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Information

――東京五輪の会場建設費など、公共工事のコストの高さが問題となってきている…。

  私は東京都の入札監視委員会の委員を務めており、東京都による入札制度改革案の取りまとめ作業でもヒアリングを受けた。都が3月末に公表した改革方針では、1者入札の場合は入札を中止するなどとしているが、これは現場からすると無理筋な話だ。確かに、2者以上が入札に参加した場合、1者に比べて落札価格は何%か低くなるというデータは存在する。改革案では1者入札を無くすことで公共工事のコストを抑制できると主張しているが、これにより生じる弊害は無視しており、ヒアリングの席でも問題があると申し上げた。都が行っている公共工事では全体のうち約1~2割が1者入札となっている。仮に年間で5000件の公共工事があるとして、今回の改革案が実施されれば少なくとも500件程度が中止となる公算だ。再び入札を実施するためにはさらに2?3カ月ほどの期間をかけて再公告・再入札を行う必要があり、実務が滞ってしまう恐れがある。さらに、再入札でも応札が全く無かった場合はどうするのかといった議論は今回ほとんどされていない。大型案件に限定するとの話もあるが、弊害の影響もその分大きいということに留意すべきである。

――公共入札で1者応札が無くならない背景は…。

  過去の民主党政権時代には公共工事を減らしており、業者数に対して公共工事が少ないため、ダンピングによる受注競争が激化した。これにより業者の数が減少していたところ、東日本大震災からの復興や東京五輪の招致決定を受けて急激に公共工事の需要が増加し、需給バランスが受注者優位に大きく変化してしまった。需給バランスで受注側が優位な時に工事価格が上がるということは、ある意味自然の成り行きとも言える。予定価格が合わなければ業者は参入してこない。1者も応札しない不調のケースが多いということは、そう言った状況をよく説明している。確かに、発注機関が入札参加資格を無駄に限定していることが原因である場合もあるかもしれない。しかし需給バランスの結果として1者応札が多発しているのであれば、これを中止するのはナンセンスな話である。まずは原因分析をきちんとすることが先決だ。仮に1者応札を禁止するとしても、弊害をもたらさないよう慎重な取り組みが求められる。

――公共工事のコストを抑えるため、かつては海外業者を参入させる案もあったが…。

  今から30年ほど前、関西国際空港建設プロジェクトに海外企業を参入させるという話があった。ただ、日本の公共工事は下請けや各業界のしきたり、地元の利害調整などを含めて独特の風習のようなものが現実として存在する。大手や地場のゼネコンと違い、こうした実情に対応できない海外業者は、円滑に工事を進めることがなかなか難しいというのが実際のところだ。地理的な制約や言葉の壁もあり、海外企業が日本の公共工事に参入することはほとんどない。

――公共工事で談合が横行していることも高コスト化の要因では…。

  業界側としては、何らかの受注調整の仕組みは必要だという共通認識はあるのではないだろうか。直近でも震災復興事業での談合疑惑が浮上し、農林水産省のOBが関与したと報じられているが、世間的にこれだけ談合が批判されているにも関わらず、なおこうした事例が出て来ることがこれを物語っている。調整の結果による安定受注が工事の品質を支えているという発想から抜け切れていない。発注者サイドの行政としても、ある程度事前の調整をしないと公共工事を円滑に回せないという実情があるようだ。競争で決まった価格こそが本来の価格として扱われるべきだが、行政側には、予定価格こそが適正価格であり、これと乖離(かいり)する契約金額は望ましくないという発想がいまだ根強く存在する。これは突き詰めれば、議会の議決という民主主義の手続きによって決まった予算は正しい(はずだ)という予算無謬論に行きつくものだと言える。

――森友学園への国有地売却問題については…。

  森友学園への国有地売却を巡る一連の騒動では「忖度」に注目が集まっているが、「国有地の適切な売却価格はいくらなのか」という問題こそが重要な論点であることを認識すべきだ。条件が揃えば、市場価格よりも安い価格で譲渡することも法令上可能だ。今回の森友学園のケースでも、「学校設立という公的な目的のために土地を安く売却することの何が悪いのか」という議論がある。問題はその手続きだ。学校法人への国有地売却で森友学園と似たようなケースが他にもあるかもしれない。減額に至る手続きの検証が必要なのに、「忖度や口利きがあってけしからん」という論調ばかりで、安倍首相夫人と森友学園との関係性が無ければこれほどの注目は集まらなかっただろう。しかしこれは「忖度」問題で終わりにしてはならない重要な問題だ。

――今回の国有地売却の適切性はどうか…。

  報道を見る限りでは、国有地の売却手続きのずさんさは否めない。最大のポイントは、実際にいくらかかるか分からないごみ処理費用のために事前に約8億円の減額をしてしまったことだ。法令上適切だったと関係者は言うが、これは裏返せば内容は不適切だったと半分言っているようなものだ。ただ、売り手である国が、ごみ処理費用が不動産鑑定額よりも多額になるリスクを憂慮していた、という可能性は捨て切れない。

――競争入札ではなく、随意契約で売却したことが問題だとの指摘もあるが…。

  予算決算及び会計令では国有地の売却は原則として一般競争入札で行い、公的な目的のために土地を使用する場合には例外として随意契約も可能となっている。国有地の売却では売却価格も重要な要素ではあるが、その手続きも重要だ。法令上、随意契約が可能でも競争入札を選択することもできる。確かに当初から森友学園への随意契約ではなく競争入札を選択していた方が透明であり批判は少なかっただろうが、随意契約を結んだこと自体は判断として不自然とまでは言えない。しかしやり方がまずかった。

――今回の売却手続きでの問題点はどこか…。

  今回は売却額の基準として約9億5000万円という不動産鑑定価格があり、ここからゴミ処理費用として約8億円を差し引いて森友学園に土地を売却している。埋没したゴミの処理にどの程度の費用がかかるかは実際に作業をしてみなければわからないはずで、本来は費用を実費で事後に精算するという形にすべきだった。それができないのであれば可能な限りの厳格な積算と事後のモニタリングを徹底するしかない。それができていたのか、が本来的な争点である。どうもこの辺が曖昧にされている感がある。国はごみ処理費用のリスクをどう捉えていたのか、よりクリアな説明が欲しいところである。そういった手続きと説明の甘さが「忖度」疑惑を生み出している。

――国有財産の売却で不正を防ぐにはどうすればよいか…。

  不正を防ぐためには、徹底した情報開示による透明性の確保が必要だ。報道によると、近畿財務局は当初は森友学園の求めに応じ、契約情報を非公表としていたという。情報が公開されなければ国民はそもそも問題に気付くことすら出来ないため、相手方が公開に同意しなかったら非公表という実務は改めるべきだ。財政法の第9条では、国の財産の譲渡や貸し付けについて適正な対価を求めている。会計法や予算決算及び会計令では公用の事業に供するためには随意契約を結ぶことが認められているとはいえ、原則としては競争入札が要請されていること、財政法でも適切な対価を求めていることを踏まえて随意契約についての透明性確保の議論が行われるべきであろう。国民の全体的な意識として歳出を減らす話には厳しい目線を注ぐ一方、国有地の売却など収入を増やす方にはさほど関心が高くない。日本の厳しい財政事情を勘案すると、国有地をきちんと適切な価格で売却することは極めて重要だ。今回の騒動をきっかけに、国有財産の有効利用に対する国民の関心が高まることを期待している。

――「集落活動センター」という地方創生に新たな施策を投じた背景は…。

 尾﨑 高知県が持っている強みとは何かということを考えると、高知県では元来、生産活動の中心は中山間地域にあった。例えば、大阪城築城の際には高知県東部から輸送した良質な杉材が多く使われていたように、歴史的に見ても高知県が栄えたのは林業が盛んな時期だった。このように高知県にはまず林業資源が豊富にあるという強みがある。さらに観光資源では仁淀川や四万十川などの清流があり、また大手旅行雑誌の「地元ならではのおいしい食べ物が多かった」というアンケートでも過去7年中5回日本一となるなど食べ物が美味しいことでも知られている。ではなぜ食べ物が美味しいのか。実はこれも中山間地域の自然・特産が活かされていることに由来する。例えば、馬路村のゆずしぼりやゆずドリンクなどが全国的にも有名だが、これはもともと柚子自体のクオリティが高いが故に、いい加工品が作れるという側面がある。高知県だけではなく日本の地方全体にもいえることだが、各県の県庁所在地は基本的に消費地として、そしてその周辺地域および中山間地域が価値を創造するエリアだった。ところが近年では、外部依存が進行し、価値を創造するこれらのエリアが衰退している。言い換えれば、自分自身の強みを拡大再生産していけるような構造ではなくなったために衰退している。このため、高知県では、本来価値を創造する場所である中山間地域をいかに活性化していくかということが重要と考え、取り組みを進めている。迂遠なようだが、中長期的に成長していくという観点からも極めて重要だと認識している。

――県内産業の育成に重きを置いているということか…。

 尾﨑 我々とは異なって企業誘致戦略というやり方でうまくいく地域もある。例えば、東京などの大都市圏近郊であれば、近いというだけで価値がある。近いけれども田舎で土地も広いというのが価値の源泉となり、そういった場所であれば企業誘致戦略がうまくいくだろう。しかしながら、高知県は必ずしも立地上こうした優位があるとは言えない。このことを踏まえ、我々の価値の源泉はどこにあるのだろうかという問いを突き詰めていけば、やはり中山間地域にたどり着く。我々は、これまで中山間地域に存在する強みそのものを活かすような政策をとってきたが、より中山間地域全体の振興につなげていくため、ネットワークをしっかりと張っていくことが今後は重要となると考え、高知県では3層構造で政策を展開している。第1層目はいわゆる産業成長戦略だ。一次産業の振興を図り、地産外商を進めるもの。例えば、一次産業の関連産業である食品加工分野、自然を活かした観光分野、モノづくりに関しては林業関係の機械関係分野、また防災関連産業などだ。防災関連産業については、台風などの自然災害が多い高知県において、もともと治山治水から始まった技術である。自然との対話の中で生まれ、発展してきたもので、例えば海外における津波対策に応用することも可能だ。こういった分野の産業振興を図っているものの、第1層ではその効果はまだまだ一部に留まっている。

――効果が一部に留まっているとは…。

 尾﨑 産業成長戦略を図っているものの、価値の源泉たる中山間地域が衰退傾向にあることから、一部の都市に食品加工場が集中してしまうなどネットワークが県全体に広がっていかないということ。この問題を解決するため、第2層として、県内各地で地域アクションプラン(全234事業)に取り組んでいる。例えば、地域特産の「うるめいわし」や「ぬた(葉ニンニクをすり潰して酢味噌や砂糖と合わせたタレ)」など各地域の資源を活かし、地産外商につなげられるような加工品を製造している。このような事業を第2層目として実施した結果、政策効果が各市町村まで広がりを見せてきた。

――それでもまだ足りないと…。

 尾﨑 しかし、これでもまだ政策効果の広がりは市町村のなかの中心部に限られている。本当の意味での中山間地域が持つ真の多様な価値を生み出すために、第3層としてこの集落活動センターがある。多くの中山間地域が限界集落となってきて人口減少がどんどん進み、例えば昔は柚子を生産していた、あるいは林業が活発だった地域も、担い手がいなくなってきている。生産効率が悪いと言われているものの、高知県では農業産出額の約8割が中山間地域から生み出されている。こういったところの農業を大切にしなければ、高知県の農業そのものが根本的に衰退してしまう。例えば、土佐のお茶は静岡茶とブレンドされて良いお茶とされているが、これはまさに中山間地域で栽培されているものだ。これらの名産も作り手がいなくなり、中山間地域が持つ高知県の多様性という強みが縮小してきている。この問題を解決するために集落活動センターを広げる取り組みを行っている。集落活動センターは、過疎化が進んでいる複数集落においての活動拠点となるもので、例えば集落活動センター「いしはらの里」では、村民の生活を支える日用品等の販売店舗を自分たちで運営し、また積極的に交流人口を受け入れている。さらに林業の復興にも力を入れており、その一環として林業インターンシップ生を受け入れ、実践的な研修を行うとともに、研修生が宿泊するなどして外貨を獲得している。これは産業成長戦略の一つである林業と集落がリンクすることで、経済効果が集落隅々まで行き渡るようになるという意味も持つ。また、大豊町西峯の集落活動センターでは、コンテナで杉苗を生産している。もともと杉苗を生産する産業は無かったが、周辺地域で効率的な生産が可能な皆伐(対象となる森林区画にある時期をすべて伐採する伐採方法の一つ)を行っており、再造林には苗が必要となるため、その杉苗をハウスで生産するという事業が始まった。このように産業成長戦略や地域アクションプランで実行しようとしている事業の一部を集落活動センターの事業としてリンクさせ、そのネットワークを拡大させることで政策効果を県全体に波及させるという試みを行っている。

――林業では、新たな木材の工法CLTが注目されている…。

 尾﨑 本県の強みである林業資源について、CLT(クロス・ラミネイティド・ティンバー)の普及・拡大によって木材需要が拡大すれば、中山間地域の活性化につながる。やはり中山間地域の主要産業である林業を再活性化させることは、高知県だけでなく、日本全体にとっても非常に重要だと認識している。中山間地域の主産業、中山間地域が最も持っている木材資源を活かしきれるか否かは、日本の国土を活かしきれるか否かに直結する。ただ、林業を本格的に再生させるためには需要をさらに拡大させなければならない。その需要拡大のための切り札がCLTだと考えている。他方で、輸出としての産業化も可能だと見ている。例えば、韓国や台湾などでは環境意識の高まりから木造住宅を増やそうという考えが広がっている。そのなかで、両国は戦後の日本と同様に木が不足しているため、輸出するチャンスは十分あると考えている。林業を高度化し、輸出産業化することは十分可能であり、林業は国策としてもう一段、需要そのものを喚起するような形で重点的に産業育成に取り組んでもらいたい。そう考えている中で、非常に嬉しかったのが、東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場である新国立競技場に隈研吾先生の木をふんだんに使用したデザインが採用されたこと。ご案内のように前回の東京オリンピックでは、国立競技場の建設を契機に鉄とコンクリートの文明が日本に入ってきた。今回の東京オリンピック・パラリンピックでは、新国立競技場の建設を契機に鉄とコンクリートとともに、木がしっかりと共存できる文化が確立されることを期待している。CLTなどの木材需要の拡大に伴って中山間地域が活性化すれば、日本のダイバーシティははるかに進んでいくだろう。

――トランプ氏はなぜ大統領選で勝利できたのか…。

 横江 逆説的だが、最大の要因は、共和党優位の時代から、民主党優位の時代へと移り変わったことにあるように思われる。オバマ氏以前の過去40年をみると、10回行われた大統領選挙のうち、民主党が勝利したのはカーター氏とクリントン氏の合わせて3回だけで、圧倒的に共和党が優勢な時代が続いてきた。しかし、勝ち過ぎたことで共和党はあぐらをかき、時代の変化に追従できなくなり、2009年のオバマ政権誕生につながった。こうした環境の変化は現在も続いており、だからこそヒラリー氏は世論調査などで優勢を示し、最終的にも総得票数でトランプ氏を上回った。トランプ氏が時代を読む目でヒラリー氏を上回っていたことが民主党の敗北につながったが、ヒラリー氏のような古い政治家ではなく、オバマ氏の思想を継ぐような人物が大統領候補であれば民主党の優位は動かなかっただろう。例えばゴア氏であれば相当有利だったはずだ。ゴア氏のような人物の躍進を、民主党内で強い影響力を持つクリントン家が阻んできたことは、同党にとって不幸なことだった。

――時代の変化とは…。

 横江 米国の安全保障環境の変化、インターネットへの常時接続化、人口動態の変化という3つの要因が大きい。まず安全保障環境については、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が発端だ。あの事件により、海外でにらみ合いを続けてきた冷戦時代と異なり、アメリカが本土を直接狙われる時代になったとの認識が強まった。さらにブッシュ政権がテロとの戦いに終止符を打てなかったことで、本土を狙われる状況は長く続くことが明らかになり、海外よりも国内の安全を国民が重視するようになった。次にインターネットについては、もちろん登場自体はもっと前だが、SNSが登場し常時接続できる環境ができるようになったのは08年頃のことだ。これにより従来の新聞などのメディアの影響が後退した一方、ブライバート・ニュースのような新メディアや、SNSの影響力が増した。

――人口動態については…。

 横江 1980年までは80%を占めていた白人人口は、現在では60%前後にまで減少している。これにより、以前は意識されていた白人間のプロテスタントやカソリックの差異が重要ではなくなったほか、異人種間の交流が当たり前になった。このことが有権者の意識を大きく変えているのは間違いない。オバマ氏は同性婚や中絶を容認する立場をとったが、これもキリスト教の価値観がアメリカで圧倒的ではなくなったことを示しているし、トランプ氏の7カ国に対する入国制限が大きな反発を招いたのも、宗教差別を許さないとする考えがアメリカ内で定着したためといえるだろう。

――オバマ氏はその変化を捉えていた…。

 横江 例えば安全保障面からいえば、オバマ氏が冷戦を完全に終わらせたのは、時代の流れを読んでいた証拠だ。イランやキューバ、ミャンマーと和解し、核競争という冷戦の根幹の始まりの地である広島を訪れたのは、冷戦の遺物を清算し、国土安全保障にシフトするためのものと評価できる。オバマ氏が、アメリカが世界の警察ではないと繰り返したことや、ISISやロシア、中国、ロシアの脅威に対してただ乗りする国々が多すぎると指摘していたのも、アメリカの安全保障観の変化を象徴している。今、アメリカは本土に迫る脅威に対処するべく、リソースを海外から国内に向けている最中であるため、今後はアメリカ以外の各国の自助努力が必要というわけだ。トランプ氏の安全保障はまさしくこの路線を引き継いでいる一方、ヒラリー氏は古いタイプの考え方を持っているため、同盟国重視の姿勢を示してきた。日本人も冷戦感覚が抜けないため、オバマ氏やトランプ氏の安全保障戦略に戸惑っているが、アメリカ国民が望んでいるのは国土安全保障であり、トランプ氏はそのことを見抜いていた。

――トランプ氏はオバマ路線を継承している…。

 横江 「ある意味でトランプ氏こそがオバマ氏の継承者だ」といえる。実はその通りで、安全保障以外の政策を比べてみてもその傾向は明らかだ。実際トランプ氏は最近まで民主党派で、共和党的ではないために勝利できたといっていいだろう。オバマケア撤廃を主張しているために、同氏は反オバマと見られがちだが、トランプ氏が皆保険制度自体は否定していないことに注目すべきだ。従来の共和党政権であれば皆保険制度を廃止するはずだが、トランプ氏はあくまで制度の再設計を目指しているだけだ。いわば自身の実績のためにオバマケアをトランプケアにしたいだけで、その発想は従来の共和党のものとは異なる。日本では、オバマ政権の反動としてトランプ氏が台頭したとみられているが、むしろオバマ政権の良い部分を部分的に継承しているからこそ、同氏はヒラリー氏に戦略的に勝利できた。

――異なる部分もある…。

 横江 目立つのは、トランプ氏が国内雇用を最重視しているところだ。オバマ氏が重視していた環境保護にトランプ氏が関心を示していないのは、それが雇用創出をむしろ阻害すると考えているからだ。TPPについても、雇用を損なうという理由で反対してきたが、実は本来であれば共和党は自由貿易推進派であるため、トランプ氏の立場は従来の共和党とは異なるものだ。むしろ労働組合を支持層に持つ民主党が歴史的には自由貿易拡大に反対してきたのだが、オバマ氏の場合はTPPを経済のためでなく、各国との経済関係深化による安全保障の手段として捉え、推し進めてきた。もし中国が加盟を望むならばルール尊重を求め、中国を西側諸国に近づける狙いもあった。

――貿易をアメリカは外交手段にしている…。

 横江 冷戦時代、アメリカは自陣営に各国を引き込むために自由貿易を推進してきた。この間、東側よりも西側陣営が魅力的とアピールするために、アメリカが貿易赤字に陥るのは当然のことだった。いわば慈善活動として、他国から輸入を受け入れてきたようなものだ。しかし、冷戦がなくなったにも関わらずこの構図は維持され、更に中国のような新規参加者が一方的に利益を享受するようになった。トランプ氏が主張しているのは、冷戦が終結した以上、このように米国が一方的に損をするのはおかしいということだ。これはアメリカの労働組合が長らく主張してきたことでもあるが、支持団体であるはずの民主党は彼らに耳を貸さず、オバマ政権も彼らよりも貧しい層をオバマケアで救済することに専念してきた。本来、民主党の次の大統領候補は、そうした労働者階級に気を配る必要があったが、ヒラリー氏はそれを行ず、代わりにトランプ氏がその層の支持を獲得した。バノン氏のように、労働者階級の父親を持つ人物がトランプ政権の中枢を占めているのは象徴的だ。建設会社を経営してきただけに、トランプ氏はアメリカのどのエリート層よりもブルーカラーの労働者に近く、彼らの意志をくみ取れたのだろう。彼らの多くが白人であるため、時にトランプ氏は白人至上主義とみられるが、むしろオバマ氏が取りこぼしてきた弱者救済を行っていると捉えるべきだ。

――日本としてはどうするべきか…。

 横江 アメリカの現状をよく理解し、過去の価値観に基づいた評価をするべきでない。日本ではレーガン政権のような「強いアメリカ」が理想と捉えられがちだが、もはやそうしたあり方はアメリカの国益に合致していないことを受け入れるべきだ。そもそも、アメリカがどうあるべきかではなく、これからのアメリカとどのように付き合うかこそが肝要だ。防衛関係については、これまでのようにアメリカに頼るばかりではいられなくなるだろう。難しいのはアメリカの兵器の購入に関してだ。慎重だったオバマ氏と異なり、トランプ氏は兵器販売に前向きとみられるが、これは最先端の兵器を入手できる好機である一方、自国の防衛産業育成には向かい風だ。一定の防衛産業を持つイギリスやフランスでも全てを自前で製造することは不可能で、日本も現状では何とか国産飛行機を運用する能力しかない以上、米国との協力は不可欠ではあるが、全てを依存していいかは難しいところだ。これまで先端技術は防衛産業から生まれてきただけに、日本が保持するのも重要かもしれないが、一方でアメリカがさらに先行して新技術を生み出していくのは間違いない。難しいが、うまく折り合いをつける必要があろう。

――外国人労働者の現状は…。

 鈴木 現在、在留外国人数は約238万人で、そのうち労働者として働いている人は、ニューカマーだけでも100万人を超えている。ニューカマーの外国人を対象とした外国人雇用状況届出(2016年10月末現在)をみると、最も多いのは、永住者や日本人の配偶者等などの「身分または地位にもとづく在留資格」で、全体の38.1%を占める。そのほか、留学生などのアルバイトが22.1%、技能実習生が19.5%、専門的・技術的労働者である「就労を目的とする14の在留資格」が18.5%となっている。このうち、労働者として正式な「フロントドア」で受け入れられているのは、就労を目的とする14の在留資格の外国人だけで、他は労働者として受け入れられているのではない、いわば「サイドドア」の労働者である。

――サイドドアではない、本来の労働者が少ないのはなぜか…。

 鈴木 フロントドアからの労働者の割合が少ない理由の1つは、そもそも対象である専門的・技術的労働者が、在留外国人の1割強しかいないためだ。移民/外国人の受入れには、ナショナルな国益レジームとトランスナショナルな人権レジームがある。専門的・技術的労働者は前者の外国人であり、後者は家族の呼寄せや難民などで、後者が多数を占めるのは、他の先進諸国も同様だ。2番目としては、実際の労働市場では、フロントドアからの労働者よりも、それ以外の、例えば工場労働者や建設労働者、農業従事者やスーパーの店員などに対するニーズが高いことがある。さらに、専門的・技術的労働者、とりわけ高度人材からすれば、日本で働く魅力が乏しいこともあるだろう。彼/彼女らはグローバルで活躍できる人材であり、引く手あまたで、より条件の良い企業や国を選ぶことができる。給与や雇用環境からみて、日本はさほど魅力的とはいえない。また、日本企業の側も、高度人材を本当に求めているかは疑問だ。どちらかと言えば、組織に対して従順で、会社の調和を乱さない人を好み、自分の意見を積極的に主張するような人を求めていないのではないか。政府方針としては、専門的・技術的労働者を積極的に受け入れるということになっているものの、実際に日本社会で働いている外国人の多くが「サイドドア」からの労働者たちだ。そのなかには、昨今、メディア等でも批判的に取り上げられている技能実習生もいる。

――技能実習生とはそもそも何か…。

 鈴木 技能実習制度とは、本来、途上国に技能等を移転する国際貢献を目的とする制度だ。けれども、実態は、安価で使い勝手のよい労働力供給のための制度として利用されることが多く、国際貢献どころか、日本のイメージを損ないかねない面もある。もともとは、研修制度としてはじまり、のちに研修・技能実習制度となり、その後、研修制度と技能実習制度が切り離された。当初の研修制度では、研修生を受け入れることができるのは大企業に限られていた(企業単独型)。国際貢献するためには、受け入れる側に一定の体力がなければ難しいとみられたためだ。ところが、バブル景気の1990年に、中小企業であっても、協同組合等の監理のもとで受け入れる「団体監理型」がつくられた。現在、技能実習生のおよそ96%がこの「団体監理型」による受入れだ。受入れ企業の多くが、重層的下請け構造の末端に位置する事業所で、技能移転などを行う余裕などなく、労働コストを抑えるために技能実習制度を利用せざるをえない。もちろん、「団体監理型」であっても技能等を修得した実習生もいるだろうが、受入れ企業が技能実習制度を活用する第一の目的は、安価で使い勝手のよい労働力の確保だろう。

――制度を見直す必要がある…。

 鈴木 見直しを行う際には、ただ「国際貢献」という看板をはずして、労働者としてフロントドアから受け入れる制度を創設すればよいというものではない。「安価な労働力」という考え方を捨て、労働者としての権利や生活者としての権利を、日本人同様に保障していく必要がある。ただし、その場合には日本人にも覚悟が必要だ。100円ショップや24時間営業のコンビニ、廉価な飲食店といった便利なサービスのなかには、技能実習生や留学生などの存在によって支えられているものも多い。いわば誰かを犠牲にして便利な生活を享受している部分があり、技能実習制度の濫用を終わらせるためには、こうした便利さを諦める覚悟も必要だ。

――何故今まで見直しが行われなかったのか…。

 鈴木 制度の目的と実態が乖離していることに向き合わず、受入れ側のニーズを満たすことを優先し、「適正化」という名目で、根本的解決を先送りしてきたためであろう。けれども、技能実習制度の活用は、短期的なニーズを満たすという点ではいいかもしれないが、持続可能なものではない。例えば、地方では、若者が都市部に流出し、不足する労働力を技能実習生が補い、地場産業を支えている。なぜ若者が流出するかと言えば、その地域での雇用の給与が低く、待遇も悪く、魅力的ではないからだ。それを技能実習生で補ってしまえば、雇用環境の改善は進まず、日本人が働かない職種がつくられていく。けれども、実習生は数年で帰国する労働者であるため、地場産業を継承することはできず、経営者の高齢化が進む一方だ。これまでは技能実習生をローテーションで受け入れ続けることで何とか延命できていたかもしれないが、今後経営者が引退すれば、地場産業は衰退し、地方の空洞化がますます加速するだろう。

――外国人労働者の待遇改善が日本人を脅かさないか…。

 鈴木 むしろ、外国人労働者の待遇改善によって、日本人労働者の雇用条件も引き上げられる可能性もあるだろう。もちろん、景気後退期の失業という問題はあるが、景気は必ず変動するもので、好景気もあれば、不景気もある。外国人労働者が日本人労働者よりも安く雇用できるということになれば、景気後退期に、日本人労働者の失業を招くかもしれない。だからこそ、外国人労働者を「安価な労働力」として扱わないということが重要だ。都市部ではさほど実感がないかもしれないが、地方では外国人労働者の存在なしには成り立たない産業もあり、外国人労働者を排除するのは現実的とはいえない。必要なのは、産業構造の見直しだろう。現状では、日本人が集まらないような職種で外国人労働者が雇用されていることが多いが、産業構造を見直すことでそういった職種の雇用環境が改善できれば、日本人の雇用の場を増やすことにもなるだろう。

――世界的に反移民の気運が強まっている…。

 鈴木 確かに反移民に関する報道が目立つが、一方で移民の権利を守ろうとする人々もいることに目を向けるべきではないか。例えばアメリカの場合、非合法移民の総数は1100万人に達するとされるが、この膨大な人数がアメリカで生活できている背景には、非合法移民を受け入れるアメリカ人の意識がある。アメリカでは非合法移民の存在は身近で、農業やサービス産業などでは、彼/彼女らは欠かせない労働者である。歴史を振り返ると、メキシコなどからの農業労働者の受入れ、すなわちブラセロ計画が1964年に廃止されたことが、大量の非合法移民を生み出すことになった。移民によって成り立つ産業と、移住労働によって生活を成り立たせている人々が存在するため、正規のルートが閉ざされてしまえば、「不法」の抜け道を利用せざるをえない。アメリカでは、非合法移民の権利を擁護する市民団体も多数あるし、カリフォルニア州など、非合法移民を保護する法律をもっているところもある。たとえ「不法」移民であっても、それは、出入国管理の法律に違反しているだけで、人間としての権利の一切が否定されるわけではないはずだ。欧州でも、非合法移民の強制送還に反対する市民運動がある。

