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Information

――TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を巡る各国の動きは…。

 木村 TPPについては先日ドラフトテキスト全文が出てきたところだが、しっかりと交渉をしていたことが分かった。今後、米国議会でどう転ぶかはわからないが、米国議員が戦略的に考えるのであれば、このまま放っておく手はないだろう。いつ批准するかは分からないが、期待が高まっている状況だ。TPPは自由化のレベルがかなり高いだけではなく、国際ルールについても、知財や政府調達、競争(国有企業を含む)、投資家・国家間の紛争解決、環境など新しい部分がかなり入っているためインパクトは大きい。そういったなか、アジアの国を見ると、かなり浮足立っているイメージだ。交渉に入っている国だと、マレーシアとカナダがふらついているので発足から参加できるかわからない一方、ベトナムは参加に意欲的な姿勢。さらに訪米したインドネシアと韓国の両大統領もTPP参加に前向きで、フィリピンとタイも参加する意向を表明しているなどドミノ効果が起きている。テキスト全文が出てきたことで、現在、各国政府は詳細な研究を進めている段階だ。

――RCEP、日中韓FTAの今後は…。

 木村 TPPのインパクトが大きい反面、今まで交渉を進めてきたRCEPや日中韓FTAがかすんできた。特にRCEPは、中国とインドが入るASEAN+6という巨大な経済圏であることから、TPPのように高い自由化度が達成できずとも、まとまればかなりの経済効果が出ると期待されている。また、生産ネットワークという意味では、TPPよりもRCEPの方がフィットしている。TPPが大筋合意に至ったことから、RCEPは現在、とにかく交渉のモダリティ(交渉の大枠)に沿ってスピード感をもって妥結する方針にある。そのため、自由化度がかなり低くなると想定されており、関税撤廃率は80%程度の低水準になる可能性がある。TPPでは、参加国のほとんどが関税撤廃率99%程度で、一番低い日本でも95%程度と高い。また、これまでに構築されてきたASEAN+1の関税撤廃率も大体90~95%の水準となっていることから、RCEPの自由化度がかなり低い水準であることが分かる。RCEPの自由化度が低い理由の一つは、インドが消極的な姿勢であるためだ。モディ政権を高く評価する向きもあるが、当初、RCEPの関税撤廃率を40%にすべきと自由貿易圏の意義をなさない主張をするなど貿易政策に関しては問題が多い。RCEPの自由化度は80%に落ち着く見通しだが、特別な措置も模索するなど後ろ向きな姿勢に変化はない。また、RCEP推進を掲げているように見える中国も自由化度を抑えたい意向にある。そのため、RCEPが実効性のある協定となるためには、交渉のモダリティを一から考え直すか、貿易政策を諦めて経済協力という形に特化するか、またはRCEPを単なる枠組み協定としたうえで長期的に深化していくか、いずれかの道を取らねばならないものと考えられる。他方、日中韓FTAだが、これもRCEP同様にレベルが低い。先日署名された韓中FTAの自由化率は10年後に大体80%、20年後に90%となるような低水準なもの。これと同レベルの日中韓FTAを作ったとしてもあまり意味は持たない。多くの国がTPPになびいてくればくるほど、RCEPが意味のある協定となる可能性は低くなる。

――関税撤廃やルール作りなど中身については…。

 木村 TPPはすでに大きなインパクトを持つものとなっている。一方、肝心な中身だが、関税撤廃とサービス投資の自由化は、今まで東アジアに無かった自由化度の高いレベルとなっており、高く評価できる。しかし、日本にとって重要な自動車の関税撤廃については、日本が農業で抵抗したため、日本の自動車輸出に対する米国の関税撤廃は他の国よりもかなり遅れて始まることとなった。日本の完成車メーカーはすでに米国内で製造しているため、実際に影響はないが、TPPの自由化度を低下させるものとなってしまった。また、関税撤廃やサービス投資以外にも、国際的なルール作りにおいて何点か評価できる分野がある。その一つが競争(国有企業を含む)だ。国有企業がいる市場に民間企業が参入する場合、どのように競争条件を平準化するかといった大原則が規定されている。個々の国有企業を守るための例外が多いことから実際にどう作用するのかは未知数だが、NAFTA(北米自由貿易協定)などにも規定されていなかったまったく新しいルールであることを評価したい。一方、途上国側としてつらい内容となったのが知財保護だ。例えば薬の特許の遵守など、長い期間、高い価格で薬を買わなければならなくなるかも知れない。また、ISDS(投資家対国家の紛争解決)にも注目したい。投資家が政策変更に直面した場合、国を訴えることが可能となる。これも途上国側にとってはつらい内容となることが予想される。新興国にとって関税撤廃等の自由化は明らかにプラスとなるが、知財保護やISDSなど短期的にマイナスに働く可能性のあるものが今後どう影響していくかにも注目している。

――TPPで国際分業体制はどう変わるのか…。

 木村 関税撤廃によって、例えばベトナムやマレーシア、メキシコを使って自動車部品のやり取りを工夫したり、繊維衣料であればベトナムを拠点として米国に輸出するなど、新たなビジネスモデルが構築される。また、サービスにおいても、特に金融の自由化が進んでいることから変化が見られてくる。さらに政府調達においてもインフラ輸出が促進されることからビジネスチャンスが広がる。TPPに参加するといろいろな面で先進国側、新興国側ともに投資環境改善の恩恵を受け、投資が活発化すると想定される。また、TPPは製造業だけでなく、サービス業も絡んでいる生産ネットワークとなることから、新たなビジネスがやりやすくなるのは間違いない。

――ずばりどの産業が恩恵を受けるのか…。

 木村 関税撤廃に関しては、直接的には自動車になるだろう。メキシコオペレーションとアジア地域とのリンクが確立され、効率化の流れになる。また、関税撤廃の恩恵としては日本の農産品輸出などの金額的に小さいものもたくさん出てくると考えている。一方、インフラ輸出だが、そもそも日本企業の力が強いと考えていないため、自由になってもどの程度効果があるかはわからない。やはり注目したいのはサービス業だ。金融や流通など、事業拡大の余地は十分にあると思う。産業集積化が進んでいるタイやマレーシアなどの新興国が、イノベーションハブへと変貌するうえでTPP参加が必要となってきていることも、サービス業の進出加速を後押しするだろう。

――TPPによって日本は変わるのか…。

 木村 TPPに参加することは国内改革を促す側面があり、マレーシアやベトナムは参加をきっかけに、大変になるだろうが国営企業改革などを進めていく一方、日本の改革にはほとんど結びつかないだろう。最近出てきたTPP対策案にも具体的な外郭は示されなかった。主要農産品5品目は保護を相当残しており、本丸のコメは強制買い入れが増え、備蓄米が増え、最終的には飼料となる。食用となることが無い為、市場価格に反映されず、消費者が恩恵を得ることはない。また、小麦や牛肉も価格が驚くほど引き下がるわけではないなど農業に対する被害はほとんどないと言える。まじめに考えれば考えるほど農業への被害が薄いことがわかってくるため、農業ロビーの人々はどうやって補助金を取ろうかと考えていることだろう。

――証券アナリスト協会の現在の活動は…。

 前原 日本証券アナリスト協会は1962年に設立され、今年で53年目を迎えた。協会としてはまず、これまでの取り組みをきちんと継続していくことを活動の基本に置いている。ただ、金融の専門知識は年々進化しているため、協会の所属会員に最新の知識が行き渡るようにし、プロとしてのクオリティを常に保つことが必要だ。また、会員の職業倫理を高めていくことも我々の大きな務めだ。金融・資本市場の発展にはマーケットに対する信頼が必要不可欠であり、プロとして顧客の信頼を得るためには、知識のみならずしっかりとした職業倫理を持つことは極めて重要だ。高い知識水準と職業倫理をキープすることを意識し、今後も金融のプロをしっかりと育成していきたい。

――最近の新たな取り組みは…。

 前原 過去50年余り、企業の価値をきちんと評価できる人材を育てるということで証券アナリストの資格試験を運営してきたが、2013年からは企業価値の評価だけでなく、顧客目線で資産の管理・運用や相続、事業承継のアドバイスが出来るような人材を育てるため、新たにプライベートバンキングの資格を新設した。証券アナリストはホールセールのプロとして機関投資家向けに企業価値に関する情報を提供している一方、プライベートバンキングの資格はどちらかと言えばリテールの面で、資産の管理・運用のみならず中小企業の事業承継等についてアドバイスを送ることを目的としている。日本では貯蓄から投資へのシフトが話題となるなか、個人投資家の間では資産の管理・運用について客観的な意見を求めたいとのニーズが強まっており、プライベートバンキングの資格はこうした面でも世の中のお役に立てるのではないかと考えている。

――プライベートバンキングと競合する資格がある…。

 前原 国内ではファイナンシャル・プランナー(FP)の資格と競合している部分もある。ただ、FPは一般の主婦なども取得可能で、個人がライフプランを考えるための資格であるのに対し、プライベートバンキングは金融のプロを主たる対象としており、専門知識と倫理観を組み合わせて責任あるアドバイスを行うという点で大きな違いがある。銀行や証券会社が自社の利益優先で顧客に対して売買のアドバイスをするようでは、長い目で見て日本の金融・資本市場は発展していかない。プライベートバンキングの資格保有者は資産の管理・運用、相続、事業承継等のプロとして顧客の立場に立ってアドバイスをすることにより、金融・資本市場の発展につながるし、結果的に自社の利益にも貢献することにもなろう。

――現在の会員数はどのくらいか…。

 前原 日本証券アナリスト協会には2015年10月末現在で2万6,427人の検定会員がいる。会員の属性としては銀行・信託・信金・生損保の関係者と証券・投資運用・投資助言業の関係者が各4割程度を占め、このほか事業会社が2割程度となっている。単に銀行や証券だけでなく、事業会社を含めて幅広い層の方々がアナリスト試験に合格しプロとしての知識を使ってご活躍頂いている。一方、プライベートバンキングの資格は、初級が「プライベートバンキング・コーディネーター」、中級が「プライマリー・プライベートバンカー」、上級が「シニア・プライベートバンカー」と3つの段階があるが、資格保有者は現在のところ1,000人程度にとどまっている。ただ、合格者が少ない理由としては、十分な見識のある受験者しか合格できないよう、厳格に採点をしているということが挙げられる。特に上級の試験はこれまで合計36人しか合格していない。

――海外との連携については…。

 前原 世界的には米国を拠点とするCFAというアナリスト資格を19万人が保有している。これに対し、我々は欧州・アジア、アフリカ、南米の各国とも連携し、CIIA(国際公認投資アナリスト)という資格の国際試験を運営している。このなかで我々は特に積極的に活動しており、現在は任期2年の会長国として、試験の品質維持や受験者の増加に取り組んでいる。世界では現在、約8,000人がCIIAの資格を保有しているが、このうち日本人が2,700人と全体の3分の1強を占めている。CFAの試験は英語のみ、しかも問題は米国の基準に沿ったものである。一方、我々の試験は母国語でも受験が可能で、かつ国際的なアナリストは、自国の事情をよく理解しているべきであるとの観点から国内試験に合格した者がCIIAを受験することができるようになっている。資格保有者の数という面ではCFAと比べて苦戦はしているが、CIIAの資格をメジャーなものにしていくことが我々にとって重要な使命だ。また、アジア地域では日本のほか中国、韓国、台湾など9カ国がASIFという団体を作り、互いに協力する体制を構築している。

――今後の課題は…。

 前原 日本で少子高齢化が進むなか、証券アナリストの資格保有者の間でも退職に伴い資格を返還する人が増えてきている。現在の検定会員の数は約2万6,000人だが、毎年約1,000人が新たに資格を取得する傍ら約5~600人が協会を退会しており、純増幅は結局、毎年約4~500人程度にとどまっている。このため、我々としては大学生をはじめ若年層の会員を増やすよう取り組んでいきたい。また、検定会員のうち女性の割合は7%程度にとどまっており、女性の会員数を増やしていくことも必要だと考えている。社会が成熟化し高齢化してきた現在、多様な消費者のニーズに対応する新たな視点が必要になってきており、女性だから気づくニーズ・生活様式が新たな商品・サービスを創造し、企業の成長力増進に資すると思われる。そうした観点から、女性アナリストの感性と思考・対応力がこれまで以上に求められてくると考えている。

――社会貢献の役割が増している…。

 前原 日本版スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードが導入され、貯蓄から投資へのシフトや企業との対話が重要な課題として認識されるようになるなか、証券アナリストの果たす役割は拡大してきていると思っている。例えば、日本版スチュワードシップ・コードは投資家と企業との対話を促しているが、証券アナリストは企業と投資家の双方に対して従来よりも複合的なアドバイスができるように進化していかねばならない。また、企業の情報開示の面でも、情報の利用者として意見や問題点を関係当局に対して発信している。さらに、取り組みが進められている東京国際金融センター構想の実現に向けても、人材の育成は重要になるだろう。我々も時代の変化に対応しつつ、プロフェッショナルな人材の育成という面で公益財団法人として社会に貢献していきたいと考えている。

――今年7月から新たに専務理事に就任したが課題は…。

 岳野 日証協の当面の主要課題としては、中長期的な資産形成の推進、金融リテラシーの普及・推進、金融資本市場の機能・競争力の強化、グローバルな情報発信・連携の拡充などの課題がある。このうち、「中長期的な資産形成の推進」に関して申し上げると、家計における個人金融資産の半分を未だ預貯金が占め、株式や投資信託の割合がなかなか増えていない現状を鑑みれば、引き続き資産形成における投資の必要性について理解してもらうための取組みを積極的に行っていく必要があると考えている。そして「中長期的な資産形成」の器としては、NISAや来年から始まるジュニアNISA、確定拠出年金の普及定着が重要であると考えている。そのため、制度の恒久化や拡充は必須であり、日証協としても実現に向けて要望を行っているところである。

――今の株式市場はボラティリティが高く、安定的な資産形成の場となっていない…。

 岳野 本年8月の株式市場の変動は、国内要因というよりは中国経済の景気減速をはじめとする海外要因に左右されており、変動が激しい印象となったかもしれない。株式市場が市場を取り巻く環境が変化したことを受けて動くのは、本来の機能を果たしていると言えるが、神経質な相場となっていたことは確かだ。日々の株価変動でさや取りをするような短期的取引より、中長期的な視点で投資をすることが中長期的な資産形成にとっては良いと考えられる。この点においても、NISAの制度上の課題として非課税期間が5年間であるのは望ましくない、本来は投資家が行う投資判断が他律的な要素で決まってしまうからである。

――個人の株式保有比率は依然として低い…。またHFTについても議論がある…。

 岳野 確かに、14年度の東証の株式分布状況調査によると、個人の株式保有比率が17.3%と、ここ数年の中では低い比率であるが、一方で保有金額は昨年度に比べ増加している。また、個人株主の数という意味では、前年度比6.7万人増の延べ4582万人と増加していることや、その割合は全体の97%と安定していることから、証券保管振替機構のデータからも個人株主の数(実人員)は増えているという推測もできる。日銀の資金循環統計においては、家計の金融資産における株式保有残高の割合も少しずつ増えてきている。今後も、NISAなどを通じて投資家の裾野を拡大すべく、証券業界としても精力的に活動を続けていくことが大切だ。超高速取引によって個人と機関投資家の市場参加が平等ではないという指摘があるが、投資家目線の取るべき施策について考えていく必要があると考えている。日証協では、日本証券経済研究所と高速取引の影響について共同研究を行っている。

――金融リテラシーの普及・推進で取り組んでいることは…。

 岳野 金融経済教育の拡充に向けた取組みとして、教育現場への講師派遣を拡充している。全国の小中学校の土曜学習に講師を派遣し、基礎的な証券投資の教育を行う取り組みだ。日証協職員を派遣するだけでなく、講師として登録している24社・60名程度の証券会社社員からも派遣に協力していただいている。小中学校向けの土曜学習では小中学生に興味を持ってもらえるよう参加型の教材を使って授業を行っている。一方、学習指導要領の改訂に向けた働きかけも行っている。学習指導要領の改訂は約10年ごとに行われており、18年ごろ新しい学習指導要領に基づく教科書が使われる予定である。金融経済教育の拡充を次期学習指導要領に取り入れてもらうべく、大学教授、中学・高校の教員を中心として構成した研究会を設置し、検討を行った。同研究会から本年9月、要望書を文部科学省に提出したが、引き続き関係方面への働きかけを行っていく。

――普及を進めるにあたり重要な点は…。

 岳野 金融行政は現在、利用者保護を前面に掲げているが、最終的な目標としては自己責任原則に基づく金融取引の実現を目指すべきだと考えられる。このためには、情報の非対称性を解消するよう販売業者が十分な説明をすることが重要だが、説明の受け手となる個人投資家が金融リテラシーを持たなければ意味をなさない。金融リテラシーは、目指すべき金融システムの前提になると言える。海外では既に、サブプライムローン問題に端を発する金融危機の再発防止策として、金融・消費者教育が必要だという認識ができている。経済協力開発機構(OECD)では、15歳の生徒を対象とした学力到達度の調査(PISA)で、金融リテラシーという柱も加えることとされた。国内でも健全な金融取引が行われるようにするためには、個人が金融リテラシーを持つことが必要となる。

――金融資本市場の競争力強化への取り組みは…。

 岳野 この議論は長年行われているが、東京国際金融センター構想をきっかけに、金融資本市場の競争力強化が再度重視されてきているタイミングであるのは確かだ。政府の金融・資本市場活性化有識者会合でも、東京市場をアジアでトップクラスの国際金融センターにするという提言を行っている。東京都も推進会議を設置しており、機運が高まっている。このようななか、日証協や証券取引所などの証券界や資産運用業界とが協力して昨年秋から「東京国際金融センターの推進に関する懇談会」を設置して検討し、9月に報告書をまとめた。報告書では、例えば国内社債市場の規模が小さいままであり、相対的に信用力が低い企業の起債がほとんどない点についても触れている。社債市場の活性化については、日証協としても社債の取引情報の公表をこの11月から行い、流通市場の透明性向上を進めているところだ。

――東京国際金融センター構想の課題は…。

 岳野 課題は多岐にわたるが、最も重要なのは資産運用業の強化だ。業界横断的に検討を行うため、9月に投信協、顧問協、日証協を事務局として「資産運用等に関するワーキング・グループ」を設置し、議論を開始した。資産運用業強化に向けた環境の整備や、資産運用業者の運用力の向上、運用人材の育成、資産運用業者が顧客の信任に応えるよう負うべき責任であるフィデュ-シャリー・デューティーの実践、中長期的な資産形成に資する商品の提供などについて集中的に検討する。来年6月をメドに報告書を取りまとめる予定だ。また、ビジネス環境に関する検討も引き続き進める予定である。兜町の開発は国家戦略特区の候補にノミネートされているが、戦略特区という器を使うことができるようになれば、新しい施策の推進も可能となる。

――市場の機能強化に向けて重要なことは…。

 岳野 企業が収益を得ることや、社員が報酬を得ることに比べ、活力ある市場を作り上げることはかなり難しい。最終的に市場の機能強化によって関係企業も社員もメリット(ビジネスの持続可能性、安定性や証券市場で働くことへの誇りや生き甲斐も含めて)を得られるということを、市場関係者に理解してもらうことが重要だ。例えば、日証協では株式等の決済期間の短縮(T+2化)に向けた取組みを進めている。これにより市場全体で決済リスクが削減されば、市場参加者全員の利益となるが、当面はコストがかかり必ずしも一企業や社員の短期的な収益や報酬増には直結しない。このため、市場関係者の理解と協力を得て方向性を一つにして取り組むことが必要となる。

――このほか、マイナンバーへの対応は…。

 岳野 まずは、マイナンバーの導入に備え、番号の取扱いを安全に行うよう社内態勢を整備することが重要だ。証券会社は、ジュニアNISAなどマイナンバーを用いる点では金融業界のなかでも最先端に位置するため、適正に取り扱いができるよう日証協としても取り組んでいる。本年2月に個人情報やマイナンバーの情報管理態勢の実務的な検討を行うためのワーキング・グループを設置して、必要な協会規則の改正や社内規程モデル等の検討を行った。マイナンバーは税務にも直結するため、個人番号の告知の取り扱いについて、税務当局と相談したうえでその要領を会員証券会社に周知している。さらなるマイナンバーの利活用については、その後の話となるだろう。

――米海軍が南沙諸島の中国人工島間近を通過した…。

 小川 一般的な解説では、中国の拡張的な行動を、米国が座視できずに牽制したということになっている。しかし、私の分析は少し違う。先の米中首脳会談では、開催前に中国側が絶対に武力衝突が起きないための合意を米国側に求めていたため、会談が開催されたということは合意が成立したことを意味している。今回の艦艇派遣は、中国側が本当にその合意を守るかどうか確かめるために、米国側が確認に出たとみるべきだろう。今回中国側は米国艦艇通過を妨害しなかったが、これは今後も中国側が国際的に公海と認められる海域では航行や航空機の飛行を妨害しないことを暗に示している。日本では米中がいつ開戦してもおかしくないように報じられるが、実際には中国側は南沙諸島の海域を死守するといった頑なな姿勢ではない。共産党中央軍事委員会のナンバー2(副主席)も、人工島は平和のために用いると発言している。もちろん、本当に平和利用になるかどうかは今後米中の力関係次第だ。

――中国の海洋での覇権的行動が目立つ…。

 小川 日本人はそう思いがちだが、実は尖閣諸島が位置する東シナ海周辺での中国の活動は極めて抑制的だ。尖閣諸島で領海侵犯を繰り返している白く塗られた中国の公船は例外なく非武装で、このことは海上保安庁でも確認している。2013年のレーダー照射事件や尖閣諸島上空を含む防空識別圏設定、2014年の航空機の異常接近など、中国の挑発と報じられた事例は、実はどれも戦争に直結するような行為ではない。これらは日本への軍事的挑戦というよりは、むしろ国内の不満分子に対して、中国政府が弱腰ではないことをアピールするためのものだ。中国では経済格差による不満が蓄積されているが、彼らは当局が取り締まり難い反日・愛国運動で不満をぶつけようとしている。中国当局は先手を打って、そうした運動の芽を封じているわけだ。また、敢えて挑発的な行動をとることで、日本や米国に対して危機管理のメカニズムの協議に入るよう促している側面もある。

――なぜ中国は東シナ海では抑制的なのか…。

 小川 東シナ海での衝突は相手が日本とアメリカであり、展開によっては世界的戦争にエスカレートする要素が含まれているからだ。最悪の場合、中国から海外資本が撤退することになりかねず、中国はそれを非常に怖れている。天安門事件の折、私は上海の復旦大学に特別講義で滞在していたが、共産党も民主化運動の側も、「国際資本が撤退すれば中国の未来が失われる」と危機感を訴えていた。その危機感は日本人には分かり難いだろうが、中国側は東シナ海での衝突が天安門事件の再来になることを怖れている。そのことは、天安門事件の際も踏みとどまった松下電器とフォルクスワーゲンに対して、今も中国共産党が感謝しても仕切れないと表明していることでも理解できる。逆に南シナ海で対立するフィリピンやベトナム相手に衝突が起きても、国際資本の撤退にまでにはいたる可能性は低く、中国は強気だ。実際、南シナ海に派遣されている公船はどれも武装している。一方、東シナ海では、尖閣諸島の国有化などで緊張感が高まっているのは確かだが、メディアが報じるような今にも戦争になりそうな状況ではない。

――では、安保法制の整備などは必要ないのか…。

 小川 それは違う。中国が抑制的なのは、日米同盟の抑止力が効いているからだ。抑止力を更に高めるために、安保法制は必要だ。安保法制で却って中国との緊張が高まるとの声もあるが、中国は全く安保法制の強化を問題視していない。先日、私が中国軍の将軍と会食した際も、彼は安保法制については関心を示さず、むしろ自衛隊が南シナ海に派遣されるかどうかを気にしていた。

――中国が挑戦的と見るのは間違いなのか…。

 小川 中国は外交の常道を歩んでいるとみるべきだ。基本的に、外交では行動しなければ相手の反応が分からないから、とりあえず何か行動に出て、相手の反応をみるのが基本だ。彼らは各国の対応の温度差も注意深く観察している。ただ、中国には米国と本格的に対立する意図はない。米国が乗り出してくれば、行動を控えることになる。経済的理由だけではなく、軍事技術の面でも中国は米国の水準から20年は遅れていることを、彼ら自身がよく分かっている。中国が米国に対して何か行う時は、そうした表面にはみえない事情を汲み取ることが必要だ。例えば9月3日の軍事パレードは拡張主義の現れだとか、軍事力をアピールしているなどの見方が多かったが、本質はそこではなく、最大のメッセージは習近平が軍を完全に掌握していることを内外に示すことにあった。そのことは、普通ならパレードを壇上から眺める立場の将軍・提督たちが、これまでで初めてパレードの先頭に横一列に配置されたオープンカーに乗って登場したことでもわかる。陸海空軍と第2砲兵(ミサイル部隊)、武装警察を代表する5人の中将が、オープンカー上から習近平国家主席に敬礼していたのが印象的だ。

