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Information

――中国の拡張主義は今後どうなっていくのか…。

 大庭 中国からすれば、自分たちの版図だった領域を回収しているだけに過ぎないというロジックで動いていると思う。中国はこれまで、胡錦濤政権末期に中南海(党の指導部)の勢力争いで、江沢民が推す保守派が勢力を拡大し、周辺諸国と良好な関係を維持しながら経済発展を優先する路線が修正された後、2013年ごろの習近平政権発足以降、よりあからさまとなった。習近平政権は、国内における正当性の確保や、人権問題、腐敗撲滅キャンペーンなどあらゆる国内問題に強硬な姿勢を示している。本来ならば活動家に属していないような穏健な学者までも拘束されており、反中国・反中央ではない日本に在住している教授も拘束されたり、香港の書店のオーナーの拘束事件も発生している。国内の締め付けを強化するだけでなく、対外的にも、南シナ海、東シナ海における主権にかかわる問題についての姿勢は強硬である。一時期、習近平が国内の権力闘争に勝利し、掌握したという観測もあったが、どうやらそうではないとの見方が出てきており、対外的および対内的な強硬姿勢をなおさら緩める方向にはないのではないかと考えている。この点、中国の軍事政策は現在、陸軍を筆頭に人員削減の方向を示しているが、当初、「人民解放軍の改革にまで着手できるほど、習近平政権が盤石となったのかもしれない」といった見方があった。しかし、どうもそうではないらしい。他方、海軍やミサイルなどにシフトし、近代化を進めるのと同時に、人民解放軍の縮小による軍の影響力の相対化を図ってはいるようだ。

――中国国内要因が厳しさを増すなか、台湾や香港との関係は…。

 大庭 蔡英文総統が「一つの中国」原則を認めていないとして中国が台湾との公的連絡体制を閉鎖するなど問題が出てきている。また、香港に対する締め付けも厳しくなっていることから、香港の中から『一国二制度ではない』との反発も日に日に強くなっている。中国側はチベットなど分離主義を抑制するためにも台湾や香港で絶対に譲歩する訳にはいかない。台湾に関しては、馬英九政権時代と同じようにはいかないだろう。馬英九政権は良くも悪くも国民党政権であった。蒋介石のころの国民党は、『正当な政府としていずれ大陸に帰る』という認識を持つ一方、共産党は『我々が正当な政府だ』として対立していた。冷戦時代においては、ともあれ「一つの中国」原則の下、両者の認識は同じだった。台湾には高砂族などの原住民と15~16世紀頃に大陸から渡ってきた本省人、そして戦後、大陸から移住した外省人に分かれている。かつては少数の外省人が国民党として支配し、権威主義体制の下、こういったエスニックポリティクスが表面化してこなかったという素地がある。台湾が民主化し、冷戦が終結し、本省人出身の李登輝政権が誕生し、台湾独立を歌った民進党の陳水扁政権時代を経て、台湾は大きく変化した。現代では本省人、外省人の意識は薄れてきているようだが、逆に台湾人アイデンティティを持つ人々が増え中国に吸収されたくないと考える一方、政治体制としては台湾独立ではなく現状維持を望んでいるという台湾の人々の意図を最も理解しているのが本省人のエリートである蔡英文であるため、中国と台湾の外交問題はさらに困難を極めるだろう。

――大統領が交代したフィリピンは…。

 大庭 フィリピンに限らず、東南アジアの首脳陣は皆、したたかな外交政策をとっている。そのため南シナ海問題が大きくなっても絶対に中国と決定的な対立を招くようなことは避けようとするだろう。その証拠に近年稀にみるほどの対中強硬路線を敷いていたフィリピンのアキノ前大統領もアジアインフラ開発銀行に参加している。また、中国依りに見えているドゥテルテ現大統領が南シナ海問題でどこまで強硬姿勢をとるかわからないが、南シナ海問題へは国民の強い関心が寄せられており、その点はドゥテルテも勘案しなければならないだろう。そして今のフィリピンが置かれている立場を考えれば、米国との関係を切ることも考えられず、米中それぞれとの関係を維持するというバランス外交を展開していくと見ている。他方では、中国経済が落ち込んでいることから中国依りになる必要はないとの見方もあるが、単純に人口など中国のポテンシャルを考えれば中国経済がこのまま縮小し、混乱するとは思えない。東南アジア各国もそういった理解をしていることから、フィリピンもバランス外交を継続していくだろう。

――AECやTPP、RCEPなど広域地域経済圏のなかで日本の取るべき行動は…。

 大庭 地域経済圏の話はここ数十年ずっと動いている話だが、日本人は多国間主義に対して「どうせ分裂する」といったあまりにも冷淡な見方をしている。日本外交にとっての基本は二国間だと思われているからだ。TPPが10年以上前から協議されているのに、日本国内では話がなかなか進んでいなかった。また、AEC(ASEAN経済共同体)に関しても「どうせできっこない」との見方をしていた。二国間では「私の事情を理解してほしい」という交渉ができる余地が大きいが、多国間では「私の利益が全員の利益だ」というロジックを組み立てて国益を追求するという戦略を取らねばならない。そういった外交については日本人はあまり上手ではない。そのため、日本外交は多国間外交に前向きではないのかもしれない。日本が相手に対して圧倒的に大国であれば、二国間外交で自国の利益を追求することは比較的容易だが、他国が台頭しつつあるなか、多国間外交は避けて通れない。また、航行の自由作戦などを展開している最中でも米中は戦略経済対話を欠かしていないことを考えると、米国と中国が大国同士正面からの対立を避けるのではないかと考える。そのため、日本は米国との同盟関係を維持すべきだけれども、米国がアジアから逃げられないわけでないことを念頭に置かなければならない。また、ASEAN諸国が常に日本側を向いているというのも幻想にすぎないと認識しておかなければならない。こういったなか、日本は、日本にとって望ましい地域秩序、国際貢献を考える必要に迫られている。例えば、南シナ海の問題では、自衛隊を派遣するのはあまりにも刺激的なため望ましくないが、従来行ってきた警察力である沿岸警備隊への支援を継続していくことや、国連海洋法条約が大事だと主張し続けることも大事だ。そういった面では米国と協力できると思う。

――対中安全保障網として欧州のようにNATOをつくることは…。

 大庭 中国を排除した安全保障網を構築することが長期的な利益になるのかどうか。そもそも東アジアは経済的な相互依存システムと安全保障協力などの同盟システムがずれている。現在、東アジア・アジア太平洋において最も優位な安全保障網は米国中心のハブ・アンド・スポーク方式と言われる日米、米韓、米豪、米比などだ。また、この近年では二国間だけでなく、日米韓や日米豪、日米印など多国間同盟までいかなくとも、多国間同盟につながりそうな勢いはある。しかし、いずれも中国が除外されており、今後も入るとは想定しにくい。一方、中国経済がどれだけ低迷しようが、中国人のビジネスないしヒトの移動などですでに東南アジアに浸透している。経済的・社会的相互依存システムが完全に成り立っているため、欠かす事は出来ない。このため、長期的な国益の観点からすれば、中国を排除して何かをするというのは現実的ではない。経済的には中国を取り込みにいかなければ仕方がないことから、安全保障網だけ中国を排除する流れが果たして適切なのかどうか疑わしいと考えている。

――為替市場では、再び円高傾向が強まってきている…。

 加藤 英国のEU離脱騒動により欧州全体のリスクが拡大しており、日本としては安全通貨としての円買い需要の勢いが収束に向かってくれることを期待するしかない。日本政府が現状で取れる円高対策としては、マーケットに対して絶えずメッセージを発信していくということに尽きるのではないか。

――円高を阻止するため、日銀がマイナス金利幅を拡大すべきとの意見もある…。

 加藤 日銀のマイナス金利政策に対してはすでに金融機関から不満の声も上がっており、金融緩和を一段と強化した場合の副作用も考慮しなければならない。また、日銀が1月29日にマイナス金利の導入を決定した後はむしろ円高傾向が強まってしまったこともあり、マイナス金利幅の拡大が為替相場にどのような影響を与えるのかを慎重に見極める必要がある。加えて、サプライズという形ではなくマーケットと十分に対話をしながら追加緩和をしていくことが重要になっている。

――英国のEU離脱の影響については…。

 加藤 国民投票によって意思表示がなされたわけであり、英国の政治当局としては国民の意思を尊重し、時期は不確定ながらもEUとの離脱交渉を進めざるを得ない。日本経済にとって足元では、安全資産としての円が買われ、かつ円高を嫌気して平均株価が下がるというマイナスの影響が現れてきている。金融機関を含め英国に拠点を置いている日本企業は相応に多く、ビジネスに与える影響も懸念されるが、この点については長期化が予想されるEU離脱交渉の動向を見極めていく必要がある。またマーケットでは、英国以外にもオランダ等のEU離脱がリスクとして意識されるようになっている。もちろんフランスやドイツは加盟国のEU離脱については体を張って阻止するだろうが、ユーロがドルや円にはないリスク要因を抱えていると見られがちになろう。

――英国は欧州諸国の中でAIIBへの参加を真っ先に決めたが、この点については…。

 加藤 すでにAIIBへの加盟手続きを終えていることに加え、AIIBに対しては英国やドイツから副総裁を出しているので、欧州諸国が引き続きAIIBを支援していくという構図自体に変わりはないだろう。また、AIIBが資金難に陥るとの見方もあるが、AIIBの資本金は1000億ドル規模となる見通しで、このうち払込比率は約2割とアジア開発銀行(ADB)と比べても高水準だ。さらに、スタートアップ段階での融資規模は小さいため、しばらくは資金難に陥る可能性は低いと見ている。ただ、将来的にAIIBの事業が軌道に乗ってくれば、マーケットからの資金調達が必要になる。その際は格付け取得が必須となるため、組織運営の透明性や公平性が一段と求められることになる。また、当面はADBや世界銀行、欧州開発銀行との協調融資の案件が中心で審査もしっかりと行われるが、AIIBが独り立ちしたときにどのような審査が行われるかが次の問題だ。この点、AIIBは融資実行の意思決定を迅速化するとの方針を示しており、ADBも融資の申し込みから貸出までの期間を短縮するなどAIIBから刺激を受ける部分があろう。

――昨夏に続き、第2のチャイナショックが起こるとの懸念もあるが…。

 加藤 BISの統計を見ても、中国の債務残高の対GDP比率は米国や欧州に比べ突出して高いというわけではない。ただ、日本の場合は債務残高の太宗を政府部門が占めているのに対し、中国はむしろ民間部門の債務が日本や他の先進国と比べて高い水準にある。不良債権残高が増加したとしても政府が必要に応じて資本注入を行うため、中国国内の大手金融機関が経営破たんに陥る可能性は低い。とはいえ、経済成長率の押し下げ要因としては働くため、中国政府が目標に掲げている6.5%~7%といった水準を達成するためには相当な努力を要するだろう。このため中国政府としては、経済成長率をてこ入れするためにも、あくまでなだらかなペースでの人民元安に誘導していくと見ている。中国の外貨準備高は月によって増減が変化しており、その辺は中央銀行がうまくコントロールしているのだろう。中国国内の3級都市・4級都市の中には半ばゴーストタウン化しているようなところもあると言われているが、北京や上海、深センでは農村からの人口流入により不動産価格が急騰している。中国国内でも都市によって景気が二極分化しているようだ。

――中国は領土拡大主義を取っており、近隣諸国は対応に苦慮している…。

 加藤 内政事情を踏まえると、中国政府としても対外的に強硬姿勢を示すことで国民からの支持を集める狙いがあるのかもしれない。周辺諸国は中国への外交上の対応が難しくなっているが、やはり自国経済への影響を考えると中国と付き合わないわけにはいかない。当面はフィリピンで新たに発足したドゥテルテ政権が中国に対してどのような態度で接するかが注目されるが、例えば東南アジア諸国が反中国的な軍事同盟を組むということは、経済に与える悪影響への懸念から各国とも慎重にならざるを得ないと見ている。

――欧州に加え中国経済の先行きも厳しいとなると、米国の利上げの可能性は遠のくか…。

 加藤 米国の国債利回りは直近、大幅な低下を示している。マーケットでは利上げの時期が相当遠のいたという風に見ているのかもしれない。リスク回避姿勢の高まりを映してドル高が進めば輸入物価が押し下げられることもあり、FRBが掲げている2%のインフレ目標への到達は難しいとの見方が強まってきている。

――今後、世界に対して日本が取るべき行動は…。

 加藤 バングラデシュでは悲惨なテロ事件が発生した。このような事件は他の発展途上国でも十分に起こり得る。こうした意味で、日本もサイバー攻撃を含めテロリズムへの備えを強化していく必要がある。また、国際的にはドイツの経常収支の大幅黒字化が批判されているが、そのドイツは難民をかなりの規模で受け入れており、難民への教育や社会保障を含め財政的にかなりのコストをかけている。同じ経常黒字国として、日本も移民までいかずとも外国人労働者の受け入れを拡大することは世界に貢献する方策の一つであろう。日本の地方都市ではすでに人口が減少し始めているほか、労働需給もひっ迫してきており、働き手をたくさん集める必要がある。客観的に見ても日本は非常に生活しやすい国であり、日本で働きたいという外国人も潜在的には多いのではないだろうか。

――貴社の特徴は…。

 平野 当社はソフトウェアの開発・販売などに取り組んでおり、特徴としては受託開発をパートナーに任せ、自社では一切行っていないことが挙げられる。受託開発は確かに規模が大きくなりやすく、自前の製品を販売するより売上額が一桁は大きくなるが、特定の顧客との関係性を強くしすぎると、将来的に経営の自由を失い、海外に打ってでるなどの大胆な動きが難しくなると考えている。独自開発により高い営業利益率も確保しており、16年3月期の営業利益率は19.6%となった。足元では主力商品のシステム連携ソフト「アステリア」や、クラウドサービスを活用した「ハンドブック」の売上も伸びており、業績は順調に伸びている。2016年度から3年間の中期経営計画も発表し、当面は業績も好調と見込んでいる。

――貴社のこだわりは…。

 平野 創業当初から世界に通用するソフトウェアを開発・提供することを理念に掲げてきた。社名のインフォテリアは、「インフォメーション」と「カフェテリア」を掛け合わせたもので、インターネットの普及によって情報が溢れる世の中で、カフェテリアのように、必要な情報を自ら選び、的確に活用できるような環境をソフトウェアによって生み出したいという志が命名の理由だ。また、当社のコーポレートカラーは緑だが、これは私が21世紀を代表する色と考える「緑」を象徴とすることで、当社も21世紀を代表する企業になろうという気持ちを込めている。当社の設立は21世紀直前の1998年であっただけに、当初から21世紀への思い入れは強く、21世紀は「自律・分散・協調」の時代とのイメージも持っていると考えた。

――ブロックチェーン推進協会(BCCC)を設立された…。

 平野 ブロックチェーン(BC)はただの流行に終わらず、社会にとって当たり前の基盤的な技術に成長すると確信したのが設立の理由だ。事務局の運営などの負担もあるが、今業界内でリーダーのポジションを確保することが、将来的な業績拡大に繋がると考えている。BCは現在話題の種だが、まだまだ黎明期で、市場はいわば先物買いをしている状況だと考えている。普及には時間がかかるが、業界内で協力し合うことで、BCの未来を切り開きたい。

――BCによって世界はどう変わるのか…。

 平野 世間一般に言われている影響については、そもそものBCの始まりであるビットコインが分かりやすい例だ。ビットコインは2009年に運用開始されて以来、中央管理者が存在しないにも関わらず、1度もシステムが落ちることなく信頼を勝ち取り、世界中に広まってきた。この革新性と堅牢性を金融にも活かそうというのが、今言われているBCの活用法だ。これまで、金融取引は銀行や証券、取引所のシステムを用いて行われてきたが、このシステムはスピードと堅牢性を実現するため、場合によっては何百億円という巨額の資金を投じて整備されてきた。構築のために多大なコストがかかるだけでなく、保守のためにマンパワーが必要で、データの間違いを検査するため第三者による監督の仕組みも不可欠と、極めてコストの高いものだった。しかし、BCはその性質上、特別に高コストな構成は必要なく、管理者も監査も不要であり、何百億円もの投資なしに、より安全な取引を実現できる。

――世の中を変える技術だ。

 平野 その通りで、金融サービスの運用コストやサービススピードが劇的に変化するだろう。アメリカではすでに金融界そのものに変化が現れており、ウォールストリートとシリコンバレーが対決するような状況になっている。これまでウォールストリートが何億ドルというコスト、何千人もの人を投じて行ってきた事業を、100名いない程度のシリコンバレーの新興企業がやってのけるようなケースもみられており、熾烈な生存競争が始まっている。誰が勝利するかは分からないが、いずれにせよ勝者はこれまでにないサービスレベルの提供とコストの削減を実現できた者であるのは間違いなく、いずれ日本にも進出する日が来るだろう。その時、日本の金融機関が現状のまま高い手数料を徴収し、T+3(決済日が約定日の3日後)といった「遅い」決済を続けていれば、いずれ淘汰されることになり、これまで通り日本も外圧によって変化することになるだろう。この大きな変化のコアとなる技術がBCだが、実はここまではBCが作り出す社会の変革の第1段階に過ぎない。

――第2段階とはどのようなものなのか…。

 平野 ポイントは、「データの改ざんができない」「ダウンタイムがない」などのBCの特徴は金融だけではなく、製造や流通、公共に医療など、より幅広い産業にも活用できることだ。現行のデータベースは、いくらセキュリティを強化しても、管理者権限さえあれば情報の改ざんは可能で、だからハッカーも管理者権限の奪取を狙ってきた。管理者自身がデータを改ざんするケースも散見されているが、BCを用いれば簡単に安全性を担保することが可能だ。例えば流通ではトレーサビリティはBCを使えば、それだけで信頼性を担保することが可能になるし、製造業などで検査検証データの改竄不正を防ぐこともできる。コスト的にも、従来の高価な構成は必要なく、クラウドを活用することで、一日数十円で利用が可能だ。信頼性についても、コンピューターが絶対に壊れないことを目指している現行の仕組みと違い、コンピューターは壊れることを前提に分散してリスクを抑制しているため、むしろ現状よりも信頼性は高くなる。

――いいこと尽くめだ…。

 平野 更に、BCのいくつもの特徴は、契約にも応用できる。スマートコントラクトと呼ばれる概念だが、例えばデジタルな契約書にプログラムを組み込むことで、人間を介さずに自動的に契約履行させることが可能となる。例えば、「この会社にいつまでにこれだけお金を振り込む、振り込まれたら成果物を特定の場所に提出する」といった具合だ。ただ、これは極めて発展性が高い技術ではあるが、実用化はまだ先で、まずはBCは決済や融資、送金といったイメージしやすい分野で導入されることになるだろう。そうなればBCに適した領域の金融業の技術的な参入のハードルは画期的に低下しよう。しかし、当社としては直接金融業に参入する考えはなく、あくまでもテクノロジープロバイダーとして参入するための技術を提供していく考えだ。いわば、ゴールドラッシュの時代におけるスコップ販売会社のようなポジションだと考えている。

――金融業に革命が起きる…。

 平野 実は日本で果たして革命が起きるのかどうか、不安に思っている。フィンテックは日本では金融IT革命と訳されているが、本来「革命」とはプレーヤーが代わることだというのが私の定義だ。実際、アメリカでは従来の金融業務を新興企業が乗っ取るといったプレーヤーの交代が起きているが、日本では大手企業と新興企業が協力し合っているため、革命にならない可能性がある。その場合、日本のフィンテックは大手企業に役立つような形にしか発展できず、インパクトが限定的になってしまうかもしれない。実際、日本で大手金融機関が脅威に感じているような新興企業は恐らく存在しないだろう。これは法律的に金融業が守られていることに加え、日本ではスタートアップ企業に資金が集まりにくいことが原因だろう。ただ、国内に脅威がなくとも、国外からいずれフィンテックを活用した企業が日本に乗り込んでくることは間違いなく、今後5年程度で金融業のありようは大きく変わってくるはずだ。色々な銀行の業務が解体され、融資や送金が別々の企業によって行われることが普通になっているかもしれない。

――資本市場はどうなるのか…。

 平野 現在の資本市場には手数料と決済日の問題があり、どちらもBCで改善できるため、その仕組みは一変するだろう。ただ、日本の場合、できることと実際にやることが違うのは普通であるため、変革には時間がかかるかもしれない。これは、現在のシステムが何百億円と投資されているものであるため、既得権益が大きいことや、既に動いているシステムがあるため、すぐにBCを導入するわけにもいかないためだ。そこで当社では、そういったしがらみがない新興国で実証実験を行っており、例えばミャンマーではマイクロファイナンスにBC導入の実証実験をした。新興国は先行のシステムがないために革新的なものを導入することは容易で、非常に面白い。アフリカでは電話線が引かれていない地域で携帯電話が普及するような光景が見られているが、それと同じような技術の一足飛びが金融業でも起きるだろう。

――行政の対応が肝心だ…。

 平野 金融庁はフィンテックを推進する立場を強く押し出しているが、これは日本の金融業の変化を後押ししており、いい意味で効果が出ていると思う。どうしても金融業は保守的になりがちだが、金融庁が旗を振ることで、誰もが何かをやらなければいけない状況になっており、それは日本の金融業にプラスになっていると思われる。ただ、今後フィンテック版グーグルのような革新的かつ国際的な企業が登場した際、政府がそうした企業にどう対応するかは難題となるだろう。私としては、規制で対応するよりは、むしろ日本でそうした革新的企業が誕生する可能性を高めた方がいいと考えている。

――今後協会ではどのようなことを行うのか…。

 平野 最も意識しているのは、BCの普及に力を入れることだ。実はよく誤解されているが、日本のBC技術は決して他国に遅れていない。弊社のミャンマーでの実証事業は世界で初めての試みだし、その他にも日本企業が世界初の技術を実証実験として取り組むケースはいくつもある。問題は普及の方で、こちらは確かに世界的に見て遅れている。当社がBCの講演会を開催してみると多くの方々にご参加頂けるものの、その中で実際にBCを導入しているケースは皆無だった。そこで協会では、普及や実装の啓発に力を入れるほか、各社間での情報共有に取り組んでいく考えだ。例えばBC大学院を開設して会員の知見を深化・共有したり、実証実験を行ったりして、そのノウハウを外部に公開していきたいと思っている。往々にして、世界を変えるのは大手企業ではなく、技術や志を持った中小企業だが、同時に中小企業ではやれることに限界があるのも事実だ。そこで協会ではそうした企業の連携を促進し、力を結集して世の中を変えていきたいと考えている。

――委員長を務められた自民党の「労働力確保に関する特命委員会」で、外国人労働者の受け入れを拡大する方針が取りまとめられた…。

 木村 政府はこれまで高度な技術や能力を持つ外国人労働者は受入枠等の制約を設けず積極的に受け入れてきたが、それ以外の労働者についてはいわゆる「単純労働者」と位置づけ、受け入れに対しては消極的だった。ただ、日本では現在、医療・介護や農業、建設など幅広い業種で人手不足に悩んでいる。例えば直近の求人求職状況では、介護分野には約24万人の求人があるにも関わらず、求職者は約8万人にとどまっており、差し引き約16万人のギャップが生じている状況だ。これに飲食業や農業を加えると、求人数と求職者数のギャップは40~50万人規模にも膨らんでいる。訪日外客数を年間4000万人まで増やしていくのであれば、飲食店や旅館で働く人は今後さらに必要になる。このため、特命委員会が取りまとめた基本的考え方では、外国人労働者について適正な管理を行う新たな仕組みを前提に、移民政策と誤解され得ないよう配慮しつつ、積極的に受け入れを進めていくべきであると提言している。人口が減少するなかでも日本の活力を維持するため、現在の外国人労働者数約90万人を倍増させることを目指していく。

――外国人労働者の受け入れを進めていくうえでのポイントは…。

 木村 しっかりとした能力や信用力のある団体に外国人労働者の受け入れ先となってもらうことが重要だ。従来の外国人技能実習制度では研修・技能実習という形式で外国人労働者を受け入れてきたが、労働者と受け入れ先の間にブローカーが介在したことにより、間接コストの増加に加え研修生の失踪など様々な問題が発生している。そこで、新たな制度では外国人を正面から「労働者」として受け入れるとともに、受け入れ先の団体についても一定の要件を設けることとしている。当局によるチェックも隅々まで目が行き届くわけではないため、受け入れ団体には外国人労働者の管理にしっかりと責任を持ってもらう仕組みを作る予定だ。さらに万が一受け入れ団体のセキュリティが弱ければ、その団体から外国人労働者を雇う企業にも責任を取ってもらうなど、相互に関連するような仕組みとすることを想定している。自民党と法務省・厚生労働省等の関係当局の間ではこの仕組みについての検討をまさに進めており、できるだけ早く具体案を示したいと考えている。また、外国人に一定期間内で技能を身に付けて帰ってもらうということも引き続き重要であり、新制度により外国人技能実習制度を直ちに廃止するということではない。

――外国人技能実習制度では実質的に低賃金労働が可能だ…。

 木村 新たな制度の下で外国人労働者を受け入れるためには、日本人と同等程度かそれ以上の報酬を支払うことや、雇用保険・年金を含めた社会保障制度への加入など、日本人の労働者と全く同じ土俵で雇用することとする。外国人労働者と聞くと「安い賃金で雇うことができる」などと期待する人もいるかもしれない。ただ、香港や台湾、韓国なども東南アジア市場での人材確保に力を入れるほか、ドイツも東南アジアで求人を出しているという。また、今後は一人っ子政策で人口が逆ピラミッドになっている中国が介護人材の確保に乗り出してくることは必定であり、労働力の確保を巡る国際的な競争は激化する一方だ。こうしたなか、もはや安い賃金で外国人労働者に集まってもらうことを想定した仕組み作りは意味がない。

――新制度により、外国からの移民が増える心配は…。

 木村 移民と外国人労働者を同一視する人もいるが、これは間違っている。来日した時点で無制限の在留許可を与えられた外国人のことを「移民」と呼んでいるが、外国人労働者については当面5年間の在留期限を設け、それ以降も在留する場合には5年ごとに更新の手続きをしてもらうため、移民には該当しない。更新の手続きをどのようにするかは、移民ということにならぬよう今後詳細を詰めていく。ただ、日本で真面目に働いている外国人労働者であれば、人口も増え、かつ社会保険料も払ってくれるため、基本的にはウエルカムだ。5年ごとの更新手続きを行ってさえくれれば、長い期間在留してもらっても問題はないと考えている。また、一昔前であれば母国への帰国にも高額の航空運賃を払わなければいけなかったが、現在ではLCCの発達等により移動のコストも大幅に下がっている。このため、また、季節性のある農業分野等を念頭に、5年間の在留期間内であれば外国人労働者の一時帰国と再入国も認める方針だ。

