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Information

――米中貿易戦争は日本が過去に経験した…。

畠山 中国も日本と同じ道を歩んでいくことになるだろう。中国は否が応にも対米黒字を削減していかなければならない。しかし、日本の歩んだ道が正しいとも限らず、どちらかといえば正しくない道を歩んだということもできる。米国としては年間2758億ドル(2017年)にも及ぶ対中赤字を無くしたい考えにある。過去に日米貿易摩擦によって日本は一生懸命減らしていき、その減少分を所得収支の増加で補うという構造展開とした。所得収支に切り替わっていくこと自体は自然な流れであり、いいと考えている。しかし、人為的にその流れを作ることでどういう影響がでるのか不透明だ。例えば、輸出自主規制に関しては、日本はGATT(関税および貿易に関する一般協定)違反だったわけで、中国もWTO(世界貿易機関)違反になるわけだ。米国にしても欧州にしても本当にけしからんのは自分たちは何もせずに手を汚したくないということだ。この問題については私自身が欧州と対峙した経験がある。

――実際に交渉を担当されていた…。

畠山 私が通商産業審議官として91年7月に先進7カ国経済サミット出席のため、中尾栄一通産大臣とともにロンドンを訪れていた際、中尾通産大臣とアンドリーセンEC貿易担当委員との会談が行われたが、そのときの出来事を今でも鮮明に覚えている。会談は日・EC自動車問題に関するもので、アンドリーセンは2つの要求を出した。一つは、自動車の輸出自主規制をしてほしいということだった。我々としては、輸出自主規制はGATT違反なので、万感の思いがあったものの、協力する意向を示した。それからというもの、自動車輸出は伸びる勢いがあったものの、これを伸ばさなかった結果となった。さらにアンドリーセンは、日本車の対EC輸出自主規制問題に関連し、欧州で生産、販売される日本車の台数を120万台に制限する生産自主規制というサイドレターを受け取ってくれと要求してきた。日本企業がEC域内に投資をして製造する現地生産車について販売量を調整したいというものだ。生産については絶対にできないとの思いを伝えた。しかし中尾大臣と別れた後、もう少し話しを伺おうと再びアンドリーセンのところに赴いたが、それから本当の駆け引きが始まった。

――その後の駆け引きはどういったものだったのか…。

畠山 アンドリーセンは、「先ほどの中尾大臣の回答を最終回答だと思っていない。だからさきほどの会談の結果をまだEC委員長に報告していない。貴方が最終回答をもってきたのでしょう。貴方の回答を聞いたうえで報告するつもりだ。しかし、貴方からの最終回答を聞く前に3点ほど指摘しておきたい」と話し始めた。1点目は、「この日・EC自動車問題の解決への交渉は、ずいぶん長い間行われてきて、交渉は進ちょくしてきた。しかし、その長かった交渉も日本側がサイドレターを受け取ることさえ決断すれば、その瞬間に解決する。貴方が受け取りを拒否すれば、幾多先人の努力をまったく無にしてしまう」とのこと。2点目は、「日・EC貿易収支は日本側の大幅出超だ。このまま行けば日・EC貿易戦争になる。ECの国際世論形成力を軽視してはいけない」とのこと。そして3点目は、「明日、海部首相が私の母国であるオランダに飛び、日・EC共同宣言に署名することになっている。歴史上初のことだが、そのサインは断れないだろう」と言葉巧みに交渉を仕掛けてきた。私は大した交渉者だと思った。そういった駆け引きが当時行われていた。こういった経験もあることから、先般の日・EUEPAの大枠合意が決定したときは大変嬉しかった。

――これからは中国が大変だ…。

畠山 日本企業が中国に輸出し、中国から米国へ輸出される流れもある。米中貿易摩擦が生じれば日本企業も間接的に影響を受ける可能性もある。日本はうまく貿易立国から投資立国に変わってきたが、中国はなかなか難しいだろう。一帯一路が上手くいけばいいが、政治先行の構想であり、具体的な事業計画がなされていない。今後は肉付けが必要だろう。難しい問題だ。中国も胡錦濤時代のように領土拡大を止めておけばよかったものの、領土拡張主義を通し、周辺諸国から嫌われている点も問題視される。やはり大きなデザインがないという感覚を受ける。胡錦濤まではよかったが問題は習近平だ。野心家で独裁主義であり、日本の政治家にも似たような人がいないでもないが、やはり周囲が好くような人でなければ政治は上手くいかない。国民の目はごまかせない。

――国際貿易投資研究所の目的は…。

畠山 当研究所は、日本貿易会内に置かれていた貿易研究所を財団法人として分離独立させることにより、1989年12月に発足した。発足に当たり、日本貿易会はもとより、通商産業省(当時)、日本貿易振興会(当時)および関係各方面から多大のご支援をいただいた。その後2012年をもって一般財団法人となった。前身の貿易研究所は、1981年、日本貿易会会長(故水上達三氏)の強いリーダーシップの下で、「グローバルな視点から中長期的に世界貿易の在り方を研究する」ことを目的として設置された。その時以来、世界経済の相互依存関係は、目ざましい速度で拡大進化を続けてきた。商品・サービス貿易に加え、直接投資、情報ネットワーク、技術移転などさまざまのチャンネルを通ずる経済活動のグローバル化が進行している。そういう状況の中で、貧富の格差拡大、環境問題などの新たな課題が提起されている。そして、21世紀の新しい経済システムとして、NGO、NPOなどの活動が注目されている。そういったなか、当研究所の使命は、貿易と直接投資を切り口として、グローバル経済の動態を多角的に解明することにある。世界の貿易、投資、産業、企業活動等マクロ、ミクロの各分野やNGOの活動、環境問題などについて調査、研究、分析し、日本および世界の将来の方向と戦略的課題を見きわめるように努力している。先見性をそなえ、的確な分析に裏づけられた調査研究により、公共政策の立案、企業の意思決定に役立つ成果を提供することを目指しており、日本経済のますますの発展に貢献していきたい。なお、激変する経済環境にあって、世界戦略の羅針盤を目指して1953年創刊の世界経済評論誌を2年半前から承継発行している。毎号斯界有識者の知見を集約して各位のお役に立っていきたい。

――世界経済の現状は…。

中島 世界経済を巨視的に見ると、2000年代に入って、ヒト・モノ・カネ・エネルギーの全てが不足気味から過剰気味へと転じてきた。世界的にインフレ率がなかなか上がらない状況が続いているのも、モノの供給が需要を上回りやすくなったことが一因として挙げられる。このことは統計上でも確認することができる。例えば世界の工業生産量を見ると、中国を含む新興アジア諸国の工業生産量は2000年から2017年までの間に約4・5倍に拡大している。この間、先進国は1・1倍程度の伸びにとどまり、日本はようやく横這いといったところだ。この理由は明白で、グローバル化に伴い新興国の人口が労働力として使える時代になり、先進国企業が資本と技術を持ち込んで、新興国でも最先端のハイテク製品を生産することが一気に可能となったためだ。この結果、世界貿易のバランスも以前と比較してずいぶんと異なってきている。世界の貿易の中に占める途上国のシェアは2000年ごろには約20%だったが、2015年ごろには約40%と倍増している。この変化は新興国の成長に寄与するので悪いことではないが、米国が一国で世界の貿易赤字の大半を引き受けており、米国を中心に保護主義的な動きが強まることにもなっている。

――一方、ヒトの過剰とはどのような状態か…。

中島 世界銀行が公表している世界の部門別就業者人口によると、第2次産業の就業者の割合が2000年から2003年の間で約10%も上昇している。この割合を世界の就業者人口に掛けると、1990年代前半から2010年のわずか20年間程度で鉱工業の就業者人口が約5・5億人から約10億人に増加した計算になる。このことは、モノを作るヒトが倍増しており、その分生産力ともなっていることを示している。また、ヒトを巡っては移民の問題も表面化している。OECDの移民レポートでは加盟各国の移民の流入人数を集計しているが、確かに移民の数は増加の一途を辿っている。しかも、この流入した移民の出身国を見ると、かつての低所得国に代わって新興国・中所得国からの流入が中心となりつつある。めざましい経済成長の結果、新興国・中所得国の国民の学歴や所得が上がり、比較的学歴の高い人達が自分で渡航費を払って先進国に出てくるようになったということだ。こうして先進国に流入してきた移民は、先進国の中所得者層の仕事を奪うというよりは、主として今までも移民中心に担ってきた低賃金労働に参入している。しかし、ブレグジットなどに見られるように、流入国では移民への抵抗感が強まることにもつながっている。

――現在の世界経済ではカネも余っていると…。

中島 OECDとBRICsの通貨供給量(マネーサプライ)を見ると、以前は世界のGDPの8~9割程度だったが、リーマン・ショックを契機に世界のGDPを上回る水準に達した。これは主要先進国が量的緩和を行った結果だが、量的緩和が縮小されつつある現在でもマネーサプライは100%を超える水準で推移しており、世界的にマネーはますます潤沢になっている。カネだけではなく、エネルギーの供給も増えている。米国のエネルギー省は世界に存在している各種エネルギーをテラワット年という単位で公表している。1テラワット年とは、100万キロワットの原子力発電所1000基が1年中フル稼働して得られる発電量であり、2009年の世界のエネルギー使用量は16テラワット年だった。米エネルギー省によると、陸地上全てに太陽光パネルを敷き詰めた場合、その発電で得られるエネルギー量はなんと2万3000テラワット年もある。もちろんそんなことは不可能なので、都市部とその周辺にだけ敷き詰めたとしても、石炭の可採埋蔵量合計と同程度の900テラワット年のエネルギー量を毎年得ることが出来る。シェールオイルの登場により原油価格が上がりにくい状況となっているが、再生可能エネルギーの普及もあって、世界のエネルギー量はますます豊富となってきている。足元、原油価格は上がっているが、産油国がカルテル的に原油価格を支配していた時代は終わり、エネルギーの価格は市場で決まり、しかもこれまでと比べて安くなるという新たな時代を迎えている。

――4つの過剰で世界経済の構造が変化してきている…。

中島 これまでの世界経済で勝つためには希少な資源を押さえることが一つのやり方だったが、ヒト、モノ、カネ、そしてエネルギー資源までも豊富になってくると、今後は豊富な資源をいかに誰よりも有効に使うかという知恵の勝負の時代になってくる。ヒトも同様で、世界で高度人材が増加し、かつ一国にとどまらずに活動するようになると、高度人材を抱えるだけではなく、どのように活用するかがますます大事となってくる。丁度このような時代に、米国経済の成長率は、トレンド的に見れば第二次世界大戦後の経済復興や第3次産業革命で盛り上がっていた1945年以降の水準をリーマン・ショック後初めて下回っており、戦後の大きな経済成長のうねりが一巡したように見える。また、世界の人口増加率も途上国の衛生状態の改善等を背景に鈍化しており、現状のままでは需要増の鈍化で世界経済の成長率は高まりにくい構造となっている。足元ではロボットやAIなどによる第4次産業革命が言われているが、私には第3次産業革命の一巡と符合した動きのように見える。そして、第4次産業革命が実現すれば生産性向上や新しい投資で世界経済の成長率が構造的に上がる可能性がある。それは先進国と新興国両方の成長を高め、保護主義や反移民の動きを抑えることにもなる。

――日本も第4次産業革命にキャッチアップしていく必要がある…。

中島 2016年以降、世界的にハイテク製品の売上高が急増している。日本のロボットの総出荷額などもここ2年で大きく増えている。これは第4次産業革命の先取り的な動きにも見える。ここから第4次産業革命が本格化するには、知的財産への投資が増えていくことが重要だ。米国の知財投資の対前年比増減率は足元では5%程度の伸びとなっており、本格化の一歩手前という状況だ。一方、日本の知財投資の伸びは主要先進国の間では最も低い水準だ。中国はスマートフォン決済やレンタル自転車などでITを活用した新たなサービスを展開している。私はこの中国の動きを大変注目している。18世紀の産業革命を見ても、技術革新で蒸気機関が発明されただけは不十分で、そのパワーを発揮する蒸気機関車が製造され、さらに鉄道が広く敷設されたところで社会が大変革し、産業革命が本格化した。技術の重要性はもちろんだが、その技術を使ったサービスや製品が登場することがポイントであり、今の中国はそうした段階にあるように見える。IMFの統計でも、中国のサービス輸出額はフィンテックを中心に急拡大しており、日本はこうした動きに置いて行かれてはならない。

――AI時代の到来によって人間の雇用が奪われる可能性がある…。

中島 OECDはAIで代替される可能性がある業務の割合を各国別に示しているが、日本は5割を超えておりOECD諸国の平均よりも高い水準にある。しかも、OECDによると、2002年から2014年までの間の先進国での雇用が最も減ったのは低所得労働の分野ではなく中所得のルーティンワークだった。こうした定例業務はAIが最も得意とするところであり、今後こうした傾向が一層強まるとすると、AIに負けない人材を育てていく必要がある。ところが、日本では業務で毎日パソコンを使う労働者の割合がOECD平均よりも低い。これは労働者がパソコンを使いこなす能力に欠けているというよりも、企業において業務のIT化が進んでいないことが大きい。また、政府が掲げている働き方改革でも、生産性を向上させてこそ労働者の賃金を上げることが可能になる。日本企業はさらにIT化に取り組んでいく余地はあり、それがAI時代に我々が生き残るカギになる。

――日本企業はさらにIT投資を進めるべきということか…。

中島 設備投資全体に占めるIT関連投資の割合は欧州の主要国では40%~50%程度だが、日本は20%~25%程度といったところだ。日本はものづくり中心なので機械への投資が比較的多いとはいえ、IT関連投資の割合は2000年代以降、横ばいにとどまっている。この間、日本では非正規労働者の割合が上昇しており、柔軟性がありつつも賃金が低い人材の雇用と解雇を容易に出来る企業にとってはIT投資に取り組む必要性は低かったとも言える。ただ、このまま日本が出遅れていいという訳にはいかない。AI時代が到来し、さらに日本の労働人口が減少していくことを勘案すると、企業も早くIT化へと舵を切っていく必要がある。

――企業の不正会計問題に対する意見は…。

塩崎 東芝(6502)の会計不正では、担当監査法人に行政処分が下された。その後、監査法人は交代となり、行政罰だけでなく社会的にもペナルティを受けている点では十分に「授業料を払った」と言えなくない。ところが、会計不正を実際に行った経営者側では、誰も処分を受けていない。それどころか、証券取引所側の人が、監査法人の監査は必ずしも正しいとは限らないという主旨の発言をした。これでは、資本市場の中心にいる人が監査に不信感を持っているということに他ならず、看過できない発言だ。東芝は2年間の間に内部管理体制に改善が認められたとして、上場廃止を免れた。そうなると、一度は会計不正をしても許されるということになってしまう。つまり、日本の資本市場は健全と言えず、質が問われていると言えよう。

――不正会計に対する処分はどうあるべきか…。

塩崎 資本市場の健全な機能がもし働いていれば、不正会計を行って投資家をだましたという点で瞬時に上場廃止になっておかしくない。ルールに違反すれば、罰せられるということが貫徹していない市場にはならないはずだ。監査法人が行政処分を受けるならば、元々不正会計を行った経営者側の人間も何らかの処分を受けなければならない。首謀者が罰則を受けない国というのであれば、世界的にも示しが付かない。そしてこのような結果を招いた一因としては、証券取引等監視委員会の法的位置づけがあげられる。証券監視委は、いわゆる八条委員会という各省庁の内部に設置される機関となる。この八条委員会の形ではなく、省庁の外局として置かれ独立性がより高い三条委員会の形で、かねてより提案している「日本版SEC」を立ち上げることが大事だ。今の証券監視委は、課徴金を課す場合でも金融庁長官に勧告するという立場になり、自らで実施できないのが現状だ。検察なしに告発もできないままでは、日本の資本主義が健全な機能を発揮することは難しいだろう。

――金融行政についてはどう見るか…。

塩崎 金融行政では、地域金融機関の強化と再編が大きなテーマとなっている。地域金融機関にとって、今のゼロ金利環境が経営に悪影響となっているのは間違いない。だが、利益減の要因はこれだけではない。産業構造の転換期には様々なリスクがつきものであり、地域金融機関も乗り切るだけの経営体力を付けなければならない。また、地域の産業を育て、経済の新陳代謝を図らなければ、生産性の低さは変わらない。上場企業は、コーポレートガバナンスコードの策定という形式が整い、後は実際の経営努力というところまできている。一方、地域金融機関が融資する中小企業では、まだこれからといったところだ。地域金融機関も担保主義から脱却し、事業性評価の重視を進めるようになってきているものの、現状の低生産性が示すのは低成長と低賃金で、生活水準があがらないということにつながってしまう。長時間働かなければ競争に勝てないという、働き方改革の問題とも関わっている。例えば、日本の卸小売業ではアメリカと比べ4割程度の生産性しかないという。製造業でも、自動車産業など一部を除いてはアメリカの方が優位だ。金融業の生産性も低い水準にとどまっている。1人あたりの時間単位での生産を上げるには、投資が最も効果的だ。中小企業の活性化に向けても、ITやAIへの投資が不可欠になると考えている。

――中小企業に対する地域金融機関の役割が重要だと…。

塩崎 中小企業の活性化に向けては、地域金融機関がリードしないと上手くいかないだろう。地域金融機関が企業を育てると同時に、退場すべき企業の退場を進めないといけない。ところが、公正取引委員会は未だに1県1行という主義にとらわれている。県が経済圏であるかのような考えは既に過去のものだ。この考えに沿っていれば、地域金融機関の再編は進まないだろう。地域金融機関でも、1県1行という垣根にこだわり利益が低いままであれば給料があがらず、生活水準が向上しない。中小企業側でも、県内だけに限ったビジネスなどほぼ考えていないだろう。地域金融機関の強化が進まなければ、日本経済の再生も不可能だ。

――このほか、資本市場における問題点は…。

塩崎 コーポレートガバナンスコードの策定により、社外取締役の導入に力を入れる上場企業は増えているものの、お飾りに留まるケースもなお多いようだ。社外取締役が官僚の天下り先になるとの批判もあるが、役人が社外取締役になること自体はかまわない。社外取締役として課せられた自らの役割をわきまえることが大事だ。社外取締役に対し徹底的に理解してほしいという企業が見られる一方で、導入したもののなるべく事業に関わってほしくないという企業もある。このように、企業側の姿勢に問題があるケースもあり、今後は実効性のある運用が望まれる。

――資本市場と個人のかかわりは…。

塩崎 厚生労働省では個人型確定拠出年金(iDeCo)を推進しているが、なお安全資産が多い。安全資産のみでは資本市場は発展せず、健全なリスク管理のもと、リターンを取っていくことが今後の課題だ。だが、東芝の事件のように資本市場が健全でなく、恣意的な運営であれば不安感もぬぐえず、個人がリスクを取るという投資行動をとりにくい。この点からも、市場のルールは厳格に運用しなければならない。

――近日、安倍総理が再びロシアを訪問するが、北方領土の進展具合は…。

木村 北方領土における経済協力活動については、現在、ロシアとの間で8項目の協力活動が行われている。それは米国との関係もきちんと考慮しながら、水面下で、静かに、着実に進んでいると言えよう。実際に、これまでは日本から船でしか行けなかった北方領土に、今では飛行機で乗り入れるようになった。また、今年5月25日に開かれるサンクトペテルブルグ経済フォーラムには安倍総理が出席することも決まっている。それも含めれば、安倍総理とロシアのプーチン大統領とは約20回もの会談を重ねていることになる。ロシアが今、日本に対して評価を高めているのは、英ソールズベリーで起きたロシア元スパイに対する神経ガス剤使用問題への対応だ。これは、3月18日の大統領選挙でプーチン大統領再選を阻むための作為的な反ロ宣伝だったという見方も出来る。そんな中で、日本政府は化学兵器使用に関しては悪だとしつつも、それをロシアが使用したという確かな証拠がない限りむやみにロシアを悪としないという姿勢を貫いている。このように、きちんと事実と法律にかなった判断を行っている日本の行動がロシアの求めているところと合致すると評価している訳だ。特に2018年は「ロシアにとっての日本年」及び「日本にとってのロシア年」であり、4月下旬には自民党二階幹事長もロシアへの訪問を予定している。統一ロシアとの親睦と人的交流を強化するためだ。そこでいかに交渉力を高めてロシアとの関係をうまく築いていけるかが今後の日露関係の進展のカギとなろう。

――ロシアはクリミア問題で制裁を受けているが…。

木村 先日のロシア大統領選挙ではクリミア住民におけるプーチン支持率が圧倒的に高かったことが証明された。つまり、クリミアがロシアに一方的に併合されたという見方は崩れてきている。そんな中で、米国は軍産複合体制を根底に置きながら、ロシアに経済制裁を課しつつ、しかし大統領選での勝利に際し、トランプ米大統領からプーチン露大統領へのお祝いの言葉が送られた。また、伊で再び首相に返り咲いたベルルスコーニ氏は、クリミア問題はロシアに理があると言っている。ベルルスコーニ氏はプーチン大統領と大変仲が良く、ロシアの状況を把握している人物だ。そして、ロシアが日本に対して求めていることと言えば、英のような言いがかりをつけない事、クリミアの状況をきちんと見て理解する事、そして、日露経済協力プラン8項目を進めて実現させる事だ。その大義はすべて、日露平和条約の締結を実現させる下支えになるということだ。

――日露平和条約の締結に当たっては、北方領土返還が4島ではなく2島でもよいと…。

木村 そもそも4島一括返還論は、1956年に当時の米ダレス国務長官が沖縄返還と抱き合わせに作った対露政策だ。何故、そのような米国が作った策に従わなくてはいけないのか。「2島でよし」と言っているわけではない。平和条約締結の中でまず2島を返してもらい、その後はまた考えればよいということだ。本当に2島の返還だって大変なことだ。つまり、これまでのすべては米国が親米反ソに仕向けるための路線だったが、そろそろ、その点から脱却しても良い頃だ。米国と日本の間の貿易収支はそれほどたいしたものではなく、一方で米株や米国債などに対する日本の投資額は非常に大きく、それが米国の力になっている。中国も39兆円の対米貿易黒字を記録している。そういう現在の状況においては、日本はむしろインドやロシア、アセアンなどに目を向けて、もう一度、外交関係を仕切り直していくべきだと思う。

――沈みゆく船の米国には、これ以上関係を深める必要はない。その代わりにロシアやインド、東南アジアと仲良くしていくべきだと。ただ、ロシアでは法律が曖昧なのが気になる…。

木村 法整備の問題も進んでいるとは思うが、ロシアは権力集中国家であるため、ロシアへの投資等は時限的に策定した方が良いだろう。政権が代われば180度政策が変わる可能性が高いからだ。いずれにしても、北方領土の経済協力プラン8項目は進んでいく。人口2万人の領土に日本の経済が浸透していけば、日本主導によるロシアと日本のより密接な関係が築いていけるに違いない。また、中国に比べたら、ロシアはまだ法治主義を守っている国だ。

――中国や北朝鮮の動きについて…。

木村 中国が将来的にどうなるかはわからないが、ロシアのような連邦制が訪れる可能性もある。日本以上に高齢化社会で人口も多い中国を、日本は俯瞰し、リスクヘッジしておく必要があるだろう。また、北朝鮮に関してだが、金正恩は朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に変えようとしている。その生き残りをかけてやるべきことは、韓国を含めた朝鮮半島全体の非核化だ。その話をするために、金正恩は習近平と会った。そして、次に会うべき人物が露プーチン大統領だ。そのタイミングは近いうちに必ず来るだろう。さらに、米朝会談のカギを握っているのも、実はプーチン大統領だ。トランプ大統領とプーチン大統領の仲は良いのだが、先日のシリアの化学兵器問題は気がかり材料だ。それは、シリアのアサド政権はロシア支援下にあるからだ。とはいえ、私にはシリアのアサド政権が化学兵器を使ったとは到底思えない。いずれにしても、今、北朝鮮は生き残りにかなり力を注いでいて、米朝会談を行った時に日本がどうなるのかは注視していきたい。

――日本は残念ながら外交のカードを持っていない。切り札も持っていないのに断固とした態度を取るという姿勢の安倍政権を、北朝鮮や米国はどのように見ているのか…。

木村 本当は、この時期に日本から北朝鮮に行って本音で話せる人物がいれば良いのだが、そのような関係を作れていない。米朝会談によって、日本はトランプ大統領に裏切られることになるか、兵器をたくさん買わされることになるかもしれない。安倍総理は自身の国際的なスタンスを上げるために、国民の税金約50億円をトランプ大統領の娘イヴァンカ氏の女性基金に寄付した。そのことで足元を見られてしまったといってもよいだろう。有力なカードを持っていないことで、お金だけを出すことになってしまっているのが今の日本だ。ちなみに、北朝鮮はクリミア半島のロシア編入を承認している数少ない国だ。だからプーチン大統領は北朝鮮を大事にしている。また、韓国もロシアに対する経済制裁は行っていない。日本はG7の中で抜け駆けの制裁破りをするわけにはいかないが、例えばクリミアの状況視察に行くとか、外務省が発表しているクリミア半島の地図情報を適切なレベルまで下げるとか、そういった取り組みを行えばロシアは歓迎するだろう。さらに安倍総理大臣がクリミアを訪問したら、それは凄いことになるだろう。

――日本の外交は何も言わずに笑っているだけで、何をやっているのかわからない…。

木村 今年は日中平和友好条約締結40周年を迎えるが、金正恩氏が訪中したことを受けてか、中国は米・韓・北朝鮮間で4か国協議を提案している。日本とロシア抜きの会談だ。また、次回行われる日中韓外相会談ではいかに韓国を味方につけるかが問われているのに、安倍総理は韓国に対して好きではないという感情が明らかすぎて、それでは日韓関係も上手くいくはずがない。逆に韓国につけ入れられてしまっている。このように、対中、対韓政策がうまくいかないのであれば、せめてロシアとはしっかり手を組むべきだ。ロシアは韓国が日本の慰安婦像をロシア国内に建てたときに、申請不備があったのか理由は分からないが、これを撤去したほどの対応を取ったことを是非知っておいてほしい。また、韓国の中にも、文在寅大統領と違って日本と手をつなぎたいと考える人はたくさんいる。文政権が変わった時のためにも、今のうちにそういった人たちと交流を重ねておくべきだ。戦略的な外交を、日本は心がけていくべきだ。(了)

――フィンテック普及と共に金融機関のシステム対応が注目されている…。

細溝 当センターの業務は主に3点ある。もともと当法人が設立された理由は、金融機関のオンライン化が進捗するなかで、金融機関の情報システムの安全性確保が求められるようになってきたところにある。安全対策だけではなく、システム監査も含めた基準や指針を、中立的な組織が策定することが求められており、金融機関のみならず、コンピュータメーカーや情報ベンダー、政府など関係者が議論してコンセンサスが形成され、それがデファクトスタンダード(事実上の標準)になってきた。従って、従来通り金融機関の情報システム周りの基準設定が最重要事項だと考えている。2つ目は、金融機関の情報システムに関する調査研究と情報発信だ。足元ではブロックチェーンやスマートデバイス、AI、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などをテーマとしている。実証実験やユースケース(実際の使用例)が見られつつあるなか、今後、その技術や活用の仕方などの情報を収集し、会員等に還元していく。3つ目は、金融機関の情報システムにとって何が脅威であるか、そしてその脅威にどう対応していくかを検討することだ。端的に言えば、サイバーセキュリティが挙げられるだろう。最新のサイバー攻撃の手法やその対応方法などを発信していくことが必要だと考えている。

――今回の基準改定については…。

細溝 『金融機関等コンピュータシステムの安全対策基準・解説書』は30年程前に初めて策定された。当時は自前のメインフレームを持ち、自前で完結するのが主流だったが、その後、共同センターができ、最近ではクラウドの出現など外部委託が当たり前の時代になっており、その時代に応じた安全対策基準を策定する必要がある。このなか、フィンテックの有識者検討会やクラウドの有識者検討会など様々な外部団体との意見交換を通じ、今の時代に適合するために安全対策基準を抜本的に見直す必要が生じ、昨年1年間かけて見直しを図ってきた。今回の改訂では、金融機関の経営者に対してITガバナンスを効かせることを求め、そのうえで均一、一律の基準ではなく、リスクに応じた対策を立ててもらう。ただし、重大な外部性を有する情報システムや機微性を有する情報システムにおいてはシステミックな事態につながりかねないため、そういった情報を扱っているシステムについては相当程度のセキュリティを設けるよう求めている。こういったリスクベースアプローチを取り入れている点が従来の手法と全く異なる。リスクベースアプローチを採用しているため、各金融機関が自らのリスクを考え、対策を立てなければならないが、それは難しい作業であることから問い合わせが増えている。このため、ホームページ上にFAQ(よくある質問とその回答集)を設けたほか、規模や特性等に応じてリスク・対応が異なることから、個別具体例を収集し、発信していくことで金融機関等に参考にしてもらう。そして、6月から集中的に全国説明会を開催し本格的な普及に努めていく。また、安全対策基準を抜本的に改訂したことから、『金融機関等のシステム監査指針』も抜本的に見直す必要がある。システム監査指針を見直すなかで、議論の発展次第では指針から基準への変更もあるとも考えている。

