金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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Information

――イスラエルのファンドであるTHE YOZMA GROUPの日本での運用実績は…。

廣瀬 アジア圏では香港を中心とした東南アジア地域や中国、このほか独自に色々な欧州の会社にも出資しているが、実は日本だけ何も投資していない。この理由は単純で、日本は参入障壁が高いわりにコストパフォーマンスが合わないためだ。我々の考え方では、最大のコストは時間だ。お金は失っても取り返せばいいが、その取り返す時間が1年なのか10年なのかというところにコスパの問題がある。仮に長いタームで取り返せるとしても、投資から回収まではさまざまなプロセスがあり、日本はそのプロセス毎にクリアしなければならない法的な手続きなどにおいてかなり閉鎖的だ。他の株主との関係やその経営者の意識、質の良い投資が来ても色々な利害関係から選択できない場合があるといった問題もある。例えば、海外の有力な仮想通貨事業者が「こうした投資をするから、こういうことをやりましょう」と言っても、日本ではとりあえずブレーキがかかるといったようなことが起こる。やって初めて成果が出ることであって、海外の人間からすると、まずブレーキがかかるというのは非常に問題だ。日本人は、地政学的リスクのある新興国などの投資にはカントリーリスクがあると言うが、これは逆だ。むしろプロセスにコスト(=時間)がかかる日本にこそカントリーリスクがある。つまり、日本で投資をしていない理由を一言でまとめると、単純に「面倒くさいから」だ。

――日本は透明のように見えて、実際は不透明でわかりづらく、投資もしづらい…。

廣瀬 その通りだ。ただ物事にリスクは付きものであるため、例えばこのディールではこの部分は保護されるがこの部分は保護されない、といったような基準を明確にしたうえで、積極的にリスクを負わせていくべきだ。リスクがない投資はあり得ない。どういうリスクを負うかという部分をきちんと開示してガイドラインさえしっかりすればいい。日本のように些細なことにコストをかけ、プロセスに時間をかけるというのは非常にナンセンスだ。例えば上場審査では、3カ年の事業計画、ともすれば5カ年の事業計画、さらにKPIと審査するわけだが、そもそも3年後は今の1万円が1万円ではないかもしれず、このような審査はあまり意味のないことだ。確かに、さまざまな価値観の人が参加するマーケットである以上、一定のルールによる安定性は必要だ。とはいえ金融はダイナミックなところが重要であるため、リスクを与えてはいけないと発行体側を規制する視点だけではなく、「取らせるリスク」を定義したほうが、金商法などの運用はうまくいくのではないか。日本は非常に経済環境もマナーも整っており、保護している特許も多い。ただ内需が強すぎて、特に新産業分野については誰も世界と戦っていないという印象が強い。

――内需が強いため、企業は外に出て行かない…。

廣瀬 日本のコンビニがいくら店舗を増やしても、4万店舗になるわけではない。それなら今アップルが置かれているように、売上台数にこだわるのではなく、サービス収入をこれから増やしていく、どこかで体質転換をやるということが必要だ。アメリカの企業がわかりやすいのは、そういうリスクがあると表明し、だからこういう方針でやるのだということを明確に示すからだ。必ず、北に行くのか南に行くのかをはっきりさせる。明確にしないと、どこの基準に沿えばいいのかその都度わからなくなってしまう。日本で会社を経営している人たちは、そういった今後どう導いていくのかを説明するための大前提の経営指標や、経営方針の説明とコミットメントが弱く、数値とモデルだけにこだわる。日本は機関投資家好みしないマーケットになっていることを同じ日本人として悔しく思っており、だからこそその意識を破壊したい。スモールIPOを駆逐したいと考えているし、ミドルと言われる規模はせいぜい6000億円くらい、大型株のIPOはせめて3兆円以上からと、そういうマーケットに質を変えていかなければならない。そうしないといつまで経っても総時価総額600兆円を超えない。これは意識の問題だ。昔の日本人は理念をアウトプットしてそれを実行する強さがあったが、今の時代は知的教育に走りすぎて、秀才肌は多いものの、そういう理念を実行するほどの力がない。実行する前に妥協し、ともすれば諦めてしまう。こんなサービスを作ってこれだけユーザーを取ろう、という高次元の頭の良さでなく、低次元だからこそ高次元も凌駕し得る基幹技術やインフラになり得るサービスに投資をして、日本のそのすばらしい技術やサービスに海外も投資したくなるようなパイプラインを作りたいと考えている。

――日本の投資環境において、何か具体的な改善点は…。

廣瀬 リスクマネーはリスクマネーでしかない。例えば、アニメの製作会社が毎年100億円投資して、深夜の1クールアニメを50本作るとする。するとニッチなマーケットで何本かは当たる。当たったものが映画などになると、グッズやゲームなどアフターマーケットでブレイクし、1000億円くらいの収益になってくる。そこまでいけば、当たる確率が50分の1でも十分かつ長期的に回収できる。これがリスクマネーの使い方であり、他の事業も同じだ。マーケティングコストの名の下に広告宣伝費はかけるが、研究開発費は絞ってしまう。日本の市場は縮小傾向にあり、そのなかでマジョリティをとるというのは、先ほどのコンビニの総店舗数の話と同じで、日本の人口が3億人になることはないのだから、やはり世界で戦うしかない。世界で戦うからこそ日本が初めて正しく理解できる。その感覚を持った経営者をもっと市場に送り出さない限り日本に未来はない。私は経営者としては優秀ではないが、人の目利きをすることと、人のプラスの部分を組み合わせるのは得意だったため、それを活かすアレンジメントを行い、それなりに実績をあげることが出来た。

――たとえば日本の投資ファンドの税金を安くするといったことは…。

廣瀬 リスクマネーのコストはゼロにして当然だ。お金は社会の血液で、銀行がやっていることは血液の供給で、人間の臓器で言うと脾臓みたいなものだ。古くなった赤血球を破壊するといったような調整弁なわけだ。銀行は中央銀行に対して世の中への調整弁だと考えている。銀行は確かに自分で儲ける努力もしているが、中央銀行と異なりお金を作っているわけではない。しかしその調整弁たるライセンスと機能を果たしているから優位性はあるが、それにかまけてリスクを取らないということではいけない。とはいえ、彼らがリスクを取れるようにするには、やはり何か免罪符は必要だろう。それは例えば、リスクマネーを使うかわりにそれは全損で落ちるとか、かかる経費はすべて税金がかからないといったようなことだ。それだけすれば、富裕層も日本でどんどんエンジェル投資をしようとするのではないか。総時価総額1000兆円にしたいなら、とりあえず証券課税をゼロにするなり何かしらすべきだ。

――IPOにおいて、やりにくいポイントや目に付くところは…。

廣瀬 手順の多さだ。会計面とかコンプライアンス面とかの理論でプロセスの評価をするから、手順ばかりが増えていく。何かが起こるとまた理論でカバーしようとするから事件や事故が積み重なるほど、手順が増えていくだけだ。手順を増やしても担保できないということが、これだけ経験してもまだわからないというのは本当に浅はかだと感じる。責任のありかが明確であれば良いので、上場廃止基準は厳しくするべきだし、もっと退場するべきだ。100社上場させるなら100社退場したほうがいい。知り合いの中国人投資家は、投資してくれと言う日本の上場企業が一番怪しいと言うくらいだ。一生懸命良くない事実を隠すが、自分は日本で上場しているからというプライドが見える、と。上場をしていれば自分に価値があると思っているということ自体、ナンセンスと言わざるを得ない。

――近年では安全保障と経済が切り離せない関係になっている…。

神谷 今は安全保障の土台として経済や科学技術がますます重要になっている。日本は敢えて軍事力を抑えているため、経済や技術の力が特に大事なのだが、「失われた20年」と中国の台頭でそれが怪しくなった。そういった背景から、近年では安全保障や外交の専門家が集まって日本の今後の大戦略についての研究会を開いても、経済や科学技術に関する話から始まることが多い。また、米国は最近中国に厳しくなったが、それは安全保障面で危機を感じているだけではなく、経済力や技術力で中国に出し抜かれてしまうという危機感があるのだと思う。中国は今後の重要産業となる人工知能(AI)でも、人口が多い上に人権やプライバシーなどを全く気にしない政治体制であることから巨大な実験が可能で、結果として膨大なデータが集まる。これは脅威だ。我々は自由や人権を重んじ、リベラルで民主的な体制の方が経済的にも技術的にも成功すると思ってこれまでやってきたが、中国はそうではないのに成功しつつある。

――仮に体制間競争の中でリベラルデモクラシー側が劣るという事になると…。

神谷 現在の発展途上国が「欧米や日本側につかなくてもよい」と思えば大変なことになる。自由にしないほうが好都合と考えるリーダーは多いからだ。自由民主主義の国々が経済競争や技術競争で中国に負けるようなことが起これば、世界は中国側についてしまう。そうならないようにするために、日本も経済と技術という二つの面で何とか頑張らなくてはならない。我が国の外交安全保障の専門家達も、体制間競争の中での経済と技術の比重をもっと重く見る必要がある。そして、自由民主主義の国を中心とした、米国のリーダーシップのもとこれまで維持されてきたリベラルな秩序の本質を、中国の自己主張が強まっても維持していかなくてはならない。とはいえ、トランプ大統領にその意思や戦略があるのかどうかは疑問だ。その場その場で儲かれば良いという感じのトランプ大統領には、近づきすぎると梯子を外されるおそれもある。それは、彼のこれまでの行動からも明らかだ。

――対中国で経済に関しては一緒に進もうと考えていた国々も、巨大化すると問題が顕在化してくる…。

神谷 日本が戦後焼け野原の状態から経済大国になったことを考えると、中国だけに対して巨大になったこと自体を問題視するのは不公平だと思う。だが、日本や欧米をはじめとする自由民主主義の国々は、中国が豊かになればそれなりに民主化して国際的なルールも尊重するようになっていくだろうと考えていた。ところが10年程前からだろうか、中国は豊かになればなるほど自己主張が強まり、国際的なルールも尊重せずに力づくで自分の利益を追求するという姿勢が目立ってきた。米トランプ大統領が唱える米国ファーストに対して日本をはじめとする殆どの国が不都合だとは感じているが、中国はいわばいつでも中国ファーストで、その度合いはますます強く押し出されるようになっている。それを野放しにはできないと日本は長い間感じてきており、米欧やオーストラリアなどもそれに気づいてきた。実際に、中国の軍事費は20年以上前からほとんどの年で二桁成長し、この10年でも2倍に増えた。そして、ものすごい勢いで軍事近代化と南シナ海、東シナ海などへの海洋進出が進んでいる。

――日本の安全保障はどうあるべきか…。

神谷 リベラルなルールを基盤とした秩序、つまり米国を中心としたこれまでの秩序をいかに守るかという観点から考える必要がある。ルールを尊重するという事の意味は、「強くとも力で弱い国を圧迫して国益を増進しようとしない」ということだ。もちろん米国も随分勝手なことをしてきたが、力の大きさの割にはそれが少なかった。だが、中国に同じことを期待できるかと問われれば、それはない。少し前まで日本が中国に対して少し厳しすぎるのではないかと思っていた諸外国も、欧州はロシアのクリミア・ウクライナ問題が起きたことで「日本人が中国に対して言っていたことはこういう事か」と気付き、トランプ大統領は米国ファーストを唱える中で米国が偉大ではなくなる世界が来るかもしれないことに気が付いた。だからといって関税を引き上げるやり方はどうかと思うが、昨年10月にペンス副大統領がハドソン研究所で行った、米国の中国との対決姿勢を鮮明にした「第2の『鉄のカーテン』演説」とさえ言われるあの演説に対して殆どの自由民主主義の国々が批判しなかったのは、中国を勝手気ままに振舞わせることは良くないという点で一致していたからだろう。

――アジアの経済と安全保障を考えた場合、これまで中国は安全保障面では脅威である一方で、経済面では大きな可能性や機会を与えてくれる国として扱われていた。それが最近変わりつつある…。

神谷 ようやくみんなが「そんな風に分けることが出来るのだろうか」と気づき始めたということだ。少なくとも米国は、経済だからと割り切ることが出来なくなっていることを、トランプ政権の人たちだけでなく民主党や経済人など社会全体が認識してきている。中国の会社には多かれ少なかれ共産党がバックについているため、この国の企業と一緒に商行為を行うことが政治安全保障面に悪影響を与えかねないという事を考えざるを得ないからだ。日米や自由民主主義国の間では中国に対して、経済だから協力、安全保障だから対立、という区分は今や必ずしも適切ではないというコンセンサスが出来てきたように感じる。

――北朝鮮問題については…。

神谷 北朝鮮は核とミサイルを除けば弱小国で、抑止力も効く。北朝鮮は主義主張のためであれば自殺もしかねないと思っている人がいるようだが、この70年の歴史の中で北朝鮮は明確な自殺行為に出たことはない。それに、指導者たちのライフスタイルを見ればわかるが、自分のまわりに美女を集め、寿司職人まで雇って美食を楽しんでいるような人生の快楽を追及する人たちに対しては、脅しが効くものだ。その意味では騒ぎすぎる必要はないと思っている。とはいえ、あの国の核とミサイルの能力が高まり、東アジアや北東アジアに影響を及ぼすようになってきていることにどう対応するのかはしっかり考える必要がある。これまでこの地域の安全保障秩序は、日本が軍事力で自己抑制していれば他の国は無茶をしないという考えが、長い間土台になってきた。能力もお金もある日本が核兵器に手を出さなければ他の国々も核は持たないといったことだ。しかし、北の核武装が黙認されると韓国もということになりかねない。そうなると、もはや北東アジアではモンゴル以外は皆核を持っているという状態になり、そこで「なぜ日本だけが我慢しなければならないのか」と人々が思い始めると、日本が核を持つのは損だという立場をとっている私のような人間でさえ説得材料がなくなってくる。また、北朝鮮が米国に届く核ミサイルを完成させた時、果たして米国は日本に対する北朝鮮の暴発行為に対して報復攻撃をしてくれるのだろうか、という心配も出てくる。冷戦時代にフランスのシャルル・ド・ゴール大統領は「パリが攻撃された時に米国は自国の主要都市がやられるとわかっていて報復するのだろうか、しないだろう」と言い、米国の核の傘から脱退して自国で核兵器を持つことを決めた。トランプ大統領は、最初は北朝鮮に対して完全で不可逆的な非核化を求めていたのに、昨年のシンガポールでの首脳会談以来、先が読めなくなってきている。北朝鮮は一昨年、水爆やアメリカ全土を射程圏内に入れたミサイル、北海道上空を飛んだ中距離ミサイルなど色々な実験に成功し、かなり能力を高めている。心配な状況であることは間違いない。

――日本に対する行動がエスカレートしている韓国についてはもはや打つ手がないようにみえる。今後の周辺国とのあり方について、日本はどうすべきか…。

神谷 韓国の文大統領に関しては北朝鮮との関係改善に前のめり過ぎるところがあり、その一方で日本との関係をまったく顧みない。国際政治において「合意は拘束する」という原則があるが、それが慰安婦問題、徴用工問題と、どんどん崩れてしまっている。1990年代に日韓関係が悪くなった時は、韓国のいう事が全部正しいとは言わないが、確かに日本にも問題がなかった訳ではないと思う事もあった。しかし昨今の話は日本側にはまるで非がない中でのいいがかりとしか言いようがない。大多数の日本人がそう思っている。基本的に日韓関係は大事だと思っている私も、今は困惑するばかりだ。北朝鮮に対しては国際社会からの圧力が必要で、中国やロシアがそこから退き気味な今、韓国は日米とともに協力して重要な役割を果たさなければならないはずなのだが、韓国がこのような状態ではどうしようもない。昨年12月に出された新しい防衛大綱では、日本の安全保障環境が想定以上の速度で悪化している旨を言明しており、かなり注目を浴びていたが、その後レーダー照射問題という思いもかけぬことが起こってさらに事態は悪化したと言わざるを得ない。もちろん日韓関係が素晴らしく良くなると予想していた人は誰もいなかったが、そうは言っても最低限の協調をしていくべきだと思っていた。だが、それすらも出来なくなってきている。日韓関係を改めて見直し、新たな対応を考えなければいけないだろう。(了)

――JTCホールディングスについて…。

田中 当社は日本トラスティ・サービス信託銀行(JTSB)と資産管理サービス信託銀行(TCSB)を統合するために昨年10月1日に設立した金融持株会社だ。規模の利益を生かしながらサービスの品質を向上させ、日本の資産運用のマーケットのために貢献していくというコンセプトで発足した。グループ全体の預り資産は約700兆円。この額は日本最大で、世界でも8番目に大きい資産管理信託銀行だ。当社子会社のJTSBとTCSB、同業他社で三菱系の日本マスタートラスト信託銀行の預かり資産残高を合わせると、日本には現在約1,000兆円強のマーケットがあるが、その7割近くを当社グループが占めていることを勘案すると、JTSBとTCSBも民間の株式会社ではあるが、私どもが担う有価証券の保管・決済の業務は社会インフラ的な側面が大きい。本店とシステムセンターを含む従業員数は2,000人を超える。バックアップのセンターやシステムなど、被災時の対応にも万全な態勢を整えていかなければならない。

――700兆円の内訳は…。

田中 JTSBはもともと住友信託銀行、三井信託銀行、中央信託銀行、りそな銀行という4つの銀行が行っている信託ビジネスの資産管理部門だったため、信託財産のウェイトが約9割と非常に高い。一方、TCSBはもともとは安田信託銀行の資産管理部門を出発点としており、信託財産のウェイトは約4割弱とJTSBに比べて小さいが、生命保険会社からの包括的な事務のアウトソーシング業務や地銀等からの常任代理人業務のウェイトが大きく、2社それぞれの強みを生かすことができ、相互補完関係はとても良い。バブル崩壊後の90年代初め、信託銀行の経営が悪化し始めた頃、私は日本銀行の営業局で信託担当だったのだが、その頃から「このビジネスは統合した方が良いのではないか」ということを言っていた。当時はまだそのような雰囲気ではなかったが、ようやく2000年の大手行再編の中で資産管理分野の合弁事業化も始まり、当社と両子会社が統合されると、資産管理専門の邦銀の大手信託銀行は、統合後の新銀行と日本マスタートラスト信託銀行との2行のみになる。

――フィンテックとの関わり方については…。

田中 当社が担う資産管理ビジネスは銀行や生命保険会社等が顧客であり、いわばBtoBビジネスだ。一方でフィンテックは、主に個人顧客を主体としたBtoCビジネスで活用されている。現時点でフィンテックの技術が我々のビジネスの在り方に直接大きな影響を及ぼすことはないと思っている。もちろん日進月歩で技術が進んでいく現在、有価証券取引の情報の流れがどのように変わってくのか見通すのは難しい。常に新しい技術の動向には関心を持ち、インターナショナルな世の中の流れには遅れをとらないよう努めている。証券決済のプロセスの中にブロックチェーンを取り入れるなどトライアル的な取り組みも行われているようだが、私は、それらはまだ実務に耐えられるような確固としたものにはなっていないと思っている。そもそもビットコインプロトコルとビットコインコアを作ったサトシ・ナカモトは「信頼できる第三者が存在しない世界で通貨を使うことが出来るシステムを作りたい」とその出発点を語っていたが、証券決済には証券という権利の実体があり、それを誰かがしっかりと管理している。信頼できる第三者の存在を前提とした我々の業務とはスタート地点から違っており、わざわざブロックチェーンを取り入れる必要性は今のところ感じていない。ビットコインは価値が流通している訳ではなく、ビットコインというネットワークに存在するある種の情報に人々が価値を認めているだけだ。ビットコインは誰も認めなければ何の意味も無い記号のやり取りの世界と言えるが、我々が行っているビジネスは国債や債券という実際の権利を持つ価値物をどうオペレーションするかという事であり、やっていることが全く違う。

――今後、注力していくことは…。

田中 JTCホールディングスには現在JTSBとTCSBの2つの会社がぶら下がっている。最終形はこの持株会社と2つの子会社の全てを一緒にすることだが、そこにたどり着くまでにはいくつかのマイルストーンがある。先ずは器を一つに(銀行統合)して、その中に二つの違う事務・システムが存在する状況を作る。今がまさにそれを目指して作業している段階だ。その後これら2つの会社の業務を完全に統合した時に、いかに効率的で競争力のある形に仕上げていくか、それを現在議論しているところだ。銀行統合の時期は2021年頃を目標に掲げているが、先述のようにこの会社は社会的公器という側面もあり、安全・確実にプロセスを進めていく必要がある。一方で時間をかけ過ぎてしまっては折角のビジネスチャンスを逃すことにもなりかねないため、安全・確実を第一に、無駄なくスピード感を持って進めていくつもりだ。

――日本最大の預かり資産を持つ御社にとって、ライバルはいなさそうだが…。

田中 日本国内で言えば営業的な意味での競争はないが、国外に目を向ければ、Bank of New York MellonやState Streetなど、我々よりも一桁多い預かり資産を持つカストディアンが複数ある。当社グループは資産管理業務を専門としており、海外のカストディアンとはビジネスモデルが異なるが、国際的な競争力をつけておく必要がある。JTSBもTCSBも設立当初の親会社が信託銀行であり、そこの資産管理部門が切り離されて出来た会社だ。だからこそこの分野の専門性の高さには自負はあり、事務品質や効率性の面でも決してグローバルベースで負けていないと思っている。日本の資産運用事業が発展していくためには、我々が担う資産管理ビジネスの国際競争力を高めていく必要があるし、ビジネスモデルが違っても効率性を高める努力を続けなければ競争には勝てない。特にコスト競争力をつけることが肝要と考えている。

――御社の目指すところは…。

田中 会社を設立する時に、わが社の理念として「我が国No.1の資産管理専門信託グループとして、資産運用事業の発展と国民の資産形成の一翼を担い、経済・社会の健全な発展に貢献する」ということを掲げた。社是や経営理念というものは大体お題目で体に浸透していかないものだが、当社の場合はこの経営理念を本当に共有できるかどうかが統合の肝だと思っている。この会社が社会的公器であるという性格を持っている以上、その価値観にどれだけ多くの人がコミットしてくれるのか、そこがブレてくると様々な個別の利害が顕在化し、グループとしての統一的な行動が出来なくなってしまう。この経営理念は、まだまだグループ内に浸透しきれていないため、事ある毎にこれを声高に唱えていくつもりだ。将来的なことはこれからだが、証券市場に関連するミドルバック業務をさらに取り込むことが出来れば、当社のためだけでなく社会全体への貢献に繋がると考えている。様々な金融取引をする際にフロント部分は一生懸命になるのだが、その後のミドルバックは個別に行うとお金も人もかかってしまう。先ずは2つの会社の経営統合を成し遂げ、コスト競争力を高めることで、より多くのお客様へ高度なサービスを提供できるチャンスが広がるものと考えている。(了)

――外国人労働者の受け入れ拡大における制度設計に問題がある…。

鈴木 昨年2月、政府はこの問題についてのタスクフォースを立ち上げ、6月の骨太の方針(2018年版)で閣議決定し、臨時国会で入管法が改定された。それはあまりにも急で、しかも「労働力不足に対して外国人労働者を受け入れることはしない」と言い続けてきた80年代後半からの政府基本方針を簡単に変更させるものだった。2016年版の骨太の方針で「真に必要な分野」という表現が出てきて、2018年版で「人手不足は深刻化」としたうえで、「単純労働」ではなく、あくまでも「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材」として外国人労働者の受け入れ拡大を表明するという流れだった。私は、安倍政権が労働市場の需要にきちんと向き合い、外国人労働者を受け入れたこと自体は良いことだと思っているが、技能実習制度がこれまで労働力供給の抜け道として使われてきたにもかかわらず、その制度が維持されたまま受け入れが拡大されることには懸念がある。技能実習制度は搾取やさまざまな人権侵害が発生しやすい構造になっているからだ。そもそも2016年に制定された技能実習法(17年施行)は不十分で、新法施行後も適正化はされていない。今回の改定法審議で、野党は技能実習制度の問題を厳しく追及したが、それならば、技能実習法の制定時に、制度の問題点をしっかり指摘し、もっと批判すべきだった。

――最大の問題点は…。

鈴木 技能実習制度の本来の目的は国際貢献で、今回の新たな受入れは労働力不足への対応だ。目的が異なっているのだから異なる制度設計が必要であるはずなのに、新たに受け入れる労働者の受入れスキームは、技能実習制度を土台にしたものだ。しかも、従来の専門的・技術的労働者は家族の帯同が認められ、在留期間の延長や定住・永住への道も開かれていたが、今回受け入れられる外国人は最長在留期間が設定され、なおかつ単身での来日が条件だ。さらに、民間組織である受入れ機関や登録支援機関が、支援の責任を持つことになっていることも問題だ。受入れ機関や登録支援機関による支援という構図は、技能実習制度における実習実施機関(企業単独型)や監理団体(団体監理型)による支援と同じだ。技能 実習制度には不完全ながら外国人技能実習機構による公的なチェックがあるが、新たな制度となる特定技能にはこういった第三者機関がないため、これまでの技能実習生以上に権利の侵害が起こる可能性もある。

――国に労働実態をチェックする機関がないと様々な問題が出てくる…。

鈴木 特定技能をもつ外国人に対しては、法務省に報酬の支払い状況を届け出ることになっており、また、他の労働者と同様に厚労省(労働基準監督署等)がチェックを行うことになっている。ただし、これまででさえ技能実習生約30万人に対して技能実習機構の職員300人強という少数で対応する大変な状態だったのに、そういった専門機関もないまま、労基署が一人一人のチェックを行うことなど到底難しい。日本人労働者でさえブラック企業・ブラックバイトなどといった問題を抱えている中で、言葉も労働法規も十分に身につけていない外国人労働者が日本人以上に搾取されるリスクはさらに高いだろう。そもそも声をあげてしまったら自分の雇用が脅かされてしまうという恐れや、より多くのお金を稼ぎたいと思う外国人がそういった環境の中で我慢を続け、権利が侵害され続けてしまう可能性は否めない。一方で、海外で働きたいと考えている労働者からすると、日本だけでなく台湾やシンガポール、韓国など色々な選択肢があるなかで、質の高い外国人労働者に来てもらうには日本が魅力的でなければいけないという事も忘れてはならない。優秀な人ほど多くの選択肢を持っており、そういった人たちに選ばれるためには、それにふさわしい環境を日本が備えていなければ、結局、日本にしか来られないという人達だけが集まることになってしまう。労働者の権利が保障され、家族を形成して子供を育てるという基本的な生活を送るための公的な支援が必要だ。NPOや研究者からも、例えば「移民庁」や「多文化共生庁」あるいは「外国人庁」などを作るべきだという声は早い段階からあがっている。しかし、残念ながら今回新設される出入国在留管理庁は「支援」よりも「管理」という機能が大きく、結局のところ、外国人を本当の意味で日本社会の一員として認めていないのではないか。

――先ずやるべきことは…。

鈴木 送出し側、受入れ側にさまざまな利権が構造的に組み込まれてしまっている技能実習制度を廃止することだ。現在の制度では外国人を受け入れる際に仲介業者が不可欠で、そこに利益を見いだす人がいる。労働者と企業とのマッチングにはコストがかかり、結局そこで発生する金銭的負担が労働者本人にのしかかってくる。それをGtoG(政府対政府) という形にして、技能実習制度と切り離すような措置が必要だと思う。また、今回受け入れる特定技能労働者はこれまでの専門的・技術的労働者とは異なる受入れになっているため、外国人労働者の中に階層を作ってしまう事は望ましくない。従来の専門的・技術的労働者と同じように家族の帯同や在留期間の延長を認める制度設計にする必要がある。実際に自分が労働者として外国に行く立場だったとして、5年間家族と離れ離れになるという条件で海外に行こうと思うだろうか。子どもたちの教育にしてもきちんとした受入れ体制ができているのであれば安心して家族と一緒にその国へ行こうと思えるだろう。単身限定の受入れ体制にしてコストを抑えるよりも、社会的コストをかけてでも、外国人が能力を発揮できるような環境を整え、この国を支えてもらう方が、将来的によいと私は思う。

――日本の中に外国人だけの居住地域が出来ることを懸念する声もあるが…。

鈴木 外国人コミュニティができるのは仕方のないことだ。海外に行ってもリトル東京など日本人のコミュニティはある。それをいかに開いた形にするかはホスト社会である日本側の働きかけ次第だ。受け入れて放ったらかしにするのではなく、その後の風通しを良くして日本社会との交流を持つ仕組みを整えれば、住民間の分断や衝突もなくなるはずだ。特に、子どもがいれば学校を通じた交流等でお互いを知る場も増え、文化の違いや誤解を乗り超える手助けにもなるだろう。それが日本社会に新たな文化をもたらし、良い流れになっていくと思う。