――仏教以外の多様な宗教を持つ外国人が多く入ってくることで、混乱は生じないか…。

 木村 日本に外国人労働者がたくさんやって来るというと、まるで過激な宗教持つ人が来るかのように思ってしまう人もいるようだが、これは明らかに間違っている。本来、宗教には人に対する優しさなどプラスの側面があり、「宗教心に富んでいる人」と「宗教原理主義者」は全くの別物として考えなければならない。すでに日本の介護施設では多くのフィリピン人やインドネシア人が働いているが、入居者に対して丁寧かつ優しい態度で接するため、ぜひ外国人を自分の担当にしてほしいと引っ張りだこになっているケースもあるという。

――どの国・地域を中心に外国人労働者の受け入れを進めていくか…。

 木村 基本的にはフィリピンやインドネシアをはじめ、東南アジア地域が中心になっていくと想定している、また、特命委員会が取りまとめた基本的な考え方では、外国人労働者の受け入れに当たっては「送出し国との間の政府間の話し合いが必要」としているが、これはシリアなどの紛争多発地域を念頭に「どこの国でもいいから外国人労働者が入ってきて欲しいわけではない」ということを極めてソフトに表現している。

――新制度のスタートはいつごろになるか…。

 木村 知恵を合わせていい仕組みを考えたうえで、出来るだけ早く外国人労働者の受け入れ拡大に本格的に着手していきたい。もちろん、支障が生じれば制度の見直しは行っていく。いずれにせよ、外国人労働者の受け入れ拡大により国内の雇用者数が約100万人増えることのインパクトは相当に大きい。経済成長率がおよそ0・5%押し上げられる程度には寄与するのではないかと期待をしている。

――4月に持株会社制を廃止し、1つの組織となった…。

 柳田 東京短資を存続会社として、東短ホールディングス、ホールディングス傘下の東短インフォメーションテクノロジーの2社を統合した本来の狙いは、いずれ到来すると思われた金利上昇局面に対応するよう経営資源の集約を図り、同業他社と同じ土俵で勝負できる自己資本にすることだった。実際はマイナス金利となり、更に経営環境が厳しくなったものの、グループ再編で自己資本の厚みが増したことで、この環境にあっても様々なことにチャレンジできる基盤を得ることが出来、統合はプラスの効果となったと考えている。

――コスト削減は進んだのか…。

 柳田 今回の統合ではシステムの効率化はあったものの、大幅なコストの削減は実施しなかった。本来の合併なら、重複や間接部門が集約されコスト削減につながるのだろうが、統合前の3社はそもそも業務に重複がほとんどなかった。東短ホールディングスは持株会社としての機能を果たし、東短インフォメーションテクノロジーはグループ内のITインフラを主に手がけていたため、グループ内での競合もなかった。各会社のマネジメントも統合によって大きな変化はない。一部の総務・経理は重複していたものの、元々人数も少なく、元の東京短資がグループ全体を見るという側面も既にあったので、今回の合併ではリストラするほどの余剰もなかった。全体の社員数もピークに比べ減っており、バブル当時から比べ相当筋肉質な会社になってきている。

――統合の弊害はないのか…。

 柳田 ホールディングス制にもメリットがあり、今回の統合に至るまでにかなりの議論を重ねた。ただ、ゼロ金利政策の長期化が見込まれていた持株会社の設立時とは異なり、マイナス金利の環境下とは言え、現在は市場のボラティリティが大きくなっており、統合により自己資本が厚くなった意義は大きい。また、3社は統合以前から同じ建物内で業務を行っていたため、通常の統合にありがちな会社間の軋轢も発生していない。このほか、今回の統合により、東短ホールディングスの持ち株会社としての業績が東京短資に一本化されたことで、株主にとっては同業他社とより比較しやすくなったという面もある。

――マイナス金利への対応は…。

 柳田 マイナス金利になりコール残高は更に低下し厳しい市場環境が続くが、以前のコール取引がゼロ%近辺に張り付いていた頃に比べれば、マイナス金利圏での取引になったことでボラティリティが上昇しているため、価格調整機能を担う仲介業としては十分存在感を示せるのではと考えている。

――マイナス金利導入により、市場に動きが出てきている…。

 柳田 マイナス金利でコール市場で資金の過不足を必死に最終調節する動きが復活している。特に、ゼロ金利しか知らない世代に、金融市場に向かい合う感覚、姿勢に変化が出てきた。また、かつての市場では資金の出し手と取り手がある程度固定されていたが、マイナス金利導入以降は出し手と取り手が日によって替わっている。これには日銀当座預金でマイナス金利が適用される残高が預金の集まり具合で日々変わることなどが背景にある。いかに顧客のニーズをつかんで情報を提供し、ベストプライスを取れるかという点でここはまさに仲介業者の腕の見せ所だ。

――短期金融市場以外の分野への注力は…。

 柳田 レポやデリバティブまた海外展開など、他の短資会社に比していち早く取り組んできたという自負はある。事業を分散化し、リスクを増やさずに収益をあげるように努力してきた。グループでの力を結集して取り組むことは今後も継続する。注力する分野としては、ホールセール、かつ本業へのシナジー効果があるものに注力し、それが見込めるような投資・M&Aについては今後も取り組んでいく。

――対企業間での分野で特に興味があるものは…。

 柳田 現在脚光を浴びているフィンテックには注目している。とは言え、金融とシステムの融合という意味では、90年代の外国為替取引に始まり、2009年には債券レポの電子仲介システムに取り組むなど過去から投資を続けている。現在では、システムの変化がかなり速まっているため、技術革新のスピードはこの業界にどのように影響してもおかしくないと思っている。よって、あらゆる情報に耳を傾け、必要な投資は確実に行うようにしていきたい。

――この環境下での経営努力は…。

 柳田 ゼロ金利時代から経営のスリム化をかなり進めてきたため、人件費をこれ以上削減するのは難しいのが現状だ。システムについても、規制・制度対応等、より費用が掛かる。経費のスリム化は既に限界のところまで来ている。このため、経費削減よりも営業努力により重点を置く。マイナス金利下では、今後どう動くか不透明だが、スピード感を持って意思決定ができる組織が求められる。そのためには、機動的に動ける組織をいかに構築するかが最大のポイントだと考えている。また、市場が大きく変わる時には、大きなチャンスがあると認識しており、そこで如何に積極的にチャレンジするかを考えている。マイナス金利導入により市場に新たなニーズが生まれる可能性もあり、それが新たなビジネスへとつながることが出来れば積極的に投資していきたいと考えている。

――労働金庫のそもそもの成り立ちは…。

 中江 労働金庫は1950年に設立され、65年以上の歴史を有している。戦後間もない頃は勤労者の社会的信用が低く、生活資金の借入れは専ら高利貸しに頼らざるを得なかったため、この状況を改めようと勤労者の手によって作られた勤労者のための金融機関だ。当初は岡山県と兵庫県において設立され、その後全国47都道府県すべてに1つずつ労働金庫ができた。現在は統合・再編により全国に13の労働金庫があり、その中央金融機関として労働金庫連合会が置かれている。

――現在の事業規模はどのくらいか…。

 中江 13労働金庫は全国に640支店を持っており、従業員数は合計で1万1,000人程度だ。預金残高は合計19兆円近くにのぼり、このうち約12兆円が貸出に回っている。余資の多くは労働金庫連合会が預かり、運用の果実を配当として各労働金庫に還元している。他の協同組織金融機関と同じく、営利を目的としない金融機関である。約12兆円の貸出金のうち住宅ローンが9割近くを占めている。歴史的な超低金利環境において、各労働金庫とも収益環境は厳しさを増しているが、特に住宅ローン分野は地域金融機関との競合が激化しており、住宅ローンに依存したビジネスモデルの変革を迫られている。

――今後の事業運営の方針は…。

 中江 勤労者のうち非正規雇用者の割合が4割に達した。また、非正規雇用者のうち女性が7割近くも占めている。このような雇用形態の変化に伴い、勤労者の求める金融ニーズも多様化している。労金はこうした「変化と多様性」に敏感に反応し、迅速に対応していかなければならない。2014年9月に策定した「ろうきんビジョン」では、2015年度以降の10年間を見据えた新しい労働金庫の道筋を示した。ビジョンでは、まずは「勤労者のための金融機関」という原則に立ち返り、労働金庫らしさを追求していくことを基本方針に置いている。具体的には、勤労者の生活を生涯にわたってサポートしていくこと、すなわち、勤労者との生涯取引の推進を大きな柱として掲げている。住宅ローンに関していえば、単に金利だけを競い合うのではなく、中古住宅購入費用とリフォーム・リノベーション費用を一体化した融資商品の開発を行うなど、金利以外の付加価値をいかに高めていくかが重要だ。

――生涯取引の推進とは具体的にどのようなことか…。

 中江 結婚・子育てや教育、介護、退職など勤労者のライフステージに応じた良質な商品・サービスを提供していくということだ。そのために、多様な商品・サービスのラインアップを充実し、「住宅ローンに強い」という特徴は活かしつつ、他のカードローンや自動車・教育ローン、投信、保険の販売といった複合的な取引へと発展させることが労金自体にとっても収益源の多様化、住宅ローンに依存したビジネスモデルの脱却にもつながっていく。特にシニアライフを支えていくため、退職後の資産管理・活用のお手伝いに力を入れていこうと考えている。この点、すでに2006年には全国の労働金庫で「企業年金の役割発揮宣言」を打ち出しており、企業年金分野においての取り組みは進展している。特に、確定拠出年金の運用商品の1つとして提供している「ろうきん確定拠出年金定期預金」の残高は5,000億円超と単一の元本保証型商品としては金融界でトップの残高を誇っており、さらに残高を7,000億円程度まで増やすことを目標としている。また、確定拠出年金法の改正により個人型確定拠出年金の対象が公務員や主婦にも広がったため、幅広い層に対して年金資産の形成を支援していく方針だ。

――利用者層の拡大に向けての方策は…。

 中江 若い会員組合員の間では労働金庫が自分たちの金融機関であるという意識が薄くなっている面があり、口座を持っている人でもメインバンクではなくサブバンク的な使い方をするケースもあるようだ。そこで、例えば給与の振り込み口座にしてもらう、あるいは公共料金の引き落としに使ってもらうことなど、既存の利用者との関係を深掘りしていきたい。2016年3月にはコンビニエンスストアとの提携を拡大し、ほとんど全てのコンビニエンスストアのATMにおいて、24時間365日・実質手数料ゼロで預金の引き出しができるようになった。顧客の利便性が一層向上すると期待している。また、会員労働組合とともに、預金や貸出の普及活動を行うという。他業種にはない効率的かつ安定的な仕組みを持っていることは労働金庫の強みではあるが、これに安住していると個々の利用者へのアプローチが弱くなってしまう面がある。このいわゆる「団体主義」の強みは活かしつつ、今後は若年層の取り込みなどを念頭に置いたインターネットバンキングの強化や、投資信託のネット販売などにも取り組んでいく。

――このほか、直近の取り組みとしては…。

 中江 労働金庫には現在約1,000万人の利用者がいるが、労働金庫は全ての勤労者にとって最も身近で信頼される金融機関でなければならない。そのためには、勤労者全体のうち4割を占めている非正規雇用者や、労働組合が組織されていない中小企業の雇用者の生活を支援することにより目を向けていく必要がある。そこで、非正規雇用者に対する小口の生活資金の融資や、中小企業勤労者に対して労金のトータルな商品・サービスを活用した福利厚生サービスの提案を行ったり、これらの層に対して財形貯蓄の利用を拡大することを進めたいと考えている。我々の社会的役割にも関わってくる重要な課題だと認識している。

――最後に、今後の抱負を…。

 中江 勤労者のライフステージに寄り添って「より長く」、勤労者との関係を「より深く」、さらに新たな利用者の取り込みを通じて「より広く」、労働金庫との関わりを広げていきたいと考えている。また、最近は地域社会が抱えている課題を解決するにあたり、自らの「自助」、国・自治体による「公助」に加え、非営利の協同組織やNPO、社会福祉法人が担う「共助」の役割が大きくなってきている。こうしたなか、労働金庫もこれらの非営利の協同セクターとネットワークを形成し、その中核として金融機能を発揮することで社会的な役割を果たしていきたいと考えている。労働金庫は、単に量的拡大を図るのではなく、顧客に対する商品・サービスはもとより、顧客対応や人材等の面においてもより質の高い金融機関を目指していきたいと考えている。

――海外に行きたがらない学生が多い…。

 柏木 海外留学を志向しない学生が多いのは、いろいろな要因が働いており一概に学生を責めることはできない。とりわけ新卒一括採用が影響している。この制度は海外ではあまり見られないが日本では主流となっており、学生にとって就職活動のスケジュールに乗り遅れまいとする意識を強めている。加えて、海外経験がサラリーマンの出世に必ずしもつながらないと思われているため、留学に母親が反対するケースも多いようだ。さらに、大学側が海外に合わせるため9月入学を導入しようとしても、企業側が新卒一括採用に拘るため実現が難しいという面もある。つまり、大学と学生のグローバル化に対して、日本の雇用慣行が大きな妨げになっていると言える。

――大学ができることは…。

 柏木 企業は大学にあまり期待しているとは言えず、大学4年間で学んだことよりも、どの大学に入学したかが選考の基準として重視されている。企業からすれば、素質の良い学生を自分たちで教育したいという発想が強いのであろう。そのため、就活の面接では、大学の講義で学んだ内容よりも、クラブ活動の内容や役割が問われることが多いという。その結果、日本の学生を海外からの留学生と比較すれば、グローバル志向が低いのみならず、勉強に対する意欲も低いという点が一目瞭然となっている。

――日本の雇用慣行が弊害だ…。

 柏木 日本のサラリーマンの多くは終身雇用・年功序列により雇用が守られている。しかし、その代償として公務員を含め職場に全てを捧げるというコストを払っている。辞令一枚で国内外への転勤が決まってしまうし、これまでと全く異なる職種に変更されることもありうる世界だ。かつては休日勤務も頻繁だったし、今でも長時間残業が問題となっている。これらの雇用慣行は、家庭を専業主婦が支えているという前提でできあがったシステムだ。保育所を増やしたり、ワークライフバランスを提唱したりしても、今の雇用慣行が変わらない限り、今推進されている女性の活躍は望めない。保育所を増やしただけでキャリア志向の女性が増えるとは考えにくい。

――雇用慣行はなかなか変わらない…。

 柏木 日本の労働市場の特徴は終身雇用・年功序列と企業別組合の3つだと昔から言われており、高度経済成長の時代にこの仕組みは非常に上手く機能していた。しかし、高度成長からデフレに苦しむ時代へとこれだけ変化したのだから、労働慣行も当然変わらなくてはいけないが、未だに高度成長期のものが続いている。企業と労働組合が一体化し、既得権益を守っているからだ。一国の総理大臣が企業に対して賃上げを要請するような国は日本くらいだろうが、それにも拘わらず賃上げの自粛を決めた組合もあるくらいである。構造改革を進めなければならないと思っているサラリーマンは多いと思うが、実は自分達のサラリーマン制度が岩盤規制の最たるものであると認識している人は少ないだろう。

――為替の変動相場制に対応し、労働市場の流動化が不可欠だ…。

 柏木 労働コストの弾力化に向け労働の流動化を図ることが重要だが、労働組合自身が賃上げを自粛してでも解雇には反対している。長いデフレの下でリストラを行う企業も多いなか、正規労働者は手厚い保護を受け続けている。また、賃上げを自粛する一方で、企業は約350兆円もの内部留保を貯め込んでいる。ここ数年、企業収益も好調で内部留保も増加したのだから、設備投資をするか賃金または配当を増やしてもよいのではないかと思うが、そうはなかなか進まない。デフレ脱却に向けて、財政出動、一層の金融緩和、構造改革の推進など他人に解決策の実施を求める声は強いが、自らの雇用慣行が問題を助長していることには触れていない。

――非正規雇用者が大幅に増加している…。

 柏木 正規労働者の雇用がこれだけ手厚く守られている以上、非正規雇用者を増やすことで調整を図っているのが現状だ。安倍総理は一億総活躍社会の実現に向けた計画で、正規労働者と非正規労働者間の差を是正する施策として同一労働同一賃金を提示したが、労使双方が消極的なので実現は簡単ではないであろう。

――解雇が難しい現状に問題がある…。

 柏木 国際的に見れば、今のサラリーマン制度はおかしなものになってしまっている。終身雇用に守られ、家族全員が家長の指示で何でもやるような家族主義的な要素が会社に残っている。これは高度経済成長で人口増加が続く環境ではうまく機能したシステムかもしれないが、明らかに時代に合わなくなってきている。社員の業務範囲も曖昧なままであり、例えば経理を担当していた社員が突然広報の担当に異動するような人事も普通に見られる。企業はこれらの制度に違和感を持っているとはいえず、労働の流動化を自らの問題として捉える向きが少ないのではないかと思わざるを得ない。

――能力で差を付けることは難しい…。

 柏木 労働組合が正規労働者の雇用を守り、年功序列が当然視されてきた日本では、正規労働者の間で差を付けることに慣れていない。勤務評定にも日本的なシステムが反映されており、あまり差は付かないようになっているのではないか。ここでも正規労働者の権益が守られている。海外であれば、各人が出した具体的成果が評価の対象として重視されるが、日本では「彼はまだ成果を出していないが、頑張っていることを評価したい」という情緒的な評価がまだ残っている。日本では大学での成績評価を含め、結果をシビアに評価することに慣れていないかもしれないが、このような面でもグローバルスタンダードを取り入れていかなければいつまでも労働生産性が低いままになってしまう。

――グローバル化は進むのか…。

 柏木 国境が事実上なくなり、全てが自由に国境をまたいで移動するのが「真のグローバル化」である。現実もこれに近づきつつあるが、日本ではまだ国境の存在を前提とした「国際化」の対応に終わっている人も多い。しかも、このような流れについて、自分自身は無関係だと思っている人が結構多い。江戸幕府の幹部が海外問題の対応を出島に任せ、自分の問題としてとらえなかったというメンタリティとさほど変わっていないのでないか。今日でも海外案件を海外担当の部署に任せきりとする一方、海外担当者を会社の中枢ポストに就ける企業はまだ少ない。それでは、グローバル化対応は一層遅れ、その先はガラパゴス化や競争力の低下につながることは目に見えている。

――海外で活躍できる人材を育てるには…。

 柏木 今の若い人たちを見ていると、グローバル志向が極めて強い人間も一部にいることはいる。しかし、多くの人たちが情報不足や認識不足もあり、海外留学・勤務に対し尻込みしているという現実もある。そこで私自身、グローバルな活躍を目指す人材を育成・支援することを目的としたNPO法人「国際人材創出支援センター(ICB)」に参画し、尻込みしている彼らの背中を押してあげるお手伝いをしている。毎月1回、グローバルに活躍してきた方や活躍中の方をお招きし、彼らの知識経験を若い人に伝授する催しを開いている。過去5年間で50回以上の講演会を開催し、こうしたことを通して、いずれ若い人たちがグローバルに活躍できる人材として育っていくことを期待している。これが明日の日本を支えていくことにつながり、その面で少しでもお手伝いができればうれしいと思っている。

――もともとは音楽評論家という立場で沖縄との付き合いが始まった…。

 篠原 音楽評論のために沖縄を訪れるうちに、沖縄では無料の音楽のコンサートやライブが多いことに気づいた。これは、沖縄文化の振興という名目で、補助金が給付されているためだ。このために沖縄では音楽は無料という考えが根付いてしまい、音楽で生計を建てるためには補助金に頼るか、自前で飲み屋でも開かなければならない状況となっている。音楽に限らず、補助金は様々な形で沖縄に影響を与えており、沖縄を語る上で補助金の問題は避けて通れないということに気づいた。

――基地問題があるから補助金が多い…。

 篠原 その通りだ。補助金は反基地感情に対する懐柔策だったが、1995年に米兵による少女暴行事件が発生してから反基地感情を抑えることが難しくなった。事件を受けて当時の大田知事は強硬姿勢を強め、米軍基地向けの土地の強制借り上げのために沖縄県知事が行っていた代理署名を拒否し、政府と最高裁まで争った。こうした沖縄の不満を抑えるため、当時の橋本龍太郎首相が米国側と普天間基地の返還を合意したことが、現在の普天間基地を巡る混乱の源となっている。実は反基地運動を行っていたとはいえ、多くの人々は本当に基地が返還されるとは思っていなかった。沖縄戦の記憶から反対運動に真摯に参加していた人も多かっただろうが、地主は土地を戻されては賃料がとれなくなってしまうし、市や県も跡地をどう利用するか具体的な計画はなく、本当に返されてしまっても困るというのが実態だった。場合によっては、返還によって地価が大きく下落し、地主だけでなく、担保価値が損なわれることで金融業界に悪影響も出る恐れすらあった。

――基地が返還されない方が都合がいい…。

 篠原 とはいえ、反対の声を今更取り下げることも難しい。また、更に折り悪く、ちょうど暴行事件の前年に1994年に就任した村山総理が日米安保堅持を表明していたことが混乱に拍車をかけてしまった。社会党は安保反対の立場でまとまっていた下部組織を多く擁していたが、村山総理が非武装中立の旗を降ろしたことで、そうした組織は梯子をはずされてしまった形になった。その受け皿として新たな組織が全国中に作られたものの、そのままでは運動が下火になってしまうとの危機感が強まっていた。まして沖縄の基地が返還されれば、益々運動が行いにくくなるという意識が活動家の間では強かった。このような様々な要因を背景に、「基地の返還に反対する」ことが基地反対運動の実態だ。少なくとも指導部は間違いなく、基地が返還されなければ反対運動を続けられると思っているし、また運動の継続が本土からの補助金の確保に寄与するとの思惑もある。

――補助金の実態は…。

 篠原 現在のところ、主な補助金は沖縄振興予算が約3000億円と防衛予算の中の沖縄関係費が約1600億円で、その他にも農業関連や産業支援があるほか、税制優遇といった措置もとられている。ただ、名目としては、これらの援助は基地の見返りではなく、あくまで沖縄振興のためとして交付されている。もし基地負担の見返りということにすれば、沖縄はお金欲しさに基地を受け入れているということになってしまうし、将来的に基地が返還された後に補助金がもらえなくなってしまうからだ。沖縄のそういう事情をこれまで政府も汲んできたが、大多数の国民は沖縄が基地を負担してくれているからという理由で優遇措置に納得している以上、互いに実態を認めることが必要だろう。

――補助金で沖縄は豊かになったのか…。

 篠原 そうでもないのが実態だ。道路や橋といったインフラは整ったものの、工業が発展していないのが課題となっている。もともと課題だった土地不足は埋め立て、水不足はダムの建設などで90年代以降改善してきたが、技術の積み重ねや理工系の教育が不足していることなどを背景に、沖縄は農業や観光業偏重の経済構造が続いている。そのほか、役員報酬が高く、労働者への所得分配が十分に行われていないことや、非正規雇用が多いこと、貯蓄率が低いことも課題だ。沖縄の貯蓄率は全国平均の3分の1程度しかない一方で消費者金融の利用率は全国で最も高く、また国民保険や国民年金の納付率は最も低い。貧困がその原因ではあるのだが、貯蓄を行わず、借金への抵抗が少ないこと自体が貧困の原因の一つとなっている。元を辿ると、これらはアメリカの占領政策で、アメリカ型の消費型経済を押し付けられた影響も大きい。

――観光業などの現況は…。

 篠原 県はアジアにおけるハブになることを目指しているが、これはANAの努力もあって成功しつつある。沖縄の最低賃金は693円で、この水準すれすれで働いている労働者が多いが、観光業は比較的賃金の高い職業となっている。ただ、観光業ぐらいしか若者の働き口がないのも事実であり、多くの人々が東京や大阪、横浜で季節労働者として働いている。彼らは1~200万程度を稼ぐと沖縄に帰ってきて貯金を崩して暮らすが、これは沖縄では働く場所がないことも要因となっている。

――翁長知事は日本からの独立を考えているのでは…。

 篠原 国連総会で「自己決定権」を口にしたことをそう解釈する見方もあるが、私見では深い考えはないとみている。翁長知事はもともと保守系だが、沖縄においては保守も革新もさほどの違いはなく、あるのは利権の系列の違いだ。同氏と前知事の仲井眞氏とはもともと同じ利権グループに属していたが、仲井眞氏が利権の配分方法を変えてしまった結果、両氏は対立するに至ったといわれている。ただ、保守というだけでは翁長氏は仲井眞氏に勝てないので、革新勢力も取り込んだ結果、沖縄独立を匂わせるような発言をせざるをえなくなっているのだろう。おそらく翁長知事に独自の安全保障観はなく、選挙戦術と利権配分のために、基地問題を利用し、沖縄ナショナリズムを煽っているだけだ。

――普天間問題はどうするべきか…。

 篠原 これまで殆ど事故は起きていないとはいえ、人口密集地の只中にある普天間基地に絡んだ事故が発生すれば、数百人が犠牲になる危険性があり、どこかに移さないといけないのは確かだ。その候補として、過疎地の辺野古は相応しく、日本政府、米国、沖縄の3者も合意できていたのだが、鳩山元総理が「最低でも県外」と約束してしまったために状況は振り出しよりも悪化してしまった。ただ、翁長知事が堂々と反基地を掲げていられるのは、仲井眞知事時代に安倍首相が7年間は3000億円を交付すると約束してしまい、何があっても補助金は交付されると高をくくっている部分も大きい。政府は翁長氏に対して、もっと厳しく対応すべきだと思っている。補助金を減らし、利権と基地問題を切り離すのが最善の策だと思う。長期的には沖縄県民のためにもなる。

――沖縄での中国の存在感が増している…。

 篠原 最近でも、石垣島周辺の経営が悪化している高級リゾートを中国企業が買収しようとしていると聞いている。中国資本の不気味さは最終的な資金の拠出元が分からず、意図も不明なことだ。資本の論理で動いているならばまだいいが、その他の意図があるかもしれないことが不安感を煽っている。韓国の済州島は中国資本に買いつくされ、昔からの町並みが破壊され、中国人のための免税品店が並び、自治体も中国政府の言いなりといった惨状を呈しているが、同じようなことが沖縄でも起きないとも限らない。ただ、個人的に警戒感を覚えているのはむしろ北朝鮮だ。沖縄はもともと在日問題が少ないだけに免疫がなく、例えば北朝鮮の政治理念である「主体思想」研究会の事実上の本部は沖縄におかれている。あまり知られていないが、沖縄の主要な大学の教授らが集まり、「主体思想」に関する学会とパーティが毎年開催されている。彼らの研究会では、北朝鮮を追い込んだのは日本やアメリカだから北朝鮮が核武装するのは仕方ない、などといった主張が行われている。

