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Information

――金融市場の先行きへの不安が高まっている…。

 中空 株価や為替、景況感など、どの指標をとっても金融市場は悪化してきている。GDP見通しも国際金融機関等において下方修正される見込みだ。また、特に米国景気の悪化が及ぼす影響への関心は高まっている。トランプ関税が想定以上に景気を阻害することや、移民政策により雇用統計が悪化すること、それと同時に消費が落ち込むことなどが想定されている。24年の米国は世界の景況感を一国で牽引していたが、欧州や日本に米国に代わる力があるとは言いにくい。欧州各国の多くや日本は小数与党で、財政規律が弛緩し始めているものの景況感がさえず金融緩和をやめられない状況にあり、スタグフレーションに陥りかけている。これらの点から、投資家の間では世界経済の見通しはネガティブだと思われてきた。ただ、この不安感は実態を伴っているわけではない。実際には、クレジット市場でそこまで大きなイベントは起きていないし、今後も起こらないと見ている。米国では、パウエルFRB議長がトランプ大統領による金融緩和への圧力とインフレとの間で板挟みとなり、金融市場が停滞し始めている。一方、日本の金利上昇は緩やかで、日米の金利差の急激な変化は考えにくい。

――なぜ混乱が起きていないのか…。

 中空 今のクレジット市場が潤沢なマネーフローで支えられているためだ。私はクレジット市場にいる身として、米国の政策金利がゼロ%から5%に引き上げられた22年から、これほど急激な金利上昇が何の代償もなしにこなせるものかと疑ってきた。23年にはシリコンバレー銀行など米中小銀行3行が破綻し、世界的に銀行株が急落したものの、それで終わった。それ以上の何かが起こるはずだと思ってきたが、いまだに金融不況は起こっていない。これは、マネーフローがありすぎるためだ。世界の金融機関全体の資金の半分はPEファンドのドライパウダー(待機資金)が占めている。つまり、金融システムでないところに金融システムのお金の半分に達する資金が溜まり、もうかるところにお金が回る仕組みになっている。金利の急上昇で苦労した人がいることは間違っていないと思うが、お金がなくて借金ができない、消費ができないという人は案外いなかったというわけだ。ドライパウダーが何かの理由で使われないか、枯渇してしまわない限り、暴落は起こりにくく、私たちが検討しているようなリスクは杞憂に終わることになるのではないか。とはいえ、「歴史は繰り返す」ので、ドライパウダーの動向を引き続き確認していくことが重要だ。

――生成AIから防衛に投資資金が流れているという見方もある…。

 中空 AI関連はやはりこれからも収益源で、魅力がなくなるわけではない。マネーはもうけられるところに動くということを考えなければいけない。株価が高い昨今は、その他の買い材料になるものが少なく、どの投資家も生成AI、半導体、少し視野を広げても宇宙、バイオあたりに投資せざるを得なかった。そのなかで各国が防衛予算を増やすようになり、明らかに防衛関連が有望だということで買いが集中した。これまで米国の株式市場は「マグニフィセント・セブン」が牽引してきたし、日本でも一部の大型ハイテク株が相場を押し上げてきたが、防衛関連をはじめ買われる業種が広がっていけば市場全体を覆うバブルの再来となるかもしれない。今の局所的なバブルは投資家が潤沢なマネーで有望な市場を買いつぶしているだけなのか、それが引き金となって本格的なバブルが訪れるのか、注視していく必要がある。

――日本市場は岐路に立っている…。

 中空 まだいろいろな物事が現実化していないという感があるものの、2つの点において日本は良いタイミングにある。1つは春闘の賃上げ率が上昇しているということ。今年も上昇する可能性が高く、これで3年連続となり、金利の引き上げを久しぶりに見ていることだ。もう1つは、今の日本が変わり目にあるとして外国人投資家たちからポジティブに見られていることだ。私が会う外国人投資家たちは日本に対して強気で、「投資先の1位は(ボラティリティの高い)米国、2位は日本だ」と話している。今後、本当に日本の景気が良くなるかは不透明だが、そのような期待に応えるべく具体的な政策が取れるかどうかにかかっている。そのうえで課題としては、日本はまだ自分に自信がない。私たちは賃金が上がったことを単純に喜べず、「上がったのは若手だけ」「実質賃金はマイナスが続いている」とどうしても思ってしまう。ただ、よく考えると良くなっている点もあるので、それを利用していけば良いのではないか。加えて、私が日本に対して不満を抱いているのは、全体の底上げをしたいのか、一部の有望な対象を成長させたいのか、どっちつかずに見える点だ。どちらも必要だが、今は後者に焦点を絞り、「ここは日本が強い」という分野に投資して競争力を強化することがより重要だ。ここがうまくいけば日本も捨てたものではない。

――外国人投資家からトランプ米政権は支持されているのか…。

 中空 実際に米国にお金が流れているかどうかは分からず、逆の話も聞く。トランプ氏の言動はあまりにエキセントリックで、世界の信用を集めるかと言われるとそうではない。ただ投資家の間では、トランプ氏の今後の政策に期待感があることも無視できない。現状では関税や移民など株に対してネガティブな影響をもたらす政策しか出ていないが、それだけで評価すると、これから米国の株価が上がる可能性を見逃してしまう。私がトランプ氏に関して強い印象を受けたのは、「ディープシーク・ショック」の時、「そんなに安く開発できるなら良いことじゃないか」と言ったことだ。これはトランプ氏の「米国がもうかれば良い」というシンプルな価値観をよく表している。米国の景況感が悪化し自身の支持率も低下してきている以上、今のマーケットにトランプ氏が満足しているわけがない。このため、今の「デトックス期間」が終わったら減税や規制緩和を打ち出すのではないかと見ている。恐らく夏ごろに新しく政策が出て米国株も上がり始めるのではないか。過度な楽観は危ういが、過度な悲観も必要ない。

――中国経済が低迷しているが、市場への影響は…。

 中空 中国市場の暴落は起こり得ないと考えており、金融市場の人々が過度に心配する必要はない。25年は実質GDP成長率5%程度を達成できる見込みがあり、1月からスマホ購入の補助金などの政策を打ち出すなど政策的なサポートで消費を戻そうとする動きも顕著だ。中国の強みの一つはある政策をとるとその政策の効果が数字にきちんと出ることだが、顕著な成果が出ていないのは不動産市場の構造問題が尾を引いているためだ。大手不動産のみならず地方自治体などにも影響が波及したので簡単には回復しないが、中国が金融市場の足を引っ張るということまでには至らないだろう。とはいえ、実体経済目当てで日本から中国にビジネスに行く人たちにとってはまだ良い環境とは言えない。

――今後の注目点は…。

 中空 ここまで話したように、世界中にリスクはある。私は今のところ、米国および米国株の先行きについて比較的ポジティブに見ているが、関税政策や移民政策の影響がブーメランのように米国自身を攻撃するのか、そうならずに済むのかはまだ分からない。自由貿易の枠組みを根底から覆して新たな枠組みができるのか、トランプ氏がどこを目指すのか、もう少し見なければいけない。ドイツやフランスについては、再軍備のため防衛費を増額することで、財政が弛緩して信用力が落ちていくと考えられる点は無視できない。中国市場も、暴落しないとしても、やはりリスク要因ではある。また、今は市場にお金があふれているが、引き締まってしまう可能性も出てきた。さらに、投資適格級(BBB格以上)からハイイールド級(BB格以下)に落ちるような「フォーリン・エンジェル」銘柄が増え、投資適格級とハイイールド級では投資家が変わることから、市場にはボラティリティが生じやすくなるかもしれない。そういった転換点がこれから来るかもしれない。それらのリスクを総合するとドライパウダーの動向、マーケットにある資金フローには特に注視していかなければならない。[B][L]

――減税を実施して、下がり続けている国民の実質所得を上げるべきとの意見が増えている一方で、日本の財政の現状はそのような意見を反映することができる状況か…。

 加藤 まず、日本経済全体ではGDPが600兆円を超え、設備投資も100兆円を超えており、また、春闘の様子は、今のところ、去年を上回ると報道されている。一方、足元ではエネルギー・食料価格の国際的な高騰や国内の事情、さらには円安もあり物価上昇が続いており、国民の皆さんから見ると、特に日常の買い物において物価上昇を非常に強く感じる、あるいはエンゲル係数が上がっているようになかなか家計も厳しくなってきている、そういった物価上昇に伴う負担を強く感じておられることが、減税や所得向上を望む声の背景にあると考えている。政府においても、今回の税法改正により、まずは物価上昇に伴う控除の見直しを図っていく、また、物価上昇で一番影響を受ける所得の低い方々に対する支援を行う、さらに、地域ごとに事情があるので、各地方自治体がそれぞれで対応するための重点支援地方交付金を、令和6年度補正予算で、前年度に比べ1000億円増の6000億円として、さらに対応力を高めることを進めていく。その中でも、やはり一番大事なのは継続して所得が上がっていく状況をつくり、物価上昇を上回る賃上げを実現し、これを定着させていくことだ。そのための色々なはたらきかけもいま、政府として行っている。さらに賃上げが継続して行われるためには生産性の向上が重要であり、省力化・デジタル化あるいは成長分野への投資を促進することで、生産性と付加価値を高め、賃金・所得が安定的に増え続ける環境を整えていく。令和7年度の予算・税制改正においても、そうした内容を盛り込んだ。現下、厳しい財政状況にあるが、まずは経済あっての財政という考え方に立ち、いま生じてきた経済再生の流れを持続的なものにしていく。その中で財政健全化も図っていくことが重要だ。

――何故、財政の健全性が重要なのか…。

 加藤 現在、我が国では債務残高のGDP比が世界最悪の状態にある。その一方で、国債は安定的に消化されており、これは財政健全化の取り組みを続けてきていることへの市場の信認があるからこそだ。怖いのはこうした財政の持続可能性に対する市場の信認が失われてしまった場合で、金利が急上昇したり過度なインフレが生じたりする。そうなると国民生活に与える負の影響は大変なものになり、国債の償還、利払いの問題だけでなく国民生活そのものに大きな影響を与えかねない。最近では英国でトラス・ショックがあったが、一度、信認を失えば市場の厳しく鋭い反応が起こり得るという教訓だ。財政というのは国民の暮らし、いのち、そして経済を守るものであり、特にそうした対応が求められるのは危機の時だ。大災害とか有事、あるいはパンデミックの時にきちんと対応していくためには、財政的な余力を持っておくことが非常に大事だ。コロナ禍においては、国債発行により調達した資金によって当時最良のワクチンを購入することができ、国民の皆様に安心して接種を受けてもらうことができた。そのベースには財政余力というものがあったと言えるし、余力がなければ不測の事態に対応できないということだ。

――2025年度プライマリーバランス(PB)黒字化の達成が困難になったとされるが、今後の対応は…。

 加藤 内閣府から公表された中長期試算では25年度のPBは黒字化しない見込みが示されたが、一方でPB黒字化目標を掲げた01年度以降で、もっとも赤字幅が縮小する見通しであり、これまでの財政健全化を含めた経済財政運営がひとつの成果としてここに現れていると思う。26年度にはPBが黒字化する試算ともなっているため、早期のPB黒字化に向けて潜在成長率を引き上げ、歳出歳入の両面から改革を行っていくことが重要だ。

――経済重視か、財政重視か、という議論の中で、財政重視への批判の矢面に財務省が立たされている観があるが…。

 加藤 我が国の経済財政運営については毎年6月頃に骨太の方針を出しているが、24年の方針でも財政健全化の旗を降ろさずこれまでの目標に取り組むことや、財政健全化の取り組みを後戻りさせないとされている。しかし、同時に現行の目標年度を含めて財政健全化目標の達成のために、状況に応じたマクロ経済政策の選択肢が歪められてはならないことも明記されている。要するに経済再生と財政健全化の両立を図るということだ。

――日銀の国債買入減額が進む中、今後の国債の安定的な発行・消化をどう図っていくか…。

 加藤 昨年、日銀の国債買い入れ減額が決定されたが、国債の発行・消化を安定的にしていくためには、より幅広い投資家の方々に国債を購入・保有していただくことが必要になってくる。そうなると市場環境や新たな投資家のニーズに即した年限構成の見直しや新商品の開発が必要になると同時に、国内外の投資家に向けたIR実施などを行っていく必要がある。政府として、国債の円滑な発行・安定的な消化と中長期的な意味でのコストの抑制、この2つを基本的な目標として金利の動向と投資家のニーズを見極め、市場との対話を丁寧に行いながら適切な国債管理政策の運営に努めていきたい。

――昨年3月以降、日銀は利上げを続けているが、一連の金融政策への評価はいかがか。また、利上げの経済への影響について見解は…。

 加藤 まず、金融政策の具体的な手法は日銀に委ねるのが原則で、それについて政府としてはコメントを差し控えるが、政府と日銀で平成25年(2013年)1月に共同声明を公表している。そこではデフレからの脱却と同時に物価安定のもとでの持続的な成長が謳われている。そうしたことを共有しつつ、それぞれの役割の中で必要な政策を果たしてきた。結果としてデフレではない状況がつくられているし、マクロ経済の現在の状況、いわば成長と分配の好循環が動き始める状況が生み出されてきた。金利がどういう要因で動くかは市場に聞かなければわからないものであり、また市場で決まるべきものだ。日銀の金融政策の変更が金利、経済にどのように影響を与えているかは色々な局面があり難しいところであるが、一般論としては金利が上がれば個人の住宅ローンや企業の借り入れの金利の支払いは増えていく一方で、運用面では預金金利の引き上げを含めて金利収入は増えてくる。また、金利が動くことによって債券価格が動いてくるといった様々な影響があるので、政府として、そうした動向を注視しながら、現に生じている様子をよく観察することで、国民の暮らしを守るために必要な政策を打ち出していく必要があると思う。

――現在の為替水準に関して、「円の実力」とも言われる実質実効為替レートは、固定相場制であった1970年と比べても円安水準にあり、ピーク時の1995年から約63%減価している。この要因についてどうみておられるか。また、政府として今後どのように対応されていくのか…。

 加藤 なにで見るかという問題はあるが、ひとつの指標として実質実効為替レートというものがあり、95年比でおよそ63%減となっている。その理由として海外と比較して国内の物価上昇率が低く抑えられてきたということがあり、この間名目為替レートも円安方向に動いてきたことも挙げられる。さらに実質実効為替レートが相対的に下がる背景には輸出企業の生産性が他国企業に比して低いということもあるかもしれない。それらを踏まえ、投資をしっかりとして省力化・デジタル化を進め、生産性・付加価値を高めていくことが重要だと考えているし、石破政権でも、コストカット型の経済から、賃上げと投資が牽引する成長型経済への移行を確実に進める。国民の皆さんの努力、政府の政策、日銀の政策が相まってマクロ経済で見るとかなりいい流れになってきている。物価上昇が先行したが、賃上げがそれを継続して上回る環境の実現にしっかりと取り組んでいきたい。[B][HE]

目的を持ってキャリアを選ぶ若者たち…。

 島田 岸本さんは、本紙連載「ホモデウスと日本」の執筆を通してこれからの日本人の生き方を模索してきた。この度、連載を電子書籍としてまとめた。

 岸本 経済産業省を定年退職し、限界集落のある市町村で貢献する人たちのために働くことを決心した。輪島塗・播州織など地場産業、限界集落の中高生向けの「人生の目的を見いだすキャリア教育」、地域のために起業する人のビジネスデザインの3つに取り組んでいる。全国各地の農山漁村で、今そこにある組織や慣行を乗り越えて、地域のために夢や理想を実現しようとする多くの人に出会う。私自身そのおかげで自分の残された人生の目的を意識するようになった。中高生のあいだに人生の目的を見いだす人はこれから増えていくだろうか。

 内山 私は1970年ごろから東京と群馬県・上野村で二重生活をしている。上野村の人口約1200人のうち4分の1程度が移住者だ。都会から上野村に移住すると収入は半減で済めば良い方だが、移住者は増加し続けている。しかも皆、「遊びたい」ではなく、「自然や地域の役に立つ仕事をしたい」と希望してやってくる。また、私は年1回程度、北海道大学農学部で講演をするが、北大では将来畜産に携わりたい学生が全国から集まり、学生時代からインターンに参加したり地域でネットワークを組んだりしている。私が若いころは「こんな社会じゃダメだ」と思っている人たちは都市部で吠えていたが、今の若者はなんとかなりそうな可能性のある場所に移動しており、行動力がすごい。最近は世の中を良くしているのか悪くしているのか分からないような仕事が多いから、本当に誰かの役に立つ仕事を探しているのではないか。

 岸本 今の若い人たちは、組織のなかの地位に甘んじることなく、自らの毎日が何を引き起こすかをしっかりと見ているという印象がある。スポーツや文化で活躍する方のインタビューを見ると、自分が引き起こしたことから逃げないシリアスさを感じる。SNSを通じて何をやっているかを日々分かり合う経験が共感性と自主性を培うのだろうか。

 内山 私は東京出身で、小学校低学年の時に男の子同士で将来の夢の話をすると、人気があったのは電車の運転手や警察官、学校の先生だった。ところが、高学年になって同じ話をすると、「大企業の部長になりたい」と言う子どもが少なからずいた。私が小学校に入学した年が高度成長期の始まりで、6年生になると高度成長がかなり展開していたので、そういう時代の影響があった。一方で、今の若者には違う景色が見えていると思う。

「見えない」前近代、「見える」と信じられてきた現代日本…。

 岸本 自給自足でないかぎり、他人の世話にならないと生きていけない。昔は村人にも町人にもそのための文化と道徳があった。一方、お金さえあれば誰かに面倒を見てもらえると期待するのが今の社会で、この仕組みの脆さと冷たさに不安を感じるのは当然だ。この不安の引き金を引いたのは、就職氷河期とデフレだろう。大学を出ても正社員になれない人が100万人以上発生した。ベースアップがなく、10年20年たっても地位も年収もさして上がらないことが珍しくなくなった。

 島田 先行きが不透明な世の中で、今の人々が「お金を稼いで何の意味があるんだ」と感じるのも道理にかなう。

 内山 日本人が、自分の人生の行く先が「見える」と思うようになったのは近代になってからだ。前近代の人々は、乳幼児死亡率が高いうえ、天然痘や肺結核など感染症で若くして亡くなることもあり、何が起こるか分からない世界のなかで生きていた。さらに、高度成長期に入って、われわれは例えば名だたる電機メーカーに勤めていれば安泰だと考えるようになった。ところが、気が付いたら日本の電機メーカーはほとんど全滅に近く、今の大企業も20年後にはどうなるか分からないという時代になってきた。今、われわれは再び「見えない」世界に突き当たっているが、近代のなかでもこの60~70年間の「見える」世界に生きている感覚の方が特殊だったということだ。

 岸本 内山さんは日本人の宗教的意識、集落に住む人々が神仏をどう信じてどう暮らしてきたかを過去にさかのぼって研究されている。日本人は今でも初詣に行くし墓参りに行くが、何に手を合わせているのか。

 島田 今は新興宗教も、「見える」世界に生きる人たち向けに「あなたの背後霊が災いしている」「このツボを買えば幸せになれる」と語りかける。今の日本人は、「見えない」ものを「見えない」まま受け取れなくなっている。

 内山 日本人の宗教観の根っこにあるのは自然信仰だ。自然信仰がいつごろ発生したのかは調べようもないが、時代によって少しずつ内容を変えてきた。特に3~7世紀、多くの渡来人が日本にやってきた時代に、朝鮮・中国から仏教、道教、儒教、その3つのいずれにも属さない土着的な信仰などが伝わってくるなかで、解釈が変わってきたと見られている。7世紀には、自然自体というより、変わっていく自然を作り出している「見えない」世界が信仰され始めた。そこでは、例えば太陽が出て大地があって鳥が木の実を食べて……という自然同士の関係を「自然(じねん)」と解釈するようになった。「じねん」とは、「自ずから然らしむ」、作為的なものが何もないあるがままの状態のことだ。この見方はやはり大陸から入ってきた仏教の影響が大きい。民衆仏教は鎌倉時代に興ったというのが教科書的な見方だが、古くから民衆の間では自然信仰と仏教が融合したものが信仰されて国家仏教と対立していたと言える。

 岸本 聖書やコーランは文字で説き、「善いことをすれば天国に行く。悪いことをすると地獄に行く」というような論理的命題を信じる集団を育てる。一方、日本の信仰は、自然に抱かれているという感覚を持つ集団を育ててきた。私の提唱する「他己社会」、他人と自分の価値の等しさを認め世の中のために生きることに価値を置く社会につながる信仰だと感じる。

 内山 民衆的な仏教の世界が広がりとして象徴的なのは、7世紀の修験道の発生だ。修験道は自然信仰と初期密教などが融合したようなもので、修験者は山で修業しながら雨ごい・雨止めや薬草や気功による病気治癒を行った。この背景には、律令制ができて土地も人も国家のものとされ、税を納めなくてはならなくなったことがある。御上に不満を持って山に向かった修験者は、雨ごいや病気治癒などを通して人々から「あの人は立派な人だ」と認められ、民間のお坊さんの役目を果たしていた。

お金による可視化とお金からの独立…。

 島田 当時政府に不満を持った人々も、なんとかなりそうな可能性のある場所に移動していたのか。近代以前は自然が人間社会よりもはるかに強大で、その自然を作る「見えない」関係を信じていたから、将来が「見えない」状況を普通に受け入れることができたということではないか。これに対し、現代の日本人は戦後に経済が豊かになったこともあり「見える」ものだけに寄りかかっている。

 内山 現代において「見える」世界を絶対化するのはお金だ。例えば岸本さんと私が 2人で同じバイトをして、岸本さんが1万円、私が9999円の日当をもらうとする。どう見ても同じようなものだが、「なぜ同じことをやって岸本の方が1円多いんだ」と、この1円の違いが大いに気になるわけだ。それほどはっきり「見え」てしまう。また、私は上野村で裏山を持っていて、裏山の木を切って風呂の薪にしているが、この作業は結構時間を食う。「この時間で仕事して原稿料などで薪を買ってくる方が合理的ではないか」と思うこともあるが、そこにはやはりお金には換算できない価値がある。近年は、すべてのものをお金で可視化してしまう社会のつまらなさに皆が気付いてきた。この世界で生きている以上、お金をある程度持って使わざるを得ないことは確かだが、お金に従属したくないという人がたくさん出てきているのではないか。

 島田 お金は社会分業を実現する手段だ。海幸彦・山幸彦の話のように、それぞれが得意分野に特化できるためにあったが、それが進化し大規模化・複雑化する過程で社会を支配する手段にもなってきた。そうした支配の仕組みの下では幸福が得られないと感じている若者が増えてきているということだろう。私が若いころは、それは「革命」と言う言葉に結び付いた。

維持できなくなってきた軍隊型の組織構造…。

 内山 確かに今の若者はそういった社会の仕組みをよく見ている。大きな組織のなかに入らないとどうしてもできない仕事もあるだろうが、大きな組織に入ると特有の問題が必ず発生して人間を蝕む。そういう嫌な空気が世界を覆っている実感を持っていると思う。

 岸本 大きな組織では、指導する立場と指導される立場が生じざるを得ない。軍隊のようなタテ型組織だ。お金をもらってもそういう組織では働きたくないと言える世の中になった。インターネットのおかげで働き方が多様化したからだ。働く時間の大半を決まった人の下で命令されて過ごすのは居心地が良くない。気心の通じた仲間とフラットに働く方法があることが知られるようになり、現に増えている。

 内山 近代の色々な組織の構造は軍隊を模倣して作られてきた。常に目下の人間が目上の人間に従うという軍隊型の組織構造は、産業革命のころに工場に入り込み、たくさんの人が命令通り動くという仕事の形ができ上がった。教育にしても、文科省、教育委員会、校長、教師……というピラミッドがあって、その下で生徒が学ばされてきた。そのような近代の仕組みのすべてが通用しなくなってきている。

 岸本 人海戦術で全員が同じ作業する「工場」という装置は、自動化のおかげで大半がなくなった。オフィスの仕事もコンピュータのおかげで多様化した。決められたことを素早くする時代から、何をすべきか考えてやってみる時代に転換した。

 内山 もちろん言われた仕事だけをこなすという働き方がまったくなくなったわけではないだろう。例えば、大型飲食チェーンではどこの店舗でも同じレシピで提供することになっているだろう。一方で、ある中華料理チェーンは、餃子のレシピは共通だが、各店舗の店長が独自メニューを開発することが認められており、そこに客が付いてきている。ミクロではそのような現象も見られ、ある意味で二極化してきているが、まだこれまでと異なる組織のあり方を組み込んだ資本主義はできていない。特に日本の場合、明確な階級社会である欧米と異なる社会風土の下で、どのように仕組みを作るのかという課題もある。その意味では、今が端境期なのだと思う。

「大文字の革命」から「小文字の革命」へ…。

 島田 新しい組織や社会のあり方が求められているようだ。

 岸本 日本の人口ピラミッドがつぼ型に変化したことは悪いことではない。上司の言うことを辛抱強く聞かなければ昇進できないということもなく、やりたいように生きやすい世の中になった。常識を疑いなんとかしてやっていく醍醐味を味わいやすい時代だと思う。高齢者数のピークを迎える45年以降の日本の将来は、本当に楽しみだ。私が「ホモデウスと日本」の連載において「これからの日本人はどう生きていくのか」というテーマを書く根底にあるのはこの認識だ。

 内山 今新しい考え方を組み込んで自分たちの仕事の場を作るというと、比較的小さい組織になってくる。規模としては従業員300人ぐらいまでが皆で協力して取り組みやすいだろう。300人を超えると管理部門が必要になり、管理する人と管理される人がどうしても分離し、皆で取り組むという形から離れる。年賀状をもらっても、300人ぐらいが個人を識別できる限界ではないか。ただ、大きい組織でやりようがないとは思っていない。どうしたら大きい組織のなかで何かを分散させ、小さな事業体の連合体みたいなものを作っていけるかということがこれからの課題になると思う。

 岸本 確かに、製造業などの中小企業は従業員数300人以下が原則だ。内山さんはかつて上野村で「新たな多数派の形成をめざすシンポジウム」を行われた。世間常識と違う価値を大切にして生きている「少数派」が集まり、都市でお金を稼いで働くことが当然の社会を問い直すイベントだった。社会はその後その方向に変化しているだろうか。

 島田 お金とは別の分業の手段として、SNSや暗号資産が発達してきた。SNSはお金をやりとりする価値を決める情報を、国や大規模な組織の意図から離れて得ることができる。また、暗号資産も、国の後ろ盾がなくお金とほぼ同様の機能を持つ手段として発達してきた。ともにこれまで作られてきた支配の仕組みから抜け出せる手段であり、かつ小規模な組織でも展開が可能だ。

 内山 社会に問題意識を持つ時、かつては「大文字の革命」で社会をすべて変えようとする考え方が普通だった。社会主義思想がその代表だ。それがこの半世紀の間に「小文字の革命」に変わってきた。新しいコミュニティーを作ったり、本当の意味での「ベンチャー企業」を興したり、自然とともに生きるために田舎に引っ越したり、社会全体から見ると目立たないが、それぞれがそれぞれの場所で違うものを作るという動きが少しずつ加速している。今、実はそれが相当のうねりになってきているのではないか。「小文字の革命」が連鎖して大きく社会を変えていくという新しい時代がもう始まっていると感じる。[B][L]

★連載「ホモデウスと日本」が書籍化されました
『生命の輝き ホモデウスの生還』
著者:岸本吉生
発行:金融ファクシミリ新聞社
定価:990円(税込)

――国民の多くは最初、N党に懐疑的だったが、最近はNHKの方がおかしいのかなと思い始めている。N党は何をやりたいのか…。

 浜田 一番はNHKのスクランブル放送化で、受信料を払いたくない人の権利をお守りするということ。そこが第一だ。その他NHKに関する問題は各種取り上げていて、ひとつ成果が出ているのが各家庭を回っていた悪質な集金人の問題だ。2019年の統一地方選挙において、悪質な集金人から皆さんを守るということ、基本的にはそれだけを訴えて多数の当選者を出して勢いに乗り、その数カ月後の参院選で立花さん自身が当選されて国政政党になった。

――緊急津波速報などもあることから、スクランブル放送化は問題があるという意見もあるが…。

 浜田 NHKは集金の自信がないのではないか。スクランブル化でお金を払っていなければ放送を見れないようにするというのは、NHKの放送に信頼がなければ維持できないわけだ。私はNHKに自信を持ってスクランブル化して、納得のいった人に受信料を払ってもらうようにすればスッキリするではないかと思う。大河ドラマが見たいから受信料払うよという人もいるし、NHKスペシャルもいい番組つくっているし、自信を持ってもらいたい。NHKは年間の受信料収入が7000億円くらいだが、集金のための営業経費に700億円くらい使っている。最近は集金を抑えているが、それでも使いすぎだろう。1日にしたら2億円で、スクランブル放送化すればその経費は減ることになる。大規模災害については、地上波民放テレビ各社と同様に最大推定震度5弱以上の地震が発生した場合にスクランブル放送を解除し、震度4以上が予想されるエリアに対して「緊急地震速報」を放送すれば良い。そもそもスクランブル放送化すると緊急津波速報等ができないという意見は、NHKの公共放送としての役割を国民が認識できていないという前提に立っている。放送法15条により本来NHKには公共放送の役割を国民へ伝えることも期待されているはずが、NHKはその役割を全く果たせていないどころか、放送法を盾にして国民から高い受信料を強引に徴収している。本来のNHKの在り方に立ち返るにはスクランブル放送が最適解である。

――NHKの組織自体はどうか。国民から強制的に受信料を徴収しているなかで、不明瞭な子会社がたくさんある…。

 浜田 上場会社ではないので情報の開示は限られるが、組織を複雑にしてわかりにくくしているというところはあると思う。複雑にすればいくらでも決算の数字などを操作できるので、赤字でしたということにして「受信料がやっぱり必要です。受信料を下げるわけにはいきません」ということもできる。番組制作や出版、オンデマンドなど収益を生みやすい部門を子会社化することでNHK本体の利益調整も容易になる。組織の構造的な部分は我々としても、もう少し研究をしなければと考えている。また、昨年では国際放送で中国人スタッフが暴走した尖閣発言の件がある。中国人をスタッフとして雇っているからこういったことが起こると言っても過言ではないわけで、我々としては国際放送をやるというのは日本の広報戦略上、重要だと思うが、そのためのスタッフを中国人とすることにNHKはなぜかこだわっている。中国語を話せる日本人にすればいいと言っても、そこは強硬に断られた。公共放送たるNHKは国民の理解を得るためにこれらの情報を透明化すべきところ、国民の理解が得られないことをNHKが行う背景には、前述した現在の受信料制度そのものに問題がある。

