生ビジョン」にしっかりと書いてあるのでお読みいただければと思う。また、例えばキャピタルゲイン課税をなくすといったような税制改革については年末でなければ決まらないため、ここでは触れていないが、時間をかけてゆっくりと売却していくのであれば、市場が混乱するといった懸念はあまり重要ではない。重要なのは、なぜドイツだけが元気なのかということだ。それはコーポレートガバナンス・コードを導入したり、譲渡益課税を廃止して株式持ち合いの解消を進めたり、労働市場改革を行う、等々広範な改革を包括的に一気に、トップダウンに断行したからだ。そうすると、企業は頑張らざるを得なくなり、銀行は銀行本来の仕事に戻る。株式を持ち合って銀行が企業に対して影響を行使するようなこともしない。それが重要だ。その他、「日本再生ビジョン」では独立社外取締役の導入促進も提言しているが、何人導入するかといったことも、それは単なる必要条件であり決して十分条件ではない。我々政治は、そういった必要条件を満たすための枠組みを整えることが仕事だと考えている。その後どうしていくかは各々の企業の経営次第だ。

――地域金融機関における「日本版スーパー・リージョナルバンク(仮称)」の創設について、無理矢理統合しても良い事はないという意見を多く聞く。優勝劣敗の制度を作って、潰れるべきものは潰すべきではないか…。

 塩崎 無理矢理統合させるつもりは全くなく、どこにもそんな記述はない。ただ、日本の銀行は潰れない。それは県境でお互いに攻め入らないからだ。そういった金融機関が中途半端にやっていけてしまうことが問題なのであり、その漫然とした秩序を壊す必要がある場合があるという考えから「日本版スーパー・リージョナルバンク」構想を立ち上げた。日本の金融機関には、もっとアニマルスピリットをもった経営が必要だ。そこで銀行にもコーポレートガバナンスの強化の一環として複数の独立社外取締役の導入を提案し、根本から変えていこうとしている。実は金融庁はこの導入に対して慎重なのだが、既に監督指針では「少なくとも1人の独立取締役を入れる」との指導をしている。私はこれをやや中途半端で、銀行にはもっと模範演技を見せて頂きたいと感じている。韓国の金融機関さえ4分の1、中国でも3分の1の独立社外取締役の導入が定められている中で、現状の日本の金融機関には少なくとも1人という規定では物足りなくないか。そのような文化の銀行では、本格的に育てる金融が出来にくいとの懸念がある。

――地域金融機関の企業文化を変えて、県境を取り払うということか…。

 塩崎 コーポレートガバナンスでベストプラクティスを求めていくこと自体が、企業文化に変わって頂きたいということだ。金融機関は普通の企業と違って税金で守られている。とはいえ資本主義である以上、国が手を出すわけにはいかない。株主がしっかりと意見を出して、あくまでも経営判断でやってもらうしかない。だからこそスチュワードシップ・コードやGPIF改革が必要ということだ。

――GPIFは現在75人で120~130兆円の資金を運用している。果たして、本当にこの体制を抜本的に変えることが出来るのか…。

 塩崎 「出来るのか?」などと言っていては駄目だろう。我々が影響を及ぼすことが出来るのは、組織に関する法律、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス、会社法、銀行法くらいだが、結局、自分でやる気が無ければやらないし、それを嫌だと思えばやらなくてもいい。ただその結果、経済が駄目なままでいるというだけの話だ。昨年から金融庁の監督指針は経営戦略中心の監督に主体を置くという方向に変わってきている。その理由は、我々自民党の「中間提言」で「金融機関は易きに流れることなく、企業再生に一段と力点を移すことが肝要である」という一文を入れたこともその一因だと私達は思っている。そういった背景もあって、監督行政によって無理矢理に銀行を動かすような事はしたくない。我々は産業再生に資する金融機関の機能、体制、経営体力の強化のために出来る限りのサポートを行うが、その後は各々の地方金融機関が独自の判断で行うことだ。

――日本経済の問題点について…。

 塩崎 日本は生産性が低すぎる。特に卸売・小売は米国の生産性の約43%とかなり低い。この生産性レベルの企業に全体の4分の1の人達が就業し、そこで給料をもらっている。つまりここで働いている人達の給料は低く、生活水準も低いということだ。これを変えるためには、金融機関が融資を鞭に生産性を上げる努力をしてもらうほかない。そのためにも自行のコーポレートガバナンスを普通の企業よりも厳しくしなくてはならない。海外の投資家はこういったことをよく理解しているが、例えば海外に比べて圧倒的に低い日本のROEをもっと上げることも重要だと思う。規制改革やコーポレートガバナンス改革で、企業が持っている力を最大限に発揮できるようにしていくことが我々の役目だと考えている。(了)

――全信組連の理事長として…。

 内藤 平成23~25年度の3カ年計画では当期純利益を毎年55億円、資金利益を毎年150億円あげるという目標を立てていたが、今年度の当期純利益は100億円超と約2倍になり、資金利益も200億円超となった。その他、IT関係のシステムでも大きな事故もなく、連合会自体の運営は大変うまく回っている。ただ、問題は信組という業界をどう支えていくかだ。一般的に信組は中小・小規模事業者とのお付き合いであるため経営環境は厳しいだろうという見方が多く、それも正しいのだが、一方で、理事長など経営陣がしっかりとした哲学と理念と責任感を持っている信組は厳しい環境の中でも着実に業績が上がってきていると言えるのではないか。つまり、マクロ経済が悪いからすべてが悪くなるというような単純な話ではなく、経営のリーダーシップが非常に重要ということだ。

――信組を支えていくための具体的な方策は…。

 内藤 我々連合会に出来ることには限界があるため、各信組で考えていただくのが先ず基本だ。まずは、それぞれの組合が足元の経営状況をしっかり見て、危機意識を持って取り組むことだ。その上で、例えば法改正があった時などには我々が信組に対してわかりやすくアドバイスしたり、信組からの要望を当局に伝えるといったお手伝いをしっかりと行っていく。また、預貸率が低下したことに伴い、余裕資金を各信組が資金運用しているが、本業に人的資源を集中するなか、多くの信組で規模・人員等に一定の限界が生じ、運用態勢を十分に整備することが難しく、実際に過去に失敗して負の遺産を抱えている信組もある。そこで、我々が信組の運用業務に対してサポートを強化していくことが必要だと考えている。最終的には各信組の判断と責任に任せるが、現状のマーケット動向を踏まえた注意点や投資先を選択する際のアドバイスなどは積極的におこなっていきたい。すでに一年以上このような取り組みを行ってきたが、各信組からはかなり好評で「とても役に立つ」「自分たちの未熟さを再認識した」といった声を頂戴している。求められる前に押しかけ女房のようにしていくことで、「初めて問題意識をもった」と言われることもある。これをさらに進化させていきたい。

――組合への資本支援については…。

 内藤 資本支援はサポートの根幹であり、国からの支援制度を受ける前段階として、これまでに約25組合に700億円を超える資本支援を行ってきた。さらに、それでも足りないという組合や東日本大震災で被災した組合に対しては金融機能強化法を利用した公的資金注入のサポートを行っている。今年度中にさらなる(すでに公表済みの)支援が実行されれば、かなりの問題を抱えてきた組合は相当程度解決されるだろう。しかし、バランスシートの傷みが解決した後に、果たして自分たちで利益を生み出せる体質になっているのかどうかといったところに今後の大きな課題がある。今後5年~10年先の各組合を取り巻く経営環境の行末が気になるところだ。結局、自己資本比率が高くても自分たちで将来のチャンスを掴んで収益を伸ばす力がなければどうしようもないとも言えるのだ。そういった考えから今年1月に新しい資本支援スキームを作った。

――新しい資本支援スキームとは…。

 内藤 これまでの業界内支援制度の下では6%未満に落ち込んだ信用組合に対して我々が支援するという仕組みになっていた。それが今般、自己資本比率6%を上回っていても、組合側がもう少しリスクを取るために資本バッファーを厚くしたいと考えた場合には我々が支援できるようにした。問題を早期に発見すれば早期に回復するということだ。支援資金も少なくて済む。具体的な検討をさらに重ねて実行に移し、組合の足腰を強化していきたい。このスキームは国が地域経済活性化のために積極的な支援姿勢にあり、リーマンショック直後に改正された金融機能強化法によって可能になった訳だ。しかし、資本を入れれば問題がすぐに解決するとは思っていない。新しいリーダーシップのもとに経営そのものの体制を変え、きちんと利益を出せる仕組みを作らなければいけない。これについては金融当局も十分なサポートは難しい。健全性を唱えてリスクをとるなということは言えても、もっとリスクを取って儲けろとはなかなか言えないからだ。しかし、儲けなければ資本は返せず、経営はさらに悪化する。裏を返せば、儲けることで地域経済が良くなっていくということだ。そのために連合会がどのように関与していくのか、これからもしっかりと考えていきたい。

――自民党は地銀を再編した「スーパーリージョナルバンク」の創設を提案しているが…。

 内藤 地銀の経営統合はひとつの選択肢ではあるが、そこに経済合理性がなければ上手くいかないと思う。お互いの問題意識と冷静な計算の上での意見の一致と納得が必要であり、当局が旗を振ったから動くというのであれば、それは先が思いやられる。話は飛ぶが、欧米はリーマンショックで使った公的資金を最後に、金輪際公的資金注入はしないという方向に舵を切った。つまりToo Big To Fail政策を否定した。一方、日本はガタガタになったデフレ不況の経済を立て直すためや金融システムの安定を図るために、必要であれば公的資金の注入も行うべきという考えだ。それは金融機関の経営者に楽をさせるためではなく、最終的には経済全体を復活させるためである。経営責任の問題と金融経済の回復や成長の問題は峻別して対応すべきだという割切りである。こうした意味からは、金融を支える日本の制度は世界最高レベルに整備されていると言えるだろう。それらを背景に今後も地域の特殊性を考えながら独自に工夫した取り組みが求められると思う。

――信組は信組なりの特色が必要だが、これについては…。

 内藤 特に東京都はメガバンクが圧倒的な力を持っており、その中で地域の金融機関がどのような特色を出していくのかが大きな課題ではないか。信組については、やはり、地道に足で稼がなければ駄目だ。それが基本となる。そもそも信組は銀行からお金を借りられない、借りにくい、そういう人達が集まって設立された。つまり信組の融資は経営者と一緒に歩むための出資・投資でもあり、取引先を金融機関の側から引き金を引いて簡単に破綻させるなどしてしまったら地域全体が冷え縮んでしまうという意味で大きな責任を背負っている。こうした意味で、これら中小・小規模事業者への融資に対しては少し工夫の余地があるのではないか。例えば、国際的に活動する銀行については、バーゼルⅢをはじめとする国際統一基準としての自己資本比率規制の遵守が求められるが、国内の活動に専念している金融機関を取り巻く経済社会の状況は、各国において様々であり、大きな違いが見受けられるのが実情だ。日本においても国内業務に専念する金融機関については、もう少し国内の実情を勘案する工夫が必要ではないかと思う。

――今後の新3カ年計画のポイントは…。

 内藤 資本提供という直接的サポート、情報提供という間接的サポート、その他色々なサポートがあるが、今後は「経営サポート企画本部」を作り、状況に応じて総合的に対応できる仕組みを立ち上げるつもりだ。我々の組織を見渡すと、目標を与えればそれを遂行していく力はあるのだが、「自分で企画する」という力が弱いのではないかという反省がある。それを総がかりで強化していかなければならないと考えている。この業界が生き残るために、出来る範囲内のことを優先順位をつけながらやり、色々な要望に応えられるようにしていきたい。(了)

――みんなの党の新代表として約2カ月が経過した…。

 浅尾 色々と世間をお騒がせしたが、これをきっかけに我々は、もう一度「みんなの党」のどういった部分が国民から期待されているのかを再確認している。それは、徹底した公務員制度改革を中心とした行政改革や市場重視の経済改革、さらには道州制を含めた地方分権の推進といった、特に内政に関る改革姿勢だと思う。これらに特化して、もう一度原点回帰して政策に臨んでいきたい。特に市場重視の経済改革と行政改革といった面では 他の党と比べて我々には大きな差異があると考えている。この二つの政策は安倍政権でも力を入れている部分であり、国の為になるこういった改革はどんどん進めていってもらいたいと思っている。しかし現実は、皮肉をこめて言えば、安倍総理がダボス会議で「岩盤規制にドリルで穴を開ける」とは言ったものの、現時点でまだ穴は開いていないし、規制改革のメニューすら出ていないのが現状だ。

――みんなの党の具体的な提案は…。

 浅尾 先ず、公務員改革や行政改革という面では、社会保険料を徴収するために日本年金機構と労働保険事務所と税務署を統合して歳入庁を作るべきだと提案している。国民が納める保険料や税金は実際には勤務先の会社が集めている場合が多く、そのお金の振込先や資料提出先が一カ所であれば会社としても手間が省け、行政改革にもなる。年間約10兆円とも言われている保険料の取り漏れも改善されるだろう。しかし、この提案に対して財務省は徹底的に反対している。この辺りをもっともっと安倍内閣で進めていってほしい。

 歳入庁の件に限らず、我々は「先手の金融政策」「財政出動によらない経済対策」「岩盤規制の撤廃」という、みんなの党としての新しい3本の矢を提案している。例えば金融政策では今の定額ではなく、定率での国債買い入れを提案している。緩和継続は支持するが、現在のような定額での買い入れでは日銀のバランスシートが大きくなれば買い入れ率は低くなるからだ。財政については公共事業中心よりも減税に力を入れるべきだと考え、企業の税務における償却期間の自由化を提案している。財務会計上では色々なやり方があるが、税務まで税法で決めて尚且つ財務会計とずれるというのはおかしい。これによって単年度では税収が減ったとしても、償却資産がなくなれば税金もその分納められるだろう。設備投資や事業再編の促進にもなる。また、法人税減税については我々も賛成しているが、この実現が難しい場合には、配当金を損金算入出来るようにして、現在、益金不参入の原則で課税されている企業向けの配当を、個人向けの配当同様に一律20%分離課税すべきという案も用意している。配当金を払った後に税金をかけるようにすれば、企業内部で使われていないお金がもっと動くようになると思う。企業は今、株主還元に力を入れているが、それをよりやり易くするための財政政策と言ってもよいだろう。

――長期の成長戦略となる取り組みは…。

 浅尾 第一弾として、医療、農業、電力分野を中心とした規制改革を提案している。第二弾としてこれから取り組む予定のものは、人手不足問題の解消だ。現在、日本の雇用の70%超は第三次産業に従事している。三次産業はサービス業であるため基本的に空洞化は発生しないはずなのだが、その部分で人手不足になっているのは今後の日本にとって大きな問題だ。そこで、生産性の低いサービス業から生産性の高い非製造業に人材が簡単に移動できるような仕組みを整えるようなことが必要だと考えている。そこで国が出来る事は、例えば労働監督を強化して最低賃金を徹底させること、或いは転廃業資金を国が負担するといったことだ。我々はこれを非製造業、サービス業における構造転換資金として出していくべきだと考えており、野党といえどもこういった提案はしっかり行っていきたい。

――規制改革が進まないのは公務員改革が進まないからだと思うが、その辺りは…。

 浅尾 色々な理由があると思うが、一番問題なのは役所毎に特別会計があり、そこが黒字の場合に理由をつけて余計なものに使ってしまうという今の構造だ。そこで歳入庁を作って徴収場所を一本化するということは改革の大きな一歩となると思う。そして将来的に役所毎の特別会計をなくしていけば、使う際ももっときちんと考えて使うようになるだろう。また、それぞれの省が利害を争うような構造を変えるために、局長クラス以上が省を超えて移動するような人事も必要だと考えている。これは今の法律でも出来るため、今回新設した内閣人事局がこういったことを実施するのか、そのやる気が試されている。さらに、みんなの党では局長以上の身分保障をなくすという提案をしている。今は国家公務員すべてに一般職の身分保障がついているため、事務次官でも辞表を出さない限り辞めさせる事は出来ない。例えばテレビなどで官僚批判発言を繰り返していた元経済産業省の古賀茂明さんが辞めるまでにも相当の時間がかかった。そういったことをひとつひとつ変えていくことで、柔軟な規制改革が進んでいくと考えている。

――将来的には自民党とパーシャル連合を組むようなこともあるのか…。

 浅尾 自民党が我々のこのようなアイデアを採用してくれればそうなるだろうが、今は採用してくれていないため、今のような状態になっている訳だ。先ずは我々の提案に対する回答を求める。回答によっては野党との連携を考えることもあるかもしれない。我々からみたアベノミクスは、金融政策頼みであり、有効な財政政策や成長戦略もない。日銀が追加緩和しなければ株価も足踏み状態で、場合によっては下落する可能性もある。そこで消費税を10%に上げればさらに落ち込んでいく可能性もあるだろう。つまり、安倍政権の支持率は株価連動型であり、株価が落ちれば彼らがやりたいことの足を引っ張るということだ。この点、我々の党は一番経済のことを理解しており、市場重視の経済政策を行える政党だ。そういった考えで提案した我々の政策を自民党が採用してくれればいいし、採用しなければ、野党再編もあるということだ。野党再編に関しては自民党内部にいる改革派の人達を引っ張り込むことも考えている。維新の会と民主党がつば競り合いにある状況を考えると、自民党にいる人達を引っ張ってきた方が両党とも担ぎやすいという構造があるからだ。