――メディアの状況は…。

 篠原 ありていに言って、沖縄のメディアは公平な報道を行っているとは言いがたく、基地問題に絡んでは反対運動に都合のいい報道しか行っていない。彼らは基地=悪を前提としており、基地の必要性や、それが生んでいる利益などを報じようとしない。「基地全面返還」を掲げて基地反対運動を展開する人びとも多いが、全面返還後の安全保障策を問われても、政府外交、民間外交、文化交流などを通じて「隣国と仲良くしよう」としか答えない。今後、もしドナルド・トランプ氏が大統領に選出されるようなことがあれば、こうした安全保障観は試されることになるだろう。同氏は日本が負担を増やさない限り米軍を撤退させると声明しており、日本全体が日米同盟の見直しを迫られることになる。トランプ氏の主張に乗じて基地反対運動もいっそう勢いづくかもしれない。沖縄の米軍が大幅に撤退する事態にでもなれば、南西諸島の国境防衛はたちまち困難に直面するだろう。資金面でも戦力面でも、自衛隊に米軍の穴埋めを期待することは難しい。そうなれば、沖縄は今よりもはるかに不安定な状態に置かれることになるだろう。「基地反対」に道理がまったくないとまではいわないが、翁長知事や反対運動のリーダーには、そこまで考えた上で行動してほしいと思う。補助金の獲得、利権の確保、政治的ポジションの維持のための「基地反対」は、沖縄県民や日本国民に対する背信行為だ。

――今年で開業5周年を迎えたが…。

 中村 預金口座数は、昨年2月に100万口座を突破し、今年3月末で約110万口座となった。当行の特徴は証券と銀行が連携するビジネスモデルであり、大和証券の支店で対面取引が可能なことだ。ネットバンクでありながら、銀行代理業者である大和証券の支店で預金を集めることができる。開業当初は預金残高をどう増やすかが最重要課題であったため、金利キャンペーンを積極的に行った。預金残高も3月末で約3.1兆円と、順調に伸びている。大和証券の営業員にとっては、なぜ預金を集める必要があるのか、当初は腑に落ちないこともあったかもしれない。だが、口座開設後は半数以上の顧客が大和証券で有価証券に投資してくれている。また、大和証券の新人営業員にとっても、投信・保険などと比べより仕組みがわかりやすい預金を、新規顧客開拓ツールの1つとして活用できるという利点もある。

――今後も預金の拡大に注力していくのか…。

 中村 いわゆるマイナス金利の今の環境下では、預金残高を増やすこと以上に、いかに運用するかが課題となっている。運用難だからといって預金残高を減らすことは考えていないが、現在の3兆円の規模をある程度維持しながら、いたずらに増加させないようコントロールする方針だ。円金利もかなり低下し、運用している債券等の償還も徐々に迎えるなか、外貨預金残高はこれまで通り拡大させるよう重点的に取り組んでいく。外貨預金残高は、足元で2000億円超となっている。もともと大和証券を通じて外国債券に投資する顧客がいることから、外貨を一から集めているわけではないものの、地銀のトップクラスと並ぶ水準ではないかと思う。外貨預金の拡大に向け、昨年7月に他行に先駆け米ドル定期預金の金利を高めに設定したことも寄与している。

――運用難はかなり深刻か…。

 中村 マイナス金利の影響から、運用難に直面しているのは他行と同様だ。預金金利をマイナスにすることは難しいため、円預金の受け入れが増加すれば利ざやにも当然マイナスの影響がある。証券会社なら運用難の環境下で投資を促進させることもできるが、銀行には直接的にマイナス金利が響いてくる。ただ、MMFも受付を停止している今の環境下では、より預金が集まりやすくなることも考えられる。一方コスト面では、当行では銀行としての支店がなくサービスも限定しているため、本体の従業員数も100名弱と他のネットバンクと比べても少ない人数で運営でき、コストを抑えられる仕組みとなっている。貸出を例にとれば、その大半はローン債権の証券化商品が対象であり、住宅ローンなどを取り扱わないことでコストを抑制している。

――運用難への対応は…。

 中村 最も手がけやすいのは、外債等による外貨建て資産での運用だが、どの銀行もかなりこの運用を行っているため外貨調達プレミアムが一時急上昇した。ユーロ建てのものもさほど収益が見込めない。一方、銀行はリスク管理上、金利リスクの増加に制約があるため、超長期を積極的に購入することもできない。短期の国債を買うか、金利スワップを利用してヘッジするなどして金利リスクをコントロールしなくてはならない。当行でも株式投信での運用も少し行っているが、これに対しても制約がかかることなどから、運用面はかなり厳しいというのが現状だ。

――BIS規制の影響は…。

 中村 規制の影響としては、当行単体に課せられる規制に加えて大和証券グループ本社(8601)がD-SIBs(国内のシステム上重要な銀行)に指定されているため報告義務が課される。だが、流動性規制に関しては資産の大半が有価証券等の流動性の高い資産となっているため十分な流動性がある。自己資本比率は単体で33.93%(3月末、国内基準)と十分にあり、欧米投資銀行の様に様々なアセットを削減しなければならないわけでもない。ただ、欧米銀が規制で動きづらい分、流動性が低下し、環境が不安定となっている点では投資環境に影響がないとは言えない。

――運用以外の課題は…。

 中村 これまでと同様、大和証券との連携を強めることだ。この点を重視しているため、今まで扱ってこなかった貸出など、新サービスへの進出はあまり考えていない。また、当行の口座は個人の決済口座ではないため、FinTechのサービスを広げる流れとも少し距離があると考えている。とはいえ、規模が大きすぎない分、動きやすいことが当行の強みとなっているため、すぐに活用しなくともFinTechの情報は集めている。

――大和証券との具体的な連携は…。

 中村 大和証券との連携の一環としては、例えば、ファンドラップと円定期預金を同時に申し込めば円定期預金の金利を上乗せするサービスがある。ファンドラップのパフォーマンスも良かったため、この預金を用いてファンドラップをまた買うという使い方もできる。当行は証券グループの銀行として、「貯蓄から投資へ」のゲートウェイ機能を担うことを掲げている。現在は預金増加をコントロールしているものの、当行の預金を起点として大和証券での投資にもつなげられるよう、これからも大きな役割を果たして行きたい。

――証券以外での提携は…。

 中村 マネーパートナーズと提携し、同社が発行する海外プリペイドカードで当行の外貨普通預金にある外貨を現地で引き出しできるサービスを提供している。マスターカード加盟店でも使えるため、世界210カ国以上の国・地域で利用できる。これは、外貨預金を「外貨のまま使う」ということを可能にするサービスであり、外貨預金を始める際の敷居を低くする効果を狙っている。

――将来像は…。

 中村 銀行は収益を上げられるビジネスだ。金利水準にもよるが、短期金利と長期金利に差があればそれで収益を出すことができる。当行のような支店コストなどを要しない銀行はなおさらだ。このため、金利が上昇する局面になれば、再び預金規模を拡大し、運用収益の極大化を目指していきたい。

――ロシア経済の現状は…。

 木村 シェールガスの開発などを背景とした原油安によるダメージに加え、クリミア問題を受けた経済制裁が追い打ちをかけている。そんなロシアが現在目指している三つの最重要目標は、クリミアの安定化、2018年のサッカーワールドカップの成功、軍備の拡充だ。豊かになったクリミアを世界に示すと同時にワールドカップを無事に開催することで国際社会の一員との印象を強める一方で、経済制裁で痛んだ経済を軍需産業の活性化と、それによる兵器輸出で補おうとしている。

――クリミア問題に関するロシアの立場は…。

 木村 欧米諸国はロシアが武力によって既存の秩序を乱したと主張しているが、ロシア側からすれば、クリミアの併合は現地住民の投票結果を受け入れ、自決権の行使を尊重したという立場だ。自決権はコソボ紛争でも見られたように国際的に認められた権利であり、ウクライナ憲法でも認められているほか、歴史的にみてもクリミアはロシアの一部だったと同国は主張している。実際、クリミアにはヤルタ会談の舞台となった、ニコライ2世の別荘として建造されたリヴァティア宮殿があり、またクリミア戦争でロシアの軍港として激戦地となったセヴァストポリ要塞があるなど、ロシアとの歴史的結びつきは深い。また、ロシアは逆に最終的にヤヌコーヴィチ元大統領が首都キエフ脱出にまで追い込まれたウクライナの反政府デモこそ暴力革命で、その混乱がクリミアに波及することをクリミアのロシア系住民が恐れたからこそ、併合が必要になったという主張をしている。ロシア系住民が多いルガンスクやドネツクのウクライナからの分離独立運動もクリミアと同じ事情によるものだが、流石にクリミアとは事情が異なるということでロシアもこれらの地域は併合せず、現在もこう着状態が続いている。

――ロシアに更なる野心はないのか…。

 木村 実際にロシア人と話した印象や、ロシアの置かれた事情を踏まえれば、その可能性は低いだろう。今年4月にロシアの副首相と会談する機会があったが、同氏によれば、現在のロシアは既に多くの紛争を抱えており、これ以上拡大していく余力は乏しい。更にロシアは2018年のワールドカップを成功させることに本気になっており、これ以上揉め事を起こしたくないのが本音だという。流石に開催地をクリミアにする可能性は低いが、モスクワやサンクトペテルブルグに各国の代表が集まるだけで、ロシアが国際社会に復帰したとの印象は強まる。更に原油安が進展していることもあって、ワールドカップによる観光客招致は切実な問題だ。クリミアはロシアにとって非常に特別な場所だっただけに介入せざるをえなかった面もあるが、その他の地域にリスクを冒してまで関わるとは考えづらい。ジョージアから独立したアブハジアや南オセチアなどについても、民族自決を求めているだけで、更なる周辺諸国の領土獲得を狙っているわけではなく、紛争が起きたとしても、ロシア人居住地を防衛する立場からによるものといえるだろう。

――実際にクリミアを訪問した感想は…。

 木村 私はこの2年で6回訪問したが、少なくとも民情は落ち着いている。ただ、経済制裁などの影響で物価が上昇傾向にあるほか、アブハジアなど別の安価な観光地との競争もあり、観光客数は紛争前の水準まで回復していないようだ。クリミアは昔からリゾート地で、裕福なロシア人やウクライナ人を中心に年間650万人の観光客が訪れていたが、一時期は300万まで減少した。昨年にはロシア人を中心に500万人程度まで回復したが、現地では700万人程度に増加させたいと考えているようだ。

――北方領土問題は…。

 木村 ロシアの立場からすれば、北方領土を日本に返還する際の最大の懸念は、返還した後に米軍の影響力が北方領土に及ぶ可能性だ。日本側は理解できていないが、これはロシア側にとっては切実な問題で、日本側が米軍に利用させないと確約しない限り、ロシアが北方領土を返還することはないだろう。日本のマスコミは日露首脳会談のたびに北方領土で進展があるかないかと騒ぎ立てるが、こうしたロシア側の事情を踏まえれば突発的に返還交渉が進むわけがないことは明確なはずで、マスコミ報道は無責任に期待感を煽っているだけだ。

――日本は対ロ関係をどうすればいいのか…。

 木村 まずは経済関係を強化するべきだ。例えばパイプラインを作って、積極的にエネルギーを購入すればいい。相互的なビザ免除も有意義で、双方への観光客が増加することで、両国経済活性化に寄与するだけでなく、経済の活性化にも繋がる。現在、両国への訪問客数はどちらも4万人程度と、極めて少ないが、ビザ免除によってこの数値は大きく増加していくだろう。いずれ北方領土にも日本人がビザなしで訪問できるようになれば、両国関係の強化に大きく資する。これまで日本は米国との関係や、治安・警備上への懸念からビザ緩和に及び腰だったが、日本は独立国として自主的に対外関係を決定するべきだし、今の時代に共産主義思想の煽動に懸念する必要性は乏しい。

――日露関係の強化は、中国を意識する意味でも有意義だ…。

 木村 ロシアもやはり中国とのパワーバランス維持に苦慮しているようだ。確かに露中関係は良好だが、中国に近寄りすぎるのは好ましくないとロシア政府は考えているようだ。例えば中国と国境を接するシベリアでは、かつて1000万人いたロシア人が500万人程度にまで減少した一方で、中国人は急速に増加しており、中国による乗っ取りが懸念されつつある。そこでロシアとしては、例えばシベリアを日本が開発することで、日本の存在感が高まることを期待している。外交面以外でも、例えばロシアはごみ問題や交通問題に悩まされており、日本の技術が問題解決に寄与できる余地がある、日本としても国策のインフラ輸出に繋がるため、ウィンウィンといえるだろう。

――国際秩序を維持する上でもロシアの協力は重要だ…。

 木村 経済力に劣るロシアが2014年までG8の一員だったのは、ロシアにテロを抑える力があり、国際秩序の維持に欠かせないプレイヤーだったからだ。ロシアにはテロ活動に関する情報ネットワークや鎮圧のノウハウがあり、実際シリアで停戦合意が実現したのもロシアの介入があったからこそだ。同じ空爆でも、ロシアは、やや強引であったとはいえ、米国のものよりもはるかに大きな戦果を挙げており、アサド政権やアラブ諸国から高い評価を受けた。そうしたロシアを排除するよりは、融和していく方が世界平和にとっても好ましいのは間違いない。

――問題は米国だ…。

 木村 ドイツやフランスが比較的ロシアに友好的であることもあり、米国が主要国のロシア接近を好ましく思っていないのは確かだ。ロシア側もそのことは理解しており、4月20日に安倍首相がロシアを訪問するとプーチン大統領が明らかにした際は、米国のけん制にも関わらず日本が訪問を決意したことに感謝すると語った。ただ、日本もむやみにロシアの善意を信じるのではなく、いかに賢くロシアと付き合うかは考えなければならない。ロシアでは法律が恒常性を維持しておらず、変化することが多く、利権の争奪も散見される。この点で、日本と同じ常識が通じるわけではなく、実際サハリン州での石油・天然ガス計画でも、日本企業は憂うることが多かった。その轍を踏まないような取り組みが必要だ。(2016年4月25日収録)

――ブラック企業とはどのような企業か…。

 上西 典型例は、夜中まで働かせる、パワーハラスメントを繰り返す、残業代を支払わない、休みを取らせない、過労死に至るまで働かせるといったものだ。残念ながら、現在の日本ではこうしたブラック企業の事例は枚挙に暇がない。よく知られているワタミフードサービスのケースでは、新入社員の女性が入社2カ月で飛び降り自殺するまでに追い詰められてしまった。彼女の場合、入社前には会社側から「最近は労基署がうるさいから必ず週休二日にしています」と説明されていたそうだが、実際には休日もボランティア活動への参加や早朝研修、会長の著書を読んだ上での課題レポートなどがあった。店舗では刺身やサラダなどを調理する難しいポジションを任された。加えて、割り当てられた社宅には深夜の営業終了後も始発電車まで二時間ほど待たなければ帰宅することができず、日々の睡眠時間も削られていた。彼女は週1回のカウンセリング時に店長に心身の不調を訴えていたが、店長はそのSOSに精神論でしか対応しなかった。

――残業代を支払わないとは理解しがたい…。

 上西 残業代不払いは違法・脱法、両方の形で横行している。足元で深刻な問題は固定残業代制。例えば初任給が25万円~30万円と高額にみえても、40時間程度の残業代が含まれている場合がある。40時間分の残業代を含んでいる場合、その時間内に残業が収まればいいが、例えば50時間の残業となった場合は、10時間分の追加の残業代の支払いが本来必要であるにも関わらず、支払われないのがほとんどのようだ。初任給が高額でなく20万円であっても同じように残業代が含まれ、実際の基本給は12万円や13万円しかないケースもある。そのように残業代が含まれていることを募集の段階で隠していても、必ずしも違法ではないというのが現状だ。労働契約の段階で、募集時とは異なる労働条件で合意する場合もあるからというのが厚生労働省の論理だが、募集の段階で正確な労働条件が分からないことには求職活動に大きな支障が出る。入社時にも労働条件を書面で交付しない企業もあり、入社後に給与明細をみて初めて固定残業代制だったことに気づくケースもある。これではまるで詐欺だ。特に大学生の場合は募集から内定、入社までの期間が長く、正式内定や入社の段階で学生に不利な内容が明らかになっても他社を探すことが難しいため、大問題だと考えている。厚生労働省は昨年10月に指針を出し、若者を対象とした求人においては募集の段階から固定残業代の詳細を明示するよう求めているが、実際の募集要項をみると徹底されていない。そこで私も参加している「ブラック企業対策プロジェクト」では、企業が示す初任給の中に残業代が含まれているかどうか明らかにするチェック欄を設けたモデル求人票の作成・普及を厚生労働省に求めている。

――労働基準監督署の取り締りが弱いのでは…。

 上西 まず、労働基準法への違反であれば監督官が是正指導や立件・送検を行えるが、労働基準法違反を問えない労働問題も多い。さらに国際的に見ても日本の労働基準監督は監督官が少ない。労働基準法に違反する事例を立件・送検するのにはかなりの労力がかかるが、それを分担するマンパワーが足りていない。また、是正指導を行ってもそのことが公表されないため、問題のある企業が水面下に埋もれてしまっている。一定の回数以上是正指導を受けた企業の名前は公表することも必要ではないか。なお過労死の遺族は過労死を出した企業名の公表を求めているが、厚生労働省はその公表も認めていない。厚生労働省が公表をためらうのは雇用機会の確保のためのようだが、雇用の質を担保するのも本来は厚生労働省の役割のはずだ。

――労働実態の開示は労働環境の整備に不可欠だ…。

 上西 大手企業ですら、労働実態を明らかにすることを拒んでいる。例えば東洋経済新報社が発刊している「就職四季報」では、企業に3年後離職率や、有給消化年平均、ボーナスの実績額などを質問しているが、メガバンクを含め多くの企業が情報開示に応じていない。採用人数すら明らかにしない企業もあるほどだ。女性活躍推進法を受けて女性社員の割合などについてデータ開示を求める機運は高まっているが、完全な情報開示には程遠く、学生が企業の労働実態を知った上で就職活動をするのは難しいのが実態だ。

――多くの学生は何も知らずに就職している…。

 上西 そうした状況を改善するためにしなければならないことは山ほどあるが、中でも一刻も早い対応が必要なのは、学生に労働法の知識がない問題だ。昨今のブラックバイト問題を受けて厚生労働省も動き始めてはいるが、学校が行う一般的な就職支援やガイダンスでは労働法にかかわる事項はほとんど伝えていないのが実態だ。現状では学生はアルバイトを始める際にも労働法を知らないままに働き始めており、労働条件を書面で確認せず、口約束だけで仕事を始めることになってもおかしいと気づけない。給与の支払いを受ける時点でも残業代が適切に支払われているか判断がつかなかったり、まかないが額面から差し引かれていることに後から気づいたり、といったことも珍しくない。労働を契約と認識し、書面で契約条件を確認する習慣を身に付ける必要性がある。上司の言われた通りにやればなんとかなる、というのがこれまでの日本の考え方だったのだろうが、実際なんとかなっていないため、ブラック企業の問題が浮上している。これを改善するため、労働法を学校教育にきちんと位置付けるなどの対策が必要だが、「権利ばかり教えるのは」と経済界から抵抗があるようだ。

――ひどい話だが、会社としては嫌なら辞めろと…。

 上西 そうした意見もあるのだろうが、そもそも悪いのは労働法を守らない企業であって、責任を若者に押し付けるのは歪んでいる。それに労働法を守らない企業が全体のごく一部というわけではないため、現状では転職した先もブラック企業ということになりかねない。若者の立場からすれば、簡単に辞めてはキャリアに傷がつき、円滑な転職ができなければ生活費にも困るため、ひどい企業でもなかなか辞めにくい。奨学金の返済もある。さらに、かつては労働組合が待遇改善を担ってきたのだが、ITなどの新しい業態の誕生に伴い、組合のない企業が増えている。企業側も組合の結成を妨げている場合があり、組合の社会的な影響力も弱まっている。

――具体的に必要な規制は…。

 上西 決定打ではないが、まずは長時間労働の上限を定めることが必要だろう。例えばEUでは退社から出勤まで11時間置くように求めているが、日本でも同様の制度を設けてはどうか。午後10時に退社したら、翌日は早くても午後9時以降に出社させるというルールであり、さほど非現実的ではないはずだ。また、労働時間に関するルールの実効性を強めることも重要だろう。実は労働基準法は1日の労働時間は8時間までと規定している。しかし、いわゆる36協定を締結した上で特別条項を設ければ事実上無制限に労働時間を延長することができてしまう。経団連に所属しているような大企業でも、月あたりの残業時間の上限を100時間前後にしているケースが見受けられ、賃金が払われる限りはそれでも合法となっているのが現状だ。まずはこれに制限を設けることが必要だろう。

――これだけの先進国になったのだから、労働者の健康をきちんと考えるべきだ…。

 上西 固定残業代については、不払いなのは違法なので争えば勝てるのだが、知識がないために誤魔化される人が多い。更に深刻なのは裁量労働制の問題で、これを適用すると残業代を支払う必要性すらなくなる。本来は業務の裁量度が高い記者やシステムエンジニアなど、極めて高い技能を持つ限定的な労働者にしか適用されないはずなのだが、企業によっては新入社員に裁量労働制を適用するケースがみられる。この場合は長時間残業が恒常化していても残業代支払い義務がない、と企業は主張することになる。

――政府はその裁量労働制の範囲拡大を目指している…。

 上西 政府は課題解決型の営業についても裁量労働制を認めることを検討しているが、こうした営業には新入社員が行うものもあてはまってしまう可能性がある。このため、労働時間の上限規制がないままに裁量労働制が認められれば、月給20万円の社員に長時間労働を強いることにもなりかねない。労働規制の緩和ばかりが求められがちだが、現状では公正ではない条件で労働者が酷使されている状況が山ほどあり、違法・脱法行為の蔓延をまずは正すべきだ。

――政府は企業のことばかり考えているのでは…。

 上西 労働者の福利厚生の向上のため、政府が行うべきことは多い。まず政府は、ブラック企業を辞めても労働者の生活がとりあえずは成り立つだけの社会保障を整備する必要がある。例えば、日本では引越しの際に敷金や礼金、仲介手数料などで半年分もの家賃相当額が必要になることがままあるが、こうした現状が労働者の転職活動を阻害している。例えば安価な公営住宅があれば、ブラック企業を辞めても、じっくり仕事探しができるだろう。現状では自己都合での退職には失業給付の受給までに3か月の時間がかかり、また保険加入期間も支給条件となっているため、新卒入社した企業がブラック企業だった若者がすぐに別の職探しをすることが困難だ。そのほか、一定以上の規模の企業には内定前に正確な労働条件の提示を義務化することも必要だ。学生に対しても、採用説明会で出会った先輩社員の魅力などだけで志望を左右されず、きちんと労働条件を開示している企業を優良企業として認識するよう教育すべきだろう。かつて劣悪な労働状況から労働者を保護するために工場法が制定されたが、現在、労働者が使いつぶされないための枠組みを改めて作り上げることが日本の課題になっている。

――カンボジア初の日系商業銀行設立の背景は…。

 石村 マルハンは古くより青少年のために野球場施設を作るなど地域社会に常に積極的に貢献してきた。その一環で、カンボジア社会に貢献するため、2008年5月に現地専門銀行を買収し、その後、商業銀行にスケールアップしてマルハンジャパン銀行を設立、このヴィークルの投融資を通じて社会貢献をしてきた。しかし、銀行も利用できない低所得者が多い同国では商業銀行よりもむしろマイクロファイナンスのほうが馴染みやすいため、2012年12月にスモールファイナンスに強みを持つサタパナ社を買収した。買収後同社の金融事業は、預金・融資とも伸び率が年率50%前後の勢いで、非常に好調を維持している。その後、サタパナ社の優秀なマネジメントを高く評価し、同国の成長に伴い金融業務をさらに拡大するため、今年3月28日にサタパナ社とマルハンジャパン銀行を合併させ、4月1日より新たな商業銀行としてサタパナ銀行が業務を開始したところだ。カンボジアでは現時点で日本のような大口の融資を中心とした商業銀行業務や貿易金融を行うには我々の規模では難しく、また現在日本から派遣している銀行経験者では残念ながら与信管理能力も不十分で、現地社員への教育も足りていないことから、英語も流暢に話せる現地の優秀な幹部社員を中心に活用する銀行に衣替えした。もともと彼ら現地のスタッフはNGOからスタートしたマイクロファイナンス経験が豊富で、またバングラデッシュとは違った独自のシステムノウハウを持ち、十分に統率能力もあった。モチベーションを最適化することで非常に良くハーモナイズしている。この優秀なカンボジア人を活用し、安定した雇用を促進し、独自の銀行業務をより組織的に統率していくことで、新生サタパナ銀行は、発展途上のカンボジアにおいて大いに社会貢献してくれるものと期待している。カンボジアのマイクロファイナンス市場は今後競争が激しくなるものの、まだ5年以上はこの勢いで成長が見込まれる。

――日本と比較してかなりの高金利だ…。

 石村 ラオスやミャンマーなど発展途上国においては、低所得者が金融市場へアクセスすることは非常に困難なことから、身内などから高利で金を借りたりしていたのが現状のようだ。高利貸しのなかには年率1000%で貸し付ける者もいたようで、未だに年率100%の業者が普通に存在している。それに比して、マイクロファイナンスの金利は低く、しかも生活資金というよりは、仕事のための工具を買う目的で貸し出すというように、借りた人が収益を生み出すための資金を提供し、そのために行員が貸し出す過程で教育指導も、経営指導もしている。カンボジアについて言えば、今後数年はGDP7%台で成長が続くと予想され、生活水準の向上に伴い、金利のスプレッドも縮小していくことは容易に想定される。ただ、現時点での金利は平均15%から20%程度で、貸し倒れも0・2%台で健全に推移している。地方都市を中心に貸したお金で新たなビジネスを生み、そこから得た果実から返済をしていける生活の好循環をサポートすることが使命だと考えている。