――中国人は中国本土の法律でスパイ義務もあるし、戦争になったら国の命令に従う義務もある。そういう人をNHKが雇って良いのか…。

 浜田 国民の反発はそれなりにあると思うが、なぜかNHKは聞き入れない。東海大学の山田吉彦教授がインターネット番組で話されたことには、NHKで中国語を担当されている中国人スタッフはしばしば中国大使館に行って何らかの話をしており、中国当局とは密接につながっている。そういった人物がNHKで中国語を話しているということだ。NHKに中国人の雇用にこだわる理由を尋ねても納得のいく説明が得られていない。幅広い人材を活用したいので、日本人に限るようなことはしないという趣旨のことを言っているだけだ。

――次の参院選に向けてどういった主張をして戦っていくのか…。

 浜田 我々は立花代表の考えに沿った綱領をつくっていて、というのも彼はNHKの元職員であって、2000年代序盤、NHKの職員の体質が腐っていることに耐えかねて、裏金作りを内部告発したという経緯がある。腐敗した組織を是正するために内部告発というものは非常に重要なものだと捉えているので、彼は内部告発する人を応援する。それ以外にも党は自由を重視しており、もちろん責任は伴うが、そういった綱領になっている。そしてその自由とは、人に迷惑をかけない範囲での自由だ。もっと具体的に言うと犯罪にならない程度の自由と言ってもいい。ケースバイケースになると思うが、たとえば彼自身が千葉県知事選挙に出ながら兵庫県で活動していたが、そういったことも法律に反することではないし、その範囲で自由に行動するということだ。

――「2馬力選挙」についても同じような考えか…。

 浜田 小西洋之参議院議員は立花代表が「2馬力選挙(立花氏が自身の立候補を通じて対立候補である斎藤氏を支援した)」という違法選挙をしたとX(旧ツイッター)でおっしゃっていたが、違法行為だと思うならすぐに告発しろよと、そういう趣旨で立花代表は小西議員をいま名誉毀損で訴えている。立花代表は法律をしっかりと遵守したうえでやっているし、それが証拠に今のところ選挙で告発されてもいない。要は2馬力選挙と言っても、具体的に投票を呼びかけなければいいと。立花代表が兵庫県知事選挙に出てやったことは「斎藤さんがいじめられている、みなさんには真実を知ってほしい。マスコミがこういうふうに扇動しているけど、そうじゃないんだ」と主張しただけで、斎藤さんに投票してくれとは一言も言っていない。彼自身は斎藤さんのやっていることをそこまで肯定しているわけでもない。ただやはり報道のやり方や兵庫県議会のやり方はおかしいよねという立場で、報道されていない重要なことを拡散することが目的だった。

――報道されなかった重要なこととは…。

 浜田 挙げだすときりがないが、一つ大きな焦点としては斎藤さんがパワハラをした結果、県民局長が亡くなったというストーリーが出来上がってしまった一方で、県民局長がもともと斎藤さんに対するクーデター計画を練っていたようだということと、県民局長の公用パソコンが押収されていたことは報道されなかった。経緯を時系列で説明すると、まず県民局長が24年3月12日に、斎藤元彦知事がこんなけしからんことをしたという怪文書を各方面にばらまいた。NHKや警察にもばらまいたし、竹内英明県議もそのうちの一人だった。その内容もひどく、斎藤さんのみならず個人名、会社名も入っているので名誉毀損にあたるものだった。それは正式な公益通報の窓口を通じた内部告発ではなく単なる名誉毀損、犯罪だと判断した斎藤さんが発信者の調査を始めて行き着いたのが県民局長だった。3月25日に県民局長のもとに行き、これはどうやって調べたのだと問い詰めたところ「噂話を集めました」ということで結局、県民局長は処分された。3月28日に斎藤知事が記者会見において、県民局長の言っていることは嘘ばかりで、しかも仕事中に怪文書の作成をしていたと発言した。県民局長は怪文書の発信により処分された後、4月4日に正式な窓口で通報を行った。

――最初の処分の対象となったのは公益通報ではないと…。

 浜田 3月12日の怪文書と4月4日の正式な通報とで全く違うことだ。斎藤知事の県民局長に対する処分が叩かれたが、正式な公益通報に対する処分ではなく、怪文書に対する処分だった。斎藤さんに投票した110万人ぐらいの兵庫県民はこのことを理解していたと思うが、未だにこの点を理解していない人達がいる。また、怪文書に対する処分の際に県民局長の公用PCが押収されたが、その中に不倫日記もあったし、それを業務時間中に書いていたこともわかった。あとはクーデター計画も書かれていたとのことで、これでは処分せざるを得ないだろうと。一方で、県職員の中にも県議会にも、反斎藤派の人たちが多数いた。どうしても斎藤さんを追い落としたい人は、その処分がけしからんと、文書問題を調査するために文書問題調査特別委員会(百条委員会)をつくったが、自殺した当の県民局長はどうだったかと言うと、百条委員会をつくることに猛反対した。調査の過程で証人が出てきて証言されてしまうと不倫日記の内容が公になるため、県民局長は相当嫌がったらしいが、県議会の一部の者が強引に進めてしまった。片山副知事は県民局長のことを思いやって、自身が職を辞すので百条委員会の設置をやめてくれと言ったが、結局、委員会が設置されたし、県民局長はおそらく不倫日記の内容が明らかになるのを苦にして自殺してしまったのではないかということだ。

――聞けば理解できる話だが、一般紙などに一切出てこない。兵庫県民はわかっているかもしれないが、多くの国民は何が起きているかわからない…。

 浜田 24年9月下旬に百条委員会はまだ続いていたが、県議会で斎藤知事の不信任決議案が出されて斎藤さんが自動失職し、県知事選をやることになった。一つのポイントとなったのが選挙直前の10月25日、百条委員会が秘密会として開かれていたが、その内容を明らかにするのは選挙が終わってからという不思議なやり方だった。そのときのやり取りの中で片山副知事が証人に出て、県民局長の公用PCの中に不倫日記があり、県民局長が複数の女性と不倫関係にあったという話を秘密会で話したところ、奥谷委員長が「そこは言わなくて結構です」と、なぜかその片山副知事の発言を制止した。さらに百条委員会の部屋から出たときに、そこにいたマスコミが片山副知事を取り囲み、「なんであんなこと言うんですか、責任取れるんですか」と詰問したのだが、増山誠県議がそれらの場面をすべて録音しており、そのデータを渡された立花さんが選挙戦の真っ最中に音声を公開した。これはとんでもないということで、県民の支持が斎藤さんに一気に傾いた。この暴露が大きかったと思うが、この内容はあまり報道されていないし、マスコミは斎藤さんを追い落とす目的で報道をしてきたので振り上げた拳をおろせなくなったのではないか。

――ジャニーズの事件と構図が似ているようだ。この件も海外のメディアへの露見をきっかけに、深く追及されることになるのでは…。

 浜田 今回の件は選挙中に週刊現代が記事にして話題になったが、ジャニーズの事件はBBCが報道する前は週刊文春が報道して、テレビは扱わなかった。似た構図かと思うが、今回は立花代表による暴露が奏功して選挙を覆すことができた。また、維新の会から兵庫県議の増山さん、岸口さん、白井さんの3人は、口外すべきでない情報を立花代表に渡したということで処分はされた。増山さんらがしたことは百条委員会のルールには反しているが、一方で兵庫県民が投票のために知るべき情報でもあり、正義の内部告発だった。マスメディアでは百条委員会のルール違反をしたことだけを強調して、正義の告発という部分が報道されていない。県民局長が出した怪文書は人事に不満を持っていたがゆえの斎藤知事に対するクーデター計画という目的があり、極めて個人的で内部告発を悪用していた。内部告発は正義の目的でなくてはならず、立花代表はその点が許せないという思いがあって強く関心を持ち、実際に兵庫県知事選挙に出た。

――7月の参院選での政策を改めて伺いたい…。

 浜田 6つの「ぶっ壊す」をつくっている。基本的には私が主導して作成したが、そこにマスコミの偏向報道を重視する立花代表のカラーも加えている。①電波メディア利権をぶっ壊す。②天下り、公金チューチューをぶっ壊す。③余分な税金大きなお世話の社会保険をぶっ壊す。④巨大な中央省庁のムダをぶっ壊す。⑤反日勢力やられっぱなしの弱腰外交をぶっ壊す。⑥居眠り議員、サボり議員、暴力を振るう議員をぶっ壊す。また、NHK党での活動とは別に、新たな政治団体(自治労と自治労連から国民を守る党)もつくった。自治労に関する問題を是正していくことを目的とした政治団体で、地方公務員の権利を守るためこちらの活動にも励んでいきたい。

――立花代表を襲撃した犯人が、その動機として立花代表が県議を自殺に追い込んだからだと供述しているが、N党の見解は…。

 浜田 兵庫県議であった竹内英明元県議が亡くなったことと立花孝志党首の発言との因果関係は不明だ。また、WHOの自殺報道ガイドラインには「自殺の原因を単純化したり、一つの要因に決めつけたりしない」とある。それにも関わらずTBSをはじめとした一部の報道機関が、あたかも立花党首の発言が竹内英明元県議を自死に追い詰めたという憶測を確定的なことの如く繰り返し報じていることは看過できない。TBSの番組「報道特集」をはじめとした事実に基づかない論拠に薄い報道が一方的になされた結果として立花党首が選挙運動中に暴漢に襲われ負傷するという忌まわしい重大事件を招くこととなった。殺人未遂で犯人は逮捕され、立花党首は大事に至らずに済んだとはいえ、万が一、立花党首が命を落とすことになっていたとすれば偏向報道を繰り返すTBSをはじめとしたマスコミはその責任は免れることはできないのではないか。憲法で保障される報道の自由には、平等で公平、且つ公正であることが求められていると承知する。報道機関によって公安が害されることがあってはならないと考える。しかし現状においては総務省や報道機関に期待することはできない。私は一国会議員としてTBSの非道を今後も国会で訴えつつ、多くの善良な国民の皆様に対してTBSスポンサー商品の不買運動などを地道に呼び掛けていきたいと思う。[B][HE]

――元金融庁総務企画局長として今の金融行政に思うことは…。

 池田 今や金融行政の外にいる人間であり、今の金融行政について逐一論じる能力はない。ただ、自身が現役の時代に手掛けた施策の現状と行く末には関心がある。今も規律として残っているものが少なくないが、なかには当初の想定とは違う方向に進んでいるように見えるものもある。その一つがコーポレートガバナンスだ。コーポレートガバナンス・コードは、東証が定めるものだが、東証と金融庁が共同で主催した有識者会議での検討を踏まえて策定されている。コーポレートガバナンス・コードの策定について、様々な意見はあるだろうが、多くの企業にとって必要な改革を進めるための一つの重要な契機にはなったのではないかと思っている。また、金融資本市場にもプラスの影響を与えたと言えるだろう。しかし、時が経過するにつれ、実態は当初掲げていたプリンシプル・ベース(原則主義)、コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を実施しない場合はその説明をする)という考え方からかなりかい離しているように見える。改訂を重ねる度に内容が詳細化し、マイクロマネージ(細かく管理すること)の傾向が強まってしまっているのではないか。日本市場においてはTOPIXなどで運用するパッシブ投資家が支配的な状況にあり、機関投資家は非常に多くの投資先企業を抱えることになるため、機関投資家によるチェックはどうしても形式的になりがちだ。企業からすると、説明をしたところで投資家の形式チェックに引っかかるだけなので、たとえ形だけだとしても、とにかく原則はコンプライ(実施)せざるを得ない状況となってしまう。プリンシプル・ベース、コンプライ・オア・エクスプレインと言いつつ、事実上義務化してしまっている。当初は、100社あれば100通りのガバナンスの姿があるだろうと考えの下、企業の置かれた状況を踏まえ、柔軟な対応が可能な枠組みとして構築されたはずだった。

――自由な企業行動の妨げになりがちだ…。

 池田 おそらく今の当局もそれをある程度認識していて、コーポレートガバナンスの「実質化」を掲げ、いわゆる「資本コストや株価を意識した経営」を強調している。それに沿ってPBRの改善も謳っているわけだが、PBRの改善には、企業が成長の実績を一つ一つ積み上げていくことで投資家の信認を確保し、成長期待を高めていくというある程度時間をかけたプロセスが必要だと思う。数字のみが先行し、PBR1倍割れに対して性急な対応を求める形となって、株価上昇狙いの自社株買いや増配を誘発するだけに終わってしまうと持続的な成長にはマイナスとなりかねない。実質化は正しい方向だと思うが、丁寧なやり方が必要だろう。

――昔とは異なり議決権行使など積極的に行われるようになってきた…。

 池田 コーポレートガバナンス改革の動きは、コードが示している考え方や当局の考え方を飛び越え、かなり自律的な動きを始めているように見える。最近では機関投資家の議決権行使が積極化し、議決権行使助言会社の影響力も拡大している。こうした自律的な動き自体はコーポレートガバナンス本来の在り方でもあり、望ましい姿だとも言える。しかし、少し気になるのが、形式的・画一的基準に基づく議決権行使や助言が行われる傾向が強まっていることだ。例えば、「社外取締役を何割、女性を何割、社内取締役の増員は認めない」など取締役会の構成について非常に形式的な数値基準のようなものが存在する。政策保有株式についても、コードでは保有してはいけないとは定めておらず、資本コストに見合ったものかを検証すべきとしているにすぎないが、実際の議決権行使や助言においては形式的な数値基準が存在し、それが企業を規律している。そうした形式基準は時が経つにつれてどんどん厳格化している。当局が実質化を目指すとしている一方で、現場では形式化が強まるという逆の動きが見られている。当局には、単純にこれまでの延長線で施策を考えるのではなく、コーポレートガバナンス改革が市場や企業経営にどのような効果・影響を及ぼしているのか、ひとつひとつ検証しながら歩みを進めていってもらいたい。

――顧客本位の業務運営に関する原則にも取り組まれた…。

 池田 私が当時、原則を策定した際には、金融事業者が当局ではなく顧客のほうを向いて顧客本位の業務運営を行うことにより、顧客本位の業務運営に係るベストプラクティスを構築していく、ということを展望していた。ちなみに金融庁は当時、フィデューシャリーデューティーということを随分と強調していたが、金融事業者からは「横文字でよくわからない」、「辞書をみてもでてない」とのお叱りの声があった。顧客本位の業務運営に関する原則を策定した背景には、こうした声にも応えて考え方を明確化したということがある。ここで、フィデューシャリーデューティーも同じことで、誰に対するフィデューシャリーかと言えばそれは顧客に対してだ。フィデューシャリーデューティーも顧客本位の業務運営も当局との関係においてあるものではなく、顧客との関係においてあるものだ。しかし、その後の進展を見ると、当局がエンフォースメント(実効性の確保)を強化している影響もあるだろうが、実際には事業者がかえって当局の目ばかりを気にした業務運営を強めているように感じる。そうしたことではマーケットは進歩しない。原則は、できるだけ金融事業者が顧客を向いて業務運営していくようにということを考えて策定されたものだ。行政指導のツールのようなものになってはよくない。何が顧客本位であるかは当局が考えるのではなく、金融事業者が顧客の方を向いて自分の頭で考える。そういう世界を作りたかったが、実際は逆になってしまっているというのが私の懸念だ。

――フィンテックも推進された…。

 池田 私が局長時代の2016年に資金決済法、2017年に銀行法を改正し、フィンテックの旗振りをした。10年経過した今、当時の想定と比べると現実は緩やかに推移しているというのが私の印象だ。欧米や中国などのビッグテックの動きについても当時の想定と比べると緩やかだったので、結果としては平仄が採れているという形ではある。ただ、この間に金融機関のいわゆる「自前主義」が後退し、金融機関とその他の事業者が連携する、いわゆるオープンイノベーションの意識がかなり高まってきている。キャッシュレス決済、組み込み型金融、オンラインでの本人確認、会計サービスや契約サービスなどの金融の周辺サービスの高度化が進んだ。最近では法人間の決済においてステーブルコインを利用する動きも見られている。将来に向けた変化の兆しがいろいろと表れてきており、今後大きな成果につながっていくことを期待している。そうしたなか、当局においては金融規制の在り方が問題となる。総論的に言えば、利用者保護とイノベーションの両立が大きな課題となるだろう。利用者保護は重要だが、初めから規制のハードルを高くしすぎるとイノベーションの芽がつぶれてしまう。よいバランスをとっていってほしい。

――暗号資産を金商法に位置付ける進展が見られてきた…。

 池田 暗号資産のマーケットの動きを見ると、証券市場で学んできた者からするとびっくりするような動きもあるが、現実に資産運用の場として存在していることから、当局の立場としてこれをどうしていくのか考えていかなければならない。私が局長時代、暗号資産については金融庁があまり近づくべきものではないという考え方も一部であったと思うが、資金決済法を改正して暗号資産(当時は仮想通貨)を規定し、日本の金融法制に位置付け、規制をかけた。その後に登場してきたICO(新規暗号資産公開)やステーブルコインも法律上にきちんと位置付けられた。米国ではまだ法律の位置付けが非常に曖昧で、SECの行動に対して予測可能性がないとの批判もあった。トランプ政権下になって新しい動きが出てくることが想定されるが、日本では幸いにして法的位置付けがはっきりしており、また業界団体における自主規制もあり、当局と業界が一緒になって規律付けしていく枠組みができている。その枠組みを活用して利用者保護とともにイノベーションの実現を図っていくことが重要となる。日本のように法的枠組みがはっきりしていることには多くのメリットがあると思うが、同時に、そうした法的枠組みは絶えず進化させていかなければイノベーションの足かせともなり得る。

――金融庁は常に考えなければならない…。

 池田 民間セクターに身を置くようになってからよくわかるようになったことだが、当局は問題を把握して行政対応をとる際に、相手方当事者がどう反応するか、そして最終的にどういう結果が生じるかを考えたうえで行政対応を選択しなければならない。そうしないと、とりわけ真面目な事業者に過剰反応を生んで、オーバーコンプライアンス(過剰な規制対応)を招きかねない。金融事業者からすると金融庁はやはり怖い存在だ。当局は過剰反応が起きることも想定し、それを織り込んで、うまいところに落ち着くよう行政対応を取らなければならない。また、平成バブル崩壊以降、金融システムの安定化に長く関わってきたが、その経験から言えることは、金融システムの安定には金融当局の信認が極めて重要であること、そして、そうした信認を高めるには時間が掛かる一方で、失うときは一瞬で失うということだ。そうした経験を踏まえれば、当局の行動がとかく慎重になりがちとなることはよく理解できる。しかし、金融システムを考えるうえでは、安定とともに金融機能の適切な発揮も求められる。金融システムに深刻な影響を及ぼすようなリスクについては確実に対処していかなければならないが、そうでないものについては当局もある程度柔軟に考えていかないと過剰対応を生じさせる。コーポレートガバナンス・コードの策定に際しては、適切なリスクテイクとそれによる収益の獲得、稼ぐ力の向上ということが言われていたが、そのように言うならば当局もある程度リスクテイクをしなければというところはある。

――仕組債がいい例だ…。

 池田 仕組債については確かにかなりリスクの高い商品が存在し、それを投資判断能力の低い人に販売していたなど問題があったのだろう。それに対して当局は、顧客本位ではない、仕組債が悪い、という形で問題視した。しかし、本当は、販売の仕方、すなわち、適合性の原則が守られていない、説明義務が果たされていないという形で問題視すべきではなかったか。結果として、仕組債はすべて悪いものだと受け止められるようになってしまっている。しかし、仕組債は仕組み方でとても大きなリスクがある商品にもできるが、そうではないマイルドなミドルリスクな商品も作れるという極めて重要な金融技術だ。金融庁は東京国際金融市場の発展を標榜していると理解しているが、そうした金融技術がタブー視されるようになっては東京国際金融市場などとても実現するとは思えない。金融ビッグバン以降、商品性を規制するのではなく、説明の仕方や適合性を規制するというのが規制の流れだったと思うが、今回の進め方はそれとは異なるように見えることが気になる。[B][X]

――読書のペースと本選びのコツは…。

 松田 年120~130冊くらいだろうか。2~3冊並行して読んでいるので、「3日で1冊」とかいう感じではない。ドキュメンタリーや歴史ものの比率が高く、知っている事実や登場人物が多く出てくるから、結果的に速いペースになるのだろう。座って通勤できる場所を選んで住んできたので、毎日最低1時間は読書に充てられる生活を続けてこられたことも、結果的に人生を豊かなものにしてくれた。本選びの手掛かりは、主に経済新聞や経済雑誌の書評と広告。あとは、日本橋の丸善を週2回ほど徘徊(はいかい)して気になったものを求める。手に取ってみることなしにネットで求めることはないので、幸い「はずれ」になる確率は低い。まれに「はずれ」に当たっても、並行して読んでいると、具体的に「何日損した」という不快さを感じないで済むメリットもある(笑)。多分人と変わった自分の習慣は、毎週日曜の夜に「来週何を読もうか」と30分以上かけて本選びをすること。飲み会が多い週は帰りの電車で眠くなるといけないから、堅いものや長いものは読まないとか。これは結果的に読書の質を随分高めているように思う。

――新刊が中心か…。

 松田 ほぼすべて新刊本を買って読んでいる。電子書籍も図書館も全く利用しない。「知人や友人が書いた本は、真っ先に読んでコメントを送りたい」という、これもちょっと変わった欲望があるので、そうした本は歯応えがあっても優先して読む。一方、「手元に置いておきたいが、今は読み時じゃないな」と、5年も10年も本棚の背表紙を眺め続けている本もある。例えば今、『年をとって、初めてわかること』(立川昭二著)という17年前に出た本を読んでいるが、買っておいて、しかも今読み始めてよかったとしみじみ感じる。大げさかもしれないが、自分の心が熟成して、本とマッチングするタイミングというのがあると思う。本棚を見ると、その人の趣味だけでなく価値観や性格まで分かると言われる。確かに人の家に行くとつい本棚の本が気になってしまうが、心の中をのぞくような気がして、なるべく見ないようにしている。自分としても、家族が自分の本棚を見て「え、この人こんなこと考えてるんだ」と思われるのはちょっと怖い。ネットの検索履歴を人に見られるのと同じような気分だろうか。

――読書家によくある「置き場所」問題とかは…。

 松田 当家の住宅事情からすると、当然ある(笑)。なので、処分する本の選び出しや置き場所作りにも結構時間をかけているが、それは全く苦痛ではない。関西に住む母が年齢的に本屋にも図書館にも行きづらくなったので時々まとめて読んだ本を送るのだが、それが脳の刺激にもなり、またこの歳になって息子と価値観を共有できる気がして喜んでくれているようだ。しかも本の一部は、自分の姉にも送っているそうなので、これだけ紙の本を有効活用している家族はあまりいないのではないか(笑)。

――読むジャンルは…。

 松田 1つ目は経済・金融・国際情勢に関するもの。日銀と外国為替関係の会社と併せてこれまでの人生の3分の2に及ぶ43年間勤めたこともあり、知人などが書くこれらの分野の本は、現在の自分の生き方にも刺激になることが多い。2つ目は歴史を扱うもので、どうしても幕末から終戦までの激動期を舞台とするものの比重が高い。3つ目は信仰に根差す芸術に関するもので、具体的には宗教音楽・絵画、寺社・教会建築や庭園、仏像など。それ以外にも日本語論、刀・武道、書道、天文学など、脈絡はないが読み散らすのが楽しい。

――読書歴で印象深い本は…。

 松田 『齋藤隆夫かく戦えり』(草柳大蔵著)は、戦前に勇気ある粛軍演説・反軍演説を行った同郷の政治家の伝記だ。『あなた』は歌人・河野裕子の歌集で、彼女の没後に夫の永田和宏氏(歌人・細胞学者)とその子らが選歌したもの。「家族とは何か」を問いかける。歴史物では、司馬遼太郎はほぼすべての作品を読んだが、『壬生義士伝』(浅田次郎著)、『魔群の通過』(山田風太郎著)の印象が今も鮮烈だ。特に前者は、朝の通勤電車で軽い気持ちで読み始めたところ、涙がボロボロ出てきて「これはいかん」と慌てて本を閉じたことが忘れられない。アメリカの大統領の回顧録にも参考になるものが多い。ニクソンはネガティブなイメージが強い人だが、『指導者とは』は名著として知られるし、フーバーの『裏切られた自由』は、米国がもともと自国中心の国であることを改めて認識させ、トランプが再選された背景の理解も進む。このほか、『日の名残り』(カズオ・イシグロ著)の味わいもすばらしい。

――経済関係では『ガバナンス貨幣論』を挙げた…。

 松田 経済関係の本は数年経つと、どうしても内容が古くなっていく。そうしたなかで最新の議論を取り入れつつ通説にも挑んだ意欲作で今も座右に置いているのが、預金保険機構理事長を務めた田邉昌徳氏が著した『ガバナンス貨幣論』だ。アリストテレスから池上彰までカバーする著者の知識の該博さに圧倒される。今も著者と親しい関係が続けられるのも、こうした本を通じた縁のお陰だと思う。私は真っ先に読むだけだが(笑)。

――読書の意義とは…。

 松田 「生きる糧」といった答えをする人が多いと思うが、私にとっては「自分あるいは今身を置いている時代が、大きな流れのなかで一体どのように位置付けられるか」を知るための「座標軸」探しだ。自分の苦しみや世界が直面する難問について、「昔の偉い人だってこういうことで悩んでいたんだ」「いや、難しそうに見えるが、似たような事例は前にもあったぞ」と分かると、気持ちが軽くなったり解決策が見つかったりする。それが、読書の最大のメリットだと考えている。

――自分を客観的に見ることができるということか…。

 松田 その通り。「座右の銘」を聞かれると、ある日銀の先輩が勧めてくれた本のなかで評論家の内田樹氏が書いている言葉をアレンジしたものを答えるようにしている。それは「本当に賢い人とは、常に正しいことを言う人ではなく、何を話す時も『自分の言っていることは間違っているかもしれない』との自覚を持ちながら話せる人だ」というものだ。「座右の銘」など、探しても簡単にしっくりくるものは見つからないものだが、人の勧め(これも縁)で読んだ本のなかで自分を客観化、相対化して見れる言葉にめぐり会えたのは幸せだ。[B][L]

――日本の酪農の現状は…。

 隈部 酪農は配合飼料を輸入に頼っているため、2019年末に始まったコロナ禍で輸出入が制限されたり、ロシアのウクライナ侵攻で配合飼料の原料となる穀物価格の高騰や、現在も円安状況が続いていることなどで大変厳しい状況にある。さらに生産資材や燃料費が上がっていることで、牛の飼養コストも高くなっている。また、肉用子牛を売る際になかなか買い手がつかず、子牛価格の下落による収益低下も酪農経営を圧迫する要因となっている。飼料を国内産で賄おうと試みているが必要量には足りない。そこで我々は、数年前から大手乳業メーカーに対して生乳価格を上げるように申し入れ、乳価交渉を進めた結果、2022年11月、2023年8月に飲用等向け乳価を各10円引き上げることが出来た。その後も乳価交渉を重ねてはいるが、一方で牛乳の店頭価格が上がったことで、消費者が牛乳の購入を控えるという状況に陥っている。乳価を上げなければ酪農経営は成り立たないが、上げると消費者が購入を控えるので、牛乳・乳製品が売れなくなる。難しいところだ。

――酪農危機への政府の対応は…。

 隈部 農林水産省はコロナ禍になる以前から、酪農家の後継者不足と生乳生産量の減少を案じ、国内の酪農を盛り上げるために「畜産クラスター事業」と称して、政府が半額補助金を出して生乳の増産に取り組むといった補助事業を始めていた。その頃に丁度コロナ禍となったので、学校給食の停止や外食産業などが低迷し、牛乳・乳製品の消費が減退してしまった。「畜産クラスター事業」によって増産となった生乳が余ってしまうことになり、酪農家は生乳生産の抑制を迫られることになった。酪農を始めるためには約2億円の資金が必要となる。「畜産クラスター事業」で酪農を始めた人は、当時、政府から1億円の補助金を貰い、残りの1億円は銀行からの借り入れ等で新たに酪農事業に取りかかっている。借入金返済のためにも増産して収入を増やす必要があるが、政府から生乳生産の抑制を迫られてしまっては、「畜産クラスター事業」を利用した酪農家はどうしようもない。

――為替はどの程度であれば望ましいのか…。

 隈部 為替がもう少し円高方向に動き、全体的に賃金が上がって消費が伸びてくるようになれば、少しは安心できるのだが、なかなかそうはならない。大企業の賃金は上がっているようだが、中小企業は賃金を上げる余裕などないのではないか。また、賃金の格差から中小企業では人材を集めることも難しくなっている。海外から日本へ出稼ぎに来ていた外国人も、この円安で日本を離れてしまい、別の国に労働先を求めているような状況だ。もちろん酪農経営にも自助努力は必要であるが、それだけではどうしようもない部分があるのは確かだ。

――酪農経営の合理化策や、今後、全酪連として取り組むべき事は…。

 隈部 今は酪農もDXが取り入れられており、搾乳もロボットが行うことが出来る。そのロボットは1台3~4千万円と高額ではあるが、1台で60頭程度の牛乳を搾ることが出来るため、人件費を考えて導入する酪農経営者もいる。また、AIカメラを使って牛の食欲具合を感知したり、センサーで牛の発情期を検知したり、病気を発見することも出来る時代になっている。全酪連ではそういった指導の他、牛を健康的に育てていくための給与メニューの提案や、牛の飼料販売、加工乳製品の製造販売などを行い、その利益を酪農家に還元することで酪農の未来を支援している。高齢化と後継者不足で酪農家は1万戸を切った。そして日本の食料自給率は38%と低い。農林水産省は昨年6月に「食料供給困難事態対策法」を公布したが、いざという時にだけ農作物を作ることなど到底できない。もっと、平時から日本の農業を守っていくというより強い意識が政府には必要だ。乳製品においては、生乳換算で年間1200万トンのマーケットがあるのだが、その内730万トンが国産生乳で、残りは輸入乳製品となっている。我々は政府に対して、この輸入部分を少しずつで良いから国産生乳に置き換えていくべきだと提言している。ただ、日本では飲用での生乳価格とチーズやバター等の加工乳製品用の生乳価格が違うため、生産者としては乳価の高い飲用として生乳を売りたいという思いがある。そのため飲用と加工用の差額分をなくすような補填金が必要だと考えている。すでに北海道などではこのような制度が利用されており、それをもっと全国的に広めていく事が出来れば、輸入部分を国産に置き換えることは可能になるだろう。そのようにして食料自給率を上げていかないことには、日本の酪農、延いては農業が駄目になってしまう。