――安倍総理の靖国参拝は中国や韓国との関係を悪化させているが、安倍外交をどう評価するか…。

 浅尾 日本外交における一番の課題は近隣諸国との関係だ。各国がそれぞれに国内世論を抱える中で、少なくとも当事国以外の国から余計なことを言われないようにしなくてはならない。例えば、靖国神社が表している歴史観は戦勝国アメリカからしても受け入れがたいものであり、それを中国や韓国から政治利用されると考えれば安倍首相の靖国参拝はマイナスだ。みんなの党は歴史修正主義には立たない。戦勝国が押し付けたものが正しいかどうかは別の問題として、それを受け入れてサンフランシスコ平和講和条約を結んだ訳だ。そうであれば歴史修正主義には立たないというのが現実的な外交だと思う。そもそも、もう一度歴史を変えようとしても、それは無理な話だ。靖国神社の参拝については、国の命令で命をなくした人に対して尊崇の念をささげるのは理解できる。しかしながら、300万人という日本兵の命を失わせた当時の戦争主導者に対しては区別しなくてはいけないと思っている。靖国神社の説では宗教上いっしょに奉ったものを分祀は出来ないとうことだが、そこは何か分祀出来ることを考えるべきだろう。(了)

――2015年春の北陸新幹線開業まで、いよいよあと1年足らずに迫った…。

 石井 北陸新幹線は、当面、金沢が終着駅であるが、大半の乗客が富山県を素通りするのではないかと心配する声も一部にあるようだ。ただ、富山県には世界に誇れる立山黒部アルペンルート、世界遺産の五箇山合掌造り集落などの観光名所があることに加え、黒部宇奈月温泉駅、富山駅、新高岡駅と県内の東西3か所に新幹線駅が設置されるため、北陸新幹線の開業は、富山県にとって50年、100年に1度の大きなチャンスだと思う。雄大で美しい自然や、寒ブリ、シロエビ、ホタルイカなどの富山湾の魚をはじめ美味しい食べ物、多彩な歴史・文化、日本海側の県として実質トップのものづくりの伝統など、魅力ある資源をさらにアピールしていきたい。

――富山県の「ものづくり産業」の現状は…。

 石井 「くすりの富山」として昔から知名度のある医薬品産業に加え、産業用ロボットや自動車用精密部品、ウォータージェットマシンのメーカ-など、様々な企業がそれぞれ高い技術力を発揮している。また、地元の伝統産業も最近健闘している。これらをサポートするため、全国や世界に胸を張れる品質の製品・産品を「富山県推奨とやまブランド」として、それに準じるものを「明日のとやまブランド」として、各々、有識者委員会の審査に基づいて県が認定し、その魅力のブラッシュアップや国内外への発信を支援している。江戸初期からの伝統工芸品である高岡銅器の生産額は平成に入ってから低下傾向をたどっていたが、ブランド認定の後押しもあって、国内をはじめ海外でも高い技術やデザイン力を評価される事業者が出てきている。最近、ニューヨークで開催したとやま伝統工芸PR展示会でも高岡銅器や越中瀬戸焼は期待以上に高い評価をいただいた。北陸新幹線の開業による地域間の連携、競争ということもあるが、富山県のものづくり産業を全国屈指に、できれば世界レベルへと成長させるための生産基盤・生活環境の整備の大きなステップとしたい。その一つとして、機械加工やメッキなど各分野で高度な技術を持つ企業を共同受注グループとして組織化し、より高い技術水準が求められる航空機の部品などを県内で共同受注し製造することなどを目指している。

――医薬品分野については…。

 石井 医薬品分野でも、富山県内にはジェネリック医薬品の大手や、経皮剤、口腔内フィルム剤などを得意とする会社など、高い製剤技術を持つ様々な企業が存在する。富山県における2012年の医薬品生産額は6000億円を超えて全国3位となり、8位だった7年前と比較して2.3倍に成長した。これは、2005年の薬事法改正で医薬品製造の全面アウトソーシングが認められたため、優れた製剤技術を有する県内企業が製造工程の一定部分のみでなく製造すべてを任されるようになったことの影響も大きい。また、貼付剤などの分野で独自の高度技術を有する各企業の努力はもとよりであるが、例えば、富山県の薬事研究所に免疫の先端分野の研究で世界的に知られる東京大学名誉教授の高津聖志先生を所長として招くなど、産学官による研究開発拠点の機能強化に取り組んだことも良い結果につながった。2009年には、世界トップクラスの製薬企業が本社を置いているスイス・バーゼルの2州と医薬品分野の連携・交流協定等を締結した。このような連携を通じ、医薬品の共同研究や受託生産、研究者同士の交流などの成果が生まれてきている。

――北陸新幹線の開業により、企業立地面でも優位性が増す…。

 石井 北陸新幹線は富山-東京間を2時間7分で結び、鉄道の輸送能力は現在の年間約600万人から約1900万人へと3倍強となることが見込まれる。また、富山-羽田便の飛行機は現在1日6便程度運航されているが、これに対して北陸新幹線は1時間に2本又は2本近く運行される見通しで、かつ、運賃の比較でも片道で1万円程度は安い。新幹線による利便性の向上や、元来、勤勉な県民性、地震など災害の少ない地域であること等が評価され、リーマンショックでペースダウンした県内への企業立地があらためて進みつつある。私も職員とともに、これまで東京や大阪、名古屋、京都、浜松など大都市地域で企業立地の説明会を行うとともに、県内企業の受注をより円滑化するため、発注側と受注側とのマッチングなど販路開拓の支援にも力を入れている。発注側の企業が多い東京都や神奈川県といった大都市圏では、積極的に商談会を開催している。特に神奈川県の黒岩知事とは連携を深めようと、一緒に商談会に出席しているが、受注側、発注側の双方ともメリットを享受できることから、毎回盛り上がりを見せている。

――日本全体では産業の空洞化が進んでいるが…。

 石井 全体的な趨勢と同様に、富山県内の中小企業にも海外に進出する企業が増加しつつある。県としては、研究・開発拠点やマザー工場を県内に置き、雇用を維持・充実してくれることを前提に、海外進出のサポートを行っている。企業、特に中小企業が海外に進出する際の問題としては、言葉や税制、法律、商慣行の違いに加え、相手国政府や自治体との人的なコネクションがないことが大きい。そこで、私を団長などとするミッションを組んで、相手国政府や州などの首脳、実務責任者と面談し、進出する場合の条件についての情報収集や必要に応じ条件交渉も行っている。大臣や自治体の長、幹部と直接コンタクトを取り、人間関係も築いておけば、企業もそれ相応に一定の信頼度を持って進出できることになる。その一方で、進出の際にお手伝いをしサポートしているので、海外で稼いだ利益については富山県にも還元してもらい、当該企業、進出先の国・地域及び富山県が共存共栄でやっていこうとお願いをしている。

――北陸新幹線が開業すれば、富山を訪れる観光客の増加も見込まれる…。

 石井 富山県ではこれまで、豊富で良質な水、廉価な電力、勤勉でねばり強い県民性等を活かしてものづくり産業の育成に力を尽してきた。観光振興にも努めてきたが、現時点では、富山県は観光の面ではまだ発展途上県であり、だからこそ伸び代が大きいと考えている。これを北陸新幹線の開業を契機として大いに変革し、新たな飛躍を目指したい。

 富山県には立山黒部アルペンルート、黒部峡谷トロッコ電車、宇奈月温泉、世界遺産の五箇山合掌造り集落、国宝瑞龍寺など魅力ある観光地がたくさんあるにもかかわらず、控え目な県民性からか、あまりアピールをしてこなかった。北陸新幹線が開業すれば、東京から立山黒部アルペンルートへの観光の際に長野・大町ルートよりも、富山駅や黒部宇奈月温泉駅からの方が近くなる。また、東京から岐阜県の飛騨高山に行く場合でも、名古屋経由に比べ、富山経由では所要時間を30分も短縮できる。こうした環境の変化をとらえ、富山県が誇る自然、歴史・文化、食、温泉などの魅力を組み合わせて、観光誘客をさらに積極的に行っていきたい。海外からの観光客は着実に増加しており、一昨年春の富山-台北便の就航とその後の増便の影響などもあるが、平成25年に立山黒部アルペンルートを訪れた海外客は約14万5000人と、前年比で63%増、10年前に比べ6倍強に増加した。さらなる大幅な伸びも十分可能で、引き続き努力したい。

――石井知事が思い描く、富山県の未来像とは…。

 石井 私は9年半ほど前に、ふるさと富山県を何とかもっと元気にしたいとの思いで、知事に就任させていただいた。人間が生き生きと働き暮らしていくためには、経済の活性化はもとより、心の元気、精神の元気が重要だ。地域の振興は、そこで働き暮す人間の振興でもあると思う。その意味で、経済産業の振興のためにも芸術文化・スポーツの振興や人づくり、教育に力を入れている。

 最近、グローバル人材の養成の必要性が指摘されているが、本県では、今年から小学校の英語教育について県単独で実験的な取組みをスタートさせた。他方で、グローバル化が進む時代だからこそ、子どもたちが生まれ育ったふるさとに誇りと愛着を持ち、そこに心の根っこを置きながら健やかにたくましく育ち、県内はもとより全国や世界で大いに活躍してほしいと考え、ふるさと教育の振興にも取り組んでいる。そのため、まず、ふるさと文学の振興と魅力あるふるさとづくりに資するため、一昨年、旧知事公館を廃止し、必要な増改築を行って「高志の国文学館」を開設した。また、県教育委員会に要請し、小中学生向けに、幾多の困難を乗り越え、輝かしい実績をあげた「ふるさととやまの人物ものがたり」の作成・配付を行うとともに、高校生向けに、郷土史・日本史の学習補助教材「ふるさと富山」の作成を行い、数年間試行して、昨年度から日本史を選択しない生徒も全員が郷土史・日本史を学ぶようにしている。また、子どもの理科離れなどを防ぐため、小学校への理科等の専科教員の配置の効果が大きいとの現場の声を受けて、3年前に国の補助制度が廃止された際に、逆に県単独で専科教員の配置校を30校から2倍強の66校とするといった措置も講じてきた。

 産業活動の面では、全国的な傾向と同様、富山県でも廃業数が起業数を大幅に上回っていたため、県内の優れた創業者・経営者の方を塾長とする「とやま起業未来塾」を9年前に開設し、若者、熟年、女性の起業や新分野進出等を積極的に支援してきた。最初は苦戦気味であったが、塾長、塾頭をはじめ多くの志のある経営者や講師の皆さんが塾生たちを温かく、時に厳しく指導し、サポートして下さったことで、卒塾者の創業率は7割に達し、中には中小企業庁長官賞を受賞するような若者も出てきた。規模の大小は別にして、夢、情熱、志を持った起業家が地方から育ってくれることは、必ず日本全体のためにもなる。10年先、20年先の日本、富山県の将来や課題を展望しながら、本県が取り組むべき各般の施策を、今後ともスピード感を持ってしっかりと進めてまいりたい。

――ASEANセンターの活動状況について…。

 大西 昨年は日・ASEAN友好協力40周年ということで、当センターは昨年1月から今年2月末までに257の記念事業を行った。これは10年前の30周年時と比較して約3倍の数で、その多くは日本企業や地方自治体に向けたセミナーだ。全事業の3割以上にあたる91の事業を地方で行い、地方の方にもASEANのことをもっと理解していただこうと努めた。他方、ASEANの中には先進6カ国と後進4カ国で所得に10倍もの開きがあり、その発展ギャップを縮めていくことが現在のASEANの課題となっている。シンガポールやブルネイといった先進2カ国を除いても先進国と後進国では5.5対1という大きな所得差がある。これを解消するためにはCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)の生産性を上げて競争力を高めていくことが必要であり、そのために我々の事業でもCLMVを対象とする事業を多く扱っている。来年のASEAN共同体設立にあたっても、この辺りが一番大きな課題になってくるだろう。

――ASEAN各国の製品を日本で広める活動も行っておられるが、その反応は…。

 大西 食品展示会などを行うと、ベトナムの水産加工品やミャンマーの農産品などは特に評判が良い。また、先日の展示会ではある水産加工会社が今年国交樹立30周年を迎えるブルネイから総額4億円もの海老を購入すると聞いており、これはブルネイ国における石油・天然ガスおよびメタノール以外の輸出の中で最大の輸出ではないか。その他、ASEANの家具やジュエリー、衣類、雑貨などの展示会も行っているが、それらの製品には昔のような「安かろう、悪かろう」というイメージは全くない。日本の市場をクリアすれば世界の市場につながるということもあり、各国とも非常に質の高い製品を作り出している。もちろん、そこには日本からの技術提供が活かされているものもある。

――中国でバブル崩壊が懸念され経済に陰りが見え始める中で、来年ASEAN共同体が設立すれば、将来はASEAN全体のGDPが中国のGDPを上回る可能性もある…。

 大西 当センターが設立された1981年当時、ASEAN全体と日本のGDPを比較すると約2対8だった。それが2012年には約3対7で、今では日本のGDPの約3分の1になっている。日本の企業が今後の海外進出先として選ぶ国としてもASEANは非常に人気が高く、少子高齢化で日本市場が縮小していく中で選ぶ次の投資先はASEAN以外に無いと答える経営者は多いと聞く。

――地方自治体や中小企業がASEANに寄せる期待とは…。

 大西 例えば自治体主導で地元の中小企業を現地の視察に連れて行く時に、我々がお手伝いをするようなこともある。地理的な理由もあってか、北部よりも九州や四国、中国、関西といった南部の自治体の方がASEANに対する関心は強いようだ。視察団の参加企業数は最近特に増えはじめ、以前に比べて極めて真剣に投資を考えて視察に臨む企業が多くなってきたように感じる。安倍内閣では海外から日本へ投資を呼び込むための活動に注力されているようだが、一般的に日本とASEANでは技術の差が大きすぎるためASEANの企業を日本に迎え入れることは難しいのではないか。そう考えると、今後は日本とASEANの中小企業同士が交流を深めながら、日本の地場産業が持つ高度な技術力を最大限に活用して、一緒に何か新しいものを開発していくといった取り組みが面白いと感じている。すでにミャンマーやインドネシア、ブルネイなどで日本の独立系中小企業が韓国や台湾や香港の独立中小企業と協力して新たな投資を行うという動きもある。

――ASEANから日本への観光人口は昨年110万人となった。観光面での取り組みは…。

 大西 ASEANから日本への観光人口は昨年はじめて100万人を超えた。その約半分はタイからの観光客だ。観光という面で我々が2年ほど前から力を入れているのは「ASEANからのムスリム観光客受け入れセミナー」で、食べ物や祈る場所など独特の習慣を持つムスリムの人たちが日本に観光に来て困らないように、日本全国の観光従事者に対してセミナーを行っている。こういった文化の違いへの対応については、地方自治体からのニーズが特に多く、これまで全国各地方で40回ほどセミナーを行った。また、フィリピン、インドネシアを合わせた約3億5000万人は2010年から2040年までが丁度人口ボーナス時期にあたり成長の促進要因となっている。対日感情も良く、今後の経済発展が期待出来るASEANの国の人達に、もっと日本に来てもらえるように我々としても力を尽くしたい。

――ASEANへの中国企業進出も目立っているようだが、日本が気をつける事は…。

 大西 中国や韓国に日本が負けているところは意思決定のスピードだ。日本は会社の規模が大きく、経営陣も比較的年齢が高いという理由から仕方が無いのかもしれないが、ビジネスの世界においては判断の遅さが致命傷となって大事な仕事を失ってしまう事も大いにあり得る。これは改善すべき部分だと思う。

――来年はいよいよASEAN共同体が設立される。次のテーマは…。

 大西 先ずは各プロジェクトを通じて、ジャカルタにあるASEAN事務局との協調関係をさらに密なものにしていきたい。幸い今の事務局長は我々と非常に近い関係にあり協調関係を強化していくには良いタイミングだと言えよう。具体的に今後力を入れていく事業はASEAN共同体の広報活動だったり、ASEAN共同体の本来の目的である外資獲得のための事業だったり様々だ。カンボジア、ラオス、ミャンマーについては当センターから現地に人材を派遣し、現地の人材育成や製品競争力向上のための協力を積極的に行っていくつもりだ。また、安倍内閣ではASEANを含む若者との交流を盛んにするという指針が掲げられているため、我々としても、今年は在日ASEAN留学生の就職支援事業や、若い経営者や女性経営者の交流の場を増やすための取り組みを本格的に進めていく。その他、アニメやゲームなどのコンテンツ産業に係る企業やクリエイターをネットワーク化してビジネスマッチングの機会を提供するような事業も実施する。コンテンツ産業のレベルはASEANでも確実に高くなっており、ビジネスにも繋がりやすいため、今年はこのネットワークをさらに拡大してASEAN側の企業を東京ゲームショーに招待したいとも考えている。日本の戦略産業の一つであるコンテンツ産業をASEAN10カ国としっかり提携しながら盛り上げていきたい。(了)