――日本人はそうした移民を巡る意識が希薄だ…。

 鈴木 欧米に比べて、日本は移民/外国人受入れの歴史が浅いからだろう。しかし、日本の人口構造や将来推計を踏まえると、技能実習生のようなローテーションで受け入れる還流型ではなく、定住型の外国人、すなわち移民受入れを議論すべきである。欧米の報道を見て、「厄介だからやめよう」と移民を敬遠するのは現実的とはいえない。もちろん、誰だって苦労はしたくないし、今のままの状況が続けばいいと考えるのは理解できるが、日本が直面している人口問題はもはや誤魔化しで解決できる状況ではない。確かに移民が増加すれば、摩擦やトラブルが起こるかもしれないが、考えるべきはトラブルをどう防ぐか、また発生した場合には、どう解決していくかだ。受入れ後進国の日本は、欧州の経験から、その解決策を学ぶことができるだろう。さらに、日本は、欧州に比べれば割合は低いとはいえ、すでに移民/外国人を受け入れており、そこから学ぶこともたくさんはあるはずだ。少し注意してまわりを見渡せば、地域や学校、職場で、私たちは移民/外国人を目にすることができる。「移民」とか「外国人」とかというまなざしで捉えるのではなく、一人の人間として出会い、知り合えば、もっと身近な存在として考えることができるであろう。

――長年、「貯蓄から投資へ」がなかなか進まない…。

 武樋 「貯蓄から投資へ」が進まないと言われているが、今ようやくその入り口に入ったばかりと考えている。日本版ビッグバン(~2001年度)から十数年が経過したが、明治維新も大政奉還(1867年)から西南戦争(1877年)まで10年間と長い期間を要した。このように日本という国は英国や米国のようにドラスチックに変わるのではなく、10年スパンで変化していく歴史を持つ。この30年間、日本は金融不安などまるでブラックボックスのような長い期間を潜り抜けてきた。その間に、個人金融資産は1300兆円から足元までに1700兆円まで拡大した。それでも今の日本の貯蓄率は55%と、米国の15%、ドイツの30%と比べると圧倒的に高いままだ。これは戦後70年間、金利が物価を上回る期間がほとんどであったことに起因するが、3年位前からは金利よりも物価のほうが高い実質金利マイナスの時代に突入していると考えられる。貯蓄が目減りしていくことになるため、預貯金の運用と真剣に向き合う必要が出てきている。つまりは預貯金を有価証券に移していかなければならない時代に入っているという経済的要因が挙げられる。

――経済的要因の他には…。

 武樋 現在、60歳以上の世代が個人金融資産の約70%を保有していると言われている。その一方で寿命が10年間で約2年ずつ確実に延びていて長寿リスクを回避するため、また、社会保険の自己負担も従来に比べ急激に増えてきていてこの世代が金融資産を有価証券で運用しなければならない必要性が確実に高まってきている。貯蓄中心の古い世代とは違う有価証券運用について新しい感覚を持った昭和22年~24年生まれの団魂の世代が70歳に差し掛かってきており、この団塊の世代中心に今後10年間で毎年50兆円規模の相続財産が引き継がれる時代に入ってきたことも「貯蓄から投資」を大いに促進することになろう。さらに、年間約10兆円(うち、公務員約3兆円)の退職金マーケットも、今後、資産運用ニーズのある大きなマーケットになってくる。また、NISAや個人型確定拠出年金なども「貯蓄から投資」の促進に冷や酒の様に効いてくると想定できる。これらの諸々の背景を考慮すると、我々証券会社が本当に個人のお客様の有価証券運用のお役に立たなければならない時代にいよいよ突入してきている。

――現在の国内株式市場、個人の参加具合は…。

 武樋 株式市場の保有構造は個人が17%、外国人投資家が60%強となっている。アベノミクスでマーケット環境が良くなり、その後一度停滞し、一昨年の中国問題、原油安で悪化し、そして今度のトランプラリーとボラティリティが激しい株式相場が続いた。個人投資家が買い越したのはわずか2~3カ月の間で、それ以外は皆売越しになっていて、外国人投資家主導のマーケットとなっている。また、リーマンショック以降、ボラティリティが激しいなかで、ネット証券経由で短期売買が急増したが、株式を資産としてじっくりと中長期投資することが今必要視されている。

――じっくり投資できる株式を売れるのが証券会社ということか…。

 武樋 それは銀行ではなく我々にしかできないことだと思っている。当社は20年来、「売れる商品でも、売らないという信念」を持ち続け、個人のお客様向け商品についての原理原則である「いちよし基準」を遵守してきた。投資するうえで信頼できる相談相手が欲しいというのがお客様の一番のニーズだ。会社の手数料ありきではなく、お客様目線に合わせていけるビジネスモデルを構築し、お客様の信頼を得ることが最も重要だとの考えにまったく変わりはない。いちよし基準は社内ではすでに定着しているが、大手銀行や大手証券に比べればまだまだ知名度が低いと認識している。ただ、預かり資産残高4000億円だった1997年頃に比べ、足元では預かり資産は4・5倍にまで拡大している。株式の基本はリサーチ、中長期、分散投資であり、これに尽きる。この点、900兆円の預金が目指すところはベース資産をプラットホームとした分散投資だ。例えば、投信であれば債券中心の投信をベース資産とし、そのうちに資産の一部をアクティブな投信とする。株式も同様に資産株の中長期運用をベース資産とし、資産の一部をアクティブな株式とする。このようにベース資産を土台としたピラミッドを拡大し、巨大なピラミッドの作っていくという考え方を提唱している。現状、預金がメインとなっていることからポートフォリオといった考え方をしている投資家は少ない。しかし、我々が提唱しているローリスクローリターン、ミドルリスクミドルリターン、ハイリスクハイリターンを組み合わせたポートフォリオによる資産形成が、いよいよこれから必要となってくる。それを支援するのが我々の使命だと考えている。

――金融庁に対する要望は…。

 武樋 NISAで若い世代の投資推進を図ろうという試みや個人型確定拠出年金で投資の裾野を拡げようという制度は大変良い仕組みであるが、まだまだ改善の余地があるので出来るだけ早く制度の充実を図ってほしい。証券税制については、制度の大枠では金融所得課税の一本化や配当の二重課税の廃止が望まれる。また相続時の税評価額を有価証券も不動産と同じ時価の7掛けにすべきである。更に、キャピタルゲイン課税の引き下げ、株式の長期保有者に対しての不動産並の税優遇措置や上場株式等の譲渡損失の譲渡控除期間を現行3年からの延長など導入してほしい。今後、個人家計においては金融資産を有価証券で運用しなければならないニーズが高まっていくことが予見できる。そういった意味合いで今やっと「貯蓄から投資へ」の入り口に入ってきたところであり、この流れを促進するためにも個人の有価証券投資に対して税の優遇が大いに望まれる。

――御社はガバナンスに定評がある…。

 武樋 6~7年前からコーポレートガバナンス研究所(JCGR)の調査への参加し、最初はランキング18位だったが、おかげさまで最近は4年連続で2位をいただいた。なぜ我々が上位を維持しているのか、皆、疑問に思うだろう。1997~98年にかけて山一証券、三洋証券、拓殖銀行など金融機関の破たんが相次いだ。それまで当社の株主構成は上位10社のうち6社が銀行だった。その銀行勢が当社が銀行系列ではないことを理由に株式を売却してきたが、我々は自社株買いを実施し、そのほとんどを償却したが、2000年以降にかけて株主に外国人が名を連ねてきて約30%近い持株比率になっている。このため、外国人株主対策としてガバナンスを強化するべく、2003年に委員会設置会社制度(2004年に指名委員会等設置会社に改称)を導入。2006年には社外専門家委員会も設置した。株主総会も15年前から土曜日に実施し、総会後は株主と懇談会を開催し、親睦を深めている。海外IRも行っている。他方では、2000年に配当性向20%、2004年には30%、55周年には100円を発表し、今では配当性向50%もしくは純資産の4%のいずれか高い方を採用している。株主還元率は相当に高いと自負している。また、取締役会では、社外取締役を4名、社内取締役を2名の構成を敷いて、社外を多くすることで公正な運営を図っている。こういった活動が実を結んでいると考えている。

――社外取締役制度を導入してもガバナンスが効いていない企業が多い…。

 武樋 「仏作って魂入れず」ということわざがあるが、まず仏を作らないことには魂を入れようがない。まず、仏を作るという意味あいにおいては、指名委員会等設置会社が一番良い仏であると思う。しかし、この制度が出来て14年になるが、いまだ全上場会社中、70社位しか採用していない。次に、どの様な制度でも魂を入れることが課題になる。まず、第一に、経営のトップが不正をはたらかず、隠蔽せずに透明で公正な経営に努力することだ。第二に社外取締役に経営トップの耳の痛いことでもどんどん指摘できる人物を配置することだ。そういう意味では、社外取締役にふさわしい人物の層が厚い米国に比べ、日本のコーポレートガバナンスの課題は多い。

――5月に横浜で第50回年次総会を開催する…。

 中尾 今回の総会は、これまでのアジア開発銀行(ADB)の50年を振り返り、次の50年に何が必要かを考えるいい機会と捉えている。現在50年史の編纂をしているが、ADBの骨幹は「ファイナンス」にある。そもそもADBが創立されたのは、当時資金不足に喘いでいたアジア各国に資金を供給することが目的だった。ADBの創設に大きな役割を果たした日本も1960年代半ばまでは経常収支赤字が常態で、外貨は貴重だった。資金不足解決のため、アジアの各国からADBのような機関を設立したいとの声が出たが、構想段階ではメンバーをアジア域内国に限定する考えもあった。最終的に欧米諸国もメンバーとしたのは、その資金力、信用力を活用したいということなどが重要な要素だ。アジアに対してインフラ整備をはじめ開発に必要な資金を供給する役割を、今後もしっかりと果たしていきたい。

――融資にあたって重視するのは…。

 中尾 渡辺武初代総裁も強調していたことだが、サウンドバンキング、すなわち金融機関としての健全性は強く意識したい。ADBは各国の協定によって設立された半ば公的機関ではあるが、同時に債券を発行して資金調達する銀行であり、トリプルAで債券を発行することが途上国にとってよい条件で融資をすることの前提ともなる。これまでも経済的合理性を融資判断の上で重視してきたが、通常融資ではこの精神を今後も堅持していく。一方、加盟国の中でも貧しく、あるいは脆弱な国向けには、ドナーの任意拠出をもとにした譲許的な貸し付けや無償資金供与も強化していく。インフラ整備の融資に当たっては、より高度で、環境にもよい技術を取り入れていくようにしたい。教育や保健などの分野でもADBの支援への需要は強い。一方でアジア各国の成長を促進する使命を果たすため、融資に限らず様々な方法で資金を動員することが必要だと考えている。例えばプロジェクトファイナンスにおけるPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の組成を支援するトランザクション・アドバイザリー・サービス(助言業務)を手掛け、民間資金を活用したファイナンスを支援していく。また、サムライ債はADBの1970年における発行が嚆矢となったが、このような各国での資本市場の育成をリードする役割も続けていきたい。

――今後の中心的な融資案件は…。

 中尾 「開発」がテーマであることは変わらない。これまでADBは農業分野から始まり、電力や道路、鉄道、上下水道などのインフラ、保健や教育制度の支援も手掛けてきた。今後は、気候変動から来る海岸侵食、洪水などの問題への「対応」、再生可能エネルギーや省エネによる二酸化炭素排出の「緩和」への支援を拡大していく。その中で、水を節約して使うドリップ・ハーベスト、食糧を無駄にしないための倉庫やアクセスなど、再び農業も重要になっていると思う。

――ADBの組織としての課題は…。

 中尾 今まで述べたことに加え、プロジェクト実施の際の環境や社会への配慮が挙げられる。ダムなどを建設すると、どうしても住民立ち退きといった影響が生じるが、そうした影響を緩和するため、正しい手続きの元にプロジェクトを進めていくことが必要であり、その点はきちんとやっていく。調達も、公平な国際競争入札がルールだ。一方で、さまざまな手続きが厳格で対応が遅いという批判がある。手続きの簡素化や、ITの更なる活用、28の借入国にある現地事務所への権限委譲などにより、業務の迅速化に努めていきたい。もちろん、予算の効率化、資金基盤の確保、スタッフの専門性強化も課題だ。

――その人材面は…。

 中尾 総合職にあたるスタッフは多くが大学院卒で、日本人も1100人の中で152人が頑張っている。そのうち40人以上が女性だ。ADBは中途採用が中心で専門家の集団だが、常に一層専門性を磨いていく必要がある。やはり我々自身の能力を高めなければ、個別のプロジェクトごとに募集しているコンサルタントを使いこなせないし、技術の進歩においていかれてしまう。最新の技術を熟知し、それにより一段と高度なプロジェクトを推し進めていきたい。その一方で、職員の流動性を高めることも課題だ。例えば調査局のエコノミストにも現地事務所の所長を務めさせたりすることで、「One ADB」として、ADB全体のことを考えられる人材を育てていきたい。

――アジアインフラ投資銀行(AIIB)との関係は…。

 中尾 昨年の5月に協力覚書を締結しており、今後様々な協力を行っていく予定だ。すでにパキスタンとバングラデシュでは協調融資を行うことが決まっている。これらの案件では、我々の方がプロジェクトの準備や実施をより多く負担するため、AIIB側から手数料も受け取っている。AIIBの金立群総裁とは一昨年から既に9回会談しているが、同氏が以前ADBの副総裁を務めていたこともあり、共通の問題意識を感じる。AIIBの存在は我々にとって良い刺激でもあり、ADBが自らの役割を見定め、効率性を高めていくことにもつなげたい。ただ、AIIBは名前の通りインフラに特化しており、我々のような医療や保健への融資は行わないという考えを示している。また、アジアの国々と先進国で構成されるADBと違い、AIIBは中東、南アフリカ、ブラジル、ロシアなども参加していることも大きな違いといえるだろう。

――思想も異なる…。

 中尾 ADBが開発を重視しているのに対し、AIIBはより銀行らしく、資金運用に重みを置いているようだ。ADBも融資から利益を出し、それによって資本を増やして融資拡大に結び付けてきたが、AIIBはより銀行としての側面が強い。そのため、ADBが行っているような譲許的な融資、政策改善のためのプログラム・ローンをAIIBは行わないとしているほか、調査活動も他機関に任せ、自身は貸付に集中するとしている。加盟国の代表である理事会についても、AIIBは、常駐のものが北京にあるわけでなく、各理事が必要に応じてITを活用してバーチャルに開催するのが基本であるのに対し、ADBではマニラに常駐する12人の理事、12人の理事代理からなる理事会が日常的に開催され、重要事項を承認する。ただ、ADBとAIIBは違いがあるからこそ、補完的な関係になりえると考えている。

――目覚ましくアジア経済が成長した要因をどうみるか…。

 中尾 1960年代のアジアはガバナンスもなければ技術革新もなく、日本という例外を除けば成長は見込めないという見方が欧米では強かった。しかし、その後は「Four Tigers」と呼ばれた香港、シンガポール、台湾、韓国に始まり、マレーシアやタイ、インドネシア、そして中国やインドなど多くの国が著しい成長を遂げた。それは、これらの国々が市場経済に基づく成長政策をとってきたこと、あるいは途中から国家主導の計画経済や輸入代替などの政策をやめて開放的な政策に転換したことが大きな要因だ。私は、途上国経済が発展するためには8つの条件、即ち①インフラへの投資、②人的資本への投資、③マクロ経済の安定、④開放的な貿易・投資体制あるいは規制緩和と民間セクターの促進、⑤政府のガバナンス、⑥一定以上の社会の平等性、⑦将来へのビジョン・戦略、⑧政治的安定・周辺国との良好な関係が必要と考えている。アジア各国がこれらの条件を満たしてきたことが成長要因だと評価している。

――アジアは今後も成長を続けられるのか…。

 中尾 確かに既に大幅な成長を遂げてきたが、まだまだ成長できる。例えばフィリピンやベトナムは、1億人前後の人口を持つが、一人当たりGDPはまだ3000ドルに満たず、今後の発展余地は大きい。天然ガスなど豊富な資源から恩恵を受けているインドネシアも、一人当たりGDPは依然3000ドル台だ。3万ドルを超える先進国へのキャッチアップ余地は大きい。東南アジア以外では、南アジアは約14億人の人口を超えるインド、1億9000万人のパキスタン、1億6000万人のバングラデシュがあり、いろいろ難しい問題はあるものの最近は成長が強まっている。そのほか、中央アジアはいかに資源に依存しない経済構造を実現するかが重要で、例えばウズベキスタンなどは近代的な農業ビジネスもチャンスがある。いずれにせよ、世界の人口の半分強を占めるアジアは、今後も適切な政策を維持していくかぎりにおいて成長を続け、2050年には世界のGDPに占める比率も現在の3分の1から半分を超えるようになっていくだろう。

――各国はどう考えているのか…。

 中尾 これまで、インドのモディ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領、インドネシアのウィドド大統領、ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問など、アジア各国の指導者と対話してきたが、どの指導者も経済を更に開放し、規制を緩和し、市場の活力を使って経済を成長させていきたいと考えている。どの国も雇用の創出が大きな課題となっており、そのために教育やインフラを強化し、ビジネス環境の改善を図っている。国家の介入を拡大して直接投資を排除するような政策をとろうと考えている指導者はいない。拡大する中間層はテレビやエアコン、バイク、自動車、それに化粧品といった商品を貪欲に求めており、その旺盛な需要にも支えられて成長は簡単には減速しない。需要に対応する生産力も強くなってきている。豊かになりたいという国民の思いを原動力に、保護主義や腐敗に対抗し、また、各国が協調していく関係が続けば、アジアは世界の中で増々存在感を増していくと考えている。

――国会では、文部科学省の天下りあっせん問題が話題となっている…。

 髙橋 私自身がそうであるように、国家公務員在職中に自らのスキルを磨き、役所の世話にならず自分の力で再就職先を探すことは当たり前のことだ。それだけの実力がないのにも関わらず、役所の権限等をバックにして再就職先をあっせんされることは本人にとっても気の毒であり、なぜこのようなことが昔からまかり通っているのかはなはだ疑問だ。現在の天下り規制は全て、第1次安倍政権の頃に私が立案したものだ。私は財務省で退職人事にも関与したことがあり、天下りの実態をよく知っている。天下りの場合、受け入れ先の企業からすれば有能な人材かどうかは二の次であり、なにより重要なのは役所との間にしっかりとしたパイプを持っているかどうかだ。役所から「この人は大丈夫」と紹介してもらえれば、その人に能力が無くとも、企業としては役所から情報や予算などを引き出すためのツールとして安心して受け入れることができる。そこで、以前は退職後2年が経てば役所のあっせんによる再就職が可能だったが、現在の天下り規制では役所による再就職のあっせん行為そのものを禁止した。また、あっせん行為を禁じるのみならず、在職中の部署と利害関係がある先に自らが再就職を依頼することも禁止した。現在の天下り規制のポイントはこの2点で、非常にシンプルだ。

――文部科学省のケースでは、再就職等監視委員会が問題を指摘した…。

 髙橋 再就職等監視委員会は役所によるあっせん行為があったかどうかを監視する組織であり、これも第1次安倍政権の時代に創設した。旧民主党政権時代にこの組織を動かすことも出来たが、再就職等監視委員会の活動により天下りが露呈することを恐れた公務員の要求を聞き、当時与党の民主党は野田政権の最終盤になるまで委員の任命すら行っていなかった。その後、安倍政権において再就職等監視委員会を本格的に稼働させ、問題を洗い出していたところ、最初に国土交通省で、次いで消費者庁でも再就職先のあっせん行為が発覚した。当初は再就職等監視委員会の人員が足りず、あまり深いところまで調査ができなかったが、安倍政権が長期化するなかで徐々に監視委の仕事が回るようになり、今回の文部科学省の事例を発見するに至った。他の省庁でも似たようなこともやっており、今後に行われる一斉調査によってさらに実態が明らかにされるのではないか。

――安倍首相は天下り規制に意欲的のようだ…。

 髙橋 安倍首相は第1次政権時代にも天下り規制に取り組んでおり、特にこの問題には強い思い入れがあるのではないか。また、当時は首相に役所の幹部人事権がなく、リーク等による倒閣運動をコントロールすることが出来なかったことへの反省から、2014年には内閣人事局も創設した。幹部人事権を握り、かつ再就職等監視委員会による天下り調査でにらみを効かせることで、安倍内閣は役人に対するグリップをさらに強めていくと見ている。

――今国会では、野党が森友学園に対する国有地売却を追及している…。

 髙橋 国会では民進党が天下り問題を追及しているが、安倍首相は民進党の前身の民主党政権の取り組みが不十分だったことはよく把握している。また、内閣人事局の創設を含めて自らが天下り規制を強化してきたという自負もあるため、攻撃を全て切り返してしまう。そこで、民進党としては攻撃の矛先を変えようというねらいがあったのだろう。ただ、森友学園への国有地売却について安倍首相による政治的な関与はないと見ている。私自身も関東財務局にいた頃に土地売却案件を手伝った経験があるが、今回のケースでは財務省が随意契約を結び、土地の価格を鑑定評価額で出したことが誤りだ。私であれば、森友学園が土地を買いたいと分かった時点で随意契約は結ばず、敢えて入札にする。入札であれば価格の透明性は担保されるため、そこで売却価格を決めてしまえばよい。しかも、今回は地中にゴミが埋まっていることが発覚して土地価格を割引いたが、それならば再入札をすればよかったというだけの話だ。

――現在の日米関係については…。

 髙橋 安倍首相がトランプ大統領と良い関係を築いていることは、日本にとって何ら不利になることではない。トランプ氏が海外首脳に面会した順番としては、安倍首相は英国のメイ首相に次ぐ2番目であり、日本の首相でここまでの好待遇を受けた人物は他にいないのではないだろうか。また、中曽根元首相や小泉元首相も米大統領の別荘を訪れたが、新政権発足後早々に行くようなケースはなかなかない。ゴルフや食事を共にするなど両首脳の仲は良好だ。国内ではトランプ大統領の移民政策にもの申すべきだとの批判もあるようだが、日本はそもそも移民を受け入れておらず、米国に対してそのようなことが言える立場にはない。また、大手メディアはトランプ氏がメキシコ国境に壁を築くと宣言したことを批判しているが、欧州を含め陸続きの国の国境には壁がある方が普通だ。国境がある以上、壁があるのはある意味当然で、トランプ氏の発言は「公共事業で雇用を作るため、国境の壁の一部を修理します」ということと一緒だ。また、トランプ氏はマスメディアが足を引っ張るのを知っているからこそ、記者会見よりもツイッターでの情報発信を重視している。国内にはそのトランプ氏のツイッターを1日遅れで報じるようなメディアもあり、見ていて滑稽であるし、トランプ批判を繰り返す日本のマスメディアは時代遅れ以外の何者でもない。

――消費税率の再引き上げは実現できるか…。

 髙橋 そもそも消費税を引き上げることが目的なのではなく、財政再建こそが本来の目的であることを忘れてはならない。私は2月21日の衆議院予算委員会中央公聴会に参考人として出席したが、そこで財政再建はすでに達成していると明言した。私はかつて政府のバランスシートを作成しており、政府の財政状況は熟知している。財務省はバランスシートの右側の債務のみを取り出して国の借金が1000兆円を超えたと言っているが、政府はバランスシートの反対側には資産を持っている。政府の資産は出資金や貸付金などの金融資産が多く、利子はだいたい国債の利払いコストと一致する。また、政府と中央銀行を統合した統合政府という概念で考えると、日銀が大規模緩和の結果として大量保有している国債の利子は実質的には政府が納付金として受け取るため、資産側が生み出す利子は1000兆円超の借金の利払いと一致する。連結した政府のバランスシートでは、債務と資産が一致しており、実はすでに財政再建が出来ているというわけだ。もっとも、日銀が保有している国債を売却すると市場に混乱をきたす恐れがあるため、緩和政策の終了後も満期まで持ち続けることが重要だ。売却が必要になるのは、酷いインフレの場合であるが、デフレ脱却さえしていない現状では考えにくい。また、景気回復によって将来的にインフレが進んだ場合でも、結果として税収の増加が期待できるため、財政は好転しているので、特に問題は生じないだろう。

――2月9日の法制審議会総会で会社法の見直しが諮問されたが、その背景は…。

 栗原 会社法は平成26年に改正され、平成27年5月1日に施行された。その改正の附則では、社外取締役に関する問題について施行後2年が経過したところで検討すると規定されている。そのこととの関連で、このタイミングで法制審議会への諮問が行われることとなったのであろう。また、安倍内閣が掲げる「日本再興戦略」で、ディスクロージャーの在り方や株主総会招通知に添付する書類の電子提供などについても見直すとされており、この点も今回の諮問の背景となっているとみられる。法制審に会社法制部会が設置されて審議が行われる。

――今回の会社法見直しの動きに対して、どのようにみているか…。

 栗原 会社法は商法から切り離されて平成17年に独立の法律として制定され、平成18年5月に施行された。その後は、本格的な改正が行われなかった。以前の商法の時代、特に平成10年代には頻繁に改正が行われたことを考えると、対照的な動きだ。これは、会社法になって会社の選択の幅が広がったことが大きい。まずはいろいろな選択肢をどのように使いこなすかに力点が置かれた。また、実務が新しい法律に慣れるまでに時間を要したという事情もあると思う。その後、野党当時の民主党に「公開会社法」の構想があり、その流れもあって民主党政権成立後に千葉法相によって会社法制の見直しが諮問され、法制審会社法制部会で審議された。実際には改正法案は、自民党政権の下で国会に提出されるという経過をたどり、平成26年6月に成立した。前回改正法施行から2年弱という比較的短期間の後に今回の諮問が行われたわけであるが、附則の見直し規定の存在という事情は申し上げた通りである。また、一般的にいって、会社法のような法律については、実務の変化や技術進歩などに応じて定期的に内容を見直し、新たなニーズを拾い上げていくプロセスが必要である。おおむね2年~4年程度の間隔で定期的にチェックを行うことが望ましい。こうした観点からも、今回の見直しの動きは評価したい。

――社外取締役の設置義務付けが注目されているが…。

 栗原 会社法は、上場会社等に対して、社外取締役の設置を直接的には義務付けておらず、設置していない場合に理由を株主総会で説明をするという規定になっている。この327条の2については、法制審の要綱にはなかった点であり、与党自民党内の検討の過程で付加されたものである。また、あわせて附則に2年後の検討条項が定められた。改正法施行後の会社の取り組み状況を見定めようという趣旨である。実際には、改正法の制定後、「コーポレートガバナンス・コード」が策定され、2015年6月から適用されたこともあり、社外取締役を設置する会社は確実に増加してきている。また、そもそもこのテーマは、個々の会社がその実情にあわせて柔軟に対応するためには、法令、すなわちハードローで細かく規定するとかえって不都合な面があり、上場規則のようなソフトローの方が適しているといえる。制度の立て方として、現在のような方式をとることにあまり違和感はないのではないか。いずれにしても法制審議会では、近年の状況変化を踏まえ、審議が進められることになろう。

――株主提案権が焦点の1つになるという見方もあるが…。

 栗原 株主提案権の在り方は、今回の見直しにおいての大きな論点の1つになるとみられる。株主提案権は昭和56年改正で新設されたものであり、いわゆる総会の形骸化、あるいは総会屋の跋扈などの問題を受けて、本来の株主総会の機能を取り戻すための仕組みの一環として導入された。1人の株主が提案できる議題の数に制限がないこともあって、一部の会社では取るに足らない些末なことまで定款変更の形での株主提案が寄せられており、会社側ではその対応に苦慮している。枝葉末節な提案に貴重な時間や会社サイドの準備のためのエネルギーが費やされることは、全体としての株主の利益を損なうことにもなりかねない。ただ、少数株主の立場を考えると、株主提案権の行使にあまり制約をかけるべきではないという意見もある。この2つをどのように整理し位置づけていくかというテーマだ。この問題を考えるうえのポイントの1つは、誰が株主提案権への対応に要する会社のコストを払うことになるのかという点だ。コストが増えた分、利益は減少することになるから、最終的には株主の負担となって跳ね返ってくる。全体としての株主の利益という観点からは、会社に大きなコストが発生することは好ましくない。法制審では経済的な合理性を含めて「真に株主のためになること」は何かという観点からの審議が進められることを期待したい。

