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Information

――北朝鮮情勢をロシアはどう見ているのか…。

 小泉 ロシアの専門家からヒアリングした印象では、実は戦略的な関心は薄いのが実態だ。ロシアも中国と同じように緩衝地帯として北朝鮮に残って欲しいとは思っているが、平壌から6000km以上離れたモスクワと、渤海を挟んで1000kmも離れていない北京とでは危機感が違う。ロシアと北朝鮮が面している国境は20km程度で、また北朝鮮がこれまでロシアの言うことを聞いてきたわけでもないため、ロシアの関心は非常に小さい。ロシアのエネルギーの専門家に聞いてみても、中国に代わってロシアが北朝鮮に燃料を提供することはありえない印象だ。ガスプロムやプーチンのブレーンも、無償のエネルギー供与には否定的だ。これらのことから、今回の北朝鮮情勢の背景にロシアがいるとは考えにくいし、ましてや操っている可能性はないといっていいだろう。そもそもロシアにそんな力はないのが実態だ。

――ではなぜロシアは積極的な動きをみせているのか…。

 小泉 北朝鮮問題が世界的な問題となったため、それに関与することで自身の影響力を拡大させることが狙いだろう。これまでのノドンや北極星1号・2号などの弾道ミサイルは日本攻撃用であり、アジア地域に収まる話だったが、今年発射が行われた火星12はグアム、火星14は米本土に届く性能を有する。今や北朝鮮はアジアに留まる問題ではなくなった。そこでロシアとしては北朝鮮問題に関与することで国際的影響力を強め、米国に対する外交カードを有することを狙っている。ただ、逆にいえばロシアは情勢に乗っているだけでもある。ロシアの安全保障の専門家も、朝鮮半島での核戦争発生は望ましくはないものの、東の果ての出来事であるため、そこまで恐ろしくないとの見方を示している。

――北朝鮮が潰れてもロシアはさほど困らない…。

 小泉 ロシアの経済分野の有識者からは、むしろ早くなくなって欲しいとの声さえ聞かれている。これは北朝鮮の存在がロシアの東アジア進出の障害になっているためで、もし北朝鮮が崩壊すれば鉄道やパイプラインを韓国の釜山まで伸ばせるとの期待感がある。もちろんロシアでも安全保障分野の有識者からは北朝鮮の持続を望む声が聞かれているが、ウクライナのように軍事力を使ってでも守るというつもりはない。

――ロシアが北朝鮮のミサイル開発を支援しているとの見方もあるが…。

 小泉 ロシアが国策としてミサイル開発を支援しているとは考え難い。確かにロシアはこれまで北朝鮮の体制維持を図る立場をとってきたが、一方で核武装・ミサイル武装は許容しない姿勢を示してきた。実際、過去の北朝鮮の核実験に激怒したロシアは全面武器禁輸措置を実施し、2010年から北朝鮮はロシアから兵器を購入できない状況が続いてきた。ロシアが北朝鮮の核武装に反対するのは、同国の核に対抗するために東アジアでの米国の軍事プレゼンスが高まることが予想されるうえ、東アジア各国のミサイル防衛整備が進んでしまうためだ。ロシアは相互確証破壊を揺るがすミサイル防衛に強く反発しており、韓国のTHAAD(ターミナル段階高高度地域防衛)システムや、日本のオフショアイージスシステムの導入が進むのを苦々しく思っているはずだ。

――ではウクライナが支援しているのか…。

 小泉 恐らくそういうわけでもない。北朝鮮のミサイルである火星12や火星14に、ウクライナで生産されているエンジン「RD-250」が使用されている疑惑が話題になったが、実は同エンジンは燃焼室が2個、ノズルが2個のダブル型であるのに対し、火星12のものはシングル型で、形状が異なる。ウクライナが1から北朝鮮のためだけにシングル型を設計した可能性が絶対にないとはいえないが、同国にそこまでするメリットはない。「RD-250」は旧ソ連が設計し、ウクライナで製造されたものであるため、おそらく両国企業に工作をしかけた北朝鮮が少しずつ技術を習得したり、技術者を雇用したりして、独自にシングル型を設計したのだろう。

――北朝鮮のミサイルは年内に米国本土に届くか…。

 小泉 その可能性は十分にありうる。少なくともブースターについては既にかなりものが完成しているとみていいだろう。不透明なのは、ミサイルに搭載する核爆弾の軽量化にどこまで成功しているかだ。米国の専門家の間でも、本当に火星14をICBMと呼んでいいのかは今も議論が分かれているが、もし500kg程度にまで核爆弾を軽量化できた場合、米国本土まで北朝鮮のミサイルが届くとの見方が強い。水爆はまだ小型化できていなくとも、通常の核爆弾であれば軽量化に成功している可能性もあるだろう。いずれにせよ、ICBM完成に向けたハードルは既に半分は解決済みで、近いうちに北朝鮮は実戦的な核攻撃能力を獲得すると見込まれる。

――それを防ぐことはできるのか…。

 小泉 北朝鮮に核を放棄させるのは非常に難しい。春頃までは米国は中国に期待感を持っていたようだが、核武装のような機微な問題で中国が北朝鮮に指図することはできないだろうし、かといって北朝鮮が崩壊するほどの全面禁輸措置を導入することもできない。日本やロシアの専門家は口をそろえて、核兵器が北朝鮮の生き残りのための切り札である以上、誰に何を言われようが、どのような制裁を受けようが、北朝鮮が核を放棄することはありえないと指摘している。中国とロシアは、米国と韓国が合同軍事演習を凍結する代わりに、北朝鮮が核実験やミサイル発射を凍結する「ダブル凍結」を提案しているが、これを北朝鮮が呑む可能性は低い。また、米国としても演習凍結は北朝鮮の体制を事実上保証することになる一方で、北朝鮮の核抑止の有効性を認め、米国の東アジアにおけるコミットメントの信頼性を揺るがすことになるため、中々賛同しにくい。中露はそのことを分かったうえで、自身が平和を希求しているという態度を演出するために提案を行っているのだろう。

――米国はどうするのか…。

 小泉 考えられるオプションは、北朝鮮を核保有国として認めるか、軍事力を行使するかのどちらかしかない。しかし1994年の朝鮮半島核危機の際に行われた試算では、米国が攻撃を実施した場合、北朝鮮の反撃で韓国市民60万人が犠牲になると予想されている。これはとてつもない損害であり、米国としても決断は難しいだろう。マティス国防長官は先日、ソウルが危険にさらされない軍事的選択肢も存在すると発言したが、実際にそのような方法があるのかは疑わしい。被害を最小限に抑えるならば、先制攻撃で前線付近の北朝鮮の長距離砲と、金正恩本人、通信・指揮系統を同時に破壊するしかないが、これは一部で核を使うことが前提となり、非常に強い覚悟が必要な選択肢だ。

――第7艦隊ならば北朝鮮を簡単に殲滅できるのでは…。

 小泉 確かに第7艦隊の戦力は絶大であり、やろうと思えば数百発の巡航ミサイルを北朝鮮に打ち込むことが可能だ。しかし、巡航ミサイルは広い範囲を制圧するのには適しているが、北朝鮮のように重要インフラを地下に埋設している相手には効果が薄い。地下を攻撃するには爆撃機を北朝鮮上空に派遣し、バンカーバスターのような専用の武器を投下する必要があるが、流石の米国も同時に大量の爆撃機を投入し、北朝鮮が反撃を行う前に全てを殲滅するのは難しい。現実的なオプションは戦術核か、覚悟があるならばICBMを用いることだろう。米国本土から北朝鮮までは30分でICBMが着弾するため、もし北朝鮮のスパイが発射を察知したとしても、金正恩に報告がいく前に全てを終わらせることができる。とはいえ、ICBMを用いた場合、中国やロシア、それに目の前で同胞に核兵器を打ち込まれた韓国の猛反発が予想され、政治的には難しいといわざるをえない。

――米国が北朝鮮の核保有を容認するとどうなるのか…。

 小泉 北朝鮮の体制維持にお墨付きを与えるわけではなく、核の存在を前提に、それを抑止できる体制を米国は構築していくだろう。現在、米国では核態勢や弾道ミサイル防衛、国防体制など様々な戦略の見直しを行っている最中だが、米国の専門家と話した印象だと、すでに米国は北朝鮮の核を前提とした戦略を検討している。米国の狙いは、ミサイル防衛を強化し、北朝鮮が虎の子で希少な核兵器を1、2発発射したとしても、それを問題なく処理できる環境を整備することだ。つまり北朝鮮の核保有を容認するというのは、北朝鮮に迎合することではなく、北朝鮮の核戦力を放棄させられないまでも確実に無効化することを意味している。また、米国の戦略家の中には、これからはMissile Defense(ミサイル防衛)ではなく、Missile Defeat(ミサイル打破)の時代だと主張している人もいる。これはミサイルの迎撃能力、ミサイルを発射前に破壊する能力、サイバー攻撃などによって敵国を麻痺させる能力を整備するという3本柱の概念だ。このように、北朝鮮の核を容認するといっても、別に米国が北朝鮮の勝手を許すようになるわけではない。

――米国はどちらの道を選ぶのか…。

 小泉 各国の専門家でも見方が分かれており、非常に難しいところだ。ロシアの専門家の中には、アメリカは確実に攻撃を実施すると主張しているグループもある。彼らは、現在米国は北朝鮮が戦略的ミスを犯すのを待っている段階と指摘しており、攻撃の大義名分を確保し次第、米国が攻撃を実施すると予想している。ただ、流石に被害が大きくなりすぎるため、攻撃は行わないと予想している専門家も多い。どちらの展開もありえると思うが、攻撃を担う軍人の立場でみると、被害を最小限に抑えて北朝鮮体制を打破するのは非常に困難な作戦となるため、実施したくないのが本音ではないだろうか。

――高まる危機に対抗して日本も核武装するべきか…。

 小泉 核兵器は絶対悪ではなく、核保有もオプションの一つだと考える。ただ、現時点では、保有することによるデメリットが大きいとみている。まず日本が核武装した場合、確実に韓国や台湾も核武装し、アジア中が核保有国になり、地域の戦略的安定性が崩壊する。また、核保有のコストで、自衛隊の通常戦力のバランスが崩れる恐れがある。イギリスやフランスは、資金に余裕がないにも関わらず原子力潜水艦や空母を運用しているが、その代償として通常艦隊は資金不足で能力が低下してしまっている。日本は今後、中国という大国と海洋上で向き合う必要があるため、やはり通常の海上戦力を保有しておくことが重要だ。せっかく核抑止は米国が提供してくれているのだから、それを活用しない手はない。日本にできるギリギリの核抑止は、現在のように大量の核物質を保有し、「いざとなれば核兵器を作れる」と周辺国に思わせることではないか。

――核さえ保有できれば通常戦力は不要では…。

 小泉 核兵器によって通常戦力は不要になるという考えは冷戦下で一時議論された。初期の米国の「大量報復戦略」がそれだし、ソ連のフルシチョフも同じことを主張していた時期があった。しかし、実際には核兵器で大量報復するハードルの高さから、通常戦力が依然必要だということが分かった。例えば、もし日本が核武装した後に中国が尖閣諸島を占領した場合、北京をいきなり核兵器で吹き飛ばすことが決断できるだろうか。ベトナム戦争でも米国は同じジレンマに見舞われ、結局ハノイに対して核兵器を使用することを決断できなかった。ましてや、北ベトナムを支援していた北京やモスクワを攻撃すれば人類が滅亡するような全面核戦争になってしまう。この教訓から生まれたのが、相手の出方に弾力的に反応する「柔軟反応戦略」という考えだ。具体的には核兵器による反撃は核兵器で攻撃された場合に限り、通常戦力で攻撃された場合は通常戦力で対応するといったものだ。

――日本は核以外の対応を担う必要があると…。

 小泉 その通りで、そのためには通常戦力を持つ必要がある。ただ、核の脅威が高まる中で、従来の方針を堅持するだけで十分かという疑念ももっともだ。そこで一部で議論されているのが、非核三原則な部分的な見直しで、具体的には「もちこませず」の部分を緩和し、米軍の核の通過や、持ち込みを認めることが提案されている。一方で、私自身はニュークリアシェアリング(核の共有)については疑問を持っている。欧州で行われたシェアリングは、ソ連の圧倒的な機甲戦力に核で対抗するために生まれたが、当時の欧州と日本とでは大きく状況が異なる。欧州の場合、核の目標であるソ連の機甲戦力は地続きで目の前に展開していたが、日本の場合、目標である北朝鮮は海の向こうで、そこまで核を運搬する能力が現在の自衛隊にはない。運搬を可能にするためには、専用の戦闘爆撃機を用意したうえで、その護衛や、電子戦機、空中給油機といった戦力を整える必要があるが、これには莫大なコストがかかる。そこまでやるぐらいであれば、米国に核の持ち込みを認めたうえでシェアリングは可能性を残すだけでいいのではないか。

――OECD(経済協力開発機構、本部パリ)事務次長の任を終えて3年ぶりに戻られた東京の印象は…。

 玉木 街の雰囲気はすこし年を取ったな、子供が減ったなという印象を受ける。一方で社会が成熟し優しくて快適な社会が実現しているようにも感じる。このコージーな社会(地域社会が親密である社会、居心地が良い社会)を捨ててニューヨークやロンドンに行きたいという日本人が減っているということも理解できる。こういった豊かさがいつまでも続けばいいなとは思うが。しかし別の側面として、世界の問題意識と日本国内の問題意識が、昔よりもさらにずれているなという印象も受ける。財務官をしていたころに痛感したが、世界の政治家、当局者、人々が何を考え、何を心配しているのかは、東京に居るとなかなか実感しにくい。財務官としては月に何度か海外に出かけていたが、東京に帰って何日かすると霞がかかったように海外のことがわからなくなったものだ。そこである時、大臣にパリ駐在を嘆願したことがあるが、「パリに行きたいからそういうことを言っているのだろう」と笑われたものだ(笑)。例えば、2008年の世界金融危機後、ロンドンでも銀行の焼き討ちが発生するなど欧州が大きく揺れていた。人々がウォールストリートやロンバートストリートへのベイル・アウト(救済)に対して怒っていた。我々も1997年の銀行救済の際に銀行批判が起こった経験はあるものの、当時の欧米人の怒りがどのくらいのエネルギーとなっていたのかは、現地に飛んで見なければ分からなかった。普段はゴシップ記事を取り上げている現地のタブロイド紙でも銀行に対する怒りが紙面全体に満ちていることを確認し、ようやく欧米の銀行に対する国民の怒りを実感できた次第だ。これに対し今の日本は、単に静かというだけではなく、人々は親切だし、システムはきれいに動いているなどいい側面もあるが、世界の動きに対する感覚を鋭くし、大きな経済・社会構造の転換に遅れを取ることのないよう注意が必要だ。

――そういった日本人の危機意識の欠如に対応する情報も日本では乏しい…。

 玉木 当センターを1983年に設立した際は、特に日本の金融界が盛んに行っていた外国のソブリン(国)への貸し付けのリスクを的確に会員の皆様にお伝えすることを目的としていた。当時は中南米を中心に生命保険会社などが融資を行い、焦げ付きもあったので、こうした情報が求められていた。このため、今でも会員は金融機関が中心で、国別のソブリンリスクの情報を重点的に提供している。ただ、日本の金融機関によるソブリン向け貸し付けはだいぶ減少しているなか、利用する側にとっての我々への期待も変わってきているのかもしれない。こういった需要の変化を的確にとらえ、提供する情報も多様化していかなければならないと考えている。この点、ソブリンリスクを骨格としつつ、金融を巡る新たな議論などへ幅を広げていく。例えば、グリーンファイナンスについては世界の金融界は、生保、損保、運用会社を含め重大な関心事の一つとなってきているが、日本国内での関心はまだ薄い。こういった新しい課題についても対応していきたい。

――国際情勢とともにソブリンリスクも急激に変化していく可能性もある…。

 玉木 言うまでもないが、金融の世界ではマーケットのグローバル化の影響を大きく受けるようになってきている。1997年のアジア通貨危機は国単位の危機だったが、2008年のリーマンショックによる世界金融危機は世界全体の危機となった。初めは米国発の危機だったが、国境など関係なく、あっという間に世界中に波及した。このため、今の金融市場のリスクは国別でみてもわからないという側面もある。しかし、金融界が考えなければならない切り口は、やはり1980年代、90年代とは大きく異なってきているということは言える。また、為替、債券、株式市場の融合も進んでいる。これにコモディティ市場なども含めながら統一的に金融商品を見ていかなければならない。グローバル化の進展および金融市場の統合も進んでいるなか、構造的な問題を検討し、長期的な視点をもって投融資に値する情報を提供していきたいと考えている。

――組織の概要は…。

 玉木 全体で50名ほどの組織で、ブリュッセルとワシントンに事務所を設けている。基本的には国別で分かれている。国別のレポートは非常に重要で、専門家による定点観測としてのデータは国際的な金融ビジネスには必要不可欠だ。ただ、会員の皆様の満足度をさらに上げるために会員のニーズをしっかりと把握していく必要がある。このなか、比較的新しい仕事としてマネーロンダリングに関する情報提供に取り組んでいる。このようになるべく広い視野でお役に立つような仕事をしていきたいと考えている。

――新会長に就任された…。

 新芝 何かの巡り合わせだと感じている。今年は山一証券が経営破たんしてから20年目の節目となるが、20年前の「1997年」は、私にとって非常に感慨深い年だ。当時、岡三証券の加藤精一会長が日本証券業協会と日本証券アナリスト協会の会長(当初1年間は会長代行)に就任し、私は政策秘書を務めた。証券不祥事が社会問題化するなか、それまで大手4社の輪番制だった日本証券業協会長職への就任だった。今でも鮮明に覚えているが、加藤会長は周囲から「火中の栗を拾うことになる」と懸念されながらも、皆に推されて、業界への恩返しだという強い思いを持ってのことだった。当時は、山一証券、三洋証券や多数の銀行が相次いで経営破たんするなか、同時に、日本版ビッグバンのもと手数料完全自由化などの制度改革が断行された。わが国金融が崩壊と改革の渦中に放り込まれた激動の時代である。一方でウィンドウズやインターネットの普及が進み始めたのもこの頃だった。振り返れば、旧体制が崩壊し、制度改革と技術革新による新たな時代の幕開けでもあった。あれからちょうど20年が経過したが、欧州のMiFIDⅡ(ミフィッド2:第2次金融商品市場指令)や日米でのフィデューシャリー・デューティーの拡大など、今また、世界的に制度改革の機運が高まっている。同時に技術革新においても当時のインターネットのようにAIが台頭してきている。インターネットが普及し始めた当時、スマートフォンを持つことなど想像できた人がいただろうか。つまり今後20年間も想像以上に変化していく可能性を予感させる。20年前の既視感を覚えるような状況下で今、日本証券アナリスト協会長に就任させていただいたことに不思議な巡り合わせを感じるとともに、業界に恩返しをしていきたいという強い思いを抱いている。

――アナリスト業界が苦境に立たされている…。

 新芝 MiFIDⅡやフェア・ディスクロージャー・ルールは今後、アナリスト業界に大きな変革をもたらすだろう。私が入社した1981年当時は、インサイダー取引という言葉もなかった。早耳情報と言われることもあるが、当時は決算発表の前日に企業を訪問すると、決算内容を見せてもらえるということが珍しいことではなく、それが投資情報の真骨頂であるとの見方すらあった。現在では、当然ながらアナリストはフェア・ディスクロージャーなど様々なルールに則って役割を果たさなければならず、世間ではアナリスト受難の時代だと言わることもある。しかし私はそうは思わない。我々は専門的な分析能力、確固とした職業倫理を持つ金融・投資のプロフェッショナルとして、単に聞いてきた情報を流すだけではなく、企業の価格分析、価格発見に役割を担っていると自負している。つまり、バリュエーションをきちんと見極めることだ。制度改革の一環としてコーポレートガバナンス・コードなどが進められているが、大事なことは、日本経済の中心ともいえる取引所において、企業の本質的な価値を高めることにある。市場のインテグリティ(誠実さ、高潔さ)が保たれているなか、適正価格を計ることも本質的な価値を高めるうえで非常に重要だ。この分析の役割は発足当初からアナリストに課せられた使命であり、今後フェア・ディスクロージャー・ルールが適用されても、価値発見という本質的な役割は変わることはなく、むしろ求められる専門性が高まっていくだろう。そのためにアナリストの質向上を求められているに過ぎない。一方で欧州発の規制が過度な競争を生むことで業界全体を縮小させることにならないかという懸念はある。多様な価値観から企業をプライシングすることで偏りのない適正価格が導き出されると思っている。アナリストの質向上と多様性の存続は、両立されなければならない。

――きちんとした価格発見ができるアナリストを育成するための施策は…。

 新芝 専門的な分析能力、確固とした職業倫理を持つ金融・投資のプロフェッショナルを育成・支援することが使命だと考えている。これを通じ日本の金融・資本市場を強くすると同時に、日本経済の発展にも寄与するものと考えている。時代とともにアナリストの役目も変わってきていることも考慮する必要がある。以前私自身もセクターアナリストだったが、アナリスト総勢2万7千人の中でセクターアナリストは実に千人程度しかいない。アナリスト資格保有者はファンドマネージャーから企業の財務・IR担当、社外取締役まで幅広い業務に従事している。一方業態別では銀行・保険が4割、証券・資産運用が4割、事業会社・弁護士・公認会計士等が2割程度となっている。つまり育成するアナリストのセグメント像をしっかりと把握しておく必要がある。我々はライセンスの提供側として、環境変化に対応した専門性を高めるため、資格取得及び継続学習の強化を図っている。この10月初には資格取得の教育プログラム見直しのためのワーキング・グループを設置した。また、継続学習のために、証券アナリストジャーナルの発刊、年間100回ものセミナー・講演会も実施し、これからの時代に必要不可欠なAIやフィンテックをテーマにした内容も新たに組み入れている。さらに何時でも何処ででも学習できるように、ネット配信など新しい取り組みも検討しているところだ。

――教育や継続学習が重要ということか…。

 新芝 教育や継続学習に加えて世の中に情報発信していくことも重要だと認識している。我々が発行している証券アナリストジャーナルは学術誌レベルとして認められていることから一定以上の存在感はある。加えて、書籍の出版を通じ幅広い情報発信の取り組みも進めている。本年6月に出版した「企業・投資家・証券アナリスト~価値向上のための対話」は、市場のルールが大きく変化しつつあるほか、AIの急速な発達が見込まれる状況下で、証券アナリストがどのように対応すればよいのか、今後のあるべきアナリスト像とは何なのかについて書かれている。本書はアナリストのみならず、企業、投資家の皆さまに幅広く読まれ、企業と投資家が企業価値向上のための建設的な対話を行うための一助となることを望みたい。

――日本のアナリストは組織の一員という位置付けが根強いが…。

 新芝 そこについては今まさに起こっているフェア・ディスクロージャー・ルールが、アナリストの役割の変化を加速させるだろう。今回のアナリストに対する逆風の本質論は、アナリストが出しているレポートの一つひとつに値段が付くことで、情報そのものに価値が生じることにある。アナリストは、さらなる高みを目指せる環境が整うことで、独立する方も増えるだろう。これはアナリスト全体の底上げにつながり、長い眼で見ればプラスに働くのではないか。

――安全保障上機微な技術の流出を適切に管理する観点から、今般、外国為替及び外国貿易法(外為法)の改正が行われた。これにより、対内直接投資の事前届出制について、無届けなどの投資に関し、株式の売却命令等を行うことができる制度が導入された。他方で、今回、財務省は、この対内直接投資の事前届出について、審査時に考慮する要素を公表したが、その背景は…。

 武内 外為法では、外国投資家による武器の製造業や電気業等の一定の業種に対する対内直接投資について、国内上場企業の株式を10%以上取得する場合や非上場企業の株式を取得する場合に事前届出が求められており、「国の安全」、「公の秩序の維持」、「公衆の安全の保護」に支障を来すおそれや「日本経済の円滑な運営」に著しい悪影響を及ぼすおそれがあるかどうかを法定基準とし、問題がある場合は、投資の変更・中止命令を行うことができることとなっている。ご指摘の通り安全保障上機微な技術の流出を適切に管理する観点から外為法の改正が行われ、国の安全に関するものについて、無届けなどで投資が行われた場合には、株式の売却命令等の必要な措置をとることができるようになった。また、今回、この事前審査の透明性を向上させ、外国投資家の予見可能性をさらに高めるため、法定基準をより分かりやすく具体化した「考慮する要素」を公表した。事前審査における考慮要素が整理されたことで、透明性が向上し、対内直接投資の促進を通じた我が国経済の成長につながればと考えている。同時に、日本経済をかく乱させるような問題がある直接投資にとってはけん制効果にもなると思っている。

――考慮要素の具体的な内容は…。

 武内 7つの考慮要素を公表しているが、まず、法定されている「国の安全」、「公の秩序の維持」、「公衆の安全の保護」について、「安全保障関連産業の生産基盤及び技術基盤の維持」や「安全保障上重要な機微技術の流出の防止」等、これらをより具体化している。また、農林水産業など国内事情により自由化を留保している業種について、「食料や燃料等の安定した供給や十分な備蓄、国土保全、および国内事業者の生産活動やその継続性等の確保」と、法律上は明記されていない項目を明らかにした。このほか、投資先企業への影響等を確認する観点から、「外国投資家・関係企業等の属性、資金計画および過去の投資行動・実績等」もチェックしていく。さらに、今後の個別具体的ケースにおいて、上記の考慮要素ではカバーされない点にも対応できるよう「その他、審査で考慮すべきと考えられる要素」を加えている。

――この他、今回は非上場株式についても対応した…。

 武内 特定取得の事前届出についての審査の考慮要素も公表した。特定取得とは、外国投資家が他の外国投資家から非上場会社の株式を取得することを指すが、本年の外為法改正において、これまで事前審査の対象外であった外国投資家間での非上場株式の売買についてもきちんと見ていくとの趣旨から、この特定取得が審査付事前届出の対象に追加された。特定取得の事前届出では、「国の安全」を損なうおそれが法定基準となっており、考慮要素でも、対内直接投資と同様に、安全保障上重要な技術の流出防止などを挙げている。

――事前審査の流れは…。

 武内 まず、投資の前に届出の事前審査が行われる。届出は事務委任している日銀に提出された後、財務省と投資先の事業に関係する省庁が審査することになる。無届や虚偽の届出などについては、事業を所管する各省庁による業界からの情報収集等を通じて注視する。

――審査基準に抵触する直接投資が判明した場合は…。

 武内 投資ができるのは審査終了後となるが、審査で問題が認められれば、投資計画の変更や中止を命じることになる。無届け、虚偽の届出、変更・中止命令に違反して行われた投資に対しては罰則や罰金があり、罰金は、最大で投資額の3倍まで課すことができる。本年の外為法の改正では、国の安全に関するものについて、無届け等の場合に、先ほど申し上げたように、事後的に必要な措置をとることができるようになった。なお、国の安全に関するもの以外のものは、今後の検討課題である。できるだけ足並みを揃えたいとも思っているが、事業の性質を踏まえ、喫緊の課題である国の安全に関するものについてまず対応した形となった。対内直接投資制度を所管する財務省としては、国の安全を損なわないよう必要な規制強化を行うとともに、審査基準の透明化を通じて対内直接投資の促進にも努めていきたい。

――マネー・ローンダリング対策との共通点は…。

 武内 マネー・ローンダリング対策は、これに取組む主要国政府による枠組みであるFATF(金融活動作業部会)の勧告が国際基準となっており、190か国以上の国がこの勧告の遵守に取組んでいる。この勧告の実効性は、FATF加盟国同士による相互審査で担保しており、日本は第3次勧告に対応する第3次審査を卒業し、第4次勧告に対応する第4次審査を2019年から2020年にかけて受けることとなっている。このFATF勧告においては、政府による対応に限らず、金融機関等の民間事業者による対応が重要となっており、関係省庁等と連携し取組を進めているところである。このFATF勧告も踏まえて実施しているマネー・ローンダリングに関する規制と外為法で対応している対内直接投資規制とでは、資金の流れに着目している点では共通しているが、光をあてる角度が違っている。すなわちマネー・ローンダリング対策は、そもそもその資金がどのように産み出されたかに着目し、犯罪収益の出所がわからないよう事実を仮装したり、犯罪収益を隠匿したりすることを防ぐものであるのに対し、対内直接投資の場合、どのような資金であるかを問わず、国の安全などの審査基準に抵触するような投資であってはならないとするものである。このためマネー・ローンダリング対策は金融機関等による取引時の確認等により民間事業者による協力も得つつ対応しているところである。他方で、海外からの投資は、無数にあり、かつ多様であることから、民間事業者の資金決済における規制が必ずしも有効であるとは限らない。なお、対内直接投資規制については、日本国内への直接投資が基本的には日本経済の発展に寄与するものであるとの視点を忘れてはならない。したがって、日本に投資を考えている企業の母国が、日本からの投資についてより厳しい規制をしていたとしても、ただちにその国の企業からの投資をより厳しくするべきであるという議論については慎重に考える必要があると思う。日本の対内直接投資の規制はあくまでも、その投資が我が国に害悪を及ぼさないかという観点から審査することが重要であろう。