――米国が日本を見捨てるとの懸念もある…。

 小川 これは防衛省を含めた役人の大部分が気づいていないことだが、米国にとって日本は他の同盟国とは異なる大きな価値を備えた戦略的根拠地を形成している。そのことを理解していないのは日本自身だ。これは昭和59年に私が調査したことで明らかになったのだが、米国の軍事戦略は太平洋からアフリカ南端の喜望峰の範囲まで、日本列島に支えられている。民間企業で例えるなら、イギリスや韓国、ドイツなどの米軍基地は支店か営業所程度の位置づけだが、アメリカが東京本社だとするならば、日本は大阪本社ほどの重要性を備えている。米国の外交・軍事戦略は日米同盟抜きには成り立たず、世界のリーダーでいられるかどうかは日本次第とすらいっていい。日本には米軍の専用施設が84カ所、自衛隊との共同使用施設が50カ所、合計134個所もの米軍関係施設があり、米国本土に近いレベルの出撃や兵站、インテリジェンス機能を持つ「戦略的根拠地」を形成している。日本人は、米国が「日本列島への攻撃は米国本土への攻撃とみなす」と言っていることを単なるリップサービスと捉えているが、それは日本にどのような価値があるのか分かっていないためだ。日米同盟と日本列島が重要だからこそ、米国は習近平国家主席に対して「尖閣諸島であっても米国の国益であることを理解せよ」「中国は米国と日本が特別な関係にあることを理解すべきだ」と明言している。

――日本側の課題は…。

 小川 自衛隊の適正規模が根拠を持って語られてこなかったことが問題だ。何を根拠として、どれだけ自衛隊員が必要なのかを算出し、適正規模を国民に示す必要がある。一つの目安になるのは海岸線の長さで、日本は世界で6番目に長い海岸線を持つため、これに対応するためには陸上自衛隊員が25万人は必要だ。現在は自衛隊全体で定員24万人、陸上自衛隊は定員約14万人、実際は13万人程度なので、大幅に増強しなければならない。災害対策という意味でも陸上自衛隊のマンパワーの確保は重要だ。警察や消防が災害現場で活動できるのは3日が限度で、長期間の活動には、自己完結能力を備えて2週間はぶっ通しで活動できある陸上自衛隊が不可欠だ。このように根拠ある適正規模を国民に示し、理解を広げ、自衛隊を適正規模へと除々に拡大していく必要がある。

――集団的自衛権については…。

 小川 一連の問題については、政府がどのように日本を守るのか、国民に問いかけなかったことが誤解の発端だ。日本の平和と安全を図る選択肢は、米国との同盟か、自力での武装中立の二つしかない。前者を選ぶなら集団的自衛権は前提となる。ただ、政府が同時に指摘しなければならないのは、米国との同盟が極めて費用対効果に優れているのに対して、武装中立がハイコスト・ハイリスクであることだ。日本の防衛予算は5兆円程度だが、この程度の規模で、世界最高の安全を享受できているのは日米同盟あってのものだ。防衛大学校の二人の教授の試算によれば、もし現在と同レベルの安全を自前で確保しようとするなら、毎年23兆円の防衛費が必要となる。それも10年、20年、そのレベルの歳出を続けなければならない。更に日米同盟を止めれば、その瞬間アメリカの核の傘はなくなる点も忘れてはならない。自前で核兵器を作るには、その面での日本の技術レベルの立ち後れや、他国からの干渉・妨害が避けられないことを踏まえると、10年かけても不可能だ。核兵器による抑止力が10年以上なくなるリスクは極めて大きいが、その問題に対する解答が示されたことはない。

――今後の安全保障のあるべき形は…。

 小川 実は、世界の安全保障環境は、国家対国家というステージから、対非国家主体との戦いというステージに移行しつつある。現代において正面から戦争を起こしたがっている国は殆どないが、ISIL(イスラム国)のようなテロリストグループはいつ、どこで、何を目標に、どんな手段でやるかなど、主導権を100%握っている。アルカイダが米国を大きく揺らがしたのは記憶に新しいところだが、攻撃される側は不意打ちに耐える覚悟が求められる。現在、世界ではそうした新しい脅威に備え、封じ込める動きが国家主権を超えて進展しつつある。典型的なのは今年6月後半から7月1日にかけてモンゴルで行われた演習で、米国を始め、23カ国1000人が集まり、国連平和維持活動(PKO)などの訓練を行った。自衛隊が参加するのは10年目だが、人民解放軍も参加しており、両者が背中合わせで銃を構えるような写真も公表されている。今後はこのように、国家を超えて共通の敵と立ち向かうのが国際的な流れで、日本も既にその方向に進みつつある。例えば、先般の安保法案は10本の法律改正と国際平和支援法の立法がセットだったが、この中のかなりの部分は集団安全保障に関わるものだった。集団安全保障とは、簡単にいえば、平和を乱す国やグループに対して、国連や有志連合が共同で対処するものだ。場合によっては、人民解放軍どころか、北朝鮮軍が友軍として同じ戦線にならぶこともあるだろう。すでに尖閣諸島の領有権や拉致問題といった対立点とは別のところで、各国が協力しなければ安全を図れない段階にまで、国際的な安全保障環境は変化しつつある。

――日本の通商交渉は世界的に遅れていると言われていたが…。

 馬田 日本はFTA戦略で韓国の後塵を拝していた。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加が議論されるようになった背景の一つに、米韓自由貿易協定(FTA)の締結がある。これによって日本製品が韓国企業によって米国市場から締め出されるのではないかとの危機感が生まれ、その巻き返しを図るためにもTPP参加は必要だった。TPPに参加している国は12カ国だが、GDPでは日米が全体の8割を占めているので、TPPは実質的には日米FTAだ。日本のTPP参加は、韓国への競争意識が根底にあった。また、日本のFTA戦略は農産物がネックとなり、なかなか進展しなかった。「工業品は輸出したいが、農産物の輸入はダメだ」という国内の保護主義が根強かった。このため、EUやASEANがFTA締結を積極的に進める中で、いつの間にか日本が取り残された。今回のTPP交渉では、聖域扱いされた農産品5項目の関税撤廃を一部認めた。無傷で済まそうと思えば、投資、政府調達、知的財産権など関税以外の交渉分野で、日本はもっと交渉力を失うことになっていただろう。

――巨大な新たな自由貿易圏が構築される…。

 馬田 これまでの2国間FTA交渉では農業防衛に固執したため、規制緩和の要求でも迫力に欠けた日本だったが、今回のTPP交渉では米国とタッグを組み、マレーシアやベトナムなどの新興国に対して投資やサービス貿易の自由化を含む市場開放を実現した。従来のFTAで取り損なった分をTPPで取り戻した形だ。企業のグローバル化が進むなか、各国がバラバラのルールを設けていたのでは効率が悪く、コストもかかる。サプライチェーン(供給網)の効率化を図るために、統一したルールの確立が必要となっていた。本来、このようなルールづくりは世界貿易機関(WTO)がその役割を担うべきだが、加盟国が160カ国を超えるため、意思決定が難しいという制度上の問題に直面している。関税撤廃など国境措置に留まらず、投資規制の緩和や政府調達などの国内措置も含めた交渉が必要となっている。ルールづくりの通商交渉の主役はもはやWTOではなく、巨大なメガFTAに代わっている。

――国営企業の民営化の意義は…。

 馬田 TPPルールの交渉分野の一つが国営企業の民営化だが、これは将来の中国参加を意識したものだ。中国は改革開放路線を進め、社会主義から資本主義の経済へ転換を図ったが、米国から言わせれば、中国の資本主義は偽物であり、「赤い資本主義」とか「国家資本主義」と非難されている。中国政府が補助金その他の優遇措置によって国営企業を庇う構造が要因となって、米中貿易摩擦を引き起こしている。米国はTPPを通じて中国の国家資本主義と闘うつもりだ。中国をTPPから排除するのではなく、アジア太平洋地域の通商ルールに中国を引きずり込み、国家資本主義からの転換を迫るというのが米国の考えだ。韓国やASEANの国々がTPPに次々と参加し、中国の孤立が現実味を帯びてくれば、中国もTPPに入らざるを得ないのではないか。

――TPPが米国主導と言われる訳は…。

 馬田 米国がテロとの戦いで中東に構っている間に、アジアでは中国が経済力をつけて影響力を拡大させた。米国が安全保障面や経済面で中国に脅威を感じていることは確かだ。また、アジアの地域主義が台頭し、ASEANと日中韓を中核とする東アジア共同体構想の浮上も米国を警戒させた。これが発足すれば米国企業が世界の成長センターから締め出されるのではないかと恐れた。そのため、米国がアジア市場に深く関与できるような新たな大きな枠組みとして、米国が提案したのがアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想である。当初、米国はアジア太平洋経済協力会議(APEC)をベースに参加国によるFTAAP実現のための交渉をしようとした。しかし、非拘束の原則を転換させ、緩やかな協議体としての性格を変えようとする米国のやり方を嫌った東アジア諸国の反対にあって断念、APECの外に作られたTPPの拡大を通じてFTAAPの実現を図るという戦略に軌道修正した。米国はTPPを「21世紀型のFTAモデル」と位置づけて、高いレベルの包括的なFTAを目指すことになった。12カ国により21分野(31項目)について交渉が行われたが、投資、知的財産権、競争政策(国営企業)、政府調達など、TPPのルールづくりを主導する米国と他の参加国との利害対立が先鋭化した。

――農業分野の関税率は…。

 馬田 日本の農産物の自由化率は81%と12カ国で最も低い水準となった。工業品は100%、日本の自由化率は95%に達し、日本のFTAで最も高い。今回、農産物586品目の3割の関税を撤廃したわけだが、今まで輸入していないとか輸入実績の少ない品目、日本で生産していない品目など関税撤廃の影響がほとんどない品目ばかりだ。また、重要5項目(コメ、小麦、砂糖、牛・豚肉、乳製品)については聖域として交渉し、コメと小麦、砂糖の関税をそのまま残し、牛・豚肉と乳製品の関税率は段階的に下げるが、撤廃は回避した。関税撤廃までの期間を長くすることや、輸入量が急増した場合に関税率を引き上げるセーフガード(緊急輸入制限措置)を設けているため、影響は限定的だ。また、コメについて無税で輸入する枠を年間7万8400トンとしたが、この分は市場には流れず政府在庫とするのでコメは安くならない。これでは、TPP参加を好機としてコメの生産性向上とか農業の成長産業化、攻めの農業などと言っても、果たして変えることができるのか。また、コメの関税率778%を維持しようとしたことで、米国が乗用車にかけている2.5%の関税撤廃が25年目になったことも確かだ。

――今後の中国の対応は…。

 馬田 米国主導のTPPに対抗する意識はあるものの、TPPの参加を選択肢の一つとしている。中国が現時点で、高いハードルのTPPに参加すればハードランディングの危険がある。そのため、中国はTPPに参加するとしてもソフトランディングとなるよう、2014年に上海自由貿易試験区を設置した。これをモデル地区として規制緩和を進めており、他の地区にも設置し徐々に自由化を図ろうとしている。その一方で、TPPの対抗手段として、ASEAN+6によるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を推し進めることも選択肢としてある。RCEPはTPPとは異なり、自由化のレベルが低いが、中国とインドという2大市場が入っていることが最大の魅力だ。2016年中には交渉をまとめようとしている。今やアジア太平洋地域はメガFTAの主戦場となり、米国主導のTPPと中国主導のRCEPという対立の構図ができている。TPPの大筋合意を受けて、中国はRCEPのテコとなる日中韓FTAの交渉を加速させようとしている。さらに、中国の対外戦略の最重要課題が一帯一路構想で、TPPに対抗する新たな手段に格上げされた。現代版シルクロードと呼ばれ、陸と海からアジアと欧州を結ぶ広大な地域経済圏の構築を目指すものだ。その資金源として注目されているのが、アジアインフラ投資銀行(AIIB)だ。中国が一帯一路構想とAIIBによって欧州を取り込み、米国を牽制しようとしていることに、米国は苛立ちと警戒を強めている。

――アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の行方は…。

 馬田 現在、FTAAPを実現させる道筋として、TPPとRCEPの二つのルートが存在している。しかし、どうやって最終的にFTAAPに繋げるかは決まっていない。そこで、2014年に中国で開かれたAPEC北京会合では、FTAAP実現に向けたロードマップが策定され、FTAAPを早期に実現すること、そのための共同研究を実施し2016年末までに報告することを明記した首脳宣言が採択された。日米は、TPPの延長線上にFTAAPを位置付け、RCEPをTPPに吸収させるつもりだ。日本や豪州などTPPとRCEPの両方に重複して加盟する国は現在7カ国。TPPの大筋合意を受けて、韓国、タイ、フィリピン、インドネシアなども参加の方向に舵を切るようだ。今後、どんどん重複国が増えていけば、自然とRCEPはTPPに飲み込まれていくだろう。

――間接金融から直接金融への移行がなかなか進まない…。

  日本は米国などと異なり間接金融中心の社会であるとはいえ、約1700兆円の家計資産のうち現預金が未だに過半を占めており、株式の比率は1割程度にとどまっている。アメリカでは家計資産のうち株式の比率は約5割にのぼる。過去20年間の家計資産の増加幅を比較すると、アメリカは3倍以上に増えている一方、日本の場合は1・45倍程度と、リターンの差が明確に現れている。15年以上続いたデフレの中でこうした状況が続いたことはやむを得ない面があったかもしれないが、デフレからの脱却を進めている現状において、これに応じたポートフォリオ・リバランスを進めることがプラスになるはずだ。家計であれば、中長期的な視野で国際分散投資を進めることで、世界経済の成長の果実を取り込むことができよう。

――ポートフォリオ・リバランスを促していくうえでの課題は…。

  欧米では預金や債券といったローリスクの金融商品のほか、長く保有すれば安定的なリターンがあがるようなミドルリスクの商品があり、その先にハイリスクの商品があるが、日本ではこのミドルリスクの商品の層が薄い。このため、投資の初心者がハイリスクの商品を買う傾向もあり、まずはミドルリスクのゾーンを作ることが重要だと考えている。また、年金等の機関投資家は運用を高度化し、様々なアセットクラスへの分散投資を進めていくことにより、安定的なリターンを中長期的にあげていくことが可能となる。こうした分散投資の拡大は、結果として日本株への投資拡大につながり、貯蓄から投資への動きが健全な形で進んでいくだろう。各主体のポートフォリオ・リバランスが進むことにより日本株への投資は増えていくが、これが投資家にとって中長期的な成功体験に結びつくためには、国内企業が企業価値を上げていくことが重要であり、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードを策定した。日本版スチュワードシップ・コードの下、中長期の時間軸で企業価値を向上させるための建設的な対話が機関投資家と企業の間で進んでいくことが重要と考えている。

――株式市場は、海外の投機的な動きにより、健全な資産形成の場としての機能が損なわれているのでは…。

  株式市場のボラティリティが高くなっている背景には、レバレッジを効かせてアルゴリズム取引を行っているファンドの影響もあると見ている。ただ、こうした取引には、流動性を供給するものや振幅を拡大するものなど様々な種類があるし、一口に海外の投資家といっても短期的な売買を主としたファンドもあれば、企業価値を見極めながら中長期的な投資を行うファンドもある。まずはこうした取引の実態を把握していくことが重要だ。ただ、足元のボラティリティが高いとはいえ、5年、10年と時間が経つにつれ株価は企業の収益力を反映した水準に収まっていくだろう。

――社債の発行額が減少し、6カ月減少で市場が縮小しているが…。

  金融庁として社債市場のインフラ整備を進めてきているが、市場が発展していくためには投資家の存在が不可欠だ。機関投資家が様々なアセットクラスへの投資を進めていくにつれ、社債を含めたスプレッドプロダクトに対する需要は増加していこう。銀行に対して「融資の目利き力」という言葉をよく使うが、機関投資家にも企業に対する「目利き力」、「分析力」の向上が求められる。

――銀行融資が信用保証協会や担保に依存しているとの批判については…。

  銀行には多額の預金が集まってくる一方、企業も全体として貯蓄超過になっているほか、国内の生産年齢人口も減少してきており、借入れ需要がマクロ的に増加する環境とはなっていない。また、低金利環境下で貸出スプレッドも小さくなっている。多くの銀行はスプレッドの低下を補うべく、融資の量を拡大しようとしているが、さりとてリスクは取りたくないということで、信用保証協会や担保への依存が見られている。借り手企業の財務状況だけではなく経営者の資質、事業の将来性を見て資金を貸すというのは古今東西を問わず商業銀行としての本質だ。もっとも、銀行が担保偏重に傾いたことついては、金融庁の資産査定など検査のやり方が影響を与えた面もあっただろう。このため、私は検査局長を務めていた時から、個別の融資の引当について資産査定を原則として行わないので、事業性を見極め自ら融資判断して欲しいと銀行サイドにはっきり伝えている。特に地域金融機関にとっては、単に融資を行うだけでなく、相手企業の生産性向上、企業価値向上のために適切なアドバイスをすることが重要な役割になってきている。

――新たに「金融仲介の改善に向けた検討会議」を設置するが…。

  この会議は金融行政における大きなテーマである地域金融について、様々な専門家からの意見が常に金融庁の中に入ってくるようなメカニズムを作り、周知を集めながら行政を行っていくというねらいがある。会議では我々が得た知見を専門家とも共有しつつ、地方創生に向けての地域金融機関の役割など様々なテーマについて検討していきたい。

――金融機関のサイバーセキュリティ対策に対する取り組みは…。

  サイバーセキュリティの問題については、金融システムにとって最大の脅威の一つだと認識している。私が検査局長の時はメガバンクを対象にサイバーセキュリティ体制の検証を行ったほか、監督局長の時にはサイバーセキュリティに関する課題を設定し、専門のプロジェクトチームによって国内外のベストプラクティスなどを調べた。情報技術は日々進化を遂げており、新しい手口を直ぐに金融機関の間で共有することが重要となる。米国ではセキュリティ情報の共有組織を作っており、日本のメガバンクもここにアクセスしているが、日本でもこのほど同様の組織が発足した。メガバンクのセキュリティは相応のレベルに達していると思うが、セキュリティ体制が脆弱な金融機関はマネーロンダリングを含めて対象として狙われる恐れがある。金融情報システムセンターなどとも協力しながら各金融機関が情報共有を進め、きちんとセキュリティのレベルを上げていくことは今後の課題となろう。

――東京市場の活性化に向けた課題は…。

  海外を見ると、ニューヨークやロンドン、香港、シンガポールは金融の人材ネットワークの蓄積が出来ており、こうした蓄積があるからこそ質の高い情報が集まっている。日本にはまだこれが欠けているのではないか。また、日本はグローバルなバイサイド(資産運用者)が少ないことも弱点と言える。日本は経常黒字を長らく続けてきたため、資産は十分あるわけだが、この資産が洗練された形で運用されてこなかった。資産運用を高度化すればレベルの高いアセットマネジメントやカストディアンが集まるようになり、結果として市場の地位も高まっていくだろう。資産運用は個人の資産形成に直結する分野であり、これをベースに市場を改善していくことは関係者全体にとってプラスになる話だ。積極的に取り組みを進めていきたい。

――10月からマイナンバー制度が始まった。導入に伴うメリットとデメリットは…。

 梅屋 マイナンバー制度は、実はごく普通のサラリーマンにとってデメリットはない。困るのは、税金や従業員の社会保険料をきちんと納めていない事業者など、正しく申告を行っていない者だ。現在もこれらを調査することは不可能ではないが、かなりの人的資源が必要となり、全てを調査するのは必ずしも現実的ではない。ところが、マイナンバーを使ってシステム管理ができるようになれば、簡単に捕捉しやすくなる。マイナンバー制度の開始により、社会の透明性が進むのは事実だ。また、制度開始から3年間は、社会保障と税、災害対策の3分野での利用に限られる。このため、そもそも会社経由で社会保険料を納めているサラリーマンにとっては制度開始による混乱が起きにくいというのもある。

――個人の利便性が高まるということは…。

 梅屋 10月から全住民に配布される通知カードのほかに、来年1月以降、個人が希望すれば氏名や住所、顔写真などが記載された個人番号カードが申請者に交付される。これは免許証などに代わり、公的な身分証明書として使える。健康保険証などと異なり、顔写真が付けられるため、より確実に身元確認ができる。また、個人番号カードにはICチップが搭載されるため、ICカードとしてのサービスも徐々に広がるだろう。例えば、近い将来クレジットカードとして利用できることが検討されている。制度上の障害はあまりなく、あとはカードとして使用するための要件定義などの整備を行えば十分に利用可能だ。また、実際に制度設計に関わっている人によると、学生証として利用したいという話もよく聞かれるそうだ。学生証として必要な情報をICカードに搭載すれば、コストをかけて現在の学生証を作る必要がなくなるためだ。

――金融機関での利用は広がるか…。

 梅屋 売上増には直結しないが、マイナンバーの利用による事務コストの大幅削減は期待できるだろう。例えば、事務負担がかなり発生する相続手続を簡素化できる点が挙げられる。戸籍はまだマイナンバーの対象となっておらず、リンクするのはより後の話になるが、リンクすれば手続きを自動化することができる。また、税務署からの問い合わせも、現在は紙ベースで行っているが、これもシステム化が可能になる。将来、預金にマイナンバーを付けるための制度整備も現在進められている。

――マイナンバーの利用拡大に伴う不安はないか…。

 梅屋 ハッキングにより個人情報が全部盗まれるという不安がよく聞かれるが、一括管理は法令により禁止されている。分野ごとに分散管理をしなければならない。例えば、税金と年金分野をまとめてシステムで一括管理することは法律上絶対にできない。このため、仮に一部の情報がハッキングされたとしても、被害は一括管理と比べ限定されるだろう。税務の情報を年金事務で必要になった場合は、政府による中継の仕組みを経由して問い合わせるというように制限されており、かつ必要な情報を限定して返答しなければならないと定められている。つまり、業務上必要な情報以外は見ることができない仕組みとなっている。さらに、漏洩の恐れがある場合、番号自体を簡単な手続きで変えることができる。変えてしまえば、以前の番号での問い合わせは全て無効となる。ただ、金融機関の名を語るなど、制度に便乗した詐欺が行われるケースは十分に考えられる。

――「マイナンバー詐欺」は既に起きている…。

 梅屋 マイナンバー制度そのものよりも、国民にマイナンバーの知識が十分に浸透していないことが問題だ。漏洩が心配だという報道が多く、その不安につけ込む形で詐欺が発生している。制度が始まってしばらくの間は、知識が不十分なことを利用した詐欺が増えることが懸念される。年金と異なり、今回は高齢者だけでなく全員が当事者となるため、被害対象者も広いと想定される。また、このような制度は国内初となるため、慣れない事に伴うミスは起こるだろう。実際、マイナンバーを誤って住民表に記載してしまった例が見られた。だが、漏洩によるリスクは当面の間、ほとんどないと言える。マイナンバーの使用分野がしばらくは税金や社会保険料の納付に限られるため、他人になりすましてまで行うインセンティブがない。そもそも漏洩のリスクがほとんどない点や、電話によりマイナンバーを確認されることはない点など、制度の仕組みをより周知していくことが必要だ。

――マイナンバーの制度自体がよく練られていると…。

 梅屋 日本は世界各国と比べ、番号制度の開始が遅かったため、海外での問題点をよく調査して制度設計を行うことができた。例えば、アメリカではマイナンバーにあたる社会保障番号(ソーシャルセキュリティーナンバー、SSN)を使ったクレジットカードの不正作成が頻発している。この理由として、アメリカでは番号を本人しか知らないという前提で制度が成り立っているため、氏名と住所、番号があれば簡単にクレジットカードが作れてしまう点が挙げられる。アメリカでは日本の様に住民登録が行われないため、住所が本当に本人の住所かは証明できない。氏名と番号さえわかれば、架空の住所にクレジットカードを送付することができる。一方、日本ではマイナンバーを使う場合は必ず身元確認が求められる。顔写真付きの身分証明書を提示し、政府が行う公的個人認証をしないといけない。このため、他人のマイナンバーの不正使用は困難だ。

――マイナンバーの悪用に対する刑罰は十分か…。

 梅屋 他人のマイナンバーを不正に盗み出し、悪用した場合の罰則規定は懲役4年以下、または200万円以下の罰金となる。より重くすべきという議論も国会で行われているが、4年以下の適用では初犯でも執行猶予が付かない。盗用件数が少なければ酌量余地はあるが、基本的にはある程度の情報を第三者に提供した時点で刑務所に入るほどの刑罰を受けることとなる。これは1つの牽制機能になるだろう。また、企業としての管理が不十分でこの様な不正が起きた場合、企業自体も罰則対象となる。企業が法令に基づくルール通りに管理していた場合はある程度容赦されるが、管理がずさんで問題があれば企業に罰金が課される。企業が罰金刑となった場合、行政機関が受注を制限するケースが多いため、受注そのものができなくなれば、企業活動に大きな影響が出る。これも牽制要素となる。

――中小企業などにとっては対応が負担にならないか…。

 梅屋 従業員数が数十人規模の企業向けに、クラウドによる自動化サービスを提供する企業が増えている。月々数千円程度のサービスも多く、クラウド上で管理を代行させ、自社の事務負担を限定すればコストも限定的だ。当然、クラウドサービスにも費用は発生するが、自社でシステムを持つ場合に比べれば少ない負担ですむ。また、紙ベースでの事務では保管や廃棄に対するルールが厳しい点で運用負担が大きい。この点、システム化が進めば、業務にも変化が出るだろう。例えば、社会保険労務士や税理士などの紙ベースでの仕事が減少するため、中小企業にとってはコストの削減につながると見込まれる。また、企業のバックオフィスでも、事務処理の担当者がより少ない人数ですむかもしれない。つまり、今回のマイナンバー制度は、クラウドを含めたIT化の背中を押すようなものだと考えている。