――欧米では移民労働者が様々なトラブルを起こしているというニュースもよく耳にするが、日本で就労を続けた外国人労働者が永住権を取得することについては…。

鈴木 欧州の失敗は窓口を広げてケアをしなかったことであり、その反省に基づいて、現在、社会統合を行っている。日本は外国人労働者の受入れに関しては後進国であるため、欧州がなぜ失敗したのかを学ぶことができる。また、今、日本に暮らしているニューカマー外国人の3割弱は永住権をもっており、特別永住者(オールドタイマー)を加えると4割超の外国人が永住権を持っている。ニューカマーの場合、一定期間日本に暮らして永住を申請し、審査を経て永住権を得ることができる。当然ながら審査に通らない人は永住権をもらえない。在留資格の延長や在留資格の変更も同じで、所属機関や入管法上の届出義務の履行など、それぞれの在留資格が定める要件を満たさなければ、期間の延長や変更は認められない。つまり、定住・永住への道をきちんと用意したうえで、その途中の扉を開けてその道を進めるかどうかは本人の努力次第ということだ。そういった開かれた道を目指して来てくれた人たちが、日本社会で生きていく力をつけてもらえば、将来、第二世代、第三世代の子どもたちが母国と日本をつなぐ架け橋となってくれるに違いない。反対に、「労働力」のみをつまみ食いしていると、やがて供給源が枯渇していくだろう。

――外国から呼び寄せて雇用する以上、それなりの覚悟が必要だ。今の政府にその覚悟は…。

鈴木 政府は入り口の法律を変え、日本語教育、生活サービスや多言語化などたくさんの項目を総合的対応策で示しているが、予算措置での本気度はあまり見られない。実際には地域に丸投げして、国の役割は地域での取組みの支援にとどまっている。積極的に取り組んでいる地域に地方創生推進交付金を支給するといったような支援だ。受け入れ企業としても、やがて母国に帰ってしまうような制度ではなく、後継者として事業を継いでくれるなど、地域の産業が活性化するような受入れ方のほうが良いはずなのだが、今回の法改定は、そういった企業の思いに十分に応えるものではない。労働力不足を訴える経済界からの要請に、とりあえず応えたに過ぎず、外国人を日本社会の一員として受け入れる覚悟も法整備も今後の課題だ。(了)

――日本とロシア間のあるべき姿とは…。

ガルージン 最近の日露関係はダイナミックに進んでいる。それはプーチン大統領と安倍総理が日露関係のさらなる発展に向けて、信頼に基づいた首脳会談を定期的に行っているからだ。「幅広く包括的に日露関係を進めていく」という合意のもと、この6年間で24回もの会談を行っている。「包括的な日露関係」を築いていくためには両国間による安全保障、経済、国際問題解決のための協力をはじめ、文化、教育、スポーツなどの民間交流等々たくさんあるが、特に経済はその中でも重要な役割を果たし、日露関係の根幹をなすものだ。経済協力を積極的に進めることはすでに両首脳で合意しており、そのシグナルは両国の経済界まで伝わり、活発な動きを見せている。具体的には昨年5月にペテルブルク国際経済フォーラムで日露経済対話が行われ、日本側からはロシアNIS貿易会(ROTOBO)の村山滋会長、ロシア側からは日露ビジネスカウンシル議長でアールファーム株式会社のアレクセイ・レピック会長を筆頭に両国の経済界トップの人たちが集まって議論を進めた。両国首脳も出席して講演を行っている。続く9月にはウラジオストックで行われた東方経済フォーラムの場で日露経済フォーラムが開かれ、片山さつき地域創生大臣と寺沢経産審議官等、政府と経済界の代表の方が出席されて、露政府の経済部門高官や露ビジネス界の幹部トップの人物たちとの交流を図っている。その他にも10月末に露副首相兼極東地域全権代表のユーリ・トルトネフロシア氏が来日して日本のビジネス界の人と討論会を行ったり、11月に東京経団連において日露経済合同会議を開催するなど、活発な日露経済会議を重ねることで、日本のビジネス界の方々にロシアの経済状況や経済活動にかかわる法律体系、投資環境等色々な情報を直接知ることができる機会が大変多かったと思う。

――経済面においてロシアが日本に期待していることは…。

ガルージン 日本経済界の中でロシア市場に対する知名度が高くなっていくことだ。そのために我々はかなりの努力をしている。実際に、世銀によるビジネス環境ランキングでは一昨年の35位から昨年は31位まで順位を上げた。ちなみに日本は昨年39位だ。今のロシア市場は30年前のロシア市場とは全く違う。もはやロシアで投資環境が良くないという議論はなりたたない。さらに言えば、今、LNGというエネルギー資源の需要が大きくなっているが、日本のLNGの約1割はロシアからきているものだ。2009年2月、日露経済合同プロジェクトとしてアジア最大級のLNG工場を建設し、それから10年間、我々は一度たりともエネルギー資源の流れを中断させていない。これはロシアが信頼できるエネルギー資源の供給国だということを証明している。もちろん、ビジネス環境ランキングで31位になったことを過剰評価している訳ではなく、まだまだロシア内に様々な問題があることは承知している。そういったことを踏まえながら、我々はランキングのトップクラス内に入ることを目指してこれからも努力を続けていくつもりだ。

――日露間での経済関係をもっと深めていくためには…。

ガルージン 日露間での貿易高は最近増加し昨年は180億ドルに達したが、10年前の300億ドルに比べると少ない。日露間の経済関係をさらに深めるために必要なことは、日露経済協力のポテンシャルをもっと活用することだ。例えば、ロシアの天然資源開発に対する日本の投資拡大ということを考えれば、ロシア北極地帯での天然ガス開発プロジェクトがある。ヤマル半島やバルチック海浴岸地域でのプロジェクトにはすでにいくつかの日本企業が必要な設備を提供したり輸送サービスを担うという形で参加しているが、投資参加はない。そこに投資が入れば露のLNG生産はさらに拡大していくだろう。そして、欧州とアジアを結ぶ最短回路である北極海路を通じて日本を含むアジア各国にLNGが運ばれていく。是非そういったプロジェクトに日本企業に参加してもらいたい。それが日露経済、貿易、全てを含めて両国関係全体の利益に寄与していくことになるだろう。

――そういった計画への参加を阻む背景には、ロシアの法律が頻繁に変わるため安心して投資出来ないという日本側の声を聞くことも多いが…。

ガルージン 日本の大手自動車会社は10年以上前からロシアに工場を置き、プロダクションチェーンも作っている。法律が頻繁に変わるという議論は10年前の話であり、そういった惰性的な考えを我々は何とかして克服しなければならないと感じている。また、領土問題が日露関係の発展を阻んでいるという考えについては、我々としては日本側からそうではないと聞いているし、ロシア側としてもそれが経済協力の障害になってほしくはない。むしろ幅広い交流を進めて新しい日露関係の環境を作り上げることで、領土問題や平和条約問題といった難しい問題も解決しやすくなるのではないか。昨年11月シンガポールで行われた日露首脳会談の際、両首脳は「1956年の日ソ共同宣言に基づいて平和条約交渉を加速すること」で合意した。加速するためにも良い環境が必要であり、そのための重要な一環として経済協力は欠かせないものだ。

――日本は米国の意向に左右されることが大きい。ロシアから見た米国と中国について…。

ガルージン 米国が日本とロシアの関係を阻んでいることは間違いない。米国は一方的にロシアや中国に経済制裁を発動させる。それがアメリカのやり方であり、我々はそれを厳しく批判している。また、米国や欧州からは中国を覇権主義だと敵対視する動きもあるようだが、私は中国が覇権主義政策をとっているとは思わない。むしろ自分が好ましくない国の内政に武力行使も含めて干渉している欧米の方が覇権主義であることは明らかだ。中国は我々の良き隣人でありパートナーだ。約4000kmもの国境を共にしているが一度も中国が覇権主義政策を行っているところを見たことはない。中国とロシアの間には防衛政策に関する協議も行われており、透明性を保ちながら共同軍事演習も行っているし、国境からお互い数百mの地点まで大きな軍隊を引き揚げるという合意もあり、中国に対して脅威を覚えたことはない。さらに言えば、我々は中国の一帯一路とロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザスフタン、キルギスによるユーラシア経済連合を結びつけてシナジー効果を図るという構想も打ち出している。これは2015年にプーチン大統領が提唱している大ユーラシアパートナーシップ構想の重要な一環になると考えている。

――核を保有していると言われている朝鮮半島情勢をロシアはどう見ているのか…。

ガルージン 確かに朝鮮半島を取り巻く諸問題は大変難しい。もちろん北朝鮮の核武装化はロシアにとって受け入れられるものではない。だからこそロシアは国連が北朝鮮に対して行った制裁にも参加している。同時にこの1年間で朝鮮半島をめぐって見られるようになった米朝首脳会談や南北対話の実現、安全保障上の状況の緩和といった動きを歓迎している。それらはロシアと中国が朝鮮半島問題のために提示したロードマップの通りだ。しかし、この先どうすべきかという点で、北朝鮮が非核化に向けた措置をとった今、国連の制裁は徐々に解除すべきというのがロシアの意見だ。そうでなければ、妥協の精神という外交の基本的原則が機能しなくなる。最終的には交渉当事者である米朝韓との間に非核化に対する合意が出来て、そのうえで、北東アジアにおける安定した平和の維持のために、ロシアや日本などが参加できるような多国間的枠組みが必要になるのではないかと考えている。

――世界平和に向けて日露両国が協力してやるべきことは…。

ガルージン ロシアはアジア地域の安定や世界平和のために積極的に協力をしたい。例えば、今後のエネルギー安全保障という面では、先述のようにロシアが供給するエネルギー資源を日本の投資で開発し、日本をはじめ各国輸入先の多様化に努める事ができるだろう。また、テロ対策という面では、すでに数年間にわたって日露そして国連の麻薬犯罪対策局でタッグを組み、アフガニスタンと隣国にある中央アジア各国のための麻薬取締役官の育成を行っており、昨年12月には探知犬の育成施設を作るという合意にも至った。その他にも中東問題の解決や情報安全保障など、日露両国が有意義に、効果的に協力できる国際問題は多い。お互いに国際問題の解決のために協力していきながら信頼を深め、日本とロシアの関係がさらに良いものになっていくことを願っている。(了)

――昨年7月の広島豪雨災害は大変な状況だった…。

湯﨑 7月豪雨災害では災害関連死を含む115人(平成31年1月15日現在)が亡くなり、5名が未だ行方不明、家屋被害も1万5千棟を超えるという状態だった。今回の集中豪雨は従来のように狭い範囲での災害と違い、広島県のほぼ全域で影響を受けており、被災範囲が広く家屋被害が多かったのが特徴だ。そのため、全壊状態の家屋に住む方はもちろん、半壊や一部損壊でも、綺麗に清掃が終わるまでは仮設住宅に入っていただいた。また、道路や鉄道が寸断されたことで物流が滞り、通学通勤が出来なかったということも今回の災害の特徴だった。一部の企業では従業員が通勤できずに工場の操業に支障が生じるといった状況が2カ月ほど続くなど、インパクトは相当なものだった。そういった間接被害に関しては、例えば、道路は比較的早く復旧して鉄道も一部を除き復旧しているが、一方で直接被害の復旧はまだまだこれからだ。応急的な工事は終わっているのだが、次に同じようなことが起こらないようにするための工事は、例えば、破堤した河川は6月まで、砂防施設の緊急整備は坂町小屋浦地区などの重点地区では12月まで、それ以外は来年3月までという期間を設けている。

――そういった物理的な復旧工事にかかる予算はどのくらいを見込んでいるのか…。

湯﨑 補正予算では7月豪雨災害分の公共事業費で総額1千5百億円程度を見込んでいる。もともと今年度当初予算の公共事業費が8百億円程度なので、その倍に近い額を復旧工事に投入していくことになる。測量設計の手配から色々なところに応援をお願いしているが、その後の土木工事も含めてやはり人手は大幅に足りない。それをなんとか工夫しながら進めている。具体的に2万数千ヶ所もの被災箇所があり、そのうち現在着手しているのは県工事については1~2割程度。復旧・復興に向けてはまだまだこれからだ。災害前に260億円程度あった緊急的な財政出動に備える財政調整基金は現在16億円程度まで減少している。国は国土強靭化のための緊急対策として3年間で3兆円を防災のための重要インフラ等の機能維持に投じることになっているが、今回、さらに災害に備えた投資ということで国から嵩上げしていただくなどの配慮があれば助かることは間違いない。

――「災害を契機により力を入れる」といった策は…。

湯﨑 「早急に日常の生活や経済活動を取り戻すこと」「単に元に戻すだけではなく、より高いレベルの軌道に乗せていくこと」これらを実行する上で「ピンチをチャンスに変えていくこと」という3つの基本方針で、昨年9月に広島県の復旧復興プランを策定した。「見せちゃれ広島の底力!」を合言葉に頑張っているところだ。具体的な中身については、「安心を共に支えあう暮らしの創生」「将来に向けた強靭なインフラの創生」「未来に挑戦する産業基盤の創生」「新たな防災対策を支える人の創生」という4つの「創生」を重点に頑張っている。企業の復旧・復興のための予算は国からの補助金を積極的に活用したり、県の融資枠も150億円程度設定するなどして、計約450億円用意している。災害以前よりも良いもの、生産性の高いものに作り替えていくという点で「創造的復興」を実現させていきたい。特に今はIoTなどデジタル技術の導入が大きな課題になっているため、そういったものを積極的に取り入れることも必要だと考えている。また、防災という点で今回改めて課題として浮かび上がったのは、避難勧告が出ても避難されない方が多かった。いろいろな要因があると思うのだが、その要因をきちんと分析して、本当に避難をしていただくためには何が必要なのか把握すべく、現在調査中だ。その結果に基づいて防災対策を立て直し、いざという時にしっかりと命を守る仕組みや人材を創り上げていく。

――昨年7月の豪雨災害前からの取組である地域金融機関との連携については…。

湯﨑 金融機関も含めて自治体が事業者の皆さんと連携していくことは重要な事だと考えている。もともとは平成26年の広島土砂災害をきっかけに、社会全体で被害を低減させるための取組として「『みんなで減災』県民総ぐるみ運動」を進めており、「知る」、「察知する」、「行動する」、「学ぶ」、「備える」といった側面で色々な事業者に関わっていただいている。例えば、どのくらいの雨量があるのか、どこに避難すべきなのかを知る方法を学んだり、命を守るための避難行動を実際に行ってみたり、避難袋や非常食の準備や、地震に備えた家具の固定方法を学んだり、自治体と事業者が連携して様々なキャンペーンを行っている。さらに、そういったことに関わる事業者の従業員教育といった部分でアドバイスなども行っている。

――瀬戸内全体で取り組むDMO (Destination Management Organization)について…。

湯﨑 広島県が「瀬戸内 海の道構想」を提唱し、瀬戸内という世界に誇れる資産を、広島県だけでなく中国地方、四国地方一丸となって世界中から評価を得られるような観光資源にしていきたいと考えて始めた取組だ。瀬戸内の美しさ、それらを挟む美しい山々を共有する、瀬戸内を囲む7県(広島県、岡山県、徳島県、香川県、愛媛県、山口県、兵庫県)が協力して、瀬戸内ブランドを確立し、地域経済の活性化や豊かな地域社会を実現することを目的に「(一般社団法人)せとうち観光推進機構」を作った。この組織は厳しい地域間競争を勝ち抜くために民間ノウハウを取り入れて戦略と方向性を決め、地域の魅力を統括してマーケティングとマネージメントを行っている。加えて、この取組に賛同した各県の地方銀行等が中心となり、「(株)瀬戸内ブランドコーポレーション」が設立された。この2つの組織が一体となってせとうちDMOを構成している。最大の特徴は(株)瀬戸内ブランドコーポレーションで100億円規模のファンドを作り、クルーズ船への投資や、古民家を改修して宿泊施設にするための投資など、観光プロダクトの充実を目指したエクイティファイナンスを行っていることだ。資金面と経営面で民間企業をサポートする仕組みがあれば、プロダクト開発もかなりやりやすくなり、開発されたプロダクトを(一社)せとうち観光推進機構がプロモーションすることができる。こういったファイナンス機能を持つDMOは世界でも珍しいと言えるだろう。この2つの組織が連携し,せとうちDMOとして,瀬戸内の活性化に取り組んでいる。

――広島県の魅力は…。

湯﨑 広島県は日本をそのまま小さくしたような県だと思う。所得や人口密度などもほぼ日本の平均と同じで、広島市という人口100万人を超える都市から車で30分も走れば、山があり、小川が流れ、田んぼがあるという日本らしい昔ながらの風景が広がる。また、新鮮な瀬戸内海の魚や現代和牛のルーツでもある広島和牛など、日本ならではの美味しい食材も豊富にある。さらに、広島県には嚴島神社や原爆ドームという世界遺産もある。そんな中で、現在、我々が一番力を入れているものの1つは食文化の推進だ。美味しい素材がたくさんあってもそれを調理する人材がいなくてはどうしようもない。すでにミシュランで星を獲得しているようなお店も広島にはあるのだが、さらに若手のシェフを育てるために、県が主催する「ひろしまシェフ・コンクール」の成績優秀者をフランスに派遣して研修機会を与え、数年後に広島に戻ってきてもらうような仕組みを作っている。実際にそういう中から全国の若手シェフコンクールでトップになるような人材も出てきており、そのような形で「広島に行けば美味しいものが食べられる」と認識してもらえるようになれば嬉しい。昨年の災害被害を乗り越え、2019年は創造的復興を成し遂げ、より良い広島県にしていきたい。(了)

――新年はJPXの変革が期待されている。先ずは総合取引所の話について…。

清田 総合取引所の実現は10年来の懸案事項だ。まだ東京証券取引所グループと大阪証券取引所が統合する前の東証時代、株式が中心となっている日本の金融商品取引所はコモディティに進出しなければグローバルな競争には勝てないという考えから始まった。日本株や欧州株、米国株など株式はそれぞれに国籍がある一方で、金や銀、原油や天然ガスといったコモディティ商品およびそれらに関わるデリバティブ商品は無国籍だ。そういった商品を扱う魅力的な市場を提供すればグローバルな投資家を惹きつけることが出来ると考えた。また、この総合取引所の実現については、11年前に第一次安倍内閣で閣議決定までされ、その後も幾度となく「国家戦略」としての位置づけで議論が重ねられ、関連法規制の改正も行われてきたのだが、長らく具体的な話が進んでこなかった。それが動き出したのは、電力自由化に伴う電力先物市場の整備にあたり政府の規制改革推進会議において、現状の商品取引所の経営・市場に対する多くの指摘が寄せられたからだ。

――実際のTOCOM(東京商品取引所)の状況は…。

清田 3年連続最終赤字という状態で、TOCOMの経営体力の限界に不安を感じるグローバルな投資家はTOCOMを利用しづらいという。また、太田弘子さんを議長とする規制改革推進会議では、現状のTOCOMに電力先物市場を任せることは難しいといった厳しい声も出ている。その他にも第一次安倍内閣時に法整備に尽力された遠藤氏が現在の金融庁長官になられ総合取引所創設を積極的にサポートしていただいており、経済産業省においても「本来求めるべき市場のためならば総合取引所に必ずしも反対ではない」という声があるように聞いている。経済産業省が必要としているのは総合エネルギー市場であり、原油や天然ガス、電力などが総合的に取引できる市場の創設を期待している。そんな中で、金融庁と経済産業省の間のコミュニケーションも円滑に進んでいると聞く。何よりTOCOMの濱田社長としても、総合取引所の実現によって真の意味でコモディティマーケットの機能を果たせるようになるのであれば、それは必要なことなのだという意識をお持ちだと思う。

――例えばTOCOMが統合された場合、どこの市場に組み込まれるのか…。

清田 私としては、同じシステムを使っていて、デリバティブに特化している大阪取引所との親和性が高いと考えている。一元的でシンプルになった規制環境のもとで総合取引所を実現することで、JPXグループが有する多様で良質な顧客チャネルを生かして、利用者のニーズに叶う市場運営・サービス拡充を推し進め、アジアにおける我が国コモディティマーケットの存在感向上につなげたい。

――現在JPX内にある市場を統合する話は…。

清田 東証と大証が統合した直後に、東証一部・二部と大証一部・二部、マザーズとジャスダックを統合した方が良いのではないかという話があった。市場第一部・市場第二部は銘柄の性質も類似しておりスムースに統合できたのだが、マザーズとジャスダックについては、歴史的背景や銘柄の性質が異なることから、上場会社や投資家の混乱を避けるため無理に統合するということにはならず、現在の4市場になった。それから丸5年が経ち、2つの新興市場の類似性と相違性をどう説明していくか、あるいは、市場第一部に求められているイメージと実態が乖離しているのではないか、などの課題が見えてきていることも事実だ。市場第一部に関しては、市場第二部やマザーズからであれば時価総額40億円で市場変更できるなど、現在の基準が今の時代にそぐわないハードルの低いものになっているかもしれない。こうした様々な課題を検討していくために、今回、有識者会議を設置することにした。検討の過程では、パブリック・コメント形式で意見募集も行い、来年の春頃までにある程度の青写真を固められれば良いと思っている。もちろん、変更後の姿が上場会社や投資家に大きな影響を与えるものとなった場合は、実現までに相当の時間をかける必要があると思うが、このままでは今の市場がどんどん歪な形になってしまう可能性もあるので、しっかり議論してあるべき市場の姿を描いておく必要がある。

――TOKYO PRO Market、そして取引所全体の課題について…。

清田 TOKYO PRO Marketの認知度が徐々に高まりつつあり、現在の上場銘柄数は30銘柄近くまで増えてきた。近年ではこの市場を足掛かりにJASDAQなどの一般市場に移行するような企業や、知名度や信用力の向上を上場の主目的としている上場会社が多いTOKYO PRO Marketにおいて、上場時に資金調達を行う企業も出てきた。J-Adviserと言われる人たちが証券会社以外から参入してきていることも証券市場を支えていただく仕組みとしては非常に有難いものだ。ここが将来、マザーズなどの一般市場への上場を目指す企業の第1歩目の市場として機能していくような流れができればよいと思う。今はアジアの中でも香港やシンガポールといった都市国家が競争力をつけている一方で、日本は巨大な国内経済力を資本市場の発展に活かしきれていない。株式市場でこそ上場企業の時価総額で世界3番目のサイズを持っているものの、デリバティブは世界で16~17番目だ。インドや韓国、さらには資本市場が自由化されていない中国にも負けている。日本が国力に見合ったマーケットにしようと思ったら現物とデリバティブの相乗効果に加えて、コモディティ市場の拡大が必要だ。

――株のボラティリティが激しいため、昨年、登録制度にしたHFT(超高速取引)などをさらに規制するべきではないかと言う声がある…。

清田 2月や10月にボラティリティが上がった時期があったが、全体としてみれば、例えば米国が2日間で1000ドル下げても日本株は100円ほどしか下げない等、今の日本株の値動きは比較的落ち着いている。HFTはその多くがマーケットメイクを行っており、彼らが流動性を作っているともいえる。彼らがいなかったら個人が不利な価格で売買することになってしまう可能性もあるだろう。マーケットメイカーにより市場の流動性が高くなるメリットは大きい。HFTの登録制が導入された背景の一つには15年夏に起きたチャイナショックに伴う相場の下落にHFTが大きく関与していたのではないかという疑念があった。感情的なHFT悪玉論ではなく本当にHFTがマーケットの動きを破壊しているのかを調べるためにも登録制度が導入された。これによって実際に彼らの売買がマーケットを壊しているのかどうか事後的にすべてチェックされるため、これからのマーケットに対する不安はかなり減っていると思う。登録制導入によって日本株のマーケットから撤退している投資家もいない。

――コーポレートガバナンスについて…。

清田 コーポレートガバナンス・コードを導入して丸3年が経ち、東証の上場企業全体としてのガバナンスは相当良くなっていると思う。とはいえ、企業の中には、色々なしがらみもあり、ガバナンス強化の方向に舵を切ろうとしても、急に組織や体制を変えることができないという面も実態としてあるのだと思う。また、昨今の企業不祥事をみて、「コーポレートガバナンス・コードを入れたことでかえって不正が増えている」と言う人もいるが、むしろ、コーポレートガバナンス・コードの導入によって、今まで隠してきた不正が明るみに出た企業もあれば、ギリギリでガバナンスの改善が間に合って不正を防げた企業もあるだろう。ガバナンス先進国と呼ばれる英国や米国でも、マックスウェル事件やエンロン・ワールドコム事件などの企業スキャンダルをきっかけに内部統制やガバナンス制度の見直しが行われたが、そのような欧州、米国においても今でも不祥事は起きている。日本でも時間はかかるだろうが、着実かつ確実にガバナンスの改善を続けていくことが大切だ。(了)

――選挙で落選した45人を集めてつくった『一丸の会』について…。

馬淵 2017年の総選挙に希望の党公認で出馬し落選、その時、希望の党公認者にはそもそも党籍がないことを知り、無所属であることを自覚した。ならば、その立場から、一つの党がバラバラとなった現状を変えるべく動いてみよう、と思い立った。希望の党、民進党、立憲民主党、無所属の会の4党派のトップと面談を繰り返し、再び合流する方法はないのかと模索した。年明けの通常国会までに、民進党と希望の党とで統一会派を作れないかとの動きが出てきて、私も期待していたのだが、蓋を開けてみればその話も頓挫した。ならば自衛のために情報共有の場を作ろう、と落選した有志で『落選者の会』などと称して集まりだした。振り返れば、現職議員の皆さんではお互いに恩讐を超えることが出来なかったということだろう。そして、そのうち『落選者の会』の中にも「こんなにバラバラな中でどの政党にも入りたくはないし、だったら政治家を引退する」という人たちが現れ始めた。ある程度、各人の志を成就されているのであればそれも良いかもしれないが、まだ当選1、2回の人達が辞めると言い出したので、私はそれは日本の国にとっても良くないことだと思った。17年に当選したのは立憲民主党55名、希望の党50名、元々民進党に所属していた無所属19名の合計124名で、その規模は2005年の郵政解散で我々が議席を減らした時の113名とさほど変わらない。つまり、この規模のその後の動きが政権をとれるかどうかの分かれ道になる。そこで124名を増やすための伸びしろとして希望の党や無所属の落選メンバーを結束して2018年3月28日に『一丸の会』を発足させた。

――落選した人たちにとって、受け皿があり仲間がいるという事はかなり心強い…。

馬淵 落選して個人の活動だけになってしまうと情報が入らなくなる。その点、私の場合は全国に後援会があり、長年の議員活動の人間関係からも霞が関官僚達との繋がりもあり、各党現職議員、政務三役の方々との交流もあり、新しい情報が入ってくるので、それらを一丸の会の皆さんと共有することができる。また、2月になり、いよいよ辞める人たちが出始めてきた時に「辞めない条件はただ一つ、馬淵さんが先頭に立ってやってくれることだ」と言われ、私も浪人でどうしようもなかったのだが、それなりに考え、政党ではなく政治団体をつくることにした。脱落者を生まないため、次の総選挙に向けた当選圏内にいる人たちをきちんと守るための止まり木が『一丸の会』だ。4月に設立総会を開き、毎月の例会では講師を呼んで勉強してもらったり、懇親会を開いたりしている。私も色々な関係やビジネスなどで4年間政治活動をするに困らない環境をつくってはいるものの、45人の面倒を見るのはなかなか大変だ。連合の神津会長をはじめとする皆さん方にはご理解、ご支援を頂き、何とか形になりそうだという思いでこの活動を続けている。

――次の選挙でそのうち十数人が当選したとして、それが一つの党になる可能性は…。

馬淵 我々としては無所属を標榜してはいるものの、それを目的としている訳ではなく、政党が一つにまとまればそこに入る。私はそこの公認候補として出馬するだろうし、そこから皆が出るだろう。とはいえ、一丸の会のメンバーの中には国民民主党が立ち上がった時の総支部長になった人もいるように、地域事情や資金問題がそれぞれにある。どこの政党に属しようが一丸の会のメンバーであることは変わらない。また、まとまらない場合には新たに政党を作る事もあるかもしれないが、それは最終手段であって、あくまでも我々の目的は野党を一つにまとめることにある。もしそうなる場合にも、これまで協力してくれた人たちとの関係も考えながら慎重に判断していきたい。