――対日投資の魅力を高める取り組みは…。

 武内 何よりも日本経済の競争力を強化していくことが重要であり、特にアジアの成長を日本に取り込んでいくという発想が有用ではないか。通貨政策を担当している立場から、本年6月の外国為替等審議会では「円とアジア通貨の利便性の向上」という方向性を打ち出した。円の利用を強制することはできないが、円の利便性を向上させる余地はまだある。例えば、アジアへの円送金を即日で行えるようにすれば、外貨には慣れていない中小企業のアジア進出を後押しできる。また、アジアの国々では、貿易決済等でドルではなく自国通貨の利用を促す動きがあり、今後、邦銀や日本企業のアジア通貨の調達を容易にする施策も重要になってくる。また、危機対応という面では、アジアのドル依存脱却の進展を視野に入れて、日本とアセアン諸国の二国間通貨スワップにおいて、ドルのみならず円でも引き出し可能とする提案を行ったところである。より中長期な課題としては、東京の金融市場でアジア通貨を含めた多通貨決済の可能性を検討するなど、円とアジア通貨の相互の利便性を高めるための金融インフラ強化を検討していきたい。こうした取り組みによって、アジアと日本の経済連携が進み、結果的に日本経済の魅力向上、投資拡大につながっていくのではないか。

――8月の内閣改造で環境大臣に就任した…。

 中川 環境行政で対応すべき課題は様々なものがあるが、環境政策を経済成長の新たなけん引役にしていきたいと考えている。 日本の環境技術やノウハウを海外に輸出することも促進し、環境問題への取り組みによって同時に社会経済上の課題を解決していきたい。また、国民が環境に良いものを優先的に購入するという環境マインドを高めるよう取り組みたい。これらの施策により、将来にわたり質の高い生活をもたらす、持続可能な社会を実現できるようにしたいと考えている。この点、20年にはオリンピック・パラリンピックが東京で開催されるが、諸外国に対し環境先進国としての取り組みを示していきたい。そして、これを契機に、11年に起きた東日本大震災からの復興を印象づけられるようにしたい。

――環境事務次官に就任していた15年前と比べ、環境省の取り組みも変化している…。

 中川 東日本大震災の発生により、環境省の重要な仕事として福島復興に向けた取り組みが加わった。除染や中間貯蔵施設の整備、汚染廃棄物の処理、福島県民の健康管理という重要な任務がある。これに伴い、予算や人員も格段に増加した。原子力規制委員会は独立性が高いものの、環境省の外局であるため、委員会の予算や人員のサポートも仕事となる。任務が増えたことで、責任もますます大きなものとなった。予算規模では、復興特会の予算を含めると1兆円程度になる。環境省が当初から所管する分野だけでも3000億円程度となるが、これだけでも15年前に比べて格段に増加している。これに加え、福島復興関連の予算が7000億円近くとなる。職員数も、当初の500人程度から比べ、環境省全体で3000人程度と増加した。

――東日本大震災からの復興への取り組みは…。

 中川 除染特別区域の除染は今年3月末に終了したが、必要なフォローアップ除染や、帰還困難区域に拠点を設けて行う除染は今後も実施する。除染で発生した土壌は、中間貯蔵施設に運び込んで保管する。現在はその土壌をフレコンバッグに詰めて仮置場に積んでいる状態なので、これを早急になくす必要がある。中間貯蔵施設は、東京電力福島第一原子力発電所を取り囲む形で、福島県大熊町と双葉町に整備することに決定している。中間貯蔵施設の工事も、本格稼働に向けて進んでいる。中間貯蔵施設に運び込んだ土壌は、30年後に県外で最終処分することも決まっている。

――最終処分に向けた作業は進んでいるのか…。

 中川 最終処分する廃棄物の分量を極力少なくするよう、容積を減少させる技術を開発している。可能なものは極力再利用する方針だ。汚染物質の容積を減少させる技術が確立すれば、これは有用なノウハウとして蓄積できる。環境省の予算の中には、この技術開発に充てるものも含まれている。

――直近ではヒアリ対策も課題にあがっている…。

 中川 ヒアリは中国の特定の港から運び込まれるコンテナに付着して持ち込まれることが多いため、まずは水際で予防する必要がある。ヒアリのいる地域から運び込まれるコンテナが到着する港は、日本に合計68カ所あるが、環境省でもヒアリが持ち込まれていないか調査を実施している。8月に開催された日中韓環境大臣会合でも、ヒアリ問題が議題となった。日中韓の事務方で具体的な対応を議論するよう合意したほか、中国の環境大臣に対しては、適切な対応を取るよう依頼した。ヒアリに限らず、危険な外来生物は貿易を通じて荷物とともに持ち込まれることが多い。このため、ヒアリが持ち込まれる水際で食い止め、定着を防ぐよう、今まさに取り組んでいるところだ。港湾管理者や事業者、運搬業者などとの連携も行う。コンテナを積み上げた際にできる港湾のアスファルトのひび割れに、ヒアリが住み着かないよう、充填材を流し込む対策もしている。

――温室効果ガス削減に向けた対策は…。

 中川 30年度に温室効果ガスを13年度比で26%削減するよう目標を掲げているが、これは将来世代への約束として国を挙げて必ず実現しなければならないことだ。16年5月に決定した地球温暖化対策計画に基づいて、削減目標の着実な達成を図っていく。家庭やオフィスビルでのLED照明や、省エネ家電、エコカーなどの省エネ機器の導入、または太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーの最大限の導入など、国民生活や産業活動のあらゆる分野で対策を進めていく。このように、環境省として温室効果ガス削減の取り組みを広げるよう、財政支援や技術開発などの政策を総動員していく。なお、原発については、いかなる事情よりも安全性を優先し、原子力規制委員会が、科学的・技術的に審査し、世界で最も厳しいレベルの新規制基準に適合すると認めた原発について、その判断を尊重するというのが一貫した政府の方針である。ただ、原発依存度については、省エネルギー・再生可能エネルギーの導入などにより、可能な限り低減させるということが政府の方針である。環境省としても、政府の方針に従い再生可能エネルギーの最大限の導入を進める方針だ。

――環境に配慮した「環境金融」への動きが広がっている…。

 中川 経済の血流となる金融に環境配慮を組み込んでいくことは、環境問題の解決に向けて極めて重要だ。環境に関する情報を考慮した投資行動をさらに促進していきたい。具体策の1つとして、環境省では環境情報開示システムの実証を進めている。各企業が積極的に開示を進めている環境関連の情報を統一的に見ることができ、投資家にとっては効率的な比較分析が可能となるシステムを目指している。企業に対しこのシステムへの参加を呼びかけており、現在参加企業は255社程度まで増加した。今後もより多くの企業の参加を促す。このほか、市場関係者の実務担当者に向けたグリーンボンドガイドラインを策定した。グリーンボンドは既に国内でも発行実績があり、急速に市場が拡大している。環境省ではグリーンボンドに期待される事項や具体的な対応例を示し、普及を後押ししていく方針だ。

――生命保険業界の現状と課題については…。

 佐々木 他業態の金融機関と同じように、少子高齢化に伴う人口減少は市場規模の縮小という意味では大きな課題だ。ただ、公的保険を支える人口が減少しているため、若いころから年金を自分で積み立てるなど公的保険の補完としての私的保険の重要性はますます高まってきているとも言える。もう1つの課題は低金利下の生保経営だ。生命保険は超長期のストックを豊富に抱えているため、低金利環境でも運用状況が急激に悪化するということにはならない。とはいえ、低金利環境下では新たに貯蓄性の保険を引き受けても顧客に対して十分なリターンを提示することができず、昨年度ぐらいから販売を中止する動きがあった。

――フィンテックへの対応については…。

 佐々木 ビッグデータのうち、とりわけ人の健康状況や生活習慣に関する情報については保険と密接に関係してくるため、活用の余地がある。また、生命保険には引き受ける際の審査と保険金を支払う際の審査があるが、この審査に人工知能を活用することもあり得る。保険金の支払いにおける顧客サービスの重要性が益々高まっていると改めて感じている。日本では医療保険が普及してきているが、契約者が生きているうちに保険金が支払われる医療保険では、いかにスムーズに手続きが進み、かつ早期に支払いが行われるのかが大変意識される。生命保険業界としても、勧誘や保険金の支払いを含め、顧客本位の業務運営にしっかりと取り組んでいきたい。

――顧客本位の業務運営態勢は金融庁が強化を指導している…。

 佐々木 金融庁は、金融行政について「企業・経済の持続的成長と安定的な資産形成により国民の厚生の増大を目指す」との目標を掲げている。生命保険業界も、日本経済が活性化し成長していくことによって一緒に栄えられるわけであり、こうした国全体の課題を解決するための一翼を担っていると自負している。また、販売手数料の開示については、銀行窓販において市場リスクのある特定保険契約について開示を開始したところだ。開示するか否かの判断は保険会社と実際に保険商品を販売している銀行に委ねているが、生命保険協会は開示に当たって特に留意すべき事項について、参考となる考え方を整理し、昨年秋に各社に対して提示している。

――スチュワードシップ・コードへの対応も求められているが…。

 佐々木 生命保険協会では、昭和49年から株式価値の向上に関する調査を実施している。調査では投資家は企業に何を求めるか、逆に企業は投資家に何を求めるかという双方の課題を共有することを通じ、企業の株式価値をどのように高めていくかを考えることを目的としており、これはスチュワードシップ・コードの考え方と非常によく似ている。スチュワードシップ・コードのうち、議決権の開示については取り組みにばらつきがあるかもしれないが、対応は各社に任されており、原則よりも適した方法に変形して実施することは否定されていない。要は投資家と企業が建設的な対話を行い、時には厳しい指摘をしつつも企業価値を上げることであり、そのことが投資家のリターンにもなるということだ。

――国際会計基準の整備も最終段階を迎えつつある…。

 佐々木 とりわけ日本の生命保険各社は長期の保険負債を抱えているが、経済価値ベースで保険負債を評価する会計基準に変更されると、金利変動の影響を大きく受けることになる。5月にIASBが公表した「保険契約」に関する国際会計基準では、そうした保険負債の特殊性を踏まえて策定された。今後、IASBでは、新しい国際会計基準への移行に向けた実務的な検討が実施されるが、動向を注視していきたい。

――7月には橋本氏が生命保険協会の新会長に就任した…。

 佐々木 新会長の所信では、「安心社会の実現」、「健康長寿社会の実現」、「生命保険業の基盤整備」の3つのポイントを掲げた。このうち「安心社会の実現」では、顧客本位の業務運営の確立と定着を含め、生命保険事業としての役割をしっかり発揮することを目指している。また、「健康長寿社会の実現」では、健やかで心豊かな生活をより長く送れるよう、企業や地域社会における健康づくりをサポートする取組みを予定している。さらに、「生命保険業の基盤整備」では、活力ある資本市場への貢献に向け、改訂版スチュワードシップ・コードの内容を踏まえつつ、企業・株式価値の向上に積極的に取り組んでいく方針だ。

――現在の金融庁の政策に対するご意見は…。

 佐々木 持続的な経済成長と国民の安定的資産形成を最終的な目標として目指していくという現在の金融庁の方針については、従来からそうあるべきではないかと思っていたところだ。これまで日本の金融行政は不良債権処理が主要テーマとなっていたが、それが長年続いた結果としてリスク回避の傾向が強まり、結果として日本経済を委縮させてしまうという負の連鎖に陥っていた。日本経済が縮小方向に回転していくことに、どこかで歯止めをかける必要がある。これは特定の業界だけではなく、国全体で取り組まなければいけない課題だ。生保業界も保険の持つ機能を十分発揮することによって、その一端を担っていきたい。

――日本ファーストの会は新たな政党となるか…。

 若狭 7月に「日本ファーストの会」を設立したが、これはあくまで政治団体であり、新たな政党の名称ではない。新党を結成した際には別の名前を付ける予定だ。新党では民進党を離党した国会議員との連携などが報じられているが、民進党にも様々な考え方の議員がいる。民主党を離党し、しかも基本的な政策に関する考え方が合致していれば一緒に行動することはあり得るし、そうした人は一定程度いるはずだ。すでに細野豪志衆院議員や長島昭久衆院議員らと会談を行っており、考え方が一致しているかどうかの政策協議を進めている。

――考え方の合致が必要となる基本的な政策とは…。

 若狭 例えば憲法や安全保障、外交、経済、財政、金融、エネルギー、多様性などが挙げられる。特に憲法については、「何がなんでも改正反対」という立場の人は受け入れられない。政治体制を裁判システムに例えれば、法廷の中央に裁判官たる有権者が座っており、検察官席には自民党が、それに対峙する弁護人席にはしっかりとした政党が座り、二大政党制が確立しているという形が最も理想的だ。経済において競争が重要であることと同様に、政治にとっても競争が必要だ。政策課題について二大政党がしっかり競争し、有権者に対して誠実に説明を行うことにより、はじめて裁判官である有権者が適切な判断を下すことが可能になる。私は自民党に対峙して弁護人席に座る新たな党を作っていきたいが、与党の政策に全て反対意見を主張することが政治だとは思っていない。こうしたことを考えたとき、絶対に憲法改正には反対という人は私が作ろうとしている新党メンバーとして弁護人席には座る資格はないと考えている。

――新党の安全保障に対する基本的な考え方は…。

 若狭 2年前に集団的自衛権の行使を限定的に容認する平和安全法制が制定された。ただ、当時自由民主党の所属議員だった私は法案の採決を棄権し、賛成票を投じなかった。平和安全法制では集団的自衛権を行使する際の新3要件が設けられたが、そのうちの1つが「存立危機事態」という条件で、つまり「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」ような事態が予想される場合と定義づけられている。しかし、平和安全法制を制定した2年前の国会の議論では、何をもって存立危機事態とするかが極めてあいまいなまま放置されていた。本来はそれこそが最も重要なポイントなのだが、そこを突き詰めずに採決に至ったことは法律家としても強い問題意識を持っている。日本を取り巻く安全保障環境としては、北朝鮮が今まさにグアムに向けてミサイルを発射しようという事態となっており、日本は存立危機事態としてこのミサイルを打ち落とせるかという議論が浮上している。ただ、仮にグアムに向けてミサイルが発射されたとして、それにより日本国民の生命の安全が根底から覆されるかと問われると、関連性は低いと判断せざるを得ないだろう。存立危機事態が果たしてどのような事態なのかをしっかり詰めていければ、時の政府が恣意的に存立危機事態を拡大解釈し、安易に集団的自衛権が発動される危険性がある。新党を立ち上げた場合、私は何が存立危機事態に当たるのかを改めて煮詰めなければいけないということを主張するつもりだ。

――外交政策に関する新党の方針は…。

 若狭 少なくとも、日米同盟についてはこのまま存続させる方向となるだろう。ただ、米国という国家との関係というよりも、現在のトランプ米大統領の特殊性を勘案し、無条件で同盟を強化していくというわけにはいかない。もちろん中国も大国であり、私個人としても関係をうまく構築していく必要があると考えている。日中関係のトゲとなっている尖閣諸島の問題は、「実効支配」がポイントだ。民法において他人の土地を20年間占有し続けると所有権を取得できる時効取得という制度があるように、事実上の支配や実効支配という事態は法律上とても重要だ。尖閣諸島に対しては中国が徐々に迫ってきており、今後に既成事実を積み上げてくるようであれば、日本としてもしっかり対応しなければならない。少なくとも尖閣諸島については日本が実効支配をしていることをもっと明らかにしていくべきだ。

――経済・財政政策に対するお考えは…。

 若狭 安倍首相が推し進めるアベノミクスでは、日銀の大規模緩和政策に対する是非はあるにせよ、一番の問題はしっかりとした成長戦略を打ち立てられていないことだ。2019年10月に予定されている消費税率10%への再引き上げに向けては誰もが納得できるような成長戦略を示すことが必要だが、このままでは再増税はかなり難しい。成長戦略こそが経済戦略の肝であり、我々も知恵を絞りながら真に有効な施策を考えていきたい。また、国内でもリフレ派と反リフレ派で論争をしているが、日本の財政事情からすればプライマリー・バランスなど財政規律もある程度考慮しなければいけない。リフレ派、反リフレ派の双方とも経済の持続的な発展の重要性は認識しているはずであり、どちらの立場を取るにせよしっかりとした成長戦略を打ち出すことが必要だ。

――成長戦略でもっとも重要となる施策は…。

 若狭 日本の今後100年間を見つめる際、少子高齢化対策は本当に優先度が高いと考えている。政府として専ら少子高齢化対策に集中するくらいのつもりでの取り組みが必要であり、例えば憲法の中に「国は少子高齢社会の課題については最優先で取り組まなければいけない」といった条文を書き込んでもよいぐらいだ。こうした条文は一般的にプログラム規定と称されているが、憲法に盛り込むことによって少子高齢化対策を絶えず意識しながら様々な政策を打ち出していくことが可能になると考えている。

――日本の政府は非効率であり、小さな政府に向けて進んでいくべきではないか…。

 若狭 国から地方、官から民に権限や財源を移譲していくという方向性は正しいと思う。私は東京地検特捜部の検事や副部長として自民党政治を一番奥深いところから観察し、政治家の責任を追及してきた。その経験からつくづく感じるのは、自民党はしがらみ政治であり、その弊害があらゆるところで顕在化してしまっているということだ。旧来のしがらみを取り払っていけば本当に重要な政策に的を絞って進めていくことができるはずであり、しがらみ政治からの脱却は新党の軸の一つとなるだろう。

――東京都議会議員選挙では、小池都知事の透明性に対する支持が集まった…。

 若狭 政策課題をしっかり打ち出すことに加え、それを実現するための政治手法も極めて重要だ。透明性や情報公開はまさに政治手法であり、古い自民党政治の手法を取り払って新たなものにしていかなければならない。さらに政治手法で言えば、もともと国会議員には党議拘束があり、各法案の賛否については党の上層部の決定に従わなければならない。現在の国会議員はただの採決マシンとなっており、賛否について自分の頭で考えなくなっているために議員としての質も下がっている。党の根幹に関わるような政策に党議拘束をかけることはやむを得ないとしても、やはり基本的には党議拘束を外し、議論に議論を重ねていくべきだ。そうするとそれぞれの国会議員は自分で主張を整理する必要が生じてくるため、各法案の内容について勉強するようになってくるだろう。基本的な政策に対する考え方が一致する人たちが集い、真剣に議論を重ねれば結論は収れんしていくはずだ。

――このほか現在の政治手法で改めるべき点は…。

 若狭 もう1つ、当選回数至上主義が大変な悪弊となっている。衆院で7、8回当選すると「大臣待機組」などと呼ばれるようになり、適材適所ではなくこうした待機組を順番に選んでいくから失言をするような大臣が出てきてしまう。当選回数至上主義でさらに問題なのは、選挙に当選し続けることが求められているためだ。今の小選挙区の下では各党の公認候補は1人しか出馬しないため、その公認を得るためには首相官邸や党にすり寄っておく必要がある。その結果、今回の森友学園や加計学園の問題でも安倍首相に苦言を呈することができないように、自民党内で昔と比較して自由な発言が出来なくなってきている。こうした政治の進め方は大いに改めなければならない。

――農林水産分野の事業性評価を手掛ける新会社を設立する…。

 井上 これまで不動産鑑定事業を手掛ける三友システムアプレイザル、不動産鑑定で使用した資料を再利用するTASを立ち上げ、2社とも順調に成長してきた。さらに新たなビジネスの立ち上げを考えていた際、事業として農林水産品を取り扱うという発想にたどり着いた。農林水産品は動産の一種であり、近ごろは金融機関も動産を対象とした鑑定を手掛けだしたが、我々としても長らく不動産鑑定事業に取り組んでおり、感覚的には近いものがある。また、農林水産品は生産者である農家や漁業者のほか、大学や研究機関などの研究者、融資を行う金融機関、補助金を交付する地方自治体など産学官の様々な業際が携わっている領域だ。我々がこれまで培って来たネットワークを活かし、様々な業種の企業と連携しながらビジネスの展開ができることも強みになると考えている。新会社については最速で今秋、遅くとも年内をメドに新会社の立ち上げを予定している。

――新会社で提供を予定している具体的なサービスは…。

 田井 これまで三友システムアプレイザルが提供してきた商品を下地として、事業性評価を導入しようとしている。事業評価では定量的な面と定性的な面があるが、このうち定量分析は三友システムアプレイザルですでに多くの実績を積み上げている。例えば、土地や建物は国の評価基準が定められており、年間数万件の鑑定を実施している。また、設備については国内基準はないが、米国の基準を援用して会計監査人向けに機械設備の評価を提供しており、定量分析はすでにビジネスとして一通り展開している。このうち、特に在庫の評価となると、原材料仕掛かり品の価値については研究者や実際の従事者、流通会社など様々な関係者から情報を取る必要があり、こうした過程で様々なパートナーが浮かび上がってきた。さらに、金融庁が事業性評価に基づく融資を行うべきという方針を示すなか、我々も事業のポテンシャルの有無といった定性的な面に対する評価を行うことは世の中の流れと合致するというところで今回の創業が出発した。事業性評価では、種苗選定や土壌分析などバリューチェーンの各項目について専門家の所見を頂き、事業のどの過程に優秀性があり、逆に問題があるのかを報告書としてまとめていく。

――特に農林水産業の事業承継問題に焦点を当てている…。

 田井 事業承継自体は農林水産業に関わらず、日本全体の問題だ。このうち、我々が提供する商品はあくまで事業性全般の評価というところに切り込む予定だ。金融庁が打ち出している事業性評価に基づいた融資について、銀行はこの対応に四苦八苦している。実際の事業性評価のベンチマークを見ていると社長のやる気や、全般的なポテンシャル、強み・弱みの分析などの項目があるが、評価に当たっては事業そのものの動きに的を絞った方がよいという点がそもそもの発想だ。我々の事業性評価では、それぞれの農家の生業を専門性を帯びた形で報告書のように仕上げることを目指している。日本の農林水産業を考えると、手厚い公的扶助があるにも関わらず全体として売れ行きは伸びておらず、次世代の若者がこれを継ぐような魅力を欠いている。さらに、農地法や漁業権により新規の参入障壁が非常に高く、疲弊衰退している状況にある。事業継承やファイナンスの面では第1次産業の弱さは顕著であり、まずはこの分野から取り組みを開始していく。

――農産品に客観的な評価を提供すると…。

 田井 日本の農産品の品質は優れているので海外に展開していくべきだという意見がよく聞かれる。ただ、実際に海外に輸出している量は少なく、また実際に日本の農産物が全般的に海外で通用するのかという検証も十分には行われていない。逆に、海外ではすでに「グローバルGAP」などの認証基準が設定されてきており、基準を持たない日本が海外に農産物を売り込もうとしてもハードルが大分高くなっているというのが現状だ。そこで、流通業者や販売業者を対象として、農産品の事業性評価書という専門家の所見をまとめたレポートをお届けすれば、役立てて頂けるのではないかと考えている。

――新会社の主な仕入先と販売先は…。

 田井 新会社の仕入先は国内外の大学や研究機関だが、これ以外にも光センサーの製造会社や流通会社の研究部門にも協力を了解して頂いており、それを新会社でまとめていく。また、販売先は金融機関や投資ファンド、会計監査法人などを想定しているが、大手流通企業にも要請をしているところだ。流通業者は農業者に対し、食品に加工しやすい果物を作って欲しいなどといった具体的な欲求を抱えているが、現状では農業者がそのニーズに応えられていない。また、農産品の市場価格はJAから出荷されるときに変動するため、長期にわたって安定的に供給されないという問題もある。農業者側にこれを訴えても、「価格が天候によって変動されるのは当たり前」といった答えしか返ってこない。このため、現在の農林水産業の仕組みを変える方法はないかという声は強まっている。

――事業性評価によって、どのように日本の農業の現状を打破していくか…。

 田井 例えば、新規の営農希望者や、すでに営農しているが既存の補助金や融資の枠組みのなかでは独自性が出せないという方々には、事業性評価を利用するニーズが十分にある。新規営農希望者の場合、まず2~3年程度の研修を受けて緩やかに業に入っていくというプログラムがすでに用意されているようだが、既存の枠に入れて貰うという色彩が強い。ある日農家をやろうと決意しても時間と心理的コストがかかるほか、そうした人が農地を借りて営農しようとしても融資を受けることも難しい。ただ、特に新規の営農希望者は価格の高いメロンやマンゴーを作りたいなど、従来の農業者にはない野心的な思いを持っている。どんな農産品でも専門性は細分化され、それぞれの分野でサポートしてくれる人がいるため、そうした野心的な参入はチャレンジングではあってもあながち絵空事ではない。もちろん作物に適した土壌を作ったり、環境用のセンサーを設置したりする必要はあろうが、高い値段で買ってくれる最終需要者が見込めるのであれば事業として成立するはずだ。専門家の知見を集めた事業性評価があれば、銀行もリスクを考慮しつつ新規営農者に対する貸付が可能になる。事業性評価は農業の近代化、合理化に資することができるのではないだろうか。

――金融では格付け会社が記号により各企業の信用力を評価しているが…。

 田井 農林水産業については、現時点でこれといった認証基準が機能していない。諸外国ではグローバルGAPのような認証は民間の機関が付与することが通常であり、我々も専門家の方々と一緒にグローバルGAPに合致するような新しい国内基準を打ち出していきたい。その結果が農産物に対する格付けのようなものになるだろう。

 井上 金融機関は研究所や大学とはほとんどつながりがないが、我々は「このテーマであればこの人」といったように各分野の専門家を熟知しており、これが1つのノウハウとなっている。様々な専門家の知見を集め、1つの書類として提供することは産学連携といった形にもなるし、その中心となるのが我々だ。また、事業性評価を通じて様々なデータが集まってくるため、金融機関等を対象に情報提供を行う会社から研究機関・情報機関そのものに変化していく可能性もある。

――御社が描いている市場規模はどの程度か…。

 田井 あまり正確な数字ではないが、国内のGDPのうち農林水産業が占める割合は1%程度、商品の加工や流通といった関連事業含めてようやく10%ぐらいで、農林水産業自体の規模は小さいと言われる。ただ、これには政府の支出が含まれておらず、歪曲された数字なのだろうと思っている。農林水産業の方々の所得の3~4割程度は補助金と言われており、補助金漬けのままでは産業は発展していかない。我々は日本の農林水産業を含んだ業界のGDPに占める規模は拡大していくと考えており、当初からスモールマーケットを構えるということではない。また、農林水産業は部外者にとっては実態が分かりにくく、閉鎖的な印象もある。ただ、当社のように新たな取り組みをすれば、市場は飛躍的に拡大する可能性があると大いに期待している。

――普天間基地の辺野古移設をどうみるか…。

 仲新城 辺野古への移設は、基地面積が大幅に縮小されるうえ、滑走路を沖合に移動することで危険も除去される。このため明確な負担軽減策といえるが、この趣旨は沖縄県民に全く理解されていないのが現状だ。この背景には、沖縄の主要メディアがこぞって「反基地イデオロギー」に染まっていることがある。そうしたメディアは、一連の動きは辺野古への「基地移設」ではなく、辺野古での「新基地建設」だと喧伝している。そして「新基地建設」は戦争の前準備であると主張し、負担軽減どころか戦争に巻き込まれる危険性が増すとして県民の不安感をあおっている。