――年末にASEAN経済共同体が発足するということだが…。

 石川 ASEAN共同体というのは、経済共同体、政治・安全保障共同体、社会文化共同体という3つで構成されている。そのなかで最も重要なのがASEAN経済共同体(AEC)だ。AECは対象分野が非常に広く、市場(経済)統合、競争力のある地域、格差の是正、グローバル経済との連携の4つの柱で構成されている。さらにそのなかでも最も重要なのが市場(経済)統合だ。ASEAN事務局では、関税撤廃やサービス貿易の自由化、投資分野の自由化など統合に向けた項目をいくつ達成できたかを表した実行率を公表しており、今年の8月までに90%に達した。具体的な項目のなかでは、例えば、関税の撤廃では後発開発途上国であるCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)を除いて2010年に達成しており、CLMVを含めても2018年までに完了するのはほぼ確実で、TPPに負けない自由度の高いFTAの枠組みが誕生する。これにより日系企業の場合、マーケットとしても、調達場所としても今まで一国でみていたものを、ASEAN全体でみることができる。これだけみてもAECは高く評価できる。

――ほぼ完全で大きな自由貿易圏が誕生するわけか…。

 石川 しかし一方では、関税以外の貿易の障害となる非関税障壁が存在しており、完全に自由な経済圏であるとは言えない面もある。例えば、工業製品の環境・安全規格や食品の安全基準(農薬の残留基準など)が各国で異なると自由な販売活動が制限される。また、サービス貿易(サービス分野への投資)においても、外資出資比率は最大70%までに制限されている。域内に進出している日系企業の場合もサービス貿易自由化の恩恵の享受が可能となるはずだが、まだ明確に規定されているわけではない。当たり前のことだが、AECの恩恵を受けるのはASEAN域内の企業であるため、進出している日系企業も含まれるはずだ。この点も、規定では「ASEANで事業を実質的に行っている企業を対象とする」と基本的なことは書いているものの、「実質的」というのは具体的にどういった条件なのかの議論が進んでおらず、また前例もないため、実際に日系企業が投資できる要件はまだわかっていない。

――EUでは労働者の移動の自由が問題になっているが…。

 石川 AECではヒトの移動の自由を積極的に推進することによって、貿易や経済の交流が図られ、ASEAN圏としての経済拡大を目指している。ただ、EUと同様の問題を防ぐためにもAECでの移動の自由は熟練労働者に限定している。熟練労働者というと分かりにくいが、簡単に言うと例えば商社やエンジニアなどのビジネス・パースンのことだ。現在、年末に向けて取り掛かっているのが、会計士や看護師、建築士などの資格の相互承認だ。共通化に向けた基本的な協定は合意に達したものの、例えばシンガポールの弁護士がタイで弁護できるかは法律が異なるため現実的ではなく、また、タイでは域内他国の看護師の資格を認めてはいるが、実際には言語が異なるため、勤務できる状況にない。このように資格の相互承認を進めているが、実際に働けるかどうかは別問題となっている。他方では、非熟練労働者と言われている工場労働者の移動の自由は認めていない。しかし、実際には非熟練労働者は自由に移動している。タイではミャンマーやラオス、カンボジアの非熟練労働者が、シンガポールにもフィリピンやインドネシアから来ている。これは2カ国間の協定やあるいは不法入国で入ってきているためだ。こういった問題が移動の自由の問題を複雑化している。

――ASEAN全体としての成長の潜在力は大きい…。

 石川 現在、ASEAN全体の人口は6億2500万人。これは中国の半分に過ぎないが、ASEANの場合は人口構成が若いことが特徴だ。中国は一人っ子政策の影響もあり、急速に高齢化が進み、労働力も今年、ピークアウトするとみられているが、ASEANではこういった問題はまだまだ先で、今後も生産拠点、マーケットとしての魅力がある。また、交通の面でも急速に物流インフラ開発が進んでいる点にも着目したい。特にタイを中心とする陸のASEANでは、東西経済回廊、南北経済回廊、南部経済回廊が繋がり、大メコン圏として物流網が構築されている。これによってタイを中心にベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーで生産のネットワークが構築できるようになった。タイの人件費上昇を背景に、賃金の低いカンボジアやラオス、ミャンマーで分業体制が可能となるとともに、カンボジアやラオス、ミャンマーの所得水準向上に伴ってマーケットとしての魅力も高まっていくと考えている。

――ASEANに対する日本政府の課題は…。

 石川 2カ国間の経済協力などを背景に日本企業によるASEAN向け投資はタイを中心に他国を圧倒している一方で、ミャンマーやラオスなどでは中国企業による投資のほうが多く、その分影響力も強い。また、インドネシアでは鉄道受注で遅れを取った。日本政府は2国間だけでなく、ASEANへの経済協力を積極的に展開してもらいたい。また、AECを作っていくうえで、あらゆる角度から協力することも重要だ。例えば、米国はAECの計画づくりに参加しており、内容に影響を与えることができるだろう。また、フランスはASEAN域内の化粧品での規制作りに協力していることから、化粧品の輸出といった面で有利に働く。こういったように、モノのだけでないソフト面の協力も必要であり、長期的な視点で考えることが重要だ。また、AECでは、ASEANと域外の国とのFTA締結による自由貿易圏のさらなる拡大も目指している。これまでのところ日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドと締結し、現在、香港とも交渉を進めている。さらにこれらをまとめたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を作ろうと進めている。TPPが前進したことで、TPPに参加していない中国を筆頭にTPPに匹敵する自由貿易圏、つまりRCEPを進めようとするだろう。中国に加えてインドを含むRCEPのほうがTPPよりも人口規模が圧倒していることから、日本にとっては非常に重要な貿易圏となる。特に日系製造業企業はTPPよりもRCEPに投資しているため、サプライチェーンとして相当重要な枠組みになると予想されることから、RCEP合意に向けて日本政府が働きかけていくことは重要だ。

――中国経済をどう見るか…。

  私は大不況の真っ最中だと考えている。中国政府は今年上半期の成長率を7%と発表したが、これはどう考えても嘘だ。例えば、李克強首相がかつて信頼できる指標として挙げた電力消費量、鉄道輸送両量、銀行融資、いわゆる「李克強指数」を見ると、電気消費量こそ伸びているものの、伸び率が1%台に止まり、鉄道輸送量は前年比で約10%減となっている。相手があるために嘘をつけない貿易統計を見ても、上半期の輸入は前年比で10%ほど減少している。中国の輸入は生産財が主体であることから、輸入の落ち込みは、中国の生産活動が縮小していることを示唆している。他の指標、例えば、これまで急成長で中国経済を支えてきた自動車販売をみても、すでに8月分までで5カ月連続で前年の実績を下回っている。数多くの部品を必要とする自動車の販売は多くの産業に影響を与えるだけに、販売減速のインパクトは大きい。その他の商品も、例えばビールの今年上半期の消費量は20年ぶりにマイナスになったし、スマートフォンの販売も減少している。これらを踏まえると、中国の本当の成長率は精々0%近傍といったところだろう。

――なぜこれほど不調なのか…。

  一つの要因は富の集中だろう。消費の増加により生産が盛んになり、生産が追いつかないことで設備投資が行われ、それによって所得が増加し、一層消費が増加する、というのが望ましい経済成長の循環だが、中国では所得分配が十分に行われないため、消費が中々伸びない。日本のGDPに占める個人消費は6割ほどだが、中国は3割ほど。10年前の中国の割合が約5割であることを踏まえると、消費の伸び悩みは顕著だ。富を独占している富裕層は国内で消費せず、海外で消費していることも、消費の不調に繋がっている。それでもこれまで中国が成長できたのは、国民の消費する分の代わりに政府が道路や不動産開発に投資してきたからだが、そのために中国経済はあまりにも投資に依存する形になってしまった。しかし、需要なしにいくら投資を行っても歪みが大きくなるだけだ。今までは内需の不足を外需で満たしていたが、輸出も足元で減少を続けている。これまで中国は安いものを製造し、海外で販売することで外貨を稼いできたが、中国国内の人件費が上昇してきたことで、他の低賃金国との競争に敗れ、このモデルは崩れてしまった。これまで輸出に並ぶ経済の柱だった不動産開発も不振が続いている。統計をみても、不動産への投資は20カ月連続で減少している。これは不動産が売れず、在庫が増加していることが原因だ。

――金融緩和への期待感もある…。

  足元で豚肉価格が急速に上昇していることから、一層の金融緩和の余地はさほど大きくないだろう。そもそも、中国はこれまで紙幣を発行しすぎており、それがインフレに繋がり、中国の人件費増加・輸出競争力の低下の原因になってきた。もし更に緩和するようなことがあれば、一層中国の輸出競争力が低下し、自分で自分の首を絞めるようなことになるだろう。最悪の場合、低成長率・高インフレ率のスタグフレーションに陥る可能性すらでてくる。もし本当にそうなれば、中国経済はいよいよおしまいだ。

――習近平政権に残された手は…。

  ほぼないといっていいだろう。恐らく株価上昇が最後の希望だったのだろうが、それもほぼ失敗に終わった。昨年の秋からの株価暴騰は凄まじかったが、所詮官製バブルであり、経済の下支えがなかったことがここ最近の暴落の原因だ。ただ、暴落自体よりも、政府が株価を支えきれなかった事実の方が重要かもしれない。これまで、中国には「政府が動けば経済はどうにでもなる」という神話があり、日本人もかなりそれを信じていたが、今回の騒動で神話は崩壊した。これからは「政府がいくら頑張ってもどうにもならない」という認識が強まり、それは一層中国経済への不安に繋がってくるだろう。その不安感は、最近各方面で始まった人員削減や給与カットとともに、一層の消費の手控え、そして景気減速を生み出す。国有銀行でさえ賃金を半分カットする動きが見られており、今後中国は日本のバブル崩壊にも似たショックに見舞われることだろう。依然残っているシャドーバンキングや地方政府の債務問題もあることから、ショックは日本以上のスケールになってもおかしくない。日本の場合、バブルが崩壊しても国際的競争力のある自動車産業などは健在だったが、中国にはそうした産業もないため、復興にはかなりの時間を要する見込みだ。貧困層の生活が一層苦しくなるため、暴動が多発し、国内企業も外資系企業も投資を躊躇う展開も予想される。このように中国経済の火種は多く、一度破綻するとどこまで落ちるか分からない。

――日系企業への被害も甚大となる…。

  既に現時点で日系自動車メーカーは苦境に陥っているだろう。販売台数が減少しているだけでなく、価格競争が始まっているとみられ、今後利益はますます縮小してくる。中国で製造し、海外向けに販売するというシナリオも、中国の高い人件費を考えると難しい。かといって、中国から撤退するのも簡単ではなく、大変な労力・エネルギーが必要で、実質的に逃げられない企業もあるだろう。もちろん、中国に輸出している企業も苦しくなる見込みで、特に建設関係の機材を輸出している企業は中国経済減速の影響を正面から受けることになる。中国では不動産開発が停滞しており、そうなれば当然建設機械は不要になるからだ。

――経済減速が本格化した時、日中関係はどうなるのか…。

  恐らく、経済が駄目になればなるほど、中国は日本に擦り寄るだろう。日本には中国が必要とする資本や技術があり、経済が切羽詰れば、日本との関係改善に意欲を示してくるはずだ。話題のアジアインフラ開発銀行も、結局日本の協力なしで運営は不可能であり、その部分でも協力を求めてくる可能性が高い。ただ、中国側が友好ムードをかもし出し始めても、領土・歴史問題がなくなるわけではなく、日本にも他人事ではない南シナ海への進出も止まらない。日本はそのことを踏まえて、中国と付き合う必要がある。これは私の持論だが、歴史的にみて、日本は中国に深入りすると大抵ろくなことがない。70年前の大戦では、日本は大陸に深入りしたばかりに、米国と対立し、亡国への道を歩んだ。今の時代、中国と全く付き合わないわけにもいかないが、距離をおいて、ほどほどの関係を維持した方がいい。企業も同じで、中国とビジネスを行うのはいいが、社運を賭けるのは止めておくべきだ。将来どうなるか分からない国に、希望を託してはいけない。もしビジネスをするにしても、中国事業が破綻しても会社存続に支障がない程度の関係性に止めるのが無難だろう。

――日本証券業協会のインターネット証券評議会の議長に就任された…。

 北尾 1974年に野村證券に入社してから今日まで40年余り、これまでは自分の仕事を通じて証券界の発展に尽くしてきたが、証券界のためにも投資家のためにも、自分の会社を離れて申すべきことを申した方が良いと思い、議長に手を挙げた。日本は個人金融資産の50%超が預貯金に偏っており、先進国の中では極めて異常な状況が続いている。私自身、インターネット証券を起業し、若者達がEコマースで商品を買うかのように株式の売買を行う現象が新たに生まれたことには手応えを感じているが、保守的と言われる欧州諸国でも個人金融資産の2~3割を株式投資が占めていることを勘案すると、まだ開きが大きすぎる。日本でも各人が老後に備えて資産形成に取り組まなければいけない時代を迎えているなか、この状況を変えようと様々な形で啓蒙活動に取り組んでいるが、なかなか実を結ばない。

――間接金融中心から直接金融への移行が進まない背景は…。

 北尾 間接金融への偏重が続いている理由の1つとしては、配当の二重課税の問題が挙げられる。古くから指摘されている問題ではあるが、いかなる理由でいつまで二重課税を続けるのか全く不明瞭だ。また税制面では、金融所得の損益通算について、2016年からようやく債券や公社債投信が範囲に加えられる予定だが、未だにデリバティブや外貨預金が対象外とされていることはおかしい。デリバティブ取引がこれだけ盛んに行われているのだから、当然損益通算の範囲に加えられるべきだろう。また、この金融所得一体課税の見直しについてはインターネット証券評議会においても提唱しており、インターネットで個人投資家から賛成票を集めることも提案している。相手が国会であれ金融庁であれ、正しいと思うことは歯に衣着せず発信していきたい。

――税制以外の問題点は…。

 北尾 市場の制度整備が欧米と比べて遅すぎる。一例を挙げれば、SBIグループのSBIジャパンネクスト証券では株式の私設取引システム(PTS)を運営しているが、当局は未だに信用取引を認めていないほか、取引量が対国内全取引所の全売買代金の10%を越えてはいけないという規制を課している。先般ニューヨーク取引所がシステム障害でダウンした際、代替機能を果たしたのはPTSだ。日本でも万が一東証の取引がストップした時にPTSが代替機能を果たせるように規制の整備を行っておくべきだが、こうした問題に全く対応していない。世界的にPTSでの信用取引が当然のこととして認められているにも関わらず、日本でこれを禁止していることは合理的な理由を欠いている。

――日本はルールに合理性を欠いていると…。

 北尾 今回の日本郵政の上場についても、東証はこれまで親子上場を廃止するとの方針を示しておきながら、なぜ今回はグループ3社の同時上場を認めるのか納得できない。また、どういう根拠で主幹事を選択したのかも全く不透明で筋が通っていない。そもそも財務省が主幹事を決めること自体が問題であり、本来は発行体である日本郵政自らが決めるべきだろう。国立競技場の建設費の問題も同様で、制度のあり方や決定過程の透明性をより高めなければいけない。

――国内のルールが世界のルールとカイ離している…。

 北尾 日本の常識は世界とかけ離れており、むしろ世界の非常識が日本の常識になってしまっている部分が多い。こうした部分を直していかないと、日本は世界からの尊敬を集めるような国にはならないし、相手にされなくなってしまう 米国は様々な民族が集まって国家を形成しただけあり、価値観の1つとしてフェアであること、つまり公正公平であることを非常に重視しているが、日本はこれが欠如している。東芝の問題を例に挙げれば、ライブドア事件の時は経営者の逮捕にまで至ったが、東芝のケースではマスメディアは粉飾決算とも呼ばず、「不適切会計」とおかしな表現を使っている。東芝の場合は粉飾した金額が極めて大きいことに加え、会計を偽っていた期間にエクイティを含めた多額のファイナンスを行っており、これは犯罪的な行為だ。東芝の決算にOKを出した監査法人を含め、誰がどのように責任を取るのか明確で公正公平な処分が行われないと、日本は世界からの信頼を失ってしまうだろう。

――日本が世界標準に追いつくためには…。

 北尾 米国ではゴールドマン・サックスのCEOが財務長官に就任したが、日本でも実業界からマーケットを熟知した人材を登用し、グローバルの中で常識的と思われるレベルに早く到達しなければならない。また、官庁にも優秀な人間は多いのだから、より早くから民間に出てもらえばいい。もはやキャリア官僚だけが行政を独占する時代ではなく、民間との交流を活性化するべきだ。

――今後、インターネット証券評議会の議長として注力される点は…。

 北尾 インターネット証券のみならず、証券業界全体で膨大なシステムコストがかかっているため、システムコスト削減に向け業界としてもっと緊密に連携を取っていきたい。例えば今後、マイナンバーへの対応でもシステムコストが発生する。証券各社でシステムを共通化できるところは共通化し、システムコストを減らすという行動は当然あるべきだと考えている。さらに言えば、システムのプログラミング言語ではCOBOLがずっと使用されているが、新技術の発達に伴いCOBOLのエンジニアは世界的に減ってきている。インターネットの進化に伴い、証券界としても時代の最先端の技術を積極的に取り込むようにならなければいけない。

――4~6月期GDPがマイナスなるなど景気が再び悪化している…。

 髙橋 景気が回復しない原因は消費増税と中国要因につきる。様々な理由が付けられているが、GDPの構成項目で下がっているのは消費と輸出の2つだ。消費は消費増税、輸出は中国経済がそれぞれ影を落としている。特に消費増税後はインフレ率の上昇もなくなった。消費増税は需要はく落につながるため、一般的に物価が上昇しにくくなるためだ。

――円安によるJカーブ効果も効いていない…。

 髙橋 最近ではJカーブ効果を分析することに意味がなくなっている。以前は為替の決定に国際収支が反映されており、それに応じて輸出量が変わるため、Jカーブ効果の分析にも意味があった。プラザ合意以前は為替の決定に有力な金融理論がなく、唯一影響があったのは経常収支だった。ところが、90年代以降は金利の自由化も定着し、為替の決定がマネタリーアプローチ、つまり日本円の量とアメリカドルの量でほぼ決まるようになった。為替が動いても輸出量がすぐに変わらないというのも周知の事実だった。

――為替の変化は輸出量に影響していないのか…。

 髙橋 国内に生産拠点を置かず、海外投資が進んでいるため関係がない。円安の効果は、海外拠点からの投資収益の増加に現れる。国内からの輸出量は変わらない。企業としては、海外拠点からの収益増加でも、国内拠点からの輸出増加でもどちらでも収入が増える点で同じことだ。為替の輸出効果を見る必要がなくなったのはこのためだ。

――国内景気はかなり落ち込んでいる…。

 髙橋 国内景気は、消費税の逆効果と輸出だけ除けば実はそこそこ良い水準となっている。多くの指標があるが、景気を見るときに重要なのは雇用に関する指標だ。就業者数は堅調に推移している。雇用指標はやや遅行指数となるため、少し前の景気の状態がわかる。逆に言えば、今回GDPが下がった影響は半年くらいすると雇用に現れることになる。GDPが下がり、需給ギャップが少なくなれば半年先の雇用は鈍化する。雇用は、今は結構良い状態を保っているが、現在のGDPの落ち込みを見ると、先行きの見通しは不透明だ。

――今年10月に予定されていた消費増税の延期は正解だった…。

 髙橋 今年10月の消費税率10%引き上げを延期し、これを争点に去年総選挙を実施したことは良い判断だった。3%の消費増税は、年間10兆円規模で増税することになるが、これを所得税の引き上げに置き換えて考えれば景気を冷やすのは明らかだ。消費増税という施策は、景気がかなり良くならなければやってはいけない。97年に3%から5%に引き上げた際は、ちょうどアジア通貨危機の最中にあり、消費増税により不況が続いた。アジア通貨危機は本来日本にほとんど影響しないと見られたが、影響を受けた。消費増税について将来の財政不安が解消されれば、国民がお金を使うというのは財務省の論理だが、実際には使われていないことは明白だ。また、日本新聞協会は新聞に軽減税率を適用するよう求めていることから、日本のマスコミも財務省による消費増税に賛成する論調だった。また、マスコミはこぞって去年の総選挙を批判したが、むしろ総選挙によって国民が増税の可否を決定できる民主的なイベントとなった。同様に、次の消費増税は17年4月に予定されているが、これは法律でそう定められているだけで、来年の参議院選挙で見送りを争点とし民主的な判断を国民に仰げばよい。

――景気悪化が続き、7~9月期GDPもマイナスとなる可能性も出ている…。

 髙橋 2期連続してマイナスとなる可能性は十分にあり得る。消費増税の悪影響は、13年度と14年度の経済成長を比較すれば明白だ。増税さえなければ、13年度の経済成長はほぼ100点に近いと評価できる。これに加え、今年は中国経済も要因となる。中国の4~6月期GDPはプラス7%と発表されたが、実際は輸入が半期で15%減少したことを考えると、通常それに対応するGDPの伸びはマイナス3%程度だ。また、輸入額は相手輸出国があるため、ごまかしがきかない統計となる。実際のGDPがそれほど伸びていないとすると、対中国向け輸出が大きい日本、韓国、台湾などは影響をかなりうけるだろう。近い将来、爆買いもなくなり、インバウンド需要は期待できない。中国からの観光客を当て込んでいた企業は業況が苦しくなっていくだろう。

――政府が取るべき経済政策は…。

 髙橋 最も良いのは減税や給付金だ。特に、年収300万円以下の層は納税額も少ないことから、給付金の方が恩恵を得やすい。妙策を考える必要はなく、国民にお金が直接回るようにして、使い道は個々で決めるのが良い。給付時にはプレミアムなどを付けずに、普通に商品券を配布するだけでよい。今年度、政府は増税により10兆円規模の収入を得たうえ、外為特会の外債運用でも円安で巨額の利益を得ている。これにより政府が利益を得て貯め込んでいるが、はっきり言って政府が儲ける必要などない。特に増税は、無駄な予算を膨張させることにもつながる。予算は見込み税収を元に作成するため、増税ではなく、自然と税収が増えれば無駄遣いも防止することができる。増税をしなければ景気も良くなり、税収も増えることになる。

――金融政策はどうか…。

 髙橋 もう一度、追加緩和を行う必要があるだろう。そこにおいては引き続き、日銀が国債を購入することが悪いとは思わない。市場の流動性がなくなるとの批判もあるが、最も優先すべきは日本経済であり、市場の論理は日本経済のごく一部だ。マネタリーベースさえ増えれば、後から資金需要は出てくる。目先だけ見ているとわからないが、景気が良くなってくれば、設備投資は増えていく。最初は内部資金で補うことができるが、徐々に外部資金を調達するようになる。外部資金に対する需要が出てくれば、金利が上昇する。経済が改善しなければ、金融市場にも改善は見られない。緩和の弊害はインフレ率が高くなることだが、インフレ率が高くならない限りは緩和を続けてよい。物価上昇により消費を控える動きを懸念する声もあるが、今は物価は全く上がってない。インフレ率が3~4%程度になれば当然緩和もやめた方が良いが、現状はゼロに近いままだ。

――物価目標2%の達成は不可能か…。

 髙橋 金融政策の目標は「国民経済の健全な発展」とあるが、最も重視すべき指標は失業率だ。物価と失業率は逆相関の関係にあり、物価が上がれば失業率が下がることから物価に着目しているだけで、物価目標のみに焦点をあてるのは経済をかなり狭い視点で見ていると言える。失業率が高く、物価が低い状態であれば確かに問題だが、失業率が下がっていて物価も低いならば全く問題がない。

――実質賃金の伸びは見られていない…。

 髙橋 人手不足が進行しないと賃金はなかなかあがらない。実質賃金のみに着目した報道が多く見られるが、賃金は雇用の関係で決まるのが基本だ。アルバイトを正規雇用にして給与を上げてでも必要だと経営者が思うぐらいになれば賃金は上昇するが、失業者は低い賃金でも職につくため、失業者がある程度いるうちは賃金自体の水準が少し低下する。全業種の求人で有効求人倍率が1.0倍を超えれば賃金の上昇も見られるだろう。足元では業種によっては既に有効求人倍率の上昇が見られており、人手不足は徐々に進んでいる。このため、その先には個人消費が増加してCPIが上昇するという好循環も期待できると見ている。