――カンボジアの銀行業界と今後の行方は…。

 石村 サタパナ銀行は支店数で現在カンボジア全土に160、カンボジア第2位の商業銀行になった。預金残高は440億円、融資残高650億円、資本金130億円、総資産はまもなく1000億円になる。従業員3380人で、預金者14万人、融資先11万人といった業容だ。国内最大手商業銀行はアクレダ銀行で、マイクロファイナンスでもトップクラスの実績を持っている。オリックスや三井住友銀行の出資を受けていることでも知られている。アクレダ銀行もサタパナ銀行と同様にNGOから始めた銀行で、現頭取はポルポト政権時代に亡命した経験を持ち、草の根運動から始め、貧しい人達に融資を開始し、国内最大手銀にまで急成長した歴史ある銀行の一つだ。他方、マイクロファイナンス専業ではプラサック社が傑出している。同社を含め現在、マイクロファイナンス機関(MFI)は48社存在しており、日本からもイオンやクレディセゾン出光、さらに三菱UFJ銀行もタイの子会社であるアユタヤ銀行を通じてハッタ・カクセカ社を買収し、市場参入を果たすなど競争はますます厳しくなっている。他方、先月3月22日に中央銀行が最低資本規制を強化したことで、市場が健全に整備されることを期待している。今後2年以内に最低登録資本金を引き上げるよう通達が発せられ、商業銀行は現行の倍の7500万ドル(80億円)への引き上げ、またこれまで700万円程度持ち込めば設立出来たMFIは1億7000万円への引き上げを求められることとなった。財政基盤が脆弱な金融機関の淘汰が始まり、グローバルスタンダードに適合しない「金融機関」の排除に政府が本腰を入れたと見ている。

――カンボジアの金融市場はグレーなイメージがあるが…。

 石村 他の多くの国と同様に北朝鮮と国交がある。資金が還流しているとして、マネーロンダリングなどグレーなイメージが強かったが、あらためてサタパナ銀行の社外取締役を拝命し、中央銀行総裁やその周辺幹部との意見交換、さらに国の政治姿勢を見れば、ASEAN経済共同体の主要メンバーとして、グローバルスタンダードへの積極的な取り組み姿勢が見られる。特にリスク管理やガバナンスなど銀行行政を強化するなど、先進国の良いところを速やかに取り込む姿勢が評価でき、ASEAN域内での金融の自由化に向け、今後早いピッチで国際社会で評価されるようになると予想している。

――ASEANの他の国への進出は…。

 石村 ASEANの中で、すでにミャンマーとラオスに進出している。ミャンマーについては、特にグローバルスタンダードの点で法整備が遅れており、MFIの監督機関は中央銀行ではなく、かつて自身で直接マイクロファイナンスをやっていた名残で財務省となっている。同省の下にある金融監督局で管理され、MFIを始める企業の申請に基づき営業管区が決められ、現行の上限金利30%の中で各社市場を開拓しているのが現状だ。また外資系企業には現状資金調達に厳しい制限が課され、容易に事業の拡張はできないが、人口数や潜在的経済状況を勘案すれば、明らかにミャンマーは今後も継続して投資する市場だ。一方で、ミャンマーでのMFI設立が容易なことから、国内には現在、250社超が乱立している。今後5年から10年のレンジで、新政権は、カンボジア同様MFIを活用した農村地区の活性化を促す一方で、法を整備し規制強化とのバランスの中で舵取りが行われるものと予想している。

――今後の事業展開の方針は…。

 石村 弊行の事業戦略は今後もASEAN域内で、MFIを中心に拡大していく方針だ。日本人主導では無く、先ほども述べたように現地の優秀なマネジメントを活用して国際化に対応していくことになる。弊行には同国のマイクロファイナンス協会の協会長でもあるブン・モニーCEOを筆頭に優秀な人材が揃っていることから、あくまでも現地人主導の事業展開を我々社外取締役が委員会を通じてサポートし、MFIを中心に安定した収益基盤を作っていくつもりだ。大手金融機関と資本も含め共働していくことも今後の課題だ。また、個人的にはゴールドマンサックスやJPモルガン、豊田通商などが積極的に取り組み始めているインパクト投資に注目している。同ファンドは社会貢献・ボランティアとは異なり、投資家から集めた資金で、例えばアルジェリアの砂漠の緑地化や農業推進などに投資し社会貢献できる持続可能な事業投資だ。持続性を保ち、かつ利益を上げる事業への投融資にも銀行として取り組んでゆけたらと思っている。同ファンド規模は2019年には5000億ドル(50兆円)まで拡大すると見込まれている。

――Fintechはどのような力を秘めているか…。

  Fintechは物事を「可視化する」という点において非常に強い力を持っている。例えば、自らの資産の全体像を把握している個人は少なく、来年に子供が生まれて多額のお金が必要になるにも関わらず、資産運用で高いリスクを取っていたりする。この状況を改善するにはどうすればよいかというと、まずはFintechによる可視化で資産の全体像を把握したうえで、適切なアセットアロケーションへと誘導するなど、家計の総合診断スコアを上昇させることが有効となる。また、人生のうちお金に関する問題のほとんどは所得を増やす、支出を減らす、あるいは資産運用で増やすという3つの選択肢のいずれかで解決するが、お金にまつわる悩みを抱えている個人は多い。Fintechはお金の悩みを解決するうえで大きな役割を果たすことができるツールであり、これにより各個人がもっと大事な人生のテーマに向き合う時間を作ることができるようになるだろう。

――日本におけるFintechサービスの現状は…。

  国内では現在、小さな会社を含めて100社程度のFintech企業があると言われているが、そこそこのスケールに達しているのはだいたい30社~40社程度だ。ただ、動きは緩やかではありながらも、Fintechを巡る状況は着実に変化しているという感触がある。

――金融当局もFintechに注目している…。

  Fintechの発展に向けてチャレンジすることは日本の金融界にとって非常に重要だが、国内のプレイヤーが個人情報保護法や各業法に丁寧に従ってFintechのサービスを展開しようとする間に、海外勢が一気に参入して業界基準を奪ってしまう可能性があると考えている。海外発のサービスが日本を豊かにしてくれるのは良いことだが、日本が抱える独自の問題を解決するには日本国内のプレイヤーの育成は急務であり、データの利活用等について規制をより柔軟にすることが求められている。また、現状ではテクノロジーがもたらす新サービスの開発に向けて試行錯誤を行うため規制体系には必ずしもなっていない中、現在の制度自体のリスク許容度を高めていく仕組みが必要だ。

――Fintechの進化により、銀行が役割を奪われる可能性は…。

  その答えは銀行の役割を「情報サービス業」と定義するか、あるいは「金融インフラ業」と定義するかで変わってくる。住宅ローンを例に取ると、相手を見て与信判断を行うのは情報サービス業の分野であり、実際にローンを組成して口座に振り込み、ALMを行うのが金融インフラ業の分野だ。決済を含めて金融インフラ機能はコモディティ化していく傾向が強いため、銀行がこれを自らの仕事だと定義するならば銀行はいずれ消滅していくだろう。ただ、国民の多くは金融のことを十分に理解しているとは言えず、金融商品の提案をはじめとする情報サービスの分野は残り続けると考えている。また、人工知能よりも生身の人間に説明してほしいと思われるニーズも相応にあるため、有益な情報や顧客理解に基づく高度な専門性を提供し続ける限り、銀行員という職業は必要とされるだろう。

――貴社が手掛けているFintechサービスについては…。

  政府は「貯蓄から投資へ」というスローガンを長らく掲げてきたが、これを実現するためには各個人が自分のリスク許容度や将来どのくらいのお金が必要になるかを理解したうえで「きちんと資産運用をしなければいけない」という問題意識を持つことこそが重要だ。そのためには自らの資産を把握・管理するためのツールが必要となるが、まずはその上流となる意思決定を助ける家計簿を作っていこうという思いで会社を立ち上げた。我々のサービスではインターネットバンキングやオンライン証券の口座と連携して全自動で家計簿を作ることができるほか、レシートを撮影すると内容を解読して記録を残す機能もある。サービス開始からまもなく3年半となるが、利用者ー数は350万人にのぼっている。家計簿作成サービスは基本的に無料で使って頂けるが、広告を非表示にしたり、1年以上前のデータを見たりするためには月額500円の有料制としている。

――資産の把握から投資に促すための仕組みは…。

  米国のFintechサービスでは家計簿から直接ETFが購入できるようなツールもある。ただ、同社は同国で証券会社としての登録を受けている。日本でも、同じサービスを行おうとすれば第一種金融商品取引業への登録が必要だが、当然ながらは設備や組織面の整備が求められる。このため、本来は「こういう金融商品を買うべきだ」という提案をした方が効果的なのかもしれないが、現時点では金融商品の紹介など法律の許される範囲内のことにとどめている。また、広告事業のひとつとして金融機関と連携して口座開設のアフィリエイトを行っており、紹介料を頂いている。

――貴社のビジネスモデルの強みとは…。

  「データの自動取得」という点に強みがあり、我々は国内でトップレベルの性能を持つ口座情報の集約エンジンを持っている。また、個人向けサービスに加え、もう1つの柱としてビジネスの家計簿である中小企業・個人事業主向けのクラウド型の会計、給与、請求書作成、経費精算、マイナンバー管理ソフトも提供している。日本には数十の会計ソフトが存在しているが、このうちクラウドベースのものはまだ少ない。クラウドを活用するメリットの1つとしては、東日本大震災の際に起こったようなデータ消失の恐れが減ることが挙げられる。また、通常の会計ソフトでは複数のパソコンで同じ画面を同時に見ることができないがクラウドではこれが可能となり、税理士と企業の担当者がリアルタイムのデータを共有することができる。また、我々のソフトを使えば毎月繰り返されるような取引はコンピューターが自動で入力を補助するため、手間の掛かる手入力作業は従来の5分の1程度に減り、税理士はその分の時間を企業の財務コンサルティングなどの本業に充てることができるようになるなど、利便性が相当に向上する。

――Fintechのさらなる発展に向け、当局に今後求める点は…。

  1年前に比べると、我々の要望はかなり叶ってきている。例えば金融庁には新たなアイデアの法律上の扱いを気軽に相談できるようになったほか、提言を行ううえでもFintech推進議員連盟や自民党の金融調査会など様々なチャネルが存在している。ただ、Fintech専門の部署が金融庁にあるかというと、現在はまだ相談専門の窓口があるのみだ。シンガポールや英国の金融当局にはFintech専門の部署があり、金融庁にも予算措置によってFintechを専門とする部署を恒久的に設置することが望まれる。きちんと未来に向けたリソースを確保すれば、日本のFintechサービスは今後とも一定のペースで成長し、新たな付加価値を生み出していけると考えている。

――アウンサンスーチー氏との関係を盛り込んだ本を出版した…。

  そもそもの問題意識は、15年11月9日の総選挙の結果がでてから、ジャーナリストや企業の社長を含めた方々から、私の予想したようなNLDの大勝を指摘していたのは私だけだったとの連絡を頂いたことだ。それを聞いて、NLDの勝利が意外と受け止められたのは、日本のメデイアのミャンマーの報道がとても偏っていたからではないかと思った。ちょうどその頃、木楽舎という出版社の社長から自伝を出さないかとご提案を受けており、自伝自体は書くつもりはなかったのだが、インターネット上でも間違った情報があふれていたので、自伝よりも過渡期のミャンマーの本が良いのではと社長を説得した。私には30年前にスーチー氏の家に下宿した関係があるので、スーチー氏が何を考えているかを含めた、ミャンマーの政治経済の全体像を把握できる本を、政権移行に合わせて出版しようという話でまとまった。

――スーチー氏と出会ったきっかけは…。

  全くの偶然だ。留学先のオックスフォード大学でたまたま彼女に話しかけられた。当時は自己紹介をしてくれた彼女が誰なのかも知らず、あとで担当教官からミャンマー建国の父アウンサン将軍の娘だと教えてもらった。その後2年ぶりにたまたま道で出会ったのだが、彼女は家の4階部分に下宿人をおいてもよいかなとその日の朝に思いついたところで、私も数か月後には寄宿舎から出なければならないタイミングだったので、お話を受けて、1984年6月から下宿することになった。ちなみに親日家の彼女の家に下宿したのは日本人ばかりで、私が第一号で、他に2名いた。タイミング的に、私が下宿を出てからスーチー氏は京都大学に留学したので、実際に彼女と顔を合わせた機会は私が一番多かったらしい。下宿中は、スーチー氏の二人の息子たちにテニスを教えることもあった。そんな背景から、1991年に彼女がノーベル賞を受賞した際には、フィナンシャルタイムズ紙の記者が私に彼女の綴りを教えてくれと電話をかけてきたこともあった。

――その後のスーチー氏との関係は…。

  1989年か1990年に軟禁されたのをニュースで知って、ご主人のマイケルに連絡をとろうとした。最初はオックスフォードの自宅に電話しても電話にでなかったので引っ越したのかと思った。1992年に私自身の結婚式をオックスフォードのカレッジで開いた前後に、直接家に行って、ようやくマイケルに再会できた。スーチー氏の次男のキムが私よりも背が高くなっていて本当に驚かされた。マイケルは訪問を喜んでくれ、スーチー氏が何を考えて、マイケルがどのように応援しているのか、どのように、情報を交換しているのかなどを教えてくれた。彼は、1990年の総選挙で国民のほとんどがNLDを応援しているのが明らかなのに、なぜ先進国の中で、日本政府だけが国民が支持をしてない軍政を応援するのか判らないと私に話した。

――スーチー氏はどのような人物か…。

  非常に聡明だ。再会してから、様々なイメージを使い分けることが可能な人だということが判った。海外のメディアに登場する彼女は一国のリーダーに相応しい「強い」イメージを強く出している。これはサッチャー元首相の戦略と似ている。支持者に「強さ」を印象として与えることは、民主化を進める上で一番大切なのだと思う。一方で、一対一で会った時の彼女は、とても思慮深く、深い洞察と推察力に満ちた人物だ。2012年に彼女のヤンゴンの家で面会した時には、私が暑がりであったことなど、かなり細かいことまで覚えていてくれたようで、エアコンの温度を意図的に高くしてあるから、上着を脱いでと言われた。ミャンマーの将来について質問をすると、瞬時に彼女が様々なシミュレーションを行っていることがわかった。マイケルが1993年に会った時に、スーチー氏が本を読んだり瞑想したりして、軟禁生活の中で正気を保っていると言っていたのだが、15年にも及んだ軟禁次代で、瞑想を通じて様々なシナリオを描いたのではないかと思う。彼女には、ミャンマーを成長させるため、根本的に何をしなければいけないか、具体的なアイデアがたくさんあると感じた。彼女の言葉を直接聞いたことのあるミャンマーの現地の人々は、彼女に政治を任せれば、少なくともテインセイン政権よりはよい結果になるだろうと、私に言っていたのだが、この時私は、彼らが何故そう感じていたのか瞬時に判った。また、彼女はとんでもなく潔癖な人物でもある。ミャンマーの国軍側はいろんなことを宣伝しているが、かなり的を外れた指摘も多い。

――これまでのミャンマー政治はどうだったのか…。

  民主化前のミャンマーは諸外国から北朝鮮並みに人権がない国と評価されていた。ミャンマーの人口の7割を占める農家の所得は平均で年間6万円ほどで、これは北朝鮮より低い水準だった。恵まれた地理的条件で、軍政前までは東南アジア地域で一番栄えていたのに、軍事政権が国民のことをまるで考えてこなかったために過去50年間で人々が貧しくなってしまった。軍トップの高官らは中国やタイの企業、それに財閥と組んで自分の家族のポケットを膨らませることしか考えてこなかった。一方、北朝鮮と違うのは、権力の世襲が失敗したことだ。ネウィンにしろ、タンシュエにしろ、確かに独裁者ではあったが、北朝鮮のように息子に権力を譲ることには失敗した。現在の名だたる資産家達も、その登場は1990年以降で、数十年に渡ってミャンマー経済を牛耳っているような企業や一族はトップ10の内、2家族だけだ。

――ご自身は今後、ミャンマーとどう関わっていくのか…。

  ミャンマーの人々は正直だ。中国やインドなどでは、騙されたと感じる企業も多いが、ミャンマーにいる普通の人々は、素朴で正直な人々だ。私としては、そんな素朴な人々の所得が多くなるようにしたいと思っている。また、その正直さを保ってほしいので、そのことにも貢献したい。経済の発展の方策の具体的として、「ミャンマーの岩崎弥太郎」をプロデュースすることがある。既に2012年に、弥太郎のように経済を発展させられる可能性を持つ人物を見つけたので、彼をミャンマーの若者の目標になるように成功させることが一つの目標だ。これは、インベストメントバンカー時代に、しばしば「明治維新の時代に生きていれば」「岩崎弥太郎になりたかった」と語るビジネスオーナーと日本で出会ってきたのと、ミャンマーはまさに今維新の最中であり、弥太郎のような人物が生まれるチャンスがあることから考えついた。弥太郎が成功したのはトーマス・グラバーという盟友を持ち、海外から当時世界最先端の技術を導入できたからだと思う。私がグラバーと同じく世界の最先端のテクノロジーをミャンマーに導入するのを助け、岩崎弥太郎をプロデュースできれば、世界でナンバーワンの産業がミャンマーにできることになる。そして、ミャンマーが世界でナンバーワンの産業を一つでも作ることが出来れば、私の試みは成功したと考える。

――ミャンマー経済の現状は…。

  ミャンマーで最も大きな企業グループは国軍の傘下にある。これは1990年にスーチー氏の国民民主連盟(NLD)に大敗してから軍トップが蓄財の方法として作り上げたものだと考えられる。傘下の2グループは、国会に報告義務がないし、税金を払う義務もないので、特権を利用して相当大きなビジネスを展開している。最大の精米ビジネスを行っているのもこの企業グループで、その処理能力は毎日2000トンと、民間所有の2位のものの2倍の能力を誇っている。私は精米所を通じて、ミャンマーの農業の改革に取り組んでいるが、この巨大な国軍の企業も我々の真似をして、地域の農業の改革に貢献することを望んでいる。今のところミャンマーのほとんどの精米所の生産性は極めて低い。一部では、最新式の機械が入っているが、ほとんどは、中古で、環境破壊も多く、精米の過程でコメの半分近くが割れてしまう。割れてしまったコメは価値が家畜のえさ程度になってしまうため、これは多大なロスだ。これに対し、日本製の機械を使えばほとんどロスなしの精米ができるため、生産性を倍にすることが可能で、農家の所得を3倍ぐらいに引き上げられると試算できる。

――スーチー氏は大統領に就任できなかったが、問題は…。

  スーチー氏が大統領になれないことばかりが日本では報道されているが、これも、的外れだ。即ち、現在の憲法が、一部の軍のトップの利益を守るためにデザインされたもので、スーチー氏を大統領にしないために25%の議席は選挙によらないとか、大統領が執務を執行できない時に大統領の替わりになる副大統領は軍が出すとか、軍司令官が非常事態宣言をしたら大統領には何の権限もなくなり、軍司令官自身が大統領の権限を持つなどなど、到底、法治国家とは言えないルールになっている。これが、アメリカがずっと問題としている点で、ミャンマー国民もこれが問題だと感じている。今回の選挙で、首都ネピドー地域の6選挙区でNLDが全ての議席をとったが、このことから軍関係者もNLDに賛成していることが判る。

――課題は多い…。

  とはいえ、2020年11月までは、スーチー氏はNLDを実質的に支配しているため、彼女の考えを政策に反映する上でなんら問題はないし、そうした形の指導体制を国民の過半数以上が支持している。重要なのは、現状の憲法を変更するべきと国民の大多数が思っていても、それが不可能な憲法になってしまっているという点である。無効にされた1990年の選挙、2012年の補欠選挙、2015年の総選挙、どの選挙をとってもNLDが参加した選挙では過半数の選挙民がNLDにシステムを作らせたいと思っているのだから、2008年憲法の正統性が誰の目にも疑わしいというのが問題だ。

――中国経済が今年の最大のリスクの一つとなっているが、貿易統計の信憑性は…。

 高橋 貿易統計については資本の流れと関係が深い。香港向け輸出を水増しし、資本を海外へ逃がす手段として利用しているため、本当の貿易ではないとの見方もある。そのため、実際の貿易統計とは異なるといった疑いの目があるのは事実だ。しかし、香港やシンガポールなどの中継貿易の数字は分からないが、それ以外に日本向けや米国向けといったようにしっかりとした相手国がいるため、統計のなかでも貿易統計は比較的信頼できる統計だということは言える。

――その中国の貿易が悪化しているが…。

 高橋 中国の経済成長率が鈍化することで、中国国内で生産調整が起きている。中国が生産調整することで、各国の対中国輸出が減少する。そして対中国向け輸出が減少する新興国において、特に資源価格下落の影響を受ける国の景気が悪化する。この結果、さらに中国からの新興国や資源国向け輸出が減少するといった悪循環に陥っている。それが世界の貿易取引量減少の原因となっている。中長期的に中国の成長率が鈍化するのは当たり前で、永久に中国の吸収力が存在できるわけではない。そのため、中国以外に需要を拡大する国が現れなければ、世界全体の需要は徐々に低下するだろう。他方、中国経済は株価下落に相当するほど悪い状態なのか。確かに鉄鋼生産に調整が見られるなど短期的な下方圧力があることは疑いないし、不動産や金融市場のリスク懸念は払拭されていない。ただ、全て悪いかというとそうではない。上昇率は鈍ってきているとはいえ、賃金は上昇しており、消費は拡大している。このように下降している産業がある一方、上昇している産業もあるため、一概に経済が悪いと言うことはできない。

――対中国包囲網であるTPPに対する中国の姿勢は…。

 高橋 2010年にTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の最初の会合が開かれたわけだが、その前から中国は各国大使館を通じてTPPに関する情報収集および自国経済に対する影響を研究していた。当初、米国が「例外無き自由化」を掲げていたため、中国は参加できないと判断していたが、2013年に日本が加盟することとなり、TPPに対して一層の関心と警戒感が高まり、さらに2015年の大筋合意を受け、現在、対応策の検討を急いでいる。今後の中国の選択肢は、TPP加盟、RCEP(東アジア地域包括的経済連携、ASEAN+6)推進、ASEAN+3(日中韓を含む東アジア経済圏)推進の3択だ。そのうち、TPP加盟の可能性は高いと考えている。これは当初こそ例外なき自由化を掲げていたTPPだが、実際には様々な例外が盛り込まれていることから、中国経済に与える影響は全てがネガティブではなく、長期的にはポジティブになるとの見方も増えているためだ。また、加盟に際して懸念されている知的所有権や国有企業などのTPPルールについても決して遵守できないという問題ではない。こういった背景から、中国もTPPに参加する道も検討しているようだ。ただ、現段階ですぐ加盟するにはハードルが高いこともあり、当面はAIIB(アジアインフラ投資銀行)によるインフラ投資を活用し、アジアでの影響力を拡大してRCEPやASEAN+3(東アジア経済圏)の枠組みを推進した上で、TPPへの加盟を推進すると考えられる。

――RCEP、ASEAN+3については…。

 高橋 RCEP交渉が進展しているなか、ASEAN+3(東アジア経済圏)構想を推進していく動きはやや難しくなっている。そのため、今後もアジアの自由貿易の枠組みの動きはRCEPが中心になると考えている。RCEPにはインドが入っていることから、自由化率80%程度と低いものになると見られるが、自由化率が低くてもRCEPの存在意義がなくなるわけではない。もちろん自由化率を高めることは日本の輸出促進につながるので積極的に推進しなければならないが、その半面、今後加盟しようとする開発途上国を排除しないような枠組みも考慮することが求められる。

――AIIBによる影響力拡大は…。

 高橋 すでに中央アジア諸国を中心に積極的に展開しようとしている。なかでも原油価格の下落を背景にインフラ投資のための資金需要が高まっている資源国にとっては、のどから手が出るほど中国の支援が欲しいところだ。また、インドネシアの新幹線の事例を見てもわかるように、やはりASEAN諸国であっても好条件であれば中国の支援を受け入れる方針にあるなど、AIIBはそれなりに浸透していくものと思われる。しかし、日本政府がアジア開発銀行に人材を派遣するなど、ODA(政府開発援助)に関する人材を育成してきたのに対し、AIIBはそういった知識や経験のある人材が不足している。中国の支援に対する需要はあるが、うまく適用していけるかが課題となっている。

――日中韓FTAは実現するのか…。

 高橋 中国との外交問題を背景に日中韓FTAに対する期待度が低下している。しかし、客観的に見て日中韓FTAは非常に重要だと考えている。もちろんRCEPのメンバー国に日中韓が含まれているが、RCEPは自由化度が低いことに加え、参加国が多いため合意に達するまで時間がかかる。対して日中韓FTAは3カ国が合意に向けて積極的に乗り出せば、より高い水準の自由化を達成することは可能だ。ただ問題は、既に発効している中韓FTAでは自動車の関税引き下げが除外されていることだ。もしも、日中韓FTAにおいて自動車や自動車部品が例外扱いになれば、日本の物品貿易のメリットが大きく減ることになる。このように中国と韓国が門戸を開かないというイメージが日本側にあることもあり、日中韓FTAはRCEPよりも関心の度合いが低くなっている。この課題をクリアできて合意に達することができれば、日中韓FTAは米国に対する交渉力になり得るし、RCEPにも大きな影響を与えることになる。

――日本はどうあるべき…。

 高橋 日本にとってはTPPをテコにする戦略が最もメリットがあり、TPPメンバー国を拡充することが重要となっていく。タイやインドネシアはアジアのサプライチェーンにとって核となる国だ。同2カ国が加盟すれば、進出日系企業による米国を始め域内諸国に向け輸出が活発化することが想定される。また、外交戦略においても、TPPを拡充することで、日中韓FTAやRCEPの設立が早まる可能性があることから、日本にとってのメリットは膨らむだろう。

――日本橋兜町から証券会社がかなり減っている…。

 岩熊 かつては80社を超える証券会社が営業していたといわれているが、現在進めている日本橋兜町再開発計画のために調べたところ、今は20社程度にまで減少している。どの産業もそうだろうが、IT時代の始まりが証券業界を大きく変えており、いまや必ずしも店舗を構える必要もなくなったことが減少の背景にある。東京証券取引所の取引が電子化される前は、立会場に3000人もの場立ちが各証券会社から派遣されていた時代もあり、その頃は道を歩くのも大変なほど混雑して、多くの飲食店が営業されていた。その立会場が1999年に閉場したことが日本橋兜町にとって大きな転機となり、それ以来街の姿が変わってしまった。閉場の前後で山一証券や日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が破綻したことで、金融業界に力がなかったことも日本橋兜町の停滞に繋がった。

――だからこそ今、再開発を行うと…。

 岩熊 周囲を見ると、丸の内も日本橋も再開発が進展しており、気づけばこの地区だけが手がついていない状況だった。弊社は前社長の時代から「日本橋兜町も再開発を」という思いを抱いており、地元の方々からも再生を望む声が挙がっていた。行政側にも一帯を活性化したいという考えが強く、様々な関係者の意思が合致して、我々が一帯の再開発に手を挙げることになった。東京オリンピック・パラリンピック誘致に合わせて、国際金融センターとしての競争力強化に再チャレンジする機運が高まっていたことも我々にとって追い風になっており、日本橋兜町再開発は2015年6月に東京圏国家戦略特区の都市再生プロジェクトの候補に位置付けられた。2020年を目途に先行プロジェクトを竣工させることを目指している。