――本土とは見方がまるで違う…。

 仲新城 本土では賛成派のメディアが存在し、反対派も辺野古移転は負担軽減策と認めたうえで、「それでも沖縄県民が嫌がっているからやめるべきでは」いった論調の報道を行っているのとは大きく異なっている。これにより、沖縄と本土との間で基地問題に関する市民の認識に大きくギャップが発生してしまっているのが実態だ。はっきり言って、このギャップを対話によって埋めるのは不可能だ。安倍政権は強引にでも普天間移設を開始し、問題を片付けようとしているが、これはやむを得ない方向性だと思う。過去の政権は、対話や地元の理解を重視しようとしてきたが、そのために移設が進まず、かえって問題をここまでこじらせてしまった。

――基地賛成派はいないのか…。

 仲新城 実は、沖縄の中でも、沖縄本島と石垣島などの離島とでは基地への見方は大きく異なる。本島ではメディアの影響もあって基地に反対する意見が主流だが、直接中国の海洋進出の脅威に晒されている離島の住民は、米軍や自衛隊による抑止力は必要との考え方が強い。人口は圧倒的に本島が多いため、国政・県政レベルでは基地反対を掲げて翁長知事が率いる「オール沖縄」が常に優勢だが、離島の自治体の選挙では自民党候補者が勝利する流れが続いている。例えば石垣市では自民党の推薦を受けた中山市長が2回当選してきた。同氏が再選すれば、石垣島への自衛隊配備が最終決定するだろう。

――沖縄メディアは抑止力をどう考えているのか…。

 仲新城 彼らの理屈は「現状、米軍基地が存在しているにも関わらず中国が領海侵犯を繰り返している以上、米軍の存在は抑止力となっていない。従って米軍はいてもいなくても同じだ」というものだ。しかし、私に言わせれば、もし米軍がいなければとっくに中国は尖閣諸島を占領していたはずだ。抵抗勢力がいない南シナ海では中国が着々と島々や岩礁を占領し続けているのをみれば、このことは明らかだろう。

――なぜ沖縄メディアは中国を利するような報道をするのか…。

 仲新城 かつての共産主義運動や学生運動時代の考えを堅持している世代が編集方針を定めているからだろう。そうした方針に沿って人材を採用し、社内教育も行っているため、おそらく自発的に彼らが報道方針を転換することはない。彼らの究極的な目的は米軍基地の完全撤去であり、どのような県内移転案であっても理屈をつけて阻止しようとし続けるだろう。彼らは狡猾な面もあり、例えば辺野古移設については、政府が負担軽減策として推し進めていることは報道するが、必ずその隣に解説で「政府の主張は詭弁」などと打ち消す記事を掲載する。こうした報道によって、県民は政権が嘘ばかり並べているとの印象を抱いてしまっている。

――新たなメディアが必要だ…。

 仲新城 実際、沖縄のメディア問題は辺野古問題や沖縄振興問題に並ぶ沖縄の主要課題といっていいだろう。本土の全国紙も、それぞれの主張に沿った報道は行っているが、沖縄には本土と違って主要2紙以外に有力な新聞がなく、県民に選択肢がないのが問題だ。私が勤める八重山日報は新たな選択肢になろうとしており、現在は沖縄本島でも約2000部を発行しているが、正直に言えば頭打ちになりつつある。力及ばない部分もあるが、沖縄の閉鎖的な言論空間を打破するために頑張っていきたいと思っている。他紙との協力も行っており、現在は産経新聞と記事の相互提供を行っている。

――沖縄経済にとっての基地の重要性は…。

 仲新城 昔はともかく、現在は基地収入以外の産業が育ちつつある。例えば最近では観光業が非常に好調となっているほか、沖縄振興開発金融公庫の新規創業向け融資はうなぎのぼりとなっており、経済の状況は過去最高と言われている。人手不足感も非常に強まっており、観光や建築関連の企業は常に求人を行っている状態だ。建築では作業員が確保できないために受注できる案件を受注しないケースもみられているほどだ。このため、現時点ではさほど基地に経済が依存している印象はなく、直接基地で雇用されている人を除けば、基地を経済のためにおいていると考えている市民は少ないだろう。

――日本政府に求めることは…。

 仲新城 八重山は、海を中国に荒らされる一方で、北朝鮮の弾道ミサイルがすぐ上の空を通過するなど、海と空の両面で日本の国防の最前線といえる。日本政府にはそのことを理解したうえで、繰り返される領海侵犯などに対応してほしい。そのためには、ただ警告するだけでなく、いざという時には実力も行使するという覚悟を示す必要があるだろう。ただ、例えば尖閣諸島に自衛隊を駐留させたりすれば中国を強く刺激し、戦争一歩手前にまでエスカレートしてしまう恐れがある。硬軟あわせたアプローチが必要だ。

――中国との対話は必要か…。

 仲新城 中国は完全に尖閣諸島を奪う考えであり、話し合いができる状態ではない。例えば共同開発などで合意したところで、中国は数を頼りに権益を拡大してくるだろう。例えば日本と台湾との間で締結された漁業取り決めでも、互いに範囲を決めて漁業を行うことが合意されたが、実際は対象海域を台湾漁船が埋め尽くし、八重山の漁民は海域に入ることもできずに漁業を自粛せざるをえなくなっている。そもそも現状で尖閣諸島は日本が押さえているのだから、それをわざわざ放棄し、共同開発に合意するというのは主権を手放すのも同然だ。政府にはこうした現状を踏まえ、毅然とした態度で中国に対応してもらいたい。

――今の監査制度は投資家保護に貢献しているのか…。

 八田 監査制度の根幹をなす公認会計士法は、戦後、新たに証券取引法(現在の金融商品取引法)が制定された同じ1948年にできたもので、投資者保護という証券取引法の趣旨に合致する形で運用されてきている。当時は直接金融の割合が低く、現在のように市場が機能していたわけではないが、監査が投資家保護のためであることは明らかだった。ただ、当時は大企業であっても監査は個人の公認会計士で対応しており、会社の圧力に屈し誤った意見を出す事例も頻発した。また、企業の活動も複雑化が進んだため、組織的な監査を行う目的と監査人の独立性を一層強化するよう、1966年改正の公認会計士法で監査法人の仕組みが誕生した。監査法人は5人以上の公認会計士が社員として出資し、連帯して無限責任を負う点が特徴的である。監査法人が誕生した当時は、今より少ない人数の会計士が、合名会社や組合の様に運命共同体的な視点で監査業務を行うことが前提にあり、現在のように出資者である社員が数百人もいる大規模な組織となることは想定されていなかった。そのため、現在ではこの大規模組織で意思決定ができるよう、代表社員を定めているが、これらの代表社員が、組織運営に必要なマネジメントに長けているわけではない。また、本年3月には監査法人のガバナンス・コードが定められ、第三者の視点を入れて経営するべきとされているが、監査法人の経営マネジメントができる人材は極めて少ない。コードでは、通常の会社経営と同様のガバナンスが求められるが、監査法人の成り立ちはそもそも通常の企業と異なっている。監査法人の仕組みができた当時は、独立性を持った専門家集団を作り上げる役割を果たしていたが、監査法人の組織が大規模化した今では、既に歴史的な役割は終えたのではないかと思っている。

――監査法人の制度が時代に合わなくなっている…。

 八田 まず、監査法人の規模が拡大した今でも、何か監査上の不祥事が起きれば、自分とは全く関係のない他の社員が起こしたものであっても、原則として、連帯責任として全員が処分を受けることになる。2006年の、みすず監査法人(前身は、中央青山監査法人)の解散は象徴的な例だ。カネボウの粉飾決算に絡み、2カ月間の業務停止処分を受けたことで、会計監査人としての法的地位を喪失したため、この間一律に上場会社を含む数千社の顧客の監査業務を担当することができなくなった。その結果、公認会計士法の改正もなされて、一部、有限責任制度が導入されたが、今でも他の監査チームがどのような監査をしているかはわからない状況には変わりがない。また、監査法人による財務基盤の確立がしにくくなっている現状がある。監査法人の収入源は法定監査報酬のウエイトが高いが、法律で定められた義務としての法定監査は、企業側ができるだけコストを下げようとするため、監査法人側ではギリギリのコストで監査することにつながりやすいうえ、契約更新を前に経済的なプレッシャーがのしかかることになる。こうしたことから、監査法人は、会計全般で潤沢なサービスが提供できる総合的な会計事務所に転換を図るべきだと思っている。米国のエンロン事件では、会計事務所が監査報酬とコンサルティング報酬を同時に受け取っていたことで信用を失った。このため、総合的な会計事務所に対して反対する向きも多いが、エンロン事件後の米国での制度も検討して、監査人として利益相反が起きない仕組みとすれば良いのではないか。

――日本での制度改正の機運は…。

 八田 2003年には、公認会計士法が37年ぶりに改正されたが、財務基盤の確立に寄与する制度とはならなかった。むしろ公認会計士試験制度の見直しという点では、改悪されたと言ってもよい。規制緩和と社会人受験者への負担減少などを理由に、大学一般教養レベルの1次試験をはじめ3段階あった試験制度が簡素化され、受験資格としての学歴要件そのものが撤廃された。これにより、中学卒業の16歳の最年少合格者が出たが、こうした若年層の人が、企業経営を前提にした幅広い知識を備えて、会計監査というプロフェッショナルの世界で通用する経験を持っているとは考えられない。監査業務は、企業の取締役や財務経理担当者と議論を経て財務諸表の適否を判断するため、大人としての知見や経験が求められる場面は極めて多い。また、新試験制度への移行にあたり、高度な倫理観の養成と実践的な専門教育の実現を目指した会計の専門職大学院ができたものの、近道での試験合格が可能ということもあって、多くの会計大学院では学生の募集停止が相次いでいる。現在のこのような試験で合格した会計士が、社会的な尊敬を得るプロフェッションとなるのは大変難しい。実際、現行の試験制度導入後、明らかに試験が易しくなり合格者が大量に発生し、合格しても就職できない待機合格者が社会的にも問題となった時期があった。公認会計士の登録には2年以上の業務補助や実務従事経験が必要となるが、多数の合格者が出たことで監査法人への就職が難しくなった。また、監査法人も、若手の採用に合わせベテラン会計士のリストラを実施した結果、年齢構成がいびつになり、適切な指導や監督が受けられない会計士もでている。

――東芝(6502)など、企業による不正会計が後を絶たない…。

 八田 東芝は先駆けて指名委員会等設置会社を採用して複数の社外取締役を任命し、ガバナンスの優等生と見られていた。東芝事件で改めて分かったことは、重要なのはガバナンスの仕組みをどう運用していくかということだ。たとえ過去に相当の地位にいて成功体験を有する人が社外取締役に就いても、執行に対する厳格な監視・監督ができなければ意味がない。時代が変化するなか、「昔取った杵柄」では役に立たなくなっている。その点、東芝も含め、不正の発覚は内部告発によるものが圧倒的に多い。以前は会社組織に対する帰属意識が高い社員が多かったが、今の社員は以前と異なる倫理観を持ち、社内の不正に対して見逃してはならないと思う人が多いと感じられる。また、SNSの発達など以前にはなかった伝達手段もあるため、上司や同僚に相談する前に外部に情報が出ることさえ考えられる。一般に、社外取締役に就くような高年齢の世代では、こうした時代の感覚について行けていないこともありうる。但し、社外取締役などの外部の視点によるガバナンスの制度自体が無くてよいというわけではない。日本では単一民族での価値観で動いているが、海外では多民族が交わるため、契約社会における対応も考慮に入れて、目に見える形での説明ができなければ海外投資家への説得力を持たない。

――東芝問題ではまだ刑事告発がされていない…。

 八田 証券取引等監視委員会は、東芝に対し課徴金納付命令の勧告をなすにとどまり、これまでのところ刑事告発は行われていない。今回のような深刻な事案であっても刑事告発がなされないというのであれば、今後の経済事案で経営者責任が問われることはほとんどないのではないか。東芝は日本を代表する名門企業だったが、今では上場維持が危ぶまれる中、株式についても一部の投資家によるマネーゲームの材料になっている。東芝の事案は、国内の先端技術を守るという国の意向とも絡んで、再建への道のりは大変厳しい状態にあるが、これまでの対応からして、個人投資家は蚊帳の外に置かれた状態であり、日本株への長期投資など敬遠されかねない。当然、海外投資家の方がこの問題を深刻視している。日本では、相変わらず誰もが知る大企業による不正会計が相次いでいる。経営者に対する厳しい罰則がある海外に比べれば、日本では経済事案に対する経営者責任の追及については大変甘い状況にあると言われている。処分が甘い理由として、海外では個人の利益獲得が不正の動機となることが多いのに対し、日本では個人ではなく組織防衛のためだったいう理屈がまかり通っている。確かに、法外な個人利益を得ているわけではないかもしれないが、不正発覚を先送りして企業役員の立場にとどまり、結果として企業価値を大きく毀損させてしまっている以上、「仕方が無い」ということで安易な処分に終始することは世界の論理では通用しない。

――新会長として力を入れたいことは…。

 鈴木 証券業は単に利益をあげるだけではなく、いかに世の中に役に立っているか、社会的意義を理解してもらうよう務める時期に来ている。国連が持続可能な社会を実現するための重要な指針として掲げた「持続可能な開発目標(SDGs)」を政府も推進しているが、証券界としても積極的に取り組む必要があると考えている。証券界の課題としては、貧困や環境などの解決を図る投資である「インパクト・インベストメント」での貢献があげられる。具体的には、地球温暖化など環境問題の解決に充当するグリーンボンドや、水関連の事業に充てられるウォーターボンドなどが発行されている。また、持続可能な開発目標ではジェンダー平等が提唱されているが、男女が平等に働けるような環境づくりも重要だ。この目標では課題が17項目、達成基準が169項目と多岐にわたるが、今後さらに意義を増す考えになると見ている。今はまだあまり知られていないが、世界各国の注目を集め、いずれ多くの人が理解するようになるだろう。証券界でもいち早く取り組めば、業界全体が大きく変わり、優秀な人材の流入にもつながる。この点、私の出身の大和証券では女性の登用に真っ先に注力してきた。当初は疑問を持つ人も多かったかもしれない。だが、社会常識としておかしくないことをすれば、後から流れはついてくると思っている。

――大和証券ではかなり前から先駆けて「働き方改革」に取り組んだ…。

 鈴木 働き方改革は一見遠回りに見えるものの、労働効率を上げることにつながるため、会社にとっては最も利益があがるものだ。昔の証券界は男性中心の世界だったが、今はそうではなくなり、多くの女性が活躍している。証券界全体でも、働きやすい環境をつくるよう、まずは男性の育児休暇や年休の取得など、基本的なところから協会がきちんと取り組んでいく。協会では当面の主要課題で、事務局の運営態勢の整備として「職員のワークライフバランスの向上」も掲げている。証券界は長らく、手数料を稼ぐことを第一に考えてきたが、最も重要なのは顧客をつくり、資産を預けてもらうことだ。手数料稼ぎだけでは長続きしないが、顧客をきちんとつくれれば、最終的に大きな利益につながる。顧客づくりは、女性も男性と互角にできる部分であり、むしろ女性の特長を活かすことができる分野だ。例えば、訪問で怒られることがあっても、粘り強く関係を構築し、顧客として長く付き合うことができる女性は多い。大和証券では、CFPを保有する社員を年齢に関わらず相続コンサルタントとして各支店に配置したが、ここでも女性が活躍している。相続ビジネスは非常に大きなビジネスであるが、顧客に安心感を持って相談してもらえるかということが大きな要素となる。問題が起きたときに忌憚のない話ができ、安心感につなげている女性のコンサルタントは多い。一方、男性にも得意分野があり、証券業はそれぞれの特長が活かせるビジネスだと考えている。

――証券界全体で、女性の働きやすい環境をつくるべきと…。

 鈴木 日本では男性ばかりが仕事の中心となっていたが、女性の活躍も進めば、一段の飛躍ができる。少子高齢化が一段と進む中で、証券界で働く女性は今後さらに増えるだろう。以前は出産を理由に辞める女性社員も多かったが、今は非常に少なくなっている。今のマーケット環境が続けば、証券界ではそれなりの賞与も得られる。かつての大量採用・大量退職という職場環境を経て、少数が残る時代もあったが、証券業界の体質の変化もあって今では辞める社員は少なくなった。特に地方では、生活コストが高い東京都心と同水準の賃金が得られるため、証券界で働き続けるメリットは高い。

――NISA普及への取り組みは…。

 鈴木 18年1月から開始される「つみたてNISA」の制度について、導入が円滑にできるよう対応を進めている。これにより、有価証券で資産形成する人を増やし「貯蓄から投資へ」を真に進めるときが来た。通常のNISAは年間120万円の枠を一挙に利用する既存客も多かった。これに対し、「つみたてNISA」は1カ月に非課税枠が約3万円となり、このなかで長期間積み立てるものとなる。既存客はもちろんのこと、証券界がこれまでアプローチできなかった層にも利用してもらえると考えている。非課税期間は20年間となるが、毎月数万円を20年も積み立てれば、絶対ということではないが、高い確率で預金よりも高い利回りを実感できるだろう。既存客はもちろん、これまで投資に興味が持てなかった層にも、義務ではなく権利として周知していこうと考えている。これは非常に息の長いビジネスとなる。

――「つみたてNISA」は資産形成の導入剤になるか…。

 鈴木 通常のNISAを初めて導入した時の勢いで口座数を増やすことは難しいかもしれないが、将来の証券ビジネスを伸ばしていくという姿勢が必要だ。預金がまだ多いなか、個人の金融資産に対するビジネスには伸ばす余地がある。証券会社にとっては、システム対応の費用がかかるうえ、毎月数万円と利益が薄いようにも思えるだろう。しかし、若年層のうちから積み立てによるメリットを実感してもらうことに意味がある。日本では個人の金融資産のほとんどが50歳以上の保有となり、この年代の中で相続により回っている状態だ。若年層のうちから有価証券での資産を形成した経験があれば、自身が相続される年代になったとき、資産の一部を有価証券で持っていた方が有利だとわかる。金融リテラシーの向上にも協会として引き続き取り組むが、成功体験があってこそ投資に踏み出してもらえるだろう。「つみたてNISA」は新しい顧客を開拓するにも良い手段だ。このため、短期的な儲けを問題にするのではなく、証券界では「百年の計」のつもりで取り組むべきだと考えている。

――短期的な利益だけでなく、長期での視点が必要だ…。

 鈴木 目先の利益を追うだけでなく、社会的に真っ当なことをきちんとやることが遠回りに見えて一番近道だ。これは働き方改革についても言えることだ。人材が定着しない企業であれば、「ブラック企業」と言われ結局は長く続かない。企業不祥事も、突き詰めていけば常識に背いて目先の利益のみを追うことから始まっている。法律で禁止と明示されていなくても、法律の趣旨に背いていることは許されない社会になってきている。

――都議選では本来、民進党が与党批判の受け皿になるべきだった…。

 岸本 2009年の東京都議会議員選挙では民主党の議席数は54議席あったが、2013年の前回選挙では15議席に減少した。さらに、今回は民進党の公認候補が都民ファーストの会に移ったことにより候補者数そのものが目減りし、選挙前の7議席がさらに5議席まで減少する結果となった。都議会選挙の結果は次の衆院選を占うと言われている。二大政党制のなかで民進党が与党批判の受け皿となるためには、このままでは党が消滅してしまうという危機感を共有して改革を進めていく必要がある。ただ、現在の執行部からはそうした雰囲気をあまり感じない。

――民進党の改革に向けた取り組み状況は…。

 岸本 当選回数3回以下の若手議員では党改革の必要性を主張しており、4月には野田幹事長に対して提言書を手渡した。今回の都議選が終わった後も私が代表して野田幹事長に面会し、選挙結果の総括と両院議員懇談会の開催、4月の提言内容の実行を申し入れたところだ。具体的には、都議選の大惨敗は所属議員一人一人の力が足りなかった結果であり、責任の押し付け合いは回避して蓮舫代表を支えていくべきだということを伝えた。その代わり、蓮舫代表以外の執行部を刷新し、若手議員を登用するよう求めている。旧民主党内閣時代の閣僚経験者は立派で個人的に大好きな人ばかりだが、政権が崩壊した責任は彼らにあることもまた事実だ。国民の間では失敗のイメージが根強く残っており、党の名前が変わり、代表が代わったにも関わらず、結局その周りを固めているのは当時の閣僚経験者ばかりで代わり映えがしない。これではどんなことを言おうと国民からは信用されない。そこで、民主党内閣当時は政務官にもなっていないような当選3回以下のフレッシュな若手に一度チャンスを与えて頂き、当時の閣僚経験者は「1回休み」で若手を後ろから支えてほしいとお願いをしている。

――自民党に対し、今後の民進党はどのような政策を打ち出すのか…。

 岸本 もともと民主党は自民党田中派の流れを継ぐ保守系の勢力に、旧社会党や市民運動家がくっついて出来た勢力であり、外交安全保障についてはハト派ながらも現実主義だ。例えば、民主党政権では武器輸出3原則を解禁し、自衛隊の戦力を北海道から南西諸島に振り替えた。確かに鳩山政権では日米関係でつまずいたが、その後の野田首相時代は友好的な関係を築くことに成功している。また、社会保障については消費税で財源を賄い、きちんと再配分をしていく。自民党の社会保障政策では、まるで「生活保護をもらうのは恥ずかしいことだ」と言わんばかりの自己責任的な発想が強いが、我々は憲法25条に書いてある健康で文化的な生活は国民の権利だという全く違う哲学を持っているので、この差を明確にしていく。

――財政再建に対する考え方は…。

 岸本 昨年度に一般会計税収が目減りしたことが示すように、経済成長による税収増で財政再建を達成するという政策が成り立たないことはもはや明らかだ。確かにアベノミクスの実施1年目は円安と株高が進んだが、安倍政権下でこれまで税収が増えてきた最大の要因は2014年4月の消費税率3%引き上げであり、景気頼みでは財政再建は出来ない。

――具体的にはどのよう財政再建を進めていくべきか…。

 岸本 手段としては消費税率の引き上げが中心となる。確かに消費税率を引き上げたその年は景気が悪くなるが、消費増税から2年連続で景気が悪化することは通常考えにくい、さらに、税率引き上げ前の1年間は駆け込み需要で景気は良くなるので、これと反動減を相殺すると基本的には景気への悪影響はない。では、なぜ安倍政権で消費増税により景気が悪化したかというと、それは円安で物価が上昇したにも関わらず賃上げは進まず、実質賃金が低下してしまったからだ。さらに言えば、私たちは日銀が年間6兆円も株式のETFを買ってまで株価を引き上げる必要はないし、年間80兆円も国債を買ってまで物価を2%にする必要もないと考えている。日本経済は体力的に見て高い成長は期待できず、潜在成長率のゼロ%~1%の範囲内でうまく舵取りをしていかねばならない。

――1000兆円もの国の借金を考えると、消費税率は相当引き上げる必要があるが…。

 岸本 消費税率の引き上げは徐々に進めていくほかない。幸いにして、日本の個人金融資産は「金利が低いから貯金する」という日本人ならではのマインドを背景に国債の残高増加分と同程度のペースで増えており、今後5年程度は国家財政が急に破たんする可能性は低い。安倍政権が進める10%への消費税率引き上げでは、増税分のほとんどは借金の返済に充てられる予定で社会保障に回される分はわずかとなっており、増税に対する国民の忌避度は高い。そこで、我々は消費税率を引き上げた分は全て社会保障の財源として国民に返るようにし、まずは増税に対する忌避度を下げていく。その後は社会保障に充てる割合を7割、5割、と少しずつ減らしながら、福祉の大盤振る舞いもできないため歳出も徐々にカットしていく方針だ。財政再建に魔法の杖はなく、消費増税を延期し続けてもそこに答えは無い。きちんと税金を上げる癖はつけなければいけない。

――都議選での都民ファーストの会の圧勝の要因は何か…。

 岸本 今回の圧勝は、フランスの大統領選挙でのマクロン旋風に似ている。フランスはこれまで2大政党として政権交代を繰り返してきた左派の社会党と右派の共和党がともに没落したため、国民の期待は中道のマクロン氏に集まり、結果的に大統領の座と議会勢力の過半数を与えた。今回の都議選では「自民党は駄目だけど民進党はもっと駄目」という状況のなか、公明党や連合の支援も後押しに中道の都民ファーストの会が急浮上した。これは、かつて同じく公明党と連合を支持母体として躍進した新進党のモデルと極めて似ている。公明党はもともと世界平和や弱者の保護を主張する政党であり、労働組合とも親和性がある。今後、大企業中心の自民党に対抗していくことを考えたとき、この「新進党モデル」は意外と有効になるのではないか。

――都民ファーストの会が国政に進出した場合の連携については…。

 岸本 お互いに政策が合致するならば、選挙協力をしてもよいと思う。ただ、まずは自民党批判の受け皿となり得る穏健なリベラル保守勢力を我々自身が作り上げることを考えている。民進党のカラーを塗り替えて中道の位置に来るようにすることが一番だが、党内の説得を含めてそれだけの時間が残されているかどうかが最大の問題だ。民進党には一宿一飯の恩義があり、私自身としても保守勢力による二大政党制を日本で確立するために政治家を志している以上、あちこち動き回るような節操のない真似をしたくはない。とはいえ、民進党を再び二大政党の一角として抱え起こすことができないのであれば、いわゆる反自民・非共産の勢力で1つの中道政党を作り、自民党と連立を組んだうえで自民党のハト派を割りにいくという戦略もあり得る。私も民進党の改革に向けて努力するが、それでも民進党が立ち直れなかった場合、若手議員の仲間で古い民進党に別れを告げて天下を取りに行こうと考えている。

――運用環境は厳しさが続いている…。

 岩崎 国内金融機関の資金運用を振り返ると、バブル崩壊以来、円債以外は大変苦しんできた。加えて、昨年にはマイナス金利政策が導入され、経常的な利益を稼ぐことすらも容易ではなくなってきている。こうしたなか、金融機関は投資信託での運用を増やしているが、それらは海外の商品を何らかの形で運用しているものが増加してきた。海外資産での運用はそれぞれの金融機関のポートフォリオの中で取り組まれるものなので、それがリスクの許容範囲内に収まることが望ましい。その点、為替相場の急変で海外の運用資産が大きな影響を受けるという事態は以前はよく見られたが、各社とも近ごろは変動リスクを抑えるよう慎重に取り組んでいるように見える。

――運用環境も厳しいが、金融庁による行政指導も厳しい…。

 岩崎 当協会の協会員には様々な規模や種類の業者がおり、これから順次、そうした方々の声を聞いて回ってみたいと考えている。当協会としては、そうした協会員の声を何らかの形で投資家や行政に伝えていくことが大事になるだろう。金融庁が打ち出したフィデューシャリー・デューティー(顧客本位の業務運営)については、欧米では信託法の上にある概念であり、投資信託など金融以外の分野にも波及する。例えば医師と患者の関係もそうだが、利益相反や情報格差がある場合については、顧客に寄り添って適切に対応しなさいというのがもともとの考え方だ。米国ではこれをエリサ法など法律に落とし込んでいき、法に基づいたフィデューシャリー・デューティーという形態に変化していった。日本の投信、投資顧問、投資法人においても基本的な考え方は一緒であり、契約に基づいて顧客への忠実義務を果たしていくことはある意味当たり前だ。顧客本位の業務運営についてより明瞭に姿勢を示すという部分などはいくつか残っているが、運用会社としてはフィデューシャリー・デューティーに取り組んでいない方がおかしいというように考えている。

――フィデューシャリー・デューティーのうち、手数料の開示については…。

 岩崎 投資信託では、手数料の開示は目論見書などによりすでに対応済みだ。これをよりわかりやすくする方法が他にないかというと、例えばパーセンテージでの表示がいいか、あるいは実額での表示がいいかなどといったテーマは出てこよう。このような論点について投資家の要望があるならばそれを取り込んでいければよいが、投資家を含めた様々な関係者の意見を集約して対応を決めていくべきだと考えている。

――運用益の悪化に加え、規制改正に対応するコストが膨大になってしまっている…。

 岩崎 例えば、投資信託の目論見書を作っている投信会社の立場で申し上げれば、インターネットを利用することで紙の枚数自体は減っているが、作成の手間暇やコストはむしろ大幅に増えている。目論見書の記載内容が簡素化されたとはいいつつも、元々作っていたものを廃止して簡単にしてよいわけではなく、既存の内容を維持したものを作成したうえで、さらに上乗せで簡素化したものを別に作成することが求められるためだ。目論見書についてはまさに開示の問題そのものであり、かなり大きなテーマになるため、さらなる議論が必要になるだろう。