――今後のトヨタをどう見るか…。

 中西 足元の業績は絶好調だが、今後の成長力は鈍化に転じていくと見る。トヨタの強いアメリカ市場は需要回復が飽和しつつあり、日本市場は消費税率引上げの影響もあり、伸び悩むだろう。アメリカでは、法人向けフリート販売を除けば、トヨタは実質的に最大のシェアを持っている。攻め入るところは概ね既にシェアを確立していることから、アメリカで市場シェアを大きく引き上げることは困難だと思われる。これからの成長のためには、中国やインドといった新興国市場の開拓が必要であるが、トヨタは明らかに出遅れている。中国では、政治的な不安定さも懸念され、当面は欧州企業を始めとする海外企業の後塵を拝することになるだろう。30年近くも前から中国に照準を定めていたフォルクスワーゲンに追いつくことは一朝一夕ではできない。ただ、競争力が低下している訳ではない。派手さは無いが、長期的に安定的な成長を持続する企業になるだろう。マツダ、富士重工業、ダイハツ工業らの提携先企業との外部シナジーを創造することで外部成長を期待できないわけではないが、トヨタの既に巨大な規模から劇的に成長することは難しい。

――自動運転などの技術が遅れている…。

 中西 全般的に遅れているわけではなく、それなりに強い部分もあり、バランスが悪い印象だ。トヨタに限らず、ホンダもハイブリッド技術にやや傾倒し過ぎた印象がぬぐえず、小排気量過給エンジンやディーゼル、プラグイン・ハイブリッド、電気自動車に出遅れている面がある。また、クルマと融合するIT(情報通信)技術、安価な車両を製造する分野にも難があり、今後の技術革新や途上国への対応能力が課題だ。こういったバランスの悪い技術発展を遂げた背景には、各社がアメリカ市場に比重を置きすぎ、技術革新や新興国市場の発展力を読み間違えたことがある。自動車産業は、製品・技術のリードタイムが無いため、一度戦略を間違えると、挽回するのに10年はかかるものだ。従って、2020年の時間軸では、日本メーカーが世界競争で苦戦することを覆すことは容易でない。ただ、会社経営者らもそのことはよく理解しており、2025年目線で挽回するための戦略構築には余念がない。

――水素を燃料とするトヨタのMIRAIをどうみるか…。

 中西 短期的に収益に大きな影響を与えるものではなく、あくまで2030年~2050年に向けた足場固めと考えるべきだ。MIRAIが有する大切な役割は、日本国としてのエネルギー安全保障をどう導くかという問題意識を皆に持たせることだ。今後、需給面から見て、原油価格が長期的には大きく反発する場面が必ず来ると考える。従って、日本は、自動車メーカーの技術戦略論だけでなく、国家のエネルギーの脆弱性をどの様に克服するかを真剣に考えねばならない。テスラが主張するような、全てを太陽電池で賄える社会が直ぐ訪れることは現実的ではない。電気は蓄えるのが難しいという性質があり、メガソーラーの建設を急いでも、非常にコストの高い社会インフラであり、かつ、安定的な電力供給も約束されない。その点、水素には、大量の電池を貯める手段としてのポテンシャルが大きい。通常の化石燃料をベースとするエネルギーと、小さな電力を蓄える電力グリッド、多くの電力を蓄える水素グリッドがバランスすることは、エネルギー脆弱性を克服する国益に叶っている。そうした水素社会の可能性をアピールする象徴がMIRAIではないだろうか。MIRAIによって水素技術が素晴らしいと評価されれば、税金のかかるインフラ整備への社会的な容認も進むだろう。現状の水素自動車が一般に普及するにはまだまだ時間がかかるだろうが、今から水素社会へ準備を進めなければ、将来技術的ブレイクスルーがあってからでは間に合わない。日本が国際競争でアドバンテージを取ることは加工輸出ビジネスにもつながる。いわば、MIRAIはトヨタの母国である日本の発展をも視野に入れた長期的な戦略を担っているといえるだろう。

――次世代MIRAIも計画されている…。

 中西 次世代MIRAIについては、2020年のオリンピックに合わせて、より現実的なものが発表される公算が高いと考える。オリンピック東京大会は、新MIRAIにより、世界に水素技術の革新性と利便性を世界に訴える非常に魅力的なショーケースとなることが期待される。水素自動車が一般に普及するのはその先で、それこそ2030年以降になるだろう。累計販売台数が800万台に達したトヨタのハイブリッド車も、発売当時は年間1万台も売れなかった。水素をエネルギー源にする燃料電池自動車は水素インフラが不可欠であるため、もっと時間がかかる見込みだ。燃料電池自動車については否定論も多い。しかし、世界の自動車メーカーが燃料電池自動車の開発に取り組んでいることを踏まえれば、日本がこの技術を放棄せよという論調には同調したくない。テスラのように燃料電池自動車をクレイジーと批判する立場もあろうが、自動車メーカーからすればテスラこそがクレイジーだ。これはどちらかが間違っているわけではなく、既存の価値を守りたい側と壊したい側で議論が行われるだけで、どちらも正しい戦略であるといっていい。

――自動運転については…。

 中西 一言で自動運転と言われているが、これには二つの大きな違う思想があり、まずグーグルが運転手を不要とする完全な無人運転を目指している一方、自動車メーカーはあくまで人間とシステムが協調しながら自動運転するという、いわば航空機の「オートパイロット」のようなものを目指している。これもどちらかが正しいということはないが、個人的にはグーグルが考える未来は実現が困難なように思われる。確かに、狭い地域で限定的な速度で走る車なら、可能性はある。しかしそれは、現在のクルマ社会を代替するというイメージよりは、遊園地などの限られた空間をより便利にするようなものと考える。法律的にも無人車両の走行は当面不可能であり、法改正には世界的に相当時間がかかるはずだ。一方、運転支援を発展させていく自動車メーカーのアプローチは、例えば70歳での運転放棄を考えていたドライバーが75歳まで運転が可能になるような可能性を持つ。高齢化が進む日本では非常に望ましいシステムだ。この二つの無人運転の思想は、どちらかが生き残るのではなく、恐らく並存して発達するだろう。極論すれば、もしグーグルが推進するような無人の完全自動運転が実現するならば、自動車メーカーの株式価値は今頃暴落しているはずだが、現実はそうではない。逆に自動運転が不可能と見ていれば、テスラやウーバーの株式価値は今ほどの高評価を得ていることもない。実際には現在の両社の株式時価総額は、ホンダや日産を超える規模だ。市場は、比較的冷静に、二つの自動運転のアプローチが並存すると見ていると言えるだろう。

――最近好業績の富士重工はどうみるか…。

 中西 富士重工の足元の業績は素晴らしいが、長期的には、茨の道だと考えている。やはり、問題はアメリカ市場でしか成長を遂げることが出来ず、その結果、構造的にその他の重要な市場、中国、欧州、インド、東南アジアで競争力を構築する目処が立たないことだ。アメリカ市場での成長は、2020年頃までは見通せるが、その先、何を成功要因にこの会社が成長を持続できるかが全く見えていない。今のところ非常に競争力の高い運転支援システムといえる「アイサイト」も、長期的に競争力を維持できるかどうかは不透明だ。ヨーロッパ勢、トヨタ、ホンダが急激に追い上げ、メガサプライヤーの標準品が出回ってきたら、コモディティ化が避けられない。富士重工はアイサイトのブランド化で差別化を図る考えであろうが、もしそれが叶えば国内事業の安定化要素となりえるが、果たして性能差が縮小しても人気が続くかは不透明である。また、もう一点気になるのは将来的な電動化への対応だ。富士重工の自動車といえば職人芸的な伝統の内燃機関(水平対抗エンジン)が魅力だが、電動化した時、その独自性を維持できるのか疑問だ。この意味でも、富士重工は2020年以降、様々な課題を多く抱えていると考えている。

――日本の自動車のメーカー全体の課題は…。

 中西 様々な新技術が生まれてきてはいるが、自動車は変化が穏やかな産業だ。そのため、勝ち始めればしばらく勝ち続けることができるが、逆に負け始めるとどれだけ巻き返そうとしても、負けが続いてしまう。アメリカ市場を偏重してきたために、日本のメーカーはまさにこの負けの流れに囚われている最中だ。問題は、販売台数が回復し業績が浮上した時に、この回復が競争力の回復によるものなのか、それとも単純の過去の得意領域の循環的な回復によるものかを見極めることだ。アジアの人口や所得の増加、得意なガソリン自動車の需要も伸びるため、日本メーカーのファンダメンタルズの見通しは決して悪くない。しかし、それは競争力の改善がもたらすものではなく、古い構造の中で稼いでいることになる。GMが辿った企業停滞とはまさにこの道であり、収益を稼ぐ古い構造(ピックアップと米国市場)に依存し過ぎ、構造改革を実現できなかったことで最終的に破綻に至った。トヨタも、油断すれば構造的にかつてのGMの落ちた罠に陥りかねない。その意味で、技術革新が出遅れ始めている日本車メーカーは気を引き締めて構造対応を急ぐ必要がある。こう言った問題意識をもって、拙著の「成長力を採点! 2020年の勝ち組自動車メーカー」(日本経済新聞出版社)を上梓した。この中で、国内乗用車8大メーカーの2020年での長期的な競争力を採点した。2020年はかなり先のことに感じるかもしれないが、自動車の構造転換を見抜くには最低このぐらいの時間軸で見ていく必要がある。環境と安全といった要素技術のロードマップを詳細に解説しており、今後10-20年の目線で、クルマに関わる技術がどの様に変わっていくか、理解が出来るのではないかと思う。

――現在の投資信託の純資産総額は…。

 大久保 2015年7月末の契約型公募投資信託の純資産総額は101.5兆円であり、そのうち公募株式投資信託は84.3兆円となっている。純資産総額の増減要因としては、資金増減と運用等増減の2つがあるが、資金増減については、公募株式投資信託において1998年から17年連続で年間純資金の流入が続いている。特にアベノミクスが始まって以降、円安・株高に支えられて純資産総額の増加ペースが早まっている。

――とはいえ、個人金融資産に占める投資信託の割合はまだ低い…。

 大久保 主要国における個人金融資産に占める投資信託の比率(日銀資金循環統計)を見ると、米国では12.9%(2015年3月末)を、欧州でも8.0%(2014年12月末)を占めているのに対し、日本は5.6%(2015年3月末)の低い水準にある。なお、米国投資信託協会(ICI)が公表(FACT BOOK 2015)する、401(k)プランなど確定拠出年金(DC)やIRA(個人退職口座)で投資された分を含めたデータによると、米国における2014年末現在の家計の金融資産に占める投資信託(ミューチュアルファンド、ETF、closed-end funds、UITsの合計)の割合は24%となっている。このように、米国や欧州で投資信託の割合が相対的に高いのは、確定拠出年金やIRAといった制度面に拠る部分が大きい。米国の投資信託の歴史を振り返ると、エリサ法でIRAの制度が出来た1974年以降に少しずつ残高が増加し始め、1981年に401(K)プランが整備された以降は、株式市場の堅調も背景に、特に増加ピッチが強まった。

――日本でも確定拠出年金制度が導入されているが…。

 大久保 日本においても確定拠出年金制度が徐々に普及してきており、制度改正により今後もこの方向性は続いていくだろう。現に本通常国会で確定拠出年金法の改正案が審議されており、改正案には、制度の大幅な拡充、個人型確定拠出年金に専業主婦や公務員が加入できる加入対象者の拡大等、老後に向けた個人の継続的な自助努力を支援するための措置が盛り込まれている。確定給付年金と違い、確定拠出年金の場合は個人が自らの判断で金融資産を選び資産を形成していくものであり、この投資先として投資信託が果たす役割は非常に大きいと言えよう。

――2014年からスタートしたNISAの影響は…。

 大久保 投資信託への資金流入が続いている要因としては、NISAが始まったことも大きい。金融庁が本年6月に公表した「NISA口座の利用状況に関する調査結果(平成27年3月末時点)」によれば、総買付額は4兆4,110億円、そのうち投資信託は2兆9,154億円、ETFは563億円、REITは409億円(この3つで全体の68%)となっている。NISAで投資信託を購入するメリットとしては、1万円の少額から投資が始められるほか、毎月の積み立てによりドル・コスト平均法のような形で資産形成ができるという点もある。REITについても、NISAでの購入に対応するため、投資口の分割を実施している。また、投資信託は少額であっても内外の株式・債券や不動産など多様なアセットクラスへの投資が可能で、分散投資によって内外の経済成長を自らの資産形成に取り込むことができる点も魅力といえるだろう。

――販売会社が投信の乗り換えを次々と薦め、手数料収入で儲けているとの指摘がある…。

 大久保 金融庁のモニタリングレポートでは、投資運用業者において販売会社にとって売りやすい投資信託や高い販売手数料が得られる投資信託の提供が少なからずみられるとの検証結果が指摘されている。投資信託協会として販売手数料等の水準自体にコメントすることは避けたいが、投資信託にかかる販売手数料、運用手数料(信託報酬)等はきちんと開示される仕組みとなっており、また、買付時に販売手数料がかからないもの(ノー・ロード)も増えてきている。また、信託報酬は商品によって様々だが、これについては国際的にどのような水準になっているかよく調査してみる必要があるだろう。プロがきちんと資金の管理・運用や顧客説明の責任を果たすためにはそれなりのコストはかかる。ただし、効率的な運用がなされることは非常に重要であり、商品間の競争を通じてより良質な投資信託が作られていくことが重要と考えている。

――煩雑な開示によって投資信託のコストが高くなっている…。

 大久保 この点については金融審議会等でも数年かけて様々な議論が交わされ、その後制度改正が行われている。この結果、顧客に交付する目論見書や運用報告書の内容を簡潔にした「交付目論見書」及び「交付運用報告書」を交付し、より詳しい情報を求める投資家には別途詳細な「目論見書(全体版)」及び「運用報告書(全体版)」を交付するようになったほか、Webを通じた電子交付も可能となり、コストの面ではかなり軽減されうる環境も整ってきた。また、投資家の使い勝手も向上したのではないか。手数料やリスクについて十分説明しなければいけないのは当然だが、そのやり方については更に工夫の余地があるのかもしれない。

――投資信託協会の来年度に向けた税制改正要望については…。

 大久保 投資信託協会は日本証券業協会並びに全国証券取引所と共同で税制改正要望を提出するのが例になっているが、実現を最も求めているのはNISAの恒久化だ。16年にはジュニアNISAがスタートすることなどは歓迎されるが、NISA、ジュニアNISAとも非課税期間や投資可能期間が5年、10年に限定されているため、取扱いが複雑になり、また真に長期投資を目指す投資家には、利用にためらいもあるのではないか。税制全体の公正性に配慮しつつも、企業の経営や自らの資産形成にリスクをとっている投資家に対して国が一層親切な税制にしていくことがあって良いと思う。金融商品課税の一体化が進んでいる点は評価される。

――最後に、今後の目標は…。

 大久保 まずは投資家に投資信託のことを正しく理解してもらうことが重要だ。投資信託協会のホームページでは、個別ファンドの基準価額や販売会社、リターンを網羅した「投信総合検索ライブラリー」を公開しており、アクセスは非常に多い。今後は、交付運用報告書についても簡単に見られるようにするなど、このライブラリーの内容をさらに充実させていきたい。これからの年金制度や日本の財政、雇用の形態を考えると、個人が自助努力で退職後の資産を形成していくことの重要性は非常に高まっていく。資産の投資先としては株式・債券・不動産など様々な選択肢があろうが、投資信託には分散投資や少額から積み立てが可能というメリットがあるためその中心を占めると考えている。投資信託のさらなる発展に向け、しっかりと地固めをしていきたい。

――国は「地震は予測できない」と判断しているが…。

 早川 1995年の阪神淡路大震災の後も地震学会は「地震予知は不可能だ」と決めつけ、地震の物理(メカニズム)だけを研究すると宣言した。同様に2011年の東日本大震災後も地震予知の可能性を認めなかった。国がまとめた地震予知不可能論はこうだ。「短期の地震予知は不可能。そのため事前の防災が重要」だと。この国の決定に追随してメディアも地震学会と結託し、国民に脅しをかけ続けており、その結果、防災グッズの売上が著しく増加していると聞く。「地震予知は不可能」と結論づけたのは地殻変動を測定する地震学の方の見解。我々は全く異なった概念と手法を用いていると言うことをまず申し上げたい。

――地震を予知する方法は…。

 早川 地震を予知するためにはどうすればよいか、それは前兆を探すことに徹底することだ。前兆は、数十年をかけて貯まってくるストレスによって、1年前または1カ月前、1週間前に現れてくる現象だ。それは、力学的現象(小規模地震など)であったり、電磁気現象であったり、動物の異常行動などであったりする。例えば、東日本大震災では数ヶ月前から小規模地震が起きており、直前の3月9日にはマグニチュード7・2の地震が発生していた。こういった前震(主震の前の地震)も前兆の一つ。しかし、前震を伴うような地震は全体の1~2割程度しかないため、他の前兆も探す必要がある。近年地震との明瞭な因果関係が確立したものがあり、これが電離層の乱れだ。更に、動物の異常行動では、ナマズやイルカといった話が有名だが、調べてみたがナマズやイルカと地震に因果関係はなく、前兆と言えるものではなかった。一方で、最近になってわかったことだが、乳牛の出すミルクの量と地震の関係を調べたところ因果関係があることがわかった。このように前兆とみられる現象を探し、一つ一つ徹底的に分析し、因果関係があるか否かを調べていくことが我々のスタンスであり、地震予知学だ。

――地震学と地震予知学は違うと…。

 早川 複数の前兆現象は地震との因果関係がすでに確立しているが、その原理(メカニズム)は未だに解明されていない部分が多い。地震学会では前震を前兆として研究する学者は皆無であり、地震予知を否定しているため、可能性を潰している。しかし、メカニズムは後で考えればいい事で、最も大事なことは、長年の観測に基づいて前兆現象と地震との因果関係を証明することだ。地震学ではメカニズムを解明しなければ学問として認めないといった風潮があるが。例えば世界保健機構では、10人中8人が同じ食べ物で食中毒になったとする。それが100人食べて80人が食中毒になったならば、原因がわからなくとも疫学サフィシェントで、その食べ物を「食べるな」と指示を出す。原因つまり食中毒に至るメカニズムはわからなくとも、因果関係が存在するのであれば、行動に移さなければならない。地震予知はこのような病気の解明とよく似ている。大地震が起きて被害が出てからでは遅いのだ。

――地震の予知が可能になってきている…。

 早川 従来の地震計を用いた手法では地震を予知するのは到底困難だが、私たちが考案した電磁気を用いた新たな手法では地震予知は可能だ。まずは地震予知の定義をしっかりと理解してもらいたい。定義とは、長期予測、中期予測、短期予知の3つに分けられる。このうち長期予測だが、これは時間スケールでいうと100~1000年単位のもので現代の我々にとって何の意味も無いもの。つまり、何千年前の活断層が動いたなどといった原子力規制委員会の議論はあまり意味がないのでは。そして中期予測とは、例えば今言われている「南関東で30年以内にマグニチュード7の地震が起きる確率は70%」といったもの。これは地震学者が過去200年で起こった地震のデータベースを用いて算出するもの。ただ確率を出すもので、都市計画や地震保険などに使用されるといった点からすれば、ある程度実用性はある。しかし、あくまで確率であり、それ以上でもそれ以下でもない。明日地震が起こるのか、30年経っても地震が起きないのかはわからない。つまり、我々が最も関心があるのは短期予知だ。これは数日または1週間前に地震を予知することで、さらに「いつ」「どこで」「どのくらい(マグニチュード)」の地震かということを決めなければならない。データベースで確率を判断する地震学のテーマに比べ、相当高度なしかも学際的な研究だ。我々は過去の地震には興味は無く、将来の地震を予知することを目指している。

――「いつ」「どこで」「どのくらい」の地震を予知する方法とは…。

 早川 地震予知に最も有望な手法であるのが電離層の乱れを観測することだ。地震の前には必ず地圏内で地層にクラック(ひび)が入る。そのクラック発生の時の摩擦、圧電効果などによって電流が発生し、電磁気現象を引き起こす。発生する電磁波は数10~100キロメートル程度伝搬し、電離層を乱す。この電離層の乱れが地震の前兆ということだ。クラックから地震までの期間は決まって1週間程度となっている。どうして1週間かと言われると、そのメカニズムはよく分からない。しかし、メカニズムはわからないが、1週間前に地震が起きるという因果関係は確立している。また、この電離層の乱れを観測するために我々はVLF(Very low frequency)という電波を使っている。VLFは周波数でいうと中波の放送波(500キロヘルツ)よりも低い10キロヘルツ程度の電波。通常、通信としては使われない電波だが、潜水艦の通信などに使われるため、軍事施設を持つ国であればその送信施設を持っており、それらのVLF送信局からの電波を観測することは容易だ。国内各地に設置された多点での受信システムを用いてVLF送信局電波を受信(観測)し、網目状の電波網(ネットワーク)を構築する事で、どこの電離層で乱れが発生しているのかがわかる。また、電離層がどのように動いているのかがわかるというわけだ。また、この手法は、震源が浅い、人間が死ぬ可能性がある大地震(例えば、マグニチュード5.5以上)に限り反応する前兆現象だということがわかっているだけに予知に大変有効だ。

――ノーベル賞級の発見だ…。

 早川 1995年の阪神淡路大震災の時に電離層が数キロ下がったこと、つまり電離層の乱れを発見した。これがどういうメカニズムであるかはわからなかったが、大地震の際に地震の前3~4日間にわたり、前兆的に電離層が乱れていることを発見したことから、地震予知の研究を大々的に始めるに至った。それ以前の1980~90年代には地震に伴って電波現象あるいは電気現象が発生するという事例が報告されていた。興味深い事例であったが、当時は非常に特殊な人が特異な論文を書いているという、怪しいというイメージが世界的に優勢だった。私自身も1995年の神戸地震の事例を発見するまではいかがわしいと思っていたぐらいだ。そういう背景もあり、学問としての体系化が全く進んでいなかった。しかしこの20年間で日本を中心として地震の前兆現象に関する研究は飛躍的な発展を遂げ、学問としての体系化が進んでいる。また、2014年には一般社団法人日本地震予知学会を設立し、初めての学術講演会を開くまでに至った。

――事業化した背景は…。

 早川 国が地震予知を認めない限り、国の支援は期待できない。そのため、電離層の乱れを全国規模のネットワークにより地震予知するシステムの構築と地震予知学の更なる発展には、国民の皆様のご支援に頼るしかないと考えた。多くの人に精緻で、継続的な地震予知情報を送り、命を守るためにはそれなりの資金と設備が必要だ。そのため、我々は地震予測情報のスマホ配信や法人に対するBCP(事業継続)サービス提供などのために会社を設立したわけだ。更に、私たちが開発したVLF地震予知システムも、法人、自治体に提供したいと考えている。今後、東海、東南海、南海地域で大地震が起きると言われているなか、国が国民を守り、保証できないのであれば、自分の身は自分で守るという欧米式の保険の概念を徹底すべきだろう。我々が配信している地震予知情報を活用してもらい、自分自身で身を守り、家族や会社を守る人が増え、その結果として日本の国民の安全が図れれば良いと考えている。

――国内景気に力強さが見られない…。

 上野 景気を力強く持続的にけん引する需要項目が見当たらない。けん引する候補となるのは輸出、個人消費、設備投資の3つだが、それらの好影響は一時的・限定的なものにとどまっている。前週発表の4~6月期GDPも前期比年率でまとまった幅のマイナスになった。国内景気は予断が許されない状況となっており、7~9月期もリバウンドは弱いと考えられる。何らかの要素から緩やかに回復が維持できるかもしれないが、けん引役が見当たらない限り場当たり的なものとなるだろう。例えば、純輸出は14年10~12月期GDPに対して前期比でまとまったプラスの寄与となったが、生産拠点を海外に移す動きは止まっていない。このため、円安が進行してもJカーブ効果は見られず、国内生産の増加も大して見られていない。政府側はこのような経済構造の変化を見誤っていると考えられる。

――8月の日銀総裁会見では「個人消費が底堅く推移」と強気の見方を変えていない…。

 上野 生活用品の値上げが響き、実質ベースの可処分所得の減少から個人消費も伸び悩んでいる。内閣府が発表した7月の消費者態度指数は、前月比1・4ポイント低下の40・3と下落幅が大きい。特に食パンやチョコレートなど、食料品の値上げは消費マインドの悪化につながっている。原油安によるメリットはあまり見られていない。食料品が全ての世帯に影響するのに対し、車を持っている世帯はそれより少ないためだ。また、政府やマスメディアが喧伝した名目の給与水準も、実際のところはあまり伸びが見られていない。

――給与の引き上げは一部分だ…。

 上野 賞与額の高水準やベア実施が報じられているが、大企業の若手中堅層に賃上げ効果が現れても、中小企業や中高年にはさほど影響がない。名目値となる現金給与総額が横ばい圏内にとどまっている。特に、定年再雇用組が非正規労働者となることも影響し、1人あたり賃金はほとんど増えていない。実質賃金はむしろ低下している。国境を越えて企業間競争が激化していることを考慮すると、企業は固定費となる給与を安易に底上げするのをためらう。また、株式投資家による選別の目も厳しいことから、コスト増で収益体質が弱まれば株価も他社対比で下落する。この点、ROE向上と給与増額どちらも目指すべきだとする政府の方針は矛盾しており、かけ声だけのご都合主義的と言える。

――設備投資の計画自体は伸びている…。

 上野 設備投資計画を立てても、「不確実性」を合い言葉に計画通りに出さないケースが昨年まで見られていた。日本政策投資銀行による全国設備投資計画調査(大企業)によると、14年度は計画値が前年度比15・1%増に対し実績は同6・3%増にとどまっている。これに対し、足元では決算が出揃い、2年連続で過去最高益を更新するような企業が出始め、ようやく設備投資が出始める要素が揃ってきているが、同じく政投銀の調査では、設備投資の動機として「能力増強」という回答のウエイトが低かった点に留意が必要だ。「維持・補修」などその他の動機のウエイトが圧倒的に高く、昔のように拡大再生産的に国内で工場を増やすという動きは見られない。