――御社が置かれている現状を見ると、頑張れば民業圧迫と言われるし、利益を上げなければ上場は出来ない。その舵取りは大変難しい…。

 西室 そもそも2005年の郵政民営化の議論の時は、「郵政が政府機関の一部であるのはおかしい」というだけで突き進み、その理念や民営化後の具体的なロードマップは無いまま郵政民営化法が国会を通過してしまった。そして民営化後、5つに分割されたそれぞれの会社にはきちんとした指針もなく、郵政が小さくなることが良いと言わんばかりの風潮の中で、貯金や保険は減少し、郵便事業も宿命的に縮小するなど主要事業すべてがやせ細っていった。当時の竹中郵政民営化担当大臣は色々なアイデアを出されていたが、現実にそれらを実施するには様々な障害があった。そういった中で何が本当にグループの将来のためになるのか不安に思う社員も出てきたが、それも当然だと思う。その後、改正郵政民営化法で「郵便・貯金・保険のユニバーサルサービスをきちんと行うこと」と、「郵便局ネットワークをしっかり活かすこと」という方針が出され、そこではっきりと郵便局の使命が変わった。そして今は、法改正前の遠心力が求心力に変わり、国のため、社会のために役立つ郵便・物流サービスと金融サービスをしっかりと行っていこうと頑張っている。その求心力をもっと強めていきたい。

――グループ中期経営計画について…。

 西室 今回の中期経営計画は、現存の規制をそのままに我々が努力して描ける3年後の姿だ。総額1兆3,000億円の投資を「ものすごく大きな数字だ」とおっしゃる方もいらっしゃるが、その数字にはきちんとした裏づけがある。この7年間、我々は設備投資も先送りして大変な合理化を行い、明らかに無駄の部分は小さくなった。しかし、これ以上はもう組織の体力が持たない。郵便局が地域コミュニティの重要な部分を担っているという基本を考えても、例えば壁が剥げ落ちていたり、屋根から雨漏りがしたり、いまだに旧式のトイレのままというような部分は徹底的に改善しなくてはならないと考えている。当グループはお客様にサービスを提供していく会社だから、まずはお客様のために、そして、社員の士気をあげるためにも施設の修繕は重要だ。また、民営化後5社に分割された会社は将来各々で独立するという方針だったため各社毎にシステムを管理していたが、改正郵政民営化法では4社体制に再編成され今後もグループとして存在し続けることとなったため、全体としての統合的なシステムが必要不可欠になった。24,000もの郵便局を持つ膨大なネットワークを迅速かつ正確にデータ処理し、セキュリティ面でも安心出来るようなシステムをしっかりと作り上げなければならない。そのための設備投資は当然必要だ。もうひとつ、貯金残高を6兆円増やすという目標に対して「民業圧迫だ」という声もあったが、当グループはピーク時(1999年度末)には260兆円を超えていた貯金残高を、177兆円まで減らしてひたすら体力を失ってきた。ここをボトムに、これから6兆円増やしてしっかりとしたサービスを提供していけるグループになっていきたいと考えている。そういった考えの下に今回のグループ中期経営計画を作った。

――郵政株の上場については…。

 西室 国有財産の処分については、基本的に財務省の財政制度等審議会の中にある国有財産分科会で検討され、その審議が通らないことには来年度の予算に計上されないため、郵政株の売却についても現在審議が行われているところだ。我々は今、それを静かに見守っている。郵政株を上場することについて現実味が出てくるのはその審議を通ってからであり、何が起こるかわからない今の段階での発言は控えたいが、その後のアクションについての準備と覚悟はしている。例えば中期経営計画の初年度の今年は各社で上場のために必要な準備をしていくということを再確認しており、15年度以降はいつでも上場出来るように、財務諸表の四半期毎の公開や経営の透明性確保についての対応など、上場するにふさわしい社内的な体制はすでに相当程度完備している。

――上場するとなれば投資家からは将来ビジョンのようなものが求められると思うが、国の規制がかけられたままでは夢の描き方も難しいのではないか…。

 西室 確かに、他の銀行や保険会社と同様の業務がすべて行えるように、現在当グループにかけられている規制を外してもらえれば将来の夢を描くことも容易になるだろう。しかし、今はそれをはっきり描けないまま上場を求められているという状態だ。国会議員の方々の中には「このような規制があるのはおかしい」とか、「貯金の預入限度額は外すべきだ」などと声を上げてくださる方々もいらっしゃるが、これまで実際の政治プロセスにはそういったことは反映されていない。そうであれば、我々としては政治に期待した計画ではなく、今ある規制の中でも出来ることを考えて夢を描くしかない。例えば、商品ラインナップの充実などは今後我々が力を入れていく部分だと考えており、すでにコンビニと併設しているような郵便局もあるように、何かあったらいつでも郵便局を頼っていただけるように、お客様にとって価値のある商品を揃えていこうと地域毎に色々なアイデアを出している。社員約40万人という巨大グループがしっかりと力を発揮できるような形を作っていきたい。

――夢があればあるほど上場企業のPERは上がる。そしてその倍率が高ければ高いほど郵政株を売却した時に国に入ってくる資金は多くなる。そうであれば政府は規制など外してしまった方が良いと思うが…。

 西室 その考えには我々としても共感する部分はあるが、そのようなことになればすぐに民業圧迫という声が出てくるだろう。例えばアフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)と提携した時も色々言われたが、これも純粋に郵便局のネットワークを活用するという考えの中で決定したものであり、かんぽ以外の保険を郵便局が取り扱うことが出来れば可能性はもっと広がり、夢も大きく描けるようになると考えている。先ずはトライアルであるアフラックのがん保険を将来的に2万局まで広げていくことを目標に、その後、徐々に他の保険会社の商品の代理業にも取り組んでいくつもりだ。

――資産の運用方法についての考えは…。

 西室 我々が保有する国債の総額はゆうちょとかんぽを合わせて約200兆円で日本最大だ。これに対して国債の比率が高すぎるといった声や、我々が国債を放出し始めたら日本国の危機だというような声を聞くが、日銀や政府から国債の保有について何か言われたことはない。我々としては現状の国債の保有を意識的に大幅に減らすようなことは考えていないが、上場するとなれば当然運用効率が問われてくるため、規制がなくなればもっと多様化していかなくてはならないと考えている。政府が上場を急ぐ理由は東日本大震災の復興財源のためだと思うが、我々が上場を急ぐインセンティブとなるのは、政府の持ち株比率を50%未満にまで減らして規制を緩和することだ。この方向性については既にJP労組も含めて皆さん前向きに賛成してくださっており、上場後には全社員一丸となって新しい郵政グループを展開していきたいと思っている。(了)

――パブリックセクターの銀行とその他の独立行政法人は同じ公会計でも違うと聞いている。また、時価会計の現状は…。

 梶川 多くの公的金融機関は独立行政法人ではなく、その会計処理はほぼ民間企業に近い形で行われている。一方、独立行政法人は、民間企業の会計に独立行政法人の特殊性を加味した「独立行政法人会計基準」を適用しており、少し違いがある。また、固定資産の時価会計はそもそも民間企業でも行われていない。ただ、利用価値がなくなってきたり、マーケットの値段が著しく落ちてきたりした場合に帳簿価額を下げて評価する「減損会計」はすべての独立行政法人で行っている。とはいえ、売却を前提として評価しているわけではないので、例えば、売却した場合には帳簿価格より低い値段でしか売却できない、もっと低いというようなことで話題にされることはあるかもしれない。

――100億円の資産価値しかないのに1000億円の価値を計上していることもある…。

 関川 そこまで極端なケースはほとんどないと思う。独立行政法人ができてからの10年間でそれほど時価の下落はなかったはずだし、また、減損会計による歯止めも効いている。


 梶川
 公認会計士の監査は規模によって義務付けられているため、小さな独立行政法人では監査を受けていないケースもあるが、だからといってふたを開けてみれば財産がまったくなかったというような独立行政法人はないと思う。

――大学の会計については…。

 井上 全体的な会計の流れを説明すると、法人化以前は独立行政法人も国立大学法人も国の中にあり、一般会計および特別会計で整理されていた。それが中央省庁等改革基本法により、外に切り出されることになった。先ず平成13年に独立行政法人が切り出され、その後、平成16年に大学が切り出された。つまり、国の中にあって見えなかったものが外へ出てきて、独立行政法人、大学法人はそれぞれ個別に決算書を作るようになり、監査も導入されるようになった。いわゆる「見える化」が進んだということができる。その点では全体的に前進はしていると思う。それでもさらに利活用という点で進化していかなくてはならないというのが今の課題だ。

――国立大学の減損処理がいい加減だと言う人もいるが…。

 梶川 独立行政法人も国立大学法人も減損の考え方が民間企業とは違う。民間企業は固定資産を使ってお金を儲けるために固定資産が存在し、儲ける力が弱くなると固定資産の価値を落していくことになるが、公的な資産は利益を生み出すために存在している訳ではなく、公的なサービスを提供するために存在するため、当初の目的どおりきちんと運営されていればその価値はきちんと残っているということになる。独立行政法人になったのは平成13年で、資産はその当時の時価で帳簿に計上された。その後、利用価値が極端に下がった場合などは、減損会計で帳簿価額が引き下げられている。100億円と計上されていたのが実は10億円だったとか、そのような事は現実にはない話だと思う。

――この10年ほど企業会計では多数の不祥事があって公認会計士の監査に対する目も厳しくなっていたと思うが、公会計でそういった問題はないのか…。

 梶川 独立行政法人で財務諸表が歪んでいて数字が大きく異なっていたり、大きな粉飾があったという話は聞いたことがない。ただ、入札に絡む小さな不祥事などはあり、国民の大きな関心事でもあるため、そういった不正については我々も監査の中で留意している。少額の贈収賄や研究費の不正といった位置づけのものはあっても、決算書全体の数字が歪むような話はないと思う。

――独立行政法人の公会計の見直しについては…。

 梶川 昨年末に国会を通過し、今後ガバナンスの強化などを含めて見直しを行う予定だ。大きな国民的関心のあるような見直しと言うより、技術的な部分での見直しになっていくと思う。独立行政法人の会計の一番の問題は、効率性がわかりづらいというところであり、決算書を見て、その法人がどれだけ頑張っているかをもっとわかりやすくしようという試みを始めているところだ。

――省庁の会計にも複式簿記が導入されておらず、監査もない…。

 梶川 10年くらい前からストック情報を入れた国の財務書類が公表されているが、あまり関心を持たれていない。財務書類を読み込む力が必要なのだが、そのような教育が一般の国民の皆様に行われていないということが問題だ。国の予算に基づく財務の情報を一般の国民に分かりやすく見せるのは重要なことだとは思う。我々が会計の専門家として、国の今の財務状態はどのようなものなのかを国民の皆様へわかりやすく伝えるような活動を始めなくてはいけないと考えている。また、国には会計検査院等があり、その検査にあたって、我々としては部分的に専門的知見でお手伝いするということはあるかもしれない。ただ、国の財務諸表に会計士が監査の印を押すというのはあまり現実的な話ではない。

 関川 日本の会計検査院はチェックするものの、国が作った財務書類に対し、公認会計士が民間企業に対して出しているような監査報告書を出しているわけではない。しかし、他の国では国の財務諸表をチェックし、監査報告を出して、さらにそれも含めて税金の無駄遣いを指摘したり、効率性を指摘するところが多い。日本の会計検査院も税金の無駄遣いや効率性の指摘をしているが、財務諸表が適正に作成されていますといったお墨付きを文章で与えているわけではない。

 井上 国の省庁別会計について言えば、「国の財務書類」という言葉を聞いた時に、一般の国民は国と地方自治体の両方をイメージするケースが多いと思う。国民は税金を払う時にそれが国税なのか地方税なのかを明確に区別して考えることはあまりないからだ。しかし、「国の財務書類」(単体)に示されているのは国が保有する財産と費用と収支で一般会計と特別会計のみだ。連結してもようやく独立行政法人、国立大学法人などが加わるだけで、国から地方自治体に補助金として出ているお金で購入した財産等の情報は、国の財産ではないので含まれていない。そのあたりを今後連結するなどして、日本の政府全体としての財務諸表を作る必要があるのではないか。ただ、それができないのは、ほとんどの自治体がそのような計算書を作成するべく努力している過程であるということや、統一的な会計基準が現状では存在していないということ等が理由であると思われる。こうした基本的な枠組みができた後、次のステップとして「監査」という話が出てくる。その時に一番の後ろ盾となるのは、国民の決算書に対する要求だと考えている。会計士や政治家がどんなに一生懸命に国の決算書を作成し、「見える化」を進めようといったことを唱えても、国民がそこに無関心であればこういった問題は先に進まない。自分の税金がどのように使われているのかということに対して、もっと詳細でわかりやすい情報開示を要求していけば、こういった動きのスピードも速くなる。行政もそこが一番気にしているところだと思う。国の財務書類を公開して約10年たった今、果たしてそれが国民に読まれ、利活用されているのかということを検証していく時期に入っている。

――地方公共団体における公会計の検討については…。

 関川 今の制度上の会計は、現金主義で予算を作り、それに合わせた決算を行うようなことになっているが、それに加えて、総務省からは企業会計と似たような発生主義の財務諸表をつくることを要請されている。ただ、その作成の仕方にも色々な方式があるということと、固定資産台帳を必ずしも整備しなくてもよかったということがこれまでの問題点だった。そこで、複式簿記で作成するということと、固定資産台帳を整備するということを強く推し進めている。過去、総務省の研究会が出した報告書では二つのモデルが並立的に提示されていたため、比較可能性がなく、分かりづらいし、自治体内部で類似の自治体と比較して上手く活用することができない事が多かったため、その部分をなるべく統一するように新しい基準を総務省の研究会で検討していた。その研究会報告書が4月30日に総務省から公表されたところだ。

――東京都も入れれば3方式だった会計基準を一本化すると…。

 関川 過去からやってきた経緯もあるため、色々なやり方を認めている部分はあるが、土台はある程度一緒にしてある程度の差は認めつつ、比較出来るようにしようとしているのが今回の総務省の研究会での検討だ。例えばこれまでの「推算」していた固定資産が個々の資産台帳にひも付いてくるためその状況が明確になり、検証可能性も高くなる。また、事業別に資産がどのくらいあるというような細かい部分の分析も出来るようになる。

――減損については…。

 関川 今回の総務省の議論では減損会計を入れない形になっている。ただ、減損会計の規定がないことが、全く評価減を行わないことを意味するわけではない。日本の民間企業の会計でも減損の規定が出てきたのは約10年前だが、それ以前でも価値が著しく下落すれば評価減しなくてはならないという規定は旧商法にあった。ある日突然減損が始まったわけではなく、その計算の仕方やどういう時に減損しなくてはいけないとかというルールが減損会計によって明確になっただけだ。多くの自治体の場合、もともと売るつもりで保有しているわけではない。このため、単に時価が下がったから評価を下げると言うことはないと思う。中には開発用の土地などは評価を下げるようなことも必要になってくるとは思うが。

――複式簿記と固定資産台帳の導入はいつごろか…。

 関川 法令化はされず、地方公共団体に要請していく形になると思うが、来年1月頃に何らかの行政措置を行い、その後3年~5年をかけて徐々に移行を促していくという形になるだろう。

――将来的に監査を導入するようなことは…。

 関川 公認会計士の監査を必要とするといったことは今のところ議論には上がっていない。今、多くの会計士が行っているのは財務書類の作成指導のようなことだ。多くの自治体の財務書類は、今は複式簿記による積み上げではなく、推算で行われているため、正直言えば今の財務書類を監査してくださいと言われても、企業と同じような監査はできない。作っている方が推計なので正しいかどうかわからないような数字を公認会計士が正しいと判断することは当然できない。

――自治体や省庁に複式簿記を使った公会計が本格導入されれば公認会計士の活躍の場が増えるだろう…。

 関川 先ほど会計検査院の話でも、国の財務書類の監査をやることになれば、会計検査院の中に公認会計士の資格を持った人が必要になるかもしれないし、部分的な監査業務を入札して外部の監査法人に監査補助を任せることも考えられる。そういった意味では活躍の場は確かに増えるだろう。


 梶川
 今現在、過去の財産を数値化して整理する仕事もたくさんある。どのような金額をどうつけるかはこれから議論されていくのだと思う。そのあたりで我々が助言していく部分はあると思う。最初の基盤ができて、それを積み重ねていくということだ。その上で国民、住民の皆さんがどのようにその数字を読み込んでいくのかといったところで少しなりとも説明をして、信頼のできるようにアドバイスをおこなっていく。自治体全部1700団体くらいを改善していくとなれば、前段階整備にかなり時間がかかる。特に老朽化したインフラの管理などは大変だ。その全体像の把握は重要なテーマとなろう。そういうこととあわせて私どもなりのお手伝いをしていきたい。

――公認会計士協会の今後の課題は…。

 梶川 自治体にも会計的知識のある人材を育成していくことは今後の日本にとって非常に重要なことだと思う。次には、そういう道具を使ったマネージメントが出来る人。時代につれて求められる財務諸表が新しく変わっていけば、それをきちんと扱える人が自治体の経営にも必要になってくるということだ。その最大の目的は住民から集めた税金をいかに有効に使って住民に還元していくということだ。そこにどのように貢献していくか。我々が自治体等に勤務するといったことも今後は必要になってくるのではないか。