――そうしたことにいたずらにコストをかけるくらいならば、むしろ投資家にきちんと分配すべきではないか…。

 岩崎 例えばREITでは、利益の90%は投資家に分配せよという形になっている。利益を内部で抱えている分には税金がかけられないため、分配金という形でこれに課税が出来る状態になるのはある意味で望ましいことだ。ただ、昔から議論が分かれるところで、成長のため分配金を出さずに再び運用に回すという考え方も道理にはかなっている。これはどちらか一方が正しいという種類の話ではなく、双方の考え方を投資家に理解してもらえるようにしていくことが大事なのだろう。また、議決権の行使結果の開示については、米国においてもインデックス運用の場合も議決権行使結果を全て開示すべきという考え方がある。このようにエンゲージメントを進めることは、最大手のバンガードはこれに賛成のようだが、他のインデックスプレイヤーでは「そこまでやる必要があるのか」という意見もあるようだ。米国のように、業者間でも規模の違い、もしくは保有している銘柄群の違いで様々な声が出てくることはある意味当然だ。日本においてこの議論がどのように落ち着くかは、まさにこれからやっていくことだ。スチュワードシップ・コードをきっかけに企業に対するエンゲージメントを深めようとすれば、人や時間を含めその分のコストは増すことになる。比較的小規模の業者はこれに反対するかもしれないが、逆にエンゲージメントを専門にしているような運用会社にとってはウエルカムだろう。これは決して0か1かという話ではないが、あまりに過剰なコストがかかってしまうようであれば、今後の課題と考えている。

――公募投信が残高100兆円の壁を大きく乗り越えて成長いくためには…。

 岩崎 バブル全盛期の1989年時点では国内の公募投信の残高は約58兆円だった。現在の残高は約100兆円なので、約1.7倍増えたことになる。ところが、米国では1989年当時の約1兆ドルが約17兆ドルと、実に17倍も伸びている。米国で残高が大幅に増加した理由については様々な見方があるが、大きな要因の1つは401KとIRA(個人退職勘定)といった制度面だろう。米国の投信残高約17兆ドルのうち、401KとIRAでこの4割強を占めている。日本でも確定拠出年金(DC)や、個人型確定拠出年金(iDeCo)、NISAなど、仕組みは整備されてきている。ただ、DC全体の残高約10兆円のうち投資信託は4割強にとどまっており、残高の過半数は預金や保険など元本保証型の商品が占めている。米国では一時的なものを除いて残高が全て成長マネーとして市場に供給される素晴らしい仕組みとなっており、これにより流動性が供給され、かつ市場の安定性が生まれる好循環が出来ている。

――日本でも制度面のさらなる手当てが必要だ…。

 岩崎 日本にも401KやIRAのような効果をもたらすような仕組みが出来れば、投資家にもよし、市場にもよしという環境を作ることができ、さらに成長マネーを供給できるのではないかと期待している。米国以外にも、例えば豪州には「スーパーアニュエーション」という1990年台に始まった年金制度があり、豪州の投信市場規模約170兆円のうち約8割を占めている。つまり、豪州の人口は2500万人弱にも関わらず、投信残高は日本を大幅に上回っているというわけだ。スーパーアニュエーションでは年収の9.5%相当を強制天引きされ、これを認定を受けた金融商品に投資する仕組みとなっている。既存のNISAやiDeCoの使い勝手をさらに良くするためにどうすればよいか、我々が幅広い関係者の声を集めつつ、これを当局にもうまく伝えて行きたいと考えている。

――ランサムウェアなどによるサイバー犯罪が目立っている…。

 土屋 5月にランサムウェア「WannaCry」が世界150カ国で20万台以上のコンピューターに感染したことが話題になったが、実は「WannaCry」自体は専門家にとって大きな驚きではない。というのも、対策手段をマイクロソフトが早々に打ち出しており、今回被害に遭ったのはOSをアップデートしていなかったコンピューターばかりだったからだ。ある意味、基本的な対策を行わないユーザーが世界中にこれだけいたことの方が驚きだ。また、「WannaCry」はコンピューターを凍結し、解除と引き換えにビットコインでの身代金支払いを要求するものだが、結局まだ犯人は1円も得ることができていない。身代金を支払ったのはわずか230組ほどと、全体の感染者の0.1%程度にとどまったうえ、支払先に指定された口座を世界中のアナリストや警察が見張っているため、犯人は身代金を引き出せずにいる。

――サイバー攻撃としては大失敗だ…。

 土屋 そういうことになる。恐らく犯人はビットコインの仕組みをよく分っていなかったのだろう。「WannaCry」自体も、中身は昔からあるランサムウェアで、それに運び屋となる別のプログラムと結びつけただけで、特段技術的に目立ったところはない。ただ、その運び屋プログラムが米国の国家安全保障局(NSA)由来のもので、波及力が強かったことが世界中での被害につながった。恐らく犯人は小金を稼ぎたかっただけで、今回の被害規模は犯人にとっても予想外だったと思われる。実際、犯人は支払われた身代金を受け取れていないし、支払い者のコンピューターを復旧することもできておらず、「WannaCry」はナンセンスな攻撃と評価せざるをえない。一部では北朝鮮が攻撃元という見方もあるが、あまりにレベルが低いため、国家ぐるみの事件とは考えにくい。もし実際に犯人が北朝鮮関係者だとしても、個人的犯行である可能性が高い。6月末に再びウクライナを中心としてランサムウェアによる攻撃が行われたが、こちらは身代金を要求するふりをした悪意あるウクライナへの妨害工作であるとみられる。ただ、低レベルな攻撃であることに違いはなく、ロシア政府が関与している可能性は低いとみている。あるいは、はじめから金銭目的ではなく、業務妨害が目的だったのかもしれない。

――日本政府のサイバーセキュリティ対策をどうみるか…。

 土屋 現行法制下で出来ることはやりつくしている印象だ。2014年にサイバーセキュリティ基本法が成立し、日本年金機構の情報流出問題を受けて同法は2016年に改正されたが、更なるセキュリティ向上には通信の監視を認める法改正が必要だ。ただ、今の日本では政治的に難しく、立法も進んでいない。つまり日本の現状ではサイバー攻撃の予防は不可能であり、やられてから対応するという心もとない枠組みになっている。

――テロ等準備罪の新設などでは不十分なのか…。

 土屋 いくら準備段階で処罰できるようになっても、準備の情報を当局が掴むことができなければ意味がない。インターネットの情報量が莫大であるのは誰もが知っているところだが、実は自由にアクセスできる部分はインターネットの一部に過ぎず、いわば氷山の一角だ。誰もがみることができる部分を「サーフェイスウェブ」と呼ぶが、この下にグーグルなどでは検索できない「ディープウェブ」、更にその下に「ダークウェブ」と呼ばれる領域が存在している。一部の有識者は、「サーフェイスウェブ」はインターネット全体の40%以下しか占めていないと指摘するほど、地下部分の領域は大きい。「ダークウェブ」では、「WannaCry」のようなツールの取引が行われているとみられる。こうした領域での取引を防ぐには、政府による通信の監視が必要だ。

――政府が情報を悪用するのではないか…。

 土屋 誤解があるところだが、例えば特定秘密保護法は、外国からもらった情報を日本政府が確実に守れるようにするためのものであり、政府の都合の悪い情報を隠そうという趣旨ではない。実際、外国政府は特定秘密保護法を高く評価しているのだが、そのことが一般に理解されていないように思われる。サイバー攻撃防止のために通信を監視する場合でも、必要なのはまずは外国との通信を監視することであるため、すぐに国内監視の必要はなく、過度に警戒することはない。外国との通信を分析した結果、国内の通信の監視が必要になれば特定のものだけ対象にすれば良いだろう。メディアは通信監視によって取材源が政府に把握されてしまうことを恐れているようだが、政府はそうしたことに興味はなく、杞憂といっていいだろう。本当に監視対象となるのは、あらかじめ危険性が高いとわかっているIPアドレスで、本当にサイバー攻撃が行われそうになれば、対象の通信を遮断することで被害を防ぐことができる。

――サイバー攻撃は戦争にも用いられている…。

 土屋 ロシアなどは、通常の軍事力とサイバー・情報戦を組み合わせた「ハイブリッド戦争」を実践しているとみられる。例えば日本が「ハイブリッド戦争」を仕掛けられた場合、尖閣諸島に敵軍が上陸する一方で、あらかじめフェイスブックなどを活用して収集した情報を使い、迎撃のために出動しようとする自衛隊員に対して、妻子を誘拐したと仄めかすようなメールが相手国から送られることなどが考えられる。有事に合わせて、放送局やツイッターのアカウントを乗っ取り、デマ情報を流し、社会的混乱を巻き起こすこともありえるだろう。こうしたサイバー攻撃に対処するため、あらかじめ怪しいIPアドレスを監視し、必要に応じて遮断することが認められてもいいのではないだろうか。もちろん違う見方もあるだろうし、考えを押し付けるつもりはないが、議論を行い、政府が監視を行うことのメリット・デメリットを浮き彫りにしておくことは必要だと考える。

――サイバー攻撃は一番ハードルが低い攻撃だ…。

 土屋 陸海空の戦力が出動すれば、深刻な国家間対立が発生するが、サイバー攻撃は攻撃元が判明しにくく、被害もみえにくいため、けん制のように行われている傾向がある。しかし、これまで死者が出てないとはいえ、原発や航空機が狙われれば大量の死傷者が発生しかねず、サイバー攻撃をないものとして防衛体制を立案するのはおかしい。今後は、政府がどう被害を掴むかも重要となるだろう。例えば金融機関は有力なターゲットだが、たとえ被害が発生しても表面化しにくい。しかし、オンラインバンキングであれだけフィッシングなどに対する警告が行われているところをみると、被害が発生していないということはないだろう。金融庁は被害の実態を把握しているだろうが、おそらく政府内で十分に共有されているわけではない。ただ、業界内での情報共有については、2014年に共有・分析を行うための「金融ISAC」という組織が設立されたことにより、金融業界は他業界に比べて進んでいる。

――政府のサイバー対策組織の現状は…。

 土屋 2014年に自衛隊の中にサイバー防衛隊が創設されたが、人員はその他の陸海空の要員とあわせても精々200~300名で、他国の数千名体制とは文字通り桁が違う。日本はサイバー攻撃を行わず、防衛に専念するために少人数で十分ということになっているようだが、攻撃を防ぐためには攻撃を熟知する必要があり、本当に少人数で対応できるのかは疑問だ。日本でも、自民党内で発射の兆しがある弾道ミサイルの発射元に自衛隊が攻撃をすることの是非を巡って議論されているのに関連して、サイバー攻撃の発信源を探知して不能にすることは認めるべきではないかといった議論が浮上している。ただ、探知するには攻撃元を探知する「アトリビューション能力」が必要で、そのためにはやはり通信を分析・監視する能力を政府がもつことが欠かせない。

――今後の日本のサイバーセキュリティはどうあるべきか…。

 土屋 国全体への通信監視を実現するのは難しいのが現実だ。そこで、とりあえずは特定秘密保護法のように、「特定重要インフラ保護法」のようなものを整備してはどうだろうか。これは一般国民やメディアは対象外として、金融機関、鉄道、水道、発電所など、社会にとって重要なインフラの通信に限って、政府による通信監視を認めるものだ。企業側から、経営判断として政府との通信共有を認めてくれれば、ハードルはなお低くなる。これでもまだ社会的合意が難しいのならば、例えばオリンピック終了後までの時限立法という形にしてもいいだろう。それで全く成果がなく、テロも防げなければ廃止すればいいし、逆に役に立ち、サイバーテロや物理的なテロを食い止めることができたのなら、改めて恒久化すればいい。オリンピックにこだわる必要はないが、メルクマールではあるので、それをきっかけとして体制を見直してもいいのではないだろうか。

1/10掲載 環境事務次官 小林 正明 氏
――現在の環境行政のテーマは…。

 小林 環境行政においては従来、公害や自然破壊への対応が中心であったが、最近は循環型社会の実現に向けた取り組みを進めている。公害問題については、河川などフローの部分については汚染対策がほぼ終了している。ただ、湖や港湾に溜まった汚染土壌や地下水汚染といったストックの部分はやっかいで、完全に解決するまでにはなお時間を要する。このほか、アスベストやポリ塩化ビフェニル(PCB)など、人体への悪影響を把握しないまま大量に使用された物質の始末には苦労している。PCBはカネミ油症事件で健康被害が確認されて以降、使用は中止されているが、世の中にはPCBを使った製品がなお出回っており、一生懸命探し出して処理をしている状況だ。アスベストも建材として一時期非常に重宝され、アスベストが使われている古い建造物も残っている。こうした事例を踏まえると、やはり多少の手間や費用がかかろうとも、最初から環境という要素を組み込んでおいた方が結果的にはローコストだということになる。環境への配慮が重要であるとの認識は社会的に共有されてきているのではないか。

――日本が循環型社会を目指していくメリットは…。

 小林 いかに安く捨てるかを問題としていたゴミを資源と捉え直していけば、資源の無い国と言われている日本が資源国になる可能性は十分ある。日本では江戸時代から循環型社会という思想はあったものの、昭和の高度経済成長期に環境から成長に一気に舵を切り過ぎたと言えよう。ただ、環境問題が起こってから対策を打つよりも、やはり最初から環境と経済成長を両立する道を選んだ方が社会として合理的であろう。それがまさに循環型社会であり、現在はまさに新しい循環を作ろうとしているところだ。また、脱炭素社会の実現や生態系の保護も大きなテーマであるが、これらを全て叶えた時に社会として一番良い答えが出ると考えている。加えて、循環型社会の実現を目指していくことで、各地域が抱える様々な課題にもしっかり応えることができると実感している。

1/23掲載 医療ガバナンス研究所 理事長 医師 上 昌広 氏
――製薬業界の現状は…。

  今の製薬業界は、護送船団方式やMOF担(大手金融機関の対大蔵省折衝担当者)を使っていた昔の銀行と同じだ。価格やサービスを統制した結果すべての金融機関が同時に危なくなったように、今の医療行政は医療の本体である医者から患者へのサービスを怠って、国が統制ばかり握っている。まさにバブルまでの日本の銀行行政に瓜二つだ。日本の薬価が高いのは厚生労働省が決めているからで、薬というのは本来、グローバルなものであり、内国資本や外国資本という枠組みに囚われず価格が市場で自由に決まることで発展していくものだ。

――製薬会社の現状は…。

  また、新薬開発における基礎研究というものは何が成功するかまったくわかっていない。これまで製薬企業は膨大な研究費を投じ、なかにはノーベル賞を受賞したものもある。ところが、実際の薬になったのは、ジェームス・ブラックによる制酸剤など、ごくわずかだ。新薬開発とは、例えばフェイスブックやアップルと同じように巨額の費用を投じてヒット商品を生み出すわけはなく、確率として偶然発生するレベルに過ぎない。1980年に米国でバイドール法が制定されて政府資金で研究開発された新薬であっても大学が特許権を取得することが認められ、その頃から製薬会社の業態変化が始まった。製薬会社は確率が低く巨額を投じる研究開発から撤退し、大学の研究開発機関を利用するようになった。そのために製薬会社はファンド化していくが、確率が低い事業であることから言い換えればこれほど投機的なビジネスはない。一方、創立して日が浅いボストンの製薬会社アレクシオンファーマは、日本でも数百人程度の患者しかいない血液難病の薬を作っただけで時価総額3兆円を超えた。一つヒットすればビッグビジネスとなる。80年代にファンド化していった製薬会社は、90年代に入って資金調達コストを下げるために合併していくようになる。一方、日本の製薬会社は80年代までグローバル競争力では優れた企業だった。しかし、ファンド化の波に乗り遅れて以降、臨床研究開発や市販後調査で海外企業の後塵を拝するようになった。足元では武田薬品が湘南の研究所を閉鎖し、米国に移転したのもその流れの一環だ。こういったグローバルな変化に乗り遅れた日本国内製薬業界は、巨額な財政支出を背景に国内で完結して利ザヤ、利権を得られる体制にしてしまった。ドラッグ・ラグ(海外で使われている薬が日本で承認されて使えるようになるまで時間がかかること)を非関税障壁として利用し、薬の値段は厚生労働省の中医協が決め、世界の市場価格とかい離してしまっている。

3/13掲載 アジア開発銀行 総裁 中尾 武彦 氏
――目覚ましくアジア経済が成長した要因をどうみるか…。

 中尾 1960年代のアジアはガバナンスもなければ技術革新もなく、日本という例外を除けば成長は見込めないという見方が欧米では強かった。しかし、その後は「Four Tigers」と呼ばれた香港、シンガポール、台湾、韓国に始まり、マレーシアやタイ、インドネシア、そして中国やインドなど多くの国が著しい成長を遂げた。それは、これらの国々が市場経済に基づく成長政策をとってきたこと、あるいは途中から国家主導の計画経済や輸入代替などの政策をやめて開放的な政策に転換したことが大きな要因だ。私は、途上国経済が発展するためには8つの条件、即ち①インフラへの投資、②人的資本への投資、③マクロ経済の安定、④開放的な貿易・投資体制あるいは規制緩和と民間セクターの促進、⑤政府のガバナンス、⑥一定以上の社会の平等性、⑦将来へのビジョン・戦略、⑧政治的安定・周辺国との良好な関係が必要と考えている。アジア各国がこれらの条件を満たしてきたことが成長要因だと評価している。

――アジアは今後も成長を続けられるのか…。

 中尾 確かに既に大幅な成長を遂げてきたが、まだまだ成長できる。例えばフィリピンやベトナムは、1億人前後の人口を持つが、一人当たりGDPはまだ3000ドルに満たず、今後の発展余地は大きい。天然ガスなど豊富な資源から恩恵を受けているインドネシアも、一人当たりGDPは依然3000ドル台だ。3万ドルを超える先進国へのキャッチアップ余地は大きい。東南アジア以外では、南アジアは約14億人の人口を超えるインド、1億9000万人のパキスタン、1億6000万人のバングラデシュがあり、いろいろ難しい問題はあるものの最近は成長が強まっている。そのほか、中央アジアはいかに資源に依存しない経済構造を実現するかが重要で、例えばウズベキスタンなどは近代的な農業ビジネスもチャンスがある。いずれにせよ、世界の人口の半分強を占めるアジアは、今後も適切な政策を維持していくかぎりにおいて成長を続け、2050年には世界のGDPに占める比率も現在の3分の1から半分を超えるようになっていくだろう。

4/17掲載 上智大学 法科大学院 教授 楠 茂樹 氏
――東京五輪の会場建設費など、公共工事のコストの高さが問題となってきている…。

  私は東京都の入札監視委員会の委員を務めており、東京都による入札制度改革案の取りまとめ作業でもヒアリングを受けた。都が3月末に公表した改革方針では、1者入札の場合は入札を中止するなどとしているが、これは現場からすると無理筋な話だ。確かに、2者以上が入札に参加した場合、1者に比べて落札価格は何%か低くなるというデータは存在する。改革案では1者入札を無くすことで公共工事のコストを抑制できると主張しているが、これにより生じる弊害は無視しており、ヒアリングの席でも問題があると申し上げた。都が行っている公共工事では全体のうち約1~2割が1者入札となっている。仮に年間で5000件の公共工事があるとして、今回の改革案が実施されれば少なくとも500件程度が中止となる公算だ。再び入札を実施するためにはさらに2?3カ月ほどの期間をかけて再公告・再入札を行う必要があり、実務が滞ってしまう恐れがある。さらに、再入札でも応札が全く無かった場合はどうするのかといった議論は今回ほとんどされていない。大型案件に限定するとの話もあるが、弊害の影響もその分大きいということに留意すべきである。

――公共入札で1者応札が無くならない背景は…。

  過去の民主党政権時代には公共工事を減らしており、業者数に対して公共工事が少ないため、ダンピングによる受注競争が激化した。これにより業者の数が減少していたところ、東日本大震災からの復興や東京五輪の招致決定を受けて急激に公共工事の需要が増加し、需給バランスが受注者優位に大きく変化してしまった。需給バランスで受注側が優位な時に工事価格が上がるということは、ある意味自然の成り行きとも言える。予定価格が合わなければ業者は参入してこない。1者も応札しない不調のケースが多いということは、そう言った状況をよく説明している。確かに、発注機関が入札参加資格を無駄に限定していることが原因である場合もあるかもしれない。しかし需給バランスの結果として1者応札が多発しているのであれば、これを中止するのはナンセンスな話である。まずは原因分析をきちんとすることが先決だ。仮に1者応札を禁止するとしても、弊害をもたらさないよう慎重な取り組みが求められる。

5/29掲載 外交戦略研究家 初代パラオ大使 貞岡 義幸 氏
――現在の外務省の問題点は…。

 貞岡 各国の外務省と比べて気になるのは、国際法をあまりにも重視しすぎているのではないかという点だ。国内法であれば政府が強制力を行使できるが、国際法はいわば紳士同士の約束のようなもので、誰にも強制力がない。それにも関わらず、外務省は国際法で世界の問題が解決できるような勘違いをしている。なぜそうなったかというと、戦後日本の国会では日米安保条約を巡り審議がたびたび紛糾したため、これを担当する外務省の条約局長には代々優秀な人物が就き、その後外務事務次官まで務めることが多かったことと関係しているのではないか。外務省内で条約関連の仕事に長年携わっていると、外交では国際法が最も重要だと認識に立ってしまう。国際法を重視しすぎた結果として、竹島や尖閣諸島については「国際法に照らし、我が国固有の領土である」との認識を示し、韓国や中国の行為については「断固抗議する」と表明するのみにとどまってしまう。現状は韓国が竹島を不法占拠しており、中国も尖閣諸島を虎視眈々と狙っているにも関わらず、「国際法上は日本に正当性がある」と自分自身を納得させてしまっている。国際法違反でも他国に軍事力によって自国の領土に居座られたら実質的にはその国のものとなってしまうわけで、国際法を重視する外務省は国際社会の現実を見ていない。同様の問題は慰安婦に関する日韓合意でも顕在化している。外務省は日韓両国で国際的に合意したものだから内容は有効だと主張しているが、国際法違反だといって韓国を裁く主体は存在しない。日本がいくら「国際合意に違反している」と主張しても、全く問題の解決にはならない。

――外交や防衛を含めてしっかり対応しなければ、日本の権利が損なわれてしまう…。

 貞岡 外務省を巡る2つ目の問題は、国連への依存度が高い点だ。第二次世界大戦で敗戦した日本は国連にとっては敵国であり、国連憲章の敵国条項には依然として日本が入っている。日本は国連にこれまで多額の資金を拠出しているにも関わらず、逆に日本を敵国とする国連からは人権や慰安婦について注文を付けられている。確かに、日本が国連に加盟した半世紀以上前の時代であれば、国連は世界平和を達成するために必要な機関として世界中から尊敬を集めており、日本も国連中心の外交でよかった。ただ、今や世界各国にとって国連は力のない賞味期限を過ぎた機関として見られている。例えば、北朝鮮はこれまで何度も国連決議違反を繰り返しているにも関わらず、誰も北朝鮮のミサイル開発を止めることはできない。こうした現実を直視せず、なお国連中心の外交を進めることは間違っている。

6/19掲載 早稲田大学 教授 深川 由起子 氏
――日韓関係は微妙な状態が続いている…。

 深川 日本では「嫌韓」が一大ジャンルに拡大した一方で、韓国は元々「反日」ナショナリズムがあり、売り言葉に買い言葉で互いに感情的になっている印象だ。旧い世代には戦前の半島蔑視観があったが、最近の「嫌韓」はそれとはルーツが異なり、韓国が日本に追いつき、追い越そうとしていることでプライドが傷ついていることが悪感情の一因になっているように思われる。「嫌韓」には、韓国の発展は全て日本の技術を盗用したことによるものといったような荒唐無稽な主張が多いが、不幸なことにいわゆる大手メディアも次第に「嫌韓」を「忖度」し、バイアスがかかった報道を行うことが増えた。

――韓国は何故成長できたのか…。

 深川 通貨危機以降のここ20年についていえば、徹底して成果主義、短期収益主義を追及したことが大きい。グローバル化が新興市場で拡大する時代にはスピード経営が重要で、その波に韓国は乗ることに成功した。労働者の意識も異なり、韓国では、ある程度待遇がいい大企業で働くためには、常に実績を示し続けることが要求される。例えば日本の場合、海外出張の報告書は帰国してから作成することが珍しくないだろうが、韓国では飛行機の中で作成したうえで、飛行場に到着したのと同時にメールで提出し、会議で経営判断ができるのが常識だ。こうしたスピード感の違いがあるため、日本企業は韓国企業との競争で敗退することが増えた。ただ、この勤勉さは、そうでなければ生きていけないことが背景にある。例えば韓国では日本ほど公的年金や企業年金などが充実していないため、現役時代に十分な所得を確保しなければ、老後生活が苦しくなるのが実態だ。

――中国の一路一帯構想をどう捉えているのか…。

 丸川 日本国内での一帯一路構想の受け止められ方の一つの典型例として、地政学的に見て太平洋は環太平洋戦略的経済連携(TPP)で固められたため、中国がそれに対抗するために欧州へつなげて支配領域を広げようという見方がされている。このため、かつての東西冷戦のアナロジーと同じく、向こう側で起きていることだから関係ない、どうせビジネスチャンスも中国企業が全部取るのだろうと、すごく冷えた見方になってしまっている。中国のなかでそういう地政学的な考慮が働いていないとは言い切れないが、少なくともTPPと同じ土俵のモノではないと言うことができる。TPPでは貿易自由化よりも、ルールが重要視されている。いみじくもオバマ前大統領が言ったように、中国みたいな国に国際ルールを作らせない、ルールは我々が作るという意気込みでやっていたため、TPPがカバーする範囲は非常に広い。一方、一帯一路がこれに対抗するものかと言えば、そもそもルールを作る訳ではなく、インフラを作るだけであるため性質は異なると言える。

――中国に対する見方が偏っていると…。

 丸川 思うに欧米は自分たちがルールを作っているという意識が高い。関税および貿易に関する一般協定(GATT)や国際通貨基金(IMF)から始まり、世界経済の規則を作り、ガバナンスするシステムを構築したという経験があるためだ。一方、中国は長らくその外側におり、ここ20年間くらいはそういった欧米が作り上げたシステムに便乗し、グローバルリズムに乗ってきている。その姿勢が変わっているかというと変わっていない。最近でもIMFの出資比率を上げるとか、人民元をSDRを構成する通貨のなかに入れてもらうなど完全にIMFのルールの中で中国のポジションを上げていこうと試みている。つまり、IMFをもう一つ作ろうという意図はない。また、アジアインフラ投資銀行(AIIB)については公的ではあるものの、アジアのインフラ融資を主眼としているためIMFほどのものではない。アジア開発銀行(ADB)との関係についても、アジアの数兆ドルとも言われている巨額のインフラ需要に対し、ADBとAIIBは数百億ドル程度の規模に過ぎない。この点を考えれば競合のしようが無い。AIIBは当面はADBや世界銀行を真似ながら、自分たちの損が出ないような運営をしていくと考えられる。

――日本企業は参加を諦めている…。

 丸川 一帯一路もAIIBもルールを自分たちで定め、支配しようとしているのではなく、インフラを作るという実務に徹している。すなわちTPPやIMFに対抗するものではない。インフラを作れば日本の企業や国民も利用できるはずだ。安倍首相が一帯一路に日本企業が参加することを妨げないと表明したが、そもそも日本政府が日本企業が参加すべきだとか、すべきでないとかいうべき立場にない。日本の多くの企業は国有企業ではないため、政府の意向を伺う必要はなく、日本政府がどうこういう話ではないということだ。仮に中国企業の力によって道路や港湾ができたとしたら、それを活用すればいいだけの話だ。もう少し言えば中国主導で独自にインフラ開発を進め、後から日本も参加を表明すればいい。その点で言えば日本は完全に受益者になる。チャンスがあれば積極的に建設案件を取りに行ってもいいし、資材納入などで参加すればいい。

