金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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Information

――コーポレートガバナンス・コードが6月から導入される…。

 上村 金融庁と東証が定めたコーポレートガバナンス・コードについては、枠組みが十分ではない現行の会社法の上に、法的拘束力がないソフトローを乗せる「2段重ねのソフトクリーム」の様なものだと私は批判している。コーポレートガバナンス・コードの先駆けとなったイギリスでは、コード(指針)はソフトローとして、厳格に定められた会社法より高位に位置づけられている。また、イギリスでは会社法そのものは歴史的に約20年毎に改正することになっていて、規定はかなり厳格に作り込まれる。イギリスの会社法改正は直近で06年だが、条文がまだ生きている1985年法の条文を入れると1500条程度も定められている膨大なものだ。20年間に及ぶ立法作業で会社法を定め、ソフトローはそれでも不足する部分を補うハイレベルな規定となる。因みに、ソフトローといえどもソフトなのは手続きだけで、規範としての拘束力はかなり厳しい。イギリスの自主規制は、いわゆるジェントルマンズルールとして、一度破ればその世界で生きていけないというレベルのものだ。一方、日本は金商法や証券取引法が高位にあり、自主規制機関のルールはそれより低位に位置づけられている。日本はコードの策定に際しイギリスを真似ようとしているが、そのイギリスの法事情に対する理解が不足している。取締役が労働者や消費者のためにも経営しなければならないという明文規定が会社法にあることも知られていないのではないか。英国会社法には機関概念がなく、あくまでも取締役が共同して行動するという概念だけだ。取締役会(board of directors)のboardという概念がないのだ。これは一貫しており、キャドベリー委員会報告で取締役会という概念を使うようになっても、2006年の会社法もboardの概念を決して持たない。だから会社法とは別にガバナンスコードが必要だったのだが、そうしたことも何も論じられていない。英国では取締役概念は実質概念であり、取締役とは「名称の如何を問わず、取締役として行動する者」をいうとされていることも、こうしたものによるboardという発想と馴染まない理由でもある。株主総会も機関ではなく株主達の集会だ。機関への警戒感は、「個」のみを尊重する規範意識の表れではないかと考えている。

――海外の制度をご都合的に導入しようとしていると…。

 上村 コーポレートガバナンス・コードや日本版スチュワードシップ・コードなど、最近ではイギリス流の制度一辺倒となっているが、海外例の研究が不十分なケースは以前からあった。例えば、企業買収の制度設計が問題となったとき、経済産業省は企業価値研究会を04年に設置した。同研究会が出した報告書は、アメリカのM&A法制を参考にしながら、アメリカの州法やヨーロッパの事例について検討していなかった点で欠陥があったが、まるで決定版が出たかのように扱われた。その報告書は、今では話題にも上っておらず、結局、企業価値研究会のメンバーたちは英国M&A制度研究会、ヨーロッパM&A研究会(日本証券経済研究所)での研究に重点を置いてきている。いままた、英国ソフトロー一点張りの議論が横行しているが非常に底の浅い議論でもあたかも決定版であるかに扱われている。

――会社法も十分ではない…。

 上村 現行の会社法は縦割り行政の弊害から、金融商品取引法(金商法)との調整が図られていない。海外では、資本市場法制で規定されている開示、会計、監査、内部統制などを前提に会社法が適用されるのは当然のことだが、日本では大学の会社法の授業で有価証券報告書を取り扱うことさえない。例えば、日本では、新株発行の際に会社法に募集情報に関する規定がある。金商法が適用される会社については、金商法を遵守しており有価証券届出書や目論見書をきちんと出しているにもかかわらず、そうした情報開示を会社法上の問題として受け止めていない。会社法の決算公告も有価証券報告書が出ている場合にはそれで足りるとの規定があるが、それは有価証券報告書全体のうちBS、PLだけでしかも会社法は単体、金商法は連結だ。金商法は規定に違反した場合に訂正命令や行政処分もあり、最も重い虚偽記載を行った場合は10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が課せられる。一方、会社法では公告の虚偽記載は形式犯となるため、過料100万円にしかならない。

――会社法と金商法の整理・統合ができていない…。

 上村 コーポレートガバナンス・コードは金融庁と東証のルールであるが、ガバナンスは会社法にかかる内容だ。金融庁の担当が会社法制とは定められていないため、そもそもコードを策定できるのかという疑問があり、金融庁設置法違反だと主張する学者もいる。OECD原則を踏まえてコーポレートガバナンス・コードを策定するといった、「何となくガバナンス」では根拠が薄い。とはいえ、金融庁が会社法にもの申す資格がないとは思っていない。金商法で規定される開示、会計、監査、内部統制を実行するのは、会社法のガバナンスだからだ。例えば、銀行法が検査で要求する項目を守るためには、会社法が関係するリスク管理体制を整える必要がある。また、有価証券など金商法で扱われる金融商品には、ガバナンスが付き物だ。会社型投信では、取締役会や投資主総会がある。信託法にも受託者責任等がある。株式会社が発行する株式も金商法からみれば1つの金融商品なので、金商法の立場から金融庁が金融庁のミッション達成のためにガバナンスについて主張を行うこと自体は問題がない。しかし、何となくガバナンスではだめだ。英国のガバナンスコードはFRCが策定したものだが、FRCとはfinancial reporting councilという名が示すように、情報開示や会計原則の設定主体である。そこでは開示・会計・監査のためのガバナンスという観念が息づいているからこそ、ガバナンスコードを設定していることこそが大事だ。日本の議論はあまりに浅薄だ。

――日本のコーポレートガバナンス・コードは株主の保護を目的としているようだ…。

 上村 金融庁が投資者保護ならぬ株主保護を主張することには問題がある。金融庁が担当する金商法では、株主とは現在保有している者、つまり株の売り手側となる者を指す。買い手側は不特定多数の投資家ということになる。つまり、現在その金融商品を保有している市場での売り手としての株主と、誰だかわからない買い手が売買の投資判断をするために必要な情報開示等が求められていることになる。ここでも何となく会社法の株主保護だけを主張するのはおかしい。金融庁がルールを策定するのであれば、売り手の投資家としての株主を想定したルールという位置づけにすべきだ。また、会社が誰のものかという議論の整理ができていないことが根本的な問題だ。

――会社は株主のものという言葉がすり込まれている感がある…。

 上村 会社が株主のものだとヨーロッパでも主張されているが、これは株主イコール主権者である個人だという前提があるためだ。ヨーロッパでは個人を中心とした市民社会があり、権力で国家と市民社会が拮抗する。もともと、革命により血を流して市民社会を形成した経緯があるからこそ言えることだ。日本ではこの点の理解が進んでおらず、会社は株主のものという言葉が誤解されている。現在の誤解された株主主権でメリットを感じるのは、中国共産党などの国家株主や王族会社、人間の匂いのしないファンド株主などだ。つまり、会社は国家のものだという理屈を後押しすることになる。ヨーロッパでは、株式に付与された2つの権利をどう調和させるかという問題と向き合ってきた歴史がある。2つの権利とは、利益配当請求などの財産権と、支配権すなわちデモクラシー関与権とも言える議決権だ。ところが、誤解された株主主権では、株主が誰かという議論がなされていないため、株式を買えれば、買うカネをもっていれば支配権が得られるということになる。すなわちこれは、ヨーロッパにとってみれば、かつて戦った相手である専制や団体をほめる論理になってしまう。

――株式主権はアメリカでも主張されている…。

 上村 アメリカは人民資本主義people’s capitalismの伝統があるとはいえるが、近時はそもそも国内向けの論理と国外向けの論理を上手く使い分けている。国内では、株主重視という主張の根底に、株主、労働者、消費者はいずれも同じ生身の人間という考え方がある。株を買えば株主、会社で働けば労働者、買い物をすれば消費者とよばれ、それぞれが循環している。一方、国外に対しては、株主重視という論理を、他国の利益を収奪する武器として使っている。取引先が金融機関のみで、モノもサービスも提供せず、人間の匂いがしない組織といえるヘッジファンドが、人間だらけの組織である会社を支配する構造を支える理屈となる。現在の世界が経済の覇権を巡る戦争状態に近いことを考えると、アメリカはしたたかだといえる。

――株主が誰かという議論をもっとすべきだ…。

 上村 株主主権、株主保護を主張する前に、誰が株主なのかという議論がなければ、短期売買を行っているヘッジファンドが多数の従業員を支配するという構図が成り立ってしまう。これに対し、個人向けの配当を厚くするなど、個人株主の利益を手厚くするというのは一つの手段だ。日本では法人の株式持ち合いが減っていると言われるが、個人株主が比率的には増えているわけでは決してない。株主保護をうたっても、個人の発言権を増やさなければ保護にも限界がある。個人株主を厚くすることは、日本に市民社会を根付かせることにもつながる。この点、フランスでは株式を2年間保有している者に対する権利を2倍にするという発想は以前からあるが、最近さらに強化改正をしたようだ。どうもフランス人によるデモクラシーという発想を超えた国家関与の色彩が強いようだが、ここもアメリカ同様実にしたたかだ。株主保護の考えをきちんと整理し、ヘッジファンド等の支配に晒される恐れに対応しうる論理を日本が提供すれば、これから株式市場を発展させていく東南アジアの国々にも喜ばれるだろう。

――青山学院創立140周年での駅伝初優勝や志願者数増加など青学のプレゼンスが向上している…。

 仙波 ご承知の通り教育機関の社会環境が非常に厳しくなっており、それに対して適切に対応していかなければ生き残っていけない時代になった。そのための努力や様々な試みが実を結んでいるのだと感じている。箱根駅伝に関して言えば、たまたま青山学院創立140周年と初優勝が重なっただけだが、もちろん優秀な指導者や選手を集めるなど一定の支援はしたが、本学は決してスポーツだけではなく、勉学も両立させるよう指導している。また、いろいろな学生が在籍し、多様性があるのが大学であると考えている。特に地方の学生をなるべく多く集めるために、地方入試や首都圏以外の学生対象の奨学金制度などを2015年度から始めた。都心の学生ばかりではなく、地方や海外からの学生を多く呼び込み、様々な交流を図っていきたい。

――青学というと明るいカラーの印象がある…。

 仙波 学長に就任してからいろいろなところで口にしている「青山らしさ」について「何かよくわからない」とご批判をいただくこともある。しかし、これは定義できるものではなく、言うなれば「校風」を大事にしていることだ。皆様のご理解を得るために私がよく引用しているものに、本学第二代院長の本多庸一先生の言葉がある。一つは、「自由闊達」。自由な発想で物事を考えながら新しい何かを見つけ出そうという精神だ。それともう一つ申し上げている言葉が「融通無碍」。同様に何事にも捕らわれずに真摯な気持ちで新しいものをどんどん試していこう、取り上げていこうという精神。決して伝統を無視するということではなく、新しい何かにチャレンジする精神は昔から脈々と本学に受け継がれている。その精神が明るいカラーを作っており、これが「青山らしさ」の根底にあるのではないだろうか。

――白川前日銀総裁の採用なども評価される…。

 仙波 大学というのは研究教育の場であり、いい人材を育てて社会に貢献するというのが大事な目的だ。その前に大学はきちっと理論を教え、論理的に物事を捉え、考える訓練をさせる場であるとも考えている。そういう意味でも白川先生は論理的に物事を捉えられる方ですのでお願いした。単に社会で名前が通っているだけでなく、客観的に物事を捉え、論理的に分析でき、また人格的にも尊敬できる方なので、教育研究に資すると考えている。

――近年の学部再編の目的は…。

 仙波 少子化や人口減少を背景に、基本的にどの大学でも「何とか生き残らなければならない」といった状況下にある。その中で、私立大学の理念に沿いつつ、研究教育の幅を広げるといった考えの下、本学に必要な分野は何だろうかと考え、欠けている分野を補う。そういった「選択と集中」を進めている。例えば第二部(夜間部)については夜間で勉強する学生が減ってきた社会のニーズの変化に柔軟に対応し、廃止を決定。その資源を昼間部にあて、2学部2学科を新設した。その1つである総合文化政策学部は、これまで「文化・芸術」をプロデュースする学問分野がなかったことや、商業施設や美術館が多く立ち並ぶここ「青山の文化」をうまく活かしながら研究教育していくことを目的として新設した。また、現代社会全体を捕らえる上では情報化の問題がある。社会情報学部ではデータベースについて理解すると同時に、社会、人間、情報といった文理融合型の学部となっている。ディシプリン(専門分野)型とインターディシプリナー(学際)型の学部とがあるが、これらはまさに後者だ。現代社会においては様々な課題が挙がっているが、それら課題に対して経済的側面だけではなく、政治的側面や人間の気持ちの問題もあるなど複雑だ。そういった問題に対応していくためにも様々な分野の融合系学部を大事にしていかなければならないと考えている。

――改革の成果は受験者数増加に表れている…。

 仙波 少子化により生徒数が減って当たり前という時代に減らないでいられるのは、当学院に足らなかった分野を補い、時代に合わせていくといった考え方が必要だ。具体化させた例では、これまで当学院で国際分野というと英米文や国際政治経済学部といった欧米系だったが、今年4月より地球社会共生学部という新たな学部を開設した。この学部は「地球」ということで基本的には全方位だが、どちらかというとアジアに特化した新しい学部で、国際支援・国際交流を意識した勉強をさせる。「アジアの経済や社会はいったいどういったものなのか」を理論的にきちんと勉強させた上で、自分たちになにができるかということを考えさせる。現在もそうだが、今後10年、20年、30年先もアジアの知見を持った人材が必要となるとの考えだ。おかげ様でこの学部の受験倍率は平均して20倍、選択科目によっては60倍に達した。

――今後の方針は…。

 仙波 やはり10年~20年先を見据えたときに、どういう分野を広げていかなければならないのかを常に考えている。学院創立140周年時に打ち出した「サーバント・リーダー(人に仕えると同時に人から共感される指導者)」となる人材育成を軸とし、総合大学院と創造的な研究拠点の構築が最終的な目標にある。本学は複数の学部を設けているが、私の一番の理想形としては、入学する学生がプログラム(授業)を通じてどの分野を勉強したいかを選択可能とするような大学にしたい。全学部共通教育システムである「青山スタンダード」の幅をさらに広げ、それぞれの分野を選べるような体制にしたい。大学というのは学生が成長する場所。学生の成長に応じて分野が選べ、学べる制度が絶対に必要となる。ただし、専門性が損なわれてはならないため、できる範囲で幅を広げていく方針だ。

――つまりさらに高レベルの教養人を育て、そのうえに専門性をつけていくと…。

 仙波 すでに教養人を育てるというベースはあり、これからは教養の幅をさらに広げていくのが新たな挑戦だと考えている。非常に高い教養レベルを付けることが目標だ。しかし総合大学として単体で専門性に特化するというよりも複合的な選択を持って、研究(R型)と教育(E型)に特化していく方針だ。教育機能と研究機能を強化しつつ、サーバント・リーダーという人物像を育てるのに見合った教育プログラムを提供して、人と社会に奉仕できる人間を育てたい。これを実現するためにどうあるべきかを考えている。いかに社会に評価される人材を育成するか、また研究成果を出して社会から認められるようなるか、これからも努力し、150周年を目指したい。 

――このほど「霞ヶ関から眺める証券市場の風景―再び、金融システムを考える」(きんざい)を出版された…。

 大森 日本の金融システムは証券市場を中心としたものに再構築されなければならないと一貫して感じている。元本を保証しなければいけない銀行預金が原資では、リスクマネーの供給が出来なくなっている。ただ、機関投資家ではない普通の国民が証券市場に参加していくためには、不公平に扱われないという信頼感が前提となる。証券市場では、銀行預金にはない投資リスクを判断しなければならないが、インサイダー情報を持っている投資家だけが儲けられたり、価格を不正につり上げて売り抜けたりなどといった不公平がまかり通れば、そもそも普通の国民が投資しようという気にはなれない。法律によりインサイダー取引や相場操縦を禁じているのはこのためだということを、私の部下たちにも市場関係者にも常々意識して欲しいと思っている。

――国民に不公平感を持たれてはいけない…。

 大森 金利水準がいつ正常化するか見えていないなか、将来伸びる企業や産業への可能性に投資する直接金融のパイプが太くならなければ、産業のイノベーションも起きにくい。保守的にならざるを得ない銀行が、次世代の産業を見極めて資金供給するのはなかなか難しい。伸びる可能性のある企業、産業に成長資金が供給されれば、産業のイノベーション促進とも整合する。金融行政を巡る議論は以前から根本はさほど変わっておらず、証券市場の機能が高まり、株主として参加した国民が報われるような構造になるためにはどうすれば良いかが基本となっている。コーポレートガバナンス・コードの策定もこれに沿った動きだ。足元では、株価が2万円前後と高値警戒感も出ているが、1990年以降のバブル崩壊時は4万円台をうかがった後に急落した経験に照らせば、あの時の大きな損失を経て再び証券市場に参加してもらうには公平感の確保が必須の前提になる。また、バブル崩壊後は普通の個人投資家が損失を被った一方で、大口の法人顧客には損失補填されるなど、このような不公平感を再び抱かれないようにするのが証券監視委の組織誕生の原動力となっている。

――アメリカは直接金融中心だ…。

 大森 アメリカではリーマンショックにより、金融システムが危機に陥ったが、経済の流動性が高い分回復も早かった。多くの国民が証券市場に参加し、広く薄くリスクを共有する方が結果として金融システムが強靱になる。リーマンショックの本元のアメリカよりも、間接金融が中心となっている日本や欧州の方が、景気回復が遅れる結果となった。日本では銀行が貸したら完済まで債権を持ち続けるモデルであり、かつては不良債権問題が長引いた。リスクが銀行に集中し、機能不全が起きると金融システムがかえって不安定になりやすい。

――日本では未だ間接金融が中心だ…。

 大森 日本では、会社は従業員のものであり顧客のものでもあるといった、ステークホルダー共同体的な意識が強く、株主に報いるという観点は劣後してきた。このため、普通の国民が、将来の成長が期待できる企業に長期的に投資する慣行があまり広まらなかった。バブル崩壊後は、個別株への投資より、投資信託を販売するようになったが、手数料稼ぎの乗り換えを推奨して、長期のパフォーマンスをプラスにするという視点は持ちにくかった。バブル崩壊から四半世紀たった今、普通の資本主義の作法を考える段階になっており、これが昨今のコーポレートガバナンスを巡る動きにもつながっている。

――金融行政も間接から直接金融へと重点を移し始めた…。

 大森 銀行一辺倒の資金供給が機能不全を起こしてから、間接から直接金融へのシフトに長い間取り組んできてはいる。ただ、実体経済の改善が遅れていたことで、株価も低迷し、証券市場で投資がしにくい状況となっていた。証券市場は実体経済の鏡だから、経済の将来に期待が持てないことには市場も活性化しない。株価水準と政策が直結するのはかえって不健全といえるが、ようやく株価が戻り、株主に目を向けた政策も意味を持ち始めた段階といえるのではないか。直間比率の見直しについても、なかなか上手く始まらなかったものが、歯車がかみ合い始めたように思える。

――市場発展のために積極的に関与すると…。

 大森 行政と金融機関それぞれの立場から、金融システムが国民に貢献できるようなビジネスになるのか、地域で持続的な経営ができるためにはどうすればよいかを議論する段階にきているのではないか。バブル崩壊後の金融危機の時代には、不良債権をルールに照らして処理する段階も過渡的には必要だったと言えるが、現在は単に健全性や法令違反をチェックするだけではなく、市場の発展のためにより踏み込んだ議論を行うことが必要だ。かつては、インフラとしての金融制度の改革規模も大きかったが、最近は起きた事件に対応する形で軽微な改正を行うにとどまっている。また監督行政の方も、破たん処理に追われていた時代から、実質的な国民への貢献に向けた前向きな対話が官民でできる段階に移っている。

――証券監視委の取り組みの変化は…。

 大森 最近の証券監視委の検査では、通常の証券会社に対するものよりも、実態がつかみにくいファンド業者に対するものが増えている。ファンドの資金消失などが起こると、投資そのものが敬遠されかねない。AIJ投資顧問による年金消失や、MRIインターナショナルによる顧客資産の流用は大きな事件となったが、足元では大規模な資金消失を起こした事例は見当たらない。事件を契機にファンド業者に対する検査に注力し、同様の事例がないか集中的に検証したが、あれはかなり特殊な事例と言って良いのではないか。

――今後の課題は…。

 大森 行政の立場からは金融業の実務がわかるわけではないが、利益を出すことが動機ではないだけに、直接、国民に貢献する方法を議論しやすいとは思う。銀行預金が戻ってこないと国民のメンタリティへの悪影響が大きいため、間接金融に規制がかかるのは仕方ないが、前世紀末のビッグバン改革で、直接金融は顧客資産の分別管理さえすれば後は比較的自由になった。にもかかわらず、証券会社が革新的なサービスで顧客に高く評価されているケースはあまり見当たらないため、さらに工夫が望まれる。証券市場を中心に、リスクテイクがしやすい金融システムに再構築していくためにこつこつ取り組まねばならない。銀行や信用金庫など従来の間接金融はこれからも存続するため、これについても議論が必要だが、証券監視委としてはミクロの取組みの積み重ねにより市場の機能を健全に拡充していくための監視を行っていく。こうした監視、監督を踏まえ、監督行政も制度企画も、市場で実際に起こる出来事に即しながら、地道に、より望ましい方向に向かっていくことが重要だ。

――世界的に超低金利が続いている…。

 水野 金融工学により実態のないマネーが増えた一方、実際に投資する先はほとんど残っていないため、世界中でマネーがあり余っている。かつて金融不安により急騰したスペインやイタリアの10年国債利回りでさえ、足元では2%割れとなっている。新興国でも、中国はピークアウトし、インドの次の利上げはもう無くなっている。アフリカへの投資も行われたがその次はなく、先進国にとっては、もはや投資する地域がない状態だ。債券市場も、恐らく株式市場も次の次となる投資機会を読む競争になってきている。次の投資先と言える地域には既に皆投資しており、その次の投資先が見つからないのでマネーが余り、世界的に金利が下がっている。金利は景気の体温の役割を果たすとかつては言われていたが、景気回復時の金利上昇も見られていない。実際に国内でも、小泉政権時に景気の回復が見られたものの、超低金利が続いた。特に、日本とドイツの金利は異常な低さが続いている。著書(※)でも述べたが、「利子率の低下は資本主義の死の兆候」と言える。

――地球規模で資本主義に限界がきている…。

 水野 日本の高度経済成長期のようにモノ不足の状態であれば、企業は利益を計上することが正当化されたのは、工場をつくり、消費者が欲しいといっているものを消費者により早く供給できるようにするからだ。だが、現在の日本は普通に生活する上で足りないモノはないと言ってよく、かつてのように生産で利潤をあげることができなくなってきている。そこで、例えば電機メーカーでは、4Kテレビなど高付加価値商品を作ることにシフトしているが、国内では十分な機能をもつ液晶テレビが安く手に入るし、新興国に輸出しようにも所得水準が追いついていないことから需要を捉えられるかは疑問だ。企業は設備投資をしても、利潤をあげることができず、投資しても十分なリターンが得られない。リターンが得られなければ、資本の拡大を目指す資本主義のメカニズム自体が成り立たなくなる。

――このなか、日本企業がとるべき方向は…。

 水野 資本主義が限界を迎えつつある今、ROE向上を重視するというのは時代に逆行している。株主のために利益を上げるというのは、会社は株主のものという新自由主義的な考えに基づくものだが、これは世界の主流でなくなってきている。株主重視のアメリカ的経営よりも、企業をとりまく多くの利害関係者に配慮しなければいけないというのがここ最近の流れだ。むしろ、会社は社会のもの、国民のものだと考える方が時流にあっている。利益は株主のものでなく、国民のものだと考えると、新たに投資をしなくても既存の設備で対応し、利益が出ない時代への切り替えもできる。逆に、銀行から見れば企業への貸出で利益を得ることが難しくなってきている。

――貸出による利潤も得にくい…。

 水野 銀行にとっては貸出から得られる利益も、国債から得られる利回りもゼロに近いことから、利息として預金者に還元されるときはほとんどゼロになる。このため、債権者と株主を分けて考える意味がなくなってくる。以前はリスクを取る株主はその分リターンが得られた。ただ、90年代の金融システム危機以降、金融機関が公的資金で救済されるようになった。また、公的セクターである産業再生機構により経営が立ち行かない事業会社にも資金が注入されている。その結果、株は公的資金により破たんリスクがなくなるものの、リターンは得られるということになれば、株主への配当利回りが預金利息より高かったり、キャピタルゲインが得られたりするというのは、預金者との公平を欠くといえる。

――預金と変わらなければ、銀行が株を買ってもよい…。

 水野 銀行が下限で株を買い、預金者にリターンを等しく分配すればよい。特に地銀は地域企業の株主となれるよう、5%ルールを撤廃すればよいと思っている。その地域の支店は、メガバンクより地銀の方が圧倒的に多いため、例えば後継者を探している企業と拡大を目指す企業のM&Aを促進することもできる。今後地域金融機関は手数料ビジネスへの比重が高まっていくだろう。メガバンクは海外進出を行う点で一定のリスク制限を設ける意味もあるが、預金者も株主もリスクとリターンが同等になっていくことを考えると、BIS規制を地銀に課すことはあまり望ましくない。

――アベノミクスへの評価は…。

 水野 アベノミクスは高度経済成長期には通用する政策かもしれないが、マネーがあり余り低成長となっている今の時代には相応しくない。第一の矢「大胆な金融政策」の目標設定がそもそも間違っている。2%のインフレ目標達成など不可能だ。物価が上がりもせず、下がりもしない状態が容認されれば、ゼロ金利が続き、国債の利回り急騰も避けられる。むしろ今怖いのが、インフレにより利回りが急騰し、企業の資金繰りが一気に困窮することだ。金利をゼロ%付近で安定させ、ゼロ成長、ゼロインフレの状態の方が、資本主義が限界を迎えている今の時代に対応しやすくなる。

――インフレ率もゼロが望ましい…。

 水野 インフレにより物価が上がることで、国民が損失を被ることになる。モノを安く買えることは当然プラスになるため、原油価格の下落も本来は望ましいことだ。また、インフレ目標に向けた緩和による円安の行き過ぎにも反対だ。自国の成長率が低下した段階では、通貨を強くして安く輸入できるようにする方がよい。必需品が安く輸入できるようになれば、家計も恩恵が得られる。

――他に注力すべき政策がある…。

 水野 格差の拡大、固定化を食い止める政策の方が必要となる。具体的には、相続によって格差が継続していることを是正すべきだ。相続できる資産を持つ人間が税制面で優遇されている「相続黄金時代」となっており、本人にさほど実力がなくても受け継いだ資産でよい暮らしができる人間がいる。一方で、大学に行けず非正規社員のまま年収が上がらない人間もいる。相続できる資産にも累進課税を課し、その分大学を無償化するなど、チャンスが得られる仕組みをつくることが必要だ。そうすれば、相続のみで当初よりよい暮らしをしていた2代目が努力することで、ゼロ成長が少し押し上げられる可能性さえある。