――安倍政権の外交や財政について思う事は…。

馬淵 野党は安倍政権の戦略をよく分析して、どういうポジションに立つのかをもっと真剣に考えなくてはならない。安倍政権の方針は明確で、最重要事項が経済、2番が外交で、3番として憲法に注力している。1番と2番を交互に優先順位に掲げながら3番を絶妙なタイミングでちらりと見せる。そういったところは非常にうまい。実は安倍総理は消費増税をしたくないと思っていると私は見ているので、2014年の3党合意のもとにやらざるを得なくなった消費増税案を見直しさせることこそ野党がやるべきことであり、野党として最も正しい戦略だ。私がかねてから唱えている消費税引き下げ論はまさにこれで、下げるという事は極端に聞こえるかもしれないが、上げなくても財源の確保は出来る。また、外交に関しては、安倍外交は色々な部分で読み間違えている。2016年の米大統領選ではヒラリー・クリントンを応援に行ったが、そのヒラリーが落選。泡を食いながらまだ就任もしていないトランプ氏のもとへ行き、それを見て激怒した現職オバマ大統領に対しては、慌ててハワイ真珠湾の式典へ赴き謝りに行った。さらにロシアは親露のトランプ氏が大統領になったことで日本との関係はどうでもよくなったのか、山口で行われた日露首脳会談は本当にひどい内容だった。対北朝鮮問題についても置き去りだ。こういう安倍外交の読みの浅さ、場当たり的な外交を野党はもっともっと攻撃しなくてはならない。こういった経済と外交において野党が結集し、ひとつの方向性を打ち出すくらいの強い意志を持ってほしいと思っている。しかし、残念ながら今はそれが見えない。

――45名の中から政策提言はないのか…。

馬淵 私もそれをやろうかと何度か思案したが、政策の議論になるとそもそも政党としての議論になってしまう。理念が一致しなければ政策は作れないからだ。私には私なりの国家観や理念があるが、それを押し付けるわけにはいかない。そういう状況では政策提言はまだ時期尚早な気がしている。もちろん選挙になった時に慌てないように、一丸の会のメンバーとは違う若手官僚や学者などと一緒になって政策パッケージを作るための勉強会は立ち上げている。実は私の事務所「リージョナルデザイン」という名前は地域をデザインしていくという意味でつけているのだが、中央集権と地域主権或いは地方分権、これは対立する概念ではなく「集中と分散」、「統合と分化」という両立するものだと考えている。自民党は結党以来、中央集権的な国家像を掲げているが、時代の流れの中で社会の要請は集中に偏ったり分散に偏ったりする。そのスタビライザー的役割を果たすのが野党だ。かつて民主党が政権を得た時、私は政権交代したばかりで国土交通省に行き、一括交付金を作るための公共事業削減に取り組んだ。地域主権という立場で考えた政策が一括交付金という仕組みだったからだ。そして当時の荒療治によって一括交付金が出来て、47の道府県に財源と権限を与えることができた。これこそが地方の自立であり、地域の新しい街づくりの姿だ。リージョナルデザインを掲げるのは野党の立ち位置だと思っている。

――グローバル化してくると、大きな国に富が集中し色々な問題が出てくる。その反動が今の保護主義だ…。

馬淵 グローバリゼーションという言葉でごまかされているが実はアメリカナイズド、強欲資本主義であり、日本がアメリカの覇権主義に影響されているということだ。米国ではそれが行き詰まりを見せ、トランプ大統領になり世界の警察役を手放した。だから今世界の秩序が崩れだしている。覇権の放棄は不可逆で一旦手放したら二度とつかめない。こういう状況の中で日本が中央集権国家主義を続けるとどうなるか。すでに富の偏在が起きており、地方の疲弊はひどい。野党の存在意義はそこにある。それが私の理念であり国家戦略だ。日本の社会というのは国盗りではなく国譲りでよりよき国を作るために権力を自ら渡す。だから調和と協調が尊ばれる。イエスかノーかを曖昧にすることにより相手を追い込むことも傷つけることもせず、寛容の名の下の相互理解が生まれる国、それが日本だと思う。

――最後に、来年の政局について…。

馬淵 来年の衆参ダブル選挙はわずかながら可能性があると思っている。それは消費税増税の凍結だ。安倍さんも麻生さんも菅さんもリーマン並みの事態が起きれば消費税増税はしないと言っている。私としては来年年初から年央にかけて米国の株価は危険な状況になると考えていて、米国の金利が上昇してくると減税効果による今の米国景気が保つのか、また対中貿易の関税が強化される中で世界経済が保つのかを非常に疑問視している。NYダウも危機感が高まっており、ポジションを外しだしている大手投資家も多いと聞く。実際に来年、米国株が一段と下落してくれば、安倍総理はそこで間髪入れずに消費税増税を凍結するだろう。また、ロシア問題については二島先行返還の検討が始まり来年6月27日に大阪サミット前の会見が行われる予定だが、それまでに首脳同士で返還の合意まで至ることが出来れば、安倍総理はこれを追い風に解散へ持ち込み、衆参ダブル選挙に流れ込む可能性がある。もちろん公明党含めて歓迎しない声はあると思うが、衆参ダブルののちに3分の2の議席を確保して、かつての中曽根総理のように総裁任期の一年延長を勝ち取るつもりだと観ている。そして、21年に憲法改正をやるというのが安倍総理の頭の中にちらちらしているのではないかと勝手ながら想像している。(了)

――同業他社に大きく遅れての銀行業への参入となったが…。

山下 銀行業という観点では遅れているが、ローソンは2001年からATM事業を開始しているため、ATM事業に限れば17年という事業年数の長さは他社と同じだ。しかし、セブン銀行さんはセブンイレブンの店舗外、例えば、エキナカや空港、ショッピングセンターなどいろいろな場所に展開し、約2万4千台まで拡大している。それに対しローソンは銀行免許を取得していなかったために、店舗外に展開することはできず、結果として現在、1万3千台のATMほぼすべてが店舗内に留まっている。また、ローソンのATMは年間2億人のお客様にご利用いただいているが、「ローソン内にATMがあるの?」と思われるお客様がまだ圧倒的に多く、認知度を向上させることが重要だと考えている。

――「ローソン銀行」が設立したことでATM事業はどう変わっていくのか…。

山下 これまでローソンの店舗内でATM事業の運営会社としてサービスを提供していたものが、銀行本体としてローソン店舗内でサービスを提供するようになった。とはいえ、従来通り他行のカードも利用できる。そういう意味ではようやくセブン銀行さんに並んだかなとも思う。

――そもそもなぜ銀行業に参入しようと考えたのか…。

山下 銀行業をやるとはいえ、既存の銀行モデルを展開しようとは思ってはおらず、どちらかといえば銀行業の免許を取得することが必要だった。銀行免許を取得したということは、ガバナンス体制やリスク管理体制が構築されているということに裏付けされているためだ。一般消費者からすると、何とかPayなどフィンテック企業と銀行は違うとの認識がある。近年、アマゾンやLINEなどのフィンテック企業が巨大化しているが、いまだに日本国内で銀行業を取得した事例はない。一般のお客様の信頼感を裏打ちする点で銀行免許には意味がある。また、これまでは自分の手足であるATMを店舗外に置くことができなかったが、銀行免許を得たことでこれが可能となる。自分たちが思うような場所に設置できるため、認知度向上やお客様の利便性を向上させていくことができる。他方、地域金融機関を中心に各金融機関が、コスト削減やお客様へのアプローチの方法の改善など様々な経営課題を抱えている。これまでのATM事業運営会社では無理であったが、銀行業を取得したことで協業がやりやすくなった。銀行間の協業という形ですでに話を進めているが、これまでの立場では出てこなかった提携話などが出てきている。

――銀行間の協業は具体的にどういったイメージか…。

山下 例えば、地方銀行のATMを我々が肩代わりしてコストを削減することができる。福井銀行との協業の例では、福井県には年間90万人が訪れる恐竜博物館があるが、当然、福井県民が毎日通っているわけではなく、訪れる人々の大層は県外もしくはインバウンドのお客様だ。福井銀行のATMを設置しておいても訪れるお客様は自分のカードが使えるかどうかわからないと思われるだろう。また、海外のカードに対応していないという問題もある。そこに我々のATMを設置する。ただ、我々の名前だけではなく、福井銀行とローソン銀行のダブルネームとする。そうすると、地元のお客様にとっては福井銀行のATMだから使える。県外およびインバウンドのお客様も利用できるということになる。福井銀行にとってはコストが安いATMを設置でき、地元のお客様の利便性を守りつつ、県外およびインバウンドのお客様のニーズにも対応できるといったウィンウィンの関係が構築される。他方、ローソンは主要なコンビニでは最も早く全国展開を達成しており、現在約1万4000店舗まで拡大した。ローソン銀行ATMも1万3000台を超えている。ただ、既存の銀行ビジネスを展開するわけではないため、1万3000店舗の支店を持っているというよりは、1万3000個のタッチポイントを持っているといった考えにある。

――金融商品の品揃えについてはどういったものを考えているのか…。

山下 コンビニに来店されるお客様、インターネット経由で利用されるお客様といらっしゃるが、いずれにせよ、既存の金融機関で資産運用を行っているようなお客様を対象にするのではなく、逆に投資や貯蓄の経験が浅い若年層の方々にとっての「初めの一歩」をお助けするような、非常にハードルが低く、単価の小さいものを揃えていく。商売としては柱になりにくいと思うが、パートナーである銀行や証券会社の商品を、例えばコンビニの店頭で、あるいはネットで販売する。また新しく口座を開かれるお客様をパートナーである金融機関につなぐというのも一つのビジネスになる。場を提供するというのがコンビニの一つの商売の仕方でもある。ナショナルブランドを並べ、おもしろいサービスを提供し、お客様に来ていただいて購入していただく。そうした金融のプラットフォームを構築し、そのうえに様々な金融機関から商品を提供していただき、興味のある方にご購入いただくといったように、既存のコンビニの延長として、金融のコンビニを創造していきたい。

――あくまでも若年層をターゲットとするということか…。

山下 もちろん富裕層の方々に来ていただくのは大歓迎だが、どちらかというともっとすそ野の広いところで、これまで金融経験がない方々に機会を提供していきたい。例えば、銀行に行くときにつっかけサンダルでいくと、なんとなく抵抗はあるが、コンビニに行くときに誰もそんなことは考えない。誰もが気軽にいけるような場所であることは変わらない。普段使いの金融というところにフォーカスしている。

――少額投資となると投資信託がメインとなるが、株や債券の販売は…。

山下 当面は販売しない。投資初心者の方々に初めからボラティリティの高い商品を勧めるわけにはいかない。経験則として底堅く、貯まりやすい商品となると商品数は限定的となるだろう。

――ポイント制については…。

山下 当然のことながらポイントは導入しており、口座開設してくださったお客様や金融商品を購入する際にポイントを付与している。さらに来年にも発行を予定しているクレジットカードも還元率の高いものにする方針だ。

――フィンテックの台頭でATMの必要性が薄まってくるのでは…。

山下 銀行ATM自体が今後増えていくとは思っていない。日本全体で非キャッシュの割合は20%程度と言われており、政府はこれを60%まで引き上げることを目標としている。しかし、それが実現したとしても40%のキャッシュ払い需要が残る。マーケットが縮小するとしても必ず残るものであり、それを支える社会インフラは必要不可欠だと考えている。また、我々は一番新しくできた銀行であるため、支店網や何千人、何万人という従業員を抱えていない。その点では最後発と言われるが、フィンテックなど新しい金融分野においては横一線のスタートであるということができる。ただ、我々としては既存の銀行業務をやるつもりはなく、新しいマーケットが広がっている今やるべきことはたくさんあると認識している。

――異業種の参入によって銀行の個人向けローンに逆風が吹いているが…。

山下 ソフトバンクがみずほ銀行と組み、またKDDI、NTTドコモも参入してくるだろう。そうではなくとも個人ローンの審査には携帯料金の支払いが一項目に入っている。また、日本よりも早く、顧客のことを丸抱えでわかって貸し出しているアリペイなども日本に進出してくるだろう。我々は今、直接情報を得ることはできないが、年間来店される35億人のお客様の購買行動やATMをご利用いただくお客様との接点などを含めてみれば、正確な審査も可能となるだろう。また少額のローン需要への対応は不可欠であるため、そういうニーズにお応えするのも一つの責務だ。ただ、我々はバランスシートを使う既存の銀行のビジネスモデルは考えていない。こうしたローンが提供できるならば提供するが、例えば地域金融機関さんにローン債権を持っていただく形にしていきたい。

――フィンテックとの協業で具体的に検討されていることは…。

山下 フィンテックと呼ばれるかどうかはわからないが、一つはキャッシュレス決済が挙げられる。ATMを展開しているので現金は重要だが、コンビニの店頭ではキャッシュレス比率は20%を超えてきているなかで、我々も対応していかなければならない。また、我々はこれだけのお客様がいて、しかもお客様との接点を面展開で持っているという意味では、さまざまなフィンテック企業から協業したいという声を頂いており、少しずつ検討を進めている段階だ。陳列する商品はすべてオリジナルブランドである必要はない。我々ができないことは外部にお願いする。人間でも会社でも10年、20年とやっていると自分の流儀に偏るが、まだ始まったところであれば、自由にできる。そういう点が我々の特徴であり、そういった銀行があってもいいと考えている。

――インバウンド顧客へのサービスは…。

山下 ATMについては既に海外発行のカードに対応しているが、これから海外からの働き手が増えて、クロスボーダー取引の需要が出てくるため、送金分野でもベンチャーと検討を進めている。

――10月15日に開業して1カ月経過したが感触は…。

山下 おかげさまで口座数は予想以上に増加しており、足元では1万口座を超えてきている。

――口座開設はどうするのか…。

山下 そこが我々の一番難しいところではあるが、コンビニの店頭で口座開設手続きを行うと銀行代理業の問題となる。この点を我々は注意深くやっているところで、基本はスマートフォンもしくはWebでお客様に直接口座開設手続きを取っていただく形としている。仮に各店舗が銀行代理業の免許を取って営業した場合、24時間365日やっている銀行という大変な規模の業務になる。我々としてもその1万3000店舗をたった150人で管理するのは難しい。現在の150名体制でできる仕事の作り方にしていきたい。

――今後の抱負は…。

山下 前職で30数年間に渡り銀行員を経験してきたが、入行した当初は銀行というのは社会の黒子だと教わった。しかし、何年か経過してバンクディーリングなどで1千億円単位の儲けが出てくると、金融自体が経済の中心であるような錯覚を覚えてしまった。また、銀行は預金をお預かりして貸付を行う、経済のいわばインフラにあたり、それでありながら金融が経済の中心にいると考えがちだ。このように銀行は本当にお客様にとって良いサービスができているのだろうかと長年考えていたなかで、今回の銀行立ち上げを行うことになった。1万4000店舗を持つローソンというお店に年間35億人のお客様が来店される。またATMも年間2億人のお客様にご利用いただいている。こんなに人との接点を持っている金融機関はないことから、当行こそ人の役に立てる金融になれるはずだと考えた。本当に、一番お客様の役に立つ、一番お客様の近くにある銀行にしていきたいと考えている。

――UAE(アラブ首長国連邦)について…。

アルアメリ UAEは1971年、中東で初めての連邦国家として建国した。それまで中東地域で連邦国家として発展した成功例はなく、中東の人々の考え方や情勢の中で実行するにはとても難しいコンセプトだったが、UAEは他の中東の国々とは少し考え方が違っていて、それが幸いして成功し、今に至っている。背景にはUAE建国当時の指導者であるザイード初代大統領や、彼に続くシャイフ・ハリーファ現大統領の強いリーダーシップがある。今年で建国47年の若い国であるUAEは国を率いる首脳陣も若かった。その若きリーダー達を信じて国民がついて行った結果、完全に砂漠状態だった国が半世紀もたたないうちに、高層ビルが立ち並び、たくさんの観光客が訪れる現在の状態にまで発展していった。特にアブダビとドバイは今や中東地域のハブとなっている。

――さらに発展させていくために、今後、力を入れていくことは…。

アルアメリ 建国時の目標は経済、幸福度、福祉、治安、教育、医療、全てにおいて世界ナンバーワンになることだ。さらに50年後、100年後の国家ビジョンがそれぞれあり、それに沿った国家戦略で動いている。UAEの規模自体はそんなに大きくないが、インデックス指標の目標数値に向かって着実に進んでいる最中だ。すでに中東地域内での幸福度インデックスは1位になっており、数年前に行った中東の若者に対するアンケートで「どこに住みたいか」という問いに対して70%がUAEと答えていた。UAEは7つの国からできた連邦であるため、色々な文化を尊重して共存・共栄していこうという考え方が根底にある。実際に今、UAE内には約200国籍の人々が共存しており、文化、宗教、言語、習慣が違っても皆が安全で幸せに暮らすことが出来ていることを証明している。むしろ違うからこそ面白い、もっと知りたいと考える人たちがUAEには多く住んでいると言えよう。

――中東と言えば紛争が絶えない地域というイメージが強いが、UAEへの影響は…。

アルアメリ もちろん、中東地域内で起こっている紛争の影響を受けていない訳ではないが、UAE自体は経済的、政治的、社会的にも安定している。中東のテロと戦争の撲滅は世界中の課題だ。米国で9.11事件が起こった時、世界中がアルカイダというテロ組織を許せないと思い、撲滅のために立ち上がった。しかし、当時アフガニスタンで活動していた小さなアルカイダ組織は、今ではイラク、シリア、リビア、イエメンと世界中に組織を拡大させている。9.11後のテロ対策は失敗しており、テロを利用するために、今でも政治的に、メディア的に、金銭的にサポートしている人たちがいるということだ。

――テロを支援する人たちとは具体的に…。

アルアメリ 中東問題に詳しい人はすぐにわかると思うが、テロ組織をサポートしている最大の国はイランだ。イランの軍人がイラクやシリア、イエメン、パレスチナ、レバノンなどあらゆる国の政府組織の中に入り込み、自国以外でのイランの存在感を高めようとしている。例えば、レバノンではヒズボラ、パレスチナではハマスといった組織だ。特にヒズボラという組織はレバノンの政党として政治に絡まっている。その政党が掲げるものはレバノンという国への愛国心ではなく、イランへの忠誠心だ。ハマスも同様で、さらにイラクやイエメンにもそういった政党を作る動きがある。イエメンにはイランの影響だけではなくアルカイダとISも含まれている。次のイラク、次のシリア、次のレバノンが集まってイエメンに新たな巨大組織が出来つつあるということだ。イランは1979年に起こったホメイニーを指導者とする革命後、全てが変わった。革命のコンセプトはシーア派の考え方を世界中に広める事だ。イラン以外の国の国民も、シーア派の考え方を持っていればイランがその活動を支援してシーア派の考え方を世界中に拡大させている。どんなに米国やEUや日本が協力して軍事的にテロ組織で戦う人たちを殺すことが出来たとしても、その思想は殺すことが出来ない。考え方というものは若い頃の教育に始まる。若者には教育の先にある希望を与えて、選択肢を与えなければならない。私が中東で一番危ないと思うのはそれらがないという事だ。だから、洗脳されてテロ組織に入ってしまう。この問題を解決しない限り中東は安定せず、経済も発展しない。経済が発展しなければ、希望も選択肢もない。

――イランの核兵器問題について…。

アルアメリ イランが核兵器を保有すれば、次の日にサウジアラビアが持つ。それは当たり前の流れだ。中東地域の人々にとってそれは大変危険なことであり、トランプ大統領がイラン核合意から離脱した時にもUAEはその懸念を伝えた。イランへの経済制裁が無くなり再び莫大なお金がイランへ入るようになったとして、そのお金がイランの発展のために使われるのであればUAEにとっても喜ばしいことだが、イラン国内外にあるテロ組織のサポートと核兵器開発とミサイル開発のために資金が使われたらどうなるか。実際にテロ組織は拡大している。このままの方向で進み続ければ中東は崩壊してしまう。

――UAEのように成功した例を見せることで、中東の若者に希望を与えることが出来る…。

アルアメリ 実は10月29日にUAE初の国産衛星を日本の種子島から打ち上げた。2020年には火星探索衛星の打ち上げも予定している。このようにUAEでは宇宙開発プログラムも作っている。こういった活動をUAE内の若者だけでなく中東地域すべての若者に示すことで、若者が戦争やテロ活動に走ることなく、他にたくさんの選択肢があるということを知ってもらいたい。UAEは小さい国なので、それがどこまで届くかわからないが、メディアはそこに重要な役割を果たしてくれると信じている。そして、1971年建国時に決めた「世界ナンバーワンになって、その成功例を中東に示す」というコンセプトをしっかり守って進んでいきたい。そのためにも、他の国からのサポートは必要不可欠だ。特に日本は平和や教育を重んじ、科学技術や経済の発展という面において実際に成功モデルを示すことの出来る重要な国だと考えている。

――UAEと日本の現在の交流について…。

アルアメリ 現在UAEに住む日本人は約5000人で、これは中東と北アフリカを合わせた中でも一番大きなコミュニティだ。中東のイメージにありがちな女性差別もUAEにはほとんどなく、タクシー運転手にも女性が活躍している。閣僚評議員(大臣クラス)の人数も33人中9名が女性であり、国会議長も女性だ。政府関係の仕事は女性の割合の方が多いかもしれない。一方で日本に住んでいるUAEの人数は120人くらいでその内の約100人は学生だ。UAEは国の人口自体が少ないため100人は多い方で、その留学生たちは「UAEの金の卵」と呼ばれている。日本とUAEは3年ほど前から「包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアティブ(CSPI)」というプロジェクトを進めており、今年4月には安倍総理大臣がUAEを訪問し、このプロジェクトに基づいた両国間における経済、文化、安全保障、防衛すべてを含めた長期的な協力戦略に関する共同声明を発表した。具体的には、両国がそれぞれの地域情勢を考えた時に、政治的、経済的にどのようなランドスケープを望んでいるのかをお互いに共有することだ。その望んだ形を実行に移すことができれば、UAEと日本の関係はさらに素晴らしい方向に向かっていくだろう。

――日本のマーケットに対する要望は…。

アルアメリ 私自身、日本に初めて来たのは高校を卒業してすぐのいわゆる「金の卵」組の一人で、日本で成長してきた。だから日本人が大変素晴らしい考え方や文化、そして技術を持っていることを知っている。しかし、その素晴らしい文化や技術を日本の外に出そうとした時に、国外に適応させることが少し難しいような気風がある。それが残念で、もっと柔軟性があればよいのにとか感じている。もちろん、時代や世代とともに徐々に変化はみられるが、日本と考え方の似た国の中から本当に信頼できるパートナーを見つけて積極的に世界に出ていけば、もっともっと良い結果につながると思う。その可能性はとても高く、我々UAEだけでなく、UAEをハブとしたインドやアフリカ等、これから成長していく国へのアプローチのチャンスがたくさん待っていることだろう。(了)

――国民民主党代表代行としてコミュニケーション戦略を担当されている…。

古川 この度新たにコミュニケーション戦略担当を設けたのは、政党でも、単なる広報ではなく自分たちが考えていることをきちんと外に伝えていくことが大事であると同時に、党内で議員や職員の思いや認識をみんなでしっかりと共有していくインナーコミュニケーションが重要だと考えたからだ。これは企業ではすでに力を入れていることだ。今の我が党の状況はベンチャー的な新しい部分がある一方で、厳しい見方をすれば経営が傾いた会社ともいえる。私は、傾いた会社を買い取って、そこに残っている資産を活用しつつ、これから新しくベンチャーとして新規事業を立ち上げようとしているというイメージを持って党幹部の一員として党運営にあたっている。以前の民主党の良い部分は残しつつ、悪かったところはこれを機会に直して、ここから新しい政党を築いていきたい。

――新しい政党が目指すところは、具体的に…。

古川 我々が本当に目指すところは何なのか、そういったところから党内での議論を始めて一カ月。ようやくタグラインとステートメントが纏まったところだ。企業で言えばコーポレートアイデンティティーとなるタグラインは「つくろう、新しい答え」。そこに込められた意味は、未来を見据えてこれからの社会を考えた時にどういうことをしていかなくてはならないか、他の政党が示していない“新しい答え”、その解決策を示していくことだ。世の中は政権与党だけで動いているのではない。野党も必要だ。政治の世界だけでなく社会の現場に入り込んで新しい答えを見つけ、時の政権が間違っていれば勇気をもってその間違いを正し、新しい答えを訴える。ただの否定や反対ではなく、みんなの意見を集めて議論し新しい答えをつくるというのが我々のスタンスだ。人口減少社会、人生100年、AIという新しい時代に対応した社会をつくっていくためにどうすべきか、外からの声を幅広く聞きながら、これから具体的な政策を作っていきたい。未来を考えるという点で、新しい時代の若い世代の声は特に重要だと考えている。

――タグライン、ステートメントの後に続く実際の政策で重要視することは…。

古川 これからの時代の政策を考える上で一番重要なのはサステナビリティだ。社会についても財政についても持続可能性が大切であり、この点、アベノミクスもサステナビリティの観点から検証する必要があると思っている。私の考えでは、残念ながら今のアベノミクスはサステイナブルではない。今の状態を続けることは出来ず、どこかで必ず行き詰まるだろう。人口減少時代でも社会がサステイナブルであるためにどういう仕組みにすべきか、人生100年時代の社会保障をどうしていくのか、AI時代における教育はどう在るべきか、すべてサステナビリティと言う観点から見直していかなくてはならないと考えている。

――外交についての野党の考え方は…。

古川 今、世界の状況が大きく変化しており、それこそサステイナブルではない状態に突入しているように感じる。振り返ると約30前にベルリンの壁が崩壊し、欧州における東西冷戦が終結し、そこから経済におけるグローバリゼーリョンの流れがおきた。今、東アジアで起きつつあることは、その30年前に欧州で起きたことがこのアジアで起きつつあるともいえる。北朝鮮の今後の動向はまだわからない部分も多いが、第二次世界大戦後から続いている東アジアの冷戦構造が終焉を迎える新しい時代に入ってきたのではないか。地政学的にもトランジッションエリアにある今、外交戦略も大局観を持って、これまでの戦略の延長線ではない「新しい答え」が必要だと考えている。

――米中貿易摩擦は新しい冷戦のスタートだという見方もある…。

古川 ある意味それは事実で、安全保障も含めた米中の冷戦という面はあるだろう。約30年前の冷戦終結で訪れたグローバリゼーションは、別名アメリカナイゼーションとも言われていた。そのアメリカがアンチグローバリゼーションを唱えるというのもおかしな話だが、主観的にも客観的にもそういった米国一極集中の世界をつくることはできなくなっている状況で、中国などの新しいパワーが台頭してきている。歴史は繰り返し、昔起きた出来事が形を変えてまた新たな形で似たようなことが起きるものだ。実は2005年頃に東京大学名誉教授の佐々木毅先生が「なんだか最近の世界を見ていると100年前に似ているような気がする」と仰っていて、私はその後100年前と比較しながら世界を見てきたのだが、やはり本当に似ている。第二次世界大戦後、各国が責任をもって世界秩序を維持し安定させようとしてきた時代から、それぞれが各々自国を守るという時代に入りつつある。こういう時代だからこそ、歴史に学びながら今後の日本の外交の在り方を考えなくてはならない。

――代表理事を務めるシンクタンクについて…。

古川 これは党とは一線を画した一般社団法人として設立したもので、衆知の意見を集めることを目的としている。党の直属ではなかなか幅広い人たちに集まってもらうことが難しいが、このような党とは一線を画したシンクタンクをプラットフォームとし、新しいテクノロジーを使ってオープンイノベーションで幅広い声を集めていきたい。かつて松下幸之助翁は「衆知を集める」ことの重要性を説いたが、ネット時代になって、名実ともに衆知を集めることが可能になったと思う。ネットを通じて集まった声の中から新しい政策の種を見つけ出していきたい。このシンクタンクにおいては、議員も参加する。一般市民もすべてみなフラットな平等の立場で声を発し、誰でも自由に参加できるプラットフォームとするこの全く新しい形のシンクタンクは、まさにベンチャー的な我が党がやるべきことだと思う。やってみなくては結果はわからない。とにかくチャレンジして、それで問題があれば修正していくという形で試行錯誤にはなると思うが、いろいろと新しいことにチャレンジして、新しい未来を作り上げていきたい。(了)