――日本企業も恩恵が受けられるチャンスがある…。

 丸川 ただ、インフラ整備を行う国々によってはかなりの地政学的意味を持ってしまうという点に気を付けなければならない。一帯一路に一番反対しているのがインドだ。というのは、一帯一路構想の一部に「中国~パキスタン経済回廊」というものがあり、パキスタンで様々なプロジェクトが行われている。インドが最も気にしているのが石炭火力発電所の建設だ。パキスタンはインドと長らく敵対関係にあるが、インドにとって幸いなことにパキスタンは電力不足が災いして余り国力が強くない。ところが、中国の援助によってパキスタンの電力供給能力が飛躍的に拡大すると、パキスタンの国力が強まり、インドにとって望ましくない事態になる。スリランカの港湾事業も同じような思惑が発生している。さらに欧州においても気を付けなければならない。アドリア海のトリエステ港は東欧一帯の重要な物流拠点で、そこに陸揚げされた貨物はスロベニアを通り、ハンガリー、ルーマニア、リトアニア、ウクライナまで運ばれているが、一帯一路の案件としてピレウス港(ギリシャ)開発およびブダペスト(ハンガリー)~ベオグラード(セルビア)の高速鉄道の開発が行われ、新たな物流網が構築される。このため、従来の物流網が使われなくなる可能性がある。一帯一路によるインフラ開発でモノやヒトの流れが変わる結果、さびれる都市が出てくる。さびれる地域やマイナスの影響を受ける国の不満を中国がどう吸収できるかが問われる。

――そもそも投資できるほどの資金はあるのか…。

 丸川 中国国内であっという間に高速鉄道1万6千キロを敷設することができたことを考えれば中国の資金力自体は問題ない。しかし、中国単独の力で海外のインフラを建設するのは建設効率を悪化させる恐れがある。例えば、日本の無償援助で現地に学校を作ったとしても、現地の資金が入っていないため、学校が出来上がった後はなかなか継続して運営していかないといった実例がある。現地の側にどうせタダでもらったものだから、利用しなくたって誰も困らないという考えが生まれてしまうからだ。そうならないためにも中国は敢えてAIIBという第3者的な機関を設立し、援助ではなく融資、中国単独ではなく、他国も巻き込んで海外投資を進めることにしたと考えられる。

――世界的に活動拠点を広げている…。

 丸川 最近ではナイロビ(ケニア)~モンバサ(ケニア)、アジスアベバ(エチオピア)~ジブチにも鉄道を敷いた。これらアフリカ大陸の鉄道は19世紀にできて以来、整備が行き届いていなかったこともあり、現地では中国による新たな鉄道に対して強い期待を持っている。一帯一路というのは中国~欧州間の物流ルートを作るというだけでなく、むしろ、それを構成するパーツがそれぞれの国の経済発展を促進する意義を持っている。例えば、これらアフリカ大陸に敷かれた鉄道では、運行時間が短くなったために生鮮食品の輸送が可能となるなど経済発展の一助となっている。この点、ケニアの事例では日本の円借款と同様の方式が取られ、インフラ輸出も行っている。

――一帯一路に経済的合理性はあるのか…。

 丸川 中国の貿易関係をみると最も希薄なのが欧州だ。そのため中国から欧州への物流網が完成し、移動時間が短縮したとしても運ぶものが増えるとは思えない。むしろ重要なのは一帯一路の端から端までの物流よりも、中間のパーツが各地域の発展に持つ意味である。パキスタンもケニアもそうだが中国の支援で経済発展した場合、中国を外交面でも重視するだろう。とりわけ、欧州連合に入っていないセルビアのように孤立しがちな国が中国との外交的つながりを深めるだろう。一方、ロシアについては、レールの幅がカギとなっている。中国と欧州は標準軌であるのに対し、ロシアおよび旧ソ連諸国は広軌となっている。このため、中国と旧ソ連諸国は車両の積み替えが必要となっている。ロシア側は軌間を変えると、例えば人民解放軍の侵入も警戒されることから軌間を変えるつもりはない。また、欧州に行くと標準軌に戻る。つまり、中央アジアを通ることは現実的には難しい。他方、中国はロシアの中でもモスクワ~カザニの高速鉄道も受注している。それも一帯一路の一部とされているが、高速鉄道でずっと中国までつなぐということは考えていないだろう。中国の狙いは、まずはインフラ輸出、それによって各国の経済発展を促進し、外交関係を緊密化することであろう。

――日韓関係は微妙な状態が続いている…。

 深川 日本では「嫌韓」が一大ジャンルに拡大した一方で、韓国は元々「反日」ナショナリズムがあり、売り言葉に買い言葉で互いに感情的になっている印象だ。旧い世代には戦前の半島蔑視観があったが、最近の「嫌韓」はそれとはルーツが異なり、韓国が日本に追いつき、追い越そうとしていることでプライドが傷ついていることが悪感情の一因になっているように思われる。「嫌韓」には、韓国の発展は全て日本の技術を盗用したことによるものといったような荒唐無稽な主張が多いが、不幸なことにいわゆる大手メディアも次第に「嫌韓」を「忖度」し、バイアスがかかった報道を行うことが増えた。

――韓国は何故成長できたのか…。

 深川 通貨危機以降のここ20年についていえば、徹底して成果主義、短期収益主義を追及したことが大きい。グローバル化が新興市場で拡大する時代にはスピード経営が重要で、その波に韓国は乗ることに成功した。労働者の意識も異なり、韓国では、ある程度待遇がいい大企業で働くためには、常に実績を示し続けることが要求される。例えば日本の場合、海外出張の報告書は帰国してから作成することが珍しくないだろうが、韓国では飛行機の中で作成したうえで、飛行場に到着したのと同時にメールで提出し、会議で経営判断ができるのが常識だ。こうしたスピード感の違いがあるため、日本企業は韓国企業との競争で敗退することが増えた。ただ、この勤勉さは、そうでなければ生きていけないことが背景にある。例えば韓国では日本ほど公的年金や企業年金などが充実していないため、現役時代に十分な所得を確保しなければ、老後生活が苦しくなるのが実態だ。

――成長の見返りに競争が激しくなっている…。

 深川 成果主義、短期収益主義は労働市場にかなりの歪みをもたらした。韓国では、企業の収益が悪化した場合、雇用で調整しようとする傾向が強い。この反発で、労働組合は雇用確保と賃上げを求め、正規職には解雇のリスクプレミアム賃金が払われるようになったが、企業はコスト抑制のために非正規職を増やした。そのほか、企業はいわゆる下請けへの負担移転で収益を確保しようとすることも多く、大企業―中小企業間の成熟した取引関係はなかなか生まれず、中小企業はさらに政府規制や政治的な資金支援を要求し、対立が深まった。大企業正規職と非正規職の多い中小企業の賃金格差は拡大し、求職者はこぞって大企業を志望し、標準化された学歴競争に拍車がかかった。子供たちは小学生の頃から夜11時まで塾に通い、中学、高校、大学と受験戦争を繰り返し、更に留学や資格を取得し、最高の履歴書を作りあげる競争に駆り立てられ、親はその資金負担に奔走させられてきた。

――しかも努力が報われるとは限られない…。

 深川 大学の進学率は一時期は8割弱にまで上ったが、この全員を大企業が吸収できるはずもない。子供には大卒のプライドが、親には投資資金回収圧力があり、大企業や官庁に就職することが求められるため、ストレスは尚更大きい。韓国は日本のセンスから見れば階層的な社会であり、就職活動の上でも親の仕事や住んでいる地域が重要になるなど、そもそも機会が平等でないことが社会の閉塞感を強めている。デモには若者の参加者が多いが、これはそうした圧迫を背景に怒りを貯め込んでいるためだ。そんな彼らにとって最も許せないのは、コネで相対的好待遇を得る人々で、パク・クネ前大統領の友人として国政介入を行った疑惑のあるチェ・スンシル氏の娘のチョン・ユラ氏の大学不正入学があれだけの大騒動になったのはそのためだ。日本人からすればデモ参加者は感情的にみえるかもしれないが、それ相応の社会的背景がある。

――新大統領は韓国を改革できるのか…。

 深川 すぐには難しい。政治的には新政権は少数与党であるうえ、与野党で対立がある法案は議員の5分の3の賛成が可決に必要な「国会先進化法」の存在が改革を難しくしている。もし次の地方選挙でも与党が大勝利できなければ、総選挙は2020年までないため、結局何もできない政権になる可能性が高い。ムン・ジェイン新大統領もそのことはよく理解しており、81万人の公務員増を約束するなど、なりふり構わずに支持獲得に動いている。ただ、こうした政策は明らかに将来的な弊害も大きい。財政負担はもとより、元々公務員志望者でもない人が無理に公務員になっても、士気低下を招くだけだ。公務員は一度増やせば減らすことは難しく、このままいけば公務員の多さが財政破たん要因となったギリシャと同じ未来を迎える可能性すらささやかれている。また、過去の韓国の大統領は退任後、自身や家族が逮捕されるのが慣例となってきたが、ここまで一貫している以上、個人の問題ではなく、政治システムやその基礎にある社会に問題があることにもう気づくべきだろう。権力を利権に結び付け、少しでも個人的なルートがあれば権力に接近してこれを利用しようとする人々がいる限り、政治的スキャンダルは繰り返される。新大統領もそのことを踏まえ、兵役逃れ、不動産投機、脱税、偽装転入、学歴詐称といった行為を行った人間を閣僚から外すと宣言しているが、これらを全く行っていない人間は少なく、このため組閣は難航している。結果のためには手段を問わず、ルールを無視する風土は結局、自分の首をしめている。

――韓国は一体どうしたらいいのか…。

 深川 韓国はもはや民主主義国家なので、政府の号令だけで社会のありようを一変させるようなことはできない。「財閥」たたきは一時的には大衆人気を博するかもしれないが、本質的には労働改革を一歩ずつ進めていく必要がある。ただ、そのためには議会選挙で与党が勝利するのが不可欠で、戦略として当座の雇用拡大政策は必要である一方、労働市場全体の構造改革の順序やつながりを注意深く設計する必要がある。実際、既に最低賃金引上げなど、経済合理性が疑わしい公約を新大統領は掲げているが、議会選で勝利後は、より現実的な政策に取り組まなければならない。韓国は安定した経常黒字国であるため、通貨危機が再発する可能性は低いが、一方で家計債務の水準は高く、銀行危機が発生するリスクはある。新政権はそのリスク低減に取り組むべきだし、社会的脆弱層である高齢化対策も急務だ。一方、北朝鮮との統一は長期的にみれば、韓国にとって大きなチャンスだ。北朝鮮がなんらかの体制転換を実現して国際社会に復帰し、経済開発が本格化すれば、韓国経済には大きな突破口が開ける。豊富で安価な北朝鮮の労働力を活用できるし、また統合不安に伴う通貨下落も見込まれ、輸出増が期待できる。そのほか、財政の大きな負担となってきた軍事費削減も可能だし、ソウルの安全も確保できる。恐らく韓国株価にとっても大きなプラス要因となり、現実の向こうに民族主義の夢が膨れ上がりがちだ。

――日本と韓国はどうすれば関係を改善できるのか…。

 深川 政府レベルではなく、民間レベルでの改善を進めていくべきだろう。日本人は韓国人が日本嫌いだと思いがちだが、2016年における日本への韓国人観光客数は初めて500万人を突破した。確かに反日感情がないわけではないが、もし本当に韓国人全てが日本を憎んでいるならば、わざわざ自分のお金を使ってまで人々が日本を訪問するはずがない。また、日本人が理解すべきなのは、韓国にとって日本が依然巨大な脅威であることだ。韓国が日本を攻めると思っている日本人はまずいないだろうが、韓国側には真剣に日本が攻めてくる可能性を懸念している人さえいるのだ。日韓の歴史や国力の差を踏まえると、やられた側にはやられた側の心理があるのは理解する必要がある。一方で韓国側も自己都合の弱者論理と尊大な姿勢の混在が日本人の感情を刺激していることに気づくべきだ。好き嫌いに関係なく、冷静に考えれば両国は共通の課題も多く、協力した方が双方の利益になる。

――両国はこれまで競争を続けてきた…。

 深川 「嫌韓」派も韓国の民族主義感情論も共に製造業で日本と韓国が競争していると主張するが、はっきり言って古い話だ。すでに製造業の主戦場はより賃金が安い途上国に移動しており、一部を除けば日本や韓国は生産性でもイノベーションでも世界をリードしているとはいえない。確かに日本はトヨタ、韓国はサムスンがあるために一定の存在感はあるかもしれないが、それもいつまでも続くものではない。サムスンも、既に携帯電話事業では中国メーカーに敗北しつつある。むしろ重要なのはサービス産業の生産性向上で、この分野で両国は文化性の近さから、協力できる余地が大きい。歴史問題や領土問題といった国レベルのテーマでは、互いの結論が最初から固まっているために出口がないが、地方行政や会社レベルなどで話し合えば成果を出すことは可能だ。個人レベルでも、労働者の行き来など、協力できる余地はある。例えば日本の料理や美容室といったサービスは韓国でも需要があるため、そうした技術をもった人は韓国で成功しているケースも多い。一方、日本企業では既に多数の韓国人の若手が活躍している。韓国の大卒者はほとんどがTOEICで800点以上の英語力を持っているし、徴兵で軍隊に所属した経験で、上からの命令に忠実で、目標達成意欲や向上意欲も強い。問題をやり過ごそうとする日本人社員とは違い、企業業績に貢献できるだろう。半導体や自動車のシェアで勝った負けたといった話はもう既に終わったテーマであり、今は両国の利益を共同で追及するべき時代で、その意味での未来志向を確認するのが重要だ。

――証券市場が目まぐるしく変化している…。

 中田 確かにフィンテックやAIなど様々な次世代技術が広がってきているが、現状は少し言葉が躍っているようにも見える。ただ、ブロックチェーン技術など決済系の技術がビジネスで活用されるようになると、影響が出てくるのは我々ではなくおそらく銀行となるだろう。我々はコンサルティングをビジネスの主体としている。これはアナログの世界になるため、AIやフィンテックにすべて取って代わられる領域ではない。我々としてはむしろAIやフィンテックを、社内の業務効率改善に活用することに主眼を置いている。例えば、コンタクトセンターにおけるAI受電やコンプライアンス部門におけるモニタリングチェックでは、何らかのキーワードをAIに設定すれば、一定量の業務効率化が図れると踏んでいる。今の20~30歳代はデジタルネイティブと呼ばれているが、日本の人口動態と資産移動を考えると今後20年間程度は60~85歳に資産が滞留する。60歳でもITリテラシーの高い方も一部にはいらっしゃるが、高齢者の方々を主軸としたときに、その方々の理解を超えるような技術を用いたとしても仕方がない。このため、あくまでもリアリティをもったAIやフィンテックの活用を考えている。

――とはいえ、ネット証券に次いでロボアドによる自動運用サービスが台頭しつつあるなか、対面営業のコスト高は否めない…。

 中田 私はそうは思っていない。確かにそういった運用手段を良しとする人もいらっしゃるので、我々もAIによるアドバイスを提供するファンドラップオンラインを始めている。しかし、60歳を超えた顧客のニーズは、単純に資産を増やしたいというよりは、守りたい、繋げたいというニーズに変わっていく。そのニーズに対してAIが複合的なアドバイスを提供することは難しいだろう。つまり、アナログの、フェイス・トゥ・フェイスの営業に対するニーズが根強く残ると考えている。

――20~30歳代はまだメインの顧客層ではないと…。

 中田 そうは思っていない。しかし、20~30歳代がメインの顧客層になるのは30年後以降になる。お金を使う世代でもあるため、多少の金額をインターネットやロボアドを駆使して投資を行ったりもするだろう。しかし、もしこの世代が50歳、60歳を迎え、相続によりまとまった資産が入ってきたとなれば、従来通りロボアドを使って一人で資産を運用するかどうか。これはやらないだろうと見ている。プロである私でもロボアドやAIを使って自分一人だけで資産運用するということはないだろう。やはり、そこはしっかりとした相談相手を見つけて、運用するということだ。

――今後も富裕層向け営業に注力していく…。

 中田 そういうことになる。日本の富裕層は海外のプライベートバンキングが対象としている顧客とは異なり、広く浅い、いわゆるマス富裕層という言葉がふさわしいだろう。一方、銀行預金の比率を見てもわかるように、また、当社においても全都道府県に支店を配置してはいるものの、東名阪などの都市部を除くと1県1店舗しかない。カバー率を考えればまだまだ開拓の余地は十分ある。ただ、そこを開拓していくために支店を増設するといったコストをかけるようなことはせず、衛星店舗、つまり営業所ベースで出店数を増やしていく。現在、当社支店数は118カ店だが、5年前から変わっていない。ところがその期間中に営業所数は、このほど開所するひばりヶ丘営業所まで合計30カ所と増やしている。営業所は、店頭があるわけではないため、駅前の1階の一等地である必要はなく、雑居ビルの3階や4階などいわゆる空中店舗でも良い。また、少数のお客様に対応できるスペースに、パソコン環境が整備されていればよく、それだけでエリアのマーケティング活動が可能だ。支店と比べるとローコストオペレーションが可能となる。今後も人口動態と当社のカバー率を総合的に勘案しながら、営業所を中心に拡大していく方針だ。現在、開所の準備をしている営業所は10カ所、さらに開所を検討している案件は10カ所ある。現在、支店と営業所を合わせて148拠点だが、将来的には170~180拠点まで増やすことになるだろう。

――支店の裁量を拡大するという改革を始められた…。

 中田 社長が替わったから急に方針が変わったというよりも、ターニングポイントだったというほうが適切だ。当社は業界に先駆けて資産導入・純増営業に舵を切り、またコンプライアンスの整備も先行して進めてきた。そして肝となる営業員の教育も進めてきた。この流れのなかで新しい証券営業の教育を受けてきた若い世代が営業員の半数を占めるまでに至った。また、前社長の日比野と私の考え方が異なるという話でもない。日比野も同様の考えを持っていたし、私が社長に就任するまでの2年間リテール部門を担当していたこともある。そういったいくつもの要素が重なり、いよいよもって機が熟したと考えた。この点、決して金融庁のフィデューシャリーデューティーにおもねいたものでもない。ただ、こういったパラダイムチェンジは功罪がどう出るかわからないため、本部長クラスではできず、やはりトップがコミットしなければならない。機が熟したなか、たまたま私が社長になったこともあり、断行したに過ぎない。

――早速いろいろな成果が出ている…。

 中田 例えば、5月の外国株式の新規口座数が過去最高を記録したうえ、相当額の買い越しを記録した。米国株高というマーケットの状況に、顧客ニーズが反応したためだ。従来の営業方式であれば、米国市場が好調でも、販売しなければならない商品を優先しなければならず、その商品に営業活動時間が取られてしまっていた。今回の改革で、ある程度フリーハンドでやれるようになったため、即座に舵を切れた。これまで販売していた商品の売上が落ちたとしても、トータルで考えればマーケットとお客様のニーズに合わせた方が良いと考えている。

――今後の海外展開はどう見ているのか…。

 中田 世界のバルジブラケットやリーマンを買収した野村ホールディングスなどとはビジネスモデルが異なり、主戦場は国内で、その国内のビジネスをさらに拡大するために必要な機能をきちんと海外に持っていくという考えだ。日本株の営業はその一例と言えるだろう。ただ、そうは言っても欧州、米国などではすでに何十年も店を構えているし、我々の身の丈に合った海外ビジネスもきちっとやっている。今後も巡航速度で進めていこうと考えている。一方、M&Aについては少し違う考えを持っている。世の中にこれだけM&Aのニーズが高まっているため、ある程度強化してもいいと考えている。8年前に買収したクロースブラザーズのM&A部門(現大和コーポレートアドバイザリー、DCA)がうまく回り始めており、昨年度の海外部門収益に大きく貢献した。DCAは欧州のミドルキャップ(5億ユーロ以下)のM&Aのリーグテーブルで3位に位置している。当社が目指しているところは、バルジブラケットのように何兆円規模のディールのフィーを取りに行くのではなく、ミドルキャップをターゲットとし、マーケットをしっかりと取りに行く姿勢にある。そういった意味では、アジアが重要となる。すでに我々はアジア各国の金融機関とアライアンスを結びIBビジネスを進めている。一方、若干力が足りていないと感じているのは米国だ。米国は世界のM&Aの最大大国だが、当社がM&Aに割いている人員は欧州が最も多く、市場の規模に対して米国は少ないことから買収も選択肢に入れた補強を行っていく方針だ。現在、米国ではセージェント・アドバイザーズと資本業務提携しているが、この提携を深堀するほか、場合によっては先方と合意の上、第3者をジョイントさせる方法もある。ただ、米国でも目指しているのはミドルキャップ市場だ。

――海外M&Aビジネスにおいては働き方改革の影響が懸念される…。

 中田 全面的に残業を禁じている訳ではない。リテール部門においてはクロスボーダーの案件がある訳ではないため、19時前退社を遵守させている。ホールセール部門においては、ディールによって夜中に海外とやり取りしなければならないこともあり、これは責務として当然ながらきちんと仕事をしてもらう。ただ、その場合はしっかりと月間の残業時間内に留まるように代休を取ってもらい、トータルで調整できるよう指示している。

――御社は働き方改革では証券業のみならず日本企業のなかでも先行している…。

 中田 今でこそ働き方改革と、国策となってはいるものの、先見の明を持っていた鈴木社長時代から様々な改革を進めてきた。その甲斐もあり、今年の新入社員数はグループ全体で678名、大和証券では582名となったが、大和証券の582名中、女性社員は半数に上っている。女性が働きやすい企業だという認識が広がっていると感じている。

――財務面での課題は…。

 中田 課題が無いのが課題という側面はある。当社はメガバンクや野村ホールディングスと比較して自己資本規制比率が高い。それはそれでいいのだが、資本の中身がほとんど中核資本、つまりTier1となっている。そのため、Tier2を使った機動的な財務戦略も可能だ。今のところ具体的な戦略があるわけではないが、例えば2000億円程度のM&Aを実行した場合、その分がリスクアセットとなり自己資本規制比率は下がるが、同額のTier2を発行すればよく、その点では選択の自由度がある。自己資本規制比率が高く、中核的自己資本がほぼ100%というメリットを活かせるポジションにある。

――今後の抱負をお聞かせください…。

 中田 当然、継続的に業績を上げていくことが社長としての最大の責務だと考えている。業績を上げるために重要なステークホルダーはお客様であり、そのお客様から収益をいただくのは社員だ。今までもそうだったように、やはり社員によりフォーカスし、社員のロイヤリティ、モチベーションを上げていくような施策を打っていきたい。そこに関しては飴ばかりではない。私は就任にあたり、圧倒的なクオリティNO.1を目指すことを明言した。NO.1を目指すには、勉強や、OJTでスキルを磨かなければならない。また、絶対にルールを守るという強いリーガルマインド、常にお客様を優先する強い顧客マインド、そして仕事に対して高い目標を持ち、その目標を何が何でもやり遂げるという強いセルフマインドをきっちり根付かせる。そのためには社員も相当の努力をしてもらわなければならない。そして社員のクオリティを圧倒的に業界NO.1に持っていきたい。

――このタイミングで民法改正が行われた理由は…。

 有吉 今回の民法改正は、民法の中でも債権や契約に関する全ての部分を対象に見直しを行うもので、形式的な修正を含めると数百条の条文を改正するものだ。民法は明治29年に制定され、その後片仮名を平仮名に直すなど形式的な全面改正が行われたほか、親族や相続に関する家族法の部分についての全面改正は行われたが、債権や契約に関する規定については明治29年以降抜本的な改正は行われていなかった。ただ、社会や経済の情勢は制定当時と大きく変わってきたほか、判例や学説も積み重なっており、条文には書かれていないが解釈上、確立したルールも多数ある。そこで、すでに確立した解釈については民法の条文として明文化し、かつ現在の時代に合った民法にしようということで、2009年秋から法制審議会において改正に向けた公的な議論が始まった。こうした改正の動きは、基本的には実務界や政治家ではなく、学者の先生方や法務省の事務方の主導で始められたものであった。

――今回の民法改正のうち、金融資本市場に関わるテーマは…。

 有吉 民法は基本的には私人間の権利関係について互いの合意が無い場面でのデフォルトルールを定めるものであり、会社法や業法の改正と比べて、改正に伴って新たな規制や手続き等への対応が必要となる事項は必ずしも多くない。ただ、民法は企業間の取引や特定の場面での手続きに限らず、法人を含めた私人同士の取引全てについて最終的に適用されるため、影響は様々な部分に及びうる。金融分野でも影響が及びそうなテーマはいくつかあるが、まずは保険や投資信託等でも使われている「約款」に関するルールが新たに民法で定められることになったことがあげられる。事業者側が提示する約款は法律ではないため、強制的に拘束力が生じるものではないが、約款を使って取引をした場合、約款の中身が契約内容になりうるというのはすでに判例で確立されている考え方だ。ただ、現行の民法には約款に関する規定は存在せず、なぜ約款の中身が当事者を拘束する契約となるのかなど約款に関するルールも一切定められていなかった。そこで今回の民法改正では、「定型約款」という概念を新しく設けた上で、どのようなものが定型約款にあたるのか、どのような要件を満たせば定型約款の内容について合意があったとみなすのかといった点についての法的根拠が明確化された。同時に、定型約款の内容のうち事業者側があまりに有利な条項や、同種の取引では一般的にあり得ないような不意打ち的な条項は排除されるルールも定められることとなった。金融ビジネスでは保険や投資信託以外に、例えば銀行の住宅ローンの契約書のひな形のようなものも定型約款に位置づけられる可能性がある。約款を使った取引についてはまず新たな民法のルールを確認し、手続きや内容と民法のルールとの間でズレがあった場合は手直しする必要が出てこよう。

――このほかに金融資本市場とリンクしたテーマは…。

 有吉 資本市場とは直接的には関係が薄いかもしれないが、金融分野に影響する改正として、債権の消滅時効のルールの見直しも行われた。現行の民法では消滅時効の時効期間は若干複雑で、原則として、権利行使が可能な時点から10年間とされているが、商行為によって発生した債権は5年間、さらに例えば飲食店は1年、弁護士費用は2年、診療報酬は3年などいったように職業ごとに異なる短期間の時効期間も定められていた。このように債権の種類によって時効期間が異なるのは煩雑ということで、今回の民法改正では時効期間の統一化が図られた。具体的には二段階の時効期間が設けられており、原則として、債権者が権利を行使できることを知ってから5年間、または客観的に権利行使が可能となってから10年間のどちらかが経過した場合には消滅時効が完成するという立て付けになった。例えば物品の売買で買い主が売り主にお金を支払い、その後に売り主が買い主に渡したものが偽物だと判明した場合、損害賠償債権の時効が消滅するのは偽物だと判明してから5年間、または物品を引き渡されてから10年間のうち早く経過した時点ということになると考えられる。契約に基づいて発生する債権の消滅時効を考えた場合、企業間の取引で発生した債権には、現行の民法上、基本的に商行為についての5年の時効期間か、職業ごとの短期の時効期間が適用されるはずだが、改正後は、債権者が知ったときからの5年間の時効期間が適用されることが一般的になると考えられる。金融機関の中には債権管理の一環で時効期間についてもシステムで管理している可能性もあるだろうが、今回の民法改正と合わせてシステムを修正する必要があるようならば大きな負担になるかもしれない。

――保証人に関するルールも見直された…。

 有吉 保証については、保証人の保護を拡充する見直しが行われており、民法の中では例外的に一種の規制のような規定が設けられている。まず1つは他人が事業のために負担した融資債務について個人が保証人となる場合、原則として、保証人が公証役場に行き、公正証書を作成して保証をする意思の確認を行わなければ保証は有効にならないというルールが創設された。ただし、企業が金融機関から借り入れた債務を社長やオーナー株主が保証する場合は、例外的に公正証書を作成する手続きを行わなくても保証の効力は従来通り認められる。もっとも、これを超えて、社長の親族や従業員など取締役やオーナー株主ではない者が企業の事業性融資債務の保証人となる場合は、公正証書を作って保証意思の確認を行う必要がある。また別の規定として、債務者が事業のために負担した債務の保証を個人に対して依頼する場合、債務者の財産状況、ほかにどのような債務を負っているのか、担保が付いているのか、といった事項について説明をしなければいけないというルールも定められた。この際、債務者が保証人に説明を行っていなかったり、または虚偽説明をしたことにより、保証人が事実を誤認して保証契約を締結した場合には、保証契約を取り消すことができる場合があることとなった。このように一定の保証について公正証書による意思確認の手続きを必要としたり、保証人に対してきちんと情報提供を求めるルールが導入されたことにより、個人保証人の保護に関するルールが拡充されたといえる。