――日本政府は自動車輸出と引き換えに海外から沢山の農産物を購入しており、その結果、日本の農家が犠牲になっているという面もある…。

 隈部 農業は国土保全の根幹だ。しかし、先日、農林水産省は「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」の中で、当初780万トンだった生乳生産の目標値を、5年後にも現在の生産量730万トンを維持する方向でいる。政府に増産の目標を示してもらわないと、酪農家の意欲は削がれてしまう。若い経営者や後継者がいなくなり土地が荒れてしまうと、いざという時にも食料がつくれず、国土保全も出来ない。政府はもっと将来の農業に対して真剣に向き合うべきだ。もちろん、自動車産業が好調であれば国の税収が増え、それが食料安保として日本の農業に分配されているという利点もあるため、農業が自動車産業の犠牲になっているとは一概には言えないが、日本政府にはもっと真剣に、持続可能な酪農・農業の生産システムを議論してもらいたい。

――酪農家の自助努力と政府支援の両輪で、日本の酪農を未来へ繋げていく…。

 隈部 今、世界の人口は82億人で、特にアジアの人口は増え続けている。同時に食料消費量も増大しており、アジアに対しては世界各国から食料を供給している。もちろん日本もアジアに供給しているが、現在の日本の生産量ではなかなか追いつかない。それほど、食糧危機は目の前の問題として存在している。しかし、今の日本の若者は飽食の時代に育ってきたためか、食に対する意識が希薄だ。「将来食料がなくなるかもしれない。」という、ことの重大さが分かっていない。実際に数年後に食料がなくなった時に、慌ててその対策を考え始めるのだろうか。以前、バターが不足して供給されなくなるという報道があった時、消費者は我先にといつもよりも余分に購入しようとした。そうすると商品不足がさらに加速して、流通にも影響が出てしまうのだが、そういったことは考え及ばない。そのような消費者行動を止める術もない。我々に出来るのは「持続可能な酪農の構築」を目指して、しっかりとした酪農経営者の指導に努めていくことだ。そして、今後もメーカーと乳価交渉を行っていくと同時に、適正価格で牛乳・乳製品の販売が行えるように、消費者へ牛乳の価値の理解を求めていきたい。[B]

――トランプ氏により米国が「パリ協定」から離脱した…。

 田中 もう少し時間が経たないとわからない部分もあるが、米国の「パリ協定」離脱は世界に大きなインパクトを与えた。ただ、トランプ氏の言にかかわらず、環境リスクについては深刻に考えるべきだ。昔から温室効果ガス増加と地球環境問題との因果関係を疑う見方があるが、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」では、温室効果ガスの排出の増加によって温暖化や地球環境悪化が進んできていることは確かだとされている。昨今は数十年に一度の異常気象や自然災害が高頻度で起こっており、この状況が続けばより深刻な事態となる可能性が高い。ユヴァル・ノア・ハラリ氏は著書の『サピエンス全史』で、他の種を絶滅させながら繁栄してきた人類が21世紀に人類自身を絶滅に近付けるリスクとして、核戦争、地球環境問題、人工知能(AI)の3つをあげている。コロナ禍ではたくさんの死者が出たことで伝染病に対する世界の認識が新たになったが、ウイルスは種の存続のために人類を絶やせない一方で、地球環境の悪化は人類を絶滅させるリスクがある。楽観視せず、積極的にリスクに備えることが重要だ。

――経済安保の観点からEUは中国製電気自動車(EV)などへの課税を強化している…。

 田中 既にヨーロッパを中心に世界的に脱炭素の取り組みがビジネスになっている。各国政府の「ネットゼロ(温室効果ガスの排出量を全体でゼロにすること)」の宣言を受けて、メガテックや自動車メーカーなど、脱炭素をビジネスに組み込んでいるグローバル企業が増えてきた。それらの企業は脱炭素に取り組まない会社からは部品や素材を買わなくなっている。従って、米国政府が規制を緩めても、世界的なバリューチェーンで生き残ろうとする企業の脱炭素へのモチベーションは変わらない。そして、世界のリーダー企業の方針には日本企業も従うことになる。例えば、ソニーグループは既に、少なくとも米アップル向け製品については脱炭素の条件を満たさなければ取引できなくなっている。半導体関連企業が九州や北海道に工場を作る理由の一つは、風力・太陽光やCCS(二酸化炭素[CO2]回収・貯留)の敷地があることだ。自動車メーカーと取引のある鉄鋼メーカーも、脱炭素化が求められて試行錯誤している。このような状況の下、これからのエネルギーのトランスフォーメーションは、供給サイドがどういう電源、熱源を供給するかではなく、需要サイドがどういうものを使いたいかによって決まると言える。メガテックをはじめとした大企業が脱炭素化をやめることが考えにくい以上、各国は取り組みを続けるだろう。

――世界一CO2排出量の多い中国がEV市場を席巻している…。

 田中 中国は安全保障戦略として脱炭素の取り組みを進めている。多くの国がネットゼロ実現の目標年を2050年に設定するなか、中国は2060年と宣言。EVの普及・拡大、鉄道網の整備、太陽光・風力・原子力発電所の建設などに取り組んでいるが、すべてあくまで国内の石油・ガス・石炭の需要を減らし、中東、ロシア、米国の資源にできるだけ依存しない体制を作るためだ。ある時、私は人民解放軍の元将軍と議論する機会があったが、彼は「われわれは地球環境のために脱炭素をやっているわけではない。国の安全保障のためだ」とはっきり言っていた。実際に中国の石油需要は減少しており、最近のデータでは、中国の石油需要のピークは2023年で、世界の石油需要もほとんどピークを迎えた可能性があると言われている。中国のEVへの投資は、ガソリン車ではドイツ製などと比べて競争力が劣ることも要因だったが、今では中国製EVはヨーロッパで大きな競争力を獲得している。中国の戦略はとても賢く、日本も真似しなければいけないと思う。地球環境も重要だが、むしろ国の安全保障のためにエネルギーポートフォリオを考えていくべきだ。

――脱炭素の取り組みをやめる資産運用会社も目立つ…。

 田中 世界最大の資産運用会社ブラックロックをはじめ、ウオールストリートは完全にトランプ氏の言動を見て動いているが、トランプ氏との関係でリスクを抱えることを防ぐためにはやむを得ないと思う。ただ、これは理屈の問題で、国の安全保障のためにどこにカネを出す必要があるかという議論において、企業が地球環境ではなく安全保障のためにカネを出さなければいけないというルールをつくれば、同じところに違う名前でカネが行くことになる。トランプ氏や一部企業が「脱炭素」というワードを使いたくないとして、それを踏まえたうえで違う議論ができるのではないか。また、トランプ氏が「脱・脱炭素」をどこまで実行するかという点も慎重に見ていかなければいけない。例えば、トランプ氏はバイデン政権のインフレ対策法(IRA)が定めたCCS事業への補助を打ち切ることはできないと見られている。共和党支持者が多数を占める「赤い州」の多くは経済が疲弊しているが、石油・ガス・石炭が産出されCCSに活用できる広大な土地がある傾向がある。CCSは米国の石油・ガスメジャーのビジネスとなり、「赤い州」の経済を支えているのだ。一方、EVに対する補助金はやめるかもしれないが、中国の電気自動車はそもそも安いので、影響が小さい可能性がある。そういう風に見ていくと、そう簡単に世界の流れが変わるとは思えない。

――日本はどのような対応をとるべきか…。

 田中 トランプ氏が「脱・脱炭素」を訴えている今がチャンスだ。私は、日本は率先垂範して脱炭素の新しいモデルを作るべきだと考えている。日本は、水素やアンモニアのサプライチェーンを作ることと、風力・太陽光・原子力発電を活用することで、できるだけ対外依存度を下げていくことが必要だ。そのうえで、国が補助をする、つまり国民が高い電気・ガス料金を支払う必要もある程度あるだろう。ゆくゆくはそれが世界標準になり、コストが下がっていくはずだ。

――脱炭素の新しいモデルとは…。

 田中 液化天然ガス(LNG)の時と同じように、水素とアンモニアにおいて日本が世界初のサプライチェーンを作れば、これは大きな競争力になる。LNGの導入は、エネルギーの世界での日本の最大の貢献だ。かつて、天然ガスは石油と比べてCO2などの排出量が少ないことは知られていたものの、海上輸送は極めて困難でコストがかかるとされていた。しかし、東京ガス、東京電力が中心となって大規模な投資をして、船や液化施設、液体のガスを気体に戻すシステムを作り、1969年にアラスカからのLNG輸入が初めて実現。今ではLNGはコモディティとなり、韓国や台湾で導入され、ウクライナ戦争でパイプラインが止まったヨーロッパの窮地も救った。しかし、これから同じことをするにはハードルの高さもある。当時、LNGの導入という大プロジェクトが成功したのは、総括原価方式の下、基本的にすべてのコストを利用者に転嫁することができたためだ。ところが今、電力・ガスは自由化されている。経産省はGX債から水素導入の後押しに3兆円の補助金を出しており、やっていることは正しい方向だと思うが、3兆円では全く足りない。例えば、兆円規模の電力やガソリンの補助金をやめ、水素普及への投資に割り当てるぐらいのことをしないといけない。「日本が生き残る道はこれだ」と国民的理解を促し、国をあげて力を入れていく必要があると思う。

――原発の再稼働にも問題が多い…。

 田中 福島原発事故に対するけじめがつけられていない。そもそも、東京電力に事故処理や柏崎刈羽原発の再稼働その他を任せることに無理がある。東電は原子力事業を売り出し、関西電力を中心とした原子力会社を作ったうえで、風力・太陽光の電力の調達も行う東西の電力の送電企業になるのが良いと思う。原発は、そのような電力市場の大改革とパッケージにしないとうまくいかない。東電も、それぐらいのことをしないと再生できないのではないか。また、大型原発はリスクやコストが大きすぎるという点で、データセンターや工場などの近くに建設する小型モジュール炉(SMR)の活用も検討すべきだ。脱炭素化においては、これまでのやり方にとらわれず、発想の転換が必要だ。[B][L]

――レコフは2016年にM&Aキャピタルパートナーズ(MACP)と経営統合したがMACPはじめグループでの連携は…。

 小寺 各社の長所を活かした連携を実施している。特に重要視しているのが、知識やナレッジの共有。現在、MACPグループ全体で年間200件以上のM&Aを支援する中、創業から40年近くレコフが蓄積してきたM&Aに関するノウハウをグループ全体で共有している。また、M&A仲介業界で唯一のシンクタンク機能を持つレコフリサーチ部は、マクロ視点から経済や様々な業界について、日々分析を行っており、その分析内容や知見もグループで共有するなど、様々なグループ全体での情報共有によって、クライアントへの支援の質を高めている。

――年間何件くらいの案件に携わるのか…。

 小寺 レコフでは約20件、MACPグループ全体では200件以上になっている。レコフでは、コンサルタントの若返りが進んでおり、これから人員数、案件数をともに増やしていく段階だ。古くから活躍しているシニアメンバーも多く在籍しており、組織の若返りを進めるとともに、経験豊富なシニアメンバーとの相乗効果の創出を進めている。

――レコフの得意分野は…。

 小寺 得意分野というより強みとなってくるが、レコフは国内M&Aの創始企業として40年にわたりM&A助言業務を行ってきており、これまでの信頼と実績で積み上げてきたブランド力を活かしている。MACPグループでは、「正しいM&A」をクライアントに提供することを掲げているが、レコフでは創業以来、実際に実践してきた自負があるため、これまで通りのレコフのM&Aをクライアントに提供し続けていくことが、逆に他社との差別化につながっていくと思う。具体的なメリットでいうと、クライアントへのアプローチの際、アポイントを取るときに「40年前からやっているのでこの業界では老舗です、安心してお話を聞いていただけます」と言えるのが大きな強みになっている。また、業歴の長さから過去の取引で当時M&Aのご担当者だった方が、要職についているケースも少なくなく、東証プライム上場の売上数千億円、数兆円規模の企業の経営陣にアクセス可能なケースが多いこともレコフの大きな強みだと考えている。

――最近一番大きかった案件は何か、また手掛けたいディールの規模感などは…。

 小寺 最近で言うとヘルスケア業界の案件で売上高は約100億円規模の企業様のご支援をさせて頂いた。これ以外にも手数料合計が1億円を超える大型案件も複数成約実績がある。将来的には経済紙の一面に掲載されるような超大型案件を取り扱いたいという思いは常々持っている。レコフはこれまで、大企業同士の経営統合やカーブアウト案件などを強みにしていたので、この部分も活かしつつ、事業承継のマーケットも大きく伸びてきているので、そこも取りながら両軸でできる会社にしたい。加えてベトナムを拠点としたクロスボーダー案件を手掛ける部署もあり、この3つのセクターで、これまでのレコフが手掛けてきた規模感のディールを全員一丸となって手掛けていきたいと思う。

――ベトナムでの事業はどういったものか…。

 小寺 日本企業がベトナム企業に出資を行う案件(in-оut)、ベトナム企業が日本企業に出資を行う案件(оut-in)の両方に関わっている。実績としては、コロナの影響や法制度、文化の違いにより多少苦戦はしていたが、今期はしっかりと出来そうな形になっている。また、ベトナムでは毎年、計画投資省がビジネス界や投資家、政府関係者などが一堂に会する「ベトナムM&Aフォーラム」というM&A市場の動向や展望、関連法規制、政策提言などについて議論するイベントを開催しており、レコフはベトナム国内外におけるM&Aアドバイザリー活動を認められ、「ベストM&Aアドバイザリーファームオブザイヤー」を22年以降3年連続で受賞している。案件としては、日本企業によるベトナム企業の買収あるいは、ベトナムに置いている子会社を現地法人に売却するといった案件の実績が多い。レコフ創業者の吉田(吉田允昭氏)は、人材育成を通じた日越発展を願い、ベトナムで人材教育・研修事業を行っているエスハイ社における高度技術者学生に対する奨学金制度を立ち上げたほか、同社の新校舎建設にも支援している。ベトナムは親日国で、勤勉な気質も備えており、ベトナムに進出したい日本企業も多く、レコフのクロスボーダーM&Aの原点でもあるため大切にしていきたい。また競合他社もクロスボーダーM&Aを強化しつつあるので、ASEAN地域を中心とした展開領域の拡大についても検討している。

――日本の税制も大きく改善され、M&A仲介会社もとても増えた…。

 小寺 支援機関に登録している業者は2800社ほどあり、半数くらいがここ数年で始めた業者だ。従業員も1~2人という会社も多数存在している。業者が増えれば、その分サービスの質の低下が起こることは必然ではあるが、悪質な買い手のトラブルが最近話題となっている。売り手側のオーナーに後継者がおらず本当に困っているときに、M&Aによる事業承継の提案があれば、渡りに船で、あまり詳しい検証をせずに乗ってしまうケースも多いと思われる。オーナー自身も会社の借入金に対する経営者保証があるケースも多く、買い手側はその経営者保証を「解除する」と言うのだが、数ヵ月、半年経っても解除されず、結局現金だけ抜かれてしまい、経営者保証は前オーナーに残ったまま、音信不通になってしまうというケースが問題となっている。同じ業界でこのようなトラブルが発生していること自体が信じられないが、引き続き業界の模範となるべく襟を正して「正しいM&A」を推進していきたい。今までであれば契約を締結し、クロージングが完了すれば、役務提供は終了していたが、今後は対価がすべて払われているかどうか、経営者保証自体もすべて解消されているかどうかまで確認する必要がある。本当に最後まで責任を持って仕事をすることが、レコフでは今、当たり前のルールになっている。これからも先駆者としてクライアントから期待と信頼をいただける仕事を続けていきたい。[B][HE]

――「シンボルエコノミー 日本経済を侵食する幻想(祥伝社新書)」を著された…。

 水野 1986年にP・F・ドラッカーが著した「マネジメント・フロンティア」にも既に記されているのだが、日本においてもシンボルエコノミー(金融資本市場)がリアルエコノミー(実体経済)を圧倒するようになってきた。そしてそれは、今の日本経済に大きな影響を与えている。例えば、正社員を解雇する事が難しいため非正規雇用を認めてほしいとの企業の声に応える形で労働市場の規制緩和が起きた。そうしたことで格差がどんどん広がってしまった。1990年代に日本のバブル崩壊や金融危機を経験した企業経営者は、将来の不確実性を理由に労働者に我慢を強い、その後も長い間あたりまえのようにその状態を続けてきた。日本人は皆、物分かりが良かったのか、それを搾取だと言う人はいなかった。しかし、個人が保有する金融資産を見てみると、現在の日本人の個人金融総資産が約2200兆円ある中で、日本人の20%強の人が「金融資産が無い」と言っている。調査機関は違うが1987年に金融資産が無いと答えた人の割合は約3%で、その間、貧困層が急速に増加するとともに、格差がますます拡大してきたことがわかる。そして、日本ではこうした社会の暗さを反映し、最近、中学、高校生の自殺者が過去最多となっている。

――金融資本市場が実体経済を大きく上回ってきたことで、貧富の差が大きくなり、それが国の分断や崩壊を引き起こしている…。

 水野 米国では共和党と民主党の2大政党で、特に2014年以降は右と左にきっぱりと分かれて中庸がなくなり、妥協の余地もなくなっている。また、世界にはビリオネア(10億ドル超の純資産を保有する人)が2024年11月時点で2769人いて、その数も資産高も増えている一方で、世界の下位6割の人(47.7億人)は純資産を減らしているという調査結果が出ている。そして米国の格差は、統計調査の始まった1820年頃から広がり続けている。今、米国で一番問題になっているのが自殺、アルコール中毒、薬物中毒だ。これら3つをまとめた「絶望死」は1999年から急激に上がり始め、現在では米国10万人当たり45.8人となっている。フランスの人口統計学者エマニュエル・トッドの試算では、自殺者が10万人あたり30人を超えると国家危機が起こるとされている。実際にポーランドや東欧諸国、そしてソビエト連邦が、自殺率が上がり始めて約20年で国家が崩壊したというデータがあり、米国ではアルコール中毒死と薬物死を含む数字ではあるが、45.8人という数字は30人をはるかに上回っており、米国もすでに崩壊状態にある事が考えられる。

――今、世界中が危機的状況にある。資本主義社会の今後は…。

 水野 露プーチン大統領や中国習近平国家主席は「国家権威主義」と言われて批判されているが、「資本主義」も同じような問題を抱えている。経済学の父と呼ばれるアダム・スミスは「自分がやれないことを他の人がやってくれる。それをやってくれる人の苦労をきちんと評価して、正当な対価を払いなさい」とし、「シンパシー」という言葉で資本主義の正当性を強調しているが、サプライチェーンが確立している今の世の中で、例えば日本に輸入される鶏肉が地球の裏側のブラジル産だったとして、ブラジルで働く人たちに「シンパシー」を感じることが出来るだろうか。想像すらしないだろう。また、マルクスは資本主義の最大の問題を私的所有権にあるとして私的所有を国家所有に移すことを唱えたが、それもソビエト連邦の崩壊とともに失敗に終わる。唯一、今まで実行に移されていないのがケインズ論で「ゼロ金利になったら貨幣愛をやめなくてはならない」というものだ。ケインズは「貨幣愛は一種の精神病だ」というような過激な発言もしているが、言いたかったことは、「貨幣が必要なくなった時代においても、なお貨幣を追求する人は、社会から隔離しましょう」という事だ。これは、未だに実行されていない。

――現代経済の処方箋は…。

 水野 先ずは過去の是正だ。日本は戦後から1999年まで労働生産性が1%伸びると賃金が0.7%上昇するようになっていたが、2000年頃から労働生産性に見合った賃金が払われていない。私の試算では、この25年間で総額約77兆円が労働者に支払われることなく会社の内部留保に積みあがっている。それを内部留保課税として徴収し、10年程度の時限立法を制定して年7.7兆円を国民に返還する。返還方法は色々あると思うが、例えば平均所得の中央値以下の人に対して所得税控除にしたり、或いは税金を払っていない人に対しては給付金にしたりすれば良いのではないか。現在の日本の労働者は約6000万人。所得が中央値以下の約3000万人に26万円が毎年給付されることになる(一括支給を希望すれば260万円)。1人当たり毎月2万円程度の給付金があれば、少しは生活の助けになるだろう。ここまでは過去の是正で、次は未来に向けて今後正当な賃金を払っていくための処方箋だ。先ずは労働生産性に見合った賃金がどの程度なのか、きちんと把握しておく必要があろう。現在の労働生産性は約0.5%の伸びにとどまっている為、実質賃金はその7割の0.35%上昇がベースだ。インフレ率3%だから、名目賃金上昇率は3.45%となる。連合が唱える「名目賃金を5%以上あげる」という数字はそれを上回っている。ただ、連合に加盟する700万人は大企業社員ばかりで、中小企業を含まない。

――中小企業で働く人たちについては…。

 水野 「実質金利がゼロになったら、土地の利回りよりも企業の利潤率は低くならなくてはならない」というケインズ理論がある。人間に土地は作れず、地球の海と陸の比率を7対3から6対4に変える事など出来ないからだ。そして今、日本は実質金利がゼロで、東証のREIT利回りは約5%。資本金10億円以上の日本の大企業のROEは11%となっている。ケインズ理論で言えば、REIT利回りが5%であれば大企業のROEも5%以下で良い。そうすると、現在の大企業の当期純利益総額54兆円であって、その半分の27兆円で十分という事になる。そこで出てきた案が、過剰に多いROEを出している会社にROE課税をして国民に分配するような法律を作るという事だ。そうすると、企業はその分を人件費に回したり、下請け企業に正当な対価を支払ったりといった行動に移るだろう。これが、これからの未来の日本へ向けた処方箋だ。

――ROEを増やすというこれまでの行動原理を変えていく事が重要だと…。

 水野 今のサプライチェーンは「より早く、より遠く、より合理的に」をモットーに、世界中で競い合いながら地球の裏側までモノを届けている。その結果としてROEが過剰に高くなっている。それを下げていくためには、先ず「より遠く」を「より近く」に変えていく事だ。そうなければ東京の一極集中もなくならない。また、「合理主義」を「寛容主義」にして、下請企業に対して切り詰め過ぎないような行動原理に変えていく。現在の生産様式を資本主義と命名したのはゾンバルトで、今後、資本主義に変わるものが出てくるのかどうかわからない。神を追放して資本主義となり、次は貨幣愛を追放して何が来るのか。それは、例えば人間主義だったり、地球主義だったり、持続主義だったり、何と命名されるのかわからないが、行動原理を変えて、皆で試行錯誤していくことで、100年後に生き残る新しい主義が出てくるのだろう。利益を追求しすぎた結果、人間関係が希薄になり自殺者も増加していくような今の世の中が、行動原理を変える事で、もっと生きやすく、幸福度の高い世の中に変わっていくことを願う。[B]

――日本製鉄(5401)によるUSスチールの買収計画が暗礁に乗り上げている…。

 上村 日本製鉄は買収がこれほど難航するとは思っていなかっただろう。買収計画の経済的合理性の高さが成功に結び付くと信じていたのではないか。これには田中亘氏などの今、最も読まれている会社法の教科書の考え方が背景にあり、さらに元をたどれば米国生まれの発想だ。世界で一番カネがある国である米国が、他国の株を持って支配することを正当化する論理になっている。しかし、今回のケースについて「米国の企業なのだから、米国の論理で買収することのどこが悪い」という理屈は通らない。米国は国外向けにはカネの論理を振りかざし、国内では感情と国益の論理を持ち出すという二枚舌を使うが、どの国も多かれ少なかれ似たようなものである。

――米国国内の反発が大きい…。

 上村 企業買収はそれぞれの企業のすべての人間たちにとって切実な問題だから、人間らしい感情のやり取りがあるのは自然なことだ。例えば、2005年に村上ファンドによる阪神電鉄株の買い占めがあったが、抵抗が強く結局とん挫した。甲子園球場が村上球場になるとも言われ、阪神球団の星野仙一監督が大変な怒りをファンドに向けた。バブルさなかの1989年、ソニーがコロンビア映画を買収するに当たっても強い反発を受けた。当時の米国は建国から約200年の国で、自慢できる文化・芸術は非常に少ない。メトロポリタン美術館に行くと、広大な米国美術の展示場には人があまりいないが、印象派のところは人だかりだ。その点、米国発祥であるミュージカルや映画は米国の誇りだ。仮に歌舞伎を知らない外国人が歌舞伎座を買収すると聞いたら日本人は激怒すると思うが、それに近いところがあった。今回のケースもUSスチールが「古き良き米国」の象徴たる企業だったことが反発を食らった大きな要因だ。「US」スチール、「日本」製鉄とどちらも国名を冠していることもあり、結果的に米国市民はプライドを傷つけられたと感じたようだ。最初から下手に出ていたら違ったのではないか。

――日本は感情の論理を軽視している…。

 上村 会社とは定款に書かれた事業目的を実行するための人間の集まりであり、本来は資本効率だけで評価されるべきではない。会社は会社を取り巻く人たちの生を託され、カネに関わることだけでなくさまざまなことに取り組む。人間の行動一切の価値がカネで測られれば、必ず摩擦が起こる。日本の東証が、超高速取引を推奨し、資本効率ばかりを言い続けている姿は、海外ファンドの友軍としか見えない。米国や日本のカネ中心発想は、その根源を言うと、株主を「シェアホルダー」ととらえるところに表れている。シェアホルダーは株を持つ人という意味で、カネさえあれば必ず株主になれる。この発想の延長線上で、会社は株主のもので、「株主価値最大化」が会社の目的とされ、配当だけでなく議決権まで1株1議決権で要はカネ次第となる。米国ではカネを対価に株主を追い出す「キャッシュアウト」も当たり前の世界だ。

――ヨーロッパの感覚は異なる…。

 上村 ヨーロッパでは社会を構成する人間の意思と感情がすべての基本だ。株主に対し、英国では「カンパニー」(仲間)、フランスでは「アソシエ」(結びつく人)というもう一つの呼び名があり、これは株主が個人、市民、人間であることを前提としている。配当は出資額に応じて払われるが、議決権は人間が意思を表明する権利であるから、人格単位で与えられるのが原則である。株主総会での質問も人格の発露であり、その背景には思想信条の自由という人権概念がある。米国・日本の最も弱い部分だ。フランスでは2年間株を持つと議決権が2倍になるというフロランジュ法もある。ヨーロッパでは合併・分割の対価は原則として株式だ。そこには合併とは消滅会社・存続会社の「株主の結合」が基本という発想がある。さらに、ヨーロッパでは労働者の承認がなければ合併などはできない。日本でも、もちろん普通は買収後のことを考えて労働組合の賛成を得ようとするが、法的に労働者が反対したら合併できないとは認識されておらず、株主総会さえ通れば良いと思われている。もし今回のケースで日鉄がヨーロッパ的な感覚を持っていたら、USスチールの労働組合が賛同していない状況を深刻に受け止めて、時間をかけて事を進めようとしたのではないか。

――かつては日本にもヨーロッパ的な考え方があった…。

 上村 日本は明治の法典編さん時代以降、合併についてはヨーロッパの制度を手本としてきたが、戦後のある時期から米国をモデルとしてきて今日に至っている。米国は連邦会社法のない珍しい国で、会社法も州法であり、しかも州の税収確保のための規制緩和競走としてきたため、その競争に勝ち残った小さな州であるデラウエア州会社法が米国法であるとして参照されてきた。今の日本では、たった1日だけ株主だった者や、既に株を売ってしまっているが名義書き換えが済んでいないために株主でなくなっている者すら議決権を行使することができてしまう。日本も1950年の商法改正までは、名義書き換え後6カ月を経ない者は議決権を行使できないという定款規定を置くことができるとされていて、実際にそうした定款規定を置いている会社も多かった。規制緩和は米国を真似て、米国にだけある西部劇並みの厳しい面は真似ないために、日本の制度は驚くほどに劣化している。2019年のフランスの調査団の対議会報告書では日本は「ファンドの遊び場」と呼ばれてしまっている。フランスは日本に比べたら十分な対応力があるが、それでも日本の後はフランスに来るのではないかと心配している。

――日本は買収される側も株主が人間であるかどうかを意識していない…。

 上村 株主平等原則がこれほど幅を利かせている国は滅多にない。ファンドには固有の事業目的がない。商品を製造し、サービス提供するような事業をしていないので、消費者も労働者もいない。そのような人間の「匂い」がしない株主が、日本人の市民株主と同じく株主平等原則の下で、人間・市民株主と同じだけ権利を持ち、日本人が一生懸命に働いた成果を吸い上げている。英米に株主平等原則という概念はないのだから、実に「お人好し」だ。われわれは株主が人間であるかどうかに大いに注目し、人間の代表である従業員や消費者を株主よりも数段上に位置付けるべきだ。株主は気に入らなければ株式を売れば良いだけだが、従業員は会社に生活を依存している存在だ。「もの言う株主」に「もの言う資格」があるかが常に問われなければいけない。意外なことに、日本の経営者にこのような話をするとほとんどの場合「そうだそうだ」という反応が返ってくる。周囲の弁護士やコンサルがカネ中心の頭になり切っていることが、経営者の振る舞いに影響を与えすぎているのではなかろうか。ファンドの応援団にしか見えない経済新聞の責任も非常に重い。

――まず何から変えていけばよいのか…。

 上村 私は研究者なので、法学部やロースクール、弁護士事務所等で最も読まれている教科書や司法試験対策の本などに間違ったことが書かれていることが最大の問題だと思っている。間違いとは、会社は株主のもので、会社の経営目的は株主価値の最大化であるといった記述と、そうした観念を前提にした多くの記述だ。私はこれまでにもそうした発想を散々批判してきたが、反論されたことも議論しようと言われたことも一度もない。出版界や実業界なども今実施している実務を支える発想を変えようとはしないように見える。結果として、日本企業は配当や自社株買いの原資を確保するために、内部留保を貯める、設備投資をしない、賃金を上げないといった行動に出ている。政府は外資ファンドへの還元を野放しにしておいて「賃金を上げろ」と盛んに言う。最優先されるべきは日本の個人や市民が主役の、公正な資本市場と一体の株式会社法制の確立なのだが、肝心なことには関心がないようだ。

