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一帯一路で宇宙から世界支配

筑波大学 名誉教授 遠藤 誉 氏

――中国はこれまで目覚ましい発展を遂げてきた。その反面、問題点も多い…。
 遠藤 中国の今の問題点は、豊かになるにつれて中間層が増加し、その人々が発言権を求めてきているということだ。7億人を超えるネット世代も、ネットを通して共産党批判を始めている。中国一党支配体制を崩壊させるかもしれない、こういった人民の声が、習近平政権の最大の敵であり、中国政府はそれを押さえつけるために、非常に厳しい社会監視システムをつくった。監視カメラはありとあらゆる所にあり、大事な話をする時はホテルの一室などはむしろ筒抜けで、公園を歩きながらが一番安全という状況だ。日本では「習近平は政敵を倒すために腐敗撲滅運動をやり、権力闘争に明け暮れている」という報道もあるが、それは日本人の耳目に迎合した情報であり、結果、日本を油断させることにつながる。これまでの歴代政権に比べて、習近平は敵がいないという状況の中で友好的に前政権(胡錦涛)から政権を受け継いだ唯一の国家主席だ。もし政権争いをして他の権力者を逮捕などすれば、むしろ自ら敵を増やすことになる。そんなことはしない。2012年11月、胡錦涛が習近平に国家主席の座を渡した時の唯一の約束事は、腐敗撲滅だった。11月8日の胡錦涛元国家主席の最後の演説では「腐敗を撲滅させなければ党が滅び、国が亡びる」と言い、習近平もまた、11月15日の就任演説で全く同じことを言っている。中国は今日までどの王朝も腐敗で破滅しているほど腐敗文化が根深く蔓延しており、その中で一党支配体制が広がれば、当然、皆が権力を持っているところにすり寄ってくる。そこで習近平は、中国共産党の一党支配体制を維持させるために腐敗撲滅運動を始めた。腐敗撲滅運動は権力基盤が強固な時でないと断行できない。自分の政敵を倒すために腐敗撲滅運動を行い、ようやく政権基盤が盤石となったというのは全くの見当違いで、何百人もの共産党幹部を逮捕すれば、逆に恨みを招いて敵ができる。

――日本人が喜びそうな嘘の情報を流して日本人を油断させているが、その間中国は自国の潜在能力を高めていると…。
 遠藤 日本のメディアもチャイナウォッチャーも日本人が喜ぶ情報しか流していない。それは日本の国益を損ねる。日本がそのようなことをしている間に、中国は月の裏側への軟着陸や量子暗号の開発等で着実に成長を続け、米国を追い抜こうとしている。「中華民族の偉大なる復興」を政権スローガンに掲げて、世界制覇を目指している。それに沿って作られたのが「中国製造2025」だ。拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』(PHP研究所)にも書いたが、習近平が中国共産党中央委員会の総書記になる直前の2012年9月、日本が尖閣国有化を宣言したことに対して中国では激しい反日デモが勃発し、日本製品不買運動が起こった。しかし、そこでデモ参加者が気づいたのは日本製品不買運動を呼びかけている「中国製のスマホ」のキーパーツ(半導体など)が「日本製」であったという事実だ。このスマホはMade in Chinaなのか、それともMade in Japanなのかでネットは燃え上がり、このような半導体も作れないような中国政府に怒りの矛先が向いていった。それは中華民族の屈辱だと多くのデモ参加者が叫ぶようになった。そこで胡錦濤(前国家主席)は強引にデモを鎮圧して、何とか2012年11月の第18回党大会に漕ぎ着けたのである。こうして、習近平政権になるとすぐさま「半導体の自給率を高め、宇宙開発でアメリカにキャッチアップする」国家戦略に着手し始めたのである。それが「中国製造2025」だ。

