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Information

――全国医師ユニオンが出来たきっかけは…。
 植山 2004年、福島県の地方の病院で帝王切開手術を受けた産婦が死亡し、2006年に手術を執刀した産婦人科医が逮捕された事件があった。結果的には無罪になったのだが、地域の病院で産婦人科をほぼ一人で守ってくれていた産婦人科医師に手錠がかけられたこの事件は「大野病院事件」と言われ、抗議を起こしたり、産婦人科医をやめたりする医師も出てきたほど衝撃が大きかった。ネットなどでは医師の過重労働を問題視する声も飛び交い、医師の権利がきちんと守られていないと感じる人たちが多くなり始めたことがきっかけとなり、勤務医を対象とした労働組合を立ち上げた。当時、日本には医師の全国的な労働組合はなく、パイロットの労働組合やプロ野球選手会、東京管理職ユニオンを参考にして、10年前の2009年に設立した。

――今、無給医師の問題が大きくなっているが、その背景にあるものは…。
 植山 文部科学省は現在2200人程の無給医がいると発表しているが、実際にはそんな数では済まないだろう。文科省の調査対象は各病院の管理者だ。つまり、労働法違反を行っているかもしれない張本人が本当のことを話すはずがない。他にも精査が必要な人たちは約1300人となっている。将来、教授になるために、博士号を取りに大学院に行っている人や、また、研究者になりたいという人が典型的だ。彼らは大学を卒業して医師免許を取得し、数年間、病院で勤務した後に大学院に行く。しかし、研究ではなく朝から晩まで普通の診療を行うが、給料は発生しない。また、合理的な理由で無給になっていると言われている人達が約3600人もいる。例えば、一般病院で勤務しながら大学に研究に来ているようなケースだ。大学卒業後に民間病院で勤務しているが、専門医を取るために、大学医局との関係で週一~二回は大学で外来診療を行わなくてはいけないという人もいる。中には大学までの通勤に2時間以上かかり、朝から晩まで働くのだが、それに対する交通費も給料も出ない。しかし大学での診療を断れば専門医の資格も取れず、そうなると勤務している病院にいることも出来なくなる。大学側としては「勤務している病院から給料を貰っているのだから無給ではないだろう」という言い分だ。他にも、月200時間前後働いていても10時間程度しか働いていないとされ月3万円ほどしか支払われないケースもある。大学を卒業したばかりの初期臨床研修医でさえ法律で給料や身分が保障されている中で、すでに病院に5~6年勤務している医師が大学院に入った場合の身分や権利・義務も、国としてきちんと定めるべきではないか。

――医師の世界には、旧態依然とした上下関係が続いている…。
 植山 基本的に医者は徒弟制度で、教授が多大な権限を持つ。無給医師問題がここまで大きくなってきていることも、ある意味、究極のパワハラが当たり前に横行している世界で対等に話が出来る環境がないという事が一番の理由だと思う。しかし、きちんと管理されていない大学病院で無給医が診療を行い、仮にそこで医療事故が起きた場合、また、過労死などが起きた場合に、誰がその責任を負うのか。これは労働法違反にも関わってくる問題だ。大学側が無給医はいないと言っていても、そこで研修している医師本人が「私は給料をもらっていません」と言っているケースもある。また、優秀な大学院生がアルバイトで深夜の当直を月に何回も担当して、研究論文もまともに書くことができないという訴えも当ユニオンには寄せられている。

――働き方改革で医師の労働環境も変わったのではないか…。
 植山 一般の仕事に関しては月80時間以上の時間外労働を禁じる法律が出来たが、厚生労働省は、医師だけを例外として通常の2倍まで働くことを認める方向で進んでいる。具体的には月155時間、年間1860時間だ。現在、過労死ラインを超えて働いている医師が約4割、その2倍を超えて働いている医師が約1割、3倍を超えて働いている医師が1.6%もいると言われている。それを認めなければ医療が回らなくなるという理由で、特別に指定された病院は、とりあえず2035年まで過労死ラインの2倍までは働いても良いとするのが厚労省のスタンスだ。ここに無給医のケースも含まれているのかもしれない。ここまで働かなくてはいけない根本的な理由は、日本の医師数が少ない事だ。厚生労働省は、「医師が多いと医療費が増える」として医師数抑制政策をとっており、日本の医師の数はOECD平均よりも3割少ない。だが、医師を少なくしたところで国民の医療に対する需要が変わることはなく、医師だけが過労死ラインを超えて長時間働くことになる。きちんとした医療を提供するためには、医師と看護師の数を増やすことが必要だ。看護師に関しても労働環境が過酷なため、免許は持っていても働いていない人がたくさんいる。

――国家としては財政赤字の中で医療費を抑制しなくてはならない。一方で、医師の数は足りない。解決策はあるのか…。
 植山 意外なことにMRIやCTといった高額機械はOECD平均の3~4倍の数を保有しており、病院数もベッド数も日本は多い。つまり箱モノで高額の診療をしたり、薬をたくさん出すことで診療報酬を稼いでいるということだ。一方で、人件費にお金が回るような仕組みにはなっていない。病院間でカルテを共有して患者の診療の無駄を省くという話もあったが、日本は民間病院に移行しすぎていることもあり、カルテの統一どころか、患者の取り合いで無駄なところがたくさんある。民間病院は効率性やフットワークの軽さは魅力だが、儲かるところしかやらないという傾向も強い。医療政策に関しては多様な考え方があっても良いと思うが、とにかく、最低限の医師数を保障することは必要だ。

――過重労働では、医療事故が起こる可能性も高くなる…。
 植山 日本外科学会が発表した「医療事故の原因」の1位に挙げられるものは、過労疲労が83%だ。16時間連続勤務を行うと急速に集中力が落ちて、飲酒運転で免停になるほど集中力が下がるというデータも出ている。実際に、トラック運転は16時間を超えて運転して事故を起こせば過労運転で道路交通法違反になるし、パイロットは勤務時間が1日11~12時間と決められている。しかし、日本の医師にはそのような決め事がない。米国のように手術前日に緊急対応で寝ていなかった場合、当日手術を受ける患者に対して医師がその旨を告知するようなこともない。こういった点でも日本は本当に遅れている。当ユニオンに寄せられた声をもとに、もっと細かく調査をして、全容解明に努めていきたい。(了)

――日本ウイグル協会ではどのような活動をおこなっているのか…。
 マハムティ 二国間の懸け橋となるべく、ウイグルの文化や歴史を日本に広めている。特に今はウイグルの人権が酷く弾圧されているため、その現状を日本に伝えている。日本には北海道から沖縄まで推定で2000~3000人のウイグル人が住んでいる。日本の学校で勉強した人たちがそのままその地域に残り、職を見つけて生活している。私自身は18年前の2001年に来日した。その少し前頃から中国人は新彊ウイグル自治区のウイグル人らを商業活動から遠ざけ始め、このままではウイグル人が中国人の奴隷になってしまうと感じていた。そして子供たちの将来を考えた時に、私は日本で子供を育てたいと考えた。その頃、日本ではコンピュータの技術者が足りないと言われていたため、日本の語学学校を卒業後、専門学校で2年間コンピュータの勉強をして日本企業に入り、その後、家族を日本に呼び寄せた。私が36歳、子供が5歳の時だ。ただ、ウイグルの状況は悪くなる一方で、2008年に当協会を設立してからは、この仕事に専念している。

――中国とウイグルの関係性の実態は…。
 マハムティ 80年代後半に新彊ウイグル自治区で大量の油田、天然ガス、石炭鉱が発見された。もともと、中国で年間消費されている石油、天然ガス、石炭といった資源エネルギーの3~4割がウイグルで採掘されたもので、黄金も採れる。貴重な資源が大量に眠るウイグルが独立して力を持つことを、中国は何としてでも阻止したいと考えている。そのため、中国は2017年からウイグル人を強制収容所に入れて共産党を崇拝するような洗脳計画を始めた。また、単なる洗脳だけでなく、強制収容所ではすべてのDNAを収集して臓器提供に利用している。中国は今、世界で一番臓器売買を行っている国だ。特にイスラム教徒の臓器は一般の価格の2~3倍高く売れると言われており、実際にそういった若者の行方不明者が中国にはたくさんいる。とにかく、今、ウイグル人には何の権利もない。実際に先日、海外のドキュメンタリー番組で中国人の警察官がウイグルの人権についてコメントを求められ「ウイグル人には何の権利もないのにどこからが人権だ」と言い放っていた。まるで動物同然の扱いだ。また、中国本土が発表するウイグル人の数は、2014年は1170万人だったが、実際に新彊ウイグル自治区で人口調査に関わった方らからウイグル人は少なくても2000万人以上いると言われている。中国は今後の計画を踏まえたうえで、ウイグル人の数を少なめに発表しているということだ。しかも中国は、こういったウイグルの実態に関する海外の現地取材を、安全上の理由という事ですべて禁じている。

――ウイグルでは情報も遮断されている…。
 マハムティ いつでもどこでも世界の誰とでもコンタクトがとれる21世紀のこの時代において、2017年から2年以上、外国に住む人たちがウイグルに残っている家族や友達と連絡を取ることは非常に難しくなっている。例えば、私たちが日本からウイグルに電話をすると、電話を受けた人が大変な目に合う。そのため、海外にいる人たちはウイグルからの連絡を待つしかない。ただ、世界各地の外国人ジャーナリストや、間違って強制収容所に収監されたカザフスタン籍のウイグル人が周囲の力で奇跡的に解放され、内部で実際に行われていたことを公表した事などで、少しずつウイグル民族を取り囲む実態が明らかになってきている。

――「強制収容所」については、中国側は「職業訓練所」だと主張しているが…。
 マハムティ 中国政府は中国国内で生活に苦しんでいる中国人(漢民族)に対して好条件を与えて新彊ウイグル自治区へ送り込み、そこで働かせることによって、ウイグル民族の仕事を奪っている。一方で、新彊ウイグル自治区にいる若い世代のウイグル人に対しては、中国本土への出稼ぎを推奨している。考えが確立していない若者は、中国で出稼ぎをしている間に漢民族の考え方に染まったり、漢民族と結婚するという事も多い。また、一家庭に娘が2人いるウイグル人の家庭では、必ず1人は中国人と結婚しなくてはならない。文章化されている訳ではないが、それに従わなければ両親も本人も強制収容所に入れられてしまう。さらに、子供たちには子供専用の収容所があり、そこで両親の事を忘れさせ、両親が共産党員だと教え込ませる「再教育」を行っている。つまり、洗脳だ。そうやってウイグル民族の考え方を撲滅させていくというのが中国本土の戦略だ。現在強制収容所に入れられているウイグル人は、米国防省では約300万人と発表しているが、実際にはもっと多いと思う。また、年齢は20歳代後半から50歳前までが多数を占めていると考えられている。

――このようなことが実際に起きていることを世の中に広めていかなくてはならない…。
 マハムティ 知らなければ、問題意識も芽生えない。もちろん各国家機関はこういった問題が起こっていることは認識していると思うが、国民ベースではなかなか知られていない。さらに、人権の事よりも国家利益を優先する国もある。日本は国連人権理事会に22カ国で提出した「ウイグル族の大量拘束に懸念を示す共同書簡」に参加しているが、他の海外37カ国は中国政府を支持するような書簡を同理事会に提出している。この37カ国の半分以上はすべて独裁国家であり、「一帯一路」への参加などで中国にたくさんの借金をしている国々だ。それらの国々は中国に従うしかないだろう。一方で、米国では宗教の自由を推進するための会議を積極的に開催しており、そこで我々ウイグル民族のように実際に宗教的迫害を受けた人たちがスピーチをするというような活動も行っている。今年7月に米国務省で開催された「宗教の自由」に関する国際会合では、ウイグル問題についてペンス米副大統領が「これはウイグル文化を抹消し、イスラム文化を打ち砕き嘔吐する中国政府による試みだ」というような演説も行い、今後、中国など宗教的迫害を行う国と政府に圧力を強め、対応措置を取る方針を明らかにしている。

――日本に対して何かメッセージを…。
 マハムティ 新彊ウイグル自治区の内部は本当にひどい。例えば思想に問題があるとして強制収容所に連行されたウイグル人の親を持つ子供達は、面倒を見てくれる人がいなくなる。親せきが面倒を見ようとしても、思想に問題がある人の支援をしようとしたという罪で、今度はその親戚まで強制収容所に連行されることになってしまう。だから、子供専用の収容所に入ったり、養子縁組として中国本土の漢民族の子供になったりする。そこで「再教育」という名の洗脳が行われて、最終的にウイグル民族の思想と歴史が全て奪い去られようとしている。日本の隣国でこういった事が実際に行われていることを、日本人にももっと真剣に考えてもらいたいと願っている。(了)

――頭取に就任されて5年。振り返ってみて…。  
 二宮 頭取に就任して2年目の15年度末に先々の見通しを立ててみたところ、17年度からコア業務純益が赤字になるという予測になった。貸出金利息収入が減少していく一方で、それに見合った形でコストを下げることはなかなか難しかったからだ。そこで、「貸出金利息収入を増やすためには貸出金のボリュームを増やす」というそれまでの考えを止めて、金利をきちんといただくという方向に貸出態度を転換した。これまでは、営業先で他の銀行に肩代わりされそうになると、すぐに他行の最低レートまで貸出金利を下げるという行動を続けていたのだが、私がある顧客のところに行き、佐賀共栄銀行の考え方やこれまでの実績などを説明したところ、そのお客さんが納得してくれて、一部は他行への肩代りがあったものの、予定借入金の80%程度を当行のレートそのままで借り入れてくれた。それをきっかけに行員の中に「金利を維持することは可能だ」という感覚が芽生え、そこから流れが変わり、貸出金利息収入が上向き始めた。銀行としては、貸出金利と貸出量はトレードオフの関係にあり、両方をとることはできない。そこで、「我々としては、量を失うお客さんがいても良いから、金利を優先させる」というメッセージを明確に送り、かつ、新規顧客の開拓に力を入れることで、収入が伸びていったということだ。そして、支出においては、販管費、とりわけ物件費を削減させた。当時は「約3年で2億円程度を減らすことが出来ればよい」と考えていたのだが、それから3年経った現在、5億3千万円を削減できている。一方で、システム経費が3年前に比べて2億1千万円増加しているため、費用削減に早めに取り組んだことは本当に良かったと思っている。また、人件費も削減した。銀行は資金量1000億円に対して行員100人が適正と言われている中で、私が就任した当時の当行は資金量2000億円、行員400人と多すぎたため、300人まで減らした。支店数も11店舗を削減して現在25店舗となった。一方で、一人当たりの報酬は上げたが、コア業務純益は、結果的には3年後の赤字突入予測を回避できて、2017年度にプラス転換し、2018年度は8億円の黒字となっている。

――やろうと思っても実現させることは難しい。うまくいっている秘訣は…。  
 二宮 銀行に限らず仕事における基本動作はほぼ同じだ。その基本動作をひたすら真面目にやる人間の数を増やし、その割合を多くしていく事が大事だと思う。また、人事評価については360度多面評価にして、皆が納得する人が昇進するシステムにしている。不公平な評価では行員のやる気も無くなるだろう。そして、私が就任してから皆にお願いしていることは「とにかく徹底してやること」だ。営業先も行きやすい所だけを回るのでなく、顧客先全てに行く事。そして、実権を持つ代表者に会う事。あきらめずに徹底してやり続けることで、一つ一つ成功体験が増えていく。それが重なり実績がついてくるものだと思う。私自身としては、人任せにせずに自分でやる事を心掛けている。有言実行で実績がついてくれば、周りもついてきてくれるようになるだろう。基本的には「発する言葉と行動は、限りなくイコールでありたい」というのが私の考えだ。色々なアイデアや中期経営計画などはもちろんあるが、言葉が先に踊りだすようなことは避けたい。そのため、いつも4カ年の予測数字を作り、その数字に言葉を肉付けしている。一般に、大体の人は、達成できなかった時にどのようなペナルティがあるか、それだけを考えてしまう。しかし私は、出来なければ出来なかったで、また数字を修正すればよいという考えで、「とにかく徹底してやってみる」という事を言い続けた。そうしたところ、かなりの事が達成できた。常に修正していきながら、最終的に元来の目標にたどり着けばよいと考えている。

――つい最近、郵貯でのノルマ問題が騒がれていたが…。  
 二宮 当行でも貸出金利息収入をいつまでにどれくらい増やすといったような目標を各支店に振り分けることはある。それが計画なのかノルマなのか、言い方にもよると思うが、目標達成にむけた計画は、年度初に本部が作るが、それに対して更にどの程度上を目指すかどうかは、各支店の自由意思で作ることになる。それは合意のもとであり、自分たちで決めた数字に対しては一生懸命になれるものだと思う。しかも、それが誰にも達成できないような数字ではなく、支店の6割程度が達成できるようなもので、さらに地域ブロック毎でも助け合えるようなことも行っている。さらにその達成率がボーナスにも影響するような仕組みも整っている。基本的にトップは大原則を掲げるが、その他の細かい事は、すべて現場をよく知る各支店に任せている。営業時間や店舗のレイアウトなども、支店毎にベストなやり方があると思うので、各店それぞれに決めてもらっている。

――地銀の経営に金融庁は頭を悩ませているが…。  
 二宮 地銀の中でもそれぞれに特徴がある。ある銀行は持続性に長けていたり、ある銀行には強い問題意識を持ったトップがいたり、金融庁としてもその辺りの色分けはしていると思う。言えることは過去の栄光ばかりを振り返っていたり、昔の良き時代の再来を夢見てばかりいるようでは、経営不振もすべてマイナス金利を理由に「しかたがない」で終わってしまうということだ。私としては、「向かい風の時こそチャンスがある」という考えを大事にして、5000社という取引事業社件数の今年度末の達成を目指し、さらに、1件あたりの貸出金額を増やすという事、そして、事業先1件1件とのパイプを太くし、利益をきちんと確保していく事に努めていく。銀行業の内容はとてもシンプルで、お客様との関係がいかに成熟するか、その信頼関係がすべてだと思う。だからこそ行員は魅力ある人間でなければならない。地方の方がそういった点における密度は濃いのかもしれない。

――今、地方銀行に求められていることは…。  
 二宮 お客様が何を求めているかにもよるが、高齢化社会の今において、事業承継や相続のノウハウ等、かつてとは違い多様化したニーズがある。そういったアイデアや蓄積したノウハウをお客様に提供していくことは必要だと考えている。一方で、迅速な決済を行い、短期間で答えを出すことも重要なポイントとして求められている。しかし当行では、事業者が一番低い金利の銀行を選ぶために、複数行の相見積もりをとるようなケースでは太刀打ちできない。だからこそ、企画競争入札のように良い企画を持っていけば選んでもらえるような環境をお客様と共に創り出し、そういった環境の中でさらに深い信頼関係を築き上げていく事が大事だと考えている。

――他行との合併や業務提携などについての考えは…。  
 二宮 頭取就任の挨拶の時、最初に「独立独歩でやっていく」と宣言した。当時の経営状況はかなり悪かったし、冷ややかな視線も感じたが、独立独歩でやっていくには、もっと中身をよくしなくてはいけない。もちろん、先々そういった話が出た時にどうするかを考えない訳ではないが、仮にどこかと一緒になるとしても、自社のところで利益が出ていなければ誰も見向きしてくれないだろう。自社の強みをしっかり持っている銀行にしておく事は大前提だ。幸い九州の第2地方銀行はすべて同じシステムを使っており、今年5月に加わった沖縄を含めて7行が常に太い連携の中にある。今はそのメリットを生かしてコストダウンを図ることが出来ている。今後もそういう環境の中で出来る限りの効率性を求めていくつもりだ。

――当局に対する要望は…。  
 二宮 日本銀行に対して一番思うのは、有価証券運用として保有すべき日本国債がないという事だ。10年債さえマイナス金利で、そんなものを買える訳がない。それを外債にしようにもリスクがあり、株式ではさらに高リスクになる。そういうことがわかっていながら金融政策としてマイナス金利を続けるのはどうかと思う。マイナス金利の日銀への預託よりもゼロ金利の国への預託を選択する金融機関もあるが、それはおかしい。貸出は低金利で収入が少なく、預金と貸出の差としての有価証券運用は、マイナス金利の国債では運用できない。さらに株価が下がり政策保有株等が減損になったり、各支店がキャッシュフローや収益が乏しく減損の対象になったりすると、そこで何千万、何億円という損金も出てくる。日銀のマイナス金利政策が色々なところに大きな影響を及ぼしていることを、日銀をはじめ、金融庁ももっと認識してほしい。(了)

――世界の潮流は、国連が掲げるSDGsやパリ協定等、持続可能な社会に向かっている…。
 中井 SDGs(持続可能な開発目標)を掲げる以前、国連は2015年までに達成すべき目標として、極度の貧困と飢餓の撲滅など、途上国開発のためのMDGs(ミレニアム開発目標)を掲げ、一定の成果を上げてきた。その後「人類が豊かに生存し続けるための基盤となる地球環境は、限界に達している面もある」という報告書をもとに、2015年にSDGsを掲げた。2030年までの国際目標であるSDGsは、海の保全、陸の保全、クリーンウォーター等、地球と調和して経済社会を組み立てていくための17項目が掲げられている。地球全体が危機的状態にある事は気候変動を見れば一目瞭然だ。ここ最近の大雨・洪水も、温室効果ガスが増えていることで引き起こされている可能性が科学的に指摘されている。産業革命から地球の温度が平均約1度上昇している事も客観的事実だ。2015年に採択されたパリ協定では、今後の気温上昇幅をプラス1.5度までに抑える努力を継続することが合意され、今世紀後半に温室効果ガスの人為的な排出と吸収をバランスさせることが求められている。そうしなければ、極地の氷が溶けて、インド洋や太平洋の島々も水没するかもしれない。

――今後のビジネスも変わってくる…。
 中井 2006年、当時の国連事務総長コフィ―・アナン氏は金融業界に対してESG(環境、社会、企業統治)課題を考慮するPRI(責任投資原則)を提唱しているが、その9年後の2015年、エポックメイキングのような形でSDGsの取り組みが始まった。IT革命や技術革新が進む中で、地球という人類が生活するための基盤に目に見えた危機的変化が表れ始めたことで、ようやく本気で経済、社会、金融の仕組みや実状を変えていこうという動きになっている。もはや化石燃料や地下資源を無尽蔵に扱い、大量生産、大量消費、大量廃棄するような時代ではない。世界のビジネスの流れもSDGs達成に向け新たな方向にシフトしつつある。日本では、日本初の脱炭素化・SDGs構想となる「地域循環共生圏」という概念が国の政策として動き始めている。これは、脱炭素で持続可能な経済・社会への移行による、日本の新たな成長戦略だ。

――「地域循環共生圏」とは…。
 中井 再生可能エネルギーも水も食料も観光資源も健康の素も、すべて人間と同じ自然界の一部だ。それら全てが繋がり、そこにITやAIを投下することで、地球の自然環境をこれ以上壊さないようにしながら、その流れの恵みを享受する仕組みをつくりあげる。それが「地域循環共生圏」だ。例えば、地方は過疎化が進んでいると言われているが、多くの森林や、風力や太陽の恵みがある。ここにAIやIoTを活用させれば分散型エネルギーシステムの拡大が期待できる。また、インフラが老朽化しているところや災害対応として、ハードインフラ一辺倒ではなく、敢えて人がいない地域をグリーンインフラとして緩衝地帯や自然公園にして観光地化し、必要時には災害受け入れ場所にするような、新たな形のインフラ整備構想も始まっている。地域の課題を元に必要なものを見つけ出し、従来の社会経済を、ESGという概念を取り込み新たな形でビジネスにしていくのがこれからの時代だ。

――政府を挙げて行う横断型の政策展開となっている…。
 中井 地域内で官民合わせた将来図を描き、それに必要なプロジェクトを担当ごとに進めていく。インフラの部分は民間資金では難しいので税金を投入することになるが、基本的にはこれまでのような、企業が政府の補助金を目当てに要綱に沿った形で本来のニーズと関係ないビジネスを行い、数年経つと必要のないものになってしまうというものではなく、あくまでも「地域循環共生圏」という大きな枠組みの中で、地域に密着したニーズを捉え、そこから新たなビジネスを生み出していくという流れを創り出していく。そのために今年度より実施している「環境で地方を元気にする地域循環共生圏づくりプラットフォーム構築業務」では、35の自治体等における地域の構想・計画の策定等を支援しているが、それぞれに色々なパターンがあるため、先ずは迅速に対応できるようなプラットフォームが必要だ。人、モノ、金、技術、ノウハウをそのプラットフォームに集結させて、本当にやりたいと手を挙げた人がスムーズにそのプロジェクトに参加できる仕組み作りは欠かせない。

――環境省経済課ではこういった動きを金融界に広める活動を行っている…。
 中井 昨年前半にかけて、金融の主要プレーヤーたちを集めてESG金融懇談会を開催した。その提言をもとに、環境省経済課環境金融推進室ではさらなるESG金融の推進に向けた取組を行っている。具体的には、ESG投融資の加速化や普及の支援として、ESG情報開示の促進・基盤整備、また、民間資金の呼び水となる地域低炭素投資促進ファンドによる出資や、グリーンプロジェクトを使途とするグリーンボンドの発行支援など、活動は多岐にわたる。直接金融への企業の環境情報開示の基盤となるESG対話プラットフォームの実証実験を行っている。グリーンボンドの需要は年々高まっており、日本でも発行額が増加している。一方で、間接金融は地域の成長戦略に地銀や信金がしっかりと向き合って資金提供できるような環境作りが必要であり、環境省としては、案件事例を集めて知見を整理するなどプレーヤーとしての立場で関わり、案件ベースと組織ベース両面からのアプローチで地域金融の拡大展開を支援していく。また、地域低炭素投資促進ファンド事業で出資されるグリーンファンドは、リスクマネーを公的ファンドが出資することで、中小・中堅企業への民間投融資を後押しすることになるだろう。現在約200億円を扱うこのファンドの人材には金融機関等から出向してもらい、再生可能エネルギー事業などに関するノウハウを貯めている。このように、旗を振るだけの存在ではなく、地域ニーズに沿って本当に現状を変えていくという意識を持ったプロジェクトが着実に進んでいる。特に滋賀銀行や福岡銀行はESG要素を組み込んだ取組が進んでいるようだ。

――今後の抱負を…。
 中井 脱炭素社会に向けて企業が中長期的なビジネスモデルを転換していくうえで、金融の果たす役割は大きい。ESG金融懇談会提言では、国に今後の社会づくりに対する一貫性ある方針と明確なシグナルを求めており、「カーボンプライシング(炭素価格付け)」の必要性を訴えている。これが、今一番大きな政策課題の一つだ。先細りにある将来の社会保障を維持するために国民に我慢を強いる消費税とは違い、炭素税は社会経済を新しい時代に移行するため、経済の仕組みを変えるための税制だ。仮に炭素税が導入されたことで二酸化炭素の排出がなくなり、その結果としてパリ協定の目標年限である2050年までに炭素税収がなくなったとしても、それは社会のイノベーションにつながる非常に合理的な話であり、財務省としても反対材料はないだろう。金融と税金は本当に大事だ。(了)

――アセアン経済が成長を続けており、その存在感が高まっている…。
 藤田 アセアンが伸びてきているというのは歪みのない事実だ。全体的な指標を見ても世界中で最もダイナミックな成長を遂げており、また、相対的に見ても貿易や投資、金融の流れといった経済分野でアセアンの重要性が抜きんでている。今のアセアンは投資を受け入れるだけでなく、投資する側にも回ってきている。例えば、アセアンへの対内直接投資の世界総額における日本からの割合は20年前の約16%から近年では約10%となっているが、日本におけるアセアンからの直接投資のシェアは20年前の7%から近年では約15%と2倍に増加している。この双方向での投資がアセアンの存在感を強めている一つの要因だ。

――アセアン首脳会議が先月タイで行われた。その成果は…。
 藤田 アセアン・サミットは年2回行われている。議長国が毎年変わる中で、何が議題に上るのかでその傾向を見ることが出来よう。これまでアセアンに課せられていた「コネクティビティ」や「サイバー犯罪」について引き続き取り組みを進める一方で、今年の議長国であるタイは、アセアンの中心的役割を担う機関や施設をタイに設立することに注力している。すでに、今年のテーマである「Partnership for Sustainability(持続可能な社会のためのパートナーシップ)」に沿った形で「ASEAN Centre for Sustainable Development Studies and Dialogue(ACSDSD・持続可能な開発の研究と対話のためのアセアンセンター)」が設立され、アセアンにおける持続可能な発展をさらに進めることとされている。タイはアセアンの中でも資金力があるため、このような施設費用なども率先して提供しながらイニシアティブをとっている。また、タイにはサイバーセキュリティ問題の最先端を扱う「ASEAN-Japan Cybersecurity Capacity Building Centre(AJCCBC・日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター)」 も設立されている。これは日本が原資協力しているものだ。その他にも、2040年~50年にフィリピンを除くアセアン全体が直面するであろう高齢化社会に備えた「ASEAN Centre for Active Aging and Innovation(ACAI・アクティブ・エイジングとイノベーションのためのアセアンセンター)」も作られている。特にタイではすでに少子高齢化問題が表面化しており、そのスピードは日本を追い抜くと言われるほど速く進んでいる。このように、タイが今年アセアン・サミットの議長国になる事を見据えて、その先の計画を着実に具体化させるための土台をしっかりと実現させようとしていることも、アセアン全体の成果として注目すべきポイントだと言えよう。

――RCEP(東アジア地域包括経済連携)の進捗について…。
 藤田 RCEPの交渉は2012年に始まり、以後毎年のように公約に掲げられているが、なかなか妥結に至らない。いくつかの事項では合意に至っているのだが、一番重要な関税の議論がまとまらない。全アセアン域内の関税は2018年にはすでに完全撤廃されており問題はないのだが、RCEPには中国やインドなど大国が加わっているので難しい。加えて、アセアンはRCEPについて自分たちで主導権を握りたいという意識があるため、妥結へのコミットメントは強いが、今のままの状態では妥結は難しい。例えば、RCEP16カ国全てを必ず包括するという概念を捨てて、分野毎にRCEP・マイナスXにして合意するといった工夫も必要なのではないか。アセアンの中でも経済格差がある。このような柔軟性を持ちながら少しでも合意に近づけていく姿勢は重要だと思う。