 井上
 その点で、議員の方、特に、地方議員の方には是非、複式簿記を理解していただきたいと思っており、今、協会でも地方議員の皆様に地方会計のセミナーをおこなっている。23年度に開始して約2年で述べ600人近くの地方議員の方々に各自治体で作っている決算書をどのように読めばよいのか、その活用法の講座を公認会計士協会から講師を派遣して行なっている。それは引き続きやっていきたい。また、議員の皆さんに限らず、複式簿記がどういったものなのか、それを知っている人間が日本には少ないと思う。英語も大事だと思うが、それ以上に複式簿記の知識は有用であると考えている。複式簿記というのはいろいろな局面で役に立つものであり、一般企業に投資をする時も必要だし、自分で会社を経営する時も必要だし、家計を理解する際にも必要だ。このように、国民全員にとって必要な知識であるにもかかわらず、この部分の取り組みが弱いと思う。もっと国民の教育として複式簿記を取り入れて欲しいと思っている。決算書の作成者と会計士だけが一生懸命情報提供しても、それを使う側の読解力がないことにはどうしようもない。今、協会でも中高生に簿記の勉強を教える無料の会計講座(ハロー!会計)を行っているが、それをもっと拡大して国民皆様への会計教育を浸透させていければと思っている。(了)

――貴方が2011年に翻訳された「幻想の平和」(クリストファー・レイン著、五月書房出版)の中には、米国が国防の責任の一端を他国に委譲するという「オフショア・バランシング戦略」が記述されている…。

 奥山 多くの日本人が抱いている幻想とは異なり、平和は秩序によって支えられている。そして米国は、第二次世界大戦後の世界平和のレジームを自分たちが作ったと考えている。しかし、古くはベトナム、最近ではイラク、アフガニスタンで手を出しすぎて失敗してしまったという反省が米国内で強まっている。さらに膨大な防衛費によって米国の財政は今かなり厳しい状況に追い込まれている。そこで、今後は出来る限り米国の軍備を縮小して、その地域にある国自身で国防を任せる形にしていこうという「オフショア・バランシング」への流れが出てきている。例えば1815年のナポレオン退位から1914年までの100年間、クリミア戦争や日露戦争などは例外として、一応世界の平和が保たれてきたが、その間は英国が、仏の力が大きくなれば独にお金を渡し、逆に独が力をつけ始めると仏やロシアにお金を渡すなどして裏で糸を引いて世界平和を保っていた。米国はその頃の英国を一つのモデルとして、戦後から世界平和を守っていこうと動いている。

――つまり、オフショア・バランシングとは「責任を転嫁する戦略であり、責任をともに分かち合うような戦略ではない」ということだが、それは現状の外交戦略としてどうなのか…。

 奥山 軍事力を背景とした信頼出来る基軸通貨が金融の秩序を守っているのと同様に、米国をトップとした国際連合安全保障理事会の常任理事国が世界平和の秩序を保つ体制は重要なことであり、米国は今後もそれを守っていこうと考えている。外交担当者たちはこれまでのような米国一極主義を貫きたいと思っているのだが、実際には米国の防衛費は大きく削減されており、今回のウクライナ問題でも、介入については腰の引けた対応になっている。今後は手を出しすぎることなく、19世紀の英国のように効率の良いやり方で世界平和のバランスをとって行きたいと米国は考えているはずだ。世界のあらゆるところに保有している米軍基地をすべて閉鎖する事は無理だとしても、すでに欧州からは随分と兵力を撤退させている。例えばドイツの基地城下町では米国軍がどんどん撤退しており、そのため地元の経済を心配するような声もドイツ国内で出ているという一面もある。

――例えば日本の領土で何かがあった時に米国が日本を守らなければ、日米安保条約は何のために有るのかという話になり、それはすべての米国との条約国における信頼の欠如に繋がると思うが…。

 奥山 本にも記述されているように、いざとなった時に米国が本当に行動するつもりがあるのかどうかは誰にも分からない。それを試されたくないからこそ、アジア地域内がこじれるような歴史問題を出してほしくないというのが米国側の本音だろう。そもそも、米国にとって中国はそれほど大した脅威ではなく、日中間のいざこざも当事国同士で解決してほしいと思っている。安倍総理が靖国神社を参拝した時に米国大使が発した「disappointed(失望した)」という言葉も、米国国務省ではなく駐日大使館の発言であることを考えればそれほどの重要性はなく、米国からすれば「日米関係を踏まえれば出先(大使館)に出させたその言葉が単なる中国に対するポーズであるということくらい日本は当然理解してくれるだろう」と考えたうえでの発言だと思う。

――一方で、日本がいつまでも米国傘下のままでいることも、それはそれで問題だ。むしろ軍事面での自立を目指して再国家化する方が楽かもしれない…。

 奥山 日本の精神構造上は再国家化することが一番良いのかもしれないが、ただ、日本自体が恐い存在として周辺国に警戒されるようになるのは避けたいところであり、その兼ね合いは難しい。最近になって米国の政治学者イアン・ブレマーが「JIBs(日本、イスラエル、イギリス)という米国にとって重要な三カ国が頑固なまでに保守化してきていて米国の足手まといになっている」というような話をしていたが、日本が「保守化」しているのはイスラエルと同様に、米国の力に危機感を抱いていることの表れに他ならない。そういった事情を米国側にきちんと説明して理解してもらうことも重要だと思う。

――今の米国の財政状態を考えると、10年後、20年後に世界秩序がどうなっているのかはわからない…。

 奥山 本の著者であるレインは、「2020年にはどうなるかわからない」と言っている。今の米国の財政状況やオフショア・バランシング戦略からみると、2020年以降に米国が一方的に日米安保条約を破棄するといったシナリオも考えられないわけではない。また、日本について言えば、東京オリンピックが開催される2020年に第二次ベビーブーム世代が45歳前後を迎えるという人口動態になっている。45歳は人間の消費のピークと言われており、89年のバブル時代も第一次ベビーブーム世代の人達が45歳を迎えた頃だった。つまり、それ以降は人口減少で、消費してくれる人達もいなくなっていくということだ。2020年にオリンピックが終わり、その後、消費も減り続け、米国も撤退していくという状況が予想される訳だが、逆に言えば第二次ベビーブーム世代が頑張って消費し続ければ2020年までは日本は大丈夫ということだ。一方で、中国は今のバブル経済がはじけて落ち込んだとしても、人口のピークが今の22~23歳の人達であるため、その人達が45歳になる頃にもう一度消費が活発になる時代が来る。米国が現在オーストラリアから撤退していることを考えると、米国と中国で太平洋を分断するというシナリオも考えられるが、それも台湾と朝鮮半島がどうなるかによって変わってくるだろう。日本としては台湾や朝鮮半島に危機が訪れた時にきちんと対応していくことが重要だ。

――中国でバブル経済が崩壊し、過去のソ連と同じ道を辿り周辺国が独立していくというシナリオになれば…。

 奥山 そうなると中国はあまり脅威ではなくなるため、オフショア・バランシングという戦略も重要なものではなくなってくる。欧州の分断を英国が上手く利用したように、米国も上手く分断を利用できるのではないか。日本にとってもそちらのほうが都合の良いシナリオなのかもしれない。

――今後の日本の戦略はどうあるべきか…。

 奥山 例えば凸版印刷や大日本印刷などでは、印刷会社なのにデザイン業務やイベント企画、コンサルティング業務など、印刷とはまったく関係ないような事業を行っている。その経緯は、お客様から「もっと良いデザインを提案して欲しい」と言われてデザイナーを抱え込んだり、「ライバル会社がどれくらい印刷しているのか教えて」と言われてコンサルティング業務を取り入れたり、イベントのビラを刷っているうちにイベント企画にも携わったりと、受身の態勢が呼び込んだ結果の多角化経営だ。私が考える日本の戦略は、このように徹底的に受動的に対応していくことなのではないかと最近考え始めている。それが正解かどうかは誰にもわからないが、日本が生き残る方法として、「完全に受身になる」というビジョンを出して、とにかく世界に貢献するために柔軟に対応していくという考え方もあって良いのではないか。米国や中国のように、ひとつ旗をふりかざして敵を跳ね除けながら突き進むのではなく、あらゆる世界の事象に対して合気道のように最大限の柔軟性を発揮して対応していく。それが今後の日本に一番適した戦略なのではないか。(了)

――日本に対するメッセージは…。

 ハルチェンコ まずは、「ありがとう日本」と伝えたい。日本からの支援は非常に重要で、今も我々は日本政府と様々な協力を行っている。ただ、政府だけでなく、民間団体も様々な支援を提供してくれており、感謝に堪えない。我々と日本は共にあることを実感している。我々はいずれ現在の困難を乗り越えるが、乗り越えたあとも、日本やその他の友好国の支援を決して忘れない。そして、将来的には日本の関係をより生産的で、強いものにしていきたい。遠く離れた日本が手厚い支援や同情を向けてくれていることは実に驚くべきことだ。まさに文明国の価値や規範が国境を越えることの証明であり、ともに価値を守り、悪を打ち倒していきたい。

――ウクライナ東部の状況については…。

 ハルチェンコ 事態は非常に複雑だ。ただ、分離主義者たちがロシアの監督を受けているのは確かだ。また、ロシア側がウクライナとの国境付近に配備した兵力を撤退させないことも状況を難しくしている。我が国の外務大臣はロシア側に再三即時撤退を求めているが、現在までロシア側は筋の通った回答は得られていない。このことが我々を支援する国際社会に更なる対ロシア制裁を考えさせるようになっている。なお、隠すまでもなく、我々の市民や軍隊は戦う準備はできている。

――ロシアが提案する連邦制については…。

 ハルチェンコ ロシアには全く関係のないことだ。その一言に尽きる。例えば、我々が日本に体制変更を求めたら日本はどう思うだろうか?ただただ馬鹿げており、傲慢としかいいようがない。いっそ、ロシア側が憲法を廃止して、全体君主国に体制変更をすればいいのではないか。彼らが現在行っていることは法を無視しており、君主国になる方が現状にふさわしいだろう。

――国際社会はウクライナに何をすべきか…。

 ハルチェンコ 既に彼らは十分に支援してくれており、心から感謝している。ロシアが部分的にせよ状況を沈静化させる態度を示していなければ、前回のG7首脳会合で更なる制裁が考えられていただろう。また、我々は危機管理に加え、金融問題についてもIMFやEUと昼夜を問わずに作業している。将来的にEUに加盟するための準備も進展しており、数カ月以内には包括的貿易協定を締結する予定だ。問題となっているのはロシアだけであり、彼らはウクライナのサクセスストーリーが他の旧ソ連諸国にも広がり、ロシアのネオスターリン主義の障害となることを恐れているため、我々を妨害しようとしている。だが、はっきり言って彼らの行動は自己破壊的であり、国際社会の中での孤立を深めている。もちろん、北朝鮮といった国々はロシアの友人であり続けるだろうが、それは何の意味も持たない。

――より強い制裁をG7に求めるのか…。

 ハルチェンコ 制裁の内容はG7が決めることだ。ただ、最近聞いたところによれば、EUや米国はもしロシアが考えを改めず、状況が安定化しなければ、新たなアプローチを検討しているという。新たなアプローチではセクター別のロシア経済への制裁を含む可能性もあるとのことだ。例えばより幅広い個人制裁もありえるだろう。また、ウクライナの一部でより強い制裁を求める声があるのは確かで、その声に対して国内で強い支持があるのも事実だ。

――5月の大統領選挙でEUへの加盟方針は変更しうるか…。

 ハルチェンコ ここ数年間、我々はEU加盟を切望してきた。全ての政治的勢力がそれを求めており、他にオプションはない。従って、大統領選挙がどのような結果になろうと、我々が経済やその他の基準をEU加盟にふさわしいレベルまで改革していく方針に変わりはないだろう。もちろん、過去に加盟に逆行しようとした大統領もいたが、彼はもういない。我々の加盟への決意は固い。

――問題の解決には何が必要か…。

 ハルチェンコ ロシアの体制の変化が不可欠だ。現在のロシアはいわば「帝国主義病」の状態であり、それが根本的に改革されなければならない。そのことをロシアに教育する必要があるが、残念なことに我々には十分な体力がないため、国際的支援を必要としている。現在のロシア政権は過去の悪いロシアの子孫であり、領土拡大を心から切望している。はっきりいえば、他国の領土を侵略することは彼らのDNAに刻まれているといってもいいだろう。そのため彼らは新たな帝国を作ろうとしているが、その企ては必ず失敗する。

――ウクライナ経済の現状は…。

 ハルチェンコ いまは健全から甚だ遠い状態だ。IMFや世銀に加え、日本など、様々な二国間支援も必要としている。暫定政権も改革に向けて努力はしているが、毎日のようにロシアの脅威が強まっていることがその努力を妨げている。いまだ事実上の戦争状態が3月から続いており、大軍が国境に留まっている状況で、市民らの間でも不安が強い。経済は私の専門ではないが、一人のウクライナ市民としては、経済の再活性化法制度の改革が必要だと思っている。それも包括的に、あらゆる経済に関する法律改革が求められる。それさえ実施されれば、ウクライナ経済は必ず回復していくだろう。我々には肥沃な土地があり、優秀な市民がいるからだ。むろん、悪い隣人がいるという問題はあるが、先行きについては楽観している。何故ならば現在のウクライナでは政治的自由が認められており、ロシアと違って、政府に対して市民が自由に批判を行うことができるからだ。このことはウクライナ政府の効率性を大いに高めるだろう。またもう一点重要なのは、EUとの繋がりを強め、自由で効率的な市場経済を発展させることだ。

――自国民によって政治的自由が脅かされているという懸念もあるが…。

 ハルチェンコ ウクライナのNHKに相当する国営放送CEOが、国会議員を含むナショナリストらに襲撃された不幸な出来事があったのは確かだ。彼らが行った、CEOの胸倉を掴んで辞表提出を強要した行為は個人的に受け入れることはできない。しかし、彼らの動機は理解できる。何故ならば、国営放送はロシアのプロパガンダを放映し、多数の命が奪われた現在の事態を招いた原因の一つになったからだ。そのためCEOは襲撃前の時点で更迭されていた。いずれにせよ、事件はとるに足らない小さな事件に過ぎず、もっと注目すべき重要な問題があるはずだ。我々は人権のために戦っているのであり、今後も人権を擁護する強い決意がある。

――ガスプロムのガス料金引上げの影響は…。

 ハルチェンコ 引き上げは深刻な問題だが、過去の経験からウクライナはこうした状況に対する準備をしてきた。また、幸いなことに季節が春ということもあり、ガス消費量は減少する見込みだ。近隣国の支援もあるし、ヨーロッパから逆輸入することも可能だ。ただ、笑ってしまうのは、現状ではガスを算出しないヨーロッパからガスを輸入する方が、ロシアから直接輸入するよりも割安なことだ。いかに現状が異常かを象徴している。とはいえ、これまでロシアは明かにガスプロムを武器として利用してきたが、その影響は今後弱くなっていくだろう。ヨーロッパはロシアへのエネルギー依存を再考しはじめているし、それにガスは永遠に算出されるものではないからだ。実際、ウクライナは60年代後半まで有力なソ連へのガス供給元だった。ロシアもいずれ同じ経験をするだろう。

――最後にもう一度日本に対するメッセージを…。

 ハルチェンコ 心から日本の繁栄を祈っている。将来的には、もっと友人を増やせれば幸いだ。我々は地理的には離れているが、様々なものを共有しているし、一カ国を挟んだ「隣の隣」でもある。確かに「隣」は巨大かもしれないが、彼らの政治的な影響力の小さくなっているのは間違いない。安定が取り戻された暁には、日本企業進出なども協議していきたい。(了)

――東京オリンピック組織委員会の事務総長となられた…。

 武藤 この組織委員会ではIOCと連携してオリンピック大会の運営に関係するすべてのことを行っていく。開閉会式、競技のスケジュール、海外メディアのための各種手配やセキュリティに関する問題など、やる事は盛りだくさんだ。組織委員会自体は最終的に3000人程度になると思うが、その他、ボランティア人員として8~10万人が必要になると見込まれており、人材の確保と、そういった人達に世界レベルの対応をしてもらうための教育も組織委員会で行わなければならない。前回1964年の東京オリンピックではすべて税金で賄っていたが、今回の組織委員会には税金は使われず、スポンサー収入で運営することになっている。選手村など仮設施設も組織委員会で作ることになっており、それもすべてスポンサー費用などで賄われる。民間の機運をどうやって盛り上げるかが重要なポイントだ。オリンピックの価値が上がれば、宣伝効果が増してそれらのスポンサーの価値も上がる。そこで企業の利益が増えればスポンサーシップも上手く回っていくという流れだ。

