金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「お金の教育で日本社会を変革」

金融経済教育機構
理事長
安藤聡 氏

――金融経済教育機構(J―FLEC)理事長を引き受けた経緯は…。

 安藤 77年に東京銀行 (現三菱UFJ銀行)に入行し、07年に退職してオムロン(6645)に入社した。オムロンでは、IR担当役員時代に国内外の投資家との対話に当たり、取締役としては企業経営改革に取り組んだ。その経験を買われ、東証の市場区分見直しに関するフォローアップ会議のメンバーとしてPBR改革を提言したこともある。私自身は金融経済教育にかかわったことはないが、インベストメントチェーン改革を議論する過程においてさまざまな立場の有識者とかかわるなか、基盤となっている資金の出し手は個人であるとの認識は持っていた。従って、国民の金融リテラシーを高めることは、個人の家計管理やライフステージにふさわしい生活設計を構築し、ひいては資産形成を通じて、より良い豊かな人生を送るために極めて重要だと認識している。いま、わが国で「金融経済教育を受けたことがあると認識している人」はわずか7.1%に過ぎない。この事実は、日本銀行が事務局を務める金融広報中央委員会が18才~79才の3万人を対象として行った22年「金融リテラシー調査」の結果だ。一方で、同調査の「金融経済教育を行うべきであると思いますか」という問いには71.8%が「思う」と答えた。つまり、金融経済教育は絶対的に不足している課題としてだけではなく、極めて大きな社会的なニーズがあることが認識できる。ただ、誤解してもらいたくないのは、J―FLECは政府による「貯蓄から投資へ」のシフトを推進する投資教育のために設立されたわけではなく、さまざまなテーマを含む金融経済教育を全国津々浦々に敷き詰めるための官民一体の組織であるという点だ。どのように家計管理と生活設計を行うのか、それらがしっかりできたうえで資産形成をどう進めていくのかということについて、小学生からシニア層に至るまでの幅広い年代に対して積極的に学びの場を提供していくつもりだ。

――これまで金融経済教育に携わってきた団体と異なる強みとは…。

 安藤 以前より金融広報中央委員会、日本証券業協会などの業界団体や個別金融機関がそれぞれ独自に金融経済教育に取り組んできたが、横の連携が十分でないこと、対象が限定されること、活動への社会的な認知が低いことなど多くの課題があった。また、資産運用会社による商品セミナーなどとの混同もあってか、商品セールスに結びつくのではないかという誤解も生まれやすく、特に教育現場との連携はハードルが高かった。一方、J―FLECは金融庁所管の認可法人であり、官民一体となって広く金融経済教育を推進していくうえで、中立公正であることが明らかな強みとなる。もちろんJ―FLECができたからといって業界団体・金融機関などでの取り組みをやめるのではなく、むしろ、これまで金融経済教育に携わってきた関係団体には教育の内容・質を一層高めながら取り組みを継続・強化することを期待している。J―FLECが中立公正な組織としてリーダーシップを発揮し、必要に応じて各団体とも連携してはじめて、教育機会を増やしていくことができると考えている。

――具体的にどのように活動を広げていくのか…。

 安藤 活動の柱は、講師派遣、個別相談、J―FLEC認定アドバイザーの認定・公表、世代別標準教材の提供などになる。講師派遣については、学校は派遣先の1つとなる。既に小中高の教科書では金融経済に関する記載がかなり充実している。ただ、学校の先生は教えるプロとはいえ、金融経済教育を受けたことが少ないので、どのように教えたら学生に興味を持ってもらえるのかなど、戸惑っている人も多い。そこで先生向けの講習会への講師派遣などを行っていく。もう1つの講師派遣の場は企業の職域だ。企業では、人事・福利厚生の責任者への研修や従業員への講習を行っていく。例えば、従業員にとって年金での資産形成は重要なはずだが、就職先を選ぶときに確定給付年金か確定拠出年金かといった福利厚生制度に関心を示す人は少ない。そうした視点の教育も重要となる。