――ブロックチェーンについては金融機関の活用が期待される…。

細溝 ブロックチェーンはもともと仮想通貨の中核技術として注目されたが、現在ではもっと広く分散型台帳(DLT)という形で、紙媒体の台帳を電子台帳に置き換えることができるものとの見方がされている。まだ実証実験段階ではあるが、例えば、送金や貿易金融、証券のアフタートレード処理など様々な活用方法が模索されている。当センターとしては、模索されている様々な活用方法を追いかけ、情報発信に努めていきたい。また、金融機関は今後、DLTを送金・貿易等に利用し始めると考えられることから、その際の固有の問題点があるか研究し、問題があれば注意喚起を行っていく。これはブロックチェーンに限らず、スマートデバイスにおいても同じことだ。スマートデバイスについてはQRコードや生体認証などのユースケースがすでに見られている。こういった新たなシステムを金融機関が取り込みビジネス展開する場合、どのような留意事項があるかを研究し、留意事項があれば早めに発信しなければならないと考えている。他方、AIやRPAについては実証実験段階のものもあれば、ロボアドバイザーなどのユースケースも見られている。これについても留意事項があるかどうか見極める必要がある。ただ、金融機関が自前でやるケースは少なく、ネットワーク化していないことから、当センターとして取り上げるにはもう少し先になるだろう。

――フィンテックを通じて金融と情報システムの連携が深まっている…。

細溝 金融と情報システムはもともとワンセットにある。銀行預金自体が日銀券ではなく、ようするに台帳にある架空通貨だということもできる。つまりは情報そのものであり、それを移転することで決済が行われるため、そもそも金融業界というのは情報産業そのものだとも考えられる。金融機関にしてみれば、情報システム自体は金融サービスを提供する際に不可欠なインフラとなっており、その情報システムに新しい技術が出てくることで金融機関のサービス提供の仕方やプロセス、商品が変化するという時代に入ってきている。

――サイバーセキュリティについては…。

細溝 サイバー攻撃は多様化し、巧妙化し、かつ産業化、国際化している。そのため、国内外のあらゆる事例を収集し、対応策を検討し、会員に向けて紹介していく。ただ、手の内を晒すことになるため一般公開することができず、あくまでも会員向けに限定している。現在、会員数は645社と徐々に増えており、金融機関と情報ベンダーに加えて電子決済代行事業者など金融関連サービス業の加入も見られている。金融そのもののサービスを提供しているわけではないものの、金融機関のシステムとつながることからセキュリティは重要となってくる。従って6月からの銀行法改正に伴いオープンAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)で接続するにあたっての金融機関側のチェックリストの試行版を提供している。現在は試行版を活用して支障がなかったのか、追加項目がないか等を確認しており、年内に確定版を出す方針だ。チェックリストは金融機関向けに出しているが、フィンテック企業も、チェックリストを確認し、準備することができるようになった。これによって皆が齟齬なく安全対策のレベルが上昇していくだろう。この点、規模の小さいフィンテック企業の加入を促すためにも、会費を抑えたスタートアップ会員制度を昨年11月に導入したところだ。

――今後の抱負は…。

細溝 金融機関が適切に業務運営していくには様々なリスクがある。そのリスクのうちの一つが情報システムに対するリスクだ。システムは金融サービスを提供するうえで必要不可欠なインフラとなっており、ビジネスモデルの革新や新商品の提供につながっていくかもしれない。このため、金融機関の情報システムが安全かつ安定し、効率的にそして効果的に活用されるとの観点から、当センターは基準を設定し、また新たな技術動向等を紹介し、また脅威になるようなものがあれば対応方法等を検討する。あくまでも金融という公共的な業務を行っている金融機関に対して側面的に支援することが当センターの役目だと認識しているが、同時にその役目は年を追う毎に大きくなっている。時代の流れにしっかり対応していけるようこれからも強力に側面支援していきたい。

――御社について…。

 当社IIJは日本で初めてのインターネットプロバイダーとして設立した。1999年に米国ナスダック市場に上場、その後2005年に東京証券取引所マザーズに上場、2006年に東証一部に指定替えをした。基本的には、インターネット接続サービスの他、クラウド、セキュリティ、データセンターといったインターネット関連サービスを行っている。データセンターは、移動や増設が容易な「コンテナ型データセンター」を島根県松江市に置いている。最近の取り組みとしては、今後テレビのネット放送がすすむことを見据えて、昨年に民放各社との合弁会社を始め、国内向け動画配信事業を行っている。そして今年は、デジタル通貨の取引・決済を行う新会社「ディーカレット」を作った。いわゆる仮想通貨に関しては、世界的にその是非が議論されている。実際に日本やシンガポールでは投機としての取引は盛んだが、仮想通貨を使った決済はまだ進歩していない。

――現在、仮想通貨を使って本格的な決済を行っている会社はない…。

 今の仮想通貨は、主に投機の対象として扱われている。しかし、例えば、三菱東京UFJ銀行はMUFGコインというものを行内で既に使用しており、そういうものが普及していけば世の中はまた変わってくるのではないか。

――通貨のボラティリティが減ることで安定性が高くなれば、決済性も増えてくると…。

 銀行にとって最大のメリットは、現金を扱う量が減り、それに伴い色々なリスクも減る。その代わり、クレジット会社をはじめ、類似のサービスとの競合が起こる。また、銀行自体の手数料にも影響を与える可能性もあるだろう。一方で、消費者にとっては、手数料が減ったり、24時間365日決済がすぐ出来たり、さらに決済したい通貨を自由に選ぶことが出来るというメリットがある。

――しかし、その分、コインチェックで話題になったようなサイバーリスクも高くなるのではないか…。

 コインチェックのことに関しては、新聞等で読む限りいくつかの問題点があったと思う。先ずは、外からの攻撃に対するセキュリティが徹底していなかったことでウィルスに感染してしまったという事。もう一つは、口座をオンラインで直接つなげてしまっていた事。そして、内部事情を詳しく知っている訳ではないが、ガバナンス問題として、恐らくチェック体制がきちんとしていなかったであろう事。これらは金融機関や大手企業では当たり前にやっていることだ。IIJが今回、仮想通貨の取引と決済への取り組みを始めたのは、一つには我々がインターネットの専門である事と、もう一つはRaptorというFXのサービスを提供しており、FX業者のシステムを裏で支えているといった背景があるからだ。仮想通貨の取引はFXのシステムを応用できるし、我々がインターネットのセキュリティの専門であるという事も大きな強みになる。

――金融機関と御社が共同で取引所や決済システムを構築すれば、仮想通貨の信頼度も上がる…。

 G20で仮想通貨に使われた「暗号資産」という言葉は、「通貨ではない」という事を意味している。それを前提に、コミュニケでは日本基準をさらに進化させるとして、業者登録と、FATF(Financial Action Task Force)の国際基準をもとに、疑わしきものがあった時は報告する事、そして本人確認の3つを率先して行っている。そういう意味では、日本は仮想通貨の先進国になっている。また、仮想通貨そのものについては各国それぞれで立場が違うと思うが、仮想通貨を支えるブロックチェーンに関しては各国肯定的だ。すべての記録を残すブロックチェーンは証券や不動産など種々の取引でも使える。

――仮想通貨の取引・決済を担う新会社「ディーカレット」は、本当の取引所になるのか…。

 そうだ。今回設立した合弁会社ディーカレットの出資者には証券会社も一般企業も入っている。例えば配送業者は荷物を配達した時に、場合によっては現金支払いの時もあるだろう。そういった時のリスクを減らすためにも、現金を扱わないウォレット決済は便利だと思う。サービスの開始は2018年の下期を予定している。ポジションに関してはあまり大きくすることなく、他の取引所とも交流を保ちながらつなげていく取引所を目指す。そして、将来的には決済のほうに力を入れていきたいと考えている。

――仮想通貨の次となるテーマは…。

 仮想通貨でもまだやるべきことがたくさんあるが、日本で普及が始まったばかりのIoTには、今後、色々な展開が考えられる。IIJはフルMVNO、すなわち独自のSIM発行とSIMライフサイクル管理、他のネットワークとの接続を行うことによって、用途別に柔軟に使えるSIMを提供する。まさに多目的化するIoTの仕様にふさわしく、これを組み込んだIoTの実際のモデルを作っていきたい。

――社長としての目標は…。

 この会社はインターネットの老舗であり、常に新しいことにチャレンジするというのが社是だ。それに則って、走り続けていきたい。この5年ほどで社員数は2000人から3000人に増え、売り上げも毎年2桁で伸びている。もちろん先行投資が多いので営業利益がそれに伴わない場合もあるが、ネット社会の今の世の中で、着実に成長はしている。特に、日本社会全体はネットにおけるセキュリティが甘いと言われており、だからこそ我々のような会社の強みが必要だ。クラウドにしてもセキュリティは欠かせないものであり、デジタルコインも同様だ。もう一つ、格安モバイルサービスは、ネット業者としての特徴を活用して個人向けにも展開し、トップクラスのシェアを安定的に確保している。これからも新しいサービスを展開しながら、この会社を大きく伸ばし、社会に貢献していきたい。(了)

――世界が急速に変わっているにも関わらず、日本の国会はまだ森友学園の問題をやっている…。

 確かに安倍首相の支持者ばかりでなく、改憲推進派や国際的な視野に立っている人達から見ると、「何をやっているんだ」という呆れた感を持っている人が大勢ではないか。森友問題をとっとと終わらせて、国防強化や制度改革を進め、他国との競争にこれ以上劣後しないように早急に体制を整えるべきだ。海外出張に行って帰ってくると、この国の「ノー天気」ぶりに焦りさえ覚える。

 まったくその通りだが、その原因はやはり安倍首相にある。第一に昨年の早い段階に自分たちが森友問題に関わっていたら首相職はもちろん国会議員も辞めると言ってしまったこと。そしてこの問題の当事者である昭恵夫人を国会に出席させて説明させていないことだ。国民は、間違ったことをしていなければ国会で堂々と証言できるはずだと見ている人が多い。また、安倍首相が「昭恵夫人隠し」をし、森友学園の籠池氏を逮捕して口封じをしたと見ている向きが、佐川前理財局長の証人喚問の後でも多いのが現実だ。

 問題なのは、財務省が決裁文書を改ざんしたということだ。昨年に当時の稲田防衛大臣が辞任する原因となったPKO日報問題も、破棄したはずの日報が実はあったということになり、政府の隠ぺい体質が問題となった。また、直近では、厚生労働省が国会に提出した裁量労働制のデータもインチキであることが判明するなど、国会の審議が政府の嘘で空転しているという印象がぬぐえない。

――安倍ウソツキ内閣か…。

 加えて安倍首相は、昨年秋の衆議院選挙でも北朝鮮情勢を国難と煽って大勝を収めた感がある。しかし現在は、安倍首相のみが蚊帳の外に置かれ、米朝の首脳による対話ベースで緊張が緩和されるとの期待が高まりつつある。安倍首相の危機的な主張は、選挙に勝つための方便だったのかといった受け止め方も国民の間でされ始めてきている。

 しかし、中朝の首脳会談が行われた今でも、北朝鮮情勢の緊張はまだ決して緩和されたとは言えないし、米朝の戦争リスクはまだまだある。超タカ派のボルトン氏が米の新たな安全保障担当の大統領補佐官に指名されたことや、トランプ大統領が米軍のシリアからの早期撤退に言及したことは、米の北朝鮮への軍事行動への傾斜を示唆している。むろん、それは北朝鮮への強い圧力となり、核放棄を促す材料になるとの見方もできるものの、北朝鮮は国民にことある毎に核兵器を開発して世界の強国になるとアピールしているだけに、今更核を手放すことはできない。

――そうなると結末は、米国による核施設の攻撃か、または10年前と同様に攻撃などにより核施設が全壊したふりをして米国をだますか、あるいは金正恩委員長の亡命といった展開が想定されるが…。

 トランプ大統領はクリントン、ブッシュ、オバマの各大統領の過ちを繰り返さないと何度も言っていることから、さすがに今回は北朝鮮が米国をだますのは難しいのではないか。しかし、平昌オリンピックでのパフォーマンスや米朝首脳会談の提案、北京への電撃訪問などで判るように北朝鮮は外交が上手だ。日本は爪の垢を煎じて飲ませてもらった方がいい。それだけに、過去と同様に米国を上手にだまして、とりあえず今の局面は平和裏に収め、トランプ大統領の任期が終わるまでは核開発を停止またはごく密かに続けるというシナリオも十分に考えられる。

 しかし、確かに米大統領の任期は4年もしくは再選されても8年だが、今年の11月にはトランプ大統領は中間選挙があり何らかの成果が求められる。その成果を出すために貿易交渉も強引になっているわけで、外国を攻撃することで支持率をあげるという政治家の常套手段を使わないという保証はない。この点、今月には韓国にいる米国人を初めて米国に脱出させる訓練を行うと言うし、昨年は横須賀とグアムの米軍基地に巨大なシェルターを完成させたという話もある。この点、仮に米国が本当に北朝鮮を攻撃したとしても、今なら反撃される範囲はせいぜい韓国、日本、グアムで、ハワイや米国本土は無傷だということがポイントだ。

――安倍政権は、内政では森友学園、外交では蚊帳の外…。

 一時期、頻繁にあった電話会議がなくなっており、鉄鋼アルミ関税でも日本は対象外にならなかったり、安倍首相とトランプ大統領の関係は一時期に比べ醒めている。この原因として考えられるのは、エルサレムを巡る国連決議で、日本は米がイスラエルの首都と認定したことに対し反対票を入れてしまったことだ。決議に棄権したカナダやオーストラリアは鉄鋼アルミ関税の対象外となっている。このため、中朝韓がスクラムを組んで平和外交を推進しようとしている事に対し、トランプ大統領が再び日本との関係を強化しようとすれば別だが、そうでなければ引き続き蚊帳の外に置かれるリスクもある。

――森友問題による安倍内閣の弱体化を見透かされ、貿易交渉についてもトランプ大統領から足元を見られているのではないか…。

 PKO問題、森友、裁量労働制のうそデータの話に戻れば、そんな内閣のごまかし体質が残ったまま自衛隊を増強したら太平洋戦争の二の舞という危機感が国民の間にはある。太平洋戦争では既に大負けしているにもかかわらず日本の「勝利」を発表し続け、マスコミも手伝って国民をだました結果、300万人以上の日本人が犠牲になった。つまり、政府の隠ぺい・改ざん体質や、平気で重要書類を廃棄しても大した罪には問われない今の仕組みを改めない限り、憲法を改正して軍備を強化することは再び誤った方向に国が行きかねないリスクを持つ。

 政治主導も同じで、政治家に人事権を握られた役人がその政治家のために平気で改ざんや隠ぺい、虚偽発言が出来ぬよう仕組みを改めないと大変なことになる。日本の役人は社会意識が高くお金にも比較的清潔だったことが、政治主導で高度経済成長を実現できた要因のひとつだ。しかし、そうした役人の性善説を前提に社会が組み立てられていることが、逆に今の局面ではマイナスになっている感がある。国防を早急に立て直す必要はあるが、新たな時代に対応するのは憲法を改正するだけでは済まない、ということが良く分ったというのが森友問題などの国民への教訓ではないか。

――敵は身内にあり。長く平和が続いただけに、時代に合わせて国を変えて行くのは本当に大変だという事だな…。

――先生は日銀に勤めておられた…。

岩村 システムというのは、可能な限り軽いものの方が良い。それは、通貨の発行者である中央銀行システムについても当てはまる。中央銀行が、いろいろな機能を抱え込み、いろいろな責任を背負い込むのは、長い目で見て通貨を不安定にし、また世の中のためにもならない。通貨当局というのは、自分が責任を負うことができることだけにきちんと責任を負えばいいのだ。通貨価値の将来などについても、それを予見可能にして公平なものにすることが大事だ。毎年2%のインフレーションを展望するのが悪いとは言わないが、その場合には基本的に2%の名目金利が同時に実現していなければ、金融システムは公平なものにならない。経済成長が見込めるのなら金利はもっと高くなければいけない。そうした素朴な公平が守れなければ、世の中の人々は、最後には、そうした中央銀行のあり方を否定してくるだろう。そもそも、私は、裁量的な金融政策運営は最小限であるべきと思っているし、それは日銀から離れて20年を経た今でも変わらない。

――仮想通貨の問題点が浮き彫りとなっているが…。

岩村 どんなシステムでも失敗はある。出来の悪い事業者が運営していればなおさらだ。仮想通貨が盗まれて大変だと言われているが、それは仮想通貨自体の欠陥ではない。現金というのは、管理が悪ければ盗まれることもあるし、紛失することもある。だが、それは現金の発行者の責任ではないだろう。盗まれた仮想通貨が戻ってこないのは可哀そうだとも言われているが、当局の一声で盗まれた財産が戻ってくるような仕組みというのは危険な仕組みでもある。ときの権力者に睨まれたら消えてしまうような現金など危なくて仕方がない。現金というのはそういう性質を持つもので、盗まれたら犯人に返させない限り返ってこないということは、現金の最も基本的な性質の一つだ。自由というのは痛みを伴うということを忘れないほうがいい。仮想通貨が盗まれた、だから仮想通貨はない方が良いという発想自体、おかしなことと言える。

――ビットコインの本質は何か…。

岩村 私は4年程前にビットコインについて「出来が悪い」とコメントしたことがあった。ただ、出来が悪いという言い方の真意は、ビットコインそのものは幻想ではなく、ちゃんと中身はあるということでもある。その当時から私が言い続けてきた、ビットコインの価値というのは、経済的にはその生産費用だろうという考え方は、もはや「定説」みたいなものとなってしまったようだ。ただの数字に何の価値があるのだろうとの意見もあるが、それは金や銀についても同じことだろう。金というものに値段に見合うほどの用途があるとはまったく思えない。トーマス・モアは、『ユートピア』の中で、金は便器にしか使えないというお話を書いているが、共感する人も多いだろう。ビットコインについて言えば、それはまったく役に立たず、単なる貨幣でしかない。金だって潰せば金貨になり、銀だって潰せばスプーンになる。銀行券というのは貨幣としてしか使えないが、マイナス金利である今は投資の対象程度にはなる。国債はプラス金利の時代においては貯蓄の対象だし、ある程度の決済手段としても使える。一方、ビットコインは持っていて利子がつくわけでもなく、投機でしか値段は上がらない。通常、金融資産というのは持っていると、資産という権利の対象つまり株を発行している会社や借金をしている人が働いてくれて、その利益の分け前を与かることができる。株でも国債でも本質はそうだ。そういう観点でビットコインは金と同じくらいくだらないものだといえる。貨幣というのは本来くだらないものなのだ。

――仮想通貨は安定が求められているが…。

岩村 ビットコインの価格を安定させるには、いわゆるディフィカルティ調整をやめればいい。ようするに難度調整プロトコルのルールを少し変えるだけで価格は安定する。この点、「仮想通貨は投機の対象にしかならない」とか「通貨の資格はない」と言っている人々は技術というものに対する理解が浅いのではないか。ただ、サトシ・ナカモトなるグループが最初から価格が安定するような通貨としてビットコインをつくるべきだったのかというと、そうではない面もある。最初の頃のビットコインの値段は100分の1セント程度に満たないほどだったそうだが、もしビットコインの価格が最初から安定しているようにつくられていたら、今でもずっとその100分の1セントに満たないままで、誰も注目しなかっただろう。私は、遅かれ早かれ、今の仮想通貨たちのなかから、いわゆる「フォーク(ブロックチェーンの分岐)」によって、価格を自動的に安定させるような仮想通貨が生まれるのではないかと思っている。

――決済コストが安いという理由で注目されていたようだが…。

岩村 決済コストが安かったのは、マイニングのコストが仮想通貨の時価総額に算入されているからだ。ビットコインは基本的に安上がりのシステムなんかではない。また、決済コストの安さの背景には、10分間という大きなブロック単位で決済をしているからでもある。決済をもっと早くしようとすれば、それは技術的には可能なはずなのだが、そのためにはそれなりに仕掛けが必要になるだろう。ただし、競争型のマイニングに頼るビットコインのような通貨システムが、そうした即時性を追っかけるのが良いかどうか、そこには疑問もあると私は思う。

――ビットコインの特色は分散型というところにあると聞くが…。

岩村 ビットコインのおもしろいところは、司令塔も株主もいない分散型の仮想レッジャーで通貨システムとして機能するものをつくってみせたことだ。もちろん、それがシステムである以上は、管理コストはゼロではない。それをマイニングというかたちから得られるようにしたところが、ビットコインが創造的であることの理由だ。どちらかと言うと、理科系的でなく、アダム・スミス的、つまり経済学あるいは商売人的な発想だ。

――遅延型ということの実際的な問題点は何か…。

岩村 遅延型決済のシステムなので、それを快適に使うためにはポジションを持った「業者」の介在が必要になる。1時間経たないとファイナリティが得られないビットコインは、ポジションを持つ業者がいなければ、少なくともソーダやハンバーグを買うのには使えない。だから、取扱業者が必要なのだ。それなのに、その業者を「取引所」などと呼んで、便利さをもてはやしていた人の責任は否定できないと思う。これは業者たちの責任というよりも、メディアの責任ではないだろうか。

――業者を取り締まるルールを持っていなかったのがいけなかったのか…。

岩村 取り締まるということは責任を持つということでもある。何がいけなかったのかと言えば、責任を持つという意識が希薄なまま、新産業の振興とかフィンテックの後押しというような感覚で法律を作って、実はどんな責任を当局が負うのか、それが良く整理されていなかったことだろう。ただ、今起こっているのは、不適格な業者がいたという程度の話だ。たとえ話をすれば、警備が甘くて金庫の中身が盗まれた銀行があったという程度の不適格だ。そういう話まで大騒ぎすることはない。それは新聞の社会面ネタなのではないか。リスクと言うのは常にあるものだと考えていなければならない。

――仮想通貨の課題は何か…。

岩村 仮想通貨の側の人の課題は、もし彼らが「通貨」の供給者であり続けたいのなら、その価格のボラティリティを修正し、決済の遅延性を改良することだろう。価格に予見性が高まれば、仮想通貨での信用創造が可能になるし、遅延性が修正されれば「業者」ポジション持ちに頼らない自己責任型の通貨、つまりデジタルベースの現金になれる。一方、世の中としての課題は、仮想通貨の無国籍性から、二つの国、たとえば米国と中国のような大国が、特定の仮想通貨の移動や保持について、それぞれに矛盾した要求を持ち、それを強制しようとしたときにどうするかということだろう。たとえば、特定の人やグループによる仮想通貨保持につき、中国とロシアはそれが反政府勢力のものだから無効にすべきだと主張し、米国と西欧は反政府勢力というのは現政権の見方で、それは正当な人権主張勢力でもあるのだから無効にすべきでないと主張するような対立が起こったとき、それをどう調整するかというような話である。中国も米国も仮想通貨を記録するブロックチェーンの運営者やマイナーたちに影響力はあるだろう。だから、そうした対立は武器を使わない戦争になってしまう可能性があるわけだ。今の仮想通貨は程々の匿名性があるので、そういった意見対立が表面化していないようだが、たとえばマネロン対策だなどと言って仮想通貨取引の完全追跡ができてしまったりすると、それで「パンドラの箱」が開くような騒ぎが始まるかもしれない。それも承知でG20などという場で話し合おうというのなら私は興味津々である(笑)。

――国民からすると、民進党や希望の党、立憲民主党など野党各党の違いが不明瞭だ…。

大塚 民進党、希望の党、立憲民主党は、いずれも元民主党の政党だ。ピザに例えれば土台となる生地は一緒であり、その上に乗っているトッピングが少々違うだけに過ぎない。そのトッピングの違いを強調することが、果たして本当に日本の政治のためになるのかは疑問だ。自民党と公明党の連立政権がスパゲティだとすると、国民の中にはスパゲティではなくピザを食べたい人も大勢いるはずだ。現に、昨年の衆院選の比例票を見ると、自民党の約1855万票に対し、希望の党と立憲民主党の票数の合計は約2076万票でこれを上回っている。衆院選の経緯で民進党が分裂する状況になったこの状況を固定化することが、有権者にとっては本当に望ましいことなのだろうか。民進党の立場としては、特にこの点を問いかけている。

――民進党のカラーをどのように打ち出していくか…。

大塚 私たちは「中道的で新しい党を目指す」ということを機関決定したうえで公言している。そもそも、保守とリベラルという概念は本来対立するものではないが、戦後の日本の政治家とマスコミの誤用や理解不足により、あたかも対立的な概念であるかのように国民の間にまで浸透している。まずはここから脱却しなければならない。そのうえで、現在の安倍政権と野党との間では、時間の許す限り熟議を尽くす民主主義を重んじる勢力か、民主主義を軽んじる勢力かどうかという点で明確に構図が分かれている。確かに野党の間では原発政策や安保政策で多少の考え方の違いはあるが、民主主義を重んじるという1点において協力し合い、選挙協力等を行うことは可能なはずだ。私たちの政党が掲げる中道とは元々は仏教や哲学の用語だが、他者の意見を否定しないというところから中道の論理が始まっている。今後は中道的な新しい立場から、政策面の意見の違いをお互いに認め合いつつ、民主主義を重んじる野党勢力を結集することを目指していく。

――原発政策など個別の論点で対立軸を示すべきでは…。

大塚 原発政策への賛否は白か黒かで言える話ではない。元民主党の同じピザ生地の上に乗っているグループでは、原発を推進するという考え方はあり得ないという点では共通している。脱原発に向かうことは決まっており、あとはそのスピード感に差があるだけだ。憲法についても、議論すべき点は議論を積み重ね、きちんとした手続きを経ることを前提に、改正に向き合うという考え方は、元民進党系の議員は共有しているはずだ。民主主義という言葉だけでは国民にはわかりにくいかもしれないが、時間が許す限り熟議を尽くせばより良い結論に到達できるという民主主義にとって、事実を共有し、嘘をつかないということが大前提であり、極めて重要だ。森友学園問題や南スーダンのPKO日報問題でも、現政権が嘘をつき、事実を隠蔽していることは、民主主義の大前提に反している。元民進党の野党3党がことさらお互いの考え方の違いを強調することは、当事者のみならず、ピザ派の国民にとっても不毛だ。ピザ派の国民もそれぞれ好きなトッピングがあるだろうが、自らがスパゲティではなくピザが好きなのだということを理解して頂かないと、このままずっと嘘をつき続ける政権が居座ることになってしまう。

――アベノミクスに対抗する経済政策については…。

大塚 自民党は「経済が良くなれば生活が良くなる」と言うロジックでアベノミクスを組み立てたが、結局そうはならなかった。私たちは、旧民主党政権の頃から「生活が良くなれば経済が良くなる」と一貫して主張している。実際に、GDPの約6割は個人消費が占めている。安倍政権の過去5年間では労働生産性が上昇しているにも関わらず、実質賃金は伸び悩んでいる。また、日銀の緩和による円安の恩恵を受けて企業収益は上がっているが、労働分配率は逆に下がってしまった。私たちの経済政策では、企業や産業が発展し、輸出が増えた結果、勤労者にその果実が適確に分配されることを通じ、個人消費の前提となる所得が改善することをキーポイントとしている。我々は経済政策を非常に重視しており、軽んじているといった誤解を与えないようにしっかりと説明をしなければならない。安倍政権が実施してきた政策は大きく2つで、1つは異常とも言える大規模な金融緩和、もう1つは私に言わせれば労働をコストと考える経済政策だ。この2つの政策を続けてきた結果が現在であり、うまくいっていないと考えるならばこれを改めなければならない。

――予算の額も再び水ぶくれしてしまっている…。

大塚 1955年から2015年までの60年間でOECDの統計から各国の公的資本形成(公共事業予算)の対GDP比をはじくと、日本を除く他の先進6カ国の平均は3.9%であるのに対し、日本は7.7%と倍の水準だ。過去60年分の毎年度の予算の実額を合計すると1400兆円で、これが対GDP比の7.7%に相当する訳だが、他の先進6カ国との比較では約700兆円もの過剰投資をしていることになる。さらに、1950年代や1960年代など現在より物価が低かった時代の分を現在価値に直して足し上げると、過剰投資の額は約1000兆円にも達する。他国が技術革新や人材育成や社会保障に回していた資金を、これだけ過剰に公共事業に投資していたのだから、日本が技術や人材の面で遅れを取るのはある意味当然だ。安倍政権では、土地改良事業を典型例として予算配分のスタイルが元に戻ってきており、本当に経済を強くするような予算を組まなければ経済の地力が落ちていってしまう。