――米中の覇権争いで世界情勢が不透明な中、日本はアセアンとどう付き合うべきか…。
 藤田 米中ともに譲らない部分もあり、この状態がいつまで続くかわからない。中国を巻き込んだサプライチェーンが確立している国は影響も大きく、それはどうしようもない。ただ、当センターではグローバルバリューチェーンのリサーチを実施しており、それによると、2018年の中国からの輸出における外国に帰属する付加価値は約13%と少なく、一般的な産業での中国におけるバリューチェーンは、ほぼ形成されていない。しかし、電子産業などは別だ。ファーウェイのスマートフォンを例にとってみても、全商品の3分の1は中国の製品を使っているが、次に多く使われているのは日本の製品だ。アップルのiPhoneはもっと日本製品を含め外国製品を使っている。つまり、中国が輸出規制をかけられた場合、同時にそれだけの輸入量も必要ではなくなるので中国の主な輸入相手国である米国や日本や韓国、アセアンも影響を受けることになる。一方で、2018年のアセアンからの輸出における国内での付加価値額は9,530億米ドルで、外国に帰属する付加価値額は5,309億米ドルとなっている。つまり35%超が外国に帰属する付加価値だ。このように、アセアンにおいてはバリューチェーンが形成されているため、経済統合によって一番便益を受けるのは日本企業や米国企業だと言えよう。

――日本はサプライバリューチェーンが出来ているアセアンとの貿易にシフトしていったほうが良い…。
 藤田 中国とアセアンの関係はどちらかというと点と点であり、面にはまだ至ってないが、日本とアセアンとの関係ではすでに面と面の関係になっているため、アセアンの経済統合は日本により良い影響を及ぼすと考えられている。また、アセアンは10年もたたないうちに日本のGDPを抜くと言われている。ビジネスを行う上で、成長している地域に投資していくという事は当然だ。

――日本アセアンセンターの今後の活動について…。
 藤田 貿易、投資、観光、人物交流などを通して日アセアン間の交流を深めていく事が当センターの活動目的だ。そして今の時代、すべての事業において重要な要素となるのはサービスだ。ソフトの力が全ての製品の競争力を決めていると言っても過言ではない。しかしながら日本もだが、アセアンのサービスの生産性は非常に低い。今後、その辺りを考えていく事が活動のポイントになってくるだろう。また、グローバル化の進んだ現在において自国やアセアン地域の問題に限らず他の色々な地域の影響を受けることは避けられない。今回G20でも採択された環境問題などにおいても、新興国にとっては、うまく対応していかなければ成果が出る前に潰れてしまうという可能性を含んでいる。この点、日本は過去に多くの公害被害があり、それを克服してきたという歴史がある。その経験を上手く伝えていくこともできると思う。さらに、気候変動や高齢化社会など、日本でもまだ手探り状態の問題を、アセアンのイノベーションによって突破する方法を一緒に探っていくことも一つの方法ではないか。アセアンに限らずアジアの問題は、主に資本や労働などの生産要素の投入に頼りすぎた成長を遂げてきたことだ。今後、少子化時代を迎えて成長し続けるためには、このような成長では限界がある。イノベーションをいかに起こして生産性を高めていくかが重要となろう。

――最後に抱負を…。
 藤田 私が事務総長に就任した2015年は国連サミットでSDGs(持続可能な開発目標)が採択された年だ。そして、私は当センターのすべての活動にSDGsを主流化した。また、日本が過去20年間低迷の時代だった間に、アセアンは随分と変わり、経済構造の変化も起きている。そういった部分を見逃すべきではない。アセアンは日本の重要な戦略的パートナーだ。しかし、多くの国で研究開発にかける費用が非常に少ない。かつての日本が研究開発に力を入れていたように、アセアンもこの部分に力を入れることで大きなイノベーションが起こるだろう。逆に言えば、研究開発に力を注がない限りイノベーションは起きない。1977年に当時の福田赳夫総理が打ち出した福田ドクトリンにあるように、日本とアセアンが「心と心の触れ合う信頼関係」を構築し、「対等なパートナー」として良好な関係を保ち続けることが出来るように、当センターでも関係構築を深めるための活動に今後も力を注いでいく。(了)

――水の問題について研究を始められたきっかけは…。
 橋本 私は群馬県館林市出身。同市は近年、「里沼」が日本遺産に登録されるほどで、小さい頃から水環境の豊かなところに住んでいた。それが、1986年、大学入学とともに上京し、水の味が随分と違う事に驚いた。当時は川の汚染が酷く、水道水は金魚鉢のような匂いがした。そうして、地域による水の味の違いをおもしろいと感じたことがきっかけで、浄水所巡りを始めた。大学生時代には約300件の浄水所に行き、大学卒業後はフランスのミネラルウォーターの採水地をルポルタージュする仕事もした。ただ、その後バングラデシュに行き、ヒ素汚染された水でさえ飲料水や生活水に使わざるを得ない現地の水事情を目にして、もっと水の問題を深く研究して世界に発信しようと考えた。それからかれこれ25年だ。

――この度「水道民営化で水はどうなる(岩波書店)」という本をお書きになったが、一番主張したかったことは…。
 橋本 水道民営化の是非にはそれぞれの意見があると思うが、私は、水というものは最終的に自治の問題だと思っている。世界各地色々なところを見てきたが、水環境をきちんと保全出来ている地域は存続しているし、むやみやたらに水を使ったり周囲の森林を際限なく伐採するような地域は、一時は発展したとしても結局滅びてしまうという歴史がある。ここでもう一度、自分たちが毎日使っている水がどこから来ているのか、どこに流れていくのか、きちんと意識して、街づくりの議論の中に組み入れてほしいというのがこの本の主眼だ。 蛇口の水が何処から来るのか日本の小学生に聞いても、浄水所までは知っていても、そこから先の山や川という答えにはなかなか辿り着かない。しかし、安全な街づくりをしていくためには、そこまでの領域で考える必要がある。世界的に水源が枯渇したり、豪雨災害で街が一夜にして流されるケースが沢山出てきている今、自分たちの町を水中心に見ていくことは、気候クライシスへの対応にもなるだろう。

――水は気候の影響を多大に受ける。そして、水の動向によって地形も変わってくる…。
 橋本 地球レベルの気候変動で、例えば昨年はインダス川の上流、ガンジス川の上流に行ったが、この周辺では雪の降る期間が明らかに短くなっており、そのため雪解けも早くなっている。その影響で作物の種まき時まで水が残っていなかったり、一気に雪が崩れることで今まで雪崩が起きていなかった地域にも雪崩が起きたりしている。気温が高くなると水の動きはダイナミックになる。もともと水が乏しいところはさらに渇水し、もともと水が豊富な地域は上空に蒸気を貯めやすいため、冷たい空気が入ってきた時に大雨になる。今年は40年ぶりに西日本よりも東日本の梅雨入りが早くなったが、40年前当時の東日本では異常な豪雨災害が起きていた。そういう激しい時代がこれから訪れるという事を踏まえて、自分たちの地域で気候がどのように変化しているのか、水がどのように動いているのかを知ることは、今後の町づくりに欠かせない要素になっていくと思う。

――日本は、気候クライシスへの対応が欧米に比べて遅れている…。
 橋本 欧米では森林が山の土砂災害を防いだり、温暖化ガスを吸収するような役目を果たしているという意識が高いため、あまり森林を伐採しないようにしているが、日本ではそういった森林が持つ多面的な機能への関心は薄いようで、先日も森林の伐採を進める法案が成立した。さらに言えば、現在の日本では土地取引が比較的自由に行われており、外国の資本家や企業にも買われている。ここで問題なのは、日本の民法では地下水が土地の付属物と考えられているため、土地の所有者は水のくみ上げが自由ということだ。水道事業が民間企業に買われて余った水を海外に輸出するという水ビジネスの他に、日本の土地を所有した外国企業が工場や農業で水を際限なく使用するという水の使い方も考えられる。そういったことに対して自治体が汲み上げ規制を行うような動きもあるが、自治体の条例程度では法的拘束力が弱い。国として本当に水の問題とその重要性をきちんと考えているのであれば、地下水の活用や保全に関する法整備が必要だ。今後の気候変動も考えて、熱を持った時に蒸発量が多くなる河川水よりも、その8倍の量を持つ地下水の利用法を整えておくことは本当に重要なことだと思う。

――昔はどこでも無料で飲めていた水が、今はお金がなければ飲めない時代になってきた…。
 橋本 水道経営は厳しい。民営化されようと公営のままであろうと厳しい。今後、水道の持続性が危うい地域が出てくる。水道料金は水源地から蛇口までのコストを利用者数で割り決定されているため小規模集落にとっては高コストになる。将来さらに人口減少が進み、今よりも20倍程度水道料金が高くなるといわれている地域もある。今後そのような地域が増えていくと考えられる中、例えば、宮崎市内のある地区では、既に週に数回給水車が回り、受水タンクに給水を行っている。また、五島列島では雨水を生活水に活用し始めたり、岩手では住民でも簡易に管理できる浄水装置の実証実験を行うなど、自治体ごとの工夫がある。このように、大規模集中型の浄水場から24時間、鉄の管で水を提供するというこれまでの水道システムが終わる可能性が出てきている。

――自然の恵みである雨水を利用する。そのメリットは…。
 橋本 雨水を貯留して活用することは、洪水の脅威を緩和するという部分もある。現在、雨水は下水道に流れて法律上も飲み水には適用できないようになっているが、本来、非常にきれいなものだ。各家庭で貯水槽を作り、家庭排水などとは別にして、きちんと貯めて使うという事を考えたほうが良い。特に東京都内では年間降水量の方が年間水道使用量よりも多く、周辺のダムから高コストの水を持ってくるよりも安く済む。また、今世紀末には東京の気温が屋久島並みになると言われているが、雨水を使うことで都市部の気温上昇を緩和することもできる。逆に言えば、そういったことをやらなければ、気温が上昇してくる中でアスファルトやコンクリートだらけの東京での暮らしは非常に厳しいものになるだろう。

――行政の対応と、水道民営化の問題点について…。
 橋本 昨年、政府は水道法の一部を改正して水道の基盤の強化を打ち出したが、現場を見る限りそれを遂行できる体力はないように思う。行政の担当者がたった一人で水道事業を行っている自治体も多くあり、そもそも、きちんとした水道配管図が作られているところが6割程度しかない。配管図がないと事故が起きた時に修復のしようがないのに4割はそれがないということだ。人と財源はどうしても必要であり、今回の実行プランはその実現可能性をきちんと考えたうえで作られたのか疑問に思う。また、水道事業を民営化する欠点は、自治体に人とノウハウが残らないという事だ。例えば20年や30年の長期契約になれば、自治体側にはその後の事業契約を選択する権限はなくなり、あとは契約更新するだけになるだろう。その企業を買収するような体力もない。そうすると、水は企業のものになり、地域住民のものではなくなる。30年後にどのような街づくりをしていきたいのか、そのプラン作りを、今、しっかりと考えておく必要がある。(了)

――株券もペーパーレス時代になり、御機構がますます重要な組織になっている…。
 中村 当機構は資本市場のバックオフィスのインフラだ。個々の取引は取引所で執行されていても、結局、最後の株式決済は当機構の口座間で行われている。そのため、当機構はマシンセンターにあるメインサーバーの他にバックアップセンターにサブサーバーを置き、トラブル防止のための2重3重の策を講じている。また、東京証券取引所との結びつきは強くBCP(事業継続計画)も一緒に考えている。2020年にはオリンピックを控え、サイバー攻撃も大きな問題の一つとなっているが、当機構は基本的に専用線を使用しているためインターネット経由のハッキングは心配ないと考えている。ただ、USBなどを通してウィルスが入ってくる可能性もゼロではないため、予めUSBを使えないコンピューターを使用するなどセキュリティ対策には色々な工夫をしている。つまり、システムについては、かなり保守的に作られていると言えよう。株式の時価総額600兆円の金融資産を扱う当機構は安定したシステムしか使えない。最先端の技術を率先して使用して、失敗を重ねながら成長していくことなど許されない。

――分散式台帳システム、つまりブロックチェーンがあれば、保振も取引所もいらなくなるという見方もあるが…。
 中村 将来はわからないが、現段階の技術では、取引所取引のほうがスピーディであるという事と、取引所取引では最終的なネットの金額だけを、クリアリングシステムを使って一日の終わりに清算するため、多額の資金を用意する必要がない。こういった点で、まだブロックチェーンの先を行っていると考えている。クリアリングの方法はマーケットの知恵だ。ブロックチェーンに限らずグロスベースで一件ごとに決済することは株式の取引では難しい。また、そもそもブロックチェーンとは共有台帳であり「暗号化されているから他人には見られることがない」と言われているが、それをどれだけ信じられるかという部分もある。本当に信頼出来るのであればマーケットは変わっていくだろうが、まだまだ問題点が多く、これからの技術だと思う。

――決済期間の短縮化は…。
 中村 国債取引はすでに「Tプラス1」になっているが、国内の株式取引は今年7月16日に「Tプラス3」から「Tプラス2」に変わる。しかし、株式は国債と違って銘柄数が多く値段もそれぞれであるため、さらに「Tプラス1」にすることは難しいと思う。

――御機構の技術的課題における取り組みについて…。
 中村 2020年後半を目標に新システムへ切り替えるための開発作業を行っている。これまでは株や債券など商品ごとの縦割り状態で、そのまま電子化も進めていたのだが、新システムでは、新たに参加者の情報など横割りの基盤を加え、より利便性の高いシステムになるよう開発を進めている。当機構が保有する情報は市場参加者の共有財産だ。それをどのように利用していくかは参加者と相談しながら進めていくことになるが、例えば、証券口座におけるマイナンバーの利用は今後の新たな取り組みの一つになろう。当機構で一括してマイナンバーを管理出来れば業界横断的な株主関係の業務も一層容易になる。今年3月に税制改正法案が通ったことを踏まえ、実際にどのような方法で利用していくかを検討しながら、来年4月以降の導入を目指している。

――利用者サービスについて、手数料を下げるといったような考えは…。
 中村 コンピューターを使う事で省力化が可能になり、手数料を下げてきたが、今は新システムの開発にむけて資金を投入しているところだ。まずは新システムをしっかりと完成させることが重要であり、それがきちんと立ち上がった時に、以降の料金体系を含めた利用者サービスについての具体的な内容を、市場関係者のニーズを聞きながら、よく議論して進めていきたい。

――日進月歩で世の中は動いているが、フィンテック絡みの課題等は…。
 中村 フィンテックは基本的にBtoCの世界で利用されている。当機構はBtoBの取引で、しかも専用線を利用しているため、今の段階ではフィンテックが当機構のシステムの中に入ってくることは考えられない。銀行でも少額の送金の世界であれば絡んでくることはあるだろうが、当機構では少額の取引はなく参加者も限定的だ。もちろん、株券という概念をベースにした今の会社法が変われば、また状況も違ってくるかもしれない。株主名簿が会社に対する対抗力になっており、その仕組みがある限り、誰がその株を持っているのかを確定しなくてはならないからだ。話は少し広くなるが、私はAIやビッグデータを使ってグローバルなマーケットが出来るとは考えていない。その理由は、そのデータが誰のものであるかは国によって違うからだ。プライバシー保護の強い国のデータは、プライバシー保護の弱い国に持っていくことがこれからは難しくなると思う。実際にEUの一般データ保護規則(GDPR)はそういう考え方に基づいている。そういった意味で、デジタル化というものが技術的に可能であっても、それが社会的に受容されるかどうかは国によって違いが生じてくると思う。

――最後に、今後の抱負を…。
 中村 経営者の仕事は組織マネジメントだ。従業員が仕事に取り組みやすい環境を作ることが最大の任務だと認識している。現在の従業員は約220人。今、その4割強がシステム要員だ。人的エラーを減らすためにもシステム化は不可欠だと考えている。民間会社ではあるが、業界の共通インフラを担う組織として、取引所や日銀とリンクしながら資本市場のバックオフィスの一部として、しっかりとその重要な役割を果たせるようマネジメントしていきたい。(了)

――ゴルフツーリズムを始められたきっかけは…。
 鈴木 三重県の観光振興基本計画の一番大事な指標を我々は観光消費額に置いている。入り込み客数も大事だが、それだけではなく、地域にいかにお金が落ちるかということを最も重視している。三重県は空港も新幹線の駅もなく、それでいて長期滞在や富裕層に来てもらうことなどお金を遣ってもらう方策はあるのかを考えたなかで、出てきたのがゴルフツーリズムだった。例えば、三重県はゴルフツーリズムが盛んなタイのパタヤと連携協定を結んでおり、ゴルフ目的でパタヤに訪れる、そこの地域・国以外の人は600万人くらいで、それだけお金が落ちる。ゴルフという特性上、来たら連泊をする人や富裕層の人が多く、またその家族は観光もする。また、ゴルフツーリズムは国内では北海道と沖縄でしかやっておらず、本州でやっているところはないということで、1つは観光消費額、1つは差別化という理由でゴルフツーリズムを行うことにした。観光消費額は今年度に5000億円というのが1つの目標だったが、おかげさまで18年度は5338億円、その前年も5200億円くらいと、目標を達成しており、順調に進んでいる。

――今年は上皇・上皇后陛下の伊勢神宮参拝が話題となった…。
 鈴木 今回は平成最後の行幸啓として2泊3日で随行させていただいたが、上皇陛下は13回目のご来県であり、本当にありがたく思う。象徴天皇として国民に寄り添っていただいたお姿に対する日本国民全体の感謝の気持ちが表れたご訪問だったと感じる。おかげでこのゴールデンウイークの伊勢神宮参拝客数が88万人と昨年の倍になり、三重県全体でも300万人を突破した。今の上皇陛下が最初に被災地を訪問されたのが60年前の伊勢湾台風の時の三重県で、皇太子殿下の時に当時の昭和天皇の名代として伊勢湾台風の被災地を視察され、行程にはなかったが避難所に行かれたいというご意向で避難所にも行っていただいた。今の上皇陛下のお姿で感動することの1つが、被災地に何度も足を運ばれていることや平和を大切にされているということであるなかで、その原点が三重県にあったというのは光栄なことだ。今年はちょうど伊勢湾台風から60年となり、その伊勢湾台風の年には上皇陛下が美智子様とご結婚され、さらに伊勢神宮の祭主を務めている黒田清子様の50歳のお誕生日が今回行幸啓された4月18日だった。ご家族水入らずでお食事をされておられたなど、単に平成最後の行幸啓ということだけではなく、様々な機会も重なって、大変意義深く、我々の心に残るご訪問だった。

――災害の予算を3年間で1000億円取っているが、このあたりについては…。
 鈴木 実は私が知事になったのは11年4月、東日本大震災の翌月だった。知事になって5カ月目には紀伊半島大水害という、和歌山県と奈良県と三重県で80名を超える人が亡くなった台風があった。私は全国知事会の危機管理・防災特別委員長というのもやっており、防災・減災は政治家としての原点でもある。この私の3期目は、東日本大震災から10年の節目を迎えるうえ、南海トラフの懸念や確率も高まっているため、防災・減災対策を集中的に仕上げていかないといけない。昨年の西日本豪雨では、860万人に避難勧告等が出たにもかかわらず、実際に避難した人は最大で4万2000人であり、そういったソフト面の対策もしっかり行う必要がある。それに加えてハード整備や病院とか中小企業のBCP(事業継続計画)の策定などを行い、リスクに備えることを我々は「防災の日常化」と呼んでいるが、そのためには集中的に一定予算をかけないといけない。今回、国が財政負担の少ない起債の制度を作ってくれているため、それを活用する。今年は伊勢湾台風から60年、昭和19年の昭和東南海地震からも75年という節目であるため、こういった節目をとらえ、今集中的にやろうと考えている。

――財政は全国的に見て少し公債費比率が高いが、財政政策についてはいかがか…。
 鈴木 17年度決算で、全国の公債費比率の平均が11.4%、三重県が14.2%と、財政健全化法の基準からは10%程度下回っているが、確かに少し高い。これの要因の1つは、東日本大震災後や紀伊半島大水害後の公共工事であり、もう1つはリーマン・ショックのときに三重県の県内総生産の下落率が全国一位であったことだ。三重県はものづくりが盛んで、特に電気電子や半導体、あと自動車や石油化学系など輸出に頼る産業が多く、今も一人当たりの製造品出荷額は全国2位であるなど、リーマン・ショックで輸出ができなくなり経済が落ち込み、その時にさまざまな経済対策を打ったことで県債を発行し、公債費が高くなっている。とはいえ、今は健全化を進め、選択と集中で投資をしてきたため、22年度くらいには当初の予想額より184億円くらい減額できる見込みまできている。私自身の3期目として、新しく行財政改革のプランを作り、財政健全化の道筋をさらに明確なものとしていかなければと考えている。また、スマート自治体といったものにも手を付けたい。以前、事務処理ミスが重なったことがあった一方で、行政の人員は減っているなかでの働き方改革もあり、正確性とスピードと生産性を実現するには一定のテクノロジーを活用する必要がある。単純に時間外労働を減らすことや長時間労働を是正することだけではなく、本当に定型的なことは機械にやってもらい、企画立案や県民への直接サービスなどに集中する、質的な面での働き方改革をするために、スマート自治体にも取り組む。これを柱にしたプランを来年の4月からスタートできるように今年度中に計画を作りたい。

――三重県は子育て支援にもしっかり取り組んでいる…。
 鈴木 今の日本には、子どもの権利擁護といった視点が欠けていると考えている。例えば三重県では、性的虐待を受けた女の子に対し何度も事情聴取をしないで良いよう、児童相談所や警察、検察が一気に共同で面接をして、子どもの負担を減らすといったことを行っている。また、虐待を受けて施設に入った子どもがそのまま施設に残るのか、里親のところに行くのか、あるいは里親と一回会ったが、子どもはどう思っているのか、子どものためにどうしてあげたらいいかということを一番に考えていく、そういう施策を展開していきたいと考えている。もちろん待機児童をなくしたり、保育の質を高めたり、あるいは子育て家庭を応援するイクボス(仕事と家庭の両立を応援する上司)といったことなども進めており、あるNPOの調査では、全国イクボス自治体ランキングで三重県が一位となった。また、12年に四日市でゼロ歳児の子が児童虐待で亡くなる事案があり、そこからはもう絶対に子どもの命を奪わせないとして、その時の検証で子どもの安全を優先に一時保護するというのをややためらったのではないか、という結果が出た。これを受け、判断をためらわない、属人的に判断をしないためにリスクアセスメントシートというものを作った。一定項目チェックが付いたら、子どもの安全確保を最優先に、虐待があるかないかわからなくてもまず命を確保する、その後、親と話をして状況を聞き取り、虐待がないようであれば戻す、ということをやってきた。加えて、児童相談所も人手不足で経験者から経験がない人への継承が難しくなっているため、リスクアセスメントツールの運用により蓄積された約6000件のデータとAIを使うことにした。具体的には、AIを搭載したタブレットを持って行き、家庭訪問の様子をその場でチェックし、チェックした項目数やチェックした傾向などで過去のデータを元に十二分に判断し、迅速な一時保護や、人手不足や経験の継承という課題をなくすための取組を行っている。

――今後の重点施策などは…。
 鈴木 2つの観点がある。1つは三重県で暮らしていく、三重県に希望を持ってもらうには、安全安心がしっかり確保されていなければいけないという点、あとは果敢に未来に向かって挑戦をしていく点だ。安全安心の部分では、防災と医療、それから健康づくりやがん対策だ。三重県は女性の健康寿命が全国2位、75歳未満のがんの死亡率が下から5位、自然死の割合も全国でトップクラスと、健康に関するポテンシャルがあるところだ。一方で、人口10万人あたりの糖尿病治療を受けている人の割合は全国で1番であるなど、今後のことを考えれば全体的に健康ではなくなる可能性もあるため、この健康づくり、がん対策や医療、こういったところに力を入れていきたい。昨年にみえ県民意識調査で1万人に最も重要な政策分野に関するアンケートを行ったが、1番が医療、2番が介護、3番が防災、4番が教育だったため、まさにそれに沿ってトップ3をしっかりやっていくということだ。三重県は県内総生産が過去最高となり、今年度の税収の伸び率も全国1位となるなどマクロ的な経済が良くなってきている一方で、中小企業や個人事業主の方々は事業承継の問題や人手不足の問題など、課題をたくさん抱えている。そのため、中小企業施策の練り直しなどきめ細かな支援に力を入れて、経済の分厚さを増していく。特に今、我々が力を入れているのは事業承継のマッチングだ。三重県に本店を置く金融機関が地銀3つと信用金庫4つ、合計7つあり、その方々と我々と人材プラットフォームの企業で包括協定を結び、移住や経営人材、M&Aを含めて事業承継を行うためのプラットフォームを作っている。これらの金融機関の方々に力を借りて資金供給しながら、中小企業の部分を分厚くしていきたい。

――AIによる試験問題出題予測サービス「未来問」は司法試験予備試験の60%を的中させた。AIの未来像、そして、AIが普及した社会での人間の役割は…。
 鬼頭 今回の予備試験は平成23年にスタートした試験だったため、AIに過去問を読み込ませる量が限られており、6割の正解率という結果だった。しかし、別途行った宅建の試験では平成元年から29年分の過去問を読み込ませているため精度が高く、78%という正解率だった。もちろん、一言一句同じ問題が出る訳ではなくニュアンスの違いはあるので、それを基礎にして応用出来るような知識は必要だが、「未来問」をきちんと勉強していれば確実に点数は上がると思う。これは、教師や指導者など教える側が長い間やっていたことで、その傾向をAIが合理的に予測しているものだ。今後は、AIが一人一人の受験生に対して、個人の不得意分野と出題可能性を組み合わせたうえで、模擬試験の本番から逆算した「勉強の黄金ルート」を提示することさえ出来るようになるだろう。それは確実に合格へ向けた時短になる。このように、今、人間が教育分野で行っている事の殆どをAIが代替するようになると、学校の先生の役割も変わってくるだろう。AIが出来ないことは、モチベーションを上げることだ。AIが提示した合格への黄金ルートを実践させるために、例えば、松岡修造さんや、アニマル浜口さんのような、熱量をもってコーチング的役割を果たしてくれる人は、AIが発達しても絶対的に必要だと思う。5~10年後の指導者はそういった役割になっていくのではないか。

――人間が法を犯した時にAIが瞬時に懲役何年かを判断してくれるような世の中になれば、司法試験や弁護士自体が必要なくなるのではないか…。
 鬼頭 弁護士の業務が変わるという面は大きくあると思う。それは教師の話と全く同じだ。例えば、覚醒剤取締法違反の罪は初犯で懲役1年6カ月、執行猶予3年間が相場で、よほど情状に上下がない限り変わらない。裁判官は量刑データベースをチェックして量刑を導き出しているため、そういったケースで結論を出すだけならば、今でもAIで出来る。しかし、離婚裁判のようなケースでは、養育費や慰謝料をAIに判断されて納得出来るものだろうか。たとえ数字が同じだとしても、時間をかけて誰かに共感してもらいながら導き出された結論とAIに言い放たれた結論では、受ける側の納得感は違うと思う。その部分を今のAIで代替することは難しい。弁護士業務も、単に知識の差で売っていた時代ではなくなり、そういったカウンセラーやコンサルティング的役割が残っていくのではないか。

――実際にAIが仕事を代替してくれるような時代になれば、人間の仕事は少なくなっていき、人間の生活のスタイルも変わっていく…。
 鬼頭 人間の仕事をAIが代替するようになれば、物理的に人間の労働時間が短くなるため、人手不足も無くなるのではないか。実際に一定の単純労働は、すでにAIが代替出来る仕事だと思うし、そうであれば、今受け入れを拡大している外国人労働者の必要性が変わってくる可能性もあると思う。私には、少子高齢化の進展よりも先にAIの進展が来るという感覚がある。実際に人間を必要とする労働が減ってくれば、一人当たりの労働時間が減少していき、それに伴って価値観が変わっていくはずだ。少ない労働時間に起因して全体の所得が下がり物価も下がっていくのか、或いは、全体所得を下げないように政府が国民全員にお金を配るのか、少ない労働時間でも所得は維持されるのか、それは正確にはわからないが、いずれにしても、短時間労働でも人間がきちんとした生活ができるようにしていくしかない。価値観は時代とともに変わっていくものだ。江戸時代より前は一日2回だった食事が今では一日3回が当たり前になっているように、未来の人から見れば週40時間労働や残業100時間が信じられない事だったり、極端に言えば会社のオフィスや会議室があることだったり、場合によっては株式会社という存在さえ、「そんなものがあったの?」という感じになっていたりするのではないか。そして、労働時間が短くなった時に増えるのが余暇時間だ。その部分で楽しんでもらえるビジネスは今後ますます重要になってくると思う。特にライブやプロスポーツなど、臨場感や筋書きのないドラマは、AIには絶対に創り出すことが出来ないものだ。実際にAIが作った小説や音楽もあるが、私の心には響かない。AIは何が出てくるかを予測するものであり、その対極にある、何が出てくるかわからないわくわく感を生み出す産業が今後は増えてくると予想する。例えばお笑い芸人など、人を笑わせたり、感情を震わせたりするような商売は無くならないと思う。

――御社は今後、どのような分野で拡大していくつもりなのか…。
 鬼頭 私はもともと法律が好きなので、法律に関わる分野で会社を永続させたいと考えている。法律は社会的弱者のためにある。法律がなければ物理的に力を持つものが強い世界になってしまうが、それが法律によって是正されることで一定の秩序が保たれている。日本は比較的法治国家の側面が強いが、世界を見渡せばこのような国は少ない。一見、法治国家でも実は人治国家のような国も存在している。実質的な平等が担保されるような分野に寄与出来る会社にしていきたいと考えている。具体的に言えば、GoogleやFacebookは半分法律みたいなもので、Facebookが「仮想通貨の広告を載せません」と言ってしまえば、仮想通貨は排斥されていくだろうし、Googleがある会社を「検索結果から除外します」と言えば、その会社はホームページを作っても何の意味も持たないようになる。Amazonも同様で、今の時代、多くの人に使われるサービスは、ある意味、法律化していく側面がある。