――資本主義の限界に対しとるべき道は…。

 水野 資本主義時代で重視されていた、より遠く、早く、合理的にというのを重視するシステムを脱し、より近く、ゆっくりというのを重視すべきだと考えている。著書にも記したが、資本主義と民主主義が補完しあったこれまでの近代システムでは、より遠く、より早く、より合理的にという3つを忠実に実行すればリターンが得られた。ただ、投資先となる周辺地域がもはやなくなりつつある以上、より遠くはもう実現できなくなった。より早くというのは、コンコルドが運航停止した2003年に限界が来たと思っている。国際石油資本が石油を支配した時代が終わって、資源は高価なものとなり、移動速度を速めても採算があわなくなった。より合理的に、については東日本大震災により欠点が露呈した。原発事故により、経済合理性の追求だけでは問題があるということがわかったためだ。より近く、ゆっくりというのはすなわち、地方の時代だ。中央省庁は縮小し、地方に権限を移した方が時代に合った政策が打てる。ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレを早くも達成しようとしている日本が最初のモデルケースになれば、それに近づきつつある他国の参考にもなるだろう。

※『資本主義の終焉と歴史の危機』
 (2014年、集英社新書)

――これまでのご経歴は…。

 藍澤 1965年に日本勧業銀行系の日本勧業証券に入社し、今年で証券業界でのキャリアはちょうど50年目となる。私が入社した頃はいわゆる証券不況の真っ只中で、日本勧業証券の大卒の新入社員は私だけのような状況だった。証券業界でも、大卒者は精々20人いるかいないかだったのではないか。その後36歳の時に藍澤証券社長に就任し、以後36年間勤めて上げてきた。一時会長職を務めていた時期もあったが、2008年のリーマンショックなどの混乱を受け、2011年に社長に再就任し、現在に至っている。

――貴社の経営の特徴は…。

 藍澤 充実した資産を持つことが挙げられる。これは先代、先々代から続いてきた伝統で、変動が激しい証券業の特徴に対応したものだ。私が社長に就任した時には資本金が5億円だったのに対し、資産は80億円ほどあった。当時の年間売り上げが2、30億円だったことを踏まえると、かなりの規模といえるだろう。この豊富な資産があったために、第一次・第二次オイルショックや証券ショックといった数々の危機を乗り越えることができたし、1918年の創設以来、無配となったことがない。もちろん赤字になったことはあるが、そんな時でも資産が潤沢にあったおかげで無配は回避してきた。この実績もあって、株主の方々からは厚い信頼を頂戴できていると自負している。弊社の株主は長期的に保有して頂いている方々が多いが、それもこの信頼あってのものだろう。なお、現在も自己資本比率は約600%と業界内でも高水準となっているが、今後この比率を一層高めていく考えはない。さすがに500%を割り込むようなことは回避したいが、蓄積ばかりで還元しないのでは、株主への責任を果たしているとはいえないからだ。とはいえ高水準かつ安定的な配当を行うための原資は必要であり、収益をどの程度蓄積するかの塩梅は今後も課題となる。

――アジア株などの取り扱いも積極的だ…。

 藍澤 これは、バブル崩壊の経験から、「日本株売買だけでは生き残れない」と痛感したことが背景だ。弊社は資産があったために持ちこたえることはできたが、日本全体を揺るがすような事態が発生した場合、いくら努力しても、日本株売買だけに依存したビジネスモデルでは対応できない。そこで注目したのが成長著しいアジア諸国の株式市場で、じっくりと調査や現地証券会社との交渉を行ったうえで、2000年から営業戦略の主軸に据えてきた。もちろん他社でもアジア株を取り扱っているところはあるが、弊社は、2000年当初から中国株ではなくアジア株と称して中国だけではなく多くのアジアの株式市場に注目してきた。また、現地市場で仕入れた株式を顧客に販売するのではなく、お客様の委託注文を直接現地の市場に取り次ぐ方式にこだわってきた。これはちょうど日本で日本株を売買するとの同じ仕組みだ。これによって透明性の高い売買機会をお客様に提供できるし、自らポジションを持つリスクを無くしている。

――今後の見通しは…。

 藍澤 証券市場はアベノミクス以来、環境が大きく改善してきたと感じている。2020年にはオリンピックがあることもあり、先行きも非常に明るいと見ている。また、最近スチュワードシップコードやガバナンスコードといった枠組みが作られたが、これらによって証券市場が「初めて本来あるべき姿」になると期待している。これまで日本では株式投資はギャンブルや博打の一種というイメージが強かったと思うが、正直このイメージは、株式の研究や調査を行ってきた我々には辛いものだった。いくら分析を行って長期保有を勧めても、「しょせん当たり外れでしょ」とお客様に言われてしまうと、立つ瀬がなかった。我々証券会社の本来あるべき業務とは、有望な企業を探し出し、お客様に紹介することで、お客様の資産を増やすことだ。二つのコードの導入で、ようやくそうした本来の業務が可能になり、ようやく昔から言われ続けてきた「貯蓄から投資へ」というフレーズが現実になると思っている。ただ、いくら環境がよくても株式がリスクのある商品であることに変わりはなく、今後もアジアを中心とする外国株といった分散投資の機会をお客様に提供していく考えだ。

――その他の商品は…。

 藍澤 安定的資産という見地から、外国債券には注目している。やはりいくら分散しても、お客様の資産が株だけというのはリスクが大きいからだ。ただ、さすがに国内債については利回りが低すぎるため、どうしても関心は外国債券に向けられる。為替リスクを考慮しつつも十分な精査を行い、お客様の選択肢を広げられるように努力していきたい。また、資産管理型営業については証券会社の究極的なあるべき形だと考えており、推進している。お客様一人一人に合った形で、国内外の株式や債券を組み合わせて、長期的に資産を成長させるのは証券業の本質といってもいい。資産管理型営業で知られている米国の証券会社エドワードジョーンズはとても良い企業だと思っているが、彼らのように、預かり資産に応じて報酬を頂くというビジネスモデルは長期的に見て証券会社・顧客双方の利益になるだろう。日本でも既に預かり資産営業が可能になる地盤が整っており、今後力を入れていきたい分野だと考えている。

――日本の観光サービス業の現状をどう見ているか…。

 山本 日本の大学教育はドイツのシステムを採用したこともあり、哲学的な分野が重要視されている一方、ホテルスクールなど実学的な部分はあまり重んじられていない。結局、日本のホテル関連の教育は、専門学校等での技術的なレベルのものにとどまっている。一方、世界最高水準のホテル教育を行っている米国のコーネル大学では、在庫の効かない財を提供するのがサービス業であり、サービスはタイミングが全てであるということから始まり、テルホスピタリティ業が体系立てた形で教えられている。日本では、客の表情等を見ながらいいサービスを提供している旅館の女将もいるが、それはあくまで個人のレベルにとどまっている。つまりマニュアル化されていないので、その女将がいなくなるとサービスの水準が維持できなくなる。日本のサービス業は「おもてなし」で質が高いと言われているが、今や米国より日本のレベルが低いと言わざるを得ない。一例を挙げれば、日本のホテルやレストラン紹介のホームページにはきれいな料理の写真がたくさん並んでいるが、米国のホテルスクールではそのような写真には価値がないと教えられる。利用者にとっては、そこにどのような服装で行けばいいのかということが最大の関心事だからだ。日本のサービス業はこのようなことがきっちりと出来ていない。

――現在の観光行政の課題は…。

 山本 日本の観光行政はまだまだ遅れている。日本の観光庁の予算は年間約100億円だが、韓国の観光予算は約700億円だ。また、現在地方の文化財や社寺観光を推進しようとしているが、日本の文化財保護予算は約80億円しかなく、英国の約500億円と比較すると1ケタ少ない。私が観光立国調査会長になって以降は、とにかく出来ることは全てやろうということで、まずは東南アジア諸国の訪日客のビザ発給要件を緩和し、これは一定の成果を挙げた。また、消費免税の範囲はこれまでカメラや電気製品に限られていたが、訪日客の購入ニーズが強い食料品や化粧品が対象に入っていないのはおかしいと考え、昨年10月には免税範囲を全商品に拡大し、これで一気に訪日客の消費額が増えた。

――中国人観光客による「爆買い」が話題になっている…。

 山本 ただ、これに対するデパート業界の取り組みも遅れている。以前、私たちの勉強会にドン・キホーテの中村社長に来て頂いたが、同社ではアジアを中心とする海外からの客を念頭に置いて経営しているという。アジアからの観光客の行動形態を調べると、昼は観光地に行き、夜になるとまず日本食を食べ、その後で買い物に出かけるケースが多い。このため、20時~24時ごろがドル箱の時間なのだが、すでにデパートは閉まっているため、買い物客はまだ店が開いているドン・キホーテに来る流れになっている。例えば、デパートも閉店時間を遅くすれば、夜間に多くの外国人買い物客が来る可能性があるのではないか。

――今後の観光政策で目指していく方向は…。

 山本 中国客の「爆買い」だけを当てにしていては、真の意味での観光立国を実現できない。そうではなく、欧州や米国、豪州からの訪日客などお金をたくさん持っていて、かつ長期滞在で地方に行ってくれる層をターゲットにしていく必要がある。観光で一番お金を使うのは豪州からの訪日客だという。米国や欧州からの客も、日本に来ると長期滞在したくさんお金を落としてくれるが、アジアからの客は2~3日の滞在が多く、都会は賑わうが地方まで恩恵は広がらない。とはいえ、現時点では日本の観光名所も、外国人観光客の増加に十分対応は出来ていない。一例を挙げれば、日本の文化財保護に熱心に取り組んでいるデービット・アトキンソンさんという英国人が、オックスフォード大学を卒業後に初めて京都の二条城を訪れた際、説明書きがほとんどなく、各部屋の意味などが全然分からなかったという。つまり二条城でも、英語が出来るガイドを置いて、この部屋で何が行われたと丁寧に説明したり、昔の格好をした人を置いて当時のやりとりを再現したりすれば、観光客の滞在時間も長くなり、たくさんお金を落としてくれるようになる。また宗教界でも、地方の文化財や社寺観光を推進するため、歴史を調べたり、実際に訪れた証拠を御朱印のような形で取得できたりするようなアプリケーションの開発を進めている。

――2020年の訪日客2000万人目標の達成は…。

 山本 昨年の訪日外客数は1300万人を達成したほか、今年の訪日客も1500万人くらいまでは増加するのではないか。20年には2000万人どころではなく、3000万人の大台を目指していきたい。ただ、そのためには空港の設備や、税関、出入国、検疫のシステムも整備しないといけない。また、実際に観光客が増加すると空港は相当混雑することが予想されるため、頻繁に日本に来るビジネスマンはさっと入国できるようにするなど、様々な対策を考えなければならない。やるべきことはまだ山ほどある。

――中国からの訪日客が多いが、渡航制限など外交手段に使われる可能性はないか…。

 山本 昨年に日中首脳会談が行われ、日中間の緊張関係はやや落ち着いてきた。中国としても、日本との経済的な交流がなければ自らが困ることも理解しているだろう。中国から日本に来てもらえれば、こんなに平和でゆっくり過ごせるような国はないと実感し、日本びいきになって帰国してもらえると思っている。ただ、欧州、米国、豪州等からの訪日客をさらに呼び込み、全体のバランスを取っていく必要はあるだろう。

――日本の観光地では、景観整備などの課題もあるが…。

 山本 景観を整備するためには相応のお金がかかるため、地方税としてホテル・宿泊税を取り、それを観光推進予算として使うべきだと提案している。他所から来た人から税金を取るので地元住民の負担にはならないというメリットがあり、米国もこの仕組みを取っている。また、日本の文化財・国宝管理においても、せっかくの茶室でも火を使わせないなどの厳しい制限がかけられているが、むしろ文化財や国宝を有料で貸すようにすればいい。海外の例で言えば、フランスのヴェルサイユ宮殿は2000万円くらいのお金を払えば結婚式を挙げることができ、それなりに利用されている。日本の文化財・国宝ももっと商業ベースの使い方を考えるべきだ。

――最後に今後の抱負を…。

 山本 安倍政権の成長戦略の一つとして、観光分野は今後非常に発展する可能性が高い。日本の良さを世界中の人に知ってもらうことは、日本のプレゼンスを高めていくことにつながり、外交的にも大きな意味がある。訪日客数のさらなる増加に向け、さらに観光政策を強化していきたい。

――先の予算委員会で年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)について質問した…。

 木内 3月の予算委員会では、結果を承知で理事の資産運用経験について質問した。数年来指摘されてきているが、GPIFでは世界最大規模の130兆円の資産を運用するにもかかわらず、資産運用経験がない理事長と理事の2役員で構成されている。理事はプライベート・エクイティ分野での投資経験が豊富だが、130兆円規模の資産運用で求められる経験はまた異なるものだ。一方、運用委員会には7名(14年12月現在)の委員がおり、うち数名は運用経験を持っている。メンバーは、企業の出身者、連合の出身者、学者などバランスが考慮されているかもしれないが、基本的に年10回程度の運用委員会で重要な決定をしてしまう点で問題がある。また、GPIFは14年10月末に基本ポートフォリオを変更したが、これは投資全体で最も重要な決定事項であり、一般的にリスクが極めて低い安全資産である国債の比率を大幅に下げて本当によいのかという疑問がある。

――GPIFの運用情報の管理については…。

 木内 基本ポートフォリオを変更し、株式比率を高めることが、公表前に何回もメディアに漏れている。これはある意味、政府側が意図的に漏らしている部分もある。株式比率を高めるという情報が報道されれば、当然株高になるため、選挙対策にもつながるためだ。また、国内債券の比率を引き下げるとなると、理論上は国債を30兆円程度売らなければならないが、同日に日銀が金融緩和を行い、国債買い取りを30兆円増やすと発表した。この結果、発表後に株価が大幅に上昇した。その後に安倍首相は衆議院解散を宣言しており、株価がまるで政府の打ち出の小槌になっている。

――政府の施策により株価がつり上げられている…。

 木内 株価上昇によって資産構成割合に占める株の割合が大きくなったように見えるが、実際は株式比率を高めることが報道され、基本ポートフォリオの変更が発表された後で株を買い増している。株式比率を高めるのであれば、株を粛々と買い増せばよいものの、これでは事前に自ら株価をつり上げておいて高値づかみしているのと同じことになる。この点で国民の大きな不利益につながっていることも大問題だ。具体的な損失を検証することは難しいが、明らかな失態といっても良い。GPIFは内部統制の強化を掲げているが、政府介入の様な形で株価が上がるのは、コンプライアンスの観点からも望ましくない。一方、独立行政法人という組織形態を継続し、政府にとっては官邸に近しい人物が投入されていることで、組織防衛がある意味出来ているといえる。国民にとっては、こうした様々な問題を抱えている体制が維持されている点も大問題だ。

――インサイダーまがいの取引が行われる懸念もある…。

 木内 運用比率の公表の前に政治家やそのタニマチがインデックスファンドを買えば、個別銘柄が対象ではないのでインサイダー取引にはあたらないが、悪質といえるだろう。事前に聞いて日本株のロング・ポジションを取ることもできる。個別銘柄であっても、流動性が高い大型銘柄であれば、普段から取引しているというので説明が付き、インサイダー取引かどうか実証しづらくなる。また、株式の運用比率の大幅な増加自体についても、デフレから脱却し、インフレに向かうので債券の価値が下がるかもしれないと、もっともらしく言われているが、国民の資産を債券から株式に大幅な変えたことへの説明としては不十分だ。GPIFが株式比率を上げたことについての合理的な説明とはいえない。

――運用比率の見直しが政治的であると…。

 木内 我々は民主党が指摘しているように、株式はボラティリティが高くハイリスクだから良くないと主張するつもりはない。また、政府は現政権になってから時価総額が25兆円程度増加したとする一方、リーマン・ショック時には2年間で15兆円程度減少していたことを勘案するとアベノミクスの大きな手柄とも言い難い。我々の主張はあくまでも、株式比率を増加させるなど、基本ポートフォリオの変更を判断するメンバーは最良のチームを組んでほしいということだ。既に問題点が指摘されている組織に任せているポートフォリオに自信が持てない。

――今の組織自体に問題があると…。

 木内 GPIFは厚生労働省の管轄、国家公務員共済組合連合会は財務省、地方公務員共済組合連合会は総務省、日本私立学校振興・共済事業団は文部科学省と、それぞれ同様の組織がある。管理コスト削減などから、4組織を統合しないのかという質問をしてもはっきりとした回答が得られない。これは、天下りポストがそれだけ確保できるうえ、運用手数料の分配を考えれば妙味も得られるためだ。

――為替の影響は…。

 木内 ドル建てやユーロ建ての株式、債券への投資を増やしていたポートフォリオが、円高に戻ると逆効果になってしまう。円安が行きすぎた場合に適度な水準に戻す調整をするのは良いが、大幅に外貨への運用へと切り替えた場合、為替による影響をどうカバーするのかという観点も不足している。

――維新の党としての具体的な解決策は…。

 木内 見識のあるメンバーをきちんと選び、明確な権限と責任を持たせることだ。例えば、日銀審議委員のように7~8名程度の理事を選任し、理事長の下合議制で決めるチームを作ることなどが考えられる。こうすれば、株式比率を急激に引き上げるような変更は出来ないはずだ。基本ポートフォリオの変更は、9回の会議のみで決めるものでもなく、もともと慎重に目配せをしながら、効率的にやるべきことだ。任せる場合の目標設定、ベンチマークが明らかになっていれば、それに合わせてアクティブとパッシブの比率も自ずと決まってくる。また、目標に沿っていれば新興国の株式、債券に投資することも出来る。130兆円と資産規模が大きいことから、複利計算で考えると運用利回りによってだいぶ差が出てくる。あとは、国民への説明責任、コンセンサスの取り方も考えていく必要がある。責任が曖昧なまま運用出来るということは、ガバナンスの観点からは恥ずべき状況だ。既にガバナンスなどについて、提言はいくつか出ているので、後は実践できるかが問題だ。このため、政府、与党として早急に組織の見直しを行うべきだと考えている。

――自主規制法人はどのような役割を果たしているのか…。

 佐藤 現物からデリバティブまで幅広い商品を取り扱っている日本取引所グループの一員として、取引所全体の「品質管理」を行っている。具体的には、自主規制法人の中に4つの部があり、まず上場審査部では、東証への新規上場を希望する企業の適格性を審査している。2つ目の上場管理部では、上場企業が適切な企業行動を取っているか、情報開示がきちんと行われているかをチェックしており、悪質であればペナルティ的な措置を講じている。3つ目の売買審査部では、インサイダー取引や相場操縦など不公正な取引が行われていないかチェックしている。4つ目の考査部では、投資家からの注文を取り次ぐ証券会社が、市場の公正性を保つゲートキーパーとしてきちんと業務に取り組んでいるかを確認している。日本取引所グループ全体の職員約1100人のうち、200人程度が自主規制法人に属している。

――このうち、最も重視している点は…。

 佐藤 自主規制法人の4つの機能は、どれも取引所業務にとって欠くべからざる機能だ。我々は、日本取引所グループ傘下の、東京証券取引所、大阪取引所と一体不可分であり、常時密接に連携を取り合っている。例えば、東証の取引システム(arrowhead)と我々の不正取引監視システムは連動しており、怪しい取引があるとシステム上「旗」が立つ仕組みになっている。「旗」が立った取引は売買審査部でさらに専門家がチェックし、極めて怪しい案件は証券取引等監視委員会に報告している。市場の動向や、時代の趨勢に沿った環境変化や技術進歩に対応するためにも、東証・大阪取引所との密接な連携、協力は不可欠である。ただ一方で、日本取引所グループという親会社の傘下にあって、我々の自主規制業務には一定の中立性、独立性が求められているため、我々は市場運営会社としての東証・大阪取引所とは別法人となっている。また、自主規制法人の最高意志決定機関である理事会は外部理事が過半数を占めている。こうして、業務の中立性、独立性と、市場運営会社との緊密な連携を両立させる仕組みが作られている。これが最も重要なポイントであり、日本取引所グループの仕組みの優れた点でもある。

――新規上場直後に、業績予想を大幅に下方修正するケースも見られている…。

 佐藤 新規上場直後に業績予想が大きく修正されたり、不祥事が起きたりする事態が起きたことは申し訳なく、上場審査をした我々にも一定程度の責任があると感じている。業績下方修正の原因は様々だが、この点については従来以上に気をつける必要があるだろう。こうした事案の再発を防ぐためには、上場基準や審査の厳格化を検討すべき分野もあるかもしれない。他方、これらが厳しくなりすぎると、成長性が高い企業にマネーを提供する仕組みが縮小するリスクもある。つまりバランスの問題だが、一方で成長企業にリスクマネーを供給するチャネルを閉ざさないよう留意しつつ、他方で投資家保護のためにきちんとした開示をしてもらう、内部管理体制を整えてもらう、といったことが極めて重要になる。もちろん、上場審査の過程では企業の業務継続性や収益力があるのか、収益が安定的に推移していくのかといった点や、内部管理体制がきちんと動いているかはチェックしているが、現実問題として、将来の確実性を100%保証するような審査は難しい。

――こうした問題に対する対応は…。

 佐藤 我々が審査し、上場を承認する段階では一定の基準をクリアしてもらうわけだが、可能性としては、上場後に経営者に魔が差したり、あるいは外部環境の変化が大きく業績が大きく落ちたりすることもあり得る。ビジネス環境の先を見通すのも経営者の能力であり、我々も社長面談で人柄や資質をチェックしているが、限られた時間で人間を見極めるのはなかなか難しい面がある。ただ、昨今取り沙汰されている上場直後の問題については、何らかの対応をしないといけないと思っている。上場審査において従来から注意はしているが、もっとリスクが小さくなるように、業績見通しが十分な根拠に基づいているかなど、もう少しきめ細かくと見る必要があるだろう。また、現在も上場直後の一定期間は企業のフォローアップをやっているが、それをもっと密度の濃いものにすべきかもしれない。また、悪質な企業行動に対しては、上場直後であろうがなかろうが、ペナルティを科すことに変わりはない。上場直後の企業についても、ペナルティ措置に相当するようなことをしていれば、我々は躊躇なく対応していく。

――品質の悪い銘柄が上場すると、その後のIPOに悪影響を与えてしまう…。

 佐藤 上場直後の不祥事が他の企業にも広く蔓延すると、投資家の失望を誘い、IPO市場全体に対してネガティブに影響するだろう。ただ、大きくマクロ的に捉えると、昨今の日本経済では企業業績が伸びてきており、全般的に企業にとってビジネス環境は良い方向に変化してきている。また、株主の方を向いた経営が意識され、日本の企業は大きく変革しつつある。スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの策定は、株主の方を向いた経営をしていこうという流れへのシフトであり、中長期的な企業価値の向上を目指していく上での目安になる。これらのコードが幅広く受け入られていくにつれ、上場企業の意識も高まっていくだろう。また、企業活動の環境が改善するなか、新しいビジネスを起こし、付加価値や顧客満足度を高めて収益を上げ、収益分を株主に還元させる流れがうまく根付くのは重要なことだ。昨年2014年は80社が新規上場したが、そのうち44社はマザーズ市場だった。マザーズは高い成長性をもった新興企業が入ってくる市場で、この市場が活気を帯びるということは、日本経済全体も活気を帯びているということの証左でもある。企業活動において規律づけがしっかり機能するよう働きかけていくのが私たちの仕事であり、自主規制法人のミッションを着実に果たしていきたい。

――不公正ファイナンスの最近の動向は…。

 佐藤 従来、不公正ファイナンスでは第三者割当増資がよく使われていたが、制度が厳格化されたことに加え、監視委の行政処分が相次いだこともあり、件数的には減少してきた。ただ、2~3年前から、新株予約権を既存株主に割り当てるライツ・イシューのうち、証券会社が関与しないノンコミットメント型でいかがわしいケースが増加している。こうした問題に対応するため、上場制度を作る東証の上場部と自主規制法人との連携により、東証が制度改正を行い、我々は「エクイティ・ファイナンスのプリンシプル」を作成した。プリンシプルはルールではなく、直ちに罰則が適用されるわけではない。ただ、様々な市場関係者にプリンシプルを規範として意識してもらい、自己規律が強まることを期待している。

――プリンシプル策定の効果はどう見ているか…。

 佐藤 制度改正とプリンシプル策定からまだ約4カ月しか経っておらず、効果を測定する材料はまだ十分揃ってないが、それなりに浸透し始めたと思っている。ライツ・イシューのルールを厳しくしたため、件数そのものが減少していることもあるが、直近の3~4カ月を見る限り、いかがわしい案件は出ていない印象だ。現在は、プリンシプル・ベースのアプローチが資本市場に根付くかどうかの局面にあり、我々は一生懸命PRに努めている。資本市場は不特定多数の参加者がいるので、共通ルールがあることはもちろん重要だし、不利益処分の根拠になるため、ルールは明確である必要がある。しかし、ルールばかりに依存していると、隙間が生じたり、新たな金融商品や取引手法が出て来たときに対応が遅れる可能性もある。不公正ファイナンスの場合、部分的には違法でなくても全体では脱法的なスキームになっているケースもあり、いかがわしいスキームでも、結果的にはルールに沿っているという装いになることもあり得る。ルールベースの弱みを補い、実効性を確保するためには、プリンシプルの役割が重要だ。「エクィティ・ファイナンスのプリンシプル」には、多くの市場関係者にとってごく当たり前のことが書いてあるが、これを明示することにより分権的な規律として機能する。こうしたアプローチはそれなりに有効であると考えている。

――自主規制法人としての今後の課題は…。

 佐藤 昨年、米国市場でHFT(高頻度取引)とこれに関連して不公正な取引が行われたのではないかとの論議が高まった。我々としては、HFTは時代の変化や技術の進歩の中で出てきたものであり、HFTが市場に好ましくないものと決めつけるような立場は取っていない。ただ、当グループのarrowheadではすでにミリ秒単位で注文を成立させており、今後、さらにスピードが上がったり、アルゴリズム取引がさらに多様化する可能性もあり、高速取引であるか否かにかかわらず確実に不公正取引を探知できる能力を維持していくため、将来に向けて研究をしていきたい。環境変化にあった形で実効性を失わないよう、我々自身も進化していく必要がある。また、不公正取引の抑止という観点では、クロスボーダーの案件が目立ってきており、それへの対処が重要になってきている。国内の投資家であれば注文を取り次いだ証券会社にアプローチし、速やかに最終注文者を特定することができるが、海外の証券会社など様々な海外のネットワークを経由する場合は、追跡作業もなかなか複雑になる。この点では、取引所同士、自主規制部門同士の対外ネットワークがあるほか、政府でも金融庁や監視委が海外当局との監督協力を行っている。国境を越えた不公正ファイナンスが一般的になる可能性もあるので、これへの対処も将来に向けた課題だろう。