――日銀の緩和政策に対する評価は…。

大塚 アベノミクスの現状が成功だと捉えると、先行きの展開も大変間違った選択をすることになってしまう。旧民主党政権が直面したリーマン・ショックも、言ってしまえば金融緩和のなれの果てだ。歴史は繰り返すという言葉通り、日本では近い将来に異次元緩和と実質賃金低下を放置する所得再分配政策の失敗のツケが回って来るだろう。私は、黒田日銀総裁が再任されても5年の任期を全うすることは出来ないと考えている。任期を全うするには、2%物価目標を達成できないまま現在の緩和政策を続けるか、あるいは物価目標を達成して出口戦略を取るかの2つしかないが、どちらも大変に困難な道筋だ。また、一口に出口戦略といっても、これほど大規模な緩和政策を直ちに止めることは不可能だろう。黒田総裁が出口戦略を行えるとは思えないが、途中退任となっても誰がその後始末をするのかを含めて大変な状況に直面することになるだろう。

――全国の自治体では財政難やコスト削減が課題として挙げられているが、久留米市の大きなテーマは…。

大久保 代々の市長や職員が規律を保って運営してくれているので、財政再建という心配はない。しかし、やはり少子高齢化、人口減少のこの時代に、いかに都市間競争で勝ち抜いていくかが今後の久留米市の課題だ。現代のネット社会で働く場合、仕事をする場所は必ずしも首都や大都市である必要はない。自分が住みたいところを選べるとなった時にポイントとなるのは、例えばスポーツが好きだったり、自然が好きだったり、刺激的な生活だったり、芸術性あふれる環境だったり、それは人それぞれだろう。そういった形で都市の競争力が出てくる。日本ではまだあまり馴染みがないと思うが、住む場所が変わることを厭わない、或いは、住む場所を積極的に変えていくという考えは、金融界、特に外資系や投資銀行、もしくはプロフェッショナルと呼ばれる人たちの間では多い。場合によっては職を変えることもあるし、20~30歳代に稼いで、40歳代で仕事をリタイアして好きなことをする人もいる。そういった考えの人たちが増えてきた場合に、居住場所として魅力ある市として久留米を選んでもらえるようになりたいと考えている。

――久留米市の特徴は…。

大久保 久留米市は医療の町と言えよう。極めて医療サービスが充実していて、例えば、救急車を呼んで病院に着くまでの平均時間は全国一短い。緊急病院の数が多いため、受け入れ困難で病院をたらい回しにされるというようなこともなく、そのため、心臓発作や脳卒中でも助かる確率が高い。優秀な病院がたくさんある背景には、久留米大学医学部がある。久留米大学はもともと九州医学専門学校として、ブリヂストン創業者の石橋正二郎とその兄徳次郎が敷地や公舎などを寄付して創設された学校だ。そして、その後も地元の財界の理解によってしっかり支えられている。

――アジアでブームになっている医療ツーリズムのように、久留米にも世界中から質の高い医療を求める人たちが来るようになれば良いと…。

大久保 実際に久留米市の医療ツーリズムは政策の柱の一つになっている。すでに一部の病院では外国人に対して色々な医療サービスを提供しているし、ふるさと納税では久留米市のお礼のひとつにPET検診もある。また、医療分野から発生したバイオ企業もあり、久留米には医療関係者、製薬関係者が多い。ただ、これから伸びる会社が圧倒的にIT関連だということを考えると、行政としてはゲーム、フィンテックなども含めたIT企業の誘致に力を入れたいと考えている。例えば、スタートアップ企業に対する支援を市で用意し、久留米で創業してもらうということも良いのではないか。

――地方税の優遇というような方法か…。

大久保 ベンチャーはそもそもまだ利益を上げておらず、地方税を優遇したところで魅力がない。そこで、市が広い部屋を借りて、そこに100戸程のブースをつくり、ベンチャー創業者たちのために安い月額で提供することを考えている。ベンチャーであるが故に、多くの企業は成功しない可能性もあるが、そのうちの1社でもIPOすればそれは大きな影響があるだろう。これは、全国の地方都市に共通した問題だと思うが、駅前や中心部は非常に寂しい状態になっている。その理由は、車社会の地方では国道沿いや広い駐車場のある郊外にショッピングモールが出来て、そこに人が集中するからだ。シャッター街となった中心部に人を集めるといった意味でも、車がない人には便利で、福岡市までの交通の便も良い。大阪までも新幹線でたった3時間弱だ。ビジネスに対して理解のある久留米市というイメージをしっかり発信して、これから、もっともっと若い人や外国人を集めていきたい。

――アジア各都市までの距離も九州からは近い…。

大久保 福岡は明治以降、炭鉱に始まり鉄鋼へ、久留米の場合はゴムと、日本の近代化を支えた産業の集積地であり、関東、中京、関西にそれほど引けを取らない地域だ。また、福岡空港―上海間と福岡―東京間の距離は同じで、福岡―北京間と福岡―札幌間もほぼ同じ、さらに言えば、福岡―プサン間と福岡―広島間も同じでアジア各都市へのアクセスが大変良い。中国から福岡には3~4000人を乗せたクルーズ船が今でも年間50隻以上来ている。東京から中国を見る感覚と、福岡から中国や台湾を見る感覚はずいぶん違うと思う。そういう意味でも、久留米市はもっと競争力のある地域になれると信じている。

――実際に久留米には、アジアからの観光客も多いのか…。

大久保 観光に関してはまだ少ない。博多の中心部は韓国語や中国語が飛び交っていたり、コンビニエンスストアの従業員がほとんど外国人だったりするが、久留米市の場合は住民30万人のうち5~6000人程が農業研修生やその他、技術研修生、留学生として居住している。実は久留米は福岡の中でも一番の農業生産高を誇っている。野菜を作って3億円を売り上げている農家もある。そして、そこに生ずる人員不足の問題を農業研修生制度という形で補っている訳だ。農業の形は昔の三ちゃん農業(働き盛りの男性がおらず、おじいちゃん、おばあちゃん、おかあちゃんで行う農業)から変わってきていて、今は若い人が経営者となり、IoTやAIを使ったアグリテックを進めている。何を作るか、需給の予想、種をまく時期など、今後、農業とテクノロジーの融合は欠かせない時代になっており、鹿児島銀行をはじめ、九州一円の地銀も農業を新しいマーケットとして捉えている。そういったことを踏まえても、久留米市は農業も基幹産業になりうると考えている。

――IT企業の誘致や農業の近代化を進めていくために、具体的にやるべきことは…。

大久保 マネージメントする際に一番リスクを減らす方法は、成功事例を真似ることだ。久留米市役所は働き方に関してITの利用が遅れていることを感じるため、民間のIT文化を導入する文化を取り入れて生産性を上げていくべきだと考えている。もちろん反対勢力や課題もある。民間と役所は違うという考え方や、安全性の基準といった特殊な部分、そういった問題をひとつずつ解決しながら進めていかなければならない。一番難しいのは、生産性が上がったときに、解雇できない公務員をどのように配置転換していくかだが、それは時間軸を長くしてゆっくり解決していきたい。民間企業の知恵を借りながら、小さい実験を重ねて微調整していけば、お役所仕事でよく揶揄されるような、「仕事が遅い」「痒い所に手が届かない」といったこともなくなり、「久留米市役所は民間的なスピード感や柔軟性があるね」と評価してもらえるように変わっていくだろう。

――評価が高くなれば高くなるほど色々な企業が集まってくる…。

大久保 同時に、住みやすくなることで人口も増え、活気が出てくるだろう。また、市にとって重要だと考えられる企業に対しては、リレーションマネージャー的な機能を持たせたい。例えば、市の税収や雇用に貢献しているゴム産業や医療関係の会社がそうだが、そういった会社には専門の担当者あるいは部署を設けて、全てのことについて、市と企業が密に対応できるような仕組みを作っていきたい。安倍政権は地方拠点強化税制を進めている。そういった観点からも、例えば、久留米出身のブリヂストンのような会社が本社機能の一部を久留米に戻すことで、減税になるといった、会社にとっても悪い話ではなく、株主にとってもROEを上げられるようなアドバイスを、市の職員が提供し、さらにそれを実現するための経済産業省や福岡県商工部へのコンタクトまで市が率先して動くといったこともやっていきたい。企業に勤めたことのない職員にはなかなか難しい部分もあると思うので、場合によっては、民間企業の有識者を中途採用したり、若手をそれらの経験者の下につけて長期間かけて養成していくなどしていきたいと考えている。

――最終的な抱負を…。

大久保 私は「住みやすさ日本一」を公約に掲げて選挙戦を勝ち抜いた。住みやすければ福岡都市圏を中心に全国からの移住者も増え、人口が増えれば市の財政課題も解決する。何もしなければ少子高齢化で財政負担も増えるだけだ。本当に住みやすい久留米市にするために、子育て支援、教育水準のアップ、医療の充実、文化・芸術施設の充実などに力を入れていく。今、全国各都市でコンパクトシティとして駅周辺に家を集めるような構想も広がっているが、それは国や市が強制することは難しいので、税制面などのインセンティブで世代交代をしながら、30年程度の長いスパンで進めていく必要がある。短期的には、福岡市から30分の久留米市を、「都心に近く、自然も豊富な、福岡新都心。」として位置づけていきたい。(了)

――陸上自衛隊のAH―64Dヘリコプターの佐賀の墜落事故では、部品に欠陥があったのではないか。またAH―64Dは本当に必要なのか…。

清谷 現時点では断言ができないが、試験飛行前には入念に地上で運転を行う。このため整備不良よりも部品に不良があった可能性が強い。墜落したヘリコプターAH―64Dと、チームを組む偵察ヘリコプターOH―1の調達そのものが失敗だった。OH―1は過去ローターブレード部分に欠陥があって全機飛行停止となり、現在は三菱重工業(7011)製のエンジントラブルで2年以上全機が飛行停止状態だ。うち、2機は現在試験飛行させているが、全機飛行可能となるのは試験飛行終了後9年かかると防衛装備庁は言っている。OH―1は海外の同等品と比べて調達価格は5倍程度の高さにもかかわらず、性能は劣っている。偵察ヘリでは必須のデータリンク機能がなく、データを司令部や他のヘリコプターに送ることもできない。AH―64Dとの交信も音声無線だけだ。現代戦は戦えない。これでは戦闘だけでなく、災害派遣でも役に立たない。ところが、陸上幕僚監部は、震災時はセンサーを搭載した汎用ヘリコプターを使えば良いという。そうであればOH―1は不要ということになる。陸幕装備部に見識がなく、ただ単に国産ヘリを作りたいという「願望」だけで開発が決まった。せめてエンジン部分を海外製の信頼が高い製品にすればまだ良かったが、国産での調達にこだわった。結果元々は250機程度の開発を計画していたところ、調達は合計34機で打ち切られた。これは高い調達単価が理由だが、防衛省の調達は数が少なく採算が取れないため、欧州ベンダーからは調達を断られ、それを国産化するとい更にコストが高騰するから、といった事情もあった。つまりは調達計画が杜撰だったといことだ。

――装備調達の仕方に問題がある…。

清谷 通常軍隊は考えられる脅威に対し装備がどの程度の数が必要か計画し、どの程度の期間で調達、戦力化するか、また総額はどの程度になるかといった計画に基づいて予算を議会に提出する。議会が承認したうえでメーカーと契約をする。ところが、日本の場合はどの程度調達するという計画がないに等しく、いつまでにどの程度の金額をかけて調達するか、重要なことを政治家が知らない。例えば、89式小銃は89年に自衛隊で制式化されてから約30年経つが、未だに調達が完了していない。政治家は調達がいつ完了するか、総額がいくら掛かるか知らない。にも関わらず、予算はおりるため仮に調達が半分しか完了していない時点で戦争が起これば、数が不足した状態で戦闘することになる。この問題の背景には、本来は国防の手段である装備調達を、国産調達という目的にしてしまっていることがある。このため調達が完了し、戦力化されたころには旧式化している。あるいは数が揃わないうちに調達が打ち切られることもある。国産自体が目的化しているために細々と調達が行われるので価格が高騰する。高騰するからよけいに調達数が減るという悪循環に陥っており、諸外国の5~6倍もする装備も少なくない。だが、この問題にも政治家が興味や疑問を持っているとはいえない。さらに、このような状態が見直されず恒常化しているという事実も国民の多くに知らされていない。医療は法律など他の政治分野では在野の専門家によるセカンドオピニオンも期待できるが、防衛に関していえば、それが極めて少ない。政治家は内局や制服組の説明だけがソースでそれを鵜呑みする。その制服組が軍事知識と常識が欠如している。諸外国の動向を学ばず、自衛隊の教範しか読んでいない者も多い。つまり自衛隊内部のことしか興味がない。組織の成り立ちが戦争をしないという前提なので、真剣に有事を考えられていない部分もあるだろう。

――そのような状態で仮に戦争が起きた場合、対応はできるのか…。

清谷 自衛隊は戦闘、戦争による実際の被害を想定しておらず、対応は難しいだろう。例えば、自衛隊の個人携行救急品は国内用で3種類、PKO用で8種類のアイテムにとどまる。国内用の3種類とは、ポーチ、包帯、止血帯のみだ。これについて自衛隊では米軍と同程度の内容と説明するが、米軍は20種類のアイテムを携行し常に訓練している。この国内キットに関しては私が指摘して、昨年補正予算がついて若干改善された。また、自衛隊の部隊の医官の充足率は約2割で、護衛艦にはほとんど乗っていない。同盟関係にある米軍の親密に情報交換しているにもかかわらず、米軍から学ぶ気がない。戦争しない自らには関係のないことだとして自らの不足を補っていない。当事者意識と能力が欠如している。防衛予算を増やせば戦争に対応できるよう組織が強化されるという識者も少なく無いが、これは現実を見ていない意見だ。

――自衛官の人事にも不備がある…。

清谷 陸自では諸外国の一等兵や二等兵などに相当する、一士や二士任期制自衛官、「兵隊」が4割しかいない。伍長に当たる士長をあわせても「兵隊」の充足率は7割に過ぎない。彼らは原則2年契約の「契約社員」だ。部隊の最前線で戦う軍曹以下の隊員が少ない。人員を減らしているのは財務省から人件費削減を求められていることが背景にあるが、削られているのは一番人件費の安い「契約社員」で、逆に曹から将の「正社員」上の階級の隊員人数が増えている。つまり、人件費の高い「正社員」は手つかずどころか増加している。これでは人件費は減らない。海外では、ある年齢までに一定の階級まで到達しなければ退職するというルールがあるが、自衛隊は基本全員が定年まで残ることができる。このため、海外と比べて平均年齢も人件費も高く、実際に戦争に直面している軍隊とは緊張感が全く違う。自衛隊は自分たちに甘い組織と言わざるをえない。幹部数の削減は当事者能力が無いならば、本来は政治家が決断すべきことだ。

――自衛隊は情報に鈍感だという話があるが…。

清谷 例えば、海外視察の問題がある。かつて技術研究本部(現在は防衛装備庁の一部)では海外見本市などの視察は退役直前の将官の「卒業旅行」と化していた。海外視察を情報収集と捉えていない証左だ。この問題は、私自身が実名入りで執拗に報じた後「卒業旅行」は無くなり、防衛省の出張予算が増え、本来行くべき人が視察をするようになってきた。ただ、財務省が増額するといっても、防衛省側が視察や情報収集の予算を増やすことに積極的ではなく、使える予算を使えていない。このため組織が内弁慶的になり、海外の実情が理解されていないという現状もある。

――憲法改正により、自衛隊を軍として位置づければそうした状況は改善するか…。

清谷 憲法改正により全てが解決するような論調も見られるが、その手前の自衛隊の防衛任務のための法律さえ変えられないのが現状だ。憲法を改正しなくても、道路法や医師法を変えれば自衛隊の活動制限を制限している法令は変えられる。実際に小泉内閣での国民保護法や有事法が成立し、前進した。だがそれ以降法改正は進んでいない。政治の怠慢としか言いようが無い。これらの法律を変えずに、憲法改正で解決というのは稚拙な考えだ。恐らくは憲法を改正しても医師法などの諸法令を、圧力団体に配慮して改正できない可能性が高い。憲法改正と同様、防衛費をただ増やすことも、自衛隊の抱える諸問題を全て解決することにはつながらない。それ以前に諸外国の数倍の価格で低性能装備を、国産だからという理由だけで購入する今の調達に問題があり、使い方を考えなければ無駄遣いが拡大するだけだ。極端ではあるが、むしろ防衛費を1兆円削減しても良いとさえ思っている。予算が少なくなれば、使い方を真剣に考えるだろう。

――装備を全て海外調達するという考えは…。

清谷 それはやり方の1つではある。本来装備はできるだけ国産する方が、安全保障的にも雇用も生まれ望ましいが、それは防衛省と産業界に相応の能力があればの話だが、現状はかなり怪しい。国産にこだわる理由として、有事の場合に増産ができない点や、故障時などのフィードバックが悪い点が挙げられている。だが、それでも数倍の金額で調達する理由にはならない。むしろ安価な輸入品で調達期間を縮め、予備を潤沢に維持すればいい。国内の核心的な分野の防衛産業を残したいのであれば、海外に負けないコスト、性能を実現すべきだ。そのためには業界再編も必要だ。だが現実は同じ分野を世界的にみれば弱小数社で分け合い、全社に利益が行くよう防衛省が少しずつ長期間にわたり発注している。1社当たりの研究費や設備投資も十分ではない。また、1人の設計者が一生に設計する回数は、国内ではせいぜい1~2回にすぎないが、中国など海外では毎年のように新たな製品を出している。日本の技術は世界一と国内ではよくいうが、軍事に関して言えばイリュージョンである。例えば装甲車ではトルコ製の方が高性能だ。無人機でも中国の方が遙かに先を行っている。

――日本の兵器産業は競争力を大きく落としている…。

清谷 その原因は、防衛産業が完全に「国有企業化」してしまっているためだ。川崎重工業(7012)は輸送機C―2を海外で販売しようと民間転用を試みていたが、そもそもできるわけがない。民間転用する場合は、耐空証明や型式証明が必要だが、これから取るとなると数百億円はかかる。この費用だけで防衛省向けのC―2の利益を吐き出すことになる。川重にそのリスクを取るつもりは無い。にもかかわらず、税金で調査したり、見本市に出したりと格好だけ付けている状態だ。本当は民間転用する気などないが、国産機の生産を正当化する必要があるためだ。また、C―2は米国の輸送機、C―17と同程度の価格だが、搭載量は3分の1程度にとどまり、戦術輸送機では当たり前の不整地での運用ができない。自衛隊以外に購入する者はいないだろう。とはいえ、これらの現状を検証して批判するメディアは少なく、防衛に関する報道にも大きな問題がある。防衛記者クラブの記者は大臣や幕僚長が嫌がる質問をしないうえ、防衛に対する知識も足りていない。

――防衛産業には問題が多い…。

清谷 防衛産業を本気で手がける気がなければ、事業を譲渡するなり、他社と統合するなりしないといけないが、それができない。当事者意識と能力が欠如している。国内企業の防衛部門の売上高は概ねその会社の売り上げの1~2%程度にすぎないため、経営者が本腰を入れて長期戦略を考えていない。任期中は穏便に済ませたいと思う経営者が多いようで、続けるのか、撤退するのかの決断は先送りとなっている。恐らく多くの防衛部門を持つ企業は今後10年以内に事業規模が小さくなりすぎて最終的に撤退するだろう。最悪のシナリオだ。そもそも、性能が低く、コスト高で他国の数倍もする装備の生産を続けて税金を浪費することが、株主や納税者に対して誠実なのか、企業の社会的責任という側面からも問われている。また、普段から株主や一般消費者に対し、防衛装備を手がけていることを開示する姿勢も必要だ。Webサイトなどで防衛産業に関わっている情報を開示していない企業は少なくない。企業だけでなく、経済産業省や防衛省も当事者意識を持って関わらなくては防衛予算を増やしても無駄である。

――ここ数十年で、日本の外交を取り巻く環境は大きく変わっている…。

松川 英国のEU離脱に象徴されるように、既存の秩序やルールを守るという国際的なコンセンサスが崩れてきている。多くの人が予想していなかった英国のEU離脱が起き、一体的だと思われていたEUが弱体化した。一方で、米国やロシア、中国などによる、力による政治が潮流となってきた。この中でも、最も大きな変化を遂げたのは中国だ。中国は経済力を増しているだけではなく、南シナ海の南沙諸島での埋め立て工事や尖閣諸島での示威行動など、小さな行動を積み重ねて有利な立場を得るサラミ戦術で圧力を増している。また、ユーラシア大陸を連結し、周りの海にも出る経済圏構想である「一帯一路」を打ち出した。地理的に見ると、中国にとって日本は太平洋の出口を塞ぐ形で位置することになる。一帯一路構想では、北極海航路も含めて広く中国の権益拡大を目指すなか、領有権自体での争いがなくても、日本が守らなくてはならない場所として対馬にかかる圧力は尖閣諸島と同じくらい増すことになる。

――中国の勢力が増し、米国も圧倒的な超大国ではなくなっている…。

松川 中国共産党大会で行われた中央委員会報告のポイントは、中国建国100年となる2049年までに米国を抜き、世界の覇権国家を目指すという方針だ。中国はここ5年で目覚ましい成長を遂げているうえ、経済や科学技術の実力を大幅に向上させ、イノベーションを起こすということを明確にしている。経済成長だけでなく、文化や価値の面にも言及した。このように中国が台頭していく状況の下で、米国では既存体制側のヒラリー氏よりも、この状況を打破する可能性があるトランプ氏が大統領に当選したのは結果に過ぎない。国民が既存体制ではだめだと判断した結果だ。米国の変化で最も注目すべきは、トランプ大統領が17年末に発表した「国家安全保障戦略」だ。中国をロシアとともに米国の競争相手と位置づけ、経済や軍事、文化や価値の面で対抗し続けるとの方針を明確にした。

――米中が変化するなか、日本が取るべき外交戦略は…。

松川 米国と中国は覇権の面では競争関係にあるものの、かつての米ソ関係と異なり、最大の貿易国同士と経済面で密接に関係している。米中間ですぐに軍事衝突が起きるとは考えられないものの、海洋権益をめぐる争いなどは十分に考えられる。中国は経済的な権益の拡大を目指し、インド洋から太平洋にかけての自由な航行を望んでいる。この中国にとって、海上戦略で重要となるポイントは日本の周辺だ。だからこそ、対馬にせよ沖縄沖にせよ、日本は守りを固めなくてはならない場所は広がっている。日米同盟は安倍首相の外交により強固だが、日本が自国での防衛をしないにもかかわらず、米国第一のトランプ大統領が日本に代わって防衛を担うほど甘くはない。この状況下で、GDP1%未満に抑えられている日本の防衛費はやはり少なすぎる。日本にとって防衛が必要な場所の拡大に加え、北朝鮮や中国がサイバーセキュリティを含めた技術を高めている。防衛費をいたずらに拡大すべきとは考えていないが、抑止力を高める努力なしに安全保障を行うことはできない。同時に、地理的に隣国となる中国との関係では、持続可能な均衡点を探ることが大切だ。中国の軍事力と経済力は今後も高まると考えられるが、中国をただ敵視すればいいということではない。中国に対しては、日本の権益を侵せばコストが高くつき、協力した方が得だと思うような関係を作る必要がある。反日運動をコストフリーにしている状況から脱する覚悟が必要であり、中韓ともに何かされたらきちんと反撃できる体制をつくらなければならない。ただお願いするだけでは外交問題は解決しないことを日本外交は理解すべきだ。

――朝鮮半島をめぐる情勢は…。

松川 朝鮮半島では、平昌冬季五輪など様々な要素が重なり、南北首脳会談の開催案まで出ている。韓国の文在寅大統領は、核問題解決は南北だけでは不可能であり、米朝間で目指すよう現実的に考えているが、日米としては、核ミサイルの除去という課題が置き去りにされないようにしなければならない。特に日本にとっては、米韓同盟の維持が重要だ。安倍首相は文大統領に対し、米韓軍事演習を予定通り進めるよう要請したが、米国が韓国を突き放すようなことがあれば日本にとっても厳しい状況となる。米国の関与がない朝鮮半島は、結局のところ中国の影響に晒されることになるためだ。ただ、北朝鮮には制裁が効いてきており、金正恩委員長の妹の金与正氏を平昌五輪に派遣するなど韓国への接近を強めている。南北融和が進展し、朝鮮半島のボーダーラインが変わる可能性もある一方で、日本だけ蚊帳の外という状況に陥ることがないようにしなくてはならない。

――日本の外交も変わらなければならない…。

松川 日本の外交にはまだ課題があるものの、既に変わってきたところもある。TPP(環太平洋経済連携協定)を米国なしで発効させたことは大きい。TPPは単なる経済同盟の一つではなく、海洋秩序と航行の自由を信奉する環太平洋の海洋国家同盟と位置付けられる。米国にただ追随するだけでなく、米国にどう動いてもらうかを考えなければならないなかで日本が能動的に動いた例と言える。また、安倍首相が打ち出した「自由で開かれたインド・太平洋戦略」も挙げられる。これはアジアとアフリカを、インド洋と太平洋でつないだ地域全体で経済成長を目指すものだ。16年8月のアフリカ開発会議(TICAD)で発表したと言われているが、07年のインドのシン首相の議会演説での構想がもとになっている。確固たる対中戦略がなかったトランプ政権に、日本がこの外交戦略を提供したことも大きな変化と見ている。日本は今年で明治維新から150年を迎えると言われるが、同じくらい大きく変化する局面にきている。外交と防衛が重要なのはもちろんのこと、経済も強化していく必要がある。一方、日本では人口減や高齢化という変えられない条件があるため、過去の成功体験を忘れてイノベーションを起こす勢いでないといけない。経済が強くなければ、外交でもうまくいかない。外交、経済ともに強い日本を創造することに邁進したい。

――日本アジア証券を買収された狙いは…。

藍澤 日本アジア証券は、もともと同社の山下哲生社長が香港で日本アジアグループの母体となる証券会社を起業されたときから出資していた。その後に同社が日本進出を果たし、日本の証券会社5社を買収するなど拡大していく過程においても、当社の社員を出向させるなどの支援を行い、かなり親密度が高い間柄だった。その日本アジアグループが空間情報コンサルティング事業をベースとした気候変動等への取り組みを経営の根幹に据えるため、証券業務を手放したいとの話が最初に当社に来たというのが今回の経緯だ。同社は出自が香港だったこともあり、同社が買収した証券会社は国内商品専業だったが、体質改善によって海外業務に強い証券会社になった。現在も収益全体の半分近くを米国株が占めている。同時にさまざまな証券会社を買収したことから全国にしっかりとした支店網が持っており、地元に強い営業員を抱えている。今回、日本アジア証券を買収したことで当社の総店舗数は67カ店になる。それまでも当社では八幡証券を買収し、中国地方まで支店網は広がっていたが、日本アジア証券は九州にも支店があり、関東にも非常に強いほか、丸宏大華証券を買収していたことから関西にも強みがあるなど、我々の支店網拡大にとって非常に力強いものとなった。

――ベトナムの証券会社の株式を追加取得し子会社化された…。

藍澤 子会社化したベトナムの証券会社は、もともとは当社と日本アジア証券と台湾の投資家である邱永漢氏の3者で設立したもので、当時は規制があったために49.0%の出資に留まっていた。ところがここにきて規制緩和があって、100%外国証券会社が認められた。ただ、日本アジアグループは証券業から離れ、邱永漢氏はお亡くなりになられたこともあって当社に任せて頂けることになった。現地法人はまだまだ小さく、連結にも入っていないし、従業員数も全社員で17名と少ない。ただ、全社員が現地人で、かつフロント部門は全員日本語を話すことができる。例えば、日本からベトナム株投資をするうえでは、とてもではないが現地語が理解できなければ、日本人投資家は歯が立たない。それが日本語で取引が可能となる点は強みだ。日本からベトナム株に投資できる証券会社はあることにはあるが、ほとんどで言葉の問題があるほか、特定の時間帯にしか注文を出せないなど取引条件において不利になる。一方、顧客利便性の観点から子会社化し、利便性を改善できる当社は有利な位置にある。ベトナムは10年以上前から高い成長率を維持してきたが、一時、証券市場は調整していた時期がある。これは社会主義の国ならではの規制があったことやアジア通貨危機などに引っ張られたためだ。しかし、もともとの成長性は大きなものを持っているし、もう一つ大きいものは良い会社が国有企業だということだ。これの民営化を進めていることが株式市場の活性化にとって大きな力となっている。