――やはり国内市場の縮小を見ている…。

 上野 人口減少から、国内市場は縮小に向かうことを考えると、将来計画として生産能力を増強させることは考えにくい。少子高齢化により生産年齢人口が減り、人手が足りなくなることで機械に入れ替えるという需要はあるかもしれないが、そのケースでは雇用が増えないため景気への好影響とはならない。また、足元では中国の景況感悪化から、外部環境の悪化も考えられ、発注ベースでの投資額は減少する可能性もある。中国人のインバウンド消費がカンフル剤的に効いていたが、この効果が剥落することを見越し既に株価も下落した。むしろ、売上が上がる海外で収益を確保するよう、海外企業へのM&Aなど、海外ビジネス展開に投資することが活発になっている。

――景気上昇に向かうには…。

 上野 日本での滞在人口を増加させる政策を強化すべきだ。これには移民の受け入れも含まれる。ただ、地方では外国人が増加すると治安の悪化や雇用が奪われるという先入観もあり、人口対策の重要性は浸透していない。現役世代の減少による影響は大きく、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2060年には生産年齢人口1人に対し、従属人口が1人となる見通しだ。増税負担や社会保障負担がかなり増すことになるため、人口減少に対する政策の重要性は今後さらに増すだろう。

――金融政策はどうなるか…。

 上野 17年4月の消費税増税後の景気悪化が想定されるため、金融緩和を続けざるを得ない。国債を買い続け、それが難しくなれば不足分は政府保証債や公募地方債を買わざるを得ない。それでも不足すれば、銀行保有のローン債権に手を伸ばすことも考えられる。消費税率10%への引き上げ時期は既に17年4月に延期されているため、リーマンショック級の経済危機が起きない限り、予定通り引き上げる可能性が高い。その結果、17年度はゼロ成長以下だと予想している。黒田日銀総裁は実際、「緩和が必要であれば技術的に限界があるとは思わない」と発言しており、安倍・黒田体制が変わるまではこの金融緩和の流れが続くと見ている。また、日銀は2%の物価目標を掲げているが、これを達成するのは極めて困難であるため、日銀のバランスシートの縮小や、出口戦略という話は出てこないだろう。

――今の大規模緩和があと数年続くと…。

 上野 極論すれば、今の安倍内閣が退陣し、次期首相が日銀の体制を変更すれば状況が変わるかもしれない。ただ、安倍内閣の支持率は当面、30%を下回ることはないと見ている。この理由としては、他の候補が自民党内外で考えられず、選択肢がないということが大きい。安倍首相の任期は18年9月までとなるが、五輪招致の功績もあって、20年に五輪開催国首相となっている可能性も否定できない。安倍首相が続投する限り、リフレ派の経済・金融政策が続くだろう。

――今の緩和が続くと国債の流動性が著しく低下する…。

 上野 国債の流動性低下によるボラティリティの上昇が断続的に見られている。13年4月の大規模緩和、14年10月の追加緩和後も金利が乱高下した。10年国債利回りは今年1月に0・195%と過去最低に落ち込んだあと、6月には1%ちょうどまで一時上昇した。技術的に買い入れ手法の調整をしながら、長期金利を抑え込んでいかざるを得ないだろう。日銀は今年10月に再度の追加緩和を行う可能性があると見られるが、その後もまた同様のボラティリティ上昇が起こると見ている。そして、こうした形で金融緩和が行われている間は、10年国債利回りが1%を超えるのは難しい。景気上昇による金利上昇も見込みにくいことから、債券運用は苦しい展開が続くだろう。

――景気が回復する材料はあるのか…。

 上野 日本はバイオやハイテクなどの先端技術にまだ強みがある。医学面での技術も優れており、既にガンなど様々な病気の治療法が生み出されてきた。こうした技術を活かし、ベンチャー企業からグローバル企業に育つような展開があれば日本経済の先行きにも希望を持てるだろう。それには規制緩和やベンチャー企業の育成などを強力に推進する必要がある。

――東証の新規上場銘柄のうち、約3割を地方企業が占めている…。

 竹田 東証と大証の合併により巨大な日本取引所が誕生した。自主規制では我々と協力関係を築いているが、IPOでは競争関係にある。リーマン・ショックの影響でIPO件数が大幅に減少した後、東証はIPOの発掘部隊を全国に派遣しており、景気回復に伴って新規上場企業数は徐々に元に戻ってきている。しかし、地方の取引所にIPO案件を持ってきていた中堅証券会社の多くはすでにIPOの部署を解散してしまい、現在は大手証券がほとんどの案件で主幹事を務めている。我々としては企業のオーナーに対して名証上場の意義をアピールしているが、名証への新規上場よりも2~3年後のマザーズ新規上場を目指す企業も中には見受けられる。とはいえ、昨年はセントレックスと名証2部で久しぶりの単独上場が出た。今後は景気回復とともに、なるべく早期の新規上場を目指す企業も出てくるだろう。過去にはセントレックスから東証上場を果たした企業は何社もある。我々としてはいきなり東証上場が難しい企業に対し、もう1つの選択肢を提供したい。また、東証との同時上場も大いに歓迎するところだ。

――名証に株式を上場する意義とは…。

 竹田 東証と同じ分野で競争をしても仕方がない。我々はコンパクトな取引所なので、フェイス・トゥ・フェイスで「顔が見える取引所」をキャッチフレーズに掲げている。例えば、現在上場している295社のうち、200以上の企業とは決算発表前に20分間のトップ懇談の機会を設け、最近の状況や名証からのお願いごとなど意見を交換している。このような取り組みは上場企業数の多い東証では難しいだろう。また、適時開示の表現について企業から問い合わせがあった場合にも、例えば「過去にこういう例がある」といったアドバイスを提供している。また、我々がセミナーや記者会見を行うホールではすべての上場企業がボードに掲載されており、自然と投資家の目に入る。特にBtoCの企業にとっては広告・宣伝効果がある点も名証の上場メリットの1つとして説明している。上場料も東証と比べて格段に安いほか、事前公表型自己株式取得の株式公開買付けの手数料もかなり安いために名証を使ってもらっている企業もある。今後とも安価な上場料にで多彩なサービスを出来る限り提供していくつもりだ。

――他の証券取引所と比べた際の特長は…。

 竹田 昔から「IRと言えば名証」という定評があり、かなり以前から力を入れている。7月には22回目となる「IR EXPO」を開催し、2日間で過去最高となる9000人の個人投資家を集めた。「IR EXPO」では著名な講師の方の講演と並行して各企業がIRを行っているが、夏の暑さにも関わらず開場1時間前にはなんと約400人が列を作って待っていた。特に名古屋は富裕層が多く、株式市場に高い関心を持っている個人投資家の裾野が広いほか、企業サイドも個人株主比率の減少に危機感を持ち、景気回復とともに個人投資家の拡大に取り組んでいる。また、名古屋の企業は地域に対する愛着が強いため、東証に上場しても名証にも残ると言って頂けることも強みであると認識している。

――逆に、地域的なハンディキャップはあるか…。

 竹田 例えば名古屋で200年~300年続いている非上場の老舗企業は既に知名度が高いうえに資本ストックも十二分に積み上がっているほか、代々受け継いできた株式を売出すことへの抵抗感が強い。こうしたことから、未公開の老舗企業を上場に導くのにはなかなか難しいという点が1つ。また、東海地方は製造業が産業の中心となっているが、製造業の企業はあくまで会社内で技術開発を進めることが多く、新たなビジネスモデルのベンチャー企業が出てきにくいことも2つめのハンデといえるかもしれない。

――IPO案件の発掘に向けた取り組み状況は…。

 竹田 すでに愛知県、岐阜県、三重県の地銀とはIPOで連携協定を結んでおり、各銀行の取引先との懇談会に我々のIPO担当者が出かけていって説明をしたり、個別企業からの相談があれば取り次いでもらったりしている。また、証券会社をはじめとする金融機関や監査法人、VCとのIPO案件の発掘でコンタクトをもっているが、有望な話を聞きつけたら私が自ら出かけ、企業のオーナーと上場メリットや将来の展望について話をしている。こうしたオーナーとの直接対話が名証の強みだ。IPO件数を増やすための特効薬はないため、今後も地道な取り組みを継続していきたい。もう1つは、1年ほど前から広く一般の人に名証の存在自体をもっと認知してもらえるよう、取り組みを強化している。名古屋の地域性として積極的な自己アピールを控えるきらいがあるが、名証の関係者に存在意義をいくら説いたところで、そもそも一般の人に存在が知られていなければ意味がない。我々としてはまずは名証の名前を広め、その上で上場企業や証券会社の方々に対して、名証が当地域の証券市場を担う不可欠な公的インフラであるとの理解を深めてもらえるよう努めていきたい。

――今後の業務運営の方向性について…。

 竹田 まずは地道な取り組みを継続し、IPOを目指す企業を徐々に呼び込んだうえで、次なる取り組みを考えていきたい。巨大な日本取引所グループはアジアのナンバー1市場を目指しているようだが、彼らにぜひその方面でがんばってもらい、世界における日本市場のプレゼンスを高めて欲しい。その代わり、地域の部分についてはぜひとも私たちに任せて欲しいと考えている。セントレックスの上場銘柄でも、名古屋所在の企業よりも関東の企業の方が多くなっている。ローカルな取引所であるとはいえ、東海以外の地域の企業にも目を向けて行きたい。

――名証自体の新規上場や、他の取引所との連携の可能性は…。

 竹田 我々は非公開企業であるが、現時点で上場はかなり夢に近い。とはいえ、現在は夢であっても、社員には「夢は常に持ち続けよう」と呼びかけている。また、札幌や福岡の証券取引所との合従連衡などを言う人がいるが、地域経済のバックボーンも異なっており、相互に何らメリットはないと思われるので全く考えていない。今後ともあくまでも自主独立路線で行きたいと考えている。我々はあくまでも東海地域のインフラとしての役割を果たすため、発行体、投資家双方に価値ある取引所として生き残っていく所存だ。

――英国で反EU機運が強まっている…。

 細谷 英国の欧州懐疑主義者は年々増加しており、現在では保守党議員の約9割が懐疑派とも言われる。約25年前のサッチャー政権時代には懐疑主義者はむしろ少数派だったが、これまで選挙のたびに懐疑主義者が増えてきた。象徴的なのは1993年に設立されたイギリス独立党(UKIP)で、保守党支持者を吸収して、勢力を拡大してきた。2010年に保守党が13年ぶりに第1党になったのも、欧州懐疑派の多くの票を得たのが背景だ。メディア王として名高いマードック氏も、英連邦を重視する一方でEUには懐疑的で、所有する英国で最も有力なタブロイド紙ザ・サンなどでEUに対するネガティブキャンペーンを行っている。現英首相のキャメロン氏も、支持基盤が弱いために党内右派の主張に迎合し、EUに批判的な立場をとっている。彼の人間的な魅力も勿論支持される理由だが、党内の支持を確保するためにも欧州懐疑派の主張に抵抗することは難しい。彼を政治家として教育したマイケル・ハワードも、党内右派の政治家で欧州懐疑派だった。

――キャメロン氏の反EU的態度は目立つ…。

 細谷 キャメロン氏が、EUに批判的な態度を示すことで票を集めたのは確かだ。彼は欧州議会の多国間政党である欧州人民党からの離脱を主張したし、EUに対して英国が権限を委譲する場合には必ず国民投票を行うことを公約にした。実際にEUへの権限委譲を問う国民投票を行った場合、否決される可能性が高く、国民投票の約束はイギリスがさらなる欧州統合に反対することを意味する。つまり、EUの条約改正には全加盟国の批准が必要である以上、イギリスは常に欧州統合を進化させることへの抵抗勢力となるわけだ。更にキャメロン首相は2015年の選挙の公約として、EUへの加盟継続を問う国民投票を実施することを掲げた。ただ、彼自身は本来EU残留支持者だ。党内の突き上げを受けて国民投票を約束せざるをえなかったが、首相は本心ではEUの重要性を理解している。そのジレンマは彼の演説にも現れており、国民投票は行うが、EUは重要であり、心からEU加盟継続のためのキャンペーンをしたい、という奇妙な主張をせざるをえなくなった。

――残留と離脱、どちらがイギリスのためになるのか…。

 細谷 少なくとも、経済的には残留が望ましいのは間違いない。様々な試算がなされているが、その多くは残留のメリットが大きいという結論に至っている。イギリス議会の報告書でもそのことが確認されている。しかし、離脱を巡る議論はポピュリズムの問題であり、合理的な判断が行われるとは限らない。ポピュリズム的言動が蔓延っている根本的な原因は、EU経済が構造的に行き詰っていることだ。欧州諸国は手厚い社会保障のために莫大な政府支出を行い、それが国際的な競争力を奪いつつある。かつては欧米の先進国が最先端の技術を独占していたため優位性があったが、現在ではアジア諸国の多くも高度な技術力を有しており、価格競争では先進国は不利だ。EU諸国の国際競争力を増すためにも、2000年に「リスボン戦略」が打ち出され、知識集約型の産業構造を転換する目標が掲げられたが、その十年後にはその目標が実現できなかったと総括しており、構造改革は行き詰っている。その結果として、EU各国で失業率の高止まりといった困難に直面しつつあるが、ポピュリズム的な政治指導者はその原因を自国以外の外部に求め、EUを悪者にして批判する傾向がある。

――問題はイギリスだけではない…。

 細谷 その通りで、イギリスの右派がEUを非難するのと、スコットランドの独立勢力がイギリスを批判するのは同じ構造だ。彼らは経済成長率の低迷や失業率の高止まりを外部の責任だと糾弾する一方で、本当に必要な国民の負担を求める政策に目を向けない。スコットランドの場合、独立賛成派は北海油田の収益さえあれば北欧型の社会福祉を実現可能と主張していたが、実際には補助金などでイギリスからスコットランドに大きなお金が流れており、独立しても負担なき福祉拡大は困難だ。スコットランドがEU加盟国という立場を継続することも自明ではない。もしスコットランドが独立後に加盟を望むのであれば、EUに改めて加盟申請を行わなければならないであろう。しかし、カタロニア州の独立運動を抱えているスペインを始めとした各国が「独立の成功例」を許すことは容易でなく、スコットランドの加盟申請が順当に実現することは考えがたい。となれば共通通貨のユーロを使用することもできず、かといってイギリスがポンドの利用を認められることもなく、もし独立を強行していれば、スコットランドは自国通貨発行を余儀なくされていただろう。これから福祉拡大による「バラマキ」をしようという国の通貨が、安定して信頼されることも難しい。こうした非現実的な楽観的態度は、ギリシャでも見られた。チプラス政権は、「ギリシャが離脱すれば他国に波及し、EU自体が崩壊する。よってEUは必ず妥協する」と考えていたようだが、ドイツが全く譲歩しなかったことからも分かるように、その考えは余りに自分に都合のよいものだった。

――同じようにイギリスのEU離脱も現実的ではない…。

 細谷 イギリスの欧州懐疑派はEUの人権・環境規制などが自国の競争力を奪っていると批判しているが、同じ状況のドイツが競争力を維持していることから分かるように、問題はEUの規制自体ではない。ドイツが現在成功しているのは構造改革を市民が冷静に受け入れ、痛みを引き受けたからだ。また、イギリスの場合、経済の基盤は環境規制などが関わる製造業よりもシティの金融業にあるが、もしEUから離脱するようなことがあれば、欧州の金融センターの地位はドイツに奪われるだろう。そうなれば、金融機関だけではなく、様々な企業がイギリス国内で経済活動を行うメリットを失う。また、製造業にしても、イギリスよりも大きな市場であるEU向けの輸出に関税が発生するようになるため、EU内に工場を移すことになるはずだ。こうした現実を無視して、「EUだけが悪い」と主張するのは、現在の保守党の病理といわざるをえない。もっとも、既に指摘しているようなギリシャも同じような非合理的なEU批判を行っているし、フランスではイスラム教徒が同じように攻撃されている。このような、経済低迷の原因となる「架空の悪役」を作り上げ、必要な改革から目を逸らすのは、近年の欧州全体に見られる病といえるだろう。

――このほど外国為替資金特別会計(外為特会)の問題点を研究した著書「外為介入の源流―今明かされる外為特会の秘密(仮題)」をまとめられた…。

 河上 12年かかって研究し、ようやく一冊の本にまとめるところまで来た。外為特会の問題は、本来発行する必要が無い外為証券を発行し、それにより調達した円貨の現金を一般会計等の財源に使っている点にある。外為証券の発行、つまり借金による円貨を簡単に通常の歳出に充てる事が出来るところが問題だ。民間企業を例にとると、外貨の利子収入を得た途端に同額の円貨での借金をすることはなく、仮に同額の円貨での借金を銀行に申し込んだとしても、銀行は怪訝な顔をして申し出を断ることになる。ただ、創設した当時の時代背景を考えると制度としてはよくできていると言える。日本の金融、外為関係で役に立ってきたことも事実だ。現在の外為特会は1951年に設置された仕組みで、65年近く運用されているが、もともとは円の外国為替相場の安定のために設けられたもので、その歴史をたどれば、なぜこの様な仕組みとしたか解明できる。

――外為特会が設置された当時の状況は…。

 河上 外為特会が設置された当時は日本経済がようやく発展途上にさしかかった段階だった。日本政府は外貨を全く保有しておらず、1950年に朝鮮戦争が勃発し、政府は外貨を少しずつ蓄積し始めた。当時は1ドル=360円と超円安下の固定相場の時代で、インフレ抑制のためGHQ統治の下でいわゆるドッジラインといわれる厳しい金融財政政策が採られていた。こうした状況では借金をして外貨蓄積の財源に充てることはできなかった。結局税収の一部を外貨取得財源とするしかなかった。そして赤字に陥ってしまった特会としても自ら歳入を確保する必要に迫られた。そこで外貨での利子収入を得ると、同額の外為証券を発行し、調達した円貨を特会の歳入に計上するなどといった策を講じることとしたわけだ。

――そこから外為証券の発行が積み重なった…。

 河上 日本経済は高度成長をとげ、外貨の蓄積もかなり進んでいった。民間取引を含めた対外取引により日本としては外貨保有が増大していったが、その外貨を特会に集中させるという仕組みとしていたため、外為証券の発行も増大していった。そして外貨が増大するに伴い外貨の利子収入も増大し、これにより本来発行する必要の無い外為証券もさらに発行されざるを得なかった。その後外貨集中制が無くなった時に併せて外為特会制度を見直せばよかったのだが、残念ながら見直しは行われず、この仕組みが継続したまま今に至っている。

――なぜ変わらなかったのか…。

 河上 本来発行する必要の無い外為証券の発行で得た円貨は財務省(旧大蔵省)の国際局関係者にとって使い勝手の良い財源となっていったためだ。外為特会の資金がIMF増資財源として使われ、IMF理事のポストも得られた。IMFへの出資ならまだ説明がつくものの、この財源に今度は主計局が目を付け、1982年以降はほぼ毎年一般会計に繰り入れられるようになった。外為証券は一時的な資金繰りのための短期債務であるにもかかわらず、その資金を一般会計の財源として使っていることは大きな問題だ。為替安定のため市場介入を行う本来の役割にもかかわらず、財源としての使い勝手の良さから逃れられなくなってしまった。また、このメカニズムを理解している国会議員がほぼいないことから、たとえ部分的に問題点の指摘が行われても本格的に追求されることはあまりない。米国にも外為特会に似た仕組みはあるが、いたずらに目的外の資金使用はできないようになっており、日本のようにIMFへの出資に転用することもできない。また、日本では外為特会の運用にかかる人件費や経費を外為特会で負担しているが、米国では運用にかかる費用負担をしてはならないと法律で定められており、流用が出来にくい仕組みとなっている。

――外為証券は役人にとって都合の良い資金源となった…。

 河上 外為特会の歳入が歳出に充てられるのは外為証券の利払いの他、人件費や事務運営費だ。外為証券は3~6カ月と短期であり金融緩和のため低金利となっていることから、利払い部分はわずかなものだと考えて良い。すると、外為特会の決算を行った場合、かなりの剰余金が発生する。そして、これを積立金として長期運用することにより金利収入が得られる。国の会計は民間企業のように儲けるための仕組みではないはずで、仕組みとしては本来の目的からは大きく外れている。このため、13年の特別会計法改正で、14年度から外為資金特会の積立金制度は廃止されることが決定し、少しは問題が改善された。

――今の金融情勢ではドル円の金利差からかなりの運用益が得られる…。

 河上 今はドル金利が高く、円金利が低いことから外貨保有により運用益が得られるが、日米の金利差が逆転した場合は資金が回らなくなる。かなり長期的に見れば、金利が上昇すると考えられる今後の日本経済を考えると厳しい状況だ。日本のマクロ経済を見れば、人口減少から貯蓄が減少している。貯蓄減少が進行する時、借金をそのまま続けるには無理がある。また、1ドル=70円台まで円高が進んだ過程から考えると、外為特会が為替相場を決める能力があるか疑問がある。今後の厳しい市場環境にどれだけ対応していけるのかという問題意識を、どれだけ外為特会に携わる関係者が持っているかということだ。

――制度改革に重要なことは…。

 河上 外為特会ではもともと円貨の現金が足りないため、外為証券発行により調達した円貨を外為特会の歳入に計上していた。今も円の現金が足りないというのは同じだが、外貨収入はかなり積み上がっている点で過去とは異なる。外為特会が為替の安定を求め平衡操作を行う機関である以上、将来外貨を相当売らなければならない場合に備えて外貨の利子は基本的に外貨で保有していくしかない。だが、本来発行する必要の無い外為証券の発行はやめた方が良い。そのため制度改正を行う必要があるが、その際潤沢にある外貨収入の一部を活用するということは1つの手だ。現在の外為特会のバランスシートを見ると、円安の進行により外貨資産の含み益があるため、国会議員から、外貨資産を売却して含み益を実現益にし、東日本大震災の復興財源に充てたらよいという議論があった。一方で、既に195兆円まで外為証券を発行して自由に使っていいということになっている。こうしたことを併せて考えると、含み益を実現益にするため外貨を大いに売って、同時に為替安定のため外貨を大いに買うということになってしまう。こういうことでは何のために外為特会を設けているかということになってしまう。将来の日本の金利上昇リスク等を考えると、本来借金をする必要の無い借金はしないということを今から声を大にして主張し、外為特会のリスクを縮小していくことを考えるべきだろうと思いこの本をまとめた。

――6月末に修正国際基準(いわゆるJMIS)を公表した…。

 小野 修正国際基準(JMIS)は、国際会計基準審議会(IASB)が12年12月末までに公表したIFRS(国際財務報告基準)の会計基準と解釈指針を対象に、それぞれ個別に日本で受け入れることが可能かどうかを判断してできたものだ。この結果、IFRSでのれんの償却が行われない点と当期純利益への組み替え調整(リサイクリング)が行われない点が我が国における会計基準に係る基本的な考え方と大きく異なると判断され、IFRSからこの2点を修正した会計基準を設定した。

――修正国際基準(JMIS)を設定した意義は…。

 小野 単に一つ一つのIFRSについて反論を主張するだけでなく、日本がどの項目を受け入れられるかを逐一議論し、それを適用可能な1セットの会計基準として国際的に示すことができたことに意義がある。我が国のポジションを示すこととなった。

――修正国際基準(JMIS)が制度化されるまでの経緯は…。

 小野 金融庁の企業会計審議会が13年6月、IFRSへの対応について「当面の方針」を公表した。ここで、企業会計基準委員会(ASBJ)がIFRSの個々の項目について受け入れ可能かどうかの判断、すなわちエンドースメント手続を行うことが示された。修正国際基準(JMIS)はこの成果物となる。現在、金融庁が制度化を行うパブリック・コメントを公表中で、16年3月期から適用できることが予定されている。今回の修正国際基準(JMIS)は、12年12月末までに発行されたIFRSが検討対象となっていたため、制度化された後は、13年以後にIASBから公表されたIFRSを速やかに反映するよう議論する予定である。

――ASBJの使命、取り組みは…。

 小野 ASBJは、2001年の設立以来、日本基準の開発を行ってきており、日本基準を高品質な基準として保つことが、まず大きな使命となる。コンバージェンス作業を行ってきたことにより、日本基準は、国際的な会計基準と整合的なものとなっており、同時に、国際的に通用する高品質な会計基準となっている。また、最近では、対外的な意見発信が大きな取り組みとなっている。対外的な意見発信は、日本の意見をIFRSなどの国際的な会計基準開発に反映させることを目的に行っている。それに加え、修正国際基準(JMIS)の開発が加わった。ASBJに対し、社会から要請されている期待はますます高くなってきていると感じており、期待に応えられるように対応したいと思っている。市場関係者の意見をよく聞いて取り組みたい。