――法制審議会への諮問事項には、社債の管理の在り方の見直しも含まれた…。

 栗原 社債の管理に関する論点は、大別して3つあるように思う。第1に、会社法では社債を発行する際に原則として社債管理者を設置する必要がある。いわゆる社債管理者設置債である。しかし、各社債の金額が1億円以上の場合などの一定の場合には例外的に設置不要とされている。社債管理者不設置債という。国内の公募普通社債の多くは、この例外の下で発行されている。ただ、社債管理者の設置が必要でない場合においても、社債がデフォルトしたときなどに社債権者保護を図る何らかの仕組みを設けておいた方がよいのではないかという問題意識がある。このような問題に対応するため、昨年夏に日証協のワーキンググループは、社債権者補佐人という制度を設けることを提唱した。これは契約により構築されるものであるが、法律で何らかの手当てをすべきかどうかという問題だ。第2に、社債権者集会の効力発生のための裁判所の認可の問題がある。社債権者集会決議については少数社債権者の利益保護の観点から、集会決議の効力の発生のために裁判所の認可が必要とされている。しかし、社債権者全員が賛成している議案であれば、改めて裁判所の認可を得るまでもないのではないかという考え方が主張されている。第3に、現在の会社法では社債権者集会決議で社債の元本の減免が可能かどうかについて明示的な規定がないという問題がある。社債権者集会では社債権者の利害に重大な関係のある事項について決議することとされているため、元本の減免は「社債権者の利害に関する事項」に含まれるという解釈が有力であるが、その点を明文で規定すべきではないかという問題だ。

――法制審議会の結論を得るまで、どの程度の時間を要するのか…。

 栗原 商事法務研究会が主催する「会社法研究会」があり、学者中心に、産業界や法曹界、さらに法務省の担当者がメンバー、神田秀樹学習院大学教授が座長となって、昨年1月から議論が行われている。その結果は報告書にまとめられるものとみられるが、法制審ではそれを参考にして議論が進められるのではないだろうか。会社法研究会では改正ニーズの所在の把握や理論的な検討が行われているので法制審での審議に役立つことが期待できる。あくまでも予想だが、諮問された事項をみて、審議はそれほど長期間にわたることはないと思う。ただ、今回の諮問事項は技術的な性格のものが多いようにもみえるが、たとえば株主提案権をはじめ株主総会に関連する問題では、株主と取締役会、経営者との関係をどのように考えるかという点を踏まえて議論する必要がある。一見してテクニカルな問題のようにみえても、基本のところをよく考えなければならないテーマが少なくないことに注意をしておく必要がある。

――過去20年間の証券行政を振り返って…。

 内藤 小池総会屋事件で「野村證券も帰らざる河を渡った」との名文句を大田淵(田淵節也元野村證券会長)が残して以降、山一證券が破たんし、その後、金融監督庁から金融庁が誕生した。その当時から「貯蓄から投資へ」を打ち出し、金融ビッグバンによって手数料自由化と証券会社の免許制から登録制への移行がなされた。他方、相前後してこれでもかというほど多くのルールを矢継ぎ早に打ち出し、証券業務への締め付けを強化してきた。しかし、金融ビッグバンで登録制に移行したのが失敗だった。今でもその失敗が証券界全体に尾を引いている。誰でも自由に証券業に参入することができるようになったため、当初は証券会社が年間80社と、雨後の筍のごとく設立されてはつぶれるといった事態が数年間続いた。その間、免許制当時からの証券会社が半減する一方で、異業種からどんどん参入してきた。仮に異業種が証券業に参入することは良しとして、一番問題だったのは投資顧問会社の乱立だった。ピーク時で投資顧問会社は3000社近くに激増した。一番問題だったのは、数が多過ぎたことから金融庁の検査が行き届かず、野放しとなった。当時、世の中では役所の人員削減を求める風潮があったものの、見るに見かねた私は金融庁の幾人かに対し、「登録制に移行したならば、証券監視委も米国並みに大増員すべきだ」と提言した。その後、多少人員は増えたが追いつかなかった。その結果、関係した会社が次々と破たんする事態に陥ったレセプト債のような事件も発生し、証券界全体の信用を傷付けた。こういった商品を提案して組成した登録制以降に出来た投資顧問会社や証券会社を、責任をもって検査できなかった金融庁の検査体制にも問題があるのではないか。今後の為にも検査体制の強化を考えて戴きたいと切に願う。

――証券市場の評判を落とし、貯蓄から投資への流れが結局できていないと…。

 内藤 20年来、金融庁は「貯蓄から投資へ」を推進し、最近ではNISAやジュニアNISAをスタートさせたが、預貯金過多は大きく変わっていない。最近では「資産形成」と言い方を変えてきている。最近、この20年間で資産6分法(先進国、新興国、資源国の株と債券)にしていれば最も良いパフォーマンスを実現できたはず、と金融庁は今までの証券会社の商品戦略にまで言及し、我々に反省を促している。20年前に言うならまだしも、結果を見てからなら誰でも言える。他方では、フィデューシャリーデューティーやコーポレートガバナンスなど一般の人には直ぐにはわからない英語(カタカナ)を多く使い出している。「誰にでもわかる日本語で言って欲しい」と言ったら、「さあ、なんて言えばいいんでしょうねぇ」との答えだ。言ってる当人が直ぐには言えないことに多少がっかりはしたものの、私は「顧客第一主義のことでしょう」と言ってあげた。今は、「顧客本位」という言葉を使っている。そもそも顧客本位という考えは、もともとは近江商人から受け継がれている「三方良し(売り手良し、買い手良し、世間良し)」の姿勢そのものだ。買い手も売り手も利益相反にならないように互いに儲かるビジネスモデルを、日本の多くの商人があの時代から培ってきた。それが最近になって金融庁が米国を真似て、ブーメランみたいに英語(カタカナ)で返ってきただけに過ぎない。今更始まった事ではない。まともな日本の企業は皆、顧客第一主義でやっている。

――カタカナ英語ばかりで違和感を感じる…。

 内藤 ルールベースで締め付けを行ってきた当時、ルールに抵触しないかを気にして営業は萎縮する一方、ルールをこれ以上作っても複雑になるばかり。金融庁自身も、我々もそろそろ限界だろうと感じていた。その後、金融庁はルールベースから、「プリンシプルベース」というまた新しいカタカナ英語を使い始めた。このプリンシプルベースというのは、良識や倫理観を基本に個社ベース、個人ベースでコンプライアンスを考えろというルールだ。投資家保護を大義名分に掲げているものの、一向に進まない貯蓄から投資への流れをどうにかして作りたい金融庁の試行錯誤とも受け取れた。フィデューシャリーデューティーは、プリンシプルベースの具体化したものだ。この中に利益相反も付け加えた。これは投資顧問会社や投信・保険会社など商品を運用する会社が、訳の分からない多額の手数料を取り、投資家を不利にするという利益相反があってはならないという意味だ。これを証券会社に当てはめれば、顧客に損ばかりさせて手数料を稼いでいるという形は好ましくなく、顧客を儲けさせた結果として手数料を頂くというのが望ましい姿だというもの。また「手数料の多さで営業マンを評価するな、預貯金から証券投資に資金を導入してくる営業マンを評価しろ」と言っている。これは望ましい姿勢だ。ただ、正しい事は言っているが、現場は違う。営業員は誰でも顧客に儲けてもらいたいと思って商品を販売する。我々の扱う商品は、儲かるか損をするか、言ってみれば半々だ。元本保証ではない。この様に最近は、営業の姿勢・やり方にまで口を挟み始めている。金融庁のお役人には証券会社の経営や営業を経験して戴きたいものだ。一年程前、監視委員会から、「地方の証券会社のビジネスモデルはすでに破たんしている」との指摘があった。株式ばかりやっているからだと言いたいのだろうが、相場が悪かったのは行政が悪く、政治が悪かったためにデフレが長引いたということが大きな要因だ。投資信託をもっと売っていればそういったことも言われずに済んだのだろうが、トランプ相場のおかげで株式の比率が高い地場証券の業績は良くなってきた。証券市場は経済環境で常に変化してゆく。過去の結果だけを見て、行政はコメントするから、市場を知らないと言われてしまうのではないか。

――「貯蓄から投資へ」が進まない理由は…。

 内藤 根本的な原因は、明治以降、先進国から資本主義を導入したため、手っ取り早く銀行優位でスタートしているという点だ。子供の頃から各家庭では、「無駄遣いはだめ。貯金をしましょう」という教育を受けている。誰も「大人になったら株に投資するんですよ」という教育は受けていない。150年に渡る日本人のDNAに貯蓄がしみ込んでしまっている。これを直すには地道な投資教育が必要であり、急がば回れで小学校から教えなければならない。また、世間では「私は株をやったことがない」と自慢げに言う政治家や株式会社の社長がいるのも問題だ。他方では、大蔵省証券局時代から「銀行は善で証券は悪だ」と思われているのも問題だ。株式は確定利付きではなく、儲かるか損するかは正直、不確定な世界だ。ただ、経済が何十年と右肩上がりが続けば、預金よりもはるかに金融資産を増やせるのが株式など証券投資だ。しかし、この20年間続いているデフレの間は、その恩恵が全く受けられなくなってしまったことが不運だった。また、「貯蓄から投資へ」が進まない理由は、証券税制への行政の理解が不足しているという点も挙げられる。例えば、不動産は相続税評価額の七掛けとか、銀行は不動産を買うときは金を貸すが、株を買うときは貸さないなどもハンディだろう。株の相続税評価額の低減は証券業協会を通して金融庁経由で財務省に訴えているが、遅々として進まない。このように行政が無理解なのにも関わらず、金融庁は「貯蓄から投資へ」が進まない理由は証券会社の努力不足や営業姿勢に求めようとする。今以上銀行に直接金融を担わせる方向に進めようとしたら危険だ。

――なるほど…。

 内藤 金融行政がこれまで行ってきたことは「貯蓄から投資へ」ではなく、「貯蓄から投機へ」ばかりに見える。競馬、競輪、ボートレース、麻雀、FX、夜間取引、私設取引所など日本ほど投機の手段が揃っている国はない。金融庁は「貯蓄から投資へ」を促すためにネット証券や外国人投資家の高速売買を行う外資系証券会社の言うことには耳を傾けている様だ。そうではなくて、私が提案したいのは、証券税制(相続税評価)を不動産税制並みに低減する見返りとしての有価証券取引税の復活だ。これを復活させれば投機は減り、投資が増えるだろう。この長引いたデフレが終局に向かっている今、一定程度は株式投資をする人は増えるだろうが、このままでは一過性のもので終わるだろう。米国経済のように長い目で見て右肩上がりにならなければならない。それを実現するためには、やはり政治の力が必要であることは言うまでも無い。いずれにせよ金融庁による証券行政は、子供に行儀を教える如きルールベースから一人前の大人として扱うプリンシプルベースに進化し、フィデューシャリーデューティーにたどり着いた結果、日本に古くから在る三方良しの企業、証券経営に戻ることとなった。そのこと自体は、悪くない着地だと思っている。

――映画『ビハインド・ザ・コーヴ~捕鯨問題の謎に迫る~』制作のきっかけは…。

 八木 2009年7月に、日本のイルカ漁をテーマにしたアメリカのドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』が公開された。その影響が出たのか、反捕鯨団体の活動は益々活発化し、2014年には国際司法裁判所(ICJ)に提訴された日本の捕鯨が敗訴した。このニュースが大きなきっかけだったと言える。裁判は、日本の南極海で実施していた調査捕鯨が国際捕鯨取締条約に違反するとして、オーストラリアが中止を求めたものだ。ICJは2014年3月、日本の捕鯨が調査目的を達成するために合理的なものだと立証されないとして、日本の主張を退けた。私はこの裁判結果に不可解なものを感じ、元国際捕鯨委員会(IWC)の関係者に経緯を聞くなどして個人的に調べ始めた。そして取材を進めるうちに、捕鯨問題にまつわる理不尽な事柄が多く浮かび上がり、段々と憤りが強くなった結果、この映画を作り上げるに至った。私自身は元々捕鯨関係者ではなく、また映画を製作するにあたって最初から決まったシナリオがあったわけではない。ただこのままでは日本の鯨文化が消え去るのではないか、という危機感を持ったのだ。『ザ・コーヴ』では和歌山県太地町でのイルカ漁を批判的に描いていたが、太地町は、イルカだけでなく昔から鯨の町として栄えた場所でもある。『ザ・コーヴ』では描かれなかった町民たちの穏やかな人柄や素晴らしい景色を伝えたら、人々の誤解が解けるのではと思った。彼らの素顔を撮るため太地町に長期滞在し、そのおかげで地元の人々の普段の姿を撮ることができた。また現地では様々な人にインタビューし、疑問に思ったことは何でも率直に尋ねるうちに、この作品が出来ていった。

――映画制作を通じて、憤りを感じた点とは…。

 八木 国際裁判で調査捕鯨に対する日本の主張が退けられる以前に、IWCによる商業捕鯨モラトリアムが採択されていた。これにより商業捕鯨は停止されたが、日本は再開への働きかけを行わずに、その代わりに南氷洋まで行き費用対効果の悪い調査捕鯨を何十年も続けている点、ここにまず憤りを感じる。また1970年代、高度成長期の日本に対するアメリカの風当たりが強かった頃、アメリカは72年のストックホルムでの国連会議で批判の的として日本の捕鯨を取り上げ、自国のベトナム戦争での枯葉剤作戦への世界からの非難を逃れるためのスケープゴートにされたことを知った。アメリカの強い圧力を背景に商業捕鯨を断念せざるを得ない状況だったと、当事者のIWC代表など関係者から説明を受けた。当時大統領だったレーガン氏といわゆる“ロンヤス関係”にあった中曽根元首相は会食の席で、一度出した異議申し立てを取り下げるように要求されたという話だった。海外諸国が捕鯨に反対する理由は自国の利益のためであり、地球規模で考えた環境や科学に反した結果だ。牛肉など自国の食料品の輸出を推進したい外国政府にとって、日本に商業捕鯨を止めさせることはプラスになる。またマッコウクジラの脳油は温度の変化に強く、ミサイルの潤滑油などに適しているためアメリカで軍事利用されていたこともあり、そういった点で日本の捕鯨に警戒を示す向きもある。さらに日本を提訴したオーストラリアはホエールウォッチングが一つの産業になっている。オーストラリアのメディアは政府と関係が深く、以前国際会議に参加した日本の外交官が反捕鯨家に頭から赤インキを掛けられた事件があったのだが、その人物は後にオーストラリアの環境大臣に就任している。このような他国政府とメディア双方からの発信により、その国の国民のほとんどは、日本の捕鯨が悪であり違法であると誤解し、また捕鯨によって鯨が絶滅すると思っている人も多い。映画『ビハインド・ザ・コーヴ』は取材を通して、昨今の捕鯨問題が科学的根拠ではなく各国の政治的な意図や、現在、問題になっているプロパガンダが原因であることにも焦点を当てている。

――商業捕鯨の停止に至るまでの過程は…。

 八木 1982年にIWCが商業捕鯨の一時停止を決めた際、日本は科学的根拠に欠けているとして異議を申し立てた。これに対し、アメリカは車や電化製品の輸入に対して圧力をかけ異議申し立てを撤回するよう迫ってきたと関係者から聞いていた。アメリカの200海里の権利をエサに交渉が進められた結果、日本は異議申し立てを取り下げたものの、アメリカが当該水域での漁業を認めたのは最初の2、3年だけだったという。つまり、アメリカは日本を陥れたことになる。こういった2枚舌の交渉に日本人は騙され続けている。またIWCの決定を覆すには、加盟国代表の4分の3と多数の賛成票を必要とする点で、商業捕鯨の再開は難しい状況だ。元々IWCは「鯨資源の保存及び捕鯨産業の秩序ある発展(持続的利用)を図ること」を目的としていたにもかかわらず、今では捕鯨を停止する方針を採っている。その割に日本は会議費も他の加盟国より多く支払っているのだ。IWCには商業捕鯨が認められている捕鯨国も加入しているが、日本が商業捕鯨を再開すればそれらの国の鯨輸出に差し障りがあるため、必ずしも日本の商業捕鯨に賛成ではない国もある。まさに八方塞がりな状況になっている。反捕鯨活動を行うシー・シェパードの創設者もオーストラリアやオランダなどで活動を展開しているが、過去の戦争から日本に対して複雑な感情を持っている国を中心に展開している部分もある。

――反グローバル化の機運が高まるなか、自国の資源として鯨の食文化を推進すべきだ…。

 八木 鯨は人間が消費する以上に大量に魚を消費しており、鯨を過度に保護することは魚の量を減らすことにも繋がる。そして減ってきた魚を守るとなると、今度は代わりの食糧として牛などの家畜を育てることになる。そうなれば、家畜を育てるための場所を確保するための森林伐採や、家畜から排出される糞やガスが海に流れることになるなど、実は別の大きな環境汚染が既に発生している。西洋ではこのままでは鯨が絶滅するとの認識が広まっているが、そもそも日本は80種類以上ある鯨の中でも生息数が非常に多いミンククジラを主な捕獲対象としていた。そのミンククジラは日本が捕獲量を極めて少なく制限された結果増殖を続けており、えさの競合によって絶滅危惧種に指定されているシロナガスクジラなどの減少につながっているという問題も起きている。

――これらの事実は、一般には伝わってこない…。

 八木 映画の制作を通して知り得たことは一般のメディアではなかなか報道されず、国民に伝わっていないのはおかしいと感じていた。アメリカなどでは鯨を食べることは残虐と言いながら、温度の変化に優れたマッコウクジラの脳油をミサイルなどの潤滑油で人を殺すために使っていたことがあるなど、矛盾している。また、増殖が著しいミンククジラを捕る日本の捕鯨は停止させる一方で、海外では先住民と言われる人々に圧力をかけられない現状があるため、例えばイヌイットには絶滅危惧種に近い鯨の漁も許している。反捕鯨は科学的な根拠があるわけではなく、どの国に対しては強く主張できるかという政治的な背景で動いている面がある。本作を見た人からは、日本に関する事なのに初めて知る事が多かった、もっと日本も発信しなければいけないと思った、などの感想が多く寄せられている。

――日本の国としての問題点は…。

 八木 政府や官僚の世界だけの問題でなく、日本全体で事なかれ主義が主流となっていることに問題があると思っている。映画『ザ・コーヴ』はアカデミー賞など名誉ある賞を受賞しているが、捕鯨手法の一つであるイルカ漁を一方的に批判する内容となっており、世界中に日本の捕鯨は残虐だと喧伝し続けていた。それにもかかわらず、『ビハインド・ザ・コーヴ』まで反証する映画が出てこなかったのが不思議だった。海外で誤ったプロパガンダが横行しているにもかかわらず、日本はたとえ正論であっても表だって主張せず「外交上問題がある」などとして、意見を出さないでいることの方が大きな問題だ。その背景に、アメリカ追従一辺倒の日本の外務省の弱腰姿勢があるのは、誰もが認識している。ただ、腹の中で何を考えているかわからないような政治キャリアが長い人物よりも、ストレートな物言いのトランプ氏がアメリカ大統領に就任したことは、日本が自己主張するよい契機になるかもしれない。また、これまでは捕鯨賛成は日本のナショナリズムというレッテルを貼られていたが、アメリカでこの映画を鑑賞したアメリカ人の多くに、自分達の国のナショナリズムを考えさせられる、という感想が多々あったことは救われる思いだ。

――とはいえ、日本の鯨文化は続いている…。

 八木 鯨は縄文時代から食料とされており、日本では古くから親しまれて来たことが背景にある。戦後の食糧難も鯨肉により救われていたため、日本人と鯨は切っても切り離せない関係にある。また、捕鯨を完全に諦めたら、次は恐らくマグロ漁に規制がかかるだろうとの予想も、細々ながら捕鯨を続ける理由の1つとなっているという見方もある。一方、映画の舞台となった和歌山県太地町のイルカ漁では、鯨類の中でも“イルカ”と呼ばれる種類を捕獲するのだが、イルカは人間から見て理屈抜きに「かわいい」動物だと思ってしまう点があり、反捕鯨の撮影場所としても恰好の場所となるため太地町の住民の中にすら反対意見がある。また食用でない水族館用のイルカを漁協で扱うことにより、大型捕鯨にまでマイナスの影響が及ぶという意見もあり、小型、大型の捕鯨関係者の意見は必ずしも一致していない。それに漁協の既得権に対する不満の声もある。元IWC代表の方は、このシステムを早急に変えなければ、日本の漁業は早晩衰退する、と指摘している。捕鯨賛成、反対以前に根深い問題が多い業界だと感じた。

――オスプレイは危険なのか…。

 小川 オスプレイを危険というならば、同機よりも事故率が高い中華航空やフィリピン航空といった民間航空の日本への飛来を禁止するべきだろう。先日の沖縄での不時着事故をカウントしても、オスプレイは軍用機の中で事故が少ない部類だ。沖縄での事故が最も深刻なケースである「クラスA」に分類されたことを取り上げて、オスプレイの危険性を訴える主張もみられるが、「クラスA」の定義は死傷者が出たケース以外に損害額が200万ドル以上のものを含んでいる。地上で整備員が牽引中にぶつけて機体を破損しても、「クラスA」の事故になることもあり、クラス分け自体に意味はない。2006年の実戦配備後、オスプレイの死亡事故が少ないのは、はっきりとデータで確認できる。

――沖縄の事故をどうみるべきか…。

 小川 日本政府もきちんと理解していないようだが、あれは「ハードランディング」と呼ばれる状態で、分かりやすく言えば不時着だ。より専門的な表現では「クラッシュランディング」となるが、操縦士が自分の意志で着水したことに変わりはない。意志に反して落下する「墜落」とはまるで違う。5人の搭乗者のうち負傷者が2人、3人は無傷というのがその証拠で、もし本当に墜落なら、全員が死亡していたはずだ。2015年5月にオスプレイがハワイで着陸に失敗したケースでは2人が死亡したが、あれも墜落ではないからこそ、他の搭乗者20人は無事だった。オスプレイはヘリコプターと同様にオートローテーション(自由回転飛行)が可能であることから、着地(水)の時にハードランディングによって機体が大破することはあっても死亡事故にはつながりにくく、一般的な固定翼機と比べて安全性が高いという特徴がある。米国を庇うつもりはないが、データからみて、オスプレイが他機種と比べて安全なのは歴然とした事実だ。

――常に危険と報道しているマスコミは勉強不足というわけだ…。

 小川 それもあるし、危険と報じた方が読者に読まれると思っている節もある。しかし、少し考えればわかることだが、オスプレイはすでに実戦配備が始まってから10年以上も経過しており、もし本当に欠陥機であれば、とっくに米議会が調達を中止させているだろう。2008年7月には、すでに大統領選勝利が有力視されていたオバマ前大統領もオスプレイに乗ってイラクを視察している。大統領専用ヘリにオスプレイが現時点で採用されていないのは事実だが、これは単に大統領専用ヘリ用の特別な装備をもつ現在の機体が更新時期を迎えていないためで、大統領スタッフは既にオスプレイで移動している。オバマ氏が去年5月に広島を訪問した際にも、スタッフはオスプレイを利用していた。現在イタリアのメーカーが、民間用にオスプレイを小型化したタイプのティルトローター機を開発しているが、報道機関もいずれそうした機体を利用することになるだろう。

――トランプ政権下で、日本は自主防衛が必要になるのか…。

 小川 トランプ氏の意向とは関係なしに日本が取り組むべき課題だ。日本の安全保障の選択肢は武装中立(自主防衛)と同盟関係の活用の二つしかないが、リアリズムから考えれば日米同盟をとことん使うことだ。それが「自分の国は自分で守る」ということだが、日本国民の理解は乏しい。武装中立(自主防衛)については、防衛大学校の教授らの試算によれば、現状と同程度の安全を日本が単独で実現するには、年間23?25兆円もの予算が必要だ。現在の防衛予算5兆円の5倍もの金額であり、現実的とはいえないだろう。また、日米同盟を失えば、日本は核抑止力を失ってしまう。自前の核開発には日本の技術力で10年は必要だが、その空白期間に日本は他国の脅威に裸同然で向き合うことになる。日本が核開発に取り組めば、他国の妨害工作も想定され、実現のためのハードルは高いと思わなければならない。

――トランプ氏は日本の核保有容認発言をしていたが…。

 小川 選挙中の発言は、「日本は安保ただ乗り」とする米国の一般市民の感覚をトランプ氏も持っていたということだ。だから「核兵器でも持たせて役割を果たさせろ」ということになる。今は日米同盟の実態を理解しており、今後、発言を繰り返すことはないはずだ。国力の小さな北朝鮮と違って、日本が核を保有する意味合いは非常に重い。核開発の姿勢をみせようものなら、口実を見つけて開発終了前に軍事攻撃を受けるおそれすらある。日本が核保有を世界から承認されることは、現状ではどのような形であっても考えにくい。元航空幕僚長の田母神氏が主張しているような、NATO(北大西洋条約機構)に倣った核兵器シェアリングも現実的とはいえない。そもそもNATOの5カ国でシェアしている米国の核兵器は戦術核兵器と呼ばれる小型の核爆弾などで、旧ソ連軍の戦車や航空機を吹き飛ばすことを目的としたものだ。しかし、日本にとって必要なのは、日本が核攻撃された際に報復するために必要な戦略的な性格を持つ核兵器だ。それがないと抑止効果は生まれてこない。米国が廃棄した核弾頭型のトマホーク巡航ミサイルなみに、少なくとも射程2500キロメートル以上の準戦略核兵器が必須だが、世界的な核戦争の引き金になりかねないこのような兵器を、米国が同盟国とはいえ他国に譲り渡すはずがない。

――敵基地攻撃能力は必要か…。

 小川 こちらも米国が持たせてくれないだろう。同盟国の日本が暴走し、先制攻撃をしかけるようなことがあれば、米国は望まない戦争に巻き込まれかねないからだ。ただ、米国は日本の敵基地攻撃能力に代わる戦力を常時展開しており、横須賀を母港とする12隻のイージス艦と日本周辺を遊弋している巡航ミサイル原潜の搭載するトマホーク巡航ミサイルは平均して500発。これが常に北朝鮮全域を狙っている。北朝鮮側もそのことをよく理解している。中国に対しても同様の攻撃態勢が整っているのだが、日本人だけがそうした状況を理解していない。

――米国は日本の負担増を求めるのか…。

 小川 駐留経費の負担増は求めないとみている。すでに現状で日本は金額、負担割合ともドイツやイギリス、韓国といった米同盟国を大きく上回っているからだ。米国防総省の資料(2004年版)によれば、日本44億1134万ドル(5382億円)負担率74.5%、ドイツ15億6392万ドル(1908億円)同32.6%、韓国8億4311万ドル(1029億円)同40.0%、イタリア3億6655万ドル(447億円)同41.0%、イギリス2億3846万ドル(291億円)同27.1%となっている。これ以上負担を増やすと、駐留経費の全額を日本が負担することになるが、それでは米軍が日本の傭兵か何かのようになってしまう。それは米国のプライドが許さないだろう。それよりももっとありそうなのは、PKOへのより積極的な参加や、中国へ圧力を加えるための南シナ海での共同行動への参加への要請だろう。また、防衛費の増加を提案される可能性もある。

――提案を呑んで防衛費を増やすべきなのか…。

 小川 その場合、目安となるのはNATO加盟国の防衛費の目標であるGDP比2%程度だ。おおよそGDPが500兆円の日本の場合、2%では約10兆円程度となるが、この程度は適切な防衛力整備のために必要だ。発想を転換して、米国の要求に屈するのではなく、要求をテコにして、必要な防衛力を整備していく考えが必要だ。そもそも、これまでの防衛予算は、自衛隊のあるべき適正規模を実現するために算定されていたわけではなく、根拠のない金額だった。どの程度が適正規模であるかは議論の余地があるが、たとえば陸上自衛隊は、世界で6番目という長大な日本列島の海岸線を踏まえた上で、災害派遣に十分な人員を確保するには25万人が必要と算出している。現在は実員が13万名程度であるため、ほとんど倍増する必要があるわけだ。私としては、陸海空の合計で40万人程度を目標とするべきだと考えている。

――情報機関も必要だ…。

 小川 必要なのは確かだが、現在の日本にはそもそも情報機関がどうあるべきかといった思想すらないのが現実だ。必要と主張する論者に聞いてみても、多くがジェームズ・ボンドか、イスラエルのモサドを夢想しており、幼稚と言わざるをえない。そもそも、情報機関の中核は高度なシンクタンク機能なのだが、そのことがまるで理解されていない。例えば米国のCIAは4本柱で構成されているが、いわゆるスパイ活動を担当する工作部門、組織を支える総務・人事など行政部門、必要な国や地域を研究する地域研究部門、そして最新技術を研究するテクノロジー部門だ。確かにモサドは後者二つのシンクタンク機能がないが、これは単に他の政府機関にアウトソーシングしているだけだ。このシンクタンク機能をどのようにして整えるかを考えない限り、情報機関の設置は机上の空論だ。

――昔から日本は諜報活動が苦手だ…。

 小川 実際、第二次世界大戦の際も、日本軍の情報組織はお粗末なものだった。これは、帝国陸海軍が、いわゆる日本型の秀才しか存在しない組織になり、日本でしか通用しない価値観で国家の戦略を考えるようになってしまったためだ。この点、日露戦争当時の日本の指導部は大きく違っていた。これは、明治維新の指導者たちが、日本に西欧列強の植民地支配の魔の手を押し戻す力がないことを自覚したうえで、大量の外国人専門家を雇用することで世界最先端の知識と国家経営のノウハウを取り入れたからだ。私はこれを国家的頭脳移植と呼んでいるが、いわゆるお雇い外国人が日本の発展に果たした役割は非常に大きい。最も給与が高い外国人は、当時の日本政府のトップである太政大臣よりも賃金が高く、当時の月給で600円~800円、現在に換算すると月給1億円を超えるような給料が支払われていた。莫大な金額ではあるが、費用対効果は非常に優れていたと評価できる。