――今後、成長が見込まれる国・地域は…。

藍澤 やはりアジア全般にいいと思っている。先に成長する国、後からついてくる国などいろいろあると思うが、昔のようにこの国は絶対だめだという印象はもうない。各国共に国力をつけてきて、外資に頼った経済成長をしていないためだ。また、かつての日本のように追い付け追い越せの気持ちを持っていることや、真面目に物事に取り組んでいる人たちだ。また、教育が改善されていることも大きい。昔は学校にいけない子供も多かったが、今はどんどん海外留学をしている人たちも増えている。

――アジア株は日本の証券会社で取り扱っているところが少ない…。

藍澤 大手証券のように大量に仕入れた商品を顧客に販売する形で海外業務をするのは、欧米のような大きな市場でなければ成立しない。ところが本来、我々リテール証券というのはまとめて仕入れるというような仕事のやり方ではなく、また我々にとっても得意なことではない。我々は日本株と同じように委託取引で売買していただけるようにしている。大量に仕入れるいわゆる仕切り取引と我々のような委託取引を比べると、お客様にとって我々の手法は、非常に透明性は高いと言える。当面の目標としては、委託全体の3割程度を海外株に持っていきたい。日本アジア証券では平均50%が海外株だったが、我々はまだそこまでいっていない。両社が一緒になることで30%程度を維持していけるだろう。

――今後のM&Aの計画は…。

藍澤 我々は買収先企業を積極的に探すようなM&Aをしていたというわけではなく、ご縁があって相手方からお話をいただいてのことだ。平岡証券、八幡証券、日本アジア証券のいずれもそうだった。積極的に狙いをつけて買収しようとは考えていない。ご縁があれば精査したうえ、体質が合うと判断した場合、協力していくことは考えている。

――ネット化については…。

藍澤 個人の株式取引の多くがネットで行われているなか、当社としても低コストと利便性が高いネット取引を捨てるわけにはいかない。ただ、ある程度高額でかつリスク商品の取り扱いという観点において、ネット取引がお客様に対して十分なサービスを提供できているかと言えばそうは思えない。十分なリテラシーが備わっていないお客様に対し、急激な価格変動などがあった際に説明してさしあげることが必要となる。同じ証券を取り扱っている業者であるが、ネット専業証券と当社とではサービス内容や体質的に大きな違いがあると思っているし、ゆえに共存が可能であるとも考えている。

――その他、力を入れている事業は…。

藍澤 アジア株に注力しているのと同時に、ソリューションについても同じく注力している。お客様の個人的なお悩み事や商店主の方々のお仕事をお手伝いすることをソリューションとして行っている。そのなかで最も大きいのが相続となっており、営業員全員が相続診断士の資格を取得している。また、地方の小規模事業者のM&A案件を大手企業にマッチングしたり、技術援助によって事業を継続していただくなどしている。他方、最近では経済産業省が創設したサービス品質を見える化する規格認証制であるおもてなし認証の取得支援を行っている。インバウンド需要を取り込むためのものだが、これまでに当社の支援で数百社が取得に成功している。また、産学連携にも力を入れている。大学の持っているノウハウを世に出していくため、中小企業とマッチングして新しい商売を創出する。これまでに静岡大学、徳山大学、近畿大学と連携した。最近の事例では、町の自転車屋と近畿大学のマッチングにおいては、オリジナルブランドの自転車を作っている。それから、学生時代にどういった会社に就職したらいいかということを理解してもらうため、産学共同でインターンシップに取り組んでいる。こういった地域人材育成と地域企業支援の取り組みはとても喜ばれ、昨年は内閣官房まち・ひと・しごと創生本部から金融機関による地方創生のための「特徴的な取組事例」に証券会社として唯一選定され、内閣府特命担当大臣(地方創生担当)より表彰された。こういったソリューションは、お客様から非常に好評で、地方金融機関の皆様からもソリューション提供に関してお声がけいただいている。

――米国のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)復帰の可能性をどう見るか…。

馬田 もう少し時間が経過しなければ真意は分からないが、トランプ大統領は先日スイスで開催されたダボス会議の演説において、再交渉を条件にTPP復帰の可能性に言及した。「米国ファースト」に基づき二国間交渉を軸としつつも、米国の利益になるならば多国間交渉も除外しない考えを示した。しかし、その後行われた一般教書演説においては、貿易不均衡是正の重要性に言及したものの、TPPについては一切触れていない。TPP復帰についてどこまで本気なのかは半信半疑といったところだ。米国では、レーガン政権時代から多国間、地域間、二国間協定の締結という3通りのアプローチを上手に使い分ける通商政策が代々継続されてきた。トランプ政権になって二国間協定のみを追求するようになったが、ここにきて方向転換する可能性もでてきた。背景には、米国の二国間主義にもとづく通商政策がうまくいっていないことへのトランプ大統領の苛立ちがあるとみている。さらには、まとまらないと踏んでいた米国抜きのTPP11がまとまったことへの焦りもある。米国の産業界からの突き上げによって、今年秋に行われる米議会の中間選挙を意識して苦肉の対応をとらざるをえなかったのだろう。

――米国の通商政策の問題点は…。

馬田 トランプ政権は貿易不均衡の是正のために「力ずくの通商政策」を進めようとしている。それは多国間交渉よりも二国間交渉を重視する姿勢をみればわかる。相手の弱みに付け込んで何でも取引材料にして、強引に米国の言いなりにさせようとするエゴむき出しの通商政策をとるつもりだ。しかし、この1年、二国間主義をベースとした米国の通商政策は何も成果が出ていない。トランプ大統領が選挙中に公約として掲げていたTPP離脱は達成したものの、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉は膠着状態に陥り、米韓FTAの再交渉はまだ始まったばかりだ。米国の通商政策は行き詰まっている。問題はやはり露骨に米国ファーストを掲げている点にある。国益重視というのはどの国も考えているが、通商交渉では建前と本音がある。トランプ大統領の場合は、建前を捨てて本音だけで物事を進めようとするため、国際協調もうまくいかない。トランプ大統領はかつて「米国の不動産王」と言われたが、バイ(bilateral)の相対取引しか行わない不動産業界で培った交渉術は、マルチ(multilateral)の交渉が重要な通商政策には必ずしも通用しない。トランプ大統領がTPPのような多国間協定の枠組みの必要性を認識したのであれば、1年経って軌道修正するというのは、いいタイミングだ。オバマ前大統領も2年目に対中戦略を対話路線から強硬路線に軌道修正した。やり方次第で米国のTPP復帰の可能性もある。

――TPP11は3月8日にチリで署名することになった…。

馬田 カナダが文化保護を例外扱いとするよう強硬に求め、早期の署名に難色を示していたため、TPP11について3月上旬の署名は難しいとの見方が多かった。ウィルバー・ロス米商務長官も署名は無理だとの認識を再三表明し、日本のメディアもそうした論調となっていた。そうした中で、1月23日に東京で首席交渉官会合を開かれたが、担当の交渉官も当日までカナダがどっちに転ぶかは全くわからなかったらしい。日本はカナダが最後まで署名しないならば、TPP10でスタートする腹積もりであった。結局、日本の説得が功を奏して、この件については、最終的に協定自体を変更せず、米国が復帰するまでの例外として付属文書(サイドレター)に明記する方法が採用されたようだ。

――TPP11がまとまったことで米国が焦ったと…。

馬田 TPP11よりもNAFTAの再交渉を優先していたカナダは、TPP11の合意内容が固まると米国からTPP以上の要求を迫られるのではないかと恐れた。一方、日本は、TPP以上は1ミリたりとも米国に譲るつもりはないと強気の姿勢だ。カナダの乱心でTPP11の交渉はうまくいかないだろうと、米国は高をくくっていた。しかし、日本が中心となってTPP11の交渉をまとめ上げた。TPP11の交渉は頓挫するとトランプ大統領に断言していたロス商務長官はさぞかし焦ったことだろう。こうしたなか、ダボス会議でトランプ大統領は、再交渉を前提に米国にとってより良い協定となるのであればTPPへの復帰も検討すると表明した。この慎重な言い回しができたというのは、トランプ政権内部では以前からTPPの再交渉も視野に入れていたとも推測できる。ただ、想定外のTPP11がまとまってしまったので慌てた。産業界からはNAFTAもTPPもうまくいかないことへの批判が噴出し、それが中間選挙での敗北につながるとの危機感から、何とか取り繕わなければならないと焦り、追い込まれた先に条件付きTPP復帰という苦肉の策が出たのではないかと見ている。

――法人税減税などで企業の米国集中が想定されるが…。

馬田 企業は国際生産ネットワークを拡大させ、グローバルなサプライチェーン(供給網)の効率化を目指している。サプライチェーンの効率化が企業の競争力の決め手となるからだ。もはや米国内での一貫生産体制はナンセンスであり、米国の企業は賃金が安く環境規制も甘い国や地域を求めて世界中に進出している。グローバル化を進める企業が求めているのは規制緩和だが、環境保護のための規制のように必要なルールなら、国ごとにバラバラだと企業の対応が難しいので、せめてルールの一本化をしてもらいたいと考えている。トランプ政権は二国間FTAの締結を打ち出しているが、それはメガFTA時代の大きな流れに逆らうものであり、周回遅れの発想だ。二国間FTAごとにバラバラなルール、まさに「スパゲティ・ボウル」のような状況を求めているわけではない。企業のグローバルなサプライチェーンを分断させ、使い勝手の悪い二国間FTAを否定したのは他でもない米国の産業界だった。オバマ政権はメガFTAの構築を主導し、TPPやTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ協定)の成立を目指していたが、トランプの出現で頓挫した。結局、米国中心の太平洋と大西洋を含めたグローバルなルール作りをすべてトランプ大統領が壊してしまった。

――対EUにおいても日本の通商政策は評価される…。

馬田 一年前は日本とEUのEPA(経済連携協定)交渉もまとまっていないだろうとの見方がされていたが、昨年12月に最終合意に達した。ブレグジット(英国のEU離脱)が日EUEPAの交渉にプラスに働いた。EUは英国との離脱交渉に専念するために、並行して進められていた日EUEPAを先に終わらせたいと考えたからだ。さらに、トランプショックも追い風となった。トランプ政権がG20財務相・中銀総裁会議で「保護貿易への対抗」という文言削除を求めるなど保護主義的な動きを強めたことで、EUはトランプ政権を牽制する狙いから日EUEPAの締結を急がせたといえる。ただ、日EUEPAの大枠合意後も、投資紛争ルールの問題について日EUの溝が埋まらなかった。そのため、日本とEUはこれを棚上げすることで最終合意が実現した。

――トランプ大統領の今後の対応は…。

馬田 TPPに復帰したいと思っても、これまで「TPPはひどい協定だ」、「TPPから永久離脱だ」と言ってきた手前、トランプ大統領としては、「米国にとって良い協定になった」という恰好をとらずにTPPに復帰すれば、トランプ支持者から裏切り者にされる。このため辻褄を合わせるために、再交渉を条件としてTPP復帰の検討を表明した。ただ、すでに内容が固まってしまったTPP11について、日本は再交渉するつもりはない。その一方で、何とか米国をTPPに復帰させたいと考えている。3月8日にチリで11カ国が署名し、その後6カ国で批准されれば60日以内に発効する。発効されたTPPに参加したい場合、各国の承認が必要となる。その結果、日本がTPP交渉への参加のために米国との事前協議で苦い思いをしたように、今度は米国の立場が弱くなり、力関係が逆転する。この点については米国もわかっており、だから焦ったのだ。日本は強気になって米国に対し泰然として動かず、米国が頭をさげてTPPに参加したいと言ってくるのを待っていればよいと言っても、トランプ政権は頭を下げてまでTPPへの復帰を選ばないだろう。TPPの代りに強引に日米FTAの締結を日本に迫ってくるにちがいない。そのため、再交渉の余地はないと言いつつも、最後は窮地に追い込まれたトランプ大統領に対して安倍首相から助け船を出すべきだ。トランプ大統領にとって「渡りに船」となるようなお膳立てをすることが出来れば、日本の外交は一皮も二皮もむけたことになる。

――日本政府は米国とどう交渉していくか…。

馬田 日本の通商戦略は目下、トランプ政権の暴走をいかに食い止めることができるかが最大の課題である。TPP11や日EUEPA、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の発効によって、アジア太平洋から締め出されるのではないかと米国を焦らせる一方、日米経済対話を利用してTPPに復帰するよう米国を説得するというのが、日本の通商シナリオである。日本が米国の尻に火をつけることができれば、米国のTPP復帰の可能性が高まる。日米経済協議はこれからが本番だ。今年、米国側は中間選挙を控えて目に見える成果を求めてくるだろう。貿易不均衡の是正を理由に市場開放を迫ってくることは間違いない。牛肉を含む農産物や自動車、薬価制度が短期決戦の標的になりそうだ。しかし、中間選挙が終わってからTPPと日米FTAでぶつかり合うことが想定される。今回のトランプ発言を受けて、日本は日米経済対話の場で米国のTPP復帰を取り上げ易くなった。TPPと日米FTAをめぐり日米の思惑が異なる中で、日本としては日米FTAの問題をすり替えるための口実を掴んだと言える。米国のTPP復帰の可能性については、トランプにとって「渡りに船」となるような落としどころを考えて、「裏技」といえる妙案を打ち出せるかが成否のカギとなる。ガラス細工を壊さないように整形手術は避けて、衣替え(名称変更)と厚化粧(サイドレターなど)を行った新装TPPの成立が落としどころとなるだろう。

――新しい法律事務所を立ち上げられた…。

久保 2018年1月、新事務所を立ち上げた。事務所開設の初日の元旦からシンガポール出張が入り、先週は1週間インドのデリー・グルガオンを回っていたり、東京で社内セミナーの講師をしたりと、かなり忙しくしている。守備範囲はアジア全般、特にインド及び東南アジアだ。将来的には、インドやシンガポールの現地弁護士なども巻き込んで、ワンチームとなれるようなアジアの事務所を作っていきたい。本部は日本ではなく、シンガポールに置くつもりだ。理由は、日本に本部を置く限り、どうしても日本の組織になってしまうからだ。現在、アジアの大きな経済圏である日本、中国、インドといったビッグパワーを、第三国として中立的立場から見渡すには、やはりシンガポールがベストだろう。特定の国に軸足を置かないアジアのクロスボーダーローファームというカテゴリーで勝負したいと思っている。

――事務所の人材面の方向性は…。

久保 積極的に若い弁護士を採用して、どんどん海外に送り出していきたい。例えば、今、若い弁護士がアフリカ、中東を回っている。彼はタンザニア、ケニア、エチオピアからオマーンを通り、最終的にUAEからインドに入る予定だ。これはちょうどインド人の西のネットワークに対応している日系企業の中には、インドをヘッドクオータとして南アジア、中東、アフリカを統括する企業も出てきている。このINDIA、SOUTH ASIA、MIDDLE EAST、AFRICAの頭文字をとった「ISAMEA(イサメア)」は日本企業がまだ攻めきれていない地域だ。アフリカや中東に日本企業が直接進出するのは確かに難しいかもしれない。ところが、インド企業やインド人とタッグを組み、そういった人たちの中東やアフリカにおけるネットワークをうまく活用すれば、日本企業もこういった地域に進出できる。日本の弁護士は、最近ようやく、中国、シンガポールといった比較的近いアジアの国に出て行くようになったが、次の世代には是非その先の世界に羽ばたいてもらいたい。当事務所は次世代のクロスボーダーロイヤーのインキュベータとなるつもりだ。

――インドなどは慣習や法律の違いがあり、企業の進出も大変だと聞くが…。

久保 一番大きな問題は、日本企業の海外子会社におけるガバナンス体制が厳しい現地環境の中でうまく運用されていないことだ。日本企業がアジア各地に進出し、現地に子会社を作り、現地企業を買収するまではできても、それを効果的、効率的に運営するまでに至っていない。その結果として、現地の従業員が不正を行ったり、現地のパートナーとの間で上手くいかないといったことが起きる。不正とは、例えば調達担当の現地従業員が自分の親族の会社に契約を横流ししたり、非効率なパートナーシップであるにもかかわらず現地の代理店との契約を終えることができなかったりといったことだ。そういったドロドロしたしがらみに日本企業が足を引っ張られている。このような問題を解決するために、日本人のプロフェッショナルが現地のプロフェショナルと一緒になって、現地子会社に対するガバナンスをしっかり効かせていく。そうすれば、アジアに進出している日本企業の事業はもっとうまくいくようになるだろう。

――日本の弁護士と現地の弁護士がタッグを組む…。

久保 アジアの法律事務所はその多くが各国に閉じた形で活動してきたが、それではうまくいかない部分もある。日本人やインド人、シンガポール人などが一緒になり、クロスボーダー案件に特化することで、多くの問題が解決できると考えている。さらにその先には、弁護士以外のプロフェッショナルが集まるクロスボーダープロフェッショナルファームといったビジョンも見据えている。企業の現地でのニーズから出発して、どのような体制であればベストのサービスを提供できるかということを考えた場合、従来型の硬い組織としての法律事務所ではなく、もっと柔軟にプロフェッショナル同士がチームを組める柔らかい組織の方がよいのではないかと考え始めている。そのような新しい組織を可能にするようなテクノロジーの基盤もできつつある。

――アジアで特に注目している国は…。

久保 やはり注目はインドと中国だ。インドのポテンシャルはまだまだ生かされていない。日本企業の進出は、自動車、電機産業等に偏っており、バンガロールなどで発展するITスタートアップなどにはリーチできていない。また、中国もインド同様に新しいテクノロジー分野がどんどん発展している。例えば中国のシリコンバレーと呼ばれる北京・中関村には、北京大学や精華大学のキャンパスがあり、新しい研究やイノベーションが進んでいる。南の深センにはドローンで有名なDJIや携帯電話のHuaweiの本拠があり、ここでもイノベーションが起こっている。アジアは加速度的に変化しているが、日本にいるだけではそういった実態がなかなか伝わってこない。これらの国が今どういう政治状況にあって、何が問題で、どういう論点が存在するのかといった実態を適切に把握し、下した判断が適正だったかどうかをチェックするためにも、クロスボーダーで現地の専門家と日本の専門家がしっかり協力していくことが重要だ。

――最後に…。

久保 私は若い人たちをもっとアジアに送り出したいと思っている。日本は最近、将来に対してあまり楽観的になりにくい雰囲気がある。これは弁護士などプロフェッショナルな世界でも同じだ。しかしアジアにはたくさんのチャンスがある。若い弁護士たち、また、弁護士だけでなく他のプロフェッショナルに、もっとアジアで活躍できる場を提供していきたい。そのような考えから、2月8日には一橋大学で「クロスボーダーロイヤーのキャリアパス」と題したオープンセミナーを開催したり、その次の週には法律や会計を勉強している学生を対象としたインドへのインターンプログラムなども企画している。われこそはという次世代のクロスボーダーロイヤーの卵たちに是非参加してもらいたいと思っている。(了)

――民進党との統一会派結成については…。

玉木 元々は民進党から統一会派の提案を頂いたことをきっかけに、党内の調整や民進党との交渉を進めてきた。ただ、民進党側が意見をまとめきれずに今国会での統一会派の結成を断念すると伝えてきたので、提案を受けた我々としても交渉を一旦打ち切ることにした。今回の交渉では我が党の分党も取り沙汰されたが、もともと希望の党に所属する参議院の3人の先生は日本維新の会との連携を希望していた。衆議院と参議院で組む相手が異なることはおかしいため、仮に衆議院で民進党と統一会派を組んだ場合には円満に分かれようということは事前に決めていた。

――国民からすると、野党は集合離散を繰り返してばかりに見えるが…。

玉木 昨年の衆議院議員選挙で民進党が分裂した影響は未だに尾を引いているが、いつまでも野党が分かれてどたばたしていても国民には何の得にもならない。そこで、会派という国会内での戦い方において協力すべき所は協力し、巨大与党との共同戦線を張るべき、ということで民進党との統一会派結成も検討した。国民にとって政権の選択肢が一つしかないということは民主主義において問題なので、緊張感を持ちながら与党と政策を切磋琢磨できる環境をぜひ作っていきたい。そのうえにおいて、現在の国会での議席数を勘案すると野党がある程度のまとまりを持つことが重要になる。今回は統一会派結成には至らなかったが、個別の法案への対応など協力できる部分については出来るだけ大きな固まりとして共同戦線を構築していきたい。

――希望の党の目指す政策とは…。

玉木 まず、安全保障については現実的な政策を取っていく。いわゆる左派といわれる政党にありがちな「何でも反対」という立場は取らないが、かといって現在の自民党のように露骨な対米追従主義も取らないのが我々の現実的平和主義だ。沖縄問題にしても、憲法9条を改正する前にまずは日米地位協定を見直すべきだ。我が国は独立国であるにもかかわらず、在日米軍による事件や事故が起こったときに当局が捜査も調査も出来ず、ただただ再発防止をお願いするような関係をいつまでも維持してよいのか。あるいは、米国に武器を購入せよと迫られれば言い値の前払いで買うようなことも脱却しなければならない。米軍と一緒に中東やアフリカ諸国にまで出掛けて武力行使をすることも反対で、北東アジアの安全保障環境が極めて緊迫しているからこそ限られた定員・予算・装備は我が国の自国防衛に特化すべきだ。

――国内政策についてはどうか…。

玉木 自民党は自己責任を重視した社会を作ろうとしている。私も自らの努力で所得を稼いで家族を養っていくという精神そのものは否定しない。ただ、社会の現実を見ると、共稼ぎのカップルが増えているにも関わらずこの20年間で家計全体の所得は2割以上低下している。今や年収300万円以下の世帯が全体の3分の1程度を占めているほか、生活保護受給世帯数は過去最高で、しかもその半分以上は65歳以上の高齢者だ。それにも関わらず、全て自己責任でやってくださいということだけでこの社会は本当に回っていくだろうか。私たちは弱肉強食ではない持続可能な福祉国家を目指しており、例えばAI化の進展による仕事の減少などを見据えたベーシックインカムの導入検討など、国内政策ではリベラルという立場を取ることでメリハリを効かせていく。

――経済成長に向けた施策については…。

玉木 経済成長の要素は労働投入と資本蓄積、イノベーションの3点であり、日本の生産年齢人口がこれだけ減っているなかで、外国人労働のことを考えずして成長戦略を組むことは不可能だ。この外国人労働の問題を取り上げようとすると、右派からは「犯罪が増える」あるいは「日本の文化が壊される」、左派からは「労働者の賃金が下がる」などと双方から批判が浴びせられるが、日本の現状を客観的に見ると、問題を先送りせずに真正面から取り組むべきだ。私は管理された外国人労働活用政策がないことが、現在の欧州で見られているような移民問題を引き起こしていると思う。日本では外国人技能実習制度など使ってごまかしながら外国人労働問題の解決を引き延ばしているが、このままでは将来に禍根の種を残すことになる。親日国かつ業種を限定するなどして、管理された外国人労働という形態に移行しなければ日本の経済成長を維持することはできない。

――中国との関係については…。

玉木 好むと好まざるに関わらず、中国は世界の政治経済の中心を担う存在となってくる。中国が様々な野心をもっていることも事実だろうが、中国とどううまく付き合っていくのかは今後の日本の外交・経済にとって非常に重要であり、特に日本経済へのインパクトは米国と比べても大きくなっている。安全保障では米国と手を組みつつも、経済では中国と戦略的な関係を深めていくべきだ。私が気になっているのは、中国が間もなくガソリン車の製造・販売を中止する可能性があることだ。巨大な中国市場がガソリン車から電気自動車に全面移行するとなると、日本がこれまで作り上げてきたガソリン車を中心とした産業構造、工場、雇用が不要となるなど甚大な影響を受けることになる。こうした観点からも、やはり中国との協力関係は戦略的に深めざるを得ない。また、私が中国の重慶を訪れた時に驚いたのは、経済発展の波が内陸部にも及び、決済が全て非現金化されていたことだ。これと比べて日本はまだまだ現金中心の社会で、それゆえにタンス預金が多く世の中にお金が出回らない。日本は電子決済やデジタル分野でも中国に遅れているので、こうした政策についても先頭に立って推し進める政党になっていきたい。

――アベノミクスに対抗できるような経済政策はあるか…。

玉木 とにかく金と人を動かすことに尽きる。日本には企業と家計の合計で約3000兆円の金融資産があるが、そのうち約4割は現預金となっている。日本は先行して豊かになったのでストックは豊富にあるが、逆にフローが細ってきている。いくら日銀が金融緩和をしても積み上がったお金は世間になかなかに出回らず、これをどう動かすかが次の課題となっている。そこで、現在の税制を大きく改め、資産を死蔵させることにはペナルティを課す一方、それを投資や消費に用いることには減税による刺激策を与えて成長分野に資金が回るようにしていきたい。じっとしていたら資産は目減りするが、それを動かしたら得をするというメッセージを伝えることで経済のダイナミズムを生み出していく。同時に、税制を徹底的にシンプルにすることも重要だ。しがらみのない改革政党として与党になることを目指すならば、このくらい大胆な政策を打ち出していく必要がある。また、日本の人口が減ってきているなかで、国境を越えた人の動きを加速させていくべきだし、ただでさえ少なくなっている働き手にやる気を持って働いてもらうことも重要となる。今後はさらに高齢者が増えるが、ITなどを活用すれば70歳代になっても働くことは十分に可能だ。年金の支給額が減少しても自分が働くことができれば安心して生活ができるし、体を動かすため健康にもなる。高齢者を対象としたベーシックインカムの導入検討を含め、人に着目して経済を動かしていく。

――今後に向けた抱負については…。

玉木 様々な経緯はあったが、希望の党はいい仲間が集まることが出来た。所属議員の平均年齢は49歳とまさに働き盛りの若い政党なので、今後は東京オリンピック・パラリンピック後に起こることが想定される問題を先取りした政策を打ち出していきたい。希望の党の議員は子育てや子どもの進学、親の介護などを一手に引き受ける世代が中心であり、だからこそ社会に今ある問題を身にしみて理解している。現在の安倍政権がいつまでも続くわけではない。希望の党は2020年代にしっかりこの国を担える政権準備政党として頑張っていく。

――国内では歴史的な超低金利環境が続いている…。

太田 日銀のイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)政策によって短期金利の膠着化が中期ゾーンにまで及んでおり、ユーロ円3カ月金利先物の取引数量は極めて低い水準が継続している。日本の超緩和政策は、米国や欧州の金融緩和縮小の進展に関わらず、当面は現状維持が見込まれているが、米国と欧州での金利上昇が進んだ場合や、もし国内の物価上昇率が1%台半ば程度に達した場合、本年末ぐらいにあるいは日本の長期金利にも動意が出て来る可能性がある。今後の金利変動を注視していくとともに、中期ゾーンの取引活性化に向けた新たなストラテジー取引を導入して国内外の金利スワップの取引需要を取り込みたいと考えている。

――ユーロ3カ月金利先物に代わる取引の主軸は…。

太田 当取引所には、ユーロ円3カ月金利先物、為替証拠金取引、株価指数証拠金取引の3つの市場があるが、金利の取引数量の落ち込みを為替証拠金取引と株価指数証拠金取引で補っている。もっとも、昨年の為替証拠金取引は必ずしも順調ではなく、ドル円の年間変動幅が約10円と一昨年の半分程度に留まったことやFX投資家の各種経済指標に対する感応度の減退等により、取引数量は一昨年との比較で7割程度であった。こうした中、投資家に人気の高い南アフリカ・ランド円、トルコリラ円の高金利通貨ペアは堅調に推移し、昨年10月に新たに上場したメキシコペソ円も他の新興国と比較した信用力の高さを背景に取引は伸びてきている。

――株価指数証拠金の取引状況については…。

太田 私どもが上場している日経平均株価などの株価指数取引は、配当があるなど先物取引とは異なる商品性を持った証拠金取引(CFD)だが、昨年は好調な株式市況を背景に投資家の取引意欲が高まり、取引数量は大幅に増加した。特に、一昨年、新たに上場したNYダウ証拠金取引も現在、2万6000台を突破して好調に推移しており、こちらも伸長した。株価指数証拠金取引を始めてから約7年が経つが、現在は為替以上に注目を浴びるようになっている。ただ、株価指数証拠金取引の1日当たりの取引高は約3万枚程度であり、為替の取引高と比べてまだ少なく、これからもっと拡大して行くと期待している。

――為替について、店頭FX業者と比較した特徴については…。

太田 私どもの取引所取引は、売り方と買い方を付け合わせる場を提供しているが、店頭FX業者は自らが相手方となる取引であり、本質的にビジネスモデルが異なる。取引所取引は複数のマーケットメイカーが提示する価格の中から最良な価格を自動的に抽出して投資家に提供しているが、店頭FX業者は自分でポジションを取るため、裁量により価格やスワップポイントを提示している。「くりっく365」の取引所取引は、証拠金だけでなく清算預託金や違約損失積立金などのセーフティネットも完備しており、透明で信頼性の高い商品性と制度を有しており、投資家は安心して取引を行うことができる。