――最後に、自主規制業務の運営に当たっての方針を…。

 佐藤 不公正取引や不公正ファイナンスを確実に見つけられるようサーベイランスの仕組みを整え、発見次第、適切なペナルティを課すことは我々の基本動作でありとても重要だが、基本的には事後チェックになってしまう。悪さをした行為者を咎めるだけでなく、あらかじめ市場関係者全体の意識が高まって、そもそも不公正取引が行われにくい環境になるよう取組んでいくことも大切だ。このような事前予防の取組みも重要な課題だ。「エクィティ・ファイナンスのプリンシプル」の浸透も、事前予防の面で効果があると期待している。火事が発生した時に消防車が素早く来て火を消し止めることは大事だが、そもそも火事を起こさぬよう意識が高まることが望ましい。

――日本の有罪率は極めて高い…。

 瀬木 原因としては検察が起訴権限をほぼ独占していることが大きい。刑事事件の第一審有罪率99.9%という数字は、一時は誇らしげに語られていたが、むしろ立証しきれない案件を不起訴にしているか、疑わしい案件を無理に有罪にしているとみるべきだ。実際、冤罪事件を追及する弁護士が対象としている案件は明らかに疑わしいケースが多い。痴漢などの比較的小さい事件で、自ら罪を認めてしまうケースも相当あるだろう。特捜ですら杜撰な捜査を行っていることが明らかになっている今、安易に検察の有能性を信じていられる状況ではなくなっている。

――何故、犯してもない罪を「自白」してしまうのか…。

 瀬木 日本では、精神的・社会的にダメージが大きい勾留が簡単に認められてしまうことが大きい。勾留は、されるだけで個人の名誉や地位が傷つく上、孤立感から人を追い詰める。このような制度に頼るのは、いわば「人質司法」であり、勾留のハードルを高くしない限り、冤罪がなくなることはないだろう。昔よりは弁護士との接見が容易になるなどの改善点がないわけではないが、世界の標準が人権擁護で向上していく中では、日本の後進性が際立つばかりだ。簡単に言えば、日本では「原則が拘束」だが、現在の国際標準では「拘束が例外」となっており、日本は世界の真逆を向いているといえる。国連拷問禁止委員会のアフリカ出身委員が日本の刑事制度を「中世」と表現したことがあったが、これは決して的外れな表現ではない。

――裁判官は信用できるのか…。

 瀬木 残念ながら、裁判官もきちんと仕事をしているとはいい難い。特に刑事裁判を担当している裁判官は情緒的に検察に近く、本来あるべき冷静で公平な判断ができていないように思われ、真剣に陪審員制度の導入も考えるべきだろう。素人に裁判を任せていいのか、という指摘もあろうが、はっきりいって経済事件と違って刑事事件はさほど事実関係が難しくなく、個人の常識で妥当な判断が可能だ。現行の裁判員制度では、裁判員に裁判官が相当プレッシャーをかけている可能性があるが、それでも裁判員制度による審判での有罪率は99.5%となっており、件数でみると、裁判官による審判の5倍ものケースが無罪になっている。無論絶対的な無罪の割合は大きいとはいえないが、裁判官の影響力が大きい現行制度でもこれなら、本当の陪審員制度を導入すれば相当無罪判決が増える可能性が高い。他国の事例を見る限り、陪審員が過ちを犯すこともないわけではないが、たいていの場合わかりやすい間違いであるため、そういったものは適宜、控訴審で正せばいい。

――日本の法制度をどうみるか…。

 瀬木 国民の権利・自由保護という観点で問題が大きいといわざるをえない。これは司法制度以外でもそうだが、日本の法制度は全体的に少数者にとって徹底的に過酷だ。多数者であれば結構かもしれないが、逮捕されるなどして少数者に転落した途端、容赦ない攻撃を受ける。例えば逮捕された途端、メディアから徹底的なバッシングを受けるのがその一例だ。欧米では当たり前の推定無罪の原則が、庶民レベルで理解されていないのだろう。また、もうひとつ日本の制度で問題なのは、極端な完全主義から、ありえない前提で物事が進められることだ。原発が典型だが、「絶対に事故が起きない」などということはありえないにも関わらず、誰もそれに異議を挟まなかった。司法の世界でもそうした完全主義が「検察は間違わない、従って起訴した案件は必ず有罪にならなければならない」という論理に繋がっている。

――そのようなことになっている背景は…。

 瀬木 端的にいえば、日本の専門家全般が劣化しているのだと思われる。私の著書である「絶望の裁判所」(講談社現代新書)を出版したあと、各界の方々と話をする機会を得たが、どうもどの世界でも同じような状況にあるようだ。特にバブル崩壊以降にその傾向が著しい。劣化した専門家に共通しているのは、責任をとる覚悟がなく、前例を踏襲するばかりで、状況に適した対応をしないことだ。また、きわめて閉鎖的で、彼らのサークルの中だけで物事を進めようとしている。これは大学界でも同じで、外部の人間が大学の教員として就職するのは非常に難しいのが実態だ。司法の世界でいえば、私の著書に対して、最高裁判所がなんら反論をしないのが「劣化」の深刻さを象徴している。昔の最高裁判所であれば、自身の体面に懸けても、私に対して反論してきただろう。ところが現在の最高裁判所は反応すらせず、みなが私の批判を忘れるのを待つばかりだ。これではダチョウが地面に顔を突っ込んで、問題をやり過ごしたと思い込むのと同じで、なんとも情けない。本来そうした状況を批判するべきマスメディアも、自ら何かを調べようとせず、裁判所等の言い分を垂れ流す「官製報道」を行う傾向が強く、改善の兆しがみられない。

――どうすれば人材の「劣化」を改善させられると…。

 瀬木 司法の世界でいえば、法曹の部分的一元化が必要だと考えている。弁護士が一概に素晴らしいと言うつもりはないが、優秀な層は、裁判官と比べて、人権感覚等をも含めた総合力では上回っているというのが公平な見方だろう。もちろん裁判官にも優秀な人材はいるが、そういった人物はごく少数で、それよりは弁護士のほうにこそ、能力、人権への意識、視野の広さ、そして謙虚さといった裁判官が持つべき資質を持つ人材が多いように思われる。特に謙虚さは、現行制度によって育てられた「法曹エリート」に大きく欠けている資質だ。それでも70年代までは一流大学を卒業した理想主義者が裁判官となったため調和がとれていたが、彼らのような人材は裁判官の「宮仕え」を嫌って、今ではむしろ弁護士を志している。彼らを裁判官の道に呼び戻すのには、「宮仕え」を打破する根本的な制度改革が必要だろう。

――具体的にはどのようなことが考えられるか…。

 瀬木 給料を引き上げることも重要だが、それ以上に柔軟な人事制度が必要とみている。例えば、裁判官と弁護士の区分は残す一方で、全裁判官の2割を優秀な弁護士が、6年程度の間隔をおいて交代で担当することが考えられる。2割の彼らが現状よりベターな裁判を実施すれば、弁護士を起用するメリットが明らかになり、一層の法曹一元化が進むだろう。とにかく、現状には目に余るものがあり、改革が必要なのは明らかだ。正常な民主主義国家とはいえない裁判が相次ぎ、再審についても報道を恐れて却下が多発されており、現在が「再審の冬の時代」であるとまで言われているほどだ。欧米の標準的な見方をしているだけの私の批判が先鋭的と見られるのも、いかに日本のシステムがおかしいかを象徴しているだろう。

――パラリンピックの魅力とは…。

 山脇 私は40年以上国際海運業、特に世界のエネルギー資源輸送という分野に関わり、ビジネスを支える世界の様々な人々や優れた経営者の方々と接してきたが、パラリンピックのアスリート達から受けとった感動や勇気やエネルギーは、これまでに経験したことのない異なる次元の素晴らしい体験だった。パラリンピック大会は、まだまだ「障がいのある人が頑張っている大会」という認識が多いが、今日では「人間の可能性を見出す最高のスポーツ大会」に発展し、オリンピックとは異なる価値を持った素晴らしいスポーツ大会だ。パラリンピックを見ると、アスリートが、何ができないかではなく、何が出来るかを追求し、人間はそれぞれ素晴らしい潜在能力を持っていることがよくわかる。そして観る人々に、挑戦することの素晴らしさや勇気を教え、前向きな気持ちにさせてくれる。2020年の東京大会では、7月24日から8月9日までオリンピックを開催し、その後8月25日から9月6日までパラリンピックを開催する。オリンピックだけでなく、ぜひともパラリンピックに対しても関心を持ち、観戦して欲しい。

――14年のロンドンパラリンピックは大盛況だった…。

 山脇 ロンドン大会では各競技会場は観客で埋まり、特にメーンスタジアムでは連日8万人 の大観衆の中で、選手は最高のパフォーマンスを発揮し、観客を感動と熱狂の渦に巻き込んでいるのを目の当たりにし、率直にすごいことが起こっていると感じた。現地の関係者に話を聞くと、パラリンピックを盛り上げるため、事前に国際競技大会を開催するなど、入念に仕掛け作りを行っていたそうだ。また、イギリスではオリンピックはBBCが放映したが、パラリンピックはもう1つの公共放送である「チャンネル4」が放映権を獲得し、事前にパラリンピックの競技解説や出場選手の紹介などのプロモーションを大々的に行っていたことも大成功の背景にある。

――このほかロンドン大会が成功裏に終わった要因は…。

 山脇 パラリンピックはロンドン郊外にあるストーク・マンデビル病院で発祥したという歴史的な背景も、大会を盛り上げる要因となった。病院では第二次世界大戦で脊髄などを負傷した軍人が治療を受けていたが、ドイツから亡命した医師ルートヴィヒ・グットマン博士が「手術よりもスポーツを」の方針を取り入れ、車いすアーチェリーやバスケットを積極的に導入したところ、スポーツの力によりリハビリや社会復帰が早まったという。そこで、同病院でスポーツ大会を開催したのがパラリンピックの原点だ。また、ロンドン大会では大会のボランティアスタッフに「ゲームメーカー」、つまり「大会を作る人」という名称を与え、モチベーションを高めるなど、仕掛け作りが非常にうまかった。ロンドンパラリンピックを観戦した際は、日本でこれほど多くの観客が集まるか不安だったが、今では、これから5年間の事前準備をしっかり行えば、十分に可能だと考えている。特に、イギリスという成熟した国、かつロンドンという大都会でパラリンピックが成功したことは、今後のロールモデルとなる。東京大会は、ロンドン大会に学び、これに日本独自の方法を加えて、ロンドンを超える史上最高の大会にしたい。

――日本でパラリンピックを開催する意義とは…。

 山脇 2020年東京パラリンピック大会では大観衆に囲まれた舞台で、アスリート達は最高のパフォーマンスを発揮して、観客は興奮の渦に巻き込まれ、素晴らしい感動や勇気を得ることになるだろう。この様な体験が、障がい者に対する意識の変革(心のバリアフリー)や、障がいそのものに対する社会認識の変化に繋がることになる。障がい者に対しての心のバリア(障壁)や、分け隔てのある社会環境がバリアを作っているのではないか。障がい者にバリアがあるわけではない。障がいも個性の一つと考え、多様な個性が活かされる社会こそが真に豊かな社会への第一歩ではないか。人々の意識の変革こそが、分け隔てのない、違いと多様な個性を包容する社会への構築に最も必要な要素であり、パラリンピック大会開催の意義は、まさにここにあり、これこそが最も重要な残すべきレガシーだと思う。2020年には人口の約30%が65歳以上となる日本には、お互いが認め合い、助け合う共生社会の構築が必要であり、東京パラリンピック大会は、こんな社会への第一歩となる絶好の機会であると確信する。

――東京パラリンピック大会のコンセプトは…。

 山脇 言うのは簡単だが、実際に人々の意識を変えることは大変だ。ロンドン大会の関係者に聞くと、まず大会のビジョンを定め、その下に様々な行動計画を作り、何をレガシーとして残すかをしっかり決めて準備をするべきだとアドバイスを受けた。2020年東京大会組織委員会では、大会基本計画策定して2月にこれをホームページ上で公表した。東京大会の礎となるビジョンとして、「スポーツには、世界と未来を変える力がある」を掲げ、「すべての人が自己ベストを目指し(全員が自己ベスト)」、「一人ひとりが互いを認め合い(多様性と調和)」、「そして、未来につなげよう(未来への継承)」の3つの基本コンセプトにより、「史上最もイノベーティブで、世界にポジティブな改革をもたらす大会とする」との目標を示している。今後、このビジョンに基づいた大会運営に向けて、具体的な大会の準備を進めてゆくことになる。多様で調和の取れた社会を実現するためには、パラリンピックをきちんと成功させる必要があり、パラリンピックが担う役割はきわめて重要だ。

――東京大会を成功に導くための方策はあるか…。

 山脇 東京大会の組織委員会としてもオリンピックと同等にパラリンピックを重要視しており、パラリンピック関係者が主要な部分にきちんと参加する形で組織作りをして準備を進めている。パラリンピック大会の各競技場を大観衆に囲まれた舞台とするには、今後5年間でパラリンピックの認知度をいかに向上させるかが大きな課題だ。競技を一度見てもらえれば、アスリートのパフォーマンスの凄さやメッセージを実感してもらえると思うが、なかなかその機会がない。そこで、2020年までに、できる限り多くの国内・国際競技大会を日本で開催したい。また、パラリンピアンによる出前授業などで小中学教育における啓発活動にも取り組んでいる。東京都は既にこの活動を進めているが、全国的な規模でパラリンピックの啓発活動を進めたい。

――企業等によるサポートの状況は…。

 山脇 パラリンピックや障がい者スポーツへのスポンサー企業の数もかなり増えてきており、またアスリートを雇用したいという企業も多い。困難を克服し、常に前向きに挑戦するアスリートの姿は社員にとっても励みになると同時に、会社のブランドイメージにとってもプラスになる。日本企業におけるパラリンピック・障がい者スポーツへの支援は、社会貢献(CSR)の一環としての取り組みであるが、欧米では、パラリンピックを社会と密接に関わる機会(CSO)として積極的に支援して、企業のブランド価値向上につなげる企業が増えている。パラリンピックには社会を変える力があり、企業としても社会へのメッセージを発信するための機会として積極的にパラリンピック活動に参加して欲しい。

――東京大会では日本選手団の活躍に期待したい…。

 山脇 選手の強化にも取り組んではいるが、オリンピックの強化体制に比べて遅れている。これまでパラリンピックや障がい者スポーツは厚生労働省の所管であったが、昨年4月から文部科学省に移管され、スポーツ施策の一元化が実現した。これにより、オリンピック競技スポーツと同様、ナショナルトレーニングセンターが利用できるようになったほか、マルチサポートなどオリンピックで採用されている強化も可能となった。とはいえ、選手を支えるパラリンピック競技団体は組織も弱く、大半はボランティアの関係者によって支えられている。選手は障がいがあるため、オリンピックの選手以上にサポートスタッフが必要だが、ボランティアのスタッフに頼っているのが現状である。選手の強化には、競技団体やサポートスタッフへの支援や組織の基盤強化が不可欠である。

――パラリンピックに馴染みのない人へのメッセージを…。

 山脇 今年は東京でも水泳や陸上、ゴールボール、ブラインドサッカー、車いすバスケ、車いすラグビーなど、様々な種目で競技大会が開催される。ほとんどの障がい者スポーツの大会は無料で開催しているのだが、観客は家族や関係者にとどまっており、なかなか寂しい状況だ。障がい者スポーツの魅力を言葉で伝えることはなかなか難しいが、とにかく一度会場に足を運んで欲しい。私は3年ほど前に競技を見て、大きな衝撃を受けその後の活動に繋がった。皆さんも一度見て頂ければ、きっと私と同じ感覚を味わってもらえると思う。どのようにして多くの人にパラリンピックに関与してもらうことができるか、そして一人ひとりが、他人事ではなく自分に身近な関心事として、パラリンピックに繋がっていると感じてもらうことができるかが、2020年大会の成功の鍵を握っている。是非一緒にパラリンピック活動に参加して、来るべき未来社会への第一歩を踏み出してください。

――ナスダックはベンチャー企業が上場するというイメージだが…。

 杉原 ナスダックはすでに、以前からベンチャー企業のみが上場する市場ではなくなっている。ナスダックには現在、米国内で最大級の時価総額を誇るアップルを始め、マイクロソフト、インテル、イーベイ、アマゾン、フェイスブック、といった新しい世代を代表する大企業がこぞって上場していることは周知の事実だろう。もちろん、ベンチャー企業に対しても広く門戸を開いており、ウェアラブルカメラの先駆者であるゴープロや、やはり電気自動車の先駆者であるテスラモーターズなど、まさにベンチャーからスタートして短期間に急成長している企業も数多く上場している。従ってナスダックをベンチャー企業のための市場と捉えることは大きな認識違いと言わざるを得ない。ナスダックは、規模を問わず、常に成長と革新を目指す企業のための市場と考えていただきたい。いずれも社名を聞いただけでわくわくするような会社が上場している。

――ナスダックからニューヨーク市場へ上場しようということはないのか…。

 杉原 ナスダックは技術の革新性に裏打ちされた新しいビジネスモデルで社会の最先端を走る企業が上場する市場、というブランドを確立している。そのため、ナスダックに上場するというブランド価値を理解して上場している企業であれば、わざわざニューヨーク市場に上場変更をすることは考えにくい。世界各国には数多くの証券市場が存在するが、その市場に上場していることが企業そのものに成長と革新性というイメージを与える唯一の市場がナスダックだ。ナスダックに上場している企業を見ていただければこういったナスダックのブランド・イメージをわかっていただけると思う。実際、日本以外の欧米、アジアにおいては既に、こういったナスダックのブランド・イメージは企業間に広く浸透している。

――東京にも以前ナスダック市場があった…。

 杉原 2000年にナスダック・ジャパンを設立し、日本からもベンチャー企業をアメリカのナスダックに誘致しようという動きがあった。ただ、時期尚早ということと手続き等の面で準備不足だったこともあり、わずか2年で撤退している。その後しばらくの間、日本の経済停滞と中国を中心としたアジア諸国の企業の台頭から、日本に対するナスダックの経営戦略上の優先度は低くなっていた。しかし、2008年からナスダックのもう一つの事業の柱であるテクノロジー部門で、東京工業品取引所(現 東京商品取引所)や大阪証券取引所(現 大阪取引所)に、相次いで売買システムや清算システム等の導入を決めていただき、そういったテクノロジー部門のビジネス展開と並行して日本企業に対するナスダック上場ビジネスも再開し、現在に至っている。

――日本の企業がナスダックへ上場するメリットは…。

 杉原 海外上場には大きく分けて二つある。一つは二重上場という、いわゆる東証に上場している企業がナスダックやニューヨーク、香港やシンガポールなどの外国取引所へ上場するケースと、未上場企業の外国取引所への直接上場だ。外国取引所との二重上場は80年代以降、盛んだったが、2000年代に入って、日本経済の停滞に伴うビジネス環境の悪化から、特に費用対効果の面で海外上場のメリットが薄いということで外国取引所からの撤退が続いた。過去には海外での知名度を上げるため、といった漠然とした目的のために海外上場を行う企業が多かったが、これが海外上場からの撤退が相次いだ理由と考えている。しかし、我々としては、海外上場は経営レベルの確固たるコミットメントと戦略があれば、それに見合う効果が必ず得られると確信している。そういった中で、日本でも昨年、スチュアードシップ・コードを導入、今年の年央にはガバナンス・コードも導入され、投資家と企業双方がコミュニケーションを取りながら企業価値向上を目指すことが求められるようになる。こういった体制を早くから確立しているのが米国市場であり、米国市場、ナスダック市場へ上場することによって米国の投資家との対話を経験し、企業経営に活用していくことも上場メリットの一つと考えられる。日本の企業を訪問していると、まだIR部門を十分活用していないのではないかといった印象を受けることがある。企業のIR部門は、投資家との対話を深め、新たな投資家へアプローチし、会社の正当な価値を正確に判断してもらうための潤沢な情報を提供する役割を果たす、重要な戦略部門の一つだと思う。ナスダックはテクノロジー部門に属するサービスとして、数多くのIRサポート・ツールを用意し、ナスダック上場企業に提供しているが、これも上場市場としてナスダックが選ばれる重要なファクターになっている。

――ベンチャーではUBICが一昨年上場した…。

 杉原 一昨年にマザーズ上場のUBICに、日本企業としては実に14年ぶりにナスダックへ上場していただいた。UBICの上場がきっかけで、日本企業の中に改めてナスダックへの興味が高まって来ており、ベンチャー企業を中心に様々な企業からのナスダック上場への問い合わせが増加している。以前の海外上場ブームと異なる点は、各企業が、規模を問わず、成長戦略と海外事業展開の戦略をしっかりと確立しており、ナスダック上場も、その戦略の中の一つとしてビルトインされているところだ。国内上場を飛び越えてナスダックへ直接上場を志向している企業も数多くあることに嬉しい驚きを感じる。

――アメリカはニューヨーク市場とナスダック市場があるが、東証・大証は合併した…。

 杉原 東証・大証は日本取引所グループとなり、規模から見て事実上、日本で唯一の上場市場を運営する、自らも上場する”企業”になったが、”企業”としての成長を見据え、数多くの成長戦略に取り組んでおり、今後の動きは非常に興味深く、ナスダックとしても様々な面で協力して行きたいと思っている。ただ、米国と異なる点は、上場もビジネスであり、ビジネスは競争原理によって全体が発展するもので、中からのプレッシャーに加え、当然ながら外部からのプレッシャーも必要ではないか。米国で我々ナスダックは、上場ビジネスにおいてニューヨーク証券取引所と熾烈な競争を繰り広げており、フェイスブックやアリババなどの上場を巡る二市場間の競争は日本でも大きく報道されていたとおりだ。

――自民党内で財政再建を議論する新たな組織ができた…。

 柴山 政調会長の特命委員会という形で、自民党内に「財政再建に関する特命委員会」(座長:塩谷立政調会長代行)が設立され、2月5日には初回会合が開催された。日本の債務残高は諸外国に例を見ない水準まで累増し、未来の若者に対する非常に大きな負担になっている。いわば「財政的次世代虐待」とも言えるべきこの状況を鑑み、世代間の公平性と財政の持続可能性を確保し、国債への信頼をしっかり守っていくため、中期的な視点に立って財政全般について改革の施策を検討することが特命委員会の設立趣旨だ。社会保障を含め聖域を設けることなく、歳出・歳入全般にわたって総合的かつ具体的な検討を行い、6月を目途に検討結果を取りまとめ、政府の施策に反映させていきたいと考えている。

――経済成長による税収増を目指すか、歳出削減を優先するか、2つの考え方がある…。

 柴山 経済成長については、経済財政諮問会議の中で安倍首相も大変重きを置いている。消費増税の延期、法人実行税率の引き下げは財政的には若干マイナスのように見えるが、これによる経済成長が見込めるという点で、中期的には財政にプラスに働く。リフレ政策により経済成長を目指すことは現在の政権にとって大きなテーマとなっており、私もこの方針には賛成だ。一方、ストックベースで債務残高の対GDP比のみを維持していれば、財政赤字が増加しても増えてよいとの考えを取ることは決して出来ない。2015年におけるプライマリーバランス赤字半減目標は達成できる見通しだが、2020年度のプライマリーバランス均衡目標も達成できるよう努力を進めていく必要がある。そのうえで、経済成長を損ねないようにすることが極めて重要だ。

――安倍政権でどこまで歳出が削減できるかを不安視する向きもある…。

 柴山 我々の目が黒いうちには、成長戦略のみで歳出削減が滞るような事態にはさせない。また、プライマリーバランスの黒字化目標達成を甘い形で推計することも許されない。内閣府は中長期の財政試算を示しているが、これに対し河野太郎衆議院議員が本部長を務める党の行政改革推進本部では、試算の前提となる経済成長率や税収弾性値等が本当に達成できるのか懸念している。黒字化にはどの程度の歳出削減が必要かを算出するためには、現実的な数字に基づき、かつ法人減税・消費増税先送りの影響も織り込んで固めのシナリオを前提とする必要がある。

――歳出削減の実行をどのように担保していくか…。

 柴山 自民党内には各省庁に対応する部会があるが、例えば厚生労働部会には厚生労働族の議員が、文部科学部会には文部科学族の議員が集まり、それぞれ予算を出せと要求するが、削減しろという声は出てこない。自民党内には無駄撲滅プロジェクトチームが発足したが、個別の事業について事業仕分けをするにとどまっている。そこで、単発ではなく、トータルとして徹底した歳出改革を行うための仕組みを作ろうということも提案をした。まず試算を作ったうえで、必要な歳出削減を担保するため、党内での組織を作っていく。

――歳出削減に向けた具体的な方策は…。

 柴山 財政再建に関する特命委員会では、歳出改革においては聖域を設けないことを基本方針として決めている。政府は介護報酬を抑制していくとの方針を示しているが、高齢化に伴い社会保障費が急速に増加していくなか、医療分野については例えばジェネリックの利用拡大や、マイナンバー制度を用いた病歴の把握など、しっかりとした改革を行っていくことが求められるだろう。また自民党内には国土強靱化を旗印に掲げ、財政出動なくして国民の安心安全は守れず、経済も回復しないとの声もある。これに対しては、費用対効果と優先順位をきちんと見極めたうえで、進めるべきは進めるとのスタンスを堅持できるかどうかがポイントとなるだろう。大胆な歳出カットを行った小泉政権の政策は失敗だったとの意見もあるが、ドイツや英国など他国では徹底した改革を行っている。他国の事例も参考にしつつ、政治的な覚悟を持って改革を進めていかねばならない。

――予算を獲得した人間が評価されるという、官公庁の人事慣行も問題ではないか…。

 柴山 指摘の通り、今後は役所の人事評価のあり方も大きな問題として扱っていくべきだ。行政管理・行政改革を所管する総務省で副大臣を務めた経験からも、同じリソースを使ってより高いパフォーマンスを上げることに対する人事評価をうまく導入していくことが重要だ。公務員制度改革では一定程度の前進を見たが、今後は公務員制度、人件費のあり方についても改革を進めていく必要がある。

――財政再建に関する特命委員会での今後の取り組みは…。

 柴山 6月に発表を予定している特命委員会の提言を、説得力のある内容にできるかどうかが大きなポイントだ。歳出削減の具体的な項目を挙げられるかどうかを含め、仲間の委員たちともしっかり議論をしていきたい。また、自民党内には規制改革についての会議があり、ここで私も農協改革の議論に参加していたが、JA全中を70年ぶりに一般社団法人にする改革を政治主導で達成することが出来た。今回は聖域なき改革ということで、困難も予想されるが、今こそ歳出削減に取り組まなければならない。