――御社が提供していくサービスに、そのような側面を持つものは…。
 鬼頭 オンラインでサインするサービスは我々が最初に手掛けるこういった側面を持つサービスになるだろう。私は「紙」というものが今後、世の中から無くなっていくと考えているのだが、特に法律分野では、未だに契約書や発注書、受領書含めたくさんの書面が存在している。そういった書面をすべてオンライン化してクラウド上にためていくというサービスを提供していくのがファーストステップになるだろう。同時に、契約締結後の管理をブロックチェーンで記載して改ざん出来ないようにしたり、AIによる自動チェックを行ったり、法律プロセスの上流から下流までを全て押さえたサービスを展開していきたい。保険業界などでは少しずつタブレットでの書類へのサインも使われ始めているが、金融や不動産業界はいまだに膨大な紙を使っている。そういった契約の多い業界でオンラインサインが普及し始めると、世の中は一気に変わってくると思う。

――最後に、日本の行政や法律において改善すべき問題点は…。
 鬼頭 5月24日に成立したデジタルファースト法の動きを加速していってほしい。また、日本全体の事で言えば、新しいものを排斥することで世界に立ち遅れているという感がある。例えば、UberやAir bnbなど、グローバルに流行っているものを日本に取り入れようとすると、日本の既存勢力が政治家に働きかけて法律の壁でブロックしてしまうという事が起きているし、仮想通貨も一回流出騒動が起きた途端に業界全てが悪いというイメージになり、法の壁でがちがちに固めてしまった。ブロックチェーンの流れも海外では着実に進んでいるのに、日本ではブロックチェーンや仮想通貨のニュースは下火だ。しかし、ここで開放路線をとらなければ、失われた平成の30年を繰り返してしまう事になる。政治家のリーダーシップがもっとあれば、まだまだ変わってくるのではないかと思うが、例えばITなどは、若くなければわからない事が沢山ある。ブロックチェーンだって、本当に理解していなければイノベーションを起こすことはおろか支援もできない。すでに社会において成功している方々こそ、過去の成功事例を引きずらず、日本の全体最適を考えて自らを変えていく気概を持っていただきたい。(了)

――国家戦略となる「スーパーシティ構想」について…。
 片山 この構想は昨年10月頃に始まり、今年2月14日の国家戦略特区諮問会議で方向性を了承され、4月17日の同諮問会議で法案の骨子が諮問会議決定となり、6月7日に令和初の「閣法」として閣議決定、国会に提出された。すでにこの法案を見ながら色々な都市が準備に入っている。例えば、免許を返納した後期高齢者が急増しているA市では、高齢者の通院の足として、廉価なボランティア・ドライバーを活用しつつ、配車データと健康データ、病院予約データを連動させ、医療・介護のIT化を図ることで、遠隔医療を含む包括ケアサービスを提供するとともに、それらの決済に地域共通ボランティアポイントを使用し社会保険費の抑制を図るといったアイデアがある。また、人口減少・過疎化に直面するB市では、市民合意による市民からの提供データ、行政データ、民間事業者データを積極的に収集し、将来的にマイナンバーカードと連携させたり、地域共通キャッシュレスサービスとの連携を実現させる等、市民サービスのデジタル化を図ることで行政の効率化を目指す。これまでにも再生可能エネルギーの効率利用を目的とした「スマートシティ」や持続可能な街づくりを目指す「コンパクトシティ」など、各自治体による取り組みはあったが、クリアすべき規制に一つ一つ対応していくことは大変で、なかなかスピーディに事が運ばなかった。今回の「スーパーシティ」構想はいわば「丸ごと未来予測型まちづくり」だ。すでに約30の自治体から相談があった。

――実際に「スーパーシティ」を主導していくのは自治体なのか、民間企業なのか…。
 片山 この構想の実現にはある程度の費用が掛かるし、民間企業の協力もなければ実現しない。行政としては、初期費用は掛かるものの効率化による行政経費の削減も期待されるため、データ連携基盤が適切だと認められれば、補助金をつけることも考えている。個人データの保護や、外国からの侵入防御、サーバーやデータのローカライゼーション等、万が一に備えたルール形成は、日本がこの法律・構想によってリードし、国際的なルール形成に貢献したい。また、このような動きは金融システムにも直結してくる。例えば、キャッシュレス決済のために地域通貨のようなものを作る際には、地銀の協力が欠かせない。消費増税対策としてのポイント還元も、このようなシステムが整備されていれば簡単に還元できるだろう。システムのプログラムについては、会津若松のケースではアクセンチュアが請け負っているが、NEC、NTTデータ、富士通、日立製作所、パナソニック等要素技術を持っている日本企業は沢山ある。しかし、日本では規制緩和が進まないためスマートシティの実現は無理だろうとこの数年思われてきた風潮があり、これらの企業も海外のスマートシティを目指す都市で受注している動きもあり、それだけでは非常に限界があると感じている。システムは実際に動かして初めて、サイバー攻撃やウィルスの侵入に遭遇したり、或いは急な停電によるシステムの不具合に直面して、その補修を行いながらよりしっかりしたものになっていく。他の国で試しても国情が違うし、日本での積み重ねがなければデータ連携基盤が適正なのかどうかの判断もつかない。

――この構想を実現させるためにも、強力な岩盤規制改革を進めなくてはならない…。
 片山 この取り組みが日本の一つの地域で成功すれば、全国に広がっていくだろう。先例の取り組みとして、さいたま市が保育認定をAIで行ったところ、職員の手作業で約数十時間かかっていた認定作業がわずか数秒で済み、しかもAIで私情を挟まず平等に選別されたということで、認定されなかった人たちからの苦情も少なかったという。また、東京日本橋の歩道に取り付けられているAI付きカメラセンサーは、警備員による物々しい雰囲気を出すこともなく、例えばお年寄りが途中で気分が悪くなり座り込んだ時や、何か怪しそうな動きをしている人物などをすぐに発見し、警察や関係各所に連携することに成功している。必要なのはデータ連携基盤をオープンソースにして繋げることだ。例えば、医療データにしても、今は各大学病院や各地域がすべて違うシステムを使っているため繋げることに苦労しているが、オープンなデータ連携基盤を整備することで医療や福祉も、マイナンバーカードで統合管理出来るようになる。これが「ありたき未来の姿」だ。

――データを活用した未来都市がすぐそこまできている…。
 片山 2040年には世帯主が75歳以上となる世帯が全体の4分の1になると言われている。高齢で足が不自由になった時に、外出もままならず通院も出来ないといった状態では人間らしい幸せな生活とは言えない。とはいえ、病院や出張所をいくらでも増やせるわけはないため、そういった部分をシステムと公共交通でつなぐことが必要だと考えている。すでにこのような問題に直面している高齢者の方にとっても、買い替えや後付けが難しい自動運転車両を自分で保有するよりも、廉価な公共交通網があったほうが便利なはずだ。自動運転車両でも時速20キロ程度で住宅地内を回る小型カートやミニバスのような、安全が確保されていている乗り物であれば良いかもしれない。

――金融が果たすべき役割は…。
 片山 みずほ銀行のスマホ決済サービス「J-Coin Pay」には50行強の地方銀行が参加予定だ。アリババ傘下の「アリペイ」と提携することで中国人観光客による利用者拡大も見込まれている。このように、金融機関も早く自治体と協力して自行の決済守備範囲を積極的に広げていくべきだ。アクセンチュアやKPMGが行っているようなシステム設計を金融機関もやれば良いのではないか。我々としても、地方金融機関が果たしている役割を重要視しており、規制改革推進会議の中では「地銀が地域活性化事業や中小企業の事業承継を支援する場合には5%を超えた出資を認める」という検討も進めている。また、実際に地方自治体がスーパーシティの実現に向けた取り組みを行う際には、PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)やPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)も絡めていくことになるだろう。地方の「小規模で住民合意がとりやすい」という面と「危機的状況にあるためにやらざるを得ない」という面を上手く生かして、積極的に「スーパーシティ」構想に参加してほしい。

――地方創生、規制改革、男女共同参画担当大臣として、その他大きな課題は…。
 片山 企業版ふるさと納税や拠点強化税制がまだまだ深堀出来ていない。移転が無理であればデュアルライフを可能にするような仕組みや、広い意味での「関係人口」の増加策を整えていくことも必要だと考えている。この点、軽井沢や那須塩原、小山、宇都宮などはそういったライフスタイルに対応した取り組みを進めているようだが、日本は新幹線など公共交通費が高いのが一つの難点だ。また、女性活躍推進かつ規制緩和の両面から、金融界から「生命保険募集人」における旧姓使用を認めてほしいとの声もあり、この取り組みも進めている。職場などでの旧姓使用は、確実に広がっている。これまで何らかの届け出が必要だったものに関しては全て、女性が望めば自由に選べるように規制改革を進めていきたい。その他、学歴職歴を持ち、子育てが一段落して時間的に余裕のある女性たちが再び働きたいと思った時に、すぐにマッチングできるような「アラフィフ・アラ還活躍大作戦」も考えている。ハローワークに出向くことなく、ネットを利用して簡単にマッチングしてくれるシステムをつくれば、人手不足の会社にも好都合だろう。企業側には、そういった女性たちのニーズに即した勤務時間や働き方の多様化努力を促したい。これからの時代に即したシステムをスピーディに作り上げる事に力を尽くしたい。(了)

――投資信託業界では、日本で初めての女性社長…。
中川 外資系企業では増えてきているが、国内では確かに初だ。4年ほど当社の取締役という立場におり、その後2年間専務を務めた。当社はあくまでお客様の資産を預かって運用する立場であり、例えば利益相反の点など、証券会社とは違う。秒単位で何かをやらねばならないということはなく、トレーディングで想像し得る雰囲気よりはもう少し時間的にゆったりしており、男女の区別なく活躍できる業界の1つであると思っている。ただ、当社は個人に対する直販ルートを持っていないこともあり、証券会社や銀行と比べると知名度はそれほど高くない。資産運用業界全体で働く人の人数を合わせても、銀行などと比べると圧倒的に少ない。運用資産残高ベースでは当社は国内最大級の資産運用会社と言えると思うが、グローバルで見ると世界の運用会社の規模は我々のさらに上を行っている。

――御社もM&Aの予定などはあるのか…。
中川 M&Aについては、日本の場合は水平統合的なものが多いが、海外の場合は異なる戦略を持った企業を傘下に入れるなどスピード感や件数に関して圧倒的で、ここ最近に至ってはオープンマーケットのようになっている。インハウス運用だけでなくグループ内の高いデューデリジェンス能力を活かして優れた外部委託先を発掘し運用を委託する形での外部委託運用ビジネスは前任時代から行っているが、これに加えて、資本関係のある先という点で言えば、単独で入っていくよりも効果的・効率的だろうと思われる台湾とアメリカに大きな戦略的パートナーがいる。子会社の形にはなっていないが、相性や商品戦略、マーケティングの布陣などが有効な相手を戦略的パートナーとして選んでいる。M&A自体を意識して除外しているというわけではない。とはいえ、子会社となってくると、資本の効率性やホールディングスの株主の視点なども入ってくるため、考えなければいけない要素が増えるというのは事実だ。また、我々が今まで築いてきた特徴との親和性についても慎重に考えるべきだ。

――フィンテックやAIなどシステム絡みで経営環境が急激に変化している…。
中川 当社には既に資産運用先端技術研究部(イノベーション・ラボ)という先端技術の利活用を推進する部署があり、研究・開発を進めている。そこでは、運用やミドルバックなど、より付加価値の高い資産運用サービスをお客様に提供するための技術基盤の構築を目指している。大学や企業との共同研究をするといったことも始めている。また、運用に関しては、AIをプロセスに取り入れた手法を取っているものもあり、実際の運用にも活用し始めているという段階である。このAIでの運用について特に機関投資家からは、非常に好意的に受け止めていただけており、実際のビジネスにつながっている。とはいえ、人間にしかできないことはまだあると考えているため、運用がすべてAIになるといったようなことは考えていない。むしろ、人手では相当程度無理があったデータ収集や分析、ないしはデータが豊富にあるからこそ見えてくる傾向や、世の中のSNS含め行われている膨大な会話データから何をどう読み解くか、そういったところでAIを活用し、人間はそれを理解して、何かシナリオを入れていくのだと考えている。一方で、処理できる情報量や情報の種類は、圧倒的に以前と違う世界であり、他社も行っているため競争は激しいが、AIを利用した商機は広がっていると感じている。

――AIをうまく使って人間を減らしていくイメージなのか…。
中川 人間に置き換えるというより、AIの稼働領域が広がると考えている。単純作業はなるべくAIを活用し、社員にはAIを使う側に回ってもらう。人間のセンスやアイデア、データをどう読むか、何を作るかといったところはそこまで簡単にはAIに置き換えられないため、当面住み分けはあるだろう。当社は現在、国内外含めて1400人くらいの会社だが、その年齢層に関しても、新入社員が入り、年次が上がり、定年退職ないしは年齢が来ればセカンドライフに移る人間がいる――というサイクルのなかでは、確かに社内メンバーの求めるもの、求められるもの、得意なところといったポートフォリオは変わるかもしれない。しかし、AIが来たから急に置き換わる、というビジネスモデルではない。

――説明責任という話があったが、金融庁からの要請もある…。
中川 昔と違うのは、監督当局がグローバルに連携している点だろう。今はスマホでお金を動かせるため、仮想通貨やトークンなど疑似通貨まで考えると、捕捉しきれない活動も増えている。マネーロンダリングの問題もあり、よりグローバルな連携が必要であろうし、監督の仕方も考え続けなければならない状況だ。マネーロンダリングの問題はグローバルで連携する必要があり、これに対し金融機関を規制するにしても一国ではできず、緩めようとしても緩めすぎると大きな問題が起こるため、当局としても難しいところなのではないか。ただ、これも単純に守ればいいとか規制すれば良いといった話ではなく、成長戦略のなかで日本をどう成長させるのかというところが重要だ。この脈絡のなかで考えると、当局としてもアメリカの成長スピードに対して日本はどうか、という問題意識はあるだろうし、ここに関しては資産運用業界が強く大きくなることが1つの対応策であり解決策と考えていただけているのではないか。

――当局は再三金融業は顧客本位であるべきと主張している…。
中川 我々の業務においてはその考えが非常にわかりやすい。我々はお客様の資産をお預かりしている側であり、運用の責任をいただいている側のため、同じところに立っていることになる。お客様、つまりお客様の運用資産の拡大のためのビジネスであり、お客様とのベクトルは一致している。ただ、結果もきちんと出さなければならないため、投資先としっかりと会話をしなければならず、人手もそこにかけている。むしろ、かけなければいけないというなかで、規制があり、求められるものも高く、一方で手数料は下がる傾向にあり、そこで顧客本位とは手数料を下げるといった単純な解釈になると、難しいところだ。

――社長としての抱負は…。
中川 投資信託業界は成長する余地がある業界の1つだと思っている。例えば先ほどのAIを入れるというような、プロセス自体に新しいものを入れるというものもあるし、まったく投資をしていない方に届きやすい商品を提供するという点もある。iDeCoを含む積み立て型など、増え方自体はそこまで大きくないものの、積み立てを続け、しばらくしたら増えているというようなものは、日々の値動きに惑わされたりすることはないという点と、コツコツと積み上げていくという点では日本人に合うのではないか。また、企業型年金では、我々の商品を選んでいただければその企業の社員の方に届くため、良い商品を作り、かつ効率的な透明性の高い手数料でお届けすることでもまだ伸び余地がある。このように商品の開発の余地はまだたくさんあり、生活に近く安心感を与えて長く付き合っていただけるような種類のものも重要だろう。

――ネット証券などが台頭するなか、伝統的な証券業は富裕層ビジネスしか残らないのではないか、という意見もあるが、そういった富裕層ビジネスに対する考え方はいかがか…。
中川 富裕層向けにはファンドラップの提供を引き続き強化していきたい。グループ内には金融機関を通じてラップサービスの提供を専門的に行うウエルス・スクエアという会社があり、同社のサービスは既に複数の地域金融機関でご採用いただいている。お客様のニーズを細かく捉える丁寧なコンサルティング営業にご尽力していただいた結果、残高は順調に拡大している。富裕層以外にも、我々は機関投資家の方へ私募という形で商品を提供している。ここ数年は、ソリューション型とも呼ばれるが、お客様の目的に応じた運用商品をこちらで作り、それをお届けするという、オーダー型の要望をいただくことが増えている。キャッシュフローやリスクヘッジなど様々なニーズがあるため、要望いただけることは非常にありがたく、それにお応えできるスキームでお届けする、そういった形の商品の数が相当増えている。今後もより、お客様のニーズに合致した満足度の高い商品を提供していきたい。

――世界経済の見通しに減速感が見られる…。
浅川 IMFが4月に公表した最新の世界経済見通し(WEO)によると、19年の成長率予測は3・3%(前回予想3・5%)に引き下げられた。この背景には、特に米中間での貿易摩擦に対する懸念、米金利上昇による新興国からの資本流出、中国の景気減速、ブレグジット(英EU離脱)に代表される欧州の政治的不安定の4つが主に挙げられる。ただ、IMFの予測では、20年には3・6%と再び回復する見通しだ。米中貿易摩擦については、いずれ何らかの形で対応されるだろうという期待感がある。また、米金利については1月のFOMCで方向性が変わり、引き上げペースがかなり緩やかなものになると見られている。このFOMCで市場参加者による米国金融政策に対する見方が180度変わり、新興国には資本が再び流入している。その結果、新興国では金利の引き下げがしやすくなり、マクロ経済政策の余地ができたことになる。また、中国では、19年より2兆元規模の減税等拡張的な財政政策を実施している。中国の景気は中長期的には減速が免れないものの、当面急激な悪化は避けられるだろう。さらに、欧州の政治情勢に関してもブレグジットは局所的なイベントと見られ、直近では何かニュースが流れても市場の反応は乏しい状態だ。以上4つのリスクによる影響が表面化しない限りは、IMFの予測通り20年には回復が見込まれる。この結論は、4月にワシントンで行われたG20財務大臣・中央銀行総裁会議でも共有された。とはいえ、米中貿易摩擦のみならず、世界的な経常収支の不均衡(グローバルインバランス)による影響の先行きが不透明となると、やはり市場には下方リスクが残るだろう。

――グローバルインバランスの影響への対処は…。
浅川 グローバルインバランスへの対処に向け、以下の論点をG20福岡財務大臣・中央銀行総裁会議で提起したいと考えている。まず、経常収支にはサービス収支、所得収支も含まれるという点だ。財の輸出入を表す貿易収支が議論になることが多いが、サービス貿易をより自由化すればグローバルインバランスが改善する余地がある。サービス貿易は米国に比較優位性があるほか、金融サービスに強みがあるイギリスにも強みがある。さらに、日本の経常収支黒字の大部分は、貿易収支でもサービス収支でもなく、所得収支からなる。所得収支は過去の投資による利益であるため、所得収支を決定する要因は貿易収支の決定要因とは全く違うものとなる。この点からも、貿易収支にのみ焦点を当てると正確な議論ができない。次に、為替レートを調整すればグローバルインバランスが調整されると単純に考えがちだが、リーマンショック後の円高局面では世界的な景気回復から日本の対米輸出はむしろ増加した。また、日銀黒田総裁による金融緩和策等の結果として円安が進んだ後は、対米輸出は一定となっている。この背景には、日本企業の生産拠点がより海外に移っていることや、価格が高くても売れるような製品に日本の輸出構造がシフトしていることがある。このように、日本だけ見ても、為替と輸出の動向が連関していない。為替の調整ではなく、各国の貯蓄や投資のバランスを変えないとグローバルインバランスは改善しないということだ。

――貯蓄と投資バランスの現状は…。
浅川 各国の経済構造を貯蓄と投資のバランスで見ると、貯蓄超過の国は経常収支が黒字になり、投資超過の国は赤字となるという恒等式が成り立つ。ただ、同じ貯蓄超過の状態でも、家計か企業かその主体によって議論が分かれる。このため、より緻密な議論が必要だ。家計の貯蓄率が高くなる要因の1つとして、高齢化の進行に伴う引退後の生活に備えた貯蓄が挙げられる。高齢化が成熟すれば高齢者による貯金取り崩しにより家計貯蓄率は逆に低下するが、成熟に至るまでの過程では貯蓄率が上がる。貯蓄率が上がれば経常収支の黒字要因となるが、これは家計にとって経済合理性がある行動ともいえ、政策的に止めようのないトレンドであろう。他方、家計ではなく企業の貯蓄率がプラスになるのは望ましくない。企業は本来、投資により経済活動をして利益をあげる主体である。日本ではこれまでも、法人税の減税やコーポレートガバナンスの強化などにより、投資に向かうよう促しているが、現実には日本の法人部門は貯蓄超過となっており、グローバルインバランスの観点からもここは是正すべきという議論になる。このように、グローバルインバランスを是正するためには、各国のマクロ経済構造まで踏み込んだ議論が必要となる。

――G20福岡会議では、低所得国の債務透明性の向上も論点となる…。
浅川 特に低所得国で債務が累増しており、その持続可能性に赤信号が点っている。最近の傾向では、中国やブラジル、インドなどこれまでと異なる新興国が国際援助のドナーとなる傾向が強まっている。伝統的なドナーは合意されたマルチのルールを通じて援助するが、新興国では必ずしも既存のルールを遵守しているわけではない。このためG20では、主に3点の対応をする。第1に、債務国の債務関係のデータの透明性や信頼性を高めることだ。そもそも総体としてどの程度の債務があるか必ずしも把握していない債務国もある。債務データがある場合であっても、偶発債務の計上が漏れていたり、担保付きの債務がオフバランスになっていたりする。第2に、公的債権者側に対し、債務の持続可能性に向けたG20のガイドラインの遵守状況を自己評価し、公表することを提案している。日本は既に提出したが、まだ提出していないG20のメンバー国もある。第3に、民間債権者のエクスポージャーに対する対応だ。国際金融協会(IIF)は民間債権者が自発的に守る原則を策定している。このなかに債務の持続可能性という項目を取り込むよう進めている。これら3つのアプローチにより、債務の持続可能性向上に寄与するようにしたい。

――国際租税における課題は…。
浅川 どの国からも課税を免れている「二重非課税」企業への対応が課題となっている。外国企業が日本で経済活動をして利益を上げれば、当然日本で法人税を支払う必要があるが、外国企業に課税するためには工場や支店など物理的な拠点が日本にある必要がある。この物理的拠点をPE(パーマネント・エスタブリッシュメント、恒久的施設)といい、PEが日本になければ法人税を課すことができない。ところが、電子商取引では、電子書籍などコンテンツが日本で販売されてもPEがないということが起こりうる。また、ネット広告も同様だが、日本で利益を上げているという現実には変わりがない。そこで法人税を課税する根拠として、PEに替わり収益の源泉は何かということを考える必要が出てくる。もう一つの問題は、これらの外国企業は本社がある本国でも適正に納税せず、いわゆるタックスヘイブンに利益を留保することにより、租税回避を図っているケースがあるということだ。こうしたデジタル課税に関する議論は、私がOECDの租税委員会で議長を務めていた時に始めたが、G20では20年までに対応策で結論を得る予定だ。前者の論点、すなわち何が収益の源泉であるかついては、これまでにイギリス提案と米国提案が出ている。イギリス提案では、消費者(ユーザー)の参加という行為によって利益が生まれると考え、参加行為に着目して法人税を課そうという考えだ。例えば、個人が気に入ったコンテンツをクリックすれば、消費者が自らの消費選好に関するデータを無償で提供することになるが、これが企業にとって大きな付加価値になっていると考える。他方、米国提案は財が売れる根拠として、日本語でいうのれんにあたる考え方をとる。すなわち、ブランド力などの無形財産があるから物が売れると考え、これに着目して法人税を課す。いずれにしろ、共通しているのはこれまで納税が行われてこなかったが、実際に経済活動が行われて利益が上がっている市場国での課税を行うということだ。他方、後者の論点はタックスヘイブンへの対応だ。これにはドイツ・フランス共同による提案が出ている。国である限り課税すべき最低法人実効税率をG20で合意し、タックスヘイブンのようなそれよりも低い税率の地域には、G20で協調して合算課税していこうという提案だ。これまでのOECDでの議論では、税率は国家主権の問題でありそこまで踏み込んだ議論は控えてきたが、デジタル課税をめぐる議論を契機として、初めて実効税率そのものを議論しようという流れとなっている。

――金融規制の枠組みは…。
浅川 金融規制では、リーマンショック後に検討を始めたバーゼル規制の枠組みが最終化した。従って、今後さらなる新しい規制が導入されるわけではないが、足元では各国間で規制の解釈や施行のタイミングにずれが生じている点が問題となっている。このずれにより、海外展開している金融機関が市場の分断で困惑している状態だ。どこまで具体的な政策提言を行えるかは未定だが、グローバル金融機関による経済活動を阻害しないような議論を進めたい。

――経団連が掲げているSociety 5.0についてうかがいたい…。
 古賀 Society 5.0とはデジタル革新と多様な人々の想像・創造力の融合によって、社会の課題を解決し、価値を創造する社会だ。デジタル革新をきっかけに社会の在り方が根本から変わることを見据えて、経団連が旗振り役となり、その実現に向けた取り組みを進めている。ドイツではIndustrie 4.0、中国では中国製造2025など、国によって言い方は異なるが、イノベーションを奨励し、よりスマートな社会の実現を目指している。日本には少子高齢化を始め、地方衰退、財政悪化、エネルギー問題など社会的な課題が沢山ある。そういった課題をむしろチャンスと捉え新しい創造社会をつくることを目指すという意味でSociety 5.0の実現を掲げている。これは、国連が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成にも貢献できる取り組みだ。SDGsでは世界を変えるための17の目標が掲げられており、その変革の方向はSociety 5.0と軌を一にしている。深刻な課題を多く抱える日本は課題解決先進国としてSDGsの国際標準化をリードすべきであり、そういった意識をもって「Society 5.0 for SDGs」と称した戦略的な変革を主導している。

――Society 5.0が目指す未来とは…。
 古賀 Society 5.0では、最先端の技術や意思をもって、誰もが、いつでもどこでも、安心して、自然と共生しながら、価値を生み出す社会を目指していく。これまでのSociety 1.0からSociety 4.0までを順にみていくと、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会という形で発展してきた。獲物を手に入れなければ生きていけなかった狩猟社会から農耕社会に移り、人々の生活は安定し、定住が可能となった。それから工業社会になり、農地を持たない人も労働を対価に給料を得れば食には困らない社会になった。そして、情報社会へと移る。昔は足で稼いでいた情報も、今では物理的に現地に行かずとも地域を超えて自由に獲得できるようになった。また、溢れる情報で混乱しないように、ビッグデータをAIが処理してくれる時代が到来しつつある。つまり、人間の頭で考え分析する力が無くても、コンピューターが自動的に答えを出してくれるのが今の世の中であり、その先にSociety 5.0の創造社会がある。創造社会は、上手く使えば便益溢れる新しい社会が形成されるだろう。しかし一方で、人間の中には成すべきことを見つけられない人が出てくるかもしれないし、或いは、それを使って人間が成すべきことは何なのかをひたすら考えるだけの人ばかりになるかもしれないといった悩みも出てくる。Society 5.0時代において、何が価値を生むのか、価値創造のためには組織とそこで働く人々の関係性がどうあるべきか等、必要に応じて雇用の在り方を見直すことも考えなくてはならない。

――これからの社会に対応していくために、日本の産業や企業も大幅に変化していかなくてはならない…。
 古賀 そういった課題に一番晒されているのが銀行、証券、保険といった金融だといえよう。もともと日本の金融は規制業種だが、フィンテックという技術革新によって金融の世界はもっと便利になるはずだ。どの業界も同じだと思うが、変化に晒されたほうが産業は強くなる。日本の金融界も、世の中の動きに晒されることで、生き抜く力や世界と渡り合う力がついてくる。そして、イノベーションはそれを後押しするものだ。金融界としてのSociety 5.0像を考えると、革新技術を高齢化対策に活用していくことが理想だ。例えば、人生100年時代の到来により、元気な高齢者が増えている。しかし、一概に年齢や見た目では投資家の判断能力を見極めることは難しい。加齢による判断能力の低下速度は人それぞれ、千差万別だ。そこで、投資家の日常生活における行動に関するビッグデータを分析することによって、金融取引に十分な判断能力を備えているかを判定してくれるような時代になれば良いと考えている。経団連の提言「Society 5.0~ともに創造する未来~」においても、資産運用の高度化による各人のライフスタイルに合わせた安定的な資産形成や、保険の最適化・個別化を通じた病気・ケガ・事故などのリスクのさらなる軽減の実現を金融分野の具体的な未来像として提唱している。

――既存の企業が革新的な新規事業を起こすために、企業内にファンドや小さな別組織を作るといった取り組みも進められている…。
 古賀 野村の場合もそうだが、昔に比べて企業に多様な人材が集うようになった。イノベーションを起こすためには、「金太郎飴」のように社長から新入社員まで同じ発言、同じ行動をとる組織ではなく、異質なものが混ざり合い、お互いを刺激する場が必要である。企業内に別組織やファンドを作る、或いは異業種への社員派遣等、ダイバーシティを推進し、内包させる方策が必要だ。多様性を尊重し、多様な才能を積極的に活用していくことで、新たな価値が生み出される。それは持続的な発展へとつながるだろう。国籍、年齢、性別など多様性を推奨し、多様な人材が活躍できる環境づくりが求められている。