――日本の会社法の見直しが必要だ…。

 上村 諸外国にはある企業買収に関するトータルな法制が日本にはない。有名なのは英国の「テイクオーバー・コード」で、各場面に対応したルールがきめ細かく決められている。例えば、買収のうわさが出た段階で「テイクオーバー・パネル」(執行機関)がうわさの企業に「put up or shut up」(やるのかやらないのか)と迫り、「やらない」と言ったら、その後6カ月間は買収を行ってはならない。相当数の株式を買い集めたら残りを全部買え、という全部買付義務等の詳細なルールもある。これらのルールを敵も味方も順守するに決まっているため、英国には敵対的買収という概念がないと言われる。米国でも「反テイクオーバー法」という州会社法が各州に存在しており、いわば買収防衛策が法になっているような状況だ。日本では、企業は買収防衛策を弁護士事務所から買ってきた。しかし昨今は、買収防衛策の導入自体を批判するファンドや、ファンドの友軍であるISSのような議決権行使助言機関の言いなりになって、導入した防衛策を廃棄する企業が増えており、日々怪しいファンドにとってやりやすい環境が整備されつつある。買収法がない日本で、防衛策もなくなれば、日本は強欲なファンドに対して、裸で素手で立ち向かえと言われているに等しい。ルールの水準が低く、しかし小太りで美味しそうな日本は、いつまでも怪しいファンドにとっての「えさ場」であり続けるようだが、その間低賃金、低物価でもおもてなしと誠実さを発揮し続ける日本の庶民の美徳に頼り続けるのが日本の政治なのか。[B][L]

――米国で第2次トランプ政権が始動した…。

 貞岡 大統領就任式では、トランプ新大統領が選挙時の公約をそのまま実現に移す事で、ドナルド・トランプという人物が実行力のある男だという事を米国民全員に明確に伝えたいという意志が感じられた。就任式での発表内容は、性別問題や不法移民問題等、国内の事に重点が置かれ、WHOやパリ協定からの脱退についても、「WHOが機能していないからコロナが蔓延した」という国民世論や、「CO2が地球温暖化の原因ではない」と考える米国民の半数以上の声に耳を傾けたという形で、どちらも国内に対するアプローチだった。国際面では中国やロシア、ウクライナ問題等についての言及は特段無かったが、バックグラウンドでは実はすでに各国と交渉を行っている最中だ。

――日本が第2次トランプ政権とうまく付き合っていくために注意すべき点は…。

 貞岡 「マスコミの報道に騙されない」という事だ。トランプ新大統領がメキシコやカナダに25%の関税を課すという報道も、数字の事実だけでなく、その理由や背景を考えてみると、米国と国境を接しているカナダやメキシコが、軍事力や貿易面では米国の陰に隠れて恩恵を享受し、それぞれが果たすべき義務である国境管理を怠っている事がわかる。トランプ大統領は、その義務を果たさないのであれば「51番目の州になるしかない」と言ったり、「柵を作る」と言ったりしているのだが、トランプ大統領に批判的なマスコミは、彼が発した言葉尻だけを捉えてセンセーショナルに報道するだけで、その真意を伝えようとしない。或いはメディアが真意を汲み取れていないのかもしれないが、いずれにしても、トランプ新大統領にとってメキシコやカナダに対する関税は、交渉のための一つの手段でしかない。「パナマ運河を取り戻す」という発言も、パナマとコロンビアの地峡にあるダリエン地峡が米国への不法移民の通り道になっているからだ。ダリエン地峡はコロンビア側が沼地で、パナマ側が過酷な密林地帯となっており、管理するのが非常に難しい。メキシコやカナダへの高関税と同様に、米国がパナマとの交渉材料にしたのが運河だったのだろう。そこに「領土を増やしたい」という意図はなく、全てのベースにあるのは「米国民が困っている不法移民問題と麻薬問題を解決したい」という意志だ。日本がトランプ新大統領とより良く付き合っていくために一番重要な事は、「マスコミの報道に騙されることなく、その真意をきちんと理解する」という事に尽きる。

――石破総理大臣の訪米計画については…。

 貞岡 私は、敢えて訪米しないという選択をした方が良いのではないかと考えている。その理由は、トランプ政権下における日米関係は、安倍元総理大臣の遺産と、足元ではソフトバンクの孫正義社長の巨額の投資による側面が大きく影響しており、トランプ新大統領の頭の中に日本に対する悪いイメージは殆どない。そこに、わざわざ石破総理大臣が訪米して日米安保問題やUSスチール問題を取り上げて回りくどい説明などを始めれば、せっかくの日本に対する良い印象が壊れかねないからだ。特にUSスチール買収問題については、日本製鉄が一企業だけでは米国と戦えないために、経団連を巻き込んで日本全体の問題にし、日米の経済関係の悪化につながると主張しているわけだが、あれは、あくまでも民間企業同士の問題だ。また、バイデン前大統領の禁止命令に対して日本製鉄が放棄手続きを終える期限は2月2日から6月18日に延長されたが、それは、その間に日本製鉄の交渉相手がトランプ新大統領に変わる事を見据えたバイデン前大統領が、それに対応するトランプ新大統領を罠にかけたかったという見方もある。もちろんトランプ新大統領はそれに気づいていると思うが、果たして日本のマスコミはどうだろうか。

――USスチール買収阻止の失敗は、大統領選の最中に米の国民感情を刺激してしまったことだ…。

 貞岡 昨年中、日本企業が米国企業を買収した大型案件で、例えば日本生命保険による米レゾリューションライフ買収がこれほどまで問題になったかと言えば、なっていない。今回の買収がこれほどまでに大きな問題となったのは、USスチールが対象だったからだ。米国は来年ようやく建国250年を迎える。その短い歴史の中で、米国の鉄鋼王とされる偉大なる人物カーネギーが創設し、エンパイアステイトビルディングやゴールデンゲートブリッジなど米国を象徴する建造物を手掛けた会社を買収して日本の傘下に収めようとすることに対して米国民がどのような感情を持つのか、日本製鉄はもっと慎重になるべきだった。そして、そういった一民間企業の企みに日本の総理大臣が口を出すべきではない。せめて岩屋外務大臣とルビオ米国務長官との間で治めておくべきレベルの問題だろう。或いは、トランプ新大統領がイーロン・マスク氏を片腕に置いたように、孫正義氏を日米外交の担当として任せるのも良いかもしれない。

――第2次トランプ政権が韓国や北朝鮮、ロシアや中国に与える影響は…。

 貞岡 トランプ新大統領は北朝鮮の核兵器保有を認めながら、自分の大統領任期中にはそれを一切使用させることなく、隣国韓国との友好的な経済関係を北朝鮮に勧めていく方針なのだろう。また、現在混迷を極めている韓国で仮に政権が変わり左翼政権に変われば、それはトランプ新大統領にとっても喜ばしい事だ。米国では大統領就任後に海外勤務の軍隊に直接電話をし、激励の言葉を伝える習わしがあるのだが、今回は在韓米軍に電話したそうだ。トランプ新大統領が韓国に対して不安を覚えているのか、或いは北朝鮮が自分の意に反するような行動に出た場合に在韓米軍を頼りに備えているのかわからないが、世界中に駐留する米軍の中から韓国が選ばれたというのはなかなか興味深く、注目すべき事だと思う。ロシアに関して言えば、経済制裁によってロシア国民の生活はかなり苦しくなっており、一刻も早い経済制裁解除が望まれている。そこで、トランプ政権がウクライナとの停戦を、経済制裁を材料に交渉していくという構図だろう。就任後24時間以内のロシア・ウクライナ停戦は選挙時の公約であり、それを実現させるためにトランプ新大統領は中国に対してもロシアに説得することを求めているのであろう。ただ、プーチン大統領と習近平国家主席はトランプ大統領の就任日に電話会談を行っている。恐らく、トランプ氏の思惑通りにはならないという両国の意志の確認だったのではないか。

――日本のマスコミは早くも米国の次期中間選挙の心配をしているようだが…。

 貞岡 米国では大統領就任後100日間はハネムーン期間とされ、あまり批判的な意見は出てこないのだが、日本では早くもトランプ新大統領の悪口を並べ立てている。実際の米国を見てみると、米国史上最悪のロサンゼルス山火事で民主党政府が迅速に対策を講じなかった事や、治安や教育面において、民主党支配下のNY州よりも共和党支配下のフロリダ州などが格段に良い事などから、共和党の評価が高くなっており、トランプ新大統領に関して「なかなか良いのではないか」という声が多くなっているのだが、そういった現実はテレビでは全く報道されず、流されるのは少人数のトランプ反対集会の映像や、米国のパリ協定脱退に反対しているロンドン市民の映像だ。そうしてトランプ新政権に対する世論をテレビ局側の意図する反トランプの方向に導こうとしているのだろう。

――トランプ新政権はトリプル・レッドで、今後、強力な政策が推進される…。

 貞岡 確かに米国は大統領職と上下両院を共和党が多数を占めるトリプル・レッド状態になったが、上下院ともに差は1桁台であり、それが政策推進において大きな違いを生むわけではない。ただ、第一次トランプ政権と違って現共和党員の多くが「トランプ党」に変化を遂げており、造反する共和党員は少ないとみられている。今期トランプ新大統領が公約通りに実績を残せば、次の中間選挙では共和党が議席をさらに伸ばすだろう。その可能性が高いからこそ、世界のマスメディアはトランプ王朝の誕生を心配している訳だ。現行の米国憲法では大統領職に2回を超えて選出されてはならないという「3選禁止」が明記されているが、それも今後どうなるかはわからない。先の読めない第2次トランプ政権だが、トランプ新大統領が高齢であることは間違いなく、ここで今後の日米関係において注視しておくべき人物を挙げるとするならば、ヴァンス米副大統領だと思う。トランプ新大統領とイーロン・マスク氏の関係がどこでどうなるかわからないが、ヴァンス氏は憲法で保障された「副大統領」という地位を持ち、頭もよく、政治的なカンも鋭く、演説も上手い。日本政府も今のうちからヴァンス米副大統領との人脈をしっかり築いておくことが重要だ。[B]

――エボリューションの事業とは…。

 ラーチ 私は02年にエボ・ファンドを創設し、金融取引、トレーディング、投資銀行業務を主に取り扱ってきた。12年から日本における投資銀行業務に力を入れており、現在進行中の案件は約20件。24年の案件数は過去最多の21件だったが、年間の平均案件数は約10件、累計の想定元本は2100億円を超え、累計案件数は110件超に上る。1案件当たりでは最大約1億ドルを投資している。リピート案件も多く、これまでに投資した企業数は60社超に上る。また、当社は「『友好的』投資」「経営方針の尊重」「議決権の協力」の3つを投資方針としており、経営に関与しないことが特徴だ。当社はこれまで、リスクをとり新しいチャレンジをしている企業と多く取引をしてきた。米国ではリスクマネーはエクイティで調達することが一般的だが、日本は従来、間接金融による資金調達が主流だ。例えばあるバイオテック企業が社会的意義の高い創薬事業を行っているとして、そのような事業のリスクは高く、資金調達に課題がある。そういった場合にリスクマネーを自分たちだけで供給することができるのがわれわれだ。なかにはリストラや事業再生のフェーズにいる企業もあるが、結果的にそういった企業のなかに投資対象となる企業が見つかってきた。

――日本でビジネスをするきっかけは…。

 ラーチ 米国ニュージャージー州、フィラデルフィアに近い町で生まれ育った。両親ともに教師で、父親は英語科、母親は情報科を教えていた。プリンストン大学を卒業する前年の93年1月、アメフトのチームの一員として日本に来る機会があった。東京ドームで「エプソンアイビーボウル」の試合をし、東京の観光も楽しんだ。その後、就職活動を経て卒業し、94年1月に大阪に引っ越した。仕事をする傍ら、大阪の実業団のアメフトチームで選手としてプレーした。岩谷産業や兼松、住友商事などの75人の日本人とチームメイトになった。大学時代に東京で試合をした時の相手選手もいて、友人たちと非常に楽しい時間を過ごした。大阪に来た時の契約形態は現地採用で、会社からの手厚いサポートなどはなかった。しかしその分、餃子の王将や天下一品などファストフードチェーンで食事したり、結婚式などの知人のイベントに参加したり、現地採用ならではの経験を通して直に日本人の生活を感じることができた。それが私の人生を変え、日本との関係をこの30年間続けることになった。大阪で2年過ごしたのちに、東京に引っ越し、大手外資系投資銀行で働き始めた。私はバイクを買い、週末ごとにあちこち見て回った。8年間金融の世界で働くなかで、日本にビジネスチャンスがあると確信した。01年末にリーマン・ブラザーズを退社し、02年5月に当社を興した。

――どこに商機を見いだしたのか…。

 ラーチ 02年ごろは、インターネットの登場により、それまでは大手の金融機関でしかできなかったことが小規模な組織でもできるようになった時期だった。トレーディングに関するソフトウェアが進化し、以前より使いやすく価格も安いソフトが簡単に手に入るようになっていた。8年間で培った人間関係もあり、創業する環境が整ったと感じて、自己資金と知人から出資してもらった約2百万米ドルの資金でエボ・ファンドを立ち上げた。これはファンドとしてはかなり小規模だ。創業初期の8年ほどは、資金の制約もあり、主に日経225のオプションと先物を使った裁定取引を行っていた。その後投資戦略をどんどん広げていったが、これができたのは、テクノロジーに対する投資を早くから行ってきたためだ。ソフトウェアなどをすべて内製できる体制をつくっていたことで、誰よりも早く最適なストラテジーを立てることができたことが差別化要因となり収益が積み上がっていったと思う。しかし、10年ごろからメインで投資運用をしていた裁定取引において競争が激化し、収益性が下がっていった。今振り返ると、結果的に市場の効率性が高まった時期だったのだと思う。そこで、新しい収益を求めてさらに進化していったのが12年から13年ごろで、ソフトウェア依存からリレーションシップ重視のビジネスにピボットした。

――中小型の上場企業の第三者割当を引き受ける投資スタイルだ…。

 ラーチ 約10年前に当社で運用を担当していたあるファンドマネージャーの影響を受けている。彼はもともとジャーディン・フレミング証券(現JPモルガン・アセット・マネジメント)で国内の中小型株に特化した大規模ファンドを運用しており、ボトムアップで会社訪問をしてファンダメンタルを見て投資するという手法を取っていた。彼の手法は当社のそれまでの運用スタイルとは違ってはいたが、大変興味深いと感じた。彼の知識や経験と、当時われわれが持っていたソフトウェアのテクノロジーやトレーディングのリスク管理、コンプライアンスなどの要素を融合し、現在の投資手法につながった。投資判断のうえでは自分自身が経営トップと直接会うことを重要視している。第三者割当のエクイティファイナンスは非常に複雑なプロセスを踏む。たくさんの人がかかわって案件が最終的にできるため、お互いの信頼感を育むことが大切だ。当社のチームの仕事ぶりを分かってもらい、何か問題が起きた時にトップ同士で対話しすぐ解決できるようなオープンな関係性を築いてきた。

――第三者割当のビジネスで競合となる企業はあるか…。

 ラーチ 実は特にライバルとして意識している企業というのはない。第三者割当のマーケットはグローバルな投資銀行や運用会社、プライベートエクイティファンドなど参加者が非常に多いが、それぞれアプローチが違う。たとえれば、多くのチームがプレーしているけれども、阪神タイガースと読売ジャイアンツの対戦はないということだ。つまり、われわれのように経営に関与せずに第三者割当を受けるという手法をとる会社はあまりいない。われわれが第三者割当のビジネスについて「もの言う株主」の手法でなく資金調達のみに特化してきたのは、純投資で、ある意味で「受け身」の立場でいることが最良の選択だと考えているためだ。ゲーム、不動産、バイオテクノロジー、飲食など多様な業種の個別企業と取引をするうえで、それぞれの分野のエキスパートになることは大変難しい一方、各企業にはわれわれにない特定の知識がある。加えて、個人的にアクティビスト的な立ち振る舞いは性格に合わないと感じられるという理由もある。ところで、今一緒に働いているメンバーは非常に優秀だが、時に失敗もある。以前、上場前の日本のバイオテクノロジー企業に一株200円で投資したところ、公開価格は90円、上場後も下がり続け、最終的に13.3円まで下落した。その後株価は回復したが、その前に手じまっていたため痛い思いをした。このような失敗も経験に変え、今では主に上場企業を対象に、ファンドの投資規模は順調に拡大している。今後も案件数をどんどん増やしていきたいし、集中して勝利を目指し、日本におけるこの業界のリーダーになりたい。[B][L]

――昨年10月の衆議院議員総選挙で圧勝し、15年ぶりに国政に返り咲いた。今の日本をどう見ているのか…。

 河村 日本国憲法の前文に「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」とあるように、国会議員は全日本国民を代表する人物だ。そういった人たちが世間に疎かったり、対外的に隙だらけであれば、国は潰れてしまう。一部のお金の問題ばかりにこだわっていてはなおさらだ。今、話題とされている自民党の裏金疑惑問題について言えば、もともとは地方議員が国会議員にお金をせびるために裏金をプールしなくてはならなかったというところに原因がある。実際に私も何度もせびられたことがあり、もちろんその都度断っていたが、それは本当に大変な事だ。そして、私のような行動をとり、真っ向から正論を言うと、孤立の道が待っている。さらに言えば、国会法第35条に「議員は、一般職の国家公務員の最高の給与額より少なくない歳費を受ける」とあるが、その結果、議員が家業になってしまったことが根本の問題としてある。基本的に議員には競争が無く、選挙に出るのには莫大なお金がかかる。そういった背景から、議員に立候補するのは地盤とお金がある2世や3世ばかりだ。世間に疎くなるのも当然だろう。

――「議員の家業化をやめる」というのは、日本保守党の重点政策項目となっている…。

 河村 議員報酬は市民給与と同等にし、さらに任期を設けるべきだろう。国会議員を変えていくのには時間がかかるため、先ずは地方議員から変えていくなど、兎に角、議員の家業体制という体質を替えなくては、議員のマインドが金儲け最優先になってしまう。振り返ると、かつて私が所属していた日本新党のスローガンは「政治家総取り換え」だった。それは正しい主張だったと思うが、そこでエリート的な政治家ばかりを求めてしまったのは間違いだった。民主主義を徹底するのであれば、議員はボランティアとして様々な人たちに活躍してもらう事だ。また、子ども達が受験勉強に必死になるあまり、社会に目が向かないというのも日本の大きな問題だと考えている。例えば、ウクライナとロシアのどちらが正しいかと言った事を中学校で発言すれば、間違いなく内申点が下げられる。そういった国になってしまった日本に、私はかなりの危機感を持っている。

――日本保守党では、移民の受け入れについても政策の見直しを主張している…。

 河村 名古屋港の貿易黒字額は約8兆3000億円超。それは欧州や東南アジアに沢山の車を購入してもらっているからであり、そこに「お得意様意識」を持つのは当然だろう。また、そもそも移民受け入れの根底にあるものはキリスト教の「神のもとの平等」という思想であり、日本の大多数はキリスト教徒ではない。先ずは自分の国がしっかりしていることが重要なことだ。色々な事が言われているが、結局は人件費を下げたいという考えから移民受け入れが拡大している。そうであれば、移民を受け入れる代わりに日本の高齢者の雇用をもっと増やして、そこに給料を出すなど、国益を念頭に置いた政策にシフトしていくべきというのが我々日本保守党の主張だ。

――今の日本に必要な事は…。

 河村 現在の日本の閉塞状態を表す時に、世の中の人たちは財政の事ばかりに注目して話題にするが、一般企業で言えば財務省は「総務部」だ。そして、お金を稼ぐ部署は「営業本部」であり「総務部」ではない。政府はもっと全体のお金のことをきちんと捉えて、それを有効に活用しなければならない。私が市長を務めていた名古屋市では、地方税の減税策が可能になった平成11年頃から市民税減税を実施し、総務大臣の許可をもらって毎年100億円を民間に戻していた。そうした事で名古屋市の税収はむしろ増え、経済も強くなっていった。私が4期15年間務めた名古屋市政について80%以上の方々から高い評価をいただいたのも、市民の皆様がこの正しい経済学を支持してくださっているからだと思う。このような思想のもと、減税路線になり、役人の支出を減らして民間部門にスライドさせるという流れになると、財政法第4条にある国の歳出の財源制限や地方財政法第5条にある地方債発行の許可制度は、廃止すべきという考えになる。実際に米国では政府が銀行のお金を自由に使えるような形になっており、ドイツでもそうなりつつある。日本がそうならない一番の問題は、役人の無駄なエリート意識だ。一円も稼いだことが無い役人が権力とお金を牛耳っているというのがそもそもの間違いであり、皆がその事に気がついていない。

――いわゆる「103万円の壁」が少し前進し、減税となる…。

 河村 もっと拡大すれば良いのではないか。米国では物価スライドで基礎控除額も上がっているようだが、それとは別に、もともと日本にはお金が余っている。財政危機など嘘であり、財政当局が必死にお金を隠しているだけだ。地方の自治体にも資金は潤沢にある。今、日銀に眠っている550兆円を、起債して利用してどんどん使えば良いのではないか。大体、記者クラブに所属するマスコミは財務省から「起債は借金だ」と刷り込まれているため、誰もこういった事を言わないが、先述したように、営業本部で稼いだお金を使うのは当然の事だ。また、お金を借りれば利子を払うのは当然のことであり、民間企業も借りたお金を少しでも返そうと努力しながら商いを続けている。一方で、役人は膨大な資金を常に借り換えてばかりで、お金を返した事など無い。議員も家業になると、国民にお金を分配しようという気がなくなり、表面で「財源がない」と言いながら個別に陳情しに来た人たちに対してだけ「俺が融通してやった」と言いながらキックバックを求めている。現在、国家公務員約100万人、地方公務員300万人、外郭団体を含めて計約700万人の役人が権限を握りしめ、幅を利かせているが、私が総理大臣になったら財政法第4条も地方財政法第5条も廃止して、歳出の財源制限をなくして、自由に起債できるようにする。

――市政や国政を行う上で一番お金が必要な部分は…。

 河村 先ず公務員の人件費が一番大きい。大体一人当たり給与が600万円以上で、名古屋市も私が市長になった当初は東京に次ぐ高い給与だったが、自らの給与を下げたうえで関係各所に色々な交渉をして、職員一人当たりの給与を総人件費で1割程度下げてもらった。今、名古屋市の給与ランキングは10位くらいだろうか。ちなみに私が名古屋市長になりたての15年前の名古屋市長の給料は約2300万円で、私はそれを15年間800万円で通し、4年毎に貰える退職金4200万円も返上した。15年間で名古屋市に返上した総額4億6000万円だ。そういった事を自ら実践しているからこそ、市の職員たちもついてきてくれたのだと思う。もちろん、そういう思想は疲れるし、もともとお金を持っている訳でもなく、今も貯えはない。しかし、報道機関の調査で80%以上の市民の皆様が「名古屋が良くなった」と感じてくださっているのであれば、それだけで私は有り難く、涙が出てきて、「やせ我慢して良かったなぁ」と思える。

――今後の抱負は…。

 河村 江戸時代、日本を統治するために作られた身分制度に「士農工商」というものがある。当時「商」は一番下の位とされていた。権力を保つためにはその順番が一番バランスが良いという事だったのだろう。しかし、お金を稼ぐ力を持つ処には、どうしても力が生まれる。イギリスでも産業革命以降、商人は経済人として権力や発言権を持ち、存在感を強めていった。日本では産業革命は起きなかったが、身分制度の最下位に商人を置くことは良い事ではない。故渋沢栄一氏の存在が示すように、商人が帳簿とそろばんを持ってきちんとした倫理観で日々を営むことが、社会を作るために一番重要なことだ。「商」を身分制度の一番上の位に持ってきて「商農工士」にし、努力をした人がきちんと報われるような日本にしたい。その世界の実現のために、私は働いている。[B]

――国家公務員共済組合連合会(KKR)の運用規模は…。

 松元 現在、KKRの運用規模は約11兆円で、厚生年金約10兆円、退職等年金給付積立金約1兆円からなる。地方公務員共済組合連合会(地共連)の運用規模35兆円などと比べると規模が小さいのは、地方公務員と国家公務員の職員数の差による。運用の8割強がパッシブ運用で、内外株式・債券の4資産に25%ずつ配分するという、公的年金の積立金を運用する4つの管理運用主体(KKR、年金積立金管理運用独立行政法人[GPIF]、地共連、日本私立学校振興・共済事業団)で共通するモデルポートフォリオで運用している。モットーは、「安全かつ効率的に」運用するということだ。われわれは運用リスク管理システムを整備しているほか、平成12年度の制度改正を受け外部の有識者で構成される「資産運用委員会」を設置しており、同委員会には年5回ほど運用状況を報告してさまざまなご意見をうかがっている。この5年間の運用成績については、株式は堅調だったが、金利が上昇してきたことで国内債券は弱含みだった。とはいえ、全体的には非常に成績が良く、財政検証ではお墨付きをもらっている。今年は5年に一度の財政検証を行う年で、今年度中に4機関でポートフォリオを見直し、来年度から新しいモデルポートフォリオとなる。

――「アセットオーナー・プリンシプル」を受け入れ改革を進めている…。

 松元 まずは組織づくりのため、CIO(運用担当責任者)をつくろうと財務省に予算申請をした。現在は専務理事が担当役員だが、新たにCIOを設置することで運用担当責任者の権限を明確化し、機動的に対応できるようにすることが目的だ。自前の資金運用規模も、2倍3倍とは言わないが、少しずつ大きくしていきたいと考えている。現在、運用担当者は30人程度で、委託ファンド数は30超ある。委託社数はそれより少ない。4資産のうち、国内債券だけアクティブファンドは一つもない。国内債券の半分が財投預託金であり、残りをアクティブ運用にすると機動性が失われるためだ。委託先の選定には「マネジャー・エントリー制」を活用している。エントリーしてもらったファンドを契約候補としてリストアップしたうえで、特色や運用成績の確認やミーティングを通じて評価し、必要に応じてファンドを入れ替える仕組みだ。

――改革の一環としてオルタナティブ投資を拡大している…。

 松元 KKRは従来、ポートフォリオのなかでも財投預託、つまり国内債券の割合が最も大きいという特色があった。次いで内外株式、外債の順の割合で運用してきたが、財投預託金がだんだん償還期限を迎えるのに従って、令和4年ごろからモデルポートフォリオと割合がほぼ同じになり、投資対象の多様化が進んできた。そのようななかで、従来あまり行っていなかったオルタナティブ投資の積立金残高1%の上限を5%に切り上げた。これはGPIFなど他の運用主体と同等の割合だ。実際に投資対象に占める割合はまだ0.2%程度だが、今後5年間でまずは1%程度を目指していきたい。知見はまだこれからなので、そこはよく見極めながらやっていく。

――組織として注力していることは…。

 松元 実務的には委託先の管理に重心を置いている。成績の良し悪しや、想定外の動きがあるかどうかをモニタリングしている。ファンドが「こういう時は悪いだろう」と予測していた時に悪い分には大きな問題はないが、想定外の動きには注意が必要になる。また、個別企業に対して注文を付けるということはないが、何か大きな動きなどがあれば日々委託機関と連絡をとるようにしている。われわれはスチュワードシップ活動を実施しており、例えば昨年下期の半年間には、ジャニーズおよび宝塚歌劇団でハラスメント問題が発覚したことを受け、どのような対応を取っているか各ファンドに毎月ヒアリングした。われわれが良し悪しの価値観を伝えるということではなく、テレビ局等の関係者とどうコミュニケーションを取っているかなど、投資家としての社会的責任への考えを各ファンドに問うた。われわれは、パッシブ運用が中心とはいえ運用規模が大きく、社会的責任も相応にある。その運用を通して企業価値が高まれば、国民全体の資産増加につながる。そのような観点から、委託先がそれぞれ運用投資先から聞いたいろいろな話を間接的に聞き、マーケット全体としてのあり方を考えることとしている。

――投資家の社会的責任が意識されてきている…。

 松元 社会的責任の問題であると同時に、われわれのリターンに繋がる話でもある。宝塚歌劇団の親会社は鉄道事業が主体のため影響が小さかったが、仮にエンターテイメント事業が主であったとすれば、業績や株価に多大な影響が出ただろう。また、そのような意味では、SDGs関連は判断が難しい。ファンドに対しては脱炭素やSDGsについてもヒアリングはするが、ガバナンスなどに比べると必ずしもわれわれの収益に与える影響は明確ではないため、慎重な聞き方になる。社会課題の解決は運用機関の直接の目的ではない。ケインズの「投資とは美人投票みたいなものだ」との言があるが、市場において環境分野が今後成長するという見通しになれば、そこに投資するという判断はあり得る。しかし、「自分はこの人が美人だと思う」という判断で進めることは、「安全かつ効率的に」という目的の下では正しいとは言い切れない。

――ボラティリティが高いマーケットになりつつあるが、今後の運用については…。

 松元 金利が上がったことで一喜一憂する必要はない。経済の体温が高くなれば金利が上がり、経済の体温が上がらなければ金利は上がらない。金利が上がればもちろん、債券が下がる一方で株は上がるなど上がり下がりはあるが、ポートフォリオを組んでいるので全体として経済の体温が高くなっていけば全体の資産の価値も上がっていくだろう。また、われわれは為替をヘッジしていない。日本の民間銀行はヘッジしているところが多いが、公的年金機関はどこもヘッジしていない。円安のメリットを受けられないためだ。米国の金利が上がって債券が下がっても円安となれば、逆にプラスになる。ポートフォリオを組んでいることが「ヘッジ」になるので、それにプラスアルファでヘッジしてもヘッジの意味がなくなってしまうというイメージだ。ただ、「円安で良くなりました」というのは決して喜ばしいことではないと考えている。資産運用で言えば資産が増加することは多いに結構だが、円安になるということは日本経済の実力が下がったということで、長期的に見ると全く良いことではない。いずれにしても、落ち着いて自然体でやっていけばいいのではないかと思う。

――理事長としての抱負は…。

 松元 日本もそれなりに豊かな国になって国民が資産を持つようになった。その資産が「安全かつ効率的に」運用され、国民に配分されるのは良いことだ。私の抱負は「安全かつ効率的に」と言うことに尽きる。そのうえで、効率的な運用というのはモデルポートフォリオに従うことである程度達成されていると考えている。昔、大蔵省(現財務省)の証券局で勤めていたことがあるが、当時は「銀行よさようなら、証券よこんにちは」と言われていた。どちらが「さようなら」で、どちらが「こんにちは」ということではなく、直接金融と間接金融とのバランスを取った投資が重要だと考える。一番ものを分かっているのは現場の人間だと思うので、理事長として、そのようなことも含めて広い視野を持つようにしたい。[B][L]