――金融庁は店頭FX業者の決済リスクへの対応に関する有識者会議を立ち上げた…。

太田 日本の店頭FXの年間取引規模は約5000兆円まで拡大しており、金融の世界で飛び抜けて大きい市場になっている。仮にスイスフランショックのような相場の急変で店頭FX業者が破たんするような事態になれば、日本発の金融システミックリスクにつながる可能性があるため、金融庁は、所要のセーフティネットを整備する必要性を考えているようだ。取引所取引にはついては、リーマン・ショック以降、国際規制のFMI原則(金融市場インフラのための原則)という厳格なルールの適用が要請され、既に清算参加者の清算預託金を大幅に引き上げるとともに、取引所の違約損失積立金も増額している。それでも資金が足りない場合には、清算参加者全社で損失をカバーするロスシェアルールもあり、システミックリスクに陥らないような十分な備えを構築済みである。

――今後の新たな取り組みについては…。

太田 本年中には、金と原油の値動きに連動するETFを原資産とする証拠金取引(CFD)の上場を計画している。金は最近、価格変動幅が大きくなっているほか、地政学リスクが発生した場合は、株価指数と異なる動きをするため、投資家にとって新しい種類の商品になると思う。新商品に対しては、取引参加者からもポジティブな反応が示されている。為替取引についても、利便性の高い新たな商品の開発を検討しており、多様化する投資家ニーズに応えて市場の活性化に努めていきたい。また、現在、2019年第1四半期の稼働に向けた次世代システムの開発を進めているが、次世代システムでは、金利先物等取引と証拠金取引のシステム基盤を統合することにより、5年間で約20億円程度のコスト削減効果を図ることとしている。

――般論として、取引所の統合については…。

太田 上場している商品がそれぞれ違う取引所について、統合したからといって取引数量が増加する等の効果は見込めないし、システムについてもそれぞれの取引仕様に応じた違いがあり、コスト面の統合メリットも乏しい。東南アジアなどの経済規模が小さい国では取引を1つの取引所に集約しているが、米国等では、様々な種類の取引所が互いに切磋琢磨しながら競争し、投資家の利便性向上に取り組んでいる。取引所の統合による寡占状態は、競争原理の観点からも問題なしとはしないと思う。

――今年の抱負は…。

太田 市場関係者の間では、今年は、株価もさらに上昇する好調な経済が予想されているが、市場は生き物であり、何が起こるかはわからないと思う。金融デリバティブの総合取引所としての当取引所は、IoTやビッグデータ、さらにAIをめぐる急速な社会変革(第4次産業革命)や金融市場におけるFinTechの大きな動きを適確迅速に対応し、多様な投資家ニーズに応える新商品の開発に積極的にチャレンジしていきたい。

――日本の労働はどうあるべきか…。

山田 結論的に言うと、これまでの長期雇用を前提とした日本の在り方と、欧米の流動的な在り方を組み合わせたハイブリッド形式が望ましいと考えている。もはや終身雇用を維持するのは困難だが、米国のように簡単に解雇ができるようなシステムでは労働者が不安に陥ってしまう。そこで北欧のように、整理解雇は比較的容易ではあるものの、セーフティネットを整え、再教育を通して再就職を後押しする仕組みづくりが必要だ。また、これまでの日本企業の強みである組織としての強さを残すことも考えるべきだろう。オリンピックを見ても、たとえ個人の能力で劣っていても、リレーなどの集団競技では日本は強みをみせてきた。もちろんスポーツとビジネスは違うが、そうした特性は大事にする必要がある。

――労働者に必要な変化は…。

山田 最終的には各労働者がプロフェッショナルになり、必ずしも企業という枠組みに囚われず、自身の能力が生かせる職場に柔軟に移動することが必要だ。ただ、若いころからプロになるのは容易ではなく、しかも現状では学校で職業訓練が行われている欧米と違い、日本では企業以外でスキルを習得する場所が少ないため、配慮が必要だ。例えば、若い時は従来の日本型労働に従事し、経験を積んだらプロに転向していくことが考えられる。労働者も、節目で自身のキャリアを考え、また見直していくことが必要だ。

――日本政府の政策をどうみるか…。

山田 方向性自体は間違っていないと思うが、現在は過労死などの問題の対策に傾倒し過ぎている印象だ。過労死は防ぐ必要があるのは言うまでもないが、労働時間を抑制する必要があるのは、それが日本の人口動態的に必要であるためだ。既に日本の労働人口は減少の一途を辿っているが、今後は益々減少が加速する。これを補うためには女性や、シニア層の労働力を活用する必要があるが、育児や家事などの両立を考えると、従来のような長時間労働を前提とするわけにはいかない。また、今後50代以降の労働者は親の介護も担わなければならないケースが増えるが、労働と介護を両立させるためにも労働時間の抑制が必要だ。長時間労働が前提であると、介護のために離職せざるをえなくなるが、これは企業にも、日本経済にとっても望ましいことではない。

――しかし労働時間を抑制すると、企業収益に悪影響が生じる…。

山田 確かに新しく人を採用することもできない状況で、労働時間を抑制すれば企業は従来の活動を維持することができなくなり、業績が悪化しかねない。個人も基本給が据え置かれたままで労働時間が減れば残業代が減ってしまうため、企業・個人双方に悪影響が発生してしまう。そこで求められるのは、生産性を向上し、少ない労働時間でも従来と変わらないパフォーマンスを労働者が発揮できるようにすることだ。具体的には能力育成、マネージャーの育成、不採算事業の整理が必要だ。これまで日本は豊富な労働力を活かし、全員で一丸となって課題に取り組んできたが、これからは優秀なマネージャーが業務の優先順位を定め、取捨選択して労働力を投入するようにしなければならない。欧米に比べて日本のマネージャーは総じて決断力で劣り、改善の余地がある。また、これまで日本は雇用維持のために不採算事業も守ってきたが、これが欧米企業と比べて日本企業の生産性が低い要因となってきた。これらの改革のためには企業だけでなく、政府の働きも必要だが、現状では企業に丸投げにされている感がある。

――政府は現状を直視する必要がある…。

山田 その通りだ。さもなければ、表面上だけ政府の指針に企業が従ったとしても、風呂敷残業などでかえって過労死が増加してしまう恐れすらある。まずは生産性の向上に取り組み、労働時間を抑制しても企業経営に問題がない状況を作り出す必要がある。また、労働環境という意味では、労働時間の記録をしっかりと取ることも必要だ。記録さえあれば違法残業を明るみにし、解決することが可能になる。ただ、人口動態を考えると、しっかりと残業代さえ払われればよいというわけではなく、労働時間短縮に取り組む必要がある。

――労働基準法も時代遅れになっている…。

山田 確かに、現行法は定型労働を前提としているが、日本経済はサービス化・ソフト化・知識産業化が進んでおり、労働時間とアウトプットが対応しない分野が増えているのが実態だ。今後も、労働基準法が想定しない労働者は増加する一方だろう。日本が必要とするプロも従来の労働基準法には上手く当てはまらない存在だ。彼らに求められるのは与えられた目標を達成することであり、時間をかければ賃金が増えるというのは趣旨に反する。これまでは、法律が定型労働を前提とするためプロが育たず、逆にプロが少ないために法制度も変わってこなかった。今後は両方が変わっていく必要があり、そのブレイクスルーが働き方改革の一つの意義といえるだろう。

――副業解禁はどうみるか…。

山田 ハイブリッド型の働き方改革に関係するものだ。プロは必要に応じて転職するものだが、現状では未だ転職のハードルが高いことから、副業解禁はその代替として評価できる。もちろん本業に差しさわりがないのが大前提だが、副業によって外部の経験を積むことが本業の役に立つこともあるだろう。いわゆるオープンイノベーションのきっかけとしても期待できる。ただ、未熟な労働者が副業をしても、専門性の高まりを阻害するだけとなる可能性があるため、ある程度の規制は必要だろう。

――働き方改革はこれからだ…。

山田 実際、去年までの取り組みはあくまで入り口に過ぎず、本番はこれからだ。働き方改革法案も今春以降に審議される見込みで、様々な課題がタブーなしに検討されることが望ましい。これまでの働き方改革実現会議の議論でも、日本にとって必要な改革が言及されてきたが、これまでのところは万人受けする内容ばかりが前面に押し出されてきた形だ。しかし、働き方改革を日本の成長につなげるためには、セーフティーネットを整備することが前提になるが、不採算事業の整理を容易化する雇用調整のルール化など、痛みを伴う議論も必要だ。労働人口が減少する中、早急に希少な働き手をより付加価値の高い産業に移動できるよう、雇用の流動性を高めなければならない。企業の側も、そうした流れを意識し、主体的に新しい時代に向けた取り組みを行うべきだ。

――閑職で有能な人材を遊ばせているわけにはいかない…。

山田 その通りだ。すでに、本来の能力を活かせていない東京の中高年の人材を、地方の中小企業の幹部として斡旋する取り組みがあるが、このような動きを一層進めていく必要がある。本人にとってもせっかくの能力を活かせないのは不幸だし、社会としてもそうした人々の活躍を必要としている。もちろん、転職は不安を伴うものだから、国家的なセーフティネットの仕組みを整備することも重要だ。

――女性の労働参加については…。

山田 労働時間短縮の本質は、女性の一層の社会進出を後押しすることにある。長時間労働が前提だと、育児や家事のために女性が就業できないケースが増えるため、柔軟な労働の在り方を整備する必要がある。また、労働時間短縮によって、男性も家事を担うことが女性の労働参加のために欠かせない。保育園の整備なども勿論重要だが、本質的には家事を男女が分担することが労働人口減少に対応するために必要だ。これらを実現して初めて、少子高齢化の抑制にも必要な本当の働き方改革が実現するといえるだろう。

――防衛力の整備が一段と重要になっている…。

黒江 冷戦終結後は、「平和の配当」として、軍事費の削減を求める声が世界中で強まった。しかし、周知の通り、ソ連の崩壊は平和の実現どころか、むしろ世界中の地域紛争ぼっ発の引き金となるパンドラの箱の解放を意味していた。中国の軍事力拡大や、北朝鮮の核戦力の保有など、冷戦直後には想像もできなかったような事態も次々と発生しており、日本も防衛費を削減するのは難しい状況となっている。

――北朝鮮のミサイル開発などを勘案すると防衛費を急速に増やすべきだ…。

黒江 自衛隊の装備は極めて高価かつ、製造に時間がかかるものが多い。例えばイージス艦などの護衛艦は起工から竣工まで5年ほどかかるし、戦闘機も3~4年ほど調達に時間が必要だ。最新鋭のF-35などは、非常に高価であるためメーカー側も部品の在庫を持つわけにはいかず、基本的に注文生産となるため、時間がかかってしまう。こうした事情を踏まえ、自衛隊では10年先を見据えて防衛力の整備を行っている。具体的には10年後に中国や北朝鮮などの周辺国の軍事力がどのように変化しているのかを推測し、それに対応するために必要な防衛力を考案し、現状とのギャップを埋めるため計画的に必要な予算を計上している。このため防衛予算は軽々に調整するわけにはいかず、無理に変更すれば将来に渡って悪影響がでてしまう恐れがある。

――防衛産業にとっても大きな問題だ…。

黒江 日本の防衛産業の主要な顧客は自衛隊であり、防衛予算の動向は彼らにとって死活問題となる。米国のように産業規模が大きく、輸出もできるのであれば多少のショックは吸収できるかもしれないが、日本のように産業規模が小さいと、自衛隊の方針転換が産業に与える影響は大きい。ただ、日本の防衛産業にも伸びていく可能性が十分にあるように思われる。産業規模を大きくするのは難しいかもしれないが、高度な技術を活かして、世界の防衛産業において独特な地位を築くことはできるはずだ。例えば米国や欧州など、価値観を同じくしている国々と共同で防衛装備品を開発する中で、日本の技術でしか製造できない部品を盛り込めれば、世界的に日本がなくてはならない国になることができるのではないか。

――日本の学者の間ではまだ防衛関係の研究に対するアレルギーが根強いようだ…。

黒江 確かに科学者の間では抵抗感を覚える人がまだまだ多いのは確かだ。しかし、民生用技術と防衛用技術の境界が曖昧になりつつある中、防衛分野への研究を忌避することが本当に科学技術の発展につながるのか。防衛省が関わっているというだけで、有用な研究に対して拒否反応を示すのはまったく理解しがたい。民生用にも防衛用にも用いることができる技術をデュアルユースというが、これを敬遠するのは効率的な研究開発から逆行しているといわざるをえない。予算が限られている中、軍事アレルギーに捉われることなく、リアリティのある議論のもとに日本は研究開発を行っていくべきだろう。

――今の日本国憲法は自衛隊の行動を制約しているのか…。

黒江 現行憲法でも、政府の法解釈上、自衛権の行使や、そのための実力組織の保有は認められている。そういう意味では、憲法改正をしなくとも、自衛隊は問題なく活動が可能で、個々の自衛官も決して自衛隊が憲法違反の存在だとは思っていない。ただ、感情的な意味では違う見方もあり、例えば現行の憲法9条と自衛権の関係を分かりやすくするべきという議論は一考の余地がある。現状、かなりの数の憲法学者が自衛隊を憲法違反だと主張しているが、そうした状況は健全とは言い難い。中には、わざわざ自衛隊を憲法違反だと考えていると発言してから、防衛省に国会質問する国会議員もみられる。国のために働いていると自負している自衛隊関係者にとって、そうした現状が精神的負担になっているのは確かだ。災害活動の実績などから、国民の自衛隊への信頼は高まっており、憲法改正はそれに沿った形で議論されるのが望ましい。

――自衛隊は隣国の脅威にどのように対処するのか…。

黒江 喫緊の課題は北朝鮮で、発射されたミサイルを打ち落とすための備えをする必要がある。北朝鮮の戦車や戦闘艦艇などの通常戦力はかなり老朽化しており、日本にとっての脅威ではない。それは彼ら自身も理解しており、それを補うため、大量破壊兵器や特殊部隊など、いわゆる非対称戦力を整えている。特に弾道ミサイルの開発は著しく進展しており、かつては発射のために宇宙ロケットの発射台のような大掛かりな設備を必要としていたが、今では車両に搭載して運搬・発射が可能で、隠密性が非常に高まった。このため、北朝鮮のミサイルの発射の兆候を捉えるのは困難になっており、日本としては24時間体制で備える必要性が高まっている。ただ、日本のミサイル防衛の要であるイージス艦を常時ミサイルに備えさせるのは乗組員の負担が重い。そこで導入が閣議決定されたのがイージス・アショアで、文字通りイージスシステムを地上(アショア)に設置するものだ。やはり海上に比べれば地上の方が運用負担が小さく、北朝鮮の動向に常時目を光らせやすくなる。

――先制的に発射前のミサイルを攻撃する必要があるのではないか…。

黒江 それに関しては長く議論されてきたが、日本が憲法上認められている自衛権の行使は、必要最小限度のものに限られる。具体的には、攻撃しなければ核ミサイルが飛来し、座して死を待たざるをえないような状況であれば、敵基地攻撃が例外的に認められると政府は昭和30年代から解釈してきた。ただ、現実的には、車両で移動するミサイルを、敵国の領域内で攻撃するのは非常に難しく、実施するのであれば、米国との協力が不可欠となる。日本が攻撃を行うにせよ、これまで日本が盾、米国が鉾となる役割分担を行ってきたこともあり、米国とよく相談することが必要だ。

――日本も核を持つ必要があるのではないか…。

黒江 非常に難しい問題だと思っている。現状では、米国の拡大抑止、つまり米国の核抑止を日本に提供する、「核の傘」によって日本は守られている。その実効性を高め、必ず守ってもらえることを確証してもらうために、核兵器を共有する「ニュークリア・シェアリング」を導入するという考えもある。シェアリングでは核使用のプロセスに供与国だけはなく、被供与国も関与することが出来るが、いくら同盟国でも立場には違いがあるため、実際の議論は複雑なものになるだろう。私としては枠組みというよりも、日米の意思疎通を緊密に行い、脅威認識や対処戦略をしっかりと共有することが重要と考えている。

――中国の脅威については…。

黒江 北朝鮮と異なり、中国の人民解放軍は空軍や海軍の近代化を進めている。このため、日本は弾道ミサイルだけでなく、通常戦力にも備える必要が生じている。日本の民主党政権が尖閣諸島を国有化して以降、中国船による同諸島周辺の領海侵入が明らかに増加した。以前は数年から10年に1度くらいの頻度だったのに対し、国有化後は月に3度は侵入を行っている。存在感を誇示することで、同島周辺を実効支配しているのは日本だけではないとアピールしているのだろう。そうした中国の行動の背景にあるのは、同国は国土が広大であるものの、エネルギー資源には恵まれていないことだろう。中国は海路によるエネルギーの輸入が必要であり、そのためにシーレーンを確保し、東シナ海から南シナ海にかけて、中国船だけが安全に航行できるようにしたいのが本音だ。また、核報復の要である弾道ミサイル搭載型の潜水艦が安全に行動できる海域を確保したい狙いもあるとみられる。尖閣諸島はちょうど東シナ海の真ん中にあり、中国が同諸島を支配するようになれば、東シナ海全体が中国のものとなるだろう。中国側から日本列島をみると、ちょうと太平洋への進出路をふさぐような形になっており、沖縄や尖閣諸島周辺の海域が数少ない抜け道となっている。だからこそ在日米軍、特に在沖縄の米軍は中国にとって目の上のたん瘤のような存在だ。沖縄の基地負担が苦しいのは理解できるが、こうした戦略的重要性を考えると、沖縄から米軍を撤収させるという選択は難しい。

――自衛隊の平和貢献については…。

黒江 自衛隊の能力を維持・向上させるだけでなく、国際環境を日本の望ましい方向にもっていくことも、日本の安全を実現するうえで重要だ。夢のようなことと言われるかもしれないが、36年にわたって防衛省に在籍する中で、私は日本的価値観や国民性を世界中でシェアすることが日本の安全に資するのではないかと考えてきた。日本の防衛は元々、自衛力の整備、日米同盟の堅持、国際環境の安定化を促進するためのPKOや能力構築支援などの平和協力活動の推進を三本柱としてきた。私は三番目の分野に、日本的価値観や国民性を背景とした独自の強みがあると考えている。確かに欧米も国際支援は行っているが、彼らは先進国のやり方を押し付けたり、ただお金を渡したりするだけのことが多い。それに対して、日本は現地の人の声に耳を傾け、何に困っているのか、どうしたいのかを聞き、解決のためにどうすればいいのかを一緒に考えてきた。ある大使経験者が仰っていたことだが、この支援の姿勢の違いの結果が、資源国を除けば依然貧しく、支援を必要としている中東やアフリカと、経済的に自立し、着実に成長を続けているアジアとの違いにつながっている。実際、日本の支援はODAによるものも、自衛隊によるものも、被支援国からの評判がいい。こうした日本独自の支援姿勢は、日本人特有の思いやりの気持ちから自然と湧き出たもののように思える。海外に展開している日本企業も、おそらく同じようなアプローチをしてきた筈だ。もちろん、日本人にも良い人がいれば悪い人もいるが、災害の時に我先にと逃げ出したり、略奪行為を行ったりしないのは、世界的に見ても特徴的といえるだろう。その根本にあるのはやはり、他者を思いやる配慮が自然と出来ていることだと思うが、これは国民性としか言いようがない。その思いやりの精神を少しずつでも世界にシェアできれば、もっと住みやすい世の中になり、また日本のためになるはずだ。企業も含め、海外で活躍する日本人がこの点を自覚して活動していけば、そうした価値観が外国でも共有され、時間はかかるかも知れないが平和な国際社会の実現につながっていくものと考えたい。

7/10掲載 慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 教授 土屋 大洋 氏
――ランサムウェアなどによるサイバー犯罪が目立っている…。
 土屋 5月にランサムウェア「WannaCry」が世界150カ国で20万台以上のコンピューターに感染したことが話題になったが、実は「WannaCry」自体は専門家にとって大きな驚きではない。というのも、対策手段をマイクロソフトが早々に打ち出しており、今回被害に遭ったのはOSをアップデートしていなかったコンピューターばかりだったからだ。ある意味、基本的な対策を行わないユーザーが世界中にこれだけいたことの方が驚きだ。また、「WannaCry」はコンピューターを凍結し、解除と引き換えにビットコインでの身代金支払いを要求するものだが、結局まだ犯人は1円も得ることができていない。身代金を支払ったのはわずか230組ほどと、全体の感染者の0.1%程度にとどまったうえ、支払先に指定された口座を世界中のアナリストや警察が見張っているため、犯人は身代金を引き出せずにいる。

――サイバー攻撃としては大失敗だ…。
 土屋 そういうことになる。恐らく犯人はビットコインの仕組みをよく分っていなかったのだろう。「WannaCry」自体も、中身は昔からあるランサムウェアで、それに運び屋となる別のプログラムと結びつけただけで、特段技術的に目立ったところはない。ただ、その運び屋プログラムが米国の国家安全保障局(NSA)由来のもので、波及力が強かったことが世界中での被害につながった。恐らく犯人は小金を稼ぎたかっただけで、今回の被害規模は犯人にとっても予想外だったと思われる。実際、犯人は支払われた身代金を受け取れていないし、支払い者のコンピューターを復旧することもできておらず、「WannaCry」はナンセンスな攻撃と評価せざるをえない。一部では北朝鮮が攻撃元という見方もあるが、あまりにレベルが低いため、国家ぐるみの事件とは考えにくい。もし実際に犯人が北朝鮮関係者だとしても、個人的犯行である可能性が高い。6月末に再びウクライナを中心としてランサムウェアによる攻撃が行われたが、こちらは身代金を要求するふりをした悪意あるウクライナへの妨害工作であるとみられる。ただ、低レベルな攻撃であることに違いはなく、ロシア政府が関与している可能性は低いとみている。あるいは、はじめから金銭目的ではなく、業務妨害が目的だったのかもしれない。

8/7掲載 青山学院大学 大学院 会計プロフェッション研究科 教授 八田 進二 氏
――今の監査制度は投資家保護に貢献しているのか…。
 八田 監査制度の根幹をなす公認会計士法は、戦後、新たに証券取引法(現在の金融商品取引法)が制定された同じ1948年にできたもので、投資者保護という証券取引法の趣旨に合致する形で運用されてきている。当時は直接金融の割合が低く、現在のように市場が機能していたわけではないが、監査が投資家保護のためであることは明らかだった。ただ、当時は大企業であっても監査は個人の公認会計士で対応しており、会社の圧力に屈し誤った意見を出す事例も頻発した。また、企業の活動も複雑化が進んだため、組織的な監査を行う目的と監査人の独立性を一層強化するよう、1966年改正の公認会計士法で監査法人の仕組みが誕生した。監査法人は5人以上の公認会計士が社員として出資し、連帯して無限責任を負う点が特徴的である。監査法人が誕生した当時は、今より少ない人数の会計士が、合名会社や組合の様に運命共同体的な視点で監査業務を行うことが前提にあり、現在のように出資者である社員が数百人もいる大規模な組織となることは想定されていなかった。そのため、現在ではこの大規模組織で意思決定ができるよう、代表社員を定めているが、これらの代表社員が、組織運営に必要なマネジメントに長けているわけではない。また、本年3月には監査法人のガバナンス・コードが定められ、第三者の視点を入れて経営するべきとされているが、監査法人の経営マネジメントができる人材は極めて少ない。コードでは、通常の会社経営と同様のガバナンスが求められるが、監査法人の成り立ちはそもそも通常の企業と異なっている。監査法人の仕組みができた当時は、独立性を持った専門家集団を作り上げる役割を果たしていたが、監査法人の組織が大規模化した今では、既に歴史的な役割は終えたのではないかと思っている。

――監査法人の制度が時代に合わなくなっている…。
 八田 まず、監査法人の規模が拡大した今でも、何か監査上の不祥事が起きれば、自分とは全く関係のない他の社員が起こしたものであっても、原則として、連帯責任として全員が処分を受けることになる。2006年の、みすず監査法人(前身は、中央青山監査法人)の解散は象徴的な例だ。カネボウの粉飾決算に絡み、2カ月間の業務停止処分を受けたことで、会計監査人としての法的地位を喪失したため、この間一律に上場会社を含む数千社の顧客の監査業務を担当することができなくなった。その結果、公認会計士法の改正もなされて、一部、有限責任制度が導入されたが、今でも他の監査チームがどのような監査をしているかはわからない状況には変わりがない。また、監査法人による財務基盤の確立がしにくくなっている現状がある。監査法人の収入源は法定監査報酬のウエイトが高いが、法律で定められた義務としての法定監査は、企業側ができるだけコストを下げようとするため、監査法人側ではギリギリのコストで監査することにつながりやすいうえ、契約更新を前に経済的なプレッシャーがのしかかることになる。こうしたことから、監査法人は、会計全般で潤沢なサービスが提供できる総合的な会計事務所に転換を図るべきだと思っている。米国のエンロン事件では、会計事務所が監査報酬とコンサルティング報酬を同時に受け取っていたことで信用を失った。このため、総合的な会計事務所に対して反対する向きも多いが、エンロン事件後の米国での制度も検討して、監査人として利益相反が起きない仕組みとすれば良いのではないか。

9/19掲載 環境大臣 中川 雅治 氏
――8月の内閣改造で環境大臣に就任した…。
 中川 環境行政で対応すべき課題は様々なものがあるが、環境政策を経済成長の新たなけん引役にしていきたいと考えている。 日本の環境技術やノウハウを海外に輸出することも促進し、環境問題への取り組みによって同時に社会経済上の課題を解決していきたい。また、国民が環境に良いものを優先的に購入するという環境マインドを高めるよう取り組みたい。これらの施策により、将来にわたり質の高い生活をもたらす、持続可能な社会を実現できるようにしたいと考えている。この点、20年にはオリンピック・パラリンピックが東京で開催されるが、諸外国に対し環境先進国としての取り組みを示していきたい。そして、これを契機に、11年に起きた東日本大震災からの復興を印象づけられるようにしたい。

――環境事務次官に就任していた15年前と比べ、環境省の取り組みも変化している…。
 中川 東日本大震災の発生により、環境省の重要な仕事として福島復興に向けた取り組みが加わった。除染や中間貯蔵施設の整備、汚染廃棄物の処理、福島県民の健康管理という重要な任務がある。これに伴い、予算や人員も格段に増加した。原子力規制委員会は独立性が高いものの、環境省の外局であるため、委員会の予算や人員のサポートも仕事となる。任務が増えたことで、責任もますます大きなものとなった。予算規模では、復興特会の予算を含めると1兆円程度になる。環境省が当初から所管する分野だけでも3000億円程度となるが、これだけでも15年前に比べて格段に増加している。これに加え、福島復興関連の予算が7000億円近くとなる。職員数も、当初の500人程度から比べ、環境省全体で3000人程度と増加した。

10/23、10/30掲載 元大蔵省証券局審議官(東証監理官) 河上 信彦 氏
――山一証券の自主廃業から今年で20年が経つ…。
 河上 1997年の11月24日月曜日の開業時間前に山一証券は取締役会を開催し、自主廃業を決定した。その後、当時の三塚蔵相が同日午前10時半に記者会見を行い、世間的にはそこから大騒ぎとなった。私は東京証券取引所監理官として山一証券の自主廃業に関与したが、状況はその以前から混乱しており、その前段となる同年11月3日月曜日の三洋証券の破たんが大きく影響している。

――三洋証券の破たんはどのように影響したのか…。
 河上 三洋証券は生命保険会社の劣後ローンをロールオーバーすることができず破たんに陥った。ただ、その直前に無担保コールを借り入れていたため、三洋証券の破たん後に短期金融市場はマヒ状態に陥ってしまった。無担保コール・ローンの出し手は当然相手が破たんすることはないという前提で資金を貸すわけだが、三洋証券のケースでは10億円の無担保コール・ローンを供与していた群馬中央信用金庫が回収不能となり、それまで安全に取引を行えると思っていたコール市場の資金の出し手は激減してしまった。その悪影響は当時不良債権で苦しみつつあった銀行へと波及していき、同年11月17日月曜日の北海道拓殖銀行の破たんを招くことになる。こうしたなか、山一証券の資金繰りもかなり厳しくなっていることが週刊誌などで報道されていたが、私にとって山一証券問題が顕在化するきっかけとなったのが11月14日金曜日にロンドンからもたらされた連絡だ。