――個人の学びもサポートしていく…。

 安藤 標準講義資料として10種類の年代別テキストを既にJ―FLECホームページにアップロードした。従来の各団体が独自に作成した教材などは情報の濃淡などの課題があった。学校の先生が授業のテーマに合わせて抜粋して使うことや、興味のある人が自分で学ぶことを想定している。このほか、具体的なテーマについて関心のある人がリテラシーを深める手段の1つとして、認定アドバイザーによる無料および有料の個人相談も行う。今でもお金の問題についてプロに相談する人はいるが、一般的ではない。今年の秋以降、3000人に1回ずつ、有料相談時に電子クーポンで80%まで補助する取り組みを行う。プロに相談することに対する関心が高まるのかどうかを見極めながら、来年度以降の対応を検討していきたい。

――認定アドバイザーの人材はどのように確保するのか…。

 安藤 24年3月末時点で、金融広報中央委員会・日証協などに所属するインストラクターが約680人いた。まずはそのインストラクターのうち424人をJ-FLEC認定アドバイザーに認定して活動をスタートする。早期に新規募集も始め、早い段階で1000人体制にしたい。この認定アドバイザーは金融機関に勤めていない人、報酬を金融機関からもらっていない人が対象となる。むしろ過去に金融機関に勤めていて既に退職されているような人には資格を取ってもらい、認定アドバイザーとして活躍してもらいたいと考えている。J-FLECの活動に対する報酬はJ―FLECから支払う。

――投資は「自己責任」原則がありハードルが高いと感じる人も多い…。

 安藤 あくまで資産形成は家計管理と生活設計ができたうえで行うものだ。ライフステージには資産をすべて預貯金に置いておくことがベストな時もある。とはいえ、これからインフレになると預貯金だけでは将来的に資産が実質的に目減りしてしまう可能性が高く、状況によっては投資という選択肢を視野に入れることも必要となる。ただし、金融リテラシーが十分でない人に投資における「自己責任」を求めるのは、ある意味で「無責任」だと考えている。ある程度お金に関する知識や判断力があって初めて、金融商品の選択などについて「自己責任」を問えるだろう。J―FLECの取り組みを通じて、お金について知識と判断力を身につけてもらったうえで「自分ごと」で考えられるようになってほしい。J―FLECの役割は金融リテラシーを向上することに置いており、金融商品の紹介や金融機関の斡旋は一切しない。今、NISAによる投資はある意味で「ファッション」となっており、周囲に流されて何となくやっている人も多いが、すべての人に共通して素晴らしい商品というのは存在しない。年齢、ライフステージ、資産の規模、リスク許容度などによって最適な資産ポートフォリオは異なるため、長期・積立・分散投資の原則、リスクとリターン、いろいろな商品の特徴などを理解したうえで「自分はこれが一番合っている」という選択をしてほしい。まず、子どもならお小遣いをどのように使うのか、社会人なら源泉徴収票の見方、社会保険や年金の種類、生命保険・損害保険が必要かどうかなど、生活していくために必要な項目から学ぶことも現実的だ。

――理事長として目指すことは…。

 安藤 家計管理・生活設計・資産形成について誰かに悩みを相談する文化を作り上げていきたいと考えている。日本人の金融リテラシーの低さは社会的な課題の1つであり、その背景にはお金の話をすることをタブー視する風潮がある。しかし、お金は本当に豊かな人生を送るためには避けて通れないテーマだと皆が気づいている。1人1人が学ぶことを通じて、友達同士、親子、職場、趣味の集まりなどで気軽にお金の話ができるようになってほしい。そうなれば、いま大きな社会問題になっている投資詐欺の防止・抑止になる。また、インベストメントチェーン全体で考えると、やはり個人の行動を変えることは世の中の仕組みを変えることにつながっていくと期待している。J―FLECの役職員は使命感を共有しており、理事長の私は「できることから着実にやっていこう」と話している。実は、J―FLECのような役割を担っている組織は海外にもない。米国のFLECや英国のMaPSは「手取り足取り」の教育活動は行っておらず、その意味でJ―FLECはかなり日本独自の組織であり、社会を変革するうえでは面白い取り組みだと認識している。[B][L]

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