――対外的な意見発信として具体的に行っていることは…。

 小野 IASBの諮問機関として会計基準アドバイザリー・フォーラム(ASAF)が13年に設立され、3カ月に1回のペースで会議が開催されている。ASAFは、米国財務会計基準審議会(FASB)や欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)など各国の主要な会計基準設定を行う団体など12人のメンバーによって構成されている。ASBJは設立当初よりメンバーとして参加しており、今年行われたメンバーの改選後も引き続き参加することとなった。IASBが行うIFRSの基準開発に対し、我が国の意見をまとめたペーパーを作り、ASAF会議で積極的に意見発信を行うようにしている。

――海外の会計基準団体との交流は…。

 小野 FASBとは10年以上、年2回、定期的に協議を行っている。FASBは歴史もあり、人材も豊富で、会計基準設定の高度なノウハウを持っており、意見交換を行うことはASBJにとって非常に有益である。また、EFRAGとも年1回の定期協議を行っている。EFRAGは、欧州がIFRSの受け入れ判断を行う際に欧州議会に対してアドバイスを行う機関である。欧州の上場企業は、IFRSの使用を義務付けられており、世界最大のIFRSのユーザーであるため、EFRAGの活動は、我が国がIFRSの導入を促進する上で、参考になることが多い。

――日本で現行のIFRSを適用する企業の状況は…。

 小野 IFRSを適用する企業は、導入された当初こそ少なかったが、ここ数年で増えてきており、現時点で90社程度となっている。金融庁は、IFRSを適用する際のメリット等をまとめたレポートを4月に公表しており、そこでは、特にグローバルに企業活動を展開している企業にとって、経営管理を高度化することができる点などがあげられている。

――日本基準では、税効果会計についての実務指針の見直しも行われた…。

 小野 税効果会計についての実務指針については、01年にASBJが設立されるより前に、日本公認会計士協会(JICPA)が作成しており、現在もその実務指針が使われている。この実務指針の作成を、JICPAからASBJに移管すべきであるとの意見が関係者から上がり、現在、移管の作業を行っている。なかでも繰延税金資産の回収可能性については、現在の実務指針では、企業の実態が財務諸表に反映されないという意見が聞かれ、繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針の公開草案を5月に公表した。

――このほか、日本基準の開発で大きなテーマは…。

 小野 収益認識基準の開発が、大きなテーマの1つだ。IASBは14年5月にIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」と題する収益認識基準を公表した。同時に、米国のFASBも同じ内容の新基準を公表した。これは売上高を決める基準となるが、日本では現在、IFRS第15号のような包括的な収益認識基準はなく、売上高は実現主義により計上されている。IASBとFASBが損益計算書のトップラインを決める会計基準において足並みを揃えた中、日本基準もそれと整合的なものにすべきとの意見が産業界から聞かれ、今回取り組むこととなった。収益認識専門委員会を5月から再開し、審議を開始している。現段階では、日本基準にIFRS第15号の考え方を導入した場合に考えられる論点を把握することがまず重要と考えており、専門委員会で論点をよく整理した上で、広く意見募集を行うための文書を年内に公表したいと考えている。

――「本能寺の変 431年目の真実」(文芸社)を書こうとしたきっかけは…。

 明智 きっかけは先祖の起こした事件の真相究明に尽きる。私が20代のとき、ある書籍によって「明智光秀が恨みで織田信長を殺したというストーリーは、後世の軍記物として作られた話であった」という事実を初めて知った。子供の頃からその事実を知るまで、光秀の子孫として後ろめたい気持ちがあった分、その衝撃は大きかった。それ以来、どうして光秀が信長を殺すということになったのか、真実はなんだったのかを追い求めるようになった。ただ、やはり働きながら自分で研究することは難しく、研究者が書いた書物を少しずつ読んでいく日々が始まった。

――真相究明の「旅」が始まったと…。

 明智 しかし、どの本を読んでも納得のいく答えがでず、研究者の研究方法そのものが間違っているのではないか、という疑問を抱くようになっていった。私はエンジニアとしての仕事柄、論理的に物事を考える。武将とは現代でいうところの経営者と類似した立場だと言えるが、論理的に考えるならば、経営者が恨みで殺人を犯すことはあり得難い。謀反が失敗すれば一族が滅亡する。そのリスクを冒してまで光秀は信長を殺害したのだ。理由が恨みでないのなら一体何だったのか。また、失敗しない自信があったから謀反に踏み切ったとも考えられるが、その自信の裏には何が隠されていたのか。さらに言えば、私が自分の仕事で経験してきた現代のプロジェクトは簡単には成功しない案件ばかりだったが、なぜ「織田信長殺害プロジェクト」はいとも簡単に成功したのかといった疑問が次々と湧いてきた。

――なるほど…。

 明智 研究者の本を読んでいても仕方がないと感じ、10年ほど前から当時の史料を実際に読み始めた。読む前は「研究者が散々調べつくした史料を今更読んでも新たな発見は無いだろう」と期待していなかったが、読み始めると研究者が取り上げていない情報が結構あることに驚いた。研究者は定説に沿った考え方をしがちで、定説に沿っていないものは選ばない傾向がある。警察用語ではこれを消極証拠と呼び、冤罪が生まれる原因にもなる。これとまったく同じことが歴史学で起きている。

――どのあたりから定説を覆す自信を持つことが出来たのか…。

 明智 まず、今まで定説と言われているものの根拠が、あまりにも薄弱・脆弱なものだとわかった。次に定説の根拠を作ったのが豊臣秀吉だということがわかった。この時点で政治的に作り出された物語だという視点が生まれ、なぜ光秀が追い込まれたのか、政治的な動きはどうだったのかという疑問に移る。最初私は、長曾我部と光秀は盟友であり、本能寺の変によって四国攻めは中断されたため、長曾我部征伐の回避が答えだと考えた時期もあったが、直接的な動機としては薄い。やはり、光秀の心を動かした最大の理由は、信長の唐入り(中国大陸侵攻)構想だ。天下統一すれば戦が無くなり、安泰な日々が送れると思っていた武将達にとって、さらなる戦、知らぬ土地で子孫が死ぬかもしれないという危機感が、きっかけとしては十分だろうと考えている。

――秀吉もそうした光秀の謀反を察知していた…。

 明智 我々日本人はどうしても大河ドラマなどで「主君に対して忠実な家臣たち」というイメージが植えつけられているが、本当の戦国の世は果たしてどうだったのか。紀元前に戦国時代を経験している中国では、生き抜くための知恵として諸子百家が生まれた。その中でも性悪説を説き、法を以って統制を執るといった考えの韓非子は「君臣の関係は利害打算的」だと説いている。戦国の世を生き抜くためには、韓非子同様の論理・趣向・方法を持つ武将もがいてもおかしくはなく、当然のこととして秀吉も信長に取って代わるべく光秀の謀反を知っていながら知らないふりをしたと考えられる。この点、韓非子を一番気に入っていた秦の始皇帝は儒学を敵視していたが、その始皇帝が一代で途切れたのと同様に、織田信長と豊臣秀吉も一代で終わった。一方、長期政権を築いた漢の劉邦と徳川家康は戦国の世を勝ち抜くために始皇帝同様、韓非子的な考えを持っていたが、最後に天下を納めるために採用したのは儒学だった。

――著書では光秀の謀反を家康も知っていたと…。

 明智 彼らの利害が一致したのだろう。光秀が決意したのは天正10年2月(本能寺の変の4か月前)。1月に長曾我部元親が信長の要求を蹴飛ばすと、2月に信長は征伐軍派兵を命じたので、そのあたりから光秀は本能寺の変を意識したようだ。武田方の甲陽軍鑑をみると、2月に光秀が「謀反を起こすから手伝って欲しい」との使者を武田勝頼に送っている。しかし、謀反を起こすのに、使者を送ったのは武田家だけだったのか。美濃、尾張を抑える織田軍を討つためには、近江、丹波の光秀軍とその背後にいる武田家、さらに徳川家による挟み撃ちの恰好が最適だ。謀反というのは、信長を殺せばそれで終わりではなく、織田軍そのものを制圧しなければ成立しない。その点を踏まれれば、使者を送ったのは武田家だけではなく、徳川家にも当然送ったのだろうという事が推測される。そして家康は謀反を知っていたからこそ、家康を暗殺しようと計画した信長の招きを受け入れ、少人数で重臣を率いて本能寺まで来ることになっていたのだ。

――改めて「歴史は為政者が作る」と感じるが…。

 明智 為政者であると同時に、為政者が出した元ネタが江戸時代にこれだけ広がってしまったということは、一つのビジネスになったということが考えられる。木版印刷の発明によって江戸時代前期には出版事業が流行った。面白い本を出版すれば売れるという時代に、ヒットしたのが軍記物だった。いろいろな作家が面白い話をどんどん膨らませていった。これが江戸後期になり、歌舞伎や人形浄瑠璃といったものが人気となると、それらの題材としてこれもまた軍記物が使われていった。さらに同じ構図で現代でも軍記物を使って歴史小説が書かれ、それを原作としてNHKの大河ドラマが放送されている。軍記物や小説を書いた本人はもちろん創作として書いている。しかし、それを読んだ人や観た人は、これが真実だと感じてしまう。光秀が信長を恨んで殺した、単独犯行だ、と書いている惟任退治記(秀吉が家臣に書かせた本)は、誰がみても秀吉が元ネタを作っているということが歴然とわかるが、そのことを誰も歴史学者は言わないことが、今でも不思議で仕方ない。

――この本を出版され、日本史が大きく変わるのでは…。

 明智 400年以上に渡って作りこまれてきた歴史学は、ものすごく高く、分厚い壁だ。その壁を崩すことは容易ではなく、ひょっとしたら400年かかるかもしれないといった印象すら持つ。まず、研究の根幹部分は絶対に動くことはないだろう。彼らは50年前に大先生が書いた本に今でも忠実に従っている。そのため変えられるとしたら、如何にその周辺が変わり、次の世代にどう残していくかが必要となる。また、マスコミも定説一辺倒ではなく、私の書いたような事も報じていくなどすれば、少しずつ氷が溶けるように歴史学が変わっていくだろうが、まぁ、私の生涯では歴史学が変わった姿をみることはできないだろう。

――この本で一番主張されたい事とは…。

 明智 やはり戦国武将観を変えてほしいということだ。恨みつらみで人を殺すような人々ではなく、一族の責任を負った人間がどういった基準で決断を下したのか。彼らは誰もがベストを尽くしてやっていた。そういった人々のせめぎ合い中では、誰が良い、誰が悪いという話ではない。そのあたりの歴史観を理解する必要がある。もう一つは、歴史に学ばなければならないという点だ。そのために本当の歴史を知らなければならない。戦国の武将達は生き残るために諸子百家を一所懸命に勉強し、身に着けていた。我々現代人は本当の戦国武将の知識・論理を学び、身に付けているのか。表面だけしか見ていないようにみえる。戦国武将の持っていた知識と現代人の知識のギャップがすごくあると感じる。諸子百家、戦国武将たちの知恵は、現代の経営においても「戦わずして勝つ」という孫子の兵法の核となる部分が取り入れられているランチェスター戦略に代表されるように、経営者にとって必要不可欠な考え方だ。また、外交関係をみてもアメリカ人が、戦国武将が諸子百家を一所懸命学んでいたのと同様に、諸子百家の考え方を研究し、自国の利益を守るために、積極的かつ冷静な判断を下している。改めて、戦国武将の知恵を我々日本人が取り戻す必要があると感じている。

――現在の地方自治の問題点とは…。

 穂坂 国家財政にも無駄があるが、財政を健全化し、日本を良くしていくためには、国家の基盤となる地方を大改革する必要があると考えるようになった。日本の地方自治がおかしな状況になっているからだ。何故なら、地方が国の2倍の行政経費を使っているにも関わらず、国民が地方政治に全く関心を持っていない状況が明確になってきたからだ。本年4月に行われた統一地方選挙の投票率を見ても明らかで、住民が地方政治にこれほど無関心な国も珍しい。ご承知の通り、日本の債務残高はGDPの2倍の約1000兆円まで膨らんでいるにも関わらず、住民による監視が行き届かないまま、地方がお金をどんどん使ってしまっている状況が続いている。しかも、地方自身の借金も200兆円を超えているが、全て国が肩代わりをする仕組みとなっている。日本の債務残高がここまで増大した原因は、地方にこそあるとも言えるのではないか。現在は地方の浪費がおかしいと指摘する人はいないが、多くの人がこの問題を理解してくれれば自治体の再生と財政悪化の状況は改善するのではないかと思っている。

――国が地方交付税という形で地方を縛っているため、責任感のない財政になっている…。

 穂坂 この点も非常に大きな問題ではあるが、国と地方の仕組みが非常に分かりにくくなっていることが、国民の無関心を招いてしまっている。財政再建の話になると国の財政支出の話だけになりがちだが、国も歳出カットを進めており、今や地方よりも国のほうがよっぽど質素だとも言える。例えば、地方政治にかかわる都道府県や政令指定都市の議員は毎年2000万円の歳費を受け取っているが、議会に出るのは多くても年間90日、かつ4年間は身分を保障されており、非常に「おいしい」職業になってしまっている。その結果、今や地方議員の約3分の1は職業政治家が占めている。世界でも珍しい国と言える。そうした出費は国家財政の心配がなければ民主主義のコストとして容認も出来ようが、今の日本の財政は大赤字にも関わらず、これに対する国民の問題意識は極めて希薄だ。かつて塩川元財務相が国の特別会計のことを「離れですき焼き」と称したが、地方の浪費的な仕組みにも歯止めがかかっていない。

――地方の歳出を減らすためにはどうすればよいか…。

 穂坂 まずは国と地方の役割分担を見直し、地方が何をすべきかをはっきりとさせるべきだ。国と都道府県、市町村が現在行っている業務をどこが受け持つか再整理してみると、都道府県がやるべき仕事はほぼ無くなってしまう。例えば、義務教育担当の部署は都道府県にも市町村にもあるが、都道府県は国からの交付金を市町村に配るだけの役割で、現在は都道府県と市町村のダブル行政になってしまっている。無茶な話だが、仮に都道府県を無くすことが出来れば、都道府県と市町村が半分ずつ使っている年間90兆円の支出は半減させることが可能だ。

――総務省では地方公会計の整備を進めている…。

 穂坂 地方公会計は重要だが、敢えて言ってしまえば枝葉の議論であり、幹である地方の行政支出システムそのものに切り込んでいくことが重要だ。例えば私がかつて埼玉県の志木市長に就任した際、志木市の財政は何億円もの赤字があったが、行政改革によりこれを解消できた。一例だが、市主催の花火大会を毎年ではなく5年に一度に減らすことで支出を削減したが、近隣の大型花火大会を見ることによって、市民サービスに何の支障も生じなかった。市町村の業務のうち約6割は選択的事業であり、いわば地方が勝手に行っているものだ。

――現在の地方交付税制度を止め、徴税権を地方に渡してはどうか…。

 穂坂 確かに、現在の地方交付税制度は中央集権制度の根幹であると共に地方の支出基準になる基準財政需要額の根拠が不透明である等の問題がある。ただ、現在は国家財政が赤字であるため、徴税権を地方に渡してしまうと日本国債の信用力が毀損してしまう恐れがある。長期的な日本の地方自治のビジョンやその仕組みを示すことが出来れば投資家からの信認は得られると思うが、徴税権を移す前に国と地方の責任分担など、しっかりとした議論が必要だ。このため短期的には政治がリーダーシップを取り、各地方に対してしっかりした緊縮型財政健全化策を進めさせることが先決だろう。

――アベノミクスの評価は…。

 穂坂 過度の円高が修正されたほか平均株価も上昇しており、一定の効果が上がったことは間違いない。ただ、大企業は潤っているかもしれないが、中小企業等で働く人達はこれまでのところアベノミクスの恩恵はほとんど受けていない。地方の景気も回復したとは言えず、安倍政権はどうすれば経済が再生できるのか真剣に取り組んでいる最中だが、主要政策の地方再生も、主役である自治体自身がどれだけ真剣に取り組んでいるのか不透明だ。一方で、地方の財政改革に手をつけようとしない安倍政権では、少なくとも国家財政を立て直すことは難しいのではないか。

――地方財政が悪化しても、責任を取る者がいない…。

 穂坂 「行政の継続性」という言葉がよく使われるが、知事や市長は4年ごとに変わってしまうため、結局は責任の所在がはっきりせず、支出が野放図になってしまう。日本が財政破たんを回避するためには、強力なリーダーシップを持つ指導者が現れるか、破たんの危機に瀕してから、よい知恵を皆で絞るかのどちらかだろう。私はこうした問題意識から自治創造学会を創設し、7回目となる研究大会を終えたところだ。研究大会では地方の衰退を回避するため活発な意見が出された。また、地方財政に関する本を出しているが、これもピンチが来た時に何かの役に立てばと考えている。

――日本取引所グループ(JPX)が東証1部に上場してから約2年半がたった…。

 清田 JPXは13年1月に東証1部に上場し、足元では初値(3740円)と同程度の株価となっている。13年10月に1対5の株式分割を行ったことを考えると、ちょうど株価が5倍に上昇したことになる。12年11月に野田元総理が消費増税を前提に国会解散を宣言した後、アベノミクスが始まり株式市場が上向き始めてから、ちょうど良いタイミングで上場したと言える。マーケット環境が良くなり始めた時期に上場が重なったうえ、東京証券取引所と大阪証券取引所が統合されたことで、システム経費などの設備投資や、組織の重複していた部分がかなり合理化された。取引所は装置産業となるため、損益分岐点を上回り、収益が発生すれば利益率が上がっていくため、経営の合理化と上場のタイミングが良い結果につながっている。

――上場による職員の意識の変化は…。

 清田 かつての取引所には、営業という意識があまりなかったが、斉藤惇前CEOによる意識改革の成果もあり、対顧客という意識が浸透してきたのではないか。上場企業については、取引所が管理している面ももちろんあるが、取引所を使っているという面では顧客とも言える。取引参加者といわれる証券会社についても、取引所は考査する立場にもあるが、同時に顧客でもある。また、直接的ではないが取引参加者を通じて、投資家も顧客だ。様々な顧客に取引所を活用してもらうよう、営業をするというカルチャーの変化が起きてきたと感じている。例えば、IPOについては、積極的に企業を開拓するのは証券会社の公開引受部の仕事になるが、取引所の上場推進部も未公開企業向けセミナーなどでIPOの促進を行う。これも取引所を活用してもらう営業の一種だ。上場企業として金融市場に参加してもらい、その企業を育てるよう、証券会社と組んだ企画も行っている。

――今後、特に取り組みたい市場分野は…。

 清田 デリバティブ市場を強化していかなければならないと考えている。日本のデリバティブ取引高は海外市場対比で低位に甘んじており、やっと市場が出来かけているというところだ。同じ指数を原資産とするものでも、デリバティブは様々な商品ができる可能性を持っている。大阪取引所は日経225オプションを拡充し、マンスリーオプションに加えウイークリーオプションの取引を開始した。また、新たに、16年半ばに予定している大阪取引所の次期デリバティブ売買システムの稼働に合わせ、東証マザーズ先物指数とJPX日経インデックス400オプション取引を開始することに加え、利便性の向上に向け、ナイト・セッションを現行の翌3時から5時30分まで延長するほか、指数先物取引の日中立会の開始時刻を現行の9時から8時45分に前倒しする。デリバティブはグローバルに広げられる余地が大きい分野だ。為替デリバティブ以外にも、エネルギー資源などを対象とした商品デリバティブも可能性が大きい分野といえる。

――商品デリバティブは総合取引所構想とも関連する…。

 清田 商品デリバティブをJPX傘下で取り扱えるようにするため、総合取引所という考え方自体にどう取り組んでいくかというのもテーマだ。東京商品取引所(TOCOM)と統合することだけが総合取引所化というわけではない。商品取引所の開設を認可する権限は経済産業省が持っており、現時点では商品の上場が認められていないわけだが、JPXとしては、経済産業省と金融庁と東京商品取引所との協力関係を上手く作るよう取り組んでいきたい。

――このほか取り組みたい分野は…。

 清田 デリバティブ市場の強化に向け、清算機関の機能拡充にも注力する。店頭デリバティブなどの金融商品は、清算機能が十分に発達していないと市場が拡大しない。JPX傘下の日本証券クリアリング機構が国内最大の清算機関となっているが、海外の清算機関の日本上陸といったこともにらみ、ここのビジネスはより大きくしたいと考えている。また、データの活用も課題だ。取引所には、株価以外にも上場企業に関する膨大な情報が蓄積されている。これをより価値があるデータとして発信できるようにしたい。情報に価値があるという意識がさほどなかった時代から継続的にとっているデータも多いが、これを上手に活用して投資家の利便性を高めることができれば、当社の収益の向上とともに市場の一段の活性化にもなる。

――証券化商品やファンドについては…。

 清田 商品の拡充、多様化では、インフラを投資対象とするファンドは期待できる。インフラ需要は年間80兆円とも言われており、公的資金だけではなく、民間資金の導入が必要だ。民間資金の導入にあたっては、債券の発行など、金融商品を使って資金調達を行うことになる。投資家に利益を返せるように証券化する商品の上場市場を準備し、この仕組みにより大きな資金調達が出来ることが望ましい。

――海外戦略に対する考えは…。

 清田 発足後の中期経営計画で「アジア地域で最も選ばれる取引所」になることを掲げているが、これは容易ではない。東証に上場している外国企業はピーク時で120社超となっていたが、取引が活発に行われていないものがほとんどで、バブル崩壊や金融危機などにより激減した。海外商品が日本の取引所に上場され、市場取引が活発に行われる仕組みをいかに作るかというのも取り組むべき課題の1つだ。ただ、取引所として上場企業の経営者に収益性や資本効率を意識した経営を求めている以上、やたらグローバル展開を行い、収益は後でついてくるというやり方ではいけない。そうしたコスト面を考えると、海外取引所と提携し、商品の相互上場、ノウハウの提供を行うことは大いに可能だ。一方、アメリカのように有力な取引所が複数ある国を除いては、国と一対一でつながっている感覚の取引所が多いため、海外取引所とM&Aを行う機会は極めて少ないだろう。

――海外取引所との競争も課題だ…。

 清田 日本国内では圧倒的シェアを占めていると言えるものの、グローバルに見ると、経済成長が著しい海外各国の証券市場に対し、存在感を示す必要がある。欧州、米国、日本の三極だけではすまない時代に突入しているため、日本としてはアジアの中で最も優勢なマーケットとしての地位を維持、発展させなければならない。アジアの金融センターとしての地位を中国に奪われる可能性も十分にある。中国では現在、金融資本市場が実質的に閉鎖されており、非常に特殊な市場ではあるが、経済と同様に市場規模は拡大している。中国市場がグローバルなマーケットに成長するときまでには、日本の取引所をさらに先を行く、信頼性、公平性、透明性が高い市場にしていなければならない。

――上場企業については…。

 清田 日本版スチュワードシップ・コードや、コーポレートガバナンス・コードといった企業に対する経営者の意識改革を促す施策によって、日本市場に対する海外各国からの信頼をさらに確かなものにしたいと考えている。コーポレートガバナンス・コードにより社外取締役を置く企業が上場企業の9割に増える一方で、日本版スチュワードシップ・コードは、191の機関投資家が受け入れを表明し、機関投資家が企業経営者と建設的な対話を行い、企業価値向上につながる経営を行うよう促している。アベノミクスによる追い風により投資家が市場に戻ってきているなか、上場企業にコーポレートガバナンスや資本効率を意識した企業経営を定着させたい。また、JPXとしては、引き続き、将来的に日本経済を背負って立つような多くの企業を迎えられる市場でありたいと考えている。東証1部の上場企業は、1989年には1200社程度であったものが、現在では1900社程度となっている。この25年間に新しい成長企業が続々と上場した。IPOを通じ、成長企業が日本経済を支えるような市場が望ましい姿といえる。

――大和PIパートナーズと大和企業投資の業務内容の棲み分けは…。

 高橋 大和PIパートナーズのPIは「プリンシパル・インベストメント」、つまり自己投資だ。自己投資業務は、1997年銀行の不良債権へのバルク投資を行うことからスタートし、現在はプライベート・エクイティ等への投資も手がけており、2010年より現在の社名で業務を行っている。また、大和企業投資は旧日本インベストファイナンスの流れを汲んでおり、SMBCとの合弁を解消した際に現在の社名へと変更した。大和企業投資では、投資家から集めた資金でファンドビジネスを行っている。これに対し、大和PIパートナーズは自己資金での投資という違いがある。大和企業投資のファンドでは、東京都及び中小企業基盤整備機構との連携によるベンチャー企業成長支援ファンドや、東北6県と茨城県に本店や事業所がある企業を対象とした東日本大震災中小企業復興支援ファンドなどにも取り組んでいる。また、今年の2月には中小企業基盤整備機構と台湾政府系機関のマネーをベースに、大和日台バイオベンチャーファンドを立ち上げた。

――それぞれの現在の投資規模は…。

 高橋 大和企業投資にはいくつかのファンドがあるが、来年までに償還を迎えるものを除くと、投資可能な金額は300億円程度。一方、大和PIパートナーズの投資残高は、SMBCとの合弁が続いている大和SMBCPIで投資をしているものを含めると1000億円程度だ。大和証券グループでは、4月に公表した中期経営計画の個別戦略の一つとして「次世代企業の発掘・育成と成長資金の供給」を掲げている。投資部門としては、これまで数十年以上にわたり培ってきた投資ビジネスの知見やネットワークをフル活用し、大和証券グループの各部門と連携をしながら、こうした有望な企業に対して積極的にアプローチをしていく。その他、企業への投資に限らず、魅力的な投資機会は積極的に捉えていくつもりだ。また、大和日台バイオベンチャーファンドに続く新たなファンドレイズも進めていく。