――今後のアクションプランは…。
 古賀 Society 5.0を世の中の人たちにもっと理解してもらう仕組みづくりが喫緊の課題であり、国民や世界に向け積極的に発信していく必要がある。その意味で、2025年に開催される大阪万博は、Society 5.0の実現した社会を見せる良い機会になるのではないか。また、Society 5.0実現のために、国民や企業、行政が協働して、社会受容、企業活動、法制度を共に変えていくことが重要だ。経団連は、その旗振り役として、日本の経済社会の変革を主導していく。多様な人々が活躍し、イノベーションが創出され、その新しいサービスや製品をどこでも安全に利用できるシステムが構築されれば、多様な価値観を内包する社会が自ずと創造されていくだろう。それがSociety 5.0「創造社会」の時代だ。(了)

――トルコの魅力は…。
 メルジャン大使 トルコは人口8200万人で、その半分が32歳以下という若い力に溢れた国だ。この17年間の成長率は平均5%超を続けている。日本からは200以上の企業がトルコに進出しており、トヨタなど大企業の工場もある。日本とトルコの間には130年以上にわたる長い友好関係があり、お互いに手を組むことで力を発揮できる最良のパートナーと言えよう。最先端の製造技術を持つ日本は世界中で有名な製品を持っているが、製品価格が高いためロシアや北アフリカでは競争力のある価格で売ることが出来ない。そういったところで、製造ノウハウを持ち、地理的に優位なトルコと相互補完的な関係を築くことが出来れば、中東、コーカサス地方、北アフリカでの日本の発展が見込める。ビジネスを行う時に重要となる財政面でもトルコは安定している国だ。人口面でも2026年には約9000万人という欧州最大の人口を抱える国になると予想されている。決して資本を失うことはないだろう。

――トルコリラは、高インフレで下落している…。
 メルジャン大使 私自身がエコノミストではないため端的に説明するのは難しいが、これまでの歴史の流れを見ても、トルコ債における短期的な浮き沈みは必ず解消されており、長期的な視点で見れば必ず利益を受けている。私は2001年に政界へ進出し、その後すぐに各国を回り、様々な国の金融関係の皆様や投資家の皆様に対してトルコへの投資をすすめてきた。当時は今よりももっとインフレ率が高く、2000年の約60%から一年間で20%になるという事があった。その時は土地価格もかなり低迷した。リーマンショック後の08~09年にかけてはマイナス4.8%と言う数字も出た。しかしその翌年は9.2%成長で、その後も8.8%成長だ。2008年後半だけを切り取ってみれば、トルコリラはかなり値を下げており、その時の投資家の皆さんは非常に不安だったと思う。そういった浮き沈みを経て、2017年頃にはインフレ率もかなり落ち着き、一人当たりGDPも2001年当時は2,906ドル規模だったものが2017年には11,000ドルと3倍になり、不動産価格も3~4倍になっている。投資をなさる方が短期的視点で数字を見ていれば不安に思われるのは仕方がないが、現在の不安定要素は国の内的要因よりも、グローバル的な要因の方が大きい。トルコ政府が正しい政策を遂行していけば、グローバル経済の影響を受けて波打っている今のトルコ経済はいち早く回復していくだろう。

――トルコと米国の関係は…。
 メルジャン大使 状況に応じて一時的に関係が変わることは、どの国でもあることだ。それは当然のこととして、どんな状況であれ米国はトルコにとって大事なパートナーであり、同時に欧米諸国にとってトルコがかけがえのない国であることは言うまでもない。世界のエネルギー資源の約70%が眠る周辺地域を隣国に持ちながら、トルコはこの500年余り安定を貫いている。それは、国が正しく規律的であり、勤勉な国民がしっかりとそれに従い、支えているからだ。米国との間で何か回避できないことがあったとして、国が自国民の安全と利益を第一に考えるのは当然のことだとご理解いただきたい。そして、そういった状況の中でもNATOの加盟国として、NATO加盟各国にはトルコのパートナーとして寄り添ってもらいたい。一方で、国としては望んでいない両国の関係悪化が、ある意味で投資家の皆様にとってはチャンスになることもある。混沌とした周辺国に囲まれながら、その地理的関係から重要な役割を果たすことを求められてきたトルコは、今後もその環境の中で安定成長を続け、周辺国に一定の影響力を持つ国であり続けるだろう。「歴史はただ繰り返されるのではなく、塗り替えられて、さらに良い結果になる」というのが私の考えだ。

――足元の経済政策は…。
 メルジャン大使 先日トルコ政府は2019年新経済プログラム貯蓄・収入増加奨励策を発表した。構造改革を優先する事、自由市場の原則に則る事、輸出と雇用の増加に注力すること、持続可能な成長と公正な分配を進めていくこと、そして金融引き締め政策や、より公正な税制度といった6つのテーマを掲げ、着実に進めていくことを目指している。特に金融セクターにおける資本強化戦略としては、国有企業に計280億トルコリラの調達許可を与え、必要に応じて民間銀行が計画の範囲内で資本を強化できるようにした。リバランスプロセス中の配当金や役員への現金賞与支払いへの制限も設けるようにした。また、エネルギー・ベンチャー・キャピタル・ファンドや不動産ファンドを作ったり、個人年金制度(BES)と退職金ファンドを統合させるなど、ファンドを活用した資産の質の向上を目指した取り組みも行う。その他にも、国民の一致団結を図る農業プロジェクト、雇用教育計画、社会保障改革、輸出マスタープランなどを実施し、その経済効果は年末までに総計440億トルコリラを見込んでいる。トルコに投資するなら、是非、今、してほしい。

――英国はEU離脱問題で国内が揉めているが、トルコがEU加盟にこだわる理由は…。
 メルジャン大使 15年前にトルコはEU加盟を決意し、その頃から加盟交渉は続いている。EU域内での国内問題で長い交渉になっているが、EUに加盟することでトルコに有利になることや、トルコがEUに対して貢献できることもある。もちろん加盟するためにトルコ国内のすべてを妥協するようなことはないし、どうしても加盟しなくてはならないという訳ではない。入る側と受け入れる側が双方努力して歩み寄って完成するものだと考えている。

――イスラエルとアラブの関係をトルコはどう見ているのか…。
 メルジャン大使 関係各国で行われていることが、何らかの形でトルコに影響を及ぼしているのは間違いない。特にイランとは長い国境で接しており、この国境線は1639年以来変わっていない。物や人が行き交うことは避けられない中で、特に貿易面では影響があるといえよう。イランが国際社会にいかになじんでいくことが出来るかが、トルコにとっても重要なことだと考えている。また、イスラエルとパレスチナ問題もある。この件に関する日本政府の見解や立場は非常に評価されるものだが、残念ながら現在、国連の決議に関わらずパレスチナの人々の人権や生きる権利は迫害されている。これは全世界にいるパレスチナ人に影響を及ぼしており、その国の政府が世界中にいるパレスチナの人権を守る行動を起こさない限り、問題は解決しないだろう。エルサレムに関しても、ここはユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの宗教にとって非常に大事な聖地であるため、どこか一つの政治的な首都とするようなことは人間的に考えて理解できるものではない。それぞれの宗教を持つ人々が、いつでも等しく祈りを捧げることが出来る場所にすることが、皆が幸せになる方法だと私は思っている。今の状況はかなり悲しいことだ。日本は「令和」という新しい時代に入った。元号の意味は、調和やバランスを重要視する言葉だという。私としても、イランのみならず、すべての国の内政がバランスの取れた形で未来を築いていけることを願っている。

――周辺国の政治的な問題が、トルコ経済に与える影響は…。
 メルジャン大使 一方で、こういった周辺国の政治的な問題がトルコの経済に大きな影響を及ぼしているかと言えば、そうではない。トルコはこの地域随一の製造大国であり、中近東のみならず、ロシアも含めたトルコ周辺国の多くがトルコを自国の工場だと考えて利用している。ただ、政治的な理由で押し寄せる難民の問題は避けられない。現在、トルコ国内にはそれぞれの理由で祖国を追われた難民が約300万人もいる。トルコ人口の約5%にものぼる難民を抱え、彼らの衣食住、インフラ、そして教育を保障するにはかなりの出費が必要だが、例えば隣国が大変な時に自国の経済だけが安定していればそれでよいかというと、やはり気持ちの面で良いとは思えない。難民へのケアを続けながらも、トルコ経済は政府の政策によって安定している。

――日本の産業や日本政府に臨むことは…。
 メルジャン大使 すでにトルコに進出している日本企業で働くトルコ人は、地元のトルコ企業と同じように認識して働いていると思う。それも日本とトルコの長い友好関係と信頼によるものだ。トルコは日本企業がトルコ周辺諸国に販路を拡大させる場合も非常に重要な入り口であり、特に今後重要になるアフリカへの進出拠点としても大きな意味を持つと確信している。また、我々は、より多くの日本企業がトルコに活路を見出すことを願う一方で、より多くのトルコ製品が日本の市場に出回ることも期待している。現在、日本とトルコ間ではEPA交渉も進んでおり、特にエネルギー分野では、すでに政府官僚レベルで両国間の関係構築の手続きが進められている。6月のG20で両首脳が一堂に会した場で署名されることを期待している。(了)

――自民党が提言する国家経済会議(日本版NEC)の創設は、米中デジタル経済冷戦で激化するエコノミック・ステイトクラフトの応酬に日本が翻弄されない安全保障経済政策の司令塔として不可欠だ…。

  國分 私はルール形成戦略の専門家として、常々、ルール形成のトレンドは安全保障経済政策、社会課題、技術革新を起点として捉えることが重要だと提唱している。しかし、日本ではこれまで「経済安全保障=石油のシーレーン確保」という非常に狭い概念であった他、ODAに至っては国連常任理事国入りを目指した友好国作りに主眼が置かれ過ぎてきており、そこには「他国の政策を日本の安全保障環境を改善させる方向へと促しつつ、日本企業の収益機会も増大させる安全保障経済政策」という概念が欠落していた。2014年から運用が開始された国家安全保障会議(NSC)は外務省と防衛省だけの構成で、中期的な安全保障政策の立案、防衛大綱の改定、武力攻撃事態への対応、重大緊急事態への対応が主となっている。NSCにより軍事的脅威に対する日本の安全保障政策のあり方を、他国と機密情報を共有して検討できるようになった点では大きく前進したと言えるが、日本企業の製品やサービス、オペレーションやバリューチェーンの裏に隠されている真の強みを梃子にした「他国に対する安全保障政策への展開を能動的に検討すること」はミッションには含まれていない。こうした前提の下で米中はデジタル経済冷戦に突入した。中国が激化させている経済力を圧力にして、相手国の安全保障政策を自国に有利なものへと変更させるエコノミック・ステイトクラフト(ES)への対抗政策の応酬が続くのが、これからの20年だ。米国はオバマ政権末期から中国のESに対抗するべく、国家経済会議(NEC)において経済制裁の強化策を構想してきた。トランプ政権下で政治任用のポジションの多くを空席にしながらも対米外国投資委員会(CFIUS)、米国輸出管理改革法(ECRA)、輸出管理規則(EAR)、国際武器取引規則(ITAR)の改定が迅速に進んできたのは、超党派による米中デジタル経済冷戦の構想が描かれてきた証左だ。米国は同盟国とこれまで以上に経済制裁の発動を増大していく予定であり、当然、日本に対しても日本独自の効果的な経済制裁の構想を期待してくることが予想される。しかし、日本はこれまで経済制裁を単独で自ら実施してきた歴史がなく、米国の経済制裁に従ってきただけだ。

――日本の利益を守り、平和を維持するためにも、外交の中で特定のポリシーメーカーの思考や行動を変化させるピンポイント型の経済制裁を構想できるような体制が必要だ…。

 國分 経済大国第3位の日本の力でやれる経済制裁はたくさんあるし、それを考えて良いはずだ。対韓国のケースでも事前にいくつも経済制裁案を検討しておき、それを発動するか否かは政治判断で適宜決めれば良い。事前に相手国の議員や官僚など特定の政策決定者に関係する重要な企業や組織を特定しておき、如何にそこに対して効果的な経済制裁プランを検討できているかが重要ということだ。相手国の経済全体にダメージを与えるような経済制裁は戦争リスクを高めることから最終手段にすべきであり、まずはポリシーメーカーの急所に絞って発動することが、国家間の緊張を刺激することなく的確に影響を与える有効な手段となる。私は米国の経済制裁チームと話をする機会もあるが、彼らは「ピンポイントで経済制裁をして相手の考えを正すことによって、戦争など国家間の大きな問題への発展を止める」という意識を明確に持っている。最近の例で言えば、対ロシア制裁に違反したとして中国共産党中央軍事委員会で装備調達を担う装備発展部と、その高官1人を米独自の制裁対象に指定したと発表した。これにより、装備発展部は米国の金融システムから排除され、同部の高官は米国内の資産が凍結されると報道された。このように米国では、どの組織の誰をターゲットにすべきかというデザインが予め明確に描かれている。実は米国は東西冷戦崩壊後に、これからは軍事力ではなく経済力を梃子にした安全保障政策の展開の時代に入ると認識してNECを創設した。そして冷戦終結によって生まれたCIAの余剰キャパシティを使って、世界中の誰に経済制裁を行うことが一番効果的なのかを多面的に分析し、それを今日もアップデートし続けている。そしてエコノミック・ステイトクラフトという中国との経済戦争の本格化に向けて効果的な経済制裁の準備を進めてきている。ゆえに、「自由主義」に対しても日本とは認識が違う。日本では米国の動きを受けて関税引き上げ、数量規制の多用がブロック経済へと回帰させて戦争リスクを高めるという論調一色だ。しかし、こうした不安が生み出すボラティリティによって収益を得る金融ビジネスが巨大なセクターである米国からすれば、世界経済の不透明感の高まりは日本ほど深刻な話にはならない。ましてや自由主義経済論の始祖アダム・スミスが国富論の中で喝破している「国防は経済に優先する」という思想が浸透している米国においては、自由が生み出すバランスの崩壊が国防を脅かすようなら、バランスを取り戻すために一時的な保護主義は当然という前提も埋め込まれている。

――「大きなルールは安全保障経済政策から生み出される」という認識を持ち、日本企業は各国の安全保障経済政策に精通していく必要がある…。

 國分 日本はAIの健全な発展と規制をどうバランスさせるか、個人情報の流通をどう規制するのかといった新しい社会課題に対し、世界に先駆けてアジェンダセッティングを行い、議論をリードしてきた経験がない。セットされたアジェンダに対して意見を考えるのが基本姿勢であり、その時点で既に議論の主導権を持っていない。現在のイノベーションの殆どは安全保障環境を変化させるものばかりで、安全保障政策と経済政策をリンクさせたルール構想力が不可欠だ。にもかかわらず、霞が関の主管官庁が明確でないアジェンダの増加は、霞が関の初動を遅らせ続けている。既存の体制では日本がルール形成で後手に回り、事態の解決が構造的に困難になっていることは容易に想像できるだろう。欧米では、政府が機能しない領域は政府に代わって企業がアジェンダセッティングとルール案を創り、社会を巻き込んでいくことが常識だが、日本においては名だたる大企業ですらルール形成は官僚任せだ。ましてや、安全保障経済政策に精通している経営陣はもちろん、スタッフは皆無といっても過言ではない。事実、今年から本格運用に入る米国の国防権限法がもたらす影響が、自動車業界を筆頭に多くの日本企業に軍事産業と同等の情報管理体制を求め、情報システムはもちろん、研究開発体制とサプライチェーンの構造改革も不可欠になるという認識が全く広がっていない。

――日本では、やはり国が企業を指導していかなければならない。国家経済会議はインテリジェンス機関との連携や政府系金融機関の活用も検討すべきだ…。

 國分 そんなに大きな組織は必要ないと思うが、どの日本企業のどのサプライチェーンやビジネスモデルが経済制裁に活用できるかを構想できる人材の登用が鍵になる。また、ターゲット国のポリシーメーカーに影響力を有する企業や組織を分析できるインテリジェンス情報の収集能力が不可欠であり、警察や公安との連携はもちろん、他国のインテリジェンス機関との連携も必須だ。制裁ツールとなる日本企業の業績にも影響をもたらすことから、制裁発動に伴う業績悪化や株価下落などの下支え策も検討していくことが必要だろう。

――米中間のデジタル経済冷戦に巻き込まれて日本経済が支配されてしまうことを防ぐために、日本も積極的に働きかけなければならない…。

 國分 日本が参加可能な秩序形成を発信するという発想を持たなければ、米中間のディールの一コマとして利用されるだけだ。情報は能動的に活動することで、得られる量や質が変わってくる。それに連動して視野も変化する。日本ではサイバー攻撃が企業間競争に利用されて買収の危機に晒されたり、市場拡大機会を奪われるといったケースの認識が不十分だ。米国のある環境系企業はサイバー攻撃によって基幹システムの一部である資材発注計画や生産管理システムを誤作動させられ、売上計画に届かない生産数量に陥り、業績悪化で株価が下がったところで中国企業に買収された。例えば、品質検査の不正で株価が30%下がっている企業にサイバー攻撃を仕掛け、非公表段階のリコール見込み情報が流出すれば、さらに株価が下落する。過去の事例では3~5割程度下落させられた後に買収されているケースが多い。サイバー攻撃を活用した企業買収のリスクに関して、世界では様々な機関が調査レポートを出しているが、日本では警察がこうしたケースの調査を本格化させていないため、企業に対する注意喚起が情報漏洩や知財流出までしか行われていない。重要な新興技術を有する日本企業が中国に割安に買収されてしまうことは、防衛費の根源である経済規模の維持を困難にするだけでなく、意図しない形で日本の安全保障環境を低下させてしまう。ゆえに、国家経済会議のような場でインテリジェンスを駆使し、日本全国の中小企業を含めた重要な企業の特定と、それらに対する買収防衛や技術流出防衛ノウハウを蓄積していく必要がある。

――政府はサイバー攻撃を前提とした企業買収の防衛戦略を全く考えていない…。

 國分 CFIUSの改正によって米国の投資が困難になった中国が日本企業へとターゲットを変えてくることは確実だ。優良な新興技術ベンチャーへの資本参画や大企業の事業部レベルでのアライアンスなど、中国からのオファーは今後急増するだろう。今後の産業構造を念頭においた時、盲点の一つとして物流会社の保全は重要だと思う。物流会社は色々な機密情報が経由するにも関わらず、トレーサビリティが不十分な上に、実態は再委託の横行とアルバイトや日雇い派遣が多く、しかも事業継承の危機に瀕している企業が少なくない。一方で、今後は3Dプリンターの普及によって倉庫と工場の一体化が加速し、IoT産業の牽引役になっていく可能性が高い。優良なロケーションに倉庫を保有し、優良な荷主を有する物流会社を買収して荷主へ入り込み、試作品や部品の輸送ルートを通じたサプライチェーンの把握をし始めれば産業スパイインフラとして非常に有益となる。また、経営危機に陥る地銀の社員が持っている情報も重要だ。経営者の借入金の担保情報や親類に関する情報、地方議員との人脈情報などを良く知る人材を手に入れられれば、オーストラリアのダーウィンで問題が顕在化した地方政府に対するインフルエンスオペレーションを容易にできる。技術情報と同様に地銀の融資に関する情報も管理すべきだが、現在の地銀の情報管理レベルは都銀と比べて大きく劣っており、安全保障的視点から転職者の情報漏洩リスクの評価も行われていない。このように経済活動から想定されるシナリオをすべて洗い出し、日本の弱点に対して徹底的に備える必要がある。日本企業も中国事業を行いつつ、ガバナンスをどのように行うのかを考えなくてはならないのだが、それを本気で考えようとしている日本企業は殆どない。

――米国NECに日本の金融産業が学ぶことは…。

 國分 米国のNSC、NECには必ずと言っていいほどゴールドマンサックスが関わっている。彼らが金融の知見を安全保障経済政策に転用できる知識を有しているからこそ君臨し続けているのだろう。日本でNECを作る際に一番重要と思われるのは、日本の金融力をここで活かすべく、金融界が自ら戦略的な構想を生み出すことではないか。「平和を構築するための資本主義」として、日本企業を通じて実施することが有効な経済制裁を企業間の取引情報からグローバルに構想できれば、日本の金融産業のインテリジェンスも格段に改善するだろう。経営者にはこのような方向に舵を切ってほしいと思うのだが、サラリーマン社長で任期を全うしようと考えている経営者は往々にして安全保障についての意識が薄い。サラリーマン的経営者がはびこる日本企業が多いことが、安全保障経済政策に対する温度感を鈍らせているという構造をしっかりと認識する必要がある。その意味で、近年増加しているESG投資のガバナンス(G)指標には、安全保障経済政策への経営者の理解や能動的な情報収集体制、それに絡めた事業戦略の有無などを追加し、日本の経営陣の安全保障経済政策への感度を高めさせることも必要だろう。(了)

――日本経済研究センターが試算した原発事故の後処理費用は最大81兆円と、政府発表の22兆円をはるかに超えている…。
 鈴木 政府は原発の後処理費用を廃炉措置、損害賠償、除染費用の3つに分けて公表している。その内、賠償費用は確実に記録があるため差異なく予測可能だが、除染と廃炉措置の政府試算は最終処分方法が未計画のため計上されていない。それは政府も認めている。その部分を日本経済研究センターで独自に試算したところ、政府公表を大幅に上回ったという訳だ。実は、22兆円という現在の政府試算は3年前まで11兆円と想定されていた。除染と廃炉措置費用についての根拠となる数字が少なく、参考としたのは日本の原発事故より格段に汚染被害の少なかったスリーマイル島原発事故や専門家の意見だったからだ。政府・経済産業省の見積額は事故直後の想定額6兆円から膨張を続け、結局、昨年末に22兆円となった。この数字が出た時点で、費用負担が東京電力だけでは困難ということになり、一部を電気料金や税金という形で国民負担をお願いすることになった。そして、費用負担のための説明が必要ということで当センターが詳細を調査したところ、最終的な廃棄物処理及び処分費用が入っていなかったことが判明した。

――廃棄物処理費用に関して根拠となるものが少ない中、御センターではどのように試算したのか…。
 鈴木 例えば、汚染水を希釈して海洋放出する方法を、汚染水からトリチウムを除去する装置を使用する方法に変えて算出してみたところ、一気に費用が膨らんだ。また、核燃料デブリの最終処分費用も根拠がないため、全て高レベル放射性廃棄物にする前提で算出した。除染土は低レベル放射性廃棄物なので青森県六ケ所村の処理場に、廃棄物の量を伝えて処分コストを算出してもらった。そうすると、汚染水処理と廃炉費用で約50兆円、賠償費用が約10兆円、除染費用が約20兆円で、合計約80兆円になった。仮に汚染水処理をせずに海洋放出すれば40兆円の節約が可能だが、それでも処理費用合計は40兆円かかる。

――トリチウムの放射能量が経年劣化で無くなるのであれば、放射線を放出しなくなるまで貯蔵しておけば40兆円が節約できる…。
 鈴木 トリチウムの放射線量が減少して放射線レベルが十分に低くなるには20年程度かかるだろう(半減期は約12年)。それまで貯蔵し、普通の廃棄物と同じように廃棄するという方法もあるが、それでも管理に年間1000億円以上かかるとみられており、2~3兆円の管理費用が上乗せされる。また、政府と電力会社は、2020年には貯蔵場所が飽和状態になると説明しており、早く海洋放出したいと考えているのだが、昨年8月、一部汚染水の中にトリチウム以外の放射性核種が基準値を超えて入っていたという事件があり、それを東京電力が規制当局に報告していなかったことで、地元漁業組合の方々との間で信頼関係が崩れてしまった。その後も交渉は上手くいかず、海洋放出が出来ない状態が続いている。

――漁業組合の人たちとの交渉が成立して海洋放出が再び可能になれば、40兆円が節約できて、処理費用合計は40兆円になる…。
 鈴木 また、これまで核燃料デブリを取り出して、すべてきれいにするという廃炉方法で試算していたものを、核燃料デブリを50年間閉じ込め管理する方法を考えてみたところ、50年間のコストは15兆円程度抑えられ、処理費用総額は35兆円程度になった。ただ、50年以降の管理費用は含まれていない。こういったことはすべて金額で決定するよりも、技術的にリスクの少ない方を選んだ方が良いと思うのだが、例えば、貯蔵・管理している間に大雨災害が起こり再び汚染水が漏れ出すという可能性は否定できないし、核燃料デブリを処分することによるリスクも発生する。どちらのリスクが低いのかわからないというのが正直なところだ。加えて言えば、当センターでは、廃炉にしない場合に周辺住民の土地を国が全て買い上げるというケースも算出している。

――いずれにしても原子力発電の潜在的コストは莫大だ。しかもその根拠が曖昧となると、風力や火力発電という代替エネルギー議論にはならない…。
 鈴木 事故処理費用が1兆円上がる毎に電力会社の負担は0.1円/1kWh上がると推定されている。それを全て発電コストに含めるとなれば、火力と比べても原発の競争力はなくなる。その辺りの計算はもう一度やり直すべきというのが我々の主張だ。また、保険金もこれまでの支払い上限額は1500億円だったが、その100倍超の費用が必要になっていることを踏まえて、今後の保険金をどうするのか。今後、再び事故が起こるとして、その頻度はどのくらいなのか。政府公表の数字には見直すべきところが多々ある。一方で、我々が今回出した我々の数値に対して経済産業省から色々と批判を受けることもあるが、そういったこともすべて表に出して、国民が納得する正しい数字を導いていきたい。それが我々の役目だと思っている。

――現在稼働している原発は9基だが、他の稼働していない原発はそのままにしておいて大丈夫なのか…。
 鈴木 どんな施設でも、運転せずにメンテナンスだけの維持では、老朽化や運転ノウハウが疎かになるのは否めない。そうはいっても原発の場合は必ず点検を行っており、順調に動く可能性もあるが、福島事故以降も点検漏れや書類審査の不備などが続いていることは問題だ。電力会社側の意見としては、事故以降、規制が厳しくなり、必要以上の書類手続きに追われて、すべてを完璧にするのが困難ということらしいが、そんな状態では再びトラブルが起きる可能性は十分にある。そして、トラブルが起きた時には稼働を停止しなくてはならず、そういったことが頻繁にあるようでは、もはや原発が電力の最安定供給源とは言えなくなる。つまり、原発が電力の先発ピッチャーを続けるのは難しい時期に来ているということだ。

――不必要な原発を廃炉にすることは可能なのか…。
 鈴木 廃炉費用は引当金として積み立てられているが、本当にその積立金で足りるのかはわからない。従来40年だった引当期間は、福島事故の影響でそれより早い時期に廃炉が決定されるケースが出てきたため、法律改正によって廃炉を決定した後も引き続き積み立てすることが認められた。しかし、処分場もまだ決まっていないため、方法によってはコストが上がる可能性もある。原子力発電所は通常、最初に莫大な設備投資を行い、それを減価償却によって徐々に減らしていく。15年程度で設備費を完済し、その後の費用は運転費だけになる。つまり、電力会社としては古い原子炉ほど経済性が高い。安全性に関しては原子力規制委員会のチェックを受けて、その都度設備投資をすることになるが、その時の投資額と稼働を延長した場合の利益のバランスで廃炉にするかどうかが決まる。結局、これは電力会社の経営の問題だ。

――エネルギー資源の転換について何か良い案はないのか…。
 鈴木 政府目標として原子力依存度を下げる事は掲げられているものの、具体的な政策は導入されていない。自治体としても原子力をやめれば交付金がなくなるといった財政事情があるため脱原発はなかなか難しい。脱炭素、脱原子力を本気で進めるのであれば、実際に原子力依存度を下げていくためのインセンティブが必要だ。再生可能エネルギーのポテンシャルも地道に研究開発を続ければまだまだあるはずだ。他方で、原発を作り続ける理由として核兵器の製造能力を確保するため、という見方もあるようだが、そのような論理では原子力を進める理由としては不適切であり、逆に国際的緊張を生む逆効果をもたらすので私は反対だ。

――核燃料デブリを30~50年間放置にしている間に、トリチウムを除去できるような革新的な技術が発明される可能性はないのか…。
 鈴木 技術革新の可能性はもちろんあるが、今の技術のままでもリスクは十分に低い。ただ、結局のところは地元の方との信頼関係なのだと思う。いくら新しい技術が出来たとしても、その技術を信じられないから今も海洋放出が出来ていない。廃棄物処分の問題も同じだ。技術力だけで解決しようと思っても同じことの繰り返しになるだろう。今回の件については、まずは信頼関係を築くことが必要不可欠であり、そのためにはしっかりとした情報公開を行い、十分に議論することが重要だと思う。(了)

――今の自衛隊員はどのような考えを持ちながら任務にあたっているのか…。
 伊藤 データを取ったわけではないが、全体の6割くらいが国民のために命をささげる覚悟を持っていると思う。さらに言えば、普段は認識していなくても、8割以上の隊員が、いざ現場で自分の生命に危険が及んだ時に引くことなく命を投げ出すのではないか。これは1999年の能登半島沖不審船事件の時に生還できない可能性が限りなく高い任務を突然命じられても、拒否した者が一人もいなかったことと、その時に命じられた者の表情を見ていたので強く思う。私は海上自衛隊に入隊した時「自衛隊には国のために命を落としてもよいと思っている人間ばかりが集まってくる」と考えていたのだが、同期にそのような気概を持つ者は皆無で愕然とした。しかし、4カ月半の新兵教育で寝食を共にするうちに、彼らの心の奥深くには、しっかりとした奉仕の心と愛国心のようなものがあることがわかってきた。当時はちょうどバブル期で世間が拝金主義に傾いていたことと、戦後の軍隊アレルギーも色濃く残っている時代だったので、そのような感情を口に出すことをはばかる雰囲気は強かったと思う。これは今でも残っていて、「国のために命をかける」などと実際に口にするのは2割か3割程度だろう。それでも心に秘める想いを持つ者は多いと思う。