――やはり、資金調達は一番の課題だと…。

 武藤 近年のオリンピックは、スポンサーシップの発展とともに、オリンピックが民間経済にどのような影響を与えるかに関心が高まっている。例えば、ボランティア人員にきちんとした教育を行うためには専門家を招聘する必要があり、そういった部分で人材派遣会社の協力が欠かせない。また、セキュリティ面では警視庁の人員だけでは到底足りないため民間警備会社に大量の人員派遣を呼びかけなくてはならない。さらに、オリンピックを機に東京から地方まで観光される方のために、各国旅行者に対応した案内表示などでこの国全体をオリンピック仕様にしていくという作業もある。その他、開会式の演出を誰にするかといった部分で文化関係者のアイデアを借りたり、日本の伝統文化の専門的知識をお持ちの方々にお話を聞いたり、メディアのための場所の確保や、各メディアに周波数を割り当てるために電波管理に詳しい専門家が必要だったり、オリンピック開催地として、細々とした作業を行なっていくことになる。来年1月にはIOCに基本計画を提出しなくてはならないため、当面はそれに全力投球だ。基本計画を提出する頃、この組織委員会は一般財団法人から公益財団法人に変わり、人材ももっと増えているだろう。最終的にすべてのメンバーが揃うのはリオの大会が終わる2016年くらいになると考えている。

――東京オリンピックのコンセプトとは…。

 武藤 招致段階のコンセプトは「Discover Tomorrow」だったが、これに、もう少し肉付けをしていく必要があると考えている。例えば、これまでオリンピックとパラリンピックの開催期間を別々にしていたものを一緒にして健常者と障害者の共同祭典にしていこうといった意見や、メダル獲得時の賞金の差をなくそうといった議論もある。また、招致段階から心配されていた大震災の影響をむしろ前面に出すことで、オリンピックを機に世界各国に防災思想の高まりを促すといったアイデアもある。海外から人が集まることで、日本のグローバル化はより一層進むだろう。オリンピック後の日本がどのような変化を実現していくかが非常に重要なポイントであり、我々は、より開かれた、文化性の高い、活力のある日本に発展させていくために、アスリートの大会としての中身を発展させること、そしてアスリートの大会を超えた文化的、社会経済的な影響をしっかり考えたコンセプトを作り上げていく。

――問題点があるとすれば、それはどういったことか…。

 武藤 東京オリンピックの開催が決まってから、大企業の中にはオリンピック関連組織を作るなど、色々なところで2020年に向けた取り組みが行われている。しかし、開催地が東京で主催も東京都が担うため、地方各県が格差を感じて不満を持つことにもなりかねない。そこが問題点だ。そこで、全国が等しくメリットを受けて発展していくために、選手たちのためのキャンプ地を地方に設置したり、開催地の東京だけでなく地方の観光地にも足をのばしてもらえるようなツアーを組んだり、地方文化の象徴である夏祭りを楽しんでもらったりというアイデアもある。オリンピックのスケジュールは2020年7月24日から8月9日まで、パラリンピックは8月25日から9月6日までを予定しており、ちょうど地方各地の夏祭りの時期と重なっているため現実味はあると思う。

――オリンピックはもはや単なるスポーツの祭典ではない…。

 武藤 新興国におけるオリンピックはインフラ整備や国威発揚という意味合いが多いのだが、2回目となる東京でのオリンピックでは、インフラや単なる国威発揚ではなく、もっと違うものを後世に残していかなくてはならない。その代表的なものの例としてサイバーセキュリティがある。オリンピックはテレビやラジオなどで世界中に発信されるイベントであるため、IT環境を十分に整備する必要があることは言うまでもないが、それにともなうサイバーセキュリティについても万全の体制が求められている。6年後にどのようなサイバーアタックが行われるかはまだ想像もつかないが、ハッカーの技術レベルが上がれば上がるだけ防御の技術も上げていかなければならない。そのレベルを完全に制御することができる体制が整っていると証明されれば日本はサイバーセキュリティの先進国として世界に認められる。それが今回のオリンピックで後世に残せる遺産になると思っている。

――2020年の東京オリンピックに向けた抱負を…。

 武藤 オリンピック競技大会を成功させることを基本として、2020年の東京オリンピックが長い歴史の中で新しい価値を持ったオリンピックとなるようにしていきたい。近年のオリンピックで新しい価値を提供したと評価されるロンドンに続き、世界人類のオリンピックという遺産に対する日本の貢献として、これまで以上に新しいオリンピックで世界に対して新しい価値を発信すること。それが、心がけるべき最大の課題だ。具体的な策は、これから文化、メディア、環境、ITシステムといった専門家達の意見を集約しながら時間をかけて詰めていく。まずは協力してくれる専門家の人選がポイントとなろう。その専門家達から最大限の良いアイデアが生まれるような仕組みづくりをしっかりと作っていくことが我々の課題であり、多くの人達の英知と力を結集して世界に誇れる人類の祭典にしていきたいと考えている。(了)

――東京証券取引所を率いる立場となられて…。

 清田 東証は、日本取引所グループ(8697)代表である斉藤CEOが東証の社長だった頃から、株式会社として「営業」という感覚を持つことが必要だという風に、良い方向にカルチャーを変えてきている。ここで言う「営業」とは、証券会社と共にIPO企業を発掘したり、一段上の市場に移るためのお手伝いであったり、投資家に対して投資の教育をするようなことだ。今後、市場運営、自主規制、決済、情報提供という4つのファンクションをどのように強化していくかといったことに注力していきたい。

――日本取引所グループに統合され、現物株は東証、デリバティブは大証というように役割分担されたが、これによるメリットは…。

 清田 これまでは東証と大証がそれぞれに現物とデリバティブを抱えて、合計4つの売買取引システムが動いていた。それを2つのシステムにまとめることで、コストが大幅に下がり、システムトラブルの発生リスクも半減するようになる。上場企業や証券会社にしてみても、これまで東証と大証のそれぞれに支払っていたコストが1カ所で済み、投資家からみてもそれぞれの手数料が一つにまとめられ節約できる。色々なことが上手く整理されていくだろう。

――不公正取引防止のための取り組みは…。

 清田 証券取引等監視委員会や日本証券業協会等と密接に連絡を取り合いながら、様々な不公正取引の防止に取り組んでいる。例えば、我々は時々刻々の取引を常時監視している。取引上で何かおかしな動きがあればすぐに端末上にピックアップされるようなシステムになっており、さらに自主規制法人ではそういった動きを追跡して詳細な分析を行う。そこで本当に不公正取引が疑われるものに関しては、証券取引等監視委員会へ報告して、摘発されたり、課徴金納付命令が出されることになる。そうした連携はかなり上手にできており、不公正取引防止の役割を果たしていると思う。

――現物取引でも夜間取引を要望する声があるが…。

 清田 夜間取引については過去に幾度か検討されてきたが、いつも「時期尚早」とされて見送られてきた。しかし、世の中がグローバル化し、日本市場の売買代金の約6割を海外投資家が占め、約3割が個人投資家、個人投資家のほとんどがネット証券を通じての取引という現在において、ネット証券のユーザーアンケート調査結果で「夜間が開いていればやりたい」という意見が8割程度あったという事実が示すように、夜間取引のニーズは高まっている。また、主要企業の決算や重要事項が取引終了後に発表され、その結果がどのようなものであっても翌朝9時の取引開始を待たなければならないことや、日本の取引時間外で海外の主要指標や金融政策が発表されたり、大きな世界情勢の変化で日本市場を大きく揺らす事件があっても、日本で市場が閉じている間は何も出来ないといったことに対して、市場運営者である取引所が何らかの策を立てるべきではないのかといった問題意識が高まっており、現在検討を進めている。

――デリバティブやFXについては夜間取引が盛んに行なわれているが…。

 清田 それも、マーケットが動く要因は海外によるものが多いということの表れだろう。現物取引でも、例えば取引開始を朝7時に早めるとか、取引終了を夜11時半まで延長するなど取引時間の延長を巡っては色々な意見がある。ただ、実際に行うとなると、年金や投信が使用する基準価額をどうするのか、或いは決算に使う数字はどの時点のものを使用するのかといった問題や、決済をいつ行うかといった問題もある。こうした問題をひとつひとつクリアにしていく必要がある。現在、有識者による研究会を開催し、様々な問題を洗い出し整理してもらっている。証券会社には、業務の体制を変えなければいけないという問題もあるだろう。色々な論点をきちんと整理したうえで、やるかやらないかを含めて、東証としての結論を出したい。

――日本経済が足踏みしていたなか、上場外国企業が減ってしまっているが…。

 清田 この数年で東証上場に伴うコストとリターンがはっきりと見えずに日本から撤退した外国企業は多いが、最近、アキュセラ・インクという米シアトルの眼科領域のバイオベンチャーが東証を選んで上場してきた。このような外国企業の上場についてはもっと力を入れていきたいと考えている。アキュセラ・インクのように日本人が外国で起業した会社を日本市場で上場させるといったケースも大歓迎だ。先日、アリババが香港での上場を断念してNYにIPO先を移したと話題になったが、背景には香港証券取引所では議決権に差のある種類株の上場が認められていなかったことがあると言われている。この点、東証では08年に議決権種類株の上場制度を整備しており、今年3月26日に上場したサイバーダインは制度整備後初めて、議決権種類株を発行する会社が上場した事例だ。そういったニーズも出てくるのではないかと思う。

――今後の抱負は…。

 清田 今後我々が行うべきことは、統合後の質の向上だ。アジアで最も選ばれる取引所を目指して日本株の魅力向上に努めていきたい。投資家に好まれる魅力的な企業を増やすためには、まずはIPOを増やさなくてはならない。同時に既存の上場企業に変わってもらう必要もある。例えばコーポレート・ガバナンス面で、アベノミクスの成長戦略の一環として「金融・資本市場活性化有識者会議」でも打ち出されているように、東証は社外取締役の設置を強く要請していく。東証の上場規則にも「独立社外取締役の確保に努めなければならない」とあるが、会社法においては、仮に社外取締役を採用しない場合も、社外取締役を置くことが相当でない理由の説明義務を課す改正が予定されている。すでに、これまで比較的慎重だった日本を代表するような企業が続々と社外取締役の採用を発表しており、この取り組みは市場の魅力向上につながっていくと思う。また、日本株が弱い根本的なもうひとつの理由として、ROEが低いということが挙げられる。ROEの向上を意識した経営については東証でも事あるごとに発信しており、それを具体化したのがJPX日経インデックス400だ。

――JPX日経インデックス400の影響により企業の体質も変わってくる…。

 清田 このインデックスは、ROEや営業利益のような収益力を見る指標を重要視しており、投資者にとって投資魅力の高い会社で構成されている。もちろん市場の流動性を考えれば時価総額も必要だ。それに定性的要素としてコーポレート・ガバナンスの観点から独立した社外取締役の2人以上の選任、グローバルな投資対象として英文での情報開示を行っているか、IFRSを採用しているかが加点要素になる。このようなインデックスを作ることで日本企業の魅力をあげようというのがJPXのスタンスだ。さらに、我々は企業価値向上への取組みが特に顕著だった企業の表彰や、その他IFRSの採用等、所定のデーマで秀でた企業行動をとった企業の表彰なども行っている。アベノミクスが始動してから約1年4ヶ月、証券業界は比較的恵まれたビジネス環境になっているが、それは他力本願によるマーケットの改善だ。今後、我々がさらに日本株の魅力向上に力を入れ、日本企業の実力が増していけば、着実に日本マーケットは自主的に活性化していくだろう。(了)

――昨年12月より国際協力銀行の総裁となられた…。

 渡辺 当行は一昨年4月に日本政策金融公庫から分離・独立して株式会社となった。1950年に発足した日本輸出銀行が日本輸出入銀行へと改称し、99年に海外経済協力基金と統合し更にその後の変遷を経て現在の国際協力銀行になったという歴史があり、設立当初は輸出金融が業務の100%だったが、今では業務範囲が大幅に拡大し、輸出金融のウェートは大きく下がった。海外進出して国外に工場をもつ企業が多い現代において、日本企業が国内で製造した製品や技術を海外に提供するような輸出金融は徐々に縮小し、変わって日本の企業が海外に工場を作るための支援となる投資金融が増えてきたということだ。また、政府系金融機関の改革で99年に海外経済協力基金と統合した時には一時期ODA円借款も行っていたが、08年10月には円借款部分が国際協力機構(JICA)に移管されたり、「国際金融秩序の混乱の防止またはその被害への対処」と、「地球温暖化防止等の地球環境の保全を目的とする海外における事業の促進」という2つの分野が新たに明確に当行ミッションに加わったりしたことなどから、我々の業務内容は拡大してきている。しかし、それは必然の流れだ。

――海外展開支援はますます拡大しているようだが、その中身は…。

 渡辺 海外展開支援については、大体、約半分が資源・エネルギーの確保や開発で、残りの半分がM&Aだ。リーマンショックが起こる前の年まで、これらの事業は1兆3000億円程度の規模だったが、08年下期には金融不安を背景に約1兆8000億円に膨らみ、さらにリーマン・ショックの影響が通年化した09年には約2兆7000億円となった。また、10年度、11年度は米国経済が回復してきたことで2兆円台まで戻したが、12年度の当行承諾額は4兆円を超え、すでに約2兆5000億円が当行から市場に供給されている。日本企業がそれだけ活発に海外進出を行っているということだ。同時に日本政府としても、05年に国内人口が頭打ちしたことを受けてアジア経済の活気を日本に取り込むことをスローガンに掲げているため、我々は、日本企業の国際競争力の維持・向上を支援するという立場からそれに資する取組みを行っていく。

――CO2削減のための途上国への支援もされているが、順調な回収が見込めるのか…。

 渡辺 これも政府の環境プロジェクトの一環として行っているもので、それほどリスクが高いものではない。申し上げておきたいことは、当行は基本的に設立以来、利益を出し続け、過去の融資に焦げ付いたものもほとんどないと言えるだろう。加えて、国からの補助金や利子補給金などもなく、毎年約250億円ずつ国庫に納付しているいわゆる超優良企業ということだ。それでも民営化しないのは、先程冒頭でもご紹介したように、我々のミッションの一つに「国際金融秩序の混乱の防止またはその被害への対処」という業務があるからだ。例えば、政治が不安定で経済が悪化している国に対して支援をする際に、株主の中に「儲からないのに行くべきではない」と反対が出れば、そういった仕事を機動的に行うことが出来ない。それでは当行のミッションが果たされない。

――民間の金融機関はBIS規制などで縛られて自由に動けない。そういった部分をカバー出来る御行の存在は貴重だ…。

 渡辺 もちろん当行も金融検査を受けているため、あまりにも過剰なリスクはとれないが、我々は民間金融機関と違って資金調達の年限が比較的長く、国債に準じる金利で5年債や10年債を発行したり、財政投融資特別会計から7年程度の長期資金を調達することが出来る。一方で現在の民間の銀行の平均調達期間は2~3年で、「短期調達で長期貸出は危険」という銀行のポジションを考えれば、どんなに工夫をこらしたとしても10年を超えた貸出はかなり難しい。そこで、途上国のインフラ整備や環境関連に必要な長期プロジェクトで我々が協調融資をするということは、量的な補完のためだけでなく、期間の部分での補完的な役割を担うことが出来るという訳だ。

――その他、御行の特徴は…。

 渡辺 当行には主に3つの機能があると思う。一つ目は「サイクルに対して反対に動くこと」だ。他の銀行が縮小している時にこそ我々が頑張らなければならない。二つ目は「金融機関同士の触媒的機能を果たすこと」だ。協調融資を原則とする我々が参加し、場合によってはイニシアチブを取って、例えばシンジケートなどで、色々な銀行を集める役割を果たすべきだと考えている。そして三つ目は「これまでの日本とはあまり馴染みのないような地域に率先して進出していき、トラブルが起こったときにその影響を最小化すること」だ。例えば途上国などにおいてプロジェクトの途中でその国の政策変更などがあり仕事が継続できなくなるようなケースに陥った場合、大使館として相手国と接しているのであれば、日本全体の利益を考えて一定の距離を保つ必要があるが、我々は貸し手として直接の利害関係者であるため、日本企業全体を代表する立場で相手国と接し、問題解決に取り組んでいく。これは非常に重要な責務だと思っている。特に今の時代はこの3つの機能をフル稼働していかなくてはならない状況だ。

――その中で、今の国際金融の注目点は…。

 渡辺 国際金融で今一番注意すべき事は、米国が現在行っているテーパリングが世界各国にどのような影響を及ぼすかだろう。これについてFRBイエレン議長は「悪い影響が出る国もあるかもしれないが、それは過去数年に少し怠けていた国であり、それは仕方がない」と発言しており、確かに、過去に米国債の金利プラス3%でも調達できなかった時代から、11年頃には1%未満の上乗せで資金調達することが可能になったことを考えると、その時に構造改革せずに怠けていた国が今大変な状態になっているのは、米国の責任とはいえない。実際に昨夏の米国のテーパリングのスピードが若干速まった時、インドやインドネシアから大量の資金が引き上げられ、インドルピーは昨年9月に史上最安値をつけるといった事態にもなったが、その後、各国中央銀行はそれぞれに対応している。マーケットが破壊的に崩れることはないということだろう。