――海外への投資はどのように考えているか…。

 高橋 もちろん海外にも目を向けている。数年前にベトナム最大の証券グループであるサイゴン証券とファンドを立ち上げたが、これが今年で投資先全てエグジットできる公算になった。サイゴン証券とは近く2号ファンドを立ち上げることで合意し、作業を進めている。また、中国の湖北省武漢市で立ち上げたファンドもエクジットをすすめている。このほか、インドネシア等で案件が具体的になってきている。将来的にはミャンマーでも投資を検討していきたいと考えている。自己投資に関しても、現地有力パートナーと連携し、アジアを中心に投資を行っており、良い案件があれば今後も継続していく。

――不良債権が減少しているため、PIの投資は難しくなっているのは…。

 高橋 金融機関が保有している不良債権の額は、ここ2年でたしかに減少している。その一方、投資のプレーヤーも減っているため、我々の投資金額はさほど変わっておらず、コンスタントに投資ができている。不良債権には1998年くらいから累計で約4000億円投資をしているが、近年でも、投資残高に対して少なくとも年10%を超えるリターンを確保しており、これが大和PIパートナーズの収益のベースとなっている。これに加えて、一連の電力・エネルギー分野の制度改革を投資チャンスと捉え、数年前より、太陽光やバイオマスなどへ再生エネルギーへの投資も積極的に進めている。大和証券グループではエネルギー・インフラ分野でのファンド組成等も検討しており、連携を行っていきたい。

――投資部門がグループの中で果たす役割とは…。

 高橋 大和企業投資は、資金を預かり運用するという性格上、IPO等での貢献が中心であるが、大和PIパートナーズは自己資金での投資であり、大和企業投資と競合しない限りはどの分野にも投資ができる。このため、大和証券グループ全体で戦略的な投資を行うための役割を担っている。例えば、昨年11月、住宅特化型J-REITの日本賃貸住宅投資法人に関し、大和証券グループ本社が、日本賃貸住宅投資法人の資産運用会社であるミカサ・アセット・マネジメントの株式の約30%をスポンサーより譲り受け、スポンサーが保有する残りの株式(68%)について追加取得する権利の付与を受けたが、この一連の取引として、大和PIパートナーズは、スポンサーが保有する日本賃貸住宅投資法人投資口を担保とした融資を実行した。大和PIパートナーズの投資機能を活用することで、純投資として投資リターンを確保することに加え、大和証券グループの不動産アセットマネジメントの強化にも資する取組みであったと考えている。大和PIパートナーズでは、このような、自らが投資リターンを確保できることを前提にしつつ、グループビジネスの推進に繋がるような案件にも積極的に取り組んで参りたい。

――2社の株式の上場を行う考えは…。

 高橋 現在のところ、株式を上場する予定は全くない。大和証券グループの一部門として、グループの各部門と緊密に連携しながら積極的な業務展開を進める。ただ、必要に応じてファンドを組成してLP出資を募り、さらに大規模な投資が出来るような体制は検討していきたい。また、大和PIパートナーズと大和企業投資の両社において、リスクマネジメント機能を含む管理面において共通する部分が多いことから、この部分を1つにまとめるため組織の見直しを行っている。これにより、業務の効率化と収益基盤の拡大を目指している。

――今後の抱負は…。

 高橋 大和証券グループの中期経営計画では、企業の持続的成長と新規産業の育成が大きなテーマとなっており、我々もこれに向けて役割を果たしていきたい。また、中期経営計画では自己資本利益率(ROE)10%以上をコミットメントとして掲げているが、投資部門としてこれに貢献していく必要があると考えている。幸いにして経済環境が良く、自己資本が積み上がってきているので、より効率的な活用を目指していく考えだ。

――著書(最終目標は天皇の処刑 飛鳥新社刊)で紹介された中国の「日本解放計画」は驚きだ…。

 ぺマ 中国共産党が作成したとされる「日本解放第二期工作要綱」を初めて目にしたのは1970年代のことだった。中国共産党が実際に用いる言葉が散見され、よく出来ているとは思ったものの、内容が内容だけに、当時の私は「工作要綱」が本物か疑わしく思っていた。しかし段々と国会での皇室への野次や、小沢一郎氏が主導したとされる2009年の当時副主席だった習近平氏の陛下との特例謁見、更には岡田克也外相(当時)による国会開会式の陛下のあいさつに対する注文などを見るにつれ、「工作要綱」通りの進展になっているのではないかと思えるようになってきた。特に特例会見については外交儀礼を無視した行為であり、はっきりいって異常だ。小沢氏については、悪気はないと思うが、同じく2009年の大規模訪中の際、胡錦濤国家主席(当時)に「人民解放軍でいえば、私は野戦の軍司令官として頑張っている」などと発言していたところも気になるところだ。当時の胡錦濤氏は人民解放軍の総司令官そのものであり、まるで自分が胡錦濤氏の配下だと認めているような発言だ。マスコミについても不自然な親中報道が見受けられ、まるで「工作要綱」に記されたマスコミ支配が実現しつつあるようだ。

――要綱で記されている中国の狙いは何か…。

 ぺマ 「工作要綱」で記された最終目標は天皇の処刑、および日本の分割だ。具体的には左翼政権を樹立した上で戦争の責任者として天皇を処刑、更に日本の人口が減少することから日本人を東に移住させ日本自治共和国を作った上で、西半分を中国に取り組むというものだ。そのために要綱では、日本人に徹底的に第二次世界大戦への罪悪感を抱かせ、精神的にコントロールすることが必要だと書かれている。荒唐無稽に思えるかもしれないが、かつて在日中国大使館の中国人外交官がオーストラリアに亡命した際、日本人に2000人の工作員が潜伏していることを認めており、全くの絵空事とは思えない。はっきり言って、彼らのいう日中友好は目標のための手段に過ぎず、少なくとも沖縄までは支配下におくことを考えているように思われる。実際、中国には過去にも北朝鮮北部の朝鮮人が多く住んでいる地域を自国に併合した「実績」がある。

――中国は何を目指しているのか…。

 ぺマ 端的に言えば、かつて世界のGDPの40%近くを占めていた「偉大なる中華」の復興を実現し、アメリカに並ぶ超大国になることだ。かつて鄧小平は「力を十分に蓄えて機が熟するまで力を見せびらかしてはならない」と指導したが、現在はまさに「力が十分に蓄えられた」状況になったわけだ。最近中国は中央アジアからヨーロッパに至る「シルクロード経済ベルト」と、中国沿岸からインド洋を経て中東へと至る「海のシルクロード」構想を明らかにしたが、これはこれらの地域においてアメリカを排除し、覇権国になる意思を示している。既に米国と中国は「コールド・ウォー」とまでは行かずとも、「クール・ウォー」の時代を迎えているといっていい。こうした中国の野望をけん制できるのはアメリカと日本、それにインドだけだが、アメリカは既に守りの姿勢に入りつつある。これはアメリカが相対的に衰退していることや、移民が増加に伴い、国民の意識が変容していることが背景だ。従って、アメリカ兵が日本のために死ぬことを期待するべきではなく、日本としても独自の行動が必要だ。例えば、キッシンジャー博士が指摘したように、インドと協力して、国際世論に訴えたり、経済的協力関係を強化したりすることが重要だ。博士は軍事的対立は避けるべきとしたが、現状を踏まえると、関係諸国間で防衛協力を促進することも重要だろう。

――中国に対して警戒感を強める必要がある…。

 ぺマ その通りだ。既に米国も日本も、中国と無警戒に経済関係を深めてしまったため、中国の意向を無視しづらくなってしまった。冷戦時代、米国とソ連はほぼ貿易関係がなかったため、対立を深めても経済的に問題はなかったが、現在の中国とはそうもいかなくなっている。このため、政策的自由を確保するために、中国との依存関係は段階的に薄めていく必要があるだろう。また、中国がしきりに主張する民間交流にも警戒が必要だ。「国と国が上手くいかない時こそ、民間と民間が関係を深める必要がある」という理念は正しいが、それは民間が本当に民間であることが前提だ。共産党独裁の中国では自由な「民間」など存在せず、その行動は当然中国の国益実現を目指すものになる。日本の政治家やジャーナリストはこの点を国民に説明しなければならない。かつて鄧小平は「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」と指摘したが、これは現在の中国でも変わらず、彼らは最終的な目標を達成するための手段は選ばない。多少日本に対して態度を軟化させても、無邪気に安心してはいけない。

――中国の外交政策は強かだ…。

 ぺマ 実際、中華人民共和国成立以来の外交を見てみると、度々中国は他国との条約や契約を破ってきた。例えばソ連は当初中国にとってスポンサーであり、革命の先達であり、最大の友好国だったが、結局国境を巡って武力衝突するに至った。アジア諸国に対しても、内政不干渉を約束しておきながら、インドとの国境に突然派兵したり、反政府勢力に武器を供与したりしてきた。はっきりいって、中国にとって他国との約束は「時間稼ぎ」に過ぎない。盲目に約束を信じてしまうと、いずれ後悔することになる。

――日本はまだそのことを理解していない…。

 ぺマ 特に経済界やメディアは中国を刺激することに臆病になっている。これは例えば、読売新聞が1967年によみうりランドで実施した開眼式にダライ・ラマ法王を招待したことで中国から追放されたような、過去のトラウマが鮮明に残っていることが原因だ。往時ほどではないが、それでも中国は依然直接・間接的に新聞を監視しており、メディア各社は気を遣わざるをえないのだろう。しかし、歴史認識は国によって違うのは当たり前だ。例えばチベットの人々から見てチンギス・ハーンは英雄だが、中央アジアでは悪魔扱いされている。勿論、歴史認識のあり方を表明するのは構わないが、それを他国に押し付けてはならないし、押し付けを拒否するのは自由だ。大体、チベットからすれば中国こそが現在進行形で人権、民族自決権、主権の三つの権利を踏みにじっている最中だ。中国は1959年、ダライ・ラマ法王の宮殿を砲撃し、宮殿前に集まっていたチベット人を大量殺戮した。チベットを占領した後は、高僧の虐殺や寺院の破壊、大量の中国人移民の投入を通してチベットの「中国化」を推進してきたほか、現在でもチベット語教育を監視し、それに反対の声を挙げる人々を逮捕し、拷問し、殺害している。

――日本は中国とどう付き合えばいいのか…。

 ぺマ 日本は現在の地域から引っ越すわけにはいかないし、中国を動かすこともできない。隣人として、現実を踏まえて付き合うことが重要だ。日本が中国を無闇に挑発する必要はないが、中国の意図は知っておいて欲しい。例えば歴史認識についていえば、中国は毛沢東がかつて指摘したように「歴史を支配するものが国を支配する」と考えており、国内外を問わず自分達に都合のいい歴史を押し付けようとしている。しかし、大方のアジアの国々は日本を賞賛することはあっても、批判することはほぼなく、むしろ中国の台頭を非常に心配している。そうした現実を踏まえ、毅然とした態度を日本にはとって欲しい。

――障害者の雇用促進に熱心に取り組まれている…。

 岸本 障害者雇用は私のライフワークの1つであり、私自身も地元の和歌山県で障害者雇用に取り組んでいるNPOに理事として参加している。地方都市に行くと、NPO活動など社会を支える分野に対して高い関心を持つ若い人達が増えてきている。NPOを立ち上げるためには本業がある程度しっかりしている必要があるが、職員になる若者の間ではお金儲けよりも社会貢献を重んじるという新しい価値観が生まれてきており、新たな変革の推進力となってきている。

――新たな推進力という点では、高齢者の活用も重要となる…。

 岸本 年金制度がスタートした当時の日本人の平均寿命は約60歳だったが、今や平均寿命は男女とも80歳超まで伸びてきており、私の地元でも非常に元気な高齢者が多い。また、国民年金に加えて厚生年金も受給していれば生活基盤はある程度安定するため、高齢者の中には豊かな暮らしを送っている人もいる一方で、まだ世間の意識としては「高齢者を支えなければいけない」というイメージが強い。その反面、30代や40代で暮らしに困っている人に対しては「働き盛りのうちはがんばれ」と片付けてしまっている。時代の変化に合わせて、「若い世代が高齢者世代を支える」という従来の構図から、「皆で少しずつ支え合い、あるいは支えられる」という世の中へと変えていくことが必要だ。すでに地方のコミュニティでは徐々にそのような関係が具現化しつつある。例えば、老人介護施設に隣接して保育園が作られており、施設に入っていても元気なお年寄りは子供たちに遊びを教えたり、また、力持ちの子供はお年寄りの手伝いをしたり、支える側と支えられる側の関係がごっちゃになっている。国の制度として、税金を払う人と税金をもらう人という区別をつけた古いパラダイムを脱却すべきだが、まだそういった発想の転換が出来ていない。

――少子化の流れも止まらない…。

 岸本 20世紀の日本では、一生懸命働くサラリーマンのお父さんを専業主婦のお母さんが支え、そこに2人の子供がいるというモデル家庭があり、日本の社会保障制度はこの家庭像を基本として設計されている。私が育った高度成長期はこういった家族構成がメジャーだったが、現在は一人世帯が最も多く、一人親の家庭や、結婚しても子供がいない家庭など、家庭のあり方が多様化してきている。また、高度成長期の頃は、労働者全体のうち非正規の割合はわずか8%程度に止まっていた。この8%は学生と主婦のアルバイトが中心であり、残りの92%は正社員だった。また、当時は年功序列の賃金体系であり、年齢を重ねれば給料が増えることが期待できるため、20代で所得が低いうちでも結婚し、子供を育てることができた。だが、今や非正規の割合は4割を超え、正社員は6割を切っている。そのうえ、非正規労働者はおろか正社員の賃金体系も年功序列から能力主義へと移行しており、家族手当も切り下げられた。高度成長期は企業が社会福祉を担ってきたが、状況が大きく変化してきている。

――特に一人親の家庭の子育ては大変だ…。

 岸本 我々の時代は地区の小学校・中学校に通った後、公立の進学校に入ってある程度勉強をすれば志望する大学に入学できた。ただ、現在は小学校や中学校の受験をしないと、そもそも志望する大学に行けるような進学校に入学出来なくなってきている。低所得の家庭の場合は月々の高い塾代を払うことが難しく、結果として子供が高い学歴を得られず、所得が低くなると言う悪循環に陥る危険性がある。日本のシングルマザーのうち、約8割の方は福祉に頼らず複数のアルバイトを掛け持ちするなどして働いているが、それでも年収は200万円にもならないケースが大半だ。また、2人親の家庭でも夫が非正規であれば給料が上がらないため、やはり子育てが難しいことには変わりない。

――海外と日本との違いは何か…。

 岸本 欧州では同一労働同一賃金の仕組みとなっているため、非正規の場合でも有期契約というだけで正社員と待遇の差はない。また、正社員の場合も職務内容で会社と労働契約を結ぶため、部長などのマネジメント職にならない限りは何歳になっても給与はずっと一緒だ。こうなると、40歳時点での正社員と非正規の差は日本よりもフラットだ。また、例えばフランスでは、大学の学費と医療費が無料であることに加え、子供1人につき2万6000円の手当が受給できるため、シングルマザーであっても子育てには困らない。現在の日本は格差なく平等にいい教育が受けられるという状況ではなくなっており、社会全体で子供を育てるという発想に立ち、国が応分の負担を行うべき時代が来ているのではないか。ただ、問題を提起すべきマスメディアは給与水準的にも恵まれているほか、公務員も民間より低いとはいえある程度の給与をもらっているため、低所得の人が困っているという肌感覚がない。政治家として様々な方の話を聞けば聞くほど状況は深刻であると実感しているが、制度をなかなか変えられないという壁にぶつかっている。

――政府はどのような施策を打つべきか…。

 岸本 「子供の貧困」という言葉があるが、日本でも2割近くが貧困世帯となっており、どのような所得の人でも十分な教育を受けられるように国が手当てしなればならない。私は霞ヶ関で25年間働いてきたが、無駄な補助金は山ほどあるし、無駄な仕事をしているため公務員の数も多い。また、社会保障費の増加に加え、自民党政権になってからは公共事業費も増加してきている。今こそ公的セクターのコストカットが必要であり、浮いたお金は全て教育・人材投資に回すべきだ。

――日本にとって真に必要な成長戦略とは…。

 岸本 経済が成長することによって初めて税収が生まれるため、経済成長は必要だと考えている。ただ、景気循環と経済成長を取り違えている人が多いのではないか。景気は循環するため、好況と不況が必ずやってくる。不景気の時はじっと耐えるしかないが、自民党政権では不況になると公共事業を増やす傾向にある。公共事業は土木・建築にアドバンテージを与えるわけだが、土木と建築の生産性は産業別で最も低いため、これでは日本の生産性は下がるばかりだ。また、民主党政権時代を含め、政府は生産性を上がるための成長戦略をやり続けてきたが、成果は未だに出ていない。これはマーケットのことを知らない政治家と役人が、「次はITだ」「次はグリーン産業だ」「次は太陽光発電だ」などと勝手にテーマを決めてお金をバラ撒いているためだ。これの無駄遣いを全て止め、借金の返済に回すか、あるいは教育分野に使うべきだ。後は規制緩和を行い、民間の自由な取り組みを促すのが政府の本来の役割だが、安倍政権はこれとは全く別のことをやっている。

――コーポレートガバナンス・コードが6月から導入される…。

 上村 金融庁と東証が定めたコーポレートガバナンス・コードについては、枠組みが十分ではない現行の会社法の上に、法的拘束力がないソフトローを乗せる「2段重ねのソフトクリーム」の様なものだと私は批判している。コーポレートガバナンス・コードの先駆けとなったイギリスでは、コード(指針)はソフトローとして、厳格に定められた会社法より高位に位置づけられている。また、イギリスでは会社法そのものは歴史的に約20年毎に改正することになっていて、規定はかなり厳格に作り込まれる。イギリスの会社法改正は直近で06年だが、条文がまだ生きている1985年法の条文を入れると1500条程度も定められている膨大なものだ。20年間に及ぶ立法作業で会社法を定め、ソフトローはそれでも不足する部分を補うハイレベルな規定となる。因みに、ソフトローといえどもソフトなのは手続きだけで、規範としての拘束力はかなり厳しい。イギリスの自主規制は、いわゆるジェントルマンズルールとして、一度破ればその世界で生きていけないというレベルのものだ。一方、日本は金商法や証券取引法が高位にあり、自主規制機関のルールはそれより低位に位置づけられている。日本はコードの策定に際しイギリスを真似ようとしているが、そのイギリスの法事情に対する理解が不足している。取締役が労働者や消費者のためにも経営しなければならないという明文規定が会社法にあることも知られていないのではないか。英国会社法には機関概念がなく、あくまでも取締役が共同して行動するという概念だけだ。取締役会(board of directors)のboardという概念がないのだ。これは一貫しており、キャドベリー委員会報告で取締役会という概念を使うようになっても、2006年の会社法もboardの概念を決して持たない。だから会社法とは別にガバナンスコードが必要だったのだが、そうしたことも何も論じられていない。英国では取締役概念は実質概念であり、取締役とは「名称の如何を問わず、取締役として行動する者」をいうとされていることも、こうしたものによるboardという発想と馴染まない理由でもある。株主総会も機関ではなく株主達の集会だ。機関への警戒感は、「個」のみを尊重する規範意識の表れではないかと考えている。

――海外の制度をご都合的に導入しようとしていると…。

 上村 コーポレートガバナンス・コードや日本版スチュワードシップ・コードなど、最近ではイギリス流の制度一辺倒となっているが、海外例の研究が不十分なケースは以前からあった。例えば、企業買収の制度設計が問題となったとき、経済産業省は企業価値研究会を04年に設置した。同研究会が出した報告書は、アメリカのM&A法制を参考にしながら、アメリカの州法やヨーロッパの事例について検討していなかった点で欠陥があったが、まるで決定版が出たかのように扱われた。その報告書は、今では話題にも上っておらず、結局、企業価値研究会のメンバーたちは英国M&A制度研究会、ヨーロッパM&A研究会(日本証券経済研究所)での研究に重点を置いてきている。いままた、英国ソフトロー一点張りの議論が横行しているが非常に底の浅い議論でもあたかも決定版であるかに扱われている。

――会社法も十分ではない…。

 上村 現行の会社法は縦割り行政の弊害から、金融商品取引法(金商法)との調整が図られていない。海外では、資本市場法制で規定されている開示、会計、監査、内部統制などを前提に会社法が適用されるのは当然のことだが、日本では大学の会社法の授業で有価証券報告書を取り扱うことさえない。例えば、日本では、新株発行の際に会社法に募集情報に関する規定がある。金商法が適用される会社については、金商法を遵守しており有価証券届出書や目論見書をきちんと出しているにもかかわらず、そうした情報開示を会社法上の問題として受け止めていない。会社法の決算公告も有価証券報告書が出ている場合にはそれで足りるとの規定があるが、それは有価証券報告書全体のうちBS、PLだけでしかも会社法は単体、金商法は連結だ。金商法は規定に違反した場合に訂正命令や行政処分もあり、最も重い虚偽記載を行った場合は10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が課せられる。一方、会社法では公告の虚偽記載は形式犯となるため、過料100万円にしかならない。

――会社法と金商法の整理・統合ができていない…。

 上村 コーポレートガバナンス・コードは金融庁と東証のルールであるが、ガバナンスは会社法にかかる内容だ。金融庁の担当が会社法制とは定められていないため、そもそもコードを策定できるのかという疑問があり、金融庁設置法違反だと主張する学者もいる。OECD原則を踏まえてコーポレートガバナンス・コードを策定するといった、「何となくガバナンス」では根拠が薄い。とはいえ、金融庁が会社法にもの申す資格がないとは思っていない。金商法で規定される開示、会計、監査、内部統制を実行するのは、会社法のガバナンスだからだ。例えば、銀行法が検査で要求する項目を守るためには、会社法が関係するリスク管理体制を整える必要がある。また、有価証券など金商法で扱われる金融商品には、ガバナンスが付き物だ。会社型投信では、取締役会や投資主総会がある。信託法にも受託者責任等がある。株式会社が発行する株式も金商法からみれば1つの金融商品なので、金商法の立場から金融庁が金融庁のミッション達成のためにガバナンスについて主張を行うこと自体は問題がない。しかし、何となくガバナンスではだめだ。英国のガバナンスコードはFRCが策定したものだが、FRCとはfinancial reporting councilという名が示すように、情報開示や会計原則の設定主体である。そこでは開示・会計・監査のためのガバナンスという観念が息づいているからこそ、ガバナンスコードを設定していることこそが大事だ。日本の議論はあまりに浅薄だ。

――日本のコーポレートガバナンス・コードは株主の保護を目的としているようだ…。

 上村 金融庁が投資者保護ならぬ株主保護を主張することには問題がある。金融庁が担当する金商法では、株主とは現在保有している者、つまり株の売り手側となる者を指す。買い手側は不特定多数の投資家ということになる。つまり、現在その金融商品を保有している市場での売り手としての株主と、誰だかわからない買い手が売買の投資判断をするために必要な情報開示等が求められていることになる。ここでも何となく会社法の株主保護だけを主張するのはおかしい。金融庁がルールを策定するのであれば、売り手の投資家としての株主を想定したルールという位置づけにすべきだ。また、会社が誰のものかという議論の整理ができていないことが根本的な問題だ。

――会社は株主のものという言葉がすり込まれている感がある…。

 上村 会社が株主のものだとヨーロッパでも主張されているが、これは株主イコール主権者である個人だという前提があるためだ。ヨーロッパでは個人を中心とした市民社会があり、権力で国家と市民社会が拮抗する。もともと、革命により血を流して市民社会を形成した経緯があるからこそ言えることだ。日本ではこの点の理解が進んでおらず、会社は株主のものという言葉が誤解されている。現在の誤解された株主主権でメリットを感じるのは、中国共産党などの国家株主や王族会社、人間の匂いのしないファンド株主などだ。つまり、会社は国家のものだという理屈を後押しすることになる。ヨーロッパでは、株式に付与された2つの権利をどう調和させるかという問題と向き合ってきた歴史がある。2つの権利とは、利益配当請求などの財産権と、支配権すなわちデモクラシー関与権とも言える議決権だ。ところが、誤解された株主主権では、株主が誰かという議論がなされていないため、株式を買えれば、買うカネをもっていれば支配権が得られるということになる。すなわちこれは、ヨーロッパにとってみれば、かつて戦った相手である専制や団体をほめる論理になってしまう。

――株式主権はアメリカでも主張されている…。

 上村 アメリカは人民資本主義people’s capitalismの伝統があるとはいえるが、近時はそもそも国内向けの論理と国外向けの論理を上手く使い分けている。国内では、株主重視という主張の根底に、株主、労働者、消費者はいずれも同じ生身の人間という考え方がある。株を買えば株主、会社で働けば労働者、買い物をすれば消費者とよばれ、それぞれが循環している。一方、国外に対しては、株主重視という論理を、他国の利益を収奪する武器として使っている。取引先が金融機関のみで、モノもサービスも提供せず、人間の匂いがしない組織といえるヘッジファンドが、人間だらけの組織である会社を支配する構造を支える理屈となる。現在の世界が経済の覇権を巡る戦争状態に近いことを考えると、アメリカはしたたかだといえる。