――民法改正での積み残された課題は…。

 有吉 今回の民法改正は、そもそも実務上の具体的なニーズがあったことにより進められたものではないこともあり、企業法務の実務的な立場からはそうした積み残しといえるような課題はあまりないのではないか。むしろ、今回の民法改正の審議の中では実務界からルール変更によって混乱が生じるような事態は避けて欲しいという声が多く、そうした実務界の要請と学者や法務省のコンセンサスが得られないものは改正しないという方向に流れていった印象もある。なお、今回の民法改正で実務界が混乱するかどうかは、裁判所が新しい条文についてどのような解釈を取るかによっても異なる。理論面としては従来の考え方を大転換するような改正事項もあり、結論が大きく変わる可能性がある分野も一部には存在する。このような改正事項の実務への影響は、裁判所の解釈次第という面があり、事例が蓄積するまでしばらくは不明確な状況が続くことは避けられないだろう。例えば、何が定型約款に当たるのか不明確な部分もあり、判例等によってそれが固まるまでは一定の時間を要する。今回の民法改正の評価は分かれているものと思うが、民法制定からすでに100年が経過している以上、どこかでブラッシュアップを行う必要はあるはずであり、今回がよいタイミングだったと評価できるのではないか。改正の施行は公布日から3年以内とされているが、施行時に混乱が生じることのないよう、改正内容についての周知活動が進められることを期待したい。

――日本の対北朝鮮外交は弱腰すぎるのではないか…。

 貞岡 政府の仕事において、例えば教育であれば「教育基本法」といった法律の裏付けがあるが、外交にはこの裏付けが存在しない。これは日本に限った話ではなく、各国の外交政策は外務省の裁量や、国民世論、政治の影響などがミックスされて立案されている。そこで日本の対北朝鮮外交について言えば、そもそも北朝鮮とは国交関係を結んでいないため、直接対話をするルートが無い状況だ。また、北朝鮮からすれば最も重要な交渉相手はあくまで米国であり、次いで自国に支援をしてくれる中国や、同じ民族として支援が期待できる韓国とも対話を行うメリットがある。北朝鮮にとって、旧社会党の勢力が強かった時代の日本は支援が得られる国という位置付けだったが、社会党の衰退に伴い北朝鮮を支持する政党が存在しなくなった。さらに拉致問題をはじめ自らの犯罪行為が明るみに出た以上、北朝鮮からすると、もはや支援が期待できない日本とは対話を行う理由がない。軍事面でも、憲法9条がある日本は先制攻撃することがないので安心というわけだ。外務省が対北朝鮮外交でいくら努力しようとしても「てこ」となるツールがないため、結局は抗議をするだけになってしまう。

――現状を打破するための対抗手段としては、強力な自衛力を持つ以外にない…。

 貞岡 それに加えて、米国を引きずり込むことが必要だ。日本一国で防衛力を強化するよりも、米国の軍事力や外交力をうまく使えば、日本にとってはコストを抑えることが可能になる。従来は北朝鮮のミサイルは米国まで到達せず、米国も北朝鮮外交をそれほど重視していなかった。ただ、その間に北朝鮮が大陸間弾道ミサイルや核の開発を進めた結果、北朝鮮の脅威は周辺国の韓国や日本のみならず、米国にも及ぶようになった。米国もやっと対北朝鮮外交に本腰を入れつつあるこのタイミングだからこそ、日本は米国をうまく利用すべきだ。もしも米国が北朝鮮問題について何も対処しなければ、日本としても別の手立てを考えねばならないが、幸いにして現在はそうした状況とはなっていない。

――日本外交は対米依存から自主外交、自主防衛に舵を切るべきでは…。

 貞岡 第二次世界大戦後の日本の外交は独自路線を貫くという発想はあまりなく、ある時は米国、ある時は中国など、どこかの大国と一緒に行動していれば安心だという精神構造になってしまっている。これは戦前の経験から、外交を独自路線で行うと再び悪い事態を招くのではないかというトラウマがあることが影響しているのだろう。ただ、もはや新しい世紀に入っており、国際政治の状況も変わりつつある。日本も今までのように米国に追随していればそれで大丈夫だという時代ではなくなりつつあり、新しい発想の外交が求められている。北朝鮮や中国への当面の対策はもちろん重要だが、政治家や外務省は10年後、さらには100年後の日本を見据えた外交や国防の長期戦略を立てるべきだ。例えば、将来的に日本の人口が現在の半分となった時、日本は国際社会でどのような立ち振る舞いをすべきだろうか。学者を含め、外交についてこのようなことを考えている人は少ないだろう。

――現在の外務省の問題点は…。

 貞岡 各国の外務省と比べて気になるのは、国際法をあまりにも重視しすぎているのではないかという点だ。国内法であれば政府が強制力を行使できるが、国際法はいわば紳士同士の約束のようなもので、誰にも強制力がない。それにも関わらず、外務省は国際法で世界の問題が解決できるような勘違いをしている。なぜそうなったかというと、戦後日本の国会では日米安保条約を巡り審議がたびたび紛糾したため、これを担当する外務省の条約局長には代々優秀な人物が就き、その後外務事務次官まで務めることが多かったことと関係しているのではないか。外務省内で条約関連の仕事に長年携わっていると、外交では国際法が最も重要だと認識に立ってしまう。国際法を重視しすぎた結果として、竹島や尖閣諸島については「国際法に照らし、我が国固有の領土である」との認識を示し、韓国や中国の行為については「断固抗議する」と表明するのみにとどまってしまう。現状は韓国が竹島を不法占拠しており、中国も尖閣諸島を虎視眈々と狙っているにも関わらず、「国際法上は日本に正当性がある」と自分自身を納得させてしまっている。国際法違反でも他国に軍事力によって自国の領土に居座られたら実質的にはその国のものとなってしまうわけで、国際法を重視する外務省は国際社会の現実を見ていない。同様の問題は慰安婦に関する日韓合意でも顕在化している。外務省は日韓両国で国際的に合意したものだから内容は有効だと主張しているが、国際法違反だといって韓国を裁く主体は存在しない。日本がいくら「国際合意に違反している」と主張しても、全く問題の解決にはならない。

――外交や防衛を含めてしっかり対応しなければ、日本の権利が損なわれてしまう…。

 貞岡 外務省を巡る2つ目の問題は、国連への依存度が高い点だ。第二次世界大戦で敗戦した日本は国連にとっては敵国であり、国連憲章の敵国条項には依然として日本が入っている。日本は国連にこれまで多額の資金を拠出しているにも関わらず、逆に日本を敵国とする国連からは人権や慰安婦について注文を付けられている。確かに、日本が国連に加盟した半世紀以上前の時代であれば、国連は世界平和を達成するために必要な機関として世界中から尊敬を集めており、日本も国連中心の外交でよかった。ただ、今や世界各国にとって国連は力のない賞味期限を過ぎた機関として見られている。例えば、北朝鮮はこれまで何度も国連決議違反を繰り返しているにも関わらず、誰も北朝鮮のミサイル開発を止めることはできない。こうした現実を直視せず、なお国連中心の外交を進めることは間違っている。

――日本として戦略的な外交を展開すべきだ…。

 貞岡 本来は外交の司令塔を設け、そこで日本の国益推進に関する各国の協力状況をきちんと評価し、日本にとって重要な国の順番付けをすべきだ。一方、現実の外務省の組織としては東京の本省に加え世界各国には大使館が置かれており、組織が分断され蛸壺化してしまっている面がある。各国の大使は天皇陛下から信任状を授けられる地位の高いポストでもあり、各大使は自らの赴任国が最も重要だという自負がある。そこで、世界各国の大使がそれぞれODAの増額を主張するなど、全体の収拾が取れなくなってしまっている。また、日本外交は基本的にケンカを嫌っていることもあり、結果として国際会議で反日的な主張をしている国にもODAが行き渡ってしまうなどの問題が生じている。本来は選択と集中という観点からODAの金額についてもメリハリをつけるべきだ。

――結果的に、みんなにいい顔をしてしまっている…。

 貞岡 外務省を弁護するために言うならば、そもそも日本人の国民性として争い事を嫌う風潮があるのだろう。中国では米国による韓国へのTHAAD配備に政府が抗議したが、政府のみならず民間レベルでも猛烈な韓国バッシングが起こった。これには政府による指示もあったのだろうが、国民も含めて強い意思表示がある外交にはやはり迫力がある。日本の韓国に対する態度はどうかというと、政府は慰安婦問題の日韓合意を守らない韓国政府を批判しており、世論調査でも韓国に対して批判的な意見が多数を占めている一方、テレビでは連日韓流ドラマを放映していたり、スポーツでは韓国の美人女子ゴルファーに観衆が拍手喝采していたり、中国とは全く状況が異なる。日本の国民としても、自らが嫌であることは相手にきちんと意思表示をしなければ相手に伝わらない。対韓外交や対中外交の失敗の責任を全て外務省に負わせることは気の毒だろう。

――日本学術会議の軍事研究に対する立場は…。

 大西 日本学術会議の報告では、軍事研究という曖昧な表現を用いないようにした。今年3月24日に発表した「軍事的安全保障研究に関する声明」では、1950年と1967年の声明を継承することを示した。1950年の声明は、1949年に日本学術会議が結成された直後に発表されたもので、「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」方針を示したものだ。一方、1967年の声明は、学術会議が後援していた1966年開催の半導体関連の国際会議に対し、米軍から援助が行われていた事実が発覚したことを受けて発表した経緯がある。つまり、これらの声明を継承すると発表することで、学術会議は改めて戦争を目的とする科学の研究を行わないという立場を示した。日本は現行憲法で戦争による紛争解決を放棄し、そのために戦力を保有しないとしているのだから、両声明は現在の感覚でも通用するものだと私は考えている。

――今回の声明を発表した背景は…。

 大西 防衛省の外局である防衛装備庁が、安全保障技術研究推進制度を15年度から始めたことがきっかけだ。日本の研究者に対して安全保障研究への公募が行われるのは初めてであり、学術会議が日本の科学界に対して考え方を提示することが必要となった。同制度による助成総額は初年度が3億円、翌年が6億円と、当初は規模が小さかったが、3年目の17年度では110億円に拡張され、科学界で議論が起こった。

――声明の要旨は…。

 大西 実は、声明では軍事的安全保障研究への取組みの是非自体について言及していない。代わりに、各大学や研究機関が独自で是非について審査を行うことや、学会や協会がガイドラインを設定することを求めた。現在は、その方針に応じた各大学や機関がルール作りをしている最中で、私が学長を務めている豊橋技術科学大学では、全国に先駆けてルール整備を終えた。具体的には、研究発表が自由にできるか、過度に防衛省が研究に介入しないか、戦争を目的とした研究ではないか、などの10項目の基準を作り、この全てをクリアする場合について制度への応募を認めることにしている。大学は防衛省の下請け機関ではないし、そうなるべきでもなく、自律的な判断が必要だ。防衛装備庁側も研究や成果の発表の自由を認めるために制度を改善した。この点は評価できる。こうした中で、どのような対応をとる大学が多いかは、各大学の発表を待つしかない。

――軍事研究を否定する立場を継承するのでは…。

 大西 私の理解では、これまでの声明は憲法9条が定める戦争や戦力の放棄に則ったものだが、ここでいう戦争や戦力とは、紛争解決の手段として行う戦争や、そのための能力のことと解するべきであり、身を守る権利や能力を有することを否定しているわけではない。例えば、豊橋技術科学大学が応募したのは有毒ガスを防ぐためのフィルター開発だが、これは、防衛的なもので、戦争を目的とした研究ではない。また、内閣府の「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」によれば、国民の9割程が自衛隊によい印象を持っている。また、同じく9割の国民が少なくとも現状程度あるいはそれ以上の自衛力を肯定している。自衛隊が存在すれば、その装備のための研究が必要である。また、1950年の声明の際はそもそも自衛隊が存在しなかったのだから、自衛隊の評価に関して過去の声明を現在に当てはめることはできず、新たな状況にどう対応するべきかを各研究機関は考えるべきだ。

――自衛隊承認を巡る議論は行わなかったのか…。

 大西 実は、会議はその議論を避けたのが正直なところだ。侵略と自衛の区分けや、自衛隊の存在を科学界としてどう考えるかを議論するべきという意見もあったのだが、結局見送られた。そのため、今回の声明では、学問の自由という観点から安全保障技術研究推進制度に対して批判的な評価を行った。これは、我が国でも、学問の自由は軍事研究によって脅かされたという歴史があるため、科学者は軍事組織が進める研究推進制度から一定の距離を置くべきという議論だ。私も学問の自由の重要性には賛同するが、同時に自由にはそれを認めてくれる社会への責任が伴うと考える。特に国立大学については、税金が投じられる以上、社会の期待に応える責任があり、学問の自由だけでは語りつくせない部分がある。日本で核兵器を研究する自由は認められないのであるが、自衛権を肯定し、そのために資する研究を行う自由は尊重されるべきだろうし、それは社会が期待していることでもある。ただ、こうした意見が学術会議で共有されているかは不明である。国民が自衛隊を強く支持していても、そうした支持自体を認めない意見も一部にはあるように感じる。学術会議はしばらくこの問題から遠ざかっていたので、よりオープンで活発な議論が進むには継続性が必要だ。

――日本が本格的に軍事研究を開始すれば世界一になれるのでは…。

 大西 流石に実際に修羅場をくぐってきた各国には遠く及ばず、こと安全保障分野において、日本の独自技術はさほど進んでいないと思う。あまりに高い自己評価は過信というべきだろう。これまでの蓄積でも予算でも、やはりアメリカが圧倒的に先行している。ただ、日本はそうした分野の研究なしに大きな発展を遂げてきた。安全保障分野で追いつこうとすると、周辺諸国との緊張が高まりかねないため、無理にキャッチアップを図る必要はない。やはり日本の安全保障は、軍事力で相手に対抗するというものではなく、政治的、外交的手段によって成し遂げることを基本とすべきだ。理想論かもしれないが、日本はこれまでそうした道を辿ってきた。人間は決して愚かではなく、戦うよりも、将来のことを考えてお互いに協力した方が得策であることを理解できるはずだし、日本人はそのことを信じ、平和の道を貫くべきだ。ただ、それでも降りかかる火の粉を払う防衛的手段は必要だと私は思うし、こうした考えを持つ人は決して少なくないはずだ。

――そもそも学術会議とはどのような組織なのか…。

 大西 210人の科学者が会員となり、日本での科学の発展や浸透のために活動する組織だ。約84万人(大学卒以上で特定のテーマ研究を行っている者)とされる日本の科学(研究)者を代表する立場でもあるが、かつてとは違い、全科学者による投票で会員を選ぶ方法はとっておらず、任期6年の会員が次の会員を選出する制度となっている。会員選挙があったころは、組織票を持つ人々が選出される一方、誰もが認める一流の科学者が落選するという現象がみられたため、現在の制度に落ち着いた。会員は3年ごとに半分の105名が入れ替わり、互選で新しい会長を選ぶ仕組みとなっている。新任の会員は初対面同士であることも多く、なかなか会長を決めるのは大変で、過半数獲得者が出るまで、投票を何回か行うことになる。会員は人文・社会科学系の第1部、医歯学・薬学・農学などの生命科学の第2部、理学・工学系の第3部に70名ずつが所属し、また副会長には都市環境工学者の花木啓祐氏、元宇宙飛行士の向井千秋氏、歴史学者の井野瀬久美惠氏が就任している。我々は科学者の意見を代弁する立場だが、国会議員のように全有権者から投票されているわけではないため、今回の声明のようなものが科学者の考えを代弁できているかは分からない。また、我々としてもなるべく一般社会に自分たちを紹介しなければならないと思っているのだが、声が届きにくいのが今の実態であるため、広報活動にも力を入れたいと思っている。

――国会で審議中のいわゆるテロ対策法案に対するお考えは…。

 馬淵 法案の国会審議に当たっては、この法律が我が国にとって必要であるのかという必要性と、国民の憲法上の権利を侵害しないかという許容性の2つの観点から議論しなければならない。私は今回の「共謀罪」法案は必要性が全く無いという立場に立っている。我が国の刑法では、重大犯罪に対して予備罪、準備罪、ほう助、共謀共同正犯でしっかりと制限をかけている。例えば、政府は今回の法案の対象事例の一つとして、ハイジャック目的で航空券を予約した場合を挙げている。しかし、ハイジャック目的で航空券を買った場合、我が国ではすでにハイジャック防止法で罰することが可能で、すでに手当てがされている。さらには我が国では憲法31条が要請する罪刑法定主義、つまり罪と刑を非常に厳しく細かく整備し、恣意的に刑罰が下されないようにしてきた歴史がある。今回の共謀罪法案はこれも逸脱するような法律になりかねない。また、政府は国際組織犯罪防止条約(TOC条約)を批准するために法律の整備が必要と主張しているが、我が国の現行法体系でも批准は十分可能だ。TOC条約は現在187カ国が締約しているが、この条約のために新たに共謀罪を作ったのはノルウェーとブルガリアの2カ国に過ぎない。TOC条約を盾に取って必要性を主張することは詭弁であり、立法事実としての必要性は求められていない。

――許容性の観点からはどうか…。

 馬淵 もう1つの観点の許容性とはつまり、法律は様々な形で権限を付与したりあるいは規制をしたり、場合によっては私権を制限することもあるので、これが本当に許されるものなのかを考える必要があるということだ。今回の共謀罪法案では適用対象を「テロリズム集団その他の組織的犯罪集団」と規定しているが、「その他」という包括的な文言が入っている。安倍首相は国会で一般人は対象にならないと説明しているが、一方で盛山法務副大臣は衆院法務委員会において一般人も対象に含まれうると発言している。一般人も対象となった場合、許容性の観点からは、憲法21条が保障する言論・集会の自由など国民の権利を制限してしまう恐れがある。

――共謀罪により人権侵害を招く可能性があると…。

 馬淵 我が国においては、過去に特別高等警察が戦争に対する批判的な言動や行動を取り上げて実際に逮捕・拘禁し、まるで国家反逆罪のような扱いをしていた。犯罪を行う前の取締行為を警察権力で言うと「行政警察権」、犯罪が行われた後の捜査行為を「司法警察権」というが、我が国では戦前に行政警察権が不当に行使されたということで、日本を占領したGHQは陸上警察の警察庁、海上警察の海上保安庁ともに行政警察権を制限し、基本的に司法警察権のみを付与した。行政警察権がないため、警察は長い間疑わしいからといって逮捕することもできないし、犯罪の抑止を目的に取り押さえることもできなかった。ただ、最近の犯罪の多様化・複雑化のなかでストーカー行為などが重大犯罪につながる事例がいくつも発生し、ストーカー規制法では不当な行為をしていない時点で警察が関心を持ち、恐れがある場合は接近を防止するなど、行政警察権の行使を認めるようになってきた。また、海上保安庁にも司法警察権しか付与されていなかったため、領海侵犯をする不審船には退去するよう警告するしか手立てがなかった。ただ、私が国土交通相として在任中に尖閣諸島沖で民間漁船の衝突事件が発生し、このままではいけない、と、海上警察権のあり方に関する検討の国土交通大臣基本方針を策定させた。このように、陸上警察、海上警察ともに、行政警察権の付与については慎重な議論が行われてきた。今回の共謀罪法案は罪刑法定主義など我が国の刑法の体系を大きく逸脱するものになりかねず、これをきっかけに様々な人権侵害を招く恐れがあり、決して看過できない。

――人権侵害が生じないように何らかの対策を取ればよいのでは…。

 馬淵 国民の権利が制限されてからでは遅い。国会では「目配せだけで合図になるのか」、「SNSを通じたやりとりはどうか」などと政府に質問が相次いでいるが、明確な答弁はほとんど返ってこず、現在のままでは極めて恣意的に運用される可能性が高いと判断せざるを得ない。安倍首相がなぜ共謀罪法案に対して強硬的な態度を取っているかというと、おそらくこの先に憲法改正が見えているからだろう。集団的自衛権の行使でも一昨年に憲法上に疑義がある法案を強行採決しており、今回の共謀罪法案を含めて戦前回帰的な安倍政権の危うさを感じている。

――話は変わって、民進党と共産党との選挙協力については…。

 馬淵 あくまで選挙のための連携で、共産党と理念や国家観を一にするわけではないし、ましてや連立政権構想などは持ちようがない。憲法改正などを強引に推し進めようとしている安倍一強政治を突き崩すため、水面下での候補者調整で野党間でのつぶし合いをしないようにするということだ。ただ、実際にはこれも容易ではない。昨年4月の北海道5区の補欠選挙では、無所属の候補者が市民グループから要請されて立候補を決意し、野党各党は市民グループの声がけを受けて推薦を出し、野党統一候補としての形が整った。昨年の参議院議員選挙でも全国32の1人区を野党統一候補で戦えば勝てるという機運が高まり、実際に1人区の結果は野党の11勝21敗と、その前の参院選の2勝29敗と比べてだいぶ改善した。ただ、そこでは成果だけではなく、問題点も浮き彫りとなった。

――選挙協力での問題点とは…。

 馬淵 1人区以外の残りの15の都道府県は複数区であるため、当然ながら民進党も共産党も候補者を擁立し、熾烈な戦いをしなければならない。隣の県では共闘していながら、県境を一歩跨ぐと熾烈に相まみえているという選挙構造は矛盾を抱えており、結果として、民進党の候補が共産党の後塵を拝するような選挙区もいくつか出てしまった。野党共闘は無所属の候補者が市民の支えによって立ち、野党が推薦を求められて応援するという極めてまれなケースであれば成立するが、参院選では比例区や複数区でお互いに戦うので成立しない。まして衆議院議員選挙は政権選択選挙であり、比例票には政党名を書いてもらうことになるため、共闘には限界がある。このため共産党との選挙協力についてははあくまでも水面下の選挙区の調整であり、それ以上でもそれ以下でもないという整理をしている。

――民進党が何を目指しているのかわかりにくくなっている…。

 馬淵 私も執行部の一員であり難しい立場だが、2009年の政権交代までは「生活第一」ということで生活者の目線を最も大切にし、そのための具体的な政策を打ち出してきた。現在の蓮舫代表の下では人への投資をスローガンとして掲げているが、教育無償化の財源としては消費税率の2%引き上げ分を充てると主張している。日々の暮らしに精一杯な人からすると、もちろん子どもの教育も大事だが、生活を維持するためには消費税引き上げに決して賛成できないだろう。このあたりに民進党の方向性が見えにくくなってしまっている要因があるのではないか。あくまで個人の意見としては、所得が少ない層に影響が大きい消費税をむしろ引き下げ、所得税控除の見直しなどで再分配を強化しつつ財源を確保すべきだと考えている。現在、党の選対委員長を務めているが、選挙対策については自分自身がずっと担ってきたという自負があるので、一生懸命取り組んでいきたい。

――TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)はどうなっていくのか…。

 木村 米国のトランプ政権がはっきりとTPP離脱を決定したことから、米国がTPPに戻ってくるのは一層難しい状況となっている。ただ、現時点でトランプ大統領がTPPの内容をよく理解しているのかという問題は大いにあり、今後考えを改める可能性もある。とはいえ、政治的に大きく取り上げられてしまったため、やはりそのまま戻る訳にはいかないだろう。そんななか、TPP12マイナス1構想(米国抜き)が出ているが、日本政府が提案しているように協定文をほぼ変えないで合意できる国があるかどうか問題だ。協定自体は、特に東アジアにとって今までになかったレベルの自由化を約束しており、国際ルール作りという面でも意義のある協定であるため、加盟国が減ったとしても発効させておく利点は大いにあり、是非目指してほしいところだ。ただ、実際のところは成り立つ可能性は高くないと見ている。なぜならば最大の輸入国である米国と交渉したから譲歩したという部分が各国共にあるためだ。特にベトナムやマレーシアは、もともと米国との二国間FTAが無かったため、TPPで米国市場にアクセスできるという大きなインセンティブがあり、そのインセンティブと引き替えに多くのものを譲歩している。米国を失った今、政治的コストを負ってもTPPを続けるかどうかは懐疑的だ。また、オーストラリアでさえ知財分野などで米国に譲歩している。できるだけ条文を変えない、それでついてこられない国はあとではいってきてもらう、といった見切りが必要だ。

――米国抜きのTPPに対する各国の反応は…。

 木村 ラテンアメリカ諸国からは「米国が抜けたなら中国を参加させよう」、「交渉に参加していなかった国を入れよう」といった掛け声が聞かれているが、それを言い出したら収集がつかなくなる。特に中国が入ってくると、中国が絶対に譲歩できない知財や国有企業改革といった分野で揉めることとなり、最初から交渉し直さなければならない事態に陥る。一方、オーストラリアは既存の交渉国だけで発効させた後に他の国を加盟させようという方針にある。各国の足並みが揃っていないなか、日本がはっきりと11カ国でやろうと言い始めたのは、自由化の旗を振る国が少なくなっているなか、日本としては失うものはないと考えたためだ。また、いつも国際社会で取れないリーダーシップが今回は取れるとも想定しているのではないだろうか。他方では、論理的にはこのまま発効できれば、米国がいつか加盟交渉を行って加盟すればいい。その際はもともと入っている国が有利であるため、米国に注文を付けられるようになる可能性もあるとの思惑もある。

――TPPが発効できなくなることで日本への影響は…。

 木村 TPP関連法案の中身を見てみると、日本は農業以外は非常にマイナーな分野だけの法律変更に過ぎなかった。つまりTPPが発効されたとしても日本は農業以外に変更しなければならないものはないということだ。TPPはアベノミクスの第3の矢の成果だとの触れ込みであり、発効できれば目に見える成果として評価されていただろう。しかし、それはそれで間違いではないものの、TPPの発効が遅れることで、日本の改革が遅れるというほど、TPPは日本の改革を約束していたものではない。むしろTPP交渉の段階では日本政府は、「TPPが発効されたとしても何も変えなくてもいいから安心してください」と、国内改革とリンクさせないというのが基本方針の下、交渉を進めていた。つまり直接的な経済効果は小さいものであったため、発効できなくなったからと言って何かを失うものではない。一方、TPPによって改革を進めようとしていたベトナムやマレーシアなど発展途上国や新興国では投資環境改善が遅れる。TPPによる改革で事業環境が整備され、外資流入が期待されていたためだ。

――RCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉への影響は…。

 木村 RCEP交渉が進められているが、以前はTPPが進んでいるからRCEPも進めなければならないという機運はあり、TPPが倒れたことでRCEPも止まるのではと懸念されている。しかし、面白いことにそうなってはいない。2月末から3月にかけて神戸で開催されたRCEP交渉会合では、ASEANが早期妥結に強い姿勢を示した。RCEPは中国主導だと言われているが、実は中国はあまり前向きではなく、もともとASEANが中心になって進めている。今年はASEAN設立50周年にあたる年であることから何かしら実績を残したいという思いもありTPP早期妥結に積極的な姿勢を示している。他方では米中首脳会談で貿易不均衡が課題とされたことを背景に、中国でも自由化のアジェンダが必要となっており、RCEPに前向きになってくると想定できる。結果としてRCEP交渉は止まるというよりは加速する兆しが見られている。同様に日EUEPA交渉も止まっていない。ブリュッセルのなかには保護主義に対抗して自由化アジェンダが必要だと考えている人もいる。日EUEPAが完全に妥結するのは欧州の選挙が終わってからでないと難しい。トランプ政権が何をしてくるのか予測不能だが、いろいろなところで保護主義への警戒心から逆に自由化アジェンダを掲げる国が増えている。

――このなか、日米関係はどうなるのか…。

 木村 正直言って全然わからない。ただ、トランプ政権は出足から移民の話で司法に阻止され、またオバマケアでは議会との関係でうまくいかなかったりし、ツイッター通りの無茶な話は通らないということを理解してきたと思う。とはいえ、安全保障と通商政策はホワイトハウスが自由に動ける部分が大きいことから今後何をしてくるかは想定できない。一番危険なのはやはり安全保障だ。通商問題にも当然響いてくる。他方、通商問題に関しては、商務省以外、USTR(米国通商代表部)の代表が決まっていないほか、国家通商会議が新設されたため、どの部局が何を担当するのか決まっていないなど、米国側の通商チーム編成が出来ていない状態にある。つまり、組織だった通商戦略はまだ始まっていないと考えるべきだ。このため、日米経済対話を実施したものの、何をするか米国側がまだまとまっていないことから全く中身は無かった。またこのような状態であるため、先の米中首脳会議で取りまとめられた100日計画についても中国側の課題として報道されているが、むしろ米国側が処理できるかどうかの方がわからない。一方、米国の立場で近々の課題は日本や中国よりもNAFTA(北米自由協定)とメキシコとの関係だろう。NAFTAの再交渉をどのようなトーンで行うのかを見ると、日本政府も作戦が立てられるようになると見ている。日米経済対話では、3つのアジェンダ(貿易投資のルールと課題に関する共通戦略、分野別協力、経済および構造政策分野)が出されたが、要するに日本側としては通商問題あるいは為替問題だけに特化しないようになるべく広範なアジェンダを設定したいということだ。特に為替については財務省ベースで話し合い、通商政策から切り離していきたいという思惑がある。また、はっきり言って日本が米国にやってもらいたいことはほとんどない。既に米国市場で日本企業は自由にビジネスをやらせてもらっており、日米FTA交渉自体については日本は受けざるを得ないだろう。