――御社が目指すものは…。

 椎名 企業を支えていくビジネスアドバイザーとしての役割を目指している。企業活動への処方箋は時流により変わることから、新しいサービスを常に考えて打ち出していく方針だ。現在のところ約1500名の従業員がおり、ディールアドバイザリー部門とコンサルティング部門に加え、産業別に顧客に対応するチームもあり、企業活動の変化に対応している。

――ビジネスアドバイザリー業全体での景況感は…。

 椎名 日本国内の景気が少しずつ改善していることに伴い、企業が徐々に積極的な投資を考え始めている。これに伴い、当社のビジネスチャンスも増えている。最近では、サイバーセキュリティーやビッグデータ分析、クラウドなどのデジタル分野に加え、不正調査分野へのニーズも高い。もちろん、グローバルでもこのエリアには注力している。

――このほど提携を発表した…。

 椎名 まず、昨年4月に戦略系コンサルティングファームの旧ブーズ・アンド・カンパニー社(現プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー社)とグローバルで統合手続きを完了した。同社とのシナジー効果により、戦略系の案件も増えている。従来のコンサルティングでは業務プロセスの変革を目指しているが、戦略系の案件では企業の戦略そのものを考えるところから開始する。顧客企業の事業ポートフォリオ上で可能な新規事業を考えたり、競合分析から進出すべき市場を分析したりなど、個々の業務プロセスより一段高いところから考えるイメージだ。新規事業の立案では、新しい商品開発をする、海外を含めた新しい市場に進出する、競合を買収するなど様々な選択肢が出てくる。その選択肢に応じて当社は「戦略から実行まで一気通貫で支援する」ことができるようになった。また、今年2月にM&A戦略の立案などに強みを持つ旧マーバルパートナーズ社(現プライスウォーターハウスクーパース マーバルパートナーズ社)の株式を取得。これによってM&A分野でもより一層の体制強化を見込んでいる。最近の案件の特徴として、M&Aや会計、人事、ITといった課題を単独で解決するというのは少なく、様々な分野が絡み合った案件が多い。そのため様々な専門領域を持つチームが協力して対応しなくてはならない。

――御社の特徴的なサービスは…。

 椎名 当社は、経営戦略の策定から業務改革、ITによる実行まで総合的なコンサルティングサービスを提供しているが、ディールアドバイザリーの一環として、M&Aや事業再生を支援するチームがあり、この分野では国内で最大規模だ。特に企業再生の場合、資金繰りが苦しくなる企業が多いが、これを様々な手法により再生し、資金面でリスクを取り除く。そしてその後で、次の再成長に向けた事業戦略を練り直す。この点、戦略提案にはプライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー社との統合が活きてくる。これまで大企業も含めた様々な企業の再生に取り組み、多くの実績も積み重ねている。また、PPP(官民パートナーシップ)・インフラチームで最近行っている都市輸出も特徴的だ。鉄道や発電所を単発で作るのではなく、先進的な日本の街そのもののコンセプトを輸出する。街そのもののコンセプトから考え、その中で何が必要かを考える都市設計となる。これについては、既にインドの都市などで実績がある。

――御社で得意とする業界は…。

 椎名 業界的な得手不得手はないが、金融業については特に強いと自負している。世界157カ国のネットワークを使い世界的な金融規制の動向をいち早くとらえ、日本国内の顧客にも提供していく。海外展開をしている金融機関では、各国の規制に対応しなくてはならないことから、今後の規制動向を予測しながら対策を打っていくことが重要で、それにはPwCの世界的ネットワークが重宝する。

――金融業界へのアドバイスは…。

 椎名 金融業に携わるあらゆる企業がグローバル化の視点を持ち、テクノロジーを取り入れる工夫をすることが必要だ。グローバル化の視点がなければ、海外に支店がある大手金融機関との差がますます開いてしまう。また、最新テクノロジーを取り入れることで、ニッチ市場で生き残るという戦略も有効だ。最新のテクノロジーと金融サービスは親和性が高いことから、新たなビジネスを生み出せる可能性は十分にある。

――顧客企業が同社のようなアドバイザーに依頼する際のポイントは…。

 椎名 まず、お客様がこうありたいと思う明確なビジョンが描けているかどうかが重要だ。明確に描けていれば、解決策を提示して支援することができる。また、改革の旗振り役の方が当事者意識を強く持っていないと上手くいかない。実際には当社だけでは達成できないため、二人三脚で改革していくという考えを持っていただきたい。当然、アドバイザーへの予算もかかることから、コストをかけてでも変えるという強い意志があるかどうかも重要だ。

――御社の財産と言えるものは…。

 椎名 当社では人材が唯一の財産だ。機械や製品といった資産があるわけではない。そのため、プロフェッショナルの人材が活き活きと仕事ができることが重要だ。1つの案件に対し、時には国境を越えて議論をしながらお客様に解決策を提示する。これによりお客様からの感謝、私たちの成長、実績が得られると考えると、全ての仕事は双方にとって価値のあるものであり未来を築き上げていくものになる。この様なことを考えながら、質の高い人材が楽しんで顧客企業と仕事をする、またその環境があることが当社の強みであり特徴だと感じている。

――民間の有識者による民間税制調査会を立ち上げた…。

 三木 民間税調を立ち上げた背景の1つには、ピケティの議論がある。ピケティは、資本主義社会では資本収益率が一般経済成長率を常に上回っていると分析し、何にも手当てをしない場合、長期的には経済が成長するほどに格差が拡大してしまうことを明らかにした。従来の経済学では、経済成長によって格差は縮まっていくとの理解が一般的だっただけに、ピケティの分析は衝撃的だった。貧富の差が激しくなると、健全な社会を作っていくことは難しい。ピケティによると、資本主義の下でも1910年~1970年前後にかけては相対的に格差が縮小していた。この時代は超過累進税率や相続税など、税制の面で格差を縮めるような仕組みがあった。

――日本も貧富の差が大きくなってきている…。

 三木 日本にも「一億総中流」と称された時代があったが、あっという間に格差が拡大してしまった。資本主義の1つの理想型は、皆がそれなりに豊かさを感じることができる「一億相中流」的な社会であり、資本主義社会を維持するうえではこれが重要になる。経済成長の成果を無秩序に放任するのではなく、税制によって格差を縮小する仕組みがあった方がよい。また、税制が多少不平等であったとしても、歳出の面で低所得者や一般市民に厚く配分されるようであればよい。北欧諸国がこの代表例であり、高い消費税を支払う代わりに手厚い社会保障を受けることができるため、国民の不満は少ない。一方、日本は個々の税制で細かな調整を行っているが、その公平性は必ずしも十分ではなく、払った税金の使われ方も明確ではない。

――日本では、税金に対する国民の納得感は乏しい…。

 三木 私たちは皆、国の主権者であり、納税者だ。納税者が主権を持つ社会は、日本にとって初めてであり、国際社会を見ても納税者自身が主権者になる仕組みはまだこなれていない。市民が主権を持って税の使い方を決めるということは、社会のあり方そのものを決めるということだ。しかしながら、日本国憲法では納税は国民の義務とされたため、財務省は明治憲法の時代と同様に、天皇の主権の一部を借りて一段高い所から行政をするような状態を作ってしまった。また、申告納税を導入せよとの米国の命令に対抗し、当時の大蔵省(現財務省)が日本では申告納税制度と同時に年末調整も導入されたため、実際に申告を行う納税者は全体の2割程度にとどまっている。要するに、自分たちは物事をよく理解していて、庶民はよくわかっていないから、税の使い方も財務省に任せておけという発想で税制が構築されてしまっている。このため、納税者にとって税金は取られるものという意識が強く、嫌税感が生まれてしまっている。

――税金の使われ方がブラックボックスと化している点も問題だ…。

 三木 財政の中身は財務省以外よく解らないのが現在の日本の姿であり、それゆえ財政状態が健全なのか不健全なのか判断がつきにくいことは事実だ。ただ、とにかく現在明らかなのは、年間50兆円程度の税収しかないのに関わらず、歳出は100兆円規模に膨らんでいるということだ。長い目で見てこのような社会は維持できるはずがなく、我々はどうするかを真剣に考えなければいけない時期に来ている。日本では国民の間で嫌税感が強く、また政治が減税を主張しても税収が伸びてきた時代もあったため、日本の場合は与野党を問わず、減税が正義の主張になってしまった。裕福な人は減税の方がよいが、減税は公共サービスを抑える代わりに自助努力せよということであり、本来は庶民から減税に反対する声が出てきてしかるべきだ。しかしながら、減税を政策に掲げた市長が当選した場合、実際に減税して市民サービスができなくなると、市民は怒ってしまう。本来は減税したら自助努力するという覚悟をもつべきだが、税金を払わずともどこかからお金が来ると思ってしまっている。この体質は、日本の選挙制度が、職業政治家を作り出したことの負の部分であろう。職業政治家の目標は政策実現ではなく、選挙に受かることだ。それゆえに職業政治家は甘いしか述べず、ただ地元に金を引っ張ってくるだけだ。これは不正そのものだが、地元では不正とは思わず政治家として評価してしまう。日本では主権者がタックスイーターとなり、主権者として社会を担っているという自覚を持たないままにここまで来てしまった。この意識を今こそ変えなければいけない。

――税金に対する国民の意識をどのように変えていくべきか…。

 三木 戦後の日本における様々な議論を見る限り、より多く税金を払うことが良いと明確に主張している人はほとんどいない。「税金は我々自身のために払うのだ」という意識をどのように作っていくかは今後の課題だ。今考えている解決策としては、さしあたりある分野で国民に増税を頼んだら、増収分の使い道を明確にし、その効果について国民に実感してもらう必要がある。一般の市民からすれば、生活保護の受給者のみが税金による手当を受けているように見えている。これは大きな問題であり、一般市民が税金の効果を実感できる分野にお金を回し、税に対する信頼感を取り戻していくべきだ。

――民間税調における今後の取り組みは…

 三木 学者5人が手弁当で始めただけで、組織力や資金、地盤はまだまだ乏しい。私たちはゆっくり活動をしようと想っていたが、初回の民間税調では300人の大教室が一杯となる盛況ぶりで、参加者からは次回の会合の開催を望む声が寄せられた。このため、自民党と公明党が軽減税率の導入に向けた検討を進めることを受け、消費税をテーマとして3月に第2回のシンポジウムを開催することに決めた。小さな政府と大きな政府、どちらの方向性にせよ、国民ひとりひとりが社会や税に対する責任を持っているという自覚がないと困ってしまう。選挙でも半数近くの有権者が棄権するなど、やる気のない社会は不健全だ。税金の使い道を自分達で考えていくという、税の民主化が日本にとって今こそ必要だと考えている。

――日本でもイスラムへの懸念が高まっている…。

 酒井 人質事件を受けてそうした気運が日本でも高まっているのは否定できないが、理解しなければならないのは、イスラム国はいわゆる一般のイスラムとは全く関わりがないことだ。例えばオウム真理教は仏教の一種だが、だからといって仏教が危険思想とはならないように、イスラム国の行動からイスラム全体を危険視するのは間違いだ。いわば彼らは一種のカルト集団であって、中東でも彼らを「イスラム国」と呼ぶのは誤解を招くという意見もある。

――「イスラム国」とはどのような組織か…。

 酒井 彼らは彼らが勝手に定めたルールに基づいた、一種の理想郷建設を目指している。その中核にあるのが、「カリフ制」国家の再興だ。カリフ制とは預言者ムハンマドの後継者が指導するイスラム共同体の統治制度で、初期のイスラムに戻れ、という考えを持つ。とにかく、徹底的に他の宗派、他の宗教を排除した、独善的な「理想郷」を目指している。その意味で、これまで知られていたアルカイーダとも大きく趣旨が異なる。アルカイーダはカルトというよりは反米武装組織であり、いわゆる典型的なテロ組織だ。パリでの新聞社襲撃事件を指導したということでまた名前が表に出たが、実は彼らはイスラム国と競合しているとも言われている。ただ、もし両者が手を組むようなことがあれば、国際社会にとってかなり厄介なことになるだろう。

――日本人人質事件については…。

 酒井 この事件の一つのポイントはヨルダンが巻き込まれたことだ。ヨルダンは米国が主導するイスラム国を打倒するための最前線であり、もしヨルダンが妥協によって前線から抜け落ちていた場合、米国の対イスラム国共闘連合が崩壊しかねない状況だった。もうそうなっていれば、その引き金を引いたのは日本だと非難されていただろう。いわば安倍首相のテロと戦う姿勢が、逆効果になってしまうところだった。元々人質となった両氏が拘束されたのは去年からで、これまでも身代金交渉が行われたと言われているが、中東歴訪中の安倍首相の「イスラム国と戦う国を支援する」という演説を受け、人質を政治利用しようと考えたのだろう。このようなイスラム国の戦略は非常に巧みであり、百戦錬磨の人材が揃っているとみられる。

――なぜイスラム国が拡大したのか

 酒井 元々イスラム国は小さなカルト集団であり、放っておけばいずれ消えるような集団だった。それが拡大した理由は、シリアの内戦に対する周辺諸国の政府や反政府軍への支援によって、イスラム国が土地と資金を獲得してしまったのが原因だ。シリアでは内戦によって政府、反政府軍ともに管理できない地域が増え、そこにイスラム国は拠点を築いた。いわば内戦の漁夫の利を得た形だ。また、イスラム国は特に欧州の若者を取り組んで勢力を拡大している面もあるが、これは潜在的に欧米のイスラム移民に不満が蓄積されていることが背景にある。彼らは移民の2世や3世であり、欧米各国で国籍を取得しているが、それにも関わらず社会・経済的に成功できないというフラストレーションを抱えている。そこにイスラム国という「イスラムの理想の国」を謳う存在が現れたことで、行き詰った現状の打開を求めて自らイスラム国に赴いてしまっている。つまり根本的には欧州社会の不平等の問題が、イスラム国拡大に寄与している。

――イスラム国は何故米国を敵視するのか…。

 酒井 実はアルカイーダと違い、イスラム国は元々米国をさほど敵視しているわけではなかった。アルカイーダは湾岸戦争やパレスチナ問題など、中東の様々な問題の原因は米国にあるとみており、それで米国を仇敵として認識していた。一方、イスラム国が求めるのは自身らによる楽園であり、それに手を出さない限り、米国には関心がなく、実際当初米国を攻撃する動きは見せなかった。現在対立しているのは、米国がイスラム国に爆撃を実施したためだ。

――何故米国はイスラム国を攻撃するのか…。

 酒井 イラクにイスラム国が拡大したのが原因だ。米国としては、自身が戦争によってサダム・フセイン政権を打倒し、新体制を作り上げた以上、イラクには以前よりもよい国になってもらわなければ、国内外に面子が立たない。ところが現在のところイスラム国はイラクの国土の三分の一近くを掌握してしまった。手塩にかけたイラクがそのような状況にまで悪化したことは、国内からの批判もあり、見過ごせなかったのだろう。ただ、米国としてもイラクへの介入に乗り気というわけではない。オバマ大統領もそうした立場を以前から示唆しており、実際の活動も、人的損害が出にくい代わりに、さほど効果がみられない空爆の実施にとどまっている。

――イスラム国の脅威は広がっていくのか…。

 酒井 彼らは所詮カルトなので、宣伝では激しいテロ予告を行っているが、大局的な影響は限定的だろう。主要産油国であるアラブ首長国連邦やサウジアラビア、クエートまで勢力を拡大すれば話は別だが、現在のところその傾向はない。イスラム国自身はイスラム圏全体に勢力広げるという目標を掲げているが、サウジアラビアなどは防衛に力を入れており、近々産油国の治安が脅かされることはまずないだろう。問題はイラクで、同国には復興事業のために相当数の日本企業が参入している。そうした地域にまでイスラム国が勢力を伸ばしてくれば、日本にとって危険になってくる。

――今後中東はどうなるのか…。

 酒井 なんといっても域内大国で、国王が逝去されたばかりのサウジアラビアの動向が注目される。当面は、これまでも実務に関与してきた皇太子が国王に即位したため、急速な変化は考えにくい。ただ、これまで同国は兄弟で王位を継承してきたが、そろそろそれも年齢的に限界に近づいており、新世代にバトンを渡す時代が近づいてきていると見られている。新世代は米国に留学した知米派も多いが、これまでとは発想も変わってくるだろうし、どう政策に影響がでるかは微妙なところだ。また、北アフリカも混乱を極めている。リビアはカダフィ政権が倒れたあと、全く安定せず、シリアと同じような内戦状態になっている。すでにイスラム国やアルカイーダ的な組織が跋扈している。

――ヨーロッパで反イスラムの動きが強まるのか…。

 酒井 拡大は十分にありうる。フランス政府は出版社襲撃事件などをあくまで犯罪集団の犯行としており、イスラムそのものに責任を求めないよう慎重な立場をとっているが、移民排斥主義者は声を大にして事件を政治的主張のために利用している。こうした動きが続けば、益々イスラム系市民が厳しい立場に置かれ、フラストレーションが高まり、類似した事件を起こしたり、イスラム国に参加したりする危険性が強まる。米国でも同時多発テロ事件以降、イスラム教徒へのヘイトクライムが蔓延したが、比較的イスラム教徒が少ない米国とは違い、イギリスやフランスには総人口の1割程のイスラム教徒が在住しており、米国以上に宗教間対立が大問題に発展しかねない。

――その他地域では…。

 酒井 パキスタンが問題になるだろう。前々からアルカイーダやイスラム国にもっともシンパシーを覚えているのはパキスタンと見られてきた。その他、世界最大数のイスラム教徒を抱えるインドネシアも注目される。欧米でイスラム教徒を抑圧する動きが強まれば、パキスタンやインドネシアのイスラム教徒の対欧米感情が悪化してくる可能性がある。日本で暮らしているイスラム教徒の絶対数は多くないが、その多くはインドネシア出身であり、同国で反欧米感情が強まれば、日本にも何かしらの影響が出てくるかもしれない。

――イスラムとどう付き合っていけばいいのか…。

 酒井 もっとも大事なのは、安易に一連の動きを「文明の衝突」の始まりと受け止めないことだ。米国同時多発テロ事件の際にも「文明の衝突」論が浮上したが、イスラム教徒も多様であり、「イスラム教vsその他世界」と考えるのは間違った考え方だ。多くのイスラム教徒がイスラム教徒である理由は、単純にイスラム教徒の子供として生まれたということだけであり、考えは人それぞれ。ケニヤ人の実父を持つオバマ大統領も出生時点ではイスラム教徒だったことを思い出して欲しい。そもそもイスラム全体が脅威だとすれば、世界人口の5分の1が脅威という、ありえない話になってしまう。そうした極端な考えをするよりは、イスラム国のようなカルト集団が拡大しないように努めるのが日本のやるべきことだろう。例えばイスラム国はシリアの内戦によって誕生したようなものだが、世界にはリビアやイエメンといった、半ば内戦状態の地域が依然存在している。そうした地域の和平促進や、過激派組織へのシンパシーを高める社会経済的な不平等を是正していくことが、地道ではあるが、建設的な貢献となろう。アラブの春で民主化した地域の人々が、民主主義が成果を出せないために不満を強めている傾向があるが、これをそのまま放置していれば第2のイスラム国が誕生しかねない。経済支援などで、そうした地域を支援するのは、日本だけが行える形の世界への貢献だろう。

――金融市場における格付け機関の役割は…。

 髙木 格付けは、経済・金融のインフラである。現在、我が国では、経済の活性化、成長力・競争力のある経済の実現が最重要課題となっており、対応策には様々な方策があるが、格付けもその一翼を担えると考えている。現在の我が国のように間接金融に極度に偏った金融構造では、成長分野へのリスク・マネーの供給等の面で限界がある。これに対し、社債をはじめとする市場をベースとした金融仲介は、商品設計の多様性・柔軟性、リスク移転・分散等で銀行システムを補完する機能が期待できる。従って、「銀行システム」と「市場型金融システム」がバランスよく機能する市場の実現が不可欠であり、このような金融市場の構造改革にあたって、格付けには重要な役割が期待できる。

――日本は、まだまだ米国に比較し社債市場が小さい…。

 髙木 社債やストラクチャードファイナンス等の市場ベースの金融市場の状況を、国際比較で見ると、日本はいまだ未成熟であり、市場ベースの多様な金融商品が、利用されやすい環境を構築することが重要だ。また、BBB未満の社債は、一般に投機的等級とされているが、そうしたリスクの高い社債は、それに見合った利回りが設定されており、それを投資対象とする投資資金が少なからずあるはずだ。ゼロ金利が続く中で、さらに経済の活性化の観点からも、一部の資金をそうした債券に投資する流れがあっても当然だ。そうした仕組みを、関係者が考えるべき時期に来ているのではないか。

――地方債や財投機関債の格付け利用については…。

 髙木 地方債や財投機関債についても、マーケットの状況や財政の見通し等を踏まえ、様々な投資家の目線から市場の評価を受けながら発行されることが望ましい。その際、複数の格付けを取得し、より適正な投資判断を通じて、市場の的確な評価を受けるという視点も重要だ。

――御社は格付けの軸がぶれていない…。

 髙木 信用格付けは、文字どおりマーケットの「信用」の上に成り立っている。格付けにあたっては、その質の向上に努め、市場関係者の信頼を確保していくことが極めて重要だ。そのためには、一定の基準、考え方の下で、終始一貫して公正・中立な格付けを行う。勿論、金融工学の進化や情報技術の革新等により、新しい課題に直面することも多い。当社の場合、このような環境の変化に的確でタイムリーに対応するため、格付基準委員会を中心とした組織的な議論がしっかり機能するように担保されている。引き続き、一層の質の向上と信頼の確保に努めたい。

――日本には複数社の格付け機関が存在するが、御社特有のことは…。

 髙木 当社は、経済・金融のインフラとして、新しい金融商品、分野等に対する格付けに積極的にチャレンジしている。例えば、ストラクチャードファイナンスの分野では、リートは勿論、新しい商品や分野の格付けに積極的に取組んでいる。この分野の日本の市場規模は、米欧と比較して、まだ圧倒的に小さいが、格付けを通じて、こうした分野の成長に貢献して行きたい。また、数は多くないが、医療法人の格付けにも取組んでいる。今年4月には創業30周年を迎えるが、これまでの努力の積み重ねの結果、国内民間企業の公募債やリート等の分野では、業界トップクラスの格付け会社に成長している。さらに、グローバルな面でも、当社は、主要マーケットのアメリカとEUで登録・認定されているわが国唯一の格付け会社だ。

――会社としての方向は…。

 髙木 当社は、経済・金融のインフラとしての責務を自覚し、格付けを通じて、日本経済の活性化、成長力・競争力のある経済の実現に貢献し、日本経済とともに成長することを目指している。そのために、格付けの質の向上と信頼の確保の努力を継続し、引き続きしっかりと活用される格付け会社でありたい。また、社員の育成・研鑽等を通じて、有能で信頼されるプロフェッショナル集団として、一層高い評価をいただけるように努力したい。さらに、経済・金融のグローバル化が急速に進展する中で、経済・金融のインフラである格付け会社にとって、グローバルな視点は不可欠だと考えている。

――今後の課題や抱負は…。

 髙木 国内における当社の格付け活用率のアップやグローバル化に対応する取り組みのほか、私が一番心がけていることは、社員全員の意識改革や企業風土の改革だ。格付けは、アナリストのプロフェッショナルな業務であり、どうしても閉鎖的な雰囲気に陥りやすい面がある。このようなことのないように、できるだけみんなで議論するような、従来にとらわれない柔軟な発想を持てるような、オープンな社内の雰囲気を大事にしていきたい。そうした気持ちを徐々に醸成していくことによって、組織が活性化される。目まぐるしく変化する日本市場、グローバル市場に対応していくには、1人1人が殻に籠もって仕事をしていては、組織全体で見たときに広い発想が生まれなくなる。さらにもう一段、市場に柔軟に対応できる会社になるためにも、そうした意識改革が必要だと考えている。

――企業のガバナンスのあり方が変わろうとしている…。

 広瀬 改正会社法の施行が今春に迫ってきたことや、東証と金融庁によるコーポレートガバナンス・コードの制定、日本版スチュワードシップ・コードの普及など、今年はガバナンス面で大きく動く年となる。これに伴い、監査役の役割も変化していくであろう。当協会としても、今後の監査役の在り方について発信していくことを考えている。

――東証と金融庁では、2名以上の独立社外取締役を選任すべきとの方針だ…。

 広瀬 改正会社法で従来の指名委員会等設置会社に加え監査等委員会設置会社が新設され、取締役会をモニタリングの場と性格付ける制度設計が増え、コーポレートガバナンス・コードで社外取締役の重要性も認識されている。改正会社法では、一定の要件を充たす監査役設置会社に監査役の設置を義務付ける一方で、社外取締役を置かない場合にはその理由を説明しなければならないこととしている。社外取締役に期待される役割と監査役に期待される役割は自ずから異なる。

――社外取締役を置いた場合、監査役と役割が重複するのでは…。

 広瀬 社外取締役も監査役も非業務執行役員という点で共通するが、役割は同じではない。監査役は監査権限を有する非業務執行役員であるが、監査役設置会社における社外取締役は、経営方針といった経営の監督機能を担うとともに、重要な業務執行事項についても決議を求められる立場にある。つまり、国内上場企業の約98%が採用している監査役設置会社では、社外取締役は、取締役会に付議される1つ1つの案件について業務執行に関する議案も含めて賛否を示さなければならず、自身が意思決定に加わった案件については、中立性及び客観性を保つことが困難になる。この点、監査役は取締役会の外に設置されており、高い中立性及び客観性をもって業務執行を監査・監督することが出来る。これからコーポレートガバナンス・コード策定の過程における議論等を経て、取締役会、社外取締役、監査役等、それぞれの役割がより明確化してくるのではないかと考えている。

――改正会社法で変わる点は…。

 広瀬 改正会社法では、監査役を置く監査役設置会社や、監査委員を置く指名委員会等設置会社に加え、監査等委員会設置会社という新たな会社制度を選ぶことが可能となる。それぞれの制度間に優劣があるわけではなく、企業がそれぞれの状況や適性に合った会社制度を選び、ガバナンス向上のための工夫をしながら機関設計をする時代となる。当然のことながら、各企業は自社が求める取締役、監査役、監査委員または監査等委員それぞれの役割を明確にした上で、その役割に合致する社外、社内のメンバーを考えなくてはいけない。従来の委員会設置会社が登場した際には制度間競争を期待されたが、ほとんどの企業は監査役設置会社制度を採用し続けたため、実際には競争にならなかった。これからは、初めて制度間競争が始まるかもしれない。