――今、憲法9条を改正すると、本気で戦う気のない自衛隊隊員が大量にやめてしまい、日本の防衛組織が成り立たなくなるという見方もある。このため、憲法を改正してきちんと自衛隊に国を守るための位置づけをしたほうが良い…。
 伊藤 先述の通り、私は本気で戦う気のない自衛隊員が多く居るとは思っていないので、全くそうは思わない。それより、いい人材を確保するために自衛隊員の処遇を高めるべきだという意見を聞くことがあるが、個人的には、自衛官の処遇をよくすることと、いい人材が集まってくることは必ずしも直結しないと考えている。かつて、陸軍中野学校に所属していた私の父が「終戦の時、戦争に負けて良かったと思った」と言ったことがあった。戦中に受けた蒋介石暗殺の命令が却下されていないと言って戦後も命令の発動に備えて訓練をしているような父からの発言だったので、私は非常に驚いた。父は「軍人というのは、自分以外の人のために人を殺め、自分以外の人のために殺されなければならない職業だ。だから向き不向きがはっきりと分かれる。しかし当時の軍人は、士官学校に受かれば親や親せきの大自慢になり、学校を上げての祝賀や村をあげての壮行会になるからという理由でその職業を選んだ。自分が何をしたいとか、何に向いているとかではなく、世間からの羨望や、その高い地位に魅力を感じて、自分の人生を決めてしまうような、軍人には一番向いてない奴らばかりが集まってしまった。勝てる訳がないし、勝ったら大変なことになると思っていたよ」と語ってくれた。私は、それを聞いて一理あると納得した。自衛隊は人の命を守るために自分の命を犠牲にするという究極のボランティアだ。報酬や評価を天秤にかけて職業を選択するような人物は向いていない。

――憲法9条改正は、自衛隊にとってはあまり意味がないと…。
 伊藤 憲法は、自衛隊のためというのではなく、国のために変えたほうが良いと思う。自衛隊は軍隊ではないという理由を長々と聞いて、一旦は納得した気になることはあっても、実際に戦車、潜水艦、ジェット戦闘機を見ると、これが戦力であり軍隊だという感情は禁じ得ないからだ。私は、自分が生まれ育った祖国に不誠実ささえ感じてしまう。自衛隊という組織は、法律や社会習慣を守っていることが必ずしも正義に繋がらなくなってしまった非常時に活動するものだ。そのため、判断の根拠を法律や社会習慣に求めるわけにはいかない。そういったことから、私が現役の特殊部隊員だった頃は、9条の改正よりも、日本が国家として何を目指しているのかを国家理念として明確に示してほしかった。国家理念を貫くために、やむを得ず武力を使うために存在するのが自衛隊だと思っているからだ。

――変革すべき自衛隊自身の問題点は…。
 伊藤 日本の軍隊は武器、組織作り、教育システム、戦術や意思決定法、すべてにおいて米軍の影響を強く受けている。それが一番の問題だ。確かに米軍は、世界最強の軍隊で、だからこそ学ぶべきことは多いと思う。しかし、アメリカの軍事予算は2位の中国の3倍で、3位と4位のサウジアラビア、ロシアの9倍、日本の13倍もある。その違いを無視して、そのまま日本に取り入れることなど出来ないはずだ。米軍の参考に出来るところや、日本なりにアレンジして真似するところ、参考にしてはいけないものを熟慮しなければならないと思う。

――尖閣諸島や竹島、北方領土など、外交問題では日本周辺国の脅威が迫っている。それも日本の防衛力にかかっている…。
 伊藤 「日本周辺国からの脅威が迫っている」という話は本当だろうか。勿論、警戒する姿勢は大切だが、例えば、北朝鮮の金正恩氏に関して言えば、ほとんどの日本人は金正恩氏が行っている事を報道で知るだけで実際に会って話したこともない。報道を信じて金正恩氏が悪い人物だと思い込んでいるのではないか。私は現役自衛官で湾岸戦争が起こった時に、イスラム教徒に対して非常に悪いイメージを持っていた。しかし、実際にイスラム教徒の人たちと付き合ってみると全くイメージと違うことが分かった。特殊部隊を辞めて以降3年半、私はフィリピンのミンダナオ島に住んでいた。その地区は約7割がイスラム教徒で反政府勢力の強い場所だったのだが、その時にイスラム教徒の人たちが皆、真面目で酒も飲まず、自分達を律して生きている姿を見た。軍組織にしても規律正しいイスラム系の方が、フィリピン国軍よりもよっぽど信頼できると思った。これは、私が体験した一例であり、どこでもそうだと言うことではないが、私は報道だけを鵜呑みにするのは良くないと考えている。

――自衛隊に対して国民が行うべきことは…。
 伊藤 私は、会社にとって一番大切なものは、何をするために会社組織を立ち上げたのかという起業理念であるのと同様に、国家にとって一番大切なものは、何のために国を興したのか、国の存在目的は何か、国民は何を目指しているのかという国家理念だと思っている。そうであれば、その国家が保有する武力集団は、その国家が最も大切にしている国家理念を貫くときに、やむを得ず、どうしても武力を使用しなければならないときのために存在するものであるはずだ。国民は、自衛隊、自衛官に対し「定めた予算の範疇で、国家理念を貫く際に使用する戦闘力の醸成に全力をなせ」と言うだけでいいと思う。必ずや、彼らはその要求に応えると信じている。(了)

――中国はこれまで目覚ましい発展を遂げてきた。その反面、問題点も多い…。
 遠藤 中国の今の問題点は、豊かになるにつれて中間層が増加し、その人々が発言権を求めてきているということだ。7億人を超えるネット世代も、ネットを通して共産党批判を始めている。中国一党支配体制を崩壊させるかもしれない、こういった人民の声が、習近平政権の最大の敵であり、中国政府はそれを押さえつけるために、非常に厳しい社会監視システムをつくった。監視カメラはありとあらゆる所にあり、大事な話をする時はホテルの一室などはむしろ筒抜けで、公園を歩きながらが一番安全という状況だ。日本では「習近平は政敵を倒すために腐敗撲滅運動をやり、権力闘争に明け暮れている」という報道もあるが、それは日本人の耳目に迎合した情報であり、結果、日本を油断させることにつながる。これまでの歴代政権に比べて、習近平は敵がいないという状況の中で友好的に前政権(胡錦涛)から政権を受け継いだ唯一の国家主席だ。もし政権争いをして他の権力者を逮捕などすれば、むしろ自ら敵を増やすことになる。そんなことはしない。2012年11月、胡錦涛が習近平に国家主席の座を渡した時の唯一の約束事は、腐敗撲滅だった。11月8日の胡錦涛元国家主席の最後の演説では「腐敗を撲滅させなければ党が滅び、国が亡びる」と言い、習近平もまた、11月15日の就任演説で全く同じことを言っている。中国は今日までどの王朝も腐敗で破滅しているほど腐敗文化が根深く蔓延しており、その中で一党支配体制が広がれば、当然、皆が権力を持っているところにすり寄ってくる。そこで習近平は、中国共産党の一党支配体制を維持させるために腐敗撲滅運動を始めた。腐敗撲滅運動は権力基盤が強固な時でないと断行できない。自分の政敵を倒すために腐敗撲滅運動を行い、ようやく政権基盤が盤石となったというのは全くの見当違いで、何百人もの共産党幹部を逮捕すれば、逆に恨みを招いて敵ができる。

――日本人が喜びそうな嘘の情報を流して日本人を油断させているが、その間中国は自国の潜在能力を高めていると…。
 遠藤 日本のメディアもチャイナウォッチャーも日本人が喜ぶ情報しか流していない。それは日本の国益を損ねる。日本がそのようなことをしている間に、中国は月の裏側への軟着陸や量子暗号の開発等で着実に成長を続け、米国を追い抜こうとしている。「中華民族の偉大なる復興」を政権スローガンに掲げて、世界制覇を目指している。それに沿って作られたのが「中国製造2025」だ。拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』(PHP研究所)にも書いたが、習近平が中国共産党中央委員会の総書記になる直前の2012年9月、日本が尖閣国有化を宣言したことに対して中国では激しい反日デモが勃発し、日本製品不買運動が起こった。しかし、そこでデモ参加者が気づいたのは日本製品不買運動を呼びかけている「中国製のスマホ」のキーパーツ(半導体など)が「日本製」であったという事実だ。このスマホはMade in Chinaなのか、それともMade in Japanなのかでネットは燃え上がり、このような半導体も作れないような中国政府に怒りの矛先が向いていった。それは中華民族の屈辱だと多くのデモ参加者が叫ぶようになった。そこで胡錦濤(前国家主席)は強引にデモを鎮圧して、何とか2012年11月の第18回党大会に漕ぎ着けたのである。こうして、習近平政権になるとすぐさま「半導体の自給率を高め、宇宙開発でアメリカにキャッチアップする」国家戦略に着手し始めたのである。それが「中国製造2025」だ。

――中国はここ数年、経済成長率の低下が続いている。一説には金融機関の不良債権が積み重なり経済は崩壊寸前だとも言われているが、中国の今後は…。
 遠藤 中国の経済成長率の落ち込みについて、日本ではGDP成長率だけを見て、今の中国経済が壊滅な状況にあると言う人が多いが、実態はそうではない。先述のように中国は「中国製造2025」に向けて突き進んでいる。組み立てプラットフォーム国家から抜け出して、イノベーションによるハイテク国家を目指す転換期にある中で、イノベーションを起こすための膨大な研究開発費が必要であり、研究開発に国家予算を注げば、GDPの量的成長は望めない。中国政府は国家戦略「中国製造2025」の発布とともに、GDPの成長を「量から質へ」転換すると宣言し、それを「新常態(ニューノーマル)」と称している。そして、その質の良いGDPが成長を遂げるポテンシャルは非常に高い状況にある。実際、OECDの予測では2018年から2019年にかけて中国が投資する研究開発費は米国を追い抜くとされており、そうなればハイテクにおいて中国が世界一になる可能性が高まる。GDPの規模でも中国はすでに2010年には日本を凌駕しており、GDP成長率が下落し始めたのは、まさにその時期と一致する。それはGDPの規模という、GDP成長率を測定する分母が大きくなったからだ。その後、成長率が下がり続けてもGDPの規模自体はどんどん増加し、今や日本の3倍となっている。米国を凌駕するのは時間の問題だ。日本は中国のGDP成長率の下落だけを見て中国経済が崩壊するなどと大喜びしているが、それは適切ではない。

――米国との貿易摩擦問題で中国経済に強い向かい風が吹いているのも事実だ。米中関係については…。
 遠藤 米中貿易摩擦では、数値に出てくるものに関しては、中国も一定程度の譲歩をするという姿勢を示している。また、知的財産権に関しても、今年の全人代で外商投資法を制定し、外商ビジネスにおける知的財産権譲渡を禁止することを明文化した。違反すれば処罰する。どこまで実効性が高いかは、今後注目していかなければならないが、外商投資法が制定されたことに関しては、一定程度の成果があったと言えよう。その他にも米中間には様々な駆け引きがある。その中で、トランプ大統領は貿易交渉によって中国政府による中国の特定企業への投資をやめさせようとしている。中国政府は「中国製造2025」のIC(集積回路)基金を国有企業であるZTE(中興通訊)やユニグループ(清華紫光集団)といった半導体メーカーに大量投入しているのだが、トランプ大統領としては中国がハイテク産業に資金をつぎ込み米国の脅威になることは嬉しくない。だから、貿易交渉として特定企業への投資を止めさせようとしている。しかし、それは内政干渉であるとして、中国政府は抵抗を示している。また、米国政府機関は情報漏洩を防ぐためということを理由にしてファーウェイなど中国ハイテク企業の製品を使用することを禁じたり、ファーウェイ副会長や関連会社を起訴する動きを見せている。その一方で、ファーウェイが機密情報を抜き取り中国政府に渡しているといった証拠を、アメリカは提出していない。そのためEU委員会はこの度、EUとして特定の企業を排除することはしないという声明を出したほどだ。それでも米国が執拗にファーウェイを倒そうとする理由は、ファーウェイ傘下の半導体設計企業「ハイシリコン」が次世代移動通信規格5Gの覇者になるかもしれないという不安があるからだ。しかし、ファーウェイは株の98.7%を従業員が持っているという従業員持ち株制度を実施している、中国では唯一中国政府と結託していない民間会社だ。またアメリカの半導体の技術レベルを超えるかもしれない半導体を設計しているハイシリコンの半導体は、今もなお、絶対に外販していない。つまり、コア技術を中国政府に渡してないのである。そういう会社が政府のために情報を抜き取ることなどあり得るだろうか。中国が国家プロジェクトとして進める次世代AI発展計画において中国政府が指名した5大企業BATIS(Baidu、Alibaba、Tencent、Iflytek、Sense Time)にも、社会信用システム構築に指定されている63企業の中にもファーウェイは入っていない。トランプ大統領は攻め方を間違えているのではないだろうか。もっと正確な攻め方をしないと、中国にやられてしまう危険性を孕んでいる。

――米ウォール街の人間はむしろ中国と仲良くしようとしている…。
 遠藤 金融界はグローバルな流れがなければ発展しない。その代表格であるウォール街を牛耳っていたヘンリー・キッシンジャー元国務長官は中国ととても仲が良い。きっかけは、2000年に中国がWTOに加盟する際、当時国務院総理だった朱鎔基(しゅようき)が世界のスタンダードを知るために清華大学経済管理学院に顧問委員会を作り、米財界のトップ達を招き入れたことだった。米国ではキッシンジャー・アソシエイツ(コンサルタント会社)の門をくぐった大財閥が支配力を強めているが、そういった人物達が、当時、キッシンジャーを通して清華大学経済管理学院の顧問委員会へ送り込まれている。その結果、米国と清華大学に強いパイプが出来ているという訳だ。ちなみに、朱鎔基、胡錦涛、習近平らはいずれも清華大学出身であり、今では清華大学の経済管理学院にある顧問委員会は習近平政権の巨大なシンクタンクになっている。米国が中国に対して高関税という形で攻めたとしても、最後は習近平のお膝元にいる金融界や大財閥が動きを見せるだろう。水面下ではすでに手を握っている可能性もある。

――一方で、ハイテクの世界においては、中国は世界中から優秀な人材を集め、人材獲得競争では米国はすでにかなわない状況になりつつある…。
 遠藤 中国の人材のネットワークたるや凄まじい。欧米に留学した300万人から成る中国人博士たちが帰国している。そして、そういった博士たちが、人類が絶対に解読できない量子暗号を搭載した人工衛星「墨子号」を打ち上げることに成功するなど目覚ましい成果を収めている。2018年にはオーストリアとタイアップして「墨子号」を介した量子通信に成功。そして、今年2月14日には「墨子号」打ち上げグループが量子通信成功により米国の科学賞「クリーブランド賞」を受賞。これは米国の科学界も中国の功績を認めたということであり、量子暗号の世界では中国がアメリカよりも一歩進んだことになる。さらに、月の裏側には地球から直接信号を送ることができないので、軟着陸するためには中継通信衛星が必要だが、中国は昨年5月に中継通信衛星「鵲橋(じゃっきょう)号」を打ち上げることにも成功している。月の周りに、引力も斥力も作用しないラグランジュ点と言われる「力が存在しない点」があるが、そこにピンポイントで「鵲橋号」を打ち当てることに成功し、その上で今年1月3日に月の裏側に軟着陸することに成功した。米国はその技術を持っていないため、「鵲橋号」を使用したいと中国に頼んできた。中国はそれを承認したのだが、その瞬間、中国と米国の宇宙での立場が逆転したと言っていいだろう。

――非民主的な国が世界を制覇するというのは歓迎しない…。
 遠藤 唯一我々が出来ることは、中国を民主化させることだろう。民主化させるために手を貸すのであれば良いが、中国にとって世界制覇の手段である「一帯一路」構想には絶対に協力すべきではない。安倍総理は自分が国賓として正式に中国に招かれ、また習近平国家主席を日本に招くというシャトル外交を実現することにより自分の外交力を日本国民にアピールしたいという願望も手伝い、一帯一路への協力を承認した。2017年5月の国際フォーラムで、それまで手掛けていた「インド太平洋戦略」という素晴らしいアイディアを捨てて、一帯一路に協力することを中国側に表明した。一帯一路は他国を借金漬けにして借金を払えなければシーレーンの要衝である港湾を奪うという、中国による軍事戦略であり、かつ途上国に変わって人工衛星を打ち上げメインテナンスも中国がするという、宇宙の実効支配を目指す戦略でもある。また5Gに関して中国側を有利な方向に導き、世界の通信インフラを中国が牛耳ろうというデジタル・シルクロードであるということもできる。日本はその一帯一路に絶対に手を貸すべきではない。(了)

――日本証券業協会の会長を退職なさってから9年。今の会社は…。
 安東 株式会社ウィズ・パートナーズというプライベートエクイティを中心に投資している運用会社だ。野村證券時代はどちらかと言うとセルサイドで、引き受けやファイナンス、M&Aの提案等の顧客対応が主な業務だったが、野村アセットマネジメントの会長となり、機関投資家としてバイサイドの仕事をして面白いと感じた。リスクがあるからこそ、なのかもしれない。ファンド運用会社のビジネスは非常にシンプルで、収益は残高に対する管理報酬と成功報酬だ。運用で難しいのは投資選定と投資タイミングだが、基本的には7年償還で、2~3年で投資を完了させて5年程度で戦略的なイグジット(出口)を考える。これまでに6本のPEファンドを立ち上げて運用しているが、1号ファンドは3倍のリターンで投資家の皆様に償還することができた。今年償還予定の2号ファンドも2倍強のリターンを見込んでいる。

――会社の規模は…。
 安東 役職員は25名、香港の現地法人に6名いる。預かり資産残高は600億円程度で、主な投資先は時価総額50~200億円程度の上場会社だ。ヘルスケアのファンドやAI、IoTのファンドなど、これから成長する分野の中小型株に投資している。投資で一番大事なのは目利きだ。そのために、弊社の投資フロントは証券会社や金融機関の出身者ではなく、事業会社で実際に現場を知る人物が担っている。ヘルスケア部門には藤澤朋行という武田薬品で研究員を10年、M&Aや事業開発を10年行い、経産省の委員にもなっている人物を置いている。また、AIやIoT部門責任者は飯野智という日立製作所出身で前身のCSKベンチャーキャピタル時代からのトラックレコードを持ち、幅広い知識と見識を持つ人物だ。この二人のファンドマネージャーが会社のエンジンとなっている。

――ベンチャー企業などへの投資は…。
 安東 ベンチャー投資も多少は手掛けているが、弊社は上場している中小型株への「第三者割当による成長資金の提供」を特長としている。例えば、創薬の場合は完成するまでに時間と資金が物凄くかかる。未上場ベンチャー企業に対する資金供給はベンチャーキャピタルという存在があるが、日本のバイオベンチャーで上場後に公募増資を実施できる企業はまだ少ないのが現状であり、この点において弊社のファンドは産業をつくる金融エコシステムの一部としても必要な存在であると考えている。

――ファンドの仕事を9年続け、今の日本のマーケットについて思う事は…。
 安東 これは10年以上前から思っていたことだが、外国人のウェイトが高すぎるように感じている。GPIFなど資産残高が大きな機関投資家が日本にも増えてはいるが、結局、株が大きく動く時に活発な売買をしているのは外国人で、リスクをとる分リターンも得ている。日本の機関投資家がもっとアクティブになれれば良いのだろう。また、個人投資家が増えないのも残念なことだ。投資信託やファンドラップなどで間接的に参加しているのかもしれないが、それでもまだ少なく、個人投資家と言えばデイトレーダーなどを連想するような感じだ。貯蓄から投資への流れはまだまだ進んでいないと感じている。

――御社はプロ向けのプライベートエクイティファンドだが、最近の顧客動向は…。
 安東 最近目立っているのは地銀だ。地方は貸し出しが増えるわけでもなく、鞘を抜くわけにもいかないので、運用で何とかしなくてはいけないのだが、今の金利状況では普通に国債などに投資する運用では難しい。そういった資金が我々のようなファンドに向いてきている。地銀にとって今はある意味、金融不安時代なのだろう。黒田日銀総裁も、そういう声を聴きながらも、なかなか金利を上げられない難しい局面にあるのだと思う。そこで我々のような会社が良好なパフォーマンスを上げ、アピールする必要があると考えている。

――金融資本市場全体を見れば、銀行以外でも決済に参入することが出来るようになるなど、大きな変化が起きている…。
 安東 例えば、ブローカレッジに頼らざるを得ないような中小証券会社などの金融機関は、近い将来フィンテックに取って代わられる可能性があり、このままでは先行きは厳しいのではないか。勝ち残るためには、過去の成功体験にとらわれず、マーケットの流れについて行かなくてはならない。弊社が昨年設立し現在募集しているファンドは、AIとIoTなどの新しい技術を活用することで企業成長が加速化され、逆に活用できない企業は淘汰されていくという仮説を持って運用を行っている。どんな状況であれ何が将来の布石になっていくのか見通すのは非常に難しい時代だが、これまでのような自前主義ではなく新しい技術の活用やさまざまな異業種との連携など、オープンイノベーションが金融資本市場にも必要だと考えている。

――リーマンショックから10年、日本の金融不安から20年、大恐慌から90年。そろそろ世界中のマーケットで何かしらのショックが出てくるのではないかという見方がある…。
 安東 確率では12年のサイクルで何かが発生していて、そういう意味で言えば、去年から今年辺りはそれにあたる年と言えるだろう。ただ、これも過去の実績のようなもので、あまりデータを信頼しすぎてはいけない。もちろん、なんとなく不安な部分があるのは事実だ。特にユーロという集合体に関しては、イギリスの離脱、旗振り役のドイツの落ち込み、足を引っ張る国々などたくさんの問題があり、難しい情勢になっていると思う。米中の覇権争いもどうなるかわからないし、日本に対して色々な発言を求められても、その立場はさらに難しいものになるだろう。あまり明るい感じはしない情勢だが、悪い予想は当たってほしくないというのが正直なところだ。しかし、そうした局面を上手に乗り切って運用の成果を上げていくのが我々の仕事でもある。難しい局面だからこそ、力を発揮していきたいと考えている。(了)

10/1掲載 日本経済大学 教授 生田 章一 氏
――中国は、自国に対しては保護主義の塊だ…。
 生田 中国は、海外には自由市場経済を求めるばかりで、外国企業に対しては技術移転の強要、外国からの投資に対する差別的規制、為替の統制を行っている。また、国内では、二重戸籍制度による低賃金労働の活用、国内企業に対する不明瞭な補助金、政府部門による戦略的な調達、政策金利による膨大な銀行利益を背景とした戦略的融資を行っている。さらに、中国企業にだけは甘い独占禁止法の運用、経済協力・援助と一体となったヒモ付き輸出、電子商取引での国内市場の囲い込み等、多くの点で市場経済国家とは程遠い政策を行っている。つまり、国全体で重商主義的輸出・戦略産業の育成を続けており、このような形で中国だけが一人勝ちを続けて巨大化していくこと自体が、将来、確実に世界経済のリスクとなる。中国からすれば、この都合の良い体制がトランプ大統領によって初めてストップをかけられたということで、私はトランプ大統領の非常識ばかりを責めるべきではないと思っている。日本も「ディール」という形で、各種の譲歩を求められているが、日本は公正な市場経済運営を行っているという点で、中国とは全く違う。同盟国である米国の立場に可能な限り配慮する必要はあるが、この点は中国と同類にされるべきではない。

――中国経済の最大の問題は…。
 生田 中国主要企業の中に中国共産党の組織を置いていることと、定款の中に「共産党の方針に従う」と書き込ませていることだ。要するに、市場経済国家としての建前を放棄しているということ。そこには共産党の序列の高い人も多くいる。そんな中で、中国のお金が世界中に出回っている。金融市場も例外ではないが、幸いにして日本のマーケットには流れてきていない。東京株式市場では、今、約7割の外国人投資家が売り買いしていると言われているが、これに中国の資本が加わり、毎日、米中を含めた外国人投資家が日本株を売り買いするようになると、日本の株式市場、為替市場は恐ろしいことになるだろう。

10/22掲載 慶應義塾大学 総合政策学部教授 廣瀬 陽子 氏
――プーチン大統領が、今、一番力を入れていることは…。
 廣瀬 経済を復活させることは言うまでもなく、政治では多方面に関心が向いているようだ。対米戦略として、アジア方面では中国と強いタッグを組み、欧州方面ではドイツとの関係を重要視している。ロシアとドイツの間で計画された天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」も建設段階に入っており、EU内で力を持つドイツとの関係を維持できれば欧州に天然ガスを輸出する上で有利になることは間違いない。また、ここ数年、北極圏における戦略にも大変力を入れており、寒さなどに強い新しいタイプの軍事基地を作っている。ソ連時代は北極圏が米国との接点になっていたため、潜水艦などがたくさんあったのだが、冷戦が終わると、一旦軍拡状態はなくなった。それが、ここ10年程、ものすごい勢いで軍拡している。

――ロシアに対する制裁の影響は…。
 廣瀬 最初の頃はそれほど制裁の影響はなかったようだが、一方で、当時はむしろ石油価格の下落がロシア経済を苦しめていた。その後、それまで軽微だった制裁が徐々にロシアの重要産業など肝となる部分に移り始め、その度にロシア経済は苦しくなっていった。特に今年4月、露アルミニウム大手のルサールという会社を対象とした制裁は、関係する産業も多く、ロシア経済に非常に大きな影響を及ぼしている。

――そうなると、プーチン大統領としては日露関係を良好にして日本の経済力を引き出したいところだろう。その点、北方領土問題については…。
 廣瀬 プーチン大統領のブレーンの一人にアレクサンドル・ドゥーギンという地政学者がいるが、彼が自著の中に「日本には北方領土4島を全て返し、ドイツにはカリーニングラードを返して、ドイツと日本を確固たるロシアの仲間として反米仲間を作ればよい」と記していた。私は「なかなか良いことを言うなあ」と思っていたのだが、プーチン大統領は聞き入れていないようだ。最近では北方領土内にも色々な利権が生まれている。択捉島にはギドロストロイという巨大な水産会社があるのだが、その社長ベルホフスキーがものすごい勢いで利権を貪り、リトルプーチンとも称され、実際プーチンとも近いと言われるベルホフスキーの名前を出せば択捉島では誰も逆らえない状況だと聞く。ギドロストロイ社は色丹島にも進出しており、私も実際に色丹島に行きその建設中の工場施設を見てきたのだが、その規模と近代的な設備に圧倒された。プーチン大統領は基本的に1956年の日ソ共同宣言に基づいて「2島返還」で手を打とうとしてきたはずだが、その辺りの利害関係者がプーチン大統領にも2島返還すらしないように入れ知恵しているのではないかとすら感じさせる。

12/10掲載 アラブ首長国連邦大使館 大使 カリド アルアメリ 氏
――さらに発展させていくために、今後、力を入れていくことは…。
 アルアメリ 建国時の目標は経済、幸福度、福祉、治安、教育、医療、全てにおいて世界ナンバーワンになることだ。さらに50年後、100年後の国家ビジョンがそれぞれあり、それに沿った国家戦略で動いている。UAEの規模自体はそんなに大きくないが、インデックス指標の目標数値に向かって着実に進んでいる最中だ。すでに中東地域内での幸福度インデックスは1位になっており、数年前に行った中東の若者に対するアンケートで「どこに住みたいか」という問いに対して70%がUAEと答えていた。UAEは7つの国からできた連邦であるため、色々な文化を尊重して共存・共栄していこうという考え方が根底にある。実際に今、UAE内には約200国籍の人々が共存しており、文化、宗教、言語、習慣が違っても皆が安全で幸せに暮らすことが出来ていることを証明している。むしろ違うからこそ面白い、もっと知りたいと考える人たちがUAEには多く住んでいると言えよう。

――中東と言えば紛争が絶えない地域というイメージが強いが、UAEへの影響は…。
 アルアメリ もちろん、中東地域内で起こっている紛争の影響を受けていない訳ではないが、UAE自体は経済的、政治的、社会的にも安定している。中東のテロと戦争の撲滅は世界中の課題だ。米国で9.11事件が起こった時、世界中がアルカイダというテロ組織を許せないと思い、撲滅のために立ち上がった。しかし、当時アフガニスタンで活動していた小さなアルカイダ組織は、今ではイラク、シリア、リビア、イエメンと世界中に組織を拡大させている。9.11後のテロ対策は失敗しており、テロを利用するために、今でも政治的に、メディア的に、金銭的にサポートしている人たちがいるということだ。

――テロを支援する人たちとは具体的に…。
 アルアメリ 中東問題に詳しい人はすぐにわかると思うが、テロ組織をサポートしている最大の国はイランだ。イランの軍人がイラクやシリア、イエメン、パレスチナ、レバノンなどあらゆる国の政府組織の中に入り込み、自国以外でのイランの存在感を高めようとしている。例えば、レバノンではヒズボラ、パレスチナではハマスといった組織だ。特にヒズボラという組織はレバノンの政党として政治に絡まっている。その政党が掲げるものはレバノンという国への愛国心ではなく、イランへの忠誠心だ。ハマスも同様で、さらにイラクやイエメンにもそういった政党を作る動きがある。イエメンにはイランの影響だけではなくアルカイダとISも含まれている。次のイラク、次のシリア、次のレバノンが集まってイエメンに新たな巨大組織が出来つつあるということだ。イランは1979年に起こったホメイニーを指導者とする革命後、全てが変わった。革命のコンセプトはシーア派の考え方を世界中に広める事だ。イラン以外の国の国民も、シーア派の考え方を持っていればイランがその活動を支援してシーア派の考え方を世界中に拡大させている。どんなに米国やEUや日本が協力して軍事的にテロ組織で戦う人たちを殺すことが出来たとしても、その思想は殺すことが出来ない。考え方というものは若い頃の教育に始まる。若者には教育の先にある希望を与えて、選択肢を与えなければならない。私が中東で一番危ないと思うのはそれらがないという事だ。だから、洗脳されてテロ組織に入ってしまう。この問題を解決しない限り中東は安定せず、経済も発展しない。経済が発展しなければ、希望も選択肢もない。