――日本とインドネシアの友好関係についてうかがいたい…。

石井 今年は日本とインドネシアの国交60周年。スローガンは「ともに働き、ともに歩む」だ。役所的には「戦略的パートナー」というが、一方向に利益を追求するのではなく、共同して一緒に発展、協力していく双方向の関係を築いていく。両国は同じ問題に直面することが多く、具体例として地震が挙げられる。インドネシアでは、10年以上前にスマトラ島のアチェで、直近ではロンボク島やスラウェシ島で地震が起きた。スマトラ島の地震の際、日本は直後の支援だけではなく、避難所を作る、津波の高さにポールを立て、避難訓練を行うなどその後の対策も講じた。一方で、日本で起きた東日本大震災では、インドネシアの中高生からの温かいメッセージや物資供給など、物心両面で支援をうけた。最近のロンボク島やスラウェシ島での地震においては、現時点で日本も支援の調整を行なっている。

――経済的な関係性については…。

石井 インドネシアは、自国の発展のために投資が必要であり、輸出産業の発展、そのための人材育成を必要としている。この点において、日本はあらゆる側面で助けることができる。インドネシアの輸出額のうち20%が現地に進出している日本企業が作り出している。人材育成は個別企業ごとにも行なっており、投資額は日本が実質的に№1だ。また、日本企業は、日本国内マーケットには限界があるため、インドネシアに進出することで、今後の活路を見出している。労働賃金の水準を見ても東南アジアは安く、さらに輸出拠点とするためだ。これまではタイを中心に進出していたが、現在はベトナムを初め、国内マーケットが大きいインドネシアなどに企業の関心が向き始めている。インドネシアは、東南アジア、インド、中東、アフリカへの輸出拠点としての機能も地理条件上担い得るため、日本の産業から見ても重要な国である。そのため、将来に現地で優秀な人材を得るための投資として、現地人のスキルを上げるための人材育成に取り組んでいる。つまり経済関係においては両国がWin-Winな関係性を築くことができている。

――インドネシアの人々の日本に対するイメージは…。

石井 確かに中国企業などもインドネシアに投資を行っているが、日本への期待は彼らに対するものより大きい。日本は、東南アジアではブランドイメージが良く、個別日系企業においては、中国企業とは異なり現地の人材育成に対して投資を行うため、将来的に生じる経済的な波及効果への期待も高い。また、インドネシアでは、所得レベルが上がると日本食を食べるようになり、より一層日本の歌や文化にも触れる機会が増える。日本に接する機会が増えることで、日本に旅行したい、日本で勉強したいという声にもつながっている。しかしながら、ブランドイメージは競争である。最近は韓流ドラマや音楽などがインドネシアでも流行しており、安穏としていられない。

――60周年のイベントは…。

石井 1月20日の開会式には自民党・二階幹事長が参加し、歴史的な建物にプロジェクションマッピングを投影したほか大規模な音楽フェスティバルを開催するなど日本文化に触れる機会を作った。音楽フェスディバルでは、日本の有名な歌手を呼んでおり、たとえばKiroroさんの「未来へ」などが人気だった。他にも、「絆駅伝」が行われた。インドネシア人と日本人の4人でチームを作り10キロメートルを走るイベントで、1つの襷を日本人とインドネシア人でつないでいく。今年は私も含めて約1600人が参加した。日本人がチーム力を大切にするように、インドネシア人もチーム力を大切にしていることが改めて実感できた。こういったイベントの他に、「プロジェクト2045」を進めている。

――「プロジェクト2045」とは…。

石井 2045とはインドネシアが独立100周年を迎える年だ。有識者が集まり、今から27年後までにインドネシアと日本がどのように変化し、協力し合えるかを議論する場だ。本プロジェクトでは、3つの共通目標と10の課題がある。3つの共通目標のうちの1つは、国際社会において穏健でグローバルな勢力になること。インドネシアはアセアンの盟主で、既にG20にも入っており、現在GDPでは世界第16位である。国際的にさらに勢力のある国になってほしいと思っているし、日本も協力したいと思っている。インドネシアはイスラムが大多数であり、世界的にも穏健なイスラムを代表するような勢力になりたいと思っている。そのため、イスラム世界は中東だけではないことを世界に認識してもらうため、イスラム教を教えるための国際的な大学を作りたいと考えている。また日本と共同でパレスチナの支援もしているため、穏健である日本との活動は世界的にも印象づけられる。しかし、20年後の日本自体が、人口減少や高齢化がすすんでいるため、世界的に影響力のある勢力であり続けられるかは分からないという問題を抱えている。

――人口問題では補完しあえると…。

石井 両国が世界のトップ5のGDPになることが第2の目標だ。インドネシアのGDP成長率はこのところ5%台であり、このまま成長すれば2040年過ぎには中国、アメリカ、インドに次ぐ世界でトップ4になる。他方、これについては実は日本が問題であり、5番目に滑り込むとされているが、ブラジルの成長率トレンド次第では抜かれる可能性がある。このぎりぎりのところを両国で協力していこうと考えている。例えば日本は今後高齢化が進むが、インドネシアは比較的長く人口ボーナスを享受する中で人口そのものも多いため、インドネシアは日本へ労働力が提供できる。そして、第3にクオリティ・オブ・ライフを高めていくことも共通目標だ。持続可能な開発目標(SDGs)では2030年までの目標が定められているが、その目標をさらに超えた水準に到達するように高めていく。インドネシアのGDPは毎年5%ずつ成長している一方で、同時に500万人ずつ人口も増えている。成長率を高めることに加え、IT技術の活用により、地方で不足している医療や電力などの問題を解決することも必要だ。IT技術においては、日本が協力できるところであり、日本にとっても新しいビジネスの可能性を生み出すことができる機会である。

――アメリカの通商政策がインドネシアに及ぼす影響について…。

石井 アメリカと中国の貿易戦争がどのように影響するかはまだ定かではないため、少し様子を見たほうが良いと考えている。たとえば、双方の貿易摩擦が世界的に影響を及ぼした場合、インドネシアの経済は資源マーケットに頼っている側面もあるため、影響が出る可能性はある。しかしながら、アメリカと中国の貿易摩擦が長期化した場合、インドネシアにとってはプラスの効果をもたらすと考えることもできる。貿易摩擦の長期化により、中国に進出しているアメリカ企業が、インドネシアやタイを新たな投資の対象とする可能性があるからだ。今のルピアはレートだけを見れば1997年~1998年の通貨危機と同じような状況にあるが、政治的に民主主義であること、インドネシアの経済自体も安定してきており、当時の通貨危機を経験した人たちが当局の中心にいることから、個人的には危機感はあまり感じていない。ファンダメンタルズの観点でも、外貨準備は月々の輸入支払いと対外公的債務返済の半年以上分あり問題はなく、アメリカがFFレートを上げた際も、適切な金融政策をとっている。また、輸入規制も含めた通貨安対策が迅速に効果的に対応しており、世界的な危機がある場合を除き、インドネシアのマーケットが攻撃対象になる可能性は低いと見ている。米中の関係に関わらず日本とインドネシアの関係性に影響はない。両国間の関係は安定的であり、日本企業がインドネシアを輸出拠点とし、人材育成などの投資を行うことで、Win-Winの関係が築けているため、大きな変化はないだろう。

――両国間の将来について…。

石井 インドネシアと日本の関係はこれまでも良かったが、これからはさらに加速していくと考えている。日本とインドネシアの国交60周年のロゴマークがあるが、本デザインはインドネシア人の17歳の男子高校生が作成した。日本、インドネシア両国から募集をし、作者は伏せて投票したが、両国の審査員満場一致で本デザインに決定した。作者は、ジャカルタにも出てくることが困難な地方の若者だが、副賞として助成を受けて一週間日本へ行き、日本文化を体験した。将来、デザインの仕事に携わりたいといった目標ができたという。若者が良い関係を築き上げることは、将来の投資にもなる。国交60周年は、両国間の将来の関係を議論する非常に良い機会であり、さらに今後の関係性も明るいと確信している。

――リーマン・ショックを振り返って…。

日比野 リーマン・ショックの足音は07年のパリバショックの頃から聞こえており、随所で金融危機への警鐘も発せられていた。そして、08年3月に米証券大手のベアー・スターンズがJPモルガン・チェースに救済合併されたことで危機感は更に高まった。当時、大和証券はリテール業務とホールセール業務を分社化していたのだが、マーケットにおけるデリバティブの価格がすでに大荒れになっており、グループ全体の経営へのインパクトも大きかった。そのため、異例の対応ではあったが、08年7月から当時持株会社の専務として企画を担当していた私が大和証券SMBCの商品管掌を兼務し、難しいポジションの整理に取り掛かっていた。それが、リーマン・ショックが起こる2カ月前だ。複雑に入り組んだポジションはもはや会社のバランスシートから外すことができない状況になっており、結局、そのポジションを一掃できたのは、私が社長になってから数年の後だった。今では非常にきれいな状態になっている。日本はリーマン・ショックによる実体経済の痛みが大きく、さらにその後、東日本大震災という不幸な出来事もあったため、危機の発端だった米国に比べて株式相場の戻りが遅かった。その傷がほどほど癒えた頃に安倍政権が誕生してアベノミクスがスタートし、一気に為替も株も戻り、ほどなく我々の格付けもBBB格からA格に戻すことが出来た。日本の金融システムはバブル崩壊後10数年もの時間を要したものの、既に、健全な形になっていたため、金融システム全体が揺らぐという事はなかった。それでも、リーマン・ショック時の一時的な資金繰りは本当に大変だった。1997年の日本の金融危機時よりもましだったが、それなりに苦しい経験をした。

――リーマン・ショック時と97年の金融危機時の違いは…。

日比野 97年頃の日本は、バブル崩壊後数年が経っていたとはいえ不良債権の処理が終わっておらず、そこにデフレの波がじわじわと押し寄せてきていた。私の理解では、金融機関の健全化が完了したのは2003年5月のりそな銀行への公的資金の注入時であり、マーケットもそこで綺麗にボトムアウトしている。97年7月にタイから始まったアジア通貨危機はバブル崩壊後の損失処理を皆で飛ばしながら先延ばしにしてきた日本の金融機関に更なる打撃を与えた。とうとう飛ばしきれなくなった瞬間の97年11月は、本当に毎週のように大手金融機関が破綻していった。当時は山一證券を助けるだけの体力も残っていないほど日本全体が弱っていた。一方で、リーマン・ショックは日本発ではなく、また、大きな被害を受けたのは運用している人たちであったため、銀行などの間接金融はそこまで大きな影響を受けていない。我々のリーマン・ショック当時の含み損がどのくらいだったかは定かではないが、最大で1~2千億円くらいだろうか。主に複雑なデリバティブに絡む含み損は、代替ヘッジを繰り返しながら時間をかけて無くしていった。流動性のない30年債があるとして、5年債をその30年債の額面の何倍かショートするような話だ。もちろん、実際の値動きはマーケットの上下や為替によって不規則に変化するため、計算通りに収まる訳ではない。きれいなバランスシートにするにはかなりの期間が必要だった。

――当時、一番苦労したことは…。

日比野 我々の利益の源泉の一つである仕組債ビジネス自体を抑制する中で、債券部門の収益を上げていく点で苦労した。幸いマイナス金利ではなかったため通常の債券ビジネスでも少しは利益が出て救われた。また、デリバティブ関係のポジション管理の精度をあげるためにシステム関連のレベルアップを図り、海外から多様な人材を集めて刷新した。本当の意味での最先端の金融工学を学んだ人たちを雇うためには、かなり高い人件費が必要だったが、それがなければ当時の対応は無理だったし、必要だったと思う。デリバティブ市場自体はリーマン・ショックを経て縮小しているかと言われれば、そうではない。机上の理論だけで存在するような複雑系のデリバティブ商品は無くなってきたが、一方できちんとコントロールできるようなデリバティブ関連商品・仕組債は残っており、むしろボリューム的には増えてきているのではないか。

――リーマン・ショックを機に、デリバティブ市場が整理されたと…。

日比野 デリバティブ市場も証券化市場も、ある意味、地に足のついた形になったと思う。リーマン・ショック以降、世界の投資銀行のビジネスモデルは根本的に変わり、過度にリスクを取った自己投資が否定され、顧客に根ざしたビジネスを行うようになった。BIS規制で金融機関の健全性を徹底的に求められるようになったことも、大手金融機関発の金融危機やそれを救うための税金投入などの再発防止に役立っている。だからといって今後何も起こらないとは言い切れない。超金融緩和が10年も続いた結果、随所にバブル的現象は存在しており、警戒を解くわけにはいかない。また、リーマン・ショックを契機として、企業活動の価値観も大きく変化した。ESG(環境・社会・ガバナンス)、SDGs(持続可能な開発目標)、或いはCSV(共通価値の創造)などの概念が拡がり、時代はgreed(欲望)からsustainability(持続可能性)へと変化してきている。そうしなければ存在が許されないということだろう。

――リーマン・ショックを経験した教訓、そして今後の大和証券の方向性は…。

日比野 マーケット部門の人間の教訓としては「コントロールできないポジションは持たないこと」だ。表面上は大丈夫に見えても何かあった時にコントロール不能になるというようなことはよくあることだ。実際にリーマン・ショックの時もコントロールできるつもりでやっていた。その辺りをきちんと見極めることの出来る目を持たなくてはならない。また、ショックに耐えられる経営構造を構築するため、伝統的な証券業務に加えて、ネクスト銀行やリアル・エステート・アセットマネジメント、エネルギーなど、世の中の動向を見ながら証券に関連する成長分野に随時資源を投入し、事業ポートフォリオの分散を図っているところだ。もちろん、コアの部分は日本の証券市場であり日本の顧客基盤だが、準マザーマーケットはアジアだと考えている。新しい分野、地域への拡張的な金融のコンセプトを保ちつつ、ただ、いきなり飛び地に軸足を乗せることはせず、これからも至極真っ当な形でやっていきたい。(了)

【訂正】11月12日分のインタビュー中の第2段落目で「先ず驚いたのは、MMF が“The ReservePrimaryFund”という」を「先ず驚いた のは、“The ReservePrimaryFund”というMMFが」に 訂正します。

【訂正】第2段落目の「先ず驚いたのは、MMFが“The ReservePrimaryFund”という」を「先ず驚いたのは、“The ReservePrimaryFund”というMMFが」に訂正します。
聞き手 編集局長 島田一

――リーマン・ショックを振り返って思う事は…。

中島 マーケット参加者の間でお互いの“信用”が一気に失墜し、肝心のドルがまわらなくなったことを体験すると、やはり危機になるとvisibility(可視性)の低さが問題になるのだとつくづく感じた。目に見えないということは一番怖いことだ。金融は長年培った「信用」に裏付けられていなければ怖くて扱えない世界だという事を忘れてはならない。現在ブロックチェーン等技術の進歩で参加者の顔がなるべく見えないシステムが構想されているようだが、いざ深刻な危機になると皆狼狽するのではないか。日本の金融危機の際は不良資産の額だけが問題で、それなりにvisibilityは高かった。一方で、リーマン・ショックの際には直後にボラティリティが急騰しVaR(予想最大損失額)の値が大きくなったことで、資本不足が懸念され、流動性リスクからソルベンシーリスクへと問題が転化していった訳だが、そこまでの過程はあまりにも速すぎた。米国政府が直ちに気付いて急遽CPや不良資産を買うという対応をしなければ、普通の金融機関がレバレッジを落として資本を注入するといった時間はなかっただろう。しかし、いつもそのような形で民間の失敗を政府が肩代わりできるわけではない。米国と中国の間での貿易戦争を超えるリスクも出始め、10年前と比べると明らかに世界中で政府・中央銀行の力は落ちてきている。金融自身が相当しっかりしてなければ次の危機は乗り越えられないだろう。地道ながら信用を如何に高めるかが非常に大事と思う。

――当事者としてリーマン・ショックに直面した時、実際にどのような行動をとったのか…。

中島 先ず驚いたのは、“The ReservePrimaryFund”というMMFがリーマン発行の債券を保有していたために1ドル割れ事件を起こしたことだ。6兆円のファンドが9月15日、16日の両日で約44%解約されたという。金融マーケットがAIGや投資銀行の帰趨に目を奪われる中、それは事実上静かなる取り付けだった。慌てた米政府は直ちにMMFに政府保証を入れたが、それでも解約は止まらなかった。MMFはその4割をCPで運用していたために、今度はCP市場が機能不全を起こし10月1日には発行市場は完全にストップとなった。米CPはバックアップラインがついているので、銀行は直ちに代わりの貸出に応ぜざるをえなかった。このような大変な事態の中で人々は益々不安になり、調達不安からデイレバレッジ、即ち、総売りを始めた。それまで金融村だけの騒ぎだったものが、こうしてCP・社債市場を通じてあっと云う間に危機は実物経済に伝播していった。なにせ暗黙のMMFの1ドル保証といえば米金融資本主義の原点だったからだ。そして可視化されないものに対し皆が竦み、怖くて市場にカネを出さなくなった。私自身はその時、デリバティブスのカウンターパーティリスクが心配でならなかった。米金利の低下を見込んでいたので、殆どの相手に対して相殺上“勝って”おり、金利が下がるたびに追加担保を受ける立場にあったからだ。NYの朝一番までに追加担保を入れてもらえるか心配になって電話をかけた所、先方が全く電話に出ず、「もしや!」と思ったこともあった。

――日本での動きは…。

中島 CPの問題が時間を置くことなく日本にも及んだ。日本には明確なバックアップラインが存在しないので、発行出来なくなった会社が大いに慌てた。社債発行市場もストップし、それまで銀行離れしたと思われた優良企業が門前市を成すように殺到し、その額はみずほコーポレート銀行だけでも数兆円に達した。10月以降世界中で一気に実物経済が下降に向かったのは、こうした資金調達のパイプが詰まったのと、欧米製造業の一角が生産調整の急ブレーキを踏んだためと思われる。

――マーケットでは中島さんはリーマン・ショックを上手く乗り切った勝ち組の一人と言われている…。

中島 私の哲学は「先手必勝、後手必敗」だ。先に手を打って状況の変化に即応できたものは余裕が生じ、次から次へと優位に立てる。しかし後手にまわって失敗するとどうしても負けを長く引きずってしまう。そもそも08年9月のリーマン・ショックはその前年に起こったサブプライムショックの論理的帰結で、ここに至るまで相応のプロセスがあった。私は1年前の07年7月に、保有していたABSCDO等証券化商品約4,000億円を全て売却する決断をした。そして、その1カ月後の8月9日にパリバショックが起こり一気に流動性が落ち、更に10月半ばの大量格下げによって “価格”はマーケットから完全に消失して、売ろうにも売れなくなった。サブプライム関連商品を売却して身軽になっていた私は、その後ヘッジファンドに投資した資金を現金化したり、内外の株式投信を売却するなど、レバレッジを落とすと共にリスクも極力減らすように心がけた。手元に潤沢なドル資金を蓄えることもできた。そして米国債の金利低下を狙った。加えて、リーマン破綻の10日前にファニーメイとフレディマックが米政府の管理下に置かれ大問題となったが、私はもともと米国政府完全保証付きのジニーメイしか買わなかったので全く動じなかった。「完全保証」と「保証もどき」商品との間には決定的な差があり、その辺りに関しては昔から非常に用心深かった。お陰様でこの年(2008FY)のみずほコーポレート銀行の市場部門収益は、銀行全体の粗利益の42%・業務純益の実に65%を占めることが出来た。

――そういったことが予測できた背景には…。

中島 実はサブプライムショックの起こる大分前から、CDOといったストラクチャード商品に大きな違和感を覚えていたからだ。金融工学のロケットサイエンティストによって生み出されるこうした商品は実物経済から大きく乖離し、リスクを分散させるどころか、リスクを濃縮した商品になっていた。当時も色々な人にその思いをぶつけたのだが、大体「そんなことはないよ。格付けはトリプルAだし」という答えだった。とはいえ、ゴールドマンのロイド・ブランクファインも指摘していたように、当時世界にトリプルAの会社はたった12社しか存在しなかったのに対し、トリプルAの証券化商品が6万4000件も組成されたのはいかにもおかしい状況だった。皆、目が曇っていたとしか言いようがない。格付けを甘く見すぎていた。騙されたとまでは言わないが、それで泣かされた投資家はたくさんいる。仕組債のリスクマネジメントも怖い。同じような条件の商品が出回ると、皆が一斉にヘッジに入り、“合成の誤謬”が生じ、マーケット全体がガンマ・ショート状態となり思わぬ展開に振り回される。

――こういった危機の再発防止について思うことは…。

中島 OTC(オーバー・ザ・カウンター)デリバティブスが取引所で清算されるようになる等、金融規制は強化されてリスクマネジメントは相当進歩したと思うが、カレンシースワップなどは依然としてOTCで行われている。当時問題だったものを封じ込めても、また違った問題が次々と出てくる。昔、興銀の先輩が「金融というものは、必ず暴れまわるから檻の中に閉じ込めておかないといけない」と言っていたが、これは名言だと思う。ほおっておくと直ぐにレバレッジをかけて一儲けしようという輩が出てきて、それも非常に簡単に儲けられる。これからは自己抑制の効いたvisibility の高いメンバーが中核となって支えないと金融は続かないと思う。最終投資家に高度のリスクを押しつけるモデルは長続きしまい。79年のボルカーショックを画期として始まり、30年続いた“金融資本主義”は、リーマン・ショックによって終焉を迎えたといっても過言ではない。デリバティブスや証券化を駆使してレバレッジの拡大を中心に置いた時代はそこで終わり、すでに第4次産業革命を迎え、この10年は実物経済、実業の時代に確実にバトンタッチされてきている。もちろんデリバティブスや証券化は盛んに行われているが、我欲を抑制できないモデルは徐々にフェードアウトを余儀なくされ、これからは再び「信」に根付いたシステムに戻らざるをえないのではないか。それでも「市場化」の時代はこれからも続く。そして、「勝たなくても良いから負けないこと」。これが私からのアドバイスだ。水に落ちた犬は叩かれる。それが、市場型資本主義の冷徹な本質だからだ。(了)

――リーマン・ショックから10年。当時、農中では増資を成功させ窮地を凌いだと聞くが…。

河野 リーマン・ショックの時、日本の金融機関への影響は比較的小さかったと言われているが、日本の金融界の中で一番影響を受けたのは我々農林中央金庫だったと言っても間違いないだろう。当時、他の金融機関はそれほど海外投資には注力していなかったからだ。もともと我々は国内のマネーマーケットで約10兆円を短期運用していたが、日銀がゼロ金利を導入するにあたり、それでは利ザヤがゼロになってしまうため、海外で運用しようという方針となった。2000年頃から本格的に海外投資のことを勉強し始めて、まずは外国債で投資を行い、さらにそういったフィックスド・インカム(確定利付き投資)に加えて、金利リスクに対応するためにクレジット資産への分散投資も始めた。クレジット資産は、格付け機関の評価でトリプルAの商品を中心にポートフォリオを組んでいた。しかし、リーマン・ショックで格付け神話がすべて崩れてしまい、低格付債のみならずトリプルAの商品でさえ投げ売りが始まり、我々が保有しているクレジット資産の価格もつられて一気に下がってしまった。結局、その時は2兆円ほどの評価損になっていた。その含み損を抱えたままで決算期末を迎えるとバーゼル基準に抵触する懸念があったことから、我々は、含み損とほぼ同額の1.9兆円規模の増資を行うことを決めた。結果、そのおかげで、クレジット資産を底値で売ることなく保有し続けることが出来て、2年後くらいには当時の損失分もほぼ完全に戻ってきた。

――トリプルAの商品の投げ売りの嵐の中で、保有商品を持ち続けることを決断した背景には…。

河野 サブプライムローンというのは本当に一部の業者で行われていたもので、間違いなく作為的なものだ。返済能力の全くない人に銀行がお金を貸し、銀行はその名を冠してそれを全て証券化し、いわゆる金融工学により高度に分散化した商品を組成し、格付会社によりトリプルAといった高く評価されたものを外部に転売する。我々は、もちろん、投資している中身はすべて把握し、精査して良質なものを選んでいた。中には住宅ローンやダブルB程度の社債、不動産などが組み込まれていたものもあったが、それもすべてディスクローズされているものをチェックしたうえで、なおかつトリプルAの高格付けのものばかりを選んでいたため、当時起こっていることが狼狽売りだということはわかっていた。今考えると、売りに出たものを買っておけば逆に儲けていたかもしれないと思うが、さすがに当時そこまでは出来なかった(笑)。2008年9月15日の株式市場での、本当に「つるべ落とし」という言葉がぴったりの株価チャートを今でも覚えている。さらに10月頃は本当に最悪で、それが3カ月ほど続き、翌年3月の決算時直前にはクレジット資産の価格が100円のものが70円程度になっていた。そこで系統組織の会員に増資をお願いした訳だが、一歩間違えれば共倒れになりかねない状況の中で理解を示し、助けてくれたのは、長年の信頼関係からだと思う。付き合いの浅い取引先や融資先の一般企業だったら、こうはいかなかっただろう。

――昔からのつき合いによる信頼があったからこそ、リーマン・ショックを乗り切れた…。

河野 増資をお願いに行った時は、私は副理事長で、その後、理事長に就任した。そして、それまで県連止まりだった関係を農協まで伸ばすように職員に伝えた。というのも、リーマン・ショックで大変だった時に増資をしてくれた大元は農協の方々だったからだ。我々は県連に増資をお願いして、県連の方々が農協に状況を一生懸命説明してくれた。きちんと増資を引き受けていただいた恩を返せなければ、真ん中に入った県連の人たちが農協の人に嘘つき呼ばわりされることになり、連動して農林中金が大批判を受けることになる。しかし、こういった時に少しでも農協の方々とコンタクトを取っていてお互いの事を知っていれば、さらに連帯感や信頼感が強まると思ったからだ。とにかく利益を出して、リターンとして還元するために、理事長就任一年目は歯を食いしばって頑張った。そして、当時の含み損は決算に反映されることなくクレジット資産を保ち続け、その後、含み損は解消されていった。慌てて売らずに正解だった。そして、当時、我々を信じて増資に応じてくれた系統に本当に感謝している。さらに、こういった経験のおかげで、我々のリスク管理の手法は相当高度化した。すべての中身をチェックするという事は物凄い労力とコストが必要なのだが、それを全部やることで、今では、例えば1%金利が上がった時、10%株が下がった時、リーマン・ショック並みの事が起こったとした時に、現在のポートフォリオではどのくらいの影響が出るのかが瞬時に分かるようになっている。嵐を経験しなければ、こうはならなかっただろう。

――リーマン・ショックから回復するまでの過程は…。

河野 もちろんすぐに回復することはなく、1年目は守りの姿勢を続け、翌年もまだ時価が下がり続けていた時期だったので慎重に動いていた。それが2010年の夏場頃には底をつき、10月には戻りの兆しが見え始めた。ようやく2010年度の3月の決算時に「後ろ向きはやめて前向きになれる」と心の中で思い始めることが出来、職員たちにもそれを伝えようと思っていた。実際に2011年3月11日の午前中に決算見込みを聞き、いよいよ復配が出来るようになるということを確認していたのだが、その日の午後に東日本大震災が起こった。東日本大震災の影響はあったものの財務基盤は回復し、我々の復配は滞りなく行われたのでリーマン・ショックの影響はそこですべて元に戻せたと言えるだろう。そしてその後、我々は東北地方の復興のために総額300億円の復興支援プログラムを創設し、役職員一丸となり被災地支援に取組んだ。さらに2009年には民主党政権への交代も経験した。振り返れば、本当に波乱の10年だったと思う。そして、これからの10年も、また大変な事が起こり続けるのであろう。(了)

――現在、この大学で教えておられることは…。

ペマ 南アジアを専門に教えている。同時に、日本を世界に発信するための「グローバルジャパニーズスタディ」という研究もしている。拓殖大学は「国あっての国際社会」を念頭に置き、地政学や防衛に関する研究にも力を入れている。留学生も1000人前後在籍し、創立当初から一貫して「自分の国を誇りに思う」、「他の国に対しても敬意を表し、対等、平等の精神で付き合う」という教育を行っている。まさに大学らしい大学だ。こういった精神がなければ人間も国も、へつらうか威張るかのどちらかになってしまう。