――その成果は日露戦争でも発揮された…。

 小川 その通りで、外国人たちに支払われた給与総額の数倍の資金を軍事力の整備に投入していたとしても、列強に追いつくことはおろか、ロシアと互角に戦うことはできなかっただろう。当時の日本のリーダーには素晴らしい人材が揃っており、特に児玉源太郎と明石元二郎の連係プレーなど象徴的だ。児玉は当時内務大臣を務めていたにも関わらず、みずから降格人事を行って参謀本部次長に就任し、現場の指揮を執った。児玉は、当時の国家歳入が2億5000万円ほどだった時代に、100万円もの工作費を一介の陸軍大佐に過ぎない明石に託し、対ロシア諜報活動に専念させた。現在の政府税収を50兆円とすると、2000億円にも相当する金額だ。ロシアの首都サンクトペテルブルクの日本公使館で駐在武官をしていた明石は、この資金を使ってスウェーデンンのストックホルムに拠点を置いてスパイ組織を作り出し、ロシア革命に火をつけ、ロシアとの戦争を引き分けに持ち込むことに貢献した。海外では、明石の活躍について、「東郷平八郎や大山巌はロシア帝国の陸海軍を倒したが、明石はロシア帝国の心臓を一突きした」との評価がされている。

――日本人も諜報活動ができないわけではない…。

 小川 児玉と明石のケースは、日本人にも世界の水準を超えた活動が可能だということを証明している。現在の日本政府にもこうした歴史の教訓を生かして安全保障戦略を練り上げて欲しい。特に財務省には、予算編成だけではなく、安全保障のあるべき姿を描く役割を担うことを期待したい。財務省が率先すれば政府全体が動きやすいし、財務省の人材は優秀で、使命感が強い人も多いからだ。米国でも、タバコや麻薬の取り締まりは財務省の管轄だし、国土安全保障省の組織になるまでは大統領の警護を行うシークレットサービスも財務省傘下だった。それだけ本来の財務省の役割は大きいことを意識し、戦略的な視点で日本の未来を考えて欲しい。

――トランプ米大統領の就任式に出席した…。

 片山 米国では国家元首が大統領となるため、新大統領の就任は日本で元号が変わるくらい大きなインパクトがある出来事だ。就任式は、国民が大統領の承継を証人として見届け、プロテスタントなど主流な宗派が新大統領の就任を祝福する儀式だ。就任演説は、各大統領でどの程度具体的かは差があるものの、政策にも踏み込む内容となる。この点、トランプ新大統領の演説での最大の特徴は、米国の国民が権力を取り戻す「脱ワシントンエリート」を掲げていることだ。民主党から共和党に政権が移行するだけではなく、共和党でもワシントンのエリートのみが恩恵を受けるような政策は否定する。オバマ前政権の政策の否定もテーマで、TPPからの離脱や、医療保険制度改革法(オバマケア)の廃止を表明し、早速大統領令に署名した。

――トランプ新大統領の政策に対し、日米のマスメディアでは否定的だ…。

 片山 私は経済政策そのものには評価できる面があると見ている。年4%の経済成長の達成を目指すと明言しているが、米国は日本と比べ潜在成長率が高いうえ、大規模な財政出動によりインフレが見込めることで実現は可能だ。このほか、今後10年で2500万人の新規雇用創出や、高速道路や橋など老朽化したインフラを立て直す政策はどこまで実現可能かはまだわからないが、特に法人税の抜本改革案は影響が大きい。トランプ新大統領は、法人税を現在の35%から15%まで引き下げると主張している。諸外国に比べて高い法人税率はアメリカ本土に法人登録する足かせとなっているが、仮に20%台に引き下げられるだけでもインパクトがある。

――トランプ政策の世界経済に対する影響は…。

 片山 トランプ新大統領は企業を米国に戻そうとしている。米国は巨大な輸入国であるため、米国経済が良くなれば輸入の増加が好影響として考えられる。メキシコからの輸入品に対し高い関税をかけるなどと発言しているが、実際は米国が輸入そのものをすぐ止められるわけではない。このため、米国経済の拡大は、各国の米国への輸出増を通じ世界経済にプラスとなる。一方、この政策では、インフレ金利引き上げとドル高になる。ドル高になれば、世界中から資金を吸い上げることになるうえ、米国が輸出を増やそうとしても、製造業にとっては逆境となる。ドルは基軸通貨としての役割を避けられないため、この矛盾にどう対処するかは課題となる。また、米国経済の拡大によるプラスの影響が維持可能かどうかは別問題だ。税収が増える見込みがあれば、政策は維持可能となる。ただ、トランプ新政権の支持率は非常に低いため、「100日計画」と呼ばれる新政権の計画で結果を出すことに重点が置かれるだろう。文書による何らかの合意形成より、米国内の工場やサービス業の雇用が増加するなど、数字に表れる結果を重視する。他国間との交渉も今までより具体的な数字の結果が見えるまで止めない可能性がある。

――日本企業の対応はどうあるべきか…。

 片山 自信がある企業はトランプ新大統領と直接交渉するのも1つの手だ。日本企業では、ソフトバンクグループの孫社長が実際に面会を果たし、トランプ新大統領から評価も受けている。ただ、各企業が米国法人として異なる州に進出し、モノ作りの過程も違うなかでは、業界団体としてまとまって交渉するのは難しい。トランプ政権による全ての企業へのマイナス影響を懸念する声もあり、それには全業界的な対策が必要という意見もあるが、基本はあくまでも各社による交渉で自身に有利に進められるかという問題となる。自動車メーカーでは、米国内での工場建設を表明する動きもあるが、上場企業は株主にマイナスになる判断はできないため、一律にそうできるとは言えない。トランプ政権がこれまでの政権と最も異なる特徴は、政策のスピード感となるため、各企業は言いなりになるのではなく、きちんと反応して少なくとも不利にならないよう対応していかなければならない。

――米国のTPP離脱をどう見るか…。

 片山 トランプ氏は政治家と異なり、企業経営者、CEOとしての特徴が強いため、自身が得意とする通商政策をまず進めている。TPPを完全に離脱する方針の表明もこの一環だ。これにより、TPP発効が難しくなっているが、これは日本1国の課題というより、他の10カ国の判断が重要となる。他国が米国との2国間交渉を進めるかどうかは焦点となるが、今すぐに交渉を受ける必要があるかも各国の判断となる。とはいえ、日本はG7の一角として多国間での政策を進めるノウハウがあるうえ、円という国際通貨を持つ国としての責任もある。アジア各国の中では唯一政策運営の方法を確立しており、国際社会のリーダーとして確固たる地位を築いていると言える。

――金融市場への影響は…。

 片山 新政権の財務長官には、米ゴールドマン・サックス出身のスティーブン・ムニューチン氏が就任した。ウォール街出身でファンドを立ち上げた経歴もある同氏が市場を混乱させるような政策を出す心配はないだろう。だが、金融市場をよく熟知しているだけに、日本にとって厳しい交渉が要求される可能性はある。このため、非常に手強い相手とも言えるが、日米間で交渉が必要なことでも、完全に決裂するとも考えがたい。最終的には合意が形成される展開が予想される。

――米国はなりふり構わず自国を第一に押し上げようとしている…。

 片山 まずは米国国民を豊かにする使命があるなか、世界の銀行、警察という役割をこれまでのように負担し続けることは難しいという本音が出たのだろう。日本にとっては、米中間に挟まれるという宿命は避けられない一方で米国頼みというわけにもいかないうえ、中国への対処もおろそかにできず、外交は新しい局面を迎えている。そうした覚悟を持ってトランプ政権と交渉していく必要を強く感じている。

――製薬業界の現状は…。

  今の製薬業界は、護送船団方式やMOF担(大手金融機関の対大蔵省折衝担当者)を使っていた昔の銀行と同じだ。価格やサービスを統制した結果すべての金融機関が同時に危なくなったように、今の医療行政は医療の本体である医者から患者へのサービスを怠って、国が統制ばかり握っている。まさにバブルまでの日本の銀行行政に瓜二つだ。日本の薬価が高いのは厚生労働省が決めているからで、薬というのは本来、グローバルなものであり、内国資本や外国資本という枠組みに囚われず価格が市場で自由に決まることで発展していくものだ。

――製薬会社の現状は…。

  また、新薬開発における基礎研究というものは何が成功するかまったくわかっていない。これまで製薬企業は膨大な研究費を投じ、なかにはノーベル賞を受賞したものもある。ところが、実際の薬になったのは、ジェームス・ブラックによる制酸剤など、ごくわずかだ。新薬開発とは、例えばフェイスブックやアップルと同じように巨額の費用を投じてヒット商品を生み出すわけはなく、確率として偶然発生するレベルに過ぎない。1980年に米国でバイドール法が制定されて政府資金で研究開発された新薬であっても大学が特許権を取得することが認められ、その頃から製薬会社の業態変化が始まった。製薬会社は確率が低く巨額を投じる研究開発から撤退し、大学の研究開発機関を利用するようになった。そのために製薬会社はファンド化していくが、確率が低い事業であることから言い換えればこれほど投機的なビジネスはない。一方、創立して日が浅いボストンの製薬会社アレクシオンファーマは、日本でも数百人程度の患者しかいない血液難病の薬を作っただけで時価総額3兆円を超えた。一つヒットすればビッグビジネスとなる。80年代にファンド化していった製薬会社は、90年代に入って資金調達コストを下げるために合併していくようになる。一方、日本の製薬会社は80年代までグローバル競争力では優れた企業だった。しかし、ファンド化の波に乗り遅れて以降、臨床研究開発や市販後調査で海外企業の後塵を拝するようになった。足元では武田薬品が湘南の研究所を閉鎖し、米国に移転したのもその流れの一環だ。こういったグローバルな変化に乗り遅れた日本国内製薬業界は、巨額な財政支出を背景に国内で完結して利ザヤ、利権を得られる体制にしてしまった。ドラッグ・ラグ(海外で使われている薬が日本で承認されて使えるようになるまで時間がかかること)を非関税障壁として利用し、薬の値段は厚生労働省の中医協が決め、世界の市場価格とかい離してしまっている。

――厚生労働省については…。

  厚生労働省の役人は声を大にして「日本を守る」と叫ぶ。厚生労働省は戦後、陸軍省と海軍省を吸収した。例えば、国立病院の多くはもともと陸軍病院だった。国立感染症研究所は731部隊の流れを汲む。軍隊と言うのは戦争を想定し輸出入ができないことを想定し自前調達を前提としており、その仕組みが昭和20年8月15日に厚生労働省の傘下に入り、組織がそのまま受け継がれたため、自前調達の意識がものすごく強い制度のまま残ってしまった。日本みたいに金持ちの老人が多い市場において自由競争をすれば最も製薬産業が栄えたはずだが、世界の自由競争に乗り遅れたため、もうどうにもいかなくなり、今はつじつま合わせに必死になっている。バブル崩壊の時に銀行を国が支えきれなくなるまで支えたように、製薬業界も同様の現象が起きようとしている。

――国が破たんする前にくさびを打つ方法はないのか…。

  保険を免責するのが一番だ。これまでは患者もやりたい、医者もやりたいという医療行為があれば、国が豊かで年寄りがいなかったから全部できた。しかし、今は国が豊かではなく、年寄りが増えてしまったため、すべて赤字国債で補てんしている状況となっている。本当はもうこれ以上払えませんと言えばいい。その代わりに医療を受けたい人に対しては混合診療を認めればいい。しかし、今でも厚生労働省がそれを否定している。とはいえ、20世紀においてソ連や中国の統制経済がうまくいかなかったように、モノの価格は市場が決めるということが世界の常識であり、薬価や診療報酬の価格決定も同様だ。統制経済はいつかは破たんする。

――診療報酬は下がらないのか…。

  例えば、風邪は3分間診療するだけ4000~5000円の報酬(組合から7割、自費負担3割)となるが、心臓マッサージは30分で2500円の報酬だ。命に係わるほうが安いことを見れば、価格はつじつま合わせとされていることが分かる。しかし、これを破壊するということは、既得権益を崩壊させることにつながる。この価格を独占的に決めているのは厚生官僚であり、また、この独占市場でビジネスを行っている人々は絶対に薬価引き下げに反対する。民主党政権時代に、中医協から日本医師会を一掃し、厚労省役人も変えようとしたがうまく行かなかった。国が価格を決める今の制度は、都内と田舎でも一人当たりの値段・報酬が同じのため、田舎ほど儲かる仕組みとなっており、さらに言えば地方の開業医が儲かる仕組みとなっている。このため、今の制度は地方の開業医をたくさん創出させた。現役の日本医師会会長の横倉義武氏は久留米の出身だが、彼は古賀誠氏の後援会長を務めてきた。おそらく共産党を除いて与党も野党も含めて開業医が後援会長に準じているはずだ。このように今の制度は政治と結びついて運用されているため、行きつくところまでいかなければ絶対に崩壊しない。

――日米の製薬業の違いは…。

  薬と言うのは世界中どこでも国が最大のバイヤーになっている。米国であれば米国政府がバイヤーであり、とりわけ特許期間中の薬は政府対製薬企業という構図となる。薬がないと国民である患者が泣くため、政治問題を避ける政府はどれだけ高い値段でも買う。ところが今回、余りにも高い値段がついたため、ヒラリー・クリントン氏が薬価抑制を打ち出した。米国では特許が切れた薬の価格は完全に自由な市場となり、一気に10~50%引き下げられる。一方、日本では新薬は米国よりも安いが、特許が切れた古い薬が高い。このため、新薬を作らなくても製薬会社が儲けることが出来る土壌となってしまっていることから、日本企業は新薬メーカーとして生き残れなくなっている。また、世界的にはジェネリックメーカーは薄利多売のため大企業に限られているが、日本に限っては古い薬でも高い値段で売れるため小さいジェネリックメーカーが存在する。政府はジェネリック推進を掲げているが、メーカー自体が弱いため、ジェネリック薬においても世界に通用する訳ない。また皆保険制度の違いについては、米国はメディケアとメディケイドで年寄りと貧乏人は国が面倒をみている。しかし、中産階級はカバーしておらず、その高い保険料を支払わない人もいる一方、日本の場合、中産階級から無理やり高い保険料を徴収しているに過ぎない。米国の場合、赤字国債といったツケを回していないことを考えれば、両国どちらの保険制度が「大人の対応」をしているかは一目瞭然だ。巨額な財政赤字を出し続けていることを考えれば、日本の医療制度はすでに破たんしていると言っても過言ではない。

――薬価の毎年、全品見直しが決まったが…。

  日本の場合、最終的に病院が保険組合に請求するが、その価格は政府が決めている。ところが製薬会社が病院に卸す価格は自由競争で、それが市場価格となっており、病院が保険組合に請求する価格より1~2割程度安いのが相場となっている。ただ、製薬会社と病院、病院と保険組合はBtoBの関係にあるため、本来ならば市場競争が働く機能は有しているが、このBtoBの関係にまで規制が入っているため市場競争は働かないでいる。また、製薬会社、病院、保険組合のなかでは保険組合が圧倒的に弱い立場にある。これは治療行為の値段も厚労官僚が決めているためだ。さらに、病院での医療行為が正当なものかどうかを審査して保険組合に請求する機関である支払基金は、社保庁の天下り機関であり、機能していない。そうした状況で薬価を2年に1度から毎年見直すようになれば、さらに役人が力を持つようになるだけだ。

――AI普及で医者はいらなくなるとの声もあるが…。

  今一番必要なくなっているのが薬剤師だ。薬剤師はBtoBで顧客と接しないため、調剤薬局で大手が出てくればコスト削減で薬剤師がいらなくなってくる。診療報酬を下げれば下げるほど企業の吸収合併が進み、アインファーマシーなどの大手企業はスケールメリットを発揮してくる。ただ、自民党の団体であり、議員を輩出している薬剤師会が「儲け過ぎだ」とこれら企業を叩いている。また、内科については遠隔診療が主体となってくる。とりわけ内科救急で遠隔診療が進んでいくだろう。遠隔診療について日本では認めているものの、1度受診した者に限られているため、海外の優れた遠隔診療を受けることは難しくあまり意味をなさない。医療においても薬価と同様に、役人がルールを決めている限り、進歩はない。遠隔診療ひとつにしてもすでにグローバル化が進んでおり、最もコストが安い国・地域に移っている。将来的に遠隔診療の本拠地は英語が使えるフィリピンとなるだろう。フィリピンの看護師は月給6万円、外科医でも20万円、家賃も3万円だ。こうした状況でいつまでもグローバル化するものに対して国独自の規制を設けていると、国そのものが滅びかねない。

――AI(人工知能)記者による記事執筆を実現した…。

  中部経済新聞社の創刊70周年の企画として技術提供をさせて頂いた。技術的には統計的機械学習と自然言語処理を用いており、客観的な事実とパターン性がある内容であれば既に十分にAIが執筆可能だ。たとえば野球に関する勝敗データやプレーに関する記事や、株価や為替が上下したといった記事がそれにあたる。一方で、コラムや社説など、書き手の発想力が問われる創造性のある記事は現時点では大変難しい。あるものをテーマにして記事を書く時、そのテーマをどのような視点で捉え、どのような方向性で書くかは執筆者次第だが、そうした判断をAIは苦手としている。今回の70周年企画の記事は、中部経済新聞社の歩みをまとめたものであるため、統計的なパターンをもつ一方で時事的な流れから新しいメッセージを構築する必要がある部分も多かった。このためやや苦手な分野だったが、自然言語処理で補うことで記事執筆を実現した。

――AIはどのように執筆するのか…。

  過去の文章データを用いて、傾向を分析することで文章を組み立てている。何かキーワードを入れれば、その言葉に近い文章をデータベースの中から参照して執筆を行う。ただ、自ら何を書くかを判断するのは現状では難しく、テーマ設定自体は編集長などの人間の関与が必要だ。逆に言えば、テーマ設定が不要の文章は今でもかなり対応できるため、もしかすると、新聞記事のうち、感情が必要でない部分は近いうちにAIがほとんどを担うようになるかもしれない。

――なぜそのような技術を持っているのか…。

  2000年7月の創業以来培ってきた、インターネットに存在する膨大なデータを扱う技術を応用している。我々はAIという言葉が一般的でなかった時代から、言語をコンピュータに処理させる自然言語処理や大量のデータをコンピュータに学習させる機械学習といった分野に取り組んできた。我々は特に言葉の相関関係の分析に強みを持っており、AI記者もこの強みを活かした。応用として、金融、セキュリティ、マーケティング、自動車などの領域でシステムを構築・運用している。

――どのように運用するのか…。

  金融の事例では、”ビッグデータファンド”と呼ぶファンドの基盤システムを運用している。例えばどこかで自然災害や爆発事故が起これば、その地域と相関関係の高い企業をピックアップして売却したり、政府が特定の産業を支援する政策を打ち出した場合は、その産業に関連する企業を瞬時に選別して投資したりする。また、新商品に対する消費者のソーシャルメディア上での評価を、過去の事例を参照して分析し、企業業績への影響を予測することもできる。現在の資産運用業では、ファンドマネージャーが自身の経験に照らして売買を判断しているが、将来的には同様のことをコンピュータが学習する有効な手法を開発して、質の高い運用を行っていきたい。どうしても人間は判断に私情が入るが、コンピュータの確実な再現性を使えば、常に偏りのない判断を行うことが可能だろう。ただ、課題がないわけではなく、未経験の事態にAIは強くない。例えば2016年は年初のチャイナショックに翻弄されてしまった。このため、運用実績は今のところ人間と比べて飛びぬけて良いわけではないが、去年もGoogleの囲碁AIが世界最高のプロ棋士相手に勝利を収めたように、AIはより複雑な状態・環境に適用できるように年々進化している。いずれ運用成績でも人を上回り、AIが数百兆円もの資金を動かす時代が来るだろう。

――貴社は画像認識技術も保有している…。

  これも統計的機械学習を活用したもので、深層学習も含まれる。具体的には会社や学校、スマートフォンなどで利用される不適切画像のフィルタリングサービスとして提供しており、高い評価を受けている。仕組みとしては、学習した不適切画像フィルタリングのモデルを使って、インターネット上での画像の不適切度合いを評価させている。肌の露出が多くとも不適切とは言えない相撲の力士の取り扱いなども学習させることで正確に判断することが可能だ。弊社ではシリコンバレーの米企業にも負けない世界最高水準の精度のサービスを提供している。

――機械学習の応用範囲は広い…。

  その通りで、機械学習の応用範囲はさらに広がりを見せている。マーケティングはもちろん、たとえば自動車の自動運転や、ホームセキュリティにも応用が可能だ。例えば自動運転では、ブレーキサポートの仕組みは既に実用化されている。防犯分野では、画像フィルタリングの技術を応用して、特定の条件を満たした人物を不審者として自動的に通報するようにすることもできるだろう。例えば、包丁を持っていたり、顔の露出が極端に少なかったりした場合に通報するようなことが考えられる。また、海外では、農作物や土壌、過去の降水量等のデータをAIで分析し、各農家の生産量を予測し、返済能力をスコア化することで、インドで融資の返済率を高める試みも検討しており、将来的には汎用的にマイクロファイナンスのようなビジネスが行えないかと考えている。

――人間に可能なことは既に大部分がAIにも可能なわけだ…。

  その通りで、経験的な勘・多人数で解決していた問題は置き換わる可能性が高い。例えば企業の財務情報や社長のソーシャルデータを分析することで、財務の健全性を測定する与信判断の代行のような作業も可能だ。銀行は与信判断を行うのに多大なマンパワーを費やしており、融資希望者のすべてを細かく見ることはできないのが現状だが、AIを活用すれば人間の力を総合的な判断にシフトして、より幅広く融資を検討することができるだろう。我々自身も融資が行えないか検討しているところだ。さらに将来的にはブロックチェーンなどを活用して金融の構造が変化し、個人単位での融資が自由に行える時代が訪れ、銀行などの既存の金融機関は姿を変えることになるだろう。

――むしろ人間よりAIの方が優れている面もある…。

  大量のデータを記憶したり、検索する能力はしばらく前からコンピュータのほうが人間より得意であった。最近は高い専門性を持つ業種でも、AIが優位性を示す事例は散見されている。例えば飛行機の操縦では、AIがベテランパイロットよりも優れた結果を示すなど、ある面では既にAIは人間に勝っている。確かにイレギュラーやつじつまを合わせることには弱いが、人間も過去の経験に基づいてイレギュラーに対応するのだから、その経験を機械に学習させればいずれ問題を克服できるようなブレイクスルーが訪れると思われる。医師についても、診察という役割についてAIが活躍するかもしれない。これは医師が自身が習得した知識と経験に基づいてしか診察を行えないのに対して、AIは個人では経験が不可能な大規模データベースを参照して診察を行えるためで、珍しい症状のために転院を行う必要もなくなるかもしれない。将来的にはCTやレントゲンの画像データをAIが分析し、診断サポートすることも可能だろう。

――今後の課題は…。

  AIの弱い部分を補っていくことが最も重要だ。他社との競合については、市場も各社が保有している技術も様々に異なるため、さほど意識はしていない。むしろ協力体制を敷くことで各社の強みを生かし、世の中を良くしていきたいというのが本音だ。例えば自動運転も各社が異なるアプローチで取り組むことで、全体としての技術が向上している。一方、行政の在り方については、悩ましいところがないわけでもない。先進国は一般的に個人情報保護に関して非常に厳格だ。こうした情報が入手できない環境はAIが学習できず、進歩が頭打ちになってしまう部分がある。もちろん個人の権利を守ることは重要だが、技術の発展との間でジレンマがあることは否めない。対照的に、途上国は規制が緩やかで技術の発展が優先される傾向が強いうえ、広い分野で専門家が慢性的に不足しているためにAIの必要性が高く、技術的にAIが成長しやすい環境といえるかもしれない。

――現在の環境行政のテーマは…。

 小林 環境行政においては従来、公害や自然破壊への対応が中心であったが、最近は循環型社会の実現に向けた取り組みを進めている。公害問題については、河川などフローの部分については汚染対策がほぼ終了している。ただ、湖や港湾に溜まった汚染土壌や地下水汚染といったストックの部分はやっかいで、完全に解決するまでにはなお時間を要する。このほか、アスベストやポリ塩化ビフェニル(PCB)など、人体への悪影響を把握しないまま大量に使用された物質の始末には苦労している。PCBはカネミ油症事件で健康被害が確認されて以降、使用は中止されているが、世の中にはPCBを使った製品がなお出回っており、一生懸命探し出して処理をしている状況だ。アスベストも建材として一時期非常に重宝され、アスベストが使われている古い建造物も残っている。こうした事例を踏まえると、やはり多少の手間や費用がかかろうとも、最初から環境という要素を組み込んでおいた方が結果的にはローコストだということになる。環境への配慮が重要であるとの認識は社会的に共有されてきているのではないか。

――日本が循環型社会を目指していくメリットは…。

 小林 いかに安く捨てるかを問題としていたゴミを資源と捉え直していけば、資源の無い国と言われている日本が資源国になる可能性は十分ある。日本では江戸時代から循環型社会という思想はあったものの、昭和の高度経済成長期に環境から成長に一気に舵を切り過ぎたと言えよう。ただ、環境問題が起こってから対策を打つよりも、やはり最初から環境と経済成長を両立する道を選んだ方が社会として合理的であろう。それがまさに循環型社会であり、現在はまさに新しい循環を作ろうとしているところだ。また、脱炭素社会の実現や生態系の保護も大きなテーマであるが、これらを全て叶えた時に社会として一番良い答えが出ると考えている。加えて、循環型社会の実現を目指していくことで、各地域が抱える様々な課題にもしっかり応えることができると実感している。

――循環型社会の実現と、地域の課題解決との関係は…。

 小林 東日本大震災以降、地方自治体としても災害に備えて自前のエネルギー源を持つことの重要性に気付いてきており、バイオマスや風力、太陽光を含め、エネルギーの地産地消といった取り組みを目指すところも増えている。最近では、比較的小規模の市町村においても環境エネルギー課などエネルギー関連のセクションが設置されてきており、エネルギーに対する地方自治体の意識はかなり変化してきている。環境省の地方自治体向けの施策の一例としては、避難所などの公共施設への再生可能エネルギー発電設備の設置に対する支援を行っており、当初は東日本大震災の被災地域のみを対象としていたが、それ以外の地域からも強い要請があったことから、対象を拡大して環境省の予算で全国数多くの自治体を応援させて頂いた。その後も様々なアイデアが寄せられており、現在はトラックやバスなど大型の燃料電池車の開発を国土交通省、経済産業省と共同で推進している。街中に走っている車を燃料電池車に置き換えることで低炭素化が可能になるほか、災害発生時には避難所等に横付けすることにより、車の電池を非常用電源として活用することを目指している。

――循環型社会に対する民間の機運はどうか…。

 小林 現在関心を持っているケースとしては、東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会が大会のメダルを携帯電話等に含まれるリサイクル金属で作るというプロジェクトを立ち上げ、現在は事業協力者を募集している。リオデジャネイロ大会でもメダルの一部にリサイクル金属を使用したようだが、仮に100%リサイクル金属を使用したメダルを作ることが出来れば東京大会が初となる。「都市鉱山」という言葉があるが、日本がこれまで工業国として一生懸命頑張ってきた結果として、国内には多くの資源が蓄積されている。資源を安全に取り出す技術も持っており、今回の取り組みは循環型社会に対する日本の姿勢を世界に示すものとして実現を期待している。組織委員会から依頼があれば、環境省としてもぜひサポートしたいと考えている。

――循環型社会の実現に向けた今後の環境省の取り組みは…。

 小林 国際社会ではこれまで、困っている途上国をどのように支援するかが課題とされていた。ただ、状況が一定程度改善したことを受け、むしろ先進国も途上国も実力に応じて環境課題に取り組まなければいけないということで、国連では昨年に持続可能な社会を作るための2030年に向けた目標を決定した。この目標には気候変動への対策に加え、生態系の保護、持続可能な生産・消費システムの構築といった様々な分野が含まれており、各国首脳が集まる場でも環境問題は重要なテーマとして扱われている。環境省では環境基本計画や循環型社会形成推進基本計画を策定しているが、これらが改定の時期を迎えるに当たり、環境と経済、社会的な課題を解決するための政策がどうあるべきかとの議論にまさに着手しようとしているところだ。非常に壮大なテーマであるため、環境省や他の省庁に加え、産業界、市民グループ、地方自治体など多様な関係者の声を聞く必要があり、そのための会議体を立ち上げた。今後に議論を交わしながら、最終的には将来に向けた新しい方向性を打ち出していきたいと考えている。