――UAEと日本の現在の交流について…。
 アルアメリ 現在UAEに住む日本人は約5000人で、これは中東と北アフリカを合わせた中でも一番大きなコミュニティだ。中東のイメージにありがちな女性差別もUAEにはほとんどなく、タクシー運転手にも女性が活躍している。閣僚評議員(大臣クラス)の人数も33人中9名が女性であり、国会議長も女性だ。政府関係の仕事は女性の割合の方が多いかもしれない。一方で日本に住んでいるUAEの人数は120人くらいでその内の約100人は学生だ。UAEは国の人口自体が少ないため100人は多い方で、その留学生たちは「UAEの金の卵」と呼ばれている。日本とUAEは3年ほど前から「包括的・戦略的パートナーシップ・イニシアティブ(CSPI)」というプロジェクトを進めており、今年4月には安倍総理大臣がUAEを訪問し、このプロジェクトに基づいた両国間における経済、文化、安全保障、防衛すべてを含めた長期的な協力戦略に関する共同声明を発表した。具体的には、両国がそれぞれの地域情勢を考えた時に、政治的、経済的にどのようなランドスケープを望んでいるのかをお互いに共有することだ。その望んだ形を実行に移すことができれば、UAEと日本の関係はさらに素晴らしい方向に向かっていくだろう。

1/21掲載 駐日ロシア連邦大使 M.Y.ガルージン 氏
――経済面においてロシアが日本に期待していることは…。
 ガルージン 日本経済界の中でロシア市場に対する知名度が高くなっていくことだ。そのために我々はかなりの努力をしている。実際に、世銀によるビジネス環境ランキングでは一昨年の35位から昨年は31位まで順位を上げた。ちなみに日本は昨年39位だ。今のロシア市場は30年前のロシア市場とは全く違う。もはやロシアで投資環境が良くないという議論はなりたたない。さらに言えば、今、LNGというエネルギー資源の需要が大きくなっているが、日本のLNGの約1割はロシアからきているものだ。2009年2月、日露経済合同プロジェクトとしてアジア最大級のLNG工場を建設し、それから10年間、我々は一度たりともエネルギー資源の流れを中断させていない。これはロシアが信頼できるエネルギー資源の供給国だということを証明している。もちろん、ビジネス環境ランキングで31位になったことを過剰評価している訳ではなく、まだまだロシア内に様々な問題があることは承知している。そういったことを踏まえながら、我々はランキングのトップクラス内に入ることを目指してこれからも努力を続けていくつもりだ。

――日露間での経済関係をもっと深めていくためには…。
 ガルージン 日露間での貿易高は最近増加し昨年は180億ドルに達したが、10年前の300億ドルに比べると少ない。日露間の経済関係をさらに深めるために必要なことは、日露経済協力のポテンシャルをもっと活用することだ。例えば、ロシアの天然資源開発に対する日本の投資拡大ということを考えれば、ロシア北極地帯での天然ガス開発プロジェクトがある。ヤマル半島やバルチック海浴岸地域でのプロジェクトにはすでにいくつかの日本企業が必要な設備を提供したり輸送サービスを担うという形で参加しているが、投資参加はない。そこに投資が入れば露のLNG生産はさらに拡大していくだろう。そして、欧州とアジアを結ぶ最短回路である北極海路を通じて日本を含むアジア各国にLNGが運ばれていく。是非そういったプロジェクトに日本企業に参加してもらいたい。それが日露経済、貿易、全てを含めて両国関係全体の利益に寄与していくことになるだろう。

――日本は米国の意向に左右されることが大きい。ロシアから見た米国と中国について…。
 ガルージン 米国が日本とロシアの関係を阻んでいることは間違いない。米国は一方的にロシアや中国に経済制裁を発動させる。それがアメリカのやり方であり、我々はそれを厳しく批判している。また、米国や欧州からは中国を覇権主義だと敵対視する動きもあるようだが、私は中国が覇権主義政策をとっているとは思わない。むしろ自分が好ましくない国の内政に武力行使も含めて干渉している欧米の方が覇権主義であることは明らかだ。中国は我々の良き隣人でありパートナーだ。約4000kmもの国境を共にしているが一度も中国が覇権主義政策を行っているところを見たことはない。中国とロシアの間には防衛政策に関する協議も行われており、透明性を保ちながら共同軍事演習も行っているし、国境からお互い数百mの地点まで大きな軍隊を引き揚げるという合意もあり、中国に対して脅威を覚えたことはない。さらに言えば、我々は中国の一帯一路とロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザスフタン、キルギスによるユーラシア経済連合を結びつけてシナジー効果を図るという構想も打ち出している。これは2015年にプーチン大統領が提唱している大ユーラシアパートナーシップ構想の重要な一環になると考えている。

2/25掲載 浜松市長 鈴木 康友 氏
 鈴木 日本人の子供は義務教育を受けさせなくてはならないという決まりがあるが、外国人の子供たちは、教育を受ける権利はあっても義務はない。そうなると、生活に窮している親は子供の教育が後回しになり、子供は公立学校にも外国人学校にも行かなくなる。子供の将来が非常に心配になる。そうならないように、浜松市では居住実態と学校にある名簿を突き合わせて調べ上げ、就学に結び付ける不就学をゼロにする取り組みを行っている。一方、外国人受け入れ約30年の歴史の中で第2世代、第3世代の人たちが育ってきているため、今まで支援される側にいた人達が、今度は自分たちの後輩のために支援する側に回っているというような好循環も見られる。言えることは、外国人労働者は必ず定住するということだ。そして、今回の政策が結局のところ移民受け入れになると考えるならば、社会統合政策が必要になる。生活していくうえで必要となるあらゆることをきちんと整えて受け入れをしなければ、大変な混乱を招くことになるだろう。

――今、国で議論していることは浜松市で既に通ってきた道…。
 鈴木 今まで外国人労働者の受け入れは特定地域の問題として国では対応していなかったが、今度は国として受け入れを宣言した。新設される在留資格「特定技能」は1号と2号に区別しているが、結局1号だけで済むはずはない。1号認定で入国して5年働き、せっかく仕事を覚えて戦力になった人材を企業は手放すだろうか。企業は使える人材であればもっといてほしいと願い、外国人労働者はそこで2号に変更して家族も呼び寄せ、定住する。実際に浜松市には約2万4千人の外国人がいて、その8割が長期滞在可能な在留資格を持っている。つまりそれは移民であり、日本はすでに移民国家になっている。今回、法務省の管轄下で出入国在留管理庁が創設されてそこで社会統合も受け持つことになっているが、やはり内閣府に「外国人庁」のような省庁横断的な組織を作るべきだというのが私の昔からの考えだ。いずれにしても日本は外国人を受け入れざるを得ない。今後、海外との障壁を排除して経済活動を一体化していくとなると人も動くことになるからだ。そして、そこで必要となるのは、国と自治体の役割を明確化することだ。国は制度を整備して財源措置を行い、自治体はその支援を受けて現場で取り組む。浜松市くらいの規模ならば色々なことが出来るが、例えば人口1万人以下の自治体で同じように手厚いことを行うのは難しい。そういう意味で言えば、県の役割も大事だと思う。教育にしても、浜松市は政令指定都市であるため教職員の配置や給与負担も市が行っているが、政令指定都市でない場合は外国人のための支援方法なども殆ど県が決定権を持っているからだ。そういったことを考えると外国人労働者の受け入れは小さな市町村では非常に難しいだろう。

3/4掲載 早稲田大学 法学学術院・法学部教授 上村 達男 氏
――日産自動車(7201)のゴーン前会長逮捕をどう見るか…。
 上村 ゴーン氏らは日本の法制度を甘く見ていた可能性が高い。今回の逮捕の具体的な問題以前の日本の法に関する課題について考える必要がある。非西欧国家日本は軍事力や経済力では西欧に比肩するところまでいく。法律や規範といった面でも、六法や司法制度、検察制度などは明治の先人が一生懸命学んで、そこそこのものを作ってきた。しかも、外国語をほぼすべて自国語(日本語)にして法律学が成りたっている例外的な国だ。しかし、西欧が必ず失敗してきた大規模株式会社、金融・資本市場法制という最大の難物を前にして完全に挫折している。欧州ではローマ法や啓蒙思想、市民革命を経て、法がもっとも西欧的な文化の基礎をなしている。しかも制定法などの文章で表現されていない規範意識が法を形成している部分が大きいため、これを乗り越えることは容易なことではない。英国に憲法典はないが、実質的な憲法はある。自主規制にも制定法並みの権威がある。生き馬の目を抜くような世界である金融・資本市場や証券市場と一体の公開株式会社法のように、日々連続的にルールメイクと法執行を同時進行的に実行していかなければならない先端分野に至り、「法」の壁の厚さを超えられないでいる。明治の法典編纂時代は不平等条約の撤廃、戦後改革はGHQという外圧があって対応せざるを得なかったが、ここへ来て、かつてのような外圧なしで自力でもっとも複雑な問題に対応できずにいる。その辺を、こうした分野で失敗の経験を重ね、こうした分野でも対応できる制度を構築してきた先進諸国は、制度的な対応ができていないにも関わらず最先端の金融技術や大規模公開株式会社を運営しようとしている日本の弱点を熟知している。富国強「兵」、富国強「財」に次ぐ、富国強「法」こそが近代国家日本が乗り越えなくてはならない最大の壁といえる。

――日本では法制度の運用が甘い…。
 上村 東芝(6502)の経営陣も結局は逮捕に至らなかった。日本の検察には起訴したら必ず勝たなければならないという主義がはびこるため、有価証券報告書の虚偽記載や税法、外為法違反など、立証しやすいものばかりを立件してきた。金融・資本市場や大規模公開株式会社の世界では、大胆な法運用を行って判例法を形成していく責任が検察にはあるのだが、そうした努力を怠ってきた。ゴーン氏の逮捕時は18年6月の司法取引導入後であった点では東芝事件と異なっている。これまでの日本のこの分野の制度運用を見てきたゴーン氏らは、日本では何をしても大丈夫だと思っていた可能性が高い。あるいはゴーン氏がそれを知らなくても、彼を取り巻く専門家やコンサルの甘い認識を信じたかもしれない。しかし、18年6月の司法取引制度の施行で悪質な実質犯の立件もしやすくなった。検察はこれまで虚偽記載などの形式犯ばかり立件していたが、今回は材料が揃い、慣れない実質犯の証明をしなければならなくなった。これで敗訴するようだと態勢の立て直しに相当の時間を要することになるだろう。

――日本の金融資本市場ではルール制定が遅れている…。
 上村 株式会社の歴史は、相場操縦やインサイダー取引、詐欺的な資金集めの歴史だ。日本人が歴史に学ばず、ナイーブな性善説的な発想をとるようでは、先進諸国の美味しい餌食となる。マックス・ウェーバーは100年以上前に、著書「取引所」のなかで、強い市場を獲得するための諸国間の競争は経済の覇権を巡る戦争だと述べた。高速取引を始め、様々な取引手法が過剰なほどに発達した今も、それは変わらない。一流国家の経済規模をはるかに超える売り上げや資金規模を有する企業やファンド間のグローバルな競争は、グローバルなルールも規範意識の共有もないままに、剥き出しの覇権争いを演じている。こうした状況に対して、対抗する手段は国家利益の強調や保護主義の強調しかないかに見える。日本は、こうした厳しい状況認識を深く認識し、法制度の根幹の再構築を柱とした国家戦略をこそ打ち立てていく必要がある。

――日本イスラエル商工会議所について…。
塚本 日本イスラエル商工会議所はもともと三井物産の藤原宣夫氏が創設したのだが、彼がお亡くなりになり、その後任として私が就任した。私自身はJETROの副理事長を5年程勤めており、イスラエルにはこれまでに2回行ったことがある。日本企業による対イスラエル投資はこの4年間で120倍にまで増えていて、すでに日本企業約70社がイスラエルに拠点を持ち、医薬、製造、サイバー、エネルギー、半導体、農業など様々な分野で業務提携が進んでいる。国としてもイスラエルとのネットワークには力を入れており、経済産業省や日本商工会議所、JETRO、NEDOなどが協力して日本イスラエルイノベーションネットワークを築いている。イスラエルが強みを持っているのは半導体やサイバーセキュリティ―、フィンテックなどが定番だが、最近では製薬や医療機器、バーチャルリアリティー、脳科学、デジタルヘルス、ハイテク農業といった分野も注目されており、その関係強化のために世耕経産大臣は2度ほどイスラエルを訪問されている。イスラエル人には「フッパ(図々しさ)」という精神が根本に宿っている。これは、一度失敗してもまたチャレンジすればよい、リスクを取ってイノベーションを起こそうというイスラエル人がもつ精神であり、日本人が最も弱いとされる部分だ。もちろん、日本人もそういった精神はあるのかもしれないが、それ以上に「忖度する」という精神がありすぎて、自分自身をあまり表に出さない。もっと出せばいいのにとも思うが、例えば、イスラエル人は感情をむき出しにして対立することを恐れないが、日本人は感情を隠して対立を避ける。また、イスラエルはゼロから一を作り出すことが得意で、それ以上のものをシステマティックに根気強く作ることはあまり得意ではないが、日本は生産のメカニズムに乗せて、一から百を作り出すことを最も得意とするなど、真反対にある。こうしたイスラエル企業が日本の企業と手を組めば素晴らしい方向に進んでいくのではないか。お互いに得意分野が違う事を生かせば、きっと良きパートナーになりwin―winの関係を築けるものと信じている。

――独立の精神だけでは起業しても科学立国にはなれない。イスラエル国家の仕組みは…。
塚本 最近イスラエルでは「エコシステム」という言葉が良く使われている。企業を育てていく環境も「イノベーションエコシステム」として、投資家・起業家、大学・研究機関、政府、国防軍が手を組んで起業家精神を奨励する文化を作り上げ、多国籍企業に高度な技術や優秀な人材を輩出している。イスラエル国内で起業した新興企業は年間約6000社。そういった新興企業を育てていくベンチャーキャピタルファンドが約180。そしてインキュベーターと呼ばれる研究組織が22程度。さらに米国の有名企業などが保有する多国籍研究開発センターがイスラエル国内に350もある。その他、大学も医療関係も大きな役割を果たしながらイスラエルの新興企業のエコシステムが成り立っている。日本でも30年前ほどから産学連携やテクノポリスといった形でこのようなシステムを取り入れてはいるのだが、なかなか注目を浴びるほどの芽が出ていない。一方で、イスラエルでは着実に一定の発展を遂げている。

――イスラエルには男女ともに兵役制度があると聞く。そういったことも国家の強みと関係あるのか…。
塚本 兵役期間の違いはあるが男女ともに徴兵制度があり、それがイノベーションにも活かされているように感じる。例えば、徴兵されている間に安全保障に対する感覚も磨かれてくるし、非常に優秀な人物は国防軍のセキュリティ関連に配属されて、その環境で育った人たちが民間でのセキュリティイノベーションの担い手になっている。イスラエルはシオニズム運動によるユダヤ人国家であるため基本的にユダヤ人が多く、家庭では子供に対する教育を一番重視しているのが特徴だ。そのため、アインシュタインを始めノーベル賞を受賞するほどの非常に優秀な人物が多い。また、米国でロビー活動に一番力を入れているのも米国在住のユダヤ人だ。イスラエル国民は820万人と日本の人口の10分の1程度だが、その少ない人数で一生懸命頑張り、ハイテクノロジーという分野で世界から注目される存在になっている。

――最近注目されている分野にハイテク農業もあると聞くが、そもそもイスラエルには農業に適した土地があるのか…。
塚本 慢性的な水不足とともに生活してきたイスラエルは、現在、少量の水で農作物が育つような技術を開発している。確かに国土は乾燥しているが、井戸を掘り、そこから水をくみ上げて利用するなど、イスラエルのキブツ(集産主義的共同組合)が先頭に立って農業も行っている。私は一年半前の当会議所企画のツアーで酪農の技術を見に行ったのだが、水が少ない中でも血統の良い優秀な牛をきちんと管理し、非常に効率よく育てている。荒れた土地だからこそイノベーションが必要で、そこに新しさが生まれるということだ。

――これからのイスラエル企業の一押し分野は…。
塚本 現在、日本では超高齢化社会を迎えているが、高齢になると健康が大事になる。出来るだけコストをかけずに健康を維持していくという点で、ジェネリック医薬品や、事前予防に役立つデジタルヘルス分野などには大きなニーズがあるのではないか。また、ハイテク分野でセンサーを使いながらAIやロボットを駆使していくといった事に関しては、日本の強みとイスラエルの強みをうまくマッチさせることが出来ると思う。さらにサイバーセキュリティも欠かせない。金融もまさにそうだ。こういった分野でイスラエルの技術を使っていくことはこれから非常に大事だと考えている。

――イスラエルのスタートアップ企業に投資するには具体的にどうしたらよいのか…。
塚本 先ずは現地に行くことだろう。日本人はイスラエルに対して二つの先入観を持っていると思う。一つはアラブと敵対しているためイスラエルとあまり仲良くしては自分の会社がアラブから切られてしまうという「アラブボイコット」。実際には今、こういったことはほぼ解消しているのだが、まだそういう意識が日本人の中にあってイスラエルとの付き合いを慎重に考える人もいる。もう一つは、テロが多発している危険な国だという意識だ。確かにテロが全くないとは言わないが、それは極々限られた地域で起こっていることであり、イスラエルの最大の商業都市であるテルアビブは海岸沿いで気候も良く快適だ。そういったことも実際に行ってみればわかる。また、最近では東京ビッグサイトや幕張などで行われる展示会やイベントにイスラエルの会社がたくさん来ていて、そこで企業のプレゼンテーションなどを行っているため、イスラエルに行かなくても割と新しいベンチャー企業のプレゼンを見ることが出来る。そこで気に入った企業があればアプローチしてマッチングしていけばよい。イノベーションには初期段階のイノベーションと、ある程度成果を出してさらに上を目指すためのイノベーションがあるが、初期段階での投資は一緒に開発してくというスタンスなので、日本側がお金だけではなく技術も提供できるというプレゼンの仕方でなければイスラエル側の興味を引くことは出来ないと思う。実際には、日本の場合はある程度成果が明確になった状態で企業を買収することが多い。その分金額も高くなるため、もう少し早い段階で色々と手をつけておくと後々の密な協力関係につながると思うのだが、失敗する可能性などを考えるとその辺りの見極めは難しいようだ。

――イスラエルの人々と上手に付き合っていく秘訣のようなものはあるのか…。
塚本 イスラエルの人に限ったことではないが、外国の人と付き合う上で一番大事なのは、人間としてお互いに心を開き正直に話すという事だ。また、どこかに共感を持つということも大事だと思う。私の場合は映画が好きなので、そういったところで話が盛り上がったり、ヨーロッパではオペラの話などでも共感できると思う。その人の人間性がビジネスにもつながっていく、そういう形で私は今まで外国の人たちと付き合ってきた。先日はイスラエル建国70周年記念として、東京初台のオペラシティで、イスラエルの歌姫らRITAさんと日本のEXILEのATSUSHIさんが一緒に音楽のコラボレーションをしていた。そういった文化交流などもあり、日本とイスラエルの往来も昔に比べてずいぶん増えてきているのだが、残念なことに日本からテルアビブへの直行便はない。一旦ヨーロッパに入ってからイスラエルに向かったり、或いは、韓国にはイスラエルへの直行便があるため、韓国仁川で乗り換えるなどしてイスラエルに行っている状態だ。こういった仕事に携わる私としては、日本からイスラエルへの直行便が出来ることを切に願っている。(了)

――米中覇権争いが深まりを見せる中で、日本の立場は…。
大野 米国は中国が発展を遂げれば次第に真っ当な民主主義になると期待していたのだろうが、データ産業の取り扱いやサイバー上の問題は後を絶たず、昨年に至っては習近平自身が国家主席としての任期をなくして永遠の王朝にしてしまった。中国人でさえ自国の政府に対しておかしいと感じていると聞く。そんな中で、トランプ大統領は一定の米国製品購入等、狭義の貿易摩擦だけでの決着には満足しないであろう。もはや米国は中国に対し、国家を上げて対峙していく必要があると考えていると思う。日本がプラザ合意で大幅譲歩した際と同様に、データ産業や貿易ルールといった部分でも中国を従わせなければならないと考えているのではないか。もちろん米国もそこで返り血を浴びることになり、米国に左右されている日本経済も影響を受けざるを得ない。日本の今の与党がどこであろうが、誰が総理大臣であろうが、政府の経済政策よりも何よりも米国経済の上げ下げがはるかに大きな影響を日本に及ぼしている。これは紛れもない事実だ。

――米国経済の低迷を念頭に、日本はその対応策を考えなくてはならない…。
大野 トランプ政権の特徴である「貿易保護主義政策」や「米国ファースト」は補助金を出して国内でお金を回すというやり方で、米国は昔の双子の赤字状態に向かっている。そして、その明らかな国内問題まで中国のせいにしている。これはもともと日本が中国に対しておかしいと考えていたこととは違うのだが、今の日本は中国と米国の間におかれた位置からもはや抜け出せない状況にある。だからといって日本が何かアイデアを出して新しいルールを作るかと言えば、欧州や他のアジアの国々からもその期待はなく、それよりも今のルールをどれだけ維持するかという役割を世界は望んでいると思う。いずれにしても中国と米国の双方のやり方がおかしいのに、その2つの国を一度に相手にすることなど出来ず、2国に対しては個別に撃破するしかない。例えば、グローバルな視点で見ても理解することが難しい中国に対しては、より大きな枠組みの中で日本が旗振り役となってデータの問題などを解決していく。米国がそれについてくるかは問題だが、トランプ大統領は選挙にとってどれだけプラスになるかが全てであるため、その部分を満足させて引っ張り出すしかない。具体的には「F35機を147機も買ってくれてありがとう」と言ってもらった時のように、次は小麦を買うといった具合に(笑)。

――日本企業は、今、米国か中国かの二者択一を迫られているとも聞くが…。
大野 例えば、米国が昨年11月にJCPOA(イラン核問題に関する正式合意)を脱退してイランに制裁を課すと宣言した時、中国はその後イランと石油取引をしていない。しかし、その前月の10月までの段階で4か月分ほどの原油を購入していたと言われている。私は、このようにタイミングを見ながら上手くやっていくことは非常に大事だと思う。米国が中国に対して本気で制裁をかけるのかどうかも定かではない。米国だけでなくフランスやイギリスなども、サウジアラビアへの制裁が議論された時、表では厳しいことを言いながら裏では取引をしていた。日本も頑なに真面目さを貫くより、タイミングを見ながら個別に対応していく方法を身につけたほうが良いのではないか。特にトランプ大統領の下ではその方が良いと思う。

――政治面では日本に対する韓国の行動も目に余る状況だ…。
大野 韓国は、今、国民感情が高まっているのだと思う。そして、国内に迎合するというのが韓国政治家のやり方だ。その感情を抑えることが出来ないのは、日本が韓国と合意に至った後のチェックを怠ったからだ。慰安婦財団に渡した10億円も、実際には慰安婦像の移動はなされず、また当事者への給付ではなく一部財団の運営費に使われていたが、自分が国会で指摘しても政府は韓国政府が誠実に合意することを信じているとだけ述べて働きかけをしなかった。こういったことを再び起こさないようにするために、合意して安心するのではなく、その後もきめ細かくプレッシャーを与え続けることが必要だ。もちろん、そういったこともすべて米朝首脳会談の進捗状況を見ながら行わなければならない。何事もタイミングを図ることは重要だ。

――安倍政権の外交について…。
大野 安倍政権になって首脳の外遊の回数も増え、一生懸命やっていらっしゃることは率直に評価したい。私が筆頭理事を務める外交防衛委員会や衆議院の外務委員会でも、外務大臣や総理の外遊について一度も止めたことはない。それほど外交は重要だと認識しているからだ。ただ、やり方は稚拙だ。例えばロシアのケースでは結局2島譲渡にしか見えないし、2016年11月にロシアが国後島と択捉島に配備した超音速地対艦ミサイル「バル」と「バスチオン」についても、日本政府は未だに一度も撤収を求めていない。ロシア側は日米協定に基づいて北方領土に米軍を駐留させることは駄目だというが、撤退を求めてハードルを上げておけばそれが交渉材料となるし、求めなければ日本はロシアの実効支配を認めるという誤ったメッセージを与えることになる。ロシアのような国に対する交渉の姿勢が間違っている。安倍総理御自身はプーチン大統領をとても良い友人だとお考えなのかもしれないが、外交における友好関係とはお互いに利用価値があると思うからこそ成立するものであり、自国の国益を譲り渡して国民に非難されてまで個人的友好関係を貫く元首など、どの国にもいない。外交はすべて国益だ。そして、国益であるがゆえに、仮に政権が変わったとしても、党によって外交方針をころころ変えるような国であってはいけない。

――中国、朝鮮、韓国など近隣諸国との関係を見据えて、日本はそろそろ自国で核兵器を持つべきという意見もあるが…。
大野 トランプ大統領が日本と韓国に対して核武装を認める考えを持っているという話も聞こえてくる。自国の事は自国で守れということなのだろう。ただ、世界で唯一米国だけが持ついわゆる前方照射能力は、日本や欧州やバーレーンなどの米軍を受け入れる国の協力があって初めて成り立つ戦略であることをトランプ大統領には理解してもらいたい。日本のつがる市車力町や京都府京丹後市にXバンドレーダーを置いているのも米国のためであり、これなしでは米国はICBMから自国を守れない。また、北朝鮮は、通常兵器だけで戦えばどの隣国と戦っても負けるほど弱い。だからこそ核とミサイルに力を入れているのだが、抑止の対象とならず、下手をするとテロリストのように自爆しても仕方ないと考えて抑止が効かない可能性があるのが怖い。核抑止というものは「こちらが撃てば相手も撃つ。そして打った瞬間にお互い全滅する」というお互いの共通理解のもとに生まれるのだが、自爆する人に抑止力は効かない。だから、脅したり賺したりしてうまく付き合っていくしかない。難しいのは中国の扱いだ。つい最近までの中国は核を撃つ能力を米国の力によって無力化させられるほど弱かったのだが、最近は米中戦争が起こったとしても一部残存する状況があり、こういった過渡期が一番危険で難しい。日本がすべきことは、中国の軍艦を日本列島から太平洋側に超えさせない事だ。中国の軍艦の性能は非常に高くなっているが、燃費は悪い。日本列島を挟む海峡をしっかりと抑えることが一番重要であり、それが出来なければ中国の残存能力はどんどん増えていくだろう。せめて中国の高齢化がピークを迎える2035年まで抑えこめられれば何とかなる。安倍政権も、AAV7のように役に立たない兵器を米国から大量に購入するよりも、中国の軍艦を日本海峡から出さず、南シナ海で起こったことを東シナ海で起こさせないことに最善を尽くすべきだ。最後に、我々日本人はこれまで世界秩序の擁護者だった米国が、自国の利益のために、日本との関係のみならず世界秩序さえも壊そうとする時代に入ったという認識を持っていなくてはならない。そして一つ確実に言えるのは、一国だけでは自国を守ることなど出来ないという事だ。そこは、きちんとトランプ大統領に話をしていく必要があると思う。(了)

――日産自動車(7201)のゴーン前会長逮捕をどう見るか…。

上村 ゴーン氏らは日本の法制度を甘く見ていた可能性が高い。今回の逮捕の具体的な問題以前の日本の法に関する課題について考える必要がある。非西欧国家日本は軍事力や経済力では西欧に比肩するところまでいく。法律や規範といった面でも、六法や司法制度、検察制度などは明治の先人が一生懸命学んで、そこそこのものを作ってきた。しかも、外国語をほぼすべて自国語(日本語)にして法律学が成りたっている例外的な国だ。しかし、西欧が必ず失敗してきた大規模株式会社、金融・資本市場法制という最大の難物を前にして完全に挫折している。欧州ではローマ法や啓蒙思想、市民革命を経て、法がもっとも西欧的な文化の基礎をなしている。しかも制定法などの文章で表現されていない規範意識が法を形成している部分が大きいため、これを乗り越えることは容易なことではない。英国に憲法典はないが、実質的な憲法はある。自主規制にも制定法並みの権威がある。生き馬の目を抜くような世界である金融・資本市場や証券市場と一体の公開株式会社法のように、日々連続的にルールメイクと法執行を同時進行的に実行していかなければならない先端分野に至り、「法」の壁の厚さを超えられないでいる。明治の法典編纂時代は不平等条約の撤廃、戦後改革はGHQという外圧があって対応せざるを得なかったが、ここへ来て、かつてのような外圧なしで自力でもっとも複雑な問題に対応できずにいる。その辺を、こうした分野で失敗の経験を重ね、こうした分野でも対応できる制度を構築してきた先進諸国は、制度的な対応ができていないにも関わらず最先端の金融技術や大規模公開株式会社を運営しようとしている日本の弱点を熟知している。富国強「兵」、富国強「財」に次ぐ、富国強「法」こそが近代国家日本が乗り越えなくてはならない最大の壁といえる。

――日本では法制度の運用が甘い…。

上村 東芝(6502)の経営陣も結局は逮捕に至らなかった。日本の検察には起訴したら必ず勝たなければならないという主義がはびこるため、有価証券報告書の虚偽記載や税法、外為法違反など、立証しやすいものばかりを立件してきた。金融・資本市場や大規模公開株式会社の世界では、大胆な法運用を行って判例法を形成していく責任が検察にはあるのだが、そうした努力を怠ってきた。ゴーン氏の逮捕時は18年6月の司法取引導入後であった点では東芝事件と異なっている。これまでの日本のこの分野の制度運用を見てきたゴーン氏らは、日本では何をしても大丈夫だと思っていた可能性が高い。あるいはゴーン氏がそれを知らなくても、彼を取り巻く専門家やコンサルの甘い認識を信じたかもしれない。しかし、18年6月の司法取引制度の施行で悪質な実質犯の立件もしやすくなった。検察はこれまで虚偽記載などの形式犯ばかり立件していたが、今回は材料が揃い、慣れない実質犯の証明をしなければならなくなった。これで敗訴するようだと態勢の立て直しに相当の時間を要することになるだろう。