――ロンドンからの連絡とは…。
 河上 私が山一証券の問題に関わりを持ったきっかけも、この11月14日金曜日だ。私はこの当日、東証監理官として当時の長野証券局長に代わり大阪証券取引所主催のセミナーでスピーチをしていた。午後1時頃にセミナーが終了し、私が会場のドアを出ようとしたところでBridge Newsという東京に拠点を置く外国通信社の記者が接触してきて、市場では山一証券破たんの噂があると取材をしてきた。私は「担当者ではないので知らない」と返答し、逆にその噂について話を聞こうとしたが、周囲にいた大証の方々がその記者を引き離したので情報は得られなかった。その後、新幹線で帰京するために新大阪駅に向かい、駅の公衆電話で証券局の柏木証券市場課長に電話を掛けた。当時は株式市場が午後3時に終了すると証券市場課長が当日の市況について証券局長に報告することを知っていたので、私は「東京の外国通信社の記者がわざわざ大阪まで来て私に接触してきた。記者が確認を取りたかったのは『山一証券破たんの噂があるがどうか』ということであった」と伝えた。私は平成4年夏から平成6年夏まで大蔵省で為替資金課長を務めており、外国の通信社や国内報道機関の記者とのやり取りも経験していたが、記者が局長に接触して破たんの噂について聞こうとすることは大変なことであり、すでに何らかのニュース源を持っているということをすぐに察知した。そこで柏木証券市場課長には、夕方に証券局長へ市況報告をする際に、私に通信社の記者が接触してきたこと、山一証券が破たんする可能性があるかもしれないことを伝えてほしいと依頼した。

11/6掲載 NPO法人3・11甲状腺がん子ども基金 代表理事 医学博士 崎山 比早子 氏
――福島県での小児甲状腺がんの多発と、原発事故との関連性が未だに認められていない…。
 崎山 福島県が原発事故以後に実施している県民健康調査の検討委員会で報告されるデータでは、事故当時4歳以下の小児甲状腺がんの発症はないことになっている。福島県立医科大学(県立医大)・長崎大学の山下俊一副学長は、4歳以下の子どもは福島県で甲状腺がんを発症していないため、5歳以下の子どもの発症例が多いチェルノブイリ原発事故とは異なり原発事故との関連性は考えにくいとの意見を表明している。ところが、県民健康調査の2次検査の時点で経過観察となり、その後に小児甲状腺がんと診断された場合は、検討委員会へ報告されるデータに含まれていないことが明らかになった。経過観察となった子どもの手術は県立医大で行われたにも関わらず、それも公表自体がなされていない。検討委員会で公表されたデータによると、福島県で事故当時18歳以下の子どもで検査を受けた約30万人のうち、甲状腺がんまたはその疑いがあると診断された子どもが191人(2017年3月現在)だった。3・11甲状腺がん子ども基金の活動を通じ、さらに8人多いことが判明している。当基金は甲状腺がんまたはその疑いがあると診断された25歳以下の子どもに10万円の療養費を給付しているが、検討委員会では発表されていなかった事故当時4歳だった子どもの家族から申請があった。この子どもは、県民健康調査の2次検査の時点で経過観察となっていた。また、支援を申請した子どもの家族のなかでも、県立医大或いは大学と提携している医療機関以外で手術を受けた場合は県のデータには含まれない。

――福島県での発症率は明らかに異常に高い…。
 崎山 小児甲状腺がんの発生は、国際的に100万人に1~3人程度と言われている。年齢が低くなるほど発症は極めて少なく、5歳程度の子どもではほとんど見られない。一方、福島県では検討委員会のデータでも30万人に対し191人程度が甲状腺がんまたはその疑いと診断されており、明らかに一般的な発症率よりも異常に高いと言える。検討委員会でも、小児甲状腺がんの多発そのものは認めている。県民健康調査の検討委員会が取りまとめた報告書にも小児甲状腺がんは「数十倍のオーダーで多い」と明記された。県民健康調査は環境省の支援事業となるため、検討委員会の結論は政府の結論に等しい。

11/13掲載 龍谷大学 社会学部 教授 李 相哲 氏
――米国は北朝鮮を攻撃するのか…。
  微妙なところではあるが、攻撃を実施する可能性の方が高いと考えている。数字にするなら確率は51%といったところだろう。まず、現時点で米国と北朝鮮のそれぞれが追及する政策目標は完全に相反している。米国は北朝鮮が核技術をテロリストに売却したり、北朝鮮に対抗するために日本や韓国が核武装したりする可能性を警戒しており、北朝鮮の核兵器保有を絶対に許さない立場だ。世界中に核兵器が拡散し、米国の超大国としての地位が揺らぐような可能性を、米国が看過するはずがない。

――北朝鮮側としては核を手放すわけにはいかない…。
  北朝鮮としては対外的にも、対内的にも、放棄はありえない選択肢だ。北朝鮮の保有する通常兵器は劣化しつつあり、新しい武器も購入できず、とても米国に太刀打ちできる状況ではない。そのため、北朝鮮は核兵器や、貧者の核兵器と呼ばれる生物・化学兵器に頼らざるをえない。北朝鮮はイラクのフセイン氏やリビアのカダフィ氏が最終的に殺害された原因を、核兵器を保有していなかったためと捉えており、自身が生き延びるために核兵器は不可欠だと考えている。また、対内的には、政府がこれまで核兵器さえ保有できれば国民が豊かになると喧伝してきたという事情がある。以前から北朝鮮は、軍事力を増強して韓国を征服すれば経済問題は解決するとして、国民に我慢を強いてきたが、これまで成果を出すことができなかった。ここで核兵器を手放すようなことがあれば、金正恩の権威は失墜し、求心力が失われてしまうだろう。

7/10掲載 慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 教授 土屋 大洋 氏
――ランサムウェアなどによるサイバー犯罪が目立っている…。

 土屋 5月にランサムウェア「WannaCry」が世界150カ国で20万台以上のコンピューターに感染したことが話題になったが、実は「WannaCry」自体は専門家にとって大きな驚きではない。というのも、対策手段をマイクロソフトが早々に打ち出しており、今回被害に遭ったのはOSをアップデートしていなかったコンピューターばかりだったからだ。ある意味、基本的な対策を行わないユーザーが世界中にこれだけいたことの方が驚きだ。また、「WannaCry」はコンピューターを凍結し、解除と引き換えにビットコインでの身代金支払いを要求するものだが、結局まだ犯人は1円も得ることができていない。身代金を支払ったのはわずか230組ほどと、全体の感染者の0.1%程度にとどまったうえ、支払先に指定された口座を世界中のアナリストや警察が見張っているため、犯人は身代金を引き出せずにいる。

――サイバー攻撃としては大失敗だ…。

 土屋 そういうことになる。恐らく犯人はビットコインの仕組みをよく分っていなかったのだろう。「WannaCry」自体も、中身は昔からあるランサムウェアで、それに運び屋となる別のプログラムと結びつけただけで、特段技術的に目立ったところはない。ただ、その運び屋プログラムが米国の国家安全保障局(NSA)由来のもので、波及力が強かったことが世界中での被害につながった。恐らく犯人は小金を稼ぎたかっただけで、今回の被害規模は犯人にとっても予想外だったと思われる。実際、犯人は支払われた身代金を受け取れていないし、支払い者のコンピューターを復旧することもできておらず、「WannaCry」はナンセンスな攻撃と評価せざるをえない。一部では北朝鮮が攻撃元という見方もあるが、あまりにレベルが低いため、国家ぐるみの事件とは考えにくい。もし実際に犯人が北朝鮮関係者だとしても、個人的犯行である可能性が高い。6月末に再びウクライナを中心としてランサムウェアによる攻撃が行われたが、こちらは身代金を要求するふりをした悪意あるウクライナへの妨害工作であるとみられる。ただ、低レベルな攻撃であることに違いはなく、ロシア政府が関与している可能性は低いとみている。あるいは、はじめから金銭目的ではなく、業務妨害が目的だったのかもしれない。

8/7掲載 青山学院大学 大学院 会計プロフェッション研究科 教授 八田 進二 氏
――今の監査制度は投資家保護に貢献しているのか…。

 八田 監査制度の根幹をなす公認会計士法は、戦後、新たに証券取引法(現在の金融商品取引法)が制定された同じ1948年にできたもので、投資者保護という証券取引法の趣旨に合致する形で運用されてきている。当時は直接金融の割合が低く、現在のように市場が機能していたわけではないが、監査が投資家保護のためであることは明らかだった。ただ、当時は大企業であっても監査は個人の公認会計士で対応しており、会社の圧力に屈し誤った意見を出す事例も頻発した。また、企業の活動も複雑化が進んだため、組織的な監査を行う目的と監査人の独立性を一層強化するよう、1966年改正の公認会計士法で監査法人の仕組みが誕生した。監査法人は5人以上の公認会計士が社員として出資し、連帯して無限責任を負う点が特徴的である。監査法人が誕生した当時は、今より少ない人数の会計士が、合名会社や組合の様に運命共同体的な視点で監査業務を行うことが前提にあり、現在のように出資者である社員が数百人もいる大規模な組織となることは想定されていなかった。そのため、現在ではこの大規模組織で意思決定ができるよう、代表社員を定めているが、これらの代表社員が、組織運営に必要なマネジメントに長けているわけではない。また、本年3月には監査法人のガバナンス・コードが定められ、第三者の視点を入れて経営するべきとされているが、監査法人の経営マネジメントができる人材は極めて少ない。コードでは、通常の会社経営と同様のガバナンスが求められるが、監査法人の成り立ちはそもそも通常の企業と異なっている。監査法人の仕組みができた当時は、独立性を持った専門家集団を作り上げる役割を果たしていたが、監査法人の組織が大規模化した今では、既に歴史的な役割は終えたのではないかと思っている。

――監査法人の制度が時代に合わなくなっている…。

 八田 まず、監査法人の規模が拡大した今でも、何か監査上の不祥事が起きれば、自分とは全く関係のない他の社員が起こしたものであっても、原則として、連帯責任として全員が処分を受けることになる。2006年の、みすず監査法人(前身は、中央青山監査法人)の解散は象徴的な例だ。カネボウの粉飾決算に絡み、2カ月間の業務停止処分を受けたことで、会計監査人としての法的地位を喪失したため、この間一律に上場会社を含む数千社の顧客の監査業務を担当することができなくなった。その結果、公認会計士法の改正もなされて、一部、有限責任制度が導入されたが、今でも他の監査チームがどのような監査をしているかはわからない状況には変わりがない。また、監査法人による財務基盤の確立がしにくくなっている現状がある。監査法人の収入源は法定監査報酬のウエイトが高いが、法律で定められた義務としての法定監査は、企業側ができるだけコストを下げようとするため、監査法人側ではギリギリのコストで監査することにつながりやすいうえ、契約更新を前に経済的なプレッシャーがのしかかることになる。こうしたことから、監査法人は、会計全般で潤沢なサービスが提供できる総合的な会計事務所に転換を図るべきだと思っている。米国のエンロン事件では、会計事務所が監査報酬とコンサルティング報酬を同時に受け取っていたことで信用を失った。このため、総合的な会計事務所に対して反対する向きも多いが、エンロン事件後の米国での制度も検討して、監査人として利益相反が起きない仕組みとすれば良いのではないか。

9/19掲載 環境大臣 中川 雅治 氏
――8月の内閣改造で環境大臣に就任した…。

 中川 環境行政で対応すべき課題は様々なものがあるが、環境政策を経済成長の新たなけん引役にしていきたいと考えている。 日本の環境技術やノウハウを海外に輸出することも促進し、環境問題への取り組みによって同時に社会経済上の課題を解決していきたい。また、国民が環境に良いものを優先的に購入するという環境マインドを高めるよう取り組みたい。これらの施策により、将来にわたり質の高い生活をもたらす、持続可能な社会を実現できるようにしたいと考えている。この点、20年にはオリンピック・パラリンピックが東京で開催されるが、諸外国に対し環境先進国としての取り組みを示していきたい。そして、これを契機に、11年に起きた東日本大震災からの復興を印象づけられるようにしたい。

――環境事務次官に就任していた15年前と比べ、環境省の取り組みも変化している…。

 中川 東日本大震災の発生により、環境省の重要な仕事として福島復興に向けた取り組みが加わった。除染や中間貯蔵施設の整備、汚染廃棄物の処理、福島県民の健康管理という重要な任務がある。これに伴い、予算や人員も格段に増加した。原子力規制委員会は独立性が高いものの、環境省の外局であるため、委員会の予算や人員のサポートも仕事となる。任務が増えたことで、責任もますます大きなものとなった。予算規模では、復興特会の予算を含めると1兆円程度になる。環境省が当初から所管する分野だけでも3000億円程度となるが、これだけでも15年前に比べて格段に増加している。これに加え、福島復興関連の予算が7000億円近くとなる。職員数も、当初の500人程度から比べ、環境省全体で3000人程度と増加した。

10/23、10/30掲載 元大蔵省証券局審議官(東証監理官) 河上 信彦 氏
――山一証券の自主廃業から今年で20年が経つ…。

 河上 1997年の11月24日月曜日の開業時間前に山一証券は取締役会を開催し、自主廃業を決定した。その後、当時の三塚蔵相が同日午前10時半に記者会見を行い、世間的にはそこから大騒ぎとなった。私は東京証券取引所監理官として山一証券の自主廃業に関与したが、状況はその以前から混乱しており、その前段となる同年11月3日月曜日の三洋証券の破たんが大きく影響している。

――三洋証券の破たんはどのように影響したのか…。

 河上 三洋証券は生命保険会社の劣後ローンをロールオーバーすることができず破たんに陥った。ただ、その直前に無担保コールを借り入れていたため、三洋証券の破たん後に短期金融市場はマヒ状態に陥ってしまった。無担保コール・ローンの出し手は当然相手が破たんすることはないという前提で資金を貸すわけだが、三洋証券のケースでは10億円の無担保コール・ローンを供与していた群馬中央信用金庫が回収不能となり、それまで安全に取引を行えると思っていたコール市場の資金の出し手は激減してしまった。その悪影響は当時不良債権で苦しみつつあった銀行へと波及していき、同年11月17日月曜日の北海道拓殖銀行の破たんを招くことになる。こうしたなか、山一証券の資金繰りもかなり厳しくなっていることが週刊誌などで報道されていたが、私にとって山一証券問題が顕在化するきっかけとなったのが11月14日金曜日にロンドンからもたらされた連絡だ。

――ロンドンからの連絡とは…。

 河上 私が山一証券の問題に関わりを持ったきっかけも、この11月14日金曜日だ。私はこの当日、東証監理官として当時の長野証券局長に代わり大阪証券取引所主催のセミナーでスピーチをしていた。午後1時頃にセミナーが終了し、私が会場のドアを出ようとしたところでBridge Newsという東京に拠点を置く外国通信社の記者が接触してきて、市場では山一証券破たんの噂があると取材をしてきた。私は「担当者ではないので知らない」と返答し、逆にその噂について話を聞こうとしたが、周囲にいた大証の方々がその記者を引き離したので情報は得られなかった。その後、新幹線で帰京するために新大阪駅に向かい、駅の公衆電話で証券局の柏木証券市場課長に電話を掛けた。当時は株式市場が午後3時に終了すると証券市場課長が当日の市況について証券局長に報告することを知っていたので、私は「東京の外国通信社の記者がわざわざ大阪まで来て私に接触してきた。記者が確認を取りたかったのは『山一証券破たんの噂があるがどうか』ということであった」と伝えた。私は平成4年夏から平成6年夏まで大蔵省で為替資金課長を務めており、外国の通信社や国内報道機関の記者とのやり取りも経験していたが、記者が局長に接触して破たんの噂について聞こうとすることは大変なことであり、すでに何らかのニュース源を持っているということをすぐに察知した。そこで柏木証券市場課長には、夕方に証券局長へ市況報告をする際に、私に通信社の記者が接触してきたこと、山一証券が破たんする可能性があるかもしれないことを伝えてほしいと依頼した。

11/6掲載 NPO法人3・11甲状腺がん子ども基金 代表理事 医学博士 崎山 比早子 氏
――福島県での小児甲状腺がんの多発と、原発事故との関連性が未だに認められていない…。

 崎山 福島県が原発事故以後に実施している県民健康調査の検討委員会で報告されるデータでは、事故当時4歳以下の小児甲状腺がんの発症はないことになっている。福島県立医科大学(県立医大)・長崎大学の山下俊一副学長は、4歳以下の子どもは福島県で甲状腺がんを発症していないため、5歳以下の子どもの発症例が多いチェルノブイリ原発事故とは異なり原発事故との関連性は考えにくいとの意見を表明している。ところが、県民健康調査の2次検査の時点で経過観察となり、その後に小児甲状腺がんと診断された場合は、検討委員会へ報告されるデータに含まれていないことが明らかになった。経過観察となった子どもの手術は県立医大で行われたにも関わらず、それも公表自体がなされていない。検討委員会で公表されたデータによると、福島県で事故当時18歳以下の子どもで検査を受けた約30万人のうち、甲状腺がんまたはその疑いがあると診断された子どもが191人(2017年3月現在)だった。3・11甲状腺がん子ども基金の活動を通じ、さらに8人多いことが判明している。当基金は甲状腺がんまたはその疑いがあると診断された25歳以下の子どもに10万円の療養費を給付しているが、検討委員会では発表されていなかった事故当時4歳だった子どもの家族から申請があった。この子どもは、県民健康調査の2次検査の時点で経過観察となっていた。また、支援を申請した子どもの家族のなかでも、県立医大或いは大学と提携している医療機関以外で手術を受けた場合は県のデータには含まれない。

――福島県での発症率は明らかに異常に高い…。

 崎山 小児甲状腺がんの発生は、国際的に100万人に1~3人程度と言われている。年齢が低くなるほど発症は極めて少なく、5歳程度の子どもではほとんど見られない。一方、福島県では検討委員会のデータでも30万人に対し191人程度が甲状腺がんまたはその疑いと診断されており、明らかに一般的な発症率よりも異常に高いと言える。検討委員会でも、小児甲状腺がんの多発そのものは認めている。県民健康調査の検討委員会が取りまとめた報告書にも小児甲状腺がんは「数十倍のオーダーで多い」と明記された。県民健康調査は環境省の支援事業となるため、検討委員会の結論は政府の結論に等しい。

11/13掲載 龍谷大学 社会学部 教授 李 相哲 氏
――米国は北朝鮮を攻撃するのか…。

  微妙なところではあるが、攻撃を実施する可能性の方が高いと考えている。数字にするなら確率は51%といったところだろう。まず、現時点で米国と北朝鮮のそれぞれが追及する政策目標は完全に相反している。米国は北朝鮮が核技術をテロリストに売却したり、北朝鮮に対抗するために日本や韓国が核武装したりする可能性を警戒しており、北朝鮮の核兵器保有を絶対に許さない立場だ。世界中に核兵器が拡散し、米国の超大国としての地位が揺らぐような可能性を、米国が看過するはずがない。

――北朝鮮側としては核を手放すわけにはいかない…。

  北朝鮮としては対外的にも、対内的にも、放棄はありえない選択肢だ。北朝鮮の保有する通常兵器は劣化しつつあり、新しい武器も購入できず、とても米国に太刀打ちできる状況ではない。そのため、北朝鮮は核兵器や、貧者の核兵器と呼ばれる生物・化学兵器に頼らざるをえない。北朝鮮はイラクのフセイン氏やリビアのカダフィ氏が最終的に殺害された原因を、核兵器を保有していなかったためと捉えており、自身が生き延びるために核兵器は不可欠だと考えている。また、対内的には、政府がこれまで核兵器さえ保有できれば国民が豊かになると喧伝してきたという事情がある。以前から北朝鮮は、軍事力を増強して韓国を征服すれば経済問題は解決するとして、国民に我慢を強いてきたが、これまで成果を出すことができなかった。ここで核兵器を手放すようなことがあれば、金正恩の権威は失墜し、求心力が失われてしまうだろう。

――ファイナンシャルジェロントロジーとは…。

 駒村 ファイナンシャルジェロントロジーは金融老年学といい、認知機能が変化することが経済活動や金融活動にどのように影響を及ぼすかを研究する学問だ。16年6月にファイナンシャルジェロントロジー研究センターを発足し、同年10月に野村ホールディングスと共同研究を開始した。高齢者の寿命はどんどん延びており、女性の平均寿命は2065年には91歳に到達する。今後の技術進歩を含めると100歳まで伸びる可能性も指摘されている。また、65歳以上の高齢者数は3500~4500万人まで増加する見込みとなってきており、そのうち75歳以上の現在の割合である50%が70%まで上昇してくる。また、加齢とともに認知症の発生率が上昇していくことはほぼ間違いなく、現在500万人と見られている認知症患者数は多い場合は1200万人まで増加する可能性がある。一方、日本の金融資産を見ると、高齢者に偏っており、高齢者ほど危険資産を保有している状況にある。つまり危険資産を保有しながら判断能力が低下している。これは極めて問題だ。この問題解決に向けてきちんとデータを取って、分析し、どういった投資行動ができるのかできないのか、どういう人にどういう商品を売っていいのか売ってはいけないのか、適合性のルールにも関わる部分を研究テーマの一つとしている。

――加齢に伴って経済・金融行動はどう変化していくのか…。

 駒村 一般的に認知機能は加齢とともに低下していくが、通常の老化の範囲であれば日常生活には問題ないだろう。しかし、認知症になると、日常生活もままならなくなってくる。高齢者はある程度の金融リテラシーを持っており、経験値が高いが、認知機能が低下すると金融資産の運用も難しくなる。海外での研究ではこの部分が判明してきており、認知機能が低下すれば株式保有率は低下し、投資収益率も低下し、つまり上手な運用ができなくなるという結果が出ている。こういった分析はまだ日本国内ではできておらず、研究面でのテーマの一つだ。また、高齢期の財産管理の問題として、相続の問題もこれからのテーマになってくるだろう。世代間移転の問題、どういった形で子供に財産を残していくのか、信託の問題も含めて今後触れていきたいテーマの一つだ。あとは、老齢期の財産管理を誰がサポートするのかというのもテーマの一つ。現時点では子供がその役割を担うことになっているが、良し悪しの部分もある。まとめると、行動経済学に加齢要素を加えると、今まで合理的な判断ができない人が多かったのに、さらにそれが増すというフレミング効果が挙げられる。すなわち、説明次第でいかようにも判断がぶれ、選択肢が多いとますます判断力が落ちる、そして意思決定を先送りするという傾向が強くなる、またはいったん握りしめたものを手放せなくなる、ポジティブな情報のみ反応してネガティブな情報は判断に影響を与えない、子供と同じ話を聞いていてもネガティブな情報を受けて入れないため親子間での意思決定に問題が生じる、また時間軸についてもある一定年齢を超えると後ろを振り向きながら判断するため、判断が合理的ではなくなる。こうした傾向・問題をしっかり確認したうえで、心理学的変化、認知学的変化を支える金融サービスを開発しなければならない。これを確立すれば、高齢者が金融資産をきちんとマネジメントする金融ケーパビリティを支えることも可能になる。これを全体的に研究するのが金融ジェロントロジーという学問だ。従って研究テーマとしては、高齢期において資産運用や経済活動がどのように変化するのか、どういった行動バイアスがあるのか、明らかにし、それを支えるための高齢者向けの金融サービスを開発していくのかになる。

――直接金融市場育成に高齢化が課題となる…。

 駒村 直接金融で個人のリスク許容度に応じてリスクを取らせ、ふさわしい金融資産を持ってもらい、一定のリスクマネーを供給するのが直接金融市場の役割であり期待される部分であるが、その部分が機能しないと、やはり間接金融しかないのかという認識に戻ってしまう。日本では、高齢者に金融資産やリスク性資産が偏っているという点で、金融資産保有状況は他国とは異なる部分もある。本来ならば時間分散を考えれば若年層が資産を保有していた方がいいのだが、資産が十分ないので、若い人がリスクを取れないでいる。この点、早期の世代間の資産移転は一つの解なのかもしれないが、一方では若い人は所得変動リスクが原因で、リスク資産を持ちたがらないという可能性もある。所得変動リスクや家族を持つと予定外の出費が出るなど既に十分リスクを背負っているうえに金融資産までリスクを取れない。逆に高齢者は年金を受給してしまえば、ベーシックな部分はリスクを取らなくて済むことから余剰資金でリスクが取れる。つまり、認知機能が低下している人ほどリスクが取れてしまうという構造になっている。実際には認知機能が落ちている時期は、適合性のルールを考慮し、一定年齢以上への販売を控えているが、本来であれば個人差で判断能力を見分けることが望ましい。しかし、それを見分けることは難しいことから、これについては医学部と連携で研究を進めている。

――顧客に対して判断能力に関する試験を受けてもらう…。

 駒村 そういった意見ももちろん出てきている。認知機能の低下が原因で、自動車事故が増えているが、金融市場でも認知機能の低下した顧客によって「事故」が発生する可能性がある。その場合でも、販売した金融機関側も罰せられる可能性もあることから、運転免許証と同じように金融市場にも顧客側にも認知機能がしっかりしているという点であたかも「ライセンス」が必要だ。ただ、実際に民間企業が顧客に試験を提案するのは難しいものだ。この点、これまでの医学部の知見を活かし、例えば、繰り返し同じことを言ったり、約束を忘れたことを忘れるなど、加齢に伴う通常の記憶力の低下と病的な記憶の低下、あるいは経済取引が無理なほどの認知機能の低下などを峻別していくノウハウを、少なくとも金融の窓口を担当している人には必要ではないかと思う。お互いに金融市場のプレーヤーであることから、売り側に免許があり、買う側も買うことができる証明があれば互いの立場はイーブンになる。しかし、現時点では金融機関側が顧客の判断能力や経験、運用目的などを理解して適切な商品を売らなければならず、結果として売らないでおこうという状況に陥っている。この点、金融庁が17年度行政方針にファイナンシャルジェロントロジーというキーワードを使ってくれたので、今後は証券会社だけではなく、商品が複雑化している生保や地銀、信金などへも広がり、業界全体で取り組んでいくことを期待している。

――成年後見制度の活用という手もある…。

 駒村 認知症が500万人いるのに対して成年後見制度の利用者は現状20万人程度しかいない。結局、成年後見制度は使いやすい制度ではない。または家庭裁判所の処理能力の限度、専門の後見人の供給量といった問題が、利用者が伸び悩んでいる理由だ。このため、成年後見制度とは違う形で高齢者の財産をサポートするような金融サービスを考えていかなければならない。また、認知症患者が将来的に500万人から1200万人に拡大するとなれば、9人に1人が認知症の社会となってしまう。オレオレ詐欺やアパート経営詐欺、リフォーム詐欺などそういった詐欺の草刈り場になるだろう。これはおそらく一つ金融市場うんぬんというよりは、人口の40%以上が高齢者となる、人口の25%が75歳以上となる社会が来るということを想定し、ビジネスや経済のルール、自分の契約は自己判断で、きちんとした認知能力を双方が持っているというこれまで築き上げてきた社会の前提を、場合によっては変えていかなければならない。その前提をどう変えればいいのかは難しい。行動経済学の知見を活かしている欧米では、クレジットカードの契約や携帯電話の契約において、本当に消費者にとって有利な価格帯なのか、見分けがつきづらいような、つまり消費者の判断能力のすきをついて販売する手法について厳しい見方がされてきている。そういう意味では、消費者保護全体に向けてまったく新しいアプローチを考えなければならない。

――金融庁が柱となって資格制度を構築するのも一つのアイディアだ…。

 駒村 おそらく高齢者の属性を把握してきちんとしたアドバイスができるという資格を作る必要はある。FPがいいのかなどこれから議論を重ねる必要がある。データを見るとこれから毎年170万人が亡くなる時代となり、膨大な相続資産が発生するわけだが、自分の判断能力が低下したら、子供に丸投げするしか選択肢がなくなる。子供との関係でも利益相反になる可能性もある。そうなると忠実なる下僕ではないけれども、中立的なアドバイザーの資格が必要となるだろう。また、適合性原則を段階的にするという案もあるが、その判断基準をどうつけるかがやはり問題となってくる。例えば、公的制度として、年金受給者の認知機能を定期的に確認し、その診断結果を金融取引の基準の一つとするという手段もあるかもしれないが、これにも様々な課題や倫理上の制約が発生するだろう。海外のようにプライベートバンキングが整備・浸透すればいいが、海外とはボリューム感が違う。日本国内では高所得者から中所得者まで幅広くカバーできるような体制整備が必要となるだろう。