――再開発のテーマは…。

 岩熊 資本主義発祥の地という歴史・DNAを活用したい。コンセプトは「金融人材が集うような街」と、「資産運用の街」の実現だ。これは「投資と成長が生まれる街づくり協議会」で議論したもので、1700兆円と言われている日本の金融資産を効率的に運用することは日本全体の課題だが、我々もこの課題に、金融人材と運用ビジネスの育成・発展という形で貢献していきたい。

――コンセプトの具体的な内容は…。

 岩熊 「資産運用の街」については、運用ビジネスなどの独立系企業が起業しやすい機能を提供することがポイントだ。具体的には、行政との手続きや会計・税務といったベンチャー企業が手間取る業務をサポートする仕組みを提供し、企業の皆様には商品の組成や運用に力を入れて頂くことなどを考えている。また、そういった方々が交流する場所を設け、業界全体の成熟度が高まるような枠組みも検討している。こうしたミドルオフィスやバックオフィス業務をサポートする枠組みは海外では既にシンガポールなどで整備されており、それに伍するようなものを目指す。また、金融リテラシー向上に資するセミナーや、IRなど、資産運用の利点や素晴らしさをアピールして頂ける場所を作りたいと思っている。例えば、ファンド運用の実績のある方々に一般投資家向けの講演をして頂き、資産運用を身近なものにすることを目指したい。

――そのために新しいビルを建設する…。

 岩熊 その通りだ。例えば上部階層はオフィス用途にするとすれば、低層階に、ベンチャー企業の支援組織やセミナー会場を設けたい。他にも、来場した投資家が様々な情報にアクセスできるような、金融の仕組みが理解できる施設を作りたい。外観も一目で「ここがマーケットの街」だと分かる、象徴的なものに工夫することも検討したいと考えている。

――日本橋兜町には観光資源もある…。

 岩熊 現在でも東京証券取引所には年間約6万人の見学者が訪問しているが、よく見ていると、海外の方も多いが、修学旅行中の小中学生の姿もよくみられる。現在は子供たちが自由に訪問場所を計画しているそうだが、だとすれば、わざわざ金融が見たいという子供が相当いるということだ。毎日マーケットのニュースが流れていることが、取引所を一度は見てみたいという動機になっているのだろう。私としても日本橋兜町の歴史は大事にするべきだと思っているし、金融機関の方々からも歴史を残すべきとのお考えを伺っている。歴史ミュージアムのようなものか、それとも図書館なのか、そこでしか見られないような文献資料があれば、一般の方々を惹き付けることができるだろう。日本橋兜町には歴史的な建造物も多く、神社、史跡や日本橋川もある。再開発を行う上では、そうした資源も意識して、足を運んでもらえるような街にしていきたい。

――今後の開発計画は…。

 岩熊 今は具体的な計画を策定しているところで、予算などは決定していないが、再開発計画の第一段階の前半部分として、平成通りと永代通りが交差する付近で2棟のビルを建設する構想は固まっている。それらが完了した後は、東京証券取引所の周辺10万平方メートルの範囲で開発を進めていく。周囲の事例でも、丸の内は再開発に25年、日本橋も20年程度は費やしており、我々のプロジェクトも10年や20年はかかる見込みである。我々としては時間をかけて、その時代に求められているものを注視しながら開発を行っていくつもりだ。

――今後の抱負は…。

 岩熊 大手不動産会社の開発は人の流れを変え、一つの街を作り上げるような素晴らしいものだが、我々は比較的規模が小さい会社であり、同じことを実現することは不可能だ。しかし、日本橋兜町という日本の金融マーケットの中心に資産を持っているのは強みだと感じている。日本橋兜町の再開発はずっと手がつけられない状態だったが、ようやくここにきて開発が軌道に乗り出した。近辺の日本橋や大手町の開発が進んでいることも弾みになっており、日本橋兜町の再活性化への芽が育ちつつあるように思われる。我々としてもそのために努力するので、是非応援して頂きたい。

――10~12月期のGDPがマイナスとなり、アベノミクスも終わりとの声もある…。

 岡本 私は全くそう思っていない。景気を良くしていくうえでは、雇用者数を増やし、失業率を下げていくことが最も重要だ。その意味では、絶対的な就労人口は増えてきており、有効求人倍率は安倍政権発足時の0.8倍から現在は1.3倍まで上昇し、逆に失業率は4.3%から3.2%へと低下している。正社員の給与は企業が雇用関係のなかで作為的に決める面があるが、労働需給はタイト化してきており、まず非正規職員の給与が非常に高い伸びを示してきている。もう少し労働需給がひっ迫してくると、賃金が着実急激に伸びる素地は整ってきた。アベノミクスの成果が賃金や消費に跳ね返るタイミングが想定よりも後ズレしたことは否めないが、アベノミクスの方向性自体は間違っていない。「景気が悪い」と主張している人は株価の下落を理由に挙げているが、1万6000円という水準は安倍政権の発足時と比べてもなお2倍の水準であり、むしろ2万円に達するスピードが早すぎたと考えるべきだろう。

――賃金は遅行指数とはいえ、実質賃金は4年連続で低下している…。

 岡本 実質賃金や1人当たりの平均賃金は、日本のような成熟先進国では、もはや経済政策の指標としては適切ではないと考えている。国民の労働参加率は上昇しており、例えばこれまでは60歳で定年を迎え引退していた人達が嘱託で再雇用され、給与は半分になるが非正規で働くケースが増えてきている。また、今まで専業主婦だった人がパートに出て働くようになると、1人当たりの平均賃金は低下するが、家計の総所得は増えることになる。この点、家計の総所得は過去20年間にわたり減少の一途を辿ってきたが、最近になりようやく増加に転じてきた。実質的な肌感覚で家計が豊かになったかどうかは家計の総所得で判断すべきであり、1人当たりの平均賃金で物事を考えるとミスリードになると考えている。

――アベノミクスの恩恵が国民に行き渡っていないとの批判については…。

 岡本 「景気が良い」ということを雑な言葉に直すと「金回りが良い」ということであり、お金を持っている人が使ってくれるような状況を作ることが重要だ。マクロで見ると日本で豊富にお金を持っているセクターは2つあり、高齢者の貯蓄と企業の内部留保だ。そこで、高齢者政策として、子供の住宅資金や孫の教育資金を贈与すると一定金額までは非課税になる制度を創設した。金持ち優遇との批判もあるが、お金が働く人に行き渡るのは素晴らしいことだ。また、企業が抱えている内部留保を活用するよう促していくことも必要だが、これもうまくいきつつある。企業の自社株買いは過去最高のペースとなっており、企業のお金がまず投資家に回り、そこからさらに再投資へと回っている。さらに企業に対する設備投資減税も導入した。これも大企業優遇との批判があるが、お金を使うインセンティブを与えなければ企業は現預金を抱えたままになってしまう。設備投資を行う場合はほとんどのケースで、国内の中小企業から機械を購入するわけで、お金を使いやすくするような制度・法律を作ることは国の大事な仕事だ。

――日銀のマイナス金利政策導入に対する評価は…。

 岡本 マイナス金利の導入については、どんなに経済・市場環境が悪くなっても日銀としてはデフレ脱却と緩やかなインフレの形成にコミットし続けるという強いメッセージを送ったと理解している。使える武器は小出しにせず、必要に応じて全て使い切るという姿勢を示したという意味においては大いに評価できる。また、マイナス金利で一番損をするのは銀行に多くのお金を預けているお金持ちであり、逆に住宅ローンを借りる若者世代など消費性向の高い人たちは低金利による恩恵を受けることになる。マイナス金利は長期間にわたって続けられる政策ではなく、どこかの時点で転換は必要になるが、お金を持っている人と持っていない人の格差の広がりを考えると、資金移転を促すマイナス金利政策は、ある程度機能するのではないかと見ている。

――日銀の大規模緩和によって国債市場の流動性は低下している…。

 岡本 金融市場では新発10年国債利回りまでマイナスとなっているが、金融市場で重要なことは価格ではなく、流動性が維持されているかどうかだ。国債市場で流動性が若干低下しているという事実は否めないが、日本は他国と比較してもともと現物債の流動性が低いという特徴がある。これはJGBの銘柄数が多すぎることが原因だと考えている。米国や欧州の場合は1銘柄の追加発行を重ねることで流動性を高めているが、JGBの銘柄数は欧米の数倍はあるのではないか。日銀による大量の国債買入を受け以前と比較して流動性は低くなってはいるが、日本も指標銘柄の規模をもっと大きくするなど、流動性を高めていくための工夫の余地はあると考えている。

――国内景気を回復軌道に乗せるためにはどうすればよいか…。

 岡本 大きな目的を政府と国民が共有することが重要だ。例えば、池田内閣の「所得倍増計画」はシンプルでわかりやすく、努力して働くことが自分自身の生活の向上につながるというメッセージが国民の間で共有されていた。「デフレからの脱却」はもちろん重要だが、多くの国民にとってはデフレ脱却が自らにどのような利益をもたらすかがわかりにくいのではないか。例えば、「物価の上昇以上に給料を上昇させる」など、誰にとってもわかりやすいミッションステートメントを打ち出し、皆で共有すべきだ。

――GDPの拡大に向けた具体的な施策は…。

 岡本 GDPを大きくする方法は2つあり、まずは政府による財政出動がポイントになる。景気が悪いという状況は民間がお金を使っていないということであり、こんな時に公的セクターまでもがお金を使わなければますます物は売れず、給与は下がり、雇用環境は悪化していく。景気が悪いときには政府は必要な財政出動を行い、逆に民間がお金を使い出したら政府支出をなるべく抑えることが必要になる。この際、財政出動を行うとはいえ無駄なハコモノを作ることは厳に慎まねばならず、メンテナンスを中心としたインフラ整備を進めるべきだと考えている。日本は以前では考えつかないほど異常な気象状況の中に置かれており、例えば集中豪雨に対応するために下水道のパイプ幅を大きくするなど人の命を守るためにすべき対策は山ほどある。これでは建設業にしかお金が回らないではないかという指摘もあろうが、ITや教育など国民から納得が得られる分野についても、もっと投資を増やすべきだ。また、若者世代は将来への漠然とした不安感から支出を増やすことに慎重となっており、こうした世代を応援するために、例えば中間層の所得税を軽減することも一策ではないか。

――このほかに有効な手立てはあるか…。

 岡本 日本では労働人口の減少を背景に移民政策が議題にのぼってきているが、私は労働政策の観点で移民を受け入れることは時期尚早だと考えている。移民受け入れにより一時的にGDPのパイは増えようが、同時に社会保障費増大等の問題も発生するためだ。そこで私は、観光立国を目指し、政策を強力に推し進めることを訴えたい。仮に毎日おしなべて100万人の観光客が日本に来て消費活動をしてくれると、これは消費人口が100万人増えるということに等しく、しかもお金だけを落としてくれて社会保障のコストを払う必要もない。これは日本のGDPを拡大させるうえで非常に効果的だ。国連世界観光機構によると、世界の観光産業は全世界のGDPの9%を占めている。これを日本に置き換えると、コストゼロで新たに50兆円の消費が生まれることになる。さらに、国際観光産業は世界全体でパイが広がっている成長産業であり、国際観光客数は2013年には全世界で11億人程度だったが、2030年には20億人にも増加すると予想されている。観光産業は、日本のGDP拡大にとってのキーポイントだ。現在は訪日客数を年間3000万人まで増やすことを目標としているが、むしろ訪日客にどれだけのお金を使ってもらえるかという消費金額の目標を設定するべきだと考えている。

――事務所は今年で創立50周年を迎える…。

 保坂 当事務所は、前身の3つの事務所が順次統合して2007年に現在の姿となったが、いずれの事務所も、その時々の経済状況や、法律業務へのニーズに応じて、成長発展してきた。私は、前身の一つである西村総合法律事務所に1989年に入所した。その後四半世紀が経過したが、その間の経済状況や法律業務へのニーズにも様々な変化があった。私の入所直後に日本のバブル経済が崩壊し、その後失われた10年、20年と言われた状況となった。経済状況と法律業務へのニーズは必ずしも一致するものではない。景気悪化により増加する法律業務へのニーズの典型的なものとしては倒産案件がある。従来、法的な倒産手続きで管財人に任命されるのは、裁判所が管財人候補としてリストしていた倒産専門の弁護士であったが、バブル崩壊による景気悪化により管財事件が急増し、管財人候補リストの弁護士が不足するという状況となった。倒産を専門としていた、ときわ事務所(前身の事務所の一つ)は当然に多忙を極めていたと思うが、国際的なファクターが重要な倒産案件においては、裁判所から、西村事務所のような国際的な法務を扱う渉外法律事務所の弁護士にも大規模な倒産事件の管財人の依頼が舞い込むようになった。実際、私自身も海外の大口債権者が絡むかなり大規模な管財事件を手がけた。また、この間に、私の専門であるM&A関連の案件が急激に増加した。この時期、企業のM&Aニーズに応じて、会社法、証券取引法(現在の金融商品取引法)、独占禁止法、税法などのM&A関連法制が、順次整えられたという背景が非常に大きかったと思っている。

――今や日本最大の法律事務所だ…。

 保坂 その時期、ビジネス法務分野を取り扱う法律事務所への人数需要が急速に高まった。M&Aでは、大規模化や複雑化に伴い取引の諸段階で多くの弁護士が必要となるが、特に対象企業に対する調査・評価(デューディリジェンス)について法律的な観点から非常に多くの弁護士が必要となった。また、M&Aだけでなく、証券化や流動化など新しいファイナンス手法が急速に発展するなど、大規模な国内案件が大幅に増加し、弁護士の需要増加の主要因となった。近時では、アウトバウンドのクロスボーダー案件、危機管理や紛争案件の増加といった側面からの弁護士需要増加を強く感じている。現在は所属弁護士が500名超と国内最多となっており、私の入所当時の西村事務所と比べれば10倍を超える増加となっている。一方、クライアント企業に対し最良のサービスを提供するべく、弁護士からサポートスタッフまで非常に質の高い関与が求められている。このため、できるだけ多くの優秀な人材を確保するよう採用には非常に力を入れている。

――国内最多の人数規模を維持するためには…。

 保坂 法務需要への対応、事務所の成長に必要な人材を維持するという考えに基づいており、国内最多の人数規模を維持すること自体は目的たり得ない。法律事務所が急成長した時期には、法律事務所同士の統合による規模の拡大もあった。このなかで、当事務所は、04年の西村総合法律事務所とときわ総合法律事務所の統合、更に07年7月に西村ときわ法律事務所とあさひ法律事務所国際部門が統合したが、以降、国内での人数順位では他の事務所とは大きな差ができている。日本での大規模な事務所同士の統合は一巡し、当面は人数順位が変わることはないように思う。弁護士というプロフェッショナルの集団同士が有効な統合を果たすというのはそんなに簡単なことではない。分野、チーム、人員が一体となってシナジー効果を出さなければならず、これは単に2つの事務所が同一名称のもと一つの事務所になったというだけでは実現することはできない。より質の高い法的サービスを提供できるようになるには、相互の相性や信頼関係に加え、組織運営の理念や仕組み、ノウハウなどの共有が必要で、これらは容易ではなく、また大変に時間もかかる。

――質の点で国内一の事務所との評価を得るには…。

 保坂 この事務所に依頼すれば最善の法的サービスを提供してもらえると言われるよう、クライアントのニーズに対し常に先を見て臨むことが重要となる。また、そのニーズは様々だが、例えば、日本企業による海外展開のサポートが挙げられる。渉外法律事務所の仕事は元々、海外企業が日本に進出する際に日本法のサービスを提供するインバウンド業務が主流だった。だが、現在は日本企業による海外企業の買収など、海外に出て行く日本企業をサポートするアウトバウンド業務の増加が大きな流れとなっている。アウトバウンド業務は基本的には外国法に関するサービスとなるため、日本法のサービス提供力を本領として発揮してきた日本の法律事務所が、海外事務所と単純に同じ土俵で競合するのは容易ではない。特に、世界中に拠点網を構築し現地法のサービスを提供する態勢の国際的な海外事務所は非常に強力な存在だ。

――海外展開の現状は…。

 保坂 当事務所の最初の海外事務所である北京事務所の開設は2010年で、日本の法律事務所の中国進出としては後発組だが、その後、東南アジア諸国への拠点開設は非常に積極的に行ってきた。現在9つの海外拠点がある。日本企業の現地進出が進む東南アジアでは、日本の法律事務所によるアドバイスにニーズがあるという確信から展開した。これもアウトバウンド業務となるが、日本の法律事務所だからこそ日本企業の文化を熟知している点で強みがあり、日本企業がこの地域で本当に必要とする質とスピードのサービスは、当事務所のような日本の法律事務所が現地に拠点を設けてこそ提供できるのではないかと判断した。ただし、国によっては、海外の法律事務所は事務所を開設できないなど、外国弁護士による活動についての規制が厳しいところもあり課題となっている。東南アジアからは外れるがインドなども外国弁護士への規制が厳しい。この他、当事務所は、国内でも名古屋、大阪、福岡にそれぞれ拠点を設けている。これも、今後高まっていくであろう同地域からアジアに進出する日本企業の需要などに応えることが大きな目的だ。高い専門性を持つ相談先として認知されれば、自ずと依頼も増えると考えている。この点、海外・国内展開は別物ではなく、連続性のある取り組みと考えている。

――次の50年の展開は…。

 保坂 世界中で活躍する海外の法律事務所があまた存在するなか、真のグローバルプレーヤーの一員として認知されこれを確立していくことを目指す。それは事務所自体の国際的な認知度を上げるというだけでなく、例えばM&Aや倒産など個々の分野あるいは個々の弁護士レベルで国際的に高い認知と評価を得ていかなくてはならない。今年の事務所の年頭会合では、弁護士個人なり個々の分野で真のグローバルプレーヤーになるための組織基盤を整備するよう注力することを掲げた。国際的な諸要素を包含する案件において、より一層迅速で統一的な対応ができるよう取り組んでいく。このため、採用活動でも、そのような素養を持った人材、また日本以外の法的資格を持つ人材が所属しやすいような工夫も推し進めてきている。ただ、日本発の事務所であること、日本の企業文化に根ざした貢献をしていくことは、大切にしていきたい。この点、当事務所は、これまで海外事務所を買収する、あるいは海外事務所と統合をするという形での拠点展開はしていない。現地法の規制の観点からの提携という形態を除き、事務所の開設、現地の弁護士採用を自ら行う自前主義を貫いてきている。日本の法律事務所同士の統合さえ難しい。海外事務所を買収し、あるいは海外事務所と統合して、なお自分達の理念や、サービスの質を維持向上させることは、少なくとも現時点においては、非常に難しいだろうと思っている。

――業界全体の課題は…。

 保坂 学生の法学部離れなどと言われているなか、法律業務や法律業界そのものの魅力を社会に伝え、より多くの優秀な人材が参画したいと思う業界にしたい。法律的な素養を備えた人材が日本社会の適材適所に配置され将来を担っていくような業界づくりが必要だと思う。当事務所で手がけるようなビジネス法務の世界に人材が集まるだけでなく、本来、法律的な素養というのはどの世界においても重要な基盤のひとつであるはずだ。このため、当事務所の成功のみならず、当事務所の業務経験を持つ人達が、より広く社会で役立つよう、人材の後背地となるといった視点も更に強く持っていきたいと思っている。

――日本の防衛産業の状況は…。

 桜林 実は「産業」といえるような状況ではなく、大企業の一部門や、多数の中小企業が担っているのが実態だ。潜水艦では1200社、護衛艦だと2500社ほどがプロジェクトに関与している。日本の防衛産業の特徴は、関連大手企業で防衛部門が占める割合が少ないことで、事業規模は平均4%を占めるに過ぎない。例えば三菱重工についても、防衛企業とのイメージが強いが、実際の防衛部門は大きくない。これは、米国のボーイング社やロッキード社は軍需のウエイトが相当大きいのと比べて対照的だ。つまり、日本の場合、各社にとって防衛部門はさほど重要とはいえず、ここ数年注目を集めている武器輸出が解禁されても、よほどのメリットをつけない限り、積極的な事業拡大はされにくい。

――防衛省は輸出解禁に前向きだが…。

 桜林 防衛省側と企業側に温度差があるのが実態だ。確かに各社の防衛部門は前向きかもしれないが、本格的に輸出を開始するとなれば、企業全体のブランドイメージへの悪影響は避けられない。やはり防衛ビジネスはまだまだネガティブなイメージが強く、マスメディアにも「死の商人」などと取り上げられるリスクが高い。実際、自衛隊以外に納品するとなれば、どのような使い方をされるのか分からず、第三国に移転したり、最悪テロリストに使用されたりするリスクもある。また、純粋にビジネスの観点から見ても、輸出を行うためには自衛隊に納品するものと比べてスペックを下げるといった改修を行う手間が必要で、その改修コストは決して小さくない。こうした様々なデメリットを考えると、株主の賛同を得ることも容易ではなく、企業側がただちに輸出に向けて取り組むとは考えにくい。

――防衛産業に関わる企業の現状は…。

 桜林 現時点では非常に多くの企業が存在しているが、ここ数年の予算削減を受けた受注減少で撤退や倒産が相次いでいる。防衛省としても対策に乗り出しているが、予算が増えない状況下では効果は限定的だ。輸出解禁は防衛省側としては救済策だったのだろうが、企業側は手放しで喜んでいるわけではなく、政府主導でないと困るとの本音を最近漏らしつつある。

――どうすれば防衛産業を守れるのか…。

 桜林 単純だが、防衛予算の増額が必要だ。現在の日本の防衛予算は、確かに規模だけでいえば世界ランキングでも上位に位置するが、内訳は50%近くが隊員の給与や食費である「人件・糧食費」が占めている。そのほか、例えば約1200億円の建造費がかかるイージス艦といった大型の装備を、複数年度に分けてローン払いをする「歳出化経費」が30%ほどを占めており、残り20%くらいの「一般物件費」が装備品の開発や購入に充てられているが、この中にはいわゆる思いやり予算や、基地周辺対策経費、装備の維持・整備費も含まれている。つまり純粋に防衛産業に支払われる金額は微々たるものだ。

――現状の5兆円は少なすぎる…。

 桜林 ただ、現状のまま政府主導で防衛予算を増額すれば、軍国主義とのレッテルを貼られるのは避けられないため、地道に国民の理解を深めることが必要だ。現政権になってから既に防衛費が増えているという見方もあるが、実際には復興予算捻出のために抑制されていた公務員給与の回復分と、人事院勧告を受けた給与引き上げによるところが殆どで、装備開発の予算が増えたわけではない。同じように民主党政権で微妙に増えたこともあったが、これも子供手当ての導入分に過ぎず、現状では与野党ともに防衛予算を真剣に考えているとはいえない。一方で、現在自衛隊は南西方面の中国の海洋進出を受けた警戒監視などに追われており、負担は増すばかりだ。

――装備も海外から買うばかりだと…。

 桜林 時間も予算もないという事情で米国から買うことが多く、例えば最近では輸送機のオスプレイ、無人航空機のグローバルホーク、水陸両用車のAAV-7などを購入している。これには、米国からの売り込みに圧された部分も大きいようだ。米国からの装備品購入は、米政府と直接取引する有償対外軍事援助(フォーリン・ミリタリー・セール)方式が増加傾向にあるが、これはほぼ言い値で買わされているのが実態だ。そうなると本体価格は案外安価ではあるものの、維持・整備にお金がかかり、修理も米国本土でしか行えない。従って輸送費が高くつくほか、場合によっては数年に渡って装備が米国から戻ってくるのを待ち続けるケースもすでにみられている。また、長く使おうにも、米国側が生産を終了すればそれまでで、ほぼ20年は使用する自衛隊にとってはその後の部品調達など維持に大変な苦労を余儀なくされる。長期的にみると、コストパフォーマンスは決して高くないというべきだろう。

――次期主力戦闘機も米国製だ…。

 桜林 実際、F-35の導入決定により、準国産戦闘機と呼んでよいF-2製造で培われた日本の戦闘機国産体制がなくなってしまう危機が浮上した。本当は次期主力戦闘機、ないしその次を国産にする構想もあったようだが、財政や米国側の圧力がF-35選定の背景となったのだろう。ただ、それによって、幾つかの企業は戦闘機事業から撤退せざるをえない状況となった。たまたま、東日本大震災で松島基地のF-2が水没したことで再び予算が投じられ、再び生産が開始されたが、その際も一度閉じたラインの復旧には相当苦労したようだ。

――豪州への潜水艦輸出については…。

 桜林 豪州側の事情に配慮し、現地雇用を生み出す方法を編み出さなければ輸出の実現は難しい。しかし、潜水艦の製造技術は機密の塊である上、高度な技術を要するものであるため、現地の労働者の活用は本当に難しい。技術的にそう簡単に伝授できるものではないし、安全保障の観点からも、そう簡単に伝授していいものではない。米国の場合は情報管理体制をしっかりと整備しているが、日本は情報管理体制の構築より先に輸出が盛り上がってしまった。自衛隊側には見せないで欲しい場所がある一方で、政府サイドには急がないと間に合わないという焦りもあり、日本として一体化できていないのが現状だ。潜水艦関連企業の下請け企業も今後どうなるのか分からず、不安を抱いているようだ。

――防衛産業の維持は難しい…。

 桜林 ベンダー企業には高い技術を要求されるが小ロットの発注となるのも特徴だ。特に船舶は、車両や航空と違って年間1隻建造するか建造しないかが当たり前で、1隻に1つしか必要ない部品の場合、それを生産している町工場は1年に1度しか仕事をできないことになる。潜水艦の場合は、技術を保持するために年に1隻ずつ三菱重工と川崎重工が交互に建造していたが、片方のメーカーにしか部品を卸さない企業は、2年に1度しか部品を作れない環境が定着していた。しかし、平成21年度は、予算が付かず、関連企業にとっては大きな痛手となった。2年に1度しか部品を作っていなかったメーカーの場合は納品が3年に1度になってしまった格好だ。防衛産業の部品は、必要な設備も人材も特殊で、他の製品製造に利用できない場合が多い。町工場に全くの遊休資産を抱える余裕などあるはずもなく、私が話を聞いたある会社は、銀行からの融資で何とか凌いだが、その際も銀行側の審査が厳しく、大変苦労したという。その後、潜水艦の増産が決まったことは同社にとって朗報だったが、それでも1年の空白のリカバーには7年はかかるとのことだった。

――企業の負担が大き過ぎると…。

 桜林 サイバー攻撃への対応でもそうだ。防衛省も防衛産業のサイバー対策の重要性は理解していたものの、関連企業に振り分ける予算があるわけではなく、各社に警告だけを行った。結局各社は、自己負担で厳密な対策を採らざるをえなかった。聞けば聞くほど防衛産業と自衛隊の契約は不公平で、夢のない話が多い。そんな状況下では、企業は武器輸出どころではないのは当然だ。輸出三原則の改定などより、まずは契約制度の改善が急務だろう。