――南アジアの現在の状況は…。

ペマ 南アジアは長い間、英国の支配下にあったため、道路の通行方向や、その他、色々な規格、医師、弁護士、公認会計士の地位などは今でも英国基準を残している。1947年に英国が撤退し、それぞれの国が独立した後には地域内での貿易、経済、文化の発展を目的とした「南アジア地域協力連合(SAARC)」を1985年に結成した。加盟国は結成当初のインド、バングラデシュ、パキスタン、ネパール、スリランカ、モルディブ、ブータンに最近アフガニスタンが加わり8カ国になった。本部はネパールに置き、文化センターや災害管理防備センター、結核センターといった地域センターを各国に一つずつ設置して緊急時の地域内協力体制を整えている。南アジア地域を包括するファンドもある。こういった動きに日本政府は、1993年に日本・SAARC特別基金を創設し、2005年にはSAARCのオブザーバーとなっている。

――中国との地政学的リスクを考えると、日本はSAARCのようなところにもっと関わっていくべきだ…。

ペマ 中華人民共和国の建国以来、中国は領土を拡大し続け、チベットやウイグルや南モンゴルがその犠牲になった。1960年代に起こった中印国境紛争でも、中国は都合が悪くなると条約や国際法さえ紙屑のように扱い傍若無人に振舞った。旧ソビエト連邦も中国建国の過程においては多大な協力をしたのに、領土問題が起きると国境で戦争することになった。そういった中国に対して、米国が様子を見ながら攻撃するのかと思っていたが、残念ながら今のところそういう気配はない。米国としても平和を望んでいるからだとは思うが、特にカーター政権以来、クリントン氏、オバマ氏といった民主党政権では世界の警察という役割を捨てて中国の覇権主義を許してしまっている。しかし、中国が善に対して必ずしも善で全てを返すような国ではないことは知っておくべきだ。日本も中国に対して特に挑発する必要はないが、常にけん制しておく必要はあると思う。日本やインドなどが持っている力をしっかり発揮すれば、アジア各国が中国に対して100%依存しないという意思表示が可能になり、それぞれの国の独立性を維持することができる。マレーシアのマハティール首相は中国に対して明確な自己主張をしたが、アジアの多くの国は、自国に被害を及ぼしたくないという理由で、中国に対して正面から向き合えないでいるのが実状だ。

――トランプ大統領は中国に対する貿易制裁を始めたが…。

ペマ 制裁はかなり効き始めているようで、今や国内は資金不足だ。そのため、中国でもお金を稼いでいる人たちから税金を取り上げようと躍起になり、有名女優の脱税失踪事件や国際機関ICPOの中国人総裁の行方不明事件といった問題が相次いで起こった。一帯一路構想も2050年という期間設定をしたものの、事実上破たんしており、構想自体がぼやけてきている。ここで日本が手助けをすべきという人もいるが、そんなことをすれば日本が首を吊るためのロープを中国に貸すことになるし、中国のためにもならない。これは1989年の天安門事件の時と同じだ。当時、世界中から非難され制裁を受けていた中国を助けたのは日本だった。あの時、日本がもう少し我慢していたら、中国そのものが民主化へと変わっていたはずだ。当時、中国国民は若者を中心に物凄く燃え上がり、民主化する絶好のチャンスだったのに、日本が援助したために、その機会を潰してしまった。それを繰り返してはならない。米国が中国への制裁を続けている時に、日本が中国を助けるという事は、一つには同盟国への裏切りになるし、もう一つは中国国内において本当の民主化を望んでいる人たちにとってもマイナスになる。実は今、中国では恩給が支払われないという理由で退役軍人達のデモが至る所で行われている。中央が4割、地方が6割を負担するという恩給システムなのだが、地方にはお金がなく、中央もそれを助けることが出来ない程、今の中国は財政困難に陥っているという訳だ。確かに習近平は毛沢東以来の権力を握っている。しかし、彼自身が今権力を弱めてはどうなるかわからないといった厳しい状況に追い込まれているのも事実だ。日本が中国を本当に助けたいと思っているのであれば、今は何もしないという事が一番だろう。

――チベットと新彊ウイグル問題の実態、そして日本との関係は…。

ペマ 中国王朝は24回も変わっていて、その都度、犠牲になったのが農民や、宗教に対する弾圧だった。チベットや新疆ウイグルもその侵略の犠牲者のひとつだ。そして、チベット人は現在でも自由に中国全土を回ることが出来ない。四川省、甘粛省、青海省に住むチベット人がチベット自治区に行くには検問のような場所がいくつもあり、出入りする度にチェックされる。さらにチベットの各家には番号をつけられ、家族構成も調べられて、そこに出入りする人をチェックされている。日本の皆さんは、そういう現状を知らないし、知ろうともしない。もう一つ強調したいことは、過去に日本が戦った中国は現在の中華人民共和国のわずか37%ほどに過ぎないという事だ。チベット人は日本と戦っていないし、日本人を殺してはいない。仮に中国が言う様にチベットが中国の一部なのであれば、当然、中国のために戦いに行くだろう。確かに古代中国の文明は立派なものだった。しかし、近代国家になって世界は変わった。1940年代以降の中国は全く別物だと考えたほうが良い。人権の問題、民族浄化、貧富の差、色々な問題を抱えるモザイク状態の現在の中国がこのまま国家を大きくしたらどうなるのか。

――チベット人と中国人はまったく別の民族だと…。

ペマ 今、中国ではチベット仏教を信仰する18歳以下の子供は寺院に入ってはいけない。寺院の周りには塀が作られて門番が出入りする人達をチェックするなど、寺院にも共産党主義を敷いている。また、チベット、モンゴル、ウイグルの人たちはその独自性を主張するだけで、国に対しての反逆罪、分離主義者として非常に厳しい刑を科せられる。最近ではチベット人に対する弾圧よりも新彊ウイグル人に対する弾圧の方が強いようで、例えば新彊ウイグルの男性にとって宗教上重要である「ひげ」を生やすことが禁じられ、女性が「ベール」をかぶることも許されないという。イスラム原理主義のテロ組織と区別するためという事らしいが、最も酷いのは、ウイグル・ムスリムを収容する強制収容所が40カ所も存在しているということだ。名目上は「再教育の場」ということだが、本当の目的は共産党による洗脳であり、共産党員の中でも危険とみなされる人物はその収容所に送られると聞く。そこで拷問を含めて大変なことが行われているのは明白だ。そのような実態を把握した米国が、「中国が行っていることは目に余る」として、現在、国際社会に掛け合ってくれている。米国は昔からチベット、モンゴル、ウイグルといった地域の内部情報を収集して、それを世界に発信することを進めてくれている。

――日本人として出来ることは…。

ペマ 日本は欧米の国とはまた状況が違うが、少なくとも、こういったことをアジア全体の問題と捉えて、率先して口を出してほしいと思う。それが中国との交渉の際の切り札にもなろう。実際に口を出すことが出来なくとも、せめて中国に手助けすることだけはやめてほしい。日本国内にも現状に対して抗議の声を上げているウイグル人はいて、今年もたくさんのウイグルの学生が仮面を被ってデモを行っていた。他の民主国家で行っているデモでさえ、仮面を被らなければ家族や親せきに迷惑が及ぶからだ。私が思うに、日本には高度な文明や倫理観があるのに、それを日本人自体が理解しておらず、むしろ「金と権力と暴力」といった社会を作ることに懸命になっている。もっと、日本が高度な倫理国家であることを世界に示すべきだ。そして、常に正義とは何かという事を考えながら振る舞い、不正に対して加担しない事が大切だ。もちろん私たちが生きていくうえで経済は重要なことだが、その前に生きていく人間がいる。人間そのものの人格を無視されるような社会になってはいけない。21世紀がもしアジアの時代であるとすれば、それはアジア全体のことであり、中国やインド、あるいは日本だけの時代ではない。良きにしろ悪しきにしろ、ローマ法王は世界全体の事について、それこそ男女の関係にまで言及する。米国だって、世界の警察をやめると言いながらも、世界中の出来事には今でもきちんと関心を持っている。国際規模で、地球規模で世の中を見なければ、世界で力を持つことはできない。日本ももう少し視野を広げ、先を見据えて、安倍総理大臣が唱える民主主義や自由を大事にする国々をアジアに増やして、アジアに仲間意識を持たせるような行動を起こしてほしい。一国だけではできないことも、一緒になれば出来る。中国の安定、繁栄ももちろん必要だが、その陰で他の国が犠牲になることは許されない。中国をけん制しつつ、中国の中にいるシンパが声を出せるような環境を作ってあげることが、アジア全体のためになるし、世界平和につながるのだと思う。(了)

――ロシアの現状について…。

廣瀬 以前から私はロシアの周辺国に焦点を当て、旧ソ連の国々を中心に世界でどのようなパワーバランスが繰り広げられているかを研究してきた。今まではロシアと欧米という図式で物事が捉えられていたが、最近では中国の勢いが大きくなり、欧米露という図式だけでユーラシアを見ることは出来なくなってきている。先ず、ロシアと中国の関係においては、ここ最近の蜜月はかなり本物になってきたように感じる。少し前までは、お互いに勢力争いをしつつも、米国への対抗という点で常にタッグを組むという非常に複雑な関係で、なおかつ、ロシアは絶対に中国のジュニアパートナーにはならないという姿勢だった。そのための相対化戦略として日本を含む中国以外のアジアの国々と協力していくことでパワーバランスを保つ努力をしてきた。それが、ここ2年ほどの間に中国の弟分になっても仕方がないというような変化を見せ始め、実際にアジア方面においては中国優先主義を確立してきている。2014年のウクライナ危機に端を発するロシアに対する制裁と、同時期に起こった石油価格の下落によってロシア経済はかなり苦しくなり、2016年頃には相当厳しい状態となった。そのため、欧州に対してはハイブリッド戦略も駆使して様々な形で影響を及ぼしつつ、懸念材料の米国への対抗策として今は中国と連携しておこうという戦略なのだろう。

――中東とロシアの関係については…。

廣瀬 ソ連時代は色々なところに在外基地があったが、現在では旧ソ連諸国にある在外基地は減り、さらに旧ソ連圏外ではシリアにしかない。シリア・タルトゥースの海軍基地は中東だけでなく地中海を経由して欧州までカバーできる場所にあるため、中東の中でもシリアの拠点は特に重要だ。また、中東で起こったアラブの春が権威主義に対する戦いであったことを考えると、権威主義であるプーチン大統領にとってアラブの春のような流れは断ち切ることが望ましく、そのためにも同じ権威主義であるアサド政権は絶対に倒されてはならない存在と言える。中東のど真ん中にあるシリアに対する影響力を保持出来れば、中東でのプレゼンスを確保できるほか、シリアを安定化できればイスラエルやイランといった周辺国もロシアに頭が上がらなくなるだろう。最近ではイランと米国の関係が悪化する一方で、そのイランやトルコがロシアに対して良い関係を築いているような動きも見られ、イラン-トルコ-ロシアの枢軸が出来ているという見方もある。イスラエルに関しては米露それぞれの国に太いパイプを持っており、先日ヘルシンキで行われた米トランプ大統領と露プーチン大統領の会談の御膳立てをしたのはネタニヤフ首相だとも言われている。イスラエルを挟んだ国際関係はまた非常に複雑だ。

――ロシアが中東に強固な勢力を伸ばしたとなると、米国の心境は…。

廣瀬 トランプ大統領の行動については私は読み切れないのが正直なところだ。しかし、トランプ大統領の一連の理解に苦しむ行動が、「米国が覇権国であることをやめるため」に行われているのだとすれば、それはそれで合理的なやり方かもしれないという見方もある。その見方が正しいという根拠はないが、ビジネスマンであるトランプ大統領が国の歳出を減らしたいと考えれば、覇権国をやめることが一番であり、一定の説得力はあると思う。仮にそうだとして、そのためにあちこちで無理難題を吹きかけて諸外国の怒りを買い、それらの国々が米国から離れてくれることを願っているのであれば、トランプ大統領にとって、あからさまに怒りを表明してくるドイツのメルケル首相などの姿勢が望ましく、常に歩み寄りの姿勢を見せてくれる安倍総理大臣は実は望ましくない存在なのかもしれない。ただ、もちろん、米軍の在外基地の状況を見れば日本が一番良い条件で基地を提供しているのは明らかで、日本から米国が離れるような心配をする必要は全くないと思うが。

――プーチン大統領が、今、一番力を入れていることは…。

廣瀬 経済を復活させることは言うまでもなく、政治では多方面に関心が向いているようだ。対米戦略として、アジア方面では中国と強いタッグを組み、欧州方面ではドイツとの関係を重要視している。ロシアとドイツの間で計画された天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」も建設段階に入っており、EU内で力を持つドイツとの関係を維持できれば欧州に天然ガスを輸出する上で有利になることは間違いない。また、ここ数年、北極圏における戦略にも大変力を入れており、寒さなどに強い新しいタイプの軍事基地を作っている。ソ連時代は北極圏が米国との接点になっていたため、潜水艦などがたくさんあったのだが、冷戦が終わると、一旦軍拡状態はなくなった。それが、ここ10年程、ものすごい勢いで軍拡している。

――ロシアに対する制裁の影響は…。

廣瀬 最初の頃はそれほど制裁の影響はなかったようだが、一方で、当時はむしろ石油価格の下落がロシア経済を苦しめていた。その後、それまで軽微だった制裁が徐々にロシアの重要産業など肝となる部分に移り始め、その度にロシア経済は苦しくなっていった。特に今年4月、露アルミニウム大手のルサールという会社を対象とした制裁は、関係する産業も多く、ロシア経済に非常に大きな影響を及ぼしている。

――そうなると、プーチン大統領としては日露関係を良好にして日本の経済力を引き出したいところだろう。その点、北方領土問題については…。

廣瀬 プーチン大統領のブレーンの一人にアレクサンドル・ドゥーギンという地政学者がいるが、彼が自著の中に「日本には北方領土4島を全て返し、ドイツにはカリーニングラードを返して、ドイツと日本を確固たるロシアの仲間として反米仲間を作ればよい」と記していた。私は「なかなか良いことを言うなあ」と思っていたのだが、プーチン大統領は聞き入れていないようだ。最近では北方領土内にも色々な利権が生まれている。択捉島にはギドロストロイという巨大な水産会社があるのだが、その社長ベルホフスキーがものすごい勢いで利権を貪り、リトルプーチンとも称され、実際プーチンとも近いと言われるベルホフスキーの名前を出せば択捉島では誰も逆らえない状況だと聞く。ギドロストロイ社は色丹島にも進出しており、私も実際に色丹島に行きその建設中の工場施設を見てきたのだが、その規模と近代的な設備に圧倒された。プーチン大統領は基本的に1956年の日ソ共同宣言に基づいて「2島返還」で手を打とうとしてきたはずだが、その辺りの利害関係者がプーチン大統領にも2島返還すらしないように入れ知恵しているのではないかとすら感じさせる。

――活発に外交を展開している…。

廣瀬 ロシアにしても中国にしても、先を見ながら外交している。7月に出版した本「ロシアと中国・反米の戦略(ちくま書店)」にも書いているが、ロシアは、温暖化になると北極圏の氷が解けて、航路を利用したり、資源の採掘が可能になるということを見据えて、いざその時にすぐに飛びつくことが出来るように準備をしている。また、スピーディーな展開を見せた北朝鮮と米国の接近に際しても、ロシアは狼狽えることなく、それに適した策への転換を速やかに行った。それはロシア、北朝鮮、韓国を通るパイプラインと鉄道を通す構想の実現への動きだ。これは10年以上前からあった構想だが、これまでは北朝鮮情勢により、実質的に進展が見られないものだった。しかし今は状況が変わっている。北朝鮮側が軟化したのはいうまでもないが、韓国にも変化が見られる。韓国側からすれば米朝の接近により米韓同盟がなくなるという脅威を抱え、仮に真空化した韓国に中国が入り込んでくることは大いなる脅威だが、ロシアと連携ができれば、韓国は中国のみに侵食されることなく、中露のバランスの中で安定を保てる。こういう背景があるからこそ、韓国の文大統領は米朝会談後にすぐとなる今年6月、ロシアでサッカーワールドカップが開催されていた時、韓国チームの応援を強調しながら訪露し、プーチン大統領と対談し、パイプラインと鉄道の件について合意していた。ロシア側としてもパイプラインや鉄道が通ることで朝鮮半島全域に影響力を維持できるだろう。お互いにメリットのある話だ。日本の周りの国はこのように常に先を見越して、それぞれのシナリオを用意して、状況次第でどのカードを切るのかを選択するため、いざという時の決定が非常に速い。この激動の世の中にあって、日本も様々な状況の展開に備え、いろいろなシナリオを用意しつつ、状況に柔軟に対応してゆく必要があるだろう。(了)

――マイナス金利政策や経済のグローバル化など、金融機関は大変な時代だ…。

内藤 まさにその通りで、人口減少や少子高齢化などの流れと、アベノミクスやマイナス金利などが複合的に作用している。特に超低金利の環境下で利ざやがとれないというのが、信用組合からメガバンクに至るまで共通した最大の問題だ。また、最近では、経済のグローバル化の影響で増加するインバウンド外国人観光客数がこれからの日本経済や、ひいては日本社会までをも変える重要なファクターになると考えている。単純に観光客が多く来るから観光産業やホテルなどが立地開発されるということだけではなく、例えば海外に基盤を置いているホテル業を含むビジネスの開始やそれにかかわる人たちが日本に定住するといったような、そういう意味での投資がますます本格化していく。最近では一般の人が休暇で海外に行くことが日常化しており、外国人が日本に来るのも違和感がない。問題なのは、外国人とのコミュニケーションやインフラの整備が不十分であることだ。ただ、これは2020年の東京オリンピックを挟んで、グローバル化の深度が一層大きくなることと相まって飛躍的に進化していくに違いない。

一方、金融面に目を転じると、いろいろな相手にお金を貸し出すのが、信用組合のみならず銀行にとっての一番重要な本業であると考えているが、今は肝心のその融資先が減り続けている。東京の人口は増えているものの、跡継ぎがいないなどを理由に、東京でさえ事業者数が減ってきている。70歳以上の社長の半分は跡継ぎが決まっていないとも言われ、このままでは5年、10年を経てそういった会社がどんどん消えていく。M&Aも1つの解決策ではあるが、買収するのが一般の企業であったり投資ファンドであったりといろいろなケースがあり、最終的に地元の金融機関や信用組合の取引先としては残らない可能性も高い。銀行と違って信用組合は営業区域に制限を受け、一定地域でしか営業できないため、企業が減って地域が壊れてしまうと信用組合もなくなってしまう。いわば運命共同体のようなものだ。信用組合として、起業とか事業承継とかそういったものをどう支援していくか、知恵を絞り抜いて考えなければいけない時が来ている。

――新たなビジネスモデルが見つかるまでは、資金運用の効率化とコスト削減の2つが重要になると思うが、いかがか…。

内藤 運用に関しては、各信組には証券会社のセールストークを鵜呑みにするのではなく、我々系統中央金融機関からセカンドオピニオンのような意見も聞いていただくようお話ししている。リスクに見合ったリターンがあるのかとか、いざ換金しようとすると流動性が非常に低いのではないかとか、価格の透明性はどうかなど、そういう注意すべきポイントや、あるいはそこまでリスクをとるならこういう商品もあるのではないかなどのアドバイスを伝えるようにしており、こうした我々の活動はここ数年で非常に定着してきたと思っている。以前は各信組にとって相談できる相手もおらず、かといって、正直、金融機関である以上あまり初歩的なことも聞きづらく、理解したふりで買ってしまう、といったようなこともないではなかった。結果的に、この取り組みはやってよかったと思うし、今後も続けていきたい。また、我々は系統預け金という形で、各信組から預金を受け入れ、それを運用している。各信組からは、こうした既存のスキームだけでなく、たとえば一元的な運用ファンドのようなものを組成してよりリスクの高いものに投資してしっかりリターンを稼いでほしいという要望もなくはないが、これに応えることは実は非常に難しいと考えている。流動性やリターンに対する見方や信組自身が持つリスクバッファー(資本余力)などが信組間で大きく異なるからだ。結局、各信組は本業である融資をしっかりやるというその使命から逃げるわけにはいかないのだ。日銀のマイナス金利政策により有価証券利回りは大きく下がっており、同時に、過去発行された高いクーポンを持つ債券は次々と償還を迎える。このため、有価証券からの金利収入は劇的に落ちていく。一方、融資であれば、信用リスクをある程度取る分だけ収益の減り方は緩和される。

信用組合は、大手の銀行や地銀に比べると預金金利が少し高い。その少し高い金利で預金を集め、少しリスクの高い先に利ざやを厚めにとって貸すというのがそのビジネスモデルであるため、一般に、その預金金利には幾分ながら下げる余地がある。融資については、1990年代後半の金融危機以後、金融機関は安全一辺倒に融資を行うことが常態化したため、信用保証を付けて貸し出すのが習わしになってしまった。ただし、このやり方だと、貸す側が受け取る金利は安い反面、保証料がある分、借りる側の実質金利はそれほど低くない。金融危機以後、特別保証や100%保証が一般化し、融資実行には信用保証協会の保証が必須条件のごとく求めるようになってしまったが、これでは金融機関が儲かるわけがない。これを少しずつ減らし、信用保証協会などを挟まないプロパー融資に切り替えていく。貸すときは自らリスクをとって貸すという、金融機関として当たり前のことがどれだけできるかどうか、そのためには審査能力と融資実行後のリスク管理能力が決め手となることは間違いない。

――いわゆる「目利き」が重要だ…。

内藤 簡単なことを徹底していくべきだという話をしている。大口は避け、とにかく小口分散。しかし労力を要するのは金額ではなく件数であるため、小口分散を徹底することは簡単でない。

年に数回は社長と会い、顔色を見、店舗・工場を見て、原材料や製品などが積み上がっていないかどうか確認する。在庫が積み上がっていれば、売れ行きが悪い可能性が高い。そこにピンと気づかなければいけない。そういうところは財務諸表では見えない部分だ。それが入り口の債権管理だ。信組によっては、金利がきちんと入ってくるからと安心して正常先に位置づけていたところ、この正常先の金利支払いが急に滞り、そして、突然、実質破たんに陥るというケースがまま起きることがある。背景を検証していくと、この借り手は正常先であるという先入観にとらわれてしまい、この1,2年、現場確認を怠ったという実態が浮かび上がってくる。時間さえあれば現場に赴き、現場を確認するというのが金融機関の鉄則であるはずだ。そうしていれば、業況の悪化にもそれに応じた対応策を適時に見出すことができるはずだ。このように、現場をおろそかにしているのではないかという反省が、ここ最近、我々のなかでも生まれてきている。

――コスト削減についてはどうか…。

内藤 信用組合が活動する営業地域において、都市再開発や大型ショッピングセンターの出店、少子高齢化や産業構造の変化などで、かつて賑やかだった駅前がぐっとさびれ、別の地域へと人がシフトするというようなことがしばしば起こる。そういう変化に応じて店舗の配置を変えていくようなことは避けられない。

信組業界でも往々にして誤解があるのは、信用組合の役職員の報酬が大手銀行などと比べて低く、店舗も小規模であるため、それらのコストが低く抑えられているといったことから、経費面で安上がりにできているという点である。現実はその逆で、信組は相対的に規模がかなり小さいがために規模の利益が図れず、この面での遅れは無視しえないということである。だからそのなかで、経費の節減をどう図っていくかというのは信組にとって大きな課題だ。とはいえ、合理化という目標のために単純に人を減らすだけでは、店周をめぐって顧客と直接コミュニケーションをとる信組の持ち味がなくなってしまう。その営業力を残しつつ、あるいはむしろ強化させつつどう効率化するか、これこそが信組業界あげての重要な命題になっている。

こうした問題認識を踏まえつつ、目下、「川下共通会社」の構想について研究している。銀行は川上の持株会社を作り、その持株会社に本部機能を集約する形の合理化が法制的に可能になっているが、信用組合ではそれができない。そこで、複数の信用組合の共同のもとに、役職員の給与・年金計算や人事手続き、調査分析、情報収集、当局への報告資料作成などかなり親和性のある本部機能を川下共通子会社に実質移管するやり方を模索中だ。その際、各信組の役職員も共通化、兼務化し、そのうちの一人が川下共通会社の社長を兼ねるといったことなどができれば、人件費コストもかなり削減できる。そうして浮いた資金を営業チーム拡充に振り向けることができれば、営業面の強化にもつながるだろう。

――フィンテックへの対応などはどうか…。

内藤 当会には「信組情報サービス」というITシステム運営の子会社があり、ほぼすべての信用組合は同社が運営開発するネットワークでつながり、さらにそれが全銀ネットにつながるという構造を持っている(これらを総括して「信組共同センター」と呼んでいる)。一方、当会自身は「くみれんネット」という別のシステムによって運営される。信用組合業界のITシステムの議論をする場合、業界の仕組みをどう運営開発するかという話と、当会自身のシステムをどう運営するかという話、つまり論点が2つあるというのが他の金融機関との大きな違いだ。特に信用組合の仕組みのほうでは、マネーロンダリング(資金洗浄)やサイバーセキュリティーなどの課題があり、利便性が高いと言われるフィンテックをどう組み込むかというところで苦労している。最近では、フィンテックについて前向きに対応してほしいという要望と、ほどほどで抑えてほしいという要望(つまり、コストがかさばることは避けてほしいという要望)の双方が出されている。こうしたなか、システムを導入することでかさばる一方のバックオフィス事務を身軽にし、その余力を営業部隊に投入して信組本来のコミュニケーション力を強化していくという戦略については大方の理解が得られるかもしれない。

システムのあり方なり、それへのニーズといったものはそれぞれの金融機関のビジネスモデルによって決まるが、我々の持ち味はダイレクトなコミュニケーションであり、その営業理念を否定するようなシステムを入れる必要はまったくない。しかし、信用組合業界には規模の格差が大きいという問題や、地域、業域、職域などビジネスモデルの違いなどの問題がある。例えば、100億円、200億円という資金規模の信組と、1兆円規模の信組とではシステムに対する要求内容がかなり違う。今まで、ATMの機能更新などでは同一に進めてきたが、この先、ネットバンキングやオープンAPIなどということになると、必要なところとそうでないところに差が出てくるだろう。それを一律に行ってしまうと、必要としないところの負担が大きくなってしまうため、それを柔軟性のある仕組みにどう再構築していくか、これこそが今後の大きな課題になっている。

――現在の東京での格付け業務は…。

山本 格付け部門は、事業会社や金融機関、地方自治体などストレートボンドの発行体と、ストラクチャードファイナンスの2つのグループに分かれ、フルラインアップで信用格付けを提供している。我々のような外資系格付機関は、日本の発行体が海外でクロスボーダーの債券を発行する際に利用されることが多く、クロスボーダー債が増えるという昨今の市場トレンドを反映して、投資家から当社の格付けを利用してもらう機会は順調に増えている。日本の発行体は増々海外に収益源を求めるようになっており、海外M&Aを行う際は、海外の投資家を対象とした資金調達をされることも多い。大規模なM&Aでは、外貨を比較的有利な金利で、継続的に安定調達していく必要もあるため、海外のCP市場や社債市場を外貨資金調達の選択肢として考えるのは自然な流れだろう。

――ハイイールド(投機的水準の格付け)の市場についてはどうか…。

山本 外資系格付機関にとってのハイイールド発行体と国内格付機関にとってのハイイールド発行体の目線は必ずしも同じではない。外資系格付機関にとってはハイイールド発行体でも、国内の格付機関からは投資適格水準の格付けを取得していることがあるため、海外投資家向けにハイイールド債を発行している発行体が、国内投資家向けには投資適格社債を発行しているということもある。日本国内市場ではまだ、「BB」や「B」などのハイイールド債の発行は増えていない。当社のデフォルト・スタディでも明らかだが、ハイイールド発行体の累積デフォルト率は投資適格水準に比べて著しく高く、当社のアナリストも信用力の変化を一層注意深く見守る必要があり、投資家にとってもハイイールド投資は、本当の意味での「クレジット」投資と言える。実際、グローバルの格付け分布では、投資適格水準の格付カテゴリーよりも「BB」や「B」の格付け先数の方が多い。今年の前半に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国内外のハイイールド債にも投資できるように運用ガイドラインを改訂したことを踏まえると、日本においてもハイイールド債投資が始まる素地が固まりつつあるのではないかと感じている。