――これから世界のマーケットで予測される事は…。

 渡辺 昨年末、フィナンシャル・タイムズが予測した「2014年にありそうなこと」ではブラジルのワールドカップ開催への懸念やビットコインの破綻をあげており、これらはすでに結構あたっている。その中で日本が2%のインフレ目標を掲げていることや、中国が7%成長を割り込むとバブルが破裂することも列記している。気になるのは、昨年頃からBRICs4カ国をはじめとする新興国の成長率がそれぞれ2%程度減少していることで、さらにこれを背景として中国やブラジル、そしてフラジャイル5のひとつであるトルコでは所得の不均衡が大きな問題となっている。中国については高齢化や公害汚染問題もさらに深刻となっていくだろう。成長が見込まれる国としては、当社の貸付状況を見ていると、今後はラテンアメリカやオーストラリア、インドなどが伸びてくると感じている。特にメキシコに関しては、まもなく貸付上位ベスト5に入ってくるのではないか。

――中国のシャドーバンキングが問題となっているが、その影響は…。

 渡辺 中国は、経済面で世界経済に与える影響は大きいが、金融面での繋がりは薄く、上海市場における海外投資家の数もそれほど多くないため、シャドーバンキング問題が世界に与える影響はそれほど大きくないと思う。ただ、市場、投資家のセンチメントが悪化することは不可避であり、それによって世界全体の金融が引き締められたり、あるいは中国が起こす何らかのアクションによって周辺国の格付けが下がるような状況になれば、起債が難しくなることは考えられ、その時に、我々が量的な不足部分を補うということはあるかもしれない。例えばインドネシア政府やフィリピン政府が日本で円建て債を発行する時などは当行が部分保証することで金利を下げ、有利な資金調達を実現しているが、今後も仮に大きなショックが起きれば積極的に支援していくということも当行の役割だ。

――最後に、日本市場における今後のポイントは…。

 渡辺 マーケットは第3の矢がきちんと打たれるのかどうかを気にしている。例えば、海外の投資家は、安倍総理は色々と刀を振り回しているようだが目的の幹や枝にはあたらず葉っぱだけを切り落としていると評しているとする海外メディアの見方があり、TPPの農業構造改革にもあまり本気ではないとの観測もある。また、気になるのは経常収支で、今後原油の値段が一割上がり、為替が110円を超えるようなことがあると、日本の強みである経常収支の黒字がギリギリの状態になれば、日本の基礎的な強さに対する疑念が出てくるかもしれない。それを払拭するためにも、アベノミクスの第3の矢によって、マーケットを失望させない何かをやらなくてはならないとの見方が海外には多いようだ。(了)

――今年の中国全人代(全国人民代表大会)のテーマは…。

 富坂 今の中国は経済構造の転換をどのように進めていくかで迷っている。そういった面で今年の全人代は、これまでの改革・開放政策をさらに深めていく「全面深化改革元年」として位置づけられている。具体的には、昨秋開かれた三中全会(党中央委員会第三回全体会議)の決定項目を具体化していくことが大きなテーマだ。三中全会の決定事項は90項目以上あり、それを簡単に説明するのは非常に難しいが、主要事項の一つには「国有企業改革」がある。中国で今一番潤っている国有企業の利益をいかに分配していくかが論点で、上納金の割合をどの程度あげていくのかが注目されている。その他、改革の対象となるのは、農業、金融、通信、石油化学、環境といった業界で、特に保険を中心とした金融の改革・開放については日本からも非常に注目されている。

――今、中国で一番お金を持っているのは国有企業だと…。

 富坂 この30年間中国は発展し続けているが、その主役は変化している。もともと中国には戸籍がなく、企業が自治体の役割も担っており、社員証がいわゆるID代わりになっていた。企業によっては映画館も、売店も、大きなところでは刑務所まであったほどだ。企業に属しているか属していないかは当時の中国において非常に重要であり、その企業は大きければ大きいほどよかった。つまり勤めている企業がその人のステータスとなっていた訳だ。しかし、社会主義体制の中で余剰生産物の売買が認められるようになると、配給制という物資不足の中では生産物を作れば作るだけ売れるため、農民が潤い始めた。そして、その農民富裕層の中から、今度は起業する人や、香港から衣類を仕入れて道端で販売するような商人が生まれ、彼らが成功を遂げると、今度は農民に代わって彼らが力を持つようになった。もともと企業に属することが出来ずに道端で商売を始めた人達が、80年代後半では社会のトップに立っていたということだ。さらに90年代はリストラの時代となり、そこで最も低迷したのは国営企業だった。

――90年代に非効率な社会主義経済を象徴する国営企業は一旦衰退した…。

 富坂 当時、国営企業に変わって台頭してきたのが新興の民営企業だ。しかし、2000年代に入ると中国政府が国有企業を強くするという政策に転換し、05年頃には「民から官へ」という流れで国の管理が厳しくなっていった。そして、リストラが成功した国営企業が国有企業となって再び息を吹き返した。例えば、当時の自動車産業は自社ブランドを捨てて海外の車を製造するというように、メーカーから生産工場への転換を遂げ、それによって工場労働者の給料が従来の2~3倍に増えた。もともと成長の可能性を秘めていた国営企業が、リストラで無駄なものをそぎ落として復活し、今では国からの保護の下で大きくなってきているという訳だ。現在の国有企業の全社員の平均年収は70万元(1元17円換算で約1200万円)を超えている。出稼ぎ労働者やレストランの給仕係など、人口的に一番多い層の平均年収が30~50万円であることを考えると、かなり優遇されていると言えよう。ちなみに公務員は大臣クラスが20万元(約340万円)で、国有企業に比べて安すぎるという印象だが、実際には国有企業からの賄賂があり、3000万円以上は手にしていると言われている。リーマンショックの時に中国が4兆元という巨額の投資で乗り切ることができたのも、その4兆元の引き受け先がすべて国有企業であり、一元たりとも他の民間企業には流れていなかった。これは大きな問題だと思う。

――リーマンショックで放出された4兆元がさらなる賄賂天国を生み出してしまったと…。

 富坂 中国はリーマンショック後もお金を流し続け、その溜まったお金が豪華なマンション建設ラッシュを生んだ。しかし、そこに住むにはそれなりのお金が必要であり、結局、投資活動は活発に行われていても住む人のいないたくさんの「鬼城」を作り出してしまった。そういったお金の回り方に対しては政府も心配している。中国国内に溜まったお金を適切に徴収し分配するシステムがあれば、社会保障などをもっと手厚くしたり、或いはインフラの整備に回すようなことも出来るのだろうが、中国ではお金を持っている人の力が強すぎるため、そこから徴収することは難しく、なかなかそういったことが出来ない。この歴史を断つことは難しい。ただ、日本のバブルと違って、中国の場合は多くの土地の売買が借金ではなく現金で行われているため、バブルが崩壊してもその問題を吸収できる余地は日本よりもあると思う。一方で、新興国としての期待値から海外の先物買いの投資を多く受け入れ、それによって支えられている部分は大きいため、仮にバブルが崩壊し、海外からの資金が撤退していけば、それは中国にとって大きな痛手となろう。それが一時的なものではなく、中国全体の後退につながることが一番懸念されるところだと思う。

――中国の経済構造の転換については…。

 富坂 中国が成長するにつれて徐々に人民元の価値は上がり、労働者賃金が上昇し、3K(きつい、汚い、危険)の仕事を嫌がる新世代が生まれてきた。さらに生産年齢人口の減少などいくつかの要素が重なっていくと、中国が世界の工場であるための条件が失われつつある。そうなると、それまでの中国のメインエンジンだった貿易や製造業は縮小し、新たに中国という広大な国を動かしていくエンジンを見つけなければならない。そこで中国政府は、一旦、公共事業による景気拡大を図ったのだが、公共事業をやればやるほど、その発注者である官僚と仕事を受注する企業の関係は深まり、お互いの懐が肥えていくという構造になってしまった。他の成長源がみつからない限りこの流れは変えられない。2012年3月には製造業からサービス業へという経済の構造転換を唱えはじめたが、サービス業が中国のメインエンジンになる可能性は低いだろう。結局、公共事業あるいはそれに付帯する不動産投資でかろうじて火を保っているという状況で、その出口はまだ見つかっていない。これまでプレーヤーだった中国がプレイングマネージャーに変化を遂げようとしている最中ではあるが、この席はそんなに余っていないというのも現実だ。今の切り替えの段階は非常に難しいところだろう。ただ、これまでの改革開放政策でも、例えば自動車産業に門を開けばそれだけ外資が入ってきてその業界が活性化してきたように、まだ開けていない扉はある。その開けていない一番大きな扉が金融の部分だ。特に保険の部分を開けていくかどうかは今後の中国の大きなポイントになると思う。

――中国の内陸部にはまだまだ拡大余地があるのではないか…。

 富坂 中国では社会主義という都市政策の枠の中で移動の自由が認められていなかったため、例えば沿海地域に工場があれば、各地方自治体が沿海部に人材を派遣するというように、企業ではなく人材を移動させるというシステムを作った。しかも出稼ぎしたい人はたくさんいるため、自治体は派遣期間を決めて定期的に人を入れ替えた。それは、企業側も賃金を上げる必要がなくWIN―WINのシステムだといわれていたが、そういったことを繰り返すうちにインフラは沿海部に集中し、内陸部の人材派遣も一巡してしまった。そうなると、もはや低賃金で人を雇うことも期待できない内陸部にわざわざ行くメリットはない。しかも製造業の場合は労働者の最大のライバルは機械であり、実際に内陸部では労働者をどんどん減らして機械にしている工場もある。2012年3月の全人代で、製造業がもはや中国の発展に即した産業ではないと位置づけたのも、こういった背景からだ。

――中国では国内暴動が頻繁に起こっているようだが、日本との関係については…。

 富坂 中国では今でも年間20~30万件の暴動が起きている。少数民族の暴動であれば政府もなんとか抑えることは可能なのだろうが、人口の90%を占める漢族が不満を募らせ暴動を起こせば、それは止められない。日本との尖閣を巡るトラブルでも、どんなに両政府が望んでいなくても、今のように政府間の接触を持てずにお互いがブレーキを持たない状態で対峙していれば、戦争にだってなりかねない。例えば、尖閣諸島に誰かが無理やり上陸しようとするのを阻止しようとして、万が一、どちらかの国民が死亡してしまうという事故が起こった場合、戦争はすべきでないと頭ではわかってはいても、それを発言することで選挙に落ち、自分の政治生命が絶たれるのであれば、政治家は口を閉ざしてしまうだろう。結局、日本も中国もポピュリズムという点では同じであり、自分の身を守るために誰も何もいえない状態になっている。それは日中間にとって大変不幸なことだ。また、安倍総理の靖国神社参拝についても、私は安倍総理が一体何をやりたいのかわからない。戦後の日本を振り返れば、日本はどこの国とも戦うことなく世界第二位の大国にまで発展してきた。その発展を導いたことこそが日本の成功であって、「世界に通用する価値観」をもっていた証明でもある。独り勝ちが許されない国際社会にあって日本の現実はそれほど悲観するものではない。それを忘れて、あたかも日本の価値が戦前にあったと考えることこそ本当の自虐ではないだろうか。おびただしい犠牲者を出した上に全面降伏という最悪の事態に至った過去が戦後の日本より優れていたという理屈が私には分からない。(了)

――フィリピンについて「危険」というイメージを持つ人は多いと思うが…。

 卜部 フィリピンは独立前に米国の植民地だったこともあり、銃を持つ文化がある。そのため、ホテルや街なかの至る所に銃を持ったガードマンが立っている。それが物騒なイメージにつながるのだろう。ただ、そのガードマンも勤務を終えれば職場に銃を返すことになっていて、常に銃を保持している訳でなない。もちろん、中には不法所持をしている人もいて、街なかで撃ち合いが起こるという事件が全く無い訳ではない。しかし、例えば治安がもっと悪かった80年代に起こったような、残虐な事件に邦人企業関係者が巻き込まれるようなことは、少なくとも私がフィリピンにいるこの3年間では起きていない。他のASEAN諸国と比べても治安が特段悪いということはない。

 また、政治は10年間に及ぶアロヨ政権から、「汚職を撲滅する」と宣言したアキノ政権に変わり、行政の公平性、予算の透明性を高める取り組みが行われている。公共事業の入札や発注も徹底的に調査されて執行に遅れが出ているものの、かなりクリーンになってきていると言える。経済面でも2012年の成長率は7.9%、2013年も政府目標の5~7%を超えて7.2%と、引き続きアセアン加盟国の中で最高の成長率を記録している。インフレは3%程度であり、財政収支も健全化、経常収支は引き続き黒字基調だ。政治経済の安定も治安の改善に寄与している。

――経済情勢が良くなり、政治が安定してくる中で、今のフィリピンの強みは…。

 卜部 何よりも豊富で英語力のある労働力だ。人口1億人弱で平均年齢は22.7歳と若く、労働人口は5800万人で2050年まで毎年約100万人が労働市場に参入してくる。経済発展で先行した中国や他のアセアン諸国などでは労賃が上昇し始めた一方で、アジア経済危機以降低迷したフィリピンでは賃金の上昇が抑制されている。今やそれが強みとなって海外企業からチャイナ・プラス・ワンの投資先国の一つとして注目されている。フィリピンの一人当たり国民所得は約2500ドルで耐久消費財の消費がまだまだ伸びる余地があり、人口が増加しているので内需も期待できる。注目すべきは人口の約1割が国外に出稼ぎに行っていることだ。彼らが海外から家族に仕送りする総額は約230億ドル、フィリピンのGDPの約1割で、それがリーマン・ショックで国際経済が混乱した中でフィリピンの経済を下支えしている。また、フィリピンでブランドを売り込めば出稼ぎ先のブランド力になる面もある。

――フィリピンはたくさんの島の集まりだ。そこできちんとした政治や秩序を保つのは難しいのではないか…。

 卜部 集積の効果、インフラ整備、輸送コストというような問題はあるにしても、島国ということ自体が発展の阻害要因になることはない。ルソン島だけをみてもシンガポールよりもはるかに大きく、同じような島国のインドネシアでもジャワ島を中心に発展している。日本から飛行機でわずか4時間、時差も1時間しかない地理的な近さは大きな魅力だ。

 また、島国だからこそ日本と親和性がある。例えば異文化が混在する大陸ではどうしても強い自己主張が必要になるが、島国であるフィリピンは「義理人情」、「家族の絆」や「曖昧さ」という文化が理解できる。また、民主主義、市場経済、法の支配と言った政治的な価値観も共有している。外交面においても、日本が中国との間に尖閣諸島問題を抱えているのと同様に、フィリピンも南シナ海問題で中国から色々な圧迫を受けており、これに対しフィリピンは争いを国際法に基づき平和的に解決することを求めて仲裁裁判所に提訴している。日本とフィリピンは軍事力ではなく国際社会システムの中で自国の安全と繁栄を確保しようという安全保障戦略上のパートナーだと言える。

――今後の日本とフィリピンの関係はどうあるべきか…。

 卜部 日本とフィリピンの人口動態を見れば、活力のある日本経済に欠かせない魅力的なパートナーであることは間違いない。両国が持つ共通の価値観と経済の補完性を考えれば、今後、日本とフィリピンはもっともっと関係を深めていくべきだ。すでに日本はフィリピンへのODA最大供与国として堅固な基盤を築いている。現在も日本政府はマニラへの一極集中を緩和するために郊外に生活圏を伸ばす大量輸送網建設事業を提案している。それが実現すれば日本企業も魅力を感じるより効率的な事業環境の未来像が描けるようになるだろう。ただし、飛行場や鉄道、港湾などのインフラを整備する際には既得権益との調整問題が出てくるので簡単に実現するとは思っていない。むしろそういった制約の中で利益を得られるような事業を民間企業が見つけていくことが、フィリピンとの関係構築で最も望まれる姿勢だと思っている。日本の企業がフィリピンで利益を生み出せるビジネス・モデルを見つけ、作り上げていけば、両国の相互依存関係はさらに深まり、日本経済の成長戦略に寄与して、様々な形での企業活動の活発化につながるだろう。

――国による支援ではなく、企業が率先して動くことで、さらに相互依存関係が深まる…。

 卜部 すでに、日本国内へのフィリピン人の労働力受け入れや、日本企業が海外事業に進出する時にフィリピン技術者をパートナーにするといったことは行われている。しかし、実需と供給余力がありながら互恵関係が進まない事例もある。実際に、今、日本政府が行っているフィリピンからの介護士や看護士の受け入れ制度では、日本語による社会福祉制度の試験や福祉施設の負担が大きいなど制度的な問題があり、なかなか人が増えていかない。この辺りも、日本経済活性化という視点から制度を見直すべきだろう。日本と同じく少子化問題を抱える韓国では、2004年に外国人労働許可制度を導入し、韓国国内で労働者が足りない職種に一定の上限を決め、現在年間6万5000人の外国人単純労働者を3~5年の期限で受け入れている。今は日本経済に必要な労働力をいかに確保していくのか改めて考える時期に至っていると思う。一例を挙げれば「フレンドニッポン」という協同組合では、フィリピンの技能実習生に対して日本入国前にフィリピンで徹底的な日本語教育や技能習得支援を行い、そこで学んだ人達を日本の企業に派遣している。その実習生が滞在限度期間の3年を終えてフィリピンに戻った後に、優秀な人材は再訓練してその企業の海外事業要員として活用している。この事業で日本に入国したフィリピン人はすでに6000人を突破した。考え方によりまだまだ多くのビジネス・モデルがあると思う。