――国民の世論も経済成長から環境重視へと意識が変化してきている…。

 小林 国連気候変動枠組条約が採択された1992年時点では、日本はGDP当たりの二酸化炭素排出量では米国や欧州各国と比べて相当優秀な水準にあった。それから20年以上が経ち、日本は当時の状況からさほど改善していない一方、米国は日本よりなおGDP当たりの排出量は多いものの過去との比較では相当低下しているほか、欧州のなかでは日本よりも輩出量が低いような国も出てきている。これは日本のGDP自体が伸び悩んでいることが影響しており、個人的には日本の技術的な優位性がイノベーションを起こす力を含めて弱体化してはいないかと心配している。ただ、なお日本は豊富な成長ポテンシャルを有しており、これを発揮していくためにはどのような社会を目指していくかを明確に打ち出することが重要だ。経済が右肩上がりの時代は全国総合開発など大きなビジョンを社会全体で共有していたが、今後は経済の「量」ではなく「質」を追及していくことも新たな道の1つであると考えている。「質」を重視する経済は環境ともマッチするはずであり、環境省としても経済成長と環境の両立を目指すべく提言を行っていく所存だ。

――社会全体としてこれまでの方針を見直す時期に差し掛かっている…。

 小林 地球温暖化を食い止めるためには、二酸化炭素の排出量を2050年までに80%以上削減する必要があるとの試算結果が示されている。この目標を達成するためには大幅な技術革新だけではなく、社会構造や国民の暮らし方、マインドを含めて相当な刷新が必要となるだろう。ただ、私としてはこの事実をそこまで悲観的に捉える必要はないと考えている。日本は急激な経済成長を達成したが、身近な人を含めた地域や環境との関わり合いといった面を含め、かつて思い描いたほど幸福になったと言えるだろうか。こうした意味では、環境の分野でも地方創成に貢献していきたいと考えており、現在は各地方自治体が環境面も織り込んだ産業連関分析を出来るようにするべく提案を行っている。地方自治体のエネルギーに関する資金の出し入れを可視化することにより、エネルギー関連の域外への資金流出を抑えるための省エネルギー化や地域資源の有効活用にもつなげることができると見ており、これを地域創成の1つのツールとして使えるようにしていく方針だ。

――10月に「国際戦略トータルプラン」を公表した…。

 迫田 国際課税の取り組みの現状と今後の方向を「国際戦略トータルプラン」として取りまとめ公表した。国税庁としての立ち位置や方向感をこのような形で打ち出したことは、新しい試みとなる。トータルプラン公表の背景には、パナマ文書の公開や、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトの進展により、国際的な租税回避に対して国民の関心が非常に高まっていることがある(BEPSプロジェクトは、経済協力開発機構(OECD)が多国籍企業の課税逃れに対処するために立ち上げたもの)。富裕層や企業による海外への資産隠しには、国民から厳しい目が向けられている。国税庁としては、国内だけでなくこうした海外の動きも含めて適正公平な課税を実現していくことが国民からの信頼の確保につながると考えている。

――国際課税への取り組みはこれまで以上に強化されるのか…。

 迫田 情報収集と活用の強化ということで、トータルプランでは「情報リソースの充実」を掲げている。国税庁は、情報を扱う仕事であり、あらゆる情報を突き合わせて、取引実態を把握することが重要となる。このため、金融機関が税務署に提出する国外送金等調書を活用する。調書には、100万円を超える海外送金をした者と受領した者の情報が記載されている。また、外国税務当局との間で租税条約等に基づく情報交換も行う。情報交換のネットワークは徐々に広がってきており、12月1日現在で107の国・地域との間で租税条約等が発効している。このように、従来は入手しにくかった情報を活用することで、海外取引の実態に迫りやすくなる。

――情報を活用する体制は…。

 迫田 複雑化する国際課税に対応できるよう、トータルプランでは「調査マンパワーの充実」も掲げた。特に、富裕層に関する情報収集体制をさらに強化するため、2014事務年度から重点管理富裕層プロジェクトチームを設置した。富裕層が海外投資を行うケースは多いため、重点的にチェックしている。対象者本人だけでなく、親族や、経営している企業の取引も含めて見ていかなければならない。プロジェクトチームは国際課税に精通した統括国税実査官を中心に構成しており、東京と名古屋、大阪の三大都市圏の国税局に置いている。来年7月からの2017事務年度より、地方にも広げ、全国的に実施するよう検討している。

――富裕層プロジェクトチームが関わった課税事例は…。

 迫田 父が経営する会社を経由し、調査対象者が譲り受けた債券が償還されていたにもかかわらず申告がされていなかったケースがあったため、その償還益に対して課税した。通常はここで調査が一旦終了するが、父が経営する会社の調査も行い、この結果、海外関連法人との取引に関する申告誤りが発見された。また、対象者の妹に対し、兄が海外で経営する会社から配当が支払われていた。この支払いによる所得についても無申告だったため、必要な課税を行った。対象者の親族や関係会社も含め、一体的に調査をしたことがポイントとなる。なお、父が経営する会社と海外関連法人との取引の実態については、租税条約等に基づき、相手国から情報を得たことで把握し、妹に対する配当支払いの実態は、国外送金等調書による情報により把握しており、海外からの情報などを活用して取引の実態も把握している。

――海外取引が絡む事例の広がりは…。

 迫田 国際化する経済の中では、取り組むべき事例は広がっている。北海道ニセコ地区で、海外居住者が不動産を別の海外居住者に売却した事例があった。日本国内の不動産譲渡による所得となるため、海外居住者であっても日本で申告する必要があるが、実際には申告をしていなかった。私自身もこの地域に足を運んだが、外国人向けリゾートマンションが多く並ぶ地域で、不動産取引もそれだけ行われている。この事例を担当した税務署は全署員で20名程度の小規模な組織であり、当然のことながら、全員が担当するわけにはいかないため、国税局がバックアップすることで必要な課税をした。地方の現場だけでは人数が不足する場合でも、課税逃れを見逃すわけにはいかない。

――パナマ文書の活用は…。

 迫田 課税上有効な資料情報であることには間違いない。課税上問題がある取引が認められれば調査していく。ただ、国税の調査は、より重層的なアプローチとなるため、パナマ文書だけが決定的な証拠というわけではない。他の様々な情報と合わせ、実態を調査することになる。

――多国籍企業への対応は…。

 迫田 OECDのBEPSプロジェクトによる勧告で、一定の収入金額を超える多国籍企業グループは国別報告書を各国の税務当局に提出する必要が生じることになった。この報告書には、多国籍企業グループの国ごとの収入金額や当期利益金額、納付税額、海外現地法人の主要な事業活動などの情報が記載される。この報告書も各国間で交換できる。2018年中に国税庁はこの情報を海外税務当局に提供する一方、海外税務当局からの情報提供も受ける予定となっている。各国間での制度の違いを悪用されないようにしなければならないが、情報が不足すれば実態に迫ることはできない。国別報告書により、多国籍企業への対応に向けた情報リソースはさらに充実することとなる。

――共通報告基準(CRS)による金融口座情報の活用は…。

 迫田 共通報告基準は、非居住者の金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準で、101カ国・地域の税務当局がその実施を約束している。日本もこの基準に従った自動的情報交換を実施するため、平成27年度税制改正により、国内に所在する金融機関から口座保有者の情報を報告させる制度を導入した。報告義務のある国内の金融機関から国税庁が提供を受ける非居住者の金融口座情報は10万件を超えると見込んでおり、その情報をその非居住者の居住地国の税務当局に提供することとなる。諸外国からも、日本居住者が国外に保有する金融口座情報が相当数提供されることとなるだろう。これは重要な情報リソースとなるが、この情報を分析し、実際に活用するためには金融や法律など相当の専門知識が必要となる。外部の知見活用も含め、専門的な知識を持つ人材の確保をこれまで以上に強化する。従来の課税事案にとらわれず、必要な箇所に人材を重点的に配置する方針だ。

――この他、国際課税の課題への意気込みは…。

 迫田 国際課税の事案は1件1件がかなり複雑となる。関係する国が複数にまたがるうえ、当事者も多い。取引もそれだけ複雑化している。国内にとどまる事案に比べ、実態の把握が相当難しいことは事実だ。ただ、金融口座情報の自動的情報交換のための共通報告基準など、必要な情報を入手するための制度的な枠組みがここ数年で確実に充実している。このため、国税庁として国際課税の複雑な事案に切り込める環境は整備されつつある。この情報を活用することで、調査の質量両面にわたる充実を図る。一部が課税逃れをしている状況では、ルール通りに納税している多くの人から税務行政に対する信頼をなくしてしまう。国民の信頼に応えられるよう、難しい事案であってもきちんと踏み込んで必要な課税を行っていきたい。

――日本ムスリム協会の概要は…。

 徳増 1952年に設立された日本人が中心となって活動するムスリム(イスラム教徒)の組織で、国内では最大のムスリム団体だ。会員数は個人会員と家族会員を合わせて合計500会員程度で、イスラームの布教や、改宗者の教育、相互扶助、日本社会との融和・協調を目的にしている。組織運営は2年に一度の役員選挙で選出された15名の理事が無給で担っており、毎月理事会を開催して方針を定めている。

――海外から寄付があるのか…。

 徳増 確かにサウジアラビア等は世界的にムスリムの活動を援助しているが、日本の場合はムスリム人口が10万人程度であるため、クルアーン(コーラン)を配布するといった活動等を除けば、日本に対する関心はあまり強くないと思う。世界にはムスリム人口が多く、援助を必要としている国々があるので、そちらを優先している。しかし、この度都心に設立した「日本イスラーム文化交流会館」に対しては、イスラーム諸国が協力しており、感謝している。なお、10万人というと多く感じられる方もいるかもしれないが、ヨーロッパやアメリカに比べると驚くほど少ない。しかもそのうち9万人は外国人で、日本人のムスリムは1万人程度しかいない。ただ、1980年以降、多数の外国人労働者の流入によりマスジド(モスク)建設は盛んになりつつあり、かつては東京と神戸にしかなかったマスジドは、現在全国で80か所ほどに増えている。多くはムサッラーと呼ばれるあまり広くない礼拝所だが、大きいものも現在は10か所ほどある。ただ、今でもどこのマスジドも金曜日の合同礼拝の時は、人が多すぎて困っているのが実情だ。

――日本のムスリムが少ないのはなぜか…。

 徳増 やはりイスラームが伝来して日が浅いのが原因だろう。およそ1500年前に伝来した仏教や、戦国時代に宣教師が訪れたキリスト教とは異なり、日本におけるイスラームの歴史はせいぜい100年ほどでしかない。そのため、イスラームを本当の意味で知っている人が少ないのも、日本国内での布教の障害になっている。ただ、最近では2001年9月11日の同時多発テロや中東での紛争を受け、イスラームへの関心が高まりつつある。もちろん、テロなどでイスラームが強い批判を受けたのは事実だが、逆になぜテロが起きたのか、イスラームとはどのようなものなのかを疑問に思う人々が若年層を中心に増え、中には改宗される方々も現れている。

――改宗者は何を求めているのか…。

 徳増 やはり心の癒しだ。日本は平和で豊かな国で、海外経験が長い私から見ても素晴らしい国だが、孤独感が埋められていないことが、イスラームへの関心の高まりに繋がっているように思われる。実際、イスラームでは社会の基本である家族を重視しており、人々に早く健全な家庭を築き、子供を作り、家族を持つように勧めている。また、最近では格差が広がっていることも、イスラームの魅力を増しているとみられる。イスラームでは貧民の救済がシステムとして徹底しており、それが彼らの心に響くのだろう。実際、海外でもアフリカといった貧しい地域でイスラーム入信者は増えている。現在のムスリム人口は世界で16億人程度とされているが、教えが論理的で、人間の資質に合っていることもあり、近い将来に20億人に達すると予想されている。

――とはいえ宗派対立が激しい…。

 徳増 本来イスラームは一つであり、教えも一つで、スンニ派もシーア派も一つのものだ。従ってイスラーム本来の教えに戻れば、戦いなど起きるはずがないのだが、それを正しく知らない人たちや、そうした人々を政治的な意図や一部の野望から悪用している人々の存在が争いを生んでいる。頻発するテロを抑制するため開催されるムスリムの国際会議でも、テロを根絶するには正しい教えを若者たちに教育することが必要という結論にいつも至る。そもそも、イスラームにはキリスト教の神父・牧師のような聖職者もいないため、信者は生涯をかけて自分で勉強しなければならないのだが、それが出来ていないのが問題となっている。知識を求めることは重要で、知識のある者が知識を求める人に教えることは義務であり、日常生活についても相談を受けている。

――本来は宗派対立は教えにそぐわないと…。

 徳増 その通りなのだが、歴史的な背景も和解を阻害している。そもそも、スンニ派とシーア派の違いは、預言者ムハンマドの従弟で娘婿のアリーの扱いにある。シーア派はアリーこそがムハンマドの後継者と特別視しているが、スンニ派はそれを受け入られなかった。4代目のカリフにアリーがなったが、今日に至るまでその対立が続いているようだ。ただ、今日の対立が長引いているのは、一つには外国が自国の利益のために両者の対立を煽っていることにも原因があるように思われる。中東で西欧諸国が互いに武器を売りつけているが、そのために戦いが激化している。以前私が参加した平和を議論するための国際会議で、イラクからの参加者が「お願いだから武器を売らないでくれ。武器があるために故郷では、いつどこで殺されるか分からない不安な日々である」と訴えていたことは強く印象に残っている。

――異なる立場を統合する動きはないのか…。

 徳増 いわゆるカリフ主義者がそうした主張を行っているが、現実には難しい。教義的には理想ではあるが、現在は民族運動などで各国ごとに異なる政体・アイデンティティが発生しているのが現実で、無理に統合しようとしても戦争が起きてしまうだけだ。カリフとは預言者ムハンマドの代理人のことで、かつてはオスマントルコのスルターンがその役割を果たしていたが、1922年の共和制への変革で終焉した。カリフは世界中のムスリムの同意が必要であり、現代における復興は非常に難しい。いわゆるイスラミック・ステイト(IS)もカリフ制の擁立を主張しているが、現実的とはいえない。

――イスラームは日本人女性の富山クルアーン事件などから過激な印象が強い…。

 徳増 同事件はかつて富山で日本人女性がクルアーンを切り刻んで捨てたことに対してムスリムが抗議活動を行ったものだが、あれはムスリムが純粋であるために起きたものだ、クルアーンは神の言葉と信じているムスリムにとって、クルアーンを粗末にすることは神に対する冒涜であり、居ても立っても居られない思いになる。例えるなら、日本人なら日本の憲法典、仏教徒なら仏典、キリスト教徒なら聖書を切り刻まれたり、燃やされたりしたらいい気分にはならないはずだ。寛大で、相手の気持ちを配慮する日本人なら、自分がやられて嫌な気分になることを相手にしてはならないということは理解できるのではないだろうか。

――他宗教に対し排他的というイメージもある…。

 徳増 それは誤解で、クルアーンには他の宗教を迫害してはならないと記されている。また、「宗教に強制があってはらない」とも明記されており、信仰を強要することは本来ありえない。また、全て人は神によって創られたものと信じているのから、人命や人権も重視する。このため自身の命も大事にするのが本来の教えで、ムスリムで自殺する人は少なく、自爆テロに至ってはイスラーム的でもなんでもなく、ただの犯罪としかいえない。クルアーンにも戦うべき時があると記されてはいるが、自己防衛が基本で、戦う時にも婦女に被害を及ばさないなどのルールが規定されている。

――男女同権ではないという見方もある…。

 徳増 確かに男性は4人まで妻を持てると定められてはいる。ただ、これは時代背景を踏まえる必要があり、イスラームが誕生した1400年前の時点では、もっと多く妻を持つことが普通で、社会の混乱に繋がっていた。4人、と定めたのはこの混乱を抑えるためのものであり、また戦乱が続く当時は寡婦や孤児が大量に発生しており、寡婦や孤児の救済のためにも複数人の妻を持てる制度が必要だった。また、夫はそれぞれの妻には完全に平等に接するよう定められており、ある意味では女性の地位を高めたのもイスラームだ。確かにクルアーンでは男性が家長であると記されているが、これは男性が女性を擁護するという義務を果たすためであり、男性が女性よりも優れているといった理由ではない。

――日本社会との融和は可能か…。

 徳増 基本的に正しい知識を持ったムスリムは寛大であり、人間性が豊かだ。対立が起きた場合でも、対話をもって解決するのが基本であり、一人よりも二人、二人よりも三人、よりよい知恵を出すために出来るだけ多くで相談することを重視している。イスラームは話せばわかる、暴力はしてはならないというのが基本方針だ。日本にいるムスリムも、多くが日本の寛大さに感謝しており、こんなにいい国はないと感じている。

――これだけ少子化が進んでいるのに政府の対応が遅い…。

 中林 少子化対策が大事だと言いながら、政府による実質的な支援はほとんど見られていない。我々医療者側から見ても、少子化対策として産婦人科、小児科に手厚い手当・支援を国が実施しているという実感はない。担当大臣は次々に変わるし、皆、掛け声ばかりで実質的には何もしていないという印象が強い。政治家というのは、票が得られる高齢者層を優先する傾向がある。我が国の社会保障費における高齢者層向け費用76兆円に対し、児童手当や保育所・子供・家族に対する額は5兆5000億円と、10倍以上の差があることを見れば明らかだ。この差をせめて同額近くにしなければ本格的な少子化対策とはいえない。安倍現政権は少子化対策を積極的に推進しようとの意向を示しているが、実際に使える予算は少なく、少子化は深刻な事態だと重く受け止めているとは到底思えない。また、診療報酬に対する厳しい姿勢などからみると、実際のところは社会保障費を削減したいのではないかと思われる。

――民主党政権時代、子供手当増額という案も出たが実現しなかった…。

 中林 世界の例を見ると、フランスでは一時、合計特殊出生率が大きく低下し、少子化が深刻化していたが、その時、政府が少子化対策として実施したのが経済的支援だった。第2子、第3子に対して、100万円単位の支援金や児童手当に加え、税額控除などの手厚い経済的支援を設けた結果、出生率は急速に改善している。我が国においてもこういった支援を期待しているが、政府は税収が減少しているので支援は困難だとの見解を示している。これに対して私達は国に対し、出産育児一時金や児童手当の引き上げを10年前から要請し続けている。とりわけ出産一時金については分娩費用が年々上昇していることから早急な引き上げが必要だった。要請の甲斐もあり、出産一時金は当時30万円程度だったが、その後36万円、42万円に引き上げられた。ただ、現在、分娩費用は都内平均で55~56万円と、出産育児一時金を大きく上回っており、さらなる引き上げが必要となっている。また、児童手当は0~3歳児で月額1万5000円ととても子育てを賄える金額ではない。そのため、出産・子育てにかかる費用を考えた場合、若い世代が出産に後ろ向きになってしまい、その結果として東京の合計特殊出生率は全国平均1.46(2015年)を下回る1.17であり、全国で最も低い。

――経済的支援はやはり必要だ…。

 中林 興味深いことに合計特殊出生率が全国で最も高いのは沖縄であり、1.94(2015年)となっている。これは物価が安く、出産費用が安いためだ。沖縄の場合、昔ながらの地域全体で子育てしようという雰囲気が残っていることも大きい。高齢出産が進んでいる都内では、祖父母が体力的に子育てを手伝えず、また核家族化が進行していることから地域で子育てできる環境に無い。経済的にもそうだが、子供を育てる環境に無いことも出産に対するプレッシャーとなっている。妊娠中、女性は妊娠維持に必要なホルモンが大量に分泌されるが、これらのホルモンは共同で子育てするのに適したホルモンである。哺乳類が生き延びられた理由の一つには、これらのホルモンが分泌され、子供が可愛いという感情が生まれるほか、みんなで子供を育てようといった集団依存傾向が発生したからだと言われている。ところが、出産しても周囲に助ける人がいない孤立化した現代では、女性は“産後うつ”になってしまうことが多い。正常な女性でも“うつ”になりやすいことから、大事な赤ちゃんなのに虐待してしまう。新生児の虐待は児死亡に直結しやすいので、その防止はとても大切である。昔ながらの地域で子育てしようという環境を取り戻すことは、社会全体の使命だと考えている。

――現在において昔ながらの地域コミュニティの構築は難しい…。

 中林 10人に1人の割合で、双子や高齢出産、さらに未熟児のため育児が大変だというケースがある。一方、近年は分娩施設が少なくなっていることから、入院する期間は3~4日間と、昔の1週間程度に比べて短くなってきている。元気な一人の赤ちゃんであれば短い入院期間でも良いかも知れないが、子育てが大変なケースではとてもではないが母親の体力がもたず、悩んでしまう。そういったケースに対する解決案として私が提言しているのは、1人当たりの出産育児一時金を1万円増額して、こういった大変なケースの方々へ入院延長または産後ケアセンターへの入居費用として割り振るシステムを構築することだ。現在、産後ケアセンターなどを利用しようとすると、「出産は病気ではないため、健康保険は使えない」とされ、個人の負担額が多い。財源が乏しいならばこういった方法で皆で助け合う共同コミュニティを構築していかなければならない。

――第2子、第3子を出産してもらうための良い方策は…。

 中林 1歳以上の子は保育園に入所することで待機児童をゼロにする試みは最低限必要だが、第2子、第3子を産もうという意欲を高めるためには第1子出産後の1年間の子育て経験が重要である。夜も寝られないなど子育てが大変なため「こんなに辛いことはもう嫌だ」と思う人は多く、子供は一人でこりごりだと思ってしまう人も多い。この問題を解決するために、国としても「産後ケアシステム」や「産前・産後サポートシステム」などの「子育て世代包括支援」という枠組みを、平成32年を目標として設けているが、自治体の財政状態や重要性の認識に差があるため、普及しにくい。そのため、私達は港区と共同で「産前・産後ケアシステム」の構築を進めている。同システムでは、一般的な産後ケアシステムに加えて1歳未満の子供のいる家庭において、一時的に子供を預け、ご両親も一緒に泊まれる施設を設ける。こうすることで子育てに疲れ、助けてくれる人はおらず、“うつ”になりそうな母親の育児ストレスを解消でき、新生児の虐待を未然に防ぐことにつながる。私達のシステムはあと1年半でスタートする予定である。これをモデルケースとして全国に広がってくれることを望んでいる。

――働く女性が出産・子育てをできるような環境整備は…。

 中林 最近私達が行ったIT系企業の女性を対象としたアンケートでは、キャリアアップや責任感から、妊娠中や子育て中でも女性はあまり休みたがらない傾向にある。そういったキャリアウーマンの方々が一番希望し、しかし実現できていないのが「妊娠中の上司や同僚の理解」と、「ご主人や家族の理解」が挙げられている。この点、妊娠中にご主人が家事をした時間が5時間以上のグループでは、妊娠34週未満の早産率は約7%であるのに対して、妊娠中のご主人の家事の時間が1時間未満の人の妊娠34週未満の早産率は18%と2倍以上高かった。ご主人や周囲の人々のサポートが欠如しているため、自分たちが気が付かないうちにストレスがたまり、自分の身体や胎児を守る免疫機能が低下し、早産率が上昇すると考えられる。つまり、仕事の忙しさよりもご主人や周囲の人の心理面のサポートがいかに重要かということが医学的に証明されたことになる。一方、最近は若い世代の収入が低下していることを背景に共働きが増えており、統計では子育て世代の女性の5割が共働きとなっている。産後半年~1年ほどで仕事に復帰する人が増えているなか、出産だけでなく仕事と子育ての両立も支援していかなければならない。例えば、子供が病気のときにサポートしてくれる会社でなければ、出産後も仕事を続けていくことはできないだろう。仕事と育児の両立ができないという理由で会社を辞めてしまう女性社員に対し、企業側が前向きな姿勢を取らなければ、大切な労働力を失うこととなる。そこでこの問題を解決すべく私達は、一時的に子供を預けられる施設“ショート・ステイ施設”の設置も検討している。企業を通した子育てコミュニティの構築は働く女性のための環境整備として重要だ。

――その他の少子化対策として日本に欠けていることは…。

 中林 こちらも欧州の例だが、結婚しないで子供を産み育てるいわゆるシングルマザーの割合はフランスが52%、スウェーデンは55%となっている一方、日本はわずか2%だ。このパーセンテージを上げていくには、婚外子でも様々な権利が認められ、世の中に白い目で見られずに育てられる環境を整備していく必要がある。また、米国では養子が多い。日本でも特殊養子縁組の制度は設けられているものの、もっと幅広く実行していくべきだ。不妊症治療のクリニックが盛業であることから、養子に対するニーズは高いと思われる。婚外子や養子縁組といった少子化対策は日本の文化が成熟しなければ成功は難しいと思うが、経済面や社会としての支援はすぐにでもできる。保育園を増やすだけでは十分とはいえない。少子化対策はトータルで考えなければならない。

――小児科医増えているのか…。

 中林 小児科医は微増となっている。ただ、今一番困っているのは新生児科医が極端に少ないことだ。500~1000グラムの小さい命を育てるのはとても手間暇がかかることから、新生児科医は小児科全体の1割未満しかおらず、過酷な労働環境で辞めてしまう医師も多い。その結果、早産のケースでは入院する病院が限られてしまう。早産でも安全に出産できる病院が無ければ妊産婦さんは困る。今、地域枠を使って新生児科医や産科医の人数を増やそうという話はある。しかし、国は「現在は、年間100万人生まれているが、あと20年もすれば80万人位に減るのだから産科医や新生児科医は減少してもちょうどいいだろう」と考えているようだ。しかし、医学は進歩しているので、一人の出産や1人の新生児のケアに要する時間は以前に比べて格段に増えており、1人の医者が見られる患者の数は少なくなっているという実態がある。これは昔ならば死亡しても仕方なかった病気でも現代医学では治療できることや、安全を期して十分な検査を重ねているためである。日本の産婦人科医と小児科医は世界で一番良い成績を残しているが、その医療の質を維持してくためには今後もよりきめ細かく丁寧な医療を、時間をかけて実施していかなければならない。この医療者達の努力に国は気付いて対応する必要がある。

――解雇規制の緩和を提案された…。

 村井 私が事務局長を務める「2020年以降の経済財政構想小委員会」が取りまとめた、「人生100年時代の社会保障へ」と題する提案の中に盛り込んだ要素の一つで、持続可能な社会保障制度を実現するために必要だと考えている。グローバル化や技術革新の影響を受け、企業の寿命は短くなりつつあり、終身雇用を前提とした社会保障を維持するのはもはや非現実的だ。そこで我々は先手を打って、より現実に合わせた雇用制度を整えるべきだと提案している。理念としては、「雇用を守る」のではなく、「人を守る」のが我々の考えだ。ライフスタイルの多様化も踏まえ、個人が転職を繰り返すのを前提として、退職しても生活を守れるセーフティネットが必要と主張している。

――具体的にはどうするのか…。

 村井 企業には、自社よりも外部での活躍が見込める人材が飛び出しやすくなるよう、退職者の再訓練や再就職の費用の負担を求める。これは短期的には労働者にも痛みを伴う制度改革だが、より相応しい職場に移動した方が、長期的には本人にも企業にも利益になるはずだ。政府としても、退職者が成長産業に円滑に移動できるように、学び直しや再就職に対する支援を抜本的に強化する。また、終身雇用を前提に設計されている現在の社会保障制度も見直しを行う。具体的には、いかなる雇用形態であっても就職者は全員社会保険に加入できるようにする「勤労者皆社会保険制度」を導入する。現状では、一定の所得や勤務時間に満たない労働者は企業の厚生年金や健康保険に加入できないが、この状況を改め、労働者は誰もが充実した社会保障を受けられるようにしたい。これにより、どのようなライフスタイルであっても、安心して生活できる社会の実現を目指す。

――提案の意義をどうみるか…。

 村井 我々の提案は将来的な経済成長とセーフティネット充実を同時に実現する上で必要だと考えている。また、解雇規制など労働法制の見直しは非常にセンシティブであるだけに、提案に盛りこめたのには大きな意義があると自負している。小委員会の中でも色々な意見はあるが、大きな方向性は委員長代行の小泉進次郎氏を含めて全員で合意できている。現在提案は茂木政調会長預かりとなっているが、実現しやすいものから具体的な制度設計の議論が行われていく予定だ。

――実現しやすいものは…。

 村井 例えば年金受給開始年齢の柔軟化が挙げられる。現行制度では、60歳からの受給で年金額は3割減、70歳からの受給で4割増となっているが、例えば75歳で受給しても増額率は4割のままだ。つまり75歳まで働き、保険料を納めることへの逆インセンティブが発生してしまっている。これからは長寿化やIT化でより高齢でも働けるようになると見込まれるが、そうした方々が働けば働くほど得になる「人生100年型年金」を整備する必要がある。具体的には、70歳を超えて働けば、その期間に応じて、支給額が4割を超えて増加させることが考えられる。年金改革は、どのような形であれ野党の抵抗が大きくなりやすいが、今後の日本のために必要なことをしっかりと議論していきたいと考えている。

――「健康ゴールド免許」を提唱されている…。

 村井 これは、健康を維持するインセンティブを付与するためのものだ。現在のところ、医療費の多くは生活習慣病などのように、きちんと自己管理ができれば予防・低減できる病気への治療に費やされている。つまり、国民一人一人が健康管理に力を入れれば医療費を大きく抑えることが可能なのだが、現在のところ、努力している人も、そうでない人も医療費負担は同じく3割となっており、自助を促すインセンティブが十分とは言えない状況だ。そこで定期的に健康診断を受診し、その結果に基づき保健指導を受けるなど、健康管理にしっかりと取り組んだ方を、運転免許の「ゴールド免許」と同じような優良者枠に認定し、該当者は自己負担を低く設定する制度を提案している。

