金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

情報公開で原発処理に信頼性を

長崎大学核兵器廃絶研究センター  副センター長 教授  鈴木 達治郎 氏

――日本経済研究センターが試算した原発事故の後処理費用は最大81兆円と、政府発表の22兆円をはるかに超えている…。
 鈴木 政府は原発の後処理費用を廃炉措置、損害賠償、除染費用の3つに分けて公表している。その内、賠償費用は確実に記録があるため差異なく予測可能だが、除染と廃炉措置の政府試算は最終処分方法が未計画のため計上されていない。それは政府も認めている。その部分を日本経済研究センターで独自に試算したところ、政府公表を大幅に上回ったという訳だ。実は、22兆円という現在の政府試算は3年前まで11兆円と想定されていた。除染と廃炉措置費用についての根拠となる数字が少なく、参考としたのは日本の原発事故より格段に汚染被害の少なかったスリーマイル島原発事故や専門家の意見だったからだ。政府・経済産業省の見積額は事故直後の想定額6兆円から膨張を続け、結局、昨年末に22兆円となった。この数字が出た時点で、費用負担が東京電力だけでは困難ということになり、一部を電気料金や税金という形で国民負担をお願いすることになった。そして、費用負担のための説明が必要ということで当センターが詳細を調査したところ、最終的な廃棄物処理及び処分費用が入っていなかったことが判明した。

――廃棄物処理費用に関して根拠となるものが少ない中、御センターではどのように試算したのか…。
 鈴木 例えば、汚染水を希釈して海洋放出する方法を、汚染水からトリチウムを除去する装置を使用する方法に変えて算出してみたところ、一気に費用が膨らんだ。また、核燃料デブリの最終処分費用も根拠がないため、全て高レベル放射性廃棄物にする前提で算出した。除染土は低レベル放射性廃棄物なので青森県六ケ所村の処理場に、廃棄物の量を伝えて処分コストを算出してもらった。そうすると、汚染水処理と廃炉費用で約50兆円、賠償費用が約10兆円、除染費用が約20兆円で、合計約80兆円になった。仮に汚染水処理をせずに海洋放出すれば40兆円の節約が可能だが、それでも処理費用合計は40兆円かかる。

――トリチウムの放射能量が経年劣化で無くなるのであれば、放射線を放出しなくなるまで貯蔵しておけば40兆円が節約できる…。
 鈴木 トリチウムの放射線量が減少して放射線レベルが十分に低くなるには20年程度かかるだろう(半減期は約12年)。それまで貯蔵し、普通の廃棄物と同じように廃棄するという方法もあるが、それでも管理に年間1000億円以上かかるとみられており、2~3兆円の管理費用が上乗せされる。また、政府と電力会社は、2020年には貯蔵場所が飽和状態になると説明しており、早く海洋放出したいと考えているのだが、昨年8月、一部汚染水の中にトリチウム以外の放射性核種が基準値を超えて入っていたという事件があり、それを東京電力が規制当局に報告していなかったことで、地元漁業組合の方々との間で信頼関係が崩れてしまった。その後も交渉は上手くいかず、海洋放出が出来ない状態が続いている。

――漁業組合の人たちとの交渉が成立して海洋放出が再び可能になれば、40兆円が節約できて、処理費用合計は40兆円になる…。
 鈴木 また、これまで核燃料デブリを取り出して、すべてきれいにするという廃炉方法で試算していたものを、核燃料デブリを50年間閉じ込め管理する方法を考えてみたところ、50年間のコストは15兆円程度抑えられ、処理費用総額は35兆円程度になった。ただ、50年以降の管理費用は含まれていない。こういったことはすべて金額で決定するよりも、技術的にリスクの少ない方を選んだ方が良いと思うのだが、例えば、貯蔵・管理している間に大雨災害が起こり再び汚染水が漏れ出すという可能性は否定できないし、核燃料デブリを処分することによるリスクも発生する。どちらのリスクが低いのかわからないというのが正直なところだ。加えて言えば、当センターでは、廃炉にしない場合に周辺住民の土地を国が全て買い上げるというケースも算出している。

