西村あさひ法律事務所・外国法共同事業
弁護士
有吉尚哉 氏

――金融庁が暗号資産の本格的な金融商品化を検討している…。
有吉 金融庁は、暗号資産を投資性の商品として法的に位置付け、規制を課していく方針だ。現在、暗号資産は決済の手段として資金決済法の下で規制されている。金融庁は4月にディスカッション・ペーパーを公表。今年後半にかけて金融審議会での検討を行ったうえで、早ければ26年にも金融商品取引法などの改正案を国会に提出し、27年に新制度が導入されることになるのではないかと見込まれる。今回の見直しは、暗号資産が投資対象と評価される状況が進行していることが背景にある。海外ではトランプ米政権が暗号資産の支援策を打ち出し相場が沸き立っており、国内でも自主規制団体の日本暗号資産等取引業協会(JVCEA)によれば今年の1月時点で暗号資産の口座開設数が述べ1200万口座を超えるなど取引が活発になってきた。また、海外ではファンドや年金基金などの機関投資家がポートフォリオに暗号資産を組み入れ始めたことも注目されている。暗号資産がオルタナティブ投資の対象として適切なのかどうかはコメントできる立場にないが、実際に莫大な金額が流入しており、投資商品と位置付けて規制対応をすることが必要な状況だ。ただ、暗号資産は有価証券と性質が異なる面も多く、有価証券に対する規制をそのまま当てはめることができないことから、規制のあり方が課題となっている。
――見直しのポイントは…。
有吉 大きく3つのポイントがある。1つ目は情報開示・提供についてだ。株式の場合は、発行者の事業内容、財務状況などを発行者自身が公表して情報開示する仕組みがある。これに対し、ビットコインやイーサのような暗号資産の場合、特定の発行者はおらず、発行者に対して情報開示・提供を義務化することはなじみにくいため、取扱業者に対して取引状況や相場変動の仕組みについて情報提供を求めることなどが考えられる。もっとも、暗号資産のなかにはビットコインなどと異なり、プロジェクトなどの資金調達のために発行されるものもある。そのような暗号資産は、権利義務とは紐付かないものの、実体として価値が発行者や発行者の行うプロジェクトに連動するため、資金調達を行う発行者にプロジェクトに関する情報などの提供を義務付けることが検討されている。
――インサイダー取引への規制が再検討されている…。
有吉 2つ目は、インサイダー取引への対応だ。暗号資産におけるインサイダー取引は、プロジェクトの資金調達に紐づく暗号資産であれば、そのプロジェクトが破たんするという情報を裏で入手した内部者が持っていた暗号資産を高値で売るといった事例が考えられる。資金調達に結び付かない暗号資産でも、大口投資家の取引の情報を先んじて入手しそれに乗じるという事例などがあり得る。暗号資産に関するインサイダー取引規制の導入は、20年施行の法改正により暗号資産の不公正取引の規制が金融商品取引法に導入された時に検討されたが、見送られた経緯がある。上場株と異なり、「何がインサイダー情報か」「誰がインサイダーなのか」「インサイダー情報はどうしたら公表されたことになるのか」などが特定できず、ルール整備が難しいとされたためだ。しかし、海外で法制化の動きが出てきたことから、再び検討され始めた。規制の方向性には3つの案があり、1つは有価証券のインサイダー取引規制と同様に具体的な規定をまとめるやり方だが、これは前述の通りルール整備が難しい。2つ目は、インサイダー情報を「投資判断に大きな影響を及ぼす可能性のある事実」などと抽象的に定義し、その情報を利用した取引を取り締まるやり方だ。また別の案として、既にある不公正取引規制にガイドラインを付与するというやり方も提示されている。現状の不公正取引規制は一般的なルールにとどまり、当局がそれに基づいて摘発することは難しいが、ガイドラインで特に悪質な例を特定して実効性を高めることが考えられている。
――投資助言や投資運用への規制も強化していく…。
有吉 3つ目が業規制についてだ。自主規制を含めた全体として見ると、暗号資産交換業者については、金融商品取引業者に対する規制に近い規制体系が整備されているが、自主規制により十分な規律付けを図ることができているか、課題となっている。無登録業者による売買は既に規制されているものの、より厳格に対処していく方向だ。加えて、金融庁は暗号資産にかかる詐欺的な行為への問題意識を高めている。昨今は詐欺的な投資アドバイスも多く、現在規制の対象から外れている暗号資産に関する投資助言・投資運用について、規制の対象にしていく。また、無登録業者に対する規制違反の刑事罰は、資金決済法よりも金融商品取引法の方が若干重く、金融商品取引法の対象にすることで悪質な事例に対処しやすくなる面もある。
――暗号資産は証券取引等監視委員会の管轄になるのか…。
有吉 今回の見直しで暗号資産が投資商品として位置付けられることになっても、直ちに証券取引等監視委員会の所管になるわけではない。規制の内容と別に、どこの機関が規制の順守状況を確認するのかという論点は重要だ。自主規制機関であるJVCEAは日本証券業協会などに比べて規模が小さく、監視体制に限界がある。また、どのように監視が可能なのかという問題もある。上場株の場合、株式等振替制度でデータが管理されているうえ、証券取引等監視委員会は東証の取引状況を見て監視することができる。しかし、暗号資産の場合、これほど仕組みは整っていない。暗号資産交換業者から聞いたところによれば、暗号資産の取引は理論的にはデータ上で経路を追うことはできるようになっているものの、実際に追うにはとてつもない労力がかかるという。いざ新たな規制を導入しても、管轄する機関がすべてを把握することは不可能だ。どのような制度にするか、どこの機関が管轄するか、その機関がどうやって監視するのか。規制のエンフォースメントに関してそれぞれ重い課題が残る。
――暗号資産の将来性は…。
有吉 前向きに見れば、ビットコインのような代表的な暗号資産が「基軸通貨」になっていく可能性はある。将来、多くの取引がデジタル上で人の手を介することなく自動的に処理されるような世界となる可能性があり、その場合には「デジタルでないものは財産にあらず」という状況になるかもしれない。既に米国ではステーブルコイン(価値が法定通貨などと連動する暗号資産)が相当量流通するなど、海外の暗号資産の市場規模は拡大している。日本ではまだそこまで発展していないが、制度や市場の整備が遅れればさまざまな取引が海外に流出する懸念もあり、制度の枠組みを作っておく必要性は高い。一方で、資産の裏付けがないという暗号資産の本質はビットコインが登場した時から変わっていない。また、例えばビットコインは過去に急騰や暴落を繰り返しているが、どこが平時でどこがバブルなのか理解しがたいところがある。そうした不明確性を抱えながらも、実態として暗号資産の市場は成長し続けているため、しっかり対応せざるを得ないというのが当局や市場関係者の姿勢だろう。[B][L]