――現在を日本の「第2創業期」と位置付けている…。

 村井 戦後の経済発展である「第1創業期」は、人口ボーナスなどを受けた高い経済成長を背景に、国民皆保険や年金の導入が国民生活を豊かにしてきた。しかし2020年以降は、少子高齢化による人口オーナスが発生するうえ、グローバル化やIoTの発達などで、従来のようなライフスタイルを維持することは不可能だ。いわばこれから日本は「第2創業期」に突入するのであり、それに備えて新しい日本を描く必要がある。少子高齢化対策は最重要課題ではあるが、基本的には人口減少は不可避であることを認めたうえで、人口減少をチャンスととらえ、日本の強みに変えていくための方策を考えなければならないだろう。

――社外取締役を設置する企業の割合が増加した…。

 門多 東証の集計によると、1部上場企業のうち約80%が2名以上の独立社外取締役を置いており、コーポレートガバナンス・コード導入後の2年間で割合は大幅に上昇している。マザーズ・ジャスダックの上場企業では複数の独立社外取締役を設置する割合は30%弱にとどまるっているが、少なくとも1部上場企業の間では取締役会の構成が着実に変化してきている。数年前までは「社外取締役を導入すべきかどうか」が主な論点となっていたが、今後は「取締役会の効率的な運営に向けて社外取締役をいかに活用すべきか」という議論を深めるべきだと考えている。

――取締役会の運営の効率化が必要だ…。

 門多 取締役会は、すでに社内で決定済みの議題のみが上程され、運営が形式的になっているという問題点が指摘されている。ただ、社外取締役が入った以上、こうした運営は変えざるをえないし、変えるべき時に来ているといえよう。コーポレートガバナンス・コードでは、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことにより、機能の向上を図るべきとの原則が示されている。取締役会でどのような議論が行われるか、あるいは実効性評価がどのように行われるかは今後の課題となるが、例えばみずほフィナンシャルグループでは取締役会において通常の議題以外にもテーマを定め、別途議論をするなどの工夫をしているようだ。このほかの1部上場企業でも、社外取締役を交えた議論を行うことで企業戦略やリスク管理に役立てることができる状況になってきている。グローバル化や技術革新が急速に進むなか、企業が進んでいく方向性の議論を行ううえで外部の知見を活用することは必要不可欠だ。

――複数の社外取締役を置いても、社長が社外取締役を決めれば”仲間”を増やすだけだ…。

 門多 そのリスクは大いにあると考えており、我々としては指名委員会が果たす役割の重要性を指摘している。ただ、社長の意に沿う発言しかしない取締役を選んでしまうリスクは、社内取締役のみを設置する場合の方が高く、社内だけの密室でやるよりも一歩進んだと評価すべきではないか。この点、金融機関の場合は金融庁が取締役会の議事録をすべてチェックしているため、逆に社外取締役にしっかりと発言してもらわないと、検査で「ガバナンスが機能していない」と指摘される恐れがある。また、東芝やオリンパスでは社外取締役を置いていながら不祥事が起こったとの指摘もあるが、この両社は監査委員会の委員長や常勤監査役に不正に関与した人物を就けるなど手口が巧妙だった。指名委員会等設置会社の趣旨からして、監査委員会の委員長は社外取締役が務めるべきであり、「追認主義の社外取締役がいたから事件が起こった」という見方は誤りだ。さらに言えば、仮に取締役会が社内取締役のみで構成されていた場合、さらに悪い事態に陥っていた可能性は拭いきれない。

――一般事業会社の場合には金融庁のようなチェック機関はない…。

 門多 それについては、「スチュワードシップ・コード」に基づく機関投資家の関与が最大のポイントだ。スチュワードシップ・コードでは、取締役会で企業戦略やリスク等を議論しているか、あるいは社外取締役がきちんと発言しているかといった点について、機関投資家と企業が対話を行うことを想定している。日本ではコーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードが車の両輪となり、機関投資家やアセットオーナーが取締役会の議論を監視するという考えに立っている。さらに、東証1部の時価総額上位400社では、海外機関投資家の株主比率が30%程度にまで達している。このうちの大部分が年金など長期保有の機関投資家であるとすれば、海外の投資家との間でもガバナンスに関する対話を行うことが必要になっている。

――株主とその代表者である取締役会の比重を高めると、目先の利益重視に陥りやすい…。

 門多 会社法では取締役が株式会社のために、職務を忠実に行う義務があることを定めている。株主が会社の主要なステークホルダーであるとのロジックが働く。、コーポレートガバナンス・コードでは取締役会の株主に対する責任に加え、全てのステークホルダーとの調和ということを前提に置いている。企業の長期的かつ安定的な成長という観点からは、個人的にもROEは短期的な尺度でしかないと考えている。コーポレートガバナンス・コードでも示されたように、企業は株主だけのものではないし、株主のためにと言って目先の利益を追及しても持続的な成長は出来ない。経営や技術開発については長期的な視点で評価しなければならない。取締役会としては、その長期的な観点からいかに投資家を説得するかが重要になり、そのためには対話の深化が大事だ。

――リーダーシップのある有能な経営者がいる場合、社外取締役は不要だ…。

 門多 確かに、オーナー経営者がメリハリのついた運営を行っている企業の方が株価も伸びているという事実はある。しかし、その経営者の良い部分をさらに伸ばしていくこともコーポレートガバナンスの役割だ。スティーブ・ジョブズがCEOを務めていた頃のアップルにも、社外取締役が存在していた。オーナー経営者のイニシアチブは大切にするべきだが、株式を上場している以上、やはり取締役会はステークホルダーの立場で議論すべきではないだろうか。また、社外取締役が不要なのではなく、「どのような社外取締役が必要なのか」という観点から考えることが重要だ。経営のモニタリングを行う者、あるいはアドバイスを行う者など、各企業の状況に応じて、社外取締役の役割を柔軟に捉えてもよいのではないか。

――そもそも社外取締役を置くこと自体、各企業の判断に任せるべきだが、
日本では強制的な感じになっている…。

 門多 コーポレートガバナンス・コードでは「コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を守るか、守らない場合には理由を説明せよ)」方式が採用されており、社外取締役を設置しなくともその理由を十分に説明していれば何の問題もない。ただ、日本企業の場合はどうしても横並びの意識が強く、必要以上に原則を遵守する傾向はあるのかもしれない。社外取締役についても、「仏作って魂入れず」といった状況に陥るリスクは常にあり、これを有効的かつ効率的なものにしていくのが今後の課題だ。

――一1人が何社もの社外取締役を兼任している状況も目立っている…。

 門多 社外取締役がきちんとコミットするとして、1人で担当できるのは2~3社が物理的な限界だと思っている。ただ、社外取締役の兼任は利益相反が生じる可能性があるため、上場企業は少なくとも株主総会で取締役の候補を示した時点において、その兼務状況を開示する必要がある。社外取締役の兼任状況は議決権行使会社がチェックをしており、1人で5~6社を兼任するようなことは許されなくなってきているのではないか。

――日本では、社外取締役に相応しい人材がまだまだ少ない…。

 門多 それは世界的にも共通の課題だ。コーポレートガバナンス・コードの導入の次は、取締役会の実効性評価に加え、実効性を担保するために取締役の教育をしていくことこそが必要だ。実践コーポレートガバナンス研究会では現在、監査役の教育・研修プログラムを実施しているが、取締役に関する教育カリキュラムも準備している。今後は取締役についても教育・研修プログラムを実施していく方針だ。

――今年はVR(仮想現実)元年と言われる…。

 廣瀬 VRという概念は実は1989年には誕生していたのだが、改めて認知度が高まったという意味で今年が元年という表現は間違いともいえない。今起こっている現象のポイントは、VRに対する社会の受容度が高まったことと、コストパフォーマンスが大きく改善したことだ。例えばプレイステーションVRではヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着するが、1980年代ではHMDなど誰も知らなかったし、コスト的にも現状は飛躍的な改善が実現した。1980年代にVRを動かすために必要なコンピューターの価格は1億円を超え、1989年にアメリカのベンチャー企業VPL社が発売した初の商用HMDも300~400万円程度の価格で、画質も粗末なものだった。それをはるかに上回る画質のプレステVRのHMDが5万円程度で購入できるのは実に大きな変化だ。全天周カメラなど、VRコンテンツを作成するために有用な装置が開発されていることもVR普及を後押ししている。

――VRはどのようなものなのか…。

 廣瀬 VRのポイントは、コンピューターが作り出した仮想現実と体験者がインタラクティブ(双方向的)であることだ。体験者が移動すれば、見え方も変わるし、仮想現実内の物に触れることもできる。3DやプラネタリウムとVRが違うのはそこだ。先進的な活用例としては、松下電器(現パナソニック)がシステムキッチンのショールームに利用した例がある。システムキッチンは購入者の要望に合わせて様々な部品を組み合わせるが、実物の商品で組み換えを行うのは大変であるため、VRが活用された。

――今後はどう利用されるのか…。

 廣瀬 当初考えられていたような、飛行機や自動車の運転訓練は既に実現しているため、これからは個人の消費者がどう利用するかが焦点となる。一番わかりやすいのは、やはりゲームだ。これまではコストの高さから限界があったが、今後は再びゲームとVRの蜜月の時代となるだろう。ただ、VRはゲームだけに収まらず、社会全般を変えるポテンシャルがある。例えば教育では、歴史を文字列ではなく、実際に当時の風景を体験させることで子供たちに「歴史は面白い」と思わせることが可能になるかもしれない。その他の分野でもVRによる体験は理解を促進させるはずだ。

――「体験」を生み出せることがポイントだ…。

 廣瀬 実際、何かを体験する、何かを見るという行為には大きな意味がある。アポロ計画で月に到達したアームストロング船長は、月から「地球の出」を見ると色々なことを考えさせられたと語っているが、同じようにVRで本当ならば体験しがたいことを体験すれば、人間の考え方を大きく変える可能性がある。例えば津波は、ひざ下ぐらいの高さでも足が動かなくなると言われているが、多くの人は実感を持てないだろう。しかしVRは、実際に足をすくわれる体験を生み出すことで、津波の脅威を人々に周知できる。やはり言葉で言われても体験しなければ分からないことは多く、VRは災害対策に活用できるかもしれない。VRとは、考えるためのツールなのだという指摘もされている。

――AR(拡張現実)という概念もある…。

 廣瀬 ARはポケモンGOで話題になったが、VRと表裏一体の関係にあるとみなすこともできる。VRはコンピューターによって現実とは全く違う世界を創り上げるのに対し、ARは現実世界の上にバーチャルな情報を上乗せするものだ。このため、基本的にはVRはテレビやゲームの延長であり、「家でばかり遊ばずに外に出なさい」と怒る母親に対する回答にはならない。しかし、ポケモンGOにみられるように、ARは外に出かけることが前提であるため、ある意味VR以上に人間社会への影響は大きいかもしれない。ただ、VRのように大型の機械は使えないため、ARはVRと比べても発展の上での課題は大きい。とはいえ、昔は利用するのに1000万円の機器が必要だったGPSが今では携帯電話で無料利用できるのは、ARにとって大きな弾みだ。

――ARの可能性も大きい…。

 廣瀬 我々が今進めている例として、万世橋にあった交通博物館の過去の風景を追体験するアプリがある。これはアプリをインストールした端末を現地でかざすと、ありし日の交通博物館の様子を見ることができるものだ。これは同じことを全国各地で行えば、ある種の観光資源の創造に繋がるのではないかと思っている。これまで観光客を集めることができたのは物理的な観光資源がある地域だったが、ARで観光資源を作ってしまえば、ある意味努力次第でどこでも観光客を集めることができる。例えば、アニメ「ガールズ&パンツァー」の舞台となった茨城県大洗町や、「エヴァンゲリオン」の舞台の神奈川県箱根町などでは、ARを活用したアプリが配信され、観光客誘致に一役かっている。ご当地ドラマなどは各地にあり、それとコラボしたARコンテンツが普及する余地はある。もしそういったものがなかったとしても、「ブラタモリ」を見ればわかるように、何の変哲のない場所でも歴史を紐解けば面白い話題がわいてくる。どんな場所でも付加価値を創造する余地があるはずだ。草の根的なコンテンツ作成は必要になるが、ある意味でARは地域創生にぴったりといえるだろう。

――ARの問題点は…。

 廣瀬 例えばポケモンGOは、任天堂のコンテンツのように思われがちだが実際には同社にはあまりお金が落ちない仕組みになっており、利益を得ているのは主にグーグルだ。今後はARを日本の利益に繋げる方法も考えないといけないだろう。また、ポケモンGOは利用されればされるほど、利用者の移動データなどがグーグルに集積される。移動情報は地図では分からない人の動きが把握できるため、マーケティングに活用できるが、場合によっては安全保障にも関わるだけに、少し気になるところだ。実際、中国や韓国では軍事利用を警戒してかポケモンGOの利用は制限されており、中国では代替品として類似したゲームが提供されている。VRもプレイヤーの物の見方や反応の仕方などのデータを抽出できるため、場合によっては悪用される可能性は否定できない。日本でも様々な角度からVRやARを検討していくことが望まれる。

――米大統領選挙では、マスメディアの予想に反してトランプ氏が勝利した…。

 貞岡 トランプ新大統領の誕生は日本にとって、外交の在り方を大幅に変える好機だ。これまでは米国が何をするかを見て、その上で日本としての対応を考えるという受け身の外交、追従外交を続けてきた。しかし、戦後70年以上が経ったわけであり、そろそろ日本が積極的に打って出る外交を展開するべき時が来たということだろう。

――安倍首相はトランプ氏と今週に面会する方向だが…。

 貞岡 私はこれを非常に良い動きとして歓迎している。安倍首相はこれまで、外交において3つの大きなミスを犯している。1つは靖国神社への参拝、2つは慰安婦問題に関する日韓合意、そして3つめは米大統領選挙の期間中にも関わらず、クリントン氏のみと面会したことだ。政府側の言い分としてはクリントン氏側から会いに来たと弁解しているが、そのようなことがあり得るはずがない。本来はトランプ氏とクリントン氏の双方と会う、もしくはどちらとも会わないというのが常識的な対応だ。クリントン氏のみと会ったことは全くの判断ミスであり、いわゆる大チョンボだ。だからこそ、安倍首相はすぐにトランプ氏と会わなければいけないと考えたのだろう。理由はどうあれ、できるだけ早い時期にトランプ氏と顔を合わせることは非常に重要だ。

――面会して何をしたら良いか…。

 貞岡 トランプ氏は政治経験が全く無く、時に外交問題についてはごく限られた情報だけに基づいて判断を行っている可能性が高い。このため、外交に関して白地であるうちにトランプ氏に会うことは非常に重要となる。問題は、安倍首相がトランプ氏と17日に会った時にどのようなアプローチをするかだ。間違っても「大統領になったらどのような政策をするのか」といった聞き役に回ることは避けるべきであり、逆に「こうした方が米国にとって得になる」という議論を展開すべきだと考えている。トランプ氏はビジネスマン出身であるがゆえに、自由や平和、国際協調と言ったイデオロギーには関心が薄く、逆に損得勘定については非常に敏感であるとみられる。トランプ氏と外交について議論する際も、どうすれば米国にとって得になるかという観点からアプローチをすべきだ。

――トランプ氏はTPPについて反対姿勢を鮮明に打ち出している…。

 貞岡 中国はドル本位制に対しての人民元本位制、世界銀行体制に対してのアジアインフラ開発投資銀行など、米国の利益になっている体制をまさに今変えようとしている。TPPはその中国を包囲するために非常に重要なツールである点をよく説明すべきだろう。こうした意義に加え、損得勘定に敏感なトランプ氏に対してはTPPの発効によって米国が得るメリットについて数字を交えて具体的に示すことが重要だ。この点では、外交についても経済産業省の能力も活用していくべきだ。米国の議会は上院・下院とも共和党が過半数を取ったということで、現在トランプ氏の指導力は非常に高い状態にある。トランプ氏が大統領就任後にTPPを承認する、あるいは選挙民との関係でそれが難しいのであれば、オバマ現大統領と協力してレームダックの時期にTPPを通してしまうというシナリオを安倍首相が提案するなど、追従外交をやめて積極的にアドバイスすべきだ。経験豊富なクリントン氏にこのような説明をしても効き目は無かっただろうが、トランプ氏はまさに真っ白な状態であり、今は絶好のチャンスだ。

――安倍首相とトランプ氏との相性はどのように見ているか…。

 貞岡 西側諸国のリーダーのなかでトランプ氏と最も波長の合う人物はおそらく安倍首相なのではないか。安倍首相は世界からは非常に強いリーダーとして一目置かれており、安倍首相自身もトランプ氏の大統領就任を歓迎する発言をしている。また、安倍首相はプーチン氏との関係でも見られるように、相手の懐に飛び込むことが上手な人物だ。西側グループのなかで、欧州と日本の利益を代表してトランプ氏にアドバイスができる格好のリーダーになれる可能性がある。まずは17日に安倍首相がトランプ氏に会い、どのようなアプローチを取るのかに注目したい。

――トランプ氏は日本に対して自主防衛の強化を求めている…。

 貞岡 政府としては駐留米軍や日米安保同盟が米国のためにもなっていると説明すればトランプ氏を説得できると踏んでいるようだが、なかなか一筋縄にはいかないのではないか。米国の国内世論、そしてトランプ氏自身も世界の警察官としての役割を下りようと主張している。米国のために日米安保、駐留米軍がどれだけ得になるのか意を尽くして説明することに加え、日本の防衛費負担の拡大など目に見えるおみやげが必要だ。また、米国産牛肉や米国車の輸入拡大など、日本の市場を開放する象徴的なジェスチャーを示すことも一策だろう。選挙期間中にクリントン氏としか会わないという失態を犯してしまった以上、トランプ氏が大統領に就任する前の今に関係を築いておくことが一番大事だ。

――トランプ氏とロシアとの関係についてはどうか…。

 貞岡 トランプ氏はロシアのプーチン大統領に親近感を持っていると言われており、米国とロシアの関係は現状よりは改善していくだろう。これは日本にとっても北方領土交渉や日ロ関係の改善を進めるうえでの追い風となるため、この面ではむしろトランプ氏が勝利してよかったとも評価できる。シベリア開発を通じて中国とロシアの関係にくさびを打つというふうな構想も進めやすくなろう。さらに言えば、トランプ氏の勝利によりアジア版NATOについても推進していく好機でもある。集団安全保障体制を取れば米国にとっても軍事費の削減が可能になるメリットがあり、このことを具体的なデータを交えてトランプ氏に説明すれば納得してもらえる可能性は高いのではないか。

――日本外交の当面のリスクは…。

 貞岡 トランプ氏の大統領就任前の空白の3カ月の間にうまく関係を構築しておかないと、尖閣諸島の情勢が不安定化するリスクが出てくる。中国としては、トランプ氏が中国に対して経済面で強く主張してくることは覚悟しているだろうが、外交・安全保障分野では米国国内の内向きの世論などを勘案して、場合によっては米国と中国で太平洋を二分するという方向に持って行きたいと考えていよう。中国としてもトランプ氏の大統領就任後当面は出方を窺うことになろうが、逆に中国に対して軍事面で絶対に実力行使をしないオバマ大統領の任期中に尖閣諸島を占拠するなど先に既成事実を積み上げ、トランプ新大統領との駆け引きのカードとする可能性は否定できない。こうした意味で、安倍首相には早くトランプ氏と会い、大チョンボを取り返してもらいたい。そのためには17日に1回会うだけではとても足りず、毎月のように米国に行くぐらいの覚悟が必要になる。日本が今取るべき道はこれしかなく、関係構築に失敗すれば中国に足元を見透かされてしまうだろう。

――日本が自主外交へと舵を切っていくためには、発想の転換や人材も必要だ…。

 貞岡 外交について新しい発想が出来る人材を発掘、登用することが必要だ。既存の人材では、大きく変化している世界の時流に流れにとても対応できない。だからこそ、英国のEU離脱に関する国民投票や今回の米国大統領選挙でもほとんどの専門家が読みを間違ってしまった。メディアも同様で、金融ファクシミリ新聞などごく一部を除きトランプ大統領の可能性を予想できなかった。日本にはなお1億人以上の人口があり、在野にも優秀な人材が豊富にいるはずだ。現在の外交を見ているとお先真っ暗との危機感を抱かざるを得ない。外部の人材をどのくらい発掘・活用できるかが今後の外交の鍵になるのではないか。

――日銀による長短金利操作の導入以降、国債市場の流動性は大幅に低下している…。

 近藤 2013年の異次元緩和以降、マイナス金利の導入、長短金利操作と次々に政策が打たれているが、当社の売買高で見ると2014年度をピークに市場は縮小に転じている。感覚的にはピーク時の8掛けから7掛けといったところだ。長短金利操作が導入された結果、投資家・業者とも相場の先行きに対する見方が一様となっており、今後も当面はボラティリティの低い状況が続くと見ている。個社の経営にとっては逆風であるが、大規模緩和政策は財政・成長戦略等を含めたポリシーミックスの一環であり、デフレからの脱却や経済の好循環の実現を目指すという目的自体は当社も共有している。効果の検証は専門家に任せるとして、当社としては我慢をしながらも流動性を付けるべく努力をしていく所存だ。

――流動性を高めていくための方策は…。

 近藤 創業以来掲げている「公平・公正・透明」の3原則に加え、取引の正確性と迅速性を追及していくことに尽きる。当社は1973年の創業以来、業者間市場の仲介業者としての専門性を培って来たほか、電子取引による迅速な執行とトレーダーによる手厚いサポートという当社独自の営業モデルを確立した結果として、顧客から高い市場シェアを頂いている。このアドバンテージを活かしつつ、システムの利便性や営業マンの質の向上に向けて地道な努力を重ねていく。特にシステムは陳腐化のスピードが早く、当社としても販売費・一般管理費の約半分を充てて対応している。また、今後も取引のT+1化など市場の要請にも応えていく必要がある。

――日本国債の取引仲介業務以外にも乗り出す考えは…。

 近藤 結論から言うと、現時点では全く考えていない。当社はこれまで40年以上、債券業者間取引の仲介に徹しており、それこそが当社のコアコンピタンスであり当社設立の趣旨でもある。また、自らポジションを取ったり、対顧客の営業を開始したりするということは、陣容的にも現実的ではない。売買の仲介業務の範囲を広げるとすれば、その商品に一定の流動性が存在することが条件のひとつとなり、その意味では外債、とりわけ米国債が候補に挙がるかもしれないが、米国債にはすでに確固たるプレイヤーがいる。金利スワップなどについても勉強はしているが、何より日本国債をはじめとする本邦債券市場はまだしっかりと存在している。新規事業に手を付けるのではなく、マーケットの急変時でもスムーズな取引機会を提供できるよう、システムの高度化や営業態勢の充実に注力していきたい。

――サイバーセキュリティ対策については…。

 近藤 どの証券会社もそうであろうが、当社もリスク管理や情報セキュリティの対策には重きを置いている。当社は証券会社ではあるが市場リスクや信用リスクは比較的小さいため、優先して取り組むべきはシステム・情報セキュリティ・オペレーションに係る各リスクへの対策だ。この数年は特に大きなシステム障害も無く、安定的な運用が確保されているが、引き続き取引システムの安定稼働に注力していく。また、情報セキュリティ対策も全社を挙げて取り組んでおり、直近では私を先頭としてサイバー攻撃に対する全社ドリルを実施したところだ。セキュリティ対策に終わりはなく、常に進化していかねばならない。事業継続計画にも常にアップデートが必要だと考えており、オペレーショナルリスクについても、フロント・ミドル・バックの所謂スリーラインディフェンスをさらに強化・整備していく方針だ。

――フィンテックへの対応については…。

 近藤 フィンテックという言葉について明確な定義は無いようだが、事業会社でいうところのR&Dのようなものとして研究は怠らずにしておきたい。例えば米国債ではすでに超高速売買を得意とするヘッジファンドがメインプレイヤーの一角となっているようだ。日本国債の売買は引き続き大手証券が中心となっているが、もし米国のような方向に進んでいくのならば、大量の約定や決済などにも対応する必要が出てくる。現時点でどうなるかの予想は難しいが、当社としてはそうした動向について関心を持って見守っている。さらに自律分散型組織やAI、ブロックチェーンといった話になると、その進展が債券市場にどのように影響するか、正直なところ明確ではない。これらによって、債券流通市場の運営主体が不要になる可能性があるとも言われているが、マーケットの概念を覆すような事態が起こるとしてもまだまだ先の話なのではないか。

――最後に、今後の経営面での目標を…。

 近藤 流通市場と発行市場は車の両輪であり、流通市場に厚みがあって初めて効率的な債券の発行や資金運用が可能となり、ひいては国民経済に資することとなる。そうした意味でも当社が行っている業務は、取引所や決済機関と並んで重要な市場インフラだ。業者間市場の最大の担い手として市場流動性の維持・向上に努め、公正な価格発見機能を果たすことが当社の社会的使命だと考えている。引き続き、社会的使命を自覚して国債の業者間市場のスタンダードであり続けることが目標だ。そのためには、システムの安定稼働と利便性の向上、そしてトレーダーの育成が大切だと考えている。また、公的な使命はあれども、民間企業である以上、株主・従業員その他ステークホルダーと共存・成長を図っていくことが私に課せられた責務だと認識している。

――インドに関わることとなったきっかけは…。

 平林 1990年代半ばに外務省の経済協力局長(現在の国際協力局長)時代に百数十カ国の途上国の1国として付き合いがあっただけで、大使になるまでインドとの関わりはほとんどなかった。しかし、橋本龍太郎総理の下で内閣外政審議室長(現在の内閣官房副長官補)の任につき2年経過した頃、橋本総理から「インドはこれから大事になるので、大使になるならインドがよいのでは。自分も総理として必ず訪印する。」という指摘を受け、1998年3月にインド大使として赴任した。しかし、赴任後2か月した5月にインドが核実験を断行したため、日本政府として抗議したほか、ODA(無償援助と円借款)を停止するなど関係が冷却化した。その後2年間、日印関係の立て直しのために努力した。米国も2000年3月にクリントン大統領が訪印して関係を修復したので、私も小渕恵三総理に訪印を働きかけた。小渕総理は承諾したが、急逝されたので、後任者の森喜朗総理にも訪印をお願いした。森総理訪印は2000年8月に実現し、「日印グローバル・パートナーシップ」を樹立して関係を正常化した。もっとも、円借款が実際に再開されたのは、1年後のことだった。その後、「日印グローバル・パートナーシップ」は、小泉純一郎総理時代に「戦略的グローバル・パートナーシップ」に、次いで安倍晋三総理になって「特別戦略的グローバル・パートナーシップ」に格上げされ、現在に至っている。そういった経緯もあり、森元総理と私は、日印両国政府から「新しい日印関係を構築した人」という評価を光栄にも頂き、二人とも退官後、それぞれ日印協会会長、理事長として日印関係増進に努力している次第である。

――日印協会は創立113年という長い歴史がある…。

 平林 2007年に外務省を退官後、森元総理から要請を受けて現職に就くこととなった。それまでは専務理事が取り仕切っていたが、森会長は理事長職を設け、私を迎えた。日印協会は今年で創立113年の由緒ある歴史があるものの、私が就任直後は法人会員は30社程度、活動も最小限という組織の弱体化に直面していた。そこで、私は駐印、駐仏大使を含め外交官として長年に渡って築いてきた政財界の人脈を頼って、組織の立て直しを図り、現在、法人会員は120社程度、個人会員500人弱までに拡大した。日印協会は、日清戦争開始の1年前の1903年、元首相の大隈重信と資本主義の父といわれる澁澤栄一、それに元細川藩の分家・長岡護美が「これからはアジアの時代だ。インドはますます重要になる。」との理念を共有し創立した。この種の国際交流・有効増進を目的とする公益団体は数多いが、そのなかでは最も古い歴史を持つ。ちなみに日英協会が創立されたのが1908年であることから、植民地インドとは宗主国イギリスよりも5年早く友好協会を築いていたことになる。

――活動内容は…。

 平林 インドと日本に関係することには、ほぼすべて携わっている。インド情勢の収集・分析・評価、日印の各種交流の主催ないし支援、またインド首相が訪日する際や大使交代の際には歓迎レセプションを催している。また、最近ますます盛んになってきている青少年交流などの人的交流や文化交流も推進ないし応援している。他方では企業支援も行っている。日印協会の会員企業のみならず会員でない日印各企業への情報提供やアドバイスである。講演会も組織する。幸い、日印両国に人的ないし組織的ネットワークを広範に持っているので、我々でできないことは両国の大使館・総領事館、JETRO、JICA、JBIC、国際交流基金といった政府関係機関、経団連や日印経済委員会などに協力を要請するなどし、支援している。このほか、インドや日印関係に関しホームページを運営し、啓発活動にも注力している。1906年に創刊した会報は今日でも月刊誌「月刊インド」として継続しているほか、学者や研究者に論文を書いてもらう専門的な季刊誌「現代インド・フォーラム」も発行し、インドの事情について広報活動を行っている。