――日本の金融資本市場ではルール制定が遅れている…。

上村 株式会社の歴史は、相場操縦やインサイダー取引、詐欺的な資金集めの歴史だ。日本人が歴史に学ばず、ナイーブな性善説的な発想をとるようでは、先進諸国の美味しい餌食となる。マックス・ウェーバーは100年以上前に、著書「取引所」のなかで、強い市場を獲得するための諸国間の競争は経済の覇権を巡る戦争だと述べた。高速取引を始め、様々な取引手法が過剰なほどに発達した今も、それは変わらない。一流国家の経済規模をはるかに超える売り上げや資金規模を有する企業やファンド間のグローバルな競争は、グローバルなルールも規範意識の共有もないままに、剥き出しの覇権争いを演じている。こうした状況に対して、対抗する手段は国家利益の強調や保護主義の強調しかないかに見える。日本は、こうした厳しい状況認識を深く認識し、法制度の根幹の再構築を柱とした国家戦略をこそ打ち立てていく必要がある。

――高速取引による市場への影響も問題だ…。

上村 東証では1万分の3秒と、光が東京から大阪を2往復するぐらいの秒数で取引が可能となっている。このような超高速取引が日本でもアメリカでも全取引のうちの大きな割合を占めている。こうした取引が形成した株価形成が公正な価格とは思えないが、基準日にたまたま株を保有していると議決権を有し、その企業を取り巻く人間達のあり方を支配できることに何らの正当性の根拠はない。そうした取引の瞬間に議決権などまったく意識もされない以上、それは株式とも株主とも言ってはならない。昭和13年商法は、定款で普通株主でも株主になってから6カ月間は議決権行使ができないという規定を設けることができるとされていた。今からでもそうした制度を急いで導入すべきだと思う。

――海外では法制度が整っている…。

上村 フランスでは、2年以上株式を保有していると議決権が2倍になる制度がある。例えば、ルノーの株式は政府が15%、個人株主が65%保有しており、これらの大半は議決権が2倍になっているはずだ。ヘッジファンドが保有する比率が低いのは、2年以上保有していたのでは売却機会を失い、運用責任を全うできないためで、ファンドでは議決権が1倍であることを覚悟しないと株主になれない。結果的に、支配権の面では普通株主に劣後することになるが、これは正しいあり方とみるべきだろう。1871年にフランス革命の国民会議で制定したル=シャプリエ法では団体結社を禁止し、国家と個人以外の中間団体を否定したが、こうした発想はフランス革命以来の伝統として今も生きているようで、ルノーの株主構成にはそうした発想が生きているように思われる。

――日本も速くフランスに学ぶべきだ…。

上村 ルノーの株主構成は国家と個人から成るという明快な規範意識を背景としている。これに対して、例えば東芝や武田薬品工業(4502)の株主を見ると、ファンドばかりが集まっている。ルノーに較べるとそこには人間の匂いのしないファンドに日本企業が蹂躙されている姿しか見えない。株主総会と呼ぶに値するものであるか自体を問題にすべきだろう。東芝は17年12月、多くのファンドが新株6000億円を引き受けたことで上場廃止を回避した。それが18年11月と、舌の根も乾かぬうちに上限7000億円の自社株買いを発表した。つまり、ファンドが出資した後に自社株買いをして、ファンドに利益を提供したことになる。これは新株引き受け段階での談合とみる余地すらある。上場廃止を免れたものの、東証からすればだまされたようなものだ。また、ゴーン氏が日本で行ったことは工場を閉鎖し、雇用を切ることで株価を上げて業績を回復することだった。これを日本人は名経営者だと評した。これに対しフランス政府は日産自にルノーとの完全な経営統合を提案しているとされるが、これは雇用を守るためだとしている。フランスが全て良いというつもりはないが、企業法制や社会規範に対するフランスと、日本との違い、格調の違いを思わざるを得ない。

――過度なROE重視は企業経営にマイナスだ…。

上村 いわゆる「伊藤レポート」では、企業が達成すべきROEの目標水準を8%と提唱した。ROE8%を達成しない経営者は無能だというような位置付けだ。俺にカネ寄こせ株主にとってこんなに嬉しい話はない。しかし、企業の業績が悪化した場合、減損処理や在庫処理等の負の遺産の処理を早めに断行しようとする真っ当な経営をすればROEは低下し、それを行った経営者の業績対応報酬はゼロにもなりうる。ROE8%を求める基準からするとだめな経営者となるが、自分の報酬が大幅に減少することを覚悟して負の遺産処理を断行する経営者ほど無能だと言っているに等しい。マイナス10をゼロにすることはプラス10だと評価できるガバナンスでなければならないところ、経営者の評価を数字や外形で評価する発想はガバナンスが機能していないことを自白するような姿勢だ。組合も企業もすべてもともと、共同の事業を行うための集まりだ。共同で行う事業の目的は定款に明記されており、この目的の達成はもっとも重い価値である。会社の経営目的の確実な達成を放棄して、俺にカネ寄こせ株主に奉仕する姿勢が正当なものであるはずがない。経営目的を達成しようと努める会社を正しく評価する証券市場があり、そうした立派な会社の株式を購入していた株主が報われることはきわめて正しい。しかし、経営目的の達成というプロセスを無視して、だめな会社の株式を購入していようとそうでなかろうと、常に株主のために経営すべきというような主張には一点の正当性もない。

――ROE重視はサステナビリティに欠ける…。

上村 日本企業の非効率さを指摘する意見もあるが、株主に分配するためだけの利益なら、むしろ従業員に報い、顧客に報いる方がずっとましだ。会社が目的を達成するために必要な費用を払い、需要者である国民が商品やサービスを享受する。これにより企業の収益が上がるというのが当然の形だ。日本は世界で最も老舗企業が多い国だ。1000年以上続く企業もあり、500年企業も相当数存在する。100~200年企業は無数に存在する。日本は世界に冠たる持続可能性(サステナビリティ)先進国であることを誇るべきだろう。

――浜松市では早い段階から外国人労働者の受け入れを行っていた…。

鈴木 昨年12月に外国人の受入れを図ることを目的に入管法が改正されたが、外国人の受入れという観点から、それに匹敵する改正が1990年に行われた。それは、日本のバブル期で、労働力が不足しているという経済界からの要請を受けたものだった。特に、当時は国内生産していた自動車メーカーなどからの需要が多くあり、日系人の「定住者」という在留資格により来日が可能となったため、自動車産業のメッカである浜松市には大量の日系ブラジル人などが入ってきた。1988年に28人しかいなかったブラジル人は1990年を境に一気に増え、2008年には約2万人となった。そして現在は、浜松市の全体人口80万人のうち外国人が約2.4万人となっている。言葉も文化も生活習慣も違う中で小さなトラブルはもちろんのこと、社会保険未加入者や、いつの間にかいなくなっているような人たちもいた。最初の頃は、今のような住民基本台帳への記録もない中で市としての管理も出来ないでいた。国としては、最初はとにかく短期の出稼ぎをしてもらおうと考えていた訳だが、日系人で定住できる人たちはブラジルに帰ることもなく、結局数年後には家族を呼び寄せた。そうすると、子供の教育や色々な課題も山積してくる。それに我々は一つ一つ対処してきたという歴史があって、今の浜松市になっている。

――今後、全国の自治体も同じように外国人労働者を受け入れて、その対応を迫られることになると思うが、過去の歴史を振り返って、外国人の受け入れを成功させる秘訣とは…。

鈴木 これは行政だけでなく市全体で取り組んでいくべきことであり、その中で核となる組織は絶対的に必要だ。例えば、浜松市には「多文化共生センター」という日本の言葉も文化もわからない外国人がワンストップで利用できる窓口がある。そこでは各種相談に応じたり、色々な情報を提供したり、法律相談やメンタル面でのカウンセリングも行っている。また、日本語教育を行う「外国人学習センター」も欠かせない。浜松市はブラジル人の割合が多いため、外国人支援者にポルトガル語を学んでもらう講座も行っている。外国人学習支援センターは、浜松市が合併した時の旧町役場の庁舎を活用しており、施設の運営にはボランティアの方たちにご協力いただいている。外国人受け入れにおいて、何より大事で一番大変なのは、子供の教育だ。公立学校で言葉の分からない子供に対して特別に行うケアだったり、外国人学校への支援だったり、かなりきめ細かい支援を行っている。

――こういった活動への市の予算はどのくらいなのか…。

鈴木 多文化共生センターや外国人学習支援センターの施設運営だけでも約1億円の予算を使っている。このほか、教育をはじめ通訳の配置や様々なサポートの実施等に必要な財政措置をしている。2001年からは浜松市が提唱して毎年外国人集住都市会議を開催している。これは、豊田、豊橋、鈴鹿など浜松市と同じように急激に外国人が増え、同じような悩みを持つ自治体同士がお互いの情報を交換したり、国に対する政策提言を行う場だ。私は国会議員の経験もあるから言えるのだが、国会議員は現場の細かいことや具体的なことはよくわからないことがある。市長となって現場を抱えると色々なことがわかってくる。だからこそ自治体の長はその問題点をきちんと国会議員に伝えなければならない。実際にこういった取り組みを続けてきたことで、内閣府には定住外国人施策推進室が創設されたり、外国人を含めた住民基本台帳制度が出来たりと、一定の成果は上げていると思う。

――外国人受け入れで一番大事なのは、子供の教育…。

鈴木 日本人の子供は義務教育を受けさせなくてはならないという決まりがあるが、外国人の子供たちは、教育を受ける権利はあっても義務はない。そうなると、生活に窮している親は子供の教育が後回しになり、子供は公立学校にも外国人学校にも行かなくなる。子供の将来が非常に心配になる。そうならないように、浜松市では居住実態と学校にある名簿を突き合わせて調べ上げ、就学に結び付ける不就学をゼロにする取り組みを行っている。一方、外国人受け入れ約30年の歴史の中で第2世代、第3世代の人たちが育ってきているため、今まで支援される側にいた人達が、今度は自分たちの後輩のために支援する側に回っているというような好循環も見られる。言えることは、外国人労働者は必ず定住するということだ。そして、今回の政策が結局のところ移民受け入れになると考えるならば、社会統合政策が必要になる。生活していくうえで必要となるあらゆることをきちんと整えて受け入れをしなければ、大変な混乱を招くことになるだろう。

――今、国で議論していることは浜松市で既に通ってきた道…。

鈴木 今まで外国人労働者の受け入れは特定地域の問題として国では対応していなかったが、今度は国として受け入れを宣言した。新設される在留資格「特定技能」は1号と2号に区別しているが、結局1号だけで済むはずはない。1号認定で入国して5年働き、せっかく仕事を覚えて戦力になった人材を企業は手放すだろうか。企業は使える人材であればもっといてほしいと願い、外国人労働者はそこで2号に変更して家族も呼び寄せ、定住する。実際に浜松市には約2万4千人の外国人がいて、その8割が長期滞在可能な在留資格を持っている。つまりそれは移民であり、日本はすでに移民国家になっている。今回、法務省の管轄下で出入国在留管理庁が創設されてそこで社会統合も受け持つことになっているが、やはり内閣府に「外国人庁」のような省庁横断的な組織を作るべきだというのが私の昔からの考えだ。いずれにしても日本は外国人を受け入れざるを得ない。今後、海外との障壁を排除して経済活動を一体化していくとなると人も動くことになるからだ。そして、そこで必要となるのは、国と自治体の役割を明確化することだ。国は制度を整備して財源措置を行い、自治体はその支援を受けて現場で取り組む。浜松市くらいの規模ならば色々なことが出来るが、例えば人口1万人以下の自治体で同じように手厚いことを行うのは難しい。そういう意味で言えば、県の役割も大事だと思う。教育にしても、浜松市は政令指定都市であるため教職員の配置や給与負担も市が行っているが、政令指定都市でない場合は外国人のための支援方法なども殆ど県が決定権を持っているからだ。そういったことを考えると外国人労働者の受け入れは小さな市町村では非常に難しいだろう。

――海外では自治体における外国人の割合が10%を超えてくると色々な問題が起こってくるというが、人口比率でみて何%くらいが適当だと思うか…。

鈴木 浜松市は現在3%くらいだが、あまり人口比率は関係なく、一気に外国人が入ってくることが問題だと思う。その点、日本の場合は島国であるため大量に移民が流入してきて治安が乱れることはない。計画的に入ってくれば大きな問題はないと思う。浜松市も市町村が合併する前は人口60万人に対して外国人約2万5千人と4%を超えることもあったが、犯罪発生率は政令都市の中で最低レベルとなっている。外国人がいると治安が乱れるというようなことはない。その点、要望の成果でブラジル総領事館が新設されたことも寄与しているのかもしれない。

――浜松市が魅力的な場所だったからこそ外国人も集まってきた…。

鈴木 2016年、私はフランスで毎年開催される世界民主主義フォーラムで、浜松市の多文化共生の取り組みについての講演を行い、それをきっかけに浜松市は欧州評議会が管轄するインターカルチュラル・シティのネットワークにアジアで初めて加盟した。インターカルチュラル・シティとは、外国人や移民を脅威と捉えるのではなく、そういった人たちの持つ能力や多様性を都市の発展や創造、活力に役立てるという非常にポジティブな都市政策だ。欧州評議会がこのネットワークを作り、現在130以上の都市が参加している。今後さらに外国からの人材を積極的に活用していくためにはこのような取り組みが欠かせない。浜松市にはすでに第二世代、第三世代の非常に優秀な子供がたくさん育ってきており、その子らは脅威でも何でもない。米国もIT産業を支えているのはすべて移民の子供たちであり、彼らがいなかったら米国産業はどうなっていたかわからない。日本も優秀な外国人材を入れていかないことには先が見えなくなるだろう。そういった意味では、外国人労働者を正面から受け入れることになる入管法改正は画期的であり大変評価している。あとは、受け入れた後の社会統合の部分を国がしっかりと整備していかなくてはならない。(了)

――イスラエルのファンドであるTHE YOZMA GROUPの日本での運用実績は…。

廣瀬 アジア圏では香港を中心とした東南アジア地域や中国、このほか独自に色々な欧州の会社にも出資しているが、実は日本だけ何も投資していない。この理由は単純で、日本は参入障壁が高いわりにコストパフォーマンスが合わないためだ。我々の考え方では、最大のコストは時間だ。お金は失っても取り返せばいいが、その取り返す時間が1年なのか10年なのかというところにコスパの問題がある。仮に長いタームで取り返せるとしても、投資から回収まではさまざまなプロセスがあり、日本はそのプロセス毎にクリアしなければならない法的な手続きなどにおいてかなり閉鎖的だ。他の株主との関係やその経営者の意識、質の良い投資が来ても色々な利害関係から選択できない場合があるといった問題もある。例えば、海外の有力な仮想通貨事業者が「こうした投資をするから、こういうことをやりましょう」と言っても、日本ではとりあえずブレーキがかかるといったようなことが起こる。やって初めて成果が出ることであって、海外の人間からすると、まずブレーキがかかるというのは非常に問題だ。日本人は、地政学的リスクのある新興国などの投資にはカントリーリスクがあると言うが、これは逆だ。むしろプロセスにコスト(=時間)がかかる日本にこそカントリーリスクがある。つまり、日本で投資をしていない理由を一言でまとめると、単純に「面倒くさいから」だ。

――日本は透明のように見えて、実際は不透明でわかりづらく、投資もしづらい…。

廣瀬 その通りだ。ただ物事にリスクは付きものであるため、例えばこのディールではこの部分は保護されるがこの部分は保護されない、といったような基準を明確にしたうえで、積極的にリスクを負わせていくべきだ。リスクがない投資はあり得ない。どういうリスクを負うかという部分をきちんと開示してガイドラインさえしっかりすればいい。日本のように些細なことにコストをかけ、プロセスに時間をかけるというのは非常にナンセンスだ。例えば上場審査では、3カ年の事業計画、ともすれば5カ年の事業計画、さらにKPIと審査するわけだが、そもそも3年後は今の1万円が1万円ではないかもしれず、このような審査はあまり意味のないことだ。確かに、さまざまな価値観の人が参加するマーケットである以上、一定のルールによる安定性は必要だ。とはいえ金融はダイナミックなところが重要であるため、リスクを与えてはいけないと発行体側を規制する視点だけではなく、「取らせるリスク」を定義したほうが、金商法などの運用はうまくいくのではないか。日本は非常に経済環境もマナーも整っており、保護している特許も多い。ただ内需が強すぎて、特に新産業分野については誰も世界と戦っていないという印象が強い。

――内需が強いため、企業は外に出て行かない…。

廣瀬 日本のコンビニがいくら店舗を増やしても、4万店舗になるわけではない。それなら今アップルが置かれているように、売上台数にこだわるのではなく、サービス収入をこれから増やしていく、どこかで体質転換をやるということが必要だ。アメリカの企業がわかりやすいのは、そういうリスクがあると表明し、だからこういう方針でやるのだということを明確に示すからだ。必ず、北に行くのか南に行くのかをはっきりさせる。明確にしないと、どこの基準に沿えばいいのかその都度わからなくなってしまう。日本で会社を経営している人たちは、そういった今後どう導いていくのかを説明するための大前提の経営指標や、経営方針の説明とコミットメントが弱く、数値とモデルだけにこだわる。日本は機関投資家好みしないマーケットになっていることを同じ日本人として悔しく思っており、だからこそその意識を破壊したい。スモールIPOを駆逐したいと考えているし、ミドルと言われる規模はせいぜい6000億円くらい、大型株のIPOはせめて3兆円以上からと、そういうマーケットに質を変えていかなければならない。そうしないといつまで経っても総時価総額600兆円を超えない。これは意識の問題だ。昔の日本人は理念をアウトプットしてそれを実行する強さがあったが、今の時代は知的教育に走りすぎて、秀才肌は多いものの、そういう理念を実行するほどの力がない。実行する前に妥協し、ともすれば諦めてしまう。こんなサービスを作ってこれだけユーザーを取ろう、という高次元の頭の良さでなく、低次元だからこそ高次元も凌駕し得る基幹技術やインフラになり得るサービスに投資をして、日本のそのすばらしい技術やサービスに海外も投資したくなるようなパイプラインを作りたいと考えている。

――日本の投資環境において、何か具体的な改善点は…。

廣瀬 リスクマネーはリスクマネーでしかない。例えば、アニメの製作会社が毎年100億円投資して、深夜の1クールアニメを50本作るとする。するとニッチなマーケットで何本かは当たる。当たったものが映画などになると、グッズやゲームなどアフターマーケットでブレイクし、1000億円くらいの収益になってくる。そこまでいけば、当たる確率が50分の1でも十分かつ長期的に回収できる。これがリスクマネーの使い方であり、他の事業も同じだ。マーケティングコストの名の下に広告宣伝費はかけるが、研究開発費は絞ってしまう。日本の市場は縮小傾向にあり、そのなかでマジョリティをとるというのは、先ほどのコンビニの総店舗数の話と同じで、日本の人口が3億人になることはないのだから、やはり世界で戦うしかない。世界で戦うからこそ日本が初めて正しく理解できる。その感覚を持った経営者をもっと市場に送り出さない限り日本に未来はない。私は経営者としては優秀ではないが、人の目利きをすることと、人のプラスの部分を組み合わせるのは得意だったため、それを活かすアレンジメントを行い、それなりに実績をあげることが出来た。

――たとえば日本の投資ファンドの税金を安くするといったことは…。

廣瀬 リスクマネーのコストはゼロにして当然だ。お金は社会の血液で、銀行がやっていることは血液の供給で、人間の臓器で言うと脾臓みたいなものだ。古くなった赤血球を破壊するといったような調整弁なわけだ。銀行は中央銀行に対して世の中への調整弁だと考えている。銀行は確かに自分で儲ける努力もしているが、中央銀行と異なりお金を作っているわけではない。しかしその調整弁たるライセンスと機能を果たしているから優位性はあるが、それにかまけてリスクを取らないということではいけない。とはいえ、彼らがリスクを取れるようにするには、やはり何か免罪符は必要だろう。それは例えば、リスクマネーを使うかわりにそれは全損で落ちるとか、かかる経費はすべて税金がかからないといったようなことだ。それだけすれば、富裕層も日本でどんどんエンジェル投資をしようとするのではないか。総時価総額1000兆円にしたいなら、とりあえず証券課税をゼロにするなり何かしらすべきだ。

――IPOにおいて、やりにくいポイントや目に付くところは…。

廣瀬 手順の多さだ。会計面とかコンプライアンス面とかの理論でプロセスの評価をするから、手順ばかりが増えていく。何かが起こるとまた理論でカバーしようとするから事件や事故が積み重なるほど、手順が増えていくだけだ。手順を増やしても担保できないということが、これだけ経験してもまだわからないというのは本当に浅はかだと感じる。責任のありかが明確であれば良いので、上場廃止基準は厳しくするべきだし、もっと退場するべきだ。100社上場させるなら100社退場したほうがいい。知り合いの中国人投資家は、投資してくれと言う日本の上場企業が一番怪しいと言うくらいだ。一生懸命良くない事実を隠すが、自分は日本で上場しているからというプライドが見える、と。上場をしていれば自分に価値があると思っているということ自体、ナンセンスと言わざるを得ない。

――近年では安全保障と経済が切り離せない関係になっている…。

神谷 今は安全保障の土台として経済や科学技術がますます重要になっている。日本は敢えて軍事力を抑えているため、経済や技術の力が特に大事なのだが、「失われた20年」と中国の台頭でそれが怪しくなった。そういった背景から、近年では安全保障や外交の専門家が集まって日本の今後の大戦略についての研究会を開いても、経済や科学技術に関する話から始まることが多い。また、米国は最近中国に厳しくなったが、それは安全保障面で危機を感じているだけではなく、経済力や技術力で中国に出し抜かれてしまうという危機感があるのだと思う。中国は今後の重要産業となる人工知能(AI)でも、人口が多い上に人権やプライバシーなどを全く気にしない政治体制であることから巨大な実験が可能で、結果として膨大なデータが集まる。これは脅威だ。我々は自由や人権を重んじ、リベラルで民主的な体制の方が経済的にも技術的にも成功すると思ってこれまでやってきたが、中国はそうではないのに成功しつつある。

――仮に体制間競争の中でリベラルデモクラシー側が劣るという事になると…。

神谷 現在の発展途上国が「欧米や日本側につかなくてもよい」と思えば大変なことになる。自由にしないほうが好都合と考えるリーダーは多いからだ。自由民主主義の国々が経済競争や技術競争で中国に負けるようなことが起これば、世界は中国側についてしまう。そうならないようにするために、日本も経済と技術という二つの面で何とか頑張らなくてはならない。我が国の外交安全保障の専門家達も、体制間競争の中での経済と技術の比重をもっと重く見る必要がある。そして、自由民主主義の国を中心とした、米国のリーダーシップのもとこれまで維持されてきたリベラルな秩序の本質を、中国の自己主張が強まっても維持していかなくてはならない。とはいえ、トランプ大統領にその意思や戦略があるのかどうかは疑問だ。その場その場で儲かれば良いという感じのトランプ大統領には、近づきすぎると梯子を外されるおそれもある。それは、彼のこれまでの行動からも明らかだ。

――対中国で経済に関しては一緒に進もうと考えていた国々も、巨大化すると問題が顕在化してくる…。

神谷 日本が戦後焼け野原の状態から経済大国になったことを考えると、中国だけに対して巨大になったこと自体を問題視するのは不公平だと思う。だが、日本や欧米をはじめとする自由民主主義の国々は、中国が豊かになればそれなりに民主化して国際的なルールも尊重するようになっていくだろうと考えていた。ところが10年程前からだろうか、中国は豊かになればなるほど自己主張が強まり、国際的なルールも尊重せずに力づくで自分の利益を追求するという姿勢が目立ってきた。米トランプ大統領が唱える米国ファーストに対して日本をはじめとする殆どの国が不都合だとは感じているが、中国はいわばいつでも中国ファーストで、その度合いはますます強く押し出されるようになっている。それを野放しにはできないと日本は長い間感じてきており、米欧やオーストラリアなどもそれに気づいてきた。実際に、中国の軍事費は20年以上前からほとんどの年で二桁成長し、この10年でも2倍に増えた。そして、ものすごい勢いで軍事近代化と南シナ海、東シナ海などへの海洋進出が進んでいる。

――日本の安全保障はどうあるべきか…。

神谷 リベラルなルールを基盤とした秩序、つまり米国を中心としたこれまでの秩序をいかに守るかという観点から考える必要がある。ルールを尊重するという事の意味は、「強くとも力で弱い国を圧迫して国益を増進しようとしない」ということだ。もちろん米国も随分勝手なことをしてきたが、力の大きさの割にはそれが少なかった。だが、中国に同じことを期待できるかと問われれば、それはない。少し前まで日本が中国に対して少し厳しすぎるのではないかと思っていた諸外国も、欧州はロシアのクリミア・ウクライナ問題が起きたことで「日本人が中国に対して言っていたことはこういう事か」と気付き、トランプ大統領は米国ファーストを唱える中で米国が偉大ではなくなる世界が来るかもしれないことに気が付いた。だからといって関税を引き上げるやり方はどうかと思うが、昨年10月にペンス副大統領がハドソン研究所で行った、米国の中国との対決姿勢を鮮明にした「第2の『鉄のカーテン』演説」とさえ言われるあの演説に対して殆どの自由民主主義の国々が批判しなかったのは、中国を勝手気ままに振舞わせることは良くないという点で一致していたからだろう。

――アジアの経済と安全保障を考えた場合、これまで中国は安全保障面では脅威である一方で、経済面では大きな可能性や機会を与えてくれる国として扱われていた。それが最近変わりつつある…。

神谷 ようやくみんなが「そんな風に分けることが出来るのだろうか」と気づき始めたということだ。少なくとも米国は、経済だからと割り切ることが出来なくなっていることを、トランプ政権の人たちだけでなく民主党や経済人など社会全体が認識してきている。中国の会社には多かれ少なかれ共産党がバックについているため、この国の企業と一緒に商行為を行うことが政治安全保障面に悪影響を与えかねないという事を考えざるを得ないからだ。日米や自由民主主義国の間では中国に対して、経済だから協力、安全保障だから対立、という区分は今や必ずしも適切ではないというコンセンサスが出来てきたように感じる。

――北朝鮮問題については…。

神谷 北朝鮮は核とミサイルを除けば弱小国で、抑止力も効く。北朝鮮は主義主張のためであれば自殺もしかねないと思っている人がいるようだが、この70年の歴史の中で北朝鮮は明確な自殺行為に出たことはない。それに、指導者たちのライフスタイルを見ればわかるが、自分のまわりに美女を集め、寿司職人まで雇って美食を楽しんでいるような人生の快楽を追及する人たちに対しては、脅しが効くものだ。その意味では騒ぎすぎる必要はないと思っている。とはいえ、あの国の核とミサイルの能力が高まり、東アジアや北東アジアに影響を及ぼすようになってきていることにどう対応するのかはしっかり考える必要がある。これまでこの地域の安全保障秩序は、日本が軍事力で自己抑制していれば他の国は無茶をしないという考えが、長い間土台になってきた。能力もお金もある日本が核兵器に手を出さなければ他の国々も核は持たないといったことだ。しかし、北の核武装が黙認されると韓国もということになりかねない。そうなると、もはや北東アジアではモンゴル以外は皆核を持っているという状態になり、そこで「なぜ日本だけが我慢しなければならないのか」と人々が思い始めると、日本が核を持つのは損だという立場をとっている私のような人間でさえ説得材料がなくなってくる。また、北朝鮮が米国に届く核ミサイルを完成させた時、果たして米国は日本に対する北朝鮮の暴発行為に対して報復攻撃をしてくれるのだろうか、という心配も出てくる。冷戦時代にフランスのシャルル・ド・ゴール大統領は「パリが攻撃された時に米国は自国の主要都市がやられるとわかっていて報復するのだろうか、しないだろう」と言い、米国の核の傘から脱退して自国で核兵器を持つことを決めた。トランプ大統領は、最初は北朝鮮に対して完全で不可逆的な非核化を求めていたのに、昨年のシンガポールでの首脳会談以来、先が読めなくなってきている。北朝鮮は一昨年、水爆やアメリカ全土を射程圏内に入れたミサイル、北海道上空を飛んだ中距離ミサイルなど色々な実験に成功し、かなり能力を高めている。心配な状況であることは間違いない。

――日本に対する行動がエスカレートしている韓国についてはもはや打つ手がないようにみえる。今後の周辺国とのあり方について、日本はどうすべきか…。

神谷 韓国の文大統領に関しては北朝鮮との関係改善に前のめり過ぎるところがあり、その一方で日本との関係をまったく顧みない。国際政治において「合意は拘束する」という原則があるが、それが慰安婦問題、徴用工問題と、どんどん崩れてしまっている。1990年代に日韓関係が悪くなった時は、韓国のいう事が全部正しいとは言わないが、確かに日本にも問題がなかった訳ではないと思う事もあった。しかし昨今の話は日本側にはまるで非がない中でのいいがかりとしか言いようがない。大多数の日本人がそう思っている。基本的に日韓関係は大事だと思っている私も、今は困惑するばかりだ。北朝鮮に対しては国際社会からの圧力が必要で、中国やロシアがそこから退き気味な今、韓国は日米とともに協力して重要な役割を果たさなければならないはずなのだが、韓国がこのような状態ではどうしようもない。昨年12月に出された新しい防衛大綱では、日本の安全保障環境が想定以上の速度で悪化している旨を言明しており、かなり注目を浴びていたが、その後レーダー照射問題という思いもかけぬことが起こってさらに事態は悪化したと言わざるを得ない。もちろん日韓関係が素晴らしく良くなると予想していた人は誰もいなかったが、そうは言っても最低限の協調をしていくべきだと思っていた。だが、それすらも出来なくなってきている。日韓関係を改めて見直し、新たな対応を考えなければいけないだろう。(了)