――日本で低格付け債が少ない背景は…。

山本 我々日本国民自身の余資運用先が銀行預金に大きく偏っていることがこの根底にあるのかもしれない。本来は、我々自身が老後に備え、年金に頼り過ぎることなく、自ら資産を増やすべく積極的に資産運用をする必要があるが、投資リスクを過度に恐れ、政府が年金制度を無尽蔵に支えてくれるだろうとの期待が背景にあるのか、金利をほとんど生まない預金による運用に甘んじているようである。債券投資家への支払いは株式投資家への支払いに優先しており、本来、債券投資は株式投資よりは安全な投資であるはずだが、信用力が高くない企業の株式投資は個人でも一般的に行われている。ハイイールド銘柄の株は買っても、ハイイールドの債券はリスクが高いから買うべきではない、というような合理的には説明できない感覚を漠然と持っている人達も多いのではないか。我々のような会社が、市場が低格付け(ハイイールド)債についての正しい理解を促進できるような活動を行うことで、社債市場の更なる発展に寄与できればいいと考えている。

――環境債やハイブリッド(劣後)債など商品の多様化で、格付け手法も多様化している…。

山本 ESG関連に関していえば、デットのマーケットで最初に出てきたのがグリーンボンド だが、「グリーンボンドだから格付け(信用力)が高い」ということではなく、格付け自体は発行体の信用力に基づくのであり、格付け分析上は普通社債と何も変わらず、特別な信用力分析手法があるわけではない。ただグリーンボンド自体には、格付けのような信用力評価とは異なる、環境への影響軽減という信用力とは別の要素が考慮されている。国連責任投資に準じた投資活動は世界的な流れで、グリーンボンドへの投資家の注目度は極めて高い。その一方で、グリーンボンドのグリーン性の評価については、市場はまだ評価手法を模索している段階ではないかと思う。グリーンボンドのガイドライン等の外形的なチェック項目だけを確認するにとどまる投資家もあれば、実際、どれくらい環境にプラスの効果があるのかというところまで踏み込んで分析しようとする投資家もいるだろう。S&Pグローバル・レーティングは、投資家が自身でグリーン性を判断する際の助けとなる「グリーン・エバリュエーション」というサービスの提供を近年開始した。 「グリーンエバリュエーション」はグリーンボンド発行による資金調達で行われる事業が、実際どれだけ環境に良い影響をあたえるのか、たとえば二酸化炭素をどれだけ削減できるか等、についてまで踏み込んだ評価をするサービスだ。グリーンエバリュエーションはS&Pの日本法人が提供するものではなく、日本での評価実績はまだないが、グローバルでは広がりを見せている。

もう一つの投資商品の多様化の流れとして、特に事業会社から、債務と資本の両方の性格を持つハイブリッド証券が多く発行されてきている。金融機関でも、銀行のTLAC債などが、資本増強政策として非常に多く発行されている。ハイブリッド証券は、たとえば一定の場合に発行額の50%を資本としてカウントできるなど、普通社債とくらべ複雑な仕組みが組み込まれており、債券の分析と適切なプライシングは非常に難しく、当社の評価規準も相当な分量となっている。

――S&Pの格付けの特徴は…。

山本 他社の分析手法を研究することはないので詳しくはわからないが、国内の格付機関と我々外資系では格付けの水準が若干異なることがあるとは一般的に言われていると思う。外資系の格付機関間での分析手法の違いについては、こちらも他社の手法を研究することがないためよくわからない。相手の格付手法を見て、自社の格付手法を変えるようなビジネスモデルであってはいけないからだ。ただ、表面的に見えているところで大きな違いといえば、我々のほうが格付け規準がより詳細であるとは言えるだろう。各評価項目毎にその詳細な評価手法が公表されており、格付け導出までの手順とそれぞれの評価手法が明確で、透明性が高いという面が、他社に比較して特徴的であろう。

――リーマン・ショックから10年。当時はCDOで大騒ぎになったが、今後のリスクはどうか…。

山本 危機というのは、同じところから起きるのではなく、思いもよらぬところから起きるから大きな危機になるものと考えられる。かつてCDOの大幅な格下げは大きな問題になったが、その分析規準も当然見直されていて、今では過去のストレス事象を反映して、より厳格なものになっている。もちろんそのセクターも想定したストレスレベルを超えたときには格下げになったり、デフォルトする、ということはあるだろうが、過去の経験からすでに多くのことを学んだセクターにばかり注目していては、本当に大きなリスクの予兆に気づくことができない。日本の場合は、圧倒的に一番大きな発行体が政府であり、政府部門が負債を積み上げる一方、民間部門は投資に消極的でキャッシュフローで負債を減らすという状況になっている。投資家が海外から日本を見たときに気になるリスクファクターは何かといえば、政府負債の持続可能性なのではないか。高齢化や人口減少もこれに関係する長期的なリスクであろう。

――これから力を入れていきたいところや方向性についてはどうか…。

山本 S&Pグローバルが全社的に力を入れているエリアとしては、ESG関連とAI関連がある。ESG関連に関して言えば、企業の社会貢献というとかつては企業にとって対外的なイメージアップ戦略に利用されていたような側面もあったが、最近は、ESGを考慮した長期的に持続可能な社会や企業の実現を目指した「サステナビリティ」の必要性が切実になってきていると感じる。ESGの意識が高い企業でないと投資や取引ができないという投資家や企業が増えつつあり、ESGを無視していては会社として長期的に生存していけないような風向きにすでに変わったのではないか。そういう意味でもESG評価のあり方の研究はより重要となってきており、今後当社グループがESG関連のサービスをどのようにマーケットに提供していくかというのは大きなテーマである。AI関連に関しては、当グループも企業として、AIを活用してどう業務を効率化できるかという観点である。米国のグループ親会社は社内の長期的な生産性の向上を狙って、今年の前半にKensho TechnologiesというAIや機械学習の専門会社を約5.5億ドルで買収した。グループとしてビジネスを今後とも一層大きくしていく所存だが、人員の増加に頼らず、テクノロジーを利用して、既存の業務の効率性をどこまで上げられるかを今後追求していくことになるだろう。また、格付け以外のビジネスとして、S&Pグローバルのグループ内に、S&P500等の投資インデックスを提供する部門、Capital IQなど企業情報・分析ツールを提供する部門、石油等のコモディティ価格のベンチマークを提供する部門があり、常に市場に新しい付加価値を提供すべく模索している。当社のグループとしては、グループ会社間でのシナジーを有効に活用しながら、グループ全体の事業をどのように伸ばしていけるかという点が、今後の課題であり、方向性でもある。

――米国のトランプ大統領の旋風が吹き荒れて、対中国が中心であったものが、対日本との関係まで波及してきている…。

生田 トランプ大統領の政策については押さえておくべき点がいくつかある。第1に、これらは2017年12月の国家安全保障戦略と2018年2月の通商政策の報告書から一貫した流れの中から出てきたもので、決して中間選挙対策のようなものではないということ。米国と中国のマクロ経済指標を並べてみると、こんなに極端に優劣の違いがあるかと驚く。WTO加盟からの16年間、中国はグローバル経済では独り勝ちで、今や世界経済の成長率への寄与度は30%余りと米国・EU・日本を合わせたよりも大きい。一連のトランプ政策は、沈みかけてきた巨艦が発したSOSと思うべきかもしれない。第2に、米国内のISバランス(貯蓄投資バランス)で見たときの貯蓄不足をそのままにしておいて、短期的に貿易収支を改善するというのは無理ということ。それは、ないものねだりだ。しかも、その威嚇的手段とも言えるWTOルールを無視した制裁発動は、方法論として世界のリーダーが採るべきものとはほど遠い。トランプ大統領は昨年の11月から5種類の対中国アクションを行っているが、本来、WTO手続きによって行うべきものまで一方的措置として発動している。これは、中国への挑戦を通り越してWTOへの挑戦とも言える。第3に、中国は世界最大の外貨準備・貿易黒字を有し、世界有数の国内マーケットが形成されているにも関わらず、市場経済的なレシプロシティ(相互主義)を確保することには非常に消極的であるということだ。

――中国は、自国に対しては保護主義の塊だ…。

生田 中国は、海外には自由市場経済を求めるばかりで、外国企業に対しては技術移転の強要、外国からの投資に対する差別的規制、為替の統制を行っている。また、国内では、二重戸籍制度による低賃金労働の活用、国内企業に対する不明瞭な補助金、政府部門による戦略的な調達、政策金利による膨大な銀行利益を背景とした戦略的融資を行っている。さらに、中国企業にだけは甘い独占禁止法の運用、経済協力・援助と一体となったヒモ付き輸出、電子商取引での国内市場の囲い込み等、多くの点で市場経済国家とは程遠い政策を行っている。つまり、国全体で重商主義的輸出・戦略産業の育成を続けており、このような形で中国だけが一人勝ちを続けて巨大化していくこと自体が、将来、確実に世界経済のリスクとなる。中国からすれば、この都合の良い体制がトランプ大統領によって初めてストップをかけられたということで、私はトランプ大統領の非常識ばかりを責めるべきではないと思っている。日本も「ディール」という形で、各種の譲歩を求められているが、日本は公正な市場経済運営を行っているという点で、中国とは全く違う。同盟国である米国の立場に可能な限り配慮する必要はあるが、この点は中国と同類にされるべきではない。

――中国経済の最大の問題は…。

生田 中国主要企業の中に中国共産党の組織を置いていることと、定款の中に「共産党の方針に従う」と書き込ませていることだ。要するに、市場経済国家としての建前を放棄しているということ。そこには共産党の序列の高い人も多くいる。そんな中で、中国のお金が世界中に出回っている。金融市場も例外ではないが、幸いにして日本のマーケットには流れてきていない。東京株式市場では、今、約7割の外国人投資家が売り買いしていると言われているが、これに中国の資本が加わり、毎日、米中を含めた外国人投資家が日本株を売り買いするようになると、日本の株式市場、為替市場は恐ろしいことになるだろう。

――米中貿易戦争の行きつく先は…。

生田 中国が大幅に譲歩することは考えられない。国内で統制色を強めている習政権にとって、海外の恫喝に簡単に屈するということは、体制の存続にも影響するし、共産党の命令で米国輸出を半分に減らせなどとは簡単に言えない。また、ドイツの「インダストリー4.0」を参考とした「中国製造2025」も米国のターゲットとされているが、中国の最重要産業政策を米国側の理由で放棄するなど絶対にありえない。もちろん、今回の貿易戦争に勝者はおらず、明らかに世界景気の減速に繋がるだろう。真っ先に影響を受けるのは、中国に進出して対米輸出に関係している米国企業だ。彼らはすぐには他の輸出先を開拓できない。次に、中国で組み立てられるための部品を輸出している東南アジアの企業。サプライチェーンが着実に出来上がっているため、彼らも貿易戦争の影響を直接に受けることになるだろう。そういったことから今後の中国経済を考えると、中国に進出した外資企業を中心に倒産・撤退は起こる可能性はあっても、経済が崩壊するようなことは無いと思う。2015年の金融危機の時もそういう議論ばかりが先行したが、今の中国の経済は、規模が大きくなったというだけでなく、懐が深くなってきている。例えば「一帯一路」構想の進展で、その沿線国への輸出は全体の28%にまで達し、特に6つの経済回廊の国々との間では、大プロジェクトが目白押しだ。

――「一帯一路」構想の狙いは…。

生田 国内経済対策が大きな要素であることは忘れてはならない。一時期、中国は国内の債務ばかりを増やして誰も住まないようなマンションなどを作り続け、建設業をはじめ、鉄もガラスもセメント業も大きく過剰生産体制を修正せざるをえない方向に向かった。しかし、今年上半期の中国の鉄鋼生産量は史上最高だった。これは明らかに一帯一路によるものだ。中国の大手建設会社は国営で9つもあり、これらや過剰設備体質の業界が、今は一帯一路計画のもとで順調に仕事をしている。この計画が続く限り、鉄道や橋、発電所など恒常的に仕事がある。また、そういった計画の中で現地の利権を中国のものにしている例も目立ってきている。例えば、スリランカの港には普通のコンテナ船がほとんど見当たらず、まるで中国の軍港の様だったり、隣接する空港には定期便もなく、将来はそこに中国の軍用機が置かれるのではないかともささやかれている。何より重要なことは、「一帯一路」構想は大半が中国の資金源で、中国企業の受注・中国IT技術の導入・中国資材の購入がタイド(条件付き)で進められているという事だ。資金が戻ってくるため経済対策としての重要性は非常に大きく、新規需要の創設(建設)、過剰設備対策(鉄鋼・非鉄金属・ガラス・セメント・化学品・機械)、国営企業の過剰債務対策として重要な役割を果たしている。

――対ロシア、対アセアンなど周辺国との関係は…。

生田 資源国ロシアとの関係は、クリミア半島の問題でロシアが制裁を受けていることもあり、中国とは見事な補完関係が出来上がってきている。中ロの関係は、歴史上こんなに良かった時代は無かったと言えるほど良好だ。また、アセアンとの相互依存関係も進化しており、関税率0%の品目が95%を占めるというレベルの高いFTAが出来上がっている。多くのアセアン国にとって最大の貿易相手国(域外)は中国という状況だ。9月にはアフリカから54ヵ国を迎えて「中国アフリカフォーラム」が北京で開催されたが、既にアフリカ全体としては、中国は最大の貿易相手国となっている。欧州向けの貨物列車も年々増加し、2017年には中国の38都市から計3670本の列車が運行されている。多くの専門家が指摘するように、中国の国内には深刻な債務累積問題が存在しており、習政権が登場して以降、債務圧縮政策の進展・後戻りと政策が揺れ動いてきた。米中貿易戦争を仕掛けられて、6月には預金準備率を引き下げる金融緩和、7月には共産党政治局会議で債務圧縮から景気対策に軸足を移すための財政支出の拡大と、金融面での流動性確保の方針が決められている。このようなバランスを保ちながら、当面、債務累積問題の解決は先送りして影響をミニマイズしていくのだろう。(了)

――8月、世界初となるブロックチェーンを活用した債券を発行した…。

有馬 今回発行した債券「bond-i」は、複数のコンピューターを暗号でつなぎ、台帳を関係当事者間で分散して共有するブロックチェーンの技術を活用している。債券を発行した後は、どの投資家がどれだけ債券を保有しているか管理することが最も重要となるが、これを中央決済機構のシステムではなく、ネット上のデジタルな暗号で構成されるブロックチェーン上で行うというのがこの債券の最大の特徴だ。通常の債券では、中央決済機構の中のシステムで投資家ごとの債券保有額を電子的に管理している。利払いや償還もこれに基づいて行われるため、中央決済機構による管理では、万が一不具合が生じた場合に情報が失われる可能性がある。しかし、ブロックチェーンでは複数のコンピューターがネット上で暗号化された情報を分散して持つことから、一部のコンピューターが失われても、真正な記録が保たれる点では安全性があるといえる。

――発行コストも削減される…。

有馬 ブロックチェーンは共通の台帳を分散して複数のコンピューターが持つため、投資家が利金を受け取ったといった情報も、中央決済機構を通さずに発行体や主幹事がリアルタイムで知ることができる。トレードから実際の決済までに要する時間は3営業日程度を要することが多いが、ブロックチェーン債ではこうした時差が殆ど無い。今回債はオーストラリア・コモンウェルス銀行(CBA)を単独アレンジャーとし、その他は発行体(世界銀行)と投資家のみが関係当事者となる。非居住者がオーストラリア国内で発行したカンガルー債の形をとっており、中央決済機構となるオーストラリア保管振替機構(オーストラクリア)の中のシステムを使わず、ブロックチェーン上で債券の保有者情報を管理している。従って、中央決済機構や財務代理人/支払い代理人を介せずに投資家に直接資金を配分できる点では、中長期的にはコスト削減につながる可能性があるといえる。

――今回債の発行コストは…。

有馬 今回債については、世界で初の試みとなる点で初期コストはかかっている。サーバー(ノード)は高性能となるうえ、ブロックチェーンの暗号技術も専門家でないと扱えない。とはいえ、一旦システムが完成すれば維持費は極めて低い。発行体や投資家といった関係当事者にコスト還元ができるかどうかは、今後このような債券の普及が進むかによるだろう。通常の債券管理では利払いや元本を中央決済機構に全額払い、後は機構が情報に基づき適切に配分する仕組みだが、今回債では投資家に直接利払いすら不可能ではない。ブロックチェーンのシステム普及がまだ進んでいるわけではないため、今後の展開はこれから見極める必要がある。普及が進んでも、直ちに中央決済機構の必要性がなくなると単純には考えにくいが、普及が進めば発行コストが下がっていくだろう。

――セカンダリーでも利便性が高い…。

有馬 発行後は、ある時点で債券を保有している投資家に利払いが行われることになるが、当初の投資家とその時点での保有者は異なるケースがある。この点、ブロックチェーン上では、投資家情報をリアルタイムで管理できる点で利便性がある。今回債であれば、発行体の世界銀行がコモンウェルス銀に利金を払い、コモンウェルス銀がブロックチェーンの情報に基づいて投資家に利金を払う。債券が売買されたらブロックチェーン上に情報が反映され、それを見れば現時点の保有者がリアルタイムで分かることになる。今回債は償還期限を2年間とし、この間にセカンダリーで投資家売買が出た場合、ブロックチェーンのシステムが実際に上手く機能するか確認していき、次の発行につなげていく考えだ。

――オーストラリアの金融機関を主幹事に選んだ背景は…。

有馬 オーストラリアでは金融市場にブロックチェーン技術を積極的に導入し、合理化を進めていると実感できたためだ。ブロックチェーンの技術自体は日本も遅れをとっていないものの、オーストラリアでは金融市場で実際の導入に向けた注力が際立っている。オーストラリアの地方自治体であるクイーンズランド州は1月、コモンウェルス銀の構成するブロックチェーンで中央決済機構を使わずにオーストラリアドル建て債を発行し、全額を同州が買い戻すというテストを行った。自ら発行して自ら買い戻すテストとはいえ、利払いや償還ができることを実証した。世界各国と比べても取り組みが進んでいる。

――日本国内での発行は…。

有馬 これまでも日本では新たな債券発行の取り組みをしてきており、条件が整えば日本国内での発行希望はある。日本市場のニーズがあれば積極的に取り組んでいきたい。日本の投資家向けに発行する場合でも、技術の安全性や発展の度合いを慎重に確認しながら市場と対話し、最も買いやすい仕組みで提供する。一方、今回債はデジタル債券となるため、オーストラリアの法律に準拠しているものの、同国で債券を発行したというよりもインターネット上での発行と言っても差支えない。どの国の法律に準拠して発行された債券であるかは重要となるが、今後は日本国内・ユーロといった「発行地」という概念自体、が大きく変わっていく可能性もある。

――世銀は円建外債やショーグン債を発行した実績がある…。

有馬 世界銀行では1971年に初めて円建外債(サムライ債)を発行してから、ショーグン債や大名債、グリーンボンドなど様々な債券を日本で発行してきた。21世紀に入り、調達資金の使途も重視するESG投資が拡大し、日本の投資家は、10年近く前からワクチン債やグリーンボンドへの投資で世界に先行してきた。17年には感染症流行のリスクがある途上国に資金を速やかに提供するためのパンデミック債を発行したが、日本は官民共に極めて重要な役割を果たした。時代の流れとともに資金調達の方法や調達目的は変わってきている。新しい発行の取り組みにも常に挑戦し、マーケットの発展をけん引していきたい。

――財務省の在り方について…。

高橋 害悪が多くなってきた。財務省は「一定の知識を持つ専門家集団」というのが私の中でのイメージだったが、それがまるで政治家集団のようになってきている。財政再建にしても、ずっと前から「緊縮財政」や「消費増税」と言い続けているが、具体的にどのように大変なのか理路整然とした説明をしていない。「しない」というより「出来ない」と言った方が正確なのかもしれない。私は財務省で働いていた頃、財政がどのように大変なのかをきちんと説明しようと独力でバランスシートを作った。当初、それは上層部の圧力により外部には出せなかったのだが、内部資料として小泉総理大臣(当時)にそれを見せたところ「そういうのがあるのならば出せばいい。」という一言を頂いた。そして今では財務省内で毎年使われていて、重宝されているようだ。そもそも財務諸表がなくて財政が語れる訳がない。日本銀行も入れて私が独自に作ったバランスシートを見れば債務超過などないことは明らかであり、財政の危機や国債の暴落などあり得ない。私は25年前から財務省の中でバランスシートの重要性を言っていたのだが、「確かにそうかもしれないが、そんなこと言える訳ないだろう」ということばで終わりだった。都合の良いことも悪いことも財務諸表規則に基づいてディスクローズするということが基本なのに、そういう考えがない。現在の財政状況を具体的に言うと、連結で見て負債が約1400兆円。資産が約1000兆円だ。400兆円の債務超過分があるがこれくらいの債務超過は大したことはない。徴税権が簿外資産にカウントされているという事と、無利子無償還の日銀券を負債とし、国債を資産とする日本銀行のバランスシートを組み込むと、完璧な資産超過になる。実際にマーケットもそれを反映していて、いくら財務省が財政危機と煽っても金利は上がらないし、円の大暴落もしない。

――格付機関は何を見ているのか…。

高橋 何も見てないと思う。私が財務省で国債を発行する国債課にいた頃は国庫の資金状況を見ながら国債を発行していたのだが、休債した時に外資系格付機関に国債を格下げされてしまったため、何故そんなことをするのか問い詰めたことがある。つまり、私は資金繰りに余裕があるから休債したのにもかかわらず、実態を見ずに、格付機関は市場が国債の発行を拒否し、休債に追い込まれたと誤認し、格下げをしてしまったという訳だ。結局でたらめに格付けしているとしか考えられない。ただ、CDSのマーケットはまだ信じられる。私がハル・ホワイトモデルを使って計算しても日本が5年以内にデフォルトする確率は1%もない。そういったことをきちんと計算して説明できる専門家が財務省にいないため、不安ばかりを意図的に先に出し危ない危ないと騒いでいる。

――財務省に理工系の人間がいないところにも問題がある…。

高橋 理工系の人間を入れたら文系のレベルが低く見えてプライドが傷つくのだろう。私が一人いた時だって手に負えないような感じだったのに、それが何人もいたら大変だ(笑)。日本の金融機関が衰えたことも文系人間ばかり入れていたからだと私は思っている。金融工学は技術だ。私が「リスク」という言葉を使う時には「何年以内に、何パーセント」ときちんと確率でいえるものをいう。その数字が計算できないのであれば「リスク」は語れない。金融系では営業で詳しく知らない人がいても良いが、ただ、根幹のところで金融工学をきちんと理解していないと駄目だ。財務省のキャリアは金融工学に手も足も出ない人間ばかりなので、結局何かをやらせようとしても無理だし、そうなると余計な仕事はするなというレベルになってしまう。

――国税庁は5万人もいるが…。

高橋 国税庁は金融だけではないし、税金を徴収するという重要な仕事がある。社保庁と一緒になって徴収庁を作るという話も良い案だと思うが、それは財務省が配下に置けなくなるため嫌がるだろう。本当は、世界中を見ても徴収は「ソーシャル・セキュリティ・タックス」と言って一体化していることが当たり前なのだが、そういう所にだけは良い頭を使って阻止したいと財務省は考えているようだ。それにしても財務も会計もわからないのに財務省だとはよく言えたものだ。安倍総理大臣と話すこともあるのだが、私が説明した時に「面白いんだけど、そうは言ってもね…。」と言っていた安倍総理が、昨年スティグリッツが来た時に「高橋さんと同じことを言っていた!」とびっくりしている。当然だ。会計レベルで財政を語れば、世界中どこでも、誰が語っても同じ答えが返ってくるのだから。

――日本の財政問題を解決する方法は…。

高橋 日本の財政問題は、実は量的緩和をたくさんすれば心配無用だ。これはバーナンキも言っていたことだ。もしもそれで物価が上がらなかったとしても、国債問題がなくなるので良いと。物価が上がるか国債問題がなくなるか、うまくいけばどっちも出来るかもしれないが、物価が上がらなくても大した話ではない。物価上昇率2%にこだわる理由は失業率が下限になるという計算のもとで、失業率を無理に下げようとして過度なインフレになるのを防ぐために言われているだけだ。失業率が下がって物価が上がらなければそれはそれでハッピーだ。そこを大手マスコミはきちんと説明できないからややこしくなる。

――消費税の再引き上げについては…。

高橋 消費税を上げなくてはならない理由は、日本では消費税が社会保障目的税になっているからだ。しかし、それは世界中でも例がなく、ロジカルでもない。社会保障について言えば、本来、保険原理を使って公正に運営するために保険料は国民一律の保険方式になっていて、どうしても保険料を払えないという人が一定比率いることも含めて総保険料を割り出し、そこで支出と保険料をイコールにするのがシンプルな保険料の決め方だ。つまり、社会保障の財源は保険料プラス累進課税の所得税で自分の給付を賄う形になるべきだと常々訴えているのだが、財務省はその理論の口封じさえ行いながら出鱈目なことをやっている。

――消費税の本来の使い道はどうあるべきか…。

高橋 消費税は地方の安定財源だ。地方が行う業務は日常生活に密接しているものが多く景気の変動も関係ない。所得再分配も必要ない。だから、消費税は地方に全部委ねて、地方が基礎的な行政事業に必要かどうかで消費税率を決めていけばよいと思う。他の国はみんなそうなのに、日本ではこんなことを話すことすらできない。そもそも消費税を国税にしていることは間違いであり、国税は所得税(資産課税を含む)だけでよい。本来ならばマイナンバーが機能して資産課税をきちんとして所得累進課税をきちんと徴収する流れが最初だ。その結果、法人税は二重課税なしとの原則の下で、自ずと税率が低くなり、理論的には法人税ゼロ。そして、消費税は地方に委ねてそれぞれの地方で自分の行政需要に応じて決めればよい。マイナンバーは課税の強化ではなく、公正にやるためのものだ。そのような基本を理解していないからおかしなことを行い、それをカバーするためにさらにおかしなことを重ねてどんどん矛盾や混乱が大きくなる。私がここで話している消費税の理論、社会保障の理論、法人税の理論は世界の標準を言っているだけで、とんでもないことを話しているつもりは全くない。こういった議論を正々堂々とオープンにできないのが今の財務省のレベルということだ。(了)

――フィンテックの台頭で日本の証券業界が変わろうとしている…。

松本 フィンテックの台頭は既存証券会社にとってピンチと考える人もいるが、私は「ピンチはチャンスだ」と捉えている。むしろ何も動きがないことのほうが困る。ただ、フィンテックもいいが、日本の証券業界にとってより大きな問題はエクイティカルチャーの育成にあると考えている。我々は米国において日本と同規模の証券会社を運営しているが、米国に比べると日本の個人投資家のエクイティカルチャーが全然育っていないという印象を受ける。大胆なリストラクチャリングやM&A、コーポレートガバナンスなど様々なことが起きていることで上場企業の性能は良くなってきており、機関投資家もモノを言うようになるなど、プロの世界におけるエクイティカルチャーは前進しているように見える。しかし、個人投資家は全然盛り上がっていない。本来ならば株価の上昇とともに、もっとバブル時の前半の頃のような期待感があってしかるべきだと思うが、そういった声が全然聞こえてこない。これにはいろいろな理由があると思う。コーポレートガバナンス改革やスチュワードシップコードなどで発行企業や機関投資家は進歩した一方で、コンプライアンスなどレギュレーションは昔より厳しくなっている。「羹に懲りて膾を吹く」というように、バブル期の証券会社のやりすぎを基準に、いろいろな規制を敷いたため、結果として株価が上昇しても投資の元気がでない環境になってしまった。例えば、個人投資家が読むあるいは見る、雑誌や本、テレビCMでは必ず最後に長いディスクレーマーが用意されている。これを読むと「何かあるのではないか」と疑いたくなる気持ちにもなる。そういったところがエクイティカルチャーの育成を阻害している。ただ、そうした状況を打破するためにフィンテックを利用し、昔のエクイティカルチャーに戻すという考えは時代錯誤だ。今風の盛り上がりをどうやって創っていくかが大切なことだと考えている。