――国民民主党の政治力で「103万円の壁」が123万円まで引き上げられたが、178万円までは距離がある…。

 玉木 石破内閣の延命に協力しているわけではないため、約束が守られないなら来年度予算に賛成しないだけだ。もし実現できなかったら反対したうえで、「実現のためさらなる議席をお願いします」と、夏の参議院選挙を戦うつもりだ。今回の補正予算案に反対しても良かったが、一定の約束を果たしてくれるなら賛成しようと思い、「178万円を目指して、来年から引き上げる」との3党合意に至った。今回合意した内容が誠実に履行されるかどうかは、来年2月末までに協議の具体的な進展を見定めて判断していく。また、同じく3党で合意したガソリンの「暫定税率」廃止も、時期こそ未定だが、1974年から50年続いた税制を見直す決定が行われたことは大きな前進だ。自公がこれを飲んだのは、税調の現場はともかく、幹事長クラスが強い危機感を持っているためだろう。

――先の衆議院議員選挙では議席を4倍に増やした…。

 玉木 要因は大きく3つあると考える。1つは「手取りを増やす」というメッセージが明確だったことだ。「103万円の壁」引き上げや、学生のいる親の税負担を減らす「特定扶養控除」について学生の年収上限の引き上げによって「手取りを増やす」と繰り返し訴えた。2つ目に、現役世代、若者向けの政策に振り切った。今まで自民党も立憲民主党も人口が多く投票率の高い高齢者向けの政策を中心としてきた。そのことによって、現役世代、若者の負担が増えていることに着目した。3つ目はSNS戦略だ。われわれのような小さな政党はSNSを使わざるを得なかったとも言える。これまでもYouTubeやX(旧Twitter)は活用してきたが、その成果が花開く時代になってきた。特に1つめについては、消費税減税などは他の党も掲げていたが、基礎控除引き上げによる所得税減税を訴える党はなかった。なぜ他の党も言わないのか疑問に感じたくらいだが、やはり与野党ともに国民生活から遠くなっていたのではないか。われわれの選挙演説は、「政治とカネ」の問題も重要なテーマではあるものの、最終的に経済政策に8割程度の重心を置いていた。「国民のふところ」をどのように豊かにするかを考えることが政治家の仕事だと考えている。

――インフレによって各国の選挙で与党が負けている…。

 玉木 今、インフレで物価や賃金の伸び以上に所得税の負担が増える「ブラケットクリープ現象」が世界中で起きている。これに対応していないのは日本だけだ。例えば米国では、23年度と24年度の標準控除を比較すると、1年間で750ドル、日本円で約11万円も控除額を増やしている。一方日本では、超えると所得税が発生する年収のラインが103万円というのは95年から1円も変わってこなかった。「これはおかしい。取りすぎた税金を返しましょう」ということで、所得税の非課税枠の引き上げ、住民税の非課税枠の引き上げを訴えてきた。税収減を懸念する声も上がっているが、報道などで伝えられているほど日本の財政は悪くない。地方財政について言えば、この数年間は5兆円以上の黒字。基金も増え、税収も毎年数兆円単位で上振れている。そもそも、仮に地方の税収が減っても、地方交付税や特例加算など色々な形で対応する仕組みがある。国の財政についても、補正予算の使い残しは多く、例えば22年度の補正予算は約11兆円も年度内に使われずに残されている一方で、税収は上振れ、24年度補正予算案では3.8兆円上方修正されている。これらの現状の制度や数字を冷静に見て議論してほしい。われわれは特段変わったことを言っているわけではない。むしろ日本の予算の組み方が世界的には異例であることを認識するべきだ。

――所得税の防衛増税は開始時期が先送りされた…。

 玉木 所得税減税を進めるなか、所得税増税に賛成するわけにはいかない。増税は必要ない。自民党の茂木前幹事長も、総裁選の時に1兆円の増税がなくても「防衛力の増強ができなくなることはない」と言っている。代わりの財源としては、外国為替資金特別会計(外為特会)の運用益を活用することなどが考えられる。外為特会はほとんどの運用が米国債で、オルタナティブ投資を拡大すれば相当もうかるはずだ。今外貨準備高は約180兆円あるが、変動相場制では為替介入のための資金をこれほど大量に持つ必要もない。

――岸田前首相が進めてきた資産運用立国については…。

 玉木 基本的に賛成している。私は財務省にいた時から「貯蓄から投資へ」と言い続けてきた。ただ、懸念もある。新NISAでは全世界型株式などが選ばれやすく、円を売ってドルを調達して海外に投資するインセンティブがあることで円安要因になっている。これは「売国政策」とも言えるのではないか。確かに外国の債券や株の方が高いリターンがあるが、それとは別に、税制優遇を付けて円を外に持ち出すのを促すことが良いことなのかは議論した方が良い。せっかく投資を促進するなら国内にお金が集まるようにするべきで、例えばグロース株ファンドを作って育てるようなことができると良い。

――国民民主党は暗号資産投資を推進している…。

 玉木 日本こそビットコイン大国にならなければいけない。かつて日本は「ビットコイン大国」で、世界のビットコインの取り扱いの半分が日本円だったが、今では数%に落ちている。これは、仮想通貨は雑所得として最大55%の税率がかかるという、厳しすぎる税制のためだ。このままだと世界に取り残されてしまう。これを解消するには、他の金融商品と同じように20%の申告分離課税にする、レバレッジ倍率を10倍以上に戻す、暗号資産ETF導入、コイン同士のやり取りを非課税とするなど、いくらでもやれることがある。ほかの党にはまだこれらの政策の重要性があまり理解されていないが、暗号資産における税制改正は国民民主党が引っ張っていきたい。

――外交政策に対しての考えは…。

 玉木 米中対立が高まるなか、日本の役割がより高まってきている。米国については、安倍元首相はトランプ氏と非常に親しかったが、個人的な親しさを超えた関係構築が重要だろう。東アジアの安定は日米韓が連携して対中国、対北朝鮮、対ロシアに対する防波堤をつくることで維持されてきたが、韓国が揺らいでいる以上、日本の役割が大きくなる。一方、中国は、第1次トランプ政権の時と同様に日本に接近してきている。アジア全体として米国に対抗したいという思いが背景にあるだろう。このように、日本は中国から見ても米国から見ても貴重な存在になってきている。外交安全保障においても与党過半数割れで自公だけでは決められなくなっており、国民民主党も責任ある野党として役割を果たしていきたい。関連して、われわれは「アクティブ・サイバー・ディフェンス」(能動的サイバー防御)に関する法案を提出した。ミサイルが飛んでくる前にサイバー攻撃が行われる時代だが、日本はサイバー防御が弱く、サイバー安全保障において必要な法体系がない。米国をはじめ同盟国間の連携強化のためにも極めて重要なテーマだ。

――今後の抱負は…。

 玉木 選挙によってある意味で影響力を高める結果になったことは、国民の皆さんの選択の結果だということで、重く受け止めたい。自公過半数割れという結果は、「国民の意見を柔軟に聞け」「勝手にいろいろ進めるのはやめろ」という与党に対する国民のメッセージだと思う。一方で野党は、これに乗じて予算、法案など何にでも反対すれば、これも反発を受けるだろう。その点、国民民主党は「対決より解決」、「政策本位」でやっていくと訴えて議席を増やしており、丁寧な合意形成の役割を果たす責任がある。建設的な国会を作っていくうえで主導的な役割を果たしていきたい。[B][L]

9/2掲載 「社債の財務制限条項を定着へ」
日本証券業協会 専務理事 松尾元信 氏

――これによってハイイールド社債の市場が前進する…。

 松尾 今回チェンジオブコントロール(CoC条項。発行会社に組織再編、大株主の異動や非上場化などがあった場合に、社債権者に繰上償還の請求権を与える条項)とレポーティングコベナンツ(発行会社に投資判断に重要な事象が生じた場合に社債権者へ報告を行う義務を課した条項)を入れようとしているわけだが、ちょうど7月に日本エスコンがCoC条項をつけた社債を発行した。この銘柄は低格付ではなくA格だったが、そういうところでも、コベナンツをつけることによって信用の補完にもなる。支配の変更などは予定していない発行体でも、これをつけることで少しでも安心感を与え流通にプラスになり投資需要にもつながるのではないか。日証協のミッションは市場の公正と証券業の発展であり、会員である証券会社が金融機能の担い手として誇りを持って楽しく仕事をしていけるようにすることだと思う。日証協の良いところは会員の実情を理解しながら、インフラの整備や制度の提言ができるところ。最近だとバックオフィスやミドルオフィスの効率化にもチャレンジしている。日本の証券業、直接金融がより良くなるように少しでも役目を果たしていきたい。

9/17掲載 「日本もPEファンドの時代に」
アント・キャピタル・パートナーズ 代表取締役社長 飯沼良介 氏

――プライベート・エクイティ(PE)市場が本格化し始めた…。

 飯沼 PEは20年強前に日本で誕生し、企業再編の主役となるべく、政府が後押しし株式交換に関する法律が制定されて、持ち株会社ができるなど、M&Aをしやすい環境が整備された。しかし、しばらくの間は事業承継目的の小さな案件ばかりで市場発展のスピードは遅かったが、ここ数年でマーケットは完全に変わった。現在、おそらく日本が世界で一番活況なマーケットと言ってもいいくらい注目されている。マクロ的にもミクロ的にもすべてにおいて一番いい環境が揃っているためだ。世界的に見て日本の金利はまだまだ低く、レバレッジドローンを使いやすい。また地政学的リスクを背景に多くのファンドが中国投資から撤退した。さらに現在の円安で安く企業を買える。こうしたマクロ環境から「日本以外にどこに行く」という風潮となっている。

――内外環境が大きく変わった…。

 飯沼 そうした環境変化により、取り扱い案件がものすごく増えている。例えば、昨年は企業価値500億円以上の案件が10件以上となった。これは10年前と比べて5倍以上の規模だ。米国のM&Aに占めるPEの割合は16~18%程度だが、日本も同様の水準となってきており、つまり「PEを外してM&Aを考えられない」といった流れが形成されつつある。時間はかかったものの、いよいよPEがM&Aにおけるメインプレイヤーと呼ばれるようになってきたと言える。我々においても従来はほとんどが事業承継目的の案件がメインで、非公開化の案件の相談は年に1~2件程度しかなかったが、現在は週2件程度非公開化の案件の相談を受け、パイプラインの7割が非公開化案件となるまでに変貌した。今まさにパラダイムシフトが起きている。

10/7掲載 「資産運用立国で全政策を推進」
金融庁長官 井藤英樹 氏

――資産運用立国における最大のテーマは…。

 井藤 一番というものはない。すべてをやろうと思ってこれまでやってきた。新NISAの導入は目立つ政策ではあるものの、その過程では、より金融経済教育を推進するための教育機構の設立や、より顧客本位の業務運営を定着させるための横断的な義務の新設を行うなど、よりよい水準を目指すために業界の取り組みを一歩も二歩も進めるために取り組んできた。直近では資産運用立国を目指すうえでの新たな課題としてインベストメントチェーンの要となるアセットマネジメント、アセットオーナーの課題のほか、ベンチャー育成に向けた担保に依存しない融資の世界の確立に向けた事業成長担保権の導入、そして地域経済の課題など様々なことに取り組んでいる。そうした一つ一つの取り組みのどれが欠けてもいけないという思いを込めてやってきた。ここ2年間はできることでやるべきだと判断したものはなんでもやってきたし、今後もその方針に変わりはない。

――最近の不祥事を見るに銀証ファイアーウォール規制はむしろ厳格化が必要だと思うが…。

 井藤 銀証ファイアーウォール規制は何を守るためにあるのか。それは顧客の情報であり、優越的地位の濫用など不当な圧力を受けることを回避すること、利益相反の管理といったところにある。一方で金融サービスはより効率的に提供されるべきであることも事実だ。情報管理を形式的な管理から実質的にどのように管理してもらうかが大事で、形式なものではなく実質的に管理してできるのであれば緩和というのも十分検討に値するとの考えの下、緩和の議論を進めてきたが、点検するといろいろな問題が出てきて、実質的にできていないではないかという話になっている。金融審の議論においても厳しい声が顧客側からあがっている。経済界や消費者に加え、従前は緩和意向にあった学者からも実質的な管理を求める声があがっている。ファイアーウォールの緩和は、自由ではなく、より責任が重くなるということを念頭に置いてもらいたい。

10/15掲載 「国家公務員の在級年数廃止も」
人事院総裁 川本裕子 氏

――経験者採用が増えれば、年次に基づく昇進の仕組みも変わっていく…。

 川本 転職によるキャリアアップが普通のことになり、労働市場が様変わりしている今、制度もそれに合わせて変えていかないと人材が確保できない。民間企業や地方自治体からの経験者採用、一度国家公務員を辞めた人が再び公務に戻ってくるいわゆるアルムナイ採用も、中から上がってきた人と公平に昇進できる仕組みにする必要がある。給与表の上位の「級」に上がるために必要な期間である「在級年数」の仕組みは残っており、今年の勧告では在級年数の廃止に向けた検討を行うことを明言した。経験者採用・アルムナイ採用については、退職前の年数や民間経験も適切に評価されることになっており、入省時も含め能力の評価がますます重要になる。

――なぜ行動規範が大切なのか…。

 川本 国家公務員のなかでも世代により価値観や経験は全く違う。行動規範は組織の多様性が高まるほど重要になる。「国家公務員たるものどうあるべきか」ということを「暗黙の了解」としていてはいけないのだと思う。国民を第一に考えること、公正中立、インテグリティ、専門性などについてまとめ、さまざまな場面において判断の助けとしてもらう方針だ。まずは人事院が緩い枠組みを作る。各省庁で既にミッション、ビジョン、バリュー(MVV)を作っているところもあるが、それらがない省庁には作成を働きかけていく。MVVを既に作っている省庁にも時代に合っているかなど点検してもらいたい。行動規範は先の「やりがい」の課題とかかわる大切なテーマだ。現在の国家公務員法では「何々をしてはいけない」という禁止事項が中心で、国家公務員、特に若手は「自分は何のために働いているのか」という意識のなかで道に迷うこともあるようだ。自分のミッションが分かっていれば働くうえでやりがいを感じやすいのではないだろうか。そして仕事上で問題にぶつかった時、公正とは、中立とは、客観的であるとはどういうことか、を噛み締めると、客観的なデータに基づいて「これは間違っている。国民のためにならない」などと考える自由ができると思う。私は毎年、勧告の後に各省庁の次官・長官と意見交換を行っているが、人材不足への危機感はますます強まっており、その危機感をバネに色々な対策が打たれていて心強い。しかし、まだまだ課題は尽きない。

10/21掲載 「仁和寺は利他の心を大切に」
総本山仁和寺門跡 真言宗御室派管長 瀬川大秀 氏

――仁和寺の教えの特徴は…。

 瀬川 仁和寺の教えは弘法大師空海の真言密教であり、その教えは、「我々は大日如来の子であり、菩提心を持って生まれている」というものだ。仏から尊い命をいただいて生き、そのまま仏となる、という即身成仏が基本となっている。今の時代においては、普通の人が日常生活を送る中でそういった事を考える事は少ないかもしれない。しかし、経済が発達し、お金や資源を巡って争いが起こり、それが世界戦争を巻き起こしかねないというような世界情勢の中で、どこかに心の拠り所を探し求めている人も多いのではないだろうか。このような世界において、弘法大師空海の教えを広めていく事は大変に重要な役割だと考えている。

――世界では宗教の違いによる争いが後を絶たないが、仏教は世界平和を求めている…。

 瀬川 仏教は和を尊ぶものだ。宇多天皇も、出家されて法皇となり、仁和寺の中に最初に建立されたお堂は人々の幸せと世の平和を願う八角円堂であり、願文の最後の部分には「我、仏子となり、善を修し、利他を行ず」と記されているように、宇多法皇が開山して最も重んじられたのは、「人々の幸せ」と「世界が平和である事」だった。さらに先の帝の供養と国家安泰、人々の幸せを祈るために仁和寺は建立されたのであり、それは今でも脈々と受け継がれている。仁和寺を訪れて境内を歩く人々が、なんとなく落ち着くなぁ、なんとなく優しいなぁ、と感じてくださる事があれば、それは平安時代から約1000年続くこの環境が生み出す雰囲気が、自然と伝わっているのだと思う。同時に、この環境を次の世代へしっかりと繋いでいくために、私はこれからも「利他」の心を大切していきたい。

11/5掲載 「来るべく金融危機に備え全力」
預金保険機構 理事長 三井秀範 氏

――金融機能強化法で、金融機関はより盤石になったのか…。

 三井 昨年春、米国シリコンバレー銀行が破綻したことで、金融機関の本質的脆弱性が再認識された面がある。すなわち、預金は要求があればいつでも払戻しに応じなくてはならない一方で、貸出には返済期限があり、銀行の資産と負債の間には期間のミスマッチ、満期のミスマッチが本質的に存在する。信用リスクのミスマッチも加え、3つのミスマッチと呼ばれることがあるが、預金保険制度はこのような3つのミスマッチが作る銀行システムの構造的な脆弱性に対応し、預金の取り付けを阻止し、金融システムの安定を確保するための仕組みとなっている。海外では一連の騒動を受けて、預金保険・破綻処理制度とその運用をめぐって活発な議論が行われているが、日本では90年代の危機とそれに対する対応の積み重ねもあり、今は世界的にみても非常に良いバランスになっていると思う。

――政府や当局への要望は…。

 三井 金融面に限らず我が国では平和な状況が続いているが、これからの時代は危機時への備えを金融界も政府も一緒になって取り組んでいく必要があろう。繰り返しになるが、金融機関のビジネスは大きく変容しており、コンピューター産業化している側面もある。また、海外では昨今の様々な経験を踏まえた制度や運用の改善改革が急ピッチで進められている。そうした内外の変化の進展に的確に対応できるような破綻処理の枠組みになっているかどうか、法制度面も含めて点検をしてみることの必要性を感じている。また、当機構は海外の預金保険当局とは異なり、金融機関の業務全体への監督権限や検査権限がないため、リアルタイムでの情報が不足している点もあるため、金融機関との関係をさらに密なものとし、日頃から意思の疎通を図り、当局や金融機関と一緒になって議論ができるような時間を多く持ちたいと考えている。こうしたことを通じて、日々進化する金融システムの状況に遅れを取ることなく、将来の金融危機に備えていきたい。

11/25掲載 「政府調達と減税で経済を復活」
れいわ新選組代表 参議院議員 山本太郎 氏

――今回の衆議院選挙でれいわ新選組の議席は3倍に増えた。勝因は…。

 山本 「れいわ新選組」を旗揚げして5年。我々の政策が一定の方々に浸透してきているという事だとみている。マスコミでは景気が良くなっているという報道もしているようだが、足元では全くそういった事はなく、景気は悪すぎる。帝国データバンクの調査でも、中小企業の倒産の8割が不況型倒産であり、貧困も拡大している。一方で資本を保有している人達は右肩上がりだ。この超絶格差の拡大は、決して自己責任とされるものではなく、構造上の問題だ。つまり、政治の失敗によって国民の首が絞められている。そういう我々の話に国民の皆さまが共鳴して下さったことが、議席増に繋がったのだと思う。

――れいわ新選組では消費税減税を強く主張している…。

 山本 先日の選挙前のテレビ討論会で、私が海外の例を説明しながら「すぐに減税すべきだ」と唱えると、立憲民主党の野田佳彦さんが「日本は税に関するルールが他国とは違う為、税制改正が必要となり、短期間に減税は出来ない」という発言をされた。しかし、ドイツでは2週間で税制改正を行い、その2週間後に減税が始まったという例もある。選挙前の国会で私が「消費税減税をするために、どの程度の時間が必要なのか試算したのか」と問うても、試算さえしていないと政府答弁する。全くやる気が無いという事だ。さらに言えば、消費税が上がるたびに法人税は下げてきた。これはある意味、組織票と企業献金とのバーター取引だ。国を元気にするためには屋台骨を、中小企業を元気にする必要がある。消費税をゼロにすれば、かなり景気は良くなる。

12/2掲載 「供給網の多様化で中立金利は」
財務省 財務官 三村淳 氏

――台湾海峡で何かあれば、同様に日本の物価上昇の要因になる…。

 三村 物価に対する影響もそうだし、より広い物の流れに対する影響もあり、サプライチェーンの多様化が今、改めてキーワードになっている。ジャストインタイムからジャストインケース(不測の事態に備える戦略)へという話を国際会議の現場ではよく耳にするが、そうなるとかつてのような最も効率良く単線的なサプライチェーンよりも構造的にコストが高くなる。この変化によって潜在的な物価上昇率が今までより高くなっているのかどうか、それを考えたら名目の物価上昇率、平均的な物価上昇率を乗せたときの名目としての中立金利がいくらくらいなのかという点が世界各国で議論になっている。日本でも植田総裁がその分析はこれからだといった趣旨の発言をしており、パウエル議長もまだはっきりとわからないと言っているが、地政学的リスクは物価の実際の状況にも関わってくるし、それを見極めて中銀の金融政策が最終的にどのあたりの着地点を目指していくのかにも非常に影響してくる。

――経済安保はかなりのコストを注ぎ込んでいかなければならない状況に来ている…。

 三村 財務省は全国の税関のネットワークを通じて日々、どこの国との間でどんな物が、いつ、どれだけ流れているかという国境を越えての物の流れに関する情報を絶えず収集しており、また、お金の流れも外為法で100以上のいろいろな取引を届け出や報告で得ているので、そこには非常に豊富な一次情報がある。業務インフラと人員を整えてこれをしっかり分析できる体制を整えれば、役立つ情報が得られるはずなのだが残念ながら、今までは宝の持ち腐れにしていた。多少、時間がかかる話だが、そういうことをしっかりやっていくのが大事だ。また、経済制裁はアメリカ1カ国でやるより、考え方を同じくする国々との連携、役割分担の下でやる方が効果的であり、そういう体制をみんなで組んでいくのも、国際局の仕事として大きくなっている。更に、10月のG7でまとまったロシアの凍結資産の話もそうだが、ウクライナを支援するにしてもコスト負担や制度作りの上で各国間での調整が不可避になっている。

12/9掲載 「農業の効率化政策で国滅ぶ」
東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授
鈴木宣宏 氏

――日本の農業政策の根本的な問題とは…。

 鈴木 戦後の日本は、米国から圧力を受け、食料を国内で賄うのではなく輸入に頼る方向へ政策をシフトしてきた歴史がある。米国としては、日本が自給自足できるようになると支配できなくなるため、日本の農業を制限することは占領政策の一つの柱だった。米国は余剰生産物を日本に送り込み、日本政府もそれに従う形で農産物の関税撤廃などを推進した。そして、日本政府は、貿易自由化の下では購買力があれば必要な食料をいつでも十分に輸入できるという考えに立ち、農業への投資を控え工業など輸出産業の成長を優先させてきた。また、食料を輸入に依存する体制の原因は、日本人の食生活が米国の農業政策ありきで変えられてきたことにもある。戦後にGHQが学校給食を作ったことをはじめとして、さまざまな取り組みが行われてきた。厚生省が設立した日本食生活協会による「食生活改善運動」(1956~1961年)は、キッチンカーを全国に走らせて小麦や肉をとる欧コメ型の食生活を広めるキャンペーンを行ったが、やはり米国からの資金援助があった。また、1958年には慶應大学医学部教授による「コメを食べるとバカになる」と主張する本が出版され話題となったが、これも米国から資金援助が行われ執筆されたと言われている。敗戦後の日本では自国の文化を卑下し欧米の文化に憧れる風潮が強かったため、日本人は積極的に食生活の変化を受け入れた。このようにして、日本の食料自給率は約38%(2023年)と世界的に低い水準となってしまった。

――これからの食料安保はどうあるべきか…。

 鈴木 世界情勢が悪化するなか、食料を輸入に依存し、購買力を維持することが食料安全保障だというこれまでのあり方は通用しなくなっている。貿易自由化論の大きな欠陥は、他国に貿易を止められたらどのように命を守るのかというコストが一切勘定に入っていないことであり、日本は特に認識が甘い。例えば、中国は有事に備えて14億人が1年半食べられるだけのコメの備蓄を行っている。一方、日本のコメの備蓄は約100万トンで、国民が1.5か月で消費してしまう分量だ。国内の農業が弱っているなか、これだけの備蓄でどれだけの命が守れるというのか。現在、コメは減反により年700万トンの生産にとどまっているが、年1300万トン生産できるポテンシャルはある。旧型の米国製巡航ミサイル「トマホーク」を買う43兆円があるならば、コメの増産を進め備蓄を1年分程度に増やすことこそが、まず安全保障としてやるべきことではないか。この点、今回のコメ価高騰の背景として、備蓄米を米国からの要請で秘密裏にウクライナ支援に回していたために、備蓄米放出による価格調整ができなかったという事実もあることを忘れてはならない。こうした食料安保の議論が十分にできていないのが日本の危うさだ。今、踏みとどまって日本の地域農業を守る政策をとらなければいけない。

12/16掲載 「M&Aで新成長産業の創出を」
中村法律事務所 弁護士 中村直人 氏

――M&Aの際のファイナンスについて思う事は…。

 中村 買収する側の状況によってファイナンスのやり方は様々だが、私が気になっているのはベンチャーキャピタルだ。彼らは広く薄く資金提供しており、競合企業に投資しているケースもあるため、色々な情報が筒抜けになっている。日本では一度の失敗も許されないという風潮がいまだ強いために、リスクヘッジとして広く薄く投資せざるを得ないのかもしれないが、優秀なユニコーン企業になり得る会社には現在の規制を取り払ってでも一極集中して資金提供できるようにする等、もう少しシリコンバレー的なやり方を取り入れても良いのではないか。とはいえ、日本のベンチャーキャピタル投資担当者の給料は欧米に比べてはるかに低いため、リスクを取る事に対する意識は先ずは報酬制度から変えていく必要があるのかもしれない。

――海外から日本の企業が買収される事もある。経済安保についての考えは…。

 中村 実際に中国や韓国の企業に買収された日本の中小企業はかなりの数ある。小さな部品メーカーがキーポイントになっているが、中小企業ではグローバリズムや経済安保についてあまり詳しくない会社も多い。例えば中国の企業に買われそうになった時の対策としては、許容される出資比率範囲を明確にしておくことだろう。今は外資規制リストがあり、リストに載っていない会社も公表している。また、大きな案件では最近のRapidusやTSMC等、政府が関与しているケースが殆どで、エネルギーや電力ネットワーク等も国のコントロールが必要ということで政府資金が投入されている。世界中がブロック経済化しつつある中で、我が国が何とか生き残るための戦略物資として政府がバックアップしている今の状況は、計画経済になっているような感じもするが、官民が連携して資金的に難しい案件に挑戦し、世界の競争を勝ち抜いていかなければならないという状況にあるという事なのだろう。そう考えると、例えばロシアや中国やイスラム圏等と取引する事はリスクが高いなど、地政学リスクがわかる部署も必要な時代になっており、そういう意味でも政府や外国企業との連携は欠かせないものになっている。

――日本でもM&Aが活発になっている…。

 中村 現在、世界の潮流は脱CO2化とIT化であり、それに伴い日本でもGX(グリ-ントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されている。それは今までの日本企業の事業方法を大幅に変化させるものであり、ITに長けた人材や新しいCO2処理技術が必要となる。企業は事業のポートフォリオを入れ替えたり、今後成長する見込みのない事業を整理したりすることが求められており、そういったところでのM&Aが多くなってきているようだ。また、昔とは違って今のM&Aは経営者と労働者の目線が一致してきている。労働者の側も、CO2を無駄に排出している会社や、一向にIT化が進まない会社では5年後には生き残れないという意識や、賃上げが行われない会社は労働生産性が低いからであり、その理由は労働者のスキルが悪いからではなく、儲からない商売をやっているからだという事を理解している。利益の出ない事業経営を続けていては賃上げが出来ないのは当然で、賃上げが出来ないような会社はいずれ潰れてしまうかもしれないという意識から、事業の整理統合の必要性を感じるようになっている。さらに、今は若い頃から株式投資を始める人も多くなっており、給与の一部を株式報酬として保有している人も多いため、自社の株価が上がる事に対しての利害の一致がある。一方で政府は、人口が減少し続ける中で30年以上も経済低迷が続き、公的債務が1100兆円にも上っている日本を何とかしようと、企業買収における行動指針を策定し、日本企業の事業ポートフォリオの効率化を進めている。そういった政府の後押しから、ポートフォリオ入れ替えに伴う新技術導入や研究開発に必要な人物など、自社に必要な相手を自ら考えて、相手企業に直談判するような会社も多くなってきているようだ。

――敵対的買収の現状と防衛策について…。

 中村 先ず、アクティビストとストラテジックな事業会社による買収は分けて考えなくてはならない。アクティビストによる買収の場合は利益第一で、自分たちで会社を経営しようとは考えずに、ただ高配当を要求するような事が多く、そこに企業買収の行動指針は適用されない。また、事業会社が本格的に戦略的買収を仕掛けてきた場合、企業買収における行動指針の中にも記載されているが、私の個人的な考えとしては、例えば1兆円規模の大企業同士では、企業価値を考えると話をまとめたほうが良いケースが多いと思う。大企業には中途採用やジョブ型採用の人も多く、親会社や株主が変わっても労働者への影響はそれほど大きくないという理由もある。一方で、買収される側の企業が中小規模の場合、過去に行われた中小企業への敵対的買収によってその会社の現在価値が上がっているかどうかは定かではなく、また、中小企業は単一事業の日本型経営が多く従業員の雇用を守ることを重視していたり、事業の幅が狭いために新しい技術開発が困難の場合も多いため、昔ながらの終身雇用を守りたい会社は断った方が良い場合も多いと思う。敵対的買収に対する防衛策は、その規模によって変わってくるが、最近では有事発動型が多いようだ。それは株主総会で承認を得る必要があるが、小規模企業の場合はインデックスの対象になっていないため機関投資家が少なく、その企業が好きで株を長期保有している個人投資家が多いため、日頃から個人投資家を大事にするような経営をしていれば、株主の意思確認を行う総会で経営者側の意見が通りやすくなる。