――JTCホールディングスについて…。

田中 当社は日本トラスティ・サービス信託銀行(JTSB)と資産管理サービス信託銀行(TCSB)を統合するために昨年10月1日に設立した金融持株会社だ。規模の利益を生かしながらサービスの品質を向上させ、日本の資産運用のマーケットのために貢献していくというコンセプトで発足した。グループ全体の預り資産は約700兆円。この額は日本最大で、世界でも8番目に大きい資産管理信託銀行だ。当社子会社のJTSBとTCSB、同業他社で三菱系の日本マスタートラスト信託銀行の預かり資産残高を合わせると、日本には現在約1,000兆円強のマーケットがあるが、その7割近くを当社グループが占めていることを勘案すると、JTSBとTCSBも民間の株式会社ではあるが、私どもが担う有価証券の保管・決済の業務は社会インフラ的な側面が大きい。本店とシステムセンターを含む従業員数は2,000人を超える。バックアップのセンターやシステムなど、被災時の対応にも万全な態勢を整えていかなければならない。

――700兆円の内訳は…。

田中 JTSBはもともと住友信託銀行、三井信託銀行、中央信託銀行、りそな銀行という4つの銀行が行っている信託ビジネスの資産管理部門だったため、信託財産のウェイトが約9割と非常に高い。一方、TCSBはもともとは安田信託銀行の資産管理部門を出発点としており、信託財産のウェイトは約4割弱とJTSBに比べて小さいが、生命保険会社からの包括的な事務のアウトソーシング業務や地銀等からの常任代理人業務のウェイトが大きく、2社それぞれの強みを生かすことができ、相互補完関係はとても良い。バブル崩壊後の90年代初め、信託銀行の経営が悪化し始めた頃、私は日本銀行の営業局で信託担当だったのだが、その頃から「このビジネスは統合した方が良いのではないか」ということを言っていた。当時はまだそのような雰囲気ではなかったが、ようやく2000年の大手行再編の中で資産管理分野の合弁事業化も始まり、当社と両子会社が統合されると、資産管理専門の邦銀の大手信託銀行は、統合後の新銀行と日本マスタートラスト信託銀行との2行のみになる。

――フィンテックとの関わり方については…。

田中 当社が担う資産管理ビジネスは銀行や生命保険会社等が顧客であり、いわばBtoBビジネスだ。一方でフィンテックは、主に個人顧客を主体としたBtoCビジネスで活用されている。現時点でフィンテックの技術が我々のビジネスの在り方に直接大きな影響を及ぼすことはないと思っている。もちろん日進月歩で技術が進んでいく現在、有価証券取引の情報の流れがどのように変わってくのか見通すのは難しい。常に新しい技術の動向には関心を持ち、インターナショナルな世の中の流れには遅れをとらないよう努めている。証券決済のプロセスの中にブロックチェーンを取り入れるなどトライアル的な取り組みも行われているようだが、私は、それらはまだ実務に耐えられるような確固としたものにはなっていないと思っている。そもそもビットコインプロトコルとビットコインコアを作ったサトシ・ナカモトは「信頼できる第三者が存在しない世界で通貨を使うことが出来るシステムを作りたい」とその出発点を語っていたが、証券決済には証券という権利の実体があり、それを誰かがしっかりと管理している。信頼できる第三者の存在を前提とした我々の業務とはスタート地点から違っており、わざわざブロックチェーンを取り入れる必要性は今のところ感じていない。ビットコインは価値が流通している訳ではなく、ビットコインというネットワークに存在するある種の情報に人々が価値を認めているだけだ。ビットコインは誰も認めなければ何の意味も無い記号のやり取りの世界と言えるが、我々が行っているビジネスは国債や債券という実際の権利を持つ価値物をどうオペレーションするかという事であり、やっていることが全く違う。

――今後、注力していくことは…。

田中 JTCホールディングスには現在JTSBとTCSBの2つの会社がぶら下がっている。最終形はこの持株会社と2つの子会社の全てを一緒にすることだが、そこにたどり着くまでにはいくつかのマイルストーンがある。先ずは器を一つに(銀行統合)して、その中に二つの違う事務・システムが存在する状況を作る。今がまさにそれを目指して作業している段階だ。その後これら2つの会社の業務を完全に統合した時に、いかに効率的で競争力のある形に仕上げていくか、それを現在議論しているところだ。銀行統合の時期は2021年頃を目標に掲げているが、先述のようにこの会社は社会的公器という側面もあり、安全・確実にプロセスを進めていく必要がある。一方で時間をかけ過ぎてしまっては折角のビジネスチャンスを逃すことにもなりかねないため、安全・確実を第一に、無駄なくスピード感を持って進めていくつもりだ。

――日本最大の預かり資産を持つ御社にとって、ライバルはいなさそうだが…。

田中 日本国内で言えば営業的な意味での競争はないが、国外に目を向ければ、Bank of New York MellonやState Streetなど、我々よりも一桁多い預かり資産を持つカストディアンが複数ある。当社グループは資産管理業務を専門としており、海外のカストディアンとはビジネスモデルが異なるが、国際的な競争力をつけておく必要がある。JTSBもTCSBも設立当初の親会社が信託銀行であり、そこの資産管理部門が切り離されて出来た会社だ。だからこそこの分野の専門性の高さには自負はあり、事務品質や効率性の面でも決してグローバルベースで負けていないと思っている。日本の資産運用事業が発展していくためには、我々が担う資産管理ビジネスの国際競争力を高めていく必要があるし、ビジネスモデルが違っても効率性を高める努力を続けなければ競争には勝てない。特にコスト競争力をつけることが肝要と考えている。

――御社の目指すところは…。

田中 会社を設立する時に、わが社の理念として「我が国No.1の資産管理専門信託グループとして、資産運用事業の発展と国民の資産形成の一翼を担い、経済・社会の健全な発展に貢献する」ということを掲げた。社是や経営理念というものは大体お題目で体に浸透していかないものだが、当社の場合はこの経営理念を本当に共有できるかどうかが統合の肝だと思っている。この会社が社会的公器であるという性格を持っている以上、その価値観にどれだけ多くの人がコミットしてくれるのか、そこがブレてくると様々な個別の利害が顕在化し、グループとしての統一的な行動が出来なくなってしまう。この経営理念は、まだまだグループ内に浸透しきれていないため、事ある毎にこれを声高に唱えていくつもりだ。将来的なことはこれからだが、証券市場に関連するミドルバック業務をさらに取り込むことが出来れば、当社のためだけでなく社会全体への貢献に繋がると考えている。様々な金融取引をする際にフロント部分は一生懸命になるのだが、その後のミドルバックは個別に行うとお金も人もかかってしまう。先ずは2つの会社の経営統合を成し遂げ、コスト競争力を高めることで、より多くのお客様へ高度なサービスを提供できるチャンスが広がるものと考えている。(了)

――外国人労働者の受け入れ拡大における制度設計に問題がある…。

鈴木 昨年2月、政府はこの問題についてのタスクフォースを立ち上げ、6月の骨太の方針(2018年版)で閣議決定し、臨時国会で入管法が改定された。それはあまりにも急で、しかも「労働力不足に対して外国人労働者を受け入れることはしない」と言い続けてきた80年代後半からの政府基本方針を簡単に変更させるものだった。2016年版の骨太の方針で「真に必要な分野」という表現が出てきて、2018年版で「人手不足は深刻化」としたうえで、「単純労働」ではなく、あくまでも「一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材」として外国人労働者の受け入れ拡大を表明するという流れだった。私は、安倍政権が労働市場の需要にきちんと向き合い、外国人労働者を受け入れたこと自体は良いことだと思っているが、技能実習制度がこれまで労働力供給の抜け道として使われてきたにもかかわらず、その制度が維持されたまま受け入れが拡大されることには懸念がある。技能実習制度は搾取やさまざまな人権侵害が発生しやすい構造になっているからだ。そもそも2016年に制定された技能実習法(17年施行)は不十分で、新法施行後も適正化はされていない。今回の改定法審議で、野党は技能実習制度の問題を厳しく追及したが、それならば、技能実習法の制定時に、制度の問題点をしっかり指摘し、もっと批判すべきだった。

――最大の問題点は…。

鈴木 技能実習制度の本来の目的は国際貢献で、今回の新たな受入れは労働力不足への対応だ。目的が異なっているのだから異なる制度設計が必要であるはずなのに、新たに受け入れる労働者の受入れスキームは、技能実習制度を土台にしたものだ。しかも、従来の専門的・技術的労働者は家族の帯同が認められ、在留期間の延長や定住・永住への道も開かれていたが、今回受け入れられる外国人は最長在留期間が設定され、なおかつ単身での来日が条件だ。さらに、民間組織である受入れ機関や登録支援機関が、支援の責任を持つことになっていることも問題だ。受入れ機関や登録支援機関による支援という構図は、技能実習制度における実習実施機関(企業単独型)や監理団体(団体監理型)による支援と同じだ。技能 実習制度には不完全ながら外国人技能実習機構による公的なチェックがあるが、新たな制度となる特定技能にはこういった第三者機関がないため、これまでの技能実習生以上に権利の侵害が起こる可能性もある。

――国に労働実態をチェックする機関がないと様々な問題が出てくる…。

鈴木 特定技能をもつ外国人に対しては、法務省に報酬の支払い状況を届け出ることになっており、また、他の労働者と同様に厚労省(労働基準監督署等)がチェックを行うことになっている。ただし、これまででさえ技能実習生約30万人に対して技能実習機構の職員300人強という少数で対応する大変な状態だったのに、そういった専門機関もないまま、労基署が一人一人のチェックを行うことなど到底難しい。日本人労働者でさえブラック企業・ブラックバイトなどといった問題を抱えている中で、言葉も労働法規も十分に身につけていない外国人労働者が日本人以上に搾取されるリスクはさらに高いだろう。そもそも声をあげてしまったら自分の雇用が脅かされてしまうという恐れや、より多くのお金を稼ぎたいと思う外国人がそういった環境の中で我慢を続け、権利が侵害され続けてしまう可能性は否めない。一方で、海外で働きたいと考えている労働者からすると、日本だけでなく台湾やシンガポール、韓国など色々な選択肢があるなかで、質の高い外国人労働者に来てもらうには日本が魅力的でなければいけないという事も忘れてはならない。優秀な人ほど多くの選択肢を持っており、そういった人たちに選ばれるためには、それにふさわしい環境を日本が備えていなければ、結局、日本にしか来られないという人達だけが集まることになってしまう。労働者の権利が保障され、家族を形成して子供を育てるという基本的な生活を送るための公的な支援が必要だ。NPOや研究者からも、例えば「移民庁」や「多文化共生庁」あるいは「外国人庁」などを作るべきだという声は早い段階からあがっている。しかし、残念ながら今回新設される出入国在留管理庁は「支援」よりも「管理」という機能が大きく、結局のところ、外国人を本当の意味で日本社会の一員として認めていないのではないか。

――先ずやるべきことは…。

鈴木 送出し側、受入れ側にさまざまな利権が構造的に組み込まれてしまっている技能実習制度を廃止することだ。現在の制度では外国人を受け入れる際に仲介業者が不可欠で、そこに利益を見いだす人がいる。労働者と企業とのマッチングにはコストがかかり、結局そこで発生する金銭的負担が労働者本人にのしかかってくる。それをGtoG(政府対政府) という形にして、技能実習制度と切り離すような措置が必要だと思う。また、今回受け入れる特定技能労働者はこれまでの専門的・技術的労働者とは異なる受入れになっているため、外国人労働者の中に階層を作ってしまう事は望ましくない。従来の専門的・技術的労働者と同じように家族の帯同や在留期間の延長を認める制度設計にする必要がある。実際に自分が労働者として外国に行く立場だったとして、5年間家族と離れ離れになるという条件で海外に行こうと思うだろうか。子どもたちの教育にしてもきちんとした受入れ体制ができているのであれば安心して家族と一緒にその国へ行こうと思えるだろう。単身限定の受入れ体制にしてコストを抑えるよりも、社会的コストをかけてでも、外国人が能力を発揮できるような環境を整え、この国を支えてもらう方が、将来的によいと私は思う。

――日本の中に外国人だけの居住地域が出来ることを懸念する声もあるが…。

鈴木 外国人コミュニティができるのは仕方のないことだ。海外に行ってもリトル東京など日本人のコミュニティはある。それをいかに開いた形にするかはホスト社会である日本側の働きかけ次第だ。受け入れて放ったらかしにするのではなく、その後の風通しを良くして日本社会との交流を持つ仕組みを整えれば、住民間の分断や衝突もなくなるはずだ。特に、子どもがいれば学校を通じた交流等でお互いを知る場も増え、文化の違いや誤解を乗り超える手助けにもなるだろう。それが日本社会に新たな文化をもたらし、良い流れになっていくと思う。

――欧米では移民労働者が様々なトラブルを起こしているというニュースもよく耳にするが、日本で就労を続けた外国人労働者が永住権を取得することについては…。

鈴木 欧州の失敗は窓口を広げてケアをしなかったことであり、その反省に基づいて、現在、社会統合を行っている。日本は外国人労働者の受入れに関しては後進国であるため、欧州がなぜ失敗したのかを学ぶことができる。また、今、日本に暮らしているニューカマー外国人の3割弱は永住権をもっており、特別永住者(オールドタイマー)を加えると4割超の外国人が永住権を持っている。ニューカマーの場合、一定期間日本に暮らして永住を申請し、審査を経て永住権を得ることができる。当然ながら審査に通らない人は永住権をもらえない。在留資格の延長や在留資格の変更も同じで、所属機関や入管法上の届出義務の履行など、それぞれの在留資格が定める要件を満たさなければ、期間の延長や変更は認められない。つまり、定住・永住への道をきちんと用意したうえで、その途中の扉を開けてその道を進めるかどうかは本人の努力次第ということだ。そういった開かれた道を目指して来てくれた人たちが、日本社会で生きていく力をつけてもらえば、将来、第二世代、第三世代の子どもたちが母国と日本をつなぐ架け橋となってくれるに違いない。反対に、「労働力」のみをつまみ食いしていると、やがて供給源が枯渇していくだろう。

――外国から呼び寄せて雇用する以上、それなりの覚悟が必要だ。今の政府にその覚悟は…。

鈴木 政府は入り口の法律を変え、日本語教育、生活サービスや多言語化などたくさんの項目を総合的対応策で示しているが、予算措置での本気度はあまり見られない。実際には地域に丸投げして、国の役割は地域での取組みの支援にとどまっている。積極的に取り組んでいる地域に地方創生推進交付金を支給するといったような支援だ。受け入れ企業としても、やがて母国に帰ってしまうような制度ではなく、後継者として事業を継いでくれるなど、地域の産業が活性化するような受入れ方のほうが良いはずなのだが、今回の法改定は、そういった企業の思いに十分に応えるものではない。労働力不足を訴える経済界からの要請に、とりあえず応えたに過ぎず、外国人を日本社会の一員として受け入れる覚悟も法整備も今後の課題だ。(了)

――日本とロシア間のあるべき姿とは…。

ガルージン 最近の日露関係はダイナミックに進んでいる。それはプーチン大統領と安倍総理が日露関係のさらなる発展に向けて、信頼に基づいた首脳会談を定期的に行っているからだ。「幅広く包括的に日露関係を進めていく」という合意のもと、この6年間で24回もの会談を行っている。「包括的な日露関係」を築いていくためには両国間による安全保障、経済、国際問題解決のための協力をはじめ、文化、教育、スポーツなどの民間交流等々たくさんあるが、特に経済はその中でも重要な役割を果たし、日露関係の根幹をなすものだ。経済協力を積極的に進めることはすでに両首脳で合意しており、そのシグナルは両国の経済界まで伝わり、活発な動きを見せている。具体的には昨年5月にペテルブルク国際経済フォーラムで日露経済対話が行われ、日本側からはロシアNIS貿易会(ROTOBO)の村山滋会長、ロシア側からは日露ビジネスカウンシル議長でアールファーム株式会社のアレクセイ・レピック会長を筆頭に両国の経済界トップの人たちが集まって議論を進めた。両国首脳も出席して講演を行っている。続く9月にはウラジオストックで行われた東方経済フォーラムの場で日露経済フォーラムが開かれ、片山さつき地域創生大臣と寺沢経産審議官等、政府と経済界の代表の方が出席されて、露政府の経済部門高官や露ビジネス界の幹部トップの人物たちとの交流を図っている。その他にも10月末に露副首相兼極東地域全権代表のユーリ・トルトネフロシア氏が来日して日本のビジネス界の人と討論会を行ったり、11月に東京経団連において日露経済合同会議を開催するなど、活発な日露経済会議を重ねることで、日本のビジネス界の方々にロシアの経済状況や経済活動にかかわる法律体系、投資環境等色々な情報を直接知ることができる機会が大変多かったと思う。

――経済面においてロシアが日本に期待していることは…。

ガルージン 日本経済界の中でロシア市場に対する知名度が高くなっていくことだ。そのために我々はかなりの努力をしている。実際に、世銀によるビジネス環境ランキングでは一昨年の35位から昨年は31位まで順位を上げた。ちなみに日本は昨年39位だ。今のロシア市場は30年前のロシア市場とは全く違う。もはやロシアで投資環境が良くないという議論はなりたたない。さらに言えば、今、LNGというエネルギー資源の需要が大きくなっているが、日本のLNGの約1割はロシアからきているものだ。2009年2月、日露経済合同プロジェクトとしてアジア最大級のLNG工場を建設し、それから10年間、我々は一度たりともエネルギー資源の流れを中断させていない。これはロシアが信頼できるエネルギー資源の供給国だということを証明している。もちろん、ビジネス環境ランキングで31位になったことを過剰評価している訳ではなく、まだまだロシア内に様々な問題があることは承知している。そういったことを踏まえながら、我々はランキングのトップクラス内に入ることを目指してこれからも努力を続けていくつもりだ。

――日露間での経済関係をもっと深めていくためには…。

ガルージン 日露間での貿易高は最近増加し昨年は180億ドルに達したが、10年前の300億ドルに比べると少ない。日露間の経済関係をさらに深めるために必要なことは、日露経済協力のポテンシャルをもっと活用することだ。例えば、ロシアの天然資源開発に対する日本の投資拡大ということを考えれば、ロシア北極地帯での天然ガス開発プロジェクトがある。ヤマル半島やバルチック海浴岸地域でのプロジェクトにはすでにいくつかの日本企業が必要な設備を提供したり輸送サービスを担うという形で参加しているが、投資参加はない。そこに投資が入れば露のLNG生産はさらに拡大していくだろう。そして、欧州とアジアを結ぶ最短回路である北極海路を通じて日本を含むアジア各国にLNGが運ばれていく。是非そういったプロジェクトに日本企業に参加してもらいたい。それが日露経済、貿易、全てを含めて両国関係全体の利益に寄与していくことになるだろう。

――そういった計画への参加を阻む背景には、ロシアの法律が頻繁に変わるため安心して投資出来ないという日本側の声を聞くことも多いが…。

ガルージン 日本の大手自動車会社は10年以上前からロシアに工場を置き、プロダクションチェーンも作っている。法律が頻繁に変わるという議論は10年前の話であり、そういった惰性的な考えを我々は何とかして克服しなければならないと感じている。また、領土問題が日露関係の発展を阻んでいるという考えについては、我々としては日本側からそうではないと聞いているし、ロシア側としてもそれが経済協力の障害になってほしくはない。むしろ幅広い交流を進めて新しい日露関係の環境を作り上げることで、領土問題や平和条約問題といった難しい問題も解決しやすくなるのではないか。昨年11月シンガポールで行われた日露首脳会談の際、両首脳は「1956年の日ソ共同宣言に基づいて平和条約交渉を加速すること」で合意した。加速するためにも良い環境が必要であり、そのための重要な一環として経済協力は欠かせないものだ。

――日本は米国の意向に左右されることが大きい。ロシアから見た米国と中国について…。

ガルージン 米国が日本とロシアの関係を阻んでいることは間違いない。米国は一方的にロシアや中国に経済制裁を発動させる。それがアメリカのやり方であり、我々はそれを厳しく批判している。また、米国や欧州からは中国を覇権主義だと敵対視する動きもあるようだが、私は中国が覇権主義政策をとっているとは思わない。むしろ自分が好ましくない国の内政に武力行使も含めて干渉している欧米の方が覇権主義であることは明らかだ。中国は我々の良き隣人でありパートナーだ。約4000kmもの国境を共にしているが一度も中国が覇権主義政策を行っているところを見たことはない。中国とロシアの間には防衛政策に関する協議も行われており、透明性を保ちながら共同軍事演習も行っているし、国境からお互い数百mの地点まで大きな軍隊を引き揚げるという合意もあり、中国に対して脅威を覚えたことはない。さらに言えば、我々は中国の一帯一路とロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザスフタン、キルギスによるユーラシア経済連合を結びつけてシナジー効果を図るという構想も打ち出している。これは2015年にプーチン大統領が提唱している大ユーラシアパートナーシップ構想の重要な一環になると考えている。

――核を保有していると言われている朝鮮半島情勢をロシアはどう見ているのか…。

ガルージン 確かに朝鮮半島を取り巻く諸問題は大変難しい。もちろん北朝鮮の核武装化はロシアにとって受け入れられるものではない。だからこそロシアは国連が北朝鮮に対して行った制裁にも参加している。同時にこの1年間で朝鮮半島をめぐって見られるようになった米朝首脳会談や南北対話の実現、安全保障上の状況の緩和といった動きを歓迎している。それらはロシアと中国が朝鮮半島問題のために提示したロードマップの通りだ。しかし、この先どうすべきかという点で、北朝鮮が非核化に向けた措置をとった今、国連の制裁は徐々に解除すべきというのがロシアの意見だ。そうでなければ、妥協の精神という外交の基本的原則が機能しなくなる。最終的には交渉当事者である米朝韓との間に非核化に対する合意が出来て、そのうえで、北東アジアにおける安定した平和の維持のために、ロシアや日本などが参加できるような多国間的枠組みが必要になるのではないかと考えている。

――世界平和に向けて日露両国が協力してやるべきことは…。

ガルージン ロシアはアジア地域の安定や世界平和のために積極的に協力をしたい。例えば、今後のエネルギー安全保障という面では、先述のようにロシアが供給するエネルギー資源を日本の投資で開発し、日本をはじめ各国輸入先の多様化に努める事ができるだろう。また、テロ対策という面では、すでに数年間にわたって日露そして国連の麻薬犯罪対策局でタッグを組み、アフガニスタンと隣国にある中央アジア各国のための麻薬取締役官の育成を行っており、昨年12月には探知犬の育成施設を作るという合意にも至った。その他にも中東問題の解決や情報安全保障など、日露両国が有意義に、効果的に協力できる国際問題は多い。お互いに国際問題の解決のために協力していきながら信頼を深め、日本とロシアの関係がさらに良いものになっていくことを願っている。(了)

――昨年7月の広島豪雨災害は大変な状況だった…。

湯﨑 7月豪雨災害では災害関連死を含む115人(平成31年1月15日現在)が亡くなり、5名が未だ行方不明、家屋被害も1万5千棟を超えるという状態だった。今回の集中豪雨は従来のように狭い範囲での災害と違い、広島県のほぼ全域で影響を受けており、被災範囲が広く家屋被害が多かったのが特徴だ。そのため、全壊状態の家屋に住む方はもちろん、半壊や一部損壊でも、綺麗に清掃が終わるまでは仮設住宅に入っていただいた。また、道路や鉄道が寸断されたことで物流が滞り、通学通勤が出来なかったということも今回の災害の特徴だった。一部の企業では従業員が通勤できずに工場の操業に支障が生じるといった状況が2カ月ほど続くなど、インパクトは相当なものだった。そういった間接被害に関しては、例えば、道路は比較的早く復旧して鉄道も一部を除き復旧しているが、一方で直接被害の復旧はまだまだこれからだ。応急的な工事は終わっているのだが、次に同じようなことが起こらないようにするための工事は、例えば、破堤した河川は6月まで、砂防施設の緊急整備は坂町小屋浦地区などの重点地区では12月まで、それ以外は来年3月までという期間を設けている。

――そういった物理的な復旧工事にかかる予算はどのくらいを見込んでいるのか…。

湯﨑 補正予算では7月豪雨災害分の公共事業費で総額1千5百億円程度を見込んでいる。もともと今年度当初予算の公共事業費が8百億円程度なので、その倍に近い額を復旧工事に投入していくことになる。測量設計の手配から色々なところに応援をお願いしているが、その後の土木工事も含めてやはり人手は大幅に足りない。それをなんとか工夫しながら進めている。具体的に2万数千ヶ所もの被災箇所があり、そのうち現在着手しているのは県工事については1~2割程度。復旧・復興に向けてはまだまだこれからだ。災害前に260億円程度あった緊急的な財政出動に備える財政調整基金は現在16億円程度まで減少している。国は国土強靭化のための緊急対策として3年間で3兆円を防災のための重要インフラ等の機能維持に投じることになっているが、今回、さらに災害に備えた投資ということで国から嵩上げしていただくなどの配慮があれば助かることは間違いない。

――「災害を契機により力を入れる」といった策は…。

湯﨑 「早急に日常の生活や経済活動を取り戻すこと」「単に元に戻すだけではなく、より高いレベルの軌道に乗せていくこと」これらを実行する上で「ピンチをチャンスに変えていくこと」という3つの基本方針で、昨年9月に広島県の復旧復興プランを策定した。「見せちゃれ広島の底力!」を合言葉に頑張っているところだ。具体的な中身については、「安心を共に支えあう暮らしの創生」「将来に向けた強靭なインフラの創生」「未来に挑戦する産業基盤の創生」「新たな防災対策を支える人の創生」という4つの「創生」を重点に頑張っている。企業の復旧・復興のための予算は国からの補助金を積極的に活用したり、県の融資枠も150億円程度設定するなどして、計約450億円用意している。災害以前よりも良いもの、生産性の高いものに作り替えていくという点で「創造的復興」を実現させていきたい。特に今はIoTなどデジタル技術の導入が大きな課題になっているため、そういったものを積極的に取り入れることも必要だと考えている。また、防災という点で今回改めて課題として浮かび上がったのは、避難勧告が出ても避難されない方が多かった。いろいろな要因があると思うのだが、その要因をきちんと分析して、本当に避難をしていただくためには何が必要なのか把握すべく、現在調査中だ。その結果に基づいて防災対策を立て直し、いざという時にしっかりと命を守る仕組みや人材を創り上げていく。

――昨年7月の豪雨災害前からの取組である地域金融機関との連携については…。

湯﨑 金融機関も含めて自治体が事業者の皆さんと連携していくことは重要な事だと考えている。もともとは平成26年の広島土砂災害をきっかけに、社会全体で被害を低減させるための取組として「『みんなで減災』県民総ぐるみ運動」を進めており、「知る」、「察知する」、「行動する」、「学ぶ」、「備える」といった側面で色々な事業者に関わっていただいている。例えば、どのくらいの雨量があるのか、どこに避難すべきなのかを知る方法を学んだり、命を守るための避難行動を実際に行ってみたり、避難袋や非常食の準備や、地震に備えた家具の固定方法を学んだり、自治体と事業者が連携して様々なキャンペーンを行っている。さらに、そういったことに関わる事業者の従業員教育といった部分でアドバイスなども行っている。

――瀬戸内全体で取り組むDMO (Destination Management Organization)について…。

湯﨑 広島県が「瀬戸内 海の道構想」を提唱し、瀬戸内という世界に誇れる資産を、広島県だけでなく中国地方、四国地方一丸となって世界中から評価を得られるような観光資源にしていきたいと考えて始めた取組だ。瀬戸内の美しさ、それらを挟む美しい山々を共有する、瀬戸内を囲む7県(広島県、岡山県、徳島県、香川県、愛媛県、山口県、兵庫県)が協力して、瀬戸内ブランドを確立し、地域経済の活性化や豊かな地域社会を実現することを目的に「(一般社団法人)せとうち観光推進機構」を作った。この組織は厳しい地域間競争を勝ち抜くために民間ノウハウを取り入れて戦略と方向性を決め、地域の魅力を統括してマーケティングとマネージメントを行っている。加えて、この取組に賛同した各県の地方銀行等が中心となり、「(株)瀬戸内ブランドコーポレーション」が設立された。この2つの組織が一体となってせとうちDMOを構成している。最大の特徴は(株)瀬戸内ブランドコーポレーションで100億円規模のファンドを作り、クルーズ船への投資や、古民家を改修して宿泊施設にするための投資など、観光プロダクトの充実を目指したエクイティファイナンスを行っていることだ。資金面と経営面で民間企業をサポートする仕組みがあれば、プロダクト開発もかなりやりやすくなり、開発されたプロダクトを(一社)せとうち観光推進機構がプロモーションすることができる。こういったファイナンス機能を持つDMOは世界でも珍しいと言えるだろう。この2つの組織が連携し,せとうちDMOとして,瀬戸内の活性化に取り組んでいる。

――広島県の魅力は…。

湯﨑 広島県は日本をそのまま小さくしたような県だと思う。所得や人口密度などもほぼ日本の平均と同じで、広島市という人口100万人を超える都市から車で30分も走れば、山があり、小川が流れ、田んぼがあるという日本らしい昔ながらの風景が広がる。また、新鮮な瀬戸内海の魚や現代和牛のルーツでもある広島和牛など、日本ならではの美味しい食材も豊富にある。さらに、広島県には嚴島神社や原爆ドームという世界遺産もある。そんな中で、現在、我々が一番力を入れているものの1つは食文化の推進だ。美味しい素材がたくさんあってもそれを調理する人材がいなくてはどうしようもない。すでにミシュランで星を獲得しているようなお店も広島にはあるのだが、さらに若手のシェフを育てるために、県が主催する「ひろしまシェフ・コンクール」の成績優秀者をフランスに派遣して研修機会を与え、数年後に広島に戻ってきてもらうような仕組みを作っている。実際にそういう中から全国の若手シェフコンクールでトップになるような人材も出てきており、そのような形で「広島に行けば美味しいものが食べられる」と認識してもらえるようになれば嬉しい。昨年の災害被害を乗り越え、2019年は創造的復興を成し遂げ、より良い広島県にしていきたい。(了)

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