――防衛省は危機を理解していないのか…。

 桜林 防衛省側も雰囲気は察しており、大臣と防衛産業の懇談を企画したりはしているが、そういう場にでてくるのは大企業の社長ばかりで、会社の上層部は防衛部門の実態をよく把握していないため、「いつもお世話になっています」といった内容がない話で終わってしまう。本当は防衛産業は、戦前のように工廠形式が一番相応しいのではないかと思うが、世間的に許されないだろう。ただ、建前のために非効率な措置が続けられている部分は多く、例えば戦車は三菱重工しか作れないことは分かりきっているにも関わらず、今でも競争入札が実施されている。メーカー側からすれば、毎回準備に無駄な労力が必要となるだけだ。こうした様々な問題を解決していかなければ、防衛産業を維持するのは難しい。しかし、それが出来なければどうなってしまうのか。中国・ロシア・北朝鮮など日本をとりまく国の軍事力が脅威となっているだけになんとかしなければいけないと考えている。

 貞岡 島田さんのご専門分野である日本経済の状況はいかがですか。

 島田 市場、あるいは多くの国民がそのように受け止めているようですが、アベノミクスはひとまず終わったといったところではないですか。ご案内のように、円高・株安に加え、15日に発表された昨年10~12月期のGDPが再びマイナスとなり、景気が良くない実感が改めて明らかになった。街の声の多くは「景気は決して良くない。景気が良いと言っているのはマスコミだけ」といったものであり、輸出企業と公務員、ヘッジファンドなど一部の層がアベノミクスの恩恵を受けただけという印象を持っているようです。

 貞岡 景気が停滞している原因は何であると…。

 島田 やはり最大の失敗は14年4月からの消費税率8%への引き上げと、14年10月末の日銀による追加緩和です。消費税の悪影響は今更指摘する必要は無いと思いますが、一つだけ言っておきたいのは、実施後の14年7~9月期GDPのマイナスを財務省・日銀は天候不順のせいにした。このような責任回避のための言い訳、ないし分析力の無さはいただけない。間違いを繰り返すことになると思っていたら、やはり15年10~12月期のGDPがマイナスになり、その理由として菅官房長官は暖冬を挙げていました。

 貞岡 なるほど。経済政策の失敗ではなく、GDPのマイナスはすべて天候不順が原因であると。

 島田 14年10月の追加緩和が失敗だった理由は、一段の円安にしてしまった結果、消費者物価が上昇して、消費増税で減少した個人の実質所得をさらに減らしてしまったことです。またその分、円安で儲かった輸出企業の収益が、ROE経営の推進などによって個人に還元されていないことも景気の回復に大きな重石となっています。ただ、円安の進行によって訪日外国人が増え、これがGDPにかなりのプラスに働いたことは間違いありません。

 貞岡 いわゆるインバウンドですね。しかし、インバウンドが日本経済を大きく左右するということでは、日本の外交・国防上は大きな問題です。とりわけ中国の比率が高いことは、中国が日本に対して経済制裁を行いやすいと言うことを意味します。これまでのところ、そうした兆候は見られませんが、尖閣諸島を国有化した後の日本企業への破壊・略奪デモを中国政府が先導したことを振り返ればその危険性を十分に考えておく必要はあります。

 島田 中国経済は悪化してきており、金融不安が深刻になるなどして国内の治安がさらに悪くなった場合、中国政府がロシアのように他国を侵略する可能性はありますか。

 貞岡 治安悪化の度合いにもよりますが、ウイグル自治区を始めとして各地で暴動が目立ってきている現状を勘案すると、この可能性はゼロとは言えないと思います。また、他国への侵略がいつどこで起こるかはわかりませんが、尖閣諸島は日米で守りを固めているため、中国軍が相当に力を付けるまでは当面、対象外ではないでしょうか。それよりも、太平洋への進出では南沙諸島を着実に自国の領土とし、一歩ずつ長い歳月をかけて南シナ海外を自らの海域にしていくことで、日本を封じ込めていく長期戦略を立てていると見ています。

 島田 北朝鮮の問題はいかがですか。

 貞岡 水爆実験やミサイル発射で国際社会からの批判が高まっていると報道されていますが、結論から言うと北朝鮮の政権が倒れるような実効性のある制裁は行われず、北朝鮮は着々と軍備を強化していくでしょう。この理由は、今の政権が存続する方が中国・米国ともに都合が良いためで、実際、米国は水爆実験を事前に知っていたにもかかわらず阻止しなかったことがこれをよく表しています。米国は、北朝鮮という「野良犬」がいてくれた方が日韓ともに米国の安全保障網に入らざるを得ないため、中国やロシアに対する自国防衛上、戦略的に重要と考えているのだと見ています。

 島田 中国にとっても北朝鮮が米韓からの砦になっていると…。

 貞岡 最近の北朝鮮の兵器強化によって韓国は中国、米国との二股外交を止めざるを得なくなっており、米国の中距離ミサイル防衛網に下に入る方向になりました。これに対し、中国は当然のことながら反発していますが、中国にとっても北朝鮮が暴れてくれているお陰で世界の目が南沙諸島から離れているという効果をもたらしています。また、韓国は核兵器保有という世論を盛り上げており、なんとか今後も生き延びていこうという国民の姿勢が伝わってきています。これに対し日本は、相変わらず国際社会頼みで、自国を守っていこうという論調や戦略が全くと言っていいほど無いことは残念です。

 島田 日本のマスメディアは、米ソ冷戦時代の米国が守ってくれるという発想から抜け出ていない…。

 貞岡 安倍政権は、北朝鮮の水爆実験と長距離ミサイルの成功によって、安保法制を強化したことが正しかったと国民から再評価されたのではないでしょうか。また、国民の間には、やはり日本も核武装をしなければいけないという意識が高まっていることも事実でしょう。この点、一部の大新聞もようやく北朝鮮が既に核兵器を保有しているという事実を報道し始めています。韓国のように、そろそろ日本も核保有について正面から議論をしなければいけない時期に来ていると思います。

 島田 米国・中国それぞれに「利益」があり、かつ既に核武装をしているということであれば、なおさら北朝鮮に侵攻することは難しいと…。

 貞岡 しかし、それはあくまでも平時の発想です。世界経済が悪化して自国の経済も悪くなってくると、ロシアのように他国に侵攻して国民の支持率を上げようという政権も出てくるでしょう。そうした状況になったときに、中国やロシアが北朝鮮にどのように対応していくのかはわかりません。今や北朝鮮は世界を敵に回しているような状況であるため、仮に金正恩政権を倒せば領土も広がるし世界からも批判されにくいでしょう。世界経済が悪化してくれば、北朝鮮だけでなくロシアや中国を取り巻く多くの国で領土問題が起こる可能性があると用心すべきでしょう。そうした意味で世界経済がどうなるのかが重要です。

 島田 株価に表されているように、世界経済の見通しは良くありません。中国経済の悪化やそれに伴う金融不安に加えて、EUの金融不安や米国の景気減速と言ったマイナス材料を今の株価は織り込んできています。また、日本の10~12月期GDPもマイナス成長となったことで、17年4月の消費再増税も怪しくなっています。このため、中国やEUの金融不安がさらに悪化すると、原油価格の一段安といったことも考えられますし、そうなると今でも悪いロシア経済がどうなっていくのかという心配も出てきます。

 貞岡 中国も周知の通り、何が起こっているかよく分からない国です。ウイグル族への弾圧を報道した外国人記者を追放したり、香港の反中国政府本を販売している書店の社長を拘束したりしている中国政府による反政府運動への取り締まり強化は何を意味するのか。中国経済の悪化による国民の不満の高まりとリンクしたものではないのか。そうしたことを考えると、シリアの難民によるEU各国民の不満の高まりとともに、世界が不安定化してきていると見られます。世界恐慌から第二次世界大戦へと繋がっていった過去を繰り返さないためにも、経済を早く立て直してもらいたいと思います。

 島田 同感ですが、日本の場合はまずアベノミクスの数々の誤算をきちんと反省しなければ立て直すことは難しいのではないでしょうか…。

――2015年のアセアン経済はどうだったか…。

  悪くはないが、依然ほどの強さもなかった印象だ。2015年の成長率はインドネシアが前年比4.79%(2014年5.02%)、フィリピンが 同5.8%(同6.1%)、シンガポールが同2.1%(同2.9%)など、全体的に減速した。ただ、懸念されていた米国の利上げはさほど影響はなかった。イエレン米連邦準備制度理事会議長が慎重に時間をかけて、マーケットと対話をしながら利上げを行ったためだろう。

  日本企業のグローバル展開の視点からすると、「米国経済」と「中国経済」、「原油価格」がまず気になるテーマというが、アセアン経済はそのいずれの要素にも大きく依存している。米国経済を除いて、15年はまさにその影響が色濃く出た。各国では内需が育ちつつあるとはいえ、依然として外的な要因の影響の強さを感じた。

  確かに外的な要因が各国の経済成長に悪影響を与えたが、景気が鈍化したことが契機となりタイやインドネシアでは外資規制緩和を含む景気刺激策を実施することができたとも言える。特にタイは軍政長期化で経済が滞りを見せていただけに政策の効果は大きいと見ている。今後は、政策を積極的に実行した国がいち早く景気回復に向かうと予想している。

――今後の成長国は…。

  主要国ではフィリピンとベトナムだろう。フィリピンについては、圧倒的に人口構成が若い上、給与が急ピッチで増加していることから、購買力も強まる一方だ。また、英語人材も豊富であることから、今やインドを追い抜き、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の中心的拠点となっている。コールセンターやソフトウェア開発などの総称であるBPO産業はフィリピンでも最も成長性が高く、今や長年の最大の外貨収入源だった海外労働者による送金を上回る勢いだ。2004年には10万人程度だったBPO産業の総労働者数は、2015年には110万人程度に達したとみられる。高い電気料金から製造業の進展が遅れているのは事実で、大統領選の不透明性もあるが、フィリピン経済の見通しは基本的には楽観的に見ていいだろう。

  そんなフィリピンより成長率が高いベトナムの注目点は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)に参加しており、参加国の中で最も利益を享受するとみられる点だ。日本企業にとっても、生産・輸出拠点としての魅力が高まっている。TPPを利用した輸出加速をにらんで、すでに繊維・縫製産業では香港や台湾などから投資の波が起きつつあるようだ。また、TPPにより貿易や産業構造が大きく変わる可能性を秘めている。TPPでは原産地条件(関税撤廃を受けるために、商品が対象国の原材料で作られなければならないルール)を満たすことが求められることから、現状で中国依存の強い工業部品や素材の調達を、国内あるいはTPP加盟国にシフトしていかなければならない。ここに日本企業の商機もうまれ、素材や部品メーカーが事業拡大したり生産体制を見直す際には、ベトナムは有力な候補になりえる。北米を中心としたTPP参加国への輸出では、生産拠点の再検討が必要だ。日本の各業界も、これらの検討に既に着手しているとされる。

  インドネシアの成長率は5年連続で減速し、2015年は5%増を割り込んだものの、先行きについては悲観する必要はないだろう。昨年9月から実施した景気刺激パッケージが外国人投資家に好感され、従来、脆弱だと指摘されてきたルピアが昨年末の米国の利上げ以降、堅調に推移している。経済成長の足かせとなる通貨安懸念が一服しているため、金融および財政政策の効果が効きやすい環境となっている。そのなか、政府は1月にガソリン価格の引き下げと政策金利の引き下げを決定。さらに2月中旬には新たな景気刺激パッケージを、さらに4月にはネガティブリスト(外国人の投資を禁止する業種)の改正を予定しているなど、今年は外資主導による景気回復が見込まれている。

――逆に不調な国は…。

  マレーシアは原油や商品価格下落、外需の弱さが大きな下げ圧力になるのでは。これらを反映して、先般修正された2016年予算案ではGDP見通しが従来の前年比4.5%増から4.0%増に下方修正された。日本企業にとっても、現地での販売や生産・輸出活動で厳しい状況になることが予想される。予算案に関連しては、日本企業に対する徴税や罰則の強化という形で影響が表れている。政府の主要財源の石油関連収入が大幅に減少していることから、その補てん先として企業が狙いうちされたもので、石油以外の一般の法人税や個人所得税などからの実入りを増やしていこうという意図のようだ。すでに多くの日系企業に対して移転価格税制の調査が行われたり、地場企業でも民間企業に対しては税務関連の調査が強化されているという。

   タイも、ASEAN経済共同体(AEC)の恩恵を最も享受するとは言われているが、景気回復には依然として不透明感が残っている印象だ。経済成長をけん引する輸出、投資、内需、観光のうち、回復しているのは観光のみ。輸出は中国経済をはじめとする世界経済の回復遅れから今年も停滞が予想され、また内需についてもコモディティ価格の下落を受けた農家所得減少を背景に、消費の低迷が続くと見られている。これらの問題を解決すべく、政府は前月、輸出については需要が目覚ましいCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)との国境貿易促進に向けた国境通関手続きの簡素化を実施。また、同月に天然ゴムの政府買い取りを決定するなどの対策を打った。しかし、これら対策の効果が実体経済をどれだけ押し上げられるかは不透明との見方も強い。インドネシアのように大幅な外資規制緩和による外資誘致や利上げの余地も乏しいことから、公共投資支出以外にどれだけ実効性のある政策を打てるかが焦点となりそうだ。

  シンガポールも景気に陰りがある。これは不動産市場や製造業売上高、小売売上高などの指標に現れている。ただ同国の場合は、足元の景気だけでなく構造的な問題もあるように感じる。先進国並みの経済水準に達してから久しいが、今後も成長を続けるための試行錯誤の段階、端境期にあるようなイメージだ。当局も、競争力のある知識集約型産業や研究・開発(R&D)を中心とした、より競争力を高めるような投資誘致に力を入れている。ロボット工学や「モノのインターネット」などの最先端技術を育てているようだし、日本企業に対してはデザインやクリエイティブ分野の企業を誘致したいとしている。従来型の産業をそのまま誘致したり、地の利を活かしたハブ拠点を目指すだけでなく、自国から何かイノベーションを引き起こすような産業を作る考えだろう。

――ベトナム以外のCLMVはどうか…。

 b>A ミャンマーへの期待感は強いが、やはり政治に不透明感が強い。とりあえず無事に新国会が開催され、議長指名などの人事が進展しているのは喜ばしいが、最大の焦点である大統領人事が依然明らかになっていない。憲法の規定でアウンサンスーチー氏が大統領に就任できないのは確実のはずだが、足元では憲法を凍結することで障害を乗り越える案も囁かれている。大統領指名が無事済んでも、スーチー氏に国民は過剰な期待を向けているとみられており、スーチー氏が期待に応えられなかった時、強い失望感が発生する可能性が高いことは大きなリスクだ。経済をみても、慢性的な貿易赤字、財政赤字、そして高いインフレが続いており、楽観し続けられる状況ではない。まだ高い成長を享受できるとは思うが、少し注意してみるべきだろう。

  ラオスとカンボジアについては、後発開発途上国であり、また人口が比較的少ないことなどから注目度が低いが、TPPやAECの恩恵を享受し、しっかりとした経済成長を歩むと見られる。両国ともAEC発足を受けて関税撤廃を進めているため、タイ~ベトナム~中国の中継貿易としての機能がますます期待されることに加え、TPPによるベトナムの貿易が拡大すれば、賃金が低い両国へベトナム企業による投資も活発化すると予想される。法律やインフラなど投資環境は決して整備されているとは言えないものの、域内で労働集約型企業が進出できる国である魅力も残されているため、日系企業の進出も期待したい。

――各国様々だが、中国よりはましで、やはりなんとか成長を続けていくのではないか…。

――プライベート・エクイティ(PE)ファンドが存在感を増してきた…。

 藤井 1976年に創立されたコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)がPEファンドの草分けで、ペルミラが設立されたのは1985年。当社は世界の市場で急成長している。アメリカ系のPEファンドが多い中、当社は、欧州発という特徴を持っており、元々イギリスのマーチャントバンクであるシュローダーの投資部門が独立して誕生した。世界各地に進出する中、日本には2005年に進出しており、既に10年以上の実積を有している。

――日本で妙味のある投資対象はあるのか…。

 藤井 「ほぼ経済が成熟化した日本で有望な投資先は乏しいのでは」とよく聞かれるが、日本には、非常に多くの魅力的な企業があると考えている。PE投資というビジネスは、会社が合理的に経営されていれば必要ないのかもしれないが、現在の日本企業は本来のポテンシャルを発揮しきれていないケースが多い。そうした波に乗り切れていない会社に投資を行い、波に乗せることが当社の仕事だ。一般的にいって、日本企業はものづくりについては文句のつけようがない。しかしながらそれを海外に展開したり、あるいはM&Aを行って更なる発展を目指したりすることは得意ではない。そうした状況に対し、投資を行い、例えば能力の高い経営者を連れてくることで、企業が持つポテンシャルを更に発揮できるように調整するのが我々の使命だ。

――実例は…。

 藤井 例えばペルミラが投資したアリスタライフサイエンスは、元トーメンとニチメンの農業化学品事業を統合させた会社で、商社の子会社ということで世界中に販路を持っていたが、中核市場は農薬ニーズが限定的な日本で、潜在力を十分には発揮できていなかった。そこで2008年にペルミラが投資した後、本社を海外に移転し、販売先をブラジルやインド、オーストラリアといった巨大農業国にシフトさせ、大規模なM&Aを各国で実施し、2015年までの支援期間中に2桁の増益率を実現した。また、KKRが2014年に80%出資したパナソニックヘルスケアは、かつてパナソニックの100%子会社で松下寿電子工業という名前で、四国にある同社は糖尿病向けの血糖値測定センサーなどを製造していたが、製造にあたっては大幅な無人化に成功するなど、非常に先進的で、専門分野での生産性は世界一といってもいいレベルだった。一方、成長分野に十分な投資がなされておらず、ヘルスケアにおけるグローバルな知見という意味では足りないところがあったのを、KKRが株主になってから成長軌道に乗るようになり、2015年にバイエルの血糖値診断事業を買収して、グローバル企業に成長させている。このような実例が積み重なってくれば、PEが成長を助けることができるというイメージが日本企業の経営者にも伝わってくると期待している。

――投資先の目標件数や金額は…。

 藤井 当社の投資は、投資する側と、投資される側のニーズが合致した上で、お互いの合意の上で成り立つ、いわば縁によるものだ。そのためマーケットで株式を勝手に購入するようにはいかず、具体的な目標や予算は敢えて定めていない。当社が成長を手伝うことが可能で、投資先の経営陣が当社と一緒に成長することを望んでいなければ投資は成功せず、このような機会はそう頻繁にあるものではない。やはり、創業者や経営者にとっては自分の会社や子会社、部門は可愛い我が子のようなものであり、それを売却するのはまさに身を切るようなものだ。それを説得するためには、顔と顔を合わせ、当社がなんのために投資し、どのように会社を成長させていけるかをとことん説明しなければならない。商社も類似した活動は行っており、彼らと当社がどう違うのかも話さなければならない。その結果、1年で1社も投資先が見つからないこともあるが、当社はそれでいいと思っている。

――貴社の得意分野は…。

 藤井 当社の投資グループは5つの専門分野に分かれており、それぞれ小売・消費財、テクノロジー、産業サービス、金融サービス、ヘルスケアを専門としている。これらの分野に力を入れているのは、これらが今後の成長産業だと考えているためだ。例えば、ヘルスケアについては、今後世界的に少子高齢化が進展する中、確実な需要が増加すると認識している。小売・消費財に含まれる食品についても、今後世界的に中産階級が増える中、食事が人間の最も重要な行為で、根本的なレジャーであることから着実に成長すると見ており、イスラエルの灌漑事業や北欧の魚類ワクチンの会社から、日本の回転寿司チェーンまで幅広く投資を行っている。我々は今後、中産階級の伸びが食品供給の伸びを上回り、食品が足りなくなると予想しており、それに備えて食品の原材料から配送まで、グローバルなサプライチェーン構築に強い関心を持っている。

――日本ではどのような業態に関心があるのか…。

 藤井 やはり日本でも当社は成長産業に関心を持っている。世の中には斜陽産業に投資するファンドも多いが、そうしたスタンスは当社が目指す方針とは異なる。例えば現在、競技人口が減りつつあるゴルフ場をソーラーパークに転用する動きがみられるが、当社はそうした投資は結局、労働者を含めたステークホルダー全ての幸せに繋がらないとみている。もちろん投資家としてリターンを出すことは必要だが、当社が望むのは全体のパイそのものを拡大することだ。例えばテクノロジー関連では、当社はビッグデータの取り扱いで世界一位のインフォーマティカという会社に投資しているが、この会社はこれまで存在しえなかった全く新しいサービス誕生に貢献している。このように、世界をポシティブに変えるインパクトがある企業に投資し、成長のお手伝いをすることが本懐だ。日本では、最大の回転寿司運営企業のあきんどスシローに投資しているが、寿司はアニメと並んで世界で通用する日本発のコンテンツだ。当社としては、国内でパイを奪い合うのではなく、グローバル舞台に進出していきたいと考えている。

――成長を重視する投資スタンスは少ない…。

 藤井 確かに他のPEファンドで成長にフォーカスしている事例は少ないだろう。これは、短期的に利益を出すためなら、人員削減といったコストカットを行う方が容易だからだ。確かに、日本企業の場合は例えば購買の最適化や不要部門のスリム化などによってコストカットが行える余地が大きい会社は多いが、当社はそれより投資先の成長可能性を重視する立場をとっている。また、当社は欧州系のPEファンドであることから、ヨーロッパ系の人々の特徴である文化多元主義を重視しているように思える。アメリカ人は理屈で物事を進める傾向が強いが、例えばイタリア人と話すと、理屈と現実にギャップがあることは当然と、日本人に近い価値観を感じることがある。投資についても非常に長期的視野を持っている。

――日本PE協会の監事をされている…。

 藤井 PE業界の発展にも寄与したいとの考えから務めさせて頂いているが、当社に限らず、PEファンド業界全体に対して、広く誤解があるように思われる。いわゆるハゲタカファンドと何が違うのかと問われることが未だにあるが、我々と彼らは全く異なるビジネスだ。我々は機会主義的に危機に陥った企業の資産を買い叩くわけではなく、インサイダー取引のようなグレーな取引とも全く無縁だ。むしろ、PEファンドの役割はかつての日本のメインバンクを代行するものと考えている。かつて銀行は、単純な債務とはいえない長期資金を企業に投入し、企業と長く寄り添ってきたが、PEファンドも同じように、企業とともに成長を目指していきたいと願っている。残念ながらそうしたPEファンドの役割が十分に認知されているとは言い難いが、いずれそのことを広くご理解頂き、PEファンドの活用を検討して頂ける方々が増えることが私の夢だ。

――アベノミクスには多くの誤算が生じてきている…。

 馬淵 私は現内閣官房参与の浜田宏一先生にも師事するリフレ派であり、民主党が与党だった2011年8月の代表選に出馬した際にも、大胆な金融緩和によるデフレからの脱却を訴えた。アベノミクスの第1の矢である金融緩和は私がまさに主張していた政策であり、方向性は正しいと評価している。その後、第2の矢の財政政策と第3の矢の成長戦略が中途半端であったことで成長の動きが止まっていることが問題である。特に2014年の消費税率8%への引き上げは景気回復の大きな足止めになった。やはりデフレから脱却できていない状況での増税は中止すべきだった。消費税創設や5%への増税の際には同時に所得税・法人税等の減税措置を行ったので影響をある程度抑えることが出来たが、今回の3%引き上げは純増税であり、個人消費が落ち込み、景気が冷えるのは当たり前だ。原油安の恩恵により何とかダメージを食い止めてはいるが、消費税率を引き上げて以降の日本経済は2014年度の実質GDPがマイナスに陥るなど、実に惨憺たる状況となっている。

――アベノミクスの対案となり得る具体的な経済政策は…。

 馬淵 やはり消費税率引き上げの凍結しかないと考えている。消費増税は民主党が決めたことの声もあるが、社会保障と税の一体改革の際、私はリフレ派の一員として当時の野田首相に対しても消費増税慎重論を唱え、引き上げ時期の半年間延期と景気弾力条項を押し込んだ。しかしながら、安倍首相は2014年の解散総選挙の際に10%への増税先送りを決めると同時に、財務省との交渉で景気弾力条項を削除し、消費税率が自動的に上がる仕組みを作ってしまった。つまり、安倍政権は景気に対する政治判断を放棄したというに等しい。景気条項を法案の附則に残す民主・自民・公明3党合意の内容を無視して自動的に増税をしようとする安倍政権に対抗して、消費税率引き上げの凍結こそが最大の経済対策であると今こそ主張すべきだ。

――消費増税の凍結以外の手立てはあるか…。

 馬淵 現在の金融緩和を引き続き継続していくことも有効な手段だと考えている。長期国債の買い入れは確実な効果を示しており、今後はさらに長い年限の国債を買いますべきだ。日銀は長期国債買い入れの平均残存期間を6.5年程度としているが、例えば残存期間10年超の超長期債のみを買い入れるなどの制限を加えることで、さらにポートフォリオリバランス効果が期待できる。また、現在は日銀当座預金の超過準備部分に0.1%の金利が付いているが、この付利金利の存在が銀行の貸し出し意欲を削いでおり、廃止すべきだ。

――一方、安倍内閣が推し進める安全保障政策に対する具体策は…。

 馬淵 我々は安全保障関連法案に対して必ずしも反対一辺倒ではなく、対案路線を打ち出してきた。実際に国会に対して領域警備法案を提出したほか、PKO法や周辺事態法についても改正案の国会提出に向けた準備を進めていた。安倍政権の進める安全保障に対しては、集団的自衛権の行使を一部容認せずともほとんどが個別的自衛権で対応可能であり、グレーゾーンと言われる部分については領域警備法を整備すべきだと提言している。安倍政権は「重要影響事態」という概念を設け周辺事態の地理的概念を無くしたが、これはやり過ぎであり、地理的概念はしっかり残したうえで東アジア周辺地域の脅威に対応できるような周辺事態法を整備すべきだ。また、PKOにおいては、他国軍や民間人が危険にさらされた場合の駆けつけ警護については認めるが、治安維持に関しては認めるべきではない。治安維持までが活動範囲に含まれると、暴徒の鎮圧などから戦争の引き金になる可能性があるからである。そして、こうした個別法の上位法として、我が国の防衛の基本的考えを示す安全保障基本法が必要になると考えている。