――どうやって今風の盛り上がりを創造していくのか…。

松本 米国では例えば、子供の誕生日にディズニーやマクドナルドの株券を贈れる仕組みがあり、それを受け取った子供は「これは何だろう」と思うものの会社名は知っているので喜ぶ。それが毎年貯まっていけば、大人になってから株式を管理してみよう、証券口座を開設してみようという流れができる。そういったカルチャーを絶やさないための文化が米国にはある。他方では、サッチャーは首相時代に、資本主義は英国が発祥だが、努力して耕していかなければ忘れ去られてしまうとして、BT(ブリティシュ・テレコム)の民営化の際に、国民のほぼ全員が受け取るであろう電話料金の請求書にBT株式を購入する券を添付して配り、購入意欲を駆り立てた。我が国においては資本主義国家として、政府や業界、メディアにおいても、資本主義が忘れ去られないようにしっかりとケアしていかなければならないという認識が少し足りないと感じられる。資本主義発祥の国の英国ですらそういった策を講じている。いわんや社会主義的な色彩の強い我が国においては積極的にそういった活動が求められるが、自分自身も含めて少し努力が足りなかったとの認識もある。

――デリバティブ取引や高速取引などプロがやりやすいマーケットとなった一方、現物を売買する個人投資家が劣後する環境がある…。

松本 デリバティブ取引や高速取引などについては、米国は日本とまったく同じ環境だと認識しているが、全般的なエクイティカルチャーははるかに米国のほうが上回っている。米国と日本との違いは、日本人のほうが個別株投資の割合が高い一方、米国は投資信託が主体であるほか、IFA(独立系フィナンシャルアドバイザー)の発展も背景にあり、米国では個人が直接ネット経由で個別株を買う人は少ない。この点にカルチャーの相違が出ているのではないだろうか。また、それ以上に大きな問題があるように思える。例えば、税制においても、損益通算期間が日本は短いという欠点はある。日本は3年、次いでドイツが15年、ほとんどの国が永久となっている。その点だけは日本が極端に遅れているが、税率などその他の部分では海外と大きな違いはない。よって、配当の損金算入を実現すべきだと考えている。配当の損金算入が可能となり、上場企業が多く配当を払えば、当然株価は上昇する。また、日本国内に300万社あるといわれる有限会社や株式会社のほとんどの会社の決算が、損もしくはブレークイーブンにあり、中小企業において税金を払っている企業は少ない。皆、経費で落としているためだ。配当の損金算入ありとすれば、源泉分離課税20%はかかるものの、配当が自由に使えるお金になり、配当にしようと思う経営者も出てくる。株価が上昇すればキャピタルゲイン課税が取れる一方で、今は節税・脱税が行われ、ほとんど法人税が取れない現状であるのだから、今よりは税収が増えると思う。こういった改革を実行し、起業してみよう、株投資は楽しいといった雰囲気に変えるような施策をやってもらいたい。

――仮想通貨に将来性はあるのか…。

松本 日本国内では仮想通貨の売買益は雑所得に分類され、最大で50%程度課税される。そういう状況であれば、遊び資金や投機的な資金しかマーケットに入ってこない。欧州では税率を0%に引き下げている国があり、フランスも19%まで引き下げている。金融資産の一部として育てようという意図が見える。そういう税制に変われば、例えば金の替わりにビットコインを保有してみようという動きも出てくるなど、健全な発展につながっていくと考えている。また、仮想通貨で使われている技術、例えばブロックチェーンを使い、公的年金の記録をブロックチェーン化すれば、年金情報が無くなるという事故や、転勤した際に転記されていないという問題も防ぐことができる。社会としての管理コストも極端に下がるだろう。ブロックチェーン技術を使って、さまざまな社会インフラを、より安全で、より便利に、より安くすることが可能だ。その技術に携わる人々が集積している場所が仮想通貨だと考えている。私が1980年代に米投資銀行でデリバティブを始めた当時と、今はよく似ている。グリーディー(貪欲な)なトレーダーと、リスクを取れる投資家と、ロケットサイエンティスト(数学とコンピュータを学んだ金融専門家)、レギュレーター、会計士、法律家など様々な人がデリバティブに群がり、そのなかで会計基準にヘッジ会計が加わり、規制が変更されるなどの過程を経て、デリバティブが成長していった。デリバティブ以外にも、契約書の在り方やコンピュータを使ったシミュレーションの理論など周辺でいろいろな分野でイノベーションが起った。その時の状況と仮想通貨が置かれた状況は大変良く似ていると思う。新しいマーケットが成長するメリットを享受するためには、その中心にいなければならない。コインチェック社のグループ入りは、新しい技術を使って新たな時代に対応する良いチャンスと考えている。

――中国の現状は…。

津上 今、中国では、特にAI(人工知能)分野に優秀な理工系人材が身を投じている。中国と米国間でAI最先端を走る人やファンドマネーが行き来し、そこだけは米中ボーダーレスになっている感じだ。その一方で、米国側が中国に技術を盗まれるのではないかという妄想を拡大させ、中国国籍の研究者を米国から締め出すような動きもあるが、これはやや危うい動きだと危惧している。実は、最近の米国ではFBIが目を光らせていて面倒くさい、自由に動けないといった思いを抱いている人は多く、中国で一流の研究者がサイニングのボーナスだけで10数万ドル貰えたり、研究費も潤沢にあるとなれば、米国の研究環境よりも中国へ渡ることを望む人が多くなっても不思議はない。米国の一番の強みは、世界中からタレントを集めることが出来るという所だったのに、自らそれをつぶしてしまうことになりはしないか。

――将来的には、中国が米国を追い抜いてしまうと…。

津上 AI分野に従事する中国理工系上層部が大変に優秀であることと、一党独裁の中国ではビッグデータを実社会や実経済に応用していくことが容易であることを考えればそうなるかもしれない。例えば、技術者が世の中の仕組みを変えることの出来る技術を開発し、それを利用しようとした時、欧米等ではプライバシーの問題があったり、すでに出来上がっている業界秩序を崩すことが難しく簡単には変えられないのだが、中国ではトップが「おもしろい。やってみよう」と言えば、いきなり世の中が変わってしまう。そういう意味ではビッグデータ等、情報に由来する新しい技術は、欧米日に比べて中国のほうが浸透は早いと思う。また、米国は中国に対して「技術を盗んでいる」と言うが、その前提になっている「自分たちの方が絶対に技術は上だ」というのは、実は上から目線の思い込みかもしれない。

――公害対策としてEV(電気自動車)購入に補助金をつける政策も行われている…。

津上 中国は、EV(電気自動車)について、購入補助金をつけて実値の半額程度で購入出来るようにしたり、上海や北京ではガソリン車にはナンバーが貰えなかったりと需要サイドをいじる産業政策を実行して成果を挙げた。既に世界のEV車の4割は中国で製造され、走っている。また、特許出願件数や科学技術論文で引用される技術者を見ても、本当に中国は多い。ノーベル賞受賞者だって、日本が1980年頃に力を得て、現在、毎年のように受賞者を輩出していることを考えると、今から20年後の中国には毎年何人かの受賞者がいて、日本は最後に受賞したのはいつだったか、という事になるかもしれない。

――一方で、国営企業に関しては不良債権が多い…。

津上 国営企業というよりも地方政府といったほうが正確かもしれない。国営企業には中央政府直轄と地方政府管轄があり、中央直轄はいわば独占企業のようなものだ。独占に胡坐をかきながら利益はかなり出している。一方、地方管轄は、上場していたり、社債を発行したり、企業と同じように行動しているが、所詮は地方政府の子会社だ。地方政府の実業に従事している鉄鋼などの国営企業もあるが、日本の道路公社、土地開発公社に似た第三セクター的な地方管轄国有企業がたくさんある。こういったところが年間7%成長、6.5%成長といった成長ノルマを達成するために年々多額のインフラ投資を重ねてきた。2009年のリーマンショックの後、地方政府だけでなく不動産業、製造業などすべての業界がもの凄い借金をし、この9年半の間に行った中国の固定資産投資は410兆元(7000兆円)だ。これだけ投資を行うと、優良案件はとうに底をつき、後は借金して投資したのに金利も払えないような低収益、不効率な投資しか残っていないという事になる。市場経済ならそこでブレーキがかかるが、成長ノルマを背負った地方政府は採算が取れないから止めるといった事が出来ない。

――党独裁で、市場経済が完全に働いている訳ではない中国においては、ブレーキを利かせることが難しいと…。

津上 地方政府が破産でもすればブレーキがかかるはずなのだが、地方政府は破産しない。全権を掌握していなければ気が済まない中央政府が、騒ぎが起きると「安定重視」で直ぐに救済するからだ。そうすると、地方政府は「中央が最後は何とかしてくれる」と甘えて無謀な投資に走る。先日も全人代の中で幹部級の人物が「自分の力で借金を返さなければいけないと思っている地方政府など一つもない」という発言をして大騒ぎになっていたが、まさにその通りで、最後はすべて中央政府の肩にかかってくるという構図だ。そんな投資案件の資金調達は危なくて、本来は手を出してはいけないのだが、国民もそういう党と政府のメンタリティにつけ込んで危ない金融商品に手を出す。地方政府や国有企業の借金は中央財政が連帯保証しているようなもので最後は必ず救済されるはずだと信じ切っている。そういう「(「お上」による)暗黙の保障」に対する「信仰」の存在が、働くべきブレーキを無効化して投資の暴走を生んでいる。今後も暫くそういう流れは続くだろう。

――7000兆円近い投資はそう簡単には返せない…。

津上 中国経済がやってしまった大変なエラーだ。習近平政権もこの状態を維持できるものではないという認識は最初からもっていて、なんとか方向を変えたいと思っている。今、元が安くなっているのは米中貿易戦争が起きたために当局が元安誘導しているという人もいるが、それは俗説であり、むしろ当局は元安の歯止めが効かなくなることを非常に恐れている。それは中国人のカネが海外に出たがるニーズが潜在的に極めて強いからだ。7000兆円も投資したら、中国国内にはまともな投資機会はもはや残っていない。不動産投資も、日本であれば利回り3.5%くらいあると思うが、中国はその半分も届かず、そのため、日本に遊びに来た中国人が日本の不動産利回りを知ると、カネを海外に持ち出す方法さえあれば、中国で保有しているマンションを売って日本の不動産に投資したいと考える。現在は資本流出を防ぐために中国当局が至るところでバルブを絞めているが、潜在的に資産の持ち出しを望む圧力は強く、ダムに例えれば、その水位はどんどん上がっている。そういう中でなんとか元の暴落をコントロールしなければならないというのが今の中国政府の立ち位置だ。

――バブルが崩壊する恐れがある…。

津上 資本移動を完全に自由化すれば、中国の不動産バブルは崩壊するだろう。そうなれば中国共産党も終わる。中央政府は、バルブを開けたらどうなるか、考えただけでも恐ろしいと思っている。これは共産党が市場メカニズムを信用せずに任せなかったからだ。98年のアジア危機の時に、中国は人民元を切り下げないと強く宣言して世界中から称賛されたが、バルブを閉めている間にたいへんな量のカネが国内に溜まってしまった。今、バルブを開ければ、途方もない資本流出と人民元暴落が起きて世界中が経済危機に陥り、中国は戦犯だと言われるだろう。実は、2015年の元安騒ぎの時にも中国では資本流出が起きたと言われているが、当時は、中国企業が保有する1兆ドル超の負債残高の数千億ドルが繰り上げ償還されたり、華僑など海外居住者が保有する元建て預金が解約されたりと、この二つで資本流出の3分の2程度を占めたと言われている。つまり、大量に元を売ったのは海外投資家ではなく中国語を話す人々だ。そこが20年前のアジア危機とは全く違う。ところで、それから3年が経ち、中国企業の短期外債と人民元預金の残高は元に戻った。つまり、何かあったときに元売りに回る「弾薬」の備蓄はかなり進んでいるということだ。他方、2015年に3兆6~7千億元程度あった外貨準備高(市場介入のための原資)の方は元安騒動時の市場介入で使って3兆元程度に減って、それからほとんど回復していない。次に元安が起きたときの為替防衛は簡単ではない。そういう時に輸出産業のために当局が元安誘導をするはずもない。

――フィリピンのカジノには、中国人がマネーロンダリングのために来ていると聞く。元を替えて外に持ち出したいという気持ちが強いのだろう…。

津上 庶民も含めて皆そう思っている。今、中国の銀行の窓口では一人年間5万元まで外貨に両替することが出来るのだが、その枠を使わない人から借りてまで外貨に替える人もいる。そうして、海外旅行や子供の海外留学のための贈与等、一般国民による外貨取引は収支という名目で年間2000億ドル超、つまり年間何十兆円という規模で起きている。その裏側には資本逃避やマネロンが隠れていると言われている。

――ハイテク産業が伸びてくる一方で、7000兆円もの借金を抱えている中国は、今後どのようになっていくのか…。

津上 2014から2015年にかけて行ったニューノーマル(新常態)の構造改革も最初はうまくいったが、2016年に国務院や地方政府の既得権益側から反乱が起き、再び公共投資の大アクセルが踏み込まれた。「権力集中」が言われる習近平でも、それを止めることが出来なかったのだから、中国はこと経済政策においては言われるほど権力集中型ではないのだとも思える。今は米中貿易戦争が起きてしまった。トランプは「中国経済は問題も抱えているので、習近平は長く抵抗することはできないはず」と楽観的に考えているように見えるが、「経済の問題を抱えて苦しい」のは事実でも、そのことだけで中国が米国に頭を下げる事はありえない。それは、中国における愛国主義、外国の圧力に屈しない精神の強さは歴史を紐解けばわかる。宋の時代に遊牧民族に圧迫されながらも、国内では常に徹底抗戦派が優勢で、「宥和派は国賊」という価値観が生まれて以来900年。知日派で「日本と戦うべからず」という対日政策をとっていた汪兆銘は、日本との戦争後、墓まで暴かれた。習近平だって、「米国の恫喝に屈した」と見られれば国賊といわれてしまう。しかし、トランプ大統領や現米政権内には、そんな中国の歴史を知る者は一人も居ない。もう一押し、二押しすれば折れてくるとタカをくくっているのだと思う。

――中国と米国が泥沼にはまってしまうと、世界経済は…。

津上 米国が利上げをしてドルの流動性が収縮し始めたせいで、新興国経済はヨタヨタし始めている。今後中国経済が減速し始め、最後は米中の貿易戦争とマイナス要因が重なると世界の金融マーケットに何か起きやしないかと不安だ。日本は米中貿易戦争を「対岸の火事」のように思っているかもしれないが、中国の膨大な対米貿易黒字の裏側には日韓台の部品・素材・工作機械などの輸出が隠れている。米国の制裁規模が2000億ドル、4000億ドルと積み増しされれば、日韓台の経済も無事では済まないだろう。貿易戦争による経済悪化を重く見た中国は、またデレバレッジを先送りして財政出動など経済刺激策のアクセルを踏むと言い出した。が、中国のマーケットではこれを「毒を飲んで渇きを止める」と評している。中国は今、いよいよ出口がなくなって、かなりつらい状態だ。とはいえ、資本輸出国が中央財政に負担を負わせるかたちで財政を酷使するのなら、そう簡単に潰れるものではない。その最たる例が我が日本だ。中国経済もそう簡単には潰れないが、皆、この先に明るい未来があるという思いはどんどん減っている昨今だと言える。(了)

――米中貿易摩擦はどこまでエスカレートするのか…。

 短期的には中間選挙まで米国の対中強硬路線は続くと見ている。しかし、トランプ大統領が中間選挙に勝った場合、自信を深めて対中強硬路線をエスカレートさせるのか、それとも目的を達成したとして融和路線に転換するのか、どちらのシナリオとなるかはわからない。いずれにせよ中間選挙が一つの転換点となるだろう。最近の中国側の対応には軟化が見られ、対決姿勢が弱くなってきた印象を受ける。実際、中国は、米国の第1弾の500億ドルの対中輸入を対象とする追加関税措置に対して同額の対抗措置を出したものの、第2弾の2000億ドルに対する対抗措置の対象は600億ドルにとどまり、対立を収束させたいという意向が伺える。

――米国に対して中国は譲歩していくのか…。

 中国政府としては米国と交渉して負ける姿を国民に見せたくはないだろう。そのため、「対外開放は、米国の圧力によるものではなく、経済成長につながるなど、中国自身のためのものだ」という方向に世論を誘導している。その一環として、習近平国家主席は、昨年のダボス会議に続き、今年のボアオ・アジアフォーラムにおいても、対外開放の加速を強調し、保護主義に走る米国とは対照的に、中国は自由貿易の旗手になるとアピールしている。このスタンスを取りつつ、妥協点を探っていくのだろう。米国が求めている二国間の貿易不均衡を大幅に縮小させることは短期的には実現不可能だが、事態を鎮静化させるためには、関税の切り下げや、知的所有権の保護の強化、外資規制の緩和、更なる市場化の推進などの面において、中国の一定の譲歩が不可欠だ。

――貿易摩擦を仕掛ける米国の狙いは…。

 中国の台頭を背景に、米中経済摩擦の対象は、貿易にとどまらず、投資や技術移転にも広がっている。中国は世界第2位の経済大国として、GDPは2017年で対米国の62%まで追い上げてきている。08年当時は30%程度だったが、わずか10年で倍になってきている。この勢いが続けばあと10年で逆転する可能性がある。これを背景に、米国は中国を競争の相手ととらえるようになった。また、中国における成長のエンジンは、長い間、労働集約型製品の輸出だったが、ここに来て主に海外からの技術導入をテコに、産業の高度化を遂げつつある。こうした中で、米中貿易摩擦の焦点は貿易不均衡から技術移転にシフトしつつある。この点、今年3月に米国が発表した通商法301条に基づく調査報告書の内容は、ほとんどが技術移転に関する話である。それによると、まず、中国は技術を獲得するために、米国企業が中国に投資するとき、マジョリティを保有してはならない、研究開発を行わなければならないなど様々な条件・制限を課している。加えて、中国企業が米国でハイテク企業を買収する際、従来は割と自由だったが、これを制限していこうという動きがここ数年間で加速している。もともと米国への投資審査の基準は、米国の国家安全保障に脅威となるような外国企業による米国企業の買収に限るという非常に狭い定義で、軍需産業などが対象となっていた。しかし、最近は、ハイテク分野における米国の優位性を脅かすことも、審査が通らない理由となってきている。トランプ政権になってから、当局の承認を得られずに、断念せざるを得なくなった外国企業による買収案件の内、買収側が中国企業であるケースが最も多い。この流れがエスカレートしていくと、冷戦時代の対共産圏輸出統制委員会(COCOM)のように、中国企業が米国企業を買収できなくなるだけではなく、米国企業の対中進出が制限されていく可能性もある。

――米中貿易摩擦による中国の景気減速懸念が高まる中で、政府による刺激策の可能性は…。

 景気対策の余地は限られていると見ている。まず、財政政策の面では、インフラ投資を中心とするリーマンショック後の4兆元に上る内需刺激策を受けて、地方政府の債務が急増し、多くの国有企業も過剰生産能力を抱えるようになった。2016年から始まった供給側改革の実施により、状況が改善し始めているが、大規模インフラ投資が再び実施されることになれば、これまでの努力は水の泡になってしまう。また、金融政策の面では、利下げや預金準備率の引き下げを通じて流動性を増やそうとすると、内外金利差が拡大し、それによって資本流出と人民元の切り下げの悪循環を招きかねない。人民元安を誘導し、輸出を増やそうとしても、同様のリスクに直面している。そもそも、経済成長率が低下しているとは言え、都市部の求人倍率はリーマンショック直後の0.85倍という低水準とは対照的に、今年に入ってから1.23倍と、史上最高の水準に達している。このことは完全雇用が維持されていることを示唆している。足元の6.7%という経済成長率は、過去の10%成長と比べれば確かに低いが、労働力不足が制約となって潜在成長率がすでに7%を下回っていることを考えれば、中国経済は不況に陥っているとは言えない。

――米国が技術防衛を強めると中国はどういう政策を取るのか…。

 最も重要なのは、中国国内のイノベーションの推進だ。基礎が構築されつつあるがZTE(中興通訊)の問題で弱い部分が露呈した。中国は弱点を補強するため半導体をはじめとして自主開発能力を向上させようとしている。増え続ける帰国留学生はその主要な担い手になってきている。2000年頃は留学するための出国者に対する帰国者の割合は15%程度だったが、昨年は60万人の留学出国者に対して、その80%に当たる48万人が帰国した。帰国する技術者などを対象とする中国側の優遇策に加え、米国の移民制限の強化も人材の還流に拍車をかけていると見られる。

――中国におけるイノベーションは順調に進むか…。

 私はイノベーションの担い手が国有企業から、民営企業に移ってきていることに注目している。インターネットの分野では、アリババやテンセント、バイドゥなどの民営企業が、時価総額などの規模の面においてだけでなく、技術の面においても、世界のトップレベルの企業となっている。ユニコーン企業(創業してから10年未満、企業価値が10億ドル以上)が集まる深センも中国における新しいイノベーションセンターになってきている。民営企業の活力が生かされる形で、イノベーションは中国経済を牽引していくエンジンになる可能が十分あると考えている。

――国有企業改革への期待は…。

 国有企業の効率が悪いことは、万国共通であり、中国に限る話ではない。イノベーションに関していえば、国有企業は予算を投じ良い人材を雇用しても大きな成果を上げられず、また仮に成果を上げても商品化につながらなかった。これらの問題を解決していくためには、民営化が必要であろう。しかし、現政権は、強くて競争力のある国有企業を育てるという方針を示しており、民営化には消極的だ。2003年に国務院国有資産監督管理委員会が成立した時に、その管轄下にあった国有企業は196社であったが、同業の企業同士の合併を繰り返してきた結果、現在96社程度に減少した。話題となったのが、高速鉄道の車両を製造する南車と北車が合併した中車などだ。それによって生まれた巨大企業は、競争力が強いというよりは独占力が強いというべきだろう。米国が批判しているように、中国における国有企業による独占体制は市場における公平な競争の妨げになっている。中国政府は、民営化の代わりに、国有企業改革の目玉として、国有企業に非国有資本を注入する「混合所有制改革」に取り組んでいる。しかし、パイロットテストとして進められているチャイナユニコムの事例のように、ほとんどの場合、改革を経てからも、国有資本による企業の支配が維持されている。この程度の改革では、目指すべき競争的市場環境の確立と国有企業のコーポレート・ガバナンスの強化という目標の達成は難しい。

――証券・金融商品あっせん相談センターの特別顧問に就任された…。

滝本 7月から新たに特別顧問となり、法的な側面から助言をしている。証券・金融商品あっせん相談センター(FINMAC、フィンマック)は裁判外で紛争を解決するADRのうち、金融分野を事業とする団体だ。公正中立な立場で弁護士が紛争の解決にあたっている。以前は日証協の内部でこの業務を行っていたが、さらに中立性を確保するよう、09年8月に特定非営利活動法人(NPO)として設立された。組織は25名の職員に加え、現在38名の弁護士があっせん委員(紛争解決委員)として所属している。あっせん委員はフィンマック専属の弁護士ではないものの、証券の専門知識や実務経験を持ち、外部の有識者によるあっせん委員候補者推薦委員会で客観的な視点から選ばれる。このように、公平中立の立場を維持するための工夫がされているのが特徴だ。

――個人投資家にとって、利用メリットは多い…。

滝本 ADRは裁判と比べ、証拠調べや証人喚問に要する時間がないため、迅速な解決を図ることができる。証券会社など金融機関と申立てをした顧客の間に入り、公正中立の立場からトラブルの解決を目指す。裁判では結論を必ず出す形となるが、ADRでは双方の主張を聞き、和解案の提示などにより解決を促している。私自身もあっせん委員を長年務めており、これまで65件程度の案件を手がけた。このうち50%超の案件が和解に至っている。また、あっせん申立てにかかる費用は2000円から5万円までと、裁判と比較してかなりの安価で利用できる。原則公開で行われる裁判と異なり、非公開で行われる点も特徴だ。加えて金融機関は、フィンマックであっせん申立てを受けた場合は必ず応じなくてはならない。あっせん委員は紛争解決にあたり、資料の提出などを求めることができる。

――あっせん申立ての傾向は…。

滝本 17年度のあっせん申立て件数は129件と、16年度(152件)対比では減少した。相場が堅調な時は損失も少なく申立て件数が減少する傾向にある。逆に相場が下降局面に入れば当然紛争は増える傾向にあるが、直近では個人投資家が証券会社に取引を一任するケースや、証券会社が無断で売買するケースはかなり減ってきている印象である。一方では金融商品が非常に複雑化しているうえ、利回りも低水準で運用の成果が出にくい。このように投資環境が良くないなかでは、個人投資家がハイリスク・ハイリターンの商品に手を出しやすい。その結果、ハイリスク・ハイリターンの商品により損失を被り、申立てにつながるケースが出ている。ところが、一般の個人投資家の間でフィンマックの存在は広く知られていると言えないのが実情だ。このため、個人投資家の方々には、もっと知っていただきたいと考えている。

――金融商品の複雑化も背景にある…。

滝本 1つの例では、野村証券が7月、顧客から金融商品の販売時に商品性やリスクの説明が不十分だったと申し出を受けたとして「心よりお詫び申し上げる」とコメントを発表した。この金融商品は、米国株式市場の将来の変動見込みを反映した指数(VIX先物指数)と反対の値動きをする上場ETN信託受益権で、2月に早期償還が決定した。同社は「お客様本位の業務運営を実現するための方針」で掲げている、重要な情報の分かりやすい提供の点で不足があったとしている。金融庁が金融機関に取り組みを促している、顧客本位の業務運営に関する原則(フィデューシャリー・デューティー)が背景にあるが、このような発表を金融機関が出す事例はこれまではなかったと思う。同社によると、あっせん等の案内も含め解決に向けた提案をしているとされ、フィンマックにも案件が寄せられている。難しい仕組みの商品であっても、購入する個人投資家はそれなりにいて、複雑な金融商品では値上がり期待も大きいものとなるが、損失を被るリスクも高い。このように複雑な商品に関してあっせんが申し立てられる場合もあり、証券市場の健全な発展に向けては、あっせんのような紛争解決手段が整備されていることが重要だ。

――複雑な金融商品は個人投資家への販売を制限すべきか…。

滝本 複雑な商品であっても、顧客が十分理解し、ニーズに合っているなら制限する理由がない。投資家が商品の特性をよく理解して投資したうえで、損失を被るというのは相場としてやむを得ないだろう。先程例に挙げた金融商品でも、機関投資家が有効なヘッジ手段としてリスクヘッジといったニーズに即したケースはいいと思う。しかし、一般の個人投資家に対してこのような複雑な商品を販売するのは慎重な配慮が求められるのではないか。

――高齢者や、特に認知症の投資家に対する販売は…。

滝本 高齢者や認知症の(疑いのある)投資家に対する販売を背景とした紛争は多い。まず顧客の知識や財産の状況などに照らし、不当な勧誘をしてはならないという適合性原則が問われ、さらに理解できるように説明義務が果たされているかが焦点となることもある。金融機関では、社内規則等で複数の社員で訪問する、家族同席を求めるなど高齢者向けの勧誘には慎重な手続きを取るようにしているが、面談について、最近の事例で、面談不要との同意書があるとして面談をしないケース、社員一人での訪問であるにもかかわらず複数での訪問として社内報告したケースなどが見られる。判断力がない顧客に販売するのは当然望ましくなく、金融機関に過失がある場合も見られる。ただ、顧客の特性も様々なことから、年齢で区切って一律に販売を禁止するなどという対応は本来は望ましくないかもしれない。

――ネット取引の進展は…。

滝本 金融商品のネット取引は、勧誘や推奨が行われる場面は少ない。個人投資家が自ら商品を選んで投資銘柄を決定するため、自己責任の色彩が強い。ただ、金融商品への投資にはプロによるコンサルティングが合う面もある。プロの意見を聞いたうえで、自ら判断し投資する利点が高いため、ネット取引だけになるとは考えられない。最近ではフィンテックにより金融機関の仕事が減少するといわれるが、金融商品のコンサルティング業務は今後もなくならないと思う。

――フィンマックの重要性が増している…。

滝本 かつて証券会社による損失補てん事件が起きたが、有価証券売買取引等について裁判やあっせんなどの手続きを経ずに顧客と和解することは金融商品取引法上禁止されている。透明な証券市場の発展が日本経済にとって重要な要素になっており、このように紛争解決について客観的な手続きが求められているなかで、証券市場への信頼を高めていく観点からフィンマックの意義も高いと考えている。