――いずれにしても原子力発電の潜在的コストは莫大だ。しかもその根拠が曖昧となると、風力や火力発電という代替エネルギー議論にはならない…。
 鈴木 事故処理費用が1兆円上がる毎に電力会社の負担は0.1円/1kWh上がると推定されている。それを全て発電コストに含めるとなれば、火力と比べても原発の競争力はなくなる。その辺りの計算はもう一度やり直すべきというのが我々の主張だ。また、保険金もこれまでの支払い上限額は1500億円だったが、その100倍超の費用が必要になっていることを踏まえて、今後の保険金をどうするのか。今後、再び事故が起こるとして、その頻度はどのくらいなのか。政府公表の数字には見直すべきところが多々ある。一方で、我々が今回出した我々の数値に対して経済産業省から色々と批判を受けることもあるが、そういったこともすべて表に出して、国民が納得する正しい数字を導いていきたい。それが我々の役目だと思っている。

――現在稼働している原発は9基だが、他の稼働していない原発はそのままにしておいて大丈夫なのか…。
 鈴木 どんな施設でも、運転せずにメンテナンスだけの維持では、老朽化や運転ノウハウが疎かになるのは否めない。そうはいっても原発の場合は必ず点検を行っており、順調に動く可能性もあるが、福島事故以降も点検漏れや書類審査の不備などが続いていることは問題だ。電力会社側の意見としては、事故以降、規制が厳しくなり、必要以上の書類手続きに追われて、すべてを完璧にするのが困難ということらしいが、そんな状態では再びトラブルが起きる可能性は十分にある。そして、トラブルが起きた時には稼働を停止しなくてはならず、そういったことが頻繁にあるようでは、もはや原発が電力の最安定供給源とは言えなくなる。つまり、原発が電力の先発ピッチャーを続けるのは難しい時期に来ているということだ。

――不必要な原発を廃炉にすることは可能なのか…。
 鈴木 廃炉費用は引当金として積み立てられているが、本当にその積立金で足りるのかはわからない。従来40年だった引当期間は、福島事故の影響でそれより早い時期に廃炉が決定されるケースが出てきたため、法律改正によって廃炉を決定した後も引き続き積み立てすることが認められた。しかし、処分場もまだ決まっていないため、方法によってはコストが上がる可能性もある。原子力発電所は通常、最初に莫大な設備投資を行い、それを減価償却によって徐々に減らしていく。15年程度で設備費を完済し、その後の費用は運転費だけになる。つまり、電力会社としては古い原子炉ほど経済性が高い。安全性に関しては原子力規制委員会のチェックを受けて、その都度設備投資をすることになるが、その時の投資額と稼働を延長した場合の利益のバランスで廃炉にするかどうかが決まる。結局、これは電力会社の経営の問題だ。

――エネルギー資源の転換について何か良い案はないのか…。
 鈴木 政府目標として原子力依存度を下げる事は掲げられているものの、具体的な政策は導入されていない。自治体としても原子力をやめれば交付金がなくなるといった財政事情があるため脱原発はなかなか難しい。脱炭素、脱原子力を本気で進めるのであれば、実際に原子力依存度を下げていくためのインセンティブが必要だ。再生可能エネルギーのポテンシャルも地道に研究開発を続ければまだまだあるはずだ。他方で、原発を作り続ける理由として核兵器の製造能力を確保するため、という見方もあるようだが、そのような論理では原子力を進める理由としては不適切であり、逆に国際的緊張を生む逆効果をもたらすので私は反対だ。

――核燃料デブリを30~50年間放置にしている間に、トリチウムを除去できるような革新的な技術が発明される可能性はないのか…。
 鈴木 技術革新の可能性はもちろんあるが、今の技術のままでもリスクは十分に低い。ただ、結局のところは地元の方との信頼関係なのだと思う。いくら新しい技術が出来たとしても、その技術を信じられないから今も海洋放出が出来ていない。廃棄物処分の問題も同じだ。技術力だけで解決しようと思っても同じことの繰り返しになるだろう。今回の件については、まずは信頼関係を築くことが必要不可欠であり、そのためにはしっかりとした情報公開を行い、十分に議論することが重要だと思う。(了)

▲TOP