――北朝鮮が水爆実験を行ったが、近隣諸国の脅威にはどう対処すべきか…。

 馬淵 領域警備につき海上保安庁と海上自衛隊の連携による領域警備を可能にするための法律について準備を進めている。さらに、洋上などからのミサイル攻撃が行われる可能性が高まっているため、ミサイル防衛に対処する法案も必要になる。上記のような法案がきちんと整備され、基本法によってキャップをはめることができれば、現時点で憲法改正にまで踏み込む必要はないと考えている。本当に憲法を改正して安倍首相が述べているようなことを行おうとすると、日本は「軍隊」を持ち、米軍の指揮下で世界中に派兵することが可能になることを指向していくことにつながりかねない。現在の日本において、その軍隊の是非について国民的議論の熟度が高まっているとは、とうてい思えない。

――民主党は日米関係を軽視しているとの見方もあるが…。

 馬淵 決してそのようなことはなく、元国務省日本担当部長のラスト・デミング氏も、日米関係は鳩山内閣の頃に一時悪化しかけたが、その後の菅内閣と野田内閣ではより強固になったと述懐している。鳩山元首相の「最低でも県外」発言により米国側は約束が反故にされたとの感情を抱いたかもしれないが、決して民主党政権そのものが米国に敵対した訳ではない。東西冷戦は終わったが、我々の同盟国は米国であることには何ら変わりなく、基軸である日米同盟を深化させていくのは当然のことだ。

――慰安婦問題を巡る日韓合意については…。

 馬淵 今回の合意により、慰安婦問題は「不可逆的に最終的に解決」と言ってはいるが、朴槿恵氏が大統領を降りた後に合意内容が反故にされる可能性も否めず、最終的な解決になるかは不透明だ。安倍首相は日中関係や日韓関係を改善した立役者のように振る舞っているが、もともと関係を壊したのは安倍首相自身ではないか。自ら悪化させた関係を元に戻したと主張しているだけであり、まさしくマッチポンプだ。

――自民党に代わって政権が担える健全野党の誕生への待望論は強い…。

 馬淵 2014年の衆院選の際、私は地元で野党結集の先頭に立つという公約を掲げた。その後も野党結集を目指して水面下で動いてきたが、首相官邸の後押しにより大阪維新の会が分裂したため、野党結集は難しい状況になってしまった。現在の維新の党には元々民主党を離党した議員が多く、仮に合流したとしてもさほどのインパクトはない。また、自民党内のリベラル派についても、政権を担っている限り分裂の可能性は極めて低い。まだまだ、野党結集は難しい局面にあると言わざるを得ない。

――今夏には参議院議員選挙が行われるが…。

 馬淵 主要閣僚である甘利大臣が疑惑で辞任し、情勢は流動的だが、私は参院選の前に衆院選が行われることもあり得ると予想している。時期としては来年度の予算と予算関連法の成立後を見込んでおり、早ければ3月にも衆院が解散されるかもしれない。仮に3月5日に解散した場合は4月24日に衆院選を行うことが可能であり、予定されていた北海道5区の補選が総選挙に置き換わることにもなる。解散が行われると考える理由の1つは、国会でTPPに関する特別委員会が4月に設立される可能性があるためだ。我が国農業にとって不利な内容を含むTPPの合意内容について野党から攻められれば、自民党は参院選で地方の1人区の勝敗を左右する農業票を失いかねない。よって、TPPの中身を穿られる前に衆院選を解散してしまおうという判断を下す蓋然性は高い。

――衆院選を解散する大義名分は…。

 馬淵 一票の格差については最高裁判所から連続3回も違憲状態の判決が出されており、現在の区割りのままでは選挙は行えないだろう。そこで、私は政治改革の実現を解散の理由にすると見ている。衆院議長の諮問機関である「衆院選挙制度に関する調査会」は、小選挙区7増13減・比例代表1増5減による議員定数10減により、一票の格差を2.13から1.62とするとの答申を出したが、小選挙区で減少するのはいずれも自民党の議席であり、まず自民党内の議論は調査会の答申通りにはまとまるまい。現に、自民党の細田幹事長代行も、最新の国勢調査の結果が出るまでは、議論を先送りにすることを示唆している。このため、一票の格差1.62倍という数字にすりあわせるべく比例を削減、大都市の増区などを組み合わせたお茶を濁すような妙な形の与党案が出てくる可能性がある。今後、2月中旬までに「調査会の案は飲めないが、憲法の要請に応える」という形で与党が新たな提案を出すような状況が起きれば、それこそが解散のシグナルだと見ている。野党結集が難しい状況下で厳しい戦いにはなるだろうが、民主党の1丁目1番地である子育て支援と年金改革、同一労働同一賃金の実現など労働環境の整備を旗印に掲げ、経済成長に資する再分配政策を訴えていきたい。

――これまでの国際的な監督当局のテーマは…。

 河野 最も中心的なものは、FSB(金融安定理事会)が取り組んでいる、リーマンショックを受けた金融危機再発防止のための規制改革だ。規制の中身を設計段階で交渉し、まとめることに注力してきた。ただ、それ以外にも幅広いテーマがあり、例えばTPP(環太平洋パートナーシップ)協定には、我々も金融サービス分野で関わってきた。その他、各国との協力で経済活性化を目指すために行ってきたのが、アジアとの協同を目指す枠組みである「アジア金融連携センター」で、アジア各国当局から研究員を招き、研究や交流を進めてきた。センターは各国との信頼強化に加え、日本の金融機関の海外進出、あるいは海外の金融機関の日本進出のハードルを下げることを狙いとしている。

――FSBの残されたテーマは…。

 河野 金融危機を受けた規制改革の見直しはほぼ一段落しつつあるが、今後は規制の実施と、新しい問題への対処の二つがテーマになるだろう。まず実施については、公平な競争条件を維持するため、本来ならば各国が同じタイミングで規制を導入する必要があるが、実際には国によっては期限を守れないこともある。FSBでは、現在参加国が相互に監視しあうピアレビューを行うことで円滑な規制導入を目指しているが、今後もそうした取組みが欠かせない。もう一つは、金融危機の後に表面化したり、従来からのテーマの中で新しく問題になったものへの対処であるが、中でも金融機関のミスコンダクト(不正行為)に関する議論は、幅広いテーマを含む。例えば最近クローズアップされているのは、マネーロンダリング規制強化によって銀行の送金業務に支障が生じるケースだ。もちろんマネーロンダリング対策は必要だが、不正ではない一般市民の正当な送金が阻害されるようなことはあってはならない。そこで現在、必要な手直しを行うため、具体的に規制の何が支障になっているかの検証が行われている。

――その他については…。

 河野 少し意外感があるかもしれないが、我々は気候変動問題にも取り組んでいる。昨年の国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)ではパリ協定が採択されたが、そこでは、温暖化によって世界経済に被害が生じることも意識された。その被害を防ぐ上では様々な努力が必要だが、金融にも果たせる役割があると考えており、例えば民間銀行や機関投資家のマネーを、温室効果ガス削減に貢献する分野に誘導することが挙げられる。もちろん、直接当局が介入するのは自由経済にそぐわないので、民間の自主的な取組みによって、ディスクロージャーのあり方が向上し、投資家がそうした取組みを評価して投資を行えるような環境が整っていくことが重要と考えている。FSBのマーク・カーニー議長もこうした環境対策には熱心だ。

――金融規制が成長資金供給を妨げるという批判もある…。

 河野 日本当局もその声は重く受け止めており、国際的議論の場でもそのことを主張している。特に注視しているのは、個別では間違っていない規制でも、他の規制と組み合わさることで全体として過剰な規制効果や意図せざる影響を発生させるケースで、日本としては包括的な規制の影響の調査を行い、必要ならば個別の規制を見直すことも提案していきたい。ただ、規制の議論の流れを変えるには、我々当局だけでは不十分であり、日本の民間金融機関にももっと声を挙げて欲しい。私は現職に就任してから7年経つが、様々な国際金融会議に出席しても、邦銀の代表が一人も参加していないことは珍しくなかった。しかし、日本が国際的な影響力を持つためには官民の協力が不可欠で、民間側から建設的な提言が行われることで、当局としても国際交渉の場でより強い立場で発言できる。バーゼル委員会側でも市中の意見を聞く機会は増やす必要はあるが、現状でも市中協議、ラウンドテーブルやワークショップなど、意見を主張する場はあり、邦銀にもそうした場で思うところを主張して欲しい。ただ、主張の際にはただ反対と訴えるのではなく、どういう規制であればビジネスにとって障害にならないのか、逆にどのような規制であれば銀行業界の信頼向上や安全向上に繋がるのか、考えを提案していただきたい。最終的な交渉は我々の責任だが、民間金融機関の提案を活かし、より望ましい規制策定に貢献することはできるはずだ。

――日本独自の業態である証券会社の規制は…。

 河野 大手証券は海外では銀行として認識されており、実際に海外で銀行業務を行っている場合があるため、国際合意でも銀行に準じて取り扱われている。実際、昨年金融庁は大手2社を「国内のシステム上重要な銀行(D-SIB)」として指定したが、規制は業務に応じて検討されており、大きな悪影響はないはずだ。ただ、当事者の意見は謙虚に拝聴するつもりであり、何事も実態を踏まえた対応を行っていきたい。

――TPPによって海外の銀行が押し寄せてくる可能性は…。

 河野 実はTPPの合意内容は、むしろ日本勢の海外進出を後押しする内容だと思っている。というのは、1999年のWTO(世界貿易機関)会議の合意で、日本の金融業は既に大きく開放されているからだ。一方、TPPに参加している他の新興国は大幅に金融業に関する規制を撤廃することになったため、日本の金融機関にとって、一つのチャンスが生まれていると思う。TPPで悪質な金融サービスが流入するとの不安感もあるようだが、合意では健全性や投資者保護のための規制は自由化義務の対象外となっており、また海外当局との調査・監督協力も行うため、TPPによる悪影響はないと考えている。

――シャドーバンキングについては…。

 河野 基本的な考え方として、各分野を密接に監視し、リスクをもたらす危険性がある分野については、規制の範囲に含めることで合意している。日本の場合はノンバンク規制に関する議論がかなり進んでいると思っているが、今後も国際基準に沿った見直しは不断に続けなければならないだろう。他国では、例えばアメリカで登録ファンドの規制の見直しが進められており、リスク管理や透明性向上に関するルールの強化が次々に公表されている。FSBでも資産運用業のリスクへの規制対応を検討している最中で、今年中に必要な規制案が発表される予定だ。

――アジア金融連携センターの参加国は…。

 河野 当初は、モンゴル、インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマーを「重点5カ国」と据えていたが、他の国々からも問い合わせがあったことから、現在では特段限定せずにアジア全般からの参加を受け入れている。最近ではラオスやカンボジアといった東南アジア諸国に加え、スリランカやウズベキスタンのような南・中央アジアの国々からも研究員を招聘している。センターは金融庁内に設立されており、外国からの研究員がいつも少なくとも4、5名常駐している。センターを開設したのは一昨年の4月であるため、既に1年半以上続けてきたことになり、これまで9カ国から、30人以上の研究員を受け入れてきた。現在、アフリカ諸国やラテンアメリカからも問い合わせがあるため、4月からは名称を「アジア」から「グローバル」金融連携センターに改称する予定だ。

――今後の課題は…。

 河野 間もなく、金融危機の再発防止を主眼とした金融規制改革は一段落する。それを踏まえた今後の課題は、金融の原点である「実体経済を支える成長資金の供給源」との役割を意識し、規制や監督を見直すことだろう。そのための最初のステップは、規制の複合的影響の評価であり、行きすぎがあれば正していく。もちろん新しい金融リスクの火種になりかねないノンバンクに対しては、規制を強化する必要があるかもしれないが、基本的には成長資金供給に繋がるような金融規制の姿を探っていく方針だ。「アジア」から「グローバル」に発展する連携センターも、成長に資する要素にしていきたいと思っている。今後もアジアが成長していく構図に変わりはなく、世界の成長とともに日本も成長する必要がある。そのための資金供給ができるように、センターを通じて各国当局との交流を強化し、知見を共有していきたい。

――人材教育も重要だ…。

 河野 確かに人材は大きなネックだ。人材は1日2日で育つものではなく、将来を見据えた人材開発研修や、民間との人事交流を計画しなければならない。工夫によっては、「我こそは」と立候補する民間の方に数年働いてもらう形も考えられるだろう。そのほか、会計士や弁護士といった有資格者の登用も有意義だ。そのほか、これは若干私見となるが、専門家としての自覚を持つために、一つの役職への在任期間をもっと長くしてもよいのではないか。現在は2年で異動する人が多い。私は7年目の今になってネットワークを広げ、円滑に仕事ができるようになったぐらいの感覚だ。若いうちは様々な経験が必要だとしても、専門分野をより明確にして人材のレベルアップをする必要がある。高度に専門性が高くなった現在には、昔のようなゼネラリスト像はそぐわないように思える。勿論広い視野も必要で、専門性とバランス感覚をどう調和するかが重要になるだろう。

――インド経済の状況は…。

 山崎 昨年の11月に発表された15年7~9月の経済成長率は前年同期比7.4%増で、主要国では世界最高の水準だった。高い人口増加率に支えられた消費の拡大に加え、海外に比べて旺盛な投資が経済成長をけん引している。投資については、貯蓄不足で投資を賄いきれない面もあり、現政権は外資の投資誘致にも力を入れている。12億人という巨大な人口が生み出す内需の強さも成長の原動力だ。一方、インフレ率は低下傾向にはあるものの、最新の15年12月分の消費者物価指数は前年比5.61%増となっており、他国と比べると比較的高い状況が続いている。

――伸びている産業は…。

 山崎 GDP統計をみると、成長率が最も高く、寄与度も高いのはサービス産業だ。具体的には金融業や通信業、商業などの伸びが著しい。他国の場合では、農業から製造業、製造業からサービス業へと産業が発展するのが普通だが、インドの場合は歴史的経緯もあって以前からサービス産業が強い。この原因については様々な研究があるが、基本的には1991年の経済改革以前の産業への厳しい規制が製造業の伸びを抑えてきた一方、サービス業は新しい産業であったため、規制の枠外だったことが大きいようだ。また、高等教育が重視されている一方、初等・中等教育には比較的予算が配分されていないインドの教育システムもサービス産業の進展と製造業の伸び悩みの背景になっているとの見方もある。これは、IT業や金融業に必要とされる高等教育を受けた人材は豊富な一方、必ずしも高等教育が必要ではない工場現場に従事する労働者は集まりにくいためだ。ただ、製造業の方が雇用を創出するため、現在政府は製造業の振興に力を入れている。

――製造業発展の課題は…。

 山崎 厳格な労働者保護が産業発展を阻害しているとの見方は強い。例えばインドでは、100人以上を雇用する工場は、たとえ不況になっても容易には労働者を解雇できない。このような規制が大工場の設立を妨げる要因になってきた。モディ政権もこうした問題は把握しており、段階的に規制緩和に乗り出しているが、インドは連邦国家であるため地方の権限が強く、いくら中央が改革を進めようとしても、地方が追従しない限り効果は薄い。

――日本企業の進出状況は…。

 山崎 日本企業もインド市場の潜在力に注目し、力を入れ始めているが、インドで事業を成功させるのは正直にいって難しい。複雑な法制や税制を乗り越え、事業を軌道にのせるには手間も時間もかかる。また、少し抽象的になるが、日本人とインド人の国民性が大きく違うことも障害になっているようだ。よく言われるのは、インド人は議論を好み、自己主張が強いという傾向で、そんな彼らを監督するのは骨が折れる。工場では大量に雇用しなければならないからなお更だ。大量に雇用する場合はインド人の中間管理職も必要だが、出身や民族、宗教の違いを受け、そうした管理職と一般労働者の間で揉め事が発生する場合もある。インドは民主主義国家なので、政治的な意思決定にも時間がかかることも進出の障害だ。

――進出が成功している産業は…。

 山崎 やはり自動車産業が一番目立つ。乗用車市場で最大シェアを誇るスズキ以外でも、トヨタやホンダの四輪車と二輪車は大きなシェアを獲得している。また、消費財でも日本ブランドに対する消費者の関心は強い。食品関連では、例えば日清のカップヌードルは人気商品だ。加えて、インフラ開発も需要が強いため、日立や東芝、三菱電機といった電機メーカーなどのインフラ関連企業は現地で存在感を増している。

――今後の投資環境は…。

 山崎 外資企業の参入規制は、小売や金融、軍事関係といった敏感な部分を除けばほぼ自由化されている。問題は税制で、ちょうどインドでは経済改革の目玉として物品サービス税の導入論議が進んでいるところだ。現在インドでは国、地方がそれぞれ間接税を課しており、税制が入り乱れて複雑になり、企業や消費者にとって高コストとなっているうえ、単純に手続きも煩雑だ。国内で商品を移動させるだけでも、様々な納税義務が発生し、ビジネスの障害になっており、そのためにインドでは現在全国的な市場が形成されていないのが実態だ。物品サービス税はそうした多くの税金を一つに統合することを狙いとしているが、そのために必要な憲法改正は野党の反対に会い、国会の反対で進展していない。もし成立すれば環境が大きく変わるため、いつ実現するかは、インド経済や進出企業にとって大きな注目点だ。

――その他のポイントは…。

 山崎 インドでは税務当局が、外資系企業や外国投資家から様々な口実で税金を徴収しようとするケースがしばしばみられている。これは税法の恣意的な運用のためであり、外国企業が進出をためらう理由の一つとなっている。現政権はそうした恣意的運用を自制するとしているが、どれくらいの時間でそれが実現するのかが問題だ。その他にも労働法改正など、課題は山積している。世界銀行が発表しているビジネス環境のランキング(Ease of doing business)によれば、インドの順位は全189カ国中130位と、上昇傾向にあるとはいえ、まだまだ低い。いくらインドが大国といっても、企業を更に誘致するにはこうした状況の改善が必要だ。

――今年の見通しは…。

 山崎 一言でいえば、やや明るいとみている。今年もインドは主要国では最高水準の高い成長を実現するだろう。ただ、中国を始めとした国外の環境は悪化しつつあり、世界経済への統合が進んでいるインドも影響は免れない。例えば輸出は14年12月分から前年割れが続いている。これはインドの輸出に占める石油製品のシェアが大きいため、原油安の煽りを受けている部分も大きいが、その他のインド製品への需要も伸び悩んでいる。輸出が伸びなければ製造業の設備稼働率が上昇せず、設備稼働率が低いと、投資が進まない。投資については、国内銀行の不良債権が増加しつつあり、銀行が貸し出しに慎重になっていることも押し下げ材料になっている。インドでは直接金融が発展していないため、こうした銀行の姿勢が強まれば、資金の流れが滞ることにもなるだろう。株式市場についても、外国投資家の存在感が大きいため、彼らがリスク回避選好を強めると、株価は大きく下落してしまう。インフラが不十分であることも課題だ。しかし、これらの問題はモディ政権が改革を進め、インフラ開発に力を入れていけば、ある程度改善が可能だ。現状の7%超の成長は十分に高いが、改革が実現すれば、インドの潜在的実力に相応しいより高い成長が実現するだろう。

――昨年のトピックの一つは安全保障関連法の成立だ…。

 木内 安全保障政策は、法案そのものだけでなく、国家がとる政策の方向性も含めて国民から信頼されなければならない。にもかかわらず、賛否について国論が分かれた状態で与党案が成立してしまった。実際、この状態に違和感を持つ自衛隊員も多い。現状では、冷戦下に米ソの対立構造の元で蓋をされてきた問題が表面化し、ナショナリズムや民族、国境線の問題、ISILによるテロなどが起こっている。これに対し、日本は国の方向性がまだ漂流し続けている状態だ。冷戦後の日本国の方向性が整理されていないにもかかわらず、今回は通常国会一期間のなかで成立を急いだ点で、結論ありきの雑な議論だったと言える。

――政府案は違憲との声も根強い…。

 木内 憲法解釈の部分は難しい問題だが、政府の安保法制は大多数の憲法学者が違憲だと指摘している点でやはり問題がある。実際、元内閣法制局長官も批判している。政府案は、曖昧な要件で集団的自衛権の行使を認める内容となっている。一方、我々維新の党による独自案は個別的自衛権の範囲内で安全保障政策を行えるようにしている。個別的自衛権の拡大解釈にあたるとの批判も時にはあるため、慎重な対応をしなければならないことは理解しているが、範囲内で周辺事態に対する自国の防衛ができる内容としている。我が党による案は憲法学者の小林節慶應義塾大学名誉教授から合憲との判断を得ている。

――維新の党による独自案の考え方は…。

 木内 維新の党案では、自国防衛のための自衛権行使に徹底している。日米連携を基礎とした武力攻撃危機事態を設け、抑止力と対処能力を充実させる。日米連携だけで自国を守りきれるとは言わないが、防衛費の規模などを比べても米国はまだ世界で強い状態にある。また、政府案では集団的自衛権の行使を存立危機事態という曖昧な定義のものを根拠に認めているが、戦闘状態に入る前のグレーゾーン事態には対応できていない。実際、尖閣諸島周辺の領海に中国船が侵入しているが、これに対する現在の法整備は不十分だ。一方、我々の案は集団的自衛権の行使を認めず、「領域警備法」の制定でカバーする。領域警備法は、自国の領土・領空・領海を徹底的に守るものだ。

――ホルムズ海峡が閉鎖され、原油が輸入できなくなったらどうするのか…。

 木内 維新の党案は、自国を守るための平和国家専守防衛を貫き通す方針だ。自衛隊の海外派兵は禁止し、「地球の裏側まで派遣させない」ことをモットーとしている。政府案では海外派兵をする余地があり、この考えに基づけば、中東からの原油が滞った場合にホルムズ海峡への派兵が可能となる。だが、このような経済的な理由で武力行使を可能とすれば、様々なケースで派兵を正当化することができてしまうし、それこそ大東亜戦争の二の舞になりかねない。実際、安倍首相は集団的自衛権行使の具体例としてホルムズ海峡での機雷掃海を挙げたものの、答弁は二転三転した。

――集団的自衛権の行使についての考えは…。

 木内 我々の案では、存立危機事態に基づく集団的自衛権の行使を認めていないが、集団的自衛権そのものの是非は憲法判断にゆだねるべきだ。集団的自衛権の行使を一律的に容認しないという内閣法制局の解釈も融通が効いていない。だからこそ、政府は解釈改憲をせざるを得ない状況に追い込まれたとも言える。集団的自衛権については、もう少し弾力的に憲法を解釈すべきだと考えており、我々の案は、国連平和維持活動(PKO)といった国際的な人道復興支援を積極推進することも掲げている。

――PKOには積極的に加わるべきか…。

 木内 戦勝国の連合である国連をどう位置づけるかは判断が分かれるものの、国連を中心とした平和維持活動を行うと一定の歯止めをかけたうえで機動的に支援活動を行うのが望ましい。昨今ではISILによるテロが目立ち、フランスでも実際に発生したが、これは戦前の植民地政策の歴史から続くしがらみに起因しているところもある。そのしがらみがなく、戦後70年平和国家を掲げてきた日本ならではの貢献の仕方があると考えている。PKOも領域警備にも注力し、このうえ海外派兵まで認めることはできない。維新の党案は基本的に、安易に海外派兵する余地を認めず、周辺事態への対応を固める考えだ。

――海外派兵は認めない…。

 木内 「海外派兵は認めず、武力行使の一体化も回避」という方針を掲げている。武器弾薬の提供や、戦闘行為に向けて発進準備中の航空機に対する給油・整備は、どう見ても武力行使と一体化しているため禁止する。武器と防護も、事実上の集団的自衛権行使の端緒となるので、これも認めない。ここはかなり慎重に判断すべきだと考えている。この点、政府案では、存立危機事態に対処するよう自衛隊に防衛出動を命ずる際は、原則として国会の事前承認を要するとしている。ただ、実際戦闘状態に突入すれば、国会承認など不可能だ。安全保障委員会でこれについて質問をした際も、回答が不十分だと感じた。

――シビリアンコントロールについては…。

 木内 自衛隊の派遣承認手続きを実質化し、シビリアンコントロールを強化する。具体的には、防衛出動の要件を審査できるような情報を有する専門委員会を設置することだ。防衛出動を国会承認するには、正確な情報が提供されることが不可欠となる。だが、議員全員に特定機密を超えるこれらの情報を与えることは不可能だ。一方、今の国家安全保障会議という会議体では、外務大臣や防衛大臣など国民の代表であるメンバーが含まれているとはいえ、少数の人間で判断されて決められてしまう点でリスクがある。このため、専門委員会を設置し、国民の代表である国会議員の中からメンバーを選び、そこでは情報が与えられるようにすれば、シビリアンコントロールもより実質的なものとなるだろう。

――憲法の改正は行うべきか…。

 木内 9条にかかわらず、維新の党が掲げている政策を実現するためには憲法改正が必要だ。具体的には地方自治や地方分権、道州制などで、今の憲法にある問題を変えなければならない。自身としては平和国家・専守防衛の理念を守るべきだと考えており、9条の理念は守りつつ、現状に合わせて項目を加えるのが望ましい。ただ、9条の改正は賛否が拮抗するため一度棚上げにして、他の部分を先に改正する方が合理的だ。憲法制定の過程については様々な見方があるが、憲法は押し付けられたものだと断定すれば思考停止に陥る。この点、私自身が衆議院憲法審査会のメンバーになったため、今年はよりしっかりと議論していきたいと考えている。

――ミャンマーの支援に力を入れている…。

 笹川 戦後、多くの日本国民がミャンマーから輸入された米を食べて育ったように、両国には古い結びつきがあり、我々は軍政時代からミャンマー支援に力を入れてきた。このことに批判もあったようだが、我々は彼らと人道支援の窓口として関係を持ってきただけだ。以前、アメリカ大使館から経済制裁を実施しているミャンマーを何故支援するのかとクレームを受けたことがあるが、我々はただ苦しんでいるミャンマーの人々を支援したいだけだ。そうした政治や思想にとらわれない活動が花開いて、現在の日本とミャンマーの特別な関係が生まれたと自負している。彼らとの交流なしには、少数民族地域には立ち入ることすら不可能だった。

――ミャンマー国民和解担当日本政府代表に就任された経緯は…。

 笹川 少数民族とのコネクションを持つのが我々だけだったからだろう。ミャンマーでは政府と少数民族系武装組織らの間で70年間戦闘が続いており、和平実現は長年の悲願で、同国と古い関係がある日本政府もいち早くプレゼンスを示す必要があった。ここ3年間で私は約50回現地に赴き、時には武装組織の勢力圏であるジャングルに入り、双方の和解を仲介してきた。しかし一口で武装組織といっても、主要なものだけで15あり、意見を集約させるのは至難の業だ。私とテインセイン大統領は心臓にペースメーカーを入れており、お互い顔を合わせると機器の調子はどうかと聞きあう仲であり、彼のためにも彼の任期内での全面停戦の実現のために大いに汗をかいてきた結果、ようやく8グループとの停戦協定締結にこぎつけた盛大に開催された停戦署名締結式典では、中国やタイ、インドといった国境を接する国々は当然として、国境を面していない国で日本だけが停戦署名にサインした。米国も、旧宗主国の英国も署名できなかったことを踏まえると、この意味は大きく、日本の少数民族和平に向けた貢献が評価されたといえるだろう。今後も残り7グループとの停戦合意の実現に向け、全精力を向けていきたいと考えている。