――金融機関に対する規制が強まっている…。

岡本 金融庁は地域銀行の有価証券運用についてモニタリングを実施しており、7月に中間取りまとめを公表した。このなかで、金融庁は地銀の過大なリスクテイクに対して問題意識を示している。マイナス金利導入で金利が低下しているなか、高リスク運用により含み損を抱える可能性を懸念するのは理解できる。だが、運用は本来であれば金融機関の自主性に委ねられるべきものだ。既に現行のバーゼル規制では、有価証券によるリスクの取り方で規制が設けられている。もともとは、市場リスクの管理がきちんとできているか確認する枠組みを作り、あとは金融機関の自主性に委ねる趣旨だった。ところが、バーゼル規制に加えて今回問題意識を示したことは、いわば屋上の上にさらに屋上を重ねるようなものだ。

――市場リスクに対するバーゼル規制は厳しい…。

岡本 バーゼル3ではこのほか、銀行勘定の金利リスク(IRRBB)に対する規制も強化される。運用年限によって異なるものの、現在の規制より厳しくなることは間違いなく、私の試算では、新たなIRRBB規制に基づく金利ショック幅は、現行のアウトライヤー規制の「99パーセンタイル・1パーセンタイル」基準により算出された金利ショック幅と比べ、最大で数倍になる金融機関も出てくると考えられる。また、金融庁は金利リスクのモニタリング手法を見直し、国内基準行に対しては金利リスクの量が自己資本の20%を超えていないか確認する。20%を超えた銀行に対しては、金融庁が「深度ある対話」をするとしているが、20%を超える金融機関が相次ぐのは金融庁でも把握していると思われる。何かあった場合に金融機関に対し指摘ができることになり、20%を超えたところで裁量の余地が出る。これにより、裁量行政が復活する懸念もある。

――金融庁に聞かなければ何もできない…。

岡本 国際的な規制を国内で適用するには、自己資本比率規制に関する告示に落とし込んでいくことになるが、この際に敢えて複雑に記述しているようにも見える。重要な規制が本則ではなく付則の方に書かれているケースもある。非常に複雑なものとなるなか、銀行の実務担当者が絶対に間違えないという保証はない。この点、金融庁が自己資本比率告示に落とし込む前のバーゼル規制の原文を読むと、確かに複雑な計算式や細かい表など、わかり辛い規制が含まれていることもあるが、それでもバーゼルの原文では、できるだけフローチャートや設例などを使い、読む人にわかりやすく説明する努力もしている。その意味で、金融庁の告示などを読んでいると、少なくとも「簡潔、明瞭に記載する」という点ではゼロ点であり、金融機関の実務担当者に対して不親切というほかない。

――大手行に対するTLAC(総損失吸収力)規制については…。

岡本 グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)に課されるTLAC(総損失吸収力)規制は、国際合意で決まった以上、大手行も従わざるを得ない。この点、国内の大手行と金融庁は、このような国際合意に上手く付き合っていると言える。TLAC規制では、G-SIBsに対し損失を吸収できるTLAC適格の商品を22年から18%以上確保することが求められる。日本では金融庁が預金保険の仕組みを「外部TLAC」として最大3.5%までカウントすることを容認する方針を示しているため、実際は14・5%の発行でよいことになる。ただ、実際に金融安定理事会(FSB)が公表したTLAC要件を読んでいると、自己資本以外のTLAC適格金融商品に損失を吸収する能力が本当にあるかどうか、私は疑問視している。

――規制強化に加え運用難が続くなか、地銀が取り得る対応策は…。

岡本 地銀が取り得る選択肢としては2つある。1つは、単独での生き残りを果たすよう、より洗練された有価証券運用をすることだ。例えば、本業の融資や、投信の販売手数料での収益増ではなく、有価証券の運用で稼ぐと割り切る方針の銀行もある。割り切った以上は、非常に高度な洗練された運用をしなくてはならない。実際、私の目から見て、このように「割り切っている」金融機関は、少数ながら存在している。これらの金融機関は、人員や投資の選択肢などが限られているという厳しい環境にも関わらず、バーゼル規制や金融商品会計などの制約をうまく考慮しながら、最もリスク・リターンのバランスが優れた投資を行おうと努力している。このように、自行の運用能力をブラッシュアップすることに加え、役務取引や融資の拡大、さらには、より顧客に対して真摯に寄り添うという経営姿勢を取ることが、いわば、正攻法のやり方だろう。もう1つは、経営統合により規模を拡大することだ。しかし、銀行再編、とくに地銀再編はなかなか進まない。大手行がここ20年間で様変わりしたのと比べて、地銀はここ20年間で数はほぼ変わっていない。

――地銀の多くは各県のいわば「殿様」だ…。

岡本 地銀が経営統合するのであれば、持株会社を設立する形が一般的となるが、そのケースでも必ずしも統合による規模の経済が働いているわけではない。単に経営を統合しただけで、銀行はそれぞれ別に存在している。融資も運用も、各行ごとに行わざるを得ない。これには業法の制約もある。銀行法の制約上、持株会社は経営管理の機能が中心になるため、傘下の銀行から資金を吸い上げて運用を共通化することは難しい。一方、複数の銀行から融資を受けてきた企業側にとって、それらの銀行が共通の持株会社の下にぶら下がれば、大口信用供与等規制などの観点から、与信のラインが絞られてしまうことになりかねない。このように、現時点で持株会社による経営統合のメリットはあまり見出しづらい。

――地銀は自己資本比率をいたずらに高くしすぎている…。

岡本 国内基準行は規制上4%に達していればよいが、8%が暗黙のルールになっているようなところは確かにある。ただ、これは行政が一概に悪いとは言えない。銀行業は横並びの業界であるため、地銀では隣の県の銀行に対する対抗心の様なものがある。ある程度は仕方ないと見ているが、規制上はあくまでも4%以上であればよいため、自己資本の25倍までリスクアセットを積み上げても悪くはない。しかしながら一方では、そうしたリスクを取れば金融庁がモニタリングし口を挟むという現実がある。

――金融庁が細かく口を挟むことで銀行経営は創意工夫が図りにくくなっている…。

岡本 銀行の自主管理をより打ち出してもよいと思っている。銀行業務は預金を受け入れる受信、貸出をする与信、為替業務など決済の3つに大別されるが、与信はノンバンクでも行われているうえ、決済は仮想通貨など業態が発展してきている。銀行の独占業務は受信しかなく、新たなビジネスの発展は乏しい。そしてこの状況は、金融行政の厳格化により、銀行の創意工夫が奪われた結果とも捉えられる。当局の立場からすれば、野放図にリスクを取れるようにしておくと、一部の欧州金融機関の様に過度なリスクを抱える可能性が懸念されるだろう。ただ、信用リスクアセットの計算は自由な銀行経営ができるよう、より簡素化してもよいのではないかと考えている。国際的な規制強化に従い、リスクアセットの計算方法もかなり細かくなる見込みで、バーゼル規制には最低自己資本比率規制を定める第1の柱と金融機関の自己管理に関する第2の柱、市場規律を確保するための第3の柱がある。第2の柱で金利リスクの規制を強化する流れがあるなか、第1の柱となる信用リスクアセットの計算はより負担を軽くしてもよいだろう。

証券学習協会主催の講演会より構成

――御社のM&Aが成功している秘訣は…。

志村 基本的には、マネージメントに良い人材がいる会社を割安に買うことと心得ている。出来れば規模は小さいよりも大きい方が良い。理由は、資源をたくさん送り込める余地があるからだ。もう一つ、私の秘訣だが、デューデリジェンスのチームは、私が以前働いていたGE時代から同じ弁護士・会計士チームに参加頂くこととしている。専門家の方と信頼関係を築いていれば、多様な創造的な意見が出てくるからだ。また、今まで扱った案件の中で、証券会社や銀行からの持ち込み案件はほとんどなく、基本的には自分たちで発掘して進めている。

――御社の海外展開については…。

志村 現在は欧州とアジアを中心に展開している。UCCでは2010年頃からそろそろ国内だけではなく海外を視野に入れようという話になり、私は米国か欧州をターゲットに考えていた。理由は、コーヒー市場の規模と安定性が高いからだ。また、海外展開の方法としては、一から投資をすることは全く考えておらず、最初から会社の買収を通じて進出することを方針としていた。特に2012年は、ユーロが100円~110円程度で歴史的に見てもかなり安い水準にあったので、欧州には非常に高い関心を持っていた。一方で、当時は、日本全体で東南アジア投資が大ブームで、社内的には東南アジアに行くべきだという声が大きかった。とはいえ、現実的には消費国としてみるとやはり先進国が中心で、しかも東南アジアには買収できるような対象会社は限られていた。

――最初に始めた活動は…。

志村 とりあえず情報の集積地であるシンガポールに出向き、現地で多数の人に面談し、提示された選択肢の中に欧州の案件があった。その話を聞いてすぐにロンドンに行き、直接相対で交渉する権利を獲得し、半年後に買収をする形になった。その会社はイギリス、オランダ、スペイン、フランス、スイスの5カ国に製造設備を持っていて、イギリスであれば「ハロッズ」「テスコ」、スペインであれば「メルカドーナ」といった有数の流通会社のプライベートブランドのコーヒーを製造している、ユナイテッドコーヒーという会社だった。欧州では日本とは異なりプライベートブランドのコーヒーが高級品に分類されており、この会社を買収することによって、当社の売上高に対する海外比率は約30%と飛躍的に伸びた。これはUCCにとって初の大型案件で、500億円を超える案件に投資することにかなり緊張したが、それでもお陰様で順調に推移している。今では上島グループCEOからは「更に海外比率を上昇させてください」と言われている。もちろん、そう容易なことではないので、じっくり取り組んでいくつもりだ。案件の発掘に足を運び、直接話をして、相手をよく見て、交渉事も基本的には自分たちで行う。一部専門家の手は借りるが、手作りでこういった活動をしているのが当社のM&Aの特徴といえよう。

――コーヒー業界の今後のポイントは…。

志村 コーヒーにおける粉、豆、カプセルの各カテゴリーの成長力を見てみると、グローバルでは粉と豆の成長率が横ばいか微減なのに比べて、カプセルは8%の成長率を示している。特に、北米、欧州では非常にこの傾向が強い。背景には、核家族が増え、みな仕事についているため、一度に何杯分も入れるよりも一人一杯入れる機会が多く、しかもおいしく経済的であるということ、また、CMでジョージ・クルーニーが出演する「ネスプレッソ」というネスレの商品が伸張したことで、カプセルの消費量が格段に増えたことがあげられる。ネスレは「ネスプレッソ」を世に出すまでに20年間開発を続け、ようやく大きくブレイクしたという歴史がある。それだけ開発に投資をした優れた商品だが、2013年にカプセルの特許が切れ、ネスレのマシンで使用可能なカプセルだけを販売する第三勢力が入り込んでいるという状況だ。

――その時、UCCは…。

志村 我々は2012年に先述した現UCCヨーロッパを買収し、その直後の2013年にスイスのルガーノにほど近いところにあるアリス・アリソン社という小さなカプセルのメーカーをみつけて買収し、そこで技術と人を得た。2年後、その人材を活用しフランスで大規模なカプセル工場を建設し、現在もそこで運営している。結果、年間約4億個のカプセルを販売し、欧州のPBのコーヒーの約1割のシェアを獲得した。当時、リスクをとっていなければ、減少傾向にある粉豆製品だけでは売り上げも減少していたことだろう。買収をする際には、買収後の戦略をいかに丹念に行うか、或いはローカルの人たちの意見をいかに吸い上げるかが重要だと思うが、実はこの買収にローカルの人々は全面的に賛同というわけではなかった。欧州の人は伝統的なものを好むという理由だったが、それを日本サイドとの戦略議論を通じて買収を決断した。そして今、毎年のように設備投資を行い、拡大している。

――アジアの展開については…。

志村 中長期的な観点では、アジアの成長力が著しいことは議論の余地がない。ただ、アジアにおいては飲み物のほとんどがカロリー入りのもので、コーヒーも、コーヒー豆に大豆を加えて炒ったものに練乳を混ぜて飲むのが8~9割のマーケットだ。洗練されたコーヒーの飲料シーンはまだほんの一握りの裕福な層に限られている。我々のブランドについても、フィリピンを除いて必ずしも浸透しているとは言えない。そこで、まずはアジアの主要都市にレギュラーコーヒーを浸透させるためのコンセプトショップを開店し検討している。とはいえ、実は広義で共有できるアジア戦略というものは今のところない。それは飲用習慣も好みも国によって違うし、嗜好品は個人による違いが大きいからだ。アジア戦略とひとくくりにして言えるのはごく一部で、基本的にはローカルの市場動向が非常に重要になっているため、それぞれ国別に分けて、戦略定義を進めている。そんな中でも、今、我々が特に注目しているのは、フィリピン、インドネシア、タイ、シンガポールだ。そこで極力高級なブランドイメージを確立すべく、M&Aを軸にした展開を考えているところだ。UCCにとって東南アジアのM&Aは人探しだと私は考えており、有力なパートナーを発掘して、その方々とジョイントベンチャーの形にして共存共栄を図っていきたい。ジョイントベンチャーでは、基本的に日本勢が管理と製造の部分を担い、販売は地元勢にお願いするという役割分担にし、M&Aの後のコスト管理や統合作業のインテグレーションについてもなるべくローカルの方々の意見をしっかり聞いて戦略確定をしていこうと考えている。

――そのほか、今後、トップダウンで行うべきことは…。

志村 東南アジアの生豆やコーヒーマシンの共同購買をシンガポールで行うことを考えている。今、インドネシアはインドネシア、タイはタイ、と各国それぞれに購買を行っているため、購買力を上手く発揮できていない。また、税制面を考えても購買拠点はシンガポールで一括するほうが合理的だ。その他、コーヒーマシンのメンテナンスという点において、東南アジアは未発達できちんとしたシステムがないので、シンガポールから始め、徐々に地域を増やして、サービスでの収益も得られるようにしていきたい。そうすることで、当社はコーヒー豆、マシンの販売、マシンのメンテナンス、リースという4つの利益源泉が出来ることになる。アジアは人口構成も若い人が多く、嗜好品としてもコーヒーの需要は増えている。経済成長していくと寝る時間が減り、コーヒーが飲みたくなるという見方もある(笑)。時間はかかるかもしれないが、これら4つの収益基盤を確実に確保しながら、社是である「Good Coffee Smile」を東南アジアで幅広く実現していきたい。(了)

――エストニアは電子政府として有名で、国民にはeIDカードを持つことが義務づけられている。日本ではマイナンバー制度もなかなか浸透しない。こういうシステムを上手く根付かせ、成功した背景にはどういったものがあるのか…。

ヤーク エストニアでは、e―solution(情報技術を用いた方策)に対する国民の信頼度が大変高い。eIDが義務付けられたのは2001年からだが、eIDに付与されるコードナンバーさえあれば、エストニアにある様々なe―solutionのすべてに安全な形でアクセス出来る。物理的な距離は全く関係なく、日々の業務が迅速に快適に行われる。ただ、結婚と離婚と不動産の売買は、本人が実際に政府機関に出向かなくてはならない仕組みをとっている。

――年配の方がこういった電子システムについて行けたのか?また、国民は個人情報が盗まれるといったような心配をしなかったのか…。

ヤーク そのような心配はなかった。エストニア共和国がソビエト連邦から再独立を果たした1991年、つまり27年前は年齢に関係なくすべての人にとって状況は同じだった。一般市民についての電子データの集積もなかったし、人々はインターネットすら使っておらず、お年寄りだからこういった電子システムについていけないということはなかった。実際に私の父親は83歳だが、非常に楽にすべてのサービスを利用している。とても簡単だからだ。確定申告だって、父も私も5分あれば済む。日本は長い歴史の中で、昔からの紙媒体に信用を置き、それがうまく機能しているのだと思うが、エストニアは26年前に何もない状態から、ソビエト連邦の官僚主義は真似したくないと考えて、独自のやり方でスタートした。そのおかげで、今の柔軟なシステムを構築することが出来たのだと思う。そういったこともあり、我々の中では電子データへの安心感の方が強い。さらに言えば、個人のデータは国家や第3者に属するものではなく、純粋に個人に帰属する。例えば、誰かが私のデータにアクセスする際には、誰がどのような目的でアクセスしたかを完全に把握できて、私が全権を持って扱うことが出来る。医者が私のデータにアクセスしようとした時にも私がそれを確認することが出来て、さらに、その人が何故アクセスしようとしたのか疑問を持った時にはそれをきちんと申し立てすることも出来る。

――例えば、自然災害や電力ストップ、或いは、他の国によるシステムへの侵略などによって、この電子国家の機能が麻痺してしまうような心配はないのか…。

ヤーク エストニアには「e―Embassy」というプロジェクトがある。これは、政府機関の延長として、クラウドサービスを利用したもので、万が一、何かが起きた時にはそこを利用するようになっている。国家が所有するサービスが国外にあるという状態だが、これは単にバックアップだけのためではない。そもそも、エストニアには中央集権システムがない。中央データストレージのようなものもなく、情報は分散型情報システムという所に蓄積され、「X―road」というクラウドコンピューティングシステムが様々なサービスをリンクさせることによって、今のエストニアの電子政府活動を可能にしている。つまり、民間と公共がサービスをコントロールしており、国がコントロールしている訳ではないということだ。ローカルなデータセンターに何か問題があった場合には、この「e―Embassy」がうまく継続的に機能するシステムになっている。

――ハッカーなどによる侵害の危険性は…。

ヤーク サイバーセキュリティはエストニアだけでなく全世界にとって大きな問題となっており、近年では、特に政治的な動機に基づいたサイバー攻撃が増えている。この状況は国家の官民双方にとって重要な問題だ。我々としてはデータを守るためにブロックチェーンという技術を使って対応している。2007年4月にエストニアに対して大規模なサイバー攻撃があったことをご存じだろうか?その数週間後の5月には日本の天皇皇后両陛下がエストニアを訪問なさった。あれから10年、我々は官民双方で協力し、当時よりもさらに強固な検知システムと保護システムを構築してサイバー攻撃への対応を強めている。日本政府もこういったエストニアのバックグラウンドに大変興味をお持ちで、2020年の東京オリンピック・パラリンピックなどでも、日本とエストニアの協力関係が進められている。

――日本はエストニアに比べて電子システムの導入がかなり遅れている。マイナンバーカードすら嫌がる人たちが多く、エストニアの100倍の人口を持つ日本が、エストニアのようなシステムを導入してサイバー国家といわれるような国になることは可能なのだろうか…。

ヤーク 安倍首相は今年1月にエストニアを訪問されたが、その時の会談内容はICT(情報通信技術)であり、サイバーセキュリティに重点が置かれていた。今後、日本でも官民でe―solutionを導入していくことは間違いないと思う。実は、マイナンバープロジェクトでもエストニアが協力している。エストニアにはサイバー攻撃への対処などの研究や演習を行うNATOサイバー防衛協力センターが置かれており、そこに国際的に有名なサイバー問題に関する専門家が集まっている。だからこそ、エストニアのE-サービスやE-システムに関する構造面はきちんと守られており、e―Embassyやブロックチェーンが有効に機能している。

――ブロックチェーンと言えば、日本で最近問題になっている仮想通貨を思い浮かべるのだが、通貨の国際的な代替手段として仮想通貨に将来性があると思うか…。

ヤーク ブロックチェーンと言っていてもビットコインとは違うし、我々のe―solutionはまだこのような技術とはリンクしていない。さらに言えば、我が国のブロックチェーンはデータを保護するために使っているのではない。ブロックチェーンの中にデータは存在せず、公的機関に何かを登録する際、その様々なデータが正当なものであるかどうかを確認するために使っている。仮想通貨については、エストニアでも「エストコイン」と呼ばれるエストニア版ビットコインのようなものに関して議論が起こったことがあったが、我々はEU加盟国であり、金融システムもEUと同じだ。独自の通貨制度を打ち立てることはしていないため、仮想通貨の将来性について語ることは難しい。

――エストニアには、外国人がエストニアの電子国民になれるe―residencyという制度があるが、その概要と日本人の登録数は…。

ヤーク 日本人の登録数はとても増えている。アジアでは間違いなく1位で、世界でも1位か2位の登録数だ。e―residencyを立ち上げた最初の目的は、e―solutionというシステムを広めたかったからだ。エストニアでは今、きちんとした安全な電子社会を構築出来ており、他の国々の人たちにも、このシステムから何か恩恵を受けてもらえるのではないかと思った。この仕組みを簡単に説明すると、e―residenyのIDカードはエストニア政府が発行し、一度IDを取得するとエストニアのすべての官民サービスを電子的にうけることができる。国際的なデジタルアイデンティティとしてEUビジネスを開業することもできて、安心安全なオンライン上で自分の企業の管理が可能になる。本当のエストニア国籍を取得する必要もないため、仮想国民とも呼ばれるが、だからこそ日本の皆様にも興味を持っていただけているのだと思う。

――例えば私が仮想国民になると、エストニアに税金を納める義務が出てくるのか…。

ヤーク それは、このeIDを何の目的で取得するかによる。仕事目的ではなく、他のサービスを利用するために取得する人もいるからだ。税制面について言えば、エストニアはOECD加盟国の中でも最も税制が優秀だと言われている。起業家に優しく、例えば、収益を再投資に回せば税金が免除されるという仕組みもある。それは決してタックスパラダイスのように税金を逃れるための国ではなく、あくまでも適切な税制だ。

――エストニアの将来図は…。

ヤーク 我々は、過去の失敗から教訓を得ながら、まだまだ色々なことに野心をもって取り組んでいる。今後やるべきことは、国の基本的な業務を完全に電子化することだ。そのためにはサイバーセキュリティが何よりも重要であり、同時に「e―Embassy」の構造がポイントになってくる。また、医療システムや教育システムについても電子化が必要だと考えている。特に1991年の独立後にエストニアで育った世代は非常に高い教育を受けていて、英語も堪能でIT技術も高い。この人たちにとって教育をデジタル化していくことは非常に重要なことだ。計画では2020年に教育システムが全てデジタル化される予定で、それに伴い全ての教材の電子化が進められている。学生鞄も「オンラインスクールバッグ」というデジタル専用の鞄が考案されている。

――日本にエストニアの仕組みが導入されれば、かなりのコストダウンにつながり、大変な革命になるだろう…。

ヤーク Eシステムを導入する最大の利点は、お金と時間の節約だ。官僚主義的な手続きも大幅に減らすことが出来る。実際にエストニアでは公共サービスの99%をオンライン化しているため、国あたり一年間に800年分の労働時間を節約できているという試算がある。この仕組みを取り入れることで、日本にもこの恩恵を受けてもらえれば嬉しい。(了)

――地域総合整備財団(ふるさと財団)とは…。

稲野 ふるさと財団は、民間能力を活用した地域の活性化支援を目的として、1988年に自治大臣と大蔵大臣の認可を受けて設置された。ふるさと財団には全ての都道府県と政令指定都市から出捐していただいているほか、市町村も全国市町村振興協会を通じて出捐していただいている。現在の事業としては、地域振興に資する民間事業を支援する「ふるさと融資」のほか、新技術や地域資源を活用した新商品・新製品の開発を支援する「ふるさとものづくり支援事業」、地域振興につながる地域再生の取組を支援する「地域再生マネージャー事業」、民間能力を活用したまちなか再生の取組を支援する「まちなか再生支援事業」等に取り組んでいる。事業の規模としては、ふるさと融資が最も大きい。

――ふるさと融資の概要は…。

稲野 ふるさと融資は民間企業等に対して都道府県または市町村が長期の無利子資金を融資する制度で、ふるさと財団は融資案件の調査、審査、実行、アフターフォローを全ての融資元の地方自治体から委託されている。過去30年間の融資実績は約9748億円で、ふるさと融資を活用した設備投資の総額は約7兆7245億円に達する。ふるさと融資を受けるためには営業開始に伴い事業地域内に新たな雇用が生まれることが条件の一つとなっており、累計では約17万人の雇用増に貢献している。現時点でのふるさと融資の残高は約1200億円で、昨年度の新規融資実行額は36件、合計104億9900万円であった。多い時には年間で約700~800億円の新規融資が行われていたが、最近の融資実行額は100~200億円台となっている。

――ふるさと融資の主な対象事業は…。

稲野 対象事業についても、時代の流れを反映して変化が見られている。平成の初めのころはリゾート関連の案件が多かった一方、最近では工場のほか、病院や介護・福祉の関係が増加してきた。リゾート関連の案件では融資が焦げ付く場合もあったが、最近ではせいぜい年間1~2件程度とかなり減少してきている。また、ふるさと融資は地域金融機関等と同時に融資をして、金融機関が保証を付けることが条件となっているため、融資が焦げ付いた場合でも関係地方自治体が損失を被ることはない。

――ふるさと融資を活用するメリットは…。

稲野 ふるさと融資には無利子という特徴があるが、歴史的な超低金利環境下で銀行の貸付利率も低下してきており、この魅力は相対的にやや低下してきている面はある。ただ、我々は融資の調査などを担う事務局機能にとどまらず、地域再生マネージャー事業やまちなか再生支援事業も行っており、コンサルテーション的な機能も持っている。ふるさと財団の役職員数は36名で、このなかには事業会社や地方自治体、金融機関からの出向者も多く、専門的な知見も有している。加えて、融資期間が5年超15年以内(うち据え置き期間5年以内)と、民間金融機関との比較ではかなり長い。

――ふるさと融資を活用した特徴的な事業は…。

稲野 近年にふるさと融資を受けた民間事業者のうち、特に地域振興や地方活性化に貢献している者を表彰する「ふるさと企業大賞(総務大臣賞)」を2002年度から導入しており、この表彰を受けた企業には特徴のあるものが多い。昨年度は西山製作所(秋田県)、金剛化学(富山県)、日進乳業(長野県)、香月堂(愛知県)、淡路島福祉会(兵庫県)、上田コールド(鳥取県)、三和製紙(高知県)、五洋食品産業(福岡県)、御菓子御殿(沖縄県)の9社を表彰した。表彰件数は毎年10社程度といったところで、地域的にも分散している。ふるさと企業大賞の表彰にとどまらず、地に足をつけて活動している中小企業に対して我々が何か貢献できることがあれば喜ばしいことだ。中堅・中小企業や、さらにその中の内需型産業でも日本を出て世界に飛躍していく可能性を秘めている。ふるさと企業大賞の受賞をきっかけとして、各地域にとどまらずさらに発展していくことを期待したい。

――ふるさと融資以外の事業の規模は…。

稲野 ふるさとものづくり支援事業や地域再生マネージャー事業、まちなか再生支援事業はふるさと融資とは異なり、ふるさと財団が各市区町村に対して資金助成を行っている。ふるさと財団の予算規模は年間6億円弱で、これらの事業の規模は合計4億円程度といったところだ。

――ふるさと財団の基金の規模については…。

稲野 基金の規模は約107億円と決して小さくない。基金の運用益で運営資金を一定程度確保することを目指しているが、歴史的な超低金利環境が続いているため、足元では十分な運用益を確保することがなかなか難しい状況だ。このほか、全国市町村振興協会を通じて市町村宝くじの売上げによる助成を受けている。基金の運用はこれまで日本国債や地方債が中心だったが、これまで市場で培った経験を活かしつつ、運用効率の改善にも努めていきたいと考えている。

――ふるさと財団としての課題は何か…。

稲野 ふるさと財団は総務省と密接な関係にあり、地方自治体に対しての知名度は一定程度ある。とはいえ、過去、積極的にコマーシャルを打っていたわけではないため、ふるさと融資を含めて制度をご存じでない方々がまだ相応にいることは事実だ。そこで、ふるさと財団の認知度向上を目的として、全国各地で地方自治体向けの説明会を開催している。理事長の私自身としても、実際にふるさと融資が実行された案件や、ふるさとものづくり支援事業、地域再生マネージャー事業の現場を実際に見ていく必要があると考えている。

――最後に、今後の抱負を…。

稲野 安倍政権が地方創生を政策課題に掲げていることもあり、一時期と比べると地方再生関連のメニューは相当充実してきているが、ふるさと財団としては他の団体にはできないことに取り組んでいく必要があると考えている。具体的には地域に密着しながら人を派遣し、コンサルティング機能を発揮していくということで総合的に底上げを果たしていく所存だ。私自身は理事長に就任してから現地を視察した回数はさほど多くないが、やはり実際の現場に赴くと改めて地方再生に取り組む必要性を感じる。現実として2040年に向けて日本中のほとんどの地域で人口減少が想定されるなかで、各地域で頑張る民間事業者には少しでも人口減少を食い止めて地域として自分たちの暮らす場所・働く場所を盛り上げ発展させていきたいという強い気持ちがある。我々としてもさらに力をつけて、頑張る民間事業者をより一層応援できるようにならなければならない。

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