――三重銀行(8374)との経営統合を決定した背景は…。

 谷川 経営環境の厳しさが増すなかで地域への貢献を果たすためにも、ある程度の規模を確保し、経営基盤をより強いものにする必要があると判断した。三重県には、当行と三重銀、百五銀行(8368)の3つの地域銀行があるが、このうち百五銀の規模が突出している。また、百五銀が本店を津市に置いて、県中心部の地域に強みを持つのに対し、当行と三重銀はそれぞれ県の南と北に強みがある。規模や地理的な観点などから統合効果が見込めると以前から言われており、私の頭取時代からトップ間で幅広く意見交換を行っていた。ただ、これまでは収益をある程度確保できる環境があるなか、両行の企業文化の違いもあり、統合には至っていなかった。つまり、当行は熊野で創業された、いわば地域密着型の地域銀行となるのに対し、三重銀は住友系列としての特色がある。だが、経営環境が厳しくなる中で、より地域に役立つ銀行にしていこうということで、統合の機運が高まった。

――地域銀行を取り巻く環境は厳しい…。

 谷川 日銀のマイナス金利政策により、これだけ金利が低い状態が続き、利ざやが超低位にとどまるなかでは、やはり地域銀行の経営に与える影響は大きい。どの地域銀行でも、本来の預貸業務以外に、有価証券への投資などで収益を確保するようにはしているが、余資の運用には当然リスクがある。優良企業に対する貸し出し競争は激化している一方、地域経済の活性化に向けては、経営難の企業に対するアプローチも求められる。現在の低金利環境が続けば一般の事業会社にとっては有利となるが、経済状況が上向くなかでは一部でバブル的な状況も見られ始めている。また、このまま日銀が国債を買い続ければ、国債市場がハードランディングに陥りかねないというリスクもある。

――厳しい環境下でも、第三銀は地域から信頼を得ている…。

 谷川 かつて救済合併する地域銀行も複数あったなか、地域銀行としてしっかりと地に足を付け、地域の顧客から評価されてきたことは大きい。私が2001年に頭取に就任した後、不良債権の処理に伴い自己資本比率は7%台まで低下した。最低基準の4%はクリアしていたものの、8%以上を達成すべきという雰囲気があり、増資により改善を図ったが、地域にしっかり根付いていたことで、顧客から暖かいご理解を頂き、無事に増資を終えることができ、自己資本比率を上げることができた。リーマン・ショックの際も自己資本比率が7%台に低下したが、より地域経済への貢献に向けて貸し出しに余裕が持てるように公的資金を申請すべきとの雰囲気もあったことで、万全を期して公的資金を導入した。これらの結果足元で自己資本比率は8・33%(3月末時点、第三銀単体)となっている。

――統合後は、新たに「三十三フィナンシャルグループ」が発足する…。

 谷川 社名には三重銀と第三銀のそれぞれの強みをプラス(+)するという思いを込めている。三重銀は県北部を中心に展開しており、大企業との取引も強い。一方、当行は県南部を中心に、大阪や名古屋と比較的広域で展開しているうえ、対中小企業に強みがある。三重銀も当行と同様に名古屋への展開を進めているが、当行の支店との重複も少なく、統合後は相当バランスが良い銀行が誕生することになる。新グループの預金残高は、2行単純合算で3兆4578億円(3月末時点)で名古屋三行を上回る。

――統合後は今の環境にどう向き合うか…。

 谷川 現在の厳しい経営環境をすぐ解決できるような奇策はない。最も基本業務となる貸し出し、有価証券による運用に加え、商品の販売手数料の3本柱で何か特定の分野に偏ることなく、それぞれで着実に収益を拡大するしかない。手数料収入は、金融商品だけでなく顧客へソリューションを提示することでも伸ばしており、M&Aの仲介などはニーズがあるため、今後も伸びが期待できる分野だ。三重県の指定金融機関には県内最大規模の百五銀が指定されているが、今回の統合で当方の規模が大きくなることで、県の施策業務に貢献できることもより増える。有価証券の運用も、運用規模の拡大でより効率的にできるようになるだろう。また、現在は海外に積極的に進出していないが、規模が大きくなれば可能性も広がる。

――金融行政をどう評価するか…。

 谷川 金融庁は、金融機関が顧客本位の良質なサービスを提供し、その結果として銀行自身も安定した顧客基盤や収益を確保する好循環という意味で、顧客との「共通価値の創造」を掲げた。金融行政が、形式的に細部を検査するものから、ビジネスモデルの持続可能性を重視するものに変わるという方向性は大変に評価できる。ただ一方で、経営への指導が細かくなりすぎれば、独自性や弾力性を発揮しにくいという問題も生まれる。各地域や金融機関ごとに事情が異なる点に金融庁も留意が必要だ。

*【注】組織名、肩書き等はいずれも当時のものです。

――山一証券が自主廃業を決定した際のお立場は…。

 永井 山一証券は1997年11月24日に自主廃業を発表したが、私はその1カ月半ほど前の10月1日付で総務部長に就いていた。それまでは17年ほど株式の引受を担当していた関係で、破たんの引き金となった「飛ばし」については前々から何となくは感じていた。例えば、私は学習研究社の新規上場に担当者として関与し、上場後も同社の関係者とは親しく付き合っていた。「飛ばし」自体は山一証券の法人部門が主導しており、私を含め引受サイドは関与していなかったが、私が資金調達の提案などで訪問すると、当時の学研の副社長から「山一証券にすり寄られて大変なことになっている」などと愚痴をこぼされることもあった。損失を出してしまったファンドに対しては新規公開株式や新発転換社債、新発ドル建てワラントの重点配分などによって穴埋めが図られていたわけだが、まるで船内に浸水してきた水を柄杓で掻き出すような感じであったようである。

――穴埋めしようとしても、含み損の拡大は止まらなかったと…。

 永井 私は当時引受関係のMOF担も務めており、電源開発などの民営化案件で大蔵省の理財局を訪ねる機会も多かった。そうした際、大蔵省の担当者に「主幹事を務めさせてもらいたい」と言ったところ、担当者からは山一証券の国債の落札額が他社と比べて小さいことを指摘された。「全く落札できないウエストボールみたい」だとは彼の言だ。会社に戻り、当時の石川債券本部長に「もう少し国債を買ってくれないと主幹事が取れない」と伝えたが、石川債券本部長からは「あなたもわかっているだろう、例の件で毎月50億円ずつ資金が吸い取られており、大きい額を落札してしまうと資金がショートしてしまう恐れがある」との窮状を説明された。毎月50億円というと、年間では約600億円程度が「飛ばし」の金利の穴埋めに使われていたことになる。当時はドルベースで年6%程度の金利を支払っていたと記憶しており、推定すると1兆円近くが「飛ばし」の繰り返しで宇宙遊泳していたのではないだろうか。こうした事情があり、社内のホールセール部門では何かのっぴきならない事態が起こっているという認識がある程度共有されていた。一方、リテール部門の方へは本来分配されるべき新規公開株などのプレミアム商品がわずかしか配分されず、ホールセール部門とリテール部門の確執も激しくなっていった。

――巨大な含み損があるのではないかということか…。

 永井 自主廃業の約4年前に当たる1993年の9月には、会社の先行きを危惧した当時の木下企画部長が「沈み行く船」という題名の報告書を極秘裏に作成し、このままでは5年以内に経営に行き詰まると当時の行平会長に強く注進した。私自身は自主廃業後に入手したのだが、この報告書を手渡された行平会長の反応は「頑張らなければいけないな」と述べるにとどまったようだ。この「沈みゆく船」のレポートが5年以内と予告した通り、実際には4年2カ月後に自主廃業に至ることとなった。これは私の解釈だが、行平会長には返済に18年かかるとも言われた1965年の1回目の日銀特融をわずか4年あまりで返したという成功体験が強く残っており、また「神風」が吹くとの期待もあってその当時に置かれていた状況を甘く見たのだと思う。

――総務部長に就いた時には、危険な気配はあったか…。

 永井 引受から総務に移る直前には、資金部のスタッフから「金の流れを見ていると気持ちが悪くなる」との訴えもあり、何か怪しいなという気はしていた。私の引受としての最後の仕事はフジテレビの上場プロジェクトだったが、実はこの案件が行平会長と三木社長の交代劇の日程にも影響を与えていた。フジテレビは当初、1997年の8月28日に新規上場予定だったが、フジテレビ側が「8」という数字に拘り、どうしても上場日を同年8月8日金曜日にしたいとの要望を受けた。7月末には一連の顧客への損失補てん問題で山一証券にも東京地検特捜部の捜査が入ったわけだが、行平会長や三木社長は多額の含み損があることが表面化する懸念を持ち、この段階では辞任はやむを得ないと考えていたのだろうと推測している。ただ、手数料が約25億円にものぼるフジテレビの大型上場の直前に交代するわけにはいかないという意識が働き、結局は上場翌週の8月11日月曜日に経営首脳が交代することとなった。総務部長就任の際に、新任の野澤社長からは「利益供与事件で来年の株主総会を何とか乗り切るようにしてくれ」との指示があったが、2カ月弱で自主廃業に至り、結果的に「最後の株主総会」を指揮することになってしまった。

――破たん直前の山一証券の社内の空気は…。

 永井 1997年11月3日の三洋証券の破たんを受け、欧州では山一証券が11月下旬の3連休にも資金繰りに行き詰まるのではないかとの噂が流れていたようであるが、国内ではそうした噂は流れておらず、むしろ社内の一部関係者が意図的に流さないようにしていたとの見方もある。ただ、当局筋からもたらされた話によると、三洋証券の破たん後にとある政治家のルートから「山一証券が危ない」という噂が発信されていたようで、大量の空売りを浴びせられた山一証券の株価は大きく下値を切り下げていた。総務部の下にある株式課という株主対応の部署には、連日1000人近い株主から悲鳴のような電話もかかってきた。株価のテコ入れを目的に、山一証券社員が自社株を購入するための社内融資枠として合計4億6000万円程度が設定されたが、まさか会社が潰れるとは思わない社員の融資枠はあっという間に埋まってしまった。私は直前までホールセール部門に所属していたので会社の窮状をうすうす感じていたが、事情を知らない部下から提出された融資申請を私が止めてしまうと、経営状況が悪いことが周囲にばれてしまう。そこで、表情を極力変えないようにして融資書類に押印せざるを得なかったが、これは私にとって非常に辛い経験だった。

――振り返って見ると、やはり過去の成功体験で高をくくったことが失敗だったと…。

 永井 私もそれが大きいと思う。山一証券は楽観論に迎合しなければ出世できないような企業風土で、弱気なことを言う人間は賊軍と言わんばかりの株屋体質であったため、結局は都合の良いシナリオに傾倒してしまった。特に行平会長らは1回目の日銀特融の成功体験を目撃しており、だからこそ相場を甘く見たのだろう。今回は株式持ち合いの構造がまさに崩れ始めた局面であり、これまで固定されていた株が放出されて株価は右肩下がりの状況だったにも関わらず、上滑りな株屋の感覚でマーケットを判断してしまった。また、かつて山一証券の役員陣には主力3行から役員が来ていたが、全て返してしまったことで株式中心のプロパー役員のみとなり、発想が均質化してしまった。年次的にも同期入社のメンバーが中核となり、社内では「仲良しクラブ」と呼ばれていた。今流に換言すれば、コーポレート・ガバナンスが効かず、課題を「先送り」してしまったことが残念な気がしている。

――山一証券には自主廃業の道しかないと判断した大蔵省の判断については…。

 永井 仮にあの場面で支援を受けたとしても、かなり大規模なリストラが必要であり、かつ約1兆円にものぼる「飛ばし」を放置するなどコーポレート・ガバナンスが機能していなかった状況では自主廃業の判断はやむを得なかったと考えている。仮にM&Aで引き取り先を探すとしても、「飛ばし」の全容が分からないなかでは正確なデューデリジェンスも出来ず、やはり再建が難しいことには変わりなかっただろう。私の心情的には残したかったが、どこかの支配下に入って生き延びたとしてもかつての山一のような大手証券としてクリエイティブな仕事は出来ず、買収された後の過剰管理化した職場を去ることになったのではないか。

――自主廃業決定後の動きについては…。

 永井 当局から清算手続を早く実施しろとの指示もあり、自主廃業を発表した翌年1998年の1月から3月末にかけて段階的に規模を縮小していった。最初は小規模で顧客の預かり資産があまり多くないような支店から閉じていき、逆に大店の渋谷支店などの閉店は最後となった。私自身も1998年3月末での解雇通知を野澤社長の名前で貰い、そこからは臨時の雇用契約で1998年6月26日の最後の株主総会に主として関与した。山一証券を解雇された社員には退職金は確保されていたが、社員は新たな職探しに奔走した。山一証券で定年を迎えた人も3階建ての企業年金で月40万円程度が支給され続ける計算だったが、こつこつ積み立てた自社株を含めて全てが水泡に帰してしまった。私自身も山一証券から数えて合計9社を渡り歩いたが、私の経験から企業の最大のリスクは過去の成功体験が規範となり、それを次の事象にも当てはめてしまうことにあると考えている。また、最近も同様のケースが見られるが、「業界地政学」というべきものがある。業界トップを追う大手下位に位置するところは、業界トップを意識して組織に体力以上の負荷をかけ、売上高を伸ばすためにチェック体制をさじ加減するなどどうしても無理が出てしまう。拓銀もそうであったし、アメリカのリーマン・ブラザーズなども同じである。自主廃業から20年が経過し、社員は入社時には予想もしなかった人生航路を歩んでいることだと思う。やはり、経営中核に携わる人は、技術サイクルも早くなっているので、社員のためにも単なるこれまでの業界内の経営の延長線で考えるのではなく、常に新しい「知」と「血(人材)」を入れていくことが必要な気がしている。

――地域金融機関の再編では、公正取引委員会がネックとなっている…。

 久保田 公正取引の世界にも国際的な基準があり、地域金融機関の合併に限って特別扱いは出来ないということもあるのだろう。金融庁は地域金融機関の再編の旗を掲げ、経営統合の申請を認める構えを示しているようだが、あくまで金融庁として認めるということであり、昔の大蔵省銀行局の時代にそうであったと思われるように公正取引委員会など関係者の合意までを見越して判断を示しているわけではないのだろう。

――地域金融機関の間においても競争状態を鮮明にし、それによる再編を進めるべきではないか…。

 久保田 現実、地域金融機関同士の競争は予想以上に激しいものがある。当面の採算を無視して、戦略的に極めて甘い条件を提示して他行のシェアを食う戦略を採った銀行もあると見ている。もし、そういうことの結果としての再編ということであれば、その統合の可否もそういうことが望ましいかどうかのチェックを踏まえて判断すべきだろう。

――地域金融機関に対する監督能力が落ちている…。

 久保田 監督能力というかどうかは別にして、個人的には金融庁も、金融市場の安定の外、産業としての金融業の健全な発展にも責任があるという意識をもう少し持って貰いたいと思っている。この点は、最近大分進んできたが。

――金融庁は地域金融機関に対して積極的な融資を促しているが…。

 久保田 地域により事情は異なるかもしれないが、我々は現在の金融環境の下で凡そ銀行の健全性が許す限り貸せるところまで貸している。言われなくてももっと貸したいところだ。他方、地域金融機関に対して融資を強く求めることによって、地域金融機関がそれによっておかしくなった場合の責任が生ずるかもしれないということは考えておくべきだろう。

――日銀の大規模緩和により、地域金融機関を取り巻く環境は悪化している…。

 久保田 日銀は物価引き上げというマクロ経済政策の目的のためにイールドカーブ・コントロールにより長短金利差を抑制している。このことは銀行を儲けなくさせるような金融政策を実行していることを意味する。われわれは、当局もこの政策が個々の地域金融機関の経営にどの程度のダメージを与えているかをもう少し把握すべきであると考えている。世上、地域金融機関は、将来的な人口の減少やそれに伴う預金の減少を踏まえて持続可能な経営を行うべきであると言われているが、これらは経営者としては、計画的に対処しうる問題である。従来から予測されたリスクであり、かつ減少のペースは緩やかである。他方、日銀がこのような極端な低金利政策に踏み切り、これほど長期にわたってこの政策を実施するというのは予測外であり、金融機関にとっては思いがけないリスクが急に襲ってきたともいえる。われわれは、この性格をしっかり理解することが大切だ。しかも「イールドカーブコントロール」とか「オーバーシュート型コミットメント」などというのは世界中のどの中央銀行もこれまで実施したことが無い政策であるため、今後どのような事態が起こるかを予想することも難しい。これも又大きなリスクだ。関係者はこの辺のところをもう少し議論すべきだ。

――こうした厳しい収益環境のなか、経営上重視していることは…。

 久保田 私は着任以来、銀行経営において「シマウマ理論」を提唱している。荒野でライオンがシマウマを襲う場合、ライオンは足の遅い後ろを走っているシマウマを襲う。先頭集団を走っているシマウマは生き残ることができる。銀行経営でも同様だ。将来的にどのようなリスクが襲ってくるかはわからないが、あらゆる指標で評価しても常に先頭集団に入っていればこれを回避できるはずだという考え方だ。全ての銀行が破たんする場合は仕方が無いが、そうでない場合には生き残ることを目指して、経営体質を強化し、どこから何が襲って来ても大丈夫なようにしておく必要がある。

――4月に社長に就任されてこれまでの感想は…。

 森田 就任してから、まずはお客さまにご挨拶させていただくため、ひたすら全国を走り回っている。今年4月から、営業部門において地域ごとに担当役員を置いて統括する従来の「地区制」を廃止した。支店長が地域特性に合わせた営業戦略を独自に展開できる体制としたことに伴い、支店長のマネジメントが非常に重要になってきている。このため、お客さま訪問のために出張した際には、当地の支店長を招集して、少なくとも3時間程度かけてミーティングを行っている。現在、全国に158の本支店があるが、これまでに9割方の支店長とじっくりと話し合うことができた。地区制廃止について支店長からは前向きな声が多く聞かれ、皆、自分たち自身が頑張らなければならないという強い思いを持って支店経営に取り組んでいる。一方で、支店長によってマネジメントに差が出てきていることも実感した。この差をできる限り埋めることが私の仕事だと認識している。

――営業部門を変革された狙いは…。

 森田 2012年に経営陣を刷新し、永井がグループCEOに、私は営業部門のヘッドに就いた。その時、永井と私は、「お客さまのニーズや悩みが変化している一方、我々はその変化に対応できていない」という思いを抱いていた。またお客さまのニーズや悩みは従来よりも大きく、また深くなってきているため、本当の意味での信頼を勝ち得なければ相談していただけないと感じていた。例えば、個人のお客さまは、本当に年金を満額受給できるのか、退職金で残りの人生を豊かに送ることができるのか、と長生きへの不安や相続の問題を抱えている。法人のお客さまは、そこに事業承継の悩みも加わることになる。お客さまの悩みは有価証券等の金融資産のみならず不動産も含めた全資産が絡み、またお客さまの人生という長い時間軸の話になる。そのため、対面でお客さまのお話を直に聞きながら、一人一人のライフステージに合わせた、きめ細かなコンサルティング営業に変革しなければならなかった。

――ビジネスモデルの変革に不安はなかったのか…。

 森田 このビジネスモデルの変革は業態そのものが変わる可能性があり、大変なことだと考えていた。そのため、5年前に真っ先に取り組んだのは、社員の意識改革だった。当時、支店長や部長を集め、ビジネスモデルの変革の目的や意義について長い時間をかけて議論したが、皆が納得するためには必要なことだった。営業部門の全社員にメッセージを直接伝えることは非常に難しいが、変革の背景について社員が理解を深め、行動に移せるよう、私だけではなく役員や支店長からも社員とコミュニケーションをとってもらうようにお願いした。こういった腹落ちのための取り組みを重ねていったが、これだけでは従来のビジネスモデルからの変革はできないため、次は体制整備を行った。商品に関しては、人生という長い時間軸でお客さまが全資産を運用できるような受け皿を用意する必要があり、それに適しているのは、投資信託による中長期のポートフォリオの構築や投資一任サービスの提供だと考えた。投資信託については従来、ほぼ毎月のように新商品を設定していたが、このままでは乗り換えが進みがちになり、中長期のポートフォリオ構築とはならなくなる。また新商品といってもカテゴリー的に本当に無い商品なのか、トラックレコードがないものを引っ張り出すのはいかがなものかという観点からも新しい投資信託を毎月のように提案することを原則やめることにした。当時、収益の多くは売買中心にあったため、この決断には反発があったが、皆を説得した。組織に関しては、お客さまの深い悩みに寄り添ったご提案ができるよう、2014年に不動産業務部を新設した。2015年には資産・事業の承継に係る調査・研究を行う野村資産承継研究所を設立し、2016年には相続・事業承継に対応するソリューション・アンド・サポート部などを立ち上げた。加えて、人事評価体系の変更や人事制度の見直しも行った。転勤がある社員は1支店での在任期間を平均3年から5年に延長した。また、最長70歳まで営業できる体制も作った。次々と改革を進めていく中で、最初のうちは「すぐに元の体制に戻すのだろう」という声もあったが、現状に至っては元の体制に戻ると考える人はいなくなったと思う。

――変革の中での課題は…。

 森田 コンサルティング営業は高いレベルが要求されるため、個人差がつきやすくなっている。社員それぞれに応じた早急なレベルアップや育成が大事になっている。また、今回の地区制廃止に伴い、今後は支店長間の格差を埋めることも課題となっている。この取り組みの最も重要な点は、お客さまの信頼を得られるかどうかにある。お客さまから本当の意味での信頼を獲得し、野村に相談するときちんと対応してもらえる、とお客さまに思ってもらえるよう継続して取り組んでいきたい。

――AIやフィンテックなどの技術革新への対応は…。

 森田 今言われているテクノロジーは、野村証券にとっては極めて相性がいいと考えている。これは、当社が膨大な取引データを保有している点、情報産業であるという点、社内プロセス効率化による対面外交の時間確保という3点が挙げられる。1点目の取引データについては、ビッグデータとも言い換えることができ、これにAIを搭載することで将来予測が可能となる。現在、機関投資家向けに5分後の株価を予測するアルゴリズム取引システム(自動取引システム)にAIを導入し、事業会社の自社株買いなどでも活用されている。2点目の情報産業の観点としては、様々な情報を用いて将来を予測しており、例えば、「野村AI景況感指数」を開発するなど、取引データや様々な事象に基づいた景気予測にすでにAIを導入し、多くの方々から好評を頂いている。3点目は、最も相性の良さが伺えるが、社内プロセス効率化による対面外交の時間確保だ。時代の変化に伴ってお客さまの悩みは深くなっており、我々はその悩みを解決できるような提案を行うことが求められている。テクノロジーを導入して社内プロセスを効率化することで、対面外交の時間が増える。結果として我々のパフォーマンスが上がることになる。また、テクノロジーの導入については、次の3点に取り組んでいる。1点目は、社内プロセスの効率化に関して私が直接担当を置いた。2点目は、私が直接担当者に指示するなど支援している。3点目は、テクノロジーの進化で変化のスピードが加速しており、自社だけでは限界がある。このため、他社と協業できるようにするために金融イノベーション推進支援室を立ち上げ、また金融業界に限らず様々な業種ともお付き合いできるよう、今年の4月にN-Villageも立ち上げた。

――今後の抱負は…。

 森田 4月から全国を回っていて気付いたことは、お客さまの野村に対する期待が非常に高いということだ。ただ、この期待というのは裏腹で純粋な期待とまだまだ足りないぞという2つの側面がある。今後も期待に応えて信頼を得ることができれば、我々としても新たな循環が起こり、ビジネスに新たな広がりが見えてくる。そういった循環を起こしていきたい。また、金融庁がフィデューシャリー・デューティーを掲げているが、米国では、命を扱う医者、法律問題を扱う弁護士などとともに、お客さまの資産を預かる金融業者もこのフィデューシャリー・デューティーを果たすことが厳しく求められる立場にあり、尊敬される職業でもある。我々が目指すところもそこにあり、お客さまから信頼、尊敬されるような仕事を目指していきたい。

――米国は北朝鮮を攻撃するのか…。

  微妙なところではあるが、攻撃を実施する可能性の方が高いと考えている。数字にするなら確率は51%といったところだろう。まず、現時点で米国と北朝鮮のそれぞれが追及する政策目標は完全に相反している。米国は北朝鮮が核技術をテロリストに売却したり、北朝鮮に対抗するために日本や韓国が核武装したりする可能性を警戒しており、北朝鮮の核兵器保有を絶対に許さない立場だ。世界中に核兵器が拡散し、米国の超大国としての地位が揺らぐような可能性を、米国が看過するはずがない。

――北朝鮮側としては核を手放すわけにはいかない…。

  北朝鮮としては対外的にも、対内的にも、放棄はありえない選択肢だ。北朝鮮の保有する通常兵器は劣化しつつあり、新しい武器も購入できず、とても米国に太刀打ちできる状況ではない。そのため、北朝鮮は核兵器や、貧者の核兵器と呼ばれる生物・化学兵器に頼らざるをえない。北朝鮮はイラクのフセイン氏やリビアのカダフィ氏が最終的に殺害された原因を、核兵器を保有していなかったためと捉えており、自身が生き延びるために核兵器は不可欠だと考えている。また、対内的には、政府がこれまで核兵器さえ保有できれば国民が豊かになると喧伝してきたという事情がある。以前から北朝鮮は、軍事力を増強して韓国を征服すれば経済問題は解決するとして、国民に我慢を強いてきたが、これまで成果を出すことができなかった。ここで核兵器を手放すようなことがあれば、金正恩の権威は失墜し、求心力が失われてしまうだろう。

――核保有後の北朝鮮の次の一手は…。

  米国との平和協定締結を目指すだろう。ただ、平和といえば言葉は美しいが、実際には朝鮮半島を武力統合するための戦略に他ならない。韓国の文政権の内部には北朝鮮支持者が多いため、もし北朝鮮が南下を始めれば、韓国の平定自体はそう難しくないと見込んでいる。問題は在韓米軍のみであり、「平和が実現したのだから、米軍が駐留を続ける必要はない」という理屈で、北朝鮮は平和協定の締結によって在韓米軍の撤退を実現しようとしている。もし撤退後に米国が再介入しようとすれば、その時はICBMによって介入を防ぐ算段だ。

――米国としてはそれは許容できない…。

  米国が思惑を実現するためには説得か実力行使しかないが、説得の方は20年かけても功を奏さなかった。であれば、実力行使を行っても不思議はない。一部の有識者は、それでも米国が被害を恐れるために話し合いを続けると主張しているが、米国の指導者や、米国の軍事能力、これまでの行動を踏まえると、米国は今も正義、そして自国の利益のためであれば戦争を辞さない国と評価する方が妥当だろう。イラク戦争の際にも、米軍は6000個の死体袋を用意したとされている。正義のためであれば、それだけの犠牲を払う覚悟があるのが米国という国の文化だ。

――米国は今後どう動くのか…。

  私は、米国が北朝鮮に対して3段階の作戦を用意しているとみている。第1段階は、今まさに進んでいるように、世界の国々を結集し、北朝鮮の包囲網を狭めることだ。これは既に成功しつつあり、中国も重い腰を動かし始めているし、ロシアも協力を約束している。米国内でも、北朝鮮と取引を行った第3国の個人や企業に対して制裁を加える「オットー・ワームビア法案」が10月24日に米下院で可決された。オットー・ワームビアは、北朝鮮を旅行中に当局に拘束され、拷問により昏睡状態となり、帰国後に死亡した米国人学生の名前で、同法は自国民を死に追いやった北朝鮮に対する米国の怒りを示している。同法により、中国企業は米国か北朝鮮か、どちらかを選ばざるをえなくなる。北朝鮮の貿易の9割は中国向けとなっており、ワームビア法が施行されればその効果は大きい。とはいえ、中国は何かしら口実を付けて北朝鮮を活かそうとするだろう。

――作戦の第2段階は…。

  物理的な封鎖に踏み切ると考えられる。海上封鎖はもちろん、陸上についても中国に協力を要請し、少なくとも公的な交流ルートの遮断を求めるだろう。封鎖が完成した場合、北朝鮮に出来るのはそのまま枯死するか、暴発するかの二択だ。米国としては、暴発の兆候を捉え次第、第3段階目の実力行使にうつるだろう。実は、現状では米国側にもあまり時間的猶予が残されていない。これは1年以内に米国本土に届くICBM(大陸間弾道弾ミサイル)の完成が見込まれるうえ、更に危険なSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を搭載する3000トン級の新型潜水艦も、来年前半に完成する可能性があるためだ。新型潜水艦が日本海に潜んでしまえば、米国が一気に北朝鮮の反撃能力を殲滅することが難しくなる。金正恩は来年9月までに同潜水艦の完成を命じたとされているが、すでに80%完成し、来年初めには進水するという情報もあり、予断を許さない状況だ。