――モディ政権の成果は…。

 平林 今までの政権に比べれば、遥かに改革志向だと言える。また、リーダーシップも強力なものだ。インドは万事歩みが遅いと言われているが、インドの基準に照らしてみれば、非常に改革マインドが旺盛でしかも実行力がある。日本を含め企業のインドでの事業活動における一番の障害となっていた懸案の物品・サービス税(GST)の統合のための憲法改正に成功し、今は法律や政令、施行規則を取りまとめている。うまくいけば来年春頃には、各州によってバラバラだった税率が一本化される。もっとも完全に一本化されるわけではなく、州ごとに多少のバリエーションは出てくると見られるが、基本的には統一される。さらに労働法制の緩和や土地収用の緩和などにも取り掛かっている。他方、日印関係についてはすでに相当密接な関係が構築されているが、モディ首相と安倍首相は波長が合うことから、11月中旬のモディ首相の訪日でも様々な成果が期待されるところだ。

――日系の進出企業は苦労していると聞くが…。

 平林 やはりインド人は交渉相手としてもパートナーとしても「タフ」であることから、大企業ですら苦労している。最も成功を収めているスズキも、今日に至るまで苦労を重ねてきた。私は駐印大使をしていたころ、スズキと合弁相手のインド政府とが社長人事で争いになって、スズキ側がロンドンの国際仲裁裁判所に提訴した。結果は足して2で割ったような和解解決、すなわち社交の任期5年を二つに分けて、インド側と日本側が2年半の任期の社長を任命することになった。また、第一三共も買収したランパクシーと結局うまくいかず、別のインド製薬会社に株を売って撤退した。さらに最近では、NTTドコモによるタタテレサービスズとの合弁事業も出だしはよかったものの、その後うまくいかずに解消した。しかし、保有株式の引き取りに関してロンドンの国際仲裁裁判所がドコモ側の勝訴の採決を下したものの、タタ側が言う通りにせず、現在、NTTドコモ側はインドの裁判所に訴えている最中と理解している。このように、撤退についても、必ずしもうまくいくとは限らないといった非常に厳しい事業環境にあると言える。

――事業成功の秘訣は…。

 平林 一言でいえば、インド人をよく理解することだ。極端な事を言えば、「日本人のアジア人観」というのは、私から言わせてもらえば「東南アジア人観」に過ぎない。ところがインド人は東南アジア人とは相当異なり、欧米人のような合理的かつビジネスライクな思考回路を持っている。さらに生活・生存環境が厳しいことから、欧米人よりもよりシャープな思考回路や厳しい交渉態度を持っていると言える。契約は一応尊重するが、ぎりぎり自分に有利なように解釈する。したがって、契約はきっちりしたものにする必要がある。また、係争になっても容易には白旗を掲げない。穏やかな気候で育っている日本人、同質性の強い社会で生活している日本人にとって、最も苦手な相手だと言える。東南アジアで通じるやり方は、インドでは必ずしも通用しない。そのため、インド人を理解しタフな交渉なども覚悟していかなければ、失敗、失望するだけだ。このことは、インドにおいて各社の代表や従業員として第一線に立っている日本人の皆様には分かることだが、往々にして現地を知らない本社の社長や幹部は理解しない。ましてや、インドの経営は、トップダウンである。このようなことから本社の社長が直接インドに行き、インド企業トップと接する必要がある。最近は、スズキの鈴木修会長はもとより、ソフトバンクの孫社長やユニクロの柳井社長、三菱商事の小島前会長、三井物産の飯島会長などにみられるように、会社トップが自らで現地に行くことが多くなった。それが最もインドでうまくいく方策だ。日本的なやり方や思考では通じない。本当の意味でグローバル企業になるためには、インドのような厳しいところで揉まれ、自らを進化させていくことが大事ではなかろうか。ただ、私が自信を持っていることは、インド人は親日的であり、日本や日本人を高く評価していることだ。

「政府は先ずブラック企業対策を」

法政大学
教授
上西 充子 氏

――労働実態の開示は労働環境の整備に不可欠だ…。

 上西 大手企業ですら、労働実態を明らかにすることを拒んでいる。例えば東洋経済新報社が発刊している「就職四季報」では、企業に3年後離職率や、有給消化年平均、ボーナスの実績額などを質問しているが、メガバンクを含め多くの企業が情報開示に応じていない。採用人数すら明らかにしない企業もあるほどだ。女性活躍推進法を受けて女性社員の割合などについてデータ開示を求める機運は高まっているが、完全な情報開示には程遠く、学生が企業の労働実態を知った上で就職活動をするのは難しいのが実態だ。

――多くの学生は何も知らずに就職している…。

 上西 そうした状況を改善するためにしなければならないことは山ほどあるが、中でも一刻も早い対応が必要なのは、学生に労働法の知識がない問題だ。昨今のブラックバイト問題を受けて厚生労働省も動き始めてはいるが、学校が行う一般的な就職支援やガイダンスでは労働法にかかわる事項はほとんど伝えていないのが実態だ。現状では学生はアルバイトを始める際にも労働法を知らないままに働き始めており、労働条件を書面で確認せず、口約束だけで仕事を始めることになってもおかしいと気づけない。給与の支払いを受ける時点でも残業代が適切に支払われているか判断がつかなかったり、まかないが額面から差し引かれていることに後から気づいたり、といったことも珍しくない。労働を契約と認識し、書面で契約条件を確認する習慣を身に付ける必要性がある。上司の言われた通りにやればなんとかなる、というのがこれまでの日本の考え方だったのだろうが、実際なんとかなっていないため、ブラック企業の問題が浮上している。これを改善するため、労働法を学校教育にきちんと位置付けるなどの対策が必要だが、「権利ばかり教えるのは」と経済界から抵抗があるようだ。

「『基地返還反対』が反対運動の本質」

評論家・経済学博士
篠原 章 氏

――基地問題があるから補助金が多い…。

 篠原 その通りだ。補助金は反基地感情に対する懐柔策だったが、1995年に米兵による少女暴行事件が発生してから反基地感情を抑えることが難しくなった。事件を受けて当時の大田知事は強硬姿勢を強め、米軍基地向けの土地の強制借り上げのために沖縄県知事が行っていた代理署名を拒否し、政府と最高裁まで争った。こうした沖縄の不満を抑えるため、当時の橋本龍太郎首相が米国側と普天間基地の返還を合意したことが、現在の普天間基地を巡る混乱の源となっている。実は反基地運動を行っていたとはいえ、多くの人々は本当に基地が返還されるとは思っていなかった。沖縄戦の記憶から反対運動に真摯に参加していた人も多かっただろうが、地主は土地を戻されては賃料がとれなくなってしまうし、市や県も跡地をどう利用するか具体的な計画はなく、本当に返されてしまっても困るというのが実態だった。場合によっては、返還によって地価が大きく下落し、地主だけでなく、担保価値が損なわれることで金融業界に悪影響も出る恐れすらあった。

――基地が返還されない方が都合がいい…。

 篠原 とはいえ、反対の声を今更取り下げることも難しい。また、更に折り悪く、ちょうど暴行事件の前年に1994年に就任した村山総理が日米安保堅持を表明していたことが混乱に拍車をかけてしまった。社会党は安保反対の立場でまとまっていた下部組織を多く擁していたが、村山総理が非武装中立の旗を降ろしたことで、そうした組織は梯子をはずされてしまった形になった。その受け皿として新たな組織が全国中に作られたものの、そのままでは運動が下火になってしまうとの危機感が強まっていた。まして沖縄の基地が返還されれば、益々運動が行いにくくなるという意識が活動家の間では強かった。このような様々な要因を背景に、「基地の返還に反対する」ことが基地反対運動の実態だ。少なくとも指導部は間違いなく、基地が返還されなければ反対運動を続けられると思っているし、また運動の継続が本土からの補助金の確保に寄与するとの思惑もある。

「雇用慣行がグローバル化の妨げに」

慶應義塾大学
特別招聘教授
柏木 茂雄 氏

――海外に行きたがらない学生が多い…。

 柏木 海外留学を志向しない学生が多いのは、いろいろな要因が働いており一概に学生を責めることはできない。とりわけ新卒一括採用が影響している。この制度は海外ではあまり見られないが日本では主流となっており、学生にとって就職活動のスケジュールに乗り遅れまいとする意識を強めている。加えて、海外経験がサラリーマンの出世に必ずしもつながらないと思われているため、留学に母親が反対するケースも多いようだ。さらに、大学側が海外に合わせるため9月入学を導入しようとしても、企業側が新卒一括採用に拘るため実現が難しいという面もある。つまり、大学と学生のグローバル化に対して、日本の雇用慣行が大きな妨げになっていると言える。

――大学ができることは…。

 柏木 企業は大学にあまり期待しているとは言えず、大学4年間で学んだことよりも、どの大学に入学したかが選考の基準として重視されている。企業からすれば、素質の良い学生を自分たちで教育したいという発想が強いのであろう。そのため、就活の面接では、大学の講義で学んだ内容よりも、クラブ活動の内容や役割が問われることが多いという。その結果、日本の学生を海外からの留学生と比較すれば、グローバル志向が低いのみならず、勉強に対する意欲も低いという点が一目瞭然となっている。

――日本の雇用慣行が弊害だ…。

 柏木 日本のサラリーマンの多くは終身雇用・年功序列により雇用が守られている。しかし、その代償として公務員を含め職場に全てを捧げるというコストを払っている。辞令一枚で国内外への転勤が決まってしまうし、これまでと全く異なる職種に変更されることもありうる世界だ。かつては休日勤務も頻繁だったし、今でも長時間残業が問題となっている。これらの雇用慣行は、家庭を専業主婦が支えているという前提でできあがったシステムだ。保育所を増やしたり、ワークライフバランスを提唱したりしても、今の雇用慣行が変わらない限り、今推進されている女性の活躍は望めない。保育所を増やしただけでキャリア志向の女性が増えるとは考えにくい。

「外国人労働者で成長率押し上げ」

自由民主党
参議院議員
木村 義雄 氏

――委員長を務められた自民党の「労働力確保に関する特命委員会」で、外国人労働者の受け入れを拡大する方針が取りまとめられた…。

 木村 政府はこれまで高度な技術や能力を持つ外国人労働者は受入枠等の制約を設けず積極的に受け入れてきたが、それ以外の労働者についてはいわゆる「単純労働者」と位置づけ、受け入れに対しては消極的だった。ただ、日本では現在、医療・介護や農業、建設など幅広い業種で人手不足に悩んでいる。例えば直近の求人求職状況では、介護分野には約24万人の求人があるにも関わらず、求職者は約8万人にとどまっており、差し引き約16万人のギャップが生じている状況だ。これに飲食業や農業を加えると、求人数と求職者数のギャップは40~50万人規模にも膨らんでいる。訪日外客数を年間4000万人まで増やしていくのであれば、飲食店や旅館で働く人は今後さらに必要になる。このため、特命委員会が取りまとめた基本的考え方では、外国人労働者について適正な管理を行う新たな仕組みを前提に、移民政策と誤解され得ないよう配慮しつつ、積極的に受け入れを進めていくべきであると提言している。人口が減少するなかでも日本の活力を維持するため、現在の外国人労働者数約90万人を倍増させることを目指していく。

――外国人労働者の受け入れを進めていくうえでのポイントは…。

 木村 しっかりとした能力や信用力のある団体に外国人労働者の受け入れ先となってもらうことが重要だ。従来の外国人技能実習制度では研修・技能実習という形式で外国人労働者を受け入れてきたが、労働者と受け入れ先の間にブローカーが介在したことにより、間接コストの増加に加え研修生の失踪など様々な問題が発生している。そこで、新たな制度では外国人を正面から「労働者」として受け入れるとともに、受け入れ先の団体についても一定の要件を設けることとしている。当局によるチェックも隅々まで目が行き届くわけではないため、受け入れ団体には外国人労働者の管理にしっかりと責任を持ってもらう仕組みを作る予定だ。さらに万が一受け入れ団体のセキュリティが弱ければ、その団体から外国人労働者を雇う企業にも責任を取ってもらうなど、相互に関連するような仕組みとすることを想定している。自民党と法務省・厚生労働省等の関係当局の間ではこの仕組みについての検討をまさに進めており、できるだけ早く具体案を示したいと考えている。また、外国人に一定期間内で技能を身に付けて帰ってもらうということも引き続き重要であり、新制度により外国人技能実習制度を直ちに廃止するということではない。

「追加緩和は市場との対話重要」

国際金融情報センター
理事長
加藤 隆俊 氏

――為替市場では、再び円高傾向が強まってきている…。

 加藤 英国のEU離脱騒動により欧州全体のリスクが拡大しており、日本としては安全通貨としての円買い需要の勢いが収束に向かってくれることを期待するしかない。日本政府が現状で取れる円高対策としては、マーケットに対して絶えずメッセージを発信していくということに尽きるのではないか。

――円高を阻止するため、日銀がマイナス金利幅を拡大すべきとの意見もある…。

 加藤 日銀のマイナス金利政策に対してはすでに金融機関から不満の声も上がっており、金融緩和を一段と強化した場合の副作用も考慮しなければならない。また、日銀が1月29日にマイナス金利の導入を決定した後はむしろ円高傾向が強まってしまったこともあり、マイナス金利幅の拡大が為替相場にどのような影響を与えるのかを慎重に見極める必要がある。加えて、サプライズという形ではなくマーケットと十分に対話をしながら追加緩和をしていくことが重要になっている。

――英国のEU離脱の影響については…。

 加藤 国民投票によって意思表示がなされたわけであり、英国の政治当局としては国民の意思を尊重し、時期は不確定ながらもEUとの離脱交渉を進めざるを得ない。日本経済にとって足元では、安全資産としての円が買われ、かつ円高を嫌気して平均株価が下がるというマイナスの影響が現れてきている。金融機関を含め英国に拠点を置いている日本企業は相応に多く、ビジネスに与える影響も懸念されるが、この点については長期化が予想されるEU離脱交渉の動向を見極めていく必要がある。またマーケットでは、英国以外にもオランダ等のEU離脱がリスクとして意識されるようになっている。もちろんフランスやドイツは加盟国のEU離脱については体を張って阻止するだろうが、ユーロがドルや円にはないリスク要因を抱えていると見られがちになろう。

「トランプ氏台頭は世界的な流れ」

慶應義塾大学
教授
渡辺 靖 氏

――トランプ氏の個性は並外れている…。

 渡辺 確かに彼には、こうした喧嘩に対する本能的な素養があるように思われるが、彼のような反移民、反グローバル化の議論は世界中で噴出し始めている。英国のEU離脱もその一つで、世界的にグローバル化の揺り戻しが起きているのだろう。また、テロが頻発し、経済の先行きも不透明なところから、強いリーダーが求められている側面もあろう。これはプーチン大統領のロシアを始め、中国、ミャンマー、フィリピンなど、地域や文化性と関係なく、世界中に見られつつある傾向だ。ある意味、トランプ氏のような、綺麗ごとを言わず、本当は口にしてはいけない本音を包み隠さず公言するような指導者の台頭は、世界のトレンドになりつつあるのかもしれない。

――トランプ氏が落選するならば日米関係は安泰か…。

 渡辺 確かに安心材料ではあるが、彼のような孤立主義や同盟国のただ乗り議論が受け入れられてきたのは、アメリカ自体が変化していることを示している。相対的にアメリカの影響力が低下し、経済的にも行き詰まり、中国や日本に対するストレスが高まっているのだろう。そのため、今回トランプ氏が落選したとしても、同じように日本叩きに訴える人物が現れてもおかしくない。今や日米同盟は、アメリカの一般市民に猜疑の視線を向けられており、今後ポピュリズム的な言説に大きく揺さぶられる恐れがある。

「建前への固執が政治の問題点」

前参議院議員
ニューカルチャーラボ代表
山田 太郎 氏

――政治の世界は民間の常識がまるで欠けている…。

 山田 やはり国会議員が2世3世や、官僚出身者ばかりであるところが大きい。そのために歪みが生じている部分は多く、その象徴が、多くの政治家がコストを度外視して聞こえのいい「建前」に固執している有様だ。例えば、企業を潰してはならない、農地を守らなくてはならない、福島には住民を戻さなければならないというのが典型で、これらの考えは確かにもっともではあるが、民間であればコストの問題で断念せざるをえないことを、無理をして維持し続けている。その結果発生したのが、莫大な財政赤字や非効率な資源配分といった様々な弊害だ。

――何故そんなことになっているのか…。

 山田 建前への固執は与野党に通じる問題で、野党は現実を無視した与党を批判するどころか、もっと現実離れした政策を行えと叫ぶばかりだ。おそらく、多くの政治家にとって再選が至上命題で、落選はほとんど死を意味しているのがこうした現状の原因だろう。彼らは政治家以外の生き方をしたことがないために、職を賭けてでも正しいことを行う気骨がない。日本の生産性を向上させるためには、人材の流動性を高める必要性があるのは明らかであるにも関わらず、政治の世界ではその意見はタブー視されているが、これもすべて政治家が職業化しているのが原因だろう。例えば参議院議員の半分程度を裁判員のように抽選で選ぶような大胆な改革を行わない限り、民間の常識を政治に持ち込むことは難しいだろう。

「100カ国の枠組みで非課税対策」

財務官
浅川 雅嗣 氏

――6月には京都で初となるOECD租税委員会が開催された…。

 浅川 多国籍企業による税金逃れを目的とした利益移転の手段としては、例えば市場価値よりもはるかに高いライセンス料を他国のグループ企業に支払うなどの方法がある。OECD租税委員会ではこうした事態に対応するため15の行動計画を作成し、その全ての論点に関する報告書を昨年トルコのアンタルヤで開催されたG20サミットで各国首脳に提出し、承認された。BEPSの議論は当初OECD加盟国間で始まったが、多国籍企業の活動はOECD加盟国に加えて中国、インド、ブラジル、南アといった新興国にも及んでいる。そこで、G20のうちOECDに加盟していない8カ国に招待状を出したところ、全ての国から参加したいとの返事があった。さらに本年はOECD・G20以外にもBEPSに興味がある新興国・途上国に範囲を拡大し、6月に「拡大BEPS会合」と銘打った会議を初めて京都で開催した。OECD租税委員会をパリ以外で開催するのは始めてであり、かつ会合には招待状を出した約100カ国のうち82カ国が参加した。これだけの国がOECDの会合に参加することは異例であり、BEPSへの関心の高さがよく分かる。最終的には、BEPSは100カ国程度の枠組みに拡大していくのではないか。

――このほか、最近のトピックは…。

 浅川 BEPSはあくまで合法な行為ではあるが、国際課税のもう1つの大きな流れとして、違法な脱税者の摘発強化に向けた取り組みが進んでいる。脱税や所得隠しの摘発では、従来は現地当局への要請に基づく銀行口座等の情報交換が中心だった。これは国税庁が怪しいと思うだけの何らかの端緒を持っているため、摘発に至る確率は高いが、その分件数は少なくなる。これに対し、今後は海外当局から年に1回のペースで、非居住者が有する自国の金融機関の口座情報を自動的に交換し合うルールが整備されることとなる。米国がFATCAという国内法を導入したことをきっかけに自動的情報交換の機運が高まったが、これを全世界で行おうということでOECD租税委員会がそのためのルールを整備し、これまでにこの枠組みに101カ国が参加している。日本では関連法がすでに成立しており、2018年からこの自動情報交換がスタートする。これにより、日本の居住者が海外に保有している金融口座の情報はほとんど全てが自動的に捕捉されることになるため、海外金融機関を使った資産隠しは不可能になるだろう。

「日本の国際社会での孤立を防げ」

元首相
東アジア共同体研究所 理事長
鳩山 友紀夫 氏

――日本の外交の現状をどうみるか…。

 鳩山 私は基本的に全ての人間は仲良くしなければならないと思っている。現状の日本は、米国との仲が良くなりすぎていて、「米国さえ見ていれば日本の動きは分かる」状況だ。それどころか、米国の言い分を飲まないと日本の政治が上手く進まない場面もみられているが、これは明らかに行き過ぎた関係だろう。もう米国との関係を深めるのは十分で、今後はむしろ現状で円滑な関係を実現できていない国と友好を築くことが、日本の国際社会の中での孤立を防ぐために必要だろう。具体的には中国やロシア、韓国との関係改善が必要で、もし実現すれば、日本の未来がより豊かで明るいものになるばかりでなく、アジア全体の平和と安定に繋がると信じている。

――しかし中国は拡張主義的で周りの国との緊張を高めている…。

 鳩山 そういう国だからこそ、いかに仲良くなるかを考えなければならない。ただ、多くの日本人は中国を誤解しているように思われる。これは、日本のマスディアが欧米寄りであるために、どんな時でも米国は正しいとされる一方で、中国やロシアは悪いと報じられる傾向があるためだ。例えば南シナ海問題は、実は文化大革命で中国が混乱していたころにフィリピンやベトナムが一帯の島を押さえていったことが発端だ。中国としては、せめて自分たちが確保している島々については拠点を建設し、万全な橋頭保にしたいと考えているだけだ。ただ、私個人としては軍事拠点と思われるような施設を作り、周辺国の警戒を招くのは中国自身のプラスにならないとは思っており、中国側にもそう進言している。

――日本の大新聞の報道は真実を伝えていないことが目立つ…。

 鳩山 日本のマスメディアの報道ぶりでは、クリミア問題でも、ロシアが武力でウクライナを負かしたようにみえるが、一連の問題は元々米国がウクライナに介入し、親ロシア派の大統領を追放したことがきっかけだ。ソチオリンピックのタイミングを狙った動きにロシアは怒っただけだし、クリミアの併合についても、ロシア系が多くを占める住民の意思を尊重した結果に過ぎない。実際に私はクリミアを訪問したことがあるが、ロシア兵の姿は全く見かけず、非常に静かな雰囲気で、強制的に支配されているような様子はまるで見られなかった。ロシア側からも多少の介入はあったのだと思うが、それが決定的でなく、市民らがウクライナ政府によりウクライナ語を強制されたり、差別されたりすることを恐れたことが、圧倒的多数がロシアへの帰属を求めた理由だろう。

――タイ法律事務所との統合で法律事務所としてどのくらい規模になるのか…。

 松村 当事務所では現在、弁護士で約370名、スタッフ約450名の体制となっているが、この度経営統合するタイの大手法律事務所であるチャンドラー・アンド・トンエック法律事務所に所属する弁護士約50名を合わせると、統合が実現する予定の来年1月時点においては弁護士数約450名規模、総勢900名規模の事務所となる。もっとも、リーガルサービスはクオリティ勝負の仕事であるため、人数それ自体には大きな意味がないと考えている。我々の目標は弁護士数という意味での規模が1番になることではなく、クオリティ、レピュテーションでナンバーワンになり、世界中の依頼者が問題に直面した際に当事務所を第一の選択として考えて頂けること、別の表現をすると「Firm of Choice」(選ばれる事務所)になることを目標にしている。一番頼られる存在になること、それは実は単純だが弁護士という職業が持つ本質的な目標なのではないかと信じている。

――国際化戦略については…。

 松村 現在の日本における大手総合法律事務所の多くは、もともといわゆる「渉外」法律事務所からスタートしている。これに対して、当事務所の前身となる事務所は、いずれも日本企業の訴訟やコーポレートガバナンス、国内の買収統合案件、国内外の資金調達案件などを主たる業務としており、日本企業の海外での資金調達案件を除くと、日本国内の市場における業務が多く、1990年代までは事務所の国際化は課題であった。日本企業の国際化を鑑み、我々自身も、課題であった国際化に取り組んできた。

――日本の法律事務所の海外におけるアドバイスは、現地事務所主導になりがちなど難しい面がある…。

 松村 当事務所ではあまり難しさを感じていない。まず、当事務所の特徴として、先述したとおり、これまでに日本企業に深く寄り添ってきたという歴史がある。そのため、日本企業がどういった場面で、どのようなプロセスを経て、どのような意思決定をするのかといった事情を理解しているし、依頼者のニーズ、あるいは日本政府の戦略も含めてかなり深く理解しているものと自負する。現地のトップファームと協働することによって、リーガルサービスとしての付加価値を依頼者に提供できると考えている。

――具体的に提供している付加価値とは…。

 梅津 例えば、ベトナムに進出するお手伝いをさせていただいた企業から「今後はインドネシアに進出するから一緒にやってくれないか」、「次はインドで…」、「次はメキシコで…」といったお話を頂く。長年にわたって一緒に海外進出を支援していると、「ベトナムでの経験を活かしてインドネシアではこういった形でやってみましょうか」といったご提案ができるなど、各国事務所が単体では決してできないアドバイスがある。私自身も長年にわたり、数カ国で事業展開されているお客様を多く支援している。

――この度、タイ現地法律事務所を統合される背景は…。

 松村 産業集積地であり、日本企業が集中している当地タイにニーズがあると踏んだからだ。日本企業の裾野が広がっており、日本語・日本法だけでなく、タイ語・タイ法のニーズも拡大している。そうしたなか、我々日本の弁護士とタイの弁護士、日本人とタイ人と一緒に協力してサポートしていけると考え、統合を決定した。もちろんタイだけにフォーカスするわけではなく、従来通りお客様のニーズがある国でフルにサポートさせて頂くといったスタイルは継続する。たとえば、ヤンゴンでは国の成長性に加え、現地に完全に依存できる法律事務所が稀有であることも手伝い、我々にとってはチャンスだと考えている。

――周辺諸国への進出はどう考えているのか…。

 松村 まずミャンマーだが確実性がある市場ではないため、不透明なことは多々ある。ただ、ここ数年で法律インフラの整備がかなり進み、彼ら自身も透明性・確実性が投資を呼び込むことをよく理解している。そういった意味で一時期の過熱した雰囲気はないが、「この企業を買収する」、「ここの工業団地に進出する」といった具体的かつ堅実的なプランが増えている。ベトナムはタイやミャンマーとは異なるチャンスがあると考えている。確実にベトナムでのサポートをしてほしいという要望も継続的にあるので、今後は現地拠点を設置するのか、統合や提携という選択肢も含めて検討を進めていく可能性は十分にある。他方、成長著しいフィリピンも視野に入れている。近年で最もお客様ニーズが高まっている国の一つであり、更なるサポート体制の強化も検討している最中だ。

――東南アジアやインドが重要地域だと…。

 松村 地理的な近さや文化の近さといったことからお客様からの問い合わせや具体的な案件が多いことは確かだ。ただ、より先のことを考えると、ロシア、中東、中南米、アフリカなどのその他の新興国は、近い将来、同じようにお客様のターゲットになると考えている。もちろんアフリカに対する関心は東南アジアに対する関心と必ずしも同じレベルではないが、我々に日々寄せられるご相談に照らせば、我々としては準備を進めなければならないと考えている。

――企業が海外展開するうえで日本政府の役割をどう考えているのか…。

 梅津 昨年も独立行政法人中小企業基盤整備機構のプロジェクトで海外進出のリスクマネジメントガイドブックの策定などに取り組んだが、特に新興国の進出に際しては、現地の許認可等が問題になる場合が多い。そういった時には現地の日本大使館や領事館、外務省も一緒になって交渉してもらうといった支援をお願いできるとありがたい。また、TPP等の国際的な取り組みが進んでいるが、それだけで日本企業の海外進出が成功するわけではなく、日本企業が成功していくためには、官民一体とならなければいけないと考えている。

――法律事務所の国際化に必要なことは…。

 松村 国際化という観点から言うと、単に拠点を増やすだけでなく、日本発の法律事務所のプレゼンスを上げていくことが課題だと思っている。国内では大手総合法律事務所ができ上がり、それほど歴史が長いわけではないが、日本の産業界や政府内に一定のプレゼンスは確立できていると考えている。しかし、国際社会からみた場合、日本の法律事務所のプレゼンスはまだまだ十分に認知されていない。今後、国際社会の中でのプレゼンス、影響力を持った器を兼ね備えたうえで、お客様をサポートできるようにならなければならない。そのための努力の余地は大きく、そのための努力は惜しみたくないと考えている。

――北方領土問題に関する日本政府の立場は…。

 木村 基本的には1993年、細川首相とエリツィン大統領が署名した東京宣言の内容に則っている。同宣言では、北方領土の帰属先が日本であり、日本に主権があることをロシアが認めれば、返還時期はロシア側の都合に合わせることが合意された。エリツィンが北方領土の帰属先が日本であることを認めたという意味で、東京宣言は日本の外交にとって大きな成果だった。その流れを受け継ぎ、1997年には2000年までに平和条約を締結することが橋本首相とエリツィンの間で合意されたが、結局は周知の通り平和条約は2016年現在まで実現していない。これは、エリツィンの次に大統領に就任したプーチンが、東京宣言ではなく、「1956年の日ソ共同宣言が北方領土に関するロシア側の基本的な立場」という見解を示すようになった影響が大きい。

――日ソ共同宣言の内容は…。

 木村 共同宣言では、平和条約を締結後、ソ連側が歯舞諸島および色丹島を日本に引き渡すこととされている。プーチンは、同宣言は国連で承認されているし、ロシアがソ連の法的地位を継承しているため、エリツィン政権での合意は無効で、日ソ共同宣言の内容が優先されるという立場を示した。プーチンは日本とロシア、双方の面子が立つ引き分け論を提唱してはいるが、歯舞と色丹は非常に小さい一方、国後は1490平方キロメートルと、沖縄本島の1207平方キロメートルより大きく、択捉は3186平方キロメートルと、国後のさらに倍の面積を持つため、「4島の2島を返してもらった」だけでは全く引き分けにならない。

