アポロ・マネジメント・ジャパン・リミテッド
会長
田中達郎 氏
――日本の金融業界の課題について重要な提言をされている…。
田中 私が座長を務める「金融問題研究会」は、22年2月に木原誠二衆院議員と私的勉強会として立ち上げた。金融に携わるプロ約15人に声をかけ、月1回の頻度で集まっている。木原氏も緊急の海外出張のあった一度を除いて毎回出席している。木原氏は高校の後輩で、彼の父が私の東京銀行(現三菱UFJ銀行)時代の先輩ということもあり、以前から親しくしているが、研究会を立ち上げたのは木原氏と日本の金融業界への危機感を共有し、意気投合したことがきっかけだ。研究会の根底にある問題意識は、「失われた30年」の日本経済の低迷の原因が、日本の金融機関が十分に役割を果たし切れていなかったことにあるのではないかということだ。日本経済の復活のためには、グローバル化に遅れた金融業界の改革が必要だとわれわれは考えている。23年5月には14回の議論を整理し、「本邦金融機関経営に関する5つの提言」を取りまとめ木原会長に提出した。
――5つの提言とは…。
田中 1つ目は「人的資本改革」で、適材適所で人材を活用するため、人材の流動性向上に関する施策や給与体系、人材育成などについて提言した。2つ目は最近の研究会での議論ともつながる「金融資本市場整備および資産運用機能充実」で、3つ目はシステム化の遅れなどの解消を訴える「テクノロジー改革」。そして、4つ目が「金融機関ガバナンス強化」で、「内なるガバナンス」の欠如を取り上げている。資産運用業の独立性の問題と関連するが、金融機関グループの利益を上げることを最重要視した構造になっている現状がある。その結果、商品開発や人材開発、外部からの人材の流入などが妨げられ、グループ内で完結しようとするカルチャーを問題視している。対して、5つ目は「金融機関の使命の再認識」、つまり「外へのガバナンス」だ。もはやメインバンクが企業のガバナンスに対してもものを言うシステムは機能しなくなり、不祥事も多発している。金融機関は取引先の経営課題についても日本の代表的な産業、企業として矜持を示すような仕組みを作らなければいけない。この5つの提言がわれわれの考え方の原点だ。この提言は、金融庁をはじめ各所でそれなりに評価をいただき、メディアでも取り上げられた。特に「NISA拡大」、「資産運用立国」への挑戦と、タイミングよく新聞の連載につながった。最近の研究会のテーマは資産運用業務の具体的な強化に的を絞り、創設時と少しメンバーを変更し、金融庁とも連携を取りながら活動を進めている。
――米国の金融業界の現状は…。
田中 私は10年間シティグループ・ジャパン・ホールディングスの会長を務め、2年前から現職に就いている。米国の金融業界はこの十数年で大きく変わってきた。かつて米国内に1万行近くあった銀行は合併、統廃合を繰り返し大幅に減ってきている。多くの銀行は地域的なビジネスに転換し、グローバルなビジネスを行っているのはJPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、ウェルズ・ファーゴなどに限られてきた。また、シリコンバレーバンク等の破たんに見られるように、さまざまなリスクが表面化してきた。ゴールドマンサックスはバンキング、モルガン・スタンレーはアセットマネジメント、米国の金融機関は各社独自の戦略、ビジネスモデルを追及しながら業務拡大を図っている。
――アセットマネジメントの重要性が増している…。
田中 米国では、投資会社やアセットマネジメント会社というのはまさに金融市場そのものだ。今、企業の調達ニーズは企業再編、インフラの更改、エネルギー、気候変動対策など多様な形で広がっているということだ。さまざまな調達ニーズに合わせて商品開発を行い、いろいろな形で調達者のニーズ、投資家、資金運用者のニーズに応えるのがアセットマネジメント業務の真髄だ。特にESGがらみは各社が対応しなければならないため、大きな資金ニーズがあると思うが、日本の金融機関のなかにはまだうまく応えられていないところもあるのではないか。加えて、日本ではプライベート(私募)よりパブリック(公募)の方が安心だと思われているが、米国ではパブリックとプライベートの垣根は低くなっている。ローン市場の資金調達では圧倒的にプライベートクレジットのマーケットが拡大している。このような米国での大きな潮流をどのように日本の金融市場改革につなげていくかというのが金融問題研究会の課題だ。
――日本の金融業界は海外から学んでいない…。
田中 この十数年間、日本の金融業界は大きなイノベーションが起きていない。承知の通り金融庁は改革へ前向きで、これは規制の問題では必ずしもない。一つは米国の金融業界がこれだけ変わってきているということをまず理解すること。もちろん日本独自の良いところもあり、米国はすべて良くて日本はだめだ、と言うつもりはない。先進的なあり方をどのように取り込むか、どうしたら一緒に参画できるかという意識を持つことだ。昨今は「アジアの時代だ」と言ってアジア強化を進める金融機関が多い。私はアジアの金融機関への出資・提携をたくさん扱った時期があり、それ自体に異論はないが、米国の強化は不可避の命題だろう。外国人の登用も大切ではあるものの、米国で金融のプロたちのインナーサークルに入っている日本人は何人かいるが、もっとその層を厚くしていく必要もある。
――自前主義から脱却する必要がある…。
田中 人を送り込んで良い意味でも悪い意味でも米国に学び、良いものは持って帰り、日本に合った新しい金融市場を作るということこそが「資産運用立国」の実現につながる。そのうえで、企業のカルチャー改革、プロの人材育成、商品開発の3つが具体的なポイントになる。1つ目は、「自分たちだけでイノベーションは起こせない」と理解し、広く業務を開放・分担して「できるところと組んでやる」姿勢だ。その分リスクの許容度も上げなければいけない。2つ目はプロの人材の育成だ。アセットマネージャー、アセットオーナー、スポンサーなど幅広く運用のプロ人材が必要だ。8月に金融庁がアセットオーナー・プリンシプルを策定したが、金融庁の問題意識もいろいろなところに金融のプロが必要だというところにあるだろう。3つ目が商品開発だ。低金利の下で国内ではなかなかパフォーマンスが上がらないので海外での運用が多いことは理解できるが、そうすると日本経済の成長にはつながらない。オリジナルの商品開発、例えば企業の優良アセット、キャッシュフローを切り出したファイナンススキームの組成。多少流動性は抑えられるが運用利回りは上がるというような金融商品の開発など、日本独自の運用商品の多様化を進め、アジアの資金を日本に取り込むという発想も必要だ。日本の金融業界は今まさに転換期を迎えている。[B][L]