――多くのフィリピン人が英語を話すということは、日本人がコミュニケーションをとるうえでの重要なポイントだ…。

 卜部 実際、当地に進出した企業は簡単な技術指導に通訳を使う必要がないので効率がよいという声が多く聞かれる。今やフィリピンはインドを抜いて音声については世界一のBPO(Business Process Outsourcing)集積地となっている。アジア経済との時差や、なまりの少ない英語の発音という有利性を活用して、日本企業もフィリピンのソフト開発技術者やCADを扱える人材を活用する事業を進めている。これは非音声のBPOだ。さらに、フィリピン人技術者を養成して機械メンテナンスや海外事業要員として活用している企業も多い。こうしたフィリピン人技術者は、日比間のみならず日本人が海外事業でコミュニケーションをとる上で果たす役割があると思う。(了)

――今年で設立41年目を迎えるが、御社の強みは…。

 島津 当社は国債の流通市場が実質的にスタートした1978年以降、業者間市場の参加者である証券会社のニーズに向き合い、試行錯誤を繰り返しながら、現在の当社独自の電子取引を中心とした取引モデルを構築してきた。電子取引導入後暫くは、全体の出来高に占める電子取引の割合が2~3割程度という状態であったと聞くが、スピーディな取引執行と様々な機能の利便性がお客様に受け入れられ、今では発注の9割以上が電子取引によって執行されており、電子取引が市場のいわゆる板の厚みにつながっていることは間違いない。この電子取引による債券の価格発見機能こそ当社の強みだ。一方、お客様のニーズに応じて、電子取引を介さないいわゆるオフ取引にも最近力を入れている。

――御社の役割は…。

 島津 当社には「債券業者間の取引所機能を果たす」という使命があり、公正な価格形成と債券の流動性に貢献していくことが当社の役割だ。つまり当社は、民間会社ではあるが公的な役割を担っている会社であり、当局からもそのように位置づけられている。2年半前にシステム障害が発生した際には、お客様や関係者に多大なご迷惑をおかけしてしまった。取引所機能の中核であるシステムの安定運行は当社にとって最優先事項であると強く自覚している。また、かつては外資系の仲介業者や他業態からの参入や撤退、合併等が相次いだ時期もあったが、安心して取引が執行できる場として債券の流通市場に残り続けることも当社の重要な役割であると考えている。

――事業の核となるものは…。

 島津 市場規模や発行残高の大きさを考えると、事業の柱はやはり国債取引の仲介機能だ。事業債も扱っているが、種類こそ多いが発行残高自体が少ないので取引量はあまり増えない。その他レポ取引も扱っている。そのような中で、当社の強みである価格発見機能を支える取引システムについては、今後も引き続き力を入れていくつもりで、年間経費のうち、約半分をシステム関連費用に充てている。電子取引の利便性・安定性を活かしつつ、そこに人を介する取引を加えながら流動性を高めていく方針だ。

――国債の流動性は低下してきているようだが…。

 島津 私はかつて長く債券市場に携わってきたが、債券市場で一番重要なことは流動性だと考えている。そのため、新規の国債発行額の7割近くを日銀が購入することが前提になっているような、マーケットとしては特異な状況の中で、今後市場参加者が一層同じような目線で市場を見るようになっていくのではないかということを懸念している。私は債券市場というものは、プロ同士が自らの考えをぶつけ合い、大げさに言えば思想と思想のぶつけ合いによって創られていくもの、いくべきものと思っている。そのぶつかり合いこそがマーケットの深みや厚みとなって流動性を生み出していくからだ。同じ見方ばかりで、考える力や能動的に動く力が低下してしまっては、市場に厚みは生まれない。プロが中心の市場であっても想定外の事態は必ず起こるし、プロ中心であるが故に一方向に過度なストレスがかかる可能性もある。相場が一時的に一方向に大きく流れること自体は自然なことであるが、いかに早く市場が新たな均衡点、水準を自立的に見出せるようになるかということが、有事の際には非常に重要であり、そのためには十分な流動性が必要だと考えている。国債市場は資本市場の柱のひとつであり、仮に流動性が枯渇し、市場取引が機能不全に陥った場合の影響は計り知れない。この点については行政も強い問題意識を持ち、「国の債務管理のあり方懇談会」等の場で真剣な議論がなされているのは有意義なことだと思う。

――有価証券には流動性が何より大切だと…。

 島津 私は若い時1980年代前半に、大和証券のロンドン支店で国債のトレーディングとユーロ債券のマーケットメイキングに携わっていた。ある時、大和証券が主幹事として扱った債券に売り物が重なり、在庫が膨れ上がり発行額の半分ほどになったことがあった。私は知己の海外の大手投資家に全額購入しないかと聞いてみた。彼にとってその金額自体は大きなものではなかったはずだが、彼は一定額を購入しこう言った。「確かにいい水準で全額購入に興味があるが、自分が発行額の5割を買ってしまったら、流動性がなくなり、この債券を殺してしまうことになる。私は、投資家としてマーケットに責任がある。」と。それは、投資家にも債券の流動性に対する責任があり、流動性は市場参加者全員で創っていくものという考えだった。以来、私は証券会社の立場として流動性の重要性をより意識するようになった。マーケットに対する流動性の供給は証券会社が中心となって担うべきものであるが、それだけでは不十分であり、マーケットは社会の公器として、発行体も投資家も業者間市場も、時には行政も一緒になって皆で作っていくべきものであると思っている。

――この会社での抱負や課題は…。

 島津 設立当初は各証券会社から集められた人材が中心であったが、現在では実戦部隊はすべてプロパーとなり、若い人材も増え、流動性を高めるための積極的なアプローチにも力を入れてきた。私は昨年6月に就任して間もないが、社員達には、会社が社会で果たすべき役割意識と、自分たちが常にマーケットでのプロであるという自覚を持つことと、お客様に対して色々な面でお役に立てるよう常に自己研鑽することの重要性を伝えている。公的な性格を持つ存在であるからと安堵することなく、常に利便性を追及し、安定的なシステムを心がけて、これからも信頼していただけるような会社を作り上げていきたい。当社は業者間仲介業者として、債券の流動性向上に寄与することに、使命感と誇りを持っている。我々の出来ることは、利便性の向上やシステムの安定的運行など限られてはいるが、「いかに流動性の向上に寄与するか」ということを常に考えながら、少しでも市場関係者の皆様にお役にたてるように尽力していきたい。(了)

――日本の金融界に必要なことは…。

 原田 今の日本の金融機関、とりわけ地域金融機関はアジアの中でもトップクラスとは言えない。再び日本がナンバーワンになるためには、効率性と専門性の徹底的な追求が必要だ。効率性を高めるには、ITシステムで出来ることはすべてシステムに任せることだ。例えば、銀行の企画本部が一つの企画を立てる際、企画本部は各支店へ色々な調査をお願いするが、支店側はその対応に追われてお客向けの仕事が十分に出来なくなっている。統合データベースを構築し、必要なデータをストアして、本部はそれを自由に引き出し加工して、必要な分析を行う。そうすれば支店職員の内部向けの仕事量は減り、顧客のためのコンサルティングなどに多くの時間を費やすことができる。支店の内部向けの仕事量と外部向けの仕事量は3:7位にしておくべきだ。また、専門性の追求については、例えば地域の特定産業の専門家、地域開発の専門家、企業統合の専門家、金融工学の専門家といったように、金融機関も専門分野に特化した知識集約産業である必要に迫られている。すでに有識者会議ではこういった議論が行われているが、もっとテンポを上げて徹底的に進める必要がある。お客様の役に立てる自行の強みを明確に打ち出していけば、交通の便も良くなった今の時代では日本のどこからでもお客は集まる。その結果、国内金融機関の間に優勝劣敗が生じるのは当然であり、そうした競争がなければ今のグローバル化時代に銀行は生き残ることは出来ない。

――効率性と専門性を求めた先にあるものは…。

 原田 基本的には、経営統合が進んでいくということだ。強者が弱者を買収していく、それが資本主義の世の中だ。しかし、しがらみと規制の多い日本企業では、統合後に人材をなかなか整理できない。これは大きな問題だ。私はかつてニューヨークで仕事をしていた頃に、ケミカル銀行とチェース・マンハッタン銀行の合併を目撃した。双方の頭取とは日頃から親しくしていたため、その合併についての話を何度も聞いたが、両頭取は新しい銀行の新しいチームをどのように作っていくかを徹底的に議論し、最終的にはセクター毎に強い方の銀行のチームメンバーを残していくという方法を採った。つまり1+1=1だ。日本のように1+1=2あるいはそれ以上になってしまっていては、効率は上がらない。1+1=1にするためには専門的能力の高さで人を評価するしかなく、また、専門性を磨いていれば、その会社にしがみつかなくても自分で別の就職先を選ぶことが出来る。そうすれば合併後の銀行がスリムになる。合併の際にそれぞれの銀行から気に入った人材だけをピックアップするのは不当労働行為に当たるが、セクター毎にA行とB行を比較検討し、優れた方のチームを残すというやり方であれば問題ない。雇用規制の弾力化という観点から、必要な規制緩和を推進すべきである。もちろん、その決断は早めにしなければ、仕事を失う人は困ってしまうため、その辺りの十分な配慮は必要だろう。

――今の金融庁の検査はあまりにも厳しく、かつ、すべて一律であるため、銀行員一人一人の与信能力がなくなってしまっているように感じる…。

 原田 当局が細かいルールを作って重箱の隅をつつくような監督を行っていれば、行員一人一人が思考停止状態になり、銀行の与信能力がなくなってしまうのも当然だ。しかし、日本の金融庁も最近では小口融資に関する資産査定については、リスク管理が適切に行われているとの前提のもと、銀行の判断に任せていると聞いている。これまでのような杓子定規の検査を見直し、変わろうとしているのだと思う。金融機関に効率性と専門性が求められているのと同様に、金融監督当局もそれに対応できるように組織全体で徹底的に変わっていかねばならない。監督当局が細かいルールを沢山作り、それを守らせるという仕組みから、もっと自分で考えてリスクをとらせるような仕組みに変えていくということだ。

――例えば、地元に密着した地方の中小企業などは実態も見えやすいため、銀行が融資する際のリスクウェイトを低くするといった工夫も必要だと思うが…。

 原田 地方の中小企業でも優良企業とそうでない企業はある。リスクウェイトを低くするにしても、融資する銀行がその理由を明確に評価できなくてはならない。ここでも専門性が必要だ。この点、例えば西日本のある銀行は昔から海運業への融資が多く、リスク判断が非常に難しいといわれる海運会社について、長年のデータをもとに独自の評価方法を確立している。まさに海運業特化銀行だ。それぞれの銀行が専門性をもち、各々の得意分野で活躍していくことがこれからの金融機関のあり方だと思う。

――大手行についてのアドバイスは…。

 原田 大手行はアジアへの展開にもっと力を入れていくべきだ。アジアの銀行のレベルはそれなりに高く、合併を考えた場合もそのメリットは大きい。ただ、アジアは華僑などによる人間同士の繋がりによるビジネスが多いため、それに対抗出来るだけのきちんとしたデータベースが必要だ。確固たるデータのもとに融資範囲を決め、相応の金利を設定してさえいれば、結果としてその企業が倒産しても大きな問題にはならないはずだ。銀行本部は全体として的確にマネージするだけでよい。当局が個別に案件を心配することは何もない。重要なのは、アジアと一緒になって成長しない限り日本の金融産業は生き延びることは出来ないといった危機意識を強く持った人材が、銀行本部や金融庁に多数いることだ。もっと「儲けてナンボ」という考えで、リスクをとって成功した人間を高く評価するシステムが必要だと思う。

――BIS規制について、厳しすぎるという声が多いが…。

 原田 監督当局に求められているのはルールを作る能力ではなく、見張り監督する能力だ。監督する能力が乏しいと、細かいルールを作ってしまう。監督能力を増すためには、当局で働く人の給料をもっと増やし、雇用の流動性を高めて、銀行などから優秀な人材を取り入れることだ。当局とディスカッションできるようなオープンな関係が保てれば、おかしいと思った問題などは一緒に議論しながら解決していける。私はリーマンショックが起きた最大の理由はSECの監督能力不足にあったとみている。レバレッジレシオを自由化して、自己資本比率を各投資銀行の自主判断に任せるように制度変更したことは間違いでないにしても、彼らをきちんと監督する力がなかった点が問題だった。そして、そこにはSECの給料が安いという問題がある。監督する側の給料が安いと、高給取りの投資銀行に対してガチガチのルールを課して怒るだけになり、それでは発展性はない。監督する側の人にも広義金融業に属しているという意識が必要であり、そのために彼らの給料をもっと高くするということだ。その代わりに仕事をしていない人には辞めてもらう。そうしなければ、監督する側もされる側も思考停止状態になり、マニュアルどおりにしか動けない人間ばかりになってしまう。それではいけない。

――米国ではボルカールールなど様々な規制が作られているが、日本への影響は…。

 原田 今、米国の金融界では様々な規制が作られているが、それらについて仮に域外適用の要請が寄せられた時に、日本には必要ないということをきちんと論理立てて説明できるように準備しておくことが重要だ。今後、アジアをベースに国際取引を広めていきたい日本に、ここで米国流の規制の網をかけられては困る。そもそもリーマンショックの時にも日本は何も悪いことなどしていなかったし、国民性として米国のインベストメントバンカーのようにあくどいことを考える人間もいない。金融庁がきちんと監督していれば、日本流のモニターの仕方だけで十分であり、日本には日本のリスク管理体制がある。日本の当局が不必要な国際協調をするとすれば、それは自分たちの責任逃れだ。

――これから日本がアジアで取り組むべきことは…。

 原田 まずは日本でアジア全体のための取引・決済インフラを整備することだ。日本において証券の取引・決済システムについて高レベルのDVP(Delivery Versus Payment)やSTP(Straight Through Processing)に対応した仕組みを国費で作り、それをアジア中の人達にも使ってもらうことにすべきだ。そのシステムでアジアの顧客を引き寄せることが出来れば、アジア中の取引がスムーズに流れ、リスク管理の面で問題がなくなる。早期に整備しないとユーロクリアがアジアを席巻してしまう惧れがある。そのシステムを日本が作り広めていくことで、日本がアジアの証券市場・決済市場の中心となっていく。すでに稼動中の日銀ネットでは、時差による外為決済のとりはぐれリスクを回避するためのCLS(Continuous Linked Settlement)を開始しており、さらに米国時間とも取引時間を重ねればアジア・ユーロ・米国での同時決済も出来るようになる。また、海外銀行の日銀ネットの直接利用など日銀ネットという便利で信頼できるシステムが世界中で認識されれば、それは日本の証券会社や金融機関にとってプラスになる筈だ。(了)

――震災の復興が全く進んでいないという声も耳にするが、仙台市の復興状況は…。

 奥山 仙台は被災復興のトップランナーと考えている。もちろん、被災者の方々の生活状況は千差万別で、例えば福島から避難されている方は、いつ地元に戻れるかもわからない状況であり、被災する前から何かしらの問題を抱えていらっしゃるご家庭では、震災によってその大変な状況がさらに増しているというケースもある。しかし、仙台市が昨年仮設住宅にお住まいの全世帯に戸別訪問調査を行った結果では、6割以上の方々が自立した生活が可能ということで、後はこの1~2年の間に建設される復興公営住宅や、防災集団移転先の宅地提供を待つだけという方が多かった。実際に仮設住宅の利用は平成24年3月の1万2000世帯をピークに、今では9000世帯にまで減少している。約25%の方がすでに生活再建をされて退居なさっているということだ。福祉的な手立てを含めた支援がどうしても必要だと思われる方は、3%程度と着実に少なくなっている。

――他の地域に比べて復興が早い理由は…。

 奥山 仙台市は政令指定都市で、自治体としての組織が大きいということが一番の理由だ。特に、復興事業の核は震災廃棄物処理や復興公営住宅の建設などになるが、我々は普段から類似の事業を取り扱っているため、問題が起こりそうな箇所や発注書などの段取りがある程度予想出来、ビジョンを持って進めることが出来る。また、政令指定都市は直接国とやり取りすることが多いため、交渉事もスムーズに行うことが出来る。例えば国から求められる説明や書類の書式などについても大体予測がつくため、手続き作業に手間取ることはないのだが、政令都市以外の市の場合は国との直接の付き合いが少なく普段は県にお願いをしているため、国から書類を求められた時に、その書類が一体どのようなものなのかを勉強するところから始めなくてはならない。普段であればそういったことに付きっ切りでお世話をしてくれる県も、今回はあまりにも被災自治体の範囲が広いため県職員の手が回らない状態だ。そういった細かいことの積み重ねが工事発注の遅れや受注の遅れとなり、地域によって半年や1年という時間的差が生まれてくるのだと思う。