――個人投資家が増え、株式市場が民主化していくことが、国の安定にも繋がっていく…。

 中村 「貯蓄から投資へ」という流れを推し進める政府に対して「個人に投資のリスクを負わせるのは無責任だ」という意見もあるが、個人のお金が直接企業に流れて、その企業が発展すれば、それは国民のプラスにもなっていく。そういう流れになった方が、経済全体が上手く回っていくのではないか。一つ気になるのは、東証が企業買収の際に株価純資産倍率(PBR)が1倍未満企業に関しては十分な対応を求める等、少々株価に注目しすぎている観がある事だ。例えば中小企業で世の中の役に立っている会社がPBR1倍だったとして、それは決して悪い事ではなく、むしろ中小規模であればPBRを1倍以上にするのは普通に考えて難しい事だと思う。特にM&Aの際に先ず考えるべきことは、「株価を上げること」ではなく、例えばGAFAのような「世界に伍していける新しい成長産業を生み出すこと」だと私は思う。新しい成長需要を日本から生み出すために、設備投資や研究開発に沢山のお金と時間が必要になり、その時に資本と経営インフラを持っている大企業とのM&Aという手段が出てくる。或いは自分で新しい技術を生み出して会社を立ち上げるスタートアップ企業もあるだろう。そういう人たちが起業しやすいような環境を作ることが、今の日本には必要なのではないか。M&Aとは、極端に言えば事業の移動であり、そこに生まれるシナジー効果は、実はコストカットや単純な大規模化、競争制限などであり、新しい成長事業の創出になっていることは少ないと思う。むしろ今、雁字搦めになっているベンチャー企業をもっと起業しやすいようにして、新しい事業を生み出したり、チャレンジしやすい投資環境を作ったりすることが、これからの日本経済には必要なのではないか。

――M&Aの際のファイナンスについて思う事は…。

 中村 買収する側の状況によってファイナンスのやり方は様々だが、私が気になっているのはベンチャーキャピタルだ。彼らは広く薄く資金提供しており、競合企業に投資しているケースもあるため、色々な情報が筒抜けになっている。日本では一度の失敗も許されないという風潮がいまだ強いために、リスクヘッジとして広く薄く投資せざるを得ないのかもしれないが、優秀なユニコーン企業になり得る会社には現在の規制を取り払ってでも一極集中して資金提供できるようにする等、もう少しシリコンバレー的なやり方を取り入れても良いのではないか。とはいえ、日本のベンチャーキャピタル投資担当者の給料は欧米に比べてはるかに低いため、リスクを取る事に対する意識は先ずは報酬制度から変えていく必要があるのかもしれない。今、日本で行われているM&Aで一番多いのは、同業他社を買収してシェアを大きくするものだ。例えば創薬会社や電力会社、或いは半導体会社等に関しては莫大な投資が必要になる事も多く、その際には合従連衡して拡大していく必要もあるのだろうが、例えば輸送運輸会社等がIT会社と提携してWIN―WINになるような、意味のあるM&Aがもっと広がっていけば良いと思う。

――海外から日本の企業が買収される事もある。経済安保についての考えは…。

 中村 実際に中国や韓国の企業に買収された日本の中小企業はかなりの数ある。小さな部品メーカーがキーポイントになっているが、中小企業ではグローバリズムや経済安保についてあまり詳しくない会社も多い。例えば中国の企業に買われそうになった時の対策としては、許容される出資比率範囲を明確にしておくことだろう。今は外資規制リストがあり、リストに載っていない会社も公表している。また、大きな案件では最近のRapidusやTSMC等、政府が関与しているケースが殆どで、エネルギーや電力ネットワーク等も国のコントロールが必要ということで政府資金が投入されている。世界中がブロック経済化しつつある中で、我が国が何とか生き残るための戦略物資として政府がバックアップしている今の状況は、計画経済になっているような感じもするが、官民が連携して資金的に難しい案件に挑戦し、世界の競争を勝ち抜いていかなければならないという状況にあるという事なのだろう。そう考えると、例えばロシアや中国やイスラム圏等と取引する事はリスクが高いなど、地政学リスクがわかる部署も必要な時代になっており、そういう意味でも政府や外国企業との連携は欠かせないものになっている。[B]

――コメ不足をはじめ、農業や食料安全保障に関して気になるニュースが多い…。

 鈴木 コメの不足は政策の失敗が原因だ。多くのメディアは去年の猛暑による生産量減少とインバウンド需要の増加が原因だと報道したが、どちらも実はわずかな変化であり、本質的な説明ではない。平時からぎりぎり需要に足りる生産量に追い込んでいることが問題だ。過去数十年、財政負担を減らしたい政府の思惑の下、減反政策が進められてきた。コメの生産コストは約2倍に上昇し、供給過剰となれば安く買いたたかれ、生産をやめるコメ農家は増え続けている。また、同じ問題が酪農でも起きている。脱脂粉乳の在庫が余り価格の下落が続いているため生産調整が必要だとして、4万頭の乳牛を殺すことを目標とする政策が2023年につくられた。輸入飼料が高騰しても政府は赤字を補てんせず、酪農家にしわよせが行く。そのうちバターなどの需給がひっ迫することは目に見えており、案の定バターは足りなくなったが、子牛から牛乳を絞れるようになるまでには3年以上かかるため、緊急輸入をせざるを得なくなった。あまりにも短絡的な政策だ。

――日本の農業の先行きは…。

 鈴木 先行きは暗い。3月の「食料自給の確立を求める自治体議員連盟」と農水省との意見交換会での農水省の事務方の説明によると、政府はもはや食料自給率改善に向けた生産増の取り組みにはお金を出さない方針だ。農水省の事務方は「今まで政策は十分やってきた。潰れる方が悪いのだ」という主旨のことを言っている。以前ならそんなことは言わなかったはずで、非常に驚いている。そして、「農業従事者は20年後には激減してしまうが、これはもうどうしようもない。大企業が農業に参入しやすいように規制緩和だけはしておこう。大企業による輸出やスマート農業があれば『バラ色』だ」という議論が前面に出てきた。このままだとまともに生産現場を支えるような政策は出てこない。さらに、6月には、有事の際に花き農家も含めすべての農家に強制的にサツマイモを作らせるという食料供給困難事態対策法が可決された。今苦しんでいる農家を支援せず放置しておきながら、「いざとなれば罰金で脅して無理やりつくらせれば何とかなるだろう」という大変勝手な発想だ。そんなことができるわけも、して良いわけもない。最近の農業政策の動向を見ていると、「非効率」なものを予算を割いて守る必要はないという議論が政府のなかで高まっているのではないかと感じる。

――日本の農業政策の根本的な問題とは…。

 鈴木 戦後の日本は、米国から圧力を受け、食料を国内で賄うのではなく輸入に頼る方向へ政策をシフトしてきた歴史がある。米国としては、日本が自給自足できるようになると支配できなくなるため、日本の農業を制限することは占領政策の一つの柱だった。米国は余剰生産物を日本に送り込み、日本政府もそれに従う形で農産物の関税撤廃などを推進した。そして、日本政府は、貿易自由化の下では購買力があれば必要な食料をいつでも十分に輸入できるという考えに立ち、農業への投資を控え工業など輸出産業の成長を優先させてきた。また、食料を輸入に依存する体制の原因は、日本人の食生活が米国の農業政策ありきで変えられてきたことにもある。戦後にGHQが学校給食を作ったことをはじめとして、さまざまな取り組みが行われてきた。厚生省が設立した日本食生活協会による「食生活改善運動」(1956~1961年)は、キッチンカーを全国に走らせて小麦や肉をとる欧コメ型の食生活を広めるキャンペーンを行ったが、やはり米国からの資金援助があった。また、1958年には慶應大学医学部教授による「コメを食べるとバカになる」と主張する本が出版され話題となったが、これも米国から資金援助が行われ執筆されたと言われている。敗戦後の日本では自国の文化を卑下し欧米の文化に憧れる風潮が強かったため、日本人は積極的に食生活の変化を受け入れた。このようにして、日本の食料自給率は約38%(2023年)と世界的に低い水準となってしまった。

――農水予算の削減は新自由主義的な切り捨ての論理だ…。

 鈴木 元をたどれば、新自由主義も米国にたたき込まれたものと言える。米国は世界中から留学生を受け入れ、貿易を自由化し世界的な分業を行えば、食料は安くなり世界中が豊かになると教えた。そのような新自由主義的な考え方を米国で学んで帰国した人たちが日本の政財界にどんどん増えていき、予算削減や規制撤廃を進めていった。しかし、そもそもの前提となる、みんなが同じ力関係・同じ条件で競争すればみんながもうかるという「完全競争」の論理は現実にはあり得ない。実際には家族経営の農家や中小企業と、政府のバックにいるようなグローバルな大企業が競争するからだ。そして、大企業にとってはみんなを守っている規制を破壊すれば自分のふところに利益が集中することになる。私は、近代経済学そのものが実は「今だけ・金だけ・自分だけ」の理屈であり、一部の大企業や富裕層がみんなからむしりとってもうけることを正当化してきたのではないかと思う。そのことに気付いていない経済学者も、気付いたうえでグローバル企業と結びついている経済学者も、一部の人だけがもうかる経済社会をつくることに加担してきたということだ。それは、米国のバックにいるグローバル企業の思惑にも合致してきたことになる。

――グローバル企業の影響力は強い…。

 鈴木 米国政府はグローバル企業の意向で動いており、日本政府は米国の意向で動いている。一例が種子法廃止・種苗法改定だ。これまでは地方自治体が国の補助の下で安くて良い種苗を作って農家に供給してきたが、2017年の種子法廃止によりこの仕組みがなくなり、2022年の種苗法改定で農家が自分で種取りして増やすこと(自家採取)も制限された。これによって、農家は毎年グローバル種子農薬企業の売る種を買わなければ生産できなくなる可能性が出てきている。近年、種子農薬大手は世界中で関連企業を買収しており、各国の農家、市民は反発してきた。動きにくくなったグローバル企業がラストリゾートとして日本で徹底的にもうけようとするのはよくあることで、種苗法改定の裏でも米国政府を通じた働きかけがあったと考えられる。政府は改定に当たって、米国からの要請があったとは言えないので、シャインマスカットなどのブランド品種が中韓に流出したことを受け大事な種を守るためだと国民に説明した。結局は国民をだまし、グローバル企業に利益をもたらすための条件整備をしていたということだ。また、関連して、種子法廃止と同年に農業競争力強化支援法がつくられたことも知ってほしい。農業競争力強化支援法は、行政の種苗の知見について民間事業者への提供を促進することまで定めている。

――これからの食料安保はどうあるべきか…。

 鈴木 世界情勢が悪化するなか、食料を輸入に依存し、購買力を維持することが食料安全保障だというこれまでのあり方は通用しなくなっている。貿易自由化論の大きな欠陥は、他国に貿易を止められたらどのように命を守るのかというコストが一切勘定に入っていないことであり、日本は特に認識が甘い。例えば、中国は有事に備えて14億人が1年半食べられるだけのコメの備蓄を行っている。一方、日本のコメの備蓄は約100万トンで、国民が1.5か月で消費してしまう分量だ。国内の農業が弱っているなか、これだけの備蓄でどれだけの命が守れるというのか。現在、コメは減反により年700万トンの生産にとどまっているが、年1300万トン生産できるポテンシャルはある。旧型の米国製巡航ミサイル「トマホーク」を買う43兆円があるならば、コメの増産を進め備蓄を1年分程度に増やすことこそが、まず安全保障としてやるべきことではないか。この点、今回のコメ価高騰の背景として、備蓄米を米国からの要請で秘密裏にウクライナ支援に回していたために、備蓄米放出による価格調整ができなかったという事実もあることを忘れてはならない。こうした食料安保の議論が十分にできていないのが日本の危うさだ。今、踏みとどまって日本の地域農業を守る政策をとらなければいけない。[B][L]

――世界の金融情勢は、今は比較的安定している…。

 三村 比較的世界中、金融政策一つとっても局面の転換期だ。アメリカやヨーロッパは既に利下げ局面に入った状況だが、どのようなタイミングとスピードで追加利下げをしていくのか、まさにその都度ごとに経済分析をしながら決めていくということで、そこは必ずしもわからない状況だ。日本はその逆で利上げ、つまり金融政策の正常化の局面だが、これまたどのタイミング、どの程度のペースでどこまで利上げが行われるのかは今後の状況次第だ。このため、日本と欧米の金融政策の相対関係で金利のマーケット、株のマーケット、為替相場が動くわけだが、比較的見にくい状態にはなっている。10月にワシントンで行われたG20の会議でも大きく言えばソフトランディングが見通されるようになってきたが、日本と欧米の金融政策は両方が反対方向に動く関係、つまりクレー射撃と同じで常に正確にその距離感を測ることができるわけではないため、足元で日々のボラティリティは高い。

――去年の春に金融不安のような雰囲気があった…。

 三村 去年の出来事自体は少し例外的な、特異な事案であったように思う。クレディ・スイスの場合には、そのかなり前からコンプライアンス上の話も含めていろいろな問題があったし、シリコンバレーバンクについて言うと調達サイドで非常に少数の預金者が巨額の預金をしていたという背景に加え、運用サイドでかなりの程度、債券もので投資をしていたことなど特性に例外的なところがあったので、他の多くの金融機関でも同じような問題があるわけではないというのが一般的な受け止めだと思う。とは言え教訓もいくつかあり、デジタル化における預金の取り付け騒ぎというのはかつてとは比較にならないスピード感と規模で起きるのを、現に我々は目の当たりにした。この昨年春のケースについては、既にFSBやバーゼル委員会などで教訓を振り返る、あるいは引き出すレポートなどが出始めている。リスクがどこにあるのか、金融システムの潜在的な脆弱性の所在を常に把握しておくことは金融当局者の一番の仕事だ。また、欧米ではちょうど利下げ局面に入り始めたということで、一番金融の引き締めが効いてきている状態をようやく緩め始めているというのが今の欧米の状態だが、そうなると金融的にはまだ意外に引き締まった状態かもしれず、手放しで金融にストレスが生じ易い局面が終わったと判断するのは時期尚早だ。中国の不動産やアメリカの商業不動産だとか、様々なリスクが金融周りでも言われているが、市場が次はここが心配と言っているものは当局も気にかけて見ている。しかし、おそらく去年の3月までシリコンバレーバンクのことを話題にしている人が誰もいなかったように、大体において金融の危機なりストレスの発信点は誰も予想していないところにあり、意外な危機の種が隠れているというのが残念ながら過去の教訓上は多い。そういう点では、常に警戒を怠ることはできない。

――台湾海峡で何かあれば、同様に日本の物価上昇の要因になる…。

 三村 物価に対する影響もそうだし、より広い物の流れに対する影響もあり、サプライチェーンの多様化が今、改めてキーワードになっている。ジャストインタイムからジャストインケース(不測の事態に備える戦略)へという話を国際会議の現場ではよく耳にするが、そうなるとかつてのような最も効率良く単線的なサプライチェーンよりも構造的にコストが高くなる。この変化によって潜在的な物価上昇率が今までより高くなっているのかどうか、それを考えたら名目の物価上昇率、平均的な物価上昇率を乗せたときの名目としての中立金利がいくらくらいなのかという点が世界各国で議論になっている。日本でも植田総裁がその分析はこれからだといった趣旨の発言をしており、パウエル議長もまだはっきりとわからないと言っているが、地政学的リスクは物価の実際の状況にも関わってくるし、それを見極めて中銀の金融政策が最終的にどのあたりの着地点を目指していくのかにも非常に影響してくる。逆に言えば、ロシア・ウクライナのような問題は、単に地政学的な問題だと言うだけではなくて、文字通り経済とか市場に大きな影響を与えるという意味で財務相、中銀総裁がG7やG20で当然語って然るべきことだ。そういう意見ではない国も残念ながらいるわけだが、我々からすると経済と金融の問題そのものであると感じる。

――経済安保はかなりのコストを注ぎ込んでいかなければならない状況に来ている…。

 三村 財務省は全国の税関のネットワークを通じて日々、どこの国との間でどんな物が、いつ、どれだけ流れているかという国境を越えての物の流れに関する情報を絶えず収集しており、また、お金の流れも外為法で100以上のいろいろな取引を届け出や報告で得ているので、そこには非常に豊富な一次情報がある。業務インフラと人員を整えてこれをしっかり分析できる体制を整えれば、役立つ情報が得られるはずなのだが残念ながら、今までは宝の持ち腐れにしていた。多少、時間がかかる話だが、そういうことをしっかりやっていくのが大事だ。また、経済制裁はアメリカ1カ国でやるより、考え方を同じくする国々との連携、役割分担の下でやる方が効果的であり、そういう体制をみんなで組んでいくのも、国際局の仕事として大きくなっている。更に、10月のG7でまとまったロシアの凍結資産の話もそうだが、ウクライナを支援するにしてもコスト負担や制度作りの上で各国間での調整が不可避になっている。

――各国で役割分担が必要ということだが、日本の役割は…。

 三村 場面にもよるが、例えばロシアとの関係において言えばユーロとドルだけ押さえても仕方なく、日本が一緒に円も含めて制裁をすることによって格段に制裁の強度が高まった。サプライチェーンでは、例えばEVのバッテリーやソーラーパネルなどクリーンエネルギー系の部材について、一番上流のクリティカルミネラルと呼ばれる鉱物資源自体はアフリカや南米、アジアなどいろいろな国で産出しているが、バッテリーやソーラーパネルを作る中流以下はほぼ中国一色になっているような状態だ。これはサプライチェーンの多様化の真逆で、クリーンエネルギーを追求すればするほど特定の国に依存度が高まってしまうため、クリティカルミネラルを産出している国々が自前で中流・下流までできるようにすれば、我々の経済安全保障にも資するし当該国にとってはより付加価値ができ経済成長や雇用の創出にもつながる。日本は昨年こういったアイデアを出したが、これについてもやらなくてはならないことが沢山あり、工場の建設、港や道路など物理的、伝統的なインフラの整備も必要だし、生産品の買い取り手を探す必要もある。基本は民間の事業活動だからそれを裏付けるためのファイナンシングとして一番いいのは商業的なお金だが、インフラまで含めて考えれば公的なお金、世銀やアフリカ開銀に委ねるところもあれば、各国政府ごとにやるところもあるかも知れない。ファイナンシングにしてもインフラづくりにしても、ドナー側と当事国が集まって議論し、エコシステムを整えていく必要があり、一種の工程表的なものを作っていくところで「では日本はここをやるので、これはアメリカよろしく、これは当事国に、これは世銀にお願いしよう」という役割分担が個別の局面でも常にあり、より大きな政策立案においても日本はあれをやりましょう、これをやりましょうという場面があるのだと思う。

――令和元年に改正された外為法について、そろそろ新たな改正をする目処の時期が来ているが…。

 三村 施行後、5年が経過したところで状況を見て見直しをすることが定められており厳密には来年春に満5年を迎えるので、法改正の検討については年明け以降本格的にやっていくことになるが、それ以外の法改正を要しない若干のファインチューニングについては、政省令以下で対応でき且つ、対応すべき政策的な緊急性が認められるものがあれば5年後見直しを待たずにやればよいと思う。前回改正時より経済安保に関する考え方もかなり進化してきているが、当時もそうであったが究極的に外為法の目的は「対外取引自由」を大原則としながら必要最小限度の管理調整を加えるというものであるから、そのバランスが非常に難しい。その法律の大目的に照らして本質的に外為法の制度は、マーケットの観点から健全な投資やお金の流れはむしろ推奨こそすれ、決して止めない邪魔をしない。一方で安全保障、公の秩序、公衆の安全といった観点から本当に必要な場面では管理・調整をかけるということなので、要は国際金融センター的な観点と経済安全保障的な観点と両方折り合いをつけなければいけないのが外為法で難しいところだ。意図せざる結果が出てしまった部分や、思ったほどの効果がなかったといった部分が当然あるはずなので、そのあたりを勉強しながら何を次の法改正の中でやっていくかということだが、いずれにしても大事なのはバランスをどう取るかというところだと思う。[B][HE]

――今回の衆議院選挙でれいわ新選組の議席は3倍に増えた。勝因は…。

 山本 「れいわ新選組」を旗揚げして5年。我々の政策が一定の方々に浸透してきているという事だとみている。マスコミでは景気が良くなっているという報道もしているようだが、足元では全くそういった事はなく、景気は悪すぎる。帝国データバンクの調査でも、中小企業の倒産の8割が不況型倒産であり、貧困も拡大している。一方で資本を保有している人達は右肩上がりだ。この超絶格差の拡大は、決して自己責任とされるものではなく、構造上の問題だ。つまり、政治の失敗によって国民の首が絞められている。そういう我々の話に国民の皆さまが共鳴して下さったことが、議席増に繋がったのだと思う。ただ、本当はもっと議席を伸ばしたかった。一番の理想は今回の国民民主党の様な躍進だ。彼らは今、キャスティングボートを握る位置にいる。そのような位置にいれば、消費税5%減税に乗れるのは与野党どちらかというスタンスで大きな議論が出来るようになるだろう。しかし、そうはいっても候補者1人当たりのエントリー費用が約600万円だとして、今回38名の候補者を立てるだけで2億円超が必要になった。さらに選挙活動にかかる費用を考えると、それ以上の候補者は出せない。例えば、選挙時の供託金の金額を下げるような議論もあって良いと思うのだが、そういった根本的な話はすべて無視され、「新規参入お断り」といった状態を維持しているのが今の日本の政治の実態だ。

――マスメディアの「れいわ新選組」に対する取り上げ方にも違和感がある…。

 山本 実際にお会いした人からは「テレビで見た印象と違う」と言われることが多い。我々は政党主体で減税デモを行っており、そういった一場面を切り取られてテレビで使われたりすると、真意が伝わらず「何をやっているのかわからない政党」という感想を抱かれる方もいらっしゃるのだろう。大体のテレビや新聞はスポンサー企業の意向に左右されるため、彼らにとって利益にならないことはあまり歓迎されないのだろうが、基本的に我々が唱える減税は、国民皆にとって景気が良くなるような政策であり、国民に余裕が出てくれば、企業も安定的に利益を得る事が出来る。スポンサー企業に不利益と思われる理由もない筈だ。また、我々が行っているデモは、政治に対するハードルを出来るだけ下げて、自由に発言できる空気を醸成するために行っているものだが、そこを変に報道されてしまっている。

――経済政策については…。

 山本 現在の物価高の中身は完全に輸入品の高騰によるもので、それを吸収するのが国民や企業になると日本は潰れてしまう。そういう悪い物価高が収まるまでの間は、例えば季節毎に10万円程度の給付金を出して国民生活を支え、需要を喚起していくべきというのが我々の主張だ。また、この30年続く経済不況の中で国外へ移ってしまった生産基盤を再び国内に戻し、モノづくり大国日本のサイクルを再興させるために、政府調達をもっと利用するという政策も掲げている。モノやサービスを国が買うという政府調達の利用額は、現在日本では10兆円程度で、その約2割は外国品に費やされている。一方で米国では、製造業を復活させた際にこの政府調達が利用され、その利用額は年間約80兆円。ヘリコプターブレードからオフィス家具に至るまで、あらゆるものを政府調達で購入した結果、製造業が息を吹き返し、雇用も安定して賃金も上がっていった。これこそ、まさに30年の経済を失った今の日本に必要な政策だ。

――肌感覚で経済政策を打ち出していくことが、今の日本政治には欠けている…。

 山本 例えば、消費税増税でどれだけの個人消費が失われたかの調査では、100年に一度と言われたリーマンショック時に個人消費マイナス4.1兆円だったのに対し、1997年の消費税5%増税時にはマイナス7.5兆円、消費税8%に増税した時がマイナス10.6兆円、そして消費税10%導入時がマイナス18.4兆円と、全ての段階においてリーマンショック時を上回って個人消費が落ち込んでいる。個人消費はGDPの5割を超えているため、この部分をどうにかしなければ国の景気は良くならず、世界的に見ても不況時には消費税は上げないというのが鉄則だ。それなのに日本では消費税を5%に上げて以降、ずっと不況であるにもかかわらず、8%そして10%と消費税を上げ続けている。これは、はっきり言って自殺行為だ。

――れいわ新選組では消費税減税を強く主張している…。

 山本 先日の選挙前のテレビ討論会で、私が海外の例を説明しながら「すぐに減税すべきだ」と唱えると、立憲民主党の野田佳彦さんが「日本は税に関するルールが他国とは違う為、税制改正が必要となり、短期間に減税は出来ない」という発言をされた。しかし、ドイツでは2週間で税制改正を行い、その2週間後に減税が始まったという例もある。選挙前の国会で私が「消費税減税をするために、どの程度の時間が必要なのか試算したのか」と問うても、試算さえしていないと政府答弁する。全くやる気が無いという事だ。さらに言えば、消費税が上がるたびに法人税は下げてきた。これはある意味、組織票と企業献金とのバーター取引だ。国を元気にするためには屋台骨を、中小企業を元気にする必要がある。消費税をゼロにすれば、かなり景気は良くなる。

――タレントから政治家に転身したきっかけは…。

 山本 私が芸能界に入ってから20年目に原発事故が起こった。当時は民主党政権だったが、当時の政治家の発言やマスコミの報道に歯切れの悪さを感じて色々と調べたところ、決して表には出ない裏の事情が分かってきた。一方で、タレントの一番の収入源はテレビコマーシャルだ。年間契約で数千万円の報酬になるケースもあるため、タレントは政治情勢には関わらないというのが通常なのだが、原発事故の実態を知って我慢できなくなった私は、原発反対と発言してしまった。すると、決定していたドラマの役を降板させられるなど、次々と仕事がなくなっていった。表現の自由を象徴するような仕事をしているのに、しかも、きちんと税金も納めているのに、自分の意見が自由に言えなくなる事に相当の怒りを感じた。ただ一方で、仕事が外されていく毎に、自分の意志が固くなっていくのを感じ、当時所属していた事務所も辞めて、原発反対を声高に唱えていった。すると、全国の原発を考える会や、労働環境を考える支援者や当事者の方々から、「芸能界の仕事がなくなったのだったら、その話をしに来てほしい」というお声をかけていただいた。私は16歳で芸能界に入ったため、それまでの20年間、凄く狭い世界で物事を見てきていた。社会がどうなっているのかも知らず、貧困がこの国にもあるということすら知らない状況だったのだが、そうやって1年半くらい全国各地を回ってお話を聞いていくと、その実態に「この世界は地獄だ」と驚いてしまった。同時に、それまで政府や東電に対して向けていた怒りが、「この地獄を広めたのは自分自身でもあったのだ」「誰か困っている人や、何か助けを求める声が聞こえきても、自分は指一本動かさなかった」と思うようになり、そこで、それまで聞いた話を直接国会に伝えに行こうと考えたのが始まりだ。

――政治の道を選び、自分の党を立ち上げようと考えたのは…。

 山本 最初、政治に対する不信感や怒りを目覚めさせてくれたのは当時の民主党だったが、当時の国会における与野党のやり取りを見ながら、大きな党に所属するのではなく、無所属で議員立候補しようと思った。最初は衆院選で杉並区から立候補して落選したが、翌年2013年の参院選で初当選を果たし、その数年後、小沢一郎氏が代表を務める生活の党と合流して「生活の党と山本太郎と仲間たち」を発足するに至った。そこで共同代表として沢山の事を学んだのだが、議員として6年目を迎える頃、「この世の中、与党も野党もなく、茶番でしかない。やはり自分の旗を立ち上げよう」と決心した。そういった背景もあって、どの党からも一番嫌われているようだ(笑)。今回の選挙で我が党は9名に議席を増やしたのだが、野党で行われる国会対策委員会にも誰も呼ばれなかった。我が党から立候補してくれた38名は純粋に理念に共感して力を貸してくれる人もいれば、「ここだったらワンチャンスあるかもしれない」と思って来ている人もいるかもしれない。その心中は図れるものではないが、しかし、大手でも中小でもない、町の小さな工場である我々の党に手を上げてくれる人は、それだけで勇気のある人だと思う。

――今後の抱負は…。

 山本 これまで多くの人に話を聞いて分かったことは、この国の将来のみならず、自分の将来さえ不安しか感じないという人が圧倒的に多いという事だ。不安しか感じない国民を大勢抱える国は、軍備を万全にしたところで守ることはできない。重要な事は人間の尊厳を守れるような国にすることであり、そのためには経済の安定が必要だ。一人一人の購買力を上げて、久々の外食で一番安いメニューを選ぶのではなく、高くても自分が働いたお金で食べたいものを選ぶことの出来る、昔のような日本を取り戻したい。経済力の弱い人たちに対して支援することが温情的に捉えられたり、欲を否定するような風潮は大間違いだ。お金を溜めずに右から左に流すような人たちは、社会にお金が波及していくという意味で、一番この国の経済に寄与していると言えよう。もちろん色々なフェーズの人たちへの支援は必要だが、世代横断的に貧困が広がっている今の日本においては、大胆にお金を出していく事が必要だ。我々の政策を見て、大企業や資本家を敵視していると捉える方もいらっしゃるが、それは全く逆だ。我々の徹底した需要喚起策を進めていけば、国が豊かになり、企業も潤う。製造業の国内回帰も実現し、国内でのイノベーションも期待できるだろう。政治家にとって一番重要な事は「経済政策を誤らない」事だ。我々は完全な存在ではないが、ここまでゼロからつくられた党は日本には無い。是非、この国に生きる皆様に「れいわ新選組」を育てていただき、国民の皆様の手足として使ってもらいたいと思う。[B]

――ミャンマーの現状について…。

 寺井 私は1982年頃からコロナ前まで30回程ミャンマーを訪れているが、本当のミャンマーの姿は、実際にミャンマーに住んでいる人たちでさえわかっていないと思う。それは、国の力の中心がどこにあるのかがはっきりしていないからだ。政治を動かしている人やそれに反対している人達がいるのは他の国でもあたりまえにある事だが、ミャンマーにはそういった人達をしっかりと抑え込んでいる中心人物がいない。1962年のネ・ウィン氏による軍事クーデターから1988年の大規模民主化運動鎮圧を経て、ミャンマーは軍事政権が益々力を持つようになり、その後のタン・シュエ議長やキン・ニュン首相のもとでは軍部独裁だと批判されながらもしっかりとした政治運営を行っていた。しかし今は、その頃のようなセンターがいない。

――ミャンマーが民主化したのはどのタイミングなのか…。

 寺井 ミャンマーは2010年の総選挙をきっかけに2011年から民主政権になった。新政権のテイン・セイン大統領は民主化に力を尽くした人で、その頃から経済活動の自由や労働組合の結成、そして、言論や政治活動の自由が認められるようになった。その後を継いだアウンサン・スー・チー政権でも経済はそれなりに発展していくのだが、2021年、再び軍のクーデターで軍事政権が復活し、現在に至る。とはいえ、今の軍総司令官ミン・アウン・フライン大統領代行には、かつてのネ・ウィン氏やタン・シュエ氏のようなカリスマ性が無い。そういった人物が政治を動かそうとすると、色々な問題が噴出してきて、経済的にも上手くいかなくなる。その大きな理由は、ミャンマーはかつて英国植民地だったという歴史があり、その政策によって民族間対立の根が深くなっているからだ。