――監査役の制度は海外からはわかりづらい…。

 広瀬 協会としては、海外も含めた発信力の強化を更に進めたい。これまで監査役の英文呼称は「Coporate Auditor」や、「監査役」をローマ字にそのまま置き換えた「KANSAYAKU」が使われていたが、海外でもその役割が理解されやすいような呼称を検討し、2012年8月から「Audit & Supervisory Board Member」を推奨している。監査役は取締役会と協働して広義の監督機能を果たしていることを分かりやすく示したもので、コーポレートガバナンス・コードの考え方とも合致している。2014年9月に当協会が行った調査では、監査役の英文呼称を定めている上場会社約1,000社中65%が新しい推奨呼称を採用しているとの結果が出ている。もちろん、米国などではモニタリング・モデルが取られているため、これと異なる監査役制度よりも、このモデルに馴染む委員会制度の方がわかりやすいのかもしれない。とはいえ、日本企業の大半が監査役会設置会社の形を選んでいる以上、海外のモデルをそのまま導入するのは日本企業にどこか馴染まない部分があるということだ。

――日本企業に合った制度がある…。

 広瀬 改正会社法で新設される監査等委員会制度を選択した場合、モニタリング・モデルの取締役会に移行しやすくなる。ただ、どのような制度を選択するにしろ、日本企業または自社に馴染むような工夫を施すことが望ましい。和を尊ぶ日本では取締役会を監督機能に特化せず執行機能を残す方が文化的に馴染むのかも知れない。その場合は取締役会の外に置かれる監査役という制度は非常に有用である。また、常勤者の存在も重要だ。社内出身の常勤者は、日常的に社内情報に接し、長期的・持続的な視点で企業を見ることが出来る。

――このほかに、改正会社法で変わる点は…。

 広瀬 会計監査人の選解任議案を、監査役が決定できることになったことは大きな前進だ。これまでは、監査を受ける側が、会計監査人の選解任議案や報酬の決定権を持っていた点で、インセンティブのねじれが生じていたが、そのうち選解任議案の決定権が監査役に移ることになった。ただ、会計監査人を変更しない場合は、株主総会の議題に上がらず、実務として表面化しないため、外部からはわかりづらいかもしれない。とはいえ、選解任の議案決定権がある以上、会計監査人を継続する場合でも監査役は継続の是非について判断する必要がある。また、株主総会で質問をされた場合も監査役が説明することになろう。選解任権を持つようになった監査役は、逆に言えばしっかりとした決定を行っていかなければならない。また、会計監査人の報酬については、引き続き、監査役に決定権はなく同意権のままであるが、選解任議案の決定権が監査役に移ってもしっかりと監査役として権限行使できるということが示せれば、次の展開につながる可能性も出てくる。仮に、監査役が会計監査人の報酬の決定権も持つことができれば、海外からの監査役への理解も進むだろう。

――ガバナンスの強化のための対応が稼ぐ力を阻害しているのではないか…。

 広瀬 稼ぐ力を取り戻すためにもガバナンス強化は欠かせない。国内企業の稼ぐ力が弱っているという現状を改善していくために「攻めのガバナンス」が必要と言われているが、監査役がしっかりと「守りのガバナンス」を行うことで、執行側が安心して経営に全力投球できるようになるという効果もある。また、監査役も単に守りの機能を発揮するだけでなく、経営方針や経営の効率化といった点にも積極的に発言していくことが期待されている。

――会員に対する協会の活動は…。

 広瀬 会員として登録している監査役等は7,705名、会員会社で5,919社となっている(14年12月末)。このうち半数以上は非上場企業だ。協会では研修事業を行っているが、会員の企業規模や業種業態は様々であり、全ての会員のニーズを満たしていくために協会に求められるものも多様化している。また、監査役を取り巻く環境も急激に変わってきている。例えば、一連の企業不祥事の結果として不正リスク対応基準の制定等が行われ、監査役との連携を強化することが会計監査人に求められ、会計監査人と面談を行う機会が増加した。監査役が対応すべき事項も増えているため、会員が監査職務を遂行するために必要となる研修プログラムをタイムリーに企画して実行していく方針だ。

――このほか、協会としての取り組みは…。

 広瀬 今年は改正会社法の施行やコーポレートガバナンス・コード制定など、コーポレート・ガバナンスを巡る動きが慌ただしくなり、監査役、監査委員あるいは監査等委員になった会員が対応に迷う可能性もある。監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社どれをとっても日本の会社法が求めるガバナンスのレベルを体現すべく、協会としては、まず会員に対し指針を示していく。その上で、会員がそれらの指針に基づき自社において適切な制度運用をしていくことが重要となる。更に、制度変更の中で見えてきた新たな課題についても研究を行い、対応力を高めていきたい。例えば、コーポレートガバナンス・コード原案では、監査役および監査役会の役割について、「自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適切でなく、能動的・積極的に権限を行使し、取締役会においてあるいは経営陣に対して適切に意見を述べるべき」とされている。具体的に何をすればよいかわかりづらい面もあるため、どうすれば良いのか考えていかなければならない。

――証券業界が今、課題とすべきことは…。

 森本 証券業界のビジネスモデルを、経済や金融のトレンドに合わせて発展させる方法を見極めていくことだ。基本的には、国民の資産を投資の方に誘引することが重要となる。市場では、マクロ面ではデフレからの脱却を進めようとしており、ミクロ面ではコーポレートガバナンス改革が行われている。したがって、投資に導きやすい市場環境となっている。欧米と異なり規制対応の面で大きな問題がないため、現在のこの流れを定着・拡大させる好機だと考えている。

――証券会社の取り組みは…。

 森本 各証券会社で目標や基盤が違うので、一概には言えない。海外展開、アジア進出が可能なのは一部の証券会社に限られる。ただ、総じていえるのは、投資家の信認を得られるようにすべきだということだ。証券会社を通じて投資を行えば、長期的な視点から見て「割に合う」と思えるようにすることが肝要だ。日証協で取り組むべき活動としては、「投資家の裾野拡大」と「活力ある金融資本市場の実現」という二本の柱を掲げている。

――「投資家の裾野拡大」として具体的に行っていることは…。

 森本 「投資家の裾野拡大」としては、NISAが一番の目玉で、他には確定拠出年金制度が挙げられる。NISAは証券投資を行うきっかけの提供という位置づけだ。これを機に、投資を初めて行う個人もいれば、久々に株式や投資信託を購入する個人もいる。

――NISAはまだ新規の投資家には普及していないのでは…。

 森本 各証券会社も、恐らく銀行も、NISA口座は1か所の金融機関でしか開設できないため、既存客にまず自社で口座開設してもらうことに最初は注力していた。つまり、最初は既存客の囲い込みが先行していた面がある。その後、新規投資家となる投資未経験層や若年層に広がりつつあると思う。現在の口座開設の手続きが大きな障害になっているとは考えていない。住民票が必要となる点や、最終的に口座開設の通知が来るのに時間がかかる点はあるが、申し込み方法は極めて単純だ。

――税制改正大綱に盛り込まれたジュニアNISAの効果は…。

 森本 ジュニアNISAは、親や祖父母の資金で買った投資商品が、子や孫の口座に贈与される点で世代間移転の効果が見込める。また、原則18歳まで払い出し制限がかけられる点で、必然的に長期的な資産形成が行われることとなる。ジュニアNISAを1つのテコとして、中長期的な投資を広げていくという効果は相当あるのではないか。ただ、現行の成人向けのNISAと同様、ジュニアNISAも非課税期間が投資した年から最長5年間と、時限であることが課題だ。現行のNISAとともに、恒久化を働きかけていく。

――そのほかNISAの制度改善の課題は…。

 森本 中長期的な資産形成に向けた制度である以上、非課税期間の恒久化が大きな目標となる。その他の改善点は、毎年着実に要望していくことになろう。恒久化のほかでは、投資商品の入れ替えが出来ない点が挙げられる。現行の制度では、商品を入れ替えた場合、NISA口座から出して又入れた扱いとなり、非課税枠がその分減ることとなる。一方、イギリスのISAでは、投資枠内での商品入れ替えが可能となっている。中長期的な投資では、経済情勢によって投資したい商品が変わるのは当然なので、この点においても改善が必要だ。

――確定拠出年金の制度については…。

 森本 確定拠出年金については、資産形成に寄与する可能性が高いものの、現在は必ずしも個人の中長期的な資産形成に役立っているとは言い難い。厚生労働省が拡充に向け取り組んでいるが、まだ十分な制度として成熟していないのが現状だ。現行の制度では、個人型DCの普及率が非常に低い。来年度の税制改正大綱で、主婦や公務員も制度に加入できるようになるため、加入対象者は相当広がることとなる。ただ、普及率を高めるには、個人型DCを加入しやすくするなど、制度をより使いやすいものにすることが大切だ。

――その他、投資家の裾野拡大に向け重要なことは…。

 森本 金融経済教育により、金融リテラシーを高めることが重要だ。NISAや確定拠出年金は、投資に資金を誘引するインセンティブになるが、それだけでは投資行動による好循環が生まれない。証券業界としても、金融経済教育に積極的に取り組まなくてはならないと考えている。小中学生に対しては、学習指導要領の改訂に合わせ働きかけを行う。また、日証協では小中学校の土曜学習への参画も行っている。小学生向けでは、同伴している保護者にもきっかけの提供となることが見込める。大学では、来年度は50大学で講座を行う目標を掲げ、目標に向け活動することにしている。

――「活力ある金融資本市場の実現」に向けた取り組みは…。

 森本 リスクマネー供給を増やすためのクラウドファンディングや、新興、地域企業向けとなる非上場株式の取引制度の法改正に対応できるよう準備している。クラウドファンディングは、基本的には証券会社がインターネット上にサイトを開設して少額の資金調達を仲介できるようにする制度で、これに対する自主規制を検討している。非上場株式の取引制度については、証券会社がこれまでグリーンシート銘柄などを除いて、非上場株式を取り扱って来なかったことから、新たなルールを作る必要がある。新興企業や地域企業の株式取引制度なので、ディスクロージャーの負担は上場会社よりも軽減される。例えば非上場の地元のバス会社に投資したいなど、投資家はある程度自発的に対象企業を知っているのが前提で、その上で投資をしたいという人に勧誘を限定する仕組みを予定している。やや草の根運動的ではあるが、リスクマネー供給の点では効果が徐々に表れてくるのではないか。

――法改正の対応以外では…。

 森本 法改正の対応のほか、東京市場の国際金融センターとしての地位向上に向けた活動がある。日証協と日本取引所グループ、投資信託協会、日本投資顧問業協会の4団体で「東京国際金融センターの推進に関する懇談会」を設置した。政府や東京都が積極的に取り組んでおり機運が高まっているため、証券・運用業界の立場からも意見発信をしようと議論を行っている。

――東京の国際金融市場化は過去何度も議論されてきた…。

 森本 これさえ行えばよいという決め手があるわけではないが、どこか突破できれば現在の悪循環が解消できる可能性はある。証券会社がリスクを取らないことが問題だといっても、投資家も保守的であったり、発行体も同様に変化を嫌っていたりと悪循環が生じている面がある。以前から何度も議論しており、前進していないとの批判はあるかもしれないが、2020年の東京五輪の開催も控えて、今はタイミングとしては逃してはならない機会だ。東京五輪を機に、東京という都市の競争力を高めようとしている現在、金融は非常に重要な要素になっている。こうした状況から見て、業界を挙げて議論をする意味は十分にあると考えている。

――国内市場の課題は…。

 森本 日本の場合は、金融緩和を行っても、リスクマネーの供給に資金が向かいづらい傾向がある。いわゆる低格付けの発行体が資金調達をする手段が乏しい。また、機関投資家がリスクを取らないことから、ややリスクの高い募集有価証券は、個人投資家に販売するのが主力となっている。例えば、発行金融機関の財務内容が一定程度以上悪化した場合に元本が削減されるなどの仕組みをもつCoco債は、これまでの劣後債より更にリスクが高くなっているが、個人向け投資信託に組み入れられる形で販売されている。欧米では金融緩和を行うと、低格付けの発行体に対する資金流入が起こるが、日本では資金調達の手段を選べる高格付け発行体のコストが低下するだけで、多様な発行体への資金流入が起きにくい。この辺が1つの課題と言えるだろう。

――国内市場の将来像は…。

 森本 現在の低金利や、デフレはいつまでも続くわけではない。それが変ってきた際にはどうしても投資商品に資金が回らざるを得なくなる。そうなったときに、市場がきちんと機能するよう、今から1つ1つ出来ることを行っていく。すでに、現在でも投資に資金が向かう流れが少しずつ始まっていることから、投資商品に本格的に資金が回っていくのもさほど遠い将来ではないと考えている。

――今年の日本外交はどうなるか…。

 貞岡 全ての国家にとって近隣国との外交は最大の難問だが、特に日本にとって2015年は隣国外交が難しい年になる。それは今年が中国にとって抗日勝利から70周年、韓国にとっては日本との国交正常化50年目という節目であるため、両国からの外交攻勢が予想されるからだ。まず中国にとって、日本に対する抵抗と勝利は共産党の正統性を担保する上で重要な意味を持っている。実際に戦ったのはむしろ国民党ではあったものの、70周年という節目を彼らは宣伝工作に活用するだろう。韓国については、そもそも日韓国交正常化が間違いだったと考えている人々が少なくない。彼らは正常化は米国の意思を受けて強引に実現させられたと考えており、50周年を契機に、今一度日韓関係を見直すことを望んでいる。朴大統領が日本が慰安婦問題で新たな誠意を見せない限り、両国関係は発展しないと主張しているのは、こうした動きの象徴だ。場合によっては両国はロシアや、アメリカさえも巻き込んで国際的な反日キャンペーンを仕掛けてくるかもしれない。彼らは基本的に「強い日本」の台頭を恐れており、そうした未来を防ぐためにあらゆる手を尽くしてくるだろう。

――今年は日本外交の試練の年となる…。

 貞岡 その通りだ。しかしながら、我が方にも強みがないわけではない。最も重要なのは、安倍総理という「強い」指導者がいることだ。安倍総理は支持基盤が強く、多くの歴代首相と違って長期間の政権を維持できる可能性が高い。そのような政権であれば、外交でも一貫した強い立場をとることができる。ただ、心配があるとすれば、総理がやや主義主張に傾斜しすぎる傾向があることだ。一昨年の靖国神社参拝が象徴的な例だが、そうした理念重視は日本外交の制約になりかねない。総理は憲法改正も日本の安全保障環境改善のために強い関心があると見られるが、例えば集団的自衛権は憲法改正までせずとも、解釈によって行使が可能との憲法学者の見解もある。もっと現実的で柔軟な、実利のある外交を総理が追求すれば、今年も日本は無事に過ごしやすくなるだろう。

――「安倍談話」も注目される…。

 貞岡 戦後70周年の節目という重要なタイミングで発表される「安倍談話」には、中国韓国だけでなく、世界が注目しているといっていい。そこに何を盛り込むかは、非常に重要だ。報道を見る限りは過去の談話を継承するようで、不用意に中国や韓国を刺激する愚は犯さないと思うが、もし刺激するような内容があれば、それは中韓の思うつぼだ。過去の談話で示された方向性を変えるならば、大々的にではなく、出来るところから少しずつ着々と取り組むべきであろう。

――米国については…。

 貞岡 アメリカが世界の警察官の役割を放棄しつつある意味は大きい。これはアメリカが相対的に力を失っていることが背景にあるが、一方で中国は着実に軍事力や外交力、経済力を増している。韓国も国際的地位を強めているといっていい。もちろん米国は弱くなったとはいえ非常に重要であり、米国と友好的な関係を築く必要がある。具体的には、米国の議会や国内世論を意識した外交を行うことで、日本という同盟国の必要性をアピールしなければならない。昨年12月アメリカはキューバと国交正常化発表したが、これは見ようによってはアメリカが世界から、自国の周辺国に関心を移しているようにも見える。

――アジアへのアメリカの関心が低下すると…。

 貞岡 それが南米諸国との関係強化を進めている中国が狙ったことなのかどうかは分からないが、オバマ大統領も実績作りに熱心であり、内向き志向になりつつある傾向があるのは確かだ。かつてモンロー大統領は、アメリカが欧州に関与しない代わりに、欧州列強に中南米から手を引くように求めたが、今後は「アメリカがアジアに関与しない代わりに、中国に中南米から手を引く」新たなモンロー主義が台頭してくるかもしれない。もし本当にそのような事態が発生し、アメリカがアジアから手を引くようなことになれば、日本を含むアジア諸国は揃って中国になびかざるをえなくなるだろう。その場合に日本が完全に中国の一部になるのか、それとも一定の自治独立を確保できるのかは分からないが、日本にとってとても不幸な事態であるのは間違いない。それを防ぐために、日本としては、アメリカにアジアに関心を持ち続けるように働きかける外交をしなければならない。

――欧州情勢は…。

 貞岡 不安定な1年になるだろう。原油価格下落によってロシアの財政は逼迫し、ルーブル安も止まっていない。これまでの歴史を振り返ると、そうした追い詰められた状況下ほど、紛争が発生しやすい。例えばロシアが軍隊を国境に展開させたり、戦闘機や原潜の活動を活発化させたりし始めれば、偶発的な戦闘、あるいは最悪の場合は本格的な戦争が始まるリスクが高まる。もう1つの懸念は、欧州統合の行方だ。先日のパリのテロ事件を受けて、欧州内で反移民の気運が益々高まってくるだろうが、その先にあるのは反EUだ。これはEUのルールでは、域内のある国に入国した移民はEU圏内で自由に移動できるため、いくら自国が規制しても他国が入れれば移民が入ってきてしまうためだ。また、欧州の経済も足下で非常に弱いが、これについてもユーロや、EUの財政金融規律が原因ではないかという考えが大衆に広がりつつある。このほか、イギリスでもEU脱退を巡る国民投票が行われる可能性があり、各地で反EUの風潮が強まっているかっこうだ。

――反EUの帰結は…。

 貞岡 そもそもEUは、第三次世界大戦を欧州で発生させないために結成された。つまりドイツをどう処遇するかが問題だったが、現状ではドイツが経済的に一人勝ちとなっている一方、フランスは経済が低迷し、イギリスに至っては離脱する恐れすら浮上している。ドイツは近年海外派兵にも積極的に取り組んでおり、軍事的なプレゼンスも高まっている。このままでは、欧州における勢力均衡が崩れてしまう可能性がある。それを防ぐには欧州経済が復活する必要があるだろう。

――中東情勢も気になる…。

 貞岡 従来の中東における対立も問題だが、今後は欧米の価値観とイスラム教の価値観の対立の顕在化が注目される。パリのテロ事件は欧米からすれば報道の自由をテロリストが脅かした事件だが、イスラム教側からでは必ずしもそうではない。彼らにとってイスラムの教えとは、我々にとっての宗教以上の意味があり、人生や人格の在り方自体を規定するものだ。そんな彼らにとって、預言者モハメッドを冒涜するような表現は許容できるものではない。そもそも、暴力に関する考えも彼らと我々では異なっていることを意識する必要がある。犯罪には手首を切り落とすといった報いを与えるのが彼らの考え方であり、暴力は必ずしも悪ではない。こうした価値観の違い、文明の対立が今後は益々強まっていくだろう。

――今後の国際関係をどうみるか…。

 貞岡 今年は「大変な時代の始まり」になるだろう。第二次世界大戦終結から70年が立ち、戦後レジームに綻びが目立ち始めている。戦後直後は協調によって外交問題を解決する国際主義が主流だったが、現在、再び国家主義が首をもたげつつある。日本も他人事ではなく、今後戦争が起きることを前提として国民は政治を考えるべきだろう。その上では、もちろん政府の教育も重要だが、マスコミも適切に国民に対する啓蒙を行う必要がある。現在の日本の安全保障への考え方はまだまだ偏っており、マスコミも国際社会の現実を直視して、今後の日本がどうあるべきかを論じるべきだ。その上では戦前の日本が何をしたのか、どのような悪いことをしたのか、そしてどのような良いことをしたのかを改めて確認する必要がある。日本軍が人民に対して残虐行為を行ったのは間違いないが、それだけで第二次世界大戦を総括することはできない。バランスのとれた事実をマスコミは知らしめる必要がある。

――中国の軍備増強を懸念する声が強まっている…。

 安田 全般的に増強しているのは確かだが、安全保障を考える上ではその中身だけでなく、意図を考えることが必要だ。戦闘機が何機増えたとか、軍艦が何隻増えたとかいった議論は表面的なもので、それだけでは脅威を判断することはできない。それよりも中国の意図を踏まえた上で中国軍の状況を見ることが重要であり、そうした観点から見ると、中国は闇雲に軍事力を増強しているだけではないことがわかる。「今にも中国軍がせめてくる」というような報道も見受けられるが、はっきりいってそれは誤解だ。

――中国の意図とは…。

 安田 そもそも彼らもいたずらに他者を破壊したり殺傷したりすることを望んでいるわけでない。あくまで軍事力は、自らにとって好ましい行動を相手に強要し、自らの力を拡大して豊かになるための一手段に過ぎない。ただ、中国人の考える「軍事力」と日本人のイメージする「軍事力」に乖離があるのは確かだ。たとえば、中国は2年に1度国防白書を発刊しているが、その中で核兵器を明確に「威嚇のための手段」と打ち出している。これを過激と日本人は捉えるだろうが、「威嚇」とはあくまでその恐怖によって相手を従わせる行為であり、いわば孫子の兵法でいうところの「戦わずして勝つ」だ。また、中国軍が掲げている「軍事闘争の準備を深化せよ」というスローガンを聞くと、日本のメディアは戦争の準備が進んでいると早とちりしてしまいがちだ。たしかに「軍事闘争の準備」とは軍事力の増強をも意味するが、軍事力には、たとえば災害や疫病への対応など、様々な使い方があるのであって、「軍事力の強化」をただちに「戦争の準備」と考えるのは正しい見方ではなく、あらゆる事象に軍事力を効果的に使えるよう準備するということである。さらに、中国の民族問題が深刻であることも重要で、いわば中国は「内なる敵」を抱えている。したがって闇雲に対外的膨張を図る状況ではないことも意識する必要がある。

――しかし、実際に周辺諸国と紛争を起こしている…。

 安田 どの国もそうだが、国家の安全保障とは一般的には「自らの領域と国民の生命財産を守る」ことに尽きる。これは中国でも同様だ。問題は、中国の考える「自らの領域」が現状の国境線と合致していないことだ。彼らにとって現状の領域とは「帝国主義者に不平等条約締結を強いられた結果」に過ぎない。つまり、外国からは膨張主義的に見える彼らの行動は、彼ら自身からすれば、「奪われたものを奪い返す」という正義を実行していることになる。もちろん他国からみればそうした行動は国際社会の規範に違反した侵略ということになるが、中国としてはそうした規範は外国が勝手に決めたものであり、従う理由はないということになる。ただ、中国にとっても当面の至上命題は近代化や経済発展であり、周辺諸国といたずらに紛争を起こすのは得策ではないことは理解している。従って、現領域への不満を何らかの形で表明することはあっても、当面はあまりあからさまに失地回復戦争を挑むとは考えにくい。とりわけ陸上では、そうしたことがすでに容易にできなくなっていることを中国は理解している。それだけに中国は、境界のあいまいな海と空、そして宇宙へ乗り出してきている。

――日本はどう対抗するべきか…。

 安田 中国の周辺国はロシアを除けば小国がほとんどで、それが中国の優位性に繋がってきた。しかし歴史を振り返ってみると、小国が団結すると、中国を圧倒することも多かった。従って中国を抑止するには小国の結束が重要であり、日本としても周辺諸国との協力関係を結ぶ必要がある。安倍政権の武器輸出三原則の緩和は、こうした日本がとるべき道に合致しているといえるだろう。ただ、その場合に考えないといけないのは、国境線を接した国同士の特別な関係だ。島国である日本には実感しにくいが、陸上国境線で接している国同士というのは一種の運命共同体的なところがあり、紛争が頻発したとしても、それを解決する知恵が育まれている。たとえば、2013年に久しぶりに中国とインドの国境紛争が発生したが、この時は直後に首脳の相互訪問が実現し、緊張は急速に緩和された。しばしば「日本はインドと手を結んで中国を牽制せよ」という議論が聞かれるが、このような陸上国境を有する国同士の特別な関係を考えると、どこまでインドが中国に強硬になれるかは疑問だ。それよりは、たとえばオーストラリアのようにある程度中国から距離があり、自由と民主主義という価値観を共有する国の方がパートナーとして相応しいかもしれない。ただしやはりオーストラリアはわが国に比べればはるかに中国から離れており、わが国と中国脅威感を完全に共有できるとは言えないだろう。

――日米同盟も重要だ…。

 安田 日本のおかれた位置や国力からすると日米同盟が不可欠なのは明らかだ。核の傘の提供を受け続けるためにも、あらゆる努力をして、日本は米国との同盟関係を維持する必要がある。中国は核兵器をコストパフォーマンスにすぐれた効率的な兵器として捉えており、非核・反核の。日本自身で核兵器を所有することが国内外の世論から現実的でないことを考えれば、米国の核の傘に頼るのが最も現実的な選択だろう。日本にとっての悪夢は米中が日本の頭越しで駆け引きすることであり、米国をつなぎ止めることを意識しなければならない。いざという時に米国が日本を本当に守ってくれるのかどうか不安なのは確かだが、だからといって自力で核武装を目指して米国から距離を置かれては本末転倒だ。それよりは、自由と民主主義を信奉する日本という国を守らなければならないと米国に思わせような、魅力的な政治を維持することが日本の国益となるだろう。

――尖閣諸島については…。

 安田 逆説的かもしれないが、どこまで中国が本気で尖閣諸島の奪取を検討しているかは疑問だ。というのは、中国が東シナ海に進出してから30年以上が経過しており、彼らにとって東シナ海は「前庭」のようなもので、すでに尖閣諸島を含めた東シナ海は手の内に入ったと思われるからだ。中国の眼はすでに東シナ海を越えて太平洋に向いている。かつて米軍高官が中国側から「ハワイを境に太平洋を分割して、西側を中国、東側を米国のものにしないか」と打診されたエピソードはブラックジョークのように受け止められているが、これはあながち冗談ではなく、以前から彼らの視線が西太平洋に向けられていたことを示しているように思われる。実際、昨年12月にも中国海軍が沖縄と宮古島の間の海域を通過して西太平洋で演習を実施したが、これは最早中国にとって東シナ海が問題でないことを示しており、尖閣諸島をわざわざ武力を用いてまで獲得するメリットは薄れているのではないか。もちろん隙があれば実効支配を狙いはするだろうが、日本としてはあまり尖閣諸島にばかりこだわるのではなく、中国の戦略を踏まえた対応を優先して考えるべきだろう。

