預金保険機構
理事長
三井秀範 氏
――預金保険機構について…。
三井 現在、預金保険機構では400人強の職員が働いている。メインの業務は破綻処理だが、その他の業務として、振り込め詐欺の犯罪利用の疑いがあると認める預金口座の失権手続き、休眠預金の移管の手続き、反社情報の照会仲介なども行っている。さらに、マイナンバーと預貯金口座の紐付けなどに利用するネットワークシステムの構築も当機構が手掛けている。具体的には、例えば亡くなられた方の口座情報をその相続人からの求めに応じ全ての金融機関に照会したうえで当該相続人に通知する作業や、災害発生時に被災者に預貯金の払戻しを迅速に行うために、被災者からの求めに応じ、その口座情報を被災者が指定した金融機関に照会したうえで当該被災者に通知する作業などを、来年あたりに実現できるよう取組みを進めているところだ。金融機関の破綻がないのが一番よいことは言うまでもないが、仮に破綻があった時に、迅速で的確な対応を行う事が当機構には求められている。しかしながら、金融機関の破綻が相次いで発生するような金融危機が起きた時に対応する観点からは、今の当機構のマンパワーは不足している。400人強という当機構の職員数を多いと感じられる方もおられるが、海外と比較しても、例えば日本よりもはるかに小さい金融システムの韓国における預金保険機構(KDIC)でさえ、職員数は800人と、当機構の倍の職員が働いている。また、米国の連邦預金保険公社(FDIC)は職員数が5000~6000人程度だ。日本も本当に危機になった時には何千人もの人員が必要となろう。
――ここ最近、金融機関の破綻はあまり耳にしない…。
三井 幸いにして、この10年間で金融機関の破綻は生じていない。日本でバブルが崩壊したいわゆる平成金融危機の頃、私は大蔵省(現財務省)に在籍していたが、2001年7月に金融庁へ異動した。配属になったのは金融危機対応室で、資産超過ながら脆弱な状況に陥っている金融機関に対し、資本増強を行って金融システムを安定させるという任務に忙殺されていた。最終的に、りそな銀行と足利銀行への金融危機対応措置(預金保険法102条の1号措置と3号措置)が発動された時期辺りから日本の金融システムは安定した。その後はリーマンショック後に日本振興銀行が破綻しただけで、それ以降、金融機関の破綻事例はない。平成金融危機の時代に公的資金を注入した銀行の中で、今も残額が残っている銀行は1行のみだ。そして、現在行われている公的資金の注入に関する措置は、金融機能強化法に基づいた地域金融機関が対象で、リーマンショック前後に行われた公的資本注入や、東日本大震災で大きな被害を受けた金融機関への措置となっている。
――金融機能強化法で、金融機関はより盤石になったのか…。
三井 極めて深刻な金融危機があると、その後遺症で、危機が収束して金融システムが安定しても、なかなか金融の円滑化が進まない事態が起こり得る。こうした金融危機の後遺症から早く金融機能を回復し、経済の活性化に貢献できるようにするために金融機能強化法がつくられた。それは金融機関の貸出余力を増やすための資本注入であり、破綻しそうだからという訳ではない。そうして暫くは、金融機関は政府保証の下で盤石だというイメージがついてきたのだが、昨年春、米国シリコンバレー銀行が破綻したことで、金融機関の本質的脆弱性が再認識された面がある。すなわち、預金は要求があればいつでも払戻しに応じなくてはならない一方で、貸出には返済期限があり、銀行の資産と負債の間には期間のミスマッチ、満期のミスマッチが本質的に存在する。信用リスクのミスマッチも加え、3つのミスマッチと呼ばれることがあるが、預金保険制度はこのような3つのミスマッチが作る銀行システムの構造的な脆弱性に対応し、預金の取り付けを阻止し、金融システムの安定を確保するための仕組みとなっている。海外では一連の騒動を受けて、預金保険・破綻処理制度とその運用をめぐって活発な議論が行われているが、日本では90年代の危機とそれに対する対応の積み重ねもあり、今は世界的にみても非常に良いバランスになっていると思う。
――現在、機構にはどれ程の準備金が在るのか。また、その資金運用方法は…。
三井 当機構では、90年代初めには1兆円弱の責任準備金の積立があったが、バブル崩壊後のいわゆる平成金融危機時に、その資金はあっという間に枯渇し、4兆円の債務超過となった。その後、預金保険料が積み立てられ、現在の準備金残高は5兆円を超える状況となっている。言うまでもなくこれらの資金は安全な形で保有する必要があるのだが、我々が保有しているお金は銀行が破綻した際の預金をカバーするためのものなので、預金に置くことは本質的な矛盾となる。また、市場での運用は、最も資金が必要な金融危機時には市場の暴落により大打撃を受ける事になるため、一般的に中央銀行預金と国債で資金を保有する必要がある。国債に関しては、マイナス金利政策が解除となったところで超短期国債での保有を若干再開したところではあるが、基本的に運用については、「預金保険機構が資金を必要とする時は金融危機時である」ということを踏まえた慎重な対応が必要だと考えている。
――預金保険機構が直面する課題は…。
三井 10年間、金融機関の破綻が無いという事は非常に良いことなのだが、半面、そういった危機に直面した時に実際に対応するための人材確保や、職員の危機対応時のための訓練(人材育成)といったところに課題があると感じている。危機対応には、マンパワーの逐次投入ではなく、危機時に即応できる人材をいかに準備しておくか、ということが極めて重要になる。平成金融危機の当時、当機構では傘下の整理回収機構や外部契約者を含めると2500人程度が働いていたが、同規模の危機が発生した場合には、当時投入された人員と同規模以上の人員を投入できるようになっていることが不可欠だ。かつて働いていた人達はリタイアし、現在当機構にはバブル崩壊後の金融機関の破綻処理に携わった経験を持つ人材はそう多く残っていない。いたとしても、金融ビジネスを取り巻く環境が大きく変化していることを踏まえると、当時のノウハウそのものも陳腐化しているという側面は否めない。日本以外の国では現在でも破綻している金融機関があるため、アップデートされた状況対応を実務として訓練出来ているが、日本ではここ10年間、実際に破綻した金融機関が無いため、最近の処理ノウハウがなく、来るべき危機への即応人材の確保は大きな課題だと考えている。
――政府や当局への要望は…。
三井 金融面に限らず我が国では平和な状況が続いているが、これからの時代は危機時への備えを金融界も政府も一緒になって取り組んでいく必要があろう。繰り返しになるが、金融機関のビジネスは大きく変容しており、コンピューター産業化している側面もある。また、海外では昨今の様々な経験を踏まえた制度や運用の改善改革が急ピッチで進められている。そうした内外の変化の進展に的確に対応できるような破綻処理の枠組みになっているかどうか、法制度面も含めて点検をしてみることの必要性を感じている。また、当機構は海外の預金保険当局とは異なり、金融機関の業務全体への監督権限や検査権限がないため、リアルタイムでの情報が不足している点もあるため、金融機関との関係をさらに密なものとし、日頃から意思の疎通を図り、当局や金融機関と一緒になって議論ができるような時間を多く持ちたいと考えている。こうしたことを通じて、日々進化する金融システムの状況に遅れを取ることなく、将来の金融危機に備えていきたい。[B]