――ミャンマーは多民族国家であるため、統制するのが難しい…。

 寺井 ミャンマーでは基本的に原理原則論を唱える人が好まれるのだが、それは現実とは乖離している。アウンサン・スー・チー氏も民主主義の総論では真っ当と見えるのだが、経済政策において現実が見えていない。1988年民主化クーデター鎮圧の時にはまだ軍部に対する信頼があり、英国植民地時代には戻らないという共通認識の下、一定のまとまりがあったのだが、ミャンマー135民族のうち20近くもの武装組織が現在も武装闘争をしているし、いわゆる反政府民主派も戦っている状況だ。それは、センターがしっかりしていない事と、2011年に民主主義政権が実現した際に、他の国と比較して自国がどれほど遅れているのかを知ったからだ。特に、隣国タイとの差を目の当たりにして多くの国民は驚愕する。バングラデシュでさえ経済力が増しているのに対し、自国は一向に発展しないという現実に若者たちは失望し、そこで自分たちの手でどうにかミャンマーを立て直そうと考えるのではなく、海外に出て行くという選択をしてしまった。

――ミャンマーの若者たちが海外に出た後は…。

  中国では海外で活躍していた華僑が、鄧小平の改革開放に一旗あげようという人たちが国に戻って協力した。ベトナムでも海外で様々な事を学んできた人たちや越僑が母国の経済発展に寄与している。日本も戦後の貧しかった時代に海外にいた人たちが戻ってきて頑張ったからこそ高度経済発展を遂げることが出来て、今がある。ところがミャンマーでは海外に出て経済的に成功している人たちはあまり多くなく、国のアイデンティティーを強く主張する人たちも少ない。母国をよくしようという気風もない。例えば2010年の民主化総選挙後、ティワラ経済特別地区へ日本企業が進出する際にタイにいるミャンマー人に母国で経済開発に協力するよう呼びかけたが、拒否されたそうだ。せっかくミャンマーが民主化してタイで楽しく働けるようになったのだから、ミャンマーには年に数回、沢山のお土産を持って帰る程度が良いと考えるミャンマー人が殆どだったという。何故、娯楽も何もないミャンマーに戻り、国のために働かなくてはならないのかと考える人たちが多いということは、非常に大きな問題だと思う。

――ミャンマー国内ではクーデターが頻発し、多数の死傷者が出ている…。

 寺井 クーデターが怖いからミャンマーには戻りたくないという人たちも沢山いる。今回のクーデターで多数の死者が出ているのは、取り締まり能力が欠けているからだ。1962年や1988年のクーデターの時は、軍情報局が中心となって暴動を取り締まることが出来たのだが、その情報局は2004年にトップのキン・ニュン氏が失脚し、解体することになった。そのため、今は統治ノウハウや情報収集能力を持たない軍政が、規律もお構いなしに銃を乱射しており、そのために犠牲者が増えてしまった。ネット社会の今の世の中で、事前にきちんと情報を把握し、事前に対応を策していれば、あれほど多くの犠牲者は出なかったはずだ。例えば中国では天安門事件の経験から取り締まりのノウハウを蓄積した。だからこそ香港などでも、そこまで多くの死者を出すことなく”騒動”を治める事が出来た訳だ。かつて、ミャンマーの軍に従事するのはエリートの務めだったが、今は募集をしても行きたがる人はおらず、大学入学資格試験を受ける人たちも少なくなっているという。皆、軍も大学も信用していないため、エリートと呼ばれる人たちはあらゆる手を使って海外に出ようとしている。

――日本が懸念すべき事は、ミャンマーに対する中国の影響だ…。

 寺井 ミャンマーの人たちが皆親日であるというイメージは、なくした方が良い。日本で教育を受けたミャンマーの人たちが活躍し、日本からのODAが効果的に使われていた時代は終わり、今では中国が取って代わっている。ミャンマーの人たちは決して親中ではないが、背に腹は代えられないという事で、制約がなく利害関係だけで進められる経済開発のために、政権側も反政権側も中国と手を結んでいるというのが現状だ。既にミャンマー北部では中国の影響が非常に強くなっている。南部では何とか日本がそれを阻止しようして、ヤンゴン近くにティワラ経済特区を作り、また、インド太平洋構想でもミャンマーはキーパーソンとなりうると考えられていたのだが、もはや何が起こるかわからないミャンマーに進出して経済発展させようと考える日本人はいなくなっている状況にある。

――中国とミャンマーは国境を接している。両国の現在の関係は…。

 寺井 ミャンマーと雲南省には同じ民族が住んでいたりするので、ミャンマーと中国の2つの国籍を持っている人たちもいて、彼らの親せきは両国を行き来しているという。また、ヤンゴンなどに住むいわゆる広東人や福建人は、中国にルーツがあるという事で三代目までミャンマーの選挙権はなく、それでも税金はしっかり取られるそうだ。さらに学校の医学部には入れないといった制約もあるという話を中国系の人から聞いた。他にも、ミャンマーの北部では中国人の不法滞在者がいたり、密輸入に携わっているような人たちも多く住んでいて、死亡した人の戸籍を中国人に売るような事も起きていると聞く。目的は、ミャンマーや中国で商いをする際にその死亡した人の戸籍を利用して、何かあった時にはその戸籍を捨てていつでも中国に戻れるようにしておくためだ。そういった勝手なふるまいをする中国人に対して怒りをあらわにするミャンマー人は少なくなく、東南アジアでも権力を持つような中国系の人たちに対する排除感情は強い。他のアジアの国のように、中国系の人が現地に溶け込んで実力を発揮できるような国でもないとも言える。[B]

――9月に企業会計基準委員会(ASBJ)がリース取引に関する新しい会計基準を公表した…。

 岡本 今回のリース会計基準見直しは、借り手が原則すべてのリースについて貸借対照表(B/S)に資産計上することが柱だ。これまでの基準では、リース取引はファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類され、オペレーティング・リースについてはオンバランスが要求されず、支払ったリース料のみを損益計算書(P/L)に計上すれば良かった。新基準では、借りている資産の価値を見積り計算してB/Sに計上し、リース期間などを耐用年数として減価償却する必要がある。また、支払いリース料は利息の支払いとリース負債の返済に区分して計上する必要がある。そして、この減価償却のロジックで出てくる額と支払リース料の額はリンクしない。実務に配慮して、300万円以下の少額リースや12カ月以内の短期間のリースに関しては今まで通りの処理が認められてはいる。新基準は27年4月1日以降開始する事業年度から強制適用となる。

――処理が複雑になり、実務負担が増えそうだ…。

 岡本 今ファイナンスリースと呼ばれている、中途解約できず実質的にお金を借りて固定資産を購入しているのに近いリースについて言えば、負債・資産を認識することは会計処理としてやっても良いと思う。しかしながら、リースには別の側面もあり、一概に金融取引で固定資産を買っていると決めつけるのは短絡的なのではないか。企業がリースを使う理由の一つに、支払いが高くなっても常に最新の機械や設備を使い続ける方が良いというニーズがある。利用者の立場からすればモノではなくサービスを買っているわけで、この場合、従来の計上方法の方が経済実態に合っている。リース会社としても、モノを貸すリースにおいては、最新の機種をスピーディーに普及させることや、リース期間が終わったものを回収して中古品市場に流すことができるというメリットがある。

――今回の改正の意図とは…。

 岡本 私は今回の見直しの内容に賛同しないが、もしきちんとした理屈があるのならば改正して良いと考える。ところが、ASBJの原文を読むと、「なぜ」に当たる部分が「IFRS(国際財務報告基準)ではこうなっているから」とある。IFRSを一種のスタンダードとして無条件に受け入れているように見え、合理的な理由がよく分からない。週刊誌『経営財務』の記事などでも同様の説明だ。「リース取引はすべてオンバランスにすべきだ」という考え方自体は会計学の世界に昔からあるが、もしそのような理屈なのであれば、それを前面に出すのが筋だ。もちろん良い会計基準であればどこの国の基準であろうがそれを使うべきだし、会計基準を世界で単一の高品質なものに変えていこうというプロジェクトが進行しているとすれば良い話だが、現実はそうなっていない。日本は独自の会計基準を採用しているのだから、ASBJは「あるべき論」をちゃんと議論し、むしろ「日本はこうやっていますが、IFRSではやっていないんですか?」というスタンスでも良いのではないか。ASBJとIASB(国際会計基準審議会)は07年に会計基準のコンバージェンスの加速化に関する「東京合意」を取り交わしたが、私はその時からずっと、ASBJのコンバージェンスの方針に対してそのような疑問を抱いている。

――IFRSにも問題点がある…。

 岡本 もちろん日本の会計基準も完璧なものではなく、矛盾も多々あるが、IFRSにおいてそれが解消しているかというとそのようなことは全くない。IFRSの一番大きな問題点がIFRS第9号「金融商品」だ。金融機関のなかでIFRSを会計基準として採用している会社は、ホールディングなどで間接的に影響を受けている企業を除き、銀行単体としてはゼロ社だ。これは、IFRSは日本基準と比べて金融商品会計が遥かに複雑だからだ。例えば、有価証券の会計について、日本基準では保有目的で分けたうえで「純資産直入」という処理をする。これは有価証券の時価変動による差額をP/Lに計上しないものだ。しかし、IFRSでは、まず金融商品の種類によって入り口を分け、それぞれ時価評価、原価評価をして処理しなければならない。

――なぜそれほど複雑なのか…。

 岡本 この基準が生まれた1つの原因はリーマン・ショックだ。当時、「時価評価をしたら損が出て倒産する企業が増える。時価会計を止めよう」という議論が出た。しかし、時価会計を止めるのはやはり問題だということで、「時価会計は止めずに差額の部分の扱いを変えよう。時価会計を止めるか続けるかを選べるようにしよう」という動きがあった。金融危機への不安を拡大させたくない当時の金融規制当局なりのオペレーションだったのだとは思うが、まさに「合法的粉飾」だ。私は、このようにIFRSでは恣意的かつ政治的な基準変更が頻発しているのではないかという疑念を持っている。ちなみに、08年10月のIFRSの基準変更を受け、同年12月に日本基準において、売買目的有価証券の区分で買った債券を時価会計しなくて良い満期保有債券に途中で振り替えることができるというルールが突然導入されるといったこともあった。

――ほかにも政治的な理由で分かりにくくなっている箇所がある…。

 岡本 IFRSだけでなく米国基準にも共通する問題点だが、「包括利益」が難解だ。当期純利益に含まれない時価変動と当期純利益を合計してとらえる概念で、日本基準もIFRSを受けて導入しているが、多くの人にとってなじみがないだろう。どうして包括利益という概念ができたのかと言えば、やはりIFRSの政治的妥協の産物だ。時価変動が激しい有価証券は原価でなく時価で把握した方が良いという考え方は昔からあったが、わが国ではこの時価会計の考え方を取り入れた金融商品会計が99年に制定された。しかし、有価証券の時価変動による差額を当期利益に入れると、有価証券で大幅な利益や損失が出た時に通常の売上をかき消し、財務諸表の作成者も利用者も困ることになる。そこで、当期利益の合計と純資産の部の変動を一致させるために、当期利益の外に包括利益という概念を作り、包括利益計算書を作ることになったという流れがあった。しかし、現実問題として普通の財務諸表利用者は包括利益など見ていない。IFRSを策定する国際会計基準審議会(IASB)は常々「財務諸表利用者のために」という言葉を使うが、基準を作る人のための基準になっているように見え、首をかしげることがある。話は変わるが、この点、日本の監査業界にも内輪でしか通じない価値観があるように感じている。例えば、日本の監査業界で本来マーケットの全員が理解できる用語を作らなければいけないところが必ずしもそうなっていないのは、そうした恣意的な価値観の表れではないかと思う。

――複雑とはいえ、IFRSを採用する企業は増えてきている…。

 岡本 商社や医薬品メーカーなど巨額の研究開発費が必要になる業態ではIFRSを採用する企業が多い。なぜIFRSを採用する企業が日本でこれほど増えたのかと言えば、企業活動の国際化や会計基準の透明性向上などいろいろな説明がなされるが、企業の本音はのれんを償却しなくて良いためというところだろう。のれんとは、M&Aの際に買収する企業が買収される企業に、ブランド力や技術力などの企業価値を踏まえて純資産を超える金額を支払う時の差額を指す。のれんは、日本基準では20年以内に償却することになっている一方、IFRSや米国基準では非償却となっている。

――日本基準がのれん償却を義務付けている理由は…。

 岡本 旧商法の時代の名残だ。当時は債権者保護が重んじられて保守的に基準が作成されていた。債権者にとって企業に貸した金を回収する手段はその企業の財産しかないため、そのころの基準はできるだけ財産が社外流出しないように作られており、ブランド力などの企業価値は実態のない得体のしれないものとしてとらえられた。当時はのれんがあると配当に制限がかかるというルールも存在し、経営者としてものれんはできるだけ早く償却してしまいたいというインセンティブがあった。その考え方が今でも根付いているのだと思われる。また、のれんは測定が難しい資産のため、償却して早めに消した方が良いという保守的な考え方の人は今もいる。私自身も、企業価値は絶えず変わるので、一時点で計上したのれんをいつまでも置いておくのはリスクがあるのではないかとも感じる。会計というのは理論よりも決定したルールをどう実行するかという側面があり、ここは「決めの問題」だ。もしASBJが日本基準でものれんの非償却を選べるようにすれば、IFRSを採用する企業は激減するのではないか。[B][L]

――預金保険機構について…。

 三井 現在、預金保険機構では400人強の職員が働いている。メインの業務は破綻処理だが、その他の業務として、振り込め詐欺の犯罪利用の疑いがあると認める預金口座の失権手続き、休眠預金の移管の手続き、反社情報の照会仲介なども行っている。さらに、マイナンバーと預貯金口座の紐付けなどに利用するネットワークシステムの構築も当機構が手掛けている。具体的には、例えば亡くなられた方の口座情報をその相続人からの求めに応じ全ての金融機関に照会したうえで当該相続人に通知する作業や、災害発生時に被災者に預貯金の払戻しを迅速に行うために、被災者からの求めに応じ、その口座情報を被災者が指定した金融機関に照会したうえで当該被災者に通知する作業などを、来年あたりに実現できるよう取組みを進めているところだ。金融機関の破綻がないのが一番よいことは言うまでもないが、仮に破綻があった時に、迅速で的確な対応を行う事が当機構には求められている。しかしながら、金融機関の破綻が相次いで発生するような金融危機が起きた時に対応する観点からは、今の当機構のマンパワーは不足している。400人強という当機構の職員数を多いと感じられる方もおられるが、海外と比較しても、例えば日本よりもはるかに小さい金融システムの韓国における預金保険機構(KDIC)でさえ、職員数は800人と、当機構の倍の職員が働いている。また、米国の連邦預金保険公社(FDIC)は職員数が5000~6000人程度だ。日本も本当に危機になった時には何千人もの人員が必要となろう。

――ここ最近、金融機関の破綻はあまり耳にしない…。

 三井 幸いにして、この10年間で金融機関の破綻は生じていない。日本でバブルが崩壊したいわゆる平成金融危機の頃、私は大蔵省(現財務省)に在籍していたが、2001年7月に金融庁へ異動した。配属になったのは金融危機対応室で、資産超過ながら脆弱な状況に陥っている金融機関に対し、資本増強を行って金融システムを安定させるという任務に忙殺されていた。最終的に、りそな銀行と足利銀行への金融危機対応措置(預金保険法102条の1号措置と3号措置)が発動された時期辺りから日本の金融システムは安定した。その後はリーマンショック後に日本振興銀行が破綻しただけで、それ以降、金融機関の破綻事例はない。平成金融危機の時代に公的資金を注入した銀行の中で、今も残額が残っている銀行は1行のみだ。そして、現在行われている公的資金の注入に関する措置は、金融機能強化法に基づいた地域金融機関が対象で、リーマンショック前後に行われた公的資本注入や、東日本大震災で大きな被害を受けた金融機関への措置となっている。

――金融機能強化法で、金融機関はより盤石になったのか…。

 三井 極めて深刻な金融危機があると、その後遺症で、危機が収束して金融システムが安定しても、なかなか金融の円滑化が進まない事態が起こり得る。こうした金融危機の後遺症から早く金融機能を回復し、経済の活性化に貢献できるようにするために金融機能強化法がつくられた。それは金融機関の貸出余力を増やすための資本注入であり、破綻しそうだからという訳ではない。そうして暫くは、金融機関は政府保証の下で盤石だというイメージがついてきたのだが、昨年春、米国シリコンバレー銀行が破綻したことで、金融機関の本質的脆弱性が再認識された面がある。すなわち、預金は要求があればいつでも払戻しに応じなくてはならない一方で、貸出には返済期限があり、銀行の資産と負債の間には期間のミスマッチ、満期のミスマッチが本質的に存在する。信用リスクのミスマッチも加え、3つのミスマッチと呼ばれることがあるが、預金保険制度はこのような3つのミスマッチが作る銀行システムの構造的な脆弱性に対応し、預金の取り付けを阻止し、金融システムの安定を確保するための仕組みとなっている。海外では一連の騒動を受けて、預金保険・破綻処理制度とその運用をめぐって活発な議論が行われているが、日本では90年代の危機とそれに対する対応の積み重ねもあり、今は世界的にみても非常に良いバランスになっていると思う。

――現在、機構にはどれ程の準備金が在るのか。また、その資金運用方法は…。

 三井 当機構では、90年代初めには1兆円弱の責任準備金の積立があったが、バブル崩壊後のいわゆる平成金融危機時に、その資金はあっという間に枯渇し、4兆円の債務超過となった。その後、預金保険料が積み立てられ、現在の準備金残高は5兆円を超える状況となっている。言うまでもなくこれらの資金は安全な形で保有する必要があるのだが、我々が保有しているお金は銀行が破綻した際の預金をカバーするためのものなので、預金に置くことは本質的な矛盾となる。また、市場での運用は、最も資金が必要な金融危機時には市場の暴落により大打撃を受ける事になるため、一般的に中央銀行預金と国債で資金を保有する必要がある。国債に関しては、マイナス金利政策が解除となったところで超短期国債での保有を若干再開したところではあるが、基本的に運用については、「預金保険機構が資金を必要とする時は金融危機時である」ということを踏まえた慎重な対応が必要だと考えている。

――預金保険機構が直面する課題は…。

 三井 10年間、金融機関の破綻が無いという事は非常に良いことなのだが、半面、そういった危機に直面した時に実際に対応するための人材確保や、職員の危機対応時のための訓練(人材育成)といったところに課題があると感じている。危機対応には、マンパワーの逐次投入ではなく、危機時に即応できる人材をいかに準備しておくか、ということが極めて重要になる。平成金融危機の当時、当機構では傘下の整理回収機構や外部契約者を含めると2500人程度が働いていたが、同規模の危機が発生した場合には、当時投入された人員と同規模以上の人員を投入できるようになっていることが不可欠だ。かつて働いていた人達はリタイアし、現在当機構にはバブル崩壊後の金融機関の破綻処理に携わった経験を持つ人材はそう多く残っていない。いたとしても、金融ビジネスを取り巻く環境が大きく変化していることを踏まえると、当時のノウハウそのものも陳腐化しているという側面は否めない。日本以外の国では現在でも破綻している金融機関があるため、アップデートされた状況対応を実務として訓練出来ているが、日本ではここ10年間、実際に破綻した金融機関が無いため、最近の処理ノウハウがなく、来るべき危機への即応人材の確保は大きな課題だと考えている。

――政府や当局への要望は…。

 三井 金融面に限らず我が国では平和な状況が続いているが、これからの時代は危機時への備えを金融界も政府も一緒になって取り組んでいく必要があろう。繰り返しになるが、金融機関のビジネスは大きく変容しており、コンピューター産業化している側面もある。また、海外では昨今の様々な経験を踏まえた制度や運用の改善改革が急ピッチで進められている。そうした内外の変化の進展に的確に対応できるような破綻処理の枠組みになっているかどうか、法制度面も含めて点検をしてみることの必要性を感じている。また、当機構は海外の預金保険当局とは異なり、金融機関の業務全体への監督権限や検査権限がないため、リアルタイムでの情報が不足している点もあるため、金融機関との関係をさらに密なものとし、日頃から意思の疎通を図り、当局や金融機関と一緒になって議論ができるような時間を多く持ちたいと考えている。こうしたことを通じて、日々進化する金融システムの状況に遅れを取ることなく、将来の金融危機に備えていきたい。[B]

――日本の金融業界の課題について重要な提言をされている…。

 田中 私が座長を務める「金融問題研究会」は、22年2月に木原誠二衆院議員と私的勉強会として立ち上げた。金融に携わるプロ約15人に声をかけ、月1回の頻度で集まっている。木原氏も緊急の海外出張のあった一度を除いて毎回出席している。木原氏は高校の後輩で、彼の父が私の東京銀行(現三菱UFJ銀行)時代の先輩ということもあり、以前から親しくしているが、研究会を立ち上げたのは木原氏と日本の金融業界への危機感を共有し、意気投合したことがきっかけだ。研究会の根底にある問題意識は、「失われた30年」の日本経済の低迷の原因が、日本の金融機関が十分に役割を果たし切れていなかったことにあるのではないかということだ。日本経済の復活のためには、グローバル化に遅れた金融業界の改革が必要だとわれわれは考えている。23年5月には14回の議論を整理し、「本邦金融機関経営に関する5つの提言」を取りまとめ木原会長に提出した。

――5つの提言とは…。

 田中 1つ目は「人的資本改革」で、適材適所で人材を活用するため、人材の流動性向上に関する施策や給与体系、人材育成などについて提言した。2つ目は最近の研究会での議論ともつながる「金融資本市場整備および資産運用機能充実」で、3つ目はシステム化の遅れなどの解消を訴える「テクノロジー改革」。そして、4つ目が「金融機関ガバナンス強化」で、「内なるガバナンス」の欠如を取り上げている。資産運用業の独立性の問題と関連するが、金融機関グループの利益を上げることを最重要視した構造になっている現状がある。その結果、商品開発や人材開発、外部からの人材の流入などが妨げられ、グループ内で完結しようとするカルチャーを問題視している。対して、5つ目は「金融機関の使命の再認識」、つまり「外へのガバナンス」だ。もはやメインバンクが企業のガバナンスに対してもものを言うシステムは機能しなくなり、不祥事も多発している。金融機関は取引先の経営課題についても日本の代表的な産業、企業として矜持を示すような仕組みを作らなければいけない。この5つの提言がわれわれの考え方の原点だ。この提言は、金融庁をはじめ各所でそれなりに評価をいただき、メディアでも取り上げられた。特に「NISA拡大」、「資産運用立国」への挑戦と、タイミングよく新聞の連載につながった。最近の研究会のテーマは資産運用業務の具体的な強化に的を絞り、創設時と少しメンバーを変更し、金融庁とも連携を取りながら活動を進めている。

――米国の金融業界の現状は…。

 田中 私は10年間シティグループ・ジャパン・ホールディングスの会長を務め、2年前から現職に就いている。米国の金融業界はこの十数年で大きく変わってきた。かつて米国内に1万行近くあった銀行は合併、統廃合を繰り返し大幅に減ってきている。多くの銀行は地域的なビジネスに転換し、グローバルなビジネスを行っているのはJPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、ウェルズ・ファーゴなどに限られてきた。また、シリコンバレーバンク等の破たんに見られるように、さまざまなリスクが表面化してきた。ゴールドマンサックスはバンキング、モルガン・スタンレーはアセットマネジメント、米国の金融機関は各社独自の戦略、ビジネスモデルを追及しながら業務拡大を図っている。

――アセットマネジメントの重要性が増している…。

 田中 米国では、投資会社やアセットマネジメント会社というのはまさに金融市場そのものだ。今、企業の調達ニーズは企業再編、インフラの更改、エネルギー、気候変動対策など多様な形で広がっているということだ。さまざまな調達ニーズに合わせて商品開発を行い、いろいろな形で調達者のニーズ、投資家、資金運用者のニーズに応えるのがアセットマネジメント業務の真髄だ。特にESGがらみは各社が対応しなければならないため、大きな資金ニーズがあると思うが、日本の金融機関のなかにはまだうまく応えられていないところもあるのではないか。加えて、日本ではプライベート(私募)よりパブリック(公募)の方が安心だと思われているが、米国ではパブリックとプライベートの垣根は低くなっている。ローン市場の資金調達では圧倒的にプライベートクレジットのマーケットが拡大している。このような米国での大きな潮流をどのように日本の金融市場改革につなげていくかというのが金融問題研究会の課題だ。

――日本の金融業界は海外から学んでいない…。

 田中 この十数年間、日本の金融業界は大きなイノベーションが起きていない。承知の通り金融庁は改革へ前向きで、これは規制の問題では必ずしもない。一つは米国の金融業界がこれだけ変わってきているということをまず理解すること。もちろん日本独自の良いところもあり、米国はすべて良くて日本はだめだ、と言うつもりはない。先進的なあり方をどのように取り込むか、どうしたら一緒に参画できるかという意識を持つことだ。昨今は「アジアの時代だ」と言ってアジア強化を進める金融機関が多い。私はアジアの金融機関への出資・提携をたくさん扱った時期があり、それ自体に異論はないが、米国の強化は不可避の命題だろう。外国人の登用も大切ではあるものの、米国で金融のプロたちのインナーサークルに入っている日本人は何人かいるが、もっとその層を厚くしていく必要もある。

――自前主義から脱却する必要がある…。

 田中 人を送り込んで良い意味でも悪い意味でも米国に学び、良いものは持って帰り、日本に合った新しい金融市場を作るということこそが「資産運用立国」の実現につながる。そのうえで、企業のカルチャー改革、プロの人材育成、商品開発の3つが具体的なポイントになる。1つ目は、「自分たちだけでイノベーションは起こせない」と理解し、広く業務を開放・分担して「できるところと組んでやる」姿勢だ。その分リスクの許容度も上げなければいけない。2つ目はプロの人材の育成だ。アセットマネージャー、アセットオーナー、スポンサーなど幅広く運用のプロ人材が必要だ。8月に金融庁がアセットオーナー・プリンシプルを策定したが、金融庁の問題意識もいろいろなところに金融のプロが必要だというところにあるだろう。3つ目が商品開発だ。低金利の下で国内ではなかなかパフォーマンスが上がらないので海外での運用が多いことは理解できるが、そうすると日本経済の成長にはつながらない。オリジナルの商品開発、例えば企業の優良アセット、キャッシュフローを切り出したファイナンススキームの組成。多少流動性は抑えられるが運用利回りは上がるというような金融商品の開発など、日本独自の運用商品の多様化を進め、アジアの資金を日本に取り込むという発想も必要だ。日本の金融業界は今まさに転換期を迎えている。[B][L]

――京都や奈良には沢山の寺院があるが、中でも仁和寺は特別な歴史を持つ…。

 瀬川 真言宗御室派総本山の仁和寺は886年に光孝天皇の勅願で建て始められ、888年にその遺志を継いだ宇多天皇によって落成された。その後、出家した宇多法皇が仁和寺第1世となり、以降、30世までの約1000年間、仁和寺の門跡(住職)は皇子皇孫が務めている。そういった歴史から、仁和寺は平安時代に創建された門跡寺院として最高の格式を持つとされ、同時に芸術文化が花開く場所となった。京焼の最高峰とされる仁清も、もともとは仁和寺の門前に窯を開いて茶碗などを作っており、「仁清」という名前は仁和寺の「仁」と清右衛門の「清」から送られている。また、仁清の跡を継いだ尾形乾山は、のちに兄の尾形光琳とともに『芸術』をつくり上げたが、その尾形光琳・乾山兄弟が住んでいたとされるお屋敷は、現在、仁和寺に移築され、茶室として使用されている。それが重要文化財に指定されている「遼廓亭」だ。このようにして、仁和寺には次第と芸術家が集まるようになり、今なお芸術家たちの拠り所となっている。

――総本山仁和寺の門跡となられて、想う事は…。

 瀬川 私は愛媛県西条市の王至森寺で生まれ育ち、高野山で修業をして仁和寺に入った。仁和寺では宗務総長を2期8年務めた。その8年目が終わる時に、丁度修復していた観音堂が完成期を迎え、その落慶のタイミングで第51世の門跡に就任した。門跡では、今年で6年目となり、仁和寺の1000年の歴史と、それを後世まで伝えていくという責任の重さを日々感じている。また、日本の伝統を守る職人たちを後世に継ぎ、新鋭の芸術家たちを育てていくことも、世界遺産にも登録されている仁和寺の大きな役割だと考えている。そういった思いから、仁和寺では芸術家達のサポートを行うための活動も行っている。

――仁和寺の教えの特徴は…。

 瀬川 仁和寺の教えは弘法大師空海の真言密教であり、その教えは、「我々は大日如来の子であり、菩提心を持って生まれている」というものだ。仏から尊い命をいただいて生き、そのまま仏となる、という即身成仏が基本となっている。今の時代においては、普通の人が日常生活を送る中でそういった事を考える事は少ないかもしれない。しかし、経済が発達し、お金や資源を巡って争いが起こり、それが世界戦争を巻き起こしかねないというような世界情勢の中で、どこかに心の拠り所を探し求めている人も多いのではないだろうか。このような世界において、弘法大師空海の教えを広めていく事は大変に重要な役割だと考えている。

――世界では宗教の違いによる争いが後を絶たないが、仏教は世界平和を求めている…。

 瀬川 仏教は和を尊ぶものだ。宇多天皇も、出家されて法皇となり、仁和寺の中に最初に建立されたお堂は人々の幸せと世の平和を願う八角円堂であり、願文の最後の部分には「我、仏子となり、善を修し、利他を行ず」と記されているように、宇多法皇が開山して最も重んじられたのは、「人々の幸せ」と「世界が平和である事」だった。さらに先の帝の供養と国家安泰、人々の幸せを祈るために仁和寺は建立されたのであり、それは今でも脈々と受け継がれている。仁和寺を訪れて境内を歩く人々が、なんとなく落ち着くなぁ、なんとなく優しいなぁ、と感じてくださる事があれば、それは平安時代から約1000年続くこの環境が生み出す雰囲気が、自然と伝わっているのだと思う。同時に、この環境を次の世代へしっかりと繋いでいくために、私はこれからも「利他」の心を大切していきたい。

――今、かなり多くの日本人が、そういった本来の人間のあるべき姿を追い求めているのではないか…。

 瀬川 コロナ禍において、人々は未曽有の体験をした。そこで学んだ事は、普通の日々の有難さだったと思う。人と会ってとりとめのない話をする事。電話や画面越しではなく、実際に人と触れ合う事。そういった何気ない日常が、コロナ禍で断絶されたことによって改めて大切な事だと気づかされたのではないだろうか。そして、生きるという事はどういうことなのかという意識が芽生えてきたのでないか。すべては御縁の中で生かされている。その御縁に感謝し、そうして生きてきた結果として、現在の自分があり、その先に成仏の世界がある。それが本来の人間のあるべき姿だと思う。