――日米FTAでは日本側は農業しか譲歩するものが無くなっている…。

 木村 日米構造協議(1989~1990年)当時は金融や保険、流通、系列取引など日本が変わらなければならなかったものは多々あったが、市場開放を進めてきた日本では米国に対して譲歩しなければならないようなやましいものは農業以外なくなってきている。農業は絶対に日本が変わらなければならない。TPPの協定文がすべて出た後でも日本米は壊滅すると風潮する人がいるなど抵抗はまだまだ根強いものの、TPP交渉以降、農業を実際やっている人々からは補助金に頼らず、生産性を上げなければならないという声も挙がってきている。改革機運が出てきた今だからこそ国境措置を整理すべきだと思う。他方、米国が理屈に合わないようなことを言ってくるとすれば、米国の自動車を日本で売れるように、安全基準や環境基準、ディーラー網などの見直しを迫ってくる可能性がある。ただこれは、最終的には、売りたいと思っている米国企業が努力しなければならない。半導体抗争で輸入数量義務が課せられたような流れに絶対なってはならない。

――現在の国際情勢をどうみるか…。

 森本 深い昏迷状態にあるのが実態だ。こうした不安定状況のきっかけになったのは2014年にロシアがクリミアを併合し、ウクライナ東部に軍事介入したことで、更に2015年以降、にシリアの内戦にも介入して、第二次世界大戦後にスターリンが行ったように、周辺国に軍事力をもって影響力を拡大する態度をはっきりと示した。また、同時期に中国も周辺海域に進出し、国連海洋法条約仲裁裁判所の判決も無視して、南シナ海で埋立てや軍事力の配備を進めた。いわば両国は力の行使によりステータス・クオ(現状)の変更を推し進めている状態だ。両国は国連安全保障理事会の常任理事国であることから、両国に不利な安保理決議の採決は難しく、国際社会は有効な対抗手段を打てないでいる。オバマ政権が両国の挑戦に対して、断固とした対応にでなかったことも混迷を深める要因となってきた。

――北朝鮮問題への注目も高まっている…。

 森本 北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルの開発は2016年に大幅に進展し、1月に4回目、9月に5回目の核実験を実施したほか、10月までに合計23発の弾道ミサイルを発射した。その後は今年2月までミサイル発射を控えていたが、北朝鮮側は公的には明らかにしていないものの、我々は米大統領選挙を意識したことが理由とみている。トランプ米大統領は選挙期間中、金正恩氏といずれ話をする必要があると発言しており、北朝鮮側は米朝首脳会談実現を期待して挑発を控えたのだろう。ただ、その後は今年2月12日の日米首脳会談中にミサイル発射を再開し、再び弾道ミサイル開発技術の向上にまい進する姿勢を露(あらわ)にしてきた。

――北朝鮮の核戦力の現状は…。

 森本 既に弾道ミサイルに搭載可能なレベルにまで、核兵器の小型化・弾頭化に成功している可能性があると考えられる。アメリカとしても北朝鮮問題を軍事力で解決するリスクがあり、このためオバマ政権は国連安保理決議による経済制裁を実施した。この制裁は弾道ミサイル開発のための資金や資源、技術が北朝鮮に流入することを防ぐことを目的としたが、現状でも北朝鮮の技術開発が進展していることから、制裁の実効性が疑わしい状況となっている。しかし、制裁を履行していない証拠を見つけることは難しく、また証拠があったとしても、違反行為に対する制裁を行うのは難しいのが実情だ。

――カギを握るのは中国だ…。

 森本 最大の支援国である中国の動向が重要であるのは確かだ。米中首脳会談でもそのことが大きなテーマになったとみられる。ただ、北朝鮮への支援凍結を行うとすれば、その見返りに、中国は高関税適用の回避の確約や、南シナ海での活動の自由を米国に要求する可能性もあった。また、日本にとっても他人事ではなく、例えば支援凍結の見返りに南シナ海や台湾での中国の自由をアメリカが保証すれば、日本にとっては大問題だ。日本としては常にアメリカに対して、日本と協議したうえで中国と取引することを求める必要がある。4月6日から7日に行われた米中首脳会談に先立って、安倍首相は6日にトランプ氏と電話会談を行ったが、おそらく日本の立場を配慮するように申し入れたのではないかと思う。

――トランプ政権下で米国外交はどう変わったのか…。

 森本 外交上の特徴としては、1対1の交渉を好むことが挙げられるだろう。安倍首相との会談もそうだし、ドイツやカナダ、中国やイスラエルとの首脳会談も個別に行った。このため、自国以外との他国の関係や、幅広い多国間外交の方針は分かりにくいのが実態だ。しかも、現在は国務省を始めとする政府の政治任用ポストが埋まっていないため、日本としては協議を行おうにもカウンターパートが存在しておらず、ますます米国の方針がわかりにくくなっている。一方で明らかになっているのは同盟国に対して負担増を求める方針だ。既にアメリカはNATO加盟国に対して、防衛費をGDP比2%に引き上げるよう強く求めているが、今後は日本にも同様の要求を行ってくる可能性が高い。日本の場合、現状の防衛予算はGNPのおよそ1%程度なので、もし2%を達成するならばほぼ倍増させなければならないが、現状の財政を踏まえると早急な実現は非現実的だ。

――しかし行わないとアメリカは許さない…。

 森本 現在、自民党が北朝鮮の弾道ミサイルや中国の活動に対応するための対応策について議論を行っているが、それらの対策を実行すれば、何兆円ものミサイル防衛システムや戦闘機をアメリカから購入することになる。すぐに防衛費を倍増することは無理でも、それだけ大規模な具体的金額を示せば、米国をある程度説得できるだろう。ただ、今後は「アメリカ・ファースト」の理念の下、アメリカは常に雇用創出を最優先する以上、経済と安全保障が不可分の問題となることを日本は十分意識する必要がある。現状では交渉相手が存在しない以上、事前調整も難しく、日米高官の会談は毎回が致命的なものになりかねない。今後、安倍政権はそうした会合を一つ一つどう切り抜けていくか熟慮する必要があり、森友学園のような問題にかまけている暇はない。

――ミサイル対策を急ぐべきでは…。

 森本 危機が差し迫っているとはいえ、対策は1日ではできないのが現実だ。ミサイル防衛は複雑で高額なシステムであり、日本中に配備するにはお金と時間が必要となる。また、ミサイル防衛にも限界があり、数発であれば確実に迎撃できるが、例えばある特定の目標に対して同時に多数発射された場合、全てを払い落すことは困難なのは確かだ。ただ、だからといってミサイル防衛の代わりに核兵器を保有するべきという意見には賛成できない。そもそも国民の大多数の理解を得られない可能性が高いし、もし支持されたとしても、開発を開始したらNPT(核不拡散)条約違反となり、翌日からウラン燃料の輸入が停止する。未来永劫に原子力発電を放棄する決意を行ったのなら別だが、あまりにもデメリットが大きすぎるだろう。

――日米同盟にも影響が生じる…。

 森本 日米安保条約は核の抑止をアメリカに依存することが前提であるため、日本が単独で核開発を推し進めようとすれば、当然条約は破棄されるだろう。トランプ米大統領は選挙期間中に日本も核兵器を保有すればいいといったが、あれは言葉のあやのようなもので、アメリカの本意ではない。無理に核開発を行えば、最低でも経済制裁を受け、輸入も輸出も行えなくなり、日本国民は極貧生活を強いられる。更に、日米安保条約が破棄されれば、中国がたちまち日本に圧力をかけてくるだろう。もし核開発に成功したとしても、すぐに中国の巨大な核戦力に対抗するのは不可能であり、日本は中国の圧力に屈さざるをえなくなるだろう。このように、核武装は現時点ではとても現実的な政策オプションとはいえない。現在の国際情勢では、短絡的な手段に頼るのではなく、広い視点から政策オプションを模索する必要がある。それは針に糸を通すような細い道を探すことではあるが、「殴られたら殴り返す」ような短絡的行為は日本の利益を損なうばかりだ。

――アメリカを説得できないか…。

 森本 少なくとも現状では、日本の核武装をアメリカが受け入れることはないと断言できる。アメリカ側では、日本が敵基地攻撃能力を保有することにさえ批判があるほどだ。彼らには、これまで70年以上日本を守ってきたのはアメリカであり、自分たちが戦死者を出しながら国際秩序を守ってきたおかげで、自衛隊に一人も戦死者が発生していないという自負がある。そんな彼らに、突如日本に防衛上のフリーハンドを認めさせることは難しい。必要なのは、現実的に可能なことから少しずつやっていくことだ。中国は着実に軍事力を拡大しており、間もなく第2、第3の空母を就役させてくるはずだ。これに対抗するためには、日本側も防衛力を強化しなければならない。私が提案しているのは、垂直離着陸能力を持つF-35B戦闘機を搭載できる4万トン級の強襲揚陸艦を2隻建造し、東シナ海で日本のプレゼンスを高めることだ。日本は急に政策を変えることができない国ではあるが、足元の国際情勢は緊迫しており、日本に対して発生しうる危害に対して、国家の防衛体制をどう整えるかを議論していく必要がある。

――東京五輪の会場建設費など、公共工事のコストの高さが問題となってきている…。

  私は東京都の入札監視委員会の委員を務めており、東京都による入札制度改革案の取りまとめ作業でもヒアリングを受けた。都が3月末に公表した改革方針では、1者入札の場合は入札を中止するなどとしているが、これは現場からすると無理筋な話だ。確かに、2者以上が入札に参加した場合、1者に比べて落札価格は何%か低くなるというデータは存在する。改革案では1者入札を無くすことで公共工事のコストを抑制できると主張しているが、これにより生じる弊害は無視しており、ヒアリングの席でも問題があると申し上げた。都が行っている公共工事では全体のうち約1~2割が1者入札となっている。仮に年間で5000件の公共工事があるとして、今回の改革案が実施されれば少なくとも500件程度が中止となる公算だ。再び入札を実施するためにはさらに2?3カ月ほどの期間をかけて再公告・再入札を行う必要があり、実務が滞ってしまう恐れがある。さらに、再入札でも応札が全く無かった場合はどうするのかといった議論は今回ほとんどされていない。大型案件に限定するとの話もあるが、弊害の影響もその分大きいということに留意すべきである。

――公共入札で1者応札が無くならない背景は…。

  過去の民主党政権時代には公共工事を減らしており、業者数に対して公共工事が少ないため、ダンピングによる受注競争が激化した。これにより業者の数が減少していたところ、東日本大震災からの復興や東京五輪の招致決定を受けて急激に公共工事の需要が増加し、需給バランスが受注者優位に大きく変化してしまった。需給バランスで受注側が優位な時に工事価格が上がるということは、ある意味自然の成り行きとも言える。予定価格が合わなければ業者は参入してこない。1者も応札しない不調のケースが多いということは、そう言った状況をよく説明している。確かに、発注機関が入札参加資格を無駄に限定していることが原因である場合もあるかもしれない。しかし需給バランスの結果として1者応札が多発しているのであれば、これを中止するのはナンセンスな話である。まずは原因分析をきちんとすることが先決だ。仮に1者応札を禁止するとしても、弊害をもたらさないよう慎重な取り組みが求められる。

――公共工事のコストを抑えるため、かつては海外業者を参入させる案もあったが…。

  今から30年ほど前、関西国際空港建設プロジェクトに海外企業を参入させるという話があった。ただ、日本の公共工事は下請けや各業界のしきたり、地元の利害調整などを含めて独特の風習のようなものが現実として存在する。大手や地場のゼネコンと違い、こうした実情に対応できない海外業者は、円滑に工事を進めることがなかなか難しいというのが実際のところだ。地理的な制約や言葉の壁もあり、海外企業が日本の公共工事に参入することはほとんどない。

――公共工事で談合が横行していることも高コスト化の要因では…。

  業界側としては、何らかの受注調整の仕組みは必要だという共通認識はあるのではないだろうか。直近でも震災復興事業での談合疑惑が浮上し、農林水産省のOBが関与したと報じられているが、世間的にこれだけ談合が批判されているにも関わらず、なおこうした事例が出て来ることがこれを物語っている。調整の結果による安定受注が工事の品質を支えているという発想から抜け切れていない。発注者サイドの行政としても、ある程度事前の調整をしないと公共工事を円滑に回せないという実情があるようだ。競争で決まった価格こそが本来の価格として扱われるべきだが、行政側には、予定価格こそが適正価格であり、これと乖離(かいり)する契約金額は望ましくないという発想がいまだ根強く存在する。これは突き詰めれば、議会の議決という民主主義の手続きによって決まった予算は正しい(はずだ)という予算無謬論に行きつくものだと言える。

――森友学園への国有地売却問題については…。

  森友学園への国有地売却を巡る一連の騒動では「忖度」に注目が集まっているが、「国有地の適切な売却価格はいくらなのか」という問題こそが重要な論点であることを認識すべきだ。条件が揃えば、市場価格よりも安い価格で譲渡することも法令上可能だ。今回の森友学園のケースでも、「学校設立という公的な目的のために土地を安く売却することの何が悪いのか」という議論がある。問題はその手続きだ。学校法人への国有地売却で森友学園と似たようなケースが他にもあるかもしれない。減額に至る手続きの検証が必要なのに、「忖度や口利きがあってけしからん」という論調ばかりで、安倍首相夫人と森友学園との関係性が無ければこれほどの注目は集まらなかっただろう。しかしこれは「忖度」問題で終わりにしてはならない重要な問題だ。

――今回の国有地売却の適切性はどうか…。

  報道を見る限りでは、国有地の売却手続きのずさんさは否めない。最大のポイントは、実際にいくらかかるか分からないごみ処理費用のために事前に約8億円の減額をしてしまったことだ。法令上適切だったと関係者は言うが、これは裏返せば内容は不適切だったと半分言っているようなものだ。ただ、売り手である国が、ごみ処理費用が不動産鑑定額よりも多額になるリスクを憂慮していた、という可能性は捨て切れない。

――競争入札ではなく、随意契約で売却したことが問題だとの指摘もあるが…。

  予算決算及び会計令では国有地の売却は原則として一般競争入札で行い、公的な目的のために土地を使用する場合には例外として随意契約も可能となっている。国有地の売却では売却価格も重要な要素ではあるが、その手続きも重要だ。法令上、随意契約が可能でも競争入札を選択することもできる。確かに当初から森友学園への随意契約ではなく競争入札を選択していた方が透明であり批判は少なかっただろうが、随意契約を結んだこと自体は判断として不自然とまでは言えない。しかしやり方がまずかった。

――今回の売却手続きでの問題点はどこか…。

  今回は売却額の基準として約9億5000万円という不動産鑑定価格があり、ここからゴミ処理費用として約8億円を差し引いて森友学園に土地を売却している。埋没したゴミの処理にどの程度の費用がかかるかは実際に作業をしてみなければわからないはずで、本来は費用を実費で事後に精算するという形にすべきだった。それができないのであれば可能な限りの厳格な積算と事後のモニタリングを徹底するしかない。それができていたのか、が本来的な争点である。どうもこの辺が曖昧にされている感がある。国はごみ処理費用のリスクをどう捉えていたのか、よりクリアな説明が欲しいところである。そういった手続きと説明の甘さが「忖度」疑惑を生み出している。

――国有財産の売却で不正を防ぐにはどうすればよいか…。

  不正を防ぐためには、徹底した情報開示による透明性の確保が必要だ。報道によると、近畿財務局は当初は森友学園の求めに応じ、契約情報を非公表としていたという。情報が公開されなければ国民はそもそも問題に気付くことすら出来ないため、相手方が公開に同意しなかったら非公表という実務は改めるべきだ。財政法の第9条では、国の財産の譲渡や貸し付けについて適正な対価を求めている。会計法や予算決算及び会計令では公用の事業に供するためには随意契約を結ぶことが認められているとはいえ、原則としては競争入札が要請されていること、財政法でも適切な対価を求めていることを踏まえて随意契約についての透明性確保の議論が行われるべきであろう。国民の全体的な意識として歳出を減らす話には厳しい目線を注ぐ一方、国有地の売却など収入を増やす方にはさほど関心が高くない。日本の厳しい財政事情を勘案すると、国有地をきちんと適切な価格で売却することは極めて重要だ。今回の騒動をきっかけに、国有財産の有効利用に対する国民の関心が高まることを期待している。

――「集落活動センター」という地方創生に新たな施策を投じた背景は…。

 尾﨑 高知県が持っている強みとは何かということを考えると、高知県では元来、生産活動の中心は中山間地域にあった。例えば、大阪城築城の際には高知県東部から輸送した良質な杉材が多く使われていたように、歴史的に見ても高知県が栄えたのは林業が盛んな時期だった。このように高知県にはまず林業資源が豊富にあるという強みがある。さらに観光資源では仁淀川や四万十川などの清流があり、また大手旅行雑誌の「地元ならではのおいしい食べ物が多かった」というアンケートでも過去7年中5回日本一となるなど食べ物が美味しいことでも知られている。ではなぜ食べ物が美味しいのか。実はこれも中山間地域の自然・特産が活かされていることに由来する。例えば、馬路村のゆずしぼりやゆずドリンクなどが全国的にも有名だが、これはもともと柚子自体のクオリティが高いが故に、いい加工品が作れるという側面がある。高知県だけではなく日本の地方全体にもいえることだが、各県の県庁所在地は基本的に消費地として、そしてその周辺地域および中山間地域が価値を創造するエリアだった。ところが近年では、外部依存が進行し、価値を創造するこれらのエリアが衰退している。言い換えれば、自分自身の強みを拡大再生産していけるような構造ではなくなったために衰退している。このため、高知県では、本来価値を創造する場所である中山間地域をいかに活性化していくかということが重要と考え、取り組みを進めている。迂遠なようだが、中長期的に成長していくという観点からも極めて重要だと認識している。

――県内産業の育成に重きを置いているということか…。

 尾﨑 我々とは異なって企業誘致戦略というやり方でうまくいく地域もある。例えば、東京などの大都市圏近郊であれば、近いというだけで価値がある。近いけれども田舎で土地も広いというのが価値の源泉となり、そういった場所であれば企業誘致戦略がうまくいくだろう。しかしながら、高知県は必ずしも立地上こうした優位があるとは言えない。このことを踏まえ、我々の価値の源泉はどこにあるのだろうかという問いを突き詰めていけば、やはり中山間地域にたどり着く。我々は、これまで中山間地域に存在する強みそのものを活かすような政策をとってきたが、より中山間地域全体の振興につなげていくため、ネットワークをしっかりと張っていくことが今後は重要となると考え、高知県では3層構造で政策を展開している。第1層目はいわゆる産業成長戦略だ。一次産業の振興を図り、地産外商を進めるもの。例えば、一次産業の関連産業である食品加工分野、自然を活かした観光分野、モノづくりに関しては林業関係の機械関係分野、また防災関連産業などだ。防災関連産業については、台風などの自然災害が多い高知県において、もともと治山治水から始まった技術である。自然との対話の中で生まれ、発展してきたもので、例えば海外における津波対策に応用することも可能だ。こういった分野の産業振興を図っているものの、第1層ではその効果はまだまだ一部に留まっている。

――効果が一部に留まっているとは…。

 尾﨑 産業成長戦略を図っているものの、価値の源泉たる中山間地域が衰退傾向にあることから、一部の都市に食品加工場が集中してしまうなどネットワークが県全体に広がっていかないということ。この問題を解決するため、第2層として、県内各地で地域アクションプラン(全234事業)に取り組んでいる。例えば、地域特産の「うるめいわし」や「ぬた(葉ニンニクをすり潰して酢味噌や砂糖と合わせたタレ)」など各地域の資源を活かし、地産外商につなげられるような加工品を製造している。このような事業を第2層目として実施した結果、政策効果が各市町村まで広がりを見せてきた。

――それでもまだ足りないと…。

 尾﨑 しかし、これでもまだ政策効果の広がりは市町村のなかの中心部に限られている。本当の意味での中山間地域が持つ真の多様な価値を生み出すために、第3層としてこの集落活動センターがある。多くの中山間地域が限界集落となってきて人口減少がどんどん進み、例えば昔は柚子を生産していた、あるいは林業が活発だった地域も、担い手がいなくなってきている。生産効率が悪いと言われているものの、高知県では農業産出額の約8割が中山間地域から生み出されている。こういったところの農業を大切にしなければ、高知県の農業そのものが根本的に衰退してしまう。例えば、土佐のお茶は静岡茶とブレンドされて良いお茶とされているが、これはまさに中山間地域で栽培されているものだ。これらの名産も作り手がいなくなり、中山間地域が持つ高知県の多様性という強みが縮小してきている。この問題を解決するために集落活動センターを広げる取り組みを行っている。集落活動センターは、過疎化が進んでいる複数集落においての活動拠点となるもので、例えば集落活動センター「いしはらの里」では、村民の生活を支える日用品等の販売店舗を自分たちで運営し、また積極的に交流人口を受け入れている。さらに林業の復興にも力を入れており、その一環として林業インターンシップ生を受け入れ、実践的な研修を行うとともに、研修生が宿泊するなどして外貨を獲得している。これは産業成長戦略の一つである林業と集落がリンクすることで、経済効果が集落隅々まで行き渡るようになるという意味も持つ。また、大豊町西峯の集落活動センターでは、コンテナで杉苗を生産している。もともと杉苗を生産する産業は無かったが、周辺地域で効率的な生産が可能な皆伐(対象となる森林区画にある時期をすべて伐採する伐採方法の一つ)を行っており、再造林には苗が必要となるため、その杉苗をハウスで生産するという事業が始まった。このように産業成長戦略や地域アクションプランで実行しようとしている事業の一部を集落活動センターの事業としてリンクさせ、そのネットワークを拡大させることで政策効果を県全体に波及させるという試みを行っている。

――林業では、新たな木材の工法CLTが注目されている…。

 尾﨑 本県の強みである林業資源について、CLT(クロス・ラミネイティド・ティンバー)の普及・拡大によって木材需要が拡大すれば、中山間地域の活性化につながる。やはり中山間地域の主要産業である林業を再活性化させることは、高知県だけでなく、日本全体にとっても非常に重要だと認識している。中山間地域の主産業、中山間地域が最も持っている木材資源を活かしきれるか否かは、日本の国土を活かしきれるか否かに直結する。ただ、林業を本格的に再生させるためには需要をさらに拡大させなければならない。その需要拡大のための切り札がCLTだと考えている。他方で、輸出としての産業化も可能だと見ている。例えば、韓国や台湾などでは環境意識の高まりから木造住宅を増やそうという考えが広がっている。そのなかで、両国は戦後の日本と同様に木が不足しているため、輸出するチャンスは十分あると考えている。林業を高度化し、輸出産業化することは十分可能であり、林業は国策としてもう一段、需要そのものを喚起するような形で重点的に産業育成に取り組んでもらいたい。そう考えている中で、非常に嬉しかったのが、東京オリンピック・パラリンピックのメイン会場である新国立競技場に隈研吾先生の木をふんだんに使用したデザインが採用されたこと。ご案内のように前回の東京オリンピックでは、国立競技場の建設を契機に鉄とコンクリートの文明が日本に入ってきた。今回の東京オリンピック・パラリンピックでは、新国立競技場の建設を契機に鉄とコンクリートとともに、木がしっかりと共存できる文化が確立されることを期待している。CLTなどの木材需要の拡大に伴って中山間地域が活性化すれば、日本のダイバーシティははるかに進んでいくだろう。

――トランプ氏はなぜ大統領選で勝利できたのか…。

 横江 逆説的だが、最大の要因は、共和党優位の時代から、民主党優位の時代へと移り変わったことにあるように思われる。オバマ氏以前の過去40年をみると、10回行われた大統領選挙のうち、民主党が勝利したのはカーター氏とクリントン氏の合わせて3回だけで、圧倒的に共和党が優勢な時代が続いてきた。しかし、勝ち過ぎたことで共和党はあぐらをかき、時代の変化に追従できなくなり、2009年のオバマ政権誕生につながった。こうした環境の変化は現在も続いており、だからこそヒラリー氏は世論調査などで優勢を示し、最終的にも総得票数でトランプ氏を上回った。トランプ氏が時代を読む目でヒラリー氏を上回っていたことが民主党の敗北につながったが、ヒラリー氏のような古い政治家ではなく、オバマ氏の思想を継ぐような人物が大統領候補であれば民主党の優位は動かなかっただろう。例えばゴア氏であれば相当有利だったはずだ。ゴア氏のような人物の躍進を、民主党内で強い影響力を持つクリントン家が阻んできたことは、同党にとって不幸なことだった。

――時代の変化とは…。

 横江 米国の安全保障環境の変化、インターネットへの常時接続化、人口動態の変化という3つの要因が大きい。まず安全保障環境については、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件が発端だ。あの事件により、海外でにらみ合いを続けてきた冷戦時代と異なり、アメリカが本土を直接狙われる時代になったとの認識が強まった。さらにブッシュ政権がテロとの戦いに終止符を打てなかったことで、本土を狙われる状況は長く続くことが明らかになり、海外よりも国内の安全を国民が重視するようになった。次にインターネットについては、もちろん登場自体はもっと前だが、SNSが登場し常時接続できる環境ができるようになったのは08年頃のことだ。これにより従来の新聞などのメディアの影響が後退した一方、ブライバート・ニュースのような新メディアや、SNSの影響力が増した。

――人口動態については…。

 横江 1980年までは80%を占めていた白人人口は、現在では60%前後にまで減少している。これにより、以前は意識されていた白人間のプロテスタントやカソリックの差異が重要ではなくなったほか、異人種間の交流が当たり前になった。このことが有権者の意識を大きく変えているのは間違いない。オバマ氏は同性婚や中絶を容認する立場をとったが、これもキリスト教の価値観がアメリカで圧倒的ではなくなったことを示しているし、トランプ氏の7カ国に対する入国制限が大きな反発を招いたのも、宗教差別を許さないとする考えがアメリカ内で定着したためといえるだろう。

――オバマ氏はその変化を捉えていた…。

 横江 例えば安全保障面からいえば、オバマ氏が冷戦を完全に終わらせたのは、時代の流れを読んでいた証拠だ。イランやキューバ、ミャンマーと和解し、核競争という冷戦の根幹の始まりの地である広島を訪れたのは、冷戦の遺物を清算し、国土安全保障にシフトするためのものと評価できる。オバマ氏が、アメリカが世界の警察ではないと繰り返したことや、ISISやロシア、中国、ロシアの脅威に対してただ乗りする国々が多すぎると指摘していたのも、アメリカの安全保障観の変化を象徴している。今、アメリカは本土に迫る脅威に対処するべく、リソースを海外から国内に向けている最中であるため、今後はアメリカ以外の各国の自助努力が必要というわけだ。トランプ氏の安全保障はまさしくこの路線を引き継いでいる一方、ヒラリー氏は古いタイプの考え方を持っているため、同盟国重視の姿勢を示してきた。日本人も冷戦感覚が抜けないため、オバマ氏やトランプ氏の安全保障戦略に戸惑っているが、アメリカ国民が望んでいるのは国土安全保障であり、トランプ氏はそのことを見抜いていた。

――トランプ氏はオバマ路線を継承している…。

 横江 「ある意味でトランプ氏こそがオバマ氏の継承者だ」といえる。実はその通りで、安全保障以外の政策を比べてみてもその傾向は明らかだ。実際トランプ氏は最近まで民主党派で、共和党的ではないために勝利できたといっていいだろう。オバマケア撤廃を主張しているために、同氏は反オバマと見られがちだが、トランプ氏が皆保険制度自体は否定していないことに注目すべきだ。従来の共和党政権であれば皆保険制度を廃止するはずだが、トランプ氏はあくまで制度の再設計を目指しているだけだ。いわば自身の実績のためにオバマケアをトランプケアにしたいだけで、その発想は従来の共和党のものとは異なる。日本では、オバマ政権の反動としてトランプ氏が台頭したとみられているが、むしろオバマ政権の良い部分を部分的に継承しているからこそ、同氏はヒラリー氏に戦略的に勝利できた。