――自衛隊はどうするべきか…。

 安田 日米同盟は重要だが、急迫不正の侵略があった場合まず日本独自の防衛力によって対抗せざるをえないことを考えれば、自衛隊自身も防衛力を整備発展させることは欠かせない。米国の来援を待っている間に致命的な被害を受けては意味がなく、防衛のための自助努力は必要だ。では島国である我が国をどのように防衛するかを考えると、一見海空防衛力のみが重要なようにも思われるが、歴史を振り返れば、どのような戦争でも最後の結果を決定するのは陸上戦闘であった。それを踏まえると、依然陸上自衛隊の役割は大きいと考えるべきだろう。もちろん冷戦時代のように、極東ソ連軍の上陸に備えて北海道に陸上防衛力の大半を貼り付ける戦略はすでに適当でなく、陸上自衛隊も新たな防衛のあり方を考え続ける必要がある。ただ、たとえば水陸両用車を数十台購入するといった表面的な対応だけでは不十分で、海洋国家日本をどうのようにして陸上防衛力で守るか、本気で知恵を絞らねばならない。実は中国の軍上層部も、今日における陸軍兵力のあり方については議論を重ねてきているが、このような態度は日本も見習ってもいいだろう。

――最後に一言…。

 安田 中国はしばしば「わかりにくい国」と評価される。しかし、私自身は中国ほど透明性の高い国はないと思っている。中国が不透明だという人々は、たとえば軍の実態、兵器の数量や配備状況、戦術がわからないために不透明だというが、これらの事項はどこの国の軍隊でも秘密にしていることだ。隣国である我々日本人にとってより重要なのは、中国が軍事力をどういうものと考え、どのように使うかだが、この点、中国の戦略目標が「かつての領域を取り戻す」ことにあるのは中国が自ら公言していることで、その意図はすでに極めて明らかだ。また、中国が軍事力行使に躊躇いがないこともはっきりとしており、これは勉強すればすぐに分かることだ。それにも関わらず安易に中国が「わかりにくい」として思考停止するのは、はっきり言って勉強不足をさらけ出していることになる。中国側からすれば、「わからないのがわからない」といったところだろう。確かに中国の安全保障の概念は日本のそれとは大きく違うが、きちんと勉強しさえすれば、中国を「わかりにくい」などとは言えないはずだ。

――昨年10月には基本ポートフォリオの大幅な見直しを行った…。

 三谷 我々は5年間の中期目標に沿って資金運用を行っているが、その前提となる経済の状況が大きく変わってしまった。最新の財政検証の結果等を踏まえて14年秋に改められた中期目標では、賃金上昇率プラス1.7%の運用利回りを長期的に確保することがGPIFの使命として与えられた。日本経済の状況を見ると、10年以上続いたデフレから、徐々にインフレ的な状況に移行しつつある。日銀の物価目標2%にはまだ達していないが、下落し続けてきた物価は明らかに上昇に転じており、これを受けて賃金上昇率もプラスになってきている。他方、日銀の量的・質的金融緩和によって金利は押しつぶされており、実質金利は今や明らかにマイナスとなっている。このような状況下で国内債券に重点を置いたポートフォリオを組んでいては、賃金上昇率に1.7%の利回りを上乗せすることは非常に難しくなってしまう。

――国内債券の運用比率が大幅に減少し、逆に株式の比率は増加した…。

 三谷 一般的に報道されているような、国内株式の比率を上げるために基本ポートフォリオを見直したということではなく、最近の超低金利を前提に、今後の長期金利の上昇も展望して、望ましい資産構成を算出したということだ。日銀の大規模緩和政策によって、現在のところ長期金利の水準は著しく抑えられており、このままでは積立金は目減りしていく一方、今後適度なインフレ状態に移行し、緩和が徐々に出口に向かえば、必ず金利は上昇する。その過程では、国内債券に大幅な評価損が出ることも計算に入れる必要がある。最新の財政検証では、向こう10年近くは資金が流出していくが、そのあと25年後位にかけては資金の流入が見込まれている。そこで、今後25年間をターゲットに財政検証の前提に沿って国内債券の利回りを推計すると、今回採用した2つのケースでは、名目で2.0%、もしくは2.6%程度になるとの結果が出た。これを前提として、賃金上昇率プラス1.7%を達成するための再計算を行ったところ、国内債券のウェイトは大きく減り、国内株式、海外株式、海外債券の運用比率がそれぞれ増えることとなった。

――新たな基本ポートフォリオへのリバランスの時期は…。

 三谷 マーケットの状況を見定めながら、資産構成の割合を変更後の基本ポートフォリオに着実に近づけていくことが基本となる。早ければ良いに越したことはないが、ポートフォリオの変化幅が大きいため、マーケットの混乱を避けるためにも、ある程度の時間をかけていくことが必要となるだろう。今年4月からは5年間の第3期中期計画に入るが、この期間のどこかの時点では組み替えを終えるような形となるだろう。

――外部の運用委託先はどのように決定しているのか…。

 三谷 運用の委託先については毎年定期的に見直しを行っており、現在は外国債券のファンドマネージャーの見直しを行っているところだ。我々の原則としては、少なくとも3年間は運用を任せて、その結果を見ながら、新規の応募者も含めて見直しを行うこととしている。伝統的な4クラスの資産については、4年に1度程度のペースで見直しの時期を迎えるようになっている。運用委託先の数については特に決めておらず、100以上の応募者それぞれの特徴を判断しながら、適切な組み合わせを考えている。現在はインハウスを含めて79ファンドがGPIFの資金を運用しており、各資産クラスのファンド数としては、だいたい20前後となる。パッシブ運用、アクティブ運用で大きく性格が異なるため、ファンド毎の運用金額はまちまちだ。

――運用する資金の大きさに対し、職員数は少ない…。

 三谷 現在の職員数は私自身を含めて80名程度だ。運用の大半を外部のファンドに委託しているため、我々の主な仕事はファンドの選定やその後の管理・モニタリングになるが、人員が十分足りているとは言えない。出来れば組織としての規模をもう少し大きくして、モニタリングの強化など、様々な形でリスク管理態勢をレベルアップしていきたい。現在は外部のコンサルタントに、給与体系の見直し、専門職の処遇の仕方を含めて検討してもらっていて、最後の詰めの段階に入っている。人件費や組織の人数はある程度弾力的に対応できるように閣議決定もされており、専門知識を持つ人材をより採用していきたい。

――今月には、運用方針を議論する投資委員会を新設するが…。

 三谷 現在は法律上、理事長1人が最終的に責任を持つ形で全ての決断を行う仕組みとなっている。ただ、資産運用業務の特徴やGPIFの規模からして、理事長1人が全てを決める独任性ではなく、何人かが集まって議論しながら進める合議制の方がベターだ。例えば、一般的な運用機関であれば週に1回は大きな方向性について議論を行っているが、我々としてもそのような形で、新しい基本ポートフォリオに向けてどのようにリバランスを進めていくか、もう少し頻繁に内部での議論を交わしていきたい、また、従来の基本ポートフォリオでは、上下のカイ離許容幅の中心に合わせて調整を行っていたが、今後はマーケットを見ながら、カイ離幅の中であれば比較的弾力的に対応することが可能となったので、こうしたことからも、新たな委員会で議論を積み重ねていきたい。

――より積極的にリスクを取り、運用効率を上げるべきとの意見もあるが…。

 三谷 年金資金の運用としては必要とされる利回りをしっかり達成することが重要であり、利益をむやみやたらと追求していくことはしない。我々としては必要な運用利回りを最低限のリスクで確保するということが基本方針であり、それ以上どんどんリスクを取って儲けようというソブリン・ウェルス・ファンドのような考えは持っていない。パッシブを基本とし、市場全体の動向を幅広く反映するような形で運用して行けば、世界経済や日本経済の成長に伴い、それなりの利回りを着実に得ることはできるはずだ。

――伝統的な資産に加え、インフラ等への投資も開始したが…。

 三谷 低金利環境下において、安定的にそれなりの利回りが取れる商品を見つけることは、世界の長期資金運用者にとっては共通の課題であり、我々としてもオルタナティブ投資を避けて通ることはできない。また、我々のように長期的な運用を行う投資家にとっては、流動性リスクを取ってプラスアルファのリターンを得ることが可能だ。世界の年金基金や、日本の企業年金の一部でも、すでにオルタナティブ投資を手掛けており、我々もこうした分野を狙っていく必要がある。特に、不動産はもともと長期投資の一つの大きな分野であり、積極的に取り組んでいければと思っている。ただ、不動産のほか、インフラ、プライベート・エクイティといったいずれの分野でも、良い案件に遭遇することがなかなか難しい。また、日本ではバブルの後遺症で不動産投資は危険だというイメージが残っており、しっかりとした案件から投資を開始していかねばならないだろう。オルタナティブの分野でも運用態勢を整えつつ、いかにして投資機会を確保して行くかが今後の課題になるだろう。

――最後に、新年の抱負を…。

 
 三谷
 昨年に行った基本ポートフォリオの見直しを含め、より大きな変革を遂げていかなければならない。国民からの信頼が得られるように、リスク管理の腕に磨きをかけ、プロフェッショナル集団として年金資金の運用に取り組んで行きたい。

――今後の日本経済をどのように見ているか…。

 三國 私は日本経済の先行きに対しては、5年ほど前から強気に転じている。景気循環的な回復ではなく、構造的に回復していくと見ている。「失われた20年」を見ると、日本は経常収支の黒字、言い換えれば資本輸出をずっと続けていた。経常黒字になるということは、海外に対して回収されていない売掛金を作るに等しく、このことが日本経済にとっては大きな負担になっていた。つまり、輸出で海外に作った売掛金を回収するために、外為市場でドルを売って円を買おうとすると、円が切り上がって輸出が出来なくなってしまう。このため、売掛金を回収せず、そのままドルで抱えることになる。売掛金を回収できない企業は資金が回らなくなるが、日本はそれと似たような状況だった。日銀による資金供給は多少の延命策になるにせよ、経常収支の黒字は資本を輸出することにより「流動性の罠」にはまり、国内でお金が回らない状態になってしまう。ただ、リーマン・ショックを契機に経常収支の黒字幅は縮小し、均衡に近い水準になってきた。20年以上にわたってお金を詰まらせていた原因が氷解して、お金が回るようになる。これが一番重要なポイントだ。

――経常収支の赤字は日本経済にプラスに働くと…。

 三國 資本輸出とは購買力とコール資金を海外に持っていくことと同じだ。金融引き締めと同様の効果になる。経常収支の黒字が縮小し、赤字に向かうことは資本輸出の負の効果を解消する。日本の経済は動くようになり、購買力も増えるだろう。お金が国内に戻って回るようになれば株式市場も上昇し、資産価格も上がる。しかし、為替を円安に誘導して輸出を増やそうとするアベノミクスは、私の考えと全く逆方向だ。円安が経済成長に結びつかないことは、白川前日銀総裁の退任間際の講演録でも説明されている。

――安倍首相は円安による輸出の増加を目指しているが…。

 三國 経済政策には大きく2通りの考えがある。一つは安倍首相が目指している輸出を振興する外需主導型、もう一つは住宅投資を軸にした内需主導型だ。新興国の産業化や工業化にとっては輸出が牽引する経済が効果を発揮し、かつては日本もそのような政策を取っていた。日本は外需によって成長を遂げたが、今や世界最大の対外純債権国、債権大国となった。このため、内需主導の経済に切り替える必要があるが、アベノミクスで物価が上がったことにより、国内の購買力も減少している。国内の消費が生産よりも小さい日本のような債権大国の経済にとっては、国内需要を何より大事にしないといけない。

――8%への消費増税をどのように評価するか…。

 三國 14年4月に消費税率を上げてしまったことは、債権大国としては失敗といわざるをえない。債権大国の経済政策ではいくつかポイントがあるが、その筆頭は購買力を奪う消費税を使わないことだ。債権大国では一円でも多い消費が求められる。英国、米国が債権大国であった時代には消費税をほとんど使っていなかった。日本は300兆円を超える対外純資産を溜め込んだ。債権大国になった時点で、経済の動きがどう違うのかを検討しなければいけなかったが、債務国の時代と同様の経済政策を通してきた。これがそもそも最大の失敗だ。

――消費増税が国内の購買力に大きな打撃を与えてしまった…。

 三國 加えて、為替が円安方向に振れると、海外から買う物の値段が高くなる。この2年の間で、ドル・円相場は80円弱から120円程度まで、約3割強円安となった。そこに3%の消費増税を行ったことで、ダブルで購買力を奪ってしまった。この影響は日本経済が相当に強い状況だったとしても、なかなかカバーできない。消費税を上げてしまったことは元に戻せないとしても、安倍首相が10%への再増税を先送りにしたことは大正解だ。為替水準も円高の方向に戻っていくことになろう。

――債権大国の経済で他に重要なポイントは…。

 三國 債権大国の経済にとって2つめに重要なのは、小選挙区制だ。国の政策を思い切って変える必要があるときに、小選挙区制であれば、政権交代によって物事の方針を大きく変えられる。3つめは、住宅を核として日本経済を自ら牽引することが重要だ、日本は今まで、アメリカの経済成長に牽引してもらっていた。日本は住宅投資と住宅ローンをエンジンとして、必要な時に自分達でアクセルを踏める「自走式経済」へと変える必要がある。

――住宅を核にどのように日本経済を成長させていけばよいか…。

 三國 日本はこれまで、戸数を増やすことを住宅政策の目的としていたが、現在では家が余ってしまった。これからは戸数ではなく、住まいとしての質を追求することになる。米国における1戸あたりの住宅投資額を見ると、過去20年間、名目5%弱のペースで増えてきており、これとほぼ同水準でGDPも増加している。同期間、日本の1戸あたりの住宅投資額は増えておらずほぼ横ばい、GDPも横ばいで推移している。内需主導の経済では、生活を豊かにするよう個人がお金を、どうすればたくさん使ってくれるかを考えないといけない。その1つの方法は、最先端の技術を取り込んだ高機能住宅を増やすことだ。技術革新も期待できる。また、住宅投資で重要なのは、住宅資産を支える側で住宅ローンが増加する。貸借対照表の資産側と負債側の両方を経済政策の対象にできることだ。そして住宅投資と住宅ローンが増えることにより、経済効果としては公共投資と国債を減らすことが可能になる。財政の健全化の一助となる。

――債権大国として、日本に求められる役割とは…。

 三國 日本がたぐい稀なる債権大国になっていることに、多くの人は気付いていない。実際、考えられないことが起こっている。リーマン・ショック時に資金の逃避先として円が選ばれており、流入した資金で海外の金融機関を期せずして支援していた。世界の中央銀行としての役割を果たしたということになる。今後米国が不均衡是正を進め、赤字を減らしていく過程に入ると、国際通貨としてのドルの発行量も減少する。そのままなら、世界経済は冷え込むことになるが、よくできたもので、日本は経常収支が赤字に向かい、その支払いに円の発行量を増やす。受け身であるが、円は国際的な位置づけを高める。

――政府はどのように経済を舵取りしていけばよいか…。

 三國 消費税増税を先送りしたということは、安倍首相のお考えに何か変化があったのかもしれない。アベノミクスが過去の輸出振興の外需主導型経済政策をたどるのであれば、それは駐車ブレーキを外し忘れて車を運転するようなものだ。いくらアクセルを踏んでもスピードは上がらない。今はデフレ効果を伴う消費税増税ではなく、何があっても消費を増加させることだ。そして、日本の円が実力通りに評価され、円の購買力が回復すれば、日本経済は自らの力で成長軌道に乗るだろう。さらにアクセルを踏み込む装置としては、住宅投資額拡大に効果があり過ぎるとされる「住宅ローン支払金利所得控除税制」を導入することだ。金利上昇期をいずれ迎えることを想定すると、最も必要な税制である。

――放射線被害などの評価を行う国連機関の原子放射線の影響に関する国連科学委員会UNSCEAR(アンスケア)の報告をどうとらえるか…。

 菅谷 環境省所轄の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」では、UNSCEARが公表した「2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響」報告書の評価を前提に議論が進んでいた。UNSCEAR報告書の主なデータ源は、日本の政府機関から提示された公式情報であり、その評価によれば福島第一原発事故による放射性核種の大気中への放出は、チェルノブイリ原発事故で放出されたと推定される放射性核種の1割、2割程度であるという。そのため、被曝の影響による健康被害では、放射線から誘発される甲状腺がんの発生は少なく、白血病や乳がんなどのリスクも上昇せず、妊娠中の被曝による流産や胎児異常などの先天的な影響など増加しないとの結論が出ている。私自身も専門家会議にヒアリングの1人として7月に参加し、チェルノブイリ現地での長期にわたる医療行為や直近の視察など、私自身の経験に基づいたチェルノブイリの健康被害の実態などについて私なりに話をしたが、私が参加した時点では既にUNSCEARの報告書を前提に健康被害はほとんどないだろうとの会議の流れは決まっていた。つまり、健康被害に関して委員会としては、大したことはないだろうという結論だったが、国が除染を実施している事実からしても、放射性物質で高度に土壌汚染されていることは確かであり、私の長年に及ぶチェルノブイリでの体験からしても、今後さまざまな健康への影響が徐々に出始めていく可能性は否定できない。

――国は始めから放射能の影響は少ないということばかり主張している…。

 菅谷 確かに、チェルノブイリと比較すると、原発事故の範囲もあれほど広大ではないので、放出された放射線の量は少ないのかもしれない。ただ、チェルノブイリでの経験からすると、福島の安全性を謳って住民を帰還させるよう国が促すにはまだ早すぎる。2011年に起きた原発事故から3年半以上が経とうとしているが、まだ3年、たった3年しか経っていないという認識を持たなければならない。チェルノブイリ原発事故は今から28年前の1986年4月に起きた。その後、チェルノブイリで健康被害が報告され始めたのは、事故から5年ほど経った頃からだ。そういう意味では、福島はまだ3年だ。10年、さらには20年という視点でないと健康被害に関して本当のところはわからない。2012年にベラルーシ共和国のドクターから話を聞く機会があったが、チェルノブイリ事故から当時26年経っていたにも関わらず、低汚染地域ではアレルギー疾患や胎児異常が増加傾向にあるという。そうしたこともあり今の段階で、福島第一原発事故は健康被害とは関係ないというのは時期尚早だ。

――甲状腺の検査については…。

 菅谷 福島では福島県立医科大学などが主体となって、甲状腺検査が実施されており、事故当時18歳以下の全県民を対象に検査をした結果、約30万人のうち57人が甲状腺がんと診断された。通常ならば子供は15歳未満の年齢までを指す。また、世界の医学界の定説では、0から15歳未満の子供の甲状腺がんに罹る率は100万人のうち1人、多く見積もっても5人とされてきた。これに対し今回の検査レポートによると、定説を覆すような約30万人のうち57人が甲状腺がんだったという結果が出た理由は、精度のよい超音波機械を使ったために、発見率が上がりこのような結果になったのであって、被曝によりがんが増えたからではないということだった。定説が確立している0から15歳未満までの子供たちだけではなく、18歳未満までを対象に検査が実施されたことに加え、15歳未満の結果についても県民健康調査のデータを出さない。そうしたデータ公表などをきちんとやらないことが、不都合な事実を隠蔽しているのではという疑念を生み、ますます福島の方々は政府を信用しなくなってしまっているという、最悪のスパイラルに陥っているのではないか。

――定説と比較することが出来ないように事実を隠蔽しているとしか見えない…。

 菅谷 健康被害だけではなく、情報が公開されなくなってしまった気がする。反原発のデモも大手新聞は報道しないようになってしまって、福島の現状もごく限られた新聞しか報道していない。本当にどうして、このような状態にまでなってしまったのかな、と思うくらい情報が出ずに気にしている。日本は先進国。先進国であれば、国は情報をもっと公開して国民にも信頼されるようにならなければならないが、不信感を払拭するどころか情報公開を全然しないので不信感が募るばかりとなっている。福島原発事故で大変な被害を受けた浪江町の町長が、今年11月に松本市に足を運んでくださった。町長のお話を聞くと、そこに住まわれている方々は、福島県立医科大学の検査を、あまり信頼していないという。さらに、国の環境汚染に対する対策がひどく不十分であるとも指摘されていた。現在、浪江町も含め12万人以上の方々が原発事故などの被害に遭い避難をされているが、住民の方々についても、避難されている方々についても、国はそうした人々の気持ちを十分汲んでいない。政府は、被災地の方々の心に寄り添うと言っているが、甚大な被害を受けた浪江町の町長のお話などを見聞きしていると、全然寄り添ってなんかいないという感じがする。日本という国はこんなにも冷たいものだったのかということを感じる。福島でもだんだんと、こういう話題をしないようにということになっているので、そうしたことも含め全ての事柄が一体どうなってしまっているのかと感じている。

――がん以外の健康被害は…。

 菅谷 甲状腺がんに対する対策は、早期発見と早期治療に尽きる。その意味で甲状腺がんが発見されたこと自体は前進だ。しかし、甲状腺がん以外の検査のデータは公表しておらず、これが次なる問題だ。チェルノブイリでは被曝による健康被害から誘発される貧血などの症状は、事故後10年以上経ってから出始めている。ベラルーシの場合は、現在の日本と違い、経済的にも大変で甲状腺がんの検査だけしかできていなかったが、経済大国でもある日本に位置する福島の場合は、事故当初から血液検査や尿検査をきちんとやっていると思う。甲状腺だけでなく、もっと広い意味での身体への影響という観点から、免疫検査や貧血検査などいろいろな問題をチェックし、分析し未然に防止する必要がある。こういった検査自体は行われていると推測するのだが、全くそうしたデータが出てきていない。被曝関連の検査は、甲状腺がんに集中しているが、甲状腺がんと同様に、非がん性疾患でも早急に対応を打たなければならない。何も起こらないかもしれないし、何か起こるかもしれない。しかし、オーバーでもいいから早く手を打っていくことがチェルノブイリの教訓だが、それが生かされておらず、歯がゆい思いだ。

――国に対して望むことは…。

 菅谷 定期健診などの身体検査体制をしっかり整えて実行することと、環境汚染対策をしっかり実施するということだ。健康管理というのは、みんなが不安に感じているものなので、マンパワーも含め定期的な検査をさらに増やす必要があると考えている。ベラルーシ共和国では、汚染地域に居住している6歳から17歳の子供に対し、国が負担して無料で年2回の定期検診を継続的に行っているが、福島ではそういったことが行われていない。また、日本は、除染を行っているが、今のやり方では全然意味がない。例えば、除染をするにしても山林に手をつけていないと、風が吹く度、雨が降る度に、山の上から放射性物質が降り注いできてしまうからだ。そうしたことがあるにもかかわらず、お子さんたちの通う学校は除染したから福島の学校に戻れ、ということを国が進めている。そうは言っても、多分お子さんのいらっしゃる家庭は戻らないだろう。低線量被曝の問題、外部被曝、内部被曝の問題もいろいろあるなかで、もう少し様子を見なければいけないと私は主張しているが、国は反対の方を向いている。除染を実施するならするで、徹底的にやらないと意味がないわけだが、それは物理的に不可能だろう。山の木を根こそぎ抜いて、山肌の表層も全てはがしてということができるわけがない。

――国は、東京オリンピックを意識し「くさいものにはふた」といった対応だ…。

 菅谷 ベラルーシの人が、こんな事故が起こるのが日本でよかったと言ったそうだ。それは何故かというと、日本は全ての情報公開がされているからだという理由。チェルノブイリの場合は、国民に真実が知らされていなかったので、こんなにも長い間、被害に遭ってしまったと。しかしふたを開けてみたら、聞こえてくるニュースからも日本も同じなのだと、どこの国であっても政府の隠蔽体質というのはあるのだねという。今後日本では、突然どこかで思わぬ健康被害が出てきたときに、はじめて誰が責任を取るのかという話になるだろう。その意味で、水俣病と同じ結果にならなければよいがと心配している。

――松本市での取り組みは…。

 菅谷 国が全く動かず、むしろ帰還に向けての動きを強めているなか、子供たちだけでも何とかしないといけないということで、松本市では「松本留学」という形で福島の子供たちを受け入れている。福島出身でこちらに来られている方々のNPOと一緒になって取り組んでいて、福島の子供たちが8人ほど親と離れて松本市に来て暮らしており、一つのモデルケースになりつつある。親たちは避難できないが、せめて子供たちだけでもとにかく避難させようということで、松本市が受け入れ態勢を整えた。松本市は、行政として子供達が暮らす家の情報を提供したほか、安心して学校生活が送れるよう、NPOと学校の関係者と定期的に会合を持ちながら子供達の生活をサポートしている。子供たちが暮らす民家は松本子供寮というが、NPOの方々が身の回りのお世話をし、地域の方々も味噌作りなどの催しに声をかけるなど受け入れてくださり、学校もサポートを本当によくやっていただいている。漫画家のちばてつやさんや、国際的に活躍するバイオリニストの天満敦子さんなども来てくださっている。ただ、課題は財源。国が効果が見込めない除染ではなく、こういうところに財源を使ってくれないと、なかなか継続的には続けていけない。現状で財源の確保は、NPOの自助努力の強化や個人や団体企業へのPR、助成金などでなんとかやりくりをしている。ただ、継続していくのであれば、財源の確保という問題に真剣に取り組まなければならないだろう。課題はあるものの、こうした形で成功例を作り、全国でも福島の子供を受け入れたいが、どうしたらいいかわからないという皆さんに、松本留学の形が広がっていってほしいところだ。国がやらないので誰かがやらなければ、ということで子供の受入れを松本市でスタートしたが、松本留学が順調にいっているということが伝わると、福島でも松本市に移りたいという人が出てきているそうだ。しかし、現状でも手いっぱいという状況なので、こういった動きが全国に広がり、子供たちが安全に生活できる場が増えていって欲しいと考えている。

――日本の外交をどう思うか…。

 井上 多くの日本の政治家は、外交の本来目的を理解できていないように思われる。中国や韓国との関係について、何の策略もなく手放しで「隣国同士仲良くすべき」と主張する者が多いが、国際的にみれば、本来、隣国と仲が悪いのは当たり前だ。例えばイギリスとフランス、フランスとドイツ、ノルウェーとスウェーデンなどは長らく対立してきた関係であり、無邪気な友好関係など存在していない。それどころか、最近ではスペインやイギリスの例のように、一つの国の中でも分裂の動きが見られるほどであり、国際社会の現実においては「みんな仲良く」などといったお題目は通用しない。

――外交のあるべき形とは…。

 井上 外交の本来目的は、ごく簡単に言ってしまえば互いに利害が対立しあう現実の中で、「大人の関係」を作るということだ。経済関係で互いに実利を追求するために話し合って協力し、また利害の対立があっても戦争だけは回避しようと知恵を出し合うのが外交の目的だ。理想的な外交関係の例としては、日本と台湾が挙げられる。両国間には国交がないものの、経済交流が活発に行われており、互いの国民感情は親日・親台とすこぶる良い。日台関係は、「隣国同士なのに仲が良い」という世界でも珍しい事例だ。両国の意思疎通は極めて良く、例えば、以前、与那国島上空が日本と台湾の防空識別圏の境界になっていた時期があったが、日本側と台湾側と話し合った結果、防空識別圏を動かす形で決着した。このような相互利益実現のための理性的な関係こそ、あるべき外交といえる。一部の親中・親韓派の日本の政治家のように戦略もなく「まず仲良くしよう」というのは、全く外交の本質を理解していないといわざるをえないし、世界の笑いものだ。