――奈良時代、平安時代、鎌倉時代では政治と宗教はかなり密接な関係にあったと聞く。現代の日本における政治と宗教の関係は…。

 瀬川 現代においては、政治と仏教の関係性はなくなっていると思う。基本的には利他を願うのが仏教であり、祈りの世界である。過去の時代では、近づきすぎて問題が起きたという事は在るかもしれない。しかし、今ではそういったこともなく、只々、私たちは心を豊かにするために説教を施している。

――今後の抱負は…。

 瀬川 「朝靄に、利他の御心仰ぎつつ、仁和の祈り永遠に伝えんと」。これは私が作った歌だ。毎日、朝もやの中で読経をしながら、他人の事を最優先させるという仏様の教えを心に刻み人々の幸せを祈り、世界の平和を願うために建立された仁和寺の想いを脈々と繋いでいけるように、後世にしっかりと伝えようと誓っている。今の日本は天変地異による災害が相次いでおり、そういった中で不安な日々を送られている方が大勢いらっしゃる。そういった不安を取り除けるように、手を合わせて皆の安全と安心をお祈りしたい。そして、心豊かに日々を過ごすことが出来るよう、弘法大師空海の教えを一人でも多くの方に語り掛けていきたい。人間の根幹とも言えるこの教えは、出来れば家庭教育でも取り入れて、もう少し各々に掘り下げてもらいたい。例えば、今の世の中では古いものは直ぐに捨てるが、古いものを大切にする心「温故知新」について、小さな頃から考えて、家族皆で実践していく。そうして、折に触れて古を振り返り、「昔の人だったらどうしただろう」と考えてみる。そういったところに、世界が平和になるヒントが隠されているように思う。お互いが仲良くいたわりあい生きていくところに原点があるのではないでしょうか。[B]

――8月8日に国会・内閣に提出された今年の人事院勧告・報告で特に力を入れた部分は…。

 川本 国家公務員制度で一番大きな課題は、持続可能な組織づくりのための人材の確保だ。打てる手はすべて打っていく構えで、処遇、採用手法、勤務環境の整備、キャリア開発などの施策を包括的にパッケージ化した。特に今年の給与勧告では、民間企業での賃上げの動きを反映して一般職国家公務員の月給を平均2.76%引き上げた。これは約30年ぶりの引き上げ幅だ。初任給についても民間などの競合を意識し大幅に引き上げた。また、働き方の改善についても対応を進めている。令和6年の通常国会会期中の答弁作成終了時刻は平均で午前1時前となっている。人事院は担当部署を作って各省庁の勤務時間を調査・指導したり、仕事が終わってから次の出勤までにインターバルの時間がとれているかなどを調査したりし、それを元に対策を進めている。昨年6月には衆議院の議院運営委員会で、速やかな質問通告に努めること、オンラインツールを利用した質問通告の推進に努めることなどの申し合わせが行われた。

――少子化が進むなか、人材確保対策は…。

 川本 新卒中心の採用だけでなく、経験者採用(中途採用)も増やしている。通年で採用している省庁もあり、統計上、再雇用者を除いた新規採用者の約3割が経験者採用だ。日本の労働市場を考えれば優秀な新卒を採用するということは引き続き核となるが、多様な経験のある人材を確保し、また退職者が出ても職場が疲弊しないように、採用チャネルを整備して公務外から優れた人に来てもらうようにする必要がある。官民の人材の行き来をもう少し増やし、新卒で入省した職員以外にも色々な経験をした職員が集まることで、視野が広がり、よりオープンな環境がつくられていくだろう。もちろん、国家公務員制度は政策の継続性を担保する装置でもあり、経験を積んだ職員たちが働き続けることはとても重要だ。そのうえで、職員が他省庁、海外留学、国際機関、民間企業などで経験を積む機会も必要だ。

――経験者採用が増えれば、年次に基づく昇進の仕組みも変わっていく…。

 川本 転職によるキャリアアップが普通のことになり、労働市場が様変わりしている今、制度もそれに合わせて変えていかないと人材が確保できない。民間企業や地方自治体からの経験者採用、一度国家公務員を辞めた人が再び公務に戻ってくるいわゆるアルムナイ採用も、中から上がってきた人と公平に昇進できる仕組みにする必要がある。給与表の上位の「級」に上がるために必要な期間である「在級年数」の仕組みは残っており、今年の勧告では在級年数の廃止に向けた検討を行うことを明言した。経験者採用・アルムナイ採用については、退職前の年数や民間経験も適切に評価されることになっており、入省時も含め能力の評価がますます重要になる。

――公務員志望者や若手職員に国家公務員のやりがいが伝わっていないという課題もある…。

 川本 国家公務員の仕事はオンリーワンで、国家の屋台骨を支える非常に大事な仕事だが、うまく周知できていないように思う。長い間、公務には自然と優秀な人たちが来てくれるという状況が続いていたため、そこに対して努力をしなければいけないという認識が遅れてしまった。特に、政策を作るというのは非常にやりがいのある面白いことなので、管理職層はどうしてもそのことに夢中になってしまう。もう少し組織マネジメントにもエネルギーを振り向けることが望ましいと感じる。また、世代間のギャップもある。若い人は、能力やスキルなど自分に身に付くものがないと感じるとすぐに職場を去ってしまう傾向がある。一つひとつの仕事がどういうことにつながっているのか、国民にとってどういう意味があるのかを管理職層が丁寧に説明していくことが大事だと思う。関連して、若い人は研修を重んじている。OJTだけで育ってきた管理職層は「研修にはいかないのがかっこいい」というような感覚がいまだ残っている場合もあるようだが、座学で理論などを学ぶことも大切だ。

――公務員志望者に向けて、公務員として働くメリットとは…。

 川本 国を支える大きな仕事をすることの意義の大きさをまず伝えたい。生活面でも、男性も含めた育休や介護休暇など、仕事と家庭の両立支援に関する制度は非常に整っている。国家公務員はルールを順守する意識が強く、ルールができると皆が守る傾向にもある。例えば、今年4月から11時間程度の勤務間のインターバルを努力義務にした。速報値であり時期によって違いもあるため今後もさらに調査をしていくが、5月の人事院の調査では既に国家公務員全体で9割、霞が関で8割が取得できていた。また、来年4月からはフレックスタイム制が改正され、所定期間の総労働時間を維持したうえで同制度を活用して週4日勤務もできるようになる。それらの制度を組み合わせれば、男性でも女性でも、家族に対する責任を果たすことや、大学院に通うなど自分を磨くための時間を持つこと、趣味を楽しむことができるだろう。霞が関の働き方は、一部で不合理な働き方が残っているとはいえ、実態以上に「ブラック」だと思われている。公務員バッシングの時代が長く、優遇されているというイメージになってしまうことがリスクだったためか、真実が伝わっていない。例えば、残業については、残業代がきちんと支払われていることに加えて、上限時間は基本的に民間と同様だ。災害対応などの特例業務に従事する場合は上限を超えることができるものの、その場合には各省庁の長が説明しなければいけないと定められている。公務員は優遇されているわけではないが、少なくとも民間と同じ程度の制度は整っており、職員がそれを守っているということはもっと伝わってほしい。

――今後、さらにどのように改革を進めていくか…。

 川本 昨年秋から開催している「人事行政諮問会議」では「従来の延長線上にある考え方では、公務員人事管理の課題に対する解を見いだすことはできない」という指摘を受けている。今、同会議では色々な政策が議論されているが、出てきた議論をできるだけ早く運用可能な制度に落とし込んでいくことが人事院のミッションだ。具体的には、責任と処遇が合っているポジションばかりではないという問題がある。特に職員によっては管理職に昇進すると残業代がつかなくなり給与が下がってしまうという問題がある。若手から見ても、管理職層の給与が今のままでは将来の処遇に期待が持てないということになる。加えて、国家公務員の行動規範の策定についても議論されている。私はこれが大変重要だと考えている。

――なぜ行動規範が大切なのか…。

 川本 国家公務員のなかでも世代により価値観や経験は全く違う。行動規範は組織の多様性が高まるほど重要になる。「国家公務員たるものどうあるべきか」ということを「暗黙の了解」としていてはいけないのだと思う。国民を第一に考えること、公正中立、インテグリティ、専門性などについてまとめ、さまざまな場面において判断の助けとしてもらう方針だ。まずは人事院が緩い枠組みを作る。各省庁で既にミッション、ビジョン、バリュー(MVV)を作っているところもあるが、それらがない省庁には作成を働きかけていく。MVVを既に作っている省庁にも時代に合っているかなど点検してもらいたい。行動規範は先の「やりがい」の課題とかかわる大切なテーマだ。現在の国家公務員法では「何々をしてはいけない」という禁止事項が中心で、国家公務員、特に若手は「自分は何のために働いているのか」という意識のなかで道に迷うこともあるようだ。自分のミッションが分かっていれば働くうえでやりがいを感じやすいのではないだろうか。そして仕事上で問題にぶつかった時、公正とは、中立とは、客観的であるとはどういうことか、を噛み締めると、客観的なデータに基づいて「これは間違っている。国民のためにならない」などと考える自由ができると思う。私は毎年、勧告の後に各省庁の次官・長官と意見交換を行っているが、人材不足への危機感はますます強まっており、その危機感をバネに色々な対策が打たれていて心強い。しかし、まだまだ課題は尽きない。[B][L]

――政府はマイナンバーカードの普及を推進しているが、取得することを躊躇ったり、拒否する人も多い…。

 稲葉 そもそもマイナンバーカード(以下、マイナカード)に法的な義務はなく、取得するかしないかは個人の判断によるものだ。マイナカードの申請をしなければ処罰がある訳でもなく、返納するのも自由だ。つまり、欲しい人が申請すればよいだけなので、何かを不安に感じている人は無理して保有する必要はない。マイナカードの取得が義務化されていない事が国民に周知されていないのであれば、それは政府の説明が足りないという事だ。また、銀行口座を作る際の本人確認にもマイナカードの提示を求められる事があるが、それも「従来の方法に加えてマイナカードも利用できる」という程度のものであり、提示を義務化させようとするのであれば、「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(略称:マイナンバー法)」など、法律の中身を根本的に変えなくてはならない。それにもかかわらず、マイナカードを保有しない事で国民が何かしらの不便を感じるような仕組みになっているのであれば、それは行政の方向性が法律から離れているからだ。

――マイナカードの取得が法的な義務ではないのに、保有しなければ不便な世の中になっていく…。

 稲葉 マイナカードを取得しないことで今一番問題になっているのは健康保険証だろう。従来の保険証はまだ暫く使用可能だが、新規の発行は今年12月2日に終了予定となっている。そして現行の健康保険証がなくなった後には「資格確認書」という保険証に代わる仕組みがつくられる予定になっているが、マイナカードによる健康保険証の利用登録をしていない人たちが、今年12月から来年1月頃に利用登録をするようになって人数が増えると、また色々な問題が噴出してくるのではないか。このように、無理にマイナカードの取得を進めて、その流れでいずれ義務化させようとするのは、主権者のための政府という本来の民主主義国家の在り方から外れている。

――大事なことは、国民一人一人が本当にマイナカードを保有した方が良いと考えているのかどうかだ…。

 稲葉 マイナカードを保有することで個人情報が流出するかもしれないといった不安を抱える人は多い。そういった意思を無視して政府主導で勝手にマイナカードの取得が進められているというところに、多くの人たちは疑問を持ち、不満を感じているのではないか。そもそも一枚のカードに色々な機能をまとめるという政策は世界でも珍しい。医療保険や運転免許証など色々な情報を詰め込む中においては、個人的に触れられたくない分野もあろう。そういった部分をどのように扱っていくのかといったルール作りについても、しっかり議論していく必要がある。その議論が無ければ後から困ったことになりかねない。

――そもそも、日本における政府のセキュリティ対策の信用性は相当薄い。例えば、マイナカードで個人情報が流出した際の法的手当てがきちんと出来ているのか…。

 稲葉 当然、悪事を働いた人を見つけて罰するという法的な仕組みはあるが、そういった犯罪に類する行為はいたちごっこだ。法的手当て以前に、必ずどこかでそういった事を行う人が出てくるという前提で考えなければならない事が沢山ある。例えば、マイナカード一枚で何でも出来てしまうという「利便性」は、この悪用と裏表ではないか。このような社会を国民は本当に望んでいるのだろうか。むしろ、身近な窓口で顔見知りの職員と本人確認をしながら手続きを進めていくプロセスを望んでいる人もいるのではないか。従来の文化を守りながら日本の社会を作っていくべきだと思う。特に今の世の中は、普通の若者が自分の知らない所で犯罪の手先として悪事に加担してしまうような事も多い時代だ。全ての情報が詰まったマイナカードの保有を義務化させることが、良からぬ心をもった人達を増加させるきっかけとなり、結果的に社会が分断されるような状況になってはならない。先ずは、その状況を生み出さないような議論を重ね、その次に、違反した場合の罰則や補償手当が考えられるべきだ。

――マイナカードの普及は、地方の行政や自治体にどのように影響していくのか…。

 稲葉 マイナカードは一つのカードで多数の機能を保有している為、色々な手続きの窓口が一つで済むようになる。手続きがオンライン上で行われるようになれば、役所の規模も小さくて済み、それはいずれ、役所の統廃合にもつながるだろう。ただ、繰り返しになるが、現段階でマイナカードの取得は義務ではなく本人の意思に任されている為、自治体も、先ずは住民がどのような意思表示をしているのかという事に注目する必要がある。異論もあるかもしれないが、国民の多くがマイナカードを取得した理由はマイナポイントをもらえたからであり、そこに健康保健証の機能を紐づけている人の割合は、今春ようやく50%を超えた程度だ。つまり、ポイントの為にマイナカードを取得しても、そこに色々な機能を組み込む事に対しては、多くの国民が慎重に考えている。国民の中から出てきたこのような動きが、今、進めようとしている流れとは違うものであったとして、政府はそういった声にきちんと耳を傾け、国民が本当に望む方向性をしっかりと読み取り、民主的な社会にしていかなければならない。それが重要な事だと思う。

――日本の行政の進め方として、もっと議論を大事にすべきだと…。

 稲葉 日本には審議会や委員会など専門家を招いて行う会議の場は在り過ぎというほど存在する。ただ、行政の中でどれだけ多くの会議を開こうとも、そこに存在する少数の見解に耳を傾けなければ意味がない。今の日本には異論を大事にするような体制が必要だ。そうしなければ、他の意見を聞くことなく、一つの答えだけに向かって突き進んでしまうからだ。実際にマイナカードの問題にしても、今はハッカーや詐欺が出てきた時の事は議論せずに、先ずは普及させる事だけを目標にまっしぐらに進んでいる。被害が出てきたら、その時に対処法を考えればよいという考えだ。国がそのようにマイナカードの普及を進めている一方で、自治体の対応は様々だ。中央政府の意向に沿って動く自治体もあれば、冷静に距離を置こうとする自治体もある。自治体の議会にも、マイナカードを健康保険証の代わりとするべきではないという趣旨での議決の動きがあり、約1割にあたる180程度にまで議会の数が増えていると聞く。反対の理由は、例えば高齢者施設においてマイナカードの管理は難しいという現場からの声があがっている等、地方によって様々だ。住民の声に応じて議決を行った地方議会のように、自治体の動きを国はきちんと把握して、しっかりと政策に反映していく事が重要だ。そうしなければ、国民のマイナカード普及に対する反発や政治に対する不信感は、ますます強くなっていくだろう。[B][HE]

――政権交代で資産運用立国は継続できるのか…。

 井藤 石破総理は、「資産運用立国」の政策を着実に引き継ぎ、更に発展させるとともに、これに加え、地方への投資を含め、内外からの投資を引き出す「投資大国の実現」を経済政策の大きな柱の1つとすることを述べられた。また、貯蓄から投資へという流れがさらに確実なものになるように努力をしてまいりたいという方針も示された。加藤金融担当大臣も、「資産運用立国」や「投資大国」の実現に向けて、家計、企業をはじめインベストメントチェーンを構成する各主体をターゲットとした取組をさらに強化していくことを述べられている。こうした方針の下で、引き続き、しっかりと取り組んでまいりたい。

――資産運用立国における最大のテーマは…。

 井藤 一番というものはない。すべてをやろうと思ってこれまでやってきた。新NISAの導入は目立つ政策ではあるものの、その過程では、より金融経済教育を推進するための教育機構の設立や、より顧客本位の業務運営を定着させるための横断的な義務の新設を行うなど、よりよい水準を目指すために業界の取り組みを一歩も二歩も進めるために取り組んできた。直近では資産運用立国を目指すうえでの新たな課題としてインベストメントチェーンの要となるアセットマネジメント、アセットオーナーの課題のほか、ベンチャー育成に向けた担保に依存しない融資の世界の確立に向けた事業成長担保権の導入、そして地域経済の課題など様々なことに取り組んでいる。そうした一つ一つの取り組みのどれが欠けてもいけないという思いを込めてやってきた。ここ2年間はできることでやるべきだと判断したものはなんでもやってきたし、今後もその方針に変わりはない。

――積み残しは…。

 井藤 あえて言えば制度論においてより未来に向けて骨太に考えたほうがいいと思う分野はある。その点で言えば例えば、横断的な金融サービス法体系のような世界を実現したい。もちろん喫緊の課題ではない。金商法の体系が複雑化している。実際に条文を数えれば1千条もあるほどだ。新しい事象も生まれてきているなか、同じサービスには同じ規制なり、同じようなユーザー保護、あるいはシステムの安定につながるような仕掛けを横断的に同じような水準感で規制される必要がある。あくまでも理想であり、また現時点で制度自体がほころびを持っているわけでもない。一方で限られた人員で、デジタライゼーション、サイバー、安全保障、市場変動への対応など金融庁が体制強化しなければならない分野が増えている。そうしたものをフォローしていかなければならないため、より優先課題を見つけて仕事のやり方も徹底して効率化していかなければならないと考えている。今、庁内でも言っているが、よりよい行政を行うためには我々自身、金融庁で働くこと自体が充実しなければならないと考えている。一方で、リソースを最大限活用して今以上の成果を生み出していきたいとも考えている。つまり、今、10の力で10の成果を出しているとすれば、10の成果を6~7の力で出すことが理想で、浮いた時間をプライベートや勉強に費やしてもらう、9程度の力で12くらいの成果を上げていきたい。

――横断的金融サービス法体系は長年の課題だ…。

 井藤 今回の金融審で決済周りの議論を始めているように、現状、様々な事象に的確に対応できているかという問題はある。ただ、今、回っているものをすべて直そうとすれば、法改正作業だけでも専門チームを何年か専従させなければならないなど大変な負担となり得る。他方、先々の中期的な変化を展望し、翻って今手掛けなければならないものは何かという発想は大事だ。体系の美しさ、合理性はあるものの、横断的金融サービス法体系にリソースを投入する優先度はそこまで高いとは言えない。ほかにもやりたいことはある。すべての制度は作った瞬間から劣化していく。社会に定着しているものを変えることは影響が大きく、慎重な判断が求められる。

――組織改革を重視されている…。

 井藤 今年大事だと考えているのがモニタリング部門と監督部門の一体運営だ。これまでも一体運営を念頭に置き、組織改革を行っていたが、よりそれがうまく回るように監督部局にはお願いをしている。また、新しい課題について官房部門に負担がかかり過ぎないよう、企画や監督部門と連携させる仕組みをさらに進めていきたい。おかげさまで優秀な職員が揃っており、そういう方々に手腕を発揮してもらうことが大事だと考えている。

――最近の不祥事を見るに銀証ファイアーウォール規制はむしろ厳格化が必要だと思うが…。

 井藤 銀証ファイアーウォール規制は何を守るためにあるのか。それは顧客の情報であり、優越的地位の濫用など不当な圧力を受けることを回避すること、利益相反の管理といったところにある。一方で金融サービスはより効率的に提供されるべきであることも事実だ。情報管理を形式的な管理から実質的にどのように管理してもらうかが大事で、形式なものではなく実質的に管理してできるのであれば緩和というのも十分検討に値するとの考えの下、緩和の議論を進めてきたが、点検するといろいろな問題が出てきて、実質的にできていないではないかという話になっている。金融審の議論においても厳しい声が顧客側からあがっている。経済界や消費者に加え、従前は緩和意向にあった学者からも実質的な管理を求める声があがっている。ファイアーウォールの緩和は、自由ではなく、より責任が重くなるということを念頭に置いてもらいたい。

――社債市場改革が少しずつ進んできた…。

 井藤 金利が出てくる状況になり、社債の魅力は今後も高まっていくことが考えられる。そうしたなか、個人が格付けだけを参考に投資するのは背負わされているリスクに比して合理的かというとそうではなく、ある程度の見極めをもって自己判断で投資できる環境を整備していく必要がある。その点、コベナンツの問題など一歩一歩必要な対応を進めていきたい。日本は従来、安価なデットが供給される間接金融が強い。しかし、社債が十分合理性を持つ金融商品であれば、直接金融をどんどん伸ばしていただければと思っている。

――抱負を…。

 井藤 「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という論語が示すように、仕事はとにかく楽しくということを心掛けている。中央官庁の仕事というと、世の中にこれほど知的な仕事はないという楽しさがある。ただ、ルーティンなものがなく新しい課題ばかりでどうしたらいいのかと思うことも多く、また必ずしも前向きな仕事ばかりではない。しかし、そうした課題に答えを見出せたときの喜びは大きい。また前向きに仕事に取り組んでいきたいとも考えている。金融機関においては人口減のなかで厳しい局面もある。しかし、座して何もしなければひどいことになる。前向きにより良い未来に向けて取り組んでいく。明日は今日よりもよくなることを皆で目指すことによって、それに向けた投資なり、活動なりが出てきて、自己実現に結びついてもらいたいと考えている。前向きに希望を持てるような対応を進めていければと考えている。[B][X]

――1986年から米国で暮らす…。

 西 シリコンバレーで一貫して研究開発に携わってきた。86年よりヒューレット・パッカード研究所に勤めた後、95年からテキサス・インスツルメンツのR&D(研究開発)担当の副社長を務めた。その後、スタンフォード大学にフルタイムの教授として招へいされた。当大学は1891年に創立し、50年代のシリコンバレーに電子産業を興す動きのなか、ベル研究所やハーバード大学などから優秀な人を引き抜いて発展した。特にこの30年間の躍進は目覚ましく、周辺のスタートアップ企業の創業者は当大学の卒業生が圧倒的に多いうえ、当大学にくる学生の質も向上してきた。米国の人口は3億人弱だが、潜在的に米国で活躍したいという人は少なくともその10倍はいる。莫大な人口のうちの上澄みが米国の多様性の下で独創的なものを生み出しているのだと感じる。当大学の副学長が言っているのは、「優秀な人であれば誰でも受け付ける。世界中のどこから来ようが、その国の政治や思想が何かなどは問題としない」ということだ。今、当大学の学部入試は100人中3.5~4人が受かる程度の倍率で、米国で3本の指に入る難易度だ。学部生が約8000人弱、大学院生は1万人弱と、大学院に重点を置いている。

――ハイレベルな研究者が集まる環境がつくられている…。

 西 夏涼しく冬暖かいほぼ理想的な気候に加え、優れた多様な人材の集まるダイナミックな環境がハイレベルな研究者、技術者を引き寄せる原動力だ。大学としても、物価高のサンフランシスコ・ベイエリアでは、フルタイムの教授の年俸を15万~30万ドル程度として対応している。優秀な人を雇うためにはそれなりの給料が必要だということだろう。1つの教授のポジションには100人以上の応募があるが、応募者数などが基準に満たなければ、募集そのものを取り消すことすらある。世界レベルの研究者が競争して集まらないような科目ならば教えても仕方がないという考えで、「古い」科目が自然淘汰して新しい科目に変わっていく仕組みだ。当大学の財源は多様で、約8000エーカー(約980万坪)の土地から生まれる収入や、高級品を中心に扱う敷地内の大型ショッピングセンターからの収入があるほか、米国国立科学財団、DARPA、米国国立衛生研究所などの政府機関、企業等からの委託研究費などだ。特筆すれば当大学の場合は、有力スタートアップの創業者となった卒業生などから合計2500億円程度の寄付があり、さらに大口の個人からの寄付もありおよそ2兆円規模の年間総支出を支えている。このため大学の学費依存度の割合は10%と日本の国立大学より低く、教授1人当たりの学生数が7人程度の密度の高い教育、研究を可能としている。

――スタンフォード大学の教授の働き方は…。

 西 教授の働き方は、1週2科目程度の講義とそれに伴う2時間程度かかる課題を出し都度採点する教育の部分に加え、学生の研究指導(大学院)、研究費獲得のためのプロポーザル作成、昼食を兼ねた教授会または学科を超えた議論など、大変忙しいことは確かだ。さらに、外部との技術的なコンタクトとして週1回外で働くことが許されているので、企業の社外取締役を務めることや卒業生の起業にアドバイスをすることなどを通じて外部ネットワークを作ることも可能で、それらが自身の研究教育にも大いに役に立つことにもなる。ただし大学の業務との利益相反がないというのが大前提だ。教授の人事評価基準の1つが学生からの評価であることも忙しさに拍車を掛ける。毎クオーターの終わりに受け持つ講義の受講者に、5つほどの項目について5段階でチェックされる。カリキュラムを十分こなせる実力と経験があるか、教授の講義を聞いて何かインスピレーションを受けたか、学生とのコミュニケーションが取れているか…。講義の最中に「どうだったっけ」とつぶやいたりすれば最低の評価がついてしまうだろう。講義を開いた日には学生が質問に来られるように1時間をスケジュールに空けておかなければいけないし、休講はだめ。学生も真剣であれば教授も真剣でなければ成立しないシステムだ。このほか、大学による教授の評価基準には、その教授の研究室からどのような論文が出ているか、どのような人材が出ているかという視点もある。マサチューセッツ工科大学など、当大学と同レベルの大学の似たような経歴の教授との比較になる。

――卒業生との交流も多い…。

 西 卒業生との交流は非常に活発だ。教授と学生の間のバリアは一般的に低く、私の研究室の卒業生も、話がある時に「一緒に食事でもしながら、こういう課題を抱えているのでアドバイスをいただけませんか?」とEメールを送ってきてくれるので、もちろん快諾する。大学教授になった卒業生からは共同研究の誘いもある。私の研究室の博士卒業生36人の5~7割は米国の大企業に入社したが、なかには就職後に博士論文でのアイデアをベースに起業するという人もいた。創業者として大成功している人はまだ出ていないが、起業する人は当大学でビジネスを学んできた別の卒業生と組んだり、在学中にビジネスの講義を取ったりしてマネジメント面を整えるようだ。

――米国では日本より質の高い論文が生まれるといわれるが、その要因とは…。

 西 論文を出すということは、まず論文のネタになる研究をするということだ。米国では異分野、外部の研究機関との共同研究がしやすく、結果として中身の濃い論文ができるので論文審査を通りやすい。これは、日本に比べ他の教授、他学部、あるいは他大学との間のバリアが低く、一緒に論文を出すまでの過程において自由度が高いためだ。私の研究室の学生が医学部の教授の講義を受けた後、自分の研究についてその教授に意見を聞きたいということがあればこれは大いに歓迎する。私の研究室も医学部の研究室と一緒に研究したことがあるが、異なる分野の人と協力することは、用語から異なり、非常に大変だ。だが、それを努力して乗り越えると、考えつかなかったような意見が出てくることがある。海でのアナロジーでいえば、多様な魚が最も獲れるところは親潮と黒潮がぶつかるところであるのと同様に、新しいアイデアは他分野と相互協力で生まれることが極めて多い。

――さまざまな分野に関心を持つことが重要となる…。

 西 当大学の卒業生を採用する企業にとっても、自分の専門と異なる分野にも関心を持って研究してきたような学生は、専門分野しか知らない学生と比べてはるかに魅力的となる。もちろん分野によっては限られた範囲の事象を突き詰める仕事が重要かもしれないが、エンジニアリングの世界ではさまざまな分野を理解していた方が良い。例えば、かつては電気電子で活躍するためには電気工学を勉強していれば良かったが、今は機械工学や生物学の要素も理解しなければならなくなった。そして、変圧器や電動機などを高等専門学校や工業高校では教えてもトップクラスの大学ではほとんど教えなくなった今、「自分は半導体しかやっていないから半導体しか知らないよ」という人も、しばらくは活躍できるかもしれないが、そのうち半導体もトップクラスの大学では教えない「古い」内容になっていくかもしれない。どのような方向へ分野が成長し変化していくかということを考えながら研究をしていくことが重要であり、そのためには異分野との交流は必須だ。

――工学を学ぶ学生にアドバイスを…。

 西 やはり一度興味を持ったことを一生懸命やることだ。朝早くから夜遅くまで夢中になって取り組めば、そういうものがどんなことに使えるのか、実社会にどう貢献するのかということにまで自然と興味が出てくる。それが一番大事で、はじめから役に立つかどうかというのは考えてはいけない。テキサス・インスツルメンツ時代、私はジャック・キルビー氏(ICの発明者、2000年のノーベル物理学賞受賞者)と親しくさせていただいたが、彼は若い人から同様の質問を受けると「自分がやりたいことを夢中になってやっていると、いつの間にか自分がこうありたいと思っていた自分になっていることに気が付く」と言っていた。まさに名言だと思う。

――研究生活のなかで忘れられない出会い出来事は…。

 西 たくさんあるので困ってしまうが、1つはウィリアム・ショックレー博士(トランジスタの発明者、56年のノーベル物理学賞受賞者)との出会いだ。彼が当大学の教授だったころに話す機会があったが、半導体の話だけでなくさまざまな分野に造詣があり、知識の広さ、深さに驚いた。もう1つは、ある理論物理学の教授と学生時代の話をしていた時、シュトルムの『みずうみ』の話題を出したら彼がその最初の段落をすらすらとドイツ語で書き下ろしたことだろうか。ただ、最もショックを受けた出来事といえば、実は小学5年生の算数の授業だ。日本の小学校に通っていたので、そろばんをやらされていた。ある時先生が「そろばんを一生懸命やったらいいことがありますよ」、なぜならそろばん名人と電動計算機を競争して計算させたらそろばん名人の方が早かったのだ、と言った。それを聞いて将来は「計算機」の方を扱おうと決めた。名人にならなければ計算機に追いつかないのなら、いくらそろばんをやっても仕方がない、と思ったわけだ(笑)。[B][L]

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