――中国はここ数年、経済成長率の低下が続いている。一説には金融機関の不良債権が積み重なり経済は崩壊寸前だとも言われているが、中国の今後は…。
 遠藤 中国の経済成長率の落ち込みについて、日本ではGDP成長率だけを見て、今の中国経済が壊滅な状況にあると言う人が多いが、実態はそうではない。先述のように中国は「中国製造2025」に向けて突き進んでいる。組み立てプラットフォーム国家から抜け出して、イノベーションによるハイテク国家を目指す転換期にある中で、イノベーションを起こすための膨大な研究開発費が必要であり、研究開発に国家予算を注げば、GDPの量的成長は望めない。中国政府は国家戦略「中国製造2025」の発布とともに、GDPの成長を「量から質へ」転換すると宣言し、それを「新常態(ニューノーマル)」と称している。そして、その質の良いGDPが成長を遂げるポテンシャルは非常に高い状況にある。実際、OECDの予測では2018年から2019年にかけて中国が投資する研究開発費は米国を追い抜くとされており、そうなればハイテクにおいて中国が世界一になる可能性が高まる。GDPの規模でも中国はすでに2010年には日本を凌駕しており、GDP成長率が下落し始めたのは、まさにその時期と一致する。それはGDPの規模という、GDP成長率を測定する分母が大きくなったからだ。その後、成長率が下がり続けてもGDPの規模自体はどんどん増加し、今や日本の3倍となっている。米国を凌駕するのは時間の問題だ。日本は中国のGDP成長率の下落だけを見て中国経済が崩壊するなどと大喜びしているが、それは適切ではない。

――米国との貿易摩擦問題で中国経済に強い向かい風が吹いているのも事実だ。米中関係については…。
 遠藤 米中貿易摩擦では、数値に出てくるものに関しては、中国も一定程度の譲歩をするという姿勢を示している。また、知的財産権に関しても、今年の全人代で外商投資法を制定し、外商ビジネスにおける知的財産権譲渡を禁止することを明文化した。違反すれば処罰する。どこまで実効性が高いかは、今後注目していかなければならないが、外商投資法が制定されたことに関しては、一定程度の成果があったと言えよう。その他にも米中間には様々な駆け引きがある。その中で、トランプ大統領は貿易交渉によって中国政府による中国の特定企業への投資をやめさせようとしている。中国政府は「中国製造2025」のIC(集積回路)基金を国有企業であるZTE(中興通訊)やユニグループ(清華紫光集団)といった半導体メーカーに大量投入しているのだが、トランプ大統領としては中国がハイテク産業に資金をつぎ込み米国の脅威になることは嬉しくない。だから、貿易交渉として特定企業への投資を止めさせようとしている。しかし、それは内政干渉であるとして、中国政府は抵抗を示している。また、米国政府機関は情報漏洩を防ぐためということを理由にしてファーウェイなど中国ハイテク企業の製品を使用することを禁じたり、ファーウェイ副会長や関連会社を起訴する動きを見せている。その一方で、ファーウェイが機密情報を抜き取り中国政府に渡しているといった証拠を、アメリカは提出していない。そのためEU委員会はこの度、EUとして特定の企業を排除することはしないという声明を出したほどだ。それでも米国が執拗にファーウェイを倒そうとする理由は、ファーウェイ傘下の半導体設計企業「ハイシリコン」が次世代移動通信規格5Gの覇者になるかもしれないという不安があるからだ。しかし、ファーウェイは株の98.7%を従業員が持っているという従業員持ち株制度を実施している、中国では唯一中国政府と結託していない民間会社だ。またアメリカの半導体の技術レベルを超えるかもしれない半導体を設計しているハイシリコンの半導体は、今もなお、絶対に外販していない。つまり、コア技術を中国政府に渡してないのである。そういう会社が政府のために情報を抜き取ることなどあり得るだろうか。中国が国家プロジェクトとして進める次世代AI発展計画において中国政府が指名した5大企業BATIS(Baidu、Alibaba、Tencent、Iflytek、Sense Time)にも、社会信用システム構築に指定されている63企業の中にもファーウェイは入っていない。トランプ大統領は攻め方を間違えているのではないだろうか。もっと正確な攻め方をしないと、中国にやられてしまう危険性を孕んでいる。