――安倍政権の外交をどう見るか…。

 井上 戦後初めて、本来あるべき外交を展開していると評価している。これは安倍首相が、国のリーダーとして国家安全保障に深くコミットしているからだ。安倍首相は歴史に深い造詣を持っており、それを活かして各国首脳との関係を深めている。安倍首相は、互いに快哉を呼ぶテーマを取り上げて互いを称え合う素晴らしい外交を展開しているのだ。例えばオーストラリアとの外交では、安倍首相は第一次世界大戦の折に欧州戦線へと向かうオーストラリアの輸送船団を日本海軍が護衛したエピソードをとりあげ、両国の関係強化に努めた。このような見事な外交術は他国に対しても行なわれており、特に対ロシアではそれが顕著だ。プーチン大統領の安倍氏への態度を見れば一目瞭然だが、今だかつてロシア側とあそこまで深い関係を構築した日本の指導者はいないといっていい。その外交センスは、吉田茂や佐藤栄作といった歴代首相らを凌駕している。中国の習近平主席や韓国の朴槿惠大統領が安倍首相に露骨に厳しい態度をとっているのは、明らかに安倍外交への焦りの裏返しだ。

――日本は他国にどう思われているのか…。

 井上 日本人は、実は世界は親日国家だらけであることを知るべきだ。実際に世界各地に行ってみるとそのことがよく分かる。東南アジア諸国やインドは、日本のおかげで第二次世界大戦後に独立できたと感謝しているし、また、日本が第一次世界大戦の戦勝国であったという認識をもつ国も少なくない。例えば遠く離れたマルタ共和国には、第一次世界大戦の折、英国、フランス、イタリアなどの船団護衛を行った大日本帝国海軍の戦死者の墓地があり、いまも英国やフランスなどかその英雄的行為が高く評価している。はっきり言って、世界で日本を嫌っている国は中国と韓国ぐらいだ。ロシアでさえ、中国と韓国のように反日教育は行っておらず、歴史認識など問題にはならない。実際、私が出会ったあるロシア人は、日露戦争で日本が勝利したことを、「ナポレオンもヒットラーもなし得なかったことを日本はやった」と話していたほどだ。彼に限らず、ロシアには日本に憧れを持っている人々がすこぶる多い。

――途上国の日本像は…。

 井上 数多い援助国の中でも、日本の援助はとりわけ歓迎されている。これは日本には信頼があり、また他意がない綺麗な援助を行ってきた実績があるからだ。日本はこれまで、現在中国が西アフリカでやっているように、途上国の人々の顔を札束で叩くような品位のないことはしてこなかった。そのため多くの途上国が中国資本や労働力の流入よりも、日本との結びつきを深めたいと考えているのが実態だ。「経済侵略」などという表現もあるが、恐らくこれは日本の進出を懸念する中国や韓国が言い出したことだろう。

――第二次世界大戦の遺恨はないのか…。

 井上 第二次世界大戦の問題は、ある意味で戦後日本の政治経済外交のくびきになってきたのは確かだ。しかし、重要なのは、第二次世界大戦で日本に侵略されたと思っている国はほぼ存在しないことだ。例えばインドネシアの独立宣言の日付は「05年8月17日」とされているが、これは皇紀2605年を意味している。もしインドネシアが日本に侵略されたと思っているのなら、皇紀など使うはずがない。インドでは2008年に「東条英機を語る夕べ」という会合が催され、孫娘の東條由布子氏が招待されたほどだ。はっきり言って、戦前の日本を口汚く罵るのは中国や韓国だけであり、両国が殊更侵略を強調しているのは、それを外交的ツールと活用しているだけのことだ。かのマッカーサー元帥ですら、戦後の米上院軍事外交委員会でも日本の戦争は自衛戦争であることを明確に証言している。そもそも中国が持ち出すいわゆる”歴史問題”の本質は、単純に日本を屈服させる手段としてではなく、中国の人権問題を批判するアメリカを牽制し、さらには日米関係を揺さぶる目的で”日本の戦争責任の追及”なるものを演出している側面がある。

――例えば靖国問題を巡る日米の緊張がある…。

 井上 まさにその通りだ。安倍首相の靖国参拝に対し、米国側が「失望した」と声明したことで一時日米関係に暗雲が立ち込めたのは、中国の思う壺だった。オバマ大統領は中国の思惑が分からず、みすみす乗せられてしまった形で、米国内でもオバマ氏への批判の声が上がった。そもそも、これまで米国は、実は自身が東京大空襲や広島長崎への原爆投下といった「人道に対する罪」を重ねてきたことをわかっており、それゆえにいわゆる”靖国問題”についても沈黙を保ってきた。だから日本の保守層も対米批判を控えてきた。オバマ政権の「失望」発言はその均衡を崩したものであり、保守層の激しい反応を招くことになった。また、中国は米国が自国の人権問題を批判する対抗策としても、靖国カードを利用している。

――中国をどう考えるべきか…。

 井上 拡張主義的な性格は明らかであり、警戒を強めるべきだ。例えば尖閣諸島については、彼らの狙いは中国から遠く離れた経済的合理性のない漁場の確保が目的ではなく、潜水艦航行のための海洋調査が目的と考えられる。最近話題の中国漁船らによるサンゴの違法採取についても、本当の狙いは海洋調査にあるとみている。偽商品が横行する中国がわざわざ本物のサンゴをそこまで希求するとは考えにくく、またあの海域は中国から遠く、漁船らのリスクも大きいからだ。集会を嫌う中国政府があの規模の船団を許すのも不自然であり、少なくともあの中の数隻は海底調査をしていたはずだ。あの国は本当にしたたかであり、油断してはいけない。例えばフィリピンとの関係では、南シナ海における領土問題で対立すると、中国は、フィリピンへの観光客を足止めし、フィリピンの主要輸出品であるバナナの輸入を止めると脅しをかけてフィリピンを屈服させたことがあった。まったく同じことが日本に対しても行われている。尖閣諸島沖の漁船衝突事故の直後、中国がレアアースの対日輸出を制限し、中国人観光客を足止めして日本に揺さぶりをかけてきたことは記憶に新しい。中国が外交・安全保障政策の一環として、経済を利用しようとしていることは十分に意識するべきだ。

――70歳代まで働くことを提唱している…。

 山本 70歳代まで働くことが、今後のわが国の経済成長や財政再建には不可避となると考えている。日本の現役世代人口の減少スピードは非常に速く、経済へのマイナスインパクトも大きい。人口減少社会では、実質GDPそのものよりも、「国民1人当たり実質GDP成長率」の向上を目標とするのが適当だが、その実現も簡単ではない。なぜなら、総人口に占める生産年齢人口の割合が低下し、これまで生産年齢層1人の稼ぎを高齢者・子供を加えた1.5人で分け合うバランスだったものが、2060年には2人で分け合うバランスとなるからだ。15~64歳の生産年齢人口だけを就労層と仮定し、今後50年を試算すると、生産年齢人口割合の低下は「国民1人当たり実質GDP成長率」を年率0.4%強押し下げる要因となる。われわれがより豊かな生活を手に入れようとするならば、このマイナス要因を相殺するよう、就労人口を増やし、総人口に対する就労比率を高めることが肝要となる。ちなみに、生産年齢人口の定義を現行の15~64歳から、2060年時点で15~74歳まで引き上げてやれば、現在の生産年齢人口比率63.8%を50年後もほぼ維持できる計算となる。できる限り早く、70歳代まで働くことを普通のこととして受け止められる社会にする必要がある。

――現役世代の減少が急速に進む…。

 山本 国立社会保障・人口問題研究所のデータをみると、2060年の時点で最も人口の多い年齢層は80代後半の女性となる。次に多い順に、80代前半、70代後半、70代前半のいずれも女性となる。2010年から2060年にかけ、総人口は3分の2まで減少し、その後人口ピラミッドはいわば縮小再生産の過程に入る。このようになる理由は二つ考えられる。一つは、長寿化の勢いがかなりのスピードで進んできたことだ。平均寿命の年次推移を海外と比較すると、日本は圧倒的に寿命の延びが速かった。日常生活に制限がない期間を指す健康寿命も延びてきた。背景には、国民皆保険の制度や医療の充実が挙げられる。これは大変喜ばしいことだが、当然これに伴う生活費や医療費増加の負担がどこかにかかることを考えていかなければならない。もう一つは、少子化が挙げられる。人口ピラミッドをみると、団塊世代、団塊ジュニア世代には人口のコブがあるが、団塊ジュニア世代のさらにジュニアとなる世代には人口のコブがない。その背景には、団塊世代の時代から未婚率が上昇し、出生率が落ちたことがある。

――長寿になった分、働く高齢者というのは多くなっているのでは…。

 山本 65歳以上の労働力人口比率は、寿命が長くなったにもかかわらず、むしろ低下しているのが実情だ。たしかに65~69 歳だけをとれば、労働力人口比率は近年上昇に転じている。しかし、70歳以上の高齢者の数が増えたこともあり、結果的に高齢者全体の労働力人口比率は下がっている。また、従来、農林水産業や自営業では「身体の動くかぎり働く」とする人が多かった。そうした産業や企業の割合が低下したことも、高齢層の労働力人口比率低下の要因になっている。

――確かに農業従事者の減少の影響は大きい…。

 山本 日本で1人当たり老人医療費が少ないのは、農業の盛んな県が多い。高齢でも農業に従事し続けることが健康を保つ秘訣(ひけつ)であったのではないかと思う。そうであれば、みなが長く働くことは日本経済の成長に寄与するだけでなく、医療費の抑制にも貢献する。ただし、企業に高齢者雇用をこれ以上義務付けることには慎重でなければならない。定年制は本来ない方が理屈にかなうし、一定の年齢になったら別の仕事に移るなど、労働市場の流動性を高めることが重要だ。通常の仕事だけでなく、孫を育てて親の就業を助けるというのも、社会への貢献度は高い。

――高齢化が財政に及ぼす影響は…。

 山本 年金、医療、介護など、現在の財政赤字の問題はほとんど高齢化に起因しているといってもよい。一般歳出に占める社会保障関係費の割合は急速に高まっており、5割を超えている。一般政府債務残高の対GDP比率は2015年には230%に達する見通しであり(OECD)、他国と比べても圧倒的に高い。社会保障給付の約4割は公費によって賄われている。財政問題への対策が急務となっていることは間違いない。将来を展望すると、社会保障関係費の中でウェイトの高い年金はいつまでも支出が急増を続けるわけではない。全国の高齢者数は2020年代に入ると伸びが鈍化してくる。半数以上の県では、5~10年先にはむしろ高齢者数が減少に転じる。しかし、社会保障関係費のもうひとつの大きな要素である医療費は、薬の進歩ともに薬代が増え続けており、将来的にも増加が続く見込みにある。決して楽観視はできない。70歳代まで元気に働くことは、そうした観点からも有効な対策となる。

――70歳代まで働ける労働市場にするには…。

 山本 高齢者の就業先がどこにあるかという問題は難しいが、今でも人手不足の分野は少なくない。例えば介護の分野が挙げられる。たしかに、介護を高齢者が行うのは身体的に難しい面もある。とはいえ、生産性がより高いはずの現役世代に介護のすべての仕事を頼るのでは、日本経済の成長力が落ちる。介護支援のための機械化を急ぎ、高齢者も働くことのできる介護としていく必要がある。なお、今の日本の労働市場ではとりわけ若い世代に負担がかかっている。正規労働と非正規労働の格差があるもとで、非正規労働者となりやすい若い世代の負担は大きい。例えば、女性の労働力人口比率は若い世代も上昇を続けているが、若い世代の男性は労働力人口比率が低下し、その後の回復テンポは鈍い。若者世代に厳しい労働環境が、就業に対するあきらめを生み、求職活動の再開を躊躇させているのではないかと懸念している。正規と非正規の格差を縮め、労働市場の流動性を促す仕組みを作ることが重要になる。この点、70歳代まで働けるような労働市場が望ましいといっても、先ほど述べたように、安易に企業に高齢者雇用の義務付けを行うとこれもまた若い世代への負担につながるおそれがあり、注意が必要だ。

――高齢者の就業のあり方を工夫する必要がある…。

 山本 例えば、人手不足の分野としては保育の世界が挙げられる。高齢者が保育分野に就業するという発想はなかなか持たれないが、もともと大家族の時代には、祖父母が孫の面倒を見て、父母が農業などの仕事に携わるという形が一般的だったはずだ。そうしたことを考えると、保育の分野で高齢者が働くことは本来不自然ではない。人口が安定的に再生産されるための出生率は2.07といわれているが、今の日本はこれには程遠い。その一因として子育てがしにくい環境が挙げられているが、これは、大学進学や就職を機に都市部に移り住んだ世代が、そこで結婚し子育てしていることも影響している。つまり、働きにでたくても、近くに子供の面倒をみてくれる親がいない、また保育施設も十分ではないといったことだ。一方で、地方に残った老親の介護の面倒を見る人も少ない。これを踏まえると、人口問題の一つの解決策は、以前のように3世代が近隣に住み、孫の面倒から介護の面倒まで一つのサイクルとしてとらえる社会システムづくりが重要になるのではないか。最近は、地元に戻らず都市部に定住した団塊世代が、子供、孫の家の近くに居住する例が増えており、これが人口問題にとってプラスに寄与する可能性がある。

――コーポレートガバナンス・コードを巡る動きが慌ただしくなってきたが…。

 栗原 今回の「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」は、金融庁と東証が共同事務局となってスタートした。政府の成長戦略に対応した動きといえる。企業の稼ぐ力を回復するためにコーポレートガバナンスの見直しが必要というものであり、審議の過程では「攻めのガバナンス」という表現も登場する。また、OECDのガバナンス原則が改訂の時期を迎えているというタイミングでもあるので、国際的にみても良いタイミングなのではないか。ただ、問題意識があまりにも明確であるため、それに合わせた議論になりすぎる懸念がある。ガバナンス機構を整備したからといって、そのこと自体によって企業の推進力が増加するというわけではない。企業は、技術開発力や販売力、経営者の創造性や事業意欲などによって前進するものである。ガバナンスの仕組みを整えるのは、行き過ぎを是正し、思い違いを軌道修正するためだ。経営者がアクセルで、社外取締役がブレーキというたとえもよく使われるが、これは少しミスリーディングだ。確かにそういう場面があるかもしれないが、それはむしろ例外であり、社外取締役の本来の姿は、バックミラーやサイドミラーのようにドライバーの視野を補うものである。取締役に就任する以上は、内部取締役であるか社外取締役であるかを問わず、その会社が健全に発展していくことに寄与することが基本だ。

――具体的な社外取締役の必要性は…。

 栗原 1つは、株式会社の重要な事項は、取締役会において情報を集めた上で審議して意思決定する、すなわちインフォームト・ディシジョンでなければならないという会社法上の要請がある。取締役会の実効性をあげるために社外取締役の存在が有効であるということだ。会社法では、取締役会が公式な会議体であり、その下の経営会議や常務会などは公式なものではないという位置づけだ。ところが、内部取締役だけだと、こういった非公式な会議と取締役会のメンバーが重なることになる。取締役会で議論しても繰り返しとなるため形骸化してしまう。取締役会に社外のメンバーが加われば、いろいろな角度からの質疑や意見が出され議論がきちんと行われるようになる。もう1つは、内部の人間だけで議論してそのまま社外に打ち出した場合には、思ってもいなかったような反応が待ち構えている可能性がある。内輪の発想だけで決めてしまうことのリスクだ。取締役会の場で社外の見識がある者によるチェックが入れば、こうしたリスクはかなり軽減される。経営トップにとって「転ばぬ先の杖」になるわけだ。このような検証の過程を経ておけば、経営者としても自らの施策を打ち出すときに自信をもって行えるようになるのではないか。

――日本ではこれまで社外取締役がなかなか定着していない…。

 栗原 日本の労働市場は縦割りになっており、特に経営幹部の市場が発達していない。だが、社外取締役がこうしたガバナンス・コードの策定もあってある程度増加していけば、これまで特定の企業のなかでしか活用されなかった知見やノウハウが他の企業でも活かされることになる。人材の交流によって、ある種の刺激が企業活動に与えられるという効果は結構期待できるのではないか。

――ガバナンスの議論はもともとどこに端を発するのか…。

 栗原 国際的にみてコーポレートガバナンス・コードの議論では、イギリスで1992年に公表されたキャドベリー委員会の報告書が広く参考にされている。この委員会が設置されたきっかけは、大企業の不祥事が続発し、このままではシティの地盤沈下が避けられないという危機感だった。キャドベリー委員会の問題意識は、企業不祥事の発端となった経営トップの独走・暴走を防ぐメカニズムをどうしたらボードのなかに構築できるのかということにある。社外取締役の機能強化が必要、CEOと取締役会議長を分離すべきというのは、この問題意識のあらわれだ。牽制メカニズムとしてコーポレートガバナンスをとらえている。これは一例だが、もともとどのような問題意識だったのかという確認が必要であり、単に海外ではこうなっているからというのでは問題の性格を見誤るおそれがある。

――自国の状況にあったコーポレートガバナンスが必要だと…。

 栗原 海外では、国によっては独立取締役が過半数というボード構成が上場会社の標準型になっている。様々な問題の発生を経て現在ではそうなっているわけである。歴史的な産物であり、どの国にも通用する最善の姿といえるかどうかは誰にもわからない。日本では日本なりの慣行に合わせて企業が動いており、社内運営のスタイルも会社によって違う。企業の個性を消すようなガバナンスのルールは逆効果になるおそれがある。ガバナンス・コードは法律のような強制力はないが、実際問題として現在行われているような議論を経てでき上がれば、それがあるべき姿であり、それに合わせなければならないと受け止められる可能性が高い。一律にある型をきめて、どの企業もこうすべきだという方向づけをするのは企業活力を抑制し、マクロ政策的にみてもリスクがあるのではないか。ディスクロージャーの手法を活用しつつ、過度に誘導的にならないような工夫をして、個別企業の裁量を確保したコードをめざすべきだ。アメリカのサーベインス=オクスレー法の制定に対しては、実務サイドだけでなく学者からの批判も少なくない。大企業の不祥事の続発と中間選挙を控えた政治状況のなかで、十分な議論のないまま過剰な規制を導入してしまったというわけだ。法律や規制というものは、いったん決まった後は、世論からみて「後退」と受け止められるような修正は実際問題としてなかなかしにくい。いわゆるラチェット効果という問題だ。

――日本にとって望ましいガバナンス・コードは…。

 栗原 日本の企業の良さを活かしながら、企業活動に市場からのフィードバックを取り入れることができるような形にすることが大切だ。市場とは第一義的には株主・投資家であり、アナリストなども含まれる。さらに証券市場以外の市場も含めてとらえるべきだ。市場からのフィードバックを企業が受けとめ、それに対する対策を自ら考えられるようになれば、これはコーポレートガバナンスの本来のあり方となる。そのためには、コスト・パフォーマンスに配慮しつつディスクロージャーを充実させることも大切だ。経営者が市場の声を受け止める姿勢を持ち、社外取締役が貢献するという姿が望ましい。また、ガバナンス・コードは対外的に日本のガバナンスの仕組みを説明するものでもある。監査役の役割などを積極的に説明する必要がある。日本は、明治初期に近代株式会社の制度を導入して以来、100年あまりの間に国際的な大企業を輩出してきた。日本流のやり方という色彩もあるが、これだけ株式会社の仕組みを活用してきたわけであり、この成果には自信をもってよいと思う。

――市場の声には様々なものがある…。

 栗原 今回の有識者会議のメンバーは、機関投資家や産業界、学者、研究所、法律・会計の実務家などから構成されている。ただ、機関投資家ではない一般株主の声が反映されるようになっているのかはよくわからない。一般株主は、会社に対して意見を言うことはあまりないから、そもそも一般株主がコーポレートガバナンスの議論をどう考えているのかはなかなか見えづらいものがある。一般株主の意向がはっきりしないまま議論を進めなくてはいけない点に難しさがあるが、学者など中立的なメンバーに一般株主の視点からの議論を補ってもらう必要があると思う。

――コスト負担も考える必要がある…。

 栗原 今回のガバナンス・コードの問題に限らないが、コーポレートガバナンスの議論をするときには、長期的な投資対象としての株式の価値を上げるという観点が大切だ。一般的にいって、規制の強化への対応、たとえば義務的な開示項目を増やせば、それだけ企業の管理コストがかかり、結局は株主の負担になる。ガバナンス機構を立派なものにするのは良いが、これによる追加コストがかかった場合、誰のためにやっているのかという疑問が生じる。結局は投資家である株主自身の問題となってはねかえってくるにもかかわらず、一般株主の本音の部分はなかなか見えてこない。一般株主にとっては、いろいろ工夫をするのもよいが、1円でも多く配当が増えた方がありがたいということなのかもしれない。

――企業が株主の声を拾うのは難しい…。

 栗原 1つの例をあげると、自社株買いか配当かというテーマがある。この2つの方法は、株主還元あるいは株主配分として同列に位置付けられることが多い。確かに株主にお金が払い戻されるという点では同じだが、個々の株主にとって評価が異なるのではないか。つまり、配当はどの株主にも一律に支払われるが、自社株買いの場合には、それに応じるかどうかは株主次第である。理論的な株式の価値はともかく、株式保有の時間軸は個々の株主によって異なり、一般株主は配当が増える方がよいという人が多いのではないか。株主は多様であり、いわゆるモノ言う株主と一般株主の利害は必ずしも一致しない。もっと分析し、議論すべきであり、これもコーポレートガバナンスに関連するテーマだ。

――従軍慰安婦問題の背景には「反日日本人」の存在がある…。

 西岡 慰安婦問題というと、どうしても「韓国との問題」と考えがちだが、そもそもの発端は「反日日本人」であることを理解する必要がある。中でも最も重要なのは、済州島で200人もの現地女性を強制連行し、更に強姦したと「自白」した吉田清治氏だ。今年になってようやく朝日新聞が誤報と認めた従軍慰安婦に関する報道は彼の証言に基づくものだが、時系列をみると、最初の報道が1982年だったのに対し、日韓間で慰安婦が外交問題になったのは1992年となっている。つまり紛れもなく日本人が慰安婦問題の発端となっているわけだ。なお、彼自身については詳しいことは分からないが、彼が1947年(昭和22年)に、下関市議会議員選挙に日本共産党から立候補して落選したことは明らかになっている。

――他の「反日日本人」は…。

 西岡 同様に重要なのは、元朝日新聞記者の植村隆氏で、彼は1991年月8月11日に「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた『朝鮮人従軍慰安婦』のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかった」と報道した。吉田清治氏が、朝鮮人女子挺身隊200名を連行せよとの軍の命令を受けて済州島で奴隷狩りのような慰安婦強制連行を行った、と証言したのに対し、実際にその被害者が出たということで、当時大きく注目された。また、朝日は91年12月の慰安婦団体の訪日も大きく取り上げ、電話番号まで書いてその活動を応援した。しかし、調べてみると、実は慰安婦の女性は韓国紙の取材などで「貧困のために40円で母親にキーセン(遊女)として売られた」と答えていたことが分かった。朝日新聞はそのことを報道しなかったどころか、女性自身が言っていない筈の「女子挺身隊の名で連行された」という文章を付け加えたことになる。仮に女子挺身隊として連行されたことが事実ならば、挺身隊が国家総動員法の下の国民勤労報国協力令などに基づいて召集された以上、徴兵や徴用と同じく国家権力による連行となり、正式に日本国に公的な責任が生じる。しかし本来女子挺身隊は軍需工場などでの労働のために召集されたものであり、慰安婦とは全く関係がなく、女子挺身隊という名目で慰安婦が集められることはありえない。また、植村氏の場合、実は日本政府を相手に裁判を起こした「太平洋戦争犠牲者遺族会」会長の娘と結婚しているという事実がある。つまり一連の裁判において植村氏自身が広い意味で利害当事者だったわけだ。その彼が結果的に遺族会側に有利になるような誤報をした責任は重い。それでも朝日新聞が吉田証言を撤回した一方で、植村氏の記事を撤回しないのは、同氏が紛れもなく同紙の記者であり、より責任が重大だからだろう。

――慰安婦招集に政府が関与した証拠はなかった…。

 西岡 その通りだ。朝日新聞は1992年1月に「慰安所に日本軍が関与した資料が見つかった」などとして、「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という日本軍の文書の存在を報道したが、これは簡単にいえば、日本の内地で軍の名前を騙る人さらいがいるから取り締まれ、といった内容であり、女子挺身隊を日本軍が連行したという証拠とは逆の内容だった。しかし、朝日新聞はこのことをトップ記事でとりあげ、更に女子挺身隊として戦場に連行された女性が20万人にも及び、その多くが朝鮮人だと解説した。現在ではこの20万人が一人歩きして各地に広がっており、例えばアメリカに建てられている従軍慰安婦の碑文には20万人もの朝鮮人女性が強制的に慰安婦にされたと記されている。これだけを見れば韓国を批判したくなるかもしれないが、最初にそれを言い始めたのは日本人であることを十分に意識する必要がある。

――朝日新聞は日本嫌いで平気で捏造する…。

 西岡 実際、私が知る限り、日本以外の国で自国批判をここまで行う新聞は存在しない。私は1982年から84年にかけて専門調査員としてソウルの日本大使館に勤務していたが、ちょうどその時に吉田氏が韓国テレビの特別番組に出演し、謝罪しているのを見たことがある。韓国人にその感想を尋ねたところ、韓国のためにはありがたいが、彼は日本に帰国して大丈夫なのか心配された。国際的にも自国の悪口を言い続けるのは異常なわけだ。また、朝日新聞と並んで、吉田氏を世に出した張本人として高木健一氏が挙げられる。高木氏は元々戦後保証を専門に取り扱ってきた弁護士で、例えばサハリンに残留した韓国人について、日本が強制連行した以上、日本は謝罪と賠償をするべきだと主張した。彼の戦略は裁判で勝てなくとも世論に訴え、主張を人権問題に持ち込むことで、実際日本政府はサハリンの韓国人のために飛行機を飛ばし、韓国にマンションを建てた。彼は慰安婦でも同じことを狙ったが、そもそも1965年の日韓基本条約で、韓国側のあらゆる請求権は明確に消滅している。その際日本が提供した金額は無償3億ドル、有償2億ドルだったが、これは当時の日本の外貨準備額が18億ドルだったことを考えれば、いかに巨額だったかが分かる。韓国側が1976年に発表した「請求権白書」を見ても、1966年から1975年にかけての同国の経済成長に対する日本からの資金の寄与率はおよそ20%とされており、韓国の貧困削減に大いに役立ったと評価できる。ただ、同じような規模の支援を受けた国々の中で、韓国だけが顕著な成長を実現できたのは、韓国側が計画的に、長期的な視野に立って資金を使った結果だ。私欲ではなく国家の未来を考えた大統領がいたために実現できたのであり、それを韓国は誇るべきであり、日本も成長に寄与できたと前向きに捉えるべきだ。しかし、本来それで終わるべき話を、朝日新聞や高木氏は執拗に蒸し返している。