――何故、不利な共同宣言で合意してしまったのか…。

 木村 当時の事情によるものだ。当時はシベリアに大量の日本人が抑留されており、鳩山首相はこの問題の解決を望んでいた。抑留者は一説には70万人に上り、うち1割程度が死亡したとされており、確かに問題解決は急務だった。ただ、最終的に2島返還が実現しなかったのは、アメリカのダレスが日本とソ連の接近を警戒し、4島一括返還論を日本に強く迫り、そうでなければアメリカも沖縄を返還しないと脅したためだ。この結果、2島返還の前提条件である平和条約は成立せず、国交回復だけが実現した。

――日本政府の現在の立場は…。

 木村 長く4島一括返還という立場をとっていたが、最近は現実路線を採用しようという考えから、とりあえず2島の返還を受けてから、改めて交渉を続ける2島先行論が強まっている。これは安倍首相の考え方でもあり、首相が今年5月ソチで行ったプーチン大統領との会談で、8項目の経済協力を打ち出し、長年実現しなかったプーチン氏の訪日が確定するなど、返還実現への布石は着実に打たれている。ただ、国内には、親米保守勢力、反ロシアのリベラル派、共産党など、その路線に反対している勢力も存在する。まず、産経新聞などの親米保守派は、ロシア政府が工事承認を突如取り消した結果、当初の予定が大幅に狂ったサハリン2の事例を取り上げ、経済協力を行ってもロシアが利益を独り占めし、日本に対する義務を果たさない「食い逃げ」のリスクを指摘している。次にリベラル派の主張は、武力による現状変更を辞さず、クリミア併合時には核兵器使用を準備していたとさえ公言したプーチン氏と、非核を国是としてきた日本が接近していいのかというものだ。最後に共産党については、2島返還で満足するのは売国行為で、4島一括返還どころか、千島列島も要求すべきだとしている。

――千島列島の法的地位は…。

 木村 サンフランシスコ条約では、南樺太と千島列島を日本が放棄することが明言されている。ただ、一方で、同条約にはソ連は調印していないのは事実だ。だからロシアの千島列島所有を認める必要はないという議論も全く根拠がないわけではないが、現実的ではなく、ポピュリズム的な主張とみるべきだろう。そもそも、この千島列島返還論は、アメリカが冷戦中に日本の反露感情を形成するために焚き付けた側面がある。一方で煽っておきながら、この立場からすれば千島列島を不法占拠しているソ連にアメリカは一切文句を言ってこなかった。つまりアメリカはアメリカの国益で動いているのであり、日本はそのことをよくよく理解する必要がある。

――現実的な「引き分け」はどのようなものか…。

 木村 国内世論を踏まえると、プーチンが4島返還することはありえないだろう。従って日本が考えるべきなのは、歯舞と色丹に加え、何かしらの形でプラスアルファを追求することだ。例えばシベリア開発の利益を折半するとか、ロシア経済全体の水準を押し上げて日本も利益を吸い上げることなどが考えられる。ただ、確かに親米派が指摘するような「食い逃げ」リスクには重々注意する必要がある。サハリン2の事例から明らかなように、ロシアには法治主義が根付いておらず、現地のロシア人事業家さえも法律が頻繁に変わるため、落ち着いてビジネスができないという不満をこぼすほどだ。もし現地で裁判になった場合、すべからくロシアの裁判所はロシア寄りであるため、現地の司法に依らない方法で公平性を担保する必要がある。ただ、安倍首相も指摘するように、日本とロシアの間に平和条約が締結されていないのは異常であり、早期解決が望ましいのは間違いない。また、条約締結は、根室市民の以前からの悲願である、ロシアに気兼ねする必要のない漁業活動の実現にも不可欠だ。

――安倍首相とプーチン大統領の間には信頼関係がある…。

 木村 その通りで、それは「食い逃げ」を防ぐためにも大事な要素だ。安倍首相はプーチン大統領のことを以前から「ウラジミール」とファーストネームで呼んだり、気軽に「君」と話しかけたりしているが、これが失礼ではないかという記者の質問に対し、プーチン大統領は公の場で、互いに友人であるため、全く問題ないと答えた。この両国首脳の繋がりは、北方領土問題の解決、平和条約の締結、そしてその後の両国関係の強化を進めていく上で重要な資産といえるだろう。

――対中国戦略としても日ロ関係は重要だ…。

 木村 確かに日ロ関係の改善を一番嫌がっているのは中国だ。元国務委員の唐家セン氏が9月末に訪日したのも、日ロ関係改善への危機感が背景にあるかもしれない。ただ、敢えて日本とロシアが協力して中国に対抗すると喧伝する必要はないだろう。挑発的と感じれば中国も必死になるし、反日感情の強まりで政権基盤が強化されるおそれもある。場合によっては、日本を威嚇するため、尖閣諸島に中国船が大挙して押し寄せてくるリスクもあり、日本としてはそうした事態に備える必要がある。ただ、プーチン大統領が相当シベリア付近での中国の動向を警戒しているのは間違いない。シベリアのロシア住民は500万人程度と、広大な面積に比べて非常に少なく、中国人が流入すればあっという間に主導権を握られてしまうからだ。

――日本としてもメリットは多い…。

 木村 確かに、対中国けん制を除いても、日ロ平和条約が締結できれば、今度はロシアが強い影響力をもつ北朝鮮との国交正常化交渉にも拍車がかかるなどのメリットがあるだろう。国交正常化が進展すれば、ミサイル問題や拉致問題の解決に繋がり、日本にとっての懸念材料が一気に片付く。ただ、一方で日本としては、ロシアの国際的な信用の失墜を警戒する必要はある。そもそもG7はクリミア問題を受けてロシアに対する制裁を行っている最中で、日本がロシアに近づくのは一種の抜け駆けだ。そんな状況で、無数の火種を抱えるロシアが再び国際問題を引き起こせば、国内外で日本のロシア接近を批判する声が強まるだろう。それを受けて日本がロシアから距離を置こうとした場合は、今度はロシア側に失望感が生まれるのは間違いない。日本側としても、しっかり腰を据えてロシアと付き合い、伝聞情報で関係を考えるのではなく、実情を自分の目でみたうえで対応を決める態度が必要になるだろう。

――100兆円以上の資産があるのだから、ポートフォリオをもっと多様化すべきだ…。

 髙橋 確かに基本ポートフォリオは国内債券、国内株式、外国債券、外国株式の4資産に限定されているが、以前に比べ多様性が認められるようになってきた。外国株式の運用は先進国だけでなく新興国も可能となったうえ、外国債券でも多様な国への投資ができる。REITへの投資も可能だ。オルタナティブ資産については、インフラストラクチャー、不動産やプライベートエクイティなど全体の5%までは運用が認められている。市場変動に左右されないように資産をどの程度の比重とし活用していくかは一つの大きな課題だ。このため、GPIF自身も様々な運用経験を積み、専門家を育成しなければならないと考えている。

――ファンド間でパフォーマンスを競わせるなど運用手法も様々な工夫が必要だ…。

 髙橋 運用金額が巨額となるため、ファンドを細かく分けてパフォーマンスを競わせることは相当難しい。少額の運用であれば、小ファンドでニッチを狙う戦略は有効となるが、GPIFではあくまで定められた基本ポートフォリオの範囲内でパフォーマンスを上げるよう定められている。例えば、運用資金約140兆円のうち35%は国内債券での運用となるが、マイナス金利が導入された現在、デリバティブの運用も規制されているため、100のマネージャーを競わせてパフォーマンスを上げるようなことは難しい。このため、経済状況による指標の変化にある程度影響を受けることは前提として運用せざるを得ないと考えている。

――今後の分散投資を進める余地は…。

 髙橋 14年10月の基本ポートフォリオ変更前後から、急速に分散投資へと舵を切ったという感覚だ。年1回は基本ポートフォリオに足元の環境変化を反映した定期検証を行っているが、今年度も現行のままで十分な運用余力があり、見直す必要がないとの結果となった。国内債券は、確かにデュレーションが短くなってきたが、過去購入したものを拙速に売却しているわけではなく、少しずつ日本株や外国債券にシフトしてきているという方が近い。保有割合35%と定められている国内債券は、売却が進んでもなおオーバーウェイトとなっている。

――社会保障審議会年金部会で株式の自家運用は見送られた…。

 髙橋 株式の直接保有は認められていないため、自家運用は認められている債券でどの程度できるか工夫していく。自家運用は確かに手数料がかからないが、GPIFは自身が運用のプロになるというより、運用のプロに委託する立場を取るというのが過去からの議論の流れとなっている。上手くパフォーマンスを上げる運用者を選ぶのは難しいが、マーケット変動でプラスアルファの収益を狙う運用者も存在するため、自家運用への注力はバランスを常に見て行う。

――手のうちをさらすような保有銘柄を公表する必要があるのか…。

 髙橋 海外年金基金が保有銘柄を公開しているという世界的な潮流のなか、開示しない理由も乏しい。ただ、当然公開するデメリットもあるため、今年7月には昨年3月末時点の株・債券のデータを開示した。開示により、個別銘柄の値動きに裁定的な価格の変化があるかどうかは調査を行っている。来年はより直近のデータを原則として公表する予定だが、市場関係者へのヒアリングを実施したうえで、慎重に進める予定だ。

――運用会社に委託する場合の情報管理は…。

 髙橋 市場になるべく影響を与えないよう、情報管理は徹底している。同じく影響を軽減するよう、アロケーションの変更にも非常に気を遣っている。投資家がGPIFの市場参加を見て、裁定取引をすることで中間的利益を狙うことがあれば、市場としてあまり健全な姿とは言えないし、国民に損を与えることにもなる。GPIFの売買に関する憶測が報道されることもあるが、市場に1日あたり放出される資金は非常に細かいものにしている。

――この他、留意していることは…。

 髙橋 優秀な運用者が、自由に意見を言えるカルチャーをさらに育てることに注力している。投資委員会を頻繁に開催しているが、発言した者の立場に関わらず、フラットに議論ができないと運用はうまくいかない。市場の価格が上下すれば、当然パフォーマンスには影響があるが、これにより萎縮して何もしない、または自信過剰に陥らないためには、多様な意見を言える組織であるかどうかが重要だ。また、年金運用は投資期間が非常に長い。この点をメリットとして活かせるよう、投資には様々な意見を取り入れ、拙速にならないよう慎重に進めたい。

――長期投資である点、他の運用者とは異なる…。

 髙橋 英国がEU離脱を決定した際、年金運用でなければ、早めに損切りするよう英国のエクスポージャーを調整していたかもしれない。だが、長期的な年金運用の視点からすれば、すぐに損切りするのではなく、EUと英国の新たな政治的関係を見て検討することができる。年金投資家として必要な経験を積むには、20年程度はかかるだろうが、長期の目線で冷静に情報を集め、経験を積んでいくプロセスを愚直に繰り返すしかない。

――長期資金として、ベンチャー企業への投資は…。

 髙橋 先程の長期投資の観点と若干の矛盾はあるが、年金の積立金で中期的にある程度のリターンを出すことは大前提となる。ベンチャー企業に限らず、この前提から外れない範囲で有望な投資エリアがある場合には検討の余地がある。ただ、いずれも国民への説明責任が不可欠となる。この点、近年ではガバナンスや環境への配慮に優れる企業へのESG投資が話題になり、GPIFでも指数を公募している。これも長期的な視点に立った投資と言えるが、中期的な視点からもこのような企業にある程度に投資した方がリターンも期待できるうえ、ダウンサイドリスクも少ないことを十分に説明してアロケーションを増やすというプロセスだと考えている。

――スチュワードシップ責任への対応は…。

 髙橋 11月をメドに、今後の投資方針や企業に対する投資家の希望について海外の公的年金と意見交換する場「グローバル・アセットオーナーフォーラム」を開催する予定だ。これまで1対1で対話する機会はあったものの、集まって意見交換する場は設けていなかった。また、上場企業からの意見を聞く場として「企業・アセットオーナーフォーラム」を設けた。運用会社も様々な運用姿勢で企業と対話しているが、運用会社から企業へという一方的なルートだけなく、希望する企業にはGPIFとの間で意見交換する場を設ける。年金が長期運用となるならば、目先の四半期決算のみを見るのでなく、長期的な経営姿勢を理解して欲しいという企業のニーズは確かにある。

――今後の運用への抱負は…。

 髙橋 資産は時価評価となるため、足元では評価損が相当発生したものの、GPIFの改革当初から見るとまだ30兆円あまりの評価益がある。また、直近の第1四半期だけでも配当・利息収入だけで8000億円くらいのキャッシュが入っている。これは低金利下で運用を多様化してきた実績だ。つまり、運用は非常に長いものとなるため、担当者のモチベーションを大切にしながら落ち着いて投資していく。そして、損失が発生した場合の説明責任をきちんと果たすことを繰り返していく考えだ。

――日本の外交の現状をどうみるか…。

 鳩山 私は基本的に全ての人間は仲良くしなければならないと思っている。現状の日本は、米国との仲が良くなりすぎていて、「米国さえ見ていれば日本の動きは分かる」状況だ。それどころか、米国の言い分を飲まないと日本の政治が上手く進まない場面もみられているが、これは明らかに行き過ぎた関係だろう。もう米国との関係を深めるのは十分で、今後はむしろ現状で円滑な関係を実現できていない国と友好を築くことが、日本の国際社会の中での孤立を防ぐために必要だろう。具体的には中国やロシア、韓国との関係改善が必要で、もし実現すれば、日本の未来がより豊かで明るいものになるばかりでなく、アジア全体の平和と安定に繋がると信じている。

――しかし中国は拡張主義的で周りの国との緊張を高めている…。

 鳩山 そういう国だからこそ、いかに仲良くなるかを考えなければならない。ただ、多くの日本人は中国を誤解しているように思われる。これは、日本のマスディアが欧米寄りであるために、どんな時でも米国は正しいとされる一方で、中国やロシアは悪いと報じられる傾向があるためだ。例えば南シナ海問題は、実は文化大革命で中国が混乱していたころにフィリピンやベトナムが一帯の島を押さえていったことが発端だ。中国としては、せめて自分たちが確保している島々については拠点を建設し、万全な橋頭保にしたいと考えているだけだ。ただ、私個人としては軍事拠点と思われるような施設を作り、周辺国の警戒を招くのは中国自身のプラスにならないとは思っており、中国側にもそう進言している。

――日本の大新聞の報道は真実を伝えていないことが目立つ…。

 鳩山 日本のマスメディアの報道ぶりでは、クリミア問題でも、ロシアが武力でウクライナを負かしたようにみえるが、一連の問題は元々米国がウクライナに介入し、親ロシア派の大統領を追放したことがきっかけだ。ソチオリンピックのタイミングを狙った動きにロシアは怒っただけだし、クリミアの併合についても、ロシア系が多くを占める住民の意思を尊重した結果に過ぎない。実際に私はクリミアを訪問したことがあるが、ロシア兵の姿は全く見かけず、非常に静かな雰囲気で、強制的に支配されているような様子はまるで見られなかった。ロシア側からも多少の介入はあったのだと思うが、それが決定的でなく、市民らがウクライナ政府によりウクライナ語を強制されたり、差別されたりすることを恐れたことが、圧倒的多数がロシアへの帰属を求めた理由だろう。

――アジアインフラ開発銀行については…。

 鳩山 アジアインフラ開発銀行に参加してない主要国は米国と日本だけで、米国と近しい関係にあるカナダでさえ参加を表明した。これは国際社会が中国を受け入れている証拠だ。中国に対抗するために無理にアジアインフラ開発銀行から距離をおけば、却って日本が孤立することにも繋がりかねない。日本はアジア諸国と連携して中国を包囲しようとしているが、私としては、基本的には領土問題は2国間で話し合うべきで、他国が口を挟むものではないと考えている。南シナ海の問題でも、日米が介入すれば、逆に中国は態度を硬化させるだろう。外部に判断を仰ぐ際にも、両国が合意したうえで国際司法裁判所で争うべきだ。

――中国は常設仲裁裁判所の判断を無視した…。

 鳩山 確かに常設仲裁裁判所の判断も勿論重視しないといけないが、それが強制力を持っている枠組みになっていない以上、最終的な解決に繋がらないのはやむをえない部分がある。常設仲裁裁判所の裁判官のうち、4名は当時国際海洋裁判所の所長だった日本人の柳井氏が指名していたが、もし尖閣諸島を巡って同じような状況で中国側に有利な判決がでたら、日本はそれに素直に従うことができるだろうか。やはり領土問題は仲裁裁判で結論がでるものではなく、両国が話し合い、判決に従うことで合意することが必要だ。話し合いで本当に解決するのかという批判もあろうが、例えば南シナ海を巡る問題では、中国はASEAN諸国と法的拘束力を持つ行動規範の策定に向けて着実に議論を進めている。日本としては冷静にそうした議論の成り行きを観察し、もし中国が話し合いを放棄した場合には批判するべきだが、解決に向かって努力を行っている限りは口を挟むべきではない。

――尖閣諸島については…。

 鳩山 南シナ海を巡る問題と同じように、時間をかけて対話を行い、法的拘束力のある規範を形成していくべきだろう。これまで日本は領土問題は解決済みで、そもそも領土問題は存在しないとの立場をとってきたが、この態度が中国の反感を煽ってきた。もちろん日本には日本の立場があるが、中国にも言い分があるなら、話を聞いて議論を行うという態度を示すことが必要だ。1972年に田中角栄と周恩来は尖閣問題を棚上げし、次世代に任せることで合意した。今回も、中国が一帯を無法に荒らし回ってはいけないことだけを合意して、より賢い次世代に任せれば問題は解決する。問題が存在することすら認めないのはナンセンスで、却って問題の解決を阻害してしまっている。ただ、先日、安倍総理と習近平氏が会談を行い、武力衝突を回避することで合意できたのは歓迎できる。

――中国は日本の領海への侵入を繰り返している…。

 鳩山 実はあまり知られていないが、中国側は領海に船舶を派遣する際、事前に日本側に通告している。日本政府はあたかも突然中国船が押し寄せたように反応しているが、実は暗黙の了解が出来上がっているのが実態だ。これは米中の間でも同じことで、米国が南シナ海での航行の自由作戦を行っていた時期に、米中両国の海軍はフロリダ沖で合同訓練を行っていた。表では米国と中国は喧嘩しているようにみえるが、実際は日中、日米よりも綿密に両国は連絡を取り合っており、表面だけで関係性を判断してはいけない。

――中国は脅威ではないのか…。

 鳩山 そもそも、過去に攻め込んだ実績があるのは日本であり、中国の方が日本を脅威と思っていることを理解するべきだ。また、大手メディアが報じるように、反日教育を受けて中国人がすべて日本を嫌っていると考えるのは大きな間違いだ。最近、大量の中国人観光客が日本に押し寄せていることからもそれは明らかだろう。むしろ、彼らにとって日本は一つの憧れであり、多くの中国人は日本のようになりたい、もっと日本を学びたいと考えている。私は何度も中国を訪問しているが、一般の人と接して日本人嫌いと感じたことはないし、中国人からバッシングを受けたことも一度もない。むしろ日本の方が指導者が公然と中国脅威論を訴えて、大手メディアも追従しているために、反中世論が定着してしまったように思える。

――中国は日本の技術を盗んできた…。

 鳩山 確かに知的財産権の認識が緩く、法律による保護は今も十分ではないかもしれない。中国の自動車ショーでは、現地メーカーが細部にわたって日本車を観察し、外見だけでも完全にコピーしようとする姿もみられる。ただ、中国は相当変化しつつあり、10年前のイメージで捉えるのは間違いだろう。かつては中国で落とし物が見つかることはほぼなかったが、最近では私自身失くした万年筆を見つけるなど、市民の意識は相当変化している。外交的にも、昔は日本を敵視することで政権維持を図るという考えもあったが、現在の政治指導者の大半はもっと日本と上手く付き合ってウィウィンの関係を築き上げたいと考えている。

――経済減速の不満を対日強硬路線で解消するのでは…。

 鳩山 その恐れは全くないと思う。もし日本に対して実力行使を行えば、国際社会がどう動くか、中国はよく理解している。尖閣諸島を占領した場合、米国がどう動くかは不透明だが、いずれにせよ中国への悪評が高まるのは確実であり、対ロシア向けを上回る厳しい制裁が行われるだろう。せっかく経済が小康状態にあるのに、尖閣諸島のような小さな問題で状況を悪化させることはありえないだろう。

――いっそ日本も核武装した方がいいのでは…。

 鳩山 それだけは決して賛同できない。核兵器は世界から無くすべきだし、そもそも、もう誰も使えない道具だと思っている。これは核兵器を使用した国の方が滅ぼされるためで、そういった意味では核の傘はもう意味がないといえるだろう。核の傘は米国が日本を統治するために使う論理だが、もし尖閣諸島を巡る問題がきっかけで米国が核兵器を使えば、日本の小島のためにニューヨークやロサンジェルスが核報復を受けることになり、このような馬鹿馬鹿しい話はない。だからこそ自前で核武装という議論もあるのだろうが、私としてはあくまで対話で危険をなくすことが必要と考える。これは武力は武力を呼ぶためで、例えば個人が刃物を持ち歩いていれば、肩がぶつかっただけで刃傷沙汰になりかねないのと同じように、核兵器をもってしまえば、些細な事で核のボタンが押される危険が増えるためだ。真に平和な世界を目指すためには、軍拡競争をどう控えるかを議論するべきだ。

――あくまで対話を重視する…。

 鳩山 こうした見方にご批判があるのは承知しているが、こういうことを言う人間も必要だと思っている。戦争とは、互いへの恐怖のために対応がエスカレートして起きるものだ。これを防ぐには、対話によって恐怖をなくしていくしかない。そういう意味では、ヨーロッパではEU議会が、実質的な意味がない時代に作られたが、いつでも互いが集まって議論できる場所を提供したという意味では大きな意義があったといえるだろう。私が東アジア共同体の形成を訴えるのも同じことで、日本が国を挙げて平和と対話を目指すことをアジアの国々に宣言すれば、脅威は減っていくだろう。今はむしろお互いに脅威を高めている状況だが、これは公共の福祉の観点からは馬鹿らしいことで、軍備に使うお金は公共の福祉や医療に使った方が却って脅威削減にも繋がると私は思っている。

――しかし非民主主義国家と対話が可能なのか…。

 鳩山 確かに中国が民主主義的でないことは、対話を阻害する懸念要素だ。しかし、ネット社会が生まれた今という時代では、中央の政府が一人一人の意思を縛ることは不可能で、民主的にならざるをえないと考えている。中国は13億人の民を一つの国に留めるという無理を重ねているため、強権的な部分もあるが、例えば私が南京の虐殺記念館を訪問した様子を収めた映像は、YouTubeで7億回再生された。一人が何回も見ているのだろうが、それでも多くの人々が私の訪問を注目していたのは間違いない。尖閣諸島を巡る問題や、南京大虐殺の否定発言、靖国参拝などで中国人がいら立ちを高めることはあるが、私のような人間が彼らの気持ちを理解しようと努力していることが伝われば、気持ちの沈静化に繋がると思っている。日本で評価されるかは別だろうが、少しでも中国人の心に届けば、私の存在意義は全くないわけではないと思っている。

――国際課税のルールの整備状況は…。

 浅川 国際課税のルール整備に関して言えば、これまでは二重課税の排除こそが中心的なテーマとなっていた。例えば日本の企業が米国に進出して事業所得を稼いだ場合、企業の居住地国である日本に加え、所得の源泉地国である米国に対しても税金を払う必要が生じてしまうため、企業の税負担が二重になるという問題が生じる。そこで、OECD租税委員会が中心となって条約の整備などを進め、企業の経済活動に中立的になるような国際課税ルールの確立に努めてきた。しかし、最近になると、様々な法律や条約の抜け穴を利用して、源泉地国と居住地国のどちらにも税金を払わないような多国籍企業が登場し、二重課税とは逆に「二重非課税」の問題が浮上してきた。多国籍企業が経済活動によって利益を上げているのであれば、活動をしている源泉地国に正当な額の税金を支払うことは当然の義務だ。そこで、OECDでは約5年間にわたりこの二重非課税問題の是正に取り組んできた。

――国際課税ルールの見直しに大きな注目が集まっている…。

 浅川 2008年に発生したリーマン・ショックの後、日本を含めG20各国は揃って大規模な財政出動によって危機を克服した。こうした財政出動を行うためには当然財源が必要になるが、欧州各国では消費税率の引き上げ等により納税者に対して負担をお願いしてきたという背景がある。また、危機を克服するプロセスでは所得格差も拡大し、こうした状況下で、多国籍企業が法律の抜け穴を使って税金の支払いを正当に行っていないという事態は政治的にもはや看過することが出来なくなったのだと思う。税源浸食と利益移転(BEPS)プロジェクトは、2011年に私がOECD租税委員会の議長に就任した後に着手したものだが、国際課税は本来テクニカルな分野であり、当初は専門家同士で議論を深めていくつもりであった。しかしながら、2013年6月に英国で開催されたG8ロックアーン・サミットでは、議長国のキャメロン首相(当時)が3つの主要議題の1つにBEPSを挙げ、首脳会合でもこの議論にかなりの時間が割かれるなど、政治的な脚光を浴びることになった。課税権は国家主権の最たるものであるため、通貨や貿易といった分野に比べて、租税に関する多国間協調は本来非常に難易度が高い分野であるが、政治の側から当初思いもよらなかったほどの手厚いサポートがあったことも、問題を解決するうえでの後押しとなったことは事実だ。

――6月には京都で初となるOECD租税委員会が開催された…。

 浅川 多国籍企業による税金逃れを目的とした利益移転の手段としては、例えば市場価値よりもはるかに高いライセンス料を他国のグループ企業に支払うなどの方法がある。OECD租税委員会ではこうした事態に対応するため15の行動計画を作成し、その全ての論点に関する報告書を昨年トルコのアンタルヤで開催されたG20サミットで各国首脳に提出し、承認された。BEPSの議論は当初OECD加盟国間で始まったが、多国籍企業の活動はOECD加盟国に加えて中国、インド、ブラジル、南アといった新興国にも及んでいる。そこで、G20のうちOECDに加盟していない8カ国に招待状を出したところ、全ての国から参加したいとの返事があった。さらに本年はOECD・G20以外にもBEPSに興味がある新興国・途上国に範囲を拡大し、6月に「拡大BEPS会合」と銘打った会議を初めて京都で開催した。OECD租税委員会をパリ以外で開催するのは始めてであり、かつ会合には招待状を出した約100カ国のうち82カ国が参加した。これだけの国がOECDの会合に参加することは異例であり、BEPSへの関心の高さがよく分かる。最終的には、BEPSは100カ国程度の枠組みに拡大していくのではないか。

――BEPSに関する今後の対応は…。

 浅川 OECDは昨年のG20サミットに対して報告書を提出し、BEPSに関する問題の解消に向けて国際課税ルールをどのように変更すべきかの道筋を明確に示した。ただ、OECDが示したルール自体には法的拘束力がなく、実際に効力を発生させるためには各国がこの報告書に則ってそれぞれの国内法や租税条約を改正する必要がある。日本は既にこれらのいくつかの論点について必要な法律の改正に着手しているほか、中国を含めて各国も具体的な取り組みを進めている。ただし、作業量が膨大であるため、なお数年の時間を要することになるだろう。

――OECDにおける現在の取り組みは…。

 浅川 15の論点のうち、国別報告書等4つの勧告についてはミニマムスタンダードとしてBEPS参加国は可及的速やかに実施することとされている。それも含め、OECD租税委員会では、各国のBEPSに関する作業の進捗状況に関するモニタリングを行っている。なお、租税条約の改正に関しては、各国とも多くの場合国会の承認が必要となるうえに、日本だけでも50超の二国間の租税条約を締結している。全世界では租税条約の数は3000超にもなるため、この全てについてBEPSに関する改正を行うとなるととんでもない時間が掛かってしまう。そこで、行動計画15では、BEPSに関連した分野に限って各国の有する租税条約の内容を一気に書き換える、多国間の租税協定を作ることとしている。この多国間の条約交渉も現在着々と進んでおり、今年いっぱいまでにテキストを作成しようという段取りだ。

――このほか、最近のトピックは…。

 浅川 BEPSはあくまで合法な行為ではあるが、国際課税のもう1つの大きな流れとして、違法な脱税者の摘発強化に向けた取り組みが進んでいる。脱税や所得隠しの摘発では、従来は現地当局への要請に基づく銀行口座等の情報交換が中心だった。これは国税庁が怪しいと思うだけの何らかの端緒を持っているため、摘発に至る確率は高いが、その分件数は少なくなる。これに対し、今後は海外当局から年に1回のペースで、非居住者が有する自国の金融機関の口座情報を自動的に交換し合うルールが整備されることとなる。米国がFATCAという国内法を導入したことをきっかけに自動的情報交換の機運が高まったが、これを全世界で行おうということでOECD租税委員会がそのためのルールを整備し、これまでにこの枠組みに101カ国が参加している。日本では関連法がすでに成立しており、2018年からこの自動情報交換がスタートする。これにより、日本の居住者が海外に保有している金融口座の情報はほとんど全てが自動的に捕捉されることになるため、海外金融機関を使った資産隠しは不可能になるだろう。

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