――株主が誰かという議論をもっとすべきだ…。

 上村 株主主権、株主保護を主張する前に、誰が株主なのかという議論がなければ、短期売買を行っているヘッジファンドが多数の従業員を支配するという構図が成り立ってしまう。これに対し、個人向けの配当を厚くするなど、個人株主の利益を手厚くするというのは一つの手段だ。日本では法人の株式持ち合いが減っていると言われるが、個人株主が比率的には増えているわけでは決してない。株主保護をうたっても、個人の発言権を増やさなければ保護にも限界がある。個人株主を厚くすることは、日本に市民社会を根付かせることにもつながる。この点、フランスでは株式を2年間保有している者に対する権利を2倍にするという発想は以前からあるが、最近さらに強化改正をしたようだ。どうもフランス人によるデモクラシーという発想を超えた国家関与の色彩が強いようだが、ここもアメリカ同様実にしたたかだ。株主保護の考えをきちんと整理し、ヘッジファンド等の支配に晒される恐れに対応しうる論理を日本が提供すれば、これから株式市場を発展させていく東南アジアの国々にも喜ばれるだろう。

――青山学院創立140周年での駅伝初優勝や志願者数増加など青学のプレゼンスが向上している…。

 仙波 ご承知の通り教育機関の社会環境が非常に厳しくなっており、それに対して適切に対応していかなければ生き残っていけない時代になった。そのための努力や様々な試みが実を結んでいるのだと感じている。箱根駅伝に関して言えば、たまたま青山学院創立140周年と初優勝が重なっただけだが、もちろん優秀な指導者や選手を集めるなど一定の支援はしたが、本学は決してスポーツだけではなく、勉学も両立させるよう指導している。また、いろいろな学生が在籍し、多様性があるのが大学であると考えている。特に地方の学生をなるべく多く集めるために、地方入試や首都圏以外の学生対象の奨学金制度などを2015年度から始めた。都心の学生ばかりではなく、地方や海外からの学生を多く呼び込み、様々な交流を図っていきたい。

――青学というと明るいカラーの印象がある…。

 仙波 学長に就任してからいろいろなところで口にしている「青山らしさ」について「何かよくわからない」とご批判をいただくこともある。しかし、これは定義できるものではなく、言うなれば「校風」を大事にしていることだ。皆様のご理解を得るために私がよく引用しているものに、本学第二代院長の本多庸一先生の言葉がある。一つは、「自由闊達」。自由な発想で物事を考えながら新しい何かを見つけ出そうという精神だ。それともう一つ申し上げている言葉が「融通無碍」。同様に何事にも捕らわれずに真摯な気持ちで新しいものをどんどん試していこう、取り上げていこうという精神。決して伝統を無視するということではなく、新しい何かにチャレンジする精神は昔から脈々と本学に受け継がれている。その精神が明るいカラーを作っており、これが「青山らしさ」の根底にあるのではないだろうか。

――白川前日銀総裁の採用なども評価される…。

 仙波 大学というのは研究教育の場であり、いい人材を育てて社会に貢献するというのが大事な目的だ。その前に大学はきちっと理論を教え、論理的に物事を捉え、考える訓練をさせる場であるとも考えている。そういう意味でも白川先生は論理的に物事を捉えられる方ですのでお願いした。単に社会で名前が通っているだけでなく、客観的に物事を捉え、論理的に分析でき、また人格的にも尊敬できる方なので、教育研究に資すると考えている。

――近年の学部再編の目的は…。

 仙波 少子化や人口減少を背景に、基本的にどの大学でも「何とか生き残らなければならない」といった状況下にある。その中で、私立大学の理念に沿いつつ、研究教育の幅を広げるといった考えの下、本学に必要な分野は何だろうかと考え、欠けている分野を補う。そういった「選択と集中」を進めている。例えば第二部(夜間部)については夜間で勉強する学生が減ってきた社会のニーズの変化に柔軟に対応し、廃止を決定。その資源を昼間部にあて、2学部2学科を新設した。その1つである総合文化政策学部は、これまで「文化・芸術」をプロデュースする学問分野がなかったことや、商業施設や美術館が多く立ち並ぶここ「青山の文化」をうまく活かしながら研究教育していくことを目的として新設した。また、現代社会全体を捕らえる上では情報化の問題がある。社会情報学部ではデータベースについて理解すると同時に、社会、人間、情報といった文理融合型の学部となっている。ディシプリン(専門分野)型とインターディシプリナー(学際)型の学部とがあるが、これらはまさに後者だ。現代社会においては様々な課題が挙がっているが、それら課題に対して経済的側面だけではなく、政治的側面や人間の気持ちの問題もあるなど複雑だ。そういった問題に対応していくためにも様々な分野の融合系学部を大事にしていかなければならないと考えている。

――改革の成果は受験者数増加に表れている…。

 仙波 少子化により生徒数が減って当たり前という時代に減らないでいられるのは、当学院に足らなかった分野を補い、時代に合わせていくといった考え方が必要だ。具体化させた例では、これまで当学院で国際分野というと英米文や国際政治経済学部といった欧米系だったが、今年4月より地球社会共生学部という新たな学部を開設した。この学部は「地球」ということで基本的には全方位だが、どちらかというとアジアに特化した新しい学部で、国際支援・国際交流を意識した勉強をさせる。「アジアの経済や社会はいったいどういったものなのか」を理論的にきちんと勉強させた上で、自分たちになにができるかということを考えさせる。現在もそうだが、今後10年、20年、30年先もアジアの知見を持った人材が必要となるとの考えだ。おかげ様でこの学部の受験倍率は平均して20倍、選択科目によっては60倍に達した。

――今後の方針は…。

 仙波 やはり10年~20年先を見据えたときに、どういう分野を広げていかなければならないのかを常に考えている。学院創立140周年時に打ち出した「サーバント・リーダー(人に仕えると同時に人から共感される指導者)」となる人材育成を軸とし、総合大学院と創造的な研究拠点の構築が最終的な目標にある。本学は複数の学部を設けているが、私の一番の理想形としては、入学する学生がプログラム(授業)を通じてどの分野を勉強したいかを選択可能とするような大学にしたい。全学部共通教育システムである「青山スタンダード」の幅をさらに広げ、それぞれの分野を選べるような体制にしたい。大学というのは学生が成長する場所。学生の成長に応じて分野が選べ、学べる制度が絶対に必要となる。ただし、専門性が損なわれてはならないため、できる範囲で幅を広げていく方針だ。

――つまりさらに高レベルの教養人を育て、そのうえに専門性をつけていくと…。

 仙波 すでに教養人を育てるというベースはあり、これからは教養の幅をさらに広げていくのが新たな挑戦だと考えている。非常に高い教養レベルを付けることが目標だ。しかし総合大学として単体で専門性に特化するというよりも複合的な選択を持って、研究(R型)と教育(E型)に特化していく方針だ。教育機能と研究機能を強化しつつ、サーバント・リーダーという人物像を育てるのに見合った教育プログラムを提供して、人と社会に奉仕できる人間を育てたい。これを実現するためにどうあるべきかを考えている。いかに社会に評価される人材を育成するか、また研究成果を出して社会から認められるようなるか、これからも努力し、150周年を目指したい。 

――このほど「霞ヶ関から眺める証券市場の風景―再び、金融システムを考える」(きんざい)を出版された…。

 大森 日本の金融システムは証券市場を中心としたものに再構築されなければならないと一貫して感じている。元本を保証しなければいけない銀行預金が原資では、リスクマネーの供給が出来なくなっている。ただ、機関投資家ではない普通の国民が証券市場に参加していくためには、不公平に扱われないという信頼感が前提となる。証券市場では、銀行預金にはない投資リスクを判断しなければならないが、インサイダー情報を持っている投資家だけが儲けられたり、価格を不正につり上げて売り抜けたりなどといった不公平がまかり通れば、そもそも普通の国民が投資しようという気にはなれない。法律によりインサイダー取引や相場操縦を禁じているのはこのためだということを、私の部下たちにも市場関係者にも常々意識して欲しいと思っている。

――国民に不公平感を持たれてはいけない…。

 大森 金利水準がいつ正常化するか見えていないなか、将来伸びる企業や産業への可能性に投資する直接金融のパイプが太くならなければ、産業のイノベーションも起きにくい。保守的にならざるを得ない銀行が、次世代の産業を見極めて資金供給するのはなかなか難しい。伸びる可能性のある企業、産業に成長資金が供給されれば、産業のイノベーション促進とも整合する。金融行政を巡る議論は以前から根本はさほど変わっておらず、証券市場の機能が高まり、株主として参加した国民が報われるような構造になるためにはどうすれば良いかが基本となっている。コーポレートガバナンス・コードの策定もこれに沿った動きだ。足元では、株価が2万円前後と高値警戒感も出ているが、1990年以降のバブル崩壊時は4万円台をうかがった後に急落した経験に照らせば、あの時の大きな損失を経て再び証券市場に参加してもらうには公平感の確保が必須の前提になる。また、バブル崩壊後は普通の個人投資家が損失を被った一方で、大口の法人顧客には損失補填されるなど、このような不公平感を再び抱かれないようにするのが証券監視委の組織誕生の原動力となっている。

――アメリカは直接金融中心だ…。

 大森 アメリカではリーマンショックにより、金融システムが危機に陥ったが、経済の流動性が高い分回復も早かった。多くの国民が証券市場に参加し、広く薄くリスクを共有する方が結果として金融システムが強靱になる。リーマンショックの本元のアメリカよりも、間接金融が中心となっている日本や欧州の方が、景気回復が遅れる結果となった。日本では銀行が貸したら完済まで債権を持ち続けるモデルであり、かつては不良債権問題が長引いた。リスクが銀行に集中し、機能不全が起きると金融システムがかえって不安定になりやすい。

――日本では未だ間接金融が中心だ…。

 大森 日本では、会社は従業員のものであり顧客のものでもあるといった、ステークホルダー共同体的な意識が強く、株主に報いるという観点は劣後してきた。このため、普通の国民が、将来の成長が期待できる企業に長期的に投資する慣行があまり広まらなかった。バブル崩壊後は、個別株への投資より、投資信託を販売するようになったが、手数料稼ぎの乗り換えを推奨して、長期のパフォーマンスをプラスにするという視点は持ちにくかった。バブル崩壊から四半世紀たった今、普通の資本主義の作法を考える段階になっており、これが昨今のコーポレートガバナンスを巡る動きにもつながっている。

――金融行政も間接から直接金融へと重点を移し始めた…。

 大森 銀行一辺倒の資金供給が機能不全を起こしてから、間接から直接金融へのシフトに長い間取り組んできてはいる。ただ、実体経済の改善が遅れていたことで、株価も低迷し、証券市場で投資がしにくい状況となっていた。証券市場は実体経済の鏡だから、経済の将来に期待が持てないことには市場も活性化しない。株価水準と政策が直結するのはかえって不健全といえるが、ようやく株価が戻り、株主に目を向けた政策も意味を持ち始めた段階といえるのではないか。直間比率の見直しについても、なかなか上手く始まらなかったものが、歯車がかみ合い始めたように思える。

――市場発展のために積極的に関与すると…。

 大森 行政と金融機関それぞれの立場から、金融システムが国民に貢献できるようなビジネスになるのか、地域で持続的な経営ができるためにはどうすればよいかを議論する段階にきているのではないか。バブル崩壊後の金融危機の時代には、不良債権をルールに照らして処理する段階も過渡的には必要だったと言えるが、現在は単に健全性や法令違反をチェックするだけではなく、市場の発展のためにより踏み込んだ議論を行うことが必要だ。かつては、インフラとしての金融制度の改革規模も大きかったが、最近は起きた事件に対応する形で軽微な改正を行うにとどまっている。また監督行政の方も、破たん処理に追われていた時代から、実質的な国民への貢献に向けた前向きな対話が官民でできる段階に移っている。

――証券監視委の取り組みの変化は…。

 大森 最近の証券監視委の検査では、通常の証券会社に対するものよりも、実態がつかみにくいファンド業者に対するものが増えている。ファンドの資金消失などが起こると、投資そのものが敬遠されかねない。AIJ投資顧問による年金消失や、MRIインターナショナルによる顧客資産の流用は大きな事件となったが、足元では大規模な資金消失を起こした事例は見当たらない。事件を契機にファンド業者に対する検査に注力し、同様の事例がないか集中的に検証したが、あれはかなり特殊な事例と言って良いのではないか。

――今後の課題は…。

 大森 行政の立場からは金融業の実務がわかるわけではないが、利益を出すことが動機ではないだけに、直接、国民に貢献する方法を議論しやすいとは思う。銀行預金が戻ってこないと国民のメンタリティへの悪影響が大きいため、間接金融に規制がかかるのは仕方ないが、前世紀末のビッグバン改革で、直接金融は顧客資産の分別管理さえすれば後は比較的自由になった。にもかかわらず、証券会社が革新的なサービスで顧客に高く評価されているケースはあまり見当たらないため、さらに工夫が望まれる。証券市場を中心に、リスクテイクがしやすい金融システムに再構築していくためにこつこつ取り組まねばならない。銀行や信用金庫など従来の間接金融はこれからも存続するため、これについても議論が必要だが、証券監視委としてはミクロの取組みの積み重ねにより市場の機能を健全に拡充していくための監視を行っていく。こうした監視、監督を踏まえ、監督行政も制度企画も、市場で実際に起こる出来事に即しながら、地道に、より望ましい方向に向かっていくことが重要だ。

――世界的に超低金利が続いている…。

 水野 金融工学により実態のないマネーが増えた一方、実際に投資する先はほとんど残っていないため、世界中でマネーがあり余っている。かつて金融不安により急騰したスペインやイタリアの10年国債利回りでさえ、足元では2%割れとなっている。新興国でも、中国はピークアウトし、インドの次の利上げはもう無くなっている。アフリカへの投資も行われたがその次はなく、先進国にとっては、もはや投資する地域がない状態だ。債券市場も、恐らく株式市場も次の次となる投資機会を読む競争になってきている。次の投資先と言える地域には既に皆投資しており、その次の投資先が見つからないのでマネーが余り、世界的に金利が下がっている。金利は景気の体温の役割を果たすとかつては言われていたが、景気回復時の金利上昇も見られていない。実際に国内でも、小泉政権時に景気の回復が見られたものの、超低金利が続いた。特に、日本とドイツの金利は異常な低さが続いている。著書(※)でも述べたが、「利子率の低下は資本主義の死の兆候」と言える。

――地球規模で資本主義に限界がきている…。

 水野 日本の高度経済成長期のようにモノ不足の状態であれば、企業は利益を計上することが正当化されたのは、工場をつくり、消費者が欲しいといっているものを消費者により早く供給できるようにするからだ。だが、現在の日本は普通に生活する上で足りないモノはないと言ってよく、かつてのように生産で利潤をあげることができなくなってきている。そこで、例えば電機メーカーでは、4Kテレビなど高付加価値商品を作ることにシフトしているが、国内では十分な機能をもつ液晶テレビが安く手に入るし、新興国に輸出しようにも所得水準が追いついていないことから需要を捉えられるかは疑問だ。企業は設備投資をしても、利潤をあげることができず、投資しても十分なリターンが得られない。リターンが得られなければ、資本の拡大を目指す資本主義のメカニズム自体が成り立たなくなる。

――このなか、日本企業がとるべき方向は…。

 水野 資本主義が限界を迎えつつある今、ROE向上を重視するというのは時代に逆行している。株主のために利益を上げるというのは、会社は株主のものという新自由主義的な考えに基づくものだが、これは世界の主流でなくなってきている。株主重視のアメリカ的経営よりも、企業をとりまく多くの利害関係者に配慮しなければいけないというのがここ最近の流れだ。むしろ、会社は社会のもの、国民のものだと考える方が時流にあっている。利益は株主のものでなく、国民のものだと考えると、新たに投資をしなくても既存の設備で対応し、利益が出ない時代への切り替えもできる。逆に、銀行から見れば企業への貸出で利益を得ることが難しくなってきている。

――貸出による利潤も得にくい…。

 水野 銀行にとっては貸出から得られる利益も、国債から得られる利回りもゼロに近いことから、利息として預金者に還元されるときはほとんどゼロになる。このため、債権者と株主を分けて考える意味がなくなってくる。以前はリスクを取る株主はその分リターンが得られた。ただ、90年代の金融システム危機以降、金融機関が公的資金で救済されるようになった。また、公的セクターである産業再生機構により経営が立ち行かない事業会社にも資金が注入されている。その結果、株は公的資金により破たんリスクがなくなるものの、リターンは得られるということになれば、株主への配当利回りが預金利息より高かったり、キャピタルゲインが得られたりするというのは、預金者との公平を欠くといえる。

――預金と変わらなければ、銀行が株を買ってもよい…。

 水野 銀行が下限で株を買い、預金者にリターンを等しく分配すればよい。特に地銀は地域企業の株主となれるよう、5%ルールを撤廃すればよいと思っている。その地域の支店は、メガバンクより地銀の方が圧倒的に多いため、例えば後継者を探している企業と拡大を目指す企業のM&Aを促進することもできる。今後地域金融機関は手数料ビジネスへの比重が高まっていくだろう。メガバンクは海外進出を行う点で一定のリスク制限を設ける意味もあるが、預金者も株主もリスクとリターンが同等になっていくことを考えると、BIS規制を地銀に課すことはあまり望ましくない。

――アベノミクスへの評価は…。

 水野 アベノミクスは高度経済成長期には通用する政策かもしれないが、マネーがあり余り低成長となっている今の時代には相応しくない。第一の矢「大胆な金融政策」の目標設定がそもそも間違っている。2%のインフレ目標達成など不可能だ。物価が上がりもせず、下がりもしない状態が容認されれば、ゼロ金利が続き、国債の利回り急騰も避けられる。むしろ今怖いのが、インフレにより利回りが急騰し、企業の資金繰りが一気に困窮することだ。金利をゼロ%付近で安定させ、ゼロ成長、ゼロインフレの状態の方が、資本主義が限界を迎えている今の時代に対応しやすくなる。

――インフレ率もゼロが望ましい…。

 水野 インフレにより物価が上がることで、国民が損失を被ることになる。モノを安く買えることは当然プラスになるため、原油価格の下落も本来は望ましいことだ。また、インフレ目標に向けた緩和による円安の行き過ぎにも反対だ。自国の成長率が低下した段階では、通貨を強くして安く輸入できるようにする方がよい。必需品が安く輸入できるようになれば、家計も恩恵が得られる。

――他に注力すべき政策がある…。

 水野 格差の拡大、固定化を食い止める政策の方が必要となる。具体的には、相続によって格差が継続していることを是正すべきだ。相続できる資産を持つ人間が税制面で優遇されている「相続黄金時代」となっており、本人にさほど実力がなくても受け継いだ資産でよい暮らしができる人間がいる。一方で、大学に行けず非正規社員のまま年収が上がらない人間もいる。相続できる資産にも累進課税を課し、その分大学を無償化するなど、チャンスが得られる仕組みをつくることが必要だ。そうすれば、相続のみで当初よりよい暮らしをしていた2代目が努力することで、ゼロ成長が少し押し上げられる可能性さえある。

――資本主義の限界に対しとるべき道は…。

 水野 資本主義時代で重視されていた、より遠く、早く、合理的にというのを重視するシステムを脱し、より近く、ゆっくりというのを重視すべきだと考えている。著書にも記したが、資本主義と民主主義が補完しあったこれまでの近代システムでは、より遠く、より早く、より合理的にという3つを忠実に実行すればリターンが得られた。ただ、投資先となる周辺地域がもはやなくなりつつある以上、より遠くはもう実現できなくなった。より早くというのは、コンコルドが運航停止した2003年に限界が来たと思っている。国際石油資本が石油を支配した時代が終わって、資源は高価なものとなり、移動速度を速めても採算があわなくなった。より合理的に、については東日本大震災により欠点が露呈した。原発事故により、経済合理性の追求だけでは問題があるということがわかったためだ。より近く、ゆっくりというのはすなわち、地方の時代だ。中央省庁は縮小し、地方に権限を移した方が時代に合った政策が打てる。ゼロ金利、ゼロ成長、ゼロインフレを早くも達成しようとしている日本が最初のモデルケースになれば、それに近づきつつある他国の参考にもなるだろう。

※『資本主義の終焉と歴史の危機』
 (2014年、集英社新書)

――これまでのご経歴は…。

 藍澤 1965年に日本勧業銀行系の日本勧業証券に入社し、今年で証券業界でのキャリアはちょうど50年目となる。私が入社した頃はいわゆる証券不況の真っ只中で、日本勧業証券の大卒の新入社員は私だけのような状況だった。証券業界でも、大卒者は精々20人いるかいないかだったのではないか。その後36歳の時に藍澤証券社長に就任し、以後36年間勤めて上げてきた。一時会長職を務めていた時期もあったが、2008年のリーマンショックなどの混乱を受け、2011年に社長に再就任し、現在に至っている。

――貴社の経営の特徴は…。

 藍澤 充実した資産を持つことが挙げられる。これは先代、先々代から続いてきた伝統で、変動が激しい証券業の特徴に対応したものだ。私が社長に就任した時には資本金が5億円だったのに対し、資産は80億円ほどあった。当時の年間売り上げが2、30億円だったことを踏まえると、かなりの規模といえるだろう。この豊富な資産があったために、第一次・第二次オイルショックや証券ショックといった数々の危機を乗り越えることができたし、1918年の創設以来、無配となったことがない。もちろん赤字になったことはあるが、そんな時でも資産が潤沢にあったおかげで無配は回避してきた。この実績もあって、株主の方々からは厚い信頼を頂戴できていると自負している。弊社の株主は長期的に保有して頂いている方々が多いが、それもこの信頼あってのものだろう。なお、現在も自己資本比率は約600%と業界内でも高水準となっているが、今後この比率を一層高めていく考えはない。さすがに500%を割り込むようなことは回避したいが、蓄積ばかりで還元しないのでは、株主への責任を果たしているとはいえないからだ。とはいえ高水準かつ安定的な配当を行うための原資は必要であり、収益をどの程度蓄積するかの塩梅は今後も課題となる。

――アジア株などの取り扱いも積極的だ…。

 藍澤 これは、バブル崩壊の経験から、「日本株売買だけでは生き残れない」と痛感したことが背景だ。弊社は資産があったために持ちこたえることはできたが、日本全体を揺るがすような事態が発生した場合、いくら努力しても、日本株売買だけに依存したビジネスモデルでは対応できない。そこで注目したのが成長著しいアジア諸国の株式市場で、じっくりと調査や現地証券会社との交渉を行ったうえで、2000年から営業戦略の主軸に据えてきた。もちろん他社でもアジア株を取り扱っているところはあるが、弊社は、2000年当初から中国株ではなくアジア株と称して中国だけではなく多くのアジアの株式市場に注目してきた。また、現地市場で仕入れた株式を顧客に販売するのではなく、お客様の委託注文を直接現地の市場に取り次ぐ方式にこだわってきた。これはちょうど日本で日本株を売買するとの同じ仕組みだ。これによって透明性の高い売買機会をお客様に提供できるし、自らポジションを持つリスクを無くしている。

――今後の見通しは…。

 藍澤 証券市場はアベノミクス以来、環境が大きく改善してきたと感じている。2020年にはオリンピックがあることもあり、先行きも非常に明るいと見ている。また、最近スチュワードシップコードやガバナンスコードといった枠組みが作られたが、これらによって証券市場が「初めて本来あるべき姿」になると期待している。これまで日本では株式投資はギャンブルや博打の一種というイメージが強かったと思うが、正直このイメージは、株式の研究や調査を行ってきた我々には辛いものだった。いくら分析を行って長期保有を勧めても、「しょせん当たり外れでしょ」とお客様に言われてしまうと、立つ瀬がなかった。我々証券会社の本来あるべき業務とは、有望な企業を探し出し、お客様に紹介することで、お客様の資産を増やすことだ。二つのコードの導入で、ようやくそうした本来の業務が可能になり、ようやく昔から言われ続けてきた「貯蓄から投資へ」というフレーズが現実になると思っている。ただ、いくら環境がよくても株式がリスクのある商品であることに変わりはなく、今後もアジアを中心とする外国株といった分散投資の機会をお客様に提供していく考えだ。

――その他の商品は…。

 藍澤 安定的資産という見地から、外国債券には注目している。やはりいくら分散しても、お客様の資産が株だけというのはリスクが大きいからだ。ただ、さすがに国内債については利回りが低すぎるため、どうしても関心は外国債券に向けられる。為替リスクを考慮しつつも十分な精査を行い、お客様の選択肢を広げられるように努力していきたい。また、資産管理型営業については証券会社の究極的なあるべき形だと考えており、推進している。お客様一人一人に合った形で、国内外の株式や債券を組み合わせて、長期的に資産を成長させるのは証券業の本質といってもいい。資産管理型営業で知られている米国の証券会社エドワードジョーンズはとても良い企業だと思っているが、彼らのように、預かり資産に応じて報酬を頂くというビジネスモデルは長期的に見て証券会社・顧客双方の利益になるだろう。日本でも既に預かり資産営業が可能になる地盤が整っており、今後力を入れていきたい分野だと考えている。

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