――これまでの具体的な支援事業は…。

 笹川 少数民族地域での小学校建設(341校)や食料支援など、戦闘が激しいカチン州を除く多くの地域で様々な人道支援活動を実施している。日本財団しか現地に入れない地域もあるため、現地での存在感は大きく、ミャンマー政府にも認知されている。国内避難民への食料支援ではなるべく紛争地に近い地点まで赴き、物資を手渡してきたが、その際、紛争地の住民の中にはミャンマー語の米袋には毒が入っているのではとのうわさが広がり、日本財団の名前がプリントされた米袋以外は受け取らないと言ってきたこともあった。我々は袋であれば何でも良いと思っていたのだが、それ以来全ての米袋を日本財団仕様に切り替えた。それだけ、政府と少数民族間の不信感は強いということだ。今後も少数民族支援は続けていきたいが、政権移行期であるため、新しい政権の意向を見極めてからでないと新しい動きは取りにくい。

――11月の選挙の様子は…。

 笹川 私は日本政府の選挙監視団の団長として実際に様子を確認したが、じつに整然とした混乱のない選挙だった。日本以外にも米国やEUなどからのべ1000人、ミャンマー国内からは9000人、合計1万人もの選挙監視団がモニタリングしたが、目だった問題は報告されなかった。選挙管理委員会が住民にきちんと選挙を説明し、住民側も真面目な態度を堅持したことが成功の背景だろう。私が監視していた場所の一つは、小さな敷地に4つの投票所があったため、混乱するのではないかと懸念していたが、当局者は何度も説明したため問題ないと太鼓判を押し、実際選挙が始まっても市民らはスムーズに決められた通りの投票所で投票していた。私は朝5時ごろに現地に到着したが、5時半には開門を待つ市民らの行列ができていた。彼らは暑い中、一時間以上も静かに待機していた。彼らは50年間一票を投じる機会を待ちわびていたので、誰もが投票の喜びをわかちあっていた。二重投票を予防するため、日本政府が寄付した特殊な塗料が投票後に市民の小指に塗布されたが、市民らの間では投票した証である小指を見せ合うのがしばらくの間流行となっていた。スーチー氏も支持者らに小指を掲げてみせたし、テインセイン大統領も選挙の1週間後に面会した際、私に色がついたままの小指をみせてくれた。

――これからも民主化は進むのか…。

 笹川 進展すると確信している。ここ5年間でテインセイン大統領が推進した民主化のプロセスは世界でも最高の内容だったと感じている。いまや、日本を除けば、ミャンマーはアジアでメディアが大幅に自由化されている国だ。更に大事なのは、ミャンマーには民主化に不可欠な市民社会が根付いていることだ。例えば1988年に市民運動を行った当時大学生の88世代には、国家国民のために政治をよくしようという考えを持つ民主化リーダーが沢山いる。その多くは長年刑務所に収容されていたが、テインセイン大統領は彼らのような政治犯を全て解放した。今後は彼らを中心とした市民社会がミャンマーの民主主義を支えるだろう。一般的に国際社会では、選挙を実施すれば民主主義が定着するという見方もあるようだが、アラブなどの事例をみればわかるように、選挙さえすれば民主化が定着するというのは大きな間違いだ。民主化には選挙をすることが第一義的に重要ではあるが、市民社会が存在、発展しないところには、真の民主国家は育たない。市民社会の成熟度合いでミャンマーは進んでおり、アラブのような混乱は発生しない。ミャンマーは世界でもっとも国民の寄付の多い国の一つであり、社会に対する連帯感は強いと評価できる。

――経済改革については…。

 笹川 日本企業の本社サイドでは悲観論が強いようだが、これは間違いだ。歴史的に軍事政権からの政権移行が平和裏に行われた例は少ない。だから今回のミャンマーも同じ轍を踏む、という考えのようだが、そうした過去の事例とミャンマーでは状況が全く違う。これは、ミャンマーに実際に駐在している方々なら感じ始めているはずだ。スーチー氏は選挙の勝利演説で敗者への思いやりが必要と強調しており、現政権を高く評価し、驕りを戒めている。選挙後にテインセイン大統領やミンアウンフライン最高司令官、さらにスーチー氏を監禁した責任者であるかつての国家元首タンシュエとも面会した。スーチー氏は慎重に、外国からの干渉を撥ね退け、現在政権移譲に全力を尽くしている。現政権側も円滑な政権移行のため、スーチー氏率いる国民民主連盟の面々と話し合いを進めている。こうした政権移行への取組みは素晴らしいと評価でき、経済政策が大幅に変わることはないと断言できる。

――日本の経済団体は更なる改革がなければ進出は困難との意見が目立つ…。

 笹川 韓国や中国企業は、橋に一歩でも足がかかれば渡ったのと同じという考えで話を進めているが、日本企業は石橋を叩いても渡らないのが実情だ。ミャンマー側は投資環境が不十分なのを承知のうえで、長年の関係を信頼して日系企業に進出を頼んでいるわけで、その意を汲んで欲しい。ミャンマーも十分に日本を特別扱いしており、例えば昨年与えられた外国銀行の営業許可は、9つのうち、日本の大手銀行が3つを獲得した。シンガポールの2行を除けば、他の国はどこも1カ国1行だったことを踏まえると、これは大変な特別待遇だ。実は当初ミャンマー側が提示していたのは2つだったが、麻生財務大臣を始めとする日本関係者の努力で、3つにしてもらった。進出した金融機関らにはこの苦労に応える活躍をして欲しい。

――ティラワ特別経済区はミャンマー経済発展の象徴だ…。

 笹川 2012年に日本・ミャンマー政府が開発合意した当時は、現地はなにもない荒野だった。大統領は15年の選挙までに形にしたいと話していたが、山手線の内側の45%に相当する広大な地域を短期間で開発できるか、疑問だった。しかし今や第1期工事が完了し、日本だけではなく、香港やシンガポール、タイ企業ら45社が進出している。第2期工事の契約も終わった。いずれ世界に冠たる工業団地が完成するだろう。日本政府が供与するODAで港湾はすでに整備が進み、今後は道路や橋も作られる。開場式では、私と麻生財務大臣、日本ミャンマー協会の渡邉秀央会長と3人で、「あの荒野がこうなったか」と話しあったものだ。地元への貢献という意味でも、第1期工事では直接雇用で3万人、下請け、関連を入れれば30万人分もの雇用が創出された。ティラワは元々ミャンマー政府が日本、韓国、中国の3カ国で開発して欲しいとしていたものを、日本ミャンマー協会の渡邉会長の努力で、日本が独占した経緯もあり、今後の進展を実現する上で日本には大きな責任があるだろう。

――日本政府の対ミャンマー政策をどうみるか…。

 笹川 ミャンマーに関して、日本政府のリーダーシップは飛びぬけていると思う。5000億円の借款をゼロにしたことで世銀の融資実施への道を開いただけでなく、新たに1000億円を供与した。更に人材育成や、システムの構築でも貢献しており、中央銀行、証券取引所、郵便も、日本の優秀な専門家派遣で近代化が進んでいる。私は以前から中国とODAの金額で争うべきではないと申し上げてきたが、このようなソフトパワーの活用こそ日本のあるべき支援の形だろう。ここまで日本が他国の民主化のために協力した例はなく、今日の両国間の特別の信頼関係に繋がっていくだろう。新政権になれば経済政策の大幅な変更もあるのではとの見方もあるようだが、NLDの目指すところは前政権の改革を更に進展させることにあり、省庁の人間を全て入れ替えたり、これまでの対日関係を見直すことは絶対にないと断言できる。経済政策については、スーチー氏はテインセイン大統領が作った道の上で改革を進めるだろうし、悲観する必要はない。ミャンマーは戦後アジアで最も豊かな国でありながら、現在アジア最貧国にまで転落したが、今後は経済開発が素晴らしい勢いで進み、10年もかからず再び豊かな国になると確信している。

――日本にとってのアセアン諸国の重要性はさらに高まっている…。

 藤田 まさにその通りだが、同時にアセアン諸国にとっての日本の重要性も高まっていると考えている。1981年に日本アセアンセンターが創立された当初は、日本がアセアン諸国を援助するという考えが主流であった。しかし、1980年代、日本の10分の1程度だったアセアン諸国のGDPはいまや日本の半分ほどにまで成長している。この成長を、例えば観光の促進といった形で、日本にも活かすことが必要だ。貿易や投資という観点でも、これまではアセアン諸国からモノを持ってきたり、アセアン諸国に投資したりすることがメインテーマだったが、これからは逆の流れを考える必要がある。

――これまでは日本がアセアン諸国に投資するイメージだ…。

 藤田 実際、現時点でも、金額でみると日本からアセアン諸国向けの方が、アセアン諸国から日本向けの投資よりも遥かに大きい。ただ、全体の投資額に対するシェアでみると、過去3年間で日本からのアセアン諸国向け投資が全体の十数パーセントに過ぎないのに対し、アセアン諸国からの投資は日本向け投資の約23%のシェアを占めている。これは中国や韓国からアセアン諸国向けの投資が増加していることや、元々日本向けの投資が少ないことも大きいが、アセアン諸国の経済力が強まっているのも背景にある。その力を、日本はもっと取り込んでいくべきだろう。アセアン諸国には日本にはないノウハウもあり、例えばハラールビジネスでは、人口の約40%がムスリムであるアセアン諸国の方が当然日本より優れた知識を持っている。ムスリムを日本観光に誘致するためにも、そうしたノウハウは必要だ。日本は歴史的に欧米の技術を取り込んで産業を育成してきたが、今後は欧米に限らず、アセアン地域も含めた世界の優れた技術を取り込んで成長していく必要があるだろう。

――今後の具体的な取り組みは…。

 藤田 私が事務総長に就任してから毎日強調しているのは、考え方を従来から変えることだ。具体的には、開発機関として、2015年9月に国連で採択された「持続可能な開発目標」を意識した活動を行う方針を定めている。同目標は150を超える参加国のもと採択されたものであり、今後15年間続く世界的な開発の枠組みだ。これは加盟国全員が貢献しなければ達成できないものであり、日本アセアンセンターも意識する必要があると考えている。もう一点は、成果主義の徹底だ。我々の活動資金は納税者が納めたものであり、当然成果をもたらす責任がある。そこで私は全ての活動を、目的への適合性、質、効率性、効果の大きさの4つのバリューから評価しており、今後はこれらのバリューにそぐわない活動は削減あるいは中止し、よりインパクトを生み出せる分野に資源を集中させることを考えている。

――その他の戦略は…。

 藤田 今後重視したいのは、他の機関との差別化だ。日本アセアンセンターには日本とアセアン10カ国が加盟しているが、彼らは当然、我々が他の機関と同じことをするのを嫌う。従って、我々独自の活動を打ち出していく必要がある。ただ、同時にお互い協力して事業を行っていく意義はあると考えており、例えば観光事業であればUNWTO(国連世界観光機関)、投資であればUNCTAD(国連貿易開発会議)など、各分野の専門家とは協業していきたい。彼らとの協業によってシナジー効果が見込めるだけでなく、我々の職員のスキルアップにも繋がり、モチベーション向上も期待できる。予算に制約がある中で、資源を投入する以外の形で成果を拡大する方法については今後も検討していきたい。

――中韓も日本に追随してアセアンとの国際機関を設立している…。

 藤田 中国と韓国の機関は最近設立されたこともあってか、活動内容が似ている場合がある。各国の事情はあるだろうが、アセアン側からすれば、これらは単純に重複しているように見えるだろう。現在、我々はアセアン側からの要請もあって、中国や韓国の機関と何が協力できるかについて議論を行っているところだ。ただし今後、非公式会合を行う段階で、具体的な話が進んでいるわけではない。無論、他機関とは例えば投資分野などで競合する部分もあるだろうが、お互い利益をもたらせる分野では協力を検討していきたい。

――TPPの影響は…。

 藤田 アセアン地域の一部の国からは、脅威に映っているようだ。今年はアセアン経済共同体(AEC)が設立されるが、TPPによってその影響が薄れることが懸念されている。規模が違うだけに注目度が違うのは仕方がないが、重要なのは一部のアセアン諸国がTPPに参加していることだ。これによって、非加盟国から加盟国に投資が向かうことや、対アメリカ向けの輸出基地として加盟国が選別されることが危惧されている。また、AECはTPPと違い、サービスを思ったようにカバーできていないという点も指摘されている。一般的に、経済開発が進展すると、経済に占めるサービスの割合は増加するため、アセアン域外から域内へのサービス業向けの投資需要も当然強まる。その投資はアセアン諸国にとっても成長の機会だが、現状ではサービス業の自由化は当初の予定通りには進展していないのが実情だ。アセアンはEUのような強制力があるわけではなく、内政への相互不干渉が原則であるため、自由化には時間が必要だ。だが進展さえすれば、成長のポテンシャルは極めて大きい。アセアン地域は人口が多い上、若い世代が多く、当面人口ボーナスを享受できるし、企業ネットワークも張り巡らされており、現状でもアセアンはEUに次いで統合が進んでいる共同体だ。サービス業の伸展は経済全体の生産性を高めるだけに、自由化は非常に利益が大きいだろう。

――与党の来年度税制大綱がまとまったが…。

  子育て支援、農地活用、地域の活性化、医療費の削減など、色々な問題に対して目配りは出来ていると思う。問題意識とそれに対応する方向性は良いと思うが、ともに規模が小つぶで改革といったところまでの評価はできない。また、消費税の軽減税率では、食品全般としたことで増税の悪影響が少しは緩和されると評価していい。
  とくに法人税の引き下げは実効税率を20%台にしたからといって、それによってただちに企業が海外から戻ってくることは無いと思う。なにせ、主な逃避先のシンガポールはずいぶん前から17%だからね。まだ、10%以上差がある。また、そうした国々は、日本企業が日本に戻らないよう細心の注意を払い、機動的に税制を変えている。20%台は、いわゆる「2980円」的な効果はあり、日本も法人税を下げてきたなという印象は出せるだろうが、そこまでだと思う。
  アベノミクスが息切れしている理由のひとつとして、円安効果によって企業が日本に戻ってくるとの期待がこれまでのところ外れていることがある。しかし、一度解体して海外に移転した工場を再び解体して日本に持ち帰ってくるという企業行動は、日本に相当な魅力がなければ起こらない。交通費に象徴されるように日本のパブリックセクターのコストは高いし、少子化による労働力と総需要の減退や税制をはじめとする複雑な制度などを勘案すると、相当な円安と大幅な法人減税がなければ企業は簡単には国内回帰をしないだろう。

――政府は法人税をさらに減税するから投資と賃上げをよろしくと大手企業に要請している…。

  よろしくと言われても、一方で政府はROE経営を推進しているし、17年4月の消費税再引き上げにともなう景気の悪化も待ち構えている。また、円安もいつまで続くか分からないし、国内の内需も弱いままだ。とりわけ、ROE経営は大手企業を相当なケチケチ体質にしており、その結果としてキャッシュフローはさらに潤沢になる一方で、川下企業や労働者にはバブルの時のようにはお金が回っていない。
  80円の時の円高に比べ今は120円前後の円安だから、単純に考えると輸出企業や外貨資産は30%程度の円安メリットを享受している一方で、輸入企業や個人はその分だけダメージを受けている。これを反映し個人の実質所得は今年も5年連続の減少となる見通しであり、個人消費が盛り上がらないのは当たり前だ。このため、自民党内には内部留保税を導入する案がくすぶり続けているが、そもそもROE経営を推進したことが間違いだったとまず認めるべきだろう

――Jカーブ効果に次ぐ2つ目の誤算がROE経営だと…。

  ROE(株主資本利益率)経営ではなくて、ROA(総資産利益率)経営にすることで設備投資を回復させる必要がある。確かにROE経営では株主は喜ぶが、日本株の30%以上は外国人株主で、しかも何かあればさっさと売却する非安定株主だ。これに対し、大方が安定株主である日本人の個人投資家はわずか17%と過去最低となっている。ここにも上場企業の収益は最高ながら個人消費が低迷している要因がある。
  ROE経営を推し進める企業は長期的には売りだ。すなわち、ケチケチ経営を優先し将来に向けた人材投資や設備投資を怠る危険性が高いためだ。加えて、目も当てられないのは、ROEを推進するためにわざわざ借金をして自社株買いを実施する企業だ。こうした企業は金利が低い今は良いが、借金の返済時期が来たらどのようなことになるのかを全く考えていないのではないか。つまり、返済時期に国の財政悪化による金利上昇局面がぶつかれば、高金利と資本不足に悩まされることになる。リーマンショックのようなことが起これば、倒産リスクも現実視されよう。

――ところでアベノミクスの誤算はもうないのか…。

  もちろんある。その最大の誤算が15年4月の消費増税だが、もう1つは予想インフレ率の効果も読み間違えている。すなわち、インフレがくるから、その前に物を買っておこうという行動が経済成長の好循環を生むという理論が少なくとも今の日本経済では機能していない。具体的には、国民は円安によっては物価が上昇すればするほど消費を手控えている。これは、若者も年金生活の高齢者も同様で、物価上昇に対し生活防衛を先行している。
  確かにその通りで、若者は将来の年金がもらえないことを考えて実質賃金が下がれば下がるほど節約する傾向がある。高齢者は、物価高におびえ、年金が物価の上昇によって目減りする予防策として引き続きお金を節約する。財務省が、「消費税を8%に引き上げれば、高齢者は年金財源に安心するため消費は増える」と宣伝していたこととは真逆の状況となっている。

――消費税引き上げによる景気の後退は誤算ではなく確信犯か。すると、誤算は3プラス1だと…。

  いやいやまだある。やはり消費税の再引き上げに絡んでいるだが、昨年10月末に行った追加緩和自体がそもそも大きな誤算だった。つまり、追加緩和を実施して10円以上の円安にしてしまったことで、実質所得をマイナイスにし個人所得を低迷させてしまっただけでなく、原油価格の下落という日本にとっての恩恵を吹き飛ばしてしまった。消費税引き上げが大失敗だったと言われたくなくて、たぶん黒田日銀総裁が慌てたんだろうな(笑)。

――アベノミクスは誤算だらけじゃないか…。

  当たり前のことだが、お金が広く国民に流れていかなければ経済は成長しない。その意味では、「一億総活躍社会」というテーマは良い。しかし、その実、今までの政策は輸出を中心とする大企業とパブリックセクターにお金が偏在してしまっている。このゆがみを来年度の税制改正や予算で補わなければ持続的成長は難しいが、冒頭で言ったように税制改正は小粒であり、偏在を是正できる力に乏しいのではないか。
  しかし、有効求人倍率などの労働指標の改善はいつかは賃金上昇やそれによる個人消費の増加という形となってGDPの上昇圧力となる。また、消費再増税前の駆け込み需要や、インバウンドも中国は減少する可能性は高いが他の国が増えてくる。このため、新年は中国ショックやテロ問題の影響が大きくならばければ、再来年の消費税率再々引き上げまでは緩やかな回復局面を辿っていくだろう。とはいえ問題は、その後の消費税再々引き上げによるダメージはもちろん、これまで無理矢理続けてきた金融緩和の反動や、100兆円の財政出動のツケが回ってくる。

――来年も前途多難というところで、本紙もROEのケチケチ経営を見習うべきか(笑)。

――TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を巡る各国の動きは…。

 木村 TPPについては先日ドラフトテキスト全文が出てきたところだが、しっかりと交渉をしていたことが分かった。今後、米国議会でどう転ぶかはわからないが、米国議員が戦略的に考えるのであれば、このまま放っておく手はないだろう。いつ批准するかは分からないが、期待が高まっている状況だ。TPPは自由化のレベルがかなり高いだけではなく、国際ルールについても、知財や政府調達、競争(国有企業を含む)、投資家・国家間の紛争解決、環境など新しい部分がかなり入っているためインパクトは大きい。そういったなか、アジアの国を見ると、かなり浮足立っているイメージだ。交渉に入っている国だと、マレーシアとカナダがふらついているので発足から参加できるかわからない一方、ベトナムは参加に意欲的な姿勢。さらに訪米したインドネシアと韓国の両大統領もTPP参加に前向きで、フィリピンとタイも参加する意向を表明しているなどドミノ効果が起きている。テキスト全文が出てきたことで、現在、各国政府は詳細な研究を進めている段階だ。

――RCEP、日中韓FTAの今後は…。

 木村 TPPのインパクトが大きい反面、今まで交渉を進めてきたRCEPや日中韓FTAがかすんできた。特にRCEPは、中国とインドが入るASEAN+6という巨大な経済圏であることから、TPPのように高い自由化度が達成できずとも、まとまればかなりの経済効果が出ると期待されている。また、生産ネットワークという意味では、TPPよりもRCEPの方がフィットしている。TPPが大筋合意に至ったことから、RCEPは現在、とにかく交渉のモダリティ(交渉の大枠)に沿ってスピード感をもって妥結する方針にある。そのため、自由化度がかなり低くなると想定されており、関税撤廃率は80%程度の低水準になる可能性がある。TPPでは、参加国のほとんどが関税撤廃率99%程度で、一番低い日本でも95%程度と高い。また、これまでに構築されてきたASEAN+1の関税撤廃率も大体90~95%の水準となっていることから、RCEPの自由化度がかなり低い水準であることが分かる。RCEPの自由化度が低い理由の一つは、インドが消極的な姿勢であるためだ。モディ政権を高く評価する向きもあるが、当初、RCEPの関税撤廃率を40%にすべきと自由貿易圏の意義をなさない主張をするなど貿易政策に関しては問題が多い。RCEPの自由化度は80%に落ち着く見通しだが、特別な措置も模索するなど後ろ向きな姿勢に変化はない。また、RCEP推進を掲げているように見える中国も自由化度を抑えたい意向にある。そのため、RCEPが実効性のある協定となるためには、交渉のモダリティを一から考え直すか、貿易政策を諦めて経済協力という形に特化するか、またはRCEPを単なる枠組み協定としたうえで長期的に深化していくか、いずれかの道を取らねばならないものと考えられる。他方、日中韓FTAだが、これもRCEP同様にレベルが低い。先日署名された韓中FTAの自由化率は10年後に大体80%、20年後に90%となるような低水準なもの。これと同レベルの日中韓FTAを作ったとしてもあまり意味は持たない。多くの国がTPPになびいてくればくるほど、RCEPが意味のある協定となる可能性は低くなる。

――関税撤廃やルール作りなど中身については…。

 木村 TPPはすでに大きなインパクトを持つものとなっている。一方、肝心な中身だが、関税撤廃とサービス投資の自由化は、今まで東アジアに無かった自由化度の高いレベルとなっており、高く評価できる。しかし、日本にとって重要な自動車の関税撤廃については、日本が農業で抵抗したため、日本の自動車輸出に対する米国の関税撤廃は他の国よりもかなり遅れて始まることとなった。日本の完成車メーカーはすでに米国内で製造しているため、実際に影響はないが、TPPの自由化度を低下させるものとなってしまった。また、関税撤廃やサービス投資以外にも、国際的なルール作りにおいて何点か評価できる分野がある。その一つが競争(国有企業を含む)だ。国有企業がいる市場に民間企業が参入する場合、どのように競争条件を平準化するかといった大原則が規定されている。個々の国有企業を守るための例外が多いことから実際にどう作用するのかは未知数だが、NAFTA(北米自由貿易協定)などにも規定されていなかったまったく新しいルールであることを評価したい。一方、途上国側としてつらい内容となったのが知財保護だ。例えば薬の特許の遵守など、長い期間、高い価格で薬を買わなければならなくなるかも知れない。また、ISDS(投資家対国家の紛争解決)にも注目したい。投資家が政策変更に直面した場合、国を訴えることが可能となる。これも途上国側にとってはつらい内容となることが予想される。新興国にとって関税撤廃等の自由化は明らかにプラスとなるが、知財保護やISDSなど短期的にマイナスに働く可能性のあるものが今後どう影響していくかにも注目している。

――TPPで国際分業体制はどう変わるのか…。

 木村 関税撤廃によって、例えばベトナムやマレーシア、メキシコを使って自動車部品のやり取りを工夫したり、繊維衣料であればベトナムを拠点として米国に輸出するなど、新たなビジネスモデルが構築される。また、サービスにおいても、特に金融の自由化が進んでいることから変化が見られてくる。さらに政府調達においてもインフラ輸出が促進されることからビジネスチャンスが広がる。TPPに参加するといろいろな面で先進国側、新興国側ともに投資環境改善の恩恵を受け、投資が活発化すると想定される。また、TPPは製造業だけでなく、サービス業も絡んでいる生産ネットワークとなることから、新たなビジネスがやりやすくなるのは間違いない。

――ずばりどの産業が恩恵を受けるのか…。

 木村 関税撤廃に関しては、直接的には自動車になるだろう。メキシコオペレーションとアジア地域とのリンクが確立され、効率化の流れになる。また、関税撤廃の恩恵としては日本の農産品輸出などの金額的に小さいものもたくさん出てくると考えている。一方、インフラ輸出だが、そもそも日本企業の力が強いと考えていないため、自由になってもどの程度効果があるかはわからない。やはり注目したいのはサービス業だ。金融や流通など、事業拡大の余地は十分にあると思う。産業集積化が進んでいるタイやマレーシアなどの新興国が、イノベーションハブへと変貌するうえでTPP参加が必要となってきていることも、サービス業の進出加速を後押しするだろう。

――TPPによって日本は変わるのか…。

 木村 TPPに参加することは国内改革を促す側面があり、マレーシアやベトナムは参加をきっかけに、大変になるだろうが国営企業改革などを進めていく一方、日本の改革にはほとんど結びつかないだろう。最近出てきたTPP対策案にも具体的な外郭は示されなかった。主要農産品5品目は保護を相当残しており、本丸のコメは強制買い入れが増え、備蓄米が増え、最終的には飼料となる。食用となることが無い為、市場価格に反映されず、消費者が恩恵を得ることはない。また、小麦や牛肉も価格が驚くほど引き下がるわけではないなど農業に対する被害はほとんどないと言える。まじめに考えれば考えるほど農業への被害が薄いことがわかってくるため、農業ロビーの人々はどうやって補助金を取ろうかと考えていることだろう。

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