――韓国の反日の背景には北朝鮮の影がある…。

 西岡 現在韓国は左派勢力が勢いを伸ばしているが、その背景には北朝鮮のプロパガンダがあるとみられる。ソ連が崩壊し、共産主義の有効性がないという結論がみられたにも関わらず、韓国の左派運動が依然活発なのは、彼らの思想的背景が共産主義ではなく、民族主義にあることが大きい。彼らは韓国よりも北朝鮮が民族に貢献していると主張し、「韓国版自虐史観」とでも呼ぶべきものを作り上げている。例えば韓国の初代大統領である李承晩を、彼らは「一発の銃弾も撃っていないロビイスト」と扱き下ろす一方で、金日成を日本軍と戦った英雄と称える。他にも、李承晩が親日派の処分を十分にしなかったどころか、日本の教育を受けた「親日派」を政府で起用した一方で、北朝鮮は親日派の財産を全て没収したことを強調し、北朝鮮こそが真の民族主義の体現者であると主張している。特に朴槿恵大統領の父親である朴正煕などは、「第二次世界大戦が長引けば、独立運動を弾圧し、金日成と戦っていたかもしれない親日の親玉」と、痛烈に批判している。ただ、一つ気になっているのは、彼らが韓国を責めるために持ち出した韓国軍によるベトナムでの虐殺という事例を、日本の一部も韓国批判の材料としていることだ。ベトナムで韓国軍が民間人を殺害したのは事実だろうが、それはベトナム側がゲリラ活動を行ったからであり、丁度中国で国民党軍が便衣兵(軍服を着用せず、民間人を装った兵士)を用いたために、民間人の犠牲者が拡大したのと似ている。南京はよくてベトナムは駄目、というのは整合性がとれないだろう。

――韓国の左派は何が目的なのか…。

 西岡 一言でいえば、北朝鮮に有利な環境を作ることだ。韓国の正統性を貶めることは勿論、韓国と米国、韓国と日本の距離を広げることが彼らの目的であり、そのために反米、反日的活動を活発に行っている。その影響を最も受けたのは全斗煥政権下の反政府学生運動に参加した世代だったが、彼らはいまや各界の各層に広がり、マスコミ関係者や教師、学者となって、「反韓」思想を次の世代に広げている。子供達は歴史的な経緯を知らないため、そうした活動に触れれば信じてしまい、「反韓」思想が伝染している。朴槿恵大統領もそれに押されているが、本来ははっきりと朴正煕ほどの英雄はいないと主張するべきだ。歴史を見てみれば、彼ほど韓国経済に貢献し、絶対的貧困撲滅を実現した政治家はいない。確かに日本陸軍の士官学校で教育は受けているが、その技術を韓国のために使った愛国者だと堂々と誇るべきだろう。

――日本はどうしたらいいか…。

 西岡 まず、「日韓関係は最悪だ」と言ってはいけない。冷静に振り返ると、現在の両国関係は最悪などではない。何故ならば、日本と韓国はともに米国の同盟国であり、安全保障政策上の矛盾がないどころか、むしろ共通した利益すらもっているからだ。現在竹島は韓国が不法占拠しているが、だからといって竹島にレーダー基地が建設され、日本の安全を脅かすような事態にはなっていない。北方領土を占領しているロシアとはそこが違う。本当に両国関係が最悪となるのは、韓国が米国との同盟を打ち切った時だろう。経済関係でみても、日本の対韓国の貿易収支は長らく黒字だ。一時サムスンの台頭などで日本企業が脅かされるとの警戒感を持つ向きもあったが、両国の取引をよくみると、実は韓国は部品や素材を輸入し、それを加工して販売する形式をとっている。つまりサムスンのスマートフォンが売れれば売れるほど日本の部品・素材も売れるわけであり、これはウィンウィンの関係だ。観光も相互に伸びており、文化面でも互いに交流が進んでいる。韓国側が求めている歴史認識の一致は受け入れられないが、両国の問題はそれと、領土問題のみだ。しかし、互いに「両国関係が最悪だ」と言っていると、険悪感が目立つようになり、本当に両国関係が最悪になりかねない。それを避け、むしろウィンウィンの関係であることを意識することが必要だ。

――韓国と和解するための処方箋は…。

 西岡 第一に、両国が安全保障上の利益を共有していることを双方がより理解することだ。集団的自衛権に関する憲法解釈変更に韓国の一部は憂慮を示しているが、本来米国の同盟国である韓国にとっても利益であり、反対するのは、自分の首を絞めるようなものだ。日本側としても、「釜山に赤旗をたてない」という戦後の対朝鮮半島政策の正しさを再確認する必要がある。想像してみてほしいが、もし韓国が北朝鮮に併合されるようなことがあれば、対馬はたちまち最前線となり、竹島にも敵意をもったレーダー基地が建設されていただろう。現在のような平和を享受できているのは、韓国が緩衝地帯として機能していたおかげだ。歴史を振り返ってみても、朝鮮半島が反日勢力の手におちないで、友好的か最低限、中立的であるのは、一貫して日本の安全保障にとって死活問題だった。遡れば白村江の戦いで日本・百済連合軍が敗れたために、日本は関東の農民をはるばる九州に防人として送り出さなければならないほどに追い詰められた。元寇来襲も、朝鮮半島を敵対勢力が支配したからこそ発生したわけだ。近代史を見ても、日清日露戦争は、言ってしまえば敵対勢力から朝鮮半島を守るためだけに、なけなしの国力を費やして実施した。マッカーサー将軍も朝鮮戦争を戦った後、日本の防衛上朝鮮半島が不可欠であり、そのために満州が必要だったことを認めたほどだ。

――最後にひとこと…。

 西岡 現在、韓国の半分は左翼思想に染まったといっていい。2012年の選挙でも、左派の文在寅氏の得票率は48%と、朴槿恵氏とほぼ互角であり、次回選挙では左派が勝利してもおかしくはない。そうなれば、最悪米韓同盟解消もありえるかもしれない。左派を操る北朝鮮の後ろには中国がいることを踏まえれば、今は民族性の議論や歴史認識の対立をいつまでも行っている場合ではない。民族性の議論は比較文化学者に任せ、言論人は両国関係の発展を模索するべきだろう。

――黒田日銀総裁の追加緩和をどう見るか…。

 宅森 有体に言って驚きだったが、それだけデフレ脱却に対する黒田総裁の決意が固いということではないだろうか。10月分のCPI上昇率は、消費増税の影響を除いた部分が1%を割り込んでしまう可能性が高く、これまで黒田総裁は1%台前半で推移する見通しとしてきただけに、先んじて大胆な決定をしたのではないか。また、日銀が算出している国際商品指数の10月分の前年比が19%減となり、WTIも1バレル70ドル台となっているように、足元では原油をはじめとした商品価格の下落が著しい。今回の追加緩和によって急速な円安が進んでいるが、ちょうど商品価格の下落と円安が相殺しあう形になり、日本経済への悪影響は限定的になるはずだ。加えていうと、今回の追加緩和はちょうど米国がテーパリングを完了したタイミングとも重なる。このことでアメリカに代わるマネーの供給源を投資家らに意識させ、世界中に安心感を与えたのではないか。

――今年7~9月期の成長率はどう見るか…。

 宅森 前期比年率2.4%増程度と予想している。悪くないと言えば悪くはないが、個人消費の戻りが思ったよりも弱いのは気になるところだ。一つには、これは8月の天候が悪かったことが原因と考えられる。「何かしらの異常気象は毎年起きており、それを材料と考えるのはおかしい」との声もあるが、気象庁によれば8月の近畿地方および四国地方の降水量は統計開始以来最大で、これは立派な悪材料だ。大規模な土砂災害が発生した広島を含む中国地方の降水量も過去3位の規模で、これらの地域では自殺者も増えている。また、統計の問題も、成長率の押し下げに寄与していると考えられる。7月分の家計調査をみると、ボーナスの前年比は2.9%減と名目値でもマイナスになっているが、毎月勤労統計では一貫してボーナスの前年比は名目値でプラスとなっており、統計間で整合性がとれていない。恐らく、これは家計調査が対象としている勤労者に高齢者の非フルタイム層が比較的多く含まれていることなどが原因だろう。日銀の金融政策決定会合の議事録をみても、複数の委員が家計調査に下方バイアスがある可能性を指摘しており、軟調な成長率はこうしたバイアスにも原因があると考えている。

――今後の景気をどうみているのか…。

 宅森 もともと4月の消費税引き上げに伴う景気の落ち込みは想定されていたが、自動車など耐久消費財の一部で予想以上に落ち込みが長引き、さらに2月の大雪と8月の豪雨という観測史上稀にみる異常気象が生じてしまった。このため下り坂期間が6ヵ月を上回る可能性が大きくなり、「1月が山、8月が谷」とみられるミニ景気後退が意識されるようになった。しかし既に回復基調に戻っていると想定している。足元ではまだ弱い数値もあるが、回復を示す統計も多いことも確かだ。

 9月分景気動向指数では、先行CI・一致CIとも2カ月ぶりの上昇になった。前回8月分で「下方への局面変化」に下方修正された基調判断は、今回9月分では据え置きだった。景気の基調判断が「局面変化」から景気拡張局面を示す「改善」に戻るには、前月差上昇で、かつ原則として3カ月以上連続して3カ月後方移動平均が上昇すれば良い。過去の数字が不変であることを前提とすると、次回10月分一致CIの前月差が+0.3になると3カ月後方移動平均の前月差が+0.03の上昇になる。その後、11月分の一致CI前月差が+0.1でも上昇になるなら、この場合が最も早く3カ月以上連続して3カ月後方移動平均が上昇となる。早ければ1月9日発表の11月分(速報)で景気の基調判断が「改善」に戻る。また、最近の株価の上昇は、先行きの明るさを反映しているとも考えられる。株価は景気の先行指数であるだけに、もし問題があるならば、追加緩和後にここまで連騰することはありえないはずだ。

――実質賃金は減少が続いている…。

 宅森 確かにそうだが、毎月勤労統計を見ると所定内給与は連続して前年比プラスとなっており、物価の後を追って賃金が上昇に転じている傾向が確認されている。実質賃金については消費増税によってマイナスとなっているが、来年4月から半年間は増税の影響がなくなるため、プラスに転じてくるだろう。雇用環境も底堅さを示しており、例えば失業率と連関性が高い年間自殺者数は今年3年連続で3万人を割るのはほぼ確実であろうし、東京23区のホームレス数も、ピークだった1999年8月の5798人から、今年8月時点で914人にまで減少している。こうした限界的な雇用関連データは着実に改善している。賃金は景気の遅行指標とされるだけに、なかなか伸びにくいのは確かだが、雇用環境が堅調であることを踏まえれば、着実に上昇してくるだろう。勿論最終的に企業次第だが、雇用や賃金を増やさないのであれば、省力化という意味で設備投資を行わざるをえないだろうし、それはそれで日本経済を刺激するはずだ。

――消費税の再引上げはどうみるか…。

 宅森 予定通り行われると思うし、実施するべきだと考えている。基調的にはアベノミクスの三本の矢は現在機能しており、その恩恵があるうちに実施しないと、今後高齢化が急速に進展する環境下、ますます実施が難しくなるだろう。消費増税を行ったにも関わらず、景気への悪影響が現状程度で済んでいるのは金融緩和などの成果と評価できる。また、現状は民間が更新分などで設備投資を行うとみられるタイミングであり、比較的増税の悪影響も緩和できる局面だ。もし日本が高度成長期のように、放っておいても税収が拡大していく見込みがあるならば増税など必要がないが、現状の社会保障を維持するというのであれば、早いうちに増税した方が良いと考える。金融緩和が終われば国債金利が上昇し、利払い費が増加することなどを踏まえれば尚更だ。ただ、消費増税の時期については、出来れば今年の10月と、2年後の10月に行うべきだったと考えている。その理由は4月実施に比べ、年度の成長率への影響が少なくて済んだためだ。

――今後の日本の経済成長率をどうみるか…。

 宅森 今年度は前年比0.3%増と予想しているが、これは強気な予想であり、0.2%増、あるいは0.1%増との意見も多い。今年度についてはとにかく、第1四半期のGDP成長率が前期比年率7.1%減と消費増税の影響であまりにも不調だった。統計上、年度の成長率にとって、第1四半期分の影響力は第4四半期分の4倍大きいことが、低成長に影響している。もし、これが10月実施ということであれば、年度の成長率への影響はこれほど大きくなかっただろう。ただ、14年度の成長率が将来逆転する可能性も決してなくはない。例えば、第一四半期のGDP成長率は前期比年率7.1%減に下方修正となったが、これは設備投資の落ち込みに依るところが大きいと見られている。そこで設備投資を詳しく見てみると、非常に慎重に断層補正などで計算された法人企業統計の数値が足を引っ張っていることが分かる。将来、違った推計方法で算出すれば大きく数値が変わる可能性もある。実際、これまでの実績をみても、12年度の設備投資のように最初はマイナスの伸びだったものが、推計方法の見直しによってプラスになった事例は少なくない。このため、菅官房長官が来年10月の消費増税の判断にあたっては、同時発表の13年度のGDPの数字が大きく変わる可能性がある、7~9月期GDPの2次速報をみた上で判断する考えを示したのは頷ける。来年度のGDP成長率については1.4%増とみているが、今後については、第3の矢・成長戦略の規制緩和策などで安倍政権が実行力を示せるかがポイントとなるだろう。

――日銀がとうとう一段緩和を実施した…。

  黒田日銀総裁は、「金融政策の逐次投入はしない」、「CPIの2%達成には自信がある」と言っていたから、前週末の実施には意外感もあった。このため、黒田日銀総裁の言葉を信じて損したという裏切られた思いを持った者も多いのではないか。しかし、意外感があるからこそ市場に刺激を与えたのであって、前週末の平均株価は800円高となり一気に1万6000円を回復した。
  追加緩和をいつやるかはともかく、11月中には何らかの緩和策を実施すると見る向きは多かった。株価が一時1万5000円を割り込む一方で、消費税の再増税のためには景況感の悪化は許されないからだ。どういった株価刺激策を取るのかは分からなかったが、結局はETFばかりでなく長期国債の買入額も大幅に増額してきた。まさに「乾坤一擲(けんこんいってき)」、黒田緩和の命運をかけての勝負といった内容だ。
  確かに、「逐次投入はしない」、「CPIの2%達成には自信」という方針、見通しともに、4月の消費税引き上げのマイナス効果により崩れてしまったわけだから、最後の勝負といった感は否めない。今回の緩和でもなおCPIの2%を達成できなかったら、辞任という声が高まるだろう。黒田日銀丸に対する信頼が大幅に失われるわけだから。
  辞任はともかく、消費税再引き上げに向けた露骨な株価対策という印象もぬぐえない。というのは、2年近い大規模緩和によって既にバブルの芽が出始めていると見られるからだ。具体的には、外国株や外国債券の運用でかなり危ない金融商品が運用対象となっていたり、いい加減な外国の運用業者に運用委託をしている例が目立ち始めているという。一方、米国が金融引き締めの方向を鮮明にしてきているため、日銀のさらなる金融緩和はバブル崩壊時の傷口を広げることにもなりかねない。
  今回の一段緩和によっても、日本の成長率が大して向上しなかったら、それこそ本格的に運用資金は海外に流れていく。今回の一段緩和による株高・円安によって金融市場の方は来年10月の消費税引き上げのコンセンサスが回復したことから、実際に消費税が引き上げられることが決まれば、それによる成長率の低空飛行見通しから円安バイアスに拍車が掛かるだろう。このため、来年の成長率次第だが、1ドル=120~130円といった円安もあるのではないか。
  しかし、それによりCPIの2%達成と株高の維持も期待できる。今回の一段緩和の是非はあろうが、成長率と海外投資バブルはともかくとして、消費税も10%にすることができれば黒田日銀総裁としては何とか面子は保てるのではないか。また、成長率についても消費税再引き上げ前の来年7~9月までは、徐々にではあるがプラス幅を回復させていくのではないか。エボラ熱などの問題がなければ…。
  金融緩和は景気刺激策であって、持続策にはなり難い。ましてや大規模緩和はその後のバブル崩壊などの大きなリスクを生む。今回の追加緩和でも大した経済成長をしなければ円安と財政赤字と資産バブルが進展するだけで、多くの国民は決して豊かにならず、むしろ貧乏になる。輸入物価の大幅な上昇と財政コスト上昇の国民負担が重くのしかかっている。加えて、投資信託が不良債権になれば弱り目に祟り目だ。その意味で追加緩和の責任は今後に重くのしかかってくるだろう。
  確かに追加緩和のリスクは大きい。消費税を再引き上げするための大きな賭けとも言える。しかし、それだけに日銀は今回の緩和を最後の緩和とすることを考えているのではないか。つまり、「最後の一槌」ということだ。消費税引き上げの決定時期の今年いっぱいは追加緩和の効果が保つだろうから、年明け以降についてはむしろ16年以降の金融引き締めに向けて超長期国債からイールドカーブのスティープ化を図っていくのではないか。
  円相場が政府・日銀の思惑とは別に、何らかのアクシデントにより1ドル=150円ぐらいの円安に急落するリスクを見ておく必要もあるだろう。エボラ熱や尖閣諸島問題など外部材料には山ほどリスク要因がある。とりわけエボラ熱は中国で爆発的に広がる可能性が指摘されているだけに、中国政府の隠ぺい体質とともに警戒を要する。そして、それらにより円安になると、Jカーブ効果が効きにくくなっているため、国民負担が大幅に増加する。
  1ドル=150円ぐらいの円安になることはないと思うが、仮にそこまでの急落には外為特会の100兆円があるため、これが活きてくる。それより心配なのは、急激な円安になって国民が困るからといってまたまた財政を出動してくることだ。これではいくら消費税を10%にしても「借金地獄」からは抜け出せない。そして、そうこうするうちに円安と財政赤字の拡大によって長期金利が上昇し、スタグフレーションの様相を呈してくる。財政破たんの始まりだ。
  日本は、増税のための財政出動を行っているから、増税しても国家財政は常に「火の車」だ。失われた25年間もここに問題がある。つまり、日本の国家財政にはコスト削減という考えがないことが致命傷になっている。それがいずれ財政破たんということにつながっていく。

――どうしたらいい…。

  失われた25年間の失敗は、財政支出を拡大させたにもかかわらず税収を減らしてしまったことだ。借金は1000兆円と4倍に膨らむ一方で、税収はバブル時の半分近くに減ってしまった。これは会社の経営者ならとっくに辞職に追い込まれている。明らかにマクロ経済政策の失敗だ。この失敗を取り返さないようにするには財政コスト削減を細かく行っていくしかない。ただし、それを行うには行える人がしかるべきポストに就くという体制の再構築が不可欠だが…。

――コスト削減、体制の見直しともに現実的ではない。このため、金融緩和と財政のバラまきを続けざるを得ないというのが、残念ながら今の日本の政治であり、マクロ経済政策だ。しかし、それももう長くは続けられない。今回の追加緩和と消費税の再引き上げが、財務省主導によるこれまでの政策に最終的な白黒を付けることになるのではないか。終わりの始まりだ。

――国際関係が流動化してきている…。

 長島 米国を中心として作り上げられてきたこれまでの国際秩序は現在、危機に直面している。その1つは第1次世界大戦の後に作られた中東の秩序だ。英仏がサイクス・ピコ協定により便宜的に国境線を引いたが、イスラム国はその国境を認めないと主張し、既存の秩序にチャレンジをしている。第2に、中国は尖閣諸島や南シナ海などアジア太平洋地域において、第2次世界大戦後のサンフランシスコ体制の打破に動いている。さらに、ロシアは欧米の影響力がポーランド、ウクライナと徐々に迫ってきたことを嫌い、クリミア半島は自分たちの勢力圏だと主張している。これらの根本原因を突き詰めると、全て米国の影響力が後退したことによるものだ。

――いよいよ米国の力が衰えてきたということか…。

 長島 米国の力は決して衰退はしていない。人口は増加しているし、経済の規模でも引き続き世界一の大国だ。軍事力を見ても、毎年の国防費は中国の4倍の規模であり、そう簡単に逆転されることはないだろう。米国は力では衰えていないが、10年以上にわたるテロとの戦いを受け、国民は国際社会への関与を嫌っており、自らが責任を持って国際秩序を守っていこうという意思が失われている。加えて、米国の議会は非常に内向きで、米国のプレゼンスをこれまで支えていた軍事費も聖域なく削減する方向だ。オバマ大統領は決断ができない人物だとの批判もあるが、大統領個人の性格によるだけでなく、それは議会や国内世論を反映した姿でもある。 

――そのなかで、日本の安全保障政策はどうあるべきか…。

 長島 米国の関与が減少した分、アジア太平洋地域の秩序安定に誰が責任を持つかといえば、オーストラリアやインド、ベトナムではなく、やはり日本しかいない。自分の国は当然自分で守らねばならないが、のみならず地域全体の安定にも一定の役割を担うことが日本に期待されている。日本がまともにこれに取り組もうとすれば、多額の予算が必要となる。ただ、日本はこれまで自らの手足を縛ってきた。軍備をただやみくもに拡張するのではなく、その使い方について相当程度限定していたので、まずはこの法的な部分を開放しようというのが集団的自衛権の考え方だ。それでなお足りないのであれば、少しずつ防衛費を増加させていけばよい。野田政権では、7年連続の防衛費の減少に歯止めをかけ、その後の安倍政権では防衛費を4兆7000億円程度まで増やしている。日本のGDPは約500兆円であり、その1%にあたり5兆円を超える程度まで防衛費を増やせば、日本に求められる役割は大体果たせると見ている。

――集団的自衛権の行使を認めれば、イラク戦争のように他国の侵略戦争に巻き込まれる恐れもある…。

 長島 そのような懸念があることは承知しており、まっとうな意見だと思う。私は現在、他の野党と共同で「安全保障基本法」を作ろうとしているが、その1番のポイントとして、自衛隊が動く範囲を限定し、他国の領土、領海、領空にその国の同意なく侵入し、集団的自衛権の行使としての武力行使を行わないと明記する。このように限界線を画せば、他国の侵略戦争に巻き込まれるとの懸念は全くあたらない。英国のように、米国と一緒に空爆行為を行うようなことはやらないし、私自身もやるべきではないと思っている。安倍首相も集団的自衛権は限界を画したうえで行使ができるようにしており、これならば現在の憲法の枠組みでも可能だ。また、同意なく相手の国に入らないとの限界を画したうえで、それ以外は全て可能にするというネガティブリストにすることが重要だ。

――中国や韓国は、日米両国の間を裂こうと画策している…。

 長島 中国による日本孤立化作戦は決して成功しておらず、現状ではむしろ中国の方が国際社会で孤立を強めている。中国には外交戦略があるように見えるが、ベトナムに続き、フィリピン、日本を次々と敵に回し、戦術的には失敗を繰り返している。彼らに擦り寄っているのは韓国やラオス、カンボジア程度であり、ロシアや米国も中国を警戒している。日本が尖閣諸島を国有化して以来、中国は日本が戦後秩序に挑戦していると喧伝しているが、戦後のサンフランシスコ体制に挑戦しているのは日本ではなくて中国だ。この点に対する米国の理解もだんだん深まってきた。

――尖閣諸島について、国際司法裁判所で中国側の主張が認められる可能性はあるか…。

 長島 尖閣諸島に関する日本の主張は国際法的にはほぼ完璧だ。日本は1895年、近代国際法に基づき、無主地先占と言って誰も支配をしてない事を確認したうえで、領有を宣言した。中国は1971年に思い出したように突如領有権を主張し始めたが、その間の76年間は中国を含めどの国も領有権を主張してこなかった。これは非常に重要な事実だ。中国は清や明、元の時代に遡って歴史を紐解いているが、この主張は近代国際法に基づいた裁判では無理があり、そんなに心配はしていない。ただ、この問題は日本からは国際司法裁判所にもって行く必要はない。裁判は現状に不満があるほうが訴えるものであり、中国が国際司法裁判所に提訴するならいつでも受けて立ちますよ、と言っておけばよい。

――インターネット上の国際世論では、中国側の主張が優勢となっていないか…。

 長島 世界人口の約4分の1は中国人が占めているわけであり、確かに国際世論では力を持っている。例えば2012年9月の尖閣国有化の後、中国が各国の首都の大使に対し、世論戦を仕掛けさせた。メジャーな新聞等に大使の名前付きで自らの主張を載せ、それに対して日本が反撃するという流れが続いた。一巡して思うのは、やはり中国の主張と日本の主張を比較すれば、格段の違いがあるということだ。嘘も百篇いえば真実になるという中国に対し、日本が真実を繰り返し述べて行けば、当然信ぴょう性が違ってくる。中国では司法で戦う法律戦、国際世論に訴える世論戦、ブラフをかける心理戦を「三戦」と称しており、これに約8000億円の予算を掛けていると言われている、方や、日本は長らく数10億円といったレベルに止まっていた。日本は当初、後手に回ってかなりばたついたが、安倍政権のもとで関連予算を数百億にまで増加させようとしている。中国はかなり無理筋の話を通そうとしており、多額の予算が必要となろう。ただ、日本は相当説得力のある、正当な主張を行っており、中国ほどの予算を使わずとも世論戦で負けることはないはずだ。

――尖閣諸島の領有権を巡り、日中間で軍事衝突が発生する恐れは…。

 長島 中国もそこまで愚かではないので、そう簡単には武力で訴えてくることはないだろう。尖閣諸島や南シナ海にちょっかいを出しているのは人民解放軍ではなく、日本で言えば海上保安庁にあたる、海上警備組織だ。軍事力ではない際どい部分で、聡く行動している。日本がこれに対して自衛隊で対応すれば過剰反応となるため、国際社会では容認されない。中国は慎重の上に慎重を期す国で、まずは相手を挑発し、手を出してきたら反撃するとの方法を常にとって来た国だ。

――日中間で戦争が勃発する可能性は低いということか…。

 長島 戦争が起こるか起こらないかというより、むしろ中国が軍事力を背景として自らの要求を強要していくことに注意が必要だ。日本もうかうかしていると、ベトナムやフィリピンの例のように、尖閣に対する要求を呑まされてしまうかもしれない。戦争に至らない状況のなかで、どう中国の要求をはねつけて行くだけの国家としての意思を持つかが重要であり、それには日米同盟の実効性を担保していくかポイントとなる。幸いなことに、オバマ大統領が4月に来日した際、尖閣については日米安保条約第5条を適用する、つまり仮に中国が武力を行使してきたら、自動的に米国も応じることを大統領レベルで宣言した。実現されなければ米国の沽券にも関わるため、この言葉は額面どおりに受け取ってもよいだろう。武力行使を抜きに様々なことを要求してきた際に、まず自分の国は自分で守る体制を作れるかどうかが重要なポイントであり、日米間で磐石な協力関係を構築していかねばならない。

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