――いきなり過疎地に巨額の復興予算がついたために、資材や人件費が高騰して大変な状況にあるという声も聞くが…。

 奥山 確かに復興予算の総額は見合い額としてつけられた部分はあると思うが、個別事業の予算については復興庁や財務省によって色々な細かい指摘がなされており、むしろ厳しすぎるというのが現場の各自治体の声だ。一方で、現場の工事がオーバーフロー状態にあるのは事実と言える。仙台市でもこの15年ほどで土木建設のキャパシティを極端に少なくしてきていた。そこに今回の震災で通年の10倍程度の工事量が発生している。これでは色々なものが高騰してしまうのも仕方が無いことだ。仮に復興に20年をかけていいというのであれば、キャパシティに合わせた発注をして、予算上もつじつまを合わせることが出来るのかもしれないが、自治体としては一刻も早い生活再建が最重要課題であり、そのために多少ヒートアップする部分は必要悪のようなものだと考えている。また、その高騰が東北からははるか離れた九州地方などからの業者参入を可能にしているという部分もある。工事費が上がらなければそういった地域から人材が来てくれるはずもなく、復興は細々と長い期間がかかってしまうことになる。

――まだ残っている作業はどのようなものなのか…。

 奥山 壊れたビルなどの外壁工事や観光地の復旧は昨年の段階でほぼ終了し、沿岸の堤防も国の事業として第一線堤防が作られているところで、仙台地域に関してはほぼ完成している。残っているのは、被災地の住宅復旧と沿岸地帯の避難道路建設、そして避難タワーといった避難施設の建設などだ。例えば県道の隣には嵩上げ道路を作る予定で事業費も確保しているのだが、これは現在、地権者との用地交渉中だ。用地が確保できなければ設計も出来ないという状況ではあるが、来年度には着工できると見込んでいる。着工から完成までには5年程度かかりそうだが、しっかりと幅を確保し、強固な地盤のもとに新たな道路を作りたい。また、沿岸地域は海水によって塩漬けになった土地が約1860ヘクタールあったが、平成23年度中に560ヘクタール、24年度中に900ヘクタール、そして25年度中に最後の400ヘクタールの復旧を終え、足かけ3年ですべての農地の営農再開にこぎつけることが出来た。国から強力な支援をいただき大規模ほ場整備が出来たことで、今後の生産性はかなり高くなるのではないかと期待している。農林水産省からも様々な法人への支援をいただき、地元のハウス栽培や水耕栽培は以前にも増して盛んになり、また、サイゼリヤなどの企業がこの地を利用して新たなトマト栽培などに取り組んでいる。こういったことを着実に進めて「災い転じて」という流れにしていきたい。仙台市には、何か新しいことをやろうと考える人たちを支援してくれる農業関係の会社や農協などの力が大きい。それも復興のスピードが速い一つの理由ではないか。

――これからの仙台市のイメージは…。

 奥山 仙台はもともと大規模な工場を誘致するような産業構造ではなく、第3次産業が主力だ。震災後の今、雇用の場を作り、就業者の数を増やしていくことはますます重要だと考えている。そこで、新しいことを始めたいと考えている人達を官民一緒になって応援しようと、起業を支援する取り組みを進めている。農業では6次化を含めた大規模化を進めて、65億円だった農業産出額を6次化も含めた農業販売額100億円まで伸ばしていくこと、また、観光事業では年間1800万人だった交流人口を年間2300万人までに増やしていくことを目標に掲げている。観光目標はかなり高いものだが、仙台空港をハブに秋田、山形、青森などにも足を延ばして楽しんでいただき、東北全体として北海道に勝る観光地にしていきたい。そのための主導的役割を仙台市が果たしていく必要がある。また、仙台市には県内外の被災地から移っていらした方も多く、仙台市の人口は震災前の105万人弱から今年1月には107万人に増えている。東北で被災された方が仕事を求めて東京にまで出て行くのはちょっと不安だが、仙台であれば大丈夫と思われるのだろう。東北全体の人口流出の堤防機能も担っているということになる。仙台がますます便利になるように、新たな展示施設も建設中だ。来年これが稼動すれば、今まで以上にコンベンションを誘致できると考えている。

――国に対する要望などは…。

 奥山 制度的なことや予算的なことはある程度我々の希望をくんでいただいており、仙台市としては特に問題ないのだが、被災地全体として懸念されていることは、国からの復興財源に27年度までという期限がついていることだ。しかし、土地区画整備事業や再開発事業など、現時点で明らかに27年度には終わらないという事業もある。特に沿岸部にはそういった事業がまだまだたくさんあるため、例えば、現在設計中だが工事の発注は間に合わないというようなものに関しては28年度以降もきちんと予算化するといったような保証をいただきたい。国は「その時になったら何とかする」 と言っているが、自治体は保証がなければ動けない。せめて今の段階での保証をつくってもらいたい。(了)

――昨年出版された「タックス・ヘイブン」(岩波新書)の反響はかなり大きかった…。

 志賀 本を出版したのは昨年3月末だが、そのすぐ後に、ギリシャ危機に起因するキプロス金融危機が起こった。そこで、キプロスの銀行資産がGDPの8倍という巨額の資産を持っており、その大半はロシアなど海外から集まっていた資金だったことが発覚した。つまりキプロスは租税回避地として、ロシア・マフィアのマネーロンダリングの巣になっていたということだ。キプロスの銀行を救済する際に大口預金者に対して破たん処理費用の負担が強いられたのには、こういった背景がある。また、その約1週間後にはICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)が「オフショア・リークス」というサイトに、英バージン諸島などのタックス・ヘイブンにある富裕層のオフショア口座情報を公表した。同サイトは先月も中国指導部の親類縁者がクック諸島などに蓄えている隠し財産についての情報を載せている。昨年のG8やG20では、アップル、グーグル、アマゾン、スターバックスといった巨大企業がタックス・ヘイブンを利用して租税回避を行っていたことが大きな問題となった。そういったこともあり、現在はOECD(経済協力開発機構)の租税委員会でBEPS(税源侵食と利益移転)についての議論が行われている。あたかも私の本が引き金になったかのように色々な問題が暴露され始め、出版のタイミングとしては非常に良かったようだ(笑)。

――世界ではタックス・ヘイブンを利用した租税回避が横行している…。

 志賀 私はよく米国の税専門弁護士に「日本の企業は何故そんなに真面目に税金を払うのか。タックス・ヘイブンを使えばもっと節税できるのに」というようなことを聞かれる。それほど海外では租税回避が当たり前に行われているということである。それで「日本の大企業は税金を大量に納めて公共の利益の助けになっているという考えで、納税に誇りを持っているのだ」と説明しても、彼らには理解してもらえない。ちなみにG8で問題となったアップルやグーグルが用いていた租税回避方法は「ダブル・アイリッシュ・ウィズ・ダッチ・サンドウィッチ」という、法の隙間をくぐり抜けた非常に複雑な仕組みになっており、アップルのCEOも上院公聴会で堂々と「我々は1ドルも脱税などしていない」と言い張っている。そこに愛国心など感じられず、もはや多国籍企業ではなく無国籍企業だ。そういった大企業がほとんど税金を納めていないとなれば、その負担は結局、真面目に税金を払っている一般市民に影響してくることになる。それは不正義だろうという想いから、私はこの本を書いた。既に2万5千部も売れており、それだけ多くの人達がタックス・ヘイブンに関心を持っているということだろう。

――日本の実情は…。

 志賀 「オフショア・リークス」では、約250ギガバイトに及ぶ世界の個人富裕層や企業、団体の租税回避のための資金の流れを見ることができる。データは国別で、日本の情報も載っている。実際にそのデータから、東北電力がタックス・ヘイブンを通じた投資を行っているということや、東京電力がオランダ経由でタックス・ヘイブンに資金を保有していたということが明らかになった。東電に関しては国家資金が投じられているため、なぜオランダを通す必要があったのか、きちんとした説明責任が求められるだろう。世界経済の規模が70兆円という現在において、タックス・ヘイブンにある資産は21兆ドル~32兆ドルと巨額だという。もちろんその中には外国投資信託など真っ当な投資も含まれていることや、フローとストックの数字の性質の違いを考慮する必要はあると思うが、これだけの資金がタックス・ヘイブンにあると推計されていることは重い。そして日本の対外直接投資先を見ると、1位米国、2位ケイマン諸島、3位オランダとなっている。1位の米国は当然のことだが、何故、2位と3位がケイマンとオランダなのか。結局、日本でも資金の流れを分からなくするようなタックス・ヘイブンへの直接投資がそれだけ多く行われているということだ。そういった動きを放置していれば、日本でも、海外展開していない国内の企業や一般市民の租税負担が重くなってくる。

――タックス・ヘイブンの今後について…。

 志賀 これだけタックス・ヘイブンを利用した租税回避が叩かれてくれば、環境的には非常に厳しくなると思うが、だからといってタックス・ヘイブンがなくなることはない。浜の真砂は尽きるとも…、のようなものだ。日本の大企業は為替の影響を受けない強じんな体質を求めて海外に進出した。一時期騒がれていた「日本の産業空洞化」という言葉も聞かなくなり、今や企業の海外進出は当たり前の時代だ。だから現在の円安下でも貿易収支の赤字が改善するということがない。日本の企業も無国籍化し、海外の巨大企業と同じようにタックス・ヘイブンを利用していかない保証はない。ただ、金融機関については、FSB(金融安定理事会)のプロジェクトもあり、あまりリスクをとり過ぎないようにすることは重要になるだろう。いずれにしても、タックス・ヘイブンの問題については世界全体で税制を考えて、税収を各国でどのように配分していくかという話し合いが必要だ。それがBEPSであり、FSBだ。

――租税回避の動きが横行すれば富の二極化はますます拡大していくことになる。国税局へのアドバイスは…。

 志賀 日本における富の二極化は、我々が思っている以上に拡大しており、富めるところにはかなりの富が集まっている。そして、そういった富裕層や多国籍企業の多くはシンガポールや香港などに出て行き、租税を回避する動きが見られる。そうした動きに対しては「タックス・ヘイブン対策税制」という制度があるし、また今では外国子会社配当益金不算入制度も入っているため、以前よりも資金は日本に戻ってきていると思う。また、国税局は昨年5月に「オフショア・リークス」のデータを入手した。あの膨大なデータを解析するにはかなりの労力と頭脳と語学力が必要だと思うが、補足にかなり役に立つデータであることは間違いない。ただ、お金が瞬間的に国境を越えてなくなるような今の時代に、それを追いかけることができる国税の執行管轄権が日本国内だけということではどうしようもない。諸外国が協力して解決していくべき問題にきちんと対処できるような体制が欠かせない。グローバル化の波は、税金の世界においても調和するルールを必要としている。そうしなければ、アップル、グーグル、アマゾン、スターバックスのように、巨額の利益を出しておきながら税金をほとんど払わない会社ばかりになってしまう。それは決して良いこととは言えない。BEPSプロジェクトはその防止のひとつの試みだ。(了)

――津田塾大学の理事長になられた…。

 島田 津田塾大学は津田梅子さんが1900年に設立した学校だ。梅子さんは6歳の時に北海道開拓使の米国派遣留学生(女子5人)の1人として岩倉使節団とともに米国に派遣され、そのまま11年間留学して17歳で帰国した。当時の日本の女性の地位はまだ大変低く、彼女は自立した女性を育てることで日本の発展に寄与しようと考えた。そこで、米国で知り合った資産家達に学校設立のための寄付を頼み、日本の篤志家の寄付もあわせて、現津田塾大学の母体である「女子英学塾」を開校した。英学科から発展して今では英文学科、国際関係学科、数学科、情報科学科の4つの科がある。数学科や情報科学科がある女子大は珍しい。

――現在は少子化で大学の経営は難しいと聞くが…。

 島田 色々な産業がグローバル化している中で、大学はまだそれに対応できていない。それは津田塾大学に限ったことでなく、世界大学ランキングでも日本はようやく東大が23位に入っただけで、取り敢えずその東大が秋入学導入の前に四学期制を取り入れ始めたという程度だ。また、今は男女共学のほうが人気があるという傾向もあり、女子大には特徴のある、さらに魅力的な大学へ変革していくことが求められている。津田塾大学については、大学の都心回帰現象を踏まえて、千駄ケ谷の駅前にある敷地を利用し、情報技術の知識と国際感覚を備え英語に強い、言ってみれば「21世紀の津田梅子」を育てるような魅力ある新たな学科を作るという計画を進めている。

――現安倍政権も、女性の活躍推進に力を入れている…。

 島田 今、日本の女性の就業率は約50%で海外平均の70~80%に比べてかなり低い。しかし、少子高齢化で労働人口が減っていく中、女性が働かないことには10年後、20年後の日本社会は成り立たない。結婚後も出産後も女性が働き続けられるような社会にするか、或いは移民を受け入れるか、二者択一だが、大抵の日本人は移民の受け入れに消極的だ。そこでアベノミクスでは女性の活躍推進とグローバル人材の育成に力を入れている訳だ。これは、まさに1900年に津田梅子さんがやろうとしていた事と同じだ。

――グローバルな人材を育成していくために必要なことは…。

 島田 一番必要なのは、なるべく頭脳の柔軟な若い時期に海外に行って異文化を肌で体験し、現地で話されている語学を現地の人との会話から習得することだ。異なる考えを持つ人たちと対等にディベートするには自分の考えをしっかり持たなければならない。基本的に、単一民族に近い日本人は自分の意見と異なる意見を持つ人とディベートすることは苦手だが、それでは海外では通用しない。エネルギー資源がない日本では、東日本大震災後の原発問題でここ3年貿易赤字状態が続いているが、それでも経常収支が黒字を保っているのは所得収支が大幅な黒字だからだ。日本の海外純資産の残高は約300兆円で圧倒的に世界一。つまり、日本は物を輸出して稼いでいた時代から、海外に投資したものの金利や配当、ロイヤリティで所得収支を得て成り立つ産業投資立国に変わっている。それとともに、大学ではそういった大きな環境変化の中でグローバルに活躍できる人材を育てていくことが求められている。

――過去には住宅金融公庫の総裁として4000億円の赤字を2000億円の黒字に転換させた経験をお持ちだが、大学の問題点を改革していくにあたっては…。

 島田 変革していく中で一番大変なのは、そこにいる人達(教職員、学生)の意識改革をすることだ。特に大学の場合、これまでは何もしなくても学生が集まり、受験してくれて、学校側は合格者を選んで入学させていればよかった。そこに危機感や競争意識はない。しかし、今は少子化が進み、更に学生が好きな大学を選んで受験する時代だ。大学側の努力や工夫がなければその大学の学生のレベルは下がっていく。一方で、どの大学にも共通した悩みとしてあるのは、重要事項を審議するために置かれている「教授会」が概して保守的であり、ガバナンス上の位置づけが明確でないこともあって、なかなか意見がまとまらないということだ。例えば理事長がオーナーのような場合は教授会にまで口を出せるが、ほとんどの学長には重要事項の正式な決定権がなく、人事にも口を出せない状態だ。日本の大学が世界に遅れをとってしまったのは、この辺りのシステムにも理由があると思う。

――日本の大学は、学生のためというより、教授のためにあるように感じる…。

 島田 確かに、教授の中には自分の専門を深めるための研究に一生懸命で、生徒達に自分の知識を伝授して教育するという意識が二の次というような人物を時々見かけるのも事実だ。海外の大学教授は3~5年で実績を残すことが出来なければ辞めさせられるが、日本の場合は不祥事を起こさない限り辞めさせられることはなく、基本的には年功序列で給料が下がることもない。きちんとした評価が行われなければ大学の質が落ちてしまうのは当然のことといえよう。こういった問題を解決するには、やはりガバナンスをきちんとしていくことだ。企業のガバナンスの問題はこの20年、30年で沢山の議論がなされ、随分と発達したが、大学はまだまだ遅れている。それではいけない。

――今は日本の大学の危機だ…。

 島田 少子高齢化、グローバル化の流れの中で日本が生き残っていくには、付加価値の高い仕事をして日本の生産性を上げる必要があり、そのためには教育を大事にしなくてはならない。日本は1868年の明治維新からわずか30年で近代化を達成し先進国の仲間入りをし、1945年の敗戦からわずか23年後の1968年にはドイツを抜いて世界第2位の経済大国にまでなった。それは日本が教育に力を入れてきたからこそ出来たことだ。もともと日本には寺子屋があり識字率が高かったことも背景にはある。労働人口が減る中で、いかに生産性の高い、高付加価値のものをグローバルに生み出せる人材を育てていくのかは、大学教育にかかっている。今の日本では予備校で良い先生に学び、暗記力があれば大学入試には勝つことができるが、社会に出て必要なのは発想力、説得力と実行力だ。その力を大学で身につけなければならないのだが、日本では入学してしまえば勉強しないという学生がたくさんいる。一方で、海外の学生は入学すれば皆、卒業するまで必死になって勉強する。そうしなければ卒業できない仕組みになっているからだ。この点は海外と日本で大きく違うところだ。

――資源のない日本が、いかに教育によって優秀な人材を育てていくか。それが今後の日本を左右していくことになる…。

 島田 私が就職した1961年頃、日本で一番優秀な人材は財務省や大手銀行に就職していた。しかし、既得権で大蔵省に保護され、規制に守られていた銀行はグローバル化に遅れ、今では競争に晒されていた民間の企業の方が優秀な人材を輩出している。なんでもそうだが、あぐらをかくと進歩しないということだ。津田塾大学でも10年後、20年後の発展のためにそこに関る人達の意識改革を進めて、社会のニーズにあった秀でた女性を育てられるような大学を目指したいと考えている。(了)

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