――つまり来年前半までに大きな動きがある可能性が高い…。

  その通りだ。不確定要素は中国の動向と、2月から開催される平昌オリンピックだ。流石に平和の祭典の最中には米国も攻撃を行いにくいとみられ、オリンピック前にするのか、それとも開催後にするのかは読みにくい。中国も足元で新たな動きをみせている。これまで同国は、韓国への米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)設置に反発して韓国に圧力を加えてきたが、このほど韓国と関係改善に合意した。韓国は、中国にTHAADを追加配置しない、米国のミサイル防衛システムに参加しない、日米韓で軍事同盟を締結しないという、「3つのノー」を表明した。現在、日米と米韓の間は同盟が成立しているが、日本と韓国は同盟関係がなく、3カ国が参加する同盟が成立すれば中国にとって一番の圧力になるはずだった。ところが、韓国は事実上米国を裏切り、中国に引き込まれてしまった。今後、中韓両国は協力して米国に対抗し、北朝鮮を守るために活動していくだろう。

――当然、米国は韓国に対して怒っている…。

  米国が激怒していることは想像に難くない。韓国は、THAADを巡る中国との合意について、米国の了承を受けたとしているが、本当のところは疑わしい。しかし、親北政権の文政権にとって、米国の怒りなど問題ではないのだろう。このため、トランプ米大統領は韓国を嫌っており、アジア歴訪の際にも韓国に寄るのを当初拒んだと伝えられる。結局、訪問しなければ米国が韓国を見捨てたと北朝鮮が解釈しかねないため、同大統領は韓国も訪問することになったが、同国で予定されている国会での演説は文大統領への不信感を反映しているとみられる。これは、大統領制の韓国では大統領と議会は対立しており、その議会で演説を行うということは、トランプ氏が文氏から距離を置きたがっていることを示唆しているためだ。恐らくトランプ氏は、文氏と密室で会談して、ありもしないことを喧伝されることを警戒しており、議会で直接国民に呼びかけることを望んだのだろう。

――北朝鮮の反撃による被害はどうみるか…。

  戦争に反対している有識者は、最大で200万人が死亡すると主張しているが、冷静に米国と北朝鮮の軍事力を比較して考えると、犠牲はもっと少なくなるように思われる。確かに北朝鮮が先制的にソウルに対して全面攻撃を行えば数十万人が死亡するかもしれないが、米国がそれを許すはずがない。先日、米国のマティス国防長官が、ソウルに被害を与えない北朝鮮への軍事的選択肢があると発言したが、冷静で、イラク戦争において米軍を勝利に導いた元将軍でもある同長官だけに、発言には真実味がある。先日訪韓した同長官が38度線をヘリコプターで視察した際、通常は10分ほどで済むところを30分以上かけたとされているが、これは有事に備えて地形を入念にチェックしていたためではないか。米軍は、北朝鮮が暴発の兆しをみせた瞬間に圧倒的な戦力で北朝鮮を叩き、韓国への被害を最小限に抑える可能性が高い。

――福島県での小児甲状腺がんの多発と、原発事故との関連性が未だに認められていない…。

 崎山 福島県が原発事故以後に実施している県民健康調査の検討委員会で報告されるデータでは、事故当時4歳以下の小児甲状腺がんの発症はないことになっている。福島県立医科大学(県立医大)・長崎大学の山下俊一副学長は、4歳以下の子どもは福島県で甲状腺がんを発症していないため、5歳以下の子どもの発症例が多いチェルノブイリ原発事故とは異なり原発事故との関連性は考えにくいとの意見を表明している。ところが、県民健康調査の2次検査の時点で経過観察となり、その後に小児甲状腺がんと診断された場合は、検討委員会へ報告されるデータに含まれていないことが明らかになった。経過観察となった子どもの手術は県立医大で行われたにも関わらず、それも公表自体がなされていない。検討委員会で公表されたデータによると、福島県で事故当時18歳以下の子どもで検査を受けた約30万人のうち、甲状腺がんまたはその疑いがあると診断された子どもが191人(2017年3月現在)だった。3・11甲状腺がん子ども基金の活動を通じ、さらに8人多いことが判明している。当基金は甲状腺がんまたはその疑いがあると診断された25歳以下の子どもに10万円の療養費を給付しているが、検討委員会では発表されていなかった事故当時4歳だった子どもの家族から申請があった。この子どもは、県民健康調査の2次検査の時点で経過観察となっていた。また、支援を申請した子どもの家族のなかでも、県立医大或いは大学と提携している医療機関以外で手術を受けた場合は県のデータには含まれない。

――福島県での発症率は明らかに異常に高い…。

 崎山 小児甲状腺がんの発生は、国際的に100万人に1~3人程度と言われている。年齢が低くなるほど発症は極めて少なく、5歳程度の子どもではほとんど見られない。一方、福島県では検討委員会のデータでも30万人に対し191人程度が甲状腺がんまたはその疑いと診断されており、明らかに一般的な発症率よりも異常に高いと言える。検討委員会でも、小児甲状腺がんの多発そのものは認めている。県民健康調査の検討委員会が取りまとめた報告書にも小児甲状腺がんは「数十倍のオーダーで多い」と明記された。県民健康調査は環境省の支援事業となるため、検討委員会の結論は政府の結論に等しい。

――なぜ政府は原発事故との関連性を認めないのか…。

 崎山 数十倍の多発となったのは、精密な超音波機器で、これまで検査をしていなかった多くの子どもに対し検査をしたため、症状を出さないような潜在がんが高頻度で見つかる「スクリーニング効果」によるものだと説明している。ところが、疫学者によるとスクリーニング効果で説明できるのはせいぜい7倍程度の多発であり、今回のように数十倍となることは考えにくいとされる。また、県民健康調査は約2年おきに3巡目検査まで行われているが、1巡目検査で116人、2巡目検査でもさらに71人の子どもが甲状腺がんまたはその疑いと診断された。1巡目検査で多くの症例が見つかるだけならば、スクリーニング効果と言い逃れる道も考えられなくもないが、実際は2巡目でもこれだけの診断結果となった。これをスクリーニング効果で説明することは極めて難しいし、とても不自然だ。

――福島県立医科大学では、この結果をどう見ているのか…。

 崎山 県民健康調査検討委員会ではこの結果に対し、過剰診断だと主張している。過剰診断とは、命に別状がなく手術の必要がないがんを検診で見つけてしまうことだ。ところが、16年9月に日本財団が主催した第5回福島国際専門家会議で、手術の大部分を担当している県立医大の医師が報告した手術症例では、福島の甲状腺がんの手術例のうち80%程度はリンパ節に転移しており、約40%が甲状腺外に浸潤しているとされる。そのため担当医師は過剰診断ではなく、スクリーニング効果だと主張している。甲状腺がん多発と原発事故との関連性は考えにくいとする一つの理由に0から4歳児にがんの発生がないことをあげている山下副学長は、現在県立医大の放射線医学県民健康管理センターの副センター長であり、事故時4歳児の手術を知っていた。この事実はフリージャーナリストの和田真氏が直撃インタビューで明らかにしている(DAYS JAPAN10月号)。にもかかわらず、検討委員会に4歳以下の子どもの発症報告がないことを理由にチェルノブイリとは違うというのは全くの虚偽としか言いようがない。また県民健康調査の枠から外れて経過観察とし、検討委員会への報告義務をなくするというルートを誰がいつどのような相談をして作ったのか全く記録もなく不透明であり、このようなルート作成に山下氏が全く関与していなかったとは一寸考えにくい。その上で、検討委員会で発表されなかったから自らもそうした事実を公表するわけにはいかないと主張するのも解せない。これでは、5歳以下の子どもに甲状腺がんが多発しているチェルノブイリ原発事故とは異なるという主張にも大きな疑問符が付く。

――正確な情報が隠ぺいされることで、水俣病などの様に被害が広がる可能性がある…。

 崎山 過剰診断を強く主張することで、甲状腺がんの検査を縮小したいとの意図が感じられる。福島県では小児甲状腺がんの発症を放射線被ばくによるものではないとし、政府が復興を強調するなか、検査により甲状腺がんの症例がさらに発見されることを懸念しているのだろう。ところが、基金の活動で実施したアンケート調査では、甲状腺がんと診断された患者からは検査の縮小を望む声は聞かれない。そもそも、過剰診断による過剰治療であるならば、必要がないのに甲状腺を摘出したことになってしまう。県民健康調査で経過観察中の子どもは2700人以上いるが、経過観察とされた場合は小さくはあっても腫瘍があるため、通常よりもがんが見つかる確率も高い。県民健康調査のデータに現れていない経過観察中の子どもが既にがんになっている可能性もある。日本からは、県民健康調査のデータをもとに執筆された医学論文も複数発表されているが、これでは元データが不確かなため論文に対する信用もなくなるだろう。かつては水俣病などの様に、事実の隠ぺいにより被害者が増加し、結局は国が莫大な費用をかけて対応する例も見られている。しかし、これでは対応が遅い。

――国民にはそうした被害の実態は全く知られていない…。

 崎山 放射能汚染地域から少しでも長く離れるよう、汚染がより少ない地域に子どもを保養させている母親たちと話したことがあるが、福島県で甲状腺がんの子どもが増えていることを知っている母親はほんの少数だった。実際に甲状腺がんと診断された患者でさえ、191人も甲状腺がんと診断された子どもがいることを知らない人もいた。私達はこの基金を立ち上げた際、福島県の地元紙に一面広告を出している。ところが、メディアで甲状腺がん発生の実態が報道されることは極めて少ない。また、チェルノブイリ原発事故でも放射線被ばくとの関連性が国際機関で正式に認定されているのは小児甲状腺がんだけであるため、福島県でも甲状腺がんの調査しか行っていない。だが、小児甲状腺がんだけでなく、小児白血病や免疫系、血管系の疾患が増えてくる可能性は否定できないので調査は必要だ。

――基金のこれまでの活動は…。

 崎山 基金では、「手のひらサポート事業」として甲状腺がんの子どもに対し10万円の療養費を給付し、経済的な支援をしているが、福島県の発表者数が191人であるのに対し、給付申請は8月末迄に73人に過ぎない。申請をしていない個々の事情はわからないが、理由の1つに基金の活動が広く知られていないことがある。また、患者にこの基金のことを知らせるよう、病院その他にパンフレットを置いてもらうよう頼んでいるが、この基金の目的が十分理解されず協力が得られないこともある。甲状腺がんを発症すれば、まず経済的な負担が重くのしかかる。18歳以下の医療費は無料となるものの、甲状腺がんの専門医の数が少なく診断・治療できる病院も限られるなか、病院までの交通費だけでも負担がかかる。母子家庭の子どもでは、母親が通院に付きそうために仕事を休むことでも負担になる。経済的な負担以外にも、政府が復興や東京五輪を強調するなか、自らの甲状腺がんを隠して生きていかなければならない精神的なプレッシャーを感じている患者もいる。このような患者に対し少しでも支援になるよう給付をしている。原資は寄付により募っており、まず初めに、基金の特別顧問で長野県松本市長の菅谷昭先生の講演会で基金設立後すぐに記念講演を行い、募金を集めた。

――給付以外の活動展開は…。

 崎山 要望に応える形で、医療相談に対応するための電話相談を開始した。病院では医師の多忙により十分に話ができない患者さんに対し、定期的に電話相談を実施している。相談対応では、日本女医会の協力を得ている。また、甲状腺がん以外に白血病など他の疾患も増えている可能性があるため、調査を行ったうえで給付の範囲を広げることも考えている。政府は除染に莫大な費用をかけているが、甲状腺がんの患者をはじめ子どもの健康を考え避難している家族に対しては十分な支援の枠組みが整っていないのが現状だ。この中、さらに多くの患者、健康不安を抱える方に支援を届けられるよう、広報活動をさらに進めていきたい。

*【注】組織名、肩書き等はいずれも当時のものです。

――当時を振り返り、なぜ自民党の加藤幹事長は大蔵省に「前に出るな」と指示したのか…。

 河上 理由は不明だが、私の印象としては加藤紘一氏は大蔵省の金融部局の分離に積極的であった。新聞報道によると、加藤氏は金融機関の検査・監督部門を分離した後の大蔵省に残った金融企画局も引きはがそうとしていたようで、大蔵省には厳しい態度を取っていた。また、当時の橋本総理は以前に大蔵大臣も務めていたが、主計や主税など財政部局等とうまく折り合わないこともあったりして、橋本氏のような人物にとっては不愉快なこともあったのだろう。橋本氏と加藤氏の関係は承知していないが、いわば「大蔵省嫌い」という面で波長が合ったのではないかと考えている。

――当時の大蔵事務次官の対応は…。

 河上 当時の大蔵事務次官は小村武さんだった。小村さんはそもそも金融監督庁の設立に反対していたが、事務次官としては大蔵省からさらに金融企画局も引きはがすことにも強く反対意見を唱えていたようだ。三洋証券の破たんに話を戻すと、生命保険会社に劣後ローンを更新してさえもらえれば、破たんを回避することは可能であった。こうしたなか、産経新聞に証券局が生命保険会社の劣後ローンのロールオーバーに向けて動いているといった記事が掲載され、これを見た小村事務次官は山本証券局審議官を呼びつけて厳しく叱責した。つまり、大蔵省が組織の問題で大変な状況にあるなかで、勝手な行動を取るなということだ。ただ、私は小村事務次官のこの姿勢はおかしいと言わざるを得ない。大蔵省の組織問題は割り切ってしまえば大蔵官僚の私的な利害に過ぎないが、三洋証券の破たんは世の中に大きな影響を及ぼす問題だ。この2つを同じ物差しでとらえ、なおかつ大蔵官僚の私的な利害を優先させるという小村事務次官の姿勢は間違っていたと言わざるを得ない。山一証券の問題についても、長野証券局長が小村事務次官に11月17日月曜日までに自主廃業の可能性を含めた状況報告を行っていたと思われるが、大蔵官僚の利害を優先する小村事務次官はもはや「大蔵省官僚の利害よりも山一証券の破たんを防ぐことが社会全体としてはより重要だ」と言うことは出来なかったのではないか。

――山一証券には自主廃業以外の道は残されていなかったのか…。

 河上 自主廃業は不可避の道であったように思われる。1997年8月には山一証券の経営陣が交代し野澤正平氏が社長に就任した。その過程でメインバンクの富士銀行に資金繰りの相談をしたが、富士銀行としては応分の対応はするとの反応だった。つまり、他の銀行が山一証券に融資をするならば自分たちも同様に対応するが、それ以上の行為は一切しないという意思表示であり、メインバンクからも協力を拒まれた山一証券の資金繰りは次第に厳しくなっていく。山一証券は欧州に活路を求め、自らを救済してくれる銀行や証券会社がないか交渉していたが、「白馬の騎士」は見つからず、逆に山一証券の資金繰りが厳しいということを自ら海外で言いふらすことになってしまった。市場は山一証券への対応を厳しくし、ロンドンで資金調達が出来なくなった山一証券は系列会社から資金を回そうとしたが、前述したようにこれも現地法人の上層部によるBOEへの情報提供で不可能となってしまった。

――大蔵省が救済に動くことも難しかったか…。

 河上 大蔵省は一連の証券不祥事、住専問題、大蔵官僚の不祥事などで世間からバッシングを受け、金融の検査・監督部門を分離して金融監督庁を作らざるを得なくなるほどに弱体化していた。1997年当時は金融企画局も切り離すよう求められており、大蔵省としては山一証券を救いたくてもなかなか行動できるような状況ではなかった。さらに、橋本内閣は金融ビッグバン構想を打ち上げており、証券行政としては市場原理や業者の自主性の尊重、タイムリーディスクロージャーの充実という方向に向かっていた。1965年に山一証券に日銀特融が行われた際には、証券行政として資金の融通をつけたりパートナーを見つけたりする時間がまだあったが、今回については時代の空気のなかでこうした対応を取ることは難しくなっていた。

――やはり自主廃業以外の道は見つからなかったと…。

 河上 山一証券を救うための手段は全く何も無かったかと問われれば、可能性としては、財務省が持っている財政法第44条に定める「特別の資金」を使うことはできたかもしれない。資金は予算とは異なりいわば現金の塊で、行政がかなり自由に使うことが可能であり、こうした観点からすると大蔵省は財政融資資金と外国為替資金の2つの資金を持っている。このうち特殊法人や地方公共団体への貸付を目的とする財政融資資金は保証機能が無いので使いにくいが、外国為替資金には外貨借り入れへの保証機能がある。この外国為替資金から山一証券に数兆円(数百億ドル)程度の保証を付ければ、山一証券はこの信用力をバックに民間から外貨を取り入れスワップを組むことにより円貨を取り入れることが可能となり、それでもまだ資金調達が出来ないのであれば外国為替資金から直接またはメインバンクの富士銀行を経由して山一証券に融資することが考えられる。ただ、これは外国為替資金の専門家である私だからこそ現在思いつく方法であり、当時の事務次官等にこのような発想が出来たとは思えない。また、加藤紘一自民党幹事長から「大蔵省は前に出るな」と警告されている状況下では、思い切った手段に出ることはなおさら難しかっただろう。結局救済手段は無かったということになる。

――その後の山一証券の清算については…。

 河上 山一証券の清算処理には私が担当者として関与した。山一証券への日銀特融では一時1兆円を超える融資が行われたが、最終的には日銀が2001年度決算で1000億円超の貸倒引当金を計上して処理した。この分日銀からの国庫納付金が目減りするため、巡り巡って政府がこれだけの負担をしたことになる。この間、山一証券が2000億円超の転換社債を現金で債券保有者に償還したことに対する批判もあった。たしかに、2000億円超の現金があれば、数字上は日銀の損失を穴埋めし、さらに債権者にも相応の配当ができたということになる。しかし、なぜこうなったかというと、転換社債の約款に期限の利益を喪失した場合、つまり一定期間内に株式に転換できなくなった場合は現金で償還するとの条項が入っていたためだ。山一証券の破たん処理では法律の専門家にも監査顧問委員会に加わってもらったが、ここでも約款にそうした条項があることを確認しており、法律的には文句を付けられるような話ではない。このため、山一証券の破たん後、この約款に着目して転換社債を買い集め、大きな利益を上げた金融の専門家もごく少数ながらいるようだ。他方転換社債の売り手もプロなのだから甘かったということだ。

――山一証券の問題を巡る証券行政の反省点は…。

 河上 大蔵省は証券会社の健全性確保の観点から検査を行っていたが結果的に機能しておらず、取引の公正性の確保から検査を行う証券取引等監視委員会を含めて「飛ばし」の実態を全く分かっていなかった。この点に対して世間からの厳しい批判はあった。「飛ばし」では山一証券本体が特定金銭信託のスキームを使って信託銀行に債券を購入させ、これを子会社に貸し出し、子会社が現先取引で債券をキャッシュに変えて山一証券の取引先から簿価で株式を引き取り結局損失補填をしてしまった。こうした取引実態を踏まえると、銀行は保有する金融資産を毎日値洗いして時価評価を行っており、証券会社でもこの時価評価を導入していれば「飛ばし」が早期に顕在化した可能性もある。さらに、実質的に見れば「飛ばし」に関わっていた会社は当然ながら山一証券の関連会社であり、単体決算ではなく連結決算を行っていれば監査法人や当局が含み損を見つけることも可能だったはずだ。後知恵になるが、私は当時の証券行政としてやれることが全くなかったわけではないと考えている。ただ、現実の問題として考えると、金融資産の時価評価や連結決算といった措置を導入することについては反対意見もそれなりにあったのだろうから、導入自体容易ではなく、結局先送りになり、平成9年という金融市場全体が厳しくなっていた時に問題が爆発してしまったのだ。こうした歴史に鑑みれば、先送りは確かに行政にとり一つの知恵なのだが、問題を把握したならその問題の一部でも、そして、できるだけ早期に見直しを図るということが必要なのだ。それとともに、金融危機のときは短期の金融市場は機能しなくなってしまうのだから、金融機関の破たん処理にあたっては、現実には非常に難しいとしても、短期金融市場でドライ・アップといわれる現象ができるだけ生じないようにという細心の配慮が必要だ。(了)

*国際金融局為替資金課長、理財局国債課長、国税庁税務大学校長などを歴任。
著書に『外国為替資金特別会計制度』(文芸社 2016年)がある。

*【注】組織名、肩書き等はいずれも当時のものです。

――山一証券の自主廃業から今年で20年が経つ…。

 河上 1997年の11月24日月曜日の開業時間前に山一証券は取締役会を開催し、自主廃業を決定した。その後、当時の三塚蔵相が同日午前10時半に記者会見を行い、世間的にはそこから大騒ぎとなった。私は東京証券取引所監理官として山一証券の自主廃業に関与したが、状況はその以前から混乱しており、その前段となる同年11月3日月曜日の三洋証券の破たんが大きく影響している。

――三洋証券の破たんはどのように影響したのか…。

 河上 三洋証券は生命保険会社の劣後ローンをロールオーバーすることができず破たんに陥った。ただ、その直前に無担保コールを借り入れていたため、三洋証券の破たん後に短期金融市場はマヒ状態に陥ってしまった。無担保コール・ローンの出し手は当然相手が破たんすることはないという前提で資金を貸すわけだが、三洋証券のケースでは10億円の無担保コール・ローンを供与していた群馬中央信用金庫が回収不能となり、それまで安全に取引を行えると思っていたコール市場の資金の出し手は激減してしまった。その悪影響は当時不良債権で苦しみつつあった銀行へと波及していき、同年11月17日月曜日の北海道拓殖銀行の破たんを招くことになる。こうしたなか、山一証券の資金繰りもかなり厳しくなっていることが週刊誌などで報道されていたが、私にとって山一証券問題が顕在化するきっかけとなったのが11月14日金曜日にロンドンからもたらされた連絡だ。

――ロンドンからの連絡とは…。

 河上 私が山一証券の問題に関わりを持ったきっかけも、この11月14日金曜日だ。私はこの当日、東証監理官として当時の長野証券局長に代わり大阪証券取引所主催のセミナーでスピーチをしていた。午後1時頃にセミナーが終了し、私が会場のドアを出ようとしたところでBridge Newsという東京に拠点を置く外国通信社の記者が接触してきて、市場では山一証券破たんの噂があると取材をしてきた。私は「担当者ではないので知らない」と返答し、逆にその噂について話を聞こうとしたが、周囲にいた大証の方々がその記者を引き離したので情報は得られなかった。その後、新幹線で帰京するために新大阪駅に向かい、駅の公衆電話で証券局の柏木証券市場課長に電話を掛けた。当時は株式市場が午後3時に終了すると証券市場課長が当日の市況について証券局長に報告することを知っていたので、私は「東京の外国通信社の記者がわざわざ大阪まで来て私に接触してきた。記者が確認を取りたかったのは『山一証券破たんの噂があるがどうか』ということであった」と伝えた。私は平成4年夏から平成6年夏まで大蔵省で為替資金課長を務めており、外国の通信社や国内報道機関の記者とのやり取りも経験していたが、記者が局長に接触して破たんの噂について聞こうとすることは大変なことであり、すでに何らかのニュース源を持っているということをすぐに察知した。そこで柏木証券市場課長には、夕方に証券局長へ市況報告をする際に、私に通信社の記者が接触してきたこと、山一証券が破たんする可能性があるかもしれないことを伝えてほしいと依頼した。

――大変に緊迫感のある状況だった…。

 河上 11月16日日曜日に柏木証券市場課長から私の自宅に電話があり、月曜日に日銀が北海道拓殖銀行に特別融資を実施すると伝えてきた。その電話で、11月14日金曜日に長野証券局長に市況を報告する際に私が依頼した事項は伝えたこと、そして当日に山一証券の野澤社長が証券局長を訪問するもようであったとの報告を受けた。さらに、11月14日金曜日の夜に、在ロンドン日本大使館の浦西参事官から山一証券に関する連絡があり、担当の小手川証券業務課長が不在であったため、柏木証券市場課長が代わりに対応したことも教えられた。浦西参事官の報告によるとイングランド銀行(BOE)から連絡があり、山一証券はロンドンに現地法人としてYamaichi Bank UKという銀行を持っており、どうもその銀行が山一証券グループに資金を回しているということのようだった。BOEとしては日本に対してYamaichi Bank UKを破たんさせないよう要請するとともに、同社がこれ以上山一証券グループに資金を回せないように対応したと報告してきたという。BOEがなぜ山一証券の状況を把握していたかというと、Yamaichi Bank UKに現地採用の幹部がおり、この幹部がかつて勤務していた国際商業信用銀行(BCCI)が破たんする際に系列子会社から本体に資金を回していた状況にどうも似ているということで個人の資格で情報を提供したことが発端のようだ。

――ロンドンからの報告を受けた証券局の対応は…。

 河上 週明け11月17日月曜日の昼ごろには証券局の局議が開かれ、山一証券の「飛ばし」による含み損が国内案件で約1500億円、海外案件で約1000億円に及ぶとの報告が行われたほか、同社の経営再建策や問題点の検討が行われた。東証監理官の私は山一証券の担当ではなかったものの局議への出席要請があり、一方で担当の山本審議官は証券局長の代理として大阪での貨幣大試験に向かっていた。私からすると、長野証券局長は自らが出席するはずだった貨幣大試験にナンバーツーの審議官も出席しないと記者が何らかの異変に気付く可能性があるということを理由に、山本審議官を貨幣大試験に代理出席させたのだろうと見ている。役人の世界の通例としては、担当審議官が不在の状況で山一証券の経営問題の局議を行うことは本来あり得ないことだ。

――その後、証券局ではどのように対応が進んだのか…。

 河上 私が見聞きしたことからすると、11月18日火曜日には長野証券局長が三塚蔵相に山一証券の状況を報告したもようだ。11月19日水曜日の朝には長野証券局長と山本審議官、私、証券局総務課長、証券局総務課企画官の5人が集まり、その場で長野証券局長は「山一証券は自主廃業しかない」と述べ、私は賛成した。これには伏線があり、その前の三洋証券の破たんの時にも同様に証券局の担当課長、室長らが集まって会議が開かれたが、私はその会議では三洋証券が破たんすれば短期金融市場がマヒ状態に陥ってしまうため非常に問題があると主張した。会議では三洋証券が借りている無担保コール・ローンの出し手は農協だと報告されており、かつて住専問題で多額の財政資金を注入したことに世間や国会から強い批判を浴びたにも関わらず、三洋証券の破たんにより農協に損失を与えることは果たして適当なのかとの疑問もあったからだ。会議では証券局として無担保コール取引に関し何が出来るのかという検討が行われたが、コール市場を運営する短資会社は貸金業者として位置づけられており、銀行局が規制を行っていたため、会議では最終的には証券局として出来る措置は何もないという結論に達した。つまり、三洋証券の場合には証券局長に反論し、山一の場合には長野証券局長の判断に私は賛成したわけだ。長野証券局長はその後、山一証券の野澤社長とも面会し、会社更生法による破たん処理を止めようとは考えていないが、結局自主廃業の道しかないのではないかということを伝えたようだ。こうして自主廃業の方針が固まったことを受け、11月20日木曜日には、長野証券局長は当時の橋本総理に本件の報告を行っている。新聞各紙の首相動静欄には長野証券局長との面会は載っていないが、総理に報告せずにこのような重要案件が処理できるはずがない。長野証券局長はかつて大蔵大臣秘書官も務めており、番記者に見つからないように総理に面会する手口をいくつか知っていたようだ。

――そこから自主廃業に向けた動きが具体化していく…。

 河上 山一証券には280万を超える証券口座があり、損失の「飛ばし」があったにせよ、顧客からの預かり資産は分別管理していたと考えられる。ただ、いくら分別管理をしていたにせよ、ある程度以上の規模の法人の倒産処理を円滑に進めるとなれば当然つなぎの金融が必要になる。日銀も山一証券からの報告で事情を把握しており、そこで証券局として日銀と様々なやり取りをしたと思う。日銀としては「飛ばし」で2500億円も損失を出した証券会社になぜ日銀特融が実施できるのかと当初は否定的な反応だったが、証券局長の粘り強い説得の結果11月21日金曜日には日銀事務方が最終的に山一証券への日銀特融の実施を了承したとの話があった。翌日の11月22日土曜日の日経新聞の朝刊で山一証券の自主廃業が報じられたことを受け、同日午前10時には長野証券局長が記者会見を行い、世の中に山一証券の問題が明るみにでた。その後、証券局内の検討会で山一証券が自主廃業に至るまでの過程とその後の対応についての議論が始まり、11月23日日曜日にも再び証券局の検討会を開いたうえ、同日夕方に三塚蔵相に対して具体的な説明を行った。三塚蔵相は山一証券の自主廃業には一定の理解を示しつつも、大蔵大臣として金融システムの安定化等にきちんと対応することを表明したいとの考えだった。ただ、大臣官房からは三塚蔵相に対し、自民党の加藤紘一幹事長から当時の大蔵省官房長に対して「大蔵省は前に出るな」との電話があったこと、そしてかつての住専問題では世間や国会が厳しい反応を示したことを伝えた。その結果、11月24日月曜日の山一証券の自主廃業決定では山一証券への対応に限定した大臣談話を出すにとどまった。(つづく)

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