――米ウォール街の人間はむしろ中国と仲良くしようとしている…。
 遠藤 金融界はグローバルな流れがなければ発展しない。その代表格であるウォール街を牛耳っていたヘンリー・キッシンジャー元国務長官は中国ととても仲が良い。きっかけは、2000年に中国がWTOに加盟する際、当時国務院総理だった朱鎔基(しゅようき)が世界のスタンダードを知るために清華大学経済管理学院に顧問委員会を作り、米財界のトップ達を招き入れたことだった。米国ではキッシンジャー・アソシエイツ(コンサルタント会社)の門をくぐった大財閥が支配力を強めているが、そういった人物達が、当時、キッシンジャーを通して清華大学経済管理学院の顧問委員会へ送り込まれている。その結果、米国と清華大学に強いパイプが出来ているという訳だ。ちなみに、朱鎔基、胡錦涛、習近平らはいずれも清華大学出身であり、今では清華大学の経済管理学院にある顧問委員会は習近平政権の巨大なシンクタンクになっている。米国が中国に対して高関税という形で攻めたとしても、最後は習近平のお膝元にいる金融界や大財閥が動きを見せるだろう。水面下ではすでに手を握っている可能性もある。

――一方で、ハイテクの世界においては、中国は世界中から優秀な人材を集め、人材獲得競争では米国はすでにかなわない状況になりつつある…。
 遠藤 中国の人材のネットワークたるや凄まじい。欧米に留学した300万人から成る中国人博士たちが帰国している。そして、そういった博士たちが、人類が絶対に解読できない量子暗号を搭載した人工衛星「墨子号」を打ち上げることに成功するなど目覚ましい成果を収めている。2018年にはオーストリアとタイアップして「墨子号」を介した量子通信に成功。そして、今年2月14日には「墨子号」打ち上げグループが量子通信成功により米国の科学賞「クリーブランド賞」を受賞。これは米国の科学界も中国の功績を認めたということであり、量子暗号の世界では中国がアメリカよりも一歩進んだことになる。さらに、月の裏側には地球から直接信号を送ることができないので、軟着陸するためには中継通信衛星が必要だが、中国は昨年5月に中継通信衛星「鵲橋(じゃっきょう)号」を打ち上げることにも成功している。月の周りに、引力も斥力も作用しないラグランジュ点と言われる「力が存在しない点」があるが、そこにピンポイントで「鵲橋号」を打ち当てることに成功し、その上で今年1月3日に月の裏側に軟着陸することに成功した。米国はその技術を持っていないため、「鵲橋号」を使用したいと中国に頼んできた。中国はそれを承認したのだが、その瞬間、中国と米国の宇宙での立場が逆転したと言っていいだろう。

――非民主的な国が世界を制覇するというのは歓迎しない…。
 遠藤 唯一我々が出来ることは、中国を民主化させることだろう。民主化させるために手を貸すのであれば良いが、中国にとって世界制覇の手段である「一帯一路」構想には絶対に協力すべきではない。安倍総理は自分が国賓として正式に中国に招かれ、また習近平国家主席を日本に招くというシャトル外交を実現することにより自分の外交力を日本国民にアピールしたいという願望も手伝い、一帯一路への協力を承認した。2017年5月の国際フォーラムで、それまで手掛けていた「インド太平洋戦略」という素晴らしいアイディアを捨てて、一帯一路に協力することを中国側に表明した。一帯一路は他国を借金漬けにして借金を払えなければシーレーンの要衝である港湾を奪うという、中国による軍事戦略であり、かつ途上国に変わって人工衛星を打ち上げメインテナンスも中国がするという、宇宙の実効支配を目指す戦略でもある。また5Gに関して中国側を有利な方向に導き、世界の通信インフラを中国が牛耳ろうというデジタル・シルクロードであるということもできる。日本はその一帯一路に絶対に手を貸すべきではない。(了)

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