――異なる部分もある…。

 横江 目立つのは、トランプ氏が国内雇用を最重視しているところだ。オバマ氏が重視していた環境保護にトランプ氏が関心を示していないのは、それが雇用創出をむしろ阻害すると考えているからだ。TPPについても、雇用を損なうという理由で反対してきたが、実は本来であれば共和党は自由貿易推進派であるため、トランプ氏の立場は従来の共和党とは異なるものだ。むしろ労働組合を支持層に持つ民主党が歴史的には自由貿易拡大に反対してきたのだが、オバマ氏の場合はTPPを経済のためでなく、各国との経済関係深化による安全保障の手段として捉え、推し進めてきた。もし中国が加盟を望むならばルール尊重を求め、中国を西側諸国に近づける狙いもあった。

――貿易をアメリカは外交手段にしている…。

 横江 冷戦時代、アメリカは自陣営に各国を引き込むために自由貿易を推進してきた。この間、東側よりも西側陣営が魅力的とアピールするために、アメリカが貿易赤字に陥るのは当然のことだった。いわば慈善活動として、他国から輸入を受け入れてきたようなものだ。しかし、冷戦がなくなったにも関わらずこの構図は維持され、更に中国のような新規参加者が一方的に利益を享受するようになった。トランプ氏が主張しているのは、冷戦が終結した以上、このように米国が一方的に損をするのはおかしいということだ。これはアメリカの労働組合が長らく主張してきたことでもあるが、支持団体であるはずの民主党は彼らに耳を貸さず、オバマ政権も彼らよりも貧しい層をオバマケアで救済することに専念してきた。本来、民主党の次の大統領候補は、そうした労働者階級に気を配る必要があったが、ヒラリー氏はそれを行ず、代わりにトランプ氏がその層の支持を獲得した。バノン氏のように、労働者階級の父親を持つ人物がトランプ政権の中枢を占めているのは象徴的だ。建設会社を経営してきただけに、トランプ氏はアメリカのどのエリート層よりもブルーカラーの労働者に近く、彼らの意志をくみ取れたのだろう。彼らの多くが白人であるため、時にトランプ氏は白人至上主義とみられるが、むしろオバマ氏が取りこぼしてきた弱者救済を行っていると捉えるべきだ。

――日本としてはどうするべきか…。

 横江 アメリカの現状をよく理解し、過去の価値観に基づいた評価をするべきでない。日本ではレーガン政権のような「強いアメリカ」が理想と捉えられがちだが、もはやそうしたあり方はアメリカの国益に合致していないことを受け入れるべきだ。そもそも、アメリカがどうあるべきかではなく、これからのアメリカとどのように付き合うかこそが肝要だ。防衛関係については、これまでのようにアメリカに頼るばかりではいられなくなるだろう。難しいのはアメリカの兵器の購入に関してだ。慎重だったオバマ氏と異なり、トランプ氏は兵器販売に前向きとみられるが、これは最先端の兵器を入手できる好機である一方、自国の防衛産業育成には向かい風だ。一定の防衛産業を持つイギリスやフランスでも全てを自前で製造することは不可能で、日本も現状では何とか国産飛行機を運用する能力しかない以上、米国との協力は不可欠ではあるが、全てを依存していいかは難しいところだ。これまで先端技術は防衛産業から生まれてきただけに、日本が保持するのも重要かもしれないが、一方でアメリカがさらに先行して新技術を生み出していくのは間違いない。難しいが、うまく折り合いをつける必要があろう。

――外国人労働者の現状は…。

 鈴木 現在、在留外国人数は約238万人で、そのうち労働者として働いている人は、ニューカマーだけでも100万人を超えている。ニューカマーの外国人を対象とした外国人雇用状況届出(2016年10月末現在)をみると、最も多いのは、永住者や日本人の配偶者等などの「身分または地位にもとづく在留資格」で、全体の38.1%を占める。そのほか、留学生などのアルバイトが22.1%、技能実習生が19.5%、専門的・技術的労働者である「就労を目的とする14の在留資格」が18.5%となっている。このうち、労働者として正式な「フロントドア」で受け入れられているのは、就労を目的とする14の在留資格の外国人だけで、他は労働者として受け入れられているのではない、いわば「サイドドア」の労働者である。

――サイドドアではない、本来の労働者が少ないのはなぜか…。

 鈴木 フロントドアからの労働者の割合が少ない理由の1つは、そもそも対象である専門的・技術的労働者が、在留外国人の1割強しかいないためだ。移民/外国人の受入れには、ナショナルな国益レジームとトランスナショナルな人権レジームがある。専門的・技術的労働者は前者の外国人であり、後者は家族の呼寄せや難民などで、後者が多数を占めるのは、他の先進諸国も同様だ。2番目としては、実際の労働市場では、フロントドアからの労働者よりも、それ以外の、例えば工場労働者や建設労働者、農業従事者やスーパーの店員などに対するニーズが高いことがある。さらに、専門的・技術的労働者、とりわけ高度人材からすれば、日本で働く魅力が乏しいこともあるだろう。彼/彼女らはグローバルで活躍できる人材であり、引く手あまたで、より条件の良い企業や国を選ぶことができる。給与や雇用環境からみて、日本はさほど魅力的とはいえない。また、日本企業の側も、高度人材を本当に求めているかは疑問だ。どちらかと言えば、組織に対して従順で、会社の調和を乱さない人を好み、自分の意見を積極的に主張するような人を求めていないのではないか。政府方針としては、専門的・技術的労働者を積極的に受け入れるということになっているものの、実際に日本社会で働いている外国人の多くが「サイドドア」からの労働者たちだ。そのなかには、昨今、メディア等でも批判的に取り上げられている技能実習生もいる。

――技能実習生とはそもそも何か…。

 鈴木 技能実習制度とは、本来、途上国に技能等を移転する国際貢献を目的とする制度だ。けれども、実態は、安価で使い勝手のよい労働力供給のための制度として利用されることが多く、国際貢献どころか、日本のイメージを損ないかねない面もある。もともとは、研修制度としてはじまり、のちに研修・技能実習制度となり、その後、研修制度と技能実習制度が切り離された。当初の研修制度では、研修生を受け入れることができるのは大企業に限られていた(企業単独型)。国際貢献するためには、受け入れる側に一定の体力がなければ難しいとみられたためだ。ところが、バブル景気の1990年に、中小企業であっても、協同組合等の監理のもとで受け入れる「団体監理型」がつくられた。現在、技能実習生のおよそ96%がこの「団体監理型」による受入れだ。受入れ企業の多くが、重層的下請け構造の末端に位置する事業所で、技能移転などを行う余裕などなく、労働コストを抑えるために技能実習制度を利用せざるをえない。もちろん、「団体監理型」であっても技能等を修得した実習生もいるだろうが、受入れ企業が技能実習制度を活用する第一の目的は、安価で使い勝手のよい労働力の確保だろう。

――制度を見直す必要がある…。

 鈴木 見直しを行う際には、ただ「国際貢献」という看板をはずして、労働者としてフロントドアから受け入れる制度を創設すればよいというものではない。「安価な労働力」という考え方を捨て、労働者としての権利や生活者としての権利を、日本人同様に保障していく必要がある。ただし、その場合には日本人にも覚悟が必要だ。100円ショップや24時間営業のコンビニ、廉価な飲食店といった便利なサービスのなかには、技能実習生や留学生などの存在によって支えられているものも多い。いわば誰かを犠牲にして便利な生活を享受している部分があり、技能実習制度の濫用を終わらせるためには、こうした便利さを諦める覚悟も必要だ。

――何故今まで見直しが行われなかったのか…。

 鈴木 制度の目的と実態が乖離していることに向き合わず、受入れ側のニーズを満たすことを優先し、「適正化」という名目で、根本的解決を先送りしてきたためであろう。けれども、技能実習制度の活用は、短期的なニーズを満たすという点ではいいかもしれないが、持続可能なものではない。例えば、地方では、若者が都市部に流出し、不足する労働力を技能実習生が補い、地場産業を支えている。なぜ若者が流出するかと言えば、その地域での雇用の給与が低く、待遇も悪く、魅力的ではないからだ。それを技能実習生で補ってしまえば、雇用環境の改善は進まず、日本人が働かない職種がつくられていく。けれども、実習生は数年で帰国する労働者であるため、地場産業を継承することはできず、経営者の高齢化が進む一方だ。これまでは技能実習生をローテーションで受け入れ続けることで何とか延命できていたかもしれないが、今後経営者が引退すれば、地場産業は衰退し、地方の空洞化がますます加速するだろう。

――外国人労働者の待遇改善が日本人を脅かさないか…。

 鈴木 むしろ、外国人労働者の待遇改善によって、日本人労働者の雇用条件も引き上げられる可能性もあるだろう。もちろん、景気後退期の失業という問題はあるが、景気は必ず変動するもので、好景気もあれば、不景気もある。外国人労働者が日本人労働者よりも安く雇用できるということになれば、景気後退期に、日本人労働者の失業を招くかもしれない。だからこそ、外国人労働者を「安価な労働力」として扱わないということが重要だ。都市部ではさほど実感がないかもしれないが、地方では外国人労働者の存在なしには成り立たない産業もあり、外国人労働者を排除するのは現実的とはいえない。必要なのは、産業構造の見直しだろう。現状では、日本人が集まらないような職種で外国人労働者が雇用されていることが多いが、産業構造を見直すことでそういった職種の雇用環境が改善できれば、日本人の雇用の場を増やすことにもなるだろう。

――世界的に反移民の気運が強まっている…。

 鈴木 確かに反移民に関する報道が目立つが、一方で移民の権利を守ろうとする人々もいることに目を向けるべきではないか。例えばアメリカの場合、非合法移民の総数は1100万人に達するとされるが、この膨大な人数がアメリカで生活できている背景には、非合法移民を受け入れるアメリカ人の意識がある。アメリカでは非合法移民の存在は身近で、農業やサービス産業などでは、彼/彼女らは欠かせない労働者である。歴史を振り返ると、メキシコなどからの農業労働者の受入れ、すなわちブラセロ計画が1964年に廃止されたことが、大量の非合法移民を生み出すことになった。移民によって成り立つ産業と、移住労働によって生活を成り立たせている人々が存在するため、正規のルートが閉ざされてしまえば、「不法」の抜け道を利用せざるをえない。アメリカでは、非合法移民の権利を擁護する市民団体も多数あるし、カリフォルニア州など、非合法移民を保護する法律をもっているところもある。たとえ「不法」移民であっても、それは、出入国管理の法律に違反しているだけで、人間としての権利の一切が否定されるわけではないはずだ。欧州でも、非合法移民の強制送還に反対する市民運動がある。

――日本人はそうした移民を巡る意識が希薄だ…。

 鈴木 欧米に比べて、日本は移民/外国人受入れの歴史が浅いからだろう。しかし、日本の人口構造や将来推計を踏まえると、技能実習生のようなローテーションで受け入れる還流型ではなく、定住型の外国人、すなわち移民受入れを議論すべきである。欧米の報道を見て、「厄介だからやめよう」と移民を敬遠するのは現実的とはいえない。もちろん、誰だって苦労はしたくないし、今のままの状況が続けばいいと考えるのは理解できるが、日本が直面している人口問題はもはや誤魔化しで解決できる状況ではない。確かに移民が増加すれば、摩擦やトラブルが起こるかもしれないが、考えるべきはトラブルをどう防ぐか、また発生した場合には、どう解決していくかだ。受入れ後進国の日本は、欧州の経験から、その解決策を学ぶことができるだろう。さらに、日本は、欧州に比べれば割合は低いとはいえ、すでに移民/外国人を受け入れており、そこから学ぶこともたくさんはあるはずだ。少し注意してまわりを見渡せば、地域や学校、職場で、私たちは移民/外国人を目にすることができる。「移民」とか「外国人」とかというまなざしで捉えるのではなく、一人の人間として出会い、知り合えば、もっと身近な存在として考えることができるであろう。

――長年、「貯蓄から投資へ」がなかなか進まない…。

 武樋 「貯蓄から投資へ」が進まないと言われているが、今ようやくその入り口に入ったばかりと考えている。日本版ビッグバン(~2001年度)から十数年が経過したが、明治維新も大政奉還(1867年)から西南戦争(1877年)まで10年間と長い期間を要した。このように日本という国は英国や米国のようにドラスチックに変わるのではなく、10年スパンで変化していく歴史を持つ。この30年間、日本は金融不安などまるでブラックボックスのような長い期間を潜り抜けてきた。その間に、個人金融資産は1300兆円から足元までに1700兆円まで拡大した。それでも今の日本の貯蓄率は55%と、米国の15%、ドイツの30%と比べると圧倒的に高いままだ。これは戦後70年間、金利が物価を上回る期間がほとんどであったことに起因するが、3年位前からは金利よりも物価のほうが高い実質金利マイナスの時代に突入していると考えられる。貯蓄が目減りしていくことになるため、預貯金の運用と真剣に向き合う必要が出てきている。つまりは預貯金を有価証券に移していかなければならない時代に入っているという経済的要因が挙げられる。

――経済的要因の他には…。

 武樋 現在、60歳以上の世代が個人金融資産の約70%を保有していると言われている。その一方で寿命が10年間で約2年ずつ確実に延びていて長寿リスクを回避するため、また、社会保険の自己負担も従来に比べ急激に増えてきていてこの世代が金融資産を有価証券で運用しなければならない必要性が確実に高まってきている。貯蓄中心の古い世代とは違う有価証券運用について新しい感覚を持った昭和22年~24年生まれの団魂の世代が70歳に差し掛かってきており、この団塊の世代中心に今後10年間で毎年50兆円規模の相続財産が引き継がれる時代に入ってきたことも「貯蓄から投資」を大いに促進することになろう。さらに、年間約10兆円(うち、公務員約3兆円)の退職金マーケットも、今後、資産運用ニーズのある大きなマーケットになってくる。また、NISAや個人型確定拠出年金なども「貯蓄から投資」の促進に冷や酒の様に効いてくると想定できる。これらの諸々の背景を考慮すると、我々証券会社が本当に個人のお客様の有価証券運用のお役に立たなければならない時代にいよいよ突入してきている。

――現在の国内株式市場、個人の参加具合は…。

 武樋 株式市場の保有構造は個人が17%、外国人投資家が60%強となっている。アベノミクスでマーケット環境が良くなり、その後一度停滞し、一昨年の中国問題、原油安で悪化し、そして今度のトランプラリーとボラティリティが激しい株式相場が続いた。個人投資家が買い越したのはわずか2~3カ月の間で、それ以外は皆売越しになっていて、外国人投資家主導のマーケットとなっている。また、リーマンショック以降、ボラティリティが激しいなかで、ネット証券経由で短期売買が急増したが、株式を資産としてじっくりと中長期投資することが今必要視されている。

――じっくり投資できる株式を売れるのが証券会社ということか…。

 武樋 それは銀行ではなく我々にしかできないことだと思っている。当社は20年来、「売れる商品でも、売らないという信念」を持ち続け、個人のお客様向け商品についての原理原則である「いちよし基準」を遵守してきた。投資するうえで信頼できる相談相手が欲しいというのがお客様の一番のニーズだ。会社の手数料ありきではなく、お客様目線に合わせていけるビジネスモデルを構築し、お客様の信頼を得ることが最も重要だとの考えにまったく変わりはない。いちよし基準は社内ではすでに定着しているが、大手銀行や大手証券に比べればまだまだ知名度が低いと認識している。ただ、預かり資産残高4000億円だった1997年頃に比べ、足元では預かり資産は4・5倍にまで拡大している。株式の基本はリサーチ、中長期、分散投資であり、これに尽きる。この点、900兆円の預金が目指すところはベース資産をプラットホームとした分散投資だ。例えば、投信であれば債券中心の投信をベース資産とし、そのうちに資産の一部をアクティブな投信とする。株式も同様に資産株の中長期運用をベース資産とし、資産の一部をアクティブな株式とする。このようにベース資産を土台としたピラミッドを拡大し、巨大なピラミッドの作っていくという考え方を提唱している。現状、預金がメインとなっていることからポートフォリオといった考え方をしている投資家は少ない。しかし、我々が提唱しているローリスクローリターン、ミドルリスクミドルリターン、ハイリスクハイリターンを組み合わせたポートフォリオによる資産形成が、いよいよこれから必要となってくる。それを支援するのが我々の使命だと考えている。

――金融庁に対する要望は…。

 武樋 NISAで若い世代の投資推進を図ろうという試みや個人型確定拠出年金で投資の裾野を拡げようという制度は大変良い仕組みであるが、まだまだ改善の余地があるので出来るだけ早く制度の充実を図ってほしい。証券税制については、制度の大枠では金融所得課税の一本化や配当の二重課税の廃止が望まれる。また相続時の税評価額を有価証券も不動産と同じ時価の7掛けにすべきである。更に、キャピタルゲイン課税の引き下げ、株式の長期保有者に対しての不動産並の税優遇措置や上場株式等の譲渡損失の譲渡控除期間を現行3年からの延長など導入してほしい。今後、個人家計においては金融資産を有価証券で運用しなければならないニーズが高まっていくことが予見できる。そういった意味合いで今やっと「貯蓄から投資へ」の入り口に入ってきたところであり、この流れを促進するためにも個人の有価証券投資に対して税の優遇が大いに望まれる。

――御社はガバナンスに定評がある…。

 武樋 6~7年前からコーポレートガバナンス研究所(JCGR)の調査への参加し、最初はランキング18位だったが、おかげさまで最近は4年連続で2位をいただいた。なぜ我々が上位を維持しているのか、皆、疑問に思うだろう。1997~98年にかけて山一証券、三洋証券、拓殖銀行など金融機関の破たんが相次いだ。それまで当社の株主構成は上位10社のうち6社が銀行だった。その銀行勢が当社が銀行系列ではないことを理由に株式を売却してきたが、我々は自社株買いを実施し、そのほとんどを償却したが、2000年以降にかけて株主に外国人が名を連ねてきて約30%近い持株比率になっている。このため、外国人株主対策としてガバナンスを強化するべく、2003年に委員会設置会社制度(2004年に指名委員会等設置会社に改称)を導入。2006年には社外専門家委員会も設置した。株主総会も15年前から土曜日に実施し、総会後は株主と懇談会を開催し、親睦を深めている。海外IRも行っている。他方では、2000年に配当性向20%、2004年には30%、55周年には100円を発表し、今では配当性向50%もしくは純資産の4%のいずれか高い方を採用している。株主還元率は相当に高いと自負している。また、取締役会では、社外取締役を4名、社内取締役を2名の構成を敷いて、社外を多くすることで公正な運営を図っている。こういった活動が実を結んでいると考えている。

――社外取締役制度を導入してもガバナンスが効いていない企業が多い…。

 武樋 「仏作って魂入れず」ということわざがあるが、まず仏を作らないことには魂を入れようがない。まず、仏を作るという意味あいにおいては、指名委員会等設置会社が一番良い仏であると思う。しかし、この制度が出来て14年になるが、いまだ全上場会社中、70社位しか採用していない。次に、どの様な制度でも魂を入れることが課題になる。まず、第一に、経営のトップが不正をはたらかず、隠蔽せずに透明で公正な経営に努力することだ。第二に社外取締役に経営トップの耳の痛いことでもどんどん指摘できる人物を配置することだ。そういう意味では、社外取締役にふさわしい人物の層が厚い米国に比べ、日本のコーポレートガバナンスの課題は多い。

――5月に横浜で第50回年次総会を開催する…。

 中尾 今回の総会は、これまでのアジア開発銀行(ADB)の50年を振り返り、次の50年に何が必要かを考えるいい機会と捉えている。現在50年史の編纂をしているが、ADBの骨幹は「ファイナンス」にある。そもそもADBが創立されたのは、当時資金不足に喘いでいたアジア各国に資金を供給することが目的だった。ADBの創設に大きな役割を果たした日本も1960年代半ばまでは経常収支赤字が常態で、外貨は貴重だった。資金不足解決のため、アジアの各国からADBのような機関を設立したいとの声が出たが、構想段階ではメンバーをアジア域内国に限定する考えもあった。最終的に欧米諸国もメンバーとしたのは、その資金力、信用力を活用したいということなどが重要な要素だ。アジアに対してインフラ整備をはじめ開発に必要な資金を供給する役割を、今後もしっかりと果たしていきたい。

――融資にあたって重視するのは…。

 中尾 渡辺武初代総裁も強調していたことだが、サウンドバンキング、すなわち金融機関としての健全性は強く意識したい。ADBは各国の協定によって設立された半ば公的機関ではあるが、同時に債券を発行して資金調達する銀行であり、トリプルAで債券を発行することが途上国にとってよい条件で融資をすることの前提ともなる。これまでも経済的合理性を融資判断の上で重視してきたが、通常融資ではこの精神を今後も堅持していく。一方、加盟国の中でも貧しく、あるいは脆弱な国向けには、ドナーの任意拠出をもとにした譲許的な貸し付けや無償資金供与も強化していく。インフラ整備の融資に当たっては、より高度で、環境にもよい技術を取り入れていくようにしたい。教育や保健などの分野でもADBの支援への需要は強い。一方でアジア各国の成長を促進する使命を果たすため、融資に限らず様々な方法で資金を動員することが必要だと考えている。例えばプロジェクトファイナンスにおけるPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)の組成を支援するトランザクション・アドバイザリー・サービス(助言業務)を手掛け、民間資金を活用したファイナンスを支援していく。また、サムライ債はADBの1970年における発行が嚆矢となったが、このような各国での資本市場の育成をリードする役割も続けていきたい。

――今後の中心的な融資案件は…。

 中尾 「開発」がテーマであることは変わらない。これまでADBは農業分野から始まり、電力や道路、鉄道、上下水道などのインフラ、保健や教育制度の支援も手掛けてきた。今後は、気候変動から来る海岸侵食、洪水などの問題への「対応」、再生可能エネルギーや省エネによる二酸化炭素排出の「緩和」への支援を拡大していく。その中で、水を節約して使うドリップ・ハーベスト、食糧を無駄にしないための倉庫やアクセスなど、再び農業も重要になっていると思う。

――ADBの組織としての課題は…。

 中尾 今まで述べたことに加え、プロジェクト実施の際の環境や社会への配慮が挙げられる。ダムなどを建設すると、どうしても住民立ち退きといった影響が生じるが、そうした影響を緩和するため、正しい手続きの元にプロジェクトを進めていくことが必要であり、その点はきちんとやっていく。調達も、公平な国際競争入札がルールだ。一方で、さまざまな手続きが厳格で対応が遅いという批判がある。手続きの簡素化や、ITの更なる活用、28の借入国にある現地事務所への権限委譲などにより、業務の迅速化に努めていきたい。もちろん、予算の効率化、資金基盤の確保、スタッフの専門性強化も課題だ。

――その人材面は…。

 中尾 総合職にあたるスタッフは多くが大学院卒で、日本人も1100人の中で152人が頑張っている。そのうち40人以上が女性だ。ADBは中途採用が中心で専門家の集団だが、常に一層専門性を磨いていく必要がある。やはり我々自身の能力を高めなければ、個別のプロジェクトごとに募集しているコンサルタントを使いこなせないし、技術の進歩においていかれてしまう。最新の技術を熟知し、それにより一段と高度なプロジェクトを推し進めていきたい。その一方で、職員の流動性を高めることも課題だ。例えば調査局のエコノミストにも現地事務所の所長を務めさせたりすることで、「One ADB」として、ADB全体のことを考えられる人材を育てていきたい。

――アジアインフラ投資銀行(AIIB)との関係は…。

 中尾 昨年の5月に協力覚書を締結しており、今後様々な協力を行っていく予定だ。すでにパキスタンとバングラデシュでは協調融資を行うことが決まっている。これらの案件では、我々の方がプロジェクトの準備や実施をより多く負担するため、AIIB側から手数料も受け取っている。AIIBの金立群総裁とは一昨年から既に9回会談しているが、同氏が以前ADBの副総裁を務めていたこともあり、共通の問題意識を感じる。AIIBの存在は我々にとって良い刺激でもあり、ADBが自らの役割を見定め、効率性を高めていくことにもつなげたい。ただ、AIIBは名前の通りインフラに特化しており、我々のような医療や保健への融資は行わないという考えを示している。また、アジアの国々と先進国で構成されるADBと違い、AIIBは中東、南アフリカ、ブラジル、ロシアなども参加していることも大きな違いといえるだろう。

――思想も異なる…。

 中尾 ADBが開発を重視しているのに対し、AIIBはより銀行らしく、資金運用に重みを置いているようだ。ADBも融資から利益を出し、それによって資本を増やして融資拡大に結び付けてきたが、AIIBはより銀行としての側面が強い。そのため、ADBが行っているような譲許的な融資、政策改善のためのプログラム・ローンをAIIBは行わないとしているほか、調査活動も他機関に任せ、自身は貸付に集中するとしている。加盟国の代表である理事会についても、AIIBは、常駐のものが北京にあるわけでなく、各理事が必要に応じてITを活用してバーチャルに開催するのが基本であるのに対し、ADBではマニラに常駐する12人の理事、12人の理事代理からなる理事会が日常的に開催され、重要事項を承認する。ただ、ADBとAIIBは違いがあるからこそ、補完的な関係になりえると考えている。

――目覚ましくアジア経済が成長した要因をどうみるか…。

 中尾 1960年代のアジアはガバナンスもなければ技術革新もなく、日本という例外を除けば成長は見込めないという見方が欧米では強かった。しかし、その後は「Four Tigers」と呼ばれた香港、シンガポール、台湾、韓国に始まり、マレーシアやタイ、インドネシア、そして中国やインドなど多くの国が著しい成長を遂げた。それは、これらの国々が市場経済に基づく成長政策をとってきたこと、あるいは途中から国家主導の計画経済や輸入代替などの政策をやめて開放的な政策に転換したことが大きな要因だ。私は、途上国経済が発展するためには8つの条件、即ち①インフラへの投資、②人的資本への投資、③マクロ経済の安定、④開放的な貿易・投資体制あるいは規制緩和と民間セクターの促進、⑤政府のガバナンス、⑥一定以上の社会の平等性、⑦将来へのビジョン・戦略、⑧政治的安定・周辺国との良好な関係が必要と考えている。アジア各国がこれらの条件を満たしてきたことが成長要因だと評価している。

――アジアは今後も成長を続けられるのか…。

 中尾 確かに既に大幅な成長を遂げてきたが、まだまだ成長できる。例えばフィリピンやベトナムは、1億人前後の人口を持つが、一人当たりGDPはまだ3000ドルに満たず、今後の発展余地は大きい。天然ガスなど豊富な資源から恩恵を受けているインドネシアも、一人当たりGDPは依然3000ドル台だ。3万ドルを超える先進国へのキャッチアップ余地は大きい。東南アジア以外では、南アジアは約14億人の人口を超えるインド、1億9000万人のパキスタン、1億6000万人のバングラデシュがあり、いろいろ難しい問題はあるものの最近は成長が強まっている。そのほか、中央アジアはいかに資源に依存しない経済構造を実現するかが重要で、例えばウズベキスタンなどは近代的な農業ビジネスもチャンスがある。いずれにせよ、世界の人口の半分強を占めるアジアは、今後も適切な政策を維持していくかぎりにおいて成長を続け、2050年には世界のGDPに占める比率も現在の3分の1から半分を超えるようになっていくだろう。

――各国はどう考えているのか…。

 中尾 これまで、インドのモディ首相、フィリピンのドゥテルテ大統領、インドネシアのウィドド大統領、ミャンマーのアウンサンスーチー国家顧問など、アジア各国の指導者と対話してきたが、どの指導者も経済を更に開放し、規制を緩和し、市場の活力を使って経済を成長させていきたいと考えている。どの国も雇用の創出が大きな課題となっており、そのために教育やインフラを強化し、ビジネス環境の改善を図っている。国家の介入を拡大して直接投資を排除するような政策をとろうと考えている指導者はいない。拡大する中間層はテレビやエアコン、バイク、自動車、それに化粧品といった商品を貪欲に求めており、その旺盛な需要にも支えられて成長は簡単には減速しない。需要に対応する生産力も強くなってきている。豊かになりたいという国民の思いを原動力に、保護主義や腐敗に対抗し、また、各国が協調していく関係が続けば、アジアは世界の中で増々存在感を増していくと考えている。

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