金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「M&Aで新成長産業の創出を」

中村法律事務所
弁護士
中村直人 氏

――日本でもM&Aが活発になっている…。

 中村 現在、世界の潮流は脱CO2化とIT化であり、それに伴い日本でもGX(グリ-ントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進されている。それは今までの日本企業の事業方法を大幅に変化させるものであり、ITに長けた人材や新しいCO2処理技術が必要となる。企業は事業のポートフォリオを入れ替えたり、今後成長する見込みのない事業を整理したりすることが求められており、そういったところでのM&Aが多くなってきているようだ。また、昔とは違って今のM&Aは経営者と労働者の目線が一致してきている。労働者の側も、CO2を無駄に排出している会社や、一向にIT化が進まない会社では5年後には生き残れないという意識や、賃上げが行われない会社は労働生産性が低いからであり、その理由は労働者のスキルが悪いからではなく、儲からない商売をやっているからだという事を理解している。利益の出ない事業経営を続けていては賃上げが出来ないのは当然で、賃上げが出来ないような会社はいずれ潰れてしまうかもしれないという意識から、事業の整理統合の必要性を感じるようになっている。さらに、今は若い頃から株式投資を始める人も多くなっており、給与の一部を株式報酬として保有している人も多いため、自社の株価が上がる事に対しての利害の一致がある。一方で政府は、人口が減少し続ける中で30年以上も経済低迷が続き、公的債務が1100兆円にも上っている日本を何とかしようと、企業買収における行動指針を策定し、日本企業の事業ポートフォリオの効率化を進めている。そういった政府の後押しから、ポートフォリオ入れ替えに伴う新技術導入や研究開発に必要な人物など、自社に必要な相手を自ら考えて、相手企業に直談判するような会社も多くなってきているようだ。

――敵対的買収の現状と防衛策について…。

 中村 先ず、アクティビストとストラテジックな事業会社による買収は分けて考えなくてはならない。アクティビストによる買収の場合は利益第一で、自分たちで会社を経営しようとは考えずに、ただ高配当を要求するような事が多く、そこに企業買収の行動指針は適用されない。また、事業会社が本格的に戦略的買収を仕掛けてきた場合、企業買収における行動指針の中にも記載されているが、私の個人的な考えとしては、例えば1兆円規模の大企業同士では、企業価値を考えると話をまとめたほうが良いケースが多いと思う。大企業には中途採用やジョブ型採用の人も多く、親会社や株主が変わっても労働者への影響はそれほど大きくないという理由もある。一方で、買収される側の企業が中小規模の場合、過去に行われた中小企業への敵対的買収によってその会社の現在価値が上がっているかどうかは定かではなく、また、中小企業は単一事業の日本型経営が多く従業員の雇用を守ることを重視していたり、事業の幅が狭いために新しい技術開発が困難の場合も多いため、昔ながらの終身雇用を守りたい会社は断った方が良い場合も多いと思う。敵対的買収に対する防衛策は、その規模によって変わってくるが、最近では有事発動型が多いようだ。それは株主総会で承認を得る必要があるが、小規模企業の場合はインデックスの対象になっていないため機関投資家が少なく、その企業が好きで株を長期保有している個人投資家が多いため、日頃から個人投資家を大事にするような経営をしていれば、株主の意思確認を行う総会で経営者側の意見が通りやすくなる。

――個人投資家が増え、株式市場が民主化していくことが、国の安定にも繋がっていく…。

 中村 「貯蓄から投資へ」という流れを推し進める政府に対して「個人に投資のリスクを負わせるのは無責任だ」という意見もあるが、個人のお金が直接企業に流れて、その企業が発展すれば、それは国民のプラスにもなっていく。そういう流れになった方が、経済全体が上手く回っていくのではないか。一つ気になるのは、東証が企業買収の際に株価純資産倍率(PBR)が1倍未満企業に関しては十分な対応を求める等、少々株価に注目しすぎている観がある事だ。例えば中小企業で世の中の役に立っている会社がPBR1倍だったとして、それは決して悪い事ではなく、むしろ中小規模であればPBRを1倍以上にするのは普通に考えて難しい事だと思う。特にM&Aの際に先ず考えるべきことは、「株価を上げること」ではなく、例えばGAFAのような「世界に伍していける新しい成長産業を生み出すこと」だと私は思う。新しい成長需要を日本から生み出すために、設備投資や研究開発に沢山のお金と時間が必要になり、その時に資本と経営インフラを持っている大企業とのM&Aという手段が出てくる。或いは自分で新しい技術を生み出して会社を立ち上げるスタートアップ企業もあるだろう。そういう人たちが起業しやすいような環境を作ることが、今の日本には必要なのではないか。M&Aとは、極端に言えば事業の移動であり、そこに生まれるシナジー効果は、実はコストカットや単純な大規模化、競争制限などであり、新しい成長事業の創出になっていることは少ないと思う。むしろ今、雁字搦めになっているベンチャー企業をもっと起業しやすいようにして、新しい事業を生み出したり、チャレンジしやすい投資環境を作ったりすることが、これからの日本経済には必要なのではないか。

――M&Aの際のファイナンスについて思う事は…。

 中村 買収する側の状況によってファイナンスのやり方は様々だが、私が気になっているのはベンチャーキャピタルだ。彼らは広く薄く資金提供しており、競合企業に投資しているケースもあるため、色々な情報が筒抜けになっている。日本では一度の失敗も許されないという風潮がいまだ強いために、リスクヘッジとして広く薄く投資せざるを得ないのかもしれないが、優秀なユニコーン企業になり得る会社には現在の規制を取り払ってでも一極集中して資金提供できるようにする等、もう少しシリコンバレー的なやり方を取り入れても良いのではないか。とはいえ、日本のベンチャーキャピタル投資担当者の給料は欧米に比べてはるかに低いため、リスクを取る事に対する意識は先ずは報酬制度から変えていく必要があるのかもしれない。今、日本で行われているM&Aで一番多いのは、同業他社を買収してシェアを大きくするものだ。例えば創薬会社や電力会社、或いは半導体会社等に関しては莫大な投資が必要になる事も多く、その際には合従連衡して拡大していく必要もあるのだろうが、例えば輸送運輸会社等がIT会社と提携してWIN―WINになるような、意味のあるM&Aがもっと広がっていけば良いと思う。

――海外から日本の企業が買収される事もある。経済安保についての考えは…。

 中村 実際に中国や韓国の企業に買収された日本の中小企業はかなりの数ある。小さな部品メーカーがキーポイントになっているが、中小企業ではグローバリズムや経済安保についてあまり詳しくない会社も多い。例えば中国の企業に買われそうになった時の対策としては、許容される出資比率範囲を明確にしておくことだろう。今は外資規制リストがあり、リストに載っていない会社も公表している。また、大きな案件では最近のRapidusやTSMC等、政府が関与しているケースが殆どで、エネルギーや電力ネットワーク等も国のコントロールが必要ということで政府資金が投入されている。世界中がブロック経済化しつつある中で、我が国が何とか生き残るための戦略物資として政府がバックアップしている今の状況は、計画経済になっているような感じもするが、官民が連携して資金的に難しい案件に挑戦し、世界の競争を勝ち抜いていかなければならないという状況にあるという事なのだろう。そう考えると、例えばロシアや中国やイスラム圏等と取引する事はリスクが高いなど、地政学リスクがわかる部署も必要な時代になっており、そういう意味でも政府や外国企業との連携は欠かせないものになっている。[B]

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